懐かしいな第68話
「喰らい合う?
バカが・・・。」
「そう?
上から見てたけど、娘さんも人を食べてたよね?」
そう目の前の男はバサリと白い羽を震わせて、俺に問いかけてくる。
「あぁ、喰らう。
だが、此処に来た目的は連れて帰る事であって喰らう事ではない。
返してもらうぞ・・・、何もかも!」
そう言うと、男は笑顔を浮かべたまま両手を開き、
「ふふ・・・、そのどす黒い感情は気持ちいいね、まるで昔いた戦場を思い出すよ。
でもね・・・。」
そう呟きながら、1歩前へでながら口を開く。
「終わった事はもう、元には戻らないんだよ?」
その一言にカチンと来る。
そして、自身の頭を抱えたくなる。
男のいう言葉は分かりきっている・・・。
それこそ、今の俺がその言葉を体現するかのように。
しかし、それでもなお!
「その終わりの先は歩めるのだよ、今の私のように。」
男はその背にある羽で低く滑空しながら、光の矢を乱発するように打って来る。
その矢を中る物だけ拳で叩き落とし、自身も無詠唱で氷の矢を放ちながら、1歩目から最速で前に出る。
「先ね・・・、娘さんは何処まで行く気なの?」
「何処までも・・・、何処までも・・・。」
飛んできた男が魔力をこめた拳を、俺めがけて振るおうとした瞬間、
全身をコオモリに変え、後ろに回りこんでその背中に蹴りを放つ。
しかし、その蹴りは男の羽によって遮られ、反転した男が俺めがけて、
「プラ・クテ・ビギナル 光よ澱みを払いて 照らし出せ 魔打ち据える光杖。」
そう、魔法を詠唱し巨大な光の弾を打ちつけてくる。
闇に生きる俺にとって、光は毒でしかない、だが、この程度では止まる気にもならない。
放たれた光の弾を手で受け止め、そのまま魔力で一気に握りつぶす。
そして、そのまま伸ばした手から無詠唱で闇の矢を30ほど放つと、
男はそれを羽で払いながら距離を取り、
「エメト・メト・メメント・モリ 来れ 深淵の闇 燃え盛る大剣!!」
そう、闇の魔法を詠唱しながら此処に来る前日を振り返る。
あの日ベットから起きた俺は、「泣く事んて何処にも無い」と、ノーラに言い強くなろうとした。
そして、あの日ついに俺は俺と出会えた。
辺りは耳が痛くなるほどに静かで、星の光さえ翳ったような夜。
暗い部屋で1人、やる事は既に決まっていた。
闇の魔法は研究し続け、必要な情報も集まりそして、自身の体の異変の事も調べつくした。
だからこそやる事は非常にシンプルだった。
「エメト・メト・メメント・モリ 夢の精女王メイヴよ ムーサ達の母ムネーモシュネーよ
扉を開けて 我が元へ我をいざなへ。」
そう、目をつぶって詠唱を行い次に目を開けた時に移りこんで来た物は、中世に在るはずもない無い自動販売機。
これが出てきたと言う事は、魔法はつつがなく発動したという事だろう。
そう思いながら、自動販売機の横に腰をかけると、何処からともなくふっと懐かしい香りが漂ってくる。
香りに釣られて、その方をみると、そこに居たのは真っ黒なシルエットの咥えタバコをした、
「久しいな、俺。」
「あぁ、久しいな、私。」
そう、かつての俺だったモノに声をかける。
懐かしさは、不思議な事に無い、ただあるのは何処とない恐怖。
しかし、かつての俺はそんな事知るかと言わんばかりに、
「わざわざ自分の残りカスを尋ねて来るなんて、よっぽど暇で行き着いた先でもまた自殺志願か、私?」
そう、悪態をつきながら、かつての俺は俺の前に立つ。
しかし、自動販売機の近くにいるはずが、不思議と顔は見えない。
「お前が忘れてるからだ、私。」
「え?」
そう声を返すと、1本目のタバコを吸い終わったのか、2本目のタバコに火をつけながら、
「顔が見えないのが不思議なんだろ、その答えだ。
名前もなく、顔も覚えていない・・・、それ以外に私が記録してるのは、コレの匂いぐらいだろ?」
そう言って、タバコの煙をフゥーっと上空に吐き出す。
「あぁ、そうだな、俺。
私になる前の俺の顔や容姿なんて事、私は何1つ覚えてない。」
そう言うと、俺は喉を低く鳴らしながら苦笑し、
「まぁ、仕方ないさ、私。
私が俺だった頃に覚えてるのは、途方も無い虚無感やら諦めだからな。
下手したら、タバコを吸い出した理由さえ忘れているかも知らん。」
そう指摘されて、確かにその理由を忘却している自身にゾクリと身震いする。
