自身の戦いだな第65話
ノーラと分かれた後、部屋に1人。
辺りは夕闇に包まれ、部屋は暗い。
そんな中、俺は姿見の鏡を1つだし、その前で自身の着ていた服を脱ぐ。
そう多くを着ていたなった服は、布切れの擦れる音と共にパサリと、服が地面に落ちれば、
自身の裸身が鏡の前に浮かび上がる。
オスティアで闇の魔法を使って以来、
隠していた闇の魔法の後遺症とも言える、魔力を流すと体に浮び上がる奇妙な模様は、
しかし、今は魔力を流してもその姿を現す事はなく、体の中が奇妙にざわつく事も今は無い。
「泣く事なんてどこにも無い・・・・。」
そう、わざわざ涙を流す事も、誰かとの別れにその身を焦がす事も、
立ち止まって1人むせび泣く事も・・・。
きっと、そんなことをする必要は何処にも無い。
この体で長くを生きれば、そういった場面にはいくらでも出会う。
そのたびに、俺は逝く人達を笑顔で見送ろう。
だから、そのために弱っちい俺が少しでも強くなれるよう、
明日皆を迎えに行った時に、誰も心配させる事のないように、少しでも強くなろう。
材料もある、自身の身体への考察もした、魔法の理論は自身で高めた。
なら、後はそれを今あるそれを昇華して実践すればいい。
影の中から取り出すのは、学生時代に使っていた巻物。
この中で、みんなの所に向かう前に、鍛え上げられるだけ鍛えよう。
ーsideノーラー
「ん~・・・、眠い・・・。」
昨日、徹夜が響いているのか今朝は太陽が黄色く見えます。
でも、その甲斐があったのか、出来上がったものは今の私の納得のいくもの。
そして、朝が来たのでエヴァさんを起こそうと部屋に向かうと、
部屋にエヴァさんはおらず、ベッドの上には羊皮の用紙が1つと、その横には流暢な文字で書かれた手紙。
でも、私は生憎と字が読めない。
そして、それを知っているエヴァさんはその手紙の裏に、いくつかの私の読める単語で、
「昼・・・、過ぎ・・・・、も・・、戻る。」
多分、この手紙には昼過ぎには戻るという旨の事が書かれているのでしょう。
そして、その手紙を見つけて今はもう昼過ぎ、昼前にライアさんの所にいきパーティーの準備も整え、
今はもう、夕闇がソロリソロリと忍び寄ってくるのを見ると、
下手をすれば、夕方といっても言い時刻かもしれない。
そんな事を考えながら外を眺めていると、『キィ・・・・』と言う音と共に扉が開き、
そこには、
「エヴァさん・・・?」
「そうだが、どうかしたかノーラ?」
「あ、いえ、なんでも。」
確かに、そこにエヴァさんはいた。
夕日の差し込む少し暗い部屋に、エヴァさんは扉を開けて現れた。
でも、どうしてエヴァさんがこの部屋に現れたときに、怖いと思ったのか・・・?
「世話を掛けた、今から迎えに行ってくるよ。」
そう言って、出口から向かおうとするエヴァさん。
その後ろ姿に一瞬見とれてしまったが、慌てて私がコチラに来てから作り続け、
昨日の夜作りあげた物をしまった箱を、エヴァさんのもとに持っていき、
「これを・・・、着て行ってはいただけませんか?」
そう言って差し出すと、エヴァさんは無言でその箱から服を取り出し、
「ミスリル製の服・・・、ありがとう素晴らしい最初の一着だ。」
そう言って、私の前で彼女が着ていた服をスッと脱ぐ。
エヴァさんの肌は白く、夕日の差し込む薄暗い部屋で、その日の光を浴びて赤みを帯び、
私の作った黒い服と、紅く染まった肌、そして、彼女自身の白い髪とあいまって、
饒舌し尽くせない美しさが、静かで仄暗い部屋に生まれる。
その光景を目にして、息を飲むのも忘れていた私に、彼女は静かに背を向け、
軽く微笑を顔に浮かべながら、肘までの手袋をした手で背中を指差し、
「背中の方をお願いできるかな、1人でするのは難しくてね。」
そう言って、おどけて見せる。
それに、私は慌てて答えるように背中の紐を結びながら、
「この服はまだ完成してませんよ・・・。
縫いが甘くて、生地への気配りが足りなくて、よく見たらほつれている所があって、
フリルをふんだんに付けはしましたが、まだ私が納得していません・・・。」
そう離す間、エヴァさんの表情は見えませんが、何処か嬉しそうな雰囲気が漂ってくる。
そして、最後の紐を結び終わり、エヴァさんに鼻の辺りまでを隠すベールの着いた帽子を差し出しながら、
「ですから、この服がきっちり完成できるように私の所に・・・、
この家に帰ってきて、私との契約を果たしてください。」
