マァム視点
試合が始まっても私とアニマさんはまったく動く気配はない…きっと見ている人達はそう思っているのでしょうね。
でも、それは大きな間違いで、私達はほんのミリ単位で動いている。相手に悟られぬよう自分に有利な体勢に持ち込もうとして…
試合開始時点と数分経った今の私達を見比べる事が可能なら、きっと観客達はこの変化に驚くだろうってくらい私達は動いていた。
初めは五間(約九メートル)あった間合いは、今では四間(約七・二メートル)まで縮まっている。
そしてアニマさんは初め正眼に構えていたはずだけど、いつの間にか八相の構えへと移行しており、少し前屈みになっている。
しかも刀身を後ろに引いて水平に寝かせていた。
この構えだと脇構えのように私から刀身は見えなくなる。見えなくはなるけどやはり短所もあるのよ。
刀身を敵から隠す事で、間合いや斬撃の気配を読ませない利点もあるけど、斬り込む際に刀身を回さないといけないから、どうしても斬撃が遅くなるという欠点もある。
「…秘剣『鬼疾風(おにはやて)』」
構えが完成したのか、アニマさんは仮面の下からくぐもった声を漏らした。
それきりアニマさんは動こうともしない。四間という遠間、斬撃に不利な刀身を隠した構え、『鬼疾風』という技名からも得体の知れない不気味さを感じた。
何かを秘めている…この遠間から仕掛ける以上、刀法だけでなく特殊な動きをするのではないかと察した。
「…『爪よ』」
かつてエターナルが命を預けていた万能手甲は、私の言葉に応じて鋭い鉤爪を出現させた。
アバン先生から教わった言葉に、『剣道三倍段』というものがある。剣術家と戦うには武闘家は相手の三倍の力量が必要らしい。
三倍どころか、はっきり云ってアニマさんの力量は私よりも数段上だと思っている。そんな彼女の剣と向き合うのに素手では確実に負けるだろう。
かと云って鉤爪程度では埋まるのはリーチの差くらいだろうけど、それでも無手よりかは遙かにマシなはずだった。
私はアニマさんとディーノの試合を思い出す。ディーノが繰り出した秘剣『野分』…あの動きを盗めれば遠間の敵に対して十分な効果を期待できると思う。
敵の動きと斬撃の軌道を先読みし、敵の間合いの外から跳躍しざまに首筋の重要な血管を狙う一撃必殺の剣…それを私流に取り込めれば勝機が見えそうだった。
え? 結局、『野分』は『飛龍』の剣に破れただろうですって? いえ、あの勝負は紙一重だった。ディーノの剣があと数瞬速かったら勝っていたのは彼の方だったわ。
そして、私にはこれがある…
「…『我が身よ。風となれ』!」
私の体が羽のように軽く感じられるようになった。素早さを上げる呪文ピオラの効果が私の身を軽くした。
アニマさんは動かないけど、その全身に剣気が充実し、今にも斬り込んでくる気配が漲っている。
と、アニマさんが疾走した。
「速い!!」
正に疾風! 風を受けて広がる髪の色と相俟って桜の花弁を舞い散らす一陣の風に見えた。
その時、アニマさんの右手に白い光芒が見え、体が左右に揺れ出した。光芒は刀身だ。背後に引いていた刀身を高く翳していた。
体が揺れて見えるのはその刀身を揺らしているせいみたいね。
「間合いが読めない!?」
光芒の揺れによる錯覚で間合いだけでなく、どこから斬り込んでくるのか斬撃も読めなかった!
