一般的に冒険者のLV上げには、3通りの方法がある。
雑魚相手の乱獲。
同じ強さの敵相手の連戦。
強敵相手の戦闘。
ところが3姉妹の場合は、選択肢が存在しない。
雑魚相手の場合は、人数的な問題が出る。
音に惹かれて集まって来ている時点で3姉妹はタゲられているため、仮にファン3人で敵を倒したとすると、唯でさえ少ない経験値を更に6で割ることになってしまう。
これでは加護を目的とした場合、安全圏のLV17に到達するまでに数万の敵を倒さねばならない。
強敵相手の場合は、敵数の問題が出る。
釣りのコントロールも出来ない強敵戦など、自殺と変わらない。
そして同じ強さの敵相手の場合。
これならば一見問題ないように見えるが、ここで一刀が3姉妹と交渉に来た理由を思い出して欲しい。
そう、狩場荒らしの件である。
結局どのやり方を選んでも戦闘方法が音楽である以上、狩場荒らしの問題は残ってしまうのだ。
「じゃあ一刀さんは、私達にどうしろって言うんですか?」
「うん、とりあえず3人には本物の戦闘ってやつを見学して貰おうと思ってるんだ」
「本物の戦闘?」
「ああ。それを見ても迷宮探索を諦めないのであれば、本格的に力を貸すよ」
普段は冷静沈着であり理論派でもあるため、一刀の話に受け答えする係を買って出ていた人和。
そんなしっかり者の彼女だったが、「どうせ挫折するだろうけどね」とでも言いたげな彼の言葉に、自分の頭に血が上るのを自覚した。
ちなみに2人の姉は迷宮戦の疲れが出たのであろう、彼の説明を子守唄に寝入ってしまっていた。
どうでもいい人物の言葉に一喜一憂する人和ではない。
だがBF5での一刀の戦いや今の打ち合わせで、人和は彼の実力を認めていた。
そんな人物に、自分達が安く見られたと思ったのである。
彼女が冷静さを失うのも無理はない。
「分かりました、見学でもなんでもします。その代わり、本格的に力を貸すって言葉を絶対に忘れないで下さいね!」
地下何層に行くのか、誰と一緒に行くのか。
普段の人和であれば絶対に確認したであろう事柄もスルーして、彼女は一刀に即答してしまった。
というか普段の彼女であれば、万が一を考えて自分達の実力以上の場所は絶対に避けるはずだし、返事をする前に姉達に相談するはずである。
「それじゃ一週間後の正午に迷宮前で待ち合わせってことで。荷物は基本的にこっちで用意するけど、何日か迷宮内で泊まる予定だからそのつもりで」
「め、迷宮内で泊まりって……」
「加護を受けるくらい上に行こうとするなら、それも当たり前のことになってくるんだ。そういうのも含めて見学ってわけさ」
「それ、私達も割と危険なんじゃ……」
「まぁ100%安全だとは言わないけど、そこら辺はちゃんと考えてあるから大丈夫。任せとけって」
任せておけと言われても、さすがに不安を覚える人和。
だが先程「見学でもなんでもします」と言ったのは自分自身なのだ。
その舌の根も乾かない内に、その言を翻すことにも抵抗がある。
そうこう思い悩んでいるうちに一刀に去られてしまい、結局なにがどう大丈夫なのかすら問い質すことも出来なかった人和なのであった。
そんな人和の不安も、翌日の姉達との会話でほぼ解消されることとなった。
「一刀さんみたいに名の知れた冒険者が任せろって言ってるんだから、きっと大丈夫だよー」
「ちぃ達に相談もなしに決めたのはアレだけど、まぁアイツが言うなら大丈夫なんじゃない?」
2人の姉は、一刀のことを随分と高く評価しているようである。
そしてその姉達に負けず劣らず、彼のことを買っている自分に気づく人和。
確かに彼が任せろと言っている以上、余程のことがない限り大丈夫であろう。
そう考えて気が楽になってきた人和は、姉達と別行動をとって買い物に出かけた。
のんびり屋の天和やおおざっぱな地和と違って、何事も万全の準備を整えて挑むタイプである人和は、今日出来ることを先送りするのを良しとしない性格である。
1週間後の迷宮探索に向け、早速準備を整えようという腹積もりであった。
(あれは、一刀さん……なにやってるのかな)
遠目に一刀を発見し、声を掛けようと近づく人和。
ところが彼は、突然トップスピードで走り出し、前方の幼女に抱きついたのである。
「桂花ぁぁぁ! 会いたかったぞ、この野郎!」
「きゃー?!」
