マァム視点
私はロモスの城下町に特設された闘技場に向かって歩いていた。
勿論、ここで開かれる武術大会に参加する為よ。
「ふっふっふっ、腕が鳴るなぁ…マァムさん、僕のカッコイイ所をたくさん見せてあげますからね!」
隣で意気揚々と歩くのは私の兄弟弟子である空手ねずみのチウ。
昔は悪さをしてたようだけど、私の師、拳聖ブロキーナ老師に捕らえられ、修行によって強い心を持ってからは魔王の邪悪な意志に影響されなくなったそうよ。
「そして決勝戦はマァムさんと僕とで武神流の奥義の数々が繰り出される観客溜息物の素晴らしいバトルが展開されるに違いない!!」
「チウ、世の中には私達よりも強い人がいっぱいいるわ…老師がこの大会に出るように仰ったのも、上には上がいる事を知れってお考えなのだと思うわ」
「大丈夫ですよ! 武神流は無敵です! 優勝はマァムさんに決まってますって!!」
悪い子じゃないんだけどねぇ…
けど優勝か…目的は腕試しだから賞品には興味がなかったんだけど、一週間前、主催者から発表されたアレには心惹かれるものがあったなぁ…
精霊ルビス様ご本人が魔力を圧縮して物質化したとされるルビーに、やはりルビス様手ずから彫金されたミスリル銀で装飾されたというお守りには…
「ルビスの護りですか? 本物なんですかねぇ? 僕にはただの人間が持てる代物じゃないような気がするんですけど…」
「少なくとも大きな魔力を感じるのは確かだわ。もしただの宝石ならロモスの王様だってそれを賞品にして大規模な武術大会を開く訳ないでしょうしね」
「うーん…それに二位と三位の賞品も人間に用意できるものなのか…」
チウは腕を組んで唸っている。
「確かに魔法ダメージを軽減し道具として使うとマホカンタの効果がある天空の盾、装備するだけで魔法力が回復する女神の指輪…どれも人間界に存在するとは思えない…」
「でしょう? あの主催者もなんだか人間離れしたフインキだし、怪しすぎます」
「チウ、フインキじゃなくて雰囲気よ…でも、あのエターナルさんって人、本当に綺麗だったなぁ…まるで女神様のようで、案外本当に人間じゃなかったりしてね?」
一週間前、闘技場前で賞品を発表したエターナルさんの事を思い出す。
膝裏まで伸びた銀色の髪、見つめると吸い込まれそうになる程に深い闇色の瞳、血管が透けるような白い肌、けど唇は鮮血のように真っ赤で艶めかしくて…
胸元が少し開いた純白のドレスに身を包んだ彼女は精悍な凛々しい表情と時折見せる慈愛の微笑みで聴衆の心を掴んで離さなかった。
「けど…あの刺青はないと思うんですけど…まるで綺麗な絵に子供が落書きをしてしまったような台無し感がどうも…」
「刺青? チウ、彼女は刺青なんかしてなかったと思うけど?」
「ええっ!? あんな顔やら腕やらにいっぱい彫られた刺青が分からないんですか!?」
チウは驚いているけど、私にはどう頑張っても彼女が刺青をしていたという記憶がなかった。
「あら? お嬢さんのその恰好、武道家よね? 貴女も大会に参加するのかしら?」
かけられた声に振り向くと、オープンカフェの席の一つで銀髪の女性が優雅にお茶を飲んでいるのが見えた。
「あっ…! 貴女は武術大会の主催者の…」
「ええ、エターナルよ。よろしくね? 凛々しいお嬢さん」
悪戯っぽくウインクするエターナルさんを見て、何故か私の頬が急に熱を帯びてきた。
実年齢は私と同じようにも見えるし、大人の女性って感じの雰囲気もあるしで推測できなかった。
「お時間があるようならご一緒にどう? ロモスの王様のご厚意で大会が始まるまで休憩を頂いたのは良かったのだけど、どうにも一人は退屈で…」
「あ、あの…私も大会の受付を済まさないと…」
「大丈夫よ。今はまだ九時よ? 慌てる時間じゃないわ。もし遅刻しても主催者の推薦って形で申し込んであげるから、ね?」
どうしよう? 確かに時間はあるから無下に断るのも悪いし、けど主催者推薦なんてされたら変に目立つような気もするし…
「私、貴女のような女の子が男の中に混ざって頑張るのを見るのが好きなのよ。私はそんな貴女とお友達になりたいの…駄目かしら?」
