「”運命”の子供達 ~7日間の黙示録」2月7日・夜
時は夜。場所は第三新東京市郊外の山中。
シンジとアスカはアサシン達サーヴァント連合を引き連れて、その山中の洞窟に足を踏み込んだ。第三新東京市地下には広大な空洞があり、碇家はその空洞の中心部に聖杯システムの中枢を組み上げたという。シンジ達6人はその地下空洞を目指して洞窟を歩いていく。聖杯を目指して。ライダーを目指して。
細く長い洞窟をひたすら歩き続けて1時間以上が経過した頃、シンジ達はようやく大空洞へと辿り着いた。
洞窟からその広大な空洞へと足を踏み入れ、シンジとアスカは呆然としてその中を見渡した。「広大な空洞」と聞いたシンジは体育館程度の広さを想像していたが、そんな程度ではない。街一つが丸ごと入るほどの巨大な空洞である。その大空洞の中心に柱が立っていた。
いや、柱ではない。頂点が天井の大地とは接していないからそれは塔である。その塔は人間が作ったにしてはあまりに巨大で岩そのままの姿をしていた。その塔は自然に出来たにしてはあまりに細く不自然で、何者かの意志を感じずにはいられなかった。大地を産み出した巨人が戯れに造り残していったもの、そう考えるのが一番自然であるように思えた。
塔の頂点、先端は三つ又の岩が指のように伸びている。そしてその指は紅く妖しく光る魔力の塊を掴んでいた。それはこの地の底を夕陽のように照らし出す、あまりに巨大であまりに妖しい魔力の塊。
「……シンジ」
「あれが碇家の聖杯……」
シンジ達が今いる地点から聖杯までは岩の荒野が続いている。大地には縦横に亀裂が走り起伏があるものの、身を隠せるほどの物陰はない。聖杯の前に陣取っているライダーからは丸見えになるだろうが、堂々と歩いていくしかなかった。
「アサシンのマスター」
そう呼ぶキャスターに一同の視線が集まった。
「この戦いは時間との勝負になる。戦いで我々が全滅したならライダーと聖杯の術式が起動し、唯一神が召還される。だがもし我々がライダーを倒したとしても、聖杯がライダーの魂を回収してやはり唯一神召還の術式が起動する。だから勝機はライダーを倒して召還の術式が起動する前に聖杯を破壊するか、我々が全滅する前に聖杯を破壊するか、しかない。いずれにしてもわずかな時間の隙を突くことになる」
シンジとアスカは無言で頷く。キャスターが説明を続けた。
「だから先に言っておく。我々の誰が斃れようと振り返るな、構わず前に進め」
「そんなの……!」
シンジは反射的に叫びそうになっていた。だがキャスターの伸ばした手がシンジの声を押し留める。キャスターは静かに首を横に振った。
「ライダーはあまりに強大だ、犠牲なしであれに勝とう等と考えるべきではない。我々がここで斃れたところでそれは単に『英霊の座』に還るだけのこと。感傷に浸って勝機を逃すなど認められん」
「キャスターの言う通りです、シンジ。シンジは聖杯の元へと辿り着くことだけを考えるべきです」
アサシンがキャスターに同調してシンジに説く。だがシンジの感情はまだそれを納得していない。今度はセイバーが言葉を重ねた。
「戦闘に関しては私達の指示に従ってもらいたい。従えないならここに止まっていてくれ。ただでさえ強敵なのに足手まといがいては満足に戦えない」
「ただ見ているだけなんて御免被るわ。これはあたし達の戦いなんだから」
アスカが頬を膨らませてそう宣言する。すかさずカヲルが言葉を継いだ。
「なら勝つために最善を尽くしてほしい。振り返らず、ただ前に進む。それが君達にできる最善なんだ」
