ロモスで開かれた武術大会は結果から云えば大成功と云えるだろう。
世界各国から腕自慢を集めるという目的は達せられ、諸外国からやってきた観客達は沢山の金をロモスに落としていった。
大会出場者の中から有志を募り、魔王軍との戦いに備えて傭兵として雇う事もできるだろう。
これでロモスはベンガーナ軍にも劣らぬ戦力を手に入れた事になる。
問題があるとすれば、大会優勝者である雷神のアニマことマリア嬢が姿を消してしまった事だ。
「しゃーない…ちと締まらねェがマァム、繰り上げでテメェが優勝って事にさせて貰うぜ」
頭をガシガシ掻きながらエターナルが提案すると、マァムは一瞬だけ不満げな表情を浮かべたが周囲の言葉もあって頷いた。
なお三位決定戦で引き分けとなったダイとディーノは、ジャンケンというこれまた締まらない勝負の結果、ダイが準優勝、ディーノが三位と決まった。
半壊した舞台の脇に設置された表彰台に上ったマァムの首に精霊ルビスが手ずから作ったとされるルビスの護りが掛けられる。
「よく似合ってるわ。まるで貴女の為に作られたようね」
表彰式で再び純白のドレスを纏い余所行きの言葉遣いになったエターナルは微笑むとマァムの不意を突くように素早く頬に口づけを贈った。
マァムも始めは驚いた表情をしていたものの、慣れたのかすぐに苦笑に変わった。
「この天空の楯はかつて天空人と人間の混血児である勇者が使っていたものです。天界の至宝とされている武具の一つ…勇者様のお役に立てれば幸いですわ」
ダイは自分の小さな体には不釣り合いな楯を複雑そうに見ていたが、表彰式が進まないので受け取る事にした。
手にしてみて呪いの類がかけられている様子がない事を察して密かに安堵の溜息を漏らしたのをエターナルは苦笑して見ていた。
「遣い手がいなくなって久しいかったのですが、大魔王バーンの出現により少しでも人間の救いになればと神々が母、精霊ルビスを通じて私に下賜されたのです。
私はこの楯に相応しい人物が現われる事を願って大会を開いたようなものですが、こうして勇者様の手に渡った事に運命を感じずにはおれません」
エターナルが目尻に浮かんだ涙をそっと袖で拭うと観客達から盛大な拍手が巻き起こった。
ダイはと云えば困惑する一方である。敵であるエターナルが天界の武具を寄越した事も疑問だが、こう盛り上がられては今後、天空の楯を使うよりなかった。
改めて手の中にある楯を見るが怪しい点は一つもなく、むしろ神々しく自分が手にするのは畏れ多いのではと気後れした程である。
罠ではない。しかし魔王軍が自分を侮ってこのような施しをしたとも思えなかった。何しろ自分が準優勝になったのは大会の組み合わせとジャンケンの結果だからだ。
つまり自分以外の誰かが天空の楯を手にしていた可能性もあるのだ。ダイが天空の楯を手に入れたのは全くの偶然でしかない。
そして、いつぞやの覇者の剣のような偽物である可能性も低い。どのような材質かは分からないが、少なくとも鎧の魔剣に使われた金属に匹敵するだろう事は察した。
それに加え、今のエターナルは精霊界の姫という触れ込みでロモスにいる。もし天空の楯が偽物であると発覚すればエターナルはおろかルビスの名をも貶める事になる。
皆の前ではルビスをぞんざいに扱っているかのように振る舞ってはいるが、実際には実の母娘(おやこ)以上に愛し合っている事は明白である。
そんなエターナルが敬愛するルビスの名を貶める事をするかと問われれば、答えは否である。ならば、やはりこの天空の楯は本物であると見て良いだろう。
疑心暗鬼に陥るダイにエターナルは意味ありげに口の端を歪めたのだが、思考の迷宮に嵌ってしまっているダイはそれに気付く事はなかった。
「第三位の騎士・ディーノには女神の指輪を進呈します。これも天空に二つと無い至宝、貴方がこれを正義の為に使ってくれる事を祈っています」
エターナルの言葉にディーノは力強く頷いた。
元より正義の為に戦う事は本人も望むところである。尤もその正義が人間から見てのものではない事は読者諸兄諸姉には周知の通りであろう。
ディーノは、正義とは立ち位置によってあっさりと覆される曖昧なものだが有効だ、と云うエターナルの教えを心の中で思い返していた。
「人様ァ殺してナンボが身上の腐れ渡世の俺達軍人にはそういった指標が必要なンだ。だからといって正義を大義名分にして人殺しを是とするような下衆にはなるなよ?
