勇者ダイがアバンの使徒の前から姿を消した三日後の事である。
大魔宮バーンパレスの大魔王の間にて魔王軍幹部が勢揃いしていた。
薄布で覆われたバーンの玉座に対面して中央に魔軍顧問エターナルが儀礼用の白銀の甲冑を纏って跪いている。
彼女の右側には魔影参謀ミストバーンが、左側には竜騎将バランが控えている。
魔軍司令ハドラーが彼らの後方に位置している事からも、現在のハドラーとバランの差は歴然としていた。
ハドラーの左手に控える妖魔司教ザボエラの目には若干の苛立ちと侮蔑の色があり、横目でハドラーの横顔を捉えていた。
「一同、大儀であった。面を上げよ」
薄布に鬼のような恐ろしげな影が映り、全身を絡め取るような威圧感が場を支配した。
「愉快だ…今の余は実に気分が晴れやかだ! 同じ時代に二人と存在するはずのない竜(ドラゴン)の騎士が揃って余の配下に加わったのだからな!!
エターナル…そしてバランよ…そなた達の働きは実に天晴れであった!! これ程の喜びが胸に去来する事はここ数百年無かった事だ!!」
「お褒めのお言葉を賜わり恐悦至極…しかし、此度は全てエターナル様のお力添えのお陰…私は右往左往していただけに御座います」
「謙遜いたすな、バラン!! そなたが忌まわしき太陽神信仰の結界を破ったお陰で奴らの刺客は変調をきたしトドメを刺す事ができたとエターナルより聞いておるぞ」
バランはエターナルの顔を見るが、彼女は素知らぬ振りをしていた。
「バランよ。ダイ…いや、ディーノを我が魔王軍に引き入れ、我が娘を救った褒美に…本日付けをもって魔軍司令に任命する!!」
「ハハッ!! 謹んで拝命致します!!」
バランが臣下の礼を取ると同時に後ろから呻き声が聞こえてきた。
「ハドラー…今、大魔王陛下がご下命されている最中だ。その下品な声を止めろ」
跪いたまま後ろを振り返らずハドラーを叱責するエターナルに視線が集中した。
「え…エターナル様…何か悪い物でも召し上がりましたか?」
「ザボエラ、無礼であろう。姫様は本来礼節に通じた御方…このような重要な場では当然の事だ」
ミストバーンに咎められてザボエラは自分の失言を悟って口を噤んだ。
「さて、エターナルよ…そなたは此度の謁見を三日待てと云った…その理由は教えて貰えるのであろうな?」
「御意…いくらディーノが竜の騎士とはいえ、あの状態では即戦力にならないのは自明の理…ゆえにディーノを私にとっての第二の故郷へと連れて行ったのです」
「第二の故郷とな!? エターナル…まさか、そなた…」
そこで無表情だったエターナルの顔に初めて笑みが浮かんだ。
「御意…地上や魔界の一日はあの世界にとっては一年…ディーノを鍛えるにはうってつけ…に御座いますれば」
「え…エターナル様…あの時、自分に任せろと仰せでしたが…ディーノをどこへ連れて行ったのです?」
額に汗が浮かんできたバランにエターナルは幽鬼のような不気味でいて妖艶な笑みを見せた。
「精霊界…我が義母、精霊ルビスの膝の元、二年の歳月をかけて私と精霊界の入り口を守護する精霊騎士達とでじっくりと鍛えあげた…」
エターナルは大魔王の間の扉を首と目線だけでチラリと振り返る。
「ディーノ…お入りなさい。偉大なる大魔王陛下に貴方の勇姿をご覧頂きなさい」
「はい! 失礼致します!!」
バランは自分が知るよりやや低くなった愛息の声に若干の戸惑いを見せた。
やがて扉が開き、規則正しい靴の音が大魔王の間に響いた。
「おお…おおおお…おおおおおおおお!! 我が息子ながら…」
その姿は自分が知るよりも背が高く…
「こ…これがあの小僧か!?」
その顔は自分が知る幼い面影を残しながらも精悍さが増し…
