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No.12144の一覧
[0] おんりーらぶ!?【第一部】 【完結】[コー](2010/03/01 00:00)
[1] 第一話『ルール通りの世界なら』[コー](2011/06/19 20:53)
[2] 第二話『今必要なのに、今の今まで』[コー](2010/01/26 23:05)
[3] 第三話『天上は、遠く座す』[コー](2010/01/26 23:06)
[4] 第四話『視界はかすみ、輝きは遠く』[コー](2010/03/13 02:34)
[5] 第五話『異物たちの共演』[コー](2010/01/26 23:09)
[6] 第六話『声が届く場所』[コー](2010/04/19 01:04)
[7] 第七話『二閃』[コー](2010/01/26 23:13)
[8] 第八話『描けていた世界』[コー](2010/03/13 02:39)
[9] 第九話『迷子が迷い込んだ迷路』[コー](2010/03/13 02:41)
[10] 第十話『踊る、世界(前編)』[コー](2018/09/17 21:23)
[11] 第十一話『踊る、世界(後編)』[コー](2018/09/17 21:22)
[12] 第十二話『儚い景色(前編)』[コー](2010/01/26 23:21)
[13] 第十三話『儚い景色(中編)』[コー](2010/01/26 23:22)
[14] 第十四話『儚い景色(後編)』[コー](2010/03/01 00:00)
[15] 第十五話『煉獄を視たことはあるか』[コー](2011/06/19 20:54)
[16] 第十六話『オンリーラブ(前編)』[コー](2011/06/19 20:54)
[17] 第十七話『オンリーラブ(後編)』[コー](2012/09/07 01:06)
[18] 後書き[コー](2010/01/26 23:43)
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[12144] 第十一話『踊る、世界(後編)』
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2018/09/17 21:22
―――**―――

 サルドゥの民がバオール儀式を行うガリオールの地。
 ベックベルン山脈の麓にあるその場所は、四方を囲うように旅の魔術師たちで守られている。

 この地で野宿し、祈りを捧げることも儀式の一つゆえの行動。
 それは、バオールの儀式を阻害したいと考える者にとって好都合。

 バオールの儀式のようなものは、世界にはいくつも溢れている。
 中には何ら効果はない偽物もある。
 だが、バオールの儀式のそれは、ヨーテンガースで行うだけはあり、本物なのだ。

 一つ一つの効果は微々たるのもの。
 だがそれが集えば、確かな効果として現れる。

 神に祈りを捧げると名目上の理由よりも重要なのは、その効果が、魔王の力を減退させるという結果をもたらすものであるということ。
 魔王の力を吸い取り、神に捧げられてしまう。

 そういう、“ルール”。

 特に、今年はまずい。
 “当たり年”なのだ。
 万全な状態にしなければならない。

 勇者がこの場で、“刻”を刻んでいるのだから。

――――――

 おんりーらぶ!?

――――――

「あいつが何を考えてんのか分かんねぇ……、……なんだよ?」

 ガリオールの地の南部、アキラたちが見張りを務めるこの場所の光源は、メラメラと燃えているたき火のみ。
 周囲の森林で拾ってきた焚き木を投げ入れながら、アキラは苦笑したイオリに怪訝な顔つきを向けた。
 空には木々の向こう、満天の星が散りばめられているが、それを見る気にもなれない。

「いや、同じことを言ってるな、と思ってね」
「?」
 イオリの言葉が、とある人物のことを指していることは分かったが、それでもアキラは首を傾げた。
 そして視線を、エリーがラースという男と消えていった森林へ移す。
 二人が消えてから大分経つというのに、その闇からは一向にスカーレットの光は現れなかった。

「エリサスも、言っていたよ。アキラが何を考えているのか分からないってさ」
「え? あいつだけに留まらず、いろんな奴に言われるんだけど……」
「……、今日に限って、だよ」

 イオリはまた、苦笑した。
 アキラは面白くないような表情を作って、足元の木をまた投げ入れる。

「……、」
 だがアキラは、今度ばかりは自分よりエリーの方が分からないような気がした。

 自分は、変わっていないはずだ。
 今日の一日を振り返っても、大した変化は無い。

 いつもの通り、朝の鍛錬に参加して、
 いつもの通り、依頼をこなし、
 いつもの通り、出逢いがあった。

 今度の出逢いは、自分以外の“勇者様”と、だ。
 オレンジのローブに、肩ほどまでの銀の髪。
 勇者と名乗ることで期待も受け入れる、自分とは違う、“勇者様”。

 そんな小柄な少女、リリルとの出逢い。

 だが、“それだけだ”。
 自分は、いつも通りだったはず。

 それなのに、エリーはいつもと違う気がする。

 不本意とはいえ、自分が馬車の中でサボっていたとき。
 てっきり、エリーが怒鳴り込んでくると思っていた。

 “勇者様”ことリリルと話していたときなど、正にそのタイミングだとも思えたのだ。
 それなのに、自分はすっかり話し込んでいた。

 エリーがいる場で、女性と会話が最後まで成立するのは珍しい。
 強いて言うなれば、エリーの目を盗んでイオリと話しているときくらいだろうか。

 この世界の“バグ”。
 この優しい世界に見えてしまった、歪み。
 その話だけは、何ら下心なく、イオリとだけ話さなければならない。

 その他は、きっと、いつも通りだと思っていた。

 それなのに、

「そういえば、さっきの人、誰?」
「エリサスに言われてたろう? 見てなきゃ分からない、って」
「……、見てたけど、分からないんだって」

 アキラは見ていたのだ、それはもう。
 エリーが楽しげにラースと話していたところを。

 イオリと会話をしているさなか、ときおり視線を移して見ていたのだ。
 だが見えたのは、普段自分に騒ぎ立てているエリーが、借りてきた猫のように大人しくラースと話している姿。
 先ほどもあの男が現れるや否や、共に去っていってしまった。

 一体いつ、あれほどまでに親密度が上がったのだろう。
 あの金の長髪を垂らしたローブの背を見ながら、アキラは結局、あの男に声はかけられなかった。

「複雑なんだよ……、女性の心っていうのは」
「……語るなぁ、」
「っ、アキラ、確かに君はいつも通りだね」

 アキラはまた、面白くない表情を作った。
 イオリもまた、苦笑する。

 いつも通りだ。
 自分が何かを口に出すと、イオリが苦笑する。
 本当に、いつも通り。

 いかに世界に“バグ”が満ちていても、自分がいようと思ったアキラの立ち位置。

「……、違う……、だろ」
「? アキラ?」
 ふいに呟いた言葉は、すぐ隣に座るイオリに当然届いてしまった。

 アキラはそれに、首を振るだけで返す。
 だが、口にしたことは、未だ心の中に残った。

「……、」
 パチパチと燃えるたき火を眺め、アキラは再び、今度は心の中で呟く。

 違う、と。

 自分が“いようと思うから”この位置にいるのではないはずなのだ。
 自分は“自然にこの場所にいる”だけのはず。
 好きなものに近づいていって、嫌いなものから遠ざかった場所がここのはずなのだ。

 そこには、なんら操作はない。
 ごく自然にそこにいて、能天気に笑っている。
 それが、自分だ。

 自分は、“キャラクター”を守るためにここにいるわけではない。
 そのはずだ。

「……、なあ、イオリ……、」
「……何かな?」

 不安を吐き出したような言葉に、イオリは静かに反応した。
 アキラの声色で、まるでその内容が分かっているかのように、凛々しい表情を浮かべている。
 これは、彼女の“キャラクター”なのだろうか。

「お前の予知だと俺は……、いや、悪い、いいや」
「……、」

 駄目だ。
 やはり聞けない。

 アキラが口に出そうとしたのは、イオリの視た予知では、自分はどういう“キャラクター”だったのか。
 だが、それは、聞いてはいけない気がした。

 イオリの考えによれば、彼女の視た予知こそが、世界のあるべき姿らしい。
 それに則していないものは総て“バグ”と呼ばれ、イオリに懸案事項として扱われている。
 また、アキラも、イオリの視た予知の内容をほとんど知らないのだが、今自分がいる世界に歪みの匂いを感じてしまい、彼女の考えを肯定的に思っていた。

 ゆえに、イオリが視た予知。
 もう大分、その予知から逸れて未来は歩き出してしまっているようだが、そこにはアキラもいたというのだ。

 その世界の、自分。
 世界のあるべき姿の自分は、一体どういう“キャラクター”だったのか。

 ある種答え合わせともいうべきそれは、やはり、恐くて聞けなかった。
 それを聞けば、きっと自分は、ぎこちなくなる。

 自分はきっと、確固とした足場を持っていないのだ。
 アキラは、イオリと出逢ったときにも思ったことを、再び浮かべる。 
 自分の立ち位置が分からないから、風に舞う木の葉のように流され、揉まれ、そして吹き飛ばされる。

「お前は……、やっぱりすごいよな……」
「立ち位置の話かな……?」
「……!?」
 何となく呟いた言葉に、イオリは正しく反応してきた。

「いや、さっき、僕に聞こうとしただろう……? 予知ではアキラがどういう人間だったのか、って」
「え、なに、お前エスパー?」
「っ、アキラ、エリサスには悪いけど、君は分かりやすい方だと思うよ」
 イオリは、アキラの前の木を何気なく拾い、たき火に投げ入れた。

「……僕はすごくはないよ。現に立ち位置が分からなくて、打ち解けられていないんだから」
「……でも、魔道士になってるだろ」

 アキラは思うのだ。
 イオリは、予知で、自分を見ている。
 アキラが今、知りたくないと思っている未来の自分を、イオリは知っているのだ。
 それなのに、イオリはいつも冷静に、確固たる意志を持って進んでいるのだから。

「意外となんとかなるものだよ……。まあ、僕の場合は、“バグ”を作ってまで突き進んでいただけだし、ね」
「でもさ、」
「……きっと、」

 アキラの声を遮って、イオリはいつも通り苦笑した。

「アキラ。君も見つかるよ、自分の立ち位置が」
「……語るなぁ、」
「っ、アキラ、」

 イオリが呆れたように口を開いたところで、アキラは空を見上げた。
 木々に遮られた向こうの星は、未だ輝く。

 自分はこの世界で、どこに立つべきなのだろう。

―――**―――

「そういえば、他にも四人いるんだっけ? クラストラスに?」
「あ、はい。急にこんなことになっちゃって……、大丈夫だとは思うんですけど、」
「災難だったね……」

 エリーは、振り返って同情的な瞳を向けてきたラースに苦笑を返した。
 ブロンドの長髪を垂らしたローブの背の向こうに、松明の火が燃えている。
 暗い森林に足を取られそうになりながら歩く自分に合わせたラースの歩幅に、エリーはどこか気まずいものを感じていた。
 自分が、足手まといになりつつある。

 今二人はガリオールの地の四方を守っている魔術師たちの見回りを行っていた。
 アキラたちがいた南部を離れ、次に東部。
 たった今北部を見回ったところで、次に西部、ベックベルン山脈で陣を取っている魔術師たちに向かっているところだ。

 だが、その見回りも、ほとんどエリーは何もしていない。
 一か所につき、二、三名ほどいる魔術師たちに、ラースがねぎらいの言葉をかけているところを後ろから何となく眺め、そのままその場を離れていく。
 護衛を務める魔術師たちが、ほとんど泊まりだということを知らなかったこともあり、肩に下げたズタ袋から食糧を配り歩いているほどだ。

 みな、サルドゥの民から配られた食料の少なさに不満があったのか、その施しに頬を綻ばせ、感謝の意を述べている。
 ラース曰く、毎年同じようなことが起こっている故の準備らしいが、どうやらそれは今年も的中したようだ。

 そんな気遣いもできるラース。
 だが、その隣を歩くエリーは何もしていない。

 せめて、と、荷物持ちを買って出ても、火曜属性の自分が照明役を買って出ようとしても、ラースにやんわりと断られ、結局後ろに続くだけだった。
 虫の声が聞こえてくる不気味なほど暗い森林の中、エリーは、ちらちらと周囲に視線を泳がせる。
 魔物でも襲って来てくれれば役割が果たせるのだろうが、生憎平和そのものだった。

「……ラースさんって、水曜属性なんですよね?」
「……ん? ああ、そうだよ。よく覚えていたね」
 エリーの問いかけに、ラースはせり出した木の根に注意を促しながら応えた。

 慎重に木の根を超えたエリーは、昼の戦闘を思い出す。
 馬車の先頭にいたラースが最もよりよく魔物を倒し、依頼に貢献した。
 そしてそのとき飛ばされていたスカイブルーの光は、記憶に新しい。

「治癒魔術もあるし、一人旅には便利な属性だよ。本当は、月輪属性がベストなんだけどね」
「……! 月輪属性のこと、詳しいんですか?」
 ラースから漏れた言葉にエリーは機敏に反応した。

 魔術師試験を突破したエリーも、その属性について多くは語れない。
 一般に考えられる魔法が使える属性。
 そこまでの認識で十分なのだ。
 月輪属性よりもさらに希少な日輪属性も当然除かれ、残る五属性がメインの試験範囲なのだから。

「まあ、長いこと旅をしているとね……、いろいろ頭に入ってくるさ」
「お話、聞かせてもらえますか……?」
 博学多才そうなラースに、エリーは距離を詰めた。
 山脈に近づき、木々が薄れ始めたところで隣に並び、ラースの言葉を待つ。

「“不可能なことはない”。そういう属性だよ」
「……、」
 ラースの断言するような口調に、エリーは黙って顔を向ける。
 エリーの年より五つか六つは上だろうラースの表情は、その程度の差をゆうに超越するほど、理知的だった。

