すれ違う人々だな第57話
エマと話し、過ぎ去り際にエマからスカートの裾をつかまれ、
今度はエマが俺の背を見ながら言葉を交わし、そうして流れた暖かな時間の流れが、
この年初めて降った雪が、外の世界の色を消したように白一色に染めあげた朝。
俺は始めて、エマと背中越しに正面から向き合えたような気がする。
結局、朝日差し込む部屋でお互いを正面からは見なかった。
それは、お互いが顔を見るのを避けたのか、
それとも、お互いにタイミングを逃したのかは解らない。
だが、ただ一言言える事があるとすれば、俺と・・・、
いや、エヴァを見続けるエマと俺とはどこかで繋がれたんだと思う。
お互いの関係は、未だに変わる事はない。
未だに俺はあまりエマの前に姿を現さないし、エマはエマで、
俺の事を『お嬢様』と呼ぶことを止めない。
だが、それでも今は何処か重かった肩が軽くなったような気がするし、
変に肩肘張ることもなく、自然体でいれると思う。
「エヴァ、今日は冷えるな、薪を早く買って家へ戻ろう。」
「そうですね、白一色の世界に人の灯す明かりが煌くのもロマンチックですが、
こんな日は、部屋でゆっくりしたいです。」
雪景色の町並みを歩き、靴の裏に雪のシャリシャリと言う感覚を味わいながら、
ディルムッドとロベルタとノーラを連れて、ライアの店に薪と布を買いに行った帰り道。
吐き出される息は白く、町を行きかう人もまばらで、もうじき夜になろうという頃。
空には厚い雲がかかり、また雪が降ってこようかと言う雰囲気が漂う中、
「あぁ、早く帰ろう。
今の私達には、ちゃんとした買えるべき所があるのだから。」
そう、言葉を発するたびに口から白い息が漏れる。
海外の冬は初めてだったが、位置座標的に北極が近いせいか、
イギリスの冬は、一段と冷えるようなきがする。
「ちゃんとした帰るべき場所・・・、か。
エヴァの口からその言葉が出るとはな。」
そう、厚手のマントを羽織ったディルムッドが、
背中に薪を担ぎながら、俺の顔を見て話す。
「なんだかしみじみしてますね、チャチャゼロさん。
でも、ロベルタさんの意見には賛成です。ね、エネク。」
そう、横を歩くノーラがエネクを抱えながらロベルタの顔を見ながら話し、
それに対してロベルタが、小脇に挟んだ布を抱えなおしながら、
「拠り所があるのはいいことですよ。」
そう言葉を発する。
拠り所・・・、か。
・・・、そうだな、今の居場所はきっとかけがえのない、暖かいものだろう、
慕う人がいて、仲間がいて、住む場所があって、こうして何気なく話せる。
それはきっと、何気ない幸せなのだろう。
「変える前に酒場で、ワインと暖かいものでも買って帰ろう。」
その俺の提案で、町の酒場に向かう。
町の酒場はこの寒空の下でも、人でにぎわい誰かが歌った歌が店内でこだまする。
歌われる歌は知らない異国の歌で、聴いた事もないような歌だが、不思議とこの店には合う。
そんな酒場の店主とは知り合いではないが、それでもボチボチ買い物には来るので、まったく知らない間からと言うわけでもない。
「だからよ、それじゃ足りないっていってるだろガキ!
それに、横にいるヤツも、気持ち悪いからとっとと出て行け!」
「ん~、そう言われても困るんだけどおじさん。
そもそも、前払い金は届いてるはずだよ?」
そう、酒場に入るなりカウンターの方から、店主の怒声が聞こえてくる。
ふむ、穏やかな空気が好きなこの店にしては、珍しい光景である。
実際の所、戦中と戦終結後では、戦終結後の方が治安が悪くなるが、
これは戦中、傭兵として働いていた者達が、職に溢れて盗賊となるケースが多いからである。
そんな中で、この店は珍しく荒くれ者もおらず、静かだったのだが、今日はそうも行かないらしい。
「店主、何があった?」
そうくすんだ金髪の、女性のような青年の前にいる店主に言葉をかければ、
店主は、やれやれといった感じにコチラを向き、
「あぁ、エマさんとこの嬢さん方に旦那。
いやね、こいつ等が金が足りないのに、商品をよこせとせがんでくるんですよ。」
そう、店主が話すと、青年の方はぷーっと頬を膨らませ、
「先に払った分と、今もって来た分で足りるはずなんだよ。
・・・、ウチの使いの人達が取ってなければだけど。」
そういって、青年はニコニコしながら、
唇をチロリと舌で舐めて、眉をハの字にして話す。
その青年の姿を見た、横の黒服の男が何処か怯えたように、
「シ、シーナ帰ろう!早く帰ろう!
