ダイ視点
俺にはエターナルが分からなくなっていた。
担架に乗せられて運ばれていくラーバさんに付き添うエターナルは安心したような表情を浮かべている。
その優しそうな目はどう考えても演技をしているようには見えない。本気でラーバさんが一命を取り留めた事に安心している目だ。
だから分からない…全人類を生きたまま魔界に押し込める残酷な計画を進めるエターナルの真意が…
「ター姉は優しすぎるんだ。だから助けられる命は全力で助けるし、誰にも分け隔て無く優しい眼差しを向ける。
けど、ター姉は軍人…与えられた任務を遂行するには他者の命を奪わなければいけない事もある…ター姉は顔じゃ笑ってるけど、心の中じゃいつも泣いてるんだ」
俺にしか聞こえない声でこの時代の…もう一人の俺…ディーノが囁く。
「ター姉は優しいからこそ敵だろうと味方だろうと厳しい事を云う。命が軽い戦場だからこそ命を大切にして欲しくって…
ダイも一度戦ってみてター姉の攻撃に容赦がないのを感じただろう? あれだって心の内の優しさを押し込める為の苦肉の策なんだ」
「エターナルが優しい?」
そんな馬鹿な、という言葉は俺の口から出る事はなかった。
テランで初めてあった時、俺が未来から、しかも並行ナントカって所から来た事実を教えてくれた。本来ならそんな事を教える義理もないのに…
そしてショックで脱力しきった俺にトドメを刺したり、無理矢理魔王軍に連れ去ろうとはしなかった。
あの時は自分だけでは判断ができないと云ってたけど、考えてみれば俺を拘束してバーンの前に連れ出して指示を仰ぐ事もできたはずだ。
最大の敵となりうる俺を放っておいたのは、エターナルなりの情けだったのか? ショックを受けている俺をみんなから離さなかったのは…?
「けど…エターナルは人間に酷い事をしようとしている…それにロモスに仕掛けた黒の結晶(コア)も…」
「地上移住計画はバーン様の発案だよ。ター姉が思いついた事じゃない…ター姉が計画を進めているのは軍人だからって事もあるけど、それだけじゃない」
「太陽…か」
テランで別れてから数日しか経ってないのに、何故か俺よりも背が高くなっているディーノの顔を見上げる。
「そうだね。魔界には太陽の光が差す事は決してない…魔力で生み出した光で作物を育てたりはできるけど、やはり太陽のそれとは比べものにはならない。
ター姉は人間だけど思考は魔族や竜族寄りだ。彼らが太陽を欲するからこそター姉は自分が同族から嫌われ恨まれる覚悟で地上を手に入れようとしてるんだ」
同じだ…バーンに勝つ為に全てを捨てて野獣になろうとした俺と…その俺を倒す為だけに鬼眼の力を開放して魔獣と化したバーンと…
エターナルは魔界に生きる魔族や竜族の為に人類の裏切り者と罵られる覚悟で戦っていたんだ。
「ター姉がそんな覚悟で戦っているからこそバーン様は超巨大瞬間移動呪文インフェルーラが完成してもすぐには発動させないと仰っているのだしね」
「どういう事?」
「インフェルーラが発動すれば人類は抗う事も許されず魔界に堕ちる…それは絶対だ。なら秘密裏に発動させた方が魔王軍は楽に勝利を得る事ができる」
でもバーンはそれをしようとはしない…
「別に人間達を苦しめようとしてる訳じゃないよ? バーン様は世界を完全に征服して勝者になってから地上移住計画をスタートさせるおつもりなんだ」
「何の為に?」
「ター姉の心を守る為さ…ター姉がどんな様子で計画を君に打ち明けたのかは知らない…けど、本心では自らの繁栄の為に誰かを犠牲にする事に苦しんでるんだよ。
何度も繰り返すようだけどター姉は優しい…優しすぎる。そんなター姉に人類の裏切り者の烙印を押すんだ。せめてその勝利くらい誇りを持たせてあげたいんだよ」
