常春の国より愛を込めて
第十二話: 今日は正露丸のせコーラかけご飯を食べた
その部屋は、薄暗い闇に包まれていた。
マリネラは今日もその『常春の国』の名に相応しいやわらかな日差しが暖かい小春日和だったが、日が落ちてからは少しばかり雲が張り、雨の一つも降ろうかという星の見えない夜となっていた。
墓場鳥(ナイチンゲール)の美しい啼き声が夜の帳を飾る。
もし誰かがこの部屋に入ったならば、人影は多く見かけられるにも拘らず、何故か外よりも二、三度気温が下がったかのように感じ、違和感を覚えるだろう。
何か、寒い。いいや、冷たい雰囲気が、何人もの人間が集まっているこの部屋の中に充満していた。
「おや、貴様は…………」
「…………お初にお目にかかります、ここでは……ペリドットの、黒とお呼び下さい」
「……フン、では私も、黄のラピスラズリだ」
「………… …………」
「………… …………」
ここはマリネラ王宮の一角、ある会員制のイベントに集められた客人の為に用意された一室である。欧州は英国式の贅を尽くした装飾が飾られる部屋の中、仏風を中心に洋食で並べられた料理の数々、飲み物もワインを始めとして質の良いものばかりが揃えられていた。
奇妙なのは部屋の空気に華を添える筈の楽団などはおろか、給仕の姿も見えない事だろうか。客人自らが部屋の隅に有る埃が入らないよう覆いの付いたギャレーから皿やグラスを取り、同じく隅に並べられたクーラーから取り出した飲み物を手酌で注いでいた。
「この国は…………初めてですが、主催者は良く分かっている様ですな」
「全く、表の世界の連中も少しは気の利く者も居る様で」
この部屋に居る人間は一人や二人ではない、会話する人間が居ない訳ではない。
しかし談笑する人物はちらほら、壁際の席から動かない者、歩き回りながらも誰とも会話を交わさない者、そんな人間が殆どを占めている。数人は部屋に入るなり壁際に立ち飲み物にさえ一切手を付けていない。
窓は硝子が閉じられ月明かりさえ碌に無い、華を添える楽団も不在、そこに居る人数を考えれば気色が悪いほどの静けさに包まれた異様な立食会場だった。
「魔術師って奴らは何でこんなに陰気なんだか……」
「やっぱり、部屋に籠もって魔術なんて変なもの扱ってるとこうなるんですかねぇ…………」
会場から少し離れた運営者控え室。ひっそりと仕掛けられた会場の監視カメラの映像を眺めながら、警備担当のタマネギたちが呟く。
呟いた二人はそこで初めて気付いたのか、慌てて後ろを振り向き弁解した。
「いやっ、遠坂さんたちは違いますよ!」
「ただ、ああいうのも居るのかって……!」
視線の先には、主催者であるパタリロと凛が居た。
「気にしなくて良いわよー。時計塔なんて場所によっちゃあ、そんな物の比じゃないわ」
「なに、金さえ払ってくれれば根暗だろうが変態だろうがお客様だ」
二人は満面の笑みで積み上げられた紙幣を数えていた。
実のところ特に招待状さえ無いイベントである、これ幸いと少しばかり多めに吹っ掛けた参加料。それを払わずに帰った人間はほんの数人、残りは平然と支払った。
参加人数も上々、設えた会場費などとっくにペイしていた。
「ああ…………魔術師やってて良かった……!」
「ああ…………宝石屋やってて良かった……!」
「「我が人生に悔いなし!」」
なんともコストパフォーマンスに優れた人生である。
しばらく金勘定して満足したのか、凛が席を立つ。
「さて、私も少し顔を出してくるわ。本番だけ居ても変に思う奴も居るでしょうし」
「分かりました、参加者に配ったカードはそちらです」
凛は示された卓上のカードを取る。表にはラテン語の文字と抽象化された宝石のイラスト、裏には小さく割り振られた参加者番号とICチップ。
匿名のオークションである今回のイベント、この配られたカードが身分証の代わりとなる。
生粋の魔術師ほど現代科学には弱い、と凛から聞かされたパタリロが制作した偽造防止装置付きである。実はICチップに見えてパタリロ謹製の機械が内蔵されたカード、凛が知るべくも無いが、正直現代科学の徒が束になっても偽造など不可能だろう。
凛が会場に入ると仮面やフードに隠れていても分かる彼女の見知った顔がちらほら。当然ではある、流した噂の発端は凛が時計塔に来てから紹介されたルートなのだから。
その中でも、ある意味最も見知った顔を見つけた。
視線でも感じたのか、相手もこちらに気付く。そいつはこちらに近付いてきた。
「あら、遅い御着きでしたわねミス……」
「赤のルビー、此処ではそうお呼び下さいな。主催者の気遣いを無碍にするのはあまり優雅ではありませんよ……黄のサファイア嬢?」
黄のサファイアのカードを付けた女性が、その長い金の髪を揺らしながら、ぐっと言葉を詰まらせる。
「失礼。しかし…………相変わらず妙な運はよろしい様で、何とも相応しいお名前でしてね、“赤のルビー”なんて」
「あら、貴女こそ。よくお似合いでしてよ、黄のサファイア嬢」
「貴女ほどではありませんわ。本当に……運が良い、此方のお話は逸早く御耳にされた様で。それでこの時間の御着きとは…………こちらにはお船で?」
耳に入れるのが早いくせに、どうせ飛行機に乗る金も無いんで貨物船にでも便乗してえっちらおっちら来たんじゃねえか? この貧乏人。
「いえ、こちらには飛行機で……。そうですわね、客船でのんびりと…………とも考えたのですけれども、私も中々に仕事が忙しくて…………。