「ただ歩いているだけだというのに…バランに匹敵…いや、バラン以上の力を感じる!?」
その身から発する気は穏やかなれど、かつて自分が体験した強さ以上の脅威を感じ取り…
「流石は姫様…これほど美々しい騎士に鍛えられるとは…」
その立ち振る舞いは自分の知る野生児の不作法さを見つける事ができす…
「お初にお目文字致します。大魔王バーン陛下…魔軍司令バランが一子…ディーノに御座います」
「ウム! 実に頼もしい面構えだ! 余は満足であるぞ!!」
その騎士は自分の知るどの部下よりも燦然と輝いて見えた。
「ディーノよ。そなたは父、バランに成り代わり、今日より超竜軍団長の任に就くが良い!!」
「御意!! 謹んで拝命致しまする!!」
肩胛骨付近まで伸ばしたクセのある髪を首の後ろで無造作に縛り、エターナルと対をなすような漆黒の騎士甲冑を身に纏う騎士に皆が感嘆の溜息を漏らした。
かつて勇者ダイと呼ばれた少年は、美と強さを備えた青年騎士へと成長を遂げていた。
「エターナルよ。しばしの間、ディーノを支えてやるが良い」
「その役目、しかと承りました!!」
ディーノを祝福するバーン達と違いハドラーの心境は絶望の一言に尽きた。
魔軍司令の地位を追われ、しかもかつての宿敵であった者が魔王軍の幹部として迎えられたのだ。
最早、自分が魔軍司令の座に返り咲く事は不可能であろう。それどころか、失態続きの自分はこの場で処刑されてもおかしくはないのだ。
「さて、ハドラーよ…」
バーンに名指しされてハドラーは心臓を鷲掴みされたかのように硬直して額に脂汗を浮かべた。
「余は三度までなら失敗を許すと云った事を覚えているか?」
ハドラーはガクガクと震えるばかりで口を開く事は叶わない。
しかしエターナルとミストバーンの両者に叱責混じりに促されて漸く口をこじ開ける事ができた。
「はい…覚えております…」
「では余の云いたい事は分かるな?」
云うまでも無かった。
ロモス、パプニカを奪還され、バルジ島では全軍を率いてすらアバンの使徒を一人も倒す事が叶わず、これで三回の失敗をした計算になる。
そしてバーンはダイの正体が竜の騎士である事を主君であるバーンにさえ明かさなかった事を云っているのだ。
「お前が始めにダイの正体を余に明かしておればここまで我が軍を消耗させる事はなかったのだ! これは失態と呼べるものではないのか?」
ハドラーは最早声を出すどころか呼吸さえも忘れて薄布に映るバーンの影を見つめるだけであった。
「だが…あの勇者アバンを葬った功績を余は忘れてはおらん…」
その言葉にハドラーは漸く呼吸を再開した。
「そなたはエターナルの預かりとする! 今後はエターナルの指示に従って行動せよ」
「ば…バーン様…」
「皆の者、大儀であった」
影が消え、威圧感から解放されたハドラーは限界を迎えたのか両手を床について体を支えた。
「それはそうと…未来から来たというもう一人のディーノについての報告は宜しかったのですか?」
「ああ…あの事はとっくに報告済みだよ。とっつぁんは放っておけとよ…「かつて倒した敵に仕えようとは思うまい」ってな」
「左様ですか…しかしヤツに対抗できるのは現状ではエターナル様だけなのでは? 私とて刺し違える覚悟でかかっても倒せるかどうか…」
珍しく弱気な発言をするバランにエターナルは酷薄な笑みを浮かべた。
「それだけの実力者だからこそ巧く誘導して十二使徒とぶつけてやればこちらとしても楽になるだろ?
それと…ンな覇気のねェ事を云ってンじゃねーよ! しかも息子の前でよ? 父親ならもっとシャンとしねェ!!」
「これは確かに私らしくもない…そうでしたな、この程度で覇気を失っては魔軍司令に任命して下さったバーン様の期待をも裏切りましょう!!
