魔力が足りない。力が出ない。血が足りない・・・・。
心が折れてはいないが、体中がガタガタで立ち上がる事はおろか、這いずる事も出来ない・・・・。
あぁ、そういえば、這いずるにも俺、今腕がないんだっけか・・・。
辺りを見回そうにも、目も潰されて、声を上げようにも、喉は裂かれ・・・・。
はは、本当に、本当にボロボロじゃないか・・・。
あのゲスを殺そうと、今まで色々頑張ったし、辛い事も楽しい事もあった。諦める事なんぞしない。
けして、そんな逃げ出すような真似はしない。しかし、俺の頭上から声が聞こえる。あのゲスの耳障りな声が。
「知っているか人形。言う事を聞かない物、必要なくなった物の末路というものを。知らないだろうなぁ、キミは人形なのだから。
ククク・・・、 優しい私が教えてあげよう人形君。答えは簡単焼き捨てるのさ!」
そして、俺の体に火が放たれる。骨まで焼け落ちるような業火。熱さも感じず、ただ、確かな体の喪失感のみを伝えてくる。
再生出来ない。体が動かない。魔力が足りない。諦めは無い。しかし、俺に這い寄る暗い闇。あぁ、この感覚はあの時の・・・・・。
新たな一歩なのかな第12話
「クソっ!俺はなんだ!俺は何なんだ!!彼女と成り代わり、彼女の代わりに復讐を果たそうとしてこのざまか!クソっ!」
放り出されたのはいつかの闇の中。だが、そんな事は同でもいい。
体があれば辺りにあたり散らして、目に映るモノをすべて破壊しつくしているだろう。
しかし、俺はまた体の無い闇に成り下がった。
「クソっ!」
こうやって、悪態をついている間にも、俺に語りかけてくる奴らがいる。
最初の時は気づかなかったが、もしかしたら最初も語られたのかも知れない。
曰く、もう楽になれと。
曰く、もう後はゆっくりとここに居ろと。
曰く、もう諦めてもいいのだと。
曰く曰く曰く曰く・・・・・・。
頭に響く、心にするりと入り込もうとする。甘い甘い甘言で俺を取り込もうとする。
さぁ、楽になろう、さぁ、諦めよう、さぁ、もう立ち上がる事無く、ここで一つになろうと・・・・。
「舐めるなよ。」
顔なぞない、目なんてあの男に切り裂かれて、ここに来る前から潰されている、声を上げる為の喉も切り裂かれて声も出ない。
それでも辺りを睨みつける。そんな事は関係ない。そう、関係なんかあるものか!俺の諦める理由なんぞになりえるわけが無い!
「だまれ!キサマ等がどう言おうと、何を囁こうと知った事か!俺は俺だ!あの時彼女に成り代わりを持ちかけて彼女になった!
俺の名前は『エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル』不死の子猫の名を冠する、不老不死の吸血鬼の真祖!
キサマ等なんぞに屈するか!キサマたちのような闇なんぞに成り下がってたまるか!!私が手に入れたものはすべて私のものだ!
この痛みも苦しみも楽しさも悲しさも、すべてが私のものだ!何一つキサマ等なんぞにくれてやるか!」
そう、辺りに叫ぶと、それまでの囁きは消え変わりに水を打ったような静寂に包まれる。そして変わりに、すすり泣く声がする。
あぁ、この声は懐かしい声だ。俺がエヴァとして始まった時の、彼女が彼女として終わった時の。その声の方に歩みを進める。
そして、見つけた。この真っ暗な闇の中でも確かに存在する事の分かる彼女を。まるで、あの時の焼き直しのようだ。
顔を膝に埋める姿も、この闇の中で輝く月のような金髪も。ならば、話しかける言葉は決まっているだろう。
「ねえキミ、何で泣いてるの?」
そう聞くと、彼女は泣きながら答えを返す。
なぜ彼女が居るのかは分からないし、それを詮索する気も無い。
ただ、ここに彼女が捕らわれたままだという事実だけでいい、そして、その事実を壊せるだけの力があるなら。
「私は死ねなかったの。私を助けてくれた人は居たけど、多分その人も死んじゃった。
私はここでその人の事を見てたから多分だけど分かる。そして、私は助けてくれた人以外の何かに捕まったから、死ねなかったの。」
そういって、彼女はすすり泣く。俺が彼女を喰らったと思った時から、もう三年半。
吸血鬼は魂の病気だと、何処かで聞いた事があるが、それがこの結果か。
こんな暗闇に三年半の間、彼女は捕らわれ続けたのか。
彼女が死んでいたと思っていた馬鹿な俺を殴りつけたい。
それに、彼女に対しての申し訳なさで胸がいっぱいになる。
「すまない。キミがこんな事になる位なら、何も提案しなければよかった。」
そういうと、彼女は顔を上げ立ち上がる。
「貴方は誰?」
そういって、俺の目が在るであろう所を見る。
俺は彼女に名乗る名なんて無い。
自身が誰か分からない、まがい物の俺では、彼女の前で彼女の名前を名乗れない。
