【習作&ネタ?】真・恋姫†無双 ~~陥陣営・高順伝~~ 第47話 汜水関・三戦目。孫権は、一瞬何が起こったのか理解できなかった。勝った! と思った瞬間に、来るとは思っていない急斜面からの一斉掃射、それに続く騎馬突撃・・・。そして、一呼吸遅れて飛来した一本の矢が、孫権の頭飾りの一部を射抜いたのだ。「くっ・・・。」何が起こったのか理解するまでに僅かな時間を要した。その隙を徐栄が見逃すはずもない。「せえいっ!」「ちぃっ!」徐栄の振るった槍が孫権の頬を掠めた。人間の本能が働いたのだろう、孫権はその場から大きく後ろへと飛びずさった。その僅かな時間を縫って、徐栄は華雄を庇うように立ち塞がって槍を構えた。。「孫権様!」甘寧が慌てて駆け寄ってくるが、頬の薄皮一枚斬られただけだ。血もわずかにしか出ていない。「大丈夫よ、それより・・・。」孫権は、こちらを目指して突進してくる部隊に視線を向けた。その先頭を走る騎馬武者がいるが・・・兵から見れば恐怖そのものだろう。黒紫に輝く髑髏の鎧兜に身を包んだ漆黒の巨馬。それに跨る・・・あれは何だろう、髑髏の龍の鎧兜を身につけた・・・鬼!?そう、鬼としか思えない。あれほど重そうな鎧、すさまじく巨大な、刀のような大槍。傍らにいる甘寧も、驚きに目を見張っている。なにより、あれほどの斜面を馬で駆け下がるとはどういうことなのだ。いや、あの鎧武者だけではない。その後に怒涛のように続いてくる騎兵隊。あの坂で転げ落ちたら・・・周りにいる馬に踏み潰され、蹴倒されて死ぬのが目に見えている。そんなものすら顧慮せずに・・・。どれほどの恐れ知らずなのだ?いや、それよりも華雄達を先に討つべきだ。そうしてから迎撃を・・・。そう考えた孫権だったが、それは僅かに遅かった。この時、すでに高順と楽進が孫権の陣を横から突破しはじめていたからだ。汜水関横脇の急斜面から突撃を仕掛けた部隊。それを自分の陣営から見ていた者がいる。公孫賛、孫策、曹操、そして劉備。その配下の武将達。~~~公孫賛の陣~~~「あ、あれは・・・」最初、公孫賛はその鎧武者が高順だとは解らなかった。だが、あの巨躯を誇る馬。その傍らを進む楽進の姿に「間違いない、高順だ・・・!」と確信した。趙雲がいたことにも驚いたし、張燕からも彼らは董卓軍に所属しているとも聞いていたからいずれは出てくると思っていたけれど。「まさか、この状況であの斜面を・・・。」あれは、自分には真似ができそうにない。いや、白馬義従にだってあんな無茶な事を遂行できる奴はいないだろう。孫策隊に援軍を送るべきかと思いもしたが、袁術軍が前を塞いでいて出れそうにない。諦めるしかない、か。と公孫賛は呟いた。しかし、彼らがどれほどの活躍をしても・・・それも長くは続くまい。戦力差が大きく、正直に言って董卓に勝ち目はない戦いだ。(できることなら、高順達には逃げ延びて欲しいのだけど・・・。)~~~劉備の陣~~~「うわっ・・・ねえ、愛沙ちゃん。あれ、あれ!」「な、なんですか・・・って、あれは・・・まさか、高順!?」「うおおおー、すごいのだー!」3姉妹が驚きに声を挙げた。そういえば、趙雲がいたのだ。高順がいてもおかしくはない。が、あれほど無骨な鎧を着るような男だっただろうか? と愛沙は自問してしまうがそれはどうでもいい事だ。あんな無茶をする男でもないと思っていたが・・・あれから彼も研鑽を積んだということか。高順を知らない鳳統や諸葛亮は「誰でしゅかー!?」と若干噛んでいたが。~~~曹操の陣~~~「ふぅん・・・やっぱり、いたのね。」曹操は驚きつつも心のどこかで納得していた。趙雲という武将が使用していた武器に、過去に自分が使用していた青釭の刀が装着されていたのを知っていたのだ。高順に与えた武器を何故あの女性が? と思っていたが、なるほど、そういうことか。得心がいったところに、彼女の愛人である夏侯惇・夏侯淵姉妹が走ってきた。「かか、華琳(曹操の真名)様ー! あれ、虹黒ー! 虹黒ですよね!」「華琳様、あの武者は・・・高順でしょうか?」「ええ、そうでしょうね。