ゴーストくんことブロキーナ視点
それを見たのは偶然でしかなかった。
ディーノ君の試合を熱心に見つめているマァムの背後の空間が渦を巻くように歪んでいた。
何の魔力も気配も無かった。故に誰も気付かない。ワシとてマァムの様子を見ようと目を向けなければ分からなかっただろうね。
「…あっ!?」
歪みから紅い手が現われてマァムの襟首を掴むと、あっという間に引きずり込んでしまった。
すぐさま小さくなろうとする空間の渦にワシはほぼ無意識に飛び込んでいた。
「私が招待したのはそちらのお嬢さんだけよ? ご老体」
気が付くと至る所に草花で飾られた白亜の城の中にいた。
どうやらマァムは無事のようだね。状況が掴めずアチコチに視線を巡らせてはいるものの、怪我をしている様子はなかった。
「大事な愛弟子を拐かされて動かぬ師などおらぬよ」
ワシは変装をやめて、玉座に座る紅い髪と目を持つ二十代半ばほどのご婦人を見返した。
身に付けている袖無しの黒いワンピースは若い娘が着るように丈が短い。
二の腕まで覆う長手袋は髪と同じく紅く、ブーツまでも紅い。
「老師!? いえ、あの動きを思えば納得です…」
ワシはマァムに微笑み、すぐに目の前のご婦人へと目線を戻した。
「人聞きの悪い事を…ただ数時間、そのお嬢さんから時間を貰いたかっただけよ」
ご婦人は脚を組み替えながらそう云った。
しかし、そのような丈の短いワンピースでするものではないと思うのだがの?
「私に何の用なの!? 貴女、まさか魔王軍!?」
するとご婦人は目を丸くした。そうした表情を見ると十代のような若々しい印象を受ける。
「私をあのような汚らわしくも醜く、そしておぞましいバーンと同列に扱わないで貰えるかしら? 不愉快極まりないわ」
「す…すみません」
すぅっと勝ち気そうな眼を細めて睨んでくるご婦人に気圧されたのかマァムは素直に謝る。
「私の名はルビス…ルビス・アピスト・カリクティス。人は私を精霊ルビスと呼ぶわ」
今度はこちらが目を丸くする番だった。
「ほ…本当にルビス様なのですか? 確かに邪悪な感じはしないし、むしろ神々しさを感じますが…」
「精霊ルビスの名を騙ってなんのメリットがあると云うの? 私は正真正銘、ルビス・アピスト・カリクティス当人よ」
確かに人間相手に精霊ルビス様の名を騙っても得な事はないね。第一、突拍子もなさすぎて名乗る事によるデメリットが多そうだ。
「そ…それで私にどのような…」
慌てて跪く我々に、精霊ルビス様は一変少女のようにコロコロと笑い出した。
「そうね、特に用は無いのだけれど…」
それはないんじゃないかな?
「ただね、私の最愛の娘が本気で好きになったと云う相手を見てみたいと思ったのよ」
「む…娘?」
それを聞いてワシの脳裏に銀髪のお姫様の顔が浮かんだ。
「エターナル様の事ですね?」
「ええっ!? エターナルが!?」
驚くマァムにルビス様はさも可笑しそうに見つめる。
「ええ、ロモスで武術大会を主催しているエターナルは私の娘よ。だから賞品に精霊界や天界のアイテムを用意できたのだしね」
天界て…
「そんな…私、エターナル様の事を呼び捨てに…」
楽しそうなルビス様とは対照的に我々の顔は青くなっていく。
「エターナルがそう望んだのでしょう? それなら問題はないわ…ただ…」
「ただ?」
急に厳しい表情になったルビス様にマァムも居住まいを正す。
「エターナルはやめておきなさい。あの子はまだしも貴女まであの子を好きになったら、この先に待つものは貴女にとって地獄の苦しみしかないわ」
「どういう事ですか?」
「もう察していると思うけどここは精霊の住まう世界、精霊界よ…エターナルはこの世界では私の娘として精霊達に愛されている…けど…」
勿体付けるような云い方にマァムは少々じれったそうにしているように見える。
「エターナルは魔界の者としての顔もある…あの子のもう一つの顔は…魔王軍・近衛騎士団長にして魔軍顧問…つまり貴女の敵よ」
ルビス様の言葉にマァムの顔色は血の気が引きすぎて最早白くなっている。
「エターナルが…敵?」
「そう、神への生け贄にされかけた所を気紛れを起こしたバーンによって救われ養女となった人間の少女。それがエターナルの正体よ。
バーンは神が生み出した炎に焼かれながらも火傷一つ負っていなかったエターナルに興味を覚え、自らの居城へと連れ帰った…それが二人の出会いね」
「エターナルがバーンの娘…なら、そのエターナルがどうして貴女の娘に…?」
縋るようなマァムの目にルビス様は慈愛の眼差しで返す。
「バーンの娘になったとはいえエターナルは人間…バーン配下の魔族に色々と苛められていたみたいでね、ついに限界を越えたのか家出しちゃったのよ。
逃げた先で偶然、巨竜に襲われていた精霊の少女を見て、命懸けで逃がしてくれたのよ。いえ、むしろ進んで自らの命を投げ出すようにね…
本人はヤケクソになっていたと後述したわ。確かに捨て鉢になっていたかも知れないけど、あの子に勇気と優しさがなかったら行動すら起こさなかったと思うわ」
