「”運命”の子供達 ~7日間の黙示録」2月2日・昼
ミサトは見知らぬ天井を眺めていた。
「ここは……」
ミサトはベッドから起き上がろうとする。が、全身に激痛が走った。全身がバラバラに砕けているのではないかと疑ってしまう。持ち上げた頭を再び枕に沈め、ミサトは目線だけ動かして周囲を見回した。
白熱灯の柔らかな明かりで周囲が照らされている。白い壁の狭い室内だ。ベッドの他の調度品は、電気スタンドと机、小型冷蔵庫、ハンガーなど。日本の標準的な安ホテルの設備である。そして、ベッドの横には黒いスーツをだらしなく着崩した男が立っていた。
「加持君……」
「目が覚めたか、葛城」
ミサトは激痛に顔をしかめながらも起き上がった。滑り落ちた毛布の下から、包帯に覆われた肢体が現れる。
「寝ていろ、動くのはまだ無理だ」
そう言われながらも、ミサトは何とか身を起こした。
「加持君、わたしどのくらい寝ていた?」
「お前を拾ってから何時間も経ってない。まだ朝になったところだ」
そう、とミサトは答えて沈黙する。ミサトが再び顔を上げるまでの数分間、加持もまた沈黙したまま数本の煙草を灰にした。
「……加持君はこの戦争の参加者についてどのくらい把握しているの?」
「お前も含めて4人分のマスターの簡単なプロフィールくらいは。誰が何のサーヴァントを召還しているかまでは知らないがな」
ミサトは代行者の表情をして加持を見つめる。
「なら、その情報を提供してくれないかしら。こちらからはライダーのサーヴァントについて情報提供できるわ。……アスカ、という女の子のこと、知らない?」
「惣流アスカ・ラングレーのことか?」
「ラングレー? ラングレーってもしかして、あの?」
ミサトは強い敵意を込めてその名を口にする。加持はミサトに頷いて見せた。
「そう、惣流アスカの養父の名はアレックス・ラングレー……ゼーレの最高幹部の一人だ」
ミサトの口から歯軋りの音がする。
「そいつがライダーのマスターよ……いや、そうとも断言できなかったわ。ライダーはおかしいのよ。マスターなのかサーヴァントなのかが判らない」
ミサトは昨晩の戦いについて加持に説明した。自分がランサー・ロンギヌスのマスターであり、ランサーはライダーに手も足も出ず倒されてしまったことも、包み隠さず。
話を聞き終えた加持だが、にわかには信じがたい様子である。
「ロンギヌスは英霊としてはそれほど強くはない。だが『ロンギヌスの槍』、あれを超える宝具は数えるほどしかないはずだぞ。それが全く通用しなかった、と?」
ミサトは憮然として頷いた。加持は顎に手を当てて考え込む。
「……いや、あるいはロンギヌスの槍だから通用しなかったのか?」
「どういう意味よ」
ミサトが加持の呟きを聞き咎めた。
「ゼーレがどういう集団かはお前も知っているだろう」
「魔術かぶれのキリスト教神秘主義者、そして白人至上主義者の集団。欧米の政財界に多くの信奉者を有している。魔術師協会とは敵対関係にあるものの、協会幹部にも影響力を有すると言われているわ。聖堂教会からは異端認定されて殲滅対象になっているけど」
ミサトの言葉に加持が頷く。
「葛城は聖堂教会の所有していた聖遺物を使ってランサーを召還したんだろう? ゼーレもきっと同じだ。あの連中はキリスト教神秘主義を標榜するだけあって聖遺物の収集には熱心だからな。ゼーレの召還した英霊がキリスト教の枠組みの中でロンギヌスより上位であれば、槍が効力を持たない理由となるんじゃないか?」
「でも、そんな英霊がいるっていうの? たとえ十二使徒を召還できたとしても、戦闘力ならランサーの敵じゃないわよ?」
ミサトが呈した疑問に、加持が答える。
「なら、十二使徒よりさらに上なんだろう」
「まさか……!」
ミサトは思わず絶句するが、加持は構わず推測を述べた。
「確かにそんなサーヴァントは聖杯システムの枠組みを大きく逸脱している。だが、碇家とゼーレの関係は深い。聖杯システムの構築にはゼーレが協力したらしいし、現当主の碇ゲンドウはゼーレの元幹部だって噂もある。ゼーレが聖杯システムの裏技なり反則技なりを使って規格外のサーヴァントを召還していたとしても、それほど不思議はないんじゃないか?」