あんな馬、この大陸にそういるものではないわ。それに少し形が変わっているけど・・・何と言ったかしら、三刃戟に似た武器を持っている。」答える曹操だったが、曹操の傍に侍っていた荀彧は夏侯惇に冷ややかな視線を。曹操の親衛隊の一人である典韋は夏侯淵を見て首を傾げた。「うるさいわねぇ・・・そんな大声出さなくても聞こえてるわよ!」「なんだとー!?」この2人の喧嘩はいつものことなので、夏侯淵も典韋も気にしていない。「あのでかい人・・・お知り合いなんですか、秋蘭様(夏侯淵の真名)?」「む、そうだ。昔、1度だけだが共に戦ったことがある。・・・褚猪は一度あった事があるな。」そういわれて、同じく曹操の親衛隊である褚猪は考え込んでから、「あー! あの時の兄ちゃんかあ!」と思い出した。そう言われても、彼のことを知らない典韋である。つい曹操に聞いてしまった。「その高順と言う人、どんな人なのですか?」「そうね・・・甘すぎるわ。そして、その甘さに人が集まってくる。不思議ね男ね、異民族でも差別せず周りに置いているのだから。」劉備とは違う形の甘さで、現実を見ながらも結局甘い決断ばかりするような男だ。その甘さがあるからこそ劉備同然に人が集まってくるのだろうか。彼もそうだが、彼の周りに集まった人材も魅力的な者が多そうだ。「ふふっ、欲しいわね。あれを引き抜けば一気に我が軍の陣容は厚くなる。」理と利を得るために、董卓の政治状況を知りながらも出陣してきたが・・・利、の部分は相当大きそうだ。「得られれば」という仮定の話でしかないから「そうも言っていられないか」と曹操は自戒した。思案する曹操を他所に、夏侯惇と荀彧は威嚇行動を始めている。「なんだこらやんのかー!」「きぃぃいっ! あんたなんか、あんたなんかー!」「・・・・・・はぁ。」いつも仲の悪い夏侯惇と荀彧の罵り合いを見て「・・・高順、この2人の仲立ちして宥めてくれないかしら?」と割と心底から思う曹操。それより、と曹操は気を引き締めた。(前よりは実力は上がってるのでしょうね、高順。倚天と青釭を与えたのよ、成長していなければ許さないわ。)「むがー!」「むきー!」「おいおい、姉者も荀彧もいい加減にしないか。」「うっさい秋蘭は黙ってろこいつころすぜったいころすー!!」「やれるもんならやってみなさいよこの胸太りー!」(夏侯淵沈黙「・・・・・・・・・。」・・・やっぱり、成長してなくてもいいから来てくれないかなぁ、と心底から思いなおす曹操であった。~~~孫策の陣~~~前三者は気楽なものだったが、直接対峙する孫策たちにとってはそれどころではなかった。孫策も周喩も、駆けてくる騎兵部隊の先頭を走る武将が高順だと一瞬で看過している。孫権は陣を建て直して迎え撃つつもりのようだが、それは甘い判断と思えた。駆け下りた直後に見せた一撃。それで何人もの兵士が斬り飛ばされたのを見て、「不味い!」と直感したのである。孫策は傍らにいる周喩に怒鳴るように命令を出そうとした。「周喩っ!」「解っている! 後曲の祖茂殿と韓当殿へ伝令、左翼孫権殿の陣を援護、急げっ!」周喩もほぼ怒鳴るような感じだった。伝令も急いで祖茂と韓当の陣へと走っていく。「周喩、私も出るわよ!」「ああ、親衛隊も投入する。伯符(はくふ、孫策の字)は・・・何、「私も」って・・・」「留守は任せたわ!」「な、何っ!? 待ちなさい、伯符!」ここで待っていろ、と言う前に彼女は飛び出していった。(まったく・・・大将としての自覚を持て、とあれほど張紘殿に言われているものを・・・)張紘というのは、孫家の軍・政助言者の1人でよく孫策が前線に出たがるのを諌めている人物だ。張紘も孫尚香のお守りとして残留している。こうなれば、自分がここで全体を見るほか無さそうだ。(しかし・・・高順め、随分と成長したようではないか。)自軍、というよりも最初に犠牲になったのが袁術兵だったので多少は余裕があったのかもしれない。周喩はそんなことを思った。前に出会ったときもそれなりに強かったのだが、今の斬撃を見れば相当に鍛錬を積んで前以上の実力をつけたのが理解できた。それに、彼に付き従う騎馬隊の突進力ときたら。