つまり人間との戦いに勝利して地上に生きる権利を奪い取る…魔族からすれば勝ち取る事で魔界の勇者にしようと…
「違うよ。ター姉には英雄願望は欠片もないよ。ただ魔族が地上で太陽を拝みながら生活できるのは皆で戦って勝ち取ったからだと誇りに思えるようにしてあげたいだけさ。
バーン様はね、血こそ繋がってないけどター姉を心から愛している。父さんに倒され封印されている冥竜王ヴェルザーも精霊ルビス様も同様にね。
そしてター姉も彼らを愛している。それだけじゃない魔族も竜族も精霊もモンスターさえもター姉は愛している。その愛情は当然、人間にも向けられている」
「エターナルが人間を…? いや、あいつも人間なんだから当然か…」
漸く俺はディーノが何を云いたいのか分かったような気がした。
「エターナルが人間を愛しているのなら…当然、インフェルーラで魔界に堕とされる人間に対して罪悪感を持つ…だからこそなのか!!」
「そう、世界は広いけど人間、魔族の双方が生きるには狭すぎる…ましてや力の差もあって人間と魔族の共存なんて不可能だ。だからこそ人間を魔界に堕とすのだから…
魔王軍が地上を征服するのは勝者の称号を得る為にすぎない。人間を敗者にする事でター姉の罪悪感を誇りに変え、人間にも魔界行きを覚悟させる事ができる」
「ま…まさかあのバーンが娘の心を守る為にこんな途方もない事を考えてただなんて…」
「君には想像できないだろうけど、ター姉は魔界では宝物のように扱われている。人間にとって君が太陽であるように、ター姉は魔界の太陽とも云われている。
ター姉の優しさに触れて闇の中でも生きる活力を得た者もいる。かつて弱者と罵られていた者がター姉の厳しさによって魔界でも指折りの実力者になった例もある。
ボクもター姉に愛されビシビシ扱かれたクチだからね。だからバーン様がター姉を守る為にそこまでするのも不思議とは思わないよ。誰だって太陽は大切だからね」
エターナルの行動の不可解さ…それはエターナルの持つ優しさ、愛情からくるものだったんだ。
同じだったんだ。俺が人間に味方するのとエターナルが魔族の為に戦うのは…
「だからと云ってダイがター姉に遠慮する必要はないんだからね? 我々魔王軍の計画は人間にしてみたら堪ったものじゃないだろうしね」
我々魔王軍か…一歩間違えれば俺もそうなってたのかも知れないと思うと複雑だ。
「要は魔王軍が全滅するか、残るロモス、パプニカ、ベンガーナをボク達が陥落させるかの勝負だね」
ディーノは獰猛な笑みを浮かべていた。
俺と同一人物である存在がこんな表情を浮かべた事に愕然とするよりなかった。
「うん? どうやら舞台の掃除が終わったようだね。いよいよ君の出番か…名勝負を期待しているよ」
確かに舞台を赤黒く染めていたラーバさんの血は綺麗に洗い流されていた。
「けど、やっぱり納得できないのは、そんな優しいエターナルがなんで黒の結晶をロモスに仕掛けて俺を脅すんだって事だ!」
「ああ、黒の結晶か…確かにター姉はあれでロモスを吹き飛ばすって云ってたけど、あんなビー玉みたいな大きさで魔力を込め忘れた爆弾でロモスを滅ぼせるかなぁ?」
「へっ?」
俺は今、物凄く間抜けな顔をしているに違いない。
「確かにター姉はロモスに黒の結晶を仕掛けたし、吹き飛ばす覚悟もあるだろう…けど、あれじゃぁ海老が跳ねるくらいの衝撃がロモス城を襲って終わると思うよ?」
間抜け顔で焦る俺に気付いたのかマァムが声をかけてくるけど、返事をするだけの余裕が無かった。
「…騙された?」
「…と云うより嘘はついてないけど事実は語ってないってヤツ? それにいずれは自分達が住む事になる国を滅ぼすほどター姉は短慮じゃないよ」
同情するような目をして俺の肩をポンポンと叩くディーノに俺は疲れた笑いを見せるしかなかった。
