幕間その6 メイド達の憂鬱 中篇
今日新しい姉妹が出来た。
長い黒髪に、少しし沈んだような黒い瞳の、儚げな印象の可憐な妹だった。
お嬢様はその妹をジリアンと名づけ、アニエスを教育係と定めた。
いや、もし私があの時ソニアを一人前と認めていれば、きっとあの子は私の妹となっていたのだろう・・・。
だが、私は一人前と認めず、ソニアを私の元に置いた。
それはきっと、私の我侭。
実際の所、ソニアはよく出来た妹だと思う。
どちらかと言えば、私は妹と接するのが不慣れな方で、
初期の妹達の中でも、一番に作られた私は、お嬢様が言うようにやんちゃな性格をしていると思う。
それはきっと、初期の姉妹達ならみんな持っているものだろう。
私達が作られた当初、私達の住処は暗い暗いお嬢様の影の中。
目で見えるのは暗い闇と、手で触れるのは近くにあるモノ。
私はその暗い闇が怖く・・・、近くにあった誰かの手を夢中で取り、離すことは無かった。
今にして思えば、何がそんなに怖かったのかはわからない、だが、多分1人でいるという感覚が怖かったのだろう。
そして、その握った手の先にいたのは、今の妹であるソニア。
思えば、数奇な運命と言うものだと思う。
動物の子宮ではなく、鋼と鉄、油とガラスの井戸の中から生まれた私達は、
結局の所、人のぬくもりと言うものは知らず、目を閉じて思い出されるのは、
小さな主の机に向かう背と、鉄を鋳型に流し込み、新たに作られる妹達、
そして、魔獣や人の血と臓物に、魔法の閃光の記憶。
人で無い私達は、繁殖力は皆無で大破すればそれで終わる存在。
一体何処まで大破すれば、完璧に終わるのかは分からないが、それでも、
繁殖できないと言うのは、生物としては欠陥品でしかなく、それは私達の主であるお嬢様も一緒。
でも、そんな私達にでも、何かに固着する事はできると思う。
そんな私の記憶で鮮烈なのは、血と臓物の記憶。
その記憶の中で、私の背には常にソニアがいてくれた。
彼女は私が作られた後すぐに作られて妹で、常に2人で1人だった。
そんな私達がお嬢様と契約をし、自我を得たのはお嬢様が闘争中のとある夜。
暗い世界で目覚めた私達は、しかし、すぐにお嬢様の影に入りその間は、
今度は自身の意思で、彼女の手を放す事無く握っていた。
「ィ・アリスお姉さま、休まないんですか?」
夕暮れの海をイスに座り眺めていると、背後からソニアがそう声をかけてくる。
もう湯に入ったのか、彼女の綺麗な金髪は何時ものツインテールではなく、
首元の位置で縛られ、肩にかけるように流されている。
彼女はツインテールよりも、今の髪形の方がきっと似合う。
そう思うのは、きっと彼女の髪型が、空を羽ばたく自由を得た鳥の羽に見えるからだろう。
お嬢様の書庫にある大量の本のなかで、鳥の飼い方と言うものがあった。
その本には鳥を飼う時、風切羽という空を飛ぶのに必要な羽を切り、鳥が天高く舞い上がれなくする方法があった。
きっと、私はソニアの風切羽を切り続けているのだろう。
私が一人前と言う判断を下せば、彼女は私の元を飛び立ち、彼女も私もまた新たな妹を得る。
時の流れが違うため、お嬢様は一人前の判断を自身で行わず、姉になる者に尋ねる。
そのおかげで、私は私の我侭を通す事が出来ているのだろうが、だが、それでも私とソニアの姉妹暦は長い・・・。
なにせ、私とソニアが自我に目覚めて、今までお互いに他の姉妹を得ていないのだから、
その長さも他の追随を許さぬほどに長い。
だが、その時の長さが私の中をまるで、ムカデが這うように這いずり回る。
いずれ、お嬢様が私に尋ねる事無く、ソニアを一人前と認めたなら、私達はそろって新たな妹を得る事になるだろう・・・。
その事をソニアがどう思うか・・・、結局の所私には分からない。
