マトリフ視点
「何だ、この状況?」
俺の心境を表わすと、この一言に尽きた。
目の前に広がる光景、甲斐甲斐しくダイの世話をしている色っぺぇ銀髪の姉ちゃんはまあ良い…背中の翼が気にはなるが…
問題なのはヤツらの隣に陣取ってる如何にも占い師で御座いって恰好の姉ちゃんだ。
なんちゅー瘴気を放ってやがる…目もツヤが無くてまるで生気を感じねぇし、黒目がデケェ分余計に怖えーよ。
最初はダイを取られまいと銀髪の姉ちゃんを睨んでるものと思ったが、どうやら嫉妬の相手はダイのようだな?
何故そう思うのかって? そりゃオメー、銀髪の姉ちゃんと顔を合わす瞬間だけパッと花が咲いたような笑顔に変わったからだよ。
良く見りゃダイのヤツ、顔を真っ青にさせてるじゃねーか? やっこさんもこの瘴気には辟易してるようだ。
一見、森の中の穏やかなアフターヌーンティーだが、空気は混沌としていてちっとも楽しそうに見えやしねぇ。
触らぬ神に祟り無しって言葉が脳裏に浮かんだが、話しかけねー訳にもいかず、気は進まねぇが連中に近づいていった。
「ぃよぉ! 両手に花とはいいご身分だな? 流石は勇者だ。英雄、色を好むってか?」
「ま…マトリフさん!? どうしてここに!?」
ヘッ…ダイのヤツ、あからさまに助かったって顔をしてやがる。
「どうしてたぁご挨拶だな? 折角、良いモン持ってきてやったのによ!」
ニヤリと笑ってやると何故か銀髪の姉ちゃんはアングリと大口を開けて顔をそらしやがった。
おいおい…そりゃねーだろ? いや、初対面なのに俺の顔を見て露骨な反応を見せるって事ァ…さてはポップの野郎が余計な事を吹き込みやがったか?
「良い物? マトリフさん、何を持ってきたの?」
「ま、立ち話もなんだ。そこの小屋ん中でゆっくりと茶ァでも飲みながら、な?」
「普通、客が云う台詞じゃねーだろ、師匠?」
「あん?」
銀髪の姉ちゃんは失言したって顔をして両手でテメェの口を塞ぎやがった。
「んー…? 姉ちゃん、前にどっかで会わなかったか?」
ジロリと睨んでやると、銀髪の姉ちゃんは視線を彷徨わせながらヘッタクソな口笛を吹く。
この誤魔化し方ァまるでポップ…おいおい、良く見りゃこの姉ちゃん、輪郭こそ細くなって薄く化粧までしてるが顔のパーツはポップの面影があるじゃねーか!!
「ま…まさか、テメェ…ポップか!?」
「あちゃぁ…流石、師匠…バレちまったか…」
銀髪の姉ちゃんは片手で顔を押さえながら空を仰いでいる。
「あ…俺が女になったからってセクハラしちゃ嫌だぜ?」
急に銀髪の…ポップはおどけたようにそんな巫山戯た事を抜かしてくるが誤魔化されてやるものかよ。
「…何があった?」
ドスを効かせて凄んでやるとポップは観念したように項垂れた。
「バッカヤロウ!!」
小屋に入って茶をしばきながら状況を洗いざらい吐かせた俺は気が付けばポップの胸倉を掴んでいた。
「マトリフさん、落ち着いて!! ポップだって使いたくてメガンテを使った訳じゃないんだから!!」
ダイに腕を掴まれたせいか少し落ち着きを取り戻した俺はポップを解放する。
「好んでメガンテを使うヤツがいてたまるか!」
俺はすっかり温くなった紅茶を一息で飲み干した。
「ダイに感謝しろよ? あのままだったら勢いに任せて破門を宣告してただろうからな」
「師匠…」
「だが思い直したよ…今のままのテメェは危なっかし過ぎる。俺が責任を持って魔法使いのなんたるかを一から叩き込んでやる」
俺は女の涙に弱いはずなんだが、元がポップなせいかこいつの泣き顔は逆に腹が立ってきやがる。
「よく覚えとけ。魔法使いってのは常にパーティで一番クールでなけりゃならねぇんだ。
全員がカッカしてる時でも、どんな絶望的な状況だろうと、ただ一人氷のように冷静に戦況を見てなきゃいけねぇ…」
「けどよ…あの場でクンビーナを呪いの核ごと滅ぼせる威力を出せるのはメガンテ以外に思いつかなかったんだ…」
「メガンテ云々はもう云わねぇが…あの場じゃ魔王軍のスゴ腕の幹部が二人もいたんだろ? 敵が残ってる状況で使うべきじゃなかったな?