きっとエターナルに鍛えられている間、ディーノも苦労したんだろうなぁと思うと同時に、昔アバン先生から教わった『同病相憐れむ』って言葉を思い出した。
『皆様、大変長らくお待たせしました!! 舞台の洗浄も完了しましたので、間もなく第三回戦を開始したいと思います!!』
場内アナウンサーが俺とフォブスターさんを呼んでいる。
「上手く云えないけど、今日は平和な武術大会を楽しむ事を考えた方が良いよ? 何事も前向きにね?」
「そうは云うけど…どんな顔をすれば良いのか分からないよ…」
「笑えば良いと思うよ」
俺とディーノは同時に乾いた笑いをあげた後、やはり同時に溜息を吐いた。
アナウンサーが俺を急かす声が聞こえる…俺はどこかヤケクソな気持ちになって観戦席を後にした。
その後、海破斬でフォブスターさんの放ったメラゾーマを破ってあっさりと勝負を決めてしまったのはちょっと悪かったかなぁと思った。
続くマァムとゴーストくんことブロキーナ老師の戦いこそ名勝負と呼べるものだった。
俺、老師が戦ってる姿を初めて見たけど動きにまったく無駄がない事に驚かされた。
マァムがパンチを放てば、その腕にぶら下がるように掴んでマァムの顎を蹴り上げたり、蹴りが出れば軸足を払って転倒させたりと流石と云うしかなかった。
終始老師が押しているよう思えた試合だったけど、急に老師が降参宣言をしたので俺達は呆気に取られた。
「持病のひざがしらむずむず病が悪化したようだね…これ以上、戦えないよ」
そう云って咳き込む老師に俺とディーノはまたも同時にズッコケた。
「ひ…ひざがしらむずむず病でなんで咳が…?」
多分、実際は手合わせしてマァムの成長を確かめた老師が、マァムに更なる経験を積ませる為にあえて勝ちを譲ったんだと思う。
マァムは少し納得がいかないような顔をしていたけど、老師相手じゃ仕方ないよ。
俺はまだゴーストくんの正体を知らない事になっているので、マァムにはラッキーだったねと無難に労った。
「そうね。運も実力の内とアバン先生も仰ってたし、気持ちを切り替えて素直に喜んでおきましょう」
そう云ってマァムは、準決勝ではお互い手加減無しね、とウインクをした。
その時、俺の頭の中で浮かんだのは、ああ、なるほど、だった。
こうして見るとマァムって綺麗なんだと思う。ポップやエターナルがマァムを好きになるのも分かるような気がした。
「ん? 舞台が騒がしいな? 準決勝は昼食休憩を挟んでからって云ってなかったか?」
『皆様、準決勝は昼食休憩の後に予定してましたが、一回戦、三回戦が一瞬で終わってしまった為、お時間に余裕が出ましたので特別試合を用意させて頂きました!!』
何だろう? まあ、時間を繰り上げられて、今から準決勝って云われるよりはずっと良いけど…
『敗者復活戦と云う訳ではありませんが、惜しくも予選を敗退してしまった選手達から有志を募り特別試合を組む事ができました!!
なんと主催者であるエターナル様と有志による特別試合が実現しました!! 皆様、盛大な拍手をお願いします!!』
「な…なんだってぇ!?」
会場が割れんばかりの拍手に迎えられながら登場したのは、黒いズボンと黒いシャツに着替えたエターナルと数人の戦士風の男達と…チウだった。
『なおルールは簡単です! 一番最初にエターナル様に触れる事ができた選手に賞金として千ゴールドを進呈致します!!』
会場から歓声半分、ガッカリしたような非難が半分って感じに聞こえてきた。
けど、エターナルの実力から考えれば触るだけでも名誉のような気がする…俺だってテランでの戦いじゃ掠り傷一つつけられなかったんだし…
戦士達は躍起になってエターナルを見ている。けど中には鼻の下を伸ばしてる人もいるんだけど何でだろう?