「俺はキミに成り代わりを持ちかけた闇。名前なんて無い、しがない闇さ。」
そういうと、彼女は大きく首を振る。
まるで、聞き分けの無い子供のように大きく首を振り叫ぶ。
「違う、貴方には名前を・・・、私のすべてをあげた。だから、貴方は闇ではない。お願い、貴方の名前を教えて。」
そういって、俺に涙を流しながら哀願してくる。
あぁ、そうだ、俺は俺は彼女から全てを貰いあの世界に生まれ出でた。
過去の自分なんて、もう名前の思い出せない自分なんて要らない。それは俺の一部であればいい。
俺はもう既に、彼女としてあの世界で生きていく覚悟を決めていたのだから。俺はあの戦場に彼女として戻ら無ければならない。
「そうだった。すまない。キミからの贈り物を蔑ろにするなんて、馬鹿にも程がある。俺の名前は・・・、いや、私の名前は
『エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル』
かつて、ここの闇の一部として漂い、そして、君という奇跡に出会えた存在だ。」
そう言うと、今までは体が無かった俺に体が生まれる。目の前の少女とまったく同じで、ただ一点髪の色が違うだけの俺の体が。
それを見て、少女が口を開く。とても申し訳なさそうに。
「はじめまして、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。
そして、御免なさい。私が貴女に全てを押し付けてしまったが為に今までいろんな苦労をかけたわね。」
「いや、構わない。全ては私が選択した事だ。後悔は全て終わった後の死の瞬間だけで十分さ。」
「それなら、貴女はこれから後悔する事無く生きて行かなくちゃいけないわね。」
そういって、お互い笑う。目の前の彼女の体は少しだけだが透け始めている。
そして、自身が透け始めて事を悟ったのか、彼女が口を開く。
「ねぇ、今度は貴女がちゃんと私を終わらせて。貴女の牙で、私の全てを吸い尽くして。」
そういって、髪を掻き上げ俺の方に白い首筋を差し出してくる。
それを行ったら、いったいどうなるかなんて想像できない。言ってしまえば他人の魂を魂が食べようとしているのだ。
いや、もしかしたらこれは融合する事になるのかもしれない。まったく持って予想なんてものは付かない。
だが、これは最後の彼女からのお願いだ。ならば、俺が断るわけが無い。
「君が望むのならば。」
そういって、彼女に抱きつき首筋に牙を立てる。
初めて飲んだ彼女の血はとても甘く、今まで飲んだどの血よりもすんなりと俺の中に流れ込んでくる。
これで、彼女は闇に捕らわれる事無く、無事に逝けるだろう。
そう思いながら、彼女から吸っていると、不意に彼女の手が動き頭をなでられた。
「フフ、吸われるのって意外と気持ちいいのね。それに、貴女の白い髪はとても綺麗。だから、私の髪の色は、私が持っていくわ。
これぐらいなら、罰は当たらないでしょ。」
そういいながら、何度も何度も俺の髪に指を通す。
俺は彼女の首筋に牙を立てているために言葉を話す事が出きない。
しかし、彼女の言葉に答えるように小さく首を動かし、問題無いと返す。
そして、彼女から全てを吸い尽くし、もう何も無いような世界から彼女の声が聞こえる。
「じゃあ、私もそろそろ行くね。貴女には辛い道きつい道、その他色んな苦難がある。
でも、もうここに来ては駄目よ。ここに着たらもう戻れなくなっちゃうだろうからね。
だから、もうここには来ないで。私はもういないから。」
それを最後に。彼女の声は聞こえなくなってしまった。
俺はその声を聞いている間ずっと涙を流していた。いなくなってしまう彼女の為に。
全てを俺に差し出し、死ぬ事を願い続け、それでも俺を見守ってくれた彼女の為に。
「ハハ、見送る時は笑顔でって決めてたのに、これは無理だ。
それに、俺には君を呼ぶ権利が無い、君の名前を知らない俺には君を呼ぶ事が出来ない。」
俺はひとしきり泣いた。もう、名前も思い出せない彼女のために。泣いて泣いて、見っとも無いと言われようと関係ない。
泣きたい時に泣けない奴よりも、泣く場所を弁えた上で泣ける奴のほうがいい。そして、この涙は彼女との永遠の別れを告げる涙。
ここで流す涙は彼女のための涙であり、俺のための涙でもある。そして、ひとしきり泣いた後、また闇から誘いの声が聞こえてくる。
ここに居れば、すべて忘れられる、ここに居れば、悲しみも、痛みも、苦しみも、すべてを含めた苦痛から開放してやると。
「確かに、ここに居れば楽なんだろう。苦しみも、しがらみも、傷みも。おおよそ全てを放り出す事が出来るだろう。
だがな・・・・、 そう、だがな!この痛みは私が生きている証だ!この苦しみは私が悩んでる証だ!私の全ては私のモノだ!
