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[7277] ケティ・ド・ラ・ロッタの事も、時々思い出してあげてください(ケティに転生)
Name: 灰色◆a97e7866 ID:0db87abd
Date: 2010/10/04 10:30
この作品はケティ・ド・ラ・ロッタという、作品の流れ上、どーでもいい少女に転生してしまった人の話です。
転生前の人が男性なので、TS成分も若干含んでいますから注意してください。

私はとてもムラっ気の多い人なので、定期投稿できるかどうかはわかりませんが、よろしくお願いします。
あと、誤字脱字指摘は大歓迎ですので、ビシバシお願いします。
ツイッター
http://twitter.com/haiiro8116
ブログ:灰色な日々 オリ設定のQ&Aもあるよ
http://haiironahibi.seesaa.net/

09/03/11
テスト投稿状態から、取り敢えず出せそうな感じになったので、テスト板よりチラシの裏へ移動

09/03/18
チラシの裏よりゼロ魔板へ移動

09/05/06
こそっとプロローグを改変

10/02/25
幕間が増えすぎたので、ナンバリング

10/02/26
ツイッター始めました
http://twitter.com/haiiro8116
語りかけてやってください、今のところ友達ゼロなんです…。

10/03/10
幕間を大幅に整理&試験的に幕間部分を本編にくっつけてみる

10/09/29
ブログ始めてみました
http://haiironahibi.seesaa.net/?1285724002
設定についての質問への答えはこっちに纏めようかなと



[7277] プロローグ
Name: 灰色◆a97e7866 ID:0db87abd
Date: 2009/05/07 01:14
人生びっくりな事はあるものです
大学の研修旅行で行ったニューヨークで突如出現した白い化け物に掴まれ、成す術も無く口に放り込まれて咀嚼されました


人生びっくりな事は続くものです
前世の記憶があるまま転生って、『○ー』の与太話ですか?


人生びっくりな事は一気にくるものです
転生した先が『ゼロの使い魔』の舞台となっているハルケギニアだったのですから




私ですか?
今の私はケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
中身は元・日本人の大学生(♂)ですけれども。
名前?いいじゃないですか、そんなのどうでも。
どうせよくわからない化け物に美味しく戴かれてしまった前世なのです。



そんなことよりも今の私の身の上を。
今の私はラ・ロッタ男爵家の12女で上に姉が11人、下に弟が1人います。
全員年子なのです。
男の子がなかなか生まれなくてついムキになって頑張り過ぎたのですね、わかります。
祖父と祖母も同居でまさに大家族なのですよ。


ちなみにラ・ロッタ家は男爵家でありながら領地こそ肥沃で広大なのですが、とある理由で耕作地が狭くて分散している上に、これといった特産品があるわけでもないのです。
火メイジなので軍人を多数輩出していますが、性格が戦いに向かないのか大成した人は一人もいおりません。
まあ土地はそこそこ肥沃だったので食べるのには困りませんでしたが、交易路から離れていたので、売ってお金を得られたとしても微々たる物でした。
領主自ら領民と一緒になって、畑を耕したり野焼きをしたりしながらのんびりと暮らすという家風がある。
そんな、貴族とは名ばかりの少し裕福な平民みたいな家に私は生まれなおしました。


兎に角、私は異世界に転生してしまったのです。
生まれた直後のことはうすらぼんやりとしか記憶していませんが、2歳頃には意識がはっきりしていました。
前世のことも昨日の事のようにはっきり覚えています。
死の直前なんて、思い出したくない記憶ですが。


まず始めたのは、文字の習得です
言語は既に幼児語ながらハルケギニア語を勝手に習得できていたので、文字を覚えるのは英語を一から学ぶよりも遥かに楽でした。
お父様とお母様や姉達は『天才だ!』と喜んでいましたが、残念ながらあなたの娘は唯のチートキャラであって、別に特別優秀だってわけではないのですよ。


次に文字の習得を早める為と情報収集の為に読書を始め、こちらの情報収集を始めました。
何せ、小説内に出てくる情報が少なすぎますから。
主に読んだのは政治や地理の本ですが、政治の本は兎に角、地理は読むだけ無駄だとわかりました。
そうだね、天動説だね、大地の果ては崖で水が流れ落ちていくんだよねってやつです。
いやまあ魔法があるような異世界ですから、本当にそうかもしれませんけれども。
まあ、ハルケギニアの大まかな地理がわかっただけで良しとしましょう。
ちなみに政治や地理の本を読み漁る私を見て『天才だ!』とお父様とお母様や姉達が喜んでいますが、贔屓目に見てもキモい子供じゃあありませんか、私?


最後に魔法なのです。
ラ・ロッタ家は火メイジを多く輩出して来た家系らしく、私にも火の魔法の特性がありました。
まあ、作品内でも《燠火》とかいう二つ名があったみたいですし、火メイジだというのはわかっていましたが。


…で、練習してみるとこれが面白いのです。
何も無い所から、火が出るのですよボーって。
原理はよくわかりません『考えるな、感じるんだ』ってやつです。
ええ気にしませんとも、私はどうせバリバリの文系ですから、持ってる科学知識なんて高校生レベルのものでしかないのです。


ささやき…えいしょう…いのり…ねんじろ!
*おおっと*
ひょうてき は はいになった


ガンガン燃やすのですよー!
火の魔法はすごいのです。
使うとどんどんハイになって行きます。
標的もどんどん灰になっていきます。
どうやって燃やすか?
火の勢いを上げるにはどう集中すればよいのか?
命中率を上げるには?


面白すぎて毎日精神力が尽きてぶっ倒れるまで魔法の練習に明け暮れ続け…結果として、入学前までにトライアングルメイジになっていました。
お父様とお母様や姉弟は『天才だ!』と喜んでくれましたが、これは単なる『好きこそものの上手なれ』ってやつであって、ガノタがモビルスーツの型番まで暗記しているのと同等なのです。



…まったく、何でこんなに底抜けに暢気なんでしょうか、我がラ・ロッタ家は。
領民も私をラ・ロッタ家の宝だと褒めてくれます。
この家に生まれなければ、気持ち悪がられた可能性のほうが高い私を家族領民皆が愛してくれました。
優しい人たちなのです。




そんなこんなで家族から『天才少女』呼ばわりされていた私ですが、とうとう来るべき日が来たのです。
トリステイン魔法学院に入学する日がやってきたのですよ。
私の家は貧乏ですが、魔法学院は国内の貴族の子弟からは授業料を取らず、寮費食費もタダなので行くことができます。
実際、姉様達の二人も既に通っていますし、来年は弟のアルマンも入学する予定です。


「ではお父様、お母様、姉さまたち、そしてアルマン、行って来ます。」


学校で待っているのは、原作の登場人物たち。
ルイズやシエスタ、キュルケにタバサ、ギーシュにマリコルヌ、それから私の入学後に召喚される才人。
私が彼らの紡ぐ物語に積極的に関わっていったらどうなるのでしょうか?
今の私はそれが楽しみでなりませんでした。



[7277] 第一話 クラッシュできないフラグもあるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:0db87abd
Date: 2009/07/02 19:17
お約束というものがあります
たとえば薔薇くわえながら話すなどという、ある意味器用な事をするグラモン家の四男坊


お約束というものは連鎖するものです
たとえば私が口説かれていたり、馬で遠乗りに行こうとか


お約束というものに乗らなきゃいけないときもあります
たとえば二股かけられるというイベントの為だけに、その誘いの乗ってみる私とか




入学してから少し経ち、学院での生活にも何とか慣れました。

「おおケティ、君のクリスタルよりも澄んだその瞳に見つめられると、僕の浅ましい心までもが見透かされてしまいそうだよ。」

新入生にはめったにいないトライアングルメイジということで、周囲から一目おかれたりもしたのですが、最近ではすっかり周囲に溶け込めつつあります。

「その美しい瞳に僕を映しながら、君はいったい何を考えているのかな?」

領地にいた頃はそんな事は無かったのですが、私の容姿はそこそこ可愛い部類に入るようで、慣れてくるのと同時期に男性からいわゆる愛の告白というものをされるようになりました。
もちろん全部断りました…が、私の目の前で何やらくっさい台詞を語り続けているグラモン家の四男坊こと、ギーシュ・ド・グラモンは一味違いました。

「君が恥ずかしがって、僕の愛の囁きを断ったしまったのはわかっているよ、ケティ。」

自分というものに絶対の自信があるのでしょう。
私の「嫌です」という返答に対して、清々しいくらいポジティブな反応が返ってきている最中なのです。



ああ…何というか、めっ ちゃ う ざ い 。



そろそろ使い魔召喚の儀が行われる時期ですから、彼と遠乗りに行かないと決闘イベントが起きません。
モンモランシーの香水を受け取った事を隠す必要も無くなりますから。
決闘イベントが無いという事は、才人とギーシュが出会わずに話が進んでしまうかもしれません。




彼は後々才人の親友ポジションにつく人ですから、彼の誘いには乗らなくてはいけないのですが…。
他の貴族はわりと普通の格好しているのに、何で彼だけひらひらで薔薇くわえているのですか?
こんな恥ずかしい人に告白されたら断るでしょう、常識的に考えて。


何故私ではないケティは、こんな人に口説かれたのでしょうか?
それともハルケギニアでは、こういうのがかっこいいのでしょうか?
少なくともギーシュと同じ学年のジゼル姉さまは「あの勘違い野郎だけは絶対に駄目」と言っていましたが…。


「そうだ、君みたいな子が気に入りそうなとっておきの場所があるんだ。
 これから一緒に馬で遠乗りに行かないかい?」

「ふぅ…わかりました。
 よろしくお願いします、ミスタ・グラモン。」

嫌ですと繰り返し言いたい所ですが、イベントフラグ叩き折るわけにもいかないので、受けることにしたのです。


「愛しいケティ、僕の事はギーシュと呼んでくれたまえ。」

「ではギーシュ様、エスコートして下さいますか?」

いやしかし、薔薇くわえたままでよくもこんなにしっかりしゃべれますよね、彼。
腹話術の才能があるんじゃなかろうかと、彼を見ているとそんな事を考えてしまいます。


「…わぁ、綺麗。」

あまり期待していなかったのですが、彼が連れてきてくれたのは意外にも素敵な場所でした。
森の中にある小さな池なのですが、空の蒼と遠くの山が光で反射して映り、周りの緑と見事にマッチしています。
私の携帯があれば写真でも撮るところですが、残念ながら前世の体と一緒に怪物の腹の中でしょう。

「ギーシュ様が見つけたのですか?」

「残念ながら、見つけたのは僕ではなく友人だよ。
 でも、この風景を君もきっと気に入ってくれるだろうと考えたのは僕だけだ。」

相変わらず台詞が臭いですが、まあこの風景に免じて許してあげるのですよ。


そういえば、疑問な事がありました。

「ギーシュ様は、何故私を誘われたのですか?」

そう、ギーシュが何故私を誘ったのかという事。
私ではないケティはギーシュにアプローチをかけて遠乗りに誘ったようですが、私は一切そんな事をしていないのに、彼から声をかけてきてくれました。
それが不思議ではあったのです。

「君が、僕のことをじーっと見ていてくれたからさ。
 新入生歓迎パーティーのときからずっと、僕が近くを通りかかると、僕のことを見てくれていたよね。
 薔薇である僕としては、可憐なる蝶が僕に近づきたがっているのに近づけない状況をどうにかしたかったのさ。」

「知っていらっしゃったのですか?」

確かに私はギーシュが近づくたびに見ていました。
それは間違いありませんが、見ていたのは別に好きだからとかそういう事ではなく、単にイベントの相手だったからなだけなのですが。


…なるほど、そういう誤解があったのであれば、断ってもポジティブに解釈してしまうのも仕方の無い事かもしれないのです。
思い返してみればジゼル姉さまが言っていた台詞は…。

『あの勘違い野郎だけは絶対に駄目よ。
 それにね、あのギーシュはモンモランシーと付き合っているの。
 だから、もしもあいつがあなたに近づいてきたとしたら、二股かける気なんだと思っておきなさい。
 何度かそういうトラブル起こしている男なんだから。』

…ええと、ひょっとして私がギーシュをじっと見ていたのって周囲にもバレバレなのですか?

「…恥ずかしい。」

どうやってこの二股イベント起こそうかと彼を見ながら思い悩んでいた態度が、恋する乙女に見えたということでしょうか?



なんて事でしょう、結果オーライな感じもしますが、何という失敗。
恥ずかしいです、物凄く恥ずかし過ぎて、思わず頬を押さえて項垂れてしまいます。

「ああ恥らう君はまさしくこの森に住まう可憐な蝶、僕の心を捉えて離さない野に咲く一輪の花のようだ。
 ああもう僕は君を抱きしめずにいられない!」

ギーシュはそのまま私を包み込むように抱きしめました。

「ああああああの、ギーシュ様!?」

ええと、ここここういう場合はどうすれば?どうすればいいのでしょう?
確かに私の前世は男ですが、私の体は女性で、私の脳も女性なのです。
わかりやすく言うと、私は男の子に抱きしめられたらドキドキしてしまう女の子なのです、今は!


ただし今のドキドキは恋するドキドキというか、びっくり仰天しているドキドキですよ、その筈なのです。
どどどどどどうなっちゃうんですか私っ!?

「ああ君は暖かいし、とてもいい匂いがするよケティ。」

びっくり仰天して硬直している私をギーシュは抱きしめ続けます。
そそそそうですよね、男の子に誘われてこんなところに二人っきりになったんですから、このくらいの事態は起きて然るべきものですよね。


落ち着くのです、落ち着くのですよケティ。
こういうときは素数を数えて落ち着くのが一番なのです。
2、3、5、7、11…。
私がこの先生きのこるにはどうすれば?

「ああのあの、ギーシュ様、ちょっと苦しいです。」

「え?あ、ごめんよケティ、君があまりにも可愛らしいものだから、つい力が入り過ぎてしまった。」

何という失態、ああ何という…恥ずかしすぎて顔から火が出そうですよ。
頭もふらふらしてきました。

「ギーシュ様がいきなり抱きしめたりするから、恥ずかしくて頭がくらくらしてきました。」

「恥ずかしがる君はとても可憐だよケティ。
 もう一度君を抱きしめてもいいかい?」

神様仏様ブリミル様、私はこの先生きのこれるのでしょうか?
あ、そうだ、アレだ。
アレを忘れていました。

「ちょ、ちょっと待って下さいギーシュ様、実はお弁当を作って来たのです。」

「お弁当を僕の為に?
 嬉しいよケティ、君が作ったものならさぞかし美味しいだろう。」

学生食堂の厨房でマルトーさんに頼んで用意してもらった卵と食用油と酢でマヨネーズ作って、ハムやらベーコンやらを葉野菜と一緒に適当にパンに挟んで作ったサンドウィッチのようなものをバスケットにブチ込んで持って来ただけなのですが。
マーガリンが無かったので、パンの表面にはバターを軽く融かして塗っておきました。
マヨネーズ自作した以外は、学生時代によく作っていた弁当メニューなのですよ。
実家でも何回か作ったら、野良仕事に持って行くにはもってこいだとお父様たちに好評でした。
マルトーさんが珍しそうにしていましたが、実家秘伝のソースと郷土料理なんですと誤魔化しておきました。

弁当箱を開けてギーシュは一言。

「食器は何処かな?」

どう見ても貴族です、本当にありがとうございました。

「ええとですねギーシュ様、それは手づかみで食べる料理なのです。
 ラ・ロッタ領に伝わるサンドウィッチという郷土料理で、手づかみで、かぶりついて食べるのです。」

私はバスケットからサンドウィッチもどきを取り出して、かぶりついて見せました…が、男の頃と違って体のパーツが小さいので、ガブッではなくカプッといった感じでしたが。

「そうやって食べるのか
 珍しい料理だね、どれどれ…お、美味しい。
 何このソース、とっても美味しいよケティ。」

ふふふ、マヨネーズソースは無敵の調味料なのですよ。

「ギーシュ様、そんなに急いで食べなくても、まだありますよ?
 ワインも用意してきましたから、どうぞ。」

ワインが水よりも安い国があってたまるか、そう思っていた時期が私にもありました。
トリステインはガリアやゲルマニアから流れる川の終着点なので、井戸水以外は基本的に飲用に適しません。
その代わり、タルブなどのワインの名産地があるので、ワインの方が水よりも入手が容易いという状況が発生します。
結果、未成年もワイン飲みまくりなわけなのですよ、この国。
ちなみに私はスパークリングワインが好みですが、馬に乗って来る時に炭酸は危険なので、普通のワインにしました。



ただ、私はこの状況に酒持ってきた事を数分後に後悔する事になります。

「ケティ…僕は…僕はねぇ…君が欲しいんだ。」

ギーシュ、あなたは酒飲むと欲望が解放される人ですか、そうですか。
しかも、そんなにお酒に強くないんですね。

「ぎ、ギーシュ様、正気に戻ってください。」

ファーストキスどころか、貞操の危機なのですよ。
一難去ってまた一難ですか、どーすんですか、この状況は!?

「まずは君のその可憐な唇が欲しいなぁ、僕は。」

ギーシュの顔がどんどん迫ってくるわけですよ。
どうしましょう、一話目からこのぶっ飛んだ展開は!?

仕方が無い…こうなれば…。

「錬金!」

錬金の魔法で手につかんだバスケットを鉛に変えます。
火が専門とはいえこれくらいはできますよ、トライアングル舐めんな、なのです。

「意識を失えええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「へぷろっ!?」

そのまま迫ってくるギーシュの後頭部に一撃。
ギーシュは何とか昏倒してくれました…生きていますよね?


その後意識を失ったギーシュを馬に乗せて、学院まで運び、医務室に連れて行きました。
だって、でっかいタンコブが後頭部に出来ていて痛々しかったのですもの。



ま…まあ、色々とイレギュラーは起きましたが、何とかこれで決闘フラグの下地は揃いました。
後は召喚された才人に頑張ってもらうのみですね。



[7277] 第二話 貴族の矜持はそういう所で発揮しない方が良いのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:19
爆発しました
使い魔召喚の儀の翌日、教室が吹き飛びました


爆発するのは、不満とかもありますよね?
でもやつあたりは無様だと思うのですよ


爆発した後って、すっきりしますよね
でも、まだ不発弾は残っていたりするのですよ



自業自得とはいえ、酔っ払ったギーシュに押し倒されそうになってから数週間が経ちました。
彼は酔っ払った時の事も覚えているタイプらしく、私を見ると顔を真っ赤にして走り去っていきます。
女の子に慣れていると思っていたのですが、案外初心なんですね…いや、私も気まずいのは同じなのですが。



「ケティ、ケティ?」

昨日は春の使い魔召喚の儀式があったのです。
まあ昨日がその日とは知らずとも、あれだけ爆発音が学校中に響き渡れば自ずとわかりますけれども。

「貴方、またボーっとしているわね、ケティ。」

ジゼル姉さまが、私を半目で睨んでいます。

「ケティは時々ぽやーっと考え込むのよねえ。」

三年生のエトワール姉さまが、微笑みながら私を見ています。



「…で、何の話でしたか?」

「見なさい!
 この子が私の使い魔、バグベアーのアレンよ。」

姉さまの横にバグベアーがふわふわ浮かんでいます。
これが《このロリコンどもめが!》で有名な、バックベアード様の元ネタなのですか。

「可愛いでしょ、ね?可愛いでしょ?
 このつぶらな瞳といい、もさっとしたこのふもふももさもさ感といい、最高のバグベアーをあたしは当てたのよ!」

つぶらというには目がでかすぎますし、ちょっぴり血走ってますし、全身黒すぎてどう見ても不気味なのですが…まあ、ジゼル姉さまが気に入っているようですし、これはこれで良いのでしょう。



「まあ可愛い、私も触ってもいいかしら?
 あらあら、随分毛が柔らかいのねえ。」

…エトワール姉さまは物怖じするとかそういう感覚がない人ですから、気にしたら負けです。

「ほらほら、ケティも触ってみなさいな。」

エトワール姉さまに促されて触ってみましたが。

「これは、なんというもこもこ感。」

…確かに癖になりそうな手触りです。

「私のルナも連れてきたかったのだけれども、あのコ体が大きいから。」

ルナというのはエトワール姉さまの使い魔で、ロックと呼ばれる全長20メイル近くにもなる巨大な鳥なのです。
見た目はすごく大きくてカラフルなオウムに見えます。
もちろんオウムですから言葉の真似もします。
最近よく話すのは『ルナチャンカワイイ!』ですが、どう見ても可愛いというよりは怖いのです。



「ケティが召喚するのは、どんな使い魔になるのかしらねえ?」

「このこと同じ火のトライアングルのミス・ツェルプストーはサラマンダーを呼んでいたわね。
 変り種だと、平民の男の子を召喚したミス・ヴァリエールなんてのもいるけど。」

サイトはきっちり召喚されたようですね。

「平民なんて高等な生き物をよく呼べましたね。
 ミス・ヴァリエールはすごい方なのですね。」

「へ、なんで?
 平民ならそこらへんにいくらでもいるじゃない。」

ジゼル姉さまも平民が呼ばれた事の凄さに気づきませんか…。

「言葉を話せる召喚生物なんて、そういるものではないのです。
 韻竜などの高等幻獣くらいですよ、言葉を話せるだなんて。
 つまり会話が交わせるということは、とても高い知性を持った生き物だということなのですよ。
 それを召喚できたミス・ヴァリエールは凄いのですよ。」

「なるほど、そういう考え方もあるのねえ。」

エトワール姉さまは何でも受け入れすぎな気もします。

「むむむ…あのゼロのルイズが凄いとケティに評価されてる。
 私だってまだそんなこと言われたことないのに…ずるい。」

ジゼル姉さまみたいに受け入れた上で、対抗心燃やすのもどうかと思いますが。



「おおその香水は、もしやモンモランシーのものじゃないか?」

「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のために調合している香水だぞ!」

おや、とうとう始まりましたか、二股イベント。
アップが必要かなと思い、軽く背伸びをします。


「そいつがギーシュ、お前のポケットから落ちてきたという事は、つまりお前は今モンモランシーと付き合っている、そうだな?」

「ち、違う!それは大いなる誤解だ!」

…あー、まあ、私と目が合いましたからね。
それは焦りますよね、うんうんわかります。
ギーシュを挟んで向かい側にはモンモランシーもいますしね。



「いいかい、彼女の名誉のために言っておくが僕は…ケ、ケティ!?」

「ギーシュ様、その香水があなたのポケットから落ちてきたと、今私は聞きましたが…事実ですか?」

顔を伏せて肩を震わせながら問い詰める、我ながら迫真の演技なのです。
恨まないでくださいね、貴方には原作どおり才人覚醒の為の礎となってもらいます。

「酷いですギーシュ様、私に森の中であんな事をしておいて、ミス・モンモランシとも付き合ってらっしゃったなんて!」

「…ギーシュ、どういうことかしら?」

…って、何でジゼル姉さまが私の肩に手を置きながら問い詰めに加わっているのでしょう?

「じ、ジゼル?」

ギーシュの声にものすごい焦りの色が…はて?

「あなた、去年も私とエトワール姉さまに二股かけようとしたんだけど、覚えているかしら?」

何…だと…?

「あらあら、ギーシュ君久しぶりねえ。」

エトワール姉さまの口調は変わらないのに、何か凄く黒いオーラを感じるのは何故なのでしょう?



「あたしにエトワール姉さま、そしてケティ。
 ラ・ロッタの女がそんなに好きかしら、ギーシュ?」

「確かにおっとりお姉さま系にお転婆系に天然系とジャンルに富んでいて良いなって気はするけど、いや違うそういうことではなく、僕は、僕はだねえ!」

本音が駄々漏れですよ、ギーシュ。
あと、天然系って私の事ですか?



「僕は何かしら、ギーシュ?」

ギーシュの背後に金髪縦ロールが迫ります。
ついに真打ち、モンモランシーが来たのですよ。

「モンモランシー!?
 違うんだ誤解なんだ誤解なんだよ大いなる誤解で誤解なんだ。
 遠乗りに行ったり酔っ払って押し倒したりしたけど未遂だったんだ誤解なんだよなあわかってくれよモンモランシー!」

どう見ても浮気です。
本当にありがとうございました。

「嘘つきいいいいぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「ぶぺらば!」

ズドム!とかいう凄まじい音ともに、モンモランシーの掌底がギーシュの腹に突き刺さりました。
モンモランシーは、「く」の字に曲がったまま動かなくなったギーシュの横のテーブルにあった、ワインのビンを握ります。

「この、浮気ものおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」

「ばぺらっ!」

そしてそのまま振り上げてから一気に後頭部に振り下ろし、ギーシュを地面に叩きつけました。

「ふんっ!そこの三姉妹とせいぜい御幸せにっ!」

そのまま振り返りもせずに、彼女は立ち去っていきました。
惨殺死体を残して…。



「悪は滅びたわ…。
 あたしたち何もしていないけれども。」

「私たちも帰りましょうか、姉さまたち。」

これ以上攻撃を加えたら死んでしまいそうな気もしますし。

「今後ケティに手を出したら、焚刑に処すわよ、ギーシュ君。」

なんか、エトワール姉さまが怖い事を言っていますが、聞かない事にします。



「ではギーシュ様、ごきげんよう。」

問題はアレですね、果たして彼は決闘出来るのでしょうか?