『では特別試合を開始します!!』
まずさっきの鼻の下を伸ばした男が物凄い勢いでエターナルに迫るけど、エターナルはヒラリとかわして男の背をトンと押した。
すると男は向きを変えて走り続け、別の男の人とそのままぶつかって仲良く舞台から落ちた。
『二人失格であります!! 残り八人です!!』
今度は三人の男が正面と左右に分かれて同時に襲いかかるけど、エターナルは半歩右に進んだだけで正面の男の視界から消え、右手から来る男の腕を掴んで投げ飛ばした。
続いて、まだエターナルを見失っている男の背中を蹴って左手の男にぶつけ、場外に飛ばした。これで残り五人…
「女に負けて堪るかよ!!」
斧を持った男がエターナルに斬りかかるけど、あっさりと片手で受け止められて唖然とした。
「良い斧だな?」
刃を掴んだままひょいと斧を取り上げたエターナルに泡喰って舞台に残っていた男達は一斉に逃げ出した。
これで舞台に残っているのはエターナルとチウの二人だけになった。
チウは窮鼠文文拳でエターナルに突撃するけど、あっけなく顔面を掴まれて床に叩きつけられてしまう。
「ダイのアドバイス…身になってなかったようだな?」
エターナルは脚をあげてチウを踏み潰そうとするけど、間一髪転がっての逃れる事ができた。
でも、今のってチウが転がり始めたのを確認してから脚を降ろした感じがしたような?
「ありがたいね…彼女、チウを追い詰めて実力を開花しようとしてくれている…」
まだゴーストくんの恰好をしている老師が感慨深げに呟いた。
見れば確かにエターナルの目にはチウを見下す色は無く、どこか期待しているようにも見えた。
「…なかなかやるね…老師の次くらいには強いんじゃないかな?」
「そりゃどうも…」
手加減しているだろうけど、エターナルに殴られ続けているチウはもうボロボロだった。
けどいくらエターナルがチウを場外へ放り出そうとしても意外と身が軽いのか落ちる前に体を回転させて落ちる向きを場内へと戻しているのは流石だと思う。
そんな事を繰り返している内になにかを閃いたのかチウの目がカッと見開いた。
「いざとなったら…か…こうなったら恰好なんて気にするもんか! 予選で負けて、ここでまた負けてしまうよりずっと良い!!」
チウは一旦、エターナルから距離を置くと、一気に駆けだしてエターナルに向かって跳んだ!
「だあああああああああああっ!!」
そして体を丸めると勢いよく回転してエターナルに迫る。
「おっ!? 良いねェ!! 大した威力だ!!」
そう云いながらもエターナルはチウの体当たりを両手で受け止めていたけど、次第に手が開いていくのが見えた。
「ぐっ!?」
ついにはエターナルの両手をこじ開けて、彼女の腹にぶつかる事ができた。
肺から空気が漏れるような声をあげてエターナルはたたらを踏むけど、倒れる事はなかった。
「大した男だよ、テメェは…チウ、お前の勝ちだ!!」
凄いよ、チウ! 手加減はされてたし触れたら勝ちってルールだったけど、あのエターナルに勝っちゃうなんて!!
エターナルもどこか嬉しそうにチウの頭を撫でている。やっぱりディーノの云うように優しい人なのかな?
「これでチウも武闘家として一皮剥けるじゃろう…アバン殿の時といい、ありがたい事じゃ…」
そう云えば老師もアバン先生の凍れる時間(とき)の秘法の契約をする時、立ち会ってたってマトリフさんが云ってたっけ。
本当、これでエターナルが魔王軍じゃなかったら俺も素直に感謝してるんだけどなぁ…
『見事、エターナル様に勝利したチウ選手には千ゴールドが贈られます!! 皆様、盛大な拍手を!!』
周りからの拍手にチウは感激したのか大声で泣き始めてしまった。
そんなチウをエターナルは肩車をして一緒に声援に応えている。
「あれが近衛騎士団長エターナルの本当の姿だよ。ああいう人だから近衛騎士団の人達もボク達六団長も命を賭けられる!!」
分かるような気がする…絶対的な戦闘力にこの優しさ…バーンとはまた違うカリスマ性を持っている。
『さて、これより昼食休憩に入ります! 準決勝の第一試合は午後一時から開始となりますので、遅れずにご来場下さい!!』
エターナルがチウを肩車しながら舞台から去っていくのが見えた。
なんだろう。このもやもやした気持ち…まさかチウやマァム、ディーノに向けられる優しさが俺には向けられないのを嫉妬した訳じゃないよね?