「丁度お前等の所に行こうと思ってたんだ、これが運命の導きなのか、だからほら、もっと触らせろ抱きつかせろ舐めさせろ!」
「ぎゃー! ぎゃー! ぎゃー!」
「こら、暴れんな! パンツ脱がせにくいだろっ!」
「ガウッ! ガウッ! がぶーっ!」
「痛っ、なにすんだコイツ!」
(なにすんだコイツなのは、一刀さんの方じゃ……)
そっと踵を返し、一週間後に迫った迷宮探索に向けて、自分達で如何に安全を確保するかを真剣に検討し始める人和なのであった。
「お、時間通りだな」
一週間後3姉妹が迷宮前に到着した時、そこには既に一刀の姿があった。
いや、彼だけではない。
そこには洛陽で一番有名であると言っても過言ではない、華琳とそのクラン員達が勢揃いしていたのだ。
ちなみにネコ耳フードは、一刀とは最も離れたポジションを確保済みである。
距離感のある桂花との関係をなんとかしようと彼なりに考えたコミュニケーション方法は、どうやら大失敗に終わったようだ。
「彼女達が、貴方が言っていた荷物かしら?」
「ああ。悪いけどよろしく頼むな」
「その代わり荷物が増えた分だけの働きをちゃんとするのよ」
「分かってるさ」
華琳が言っている『荷物』とは、明らかに自分達のことである。
その言い草に憤りを感じる3姉妹であったが、芸人である彼女達にとって表情や態度を取り繕うことはお手の物だ。
そうでなければ、時には酔っ払いを相手に笑顔でお酌する必要もある『湯屋』のアイドルなど出来ない。
荷物発言は華麗にスルーして、笑顔で華琳とそのクラン員達に挨拶する3姉妹。
互いの自己紹介も終わって早速迷宮探索へ乗り出そうとした時、一刀から待ったが入った。
「あれ、迷宮に潜ったのか? 人和のLVが上がってるな。神殿には行った?」
「いえ、行ってないです」
「華琳、悪いけど少し待っててくれ。すぐ隣だし『贈物』が装備品かもしれないから、万が一の時のために行っといた方がいいだろ」
「相変わらず便利ね、貴方の加護スキル。少しだけ羨ましいわ」
「その10倍、華琳の加護スキルの方が羨ましいよ……。一人で行かせるのもなんだし、俺も付き合おう。行くぞ、人和」
そう言って人和の手を取り、走り出す一刀。
彼が同行したのは、こうやって華琳を待たせる時間を少しでも短縮するためである。
人和の安全と華琳の機嫌を天秤にかけて、間を取った一刀の機微は、当然人和には伝わっていない。
馴れ馴れしく自分の手を握ってきた一刀の男性としての評価を、更に1ランク下げた人和だった。
そして一刀の不幸はそれだけでは収まらなかった。
「ぬふぅん、ご主人様。最近まったく神殿に来なくなったと思えば……」
「うふぅん、可愛らしい女の子とおてて繋いで登場だなんて……見せつけてくれるわねん!」
そう、図らずも神殿の漢女達の嫉妬心を煽ってしまったのである。
キュピンと目を光らせ、一刀に迫りよる2体の半裸マッチョ。
「漢女道を極めた儂等と、そんなチンケな小娘。どこを取っても負ける要素が……むぅ、これは不覚! 儂としたことが、大事なことを見落としておったわい!」
「あらん、わたし達の一体どこに隙があったというのん?」
「ぬぅ、まだわからんのか貂蝉よ。儂等になくて小娘にあるもの、それは眼鏡じゃ!」
「うふ、さすが卑弥呼だわん。それじゃ眼鏡っ漢属性のあるご主人様のために、早速街に買いに行かないとねん」
「よし、皆の者、本日はこれにて終いじゃ。往くぞ貂蝉、お布施の貯蔵は十分か?」
「ぶるらぁ!」
言うや否や、まるで嵐のような破壊力で人々を薙ぎ倒しながら進む漢女達の背中を、あっけに取られて見送る一刀と人和。
漢女達の会話にツッコミ所は山ほどあったが、彼がツッコめのは一言だけであった。
「それ、どう考えても『めがねっこ』って読めないだろ……」
ちなみに、精神的なショックから立ち直るのに結構な時間が掛かってしまい、迷宮前へ戻った時には華琳の機嫌が急降下していたことが一刀の最大の不幸であったことを付け加えておく。
「季衣、向こうに3体。流流はあっちに2体だ」
一刀の合図に、季衣達が動き出す。
やがてそれぞれの方角から、勇ましい掛け声と共に破壊音が鳴り響いてきた。
その音はだんだんと大きくなってきて、ついには3姉妹の付近でも戦いが始まった。
(これが、本物の戦闘……)
(怖い、なんなのこれ?)
