常春の国より愛を込めて
第九話:アフラックの奴よりジャックの方が絶対可愛い
常春の国
マリネラ
凛は紅茶を片手に満足気だった。
流した噂は順調に広まっているらしく、予想したよりも多くの魔術師が参加する気配だ。
宝石も、流石はマリネラの誇る宝物庫と宝石だった。かなりの数の魔術師に魅力的な品が揃っていた。それ以外にもやたら強力な魔力のこもった品が多かった気がするが、長い歴史の王国である。ほかの王宮など凛の知る由もない、そんなものだろうと思っていた。
ふと、廊下の方を見ると、タマネギの一人が客人だろうか見慣れぬ二人を連れ立って歩いていた。
「いやー、あんな所で少佐に会えるなんて!」
「いいから早くしろ」
「…………いいのかい? ぼくも着いてきて」
「構いませんよー、少佐のお連れさんなら。この王宮は見学も出来るんです、後でいかがですか?」
「いいから早くしろ。あのサナダムシの足の裏にひとこと言ったら直ぐ帰る」
「その後は…………お楽しみですか?」
「黙れ」
「あはは、お兄さんも格好良いけどぼくはバンコランに着いて行こう」
妙齢の男に凛は思わず見惚れた。長い黒髪が陽光に煌き鈍い光を放つ、端正な横顔は今まで彼女が見てきた男性の中でも屈指の凛々しさを湛えていた。
「うわ…………!」
その男に連れであろう少年が話しかける。
「真坂、王宮に案内されるとは思わなかったよ、ぼくの家もそれなりだけどここは立派なものだねぇ」
「親玉は貧相な肥満体だがな」
その少年に視線を移した凛は、先程とは別の意味で固まった。
隠されていても分かる、その膨大な魔力に。
その視線に気付いたのか、少年がこちらを向く。
「おや失礼、気付かず通り過ぎるところだった。お姉さん、こんにちは」
少年も負けず劣らず、大層な美しさだった。先程の男ととは少し違う青みがかった肩までの黒髪、その瞳の色にアメジストを連想した。しかし凛は容姿に見惚れるどころではない。その漏れ出す膨大な魔力に圧倒されかけていた。
「ああ、遠坂さん。こちらでしたか」
実にのんびりとした感じでタマネギが凛の座る席に近付く。
仕方無しと言った感じで二人もそれに続く。思わず凛は『来るな!』と叫びたいのを堪えた。
「少佐、紹介します。こちらは仕事の関係で王宮に滞在中の遠坂凛さん、宝石に詳しいロンドンの学生さんです」
「遠坂さん、こちらは殿下の友人のバンコラン少佐とお連れのメレムくんです」
礼儀上、凛は二人に目を向ける。
男性の方が、些か不機嫌なれど口を開いた。
「…………英国陸軍少佐のバンコランだ。言っておくがあれとは友人でも何でも無い」
少年の方も口を開く。
「ぼくの事はメレムで良いよ。バンコランの…………友達かな? 偶然空港で再会しただけなんだけどね」
少年はそう笑いかけながらも、その紫水晶の様な瞳の奥から凛に伝えているものがあった。
凛は何とかその視線から、友好的な雰囲気と抑えた敵意を読み取った。つまり、敵対する気は無いが向かって来るなら容赦はしないというメッセージだった。
何とか声を絞り出す。相変わらず不意打ちに弱い自分を呪う。