《才人視点》
「…ええと、頭大丈夫か?」

モンモランシーとか呼ばれていた金髪縦ロールに見事なコンボ決められてダウンしたギーシュとかいうやつに、恐る恐る声をかけてみる。
俺が香水渡したのが原因だから流石に気まずいというか、浮気した奴が悪いには決まっているけど、やられ方が凄惨すぎた。


「ふっ…。」

そいつは緩慢な動きで立ち上がって、汚れた顔を拭い始めた。

「あのレディたちは、薔薇の存在の意味というものをまだ理解していなかったようだね。」

「そんな事より、足が生まれたての小鹿みたいにプルプル震えているけど、頭大丈夫か?」

薔薇がどうたらはどうでもいいが、あれだけの勢いでぶん殴られたら頭が心配になる。
血も出てるし。


「君が軽率にもあの瓶を拾い上げたりするからだろう。」

「いやまあ、確かにあんなになるとは思わなかったけど、それより頭大丈夫か?」

まさかなあ、あれだけの女の子を引っ掛けている男がいるとは思わなかったんだよ。
なかなかいるものじゃないだろ、常識的に考えて。


「君のせいでモンモランシーとケティだけではなく、ジゼルとエトワールの名誉にまで傷がついた。
 僕という薔薇に群がる蝶たちに恥をかかせたこの落とし前、いったいどうしてくれるのかね?」

「いやそれは、そんなしょっちゅう二股やる奴が悪いだろ。
 それよりも頭大丈夫か?」

なんか、結構出血しているんだが。


「そうだ、その平民の言うとおり!」

「お前が一番悪いというか、可愛い女の子を独り占めしようとするような奴は地獄に落ちろ。」

ですよねー…じゃなくて、友達が頭から血を出してふらついているんだから誰か助けてやれよ。

「良いかい給仕君、僕は君が香水の瓶をテーブルに置いたとき、知らない振りをしていたじゃあないか。
 話を合わせる機転ぐらい、利かしてくれたっていいだろうに。」

「ンな事知るか、俺は給仕じゃないし。
 そもそも二股なんか、こんな狭い場所でやっていたらたちどころにばれるっつーの、馬鹿かお前は?
 それはそれとして、頭大丈夫なのか?」

町から離れた生徒数百人の学校なんて、うわさが広まったらあっという間だろ、常識的に考えて。


「給仕ではない…?
 ああ君はゼロのルイズに召喚された平民か。
 平民に機転を望むのも無茶な話ではあるか…無駄な時間だったな、行きたまえ。」

「薔薇銜えながらしゃべるなんて間抜けな事している奴に、見下されるいわれはねーよ。
 気障なつもりなのかも知れないけど、傍から見てるとただの馬鹿だってことに気づけ、装飾過剰なんだよ、ボケ。
 あと、本当に頭大丈夫かお前、血がだくだく垂れてきているぞ?」

何かフラフラしているけど、本当に大丈夫かな、こいつ?


「…君は貴族への礼儀というものを知らないようだね。」

「あいにく俺の国の貴族制は半世紀以上前に廃止されたんでね、貴族への礼儀なんて知るわけねえよ。
 それよりも、頭大丈夫か、気が遠くなってきていないか?」

今思い切りよろけたんだが、早く医務室に連れて行った方が良いんじゃないだろうか?


「君のような無礼者には、貴族である僕が直々に礼儀というものを手ほどきしてあげなければ駄目だろう。」

そう言いながら、ギーシュは俺の顔に手袋を投げつけてきた。


「決闘だ!君に決闘を申し込む!」

「いやいいけど、その前に医務室行ってこいよ、な?」

決闘どころじゃねえだろ、その状況…。


「貴族の食卓を血で穢すわけにはいかない、ヴェストリの広場で待っているから、そこまで来給え。
 逃げたりしないようにな。」

「おう、わかったから、決闘でも何でも受けてやるから早く医務室行けよ。
 怖いんだよ今のその状態。
 そのヴェストリの広場で待っていてやるから、早く医務室に行ってくれ、お願いだから。」

顔真っ青なんだよ、気づけよ自分で!


「わかった、医務室には行ってやろう。
 逃げるんじゃないぞ、平民。」

今回の件でわかった事が今のところ一つある。
貴族のプライドってのは大事なんだなって事だ。
あんなぶっ倒れそうになりながらでかい態度続けるとか、マジあり得ねえと思う。
貴族だけには絶対になりたくないな。



[7277] 第三話 引き際は重要なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/25 15:10
決闘とは避け得ない男の矜持と矜持のぶつかり合いです
片方は戦意を削がれて見るからにやる気ゼロですが


決闘とは命を賭けた男同士のやり取りです
もう片方は怪我をふさいだものの、あまり動き回ったら命が尽きそうですが


決闘とはそういった男のサガが駆り立てて起こるべきものなのです
何がどう間違えたら、こんなにぐだぐだになるのですか





「待たせたな、平民!」

ヴェストリの広場でしばらく待っていると、青い顔したギーシュがやってきました。


「うお、マジで来たのかよ。
 なあ、本当にやるのか?」

はて?
才人は何があったのか、やる気ゼロです。


「さては怖気づいたのかね?」

「そんな青い顔で今にも死にそうな奴に堂々とされたら、怖気づきもするわ!
 なあ、体の調子本当に大丈夫なのか?
 何だったら延期したっていいんだぞ?
 どうせ俺暇だし。」

才人がギーシュを気遣っています…いやホント、予想外の反応です。
いったい何があったのでしょう?


「貴族とは、己の矜持にかけて引かぬ者をいうのだよ平民。
 僕は君に決闘を申し込んだのだ。
 その僕が決闘の相手である君に情けをかけられるなど、あってはならない事なのだよ。」

「そんな事言って、さっきはちゃんと医務室行ったじゃん。」

医務室行ってアレですか…実は放って行ったらまずい状態でしたか?
あそこで下手に助けようとすると、姉さま達が荒れそうなので見捨てたのですが。


「ぐっ、あ…あれは君が懇願するから行ってやったのだ。
 確かに傷をふさいで、水の秘薬を貯金全部はたいて買って造血処置施してもこんな感じだが、あの状態でも決闘は出来た!」

「そういうのは、普通無理っていうんじゃないか?
 意地張り過ぎだろ、こっちが良いって言っているんだからさ、ここは日を改めて…。」

才人のギーシュに向ける視線が生温かいのです。
決闘だというので集まったギャラリーにも、白けた空気が漂いつつあります。
でも才人が懇願したって、いったいどんな状態だったのでしょう?


「駄目だ、君は貴族である僕の矜持を傷つけたのだから、その落とし前は今日のうちに付けるのだ。」

「なあもう俺の負けって事で良いからさ、今日は止めようや。
 そんな体でこれ以上動いたら倒れるって、いやマジで。」

とうとう才人が負けでいいとか言いだしましたよ…。
あっるぇー、おっかしいですねー。
ここは怒りに燃える才人が絶対に引き下がらないって場面の筈なのですが。


「そうよギーシュ、こいつも負けで良いって言っているから、今日はそれで手打ちにしましょうよ。」

ピンクブロンドの華奢な美少女、ルイズも才人に同意なようで、ギーシュに手打ちを促しています。
横には黒髪のメイドさん、シエスタも居て、びくびくしながらもうんうんと頷いています。


「ええいうるさいうるさい!
 そんな勝利で僕の矜持が満たされるものか!
 諸君、決闘だ!」

ギーシュ、バラ型の杖を思いきり天に掲げましたけど、バランス崩してよろめきましたよね?
普通の人はその程度ではよろめく筈がありませんし、傷はふさいで造血処置はしたみたいですが、顔色が悪すぎなのです。


「ギーシュ様、大丈夫ですか?」

私の行為が原因で彼がこんな状態になったわけですし、せめて気遣わないと嫌悪感に押し潰されてしまいそうです。
火サスの事件現場みたいになっていましたからね、後頭部を鈍器で一撃って感じで。
思い返してみれば、ギーシュが何故即死しなかったのかが不思議なのです。
そこはモンモランシーの愛なのでしょうか?
随分過激な愛でしたが。


「ケティ…君は僕の裏切りを許してくれるのかい?
 ああ感激だよケティ、君の愛は山よりも高く海よりも深く僕を包み込んでくれるのだね。」

「いいえ、全く許す気はありません。
 ですが、痛々しいギーシュ様を見ていると、悲しい気持ちになってしまうのです。」

あ…落ち込んだ。
いやでも、ギーシュはモンモランシーと付き合うべきでしょう?
彼らの冒険に関わっていく気満々ではありますが、原作のカップルは原作通りくっつくべきだと思うのです。


「いや、いいんだ。
 僕を気遣ってくれる君の優しさが心に染みるよ。
 その心遣いこそが、まさしく宝石の如き輝きだよ、ケティ。」

「ギーシュ様…。」

弱っていても、臭いセリフ生成回路は正常稼働中なのですね。


「もう下がりたまえ、ケティ。
 僕には貴族として、やらねばならない事を成す義務があるのだ。」

八つ当たりはやらねばならない事でも、ましてや義務などでは決してないと思うのですよ、貴族的に考えて。
まあ、ギーシュが何がなんでも引き下がるつもりはないみたいですので、仕方がありません。
私の思惑とも合致するわけですし。
もしも彼が倒れたらモンモランシーに土下座でもなんでもして、看病してもらう事にしましょう。
なけなしのお小遣いを注ぎ込んで、水の秘薬を買ったっていいのです。


「平民、逃げずに居た事は褒めてやろうではないか。」

「俺は今すぐ帰って、飯食って屁ぇこいて寝たい気分だよ。」

駄目だこいつ、早く何とかしないと…。
ちょっと喝入れますか。


「ギーシュ様、少し待ってください。
 見たところ、この平民は貴族にとって決闘がどういうものであるのか理解していないようです。
 理解した上で決闘に挑むのではないのでは、フェアではないと思うのです。
 彼に決闘についての説明をさせてください。」

「へ?ああ…うむ、そうだね。
 説明してあげてくれると有り難いかな。」

ギーシュの同意が得られましたし、軽く締めましょう。


「では、ギーシュ様は少し下がって休んでいてください。
 貴方のお名前は?」

「平賀才人。
 そういうあんたは?」

知っていますけど初対面ですから一応名前を尋ねると、ぶっきらぼうな答えが返ってきました。


「私はケティ・ド・ラ・ロッタと申します、平賀才人様。」

「才人でいいよ、あと様付けもやめてくれ。
 女の子に様付けで呼ばせる趣味はないんだ。」

日本人なのに苗字ではなく、名前を呼ばせようというのもどうかと思いますよ?
女の子に名前で呼んでもらうのが夢だったんですね、わかります。


「では、才人と呼ばせていただきます。
 私のこともケティと呼んでいただいて結構ですよ。
 では早速ですが才人、決闘というものがどういうものであるかわかりますか?」

「要するに喧嘩だろ?」

実も蓋も無い意見、ありがとうございます。


「そうですね、喧嘩も決闘もやる事は同じです。
 ただ、貴族の決闘は一味違うのですよ。
 貴族は決闘ではコレを使います。」

「…杖?」

私がスカートのポケットから取り出した杖を見て、才人が首を傾げます。


「杖は魔法の発動体で、これで魔法を行使するわけですが、貴族の決闘ではこれを奪ったり破損すれば勝ちとなります。
 杖を奪われたり壊されたりすれば、魔法を使えませんからね。
 もしくは、決闘相手が降参すれば終わりです
 ルールはこれだけ、至って単純明快です。」

「そんだけ?」

まあ、ルール説明だけではピンと来ないでしょうから、魔法も見せておきましょうか。


「それだけですが、この決闘の際にはどんな魔法を使っても良い事になっています。
 …例えば。」

私が呪文を唱えると同時に、赤い炎が渦巻いて白いまぶしい光を放つ球体と化します。


「ファイヤーボール。」

私の放ったファイヤーボールは、広場の人が居ない所に突き刺さって爆発しました。
跡には半径2メイル近い穴が開いています。


「いいい、今のどこがファイヤーボールなのよ!?
 私の失敗魔法みたいに爆発したわよ、ボカンって!」

周りがポカーンとする中、ルイズが私に反論してきます。


「いいえ、ミス・ヴァリエール。
 高速回転を加えて収束率を上げただけで、今のは間違いなくファイヤーボールですよ。
 爆発したのはファイヤーボールではなく、ファイヤーボールが突き刺さった地面が蒸発膨張して、結果として爆発に至っただけです。
 灰が降ってきているでしょう?
 それは正確には灰ではなく、蒸発した土が冷えて再び固まったものです。」

私は大規模に燃やすような派手なものを新規開発するよりも、こういう小手先アレンジした魔法の方が好きです
今回の魔法は既存のファイヤーボールを改造して、広範囲を焼き払うよりも一点集中させ、それでも収束度が足りないから回転を加えて無理矢理でも収束度を上げたものです
範囲あたりの破壊力は派手なものよりも低いですし、直進しかしないので動き回るものには非常に当たりにくいのですが、直撃すればスクウェアメイジでも蒸発させられる自信はあります


「…とまあ、こんな感じで魔法を使って戦うわけですが、ご理解いただけましたか、才人?」

「ちょちょちょっと待て、俺はこんなもんをばんばん撃ってくる相手と戦うのか!?」

緊張感が出て来たようで何よりです。
顔を青くして涙目になっていますが、これくらいで丁度良いのです。
決闘をするにあたっての緊張感が足りませんでしたからね、才人は。



「あー…えーと、僕はこんな物騒かつ器用な攻撃は無理だから、安心してくれたまえ。
 そもそも彼女はドットの僕とは違って、より威力の高い魔法を行使できるトライアングルなのだよ。
 だからといって、必要以上に安心してもらっても困るがね。
 ワルキューレよ!」

そう言うと同時にギーシュの薔薇型の杖から花びらが落ち、そこから青銅製のワルキューレが出現しました。


「それがお前の魔法かよ。」

「その通り、僕の通り名は《青銅》、青銅のギーシュ!
 青銅のワルキューレが君のお相手仕る!」

やっと緊張感を持ってくれた才人がギーシュを睨みつけると、ギーシュも高らかに名乗りを上げました。


「ハ、とっとと来やがれ、その玩具がナンボのもんだっての!」

「吠えてろ平民、格の違いを教育してやる!」

才人がギーシュに走り寄って行こうとした所で、ワルキューレが素早く動いて才人の腹にパンチを叩き込みます。

「グハッ!」

才人は体を「く」の字に折ったまま、地面に倒れ伏しました。
青銅の塊が腹に直撃したのですから、普通のパンチの比ではないでしょう。
一発で既に目が虚ろですし。


「ははは平民、もう終わりかね?
 決闘はまだ始まったばかりだと言うのに。」

「ぐ…は…ほざきやがれバカ貴族。
 こちとら油断していただけだっての!」

見ているだけで痛くなってくる光景なのです。
必要な事とはいえ、こんな事態を発生させる必要があるのかと、そう考えてしまう自分の弱い心が嫌いなのです。


「ギーシュ!もうやめてギーシュ!」

「やめるも何も、君の使い魔との決闘は始まったばかりだし、彼の心も折れていない。
 どこにやめる理由があると言うのかね?」

やめる理由があるとすれば、この行為が単なる八つ当たりでしかないということなのでしょうね。
貴族の矜持を賭けるに値しません。


「そもそも学院内での決闘は厳禁な筈よ、ギーシュ!
 この決闘はそもそも学則違反でしょう、今すぐやめなさい!」

「禁止されているのは、飽く迄も貴族同士の決闘だけだ。
 学則には貴族と平民の決闘を禁止するなどとは一文字たりとも書かれていない、ましてや彼は使い魔だよ。
 君こそ学則をきちんと読みたまえ!」

まあ平民同士が決闘しようが、それが原因で死のうが学院は気にしないって事なんでしょうが、わざわざ貴族同士と書いておいたばっかりにこんな事になってしまったわけなのです。


「そんなの、今までそういう事例が起きていなかったからでしょう!?
 屁理屈捏ねていないで、とっととやめなさい!」

「やけに彼を庇うね、君は。
 おおそうか、これは愛なのか。
 ルイズ、君は彼の事が好きなのだね?」

ルイズの顔が面白いように真っ赤に変わって行きます。
恥ずかしがっているのではなく、激怒しているのですね、あれは。


「何であんたはいつも愛だの恋だのと、盛りの付いた犬みたいな事しか考えられないの、バカじゃないの!
 自分の使い魔が他のメイジにみすみす傷つけられるのを黙って見ていられるほど、私は薄情じゃないのよ!」

「誰が傷ついているって?
 こんなバカ貴族の玩具相手に怪我なんかするかっての。
 ふざけるな、俺は全然無傷だ。」

そう言いながら、ついていた膝を地面から離し、才人は立ち上がります。


「才人!やめて、立ち上がらないで!!」

「お、やっと俺の名前を読んでくれたか。
 ちょっとまってろご主人様、こいつブッ倒したらすぐ帰るから。」

ルイズは悲痛な声を上げますが、才人はニヤリと笑うとギーシュの方に向き直りました。
…しかし、随分男らしいですね、この才人。


「てめえらムカつくんだよ、どいつもこいつも威張りくさりやがって。
 魔法は確かに凄いけど、その程度の違いが何だってんだ。
 たかだか火を杖から出すだけ、たかだか青銅で等身大の玩具作っているだけじゃねえか。」

「フン、その玩具の力を体で思い知らせてやるよ平民。」

そう言ったギーシュのワルキューレが才人の顔を殴り、腹を殴り、胸を殴り、腕を殴り折りました。
殴られるたびに起き上がり、起き上がるたびに殴り倒される才人。
酷い光景ではありますが、この惨事を引き起こした張本人の私が眼を逸らすのは許される事ではありません。


「ぐぅ…あぁ…。」

「サイト!サイト!
 サイトもうやめて、もういいのよ!」

崩れ落ちるように倒れるサイトに、堪らなくなったのかルイズが駆け寄って行きます。


「へえ、泣いてんのお前?」

「泣いているわけなんか無いでしょ、私は泣かないって決めているんだから。
 あなた凄いわ、もういいのよもうやめましょう、私あなたみたいな凄い平民見たこと無いわよ。
 もういいから十分だから、もうやめて、お願いだから。
 あなたは私の使い魔なのよ、勝手な事して死にそうになって、何やってんのよ。」

ルイズの目からは涙が今にも零れ落ちそうですが、彼女はそれを必死に堪えています。


「そのお願いは聞けないぜ、ご主人様。
 今は引けない時で、引いちゃ駄目な時なんだ。
 何よりあのバカ貴族は無駄に態度がでかすぎる。
 ああいう奴の泣きっ面を拝むのが大好きなんだよ、俺。」

「莫迦ぁっ!何で立ち上がるのよ、お願いだから倒れていてよサイト!
 ギーシュももうやめてよ、私の使い魔を殺すつもりなの、あなたは!」

ルイズはサイトを立ち上がらせまいとしますが、華奢なルイズと才人では満身創痍とはいえ、才人のほうが上回ったようです。
これから起こる奇跡の為に、私は黙って彼らを傍観し続けます。


「彼を殺す気は無いよ、ルイズ。
 だが彼がいつまでも立ち向かってくるならば、そうなるかもしれない。
 …そうだな、その状態ではまともに向かってくる事も適わないだろうから、剣を用意してあげよう。
 それでも君の使い魔が適わないなら、僕の勝ちって事で引き上げるよ。」

そう言って、ギーシュは青銅の剣を作り上げてサイトの前に放り投げました。


「いい度胸だバカ貴族、その慢心が身を滅ぼすと知りやがれ!」

そう言った才人が剣をつかんだ途端、彼の手の甲のルーンが光るのを私は確認しました。


「…あれが、ガンダールヴですか。
 なんて出鱈目な力。」

途端にギーシュのワルキューレが真っ二つになって崩れ落ちたのです。
私の目には彼がどう動いたかすら把握できませんでした。


「な…まさか本気を隠していたとでも言うのかね!?
 ワルキューレよ!」

慌てて残り6体のワルキューレを作り出し包囲しようとしますが、それも一瞬にして切り裂かれました。
さすが伝説級の使い魔ですね、無茶苦茶にも程があります。


「な…な…なんなんだね、君はいったい…。」

「俺にもよくわからないが、俺の勝ちって事だろ。
 言っただろ、慢心が身を滅ぼすってな!」

鼻先に剣先を押し付けながら、才人はギーシュに告げます。


「俺の勝ちって事でいいな?」

「ああ、君の勝ちって事でいいよ。
 僕の切り札はもう無いからね。」

観念したようにギーシュは溜息を吐きました。


「ルイズ、勝ったぜ!」

「サイトあなた剣士だったの?
 あとどさくさ紛れで呼び捨てしないで。」

ルイズにサムズアップをするサイトですが、残念ながらトリステインにはそのようなジェスチャーはありませんので、多分彼女は意味を理解していないと思います。
あ…サムズアップしたまま才人が倒れた。

「サ、サイトおおおおおぉぉぉぉっ!?
 ははは早く水メイジ、ああああありったけ水メイジ呼んで来てっ!」

大慌てで、ルイズが水メイジを呼んでいます。


「ギーシュ様、お疲れ様でした。
 お体の加減は大丈夫ですか?」

「今すぐ眠りたい気分だけれどもね、大丈夫だよ。」

魔力を使い果たしたせいか、ギーシュの顔は蒼白通り越して土気色です。
そこに豪奢な金髪縦ロールがやって来ました。


「ギーシュ。」

「やあ、我が愛しのモンモランシー。
 今の汚れた僕では、君の美しさに対抗できないよ。
 もうすぐ僕は君の輝きに塗り潰され消えてしまうだろう。
 ところで、君に振られた哀れな僕に、何か用かい?」

この期に及んでも、臭い台詞生成回路は正常稼動なのですね。
まあ、それがギーシュなのでしょう。


「残念ながら他の水メイジはミス・ヴァリエールの使い魔の治療の為に出払ってしまったから見に来てあげたのだけれども。
 ミス・ロッタがいるなら私の出番は無さそうだから、あっちに行くわね。」

「ミス・モンモランシ、待ってください。
 私は火メイジですから、ギーシュ様を消し炭には出来ても治療は出来ません。
 ですから、私に出番は無いのですよ。」

それ以上に、それではギーシュとモンモランシーの仲が戻りそうにありません。
責任とって私がギーシュの恋人になるのも変な話ですし、折角のチャンスですから邪魔者は引っ込みましょう。


「出番の無い私は、引き下がるのみなのです。
 それではミス・モンモランシ、ギーシュ様とお幸せに。」

「なっ、ちょっと待ちなさい!?」

待ったりはしないのですよ。
なんだか胸がチクチクするのも気のせいなのです。



[7277] 第四話 思わぬ失態と収穫なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:22
色気は女の最大の武器らしいです
胸なんかそこそこあれば良いのです、巨乳が何だというのですか


色気が無いのは女やめているのと一緒らしいです
あまり練習していなくて怖いので、化粧っ気も少ない私です、放って置いてください


色気は恋によって磨かれていくものらしいです
どうせ、生まれ変わってからの初恋もまだなのですよ




決闘から数日たったある日の事、才人が女子寮廊下のわら束の上で毛布に包まって寝ていました
折れた腕や全身の傷は跡形も無く治っています
流石はヴァリエール公爵家、仕送りも貰える額がうちみたいな貧乏貴族とは段違いのようですね


「楽しいですか、才人?」

「楽しそうに見えるか?」

しゃがんで、しげしげと才人の状況を眺めてみます
藁束、薄い毛布、寒い石造りの廊下、鼻水たらしている才人と、心まで寒くなりそうな状況がこれでもかというくらい満載ですね


「ふむ…楽しそうというよりは寒そうですね。
 何かの罰でしょうか?」

「ああ、実は…」

才人はルイズが自分の藁束の中に忍び込んできた夢を見て、授業中に寝言を言った事と、それをネタにルイズをからかって怒らせた事を話してくれました


「…ちょっとからかっただけじゃねーか、何も廊下に叩き出さなくても。」

「それは叩き出されて当然なのですよ、才人。
 いくら普段鬱憤が溜まっていたからといって、女の子のプライドを傷つけるのはやりすぎなのです。
 貴族平民云々の問題ではなく、そんな事をされたら、どんな女の子も傷つきます。」

才人を半眼で睨んでみたら、才人が目をそらしたので、そちらに顔を移します
目をそらしたって事は、わかっているのですよね、やりすぎたって


「才人は謝罪するべきだと思うのですよ、人として。」

「ヤダね、誰が謝るかよあんな奴に。」

口を尖らせてつーんとそっぽを向きます


「小学生ですか、貴方は…」

「誰が小学生だよ!
 …って、何でケティが小学生なんて単語を知っているんだ?」

才人が藁束の上からガバッと起き上がりました
ああ、あんまりのしょうもなさについ口が滑ってしまいました
なんというアホな失態なのででしょうか


「ああ…いや…その、ですね、何と言いましょうか…。」

「あんた日本の事を知っているのか?
 この国に小学生なんて単語はないし、あんた今間違いなく日本語で《小学生》って言っただろ!
 そういや、俺の名前の呼び方も他の連中は訛っているのに、あんただけ普通に呼んでいるよな?」

ああもう、何でこんな時だけ急に鋭くなるのですか才人
私の正体を貴方に曝す気なんか、全く無かったというのに


「答えてくれケティ、あんたいったい…ん?」

キュルケの部屋のドアが開いています
使い魔のフレイムが何時の間にやらやってきていて、才人のパーカーの袖をくいくい引っ張っていました


「ほ、ほら、ミス・ツェルプストーが才人の事を呼んでいるみたいですよ?
 呼ばれているのですから早く行かないと、ほらほら。」

「おま、ちょ、ま!」

才人を引っ張りあげて、キュルケの部屋までグイグイ押します
この後起きるアクシデントで、全部忘れてくれる事を願うのみなのです


「それでは、ご・ゆっ・く・り!なのです~。」

「待てや、こら。」

扉が閉め切れそうになったところで、扉が開いて才人の腕がニュッと突き出され、そのまま部屋の中に引きずり込まれました


「レディに何という乱暴な真似をするのですか、貴方は。」

「そんなベタな逃げ切り方で、どうにかなると思うほうがおかしいっての。」

ああっ、才人から向けられる視線が痛いのです


「ようこそ、こちらへいらっしゃい。」

「ちょ、ちょっと、レディを引き摺るとは何事ですか。
 離してください、才人、才人ってば!」

私はキュルケに促されて彼女に近づいていく才人に、ずりずりと引き摺られて行きます
このシーン、ただでさえカオスなのに、私まで加わったらどれだけカオスになるのですかっ!


