死の大地の南東にマルノーラという大陸がある。
そこには世界最北の国オーザムがあったのだが、フレイザード率いる氷炎魔団によって滅ぼされている。
極寒という厳しい環境もさることながら、フレイザードによって住民の殲滅が駐屯している氷炎魔団に命じられていた事もあって復興はほぼ絶望的と見られていた。
しかし、いつしか氷炎魔団からの連絡が途絶え、幾度となく物見が派遣されたが帰ってくる者は皆無であった。
かろうじて悪魔の目玉を使った通信で、「雪が消えた」というメッセージが届けられただけだった。
余談だが悪魔の目玉に映し出された魔族の少女は両目を抉られ、鼻や耳を削がれ、顔中が焼け爛れた状態であり、先の言葉を最後に事切れたという。
「いくら憎い魔王軍が相手とはいえ容赦が無ェな…こりゃァ俺達も褌締めてかからねェと二の舞になンぜ」
マルノーラ大陸の南側海岸に打ち捨てられた魔族やモンスターの死体を見渡しながらエターナルは顔を顰めた。
死体は一つとして五体満足のものは無く、いずれも四肢が切り落とされているか、顔が刻まれているか、或いは臓腑を抜かれていた。
かつて極寒の大陸と呼ばれていたマルノーラ大陸ではあったが、今は強い日差しが地上へと降り注いでおり、それが死体の腐敗を早めている。
海岸は最早この世の地獄といった有り様だった。
「どいつもこいつも断末魔の表情が半端ねェな…この娘なンざ歯を全部抜かれている上に首が真後ろォ向いてやがる」
エターナルは半ば腐り落ちた魔族の少女の顔に手を添えると瞼を閉じてやった。
すると少女の顔が微笑んだように見えたが、ザボエラは目の錯覚、或いは気のせいだと思う事にした。
「姫様、如何なさいますか? この者達は近衛騎士団や妖魔士団、百獣魔団の中から選りすぐって派遣した豪の者…
それが容易く全滅し、斯様に無惨な殺され方をしている以上、下手に動くのは危険と思われますが」
そう問いながらザボエラはエターナルの手を拭こうとするが、彼女の手には腐肉はおろか腐汁すらついていなかった。
「そうも云っていられめェよ。俺だけの私情でここに来たってンなら引き返すのもアリだが、とっつぁんからの任務もあるからよ。
今、オーザムがどういった状態なのか、この大陸を覆う結界が如何なるモンなのか、それを調べねェ事にゃァ…」
エターナルの両手に淡い光が灯り、打ち捨てられた死体の山へと向けられる。
「眠れ…残りの任務は俺が引き継ぐ…だから安心しろ…ニフラーヤ!!」
光は強烈な閃光となって周囲を照らすが、不思議な事にザボエラの目を灼く事はなかった。
「こ…これは…」
閃光が収まった後、ザボエラが目にしたものは、この世の地獄ではなく元の美しい白浜だった。
「無惨な最期を遂げた魂達に安らぎを与え、天へと帰すニフラムの上位魔法ニフラーヤ…ルビスのおっ母やん直伝の取って置きだ」
地上において魔界を思わせる程の障気と怨念に満ちた海岸を一瞬にして浄化したエターナルに、ザボエラは改めて畏敬の念を覚えずにはおれなかった。
「さて…そろそろ斥候に行かせたハドラーが戻ってくる頃かな?」
エターナルはオーザムの首都へと続く道へ目を凝らしながら呟いた。
予定では、ハドラーは正午までに海岸へ戻ってくる筈であり、報告を聞きながら弁当を使った後、首都に向けて出発すると決めていた。
太陽はもう南天へ差し掛かりつつあった。
「姫様! お待たせしました!!」
果して正午丁度にハドラーが海岸へと戻ってきた。
エターナルは昼食の準備の手を止めてハドラーを労う。
「ここより街道を北へ進んだ所に中規模の村を発見したのですが住民は一人も見当たりませんでした。
念の為、モシャスで人間に化けて村の様子を探って見ますと、人が生活をしていた痕跡がありましたので無人ではないと思いますが…
それと大陸を覆う結界の影響と思われますが、街道を進むにつれて疲労感と云いますか脱力感に襲われました」
一通り報告を済ませたハドラーは人の頭ほどもあるハムをペロリと平らげる。
「村の中に丸々と太った牛や豚がいたって事も考えると、人がいるのは確実だな。
元々オーザムは極寒の世界、外海からの訪問者などなかなか来ねェだろうし、村々の行き来も少ねェだろうから閉鎖的になってンのかもな?