シンジは目を閉じ、少しの間黙考する。再びシンジが目を見開いた時、そこには迷いの色はなかった。
「……判った。僕達はただ前へと進む」
シンジが固い決意に満ちた瞳で一同を見回す。アスカも含めた一同が無言で頷いた。
「行こう」
シンジが足を踏み出す。アスカがシンジに寄り添い歩いた。キャスターとカヲルがシンジ達の前を、アサシンがシンジの横を、セイバーがアスカの横を歩く。4人のサーヴァントはシンジ達を囲む台形を描いて前へと進んだ。
一歩歩くごとに岩の塔が近付いてくる。しばらく歩いて、シンジは岩の塔の根元に黒い何者かが存在していることに気付いた。初めは黒い影にしか見えなかったその者の姿が、やがて明らかになっていく。巨大な黒い騎馬と、それに騎乗する黒い甲冑の天使。
シンジは小さく身震いした。すくんで立ち止まりそうになる足を、岩の地面に叩き付けるようにして歩いていく。アスカの腕がシンジの腕に触れ、アスカの手がシンジの手を掴んだ。シンジがアスカの横顔を盗み見ると、アスカも顔を青ざめさせ冷や汗を流している。シンジはアスカの手を強く握る。アスカもまたシンジの手を強く握り返した。
そして、シンジ達が岩の塔の間近へと辿り着く。ライダーはもう目の前と言っても良かった。その時ライダーが、黒い騎馬が動く。それが最後の戦いの幕開けだった。
賢者の石を手にしているキャスターが石の魔力を解放する。キャスターの全身が燃え上がるような高濃度の魔力に包まれた。その間にセイバーとカヲルが左右からライダーを挟み込み、
「怒れる神の剣!」
「巨人撃つ神の礫!」
宝具を叩き付けた。だがライダーには傷一つ付いてない。充分な量の魔力を込めずに放った宝具であるため、セイバー達にできたのは一瞬の足止めだけである。ライダーが手にしている天秤を高々とかざす。その途端、周囲の魔力が天秤へと吸い込まれていく。
「これは……!」
「飢饉の天使の力か……!」
まるで湖の底に穴が空いたようだ。天秤という穴に魔力という水が流れ込んでいる。シンジとアスカは魔力を奪われ、立っていることもできなくなりその場に這いつくばった。アサシン達も膝を屈している。
ただ一人立っているのは賢者の石から魔力の供給を受けているキャスターだけだ。キャスターはただ立っているだけではない、無尽蔵の魔力と充分な時間を費やして言霊を練っているのだ。キャスターは魔力の奔流の中で涼やかに剣を構え、その切っ先をライダーに突き付けた。そして、キャスターの神託が下される。
「聞け、ライダー! この剣が貴様の天秤を打ち砕く!」
キャスターが剣を振りかぶり、投擲する。剣は光の矢となってライダーの持つ天秤に突き刺さり、これを硝子のように粉々に砕いた。天使は自分の武器に何が起こったかを理解できてないようである。手にしている天秤の残骸とキャスターとをゆっくりと見比べている。
キャスターは賢者の石をカヲルへと投げ渡した。
「私が時間を稼ぐ、その間に魔力を回復させろ!」
キャスターは無手のままライダーへと突進、ライダーの懐へと飛び込む。地面に落ちていた自分の剣を拾い上げ、そのまま黒い騎馬を下から上へと斬り払った。鋼を叩いたような異音が響き、キャスターはたたらを踏む。
「……! この化け物!」
キャスターが剣を振るい、黒い騎馬を斬った。薙いだ。払った。突いた。だがその全てを黒い騎馬は跳ね返す。まるで木刀で石柱に斬り掛かっているようなものである。キャスターの顔に焦りと汗が浮かぶ。
「キャスター、ライダーから離れてくれ」