聞けばエターナルって女は極大呪文をメラ感覚で使える化け物らしいじゃねーか。共通の敵と戦ってたって事も考えるとやはりお前の判断は間違ってたんだよ」
ちっ…俯いて口を閉じちまったか。
まあ、コイツも女になるわ、人間をやめさせられちまったわでショックを受けてるはずだからな…
けど、フォローするにも言葉が見つからねぇ…間違っても褒め言葉は云えないからな、さっきの説教と矛盾するし、何より俺は自己犠牲ってヤツが大嫌いなんだ。
やはりこの場は野郎に任せるのが一番だな。俺の言葉は届かなくても、あいつの言葉ならあるいは…
「それはそうとダイ? 俺が良い物を持ってきてやったって云ったのを覚えてるか?」
「うん…マトリフさんが何を持ってきてくれたのかはもう分かっちゃったけどね」
そういや、このダイは俺の知ってるダイじゃなくて、未来から来たダイなんだったっけな。
「そうか…じゃあ、受け取りな」
「やっぱり…」
ダイは俺が渡した本を嬉しそうに受け取った。
「なんだい!? 汚ねぇ本だけど…」
表情こそ晴れちゃあいねぇが、ポップはダイの手元の本を覗き込んだ。
「アバンの書…アバン先生が武芸・呪文・精神の全てを後世の為に書いたこの世で一冊の本だよ」
「そんな本があったなんて…ちっとも知らなかったぜ…」
ポップはアバンの書の表紙に描かれたアバンのマークを切なげに指で撫でた。
「…ダイ…空の章…百九十二ページを開けて読み聞かせてやんな」
何故かダイは困惑の表情でページを捲ってやがるが、何か問題でもあるのか?
「えっ…と…きーず…つ…き…」
しばらくダイは難しい顔でアバンの書と睨めっこをしてたが、急に苦笑いを浮かべるとパプニカの姫さんに手渡した。
「…レオナ読んで…内容は覚えてるんだけど、読めない字が多くって…」
ポップ、ずっこけるのはいいが羽を撒き散らすんじゃねぇ!!
神獣だか何だかの話じゃ翼は体の中に隠せるんじゃねぇのかよ?
「この翼って余分な魔法力を放射する役目もあってさ、翼をしまうとバカデケェ魔法力が体内に溜まっちまって…」
「なんだ? 爆発するってんじゃねぇだろうな?」
「いや、力が漲りすぎてもの凄い怪力になっちまって、持っただけで食器を粉々にしちまうくらいコントロールができねーんだ。
それに一番の問題は、人間の時と魔法力の質が変わったみたいで、なんつーか魔法力が貯まると気持ち良くなってふわふわした気分になっちまうんだ」
「ですからポップさんは慣れるまで翼をしまう時間を寝る時だけに限定してるんです。いずれは常に翼をしまえるようにするつもりですが…」
まーた沈んだ顔になっちまいやがった!
こいつはメンタル面の方も修行しねぇと取り返しのつかない状況に追い込まれかねねぇな。
「おい、姫さん…早いとここいつらに読み聞かせてやんな」
「え…ええ…傷つき迷える者達へ…」
姫さんは戸惑いながらもアバンの書を朗読する。
「敗北とは傷つき倒れる事ではありません。そうした時に自分を見失った時の事を云うのです。
強く心を持ちなさい。焦らずにもう一度じっくりと自分の使命と力量を考えなおしてみなさい。
自分にできる事はいくつもない。一人一人が持てる最善の力を尽くす時、たとえ状況が絶望の淵でも…
必ずや勝利への光明が見えるでしょう…!」
「自分の使命と力量…自分にできる事はいくつもない…俺は絶望的な状況でダイを守らなきゃと焦ったばかりに視野が狭くなってたんだなぁ…
改めて悪かったな、みんな…俺は心のどこかでみんなを信じ切れてなかったんだろう…だから俺がなんとかしなきゃって思い余って…」
頭を下げるポップにダイ達はただ微笑みながら肩を叩いて頷くのみだった。こいつらの間には余計な言葉はいらないんだろう。
それにつけても、やっぱりアバンの言葉は絶大だな…完全には払拭できちゃあいねぇだろうが、さっきと比べりゃよっぽど良い顔をしてやがるぜ!
