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No.12144の一覧
[0] おんりーらぶ!?【第一部】 【完結】[コー](2010/03/01 00:00)
[1] 第一話『ルール通りの世界なら』[コー](2011/06/19 20:53)
[2] 第二話『今必要なのに、今の今まで』[コー](2010/01/26 23:05)
[3] 第三話『天上は、遠く座す』[コー](2010/01/26 23:06)
[4] 第四話『視界はかすみ、輝きは遠く』[コー](2010/03/13 02:34)
[5] 第五話『異物たちの共演』[コー](2010/01/26 23:09)
[6] 第六話『声が届く場所』[コー](2010/04/19 01:04)
[7] 第七話『二閃』[コー](2010/01/26 23:13)
[8] 第八話『描けていた世界』[コー](2010/03/13 02:39)
[9] 第九話『迷子が迷い込んだ迷路』[コー](2010/03/13 02:41)
[10] 第十話『踊る、世界(前編)』[コー](2018/09/17 21:23)
[11] 第十一話『踊る、世界(後編)』[コー](2018/09/17 21:22)
[12] 第十二話『儚い景色(前編)』[コー](2010/01/26 23:21)
[13] 第十三話『儚い景色(中編)』[コー](2010/01/26 23:22)
[14] 第十四話『儚い景色(後編)』[コー](2010/03/01 00:00)
[15] 第十五話『煉獄を視たことはあるか』[コー](2011/06/19 20:54)
[16] 第十六話『オンリーラブ(前編)』[コー](2011/06/19 20:54)
[17] 第十七話『オンリーラブ(後編)』[コー](2012/09/07 01:06)
[18] 後書き[コー](2010/01/26 23:43)
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[12144] 第六話『声が届く場所』
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/04/19 01:04
―――**―――

 男は旅立つ。
 戦地へと。

 その後ろ姿に声をかけようとして、しかし、口を閉じた。
 自分が邪魔をしていいものか。
 目の前の男の力は絶大で、戦地に赴けば勝利を勝ち取れる。
 だが、自分はそれが嫌だと思う。

 このままでは、彼が遠い世界に行ってしまうのだ。
 届かない場所へ。

 自分も“そこ”を目指している。
 だけど男は、あらゆる過程を省いて、一瞬でそこに到達できてしまう。
 それが、嫌だ。

 彼がその力を使えば、誰もが目を奪われる。
 だが、それは、彼に、じゃない。
 彼の力に、だ。

 そのとき、一体誰が彼を見てくれるのだろう。
 彼は自分から、遠く離れてしまうのに。

 気づけば自分の手は、男の腕を取っていた。
 振り向く男にすがるように抱き付く。
 そして、男を見上げながら、口を開く。

『お願いだから……、あんたはあっち側に行かないで……!!』

「……、」
 エリーはそこで目を覚ました。
 長い綺麗な赤毛を背中に垂らし、寝起きの顔も、同じく赤い。
 鼓動は速く、息も若干乱れている。

 脳が再起するまでの時間は多く必要で、

「う……、うなーーーっ!!」

 そして悩みも多かった。

――――――

 おんりーらぶ!?

――――――

「悪夢よ、悪夢。ナイトメア」
 エリーは朝の鍛錬に向かうべく、宿舎の廊下を大股で歩いていた。
 口から出るのは大きな独り言。
 そして、早朝独特の冷ややかな空気と埃臭い廊下の匂いを肺いっぱいに吸い込み、盛大に吐き出した。

 思い出すのは、いや、ここ連日見る夢に思い出させられるのは、五日前の自分の痴態。

 別に、送り出せばよかったのだ。
 超人二人の元へ。
 そして、あのバカには肩の骨でも外し、精一杯呻いてもらって、それで終了。
 そうすれば、今後完全に無視を決め込み、そのまままっすぐに魔王の元へ。
 完璧だったはずだ。

 それなのに自分は、あの男の腕に弱々しくしがみつき、何を口走ったのか。

 所詮、あの男との関係なんて、不慮の事故による婚約。
 打倒魔王の報酬として、その婚約を破棄するつもりだというのに。
 勇者の力とやらを使わせ続けるのが、最短ルートのはずだ。

 それ、なのに。

「う……、ああああ~~っ!!」
「……、お前最近いつも発声練習から始めるけど……、それ、なんかのおまじない?」
「っ!?」
 ビダッ、と大地に音を響かせ、エリーは急停止。
 目の前の、寝不足の原因の男、アキラは、宿舎から奇声を発しながら出てきたエリーに怪訝な顔つきで振り返ってきた。

「……、随分早いじゃない」
「はっ、今日で勝ち越しだからな。三勝二敗」
「っ、あんたも数えてたってわけね……!」

 アキラが早朝にこの場に顔を出すようになったのも、五日前からだった。
 一体いつまで続くのかと、エリーは冷ややかな視線を送っていたが、その予想に反し、アキラは連日ここに顔を出している。

 しかも、自分よりも早く、だ。
 エリーの中で、ある種早起き対決のようなものが始まっていたのだが、どうやらそれはアキラも同じらしい。

「ほら、走ってこいよ」
「……、っ、上等じゃない。これから遅く起きた方が、長く走るってのどう? 村一週とか」
「はっ、勝てると思ってんのかよ?」
「……?」
 アキラの妙な自信を感じ取り、エリーは眉を寄せた。
 エリーの知る限り、アキラは絶望的に朝に弱い。
 そして、妥協にふんだんに塗れている。

「ま、朝起きるのにもコツがあってだな……、」
「……! ああ、エリーさん。おはよう」
「……、人に起こしてもらうって?」
 得意げに語り出したアキラの向こう、着物を羽織った女性が姿を現した。
 トレードマークともいえるその紅い着物と、トップで結って垂らした短いポニー。
 現れた女性、サクは、未だ眠気の残る二人と違い、すっと背筋を伸ばして立っていた。

「ひっ、卑怯よっ! あんたっ、」
「何とでも言え。勝つにはこうするしかなかった」
「……せめてあんたと勝負したかったわ」

 二人のやり取りに微妙に首をかしげているサクをエリーは横目で見やった。
 彼女は、異常なほど朝に強い。
 一人で旅を続けてきただけはあって、ベッドから瞬時に起き上がれるそうだ。

 それは、サクの主君たるアキラはその時間に起きられるのと同義。

 対してエリーは“あの悪夢”のせいで最近調子が悪い。
 この戦いは、大きく不利に傾いていた。

「ほら、ダッシュ」
「おっ、覚えてろ~っ!!」

 エリーは朝から元気に駆けて行った。
 あの様子だと、村の者たちを起こして回ることになるかもしれない。

「……、ま、これならいっかな」
「?」
 サクが怪訝な顔をするも、アキラは微妙に微笑んだ。
 妙に律儀な彼女のことだ。
 今日から距離を延ばすつもりだろう。

 だけど、そっちはどうでもいい。
 むしろ重要なのは、アキラの中での、エリーの位置付け。
 “夢のために好きにはなれない相手”だが、“友人”としてならいいかもしれない。
 僅かの妥協が入るも、どうしてもエリーを無視できないのだから仕方がないとアキラは思う。

「さ、始めよっか」
「ええ。これを、」
 サクは拾ってきた程良く太い木の枝を、アキラに渡す。
 アキラはそれを受け取り、何も言わずとも素振りを始めた。

「……」
 現在、アキラの従者かつ剣の師であるサクは、その様子を黙って見守りながら、思う。
 順調だ、と。

 急激に、ではない。
 緩やかに、しかし確かに上を目指して。
 五日前から、アキラは肉体的だけでなく、精神的にも成長している気がする。

 あの仲間の二人の超絶的な力を見たのが良い刺激になったのかもしれない。

 そして、今の環境も、良い。
 最近、エリーは意識して、依頼を二つ受け、必ずアキラ、エリー、サクの三人を組ませている。
 まだアキラの参戦は早く、見学、という程度だが、身の丈に合った仲間に囲まれ、魔力のコントロールというものが掴めてきたようだ。

 見栄っ張りなアキラが、強敵と当たったり、残る二人と組んだりすれば、必ずあの銃の力を発動させるだろう。
 それを見抜いてエリーが固めたアキラ育成方針は、アキラに確かな経験値が蓄積されるという成果を上げている。

 そんなこんなでこの近辺の村を転々とし、目指すヘヴンズゲートは目前。
 森林に囲まれた村の中からでも、その天を突く巨大な岩山は見えてきていた。

「……、そのくらいでいいでしょう。では、構えて下さい」
「……!」
 サクは持ってきたもう一本の枝を腰に構え、アキラと対峙する。

 エリーは、なんだかんだと言っても、アキラの成長を促している。
 ならば自分は、アキラの剣術のスキルを磨く。

 それが、今できる、主君のための行動。

「行きますよ」

 サクは加減をしながら、アキラに切りかかっていく。

 その、視界の隅。
 宿舎の壁に、村で買った安物の剣が立てかけてある。
 市販の物の中から、アキラの身体に合わせて選ばれたそれは、値段にしてみればまずまずのもの。

 アキラの勇者としての、第一歩の証だった。

―――**―――

「んもぅ……、最近アキラ君と朝のスキンシップが取れない……」
「寝込みを襲えない、の間違いっすよ、それ」
「っ、最近言葉に棘が出てきたじゃないの……」
 マリスとエレナは、並んでベッドに座りながら、目の前の会議に耳だけ傾けていた。

 半分閉じたような瞳に、どこかのほほんとした雰囲気のマリスは、エリーの双子の妹、というだけはあって、エリーに瓜二つ。
 眠たげな眼と色彩の薄い髪や瞳がエリーとの外見の際だが、付き合いの長いものは声の音量が双子を見分ける最大の特徴だということの容易に気づける。

 一方その隣、ベッドに可愛らしく座っているのは、エレナ。
 彼女の、まるで誘うように服から覗く大きな胸元と、ベッドという寝具が揃えば、朝という時間を忘れさせるほどの悩ましさ。
 ふっくらとした唇から洩れる甘い吐息は、ときおり見せる“素”を忘れさせるような妖艶さを醸し出している。

 だが。
 マリスは数千年に一人の天才、エレナは上位モンスターを瞬殺できるほどの実力者、と、外見だけからは判断できないほどの危険人物であったりもする。

「二人とも、ちゃんと聞いてるの?」
「大丈夫っす」
「ねぇ……、アキラくぅん、」
「うおっ、」
「エレねー、ストップっす」
 マリスは、アキラに迫ろうとしたエレナの腕を引いて止める。
 最近エレナを止める役は、マリスに変わっているようだった。
 エリーのアキラ教育方針の元、残ったマリスとエレナの二人には、依頼でよく組んでいる。
 そんなこんなで、いつの間にか人見知りのマリスは、エレナと打ち解けているようだ。

「っ……、あら、随分必死じゃない?」
「……」
「二人とも聞、い、てっ!」
 エリーが騒いでも、一向に話が始まらない。
 もうすぐこの部屋も出ないといけないというのに。

 常に作戦会議室なるらしいアキラの泊まっている部屋には“勇者様御一行”が勢揃しているが、騒がしい面々の話し合いが始まるのには、相変わらず時間が必要のようだ。

「とりあえず、今日の依頼の話だけど……、」
「てか、まだ着かないのかよ……、あれ」
 アキラがうんざりしたように、窓から見える山を指差す。
 聞いた話によれば、あれこそが天界への門。
 それなのに、その周囲を囲っているらしい賑やかな町にさえ到着していなかった。

「明日には多分着けるわよ。ま、そんなことは後回しでいいでしょ。今日の食いぶち稼がなきゃいけないんだから」
「はぁ……、だから私がいれば、うっはうはだって言ってるじゃない」
「いい? みんな。この人から物とか貰っちゃだめよ」
「了解っす」
「っ、こ、の、双子は……!!」

 エレナにしてみれば、依頼で路銀を稼ぐような時間を浪費しているのは望ましいことではない。
 今すぐにでも魔王の牙城にでも乗り込んで、魔王直属のガバイドを探し出したいのだ。

「聞いたところによれば、この村にも昨夜盗賊が出たそうだ」
「……、エレねー……、」
「エレナさん……、ほんっっっとにお願いしますよ……」
「ちょっ、私じゃないわよ?」

 そんな行為を繰り返してきたからか。
 全員の目が不信な色を帯びて、エレナに向く。
 話を持ち出したサクは、呆れ半分に鋭く目を尖らせている。
 主君のアキラが懐柔されている以上強くは言えないのかもしれないが、エレナの手癖の悪さに一番憤慨しているのは、あるいは“道”に反することを嫌うサクかもしれない。

「ねぇ、アキラ君……、信じて……くれるよね?」
「おうっ!!」
「ストップっす」

 アキラへの“吸引”もマリスに邪魔され、エレナは不機嫌に口を尖らせる。

「何よぉ……、そんなこと言ってると、い、い、こ、と、教えてあげないわよ?」
 変わらず不信の目を向けるメンバーに、エレナは妖艶な瞳を返した。

「い、いいこと?」
「うん、じゃあ、今日の依頼の話だけど……」
「アキラ君、あなたの奥さんが虐める……」
「「ちがーうっ!!」」

 この話題を持ち出されれば流石に止まらないわけにはいかないエリーは、無視を決め込もうとしたエレナの方を見事に向くこととなった。
 エレナの瞳が怪しく光ったのは、エリーの気のせいではないだろう。

「私さぁ……、聞いちゃったんだ。最近この辺りで起こっている盗難事件の犯人」
「聞いたも何も、犯人じゃないですか」
「だから私じゃないっつってんでしょうがっ!!」

 エレナは座り込んだベッドから立ち上がらんばかりの勢いで、エリーを睨み返した。

「そりゃ、村の人たちに少しは“ご協力”いただいたけど、使い道のない武具とか盗っても意味ないでしょう?」
「……、」
 確かに、とサクは唸る。
 サクも一応村の酒場で盗賊の話を聞いたとき、おかしいとは思った。

 最近この近辺を襲う盗賊は、金品だけでなく、武具や、場合によっては家具など種手雑多な物を奪い続けているらしいのだ。

「エレねー、売り払ってるんじゃ」
「どんだけ信用ないんだよっ、私はっ!! ……ちっ、とにかく、私が聞いたのは、」

 いつまで経っても嫌疑の張れないエレナは、諦めたように自分の持っている情報を開示し始めた。

「この辺りに……、シーフゴブリンの巣がいくつもでき始めたんだって」
「……? なにそれ盗賊?」
「そうっ、」
 唯一の理解者アキラに、エレナはしな垂りかかった。
 懐柔した相手、と言い換えることができるアキラの顔が緩むのを見て、エレナの口元が僅かに上がる。

「まあ……、確かに今日の依頼も、似たような話だけど……、」
 エリーは手元の資料に目を落とした。
 村に近いそれらの巣を潰してくれ、というのがメインの仕事ばかり。
 シーフゴブリンよりもエレナに嫌疑をかけていた自らの思考に、エリーは少しばかりショックを受け、しかし、目の前の光景を見ればそれで良かったと思える。

「まあ……、私が聞いたのはそれだけじゃないけどね」
「?」
 だが、エレナの話は続くようだ。

「何でもぉ……、数年前にこの辺りを有名な武器商人が通ったんだって。その途中、襲われて以来、積荷は行方不明。その中に、すっっっごい武器があったらしいわ」

 なに胡散臭い話を持ち出しているのか。
 そんなすごい物があったなら、とっくに誰かが見つけ出しているだろう。
 エリーはエレナの話を呆れ半分に聞き流そうとしたが、ぴたりと止まった。

 まずい。
 エレナの隣の男の目が、輝き出している。

「ほぅ……、伝説の武器、か……!!」
「……えっ?? う、うんっ、そうそう、伝説の武器!」

 言うまでもなく、アキラだ。
 エレナの表現から数段階上がった武器への評価に、エレナ自身も眉を寄せるが、話自体は彼女の予想通りの展開のようだった。

「ちょっ、あんた、何考えてんのよ?」
「いや、定番だなぁ……って思ってさ……」
 駄目だ、この男は。
 アキラはそういう話に弱い。
 お決まりのような、甘い話に。

「そうかそうか……、伝説の、ね……!」
 アキラは身体の中が熱くなっていくのを感じていた。
 森の中に眠る、最強装備。
 これこそ、長年語り継がれてきた冒険ものの鉄板。
 流石にご都合主義の世界だ。

