レオナ視点
あたし達は目の前のクレーターを呆然と見つめるしかなかった。
止める事ができなかった…ポップ君はもうこの世にいないのだと悟らざるを得なかった。
クレーターの中央にあった獣と人間の形をした真っ白いオブジェは風に晒されて徐々に形を崩していく。
「馬鹿が…魔力が尽きたってンなら大人しくしてれば良いものを…余計な事をしやがって…無駄死にも良いとこだろ」
エターナルの吐き捨てるような言葉にあたしの頬はカァっと熱を帯びた。
「む、無駄死にですって? 現にポップ君は命と引き替えに敵を倒したわ! これのどこが無駄死にだって云うのよ!?」
するとエターナルの濁った目があたしを捉え、途端に身が竦んで何も云えなくなってしまう。
「無駄死にだろーよ? あのネズミ女はなんて名乗った? 十二使徒だったよな? つまり同じようなのが後十一人も控えてるってこったろ?」
そこまで云われてあたしは漸くエターナルが何を云いたいのか察する事ができた。
「残る十一人…まあ、今後お前らが太陽神信仰とどう付き合うかは知らんが、ずっとこの調子で戦うつもりか? 命がいくつあっても足りねーよ!」
そうだった…恐らくあたし達は魔王軍だけでなく太陽神信仰とも戦っていく事になるだろう。
今回はポップ君のメガンテで倒す事ができたけど、不死身に近い十二使徒に有効な攻撃がメガンテ以外に解ってないんじゃ話にならない。
残る十一人に対してメガンテでトドメを刺すなんて戦法しか取れないんじゃナンセンスとすら云えない。
ましてやクンビーナの言葉を信じるのなら、十二使徒の背後には教皇と呼ばれる人物がいるんだし…
「解ったようだな? 戦いってな敵を倒せば良いってもんじゃねェ…自らも生き残らにゃァ話にならねーンだよ。
死を覚悟して戦うのは結構だがよ…命を捨てて戦うのは愚の骨頂だよ。俺の部下だったら絶対に褒めねェ…」
エターナルは崩れゆく白い人型に軽蔑を込めた目線を向けた。
「あああ…!!」
やがてポップ君を形作っていた灰は跡形もなく崩れ去った。
「あん?」
「な…何アレ…?」
灰の中から淡い光を放つ青い球体が浮き上がってエターナルに近づいていく。
「もしかしなくても…これが呪いの核か?」
エターナルが剣を構えて球体を斬ろうとしたその瞬間、光が強くなりあたし達を包み込んだ。
「なんだここは?」
次の瞬間、あたし達は優しい光に包まれた不思議な空間の中を漂っていた。
見渡す限り光しかない空間でクロコダインが呆然と呟くのも無理はなかった。
「む…? 先程の球体が来るぞ!!」
ヒュンケルの鋭い声に身構えるけど、宙ぶらりんのような状態ではどうしようもなかった。
やがて球体は再びエターナルの目の前に来ると、徐々に大きくなって姿を変えていった。
「クンビーナか?」
そう、それは真っ白い巨大なネズミだった。全身には体のラインに沿うような赤い流線型の模様があった。
しかしクンビーナと違い、邪悪な気配はまったく感じられず神々しい光を放っている。
『我は大いなる太陽神に仕える神獣…クビラである。よくぞ教皇スカイオーシャンの呪いを解いてくれた。礼を云うぞ!!』
神獣? 呪い? クンビーナが云ってた呪いをかけられていたって話は本当だったの?
「別に俺達が解いた訳じゃねーや…ポップっていう魔法使いだよ。ま、呪いってのが本当だったらの話だがな?」
『信じられぬのも無理はない。そなたは太陽神信仰のせいで地獄の苦しみを味わったのだからな…無論、その責めは不甲斐ない我らにある。
だが、これだけは信じて欲しい! 大いなる太陽神は邪神にあらず! 本来は生け贄を望む御方ではない! ましてや他の宗教を排他するような御方でもない!!