「…………ええと、ロンドンで宝飾を勉強しています遠坂凛と申します。
パタリロ殿下の御友人でしたか、お呼び止めした形になって申し訳ありません。お急ぎでしたのでしょう?」
お邪魔は致しませんわ、と言外に匂わせながら軽く頭を下げる。
それに少年は満足したようだ。男の方を急かす様に翻った。
「それじゃ、行こうかバンコラン。この国の国王陛下にも会えるんだろう?」
「出来れば会いたくないのだが」
タマネギがにこやかに答える。
「急がなくても大丈夫ですよ。先程連絡は入れましたから、もう殿下の耳には入っている筈です」
その時、部屋に一陣の風が吹く。何所からとも無く薔薇の花びらが舞った。
「バン、何してるの」
その声に、バンコランが一瞬固まるが、直ぐに声の方向を向く。
その視線の先、柱の影から一人の少年が顔を出す。
腰まである亜麻色の巻き毛、フリルの付いた絹のシャツに黒い細身のズボン。その雰囲気は例えるなら………… …………
えーと、奇麗な包み紙の豚マン? (ただし3日前)
「嗚呼、バンコラン。君は又、僕という者が在りながら…………」
悲しげに身をくねらす豚マン。
「忘れてしまったの? バン、僕達のあの熱い夜を。君は又其の少年に同じ事をするんだろうね。
思い出すよ、君との情夜。君の掌は僕の身体を、余す所無く触れて呉れたね。まるで其れは天使の羽根の様に優しく、竜の息吹の様に激しく…………」
うっとりとした表情でくるくると舞う豚マン。
「解っているさ、君は僕だけじゃ満足出来無いイカロスの羽。
…………けど、もう一度だけ。もう一度だけで良い、僕に偽りの愛を囁いて呉れないか。
其れで僕は満足する。其の想い出だけで僕は生きて往ける」
くどい様だが豚マンである。 きめぇ
「嗚呼…………バンコラーン!」
「死ね」
感極まったように飛び掛る豚マンの顔面に、バンコランの拳が文字通りめり込んだ。
何だか顔がひび割れている様にも見える。
「貴様という奴はー!」
「ぎゃーす!」
十歳の少年をぼてくりこかす陸軍少佐。
凛がおそるおそる其の様子を一緒に眺めているタマネギに尋ねる。
「えーと、何もしなくて良いの?」
「? 熱湯でも持ってきましょうか?」
どうやら凛にとってこの風景は初見の様だ。
ちなみにメレムは未だ固まっている。如何に裏の世界の重鎮とはいえこの国の雰囲気に呑まれないのは難しい。
それでも、さる二十七席に其の名を配する存在。何とか持ち直し口を開く。
「ええーと、あれは?」
「この国の王様」
「殿下です」
またしばし呆然と惨劇を見つめたあと、かろうじてこう言った。
「…………Wao」
しばらく経ち、バンコランが手袋に付いた埃を軽く払っていると、新たな人影がぞろぞろと現れた。
「パタリロ殿下! 何か連絡を受けたと思えば準備があると言いながら雲隠れして! こんな所で何を遊んでいるのですか!」
立腹した様子で手に書類を持ち、襤褸雑巾の様になったパタリロに詰め寄るセイバー。
そのまま書類を突きつける。
「この命令書はなんですか! こんな予算でこれだけの仕事、出来る筈が無いでしょう!