「あら?貴方はジゼルの妹のケティじゃない。
 そこで何をしているのかしら?」

「見ての通り、引き摺られているのです。」

キュルケも蝋燭の明かりで、やっと私の存在に気付いてくれたようです
あとは才人がキュルケの色香に惑わされてくれさえすれば、脱走は適うのですよ


「助けてください。
 具体的に言うと、才人を誘惑して私への関心を無くしてください。
 その格好から察するに、元々そういう流れなのでしょう?」

「あ…あのねえケティ、そういう事はもう少し遠まわしに言ってくれないと、ムードが作れないわよ?」

そんな余裕は既に無いのですよ
このまま才人に捕獲されたままではまずいのです


「火の情熱を掌るツェルプストーといえば、片手に女がぶら下がっていようが、その女がムードぶち壊しな事を言おうが、狙った男は絶対に篭絡するのが伝統でしょう。
 さあさあ私のような貧相な女には構わず、好きなようになさってください。
 そのでかい胸はその為にあるものなのでしょう。」

「いくらツェルプストーが火の情熱を掌っていても、片手に女の子ぶら下げた男を口説くのは無理よ!
 そもそも火メイジの家系というなら貴方だって同じだし、貴方は別にプロポーションだって悪くないじゃない。」

物欲は果てないのですよ、キュルケ
多少恵まれていようが、より恵まれている者を羨むのは仕方が無い事なのです


「当家の火は情熱ではなく、炭焼きとか野焼きとか、そういう田舎っぽい火なのです。」

「そうね、ルイズの姉の婚約者だったパーガンディ伯爵が婚約破棄後に娶ったのは、ジョセフィーヌ・ド・ラ・ロッタとかいう人だったけど。」

あー…まあ、そういう事もつい最近ありましたね
ラ・ヴァリエール家は火メイジの家系に呪われているのでしょうか?


「へえ、ルイズに姉ちゃんがいるのか?」

才人が話に乗ってきてくれました
チャンスなので、このまま話を逸らしてルイズが殴り込んで来るまで時間を稼ぎましょう


「ええ、ミス・ヴァリエールにはエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢という姉上がいらっしゃいます。
 この方の婚約者がいきなり婚約破棄されたあと、何故か娘の数には事欠かない当家から妻を娶りたいという話が来まして、ジョセフィーヌ姉さまがパーガンティ伯爵家に嫁いでいきました。
 大事な事だからもう一度言いますが、飽く迄も婚約が破棄されてからの結婚なのです。
 フォン・ツェルプストー家のように、ラ・ヴァリエール家の恋人を代々寝取っている家系ではないのですよ。」

「失礼ね、ツェルプストーだって別に寝取りたくて寝取っているんじゃないわ。
 ヴァリエールの人間の性格が代々きつ過ぎるから、皆耐えられなくなって逃げ出すってだけよ。
 ツェルプストーの情熱は暖炉の火の如く、ヴァリエールに傷つけられた人々の心を包み込んで癒してあげたのよ。」

その割には、結構強引に奪った話も多々聞くわけですが。


「こりゃあ面白い話を聞いたな。」

「才人、こういう醜聞をミス・ヴァリエールをからかうのに使っては駄目なのですよ?
 むしろ、絶対に使わないで下さい。
 もしもこのネタを彼女をからかうのに使ったりしたら…消し炭になるのを覚悟していただきます。」

反骨心の塊なのもいいですが、才人はもう少し自重したほうが良いのです


「キュルケ…待ち合わせの時間に君がいないから来てみれば…。
 おお、そこの可愛い子も一緒に来てくれるのかい?」

いつの間にか窓際に人がぷかぷか浮いていました
不満そうな声でしたが、私を確認した途端に一転して好色な視線を向けてきます


「吹き飛びなさい。」

下品な人は嫌いです
キュルケの蝋燭の火を10本ほどの矢に加工して、ぶつけてやりました


「へぷろっ!」

「えーと、今のはペリッソン…のように見えたけど?」

軽く焦げながら、名も知らぬその人は落下していきました


「キュルケ!今日は君とその可愛いコの二人で一緒にいてくれるのかい!?」

才人は見えていないのですか、そうですか


「下品な人は嫌いだと言っています!」

「ぺぱろに!」

次の下品な人には蝋燭の火を20本ほどの矢に加工して、一気にぶつけてやると、炎上しながら落下していきました


「ええと…今のはステックスだったかしら?」

「下品な人は下品な人です。
 個体識別なんか、どーでも良いのですよ。」

次にも誰か来たら、容赦はせずにブッ放したい気分なのですよ


『キュルケ、そ…』

「消し飛ぶのです!」

蝋燭の火から炎の矢を100本ほど生成して名も知らぬ三人にぶつけると、悲鳴も上げられずに落下していきました
彼らにはには炎の壁がぶつかってきたように見えたでしょう


「ええと、一瞬だったから自信ないけど、マニカンとエイジャックスとギムリだったかしらね?」

「ミス・ツェルプストー、いったい何人とお付き合いしていらっしゃるのですかっ!」

一巻のこんな細かい所まで覚えていませんでしたが、こんなにいましたか?


「貴方も知っての通り、ツェルプストーは情熱の家系ですもの。
 アレもほんの一部よ?」

「情熱もいいですが、アレでは面倒臭くありませんか?」

私は複数の男性と付き合うとか、とてもではありませんが無理です
趣味や魔法の練習の時間も削られますし


「ツェルプストーの情熱は、求めるもの全てに等しく分け与えられるのよ。」

「理解不能なのです…。」

個人の趣味ですから置いておくとして、疲れないのでしょうか?
魔法の練習で連日倒れていた私が言う事でもありませんが


「ツェルプストォォォォォォォォォォォッ!」

「うぉ、何をするんだキュルケ!」

ドアが物凄い勢いで蹴り開けられ、ルイズが立っていました
隣を見ると、キュルケが才人を抱きしめています
おちょくる気満々ですね、わかります


「ヴァリエール、今は取り込み中よ?」

ルイズを横目で見てくすっと笑い、すぐに才人に視線を移してキスしようとしています
いやいや、私がいますから…って、キュルケが目でサインを送っています
ああ、今のうちに逃げろって事ですね


「誰に断って私の使い魔に手を出してんのよツェルプストー!」

「それではミス・ツェルプストー、ごきげんよう。」

怒りで才人とキュルケしか見えていないルイズの横を通り過ぎて、私はキュルケの部屋をあとにしました

なにやら言い争いが起きていますが、ここは一旦退散させてもらうのです







「ケティ!ケティ起きてる?」

翌朝、ドンドンというドアを叩く音で目が覚めました


「誰なのですか、虚無の曜日は一日中寝ているのが一番なのに。」

眠い目を擦りつつ、ドアを開けるとジゼル姉さまが立っていました


「王都にクックベリーパイを食べに行くわよ!」

「間に合っているのです。」

バタンとドアを閉めました


「ちょ、ちょっとケティ!いきなりドアを閉めないでよ!
 エトワール姉さまはデートに出かけてしまったし、クラスメイトも既に出かけてしまっていないのよ。
 私一人でお店でお菓子食べるとか、寂しすぎるじゃない。」

すぐさまドアを開きなおして、ジゼル姉さまが訴えてきます
姉さまの背後にいるバグベアーのアレンも血走った目で訴えてきますが、怖いから止めてください


「ジゼル姉さま、私は塩辛いものとお酒が好きなのです。
 お菓子も嫌いじゃありませんが、わざわざ馬で遠乗りしてまで食べに行きたくなるものでは無いのですよ。」

「お酒と塩辛いものが出る店で奢ってあげるからさ、ね?」

そこまでしてあの甘酸っぱいお菓子を食べたいのですか、ジゼル姉さま。
ちなみに私の味覚的嗜好は前世とあまり変わりはないのですよね
甘いものが好きではなかった前世に比べれば、割と好きな部類に入るようになったのが違いといえば違いなのです


「…まあ、そこまで言われるのであれば。
 着替えますから、その間に馬の準備をお願いできますか?」

「わかったわ、早く来てね!」

化粧っ気があまり無いとはいえ、私も女の子ですから、それなりに身支度に時間はかかるのですよ、姉さま




「お待たせしました、姉さま。」

制服は楽でいいです
適度におしゃれで、何も考えなくても良いところが
実家でも普段は皆野良着でしたし、着物は楽なほうが良いのですよ
ちなみに用意してあったのは、馬ではなく2頭だての驢馬車でした


「驢馬…。」

「驢馬しかいないって言われたのよ…。」

最初から駄目駄目な雰囲気なのは何故でしょう?





「…驢馬でも意外と早いものね。」

「エトワール姉さまがいれば、ルナに乗ってひとっ飛びなのですけれどもね。」

三時間半かかりましたが、何とか王都につきました
帰ったら夜中になりますね、これは…


「さあ、クックベリーパイ食べに行くわよ!」

「はい、姉さま。」

姉さまたちといつも行く店に入ると、キュルケとタバサがいました
テーブルには甘いものを売る店には不似合いな、包装されたでかい剣が立てかけられています


「あら、ジゼルにケティじゃない。
 こっち来ない?」

「あ、キュルケとタバサ、王都に来ていたの…と、そのでかい剣は何?」

ジゼル姉さまが二人に声をかけたあと、不思議そうに尋ねます


「ああこれ?これはダーリンの為に買ったのよ!」

「ダーリンって、特定の彼氏でも出来たの?」

ジゼル姉さまが不思議そうに尋ねます
キュルケに不特定の彼氏がいるのは、既に公然と知れ渡っているのですよね


「ヴァリエールの使い魔の大活躍見たでしょ?
 彼の大活躍に心が震えたのよ、この心の震えこそまさに恋だわ。
 そして恋の情熱に身を任せるのがツェルプストーの流儀なのよ。
 そういえばケティ、昨夜ダーリンと一緒に私の部屋に入ってきたけれども、廊下でいったい何をしていたの?」

「昨夜はご迷惑をおかけしました。
 才人はあの廊下で寝ている所をたまたま見つけただけなのですよ。
 何故廊下で寝ているのかと話を聞いたら、ミス・ヴァリエールをからかい過ぎた結果ああなったのだといったので、彼のためにも少し諌めていました。」

才人はあのどさくさで、私への疑念を忘れてくれたでしょうか?
忘れていてくれると良いのですが。


「店員さん、こちらにもクックベリーパイを二つお願いできるかしら?
 あと香草茶(ハーブティー)もお願いね。」

私達が話すのを尻目に、ジゼル姉さまは既に注文を始めてしまっています


「…なんという色気より食い気。」

私が言うのもなんですが、ジゼル姉さまは結婚できるのでしょうか?


「ケティ、なんか視線に失礼なものを感じたのだけれども。」

「気のせいですよ、あと今日はお酒と塩辛いものは諦めましょう。
 もう既に日が傾き始めていますから、もう一軒行ってから驢馬車なんかで帰ったら、明日の早朝になってしまいます。」

エトワール姉さまがいれば一時間弱で往復できる距離なので、お酒と塩辛いものはまたの機会にしましょう


「へえ、もう一軒行く予定だったの?」

「ええ、いつも行っている店ですけど…お二人は行った事は無いかと思われます。
 基本的に平民向けの店ですので。」
 
うちは貧乏ですから、あまり高い店で飲み食いできないのですよ…
貴族ですから、流石に場末の安酒場にはいけませんが


「店の名前は?」

「星降る夜の一夜亭といいます。
 お酒も料理もそこそこですが、ハシバミ草を様々な料理方で美味しくできるというちょっと変わったところが…。」

そこでクックベリーパイの6皿目を平らげたタバサが、頭を上げてこちらを見ました


「私もそこに行きたい。」

「ええと、驢馬車だと帰りが遅くなるので、今日は諦めてここで食べ終わったら帰ろうかと思っているのですが。」

そういえば、タバサはハシバミ草が大好物でしたよね
私もサラダは駄目ですが、あの店のハシバミ草料理は好きです
苦味と塩辛さのマッチがなんとも言えず…ジュル


「シルフィードに乗せてあげる。」

「あなた、本当にハシバミ草が好きよね。」

少し呆れたような口調でキュルケがタバサに話しかけています
そこまでしてハシバミ草を食べたいのですか、タバサ
驢馬車は置き去りになりますが…まあ、後で学院の使用人に話しをしておけば何とかなりますよね


「わかりました、では一緒に行きましょう。」

「ありがとう。」

タバサの感情は瞳の中に出るのですね
滅茶苦茶わかりにくいですが、目が輝いています


「いえいえ、ミス・タバサもシルフィードの件宜しくお願いします。」

でないと帰れませんからね



『かんぱーい!』

木製のジョッキに並々と注がれたビールを高らかと掲げて酒宴の開始です
テーブルにはハシバミ草の料理ばかりがぎっしりと、全部頼んだのはタバサです
彼女はビールには手をつけず、ひたすらハシバミ草の料理を口に運び続けています


「美味しいですか、ミス・タバサ。」

「ん。」

タバサはまさに一心不乱といった感じです
年上に言うのも変ですが、何というか小動物の食事みたいでとても微笑ましい風景です
ああ…なんて、なんて可愛い生き物なのでしょうか


「ミス・タバサ、ここのレシピであれば、幾つか教えてもらったものがあるのです。
 事前に仰っていただければ、学院でもいくつか作れますよ?」

「今度お願いする。」

ああ可愛い、可愛すぎます
これが萌えというものなのですね

来た時はどうなるかと思いましたが、思わぬ収穫でした
ああそれにしても、可愛い…



[7277] 第五話 人を呪わば穴二つなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/04/13 23:59
ドツボというものは思わぬところにあるものです
己の所業は巡り巡って最悪の時にこそ返ってくるものです

ドツボに嵌ったらもう手も足も出ません
今回の情けなさを私は一生忘れないでしょう

ドツボから脱出するには誰かの手を借りなければいけません
自分では絶対に脱出できないものなのです





「ダーリン、ダーリン、貴方の愛しいキュルケが来たわよ、ドアを開けて。」

「煩い!この万年発情期女!
 とっとと自分の部屋に帰って一人で盛ってなさい!」

ルイズの部屋の前で、キュルケがノックしていますが、案の定ドアは開きません。
キュルケたちになんとなくついてきたら、案の定ルイズの部屋の前でした。
ジゼル姉さまは私とは既に別れて帰っています。


「アンロック。」

アンロックの使用は学則で禁止されているのですが…そんな事をキュルケに言っても無駄ですか、そうですか。


「私の愛と情熱の前に、鍵など存在しないわ!
 さあダーリン、私の愛を受け取ってもらいに来たわよ。」

「いきなりアンロックとか何考えてんのよ、この万年はつじょ…うゎきゃ!」

キュルケを止めようとしたルイズでしたが、顔がキュルケの胸の谷間に埋まってしまうだけでした。


「ムー!モガモガ!」

「あらヴァリエール、何をやっているの?」

キュルケの胸の谷間でもがいているルイズをキュルケは不思議そうに眺めています。


「ぷは!私が止めているのにあんたが気にせず進んでくるから、あんたのその不愉快な塊に埋まっちゃったのよ!」

少し苦しかったようで、ルイズの顔が真っ赤になっています。


「あら災難だったわね、ヴァリエール。
 そんなことよりもダーリン、愛しい貴方にプレゼントよ!」

「なななっ、その剣は!?」

キュルケが包装を解いて取り出したのは、装飾過多な大剣です。


「これこそはゲルマニアの錬金の名手、シュペー卿が作った…。」

「…あ、これは式典儀礼用の装飾宝剣なのですね。」

ぴたっと、キュルケの動きが止まりました。


「…し、式典儀礼用の装飾宝剣?」

「はい、基本的には我々貴族が、大きな式典などで使う装飾宝杖と一緒のものなのです。
 装飾宝杖を実用する杖として使用する人が滅多に居ないように、式典の権威付けなどに使うのですから、剣としての性能は大抵二の次三の次になっているのです。
 たぶん平民中心の傭兵団などが、団の権威付けとして飾りに使うものではないでしょうか?
 そもそも、このような宝石やら金細工やら螺鈿やらがごちゃごちゃと貼り付けられた剣で戦いにおもむく人は、あまりいないと思うのですよ。」

まあメイジは剣は完全に門外漢ですから、知らなくて当たり前なのですが、キュルケには少し可哀想な事をしてしまったかもしれません。


「つまり、この剣は見掛けだけ立派なガラクタだってこと?」

「いいえ、本当にシュペー卿の作であれば、剣としての実用にも耐え得るでしょう。
 ただし、実用品とするならば装飾は全部剥がした方が良いと思われるのです。」

螺鈿に使われている貝くらいならとにかく、戦闘中に金細工や宝石が剥がれ落ちていったりしたら、物凄く勿体無いのです。

 
「ぎゃははは!言うじゃねえか娘っ子、気に入ったぜ。
 その通り、剣は斬ってなんぼ、頑丈でなんぼだ。
 飾りがついたチャラチャラした剣なんかで戦えるわけがねえ。」

ルイズの部屋に立てかけてある剣が、いきなりしゃべり始めました。
あれがデルフリンガーなのですか。


「あなたはインテリジェンスソードなのですか?」

「おう、インテリジェンスソードのデルフリンガー様だ、よく覚えておけ!」

デルフリンガーの鍔がカチャカチャ動き、声を発します。


「デルフリンガーというのですね、今後ともよしなに。
 ちなみに装飾云々言っていましたが、喋るなんて宝石よりも無駄機能なのです。
 喋ったからといって、切れ味が上がるわけでも頑丈になるわけでもないのですよ。」

「がーん、がーん、がーん…。
 俺様の存在が、無駄…無駄…無駄…。」

アイデンティティーを否定されたデルフリンガーは、そのまま静かになりました。


「うわ、ひでえ…。」

「あなた鬼ね、ケティ…。」

何故か才人とキュルケから非難の視線が。
まあ、投げっぱなしも可哀想ですから、フォローはしておきますか。


「まあ、インテリジェンスソードは大抵色々な魔法が付与されていますから、インテリジェンスソードに与えられた機能はその取扱説明書みたいなものなのです。
 孤独な夜の話し相手にもなってくれますし、まったくの無駄かといえばそうでないような気もするのです。」

「え?この剣魔法が付与されているの?
 ひょっとしてすごい当たりを引いたのかしら!」

ルイズが目を輝かせ始めます。


「はい、おそらくは2種類以上の魔法が付与されているものと思われるのです。」

「わわ凄い!ねえデルフリンガー、あなた何か特殊な機能はあるのかしら?」

おお、ルイズの瞳がきらきらしていますね、これでキュルケの鼻っ柱をへし折ろうとしているのでしょうか?


「おう良く聞いてくれた!そうよ、その通りよ、俺の機能は無駄なんかじゃねえ!
 やいそこの娘っ子、さっきは散々な事言ってくれやがったな!
 俺はすげえんだよく聞きやがれ!俺は…俺はな…お…れ…は…?」

「おれはなに?どういう機能があるの!?」

ああルイズ、今のあなたは最高に輝いていますよ。


「すまん…忘れちまった。」

『ズコーッ!』

私以外の皆が、盛大にずっこけました。
タバサも本を読んだ体勢のまま、床に倒れています。
本読みながらもこっそり聞いていたのですね、ああなんてラブリー。


「ああああああんたね、わわわわ忘れたですって、わわ忘れたですって!
 せせ説明書の癖に、せせせ説明書の癖に忘れたですって!?
 ふふふふざけんじゃないわよこの駄剣!駄剣!駄剣!駄剣!!
 何なのよこの無駄機能!」

「ま、待て娘っ子、忘れているだけで思い出すから、何とか頑張って思い出すから蹴らないで踏んづけないで、ぎゃー!」

ルイズが物凄い形相で、デルフリンガーを何度も何度も踏みつけています。


「まあまあ、落ち着いてくださいミス・ヴァリエール。
 デルフリンガーも必死に思い出そうとするでしょうから、そのうちこの剣の機能は見つかると思われるのですよ。」

「嫌よ、せっかく機能があるのに使えないなんて、そんなの宝の持ち腐れじゃない。
 ケティだった?あんた剣に詳しいみたいだけど、何か良い考えは無いの?」

このままだと本当に壊されそうなのでルイズを止めたら、思わぬ事を聞かれてしまいました。
私の不用意な一言で才人がどちらの剣を選ぶかのイベントが無くなってしまったので、まあ渡りに船ではあるのです。


「…そうですね、この手の魔剣には結構な確率で魔法を無効化する機能が備わっているのです。
 本来こういうものはメイジ殺しが持つべきものなのですから。」

平民出身の傭兵の中には、己の技量のみでメイジに効し得る『メイジ殺し』と呼ばれる人達が居ます。
そういう人達の中にはメイジの魔法を無効化する魔法が付与された武具を身に纏っている人も少なくないそうなのです。


「それはすばらしいわ、ぜひとも試してみなくちゃ。」

「そのボロ剣がねぇ…。」

デルフリンガーを抱えて目を輝かせるルイズを、キュルケが当惑した表情で見つめています。


「部屋の中で攻撃魔法を使うのは流石に危ないですから、外で実験してみるのですよ。」

「あら、それは名案ね。」

ルイズは笑顔で満足そうに頷いたのでした。





「ほ、本当にやるのか?」

本塔に吊るされたデルフリンガーが強張った声で聞いてきます。


「もちろんやるのですよ。
 それとも、ミス・ヴァリエールに蹴り壊されたいのですか?」

「どっちも嫌ってのは駄目か?」

ちなみに私はレビテーションで浮きながら、彼(?)を紐で釣り下げている最中なのです。


「あなたはミス・ヴァリエールの所有物ですから、そもそも選択権など無いのですよ。
 彼女の決定に従い、己の運命を黙って受け入れるのみなのです。」

「な…なんてこった、こんなに己の身が動けない剣であることを呪った事はねえぜ…。」

デルフリンガーは観念したのか、落ち込んだ声でボヤいています


「始祖プリミルに祈っておいてあげます。
 死後もあなたの魂が安らかでありますよう…。」

「何それ、おれ死ぬの!?死ぬ事前提なの!?」

おお、元気になったのです。


「冗談ですよ、たぶん大丈夫です、たぶん。
 あなたはたぶん魔法無効化能力を持っていますよ、たぶん。
 持っていなかったら私かミス・ツェルプストーの炎で跡形も無く溶けますが、たぶんあなたなら大丈夫です、たぶん。」

「滅茶苦茶『たぶん』を多用していませんか?
 何でおれから目を逸らすのですか?
 ぜんっぜんおれが大丈夫だと思っていねえなコンチクショー!」

まあデルフリンガーで遊ぶのはこれくらいにしておきましょう。


「では、頑張ってくださいね。」

「何を頑張れってんだ、どう頑張れってんだ、おれはただ吊るされているだけじゃねえか!
 畜生、もしも死んだら呪ってやる、化けて出てやるからな!」

さて、デルフリンガーには早めに覚醒してもらうとしますか。


「さあ、ちゃちゃっとやってしまいましょう。
 もう夜も遅いですし、私も早く寝たいのです。
 ではミス・ツェルプストー、間違えて宝剣を買ってしまった遣る瀬無さをあの剣に思う存分ぶつけてやってください。」