それこそ只の殺人狂…異常者だ。敵を倒す事を躊躇うのは愚か以外の何モンでもねーよ。でもな、自分が戦う意義を自問しなくなるようになったら…もうお仕舞いだよ…」
その言葉を思い出し、高らかに嗤いながら弱者を殺戮し、街々を蹂躙する自分を想像してしまったディーノは思わず身震いした。
だからこそ万感の想いを込めて答えるのだ。
「了解しました。この力は正義の為に…なれど正義に酔う事なく戦う事を精霊ルビス様に誓います!!」
左胸に右手を当てて誓いの言葉を発するディーノの姿は正に威風堂々。
観客達からは感嘆の溜息が漏れ、時を置かずして黄色い声援が上がった。
「正義に酔う事なく…」
噛み締めるように繰り返すダイの声をマァムは黙って聞いていた。
こうして大盛況の内にロモス武術大会は幕を閉じたのだった。
大会終了の夜、ロモス城では武術大会の成功を祝して饗宴が催された。
大会関係者は元より、大会出場者も参加を許された無礼講の大酒宴である。
ある者は美酒に酔い、ある者は贅を尽くした料理に舌鼓を打ち、大会の中にあった数々の試合の批評をし合う者達もいて賑々しいものとなった。
宴もたけなわという時にダイ達はロモス王に呼ばれる事になった。
「世界会議(サミット)!?」
「そうじゃっ!! 世界中の王や最高指導者達が一堂に会して魔王軍と戦う為に立ち上がる時がやってきたのじゃっ!!」
ダイの顔が一気に蒼白になった。
世界中の人間達が一丸となって魔王軍に立ち向かう為の重大な秘密会議を今、魔王軍の大幹部であるエターナルに知られてしまったからだ。
ダイは自分の迂闊さを呪った。いくらエターナルの素性を明かせない状況だったとは云え、今の状況を防ぐ手立てはあったはずなのだ。
見ればマァムも複雑そうに表情を歪めていたが、ふと思いついたように目線を横に動かした。
マァムの目線の先を目で追うと、平然とロモス王の話を聞いているエターナルとディーノの姿があった。
演技なのか、人間が集まったところで何するものぞと高を括っているのかは判ぜられない。
否、エターナル率いる近衛騎士団の中には有能な間諜が多数いるらしい事を聞いているので、既にサミットの事を察していた可能性もある。
いずれにせよ。魔王軍にサミットを見抜かれた事だけは確かである。
「素晴らしいですわ! 戦いの為とは云え、バラバラだった世界が一つになる事は歓迎すべき事です!!」
エターナルが感動の面持ちで賛辞を述べるのをダイは半ば呆れたように、否、事実呆れて見ていた。
エターナルは精霊界の代表のような扱いを受けている。つまりエターナルの言葉は精霊の言葉。ロモス王にしてみれば精霊に褒められたようなものだろう。
案の定、ロモス王は誇らしげにエターナルと言葉を交わしている。
いっそエターナルとディーノの素性を明らかにしてしまおうとも思ったが、今更それをしても無意味であると悟って口を閉ざした。
そんな事をしても自分を含めてこの場にいる全員が皆殺しになるのがオチである。ダイには未だにエターナルを倒すだけの心算が無かった。
よしんばエターナルを倒す事に成功したとしても、その後に困難が増えるだけという事はさしものダイも気付いてはいなかった。
まずエターナルは嘘を云っていない。彼女は魔王軍の将ではあるが精霊界の姫君という立場だという事も紛れもない事実なのである。
つまりエターナルが魔王軍である事を公表すれば、即ち精霊ルビスの姫が魔王軍に協力している事が公となり、精霊ルビス信仰の信徒に衝撃を与える事は明らかだ。
結果、少なくない信徒が信仰から離れるであろう事は予測できるが、それは取り立てて問題ではない。問題はその後だ。
精霊の権威失墜に伴い精霊ルビス信仰の信徒に対する弾圧が起こる確率は高いであろう。
ロモス王がエターナルに敬意を払っている事からも分かるように、精霊ルビス信仰は人間世界の権力機構にもかなり食い込んでいる。
当然、精霊ルビス信仰の中枢を担う人物にもそれなりの権力を与えられていた。
そして政治・宗教問わず自分が権力の座から引き摺り下ろされる事を座視する者など殆どいない。
権力の椅子にしがみつこうと必死に足掻く者も出てくるだろう。その足掻く者と精霊ルビス信仰を弾圧する者がぶつかり合えばどうなるか…
下手をすれば宗教戦争にまで発展しかねず、世界を纏めるどころか魔王軍に滅ぼされる前に世界が終わる可能性も低くはない。
それ程までに微妙な立ち位置にいるのだ。魔軍顧問エターナルという姫騎士は…