足の指先から、頭のてっぺんまで その全てが私のものだ!キサマ等なんぞに、くれてやる物なぞ何一つ無い!
私をあの場所に・・・、あの憎悪と狂気と醜悪の詰まったあの場所にあの、私の戦場に帰せ!!」
そう言うと、無数の声が消え、代わりに一つの声が聞こえる。男か女か、若いか老人か、
その一切全てを内包し、それでなお意思というものを持つ声が黒い闇の塊から俺に語りかけてくる。
「我が意思に隷属せよ、さすれば願いをかなえよう。」
「そんなものするものか!私を舐めるなよ、キサマ等に隷属などするか!逆だキサマ等の様な弱者が私に隷属しろ!
そうすれば、キサマ等を使ってやる、それが代価だ。キサマ等が私に力を寄越し、私がその力を自由に使う!それ以外の形など認めん!」
そういって、俺は牙を剥き出して闇の塊に喰らい付きそれを啜る。
瞬間、全神経に針金を通したような痛みが俺を襲い、脳が焼け溶けそうになる。しかし、牙は離さない。
そうして、吸い続けるたびに、体に魔力が流れ込んできて、中を蹂躙して作り変えようとする。
それから、いったいどれ位の時間がたっただろう。すでに体の感覚は無く、噛んでるのかそれとも、すでに倒れているのか。
全てが曖昧になった中で声が聞こえる。
「・・・・、名はなんと言う。」
「エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル・・・・、誇り高き真祖の吸血鬼だ。」
「そうか、ならばもう行け。吸ったモノは体に繋がった。すきに行け。」
そう言われて、立ち上がる。あぁ、よかった。
まだ俺には体があり、全てがそろってる。彼女からもらった全てが。
「あぁ、こんな辛気臭い場所もう二度と来ない。私は私の復讐を果たすために、あの戦場に戻り、
私に忠義を誓い、私の帰りを待っている騎士と共に打ち破る。それに、私にはもう奴の声が届いている。」
そういって、目を閉じた・・・・・。
俺の名前を呼ぶ奴がいる・・・・・。
大声で叫んでる奴がいる・・・・・。
ーsideディルムッドー
目の前で、エヴァは灰にされてしまった。微弱だった魔力は今はもう感じられない。彼女は死んでしまったのだろうか。
あの、どこまでも自身を貫こうとする彼女が、吸血鬼の真祖である彼女が!答えは否だ。
彼女が死ぬはずなど無い。それならば、俺はここで待つしかない彼女の戦場であるこの場所で!