全ての元凶は教皇スカイオーシャンにあり! 全てはヤツを疑う事もせず教皇に任命した我ら神獣の落ち度なり! 太陽神は教皇によって邪神に貶められたのだ!!』
この不思議な空間のせいか、神獣クビラの言葉に嘘がないように思えるばかりか、彼(声が高いから彼女かも)の心の内にある哀しみが伝わってくる。
「百歩譲ってそれが本当だとして、何故、スカイオーシャンって野郎はテメェンとこの神様を貶める? アンタらを呪って何のメリットがあんだよ?」
『復讐だ…そしてヤツ自身の野望の為…』
エターナルは眉間に縦皺を寄せて神獣クビラを見つめながら、無言で先を促した。
『今から二千年前…太陽神信仰は今以上に増長しておった…それこそ他宗教を邪教と貶め、迫害し、土地から追い立て、虐殺を繰り返す非道の集団と成り果てていた。
しかし、その事を嘆き、憤ったのが他ならぬ大いなる太陽神であった。あの御方は神罰として大地震、津波、干魃を起こし太陽神信仰の教徒を殲滅寸前まで追いやった。
畏れおののき許しを乞う教徒達の前に大いなる太陽神は黄金の鬣に覆われたライオンの姿に化身して顕現されたのだ』
『太陽の光は誰にでも平等に降り注いでいる。汝らは特別ではない。我を恐れる前に自らの行為を恐れよ。汝らの罪を悔いよ』
『そう叱責された教徒達は以後、自らの罪を悔い、他の宗教とも手を取り合うようになったのだが、それに納得をしない者もいたのだ…』
「魔界の教徒達か…」
エターナルは哀しそうに左腕の刺青を撫でた。
『ウム! そなたも知るように魔界には決して太陽の光は届かぬ…そこに平等はない…大いなる太陽神もその高みゆえに、魔界の者達の哀しみを知るすべはなかったのだ。
そこで太陽神の奇跡の地上代行者である我ら神獣は魔界の教徒の中から賢人を選び教皇に任命した…そやつこそがスカイオーシャン…全ての元凶だったのだ』
「何故、スカイオーシャンを選ンだのかは訊かねーよ。ただ分からねーのは野郎の望みだ。ヤツは一体何を企んでンだ?」
『そなたの父、大魔王バーンの望みとは真逆だ。ヤツは魔界だけではなく、地上界、そして天界さえも闇に飲み込もうとしている…』
「闇に? 野郎は太陽の光に憧れてる訳じゃねーのか?」
『むしろ憎んでおる。不平等の極みにいる魔界の人間の存在を知らず平等を唱えた太陽神をな…だからこそ邪神に貶め、世界を闇に包み込もうとしているのだ。
魔界の人間は闇の中にあって生きるすべを持つ…スカイオーシャンは闇の支配する世界で地上はおろか天界をも蹂躙し、三界を支配する王になろうとしておるのだ!!』
言葉が出なかった。
人の身で地上を征服するどころか、魔界や天界までも支配しようと目論む人間がいる事に驚愕するしかなかった。
「巫山戯た野郎だ…おい、ネズ公! スカイオーシャンの居所を知ってンだろ!? 今すぐ教えやがれ!! ちょいと行って野郎をぶちのめしてくらァ!!」
『それはならん!! 少なくとも今のそなたとスカイオーシャンを会わせる訳にはいかぬ!!』
神獣クビラの鋭い声にエターナルは面食らう。
「おい、まだ呪いは解けきってねーのか? なんで野郎の居場所を教えねェ?」
『忘れたか? そなたの子宮には大いなる太陽神の力…ヤツの云う贄蝕みの炎(にえはみのほむら)がある事を…そしてつい先程、クンビーナにその炎を支配された事を!
本来の名を偉大なる神炎(グレイトファイア)、それを制御できておらぬそなたがスカイオーシャンの前に立ってみよ…ヤツを倒すどころの話ではない…
逆にスカイオーシャンに身も心も支配され、歪められた覚醒を施されて世界を闇へと導く闇の巫女としてヤツの右腕となるのがオチだ!!』
「さっきの醜態の話を出されると辛ェが…じゃあ、どうしろってンだよ?」
エターナルの疑問に答えるように、神獣クビラの体が発光し、その光はそのまま神獣クビラから離れてエターナルの体の中へ吸い込まれていった。
「な…何をしやがった?」
『今、そなたの中にある偉大なる神炎に我が神力を注いだ。これによりそなたは偉大なる神炎の制御が少しだけ可能になったはずだ。
そなたはこれより残る十二使徒に封じられし神獣を解放するのだ。神獣の力を全て得る事ができれば、そなたは完全に偉大なる神炎を制御できるようになる!!』
「いきなり面倒臭ェ話になってきたな、おい…じゃあ、何か? 俺はどこにいるかも分からねェ十二使徒をアチコチ捜し回らにゃァならねーのかよ?」
エターナルはげんなりとした顔をして神獣クビラを睨み付けた。
『捜す必要はない。封じられようと我ら神獣は全て繋がっておる。神獣の在所は我が察する事ができる。それに捜し回らずとも向こうの方からそなたに接触してくるだろう』
「そうだったな…俺は連中にとっては無くてはならない巫女なんだっけな…」
力無く肩を落とすエターナルに私は笑いを堪えるのに必死だった。
『ついでに我が力を得た事で制御できる神通力を教えておこう…まずは自分の周囲に輪が広がる様をイメージしてみよ…』
エターナルは訝しげに神獣クビラを見つめていたけど、再び促されて目を閉じた。
するとエターナルの周囲に薄い光の輪が生まれた。
『それこそが我が神通力『避厄の輪』! 自らを中心にして敵の悪意、害意、殺意に反応して知らせてくれるものだ。
例えば…それ、パプニカの姫がいる方角の部分が乱れておろう? それは彼女の敵意に反応しておるのだ』
確かにエターナルの輪は私のいる方角が波打っている。それはヒュンケルやクロコダインのいる方角も同じだった。
「ほう…結構、便利だな…これって調整もできんのか? 軽い敵意にも一々反応されても困るぜ?」
『無論、可能だ。そなたが嫌いだ、という程度の敵意にも反応するようにもできるし、戦闘時には目標だけを追うようにする事もできる。
使い方はそれだけではない。味方でも気の波長を登録すれば反応するようになる。ダンジョンなどではぐれた時の道標にも使えよう』
「使い方次第で戦局を有利にする事ができるな…下手な攻撃呪文よりよっぽど有り難いぜ」
私達にとっては全然ありがたくないんだけど…これってエターナルに対して奇襲はほぼ不可能って事よね?