逃げ惑う袁術軍はともかくも、孫家の兵士までもが一方的に飲み込まれて行く。兵士では彼らの勢いを止めることができないのだ。孫策も、それを感じ取ったのだろう。しかし、祖茂と韓当が攻めていくし、それに親衛隊にも腕利きがいる。近頃迎えたばかりだが淩統(りょうとう)・宋謙(ソウケン)という武将がいて、両者ともにかなりの腕だ。高順の武才は上がったかも知れないがこれだけの将が、そして孫策が向かったのならば問題はないだろう。孫権も決して弱くはないし、孫家随一の使い手である甘寧もいるのだ。すぐ討ち取る事もできるだろう。いや、捕虜にして本人が望めば孫家の将として取り立ててやってもいいのかもしれない。孫策が渋るかもしれないが、彼と、彼の率いる騎馬隊は魅力がある。歩兵はともかくも、精強な騎馬隊を持たない孫家では彼らのような手合いは喉から手が出るほど欲しい存在だ。だが、周喩はすぐに思い知ることになる。自分の見通しが甘かった、ということに。~~~孫策軍・左翼~~~高順はまっすぐに孫権と甘寧を目指して突き進む。その右隣には楽進、左には沙摩柯。華雄と徐栄の救援として蹋頓、その配下の中隊長である潘臨(はんりん)・楊鋒(ようほう)も向かわせた。高順の後ろには2千数百の兵士が続き、袁術軍の兵士を一方的に虐殺している。高順・楽進の第一撃目の凄まじさに、ほとんどの兵士が恐怖、混乱したのである。あっさりと崩され、右往左往する袁術軍を蹴散らし、あるいは無視して進んでいく。それに比べれば、孫策軍の兵士は混乱をしてもすぐに立て直すように方陣を組んで孫権を守ろうとしている。さすが孫策殿や周喩殿が鍛えた兵だな。と高順は感心してしまっていたが、曹操でも劉備でも公孫賛でも、恐らく同様の動き方をしたのだろう。高順の前に立ち塞がる兵士もいたが、虹黒に蹴り倒されて吹き飛ばされるか三刃槍の餌食になるか。楽進の拡散気弾で倒れた兵士も多かっただろう。高順・楽進・沙摩柯が突き進み、兵士もそれに続く。その勢いを見て、孫権は華雄の首を諦めた。自軍の兵士達もあの勢いに飲まれて少々浮き足立っている。「甘寧、行くわよ!」「はいっ!」2人は徐栄と華雄から視線を外して、兵を吹き飛ばして猛進してくる部隊に向かって反撃を仕掛けようと進んだ。武将が前に出て兵の士気を高めるという意味合いもある。彼女達は徒歩、馬上からの攻撃を防ぐのも討つのも苦労するだろうが甘寧も一緒なのだ、なんとかなると考えていた。見れば、高順と孫権の距離はほんの僅か。指呼の間であった。目の前の騎馬武者は、あの馬鹿でかい槍を構えて斜め上から切り払うような一撃を繰り出してきた。(速いっ・・・でも、受け止めれば、横から甘寧が・・・)孫権は母から受け継いだ「古錠刀(こていとう)」という刀を構えて防御する。「・・・がっ!?」がきぃん、という音がしたと同時に孫権の体は凄まじい勢いで地面に打ち倒された。高順の振るった槍の威力に耐え切れず、叩きつけられたのである。「くぅっ、一撃が重い・・・!」それでもすぐに態勢を立て直して追撃に繰り出された斬り払いを防ぐ辺りはさすがと言うところだろうが、ここで孫権は下がって逃げるべきだった。高順の攻撃を防いだはいいが、そこで身動きが取れなくなってしまったのだ。(ぐぅう・・・何だ、この重さは・・・? 馬の体重も加えての一撃なのか、重さが・・・なくならない!)孫権は刀を構えて、横から払われた一撃を防いでいる。そのままの姿勢で、両者共に動かない。いや、孫権の場合は「動けない」のだ。表情にも余裕はなく、押し返そうとしてもびくともしない。それなのに、目の前の騎馬武者は・・・面当てをしているので全ては解らないが気負いが無い様に感じる。本気を出していないのだ。しかし、まだだ。まだ甘寧がいる。瞬間、甘寧が凄まじい跳躍力で飛び跳ねて高順の頭上から襲い掛かる。「はあああああっ!」甘寧は雄叫びを上げて手にした幅広の刀「鈴音(りんいん)」で高順に斬りかかる。高順は、というと甘寧に気がついたようでチラリと一瞥(いちべつ)したが・・・すぐに孫権に視線を戻した。