「そこまで仰るのでしたら…私も貴女のように綺麗な人とお茶を飲んでみたいですし…」
「あら、お上手ね? そこのねずみ君も遠慮しなくても良いわよ?」
優雅に手を口端に持っていって笑うエターナルさんにチウは私の背に隠れてしまった。
「あら、嫌われてしまったようね? お連れさんが嫌がってるのに無理に誘う訳にはいかないわね」
「チウ!? エターナルさんに失礼でしょ!?」
思わず上げてしまった大声に周りの視線が集中する。
「あっ…すみません…」
「私は気にしてないわよ? それよりどうするの?」
「是非、ご一緒させて下さい。チウも良いわよね?」
渋々といった感じで頷くチウには悪いけど、今の私はどうしても彼女とお茶をしたくなっていた。
「あら、嬉しい! 好きな物を頼んで良いわよ? 退屈凌ぎ付き合ってくれたお礼に何でも奢るわ!」
ポンと手を叩くエターナルさんは花が咲いたような無邪気な笑みを浮かべている。
益々熱くなっていく頬を持て余しながら私はそれを隠すようにメニューに目線を落した。
「へぇ…只者じゃない雰囲気がするとは思ってたけどアバンの使徒だったなんてね…お嬢さんと声をかけたのは無礼だったかしら?」
「そ…そんな事ありません! アバンの使徒と云っても偉いのは魔王ハドラーを倒したアバン先生本人であって、私は弟子の一人に過ぎません!!」
しばらく取り留めのない雑談をしていた私達だったけど、エターナルさんは思いの外聞き上手で、気付いた時には自分がアバンの使徒という事まで話していた。
「謙遜する事はないわよ? 世間に疎い私だって魔王軍と勇敢に戦うアバンの使徒の噂は耳にするもの」
「噂…ですか?」
「ええ、特に有名なのがパプニカのバルジ島の大決戦ね! 魔王軍の総攻撃を受けながら一人も死者を出さずに勝ち残った武勇伝は人々に勇気と希望を与えたそうよ」
私は唖然とした。あの戦いがもう噂になって広がっていただなんて…
「ひょっとして貴女もあの戦いに参加したのかしら?」
曖昧に頷くとエターナルさんはまるで子供のように手を叩いてはしゃいだ。
「夢みたいね! 私ったら英雄と気付かずにマァム様を不躾にお茶に誘っていたのね!?」
「え…エターナルさん! 様付けや英雄って云うのはやめて下さい!! それに実は私、あの戦いではあまり役に立ってなかったんですから…」
「あら、ごめんなさいね? でも役に立てなかったという言葉は聞き捨てならないわね?」
エターナルさんの睨むような目に私は恐縮するしかなかった。
あの戦いはヒュンケルやポップがいなかったら私は今頃この世にはいない…
「勘違いされてるようだけど、私が云いたいのは戦力云々の事じゃないわよ? 今の世の中…どれだけの人間が目の前の危機に立ち向かえていると思っているの?
殆どの人間が今の不幸な時代を嘆き祈り呪う事しかしてないじゃない。でも貴女達は魔王軍に立ち向かった…それだけでも賞賛に値するわ。もっと胸を張りなさい」
「…エターナルさん…」
「そして自分の無力を感じたからこそ貴女はこうして仲間から離れ武闘家として修行を重ねてきたのでしょう?
良くって? この世で真に強くなれるのは、自分の弱さを自覚した上で強くなろうとひたむきに努力する者よ。
それは武力に限らない。いくら強くても精神的に脆くて自分より弱い者に敗北を繰り返す愚か者もいるわ。
そうね、貴女は心が強いのね。だからこそ貴女は最強拳法と謳われる武神流をこうも短期間で会得できたのかも知れない」
気が付けば私はエターナルさんに抱きしめられていた。
エターナルさんって女性にしてはかなり背が高いのね? ヒュンケルくらいありそうだわ。
「自信を持ちなさい、マァム…貴女はきっと勇者様の力になれる。貴女はきっとこの世でもっとも難しい戦い方をできるようになるわ」
「この世でもっとも難しい戦い方?」
「相手を倒さずに制する戦い…武道における理想的な勝ち方…貴女の優しさならきっとそのような戦い方ができるはずよ?」
この人は私が戦いの中で望んでいる事に気付いている?