「やめろー!やめてくれぇ!おれはまだ死にたくねえよぉ!」

何という処刑シーン。
彼を吊るした私は、どう見ても悪役なのですね。


「あ…アレにファイヤーボールぶつけるの?」

「ええ、ご存分にどうぞ。」

キュルケの顔が引きつっています、ぶっちゃけ青いのです。
まあ嫌ですよね、いくら剣でも生理的な拒否感は出るのですよね、あんなのに魔法ぶつけるのは。


「ミス・ロッタ、あの剣に魔法無効化能力があると仮定したのはあなたでしょう?
 あなたが試すべきだとは思わなくて?」

「ヴァリエールの宿敵たるツェルプストーこそ、あの剣に魔法を放つのにふさわしいと思ったのですが。
 まあ、そうおっしゃられるのであれば、私がやります。」

今回は普通のファイヤーボールにするのです。
アレンジしてもしょうがありませんし。


「ファイヤーボール!」

「な、大きい!」

ただし、ファイヤーボールの容量に詰め込めるだけの魔力を詰め込んだ特大ですが。


「受けるのです、これが私の全力全開なのですよ!」

「ぎゃああああぁぁぁぁ!お助けええええぇぇぇぇぇっ!」

ファイヤーボールはデルフリンガーに向かって真っ直ぐ飛んで行き、ついに直撃しました。


「たっ、助けてくれええぇぇ…え?あれ?」

デルフリンガーに当たった途端にファイヤーボールは小さくなっていき、代わりにデルフリンガーのサビサビの刀身から錆が抜け、見事な白銀の輝きを放つようになりました。


「お…おおおおおお?
 思い出したぜ、そういやあんまりにもつまらねえ事にばかり使われるから、錆びて相手にされないようにしていたんだった!
 それと俺の能力は魔法無効化じゃねえ、魔法吸収だ!」

デルフリンガーの喜びの声が響き渡ります。


「どうやら魔法を吸収して自らの力に変える魔剣のようですね。
 もう少し魔法を吸収させてやれば、もっと機能が回復するかもしれないのです。
 ミス・ツェルプストー、お願いで…ん?なんですか、ミス・ヴァリエール?」

「はい!はい!私もデルフリンガーに魔法ぶつける!」

なんか、滅茶苦茶張り切っています、ルイズ。
もう少し後に頼もうと思っていましたが、デルフリンガーも元の姿に戻りましたし、このくらいでもかまいませんか。


「そうですね、持ち主であるミス・ヴァリエールが魔力を与える方がここは良いですね。
 では、ご存分にどうぞなのです。」

「うん、存分にやるわよ。
 ファイヤーボール!」

大爆発しました、しかもデルフリンガーのいるあたりにピンポイントで。


「やった、大当たり!」

しかし、爆発の煙が消えた後、そこにデルフリンガーの姿はありませんでした。


「…ヴァリエールの魔法で吹き飛んだかしら?」

「え?嘘、そんなまさか、あの剣魔法を吸収するんでしょ?」

まあ、固定化を無効化できる虚無魔法ですから、直撃したら消し飛ぶでしょうね。


「…デルフリンガー、惜しい剣を亡くしました。」

「そ、そんなぁ…。」

ルイズはヘナヘナとへたり込みます。
私もへたり込みたい気分です…まさかルイズの魔法が直撃するなんてラッキーショットがこんな時に起きるだなんて。


「あの剣、吹き飛んじまったのか?」

「おそらくは跡形もな…」

その時、頭上から風切り音が聞こえたかと思うと、私の目の前数サントにデルフリンガーが突き刺さっていました。


「ぅきゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うぉ、ケティ何を!」

思わず隣に来ていた才人に思い切り抱きついてしまいました。


「勝手に殺すんじゃねえ!
 おれは不死身だ!」

「なっなっなななななななな…。」

何という所に落ちてくるのですかと言おうにも、驚愕で舌が麻痺して喋れません。


「ちょっとケティ、ダーリンから離れなさいよ。」

「こっここここここここ。」

腰が抜けて才人に抱きついていないと立っていられないのですと言おうにも、舌が麻痺して声帯が引きつった状況では無理なのです。


「うお、ケティって結構でかい?」

「さささささささささささささっ!」

才人の鼻の下が伸び始めていますが、抗議しようにも口が動かないのです。


「こらーっ!ケティ離れなさい、離れなさいってば!」

「むむむむむむむむむっ!」

無理ですミス・ヴァリエールと言おうにも、発音すらままなりません。
ルイズに制服を思いきり引っ張られますが、離れたくても離れられないのをわかってください!
ああっ、キュルケまで加わってきました。
これは罰ですか、デルフリンガーをおちょくり過ぎた罰なのですか!?



「離れな…何?」

私達の背後に巨大な人影が現れました。


「ゴーレム。
 しかも物凄く大きい。」

「いったいなに?何なのよアレ!」

こんな時にフーケのゴーレムですかっ!
腰は抜けたままですし、腕を離して才人を自由にしようかと思ったら…。


「ななななななななな!(何で離れないのですかっ!)」

腕も硬直してるうううぅぅぅぅ!?
このままじゃあ、才人ごと踏んづけられてしまいます。


「離しなさいケティ、ふざけている場合じゃないってばっ!」

「ふふふふふふふふふっ!(ふざけてなどいませんっ!)」

キュルケとルイズが私の腕を引き剥がそうとするのですが、全く動く気配すらありません。


「ルイズ、タバサ!ダーリンとケティを何とか動かすわよ…って、タバサ?」

タバサがいない…と思ったら、タバサが乗ったシルフィードが急降下してきて、私達の前に降り立ちました。


「乗って。」

「乗ってって、ダーリンとケティはどうするのよタバサ。」

私達は置き去りですか?


「大丈夫、何とかする。
 だから二人とも早く。」

ルイズとキュルケがシルフィードの背に乗った途端にシルフィードが飛び立ちました。


「ちょっと待て、俺たち置き去りかよ、おーい!
 いやまあ、こんな死に方なら幸せかもしれないけどさ。
 ケティは柔らかいなぁ…。」

「ええええええええっちなななな!」

才人、無事に帰れたら制裁です。
断じて制裁するのです!

そんなアホな事をしている間にもゴーレムはどんどん近づいてきます。


「ああここで俺の人生も終わりか…そういえば、俺のキスって、ルイズとの契約でしたのだけだよな。
 もう一度女の子とキスしたいな、そう思わないか、ケティ?」

「おおおもおおもおおおもおおおもおおもっ!」

思いません、全く、これっぽっちも、欠片も思わないのですよ!


「んー…。」

才人の唇が、唇がどんどん近づいて…急に重力から解き放たれました。


「おわぁっ!なんだこれ!」

「ししるしるししるしるふぃーど!」

い、いろんな意味で危機一髪な状況は去ったのです
。命とファーストキスの両方の危機が、危機が去りました…。


「なんて大きいゴーレムなのかしら…。
 あ、本塔が!」

「いったい何をするつもりなの!?」

ゴーレムがルイズの傷つけた跡を思いきり殴りつけると、本塔の壁が崩壊しました
本塔の中の宝物庫を破壊し、ローブ姿のフーケが破壊の杖を持ち去っていくのが見えます。




ゴーレムは学院から悠々と立ち去り、暫くすると崩れて消えました…。


「ささ才人。」

体の硬直がやっと解けて来ました。


「お、ケティ、やっと話せるようになったのか。」

「よよくも、よくもすす好き放題にやってくくれたものなのです。」

制裁です…制裁なのですよ。


「わ、私も体が硬直して貴方にめ、迷惑がかかった事は、しゃ、謝罪します。」

「いや、ホント死ぬかと思ったよな、あはははは…は?」

何を暢気に笑っていやがりますか?


「身動きが出来ない私が喋れないのを良い事に、キスまでしようとしましたね?」

「えーと、ひょっとして怒ってる?」

ようやっと気付きましたか、この唐変木。


「これで怒らなかったとしたら、私はロマリアで列聖されるでしょう。
 降りたら、制裁です。」

「ひぃ!?」

このあと彼がどうなったのか、それは想像にお任せするのですよ。



[7277] 第六話 決戦に挑むは後の勇者たちなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2014/05/14 22:52
犯罪者は何時の世もいます
人は手っ取り早く稼ぎたいという誘惑に、なかなか勝てないものなのかもしれません


犯罪者は狡猾です
ですから、細心の注意を払って、相対しなければいけません


犯罪者は捕縛され裁かれるべきです
たとえどのような複雑な事情があれども、なのです




「ミセス・シュヴルーズ、昨夜の当直は貴方だったそうですが、あの時何をしていたのですかな?」

「申し訳ありません。
 昨晩は執筆の神様が降ってきて夢中で…。」

ミセス・シュヴルーズが、教師たちに囲まれてしょぼーんと縮んでいます。
ちなみに実は彼女は土のスクウェアメイジという、とんでもない人物です。もしも当直していれば、ゴーレムを作って対抗は出来たかも知れません。
けれども、そんな事したら巨大ゴーレム同士のガチバトル、まさに怪獣大戦争状態になってしまうのです。
そんな事になれば学園の施設に甚大な被害が出ていた事は間違いありませんから、むしろ居ないで大正解なのですよ。


「確かに貴方の魔法概論の著述は素晴らしいが、仕事を疎かにして貰っては困りますな。
 だいたい…。」

そう言っているのはミスタ・ギトー
一年生唯一のトライアングルだった私を『風が最強であることの証明をしてあげよう、撃ってきなさい。』とか名指してきたので、貫通力と直進性を最大限まで引き上げたファイヤーボールのアレンジ魔法で風の結界を撃ち抜いて派手に燃やしてあげたのも良い思い出なのです。
スクウェアでも格下を舐めると酷い目に会うという良い教材になりましたから、あれはあれで良い授業となりましたが…あれ以来、先生は私と目を合わせてくれません。
『そこまで跡形もなくアレンジしたなら、発動ワードを変えないと卑怯者のそしりを受けますよ?』とか、コルベール先生にも怒られました。
全力でやれと言うから本気でやったのに、酷いのです…。



「もうそれくらいでいいじゃろう、ミセス・シュヴルーズも反省しておるようだし、そのくらいにしておきなさい。」

オスマン校長が厳かな声で仲裁に入りました。


「責任を彼女一人に押し付けても仕方がない、そもそも当直をサボるのは常態化しておったし、わしも特にそれを咎めなかった。
 まさかあの宝物庫を破壊できるほどの巨大ゴーレムを作れるものがおるとは、わしも思っておらなんだ。
 今回の件の最大の責任はわしにある。
 責められるのはわしじゃろう。」

「オールド・オスマン!申し訳ありません、そしてありがとうございます!」

オスマン校長にミセス・シュヴルーズが抱きついて感謝しています…で、この鼠は私の足元から上を眺めていったい何をしているのでしょう?


「レビテーション。」

「ちゅ?ちゅちゅ!?ちゅー!?!?」

じたばたと鼠が暴れながら宙に浮いています。


「鼠さん鼠さん、貴方は何をしていたのですか?」

「ちゅちゅっちゅちゅ~♪」

私が笑顔で訪ねると、しらねーよといった感じで、鼠はそっぽを向きました。
しかし、鼠の癖にそっぽ向きながら口笛吹くとはやりますね。


「そうですか、答えないのであれば、答えたくしてあげます。
 鼠さん、寒くありませんか?」

「ちゅ?ちゅちゅちゅ?」

私の笑顔の質が変わったのに気付いたのか、鼠はぴたっと動きを止めました。


「そうですか寒いですか、それは可哀想ですから暖めてあげます。」

「ちゅ?ぢゅ!?ぢゅぢゅぢゅ!?ぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅ!!!!!!」

命の危機を感じて再び暴れだした鼠を、炎の繭ですっぽり覆ってあげました。


「もももモートソグニル!?
 ミス・ロッタ、その鼠はわしの使い魔のモートソグニルじゃ!
 何か失礼をしたなら、許してやってくれんかの?
 そのままでは蒸し焼きになってしまう。」

「オールド・オスマン、実は私は破廉恥なのが大嫌いなのです。
 特に私の横に立っている、ミス・ヴァリエールのエロ使い魔とか。」

私の横には私と同じく昨日の事件の目撃者であるルイズ、エロ使い魔、キュルケ、タバサが立っています。


「エロ使い魔…。」

所々煤けたエロ使い魔がガックリと肩を落としています。


「今後、こういう事は起きないと誓っていただけるなら、開放することもやぶさかではありません。」

「わかった、わかった誓うでの、もうこんな事はさせんから放してやってくれ!」

わかって貰えたようなので、モートソグニルを開放してオスマン校長の掌の上に乗せてやりました。


「おお大丈夫かモートソグニル、熱かったのう、苦しかったの…げふっ!?」

「ちゅー!ぢゅ!ぢゅぢゅぢゅ!ちゅぢゅ!」

モートソグニルの頭突きがオスマン校長の顎にヒットしました。
モートソグニルは『てめーいつもいつも俺ばかりを死地に向かわせやがって、いい加減にしねえと殺すぞ』と言っているようです。
いや、ただの脳内翻訳なのですが。


「おおおおおお…。」

「ちゅっちゅちゅぢゅ!ぢゅーちゅちゅ!」

顎を押さえながら呻くオスマン校長を尻目に、モートソグニルは肩を怒らせながら巣穴に入ると、小さなドアをバタンと閉めました。


「…ジェ○ー?」

さすがオスマン校長の使い魔、器用な鼠なのです…。


「…で、犯人は誰かわかったのかの?」

顎をさすりながらオスマン校長は周囲に尋ねます。


「はい、壁のサインの他に、こんなものが宝物庫に置いてありましたから。」

コルベール先生の取り出したカードには《破壊の杖は確かに領収いたしました。土くれのフーケ》と、書いてありました。
貴方は何処の怪盗の三代目ですか、どれだけ自己顕示欲強いのですか、フーケ。


「随分と律儀な盗賊ね。」

「気に入らねえな、人を踏み潰そうとしておいて怪盗気取りかよ。」

ルイズは呆れるを通り越して感心しているようですが、踏み潰されそうになったエロ使い魔は馬鹿にされたような気分になっているようです。


「踏み潰されそうになりながら私に破廉恥なことをしようとするエロ使い魔もいるくらいですから、人を踏み潰そうとする怪盗気取りのお馬鹿さんも、当然居るに決まっているのですよ。」

「ぐっ…それまだ言うのか?」

エロ使い魔にはエロ使い魔以外の呼び名などありません。
取り敢えず、あっかんベーで答えておきます。


「…で、オスマン校長、破壊の杖とはいったい何なのですか?
 名前を聞けば、取り敢えず物騒な代物なのはわかりますが。」

「うむ、破壊の杖とはのう、わしが若かりし頃に命を助けてもらった恩人の持っていたアイテムなのじゃ。
 わしは若い頃、あちこちを放浪して修行に明け暮れていたのじゃが、たまたま運悪く飢えたワイバーンの群れに出くわしてしまってのう。
 わしも奮闘したが多勢に無勢、精神力は尽き、もはやこれまでかと思った時に颯爽と現れた男に助けられたのじゃ。
 頭に細い布を巻き後ろで縛り、見慣れぬ装束をまとった男でのう、確か《蛇》とか名乗っておった。」

…何なのですか、その生身でハインド墜としたり、戦車を撃破しそうな人は?


「その男が見た事も無い銃のような武器を駆使してワイバーンを全滅させた後、『念のために持っておけ、若いの』と言い、破壊の杖と簡単に組み立てられる頑丈な紙の箱をくれたのじゃ。」

どう見ても某伝説の傭兵です。本当にありがとうございました。


「彼はわしにそれを渡してくれたあと、颯爽と立ち去っていった。
 紙の箱は旅の途中で失われたが、破壊の杖は学院に持ち帰り、宝物庫で大事に保管しておいたのじゃ。」

オスマン校長はとんでもない人から、破壊の杖をもらったのですね。
破壊の杖よりも、むしろそちらの方がびっくりです。


「あの破壊の杖は、使い方はさっぱりわからんがわしの恩人がくれた大事なもの。
 何とかして取り返せないものかのう…。」

「オールド・オスマン…気をしっかり持ってください。」

肩を落とすオスマン校長をコルベール先生が慰めています。


「おおコンビナート君、わしを慰めてくれるのかね?」

「コルベールですオールド・オスマン。」

今度はコルベール先生がガックリと肩を落としました。


「しかし一体どこに行ったのやら…。」

「オールド・オスマン!盗人の居場所と思しき場所を知っている者がおりました!」

バンッとドアが開いて、ミス・ロングビルが入ってきました。


「おおミス・ロングビル、まさか盗人の居場所を探ってきてくれたのかね?」

「はい、塔から破壊の杖を盗んだという盗人のサインを見れば、天下の大怪盗土くれのフーケじゃありませんか。
 これの居場所を見つけることが出来ればお給金も弾んでもらえるかなと思いまして、徹夜で行方を探しておりましたの。
 こういう事は早く調べるに限りますから。」

フーケとして隠し場所まで行って、使い方が分からなかったから帰ってきた…の間違いでしょう?と言いたい気持ちをぐっとこらえて、ミス・ロングビルを見つめます。


「フーケと名乗る盗賊と思しき黒いローブの男が、近くの森の中にある廃屋に入っていくところを見かけたものがおりました。」

「おおそれは素晴らしい、流石ミス・ロングビルじゃ!」

見事に騙されていますね、オスマン校長…。
美人の言う事はすべて正しいのですね、わかります。


「それで、そこは近いのかの?」

「はい、王都とは逆方向ですが、徒歩で半日、馬車で4時間位の場所です。」

王都からだと7時間くらいかかる場所を選んだわけなのですか、なるほど。


「すぐに王都に報告し、討伐隊を向かわせるように連絡しましょう。」

「コルホーズ君、いまから王都に早馬を出しても2時間半はかかる。
 王都に救援を請うても、その間にフーケは逃げてしまうだろうて。」

ミス・ロングビルの色香に迷っている割にはまともな事言いますね、オスマン校長。


「少し惜しい、私はコルベールです。
 それはそうとして、王都から救援を請うても遅きに失するのであれば、どうすれば良いと?」

「忘れたのかの?我らもメイジじゃ。
 我らで破壊の杖の捜索隊を結成し、破壊の杖を取り戻せば良い。
 別にフーケと正面から対峙する必要は無い。
 盗まれたなら、盗み返せばよいのじゃ。
 フーケの目を盗んで破壊の杖を手に入れたら、とっとと逃げれば良いのじゃよ。
 あんな巨大なゴーレムと、いちいち戦う必要は無いでのう。
 フーケと戦うのは討伐隊に任せよう。
 コンキスタドール君、王都に討伐隊の派遣要請をしてきてくれるかの?」

本当に冴え渡っていますね、オスマン校長。
その話を全部目の前にいるフーケが聞いてしまっていなければ、なのですが。


「わかりました、では早速行って参ります!
 あと、私の名前はコルベールなのでお忘れなく!」

コルベール先生は慌てて走り去っていきました。


「それでは早速、破壊の杖の捜索隊を結成する事にする。
 我はと思うものは杖を掲げよ。」

誰も杖を掲げようとはしません。


「なんじゃなんじゃ情け無いのう、フーケから盗み返したともなれば愉快痛快な話の立役者として名を上げられるというのに。」

いやホント、これだけトライアングルやスクウェアのメイジが集まっていながら誰も杖を掲げようとしないとは、困ったものなのです。


「ギトー先生、風系統最強理論を実証するなら今なのですよ?」

「ぐっ…その私の自信と理論を粉々に打ち砕いたのは、いったい誰かね?」

あの程度の事で自信が無くなってしまったのですか…
風メイジは動いてなんぼなのに、私は動いていないギトー先生に対して貫通力と直進性を強化したファイアーボールを放っただけなのですよ?


「…惰弱なのですね。」

「今何と言ったのかね!?」

ギトー先生が私を睨みつけます…と、同じくらいに一人が杖をすっと掲げました。


「オールド・オスマン、私が行きます。」

「き、君がかの?」

杖を掲げたのはやはりルイズなのでした。


「ミス・ヴァリエール!
 貴方は生徒じゃありませんか、こういう危険な事は教師に任せて…。」

「先生達は誰も杖を掲げようとしないじゃないですか。
 皆、私よりも魔法が上手なくせに。
 皆、私よりも力も才能もあるくせに。
 誰一人として杖を掲げようとしないじゃないですか!」

ミセス・シュヴルーズはルイズを止めようとしますが、ルイズはそういってから教師達を睨みつけます。


「私も行きますわ、オールド・オスマン。」

続いて杖を掲げたのはキュルケです。


「キュ、キュルケ!?」

びっくりした表情を浮かべて、ルイズがキュルケを見ます。


「わわ、私を助けるつもりなの?」

「勘違いしないで欲しいわね、貴方を助ける気なんて更々無いわ。
 ただね、ヴァリエールが勇気を見せたこの場で、ツェルプストーの私が杖を掲げなかったとあれば家名の名折れ。
 恥ずかしくて二度とツェルプストーを私は名乗れなくなるわ、それが嫌なだけよ。
 …それとも、助けて欲しかったのかしら?」

ニヤリと笑って、キュルケがルイズを見下ろします。


「冗談言わないで、ツェルプストーに助けられたりなんかしたら、ヴァリエールの名折れだわ。
 つまり貴方と私はたまたま目的が一緒なだけ、そうね?」

「ふん、わかっていれば良いのよ、ヴァリエール。」

なんと言うか、随分と複雑なツンデレなのですね。


「私も行く。」

その次杖を掲げたのはタバサ。


「タバサ、貴方も来てくれるの?」

「ん、二人が心配。」

コクリと頷くその仕種が勇ましいながらも超ラブリー。


「オールド・オスマン、私も行くのですよ。」

「ケティまで!?」

予定通り、私も杖を掲げます。


「毒食らわば、皿までなのですよ。
 あの時、フーケのゴーレムに最初に遭遇したメンバーの皆が行くと言っているのに、私だけ行かないのも妙な話なのです。」

「え?ちょっと待て、他のメンバーが皆って、ひょっとして俺も行くのか!?」

自分を指差して、エロ使い魔が急に慌てだします。


「貴方はミス・ヴァリエールの使い魔ですから、もとより選択権などありません。
 行くのか?ではなく、行くのですよエロ使い魔。」

「え、選択肢無いの俺?
 つーか、剣一本であんなでかいのとどう戦えってんだよ?」

エロ使い魔が頭を抱えます。


「どうやって戦うかではなく、戦えなのです。
 無茶でも無理でも無謀でも、あのゴーレムに飛び掛っていきなさいエロ使い魔、デルフリンガー持って。」

「俺に死ねって言うのかよ!
 あと、エロ使い魔呼ばわりはいい加減やめてくれ。」

才人が涙目で迫ってきます。
そろそろ可哀想になってきたからやめますか。


「貴方の生殺与奪権は、私ではなくミス・ヴァリエールにあるのですよ才人。
 ミス・ヴァリエールを守るのです。
 使い魔は主人の命を守る時にこそ、最大の力を発揮するのですよ。」

そう言いながら、才人の耳元に口を近づけます。


「生き残って任務を果たせたら、一つだけ貴方の聞きたい事に答えてあげるのです。
 私に聞きたい事があるのでしょう、才人?」

「お…おう、わかった絶対だぞ。」

まあ、これで才人もやる気になってくれるでしょう。


「他にはおらんのか?仕方が無いのう…。
 では、お主らに任せるとするか。」

オスマン校長は大きく頷きました。


「ミス・タバサはその若さでシュヴァリエの称号を持つ騎士であるし、ミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を数多く排出している名門で、なおかつ彼女自身がトライアングルじゃ。」

「ん。」

「任せて頂戴。」

こっくり頷くタバサと、髪をかきあげながらウインクするキュルケ。


「…って、え?タバサってシュヴァリエなの!?」

「ん。」

いいノリツッコミです、キュルケ。

「聞いた事無いわよ!?」

「聞かれなかった。」

まあ、私達と同い年で騎士爵位を持っている人なんてまず居ないですから、びっくりするのは当たり前なのですね。


「ミス・ヴァリエールは優秀なメイジを数多く輩出したヴァリエール公爵家の息女で座学は常にトップ、何よりその使い魔がメイジをものともせぬ強力な剣士じゃ。」

「あれ?よく考えたら私自身にちっとも戦える要素が無いような気が…。」

「強力な剣士か、へへっ。」

まあ、現状のルイズは戦力外ですよね、はっきり言って。


「ミス・ロッタは代々トリステインの軍人を輩出してきた家系に生まれ、その歳で既にトライアングル。
 学院の西に覗きがあれば行って焼き滅ぼし、東に夜這いが現れれば炎で薙ぎ払う。
 ロマンを求める男達を業火で蹂躙する、まさに地獄からの使者じゃ!」

「誰が地獄からの使者ですかっ!
 そもそも、そんな事はしていないのですよっ!!」

何時の間にそんな恐ろしげなものに成り果てていたのですか私は!?