「勇気と優しさ…」
マァムは噛み締めるように呟く。
「エターナルに救われた精霊の少女は、気を失ったエターナルを精霊界に連れ帰ってきたわ。私は初めてエターナルを見た時の衝撃を忘れられない。
ドラゴンの炎に服を焼かれたせいで裸だったんだけどね。それにしては火傷一つ負っていなかった。その代わり全身に刺青が施されていたのだけど」
「刺青…チウも云ってたけど私にはそれらしいのは見えなかったんです」
「アレはモシャスの応用で刺青を隠してるだけよ。本当は顔の右半分と右腕以外の全身に炎をモチーフにしたデザインの刺青があるわ。
本人が云うには八歳の頃に無理矢理彫られたらしいけど、そのような幼い子に刺青を施す人間の感性を疑うわ。さぞ痛かったでしょうね」
マァムは刺青を彫られ泣き叫ぶ幼いエターナル様を想像したのか、険しい顔で唇を噛んでいる。
「貴女は太陽神信仰を…知ってる訳ないわね。魔界発祥の宗教だから…」
「何が云いたいんです?」
「エターナルに刺青を彫り、神への生け贄に捧げようとした者達、それが太陽を神と崇める信者達よ。
私はね、あの良い子がバーンの娘である事に我慢がならなかったって事もあるけど、太陽神信仰からあの子を守らなければと思ったのよ。
だから私はエターナルを私の娘となるよう養子縁組をした。勿論、我らが仲間を命懸けで救ってくれた恩に報いる為でもあるけどね」
ルビス様は真剣な眼差しでマァムを見据える。
「エターナルは太陽神に選ばれた巫女でもあるの…太陽神信仰の信者達はエターナルを手に入れようと様々な罠や刺客を用意しているはず…
刺客の実力は少なく見積もっても魔王軍の軍団長を単独で倒せるだけの力量はあると予測している。何故なら彼らは魔王軍とも戦う姿勢を見せているのだから…
この先、地獄の苦しみしかないと云ったのは、貴女とエターナルが敵味方だからというだけじゃない…魔王軍に匹敵する太陽神信仰の矛先が貴女にも向くからよ」
しばらくマァムは俯いていたけど、不意に穏やかな顔をしてルビス様を見返した。
「それでも私はエターナルの友達をやめるつもりはありません。エターナルは云いました。魔族には魔族の正義や哀しみがあると。
確かに魔王軍の攻撃は私達の生活を脅かしています。それには憤りを感じますし、卑劣な罠を使う遣り口は許せません。
けど、今の私には一方的に魔族を悪と断じる事ができなくなってしまいました。太陽を渇望する魔族の哀しみに僅かでも触れてしまった今では…
それに私はエターナルと約束しました。バーンを倒し、目の前の脅威を取り除いた後、真の平和の為に魔族との共存を考えられる子供達を育てると!!」
いい顔をしているね、マァム…かのアバン殿を思い出すよ。
「もし、それがエターナルの策略だとしたら? 貴女に魔族の境遇を同情させ、エターナルの味方をさせる事でアバンの使徒の不協和音にしようとしていたら?」
「それでも私はエターナルとは友達です。それがエターナルの策だと云うのならそれでも構いません。身の安全の為に疑うくらいなら信じて裏切られた方が良い」
「何故、そこまでエターナルを信じるの? 私の娘だから? それなら尚のこと信じるのはやめなさい。私達精霊は決して人間だけの味方とは限らないのだから」
確かに人間の放つ呪文も魔族の放つ呪文も大体が精霊の力を借りて発動させる。力を貸す精霊も契約に基づいているだけだし、そこに善悪の入り込む余地はない。
もっと云えば悪人の唱えた呪文にだって精霊は力を貸すのだからね。人間の物差しじゃ精霊は測れないよ。
「何度も云いますが、エターナルが友達だからです。友達がたまたま魔王軍の一員だっただけ…いえ、そうじゃないですね。魔族の立場で考える事ができる人という事です」
「エターナルが魔王軍の重鎮と知って顔を青くした子の発言とは思えないわね」
「それを云われると耳が痛いですが…でも決めたんです。確かに立場上は敵味方ですけど、私はエターナルの友達をやめない、と…
時にはエターナルと戦わなければいけない状況もあるだろうけど、きっとヒュンケルやクロコダインのようにいつかは本当に分かり合えるような気がするんです。
いえ、友達だからこそ魔王軍の一員として活動しているエターナルを止めなくちゃ…これが今、出せる私の精一杯の答えです」
清々しい顔で云い切ったマァムにルビス様は満足そうに微笑まれた。
「良い答えね。エターナルが気に入るはずだわ。でも気をつけなさい? そうなるとエターナルは貴女が死ぬまで付き纏うわよ」
「死ぬまで?」
「ええ、エターナルは今まで精霊、人間、魔族、混血児と問わず様々な女の子と関係を持っているわ。それこそ百や二百じゃ利かないくらいにね」
百や二百――マァムは顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
「今なお囲ってる愛人は十人をくだらないけど、一人として不満を持たせるような付き合い方をしてないのは我が娘ながら流石よね…