「人間には人間の…魔族には魔族の正義がある…何故、魔王軍が地上を侵略しているのか…それを知れば貴女は魔族と戦えなくなるかも知れない…
けど、貴女なら魔族の苦しみ、哀しみを理解した上で倒す事なく制する戦いができるような…そんな気がするの…」
「魔族の哀しみ…魔族の正義…」
「魔族の故郷、魔界には太陽の光が決して届く事はない…彼らが人間を憎み地上に攻め入る理由はただ一つ…太陽に思い焦がれているから…ただそれだけよ」
それだけ…エターナルさんはそう云うけど、大魔王バーンやかつての魔王ハドラーが太陽の光を得んが為に戦っていたとしたら、それは本当に哀しい…
せめて彼らが最初から武力に訴えず人間と話し合って共存の道を模索できていたら…いいえ、それこそただの理想論ね。
いくら私が世間知らずの小娘でも人間が異分子に対して排他的なのは歴史が証明している。人種の違い、職種の違いで差別があるんだもの、ましてや魔族となると…
「私達は…人間と魔族は手を取り合えないのでしょうか?」
「難しいわね…人間と魔族が愛し合って子供を為したって話は耳にするけど、種族間の共存となるとね…人間としても自分のテリトリーに異分子が入ってくる訳だし…」
それではいくら相手を制した所で、単に敵を殺さなかっただけって事にもなりかねない…
「難しいけど不可能とは云ってないわよ? まあ、私達が生きてる間には無理かも知れないけど、その志を継ぐ者を育てていけばいずれは…と思うわ」
この人は良いタイミングで私が欲しい言葉を云ってくれる…まるで私の心を読んでるみたいに…
「その前にやるべき事があるけどね」
「そうですね…まずは大魔王バーンを倒す…制しないといけませんね」
「そうね、私達は所詮人間だもの…まずは自分達の地盤を固めない事には魔族について考えられないものね」
そう云えば子供の頃、アバン先生や母さんも云ってたな…人間一人一人にできる事なんてあまりないって…
子供の頃は意味を取り違えて、人間は無力だと云われた気がして反発してたけど、今なら分かる…人は手を取り合えなければ生きていけないのだと…
「ありがとう!! 私、この戦いはバーンを倒してハッピーエンドになると思ってたけど、間違ってる事に気付く事ができました!!」
「間違い?」
「ええ、バーンを倒してもそれはただ脅威が目の前から消えただけの事…真の平和の為には今後の事も考えなければいけなかったんです。
人間と魔族…いえ、その他の種族とも手を取り合える未来を作れなければ、いずれは第二第三のバーンが現われるような気がするんです。
アバン先生が平和の維持の為に後進の指導にあたられていたように…私も未来の為に人と他の種族が共存できるように子供達に教えていきたい…」
気が付くとエターナルさんが微笑んで私の顔を見つめていた。
「ご…ごめんなさい…私ったら初対面の人にこんな大それた…ただの理想論を語ってしまうなんて…」
「いいえ、未来の事に目を向けられる貴女の事好きよ?」
途端に私の頬…いいえ、もはや顔全体が火で炙られたかのように熱くなってきた。
「ただ、平和の為に大魔王バーンを倒します、とか、私の手で人間と魔族との共存を実現しますって云われたらきっと私は興醒めしてたでしょうね。
未来は私達だけにあるのではないんですもの。これから生まれてくる子供達の物でもあるわ。だから恥ずかしがる事はないわよ?」
いえ、私の顔が赤いのは恥ずかしい…のは恥ずかしいからだけど、エターナルさんが想像してる恥ずかしさとは違うような気がする。
その時、私の額に温かくて柔らかい物が触れた。
「ああ―――――ッ!?」
チウ、五月蠅いわよ? カフェでこんな大きな声を出すだなんて…って私も人の事云えないか…
「えっ!?」
この時になって初めて私はエターナルさんの顔が見えなくなってる事に気が付いた。
と云うより私達の密着度がかなり上がってるような…
「思ってた以上に驚いてくれないのね? それとも呆れて声が出ない?」
漸く見えたエターナルさんの顔は楽しそうでいて、どこか残念そうな微笑みを浮かべていた。
「折角、貴女が勝ち残れるようにおまじないをしてあげたのに…」
私はまだ感触が残る額に指を這わせる。
「じゃあ、もう一回ね? 貴女に精霊ルビスの加護があらん事を…」
今度は私の右頬に柔らかい感触が…そして左の頬…再び額にエターナルさんの唇が触れた。
「頑張ってね? 貴女の健闘を期待してるわよ?」
最後に私の右手を取って、手の甲にキスをするエターナルさんと目があった私はその場で意識を手放した。
気が付くと私はベッドの上で寝ていた。
「ここは…」
「あら? 目が覚めたのね? ここは大会本部の私の私室よ。いきなり倒れるのだもの…吃驚したわ?」
声のした方を見ると椅子に腰掛けたエターナルさんが苦笑していた。
「悪ノリした自覚はあるけど、まさかあれくらいで気を失うなんて…貴女って結構ウブなのね?」
途端に顔が熱くなる。
あ…あれは貴女があんな事をしたから!!