「老い先短い爺のちょっとしたお茶目じゃ。」

「お茶目で私の経歴を捏造しないで欲しいのです…。」

モートソグニルに制裁を加えた仕返しなのですね、このくそじじい。


「この4人が向かう事に異議があるものは一歩前に出るのじゃ。」

一歩前にでたら、じゃあ手前が行けと言う話になるので、勿論誰も出ません。


「…居らんのか、つくづく情けないのう。
 まあ良い、では魔法学院は諸君らの努力と高貴なる義務に期待する。」

『杖に賭けて!』

私達が礼をすると、才人がきょろきょろしながら真似していて、吹き出しそうになったのは秘密です。


「では馬車を用意するから、それで行くが良いじゃろう。
 ミス・ロングビル、道中の案内は任せたぞい。」

「はい、かしこまりましたわ。」

彼女の口が弓の弧の如き笑みを浮かべていたのに気付いたのは、私だけだと思うのですよ。





「てっきだーてっきだー戦場だー!
 闘いがおれをーまってーいるー!」

「歌う剣ですか、め、珍しいですね。」

下手糞な歌をがなりたてるデルフリンガーに、ミス・ロングビルが話しかけているのです。


「デルフリンガー様だ、よろしくな美人の姉ちゃん!」

「は、はあ、宜しくお願いします。」

剣に話しかけられる体験など滅多に無いせいなのか、それともこれから起こす事に緊張しているせいなのか、ミス・ロングビルの態度は少しぎこちないのです。


「デルフリンガー。」

「おうなんだ、娘っ子?」

確か、鞘にしまえば静かになる筈なのに、何で話せるようにしているのでしょうか?
そろそろ目的地ですが、彼の下手糞な歌を強制的に聞かされ続けた私達は、既に精も根も尽きかけています。
音量が低いとはいえ、ジャイアンリサイタルみたいなものでした…。


「そろそろ目的地に着きますから、静かにしてください。」

「おう、わかったぜ。」

デルフリンガーの歌がやんだ途端に、周囲が静かになりました。


「あと、デルフリンガーは歌がとても下手なのですね。」

「ガーン、それを早く言ってくれ。」

デルフリンガーは傷ついたのか、鞘の中に引っ込んでしまいました。


「さて、この先は小道になるので馬車では入れそうもありません。
 徒歩で進みますから、皆馬車から降りてくださいまし。」

『はーい。』

皆馬車から降りて、先を急ぐのでした。



学院の広場くらいの開けた場所の真ん中に、朽ちかけた小屋が一軒あります。


「あれが、フーケのアジトかしら?」

「たぶん、隠れ家の一つ。」

不思議そうに呟くルイズにタバサが答えています。


「複数の拠点を用意しておいて、そこを転々としているという事なのですか。」

「おそらく。」

さすがはガリア王国特殊部隊の北花壇騎士団ですね、こういうのには詳しいみたいです。


「天下の大怪盗が、あんなあばら家にねえ…。」

「ああいう朽ちかけた建物のほうが、身を隠すにはうってつけ。」

呆れたようなキュルケの言葉にも、丁寧に返答するタバサが凄くラブリーなのです。


「私が聞いた情報から察するに、あの建物なのでしょうね。」

最後にミス・ロングビルの一言。


「じゃあ、作戦会議を始める。」

タバサがさらさらと木の棒で地図を書きはじめました。


「まずは斥候を向かわせて、フーケが中に居るか居ないかを確認する。
 必要なのは素早さ。」

「俺か…。」

ガンダールヴになると早いですからね、才人は。


「居たら、外で騒いでから、向かって右側に逃げて。
 出て来た所を私達が魔法で片付ける。
 居ない場合は中に入って皆で探索する。
 外に見張りが一人必要になる。」

「私がやりますわ。」

じゃないと、ゴーレム作って私達に襲い掛かれませんからね、ミス・ロングビルは。


「作戦開始。」

『おー。』



才人が慎重に小屋に駆け寄りますが、当然の如く誰も居ないので、誰も居ないというサインを送ってきました。


「じゃあ、行きましょう。」

「私は外で見張りをしておきます。」

頑張って、せいぜい大きなゴーレムでも作っていれば良いのです。



中に入って探索すると、破壊の杖はすぐに見つかりました。


「ジャベリン?」

アメリカ製の対戦車ミサイルで私の記憶が確かなら最新式です。

原作で出て来たのはM72だった筈ですが…まあ、オスマン校長助けたのも某伝説の傭兵だったみたいですし、気にするだけ無駄ですか。


「何でケティがそれの名前を知って…まあいいや、あとで聞くさ。」

「私、ミス・ロングビル呼んでくるわね。」

そう言って外に飛び出したルイズが、すぐに中に戻ってきました。


「ごごごごゴーレム!ゴーレムが来たわ!」

「何ですって!?」

同時に轟音とともに小屋の屋根が吹き飛びました。


「こりゃまたまあ、随分と張り切っているのですね、フーケ。」

前回と同様か、それ以上の大きさですよ、このゴーレム。


「アイシクルブリッド!」

タバサの氷の弾丸がゴーレムに直撃しますが、勿論効きません。


「ファイヤーボール!」

キュルケもファイヤーボールを複数生成してぶつけますが、やはり効きません。


「無傷。」

「はあ、駄目だわこりゃ。」

まあ、土の塊ですから、対人魔法じゃなかなか効きませんよね。


「ファイヤーボール!」

でも収束率を上げたファイヤーボールなら、結果は違うのですよ。
ゴーレム自体の動きは鈍いですから、いい的なのです。
私のファイヤーボールが当たったゴーレムの足が一瞬で蒸発して爆発を起こしました。
そのままゴーレムは横倒しに倒れそうになりますが、すぐさま足を構成しなおして復活します。



「凄い!一瞬だけどゴーレムの足が消えたわ!」

「別に凄くありませんよキュルケ、私と詠唱を合わしてくれれば貴方にも使えます。」

呪文をいじって収束率と回転を加えてエネルギーを高めただけですから、同じトライアングルであればキュルケも使うことは出来るのですよ。


「ファイヤーボール!」

「ファイヤーボール!」

私が右足を、キュルケが左足を狙い、足を失ったゴーレムはばったり倒れました。


「タバサ、いまのうちに破壊の杖を持って行くのです!」

なんだか、何度撃っても再生しそうな気配がするのですよね。


「わかった。
 シルフィード!」

「きゅいきゅいいいぃぃ!」

タバサは鳴きながら降下してきたシルフィードの背に、破壊の杖を乗せます。


「飛んで。」

「きゅい!」

そのまま一気に上昇していきました。


「私も手伝う!」

ルイズも先ほど私とキュルケがしていた詠唱を唱え始めました。


「ファイヤーボール!」

当然ながら、魔法は素っ頓狂な位置で爆発しました。


「ああっ!昨日は命中したのに!?」

流石に昨夜のデルフリンガーみたいなラッキーショットはそうそう望めるものでもありませんし、仕方がありません。


「…相変わらず失敗するのね、ルイズの魔法は。」

「前々から思っていましたが、あれは失敗は失敗でもただの失敗じゃありませんよ、キュルケ。
 まあ、戦闘中の軽口と思って、これから言う事は聞き流してくださればありがたいのです。」

ファイヤーボールでゴーレムの動きを止めながら、キュルケをちょっと驚かせてみるのです。


「たとえば私たち火メイジが対極属性である水メイジの《治癒》を使った場合、どうなります?」

「そりゃあ、魔法が発動しないか、または火が出て火傷させるだけだわ。」

そう、メイジの魔法には対極属性というものがあって、火メイジは水属性の魔法が絶対に使えませんし、その逆も然り。
風メイジは土属性の魔法が絶対に使えませんし、その逆もまた然りなのです。
決まった属性のないコモンスペルというのもありますが、それ以外で誰もが使える魔法というものはありません。
ですからタバサのように風と水が使えるメイジは居ても、風と土が使えるメイジはいないのです。


「そこで一つの仮定が浮かぶのですよ。
 全ての魔法の結果が爆発に帰結するルイズは、いかなる魔法を失敗しているのでしょう?」

「え?あれ?た、確かにそうだわ!
 ルイズの魔法は必ず爆発する。
 あれが確かに私達が水魔法を使おうとして失敗しているのと同じだと仮定すると…どうなるのかしら?」

ええいこの色ボケメイジ。
私に最後まで言わせるつもりですか。


「…つまり、これはおそれおおい事なので、あまりにもおそれおおい事なので、飽く迄も仮定なのですが。
 ルイズが全ての属性で対極属性を使用した時と同じ失敗を起こしているのだと仮定するのならば、私たち4属性のメイジが絶対に使えない魔法の属性を持っている可能性があるという事なのですよ。」

「おそれおおい…?
 私達が使えない属性の魔法って、まさか!?」

キュルケも流石に血の気が引きますよね、それは私達メイジにとって最もおそれおおいものなのですから。


「おそらくキュルケが今思い描いている事と、私が仮定した事は同じなのです。
 つまり、始祖の血は直系の王家ではなく、傍系のヴァリエール公爵家により多く受け継がれたという可能性があるという事なのです。
 私が跪くべき相手は王家ではなく、彼女であるかも知れないのですよ。」

「な…なんて事なの。」

王家の権威は始祖ブリミルの子孫である事にかなりの比重が置かれています。
虚無が傍系のヴァリエール家から出たという事になれば、ヴァリエール家の方が王家よりもブリミルの血が濃いという事になり、トリステインの東南部一帯を支配し、領地面積においてはクルデンホルフ大公国をも上回るヴァリエール公爵家の規模から言っても、王家の権威を上回る事になりかねません。
ですからこの件が公表された場合、トリステインは良くて王位の禅譲、最悪内乱なのです。


「それにしても、何で私にそんな事を?
 私はゲルマニア貴族なのよ?」

「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは、己の趣味をおろそかにしない女だと信じているからなのですよ。
 彼女が国王なんて野暮な仕事を始めてしまったら、あなたの趣味である彼女をからかう事もままなりませんよ?」

快楽主義者の彼女は、であればこそ趣味はおろそかにしない人です。
それ以上に、ああ見えてルイズをかなり大事にしていますしね、正面から言っても否定するだけなので言いませんが。


「確かにそうなったら私の趣味が阻害されるわね。
 それは最悪な事だわ、私は趣味を奪われるのが一番嫌いな女なのよ。
 確かに、この事は胸に仕舞っておいた方がよさそうね。」

「まあ戦闘中の軽口なのです、所詮は戯言なのですよ。」

さすがキュルケ、いい女なのです。


「馬鹿、早く下がれ、危ないだろっ!」

「サイトも前に見た事があるでしょ?
 錬金なら、対象を百発百中で爆発させる事が出来るのよ。
 だから、触れる場所に近づく事さえできれば、あのゴーレムにダメージを与える事だって不可能じゃないわ!」

いつの間にかゴーレムに突撃しようとし始めたルイズを、才人が必死になって止めています。


「あの決闘の時、サイトだって引き下がらなかったじゃない、私が何度やめてって言っても引き下がらなかったじゃない!
 平民の男に引き下がれない事があるように、貴族の女にだって引き下がれない時があるのよ。」

だからって『保身無き零距離射撃』を敢行しようとしなくても良いと思うのですよ。
ルイズは確かに運動神経良いですが、華奢ですからゴーレムに軽く撫でられただけで間違いなく死にますし。


「貴族の地位は血によって購われるの。
 国家と領民の為に血を流すのが貴族の務めなのよ。
 どうしても無理だというのであれば、名誉ある撤退もできるわ。
 だけど、私にはまだ手段が残っている。
 ここで逃げれば、私は戦う手立てがまだあるのに逃げたことになる。
 貴族である私がここから逃げるということはすなわち、貴族足り得ないということ。
 貴族足り得ないのであれば、そんな人間はヴァリエール家には不要なの!」

そう言ってルイズは才人の拘束から逃れると、自分に向かってくるゴーレムの拳を紙一重で交わし、杖をゴーレムの右腕に向けます。


「魔法が使えるものを貴族と呼ぶのじゃないわ!
 敵に後ろを見せないものを貴族というのよ!」

そして発動ワードを唱えました。


「錬金!」

途端にゴーレムの右腕が大爆発しました。


「見たか土くれ、ざまあ見なさい!」

ルイズは大爆発の中心にいたのに、多少煤けている他は見事に無傷です。
しかもルイズの錬金で吹き飛ばされた部分は、なぜか再生する気配がありません。
学校では固定化の効果を破壊していましたし、これが虚無の威力なのでしょうか?

しかし、ルイズにはゴーレムの左腕が既に向かってきています。


「くっ、しまった油断したわ!」

ルイズは何とかよけましたが、衝撃で倒れてしまいました。


「ルイズうううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

そこに疾風の如き勢いで駆け寄った才人が、ルイズを小脇に抱えて走り去っていきます。
ナイスコンビネーションなのです。


「馬鹿野郎!死ぬ気かお前は!」

「やってやったわ、サイト!」

ルイズがサムズアップしています。
才人に教わったのですね、そのジェスチャー。


「ファイヤーボール!」

問題は、腕以外は再生しまくりだって事でしょうか?
トライアングルが二人がかりで対応しているのに、そんなに燃費いいのですか、このゴーレム?


「ケティ!あのゴーレムどうやれば倒せる?」

いつの間にか才人が私の後ろにやってきていました。


「私は土メイジでは無いので詳しくはわかりませんが、ゴーレムの体には確か魔力のコアがある筈なのです。
 そこを破壊すれば何とかなるかもしれません。
 私もちょくちょくやってはいますが、どうにもうまくいきません。
 そうですね、ジャベリンの威力ならあれの上半身くらい破壊し切れるかもしれないのです。
 あれは第三世代型主力戦車を破壊できるだけの威力がありますから。」

「あ、あれを使っちまうのか?
 まあ確かに使い方はわかるけど…。」」

才人がびっくりしたような表情で私を見ます。


「使ってしまったほうがいいのですよ、どうせこちらの人間では原理の理解すらできない代物です。
 あなたはあれが使えるのでしょう?」

「ああ、何故かわからないけれども使い方がわかる。」

さすがガンダールヴ、武器なら何でも使えるというのは、伝説の傭兵顔負けです。


「私たちはもう少し持ちますから、才人は発射可能ポジションまで移動して、準備してください!」

「なんだかよくわからないけど、あいつを倒せるんなら任せたわよ、ダーリン!」

私たちは足を重点的に攻撃し続けてゴーレムの動きを止めているのです。
しかし、なんと言う再生力なのでしょうか。


「タバサ!破壊の杖をこっちにくれ!」

「ん。」

タバサがジャベリンを空中から投げ落とし、レビテーションをかけてふわりと着地させました。


「よし、これで決めるぜ!」

「わ、凄い、これこうやって使うの?」

才人はジャベリンを受け取ると、すばやく発射体制を整え始めました。
それを感心したようにルイズが見ています
ジャベリンは完全自動誘導方式の携行型打ちっ放し対戦車ミサイルなのです。
ロックオンすれば命中精度は95%以上、まあまず外す事など無いのです。


「往生せいやああああぁぁぁぁぁ!」

圧縮ガスによってミサイルが射出され、その後ロケットモーターに点火、トップアタックモードを使ったのか凄まじい勢いで上昇していき、一気にゴーレムの頭上から襲い掛かったのです。


『きゃああああああぁぁぁぁぁっ!?』

凄まじい音と炎が周囲を蹂躙し、近くにいた私たちも衝撃で数メイル吹き飛ばされました。


「…きゅ、キュルケ、生きているのですか?」

「何とか…生きているわよぉ。」

まさかあんなに凄まじいとは…うかつだったのです。


「さすがのゴーレムも粉々に吹き飛んだみたいだけれども…火メイジが焼け死んだりしたら、末代までの恥だったわ。
 でも、なんて凄まじい火魔法だったのかしら。」

「さすがは8.4Kgタンデム成型炸薬弾頭なのです…。」

いい加減立ち上がらなくては…。


「おーい!大丈夫か、キュルケ、ケティ!」

才人達が走ってきました。
ミス・ロングビルも茂みの中から出てきます。


「凄いわダーリン、あのゴーレムを一撃だなんて痺れちゃう!」

「おわっ!?」

そう言いながら、キュルケが才人に抱きつきました。
ゆっくり立ち上がろうとしていた私よりも、立ち上がるのが遅かったのに、なんという神速。


「才人、ご苦労様なのです。」

「お…おう。」

抱きつくキュルケを横目で見ながら、才人は怯えた視線をこちらに向けます。


「そんなに怯えなくても、私自身に破廉恥なことをしなければ、私は怒ったりはしないのですよ、才人。」

「え?あー、そうだよな、うん。
 あー安心した。
 あははははは…。」

昨日の折檻が効き過ぎたのでしょうか?
少し可哀想な事をしてしまったかもしれません。


「私は怒っていませんが、ルイズは怒っているようですね。」

「なにツェルプストーにでれでれしているのよ、この駄犬!
 それとケティ、いつの間に上級生の私達の事を呼び捨てするようになったのかしら?」

ドサクサ紛れに言い方変えたのですが、だめでしたか。


「いいじゃない、いちいち敬称で呼んでいたら面倒くさいわよ、ルイズ。
 だいたい私たち『戦友』じゃない。」

「戦友…わ、わかったわ、特別許してあげる。
 戦友、戦友ね、へへへ。」

うれしそうなのですね、ルイズ。


「皆様、ご苦労様でした。」

ミス・ロングビルがジャベリンの発射機を拾ってこちらに来ました。


「ミス・ロングビル無事だったのですね。」

「ええ、おかげさまで。」

ミス・ロングビルいえ、土くれのフーケはそう言いながら、ジャベリンの発射機をこちらに向けました。


「全員、杖を捨てなさい。」

「な…何故ですか、ミス・ロングビル!?」

ルイズは混乱した表情でフーケを見ています。


「何故か、見たらわからないのかい?
 フーケは見つからない、私が破壊の杖をあんた達に向けている。
 さて、あたしは誰でしょう?」

「まさか、あんたがフーケなのか!?」

サイトがフーケを睨みつけます。


「こんな形でどんでん返しとか、有り?」

「迂闊…。」

キュルケとタバサは杖を構えました。


「杖を捨てなって言っている!
 早く捨てな!」

ルイズとキュルケとタバサは杖を捨てましたが、私と才人は捨てません。


「何で捨てないのさ、こいつの餌食になりたいのかい!?」

「いいえ土くれのフーケ、私は貴方のしている事が滑稽で、今にも笑ってしまいそうなのを堪えていただけなのです。
 ねえ、才人?」

口を押さえながら、才人に視線を送ります。


「ああ、その武器の特性を理解していたなら、十人中十人が、あんたの事を指差して笑うだろうさ、フーケ。
 そいつはな、単発式だ。
 中のミサイルを込めなおさないと撃てやしない。
 そして、中のミサイルはもう無いんだ。」

「つまりですね、貴方は空の筒を抱えて私たちを脅しているのですよ、フーケ。
 …才人、やってしまうのです。」

才人はデルフリンガーを抜き放ちました。


「なっ!?ぐぅ…。」

そして柄の部分でフーケの鳩尾を強打しました。


「少し、眠ってろ。」

「そ…そん…な、テファ、ごめ…。」

そのまま、フーケは昏倒しました。


「ええと、おれの出番、こんだけ?」

「貴方にはふさわしいのですよ、デルフリンガー。」

だって、今回切るものなんてありませんでしたし。
本来出番なんてなかったのに、出してもらえただけ感謝して欲しいものなのです。


「ひどっ!剣は切って何ぼなんだ、ええいそこの美人の姉ちゃんでも良いから俺に切らせてくれ!
 ザックリでもブスッとでも良いから。」

「血に飢えた妖刀か、お前は!?」

才人が堪らずツッコミを入れます。


「せっかく戦場に来たのに何も出来なかったのでは、俺の存在意義が、アイデンティティーがっ!」

「ええい黙れこの妖刀!」

デルフリンガーはガチンと鞘に収められて静かになりました。


「さあ…帰るか。」

なんというか、どっと疲れました…。



「しかしまさか、ミス・ロングビルが土くれのフーケであったとはのう。」

翌日、学院長室で今回の件の一部始終を報告しました。


「彼女をどうやって採用したのですか?」

「町の居酒屋で給仕をしておったところを採用した。
 わしのところに何度も何度もやってくるし、酒も注いでくれるし、隣に座ってしな垂れかかってくる。
 学院長の御髭が痺れますとわしの髭を触りながら何度も褒めてくれるし、尻を撫で回しても笑顔のまま。
 これはわしに惚れておるのだなと思ってつい…。」

知ってはいましたが、このエロ爺が学院長で良いのでしょうか、この学院?


「そ、そうですな、美人はそれだけでいけない魔法使いですな!」

「そのとおり、うまい事言うのう、コルベール君。」

「いえ、私はコルベールではなく…ああいや、それでいいんです。」

独身中年男の悲哀ですね、わかるような気はしますが、わかりたくありません。


「あれ?ケティ怒らないのか?」

「ここまで救いようがないと、もはや怒る気すら起きません…。」

「ぢゅ!?ぢゅぢゅぢゅー!?」

性懲りもなくやってきたモートソグニルを踏み躙りながら、溜息を吐きました。



「…さて、今回はご苦労であったの、諸君。」

『はい。』

気を取り直して仕切り直しです。
ちなみにモートソグニルには逃げられました。


「土くれのフーケから破壊の杖を取り返してきただけではなく、捕縛までやってのけるとはまさに天晴れじゃ。
 フーケは城の衛士に引き渡したが、おそらく死罪は免れぬじゃろう。
 あんな美人が死罪とは勿体無いが、仕方がない。
 それと、今回の功績を王室に報告した結果、そなたら四人にはシュヴァリエの爵位が授けられる事になった。
 …まあ、ミス・タバサはシュヴァリエを既にもっておるでの、精霊勲章になるようじゃが。」

「本当ですか?」

「ありがとうございます。」

これで、赤貧学生生活ともおさらばできるのですね。
ジゼル姉さまに奢らされまくりそうな未来が、容易に想像できて嫌ですが。


「オールド・オスマン、才人には何も無いのですか?」

「残念ながら、彼は平民じゃからのう。
 表立った褒賞は出来ぬが、慰労金として2000エキューが出たぞい。」

おお、なんか太っ腹ですね、王室。


「さて、今夜はフリッグの舞踏会じゃ。
 破壊の杖も戻ってきたことでもあるし、予定通り執り行うでの、皆着飾ってくるのじゃぞ?」

そんな嫌イベントもありましたね、そういえば。
コルセットは苦しいし、化粧は面倒臭いし、男がいっぱい群がってきてウザいしで何一つ良い事がありませんが、学校行事ですから出ないと駄目なのですよね。
ああ、中止になればよかったのに。




「エトワール・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢、ジゼル・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢、ケティ・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢のおなぁーりぃー!」

恥ずかしいからいちいち入場する時に名前を叫ばなくて良いのですよ、しきたりですからしょうがない事ではありますが。
あと、私はかつてないぐらい徹底的にめかし上げられて、今回の舞踏会に出る羽目に陥りました。
真っ赤で胸の開いたドレスとか、私には挑戦し過ぎな格好なのですよ!
それというのも、遡ること数時間前の事なのです。


「はぁ…まさかケティが私達の預かり知らないところで大冒険していたとはね。」

ジゼル姉さまが目を抑えて天を仰いでいます。


「ケティ、あなたは確かにトライアングルで頭も回るけれども、私達の妹なのよ?」

エトワール姉さまの心配に潤む瞳がひたすら心に痛いのです。


「も、申し訳ございません、姉さま達。」

姉さま達の心配する心が染みるのです…。


「まあ、無事で帰ってきてくれてよかったわ。
 でも、今後はこんな事があるなら、私達に言ってよ?」

「そうよ、今回の件も全てが終ってから聞いたから、心臓が止まるかと思う程びっくりしたわ。」

姉さま達に何も言わずに行ったのは本当に失態でした。
心の中では既に土下座モードに入っています。


「本当に、本当に申し訳ございませんでした。
 今回の件の罰は何であろうが謹んで受けるのみなのです。」

「罰は何でも受けるのね?」

…えーと、エトワール姉さまの微笑みが何となく黒いのですが、気のせいですか?


「え?エトワール姉さま、罰なんか与えなくたって…。」

「ジゼルちょっと耳を貸しなさい。
 ゴショゴショゴショ…。」

エトワール姉さまに耳打ちされるジゼル姉さまの困惑の表情がイイ笑顔に変わるのはあっという間の事でした。


「確かに罰は必要ですわね、エトワール姉さま。」

「そうよ、必要よジゼル。」

わ…私はいったいこの先生きのこれるのでしょうか?



