常春の国より愛を込めて
第十一話:顔面入替器持っていたらジャニーズの誰かに使う
気を取り直したマライヒが、今初めて気付いたのか凛と士郎を見て苦笑いを浮かべた。
「変なところ見られちゃったな…………特に女の子に見せるものじゃなかったね。
ぼくはマライヒ。彼、バンコランのパートナーだ」
そう言ってにこやかに手を凛の前に差し出す。
殆ど機械的に凛はその手を握った。
「ええと……トオサカ・リンさんだっけ? とても奇麗な髪だね、日本人かな?」
そう言うマライヒの髪も負けず劣らず美しい。整った顔立ちに長い睫毛、線の細い身体ながらスタイルはシャープな印象で纏まっている。
言うまでも無く男性の様だが、あまりの可憐さに、凛の女の部分が胸中で『負けたかも……』と膝をついた。
「ええ、日本人です。今はロンドンで学生をしています遠坂凛と申します」
「へぇ! 君もロンドンなんだ!? 僕たちも住んでいるんだよ。何処だい?」
暫しロンドンの地理で話が弾んだ後、ゆっくりと手が離れた。
話の間ずっと、手を握られていた事になる。不快にならない様な力で、安心できるように。しかも彼の掌は武道をやっている様にも拘らず、とても柔らかかった。
なにこの天然ホスト…………!
ちょっとドキドキの凛ちゃん。
「こちらは新入りさんかな?」
マライヒが士郎の方を見る。
「いえ! 俺は…………」
気のせいか少しシロウの頬は赤い。
何となく気に入らなくて凛が口を挟む。
「彼は私の学友で、衛宮士郎。こちらには私の仕事の助手として来て頂いています」
「へえ、じゃあその服は…………」
「はい、貸してもらっているだけです。仕事で汚れるけど、あまりみっともない格好で王宮を歩く訳にも行かないんで」
「なるほど、それで二人は恋人同士って訳かい?」
「え」
「ええ? いやそれは…………」
『何言い澱んでんのよ!』と心の中で悪態をつきつつも、凛の顔も赤面していくのが自分で分かった。
「ああ…………赤髪の彼に、赤い服の彼女、とてもお似合いだよ」
そう言って彼は実に華やかに笑った。
「じゃあ、行こうかバン」
「ああ、じゃあなパタリロ。例の件宜しく頼む」
「おう、任された。またな親友」
「…………またな親友」
そう言って右手にフィガロを抱き、左腕にマライヒを絡め、バンコランは部屋を後にした。
「あの子は?」
士郎が二人を見送りながら尋ねる。
「ああ、フィガロ坊やですか。御二人の御子さんです」
「そうか…………」
まあ、英国にはパートナーシップ法もあるし、養子なんだろうと心の中で決着をつける。
「…………ああ、大師父。兎跳びは効果がないと今はやっていません…………!」
凛の方は何かを改めて思い出したらしく、自分の世界に入りかけている。
そこで士郎がふと思い出した。
「あれ!? セイバーは?」
部屋の中を見回すと、バンコランに道を譲った所の位置から一歩も動かずに、ぼうっと立ちっぱなしのセイバーを見つけた。
「セイバー?」
士郎が近付いて肩に手を掛けると、我に返ったようだ。
「はっ!?」
そのままきょろきょろと辺りを見回す。
「あの方は!?」
「あの方?」
「バンコラン少佐殿です!」
訝しげに士郎が答える。
「…………今さっき、帰って行ったぞ」
辺りを見回していたセイバーが、その言葉に肩を落とす。
「ま、まさかセイバー…………あなた」
セイバーの声に帰ってきていた凛が、おそるおそるといった具合に言葉を続けようとする。
それを慌てて否定するセイバー。
「なっ! 何を言うのですかリン! 違います! 私はただ、あの方を騎士としてですね…………!
…………そう! 現代の軍人といえば騎士も同然! あの方の凛々しい態度にですね!
好意を感じたというか…………いいえ! ただ好ましいと! 騎士として!」
「「………… …………」」
状況を理解するのに暫しの時間が必要だった。
そして、遠慮無しに理解した結果を披露する。
「「どぅおいぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええ!!!???」」
セイバーの顔がだんだん赤くなってきた。心なしか瞳も潤んでいる様だ。
「ふ、ふふ二人とも何を考えているのですか!? 訂正しなさい!
わわわ私は、ただ、あの御方の態度に立派な騎士像を見たというか! あの御方から感じる強さに惚れたというか……! ほ!? ほれ、ほれほれほれ…………!?」
セイバーの手がわたわたと動く。多分、早鐘の様に鳴っているであろう彼女の持つ竜の心臓が魔力を暴走させ始める。
「いや、男同士の恋愛なぞ特に珍しいものでは…………正直、非生産的ですが!
…………珍しくない…………良いのか? いやいや! それ以前に私は女………… …………女? 問題無い?」
「ま、魔力をどうにかしてくれ! セイバー!」
「…………あ、もう駄目」
「凛―!!」
わやくちゃの状況に、やっとセイバーが立ち直った。
「ええい! 兎も角! こんなものは一時の気の迷いです!
確かに彼は好ましい、しかし! ただそれだけ! 私には忠誠を誓うリンとシロウが居ます!
…………確かに彼は…………立派ですが……うん、立派です…………」
かに、見えた。
何とか体勢を立て直した三人だったが、周りを見回すと、また別の大混乱だった。
「確かに…………! 少佐は格好良い…………!
しかしッ…………!
無駄ッ…………!
無理ッ…………!
それは無謀ッ…………!」
「それはッ…………茨の道ッ…………!
我らさえ…………無謀だというのにッ…………!!」
「ましてッ…………! 女性の身ッ…………!