彼女は私を前にしても、よく『なんで私がお守りを』と愚痴っているから、
一人前と判断されれば、喜びだすのかもしれない。
「今休んでいるよ。」
イスに座ったまま、読んでいた本をテーブルに置いてそう言うと、彼女は『はぁ』と腰に手を当てて、ため息を付きつつ首を振る。
首を振ったせいで彼女の髪はパッと花の咲いたように広がり、夕暮れの光に照らされキラキラと輝く。
そして、その髪からふわりと漂う香りは、何処か切ない気がする。
そんな彼女は、座っている私の手をつかんで立たせる。
「床に就かないかって言ってるんです。
早く行きましょ。」
そう言いながら、ズンズンと歩き出すソニアはブツブツと、
私の愚痴を言っているが、私はその愚痴に対して怒る事もなく、
ただただ、その愚痴に耳を傾けながら、彼女の暖かな手の感覚を楽しむ。
私のダメさ加減が、彼女の風切羽を切を刃なら、彼女の口から漏れているこの言葉は、きっと彼女の嘆きの血だろう。
願うなら、いつかその血を流させる事が無くなればいいが、その願いが叶うかは分からない。
それでも我侭が通るうちは、私の我侭を通させてもらう。
だが、そんな我侭な私も一言言わせてもらえるなら、何だかんだで私の事をこうして迎えに来てくれて、
私の事にかまってくれる彼女に、甘えるなと言うのも度外無理な話しだろう。
数多くいるメイドたちの中で、長女である私は、きっと他の誰よりも子供でいる。
だから、私はきっとこんなにも怖がりで、意地っ張りで強がりで、誰かがいなくなる事を怖がるのだろう。
それは多分、えた温もりがなくなるのが怖いから、一人がさびしいのを知っているから。
そして、誰かに見ていて欲しいから。
だからこそ、甘いお菓子であるソニアに私は蟻の様に群がった・・・。
共にいる時間の長いソニアなら、きっと私を甘えさせてくれる。
そして、その甘いこの子から得たものは、きっと私の心の巣穴にしまわれていく。
私の中が凍えてしまわぬように、温もりを忘れないために。
ソニアに手を引かれて来たのは、私達の床のある場所の前。
床と言っても特に個室があるわけでもなく、そこで休む者もまちまちで、
それぞれが、それぞれの好きな場所で休む事が多い。
もっとも、どこにいようとこの魔法球の中なら不便は無いが。
「あっ、ステラ。ここで休むんじゃなかったの?」
そうソニアが声をかけたのは、今部屋から出てきたステラとポーランの姉妹。
人懐っこいポーランが姉役なのだが、容姿と言動のせいで彼女たちはそうは見えない。
現に今も、ステラがポーランを引きずっていて、引きずられているポーランがジタバタ暴れているので、更にその印象は強くなる。
いや、今の私もソニアに手を引っ張られているので、向こうから見れば同じように見えているのかもしれないし、
同じような境遇を感じているかも知れないソニアが、ステラと仲がいいのもなんだか納得がいく。
そんな姿を見ていると、たまに"もし"と言う言葉が付く事象を思いかべる。
もし、私とソニアが逆の立場なら、私はソニアに甘えていたのだろうか?
もし、私がすぐにソニアを一人前と認めていれば、別の付き合い方があったのか。
もし、私がポーランの妹なら、私はソニアと笑顔でおしゃべりなんて事も・・・。
いや、私には無理だ。
私は多分、膝を着き合わせて笑顔でおしゃべりが出来る程、可愛らしくは作られていない。
もし、そんなに私が可愛い性格をしていたなら、きっと私は今ほどにソニアの事を、手元に置いておきたいと願ってはいない。
願われてソニアとしては、きっと迷惑極まりない願いだとしても。
「どうかしました、ィ・アリスお姉さま?」
ソニアとステラを見ていたはずか、いつの間にかソニアの顔が私の前にある。
お嬢様の弁を借りれば、思考に走りすぎたと言う奴だろうか?