ミサトは自分の思考を抱いて沈黙の海へと沈む。浮上してきたのは随分経ってからである。
「……あのライダーは存在自体が反則技みたいなものだわ。このままじゃ戦争になんかならない、一方的な狩りになるだけよ。監督役の碇家はそれでよしとしているのかしら?」
「良くはないだろうな。だから碇ゲンドウが行方不明なんだろう」
ミサトの表情に理解の色が広がる。
「それはつまり、ゼーレが碇家を抑え込んでこの街で好き勝手やるために?」
「他に考えられないな。ゲンドウ氏しか知らない聖杯に関する術式がいくつもあるから、多分まだ殺されてはいないだろうが」
ミサトが戯けた口調で加持に確認する。
「で、時計塔随一とされるエージェントが碇ゲンドウ救出に動くってわけね」
加持は肩をすくめた。
「教会の中でも指折りとされる代行者はどうするのかな? 負けたからってこのまま引き下がるつもりもないんだろう?」
「ランサーは斃れたけどわたしはまだ生きている。わたしにとどめを刺さなかったことを後悔させてやるわ、アレックス・ラングレーの糞野郎に」
ミサトの瞳が殺意を湛えて底光りする。加持はアレックス・ラングレーの末路を想像して首をすくめた。アレックス・ラングレーは思い知ることになるだろう、葛城ミサトの名が死神の代名詞であることを。
夢を見ていた。幼い少女の夢を。
幼い少女を残して母は死んだ。母が残したのは遠い日のかすかな温もりの記憶のみ。ある男が少女を引き取り父親となったが、仕事の都合とやらで少女は1年の内の大部分の時間を養父から遠く離れた異国の地で過ごした。
少女には友達がいた。少女にとってはただ一人の友達だ。その少年の前でなら、自分が魔術師であることを隠す必要もなかった。幼い少年もまた魔術師の卵だったから。
だが、少女にとってはその少年は「友達」などという対等の存在ではなかった。良くて子分、悪ければ下僕。少年が自分にとってそういう存在だと、少女は信じて疑わなかった。実際少女は少年に公然と、何度もこう言って憚らなかった。
「あたしの方がゆーしゅーなのよっ!」
「あたしの方が強いのよっ!」
「あたしの方がかしこいのよっ!」
「強い魔術師が弱い魔術師を従えるのは当然なのよっ!」
「あんたはあたしに従っていれば間違いないのよっ! あんた馬鹿なんだから、その方があんたのためなんだからねっ!」
少年は苦笑しながらも少女の言葉に従っていた。少女の方が魔術師としてもその他の面でも少年より優れていたのは、誰が見ても明白だったから。
ある時、少年が興奮を隠しきれない様子で少女に報告する。
「今度、お父さんに会うんだ」
怪訝に思った少女が問いただすと、少年は仕事の都合とやらでずっと会っていなかった父親と会えることになったという。少年が父親の知人の元に預けられて以降、初めてのことである。
「そっか、あんた魔術が下手くそだから捨てられたんだ」
少女は自分の推理を躊躇なく披露する。それを聞いた少年は自分が捨てられた理由を初めて理解し、今にも泣きそうになっていた。少女は少年を慰める。
「今度お父さんに会った時にあんたのとびっきりの魔術を見せるのよ。そうやって自分がすごい魔術師なんだって証明できれば、捨てられなくても済むんだから」
経験に裏打ちされた少女の言葉には万鈞の重みがあった。少年はデモンストレーション用の魔術を少女に習うことになる。少年は少女が驚くような熱心さで魔術の練習を繰り返した。
それからしばらく後。父親との会合を終えて少年が少女の元に帰ってくる。少年は哀れなほどに悄然としていた。少女が少年から事情を聞き出す。それによると、魔術の披露は上手くいったのだが父親は何の反応も示さなかったという。
「あんたの魔術がまだまだ下手くそだからよ。捨てられたくなかったらゆーしゅーな魔術師になるしかないのよ」
少女が少年をそう叱責し、やがて少年も立ち直る。そして少女を師匠の一人として魔術の修得に勤しむようになった。
だが、少女は面白くなかった。
(あんたを捨てたお父さんなんか関係ないじゃない。あたしがあんたを拾ってやったんだから)
(あんたはあたしだけを見ていればいいのよ)
(あんたはあたしだけに従っていればいいのよ)
(あんたはあたしだけに守られていればいいのよ)