(・・・っ、この男・・・!)私を無視するとはいい度胸だ。いいだろう、後悔する暇も与えぬよう一瞬でその命を刈り取ってやる。甘寧は目の前の荒武者(孫権も甘寧も高順の事を知らない)に、致死の斬撃を叩きつけ・・・ることができなかった。「なっ・・・!?」甘寧の一撃は、すんでのところで防がれていた。それを防いだのは沙摩柯。そして彼女の武器である鉄疾黎骨朶(てっしつれいこつだ)。槍のように長い柄の先端に大量の鉄製の棘がついた凄まじい武器である。甘寧の全力と、殺意の全てを込めた一撃は沙摩柯が左腕で構えた鉄疾黎骨朶であっさりと防がれていた。沙摩柯は余裕の表情で笑みを浮かべつつ口を開いた。「お前の相手は・・・。」「っ!」「私がしてやろう!」そういって鉄疾黎骨朶を振り回して甘寧を大きく弾き飛ばした。「チィッ!」弾き飛ばされた甘寧は空中で態勢を立て直す。が、彼女の着地地点を予測して突撃を仕掛けてきた沙摩柯の一撃が振るわれる。沙摩柯の一撃を身体を捻る事で避けて、先ほどのお返しとばかりに刀で沙摩柯の頬を切り裂いた。「ふむ? それなりにやるようだな。」切り裂かれた軌道に沿って血が飛ぶが、沙摩柯はまったく気にしていない。甘寧は鉄疾黎骨朶の棘のない部分を蹴り飛ばして、1度大きく後方に跳ぶ。その先にいた逃げ惑うばかりの袁術軍の騎兵を蹴り飛ばし、馬を奪って沙摩柯に並走する。沙摩柯は利き腕でない左側を取られて不利なはずだが、やはり余裕綽々だ。可愛い真似をするじゃないか、と鼻で笑ってさえいる。「はっ。」「おのれ・・・」甘寧は鈴音で斬り付けていく。「わが鈴の音色・・・黄泉路への道標と思えっ!」「ふん、鈴の音如きが人を黄泉路へ送ることなどできるものか。それと、余所見をするなよ?」「貴様っ!」甘寧の攻撃をあっさりと防いで、沙摩柯も攻撃を開始した。高順は、完全に孫権の動きを封じていた。周りにいる孫策軍の兵士が孫権を救うために向かってくるが、楽進や高順騎馬隊の兵士に阻まれてしまって突破できない。「き、貴様ぁっ・・・」この状況で、高順は少し迷っていた。張遼に言われた事なのだが、自分はどうも見栄と言うものが足りないらしい。現在着用している鎧もその指摘を受けて作成された代物だが、言動も自信が無さそうに感じる、というのだ。「もう少し、戦場でも気の利いたこと言ってみ?」とか言われたのだが・・・それを今、一生懸命考えている彼であった。(戦場で随分気楽である「おのれ、余裕を見せるかっ・・・貴様、何者だ!?」「ぇーと・・・俺の矢を一寸の差で避けるは、まさに乱世の吉兆!」「なっ・・・吉兆だと!?」(うーわ、言っちゃったよ。何も思い浮かばないから蒼○の曹操さんの名言の1つ出ちゃったよ!)←絶賛後悔中そこへ、孫権の陣から一番近かった祖茂とその軍勢が救援に駆けつけた。「孫権様ーーー!」真っ先に駆けてくる祖茂。少し話を変えるが、孫策軍は経済的に大変貧しい状況だった。黄巾の乱で手柄を立てた孫策だったが、その後ろ盾となっている袁術はそれが面白くなかったようで、騎馬隊や軍需物資を召し上げたりと色々な嫌がらせをしていた。孫策はめげずに、それ以降も幾度も手柄を立てたりしたのだがそれは認められず、更に嫌がらせを受けることになったり。その為に、孫策軍の将兵で馬に乗っているものは非常に少ない。孫権や甘寧、祖茂といった高級将校ですら戦場では徒歩である。話を戻して、祖茂は刀を構えて高順へ向けて突撃する。だが孫権は「無理だ」と悟っていた。母、孫堅四天王の1人である武名高い祖茂でも、目の前の男には敵わないと。「無理よ、祖茂! 退きなさいっ!」孫権はなんとかして祖茂を止めようとした。そして、それは間に合わなかった。祖茂に向かって楽進が突進、手甲に取り付けられた刀(ジャマダハルに近い)の一撃で首を切り飛ばされて即死した。「く、祖茂・・・!」祖茂ほどの武人、目の前の男であればともかく、その供回りの兵士にすら勝てない・・・。~~~孫策軍・右翼~~~右翼で華雄隊の兵士を散々に討ちとっている黄蓋も、孫権が追い詰められていることに気がついていた。