「こんな特典が貰えるンじゃァ十二使徒退治も悪かねーな!」
『喜んでいるところ悪いが…十二使徒も哀れな存在だという事も忘れないで欲しい…彼らも望んで破壊を行っているのではないのだからな…』
「…教皇の呪いってヤツか?」
エターナルは神妙な顔になった。
シスター・クンビーナも望んであたし達を襲ってた訳じゃなさそうだったしね…
『シスター・クンビーナも元は心優しい娘だった…彼女はあらゆる楽器の名手でな、魔界にあって音楽で人々の心に潤いを与える正に聖女のような娘であったわ。
しかし、数百年前…教皇スカイオーシャンがある作戦を用いて敵国を攻撃した事があってな…その作戦とはネズミを媒介として敵の街にペストを流行させるものだ。
作戦は成功し、大きな街が一つ…また一つと疫病によって滅ぼされていった。そんなある日、クンビーナは偶然ペストの原因が教皇の非情な作戦であると知った』
否、知ってしまったのだ――神獣クビラの声に哀しみが宿った。
『慈しみ深い彼女は自らの信じる教えがおぞましい作戦を決行している事に悩み、嘆き…ついに教皇に直接諌言をしようと決心した。
しかし、彼女の言葉に耳を貸すスカイオーシャンではない…クンビーナは捕らえられ、餓えたネズミが蠢く檻に投げ込まれてしまったのだ』
酷い…街を疫病で滅ぼす事も、人を生きたままネズミに食べさせる事も人間にできる発想じゃないわ!
『クンビーナに対する仕打ちはそれだけでは終わらなかった…封印されていた我を彼女の遺体に埋め込み、呪いで仮初めの命を与えたのだ!!』
そして彼女は太陽神信仰の暴力装置である武装異端審問会(アームド・パニッシャー)の一員となったのね…
聞けば聞くほど教皇スカイオーシャンってヤツが憎たらしく思えてきたわ!
『エターナルよ。死ぬ事すら許されぬ哀れな十二使徒を救ってはくれぬか? その代わり、我ら神獣の命と力、好きに使ってくれて構わぬ!!』
「まあ、どの道、十二使徒を倒さにゃァ面倒な事になるのは分かってンかんな…引き受けてやらァ…ただし!」
エターナルは腰に左手を当ててビシッと右の人差し指を神獣クビラに差した。
「今回、テメェを呪いから解放したのは俺じゃねェ! ポップだ。野郎に何か報いて貰わにゃァ俺の矜持に関わる! それが敵であってもな!」
『云われずともそのつもりであった。クンビーナも死の瞬間にはポップに感謝をしていたからな…我もできる限りの事はするつもりだ。
これから我がポップにする事…本来ならば自然に逆らう愚行以外の何物でもないが、今回ばかりは大いなる太陽神も大目に見て下さるであろう!!』
神獣クビラの体が再び光を発して、その光は徐々に人の形を作っていった。
『ポップには我の魂の一部を分け与えよう…厳密に云えば人間とは異なる存在となってしまうが、これが我のできうる限界だ!』
人型の光の横に半透明のポップ君が現われた。
「ま…まさかポップの魂か!? 肉体が滅びてしまったポップを本当に復活できると仰せか、神獣よ!?」
『リザードマンの男よ。人間とは異なると存在になると云ったはずだ。残酷な事だがな…いくら我でも滅んだ肉体までは復活させる事はできぬ』
やがてポップ君の魂と人型の光は融合して眩いばかりの強い光を放った。
『ポップよ。目覚めよ! 新たなる命を持って我が前に再び甦るがよい!!』
やがて光が収まって、不安と期待を込めてポップ君を見たあたし達は思わず絶句した。
「…だ…誰?」
『ポップだ』
その顔は確かにポップ君の面影があった。
「神獣よ…巫山戯ているのか?」
『我は大真面目だ』
けど、どう見ても背中には動く度に周りにある光の粒子が尾を引く翼があって…