魔力を回復させたカヲルが皮ベルトを頭上に掲げる。だがキャスターは、
「まだ駄目だ、来るな。第1の封印の時と同じように、セイバーと二人で連続攻撃をしろ。それまで私が一人で時間を稼ぐ」
カヲルは迷ったように後ろを振り返った。セイバーとアサシンは必要最低限の魔力を回復させている。今はシンジとアスカが魔力回復を図っているところだった。
その間にもキャスターはライダーへと斬り掛かる。だがライダーに身じろぎ一つさせることができていない。ライダーがキャスターに向かって掌を突き出した。キャスターは勘だけで横へと避ける。弾丸のようなものがキャスターの頬をかすめて飛び去っていく。頬には一直線に黒い痣ができた。キャスターは舌打ちする。
「ただの魔力弾ではない、ほとんど実体化するほど高濃度の飢餓の呪いを撃ち出したものか。だが……」
キャスターは後ろに飛んで呪いの弾丸を避け、剣を構えた。
「貴様の呪いが私を貫くことはない!」
キャスターがライダーの懐に飛び込み、剣を振るう。呪いの弾丸を避け、あるいは剣で打ち払い、黒い騎馬を剣で突く。剣は巨岩を打ったかのように跳ね返された。ライダーが呪いの弾丸を連射し、そのうちの1弾がキャスターの左腕を貫いた。キャスターは唇を噛み締める。
「ライダー、貴様の呪いが私を貫くことはない!」
キャスターは再びライダーへと斬り掛かった。
キャスターの宝具「呪われた神託」は確かにライダーにも作用している。だがその効果はあまりに短く、弱かった。キャスターは繰り返し「貴様の呪いが私を貫くことはない」と神託を使っている。にもかかわらず、ライダーの攻撃は何度となくキャスターに着弾していた。呪いの弾丸はキャスターの身体を少しずつ削っているかのようである。キャスターの身体で無傷な場所は一箇所もなく、キャスターの身体で思い通りに動く部分は一つもなかった。
「キャスター、待たせたな」
「さあ、今度こそ下がってくれ」
セイバーとカヲルがライダーの前へと進み出る。両者が手にしている宝具には魔力が限界を超えて注ぎ込まれており、今にも決壊しそうになっていた。キャスターは傷まみれのまま壮絶な笑みを見せる。
「いや、まだだ。私が突破口を作る」
キャスターは全身にわずかに残る魔力を残らず剣へと集中させた。キャスターの剣が淡い光を放っている。キャスターが大地を蹴り、宙を駆ける。巨大な黒い騎馬の頭上を越え、キャスターの身体が、キャスターの剣が天使の眉間を狙った。天使は掌を広げ、呪いの弾丸を放つ。
「聞け! この剣が貴様の防御に穴を穿つ!」
キャスターの剣が天使の仮面に、仮面の眉間へとわずかに突き刺さる。それとほぼ同時にキャスターの全身は無数の呪いの弾丸により撃ち抜かれた。キャスターの身体が襤褸布のようになって宙を漂う。
「キャスター!」
キャスターの身体は大地に触れる前に、全ての魔力を失い霞か霧のように消えてしまっていた。キャスターが残していったのは、ライダーの仮面のごく小さな亀裂だけ。だがそれで充分だった。
「神よ、人の力を知るがいい!」
「あるべき場所に還れ!」
セイバーが紅蓮の炎と化して燃え上がる。カヲルが黄金の焔となって灼熱した。二人の魔力の全てが今、ライダーを打ち砕くべく放たれる。
「怒れる神の剣ー!!」
「巨人撃つ神の礫ー!!」
セイバーもカヲルも、寸分の狂いもなくライダーの眉間の亀裂めがけて宝具を撃っていた。吹き荒ぶ爆風と、大地を揺るがす轟音。シンジはアスカに覆い被さり、アスカを爆風から守ろうとする。無数の石ころが礫となってシンジの身体を打つが、シンジはそれに耐えた。爆風が収まり、シンジが顔を上げるとそこにはまだ第3の封印がいた。だがもう滅びる寸前である。
