常春の国より愛を込めて
第三話:運勢をザカーリ氏に占ってもらったら黙って代金返された
常春の国
マリネラ
「やっぱりイントロはこうでなきゃ」
「何か言ったか? 77号」
「いいや、別に。それよりレッツ号、今日の予定は?」
「王宮見学者は一組だけ、宝飾関係の学生さん達らしい」
「それだけか」
「それだけ」
「楽だな」
「楽だね」
担当の場所である王宮の庭を掃除しながら、二人のタマネギが、のんびりと会話していた。彼らが命ぜられた今日の仕事は、王宮での観光案内。
日によっては決して楽な仕事ではない、先日はマリネラ小学校とマリネラ中学校の社会科見学とマリネラ第一高校の姉妹校である長万部大学付属高校の修学旅行生が一度に訪れ、途中からマリネラ幼稚園の遠足とかち合い、最終的に慰安旅行兼営業に来国した東カリマンタンのホステス達の姿が見えた時点で、パタリロが国家非常事態宣言を発令。
火炎メーザー砲と電磁レールガンを抱えての奮戦虚しく、二人の記憶はくさやをホンオ・フェに漬け込んだ後尻を拭いて放置した様な芳香の中、顔に突き刺さるすね毛で途切れている。
そんな日に比べれば、今日は楽な日だ。
「そういえば今日の見学者、女の子もいるらしいぞ」
「女子大生か……良いね!」
この二人、タマネギ部隊では中堅であり、一つの共通点として今の部隊では珍しい異性愛者だった。
しかも妻帯者である。お互い結婚時に散々部隊と殿下に大騒ぎされ迷惑を掛けたという経歴を持ち、歳も出身部隊も違いながら不思議と気の合う仲間同士だった。
「可愛いといいな……」
「そうだな……」
「「まあ」」
「「一番はうちの嫁だけどね!」」
愛妻家である。
暫し笑い合った二人は、ふと、黙り込む。
「ただ……問題は……」
「今日は殿下が一日中宮殿に居るんだよな…………」
其れからは黙々と、二人は掃き掃除を続けた。
『帰りてぇ…………』
二人から少し離れた場所でひたすらゴミを集めていた新人タマネギのハルキゲニア零号は、未だ先輩達のノリについて行けず、心は少し遠い場所に逃げていた。
今日も彼は故郷から持ってきた剣を相手に夜ベッドで愚痴る事になるだろう。
「まさかイトーヨーカドーがあるとは思わなかった……」
「シロウ、あまり余所見をするとはぐれますよ」
一行は首都マリネラ市を抜けマリネラ王宮に向かっていた。現在は王国一の繁華街、マリネラ銀座を通っている所だ。
一行は、特に凛と士郎は面食らっていた。
捻り鉢巻の威勢の良い八百屋、木造の立派な呉服屋、その間にアラブ調寺院の様な建物、遠くにはニューヨークっぽい摩天楼が見える。
「…………たまり通りがかる全身毛むくじゃらの人とか、頭から触角が生えている人は一体……?」
「シロウ、他人の身体的欠陥をあげつらう事は大変失礼です」
「ねえ……あの車(?)浮いてない?」
「国王自身が発明家と言ったではありませんか、科学技術が進んでいるのでしょう」
何かふらふらと足取りが覚束なくなっている二人を、セイバーがエスコートする形になっていた。本人曰く、市街地の地理はばっちりです!