「ポップは俺の記憶では男であったはずだが…」
『我の魂の影響だ。こう見えて我は女性の人格を太陽神より与えられておるのでな』
エターナルと同じような銀色の美しい髪を腰まで伸ばした美少女がそこに佇んでいた。
「ま、いっか…こうして生き返っただけでもめっけもんか」
『そう云って貰えると助かる…我としてはそれが精一杯だからな…そなたに恨まれても仕方がないと思っていたからな』
「いやいや、生きてるだけでもありがてぇよ。親父とお袋にどう説明するかが悩みどころだけどな」
しかも当の本人はまったく気にしてないのが酷く腹立たしかった。
「で、ポップは何て存在になったンだ? 見たところ宗教画の天使みてェだが…」
『ずばりそのまま天使だな…もっとも翼を隠せるので人として生きる事は可能だ…寿命という概念は無いに等しいがな』
「イメージじゃねーよ! ヘソで茶が沸くぜ!!」
「腹立つけど同感だな…俺だって自分が天使なんて云われた日にゃあ背中に怖気が走るぜ」
エターナルと二人して笑うポップ君にあたしはもう限界だった。
「何を暢気に笑ってんのよ、馬鹿ぁ!! あたし達がどんな思いでいたか分かっているの!?」
「そうだ、ポップ!! お前は残される者の気持ちが分からんのか!?」
あたしの全力のビンタとクロコダインの軽い拳骨を受けてポップ君はバツの悪そうな笑みを浮かべた。
「悪ぃ…雰囲気で俺のやった事、流せると思ったけどやっぱ無理か…」
「当たり前だ! お前は自分が仲間の中でどれだけ大きな存在か自覚が足りん!! もう二度とこんな真似をするな!!」
ヒュンケルからも叱責を受けて流石のポップ君も辛そうに顔を歪めた。
「魔法力が尽きた俺にできる事はもうあれしかないと思ってたからな…ダイを守るのに必死だったんだ」
「だからと云って短絡的にも程がある! エターナルではないが、死を覚悟しても命を捨てるような戦い方をするな!! 良いな!?」
ふふ…ヒュンケルもアバンの使徒の長兄としての自覚が出てきたみたいね?
こうして弟…妹弟子をきちんと叱る事ができるようになった事からも、今後もむやみに自分を卑下するような生き方はしないでしょうね。
「ああ、今回で懲りたよ…もう二度とメガンテなんて呪文は使わねぇ…約束する」
ポップ君の言葉にあたし達は漸く笑顔になれた。
「ヘッ…甘ちゃんどもが…それよりそろそろ元の場所に帰してくれねーか? ここにゃァダイがいねェ…あいつがどうしてるか心配だ」
『分かった。それでは帰すとしよう…』
神獣クビラの言葉と同時にまた光が視界を埋め尽くした。
光が徐々に弱まり、視界が開けてくる寸前に神獣クビラの声が最後に響いた。
『もし目的が無ければ、まずオーザムに行け。一度滅びた国だが、そこで太陽神信仰がなにやら企んでいるようだ…』
視界が開けると真っ先に目に入ったのがダイ君を抱きかかえているエターナルの後ろ姿だった。
「お、おい! ダイを連れ帰る気か!? 決闘の約束はどうした!?」
「むやみに近づくな、ポップ!!」
ポップ君が翼を広げてエターナルに突っかかっていくけど、エターナルは振り返りざまの回し蹴りでポップ君を弾き飛ばした。
「決闘もクソもあるか!! テメェらのダイはとっくに死んじまってたンだよ!! もうこいつはテメェらの仲間じゃねェ!!」
怒りの形相も凄まじいエターナルにあたし達は思わず絶句して唾を飲み込んだ。
「エターナルさん…何を怒ってるの?」
心配そうにエターナルの顔を撫でるダイ君に彼女は若干表情を弛めたけど、あたし達としてはそれどころじゃなかった。
「ダイ…記憶が戻らなかったのか? ポップの凄絶な最期を見ても…」