商品はまた今度でいいから、早く!」
そうせかしている。
金が足りない・・・、ね。
「店主、いくら足りない?」
そう聞くと、店主が提示する額は早々高額でもない。
「それぐらいなら私が出すよ。」
そう言って足りない額を出すと、店主は青年の持ってきた分とあわせて数え、
額が足りている事を確認すると、商品を持ってきて青年に手渡しながら、
「礼を言っとけよガキ。
こんな事してくれる人は、めったにいないんだからな。」
そう言われた青年は、俺の方を向きながら、
ニコニコした顔で、
「ありがとうお嬢さん。
僕はシーナ、お嬢さん達は?」
そう聞いてくるので、各々が自己紹介をし青年達は、もう1度お礼を言って店を後にした。
そんなやり取りを見ていたディルムッドが、珍しげに、
「エヴァが無償で人助けをするなんて珍しいな。」
そう、話しかけてくるが、強いて言うなら、
「なに、たんに気分がよかっただけだ。
普段なら、声すらかけずに、さっさと用事を済ませて帰っている。
さて、さっさと用事を済ませて帰ろう、エマも待っていることだし。」
そう言って、酒場でワインと暖かい牛肉のスープを買う。
きっとエマは夕飯を準備しているだろうが、それでも一品増えたぐらい問題ないだろう。
そう思い、店主の差し出した商品を手に持ち帰路に着く。
買い物をした時間は短かったはずだが、先ほどの青年達の姿はなく、
むしろ、辺りには冷えた空気が漂い、暖かい部屋が恋しくなる。
「日が落ちたせいか、一段と冷えますね。」
そう声を出すのは、自身の手に吐息を吐きかけるノーラ。
雪でも何のそので走り回りそうなエネクも、この寒さはこたえるのかノーラの足に擦り寄っている。
別れてから十数年、エマはいくつの冬を一人で過ごし、俺の事を待っていたのだろうか・・・。
そんな事を考えながら、雲の厚い空を眺めていると、首に暖かい物が巻かれる。
何事かと思っていると、マフラーを巻いたであろうロベルタが、
「今日は冷えますので、これぐらい暖かくしておきませんと。」
そういいながら微笑んでいる。
その姿を見たディルムッドは、俺の横で自身の着ていたマントを、
ごそごそして脱ごうとしているのだろうが、
「気持ちだけでいいぞ、チャチャゼロ。
これ以上着ると、着膨れして動きづらいからな。」
そのエヴァの声で、マントを脱ぐのを止める。
何があったのか知らないが、最近エヴァは雰囲気が柔らかくなったようなきがする。
エマに出会った当初、エヴァはあの病気の時のように何処か雰囲気がおかしく、
人格が、別の人と代わったのではないかと思うぐらい、行動も発言も変わっていた。
だが、それもある日を境になくなり、エマの前でも何時もの口調で話し、
相変わらず、エマの前では魔法薬を吸わないものの、俺達と部屋にいる時は吸うようになった。
「君は細いから、少々着込んでも大丈夫なような気もするけどな。」
そう、エヴァに向かって話すと、彼女は手をパタパタさせながら、
「細いのと着膨れは別だよ、あんまりモコモコすると逆に暑くなりすぎる。
今の私には、これぐらいでちょうどいいさ。
ノーラの方は寒くないか?」
そう言って、エヴァはノーラに話を振るが、
ノーラの方は、エネクを胸に抱きかかえながら、クルリと一回転して見せて、
「今日は厚着してるから大丈夫です。
それに、エネクもいるから暖かいです。ね、エネク。」
そう言いながら、ノーラはエネクと笑いあっている。
なんだかこうしていると、俺達が人で無いと言うのが嘘のように感じる。
人と俺達を分けるのは、時間と言うものだろう。
呼ばれて仕事をして帰る。
それが今までだったとしても、これからはきっと違う。
騎士団にいた頃も、人が死ぬ姿は見た。
それが年老いての死か、戦場で散って逝ったのかは別だが、
それでも、人の死ぬ姿と言うのは今までに多く目にした。
そんな事を思い出すのは、日々成長するノーラを見て、
歳を取った、エマと言う女性を見るからだろう。
彼女たちの時は、俺の目の前で緩やかに流れている。
エヴァがエマの事を気にし、きっと看取るまでは彼女の側にいるのだろう、と言う事も容易に想像ができる。