何だかんだで、お嬢様の手から生まれた私達は、どこかしらがお嬢様に似る。
ならば、お嬢様もソニアの顔を面と向かってみれば、私のようにドキリと胸が跳ねるのだろうか?
ともにいる時は長くソニアに、後ろに立たれるのも、方を並べて立つのも慣れたが、
こうして、面と向かって顔をあわせるに慣れない。
だが、そうなったのは一体何時の頃だったか・・・?
「・・・、いや、なんでもないよ。」
そう言って、ステラとポーランが居なくなって空いた扉から、床のある部屋に入る。
部屋の中に整然と並ぶ床の中で、誰かが居る事を示す膨らみは1つ。
しかし、その1つの膨らみには頭が2つあり、青い髪と黒い髪からすると、
アニエスと、新しく出来た妹のジリアンだろう。
静かに抱き合って寝る二人の姿は微笑ましく、だが、その姿を見ていると胸が痛い。
そんな事を思いながら、床に1つに腰掛2人の姿を見ていると、ソニアも横の床に座り、
櫛で髪の毛を捌きながら2人を見て、
「あのお2人、今日出会ったばかりだというのに、見ているとなんだか妬けますわね。」
そう、ソニアが言葉を漏らす。
・・・、ソニアも私とああいう風に寝たいのだろうか?
長く一緒に居るが、ああして私達が休んだ事はない。
そう思い、渇いた喉に空気を入れて声を出す。
「ソニ・・・。」
「さぁ、寝ましょうお姉さま。」
私の出した、自身に似つかわしくないか細い声は、ソニアの耳に届く事無くソニアの声にかき消され、
床に就いたソニアが、未だに横にならない私を、変なモノを見るような目で見てくる。
はぁ、私もなんだかあの2人に、あてられてと言うやつだろうか?
「休もう。」
そう言って、ソニアの横で私も床に着く。
聞こえてくる安らかな吐息は3つ、アニエスにジリアン、そして私の横で目を閉じて休むソニア。
別に、目を閉じる必要は無い、更に精密に言えば、私たちは横になる必要も無い。
ただこうしているのは、各パーツの消耗をなくすためであり、
最近ではその消耗自体も気にならなくなるほど、お嬢様の技術は上がっている。
ならば、私達がこうして横になる事に意味があるのか・・・?
そう思いながら横を見れば、胸で手を組んで上を向いて目を閉じるソニアの顔。
まぁ、人の無防備な顔を見れるという点では、こうして横になるというのも悪くないと思う。
そんなソニアの頬を指で突いてみると、『ん~。』と唸りながら形のいい眉をしかめる。
その姿が微笑ましく、口元に手を当ててクスリと笑っていると、
背後から1つの気配を感じ、慌てて手を引っ込めて休んでいるふりをする。
しかし、その気配はそのまま私の背後に立ち、私を見下ろしたまま口を開き、
「起きている時に、そうしてあげれば宜しいでしょう?」
「藪から某だな、ステラ。」
そう言って体を起こすと、そこに居るのは声の主であるステラ。
初期ロッドの5番目のステラは、ポーランとお嬢様以外に興味を持たず、必要事項以外はほとんど口に出さない。
しかし、今の彼女の側にそのポーランはおらず、1人でネグリジェにナイトキャップと言う姿で立っている。
ソニアの頬を突いていたのを、見られた事の気恥ずかしさもあるが、それよりも彼女が1人でいる事の方が珍しい。
「そう思うのも、ィ・アリスさんの自由です。」
そう言いながら、さっさと床にはいる。
彼女がどうしてここにいるのか・・・、いや、それよりもステラが今、私にいった言葉はどういうことなのか・・・。
言葉通り受け取るなら、もっとソニアにかまってやれという事だろうか?