「如何でしょう? 精霊界の代表としてエターナル様もサミットに参加しては頂けないでしょうか?」
ロモス王の提案に流石のダイも慌てて反対しようとするが、その前にエターナルが首を左右に振った。
「我々精霊界はあくまで中立、この世界への過度な干渉を避けるという暗黙のルールがあるゆえに、申し訳ないのですがサミットへの参加はできません…」
「左様ですか…いや、今回の武術大会の賞品に精霊界や天界の秘宝をお与え下された事自体が人間にとって奇跡でありますからのぅ…無理は云えませぬな」
なんとか落胆の表情を隠そうとするロモス王にエターナルは母親が我が子を見るかのような慈愛の微笑みを見せた。
「精霊界の過度な干渉は大魔王バーンの怒りを買うだけでなく、天界の神々からも快く思われませぬゆえ、ご理解頂けて幸いですわ。
なれどロモス国には我々精霊に協力をして頂いた恩があります…その恩をこの私、エターナル個人が返すのならば問題はないでしょう」
「どういう事ですかな?」
表情に明るいものを見せ始めたロモス王とは逆にマァムは顔を顰めている。
僅かなりにもエターナルの為人(ひととなり)を知るマァムはどこかきな臭いものを感じたのだろう。
「マホカトールという呪文をご存知ですか?」
「おお! 存じておりますとも! アバンの使徒の一人であるポップが、勇者ダイの養父ブラス殿をかの大呪文で救った事は記憶に新しいですからな!」
ダイもかつてクロコダインとの戦いで魔王軍に操られたブラスをポップによって救われた事を昨日の事のように思い出していた。
改めてダイは自分が得てきた勝利はポップありきなのだという実感が甦った。
「話が早くて助かりますわ。それでは今よりマホカトールの破邪力をもってラインリバー大陸を覆い、魔王軍の侵攻から護りましょう」
ダイとマァムが目を丸くする間もなかった。
エターナルの足下に光り輝く五芒星が現われドーム状の光に包まれた。
「邪なる威力よ退け!! マホカトール!!」
五芒星と光のドームが恐ろしい勢いで広がり、あっという間に端が見えなくなってしまった。
ダイはアバンによってデルムリン島から邪悪な気配を一掃された時の感覚を思い出す。
エターナルは本当に大陸ごと浄化したのだと悟ったのだ。
「これでしばらくは魔王軍からの侵攻に怯える事はありません。それこそ大魔王バーンが直接出向いて来ない限りは安全でしょう」
もはやエターナルの真意を測るどころではない。
いくらエターナルが優しい心の持ち主と知ってはいても、これはやり過ぎだ。魔王軍から利敵行為と取られて重い罰を受けても文句は云えないだろう。
しかし、当のエターナルは涼しい顔で感謝の意を述べるロモス王と向き合っていた。
見ればディーノの顔にも非難の色はなく、むしろ優しい眼差しでエターナルを見つめていた。
混乱するダイに振り返ったエターナルは唇の右端を吊り上げていた。
やはり何か企みがあっての事かとダイは益々混乱の極みに陥った。
「…っ!?」
いつの間にかダイはエターナルに抱きしめられていた。
控えめな香水と清潔感のある石鹸の匂いがダイの鼻腔をくすぐる。
ダイの脳裏に何故か母ソアラの顔が浮かんだ。
「ロモスが人類の裏切り者になるかどうかはテメェの腹次第だ…迂闊な言葉は命取りと思え」
声は蚊が鳴くような小さいものであったが、ダイだけははっきりと聞き取れた。
ダイは二重の意味でギクリと体を硬直させた。
「な…何を…?」
「ロモスにこンだけ便宜を図ってやった俺が魔王軍だと知れればどうなると思う?」
人類の敵である魔王軍に様々な恩恵を与えられたと知れればロモスの立場が危うくなるであろう事は子供のダイでも理解できた。
大陸を覆う程巨大なマホカトールも魔王軍との裏取引の結果と勘ぐられても可笑しくはない。
少なくとも既に魔王軍に国を滅ぼされた指導者達や気性の荒いベンガーナ王からは良い目では見られまい。
勿論、魔王軍に騙されていただけだと主張すれば追及を避けられるかも知れないが、そこはエターナル、各国に間者を送っており、いつでも国民感情を煽る事もできる。
ロモスと魔王軍との裏取引の噂を流して反ロモス感情を植え付ける事くらいは朝飯前だろう。こういった調略も立派な戦術であるのだ。
これではサミットどころではなく、ロモスは人類の裏切り者として世界中から槍玉に挙げられる事は想像に難くない。
「その上でロモスの民は地上移住計画から免除すると宣言したらどうなると思うよ?」