「月輪属性の者に不可能なことがあるとすれば、魔力不足なだけ。すごい属性だね」
「……、はあ……」
 ラースからはサラサラ言葉が漏れてくる。

 それと同時、エリーの脳内に、その月輪属性の者の言葉が蘇る。
 確かに彼女、エリーの妹のマリスも、その言葉を発していた。

 例えば、マリスは、病気は治せないと言う。
 それは、月輪属性だから不可能なのではなく、魔力不足だから不可能なのだ。
 生み出す力より、滅ぼす力の方が、労力は大きいから、らしい。
 そんなようなことも言っていた。

 だが、それと同時に、エリーの背筋は寒くなる。

 あの、膨大な魔力を有しているマリス。
 あれで、力不足なのだ。
 もしマリスが更に力を増せば、本当に、総てを超越してしまう。

 今さらながらに、国が、マリスへ戦闘参加の要請を出していた理由も分かってきた。

「……じゃあ、」
 自分の妹に背筋を冷やされるのはいつものことだ。
 湧き上がる劣等感も、今はそこまで強くない。

 博学多才なラースを前に、エリーは、もう一つ、気になったことを口にする。

「“日輪属性”」
「……、」
 エリーから漏れた言葉に、ラースの表情が僅かに変わった。

「ラースさん、日輪属性のことで、何か知っていることはありませんか……?」

 口に出してみて、エリーは表情を曇らせた。
 行く末が気になる存在の代表格、アキラの属性。

 アキラのことは、当然、全く、完全に、どうでもいいのだが、日輪属性のことは少しでも知っておくべき。
 エリーはそんなことを思った。

「……、“不可能なことはない”」
「……?」
 一瞬、ラースはエリーの言葉を聞き逃したと思った。
 未だ、月輪属性の話をしている、と。

 しかし、エリーを見返すラースの瞳に迷いはなく、言葉を訂正する気もないようだった。

「日輪属性と、月輪属性は非常に近い。だけど、日輪属性の者は月輪属性と違い、“特化”することができる」
「特化……?」
「ああ、」
 ラースは目を瞑り、小さく微笑んだ。

「月輪属性は不可能なことはない。だけど、できないことがないだけで、到達できない領域はある。例えば、君の火曜属性も、“特化”できるだろう?」
「?」
 ラースは理知的に言葉を紡ぎながら、エリーを横目で見下ろしてきた。

「インパクト時の最大威力に“特化”した火曜属性。月輪属性がそれを真似しようとすれば、何重にも強化の魔法を使わなければならないことになる」
「……、」
 エリーは頭の中で、ラースの言葉を整理し始めた。

 つまり、月輪属性には、“結果として”不可能なことはない。
 だが、他の属性の模倣をするのは、効率的ではない、ということだろう。

 エリーは自己の学んだ五曜属性の特徴を思い起こす。

 インパクト時の威力、つまりは攻撃力に特化している火曜属性。
 遠距離攻撃や治癒魔術、つまりは魔術師タイプに特化している水曜属性。
 身体能力強化に特化している木曜属性。
 防御能力に特化している金曜属性。
 そして、揺るがない力、つまりは外部影響拒絶に特化している土曜属性。

 これらのことは、月輪属性の者もできる。
 だが、それをするには、各属性の者よりも多大な魔力が必要になるのだろう。

「もし、魔力の総量が尋常ではない月輪属性の者がいれば……、器用貧乏どころか最強に近いだろうね」
「……、」

 だから、マリスは最強なのだろう。
 正に彼女こそが、ラースが口にした、その魔力の総量が尋常ではない月輪属性なのだから。

 ラースが語るものは、エリーも初めて聞くことばかりだった。
 マリスからも聞いたことはない。
 試験科目が山積みだったこともあり、マリスから聞いたのは五曜の属性ことばかりだったのだから。

「だけど、頂上決戦なら、どう足掻いても月輪属性は最強にはなれない」
「……!」
 今エリーが浮かべたことに相反することが、ラースの口から漏れた。

「そうだ……、“特化”……!」
「そう」
 思い至ったエリーから漏れた言葉を、ラースは頷きながら肯定した。
 まるで、できのいい生徒を褒めるような笑みを浮かべる。

「確かに……、月輪属性固有の魔術もある。だけど、日輪属性の者の選択肢はそれ以上に無限だ。月輪属性が到達できる最後の場所。そこからさらに、日輪属性は歩き出せる」
「……、」
 どうしても、そういう話をしていると、唯一知っている人間の日輪属性、アキラのことを思い浮かべてしまう。
 アキラが力を増せば、マリスに並び、その上で自己の戦闘スタイルを伸ばすことができるのだ。

「まあ、その分希少で、何よりものにならない場合も考えられる。でも、最強への道は確かにある。そんな属性だよ」
「……、」

 だが、アキラを見ていると、どうしてもそう思えない。
 あのアキラが治癒魔術を使うところも、空を飛ぶところも想像できないのだ。
 思い浮かぶのは、エリーと同じように、インパクト時に魔力を流し込む攻撃のみ。

 “特化”が、始まっている。

「……!」
 そこで、エリーは気づいた。
 もしかしたら、自分は、

「……もし、」
「……?」
 エリーは歩きながら顔を伏せた。
 聞くのは恐い。
 だが、誰もいない今、何となく、聞いておきたいことがあった。

 あらゆることに精通しているように見えるラース。
 この人に、どうしても。

「もし、何も知らない日輪属性の人が一人いて、そいつを育てることになったら、ラースさんはどうやって育てますか?」
「……、他の属性の者は、全員いる場合で?」
「……、まあ……、はい」
 エリーの言わんとすることを鋭く察し、ラースは目を伏せ、額に指を当てた。

 そして、

「まず、月輪属性の者に師事させるだろうね。それだけで最強になれるし、いきなり“特化”させるのは日輪属性を活かせない」

 エリーが予想した通りの言葉を返してきた。

―――**―――

「―――!!」
「来た、みたいだね……、」
 アキラは即座に、イオリは冷静に立ち上がって魔道士のローブの裾を払う。
 エリーが見回りにこの南部の防衛地を離れて半刻ほど、森林に、何かの遠吠えが響いた。

 いや、何か、など考えるまでもない。
 ベックベルン山脈の麓、ガリオールの地。
 そんな場所で遠吠えできる存在など、魔物以外には考えられない。

「よし、やるか……!」
 アキラは足元に立てかけてあった剣を拾い、肩に装着する。
 そしてそれを抜き放った。

 エリーは戻って来ないが、ここで動かなければ何のための依頼か。
 アキラは森林に目を這わせ、剣を構える。

「アキラ、一応言っておくけど、」
「“ヨーテンガースの洗礼”だっけ? 大丈夫大丈夫」
「分かっているならいいさ」

 イオリも短剣を抜き、両手で構える。
 向いた方向はアキラと同じ。
 ただ冷静に、目を細める。

「……! 来た」
 呟いたイオリの視線の先、森林の闇から、緑の体毛で覆われたゴリラのような魔物が現れた。
 隆々とした筋肉に、二メートルはあろうかという巨体。
 醜く歪んだ顔は中央のたき火に照らし出され、アキラたちを威嚇してくる。

 この魔物は、アイルークでも見たことがあった。

「クンガコング……、だっけ?」
「っ、ガンガコングだ……!! ほら、角が生えている」
 イオリに言われて注視すると、確かに魔物の頭には二本の突起が飛び出ていた。
 緑の角は、緑の体毛にまぎれているが、先端は鋭く、攻撃能力は高そうだ。

「いや、当然のように言われても分からないんだけど……、」
「確かに君の属性じゃ気にすることもないか……。近距離タイプだ。見た目通りね……!!」

 アキラに唯一必要な情報を与えたイオリは、腰を落とす。
 しかしその目線は、今たき火に照らされているガンガコングを通り越し、その奥の闇を捉えていた。
 そして鋭く、表情を険しくしている。

「でも……、強い魔物だよ。モルオールでは一体も見たことがない」
「た……、たくさん見れて良かったじゃないか……、」
 アキラの視線も、現れたガンガコングから外れ、その奥の闇に向く。
 一体、また一体と、姿を現す同じ大型のゴリラ。
 アイルークの森で見たクンガコングのように、やはりそれは群れていた。

 見えているだけでも二桁には昇っているだろう。
 ここまで接近に気づかないのも、“ヨーテンガースの洗礼”たるものだろうか。

「グゴゴッ、」
「まずいな……、この数だと、」
 イオリは意識だけはガンガコングの群れに向けたまま、自分たちの防衛地を盗み見た。

「テントを張ったのが……、無駄になるかもね」
 そう言って、イオリはガンガコングに飛び込んでいった。
 即座に自分の役割が分かったアキラも、それに続く。

 魔物が集団で現れた以上、背中を合わせるように戦うのがベストだ。

「ゴォォォォオオオーーーッ!!!」
 飛び込んできた二人を見て、ガンガコングが森林に響く雄叫びを上げる。

 開戦、だ。

「―――」
「グッ!?」
 戦闘のガンガコングに一閃、グレーの閃光が走った。
 その一撃は、瞬間的に身を引いたガンガコングに僅かにかする。
 魔物の隆々とした筋力も手伝って、ダメージとしてはあまりに少ないその切り込み。
 しかし、そこからバチバチとグレーの光が漏れ、ガンガコングは身を震わせた。

「クウェイル……!」
 イオリが呟けば、ガンガコングの巨体の中、爆発するような衝撃が暴れる。
 揺るがない、土曜属性の魔術。
 それはいかに相手が防御を高めても、その干渉を拒絶し、甚大な被害を与えることができる。

「っ、」
 その攻撃に僅かに遅れ、イオリの背後から迫ったガンガコングにアキラは切りつけた。
 アキラはインパクト時のみに魔力を込め、オレンジの光を爆ぜさせる。
 闇を照らす日輪の光。
 しかし、アキラの手に残ったのは、剣で魔物を割いた感触ではなく、鈍器で岩を殴りつけたような衝撃だった。

「堅ってぇっ!?」
 辛うじて弾き飛ばすことはできたが、アキラの一撃はガンガコングに防ぎ切られた。
 袈裟斬りの攻撃は、確かにガンガコングに痛手を負わせたが、それでも戦闘不能に到達しない。

「っ、」
 痺れた手を忘れ、アキラは再び痛手を負ったガンガコングに切りつける。
 ようやく戦闘不能になって爆発した頃、背後から、二匹目の爆発音が聞こえてきた。

「アキラ!! 深追いせずに背後を守ってくれ!!」
 イオリはそれだけ叫ぶと今度はローブからナイフを取り出し、それを投擲する。

 勢いよく飛んだグレーの一閃は後方で隙を窺っていたガンガコングに刺さると、バチバチと光を散らす。

「クウェイル」
 これで、イオリが倒したのは三匹目。

 ガンガコングは木曜属性。
 イオリの土曜属性では相性が悪い。
 だがこの魔力の防御が低いこの魔物なら、切りつけて詠唱すれば、甚大なダメージを与えられる。

「っ、」
 アキラは背後で爆ぜる爆音を聞きながら、剣を掲げてガンガコングを牽制した。
 自分ができるのは、イオリを守ることだけだ。
 相性で劣っている以上、ガンガコングの攻撃を受ければ流石にただでは済まないだろう。

 だが、

「らぁっ!!」
 またも手元に残る、重い衝撃。
 ガンガコングの堅い筋肉を切りつけていては、剣の方も軋みを上げる。

 その上、相手はそれだけでは戦闘不能にならないのだ。

「―――、」
 攻撃方法が、まずい。
 アキラは即座にその結論に至った。
 そして視線を泳がせ、イオリを盗み見る。

 彼女の戦闘を間近で見るのは始めてだ。
 彼女は一体、どうやって、

「―――!?」
 アキラが視線を動かしたわずかな隙、その死角から、ガンガコングが決死の特攻を試みてきた。
 反応が当然遅れ、アキラは思わず下がるように跳ぶ。

 だがそこで、致命的な欠点に気づいた。

 今の、自分の役目は、

「っ、イオリ!!」
「―――!!」
 アキラの叫びに、イオリは瞬時に振り返った。
 そこには、自分の背後から離れたアキラと、その隙を狙って特攻してくるガンガコング。
 頭に生えた緑の角を、低い姿勢から突き出すように襲いかかってくる―――

「っ―――」
 イオリは迷わず、地面に飛び込んだ。
 アキラが跳んだ、その地点。
 アキラ足元に向かって転がったイオリは、即座に立ち上がり、特攻を回避されたガンガコングにナイフを投げる。
 詠唱までは間に合わなかったが、それでも動きは止められた。

「アキ―――」
 アキラを咎めようと口を開いたイオリは、口を閉じ、目を見開いた。
 魔道士たる動きで必死の状態から抜き出たイオリを待っていたのは、回り込んでいた別のガンガコング、二頭。

 二頭はその剛腕を掲げ、体勢を整え切れていない自分たちに、今にも振り下ろさんとしている。
 とっさにここから離れても、その着地地点ではさらに体勢を崩し、同じことがより悪い環境で起こるだろう。