アニマさんはもう眼前まで迫っていた。
「斬られる!!」
体は既に動いていた。
アニマさんに向かって跳躍した私は鉤爪を突き出していた。刹那、私の胸元を凄まじい殺気が通り過ぎていった。
間髪入れずにアニマさんが八相から刀身を横に払ったんだ。
私達は交差して大きく間合いを取って反転した。既にアニマさんは再び八相に構えていた。
私の胸に微かな痛みが走り、武闘着が少し裂けた。生暖かいものが私の乳房を伝い、武闘着の傷から下が少し紅く染まった。
致命傷じゃない。皮一枚を斬られただけのようだった。これならホイミ程度で傷も残さず癒せるだろう。
一方、アニマさんの仮面の左側も浅い鉤爪の跡が線を引いていた。私の攻撃も届いてたんだ。手応えを全く感じなかったから外したと思っていた。
「…お互い、間合いを読み間違えたようね…さっきの動き、ディーノ君の『野分』を盗んだのね? 不意を突かれたわ…」
アニマさんのくぐもった声には驚きが少なからず含まれていた。
どうやら私の力量は彼女の想定より若干上であるらしかった。
けど、アニマさんの声に恐れや戸惑いの色はなかった。全身に剣気が漲り、仮面の奧に潜む紅い双眸が炯々としていた。
「…次は…その首を落とすわ」
ぞっとした。
淡々と私の首を落とすと宣言するアニマさんに、『鬼疾風』とは敵の首を狙う特異な刀法なのだと漸く悟った。
先程、アニマさんの剣先が私の胸をかすめたのは、私が跳躍した為に狙いがずれたせいなのだろう。
「私とて、みすみすこの首を落とされませんよ」
私の言葉に忍び笑いで返したアニマさんは刀身を背後に引いて僅かに腰を沈めた。
既に剣気は充実していて、いつ疾走が始まっても可笑しくはなかった。
けど、私には『鬼疾風』がどのような技か看破できていた。『鬼疾風』とは神速の寄り身で迫りながら刀身を揺らす為、間合いも太刀筋も読めなくなってしまう。
その速い寄り身を止める為に私は更に遠間から『野分』を放つと決めた。ただし私は『野分』でアニマさんを倒せるとは思っていなかった。
『野分』が見切られているのは分かりきっているし、本家のディーノと比べれば子供の手習いに過ぎない…
だから私は『野分』を捨て太刀にして二撃目で勝負を決しようと精神を集中させる。
気を静めて、鬼疾風の起こりを待つ…
音が消えた…会場の歓声もダイの応援も耳に入ってこない。
匂いが消えた…胸元からの鉄錆に似た匂いはもうしない。
色が消えた…全てが灰色のモノクロームになった。
第六感が研ぎ澄まされて、私とアニマさんだけの世界となった。
闘技場はおろか舞台もない。空も大地もない真っ白な世界で、生まれたままの姿で私とアニマさんは対峙していた。
その時、私はアニマさんの仮面の下に隠された素顔を見た。綺麗な人だった。ただ年齢は判らない。無垢な少女にも見えるし、妖艶な熟女にも見えた。
眠っているかのような細い眼で私を、私の首を真っ直ぐ見据えている。やはり『鬼疾風』は首を狙う剣なのだと確信した。
アニマさんは腰を僅かに沈め、足の指を這うようにさせて少しずつ間合いを詰めてきた。
その全身に剣気が満ちて、次第に斬撃の気配が漲ってくるのが分かる。
ふとアニマさんの肩先が下がった瞬間、こちらに向かって走り出した。
速い! 私の首を落とさんと鬼が疾風のように真っ直ぐ疾走してくる。正に『鬼疾風』だ。
アニマさんの右肩に刀身が現われる。刀身を揺らしているのが見える。しかし今の私には光芒も体が揺れる錯覚も見えない。
私は淡々と迫り来るアニマさんとの間合いを読む。やがて眼前まで迫ったアニマさんの両目が見開かれ血のように紅い瞳が見えた。
モノクロームの世界に映える唯一の色だった。
「今っ!!」
裂帛の気合と共に私は前に跳びながら鉤爪を突き出した。
『野分』を間合いからも更に遠間から放つ。空を切るのは承知の上だった。
間髪入れずにアニマさんが必殺の気迫と共に八相から刀身を横一文字に払った。
