常春の国より愛を込めて
第二話:Fateの世界王様会議って嫌な感じしかしない
『本日はマリネラ航空をご利用頂き有難う御座います…………』
シートベルト着用サインが消え、機内は気持ちほっとした空気に包まれた。
「しかし、大西洋横断に今時プロペラ機って……」
「一番安かったのよ、我慢しなさい」
まあ、安い船旅などに比べたら遥かにましだ。そう考えながら士郎はとりあえず前の座席の背に入っているペーパー誌を取り出した。
「ええと……機内販売。コーラ・5ポンド、ポンジュース・8ポンド、お~いお茶・5ポンド。お酒、アサヒスーパードライ・10ポンド…………高いよ! というかなんだこのチョイス!?」
「現国王がかなりの親日家らしいわ。一面識しかなかった元総理大臣の葬儀に自国からやってきた事も有ったらしいし」
「へえ……」
機内放送が始まった。まるで落語の出囃子みたいな音楽と共にマリネラ王国の紹介ビデオが流されている。
「マリネラ王国……恥ずかしながら今まで聞いた事もありませんでした」
セイバーは画面を見ながら呟いた。
凛が資料を読み上げる様に話し始める。
「マリネラ王国。アメリカの西、大西洋上に浮かぶ島国。人口約10万、立憲君主制。主要産業は、観光と……金、ダイヤモンドを採掘から販売まで、宝石全般の売買も完全に独自のルートで行っているわ」
「ダイヤモンドといえば、独占的な輸出機構が一手に引き受けていると聞いています、其れを通さず、ですか?」
「ええ、そんなに昔の話ではないわ。確か現国王になって直ぐ位の話よ、相当水面下でかなりもめたという噂は聞いているわ」
「新国王の英断、という訳ですか……」
凛は肩を竦める。
「どうかしらね、色々逸話には事欠かない王様だけど、何せまだ10歳だし」
「10歳?!」
「そんなに若いのか……。成る程、少年国王という訳か」
合点がいった、とばかりに士郎は頷いた。
「立派なものです、その歳で国王の責務を果たしているとは……!」
機内放送には、“たおやか”といった言葉がいかにも似合いそうな品の良い少年がにこやかに手を振る様子が映っていた。
「逸話って何があるんだ?」
凛は少し考えながら話し出す。
「まあ、交渉相手の親玉だから色々調べたのよ、そしたらかなり話題に事欠かない人物らしいわね。出るわ出るわ、公式発表から噂まで。
パタリロ・ド・マリネール8世。4月1日生まれ。
まず有名なのがその頭脳、10歳で既に自国のとはいえ大学を卒業しているわ。IQは一説に300とも400とも、発明家としても国際団体に登録されているらしいわ。
次に経営手腕。先王ヒギンズ3世の頃からダイヤモンド採掘と加工でかなり余裕のある国だったらしいけど、先程の話の通り現国王になってから販売まで完全に独自路線に走ったの。結果は大成功で、収益はうなぎ登り。近頃になって金鉱脈も発見して、全て国営企業で順調な経営を続けているわ。
更には観光事業にも力を入れて成功中。便数は少ないけどこのロンドンからの路線も近頃就役したばかりよ。
あと王族としては当然かもしれないけど、語学力も堪能で日本語もペラペラらしいわ。虫と話していたなんて法螺話が出るくらいよ。
そうそう、日本語といえはかなりの親日家という話はしたわよね。
マリネラは君主制なのに宗教の自由は完全に保障されているの、なにせ国王は真言宗らしいわよ」
「仏教徒なのか!?」
「そういう話。
親日家の話として、日本の伝統芸能にいたく興味があるらしく、かなりの知識らしいわ。
在マリネラの陶芸家に師事して、その陶芸家が不慮の事故で亡くなった時には永代人間国宝に指定して悲しんだという話よ」
「師との別れですか…………。避け難き事とはいえ辛かったでしょうに……!」