ディーノも許せ…情けない姿を見せてしまったな? だが、今の弱気な私はもうおらぬ…父としてお前にはもう無様な姿は見せぬ事を誓おう!!」
「ううん! ボク達、親子でしょ? だったら無理に弱いところを隠さなくても良いよ! 父さんを支える為にボクは強くなったんだから! ね?」
「ディーノ!!」
抱擁を交わすバランとディーノの姿をエターナルは嬉しそうに、そしてどこか寂しげに微笑みながら見守るのだった。
やがてエターナルは表情を一変させ、死んだ魚のような濁りきった目をハドラーに向けた。
「さて…早速だがハドラー…」
エターナルの声にハドラーの全身がビクリと震えた。
「テメェにゃァ近衛騎士団の隷下にあった氷炎魔団の軍団長をやって貰うぜ? 流石に三つの軍団を指揮すンのは骨なんでな」
「ぐ…畏まりました…」
ハドラーの怨念が籠もったような声で返事をした瞬間、後頭部に衝撃が走り床と熱烈な口づけを交わす事になった。
「テメェ…不服か? 本来だったらぶっ殺されても文句が云えねェ状況だったンだぜ? それとも人間の俺の下に着くのが嫌なのか?」
エターナルに頭を踏みつけられたハドラーは屈辱に震えていた。
魔軍司令の地位から引き摺り降ろされた事もそうだが、かつて魔王と名乗っていた自分が人間の小娘の部下にされ、頭を踏みつけられる状況は耐え難いものだった。
しかし自分がエターナルに勝てないであろう事は火を見るより明らかであり、見かけと違い自分より百歳以上も年上である事実がハドラーの抵抗心を萎えさせていた。
「ならもう一度魔王と名乗らせてやろうか?」
後頭部を踏みにじられる痛みと屈辱に耐えかねていたハドラーは、その言葉に目を見開いた。
「俺の権限で暖簾分けさせてやるから、自分のシンパを連れて独立しやがれ!! そうすりゃァ再び魔王を名乗れンだろ?」
冗談ではなかった。
今の魔界の情勢で魔王を名乗ればバーンに敵視されあっという間に踏み潰されるのがオチに決まっている。
しかもエターナルは暗にハドラーという存在が魔王軍には不要だと云っているようなものだった。
「ター姉…鬼だ…」
「人聞きの悪い事云うな!! この野郎の目を見てると昔を思い出してムカつくンだよ!! 俺がとっつぁんに拾われたばかりの頃をな!! なァ? ミストバーン?」
ディーノに拳骨をくれたエターナルはジト目でミストバーンを睨み付けた。
「この野郎、今でこそ俺を姫様たァ呼びやがるがな? 拾われた当初は、「お前は偉大なるバーン様の道具だ。それ以上でもそれ以下でもない」って抜かしゃーがってよ!
魔族文字の読み書きから始まって武術、魔法、馬術、泳法、暗黒闘気の使い方、戦略、果ては礼儀作法に社交ダンスって具合に毎日シゴキやがったンだぜ?」
「あれは大魔王バーン様のご息女と名乗るに相応しいレディにお育てせねばと私の方も必死だったのです」
「まあ、結果としてここまで強くなれたンだから感謝はしてるがよ…でも、あの汚物を見るような目は幼心に辛ェもんがあったぜ? 訓練中、何度も死にかけたしな?」
エターナルはハドラーの頭から脚をどけると葉巻を取り出して火を着けた。
「それが何でター姉を姫様と呼ぶようになったの?」
「こら! ディーノ! エターナル様になんという口を!!」
「構わねーよ! 公式の場以外でそう畏まった口を利かれたくねーンだよ、こいつには…五百歳近くまで生きて漸くできた弟分だしな?」
ディーノの頭を乱暴に撫でながらエターナルは話を再開した。
「まあ、最初の二年、三年は我慢したさ…命の恩人の役に立つってンでな。けど、ミストバーンを始めとする魔族のあの冷たい目線にはどうにも慣れる事ァはなかった。
建前じゃァとっつぁんの養女だ。誰もがみんな敬語だったけどよ…慇懃無礼って言葉があるように、結構胸にグサッてくる事ばっか云われ続けてついに俺はキレちまった。
う~ん…確か俺が十一か十二の頃だったっけかな? 俺の部屋ン中を俺の刺青と同じ模様で落書きされた事があってな…頭ン中真っ白になっちまって城を飛び出したンだ」
「あの時は大変でした…犯人の魔族は云い訳も許されず処断され、私も監督不行届でバーン様からキツイお叱りを受けましたゆえ…」
ミストバーンの声には悔恨の色があった。