ああ、ちょっと脱線をしちゃったわね。そうそう、軌道修正する前に訊くけど、十人以上お妾さんを囲ってるエターナルでも良いの?」
「ば…バーンや貴女様の娘って事以上に驚きましたけど、それでもエターナルは友達です…妾になれと云われたら流石に考えますが…」
「大切にしたいって云ってた子にいきなり関係を迫ったら、私とてエターナルを折檻するわよ。まあ、大抵は相手の方からエターナルに純潔を捧げるんだけどね。
そこは良いわ。それで、かつての愛妾の一人に人間の女の子がいてね。エターナルも随分と可愛がっていたわ。向上心も高かったから色々と教えてたみたいね。
そんなある日ね、その子が恋をしたのよ。相手は人間の男で、しかも一国の王子様だった。泉で水浴びしている所を覗かれたというお約束のような出会いだったそうよ。
自分の愛人が恋をしたなんて知れば普通は悋気を起こすところだけど、そこはエターナル。逆にその恋を応援してついに二人をゴールインさせたの」
アバン殿の時といい、やはり相当面倒見が良いようだね、エターナル様は。
「そこからが大変でね? 二人の初夜の時は一晩中、人間の神に懐妊祈願をしたり、妊娠したと知れば城付きの医者を押しのけて甲斐甲斐しく世話をしたりしてね」
「懐妊祈願はともかくお医者様を押しのけてまで世話をするというのは想像できますね。今日初めて会ったばかりなのに可笑しいと思いますけど」
「別に可笑しくはないわよ? 兎に角、私の名前を出してまで世話をした甲斐もあって無事に男の子を取り上げる事ができた。
その後もエターナルはその国、アルキードって云うのだけど、たびたび訪れては男の子に武術や勉強を教えてたようね。
かつての愛人が中年、壮年、初老になってもエターナルは変わらず愛し続けた。その子の孫が産まれた時なんか自分の孫のようにはしゃいだものよ。
しかも当代の国王の意見を押しやって、勝手にソアラと名付けた挙句、私を無理矢理地上に顕現させて祝福させたくらいだから相当ね」
アルキード…確か十二、三年前に謎の大爆発で陸地ごと滅びた王国だったね。
ルビス様の祝福を受けたお姫様がいてなおこのような大惨事に見舞われたアルキード…何か神の逆鱗に触れる事でもしでかしたのかと今でも思うよ。
「そして愛する少女が老衰で大往生を遂げると、墓地から見える海に軍艦を数隻並べて何発も、何十発も弔砲を撃った…
分かる? エターナルに愛されるって事は死んだ後の葬儀まで勝手に仕切られるって事なのよ。流石に引いたでしょう?」
「いえ、そこまで愛されたアルキードのお后様が少し羨ましいです。しわくちゃのお婆ちゃんになっても愛して貰えるのですから…」
「そうね…その子が死の間際に末期のキスをせがんだ時、エターナルは泣き笑いになってキスしてあげたくらいだもの…微笑みながら死ねたあの子は幸せだわ」
「エターナルの愛情って大きいのですね」
「ふふ…あの子にとって腹が立つって思う者はいても嫌いと思う者はいないわ。それは敵に対しても同じ事…エターナルは倒した敵の名前を一人たりとも忘れてはいない…
たまに、今日は誰々と誰々の命日だなってこのお城の一角に建立した無縁仏の供養塔にお酒をかけてる姿を見かけるしね。多分、名もない盗賊の名前も覚えているわね」
話を聞く分にはエターナル様はお優しいからね。きっと無念の内に死んだ者達を慰めると同時に自己救済の為にされてるんだろうね。
「その通りよ、ご老体。エターナルは軍人じゃなかったらきっと虫さえも殺せない娘になっていたわ。あの子は戦闘力があるだけで決して強くはないのだから…」
「敵を倒すたびにエターナル自身も傷ついていたのですね…時折、白皙の美貌に憂いが浮かんでいたのはその為でしたか…」
するとルビス様はまたも目を見開いたけど、今度は純粋な驚きのようだった。
「普段から努めて無表情になる事を心がけているエターナルの変化を、知り合った当日に気付いたのは貴女が初めてよ?
なるほど、エターナルが気に入るはずね。貴女は口先で綺麗事を並べる下手な聖職者より余程僧侶向きよ」
「あはは…元・僧侶戦士です」
マァムは恥ずかしそうに頬を掻いた。
「そうね…私も貴方の事が気に入ったわ」
ルビス様は玉座から腰を上げると、ゆっくりとマァムに近づいて肩に手を乗せた。
「実はね…エターナルも三百年程前に勇者と共に大魔王と戦う冒険をしていた時期があったのよ。しかもルビス信仰の僧侶と称してね」
聖書のページを切り取って洟をかむような子なんだけどね、と苦笑するルビス様にマァムは驚きを隠せないでいた。
「ええっ!? エターナルが…まさかその大魔王って…?」
「バーンじゃないわ。三百年前、勇者と死闘を繰り広げた大魔王の名はゾーマ! 滅びを喜びとし、絶望を喰らい、哀しみの涙で喉を潤すと云われる絶対悪の象徴!!
この精霊界アレフガルドを永遠に続く夜の闇で覆い、この私さえも封印し幽閉する程の絶大なる魔力の持ち主! 邪悪なる者! 魔王の中の魔王!!