第3の封印、飢饉の天使の身体は頭部から真っ二つに、Yの字になって裂けていた。鳩尾の付近でようやく身体が再び一つになっている。だが身体の亀裂はますます深くなっている。その身体が完全に二つに分かれるのは時間の問題だった。
「今のうちだ!」
シンジ達が飛び出す。魔力が底を付いてひざまづいているカヲルを、シンジが背負い上げる。
「どうするつもりだい?」
「時間が惜しいから僕達が君達を運ぶ」
その間にアスカはセイバーを霊体にしていた。アサシンとアスカと、カヲルを背負ったシンジが走り出す。ライダーの身体の横を駆け抜け、聖杯システム中枢、岩の塔目指して走っていく。シンジ達が岩の塔に辿り着く頃には、第3の封印は完全に滅び去っていた。だがそれは第4の封印の登場を意味している。
「そこに階段がある!」
岩の塔の外壁には螺旋を描く階段が備え付けられていた。いや、それは階段というより岩が階段状に削れているだけのものだった。シンジ達はその段差もバラバラで今にも崩れそうな階段を全速力で駆け上がっていく。それを追って、巨大な青白い騎馬とそれに騎乗する死の天使が滑るように移動している。死の天使は黒い霧を身体の周囲にまといながら、未だ塔の中腹にいるシンジ達に迫ろうとしていた。
現界したセイバーが忌々しげに迫り来る巨大な青い騎馬を見つめている。カヲルもセイバーもシンジ達に運ばれている間に魔力の補給を完了していた。だが、
「足場が悪い、狭すぎだ。ここでは全力で戦えん」
「頂上なら少しは開けているでしょう。ともかく一刻も早く頂上へ」
アサシンに促され、一同は階段を疾走する。だが死の天使は既に至近にいた。宙を駆ける青ざめた馬がその馬蹄でシンジの頭を踏み躙ろうとしている。
「シンジ君!」
カヲルがシンジに覆い被さり、青ざめた馬からシンジを守ろうとした。馬上の死の天使は身体の周囲の黒い霧を腕のように延ばし、シンジの身体に触れようとする。カヲルが左腕を伸ばしそれを阻んだ。黒い霧がカヲルの腕を掴む。黒い霧が引き戻された時、カヲルの左腕は肘から先がなくなっていた。
「ダビデ!」
シンジ達が目を見開く。カヲルは失われた左腕を右手で押さえた。カヲルは苦痛を堪えながらも無理に笑ってみせる。
「第4の封印に乗っている者の名は『死』と言い、それに黄泉が従っているという。どうやらこれが死と黄泉の力のようだね」
カヲルの左腕は未だ死に浸食され続けていた。左腕の肘の部分が、砂で出来た彫像のように少しずつ崩れ、失われていく。左腕の崩壊が止まらない。
カヲルはその場に止まり、死の天使に向き直った。頭上に掲げた皮ベルトに魔力を集中させる。
「シンジ君、先に進んでくれ。僕はここで時間稼ぎをする」
シンジは思わず足を止めていた。折れそうな程に歯を噛み締める。だがそれも一瞬のことだ。
「……判った。先に行ってる」
「ああ、僕も後から行く」
カヲルは透明な笑みを見せた。シンジはそれを振り払うように走り出す。背中でシンジが遠ざかる気配を確認していたカヲルは、青ざめた馬と死の天使に視線を移す。
「さあ、しばらく付き合ってもらおうか」
青ざめた馬は一旦塔から離れ、空中を旋回した。距離を置いたのは充分に加速するためだ。青ざめた馬は蒼い稲妻となって一直線に宙を翔る。蒼い稲妻は塔の中腹、カヲルのいる場所に堕ちようとしていた。皮ベルトに全魔力を込めたカヲルがそれを迎え撃つ。死の天使が怪鳥の叫びのような高周波音を放つ。あるいはそれは死の天使の歓喜の叫びだったのかも知れない。カヲルもまた必殺の意志を込め、喉をも裂けよとばかりに宝具の真名を解放する。