「クアハハ・・・、よくも見上げたものだな人形、しかし、お前の主は灰になった!あの毒を喰らい、弱ったあの娘なら、
間違いなくこれで終わりだろう!どうだ、私に仕えてみないか。クハハハハハ・・・・。」
「ゲス、お前ははエヴァを理解していない。お前はエヴァの事をまったく持って分かってはいない!」
そういってやると、シーにアスの顔つきが見る見るうちに変わり、悪魔のような顔つきになる。
いや、実際悪魔なのかもしれない。いまだにローブから顔だけ出したその姿は、そう思わせるだけの威圧がある。
「貴様もか人形!貴様も私を馬鹿にするか!ならばいい、キメラ、それと下僕ども!その人形をいたぶり壊せ!」
シーニアスがそういうと、残っていた化け物どもが俺に殺到してくる。
然し、
ドドドドド・・・
目の前の一体を穴だらけにして声を上げる。
「キサマ等程度では俺は倒せないと言った!」
そういいながら、自身の小さい身体と飛行術式、新しく手に入れた気という力を使い、手当たりしだに屠って行く。
しかし、力が足りない。彼女からの魔力も切れ、自身にある力も残り少ない。だが、ここで引く訳には行かない。
「どうした、化け物ども!俺一人に臆したか!」
そういいながら、左から噛み付こうとした化け物の首をゲイ・ボウで跳ね飛ばし、後ろから捕まえようとした化け物を横に体をずらして交わし
ゲイ・ジャルグで胴を薙ぐ。まだだ、俺はまだやれる!双本の槍を回しながら、目の前の化け物の両腕を刎ねて、ドロップキックを胸に見舞う。
「ふん、元よりお前は対象外だ リラ・ライ・ア・ドック・ナララット 魔法の射手・炎の矢3発。 燃え落ちたまえ。」
「その程度が何だ!」
そういって、飛んでくる魔法の矢を気で強化したゲイ・ジャルグで切り裂き、シーニアスに近付こうとした時に、
パンパン・・・・
と、何発かの銃声がする。
とっさに槍で受け止め、何発かエヴァからもらった服が衝撃を吸収したが、片方の足先を潰された。
「ちぃっ、だが、まだだ!」
俺は飛べる、脚をやられ、体のバランスが崩れるが、それでもなお戦う事は出来る。
ここで朽ち果てる訳にはいかない。彼女が帰ってくるであろう、この戦場で彼女が帰って来た時に無様を晒す訳にはいかない!
「諦めればいいものを。今ので足先が砕けたぞ。」
そういって、目の前の男はニヤニヤ笑いながら杖を構える。
俺の方は、まだ完全に使いこなせていない気を使い、魔力もほとんど無いのにこれだけの大立ち回り。
飛行術式は魔力を食わないから問題が無いが、それ以外の面では、ボロボロもいい所。
もうすでに、何体屠ったかの覚えてもいない。だが、
「諦めなぞするか!我が主は帰ってくる。我が主は必ず帰還を果たす!
我が主であるエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルはキサマを殺すために必ず帰ってくる!!!!」
そういうと、男は失望したかのような顔で俺を見てくる。
「壊れた人形なんぞゴミだな。現実を見ろ。リラ・ライ・ア・ドック・ナララット・・・・。」
そう唱えだすと、杖の周りに魔力が集まって行く。そして、俺には待ちに待った声が聞こえてくる。
彼女は、彼女が灰になった場所から現れた。一体いつ現れたのか、分からなかった。でも、彼女は確かにそこに居た。
「流石は我が騎士、それだけ吠えれれば上出来だ。」
「なぁっ!?ちぃっ!!」
そう言って、シーニアスは空を飛び後ろに下がる。
そして、エヴァはその姿を一目見た後、俺に向かい言葉を発する。
「留守をご苦労。キサマの声はいい道しるべになる。
まるで、夜明けを知らせる雄鶏の様だ。そんな声を上げられれば嫌でも目が覚めるぞ。」
そう言って、裸の彼女はにやりと俺に向かって笑いかける。
あぁ、あの表情は間違いなく彼女が浮かべるものだ。それに対して、俺は片膝を付き答える。
シーニアスの下僕たちは動かない、そして、シーニアス自身も動かない。
「我が主よ、寝ぼけすぎです。今ここは貴女の舞台なのですから急に寝てもらっては困ります。」
そう言って、俺もニヤリと帰す。
あぁ、これからが本当の戦いだ、これからが本当の俺の戦いだ。
そう思っていると、男が空間を震わせるかのような声で叫んだ。
「何故だ、何故だ!何故だ!!何故だぁぁぁぁぁぁァ・・・・・!!!!何故キサマが生き返れる!?貴様は間違いなく生き返れないはずだ!
何だ、どんなペテンだ!言え、言うんだアタナシア・キティ!!!!」
そう、シーニアスが叫ぶと、エヴァはそちらを振り返り。
さも当然なように口を開く。
「何故だと?キサマは真祖がそんなに簡単に死ぬと思っているのか?思い上がるのも大概にしろよ!キサマ如きに殺されるほど私は優しく無い!