あの魔界の双璧と謳われた大魔王バーンや冥竜王ヴェルザーですらゾーマの前では膝を折った…光を憎み、神をも超越した絶対なる闇の権化! 最強最悪の魔の王!!」
今、我々人間を苦しめているバーンをも超越し、精霊界とルビス様を封じ込める程の存在を知らされてワシの総身に怖気が走った。
いや、ゾーマという名を聞いただけで腰が抜けそうなくらい震えがくる。それほどまでの言霊が宿った名前だった。
「大魔王バーンをして戦いを避ける絶対悪に立ち向かった者達がいた。それこそがロトの称号を持つ勇者アレルと当代の竜(ドラゴン)の騎士、そしてエターナルだった」
「…ロト? 竜の騎士?」
一瞬、ルビス様のお顔に哀しみが浮かんだが、すぐに無表情になってマァムの疑問に答えた。
ロトとは大昔に活躍した勇者の名前であり、勇者アレル様がゾーマを倒した際にその功績を称えられて伝説の勇者ロトの名を贈られたんだそうだ。
竜の騎士はこの世の秩序を乱す邪悪なる者を誅すべく神々が創造した究極の戦士の事で、竜族、魔族、人間の力を持つ絶対的な存在らしい。
そしてエターナル様は石像に変えられたルビス様と闇に閉ざされた精霊界を救うために、止めるバーンを振り切って地上に赴いたんだって。
「地上で出会った三人は力を合わせ、時には喧嘩をしながらも地上に跋扈するゾーマの配下のモンスターを打ち破っていったわ。
特に地上侵攻の指揮をとったいたゾーマ配下の魔王バラモスとの死闘は熾烈を極め、エターナルをして、二度と戦いたくないと零していたわ。
地上征服を目前にしておきながら、たった三人の勇者によって地上のモンスターを一掃されたゾーマはついに自ら動き、アレフガルドへの入り口を開いた。
自らが支配する闇の世界でエターナル達を完全に葬ろうと挑戦状を叩きつけてきたのよ! 三人は少しも躊躇う素振りも見せずに受けて立った」
マァムはエターナル様の冒険譚に目を輝かせている。
この後、更に詳細な話を聞かされたけど、アバン殿の冒険と負けず劣らずの大冒険で、ワシの老いたはず心が年甲斐もなく燃え上がったよ。
「一番聞かせたかったのはここでね? 私が幽閉されていた塔に辿り着いたエターナルはかつて誕生日にプレゼントしたフルートに魔力を込めて旋律を紡いだ。
瞬く間に封印が解けた私にエターナルったら勇者を押しのけて、母様母様ってわんわん泣きながら抱きついたのよ? 普段はおっ母やんって呼んでるクセにね」
頬を赤く染めてルビス様は、両の頬を両手で挟んでくねくねと嬉しそうに身を捩らせた。
「普段の飄々とした感じでも、戦闘時の凛々しくも怖い感じでもなく、ただ母様と連呼して泣きじゃくるエターナルは本当に可愛らしかったわぁ♪」
虚空に光の輪が出現し、輪の中にルビス様の胸に顔を埋めて泣いている銀髪の少女と、それを優しい眼差しで見つめている黒髪の二人の青年が映し出された。
『ふえーん…母様母様…会いたかった…寂しかった…封印が解けなかったらどうしようって怖かった…母様ぁ…もうどこにも行かないで…』
「こ…これがエターナル…? あの男勝りでダイも一目置いているエターナルが…これは本当に可愛い…」
「でしょう? あの子、自立心が強すぎて滅多に甘えてくれないから思わずこうして記録しちゃったわよ」
やがて青年達に見られている事に気付いたのか、ルビス様から脱兎の如く離れたエターナル様は耳まで顔を赤くし両腕をわたわた動かして弁解されていた。
そんなエターナル様を二人の青年はからかうでもなく、お母さんを助けられて良かったなと、微笑むのだった。
そしてエターナル様は少女のように花が咲いたような笑顔で頷いていた。三人の絆の深さが察せられた。
「救い出された私は、地上に戻り盟友である竜の女王に会うように助言した。天界の神の一人である彼女の力も借りなければゾーマに対抗できなかったでしょうしね。
でも、アレフガルドを創造して理想の楽園を築こうとする私に代わって地上を見守ってくれていた竜の女王は病に冒され余命幾ばくもない状態だった。
それでも彼女は勇者達に竜神の秘宝・光の玉を授けてくれて、その後、命と引き替えに卵を産み落として生涯に幕を閉じた」
アレフガルドに戻ったエターナル様達はルビス様を始め様々な神懸かり的な助力を受け、大魔王ゾーマの居城へと乗り込んだ。
欠片ほどの光すら存在を許されない闇の中から襲いかかってくるゾーマにアレル様が光の玉を翳すと、闇は払われ、ついにゾーマの本性が露わとなった。
魔族ともモンスターともとれぬ醜悪な怪物は闇を失ってなお強大で三人を追い詰めていく。しかし彼らは励まし合いながら折れることなくゾーマに食らいつく。
そしてエターナル様が特攻気味に囮となり、その隙にアレル様の剣がゾーマの額にある巨大な目を貫いた。苦しむゾーマを見て竜の騎士様とエターナル様も続く。
力の源らしい第三の目に突き刺さった三本の剣に向かって三人は残る力を振り絞って同時にギガデインを放った。
さしもの大魔王もこれには一溜まりもなく、ついに最強最悪の魔の王は黒コゲになって力尽きた。
「こうして大魔王ゾーマは倒され、アレフガルドは光を取り戻すことができました。めでたし、めでたし…ってなれば良かったんだけどね…」
「どうしたんですか?」
マァムの問いにルビス様は苦しげな表情に無理矢理作った微笑みを重ねたような不自然な顔になられた。
