世界最北に位置する死の大地は、その名に相応しい鳥も通わぬ不毛の大地である。
しかし生物の気配がないとされているこの島の地底にこそバーンの居城、バーンパレスが隠されていた。
そのバーンパレスの中央部にバーンの主城である天魔の塔があり、その中の一室に『永遠の間』と名付けられた部屋がある。
「姫様…宜しゅうございますか? ミストバーンにございます」
「おーう…鍵は開いてるぜ。入って来いよ」
部屋の主に許されてミストバーンが『永遠の間』に入ると、エターナルがキングサイズのベッドの上で本を読んでいた。
ベッドの上にいたのはエターナルだけではなかった。肌が透けるような薄い衣を纏った数人の美女、美少女達が妖艶な笑みを浮かべて彼女に寄りかかっている。
エターナルに至っては純白のシーツを腰にかけてはいるものの、明らかに一糸も纏ってはいなかった。
普段は包帯の下に隠している肌も晒しており、その肌は炎を流線型のラインで表現したデザインの刺青が彫られていた。
「英雄、色を好む…求めているのは精霊達の方ですから、この言葉は当て嵌まりませぬか」
「合ってンじゃね? 俺だって嫌いじゃねーからよ。一度に相手をする数がちとキツイっちゃァキツイが…」
「セックスの強さは下半身の強さの証明…剣士にとっても格闘家にとっても下半身は重要…つまりは姫様の強さの証明でもありましょう」
美女達がバスローブをエターナルの肩にかけると、彼女は本をベッドへ置いて帯を締め立ち上がる。
「ンな変な世辞はいらねーよ…で、何の用だ? ダイ達に何か動きがあったのか?」
「はい、ダイは現在、テランに入国しております。自分のルーツを求めての行動でしょう」
「だろうな…あの国は人口50人程度で最早国として機能してるのかすら怪しいところだからな。
魔王軍もあえて侵略の対象から外してるテランへ行く理由は…その地に眠る竜(ドラゴン)の騎士の伝説だけだろう。
多くの人間が見てる前で紋章を使わせた甲斐があったな…人間はダイを恐れ、ダイは自分の力のルーツを知りたがるようになる」
エターナルがシガーケースから葉巻を一本取り出すと、ベッドの上の美女達が顔をしかめたので渋々ケースに戻した。
「で、用件はそれだけじゃねーだろ? その程度の報告は近衛騎士団の連中に伝言すれば良いンだからよ」
「はい、実は姫様の手配通りバランをテランにて待機させていたのですが…」
「あん? あのカイゼルヒゲに何かあったンか? そこはかとなく嫌な予感がするンだが…」
「まずは大魔王の間へご足労を…映像をご覧頂きながら説明を致します」
「わーった…一時間、時間をくれ。流石に情事の残り香を纏わせてとっつぁんの前にゃァ出られめェ」
エターナルは美女達を引き連れて浴室へと向かった。
きっかり一時間後、エターナルは全身に包帯を巻き、ベンガーナの時と同じ黒尽くめの姿で大魔王の間へ出頭した。
その場には既に魔軍司令ハドラー、妖魔司教ザボエラ、魔影参謀ミストバーンの三人が揃っていた。
玉座を覆う薄布には恐ろしげな影が映り、凄まじいまでの威圧感を放っている。
「とっつぁん、カイゼルヒゲが何かやらかしたンだって?」
「カイゼル…まあ良い。まずはこの映像を見よ」
エターナルが後ろを見ると岩壁に埋め込まれた巨大な水晶玉のような物があった。
「ザボエラ…」
「ハハッ!」
ザボエラが何事か呟くと、水晶玉に映像が浮かび上がり、テランを俯瞰で見た様子が映し出された。
「勇者ダイが自分のルーツを求めてテランへ赴いたのは、姫様のご存知の事と思われます」
エターナルは胡乱げな目でミストバーンを見ながら頷いた。
「そこでダイは単身、湖の底に眠る竜の神殿へ…恐らく自分の正体を知られ、仲間からも疎まれる事を恐れたものと思われます」