 今朝の剣の鍛錬時、サクもそろそろ戦闘参加しても良さそうだと言っていた。
 そしてここにきて、そのような話。

「もう、間違いはない……!」
「間違いだらけよ。座りなさい」
 いつしか立ち上がっていたアキラは、冷静さを装い、ベッドに座る。
 だがその身体は、嬉しさのあまりプルプルと震えていた。

「と……、とりあえず、待って。どうどう」
 エリーはアキラをなだめつつ、背中に嫌な汗を浮かべていた。

 アキラはきっと、探しに行くと言い出すだろう。
 駄目だ、そんな話は。
 認めるわけにはいかない。

 せっかく身の丈に合った戦闘を繰り返し、成長している姿を見せ始めたアキラだ。
 その話の胡散臭さはともかくとして、そんな武器を今手に入れさせる必要はない。

 確かに、そんな武具は無いかもしれない。
 だが、目の前の“勇者様”には、なにか予感がする。

 アキラは、“そういうもの”を惹き付けてしまうのだ。
 サクの件しかり、エレナの件しかり。
 あるいはそれこそが勇者の条件のような気がしなくもないが、今回ばかりはそんな厄介事を惹き付けてもらっては困る。

 探しに行って、本当に伝説の武具でも見つけた日には、マリスとエレナの二人から離しての成長が水泡に帰すだろう。

「サッ、サクさん。サクさんも、要らないと思うわよね?」
「あ、ああ。確かに、今は必要ないと、」
 目を輝かせる主君の手前強くは言えないが、サクもエリーと同意見だった。
 せっかく勇者としての第一歩を踏み出したアキラだ。
 ベッドのふちに立てかけてあるその剣は、まだ使ってもいない。
 そんなときに、強力な武器が手に入れば、その剣はほっぽり出されてしまう。
 今アキラに必要なのは、武器による強化ではなく、自分自身の成長。
 当然、望むべくことではない。

「? 別に、いいじゃないっすか。持ってるだけでも」
 だが、マリスはどちらかと言えばエレナに賛成のようだ。
 アキラの力は、あの銃を含めて考えればメンバー最強。
 魔王を倒すのに十分のような気さえしてくる。

「マリー……」
 そこで。
 エリーはメンバー内で、アキラに対する評価が完全に異なっているのを感じた。
 あの銃の存在。
 それが、アキラの評価を捻じ曲げている。

 “最強カード”に対する評価は、メンバー内で完全に二分していた。

「でさ、アキラくぅん、私と、」
「じょっ、条件があるわっ!!」
「?」
 もう駄目だ。
 人数比率で二対三。
 このでは押し切られてしまうだろう。
 だが、譲れない線はある。

「探しに行くのは、あたしと、こいつと、サクさんだけ。二人は、別の依頼をしてて」
「えぇ~? それじゃ意味ないじゃない」
 やはりというかなんというか。
 エレナがその胡散臭い話を持ち出したのは、アキラと行動を共にするためのようだ。
 そして、あわよくば、“吸おう”としているのだ、この女は。
 不満さを隠そうともせずエレナは唸るが、これだけは譲れない。

 マリスとエレナがついてくれば、アキラは労せず力を手に入れてしまう。
 そして、勇者の第一歩たるその剣がどうなってしまうかさえ分からない。
 それだけは、駄目だ。

「……そういうこと言うと、私が聞いた詳しい話、教えないわよ?」
「それならそれで結構です! それに、どうせその辺りをふらついていて聞いたような話、探せばいくらでもみつかるだろうし」
「……ちっ、流石にやるわね、正妻は」
「正妻言うなーっ!!」

 エリーの再三にわたる怒号に、宿舎の管理人がたしなめに来たのはそれから数分後のことだった。

―――**―――

「そういやさ、」
「?」
 マリスとエレナの二人と別れ、シーフゴブリンの巣があると思われる地帯に向かう森の道の中、アキラが思い出したように呟いた。

「最近、このメンバーで依頼すんの多くね?」
「……、気づいてなかったんですか?」
 一歩後ろを固めるサクから漏れた言葉に、アキラは、いや、と小さく首を振った。

 別に、気づいていなかったわけではない。
 初日や次の日では、まあそういうこともあるか、と思っていた。
 事実この辺りの魔物は弱く、エリーとサクの二人でも十分に依頼がこなせるだろうという安心もある。

 だが、こう連日となると、流石に妙だ。
 今朝の様子といい、明らかに作為的だが、意図が分からない。

「あんたはさ……、まず自覚することから始めてよ」
「?」
 戦闘を歩くエリーはくるりと振り返った。
 流石に数日ここを歩き回っただけはあり、もう木の根につまずくこともないようだ。

「もうはっきり言っとくわ。あんたの成長……、その……、その銃に阻害されてる」
「は?」
 エリーはあえて、残り二つの要因を口にしなかった。

「強すぎるのよ……、今のあんたには。あっさり相手を倒しちゃうから、何の経験にもならない。分かる?」
「? 別にいいだろ、それで」
「良くないの!」
 やっぱり、この男は分かっていない。

「その力であっさり進んでったら、あんた完全にダメ人間よ」
「ダッ、ダメ人間って……、んなわけ無いだろっ」
 何故こうも分からないのか。
 エリーはわざわざ立ち止まって、聞こえるようにため息を吐いた。

「とにかく、あんたは身の丈に合った成長をして。あの銃はしばらく使用禁止」
「って、何でお前が決めてんだよ……?」
「あんたの外れた肩……、あたしたちには力ずくでしか治せないけどどうする?」
「てっ、てめっ、」
 それで、か。
 得意げになって歩き出すエリーの背を見ながら、アキラはようやくこのメンバー構成の意図がつかめた。
 自分の成長を考えているというのはともかくとして、エリーはアキラに銃を意図的に使わせようとしていない。

 思えばあのとき、マリスたちに合流しようとしたのを妨害されたのも、エリーがそれを考えていたゆえ、ということなのだろう。

「てかさ、エレナとは組んでよくね? 治療できないっぽいし」
「あの人とあんたが組んだら、何が起きるか分かったもんじゃないわ」
「っ、」
 どうやらそちらの面でも、エリーはエレナを信用していないらしい。
 アキラも、だ。
 二人に任せたら、依頼に向かわずに村で遊んでいました、何てことも普通に起こり得る。

「まあ、アキラ様。エリーさんも、色々考えがあるんですよ」
「……、らしいけど……、」
 最近マリスとあまり行動していないせいで、フォロー役はサクになっていた。
 この辺りの環境の変化も、エリーの筋書き通りなのだろうか。

 だが、事実として、アキラの力は上がっている。
 異世界に来た当初、全くと言っていいほどレベルが上がらなかったアキラ。
 それが、このメンバーで組むことになってから、確実にレベルアップしている。
 だがこれは、『最強技使用禁止の縛り』をしているだけなのではないだろうか。

 世界は優しい。
 そう、アキラは思っている。

 ならばその優しさが零した、勇者の力。
 それは、アキラのカードとして積極的に切っていっていいのではないだろうか。

 現にマリスもエレナも、あの銃の力ならば魔王が倒せるのではないか、と評価している。

 成長は、確かに嬉しい。
 異世界に来訪した主人公は、こうして力を上げていくべきなのだろう。

 だが、ご都合主義万歳のあの絶対的な力がある以上、これは最短ルートではない。
 マリスやエレナという最強カードも、ほとんど封印しているような状態。

 魔王を倒すためならば、今の行動は無意味だ。

「はあ……、お前は俺に、どうなって欲しいんだよ……?」

「っ、」
「……! 」
 エリーの身体が揺れて止まり、サクは機敏に反応してアキラを庇うように立った。

「いたようだな……、エリーさん」
「……、え? え、ええ、」
 サクの目つきが鋭くなり、エリーは一瞬遅れて身体に魔力を巡らせた。

「なにっ、なにっ、なんだよっ!?」
「いたんですよ……。魔物が」
「……っ、」
 アキラは突然漂った戦闘の匂いに、身体を震わせ、すぐに防御幕を張る。
 未だぎこちない動作だが、流石に基本中の基本。
 アキラはうまく身体を守り始めていた。

「……、」
 サクはそれを確認し、たった今気配がした森の茂みを見やる。

 やはりがさがさと、人の高さほどの薮が蠢いた。

「あれが、巣か?」
「……、いえ、シーフゴブリンは洞窟に住むそうです……。あれは……、」
 サクが正体を探ろうと目を細めたと同時、薮の中からガサリ、と土色の肌の小動物が姿を現した。

 リスのような顔つきの、その魔物。
 頭には、渦巻き型の模様が付いている。
 これは、

「……よう、マーチュ」
「きゅう?」

 薮の中で食糧でも見つけたのか。
 マーチュはどこか満足げにお腹をさすり、幸せそうな顔をアキラたちに向けてきた。

 この小動物は、忘れもしない。
 アキラが初めて遭遇したモンスターだ。

 その後遭遇した大型とは違い、姿は魔物よりも愛玩動物に極度に寄っている。
 背丈も、膝ほどまで、とやはり小さい。

「丁度いいかもね……、ねえ、倒してみてよ」
「だからできるかぁっ!!」

 マーチュはどこか怯えたように、アキラたちをつぶらな瞳で見上げている。

「あんたねぇ……、相手の姿に惑わされちゃだめよ。エレナさんがいい例でしょ」
「違うっ、こいつはっ、そんな奴じゃないんだ……!!」
「あんたがマーチュの何を知ってるのよ!? てか、あんた前に殺されかけなかった!?」

 それはそれ、これはこれ、だ。
 確かにあのときは命の危険を感じ、剣を振り下ろしたが、今はどうだ。
 ただ生活に必要な食事をしていただけ。

 そんなものに剣を振り下ろせば、アキラの良心は完全に破たんしてしまうかもしれない。

「あのさ、あんた今朝、サクさんから戦っていいって言われて喜んでなかった?」
「いや、そう、なんだけど、さ、」
 冷静に考えてみれば、抵抗がある。
 魔物相手といえども、命を奪うのだ。
 絶大な光線で消し飛ばすのとは、感覚的に違う。
 今アキラにある攻撃手段は、背負った剣のみ。
 それで、あの愛らしいマーチュを、切り裂かなければならない。

「てかさ、今更だけど、よくお前ら動物バンバン殺せるよな……」
「っ、失礼な言い方ね……、それに、マーチュは動物じゃなくて、魔物。モンスターなのよ?」
 その辺りの感覚は、やはりアキラと違うらしい。
 エリーもサクも、割り切っている。

「アキラ様」
「?」
 マーチュから目を離さないようにしながらも、サクは一歩前に出た。

「確かに……、普通の動物を模した愛らしい魔物を切るのは……、抵抗があるのでしょう」
「?」
 サクは僅かに、顔を伏せていた。

「ですが、マーチュといえども、成長すれば村を襲います。現に、マーチュの群れが滅ぼした村もあるのですよ」
 その諭すような口調に、アキラは震えた。

 エリーとサクは、アキラから見て年下だ。
 それなのに、アキラよりずっと多くの魔物を殺し、アキラよりずっと多くの経験を積んでいる。

 そして、アキラより。
 遥かにこの世界のルールに染まっている。

「魔物を倒せば、それだけ救われる人がいる。試験科目の一つに、そういう“倫理”ってのもあったわ」
 エリーも呟く。

 もしかしたら、きっとそれが勇者の役割、とでも言いたいのかもしれない。

「……、っ、分かったよ。どうせ、今さら、だ……!」
 自分はすでに、巨大マーチュ、アシッドナーガ、ブルースライム、そしてマザースフィアを倒している。

 いや、“殺している”。

 今さら、綺麗なままでいようとすることはできない。
 エリーとサクにだけ手を汚させるのも、道理ではないだろう。

「……、マーチュ」
「きゅう……、」
 可愛い小動物が、目の前に迫った勇者を無垢な表情で見上げる。
 今からアキラは、この動物に剣を振り下ろさなければならない。

 異世界来訪物の主人公たちは、そうしたことが、前提としてできていた。
 それだけに限らず、元の世界でも、狩りを行っている者はいる。
 世界の裏側で、その恩恵を授かりながら、自分たちはぬくぬくと生きていた。

 だが今は、自分がその場所にいる。

 彼らはきっと、生まれながらに、そういうことを“倫理”として心に置いていたのだろう。

 それが少し羨ましい。
 良心の呵責とは、どうやって戦っていたのだろう。いや、それは、無かったのかもしれない。

 価値観の違い。
 そういうものが、根底としてある。

 だけど自分は、それに少し疑問を、

「あの、」
「……ちょっと待ってくれ。今、結構良いこと言おうとしてんだ」
「いや、マーチュが……」
「あっ、」
 アキラが顔を上げれば、マーチュは短い手足をばたつかせ、必死に走っていた。
 目の前の男から発される不穏な空気に、正しく危機感を覚えたようだ。

「……、よし、勝った」
 やはり可愛らしい生物は、逃げ方も愛らしい。
 もう人に見つかるなよ。
 そんなことを心で呟いて、アキラは満足げにマーチュを見送った。

「勝ったじゃないでしょ!? 今すぐ追いかけてっ!!」
 マーチュの短い手足では、それほど速力がない。
 未だにマーチュを視界に捉えながら、エリーは叫んだ。

 この男には、精神的にもタフになってもらわなければ困る。

「いや、だってよ、あんな愛らしい、―――」
「ぎゅうっ!!?」
 難を逃れたようなアキラの表情は、次の瞬間強張った。

 必死に走っていたマーチュが、横から鋭い爪に襲われて転がり、次の瞬間には爆発する。

 木々の間から飛び出てマーチュを横から襲ったのは、アキラの胸ほどの高さの、濁った赤い体毛の魔物。
 先日のライドエイプの姿に近いそれは、長い手だけではなく、長い足もあり、膝を折って座りながらよたよたと現れた。

 顔は猿のようだが、ランドエイプより歪み、皺ばかりで髪のない頭には、小さく角が突起している。
 マーチュを引き裂いた爪を振って、血を払うと、苦々しげにマーチュが爆発した地点を睨んでいた。

 その姿の、何と憎々しいことか。

「…………おや? あれはモンスターじゃないか」
「ちょっ、ちょっと!?」
 アキラは妙に冷えた言葉を呟くと、迷わず剣を抜き、すたすたと赤の魔物に近づいていく。

「あっ、あんた、魔物倒すの抵抗あるんじゃ、」
「俺は勇者だ。魔物には、すべからく死を与えなければならない」
「っ、」
 横に並んだエリーが見上げたアキラの顔は、驚くほど冷えていた。

「魔物同士が殺し合い……? ……! ここはシーフゴブリンのテリトリーなのか!?」
 サクの声が後ろから聞こえたが、アキラは構わず目の前の汚物に近づいていった。

 そうかそうか、あれがシーフゴブリンか。
 その名の通り、強欲な顔つきをしてやがる。

 アキラの脳裏には、未だマーチュが裂かれた光景が浮かんでいた。
 お前も同じようにしてやろう。
 これは、いいきっかけだ。

「グルッ」
 アキラの接近に、シーフゴブリンは顔をさらに醜く歪ませる。声も、お世辞にも可愛らしいとは言えない。
 アキラはその目前で止まり、身体に魔力を巡らせた。

「お前は、やってはいけないことをやった」
「いいから切りかかって!! マーチュよりは遥かに強いのよ!?」

 エリーの声に、アキラはその剣を、薙いだ。

「―――!?」
 前回の反省から、横一線に振った剣は空を切った。
 目の前の魔物は、畳んでいた足を一気に伸ばし、跳躍。
 アキラから瞬時に距離を取る。

「はやっ、」
「グッ!」
 アキラが認識するよりも早く、シーフゴブリンは全身のバネを使ってアキラの元へ跳びかかる。
 キラリと光るのは、先ほどマーチュの命を奪った鉤爪。
 長い腕を鞭のように振るい、アキラ目指して振り下ろす。

「っ―――」
 アキラは思わず身をかがめた。
 頭の上から聞こえる風切り音。
 かなり速度がある。

「―――!?」
 難を逃れたと思ったアキラの眼前に、今度は遅れて魔物の長い足が迫っていた。
 両手両足を完全に伸ばせば二メートル近いその体躯を活かした、シーフゴブリンの時間差攻撃。

「っ、」
 アキラは転がるようにしてそれを避けると、すぐさま起き上り剣を正面に構えた。
 シーフゴブリンも着地し、身体を屈め、戦闘態勢を取る。

「はあ……、はあ……、……って、俺何やってんだ?」
「グルルッ」
 アキラがようやく我を取り戻したとき、シーフゴブリンは再び跳びかかってきた。

「……、なかなか、様になっているだろう?」
「……始まった動機は不純のような気もするけどね」
 アキラとシーフゴブリンの戦いを見守りながら、エリーとサクは思い思いの言葉を吐きだした。

