常春の国より愛を込めて
第七話:越後屋の仕出し弁当を食ってから身体の調子がおかしい
常春の国
マリネラ
朝の爽やかな風が遠坂凛の黒髪を揺らす。
暖かな日差しが掌中のティーカップに潅がれた紅茶の色をいっそう鮮やかに照らす。咲き誇る庭の花々は、我先にと芳しい香りを鼻腔に届けた。
薔薇を始めとした花々たちはその姿においても、完璧に手入れされた庭の中で、彼女の目を充分に満足させていた。
「完璧ね。正に私の朝に相応しい」
ここはマリネラ王宮。
凛は今、その庭に設えられたテラスで優雅にモーニングのティータイムを楽しんでいた。
「ちょっと、其処のタマネギ見習い。おかわりを淹れて頂戴」
そう声をかけられた赤髪の少年は、マリネラ王宮の武官服に身を包みその手にティーセットを持ったまま、立ち木の様に佇みながら呟いた。
「なんでさ」
衛宮士郎、己の選んだ道に後悔は無い。あの誓いを選んだ時からその言葉に嘘は無い。
しかし、ほんの少しだけ誰かにこの不遇を訴えたいと考えてしまうお年頃であった。
話は一週間前に遡る。
パタリロの目に見えぬ触手に絡み採られた様に、再び応接室に連行された凛たちは、洗いざらいを聞き出された。
ここに来た目的は当然の事、一般人には絶対明かせないであろう魔術に関する事も全て。
まあ、唯一の救いは聞かれた相手が“逸般人”の類だった事だろう。
凛とて、ただ唯々諾々と相手の要求に従った訳ではない。
「…………ここで聞いた事を、決して人に洩らさない様に。魔術師は強力よ、このことが外に洩れれば時計塔が黙っちゃ居ないわ」
それに対するパタリロは余裕綽々といった態度だ。
「聞くが、魔術師とは空が飛べるのか?」
「いえ……そんな事が出来る魔術師は少数よ」
「では、壁でもすり抜けられるのか?」
「…………無理ね」
「では、象でも放り投げられるくらい力が強いのか?」
「…………ごく少数ね」
「ミサイルや機関銃に勝てるか?」
「機関銃位なら兎も角、ミサイルは…………」
基本的に現代の魔術師は神代ほどの力は無い。一対一で一般人に遅れをとる様な者は居ないが、現代軍の兵器相手に戦えるような魔術師なぞ数えるほどでしかない。
「けど……! 魔術師は人の心を操ったりするわ!」
これは現代戦でも想定しにくい事象の一つだ。催眠術や洗脳に関した事ならばある程度科学的技術で対応できる場合も有るだろうが、魔術を使えば対魔術的な感知方法以外でそれを見つけ出す事は不可能に近い。
「秘境異次元ごっこに対抗できない様な奴らのか?」
あれは素早いスピードで一瞬だけ台本を相手に見せる事で、サブリミナル効果により相手の行動を無意識の内にコントロールするらしい。確かに、あの方法は魔術師だろうがなんだろうが対抗する事は難しい。
「…………人を人とも思わない、非人道的な連中なのよ!」
「ぼくは国王だぞ。今更そんな手合いなぞ、慣れたものだ」
業を煮やした凛が、パタリロの後ろに控えるタマネギたちに声をかける。
「貴方達の国王よ! 心配は無いの!?」
タマネギたちの反応は冷めたものだった。
「殿下だし」
「いまさら魔術くらいで…………」
「死なないし」
「いっそどうにかしてくれたら…………」
「最後の奴、給料50%カットだ」 グハッ!