だから人間に化けてたとしても、余所者ってだけで姿を隠した可能性はあるな」
こっそりくすねてきたバーン秘蔵のワインが注がれたグラスを弄びつつエターナルは次の行動を決める。
「とりあえずここいても埒が明かねェ。まずはその村に行ってみるか? 何かしらの情報が手に入るかも知れねェ」
二人が頷くのを確認したエターナルはワインを飲み干すと、手早く荷物を纏めて出発の準備に取りかかる。
住民に余計な警戒心を与えたくないという配慮から鎧を脱いで行動すると決め、ハドラー達もそれに倣う恰好になった。
「ンじゃ、行くとすっか!」
珍しく膝上十数センチのプリーツのついた黒いスカートを穿いたエターナルは、裾を翻しながら街道へと脚を向けた。
ハドラーの案内で街道を進むエターナルは僅かながらも体に違和感を覚える。
体が重いと云うのではなく、気分が悪いのでもない。強いて云うならば倦怠感に似ていた。
「人間である姫様にも影響が出始めているのでしょうか?」
「さてな? まぁ、この身はヴェルザーの親父の血を取り込ンでるからそのせいかもな」
エターナルは軽く腕を振り回す。
並の魔族なら疲労感に押し潰されて進めなくなるだろうが、軍団長クラス以上となれば障害にもならない。
全身甲冑を着て戦う方が余程苛酷だなというのがエターナルの感想であった。
「つーか結界は破邪の効果と云うよりも、結界内にいる生き物の生命力を吸い上げてるみてェだな?
こりゃ魔族やモンスターだからとか、人間には影響がないとか、そういうンじゃねェ…
下手ァするとオーザムの生き残りまでこの結界で殺られてる可能性があるぜ」
ふと辺りを見渡すと、街道の脇に広がる麦畑の中で何か白い影が動いているのが見えた。
「おっ? 第一村人発見!」
「姫様!? 少しは警戒を!!」
エターナルは男二人の目の前でスカートを尻っ端折りにすると、二人の諌言を無視して麦畑の中へと入っていった。
影の主は小さな老婆であった。彼女は広大な麦畑の中、たった一人で刈り入れをしていた。
まだ穂に実がつくどころか花も咲いていないというのに…
「悪いね。お母さん、ちょいと話を聞いてもらえるかい?」
一心不乱に大きな鎌を振り回す老婆の背後からエターナルが声を掛けるが、まるで聞こえていないかのように動きを止めない。
「…たい…たい…さま…いり…たい…たい…さま…いり…」
よく耳を傾けると、老婆はぶつぶつと何かを呟いていた。
「お母さん? は・な・し・を・き・い・て・も・ら・え・る・か・な!?」
今度は老婆の耳元で一字一字区切って声を掛けると、彼女はバネ仕掛けのように勢いよく振り返った。
そしてエターナルの顔をしげしげと見つめると、満面の笑みを浮かべて、鎌を大きく振り上げて跳びかかってきた。
「何しやがる!?」
老婆の行動に一瞬面食らったエターナルは鎌をかわすだけで精一杯だった。
「…たい…たい…さま…いり…たい…たい…さま…いり…」
「あん?」
老婆は老人とは思えないスピードで間合いを詰めると、エターナルに呼吸をする間も与えないほどの連続攻撃を繰り出してきた。
「…たい…たい…さま…いり…たい…たい…さま…いり…」
「さっきから何を云ってやがる!?」
息もつかせぬ連続攻撃も動きが単調なせいですぐに見切られ、エターナルのミドルキックが風を唸らせながら老婆の腹部を打ち抜いた。
加減をした積もりだが、何分相手は老体であるので殺さずに無力化できたかは疑問であった。
そしてその疑問はすぐに晴れた。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャハァ――――――――ッ!!」
口から血の泡を吹きながら老婆が再び鎌を振り回してきたのだ。
「めでたい…めでたい…巫女様のお嫁入りぃぃいいいいっ!!」
「巫女様?」
それがいけなかった。
老婆の言葉に気を取られ、普段であれば躓くはずのない小石に足を取られて尻餅をついた。
すかさずエターナルの腹の上に老婆が馬乗りになる。
「巫女様! 巫女様じゃぁ!! 巫女様が見つかったぞぉ!!」
老婆は首が千切れんばかりに頭を左右に振りながら鎌を振り上げ、