あとは時間と仲間との絆が少しずつ傷を塞いでいってくれるだろうよ。俺にできるのはこいつを鍛える事だけだ。
「立ち直れたところを悪いがな? ポップ、テメェは明日っから覚悟をしておけよ?」
「な…なんだよ、師匠…?」
ポップ…その嫌な予感がするって云わんばかりの顔はよしやがれ!!
益々厳しい指導をしてやりたくなるじゃねぇか!!
「云ったろ? お前には魔法使いのなんたるかを一から叩き込んでやると? テメェに俺の持てる魔道の奥義を全て伝授してやろうってんだよ!!」
この場にいる全員が驚いた顔をして俺に視線を集中させる。
「お前から感じる魔法力は下手な魔法使いなら二十人束になっても敵わねぇくらい強大だ。なら使えてもおかしくはねぇ…」
「な…何を?」
「決まってんだろ? 極大呪文だよ!! 人間には使えねぇとされているベギラゴンも俺には使える。それらを全てテメェにくれてやる!!」
ケッ…現金な野郎だ! この世の終わりみてぇな顔をしてやがったのに、今度は嬉しそうに顔を綻ばせてやがる。
「喜ぶのは早えぜ? 俺の課す修行の厳しさがアバンの比じゃねぇのは身に染みてんだろ? それにテメェが着いてこれたらの話だぜ!!」
「ああ!! 修行だろうと荒行だろうとなんだってやってやるさ!! ありがてぇぜ、師匠!! お礼に胸でも尻でも触って良いぜ!?」
はしゃぐポップの脳天に拳骨を落して黙らせてやる。
この野郎、女になってショックを受けてるって云ってなかったか? 単にハイになってるだけかも知れねぇがよ。
「調子に乗るな、タコ!! テメェのケツなんざこっちからお断りだ!! どこに出しても恥ずかしい馬鹿弟子の矯正は師匠として当然の義務なんだよ!!」
「あうううぅぅ…」
頭を抱えて涙目になってるところを見ると本質はあんま変わってねーのかもな。
「で、でもマトリフさん? エターナルには極大呪文でも効果が無いんじゃ? だって精霊に守られてるあいつに向けた魔法は全部発動しなくなっちゃうんだよ?」
「別にあの女だけが敵って訳じゃねーだろ? 魔王軍にはまだ三流魔王に竜(ドラゴン)の騎士もいやがるんだからよ」
「あ、そうか…俺、エターナルにどうやって勝つかしか頭になかったから…」
まあ、ダイは大魔王バーンにも勝ってやがるからな…残る敵はエターナルって考えても仕方ないのかもな。
「それにエターナルと対峙した時の事もちゃんと考えてあるぜ? 我に秘策あり、だ」
「それってエターナル相手にも魔法が発動するって事かい、師匠?」
「俺はまだそのエターナルって女と戦った事ァねぇから断定はできねーがな? だが、あの呪文なら問題なく発動すると予測してるぜ?」
俺の言葉にダイ達は嬉しそうに手を取り合っている。
まだ伝授した訳でも実際にエターナルに撃った訳でもねぇのに気の早え連中だ。
「よっしゃ! エターナル戦にも希望が出てきたぜ! 師匠、早いとこその呪文を教えてくれよ!?」
「巫山戯た事を抜かしてんじゃねぇぞ、この餓鬼!! あの呪文は俺にとっても最大最強の切り札なんだ! まずは基礎からみっちり総復習に決まってんだろ!!」
俺ァ女に手を上げねぇ主義なんだが、ホントこいつの頭は殴りやすいな?