内心に留めた俺の悩みに答えてくれる人は当然ながらいなかった。
ディーノ視点
昼食休憩が終わり、いよいよ準決勝・第一試合が始まる…
対戦相手は『飛龍』という秘剣を持つ仮面の女性、アニマさん…
正直云って勝てる相手とは思えない…竜(ドラゴン)の騎士の力を使えばなんとかなるだろうけど、ター姉からダイと当たるまで封印するように厳命されていた。
昼食休憩中、なんとかター姉を捕まえて確認したけど、やっぱりアニマさんとの戦いでは竜の騎士の力は封印するように改めて念を押されただけだった。
「負けても構わねェよ。確かに真の目的は達せられねーが、テメェが人としての力のみでどこまでできるのか見るのも目的の一つだったからな」
ねずみ君と一緒に大量の料理をやっつけながらター姉はカラカラと笑うのだった。
『お待たせしました!! これより準決勝・第一試合が始まります!!』
場内アナウンスによって我に返ったボクは腰に手を当てる。そこにあるのはカタナという種類の片刃の剣だ。
今回は愛用のハルバードではなく、相棒とも云える愛刀ハガクレを腰に差している。
魔力を込めて斬れば自動的にバイキルトが発動し、道具として使えばスカラの効果がある優れ物だ。
アニマさんの秘剣を破るにはハルバードでは無理だと判断した僕はハガクレに賭けてみる事にした。
勿論、ハガクレの攻撃力や能力に期待しての事じゃない。ター姉と一緒に修行した剣法を試してみたかったからだ。
ボクの持てる限りの技を出し切る…それ以外にアニマさんには勝てそうになかった。
ター姉をして、剣の腕だけなら俺より上だな、と云わしめたアニマさんには…
『まずは改めて選手の紹介を致します!! まずは巨大なハルバードを軽々と操りながら、実は格闘の心得もある天才児! ディーノ選手です!!』
「キャ―――――――――ッ!! ディーノ様!!」
途端にあがる女性の声…やっぱり会った記憶がないなぁ…でも面識ない人にここまで応援されるとは思えないし…
ボクは必死に記憶を辿るけど、どうしても彼女達の顔と一致する名前が思い浮かばなかった。
『続きまして…空を駆ける龍の如く変幻自在な秘剣を操る仮面の美女! 美しさと非情さを兼ね備えたアニマ選手です!!』
仮面をつけてるのに美女も何もないような気がするんだけど、誰も気にしてないのが不思議でしょうがなかった。
『それでは準決勝・第一試合を始めます!!』
ボクとアニマさんは同時に鯉口を切った。
『レディ…ファイト!!』
ボク達は同時に抜刀して構える。
間合いはおよそ七メートル強…アニマさんは腰を沈めて下段に構えていた。下から突いてくるような威圧感があった。
下段から突くと見せかけて胴へと斬り込む技だけど、それだけの単純な剣とは思えなかった。
ラーバさんとの戦いを思い出すに剣先がキラキラ光っていたようにも思えるし、切っ先が揺れているようにも見えた。
――雪の奥義を遣ってみる。
ボクはアニマさんと同じように下段に構えた。
大魔王バーンに天(攻撃)地(防御)魔の三奥義があるように、魔軍顧問エターナルにも雪月花の三奥義が存在する。
今からボクが遣おうとしている雪の奥義は『雪像』の名を持つ。
幾層にも降り積もり続けた根雪のようにどっしりと腰を据えて、相手の挑発に乗らず『待ち』に徹する技だ。
勿論、これだけでは奥義たり得ない。そこで奥義の名の『像』に意味が出てくる。
この奥義は相手の像、即ち構えをそっくりそのまま真似て構える事に極意がある。
相手と同じ構えを取り、鏡像の如く同じ動きをする事で敵の心に焦りと苛立ちを生み、強引に斬り込んでくる出端や刀身を払いにきた瞬間を捉えるんだ。
またこれはまだボクにはできない芸当だけど、相手と同じ構えを取り、気を同調させる事で敵が遣おうとしている未知の技が如何なるものか予測する事もできる。
つまり、雪の奥義『雪像』とは『待ち』の奥義なんだ。
「どうやら付け焼き刃の剣術じゃないようね?」
アニマさんは仮面の奧からボクを見つめたまま足裏を擦るようにして間合いを詰めてきた。
ボクも下段の構えのまま同じように間合いを詰める。
切っ先をピタリとボクの下腹部に向けたまま身を寄せてきたアニマさんは、低い下段から少しずつ切っ先を上げてくる。
両肩を狭め、少し前屈みになると、アニマさんの体が切っ先の向こうに小さくなったように見えた。
「…こ、これは…!?」
ボクは我が目を疑った。
切っ先の向こうでアニマさんの体が異様に小さくなり、刀身だけが青白い光を放って接近してくるように感じた。
思わず戦慄した。そのまま腹を突かれるような恐怖を感じたんだ。
「これがラーバさんが感じた恐怖なのか!?」
刀身を左右に振っている?