パタリロはいそいそと座り直す。
「そんな事より、宝石の話だ。聞くと魔術では宝石を消費してしまうらしいな」
「…………ええ、その宝石に込められた自然の魔力を消費して魔術を行使するの。私みたいな宝石魔術を専門とする者なら逆に宝石に自分の魔力を込める事も出来るわ。
その魔力を消費する時には通常石は砕け散る。もしそうでなくてもクオリティは格段に下がるわ、素人目に見ても一目瞭然に。そしてそうなった石はもう使い物にならない」
「その魔力とやらは全ての宝石に入っているのか」
「いいえ、魔力が入った石はそれだけで貴重よ。当然一般の世界でもかなりの価値があるレベルの石が殆ど。魔力を込めるのにもその石の構成や素材が重要になるわ」
「それは石の構成物質や純度が問題になるのだな」
「そういう事。それに相性の問題もあるわ、私の使いやすいのはルビー、科学的には殆ど違いは無いでしょうけどサファイアは全く違う扱いになるわ」
「成る程、では魔術師が欲しがる石はそれぞれ違うという事か?」
「……貴重な石なら使いようはいくらでもある。余程専門外の魔術を使う家系でもなければ、余裕があれば手に入れてもおかしくないわ」
其処まで聞いてパタリロは一息いれる。そしておもむろに話題を変えた。
「魔術師とは金が掛かる様だな、やはり皆金持ちなのか?」
「…………魔術に使うものは一般でも価値の有るもの、無いもの、合法的なもの、非合法的なもの様々よ。それでも、その殆どはお金で取引されるから家系全体で表向きの収入を得ている家は多い。
そうね、それなりに裕福な家が殆どでしょうね」
「そうか…………ならば、そいつらの欲しがる宝石を集めて売れば普通より高値で買い取ってくれる可能性があるな」
凛の脳内にあるレジスターが音を立てた。
「………… …………そうね、基本的に普通と違う注文を付けることが多いから、バイヤーに足元を見られて高値で購入する事が多いわ。なんといっても魔術師は個人主義な奴らが多いから、少し割高くらいなら喜んで食いついてくるでしょうね…………!」
凛はパタリロの意図に気付いたようだ。
「私を窓口にするつもり?」
パタリロがにやりと笑う、凛の口端も釣り上がった。
「報酬は王宮での窃盗未遂罪を不問にする事」
「あら、状況的にはただの見学者よ? 何も不埒な真似はしていないわ」
「ぼくは国王だぞ?」
「私は善良な外国人観光客よ?」
「では?」
「…………出た純利益を折半、あの宝石は別に頂くわ」
竜虎相対す。
「貴様…………“信奉者”か!」
「貴方こそ…………まさかこんな所で会うとは思わなかったわ!」
「ぼくが開祖だ…………!」
「何ですって!」
守銭道の開祖と若きホープ(開祖の方が若いがそれはスルー)が火花を散らす。
背後に浮かび上がった竜と虎の回りに銭の花が開いた。
「面白い…………! ぼくに勝てるか?」
「親兄弟でも容赦しないのが守銭の道。開祖とて譲れないわ!」
「利益の2割だ、それ以上は出せない」
「5割は譲れない。私が居なければ一銭も出ない儲けよ?」
「石はぼく達のものだが?」
「4割5分! 別に宝石は一つ」
「2割5分、それで購入すれば良い。これからの優先ルートは保障しよう」
士郎は二人の戦いに、あの戦争で見た英霊同士の覇気と同じものを感じた。
凛が叫び、パタリロが哂う。凛の言葉が突き刺さったかと思うと、パタリロの宣言がそれを切り絶つ。
激戦は長時間に及んだ。その間木石の様に所在無げに佇んだままの士郎と、お茶を啜りながらタマネギと世間話に興じるセイバー。
「では、発生した利益の3割4分7厘をそちらに。別途に一定額を保障、そちらの購入する宝石の代金を限定数割引する事。それで良いな」
「それと別に開催までの滞在費とこの件に関する必要経費はそちら持ち、代わりに顧客の紹介を約束、それと毎年一定の数の注文を欠かさない事」
「開催中の労働力の提供も忘れるな」
「ええ、そこは分担で」
そう言って二人は爽やかな笑顔で固い握手を交わす。
ただし、それは逆手である。利き手は算盤を握る為に空けられたままだ。
