「”運命”の子供達 ~7日間の黙示録」2月6日・夜
夜、碇邸の居間は人で溢れそうになっていた。まずシンジ・レイ・ゲンドウ・リツコ・アスカ、そしてそのサーヴァントのアサシン・セイバー・キャスターが現界。さらにダビデこと渚カヲル、その上加持・ミサトの両名も加わっている。
シンジが普通の夕食を用意したのだが、加持やゲンドウが酒を持ち出し、夕食の席はすっかり宴会と化してしまっていた。シンジは酒の肴を用意するのに忙しい。アスカとレイがそれを手伝っていた。
炬燵ではゲンドウと加持が、ミサトとリツコが酒を酌み交わし合っている。
「……結局この先どうするわけ?」
「今夜はゆっくり休んで、決戦は明日。シンジ君と惣流アスカがサーヴァント達、それにダビデを引き連れて聖杯の元へと行く。ライダーは聖杯を守るためにそこにいる。ライダーを倒すか出し抜くかして、聖杯を破壊する。それで唯一神降臨は阻止できるわ」
ミサトは缶ビールを水のように飲んでいる。リツコは煙草を美味そうに吹かしていた。
「あの子達が一緒に行く必要はないんじゃない? 危険なだけよ」
「わたしもそう思うけど、あの子達なりのけじめなんでしょう。サーヴァント達にライダーに戦いを挑ませるのは、極端なことを言えばあの子達だけの都合なんだから」
リツコの説明にミサトは納得する。
「なるほどね。自分達のために戦ってもらうのに、安全なところに隠れている気にはなれない、か」
「そういうこと。わたしはそこまで付き合えないから、安全なところに隠れさせてもらうわ」
まあそれでもいいでしょうけど、とミサトはビールで喉を潤す。
「……彼等で勝てるの? あのライダーに」
リツコは沈黙する。リツコ達の視線が、炬燵から離れたところで車座になっているサーヴァント達へと注がれた。
アサシンは冷やの日本酒を舐めるように味わっている。着ているのはいつものように、白いブラウスシャツと藍色のジーンズである。
「……これだけの面子が揃えば、あのライダーに勝つのも不可能ではないかも知れません」
「それは楽観が過ぎるのではないか? アサシン」
黒い細身のジーンズと黒いノースリーブシャツというパンクロッカーみたいな姿のセイバーが、ウィスキーのロックが入ったグラスを軽く揺らす。氷とグラスとが鈴のように涼しげな音を立てた。
「何をもって勝利とするかにもよるだろう。いずれにしても我らの生還は期し難いのは違いない」
キャスターは缶ビールで喉を潤しながら他人事のようにそう言った。キャスターの服装は白いジャケットとそれに合わせた白いパンツ。それにいつもの包帯ではなく大きめの黒いサングラスで目を隠している。
「僕達の最終目的が聖杯の破壊なら、君達の受肉化は叶えられないだろうね。もっともライダーを突破して生きて聖杯の前に立つのも至難だろうけど」
カヲルは缶酎ハイを飲んでいる。身にしている白いカッターシャツの胸元を大きく開けて、黒いスラックスを履いていた。
「それだけがわたし達の最終目的ではありません。シンジとセイバーのマスター、二人を最後まで守ってこそわたし達の勝利です」
「確かに」
アサシンの言葉にセイバーが力強く頷いた。カヲルがわずかに皮肉を交えつつキャスターに問う。
「君のマスターは決戦には赴かないのかな?」
キャスターは真面目に答えた。
「私のマスターは必要のないことはせん。アサシンとセイバーのマスターにしても、わざわざ同行する必要はないのだ。はっきり言えば邪魔になるだけなのではないのか?」
アサシンとセイバーはそろって肩をすくめた。
「彼らもこの戦いを生き残ってきたのです。邪魔になることはないでしょう」
「まあ、貴様のマスターくらいに割り切ってくれた方が何かとありがたいかも知れんがな」
キャスターは笑いを漏らす。
「貴様らがマスターに恵まれていないようには到底見えはせんよ」
その言葉に、アサシン達も穏やかな笑みを漏らしていた。
台所では酒の肴も作り終えたシンジ達3人が、食器を洗ったりしている。そこにリツコが現れ「アスカ」と手招きをする。アスカは怪訝な表情をしながらもリツコの元へと寄っていった。
「何よ?」
「ちょっと耳寄りな話があるの」