そうだ。小刻みに切っ先を左右に振るから刀身が光を反射しているんだ。
ボクも同じように刀身を左右に振ってみたけど、ハガクレの切っ先からアニマさんのような光も放たなければ、威圧も生んでこなかった。
更に接近してくるに従ってアニマさんの刀身が目前に迫ってくる大蛇か龍のように見えた。
「目眩ましか!?」
ボクの刀身は止まっていた。アニマさんのように刀身を振る事ができなかった。
「未熟! 『雪像』、破れたり!!」
自分を罵った瞬間、ボクは自分の胸に龍でも飛び込んでくるかのような異様な気配を感じた。
突きが来る!!
そう察知したボクは前に跳躍した!
剣客としての本能と云っても良い。ボクは突きを弾いたりかわしたりすれば胴を払われると感知したんだ。
一か八か! ボクは前に飛び込みながら青白い光芒の中に切っ先を突き入れた。
右腕にかすかな疼痛が走り、ボクが突き出した切っ先にもかすかな肉を裂く感触があった。
ボク達は一瞬の内に交差して、反転して向き合っていた。
アニマさんの右肩口の服が裂け、血が滲んでいる。
ボクも二の腕から血が流れていた。二人とも浅手だった。
「なかなかの腕ね…『飛龍』に襲われてその程度の傷で済んだのは貴方が初めてよ」
アニマさんは笑いを含んだ声で呟いた。
「こちらは奥義の一つを破られましたよ…これで明日からの訓練は五割増しです」
「それは災難ね? でもこれで『飛龍』の剣を破ったとは思わない事ね? 私の龍は牙だけでなく爪も鋭くてよ?」
アニマさんは再び下段に構え、ボクは納刀して腰を沈めた。
これこそター姉が古文書を解き明かして甦らせた居合と呼ばれるカタナ専用の剣術の一つだった。
ボクは居合を抜刀と斬撃に間髪入れずに行う技術と解釈してるけど、ター姉は如何なる状況でもカタナを抜き反撃、または奇襲する護身用の技術と思っている。
ともあれボクは時間を見つけては、この居合を突き詰めてボクだけの必殺剣を編み出そうと躍起になっていた。
居合は確かに早いしリーチもあるけど、片手斬りの為どうしても威力に乏しいという弱点があった。
そこでボクは片手斬りでも一撃で敵を死に至らしめる方法を工夫し、ついに首筋の血管を斬るという結論に達した。
首筋の血管を斬られた敵は人間はおろか魔族さえも大出血を起こして死に至る。
その首筋から吹き出す恐ろしげな噴出音が、微かに残る幼い頃の記憶にある野分の日に怯えながら聞いた風の音に似ている事から秘剣『野分』と名付けた。
ボクは『飛龍』に対抗する為にター姉すら知らない『野分』をぶつけてみようと思う。
対峙した敵との間合いと太刀筋を読み、前に跳びながら抜きつけて切っ先で敵の首筋を斬る。
片手斬りゆえに威力は弱いけど腕を伸ばす上に上体も伸ばすので通常よりも遠間から仕掛ける事ができる。
しかも首筋の血管を捻るように斬る為、僅かな傷でも大出血を起こしてボクの勝利は確定する。
間合いを制し、片手斬りの弱点をカバーしたこの秘剣はハドラーさんすら一撃で屠った必殺剣なんだ。
「…その顔…勝負に出るつもりね?」
ボクの心情を読まれて背筋に冷水を流し込まれたかのように硬直した。
のっぺりとした仮面のせいでアニマさんの表情は分からないけど、声の感じからして笑ってるようだった。