「苦難の旅の中で三人の絆は強固な物となった…その絆が愛に変わるのは自然な事と云えるわね…でもエターナルには二人の想いに応える事ができなかった。
実はエターナルには殿方と愛し合えない事情があるのよ。あの子が同性愛者だからって事じゃないわよ? 男性を愛せないからこそ同性愛に走ったの…逆なのよ。
あの子の子宮には太陽神の力が宿っている。それは様々な厄災からあの子を護ってくれているけど、同時にそれは悲劇をもたらした…」
「何があったのですか?」
「エターナルの体に宿る力は、あの子の純潔も護る…つまりエターナルとセックスしようとする殿方は悉く神の炎によって焼き尽くされた…
最初の犠牲者は近衛騎士団の先代団長…彼の元で騎士の仕事をしていたエターナルは、人間だろうと差別する事なく接してくれる彼に恋心を抱くようになっていた。
彼の方も人間でありながら周囲の嘲りにも負けないでいるあの子に惹かれていった…両者に目をかけていたバーンはそれならばと二人の結婚を許したのよ。
それは盛大な披露宴でね…私も魔界へ赴くのは嫌だったけど、エターナルの純白のウェディングドレス姿を見た瞬間、そんな事は忘れちゃったわ。
なんだかよく解らないモノに誓いの言葉を述べ、誓いのキスをした時なんて私は人目も憚らず涙を零したものよ。けど…初夜に悲劇は訪れた…」
突然あがったエターナル様の悲鳴を聞いて駆けつけた皆が見たものは、ベッドの上で呆然と涙を流しているエターナル様に覆い被さる人型の炭だった。
エターナル様の子宮に封じ込められている太陽神とやらの力は…彼女が純潔を捧げようとしていた新郎をも敵と見なしたのだ。
騒然とする魔族や精霊を威嚇するかのようにエターナル様の全身に彫られた刺青は光を放っていたという。
「新婚当日に未亡人となったエターナルは失意と絶望の毎日を過ごした…執務どころか生活すらもままならないほど気力を失ったあの子は見ていて辛かったわ…
そしてバーンやヴェルザーを交えた協議の結果、戦いのない精霊界で様子を見る事になった…あの子を癒すのは言葉では無理、時間しかないという見解からだった」
「惨い過去です…愛し合った男性が目の前で焼け死ぬ光景…もし私だったら正気を保てたかどうか…しかも、それが自分の体に宿る力のせいだったとしたら…」
マァムは怒りとも哀しみともつかない表情で目に涙を浮かべていた。
「だからなのですね…アルキードのお后様の恋を応援したり、ご懐妊を祈ったり、後々まで面倒を見ていたのは…」
「そうね。自分が決して得られない幸せ…エターナルは自分の分まで、ソレイユって云うのだけどね、ソレイユには幸せな結婚を望んでいたのよ。
話を戻すけど、アレル達は何度もエターナルに求婚した、エターナルはその度に断るのだけど理由なんて云える訳もない…当然、アレルは納得できない。
堂々巡りの中、ついにエターナルは最後の手段を取った。自分は大魔王バーンの娘でもあると…いずれバーンは地上を攻め、自分は敵になるだろうと…
アレルの怒りは当然とも云えた。俺達を騙したのか、父親の敵を倒す為に俺達を利用したのかとエターナルを詰った。
絆で繋がっていた仲間から罵声を受けてもエターナルには弁明する事も泣く事さえも許されなかった。ただ自分は本来は敵なのだと嗤うしかなかった」
残酷な話だね。
生死を共にした仲間から胸の内を抉られるような罵声を浴びながら、顔では嗤ってなければいけなかった。
太陽神の力の事を告白するのは避けなければいけない。エターナル様としてはアレル様達を太陽神信仰との戦いに巻き込む訳にはいかなかったんだろうね。
愛する最高の友達を自分のせいで危険に曝すくらいなら、最悪の敵となって罵られた方がずっと良い…馬鹿な御方だよ。
なんだかワシは無性に哀しくなって…腹立たしくなった。
「馬鹿な子でしょ? 正直に告白するなら太陽神信仰の事にすれば良かったのに…そうすればアレル達だって喜んで太陽神信仰と戦ったでしょうね。
それでもエターナルはゾーマという稀代の巨悪との戦いをやっと終える事ができた勇者を新たな戦いに…自分の事に巻き込みたくなかったのよ。憎まれてまでもね」
その後、エターナル様が哄笑と共に魔界へと帰られると、アレル様はいずこともなく旅立たれ、竜の騎士様はアレフガルドで独身を貫いたまま生涯を終えた。
『我が愛した女性はただ一人。後世の竜の騎士よ。願わくば傷つきし永遠なる姫騎士の御心を救ってくれる事を願う』
そう遺言を刻んだ石塔の下には彼の遺品が眠っているそうな。
「当代の竜の騎士ワイヴァーはどうやら詳細は分からないまでもエターナルが隠していた哀しみだけは見抜いていたようね。
石塔の下に眠る遺品はエターナルからワイヴァーへと贈られたアイテムや彼なりに開発した竜の騎士の奥義を記した物らしいわ」
きっと竜の騎士様は後世に現われるだろう同族にエターナル様の救済を望んでいたのだろうね。
「エターナルの複雑な立場が生んだ悲劇…けど、太陽神信仰がエターナルを生け贄にしなければバーンとは会えず、バーンがいなければルビス様の娘にはなれなかった。
そして、その全てがあったからこそ私はエターナルと会えた…私の心も複雑ですよ。彼女に苛酷な運命を与え、私と引き合わせてくれた神に感謝すべきか憎むべきか」
「ありがとう。エターナルの為にそこまで思ってくれて…」
ルビス様は片膝を床につけてマァムを抱きしめた。