「巨人打つ神の礫ー!!」
死の天使の叫びとカヲルの声が響き、続いて轟音が全てを覆い尽くした。巨大な青ざめた騎馬が塔の中腹に激突し、岩の塔が大きく揺らぐ。
「くっ……!」
シンジ達はまともに立っていることも叶わなかった。階段に這って転がり落ちるのを免れようとするので精一杯だ。やがて揺れが収まり、シンジ達は再び立ち上がる。最早シンジは何も言わなかった。聖杯を目指し、振り返ることなくただ前へと進む。アスカが、アサシンが、セイバーがそれに続いた。塔の頂上はもう目前だ。
そのシンジ達に、青ざめた馬が迫ろうとしていた。青ざめた馬は塔の周囲を旋回しながら上昇し、シンジ達に接近している。セイバーは手にしていた賢者の石をアサシンへと投げ渡した。
「アサシン、先に戻っている」
「ええ。わたしもすぐに還ります」
セイバーはそのまま岩の階段を蹴って、宙を舞った。
「セイバー!」
そう叫んで腕を伸ばすアスカを、シンジが引き留める。シンジはアスカの手を引いて階段を駆け上がった。
セイバーの身体が優雅な曲線を描いて宙を舞い、何者かに導かれたかのように青ざめた馬の鞍の上に飛び込んだ。セイバーの神剣グラムが死の天使の喉元に狙いを定めている。
「怒れる神の剣ー!!」
空中に巨大な火柱が生まれた。セイバーの宝具が持てる全魔力を吐き出し、死の天使はそれを受け止める。それはまるでこの地の底に生まれた太陽のような輝き。地獄の業火を一身に受けた死の天使は、それでもなお堕ちることがなかった。
「着いた!」
シンジ達はようやく岩の塔の頂上に辿り着いた。今シンジとアスカの目の前には、3本の指のような岩に掴まれた巨大な魔力の塊が存在している。それこそが碇家の聖杯、そのものであった。
アサシンが背中の長剣を抜き、構える。だが背後には青ざめた馬が迫っていた。馬上の死の天使の喉には神剣グラムが突き刺さったままになっている。死の天使は苦痛に呻くように高周波音を発し続けていた。
鼓膜が破れそうな高音を発しながら、死の天使が黒い霧を放射する。黒い霧は槍のような形状になって真っ直ぐにシンジ達を狙っている。だがそれは、
「やらせませんっ!!」
アサシンの長剣によって薙ぎ払われた。黒い瘴気の槍が長剣の眩しい煌めきより霧散していく。あらゆる攻撃を薙ぎ払い、持ち主に絶対の加護を与える神剣。日本最強の宝具の力が、今解放されようとしていた。
「草薙の……!」
アサシンが長剣を振りかぶる。殺気を込めたアサシンの眼差しが死の天使に、死の天使の喉元に狙いを定めている。そしてアサシンが全身全霊を込めて、
「……剣ー!!」
草薙の剣を振り下ろす。撃ち放たれた魔力はグラムとともに死の天使の喉を貫き、巨大な風穴を開けた。死の天使の頭部が転がり落ち、断たれた首元からは黒い瘴気が吹き出している。死の天使の身体と青白い騎馬は自らの瘴気により朽ち果てようとしていた。
「アサシン!」
シンジとアスカがアサシンへと駆け寄る。だがアサシンの身体は既に光の粒子となりつつあった。アサシンの身体の向こう側が透けて見えている。
「シンジ……」
膝を付いていたアサシンが立ち上がった。シンジの方に向き直り、草薙の剣をシンジへと差し出す。シンジは戸惑いながらもそれを受け取る。
「賢者の石の魔力があればシンジ達でもこれを使えます。時間がありません、シンジ達の手で決着を」