自身より自身を知る前身、それと出会うと言う事は、自我の恐怖に他ならない。
でも、だからこそ、
「理由はなんだったかな。」
自身の深い部分を知らなければならない、今の状況にはうってつけだ。
「百害あって一利なし、喫煙者は気の長い自殺志願者だ。
臆病な俺は、自殺できないからこの気の長い方法を取った。」
そう、相変わらずタバコをスパスパ吸いながら言葉を投げてくる。
「そういう理由だったか、なら今は関係ないな。」
そう言葉を投げ返すと、俺だったモノは首をすくめながら、
「確かに、関係ないな。
で、こんな殺人現場に何の用だ、暇人?」
そう、声をかけたかつての俺の前に立って顔の位置を見上げながら、
「残念な事に、私は暇ではない。
・・・、闇の魔法の完成・・・、大陰道を会得しに来た。」
そう言うと、かつての俺は何処か渋い声で、
「俺と会って《アニマとの邂逅》をなして、自分自身の内において迷う事をなくし、
死んだ自身と会う事で、此処から立ち去る事=死から生への復帰を図式化することにしたわけか・・・。」
そう言うと、かつての俺は吸っていたタバコを地面に棄てて足でもみ消しながら、次のタバコに火をつける。
「その通り、敵弾吸収の法を考えて、そして行き着いた先がこの場所だ。
俺が死に私の帰るこの場所が、陣を敷くなら最適だと考えた。
だから、私はここにきた。」
「精神・・・、いや魂の方がいいのか?
それに魔法陣を刻印するなんて正気の沙汰じゃないな。
・・・、何があった?」
そう聞かれた、逆にキョトンとする。
何故、俺であるはずのコイツがあの事を知らない?
「どうして、私の悲しみを知らない?
私が俺であるならば、俺は私の悲しみを知らないわけが無い。」
そう言うと、俺だったモノは首を振りながら、
「此処までが俺で、此処からが私だからさ。
私は酷は勘違いしているみたいだが、俺の記憶はここまでで、記録も此処まで。
そこから先は、新しい私の記憶と記録であって、もう俺のじゃない。
考えてみろ、ここは俺の墓所なんだぞ、残念な事に死体は視ないし記憶しない。
そして、此処に墓参りできるのは此処を知る私だけ。」
そういわれて、何処かすとんと心に落ちた。
確かに、昔の俺が今の私である俺の出来事を知る訳が無い。
だからこそ、死者である俺は此処にいるし、今の俺が始まりと終わりの地である此処に来る事もできる。
「なら、ここで陣を書くのは無意味か?」
そう言うと、かつての俺は首を振りながら、
「いや、意味はある。
私と俺は繋がっているから意味はある。
ただ、書く対象が地面とかじゃなくて・・・、俺の体だ。
この空間も私の物だが、すぐにブレて消えていく、それに引き換え俺はブレない。」
そう言うと、かつての俺はポーンと後ろに跳び、俺の方を見ながら、
「だが、おいそれと彫られてやる義理も無い。」
そう言いながら、すっと合気道の構えを取る。
「いいのか俺、私は昔の俺とは違うぞ?」
そう言うと、かつての俺は相変わらず咥えタバコのまま、
「魔法使ってもいいが、俺を粉砕したら書く所がいないだろ?
それに、真祖の力で殴ってみろ、臆病な俺の精神は耐えられないぞ?」
チッ、自身の前身ながら性悪な。
だが、それならそれで俺が忘れている俺の分まで全て取り替えさせてもらおうか。
そう思い、自身も構えを取りかつての俺に掌手で殴りかかる。
突き出した左の掌手は、今俺なんかより背の高いかつての俺の鳩尾に入るはずだったが、
しかし、かつての俺は今の俺より姿勢を低くして懐に入り込み、そのまま突き出した手をぱしりと左手でつかまれ、
そのまま引っ張られ、速度を増した状態でかつての俺が繰り出した右肘が、今の俺の鳩尾にドンッと深々と突き刺さり、
そして、左手を放しながら、右手で頭をつかまれ一気に相手の膝に額を叩きつけられる。
「おいおい、こりゃマジかよ、私。
何ぼなんでも忘れすぎだろ。」
そう、かつての俺はタバコをふかしながら言葉を落としてくる。
しかし、俺はそれどころではない。
鳩尾に入った一撃で内蔵がやられ、膝に叩き付けられたせいで額が割れる。
「本来なら、俺より私の方が数段有利なはずなんだが・・・、
仕方ねぇな、ちったぁおも出ださせてやるか・・・。」
その後どれほど殴られたか・・・。
だが、おかげで思い出した事も多い。
「闇と影と憎悪と破壊 復讐の大焔!!