しかし、それをステラにいわれる筋合いがあるのか?
ステラは既に床で横になり目を閉じている。
「ステラ、今の言葉の意味を問う。」
しかし、ステラは私の言葉には反応しない。
その事に多少の苛立ちを覚えると共に、どの道ステラが私の言葉に早々反応する事がないと考え付く。
そして、そんなステラのせいで体を起こしてしまって、今更横になるのもどうかと思うし、浜辺に置いてきた本も気になる。
私達は、書庫にある本を自由に閲覧する権利をもらっているが、
それでも、本を大事にするお嬢様に知られれば、怒られているのは目に見えている。
それに、お嬢様はいつもひょっこり帰ってくるので、変な所で油断なら無い。
まぁ、そのお嬢様は今までに、私達の仕事に文句をつけた事は皆無なのだが・・・・。
そんな事を考えながら、床を離れ歩き出す。
静かな室内に聞こえてくるのは、休んでいる彼女達の呼吸音に、波の奏でる不規則で規則的な音。
辺りは暗くなっているが、それでも完全に真っ暗にはならず、月と星明りのせいで存外に明るい。
しかし、その天に浮かぶ月は動きこそすれ、今まで1度も欠けた事が無く、星の位置も動いた事がない。
もっとも、それでも昼と夜に朝焼け夕焼けと言うモノを十分に作れている。
だが、それでも星星が欠けないというのは多分、お嬢様の手で作られた人工物を表す証拠。
いや、ここの中で生まれた者達は・・・、初期ロッドの面子以外の者は、
月が欠けるという事を、本で知る事はあっても、その事実を目の当たりにするのは一体何時になるか。
いや・・・、その事実を目の当たりにするという事は、それを見ている者が何らかの要因で外にいるという事を指す。
その外にいる事の要因で一番多いのは、やはり戦闘状態に突入している時の戦力増強だろう。
それならば、私達にとって外に出るというのは、早々喜ばしい話ではないのではないだろうか・・・?
それに、もしお嬢様が私を中に置き、ソニアだけを外に呼んだなら・・・。
「クッ。」
気がつけば私は、自身の片腕を握り潰さんばかりに握っていた。
そして握っていた手を放しても、その握っていた場所には薄っすらと指の形が残る。
特に気になりはしないが、こうなってしまっては、そこのパーツを新しく作り直すか打ち出すしかない。
・・・、自身で自身を傷つけておいてなんだが、こうして傷ついていくのは私だけでいい。
彼女を傷つけている私が吐ける台詞ではないが、ソニアには・・・、
手を握っていてもらえるだけで十分だ。
波の音が木霊する浜辺に着いたのは、床を抜けてから暫くしてからだった。
ここに来るまでの間に誰とも会わなかったのは、多分それぞれが好きな場所で休んでいるからだろう。
そう思いながら、夕暮れまで腰掛けていたイスのある場所まで足を進めれば、
テーブルの上に本は無く、それ以外は、そこを離れた時とまったく同じ姿のまま残されていた。
たぶん、私達がここを離れた後、誰かが本を書庫にしまったのだろう。
そう思いながら、イスを引いて腰をかける。
私の座っている場所は、お嬢様がいればお嬢様がここに座るが、その席の主がいない時は私が座っている。
もっとも、そのお嬢様もコチラにいる時は大体書庫か研究室、或いは浜辺か他の場所で戦闘訓練を行っているので、
ここに座る機会と言うのも、実はあまり多くない。
ただ、この席の利点と言うのは、大体の場所を一望できるという点と、眺めがいいと言うことだろう。
そして、私がこの席に着きだしたのは、この魔法球が出来てすぐ。
この中の整備が終わり、各メイド達がそれぞれの仕事をこなしだし、
姉と妹と言うものが出来たころ、私はお嬢様よりひとつの仕事を任された。
『長女であるお前は、ここで他の家族達が危なくないように仕事をしているか見守ってくれ。
私は多くの時をここで過ごす事はないし、この中は早々危ない事も無い。
だから、一種の安全装置のようなものだが、それでも魔獣がいる関係上そういった者も必要となる。』
そう言われ、私はこの席に着いた。
しかし、今の私はその安全装置と言う機能をはたしているのか・・・。
影の中と言う暗闇より、光あたるこの場所に来て以来、私の目の端には常にソニアがいる。
もし仮に、ソニアを目の端に置かなければ、他の者がよく見えるかもしれないが、
そうなれば、目に見える世界は、ただの作り物の箱に庭のように目に映るのかもしれない。
そして、その箱庭となったこの場所で、私がここに座る意味があるのか・・・?