そして、孫権を追い詰めている異形の鎧の武将が高順であることにも気がついている。強くなったものだ。やはり自分の目に狂いはなかった、と誇りたい気持ちはあったが、今の状況では討たざるを得ない。少し躊躇していたが・・・その矢先、祖茂が討たれるのが見えた。自身の弓に矢を番えて高順の頭に狙いを定める。(くっ・・・惜しいのじゃが・・・許せ、高順よ・・・!)惜しみつつも、矢を放たんとしたその時。先ほど孫権の陣が受けたように喚声と同時に「後方」から一斉に矢が降り注いできた。その喚声が、黄蓋の狙いを毛筋ほどの差でずらした。そのまま飛んでいった矢は、高順の兜の片側についている角を中程から打ち砕いたが・・・。多少の衝撃はあったようだが、高順はたいしたこともない、とずれた兜を自由になっている左手で元の位置に戻した。黄蓋は矢を外した事もだが「まさか・・・」と、ぞっとしつつ後ろを振り返る。彼女らの後ろにあるのは、反対側の孫権の陣同様「急斜面」だ。その急斜面を、駆け下りてくる部隊があった。趙雲率いる騎馬隊2千である。「あれは・・・趙雲か!? 不味い状況で・・・!」・・・まさか、これも高順の差し金か? ・・・いや、考えている場合ではない。「迎え撃て!!!」黄蓋は兵を反転させて趙雲隊を迎え撃つ構えを見せた。「はっはっは、黄蓋殿もさすがに慌てているな!」趙雲は大笑している。彼女達の役割は、高順同様に斜面を駆け下りて孫策軍右翼を撹乱することであった。高順が突撃したと同時に行くべきではないかと考えていたが、高順の指令では「右翼の注意が左翼へ向いたときに突撃をして欲しい」というものだった。上手く行くかは半信半疑だったが、下にいる部隊の慌てぶりを見れば大当たりだったようだ。「そういえば、黄蓋殿と会うのは黄巾の乱の後・・・これで2度目か。あの時は味方で今は敵・・・因果なものだ。」まあいい、あの御仁とも一度手合わせをして欲しいと思っていた。ちょうどいい機会かもしれぬ。「さあ、閻柔、田豫も付いて来るのだぞ!」「ひいい、こ、怖いっすー!」「無理っす! 絶対無理っすよーーー!」言いながらも、ちゃんと趙雲に続いていく2人であった。~~~徐栄・華雄へと派遣された救援隊~~~「徐栄さん、華雄さん、無事ですか!?」孫家の兵を蹴散らしつつ、蹋頓は2人を確保した。蹴散らした、といいつつもそれなりの損害があって、孫家の兵士の精強さが解る。「蹋頓さん・・・ああ、私は無事だけど・・・華雄様が・・・。」徐栄は華雄を抱きかかえて言葉を詰まらせる。華雄は意識を失っていた。出血が思いのほか酷く、致命傷ではないものの放っておけば不味い事になるだろう。「そうですか・・・解りました。・・・はいっ!」向かってくる兵士を突き倒して、蹋頓は視線を巡らせた。と、そこに袁術軍の兵が乗り捨てたのか、それとも兵士だけが討たれたのか。馬が一頭立ち尽くしている。蹋頓は徐栄を馬まで誘導し、部下に守らせながら汜水関へ向かい始めた。徐栄は声を張り上げて味方を鼓舞する。「聞け、華雄隊兵士よ! 華雄様は無事だ! 全軍一丸となって汜水関まで退け、あとは高順・趙雲隊が引き受ける! 命を粗末にするな、なんとしても生還せよー!!」徐栄は仲間を叱咤しつつ、蹋頓と共に汜水関へと向かう。華雄の無事を理解した兵士達は、士気を少しずつ取り戻したのかなんとか持ち直して孫策軍を押し返し始めた。袁術軍に足を引っ張られている孫策軍も、上手く対応できずに手を焼いているのだろう。程普も何とか退かせまいと部下を鼓舞するが、少しずつ集結して汜水関へと突破を図る華雄隊を押しとどめることが難しくなってきた。同時に、銅鑼が鳴り響いて汜水関の門が重い音をあげて開いていく。怒声を挙げて騎馬隊が突撃を開始する。張遼が軍勢を率いて華雄隊の救援に出向いたのだ。このまま下がれば名が廃ると思ったか、高順達まで見捨てる事に気が引けたのか。どちらにせよ、これが大きな転機となった。両挟みにされては手の打ち様がない、と程普は即時決断。兵を引いて後退した。さて、その最中だが、華雄が一時的に意識を取り戻した。