常春の国より愛を込めて
第五話:ヒューイット氏は僕の心の師匠
「やあやあ諸君、はじめまして。
ぼくがこの国の国王、パタリロ・ド・マリネール8世だ。
なに、卑しい生まれ、下賎な育ちでも気にする事は無い。
どうぞ遠慮なく、気楽に僕の事は“麗しの殿下”と呼びたまえ」
士郎の状態は―――――――――呆然。
アレハ、ナンダ。
あれが人というならば、目の前にいる、あれは一体なんなのだ。
士郎の目に映るものは――――――そう、ちょうど人の子供くらいのグロテスクな物体が――――――蠢いていた。
否。人なのだ、それは断じて、ただの人なのだ。
背骨に焼けた鉄柱が差し込まれた様に、動かない身体で、士郎の中にある剣が――――――そう囁いていた。
『―――――――――ああ、これは現実なのか』
「どうしました? シロウ」
「大丈夫だ。セイバー、―――――――俺は答えを得た」
「? 何の事か分かりませんが、仮にも王の前であまり失礼の無いように。
リン、貴女もです」
「ああ、すまんセイバー。あまりの事にちょっと呆然としていた…………って、セイバーは何とも無いのか!?」
「ですから礼節をきちんと…………。
マリネール陛下。申し訳無い、連れが無礼を。
日頃から人の間に垣根を作らない人物なのだが、この場では礼を失した様だ。どうか許してほしい」
物体が鷹揚に頷いた。
「何、構わん。あと、ぼくの事は“麗しの殿下”と呼びたまえ」
「ではマリネール殿下と。
ところでマリネール殿下、貴方は本当にマリネール殿下か?」
物体に乗った…………ええい、似ているからもう豚まんで良いや、豚まんの上の方に乗っかった眉毛らしきものが微かに顰められた。
「どういうことだ?」
「いえ、ここに来るまでに拝見した殿下の絵姿とはあまり似ておりませんので」
「ああ、そういうことか。簡単な事だ、ぼくはあまり写真うつりが良くないのだ」
「そうでしたか。重ね重ねご無礼を」
はっはっは
「って待てぃ!」
ドロー! 凛のターン!
「写真うつりの問題じゃないでしょうが! この写真とアンタ! 一体何処に共通点があるって言うのよ!」
ばんばんと引き伸ばされた国王近影と称された写真のパネルを叩きながら凛が叫ぶ。
写真の中の人物は儚げな印象を与えながらも王として芯の一つ入った威厳をそこはかとなく漂わせる正に美少年といったものであるのに対し、椅子に座るそれは何処からどう見ても昨年の肉まんが服を着て据わっている様にしか見えない。
「ふむ、この時のぼくは少し今より痩せていたからかな」
「少しどころの騒ぎじゃないでしょうがー!」
パネルを床に叩きつける凛。
散々叩きつけた後、蹴り飛ばした。
飛んでいくパネル。
あのパネルが、一体何処から来て何処に行くのか、それは誰も知らない。マリネラの事だし。
「大体マリネラの少年国王といえばこの写真の方が有名なのよ! それが出て来ると思えば何でこんな豚のまんじゅうが服着て喋ってんのよ!」
「ほほう」
パタリロの頭に井桁が浮かぶ。
「ぼくは寛大で心優しい王で有名なのだ。しかし、事実無根の中傷は聞き逃せんな」
流石に正気に戻ったのか凛の顔色が青褪めた。
元々ここが得体の知れない敵地である事が判明していたのだ。それに加え王族に対する明らかな誹謗中傷、例え事実であっても、だ。
ここは君主制の国、理由如何に問わず王への害意は即座に処断される。
しかも敵地の親玉に、である。喧嘩を売るにしてもこれ以上効果的な方法はそうあるまい。
まあ、凛の側にも同情すべき点は大いにある。
偵察程度と考えていた矢先に、相手の断片ながらも強大な力を見せ付けられ、さらにその能力に異様な点が多すぎる事も恐怖を誘う。
そしてその矢先に、罠に嵌められたが如く逃げられないあからさまな誘い。
緊張が頂点に達した時に現れたのが、この物体なのだ。
例えを許していただけるならば。
犯罪かもしれないことを考えていただけで未遂罪で逮捕、弁解も許されず死刑が確定し、十三階段を上らされたら、目の前に肉まんが置かれていた。というような状況である。