「―――、」
 アキラはその動きが、スローモーションのように見えていた。

 こんな感覚は、何度もある。
 まるで、世界が、自分の出す“答え”を待っているような光景。

 例えば、あの巨大マーチュが総てを滅する魔術を放とうとした瞬間。
 例えば、アキラが初めて魔物を倒した瞬間。

 あるいはこれは、日輪属性の者のスキルなのかもしれない。
 時間を超越し、世界が勇者を待つ。

 正しい答えを導かなければ、そこで終わる。
 だが、チャンスはあるのだ。

「―――」
 この、ご都合主義。
 それを勇者は利用して、敵を討つのだ。

 それが、“ルール”。

「―――」
 今必要なものは、何なのか。

 あの銃の力。
 それも一つの選択肢。
 ノータイムで総てを滅するあの力は、この必至の状況でも総てを打破する。

 だが、他にも道はあるはずだ。
 現にアキラは、今、その力を拒んでいる。

 例えば、そう。

 イオリのように相手の防御に干渉せず、苦痛を与えられる攻撃方法。

「―――っ、」
「グ―――」
 アキラは素早く剣を振った。
 今までのように殴りつけるのではなく、ただ、かすらせるように。

 問題だったのは、魔力の込め方。
 爆ぜさせるのではない。
 触れた相手に、それを、残す。

 そういう魔力の操り方―――

「―――ガァッ!?」
 アキラの切りつけたガンガコング二頭が、呻いて僅かに怯む。
 切られた部位からオレンジの光をバチバチと漏らし、苦痛に顔を歪めた。

「っ、クウェイル!!」
 その一瞬の隙、イオリは一対の短剣を掴み直し、二頭のクンガコングに付き立てる。
 詠唱すれば漏れる、グレーの光。
 アキラの一撃でできた傷口からそれが入り込み、ガンガコングの身体の中で暴れ回る。

「っ、アキラ、助かった……!」
 即座にイオリは体勢を立て直し、短剣を拾って構える。
 元はと言えばアキラが招き込んだ危機だったのだが、それを突破できたのだから文句はない。

「……、は、はは、」
 アキラはイオリの動きを背中で感じ、剣を構える。
 しかしその剣は、ガンガコングを牽制しながらも、プルプルと震えていた。
 内心、かなりの震えがきている。

 今の一撃。
 単純な威力など、今までの攻撃方法の足元にも及ばないだろう。
 だがあのシチュエーションでは、最適の攻撃だ。

 微々たる魔力でも、隊内で暴れ回れば相手を怯ませることなど容易い。

 日輪属性とは、ここまで応用が利くものなのか。
 思えばアキラは、こうしてここまで来ていた。

 火曜属性の攻撃方法も、エリーの動きを見て覚えたものだ。
 銃の反動を抑え込んだときも、もしかしたらエレナを見て、木曜属性の身体能力強化を真似ていたのかもしれない。

 そして、今。
 自分は、イオリの動きを意識していた。
 かつてより魔力も高まり、それを扱えるようになった今、遥かに理解するのが早い。

 魔力の総量は絶対的に足りないだろうが、もしそれが満ちれば。

 自分に、できないことは、

「―――!! あ、あったわ……、」

 大きくなった気分は、即座に消えた。
 アキラは何かを悟ったように、空を見上げる。
 ガンガコングを牽制していたおり、空が、途端明るくなった。

「……、あれは……!?」
 背後のイオリも空を見上げ、ガンガコングたちも動きを止めた。

 闇が支配する森林の上、満天の星空の下、巨大な翼を持つ魔物が浮かんでいた。

 スカイブルーの鱗に覆われたその巨竜は、竜種にもかかわらず、鋭い爪も牙も持っていない。
 注視すれば温厚な顔立ちをしている。
 だが、アキラにとっては、ただただ巨大な害悪が現れたようにしか見えない。

「世界……、終わったな……」
「……アキラ、諦めるのがいつもながらに早いね……、」
 半ば放心しているアキラに、イオリはため息一つ吐き、指で輪を作った。

 あの巨竜の正体は不明だが、こちらを襲ってくるのなら準備がある。
 テントや荷物のことを考えて呼ぶのを渋っていたのだが、こうなった以上、止むを得ない。

「ラッ―――、……!?」
 イオリが今まさに指を咥えようとした瞬間、その巨竜から、小さな人影が跳び下りてきた。
 突如の事態に見上げるままになったアキラとイオリの地点、ガンガコングの集団が囲うその場所に、

「私さぁ……、こいつら見飽きたんだけど……、あれ? 角、生えてたっけ?」
「っ、」

 ある種ガンガコングなどよりも危険な存在が、遥か上空から何の苦もなく降り立ち、

「……、」

 エリーはその光景を、遠くから眺めていた。

―――**―――

「もぅ、泊まってくるなら言ってよね?」
「……、」
 迫ってくるその両手を、アキラは思わず避けてしまった。
 拗ねたような表情を作ったその女性、エレナはその両手を大きな胸の前で小さく握る。

「もぅ、酷いよぉ……」
「い、いや、ごめん、」
 甘んじて受け入れたかったところなのだが、たった今ガンガコング十数体を殴り殺した腕に掴まれたいとは流石に思えない。

「まあ、それより……、」
 エレナはアキラの心情を察したようで、あっさりと甘い声色を投げ捨てた。
 次に彼女が視線を移したのは、巨大な馬車。

 ガンガコングに、言い方を変えればエレナに襲われたアキラたちの護衛ポイントは凄惨たる被害を受けてしまった。
 あの場で身体を休めるのはほぼ不可能と化し、儀式を行うガリオールの地の広場に戻ってきたのだが、問題は、エレナの語る、四人のパーティ。

「何で“勇者様”が三人もいんのよ?」

 エレナの話では、彼女もクラストラスで“勇者様”に出逢ったそうだ。
 そのメンバーの中の召喚術士の力で彼女もここまで来たそうだが、依然としてその“勇者様”の正体は不明。
 先ほども、エレナを下ろしたあと、スカイブルーの巨竜は一足先にこの場に向かっていってしまった。
 本来この護衛の依頼を受けていたらしく、まずはサルドゥの民に挨拶に行ったようだ。

 エレナの語る、その男。
 それが、アキラ同様この場にいる三人の中の“勇者様”の一人。

 そして、もう一人。
 “勇者様”ことリリルも、あの馬車の中にいる。

「アキラ君は行かなくていいの?」
「……いや、いいや」
 エレナの申し出を、アキラは拒絶した。
 今あの馬車の中にいる、二人の“勇者様”。

 もう一人の男は知らないが、リリルは“勇者への期待”を総て受け入れている姿勢の持ち主だ。
 そんなところに、今さら名乗り出てはいけない。
 特に、煮え切っていないアキラは。

「……そだ、それより、あいつは……?」
 馬車から視線を外し、アキラは広場を見渡す。
 広場の中央には、巨大なたき火がメラメラと燃えている。
 その周囲にものが散乱しているあたり、勇者様の来訪に全員馬車に飛び込んだのかもしれない。
 そして、ベックベルン山脈の方面には、バオールの儀式を行う祭壇が設置され、その上から大きな白い布がかけられていた。
 舞台中央で布が膨れ上がっているのは、やぐらが置かれているからだろう。

 だが、どこを探しても、赤毛の少女が見当たらない。

「ラースさんと一緒に、まだ見回っているんじゃないかな」
 隣に立つイオリが、冷静に返す。
 先ほどの戦闘で転がり回った結果、ローブは僅かに汚れているが、彼女の表情に疲労は感じられなかった。
 やはりあの程度の戦いは、魔道士のイオリにとって楽にこなせる戦いだったのだろう。

「……そっか、」
 そんなイオリに、アキラは淡白に返す。
 先ほどの戦闘の熱も、イオリを真似て特殊な攻撃ができたという高揚感も、今はもう何も感じなかった。

「なに? また喧嘩?」
「っ、ち、違うって、」
 あまりに淡白すぎるアキラの声に反応したのは、エレナだった。
 どこか目を細め、呆れたような表情を浮かべている。

「まったく、妙な予感がして来てみても、あんたたちは変わらな―――」
「―――話になりません!!!」
 エレナの声は、少女の声に遮られた。

 オレンジのローブに肩ほどまでの銀の髪。
 色白の肌を高揚させ、小柄なリリルは馬車から飛び出てきた。
 そしてアキラたちの姿を見つけると、一目散に歩み寄ってくる。

「あ、アキラさん、大丈夫でしたか……?」
「いや、むしろリリルの方が大丈夫か?」
 表情を取り繕ったリリルに、アキラは僅かに気圧されながら返した。

「誰?」
「あ、ああ、私は、リリル=サース=ロングトン。勇者を務めています」
 エレナの言葉に、リリルはすらすらと言葉を返した。
 その口調に、淀みは無い。
 いつそう聞かれても、彼女はそう語るのだろう。

「ああ、あなたが……。私はエレナ=ファンツェルン」
「そういえば僕も名乗っていなかったかな、ホンジョウ=イオリ、だ」
「あ、はい、よろしくお願いします」

 自己紹介を聞きながら、リリルはちらちらと馬車の方に視線を送っていた。
 そちらに顔が向くたびに、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているあたり、余程気に障ることでもあったのかもしれない。
 意思は強くとも温厚そうだったリリルが、ここまで憤慨しているとは。

「……なんか、あったのか?」
「き、聞いて下さいますか?」
 いよいよ我慢できなくなったのは、リリルも同じだったらしい。
 アキラの言葉に即座に食いつき、口を開く。

「あのスライクという男……、まるで勇者の自覚がなくて……!!」
「……、え?」
 リリルから漏れた言葉に、アキラは反応が遅れた。

 スライク。
 それが、もう一人の“勇者様”の名前なのだろうか。

「もうすでに仲間も集っているというのに……、魔王を倒すつもりなどさらさらないとまで……!!」
「え、ちょっと待てよ、それ、本当に?」
 リリルの愚痴は、流石に聞き流せなかった。
 勇者でありながら、そんな発言をする者がいるわけがない。

「ええ……、お仲間の女性は使命に準じているようでしたが……、肝心の勇者があれでは、舵を失った船も同然です!!」
「そのお仲間の女性って、ウェーブの髪の?」
「……ええ、確かカイラ、と名乗っていました」
 憤慨しているリリルに、エレナが確認を取った。
 エレナは彼らの内情を知っているのだろう。
 だが、アキラにとっては理解の外だ。

 その勇者は、魔王を討つことを拒んでいるという。
 そういう意味では、リリルにとって、相性は最悪だ。

「あのスライクって男にキレてんのよね?」
「キレ……、え、ええ、憤りを覚えているのは確かです。不覚にも、一緒にいた小さな子を泣かせてしまいました」
「あなた見る目あるわね」
 エレナが同意するように深く頷いた。

 使命に燃えていない。
 エレナが憤りを覚える。

 その二つの情報で、アキラはその勇者の像がある程度絞り込めてきた。

 小さな子の件は理解の外だが、とりあえず、態度は大きいのだろう。

「はあ……、何故、あんな方が……、」
 リリルの愚痴も、佳境に入ったようだ。
 アキラは一息吐き、視線を森林に向ける。

 今頃エリーは、南部の護衛地に戻っているだろうか。

「……、あ、それより、先ほど魔物が現れたと聞いたのですが、」
「あ、ああ、それはもう大丈夫」
 アキラは答えながら、ちらりとエレナを盗み見た。
 エレナは涼しい顔のまま。
 彼女がいれば、もう、護衛は万全のような気もする。

「すみません、陽動の可能性もあると聞いて、私はずっと、サルドゥの民を……、」
「いや、いいって」
 リリルの言葉には、勇者としての自覚がこもっていた。
 大きな瞳を森林に鋭く向け、警戒心を新たにする。
 もしかしたら、憤りをぶつける場所を探しているだけかもしれないが。

「そだ、それより、俺たちのテントがボロボロに、」
「……、待った」
 そこで、イオリが口を挟んだ。
 イオリは目を細め、リリルを見据える。

「それ、誰から聞いたのかな?」
「?」
 イオリの真意が掴めない。
 アキラは表情を怪訝にし、言葉を待つ。

 だが、嫌な予感はした。
 イオリがこういう表情をしているときは、間違いなく、妙なことが起こっているのだ。

「口ぶりからすると、ここにずっといたようだけど、」
「え? ええ、いましたが……、ラースさんをご存知ですよね? 彼が戻ってきて、」
「……!」
 アキラの中に、ふつふつと、悪寒が湧き上がってくる。

「ラースさん、ここにいるのかよ!?」
「え、ええ。私と彼でサルドゥの民と祭壇を守っていたのですから」
 リリルが視線を向けたのは、巨大な馬車。
 それは、ラースがその中にいることを示唆している。

「エリサスは? もう一人いなかったか……!?」
「エリサス? 護衛を受けた方ですか?」
「っ、」
 首を振るリリルに素早く反応し、アキラは森林に視線を移した。
 深い闇が、木々の隙間を総て埋めている。

「……! あ、ああ、君たち、」
 そこで、一人の男が馬車から飛び出してきた。
 ローブの背に垂らした、金の長髪。
 ラースだ。
 僅かに焦った様子でアキラたちに駆け寄り、視線を全員に配る。

「今馬車から“勇者様”が……、……あれ? あの子は?」

 ラースの言葉は、完全なるダメ押し。
 やはりエリーは今、ここにはいない。

―――**―――

「……、」

 星明かりも遮られる森林の中、スカーレットの光がふらふらと動いていた。
 離れた位置からそれを見れば、まるで深夜の森林を徘徊する人玉のように見えるのだろうが、幸か不幸かそれを視認できるものはその場にいない。

 そしてその光の主、エリーは、ただ淡々と、森林の見回りを継続していた。
 虫の音や、自身が木の枝を踏みつける音が漏れても、ただただ沈黙し、無表情で。

 最後の見回り地、西部の護衛ポイントを回ったのち、魔物の雄叫びが南部から響いた。
 獣の雄叫びは、襲撃の合図。
 ようやく、依頼の本番が始まった。

 共に回っていたラースは陽動の可能性もあるとサルドゥの民の元に戻り、エリーはアキラたちの元へ急いだ。
 だが、そこで待っていたのは、大群のガンガコング。
 そして、アキラの奇妙な攻撃。
 イオリの土曜属性のような、相手の硬度に依存しない、中から揺さぶるような特殊な攻撃だった。