そう言うと、エヴァさんはベールで見えない顔をこちらに向け、
優しい声色で、
「あぁ、戻ってくる。
必ず、必ず戻ってくるよ。
この、私と言う人を愛してくれた人の住処に必ず、必ず。」
そう言って、エヴァさんはスッと隙間風のように部屋から出て行きました。
そして、1人部屋に残された私は、エヴァさんの言った小さな違和感、
「私と・・・?私をじゃなくて?」
その奇妙な言い回しは、結局私の生涯の中でエヴァさんに聞くことの出来なかった疑問の1つになりました。
街は早い夕闇が押し寄せ、西日を背に大通りを歩く。
ロベルタたちに向かう魔力は酷くか細く、ディルムッドにいたっては、
極力魔力を使わないようにしているのだろう、そのせいで魔力の流れを掴むのに苦労する。
だが、それでも彼らの居場所はわかる。
始まりはライラックの花畑、それなら、その終焉を迎えるのはその地よりも奥になるのだろう。
あの傭兵達が躍り出て場所は、俺とエマとが歩んだ道とは反対側からだった。
なら、後はか細い魔力の終着点を見つければいい。
「エヴァ・・・さんで?」
そう聞きなれた声に振り返ると、そこに居たのはライア。
「あぁ、私だよライア・・・、世話を掛けた。」
「あ、いえ、まぁ。」
そう、彼はしどろもどろになりながら答える。
そして、そんな彼の目には何処かいぶかしむ様な色が浮ぶ。
「そんな豪奢なドレスを着て何処へ?」
「あぁ、ちょっと所用で人の集まる所まで。」
そう言うと、ライアは無意識なのか声を震わせながら、
しかし、普段を装うかのように、
「夜会ですか、それはいい、お美しいマグダウェル嬢なら・・・。
マグダウェルですか・・・。」
そう言いって、言葉を詰まらせるライアの横を通り過ぎながら、
「ライア、私は貴族と言う肩書きは既に棄てた。
今の私は・・・、ただのマグダウェルだよ。」
そう言いながら、エヴァンジェリン嬢は俺の横を通り過ぎた。
残された俺は、喧騒さえ聞こえない静寂の中、白痴の様に夕日を眺めていたが、弟子の声で我に返る。
「親方、今日の分の搬入は終いですが、
まだ店は開けとくんでしょ、夜の準備ボチボチ初め・・・。」
「いや・・・、今日は店じまいだ。」
そう言って、自身の震えていた手をきつく握って、弟子に店じまいさせ出す。
西日の中、まるで彼女は初めからそこにあった影のように現れた。
夕日で目を焼かれた俺の気のせいかと思ったが、それは気のせいではなく、
現に、今俺の横を通り過ぎたはずの彼女の影はない。
白く美しい髪に漆黒の衣を纏い、歩く音さえさせず現れた彼女は、
その不気味な静けさを足音に夕闇のように現れ、朝霧のように消えていった。
『悪しき音信』一瞬そういった言葉が脳裏によぎる。
彼女と商売したこともあり、そのやり方は誠実で信頼と言うものが置けた。
ただ、その彼女の注文した品物は、たまに不可解なものが混じっていたが。
そんな彼女の、本来の姿は、もしかすれば今見たあれなのかもしれない。
「親方、どうしたんです?
そんなに遠くの方を眺めて。」
「なんでもねぇ、なんでもねぇさ。
ただ、夕闇が俺の所を通り過ぎただけだ。」
そう言って、店の中に入ろうとする間際にもう一度、彼女が向かったであろう森の方を見る。
生い茂る木々は闇に飲まれ暗く、その巨大さが1つになって異様なものに思える。
「死の国・・・か。
いや、俺には関係ねぇことだ。」
そう、ひとつ言葉を吐き夕闇を切り裂いて、点在する自らが主の城に帰還する。
ーsideポーランー
チャチャゼロさんの助太刀で一応は私達が有利になったが、それでも城に突入したアニエス達とは寸断され、
私達の中で一番戦闘に優れていたィ・アリスは倒されてしまった。
だが、それでも私達は欠けはしても砕けはしていない。
「お姉さま、大丈夫ですか!?」
そう言いながら、ソニアがィ・アリスに駆け寄っていく。
その姿を私が見ていると、
「ポーラン姉さま・・・、先を。」
そう、ステラが言葉少なげに話しかけてくる。
先・・・、そう、私達にはまだ先がある。
「ソニア、ィ・アリスを帰還させ、先を急ぐ。
ステラ、城門が閉まっている。閂が施されているかは解らないが、
その鎚をもってこじ開け・・・!!!」
そう声を上げようと、背後にいるソニアの方を振り向こうとした時、
全身にゾクリとする様な魔力が流れ込み、その出所である、森の方を向こうとすると、
そこには、黒いドレスを着て、ベールのついた帽子をかぶる、白い髪の・・・?