頷きながらセイバーがしみじみと語った。
「その話からか、忍術を嗜むなんて話もあったわね……。
ああ、そういえばさっきの映像でもそうだったけど、軍服を脱がないなんて話もあるわ」
「そういえば……」
確かに先の映像で国王の少年が着ていたのは、王族らしい立派な誂えとはいえ軍服だった。
「国政上、軍隊の最高司令も国王が兼ねるのよ。軍備も財政が裕福な分かなり充実しているらしいわ、その自覚がある立派な行動と好意的に捉えられる事もあるし、男の子らしい只の好みと言われる事もある様よ」
「この歳で……」
「王の矜持を持っているのですね、素晴らしい」
年端も行かぬ少年が戦いを覚悟している事に、士郎は眉を顰めた。それでも、其れをしなければならぬ立場にいる彼の決意を否定する事は出来なかった。
セイバーは既に感極まっている。どうしても自分の体験と重ね合わせる部分があるのだろう。
「この国は長いのですか?」
さぞ歴史ある国だろうとばかりにセイバー。
苦笑しながら凛が答える。
「正直、どうなのか分からないわ。一応、先日建国1800年の式典が開かれたらしいけど。
欧州史ではたまに思い出した様に記述が見つかる位だし、本格的に歴史に参加するのは17世紀の大英帝国との戦争からね」
母国と戦争していたと聞き、ちょっとショックなセイバーさん。
「当時の帝国を退けたというから、それなりに力のある国だった事は確かね。
その後に欧州の各国とダイヤの取引を始めるから、其れまでどうしていたかは残念ながら分からないわ。マリネラ史って流石に資料が少な過ぎるのよ。
近代以降もダイヤ産業以外特に語られる大きな事は無し、世界大戦もいち早く戦勝国側に付き、実際に戦渦に巻き込まれた事は無いわ。
これも眉唾物だけど、マリネラ王族には強運の持ち主が多く、何かそれに関する秘訣でも有るのではないか、なんて話があるわね」
何かを思いついた様に、士郎が声を潜め聞いてきた。
「魔術的に、そんな事もあるのか?」
凛も、表情を僅かに引き締め、答えた。
「…………大きな事なら未来予知に運命操作、若しくは知識の継承、転生とか。少なくとも精神に作用する魔術でも行使できれば難しくないでしょうね。当然その事は可能性として否定しないわ。
確かに、一個人の逸話としては破格よ。国の歴史にしてもね」
そこで凛は、緊張を解いた。
「とは言うものの、飽く迄可能性の話よ。少なくとも時計塔が関知するような魔術の行使は有った事は無いし、まあ、今見た限りだけどあの少年国王に魔術回路らしい気配は一切無いわ。
知ってる? 英国王室にもマリネラの血を引く人が居るのよ」
「そうなのか?」
「これも王家として恵まれている事に、多産な家系なのよ。先々代の王は子供が18人も居たというし。何年か前ちょっと有名になったのが、その18人の末娘が他国に嫁いで12つ子を産んだって話。
生物学的にありえない話ではないし、多分普通に星の巡りでも良い家系なんでしょう」
「まあ、あえて心配事を挙げれば…………一つは立地ね」
「立地?」
「場所を思い出しなさい、あのバミューダ・トライアングルのど真ん中よ。地球規模で幾つも無い強烈な霊地。
その所為か、“表”のオカルトでは山に霊獣、湖にはネス湖みたいな巨大生物、日本贔屓だからか妖怪とやらの目撃談にも事欠かないわ。少なくとも何かは居るという事ね。
そしてもう一つ、僅かとはいえ白魔術師の勢力圏という事ね」
「白魔術師?」
そんな事も知らないのかという凛の冷たい眼差し。
「はあ……。まあ仕方無いか、時計塔で口に出すような事じゃないし。
いい? 白魔術師って言うのはね、時計塔と離れた異端の一派よ。元々ドルイドあたりの勢力の一つだったらしいけど、思想の違いから時計塔が作られた当時から袂を分かった魔術師の一団。