地理の把握は戦場での基本。騎士王の面目躍如である。
無論観光客としても立派な行動だが。
「…………ああ、そうね。まだ予約した時間まで間が有るわ、すこしどっかで休んでから行きましょう」
「リン、喫茶店ならばこちらです!」
「ありがと、セイバー…………」
「ふう……」
セイバーに引っ張られて着いた喫茶店は、以外に当たりだった。丁寧に淹れられた紅茶はアッサムだろうか、かなりの腕前だった。
伊達に店主の腕が4本ある訳ではないらしい。
凛は冷静さを取り戻したようだ。
「何で、マックスコーヒーがメニューに…………」
士郎が立ち直るにはまだ少し時間が掛かるようだ。
凛が居住まいを正す。
「さて、作戦会議と行きましょうか」
「あ、ああ」
「はい」
「今から私達は王宮に向かうわ。観光客だから目的は王宮の見学、予約時に宝飾関係の学生である事は伝えてあるから宝石庫の見学も出来るという事よ。
まずは強行偵察、目標を見極めるわ。
宝石自体は私が見る。最悪見当違いの石の可能性も有るしね。
セイバーは案内人や、王宮に居る人間を良く見ておいて、最終的に交渉する人物、管理している人間が見られれば上出来よ。
士郎は王宮そのものを。あと保管庫も解析できれば言う事無いわ」
「なあ、遠坂。何だ、盗みにでも入るつもりか」
盛大な冷や汗をかきながら士郎が質問する。
「………… …………そんな事態にはならない予定よ、多分……ならないと良いわよね…………」
「頼むから断言してくれ」
目からも冷や汗が流れそうだ。
「ま、対応は色々考えているけど。最終的な決断は見学が終わってからね!
…………心して行くわよ」
「ようこそマリネラ王宮へ」
「予約されていたロンドンのリン・トオサカさんと……アルトリア・セイバーさん、シロウ・エミヤさんですね」
「はい。宜しくお願いします」
凛が深々と頭を下げた。
慌てて士郎が、悠然とセイバーが続く。
遠坂嬢の巨大な猫かぶりは未だ健在である。
「どうですか? マリネラは。ロンドンとは違い暖かいでしょう?」
「ええ、気持ちの良い気候です。常春の国とは良く言ったものですね」
三人はその間もしきりに念話で会話していた。
『何なんだ? この顔』
『そういえば機内放送でもたまに映っていたわね。王宮警備隊も兼ねるマリネラ軍のエリート部隊』
『この顔は……変装ですか?』
『そう、前王妃がパタリロ国王の為に結成した特殊エリート集団、通称“タマネギ部隊”
匿名性を高めて個人を特定出来ない様にされた人間達。国王の警備だけでなく、補佐として政治、経済においても正しく国王の手足となって働くらしいわ。噂ではこの国の内閣はほぼ形骸化していて、王を中心としてタマネギ部隊の専制君主制の政治体制であるという説もあるわ』
『時には専制も、必要な事があるでしょう。
…………そうか、彼らがパタリロ王の騎士たちなのですね……』
『しかし……気にならないか、セイバー』
『はい、士郎も気付いていましたか』
『どうしたのよ?』
『…………彼ら、戦い慣れてます』
「お名前を見ると、トオサカさんとエミヤさんはもしかして日本人ですか?」
「ええ、二人とも高校までは日本に住んでいました」
「やっぱり! 実は僕の妻も日本人なんですよ!」
「そうなんですか! 国王陛下の親日家ぶりは聞いていますが、やはり国際結婚も多いのですか?」
談笑しながらも、凛は訝しげに聞く。
『どういう事? 軍人なんだからそりゃあ……』
『違います。現代の正規の訓練は確かに受けている様ですが、彼らが実際戦った経験は恐らく人外とのものです』
『なに、それって……?』
『ああ、この人達の経験は対人戦で身に着いたものじゃない。意識する間合いが大雑把過ぎる』
『ええ、彼らの相対した敵は大きなリーチ、物凄いスピード、一撃が致命傷になる相手です。そして攻撃は狙うほどの狭さは無い、当てる事に然程困る事はない。大勢で一体を相手にし、大きな隙を作り出して攻撃を集中し敵を仕留める。
そんな戦い方を彼らは経験しています』
『なによ、それ……!』
『もう一つ、気付いたのですが……』
セイバーが言いよどんだが、凛が先を急かす。
『彼らから僅かですが、神秘の気配がします』
