常春の国より愛を込めて
第十六話:000号くらい根性が無いのでいじめないで下さい
パタリロに追い付いたヴァン・フェムがその速度をものともせず話し掛ける。
「パタリロ君、避難場所は有るのかね?」
「王宮防衛用の小司令室がこちらに有る! 卿はあれが何か知っているのか?」
ヴァン・フェムが暫し言いよどむ。
「パタリロ君、きみは悪魔を信じるかね……?」
パタリロが言い放つ。
「信じるも何も、四大実力者の争いに巻き込まれてこの前大喧嘩したわい!」
凛は言葉の意味が分からなかったが、内容を理解したメレムが盛大にすっ転んだ。
慌てて起きあがり、皆に追い付く。
ヴァン・フェムも転びこそしなかったが、完全に絶句していた。
凛が口を挟む。
「……第六架空要素ですよね、悪魔って」
「…………この場合、そちらの創り出された実像幻想の事ではない。最初から存在する異界の魔が、こちらに受肉した状態を呼ぶ」
「は?」
凛も理解したのか絶句するも、実のところそんな理解では全く追い付いていない。
「時計塔の魔術師としては問題無い認識だ。しかし、本来の悪魔とは架空要素により創られたものを指すのではない。ガイア、アラヤを創った存在に敵対し追放された存在。君も寝物語位には聞いた事が有るだろう? 魔界の悪魔サタン、ベール、誘惑の悪魔メフィイストフェレス…………」
「けど……あれは…………!」
「うむ、基本的にそれが魔術に干渉する事は無い。魔術は飽く迄もこの世界の法則、異界のそれに影響を与えるレベルには無い。かれらは魔界から基本的に出る事は無い、ガイアやアラヤの意識が其れを許さない。少なくともそれの意識に干渉するレベル――――――魔法クラスにでもならない限り相互に影響を心配する必要は無いのだ。それとて物による。
…………現代の魔術師ならば、ある意味無駄な知識だろう」
現代に生きる魔術師の認識として、悪魔は架空のものでしかない。よって、それが存在するとすれば文字通り架空要素を扱う魔術師が作り出した幻想に過ぎない。
無論過去に神や悪魔が存在した事を否定する事は無い。唯一神などの証明不可能な要素を除けば、ゼウスはオリンポスに居ただろうし、天照大神は高天ヶ原を支配していたはずだ。しかし、それらの存在に干渉する魔術は失われて久しい。
その過去に向かう事が魔術の本分ではあるが、現実問題として現状の魔術師が行使するそれは、例えは聖杯戦争の様な大魔術でもない限り、神や悪魔の存在に何ら影響する事は無い。其れさえ、極めて限定的なものでしかないのだ。
結果、現状でそれらの存在を認識、考察する必要性は薄い。
ある意味滑稽な事ではあるが、少なくとも現代人である今の魔術師が、当人の研究する内容によっては、神魔の存在を否定する輩さえ居るという事だ。
魔術師の閉鎖性の弊害とも言える。
「じゃあ、あれはその悪魔…………?」
「なら良かったんだけどね…………」
「更に悪い物だ」
「ほへ?」
凛は今の身体の状態に感謝する。神代の悪魔よりも悪い存在なんて考えもつかない。全てを放り出して眠りたい衝動に駆られる。
「昔話をしよう」
紫黒の髪を揺らしながら、少年が謡うように話し始める。
「かみさまが星を創り、人を創ってしばらくたった時、かみさまの右腕だったある天使がかみさまと喧嘩しました。内容はこの際関係無い、とにかくかみさまはその天使を懲らしめ、地下深くの異界に追放してしまいました」
「その天使が追放されたのは、かみさまが星と人を創った時邪魔をした、見るも悍ましい存在たちを閉じ込めていた牢獄でした。そいつらはかみさまたちと余にも違い過ぎて、けっして仲良く出来ない存在です。追放された天使もそいつらにほとほと困り、そいつらを異界のさらに辺境、辺土界にまで追い出す事にしました」
メレムの話は続く。
「天使とそれについて来た配下たちは散々苦労してそいつらを追い出しました。その時より、異界には軍隊と爵位がうまれました。
かみさまの右腕だった天使が異界の王様になり、その配下が下につく。その下には配下の生み出した兵士の群が大勢そろっていました。
―――――――――これが、悪魔と魔界の成り立ちです」
「教会でも知る者の少ない、断章の内容なんだけどね」
「…………教会?」