 直線的に飛びかかるシーフゴブリンは体躯の長さゆえの変則的な攻撃を繰り出しているが、それでも、転がり回って避けるアキラを捉えきれていない。

 あの戦い方は、サクが教えたものだ。
 とにかく相手の攻撃を受けるな、と。

 あるいはそれは、剣の戦い方ではないのかもしれない。
 だが、刀を操るサクは、そう教わったのだ。

 サクは女性ゆえ、筋力に不安がある。
 もし相手の強い攻撃を受ければ、それだけで腕が痺れ、のちの戦闘に支障をきたすことになろう。
 だから、刀で受けるのは、どうあっても避けなければならない。

 ただ、それに固執するあまり命を落とすのは、当然望むべくことではないとも教わった。

 第一優先として、回避。次いで、防御。
 避けられる攻撃と、受けるしかない攻撃の区別を反射的につける鍛錬を、中心的に行ってきた。

 アキラはまだまだその辺りの区別を反射的に付けることはできないが、うまく攻撃を避け続けている。

「身体強化の方は……、まだまだ荒いようだな」
「っ、分かってるわよ……!」
 剣術を教えるサクに対し、エリーはアキラに魔術の使い方を教えていた。

 身体に囲った防御幕は、アキラが地面に突っ込むように倒れ込んでも無事なほど、正常に機能している。
 だが、身体能力に関しては、あまり強化されていないようにも見えた。

 このところ朝や夕方に身体を動かしているだけはあって、この世界に来たばかりの頃よりはマシだ。
 だが、あくまで一般的な成長程度。
 魔力による強化ではない。

「で、でも、いいのよ。とにかく、身体を守っていられれば」
 エリーとて、考えがある。
 あの男は、最初から魔術による攻撃方法の伝授を求めてきた。
 大方、魔力を放ち、敵を討ちたいとでも思っていたのだろう。

 だが、それは自分で見つけるべきことだ。
 アキラに合った戦闘スタイルも分からないのに、エリーが細かく指導するのも望ましくない。
 その上、それを教えてしまえば、今までの依頼で見学に徹することもできなかったろう。
 アキラとは、そういう男だ。

 ならば、絶対にやってもらいたい、身を守る術。
 無事でいてさえくれれば、それでいい。

「……って、ちがっ、」
「? ……!」

 サクが眉を潜めたところで、アキラとシーフゴブリンの動きが止まった。

「はあ……、はあ……、」
「グ……グルルッ……」
 互いに息を切らし、対峙するアキラとシーフゴブリン。
 アキラは相手の鞭のような身体をひたすら避け、身体中土に塗れている。
 一方、シーフゴブリンは、何度も機敏な攻撃をしかけているのに、避け続けている目の前の侵略者にいきり立つ。

「……、」
 アキラは、シーフゴブリンをまっすぐ睨み、剣を持つ手を強くした。
 先ほどから攻撃に転じようにも、ヒットアンドアウェーを繰り返す魔物を捉えきれない。
 だがもし剣を手放せば、シーフゴブリンの攻撃に更なる拍車がかかるだろう。
 この武器を、放り出すわけにはいかない。

 アキラは煮えたぎる頭の中で、何度も冷静になれと叫んでいた。
 愛らしいマーチュが殺されたことへの怒りはとっくに頭から追い出し、ただただ戦闘に集中する。
 確実に、勝つために。

「……って、なに俺はマジバトルしてんだ……?」
 小さく呟くも、状況は変わらない。
 エリーとサクは、隅に立って、この戦いを見守るだけ。
 この戦いは、アキラ一人で十分だと思っているようだ。

 確かに、勝てる。
 森ごと吹き飛ばせば。
 だが、それは違う。
 それは、ただの作業だ。

 戦闘の中にあって、アキラはようやくそう思えた。

 “あの勝ち方”は、総てを消し飛ばす。
 朝起きて走っていることも。
 エリーとサクの授業の時間も。
 そして経験値も。

 この戦い方で勝つことが、自分のあるべき姿なのかもしれない。
 頭も、身体も、そして技術も。
 その全てを総動員して闘わなければならない。
 そう、思える。

 何かの命を、剣で奪うことに抵抗があるのには、変わらない。
 だが、向こうも殺す気で戦っている。
 それならば、戦うしかないではないか。

 二人の師に、報いるためにも。

「グルルッ!!」
「―――!?」
 ついに息を整えたシーフゴブリンが、跳躍する。

 今考えなければならないのは、攻撃。
 転がり回っていても、いずれは殺される。

 魔術の攻撃方法は習っていない。
 攻撃方法で知っているのは、せいぜい、剣の踏み込み方程度だ。

 だが、何でもいい。
 ここで見つけるべきだ。
 攻撃方法を。

「……!」
 シーフゴブリンは、跳びかかりながら両手を大きく掲げた。
 跳んで伸びきった姿を見ると、まるで樹木が倒れてくるようにも見える。
 今までずっと、身をかがめて避けていた。

 だが、

「っ―――」
「―――!?」
 一瞬よぎった恐怖をもみ消し、アキラは跳びかかる魔物に踏み込んだ。

 今までなかった攻撃パターン。
 身体をまっすぐに伸ばしている、目の前の魔物。

 その、腹部。

「それは―――」

 この世界で最初に出遭ったマーチュには、自分はこう見えていたのかもしれない。
 接近戦で、無防備に腹部を曝し、マーチュに切りかかった自分。

 今の自分は、そんなことはしない。

「―――まずいだろっ!!」

 反射的に瞑ろうとした目を何とかこじ開け、アキラは剣を横なぎに振った。
 踏み込みも、サクに習った通り、完璧。
 目を開けていたおかげで、攻撃タイミングも完全に見えた。

 あとは、魔力を流し込むだけ。

「グルッ!?」
 その瞬間、オレンジの光が森林に爆ぜた。
 迷わず振り切ったその剣は、伸びきったシーフゴブリンの銅を切り裂き、今度は砕けずに通過する。

「……ぁ……」
「……!!」
 エリーとサクも、アキラの見せた突発的な動きに、身体を震わす。
 今の、攻撃方法は。

「っ―――」
 思った以上の反動の少なさにアキラは転がりそうになるも、何とか踏み留まる。
 その瞬間、背後から、爆発音が聞こえてきた。

「パララ……パッパッパー…………、」
 隣の呟きに、サクは苦笑した。
 だが、今のアキラの攻撃方法。
 エリーやサクと同じく、武具強化型。
 しかも、偶然だろうがインパクトの瞬間にだけ、魔力を流した。
 あれは、エリーの拳撃と同じだ。

「はあ……、はあ……、うっ、うぉぉぉおおおーーーっ!!? 勝った!?」
「お見事、です」
 放心状態に近いエリー程ではないが、サクも身が震えていた。
 最後の一撃は、見事という他ない。
 相手が隙を見せたチャンスを拾い、あろうことか飛び込み、シーフゴブリンを屠った。

 今さら恐怖が昇ってきたのかアキラの足は震えているが、なにはともあれ、目の前の勇者様は初めてまともに魔物を倒したのだ。

「いや、マジッ、マジッ、俺すごくねっ!?」
「……、遅いくらい、よ」
 空気の塊を吐き出しながらも、エリーはまだ震えていた。

「て、てか、そ、そう、何あたしの真似してんのよ!?」
「いや、お前が攻撃方法教えないからだろ……。それにお前、ここんとこずっと近くで魔物殴り殺してたから……、そりゃこうなるだろ」
「っ、っ、っ、」

 他に言い方はないのか。
 そんな言葉も、エリーは吐き出せなかった。

「し、しかし、まさか、ここまで戦えるとは、」
「よし、これから俺これでいくわ。何か今俺、超かっこいい……!!」
「……そういうこと言うから……、はあ、もういいわ」
 興奮冷めやらぬアキラに呆れながらも、エリーの身体は震える。
 隣のサクもだ。
 自分の教え子が、成長しているというのはここまで嬉しいものなのか。

「ま、調子には乗らないでね」
「分かってるよ……。だが、勇者の覚醒に、世界の平和は約束された」
「……、そう、」
「……!」

 すっかり有頂天の主君に背を向け、サクは身構えた。
 エリーも身体に魔力をほとばしらせ、目つきを鋭くする。

「え、なに、なんだよ?」
「それじゃ、“勇者様”……、」
「……!!?」

 アキラはようやく気づいた。
 木々の間、そして木の上にも、騒ぎを聞き付けた魔物たちがわらわらと現れ始めている。

「手を貸さなくて、大丈夫ね?」
「……ひとりでできないもん」

 アキラの妙な言葉を背に、エリーとサクは跳びかかって行った。

―――**―――

「私さぁ……、最近見飽きたんだけど、こいつ」
「ギ……、ギギ……ッ、」
 エレナは苦悶の表情を浮かべる目の前の魔物、クンガコングに冷ややかな視線を向けた。
 魔力さえ使っていない。
 ただ純粋に、首を絞めて吊るしているだけ。

「エレねー、悪趣味っすよ」
「あら、そうかしら? ていうか、サボってないで手伝ってくれる?」

 エレナはクンガコングを群れに投げつけ、後ろで見ているだけの、いや、自分の分の仕事を終えたマリスに振り返る。
 背後の爆発にも、エレナに怒りをあらわにするクンガコングにも、ほぼ無警戒で。

「エレねーがそうやって倒してるから……、時間かかるんじゃないっすか」
「こんな雑魚相手に本気になってらんないでしょ」

 マリスから魔力が溢れ出したのを確認し、エレナはつまらなそうに歩き、道を開ける。

「レイリス」
 シルバーの光が森林の闇をかき消したと思った直後、クンガコングたちはその身を焼かれ、爆発を起こす。
 前回の群れ討伐後も、どこから沸いて出たのかクンガコングたちは近辺に現れ、しかし再び絶命していく。

「……あんたも手、抜いてんじゃない」
「自分はちゃんと詠唱はしてるっすよ。上位魔術はエレねーに不評だったじゃないっすか」
 静かになった森林を、二人は並んでとぼとぼ歩き始めた。
 この分では、またクンガコングの群れの主がいるかもしれない。

「あんたとこうやって歩くのにも、飽きてきたんだけど」
「……自分もっすよ」
「……はあ、こういう会話もできるほど、か」

 警戒する必要もない森の中、二人は小さなため息を吐いた。
 それらのタイミングも一致するほどに、二人は並んで歩き続けてきている。

「……、まあ、ねーさんの言うことも分かるんすけどね」
「?」
 マリスが話題を振るのは珍しい。
 エレナは隣を歩く眠たげな眼の少女にわざわざ顔を向けた。
 これは、親密度が上がっているせいだろうか。

「にーさん、確かに強くなってるっすよ。自分たちがいると、絶対具現化を使うだろうし、」
「……ふーん、流石に双子ね」

 そういうエレナも、マリスの推測には同意できた。
 アキラは、自分たちのような存在と共に在れば、あの力を切り札としてではなく、通常攻撃のように扱うだろう。
 そういう見栄を張る男だ。

 だがあの銃を使うと確かに戦いには勝てるが、肩が外れるだけで、なんらアキラの経験にはならない。

「ま、それでも私は、ばんばん使っていっていいと思うけどね」
「……、」
「魔王までの最短ルートがある。それなのに使わないのはおかしいでしょう?」

 エリーの考えも分かる。
 だが、分かった上でなお、エレナはそれが無用だと感じた。

 魔王を倒せば、力を持つ必要はない。
 ならば、最短ルートを探ればいいのだ。

 “単にそれだけを考えているならば”。

「まあ、ねーさんには、ねーさんの考えがあるんすよ」
「……、私にはあの正妻……、アキラにぞっこんって感じに見えんだけど」
「っ、」
 その言葉に、マリスはぴたりと足を止めた。

「ダメ男好きって感じ?」
「また、そういう話っすか」
「あら? 女の子同士の話なんて、こんなもんなんじゃないの?」
「……?」
 エレナは僅かに視線を外し、わざとらしく欠伸をした。

「愛しの彼には自分の思った通りになって欲しぃ~、ってなとこでしょ。この分だと、婚約破棄するんだかしないんだか」
「……、するって、事あるごとに言ってるっすよ」
「……ふーん、」
 エレナの瞳が怪しく光る。

「ねえ、あんたはどっちのクチ? アキラとエリサス。婚約破棄して欲しい方? して欲しくない方?」

 どこか妖艶に。
 エレナは微笑んだままマリスに向かい合った。
 今までの依頼中、ときおりこのような話は出たが、ここまで直接聞かれたのはマリスにとって初めて。
 どうやらエレナは、あのときマリスがした通り、相手の腹の内を探ろうとしているようだ。

「……、エレねーは、どう思ってるんすか?」
「……」
 マリスは、質問を質問で返した。
 自分の答えは出さない。
 ただ半分の眼で、エレナを見上げるだけ。

「……ふ、」
 エレナはさらに怪しく笑った。
 以前、はっきりとアキラを好き、と口にした彼女だ。
 理由は微妙に不順のような気もしたが、彼女にとってその言葉は事実。

 ならば、“アキラを好きならどう思うのか”。
 それが、マリスが知りたい答え。

「私は別に、どっちでもいいわ」
「……、エレねー、それ、ありなんすか?」
「ありよ」
 エレナは大股で木の音を飛び越え、猫のような身のこなしで着地した。

「略奪愛って燃えない?」

 やはりというかなんというか。
 エレナは“しきたり”をほとんど無視している。
 この世界では珍しい存在だろう。

 だが、ある意味、エレナはアキラの理想の女性なのではないだろうか。
 ハーレムが夢、と言っていたのをマリスは正確に覚えている。
 そういう考えを持てる彼女は、もしかしたら、

「ま、アキラも満更じゃなさそうなのよね……、いや、私じゃないわよ。エリサスのこと」
「……、」
 そっちの方は、前から知っていた。
 本人は認めていないのだろうが、アキラは間違いなく、エリーに好意を持っている。
 その好意は、自分やサク、そしてエレナに向けるものと微妙に違うように感じた。

 大方、意識しないように自己を抑制した結果の感情だろう。
 そう考えると、エレナの言葉通り、婚約破棄は一体どうなることだろうか。

「でも、するって言ってるっすよ」
「…………、まあ、あのままじゃ意地でそうするでしょうね」

 そこで。
 ようやくマリスは進路が逸れていることに気づいた。
 自分たちが目指しているのはもっと南の方向のはずだ。

「エレねー、どこ目指してるんすか?」
「え? だからあの夫婦の様子を見に、よ」
「……!」
 エレナに先頭を任せたのは間違いだった。
 いつの間にか、ちらほらと自分たちに怯えて逃げて行くシーフゴブリンが視界に入る。
 そろそろテリトリーが近いのかもしれない。

「エレねー、依頼、どうするんすか?」
「あんだけ殺ればしばらく大丈夫でしょうよ。あんたと違って、私は全滅にこだわらないの」
 口ではそう言っているが、エレナの心変わりの最大の原因は、飽き、だろう。
 クンガコング討伐の依頼は達成していると言えば言えるが、自分たちならもっと完成度の高い依頼達成ができるはずだ。

「ま、サプライズで会いに行くのもたまにはいいでしょ。それに、なぁーんか、不安なのよね……」
「?」
 エレナはのんびりと歩きながらも、目を細めた。

「アキラの奴……、放っておくと、変なことに巻き込まれるし」
「……、いや、それは、そうっすけど、」
 そういう予感は、マリスも、そして、エリーやサクも持っていた。
 アキラは、ご都合主義だとか喜び、厄介事を持ってくる。
 そういう星の下に生まれたから、異世界なんて場所に来ることになったのだろう。

「けど、最近はねーさんもサクさんもずっと一緒にいるんすよ?」
「そうだけど、なんか、そろそろって気がしない?」
「……、」
 確かに、そう思う。
 伝説の武器を探す、と言い出したときから、そういう予感がじわじわと登ってきてはいた。
 本当に、探し当てそうな、そんな予感。
 そしてそれに伴う、トラブルも。