「っ・・・く、うう・・・」「華雄様、気がつかれましたか!?」「うっ・・・ああ・・・今、状況はどうなっている・・・?」「・・・現在、我らの軍勢は大きな損害を受け汜水関まで撤退中です。」「そう、か・・・くそ、私のせいで・・・う、くう・・・、そうだ、他の奴らはどうなった・・・?」華雄の言葉に、徐栄は血が滲むほどに唇を噛んだ。「樊稠(はんちゅう)・李粛(りしゅく)は無事に合流。しかし、胡軫(こしん)は乱戦の中、私を庇って・・・。」立派な、最後でした。と徐栄は付け加えた。(・・・そうか、胡軫が・・・ぐっ・・・。すまん、胡軫。私が挑発に乗せられた為に・・・)後悔しながら、華雄は痛みと出血の疲労でまた意識を失った。~~~孫策軍・左翼~~~「く・・・ぬぅっ・・・」何度も何度も押し返そうと腕に力を込める孫権だったが、すべて徒労に過ぎなかった。何とか甘寧の援護が欲しいところだが・・・ふと見れば、甘寧はこちらに気を取られたのか馬から叩き落されて追い詰められている。完全に、打つ手がない。韓当や姉である孫策も向かっているかもしれないが、ソレよりも前に自分は命を失っているだろう。孫家の復興を目にすることなく死ぬことになるなんて、と孫権は半ば絶望していた。さて、高順だが・・・彼も彼で困っていた。彼の目的はあくまで「華雄の身柄を確保して退く」でしかない。それさえできれば孫家に用はないのだ。見たところ、趙雲は右翼の黄蓋隊を押しまくっているし、蹋頓も華雄達を無事に関まで送っている。張遼がそのまま残留していて、援護をしてくれたのは嬉しい誤算だったが・・・誤算と言えば、自分自身の状況もまた誤算だった。何というか自分が思うよりもあっさり敵を黙らせてしまったのだ。目の前の少女が「甘寧」やら「祖茂」やら言っているのは聞こえていたのだが、その2人もあっさり自分の仲間に討たれるか無力化している。(おかしいなぁ・・・目の前の人、多分孫権だと思うけど。祖茂も甘寧も相当な勇将のはずなのに・・・あれ?)ふと視線を彷徨わせてみると、孫策がこちらに向かっているのが見えた。同時に、楽進が高順の傍まで来て「隊長、華雄殿は無事退かれたと・・・我々も退くべきでは。」と進言してきた。それほど多くはないが、孫策の率いる部隊だ。孫家の精鋭中の精鋭だろうし、自分の部下達も戦いで疲労しているだろう。「よし、潮時だな。俺達が退けば趙雲殿も退くだろうしね・・・じゃ、行くか!」高順は三刃槍を引いて、虹黒の背に楽進を引っ張りあげて汜水関へ駆け始めた。楽進は驚いて「わ、た、隊長!?」と驚いているが、にやりと笑って孫権に背を向けた。「き、貴様・・・! 何故私を討たん!?」その背中に、孫権が怒声を放つ。少し迷ったようだが高順は振り返って、「・・・俺達の目的は達成した。あんたの首に興味はないよ。見逃してやる、とは言わないけど・・・そうだな、周喩殿に言っておいてくれ。」「何・・・貴様、周喩と知り合いなのか!?」「どころか孫策殿や黄蓋殿とも一応顔見知りだよ。あの人たちに恨まれたくないし・・・じゃない、「これで黄巾の時の借りは1つ返した」ってね。」「黄巾・・・?」これ以上は興味がない、とばかりに虹黒を駆けさせた。「待てっ! 我が名は孫権! 貴様の名を聞かせろっ!」「あんたの姉上か周喩殿・黄蓋殿に聴けば解るさ。 沙摩柯さん、撤退です!」高順の声に、沙摩柯は「ふむ。」と答えて同じように馬を駆けさせる。孫権と同じように、甘寧も地面に叩き伏せられていた。「おのれぇ・・・私の首に興味はないというのかっ・・・」「ああ、ないな。主君の危機に気を取られて自分の事が疎かになるような奴ならば尚更だ。」「っ・・・!」「もう少し強くなるのだな、甘寧とやら。」それだけ言って、沙摩柯も部隊を纏めて退いていく。右翼を押していた趙雲も、高順の撤退を見て「深追いは不要だ」と判断。あっさりと退き始めた。後から追いついた孫策は妹の無事を確認して追撃を仕掛けようと考えた。だが兵士達の疲労も大きく、これ以上は利益がないと判断。兵を退かせた。結局、孫権と甘寧は見逃される形で命を拾ったが・・・当人達は凄まじく怒っていた。