「貴女をこの精霊界アレフガルドに召喚したのは、本当は真実を語って貴女にエターナルから離れて欲しかったという目論見があったの…
でも、逆に貴女はエターナルの事を大切な友達だと深く認識してしまった…これは私の負けね。私はどこかで人間を信じきれてはいなかった…」
「ルビス様…」
「心優しいマァム…エターナルの良き友達になってくれる事を願っているわ」
マァムの額にルビス様の唇が触れた。
「マァム…武闘家に転職した貴女は本来ならもう魔法力が増える事はない…けど、今、私の魔力を注いだ影響で熟練の魔法使い程度の魔法力を得たわ」
「そ…そう云われてみれば何か体の奧が仄かに温かくなったような…」
「それと同時に僧侶系呪文の契約もしておいたわ。ベホマラー、ベホマ、ニフラム、そしてエターナルが開発したマホヤル…」
初めて耳にする呪文にワシらは首を傾げる。
「自分の残っている魔法力の半分を味方に与える事ができる呪文よ。使いようによっては戦局を大きく変える事ができるわ」
「凄い…戦闘中、魔法力が尽きたポップやダイに魔法力の即時回復ができますね!」
「そんなものかしらね? 武闘家の貴女には下手な攻撃呪文は不要と思って契約しなかったわよ。不満なら契約するけど?」
「ここまでして頂いて不満など云えるものですか! ありがとうございます! これで魔王軍との戦いも有利にできます!!」
マァムは満面の笑みでルビス様にお礼を云っている。
「そう云って貰えると嬉しいわ…嬉しいついでに、これも持っていきなさい」
ルビス様が右手の平を上に向けると、そこに光の円が現われて中から竜の意匠が施された白銀の籠手が一つ現われた。
金属製の様だけどマァムが手にしている様子を見るとかなり軽そうだね。
「これは…?」
「まずは着けてみなさい」
云われるままマァムは右腕に装着した。
「それは万能手甲…『爪よ』の言葉で鉤爪が飛び出し、『刃よ』で暗殺剣、『伸びよ』でフック付きワイヤー、『撃て』で針が撃ち出されるわ。
更に『我が身よ。風となれ』と唱えれば素早さを上げるピオラの効果があるわよ。エターナルのお古で悪いけど、性能は保証するわ」
マァム…エターナルが使っていたって聞いて目が輝いちゃってるよ。
「宜しいのですか? こんな凄い物まで頂いてしまっても?」
「構わないわ。最近のエターナルは格闘もするけど専ら剣術がメインになっているしね…ちなみに理力の杖の技術を使っていて、魔力を込めて殴れば威力があがるわ」
マァムは云われた通りに鉤爪やワイヤーを出して性能を確かめている。
ワイヤーの先のフックはなんとガラスのようなツルツルしたものにも引っかかるらしい。どうやら魔法で引っ付いているようだね。
天井にフックが引っかかりワイヤーが巻き取られてマァムの体が上昇した。フックは使用者の任意で外れ、宙に投げ出されたマァムは猫のような身のこなしで着地した。
ルビス様のお話ではエターナル様はこのワイヤーを上手く使って立体的な動きで敵を攪乱する戦法がお気に入りだったそうだ。
「女のロマンとか訳の分からない事を云って、それを使って露天風呂の女湯を覗いてたから罰として没収したという曰くのある物だけど有効に使ってくれると嬉しいわ」
「覗きって…エターナルは女ですよね?」
「堂々と女湯に入って見るのは邪道なんですって…温泉は覗いてナンボとか…あの子との親子関係は二千年じゃ利かないけど、どうしてもあの感性だけは理解できないわ」
分かる気がする…いや、覗きの事じゃないからね!? マトリフ殿じゃあるまいし!
恐らくエターナル様はそうやって道化を演じる事で傷ついた心を隠してるんじゃないかな?
武術ができないフリをして自分の強大な力を有事まで隠しておくアバン殿と同じようにね。
思えばエターナル様がアバン殿に力を貸してくれたのも、そういった似たような部分を感じたからかも知れない。
「あ…もうこんな時間なんだ。エターナルの冒険の話が楽しくてついつい時間を忘れてしまったわ」
気が付けば窓から差し込む夕日でお城の中はオレンジ色に染まっていた。
「…って、夕方!? 武術大会が終わっちゃってる!?」
慌てるマァムにルビス様はクスクスと可笑しそうに笑われた。
「大丈夫。心配いらないわ。精霊界と人間界は時間の流れが違うの。元の世界じゃ多分一分も経っていないわ」
「そうなんですか…? 良かったぁ…」
マァムが安堵の溜息を吐くと、またもルビス様は笑った。
「気を揉ませたお詫びにこれをあげるわ。美味しいわよ?」
ルビス様はマァムに飴玉を渡した。
「頂きます…飴って歳でもないんだけどね」
マァムは苦笑して小さく呟くと飴を口に入れた。
「美味しい…甘くてクリーミーで…今までこんな飴を食べた事がありません」
「好評で何よりだわ。それはバターと生クリームを砂糖と水飴と一緒に煮詰めて冷やし固めたものよ。エターナルが魔界のお土産に持って帰ってくれたのよ」
「ま…魔界!?」
頓狂な声をあげるマァムにルビス様は事も無げに答えた。
「魔界のヴェルザー領で作られたからヴェルザースオリジナルと名付けられたそれは今やアレフガルドでもブームになっているのよ。
エターナルは冥竜王ヴェルザーの娘でもあってね、その飴を貰った時は四十歳で、こんな素晴らしいキャンディーを貰える自分は特別な存在なのだと思ったそうよ。
そんなエターナルも今では冥竜王…あの子が弟子にあげるのも勿論ヴェルザースオリジナル。何故なら彼女にとって弟子達は特別な存在なのだから…」