「知らない間にまた女の子増えてる、何てこともありそうじゃない?」

 完全否定ができないエレナの言葉に、マリスの歩幅が微妙に広まった。

「ま、私もこれ以上、変な虫が付かれても、……」
「……?」

 エレナは、垂れ下がった木々を苛立たしげに払いのけ、森の若干開けた場所に一歩踏み出し、そして固まった。

 それとほぼ同時に、マリスの耳に届いたのは、水音。
 目の前の小高い岩山から、チロチロと水が溢れ、その足元に小さな湖を作っている。

 マリスはエレナの脇を抜け、その場に一歩足を踏み出した。
 そこに、

「……!」
「……」

 表情を完全に固めた少女が立っていた。
 青みがかった短い髪に、健康色の肌。
 背丈は、マリスより少し低い程度だろうか。歳も、同じ程度かもしれない。
 僅かに垂れた眼をこれ以上ないほど見開き、じっと二人を見返してくる。

「……」
「……」
「……」

 沈黙は続く。
 エレナがちらりと視線を移せば、湖を囲う岩に干された衣服。
 それもそのはず、彼女は入浴中。
 一切衣服を身に着けていない。
 足を小さな湖につけ、チロチロと流れ落ちる湧き水を頭から被り、きめ細かそうなみずみずしい肌から水滴をこぼれ落としている。

「ぬっ、ぬおうっ!?」
「っ、」
 先にアクションを起こした少女、いや、起こそうとした彼女は、足が滑ったのかジャボリと鈍い水音を奏で、後転。

 そしてエレナが一瞬目を瞑るほど見事に頭を背後の岩山に、ゴチンッとぶつけ、

「きゃふっ!?」

 奇妙な声を喉から漏らし、ぶくぶくと湖に沈んでいった。

「……、どうする?」
「これ、にーさんに話したら、『そこにいるべきなのはお前たちじゃないだろ』、とか言いそうっすよね」
「……はあ、まあとりあえず、引き上げましょうか」

 まさか自分たちの方が見知らぬ女性に出会うとは。
 エレナはとぼとぼと、湖に近づいて行った。

―――**―――

「っ、」
 アキラは脇を絞め、剣をコンパクトに横に振る。

「ギッ、」
 オレンジの閃光一線。
 いつしか湧いて出てきたランドエイプを切り払うと、走ってその場から離れ、再び剣を構える。
 その直後、戦闘不能の爆発が起こった。
 あれに巻き込まれたくはない。

「―――、」
 次は、目の前の赤い魔物、シーフゴブリン。
 またも危険な鉤爪を光らせ、アキラに飛びかからんとしている。
 だが、あの変則的な動きにも大分慣れてきた。

 あとは、隙を作れば、

「ふっ、」
「!?」
 対峙したのとほぼ同時だったろうか。
 目の前のシーフゴブリンはスカーレットの一撃に襲われ、身体を宙に舞わした。

 なら次だ、と視線を泳がせたアキラの目に飛び込んできたのは、イエローの閃光。
 そして、所々で起こる爆発のみ。

 アキラがターゲットを探している間にそれが次々と消え、戦闘は終わったようだ。

「……、あのさ、俺、ちょっとやる気なくなった」
「集団戦でわがまま言わないでよ」
 エリーは、ふう、と息を吐き、アキラに近寄ってきた。
 アキラにしてみれば、先ほど獲物を横取りした相手でもある。

「ま、でも、大分安心できるようになったわ」
「実はお前が離れて戦うようになってから、魔物が嬉々として俺を襲ってくるようになったんだが……、」
 アキラは剣を振って、肩の鞘に納める。
 だが、今回も、魔物を数匹倒すことができた。
 順調に、レベルが上がっている気がする。

「って、サクは?」
「え、ああ、もう入って行ったわよ」
 エリーは軽く手を振るい、目の前の洞窟を見やる。
 小高い山に開けられたその空洞は、シーフゴブリンの巣。
 アキラたちは、もういくつも同じような巣を探索していた。

「……、ダメです。特には何も無いようでした」
 アキラの背丈ほどの入り口から、サクが現れ、小さく首を振る。

 聞いたところ、シーフゴブリンはあらゆるところから物を盗み、その巣に蓄えるという。
 だが、見つかるのは壊れた家具や、彼らの食糧ばかり。
 今回も外れらしい。

「よし、じゃあ、次行きましょ」
「……あのさ、次、俺に探索させてくれないか?」
 さっさと歩き出すエリーとサクを、アキラは引き留めた。
 このままは、何か面白くない。

「は? 何言ってるのよ?」
「いやさ、なんか俺が介入する前に、目の前でどんどん話が進んで行くのが耐えられないんだ」
「えっ、めんどくさっ」
 エリーは顔を歪めるが、アキラにとっては重要な問題だった。
 戦闘も自分を襲う最小限の魔物しか倒せず、攻めに転じようにも、エリーとサクに大多数を倒されている。
 そして、戦闘後に息を整えている間、いつの間にか探索は終了し、機械的に次の巣へ。
 いくつか前の戦闘など、アキラは同じ場所からほとんど動かなかった。
 動く必要のあることは、全てエリーとサクが解決している。

 初の戦闘参加によって気が大きくなっているアキラは、それがむしろ耐えられない。
 自分で、色々とやってみたくなっていた。

「あんた、ひとりでできないもん、とか言ってなかった?」
「戦闘は一人じゃ無理だ。だけど、探索ならいけそうじゃね?」
「……、」
 アキラの見栄っ張りな所が出ている。
 だが、せっかくやる気を出しているのだ。
 ここで抑え込んでも、逆効果だろう。

「……サクさんは、どう思う?」
「……、そうだな……。だが、アキラ様。中は、その、酷いことになっていますよ?」
「……?」
 サクの顔が歪む。
 それと同時に、エリーの顔も。
 エリーも一度、探索のために中に入ってみた。
 しかし、中はシーフゴブリンの糞などの異臭が漂い、とてもじっくり探索する気になれない。
 サクはエリーの心情を察し、率先して巣の探索をしているが、主君のアキラの前でなければ入りたいとは思えなかった。

「何事も経験だろ」
「……、まあ、あんたがやりたいって言うなら、止めはしないけど……、」
「よし、決定」
 アキラは機嫌よく、次の巣を探して歩き出す。
 その後ろを歩くエリーとサク。
 今ではすっかり、アキラに先陣を任せられる。
 ただ、余計なことをしないように全力で神経を張り詰めていなければならないのだけれど。

「随分、アクティブになったな」
「はあ……、油断してなきゃいいんだけど」
 目の前のアキラは、確かに変わっている。
 今までの戦闘では、後ろで怯えたように隠れ回り、そのくせ『行けえぃっ、我が従者たちよっ!!』なんてことを喚き散らしていた。
 それが今はどうだ。
 戦闘参加をすることで、色々と興味が出て、積極的に行動している。
 森の中を歩くのにも、エリーから決して離れようとしなかったというのに、今では先頭で風を切っているのだ。

「教え子の成長は、嬉しくもあり、寂しくもある。そんなことを、私は師から聞いたよ」
「ま、そうかもね」
 不安は拭えないが、確かにサクの言葉は的を射ていた。

 そうだ。
 自分は、アキラの魔術の師。
 だから、アキラには強くなってもらいたい。
 そう思っていたのだ。

「ま、あいつに探索の仕方ってのも教えないとね」
 自分の中の答えを見つけ、強引に納得する。
 それで、いい。
 アキラは、エリーにとって、“弟子”。

 そう考えれば、それでいい。

「……! うおっ、出たっ!!」
 今までよりも険しい岩山の元、アキラはバックしながら走ってきた。
 アキラの目の前には、今まで以上の数のシーフゴブリン。
 ランドエイプも現れ、数体だがクンガコングも姿を現している。

「ひとりでできる?」
「パス」
「あんたも戦うのよっ」

 エリーはそう叫んで、魔物の群れに突撃していく。
 サクも並んで、魔物を攻める。
 後ろは大丈夫。

 アキラは十分、勝ち残れるだろう。

―――**―――

「はっ!?」
 パチリ、という音が聞こえるほど勢いよく、少女は目を開けた。
 エレナとマリスは小さな湖の岩から、立ち上がる。
 ようやく溺死しかけていた女の子が覚醒したらしい。

「あれっ!? 私っ!? あれっ!?」
「とりあえず、落ち着きなさい」
 やはり、エレナの甘ったるい声の対象に女性は含まれていないのか。
 エレナ冷めきった目を、自分の身体を確認する少女に向けた。

「なにっ、なにっ、」
「っ、いいから落ちつけって」
 青っぽい上着とアンダーウェア、そしてハーフパンツ、とボーイッシュな姿をした少女の肩を、エレナはガッと掴んで地面に押しつける。

「なにっ、なにっ、何だぁっ!?」
「黙りなさい。そしてあなた、頭大丈夫?」
「ひどっ!?」
 怯えた表情を浮かべていた少女の瞳が涙ぐむが、エレナの真意はそこではない。

「頭打ちつけて気を失ってたんすよ」
 エレナに任せていては彼女が怯え続けることになるのを見越したマリスが歩み寄った。
 場合によっては、治癒魔術が必要かもしれない。

「んえ? ……って、いづっ!?」
 少女は頭に手を伸ばし、ある一点で背筋を震わせた。
 どうやら、コブができているようだ。

「うう~っ、痛ったぁ……」
「……!」
 その直後、マリスは手を下ろした。
 彼女の手から、スカイブルーの光が漏れ、患部を照らしていく。
 青みがかった短髪と混ざるそれは、水曜属性の治癒魔術だ。

「魔術師?」
「え? ええ、そりゃもうっ、現役バリバリでっ!!」

 声の音量だけなら、エリーと同じかもしれない。
 気を取り戻したばかりだというのにやたらと元気なこの少女は、口調も強く、何が楽しいのかからからと笑う。

「あなた、名前は?」
「おおぅっ、“決闘”ですかっ!?」
「……これ以上喚き続ければそうするわ」
「うけなかったっ!!」
 エレナは耳を両手で軽く塞ぐが、あるいはそれは、ただのポーズというわけではないのかもしれない。

「えっと、ですねぇ……、私はアルティア=ウィン=クーデフォン。ティアちゃん、とか、アルにゃん、とか親しみを込めて呼んでくれると、」
「私はエレナ=ファンツェルン。さ、始めましょうか、決闘を」
「うおおっ!?」
「エレねー、ストップっす」
 エレナの臨界点が、思ったよりも早く来た。
 エレナの掴んだ肩に一瞬ライトグリーンの光が見え、マリスは慌ててそれを止める。
 大音量を前にして、エレナの額に青筋が浮かんでいるような気がしてはなおさらだ。
 殺しかねない。

「自分はマリサス=アーティっす。アルティアさんは、ここで何してたんすか?」
「いや、だからマリにゃん、わっしのことは、ティアにゃんとか、」
「……、エレねー、休みながら交代してくれると嬉しいっす」
「せっ、せめてティアと~っ、」
 思った以上に、自分の臨界点も近かった。
 マリスは、姉の大声で慣れていると思っていたが、目の前のティアは違う。
 単純に、うるさい。

「うるさい女」
「エレねー、そういうのは、心の中だけで言うのが正解っす」
「ひどっ!?」
 変わらず喚くティアの前から、ついにマリスは距離を取り、エレナの相手を託す。
 今度は何が起ころうと、ストップしなくてもいいかもしれない。

「いいから何してたのか話しなさい。一人?」
「それが、聞いて下さいよぉ~、」
 ティアはわざとらしく口に手を当て、まるで内緒の話をするかのように呟いた。

「わたしゃね、朝、何かの物音に目が覚めたんですよ。それがもう、昨日遅くに寝たのにぱっちりと。いやっ、遅くまで起きてたからって、その、えと、あんなことやこんなことしてたわけじゃないですよ? へへへっ、そりゃ、あっしも15ですから、そういうのに興味はあるにはあるけど、あははっ、いやっ、何言わせるんですかっ!! まったくっ、」
「…………、一人称を統一して、あと二十文字以内に説明しなさい」
「無理です。それで、まあ、何かなぁ~と思って居間に行くと、」
「こっ、のっ、」
「エレねー、話は一応進んでいるみたいっす」

 この女を再び湖に沈めて、歩き出す。
 そういう目をしているエレナをなんとかなだめ、マリスは先を促した。
 流石に“勇者様御一行”として、人殺しはまずい。

「何といたんですよっ、不敵に笑うシーフゴブリンがっ!! 町外れとはいえ、町の中にですよっ!! それで私、びっくりしちゃって、もう唖然。寝起きだったし、顔も酷いことになってたんじゃないですかぁ? いやいやいや、あんなに驚いたのは、ちっちゃい頃に、」
「その辺どうでもいいから、さっさと先進みなさい」
 いい加減、時間の無駄だ。
 もし今、ティアから、シーフゴブリンという呼称が出てこなければ、とっくに彼女は湖の底に沈んでいただろう。

「いや、それでまあ、シーフゴブリンもあっしに気づいて、おっ、やんのかこのっ、と思ったら、シュタタッ、って逃げてっちゃって……、でも、それだけならよかったんですよっ! しかし、奴の爪に光る何か。その正体に気づいたとき、あたしゃ再び唖然! まさかそんなことがっ、って感じで、なんとそれは、」
「……、つまり何か盗まれて、それを探しに来たのね」
「おおっ、テレパシーッ!! さっすが、エレにゃ……いだっ、いだいいだいいだいっ!!」
 エレナはとうとう我慢できなかった。
 魔物を平気で絞め落とせる握力で、ティアの口を塞ぎ、そのままギリギリと絞めていく。
 そのくらいなら、と、マリスも動かなかった。

「うっ、づっ、ああっ、顔歪んでませんかっ!?」
「それくらいした方が良かったかしら?」
 エレナから解放されたティアは、蹲って頬をさする。
 その仕草も必要以上にオーバーで、エレナの逆鱗を面白いように撫でた。

「いやいやいや、まあ、そうなんですけど、それで私、賊を追って単身この森へ。そしたらなんと、巣が大量にあるじゃないですかっ! 空の巣とかを探索してたんですけど、巣の中で、見事に転んじまいましてっ、まっ、空いた巣を狙う、まさにっ、空き巣! そんなことするからこうなるんですねっ、なんちてっ、」
「……、それで、身体を洗ってたのね……」
「それは見事なこけっぷりでしたよっ、もう、ビターンッって、いやいや、痛くて痛くて、」
「そのくだり、これ以上掘り下げないでくれる? せっかく私が要約しているんだからさぁ……」
「うわっ、眼が恐い!!?」

 エレナにとって、単純な情報を聞き出すのにこれほど時間がかかったことは初めてだ。
 強いて言うなれば、初めて会ったときのアキラくらいだろうか。

「そだっ、お二方っ、この辺りで、シーフゴブリン見ませんでしたかっ! もう多くて多くて疲れて疲れて眠くて眠くて……、わたしゃどうすりゃいいのか……」
「湖に沈めてあげるわ」
「いやっ、そういうのはっ、ってあれ!? 私服着てるぅっ!?」
 そこでようやく気づいたのか、ティアは身体を振るう。
 髪は若干湿っているが、身体の水気は払われていた。
 簡単に洗ったはずの服も、二人がやったのか乾かされている。

「私が着せたのよ……。あなたの凹凸の乏しい身体にね」
「きっ、気にしてるのにっ!!」
 知ったことか。
 エレナは口を吐いて出そうだった言葉を飲み込み、代わりに優越感を持った笑みで、自分の胸をせり出した。

「っ、ずるいっ!」
「話が進まないわ……。それだけ騒げれば、もう大丈夫でしょ」
「やっぱり牛乳……、ですかっ?」
「さ、行きましょ」
「分かったっす」
「ちょっ、ちょっとおぅっ!」

 これ以上関わりを持ちたくない。
 振り返りながらそう目で訴えたが、ティアは歩き出した二人の前に回り込んだ。

「ここで出会ったのも何かの縁。お二方は、依頼でもしてたんですか? こんな森の深くでっ!」
「違うわ」
「いやいやいやっ、あっしの目は誤魔化されませんぞっ」
 聞こえる大きさで、エレナは舌打ちをした。
 確かに森林の奥で、女二人。
 魔術師の依頼でもなければ不自然なのだろう。

「もしかして、シーフゴブリンを……!?」
「……、当たらずしも遠からずって感じっすね」
 エレナの代わりに言葉を紡いだマリスは、軽く森林を見渡した。
 確かに自分たちは直接受けてはいないが、今まさにシーフゴブリンの依頼を受けた組みに合流しようとしていたのだ。

「実はですねっ、さっきも言ったけど、その、わたしくめは疲れちまいましてっ。そうまさに疲労困憊っ!! でもっ、盗まれたものを取り戻すまで、私の冒険は続くっ!! このまま戻るわけにはいかなくてっ、」
「かわいそうね……。こんなところで死ぬなんて」
「いやいやいやっ、早いっ、早すぎますよっ、その結論っ!! あたしゃ、まだまだ色々と経験したいことがっ、もう五、六ステップ置いてもらっても、きゃはっ、……って、待ってぇぇぇえええーーーっ!!!!」