『それって…………ここは歴史ある王宮だし、彼らが扱っているのは宝石よ? その関係じゃないの?』
『そうかもしれませんが……それにしては強烈過ぎます。そう、まるで何か神格クラスの神秘に近付いた事がある位に』
流石の凛も絶句するしかなかった。
思わずレッツ号がいぶかしむ位に。
「どうしました?」
「いいえ! 何でもありません」
何とか場を繕う凛を見ながら、士郎も仕事を開始する。
『新しいな……』
そう考えながら誰にも見られぬよう壁に手を触れ、
頭に走った激痛に思わず蹲った。
「おや、こちらも。大丈夫ですか?」
心配したようにもう一人のタマネギが士郎に駆け寄った。
「……大丈夫です、ちょっと躓いたみたいで。
ああ、あれは何ですか?」
ごまかす様に、目に入った庭の巨大な石碑を指差す。
古いものではなさそうだ、士郎の視力で刻まれた文字が何とか読めた。
「……ジュリアーノくんとジェンマちゃんの……墓……?」
「この距離でよく読めますねー、ええ、殿下のペットの墓です」
少年国王の子供らしい所なのだろう、これだけ巨大な墓を建てるほどそのペットに愛情を注いでいたのだ。
「ノミなんですけどね」
何かノミという名の珍獣なのだろう、聞いた事は無いが。
「さて、次は宝石庫ですね。警備に連絡しますので少しお待ち下さい」
そう言って彼らは離れていく。
三人きりになってしまった。警備とか大丈夫なのだろうか、それとも何かしらの監視装置が既に作動しているのか。
そんな可能性に一切配慮する事無く、人目が無くなった途端凛が掴みかかった。
「ちょっと! 一体何を見たのよ!」
士郎は冷静に答えた。
『落ち着け遠坂、無駄かもしれないが念話で話せ』
『そうね……って、無駄ってどういう事よ?』
『さっき俺はこの建物を“解析”した。いや、しようとした。結果は一瞬しか分からなかったが充分だ。
この建物はハイテクの塊だ。それほど詳しい訳ではないが俺には理解出来ないレベルの科学技術だらけだ。兵器としてミサイルや機関銃が無数に格納されている、更に其れを自動制御する装置だと思う、相手を見つけるセンサー類も数え切れない。用途は分からないが高出力の装置も多種が多様に組み込まれている。
…………そして遠坂、落ち着いて聞いてくれ、その装置の大半に魔術的な何かが組み込まれている』
『は?』
『…………要するに、我々のしている事は全て相手に筒抜けだった、という事ですか』
『最悪、その可能性が有る。……いや、多分そうだろう』
その時、タマネギ達が帰ってきた。しかしその顔に渋そうな表情を貼り付けていた。
「あー……君たち、実はね……うちのつぶれ肉マ……いやいや、うちの殿下がね、君達を案内したいそうなんだ。
どうかな? 君達にもこの後の予定が有るだろう、忙しいだろうし、案内を受けてもらえるかね? いやいや、そうだろう! あんなものに会いたくなる訳は無いが、王族に会うなんて名誉な、肉だるまが、何と言っても高貴なスピロヘータなんだよ、分かるね?」
分からん
「…………77号、やはり」
「ああ…………」
二人は顔を見合わせ、次の瞬間神速で動いた。その動きは、最大級の警戒をしていたセイバーの目をもってして、一瞬捉え切れなかった。
土下座である。
「お願いします~、殿下に会ってください~」
「お嫌でしょうがここはひとつ~、犬に噛まれたと思って~」
「いやいや、ここはゴキブリにたかられたと思って~」
「カマドウマ一杯の納戸に閉じ込められたと思って~」
泣き落としである。
二人の顔面は既に涙でぼろぼろだ。
大の大人がマジ泣きする場面に出会って、三人はドン引きである。
それでも、三人の中で最初に立ち直ったのはセイバーだった。
「あの…………」
「はぃぃ~」
「殿下というのは……この国の主、パタリロ・ド・マリネール国王陛下のことですか?」
一瞬、呆けた様になるタマネギ二人。
「…………そういや国の主だな」
「…………国王陛下……だったな」
また泣き出す
「そうです~うちの逆さアルマジロです~」
「国主のチンクシャです~」
オーイオイオイ オーイオイ
たまに良く分からない単語が出るが、マリネラ語だろうか?