「トベルーラで文字通り城から飛び出した俺は、夢中で飛んでる内にいつの間にかとんでもない場所に辿り着いちまったンだ…」
「とんでもない場所?」
「冥竜ヴェルザー領だ…」
「ヴェルザーの…」
かつて冥竜王ヴェルザーと死闘を繰り広げた過去を持つバランの顔には緊張があった。
「見知らぬ土地の丘に降り立った俺はしばらくそこで不貞寝をしてたンだが…突然、絹を裂くような悲鳴とおっかねェ咆哮があがったンだ」
「姫様…超高熱にして超酸性のマグマがたぎる魔界の大地で不貞寝をされていたのですか…」
ミストバーンの声には呆れと疲れの色があった。
「魔界の大地全てがマグマじゃねーだろ? まあ、当然、俺は声のした方へ行ったンだが…」
「当然じゃないでしょ…どんだけ度胸があったんだよ…当時、十二歳くらいだったんでしょ?」
ディーノも姉貴分の言葉には流石に呆れたようだった。
「一々話の腰を揉むンじゃねェ!!」
「姫様…揉むではなく折るです…」
ミストバーンの頭にエターナルの拳骨が落ちた。
「そこで見たのは巨大な火吹き竜に追いかけ回されていた精霊の娘だった…後で聞いた話だが、悪戯が過ぎて怒られたから魔界に家出してたらしいンだわ…」
「ター姉と気が合いそうな精霊だね…」
「実際、今じゃ親友だよ。ほれ、俺と一緒にお前を鍛えた炎の精霊騎士、あいつだ」
あの人かぁ――とディーノは納得しているようだったが、バラン達には話が見えなかった。
「精霊界の入り口を守ってる精霊騎士の一人で、剣の腕はター姉と互角で炎系魔法に関してはター姉より完全に上をいく凄い人なんだ」
「ディーノ…良い師に囲まれていたのだな…」
「いい加減、話が進まねーよ!! で、魔族の世界に居場所はないと自暴自棄になってた俺は最期に善い事でもして死のうと精霊を助ける事にしたンだ。
今にも精霊を喰らわんとする火吹き竜に俺はありったけのヒャド系魔法を叩き込ンで注意を引きつけると、精霊とは真逆の方向へ走った…
怒ったドラゴンは当然追いかけて来るわな…餓鬼の脚じゃ振り切る事なんてできる訳もなく、俺はとうとう追い詰められた」
「よく助かったね…」
ディーノの呟きにエターナルは露骨に厭そうな表情を浮かべた。
「ああ…俺を追い詰めた火吹き竜の口の端や鼻からチロチロと火が漏れてたからな…俺は焼け死ぬンだと他人事のようにその瞬間を待っていた。
ガバッと大きく開いた口から吐き出された炎を真正面から浴びて、俺は一瞬で灰になるはずだったンだがそうはならなかった…
俺の全身の刺青から炎が立ち上ってよ…逆に炎のブレスを押し返してな…死んだのは火吹き竜の方だった…焼き殺したなんて半端なもんじゃァなかった。
ドラゴンは爆発霧散…肉片どころか血の一滴…いや、灰すら残さずこの世から消え失せやがった…巫女である俺は…太陽神に守られてたンだ」
「つまり…ター姉には炎系のブレスや呪文が効かないって事?」
「そうだ。実験じゃァとっつぁんのメラゾーマ…不死鳥を形作り絶対的な破壊力と優雅さを併せ持つカイザーフェニックスさえも防ぎきりやがったよ。
火吹き竜が死んで気が緩ンだのか、体力を使い果たしたのか、意識が遠のいてな…必死に俺を揺さぶる精霊の声を聞きながら意識を手放した…
で、気が付けば魔界とはまったく大違いの光溢れる緑豊かな場所に俺はいた…そう、ディーノ、お前が修行した精霊界だよ」
エターナルは携帯灰皿に吸い殻を入れると二本目に火を着けた。
「俺は精霊ルビスの前に連れ出されるといきなり抱きしめられてな…「私の事、ママって呼ぶ気はない?」って云われてよ…まあ、固まったわな…
それからはもう口を挟めねーくらい喋りまくりやがってな…言葉は全部覚えちゃァいねーが要約すると、俺はとっつぁんの娘にするにゃァ勿体ないンだそうだ。
思えばその時からだな…元々敵対していたとっつぁんとルビスのおっ母やん(おっかやん)の仲が更に悪くなったのは…」
「精霊界にいる間、ルビス様、ずーっとター姉にべったりだったもんね。殆ど毎日一緒に寝たり、お風呂もそうだったよね」
「便所にまでついてきて、「お尻は自分で拭ける? ママが拭いてあげようか?」って云われた時は問答無用でぶっ飛ばしたけどな?