「あ…そう云えば受付は!?」
私は武術大会の事を思い出して慌てて起き上がる。
「目を覚まして武術大会の心配をするなんて色気のない子ね? まあ、体付きは十分色っぽいけど」
「エターナルさん!!」
「心配は無用よ? 私が主催者推薦で応募しておいたから問題なく大会に参加できるわよ?」
その言葉に安堵した私の視界の端に時計が映った。
「ああっ!? 正午を過ぎてる!? 予選が始まってる時間じゃないですか!?」
慌てる私にエターナルさんは優雅に微笑みながら水差しから水をコップに注いで私に手渡した。
「だから心配は無用って云ったでしょ? 貴女は主催者推薦なんだもの、予選なんて出なくても既に決勝トーナメントに出る資格があるわよ」
事も無げにそんな事を云うエターナルさんに私は呆然とした。
なんか贔屓されたようで奇妙な居心地の悪さを感じてしまう…
「私のような未熟者が予選なしで決勝に出ても良いものでしょうか?」
「構わないわよ。さっきチラッと予選を見てきたけど貴女より強いと思える選手はあまりいなかったしね」
「私、貴女に戦ってる所を見せてませんよね?」
するとエターナルさんはコロコロと子供のように笑った。
「私もね、ロモスの王様のご厚意でこんなドレスを着てるけど本来は騎士稼業でご飯食べてるのよ? だから経験則から見ただけでおおよその強さは推測できるのよ」
「エターナルさんは騎士だったんですか!?」
云われてみればエターナルさんの立ち振る舞いには隙というものが見当たらない。
それは礼儀作法をきちんと身に付けたからだと思ってたけど、実際は歴戦の戦士だったんだ。
「それはそうとチウは? 彼はどうしてます?」
エターナルさんは急に困ったような顔をして私を見る。
「ねずみ君は残念ながら初戦敗退よ…あの極端に短い手足で勝てって云う方が無理よ…」
「はぁ…それでチウはどこに?」
「勇者ダイ様と一緒に行動してるわ。貴女の仲間のようだし、受付でお会いした時、ついでに彼にねずみ君を預けてきたの」
私は思わぬ名前に目を見開いた。
「ダイが!? どうして!?」
「どうしてって大会に出場する為よ? 流石は勇者様ねぇ…初戦なんて相手を睨んだだけで降参させてしまったんだから!」
あのダイが相手に降参させる程に睨みを利かせた? 機嫌が悪かったのかしら?
「それより…その手の中のもの、飲んだら?」
云われて私はコップの水を一息に飲み干した。
「美味しい…さっぱりしていて…」
エターナルさんの持つ水差しにはミントの葉と輪切りにされたライム、氷が浮かんでいた。
「そろそろ予選が終わる時間ね…決勝トーナメントの出場者はちょっと集まって入場の説明をするから先にこの場所へ行って貰える?」
私はエターナルさんから受け取った地図を確認するとベッドから降りて会場へと向かおうとした。
「マァム…」
「はい?」
お礼を云って部屋を出ようとする私の背に真剣な声でエターナルさんが呼び止めた。
「魔族の哀しみと正義…覚えてる?」
「ええ、闇の世界で太陽に焦がれる生活…私が同じ立場ならきっと人間を呪っていると思う…」
「貴女は魔界に生まれてもそんな事はないと思うけどね…」
エターナルさんは後ろから私を抱きしめる。
「マァム…私達、友達になれたのよね?」
「そうですね…貴女が私を嫌わない限りは…」
「だったら次に会った時は敬語は無しね? 私も素のままで貴女に会うから…」
エターナルさんの腕の力が強くなり少し息苦しくなるけど、何故か不快じゃなかった。
「分かったわ…ずっと私と貴女は友達ね」
「ありがとう…マァム…こんな云い方、卑怯だと思うけど、私の正体を知っても嫌いにならないで…貴女のその顔で、その声で嫌いと云われたら…」
「エターナル?」
不意に抱擁から解かれて振り返ると、もうそこにはエターナルの姿はなかった…
地図を頼りに闘技場に向かっていると、この喧騒にも拘わらず何やらヒソヒソと話し声が聞こえてきた。
気になってそちらに目を向けると、さっと顔を背ける二人組のおばさん達が見えた。
不思議に思いながらも闘技場を目指していると、再びヒソヒソと声が聞こえ、目を向けるとやはり顔を背かれた。