少し冷静になった三人は考える。どちらにしろこの誘いを断る訳には行かない。
今まで分かっている情報では、この宮殿は魔術師の工房に等しい。その工房の主らしき人物からの招待なのだ。目の前に居る二人も、未知の戦闘経験を持つ油断出来ない相手だ。
ここでの判断ミスは一糸たりとも見逃せない。
「分かりました、案内して下さい」
震える唇を堪え、凛は必死に答えた。
信じられない、といった顔で凛を見上げるタマネギ。
「…………会って、頂けるんで?」
「え? いや会って下さいって……」
二人が全くのノーモーションで立ち上がる。重力? 慣性? 何それ美味しいの?
「いやいやいや、ではこちらにどおぞ」
「三名様ごあんなーい」
応接室は流石に豪華だった。
ここまでの王宮の装飾も決して質素ではなかったが、この部屋のインテリアは群を抜く。
ロンドンに来てそういったものに多少目の肥えた士郎だったが、その目をして一流以上のものしかここには置かれていない事が辛うじて分かる程度だった。
目の前に置かれたアサヒビールのロゴの入ったコップに注がれた水も、多分何らかの意図がある。…………何か汚れてる。
凛があまりの高価さに、気圧されて小さくなっていた。
『逃げられないかしら…………』
『無理です』
『因みに遠坂。教えておくと内蔵された機関銃は射程2km、ミサイルは最低で見積もっても300km先の直径1.5kmを更地にする威力はあるぞ。多分マッハ5くらいで追っかけてきて』
「「………… …………はあ~」」
「…………これ、末期の水かしら」
「…………仏教徒らしいからなぁ」
因みにここまで案内してくれたタマネギ達の最後の言がこちら。
『気を強く持って!』
『何があっても驚いちゃ駄目ですよ』
『遺書は書きましたか? 誰かに最後伝えたい事は?』
『保証人の欄に決してサインしちゃ駄目ですよ』
役に立たねぇ。
扉が開いた時、三人の集中力は最大を迎えた。痩せても枯れても聖杯戦争の生き残り達だ。
しかし、入ってきたそれを、理解できた者は誰一人居なかった。
それは三人の前に移動し、向かい合った椅子の位置に止まった。
それの上方部分にある塊の表面が裂け、音が発せられた。
「やあやあ諸君、はじめまして。
ぼくがこの国の国王、パタリロ・ド・マリネール8世だ。
なに、卑しい生まれ、下賎な育ちでも気にする事は無い。
どうぞ遠慮なく、気楽に僕の事は“麗しの殿下”と呼びたまえ」
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長ぇよ!
このひしゃげたチャバネゴキブリが! 居て欲しくない時には居るくせに、出てきて欲しい時(ゴキジェット装備中など)には中々出やがらない!
本当にアンタは………… …………お待ちしておりましたぁ!!
殿下登場であります。
因みに77号とレッツ号はそれぞれ主役を張った経験のあるタマネギであります。都合上女性に興味のあるタマネギが欲しくて抜擢しました。
レッツ号の方は単身赴任、または義父母の援助でマリネラに居を構えているという設定に。
ハルキゲニア零号はオリキャラですよ?
某作品とのクロス発見記念とかじゃないですよ?
故郷にピンクブロンドのつるぺったんな恋人が居たりしないですよ?
どこら辺までで自重するか「ガバディ、ガバディ」と呟きながらにじり寄ってみている筆者。