常春の国より愛を込めて
第十話:死海ブ少年クラブから勧誘を受けた過去がある
「パタリロ! いい加減に…………」
そこまでだった。バンコランは背筋に氷柱の突き刺さるのを幻視した。
其処に、修羅が、居た。
ゆらりとバンコランに近付く、それ。
それが口を開いた。耳まで裂けた様な亀裂の隙間に、地獄の炎の様な赤が覗いた。
そこから、辺土界(リンボ)の底から響いてくる様な声が洩れた。
「あのね、フィガロのお友達が熱を出したらしいんだ。それでもしかしてインフルエンザかもしれないからって、誕生会は中止、お見舞いも出来ない。けっきょく時間が空いちゃったから、もうマリネラに行っても良いかなって、考えたんだけど…………」
「お…………落ち着け、マライヒ。彼はイタリアのさるお偉いさんの息子でな、たまたま空港でお会いして、邪険にする訳にも行かず…………な?」
「だけどね、飛行機の便は明後日でしょう? どうしようかと思ったけど、駄目元で大使館に電話してみたんだ、早い便の空きでもないかなって」
「ああ! それは良い案だなマライヒ、ここの奴らには日頃迷惑を掛けられている。たまにはこき使うくらいでちょうど良い…………」
「聞いたらね、ちょうど転送装置が動いているって言うじゃないか。今から行ったら貴方が王宮に居る間に着くかもって思って、使わせてもらったんだ。すこし、びっくりさせてみようと思ったんだけど…………」
「大使館のタマネギ共が…………余計な事を…………!」
「…………バン?」
「いやいやいや、これはだな…………!」
「そうしたら、貴方は何をやっていたの? 仕事というのももしかして嘘? そこの彼と一緒に休暇を楽しむつもり? 『明後日まで空いている』って、どういう意味? 僕は邪魔…………?」
「いやっ! あのっ! だな!」
その両手で構えた椅子は防御になりません、OO(ダブルオー)要員の凄腕諜報員殿。
「相変わらずだなー、少佐は」
状況を理解した瞬間すかさず抜き取ったフィガロを腕に抱いたまま、ここまでマライヒを案内してきたタマネギが呟く。
「ねえ、フィガロ坊や。
…………今回は暫くマリネラで過ごす予定なんだろう? うちのアリランに久しぶりに会ってくれるかい?」
あぶー!
フィガロが腕の中で、会いたいのは山々だが両親があの調子だとこのままロンドンにとんぼ返りも有り得るので期待に添えるかどうか解らない、といったニュアンスで答えた。
「そうかー、まあ仕方ないね」
このニュアンスが理解できるのは両親を除き、今のところこの育児のスペシャリスト9号と言語の天才パタリロだけである。
同時に、ここまでバンコランたちを案内してきたタマネギに話しかける人物が居た。
「はい?」
「うん、どうやら僕はお邪魔みたいだからここで失礼するよ。バンコランには宜しく言っといて、また会う事もあるだろうって」
まるで大蛇の口に胃薬持参で飛び込む様な言伝、渡して欲しくなかった…………。
そうタマネギが絶望している隙に、メレムは悠々と退散して行った。
それを見ていた他のタマネギたち。
「何と言う鮮やかな退場……!」
「見事な避難の技……!」
「あの少年、只者ではない!」
現在の状況に近い事態を何度も、何様の立場で経験して来たタマネギ達は、彼の手腕を高く評価した。
何だかんだ言って、メレムさんバンコランより年上だしね!
とうとう亜麻色の怒髪天が地獄の釜を開く。
「この…………!」
その瞬間、凛は見た。
「浮気者―!」
バリッ!
バンコランの顔に“全く同時に”十字の鉤裂きが出来るのを。
その後は先程とは逆に暴行を受けるバンコランが、凛の目に映っていた。
その凄惨な後継を目にしながら、凛の一部が考える。
うわ、非道い。あんなえげつない攻撃良く出来るわね。うわ、また入った。
別の一部が考えている。
えーと、こんな状況何て言うんだっけ? 弱肉強食? 食物連鎖?
また別の一部。
落ち着きなさい遠坂凛……! 遠坂は常に冷静に……KOOLになるのよ! びー、KOOL! …………あれ? COOLだっけ?
アトラス院の賢者もびっくりの分割思考である。
ただ混乱しているだけと言う事も出来る。
少し持ち直した思考が動く。
何を見たんだっけ? 全く同時に顔を鉤裂きにする瞬間、確かに同時だった。
どこかで見た感じね……聖杯戦争の時かしら。
そうよ! アサシンのサーヴァントが使った剣筋…………ってそれ多重世界屈折現象じゃないの!
なに? あのひと魔法使い? サーヴァント?