「メラゾーマ!!」
巨大な火球に上半身を飲み込まれて、腰から上を失った。
老婆の下半身を腹からどかして立ち上がると、安堵の溜息を漏らしつつこちらを睨む二人の男と目があった。
「悪ぃ…助かった」
油断していたとはいえ大魔王バーンの姫が一人の老婆に殺されかけたのだ。
エターナル一人でも殺される事だけはなかっただろうが、手傷の一つは負っていただろう事は想像に難くはない。
だからこそエターナルは言い訳をする事なく二人に詫びたのだ。
「姫様、最早この地は太陽神信仰のテリトリーと考えて良いでしょう。相手が人間でも油断は出来ない、否、我々の常識は最早通用しないかも知れませぬぞ」
「まったくだ。俺も現実に殺されそうになったからな。のどかな風景を前に、魔王軍の精鋭が全滅した事実を忘れていたらしい」
そこでハドラーが首を捻る。
いくら暢気な田園風景が広がっていたからといって、あの油断も隙もならない姫がこんな無様な油断をするだろうか、と。
ましてや海岸に広がる地獄絵図をつい先程見たばかりなのである。
そして気付く。
「姫様、俺も老婆に向かって姫様が駆け出す姿を見て、苦笑はしても焦燥は感じませんでした」
「云われてみれば、ワシも姫様が襲われる瞬間まで、のどかな時間だとさえ思っておりました。
もしやこの結界は生命力を奪うだけではなく、意識を今のように誘導するような効果もあるのやも知れませぬ。
そう考えればあの精鋭が為す術もなく全滅したのも頷けますわい」
ザボエラの考察にエターナルも思わず唸った。
「爺さんの云う通りかもな。この結界の意図はまだ読めねェが、マジで褌締めてかねェと気力も体力も根刮ぎ奪われかねねェぞ」
そこでエターナルは眉を情けなくハの字に下げた。
「姫様? 如何なされました?」
「褌で思い出しちまった…なぁ、さっき尻餅ついただろ?」
「ええ、先程は肝を冷やしましたぞ」
「それでな…今日の俺はスカートだ…それに裾を上げてた訳でな…」
エターナルは手で尻を押さえる。
「しかもよりにもよって土がぬかるんでやがった…」
エターナルは荷物袋に手を突っ込むと、小さな白い布製の物を引っ張り出した。
「ちょいと待っててくれ。そこの茂みで取り替えてくる…」
少し離れた茂みに向かうエターナルの背中はかなり煤けていたとザボエラは後述している。
「近衛騎士団・アパレル課の連中に勧められるままスカートで任務に就くンじゃなかったぜ…」
「…一体近衛騎士団にはいくつ課があるのじゃろうな?」
「さてな…噂じゃ近衛騎士団の中で傭兵部隊を作るつもりらしく、自分達を売り込む為の営業課などというものまであるらしいぞ」
下着を替えたものの未だに肩を落としているエターナルのぼやきに、ハドラーとザボエラは揃って溜息をついた。
「ここが例の村か。典型的な農村だな…アレさえ無ければ…」
ハドラーが発見した村に到着した一行は村の入り口から一歩も踏み込めずにいた。
何故ならば、入り口から見える広場の中央に大きな篝火が焚かれ、数体の魔族の死体が網焼きにされていたからだ。
その周囲を数十人の村人が囲み、何かしらの肉に舌鼓を打っていた。
その肉が何であるのか極力想像しないように努める三人であった。
「こりゃァ村の中を突っ切るのは危険だな…かと云って村を避けるとなると山越えになるし、どうすンべ…」
村人に見つからないよう入り口の門の陰に隠れて相談していると、不意にエターナルのスカートの裾が引っ張られた。
「……ん?」
見下ろすと五、六歳くらいの女の子がエターナルのスカートを掴んで無邪気に笑っていた。
「お姉ちゃん、どこから来たの? お隣の村の人?」
どのように返事をしたものかと逡巡している内に、女の子の手はエターナルの髪に移っていた。
「わぁ♪ お姉ちゃんの髪の毛、銀色で綺麗♪ もしかしてお姉ちゃん、外国の人? だってオーザムには銀色の髪の毛人いないもん」
物怖じせずに話しかけてくる女の子にエターナルは苦笑しながらしゃがむと、視線を合わせて答える。
「そうだ。お姉ちゃんは外の国から船でここまで来たンだよ」
すると女の子は満面の笑みを浮かべて、
(ん? なんかどこかで見たパターンだな?)