そして、多分彼女にとってエマの死が初めての看取る死であり、
彼女自身の手を、初めて血で汚さない死の触れ方だろう。
こう言ったものは、きっと理屈ではなく、体験によるもので、
触れて、初めて解るものと言うモノだろう。
「何をぼさっとしている、帰るぞチャチャゼロ。」
「あぁ、今行く。」
そう、俺の少し先を行くエヴァが声をかけ、
後を追うように、彼女達の所に小走りで走りよる。
その時、頬に1つ冷たいものが中り、立ち止まって空を見ると、
舞い降りてくる白いもの、昨日も降ったのによく振るものだ。
そう思いながら彼女達に追いつき、
「降りだしたな。」
そう、誰に向かってでもなく声を出すと、
「あぁ・・・、先に帰ってくれ。
私は一服してから帰るよ。」
そう言って、エヴァは1人で何処かへいき、
ロベルタとノーラは家へ戻ると言い、先に家へ。
そして、残された俺はエヴァの所に行こうと、後を追う。
雪が降り、家の明かりしかないこの町の夜はとても静かで、
聞こえてくる音といえば、狼の遠吠えか、たまにいる酔っ払いの声しか聞こえない。
そんな中、彼女の背を負えば、彼女は暗い路地裏に入り、
地面を蹴って、空を飛んだ後だった。
俺も同じように空を飛び、彼女の行きつく先に行けば、
彼女は町で一番高い建物の屋根に座り、パイプを口に銜えて、
白い息とも煙ともつかない物を吐き出している。
そんな彼女の横に、降り立つと、
彼女は俺のほうを見ずに、ただ高いこの建物の屋根から町の景色を俯瞰して、
「雪は好きだ・・・、色んなモノを白く塗りつぶしてくれる。
例え、それが醜かろうと、美しかろうと、綺麗だろうと、穢れていようと。
こうして、高い所から町を俯瞰していると思うよ。
すべては、白く美しい夢のようだと・・・、そう思わんかチャチャゼロ?」
そう、言葉を吐きながら肩越しに俺の顔を見てくる。
降り続く雪は黒い世界に白い軌跡を残し、地に舞い降りて積もり続ける。
「急に、どうしてそんな話を?」
そう、エヴァの横に座りながら口を開く。
そうすると、彼女は顎を両手で支えた姿勢で前を見ながら、
「何となく・・・、な。
お前が、人の死に初めて触れたのはいつか覚えているか?」
そう聞かれて、自身の生前を振り返る。
いくつもの戦場を駆け、幾人もの仲間と戦い、
裏切りの汚名を着たまま、妻と共に逃亡をと付け、
陰日向にと走り回った人生は、血に塗れた道程だったが、
不思議と、始めて触れた死については覚えていない・・・。
「いや、もう記憶の海に消えた。
覚えること、忘れない事が人の美徳なら、
色あせて、忘却していく事は、人の本能だと思うよ。
・・・、そういう君は覚えているのか?」
そう、彼女に聞くと、彼女は口から吐き出した煙で輪っかを作りながら、
「覚えているよ・・・、不思議な事に、幼子の記憶だが意外と鮮明だ。」
そういう彼女は、何処か人間臭く、人で無いという事を一番間近で見ていた俺でさえ、
彼女の事を、人だと間違ってしまいそうになる。
だからだろう、そんな彼女に俺の着ていたマントを背中からかけると、
「寒くはないよ、お前の方が寒そうに見える。」
そう、彼女はマントを払う事もなく、言葉とは裏腹にかけられたマントの、
前を両手で持ちながら、言葉を吐く。
「なに、君は着膨れしても細い。」
そう言うと、彼女は天を見上げ静かに、
「そうか・・・、変わらないのと、変われないのは別の事だったな。」
そう、何のことを言っているか分からないが、言葉をそう紡ぎすっくと立ち上がると、
俺のほうに手を差し出しながら、
「さぁ、帰ろう。
すぐに帰ろう・・・、あそこは暖かい我が家だ。
それに・・・、エマも待ってる。」
そういう彼女の手を取り立ち上がり、膝の裏と背に手を回し抱きかかえる。
彼女はこういうことを、あまり好きではないようなので、暴れるかと思ったが、
不思議と暴れる事無く、俺のするがままになる。
「意外だな、暴れるかと思った。」
そう素直に感想を言うと、彼女はこともなげに、
「私より、お前の方が早いだろ?