ダイの顔色はもはや真っ青どころではない。
黒の結晶(コア)よりも厄介な爆弾をロモスに仕掛けられたと知ったダイは恐怖していた。
初めてバーンと対峙し敗北した時は、その戦闘力の違いに恐怖を感じたが、今、自分を抱きしめているエターナルからはそれとは違う恐怖を感じずにはおれなかった。
「別にロモスを人質に取るつもりはねーよ。ただ俺は自分の行動が後々にどのような影響を与えるか、先まで見据える事を覚えろと教えてやったまでだぜ?」
エターナルは震えるダイの背中をポンポンとまるで子供をあやすように優しく叩いた。
「強いだけじゃ戦争にゃァ勝てねーってこった。もうちっと頭ァ使う事を覚えた方がいいぜ?」
エターナルから開放されると、ダイは呼吸が止まっていたのか大きく息を吐いた。
「テメェがどうやってとっつぁんに勝ったのかはディーノとの試合を見て大体の見当がついた。お陰で竜魔人ダイ対策の目処も立ったぜ。ありがとうよ」
バーンとはまた違う次元の狡猾さを見せるエターナルにダイは言葉が見つからない。
「天空の楯はその褒美だ。それを使いこなせれば或いは俺とも良い勝負ができるかもな?」
「この大会の目的は…」
「テメェの実戦データを取る為に決まってンじゃねーか。まさか弟子の修行の仕上がりを見る為だけにこンな大掛かりな大会を開くほど酔狂じゃねーよ」
しゃあしゃあと云ってのけるエターナルにダイは黙って睨むのみだ。
「ついでにロモスにも楔を打ち込めたしな。今回は俺達魔王軍の勝ちってこった」
ダイは悔しげに歯を食いしばるしかなかった。
「まあ、俺も予期せぬマリアお姉ちゃんの登場で狼狽しちまったから、あまり偉そうな事ァ云えねーのが辛いけどな」
一変、エターナルは苦笑を浮かべてダイの頭を乱暴に撫で回した。
「一つ忠告してやろう…テメェは竜闘気(ドラゴニックオーラ)の防御力に頼り過ぎだ。攻撃力の高い技を身に付けるのは良いが、防御の技も磨いておけよ?」
ダイは酒宴の際に飾られた天空の楯に目を向ける。
「あの楯はデスピサ…ああ、名前を云っても分からねーか。とっつぁん以前に現われた伝説の魔界の王の攻撃にも耐えきったってェ代(しろ)モンだ。有効に使ってくれや」
「本当に貰っても良いの? バーンに怒られるんじゃないのか?」
「ハッ! その程度で難癖つけるほど狭量じゃねーよ! つーか、勇者が少々頑丈な楯を得た所で何の事やあらんと、一笑に付せねーで俺の親父を名乗れるかよ!!」
この言葉にエターナルがバーンに寄せる信頼が並々ならぬものだとダイは知った。
実際、バーン・エターナル親子が自分の体験したバーンの強さを遙かに超えているだろうという予感はあったのだ。
かつて死闘を演じた大魔王バーンは自分より強い者と戦った事のない“井の中の蛙”のような部分があったが、この世界にはエターナルがいる。
自分より強い者がいる状況でバーンが何も講じていないなどという愚挙は犯してはいまい。きっと自分が戦ったバーンより強いであろうと思っている。
「さて…次に会う時までテメェがどこまで強くなっているか楽しみだぜ。今度は俺も殺す気でかかるから半端なパワーアップは却って命取りになると思えよ?」
エターナルはダイに背を向けると魔法力を高めていく。
「ロモス王、どうやら精霊界に帰らねばならない時間が来てしまったようです。最後までお付き合いできずに申し訳ありません」
「おお! こちらこそ我ら人間に奇跡の品々を賜わり感謝の言葉もございませぬ。どうぞ精霊界に戻られても息災でお過ごし下され!」
「精霊界にて勇者様を始めとする希望の戦士達に武運がありますよう祈っていますわ。それでは、ごきげんよう」
エターナルは周囲に目線を動かし、マァムと目が合うと悪戯っぽくウインクしてルーラで去っていった。
ダイは複雑な表情で、マァムは頬を赤く染めつつ苦笑しながらエターナルが消えていった方向を見続けていた。
翌日。
大魔宮バーンパレス・大魔王の間にて魔軍顧問エターナルは大魔王バーンに謁見していた。
儀礼用の白銀の甲冑を纏い薄布越しに放たれる大魔王の威圧を涼しい顔で受け流している。
その後ろには魔軍司令バランが控え、彼の右手に魔影参謀ミストバーンが、左手には二代目竜騎将ディーノが跪いている。
「以上がロモス武術大会の顛末にございます」
数十分にも及ぶ報告を原稿も無しに淀みなく諳んじるエターナルにバラン・ディーノ親子は感心している。