…という事があって、何をされるのかと思ったら、風呂に放り込まれて徹底的に磨き上げられ、髪をセットされ、着せ替え人形にさせられ、化粧を塗ったくられて舞踏会に出る羽目になったわけです。
『ケティは洒落っ気が薄いから、罰として今回はフル装備で出てもらう。踊りの誘いは一切断らない事。』と言われ、目の前が真っ暗になりました。
確かにこれは、間違いなく罰ゲームです。


「ラ・ロッタ嬢、私と踊っていただけますか?」

「はい、よろこんで!」

この「はい、よろこんで!」は、居酒屋のそれです。
もう、何かのアルバイトだと思って粛々と受け入れるしかありません。
何せ、ご飯を食べる暇もなく、くるくるくるくるくるくるくるくる男の子にとっかえひっかえ回転させられるのですから。
このままだとバターになってしまうので、何とか会場を抜け出すと、才人がいました。


「ルイズはどうしたのですか?」

「さっきまで一緒に踊っていたけど、疲れたみたいだから、一足先に部屋に帰ってもらった。
 ケティは?」

ぐーとお腹が鳴りましたが、もはや恥ずかしさを感じる気も起きないほど疲れています。


「聞いての通り、一切休みを入れずに踊り続けていたので、とても空腹です。
 もう一つ言えば、休まずに踊り続けていたので疲労困憊です。」

足もへろへろなので、才人の座っているベンチに腰掛けました。


「はぁ、癒されるのです。」

「何でそんな事したんだよ、踊るの好きなのか?」

才人が不思議そうに尋ねてきました。
そりゃ不思議ですよね、こんな派手な格好で踊りまくっていたともなれば。


「舞踏会で踊るのは大嫌いです。
 収穫祭に領民と収穫祭の踊りを踊るのはとても楽しいのですが。」
 
「じゃあなんで?」

才人の疑問ももっともなのです。


「姉さま達に黙って破壊の杖探索隊に加わり心配させてしまいましたから、これはその罰ゲームなのです。」

「罰ゲーム…ね。」

才人は苦笑を浮かべています。


「なんていうかさ、口調からも感じるけど、律儀だよなケティ。」

「本当に律儀なら、心配をかける前に姉さま達に話して出かけています。
 私は別に律儀ではないのですよ。」

ああ、今日は本当に疲れました。
お腹が減っていますが、だるくて食べに行こうという気が湧きません。


「…そうだ、話は変わるけど、ケティ。
 言っていたよな、この任務が成功して無事に帰れたら、ひとつだけ俺の質問に答えてくれるって。」

「良いですよ、好きな事を聞いてください。
 答えられることなら、何でも答えてあげるのです。
 破廉恥な事を聞いても答えてあげますが、後日制裁するのでお忘れなく。」

まあ、さすがにそんな事には使わないとは思いますが。


「そんな事聞かねえよ。
 おれが聞きたいのはさケティ、おまえはなんで俺の世界の事を知っているのかって事だよ。
 おまえは小学校の事も知っていたし、俺の世界の武器の事にも詳しかった。
 おれは…さ、ここに来るまでは武器の事なんかまるで知らなかったけど、ガンダールヴとかいう使い魔なせいで、武器の事なら何でもわかるらしい。
 でもケティは使い魔じゃないし、魔法も使える。
 なのに俺の国の学校の事も、俺の世界の武器の事も知っていた。
 何でだ?
 ひょっとして、俺と同じ世界から来た人に知り合いがいるとかじゃないのか?」

思った通りの質問ですね、まあ当たり前ですが。
だから、サイトには日本語で答えてあげました。


「知り合いじゃないよ、俺の前世が日本人だったんだ。」

日本語を話すと、何故か言葉が男っぽくなるのですよね。
たぶん、前世の頃の残滓なのでしょう。


「前世?
 っていうか、今日本語でしゃべった!?」

「日本語で喋れるよ、前世の記憶があるからな。」

それから私は私が生まれ変わった経緯を才人に語りました。


「怪獣に喰われた…って。
 おまえ、あの事件の犠牲者だったのかよ。
 TVでやっていてまるで実感なかったけどさ。」

「結局あれは何だったんだ?」

わけも分からず逃げ惑っているうちに化け物に喰われてしまったので、結局あれが何だったのかはわからずじまいでした。


「いや、俺もニュースよく見ていないからあまり分からないんだけど、宇宙人だとか、未知の生物だとか、突然変異だとか色々言われてた。」

「結局何だかわからないって事かよ。」

いったい前世の私は何者に喰われたのでしょうね、はぁ…。


「ところで何で兵器に詳しかったんだ?」

「軍事オタクだったんだよ、俺。」

自慢じゃありませんが、兵器のスペックなら今でも結構そらで言えますよ。
全く何の役にも立ちませんが。


「なるほどね…軍事オタクだったんだ、ケティ。」

何で目を逸らすのですか、失礼ですよ才人。


「そんなわけで、才人が帰る為の助けにはなれそうにないのですよ。
 まさか、死ねとは言えませんし、死んだからって記憶を持ったまま生まれ変わるだなんて保障もないのですし。」

トリスタニア語に戻して、才人に話しかけます。


「こっちの方が、もはや違和感ないな。」

「こちらで赤ん坊の頃から15年も生きているのですから、慣れるのは当たり前なのです。」

そして、15年も女性として生きれば、元の記憶が男であろうが、殆ど女の子になってしまうものみたいなのです。


「才人が元の世界に帰りたいのであれば手助けはしますよ、元日本人のよしみで。」

「ケティには今回も結構助けられたし、今後も協力してくれるなら助かる。
 この国に来てホームシックにかかっていたけど、元日本人がいてくれて嬉しいよ。」

私も久しぶりに会う日本人ですから、実は嬉しかったりするのです。
そういうちょっとした気の緩みが、才人に疑われる原因になってしまったのでしょうね。


「まあ、話し相手になるくらいなら、いつでもどうぞなのですよ。
 それでは体もだるいですし、そろそろ帰るのです。
 おやすみなさい、才人。」

「ああ、お休みケティ、また明日。」

ああ、眠い。
さっさとドレス脱いで化粧落として今日は寝てしまう事にしましょう。



[7277]  番外編 ハーレム願望も程々にして欲しいのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:29
ハーレムは男のロマン
女の子になった今でも、なんとなく憧れるものです


ハーレムは男の夢
まあ、夢だからいいのかもしれないのですが


ハーレムは男の野望
実現しようとすると、その、色々とあるものなのですよ




「ケティ頼む、話を聞いてくれっ!」

「いきなり土下座されても困るのですよ…。」

昼時、姉さま達が珍しく居ないので一人でお茶を飲んでいたら、いきなり才人に土下座をされたのでした。


「いやだって、ルイズに頼んでも駄目だっていうし、ここは土下座してでも頼みこむしかないかな…と。」

「…まあ兎に角、話だけは聞きましょう。」

どう考えても厄介事なのですが、土下座されたら聞くだけ聞くしかないのですよ。


「いや、実はシエスタっていう娘が居るんだけどさ…。」

才人が語ったのは、ジュール・ド・モット伯爵にシエスタが連れて行かれてしまいそうなので助けるのを手伝って欲しいという話なのでした。
いやしかし、ジュール・ド・モットの名をこんな所で聞くとは。
ひょっとして、アニメ版のエピソードとかなのでしょうか、これは?
アニメ版見ていないから、何が起きているのだか、さっぱりなのです。


「そのモット伯爵は、なのですね…じ、実はうちの親戚なのですよ。」

「な、なんだってー!?」

才人の顔が驚愕の色に染まったのでした。
ジュール・ド・モット伯爵には、うちの一番上の姉であるリュビ姉さまが嫁いでいるのです。
前にいらっしゃった時は夫婦仲睦まじい様子で、子供も6人目が出来たときだったのですが、アレだけ子供を作っておいてまだそんなに漲っているのでしょうか、彼は?


「シエスタはまだ行っていないのですね?」

「ああ、もうすぐ迎えが来るらしいけど…。」

モット伯に話を聞く必要があるのですね、出来得る限り本音を。


「他家の事情に割り込む事は気が引けるのですが、姉の夫の醜聞が宮廷に流れるようでは些か拙いのですね。
 …シエスタとは今すぐ会えるのですか?」

「おう、それは大丈夫だぜ。
 じゃあ、着いてきてくれ。」

才人について行くと、使用人たちの領域、つまりこの学園のバックグラウンドに入って行く事になったのでした。
通る人通る人がぎょっとして、慌てて後ずさって道を開けるのです。
貴族なんかが来て本当にすみませんという、いたたまれない区分になってくるのです。


「…これは、マントと杖は持って来ない方が良かったかもしれないのですね。」

「ん?何か言ったか?」

シエスタの事に気を取られて、私の状況に気づいていないのですか、才人。


「才人は鈍いのですね、と言ったのです。」

「今、俺酷い事言われた?
 ひょっとして酷い事言われた?」

正当な評価なのですよ、連れてくる人間の事を慮らないだなんて。


「おーい、シエスタいるか?」

「はい、サイトさんと…貴族様!?」

才人を見てほっとした顔を見せたシエスタがぎょっとした顔で私を見たのでした。


「お…お迎えが来たんですか?」

「え?いや違う、彼女は味方だよ。」

しかし、シエスタは警戒の色を隠そうとはしないのです。


「で、でも、その方はモット伯と姻戚関係にあるラ・ロッタ家のケティ様では?」

流石学院の使用人。
そのくらいの情報はリサーチ済みなのですね。


「このたびは姉の夫がご迷惑をおかけして、まことに申し訳ないのです。」

「え!?ちょ、ちょっと待って下さい、貴族様に頭を下げられるだなんて、そんな恐れ多いですわ!」

シエスタはあわあわと慌て始めました。
…ラ・ロッタではここまで慌てられないのですが、まあこれが普通の反応なのですよね。


「いいえ、例の噂が正しいとするならば、姉が夫の手綱をきちんと握れていない証なのです。
 ラ・ロッタ家としても、このような醜聞を流され続けるのはたまったものではないのですよ。
 この落とし前は、きっちり付けるのです。」

「落とし前って…何かやくざみたいだな。」

才人、貴族もヤクザも基本的に大きな違いは無いのですよ。
公権力を振るう事が出来るか、暴力を振るう事が出来るかの違いしかないのですから。
どちらも横暴にやろうと思えば、どこまでも横暴にできるのです。


「シエスタ、貴方の身柄はジゼル姉さまに預けます。
 あとで一緒に会いに行きましょう。
 それと、私の体格に合う使用人の服を一着用意して欲しいのです。」

「はい、それならお安いご用ですわ。
 幸いお嬢様は私と背格好が同じくらいですし、私のでいいならいくらでも。」

シエスタがこくりとうなずいたのでした。


「それで何するんだ?」

「スサノオノミコトは自ら生贄の身代わりになる事で、ヤマタノオロチと対面したのですよ。
 つまり、伯爵の本音が一番出る場所に直接赴く、という事なのです。」

いくら漲っているとはいえ、妻の妹に手を出したりはしないのですよ、たぶん。
リュビ姉さまの方にも手はまわしますし。


「スサノオノミコトって、どこかで聞いたような…?」

シエスタが首を傾げています…ちょっと不用心だったでしょうか?




『駄目!』

私の話を聞いた姉さま達の声が重なったのでした。


「妻の妹でも遠慮なく戴くような人だったらどうするのよ!?
 そんな危ない役目をあなたにさせられるわけがないでしょ!」

「いえ、ですがジゼル姉さま、身内の恥は身内で濯がないと…。」

ジゼル姉さまの目が三角なのです。


「それなら、私が行くわ!」

「ジゼル姉さまでは背が高過ぎるのですよ。」

「ぐっ!?」

それにモデルみたいなスレンダー体型なのですし、どう考えてもシエスタには見えないのです。


「じゃあ、私が行くわ。」

「エトワール姉さまの場合、恐ろしい事になりそうなので駄目なのです。」

「あらあら、何でわかったのかしら?」

やめて、モット伯のライフはゼロよ!なんて事になったら洒落にならないのですよ。
それと、さらっと同意しないで欲しいのです。


「やはりモット伯とは私が対面するしかないのです。
 ジゼル姉さまはシエスタの身柄を部屋で保護しておいてください。」

「しょうがないわね…わかったわよ。
 ケティに手を出したら、八つ裂きにしてやるんだから…ブツブツ。」

私を心配してくれるのはうれしいのですが、自重して欲しいのですジゼル姉さま。


「エトワール姉さまはこの話をリュビ姉さまに話して、出来得る限り怒らせて下さい。」

「あらまあ、そういうの大得意よ、私。
 リュビ姉さまを怒り狂わせればいいのね?」

頼んでおいてなんですが、少し不安なのです。
何する気なのですか、エトワール姉さま。




「シエスタ、シエスタという娘は居るか?」

「は、はい、私なので…ございます。」

ポーションで髪を黒く変色させ、そばかすを書いてシエスタっぽく見た目を変えて、使用人の服…つまりメイド服を着こんだ私が、モット伯の使者の前に進み出たのでした。
杖はスカートの下にベルトで括りつけておいたのです。


「どれ、まずは確かめるぞ!」

「キャッ!」

腕をつかんでぐいっと引っ張られたのでした。
そんな事をしなくても逃げないというのに、強引過ぎるのですよ。


「確かに黒髪とそばかす、旦那様のおっしゃった特徴と一致しておるな。
 …どこかで見たような顔立ちではあるが、どこで見たのだか、はて?」

「私のような平民の顔など、いちいち気にしていてもしょうがないでしょう?」

リュビ姉さまの顔を知っている?
偽物ならばここで成敗しようかと思っていてのですが、やはり本物なのですね…。


「まあ良いか、では来いシエスタとやら。」

「はい。」

私は使者に促され、馬車に乗り込んだのでした。




王都トリスタニア郊外にあるモット伯爵家の別邸に、私は連れてこられたのでした。


「あなたがシエスタね。」

「は…はい。」

背が高くて目つきのきつい美人のメイドさんが、私を見下ろしているのです。
威圧感ばっちりで、思わずたじろいでしまったのですよ。
いやしかし、やたらと胸を強調したデザインのメイド服なのですね…。


「ふむ…使用人なりに身なりはきちんとしているし小奇麗だわ、何より物腰に気品がある。
 流石は魔法学院のメイドね。」

「はい、ありがとうございます。」

魔法学院は給料も良く、使用人は平民ながらも素性のはっきりとした者しか採用されません。
給料も良く、福利厚生もしっかりとしているので、使用人の身なりはいつも小奇麗なので、怪しいものはまあまずいないのです。
…学院長がスケベ心を起こしさえしなければ、なのですが。


「でもその服!野暮ったいったらないわ。
 色気が足りないわね、色気が。」

「色気を強調するべき環境では無かったもので。」

まあ、学院のメイド服が野暮ったいデザインなのは確かなのですが、それには理由もあるのです。
エロい事で頭がいっぱいな青少年を集めた場所である学院で、いま目の前にいるメイドさんと同じような格好をしたメイドさんがいっぱいいたとしたら、父親のいないメイジの資質を持った子供を大量生産する破目に陥るのですよ。


「とにかく今の格好じゃ、旦那様の前に出せないわね。
 まずお風呂に入れて、徹底的に磨き上げるわよ。」

「は、はあ…。」

もうなんというか、ド直球でそういう事の為だけな感じなのですね。
顔が引きつるばかりなのですよ、エトワール姉さまが間に合わなかったら…か、考えるのは止めておくのです。


「お風呂メイド隊!洗いあげなさい!
 旦那様が気に入るように、一部の隙もなくぴかぴかに!」」

『はい、お姉さま!』

いきなり現れたメイド達に両腕を掴まれたのでした。


「え、あの、ちょっと…な、何なのですかーっ!?」

『ぴっかぴかに磨き上げまーす!』

そのまま脱衣所まで、物凄い勢いで引きずられるように連れてこられたのでした。


「さあ、脱ぎ脱ぎしましょうね?」

「女なら覚悟を決めて、ぱーっと!」

メイドさん達が私の周りを取り囲んで、手をわきわきさせながら色々と言っているのです。

ああ…何か夢にで出そうな?

「わ、わかりましたから、離れ…。」

「ああまどろっこしい、とっとと脱ぎなさい!」

「貴族の娘でもあるまいし、何を恥ずかしがっているのよ!」

貴族の娘なのですよー!?
ボタンをたちどころに外され、服をすぽんすぽん脱がされていくのです。


「あ~れ~…。」

ひいぃ、下着も何もかもをあっという間に脱がされてしまったのですよ。


「服飾メイド隊、採寸開始!
 この娘を磨き終わるまでに、一着仕上げるのよ!」

『はい、お姉さま!』

メジャーを持ったメイドさん達が現われて、私の体のサイズを徹底的に調べ上げて行くのでした。


「わー肌綺麗、貴族様みたいなキメ細かい肌だわ、手の皮も柔らかいし、本当にメイドなの?」

「胸が…聞いていたほど無いように見えるけれども、それでも結構大きいじゃない。」

右に回され左に回されひっくり返された後…。


『ヘイ、パス!』

「ひえええぇぇぇぇぇ!」

服飾メイド隊に放り投げられ。


『キャッチー!』

風呂メイド隊に受け止められたのでした。


『さあ、徹底的に磨き上げるわよ!』

「ひゃああああぁぁぁぁ。」

こうして私は風呂場に引きずり込まれていったのでした。
もう、わけのわからない悲鳴しか上がらないのですよ。
実は既にこの役を自ら進んで引き受けた事をかなり後悔し始めているのです。


「あら貴方、そのそばかす描いていたの?」

「え?ええ、実は貴族の坊っちゃん達に目をつけられないように、描いていました。」

偽そばかすがばれた時の誤魔化し文句を、あらかじめ考えておいて良かったのですよ。


「じゃあ、洗って取ってしまいましょうね。」

「じ、自分でできま…あぶぶぶぶぶ!?」

こうして私はこってり一時間、女として生まれてきた事を後悔する目にあわされたのでした。


「ひ…酷い蹂躙行為なのですよ、これは。」

洗うとか、全身洗浄とか、そんなチャチなものではないのです。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのですよ。


「あら、まだ終わっていないわよ?」

「な、なんですってー!?」

こ…このじごくはまだおわらないのですか?


「ええ、次は薔薇の香油を使って、全身マッサージよ。」

「全身薔薇の良い香りに包まれるのよ、そして旦那さまと…ああっ!」

正気でいられるうちに考えておくのですが、モット伯に変な事をされている割にこのメイドさん達は嫌そうではないのですね。
ひょっとして…こういう風に仕込まれてしまうのでしょうか?


「そ…それなんてエロゲ?」

「エロゲ?まあ良いわ、じゃあ、塗り塗りするわよ♪」

メイドさん達が薔薇の香油をたっぷり手に付けて、私の体に塗りこんでくるのですが、これが果てしなく…くすぐったい!


「あはははははは、や、やめて、やめ、くすぐ・・・あはははははははは!」

『塗り塗り~♪』

やめて、やめて下さい、私はくすぐったがりやで、昔からこういうのに弱…どこに塗り込んでいるのですかあははははははははは!


「あははははは!ひぃ、もうやめははははははははは!」

蹂躙第二段なのですかーっ!?


「あははははははは!」

『塗り塗り~♪』

地獄の時間はこうして過ぎて行ったのでした。




「…んっ、ここは?」

マッサージで笑い過ぎて、酸欠で気絶したのですね。
体を起こすと、大きなベッドの上なのでした。


「か…体に力が入らない。」

笑い過ぎで消耗したのか体に力が入らなくてうまく動かず、着替えの時に外されてしまったので、杖も無いのです。
魔法が使えなければ、私なんてただのひ弱な小娘に過ぎないのですよ。


「切り札は…この指輪のみ、なのですね。」

ラ・ロッタの家紋入りの指輪なのです。
これがあれば、私の身分証明が出来る筈なのですが、どこまで通じるやら。


「おおシエスタ、私の素敵なメイド。
 予想通り、いや、それ以上の美しさだ!
 マッサージの時に気絶してしまったと聞いたけれども、大丈夫かね?」

「あ、はい大丈夫なのです。
 ジュール・ド・モット伯爵なのですね。
 お久しぶりなのです。」

ふらつく足で立ち上がり、いつも通りに例をしたのでした。


「おお、使用人でありながら、貴族の娘並みに優雅な礼が出来るとは素晴らしい!」

「それはまあ、貴族ですから。」

モット伯の笑顔が『えっ?』という表情で固まったのでした。


「ケティ・ド・ラ・ロッタと申しますモット伯爵。
 前にお会いしたのは5年くらい前だったでしょうか?」

「な…顔を良く見せてくれたまえ。」

モット伯に促され、私は顔をしっかりと見せてあげたのでした。


「リュビが少女だった頃の面影が確かに…。」

「この指輪も見ていただければ、私の素性はわかっていただけるかと思うのです。」

指輪の家紋をモット伯に見せたのでした。


「このスズメバチの家紋は確かにラ・ロッタの…という事は、本物なのか?」

「はい、本物なのです。」

モット伯の表情が次第に蒼白になって行くのです。


「ひょっとして…この桃源郷はリュビにばれたのかね?」

「リュビ姉さまどころか、今頃姉妹全員に知れ渡っているのです…って、どうしたのですか?」

モット伯はトランクケースをベッドの下から引っ張りだすと、服をそこに詰め込み始めたのでした。

「未来に向かって逃亡するっ!」

「はあ?」

なんだかよくわからないのですが、必死なのですね。


「リュビと離婚したくないから、この屋敷を引き払って、ほとぼりが冷めたら会いに行く!
 リュビにそう伝えておいてくれたまえ。」

「駄目なのです!ここはおとなしくリュビ姉さまの沙汰を待つのですよ!」

逃げようとするモット伯の腰に抱きついて止めたのでした。


「いやだ、今度浮気したら離婚して子供を連れて実家に帰ると断言されているんだ!
 リュビと別れたくない、子供たちとも別れたくないっ!」

「誠意を持って謝り倒して、二度と浮気しないと始祖に誓ってみせれば、必ず許してくれるのですよ!」

ずりずりと引きずられながらも、モット伯の腰に抱きつき続けて重しになるのです。
な、なんというか、物わかりのいい人で助かりましたが、ここまで恐妻家だったとは。
なら、初めっからこんな場所作るな、なのですよ!

「無理だ!もう始祖に誓った約束も八回破っているから、今更何の効力もない!」

駄目だこの伯爵、早く何とかしないと…。


「兎に角、リュビに怒りを収め…ぎゃーっ!?」

「あ・な・た?
 また性懲りも無く、こんな屋敷をこさえたんですの?」

おお、修羅の登場なのです。


「あ、リュビ姉さま、お久しぶりなのです。」

「まさか、ケティにまで手を出すだなんて…あなたって人はなんて無節操なのファイヤーボール!」

説教と一緒にファイヤーボール、さすがリュビ姉さま、高速詠唱は姉妹一なのですよ。
勿論私はよけたのですよ、モット伯を置き去りにして。


「ぎゃああああああああっ!?」

火達磨の一丁上がりなのです。
加減はしていたようなのですが、いい感じに焦げているのです。


「ケティ、大じょ…うぉ、なんだその風俗まがいのメイド喫茶みたいな恰好は!?」

「男のロマン…なのだそうですよ。」

目を逸らして答えておく事にしたのでした。


「あなた、今日という今日は許さないわよ!」

「ごめんよリュビ、許して、どうか命だけは助け…はぶっ!?」

なんだか、夫婦喧嘩という名の凄惨な殺戮劇が始まっているようなのですよ。


「…取り敢えず、犬も食わない争いは放っておいて、外に出るのですよ。」

「そ…そうだな、おっかないし。」

血飛沫が舞っているのですよ、アレは生きているのでしょうか?
取り敢えず、悲鳴は上がっているようなのですが。




「悪は滅びたわ。」

リュビ姉さまがすっきりした顔で屋敷から出て来たのでした。


「ええと…モット伯の命は…?」

「水メイジだもの、放っておいてもいずれ再生するわ。」

リュビ姉さまが断言します…が、そういう生き物でしたか、水メイジって?


「まあ兎に角、あの人の事は大丈夫よ、制裁もきちんとすませたしね。」

「リュビ姉さま、モット伯爵と離婚なさるのですか?」

私の言葉にリュビ姉さまは首を横に振ったのでした。


「あの人は確かに浮気を繰り返しているけど、私の事も子供たちの事もとても愛してくれているのも事実なのよね、これが。
 それに…おなかに子供もいるしね。」

そう言って、リュビ姉さまはお腹をさすって見せたのでした。


「ええと…?」

「9人目よ。
 見てなさい、お父様とお母様を超えて見せるんだから。」

子供の数で競わないで欲しいのですよ、私もたくさん産まなくてはいけない空気になるではありませんか。


「あの人は愛が溢れて噴き出している人なのよね。
 だから、他の女にまで愛を振りまきに行ってしまうの。
 歳を取って、そっち方面が枯れるまで、取り敢えず我慢するわ。
 もちろん、浮気がばれたら同じ目にあわすけどね。」

「し…死ぬ前に枯れるといいですね。」

流石は炎の情熱を表す宝石、リュビ(ルビー)なのですね。
リュビ姉さまは一筋縄では無い、深い愛情でモット伯を包んでいるのでしょう。



その後、シエスタに全部白紙撤回された事を話すと、踊りださんばかりに喜んでくれたのでした。
私がワイン好きな事を才人が話すと、今度タルブに行ったら溺れるくらいのワインを用意すると断言してくれたのでした。
こ…これは是非ともお呼ばれしなくてはいけないのですね、じゅる。

あの館のメイド…ですか?
今も元気に働いているのですよ、学院で。
学院長に掛け合ったら、問答無用で全員採用とのお墨付きを頂いたのでした。
流石エロ学院長、扱いやすい。
しかし心配な事があるのです。

なんだか最近男子生徒の目線が、彼女たち新入りのメイドさん達に釘付けなのですよね。
服は学院の地味なものになったのですが、モット伯にそっち方面をがっちり仕込まれたメイドさん達ですから、そっち方面のフェロモンが出まくりなのかもしれません。
…父親不明のメイジが大量生産されなければ良いのですが。



[7277] 第七話 男はアホな生き物なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/31 23:38
お姫様は女の子の憧れ
実際になるのは、貴族という立場になってみてはじめてわかりましたが、勘弁して欲しいのです


お姫様と王子の悲恋
お話としてならば、それは美しくも悲しいものとして作れますが、巻き込まれたら大変なのです


お姫様抱っこで運ばれる
私にもいつかそんな日が来るのでしょうか?





