「”運命”の子供達 ~7日間の黙示録」2月3日・夜
リツコはかなり遅い時間になって碇邸を訪れた。あるいはシンジ達は夜の街で行動していて不在ではないかとリツコは思っていたが、予想に反してシンジは在宅中だった。
居間まで勝手に上がり込んだリツコは、戸惑いを見せる。シンジとアサシンとレイ、3人が炬燵に入っている。何をしているわけでもなく、ただ重苦しい顔を突き合わせていた。重く暗いオーラの発信源はシンジだった。アサシンとレイは互いに困ったような視線をちらちらと交わし合っている。
「お邪魔するわよ」
リツコは返答を待たず居間に入り込み、炬燵の空いた辺に腰を下ろした。そして努めて事務的に、勝手に話を進める。
「まずは今日の報告から。アサシン、お願いできるかしら」
「え、あ、はい」
リツコの命令にアサシンは戸惑うものの、「しゃべってまずいことならシンジが止めるだろう」と判断して報告を開始した。洞窟の入り口にアスカとセイバーが待ち構えてていて、戦闘になったこと。アスカを人質に取る形でセイバーに勝利を収めたこと。シンジがアスカの治療をしたこと。そして……
「妊娠……あの子が」
リツコは大きく目を見開き、一瞬呆然とした。シンジは今にも泣きそうになって唇を噛み締めている。気を取り直したリツコはシンジへと向き直った。
「シンジ君」
「……はい」
リツコの瞳が真っ直ぐにシンジを見据える。
「責任は取るべきよ」
シンジが額を炬燵の天板に打ち付けた。
「僕じゃありません!!」
腰を浮かしてそう叫ぶシンジ。だがアサシンとレイが冷たい瞳をシンジに向けた。
「言い逃れなんて、男らしくありませんよ。シンジ」
「……最低」
シンジは言葉をなくして酸欠みたいに口をぱくぱくさせている。リツコは笑みを漏らして肩の力を抜いた。
「まあ冗談はさておきましょうか」
シンジは全身から脱力して炬燵に突っ伏す。「全く……」等と呟くシンジを、アサシンとレイはこっそり笑いを漏らしながら見つめた。
「次はこちらからの報告ね……ローレンツ記念病院にクラッキングを仕掛けたわ」
リツコは炬燵の上に紙の束を投げ出す。シンジはそれを読もうとして、即座に諦めた。その資料はドイツ語で書かれていたのだ。レイがそれを手にして、目を通している。目次を斜め読みしたレイが驚きの表情をリツコへと向けた。
「……クローニング? ゼーレはクローン人間を作ろうとしているの?」
「そのようね。そしておそらく惣流アスカはクローンの母胎、仮親にさせられた。白人至上主義者のアレックス・ラングレーがどうして東洋人の血の入った惣流アスカを養子にしたのか疑問だったけど、謎が解けたわ。おそらくはこのためだけに養子にしたのよ」
歯軋りの音が響く。シンジの身体は憤怒のあまり小刻みに震えていた。
「……アスカが望んで仮親になんかなったわけがない。どこの誰とも知らない奴の子供を無理矢理妊娠させられるなんて、レイプされたのと大して変わらないじゃないか……!」
シンジの拳が炬燵の天板を殴る。レイが怯えたように小さく身をすくませた。リツコが冷徹な口調でシンジに話し掛ける。
「落ち着きなさい、シンジ君。貴方もショックだったかも知れないけど、惣流アスカが受けた苦痛は貴方の比ではないのよ」
シンジが身体を硬直させる。リツコは言葉を続けた。
「惣流アスカが妊娠したという事実はもう変更しようがない。その上で貴方はどうするの? シンジ君。他人の子供を勝手に孕んだ彼女になんか、用はない? それとも」
「僕はアスカを助けたい、アスカを傷付ける全てのことから」
シンジの瞳が真っ直ぐにリツコを見つめ、リツコが柔らかに微笑む。
「アレックスとゼーレの呪縛から彼女を解放し、傷付いた彼女の心を癒す。まだ手遅れではないけど、簡単なことでもないわ。それでもシンジ君、そのために戦うというの?」
「もちろん」
シンジは力強く頷いた。居間の空気が目に見えて暖かで和らいだものとなり、リツコは内心安堵する。
「……ところでキャスターのマスター。ゼーレが結局何を目的としているのか、判っているのですか?」
アサシンの問いにリツコは沈黙する。答えが返ってきたのはずいぶん時間が経ってからである。
「……それが誰のクローンなのか、何を目的にしてクローンを作っているのか、いくつか可能性を考えることはできる。でも推理を一つに絞るにはまだ情報が足りないわ」
そうですか、とアサシンとシンジが呟いた。続いてレイがリツコに尋ねる。
「……おとうさまの居場所については何か判ったの」
「それですがバーサーカーのマスター」