最後の食事ではない、死刑台の上の肉まん。しかも食えそうに無い。
まあ、それでも状況に変わりはない。セイバーと士郎も顔色を変え、思わず立ち上がりかけた時、状況が動いた。
「でーんーかー!」
「見つけましたよー!」
「いい加減仕事に戻ってくださーい!」
タマネギ達がどんがらがっしゃんと応接室に雪崩れ込む。
それに反応してパタリロが木の葉隠れで逃げようとする。
「逃がすか!」
捕縛縄と無数の刺股がパタリロを取り押さえる。
「火付盗賊改方、長谷川平蔵である! 銭数えの波多利郎! 神妙に縛に付けい!」
御用提灯が、十重二十重に取り囲む。
「おのれ鬼平! 今日がうぬの命日よ! 者ども、やってしまえ!」
縄から抜け出しながら、パタリロが羽織を脱ぐ、その下には動きやすい黒装束を纏っていた。
「へ?」
「は?」
「うぬ!」
いつの間にか黒装束を纏い手に匕首を持つ士郎、凛は町娘風の和装で手には鎖分銅。
気合と共に若侍の風体で抜刀したのはセイバーだ。
「波多利郎の配下どもか! 頭共々召し取れ!」
向かってくる刺股、刀の攻撃をひらりとかわす士郎。
「へっ! この錠前破りの士郎、そう簡単に捕まるか!」
分銅が同心たちをしたたかに打ちのめす。
「金秤のお凛、簡単に捕まるほど安かないよ!」
刀がきらめいたかと思うと、縄や十手が切り裂かれる。
「亜瑠斗利阿之助、参る!」
波多利郎の哄笑が響き渡る。
「実は盗賊銭数えの波多利郎とは世を忍ぶ仮の姿! 真田幸村が配下、猿飛佐助とは我の事だ!」
召喚された大蝦蟇から噴かれた火が辺りをなぎ倒す。
「おのれ、猿飛佐助! 未だ幕府転覆を狙っていたとは!」
炎が長谷川平蔵に迫る。
「其処までです! 猿飛佐助! やっと正体を表しましたね!」
なんと、それを止めたのが亜瑠斗利阿之助であった。
「盗賊たちの中に入り、探っていた甲斐がありました! 亜瑠斗利阿之助とは偽りの名! 私の本当の名は…………遠山金四郎!」
「な、なんだってー!」
全員が正気に戻るのに10分ほどかかりました。
「しまった……! 応接室の調度品が壊れない様にここで騒ぎを起こすと自動的に秘境異次元ごっこになる仕掛けがあるのをすっかり忘れていた…………!」
ぜいぜいと、荒い息を吐きながらパタリロが呻いた。
「「「もうしわけございませんでしたー!!!!!」」」
凛達が見る、本日二度目のタマネギの土下座である。
「諸悪の根源はあの通り火炙りの刑に処しておりますので、どうかひらにご容赦の程を…………!」
流石に応接室の外で、刑の執行は準備されていた。
「こらー! ぼくは国王だぞー!」
「黙らっしゃい! よりにもよって王宮に来て頂いた観光客様に何をやらかしたと思っているんです!」
「ダイヤに次ぐ貴重な財源である事は殿下もご存知でしょうに!」
「前の上げ底マリネラ饅頭の件も忘れてませんよ!」
凛達からは見えないが、扉の向こうでタマネギたちの怒声が響いている。
まあ、凛たち自身も自失呆然の体でそれどころではないのだが。
「…………一体、何だったんだ、あれ」
「分かりません……気づいたらもう、勝手に身体が動いていました…………」
「魔力は感じない…………魔眼や幻術の類でもない…………時間操作…………? いや馬鹿な…………」
扉の向こうは今だ騒がしい。
「おーい、ガソリンはまだかー!」
「やめんかー!」
「とりあえず厨房から油持って来た」
「よし、火の準備だ」
「うがー!」
「…………なあ、セイバー。肉の調理方法でな、熱した油を何時間も肉の塊にかけ続けて蒸し揚げにするっていう方法が有るんだ……」
「実に興味深いですが……何故今その話を…………?」
「いや、何故か思い浮かんだ」
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毎日更新なんて㍉
セイバーさん冷静過ぎ。理由は次回。
鬼平は中村吉右衛門さんが好きです。原作の五郎蔵親分になら掘られても良い。