「その辺も予想通りだな。だから俺は、二人の邂逅の場に竜の神殿を使え、とカイゼルヒゲに提案したンだからな」
エターナルは未だ自分が呼ばれた理由が判らなかった。
「流石に悪魔の目玉も竜の神殿に入れなかった為、中で何があったのかは分かりませんが、少なくともダイは竜の騎士のルーツを知ったはずです。
しかし、問題はここからで…二人が竜の神殿に入って数十分後の事です…」
映像の中の湖に突如巨大な渦巻きが発生し、凄まじい光と共にダイが大砲の弾のように湖面から飛び出した。
「おおいっ!? 何で戦闘になってンだよ!? 竜の神殿の中でゆっくりと親子水入らずで十数年の時間を埋めろとは云ったが、戦えとは云ってねーぞ!?」
地面に投げ出されたダイに駆け寄っていく仲間の図を見ながら、エターナルは酸欠の金魚の如く口をパクパクさせている。
ダイを打ち上げた光は衰える事はなく、その中にバランの姿を認めた。
『あいつは魔王軍だ!! 魔王軍の超竜軍団長…バラン!!』
「へ…?」
自分が提供したハガクレを構えバランを警戒するダイに、エターナルは顔を弛緩させて間抜けな声をあげた。
「何であの餓鬼はテメェの親父を呼び捨てにしてンの? つーか、超竜軍団長って呼んでね? 親子の名乗りをしたンじゃねーンか!?」
驚くやら呆れるやらのエターナルだったが、映像はお構いなしに彼らの遣り取りを流していく。
曰く、自分こそがこの時代における真の竜の騎士であり、ダイは例外である。
曰く、今こそ竜の騎士としての使命に目覚め、自分とともに人間を滅ぼせ。
曰く、お前が成長するにつれ人間はお前を恐れ、疎み、迫害するだろう。
曰く、その時、地獄の苦しみを味わうのはお前なのだ。
「あったー(頭)痛ェ…ダイの性格から考えても、あの云い方じゃ反感買うか、追い詰めるだけじゃねーか…」
エターナルは、激昂して放ったポップの魔法を閃光とともに弾き飛ばしたバランの映像を見ながら頭を抱えた。
同族だからとダイを自由にできる権利はないはずだと叫ぶポップに返したバランの言葉に、エターナルは魂が抜けたような間抜け面になった。
『権利なら…ある! 親が子供をどう扱おうと勝手のはず!!』
『…なんて…? 今なんて云ったの?』
『この子は私の息子だと云ったのだ。本当の名は…ディーノ!!』
「今の段階で親子の告白ゥ!? おかしい! タイミングも順序もまったくおかしい!! カイゼルヒゲは本当にダイを引き入れる気あんのか!?」
よろけるエターナルをミストバーンが支える。
「おい…とっつぁん…俺を呼んだのは、この拗れまくった親子の確執を修復しろってーンか?」
「いや…まだ続きがあるのだ」
まだあるのか、とエターナルはげんなりとした顔で水晶玉を見上げた。
『うるさいっ!! ディーノなんて呼ぶなっ!!』
「まあ…そうなるよなぁ…」
エターナルは疲れた表情で必死なダイの表情を見つめた。
『本当の名前もクソもあるもんかっ!! 俺は魔王軍と戦う…勇者ダイだっ!!』
『そうか分かった…では、人間どもの呼び方にしたがってダイと呼ぼう!!』
「おいいぃ!? カイゼルヒゲもダイって呼んじまったぞ!?」
エターナルの目は眼球が零れそうなくらい見開かれた。
『ダイよっ!! 人間どもに味方する勇者としてお前を倒す!! 素直に我が軍門に下らぬと…命がないものと思えっ!!』
「これ…親子の確執どころか、完全に敵味方に分かれてンじゃねーか…どうすンだよ、おい…」
エターナルはガックリと肩を落とした。
その後、ダイは奮起して紋章の力を呼び起こし、ベンガーナでエターナルに放ったライデインストラッシュをぶつけるが、なんとバランはあっさりと受け止めてしまう。