流石に気味が悪くなって問いただそうと内緒話をしている二人組に近づくと一目散に逃げてしまった。
そんな事が繰り返されてる内に、私はいつの間にか子供達に取り囲まれてしまっていた。
「どうしたの? 私に何かご用?」
先程からのヒソヒソ話のせいで少し機嫌が悪かったものの、なんとか平静を装って子供達に声をかける。
「お姫様にお姫様だっこされたお姉ちゃんだぁ!!」
「はいぃ!?」
私が思わず頓狂な声を上げたのを皮切りに、子供達は一斉に囃し立てた。
「お姫様にお姫様だっこされた♪ お姫様にお姫様だっこされた♪ 変なの~♪」
「ちょ…ちょっとどういう事なの!? 話が見えないんだけど!?」
困惑する私に子供達は更に大笑いして私の周りをグルグル回る。
「お姉ちゃん、さっきお姫様にお姫様だっこされて運ばれていったろ? 武闘家なのに情けな~い! お姫様の方が格好良かったぞ!!」
お姫様? 運ばれていった? そこで漸く私はどうやって大会本部に連れて行かれたのかを察する事ができた。
私はエターナルに横抱きにされる自分を想像して頭が真っ白になった。
しかも想像の中のエターナルは騎士甲冑を纏い、自分はお姫様のようなドレスを着ていた。
「え…えええええ…エターナルううううぅぅ!! 貴女、なんて運び方をしたのよおおおおおおおおおっ!?」
天下の往来で私の絶叫がコダマした。
少し時間が遡る。
大会本部の設えた私室のベッドにマァムを寝かせたエターナルはチウを伴って大会受付まで来ていた。
「この紙に書かれたマァム、私の推薦って事で登録して頂けるかしら?」
「これはこれはエターナル様! 畏まりました。名前はマァム…ほうほう武神流拳法ですか! では、主催者推薦なので決勝トーナメントからの出場ですね」
「おいおい、そりゃねーだろ!?」
斧を持った巨漢が脇から進み出て受付係の胸倉を掴んだ。
「こっちは面倒な手続きをして予選で何回も戦わなきゃいけねーのに、なんでそいつはいきなり決勝なんだよ!?」
「し…しかし大会のルールでして…主催者であるエターナル様の推薦を受けた選手は予選を勝ち抜く必要無く決勝トーナメントに出られると…」
「そうかい…もしかしてその女が主催者のエターナルさんか? ならここは一つ俺も推薦してくれねーか?」
斧の巨漢はいやらしい笑みを浮かべてエターナルに凄む。
「あわわわわ…え、エターナル様…」
エターナルは顔を青ざめさせた受付係にヒラヒラと手を振ると、巨漢に向き直った。
「私の推薦を受けたいと云う事はそれなりの力を示してくれるのでしょうね?」
「へっへっへっ…良いぜ、俺の力を見せてやるよ…ここの近くに良い宿があるんだ、そこでしっぽりと教えてやるよ」
途端に巨漢が横に吹っ飛び、近くの石柱にぶつかった。
「裏拳一発で砕ける…とても推薦できるような実力じゃねーな?」
顎を砕かれた激痛に床を転げる巨漢を見下ろすエターナルの右拳には巨漢の前歯が数本刺さっていた。
「へ…へへぇ(て…テメェ)…ふっほほひへはる(ぶっ殺してやる)!!」
巨漢は斧を手にして襲いかかるが、エターナルは容易くかいくぐると男の顔面を掴んだ。
「眼窩部に指を引っかけてある…そのまま思いっ切り後頭部をぶつければ眼球がびっくり箱のように飛び出すぜ?」
「あひぃぃぃぃぃぃ…」
エターナルの目が本気だと悟った男の股間から湯気が昇った。
「チッ…失禁どころか脱糞しやがったか…いい歳こいてお漏らしするヤツには仕置きが必要だなァ?」
「やめろぉ!!」
エターナルが目線をずらすとそこにダイがいた。
「これはこれは勇者様…私の招待状に応えて当大会へご参加頂き、誠にありがとうございます」
エターナルはそのまま巨漢を片手で投げ飛ばしてダイと対峙する。
巨漢はそのショックと助かったという安心感で意識を手放した。
「さて、受付はこちらになります…ちょうど誰も並んでおりませんので、お待ちする事なく登録できますよ」
ダイは何かを云いたげであったが、エターナルを睨んだまま無言で右手を指差した。
「ああ…先程の男の歯ですね…では失礼して…」
エターナルが右拳に力を込めると、めり込んでいた歯が一斉に抜け落ちる。