二筋の閃光が私の目前で交差するイメージが浮かび、私達の体が疾風のように擦れ違った。
お互いの攻撃が空を切った。アニマさんも『野分』をかわす為に遠間から『鬼疾風』を放った為に切っ先が流れたのだろう。
私達の体が擦れ違った次の瞬間、私の体は無意識の内に反転していた。
反転の勢いのまま魔力を込めて裏拳を振るった。鉤爪は既に収納されている。
それは丁度反転したアニマさんの眉間を捉えていた。
「なっ!?」
アニマさんの驚愕混じりの悲鳴と同時に色が戻った。
私の拳がアニマさんの仮面を砕いていた。
「…『鬼疾風』…破れたり…」
仮面全体にヒビが広がり、やがて粉々になって舞台へと落ちた。
「何故…貴女には『鬼疾風』の幻術が効かなかったの?」
純白の世界で見たそのままの綺麗な顔に戸惑いの色を浮かべてアニマさんが問う。
ただ現実のアニマさんの顔には炎をモチーフにした刺青が彫られていた。
「…気の道を塞ぎ、視覚、嗅覚、聴覚を敢えて自ら封じる事で集中力と第六感を極限まで高め、敵の動きを完全に把握するエターナル直伝の奥義『超心眼』…」
この奥義の前には如何なる目眩ましも通用しない。かつて敵だったヒュンケルにマヌーサの幻覚を見破られたもの彼流の『心眼』の為だった。
精霊界から戻った私は真っ直ぐエターナルに会いに行った。
ルビス様とお話した事で芽生えた私の決意を伝えに行く為に…
「敵のままであっても私と貴女の友情は変わらない。ただ私なりの正義を貴女の正義にぶつけるだけ」
そう伝えた後、エターナルは泣き笑いのような表情を浮かべて頷いた。
少し前の私だったら、魔王軍に協力するのはやめてとか、こんな事をしても貴女は幸せになれないと、諭していただろう。
けど、魔族の正義、哀しみ、そしてエターナルの覚悟を知った今、そんな言葉はもう綺麗事とも呼べない軽い物に思えてしまう。
だから私はアバンの使徒として、いえ、人間としてエターナルの覚悟とぶつかり合う覚悟を決めた。
それが私達の友情なのだと。友達だからこそお互いの正義や覚悟を否定せず無心で戦おうと誓い合いたかった。
エターナルの返事は突き出された右の拳だった。私も拳をコツンと合わせる。言葉はなかったけど、これで私達二人の誓いは成った。後は互いに死力を尽くすのみだった。
踵を返そうとする私の肩をエターナルはガッシリと掴んだ。
「完全に敵味方になる前に俺から友情の印を受け取ってくれ…」
私はふわりと抱きしめられ、額に優しくキスをされた。
不思議と羞恥と動揺は無かった。ただ、らしいわね、という言葉が浮かんだ。
「友情の印にしては刺激が強過ぎるわ」
私の表面上の苦言に対してエターナルは妖艶に微笑むのみだった。
「ついでに俺の魔力と技能の一部をあげたンだし、このくらいは大目に見てくれや。本当は唇を奪いたかったンだけどな?」
「貴女って本当に女の子が好きなのね? でも、本当に親子よね…魔力の与え方が同じなんだもの…」
そう、その時に私は魔力や『超心眼』を始めとするエターナルの持つ技能をいくつか貰ったのよ。
すると、苦悩する哲学者のようにエターナルの眉間に皺が寄った。
「やられた…気付かなかったぜ。よく見りゃ確かに魔法力が上がってるな…つまり、おっ母やんもマァムの事を気に入ったって訳か」
しばらく苦虫を噛み潰したような顔をしていたエターナルだったけど、急に切羽詰まったような顔をして私の肩を掴んだ。
「おっ母やん、何か余計な事云ってないだろうな!? 例えば…」
私はエターナルの唇に人差し指を当てて首を左右に振った。
「ルビス様はただ貴女を愛していらっしゃるだけよ。そして貴女もルビス様を愛している。それで良いじゃない?」
「その笑顔は反則だろ…ヤベ…マジで引き返せそうにねェや…」
エターナルは何故かそっぽを向きながら、早口に私に与えてくれた技能の説明をすると、忙しいからと、足早に去っていった。