その怒りは、力不足である自分達へのものと、自分達を「討つべき敵」とすら見ていなかった高順達へのものである。回りの者は「命があっただけ良かったとおもうべきだ」と慰めてくれたが、それで収まるはずもなかった。~~~孫策・本陣にて~~~「皆、すまない。今回の負けは私の判断が甘かったせいだ・・・!」周喩は軍議の席でその場に座り、深く頭を下げた。「お、おやめくだされ、軍師殿・・・。」「左様、此度の敗北は軍師殿のせいではあるまい。」韓当と程普が深く頷いて周喩を立たせようとする。「だが、私の判断の甘さで祖茂殿を、多くの兵を失わせてしまった。その上孫権殿と甘寧・・・下手をすれば黄蓋殿もだ・・・。」黄蓋は趙雲に挑まれ、不利な状況で何とか押し留まったが・・・負傷してしまって他の陣幕で治療を受けている。孫策は黙って聞いていたが、彼女は「自分にこそ責任がある」とも思っていた。「あんなものは予見できないわ。あの斜面を駆け下りてきた事、あの部隊の攻撃・突破力を甘く見たこと。反対側にも兵を伏せてあった事・・・。」どちらかと言えば、斜面から突撃を仕掛けられた事よりも、突撃を仕掛けた部隊、にこそ問題がある。まさか高順があそこまで・・・と思うのと同様、その周りを固めている配下の強さも予測外のことだった。黄巾の時は高順の能力だけしか見ていなかったが、思い返せば楽進という武将は油断ならない攻撃力の持ち主だった。甘寧を一方的に打ち負かした沙摩柯の存在もまた、予測できない事だ。あそこまで袁術軍に足を引っ張られるとは思いもしなかったが。「これでまた難癖つけられるわね」とそちらも懸念するべき事態だ。今回の敗因は「情報不足」が第一だ、と周喩も孫策も考える。(袁術のせいで増員が出来ないのが難だが・・・やはり周泰(しゅうたい)のみでは広い範囲で情報を得ることは出来んな・・・)情報を重視していながらも、その情報を得る手段が少ない事は周喩にとって頭痛の種の1つだ。なんとかして、細作の数を増やして多くの情報を得られるような土台を作らなくては、と周喩は思い決めていた。そこへ、黙り込んでいた孫権が挙手をした。「・・・どうしたの?」「姉上、周喩・・・あの鎧の男のことを教えていただきたいのです。周喩と姉上に聴けばわかる、と。周喩に「黄巾の時の借りは1つ返した」と伝えろと・・・」「彼・・・高順ね。」立ち上がった周喩も「ああ、高順だろうな。」と答えた。「高順・・・どういう男なのです。借り、とは?」「それはワシが答えよう。」腕に包帯を巻いた黄蓋が陣幕の中へ入ってきた。「黄蓋・・・大丈夫なの?」「策殿も心配性ですな、無論心配は不要。・・・さて、高順じゃが。」黄蓋は逐一説明した。黄巾の乱の時に共闘した事。敵将の首を無理やり譲ってきた事。「借り」の事。自分と周喩が「良い将になる」と思ったことなど。「まあ、あそこまで腕を・・・いや、将才を上げているとは思いもせなんだわ。」と、黄蓋は締めくくった。軍議が終わってからも、孫権は陣幕に残っていた。孫策、周喩、黄蓋、甘寧もいる。「どうしたの、蓮華(れんふぁ、孫権の真名)」「姉上・・・どうか、次の戦いでは私に先鋒を!」孫権は懇願したが、孫策は首を横に振った。「無理ね。貴女では高順に勝てないわ。」「そんな! どうか機会をお与えください!」「権殿、落ち着きなされ。」「祭(さい、黄蓋の真名)・・・。貴女も私に実力がないと・・・そう言いたいの!?」「誰もそこまで言っておりませぬが。・・・いや、実力の差がある、というよりも今の貴女では無理、ということですかな。」「どういう意味よ・・・!」孫権は思わず黄蓋に詰め寄った。頭に血が上ると周りが見えなくなるのは孫権の悪い癖である。公明正大で、王者としての度量を備えている孫権の数少ない悪癖の1つだ。「そこですな、そうやってすぐに怒りで周りが見えなくなる。それで軍の指揮など出来よう筈もありませぬ。まして自分を守ることすら適わぬでしょうな。」「う・・・。」「・・・指揮云々はともかく。」「冥琳(周喩の真名)、貴女まで・・・。」「恐らく、正面からいっても勝ち目はありません。