「ちょ、ちょっと待って下さい!? 今では冥竜王って何ですか!?」
「ああ、冥竜王ヴェルザーは現代の竜の騎士に倒されて魔界の奧に封印されてしまっていて、嫌がるエターナルに無理矢理後を継がせたのよ。
あの子、ヴェルザー配下のモンスターやドラゴンに人気があるし、指揮能力も高い上にヴェルザーの娘という事で満場一致で二代目冥竜王にされたの。
凄いわよ? あの子が指揮棒を振るだけでドラゴンの編隊が一糸乱さず動くんですから。バーンの所の超竜軍団なんか目じゃないわよ」
ちなみにエターナル様はヴェルザー軍の中で普通に二代目と呼ばれているらしい。
「ヴェルザーは最後の知恵あるドラゴン…その自分が倒された以上、冥竜軍を動かすだけの知恵とカリスマ性を持つのはエターナルしかいなかった。
おまけにエターナルはヴェルザーのある戦いに巻き込まれて重傷を負ってね、それを助けるためにヴェルザーの血を飲まされた事があるの…
竜の血を飲んだ者は不老不死を得るという伝説があるけど、それは間違いよ。竜族の繁殖方法の一つなのよ」
「繁殖方法…?」
「普通は番(つがい)の竜が交尾する方法なんだけど、長命ゆえに適齢期まで育つ竜自体が少ない上に出会いまで少ないから繁殖のチャンスは驚くほどないのよ…
それを補うかのように竜の血には不思議な力があって、多種の生物を変える性質があるのよ…自分の仲間である竜にね」
「それってまさかエターナルは竜族という事に?」
しかしルビス様は首を横に振った。
「エターナルの場合は少し違うわね。全身に走る太陽神の巫女の刺青、子宮に宿る太陽神の力…それらがドラゴンの血を追いやった。
エターナルの傷だけを癒し、完全なる竜化だけは防がれた。あの子は色々体質は変わってしまっているけど本質的な部分は人間のままよ」
「完全なる竜化だけは…が気になるんですけど…?」
「ああ、気付いたのね。そう、竜化は防げたけど完全ではなかったとも云えるわね。実は刺青を施されていない顔の右半分と右腕だけはどうしてもね。
普段は人間の姿のままでいられるのだけど、危機的状況になればヴェルザーの血があの子を変える。それこそバーンやヴェルザー以上の存在になるわ」
つまりエターナル様は冥竜王ヴェルザーの血を受けた正に竜族の娘と呼んで差し支えない存在だと云う事か。
「だから、もしエターナルと戦うのなら人間でいるうちに倒しなさい。あの子が冥竜王モードになったらもう天界の神でも連れて来ないとほとんど勝ち目はないわよ」
エターナル様曰く、変身する時、物凄く痛いらしくどのような状況であろうと精神力でヴェルザーの血を押さえ込んで変身を防いでるんだってさ。
しかも元の人間に戻ってもしばらく竜族の力は残るそうで、それを持て余して…結果、本人とお妾さん達はエライ事になるんだとか…
「ちなみにあの状態のエターナルは理性が飛んでるように見えて、どさくさに紛れて参加しようとした私をちゃんと認識して部屋から追い出すのだからいけずよね?」
「参加て…」
マァムも一応精霊ルビス信仰の信者なのでそういった生々しい話は控えて欲しいね。
「さて、そろそろエターナルにも怪しまれそうだし、闘技場に戻すわね」
「そうですね。お名残惜しいですけど、お願いします」
さて、ワシも再びゴーストくんにならねばの。
「ふふ、今生の別れみたいに云うけど、私自身は貴女の事を気に入ったし、貴女が望めばいつでも召喚するわよ」
するとマァムは嬉しそうに頷いた。
「今度会う時には美味しいお茶とお菓子を用意しておくわ…それでは武術大会、頑張ってね」
ワシらの周囲の空間が歪み、徐々にお城の風景が霞んでくる。
「心優しいマァム…エターナルを宜しくね? 常に貴女の身に幸運があらん事を…」
その言葉を最後に我々の意識が遠のいていった。
『それでは準決勝・第二試合を始めたいと思います!!』
ルビス様のお言葉通り我らが消えてから一分と経ってはいなかった。
その間に気付いた者は一人もいなかった。みんなディーノ君の試合に集中していてくれて助かったよ。
ディーノ君は善戦していたけど、如何せん相手が悪すぎた。あのアニマって娘、どうやら人を斬る事に慣れているね。
決勝でダイ君とマァム、どちらが当たるのかは分からないけど、血腥い結果にならなければ良いけど…
『準決勝・第二試合…レディ…ファイト!!』
今、ダイ君とマァムが舞台の上で対峙している。
ダイ君はナイフ、マァムはルビス様から頂いた万能手甲を装備して徐々に距離を詰めている。
「…『我が身よ。風となれ』!!」
手甲の魔力で素早さが上がったマァムは一気に距離を詰めてパンチをクリーンヒットさせた。
ダイ君はいきなり早くなったマァムに対応しきれずまともに喰らっている。
負けじとナイフを振るうけど、誤ってマァムを斬ってしまう事を恐れてか命中の瞬間、多分無意識に勢いを殺している。
そんな攻撃がマァムに当たる訳もなく、難なく腕を掴まれ小手を返されて投げられてしまう。
「ダイ…いくら仲間でも…いえ、仲間だからこそ失礼じゃない? そんな遠慮した剣では私には勝てないわよ!!」
逆にマァムは勢いがある。
素手と云う事もあって遠慮はないし、なによりルビス様との面談はマァムにとっては大収穫であり、お陰で拳に迷いはなかった。
「はぁ!!」
「あぐっ!!」
ついにマァムの拳がダイ君の鳩尾の急所を捉えた!