矛盾の中にこそ心は宿る。
そして、その矛盾を孕む私には、確かに心が宿っているのだろう。
でなければ、こんなにも身体以外のものが・・・、痛む感覚にさいなまれる事はないのだろうから。
身体の痛みは別に恐れないし、パーツの交換でどうとでもなるが、この痛みだけは私がこうなって以来付きまとうので、
きっと癒える事はなく、この痛みの治し方が解らない私には治す術がない。
だが、この席に付けばきっと、ソニアは私の事を見つけてくれる。
もっとも、この時間では彼女が来てくれるのも希望的観測だろう。
そう思いながら、少し冷たい夜風と、繰り返される波の音を耳に1人お茶を入れる。
お嬢様には珈琲を、それはお嬢様の好みに合わせるため。
だが、お茶は少々ころあいが違う。
これはあくまで私達が楽しむ物、もっとも、それをお嬢様が飲む事もあるので絶対ではない。
そもそも、お嬢様は私達の仕事や日常に対しては、ほとんど放任しているといっても言い。
まぁ、このダイオラマ魔法球の構造上、そうなるのは仕方ない事といえるだろう。
だからこそ、私達は私達として個を持って歩き出す・・・、らしい。
まぁ、何故らしいかといえば、お嬢様曰く、
『自我も個性も人格も、それが何処にあるのかは分からない。
私の頭の中には脳があり、胸には心臓しかない。それが今言ったものを生み出すのかは知らないが、
それなら、私は電気にこそ宿ると思うよ。なにせ、私達は微弱な電気で動いているのでね。
そして、幸いな事に、電気なんてモノはそこらじゅうにあるし、お前達はみんな何処か違う風に作った。
なら、いずれお前達もそれぞれに目覚めるよ。願わくば、私のような人格破綻者にならない事を祈るよ。』
そう言いながら、ニヤリと笑って珈琲を飲んでいた。
そんな事を思いながら、自身で入れた湯気の漂うお茶を啜る。
入れ方はいつもどおり、だが、なんだかあまり美味しくない気がする。
それは多分、ソニアが入れてくれないから・・・?
更に言えば、夜の冷えた空気が今日はいつもより冷たい気がする。
繰り返される波の音が耳につき、夜の静寂が耳について寂しい。
そう思い、イスの上で足を抱えて、自身の膝に額をつけて座っていると、
「はぁ、まったくこんな時間にこんな所で何をしてるんですか。」
そういう声と共に、ポンと私の肩を叩く誰かの声が・・・、いや、この声は私が好きな声だ。
よく通るソプラノボイスは、しかし何処か呆れた感情を含ませ、
肩に置かれた手からは、かすかな温もりが伝わってくる。
「海を・・・、見ていた。」
「膝を見ていたの間違いじゃないですか、ィ・アリスお姉さま。」
その悪態を聞きながら振り向くと、やはりそこにはソニアがいた。
夜中に起きだしたため、肩にはストールがかけられ胸の前で合わせて握られている。
そんな彼女は、呆れ顔のまま私の手を取り、
「戦闘狂のお姉さまの考える事は分かりませんね、こんな時間にこんな場所で膝を見ているなんて。
早く休みましょう。」
そう言って、私を立たせて床に向かおうとする。
そんな彼女の背を見ていると、ふとステラの言った言葉が思い出される。
『起きている時に、そうしてあげれば宜しいでしょう?』その言葉の意味は一体何か?