もっとも二人の様子をエターナルが知れば、この程度の事で感心して司令官や軍団長が務まるのかよと、肩を落とす事請け合いである。
「ご苦労であった。余も悪魔の目玉を通して試合を観ておったがなかなかの戦い振りであったぞ。
ディーノよ。余はそなたのような強者を将として迎え入れられた事を幸運に思うぞ。大義である」
「ははっ! 勿体なきお言葉、恐悦至極にございます!!」
バーンの賛辞にディーノは畏まって答える。
「バランよ。そなたも良き跡取りを得たものよな」
「御意! 全てはエターナル様のご指導の賜物! 我が愚息を導いて下された恩は今後の忠勤をもって返させて頂きたく存じまする!!」
「うむ! 親子揃っての活躍、期待しておるぞ!」
バラン・ディーノ親子はほぼ同時に頭を下げた。
次の瞬間、バーンから発せられる威圧が増し、薄布の裾が波打った。
「なれどエターナルよ! 此度の醜態は如何なる事か! アニマと申す娘とどのような縁(えにし)があったのかは問わぬが、あれが魔軍顧問の姿か!!」
「面目次第もありませぬ! アバンの使徒を前にして無様を曝した報いは如何様にも!!」
エターナルは低頭して詫びるが、バーンからの返事は呆れたような溜息であった。
「心にもない事を申すでないわ。謁見が終われば、細かい事をつつくなと悪態を垂れるクセにな」
その言葉にエターナルは不敵に笑う。
「ケッ! 天下の大魔王なら細けェ事ォつつくモンじゃねーからな! まあ、毅然と対処できなかったのは確かだ。その叱責は甘ンじて受けるぜ」
「謁見は終わっておらぬわ! まあよい、そなたを戒めると同時に前振りでもあったからな。俯かれたままでも困る」
「前振りだァ?」
エターナルは謁見用の態度から普段の魚の濁ったような目付きに戻り薄布に映る鬼のような影を見た。
「うむ、エターナルよ。聞いたか?」
「聞いたって何をだよ? アンタの声なら今だって聞いてるぜ。そのくたばり損ねェの世紀末覇者みてェな小汚ェ声ならよ、最前から聞きたくなくたって聞こえてらァな」
「相も変わらず口の減らぬ娘よな。人が聞いたかと問うたならば、まずは何をと返せ。話が始まらぬ。茶々を入れるのが早いわ!」
エターナルは、そりゃ悪ゥ御座ンしたと、小指で耳の穴をほじりながら胡乱げな眼差しをバーンに向けた。
オーザムを覆う雪が消えた事だと大魔王は云った。
「ああ、しかも駐屯していた氷炎魔団とも連絡が取れなくなってンだってな。何日か前にわざわざロモスくんだりまで韋駄天のヒューマが報せに来たぜ」
韋駄天のヒューマとはエターナル率いる近衛騎士団に所属している騎士であるのだが武の素質が無く智にも秀でたものがないので常に仲間から馬鹿にされている。
しかしながら脚が早い事と何事にも一生懸命に取り組む姿からエターナルには可愛がられ、仲間内の連絡(つなぎ)役として重宝されている。
「既に滅ぼしている上に極寒という厳しい環境から生き残りがいても大した事はできまいと放置していたのが仇となったわ」
「俺の事ォ悪く云えた義理か。で、何か分かったンか?」
「どうやらオーザム全体を特殊な結界で覆われているようでな。生半(なまなか)なモンスターや魔族では近づく事すらできぬらしい」
エターナルの顔が露骨に顰められた。
「マホカトールみてェなモンかい。ンじゃ、調べようがねーなァ…行くとしたら少なくとも軍団長クラスの力量が要る…ああ、そうかい」
「そうだ。エターナルよ。これからそなたにはオーザムに向かって貰う事になる。任務はオーザムの詳細を掴む事と結界の破壊だ」
エターナルはバーンの声に若干の笑いが混じっている事に気付いた。
もっともそれに気付いたのはエターナルとミストバーンの二人のみであり、まだ付き合いの浅いバランとディーノにはその変化は分からなかった。
つまりバーンは、一刻も早くオーザムに行きたいと思っているエターナルの心情を汲んでいる、と云っているのだ。
「そなたはこのバーンの娘である。あのような醜態は二度も許さぬ。その為にも…必ず決着をつけて来い」
「はぁ…おっ母やんと云い、とっつぁんと云い、どうしてこうも俺の事を見抜くかねェ…了解しました。魔軍顧問エターナルは直ちにオーザムへ調査に向かいます!!」
敬礼するエターナルにディーノが同行を願うが退けられる。
「テメェら親子には世界各国の首脳陣の動きを見てて欲しいンだよ。地上の指導者が一堂に会するって事は一網打尽にできるチャンスってェ事だからな」
「それはごもっともな事なれど、何があるか分からぬ場所にエターナル様をお一人で行かせる訳にも参りますまい」