「そう、あの子が…マァム、貴女は本当にエターナルから愛されてるのね…」
アニマさんは細い眼の目尻を下げて納得げに頷いた。
ちなみに貰った技能の中には、『回復魔法の自動発動』というものもあって、胸の傷のように軽いダメージは気付かないうちに治っている。
余談だけど、精霊界アレフガルドから戻ってから私の周りに体のシルエットが浮かぶ程に薄い衣を纏った半透明の美女や美少女達が見えるようになった。
まさかこの人達は精霊なのかしら? いえ、精霊なのだとしても、一様に値踏みをするように私を見るのは勘弁して欲しいのだけど…
「ま…まさか…」
震える声に見上げると、王様の隣でエターナルが顔色を青くさせて震えていた。
「お姉ちゃん? お姉ちゃんなの?」
止める王様の声を振り切って観覧席から飛び降りたエターナルは全身を震わせながらゆっくりと舞台へと近づいてくる。
今にも泣き出しそうなエターナルの顔が一瞬ぼやけて、アニマさんと同じデザインの刺青が現われた。
ルビス様のおっしゃった通り、顔の右半分と右腕以外の全てに刺青が彫られているようだった。
不意にアニマさんが私の前に立ち、エターナルと対峙する。
「…久しぶりね、エターナル…四百と九十年振りかしらね?」
アニマさんの言葉にエターナルはポロポロと涙を零し、子供のような微笑みを見せた。
「お姉ちゃん…会いたかった! エターナル、ずっとお姉ちゃんに会いたかったんだよ!!」
まるで子供のような口振りで舞台に上がろうとしていたけど、不意に顔を険しくして後ろに下がった。
「どうしたの? お姉ちゃんに会いたかったのではなくて?」
からかうような口調のアニマさんの顔にどこか悪意を感じた私は、彼女の前に立ち塞がった。
「マァム? 幼馴染みとの感動的な再会を邪魔しないで貰えるかしら?」
「再会も何も今はまだ試合中です! それにエターナルの様子がおかしい…貴女、一体何者なんですか?」
私の声に追随するようにエターナルも口を開く。
「そうだ! お姉ちゃんはあの時、贄蝕みの炎(にえはみのほむら)から俺をかばって力尽きたはず!! それに人間のお姉ちゃんが五百年も生きられる訳あるか!!」
エターナルの声に怯えの色があるように聞こえるのは気のせいじゃない…
アニマさんがエターナルの云う“お姉ちゃん”であるかどうかではなく、もっと別の何かにエターナルは酷く恐れている。
「冷たい子ね…私が偽者だと? いいえ、私は貴女の大好きなお姉ちゃん、マリアその人よ?」
アニマさんは私を押しのけて、また一歩エターナルに近づく。
エターナルは怯えるように数歩下がった。
「綺麗になったわね…エターナル、貴女の顔をもっと良く見せて?」
「試合中だと云ったはずです!!」
側頭部を狙った私のハイキックをアニマさんはさも鬱陶しそうに片手で受け止めてしまう。
「邪魔をしないで貰えるかしら?」
アニマさんは八相に似た構えを取ると(後に蜻蛉の構えと知った)、私に向けて凄まじい殺気を放ってきた。
「最早、相手を惑わす妖剣など用いず一撃粉砕の剛剣をもって貴女を潰す! 蠅のように無様な死に様を曝しなさい!!」
紅い目で鋭く睨んでくるアニマさんの殺気は静かながらも巨大で、彼女の背後に小さなドラムを輪のように連ねたようなものを背負った鬼を幻視した。
「秘剣『雷神』…」
周囲に雷雲を纏った巨大な龍のような気迫を背負ったアニマさんが稲妻を思わせる素早い寄り身で襲いかかる。
「チェエエエエエエエエエエエストオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
奇妙な気合を発して振り下ろされた剣に私は半ば本能的に横に跳んで避けた。
神鳴りのような轟音と共に衝撃波が生じて私は吹き飛ばされ、なんとか舞台の端で受け身を取る事ができた。
「なんて威力!! こんなのをまともに受けていたら…」
大きく陥没した舞台の中央部を見て、私の背筋に冷水をかけられたような悪寒が走った。