 後ろから迫るティアを振り払う気力も失せ、エレナとマリスは無言で歩き続けた。

―――**―――

「……、防御って、大切だな……」
 アキラは暗く異臭漂う空間で、むくりと身体を起こした。
 身体は転がり落ちたせいで土に塗れ、両手は頭を庇っていたせいで軽く痺れている。
 背中も、剣が何度もぶつかって、ひりひりと痛んだ。

「おーいっ!!」
 ゴワンゴワン、と、洞窟内にアキラの声が響く。
 しかし、それに応える声は無かった。
 どうやらかなりの距離、落下してきたようだ。
 防御幕の性能の良さに僅かな感動を覚え、しかし身体は震えている。

「……どうするよ、俺」
 顔を絶望に歪ませ、アキラは頭を抱え込んだ。
 つい先ほどまで、魔物を倒して上がっていた士気が、カクンと下がっていくのを感じる。

 今までを遥かに凌ぐ数で現れた魔物の群れを、エリーとサクの二人と協力して倒したまでは良かった。

 問題は、そのあとだ。
 アキラの背丈の倍ほどもある入り口に、意気揚々と踏み入れた瞬間、それは起こった。
 てっきりあると思っていた足場がなく、アキラの身体は闇に消える。

 どうやら入口直前に、地下へと続く大穴が開いていたらしい。
 それが侵入者を防ぐ罠なのかは知らないが、ともあれアキラはその罠にかかり、曲がりくねった坂を転がり落ち、今に至る。

 感覚的には、短い。
 だが、思い起こせばかなりの長さ、転がっていた気がする。

 探索を任された直後の事態に、アキラの顔からは血の気が失せていた。

 さて、どうするか。
 目の前は暗いが、何かがいる気配はない。
 やはり巣の前で倒したのがここにいる魔物全てだったのだろうか。
 だが、前が見えないというのは、洞窟探索には致命的。
 探索用に持っていた松明も、転がってくる途中で手放してしまい、火が消えて、足元で真っ二つに折れている。
 この場で明かりを作ろうにも、火を点ける道具の方もどこかに落としてしまっていた。

 役立たずの松明を放り投げ、アキラは冷や汗を拭って目をつむる。

 このまま救援を待つしかない。
 だが、やはり暗すぎて不安だ。

「……、あれ、俺もしかしていけんじゃね?」
 アキラは手をかざし、神経を集中させた。
 何度も見てきた、エリーのスカーレットの光。
 防御幕ができるのだ。
 それなら、もしかして、今の自分なら、

「……、うおっ」
 一瞬、アキラの手上がオレンジに爆ぜた。
 驚くのも束の間、その光はエリーのように手に留まらず、闇に四散する。
 どうやら、力加減は難しいらしい。

「……、……、……、」
 ボッ、ボッ、ボッ、とまるで火付きの悪いライターのようにオレンジの光がアキラの手のひらでノッキングする。
 いつしか自分がこんなことをできるようになっていることに感動を覚えるも、やはり完璧な照明灯にはならないようだった。

 だが、その、束の間の光。
 それが、断続的にとはいえ、正面の道を照らしていく。

「おおっ、やるじゃん、俺」
 寂しさを紛らわすべくわざわざ呟いた言葉は、洞窟内に小さく響く。
 暗い中で静かにじっとしていては、気が狂いそうだった。

「……、」
 そして。
 何とか自分を保つために動き出したいとアキラが思ったとき。
 自らの出すチカチカとした断続的な明かりが、目の前の道を照らし出した。

 アキラが滑り落ちたその正面、洞窟内に迷路でもあるのか、大穴が、三つほど開いている。

「……、」
 アキラは、その中で真ん中を選び、歩き出した。
 上に昇る術はない。
 ならば、本来の目的の探索を始めるべきだろう。

「で、出てくるなよ~っ」
 身体を強張らせ、アキラは恐る恐る足を進める。

 手には光を、背には剣を。
 それぞれ強く確かめながら、アキラは闇に飲み込まれていく。

 こうして。
 アキラは人とはぐれたときに最もしてはいけないこと、その場から勝手に動き回るという行為を開始した。

―――**―――

「……!!」
「あら?」

 マリスとエレナが、魔物の戦闘不能の爆発を奏でた直後、見慣れた着物姿の少女が木々の間から飛び出してきた。

「サクさん?」
「二人とも、なんでここに!?」
 サクの記憶では、二人はここから距離のある場所で依頼をしていたはずだ。
 自分が全力で走っていた方向で。

 だが、サクの目の前にいるのは、間違いなくマリスとエレナ。
 “二人だけだった”。

「私たちの依頼は終わったから……、見学、よ」
「それより、サクさん一人っすか?」
 そうだった。
 マリスの言葉に事態を思い起こしたサクは、二人に詰め寄る。
 ここにいるなら、都合がいい。

「聞いてくれ、アキラ様と、それに、エリーさんもっ、」
「……、何があったの?」
 エレナの瞳が僅かに冷え、マリスも身を乗り出す。
 サクの慌てようからして、またアキラが何かを惹き付けたのかもしれない。

「それが、アキラ様がシーフゴブリンの巣を探索しようとして、穴に落ちて行ったんだ。そして、エリーさんも私に二人を探すように言伝を残して、滑り降りて行った」
「……」
「……」
「?」

 事態を説明し終えたのにもかかわらず、マリスとエレナは怪訝な顔つきを浮かべたまま。
 驚きこそはすれ、何か、リアクションが乏しい。

「……、サクさん、もしかして、にーさんたちが落ちてったのって、この岩山にあった巣っすか?」
「……? あ、ああ、そうだ」
「はあ……、ちっ、」
 マリスが指差した岩山に頷けば、いつも以上に大きいエレナの舌打ち。

 一体二人に何があったというのだろう。

「実はさ、私たちも探してんのよ。この山への穴への入り口。ちょっと面倒なことになっててね」
「サクさん、前に、にーさんとねーさんがスライムの洞窟に閉じ込められたの、覚えてるっすか?」
「あ、ああ」
 忘れるわけもない。
 アキラとエリーが洞窟に入った途端、落石が起き、穴が塞がれたあの事件を。
 何せ、先ほどアキラの姿が一瞬で消えたとき、そのときのことが脳裏をよぎったのだから。
 もう今後、中の見えないものにアキラを単身乗り込ませないと固く誓ったばかりだ。

「自分たち、たった今、同じようなこと経験したんすよ」
「?」
「そ、うるさいのが一人いてね……、そいつが足を踏み入れた瞬間、ガラララッ、って」
「正確には、自分たちが入ろうとした瞬間に、っす」
 二人は誰かと行動を共にしていたのだろうか。
 いや、今は後回しで構わない。
 重要なのは、この山も、あのスライムの洞窟同様、二人を拒んだという事実。

「それより、ここの入り口、やっぱり一つじゃないみたいね」
「そうっすね……、サクさん、にーさんたちが入った入り口に案内して欲しいんすけど」
「ああ、頼む」
 サクが駆け出し、二人がそれに続く。
 目指すは先ほど、アキラたちが滑り降りて行った穴。

 “これでもう、大丈夫だ”。

「……、」
 そのはず、なのに。
 サクは違和感を覚えた。

 自分は、いや、自分たちは、この二人の力に頼っている。

 自分の主君、アキラの危機。
 それは間違いない。
 メンバー内の“最強カード”を切るタイミングも、ここで間違いはない。

 しかし、やはり言い表せない違和感を覚える。

 あえて言葉を選ぶのならば、主君をまたも守れなかった不甲斐なさ。
 自分は、仕えると言っておきながら、アキラの窮地を救えた試しがない。
 自分の忠誠心は、やはり、形だけのものなのだろうか。

 だがその不甲斐なさも、絶大的な二枚のカードに押し消される。

 そうだ。
 適材適所ではないのだ。
 この程度の危機に、この力はあまりに大きすぎる。
 何の加減もない。
 何一つ苦悩をせず、解決だけが現れる。

「っ……、」
 サクは奥歯をギリッと噛んだ。
 不甲斐なさ、そして、自分の役割がもみ消される恐怖に。
 そんな恐怖の発生源は、他でもない、自分たちの仲間だ。

 だが、それでも。
 今はアキラを救うべきなのだ。
 このカードを切らざるを得ない。

 サクは案内しているにもかかわらず。

 まるで引き離すように、速度を上げた。

―――**―――

「はっ……、はっ……、はっ……、」
 アキラは身をかがめ、洞窟内の横穴に身をかがめた。
 右手には、すでに光を宿していない。
 ただ、自分の存在をもみ消すように、息を殺し、うずくまる。

「……、」
 アキラはちらりと、洞窟の“表通り”に視線を移した。
 そこには、目をギラギラと光らせた、シーフゴブリンが三体、いや、四体だろうか。
 一体を相手にしても、死力を尽くして転がり回らなければならないのだから、アキラに勝ち目はない。
 その上辺りは暗く、まともな勝負になるとは思えなかった。

 ノッキングするように光源を出していたせいで、目はチカチカする。
 だが、その足音が、徐々に近くに来ていることは分かった。
 向こうはまだ、アキラに気づいていないようだが、このままでは鉢合わせ。

 どうする―――

「……」
 アキラは先ほどまで光源になっていた、右手を眼前に広げた。

 “負け”はない。
 この力を使えば、負けることだけは絶対にないだろう。

 だが、“勝ち”はどうだ。
 アキラは左手で壁をさすり、即座にその判断を下せた。
 あのスライムの洞窟同様、壁はごつごつとした仕様になっている。

 勝ちも、ない。
 自分はあの四体を葬ったあと、間違いなくこの壁に身体を打ちつけることになるだろう。

 ここにはいない。
 自分の怪我を即座に治療してくれるマリスも。
 自分を支えてくれるその双子の姉も。
 ここにはいないのだ。

 だから、あの魔物たちとは引き分け。
 これが調子に乗ったペナルティだろうか。

 以前、エリーが、アキラには0か100しかないと言っていた。
 まさにその通りだ。
 アキラの具現化は、威力こそ絶大だが、使い勝手は最悪。

 しかし今、それを使わなければあの鉤爪で自分は引き裂かれるのだ。

「っ……、」
 だが、それを使わないように言った女の子がいた。
 アキラの、“友人”が。

 使うか、使わないか。

 その二つをかけられる天秤があれば、どれほど楽だろう。
 きっと、どちらかに傾いてくれる。
 だが、現実にそんなものはなく、今、自分で決断をするしかない。

 シーフゴブリンたちの足音はどんどん近付いてくる。

 しかし、右手は、

「っ……、」
 もう、こうなったら―――

「―――!?」
 アキラが決断を下す前に、シーフゴブリンたちに何かが突き刺さった。
 一瞬、洞窟の闇がスカイブルーの色に爆ぜる。

 反射的に顔を上げたアキラは、一瞬唖然。
 シーフゴブリンと、アキラを挟んでの反対側。
 手に煌々とした松明を握った青みがかった髪の少女が立っていた。

「ぬおおおっ!!? やっばーーーいっっ、一体だけじゃなかったぁぁぁああーーーっ!!? しかも決まってねぇぇぇええーーーっ!!!?」
 洞窟内に反響するその大声に顔をしかめ、アキラは横道から顔を出してその少女の向いている方を確認。
 そこには、足元を途端削られ怒りをあらわにする先頭のシーフゴブリンと、同じくいきり立つ背後のシーフゴブリンたち。

 どうやら不意打ちに失敗したらしい少女は洞窟内に声を何度も響かせ、身体を震わす。
 その姿に、シーフゴブリンたちは醜い顔をさらに歪め、長い手を伸ばして鉤爪を少女に向ける。

「っ―――」
 少女に跳びかかろうと、シーフゴブリンたちはじりじりと距離を詰めていく。
 間もなくアキラの横穴を通過するだろう。
 だが、その少女は、松明をぎゅっと握ってその場から逃げようとしない。

「よっ、よっしゃあ、来いやぁっ!! 倒すっ、それはもうっ、倒すともっ!!」
 洞窟に響く声が虚勢を張っているのは、アキラにもすぐに分かった。
 そしてその言葉が、シーフゴブリンたちに挑発として受け取られていることも。

「っ、」
 少女もそれに気づいたのか、松明を左手で強く握り、右手を差し出す。
 そして、手を銃のように形作り、人差し指をシーフゴブリンに再び向けた。

「シュロートッ!!」
「……!!」
 次の瞬間、少女の指からスカイブルーの閃光が走った。
 横穴にいるアキラからは、その軌跡が確かに見える。
 その攻撃は、今度こそシーフゴブリンを正確に捉え、身体を弾き飛ばした。

 飛ばされた先頭のシーフゴブリンは、僅かに身体を震わせ、小さな爆発を起こす。
 詠唱を付した彼女の一撃は、エリーたちと同程度以上あるらしい。

 だが、

「っしゃあっ!! どんなも……、って、いっぺんにはダメぇぇぇええーーー!!」
 残った三匹は、仲間を屠られた怒りそのままに、同時に少女に押し寄せる。
 声は相変わらず大きいが、顔は蒼白。
 間違いなく、危機が迫っている。

 ならば、

「っ、―――」
「―――!?」
 シーフゴブリンが横穴から見えた瞬間、アキラは剣を横なぎに振った。

 そして同時に込める、日輪属性の魔術。
 目の前の標的目前にして、シーフゴブリンは洞窟に爆ぜるオレンジの一閃に捉えられた。

「ギギッ!!?」
 二体。
 アキラは横穴から飛び出て、シーフゴブリンに対峙し、状況を把握する。
 幸いにも、アキラがタイミング以外合わせなかった攻撃は、シーフゴブリンの二体を葬ったらしい。
 仲間の爆発に、残る一体は跳ぶように一歩退き、アキラと対峙する。
 先ほどまで四体で絶望的だったが、今なら勝機があった。
 洞窟の広さも、剣を振るうに問題はない。

「きっ、来たぁっ、助かったぁっ!! ここでまさかの助っ人ぉっ!!」
「っ、お前、下がってろっ!!」

 確かに真剣にやっているときに、後ろでチャチャを入れられると気分が悪い。
 つい先日まで自分は向こう側だったのだと僅かに脳裏に浮かぶが、すぐに追い出す。
 今は、目の前のシーフゴブリンだ。

 後ろの少女の松明のお陰で、醜く歪む顔つきも、危険に光る鉤爪もよく見える。

「ギッ!!」
 そのシーフゴブリンが、アキラ目指して跳ぶ。
 流石に洞窟内ということもあり、身体は広げ切っていない。

「っ―――」
 伸びてきた長いリーチの攻撃を、アキラは剣でいなしながら回避する。
 流石に避け切るのは不可能だ。
 転げようにもここは洞窟内。限界がある。

 魔物の鉤爪がガチガチと剣に当たり、洞窟内に反響してく。

「ギッ、ギッ!!」
「っ、」
 一歩ずつ後退するアキラ。
 ほぼ直線に並んで単調な動きしかできないアキラに、シーフゴブリンは攻撃がしやすそうだ。

 だが、思い出せ。
 サクはこういうシチュエーションでも、戦ってきたと言っていた。
 自らの愛刀がその長さゆえ完全に振れない状況での戦いを、彼女は語ったはずだ。

 そのとき、自分は何を習ったのか。

「っ―――」
 一つは、この場からの離脱。
 自分の有利な場所に相手をおびき寄せること。
 だが、それは無理だ。
 ここはシーフゴブリンの巣。
 アキラは当然、自分にとって有利な場所がどちらにあるのかを知らない。

 なら、次は、

「っ、」
 ついにアキラは、少女の元まで下がらされた。
 目の前には、未だ怒りに震えるシーフゴブリン。
 このまま下がり続けるわけにはいかない。

「ギッ!!」
「っ―――」
 腕が直線に延びてきた瞬間、アキラは横に跳び込んだ。
 身体を壁に突撃するようにして直線の攻撃をかわし、すぐさま剣を振りかざす。
 やはり、そうだ。
 自分の動きが“場”によって単調になっているということは、相手にも制限がかかっている可能性もある。

 現にシーフゴブリンは、外で見た鞭のように腕を振るう攻撃が繰り出せていない。

「悪いな―――」
 今、目前には片腕を伸ばしきったシーフゴブリン。
 もう片方の腕より、遥かにアキラは速く動ける。

「決め―――」
「シュロートッ!!!」
 アキラが剣を振ろうとした瞬間、シーフゴブリンは吹き飛んだ。
 完全にアキラに意識を向けていた魔物を襲う、スカイブルーの一撃。