あくまで誰かの同道を願うバランにエターナルは不敵に笑う。
「今回の調査に連れて行くヤツはもう決めてるンだよ。おう、入ってこいや!」
扉が開かれると筋骨隆々とした威丈夫と子供のような背丈の老人が並んで大魔王の間に姿を現した。
「魔軍顧問エターナル様のお召しにより、氷炎魔団長ハドラー!!」
「妖魔士団長ザボエラ!! まかり越しましてございます!!」
バランは我が目を疑った。
ハドラーとザボエラがエターナルに連行されて色々としている事は察してはいたが、こうも変わるとは想像だにしていなかった。
見た目はさほど変わってはいない。ハドラーは顔の模様が巨大になり左半身が漆黒に覆われているが変化はその程度のものである。
ザボエラも額の飾りに一角獣の如き角があるのに目が向いたが、それ以外は特に変化が見受けられなかった。
しかしながら二人が身に纏っている雰囲気が以前の彼らではないと物語っていた。
ハドラーの目は獰猛さこそ失っていないが、驕りや過剰な功名心が伺えない。
ザボエラにしても狡猾そうな目の光はそのままであるが、その顔は自分の力量への自信があり、小柄で華奢な体に威厳のようなものが見て取れた。
僅か一月足らず顔を合わさなかっただけで二人は別人と見紛う程に変わっていた。
「どうよ! 元々相当な実力者だったこいつらを磨きに磨いた結果がこれだぜ!」
エターナルが誇らしげにハドラーとザボエラをバーンの前に引き出す。
「ほう…ただ立っているだけで以前と比べものにならぬ力を秘めているのが分かるぞ…この短い間にようも鍛えたものよ」
「驚くのは早ェぜ? おい、ヒゲ! ちょいとハドラーの相手をしてやンな!」
「姫様のご命令とあらば…しかし大魔王の間を穢す訳にもいきませぬので竜闘気の使用は封印致します」
エターナルに命じられてバランはハドラーと対峙する。
バランは更にバーンに命じられ真魔剛竜剣を抜き上段に構える。竜闘気やギガデインこそ用いてはいないがギガブレイクの構えである。
対してハドラーは無形のまま泰然と構えている。
その瞬間、バランの顔が強張った。ハドラーは構えらしい構えは取っていないが、バランは無言の重圧を感じ取っていたのだ。
「ええぇぇぇぇぇぇいっ!!」
自らの重圧を解きほぐすようにバランは気合をかけた。
ハドラーがすいっと間合いを詰めた。するとバランが思わずその動きに合わせるように下がった。
「ほう…天下無双の豪傑が下がったぞ。なんぞ仕掛けを考えたか」
「とっつぁんも人が悪いな? ありゃァ、ヒゲがハドラーに気圧されての事だ。その証拠に額から脂汗が出てやがる」
「あのハドラーがここまで格を上げるとは…このミストバーン、ヤツの訓練に付き合いはしたものの、ここまで成長するとは思ってもみませんでしたぞ!」
ミストバーンの感嘆の声にエターナルは誇らしげに微笑んだ。
魔軍司令バランの後退は壁際まで迫っていた。信じられなかった。多少は力が上がっている事を認めてはいたが、自分をここまで追い詰める程とは想像だにしてなかった。
そう、バランは心のどこかでハドラーを見下していたのだ。今更竜闘気は使えない。己が剣技のみで戦うしかなかった。
後悔、先に立たずとはこの事かと最前の自分を心の内で罵倒するバランの前にハドラーがひっそりと無形のまま立っていた。
「父さん、後がないよ」
愛息の声にバランは、「斬るぞ!」と威嚇するように体を前傾するがハドラーから隙は見出せなかった。
と、膠着状態を脱するかのようにハドラーが静かに後退して間合いを空けた。
その動きにバランは踏み込み様に上段の真魔剛竜剣をハドラーの脳天へと電撃の速さで落とした。
バランの上段斬りが届いたとエターナルとザボエラ以外の全員が思った時、ハドラーの右拳が弓を引くように左脇に引きつけられ…
そより
とバランの脇腹を襲った。
電撃の打ち下ろしとは対照的に緩やかに綺麗な円弧を描く裏拳だった。
結果は明白のはずだった。だが、その場にいた者が見た出来事は、後々アバンの使徒から恐れられる『そより胴打ち』がバランの脇腹に打ち込まれた瞬間だった。
どう、と音を立てて天下無双の竜(ドラゴン)の騎士が床に転がった。
「見事だ、ハドラー。よくぞ、ここまで強くなったものよ」
「恐悦至極!」
未だ起き上がらないバランを見る事なくハドラーは堂々とバーンに臣下の礼を取った。
「ハドラーはな、俺やディーノに何度もぶっ殺されていく内に死への恐怖が消えていったンだそうだ。