貴女こそお耳に入れてから直ぐに御発ちに? お忙しい事で……」
こっちはテメエと違って優秀だから暇じゃ無えんだ。というか、金持ちが儲け話にがっついてんじゃ無えよ。
「あら、ホホホ…………」
「ええ、フフフ…………」
二人の顔見知り、即ちこの二人の事情を知っている人間が数人、早々と避難していた。事情を察した目敏い者もそれに続く。
そこにこの国一空気の読めないものが登場する。
『えー、皆様。ご歓談中で御座いますが、今回の特別会員制オークションの主催者より、開催前に一言ご挨拶申し上げます』
アナウンスと共にスポットが一本、会場の扉の一つを照らす。そこから現れたのはもちろんパタリロである。
「どうも、私が主催者です。えー、ここで本名は無粋ですな。
そうだな……皆様に倣って私の事は“イエローケーキ”と、お呼び下さい」
会場が静かに、騒然とした。何人もの人間の呟く声が響く。
「子供……?」
「いや、人間か?」
「うちの使い魔に似てる……」
「何です?」
「子豚に悪霊を憑けた」
「あれくらいの子供…………まさか、国王?」
「馬鹿な……、いやしかし、この国の宝石は国営企業で……」
「では責任者ならば……!」
「しかし、私が機内で見た映像とは…………」
「うむ、似ても似つかん」
「似ていない」
「いやいや皆様、大勢お集まり頂き真に有難う御座います。
いやしかし皆様、すこし良くない。皆様には笑顔が足りない。
取引は笑顔でするものです。わたくし共の喜びは最高の品をお渡しした時のお客様の笑顔!
いつもニコニコ現金払い! 素敵な笑顔で明朗会計!
ここはひとつ、主催者自ら一肌脱ぎまして…………余興に裸踊りを御らっ」
そこでパタリロの姿が掻き消える。
ここに来て妙に動体視力が冴えてきた凛は辛うじて見えた。服を脱ぎだそうとするパタリロに、殿下見張り隊担当のタマネギたちが加速装置を使い一人がパタリロを殴り、一人が抱え上げ、もう一人の構えた袋に放り込んで去っていくのを。
会場が今度こそまともに騒然とした。
「消えた…………?」
「馬鹿な!」
「固有時結界とでも言うのか……!」
「いや、空間制御!?」
「何か居たのが見えたが…………」
「目に捉えられない程の身体強化など不可能だ!」
ざわざわざわ…………。
「何を言っている、手品に決まっている」
「……そうか、そうだな。簡単な手品だ」
「我々に手品とは…………」
「いや、実に皮肉な演出ですな」
「見たかあいつの先程の顔…………」
「あの方でも手妻には弱いらしい」
「しかし似ていた…………」
「その使い魔にですか?」
「うちのアンジェリーナに……」
「なにその名前」
凛とルヴィアも毒気が抜かれた様に呆と立ち尽くしていた。ただし、二人の内心は全く別だったが。
「な……なんですの、あれ…………」
「うん、なんだろーねー」
しばらくして、普通にパタリロが会場に戻ってきた。
幾人かはそれを見てぎょっとした表情を見せたが、殆どの人間は意識的にか無意識にか特に気にしていない様だった。
「あー、非道い目に会った。タマネギめ、何もおもいっきり頭をどやしつける事は無いではないか」
とことこと会場内を歩くパタリロに話し掛ける人物がいた。
「やあ、主催者殿。先日は失礼した。
今の余興も中々刺激的で良かったですぞ」
「おお、これはこれは。あれからが本番だったのですが……お楽しみいただけて何よりです」
「いやしかし、色々造詣の深い方だとは思っていましたが、まさかこんな方面もお詳しかったとは知りませんでした」
「そういう君こそ、こちらには特に縁の無いと思っていたのだがな…………。
それとも…………誰かが君に教えたのかね?」
「見目麗しい美少年には秘密が有るものです」
「渋みがかった良い男は全てを話さないものだよ」
はっはっは
そう交わし二人は別れる。
それを見ていた凛が、二人が充分に離れてからこそりとパタリロに話しかけた。
「ちょっと! あんた魔術師に知り合いなんて居ないんじゃなかったの?」
「つい昨日まで彼が魔術師だなんて知らんかったわい」
「昨日…………?」
「昨日うちに来た客人だ。このオークションのついでに友人であるぼくに会いに来たのだ」
「…………誰なの?」
「知らんか? 某財閥のトップでぼくとは国発団連協で知り合ったヴァレリー・F・ヴァンデルシュターム卿、うちでも彼の財閥の製品が幾つかあるぞ」
凛が口元に手を触れ、暫し考える。
「ヴァンデルシュターム…………? どこかで…………」
その時凛の背後から声が掛かった。
「ほう、君が彼に魔術の事を教えた張本人かね?」
その声と、凛だけに向けられた殺気に、彼女は最悪のタイミングで後ろに立つ者の名前と正体を思い出していた。
死徒二十七祖第十四位 魔城のヴァン・フェム―――――――!
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凛さんのうっかりは畿内五国に響き渡るでぇ~(意味不明)
常春の国に魔術師達の夜が帳を下ろす。
人でありながら人とは相容れぬ筈の“魔”に魅入られた者達。『それ』に至る為ならば己が子孫の血さえ穢し、日の下を歩く人々の平穏を乱す事に何の痛痒も感じぬ者達。
彼らが集まり、始まるのは、すえた血の香りの宴―――――。
の筈が………… …………あるぇ~?
殿下が自重してくれません。
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