「じゃあ、余所者だね♪ 余所者は死んじゃえ♪」
大振りのナイフで斬りつけてきた。
「危ねェ!? さっきのババァと同じパターンかよ!!」
咄嗟にナイフを掴む手を取って投げ飛ばす。
「みんな!! 余所者だよ!! ここに余所者がいるよ!!」
背中から勢いよく地面に叩きつけられながらも女の子は村人達にエターナルの所在を伝える。
「余所者だぁ!! 入り口に余所者がいるぞ!!」
「殺せ!! 余所者はみんな殺せ!!」
「よく知らせてくれたメアリー!! 褒美に今夜はこの女の心臓を食わせてやるぞ!!」
村人達は食事を中断して手に手に農具を持って駆け寄ってくる。
「クソッタレ!! マジで厄介だな、この結界! 警戒心がすぐに薄れやがる!!」
干し草を持ち上げるピッチフォークを突き出してきた村人の首を蹴りながらエターナルがぼやく。
村人は首の骨が折れたのか顔を真横にして倒れるが、すぐに笑いながら起き上がる。
「巫山戯やがって!! 首の骨を折ってもくたばらねェのか!?」
「この結界のせいなのか、太陽神への狂信から精神が肉体を凌駕しているのか、生半(なまなか)な攻撃では倒せそうにありませんな!!」
ハドラーは両手に地獄の爪(ヘルズクロー)を出して数人の村人を一気に屠る。
「そのようじゃな!! メラゾーマ!!」
ザボエラの杖の先から巨大な火球が飛び出すが、彼らは一人の村人を楯にする事で犠牲を抑える。
「こやつら死を恐れていない!? し、しまった!!」
メラゾーマを用いてすら大したストッピングパワーを得られなかったザボエラに農具を凶器にした村人達が殺到する。
「イオラ!!」
その村人達に立ち塞がるように無数の魔力の球体が現われ、彼らに殺到する。
村人に触れるか地面へと着弾した球体は大爆発を起こして周囲を吹き飛ばす。
「あのババァン時の借りは返したぜ!!」
サムズアップするエターナルにザボエラも苦笑しながら親指を立てて返す。
窮地を脱したザボエラは呪文をギラ系に切り替えて村人達を少しずつ確実に倒していく。
「ええい! 鬱陶しいわ!! イオナズン!!」
ハドラーも負けじとイオナズンで数軒の家ごと村人を巻き込むが、倒壊した建物を乗り越えるように次から次へと増援が現われる。
「クソ!! キリがねェ!! 本当に一回滅ぼされた国なのかよ!?」
エターナルは五十人斬り捨てたところで数えるのをやめていたが、もう既にその倍は斬っているはずだ。
しかし一向に攻撃が緩む気配が見えない。
「お姉ちゃん♪ あ・そ・ぼ♪」
その時、入り口でエターナル達を見つけた女の子が数人の子供達を引き連れて戻ってきた。
きな臭い。子供達は全員、体から煙を吹き出している。
「…ッ!! 導火線が燃える臭い!!」
駆け寄ってきた子供の一人を捕まえると鍬や鎌を手に迫ってくる村人に向かって投げる。
次の瞬間、子供は爆発霧散し、多くの村人を巻き込んだ。
「自爆だと!? テメェら、餓鬼に何させてやがる!!」
「余所者は殺せええええええええええっ!!」
エターナルの叫びも村人達には届いていない。
「お姉ちゃん♪ どこ行くのぉ?」
「しまっ…!?」
子供が自爆するという状況に動揺した一瞬の隙をつかれてエターナルの両足に子供達がしがみついてくる。
子供とは思えない万力のような力で脚を掴まれて振りほどく事ができない。
それに生来の優しさが自爆しようとしている子供を蹴り飛ばす事に無意識のブレーキをかけていた。
「お姉ちゃん、一緒に逝こうね♪」
「冗談じゃねェぜ!! 俺ァ死ぬ時はベッドの上で腹上死って決めてンだよ!!」
絶体絶命の中、エターナルの耳に笛の音が微かに聞こえたような気がした。
「姫様!!」
