「また、新しい勇者が城に呼ばれたようですね」
酒場に駆け込んできた配下、いや仲間の武闘家の言葉に、もう一人の仲間である魔法使いと共に、またかと苦笑をもらす。
魔王退治に、王の命令で旅立つ勇者は、これが初めてではない。
最初に送り出されたオルテガから始まり何人もの勇者が城に呼ばれ旅立ち、そして誰も帰ることはなかった。
魔王を倒さねば人間に未来はなく、しかし襲い来るモンスターから国を守るためには、城の兵士を魔王討伐に向かわせるわけには行かないという事情は理解できるが、オルテガが還らぬ人になった時点で、勇者個人の活躍に期待するなど間違いであると気づくべきであろう。
ただ一人で魔王に立ち向かい敗れたオルテガを教訓に、ルイーダの酒場を作り仲間を募らせることにしたのは評価できるが、そこに集まる者も、それを率いた勇者たちも、オルテガに比べると小粒にすぎる。
魔王を倒すどころか、そこに到達することすらできまい。
「今度の勇者は、どこの村の力自慢が選ばれたのやら……」
哀れみとも、嘲りともつかない言葉に、武闘家が「それが、今回は今までとは少し違うようです」と頭を振る。
「どう違うのだ?」
「今回の勇者は、オルテガを父に持つのだそうです」
なるほど、確かに今までとは違う。
勇者というものは、どういうわけか血筋に依存する存在である。
勇者オルテガの血筋であれば、今までの凡百の勇者たちのような無様はさらすまい。とはいえ……。
「それでも魔王には、敵うまい」
オルテガは、選ばれし血筋だけに依存せず、その肉体を極限まで鍛えた真実の勇者であった。
その彼すら勝てなかった相手に、ただ勇者の血筋に生まれたというだけの者が勝てる道理はない。
「まあ、せいぜい傍観させてもらおうか」
呟き、酒を口に運ぶ。
どのみち、自分たちには関係のない話だ。この酒場に集まった者たちの中で、最強の戦闘力を持つと自負する自分たちは、魔王には勝てないと諦めきってしまっているのだから。
おそらく、オルテガの子は、この酒場を訪れるのだろう。だが、自分たちには関係のない話だ。
杯を仰ぐ。そんな姿に何を思ったのか、武闘家は居心地悪そうに辺りを見回した後、何かに気づいたように、酒場の入り口を指さす。
「あ、誰か入ってきましたよ。多分、あれが新しい勇者じゃないですか?」
ほう。と呟き、そこにいる者を見て。
ぶふぅっ、と酒を噴く。
「女……だと……」
「あれ? 言いませんでしたか?」
「聞いとらん」
とりあえず、説明不足の武闘家に、鉄かぶとでも握りつぶせそうな握力でアイアンクローをかましながら、入ってきた勇者を観察する。
年の頃は、十代半ば。長く伸ばしているわけでもない漆黒の髪は、星空のようなきらめきを宿し、中性的な美貌は男女を問わず人を魅了する、少年のように丸みの薄い肢体は、しかしこれからの成長を期待させるには充分な健康的な色気を振りまいている。
「さて、勇者に売り込みに行くか」
「え? 魔王退治に行くつもりはないのでは……、って痛い痛い痛い」
迂闊な口を利く武闘家の頭を握る手に力を入れてやる。
「魔王退治は、我らの悲願であろうが」
「ですよねー」
魔法使いの追従の言葉には答えず、立ち上がり勇者の下へと向かう。
自分たちは、魔王を倒しうる勇者を求めて、ここにいたのだから。
彼女が目を覚ました時、最初に見たものは、見覚えのない女性の顔であった。
さて、この人は誰であろうかと考えている間に、女性は聞かれもしないのに、自分と彼女自身の事を説明し始めた。
曰く、女性は彼女の母である。
曰く、彼女は勇者である。
曰く、16歳になった本日、彼女は志半ばにしてこの世を去った父オルテガに代わり、魔王を倒さなくてはならない。
曰く、今から王宮に行って王様に挨拶しなくてはならない。