凛の呟きに反応して、少年が少し笑う。
「そういえば、正式な自己紹介はまだだったね…………そこのおじさんの同族で、聖堂教会で代行者をしているんだ」
凛の口は自動的に己の知識を垂れ流す。
「死徒二十七祖第二十位にして聖堂教会埋葬機関第五位、フォーデーモン・ザ・グレイトビースト…………」
「ご名答、よく勉強していて感心だ。けど…………誰にも言っちゃ駄目だよ?」
そう言って教会の悪魔使いが片目を瞑った。
パタリロが聞き返す。
「それで! あれはその魔界の奴らに追い出された化け物なのか!?」
「うん、正確にはその眷属の生き残り」
「何でそんなものがこの世界に居るのよ!」
凛にとって信じられない様な話が続く中、思わず彼女は叫んだ。
先程までの話が本当ならば――――――無論、死徒二十七祖が二人揃っていながら逃げ出す様な相手だ、只の魔獣の類でない事は確かだが。
其れにしたとしても疑問は残る。魔界の悪魔は確かに存在するのだろう、彼女とて並の魔術師とは違う体験をして来た、かの聖杯戦争では正に神代の存在をその目で目撃しているのだ。
しかし同時に先程の話に有った通り、それら魔界の存在がこの世界に現われる事は無い。何故ならその様な存在がある事を、人類の意識、星の意識が許さないのだ。
それは抑止力と呼ばれる。魔術を扱う者にとってそれは常識である。
だからこそ疑問なのだ。人類、そして世界の明確な敵である悪魔、その悪魔さえ忌避するような存在がなぜこの場に現われるのか。
メレムが諦観の情を込めて、昔話の続きの様に謡った。
「言ったろう? かみさまが閉じ込めたって。
奴らは其れよりも“旧い”のさ、コンピュータのウィルスガードは、其れより前から中に居る奴らには効かない。抑止力の効果外の化け物、其れが奴ら」
異質ながら極めて古い神秘。抑止力の影響すなわち教会の言う“神の加護”が効き難い。
「まあ、奴らでも眷属程度なら充分物理法則の中に居る、魔力だって影響する。それでも遥かに聞き難いのは確かだけどね…………純悪魔くらいの抗魔力は持っている」
「ここだ!」
パタリロがドアを叩き開ける。中では二人のタマネギが夜食のカップラーメンを啜っていた。
「ありゃ殿下」
「どうしたんです?」
それに答える事無く、パタリロが猛然とコンソールを叩く。最後に緊急ボタンを押した。
モニターに閉鎖の文字が浮かぶ。それでやっと一息ついた。
「…………とりあえずあの部屋を隔離した。超張硬スチールとシリウス鋼の複合装甲板に梵字を刻んだ洗礼銀を挟んである、暫くは問題ない筈だ」
その言葉に、抱きかかえられたままの凛が叫ぶ。
「隔離……って、あそこにはまだ士郎達が!」
パタリロの顔が一瞬、凍りついた。
会場に居たタマネギ達に逃げ遅れた様な奴は居ないだろうが、果たしてあのパタリロの声が裏手まで届いていたかどうか。当然作動した隔壁は裏手からの出入り口も閉鎖している。
「…………すぐに救出隊を編成する! タマネギ!」
流石は元軍人というべきだろうか、呆然とラーメンを啜っていた二人がその声に直立と敬礼で答えた。
「はっ!」
「すぐに十三番倉庫の武器を持って集合だ、集められるだけ集めろ」
「ラジャー! …………十三番、ですか?」
「そうだ。行け!」
「ラジャ~!」
部屋を飛び出していくタマネギたちを見送ったパタリロは、暫く苛立たしげにコンソールを指で叩いていたが、溜息を一つ突いて椅子に腰を下ろす。
「じきに戻ってくる、それで対処できる筈だ」
「そんな悠長な…………!」
凛の抗議は彼女を抱えた男に封殺された。
「落ち着きたまえ。此処で慌てても仕方あるまい、彼が何らかの策が有ると言うのだ。其れを聞いてからでも遅くはあるまい」
「まあ、そうだね。正直僕でもあまりあいつらと戦いたくはないし」
そう言って死徒二人も椅子に腰を下ろす。凛も従うしかない。正論であるし、この状況では彼女が一番発言権が低いのも確かだ。
メレムが口を開いた。
「しかし、だよ…………マリネール陛下。君は本当にあれを退ける事が出来るのかい?」
パタリロは事も無げに言う。
「殿下で構わん…………あの化け物は精々悪魔並みなのだな?」
「精々って…………あれは多分下級悪魔くらいあるよ?」
「なら大丈夫だ」