 これで、ラースの言葉は実証された。
 日輪属性に、出来ないことはない。
 威力は未だ絶対的に足りないが、アキラは、周りの影響を受け、成長できるのだ。

 喜ばしいことではないか。

「……、」
 それなのに、エリーは何の表情も浮かべていなかった。

 瞳を細め、ただただ無言で森林を歩く。
 下手をすれば、あの半分の眼の、無口なマリスに間違われるかもしれない。
 だがその自分の妹の方は、薄暗い森林を歩いても木を踏み砕かないほど、無音ぶりが徹底されているのだけど。

「……、」
 何故自分はその光景を見て、声さえかけられなかったのだろう。

 アキラが育った。
 それは、良いことなのだ。
 攻撃対象も、攻撃効果も、エリーとほとんど範囲が被っていたあの男が、特殊な攻撃を覚えた。
 これは、自分たちにとっては大きなプラスだ。

 総てを照らし、総てを惹きつける日輪は、そうであるからこそ価値がある。

 なのに、何故か心が冷える。

 日輪の力に心が冷やされたことは、これで二度目だ。

 一度目は、アキラの持つあの銃の力を、別の視点で見てしまったとき。
 日輪属性の、正体不明の具現化が、伏線も想いも総てを消し飛ばしたときだ。
 最近、とんと見なくなったが、エリーはあの力を、正直嫌いになっている。

 そして、二度目は、今。
 だが今は、微妙に、違う。

 アキラが自分から離れている、という点では同じ。
 だが、それは、彼が歩いて、だ。
 望ましい。
 それが、成長だ。
 日輪属性の“勇者様”は、日輪属性らしく、成長している。

 それなのに、心は冷えた。

「……、」
 一瞬振り返り、そしてなお歩く。
 エリーが今向かっているのは、先ほど回ったばかりの西部の護衛ポイント。

 自分が守るべき南部からは背を向けているが、問題はない。
 いや、それどころか、他の旅の魔術師たちが護衛する必要さえないだろう。

 旅の魔術師たちは、流石にヨーテンガースにいるだけはあって、屈強揃い。
 見回ったときに会った、各地点を二、三人ほどで守っている者たちは、存分にその使命を果たせるだろう。

 だが、もう、必要もないのだ。
 先ほど、アキラたちがガンガコングと戦っていた地点に、最強の守護神が現れたのだから。
 空に巨竜が現れたときは流石に焦ったが、彼女がそこから飛び降りてきた以上、敵ではないのだろう。

 その、現れた女性。
 エレナ=ファンツェルンがいれば、いかなることが起きようとも、バオールの儀式は遂行される。

 エレナが現れた瞬間、加勢するのも馬鹿らしいほど、安定感を覚えたのだ。
 だが、闘争心は瞬時に萎え、エリーはその場から静かにとんぼ返りしてしまった。

 今は、静かに歩くだけ。
 全く燃えてこない。
 胸の奥底、根底から、心を燃やす燃料が漏れているようだ。
 きっと、心に穴でも開いているのだろう。

『力があるから、当面悩んでいない』

 ふいに、エレナの言葉が脳裏に浮かんだ。
 彼女は語った。
 悩みのない人間などいない、と。

 それは彼女自身にも、そして、天才の妹も同じと言っていた。
 だが、彼女たちは、悩んでいるようには見えない。

 それはやはり、力があるからだろうか。
 自分にも力があれば、こんな些細なことなど笑い飛ばして、前に進めるのだろうか。

 たかが自分の思い通りにならないという、小さな悩み。
 いや、力があれば、自分の思い通りにならないなどということさえ起こらないのだろうか。

「……、っ、」
 エリーは首を振った。
 自分は今、何を考えたのだろう。

 自分を今襲っている憤りに、とっくに名前を付けているかのように思考が進んでいた。
 要するに自分は、アキラが思った通りに動いてくれないから気に入らないのだ、と。

 自分のことなど無関心にイオリと話し、自分の攻撃方法をあっさりと投げ捨てイオリのように攻撃した。
 それが気に入らないのだ、と。

 今までずっと、自分がアキラの魔術の師だった。
 流石にそろそろ務めきれなくなってきていたが、それでも攻撃方法は通じていたのだ。

 それが今日、完全に分岐した。
 あの博識なラースが語った、日輪属性の正しい育て方。
 それは、自分がアキラから遠ざけてしまっていた、月輪属性のマリスに任せるべきであったということらしい。

 きっと、全部裏目に出ていたのだ。
 自分の計画は。

 そうであるなら、自分は何をすべきなのだろう。

「……、」
 エリーは僅かに足を西に向けた。
 西部の護衛ポイントから逸れ、ベックベルン山脈の方面にふらふらと歩き出す。

 先ほど見回ったばかりのところに行くのは妙だ、という理由を付け、更に外側の警備に当たる。

 とりあえず今は、誰にも会いたくない。

―――**―――

「本当に信じられません……、騒ぎを大きくして……!!」
「いや、その、悪い……、」
「い、いえ、そのエリサスさんを責めているわけではなく、」

 アキラは隣で気まずい表情を作ったリリルに、首を振って返した。

「いや……、ほんとに悪い」
「……、」

 今、アキラたちは、森林を進んでいた。
 アキラが手に持つ松明はメラメラと燃え、森林を明るく照らす。
 その光に映し出されたリリルのオレンジのローブを見失わないようにしながらも、アキラは森林に視線を泳がせた。

 いなくなったエリーを探すべく、アキラたちは手分けして森林に入っていた。
 “ヨーテンガースの洗礼”の言葉通りの魔物に出遭ったアキラは、この森林の危険性を十分に理解させられている。
 だから、リリルと組んで回っているのだ。

 エレナは一人で東に向かい、イオリは南。
 もう一組の“勇者様御一行”、その内二人が北を探している。
 そして、ラースはサルドゥの民の護衛を務めていた。

 ただ。
 その中の主要人物である肝心の“勇者様”は、探される立場になっていた。

「いなくなるなんて……!!」

 リリルの憤慨した口調は、明らかに、スライクという勇者のみに向いていた。
 共にいたらしい、小さな女の子もいなくなったというのに、だ。

 馬車から飛び出てきたラースの話では、二人はいつの間にか馬車から姿を消していたらしい。
 離れた場所で話していたとはいえ、アキラたちにも気づかれずに、だ。
 リリルはそれを聞いて、即座にその男が勝手に出歩いていると断定。
 彼女の口ぶりは、森林の中に単身は行ってしまった“勇者様”の身を案じていないことだけは確かだった。

「……、」
 だが、アキラの意識は、リリルとは別の行方不明者に向いていた。

 エリーが、いない。

 アキラたちが魔物の襲撃を受けたとき、エリーは自分たちの元へ向かったとラースは言うのだ。
 それなのに、自分たちは彼女に会っていない。
 どう考えても、何かがあったとしか思えなかった。

「……、」
 だが、それと同時に思うことはある。
 エリーは、十分に強い。

 この森林。
 魔物が強いとはいっても、森林というだけはあって木曜属性の魔物が多そうだ。
 相性で勝る火曜属性のエリーなら、問題なく通行できるだろう。

 それなのに、彼女はいないのだ。
 何かがあった。
 そう考えるのが一番妥当。

 だが、それなら騒ぎがあってもいいはずなのだ。
 もしかしたら、エリーは、勝手に出歩いているのではないだろうか。

 その予感は徐々に肥大していく。
 どうしても、彼女がラースと共に見回りに向かう際、自分に見せた表情が気になる。
 彼女の瞳はあのとき、冷えていた。

「……、何、考えてんだよ……、」
「え?」
「いや、リリルじゃないって」

 怪訝な表情を浮かべたリリルに、アキラは目を瞑って返した。

『見てなきゃ分からない』

 そんなことを、あのときエリーは言っていた。
 でも、分からないのだ。
 見ていたのに、分からない。

「アキラさん、お仲間の方、心配ですよね……」
「……ああ、」
 スライクに対する怒りを抑え込んでリリルが呟いた言葉に、アキラは頷いた。

 心配だ。
 本当に。

 エリーは一体、何を考えて、

「っ、アキラさん」
「……?」
 思考の渦に沈みかけていたアキラを、リリルの声が呼び戻した。

 リリルはアキラを庇うように前に立ち、腕で庇う。
 “勇者様”たる自覚ゆえか、凛として、目の前の木を睨んだ。

「……、なに? 魔物か……!?」
「でしょうね……、その木の向こうに……!」
 リリルが睨む先は、一本の木。
 アキラがそこを照らしても、その大木からは何も感じなかった。

「……前から思ってたんだけど、どうやったらそういうの分かるんだよ? 気、とかか?」
 アキラは松明を左手に移し、剣を抜く。
 リリルの手前、あまり戦いたくはないのだが、流石に事情が事情だ。

 二人して緊迫した表情を、まっすぐにその木に向ける。
 だが、意識を向けると、アキラにも、何か妙な違和感が浮かんできた。
 確かにその木の向こうに、何かがいる。

 小柄なリリルはさらに腰を落とし、手のひらを木に向ける。
 完全に、戦闘態勢だ。

「……、ちっ、」
「……!」
 二人に睨まれた木から、一人の男が姿を現した。

 白髪に、長身。
 大剣をだらしなく腰に下げ、大まかな動作で現れる。
 妙に挑発的な瞳は、まっすぐリリルを捉えていた。

「何しに気やがったんだ? お前ら」
「っ、あっ、あなたは……!!」
 リリルの戦闘態勢が、さらに強くなる。
 しかし彼女の空気は、殺気ではなく敵意に変わった。

「かっ、千客万来だなぁ、おい」
「っ、」
「……、」
 アキラは魔物ではない存在が現れ、剣をただ提げた。
 二人は、何故か睨み合ったまま動かない。

 だが、一つ分かる。
 リリルが敵意を向ける人間は、一人くらいしかいない。

「あれが……?」
 リリルは敵意を向けたまま、首を縦に振った。

 やはりあの男が、スライク。
 白髪に長身。そして何より睨みつける瞳が特徴的な、もう一人の“勇者様”、だ。

 だが、

「あ? やんのかよ?」
「……、」
 リリルはスライクに向けたままだった手を下ろした。
 だが二人は未だ睨み合ったまま。

 やはり、リリルと比べると、あの男が“勇者様”だとは信じられない。

 凛としているリリルに対し、たちの悪いチンピラのような瞳を向けるスライク。
 ローブをしっかりと羽織っているリリルに対し、普段着のような服装にそのまま剣をだらしなく下げたスライク。
 明らかに、二人は対極に位置している。

「はっ、下らねぇ」
 スライクはそれだけ呟くと、そのまま腰を下ろした。
 木に背を預け、腕を組んで座り込む様は、あくまで挑発的。
 どう見ても、敬われる立場の人間の態度とは思えなかった。

「あなた、突然いなくなって……!!」
「テメェだっていきなり出ていったじゃねぇか……。人のこと言えんのかよ、“勇者様”」
「っ、あなたは……!!」
 リリルは座ったままのスライクに詰め寄り、怒りをそのままぶつける。

 アキラは二人のやり取りを、ぼんやりと眺めていた。
 リリルは、自分のことを忘れているのではないのだろうか。
 取り残されたような感覚に陥り、アキラは剣を収め、スライクたちに近づいた。

「あんたが、エレナを連れてきたのか……?」
「あ?」
 下から睨みつけられているのに押しつぶされそうになる重圧。
 それを感じつつも、アキラは一歩も引かずにスライクを見下ろす。
 やはり、敬う対象には見えない。

「エレナ……? ああ、あのアマか……、つーことは、てめぇが、だったのか……、」
「……!」
 スライクの猫のような瞳が、僅かに鋭くなった。
 僅かに笑いながら立ち上がり、今度はアキラを見下ろす。
 頭一つ分は高いその長身からの重圧は増加し、アキラは松明を強く握った。

「マメな野郎が多いもんだなぁ、おい」
「話は終わってません!!」
 リリルの大声で、スライクはアキラに向けていた瞳を面倒臭そうに移した。

「っぜぇ……、騒ぐな。あの修道院の女と同じように喚きやがって……。こっちはこんなところまで連れて来られて……、挙句あの人数。群れんな」
「っ、あなた自身、お仲間と群れているようですけど?」
「あいつらが勝手についてきただけだ。……知るか」
「っ、ああ言えばこう言う……!!」
 欠伸を噛み殺しながら返答するスライクの行動は、リリルの怒りを順調に加速させていく。
 流石に止めるべきかと思うのだが、アキラは極力、話題が自分に映るのを避けたかった。

「あなた、こんな場所で何をしているんですか……?」
「はぁ? 俺の勝手だろ」
「っ、“勇者様”が消えて騒ぎになっている以上、あなたの勝手では済みません!!」
「ちっ、」
 リリルの言葉はようやく届いたのだろうか。
 スライクは大きく舌打ちし、親指で森林の奥を指す。

「先に言っとくが……、お前が知りたいとかほざくからだぞ?」
 スライクはそのまま背を向け、指した方向に大股で歩く。
 彼には光源が必要ではないのだろうか。
 猫のような鋭い眼はその奥を睨み、そのまま進んでいく。

「一体……?」
「……、……!」
 アキラは二人の背を追いながら、あることに気づいた。
 この場にある光源は、自分の持つ松明だけ。
 だが、それは妙だ。
 自分たちが今いるのは、ガリオールの地の西部。
 ここには、光源がもう一つあるはずなのだ。

 すなわち、西部のポイントを守る、魔術師たちのたき火―――

「……!?」
「っ、おっ!?」

 スライクが立ち止まったポイントで、アキラは松明を前にかざす。
 そして、その行動を、後悔した。

 そこには、

「……、な、な、な、」

 リリルは驚愕して動きを止め、アキラは開いている手で口を抑えた。

 踏み散らかされたたき火の残骸。
 荒らされたテント。

 そして、その場に倒れ込んでいる、二人の男女―――

「な、な、な、」
 アキラは松明の光をその場から遠ざけた。
 良く見えなかったのが唯一の救いか。
 だが、重なり合うように倒れている二人は、明らかに、こと切れていた。