(敵もそうだけど、季衣ちゃん達も……)
「どりゃー!」
「ぜやー!」
敵に当たればその敵を、壁に当たればその壁を、床に当たればその床を、ありとあらゆるものを破壊する程度の超重量武器を振り回す季衣と流流。
壁や床の破片が3姉妹にも容赦なく降り注いだ。
肉体的にはまったくダメージを受けていない彼女達だったが、その精神はもはや限界に近かった。
(きゃっ?!)
(ちぃ、もう帰るー!)
(もーいやー!)
桂花、風、稟が呪文を唱え、季衣達の身体能力を魔術で底上げする。
その結果、季衣達の行動はまるで竜巻のような破壊力を持つまでに至った。
攻撃ではなく行動と表現するのには訳がある。
これ程の破壊力を持つ彼女達は、実は敵の撃破を目的としていない。
彼女達の役割は、勢子なのである。
季衣達に追われたモンスター達が、更に秋蘭の弓によって行動を規制される。
初めは5体いた敵も1体ずつ脱落し、残りは3体。
その生き残り達が行き着いた先には、華琳のためだけに振るわれる刃、春蘭が待ち構えていた。
「斬れぬものなど、あんまりないっ!」
まるで武という言葉が人になったと表現するに相応しい彼女の1撃は、強敵であるはずの下層のモンスター3体を同時に斬り飛ばしたのであった。
さて、そろそろ種明かしをしよう。
なぜ低LVの3姉妹が、戦闘に巻き込まれているにも関わらず無傷で生き残っているのか。
その対策こそが、今回の迷宮探索を華琳のクランに頼んだ理由である。
「桂花、そろそろ2時間経つぞ」
「話しかけないで! 妊娠するでしょ!」
「……いきなり抱きついたのは本当に反省したから、もう許してくれよ」
「許す許さないの問題じゃないのよ! 死なすか殺すかの問題なのよ!」
「どっちにしろ死亡確定なのかよっ!」
エキサイトする一刀を無視し、桂花の口が呪文を紡ぐ。
それを見た一刀が口を噤むのと同時に、桂花の魔術が完成した。
≪-鉄皮-≫
黒い光が天和を包み込み、鉄像と化している彼女の体に掛けられた魔術を上書きする。
地和と人和にも同様に魔術を掛け直すと、桂花は華琳に抱き着いた。
「華琳さまぁ、『鉄皮』を3回も使わされて、魔力が足りなくなっちゃいました。この桂花めに魔力を分け与えて下さい」
目を閉じて顔を持ち上げる桂花。
華琳の加護スキルのひとつである魔力の受け渡しは、粘膜同士の接触が必要なのである。
それはつまり、桂花にとってなによりのご褒美であるということだ。
「……お前まだ2割しか魔力減ってないだろ。風、桂花に『活力の泉』を掛けてやってくれ」
「お兄さん、それは意地が悪いのですよー」
「人に死なすとか殺すとか言ってくる奴に、優しくなんかしない!」
「桂花ちゃんの話を聞く限りでは、風はお兄さんの自業自得のように思うのですよ」
殺意の籠った眼差しを一刀に向ける桂花に苦笑をして、華琳はその頭を撫でた。
「貴方の『鉄皮』は、危険が迫った時の時間稼ぎにしか使えない微妙な性能だと思ってたけど、こんな使い方も出来るのね」
「呪文の効果時間中は自力で動けないから人に運んでもらう必要がありますし、荷物が増えるだけで何のメリットもないですよ、こんなの! 世の中に不必要なセクハラ男が如何にも考えつきそうな何の役にも立たない使い方です!」
「確かに、今のところ私達にとっては役に立たないわ。でも新たな使い方を知ることによって得るものはあるはずよ。これを私達に有用に使えるよう工夫したり、発展させた使い方を考えたり……桂花、期待しているわ」
「は、はいっ! お任せ下さい、華琳様!」
桂花と一頻りスキンシップを取って満足した華琳は、一行に指示を出した。
「さぁ、早く移動しましょう。季衣、流流、一刀、『荷物』を運んで頂戴。一刀、いくら『荷物』を持っているからって、索敵を疎かにしたら承知しないわよ」
「……そう言うなら、運搬役を代わってくれよ」
「あら、貴方だって嬉しいでしょ? 女の子の体が触りたい放題なんだから」
「鉄像を撫でまわして興奮する趣味はない!」
「そう、残念ね。まぁいいわ、とにかくさっさと運びなさい」
既に季衣が天和を、流流が地和を抱えているのを見て、一刀は諦めて人和を担いだ。
視界が高くなったことで、3姉妹は声なき声を上げるのであるが、一刀達にはその悲鳴は聞こえない。