で、死への恐怖が消えたハドラーは自分の地位に執着しなくなった。当然だな。コイツが、自分が失脚する事を恐れていたのは、それが死と直結していたからだ。
だが、死への恐怖、地位への執着が消えてからコイツは変わった。自分がどこまで強くなれるのか、それ一点のみを想って修行に打ち込むようになったンだ」
それからのハドラーの進歩は目覚ましいものになったという。
今尚、エターナルに対して思うところがあるのは事実だが、彼女が憎まれ役になる事でハドラーを奮起させようとしていた事が分からない程愚かでもなかった。
ハドラーはエターナルに対する忠誠と若干の反骨心をもって己を高め、見事エターナルの期待に応えたのだ。
「今のハドラーの強さは俺が保証してやる。ヒゲもうかうかしてると折角手に入れた魔軍司令の座をあっさり奪い返されるなンて事もあり得るぜ?」
遠回しにバランにも精進しろと笑うエターナルだった。
バランは羞恥に顔が熱くなるのを感じた。屈辱もある。だが、この羞恥の根源はハドラーの力量を見抜けなかった自分の驕りにあった。
これが実戦だったら、裏拳ではなく地獄の爪(ヘルズクロー)だったらと思うとぞっとする。油断したなどという云い訳など立たない。
同時に、エターナルに見捨てられる事なく、彼女の指導によって僅かな時間でここまで強くなったハドラーが酷く羨ましくなった。
「ハドラーには俺の持てる格闘技術を叩き込ンだ。加えて地獄の亡者を打ち据える裁きの雷(いかずち)を敵に放つ呪文ジゴスパークを伝授してある。
これで天空の雷を操る竜の騎士と比べても遜色のない戦闘力を得たはずだ。しかも地獄から召喚する訳だからデイン系と違って室内でも使える利点もあるぜ」
更にエターナルはザボエラに目を向ける。
「ザボエラにも俺の持つ魔法技術を詰め込ンであるぜ。それだけでなく兵法も仕込みまくったからな。今後、軍師としての活躍が期待できるだろう。
そして目玉はコイツの額に移植した魔角(まかく)だ。これにより大気や大地、木石から魔力を吸収できるようになった。つまり魔力が無尽蔵に使えるって事だ」
額の角は飾りではなくザボエラの体の一部となっていたのかとバランとディーノは目を剥いた。
「まあ、傷口を真っ赤に焼けたナイフで抉る方がよっぽどマシってェ痛みを伴う手術によく耐えたモンだ…それだけで俺はコイツを尊敬するぜ」
「人を手術台に無理矢理拘束して尊敬も何もありますか…しかし、それによってワシがパワーアップした事も事実…感謝致しますじゃ」
ザボエラにジト目で睨まれたエターナルは明後日の方向を向いてわざとらしい笑い声をあげた。
しかし、すぐに笑いを引っ込めたエターナルはバーンに向かって跪き、ハドラーとザボエラも倣った。
「我ら三名、これよりオーザムに赴き、実態調査及び結界破壊の任に就きます!!」
「うむ! 十中八九、太陽神信仰が絡んでの事であろう。見事、オーザムからヤツらを一掃し余の期待に応えよ!!」
「「「ハハッ!!」」」
エターナルら三人はバーンの殻の激励に同時に覇気が込められた声で返した。
「それそうと…ディーノ、来い」
「ハッ! 魔軍顧問殿、何用でありましょうか?」
ディーノが小走りにエターナルに近づくと、大きな革袋を投げ渡されて慌てて受け止めた。
金属同士がぶつかり合う音が聞こえ、かなり重かった。
「留守中、バランとミストバーンと協力して各国の指導者の動きを監視するように…それはその軍資金と武術大会の健闘に対する褒美だ」
袋の中を覗くと金貨がギッシリと詰まっていた。
気が付けば足下にも同じ革袋がいくつも積まれていた。
「軍資金は分かるけど、大会のご褒美ってこんなに貰っても良いの?」
あまりの大金にディーノはバーンの前であるにも拘わらず素になってしまった。
「見返りが無ェンじゃ張り合いもあるめーよ。それに軍資金とも云っただろ? 装備を整えたり、ヴェルザー領から新しいドラゴンを買うなり色々とあるだろうよ」
エターナルは冥竜王ヴェルザーの娘でもあり現在、暫定的(本人はそう思っている)ではあるが二代目冥竜王としてヴェルザー領の管理もしている。
それゆえにバーン隷下の魔王軍でも乗騎としてのドラゴンの売買が許されているのだ。
「分かりました! 魔軍顧問閣下の留守中、魔王軍の軍備を整えておきます!!」
敬礼するディーノにエターナルは険しい顔で睨み付ける。
元々美形で彫りの深い顔をしているエターナルが怖い顔をすればかなりの迫力が出てくる。