途端に傷口が蠢きあっという間に塞がった。
受付会場にいた人々はその光景に絶句した。
「この程度の傷はわざわざホイミを使うまでもなく気を送り込めば修復と消毒を瞬時に行える…それより受付を…」
ダイは恐ろしい物を見たような顔でエターナルを見ていたが、すぐに視線を逸らすと受付に向かった。
それから一言二言受付係と話をしていたダイだったが、不意に情けない表情を浮かべてエターナルに振り返った。
「あん?」
「俺…字、あまり読んだり書いたりできないんだ…」
予想外の言葉にエターナルは先程の巨漢がぶつかった石柱に自らの頭を強打するほどズッコケた。
「お前ね…いくらなんでも自分の名前くらい書けるようにしとけよ…」
エターナルにブランチを兼ねた食事に誘われたダイは断る理由もなく、エターナルも自分が主催する武術大会を台無しにする愚行を犯すまいと判断し、承諾した。
席に着くなりエターナルは魔王軍の幹部でもなく、武術大会主催者でもない顔でダイの先程の醜態を咎めた。
「…面目ない…」
「魔界でも最高の叡智を誇る大魔王バーンが自分の名前も書けない餓鬼に倒されるなんてな…世も末だぜ」
先程、マァムとお茶をしていたオープンカフェでエターナルは情けない表情で空を見上げた。
雲一つない青空に良い笑顔でサムズアップしているバーンの姿を幻視した。
「ところで…そこにいる大ねずみは何?」
本当は知っているのだが、今のダイとチウは初対面なのであえてそう訊いたのだ。
「ねずみとは失礼な!! 僕は拳聖ブロキーナ老師の弟子にしてマァムさんの兄弟子なんだぞ!!」
「マァムの!?」
ダイは驚いてチウの姿を上から下まで見つめる。
「ああ、そうだ…そのマァムなんだがちとおかしな事になってな…大会本部で預かってるから、予選の間、ねずみ君、預かっててくんね?」
「マァムが!? お前、マァムに何をしたんだ!?」
激昂するダイにエターナルは彼の頭を押さえる。
「落ち着け! 何もしてねーよ! 天地神明に賭けて俺はマァムに手を出しちゃいねェ!!」
エターナルはマァムが失神するまでの経緯を掻い摘んで話した。
「…分かった…信じる…でも決勝にマァムが来なかったら俺は黒の結晶(コア)の事を忘れてお前を倒すからな!?」
「慣れねー脅し文句は滑稽なだけだぜ? できもしねェのは分かってる…だが安心しろ。重ねて云うがマァムだけは何もしねェ」
「なんか…俺やポップ、レオナに対する態度と違うな…どうしてマァムにはそんなに優しいんだ?」
ダイの疑問にエターナルは一瞬身を震わせたが、すぐに取り繕った。
「笑うなよ? 実はマァムは…」
「マァムは?」
「やっぱ云わねェ!! 考えてみりゃァそこまで云う必要ねーじゃねェか!!」
態度を急変させたエターナルに、ダイは、そりゃないよと突っ込んだ。
「はっはっはっはっ、君も青いね! 彼女の態度を見れば分かるだろ? エターナル女史はマァムさんに惚れてるのさ!!」
「まさかぁ…エターナルは女だよ?」
ダイが呆れたようにチウをジト目で見ると、エターナルが椅子を倒す勢いで立ち上がってテーブルを叩いた。
「ばっ! …ばばばばばばばば馬鹿野郎な事抜かすンじゃねーよ、ねず公!! おお俺がま、マァムの事好きなんてああああある訳…!!」
明らかに動揺しているエターナルにダイは目を丸くする。
「そ、そりゃァ子供の頃、一緒に遊んでくれた幼馴染みの大好きなお姉ちゃんに似てなくもないっつーか瓜二つっつーか優しい笑顔がそっくりっつーか…」
「え…エターナル、落ち着いて!!」
「馬鹿野郎!! お、俺はいつだってれ、冷静だ!! そう、マァムはお姉ちゃんにそっくりなだけでべ、別に俺はマァムの事なんて好きでも何でもないンだからねっ!!」
店の奥に向かってアイスクリームのホットなる奇妙な物を注文しているエターナルにダイは思わず吹き出した。
「完全無欠だと思ってたけど、思わない弱点があったんだね! でも安心してよ。俺はそういう弱点を突くのは嫌いだから」
「だから俺はマァムの事が好きって訳じゃねーっつってんだろ!?」
「そんなに顔を真っ赤にさせても説得力ないよ?」