少女もさすがにその想いを口にしたりはしなかった。だが少女はその想いを繰り返し念じ続けていた。まるで、少年を縛る呪詛を編むかのように。
午後、シンジはリツコに呼び出されて市街中心地へと向かう。シンジの訪れた先は、路地裏の入り組んだ判りにくい場所にある喫茶店だった。シンジはアサシンを連れてそこに入店する。
「シンジ、あそこです」
アサシンが示す先のボックス席にリツコが座っていた。シンジとアサシンとがリツコの正面の席に座る。シンジ達は遅めの昼食としてサンドイッチ等の軽食を注文した。
「腕はもう大丈夫なの?」
リツコの質問に、シンジは左腕をぐるぐる回してみせる。
「ええ。骨は何とか接ぎました。無理しなければ数日で完治すると思います」
シンジは昨晩のうちに、特異の治癒魔術を行使して折れた骨を強引に接いでいた。リツコが防音の簡易魔術を展開しつつ、作戦会議を開始する。
「戦争の期間も残り6日。シンジ君はどう動くつもりでいるのかしら?」
「どう動くにしても情報が足りません。今日のところは情報収集を中心にしようか、ってくらいしか考えがないんですけど」
シンジの言葉にリツコはどこか満足げに頷く。
「悪くはないわ。わたし達は弱い。現時点のわたし達の目的は必ずしも勝利ではない。ならば今は無理に戦わず、あの人につながる情報を集めるのが先決」
「ですがシンジ、情報収集と言いますが具体的にはどう動くつもりです?」
アサシンの問いにシンジは気まずそうに沈黙した。代わりにリツコが答える。
「まず知るべきなのは他のマスターの情報よ。あの人の失踪にはこの戦争が関係しているはず、ならば失踪に関わっている者がこの戦争に参加しているはず、つまりはマスターとなっているはず」
「でも他のマスターが誰かを知るには、他のマスターに会う必要がありますよね。他のマスターも当然サーヴァントを連れている以上、会ったらほぼ間違いなく戦闘になる」
シンジの言葉にリツコは頷いた。
「ええ、当然そうなるわ。いくら逃げに徹したところで殺される可能性はゼロにはならない。でも引きこもっていても情報は得られない。これが戦争だと判っていて参加した以上、その程度の危険は引き受けてもらうわ」
もちろんです、とシンジはやや不満そうにしながら首肯した。
「まずはお互いの情報交換といきましょうか。わたしはあの子、綾波レイというバーサーカーのマスターについて情報提供しておくわ」
リツコはそう言って綾波レイについてシンジに説明した。
「……つまり、綾波レイは父さんが何らかの魔術行使を目的として生み出したホムンクルスで、父さんには娘のようにして育てられた。綾波レイが生み出されるにあたっては母さんの要素が多分に使用されている」
シンジは嫌悪を滲ませながらリツコの話を要約する。
「ええ。あの人が何を目的としてあの子を作ったのは、わたしにはよく判らないけど」
リツコは涼しい顔をしてそう言い、煙草を吹かした。「作ったなんて、そんな言い方」とシンジは吐き捨てる。リツコはシンジの感情を無視して話を進めた。
「次は貴方の番よ。セイバーのマスター・アスカって子について教えてくれる?」
「アスカ……惣流アスカ・ラングレーは僕の幼なじみです」
シンジは気持ちを切り替えて説明しようとした。が、アスカのフルネームを聞いただけでリツコは眉を跳ね上げる。
「ラングレー? あの子はラングレーというの? もしかして父親の名前はアレックス・ラングレーと言わないかしら?」
「え、ええ。確かそんな名前でした。本当の父親じゃなくて義理の父親だそうですけど」
シンジは戸惑いながらもそう答え、リツコは険しい表情をして沈黙した。
「あの、リツコさん?」
シンジに声を掛けられ、リツコはそれを契機としたかのように席を立つ。
「確認したいことができたの、夜にまた連絡するわ。有益な情報、ありがとう」
リツコはそれだけを言って伝票を掴んで颯爽と立ち去っていった。シンジはやや呆然となってそれを見送るしかない。
「リツコさん、どうしたんだろう」
「アレックス・ラングレー、という者があるいは事態の核心を握っているのかも知れません」
アサシンはそう憶測を披露した。
……喫茶店を出、シンジはアサシンを連れて郊外を目指した。