ハドラーとザボエラの悲鳴に近い叫びが轟く中、諦めず女の子の顔を掴んで引き剥がそうとしていたエターナルは確かに見た。
「太陽神様!! この聖戦の勝利を貴方へ♪」
女の子の顔の皮が捲れ上がり、無骨な人形の顔がそこにあった。
「魔王軍・魔軍顧問エターナルを十二使徒が一人、傀儡(くぐつ)のアンティーラが討ち取ったり♪」
次の瞬間、エターナルは閃光と轟音、そして衝撃に包まれた。
オーザムの首都の中央に建造された豪奢なオーザム城の会議室で三人の姿があった。
「どういう事かしら? 何故、あんな村に傀儡のアンティーラがアンブッシュ(待ち伏せ)してるの?」
淡い桜色の髪を腰まで伸ばした女性が垂れがちの目を細めて問いかける。
「私の指示だ。今現在我ら四人の中でも自由に動け、尚かつ巫女様の奪取が可能な実力者はアンティーラだけだからな」
蒼い髪をアップに纏めた切れ長の目をした女性が事も無げに答える。
「アンティーラが強いのは私だって百も承知よ!」
「アニマよ。ならば問題あるまい?」
激昂するアニマに冷たい眼差しを送りつつ蒼い髪の女性は紅茶を一口啜る。
「問題大有りよ!! アンティーラはかつて巫女様候補の中でも一番巫女様に近いと謳われた美貌と魔力の持ち主だったわ!!
でも実際に巫女様に選ばれたのはエターナルだった…アンティーラは今でもその事を恨んで…いえ、妬んでいるのよ?」
「アニマ…まさかアンティーラが巫女様を殺すとでも云うのではあるまいな?
馬鹿を云え。そんな事をしてもアンティーラが巫女様になれる訳ではないのだぞ?」
「ええ、いくら実力があろうと結局巫女様を選別するのは太陽神様のご神託…アンティーラがあの子を恨むのは筋違い…
でもね? 数百年生きようと、人外の力を持ってようと、私達の本質は人間なのよ? 感情という怪物だけは完全に制御なんてできないわ」
アニマは目の前の女性が淹れた紅茶を飲んで顔を顰めた。
「サティア…貴女は何回教えても美味しい紅茶の淹れ方を覚えないわね…どうやったらここまで香りが飛んで尚かつエグ味を引き出せるのよ」
サティアと呼ばれた蒼い髪の女性はそっぽを向いて鼻を鳴らした。
「フン、茶なんぞ飲めれば文句はあるまい。それは巫女様とて同じ事だ」
「どういう意味よ?」
「確かにアンティーラが巫女様に良い感情を持っていない事は私とて百も承知だ。
だが、だからこそコントロールも容易なのだ。要は巫女様を殺さなければ私に文句はない」
アニマは一瞬にしてサティアとの間合いを零(ゼロ)にすると、胸倉を掴んで持ち上げた。
「貴女、アンティーラに何て云ったの!?」
「フン、巫女様はエターナル様であるという決定は覆らん。感情のままあの御方を殺せばアンティーラ、お前は反逆者となる。それはお前も望むところではあるまい、と」
「そして、こう続けたのね? 巫女様は偉大なる太陽神様の精を受け、光の救い御子様を産むのがお役目、ただそれだけ…と」
アニマの眠っているかのように細かった双眸が見開かれ、鮮血のように真っ赤な瞳がサティアの絶対零度の銀色の目を射抜く。
「そう、最悪、生きて子宮さえ無事ならエターナル様が如何様なお姿になろうと問題とするところではない。それさえ守って貰えれば後はお前の裁量に任せると、な」
「そんな事、私が許さないわ。あの子には…エターナルには指一本触れさせない!!」
「できると思うのか? 今のお前は教皇様の魔力でかろうじて生き存えているゾンビに過ぎん。お前の翻意が教皇様に伝わった瞬間、お前はたちまち死骸に化ける」
サティアの手がアニマに触れると電流のようなショックが腕に走り、思わず彼女を放してしまう。
「安心しろ。エターナル様は神の子を産む宿命を帯びた御方…いくらアンティーラが嫉妬に狂ってもそこまで無茶はしまい」