さぁ、ここはキサマが作った舞台で、キサマは私の名を呼んだ。それなら一つ馬鹿踊りでもしようか!」
そういうと、シーニアス目を大きく見開き、さも楽しそうに狂気な笑みを浮かべ、ローブを脱ぎ去ってそれに答えた。
「いいでしょう、貴女を殺せるなら大歓迎ですよ!!!キメラあなたは人形を抑えなさい!!!ダンスの誘いは私一人で十分です!」
ーside俺ー
暗い闇の中から帰還を果たすと、ディルムッドが孤軍奮闘していた。しかし、いくら英霊と言えども数の暴力のせいか、
片方の足は壊れ、体のあちこちは返り血で汚れたり、煤けたりしている。しかし、こいつは諦めなかった。
そして、俺が帰ってくる事を信じ戦い続けた。ならば、こいつの舞台も用意してやろう。
「我が騎士よ名乗りを上げよ!貴様の誉れ高き名を名乗り、私の前に立ち塞がるモノの一切を穿て!!魔力は好きなだけ持っていけ!
真名など好きなだけ開放しろ!その一切の力を持って全ての障害を潰せ!!私は私の仕事をこなす!キサマはキサマの仕事をこなせ!」
そう言ってやると、俺の横で片膝を付いていたディルムッドは嬉しそうに一言返した。
「我が主の思うがままに。」
そう言って、化け物どもの前に行き名乗りを上げている。あいつならば、確実にオーダーをこなしてくれるだろう。
俺は俺でやる事がある。そう思い、シーニアスの方を見る。
「ククク・・・、何度でも殺してあげますよ、そう、何度でもね。あぁ、そう考えれば貴女が生き返ったのも、
そんなに悪いものじゃないかも知れませんね。そう思いませんかキティ。」
そういいながら、嫌味ったらしく笑う。シーニアスの身体には一つおかしな所がある。それは、俺が奪った筈の腕が付いている事。
俺はあの時確実に奴の腕を奪ったが、何かしらの方法で付けたのだろう。
辺りに居る化け物どもも、フランケンシュタインよろしくな奴等が半分を占めている。
多分、奴の術で死体を操った結果という所か。
「私としては、とっととキサマに死んでほしい。
そうすれば、何の憂いも無くなる。それと・・・、来い我が杖よ。髪留めよ髪を上げろ。」
身支度を整え、コウモリで身体を隠し、シーニアスを睨みながら対峙する。当然戦うと言う事から、夜想曲はセット済み。
「フフフ・・・、貴女が言ったんじゃ在りませんか、馬鹿踊りをしようと。」
そう言って、シーにアスは杖を構える。それに合わせるように、俺も杖を構える。
「あぁ、踊りは踊りでも、キサマと私が踊るのは、どちらかが死ぬまで踊り続ける死への戯曲だ。」
そして、一瞬の静寂の後、
「エメト・メト・メメント・モリ 魔法の射手・重力の30矢!」
「リラ・ライ・ア・ドック・ナララット 魔法の射手・闇の矢15矢!」
そう呪文を互い唱え、俺は空に舞い上がる。出した矢の数は俺のほうが倍数。
半分は、相手の矢と会い打ちさせ、残り半分をシーニアスに向ける。しかし、
ギャリ!ギャリ!ギャリ!
何発かは魔法障壁で潰され、もう何発かは奴の包帯を巻いた腕で叩き落された。
だが、そのおかげか巻いてある包帯が外れ、腕があらわになる。そこにあった腕はミイラのように干からびた黒い腕。
しかし、第六感で見るとその腕に纏わりつく無数の亡霊がいる。それに、奴の魔力量は少なかったが今はかなり多い。
たぶん腕に何かしら仕掛けがあるんだろう。
「ちっ、胸糞の悪いものを。」
「フフ、これは私のお気に入りですよ!」
そう言って、俺のほうに杖を向け、呪文を詠唱しだす。
「リラ・ライ・ア・ドック・ナララット 暗き闇よ 集まり集いて 枷となれ 亡者の腕。」
そう言って出て来たのは、闇の腕。闇系の捕縛呪文だが、つかまると魔力を少しずつ削がれて行く。
しかし、幸いな事に、今の俺が居るのは空中その利点を生かし、腕を交わしながら詠唱に入る。この距離なら、いける!
「おそいぞ、その程度なら、真正面から打ち砕ける!