ヒュンケルも呆然と呟いている。
「記憶が戻るも戻らねーも、こいつの中のダイは死んじまったって云っただろ? もう二度とこいつは勇者として戦う事はねーよ」
「巫山戯た事云ってんじゃねぇ!! どうしてダイが死ななきゃならねぇんだ!?」
「テメェのせいだよ」
激昂するポップ君だったけど、エターナルの氷のような目に射抜かれて押し黙ってしまった。
「お…俺の…?」
「ああ…恐らくテメェの自爆を見て、かつてデルムリン島でハドラーと刺し違えようとメガンテを放ったアバンの姿がオーバーラップしたんだろうよ。
アバンを失った哀しみと怒りが蘇り、そして親友であるテメェの死による哀しみが渾然一体となって一気にこいつの頭脳を襲った…
結果、こいつの心はこのままでは脳がパンクすると判断し、自己を守る為に頭脳から勇者ダイとしての記憶を完全に消去しちまったンだろう」
「そ…そんな事が…」
「どんなに勇者ダイとしての事を訊いても何も分かってない様だったし、無理に思い出そうとして頭痛に襲われる様子も無かった。
逆にクンビーナと戦った記憶は残っているし、俺が誰かも覚えていた…俺とベンガーナで戦った時の記憶は無かったがな…
つまりダイはヒゲとの初戦以前の事は完全に消去されちまったって事だ…分かったか? 最早勇者ダイはこの世にはいねェ!!」
そんな…ポップ君の命懸けの行為が逆にダイ君を追い詰めていただなんて…
「テメェは無駄死にどころか最悪の結果をもたらしやがった。見てろ…ダイ…」
「やめてよ! ボク、何故か判らないけどダイって呼ばれると気持ち悪くなるって云ったじゃない!」
ダイ君はエターナルの腕の中で落ち着かない様子で身じろぎする。
「だ…ダイ? お前、本当に記憶が消えちまったのか!?」
「ボクをダイって呼ぶなぁ!!」
恐る恐るダイ君に声をかけるポップ君だったけど、ダイ君の叫びと共にあたし達の方へと吹き飛ばされてきた。
ダイ君の額には竜(ドラゴン)の紋章が燦然と輝いていた。
「危ない!」
クロコダインが受け止めてくれたお陰で怪我は無いようだけど、明らかにポップ君はショックを受けていた。
「俺のせいなのか…? 俺はダイを守りたかったのに、逆にダイを殺しちまったのか?」
「しっかりしろ、ポップ!!」
駄目だわ…今のポップ君にはヒュンケルの声さえも届いてない…
「落ち着け…落ち着け、ディーノ! 悪かった! もうお前をダイとは呼ばねェ…」
ディーノと呼ばれたダイ君は安心したように微笑んで額の紋章を消した。
「理解したか? もうこいつはお前らの勇者じゃねーンだ! いや、こいつをダイと呼び続けるテメェらと一緒にいたら傷つくだけだろうよ」
ダイ君の肩を抱いて私達に背を向けるエターナルは、ルーラを唱えようとして急に中断した。
次の瞬間、エターナルの周囲に光の輪が現われて、テラン城の方角の部分がうねるように波打った。
「ヒゲの野郎…誰と戦ってやがる? クンビーナは死に、結界は壊れた…一体誰と…この感じは…いや、まさか…」
バランが戦っている? さっきから微かに感じる地響きは気のせいじゃないのね。
するとテラン城の一部を壊して強大な力を持つ二つの影が飛び出してきた。
「ば…バラン…なのか? そ、その姿は…!?」
バランと思しき人物は全身に鱗がある怪物的な姿で背中にもドラゴンのような翼が生えている。
そう、謂わば人型のドラゴンと呼んでも差し支えない姿だった。
「竜魔人…竜(ドラゴン)の騎士の最強戦闘形態か…おい、ヒゲ! テメェは、ンな姿になって何、遊ンでやがる!?」
竜魔人…これが竜の騎士の…本当の姿なの?