夕刻、到着した先は第三新東京市郊外の廃団地。第三新東京市建設に際して主に土建労務者が暮らすために用意されたその団地は、取り壊しも決まって今は住む者もいない。放置された団地の棟が墓標のように並んでいるだけである。
リツコから聞いた話に依れば、綾波レイはどうやらこの団地を拠点として行動しているらしかった。
「……ですが、バーサーカーのマスターに会ってどうしようというのですか? 理由は判りませんが彼女はシンジを憎んでいる。はっきり言って、あのバーサーカーからシンジを守りきる自信はわたしにはありません」
アサシンの問いにシンジが答えを返したのはしばらく経ってからである。シンジは自分の思いを上手く言葉にできないようだった。
「憎まれているからこそ、かな。何であの子が僕を憎むのかその理由を知りたい。あの子が義理でも父さんの娘だっていうんなら尚更だよ」
シンジ達は忍者か、あるいはこそ泥のような足取りで慎重に団地へと接近する。不意にシンジが足を止め、彫像のように固まった。
「シンジ?」
「……マスターの気配だ」
シンジは囁き声でアサシンに答える。シンジは目を瞑って精神を集中し、マスターの気配を探った。探知範囲ぎりぎりの場所にマスターが一人……いや、二人だ。二つのマスターの気配が重なるほどに接近している。さらにアサシンが遠吠えのような微かな叫び声を耳にした。
「今のはバーサーカーの声です」
バーサーカーが、レイが戦っている。それを理解したシンジは気が付いたら既に走り出していた。アサシンがシンジに併走する。
「シンジ! もっと慎重に行動してください!」
「でも、今バーサーカーが多分他のサーヴァントと戦っている! 今がチャンスなんだ、戦っている最中なら僕達が接近しても手出しする余裕がないはずだ。この隙に他のマスターかサーヴァントの情報を掴むんだ!」
団地の棟と棟の狭間の駐車場。そこには朽ちた自動車が横転し、雑草と蔦が生い茂っている。シンジ達はその駐車場を囲む棟の一つに登った。その2階廊下から駐車場を見下ろす。その廃墟は今コロセウムと化していた。特等席で戦いを見つめるのはシンジ達で、舞台では二人の英霊が剣を交わし合っている。
「WWWWWWWWWーーー!!」
バーサーカーが雄叫びを上げながら怒濤のような勢いで戦斧を叩き付けた。セイバーは紙一重でそれを避ける。戦斧は大地を剔りクレーターを作った。セイバーがバーサーカーの腕の一本を薙ごうとする。が、バーサーカーはそれを盾で受けた。セイバーを盾でそのまま押し潰そうとするバーサーカー。セイバーはバーサーカーの力を受け流す。体勢を崩したバーサーカーの脇腹にセイバーの剣が深々と突き刺さった。
「WWWWWWWWW……!!」
だがバーサーカーは止まらない。バーサーカーの肘がセイバーの脳天めがけて撃ち下ろされる。セイバーは舌打ちしながら後ろに飛んで、それを避けた。
二人のサーヴァントが距離を置いて対峙する。その後方で、二人のマスターが自らのサーヴァントの戦いぶりを見守っていた。
「セイバー、ピーピングトムがいるわ。宝具は使わないで」
アスカの命令にセイバーが頷く。レイはアスカの言葉をせせら笑った。
「宝具を使わないでバーサーカーに勝てると思うの?」
「思ってるわよ。バーサーカー程度、切り札なしでも充分よ」
レイは氷の仮面を被ったように顔から表情をなくす。
「その慢心を後悔するといいわ。……バーサーカー、狂いなさい」
バーサーカーが歓喜の咆吼を上げる。その声は音を通り越してほとんど衝撃波に近かった。牙を剥き出しにしたバーサーカーがセイバーへと突撃。4本の腕に4種類の武器を持ち、振りかざす。セイバーは矢のような速さでバーサーカーの懐へと飛び込んだ。セイバーの長剣がバーサーカーの喉を貫き、バーサーカーの武器がセイバーの身体を打つ。バーサーカーの戦斧がセイバーの肩を撃ち、長剣が腹を薙ぎ、盾が腕を叩き、短剣が首を斬った。
それらの打撃は岩を砕いて鉄を断つに充分な威力を持っている。そのはずだが、セイバーには届いていなかった。セイバーの身体は傷一つ付くことなくバーサーカーの武器を跳ね返す。そしてセイバーの長剣が横へと斬り払われ、バーサーカーの巨大な首がコンクリートの地面を転がった。
