12.4 都内某所
「同志諸君、ついに我らは決起の時を迎えた。」
狭い室内に凛とした声が響く。
「長期にわたり煌武院殿下を蔑ろにし、この国を蝕んできた逆賊共を粛清する。」
帝都某所、沙霧大尉の下クーデターの中枢を担う部隊の隊長が一室へ集められていた。
「・・・諸君らの手で、この国を本来のあるべき姿に戻すのだ。」
この一言を最後にその場に居た者達は自らの役目を果たすべく席を立った。
12・4-21:00 首相官邸
「榊首相、お勤めご苦労様です。」
「二人だけのときは堅苦しいのは無しだ、戸田君。」
首相官邸の一室で二人の男が会話をしている。一人は戸田と呼ばれた中年の官邸警備の隊長。
もう一人はこの国の現内閣総理大臣。歳の近い二人は昔からの友人の様に世間話をしていた。
「ああ、そうでしたな是親殿。」
「君と二人だけで話すときくらいは腹を割って話したいものだ。お偉い方と話をするとどうにも疲れてしまってしょうがない。」
榊首相はひどく憔悴した様子で言葉を漏らした。
「あなただって十分偉い方ですよ。国連の方が来ていましたが…何かあったんですか?」
「ああ、詳しくは言えないが国連と帝国が主体の大規模な作戦を予定している。」
「成る程・・・。帝国が絡んでくるとなれば甲21号目標…佐渡島を…?」
「それは言えないが…今年はクリスマスに最高のプレゼントを用意できそうだ。」
「クリスマスですか…。そういえばプレゼントをまだ用意していませんでしたな」
「戸田君、それでは子供に嫌われてしまうぞ?」
「えぇ、全くです。最近は何かと気難しい年頃ですよ。」
「だがそれぐらいの頃が一番かわいいものだよ。わしの娘も昔は素直だったが…。」
「そういえば娘さんがおられましたね。今はどちらに?」
「陸軍を志願していたのだがな。わしが徴兵を免除しようとしたら国連へ行ってしまった。」
「そうですか…。娘さんも貴方に似てしまったんですね。」
「本来ならば喜ばしいことなのだがな。」
「私の娘も…今は初等教育ですがいつかは訓練校に行かねばならない時が来てしまいますね…。」
「うむ、それは今を生きる子供達全てに課せられた義務なのだ。だからこそ我々がそのような世界にならないように戦わなければならない。
本来ならば若い者達よりも我々が先立って戦場へ行かねばならないと言うのに…。」
そう言って榊首相は目を閉じた。
12・4-23:45 帝国陸軍練馬基地
「こちらエコー1、所定の位置に付きました。」
「こちらブラボー1、何時でも突入可能です。」
帝国軍練馬駐屯地の管制室に通信が入る。
「CPより各リーダー、作戦開始まで所定の位置で待機せよ。繰り返す、所定の位置で待機せよ。」
つい先ほどまで帝国陸軍の基地だった練馬駐屯地は沙霧大尉率いる戦略研究会の兵士達によって制圧され、
その拠点となっていた。尤も基地所属の兵士のほとんどが決起に参加したために大きな抵抗も無く彼らの手に落ちた。
その制圧されたばかりの管制室は迫り来る決起の時を今迎えようとしていた。
「諸君、ついに時は満ちた。この日を持って帝国は生まれ変わる。我らが進むは血塗られた道。歴史が我らをどう記そうとも知る余地は無い。だがしかし、帝国が新たな道を歩むという事実は変わらぬのだ!!」
沙霧大尉の一言にその場に居た誰もが思った。自分達でこの国を正すことが出来るのだと…。
同時刻、富士駐屯地、フェアリーズ兵舎にて
「これより我が基地は第2戦闘態勢で待機する。各部隊は実弾への換装を済ませておけ!!」
ハンガー内に秋山大佐の声が響く。通常の部隊では対処しきれない敵対勢力が現れたとき、または緊急の要請が
あったときには教導部隊が赴き対処する手筈となっている。普段から反米感情を抑え切れていない秋山大佐は自らの