「エターナル様…ご覧の通り、予想だにしなかった敵が現われました。それこそ私が全力を出さねば立ち向かえない程の…」
「ウオオオオオォォン!!」
なんて事…あのダイ君を一方的に追い詰めたバランが全身を血に塗れさせて荒い呼吸を繰り返している。
そして咆哮をあげながらバランを追い詰めているだろう相手を見て…あたしは絶句した。
「だ…ダイ君!? ダイ君が二人!?」
あたしは…いえ、あたし達はエターナルの腕の中にいるダイ君とバランと戦っていたと思しきもう一人のダイ君(?)を交互に見比べるしかなかった。
「おいおい…見かけはディーノそっくりだが、なんだよあの野獣みてェな殺気はよ? しかもご丁寧に額にゃァ馬鹿デケェ紋章がありやがるし…そいつも竜の騎士か?」
そう、もう一人のダイ君は恐ろしいまでの殺気を放ってバランを威嚇している。
しかも目には理性の輝きがあまり感じられなかった。
「恐らくは…結界の核を破壊した際、周囲の空間が歪む程の強力な力場が発生しましてな…その中から現われたのがこのディーノそっくりの少年なのです」
「で? なんで戦闘になってンだ? またぞろテメェが変な挑発をしたンか?」
バランは魔族のように青い血を顔から拭いながらエターナルに反論した。
「人聞きの悪い! 私を見るなり、父さんと呼ぶわ、魔王軍の残党が幻影を見せているのかと斬りかかってくるわで散々なのは私の方です!!」
「残党だァ? どういうこったよ?」
エターナルはダイ君から離れると、もう一人のダイ君(ややこしいわね!)と向き合った。
「テメェ…何モンだ? 竜の騎士らしいが正体が知れねェ…ヒゲの隠し子だったりするか?」
「私はソアラ一筋で、私の子はディーノ唯一人です!」
エターナルはバランの言葉を無視して更にもう一人のダイ君に近づいていく。
「お前こそ何者だ!? 魔王軍か!? もう大魔王バーンは倒れたのに何で今更こんな父さんの幻を見せて戦わせるんだ!!」
「とっつぁんが倒れた? 何を馬鹿な事ォ抜かしやがる、この餓鬼!! あの親父は未だピンピンしてやがるよ!!」
「そ…そんな訳あるもんか!! じゃあ、あれは影武者だったとでも云うのか!? あの恐ろしい力を持ったヤツが偽者だったとでも!?」
最早、あたし達には口を出せるような状況ではなかった。
もう一人のダイ君の殺気は更に増し、エターナルの方も徐々に眼を細めて鋭い鷹のよう眼光が研ぎ澄まされていく。
「どうにも会話が成り立たねェ…とっつぁんにゃァ影武者なんぞいねーし、テメェみてーな餓鬼と敵対してたなんて聞いた事もねーよ!!」
「だったら俺が倒したバーンは何者なんだ!?」
もう一人のダイ君がそう叫んだ瞬間、彼の体がくの字に曲がって、口から大量の血が吐き出された。
「さっきから聞いてりゃァとっつぁんを倒したのどうの…餓鬼の戯言だとしても聞き捨てならねーな!!」
次の瞬間、もう一人のダイ君のお腹に拳をめり込ませているエターナルの姿が知覚できた。
「は…速い!! ラーハルトも速かったがエターナルはそれ以上かも知れん!!」
ヒュンケルの呆然とした声にわたしまで釣られて呆気に取られてしまった。
「ぐぅ…本当に何者なんだ!? 鬼眼を解放したバーンよりも強い!?」
「テメェ、鬼眼の事まで知ってやがるのか!? まあ良い…俺が何者かってその問いには答えてやっても良いぜ!!」
ポップ君を弾き飛ばしたあの回し蹴りがもう一人のダイ君をあたし達の方へと弾き飛ばした。
「俺の名はエターナル…魔王軍近衛騎士団長にして魔軍顧問…テメェが倒したと嘯いた大魔王バーンの娘だよ!」
「なっ…!? バーンの娘!? じゃあ、お前の目的はバーンの仇討ちなのか!?」
「だからよ…とっつぁんは死んでねーっての!!」
エターナルはあたし達に向かってイオを連発して放つ。
それをもう一人のダイ君が金色に輝く剣で弾いてくれるけど周囲に着弾したイオの爆発で生きた心地がしなかった。
「バーンのイオラがイオナズン級だったのは体験済みだったけど、こいつはイオでイオナズン級の威力を持っているのか!?」
もう一人のダイ君の声にエターナルは呆れたように表情を弛緩させて爆撃を止めた。
「何を馬鹿な事を…俺は近衛騎士団長だっつったろ? 近衛騎士団の仕事はとっつぁんの護衛及び周辺警護だ。普通、護衛対象よりも弱い護衛がいると思うか?」
エターナルの言葉にあたし達の顔は一気に血の気が引いた。
「気付いてなかったのか? 俺はな、とっつぁんよりも強ェ…とっつぁんを倒したってだけで満足してるような餓鬼風情に負けるものかよ」
エターナルの両手の間にアーチ状の熱の柱が噴き出した。
「死ね…冗談でもとっつぁんを殺したと抜かす野郎は餓鬼であろうと許さねェ…」
まさかベキラゴンまで使えるなんて!!