軍勢の少ない今では、相手の消耗を狙うしかないでしょう。」「そうね。・・・これだけの負けを喫したのだから。これから、私達に出番が来ることはないかも知れないわね・・・。」孫策は、これからの自分達に活躍の場が与えられないかもしれない、と嘆いた。(高順。・・・次にあったときは必ず私の手で!)(・・・沙摩柯と言ったな・・・忘れんぞ・・・!)更に夜が更けて。孫策・周喩・黄蓋の3人はあれこれとこれからの指針を決めていた。なんとか次の戦いで挽回をするしかない、という結論に至ったが、そこで黄蓋が「ああ、忘れるところであった」と言いだした。「祭殿、どうかなさいましたか?」「どうかなさいましたか、ではないわ、冥琳。忘れてしもうたか?」「忘れた? 何をです。」怪訝顔の周喩に、黄蓋は「はぁ~」とため息をついた。「策殿と賭けをしたであろうがよ。高順が良き将となるか否か。」「・・・ああ、そういえば。どちらの目が正しいか、だったわね。」(・・・やばっ。)話題が自分に不味い方向へと向かった、と孫策はこっそりと陣幕から逃げようとしたが、黄蓋に襟首を「むんずっ」と掴まれた。「え、えぇと・・・わ、私そろそろ寝ようかなぁ、と思ってるんだけど。」こわばった笑顔を浮かべて孫策は誤魔化そうとしている。「まあ、その前に1つ話をしましょう、策殿。・・・ライチ酒の件、よもや忘れておりますまい?」「いやぁ、でも、あれだけで成長したとは言えないんじゃないかなぁ、あ、あははは・・・やっぱ駄目?」「ふぅ。雪蓮(しぇれん、孫策の真名)、諦めたほうが良いわよ。」「うぐっ、冥琳まで・・・。」「では聞くけど。その成長してない武将にあそこまで陣をズタズタに引き裂かれたのは誰かしら?」「・・・私達です。」←何故か正座している孫策「1年も2年も前の「借り」を覚えていて、その「借り」を返すために、いつでも殺せたはずの孫権殿と甘寧を見逃したのは誰かしら?」「・・・。高順です。で、でも祖茂がっ」←まだ正座中「祖茂殿を討たれた事は辛い事ね。思うところが無いではないけど、それは戦場に生きる者として仕方のないことよ。」うー、と唸る事しかできない孫策。「ワシとしても、苦楽をともにした仲間ですからな、辛い事は辛いですなあ。」「今の状況で言うべき事ではないことだけどね。・・・まぁ、ここで白黒をはっきりとつけるのも悪くはない。」さあ、どうする?と2人に迫られた孫策はがっくりと。「・・・謹んで、2人にライチ酒を贈らせて頂きます。」項垂れて、今回に限れば自分より周喩達の目が正しいことを認めたのだった。こうして、高順は一応と言う形ではあるものの孫策軍に勝利した。孫家の兵士には「奴らの勝利はただの偶然に過ぎない」と言う者がいた。「呂布、張遼、華雄だけだと思っていたのだが・・・趙雲に続いて、とんでもない武将がいたものだ」と言う者もいる。以降、高順は孫家の将兵に畏怖の感情を持たれたか、「隻角の鬼」だの「髑髏龍の荒武者」だの「鬼高順」だの、凄まじい渾名を付けられてしまう。~~~汜水関~~~「ふぇっくし!」「うわ、ばっちぃ!?」そんな渾名を付けられた事など知るはずもない本人は、汜水関で張遼に対して盛大にくしゃみを放っていた。~~~楽屋裏~~~沙摩柯さんが強すぎます、楽進も強すぎます、高順も強くなってます、えっちは良くないと思います、あいつです(どんな挨拶だ高順くんは一方的なまでに孫権さんに勝利いたしました。孫権も弱くは無いですが、高順+虹黒。では相手が悪すぎたでしょうか。沙摩柯さんは・・・甘寧に対してのリーサルウェポンですからねえwそれと、惇さん久々の出番。でも扱いが酷いと思いつつも楽しんでいる私はどS(自分で言った孫策・周喩・黄蓋に認められて孫権に逆恨み(?)されてしまった上におかしな渾名をつけられた高順くん。彼の明日はどっちでしょう。あと、断言しておきますが、華雄とのXXXはありません。あーりーまーせーんー。(おさて、次回は・・・どうなるかな。虎牢関に退くかな?その前にもう一つほど戦いがありそうですけど・・・では、次回お会いいたしましょう。