「無抵抗で殴られまくればこういう感じになる……、酷いもんだなぁ、おい」
「っ、あなたが……!?」
「おいおい、どうしてそうなる? “ヨーテンガースの洗礼”だろ」

 スライクは別段慌てた様子もなく呟く中、アキラは必死に口を押さえていた。

 “ヨーテンガースの洗礼”。
 その言葉を、アキラは軽視していた。
 初めて見る、自然死以外の死体。

 その光景に、胸の鼓動は止まらない。
 自分は初めて、魔王の脅威にさらされた空間に入ってしまった。

「血の匂いがしたから来てみたら……、これだ。つーことで俺はこの場の護衛がてら座り込んでた。満足したか?」
「な、な、な、」
「テメェはそれしか言えねぇのか……。珍しくもないだろ。……っ、んだぁ?」
 引き返そうとしたスライクの手を、リリルは止めた。
 そして更に表情を険しくさせ、スライクを見上げる。
 視線は、あまりにも強い。

「この依頼を受けた魔術師たちは、屈強な者たちばかりです」
「……あ? これで、か?」
「っ、そうです! その魔術師たちが、襲撃され、殺された。この事態に、あなたは誰にも知らせずこの場に座りこんでいたのですか!?」
「知るか。俺は依頼を受けていねぇんだからな」
「っ、あなたは!!」

 死者の前で、スライクはあくまでそれ相応の接し方をとらなかった。
 今度こそ断言できる。
 この男は、スライクは“勇者様”ではない。
 それどころか、人間として大切なものが欠落しているようにも思えた。

「……、アキラさん。埋葬を手伝っていただけますか……?」
「っ、え、俺!?」
 ついに、リリルの視線がアキラに向いた。
 松明で照らさないように必死に離れていたアキラは、諦めてリリルに近づく。

「止めとけ。最近やたらと視界にちらちら映る修道院の女がやるだろ……。素人が手ぇ出していいのか?」
「っ、それでも、悼まなければ……!! ああっ、私がいたのに……、」
 リリルは必死に目を瞑り、倒れ込んだ二人に近づいた。
 仰向けに動かし、手を組む。
 その光景を、アキラは松明で照らすだけだった。

 まだ、ショックが抜けない。

 死体の腫れた頬が視界に入るだけで、アキラの手は口を押さえ付ける。
 これが、“ヨーテンガースの洗礼”。

「……、っ、私が……!!」
 リリルは何度もそう呟いていた。
 期待に応える“勇者様”。
 その責務に、押し潰されているのかもしれない。

 こんな小柄な少女が泣きそうな顔で死体を悼んでいる中、スライクは離れた場所で木に背を預け、欠伸をしていた。
 同じく何もできていないアキラだが、流石にその光景には憤りを感じる。

「……あんた、いい加減にしろよ……!!」
「あ?」
 呟くつもりだったその言葉は、思ったより強くアキラの口から出てきた。
 スライクはそれを正しく広い、猫のような瞳で鋭くアキラを射抜く。

 今度は、気圧されたりはしない。

「せめて、伝えに来いよ……!!」
「んな義務、俺にあるか? 護衛がいなくなって危険なここの守りを放棄してまでか?」
「っ、」
 そんなことは、どうでもいい。
 全く話が通じないスライクに、アキラは強く視線を返した。

「そんな“死”。世界には溢れ返ってる。倒れた奴のことなんか、振り返ってられるか」
「そういう話をしてんじゃねぇよ……!!」
「かっ、」
「っ、」
「アキラさん、」
 跳びかかろうとしたアキラを、リリルが止めた。

「あなたは勇者ではありえません。誰が何と言おうと、それだけは確実です」

 リリルのスライクに対する怒りは憎悪に変わり、今すぐにでも攻撃しそうなほど。
 死体に祈りを捧げ終わったリリルは立ち上がり、小柄な身体を震わせてスライクを睨んだ。

「おめでてぇなぁ、おい。俺は勇者だと名乗った覚えはないぜ?」
「っ、何を、」
「魔王を倒すつもりなんざ、さらさら無いって言ってんだ。やってられるか、んなもん」
「っ―――」
 ついに、リリルが動いた。
 腕をかざし、それをそのままスライクに向ける。

 そこから漏れる光は、

「銀!?」
「―――レイディー!!」

 森林の闇を、シルバーの光が散らした。
 リリルの手のひらから矢のような魔力が飛び出し、そのままスライクに向かっていく―――

「―――っ、」

 バチン、と、スライクが突き出した片手で光が爆ぜた。
 リリルの攻撃を受け止めたのは、スライクの手から漏れたオレンジの光。
 シルバーの矢を握り潰したスライクは、猫のような金色に光る瞳を鋭くリリルに向ける。

「月輪……、劣化属性じゃねぇか」
「っ、」
 激昂に任せ、スライクを攻撃したリリルはその場に座り込んだ。

「……、申し訳……、ありませんでした」
 座り込んだリリルから漏れた言葉は、今の攻撃に対する謝罪のみ。
 だが、それで気は落ち着いたのか、リリルはそれ以上の攻撃をしなかった。

「月輪属性……、なの?」
「……ええ、」
 アキラが言葉をかけると、リリルはようやく立ち上がった。

「日輪でなくとも、勇者は名乗れます。“三代目”の勇者、レミリア様のように」
「……、」

 アキラは、アイリスという神と出逢ったヘブンズゲートでの話を思い出す。
 自分たちは、門番たちに神との面会を拒絶された。
 そしてそのとき、マリスは言っていたのだ。

 日輪属性は、ほとんど“勇者様”ではあるが、そうでない場合もある、と。

「だから私は、勇者を名乗るんです……。日輪属性の者以外は、戦果によって“証”を勝ち取るんですから」
「……、」

 アキラはそれに、言葉を返せなかった。
 日輪属性ではないのに、魔王を討つべく一人で旅をしているリリル。
 勇者を名乗り、期待をかけられ、それに応える。
 それが、リリルの在り方なのだろう。

 リリルは、アキラとも対極だ。

「それなのに……、あなたは日輪属性なのに……、そこにいるのに……、こんな……、」
 リリルは並んで倒れている二人をちらりと振り返った。

「こんなことを……!!」
「だから俺がやったんじゃねぇって言ってんだろうが。話聞く気あんのか……!?」
 スライクの言葉に、リリルは身体をさらに震わせた。

 リリルから見れば、日輪属性の者は、恵まれた場所にいる。
 仲間を集め、魔王を討てる日輪属性。
 それなのに、スライクは、そうであるのにそうではない。

 それが、どうしても許せないのだろう。

「テメェが勇者を名乗るのは勝手だ。恩恵も期待も勝手に受けてりゃいいじゃねぇか。俺はどっちもごめんだ」

 二人の価値観はあまりに違う。
 月輪属性なのに勇者を名乗り、恩恵も期待も受けるリリル。
 日輪属性なのに勇者を名乗らず、両者を拒絶するスライク。

 そして、アキラとも。
 完全に煮え切っている両極の二人。
 立ち位置が決まっているから、確固たる発言ができるのだ。

 だが、自分は、その狭間を行き来しているだけ。

 ならば、自分は、どうあるべきなのだろう。

「かっ、下らねぇ……、それより、おい、お前」
「……?」
 震えたまま動かないリリルを通り越し、スライクの瞳がアキラを捉えた。

「アキラ、とかいったか……?」
「……、あ、ああ、」
 エレナから聞いたのだろうか。
 アキラの名を口に出したスライクは指でベックベルン山脈の方角を指した。

「赤毛の女、知り合いか?」
「……!?」
 その言葉に、アキラは松明を落としそうになった。
 そうだ。
 自分たちは、エリーを探しに来たのだ。

「お前……!!」
「だから何で俺が睨まれなきゃなんねぇんだ……。さっき、そんな女がふらふら山に向かって行ったぜ?」
「……!!」
 アキラは反射的に山脈を見た。
 視線を移すさなか、視界に入ってしまったのは二人の死体。

 そうだ。
 この森は、危険だ。
 その上、山脈に近づくにつれて魔物も強くなっていく。

「くくく……、テメェがどっちのクチかは知らねぇが……、いいのか? ほっといて」
「……、っ、」
「……!」
 アキラが駆け出そうとした瞬間、リリルがはっとしてスライクの周囲を見渡した。

「そうだ……、あなた、キュールという少女は?」
「……、あ?」
 名前が出て、スライクは表情を変えた。
 睨みつけるような瞳が、さらに強くなる。

「あなたと一緒だとばかり……、」
「あのガキ……、消えやがったのか?」
 スライクの猫のような瞳は、適当に泳ぎ、そしてベックベルン山脈を捉えた。

「ちっ……、めんどくぇなぁ、おい」

―――**―――

「……、そっちも、だったわけ?」

 現在、ガリオールの地には激震が走っていた。
 エレナたちが森林から持ち帰った情報によって。

 夜も深まったガリオールの地の中央では、巨大なたき火が煌々と燃え、その前に集まったのは五人。
 一様に表情を強張らせ、警戒心新たに森林を睨む。
 他のサルドゥの民は、馬車の中で震えていることだろう。

 だがエレナは、血の気の引いている修道院服の女性に静かな瞳を返した。

「っ、そ、そちらも……、」
 その修道院服の女性、ウェーブの髪が特徴的なカイラは、エレナの言葉からただ事実だけを聞きとり、きつく目を瞑った。
 スライク率いる、もう一組の“勇者様御一行”。
 その中で、“召喚の魔術師”を務めるカイラは両手を胸の前に当て、祈るように震えている。

「カイラ、また、お願いできるか?」
 その隣に立つ杖を背負った男、マルドがカイラの肩に手を置く。
 “杖の魔術師”を務める彼は、カイラと組んで北部に向かっていった。
 当然、同じものを見たのだろう。
 表情は、堅い。

「……ええ。わたくしがやるべきでしょう」
「……、日が昇るまでは、とりあえずほっときなさい。今はここを守った方がいいでしょ」
「そうはいきません!」
 エレナの言葉に、カイラは反発し、睨み返した。

「あんな……、あんな光景を見てしまえば……、わたくしの役目は決まっています……!」
 カイラは、エレナと鋭く視線を交わし、東部の森林に向かって歩いていく。

 “あんな光景”。
 それは、エレナも覚えている。

 松明を頼りにエリーを探しにいった東部の森林。
 妙な胸騒ぎがして進んで行けば案の定。
 そこには、依頼を受けていたと思われる二人の男が倒れていた。

 たき火やテントは無残にも踏み荒らされ、その中央で倒れていた死体。
 身体中を殴打されたのだろう。
 先ほど見た、ガンガコングの群れにでも襲われたのだろうか。

 だが、妙だ。
 ヨーテンガースの依頼を受けた者が、あれほど無抵抗にやられるとは。

「……待ちなさい。一人で行く気?」
「どうあっても行きます。弔いができるのは、わたくしだけでしょうし、」
「……ちっ、」
 エレナは頭をガシガシとかいた。
 カイラは修道院で学んだ使命に燃えているのだろう。

 だがそれにしても、危険だ。

「先に、西部の護衛地を見た方が良くないか?」
 そこで、ラースが口を挟んだ。
 サルドゥの民の護衛を務めていた彼も、エレナたちの情報によって表情を険しくしている。
 遊撃が担当だったのは彼にとって幸運なのだろう。
 口ぶりからして、彼も、西部を守っていた魔術師たちの状態は察している。

「そう、ですね……、」
 ラースの言葉に、カイラは足を止めた。
 エレナ、そしてカイラとマルドの見てきた東部と北部は全滅。
 そうであれば、西部の魔術師たちは、現在危機にひんしている可能性もある。

「そうだ、それに、イオリさん、だっけ? 彼女も探さないと……、」
「あっちはあっちで問題ないでしょ」
 マルドの懸念を、エレナはあっさり切り捨てた。

 イオリが向かったのは、そもそもアキラたちが担当していた南部であり、そこは現在無人。
 別段異変を見つけることもなく、エリー探索を継続しているだろう。

「っ、貴女たち、本当に仲間なんですか……!? こんな危険な森に、一人で、」
「問題ないっつってんでしょ。あの魔道士は、あんたたちより数段強いわ」
 確かに、エレナにとって、イオリはどこか好かない。
 だが、そもそもそんな懸念は必要ないのだ。

 魔道士たるイオリ。
 彼女の実力は、自分やマリスを超えはしないまでも強大だ。
 経験値もさることながら、彼女には切り札の召喚獣もある。

 急を要するかもしれないのに、人員を割いてまで彼女を呼ぶ必要はない。

「とにかく、西部に行きましょう」
 僅かな個人的理由も加味し、エレナは連絡を放棄した。
 乾いた瞳は、西部に向く。

 恐らく手遅れなのだろうが、ある意味最も合理的な行動だ。

「私が行ってくるから、あんたたちはここを、」
「西部は……、特に危険だ」
「……?」
 エレナが歩き出そうとしたところで、今度はサルドゥの民の族長、ヤッドが止めた。
 依頼を任せた魔術師たちが実質壊滅した今、彼は大らかな表情を捨て、危機感を持った表情を浮かべている。

「ずっと前だが……、同じようなことが起こったらしい」
「……なに、それ?」
 エレナが聞き返すと、ヤッドはさらに表情を険しくした。

「俺がサルドゥの民になる前に、だが……、依頼を受けた魔術師たちがやられた事件が、前にもあったんだ」
「……、そのときも、全滅してたの?」
 ヤッドは、今度は首を振る。