「お嬢様ですか・・・?」
そう声をかけると、彼女は私の言葉に答える事無く、
私以外の姉妹達が小刻みに震えながらお辞儀をする中を進み、
片膝をついて、ィ・アリスの頬をなでながら、
「長子としての勤めご苦労。
今は久しく休め。」
そういう女性の顔を見るや、
ィ・アリスさんはニィッと頬を吊り上げながら、
「エヴァンジェリンお嬢様、えらくまた様変わりしましたね。
まるで今の貴方は夕闇その物じゃないですか・・・。」
そう言われたお嬢様は、口だけで笑みを造って見せて、
「私と言う生物は本来こういうモノだ。
本来、私は日の日向を歩むようなものではなく、
夕闇と共に目覚め、朝霧と共に眠り、影を歩み人を喰らう者だ。」
その寒気のするような静かな言葉を聴いたィ・アリスさんは尚も笑みを絶やさず、
「なら、誇りはどうされました?
重荷だから棄てましたか?」
そう、何処かお嬢様を試すような口調で質問してくる。
それに対して、お嬢様はやはり口元に笑みを作ったまま。
「それをなくした私はまさに畜生だ・・・、いや、畜生以下だ。
それだけは棄てる事ができない、だからこそ、今の私なのだよ。
吸血鬼とは、知性を持ち人を喰らい契約を施行する送り人なのだよ。」
そうお嬢様が返されると、
「誇り高くとも、穢れを知らなかったお嬢様が、
とうとう穢れを知りましたか。」
「いいや、私はこれから穢れるよ。
私は私の意思でこれから人を喰らうよ。」
そう言って、ィ・アリスさんを影に沈めて、
スタリと立ち上がり、1度森の方を見て、
「誰か2人ほど森へ行き動けない彼女のもとへ、後は私と共に。」
「は、みんな、隊列を!!」
私の声で2名を除き、後の者はお嬢様を先頭として隊列を組む。
既に内部が混乱状態なのだろう、進む道のりで飛来する矢はなく、
まるで、お嬢様の歩みそのものを妨げるしがらみが無いかのよう。
ーside場内ー
私が突入して以来、すぐに門は閉められ、
私達はまるで、コロシアムに放り込まれた見世物奴隷のよう。
だが、それがどうしたと言うのだろうか?
「アニエス隊長、一度引きます。」
「あぁ、暫し休め。」
その私の言葉を聞くと、彼女は身を翻し壁際に向かう。
もっとも、彼女の向かった先も安全とは言えず、辛うじて動ける姉妹達が動けない姉妹達を守っている。
ジリ貧・・・、そんな言葉が私の頭によぎる。
ィ・アリスと別れ既に一時、元々時間制限付きだった私達の体にはガタが出始めている。
「次!!」
そう、大きく振りかぶって斬りかかって来た男の首を、腕ごと真横に刎ねながら前に出る。
片腕は既に言う事を聞かず、目も若干かすみだしている。
だが、それでもまだ片腕は残り、それがダメなら歯が残っている。
そう、自身を奮い立たせながら、血でぬめる自身の剣の柄を握りなおす。
「私は此処にいるぞ!!
動けぬ娘の尻を追うようなクソ蟲の巣窟か!?」
そう言うも、城の中からうようよとまるでアリのように溢れ出て、
その中の数人は、戦場で散った仲間の死体よりも、隅で動けない姉妹達の体に目をやり、
ギラついた視線と、下卑な笑いと舌なめずり。
それだけでも、そいつ等の思考が読める。
「相手は少数・・・、このまま潰せ!!」
そう、顔出しの鎧を纏い髭を蓄えた男が檄を飛ばす。
多分、あの男が指揮官だろうが、その男の下までたどり着くには、
後いくつを潰せはいいか、後いくつを潰せるのか。
そう、思考を裂きながら、今だ動く右手で剣を首の後ろまで振りかぶり、
肘を打ち出すようにして剣を振り抜いて近場の男を切り倒し、そのまま手の中で剣をくるりと回し、
逆手で自らの背後に迫っていた男の腹をついて、剣をぐるりと回して内蔵をシェイクする。
「まだだ・・・、私ままだ殺したり無い・・・。
ィ・アリスではないが、私も久々に滾って来た。」
そう思い、更に片手で剣を振るおうと、辺りをねめつけながら正眼に構えるが、
その瞬間にゾクリとした悪寒が身体を襲う。
その出所を探るように辺りを見ると、先ほどまで動けなかったはずの姉妹達は、
いつの間にか扉を中央に整列してスカートの裾を掴み礼をし、
それに習うように、動けていた姉妹達も礼をしている。
しかし、その姉妹達は何処か小刻みに震え、先ほどまで罵声を上げていた男達も、
まるで何かの訪れを恐れるかのように、静まり返っている。
そんな中、今まで開く事の無かった閂付きの扉の閂が、ミシミシと軋みあがり、
『バゴッ!!』と、大きな音を立てて閂が砕け、その後は大きく分厚い扉が、
まるで部屋の扉でも開くかのように『キィ・・・』と両脇に開き、
その扉の隙間から、私の姉妹達がなだれ込み、最後に私達が仕えるお嬢様が静々と歩みながら現れる。
そして、私の近くまで歩みを進め、
「アニエス、現状は?」
「はっ、現在チャチャゼロさんが場内にて白鎧と交戦中です。」
そう、胸に手を当てて礼をしながらお嬢様に答える。
だが、どうしてその胸にあてた指が震えているのか・・・?