 それをまともに受け、シーフゴブリンは仰向けに倒れ、即座に戦闘不能の爆発を起こした。

「いよっしゃあっ!! 見たかぁっっ!!」
 目の前の少女は高らかにガッツポーズ。
 そのまま駆け出しそうな勢いで身体を踊らし、松明もブンブンと振る。

「いやいやっ、マジ助かりましたっ、ちょーかっこよかったですっ!! 不覚にもわたしゃ、ときめいてっ、キュンっと、」
「……嫌いだ、お前なんか」
「うわっ、いきなり振られたっ!!?」

 せっかくの見せ場が消失し、アキラは哀しげな瞳を目の前の少女に向ける。

 その邂逅を、松明だけがメラメラと写していた。

―――**―――

「あ、の、バカ……!!」
 エリーは足元の折れた松明をスカーレットの光で照らし、苦々しげに呟いた。
 松明が落ちていた以上、アキラがここにいたのは間違いない。
 大方、魔力で明かりをつくり、歩いて行ったのだろう。
 防御幕ができた以上、その程度のことは自力で編み出したに違いない。

 何で動き回っているのか。
 自分は慎重に坂を下ってきたというのに、アキラの方はずんずんと先に行っている。
 本当に、手間のかかる“弟子”だ。

「……、」
 エリーは目の前の穴を照らす。
 枝分かれした三本の洞窟の道。
 エリーは一瞬迷ったのち、真ん中の道を選んだ。
 あいつのことだ。
 どうせ真ん中だろう。

「……」
 早く、アキラを見つけなければ。
 アキラは今、確かに成長している。
 だが、それはあくまで一般的なもの。飛躍的に力を高めたわけではない。

 そうしたとき、最も危険なこと。
 それは、調子に乗ることだ。
 強くなったと高をくくって油断し、そして、

「……っ、」
 その想像がアキラだけに容易に想像でき、エリーは身体を震わせた。
 “弟子”だから。

「……」
 ただ、それ以上に気がかりなこともある。
 あの男に、“負け”はない。
 絶体絶命となれば、この岩山総てを消し飛ばす術を持っている。
 そのとき、後ろには何があるのか。

 自分はいない。
 マリスもいない。

 あの男は、壁に身体を、もしかしたら頭を打ち付ける。
 エリーはちらりと岩肌の壁を見る。
 あの衝撃でぶつかって、無事で済むとは思えなかった。
 それは、まずい。
 “弟子”だから。

「っ、たくっ、……!!……」
 エリーの歩幅が長くなった瞬間、スカーレットに照らされた岩陰に、何かが映った。

「ギッ……、ギッ……、」
「っ、まだいるの……!?」
 一瞬期待し、しかし現れたのが醜いシーフゴブリンだと知ると、エリーの目が冷えていく。
 やはり巣の中。
 シーフゴブリンはまだまだいるようだ。
 そうとあっては、余計な時間を取られている場合ではない。

 岩陰から現れた数、三体を確認すると、エリーは全身に魔力を纏い、それに飛び込んで行く。
 ほとんど動く間も与えず、それら全てに拳撃を打ちこむと、そのまま走り去るようにその場を離脱。
 後ろから聞こえてきた爆発音にも、何の感慨も湧かなかった。

 今は、シーフゴブリンの相手を慎重にしている場合ではない。
 あの程度の相手は、取るに足らない存在なのだから。
 一刻も早く、アキラを見つけなければ。

「……っ、」
 走って二股に分かれた道に到着すると、一旦止まり、息を整える。
 危ない。今の自分は、冷静ではなかった。
 高をくくるといえば、自分もそうだ。
 敵がシーフゴブリンといえども、ここはその巣。
 何体で、どのように、襲いかかってくるかも分からないのだ。
 狭い道で挟まれでもしたら、危険だろう。
 冷静になる必要がある。

「……、」
 どうも自分たちは、起こる事象に対して楽観的すぎのような気がした。
 ごり押しで旅を続け、安全面はあまり考えずに割のいい依頼を片っ端から受け、そして進む。
 調子に乗りやすい、と言い換えられるかもしれない。
 アキラだけでなく、メンバー全員が。

 確かにアキラがいの一番にご都合主義だと騒ぎ立てているのが主たる理由だが、他の者たちも、そういうものか、と納得している。
 今朝の武器の話も、その存在があるかどうかのみを考え、それに伴う危険を一切考慮しなかった。

 それは、おそらく、リスクをリスクと全員が思っていなかったからだ。

 自分たちは、危険を冒してあるかどうか分からない武器を探しに来ている、と、“思っていない”。
 魔物の巣を探索することを、危険と認識してさえいないのだ。

 エリー自身、結局は探すだけなら、と納得していた。
 だが、そもそも、探すという行為は危険極まりない。

 それこそ、アキラがいきなり消えたように。

 やはり、それも、あの“三つの要因”が、認識能力を麻痺させているからなのだろうか。

「……?」
 そうしたところで、エリーはようやく、この洞窟の異変に気づけた。
 シーフゴブリンの巣にあった、悪臭が、しない。

「……、」
 エリーは眉をひそめ、改めてこの洞窟を見やった。
 大きすぎる。

 シーフゴブリンは、そこまで大群で行動しない。
 現に自分たちが潰してきた巣も、この通路の一端程度ではなかったか。

 それなのに、何故、

「……」
 エリーは警戒を新たにした。
 また、何か妙な事態が起こっているような、悪寒。

 スカーレットの光で闇をかき消し、エリーは二択の道を選んで進む。
 するとまた、枝分かれした道。
 ここは迷宮か何かなのだろうか。
 故意に、侵入者が迷うような造りになっているような気がする。

 明らかに、シーフゴブリン以外の何かの介入。
 それが存在していた。

「……」
 エリーは慎重に、歩を進めた。
 これは、また、

「……!」
 エリーは、角を曲がったところで、スカーレットの明かりを消した。
 必要がなくなった。
 なぜなら通路はすでに、輝いている。

 これは、魔力。
 自分と同じ、スカーレットに輝く空間が奥にあり、その光がここまで漏れていた。
 いや、同じではない。
 エリーの煌々とした赤ではなく、“赫”。
 毒々しいその光が、まるでエリーを誘うかのように奥から伸びてきている。

「っ、」
 これは、危険だ。
 エリーは即座に判断した。
 足は震え、脳は撤退を強制させる。

 この先に、行ってはいけない。

 頭が導き出した答えを、エリーの身体は全面的に肯定し、今まさに引き返そうとした瞬間、

『ここまで来たんだ、行くしかない。そうだろう?』

 洞窟内に、声が響いた。
 男の声、だろうか。
 反響するそれは不気味に低く、それでいて、洞窟内を一気に縛りつけるかのように鋭い。

 完全に、目を付けられた。
 それも、“知恵持ち”に。

 今から引き返そうにも、もう遅い。
 エリーが逃亡すれば、間違いなく相手は追ってくる。そういう声をしていた。
 この声には逆らえない。
 低さゆえの強制力があるそれに、エリーはゆっくりと、僅かにでも時間を稼ぐように一歩ずつ足を踏み出す。
 身体は冷え切り、頭は何も考えられない。

「っ、」
 エリーは、感覚的にはあっという間に最後の角に到着し、赫の部屋に足を踏み入れた。

「……!!?」
 そこは、赫だけではなかった。
 巨大なホールのような空間に、金と銀の財貨がうず高く積まれている。
 シーフゴブリンが集めた宝だろうか。
 これだけで、一国を買えると錯覚を起こしそうなほどの、財。
 また、それだけにとどまらず、見た者総てを魅了する精緻な武具も、ぞんざいに転がされている。

 “だが、そんなものはどうでもよかった”。

 問題なのは、その全てを見渡し、横顔から光悦の表情をうかがわせる“一人の男”。

「どうだ。美しいだろう」
「……、」
 当然のように語りかてくる男に、エリーは何も返せなかった。

 後ろ姿だけなら、ただ赫いマントを羽織っているだけの背の高い男にしか見えない。
 だが、注視すると、その男の耳は先が尖り、髪は純金色。

 この、出で立ちは、

「よく来た。魔王様直属―――リイザス=ガーデランの第七十二番宝庫へ」
 振り返った男の顔は、皮膚の色がそもそもそうなのか、赫く、目つきも口元も釣り上がっていた。
 黒で塗りつぶしたような眼球は、その異様さに、人の身体を震わせる。

 それは、エリーにとって初めての―――

「っ、―――」

―――“魔族”との邂逅だった。

―――**―――

「いやいやいやっ、わたくし真っ逆さまに穴に落ちましてまさに絶体絶命っ!! そんなときっ、シーフゴブリンが落としたのか盗んできたのかは知りませんが足元に松明が落ちているではないですかっ!! これぞ神のお導きっ! わたしゃすぐさまポーチから火点け具を取り出しカチッとな。そしたらもううはうはですよっ!!」
「……」
 マシンガンのような言葉を浴びながら、アキラはアルティアと名乗った少女の話を頭でまとめていた。
 どうやら彼女は、自分と同じように仲間と逸れたらしい。
 しかも、方法も同じ。
 シーフゴブリンの巣を探索しようとして、だ。
 このシーフゴブリンの巣は、どうやら入口がいくつもあるほど、巨大のようだった。

「しっかし、驚きましたっ、先ほどの不意打ちっ! 私の位置からだとっ、こうニョキッと剣が岩から飛び出てですねっ、」
「あ、ああ……、」
 洞窟内の大声を響かせ喚き続けるアルティアを見ながら、アキラはさらに思考を進めた。

 松明でメラメラと照らされる彼女の顔つき。
 絶世の美女、とは表現できない。だが、可愛いと言えるだろう。それも、普通のラインを保った。

 彼女も異世界万歳ご都合主義による攻略対象キャラクターだろうか。
 どちらかと言えば、攻略対象というより、攻略ルートのないヒロインの友人、という感じもするが、二次小説当たりには彼女をヒロインとしての話も出るだろう。

 だが、出会ったばかりでこれほど喚き立てるとは。

 いや、待てよ。
 アキラは思考を進める。

 そうか、頭が残念な元気な子。
 これだ。
 これならば、十分に、ヒロインとしての地位を守れる。
 なるほどなるほど、そういうことか。
 あとは少しでも、深い話があれば大丈夫だ。

 だが、もし、そうだとするならば、

「……あ、俺、自分の思考が嫌いになった。この脳、腐り始めてる」
「どうしたぁっ!? なにっ、なにかぁっ!? 私がうるさいからかぁっ!?」
「自覚はあったのか……!!」
「ひどっ!?」

 横を歩くアルティアは表情豊かに頬を膨らませ、しかしからから笑っている。
 耳は痛いが、アキラにはそれが魅力的に見えた。
 こういう風に、感情を表に出してくれるのは、親しみやすい。

「いや、やっぱ、主人公には必要だな……、日輪のスキル」
「おおっ?? やはり先ほどのオレンジ―――」

 オーバーに両手を広げた元気な少女が、その直後、アキラの視界から消えた。
 そして彼女の声に変わって洞窟に響く、びたーんっ、という音。

 アキラは足を止め、身体を震わせた。
 隣には、松明を放り投げ、地面に飛び込んだアルティア。

 まさか、彼女は、

「うわわぁっ、またやったぁっ!? 恥ずかしぃーーーっ!!」

 ドジ、なのか。
 完璧だ。ドジっ娘とは。
 ここまで完璧だったなんて。

 久しぶりのご都合主義展開。
 やはり、異世界は素晴らしい。
 実在しないような要素を持った女性が溢れている。

 黙々と剣や魔術の特訓をしていたかいがあった。
 この出会いを、神に感謝しなくては。
 やはり異世界漂流物の主人公はこうでなくてはいけない。

 だが、

「……あっ、」
「……!」
 ふっと、洞窟が暗くなった。

 ドジっ娘が投げ出した松明がかき消えたの気づくのに、アキラはしばし時間がかかった。

「きっ、消えたぁぁぁああーーーっ!!? やべーぜアッキー、どうするよっ!?」
「……おっ、落ち着けって、多分、この辺に、……あった、」
 唯一の光源が消えたことに僅かに焦りながらも、アキラは残像を頼りに松明を拾い上げた。
 妙な呼び方をされた気もするが、この際どうでもいい。

「おおおっ、流石だぜぃっ、頼むっ、私に明かりをっ、プリーズ!!」
「いや、実は俺、どっかに道具落としてきてさ、」
「おおっ、気が合うねぇっ!」
「……、……、…………!!?」

 暗がりの中の会話を、アキラが理解するのには先ほどよりもさらに時間がかかった。
 輪郭だけ見える少女の笑顔が、固まっていくのも感じる。

「アッキー、マジっすか」
「こっちのセリフだ」

 ドジというものは、現実に存在すればただの厄災なのかもしれない。
 現実と理想のギャップにアキラは頭を抱え、渋々手に魔力を集めた。
 するとノッキングするようにオレンジの光が現れる。
 松明と違い、目が痛くなる光だ。

 絶対に、視力が悪くなる。

「流石ですねぇっ、アッキー!!」
「……え、……だっ、だろっ、そうだろっ!?」
 新たな光源を得たアルティアと、その行為を褒められたアキラの頬は緩む。
 やっぱりそうだ。
 自分はすごいのではないか。
 先ほどもオチがついたとはいえ、シーフゴブリンを二体葬っている。

 座り込んだままの少女に、にこにことした顔を向けられ、アキラは気分が良くなった。

「いや、アルティア、癒されるわぁ……。お前と同じ音量の奴いるんだけどさ。そいつから飛んでくるのは、びっくりなことに全部怒号なんだ」
「おおっ、お役に立てて光栄ですよっ! でも、あっしのことは、ティアちゃん、とか、アルにゃん、とか、親しみを込めてっ、」
「悪い、さっきも言ったけど、それだけは無理なんだ。人として」
「うおおっっ!? 人としてっ!?」
 いくら癒されるとはいえ、それだけは無理だ。絶対に。

「せめてティアと、ティアと~っ!!」
 アキラはオレンジに輝く右手を前に突き出し、歩き出す。
 やはり目はチカチカするが、今は自分がしっかりとしなくては。

 ここは、まだまだ敵地。
 油断はできない。
 自分がふざけていては、この組は壊滅するだろう。
 ティアはアキラのカンフル剤として、役に立っていた。

「あ、でも、そういえば、……うおっ!?」
 その、アキラの隣。
 跳び込むように並びこんだティアは、途端うずくまった。

「どうした?」
「い、いだっ、いだい……っ、」
「!」
 アキラが右手を向けると、ティアは自らの膝を、涙目でさすっている。
 注視すれば、そこはすり向け、血が流れていた。

「っ、」
 アキラはポケットに手を入れ、中を探った。
 何か、傷口に当てられるようなものを、

「……!」
 だが、その必要はなかった。
 ティアの手のひらからスカイブルーの光が漏る。

 その光は、マリスのシルバーの光のように患部に張り付き、傷を徐々に癒していった。

「……、ティア。お前、治癒魔術が使えるのか?」
「おうともさっ!!」
 あっという間に傷は塞がり、ティアは跳び上がらんばかりの勢いでぴょんと立つ。

「……、脱臼とか、治せるか?」
「んえ? そりゃ、一発ですよっ! ぽぽぽんっ! とねっ、あたしにかかって治せないのは、お、ん、な、の、こ、の、い、ち、ど、だ、け、の、き、ずっ、……きゃはっ、って何言わせんですかっ!!」

 変わらず笑うアルティアの言葉を半分以上聞き流し、アキラはその肩をガッと掴んだ。

「んええっ!?」
「安心しろ。俺とお前の平和は約束された」
「うわわっ、告られたっ!? いややっ、どうしよっ、」
「っ、そうじゃなくてっ、とにかく、見てろよ―――」

 これは仕方ない。
 そのはずだ。
 アキラは誰に対してか、心で何度も言い訳を繰り返し、右手をかざす。

 そして、今まさに、突貫工事を開始しようとした瞬間、

「―――!?」

 洞窟内に、爆音が響いた。

「なん、だ……!?」
「……、あっち、ですかね……!?」
 ティアも流石に神妙な顔つきになり、感覚的に音が聞こえた方向を指差した。
 アキラはそれを追って明かりを照らすも、断続的なオレンジの光の先には、やはり洞窟の壁がある。