まあ、精霊から見て下賤な人間におっ母やんが擦り寄る光景は当然面白くないようでな。やっぱり見られたンだよ。あの魔族と同じ冷たい目でな…
曰く、欲深いニンゲンめ、ルビス様に取り入って何を企んでいる? 曰く、ここはお前のような汚らわしいニンゲンが来て善いところではない! ってな。
だからある日、俺はおっ母やんに何かして欲しい事はないかと訊かれてよ…こんな不愉快な思いをするんじゃ元いた魔界に帰せって啖呵切っちまったンだ。
怒りをぶつける相手を完全に間違えてた訳だが…おっ母やんは笑ってよ、「やっぱり思った通り優しい子だ。精霊の命を救っても全然恩に着せないんですもの」だとよ」
勝てる訳ないよ――エターナルの顔には苦笑が浮かんでいた。
「餓鬼の癇癪でヒデェ事云っちまったのによ。おっ母やん、精霊達に罪悪感を抱かせずに精霊界を去る為にあんな事を云ったと思ってやがったンだなァ…
おっ母やんも気付いてたンだよ。俺が精霊達に受け入れられてないって事をな。でもよ、命を捨てて仲間を助けた部分もやはり認められてたンだよ。
おっ母やんに啖呵を切って以来、精霊を利用するゲスな人間じゃないって分かって貰えたようでな。今度は逆に俺を大魔王に返すなって騒ぎになったのには参ったけどな!」
「精霊界から、「エターナルは精霊の子として育てます」と通信呪文で宣告された時は流石のバーン様も頭を抱えられましたぞ。
当時はまだ冥竜と名乗っていたヴェルザーからは、「眷属を殺したエターナルを引き渡せ」と三日と開けずに要求されている最中でしたからな…
最後は腹を抱えて大笑いされてましたが…「流石は我が娘よ! 人の身でこの大魔王バーン、精霊ルビス、冥竜ヴェルザーを振り回しおるわ!」と…」
「実際、振り回されてたのは俺だったンだけどな…結局、俺が精霊界に滞在してたのは約一年、精霊界の時間じゃ三百年以上生活してたって事か…」
感慨深げに指を折るエターナルに一同はなんとも云えない微妙な顔をしていた。
「ター姉…もしかして精霊界に滞在してた時期を換算したら…」
「まあ、実年齢は確実に二千歳を越えてるだろうな…計算がややこしくなるから魔界の年度で勘定してっけどよ」
「精霊ルビスの元ですっかり美しく成長された姫様は最早人間というカテゴリーに当て嵌まらない存在となってしまわれていた…
大気や大地、木石から魔力や気を吸収する業を身に付けられた姫様には最早老いはなく、寿命など無いに等しい魔界でも有数の実力者の一人になられたのだ。
バーン様の元へご帰還された姫様は開口一番、「これでとっつぁんの最期を看取るまで生きられるようになったな。これこそ最大の親孝行だろ?」と仰ったのだ。
そのお言葉を聞いた瞬間、私は悟った。私があれこれ口を出す前から既にこの方は大魔王バーン様の娘だったのだと!!」
ミストバーンはエターナルに向けて跪いた。
「あの時ほど自分の不明を恥じた事はありませんでした。私が余計な事をする前からバーン様とエターナル様の間には親子の絆が結ばれていた事に気づけなかった。
大魔王様の娘となるのに資格など必要はなかった。その事に気づいて以来、私はエターナル様にも永遠の忠誠を誓うようになったのです」
「まあ、ミストバーンのシゴキがあったからこそ今の俺がいるンだし、感謝してるってのは本当だ」
エターナルはミストバーンの肩を軽く叩いた。
「ター姉もバーン様の養女になってから色々苦労してたんだね」