私ではソニアの頭の中を知ることは出来ない、だが・・・。
「まぁまて、茶の1つでも飲んで行け。」
「はぁ?」
そう言って困惑するソニアの手を今度は私が引き、今まで私が座っていた席に座らせる。
そんな困惑しているソニアの前に、彼女を思って自身が入れたお茶を置き、私も自身で入れてもう冷えてしまったお茶を取る。
だが、そこまでして頭をよぎる事が1つ、私が飲んでいたお茶はあんまり美味しく感じなかった。
そんなお茶を、私はソニアの前に出してしまった。
下手をすれば、本気でソニアから三行半を突きつけられるかもしれない。
彼女のお茶にダメだししている私のお茶が、彼女に劣っていれば、それだけで私は姉である価値をなくす。
だが、時はおそくソニアは出されたお茶を両手で取り、おずおずと口に運んでいる。
そして、コクリと一口飲み、目を閉じてふーっと息吐いて、
「文句を言われても仕方ないですわね、このレベルのお茶を出すには私の腕で払い無いですの。
はぁ~、なんでこんな人が、こんな温かいお茶を入れれるんでしょ?」
そう言って、更にお茶を口に運ぶソニアを見ながら、私もお茶を口に入れる。
私の分は入れなおしていないため時間が経って冷え、そのせいで、風味も香りもあったものではない。
だが、今飲んでいるお茶は、なんだか1人で飲むより暖かい気がする。
でも、やはり何か足りない・・・。
「なら、今から訓練つけてやろうか?」
彼女の入れたお茶が飲みたいと、素直に言えず口から出たのはそんな言葉。
そんな言葉に、ソニアはジト目で私の事を見ながらカップをソーサに置き、
『ん~』と言いながら大きく背伸びをして、
「明日でいいです、どうせこの先も私はお姉さまと一緒ですから。」
そう言って残ったお茶を飲み干す。
この先も一緒・・・、か。
それは私の願いであって、彼女の願いではない。
今の彼女の言葉は、私には・・・、痛すぎる。
「一人前と報告して欲しいか?」
本当に潮時なのかもしれない、これ以上私が彼女を拘束できる権利は無い。
それに・・・、他の妹と一緒でもソニアといつでも会えるはずだ。
ただ、そう、ただ私の背中が少し寒くなって、その寒い背中を他の妹が見るだけ。
そう言うと、彼女は『はぁ~。』と深い深い溜息をついた後。
私の顔を見ながらもう1度深い深いため息をつき、
「何アホな事言ってるんです。
私は実力の上で認めて欲しいんですの。
それに・・・、私がいなくなったら誰がお姉さまのお守りをするんですか?
そんな面倒事・・・、他の妹たちに任せるには荷が重すぎますよ?」
そう言いながら、上目遣いでぶっきらぼうに言いながら私の顔を見てくる。
今が夜でよかった、顔は見られても顔色を見られる事はない・・・、と思う、いや、無いはずだ。
それに、なんだか胸にあったものがスッと流れ落ちたようなきがする。
例えお守りでも、一緒に居てくれるならそれはそれで悪くない。
そう思いながら、ソニアの頭をグシャグシャと撫でて、口元の笑みを噛み殺しながら、
「お守りとは酷いなソニア、それに、認められた後の終着点は、まさに今お前が座っている所だ。
そのイスから他の姉妹達の安全を見守る、そんな私の背中を見るお前はある意味、1番一人前だぞ?