会話の主導権をダイに奪われたエターナルは歯軋りをして睨むしかなかった。
「でも…女の人が女の人を好きになるって事ってあるんだね。その『好き』って『Like』じゃなくて『Love』の好きなんでしょ? レオナに教えてもらったもん」
「あの姫は餓鬼になんちゅー事を教えやがるンだ! まあいい、世の中には色んな性癖があるンだよ…ちなみに俺はバイ寄りのレズビアンって所か?」
「バイって?」
「要は男も女も好きになるって事だよ…って、俺も何を教えてンだ…」
エターナルはテーブルに突っ伏して肩を振るわせている。
「アイスクリームのホット、お待ち!!」
エターナルの目の前にボコボコと沸騰しているアイスクリームの成れの果てを置いて店員が席を離れた。
「このお店の人…結構馬鹿だね…」
「ツッコミせず敢えてボケで返すとはやるなァ…」
コメカミにデフォルメされた大きな汗を垂らしたダイに対してエターナルはしきりに感心している。
「兎に角、俺は体質的に男と添い遂げる事ができねーからな…人恋しさに女色に走ったのが切っ掛けだな…」
「まあ、愛には国境も種族も性別もないって事さ!」
「おお、ねずみ君、善い事云うなァ!! 褒美にこのホットアイスクリームを進呈しよう!!」
アイスクリームの成れの果ての押し付け合いを始めたエターナルとチウに呆れながら、ダイはそろそろ本題に入ろうと切り出した。
「で、今大会の目的はアンタの弟子の腕試しらしいけど、その弟子って誰なんだ?」
「ん? まあ、予選を見てれば誰が俺の弟子かすぐに察する事ができるよ。なにせテメェと同じ力を持ってるンだからな」
死んだ魚のような目になって薄く笑うエターナルにダイの背筋に冷たいものが走った。
「ま…まさか!? こないだ父さんと一緒に連れ帰った…」
「そう…もう一人のテメェ…ダイことディーノ! 魔王軍・超竜軍団長…ディーノだよ!!」
「超竜軍団長だってぇ!? もう一人の俺…この時代の俺が魔王軍の軍団長…」
ダイの全身がワナワナと震える。
「魔王軍は今、軍団再編成の真っ最中でな? 人材募集中だ。なんならテメェもスカウトしようか?
デルムリン島でのモンスターとの仲良しっぷりを見るに、テメェを百獣魔団長に推薦してやっても良いぜ?」
「巫山戯るな!! 誰が魔王軍なんかに!?」
「まあ、とっつぁんも、かつて倒した敵に仕えようとは思わないだろうから放っておけって云ってたかんな…別に構わないぜ?」
エターナルは鼻を摘んでドロドロのアイスクリームを一息に飲んだ。
ちなみにその直前、テーブルの下ではエターナルが二本の指を立てて、チウが握り拳を作っていた。
「云っとくが大会中、ディーノの正体を明かしたら分かってンな?」
「分かってる…それより今、気付いたんだけど、こんな大っぴらに魔王軍の話をしてて良かったの?」
「それこそ今更だな? この店は大会期間中限定で出した近衛騎士団・スイーツ開発課の店だからな」
「近衛騎士団って…しかもスイーツ開発課って何!? 軍隊だよね!?」
エターナルは涼しい笑みで食後の紅茶を楽しむ。
「ほれ、近衛騎士団の仕事がとっつぁんの身辺警護でもよ? とっつぁん自身が強ェから刺客なんて滅多に来なくてな…だから結構、暇なんだわ。
だからって訳でもねーンだが、暇ならもっと有意義に時間を使おうってンで、警護の片手間に色々と仕事を増やしていった結果、色んなセクションができたンだ」
「そこまでするんなら独立しなよ…」
「ま、とっつぁんの立てた計画が完遂したら考えてみるよ」
そう云ってエターナルは伝票を持って席を立ち、ダイから離れていった。
「バーンの計画って何だ!? やはり地上壊滅計画なのか!?」
「あん? 何だ? その地上破滅計画ってのは?」
会計係を待ちながらエターナルは胡乱げに振り返る。
「六つの黒の結晶を六芒星の形に仕掛け同時に起爆し、地上を跡形もなく吹き飛ばした後に魔界へ太陽の光を降り注がせようって計画だ!!」
するとエターナルは哄笑した。
「なんだ!? テメェンとこのとっつぁんはそんな事企んでやがったのか!? なかなか壮大で面白い計画だがこっちの世界じゃ違ェよ!!