しかもダイのライデインのエネルギーをそのまま自分の剣に吸収してしまうどころか、追い打ちをかけるようにギガデインを自らの剣に落とす。
「終わったな…」
『ギガブレイク!!』
ライデインの上位呪文であるギガデインを用いた魔法剣の前に、ダイは為す術もなく防具ごと砕かれて湖に叩き込まれた。
ダイを倒されてポップが前に出ようとするが、突如現われたクロコダインに制された。
しかし、そのクロコダインもバランの前ではその身を震わせ、死すら覚悟しているよう見えた。
『もはや完全に人間の味方という訳か…残念だぞ、クロコダイン…私は六団長の中では最もお前を買っていたのに…
そういえば、あのヒュンケルという男も嫌いではなかった…あの人間を憎む氷のよう心がな…
だが、私の気に入ったヤツはみんな魔王軍を去る…よほどハドラーに人徳がないのかな…』
「云われてンぞ? 魔軍司令としてどうよ?」
ハドラーに話を振るが、当の本人は凄まじい形相で脂汗を浮かべるだけで何も語ろうとはしなかった。
『それは違う!』
「あん?」
エターナルはクロコダインの声に再び水晶玉に目を向けた。
『ヒュンケルはどうだか知らんが…少なくとも俺はハドラーや大魔王バーンの為なら死んでも良いと思っていた。
主の為に命を捨てるのが真の武人!! その対象が今はダイになったというだけの話だ!!』
『だから私と戦うというのか? ダイを守る為に!!』
『ダイがいなかったら俺やヒュンケルはいつまでも魔道をさまよっていたに違いない…
あいつは俺達の心の闇に光を与えてくれた…太陽なのだ!!
生きとし生けるものにはすべて太陽が必要なのだ…それを奪おうとする者は許せんっ!! 力及ばずとも戦うのみ!!』
「太陽…なぁ…太陽を憎悪する俺は何を道しるべにしてるのかなぁ?」
一瞬だけ苦しげな表情を浮かべたエターナルの呟きは、ハドラーとザボエラの耳に入ることはなかった。
決死のクロコダインではあったが、竜の騎士の持つ攻防一体の竜闘気の前に一切の攻撃が通用せず、右腕を折られ右目をも潰されてしまう。
敵討ちとバランの前に進むポップだったが、クロコダインに止められる。
ロモスでの戦いで自分に命懸けで向かってきたポップの姿に、信じ合いながら戦う人間の素晴らしさを見たというクロコダイン。
『俺の心の濁った汚れを取り除いてくれたのはポップ…お前だ!!』
ポップがぬぐってくれた心の目でバランを見据え、命をかけるクロコダインの姿にエターナルは何故か羨ましいと思った。
お互いに最後の攻撃を仕掛けようと対峙するバランとクロコダイン。その時、水飛沫をあげてダイが湖面から浮上した。
「いつの間にかレオナ姫がいねェ…湖に潜ってダイを救ってたのか…結構、根性あったンだな」
ダイとクロコダインの作戦は、まずダイがバランに向けてアバンストラッシュを放ち、その方向へクロコダイン最強の一撃を撃つことにあった。
作戦は成功し、竜闘気を突き破ってバランにダメージを与えたまでは良かったのだが、そこでバランは思いもしない奇策に出た。
なんとバランはダイとお互いの竜の紋章を共鳴させ、ダイの頭脳に全エネルギーを送り込み、人間としての記憶を吹き飛ばしてしまったのだ。
力を使い果たしたバランは去り、後に残されたのは記憶を失ったダイと、その事実に打ちひしがれる仲間の姿であった。
「あんのヒゲオヤジぃ…!!」
映像を見終えたエターナルは激昂していた。
「結局はテメェの息子を復讐の道具としてしか見てねーじゃねェかっ!!」
「姫様…」
「今回、俺と組む時な…バランは云ったンだぜ…? 息子のディーノを取り戻したい。それが叶った暁には親子でバーン様のお役に立つってなっ!!