有り得ないッ…………それは無いッ…………!!」
タマネギの皆が、膝を付き、床にへたり込んで、ぼろぼろと青褪めながら涙を流していた。
心なしか、空間さえグニャリと歪んでいる様な雰囲気だった。
解説してしまえば、セイバーの男の子の部分がバンコランの眼力に反応してしまったという事だ。
女性とはいえ、それを隠して何年も男性として振舞った結果、彼女の思考は男性的な部分が存在する。
そして、彼の眼力は男性ならば殆ど問答無用。女性に対してでも本人の興味が無い事から発揮されにくいが、その効果は絶大である。
更に言えば、バンコランの持つ美少年好きのセンサーがセイバーの男の子の心に反応してしまった結果、いつもより熱心に女性を見詰める結果になってしまった事も原因の一つであろう。
しかし、ご存知の通りセイバーは女性である。そしてバンコランもそう認識した。
結果は当然予測出来る。
次に会う時までどころか、もうこの瞬間彼の頭の中にセイバーと凛の記憶は無い。
精々、士郎ならば次に会った時思い出せる程度である。
余談ではあるが、もしバンコランが彼女の正体を知り、更に万が一それを信じてしまった時、何が起きるか。
バンコランとて元は英国に育つ天真爛漫な少年だった。その彼が英国の誇る英雄である男の中の男、全ての少年の憧れの存在である、騎士王アーサーが女性だったなどと知ってしまったら…………。
多分三日はショックで寝込む。
彼女の正体を未だ知らぬパタリロ、彼はその結果を充分に予測出来るだろう。
更にそんな事を露ほども考え付かない立場に居る当人バンコラン。
神の導きか、悪魔の仕業か。兎も角この状況が続く事を、現代英国の平和の為に筆者は願ってならない。
パタリロが部屋の中の状況を他人事のように眺めながら、笑った。
「まったくあいつは、来るたびに何かしら騒ぎを起こす。実に迷惑な奴だ」
「お前がッ…………! お前がッ…………!
それをッ…………言うのかッ…………!!
よりにもよって…………お前がッ…………!」
以上、マリネラ社会の底辺の魂の叫びですた。
数日後の夜半、マリネラ空港に一人の女性が降り立った。
「今回の情報にはトオサカに遅れを取りましたが…………。流石は貧乏性ですわね。
宝石商では表で屈指の国マリネラ。品揃えのお手並み拝見といった所でしょうか」
そう一人呟き。予約していたホテルに向かう女性。
手入れの行き届いた長い巻き毛の金髪が颯爽となびく。身につけたドレスも仕立ては一流。裕福な者が多いここマリネラでも、彼女自身の美貌と趣味の良い宝飾も相まって振り返る者は少なくない。
迎えの車はすぐに見つかった。
運転手がこちらを見つけ、深々と頭を下げる。
「エーデルフェルト様で御座いますね。ようこそマリネラへ、我々一同、心より歓迎致します」
始めて来る田舎だが、ホテルの質はそう悪くないとルヴィアは感じた。
その次の便だろうか、夜の涼しげな闇の中に現れたのは壮年の男だった。
美丈夫と言って良い。しかし同時に隠しきれぬ威圧感というか、何か匂い立つ危険性を感じる人物である。
その男に何処からとも無く近付く影が二つ三つ。その影は彼の前に来ると丁寧過ぎる程の拝礼を行った。
「我が主、宿の準備は整っております」
壮年の男は鷹揚に頷く。
「ご案内致します、こちらに」
歩き出す一行。影の一人が男に近付く。
「マスター。明日明後日のご予定は決まっていないとの事でしたが」
「おお、そうだった…………一つ、メッセージを届けてくれ」
「はい、どちらに?」
「この国の王に会おう。いや、機内で思い出したのだ。笑いを我慢するのに苦労した」
思い出したのか、くつくつと笑い出す。
「国際発明家団体連絡協議会で昨年お会いしたヴァンデルシュタームがお会いしたい、と。
互いに忙しい身であるから、都合の良い時間を教えて欲しい。そちらの都合にお邪魔する、とな…………」
またまたその後。
「まーったく! あのちび冠! 何が“掘り出し物を見に行かなければならない”ですか!
迎えに行ってくれと泣き付かれた方の身にもなってください!」
カソックを来た女性が何やら大荷物を持ち苛立たしげに歩く。
「…………カレーが食べたい気分ですね」
『それは何時でもじゃないですか~』
彼女の周りに、何処からとも無く突っ込みが聞こえた。
そのまま彼女は手近な店に入る。深夜にも近い時間と言うのにその店はまだ開いていた。
「ボンカレー! 日本のボンカレーです、分かります? それが食べたい気分なのです、今すぐ持ってきなさい!」
『何ですかその無茶振り! ここを何処だと思っているんですか!? 関係の無い人に八つ当たりしないでください!!』
「ドウゾ、ヒトツ168YENデス」
「なん……だと……」
『なん……だと……』
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終わった…………。やっと予定していたパタ組編が終わった…………!
えー、セイバーさんマジ自重………… …………自重が必要なのはわたしですね、わかります。
セイバーファンの方申し訳次第も御座いません。
おっかしいなぁ……、最初のプロットでは凛せんせえと殿下がはっちゃけまくるのを、残りの二人が目を回しながら突っ込みまくる予定だったなんて、誰も信じてくれないだろうなぁ…………。(かろうじて第一話に名残が)
多分、英霊クラスの化け物でもない限り、この国では目立てないんだろうな。
という訳で、fate組新たなる参戦。
被害者一名と化け物一名、最後の方は出落ち担当なんで気にしないで下さい。