「いや、一か所だけだ。それが、西部。ベックベルン山脈の直前だ」
「……、」
 エレナは山脈を眺めた。
 ガリオールの地において、最も危険なその箇所。
 町を抜け、平原を進み、そして最も人の住む場所から離れた山。
 その境。
 そこで、かつても悲劇が起こったらしい。

「そのときは、依頼を受けた奴がふざけて山脈に行ったらしい。だから俺は、西部を担当する奴らには、必ず言うことにしている。“山に近づくな”、と」
「っ、」
 そこで、カイラの表情が変わった。
 エレナも表情を強張らせる。

「そういえば……、俺も聞いたことがあります。バオールの儀式の由来は、“山の逆鱗”を鎮めるためにも行う、と」
 ラースはちらりと白い布を被った儀式の舞台を見た。
 その舞台は、西部の山に向かってセットされているのだ。

「まあ、確かに……。一説にはそうなっているな」
 博識なラースの言葉に、ヤッドは頷き返した。

 だが、まずい。
 非常にまずい。
 エレナは頭を抱えた。

 そんな伝承が、ここにある。
 そして、そんな伝承を、ものの見事に引き当てる男が、そこに向かったのだ。

「まずっ、」
「え、ええ、」

 エレナの脳裏に浮かんだ言葉を、カイラとマルドが口にした。
 まさかと思って見てみれば、二人の血の気が引いている。

「まさか、」
「スライクとキュール……、あいつら、西部に行ってるんじゃ、」
「それに、あの女性の勇者様も……!!」
「ちっ、」
 エレナは大きく舌を打った。

 アキラだけじゃない。
 そういうものを引き当ててしまう人間が、ここにはもう二人いるのだ。

「私はもう行くわ! それと、そこの修道服も行くんでしょ!?」
「っ、カイラです!! スライク様のようなことを言わないで下さい!!」
「天罰喰らうって? もう喰らってわよ……!」
 エレナは、ついに駆け出した。

「そこの二人はここの護衛。あの魔道士戻ってきたら、ここで待機するように言っといて……!!」
 エレナはラースとマルドに指示を与え、森林に駆け込む。

 消えたエリー。
 そして、“勇者様”が三人も向かった西部。
 ベックベルン山脈の伝承。

 何か起きないわけがない。

―――**―――

「ひぐ……、ひぐ……、」
「……、」

 孤児院で培った経験が、何一つ生きなかった。

 エリーは木に座り込んだままの少女を見下ろす。

 かなりの大回りで見回りをしていたエリーの耳に、奇妙な声が聞こえてきたのは数分前。
 何事かと警戒しながら近づけば、一人の小さな女の子がすすり泣いていたのだ。

 森林を抜け切り、険しいベックベルン山脈が姿を見せたここは、木々に遮られていた星が姿を現し、ぼんやりと明るい。

 その下、色彩の明るい髪の少女は、それとは間逆に位置する涙で腫れた表情を浮かべていた。
 エリーが近づいたとき、僅かに顔を上げてからは、少女はひたすら蹲って泣き続けている。

「……、」
 恐い。
 あっけに取られていた感覚が戻ると、エリーは次に、恐怖を浮かべた。

 薄暗い森林。
 たった一人の自分。
 凶悪な魔物が巣くう空間。

 そんな中で、この少女はしんしんと泣いているのだ。
 ホラーだ。
 まるで。

 だがその少女は、いきなり笑い出したり、不意をついて襲ってきたりすることなく、ただひたすらに泣いている。
 ある意味最も、対処できない。

「……えっと、お名前は?」
「……、」
 少女は鳴き声を小さくすると、再び顔を上げた。
 同じ高さに座りこんだエリーの顔が、少女のくるりと大きな瞳に映る。

 まるで初めて孤児院に来た子供だ。
 酷い人間不信のような顔。

 流石にここまで酷いのは見たことがないが、努めて柔和な笑みを浮かべるエリーに、少しだけ興味を示してくれたようだ。

「キ……、」
「キ?」
「キュ……、」
「キュ?」
「ール……、」
「キュルちゃん?」
「ぅぅ……、キュール……、キュール……、ぅぅ……、」
「……、そ、そう、キュールちゃん……? あたしはエリサス……、エリー、よ?」

 泣き腫らした顔に向かい合いながらも、ようやく互いの名を交わせた。

 その間、五分ほど。
 エリーは刺激しないように近づいた。
 まるで爆発物を取り扱うように、慎重にキュールの隣に腰を下ろす。

「えっと……、迷子になっちゃったのかな……?」
「……、」
 キュールはコクコクと首を縦に振る。

 肯定、だろう。
 だが、事態は依然として謎だ。

 キュールの服装は、エリーよりもさらに簡易なプロテクターのようなものだった。
 戦闘用というより、子供が転んで怪我をしないように付ける程度。
 暗い表情は、確かに迷子にしか見えない。

 だが、場所が場所だ。
 ヨーテンガース大陸の、ガリオールの地。
 こんな危険な空間に、迷子などいるはずがない。

 依頼を受けた旅の魔術師の中にも、サルドゥの民の中にも、こんな子供はいなかった。
 たまたまこの近くを通りかかった者たちの中にいて、そして逸れたのだろうか。
 それでも無理がある。

 事情を聞き出したいところだが、どうしても、キュールが口を開くには時間がかかりそうだ。

 自分も、見回りという依頼の責務がある。

「……、じゃ、じゃあ、キュールちゃん、あたしと一緒に逸れた人探そっか」
「ぃ……、やぁ……、」
「っ、そ、そっか、そっか、……いやかぁ……、」

 エリーは成す術なく、頭を抱えた。
 赤毛の前髪を指で弄り、対面のベックベルン山脈を眺める。

 森林はここで終わり、険しい岩肌がその姿を現わしていた。
 エリーの視線の先には、まるで境界線が引かれているかのように草木も途中で途切れ、登るにはロッククライムに挑まなければならないような傾斜のある山。

 こうしたベックベルン山脈の光景は、エリーもかつて見た。
 自分の生まれた村。
 山に囲まれた小さな村。

 そこでは、決してベックベルン山脈に入ってはならないと言われたのを思い出す。
 忘却の彼方にあった、小さな記憶の欠片が蘇った。

 危険度が異常に高いベックベルン山脈に囲われた、この大陸。
 だからこのヨーテンガースの入り口は一つだけなのだ。

「……、」
 こうして座っていると、緊張感も薄れ、疲労からか眠気も襲ってくる。
 見ているだけならば、何の問題もない。
 幼いときも、こうしてそれを眺めていたのだから。

 だが、そうするわけにはいかない。

 隣の少女を一人にはできないのだ。
 こんな場所では。

 キュールは依然として口を閉ざし、すすり泣くような声を漏らし続けている。
 自分は、会ったばかりの小さな少女の表情を晴らすことはできないのだろう。

 ただ一人、そんなことができるスキルを持った男を知っている。

「……、探しに来なさいよ……、ほんっとに……、」
 隣のキュールに聞こえないほど、エリーは呟いた。

 勝手に自分が一人になったことは間違いない。
 だが、自分が身動きできない今、アキラが遠くで笑っていると思うと何かもやもやとする。

 相手はイオリだろうか。
 それとも、現れたエレナだろうか。
 いや、あの女性の“勇者様”、リリルかもしれない。

 ああ、本当に、

「……!」
「っ、」
 エリーはそれを感じ、即座にキュールの腕を引いて立った。

 途端引かれてキュールは表情を強張らせたが、今は構っていられない。
 泣き叫ぼうが、何をされようが、座ったままでいるわけにはいかないのだ。

 今、背中で確かに感じた、危険な空気。

 エリーはキュールを庇うように立ち、森林を睨む。

「グ……、」
「……!」
 スカーレットの光を右手に宿し、それを突き出せば、現れたのはガンガコングの群れ。
 威嚇するように叫びこそしなかったが、緑の体毛に覆われた身体は震え、臨戦態勢を整えていた。

「っ、下がってて……!」
「ぅ、ぁぁ……、」
 現れた魔物に怯え、キュールは後ずさる。

 見回りをしていたのだから、そろそろ遭うとは思っていた。
 だが、問題はない。

 ガンガコングは木曜属性。
 土曜属性のイオリが、召喚獣さえ使わずに倒せていたのだ。

 相性で勝る自分が、倒せない道理はない。

 だが、“場所が悪すぎる”。
 ここで騒ぎを起こして、ベックベルン山脈の魔物に気づかれたら、

「―――、」
 エリーはキュールから離れ、瞬時にガンガコングに詰め寄った。
 即座に相手をせん滅する。
 それが今、取るべき行動。

「スーパーノヴァ!!」
 エリーの動きにガンガコングは反応できず、スカーレットの拳撃を腹部に受けた。
 鋭いその一撃は森林の闇をかき消し、月下に映える。

「っ、」
 詠唱含むエリーの上位魔術攻撃は、確かにガンガコングを吹き飛ばした。
 しかし、エリーの腕に残る重い衝撃。

 ガンガコングの魔力は総て身体能力向上に当てられ、肥大化した筋力は鎧のように強く、堅い。

 だが、

「―――、」
 今度は隣で腕を振り上げていたガンガコングを蹴飛ばした。
 堅いとはいえ、木曜属性。
 正しく魔力を込めて攻撃すれば、十分に倒せる。

「っ、」
 ガンガコングの注意を自分だけに引きつけることに成功し、エリーは攻撃を見舞う。
 スカーレットは煌々と輝き、ガンガコングにすべからく死を与える。

 静寂が打撃音と魔物の爆音にかき消される中、しかし静かに、エリーは冷えた心に思考を浮かべていた。

 倒せるのだ。
 この攻撃でも。

 そんなことを浮かべ続ける。

 相手が堅いからといって、この攻撃方法で倒せないわけではないのだ。
 別に、土曜属性のように、相手を揺さぶって攻撃しなくても、倒せる。

 だから、きっと、自分は間違っては、

「―――!?」
 エリーが最後のガンガコングを殴り飛ばした瞬間、魔物の爆発音をかき消す地鳴りが響いた。
 表情を一変させて振り返ってみれば、自分が下がっていろと指示したキュールが、きょろきょろと周囲を見渡している。

 そこまで下がるとは思わなかった。
 エリーとキュールの距離は、すでに遠く離れている。
 彼女の背は、森林の草木を超え、防衛線を超え、確かに岩山に触れていた。

「っ―――、」

 不可侵領域、ベックベルン山脈。

 それが、今、破られた。

「今すぐそこから離れて!!」
「―――!?」

 エリーの叫びと同時、キュールの隣の岩盤に亀裂が走った。
 岩山の中から何かが突撃したような、蜘蛛の巣状の跡。

 キュールの背丈と比べれば、十倍はあろうかという巨大なそれからは、バチバチとグレーの魔力が漏れ出す。

 そしてなおも亀裂は膨らみ、山脈自体が揺れ動く―――

「ぅぅ……、っ、」
 キュールは怯えてエリーに元に駆け寄ってきた。
 落石を器用に避け、息を弾ませ走り続ける。

 まるでこの世の終わりのような表情を浮かべたキュールはエリーに駆け寄り、足にしがみついてきた。

 ゴオンッ!!

 それと同時、ついに亀裂の走った岩盤がはじけ飛んだ。
 あるいは爆弾を用いれば、ここまで見事に爆ぜるのだろうか。

「ガ……、ガガガグッ、」

 月下、エリーのスカーレットの光が照らすその先。
 ワニのように巨大な口が現れた。

 四足歩行の土色の巨獣。
 動物に例えるのなら、丸々と太ったカバが一番近いだろうか。
 野太い四本の脚は足元の岩にも亀裂を作り、背には岩をそのまま装備しているような外観。
 山の中から現れた衝撃で落ちてくる岩を、その広い背中で受け、それにすら気取られず緩慢な動作で穴から這い出てくる。

 だが、その存在が有するのは、生命を持つ肌ではなく、そのまま岩で作り上げたような身体。

 人の形はしていない。
 だが、エリーは知っている。

 この魔物が、ゴーレム族に分類されることを。

「土曜属性の魔物……、ゴズラード……!!」
 エリーはその土色の魔物を見上げながら呟いた。

 まさかここに巣があったとは。

 常識外れだった巨大マーチュほどではない。
 あくまでイオリの召喚獣、ラッキーより小さいサイズだ。
 サルドゥの民が乗っていた、あの馬車程度だ。

 それでも巨大であり、アイルークでは見ることすら叶わない存在だが、エリーは知っている。

 この程度の魔物は、“ここ”にいる。
 不自然ささえない。

 ゴズラードは、“ヨーテンガースの洗礼”の代表格なのだ。

「……!!」
 エリーがゴズラードの睨みを全身で受けている中、再び地鳴りが響いた。
 そして現れたゴズラードの隣の岩盤にも同じ亀裂ができ上がる。

 エリーは知っている。
 ゴズラードは門番なのだ。
 ベックベルン山脈に足を踏み入れた者を襲う、獰猛な魔物。

 ベックベルン山脈に近づく者を討つためだけに生み出され、岩山に潜んでいる。
 ゆえに、その門番は。

 より良くその目的を達成するため、群れをなしている―――

「あああっ!!」
 エリーは足でキュールの震えを感じながら、その光景を呆然と見ていた。

 キュールの背が、ベックベルン山脈に命を与えたように総てが揺れる。
 もう手遅れだ。

 逃げようが何をしようが、あれはエリーとキュールを貪欲に追い続ける。

 いや、あれらは、だ。

「っ、っ、」
「……、」
 パニックに陥ったキュールを庇い、エリーは一歩前へ出た。

 現れたゴズラードは、五体。
 この護衛を突破して、ようやくベックベルン山脈に入れると言われる、危険な存在。

 だが、戦わなくては。

 激戦区の魔物だが、通常の敵なのだから―――

―――**―――

「っ、お前、もっと急げよ……!!」

 アキラの手の松明だけが唯一の光源の、薄暗い森林。
 そのアキラの背後をのんびりと歩く白髪の男、スライクは、猫のように金に光る瞳をそのまま向けた。
 その瞳には、何の焦りも浮かんでいない。