我を焼け 彼を焼け そはただ焼き尽くす者!!」
「それはちょっと危なそうだから、止めて欲しいかな!」
そう言いながら、男は光の矢を数百ほど打ち、その全てが俺に殺到してくる。
だが、全て事柄はつつがなく終了した。
「術式固定!!術式兵僧・獄炎煉我・・・。」
ーsideシーナー
知らなかったな、娘さんって結構強かったんだ。
でも、あの矢の数なら魔法が完成しても避けきれな・・・い!
「何を驚いている?」
放った光の矢の数は300近く。
でも、おかしいな、普通ならその矢に触れれば辺りのモノが壊れるんだけど、
どう言う訳か、何一つ壊れない。
その上、娘さんはその光の中から暗い影を纏い無傷で現れたし。
「不思議な事もあるって思ってね。
でも、なんかの調味料をかけてくれたのかな、更に美味しそうになったけど。」
そう言うと、娘さんは片手に渦巻く魔力を拳に握りこみながら、
「終わりの先、最果ての地、虚無から有無の間・・・。
そこにあるのは光なんてものじゃない。」
そう言いながら、娘さんは1歩前に出てくる。
でも、娘さんは何が言いたいのかな?
「なら、何があるのさ?」
そう言うと、娘さんはチロリと唇を舐めながら、
「自分自身だ。
意外と美味で、でも、2度は食べたくないし会いたくも無い。」
そういったお姉さんの姿はフッと掻き消え、
「返す。」
そう、耳もとに声が届いた時には既にお姉さんの掌は僕のお腹にふれ、
そして、さっき打ち出した光の矢と同じ光の矢が、僕の腹に殺到して、よけられない僕はそのまま、
体をきりもみさせながら壁に激突して、立ち上がろうと床に手をついたときに、
「ゴフッ!」
お腹から湧き上がってきた血が口からあふれ出そうとする。
でも、
「誰が血反吐を吐いていいといった?」
そう、頭の上からお姉さんの声が下と思うと、
這いつくばっていた僕の顎に強烈な蹴りが入り、一気に体が中に浮遊し一瞬娘さんと目が合ったと思った瞬かには、
顔面を手で掴まれ、無理やりに首筋をあらわにさせられ、
「キサマの中にいる彼女を返してもらうぞ。」
そう、娘さんが呟くと同時に、首にピリピリとした痛みが走り・・・。
ーsideロベルター
「メイド長、体の具合はどう?」
そう、私に声をかけてくるのはポーランさん。
ほとんど大破していた私の体を、何とか五体満足のレベルまで直して頂けたのは嬉しいのですが、
しかし、
「なぜ、私は縮んでいるのでしょう?」
「それは、パーツがそれしかなかったから。
そんな事はどうでもいいから、早くしよ?」
今の私の身長は、年の頃は10歳ぐらいの子供といった所でしょうか?
話をするのにも上を見上げなければならないというのは、正直首が疲れます。
ですが、そういう事は後回しです。
「ポーランさん、ステラさん、他20名は私と共に中へ、
アニエスさん、ジリアンさん、ソニアさん、他動ける方は動けない姉妹達の救護を。」
そう、指示を下し砦の中へ。
中の様子は、それほどまでの酷い損傷はありませんが、
しかし、上の階からはチャチャゼロさんや、お嬢様が戦われているのでしょう、
時折激しい爆発音のようなものが聞こえてきます。
「まだ、続いてるみたいだね。」
そう、私の背後のポーランさんが呟きます。
夕刻より始まり、既に今はもう真夜中。
後どれほど、この息苦しい時間が流れるのか。
「上は後回しです、1階を重点的に捜索しましょう。
少なくとも、私が倒した男が魔法使いなら、何かしらの罠が仕掛けてあるかもしれません。」
そう言って、解散し各人で辺りを捜索しだします。
そして、いくばくかたった後、
「メイド長、祭壇の裏に地下への入り口らしき場所が。」
その報告を受け、地下に潜ります。
地下の空間は意外に広く、長い通路には左右にいくつもの扉。
「ステラさん、ポーランさんは私と共に奥へ、他の方は扉の中の捜索をお願いします。」
そう指示をして、2人を連れて奥へ。
カツカツと、通路を歩くたびに響く足音がやけに耳につき、
それだけでも、この空間が広い事が解ります。
「此処はなんだと思います、ポーランさん。」
そう聞くと、辺りをキョロキョロしながら付いて来ていたポーランさんは、
「ん~、何かの・・・、施設かな?