「えーと、なんのドッキリ?」
彼女がそう言ってしまったのも当然であろうが、残念ながら母を自称する女性は理解してくれなかった。
実際、これはドッキリでもなんでもない。彼女がいるのは、アリアハンという国であり、一言で言うと、彼女だって知っている超有名コンピュータRPGの世界であった。
普通に考えれば、そんな話を簡単に信じられるはずがないのだが、信じざるを得ない証拠があった。
鏡を持ってきてもらったら、鏡面の向こうに見たこともないボーイッシュな美少女を発見してしまったのだ。
自分の本来の容姿を鑑みて、特殊メイキャップでもしなければありえない美少女っぷりに、頬っぺたを引っ張ってみたりと試してみたが、間違いなく地肌である。
憎らしいほどに、張りのある肌であった。
ボーイッシュなクセに、目覚める前の自分の記憶にあるよりも、微妙に大きい胸にも腹が立つ。
いやいやいや、そんなことを考えている場合ではない。このままでは、魔王退治に行かされてしまうではないか。
動かしてみた感じ、無駄なくよく鍛えられた肉体ではあるのだろうが、それでも自分にモンスターを倒すなんて事ができるとは思えない。
が、なんと言って断ればいい?
母親に手を引かれるままに家から出て分かったことだが、彼女が魔王退治に旅立つことは決定事項となっており、ここで無理ですとか言っても聞き入れてもらえるとは思えない。
というか、言ったら村八分どころか国中の人間に袋叩きにされたあげく、町の外に捨てられそうなくらいに熱狂的に応援されている。
一般的な精神力しか持たぬ彼女には、ここで否と言えるだけの性根の持ち合わせはない。
かくして、彼女は言われるままに王様に会い。そこで魔王云々、勇者の使命云々、オルテガがいかに活躍したかを云々聞かされた後、小額のゴールドを渡されるのであった。
「えーと、それじゃあ、行って来ます」
「うむ。見事、魔王ハドラーを倒してくるがよい」
「はいはい。承りまし……た……?」
魔王ハドラー……だと……?
「今、ハドラーと言いましたか王様?」
「ん? 何か、おかしなことを言ったかな?」
「魔王って、バラモスじゃないんですか?」
「なんじゃ、そのバラモスというのは? そんな魔王の名前は初めて聞くが」
「いえ、いいんです。聞かなかったことにしてください」
突っ込んで質問されても、答えようがない。
ハドラーって、ダイの大冒険のアレだよね? 初期の魔軍司令のヤツならともかく、超魔生物なら、どんだけレベルを上げても勝てる気がしないんだけど……。
などと言えようはずもないのだ。
「そうか? では、旅支度が整ったらルイーダの酒場で仲間を集めるがよいぞ」
「はい……」
思いっきり嫌だけど、反論しようとは思わない。というか、王命なのだ。逆らって無事でいられる保障がどこにあるというのか。
さて、王様は旅支度を整えたらルイーダの酒場に行けと言ったが、彼女は先に酒場に向かった。
何しろ、この世界の常識というものが欠如しているのである。旅支度なら、経験豊富な先輩冒険者に教わって買い求めるべきだろう。
いっそ、戦闘も全部任せてしまいたいところだが、そう上手くはいくまい。
ゲーム通りなら、ルイーダの酒場にいるのは、レベル1の冒険者だけだろうし。
まあ、そもそもレベルなんてものが存在するのかどうかも疑問であるのだが。自分のステータスが見れるわけでもないのだし。
そうして、酒場に入って行ってすぐに彼女は、三人組の冒険者に声をかけられた。
構成は、魔法使いが二人と武闘家が一人。
なんだか、バランスのよくなさそうな編成だが、三人は共に女性であり、それは共に旅をするのなら都合がいい。
全員が元の自分より数段美人なのが、なんだか物悲しいが。