「はああああああああああああああっ!!」
この勝機を逃すマァムじゃない。連続パンチが気持ちいいくらいダイ君の体に吸い込まれていく。
どうやらダイ君は仲間云々の前に女の子である事で全力を出せないようだ…これって格闘の世界が凄い侮辱なんだけどね…
「この程度なの、ダイ!?」
「こ…このままじゃ…うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
追い詰められたダイ君の額に何か光ったようだけど、ダイ君がハッと冷静になった顔をした瞬間、消えてしまった。
「女の子相手だからって舐めすぎよ!!」
マァムのアッパーがダイ君の顎に炸裂し、彼はそのまま場外に落ちて失格となった。
ふぅむ…あの額が光った瞬間に感じたパワーを使っていればマァムには勝てただろうに…最後まで遠慮してたのが彼の敗因か…
ん? ダイ君がこちらを…いや、ディーノ君を睨んでいる? もしや…
『決勝戦進出はマァム選手に決まりました!! これより三十分の休憩の後、三位決定戦を始めます!!』
三位決定戦と聞いてダイ君の目が鋭く光った…やはりこの子はディーノ君との勝負を望んでいるようだね?
二人で何かごそごそ話をしているのを見た事があるけど、どうやら少なからぬ因縁がありそうだ。
だからといって、わざと負けるのは如何なものかとは思うけどね…
「ま、三位決定戦で名勝負が行われるのを期待しておこうかの」
ワシは髭を撫でながら、マァムにジト目で睨まれこめかみを拳でグリグリの刑にされているダイ君を見つめるのであった。
おまけ
「どうしても行くのか?」
「ああ…俺はエターナルを追う! あいつをこのままにはしておけない」
「お前、本気でエターナルが敵になったと思っているのか? 仲間だったろう!? いや、俺は今でもあいつは仲間だと思っている!!」
「それは俺も同じだよ! だが、それでもあいつが大魔王の娘である事には変わりない! 俺は勇者だ。エターナルは追わねばならないんだ!!」
「お前…あの冒険の中でお前はエターナルの何を見てきた!? 演技で命懸けの戦いをするか!? 慈愛の眼差しで子供達と遊ぶか!? 泣きそうな顔で怪我人の手当をするか!?」
「そうだ。あいつは演技をしていない…勇気を持って大魔王ゾーマに立ち向かい、必死に何人もの怪我人を救ってきた…だからこそなんだ!!」
「お前…」
「演技というならあの嗤いこそが演技だ! 俺もどちらかと云えば利口な方じゃないが、あいつが心の中で泣いてた事に気付かないほど馬鹿じゃない!!」
「そうか…お前はただ諦めてなかっただけなのか…」
「ああ、俺は本気であいつに惚れている…好きなんだ! だから魔界にいようが絶対に迎えに行ってやる!! 大魔王の娘だからなんだって云うんだ!!」
「分かった…なら、もう止めないよ…アレフガルドは俺に任せておけ。だが、追いかける以上は必ずエターナルを連れ戻してこいよ!?」
「ありがとう…必ず捕まえる! たとえ今生で会えずとも、この魂は何度でも転生して必ずエターナルまで辿り着く!!」
「これは大層な決意だ…行ってこいよ、親友。手土産はお前とエターナルの子供で良いさ」
「馬鹿な事を云うな! お前こそ行きたかっただろうに、すまないな、ワイヴァー」
「気にするな! その代わりお前達の子供の名付け親にさせろよ? アレルよ」
二人は固い握手を交わした後、同時に後ろを振り返った。
二人はやはり同時に歩き出し、決して振り返る事はなかった。
二人はこれが今生の別れだと知らない。
あとがき
遅くなりました。難産であったのもそうですが、子供がインフルエンザになってしまって執筆どころじゃありませんでした。
今は一応治ってはいるのですが、まだまだ洟をくずらせているので油断はできないです。
さて、今回はマァム、ルビスに拉致られるの巻きです。
本来、ざっと流すつもりでしたが、後から後からネタが湧いてきたのであのありさまに…
ゾーマ様、とうとう出してしまいました。まあ、バーンより強いかどうかは知りませんが、この物語ではそういう設定になってます。
ちなみに勇者アレルという名前は小説版ドラクエ3から拝借しています。
前回に続いて今回もターさんの内面を書きましたが、如何だったでしょうか?
軍人じゃなければ虫も殺せず、殺した相手をいちいち覚えて自己救済を兼ねた供養もしている繊細な人だったりします。
そういった優しさや繊細さを埋めるだけの覚悟があるからこそターさんは戦えてる訳であって実は脆い人なんです。
それとアレフガルドですが、精霊ルビスが創造した異世界である事は原作ドラクエと同じですが、この物語では精霊のみの世界となっております。捏造もいいところですが、ご容赦を(汗)
そして、三位決定戦の為にあえてマァムに負けたダイ…
いくらディーノと戦わせる為とはいえ、少々彼らしくない事をさせてしまったなぁと反省しています。
でも、次回の三位決定戦ではターさんが張った結界の中で能力全開のバトルを書く予定ですのでご容赦を(汗)
それでは、また次回に。