出撃のときを待ちきれない様子だ。
「まったく、秋山のおやじさんも今日は気合が入っているな…。」
半ば呆れ気味に朝倉少佐は言葉を漏らした。
「隊長、今の言葉、おやじさんに聞かれると後でどやされますよ?」
梶原大尉がいつものノリで隊長を茶化している。今、宿舎の一室には各中隊長とその副官が集められている。
これからの作戦についてのブリーフィングをしているはず…だったのだが…。
「大尉も言っちゃっているじゃないですか、それでは大尉も同罪なのでは?」
「大体大尉も普段は秋山大佐の悪口を…。」
「何だと!?三浦中尉、いつ俺がそんな事を言った!!」
などと言ういつもの口論になってしまう。尤も、私の優秀な副官殿曰く実戦前のリラックス何だとか。
このままでは収拾が付かないと判断したのか朝倉少佐が話を戻す。
「お前ら、じゃれ合うのはブリーフィングが終わってからにしろ。どうしても我慢が出来ないのなら外でやって
貰おうか。」
そのまじめな一言で室内に静寂が訪れる。
「さて、本題に入らせてもらう。戦略研究会の連中は明日、12.5に日付が変わるのを合図に首相官邸、国会議事堂、並びに各軍事基地を襲撃、制圧する手はずとなっている。その後、帝都守備連隊は帝都を制圧した後に煌武院殿下の身柄の確保…。と言うシナリオらしい。まあ、全てが順調に進めばの話だがな。」
朝倉少佐がやれやれと言った表情で話を続ける。
「当然、時間の経過と共に鎮圧部隊が派遣されることになるだろう。また、在日国連軍や米国軍の介入も予想されている。
もちろん、それらの勢力との交戦は避けられないと思われる。」
狭い一室が少しざわめいた。
「そこでだ。今作戦において、我が隊は二つの指令が降りている。一つ目は戦略研究会から…。
『貴官等ノ部隊ハ、現状ヲ維持シ待機サレタシ。尚、障害ノ排除ノ為、常ニ出撃可能ナ状態ヲ維持セヨ』
との事だ。まあ、こっちの指令に従うつもりなど初めからないんだがな…。そして二つ目の指令だが…これは我々のトップ
からの指令だ。内容を見る限り…情報省もある程度把握していたんだろうと推測される。」
「と言うことは…決起が起きたときの指示ですか?」
と梶原大尉が質問した。
「そういうことだ。決起が起きた際、我々は二つのことを同時進行しなければならない。一つ目が決起を絶対に成功させないようにすること。二つ目が、決起をしているフリをして密かに決起部隊を無力化すること。その際、人的損害は最小限に抑えること。…全く、うちのお偉いさん方は難しいことを簡単に言ってくれる…。」
「少佐、つまりは鎮圧部隊と戦いながら気付かれない様に決起部隊に危害を加えろ…と言うことなのでしょうか?」
「簡単に言えばそう言うことだな。ただし、『どちらの勢力にも死人をださないように』だ。まあ、日頃から真面目に訓練を受けている貴様等なら、戦術機を最小限の損害で無力化することなど簡単なことだろうがな。」
戦術機中の衛士を傷つけずに戦術機を無力化するのは簡単だ。頭部のセンサー類、主腕、主脚などを36mmで突っつけば何も
出来なくなるだろう。ただ、それを実行するのが難しい。
「さて、今話しておくことはこのくらいだろう。我々が出撃するのはまだ先になると思われるが、各自自分達のハンガーにて待機すること。また出撃前にも一度ブリーフィングを行う。各中隊長は部下達に先ほどの話をしておくこと。以上、解散!!」
そうして私は部下達にどのように話すか考え、頭を抱えながら部屋を出たのであった。
12.5-00:10 首相官邸
執務を終え、つかの間の休息を取っていた榊首相の耳に突如聞きなれない音が飛び込んできた。それとほぼ同時に地面が