横から口を挟んだのはアサシンである。
「セイバーのマスターの口振りからして、あの洞窟に碇ゲンドウ氏がいた可能性が高いのではないでしょうか」
あ、とシンジとレイが息を飲む。
「それならあの後洞窟に入っていれば……」
「ライダーに襲撃されてわたし達は全滅していたかも知れません。あそこで逃げたのは間違いではなかったと思います」
レイを宥めるようにアサシンがそう言った。レイは一応納得したようである。
「それなら今度はライダーに見つからないように忍び込んで父さんを助け出せば? あるいはライダーを誰かが引きつけておいて、その隙に助け出すとか」
「わたしがアレックス・ラングレーなら碇ゲンドウ氏を別の場所に移します。洞窟は既に空になっているでしょう」
シンジ達が失意のため息をもらした。が、リツコがシンジ達に希望の光を示す。
「あなた達はアレックス・ラングレーへの揺さぶりになってくれたわ。きっと彼が動いてくれるはずよ」
「彼?」
「ええ。時計塔随一のエージェントが、ね」
時刻は未明に近い。場所は高級住宅地の一角。広大な敷地を持つ、古びた洋館。
閑静な住宅地のはずのその場所が、今は戦場と化していた。侵入者は黒いスーツを身にまとった長髪の男で、両手に軽機関銃を持って出鱈目に撃ちまくっている。
それを迎撃しているのは洋館にいた黒いスーツの男達だ。それ等アレックスのボディーガードも銃器で武装していたが、持っていたのは普通の拳銃だけで火力が段違いだった。ボディーガード達は瞬く間に打ち倒され、死体と化していく。軽機関銃の弾倉が尽きる頃、洋館の外にいたボディーガードは全滅していた。
長髪の男は軽機関銃を携えて、無造作に洋館の前庭を進む。洋館の正面玄関が開いて、出てきたのは白人の男である。長髪の男は軽機関銃を全力で投擲する。剛速球と化して空気を切り裂くそれは、白人の男の目前で壁に阻まれた。突如現れた、巨大な馬と黄金の騎士という壁に。
「やれやれ、時計塔のエージェントというのはやり口がスマートではないね」
白人の男……アレックスは侮蔑の視線を長髪の男へと向ける。
「蠅に周囲を飛び回られても不愉快だ。ライダーにここで踏み潰されたまえ」
アレックスは振りかざした手を滑るように振り下ろす。ライダーが剣を振り上げ、大地を割り砕くように振り下ろした。生み出された衝撃波が大地に亀裂を作りながら走っていき、長髪の男を飲み込む。男が身にしている黒いスーツは襤褸布と化した。男はぐったりしながらもまだ両足で立っている。アレックスはすぐに男の身体が崩れ落ちるだろうと思っていた。だが、
「何……!」
男の身体が黒い弾丸と化してアレックス目掛けて疾走する。アレックスは棒立ちとなって何もできない。だがライダーが騎馬と共に黒い弾丸の軸線上に割り込み、自らを盾とした。ライダーと黒い弾丸が激突し、火花が散って紫電が舞った。
「……貴様、サーヴァントか!」
ライダーと長剣で斬り結んでいるのは、褐色の肌の半裸の男だった。ライダーの剣がアーチャーを弾き、アーチャーの身体が宙を舞う。アーチャーは猫のように宙返りし、音もなく着地した。
アーチャーはどこへともなく長剣を収納し、代わりに弓を取り出す。
「貴様、アーチャーか。マスターはどうした!」
アレックスが喚くのをアーチャーは面白そうに見下ろしている。
「貴様もマスターなら令呪で感じ取ってみてはどうだ? 自らマスターとなる気概もなしに戦争に首を突っ込むから、このような下策に引っ掛かるのだよ」
「殺せライダー! この黒い猿を殺せ!」
アレックスはヒステリーを起こしたかのように喚き散らす。アーチャーは絶対零度の視線でアレックスを見つめた。
「よく言った、下郎」
アレックスは怯えたように後ずさりし、代わりにライダーが前に進み出る。アーチャーはライダーの放つ底知れぬ魔力に、平静を装うだけで精一杯だった。
(マスター、まだ終わらぬのか?)
アーチャーは魔力ラインを通して加持へと呼び掛ける。加持からはすぐに返答があった。
(今脱出した、ゲンドウ氏も一緒だ。俺達が安全圏に逃げるまでもう少し時間を稼いでくれ)
アーチャーは不敵に笑って見せる。
(マスター、余を見くびるなよ)
アーチャーは獲物を狙う虎のような獰猛な表情を浮かべ、弓に矢を番えた。周囲の魔力がアーチャーの矢へと集中する。ライダーもまた無機質な殺気を自らの剣へと集中させている。
2体のサーヴァントの殺意と戦意が充満させる。その場所は既に異次元と化していた。遠い神話の時代からずっと絶えていた、人間の想像を絶する戦いが今始まろうとしていた。