エターナルは熱の柱を圧縮するように両手を組んだ。
「灰も残さねーし、さっきの戯言をほざいた事を後悔する暇も与えねェ!!」
「ライデイン!!」
もう一人のダイ君も負けじと自分の剣にライデインを落したけど、何故かそれを背中の鞘に納めてしまった。
「お、おい…ダイ…で良いんだよな? なんで折角の魔法剣を鞘に納めんだよ?」
「て、天使!? 何で俺の名前を!? い、いや、そんな事よりこの鞘は魔法剣の威力を高めてくれるんだ。その呪文の最高位にまでね」
「つ、つまりライデインならギガデインになるって事かよ?」
ポップ君の言葉にもう一人のダイ君が頷く。
「行くぞ、エターナル!! これが俺の持つ最強の技だ!!」
「上等だ、ボケ!! ライデインストラッシュ程度で俺のベギラゴンを破れると思ってンならそのまま来やがれ!!」
もう一人のダイ君は何故かルーラであたし達と距離を取った。
「恐らくあちらのダイは互いの持つ技と呪文の威力がぶつかり合えばどうなるか分かっているんだ。だからこそ俺達を巻き込まないように距離を取ったのだ」
「ウオオオオオォォン!! 全開! 竜闘気(ドラゴニックオーラ)!! ギガストッシュ!!」
もう一人のダイ君が咆哮をあげながらエターナルへ向かって突進し、エターナルも呪文を解き放った。
刹那後、巨大な熱量の余波があたし達を襲い、あたしは咄嗟にフバーハでそれを防ぐ。
「決まったか!?」
「甘ェよ!!」
余波が収まり二人の声に恐る恐る顔を上げたあたしは愕然とする事になる。
なんとエターナルの前に下から吹き上がる巨大なエネルギーの壁が立ちはだかり、もう一人のダイ君の一撃を容易く防いでいた。
「カラミティ…ウォール…」
「この技まで知ってやがったのかよ…ベギラゴンを目眩ましにして正解だったな。単体で放ってたら破られてた可能性もあったろうしな」
べ…ベギラゴンを煙幕代わりにするですって!? 強敵だとは思ってたけど、どこまで規格外なのよ、彼女は!?
「う…うわああああああっ!?」
エネルギーの壁はギガストラッシュを受け止めながら前進してもう一人のダイ君を弾き飛ばしてしまった。
「なるほど…確かにテメェはとっつぁん相手なら良い勝負ができたかも知れねーな…けど、俺の相手をするにゃァまだまだ弱すぎるぜ!!」
愕然としているもう一人のダイ君にエターナルは不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「敵いませぬな…竜魔人に変身した私さえもここまで追い詰めた相手をこうも容易くあしらわれるとは…バーン様をして魔界の宝と云われるのが分かりますな」
いつの間にか人の姿に戻ったバランが賛辞の言葉を述べると、エターナルは顔を耳まで真っ赤にさせた。
「とっつぁん、部下に自分の娘の事をそんな風に云ってやがるのかよ!? 恥ずかしい親父だ…ああいうのを親馬鹿って云うのかねェ…?」
「それだけの力がありながら、何で最終決戦ではバーンを守りに来なかったんだ!?」
「最終決戦て、テメェもまだ云うか…ん? 待てよ? そうか…そうだったンか…なら、この会話が食い違うのも分かるな」
エターナルは一人納得顔でもう一人のダイ君に近づいていく。
「テメェ…ヒゲと会う前に何か空間が歪む程のエネルギーとぶつかったか?」
「ひ…ヒゲ!? いや、空間が歪むがどうかは分からないけど、父さんの幻と会う直前、黒の結晶(コア)から地上を守る為に諸共上空に飛び上がったけど…」
「黒の結晶て…つまりその爆発で生じた空間の歪みとヒゲが結界の核を壊した際に生じた歪みが繋がってテメェがこの世界に導かれたって事か…あくまで仮定の話だがな」
エターナルの挙げた推測にあたし達は首を捻り、もう一人のダイ君は額の紋章を消して驚いている。
「こ…この世界って…まるで俺が違う世界に迷い込んだみたいじゃないか!?」
「だがな、そう仮定するとテメェが二人いる事もとっつぁんを倒した倒さないって会話の食い違いも説明できるンだよ…」
エターナルはダイ君に人差し指を突きつけて断言するように告げた。
「つまり…テメェは俺達から見て未来の世界から来たって事だよ…大魔王バーンが勇者に倒された未来からな!!」
「そ…そんな…じゃあ、そこにいる父さんは!?」
「本物だよ…さっきからのテメェの口振りからすると未来じゃァこのヒゲは死んでるらしいがな?」