正に『雷神』の剣!! しかも彼女は魔法も闘気も用いず、ただ己の膂力のみでやってのけた…
「太陽神信仰・武装異端審問会(アームドパニッシャー)の伝統流儀・日輪派示現流…この剛剣の前には如何なる異教徒の技も無力よ」
「「太陽神信仰!!」」
私とエターナルが異口同音に叫ぶ。
「やっぱりテメェは偽者だったンだな!? 許せねェ…今すぐお姉ちゃんそっくりの化けの皮を剥がしやがれ!!」
憎悪をのんだエターナルの声にアニマさんは一瞬、哀しげに顔を歪ませた。
「偽者じゃないと云ったでしょ? 私はマリア…確かに私はあの時、貴女を庇って死んだ…けど、生き返ったのよ。あの御方に新しい命と力を授かってね?」
エターナルの目が大きく見開かれ、再び大粒の涙を零しながら何度も首を左右に振った。
「嘘だ…お姉ちゃんがあの連中の云い成りになるはすが…正体を現せ!! これ以上、お姉ちゃんを侮辱するな!!」
エターナルが純白のドレスを脱ぎ捨てると、チウとの試合に着ていた黒いズボンとシャツの姿になった。
観客達の戸惑いの声を無視してエターナルは二振りの剣を抜いて構えた。
「哀しいわ…どうしても信じてくれないのね?」
アニマさんがエターナルに向けていた慈愛の表情は消え…無表情に殺気を放出した。
「これはお仕置きするしかないわね…云っておくけど、あの頃のようにお尻百叩きじゃ済まさないわよ?」
「五月蠅ェ!! これ以上、お姉ちゃんの顔、お姉ちゃんの声で話すンじゃねェ!!」
一触即発の状況を打破すべく私は大きく手を叩いた。
「いい加減にしなさい!! これは私とアニマさんの試合なのよ!? 二人とも引きなさい!!」
「邪魔するなと云ったはずよ? それとも今度は手加減無しで『雷神』の剣を御馳走して欲しいの?」
「そうね。是非、御馳走して欲しいわ。勿論、私も武神流の奥義を尽くさせて貰うわよ」
私は怒っていた。
アニマさんがエターナルの心を掻き乱した事でも、太陽神信仰がエターナルに行った所業でもない。
それはエターナル自身の問題だし、彼女が立ち向かわなければ意味がない事だから。勿論、救いを求めれば何を横に置いても助けるつもりだけどね。
私は二人の得手勝手な都合で試合を無茶苦茶にされた事に対して怒りを覚えていた。
「エターナルも頭を冷やして…貴女の実力は話に聞いただけで全てを把握した訳じゃないけど、そんな千々に乱れた心でアニマさんには勝てないと思うわよ?」
「マァム…」
「この場は任せて…彼女が偽者かどうかは試合が終わってからでも追求できるわ…と云うより自重しなさい。貴女はこの大会の主催者なのよ?」
エターナルはバツが悪そうに目を伏せると、熱くなってすまないと、小さく詫びて王様のいらっしゃる観覧席へと大きく跳躍して戻っていった。
「ふぅん…出会ってたったの二日でエターナルの操縦が随分と巧くなったものね?」
振り返ると、アニマさんが物凄く面白くなさそうな顔で私を睥睨していた。
「あの子を叱る一番効果的は方法は自分の言動が正しいかどうかを考えさせる事…今のは結構効いたと思うわよ」
その一言に私はカチンと来た。
まるでエターナルの事なら何でも知っていると云わんばかりの態度が勘に障った。
「それはどうも…あの子のお姉ちゃんを自称するクセに一緒になって試合を台無しにしようとしていた貴女に云われても自覚できませんが…」
「貴女…可愛い顔して中々云うわね…」
私とアニマさんの間に火花が散る。
「ぅおーい…試合を邪魔した俺が云うのもなんだが、再開するならその変な空気を止めてくれ…」
遠慮がちに降ってくるエターナルの声に私とアニマさんが同時に振り向く。
「ヒッ!? あー…また試合を邪魔しても悪いな…続けてくれ…」
先程激昂していた時とは違う表情で涙目になり小さな悲鳴を漏らしたエターナルは、何故か引き攣り笑顔になって試合再開を促した。
あの怯えた表情…何を見たのかしら?