「おうよ。実は精霊界からとっつぁんの元へ帰る前にヴェルザーの親父に拉致られるって事件もあってな。更に面倒事に巻き込まれたンだが、今日は割愛させて貰うぜ?」
「ター姉…どんだけ苦労してるの…」
ディーノの頬がヒクヒクと痙攣しているのは見間違いではないだろう。
「そんな訳だ、ハドラー…テメェの目は無力だった餓鬼の頃を思い出して腹が立つからどうにかしやがれよ?」
「申し訳…ありません」
ハドラーは目を伏せてかろうじてそれだけを口に出した。
「しかし、実際どうするよ、こいつ? もうアバンの使徒との戦いにゃァ着いて来れねーだろ? けど、とっつぁんから預かった以上はなぁ…」
戦力外通告を突きつけられたハドラーの瞳に再び憎悪が宿ろうとしたその時、エターナルがミストバーンへと向き直った。
「確かこいつって死ぬ度に暗黒闘気によってパワーアップして甦るンだったよな?」
エターナルの言葉にハドラーはギョッとして振り向いた。
「仰る通りですが、ただ殺して復活させる事は推奨できません。それでも力は増しますが、経験を伴わぬパワーアップはむしろ弊害となるでしょう」
「要は戦闘による死亡が望ましいってンだろ? だったら好都合だ。おい、ディーノ!」
「何? ター姉?」
エターナルはハドラーの首根っこを掴まえるとディーノに向けて放り投げた。
「修行こそ実戦形式だったが、本物の実戦は経験してねーだろ? 良い機会だ。実戦経験を積む為と思ってハドラーを五、六回ぶっ殺しとけ」
「分かった。ミストさん、死体は原型を留めた方が良い?」
「それが理想だが、灰にでもしない限りはどんな状態でも復活させる事ができる…ただし原型から崩れれば崩れる程復活に時間がかかると知れ」
ディーノは頷くとミストバーンやバランを伴ってハドラーを引き摺っていく。
「う…うわあああああああああああああああああっ!?」
漸く事態を察したハドラーは藻掻き暴れるが、ディーノは苦もなくハドラーを運んでいった。
「は…ハドラー様…」
残されたザボエラは呆然と見送るが、いきなり頭を鷲掴みにされて情けない悲鳴を上げた。
「え…エターナル様、何をなさいますか!?」
「ディーノ、ハドラーがパワーアップするってンだ…テメェも魔王軍の一員として思うところがあるだろ? いいや、皆まで云うな、テメェはそういう男だ!!」
ザボエラは混乱をきたし何かを云おうとするが、それを悉くエターナルに妨害されてしまう。
「その意気や良し! そんなテメェにターさんが一肌脱ごうじゃねーか!! あー、あー! 待て待て、皆まで云うな! ターさん、万事心得た!!」
取り付く島もない。ザボエラの反論は全て封じられる。
「魔軍顧問の名において妖魔司教ザボエラを魔王軍でも一、二を争う実力者に仕立ててやる! 安心しろ! ターさんはできねー事は云わねェから!!」
「いや、ワシは非力な年寄りですじゃ…それゆえ卑怯な作戦を用いねば戦う事もできぬ男…とてもとてもそのような強さを身に付けられるとは…」
「そうでもねーよ」
漸く出す事ができた反論を平然と流してしまった。
「俺ァよ、テメェの事、結構買ってンだぜ? なんだかんだで魔王軍も脳味噌までも筋肉でできてるような連中が多いからよォ…
ミストバーンも魔影参謀と抜かしながらちっとも頭ァ働かしやがらねェ…卑怯大いに結構! 決闘じゃ上手かねーが、戦争じゃァそうも云えめェ?」
「エターナル様…そこまでワシの事を…」
「それにテメェは元々持ってた絶大な妖魔力によって六団長の中でも一目置かれた存在だったンだぜ? 強くなる土台は充分あるンだよ!