「はぁぁ~? 急ぎたきゃとっとと行きゃあいいじゃねぇか」

 アキラが急かしてもこの様子。
 スライクの歩みは変わらない。

「俺はテメェらが死体弄り何かしやがったから、気晴らししてるだけだ」
「っ、小さな子を探してんだろ……!?」
「ああ、それもあったな……、まあ……、暇潰しにはなんだろ」
「っ、」
「放っておきましょう、アキラさん。この男に何を言っても無駄です」
 立ち止まりかけたアキラを、リリルが止めた。
 スライクと会話することを放棄し、ただ黙々と森林を急ぐ。

 アキラたちは、西部の護衛地から離れ、そのままベックベルン山脈に向かっていた。
 連絡を欠くという、スライクと同じ行動をとってしまっているのだが、アキラにはそんなタイムラグも許せない。

 あまりに危険な予感がするベックベルン山脈に、エリーが向かってしまったというのだ。
 一刻を争う。

 幸運にも魔物は現れず、順調に歩を進めたアキラたちの足元は、森の柔らかい土から徐々に山の高度に変わり、傾斜も出てきた。
 ヨーテンガースへの海路を制限する岩山、ベックベルン山脈に、順調に近づいている。

「それに、キュールという子に罪はありません。エリサスさん同様、急いで探し出さなければ」
「はっ、そんなに急ぐことかねぇ……、」
「……、」

 アキラはスライクに、言葉を返さなかった。
 来ている、ということは、見捨てるつもりは無いのだろう。
 そう信じたい。
 だが、言葉の節々から、どうしても、懸念しているような感覚がしないのだ。

 今も自分のペースで歩いているだけだ。

 キュールという少女を、アキラは知らない。
 だが、リリルの言葉からして、この場に不釣り合いなほどの子供なのだろう。

「……、キュールって子、大丈夫なのか?」
「あ?」
 アキラは、ぼそりとそう漏らした。

 こんな場所に不釣り合いな小さな女の子。
 だがそれは、裏を返せばこの場にいられるほどの子供、ということだ。

 にわかには信じ難いが、キュールという少女は、相当な実力者なのかもしれない。

「まあ……、死にゃあにしねぇだろ。朝までに見つければ」

 どちらともつかない答えが戻ってきた。
 スライクの投げやりな回答に、アキラは表情を険しくする。

 どの道、急がなくては。

「―――!?」
 途端揺れた足場に、アキラたち全員が歩みを止めた。

 森林の木々が暴れ、何かの生物が逃げ出すような、慌ただしい森林の揺れ。
 断続的に聞こえる大岩が砕ける音が響き、そしてなおも、振動は続く。

「これは、」

 地震。
 そう判断したいところだったのだが、低い雄叫びが聞こえては、希望的観測は叶わなかった。
 これは、大型の魔物が現れた振動だ。

 そしてその場所は、

「っ―――、」

 アキラが松明を握り締めた先、いち早くリリルが駆け出した。
 向かう先は、ベックベルン山脈。

「っ、」
 僅かに遅れアキラも駆け出す。
 前を走るリリル身体は、銀の光を纏っていた。

 松明に頼らない、照明の魔術。
 魔力を温存していた彼女は、すでに臨戦態勢。

 今なお響く地鳴りを聞きながら、アキラは揺れる地面を駆けた。

 確信できる。
 パターンだ。間違いない。

 この依頼の“ボス”の存在。

 そして、“彼女”はその場にいる、と。

「―――」
 走り続けてリリルに並び、なおもアキラは速度を上げる。
 手に持つ松明は鬱陶しくも燃え続けるが、それでも腕を振り、前へ進む。

 そして、見えた。
 胸騒ぎが最高潮に達した瞬間、木々が薄れ森林が終わりを告げる。

 星の光に照らされて明るいその空間。
 アキラはわき目も振らずに飛び込んだ。

「……!!」
 弾かれるように森林を突破した瞬間、アキラは足を止めた。

 そこから僅かに離れたベックベルン山脈。
 急な斜面の岩山の麓、大穴が開いている岩山の前、岩で形作られたカバのような巨大な魔物が、数体存在している。
 それらはグレーの光を纏い、その全てを攻撃に割いているように見えた。

「……?」
 あまりに危険な匂いのする魔物を前にして、しかしアキラは唖然とした。
 即座に襲いかかってきそうな獰猛な身体つきをしているのに、その魔物たちは飛び込んできたアキラを無視し、ただひたすらに、群れで囲った一か所に突撃を繰り返している。

 その魔物たちは、スクラムを組んでいるかのように、そこを攻め続ける。
 あるいは、たった一つの餌を奪い合うひな鳥だろうか。

 はた目からは、同志討ちをしているようにしか見えない。

 一体、

「ゴズラード……!? 山脈の魔物が……、……?」
 アキラに僅かに遅れて入ってきたリリルも、同じように急停止した。

 二人して息を弾ませながら眺めるその光景は、あまりに奇妙。
 リリルも銀の光を纏いながらも、呆然とした。

「……?」
 恐る恐る近づいたところで、アキラに奇妙な物が見えた。
 グレーの魔力を漏らすゴズラードというらしい魔物が囲う、その場所。
 巨体に囲まれた中、グレーの光の間から、ときおりイエローの光が見え隠れするのだ。

 イエロー。
 金曜属性の魔術の色だ。
 だがその光は、金曜属性のサクが見せるものより、遥かに色濃い。

「……かっ、また面倒事を……、」

 そんな言葉が聞こえた瞬間、アキラとリリルの間を疾風が駆けた。

「―――!?」
 アキラがそれを、オレンジの光に包まれたスライクだと視認できた頃には、その男はゴズラードの群れに詰め寄っていた。

「ガゴゴ―――ッ、」
 突如背後から迫った侵入者に反応する間もなく、ゴズラードの群れは吹き飛ばされる。

 五、六頭のゴズラード。
 その巨体が宙を舞い、当然のように岩山に叩き付けられる。

 現実離れの光景を演出した一撃は、スライクが横切りに片手で放った大剣。
 爆ぜたオレンジは、その空間からゴズラードのみを吹き飛ばしていた。

「……ちっ、まとめてぶった切ったんだが……、相変わらず堅ぇな、おい」

 振り抜いた剣をそのままだらしなく下げたスライクは、その場に残った存在を呆れたように見下ろした。

 その視線の先には、たった今、ゴズラードの群れが囲っていたイエローの光。
 その発行体は、まるで小規模なドームのような形状を取り、外界から中の世界を断絶していた。

「……あ、あああっ!!」
 その中央。
 小さな女の子が泣き腫らした顔を上げた。

 本当に、子供だ。
 こんな場所には不釣り合いな。
 だが、恐らく彼女が、いなくなったキュールという少女。

 そしてその発行体の作り手。

「……! お、お前!!」
「……、」
 そのキュールの隣に視線を向けたアキラは、即座に駆け寄った。
 発行体の中、座り込んでいたのは赤毛の少女、エリー。

「あん、た……、」
「大丈……、っ!?」
 ようやく見つけたエリーに詰め寄ろうとして、アキラは弾かれた。

 エリーとキュールを囲っているイエローの球体。
 透明感があり、やわそうな囲いは、触れただけでその硬度が伝わってきた。

 これは、

「あああっ!!」
「っ、」

 途端、ドームが消えた。
 中心でそれを形成していたキュールはスライクの足に飛びつき、抱え込む。
 長身のスライクの長い足に抱きつく姿は、本当に、子供だ。

 だが、その彼女が今、この、ゴズラードの攻撃を防ぎきった球体を作り出していたのだ。

「離せクソガキ……。蹴り飛ばすぞ」
「でもっ、来てくれたっ、来てくれたっ、」
 スライクの底冷えするような声にも、キュールは足にまとわりつくのを止めなかった。

「“盾の魔術師”……、やはり金曜属性なんですね……。土曜属性まで遮断するとは……、」

 一歩離れてキュールを眺めるリリルが呟いた。
 だがアキラはそれを聞き流し、今度こそ、エリーの前に座り込んだ。

「お前、大丈夫かよ……!?」
「う……、うるさい、」
「うる……、って、お前勝手にいなくなって……、その、」
 怒鳴ろうとしたアキラの言葉は、エリーの有様に尻つぼみになっていった。

 見ればエリーの拳を守るプロテクターは歪み、膝当てもひしゃげている。
 堅い何かを攻撃し続ければこうなるだろう。

「……なによ?」
「いや……、とりあえず立てるか?」
「立てない!!」
「っ、お前は……、」

 何を意固地になっているのか。
 装備は破損しているが、エリーの身体そのものは大したダメージを受けていないように見える。
 先ほどのゴズラードと戦い、そのあとはずっとイエローのドームに守られていたのだろう。

 それなのにエリーは顔を伏せ、身体を震わせていた。

「とっとと倒しなさいよ……。銃でも何でも使って。言っとくけど、あたしみたいな攻撃方法じゃ弾かれるわよ……!!」
「っ、いいから立てって!!」
 アキラは強引に腕を引き、エリーを立たせた。
 それでもなおエリーは視線を外し、不機嫌そのままに視線を泳がせている。

「……かっ、随分頑丈だなぁ、おい」
「……!」
 そこで、ようやくキュールを足から剥がし終えたスライクが呟いた。

「ガキ。うろちょろするなよ」
「わっ、ああっ!?」
 片手でキュールを持ち上げ、背後にぞんざいに投げる。
 そして、投げた先で転がるキュールを見もしない。

「おっ、おいっ、」
「いえ、アキラさん。今ばかりは、」
 スライクの行動を珍しく咎めず、リリルは視線を岩盤に向ける。

 そこには、先ほどスライクが弾き飛ばしたゴズラード数体が身体を起こしていた。
 身体には凄惨たる巨大な切り傷が入っているが、緩慢な動作ながらも未だ戦闘不能になっていない。

「……!?」
「……あ?」

 その、ゴズラードの群れの隣。
 無残に砕かれた岩盤の隣に、亀裂が走った。

 そして岩盤を弾き飛ばして現れる、岩で形作られた新たなゴズラード。
 総勢、十は超えているだろうか。

 振動による落石の中、いつしか見える範囲の岩盤は総て砕かれ、それに対応する魔物が現れる。

 星空の下、巨大な魔物の大群は、アキラたちを完全にせん滅対象と認識していた。

「そん、な、」
「びびってんならガキのお守でもしてろ」
「な、」

 リリルに嘲るような言葉を浴びせ、スライクはふらふらとその群れに近づいて行った。
 この場にいる誰もが震えている中、表情一つ変えていない。
 そして大剣を掲げ、それをまっすぐにゴズラードの大群に向ける。

「随分な歓迎だなぁ、おい」
「―――!!」

 アキラは一瞬、スライクの姿を見失った。
 だが即座に目印のオレンジの光を見つける。

 光り輝くスライクは、最も近くのゴズラードに、横切りに大剣を振った。

「っ、」
 アキラの呼吸が止まった。
 その一撃は、ゴズラードの巨体をものともせずに弾き飛ばす。

「ガゴゴッ!!?」

 堅い岩で形作られていなければ切り裂かれていたであろう。
 辛うじて弾き飛ばされるだけに終えたゴズラードだが、その勢いのまま岩盤に叩きつけられうめき声を上げる。

「っ、」
 その隙を縫い、ゴズラードの一頭がスライクの横から突撃を繰り出した。
 しかしスライクはそれに一瞬で察知し、その場を跳ぶように離脱。
 そして再び駆け出すと、今度はそのゴズラードさえも切り飛ばした。

 軽々と大剣を片手で操り、“戦場”を“狩り場”へと変える。

 圧倒的な身体能力。
 それは、動きの鈍いゴズラードが取られられるものではなかった。

「……、」
 こんな無抵抗な戦いをアキラは見たことがある。
 身体能力にあかせた、暴力的な行動。

 これは、

「日輪属性……、木曜特化……!!」
 ふいに、エリーが呟いた。
 彼女はスライクの存在を知らなかったのだから、驚愕もひとしおだろう。

 だが、エリーは、あのスライクの力の正体を知っているようだ。

 木曜特化。
 言葉の意味は定かではないが、確かにスライクは、日輪属性でありながら、エレナのように身体能力を急激に上げている。

「―――、」
 スライクが大剣を見舞うたび、ゴズラードの巨体が宙を舞った。
 そして一体、また一体と爆ぜていく。

 耐久力がある相手のようだが、スライクの勝利は動かない。

 強すぎる。
 チートクラスの力だ。
 本当に、エレナのような。

「あの人は……、来てくれた……、」
「……?」
 足元から、声が聞こえた。
 身体をさすりながらよたよたと歩み寄ってきたのはキュール。
 キュールの瞳は、目の前のオレンジが爆ぜる光景のみを捉えている。

 興奮しているのか、惹かれるように戦いに近づくキュールをリリルが抱き込むように止めた。
 だが、キュールはそれが目に入っていないかのように足を動かし続ける。

 あんな男でも、彼女にとっては、“勇者様”なのだろう。
 態度はどうあれ、スライクはここに訪れ、彼女を救っているのだから。

 彼は、壮絶だ。

「……、」

 なら自分は、誰にとっての“勇者様”だろう。

「……、リリル」
「……、え、あ、はいっ、」

 スライクの戦いを呆然と眺めていたリリルに、アキラは呟いた。
 一瞬隣に立つエリーに視線を配り、一歩前に出る。

 全員の視線が向いている、スライクの戦い。
 放っておけば、戦闘は勝利で終えるだろう。

 何もしなくとも、だ。

 だが、傍観者のようにここに立っていては、“結果”は訪れない。

 今、自分がスライクに対して覚えているもの。

 憤り。
 嫉妬。
 劣等感。

 そんな単純な言葉では表せない。

 “勇者様”であることを拒むスライクが、ここまでしているのだ。

 だから、どうしても、動きたい。

 そして何より、エリーを助けに来たのは、“自分なのだ”。

「“ファロート”、使えるか……?」
「っ、あんた……?」
「……え?」

 アキラの言葉に、エリーとリリルは表情を変えた。

 ファロート。
 身体中の時間を速め、壮絶なほどの戦闘能力を纏える月輪属性の魔術。
 モルオールでカリス副隊長やその召喚獣と戦ったとき、アキラがマリスにかけてもらった魔術だ。