貴方の部下が優秀な事は認めます、しかしこれでは無謀にも程がある! 優秀な部下ほど大事に使うべきなのです、其れを使い潰す気ですか!? 国は人無くしては立ち往かない! それを…………聞いていますか!?」
がくがくと雑巾を揺する。
「それにこちらの食事の事です! 相手はこの国を訪れる客人なのですよ!? これではこの国の格が疑われる。
良いですか! 確かに節制は大事な事です! しかし! 其れも行き過ぎると害悪になる事を知りなさい! 国は侮られてはなりません、それは即ち国の危機に繋がる。
国は人! 人は食事が大切! 食を軽んずるは国を軽んずる事! 貴方は量だけで無くもっと質にこだわった食事を学ぶべきです!」
セイバーさんも良い感じにこの国に染まったようです。
「セイバー、この書類はどうするんだ?」
「そこの机の上に置いて下さい。凛、そこを少し空けてくれませんか?」
「…………ハイ」
よいしょ、と。手の書類を卓の上におろす士郎。
セイバーに付いて来たタマネギたちの何人かが感極まった様子でハンカチ濡らしている。
「素晴らしい……! 殿下にあそこまで言える人材が来てくれたとは…………!」
「…………頓挫していた家庭教師の職を復活させようか…………」
「セイバーさん…………女じゃなければ惚れていました!」
最後の奴は既に手遅れです。
士郎が今初めて気が付いたようだ。
「あれ? さっき言っていたお客さんか?」
バンコランがその声に振り向いた。
「君は?」
「ああ、そこの遠坂の連れでこの王宮で働いている衛宮士郎です。あなたは?」
「ちょっと士郎! 失礼でしょう、敬語使いなさいよ!」
「構わん、君くらいの年齢なら其れも良かろう。
英国陸軍少佐のジャック・バンコランだ。宜しく頼む」
そう言ってバンコランが右手を差し出す。
握手をしながら、バンコランが更に尋ねる。
「君は……、タマネギか?」
「いえ、制服を借りているだけで、遠坂のついでに雇われているバイトみたいなものです」
「そうか」
シロウの姿は服装だけ例の黄色い軍服で、顔は特にメイクしている訳ではない。
例の特殊メイクは正式なタマネギ隊員でないと使用できない事もあるが、何よりそのメイクをした士郎を想像して凛が笑い転げたという顛末もあり、士郎自身もさらさらそんなつもりは無かった。
「ここには何の用事で?」
「ああ…………あれにひとこと言うだけだったのだが」
そういって未だ懇々とセイバーの説教を受けている潰れ肉マン。既に六割方回復しているが、回復速度が遅いのは耳元の説教が原因だろう。
バンコランがセイバーの方を見て、少し怪訝な顔をしたが、すぐに戻った。
視線に気付いた様に、セイバーが顔を上げる。
そのまま立ち上がり、バンコランの方を向いて挨拶をした。
「御見苦しい所を見せてしまいました。 しばらくこの王宮で録を得ておりますアルトリア・セイバーと申します」
「バンコランだ。そこの潰れた三葉虫に用がある」
そのまま、セイバーを暫くじっと見つめた。
なぜか少々ぎこちなくセイバーが場所を譲る
「ど…………どうぞ」
そのままパタリロに近付き、ただ用件だけを話す。
「しばらくマリネラに滞在する、私の邪魔はするな。
…………以上だ、挨拶は済んだ、帰るぞ」
「…………そ、それの何処が挨拶だ…………」
息も絶え絶えながら突っ込みは忘れないパタリロ。
「メレム、用件は済んだ、行こう。…………ここにこれ以上居ると水虫が移る」
「…………あ、もう良いのかい?」
なぜかセイバーの方をじっと見ていたメレムが、少し驚いたようにバンコランの所に走る。
バンコランが笑いながらその手を取った。
「もう一箇所寄る所は有るが、その後は時間が開く。明後日までは一緒に居られるだろう」
「そうか、僕も暫くは此方に居るつもりだからうれしいよ」
「何せ久しぶりだ、ゆっくりと話そうじゃないか」
笑いながら部屋を出て行こうとするバンコランに、また声が掛かった。
「バン、何してるの」
「…………パタリロ! いい加減に…………」
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愛する人の名前だからって、アヒルにジャックって名付けたんだったよな、確か。
久しぶりに美少年の美学を追及する殿下。
漢字一杯使っておけば耽美だって殿下が言ってた。
少佐に見惚れる凛ちゃん。ジャック氏の美貌はサーヴァント並という自己解釈。
しかし凛ちゃんに比べたらまだ筆者(ええ歳したおっさん)の方が分が有るというしょっぱい話。
まあ、彼女は士郎くん一筋ですけどね! そのルートだし。
前回も書いたとおり、士郎くんはバンコランの好みからは少し離れています。それでも、男女でこれくらいの扱いが違っているのが少佐くおりてぃ。
あと、メレムの情報、皆様有難う御座いました。私とした事がぐーぐる先生に御伺いするのを忘れていたとは…………。やっぱり夜中のテンションって何か変です。