私の返答を聞いたお嬢様はそのまま、静寂に包まれ礼をする姉妹達のいる戦場を優雅に歩む。
誰も動かない・・・、いや、動けないの方が正しいのかもしれない。
「お、お嬢様僭越ながら事後は・・・?
逃げるものはま・・・。」
『た、見逃すのか?』と言う前に、
私の方をベールの隙間から見える瞳で一瞥して、静かに一言、
「殲滅。」
そう言い残し、城に向かっての歩みを進める。
そして、その歩みの先には、先ほど声を上げていた髭の男。
その男が、大声を上げながらお嬢様の方に剣を構えて走りよる。
「う、うおぉぉぉ・・・・・・。」
な、何なんだ・・・。
何が現れたんだ!?
一体、この戦場に何が現れたんだ!!??
さっきまで虫の息だった娘達も、疲弊していた娘達も、
扉がこじ開けられ、他の娘たちが入り込んだまではよかった。
だが、最後に現れたあれはなんなんだ!?
荒くれモノの傭兵達が、借りてきた猫の様に縮こまり、
手負いの獣のようにギラついていた娘達が、まるで名家のメイドの様に礼を尽くしている。
あれは危険だ・・・、なんだか解らないが、あれを見たとたん俺の本能が告げる。
あれだけは生かしておくなと!
「その首、貰い受ける!!!!」
そう言って、一気に距離を・・・。
「跪け。」
「ぐおっ!!」
背筋がゾッとするほど冷たい声が駆け抜けた。
娘までの距離はさほど無かった、だが今の俺の姿はなんだ!?
どうして俺は片膝をつき、剣を地においている?
その状況で俺に影が重なるので見上げると、そこには先ほど背筋の凍る声を発した娘。
その娘に一太刀浴びせ様と、そのか細い首なら一撃で落とせると踏んで、
剣を振るおうと無理やりに剣を持ち上げると、
「跪けと言った。」
「ぐぉぉぉ・・・・。」
その娘の一言で持ち上げた剣は、鉛のように重くなって地にめり込み、
地と剣の柄で挟まれた俺の指が、鎧ごとざくろの様に潰れる。
「くっ!!」
歯を食いしばり、娘を見上げると、
その娘は俺の事をベールの隙間から静かに見下ろしていたが、一瞬瞳に気色の色が沸き、
「景気付けの一杯を頂こう。」
そう、言って娘は俺の顔を鷲掴みにして持ち上げる。
しかし、身体は幾千人にでも押さえつけられたかのように動かず、
そんな俺を、娘は顔を鷲掴みにしたまま首筋を剥き出す様な格好にさせ、
大きく口を開き!!!!
「やめ!!ぐご!!!うぐ!!・・・!!・・・!・・・・。」
身体の中の熱が一気に冷え、背筋にツララを差し込まれたような感覚となる。
次第に辺りは暗くなり、夕闇が瞼に迫ってくる。
これは・・・、なんなのだろう。
何かが食われ、何かが吸われる。
そんな最後に、どこかで何かが潰れたような水音がする。
お嬢様が血を吸われた・・・。
それは別段珍しい事ではない。
だが、それはあくまで人から回収した分の血であって生き血では無かった。
いや、むしろ生きている人から血を吸った記憶は一度も無い。
そんなお嬢様が人の生き血を啜り、吸った男の心臓を貫いて潰した。
その瞬間、辺りにあった夕闇が更に色濃くなる。
そんな光景を見た、誰かがボソリと言った『禍音の使徒』だと。
作者より一言
とりあえず生きてます。
遅ればせながら、震災で被害にあわれた方に謹んでお悔やみ申し上げます。