案の定、ディーノはその迫力にたじろいだ。
「な…何、ター姉…?」
「テメェ、そうやって典型的な優等生な顔をしてとっつぁんやおっ母やんから褒められているようだが、隠れてロモスの娼館で遊ンでたのを俺ァ知ってンだぜ!」
「何っ!? ディーノ、本当か!?」
バランの叱責にディーノは顔を青くさせた。
「まあ、軍人たる者、いつ命を落としても可笑しくないから、笑って死ねるよう少しでも未練を断つようにって意味で娼館に連れて行ったのは俺だから責めてやるな。
こいつも数え年で十五歳、太古の世界じゃ元服といって大人扱いしていたから童貞じゃ恰好つくめェと思ってな。ロモスにある高級娼館で遊ばせたンだよ」
バランは苦虫を噛み潰したような顔で愛息と上司の顔を交互に見る。
「若いからな、酒色に溺れても別に咎めはしねーが、ケジメがつけられてないようだから、こうしてちょいと口煩くさせて貰ったってェ訳だ」
ディーノは端から見て気の毒に思えるほど俯いている。
「一人前になる勉強だから遊ぶのも大いに結構、だが本来の仕事に差し障るような遊び方は困るぞ」
「は…はい…」
「いいな? 俺がオーザムに赴いている間、テメェの留守居が気に食わなンだ時にはどのような仕置きを受けるかよぅく肝に銘じておけよ?」
凄味のある眼光にディーノは堪らず平伏した。
「ぎょ、御意!! 我が身命に賭けても軍備の補強は完璧にやり終えておきまする!!」
その様にエターナルは苦笑する。
エターナル自身、新郎を悲劇で喪ってから暴走して女色に走り周囲に迷惑をかけていたからこそ同じ轍をディーノに踏んで欲しくなかったのだ。
少々薬が効きすぎたかと思ったが、自重さえできれば女の肌を愉しむのもまた良しとも思っているのだ。
「その言葉を聞いて俺も安心してオーザムに行けるってモンだ」
エターナルは屈んで平伏するディーノの頭を撫でた。
恐る恐る顔を上げるとエターナルは既に微笑んでいた。
「一つ忠告しておいてやる。娼婦ってヤツは馴染みの客が離れないよう手練手管(てれんてくだ)を弄するものだ。お涙頂戴の嘘にコロッと騙されて嵌り込むなよ?」
既に馴染みがいる事を見抜かれてディーノは乾いた笑いをあげるしかなかった。
「フハハハハハハハハハハハハ!! 頼もしい限りだ! 流石はエターナルの愛弟子よな!! 男子たる者、こうでなくては頼りない。そう思うであろう、バランよ?」
「御意…にございます…」
バーンに笑われるわ、バランからは睨まれるわ、散々なディーノであった。
その翌朝、エターナル達はバーンパレスを立ちオーザムに向かう事になる。
果たして極寒の地に起きた異変とは? エターナルの行く手に立ちはだかる者とは?
それは次回の講釈にて。
あとがき
前回からかなり間が開いてしましました(汗) もう松も取れて新年の挨拶どころじゃありません。
年末年始が忙しかった事もありますが、最たる原因が新年以降の入社面接を私が受け持つ事になったからだったりします。
面接って受ける側も大変ですが、実際はする側の方が大変なんですよ。履歴書と十数分の会話のみで人となりを見ないといけないんですから(汗)
ああ、素晴らしき中間管理職…上からどやされ下からはせっつかれ、作中のハドラーの心境もこんな感じだったんですかねぇ(おい)
愚痴はこれくらいにして、今回は武術大会の始末とオーザム編への繋ぎの話でした。
ダイへの天空の楯提供に驚かれた方もいらしたかも知れませんが、実はこれもターさんの作戦だったりします。しかも相当エゲツない(ぇ
詳細は後々語りますが、少なくとも天空の楯は本物という設定だというのは明記しておきます。
まあ、最近のターさんはちょっとなぁなぁになっていたので、仕切り直しと私自身を戒める意味で、今回は少し怖いターさんを出してみました。
そしてハドラーとザボエラのパワーアップ。訓練風景は割愛してますが、いずれ回想という感じで出していくかも知れません。
次回からはターさん、ハドラー、ザボエラの三人パーティで進めていきます。華がないお供なので地味な展開になりそうです(おい)
プロットでは早速次回、十二使徒との戦闘になりますが、今までSSが書けなかった反動か、興が乗ってるので会話が長々となって戦闘はお預けになるかもですが(汗)
それとクロスネタが入るようになります。そういったネタがお嫌いな方もいらっしゃると思いますが、なにとぞお付き合い頂けますようお願いします。
それでは、また次回に。