「変な子ね…それはさておき仕切り直しに改めて名乗らせて貰うわね…」
アニマさんは殺気を納めると、朗々と名乗りを上げる。
「太陽神信仰・武装異端審問会・十二使徒が一人! 雷神のアニマ!!」
雷神のアニマ…つまりあの『雷神』の剣こそが彼女の異名となる本来の攻撃スタイルなのね。
私も負けじと名乗る。
「アバンの使徒が一人! 武神流拳法のマァム!!」
お互いの名乗りが済むと同時に私達は構えを取った。
アニマさんは『雷神』の独特の構え。それに対して私は素早くアニマさんの左側に回れるようにリズムを取って体を上下させる。
初太刀は外す。ただの膂力に頼っただけであの威力…本気で放たれた『雷神』の剣を防御する事は自殺行為だと思う。
ルビス様から賜わった万能手甲がどれほどの防御力を持っていようと、まともに受ければ防具ごと腕を斬られる事は目に見えている。
しかし、なればこそアニマさんは初撃に全身全霊を込めているはず…後はあの剛剣を如何にかわして反撃に転ずるかが勝負の鍵となる。
ただかわすのは愚策…衝撃の余波でも十分体勢を崩せるだけの威力がある。初太刀をかわしても衝撃波の影響が少ない位置取りができなければ私は負ける。
その位置こそアニマさんの左後方と睨んでいる。右から来る袈裟斬りをタックルの要領でかわし、アニマさんの体を楯にして衝撃波をやり過ごす。それしか無かった。
アニマさんの全身に剣気が充実してくるのを察した私は、体を前傾させて蹴り脚となる右足に意識を集中する。
剣は見ない。稲妻の如き神速の振り下ろしを目で見てからかわすなど不可能に近い。ならばアニマさんの剣気だけを感じて無意識無想に動くしかなかった。
『超心眼』はもう使えない。極限までの集中力を必要とするあの奥義は多用ができない弱点がある。戦いの中で培われた経験という名の『心眼』が頼りだった。
と、殺気が膨らんだ。『雷神』の起こりと察した私は右脚を蹴り出して、殺気の左側目がけて飛び出した。
「チェエエエエエエエエエエエストオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
まるで爆弾で岩山を吹き飛ばすかのような破砕音にもアニマさんの気合は掻き消される事はなかった。
観客の悲鳴と共に衝撃波が私の背中を襲ってきたけど、上手くアニマさんの背に隠れられたのか想定していたものよりも小さかった。
私はすぐさま反転し、一瞬呆気に取られた。
「なっ!? これが人間にできる事なの…?」
舞台が…アニマさんが剣を叩きつけた地点より先が吹き飛んでいた。
時間にして一秒にも満たなかったけど、それが致命的なミスとなった。
「…秘技『極楽送り』」
アニマさんの白く細い指が私の喉を掴んだ。
しかし、首を絞めるつもりがないのか楽に呼吸ができた。
「…十…九…八…七…」
「何を数えているの?」
アニマさんは優しく微笑んだ。
「人は…苦痛に耐えられても…快感には耐えられない…」
訝しむ間もなく、不意にふかふかのベッドに入り眠りに就く直前のような心地良さが私の頭を支配した。
まさかラリホー? いえ、呪文を唱えているような気配はなかった…はず…
「…二…一…零…お休みなさい…」
その言葉を最後に私は意識を手放した。
気が付くと私はアニマさんに抱きかかえられていた。
アニマさんの手には小さな瓶が握られていて、刺激臭が私の鼻についた。
どうやら気付けを嗅がされていたみたいね。
「私は…?」
「私に絞め落とされたのよ」
信じられなかった。あの時、私は一つも息苦しさを感じなかったのだから…
「感じないはずよ。だって気道を塞ぐ事なく首筋の重要な血管を押さえただけだもの…」
「血管…?」
まだ少し朦朧とする意識を頭を振る事で覚醒させる。
「そう、脳へと送られる血の流れを止めつつ呼吸を確保する。だから息苦しさを感じず夢を見ているような心持ちになったはずよ?」
そこで漸くアニマさんの言葉の意味を知った。