ルイズの部屋は私の部屋の4部屋先の場所にあり、階段を下りるには彼女の部屋の前を通り過ぎなくてはいけないのです。
ですから時折才人が廊下に敷かれた藁の上で、毛布一枚被って震えながら寝ている風景は何度か目撃しています。
何か彼女の気分を害する真似をして叩き出されていたのでしょうね。
ですが…今回の格好は、いくら何でもないのですよ。


「楽しいですか、才人?」

「わん!」

全力で頭を横に振る才人の格好は犬耳に犬尻尾で半裸、首に巻かれた首輪には鎖までついていて、壁に繋がれています。
それだけならいつもの事が少しエスカレートした程度なのですが、何というかフルボッコ状態です。
顔は腫れていますし、体中痣だらけで非常に痛々しいのです。


「とても楽しいのですか、それは結構な事なのです。
 まあ、人の趣味はそれぞれありますし、私は何も言わないのですよ。」

「わん!?わんわんわんわん、わん!」

頭を横に振るだけではなく、胸の前で腕をバッテンに組みながら、涙目で才人が睨みつけてきます。


「では才人、ごきげんよう。
 おほほほほほ…ほ!?」

笑顔で立ち去ろうとしたら、才人に足首をがっちりと掴まれました。


「わん…って、ええいまだるっこしい!
 楽しいわけなんかあるか、むしろ痛いわ寒いわで今にも死んじまいそうだよ。
 お、ケティの足首暖かいな。」

「足首を離しなさい変態。」

手が凄く冷たいのですよ、才人。


「俺は変態じゃない!よしんば変態だとしても、変態と言う名の紳士だ!」

く○吉君ですか、あなたは。


「警備兵に引き渡しますか?」

「お願いですから勘弁してください。」

ナイス土下座です、才人。


「わかりました、話を聞きましょう。
 傷の治療のあてはありますし、厚めの毛布を帰り際に貸してあげますから、話している間は私の部屋で少し暖まっていけば良いのですよ。」

「おおサンキュー、恩に着るぜ。」

見ているこちらが痛寒くなりそうな格好ですからね
ルイズには後で文句を言われるでしょうが、これは幾らなんでもやり過ぎなのですよ。


「さあどうぞ、入ってください。」

「おお暖かい…って、本だらけだなこの部屋。」

まあ確かに本棚に収まりきらない量の本が、そこらかしこにうず高く積み上げられていますからね。
女の子らしさはほとんどゼロの非常になんと言うか、自分で言うのもなんですがヲタな部屋です。


「実家の私の部屋に置いてる本の一部を持ってきたら、とんでもない事になりました。
 図書館に重複する本がいっぱいあったので、そういうのは殆ど送り返したのですが…。」

「いやそれは良いんだが、何でタバサがこの部屋に居るんだ?」

私の部屋の隅っこで、タバサが椅子に座って静かに本を読み続けています。
この前一度、タバサに本を貸す時に部屋に招待したら、それ以来機会があれば私の部屋に訪れて本を読んでいます。

まさに 計 画 通 り。(ニヤリ

…いやまあ、偶然なのですけれども。


「この部屋にあるのは、図書館には置いていない本ですからね。
 タバサは見てのとおり本を読むのが大好きですから、私の部屋によく来るのですよ。
 学術書も多々ありますが、タバサが今読んでいるのは一族に疎まれ、様々な試練に陥れられる王女とメイジ殺しの少年の恋を描いた物語なのです。」

「ばらしちゃだめ。」

タバサの微かに赤くなった頬がラブリーなのです。


「タバサ、才人の治療をお願いできませんか?」

「ん、わかった。」

タバサが《治癒》を使うと、才人の顔の腫れは徐々に引いていき、体中の痣も消え始めました。


「相変わらず凄いな、水魔法は。
 こんな事、日本でも出来ねえよ。」

こんな事が出来るようになったら、医学上の大革命がおきますよね、いやほんと。


「タバサ、ありがとうございます。
 今度マルトーさんに頼んで厨房を貸してもらいますから、キュルケも呼んで一緒にハシバミ草料理でも食べましょう。」

「ん。楽しみにしてる。」

そう言って、タバサは再び読書に戻りました。


「ホットワインなのです。
 これでも飲んで、人心地つけてください。」

「おお、暖かい…。
 ワイン暖めて飲むなんて初めて聞いたよ。
 いやだけど美味いワインだな、これ。」

才人は木のカップに入れたホットワインをフーフーしながら呑み始めました。


「美味しいに決まっているのです。
 それはラ・ロッタのワイナリーで作ったものなのですから。」

肥沃な土地と、豊かな水源と、豊富な日照を全て兼ね揃えた土地ですからね。
交易路から外れ過ぎて売るに売れませんが。


「ケティの家ってワインも作ってんのかよ。」

「タルブのように売るほど大量には作っていませんよ、皆の飲む分だけなのです。」

取り敢えず才人が一杯飲み切ったら、話を聞くとしますか。




「…さて才人、どうしてこんな扮装をしているのか教えてください。」

ホットワインを飲み終わった才人に、もう一杯ホットワインを渡しながら尋ねます

「実は…。」

才人はルイズが自分に惚れているんだと思って、寝込みを襲ったら蹴りまくられた挙句、犬の扮装をさせられて叩き出されたという事の一部始終を語ってくれました。


「エロ使い魔、貴方は死んだ方が良いと思うのです。
 むしろ死になさい、今すぐここで。」

…今すぐ部屋から叩き出しましょうか、このエロ使い魔。

「いやだって…一緒に踊った時のルイズさ、頬が赤くて目が潤んでいたんだぜ?
 っていうか、またエロ使い魔呼ばわり!?」

「酒飲んで踊れば、誰だってアルコールが回って顔も赤くなれば目も潤むのですよ。
 それはルイズだろうが、酔っぱらったおっさんだろうが同じなのです。
 私は現在ワイン3本目ですから、よく見てください。」

そう言いながら、才人に顔を近づけます。


「私の目は潤んでいますが、才人にはこれが恋の潤みに見えるのですか?」

「いいえ。
 それは酔っ払いの目の潤みです。」

才人は横に首を振ります。


「私の頬はほんのり赤くなってきていますが、貴方に惚れているように見えるのでしょうか?」

「いいえ、全く。
 それは酔っ払いの赤ら顔ですというか、ケティは既にワイン4本目なのでもう止めた方が良いと思います。」

失敬な、ワイン4本くらいまだまだ序の口なのですよ。
…このままだと、今月送られてきた分を呑み尽してしまいそうなので自重しますが。


「ルイズの瞳が潤んでいたのも、頬が赤らんでいたのも、酒飲んで踊ったせいだという事は理解できたのですね?
 人は自分の願望に記憶をすり合わせようとする事がよく起こります。
 記憶というのはそのくらい曖昧なものなのですからから、気をつけて…ん?」」

「……………。」

押し黙る才人の視線が何か低いので、辿ってみました。
私の寝巻きが捲れて、下着が見えています。


「…才人、私の下着がそんなに珍しいのですか?」

「い…いやだって、急に捲れたら思わず見ちゃうだろ!?
 ルイズは履いていなかったし…。」

気持ちはわかりますが、生まれ変わってからの15年が貴方を許すなと言っているのですよ、エロ使い魔。


「言おうとしたんだ、言おうとしたんだけど、どう言えばケティが怒らないかを考えていたら…。」

「足を動かした時に寝巻が捲れて見えた下着を凝視していたわけなのですか。」

そういう事なら仕方が無い…のですね。
まあ、十分怯えていますし、寝巻も元に戻しましたし、なによりタバサにもう一度治療を頼むのも馬鹿馬鹿しいのでこのくらいで勘弁しておきましょう。


「まあ良いのです、このくらいでいちいち制裁されていたらサイトも身が持たないでしょうし。
 いま毛布を出しますから、それを飲み終わったら帰るのですよ。」

「わかった、あまり長居するとルイズが騒ぎ出すかも知れないしな。
 サンキュー、ケティ。」

そう言ってから、ホットワインを飲む事に集中し始めたサイトをぼんやり眺めます。
そういえば、フリッグの舞踏会の晩、才人がニューヨークでのあの事件を知っていたという事は、ちょっとした驚きでした。
私はてっきり「なんだそりゃ!?」と、驚くと思っていたのですから。
勿論、才人の世界に「ゼロの使い魔」は無いでしょうし、それを思いつくヤマグチノボル氏も居ないでしょう。

ただ、才人の世界でも私の世界と同じくニューヨークで怪物が暴れまわる事件が起きた…という事は、おそらく私と才人の世界は並行世界としてはかなり近い世界な筈なのです。
ひょっとすると、前世の私の両親が実在しているかもしれませんし、もしかしたら前世の私も怪物に喰われずに生き残っているかもしれません。
ですから才人が向こうの世界に戻れる日が来たら、一緒に戻ってみるのも面白いかなと思っているのです。

…取り敢えず、男言葉の日本語を何とかしましょう。
元はとにかく今は淑女なのですから。


「よし、温まった。
 じゃあ帰るよ、タバサも傷治してくれてありがとうな。」

「ん。」

才人の謝辞に、タバサがコクリと肯いています。


「風邪を引かないように、毛布にしっかり包まって寝るのですよ?」

「ハハッ、ケティって母さんみたいな事を言うのな。
 じゃあな。」

そう言って、才人はドアを閉めました。
年下の乙女に向かって《母さん》は無いと思うのです。
まあ、転生した分精神的に老けているというのは確かに否めないものがありますけれども。


「さて、私もそろそろ寝るのですよ。
 タバサ、帰る時に明かりを消して行って下さいね。」

「ん。
 おやすみ。」

私はベッドに入るとタバサのところ以外の灯りを消して、目を閉じるのでした。





翌日、授業中にめかし込んだミスタ・コルベールが入ってきました。
鬘が無い…滑り落ちるから乗せるのを諦めたのですね、わかります。


「突然ですが、フーケ捕縛の件で何と王女殿下が御行幸なさる事になりました。
 ミス・ロッタは殿下の謁見が許されましたので、後で校長室に来るように。
 他の皆さんは王女殿下の出迎えの為に正装の準備に取り掛かってください。」

「ミスタ・コルベール、それは良いのですが、授業はどうなるのですか?」

折角、授業をしているドートヴィエイユ先生の脱線話が架橋に入ってきたところでしたのに。


「今日の授業は午後を含めて全て中止となりました。
 総出でこれより式典の準備にかかるのです!
 殿下にくれぐれも粗相の無いように、立派な貴族として振る舞ってください。」

ああ…友人と旅に出て、路銀をすられたドートヴィエイユ先生がどうやってその窮地を切り抜けられたのか、もう少しで聞けたのに残念なのです。




『トリステイン万歳!アンリエッタ王女万歳!』

数時間後、大喝采の中、20頭のユニコーンに引かれた豪奢な馬車が、学院の中に入ってきました。
ユニコーンは純潔の象徴として神聖視される生き物ですが、処女しかその背に乗せないという困った習性があります。

私は大丈夫ですが、学院の中には近寄る事をためらう女子も結構いるのではないかと思うのです。
ほら、通りの表にいた何人かの女生徒が、慌てて奥に引っ込み始めています。
レディの秘密をその習性で暴いてしまうとは、なんて下品な生き物なのでしょうか。

まあなんにせよ純潔の象徴なので、清純無垢なる王女を運ぶにはまさにうってつけの馬です。
王女の向かい側に、痩せこけたおっさんが乗っていて台無しですが。


「はいはい、ちょっとどいたどいた。」
 
そんな声がしたあと、ぐいっと押し退けられました。


「いた、痛い、何をするのですか!?」

「およ、ケティ?」

そこに居たのは才人です。
相変わらず犬耳ですか、そしてまたフルボッコになっています。


「いたた…昨日の恩を忘れて私を押し退けるとはいい度胸なのですね、才人?」

「しっかり人を掻き分けたわね、褒めてあげるわ駄犬。」

その才人の横からルイズがニュッと首を出しました。


「ルイズ、貴方の仕業ですか。」

「ケティ、ちょうど会いたいと思っていたのよ。
 うちの駄犬に勝手に施しをしてくださったんですって?
 私の使い魔が何をされどうするかは私の自由ですのよ、勝手に餌や毛布を与えないで戴けるかしら?」」

ルイズが私を睨みつけます。
ああ、やっぱり怒られましたか…。


「ルイズ、貴方のされそうになった行為には同情を禁じえません。
 恐らく怒りで脳味噌が沸騰しているのでしょうが、落ち着いて考えた方が良いのです。」

「何がよ。」

ルイズは私を剣呑な光に満ちた瞳で見つめます。


「年頃の乙女である貴方が、同じくらいの年頃の男に犬の扮装をさせて首輪をつけて、鎖で繋いで歩いているのです。
 しかもそれを公衆の面前で。
 想像してみてください、貴方はそういう人間を見て、どういう感想を抱くのでしょう?」

「え!?うーん…えーと…あー…うー…ぎゃー!」

ルイズは客観的に光景を想像したのでしょう。
赤くなって、青くなって、真っ赤になってから、蒼白になって絶叫しました。


「へへへ変態、わわわたし今、わたし今、物凄い変態だわ。
 きゃ客観的に見ると、サイトを通り越してこの国最高峰の変態に輝いているわ、私。」

「俺を通り越した変態…って、俺は変態なのかよ!?」

やっと気付きましたか変態娘。
そして黙りなさい真の変態、強姦未遂犯が変態でなくて誰が変態だというのですか?
才人に兎に角罰をって事で頭がいっぱいになっていたのでしょうけれども、今のルイズと才人の状態はどう見てもSM変態カップルなのです。


「サ、サイト!
 もうその格好いいから、部屋の鍵貸してあげるから、いつもの格好に着替えてきなさい、可及的速やかにっ!」

「お、おう、わかった。」

ルイズから部屋の鍵を渡された才人が、走り去っていきました。


「一つ聞きますがルイズ、サイトにあの格好をさせて学院中を練り歩いたのですか?」

「ああでも、何もかもが遅いのよ、もう…。
 ああ…これで普通の思春期女子として終わったんだわ、私。
 さよなら清純可憐な私、こんにちわドS女ルイズ…。」

ルイズが真っ白に燃え尽きているのです。
これは、何を言っても最早聞こえないでしょうね。


「ふふ…終わったわ、何もかも。」

何か、後ろからも同じような台詞が聞こえてきたので振り向いたら、真っ白になったキュルケが居ました。


「キュ、キュルケどうしたのですか!?」

「私の火魔法が、ケティから教えてもらったアレンジも加えてみたのに、駄目だったなんて…私の渾身の火魔法が…。」

こんな魂の抜けたキュルケを見るのは始めてです。


「タバサ、いったい何が起こったというのですか?」

「ミスタ・ギトーの授業。
 キュルケが魔法を全て弾き返された挙句、その炎で滅多打ちにされた。」

あのおっさん、キュルケがこんなになるまでいたぶるとは…。


「わかりました。
 キュルケのこの落とし前は同じ火メイジである私が、責任を持ってきっちりとつけます。」

「お願い。」

タバサは基本的に風メイジなので、ギトー先生を倒しても風最強理論を崩せませんからね。
しかし、それぞれの属性に強弱の差なんてのは無く、基本的にどう工夫するかにかかっているのに、何で風最強に拘るのでしょうか、あの人は。


「キュルケ、キュルケ、コルベール先生に頼んで一緒に魔法の練習をしましょう。
 あなたは天才肌ですが、それ故に力任せ過ぎな所がありますから、そこを直せばギトー先生にだって勝てるかもしれません。」

「…そうね、ツェルプストーの火を馬鹿にされたままじゃいけないものね。」

真っ白になっているキュルケを軽く揺さぶりながら励ましたら、何とか復活してくれました。


「さあ私の手を取って、立ち上がるのです。
 私はいつもキュルケと一緒なのです。
 私達火メイジの輝かしい未来がそこにあるのですよ。」

「ケティと一緒に…火メイジの輝かしい未来を…。」

ついでにマインドコントロールも施すのですよ、精神的なショックを受けている時は暗示がかかり易いのです。


「そうです、共に行きましょう。
 そして、強く、強く、強く、強く、強く、強くなるのです…。」

「強く、強く、強く…。」

ぐるぐるぐるぐるぐる~。


「駄目。」

「いたっ!?」

「あいたっ!?」

タバサに杖で叩かれました。


「暗示で洗脳したら、駄目。」

「駄目なのですか?
 いやまあ、半分冗談でしたけれども。」

タバサなら、タバサならきっとツッコんでくれると信じていました、本当ですよ?



「トリステイン王国王女、アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下のおなーりー!」

おお、そういえば姫殿下の出迎え式でしたね、すっかり忘れていたのです。
レッドカーペットが敷かれ、皆が固唾を呑む中ドアがかちゃりと開き、出て来たのは…


「皆のもの、出迎えご苦労である!」

もう少し空気を読めないものですか、この鳥の骨は?
周囲のげんなりとした視線を少しは気にしてください。
そういう事をやっているから、王権の奪取を企んでいるとか、反対派にいいように悪い噂を流されるのですよ。


「お、間に合ったか。」

「あ、ダーリン、元の格好に戻ったのね。」

サイトが元のパーカー姿に戻って、帰って来ました。
…デルフリンガーを片手に握っているという事は、ガンダールヴの力を使ったのですね。
間に合わせる為とはいえ、しょうも無い事に伝説の力を…。


「ちょうど間に合いましたね、才人。
 姫様がちょうど出てくるところなのですよ。」

「あ、姫様来たの?
 ちょっとサイト、どけなさ…あ…。」

ルイズがサイトを押しのけて、姫様の方を見た途端に動きが止まりました。
目がキラキラ頬がほんのり赤くなっています。


「どうしたのルイズ…あら、いい男。」

ルイズの視線を追ったキュルケも、ちょっぴり頬が赤いのです。


「いい男なのですか、どれどれ?
 ああ成る程…。」

へえ、アレがジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドなのですね。


「いい男よねえ…ねえ、ケティ?」

「髭面の男はインチキ臭そうなので、好みでは無いのですよ。」

まあワルドですし、髭面が駄目な以上にワルドってだけでアウトなのですよ。


「タバサはどうです、ああいうのは?」

「興味無い。」

ですよねー。


「…ふ、所詮は淡い夢だったか。」

私達女性陣に空気扱いされて才人がいじけていましたが、相手にしない事にしておくのです。




「な…シュヴァリエ叙勲は無しなのですか…?」

校長室に入っていきなりシュヴァリエ叙勲は無しになった事を告げられました。
姫様と枢機卿引っ張り出してきてそれですか…というか、それ誤魔化す為に姫様と枢機卿引っ張り出してきたのですね?


「はい…申し訳ございません。
 先月、わが国のシュヴァリエの爵位には非常時動員の義務が付与されていたようなのです。
 なので、学生にシュヴァリエ叙勲はふさわしく無いという事になりました。
 なので、ミス・タバサと同じく、皆様にも精霊勲章を授与する事になりましたの。」

そういって、姫様は深々と頭を下げられました。
精霊勲章にも年金はつきますが、シュヴァリエに比べると見劣りするのです。
…まあ、学生のお小遣いとしては過分なので良しとしますか。


「ルイズ、ああルイズ、久しぶりね。」

「アンリエッタ姫様、お久しぶりでございます。
 はい?何でしょうか姫様?」

姫様がルイズに勲章を着けながら、何か耳打ちしています。


「ねえケティ、ルイズとあのお姫様知り合いなの?」

「一応、親戚ですから交流はあるのではないのでしょうか?
 よくは知りませんが…。」

たぶん、今夜ルイズの部屋に行く事を告げているのでしょうね。
ルイズの顔が徐々に硬直していくのがよくわかるのです。
…さて、今夜寄らせて貰うとしますか。





「…で、女子寮で何をなさっているのですか、ギーシュ様?」

「け、ケティ!?」

そろそろかなと思って部屋から出たら、ルイズの部屋の扉にぴったりと耳をつけているギーシュを発見しました。


「や、やあ、奇遇だね、ケティ。
 今日も蝶のごとき可憐さだよ。」

「わざわざ女子寮に来ておいて奇遇も無いのですよ。
 ミス・ヴァリエールに夜這いなのですか?」

ルイズのところは無いにしても、おおかたモンモランシーの所に行こうとしていたところで偶然姫様を発見したのでしょう?
でないとギーシュがわざわざ女子寮の近くを通りかかる理由もありませんし…。


「そんなわけ無いじゃないか、僕が夜這いだなんて。
 …な、何か目が怖いけれども、どうかしたのかね?」

「何でもないのです。
 …で、ミス・ヴァリエールの部屋のドアに耳をつけて何をなさっているのですか?」

私の目が怖くなったりはしていないのですよ。
ギーシュの気のせいなのです。


「姫様がアンリエッタ姫様がミス・ヴァリエールの部屋に来ているのだよ。
 姫様が出てきたら、是非とも僕の事を覚えてもらいたいのだ。
 あの白く美しい百合のような方に僕の事を覚えていただけたら、それだけで僕は、僕は…。」

「…僕はなんでしょうか?
 そもそも何故私の前で、そういう事を言うのですか?」

なんだかよくわかりませんが、ひどく不機嫌になって来たのですよ。

「え…?ええと、ケティ、ひょっとして怒っている?」

「ギーシュ様、何を怯えているのか知りませんが、私は怒ってなどいないのですよ?」

ギーシュは何故じりじりと下がっていくのでしょうか?
そのままだとルイズの部屋のドアを開けてしまいそうなのですが。


「ケティ、ケティ、落ち着くんだ。
 君が僕みたいなフラフラした男がどうしても許せないのは知っているけど、落ち着いてく…ヒィ!?」

「私は十分落ち着いているのです。
 何を仰るのやらなのですよ?」

ギーシュを落ち着かせようと笑顔を浮かべてみたのですが、「ヒィ」とか、悲鳴まで上げられてしまったのですよ。
ああ何か、怒り倍増なのです。


「落ち着くんだ、落ち着きたまえ、兎に角落ち着いてくれ、話せばわかる!」

「問答無用、なのですよ。」

ギーシュは限界までドアに張り付き…ドアがとうとう負荷に耐え切れなくなって開いてしまいました。
ギーシュはバランスを崩して、ルイズの部屋の中に転がり込んでいきます。


「うわあぁぁぁっ!?」

「きゃっ、何者ですか!?」

ああ…つい、やっちまったのですよ。


「アンリエッタ姫様、先ほどは精霊勲章を御身自ら賜り、まことに有難うございました。
 校長室でお会いしたケティ・ド・ラ・ロッタでございます。
 此方で仰向けに引っ繰り返っている者はギーシュ・ド・グラモン、まあ特に気にしないでいただけると助かります。」

「ひ、姫様お初にお目にかかれた事、このギーシュ・ド・グラモン感激の至りでございます!」

後ろ手でドアを閉めてから、姫様に跪き恭しく頭を下げました。
ギーシュは早く引っ繰り返った状態から戻った方がいいと思うのですよ。
姫様は才人に御手を許されている最中だったみたいで、才人に左手を出したまま固まっています。


「才人、御手を許されたのでしょう?
 早くキスをするのです。
 …唇ではありませんよ、その左手の甲に、なのです。」

「ああ、手の甲にキスすれば良いのか。
 どうしたらいいか、わからなくて困ってたんだ。
 ケティ、サンキュー。」

そういって、手の甲にブッチュウと思いっきり才人がキスしました。


「きゃっ!?」

「…才人、そういう時は軽くキスするものでしょう、常識的に考えて。」

姫様は確かに可愛いですが、浮気フラグ立てるのはもっと先なのですから、あまりがっつかないで欲しいのです。


「う、いや、なんか、緊張しちゃって勢い余ったというか…。」

才人はかなり無礼な事をしたという事に気付いたけれども実感は無い様子で、頬をポリポリ掻いています。


「はぁ…全くあなたという人は。
 姫様、才人は貴族の風習を知らぬ平民の身、どうか御慈悲を賜りますよう。」

「あ…はい、平民で貴族の風習になれていないという事であれば仕方がありませんよね、許します。」

私が姫様に頭を下げると、姫様はあっさりと才人を許しました。
いや、何と言うかこの身分に生まれておきながら、奇跡的なほど《普通の人》なのですよね、この姫様は。
世間知らずではあるのですが、傅かれてきた者特有のオーラがあまり無いと言いますか。
このままドレスを脱いで平民の服を着て城下に繰り出しても、誰も気付かないでしょう。
上手く教育を施せば、自らの権力に奢る事の無い名君に化けさせる事も出来ると思うのですが、教育方針が彼女の性質に全然マッチしていないのでしょうね、これは。


「ひ、姫様に平民が御手を許されるとは、僕でさえそんな光栄に預かっていないというのに…。」

…あ、ギーシュがショック受けているのです。


「くっそう、なんだか腹立つから決闘だ平民!」

「アホなのですか、貴方は?」

炎の矢を一本生成してギーシュに放ちました。


「あち!?あちっ!!ちょ、ケティ、燃えてる!燃えてる!!」

ギーシュがのた打ち回っていますが、自業自得ですから放って置きます。


「あつっ!ひ、姫様、あちちちっ!
 実はこのギーシュ・ド・グラモン、先ほどの話の一部始終を聞かせていただいており…熱い熱い燃えてる!
 聞かせていただいておりました!
 私めにも、是非、是非、なにと…あつっ!なにとぞ、その任務をあちちちっ!賜りますよう!」

まさかこのタイミングで言い出すとは完全に予想GUYだったのです。
人と話す時は時と場合を考えて欲しいのですよギーシュ。
どこの世界に燃えて転がりながら、任務を此方にも下さいなどと言う人がいるのですかっ!
姫様の目がすっかり点じゃないですか、どーすんですかこの状況!?
…私のせいですけれどもね、いやどうしましょう?