「…行きます」
ボクは間合いに入らない内に『野分』を遣ってみるつもりだ。
当然、こっちの切っ先は敵の首筋には届かないけど、もしかしたら『飛龍』の太刀筋を看破できるかも知れない。
下段に構えたアニマさんが身を寄せてきた。
少しずつ切っ先が浮き、刀身が水平になった。すると前屈みに両肩をつぼめたアニマさんの体が切っ先の向こうに小さくなる。
それと同時に刀身が青白い光を放ち、龍のように見えてくるけど、二度目のせいかさっき程の恐怖は感じなかった。
やっぱり青白い光は刀身が小刻みに揺れている為に発している事が見て取れた。
アニマさんが抜刀の間に迫ってきた。全身に剣気が満ち、切っ先が鋭い殺気を放つ。
またボクの胸元に龍が飛び込んでくるような気配を感じた。
「イヤァッ!!」
龍が来ると察知したボクは裂帛の気合を発して跳躍した。
跳びながら抜き付けて切っ先が鋭くアニマさんの首筋へと伸びる。
ほぼ同時にアニマさんの切っ先がボクの手元に伸びてきた。
交差する刹那、ボクの右手に激痛が走り、ハガクレを取り落としてしまった。
予想以上に伸びたアニマさんの切っ先がボクの右手の甲を深く斬り裂いた。
「小手斬り…腕を破壊して確実に攻撃力を削ぐ…!」
だけど漸くボクには『飛龍』の剣が見えた。
青白い光を刀身から放って相手を威圧し、突きへくると見せかけて刀身を返し、胴や小手へと斬り込んでくる秘剣なんだ。
「参りました! ボクの負けです!」
見えたところで右手の甲を骨まで截断され、武器を失ったボクには勝機はなかったんだ。
おまけに今のボクはアニマさんの間合いの内にいる。回復呪文を唱えたり、間合いの外へ跳ぼうとする前にボクは斬られているだろう。
『準決勝・第一試合の勝者はアニマ選手!! 決勝戦へとコマを進めたのは仮面の女騎士・アニマ選手です!!』
途端に観客席から歓声と悲鳴が上がった。
ボクはすぐさま右手にベホイミを唱えると傷は瞬く間に塞がった。
指を開いたり閉じたりしてみたけど、特に障害は残ってなさそうだった。
「ありがとうございました! 勉強になりました」
ボクが右手を差し出すとアニマさんも握り返してくれた。
「こちらこそいい勉強になったわ。けど、私としてはもうちょっと本気を出して欲しかったわね? 竜の騎士様?」
「…え?」
慌ててアニマさんを見返すけど、すでにアニマさんは舞台から降りて選手用の観戦席へと戻ろうとしていた。
「いつの間に握った手、解かれていたんだろう?」
ボクはアニマさんの冷たい指の感触が残る掌をじっと見つめていた。
あとがき
残念ながらディーノくんはアニマに敗れてしまいました。
敗北と引き替えに秘剣『飛龍』の正体を暴いたので、収穫の方も少なくはありませんでしたけどね。
さて次はダイVSマァムのアバンの使徒対決。どちらが勝つのかは次回のお楽しみと云う事で。
さて、今回は蛇足っぽい形でターさん対チウをやってみました(笑)
いえね、原作のチウはあそこでザムザと戦って成長するんですけど、この作品ではザムザがいませんでしたからね(苦笑)
それとターさんの心情も少し書いてみました。
これによってターさんの行動の矛盾、違和感がちょっとでも拭えれば幸いです。
それでは、また次回に。