「……、行く、ぞ」
「マジですかっ!?」
 アキラは惹き付けられるように、走り出した。
 何か、嫌な予感がする。

 背筋が冷めきり、汗が伝う。
 シーフゴブリンが潜んでいるかもしれない岩陰を無警戒に駆け抜け、ただただ音のした方へ。

 この悪寒が、外れてくれていることを願いながら。

―――**―――

「……で、どう思う? 私の財をっ!!」
「か……は……っ、はっ、」

 エリーの眼前、魔王直属、リイザス=ガーデランと名乗った魔族は、仰々しく手を広げ、赤いマントをはためかせた。
 金の装飾が施された鎧のような服装から、赫い皮膚を覗かせている。

 ギロリと、禍々しくも鋭い目つきの顔は、私欲に満ちた光悦。
 その顔を、身体を震わせ倒れ込んでいるエリーに向け、質問への返答を待っている。

「っ―――、」
 エリーは身体を強引に起こし、膝立ちになる。
 まずい。
 あの男から発された魔力を受けて、まだ立ち上がれない。

「早く起きろ。私は感想を聞いている」
 ガラガラと集めた宝が崩れ落ちるが、リイザスは目もくれず、ただただ見下ろしている。

 赫と、金と、銀の世界。
 そこは、今、エリーにとって地獄のような空間だった。

「だから、盗んだ物、でしょう?」
「……、」
 リイザスは、パチンと指を弾いた。
 するとリイザスの周囲に、一抱えほどある赫の球体が一つ浮かび、ふわふわと漂い始める。
 これは、さっきの、

「アラレクシュット」
「……!」
 襲いかかる球体を前に、エリーは震える足を強引に立たせ、その場から離れた。

 しかし、漂う球体は、ふわふわとエリーを追尾し、背後に迫る。

「っ……」
 この、追尾型の魔術は、避けきれない。

「―――」
 エリーはその魔術の前に構え、腰を落とす。

 生半可な攻撃では無理だ。
 やはり、上位魔術で消し飛ばすしかない。

「スーパーノヴァ!!」
 詠唱魔術を附した拳を、目の前の球体に突き出した。

「―――っ!!」
 エリーの拳が命中した瞬間、球体は赫く爆ぜ、目の前の景色を一色に染めた。
 鼓膜が破れたかと錯覚する轟音と、拳への激痛。
 その衝撃に吹き飛ばされそうになるも、エリーは魔力で身体を守り、踏み留まる。

「ほう……、」
 リイザスはその様子を感慨深げに眺め、それでもその光悦の表情を止めない。

「まあ、一つ目くらいは何とかしてもらはなければなつまらんな」
「……!?」
 エリーは目の前の自分の影が強くなったのを即座に察し、伸びのくように振り返った。
 その眼前、再び赫の球体が浮かび、エリーに迫ってくる。

 上位魔術は間に合わない。

「ノヴァッ―――っ!?」
 先ほどの一撃で痺れた右腕を庇い、左手でそれを殴りつける。
 しかしその直後、やはり球体は赫に爆ぜ、エリーの身体を吹き飛ばした。

「っ、あっ、うっ、」
 これは、火曜属性の魔術攻撃のようだ。
 エリーが触った直後、蓄えられた魔力が爆ぜ、インパクト時に集中して威力を高める。
 触ってはいけないその球体は、対象を追尾する爆弾といったところか。

「……で、どう思う? 私の財をっ!!」
 倒れ込んだエリーに、リイザスは再び同じ言葉を投げかけた。
 これで、三度目。
 最初の返答も、二回目の返答も、リイザスは聞き流し、魔術を飛ばしてきた。
 まるで、屈服を迫るように。

「っ……、」
 エリーはボロボロの身体を動かせず、顔だけ上げてリイザスを睨んだ。

 次元が、違う。
 リイザスはあの場を動かず、いや、戦闘にさえ集中せず、財を眺めながらエリーに魔術を飛ばしているだけだ。
 赫い皮膚を囲った黄金の鎧は、同じく赫く光り、相手に差を見せつけているかのように傷一つついていない。

 だが、歴然としてその差がある。

 やはり、“魔族”。
 エリーはその知識を呼び起こしていた。

 あくまで使い魔にすぎない魔物とは隔絶した力。
 激戦区でもまれにしか姿を現さない、諸悪の根源。
 そして、“魔王”になりうる存在だ。
 膨大な魔力を蓄え込み、その総量は人間とかけ離れている。

 しかも、“魔王直属”。
 歴代の魔王の中にも同じ魔族を従えた者はおり、その地位は、期待を裏切らないほどのもの。
 歴史の中でも、魔王直属の魔族を倒すことは、魔王攻略の絶対条件とまで言われている。魔王の力を凌駕する者も軍門に下っていたこともあるそうだ。

 それが、今、目の前に。

「金、銀、財宝……、それは素晴らしい」
「……?」
 エリーが声も出せずにもがくのを見て、リイザスは低い声をホールに響かせた。

「シーフゴブリンなどという下等な存在にも、その尊さが分かるほどに」
「……っ、」

 やはり、だ。
 この財宝は、この魔族が指示してシーフゴブリンに集めさせたもの。

「魔界にも、等しく金は存在する。その魅力は、万物を超えて共通だ」
 リイザスは目つきをぎらつかせ、周囲から奪い尽くした宝を眺める。

「逆に、感情などは無に等しい。分かるな?」
「……、」
 エリーは身体に神経を巡らせ、状態を確認する。
 駄目だ。
 まだ動けない。

「下等な者は、感情にすがろうと下らんことを言う。あらゆる感情は、必ず裏切る。“財欲”こそ、あらゆるものが最後に到達する真理」
 だからこの魔族は、その欲望そのままに、財を集めているのだろうか。
 仰々しく語らうリイザスの表情は、私欲に塗れている。

「っ……、」
「そう睨むな。別に私はお前を殺すつもりはない。平和的に解決しようとしているだけだ」
「……?」
 魔術で痛めつけておいて何が平和的なのか。
 リイザスは赫い顔でエリーを見下し、睨みを効かせた。

「分かるか? 私が欲しいのは、“財”。すなわち、お前の持つ財を総て置いて立ち去れば、それで私の欲は満たされる」
「……!」
 この魔族は何を言い出しているのか。
 人間に憎悪を抱いている魔族が、人間を見逃すなどとは。
 だが表情は、嘘を言っているようには見えない。

「命など、とるに足らん。摘めば財を集める能力さえ失ってしまうのだからな」
「……!」
 リイザスの眼が、僅かに殺気を帯びた。
 そこで、ようやくエリーもリイザスが屈服を迫るように攻撃してきた理由が分かった。
 単純に恐怖を刷り込み、財を差し出すようにする。
 リイザスにとって、人間の命などどうでもよく、財さえ手に入れられれば十分なのだろう。

 “財欲”への追及。
 それが、リイザス=ガーデランの意思。

「っ……、くっ、」
「動けんか? では、しばし時間をやろう」
 リイザスは沈黙し、蠢くエリーを見下し続ける。
 だが、エリーの身体は、例え総てを差し出そうとしても、立ち上がることもできない。

 これでは、やはり、殺される。

 もしかしたら、この金品や武具は、ここに迷い込んでしまった者たちが置いて行ったものかもしれない。
 命を財で買った者たちが。
 身ぐるみを剥がされ、戻った者たちは何を思ったろう。

 きっと自尊心を傷つけられた。
 だが、命は助かったのだ。

 “戻れた人たちは”。

「……、」
 エリーは一瞬、自分の財の感触を確かめた。
 メンバーの貯蓄が入っている。

 だが、駄目だ。
 渡したくない。
 自分は、勇者様御一行の一員だ。
 魔族に屈することは、絶対にできない。

 しかしそれでも、この恐怖から救われるのならば、と脳裏にちらつく。

「……、」
 でも、駄目だ。
 渡せない。
 何より、プライドにかけて。

 この場にいない者は、財で解決できるなら安いもの、と言うだろう。
 だが、一度でもそうしてしまえば、渡した者のプライドは切り裂かれる。

 “師匠”として、それだけはできない。

「まだか? 加減を間違えただろうか……。あと僅かなら、時をやろう」

 ここに。
 マリスやエレナがいればどうしただろう。

 エリーの脳裏に、メンバーの最強コンビが思い浮かぶ。

 リイザスを倒していただろうか。
 だが、自分はそうできない。

 “勇者様”はどうだろう。
 エリーの脳裏に、メンバーの最強カードが思い浮かぶ。

 もうすでに洞窟ごと消し飛ばしているかもしれない。
 だが、自分はそうできない。

 自分が助かる道は、財を差し出すだけ。
 しかし、そうして戻った自分を、彼らはどう受け止めるだろう。

『お前じゃ仕方ない』

 ゾワッ、とエリーの背筋が寒くなった。
 どこか慰めるような視線で、そう発しそうな男が思い浮かんだ。

 それが、一番、恐い。

「……、っ、」
「泣くほど悔しかろうと、財で解決すべきであろう? 残り―――っ!?」
 カウントダウンを始めようとしたリイザスの身体が、突如弾き飛ばされた。
 鋭く走った光は、スカイブルー。
 その事態に、エリーは肘を付いて身体を強引に起こした。

 今のは、一体、

「どうだ見たかぁっ!! カツアゲやろうっ―――って、決まってねぇぇぇええーーーっ!?」
「……、」
 胸に被弾したスカイブルーの攻撃に身体を弾かれたリイザスは、ただ静かに、大声が飛んできた方向を見やる。
 そこは、倒れたエリーの背後。

「っ……?」
 エリーも事態の把握に努めようと身体を蠢かせる。

 しかし、

「……!」
 その前に、身体は起こされた。

「ちょっ、お前っ、『絶対決めるっ!!』って言ってただろっ!?」
 アキラは、エリーの身体を労わるように抱え、エリーの後ろに叫ぶ。

 見られたく、なかったな。
 エリーか細い声で、聞こえないようにそう呟いた。

「っ、おいっ、大丈夫か!?」
「あ、っ……、うっ、」
 エリーから返ってきたのは、痛みをそのまま表現した嗚咽。
 ところどころ身体が焼けただれ、衣服も各所が弾けたように破れている。
 だが、アキラはそこよりも、エリーの表情に目が引かれた。

 この表情は、あのときとほとんど同じだ。
 向こう側に行かないでくれ、と懇願された、あのときと。

「っ、とにかく、早く、」
「私にっ、ま、か、せ、と、けぇぇぇええーーーっ!!!」
 アキラが視線を泳がした瞬間、叫び声と共に慌ただしい駆け足が近づいてきた。

「てやっ!!」
 ティアはエリーに手をかざすと、スカイブルーの光を漏らした。
 これは、治癒魔術。
 焼けただれた身体に、冷却される心地よい感触が走り、痛みが徐々に引いていく。

「っ、ありがっ、って、……あなた―――」
「っ、って、お前足止めだろっ!?」
「ぬっ、ぬかったっ!!」

 エリーの声はアキラにかき消され、現れた少女も叫ぶ。
 一体誰だ、この女は。
 またアキラが、何か余計なものを惹き付けたような気がする。

「っ―――」

 アキラはエリーをティアに任せ、即座に立ち上がった。
 入り口でティアと身を隠して見ていた、エリーを襲っていた奇妙な男を。

 “計画通り”なら、あの男は倒れていたはずだ。

 到着後、すぐにでも飛び出そうとしたアキラを、ティアが一撃で倒すと宣言し、引き留められたのだが、攻撃は耐えられた。
 第二段階として足止めを任せてエリーに駆け寄ったが、ティアは何故かここで治癒魔術を行っている。

 結局そのまま乱入したのと変わらない状況で、アキラは目の前の男と対峙することになっていた。
 男は、ただただ立ったまま、静かに顔を伏せている。

 金と銀の、赫い世界。
 そして、目の前の異様な男。
 人間の姿をしているが、明らかにそれではない。
 無意識のうちに汗が滴り、防衛本能か、無意識のうちにアキラは剣を抜いていた。

 だが、身体は冷えていく。
 正体は不明だが、目の前の敵が、エリーを、

「そっちは任せたっ、アッキーッ!!」
「てめっ、ちょっと黙ってろっ!!」
「―――っ、もう、大丈夫っ!」

 眼前でホールに響くような大声を上げられ、エリーは立ち上がった。
 身体はすっかり元通り。
 だが、やはり、目の前の女が何者なのか分からない。

「……、よく来た。魔王様直属、リイザス=ガーデランの第七十二番宝庫へ」
「……!」
 エリーは、リイザスの言葉に、身体が震えた。
 先ほども聞いた、客人を招くような台詞。
 だが、その声の質は、先ほどまでより遥かに冷めきっている。

「おおおぅっ、まっ、魔族っ!? やはりかぁぁぁああーーっ!!?」
「そっ、そこのっ、……五月蠅い女。しばし静かにしていろ」
 冷え切った声そのままで、リイザスは騒ぎ続ける少女を睨んだ。

「……!」
 エリーの身体は、目を開いたリイザスにまたも震えた。
 口調こそ冷静だが、その瞳は、塗りつぶした黒から赫に完全に変化している。

「さっそくっ、でっ……、悪い、がっ。“交渉中”にっ、魔術を撃ち込むような下等な存在にっ、おっ、“教え”をくれてやるほどっ、私は寛大ではないっ」

 完全な赫に変色した眼をぎらつかせ、リイザスは身体を震わせ始めた。
 口から発される言葉にも、尋常でないほど力がこもり、額にはどす黒い血管が浮かび始めている。

「殺す……、殺、す……、殺すっ、ことにっ、したっ」
 震わせながら指を一本立て、それをエリーの隣に向ける。
 隣では、騒いでいた少女が、その殺気を正しく感じ取り、黙り込んでいた。
 臨界点を突破したリイザスの触れただけで爆ぜそうな殺気は、並び立つエリーにも暴風の様に叩き付けられている。

「グ―――」
 リイザスは両拳を握り、身体中に力を込めた。
 震えた身体の振動が、黄金の鎧にも伝達し、それだけで軋みを上げる。

「グ……、ガァァァアアーーーッ!!!」
「っ―――」
 大気を震わす雄叫びに、ついにリイザスの黄金の鎧がはじけ飛んだ。
 鎧に変わって異常に隆起した筋肉に身を包み、赫の部屋は死の匂い一色で染まる。
 ホールにうず高く積まれた財は崩れ落ち、金属特有の騒音を奏でた。

「アラレク―――」
「―――!?」
 リイザス両手を広げた瞬間、赫の球体がホール中に展開した。
 数は、四。
 それらはリイザスの脇に隊列するように並び、主の号令を待つように静止する。

「―――シュットッ!!!!」
 そして、リイザスは、腕を突き出した。

「っ、それに触らないで!!」
 その光景は、エリーには絶望的に見えた。
 自分を庇うように前に立っているアキラは、一歩も動かず棒立ちだ。
 もし僅かにでも触れれば、赫の爆弾に身体が吹き飛ばされる。

「……っ、私にっ、任せとけぇぇぇええーーーっ!!」
「っ、―――」
「シュロートッ!!」
 エリーが身構えた瞬間、背後からスカイブルーの閃光が二本走った。
 振り返れば両手を銃のように構えている、声の大きい少女。
 やはり彼女は、水曜属性の魔術師。

 その攻撃は、浮かぶ球体を確かに捉えた。
 その瞬間、触れられた爆弾は瞬時にその役割を果たし、金銀の財宝を弾き飛ばすようにその場で爆ぜた。

 そうか、遠距離攻撃なら、

「―――っ、二つで十分と思うかっ!!」
「―――!?」
 リイザスが腕を振った瞬間、それまで漂うばかりだった赫の球体が、一気に加速した。
 残る二つの爆弾は、鋭い流線型に変化し、エリーたちに迫ってくる。

「―――っ、」
 エリーは動かないアキラを追い越し、前へ出た。
 囲まれるわけにはいかない。
 少なくとも、一つなら、

「―――、スーパーノヴァッ!!」
 爆発覚悟でエリーは接近し、一つを拳で捉えた。
 エリーの上位魔術の攻撃が、流線型の爆弾と衝突する。

「っ―――、」
 拳を、今まで以上の衝撃が襲った。
 身体に魔力をほとばしらせ、踏みとどまろうにも押し込まれる。
 今までエリーが受けていた攻撃は、やはり、加減していたのだろう。