「…って訳だ。悪ぃがしばらくポップを借りてくぜ? 何、次に会った時にゃァこいつはお前の相棒に相応しい魔法の遣い手になってるからよ!!」
「分かったよ。正直、ポップがいなくなるのは凄く不安だけど、エターナルや太陽神信仰と戦うにはみんなでしっかりとパワーアップしなくちゃね!!」
ダイとポップは見つめ合う。
ポップよぉ…お前、目ぇ潤んでねーか? まるで恋する乙女…って、まさか女の体に精神が引っ張られてんじゃねーだろうな?
「…ンッンー…! ポップ君? マァムはどうしちゃったのかしら?」
ほら見ろ…姫さんが面白くなさそうに睨んでるぜ?
「なっ…なんでそこでマァムの名前が出てくんだよ!?」
こいつの表情…まだマァムにも気があるのか…気が多いというか、やっぱり人格が落ち着くまでって意味でもダイ達から離す必要があるみたいだな?
「あの…いくら師弟でも年頃の女性が男性と二人っきりってあまり良くないと思うので、私もご一緒しても良いですか?」
占い師の姉ちゃんか…正直、ご一緒したいタイプじゃねぇんだがポップの精神状態を考えると同世代の女の子と一緒の方が良いに決まってる…
だが、この姉ちゃんも結構問題ありなんだよなぁ…下手すりゃ折角癒えかけたポップの心が悪化しかねねーし…
「あら、良いじゃない? なんならパプニカのお城の一角を貸すわよ? お城の中での生活なら不安はないでしょ?」
大ありだよ! 俺がパプニカ国王の相談役時代に側近どもに苛められた過去があるのを知らねーのか!?
今更王宮に住めだなんて云われてもヤな思いをするだけじゃねぇか!!
「大丈夫よ。あまり褒められた云い方じゃないけど、マトリフさんを冷遇してた側近達は不死騎団の襲撃の際に一目散に逃げちゃって殆ど行方知れずよ。
だからマトリフさんに酷い事をするような家臣は今はいないはずよ? 仮にいたとしても私が睨みを利かせれば派手な事はできないと思うわ」
人に気付かれず地味な嫌がらせをされるのが堪えんだけどよ…ま、そこまで云われちゃ断るのも大人げないか。
それにポップの派手な翼も隠さねぇとな…今は天使だなんだと持ち上げて、全てが終わった後、こいつがどんな運命を辿るか容易に想像がつくからよ…
ハァ…ダイといい、ポップといい、人間に迫害される未来が待ってるのは分かりきってるのに、どうしてこうも一生懸命なのかねぇ?
俺にできるのは人間の迫害に負けねぇ心構えをポップに叩き込む事くらいなんだよな…
「わーった! そういう事なら世話になるぜ!」
「ええ! ポップ君も私達のダイ君を魔王軍に連れ去った憎いエターナルをコテンパンにやっつけられる強い魔法使いに絶対なるのよ?」
「おう! 精霊ルビス様の事を母親だなんて抜かしていい気になってるあの女の鼻を明かしてやるぜ!!」
ん? 精霊ルビスを母親だって?