「だから感情は完全に制御できないって云ってるでしょ」
腕をさすりながらアニマはより一層サティアを睨む。
「フン、よしんばアンティーラが巫女様を殺すか、出産に耐えきれんほどのダメージを与えていたとしても問題はない」
サティアの見る者を凍えさせる視線がアニマを捉える。
「いざとなれば巫女様の子宮のみを生かし続ける事はできる。死者に新たな命を吹き込む事ができる教皇様ならば容易い事」
愕然とするアニマをよそに、サティアは一言も口を利いていない三人目に声をかける。
「そういう訳だ。悪いがお前の出番は無くなりそうだな?」
すると貴族然とした恰幅の良い五十絡みの男が口を開いた。
「じゃあ、俺様は帰るわ…俺様も暇じゃなくてよ? スカイオーシャンの野郎から頼まれ事があるんでな…」
男は豪快におならをしながら席を立つと、大きなお腹をゆさゆさ揺すりながら会議室を出て行く。
サティアはの後ろ姿を忌々しげに見送った。
「相変らず下品で知性の欠片もない男だ!! アレが我らと同じ十二使徒の一人なのだからおぞましい!! おまけに教皇様を呼び捨てにするとは!!」
「彼は元々太陽神信仰の信者ではないもの。教皇様にその腕っ節を見込まれて十二使徒になった謂わば傭兵のようなものよ。忠誠を求める方が無茶よ」
「分かってる!! だが、どうしてもあの男の品の無さだけは我慢が出来んのだ!!」
先程、激昂するアニマを冷静に追い詰めていた時とは真逆に頭を掻きむしり地団駄まで踏んでいる。
余程、あの男の存在はサティアの感情を掻き乱すのだろう。
その姿に幾分溜飲が下がったアニマは控えめなノックに気付いた。
入室を許可すると、オーザム兵の鎧を着た青年が入ってきた。
「報告いたします!! 先程、南東にある農村にて傀儡のアンティーラ様と巫女様が戦闘を開始したとの事です!!」
思わずアニマは天を仰いだ。
「もう二人が激突したの…早すぎるわ。今のあの子じゃアンティーラには勝てない。
だから私はまずあの男、そして私と戦わせる事で力をつけさせてあげたかったのに…
今は太陽神様に祈るしかないわね。あの子が無事にアンティーラから逃げられる事を…」
アニマは両手を組んで太陽に祈るが、彼女は一つ失念していた。
エターナルにとって太陽神こそが最大の敵であるという事実を…
あとがき
まずは八ヶ月近くも放置してしまい申し訳ありませんでした(汗)
理由はいくつかあるのですが、大きなものとしては…
一つ。
春入社の新入社員の育成の責任者だった為、指導に時間を取られた事。
二つ。
昇進して新しい環境に馴染めず徐々にモチベーションが下がった事。
三つ。
実は三社ばかり賞に小説を投稿してまして、その執筆と準備に明け暮れてこちらが疎かになってしまった事。
結果? 二社が一次選考も通らなくて、一社は一次選考だけ通りました。現実は厳しいですわw
四つ。
子供が通う小学校でPTAの役員に選ばれてしまった事。
こんなところです。
最近になって漸く時間に余裕が出てきましたので久方ぶりに筆を取りました。
一応、執筆再開となりましたが、仕事が忙しい事には変わりなく、更新は亀の歩みになると思います。
さて、今回から新展開のオーザム編ですが、いつにも増してダイの大冒険の雰囲気がありません(おい)
おまけにこの八ヶ月の間に思いついたネタをどんどんやろうとした結果、オーザム編の一番手が変わったりと散々です(汗)
しばらくはほとんどオリジナル展開に加え、クロスネタがかなり入って来ますので不快感を覚える方もいらっしゃると思いますが、お付き合いの程宜しくお願いします。
それでは、また次回に。