「…………」
「…………」
メレムが脱力する。
「呆れた…………殿下はホントに悪魔と戦った事があるんだね…………」
「おう、誰も覚えとらんが」
「……どういう事?」
「ミカエルの奴に記憶を消された」
大天使ミカエル。四大天使にして神の右腕、一説には十戒を授けたとも、アダムの天に昇った姿とも。恐らく最も有名な天使の一人であろう。
「えーと、会ったの?」
流石に誰にとは言えないメレム。
「近頃はTVゲームにはまっとるわい」
神の意思によりこれ以上の会話は切り上げられました。
ヴァン・フェムが沈黙を破った。さっきまで何を話していたかは考えない。考えたくない。
「して、パタリロ君。具体的にはどうするのだ」
「武器を用意させている。それを使い一気に退治してしまう」
「武器?」
「ああ…………良いかもしれない。眷属は飽く迄もこの世界に居る実体を持った存在だ、へたな魔術より銃や爆弾の方が効率が良いんだ」
「しかし…………まだか?」
ここから十三番倉庫まで大した距離ではない。タマネギ達の脚力ならばそう時間が掛かる事は無い筈だ。
その時、部屋の外から足音が聞こえた。パタリロがほっとした様に立ち上がった。
「来たか」
乱暴にドアが蹴破られた。
現れたのは、予想とは違うタマネギたちだった。全員で頭の上に女性を抱えたまま、青い顔をして、ぜいぜいと荒い息を吐く。
「ルヴィア……?」
抱えられた女性が先程よりも顔色が悪い事に、凛は疑問に思い話し掛ける。先程の事態がいくら異常事態とはいえとりあえずそこから逃げおおせたのだ、その時より顔色を失っているというのはおかしい。
凛の声に反応して、ルヴィアが弾かれた様に声の方向を向く。しかし、詰問調の言葉はすぐに落ち着いてきた。
「リン! …………さっきはよくもまあ……!? えー……ミストオサカ? 貴女、人が必死で逃げてきた時に何をやってらっしゃるの…………?」
落ち着いたというより、呆れていた。
「え?」
そこで凛は始めて自分の置かれている状況を確認する。
パタリロに追い付く為、彼女はヴァン・フェムに抱きかかえられた。当然振り落とされない様にしっかりと彼にしがみ付いた。
ヴァン・フェムはその後話の為に椅子に腰掛けた。当然彼の両手は凛の身体から離れたが、そのまま彼女が下に落とされるような事は無かった。
彼女の腕は当然先程と変わらず紳士の首にしっかりと絡められたままだ。そして腰は、自然と彼の見かけ以上にたくましい膝の上にすんなりと収まっていた。
彼女が落ちない様に腰に回された腕などが、あまりにも自然な動作だった事もこの状況を彼女の認識力を狂わせた原因の一つだろう。
というかヴァン・フェム卿全く気にしていない。まるでごく日常的な慣れきった仕草の如き自然な動きだった。
凛は辛うじてこう言い返す事が限界だった。
「…………そういうアンタも、大概な格好よ」
タマネギ数人にまるで御輿の如く側臥の姿勢で抱え挙げられた青いドレスの女性が、凛を見詰めていた。
「…………」
「…………」
ルヴィアを抱えて来たタマネギ達が限界を迎えた様にへたり込む。
「きゃ……!」
何とか最後の力を振り絞り、彼らの手はルヴィアを無事床に座らせた。
「どうした、お前ら」
女性一人を数人掛りとはいえ抱えてマラソン以上の速度で此処まで走ってきたのだ、普通なら何もおかしくない状態なのだが、パタリロはタマネギ達の異常に気付く。
床に突っ伏したまま、タマネギが息も絶え絶えに説明する。
「……何か……へんな化け物が…………」
「分かっとるわい。安心しろ、何とかなりそうだ」
「……いきなり……、襲ってきて」
「おう、そうだな」
「…………必死に、逃げてきました…………!」
「何を言っておるのだ? その場にぼくも居たではないか」
「……その女性を……守るのに必死で…………」
「?」
その時、再びドアの外に物音がした。パタリロがドアに向かう。
「良く分からんが安心しろ、解決手段が届いた」
そういって顔をドアから出した。
タマネギには似ていなかった。特殊メイクを施してはいるが、かれらは基本的に美形ぞろいだ、こんな醜怪な顔はしていない。ましてや、生き物全てが腐り果てた様な匂いなぞする事は無い。
いや、どう見ても人の顔ではなかった。