エメト・メト・メメント・モリ 来たれ氷精、闇の精。闇を従え吹雪け常夜の氷雪 闇の吹雪!」
詠唱を完成させ、真正面からシーニアスの術を破壊していく。魔力封印時はそれほど威力が出せなかった。
しかし、今は違う。封印は外れ自身の持つ魔力をフルに使っての戦闘。
それならば手加減はいらない。俺が放った闇の吹雪は高速回転するミキサーのように黒い腕を磨り潰しシーニアスに向かい進む。
「これはこれは、早々中るわけには行きませんねぇ。来い下僕ども盾になりなさい!」
シーニアスの腕に纏わりついていた亡霊たちが、呼びかけに答えて互いを喰らい魔力障壁を作る。
しかし、それでも完璧に防ぎきれる訳は無く障壁が片っ端から砕ける。それを見ながら、さらなる詠唱に入る。
「エメト・メト・メメント・モリ 氷神の戦鎚!」
重力を操作し、巨大な氷の玉を投げつけ、シーニアス居た場所ごと粉砕する。
さすがに、これを喰らえば奴もただではすまないだろ。なにせ、投げた場所にはクレーターが出来、
舞い上がった氷はそのまま一気に重力で加速させ、再度シーニアスの居た位置にたたきつけた。しかし、奴の魔力はまだ感じられる。
「遊びは終わりです、キティ取り殺して差し上げましょう。」
今までの壊れたスピーカーのような声でなく、水を打ったように静かな声を発したシーアにアスは、土埃の中ミイラのような腕を掲げて立っている。
しかし、さすがに無傷ではなく。あちらこちらから血を流し、氷が刺さっている所もある。
「リラ・ライ・ア・ドック・ナララット 闇の深淵にて苦重にもがき蠢く闇よ 祖の言葉は実態を持ちいて 生有るモノを穿つ。」
シーニアスの言葉が紡がれるたびに、腕に纏わりつく亡霊たちがざわめく。それは歓喜か或いは死への呼び水か。
どちらにせよ拙い、あの魔法がどんな魔法かは知らないが、少なくとも、真っ当な魔法とは思えない。
奴のミイラのような腕は纏わりつく亡霊たちを吸収しながら魔力を膨れ上がらせていく。
「クソッ、間に合え! エメト・メト・メメント・モリ 魔法の射手・闇の45矢!」
詠唱を完成させないよう、障壁突破までつけて魔法の矢を打つが、奴の腕に纏わりついている亡霊たちが邪魔をして中らない。
仕方ない、そう思い一気に距離を詰める。
今俺が出来る接近戦用の魔法はエクスキューショナー・ソードしかなく、後は自前の体術と吸血鬼の身体能力。
エクスキューショナー・ソードを展開させながら、後数メートルという距離にまで近付いた時に奴の呪文が完成する。
「ククク・・・、貴女の様な高位の存在を打ち滅ぼすための呪文です。さすがに、これなら貴女も無事ではすまないでしょう。」
そう言って、俺の方に腕をむけ、静かに最後のトリガーを引く。
「終焉の闇」
言葉を聞いた直後は、まったく持って辺りには何も起こっていなかった。しかし、
ずるり・・・・ずるり・・・
ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・
ぐちゃ・・ぐちゃ・・・
辺りから不気味な音が響く。辺りは明るかったはずなのに、その陰影で生まれる影が今はやたらに暗い。
そして、何かが這いずり出てきた。そう、何とも分からないなにか。色は乳白色を少しくすませた感じの何か。
それが、闇の中からずるり、また一つずるりと姿を現しだす。
「何だ、この呪文は一体・・・。」
辺りの光景に戦慄を覚えながら、気が付いたら言葉が出ていた。
そして、その問いに答えるのは、その術を発動させたシーニアス。
「言ったでしょ、貴女のような存在を滅ぼす魔法だと。肉体に打撃を与えようとも再生してしまう、死ぬほどの苦痛を与えても立ち向かう。
そんな忌々しい存在を滅ぼすなら、肉体的、精神的に殺して、更に魂を砕くしかないでしょう?」
そう言って、ニタニタ笑っているシーニアスが徐々に透けていく。そして、代わりに残ったのは今も闇から這いずりだしている何か。
後ろで戦っていたディルムッドの音も聞こえない。ただ、聞こえるのは不快な音と這いずる音。
「クソッ、せめて術式さえ分かれば。」
そう毒付き、空に舞い上がる。そして、自身を落ち着かせ思考に入る。今の光景と、奴の言葉からヒントを紡ぎ出せ。
俺の持つ知識から答えを出せ。何かあるはずだ。俺も、まだ完全には使えないが、悪魔の消滅術式はいくつか練習していた。
その中に答えがあるはずだ。
ーsideディルムッドー
時は多少さかのぼる。
彼女と話し分かれた後、俺は俺の戦場に立っていた。辺りに居るのはシーニアスによって、亡者にでもされたのであろう人々。
目に生気は無い。むしろ、何人かは魚の死んだような濁った瞳で俺を見てくる。そして、俺の脚を砕いたあの大男・・・、
キメラも自身の主の命により俺と対峙している。彼女の成す事は自身の復讐。そして、俺の成す事は、
「彼女の道を作る事。まったく持って騎士冥利に尽きるじゃないか。」
そう言葉を吐いて、口を大きく吊り上げて辺りの亡者ご一行を睨みつける。
そして、大きく息を吸った後、自身の名誉ある名を大きく叫ぶ。
「我が名はエヴァンジェリンが双槍の騎士ディルムッド・オディナ!我が主の命により、この場に居るすべてを穿つ!」
そう言って、自身の体を人形から人へ移行する。そして、それまで律儀に待っていた亡者たちが殺到する。
数はざっと見て20と言った所。
しかし、
ドス・・・、斬!!