現在の自分なら負けていないのだが、そちらはどうも借り物の体という意識がある。
「えーと。何の用でしょうか?」
仲間になってくれるって言うのなら、これから先の交渉をしなくて済んで楽でいいな。
などと考えていると、ご都合なことに、本当に魔王を倒す旅に連れて行ってくれないかという申し出だった。
実に、幸先のいい話である。
もっとも、前衛に出る気概のない彼女としては、魔法使いという後衛要員を二人も仲間にするのは複雑なものがあるが、酒場に他にいる、岩のようにごつい顔をした戦士やら、目が合った相手を睨みつけているような武闘家に声をかける勇気はない。
勇者として、どうよ? という気もしないでもないが。
「えっと、それじゃあ自己紹介しませんか」
一緒に旅をするなら、これは必須だろうと考えての言葉を三人は快諾する。
「我の名は、ゾーマ。魔法使いをやっている」
なんて、金の髪を腰まで伸ばした、肉感的な女性が、ちょっと待てよな名を名乗り。
「ワシの名は、バラモス。同じく魔法使いじゃ」
などと、栗色の髪を肩に触れるかどうかのところまで伸ばした少女が、オイオイと言いたくなる名を告げ。
「俺の名は、バラモスブロス。武闘家です」
と、三つ編みにした黒髪を背中に流した、容姿も体格もバラモスと名乗った少女にそっくりの少女が、何なのよ! と叫びたくなる名を口にした。
「……」
「どうした?」
急に、酔っ払いがするように、酒場の壁に寄りかかった彼女に、ゾーマが尋ねてくるが、とりあえず考える時間が欲しいところである。
ていうか、いっそこのまま現実逃避していたい。
「ねえ? なんで、魔王やアレフガルドの大魔王が、こんなところにいるわけ?」
間違っていたらと考えないというか、考える余地のないほどにテンパった彼女の言葉に、問われた三人は、驚くでもなくむしろ関心した顔になる。
「ふむ。さすがは、正当なる勇者というところか。よくぞ、我らの正体を見破った」
「いいから、そんな褒め言葉、聞きたくないから説明してよ。まさか、私が成長する前に殺しに来たとかじゃないでしょうね?」
言ってみて、もしそうだったならとギョッとするが、ゾーマたちは何を寝ぼけたことをと呆れた顔で首を振る。
勇者などと言っても、しょせんは人間である。ゾーマにしろ、バラモスにしろ、人間如きを抹殺するために、わざわざ自ら出張ってきたりはしない。
「だったら、なんで?」
そんな疑問に対し、三人は顔を見合わせたあと、ゾーマが厳かに真実を述べる。
「アレフガルドの城を乗っ取られた」
「はい?」
「だから、城も大魔王の身分も奪われてしまったのだ」
「誰に?」
「大魔王バーンと名乗っておったな。いや、我が言うのもなんだが、とんでもないバケモノだった。メラゾーマを撃ってきたと思ったら『今のは、メラゾーマではない。メラだ』などと言い出して、カイザーフェニックスとかいう科学忍法火の鳥な魔法を使ってくるし、死ぬかと思ったわ」
「ていうか、闇の衣がなかったらゾーマ様死んでましたよね。あっても死にかけましたが」
「その少し後に、ゾーマ様とバラモスブロスが、命からがらワシの所に逃げて来たのじゃが、そしたら魔軍指令ハドラーを名乗る奴が、配下を連れて追って来てな」
「で、バーンがいないなら、なんとかなるかと思って応戦したのだが」
「ハドラーの連れて来た奴らの強いの何の。特に、バランと言う戦士が強くて俺たちでは、まったく歯が立たなくてな」
「で、逃げる途中にモシャスで姿を変えて、姿をくらませて、なんとかここに逃げ延びたというわけなのじゃ」
わけなのじゃ。じゃないでしょう!
じゃあ何? 私が戦わなきゃならないのは例のあの魔王軍で、しかも勇者ダイパーティと戦う前の万全な軍隊で、しかもゾーマやバラモスが裸足で逃げ出すくらいの強さってこと?