なら、どう運ぶかは夫に任せる。」
そういわれ、屋根を飛び降りて地を走る。
無論、既に彼女が魔法を使っていたおかげで、人の早々見つかる事は無いし、
雪と闇に閉ざされた街では、人通りも皆無。
そんな所を疾走して、エマの家の扉の前に着くと、彼女はそのまま扉をノック。
そして、出迎えたのは、
「お帰りなさいませお嬢様、夫婦仲が宜しいですね。」
そう、優しそうな笑顔を浮かべるエマに、
エヴァが赤面したのは、言葉にするまでもない。
ただ、こんな日常が、後何年か続くのも悪くないと思う。
「あぁ、俺たちは夫婦だからな。」
ーsideシーナー
久々の町は、白い雪に閉ざされて面白みがなかった。
一緒に連れてきたジュアは、相変わらず僕に怯えてばかりで変な感じ。
「シ、シーナさんやめ・・・、ギャ!!」
酒場の店主さんは、お金が足りないといって僕を怒ってくる。
でも、確かに店主さんは正しかった。
だって、お金は使いの人が、文字通り使い込んでいたんだし。
「ん~、いいよ。
今のでやめてあげる。
ジュアも、そんなに震えないでよ。」
そう、黒い服を着たジュアに声をかける。
初めてこの人に会ったときは、何処か人間味がなかったのに、
今では、こんなにも感情豊かな人になった。
そんなジュアに、今使いの人の肩から引き千切った腕を食べながら言う。
口の中には、ザクロに似た味が広がって美味しいけど、ただの人間のはあまり美味しくない。
「ジュア、あの人の傷治せる?」
そう、ジュアに聞くと、
彼は頭を抱えてブルブル震えながら、親指をかじっていたのを止め、
使いの人の所まではいずって行って、その人の傷を弄繰り回している。
そんなジュアの姿を見ながら、今日酒場で出会った優しい人の事を思い出す。
顔に傷のある男の人、黒い髪の女の人、そして、一番美味しそうな真っ白な髪に青い瞳の人。
後1人、女の子がいたけど、その子はあんまり美味しそうじゃない。
「ねぇ、ジュアあの人達普通の人なのかな?
それとも、魔物なのかな?
とっても美味しそうだったけど。」
そう、肘の辺りまで腕を食べ終えて聞けば、
ジュアは引付を起こしそうな口調で、
「ひ、人でないならそれは魔だ!
ま、魔でないならそれは人だ!
それ、それの間があるなら、それは魔法使いだ!!」
「そう、君が言うなら彼女たちは人じゃなかったんだろうね。」
そう言いながら、残りの腕を食べて口を袖でぬぐう。
袖に血がついたけど、どの道今着ている服はボロボロで、綺麗じゃないからかまわない。
アーチェはそういう事を止めろって言うし、みっともないっていうけど、
僕は気にしないし、いわれてもやめる気が無い。
「ねぇ、あの人達ってやっぱり美味しいのかな?」
そう聞くと、ジュアは胸にあるくすんだ銀色の十字架を持って、
跪いて崇めるように、
「魔なら殺せ!!人なら生かせ!!
喰らえる者はすべてくらい、平らげろ!!
戦は終わった!!人は死んだ!!魔は残った!!」
そう、ジュアが指を食べつくすんじゃないかと言うぐらい、口の中でかみながら話す。
いつも見ているけど、彼のこういう所はとても器用だと思う。
「とりあえず、砦に戻ろう。
あんまり遅くなると、アーチェが心配するしね。」
そう、ジュアに言うと、彼は気絶している人を担いでくる。
千切った部分の血は止まって、肉が盛り上がってなんだか不気味だけど、それでも彼が死ぬ事はない。
そんな気絶した彼とジュアを連れて、雪の降る道を歩く。
砦までは結構遠いけど、それでもそんなに苦になるほどでもない。
長かった戦が終わって、結構時間が経って溢れた傭兵達が、僕らの砦に住みだして結構経つけど、
それでも、僕は傭兵達の雰囲気になんだか慣れない。
アーチェが彼らをまとめて、僕は特にすることもないし、
彼らとあんまり関わろうとしないけど、アーチェが昔断ったのに僕の事を弟と呼ぶので、
傭兵達も僕にはそう接してくる。
そんな傭兵達は、戦がなくなって仕事がなくなって、たまにこんな風にお金を取る。
だから、僕がこんな風にお仕置きしてるけど、アーチェはそれも止めろって言うけど僕に止める気はない。
そんなアーチェは、昔着た白い鎧を脱がずに、四六時中いるけど疲れないのかな?
そんな事を考えながら、雪道を歩いているとふと思い出したことがある。
「ねぇジュア、昔読んでいた本・・・、魔道書とかいったかな?
アレをまた読んで聞かせてよ。」
そう言うと、ジュアは首を縦にブンブン振り、
「ひ、光だ。
光の章を読もう!!
何千何万何億と読んで聞かせたが、アレをまた読もう!!」
そう、彼は声を張り上げて叫ぶ。
その声は、暗い森にこだまして、その声を聞いた狼達が森を疾走し、
枯れ木や枝を、踏み砕く音が聞こえてくる。
お腹には、まだ余裕がある。
狼の数は・・・、多分そんなに多くない。
そして、彼らは多分僕の袖についた血の匂いをかぎ別けてる。
「ふふ、ちょっと食事をしてくるよ。
ジュア、先に帰ってて。」