 そして、その反動も、アキラは経験済み。

「つ、使えますが……、でも、」
「頼む……!!」
 リリルの反論を、アキラは口で封じた。

 分かっている。
 スライクに任せれば、それだけで、戦闘が終わる。
 だがアキラは今、結果が欲しかった。

 日常でも勇者を名乗らず、戦地で傍観する。
 そんなものは、“勇者様”でも何でもない。

 煮え切らない自分。
 機嫌の悪いエリー。

 それを解決するには、“結果”が必要なのだと思う。

 自分の口は、人の機嫌を治すようなことを吐き出せない。
 だから、態度で示していく。

 あの銃だけは、駄目だ。
 だが、それ以外なら、その場しのぎでもなんでもいい。

 今は、とにかく、“結果”が欲しいのだ。

 どこかに、“立ちたい”。

「……、っ、ファロート……!!」
「―――!!」

 アキラの視界が、急激にスローに動いた。
 身体中が銀の光に包まれ、煌々と輝く。

 分かる。
 経験済みなのだ、この世界を。

 認識能力も上げてもらい、アキラはゴズラードの群れを睨む。
 並べる。
 今なら、スライクに。

 このファロートの反動は、知っている。

 “結果”の対価。
 身体中の激痛。
 そしてそれに伴う、肉体的損傷。

 だが、自分は、こんなものしか賭けられない。

「なんで、」
「……、」

 背後のエリーの言葉が届き、アキラは僅かに振り向いた。
 彼女もこの対価を知っている。
 馬鹿な行動だと思うだろう。

 現実的には意味のないのに、対価を払うことを。

 だがアキラにも意地はある。
 大切なことなのだ、それは。

 そして。

 煮え切らない自分も、いい加減に卒業しなければならない。

「俺は、勇者だ」
「……!?」
 宣言した言葉は、リリルにも届いた。

 だが、どう思われてもいい。
 失望されても、期待をかけられてもいい。

 それに、購い、応える。

 自分は、そうあろう。

「だから俺は、戦う!!」

 アキラは群れに突撃した。
 スライクのみを危険対象としていたゴズラードに迫っていく。

 新たな脅威の出現にゴズラードが構えるも、襲い。
 アキラは剣を抜き放ち、文字通り岩肌の背中に付き立てた。

 そして流し込む、爆ぜるような魔力。
 その攻撃のみに特化した一撃は、重く深く、ゴズラードの命を削る。

「ガゴゴッ!!?」
「っ―――、」
 呻いたゴズラードを確認し、アキラは即座にその場から移動する。
 次の獲物を視認すると、またも接近し、剣を振り下ろした。

 隙だらけになろうと、今の自分の速力ならば、ゴズラードに成す術はない。

 あと、六体―――

「テメェ……、火曜特化か……!!」
 鋭くなった認識能力が、スライクの呟きを拾う。
 呟きながらも、スライクはゴズラードを切り飛ばしていた。

 それに構わず、アキラは剣を振るう。
 インパクトの瞬間に魔力を流し込む攻撃方法。

 自分の一番得意な攻撃だ。
 何度も何度も、“自分の魔術の師”から盗んだ一撃。

 いかに相手が堅かろうと、今の速力なら、威力は常軌を逸している。

「かっ、随分荒いなぁ、おい」
「うっせぇっ!!」

 完全に声が聞き取れる領域までスライクに接近し、二人でゴズラードの群れに攻撃し続ける。
 アキラは速度にあかせて相手を切り裂き、スライクは身体能力にあかせて相手を切り飛ばす。

 いつしかエリーも飛び込み、リリルはアキラにかけたファロート維持に努めながら魔術で敵を討つ。
 アキラとスライクに任せていれば安全だろうに、だ。

 四人が集団戦の役どころにはまり、ゴズラードの群れを倒し続ける。

「……、」
 全員、煮え切っている。
 アキラはゴズラードを切りながら、そんなことを思った。

 何をすべきか。
 そんなもの、最初から分かっている存在は、ごく少数だ。

 だから、動いて探す。
 口を動かすより、身体を動かして、それを求め続けるのだ。

 ふらふらと、足元はおぼつかない。
 そんな足取りでも、動いて、動いて、まるで舞うように世界を横断し、いつか自分の“キャラクター”を見つける。
 見つけた“キャラクター”が気に入らなくなれば、そこからまた、動けばいい。
 そしてまた、同じ足取りで、歩き出す。

 踊る、世界。

 そんな世界で生きている。
 結果として意味があるかどうかは、どうでもいい。
 確かな足取りなんて、取らなくていい。

 そして見つければいいのだ。

「っ―――、」
 最後の一体は、スカーレットの光が捉えた。
 損傷の著しいゴズラードの隙を見切り、エリーが叩き込んだ一撃は、重く深く沈む。

 最後の魔物の爆音が響いたところで、全員の動きが止まった。

「はっ、はっ、はっ、」
 アキラは身体を震わせ、呆然と全員を見やる。

 エリーは息を弾ませ、ふっと笑っていた。
 リリルは目を瞑り、身なりを整えている。

 そして、

「やっぱりここにいたわね……、」
「っ、スライク様!! それにキュールも!!」
「……!」
 森林から、エレナと修道院服の女性、カイラが現れた。
 エレナは呆れたように、カイラは呆然と、荒れ果てた山脈を眺める。

「スライク様、ここでなにが、」
「知るか」
 二人と入れ替わるように、スライクは大剣をしまい、森林に入っていった。
 その背後に、小さな女の子を連れて。

「……、」

 来るぞ。
 スライクを追ったカイラの背中を眺めながら、アキラは身体を覆うシルバーの光が徐々に薄れていくのを感じていた。

「っ、ぐっ!?」
 銀の光が消え切った瞬間、血管全てが弾き飛ぶような激痛が走った。
 身体の中で暴れる、“結果”の対価。

 だが、アキラは大地を踏みしめ、踏み留まった。
 視界が歪む。
 どちらが上か下かも分からない。

 だが、それでも、ここに立つ。
 自分は、こうあるべきなのだ。

「ちょ、ちょっと、アキラ君?」
「……、戻ろう、ぜ……、」
 今声をかけてきたのはエレナだろうか。
 それすらも認識できず、アキラは森林に向かった。

 今、何人が自分の周りにいるか認識できない。
 だが、不確かな足取りでも、アキラは森林を目指した。

「……、」
 むくれ上がった大地に足を取られながらも、ひたすらに森林を目指す。

 松明も何もなく、星の光が遮られた暗い森林。
 そこに足を踏み入れたところで、アキラは膝から崩れた。

「……?」
 アキラは、自分が倒れたと思ったのだが、地面の衝撃がなかった。

 薄れゆく意識。
 そこで、

「いいから掴まんなさい」
「……ほんっと、よくやるわ」

 そんな声が、聞こえた気がした。

―――**―――

「状況を、説明して欲しいっす」

 アキラが意識を取り戻したのは、クラストラスだった。
 解散場所として選ばれた港町。

 潮風が頬を撫でるこの場所は、やはり、肌寒い。

 自分を運んだらしいサルドゥの民の馬車から這い出ると、半分の眼の少女にかち合った。
 色彩の薄い銀の髪に、同色の眼。
 無表情なマリスは、無表情なりに、抗議するようにアキラをまっすぐ見据えている。

「おうおうおうっ、アッキー、寝不足ですかい!?」
「……アキラ様、また、何か……?」
 マリスの隣には、ティアとサクが立っていた。
 サクは叫ぶティアを押さえつつ、焦点が定まっていないアキラの瞳を心配そうに覗き込む。

 アキラは微妙な笑みを返して、馬車の階段に座り込んだ。
 身体の節々は、未だ痛む。
 頭には妙な痛みが残り、視界さえくらくらしていた。

 ファロートの反動は、相変わらずのものらしい。

「……、」
 サルドゥの民は、馬車の中にはいなかった。
 視線を這わすと、その集団が、正装に身を包んだ男たちと話していた。
 彼らはこのクラストラスの護衛団だろうか。
 恐らく、依頼で起こった事件の報告をしているのだろう。

「……ああ、アキラ。目を覚ましたみたいだね」
「……、イオリ……、」
「ああ、みんなも来たのか……、」
 遠くの集団から、一人の少女が駆け寄ってきた。
 いつしか集合していた居残り組の面々を眺め、小さく苦笑する。

「お前、報告とか……?」
「ん? ああ、あの女性の“勇者様”と一緒にね……」
 イオリは僅かに目を伏せ、視線を僅かに集団に向けた。
 そこでは、リリルが何かを説明している。
 彼女の目に、自分はどう映ったろう。

 考えるのも億劫で、アキラは視線をイオリに戻した。

「本当はラースさんが適任なんだろうけど……、どこに行ったのかな……? いつの間にかいなくて、」
「……、そだ、もう一人の勇者は……!?」
「いや、彼らなら儀式が終わった途端飛び去っていったよ……。随分移動に長けた召喚獣みたいだね……」
 イオリは空を見上げた。

 確かにアキラの脳裏にも、ガンガコングと戦っていたとき空を飛んでいたスカイブルーの巨竜は刻み込まれている。
 そして、どうやらバオールの儀式はつつがなく進行したようだ。

 どうせなら見たかったのだが、族長のヤッドの説明で、大方想像がつく。

「エリサスとエレナも二人でどこかに行ってしまったよ……。流石に徹夜で疲れたのかな」
「……、そっか」

 アキラは小さく返した。
 はたして、エリーの機嫌は直っただろうか。

 結局倒れ込んだ自分を見て、失望したかもしれない。
 だけど、今の自分には、あれが精一杯なのだ。

 だから、きっと。

「……、」
 アキラは目を瞑った。

 これでいい、はずだ。

 そう、小さく呟きながら。

「……だから、」
 そんなアキラを見ながら、マリスはもう一度呟いた。

「状況を説明して欲しいっす」

―――**―――

「流石に中々役に立つものを作ってくれるなぁ……、ガバイドは」

 クラストラスから離れた平原。
 潮風が薄れた空気の中、一人の男が呟いた。

 金の長髪が特徴的な男、ラース。
 だが、彼の口から出たのは、先ほどまでの若々しいものではなく、どこかしがれた呟きだった。

「……、」
 ラースはローブの中から、小さな石を取り出した。
 深いスカイブルーの宝石。
 透明で菱形のそれの中には、儚くも確かに小さな光が宿っている。

 所有者の属性さえも変える、マジックアイテム。
 名前もまだついていないほど発明されたばかりのその宝石を、ラースは握り、砕いた。

「……、」
 手からこぼれるスカイブルーの欠片。
 もう、用はない。

 この、マジックアイテム。
 所有者の属性を変えられる半面、大きく魔力が削ぎ落される。

 使用用途などほとんどないのだが、例えば、“目立ち過ぎる色”を隠すには大きく役立つ。
 特に、今のような潜入時には。

「……、」
 ラースはサルドゥの民の儀式、そして、昨晩の事態を思い出す。

 友好的にある程度の関係を築き、自分の“キャラクター”を作った。
 すなわち、気配りできる、頼りになる男、と。

 安易なものでいい。
 深い関係を築く必要もない。
 ただそれだけで、旅の魔術師たちは自分が分け与えた食料に、警戒心を抱かないのだから。

 “勇者様御一行”を除く、全ての魔術師に配り終えた食料。

 毒薬を混ぜたわけではない。
 魔術さえ使っていない。

 ただ単に、睡眠性のある薬物を含ませただけ。

 それをすれば、“依頼が翌日までに及ぶと思っていなかった”という疲労も重なり、危険な森林で寝込むことになるのだ。
 あのどこか抜けている女性が担当になるようにするのも、依頼の時間を書類から削除するのも、随分と根回しをする羽目になったのだが。

 囮一つのため数名の魔術師たちを犠牲に捧げたが、その方が、“らしい”であろう。

 だが、これで、自分の描いていたゴール。
 “勇者様は無事な状態でバオールの儀式が行われる”という結果に辿りつけた。

「……、」
 手に残った宝石の欠片を、ラースはこねるように握りながら、僅かに笑う。

 魔物の襲来で全員が慌てる中、儀式のやぐらに細工を施すのは思ったよりも苦難を強いられた。

 だが、あれで、作用は逆になる。

 魔王の力を神に捧げる儀式は、異なる形で完成された。

 ほんの、僅かな力。
 だが、万全を期すために、その僅かも惜しいのだ。

 慎重に、確実に。
 そして、誰にも知られずに。

 そうすることで、完成される。

「……、」
 ラースは僅かに振り返り、クラストラスを眺めた。
 平原の向こうにある町並み。

 今頃、魔術師たちの死で、色々と騒ぎが起きていることだろう。

「三人……、か」
 小さく呟く。

 出逢った“勇者様”の候補。

 現状、三人。
 だが実際、誰でもいい。
 誰でもいいのだ。

 “スイッチを押せるのなら”。

「……、」
 “彼”は笑い、手に残った煤を払った。

 キラキラとその手からこぼれるスカーレットの宝石の欠片。

 それらは、オレンジの光に燃えていた。


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