「どうしたんだい、師匠?」
「いや待て…なんで今まで忘れていた!? あのエターナルの名前を!?」
「マトリフ殿? エターナルをご存知なのですか?」
俺はクロコダインに曖昧に頷きながら十七年前の事を思い出していた。
「俺はともかくアバンにとっては大恩人だよ、あの女は…まさか大魔王バーンの娘だったとはな!!」
十七年前
「凍れる時間(とき)の秘法? アバン、お前もまた随分と古臭いモンを引っ張り出しやがったなぁ?」
「ええ、魔王ハドラーに有効な呪文が無いかと我が家に保管されている古文書を読み漁った末に漸く見つけた呪法です」
俺が呆れたように云ってやるとアバンは真剣な表情で頷き返してきた。
「時間が凍る…即ち相手の時間そのものを停止させ永続的に封印してしまう恐るべき呪法…
数百年に一度と云われる皆既日食…天変地異の力を利用するこの呪法なら魔王にも確実に効果があるでしょう」
「…効果はあるだろうよ…だが、お前にその大呪法を使いこなせるのか? いや、お前に限らず人間によぉ…」
「分かりません…存在を確認されている全ての古文書を調べても完全には解明できませんでしたからね…」
その余波に巻き込まれてテメェも時間が凍っちまう恐れがあるって事か…
「それよぉ…ロカが承知すると思ってんのか? あいつの事だから、一人でカッコつけんなって止めるに決まってんぞ?」
「ですから今回、ロカとレイラには抜けて貰います。巻き込みたくないのもありますが、やはり勝ち取った平和を味わって欲しいんです、あの二人には…」
「その顔…レイラの事に気付いてるって様子だな?」
アバンは優しい笑顔で俺を見る。
「流石は女性を泣かせない主義と豪語する大魔道師! 貴方もレイラのお腹の中に新しい命が宿っている事に気付かれていましたか」
「分からいでか! 気付いてねーのはロカくれぇだろ!!」
アバンの笑顔が苦笑いに変わる。
「戦火の中で生まれる子供こそ平和に生きるべきだと私は思います…ロカとレイラの子供には幸せになって欲しい…その為には魔王ハドラーを倒さねば!!」
「ケッ! お人好しにも程があるぜ! まあ、俺にゃぁ泣く家族もいねぇからテメェが呪法を発動させるまでの時間稼ぎを引き受けてやらぁ!!」
「その為にワシも呼ばれたんだしね」
そう、人間界最強の大魔道師である俺と世界一の武道家と謳われたブロキーナの大将がいれば魔王に必ず隙ができるはずだ。
「で、その大呪法を使う為の契約は済ませてあるのか?」
「それが…まだなんです。今から契約しようかなぁ…と」
おいおい、そりゃねーだろ!?
折角のシリアスな雰囲気が台無しだぜ!!
「これ程の大呪法ですからね…並の精霊と契約しても発動すらできないでしょう…これから呼び出す精霊は…きっと呼ぶだけでも命懸けになると思います…」
「おい! アバン! まさかお前が呼び出そうとしている精霊は…」
俺は周囲を見渡す。
ここは数千年前に破棄された精霊ルビスを祀る大神殿だったとされる遺跡…その最下層にある精霊ルビスの依り代となるルビス像が納められた大広間。
ルビス像を中心にアバン自身の血で描かれた巨大な魔法陣…この時点で気付くべきだった。
「精霊ルビスか…だが、ルビスの召喚に成功しても凍れる時間の秘法の契約ができるとは限らねーぜ? それにルビスは火を司る精霊だろ?」
「確かにルビス様は火の精霊ですが、恐らくは大丈夫でしょう。時間が凍るというのは飽くまで表現なのですから…」
そう云うやアバンは召喚の準備にかかる。
「マトリフと老師には精霊ルビス様との契約の立会人になって頂きます。お二人を背にすれば私にもルビス様と対面する勇気が湧いてくるでしょうからね」
「こんなジジイ二人に勇気を貰いてぇなんてほざく勇者がどこにいるよ!? まあ、見守っててやるから精々気張りな!!」
「大丈夫! 精霊ルビス様は慈悲深い御方だよ…きっと平和の為に命を賭ける君に力をお貸し下さるさ」
アバンは俺達に力強く頷くと、召喚呪文の詠唱を始めた。
やがて魔法陣が光を帯び、ルビス像を照らし出した。
「お出まし下さい! 精霊ルビスよ!!」
アバンの声に応えるかのようにルビス像の目に赤い光が宿り、足下を照らして赤い円を作り出した。
「だから何で俺が!?」
そんな叫びと共に表れたのはオーザム人よりも白い肌を持つ銀色の髪を膝裏まで伸ばした女だった。
しかし…こいつが精霊ルビスか? 伝説じゃ紅い髪と瞳を持ち精悍な顔をした美女ってなってたが、この女ときたらどうだ?
前述したように髪は銀色だし、表情は胡乱げで闇色の瞳は死んだ魚のように濁りきってやがる。
しかも黒い鎖で雁字搦めにされていて、とてもこの世界を創造したと伝説を持つ精霊とは思えねぇ禍々しさを感じるぜ!!
「精霊騎士の連中、戻ったら覚えてやがれ!! 裸にひん剥いてフリフリの白いエプロン着けさせて俺の朝飯を作らせてやる!!」
なんちゅーアホな事を抜かす女だ…これ、絶対ェ精霊ルビスじゃねーだろ?