それが、部屋の外に無数、佇んでいた。
「あー、踊り子を呼んだ記憶は無いのだが…………」
いや殿下、ゲロカデルシスターズではありません。
「パタリロ君! 逃げたまえ!」
ヴァン・フェムが立ち上がる。凛も素早く魔術回路を開くが、先程の話を思い出し一工程の魔術を諦める。
パタリロが跳んだ。ヴァン・フェムが自分の前の卓を掴み、投げた。
パタリロが天井に張り付く。轟音を放ちながら宙を飛ぶ卓が異形の群に突き刺さる。
木片と、生理的嫌悪を催す色の肉片が舞う。凛が懐から宝石を取り出したのは、その瞬間だった。
「―――――Anfang」
しかし、それよりも早かったのはメレム・ソロモンだった。その華奢な手の指に幾つも填められた指輪の一つが煌く。
指輪から飛び出してきたのは緑青色の金虫(カナブン)、それが化け物に向かい物凄い速さで飛ぶ。
奴らの身体に減り込んだそれが、次々に破裂する。
そこに凛の魔術が叩きつけられた。
「―――――Ein Körper ist ein Körper―――― EileSalve!」
魔力が、炎の様に辺りを舐め尽くす。しかし、光が晴れた後には未だ―――――弱々しくではあるが、蠢く異形の群があった。
「本当に―――――何て抗魔力!」
「だから言ったよ? こいつら相手に只の魔術は効率が悪すぎるって!」
何らかの秘宝の一つなのかメレムが操る金虫のゴーレムは、破裂する事で相手に物理的ダメージを与えている。
ヴァン・フェムも魔術を使う気配は無かった。手近なものを次々に投げつけている。一見滑稽な様にも思えるかもしれないが、その死徒たる膂力から放たれる物は一体を貫通してその後ろの化け物が砕け散るほどの威力である。確実に相手の数を減らしていた。
「どうしたの! 直接引き裂いた方が早いんじゃないのかい!?」
「ええい! 誰があんなものに触れたいかね!? しかし、なぜこ奴らが!」
その通りだ。そもそもの原因は呪われた宝石、それは分厚い壁の中に閉じ込められた筈だ。
その時だった。凛の脳内に声が響く。
『遠坂! 無事か!?』
今彼女が何より心配していた士郎の声だった。そこでやっと凛はラインの存在を思い出した。
『…………今何処!?』
『本宮の厨房近くだ! 妙な奴らに襲われている!』
『それはこっちの台詞…………って、そっちも!?』
『リン! 私です、武装を展開する許可を! こいつらは不味い!』
殆ど動かなくなった異形の背後、更なる魔物共が姿を現す。
ヴァン・フェムが呟く。
凛が思わず口に出した。
「一体……」
「これは……」
「「何が起こっている(のよ)!」」
誰かが鳴らしたのか、それとも自動的に何かの装置が作動したのか、王宮に警報音が鳴り響く。
マリネラの夜は、いまだ更け続ける。
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ヴァン・フェム卿の私生活を勝手に捏造。
だってお金持ちの吸血鬼だし…………ねえ…………?
って、そんな事言ってる場合じゃねぇ!
皆様御感想並びに御返事、真にお有難う御座います~! (床と一体化する程の平伏)
感謝感激雨あられです。お腹一杯の激励と参考になっております。
クロスなどに関しましては予想通り御不快に思われる方もいらっしゃった様で、お詫びするしかないのですが、一回の文章量に関しては全くの埒外で御座いました。
確かに、ギャクパートならまだしも、まともにストーリーが展開し出すと、今までの分量では分かりにくい処が出てくるでしょう。
構成上いきなり分量が増減するのはあまり感心できる事ではないのでしょうが、読みやすさを考えますと少し変更すべきかもしれません。
有り難い事にArcadia様では一回の投稿に対する容量制限は殆どありません。よって今回から少々書き方を変えましたが如何でしょうか?
確かに御感想を頂ける事は無常の喜びでは御座いますが、レス返しも出来ない上にこちらから感想を要求する事もおかしな話。その点も反省しつつ、筆者としてはただ、この拙作をお読みになった方の中に少しでも愉しんで頂ける方が居ればと夢想するばかりです。
では、これからもごゆっくりお楽しみ下さい(更新もごゆっくりになりそうですが)