俺らはそこまで非情じゃねェ…地上移民計画…まずは地上をなるべく無傷で征服し、後に地上の人間を一人残らず魔界に叩き落す!!
神々によって太陽を奪われた我ら魔界の者は太陽を手に入れ、地上を我が物顔で歩き回り、太陽の恩恵を当たり前のように受けていた人間は闇の世界へ…
慈悲深いだろう? 人間を滅ぼさず魔界へ送るだけだぜ? しかも闇の中の世界で生きる為のノウハウはちゃんと伝授するつもりだ」
「ち…地上には何人の人間がいると思ってるんだ!? そんな事できる訳ないだろ!?」
「できると云ったら? しかも一瞬でよォ?」
ダイは闇色の瞳に呑まれかけている。
「もうすぐ超巨大瞬間移動呪文…インフェルーラが完成する。それによって人間は全て魔界に一瞬にして運ばれる!
優しいだろ? 問答無用でインフェルーラを発動させンじゃなくて、わざわざ地上を征服した後に選ばせてやるンだ。魔界への移住か死をな」
「そんな…残酷な事を計画してたのか…生かさず殺さず人間を魔界に閉じ込める残酷な計画を…」
ダイは会計をしているエターナルの背中を愕然と見つめるしかなかった。
「残酷て…あのな? 住めば都って云ってな? 魔界だって悪い事ばかりじゃねーよ? 魔界のマグマとかエネルギー利用すれば生活は十分潤うはずだ」
「だったら今のままでも良いじゃないか!?」
ダイは底冷えするような鋭い目に射竦められて棒立ちになった。
「テメェはとことん人間様だけの味方だな? やっぱり地上で生まれ育ったテメェには闇の世界に生きる者の苦しみは分からねーか?
マァムは分からないなりに魔族の哀しみを理解しようと考えてくれたぜ? しかも自分らの次の世代以降も魔界の事を考えられるヤツを育てるとまで云ってくれた…」
「マァムが…」
「さっきは急な事で動揺しちまったが、今ならはっきり云える…俺はマァムが好きだ! 『Love』か『Like』かはまだ答えは出ねーけどな?
力はテメェら竜(ドラゴン)の騎士には及ばねーだろうが、彼女の優しさ、正義には偏りはない…果たしてテメェにマァムの仲間でいる資格はあるのかな?」
エターナルはダイに背を向けると最早ダイが何を云おうと振り返る事なく歩みを止めない。
「そのねずみ君、頼んだぜ? 一応はマァムを巡る恋敵の一人だ…丁重にな?」
エターナルの背中はあっという間に雑踏の中へ消えた。
あとがき
漸くダイ大の中で一番好きなマァムが出せました。 けど武術大会は予選が終わっただけです(汗)
どうにもチウが忘れがちです。書きづらいというか会話に絡ませづらいというか…
彼も好きなんですけどね。将来大物になりそうな器はありますからね。
我らがターさん、なんとマァムに惚れてしまいました(爆)
殆ど捏造マァムですが、バルジ島であのフレイザードにすら情けを持って話をしてたくらいだから魔界の者にも優しいだろうなとこうなりました。
ダイやポップに対する怒りの声も頂いてましたので、もしかするとマァムに対する待遇の良さに逆に怒られるかも知れませんね。
そしてついに魔王軍の計画が明らかに…と云っても原作と比べたら見劣りしますが(汗)
ダイはターさんを残酷と罵りますが、魔界生まれの彼女からしてみれば何を云ってるの? って感じです。
実際に魔界で生まれ育ち、ちゃんと生活してる人間がいる事を知っている彼女からしてみれば、何が残酷なんだってなります。
次回からは武術大会の決勝トーナメントの開始です。ザムザがいないので滞りなく進行します(笑)
マァムは決勝からの参加になりますが、エンジンは十分かかっているので大丈夫です。
まあ、エンジンがかかってる理由はお姫様だっこによる羞恥とやり場のない怒りのせいですが(笑)
それでは、また次回に。