シンジは長剣を握り締め、力強く頷いた。
シンジとアスカは4本の手により草薙の剣と賢者の石を同時に保持する。アスカが賢者の石を発動させ、その魔力をシンジが草薙の剣へと流し込む。草薙の剣は日輪を照り返す湖のように輝いた。
シンジとアスカが互いの瞳を見つめ合い、頷き合う。二人の心が今一つとなり、宝具の真名を、魔力を解き放った。
「「草薙の剣ー!!」」
放たれた輝きが、魔力が聖杯を撃ち抜く。囚われていた魔力が壊れた聖杯から奔流となって溢れ出た。シンジとアスカはそれに飲み込まれないよう必死に岩場に縋り付く。シンジがアサシンの方へと視線を向けると、アサシンは笑顔を残してその姿を消していた。
「……!」
アサシンの身体が消え、その代わりのように輝く珠が宙を漂っている。壊れた聖杯から同じような光の珠が7つ現れた。その光の珠は燕のような身軽さで宙を舞い、アサシンの光の珠と合流する。光の珠はシンジとアスカの周囲を旋回する。
「これは……」
「多分アサシンやセイバーだよ。聖杯に囚われていた英霊達が『座』へと還っていくんだ」
シンジは両手で光の珠の一つを包み込み、愛おしげにそれへと語り掛けた。
「……ありがとう、アサシン。ありがとう、セイバー。ありがとう、みんな。みんながいてくれたから戦えたんだ」
シンジの腕にアスカが寄り添い、横から手の中の光の珠を覗き込む。
「ありがとう、セイバー。ありがとう、みんな。みんなのこと、忘れない。絶対忘れない」
光の珠はシンジ達の周囲を数周し、それから天へと昇っていく。大地から天へと落ちる流星のような速度で、光の珠は大空洞の天井を突き抜け消えていった。
聖杯から溢れ出た魔力は光の粒子となって、大空洞を覆い尽くす。シンジとアスカはその光の渦の中で、その光の湖を見つめながらいつまでも寄り添い続けていた。
12月25日・夜
数時間前まで修羅場の直中にあった碇邸は、今は穏やかな夜の闇の中にいる。
「ふっ、結婚した途端におばあさんになるとはね……」
リツコは縁側で煙草を吹かしながらやさぐれていた。その隣ではレイが同じく、
「ふっ、この歳でおばさん……」
と荒みながらカルピスを自棄飲みしていた。ゲンドウは二人をいたずらに刺激しないよう新聞を読む振りをしている。
障子の向こう側では、血の繋がらない3人の親子が暖かなひとときを過ごしているはずだった。
「……眠ってる?」
「うん、今寝たところ」
つい先程産み落とされた赤ん坊がアスカの腕の中にいた。シンジは赤ん坊の顔を覗き込む。アスカはそんなシンジの横顔を見つめていた。
「……何でそんなしかめっ面してんのよ」
アスカの指摘に、え、と沈黙するシンジ。シンジはしばらくして口を開いた。
「この子、この先どうなるかな、と思ってね」
「決まっているじゃない、世界に君臨する王者になるのよ。この子は惣流アスカの子供なんだから」
アスカが胸を張ってそう答える。シンジは苦笑した。
「まあ、王者になんかならなくても、普通で構わないから幸せになってくれれば……」
アスカは包み込むような柔らかな笑みを赤ん坊へと向ける。
「少なくとも、親に利用されて振り回されるような人生だけは送らせないわ、絶対に」
アスカの言葉に、シンジは無言で頷いた。
赤ん坊がまだ見えぬ瞳を開き、何かを掴もうとするかのように腕を伸ばす。その子供がその目で何を見るのか、その手で何を掴むのかはまだ誰にも判らないことだった。その子はまだ何者でもなく、その子の"運命”はまだ何も定まっていないのだから。
(完)