一番初めにかかってきた亡者の口から後頭部までを貫き、引き抜く反動を利用してもう片方の槍で首を刎ねる。
「キサマ等程度の亡者では障害になりえない!我が忠義はすべてを穿つ!!」
そう言いながら、槍をくるくる回し踊るように、舞うように、亡者の頭を潰し、心臓を貫き、あるいは、その両方を穿つ。
そんな中、気になるのはキメラ。奴はほかの亡者と違い、その場に立って体を抱くように腕を組み俺を見ている。いや、視ているのかもしれない。
目に光は無い、体は継ぎ接ぎで、まともな精神と思考があるとも思えない。だが、奴は不気味だ。獣ではなく怪物。そんな言葉が頭に浮かぶ。
「・・・・、不気味な奴め。」
言葉を一つ吐き、眼前の亡者の両腕を切り落とし、頭を蹴り顎を砕き、穴だらけにする。
そうして、ほとんどの亡者が行動不能になり、俺とキメラとが残る。
「やはり俺の脚を砕いたキサマが残るか。」
そういいキメラを見る。キメラは感情らしい感情を浮かべず、しかし、口を開いた。
しかも、大男には不釣合いすぎて吐き気を催すような綺麗な少女の声で。
「人形かと思ったら優男だったのね。その美貌なら彼女が熱を上げるのが分かるわ。ただ、その傷は減点ね。」
顔は笑っていない、顔の筋肉が何一つ動いていない。それなのに、かん高い女の声で楽しそうに言う。
不気味で、歪で、気持ちが悪い。あの、エヴァがゲスと言って憚らないシーニアスという男は一体何が目的なのか。
いや、俺が考えても始まらない。俺は彼女に騎士であり、それ以外の何者でもない。ならば、どんなに考えようとやる事は決まっている。
それに、この怪物は俺と彼女とを最も強く繋ぐ顔の傷を馬鹿にした。それは万死に値する。
「お褒めに預かり恐悦至極。しかし、キサマの様な化け物に言われる筋合いは無い!!」
そういうと、俺は突きを繰り出しキメラはそれを逸らしながら、おどけた口調で返してくる。
「あら、怒ったかしら坊や。まだ若いのね!」
ぶつかり合う互いの槍先。俺の槍技を点とすれば、彼女のそれは面と言った所。
両手で持った槍を技無くただ、俺の槍先にあわせて振るうだけ。しかし、それでも近付くには攻めあぐねる。
点ならば逸らす事ができる、それに、俺のように両手に槍を持つような敵と対峙するのも、ほとんど始めてだ。
それに、仮に飛び込めたとしても、その後には双銃と双剣。隙を待つか。そう考えて、あえて動きを鈍らせる。
「あら、どうしたのかしら坊や?動きが鈍ってよ!」
そういいながら槍を大きく縦にふるう。そして、俺はその槍を横に体を滑らせてかわし、
そのままキメラの槍を踏み砕き、そして槍を振るい槍を持っている左手首を真名を開放しながらゲイ・ボウで斬りとばす。
こんな見え透いた隙に簡単に食いついてくるとは、エヴァならまず有り得ないな。
「あら、斬られちゃったわね。でもね・・・。」
そう言いながら、俺に斬られた断面を見せ付けてくる。
大方、再生できるから無駄だと言う事をアピールしたいのだろう。
「無駄だ、キサマの再生能力を知った上で刎ねたんだ、策が無い分けないだろう?」
「何よ、一体何なのよこれ!・・・、そうだ、多分お肉が足りないのね。」
俺の言葉に耳を貸さず、周りにある亡者の肉を槍で突いて、口に運び食べて再生を試みている。そんな光景を見ていると憐れの一言だろう。
キメラが、どうしてこんな状態なのかは知らないが、自身でこの姿を望んだのだろうか?そんなキメラがため息を付いた後こちらを見た。
「ふぅ、駄目ね。なら良いわ、痛みもないし。それに、こうすれば使えるでしょ?」
そう声だけで笑って、銃の片方を直し、そのままその手で、左手の断面から肘までの骨を力任せに引き抜き、代わりにそこに折れた槍を仕込む。