もう一人のダイ君はガクリと膝を着いた。
「で、でも俺が未来の人間なら、どうして俺はお前の事を知らないんだ? あそこまでバーンを大切に思ってるアンタならバーンを助けに来るはずだろ!?」
「さぁな…未来の事なんざ分からねーよ。とっつぁんに助太刀無用と厳命されて…ても助けるよな、俺なら…ああ、もう一個仮説を思いついたんだが聞くか?」
エターナルの言葉にもう一人のダイ君は縋るように頷いた。
「まずテメェが覚えてる魔王軍の幹部の名前、挙げてってみ?」
もう一人のダイ君は云われるままどんどん名前を出していくけど、結構知らない名前が出てきて驚いた。
列挙された名前を一つ一つ吟味するように聞いていたエターナルだったけど、納得がいったのかそれを止めさせた。
「キルバーン…マキシマム…ハドラー親衛騎団…ゴロア…少なくとも今の魔王軍じゃァ聞かねー名前だ…こりゃテメェには酷だが、もう一個の仮定も確定事項だな」
「ど…どういう事?」
「並行世界…色んな可能性を持ったIfの世界…呼び名は様々だが、どうやらこの世界はテメェの知る世界とは似て非なる別物の世界のようだな」
今度こそもう一人のダイ君は腰が砕けるように地面へ座り込んでしまった。
「じゃあ、俺が元の世界に帰る事は…」
「ほぼ不可能だな…ただでさえ時間を遡る事なんざ不可能なのに、理論だけであるかどうかも分からなかった並行世界を渡るってなるともう俺の手には負えねーよ」
「そ…そんな…」
力無く項垂れるもう一人のダイ君にエターナルは背を向けるとバランとダイ君をそばに呼んで魔法力を高める。
「本来ならトドメを刺すべきなんだろうが、こちらとしても分からねー事だらけで判断がつかねェ…とっつぁんの意見を聞くまでテメェの命は預けたぜ」
「ま…待って!! お、俺はどうすれば!?」
「知るか! まあ、そこにいるお仲間と一緒にいれば良いだろ? 並行世界だろうと未来だろうとテメェはテメェだ。邪険にはしねーだろ」
「宜しいのですか? いっその事、あの未来のディーノも連れ帰っては?」
バランの提案もエターナルは鼻で笑う。
「相手はとっつぁんを倒したって抜かす餓鬼だぞ? 下手に連れ帰ってみやがれ。とっつぁんなら面白がると思うがミストの堅物がどうなるか分からねーだろ?」
「なるほど、一理ありますな…では、少々惜しいですが…」
「ああ、置いていく…まあ、とっつぁんが欲しいって云えば、そン時に改めてだな?」
エターナルは不安そうにもう一人のダイ君をチラチラと見ているダイ君の頭を撫でる。
「気になるのは分かるがもう日が暮れる…子供は帰る時間だ。今日はお前の為に御馳走を沢山用意してあるから楽しみにしてろよ?」
「ああ、一緒に食事をしながら、今まで会えなかった時間を埋めていこう、ディーノ!」
「う…うん…分かった…バイバイ…お姉ちゃん達…」
「ピイイイイイイイィィィィィ!!」
「ダイ!! 行くな~~~~~~~~~~ッ!!」
ポップ君とゴメちゃんが泣きながらダイ君に向かって飛んでいくけど、それよりも早くルーラが発動して三人は光となって消えてしまった。
「ダイイイイイイイイイィィィィィィ!!」
あたしとクロコダイン、ヒュンケルは泣き叫ぶポップ君とゴメちゃん、そして絶望に打ちひしがれているもう一人のダイ君を呆然と見つめる事しかできなかった。
あとがき
新型インフルエンザから生還! まあ、私の近況はどうでも良いんですけど(爆)
やっとバラン編が終了しました(苦笑)
原作とは大きくかけ離れダイが魔王軍へ…アバンの使徒サイドを補完する為に未来の並行世界(原作)からダイを持ってきました。
勇者ダイの記憶の完全消去は書くに当たって相当悩みましたが、ポップとアバンのメガンテは下手すりゃトラウマになっても可笑しくないだろうと決行しました。
ポップもポップでTS天使化に…いや、どう考えても原作のポップだと太陽神信仰戦じゃ相性が悪すぎるので…これも読者様の反応が怖いです(汗)
ちなみにエターナルと太陽神信仰、竜の騎士はジャンケンのようなものです。
エターナルは竜の騎士より強く太陽神信仰には贄蝕みの炎という弱みがあり、竜の騎士の竜闘気は太陽神信仰の天敵ですがエターナルより戦闘能力は劣るって感じで…
今後は更にオリジナル展開が増えると思います。そういうのが苦手という方もいらっしゃると思いますが、なにとぞ見捨てないでやって下さい。
それでは、また次回に。