リツコの表情は何か悪戯を仕掛けようとしているかのようだった。「何なのよ」と話を急かすアスカの袖を掴み、廊下の片隅へと引っ張っていくリツコ。シンジとレイはそれを不思議そうに見送った。
リツコとアスカの話し声は聞こえない。だが、時折アスカが呻き声を出したり罵声を発したりしているのが漏れ聞こえてくる。シンジは首を傾げながらも洗い物を続けていた。それから数分後、台所にアスカが戻ってくる。
アスカはトマトのように真っ赤になりながら「うー、うー、うー」とサイレンのように唸り続けていた。
「アスカ、何の話だったの?」
「うるさい、バカシンジ!」
アスカは八つ当たり気味にシンジの尻に蹴りを入れる。
「ここはあたしが片付けておくからあんたは風呂に入って早く寝なさいっ!」
「何だよ、一体」
シンジはそう抗弁するがアスカは聞く耳を持たなかった。シンジを蹴り出すようにして台所から追い出すアスカ。
「いいから! 明日は決戦なんだからゆっくり休むのよっ!」
台所から叩き出されたシンジは首を捻りながらも、アスカの命令に従って風呂に入る。ゆっくり風呂に入り、風呂上がりに台所に行ってみるがアスカの姿はそこにはなかった。洗い物も片付け終わっていたので、居間のゲンドウ達に一声掛けて寝ることにする。
「それじゃ先に休みます……」
「ええ。しっかりね」
「優しくしてあげないと駄目よん」
意味不明な挨拶を受けながら、シンジは自室へと戻る。冷たい布団に潜り込んだシンジは、大した時間も掛からず眠りへと落ちていった。
……が、その眠りは数十分後には覚まされる。頬に痛みを感じたシンジが目を開けると、そこにいたのは頬を膨らませたアスカだった。
「何寝てるのよ、バカシンジ」
「早く寝ろって言ったのはアスカじゃないか」
身を起こしたシンジは、アスカの姿を目の当たりにして心臓を弾ませた。アスカが身にしてるのはシンジの白いカッターシャツだけだったのだ。カッターシャツと同じくらい白いアスカの太腿がシンジの目に眩しく映る。シンジは赤面しながらアスカから目を逸らした。
「アスカ、なんて格好してるんだよ。風邪引くよ」
アスカは両手でシンジの顔を掴み、力任せに自らの方へと向ける。シンジの首が奇妙な音を鳴らした。
「あんたが暖めてくれればいいのよ」
「何を……」
アスカの真剣な瞳がシンジの瞳を射抜く。アスカの頬が赤い。アスカの身体が小さく震えている。それでもアスカはシンジの目から自分を隠そうとしない。シンジのそばから離れようとしなかった。
「アスカ、どうして」
「……キャスターのマスターに提案されたのよ。唯一神召還の条件の一つを無効にする方法があるって。全部の条件を無効にするわけじゃないから単なる気休めだけど、やらないよりはマシだろう、って」
アスカは消え入りそうな声でシンジに告げる。シンジはアスカの言葉に耳を傾けた。
「……聖母マリアって救世主を処女懐妊したじゃない。だからあたしがバージンじゃなくなれば、召還の条件が一つ失われるのよ」
シンジはアスカのしようとしていることを理解する。シンジはしばらくの間、目が眩むような惑乱を覚えた。2分ほどの時間を経て、シンジは何度も唾を飲み込みつつ諭すようにアスカに言う。
「でも、そんな理由でアスカを抱くなんて僕は嫌だ」
その反対理由を予期していたアスカは即座に反論する。
「あんた、好きでもない女が妊娠した子供の父親になろうとしたの?」
「まさか。そんなわけないよ」
シンジは強く首を横に振る。
「あたしだって同じよ。あんただから抱かれに来たのよ。それじゃ駄目なの?」
アスカの瞳が強い意志の光を放ち、シンジの瞳を貫いた。ここで「駄目だ」なんて言おうものなら殺してやると言わんばかりである。シンジはちょっと怖じ気づきながらも、おそるおそるアスカに問う。
「……あの、僕でいいの?」
「ちょっと違うわね。あんたじゃなきゃ嫌なの」
シンジの伸ばした指先がアスカの肩に触れる。アスカは電流を流されたように小さく身を震わせた。
「……あの、アスカ」
「うん」
アスカの声は本当に小さかった。その声と同じくらい小さくアスカは身体を縮こませようとしている。
「あの、その前に」
……やけに厳重な防音の結界を二人掛かりで何重にも展開したシンジとアスカが、その夜をどう過ごしたかは本人達しか知るはずがないことだった。