「…あ、あのぅ…」
「あん?」
恐る恐る声をかけるアバンに女は剣呑な態度で振り向いた。
「貴女が…精霊ルビス様であらせられますか?」
おいおい、アバン! この女はどう見ても精霊ルビスにゃ見えねーだろ!?
「テメェの目ン玉は正常に機能してンのか!? 俺の髪や目が赤く見えンのかよ!? だったら医者に診て貰った方がいいぜ!!」
口の悪い女だな…男勝りと呼ぶにも言葉が汚すぎだ!!
ん? この女、鎖の下は下着のみか? しかも鎖の隙間から覗く肌を見るに刺青が彫ってあんな…デザインからして炎をモチーフにしてんのか?
精霊ルビス本人じゃなさそうだが、もしかしたら眷属かもな?
「俺の名はエターナルってンだ! テメェが呼び損なった精霊ルビスの一応、娘だよ」
「ルビス様の…しかし一応とは?」
「血は繋がっちゃーいねェからな。俺はルビスのおっ母やん(おっかやん)に気に入られててよ…半ば無理矢理親子の縁組みを組まされたンだよ…」
さっきまでの悪態はどこにやら、エターナルと名乗った女はガックリと肩を落した。
「娘にと望まれる程の貴女が何故そのように鎖で自由を奪われているのですか?」
「ああ…そりゃァ俺がルビスのおっ母やんを半殺しにしたからだよ…で、その罰でしばらく鎖で自由をな…」
エターナルの言葉に俺達は一斉に大口を開けて呆然とさせられた。
精霊ルビスを半殺しにしただぁ!?
「そ…それはまた穏やかではないですねぇ…」
流石のアバンも頬を引き攣らせてエターナルを見つめるしかなかった。
「しゃーねェだろ? おっ母やん、いきなり俺の服を剥いだと思ったらフリルがいっぱいのロココ調のロリータファッションを強要しやがったンだぜ?
俺みてェな大柄な女が似合う訳ねーっつの!! しかも嫌がれば、この服着るまでずっと裸でいなさいって脅すしよ…身を守る為にはああするしかなかったンだ…」
まあ、なんだ…俺ら人間が抱いてた精霊ルビス像が音を立てて崩れていくな…
しかし世界を創造するだけの力を持つ精霊を半殺しにするってんだからこの女の強さも相当だな…
「そこへきてルビスのおっ母やんを呼び出す儀式だろ? おっ母やんはあの有り様だから、責任取って行ってこいって俺が送り込まれたンだよ」
なんとも間の悪い話だな…
けど納得したぜ。だから登場の時に、何で俺がって台詞が出てきたんだな…
下着のみの姿なのもルビスに服を取られたからか。
「で、何の用だ? おっ母やんを呼ぼうってンだ。よっぽどの用事があんだろ?」
そうだったな…この女のインパクトが強すぎて目的をすっかり忘れてたぜ。
「え…ええ、実は今、世界は魔王によって危機に曝されています。私は絶大なる力を持つ魔王を封じる為、精霊ルビス様にある呪法の契約をお願いしたかったのです」
「ある呪法?」
濁っていたエターナルの目はいつの間にか鷹のように鋭くなってアバンを捉えていた。
「凍れる時間の秘法…魔王ハドラーを封印し世界の平和を取り戻す為、彼の呪法が必要なのです!!」
途端にエターナルの顔に嘲笑が浮かんだ。
「巫山戯るのも大概にしやがれよ? 凍れる時間の秘法だァ? あれはな? 魔界の神ですら数百年に一度の皆既日食の力を利用しなきゃ制御できない大呪法だぜ?