アスカは鼻を鳴らして侮蔑の瞳をレイへと向けた。レイはその有様をいつも通りの無表情さで眺めている。アスカがそれに不審を覚えたその時、
「WWWWWWWWW……!!」
首を元通りに生やしたバーサーカーが動き、セイバーの腹を蹴った。セイバーはサッカーボールのように吹き飛ばされて地面を転がる。アスカは舌打ちした。
「……そうか、ヘカトンケイレスは100本の腕に50の頭を持つと言われている」
「そう。セイバーが今斬り落としたのは50のうちの一つに過ぎない。この再生能力こそバーサーカーの宝具『異形の巨神』」
起き上がったセイバーが体勢を立て直し、長剣を構える。そこにバーサーカーが襲来した。バーサーカーの戦斧と長剣の乱打を、セイバーは長剣で迎撃する。鉄と鉄が激突する異音が響き、派手に火花が散った。バーサーカーの長剣をセイバーが長剣で撃ち払う。だがその隙に大地を割り砕くような勢いでバーサーカーが戦斧の斬撃を放ち、セイバーは頭頂部にそれを食らった。
だがセイバーは戦斧を脳天で受けたまま長剣を振るい、バーサーカーの二つ目の頭部を斬り落とす。すぐさまバーサーカーの首が再生し、バーサーカーが吼えた。
アスカとレイは揃って険しい顔をしてその戦いぶりを見守っている。シンジ達もまた両雄の戦いから目を離すことができなかった。
「バーサーカーの再生能力も異常ですが、セイバーの打たれ強さはそれをも超えています。おそらく宝具でなければセイバーに傷一つ付けることは叶わないでしょう」
アサシンの呆れたような言葉にシンジが頷く。
「うん。もしかしたらセイバーは『どんな攻撃を受けても傷付けられることがない』って信仰を背負った英霊なのかも知れない。そんなのアキレウスかもう一人くらい……アスカならきっともう一人の方を選ぶよな」
その間にもセイバーは6個目のバーサーカーの首を斬り落としていた。バーサーカーの首は即座に再生し、セイバーはうんざりしたような表情をする。それまで黙って戦いを見守っていたレイだが、シンジと同じ推論に至ったようである。レイは命令を下した。
「バーサーカー、セイバーの首の後ろを狙いなさい」
セイバーの表情は微動だにしていない。が、アスカは一瞬顔色を変えてしまっていた。アスカは舌打ちしながらセイバーに命じる。
「セイバー、宝具を使って構わないわ」
レイはアスカの慌てようを嘲笑する。
「首の後ろで駄目だったら次はアキレス腱を狙う予定だったけど、手間が省けたわね」
「ここで倒してしまえばいいだけのことよ」
アスカはそう強がった。
セイバーはバーサーカーから距離を置いて後退し、魔力を長剣へと集中させる。セイバーの長剣が太陽の欠片のように輝き、シンジ達は目を覆った。バーサーカーはその輝きに臆することなくセイバーへと突進する。セイバーもまた限界まで力を貯め、それを瞬間的に爆発させた。セイバーの身体が弾丸となってバーサーカーの懐へと飛び込む。それと同時にセイバーは宝具の魔力を解放した。
「WWWWWWWWWーーー!!」
「怒れる神の剣ーー!!」
バーサーカーの咆吼とセイバーの怒号が交差する。セイバーと神剣グラムは光の矢となってバーサーカーの胴を貫いた。バーサーカーの胴には人一人通れるくらいの巨大な風穴が空き、バーサーカーの身体が崩れ落ちる。
セイバーが勝った、バーサーカーは死んだ、全員がそう思った。レイですら一瞬そう信じた。だが戦いはまだ終わっていなかったのだ。
「何っ……!」
バーサーカーの巨体がセイバーに覆い被さった。さすがのセイバーも虚を突かれる。
「WvWYWxwwWvVVxWW……!!」
バーサーカーの身体は泥のように溶けていた。魔力が傷口から流出し、再生が間に合わない。隠し持っていた首や腕がごろごろと転がり落ちている。それでもバーサーカーは戦おうとしていた。わずかに残った魔力を根こそぎ掻き集め、長剣を持った腕の一本に力を込める。溶けたバーサーカーの身体の部品がセイバーを拘束しようとする。
腕がセイバーの右脚を掴んだ。左脚を掴んだ。腹を、胸を、腕を、髪を、首を掴んだ。無数の腕がセイバーの身体に指を食い込ませている。いくつもの首がセイバーの肉に食らい付いている。それでもセイバーの動きを止められるのはほんの数秒に満たない時間だ。だがそれで充分だった、セイバーの弱点を長剣で貫くには。