 残るは、一つ。
 アキラに迫る、赫の爆弾。

「……、」
「―――!!」

 エリーが振り返った瞬間、赫の魔術は爆ぜた。
 赫の爆風の先、エリーの眼に飛び込んできたのはアキラの有していた剣が勢いそのままに転がって行く瞬間。
 魔力を帯びていたのだろうが、その剣は、赫の熱にねじ切られ、破壊される。
 あれではもう、使い物にならない。

 アキラは、剣を投げたのだろうか。
 確かに赫の爆弾を切れば、エリーの右手を襲う激痛の威力をそのまま受け、アキラ自身もただでは済まないだろう。
 だが、これでアキラの武器は消えた。

 一体、何を考えて―――

「……!!」
 エリーがアキラの有する“装備”に思い当った瞬間、リイザスの魔力を背に感じた。
 伸び退くように振り返れば、再びリイザスの脇に隊列する赫の球体。
 今度は、またも四つ。
 リイザスの瞳は狂気に塗れ、すぐさま第二波を放たんとしている。

「アラレクシュット!!」
 余裕なのか、はたまた意味があるのか、リイザスはその場から動かず、魔力だけを放つ。

 もう、拳の痛みなど気にしている場合ではない。

「スーパーノヴァ!!」
 エリーは迫る四つの球体に迫り、先頭の一つを蹴り飛ばす。
 触れた瞬間に全力で魔力をほとばしらせ、爆発の威力を抑え込みながら緊急離脱。
 プロテクターは軋みを上げたが、まだ、動ける。

「シュロート!!」
 エリーが離脱した瞬間、またもスカイブルーの魔術が二本、赫の球体に迫った。
 すぐさま爆ぜる。
 残るは、またも一つ。

「っ―――」
 今度は食らいつくように、エリーはアキラに向かった球体に蹴りかかった。
 足に再び痛みが走る。
 だが、気にしてはいられない。

 駄目なのだ。
 あの男と、強敵を当ててしまっては。

 アキラが戦っていない以上、二人だけでリイザスに対抗するのは厳しい。
 だが、喰らいついてはいられる。
 もう少し戦力があれば、相手が“魔族”といえども戦えるのだ。

 それ、なのに、

「ふんっ、」
 リイザスは再び腕を振り、魔力を展開させた。
 それがリイザスの限界なのか、やはり、四つ。
 エリーの四肢は痛み、流石に今度が限界だろう。

 “だが、そんなことはどうでもいい”。

「……格上の方が、すぐ終わる」
「―――!!」

 爆ぜた地面の粉塵が晴れた先、エリーの耳にアキラの声が届いた。
 いや、本当に本人だろうか。
 それは、先のリイザスの声以上に冷え切り、エリーの背筋に冷感が走る。

 予感がした。
 遠い世界の扉が開かれてしまう、予感が。

 現状、“それ”しかないのは分かる。
 だが、何故かエリーは、それが恐かった。

 今は、一人で戦っているわけではない。
 自分と、回復魔術が使える女の子もいる。
 まだ、戦えるのだ。

 それなのに、アキラは、総てを放棄していた。

 明日が、濁る。
 “その力”は、続いていく未来を、閉ざしてしまう。
 そんな、悪寒。

「―――!!?」
 リイザスの表情も変わる。
 粉塵の先、赫の部屋に僅かに漏れた、太陽色。

 やはり、これは、

「……、」
 アキラは右手を輝かせ、夢遊病者のように粉塵を見つめていた。

 この先に、倒すべき敵がいる。

 それしか頭に浮かばない。
 あの魔族とかいう存在は、エリーを、

「……、」
 アキラは現れたそれを、まっすぐに構えた。
 クリムゾンレッドのボディ。
 引き金を引けば、万物に確実な死を与える、超絶的な銃。

 身体は活性化するように温まり、躊躇はない。
 何故自分は、これを使うことを控えていたのだろう。

 考える必要など何もありはしない。
 これさえあれば、守りきれるのに。

「ア……、アッキー……?」
「俺の後ろにも前にもいるな」
 どこか遠く聞こえてきたティアに、アキラは一言そう返した。

 魔術を教えてくれたエリー。
 剣術を教えてくれたサク。
 そして、カンフル剤になったティア。
 未だ全力を出していないリイザス。
 役に立つかもしれない、乱雑に転がっている武具。
 続く旅。

 それらは、いや、あらゆる伏線は、今関係ない。

 あるのはただ、敵を討つという欲求。
 そして、総てを消し飛ばせるという確信。

「……、」
 身体中に防御幕を全開で張る。

 防御幕を会得してからこの銃を使うのは初めてだ。
 もしかしたら、もう、補助も回復も必要ではなかったのかもしれない。

 今なら、支え切れる。
 そんな自信が浮かぶ。

「……、」
 粉塵が晴れ、正面に見えるのはエリーと、その向こうにいる害悪。
 睨むようにしてエリーを見れば、怯えたようにそこから跳び退いた。
 それでいい。

 “お前はそこにいないでくれ”。

「貴様―――」
 音が遠い耳に、リイザスの怒りに満ちたままの声が届いた。
 だが、別に聞く必要はない。

 魔王様直属だかなんだか知らないが、所詮そんなもの、だ。

「消えろ―――」
 リイザスに、その言葉が届いたかどうか。
 次の瞬間には、赫の部屋はオレンジ一色に包まれた。

 超絶的な光線は、何の抵抗もなく、山ごとリイザスを消し飛ばす。

 魔族も、赫の球体も、集められた財も。
 そして、壊れた自らの剣さえも。

「……、」
 全力で魔力をほとばしらせた身体は、今までのように吹き飛ばない。
 身体はその場に固定され、その衝撃を総て抑えきれる。

 アキラはこの光景を、初めてまともに見た。

 エリーたちは外から何度も見ていたのだろう。
 初めてだ。
 総てを無に帰す、絶大な力。

 確かにこれを見れば、惹かれてしまう。
 総てを、預けてしまう。
 そんな力だ。

 自分の前には何もない。
 行く手を阻むものは、何も。
 これで、“完全”だ。

「……」
 それなのに。何故か。
 顔を背けているのもかかわらず、エリーの表情が見えた気がした。

「……!! にーさん!?」
「ちょっ、なにっ!?」
「これはっ、」
 アキラが銃を下ろすと、後ろから三人分、足音が聞こえてきた。

「……、今の、にーさんが、」
 マリスはアキラに駆け寄り、身体を見定めた。
 だが、あの銃の後遺症とも言える脱臼や打撲がない。
 一体、これは、

「てか、あんたもここに……、って、ちょちょっ、あれっ、あれっ!!」
 マリスの思考はエレナの声に遮られた。
 呆けたように光線の先を見ていたティアを見つけるも、今問題なのはその視線の先に倒れ込んだ黒ずみの何かの身体。
 その黒こげの死体は、バチバチと尋常ならざる赫の魔力を漏らし、膨らんでいく。
 魔族といえども、蓄えた魔力が爆発するのは変わりないようだ。

 今考えなければならないのは、この“あまりに狭い”空間からの脱出だ。

「っ、どこから出れば―――」
「―――上だ!!」
 脱出ルートを探ったサクの声は、アキラにかき消された。

 アキラは構えた銃をそのまま天井に向け、ノータイムで引き金を引く。
 その瞬間、横穴を開けられ崩れかかっていた洞窟は上空にも削りぬかれ、オレンジの先に日の傾いた空の色を覗かせる。
 その間も、アキラの身体は吹き飛ばない。

「マリス!!」
「っ、了解っす!!」
 マリスは瞬時に判断し、腕を振るう。
 離れた個所で座り込んでいるエリーにもシルバーの光が届いたのを確認すると、顔をクン、と上に向けた。

「フリオール!!」

 この場にいた全員の景色が、一瞬で変わった。
 高速で通過する洞窟の穴、そして直後に広がる、夕焼け空の紅と森の緑の世界。
 身体を覆う銀。
 そして、眼下で爆ぜる洞窟の赫。

「……って、私状況つかめてないんだけど……、さ、」
 シルバーの光に浮かびながら、エレナは一言漏らした。
 眼前に広がる、自然構築物の現実離れした消滅。
 上空に飛ぶも、確かに届く壮絶な爆風。

 それはともかくとしても、いつの間にかノーリスクで銃を連発できるようになっていたアキラが分からない。

 ただ、そんな疑問も、絶大的なオレンジの光の前に、もみ消されていく。

 隣のマリスも、同じような顔をしていた。
 疑問を持ちながらも、日輪属性の魔力に触れ、頬を緩ませている。

 だが、残る四人は表情が違った。

 具現化使用直後に激痛に身体を歪ませるアキラは、静かに、崩れ落ちていく岩山を見下ろしている。
 いつの間にかアキラたちと共にいたティアは、騒がしい口を閉じ、唖然とした表情でアキラを見上げている。
 自分たちをここに導いたサクは、ただただ無表情に視線を森に泳がせている。

 そして、単身乗り込んでいたらしいエリーは、顔を伏せ、どこも見てはいなかった。

 アキラに、顔を合わせようともせず。

―――**―――

 日常の、終わり。

 エリーは翌日、夢を見る行為を取れなかった。

「……」
 運動のようの服に着替え、身体を機械的に伸ばす。
 自分は、差を埋めなければならないのだから。

 空は、生憎、曇っている。

「……」
 身体を伸ばし終わり、朝の冷気で身体をそそぎ、森の空気を肺いっぱいに吸い込む。
 そして、出るのは、ため息。

 脳裏に焼き付き思い起こすのは、魔族の最期ではなく、アキラの剣の最期だった。

「……」
 あの引き金を、引かせてしまった。
 その事実は頭を打ち鳴らし、エリーの眼を開かせ続ける。

 あの力は、総てを消す。
 伏線も、想いも、何もかも。

 それが、改めて、分かった。

「遠い……なぁ……、」
 エリーは不意に、そう呟いた。

 アキラはついに、リスクを背負わなくなってしまった。
 もう、自分が支える必要も、マリスが呼ばれる必要も、ない。

 それが、自分の魔術の授業が産み出した結果。
 アキラは防御幕を、いや、もしかしたら身体能力強化も会得し、自らの力を完全な物にした。
 彼の力にリスクがなくなった以上、ここに来る必要はないのだろう。
 アキラは、そういう男だ。

 剣も消えた。
 もう、教えるべきことは何もない。

 彼は、あちら側の世界の住人になってしまった。
 こちら側の世界で、最低限のことを覚えた瞬間、弾かれるように。

「……、」
 エリーはほぐし終えた身体を、なおも伸ばす。
 寝不足の頭痛すら、浮かんでこない。

「……!!」
 外からの足音に、エリーは弾かれるように一歩近づいた。

「……! エリーさん……!」
 しかし、そこから現れたのは、こちら側の人間だった。
 どうやら別ルートで、ランニングをしていたらしい。

「サクさん、眠れた?」
「……、いや、この時間まで粘ってみたが、」
 エリーの意図する想いが通じ、サクは頭を振った。

「あの、ティアって子は?」
「ああ、それなら先ほど部屋の前を通ったが……、静かだった。流石に寝るときは静かになるらしい」
「……そう」
 サクの律儀な返答に、エリーは顔を伏せる。

 ティアは、日の暮れた森林を進むことを諦め、おざなり的に宿舎に泊まった。
 どうやら彼女の家は、ヘヴンズゲートにあるらしい。
 どうせならと、今日護衛がてらに行動を共にすることになっている。

 だが、エリーが、サクに本当に通って欲しかった部屋は、そこではない。

「……、私も、近づけなかったよ」
「……」
 サクの正しい返答を聞き、エリーは身体を伸ばし続けた。
 やはりサクも、あちら側の存在と思っているようだ。

「……」
 魔族を倒したとあらば、無条件で魔道士隊に招き入れられるほどの功績。
 それなのに、その事態は、完全に“人ごと”だ。
 何も感動が浮かばない。

 またあのチートの力に終止符を打たれた。

 それが、たまらなく、恐い。

 目の前で、確かに上昇していた直線が、消えてしまったのだ。
 別の次元へ。

 この五日間は、一体なんだったのだろう。
 初めてだ。
 誰もを惹きつける太陽に、ここまで心を冷やされたのは。

「私も……、やはり、納得できない。こういうことを言うべきではないのだろうが……、な」
 力無げに、サクは一言そう漏らした。
 思い浮かぶのは、エリー同様、自分の主君。

 ティアという少女が感動しきりに喚き、マリスとエレナが笑顔で受け入れたアキラの顔。
 無表情に沈黙し、すぐに自分の部屋に戻ってしまった。
 エリーもサクも、一言も声をかけられていない。

 やはり彼を、遠く感じた。

「終わっちゃった……、って感じ?」
「……、ああ」
 サクは自らの感情をそのまま射抜かれ、首を静かに縦に振る。
 打倒魔王までの最短ルートは開かれた。
 それなのに、終わったと感じる。

 いいこと、なのだろう。
 打倒魔王を願う人々からしてみれば。
 しかし、やはり。
 彼には歩いてその場に到達してもらいたかった。
 決して、飛ばずに。

 昨日の木の枝は、まだ庭の隅に放置されている。
 これを使うことは、もうないのだろう。

「……、ま、やりましょうか」
「……ああ」
 人数の減った朝の宿舎の庭。
 片田舎の村のそれが、ここまで広いとは、思ってもみなかった。

「……、―――!?」
「!!」
 エリーが身体に魔力を巡らせ、サクが素振りを始めようとした途端、宿舎のドアがゆっくりと開いた。

「……、やほ」
「……っ、」
「……ぁ……」

 半開きのドアからそろり覗かせ、庭を覗ってきた顔に、エリーとサクは硬直した。

「……、えっと、あれ、早くね?」
「あっ、あんた、」
「お、おはようございます……、」
 硬直する二人に、アキラはそろそろと近づいてきた。

 どこか気まずそうな表情を浮かべ、視線は外している。

「……、」
 アキラは幽霊でも見るような顔の二人にを見て、自分の予想が間違いでなかったことを感じ取った。
 やはり、自分は、

「いや、さ、悪いとは思う。でもさ、しょうがなくね? あのときは、」
「なっ、何がよ……?」
 エリーのどこか余所余所しい声を聞き、アキラは怯えた表情を作った。
 怒鳴らないときのエリーは、相当怒っている、と。

「お、お前が、使うなっ、って言ったもん、俺、連発しちゃったじゃん……、」
「……は?」
「だっ、だから、悪かったって。それに、剣も、」
 アキラは睨んできている気がするエリーから顔をそむけ、渋い顔で、サクを見やる。
 あの剣は、彼女が武器屋でわざわざ選んでくれたのだ。
 しかし、それはもう消えてしまっている。

「ちょっ、ちょっと待って。あんた、何でここいいんのよ?」
「何でいるって……、そっ、そこまで怒ることないだろ!? 俺破門かっ!?」
 エリーは面白いように表情の変わるアキラを見ながら、身体にようやく血液が回って行くのを感じた。
 目の前の“勇者様”は、まるで親の言いつけを守れなかった子供のようではないか。

 サクも目を丸くする。
 昨日この男に表情がなかったような気がしたのは、あちら側の世界に行ってしまったからではなく、エリーに怒鳴られるのを恐れてのものだったのだろうか。

「……、“あの銃”があれば、あんた、もうここにいなくていいじゃない……」
 エリーは顔を伏せ、一言呟いた。
 ずっと身体を冷やしていた、その疑問。
 だが、アキラは一瞬むくれた顔を作り、ハキハキと返す。

「勇者の武器は、剣って決まってるんだよ」

「……、」
 ちらりとアキラの視線を向けられたサクの身体からも、冷気が消えた。
 昨日見たオレンジの閃光より、こちらの方が、温まる。

「ほら、昨日言ったろ……。俺、これでいく、って」
「三勝三敗」
「……は?」
「昨日の約束、覚えてる?」

 アキラは記憶をたどり、昨日の早朝に辿り着いたところで、顔を青くした。
 そうだ。
 遅く起きた方は、伸びるのだ。
 距離が。

「さっさと走ってこぉぉぉおおーーーっい!!!」
「サ、サクが起こしてくれないからだぞーーーっ!!!」
「もっ、申し訳ありませんっ!」

 エリーの怒号と、サクの謝罪。
 その大声に背を押されるように、アキラは走り出した。
 どんどん遠くなるその背中が、エリーとサクには、何故か、近く見える。

「……、もうっ、あんなに飛ばして、完走できるのかしら。村一週」
「……戻って来てくれれば、それでいいさ」
「……まあ、ね」

 声が届く場所。

 そこに彼は、いてくれる。

 サクはエリーの言葉に頬笑みを浮かべ、

「しけてなければいいのだが、な」

 昨日の枝を拾いに行った。



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