テメェも人間にしちゃァそこそこの魔法力を持ってるようだが、凍れる時間の秘法を操るには全然力が足りねーよ!! テメェの分際を知ってからものを云いやがれ!!」
「分かってます!! しかし人の身で魔王ハドラーを倒すにはこれしか方法はないのです!!」
アバンとエターナルはしばらく無言で睨み合っていたが、折れたのか先に力を抜いたのはエターナルの方だった。
「どうやら本気で云ってるようだな…まあ、俺もおっ母やんの名代で来てるンだし? 契約してェってンならやるだけはやってやるがよ…確実に失敗すんぜ?」
「それでも…魔王を倒す為には挑まねばならないのです!!」
エターナルは呆れたように顔を弛緩させると、少し力むような声とともに鎖を引き千切った。
「そこまで云うンならやるだけやってみ?」
エターナルはアバンが描いた魔法陣を一瞬にして消し去ると、複雑な記号と魔族文字で構成された魔法陣をあっという間に描き上げ、その中央に立てとアバンに命じた。
「この契約には呪文の詠唱はいらねェ…つーか、人間じゃ発音できねーから俺が代わりにやってやる。テメェは儀式の間、ただ雑念を払って瞑想してりゃいい」
ローライズなんて穿いてるせいで半分見える尻を揺らしてアバンの周りをゆっくりと歩きながらエターナルは呪文を詠唱する。
こりゃ確かに人間には無理だ…何を云ってるのかさっぱり聞き取れねーし、時々知覚さえできなくなるくらいだ。
やがて身振り手振りが混ざり出し、激しいダンスを踊るようにアバンの周囲を動き回る。
どうやら半ばトランス状態になってるらしく、途中からタンクトップが捲れてるのに気付かずエターナルは踊り続ける。
女には目がない俺だがその光景にはスケベ心は働かず、神聖な巫女の舞を見ているかのように厳粛な気持ちになっていた。
ついには魔法陣全体が強い光に包まれて、その光はアバンの体に吸い込まれるように消えた。
「これで儀式は終わったぜ? もう目ェ開けても良いぞ」
タンクトップの位置を直しながらエターナルは上気した顔でそう告げた。
「これで凍れる時間の秘法は…」
「ああ、テメェのモンだ…あとは本番でしくじらねーようにするこったな」
「ありがとうございます!! これで希望が繋がりました!!」
嬉しそうに笑うアバンにエターナルは眼を細めてずいと顔を近づけた。
「さっきも云ったが、凍れる時間の秘法は人間には過ぎた大呪法…成功させるどころか発動させる事もできずに死ぬだけってオチも十分あり得る…その覚悟はあるンだな?」
エターナルの言葉にアバンは決意を込めた目をして頷いた。
「そうか…なら、これは俺からの餞別だ」
エターナルは更に顔を近づけて…アバンと唇を重ねた。
あまりの事に目を見開くアバンとは対照的にエターナルは慈愛の微笑みを浮かべて唇を離した。
「な…何を…?」
「何、テメェは呪法の失敗で死ぬなんて間抜けな死に様は似合わねーと思ってよ? 微力ながら俺の魔力を与えてやったンだ。
これで少なくともテメェは死ぬ事ァ無ェだろうし、呪法の発動の確立は随分と上がったはずだ…それでも三割にも満たねーたァ思うがな」
「何故そこまでしてくれるのです? 私はあまり見返りになるものは持ち合わせてませんよ?」
どこか夢心地っぽいアバンの問いにエターナルは慈愛の微笑みのまま答えた。
「テメェが気に入った…って答えじゃ気に入らねーか? 強大な敵にも絶望せずに立ち向かう…今日日の人間じゃもうあまり見ねェタイプだからな…
期待してるぜ? 魔王を名乗る大馬鹿野郎を勇者と称えられる大馬鹿野郎が倒す様を見せてくれるのをな? 勇者に精霊ルビスの加護があらん事を…」
エターナルはアバンの額に口付けると、強い光に包まれて、そのまま光とともに消えていった。
その後、アバンは不完全ながらも凍れる時間の秘法を発動させ、自らを巻き込みながら僅か一年足らずではあったが魔王ハドラーを封じる事に成功した。
再び現代
「あのエターナルがアバン先生を助けてたなんて…」
ダイの表情は複雑そうだった。
無理も無ェけどな。魔王軍の中でもほぼ最強に位置するエターナルがアバンに味方してたなんて想像もしてなかっただろうよ。
「懐かしい話だなァ、おい!」
上から降ってきた聞き覚えのある声に、俺達は外に出て上を見上げた。
「久しぶりだな、マトリフ…まだくたばってなかったのかよ?」
「惜きやがれ!! テメェもバーンの娘だったとは知らなかったぜ?」
小屋の屋根の上で気怠げに俺達を見下ろすのは、あの頃とまったく変わってないエターナルだった。
「そっちも血は繋がっちゃいねーよ。俺ァ天涯孤独でありながら大魔王バーンの娘であり、精霊ルビスの娘であり、冥竜王ヴェルザーの娘なんだよ。
偉ェだろ? 対立し合ってる三人の娘になる事で三者の均衡を保ってるンだぜ? そこの餓鬼より俺の方がよっぽど世間様から評価されるべきだろ?」
相変らず人を馬鹿にした態度だが不思議と腹が立たねぇ…むしろ再会できた喜びを感じる…俺も年を取ったもんだぜ…
「エターナル!! 何しに来た!? 傷が癒えてない俺達にトドメを刺しに来たのか!?」
「喚くな喚くな! ターさん、夕べは久しぶりにしこたま飲んで二日酔いなンだよ!! 頭に響くからもっと静かに喋りやがれ!!」
確かに額を手で押さえてるエターナルの顔色は若干青いな…本当に二日酔いなのか?