「フフ、驚いたかしら坊や?」
そういって、俺に折れた槍の先を向け見せ付ける。
「いや、ただ憐れだ。」
そういいながら、槍を回転させる。エヴァが言った槍をすばやく振るう方法で、一つだけ失念してるか或いは、
無理だと思って俺に言ってないであろうモノがある。それは、武器に纏わせた気を爆発させるというもの。
槍というのは、リーチ面では優秀だが、攻撃範囲という面では酷く他の武器に劣る。
なぜならば、相手に有効だを与えようとした場合、刃の部分が極端に短く、そのせいで、面ではなく点で攻撃する、いわゆる突くという動作になる。
だからこそ、彼女も言わなかったのだろう、刃の部分で斬撃を出してみろと。
俺の宝具であるゲイ・ボウは傷を負えば癒す事が出来ない。
しかし、槍は突く事に特化し、その能力も点でしか示せない。
それに、俺は筋力もあまり高くなく、細い部分なら問題ないが、首なんかは流石に無理だった。
しかし、それを解決する方法が見つかった。
それが気だ。彼女を驚かそうと修練した技。それを今ここで試そう。
ヒュンヒュンヒュン・・・・・・
「憐れ・・・・ね。貴方が人の事言えて?貴方も彼女のお人形さんでしょ?
偽りの記憶なり、強制認識なりで、無理やりそんな事になってるんでしょうに。それを聞いた私の方が貴方に哀れみを持つわ。」
そう言いながら、俺に槍を放ってくる。気を練るのにまだ時間のかかる俺では、まだ練りが足りない。
だからこそ、動いて交わし、ゲイ・ジャルグのみで応戦する。
「俺は、俺の意思で彼女に付き従う。それを憐れだと思うキサマは今まで良い主に出会えていない証拠だ。」
互いの槍先を交え、左に回り込めば頭を狙い突きを出し、それをキメラが剣でいなし銃を撃ってくる。
それをかわし後ろに下がる。
「貴方の言う事なんてもう知らないわ、私の主は私の体を直して、さらに痛みともさよならさせてくれたんですからね!」
初めて、キメラの声にキメラ自身の感情がこもったと思う。
今までせせら笑うような話し方だったが、この言葉だけはどこか、苦虫を噛み潰したような感じを受ける。
だが、それももう終わりだ。気も練りあがった。ゲイ・ボウに纏わせるのも終わった。
「そろそろ終わりにしよう。主を待たせるわけにはいかない。」
そういい、俺は姿勢を低くし腰をひねり回転させて全身のバネを使えるように。そして、ゲイ・ボウが自身の体に隠れるようにする。
これからやるのは、俺だからこそ出来る技だろう。自身の槍の長さを正確に理解し、さらにはその刃の部分までも熟知した俺だから出来る技。
「あら、私はまだ踊っていたいのだけれどね、釣れない殿方。」
そういいながらも、終わりが近いのを悟ったのかキメラも構える。そして、互いの視線が絡み合った瞬間技を放つ。
一撃目は、心臓を狙い全身のバネを使って繰り出すゲイ・ジャルグでの突進突き、しかし、それをキメラは自身の腕を立てに受け止める。
しかし、それが本命ではない。
二撃目は、その槍を引き抜く反動を利用して体を立て回転させ真名を開放したゲイ・ボウでの頭への斬撃。
キメラはそれを受け止めようと、双剣を掲げたが、
「甘い!!」
あたる直前に一気に気を爆発させて、速度と威力を増し剣を砕きながら頭を切る。
そして、最後に着地すると同時に体を回転させ、双槍を真名を開放して振るい、首を跳ね飛ばす。
キメラの首は最後の攻撃で刎ね飛び、地面を転がる。そして、時間差で体がドサリと地面に倒れる。
「この技はまだ研鑽がいるな。」
そう言って、転がっているキメラの首を見る。
この怪物は最後まで主の命に従い戦って散った。
それでこいつは満足だったのだろうか?
「いらん詮索だな。と、エヴァの方も終わったか。」