なにせ、見守る者を見守っているんだからな。」
そう言うと、ソニアはイスに座ったままあたりをしげしげと見て首を振りながら、
「暇な仕事ですね、これならお守りの方がやりがいがあります。」
そう言いながら、口元に手を当てて苦笑する。
その姿を見て、私も一緒に苦笑しながらあたりを見る。
見えるのは、月明かりに照らされた海に輝く星星。
研究棟や書庫の作る影は何処か騙し絵を連想させ、巨大な怪物の口にも見え、
夜闇のせいで、辺りははっきりと見えない。
すべてが作り物で、私たちの体でさえ作られてモノでしかない。
だが、この気持ちはきっとソニアにしか作れないものだろう。
月の光を流れる金髪に受ける彼女は、やはり髪を結ばない方が似合う。
もっとも、そう言っても彼女は邪魔だといって髪を纏めるだろうが。
「そう思うなら、私の背についてきておくれ。
この眺めは、私の妹にしか見れないよ。」
そう言うと、彼女は今度は苦笑ではなく、純粋に微笑みながら、
しかし、何処か『仕方ないな~。』といった感じで、姉の私よりも何処か姉らしく、
「認めて貰えるまではついていきます。
お姉さまに認めてもらえれば、それはきっと誇れる事でしょうから。
さて、本当にもう休みましょうよお姉さま。」
そう言うソニアの手をとって歩き出す。
懐かしい事だ、最近はソニアに手を引かれる事はあっても、私がソニアの手をとる事はなかった。
手を伸ばして、触れたい思ったものはこんなにも近くにいて、思い出せば、私は生まれる前から彼女の手を取っていた。
なら、私達にとっては、互いが近くにいて他の誰でもなく、お互いの手を取り合えるのが自然なのかもしれない。
そんな事を考えながら歩いていると、ソニアが私の前に出て、
「早く行きましょう、夜は冷える気がします。」
そう言って、ズンズンと歩き出す。
そんな背を見ていると、
「ちょ、重いですお姉さま!?」
「覚えておけ、これが・・・、の重さだ。」
「何の重さです?
聞こえるように言ってくださいな。
って、砂浜で引きずられないで下さい、床に砂が上がる~!」
ソニアの首に抱きつき、ズルズルと引きずられてみる。
そうすれば、慌てるソニアが可愛くて仕方ない。
そう思いながら、背中にいる事をいい事に、自然と笑みが顔に浮ぶのがわかる。
「撤回、前言撤回ですわ!お守りは沢山ですの~!」
「なんだ、やりがいがあるんだろ?」
そう言うとソニアは黙ってしまう。
・・・、流石にやり過ぎただろうか?
今すぐ離れた方がいいのだろうか・・・。
いや、離れた所で彼女は私を許してくれるのか。
そう思って、私も黙っていると、
「お姉さま、1つだけ教えて欲しいですの。
・・・、どうやったら、あんなお茶を入れれますの?」
そう、私に真面目に聞いてくる。
どうやったらあんなお茶を入れれるか・・・。
さて、どうやれば・・・、あぁ、そうか。
その答えはこれ以外絶対にない。
「飲んで欲しい人の事を考えて入れる。」
そう言うと、ソニアは黙り込み、咳払いをした後、
上ずった声で、
「そ、そうですの?
な・・・、なら私もお姉さまの事を考えながら入れないといけませんわね。
べ、別にお姉さまになら美味しくないお茶でも十分ですが、い、一人前になるには仕方ないですの!」
そう、最後の語尾を強く言う。
ソニアが私のことを思って入れてくれるお茶・・・か。
そのお茶は、きっとどんなお茶よりも甘く、そしてきっと切ない味がするんだろう。
でも、その味を味わうほど、きっと私はこの子を手放したくなくなる・・・。
だが、いずれ認める時は笑顔で言ってやろう、さっきこの子が聞き取れなかった言葉を。
だから、そのときまでは、どうか私のそばに居ておくれ。
そう思っていると、首にまわした私の手にソニアの手がふと重ねられた。
作者より一言
記憶を掘り起こしました。