魔術師らしい“家”を作らずに只個人の資質のみを頼りに研鑽を積むというやり方らしいわ」
「それは…………どうなんだ」
元々違う家に生まれたからか、士郎にとって魔術師の家系がもつ宿命はあまり良いものとは考えられないでいた。
凛は不肖の弟子の言に溜息を漏らす。
「効率が悪過ぎるわ。人ひとり、どんなに長く生きても精々百数十年、それだけで届く訳が無いでしょう。後継者にしても完全に伝えられる訳ではないし、才能ある子を見つけて攫うか引き取るかして育てているらしいけど、才能ある子がそうそう簡単に見つかる事はないし、才能の種類が違えば致命的よ」
「そうか…………」
「おかげで白魔術師は今世界にたった数十人しか居ないらしいわ。大した事が出来る連中じゃないのよ」
「しかし、その彼らがマリネラに居るのですか?」
「居るといっても、数人が住んでいると言うだけだけど。比率としては国の中で最大ね」
心配といってもその程度、対処に問題は無いわ。といって凛は話を切り上げた。
元々彼女は移動中寝る派なのだ。リクライニングを倒した彼女は、アイマスクをとりだした。
『…………まもなくマリネラ空港に到着です。現地時間は只今08:20、マリネラ市現在の気温は摂氏22度、天気は快晴…………』
シートベルト着用のサインが表示された。
微睡んでいた士郎は、隣で寝ている凛を起こしに掛かる。
ちなみにセイバーは話を聞いてマリネラに好意的な感情を持った上に、観光客向けの案内誌を熟読してしまったので、ワクテカしながら到着を今や遅しと待ち焦がれていた。
『…………繰り返しお伝え致します。観光、仕事など一時滞在のお客様におかれましてはマリネラ国内において、つぶれ饅頭、又はそれに類するものを見かけた場合速やかに近くのマリネラ国民、または軍、警察などに連絡し、決して近付いたり、餌を与えたり、若しくは何かを購入したりする事の決して無い様お願い申し上げます。
…………以上、マリネラ軍タマネギ部隊からのお知らせで御座いました…………』
何かアナウンスで長々と喋っていた様だが、寝起きの悪い凛とその相手をする士郎、既に心はマリネラへと飛んでいたセイバー達の耳に入る事は無かった。
「着いたわね」
「はい!」
「………… …………」
三人は空港の外に降り立つ。
きらきらとした瞳で期待膨らますセイバーと、寝起きながら密かに気合を入れ直す凛。
士郎の顔に残る青痣は、凛の寝起きの伸びがもたらした結果であるが、触れてくれるな。
「暖かいわね」
気持ちの良い風が、凛の長く伸ばした髪を揺らす。
「常春の国」
柔らかい光が、セイバーの金色の髪を照らす。
「そう…………呼ばれているそうです、この国は」
「良い、所だな」
「ええ…………」
「…………行くわよ」
颯爽と歩き出すのはやはり凛。セイバーと士郎は暫し微笑み合い、いつもの様に彼女を追った。
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※ 画面は加工後のものです。
マリネラ王国マジちーと。
今回のテーマは外から冷静に見たマリネラ王国とパタリロ殿下。何このチート国家。
殿下は(映像では)美少年だし、天才だし。王国は税金無いし、無料配給所あるし。
キャーデンカー! ダイテー!
おれ、明日マリネラ大使館に飛び込んで亡命を希望する! (300ドルの罰金)
因みにwikiによりますと殿下は1973年生まれ、現在36歳。
17の時にあれだけ美しくなられるのですから、脂の乗り切った最盛期。誰も勝てネェ…………。
いよいよ次回、殿下が御成り遊ばします。友好国国民として皆様恥ずかしくない様に。