それがなんだっ!! あれが親子かっ!? 父親であると名乗る前に、共に人間を滅ぼせだぁ!? お前は竜の騎士の例外だぁ!?」
エターナルの怒りに呼応するかのように、彼女の周囲に数本の炎の柱が立ち上がる。
「俺は正直、ダイが羨ましかったンだぜ! 自分を愛してくれる肉親がいる事に! バランの人格なら十何年の時間なんてすぐ埋めていい親子になると思ってたのに!!
だから俺は周りくどいやり方でダイには人間に少しだけ疑問を持つように誘導して、バランや魔王軍にも心が傾くようしてお膳立てしたというのに!!
ふざけやがってっ!! 本当にダイを愛してるってンならテメェの復讐心に巻き込むンじゃねェ!! テメェと魔王軍とじゃ人間を攻撃する動機が違うンだよ!!」
炎の柱が螺旋を描くようにエターナルの周囲を旋回する。
「ヒィィィィィィィ!?」
ザボエラが頭を抱えて逃げ惑う。
「落ち着け、エターナル…暑くて敵わぬ…いい加減、贄蝕みの炎(にえはみのほむら)の暴走を抑えよ」
「これが落ち着いて…!!」
「余では不服か?」
バーンの声にエターナルは一瞬、泣きそうに顔を歪め、すぐにバツが悪そうに俯いた。
同時に炎の柱は始めから無かったかのように掻き消えた。
「余が父親では不満か? 余はそなたの父たり得ぬか?」
「悪ィ…頭ァ冷やしてくらァ…悪いが俺をここに呼んだ理由はまた戻ってきた時に聞くわ…」
エターナルは無理矢理無表情になり、足早に大魔王の間から退室する。
「そのことだがな…そなたはすぐにバランと合流すれば良い…その後はそなたの好きにせよ、と命じるつもりであった。用件は以上だ」
背後からの声に振り向く事はなく、それでも頭を下げて扉の向こうに消えた。
去り際に、とっつぁん、と一言零して。
「あ、あのぉ…バーン様?」
「ザボエラか…いかがした?」
「先程の口振りからバーン様とエターナル様との間には血のつながりがないように思えましたので…それにニエハミノホムラとは一体?」
「確かに余とエターナルには血のつながりはない…それがどうした? 何か不都合でもあるのか?
それと贄蝕みの炎のこと…ザボエラよ…そなたがそれを知る必要があるのか?」
薄布の裾が波打つほどに増したバーンの威圧にザボエラは、滅相もないと慌てて大魔王の間から逃げ去った。
「やれやれ…我が娘ながら落ち着きのない…再来年には五百歳になるというに…」
「姫様はお優しすぎるのです…敵に対して容赦がないのも下手に加減をすれば、情けを生じてトドメを刺せなくなる事を恐れるが為…
今回の事もそうでしょう。ダイの力試しにおいては、あれは戦いではなく稽古感覚だったに違いありません。
十中八九、姫様はダイにかなり感情移入されているはずです。だからダイの引き抜きには並々ならぬ期待をされていたのでしょう」
「あれだけの憎悪を抱えていながら、愛情の許容量も巨大な娘ゆえ…人や魔族、竜、モンスター、精霊と分け隔てなく愛するからな…
あの忌々しい精霊ルビスやヴェルザーが猫可愛がりにし、自分の娘にするからよこせと三日と開けずに催促するほどに…な」
「ダイが魔王軍に下った時、姫様がダイをどのように扱うか…目に浮かびますな」
自らの保身の為にあれこれ考えていたハドラーには、バーンの溜息が聞こえることがなかった。
あとがき
うーむ、竜の神殿からダイが記憶を失うまでのダイジェストっぽくなってしまいました(汗)
それと今回は第壱話のように三人称視点で進めました。魔王軍サイドでは三人称、アバンの使徒との戦いでは一人称でいこうと思っています。
そして我らがターさん、実はバーン様との血のつながりはありませんでした(爆)
冒頭もちょっと(?)エロエロな感じで始まっちゃいましたし、読者様の反応が怖いです…
意味ありげな(中二病っぽいとも)名称も出してしまいましたし…伏線だけは絶対に回収しないと…(汗)
それでは、また次回に。