セイバーはバーサーカーに弱点を貫かれ絶命する、それは既に確定した数秒後の未来のはずだった。だが、飛来した魔力弾がセイバーごとバーサーカーを吹き飛ばした。
「何……!」
爆炎がバーサーカーとセイバーを包み込む。地獄の業火のような炎はバーサーカーの身体を焼き尽くし、やがて炎の中からセイバーが姿を現した。セイバーは少し煤けているだけで特に傷は負っていない。
一同の視線が魔力弾の放った元を追っていた。そこに立っているのは高級スーツを身にした白人の男。そして、巨大な馬に騎乗する黄金の甲冑を身にした一人の騎士。
「な……何だあれは」
「あれがサーヴァントなのですか……?」
シンジとアサシンは身体の震えを抑えることができなかった。バーサーカーの発する瘴気はサーヴァントの中でも規格外だが、黄金の騎士とその騎馬の放つオーラはさらに桁違いだ。
「わたし達サーヴァントは人間とは桁違いの魔力を持っています。ですがあの騎士は、わたし達から見ても桁違いです。異常としか言いようがありません。おそらくあれとわたし達サーヴァントとの差は、サーヴァントと人間との差くらいはあるでしょう」
その途方もなさはシンジにとっては想像の埒外だ。一方アサシンにとってはその異常さを感覚的には一応把握できる。それだけに感じる恐怖もひとしおだった。
「お、お父様……」
アスカが怯えたような声でアレックスを呼ぶ。アレックスはネズミをいたぶるような猫撫で声を出した。
「今の戦いは頂けなかったね、アスカ。バーサーカーごときに後れをとるようでは。ライダーの助けがなければセイバーは倒されていたんだよ?」
「も、申し訳ありません……」
アスカが小さく身を震わせる。
「君達にはまだまだ僕のために戦ってもらう必要があるんだ。こんなところで負けるなんて認めないよ。いいね、僕の可愛いアスカ」
「は、はい……」
アスカは顔を俯かせながら、声を絞り出すようにして返答した。アレックスは満足そうに頷き、そしてその冷たい瞳をレイへと向ける。レイは怯えたように後ずさった。
「碇ゲンドウの人形、綾波レイ。君のサーヴァントと共に仲良くこの世を去るがいいさ」
アレックスの手にしている黒い宝石から魔力が溢れる。それを合図としたかのように、黄金の騎士が騎乗したまま皮ベルトを振りかざし、魔力弾を放った。一撃目は辛うじて直撃を避けるレイ。だがレイの身体は地面に着弾した魔力弾の爆風だけで宙を舞い、コンクリートの大地に叩き付けられていた。
「うう……」
最早身動きできないレイに、ライダーがとどめの魔力弾を放つ。レイめがけて稲妻のように突き進む魔力弾は、だがレイの目前で打ち砕かれる。
「何……」
レイを庇うようにそこに立っていたのはシンジ、そしてアサシンだった。アサシンはいつもは背負ったままの長剣を鞘に入れたまま手に持ち、盾のように前に突き出してそれで魔力弾を受け止めたのである。
唖然としているアレックスにアサシンが襲い掛かる。アサシンの短刀の刃がアレックスのコートを斬った。それより踏み込んだ攻撃ができなかったのは、ライダーがアサシンを魔力弾で攻撃したからだ。アサシンは大地を蹴って団地の2階へと飛び上がり、そのまま身を隠す。そしてアレックス達がアサシンに気を取られている間に、シンジとレイは姿を消していた。
「……! バーサーカーとのアサシンのマスターは?!」
アレックスは悔しげに周囲を見回すが既に影も形もない。そうこうしている間にアサシンもまた気配を絶って既に逃亡していた。
もちろんアスカはシンジの居場所を完全に把握している。だが訊かれもしないのにアレックスにそれを告げることは決してない。彼もまたマスターであるはずのライダーは、言葉を知っているのかどうか疑うくらいにずっと沈黙を守ったままだった。
やがて、アレックスは気を取り直す。
「……ふん、まあいいさ。敗残者と最弱のアサシンとそのマスター、無理をして今倒すまでもない。そうだろう?」
アスカは無言のまま頷いた。アレックスがシンジから関心をなくしたことを何者かに心の底から感謝しながら。
アレックスはアスカ達を連れてその廃団地から立ち去る。後に残されたのは、バーサーカーの墓標となったコンクリートの廃墟だけだった。