お荷物扱いどころか本当に荷物となった3姉妹の見学会は、まだ始まったばかりであった。
一刀が今回3姉妹に実感して欲しかったこと。
それは、敵味方の入り混じった本格的な乱戦である。
PLを用いれば、ある程度までならいけるであろう。
しかし最終的には3姉妹自身の力が確実に必要となる。
彼女達の力、それ即ち歌。
もちろん歌を封印して鍛え直す手段もあるが、3姉妹の迷宮探索の目的には沿わないし、彼女達の最大の長所をスポイルさせるような一刀ではない。
そして歌を武器にする以上、混戦は避けられないであろう。
今回の見学会で心が折れるようであれば、迷宮探索は諦めさせた方が彼女達のためであると一刀は考えていたのだ。
「最初は怖かったけど、最後の方はずっと見惚れちゃってたよー」
「あの位のレベルだと、1戦闘毎にそれぞれ物語があるんだよね。ちぃ達のライブと一緒でさ」
「ホントにいい経験になりました。お陰で新たな戦闘用楽曲もいくつか使えるようになりましたし」
3姉妹は一刀の予想以上に柔軟な精神力を有していたようである。
そのことを確認した一刀がすべきことは、後は彼女達の成長に協力することだけだ。
歌スキルのことを考えると、PLは得策とはいえない。
3姉妹だけLVを上げてもファンのLVに合わせた狩場でないと成り立たないし、歌スキルも育たないからである。
急速な成長を促すよりも、連携やスキルを育てながら一歩ずつ着実に成長させた方が彼女達の特性にも合っている。
「つまり、基本的には3人の今までのやり方がベストだと思うんだよな」
「なによそれ! アンタ、それじゃ全然アドバイスになってないじゃない!」
「いや、もちろん細かいところではちゃんと助言するぞ。ファン達を交えた戦闘を見せてもらって、適正フロアを考え直すとかさ」
「でもそれじゃ、狩場荒らしの話が残ってしまいますよね?」
「そこは俺がなんとか出来ると思う」
「なんとかって何を?」
「ギルドとの調整を、さ」
3姉妹の行動が狩場荒らしとなるのは、彼女達が狩場を独占してLV上げするからである。
それがLV上げではなく、テレポーターの警備だったならばどうか?
決められた時間に決められた場所を3姉妹とファン達が守る。
その代わり、その時間その場所の独占権を認めさせる。
ギルドを通して事前に冒険者達に通達しておけば、人の少ない時間帯なら不満も少ないであろう。
以前解放した剣奴の補充がままならず、手が足りてない状態のギルドであれば、十分に交渉の余地はあると一刀は考えたのだ。
こうして3姉妹の狩場を確保し、口は出しても手は出さない方針で彼女達の成長を見守ることにした一刀なのであった。
そして月日は流れ。
「♪みんな大好きー!」「「「天和ちゃーん!」」」
「♪みんなの妹―!」「「「地和ちゃーん!」」」
「♪とっても可愛いー!」「「「人和ちゃーん!」」」
「「「「「ホアッホアァァ、ホアアァァァー!」」」」」
薄暗い迷宮内のBF15祭壇前の大広間。
底冷えのする迷宮内であるにも関わらず、その大広間だけは熱狂の渦に飲み込まれていた。
3人の歌姫の前には、黄色い布で頭を包んだファンの男達が10数人。
人和の奏でる音色が男達の気力を満たし。
地和のステップのリズムが男達を加速させ。
天和の歌声が男達を勇敢な戦士に変えた。
剣と血と汗に彩られた狂乱の宴。
その宴に誘われるかのように、次々と襲いかかってくるモンスター達。
だがそれらのモンスターは、彼女達の宴に華を添える役割しか与えられなかった。
大広間にある程度のモンスターが集まったのを見計らって、アイコンタクトを交わす3人。
そして熱情のビートが大広間の空気を震わせた。
「♪イエェェェアアアアァァ」
「♪ヘエエェェェェオオォォ」
「♪ラロロオォォエエエェェ」
南国を思わせる律動に合わせて、モンスター達が苦しみもがく。
そう、彼女達の歌声がモンスター達にスリップダメージを与えているのである。
まるで情熱的に踊り狂っているように見えるその様は、歌姫達をますますトランス状態へと昇り詰めさせる。
やがて糸が切れたように次々と倒れ伏すモンスター達。
今日も『数え役満。妹with一刀♂』の迷宮内ライブは絶好調なのであった。