ステラちゃんはどう・・・?」
そういうポーランさんに釣られ、一緒にステラさんの方を見ると、
付いて来ていたはずのポーランさんはおらず、お互いに顔を見て首を傾げあっていると、
ブチブチと何かの千切れる音と共に、部屋の扉が開き、
「・・・、植物園です。」
そう言って、現れたポーランさんは枯れた茨の切れ端を手に掴み、
わずらわしそうに投げ捨てながら、
「地下に光は差しません、でも、この植物の量は植物園です。」
そういわれて、ステラさんの出てきた部屋を見てみると、
何重にも絡まる茨と、それに護られるかのようにあるいくつかの小さな箱。
「なんでしょうこれは・・・?」
そう言って、私が手を伸ばそうとするとステラさんがパシリと腕を掴み、
「その箱には触れないほうがいいです。
・・・、茨が動きます。」
そう言われて、辺りを見ると確かに枯れていたはずの茨がかすかに動いています。
「・・・、此処は後にして先に行きましょう。」
そう言って、部屋を出て奥へ。
奥に進む間にも、他の姉妹達から色々と発見の報告がありましたが、
全てを検分するだけの時間もありませんので、外に運び出すように指示を出し、更に奥へ。
ーsideジュアー
「ゴフ・・・。」
胸から流れる血はとめどなく、死期の近さを思い知らされる。
だが、それでも私には力があるから、こうして活かされているのだろう。
瞳を閉じれば、遥かかなたの戦場をかける黒馬の懐かしい音が聞こえる。
「まだ、生きておられますかジュアリエル・キーリングス司祭?」
「う・・・ぁ・・・、オマエか。」
そう言って、顔を上げると懐かしい教え子の顔。
聡明で合ったこの子は、今は確か・・・。
「懐かしいですね、先生。
・・・、既に10年は越えますか。」
そうか、それだけの月日がたったか・・・。
だが、コレで私も戻れる、私のいるべき場所に。
私の帰るべき場所に。
「それほどか・・・、私が帰還するまでにそれ程の時が立ったか。」
そう、懐かしんでいると、聞こえてくるのは嘲りの嘲笑。
「何が・・・、おかしい?」
「ふっ・・・、帰還・・・、ですか?
余りにもの狂いぶりに笑いが。」
そう言って、尚も顔には軽薄な笑みを浮かべて私を見下ろしてくる。
「私が・・・、この私が狂っているだと?
口を慎!」
そう、私が言い終わらないうちに、何かを頭から浴びさせられる。
これは・・・、油か?
「黙れよ、異端者。」
「なに?」
そう私が言葉を返している間にも、彼は手に持っていた壺を投げ捨て、
髪を掻き揚げながら、
「黙れって言ったんですよ、異端者。
貴方が今まで一体なにをして、どれだけ異端に落ちたか知らないと思ってるのですか?
死した母体から生まれでた子を育てて、化け物を作り出したり、不死の軍を作ると死体を漁り、
終いには、異端の経典を使い人の法からも外れましたか?えぇ!!
そう言えば、ディアールと言う聖騎士を貴族と結託して貶めたのも貴方でしたね。」
「なにを言う!?
私は、法王より願われたのだ!
戦の混乱を沈める事を!異端者より土地を取り返す事を!!
そして、何よりも十字軍を再編し進軍する事を!!!
このガキが!口を慎め!!」
そういうが、彼は涼しい顔で、
「ジュアリエル司祭、今の私の所属をご存知で?」
「所属だと?
・・・、ガハ!?」
そう言うと、彼は私の胸を蹴るりつけながら
「新設された13課・・・、イスカリオテ機関の長です。」
「ぐぬ・・・、何だそれは?
13の数は1人でいいはず!」
そう言うと、枯れは私の傷口をグリグリと踏みしめながら、
「その1人がこの様だから出来たんだよ、それぐらい解れ。
13課の勤めは裏切り者の抹殺、異端者の殲滅、そして、化け物の駆逐。
それが任務であり、責務。
だからこそ、貴方はここで死ね。」
「くくっ、法王は私の死をお望みか!」
そう返すと、彼は不敵に笑いながら、
「あぁ、異端者の死を望まれた。
それとカス、オマエが法王の名を呼ぶな穢れる
送られたものは、私達が最適に運用しましますからご安心を、それではさようなら。
燃え落ちなさい。」
そういって、彼が私に火を落とす・・・。
あぁ・・・、燃え落ちていく・・・。
私の信じたものが・・・、私の作った・・・モノが・・・。
私自身が・・・・。
か・・・、み・・・、よ・・・・。