震える指で大惨事の現場を指差しながら、凛は声を絞り出す。
「あの…………」
殆ど声にならなかったが、タマネギの一人が反応してくれた。
「はい? …………ああ、女性にはキツイですよねこの風景。すぐ向こうに案内しますね」
「…………いえ、そうじゃなくて。あの、さいしょの『バリッ!』ってやつ…………」
「ああ、あれですか。凄いですよね、マライヒさんの得意技です。
なんでもあまりに少佐の浮気が多いもんでいつの間にかできる様になっていたらしいですよ」
…………あのサーヴァントも、数えるのを忘れるくらい剣を振るううちにいつの間にか出来ていたと、言っていた。
何か、第二魔法って頑張ればそのうちできるってか…………!?
考えている内にその第二魔法の使い手“宝石翁”の、資料から読み取ったり人づてに聞いた話などから思い描いている人物像が、
『何事も根性で何とか成るわい!』
と、豪快に笑い飛ばす姿を否定できない事に凛は未だかつて無い戦慄を覚えた。
「何回浮気したんですか、あの人」
「さあ……? 多分パタリロ海水浴場の砂粒より多いんじゃないんですかねぇ!」
はっはっは、上手いこと言った。とお気楽に笑うタマネギにそこはかとなく殺意を覚えながら凛は愛想笑いで答えた。
「いや、やっと戻った」
パタリロが復活である。いつの間にか説教が止んでいる事が幸いした。
「あー、マライヒ。いまさらコイツに何を言っても浮気が止まる訳ではなかろう、魚に泳ぐなといっている様なものだ。
もっと、建設的な話をしよう」
水爆の爆心地に原爆抱えて飛び込む様なパタリロの仲裁である。
シャー! フーッ!
既に言語を地獄の底に置いてきたマライヒ。
「実は今度マリネラで特別会員制の宝石オークションを開催するのだ。そこに居る遠坂嬢はそのアドバイザーとして滞在してもらっているのだ。
どうかな? 会員制なので大っぴらには参加できないが、お前が望むならバンコランの為に一席用意しよう」
「…………宝石?」
還ってきたマライヒの理性。欲とも言う。
「うむ、何せ特別会員制だ。出て来る品のグレードは保障しよう。
友人の好だ、オークションで競り落としても手数料くらいは負けてやる。さらに月賦の相談にも乗るぞ。
どうだ? この前コートを買ってもらったというじゃないか、それに似合う石の一つも身に付ければ気も晴れるというものだ。
もっとも………… …………」
パタリロの変なブロックサインがバンコランに飛ぶ。
バンコランもその変なブロックサインで答える。
「バンコランの奴がどう言うかだが…………?」
立ち上がったバンコランが、がたがたの身体に鞭打って答える。
「問題ない。元々仕事のついでにその事を頼もうと思っていたのだ。うちの課の耳聡い奴がそのオークションの噂を聞いてな、こちらに皆で来ることが決まった時、プレゼントに思いついたのだ」
「…………バン……本当?」
「ああ勿論だ。元々驚かそうと秘密にしておいたのだが……」
「連絡を受けた時、マライヒに秘密の相談事があるというのでな。
まあ、こうなっては仕方あるまい。少し早いがサプライズだ」
「バン…………!」
感極まったマライヒがバンコランに飛びつく。
一件落着である。
マライヒさん本当に単純だが、まあ、世の中にはこんな言葉がある。
恋は盲目
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凛ちゃん魔法の目撃者になるの巻
…………正直、あのアサ助の燕返しって、このネタが元じゃないかなんて妄想しているのですがそこら辺どうですか! 某きのこさん!
見ている訳がねぇ
そしてfate勢も実力の片鱗を見せたキャラクタが! …………嫌な実力だなヲイ。
まあ、人生長いのは無駄じゃないって事で。
感想でご指摘が有りましたが、前半パタリロ組パートなのはとりあえず予定通りなのでス。
しかしご覧の通り、今回のバンコラン・マライヒ達のエピソードは1~2話位で纏める予定が未だ終わらず。
だって書いていると皆様止まらないんだもの! キャラクタ強烈過ぎ。覚悟はしていましたが、パタリロ勢の劇薬の様なキャラクタとわたしの溢れるパタ愛が! ああ! 窓に! 窓に!
無論Fateも大好きですよ? UBWで泣きましたよ? ええ歳して! そうじゃなければこんなクロス書こうとしません。しかし凛ちゃんを始めFate勢は未だ得意の魔術一つ放っておりませんので影が薄くなるのは必定、後半の活躍を刮目して待て!
パタ勢に負けない様、私が頑張ります。
というか少し書き溜め有るのですが、もうしばらくはこんな調子です。ゴメンナサイ。