勝てるわけないでしょ! 常識的に考えて。
心の中で叫んでみるが、それで現実は変わってくれたりはしない。いやもう、いっそ夢であって欲しいくらいである。
「それで、なんでルイーダの酒場なんかにいるのよ」
あと、なんで女になってんのよ。魔王一行が女だなんて聞いたことないわよ。
投げやりに尋ねてみると、至極当たり前のことを説明するかのような口調で答えが返ってくる。
「第一に、連中は我々の世界征服計画を丸ごと乗っ取ってくれたので、このアリアハンへの侵攻は一番最後になっている」
「第二に、この国は勇者が旅立つ国じゃからな。ワシらだけでは勝ち目のない相手でも、勇者と一緒なら勝ち目がでてくるかも知れんと、有望な勇者が現れないかと捜しておったのじゃよ」
「女なのは、趣味……じゃなくて、その方が魔王軍の目をくらませやすいからですね」
「有望なって、勇者って他にもいたの?」
「何十人といたな。誰一人、故郷の土は踏めなくなったが」
うわあ。聞かなきゃよかった。
「で、その他の勇者には、声をかけなかったのよね。てことは、私が今までで一番有望だったってこと?」
「いえ、一番有望だったオルテガには、声はかけたんですが、一人で充分と断られました」
「まあ、結局バランと一騎打ちをして、あえなく敗北した程度じゃから、仲間にならなくて正解だったわけじゃが」
つまり、一番有望な勇者さえ、魔王軍相手には役に立たないということか。
「それじゃあ、私だって役に立たないんじゃない? できれば、別の勇者を捜して欲しいんだけど」
なけなしの使命感など、ゾーマたちの言葉を聞いて磨耗した。
「それでは、そなたはどうする気なのだ?」
この国にいる限り、勇者を辞めるなどと言っても、誰も納得してくれないであろうに。
そんな、言外の言葉に彼女は大丈夫と手を振る。
「他所の国に言って、そこで勇者だってことを隠して平凡に暮らすわ」
まあ、魔王軍が世界を支配するまでの儚い平和だろうが、勝ち目のない戦いをするよりはマシだ。
そんな名案に対し、ゾーマらは顔を見合わせて、気の毒そうな顔でため息を吐く。
「何か言いたいことでも?」
「うむ。我らと違って、魔王軍の連中は勇者という存在にことのほか過敏になっていてな」
「勇者と聞くと、即座に刺客を送ってくるのじゃよ」
「更に、オルテガがバランに討ち取られるまで、刺客を全部返り討ちにしていたのが連中に危機感を持たせたらしく」
「今までの勇者には、ほとんどがバランと同格の軍団長やら、殺し屋キルバーンとやらが送り込まれてきて殺されておるのだ」
「といっても、オルテガ以降の勇者は小物ばかりじゃったので、最近では最初にオルテガに送られてきていた者よりも、少し強い程度の刺客ばかりじゃがな」
「それでも、今のあなたを消すには充分な刺客でしょうがね」
「えーと、つまり?」
「そなたという勇者が旅立ったことは、すぐにでも魔王軍の耳に入るだろうな」
「そして、どこに隠れても草の根分けてでも探し出して抹殺しようとするじゃろうな」
酷い。なんだって私がそんな目に。ようするに何? 大魔王バーンを倒す以外、私の生きる道はないってこと?
「参考までにきくけど……」
本当は聞きたくないが、聞かなくては話が進まない。
「ゾーマと戦ったバーンって、年寄りの姿をしてた?」
「ん? ああ、人間の老人のような姿をしていたな」
しかし、何故そんなことを聞くのかと問うゾーマに彼女は答えない。答えられるわけがない。
老バーンにすら勝てないんじゃ、どう頑張っても若バーンには勝ち目がないなんて絶望を。
絶対的に勝ち目はなく、しかし大魔王の刺客から逃げ切るのは不可能である。
夢なら覚めて。
誰にともなく懇願するが、その願いは誰にも届かず、彼女はゾーマたちと旅に出ることになるのであった。
勇者の未来に幸あれ。