「優しく愛撫するように頸動脈を押さえる…人は苦痛で気を失う事はない…けど、快楽には耐えられない…」
その時、私は本当の意味でアニマさんが恐ろしいと思った。
彼女の強さの秘密は、相手を幻惑する妖剣でもなく、敵を叩き潰す剛剣でもない…人体を知り尽くした上で効率良く相手を倒す方法を熟知しているんだわ。
「稲妻のように一瞬にして敵を葬る…だから私は雷神の二つ名を持っているのよ」
私は完全に二つ名の意味を取り違えていたんだ…もし、これが試合じゃなく実戦だったら落とされた後、トドメを刺されるなり拉致されていたに違いないわ。
「これは完全に私の負けですね。参りました」
「いいえ、私も『雷神』をかわされるとは思ってもみなかったわ。完全に背後を取られていた訳だしね。あの時、貴女が硬直してなかったら負けていたのは私の方よ」
私達は力強く握手を交わした。死人のように冷たい手だった。
「貴女はいったい…先程、一度死んだような事を云ってましたけど、何者なのですか?」
「その答えはオーザムにあるわ。エターナルも聞いているわね? 私の真実を知りたかったらオーザムに来なさい!」
観覧席からエターナルが困惑げにアニマさんを見つめている。
「教皇スカイオーシャン様がオーザムにもたらした奇跡…それを目の当たりにした瞬間、貴女は悟るわ。太陽神信仰の恐ろしさ…いえ、素晴らしさを!!
予言するわ!! 大魔王バーンや精霊ルビスですら起こしえない奇跡の数々にエターナル、貴女は自ずからスカイオーシャン様の元へ来る事になる!!」
「ふ…巫山戯るない!! 何で俺があの野郎の所に!?」
エターナルの声には動揺の色がありありと浮かんでいる。
「巫山戯てなんかいないわ…もう一度云う。私の真実が知りたかったらオーザムに来なさい。まずは太陽神信仰最強の術を操る男が貴女を出迎えてくれるはずよ」
アニマさんの周囲で小さな稲妻のような火花が散り、彼女の姿が段々と歪んでいく。
「私はオーザムにいる…死なないでね? 私が支配する街は辿り着くだけでも命懸けよ。尤もあの男に勝てるとも思えないけどね?」
歪みに吸い込まれるようにアニマさんは姿を消していく。
「ま…待て!!」
「ああ、最後に忠告しておくわ…あの男は腕は立つけど、十二使徒に選ばれたのが不思議なくらい粗暴で…どうしようもない程の女好き…気をつけなさい」
焦るエターナルを無視して一方的に忠告だけを残してアニマさんは歪みの中に姿を消した。
エターナルは悔しそうに拳を握りしめてアニマさんが消えた歪みを睨むしかなかった。
やがてその歪みも空気に溶け込むように消えていった。
「オーザム…確か魔王軍に滅ぼされた後、極寒という厳しい環境のせいで未だに復興の兆しが見えない国…そんな国で太陽神信仰は何をしようとしているの…」
それに彼らの中でも最強の術を操るとされている男…どうやら今のオーザムは世界のどの国よりもホットな状況にあるみたいね。
私はエターナルの行く末に大きな暗雲が立ち込めているような気がしてならなかった。
「…お姉ちゃん」
私の目には今のエターナルが迷子の子供のように見えていた。
あとがき
年の瀬ですね。
これからクリスマス、大晦日、そしてお正月とイベントが目白押しですが、サービス業の私には縁のない話ですな(泣)
それはそれとして、漸くロモス武術大会編が終了しました。
決勝戦の結果は惜しくもアニマの勝ちとなりました。マァムも相当パワーアップさせましたがゲームでいうところの負けバトルなので仕方ありません(おい)
次回は武術大会の後始末と魔王軍の話となって、その次からいよいよオーザム編に入ります。
今までも原作レイプというお言葉を沢山賜わりましたが、きっとオーザム編ではもっと増える事でしょうね(苦笑)
私なりに読み手を飽きさせない仕掛けを用意したつもりですので、こういう展開がお嫌いではなければお付き合い下さいませ。
それでは、また次回に。