揺れるのも感じた。すぐさま近くの電話が鳴る。受話器を耳に当てると戸田少佐の声が耳に入った。
「首相、緊急事態です。そちらに何名か部下を送りました。彼等の指示に従い、退避願います。」
警備隊長はひどく慌てた様子で用件だけを伝える。
「戸田君、一体どうしたと言うのかね?」
「詳細はまだ分かっておりませんが、何者かによる襲撃です。正門を爆破され、敷地内へ侵入を許してしまいました。
現在、警備の者が応戦中しております。」
何者かによる襲撃…?第4計画に反対する勢力だろうか…。
そんな考えが脳裏を横切る。
「首相、ご無事でしたか!?」
突如掛けられた声にふと入り口の方を見ると肩に自動小銃を提げた兵士が二人居た。
「首相を安全な場所まで誘導せよとの命令を受けました。我々について来て下さい。」
「うむ、宜しく頼むぞ。」
首相は警護の兵と共に部屋を後にした。銃声を爆発音が鳴り響く中、外へ出るための最後の廊下に差し掛かった時だった。
突如壁を突き破って目の前に機械化歩兵が現れた。
「武器を捨ておとなしく国賊、榊を渡してもらおう。抵抗するならば射殺する。」
そう言うと装甲歩兵は腕部に内蔵された銃口を首相等に向けた。
「何をふざけたことを!逆賊がっ!!」
言い切る前に警護の兵が小銃を発砲する。しかし小銃程度の火力では装甲歩兵に有効打を与えることができなかった。それに対して相手の反撃は易々と警護の兵を貫いた。
「さあ、我々の下に来てもらおうか。無論、抵抗するのであればこの場で射殺する。」
榊首相は装甲歩兵に従い外へ出た。外に出た首相が見たものは、日常とはかけ離れた物だった。無残な姿で横たわる警護の兵たち。破壊され、今も煙を上げている装甲車両。門前にたたずむ戦術機。どれもこれもこの場に有ってはならないものばかりだった。ふと、近くの残骸に目をやるとそこにはつい先ほど自分へ警護の兵を送り出し、自らも指揮車両で迎え撃っていた男の変わり果てた姿を見つけた。
(戸田君、すまぬ。私も直ぐそちらへ行くことになるだろう)
先に逝ってしまったかつての友に最後の別れを告げた時、その男は現れた。眼鏡をかけた将校風の男が口を開いた。
「私は帝都守備第1戦術機甲連隊所属の沙霧尚哉。本日00:33時を持ち榊是親、この国の為・・・我等の大義の為に貴様を処断致す。」
そう言うと沙霧と名乗った将校は軍刀を抜き放った。闇夜の中、周囲の炎の光を反射させている刃は人を一人殺すには十分過ぎる。
「沙霧君と言ったね。君達の目的は・・・大義とは一体何なのかね?」
首相の問に刀を構えたまま沙霧大尉は答えた。
「殿下を蔑ろにし、この国を腐らせていく貴様等のような政治家を粛清し、腐敗の根源を全て取り除く。それが我々の掲げた大義である。」
首相は周りを見渡した。周りに立つ兵士たちは皆真っ直ぐな目でこちらを見つめている。その目は事の行く末を…さらには自分達の未来までをも見通しているかのようだった。
(第4計画の結末と娘の成長をこの目で見れぬのは無念だが、今を生きる若い者達に交替するのも悪くないのかもな)
そう心に決めると首相はその場にいる者全員に聞こえる声で応えた。
「よかろう、我々のような古い人間はここで世代交代をすると
しよう。貴官等の覚悟、確かに受け取った。その手で私を斬るが良い。」
「・・・このような時代、このような立場でなければどれほど良かったものか…。」
次の瞬間、榊首相の体を刀が貫いた。薄れて意識の中、榊首相に聞こえてきたのは沙霧大尉の首相に向けた言葉だった。
「後のことは任せるが良い。我等も大義を成し遂げた後、直ぐに参る。」
遅筆ながら続く予定です。
相変わらずの乱文、失礼しました。