それに俺の持つ戦略と知識、近衛騎士団・魔法開発課が編んだ新魔法を詰め込めば、知略と大魔力を併せ持つ最強の軍師が誕生するだろうぜ!!」
ザボエラは人間と知ってからどこかで見縊っていたエターナルに今、心の底から感謝の念を抱いた。
「え…エターナル様! わ、ワシは粉骨砕身エターナル様に尽くさせて頂きますぞ!!」
「そうか! よく云った!! 流石は俺が見込ンだ男だ!! その気概があれば、恐怖の地獄特訓と悪夢の肉体超改造に耐えられるはずだ!!」
「…へ?」
ザボエラは呆気に取られた表情を浮かべ、思いっ切り洟を垂らした。
そんなザボエラを気にする事なくエターナルは大きな襟を掴むと、意気揚々とザボエラを引き摺りつつ大魔王の間を後にする。
「あ、あの…今、不穏な事を仰いませんでしたか?」
「んー…? 何の事かなァ?」
鼻唄混じりに嬉々として歩を進めるエターナルはザボエラの言葉に耳を貸さない。
「ヒイイイイイィィッ!? や…やめます!! わ、ワシは今のままで結構ですじゃ~~~~~~~ッ!!」
「ハッハッハッハッ!! 楽しいぞォ? この訓練コースは一日ごとにアホみてぇに強くなれっから近衛騎士団の連中にも大好評なんだぜェ?」
「ワシはか弱い年寄りなんじゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
死の大地にザボエラの叫びがこだました。
そこは光が一切無かった。
周りを包むのは深い闇。
しかし、その闇の中にあって巨大な祭壇だけは何故か知覚する事ができた。
「偉大なる御主様(おんあるじさま)に申し上げます…」
祭壇の中央に描かれた魔法陣の上に立つ鷲鼻の醜悪な老婆が虚空に向けて言葉を放つ。
「テランに派遣したクンビーナは倒れ、神獣クビラの封印が解かれました…
そればかりか、巫女様の胎内に納められた贄蝕みの炎(にえはみのほむら)が弱まりまして御座います」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
老婆が見つめる先の闇が波打ち、老婆にしか理解できない声を発した。
「はい…確かにこの程度の事はわざわざ御主様のお耳に入れるまでもありませんでした…」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
「その心配には及びませぬ…オーザムで布教を行っている十二使徒は二人…更には漸く使い物になったあの男も送り込む予定です」
鷲鼻にビッシリとできた腫れ物を爪で引っ掻きながら老婆は薄く笑う。
「あの男の操る術は威力だけを見れば竜魔人さえも一撃で屠れるだけの威力が御座います…太陽神信仰に敗北は御座いませぬわ」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
「なんと!? 分かりました…あの女もオーザムに派遣致しまする…流石は御主様、この盤石なる布陣ならば巫女様もすぐに我らの手に落ちましょうぞ」
腫れ物が破れ血と膿が滴ろうろうとも老婆は鷲鼻を掻くのを止めない。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
「そちらも手抜かりは御座いませぬ…常春の結界の核は十二使徒が一人、堅牢なるサティアが守護しておりますので、どうぞご安心を」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
「ありがとうございます…全ては太陽神信仰の栄光の為…」
それきり全ては闇に閉ざされ、何も見えなくなった。
あとがき
今回は新しい展開に入る前の前振りって感じで書きました。
ハドラーの扱いが悪いですが私自身は嫌いじゃないですよ? むしろ大好きです。もっとも超魔生物改造後の彼の場合ですが(おい)
ディーノは流石にあの状態では戦力にならないのでエターナルと精霊によって修行をつけて貰いました。ちなみに精霊界の時間の流れはドラゴンボールのアレです。
エターナルの方も過去の話をざっとではありますが出してみました。いずれは外伝としてきっちりストーリーにして発表したいです。
今でこそ仲の良いミストバーンも当初は、「主が気紛れで拾ったおもちゃ」程度の認識でした。ターさんも結構苦労してたりします。
彼女が乱暴な男口調で話すのも、周りの魔族に絶対に負けてなるものかっていう反骨心の表れで、いつしか地になってしまったと…
ラストの変な老婆のシーンは天外魔境2をプレイされた方ならご存知かと思いますが、「ヨミ様に申し上げます」ってヤツです。
私は天外魔境シリーズが大好きなものでして、クンビーナが変身したのもその影響を受けているからです。
次回はアバンの使徒サイドの様子を書きます。
自分で設定しておいてあれですが、鬱展開にならないように注意して書いていきたいと思います(汗)
それにしても、やっぱり一人称より三人称の方が書きやすいな私は(爆)
それでは、また次回に。