「今日、ここに来たのは他でもねェ。テメェに招待状を持って来たンだよ」
エターナルが白い封筒のようなものを指で弾くと、それは上手い具合にダイの手元に収まった。
「招待状? 何に招待しようってんだ!?」
ポップの問いにエターナルはあの死んだ魚のような濁った目を向けてきた。
「読めば分かるだろうよ…まあいい、近々俺の肝煎りでな、ロモスで武術大会を開く事になってよ。是非とも勇者様に参加して頂きたくてな」
「武術大会…まさか超魔生物の実験台を集めるのが目的か?」
「超魔…生物?」
ポップらは首を傾げているが、ダイは構わずエターナルを睨み付けている。
「あん? あんな呪文が使えなくなる欠陥兵器の研究なんぞとっくにポシャッてるよ! 近衛騎士団・経理課は厳しいンだ。結果を出せねェ研究にゃァ資金は出さねーよ」
なんで近衛騎士団が軍の経理をやってんだよ!?
「俺は単に弟子の腕試しをしてェだけだよ。その為にもダイ、テメェの力が最適なンだよ」
「断る!! 俺は魔王軍なんかの云う事なんか聞かないぞ!!」
激昂するダイにエターナルは意地悪げな笑みを浮かべた。
「そうかい…ならロモス王宮地下にセットした黒の結晶(コア)がラインリバー大陸を吹き飛ばすだけの話だ」
「な…なんだって!? あの超破壊爆弾をロモスに仕掛けたのか!?」
黒の結晶!? 魔界で作られた大陸さえも吹き飛ばす忌まわしい伝説の爆弾か!?
「安心しろ…テメェが逃げなきゃ良いだけの話だ」
「巫山戯るな!! だったらロモスのみんなに知らせて黒の結晶を捜さないと!!」
「云っとくが、俺ァここからでもロモスの黒の結晶を起爆する事ができるンだぜ? もしロモスのヤツらに知らせようってンなら…分かってンな?」
ダイは歯軋りする事しか許されなかった。
「ま、詳しい日時は招待状に書いてあるからよ…くれぐれも遅刻するなよ?」
エターナルはニタリと小馬鹿にするような笑みを浮かべた後、ルーラでいずこともなく飛び去っていった。
「アバン先生の味方をしたヤツが何で…」
ダイは悔しそうにエターナルが飛び去った方角を睨み続けていた。
あとがき
サブタイトルにあった招待状…まさかこんな最後の最後まで出ないなんて(汗)
今回は、前回壊れかけたポップの軌道修正とポップ強化フラグを立ててみました。
ご都合主義ではありますが、原作でもこの時期にアバンの書が出てくれたので助かりました(苦笑)
それでもポップの病んだ部分は完全には消える事は無いんですけど、アバンの使徒内部崩壊するだけの壊れ方は流石にシャレにならないので…
そしてアバン先生の凍れる時間の秘法の捏造秘話(おい)
我らがターさん、なんとアバン先生とも面識がありましたとさ(笑)
書いてる本人は説得力を持たせられたかなと思ってますが、読者様から見て如何だったでしょう?
それにしてもターさんとマトリフ師匠って口調が似てたんですね(滝汗)
自分でも書き分けができてたか不安です…
それでは、また次回に。