守銭道とは、かくも厳しい世界なのだ。
「殿下が二人居るような気がする…………」
「リンが二人居るようですね…………」
「…………頭痛が……! 聖杯を見た時みたいな頭痛が……!」
「……しかし、本当に大丈夫なのですか? 魔術師を相手にするという事は楽な事ではない」
セイバーが、パタリロに訊ねた。
上機嫌に笑っていたパタリロは、その言葉にゆっくりとセイバーの方を向く。
そしてこう言った。
「なに、魔界の悪魔に比べたらどうという事はあるまい」
士郎とセイバーがその時感じた英霊にも匹敵する覇の気配は果たして幻覚だったのだろうか。
かくして、表向きは得意客とその紹介を受けた者限定の会員制オークション。その実魔術師限定の秘密オークションの開催がマリネラで決定された。
凛がまず、伝を頼り時計塔からの言質を取り付ける。その後魔術に関係するバイヤーの知り合いなどを通じて噂を流す。他人への秘密主義を貫く魔術師とはいえ、いやだからこそ他人の話には敏感な連中の事、開催を周知する事に問題は無い。
参加者はマリネラを訪れ、ある符丁を告げさえすれば参加出来る。仮面でも被り、匿名であれば他の参加者との不必要な接触をする危険は少ない。
観光地であるマリネラだ、足が着く可能性も低い。
更に参加者は希望すれば、自分の宝石をオークションにかける事も出来る。その場合利益の一部が開催者のものとなる。
これにより、不要になった、もしくは転売するつもりだった宝石が処分出来る。人の集まり具合によっては充分美味しい話だ。
当然凛はその中心に自分が居る事を明かす事は無い。あくまで魔術師達に向けてはオークション参加者の一人に徹するつもりだ。
宝石魔術師である遠坂家の人間がいち早く嗅ぎ付けたとて、全くおかしい話ではないし。サクラ的な働きも可能になるのだ。
そうして遠坂凛は相手負担の滞在費を形に、マリネラ王宮での優雅な生活を満喫していた。
ちなみに開催での労働力負担の条項により、士郎は運営の為抜けたタマネギの交代要員として、セイバーは運営の指揮補佐として、王宮内で働く事になった。
士郎のロンドン滞在中に磨きが掛かったその執事能力は遺憾無く発揮され、タマネギ達からは“名誉タマネギ見習い”の称号と共に殿下に内緒で小額ながら給料を支給されるほどに喜ばれていた。
セイバーも、その熟達の指揮官能力は大局を見据えながらも小事を逃さず。問題があればたとえパタリロにでもしっかりと意見する態度に、タマネギたちの多くはまるで生き神様を見るような態度で接していた。
「で、遠坂。さっきオークションに関してエーデルフェルトから探りの連絡が有ったぞ」
「パーフェクトね、士郎。褒めてあげるわ」
「なんでさ」
全ては順調。マリネラの太陽と風も凛を祝福している様だった。
凛は知らない。あのパタリロが関わる事象に、順調とか平穏無事とかという言葉は決してはまり合う事が無いという事を。
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某国のキムチだとか餃子だとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねぇ…………もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…………!
まだまだ暑い日が続きます。食べ物には皆様注意しましょう。
やっと本編の始まり? パタリロ殿下の本領発揮です。
宝石翁の弟子遠坂凛と、人類の裏切り者パタリロ殿下の思惑に嵌り、超特異点マリネラに続々と集まってくる魔術師達。
誰が来るのか分からない(実は筆者もまだ決めてない)
実はFateに関しては昔、某笑う不死身の金色魔人を聖杯戦争に参加させてみようかとネットで資料を集めしただけなので、自己解釈や間違いその他が有るかも知れませんが、どうぞ優しい目でご指摘下さったら有難いです。
これから少し書き溜めようと思いますので、更新頻度は下がる予定。期待せずお待ち下さい。