「スノー・ブリッド。」

「ぎゃあ!今度は冷たい!」

雪の弾丸が、のた打ち回るギーシュを直撃して消火しました。


「そ、そこの使い魔なんかよりも、余程役に立ってみせます…。
 …お願いします、なにとぞこのギーシュめをお使いいただきますよう。」

「は…はあ。」

横たわるギーシュから妙な威圧感を感じたのか、姫様は顔を引きつらせながら恐る恐る頷きます。
ところどころ焦げて力なく横たわる様は、どう見ても才人より使えるようには見えないのですよ、ギーシュ。
そんな事よりも…。


「タバサ?キュルケも?」

今のスノー・ブリッドはタバサが放ったものですか。
しっかり気付いてすかさず消火してくれるとは流石タバサ、抜かりが無いのです。
しかし、どうしてこの事態に気付いたのでしょうか?


「私の部屋はこの部屋の隣よ。」
 煩くて目が覚めちゃったじゃない?」

「いつまでも部屋に帰って来なかった。」

ああ、そういえばそうでしたか。
キュルケは今の騒ぎで目が覚めて、駆けつけてくれたのですね。
タバサは部屋を出て行ったきり、帰って来なかった私を心配してくれたのですね。


「姫様、話を聞かせていただけませんか?
 私達三人ははいずれもトライアングルクラスのメイジですから、お助けできる事があるかもしれないのですよ?」

姫様を安心させるために、私は笑顔で姫様に訪ねたのでした。
事情は知っていますが、聞いてはいないのですからね、私。



[7277] 第八話 格好つかない日もあるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/25 15:11
秘密の任務を受けました
姫様は破滅型の恋愛が大好きっぽいのです


秘密は守り通さなくては
姫様とウェールズ王太子の秘密は守り通そうにも重過ぎます


秘密は少人数で握られるから秘密なのです
姫様は嫁に行くよりも婿を入れたほうが良いような気もするのです




「なるほど、手紙…なのですか。」

同年代だというのに気安さを感じたのでしょうか?
お忍びで来たのに、姫様は意外とあっさり話してくれたのでした。


「ゲルマニア皇帝と私の婚姻を知る者はまだ少なく、ウェールズ王太子も当然この事は知らないでしょう。
 内容は告げられませんが婚姻が決まってしまった現在、手紙の存在が公に知れれば婚姻も同盟も破談となってしまうのですわ。
 トリステインの国力ではアルビオンと単独で対峙する事など不可能と聞いています。
 そうなればトリステインは、6000年続いたこの王国は、私の恋の不始末で滅びるなどという、不名誉な滅びを迎えてしまう事になってしまいます。
 それだけは絶対に避けなければならないのです。
 ケティといいましたか、トリステインを救う為に、どうか手をお貸しくださいまし!」

…う、涙目で見られると正直辛いのですが、私は兎に角他の二人はホイホイ安受けあい出来る類の話でも無いのですよ、これは。


「わ…私、ひょっとしてかなりまずい事を聞いちゃったかしら?」

「ひょっとしなくても、物凄くまずい。」

キュルケとタバサの二人は私に視線を向けます。
主に非難の意味を込めて。


「忘れていただいてもかまわないのですよ?
 今回の件も関われば命の保証は出来ません。
 しかも、フーケのときよりも格段に。
 何せ、行くのは現在内乱の真っ最中なアルビオンなのですから。」

「ケティ、貴方はどうするのよ?
 ジゼルが知ったら、絶対に止めるわよ。」

そう言って、キュルケは私の瞳の奥を探るかのように、真っ直ぐ見つめてきました。


「私はトリステインの貴族です。
 その私が国家の一大事に結びつく可能性の非常に高い上に、公式に出来ない案件を王家から依頼されたのです。
 《貴族の地位は血によって購われる》のですよ。
 この件を受けないのであれば、私はトリステインの貴族である事を許されてはならないのです。
 ジゼル姉さまが止めようが、私には為さねばならない義務があるのですよ。」

「それだけ?」

タバサの瞳が私を覗き込みます。


「才人達の行く先には、これからとてもとても悲しい事が起きるでしょう。
 ですが、私が行くことで悲しい事を少々ながらも減らせるかもしれないと考えているのですよ。」

たぶん、奇跡は起きないのでしょうが、奇跡が起きないなら起きないなりに出来る事はあるのです。

「それは、思い上がり。」

眼鏡の奥から、タバサが私を睨みつけます。


「ええ、思い上がりもいいところだと、私も思うのです。
 下手を打てば、私の命は無いでしょう。
 死ぬほうがまだましな目に合わされるかもしれません。
 それでも、出来るかもしれないから、私は行くのです。」

タバサの視線を私はしっかり受け止めながら、そう返しました。
何で記憶を持ったまま転生したのかは、さっぱりわかりません。
ただの偶然なのでしょうが、その偶然に意味と意義を見出したくなるのが人情なのです。

記憶も15年以上前のものですし、忘れないうちにメモで残したものも、物心がついてまともに思考が出来るようになった3歳ころに書いたものですので、既に3年が経過しておりかなりうろ覚えなのです。
そのせいで、予想通りに忘れていた事態がぽこぽこ起きては混乱を来します。
それでも、彼らがこの後どうなっていくのかという大まかな記憶はありますから、そのうろ覚えを頼りに何とか彼らをサポートして行く事こそが私の転生してきた意味だと信じたいのです。


「ケティって、以外と熱いわよね。
 ぽやーっとしているように見えて、結構怒りっぽいし。」

「思わぬところに残っていて急に出火するから、私は《燠火》なのですよ。」

前にキュルケのところに来た男達を炎の矢で薙ぎ払ったのが妙な形で伝わったのか、なんだか最近《断罪の業火》とか、地獄の裁判官みたいな呼び名が裏で広まりつつあるようですが、気にしないのです。


「…えーと、ひょっとして来るつもりなの、キュルケ?」

ルイズが嫌そうに、恐る恐る声をかけてきます。


「あら、嫌なの?」

「これはトリステインの重大な問題だもの。
 ケティは良いとして、よりにも拠ってゲルマニアのツェルプストーに手伝われたくないわ。」

まあ、ルイズの言う事も一理ありますし、彼女なりにキュルケを心配して言っているのだとは思いますが、キュルケにそんな事言ったら…。


「あら、何だか是非とも参加したくなってきたわ。」

「なっ…!
 何でいきなり乗り気になるわけ!?」

ああキュルケ、なんてイイ笑顔。
ルイズをおちょくるのが彼女のライフワークなのですから、ルイズが嫌がったら行きたがるに決まっているのですよ。
彼女とタバサがはじめから加わってくれれば確かに鬼に金棒ではありますが、なんというしょうもない展開に…。


「折角私がしん…じゃなくて、あんたの家はゲルマニアでしょ、来ないで!」

「嫌よ、今回の件はゲルマニアにも関わる問題だわ。
 それにねルイズ、私もつい先刻からトリステインの碌を食む身になったのよ?
 ほらほら、精霊勲章。」

ルイズにキュルケがほらほらと精霊勲章を見せびらかします。
まあ確かに勲章から年金が出るので、碌を食むと言えない事も無いですね。
かなり強引な理論展開ですが。


「ムキー!なんて事かしら!」

「おほほほほ、お仲間ねルイズ。」

悔しそうに地団駄を踏むルイズを、心底楽しそうにキュルケが笑っています。


「ん?ああタバサ、何なのですか?」

「私も行く。」

私の袖をくいくい引っ張る感触があったので、振り返るとタバサがいました。


「良いのですか?」

「ん。
 皆がとても心配。」

私も彼女に心配されている身なのですが…やはり貴方は根っからの苦労人なのですね、タバサ。
貴方の苦労は将来きっと報われる日が来ますから、その日まで頑張って欲しいのです。


「キュルケのばーか!ばーか!」

「おほほほほほほほほ!」

…来ますよね、きっと報われる日が…来ると良いですねえ、タバサ。




「…という訳で姫様、今回の件確かにお承りいたしました。
 件の手紙、何とか回収または破棄して見せましょう。」

「アルビオンには明日の早朝出立致します。」

何とか話も纏まったので、姫様に跪いて礼をしながら儀式みたいな連絡会議を始めました。
才人だけきょろきょろしていましたが、私が《空気読め》と意思を込めて視線を送ると頷いて同じポーズを取ってくれました。
流石元同胞、視線でわかってくれるとは流石なのです。


「現在王党派はロンディニウムからニューカッスルに拠点を移して抗戦を続けているらしいです。
 ウェールズ王太子も必ずそこにいる筈ですわ。」

「了解しました、アルビオンには姉たちと旅行に行った事がありますので、地理に関しては何とかなると思います。」

ルイズの台詞は暢気な感じも受けますが、この世界の戦争は地球と違って戦場以外は結構長閑ですから、旅行で行った時の経験でも意外と何とかなるとは思うのです。


「この旅は危険に満ちていますわ。
 貴族派のアルビオン貴族達は、貴方の目的を知れば必ずや妨害してくる筈。
 わたくしもあなた達の旅の安全を始祖ブリミルにお祈りし続けますわ。
 それと…。」

姫様はルイズの机に座って、まっさらな羊皮紙にさらさらと何かを書き始めましたが、急に動きが止まりました。


「始祖ブリミルよ、わたくしをお許しください。
 わたくしはやはりこの気持ちを偽る事などできないのです。」

姫様はそう言うと最後に何かを書き足し、それを畳んでから蝋を垂らして封印用の指輪を押し付けます。


「これをウェールズ王太子に渡してください。
 そうすれば件の手紙をすぐに返してくれる筈ですわ。」

そう言って、手紙をルイズに渡しました。


「かしこまりました姫様、このルイズ・フランソワーズ、必ずややり遂げて見せます。」

「あとこれを…《水のルビー》です。
 あなた達の身分を証明する助けに使ってください。
 もしもどうしても路銀が足りないのであれば、売ってしまってもかまいません。」

《水のルビー》は戴冠式にも使う国宝級の宝物なのです。
こんなもの売り払えませんけど、身分証明にはこれ以上無い品なのは確かなのですね。


「水のルビーの加護が、あなた達をアルビオンの猛き風から守ってくれる事を祈っています。
 だから皆様、どうかご無事で。」

そう言って、姫様は私達に深々と頭を下げたのでした。




「ジゼル姉さま、ジゼル姉さま、起きて下さい。」

「んあー?」

まだ靄のかかる早朝、私はジゼル姉さまの部屋を強襲しました。
鍵ですか?ジゼル姉さまはそんな細かいことはしないのです。


「あれーケティじゃない?どーしたのお?」

ジゼル姉さまは極端に寝起きが悪いので、朦朧としています。
かなり卑怯くさいですが、この機を狙って許可をもらってしまいましょう。


「ジゼル姉さま、私はこれから一週間ほど旅に出ます。」

「そーなの、いってらっしゃぁい…ぐー。」

許可はもらったのです、覚えているのかどうか不明ですが。
エトワール姉さまの眠りを妨げるとありとあらゆる意味で怖いので、ジゼル姉さまに伝えたという事実があれば良いでしょう。






「なあケティ、アルビオンってどんな国なんだ?」

一旦広場に集合してから、シルフィードに乗ってラ・ロシェールまで行く事になったので、集合場所の広場に集まると暇つぶしなのか才人が話しかけてきました。


「でかいラピュタなのです。」

「ラピュタかぁ…って、空飛んでんのかよ?」

非常にわかりやすい例えがあって良かったのです。
まあもっとも、アルビオンは滅亡寸前なだけで、ラピュタのように滅んではいませんが。


「ええ、アルビオンは空飛ぶ大きな島にある国なのです。」

「わけわかんねえよ、どういう原理で浮いてんだよ。
 これだからファンタジーは嫌いなんだ!」

わけわからないですよね、私もいまだにわけわからないのですよ。


「なあケティ、僕の使い魔も一緒に連れて行きたいのだが?」

「ギーシュ様の使い魔を?」

急に肩を叩かれ振り返ってみると、ギーシュにそんな事を言われました。
ええと、ギーシュの使い待ってなんでしたか?


「ああ、おいで!僕の愛しいヴェルダンデ!」

「ぎゅぎゅ!」

土がボコッと盛り上がり、その中から現れたのは全長2メイルほどの大きなモグラでした。


「大きいモグラなのですね。」

「そう、この子が僕の使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデさ。
 ああ今日もかわいいよヴェルダンデ、どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」

「ぎゅ、ぎゅー!」

ギーシュは幸せそうにヴェルダンデを抱擁しています。


「確かに目がつぶらで可愛いのですね。
 ヴェルダンデ、はじめまして。
 ケティなのです。」

「ぎゅー。」

私の言葉がわかるのか、ヴェルダンデはぺこりと頭を下げました。


「でもギーシュ様、アルビオンは空の上なのですよ?」

「船に乗せるさ、土の中じゃないと不安がるとは思うけれども、僕がついているから大丈夫だよ。」

まあ、それなら何とかなりますか。
ジャイアントモールは土の中では馬よりも早く移動できますし、この大きさなら人が通れるだけの大きさの穴も掘れますから、何かの役に立つかもしれないのです。


「ではヴェルダンデが私達を見失わないように何か印を…。」

「ぎゅ!?」

そういった途端、ヴェルダンデが鼻をヒクヒクさせ始めました。


「おはよう、荷造りに時間かかっちゃった…って、何よこのでかいモグラは?」

「ぎゅぎゅぎゅ♪」

ヴェルダンデはルイズに近づいていくと、その鼻面を水のルビーに押し付けました。


「わ、何すんのよこのデカモグラ!
 姫様からお借りした水のルビーに鼻面擦り付けるんじゃな…わ、なんかぬめっとした、ぬめって!」

「ヴェルダンデは宝石が大好きなんだ。
 時々宝石の原石や鉱脈を掘り当ててきたりするんだよ。」

ギーシュが誇らしげに胸を張る横で、ルイズはヴェルダンデに必死で抵抗しています。
体格がぜんぜん違うので完全に押し負けているのです。


「そんなことどうでも良いから、このデカモグラを早くどけなさい!」

「これがいい目印になりそうなのですね。
 ギーシュ様、もう良いですからヴェルダンデに離れるように言ってあげてください。」

ジャイアントモールは数リーグ先の鉱脈もその鼻で嗅ぎ分けるといいますから、水のルビーの匂いを覚えたなら問題無いでしょう。


「ああわかったよケティ。
 ヴェルダンデ、レディに失礼なことはやめて、僕のところに戻ってきておくれ!」

「ぎゅぎゅぎゅー♪」

…戻って来ません。
水のルビーに夢中になって、他の事を忘れているようなのです。


「ヴェルダンデ、戻ってきておくれ、ヴェルダンデ!」

「ぎゅぎゅー♪
 ぎゅ!?ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ!?」

いきなり、突風が起きてヴェルダンデをルイズから引き剥がしました。


「ヴェルダンデ!?」

「ぎゅー…。」

ヴェルダンデは伸びてしまいました。


「ああっ、ヴェルダンデ!ヴェルダンデ!なんて酷い事に!?」

「いや、気絶しただけだろ?」

涙を流しながらヴェルダンデに抱きつくギーシュに、才人がすかさずツッコんでいます。


「君を早く止められなかったから、僕のせいでこんな事に。
 本当にごめんよヴェルダンデ、君がこんな酷い事になるとは思わなかったんだ!」

「いや、だから気絶しただけだろ。
 微かにぎゅーとか鳴いてるし。」

なんか、ギーシュと話すとツッコミに回りっぱなしじゃありませんか、才人?


「君の敵は断固とらなければならない、君の無念は僕が必ず果たす。
 だから君は綺麗な場所から僕を見守っていてくれ…。」

「生きてるだろ、使い魔を勝手に死んだ事にするなよ!?
 そっちの方がむしろ可哀相だろ?」

何という漫才コンビ。
これを素で出来るとはギーシュ、やりますね。


「僕の愛しいヴェルダンデをこんな酷い目にあわせた君、絶対に許しはしない。
 …決闘だ!」

才人の台詞をさらりと聞き流してゆらりと立ち上がったギーシュは、一瞬グリフォンに乗ったヒゲ帽子の方を見ましたが、クルリと向きを変えて才人に杖を突き付けました。


「聞き流すんじゃねえよ!
 しかも俺かよ!?
 違うだろ、お前の敵はあっち、あっちのあの帽子被ったもっさい髭面だよ!
 アレだろ、間違えるなよ!」

「帽子被ったもっさい髭面…アレ…。」

グリフォンに乗ったヒゲ帽子が肩を落としていますが、そんなモブキャラはとりあえず放置なのです。


「うるさい!あの恰好はどう見たって女王陛下の親衛隊だろう。
 滅茶苦茶強いのだよ、親衛隊は!
 おっかな過ぎるだろう、決闘申し込んだら一瞬で『ずんばらりん』と真っ二つにされてしまうじゃないか、何を言っているのかね君は!?」

「お前が何言ってんのか分かんねえよ、俺は。」

涙目で心底情けない事を全力で力説しないで欲しいのです、ギーシュ…。


「…ところでアレ、誰?」

「さあ?そう言えば親衛隊がなぜここに?」

ヒゲ帽子に指差す才人の問いに、ギーシュが首を傾げています。


「取り敢えず言える事は、アレがモグラ嫌いだって事だな。
 じゃないと罪も無いモグラを吹っ飛ばすとかあり得ん。」

「いやまったく、モグラに嫌な思い出でもあるのかね?」

ギーシュと才人は腕を組んでお互いに頷きあっています。
何時の間にやら仲良しなのですね、貴方達…。


「アレとか言うな、指差すな、そこの君っ!
 申し遅れたが僕の名はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
 女王陛下直属の魔法親衛隊隊長だ。
 あと僕はモグラ嫌いじゃない。
 あれはだな…。」

ワルドは優雅に礼をしましたが、目が少し潤んでいるのです。


「ワルド様…?」

ルイズが呆けた表情でワルドを見ています。


「ああそうさルイズ、僕の可愛い婚約者!」

「婚約っ!?」

あ、才人が固まったのです。
好きな女の子に婚約者がいたと知ったら固まりますよね。


「どうしたんだいルイズ、僕の事を忘れたのかい?」

「あ、いいえ…違うのワルド様。
 あまりにも久しぶりで、びっくりしてしまったのですわ。」

そういうルイズの頬はほんのり赤いのです。
…よくわからないのですが、格好良いのでしょうかあの人は?
私は髭生やした男は格好良いかそうでないかの前に、信用できないのですが。


「キャッ、ワルド様何を!?」

「はっはっはルイズ、君は相変わらず羽のように軽いんだね。」

ワルドはルイズの脇をつかんで高い高いを始めました。
扱いが子供ですね、ルイズ。


「は、恥ずかしいですわ、ワルド様。」

「何を恥ずかしがるというのだい、僕たちは婚約者だろう?」

婚約者であるなしに関わらず、16歳にもなって高い高いされたら普通は恥ずかしいと思うのです。


「な、まさか…ルイズの婚約者がモグラ嫌いだったとは、こいつはびっくり仰天だぜ。」

「こんなに愛らしいヴェルダンデにあんな情け容赦無い攻撃を加える事が出来るのだから、彼はきっと昔モグラに何か酷い目にあわされたのだと思うのだよ、僕は。」

そっちの理由で固まったのですかっ!?


「しつこいな、まだそのネタを引っ張るのか君たちはっ!?
 先ほど言いそびれたが、僕にはその巨大モグラがルイズを襲っているように見えたんだ。」

どう悪く見ても、激しくじゃれているようにしか見えなかったのです。
ルイズにいい所見せようとして張り切りすぎたのですね、わかります。


「ごめーん、皆もう待っていたのね。」

「…眠い。」

キュルケとタバサがやってきました。
タバサ、次の朝が早い時は読書は程々にしないと…。


「おはようございます、キュルケ、タバサ。」

「おはようケティ。
 あら、昨日のいい男じゃない。
 どうしてここに?」

キュルケがまたワルドを見ていい男と言いました。
…私の男に対する審美眼は、どうやら少しおかしいのかもしれません。


「お初にお目にかかります、お嬢様がた。
 僕は女王親衛隊のジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
 今回は王女殿下の依頼で、君たちとともに行動する事になった。
 よろしくお願いするよ。」

私達の方を向いて、ワルドが軽く一礼しました。


「お初にお目にかかりますワルド卿。
 ケティ・ド・ラ・ロッタと申します。」

「お目にかかれて光栄ですわ、ワルド様。
 わたくし、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申しますの。」

「タバサ。」

礼をしながらワルドを観察してみます。
ううむ…彫りが深くて精悍な顔立ちなのです。
目は鋭いのですね。
体は鍛えているのがよくわかります。

結論としては、やはり好みではありません。
髭は置いておいても、こういうギラギラしたのは苦手なのです。
私は牧歌的で細かい事を気にしない、のんびりした人の方が好みなのですよ。


「俺は平賀 才人。
 よろしくな、モグラ嫌いなルイズの婚約者さん。」

「僕はギーシュ・ド・グラモンと申します。
 今後ともよろしくお見知り置きを、モグラが嫌いなワルド卿。」

才人、ギーシュ、飽く迄もそのネタを引っ張り続けるつもりなのですね。

「…もう、モグラ嫌いで良いよ。」

ワルドががっくりと肩を落としました。
なんとも…格好がつかない登場なのですね。





「しかし大丈夫かね、アレ?」

「すげえ必死の形相だな、あのグリフォン…。」

現在私達はタバサ、キュルケ、才人、私、ギーシュの順でシルフィードの背に乗っています。
ヴェルダンデは捕まった獲物の如く、シルフィードの足に捉まれて宙ぶらりんで運ばれています。
最初は抵抗していましたが諦めたらしく、おとなしくなりました。
そしてルイズとワルドなのですが…


「風竜とグリフォンでは飛行速度が段違いなのですから、仕方が無いのですよ。」

「いくらなんでも無茶に過ぎるわよねえ…。」

必死の形相でシルフィードを追いかけるグリフォンとワルド、それをワルドの腕の中で引き攣りながらルイズが見ています。
シルフィードとしてはかなりゆっくり飛んでいるのですが、グリフォンは既に口から泡を吹き始めているのです。
あれはどう見ても愛を語れる雰囲気じゃあないのですよ、御愁傷様なのです。


「ねえタバサ、あのグリフォンはラ・ロシェールまで持つと思う?」

「もう少しで墜落する。」

確かにあの調子ではグリフォンもアドレナリン全開で、力尽きるまで飛ぶ事になるでしょう。


「一度休憩を入れましょう。
 グリフォンに力尽きられても、もう一人くらいしかスペースが残っていないのです。
 最悪、誰かをシルフィードが咥えて運ばなくてはいけなくなってしまうのですよ。」

そう言いながら、才人を見ました。

「確かに俺に回ってきそうな役割だ…。」

才人が頭を抱えて天を仰ぎます。
なんという苦悩のポーズ、いろんな意味で絵になりそうなのです、前衛的な何かに。

「タバサ、一度降りて小休止しましょう。
 その方が効率も上がるのですよ。」

「わかった。」

ちょうど着陸に適していそうな開けた場所があったので、そこにシルフィードは降り立ちました。




「おっ、あっちも降りてくるみたいだな。」

ルイズがワルドの腕の中にいるのに、余裕なのですね才人。


「やきもちは焼かないのですか?」

「う…いや、確かに最初はちょっぴり悔しかったけどさ、必死に飛んでいるのを見ているうちにだんだん哀れになって来た。」

いやまあ、確かに遠目で見ていてもワルドもグリフォンも飛ぶのに必死で、ルイズをかまっている暇なんか皆無でしたけれども。


「しかしなぁ…ルイズに婚約者か。」

「ヴァリエール公爵家は王家の庶子が始まりで、継承位は低いながらも王位継承権を持つ由緒ある家柄なのです。
 婚約者はむしろ居ない方がおかしいのですよ。」

私の姉が結果としてルイズの姉から婚約者を取ってしまいましたが、そこは気にしない方向でお願いしたいのです。


「ところで、ケティには婚約者とか居るのか?」

「いいえ、居ないのですよ。
 ラ・ロッタ家は私を含めて娘が12人もいましたから、一人一人に許婚は流石に無理なのです。」

私も思春期に入るまではかなり男っぽかったのですよ、居たとしても許婚なんて御免だったのです。
それがまさか、ここまで女の子化してしまうとは私自身思っても居なかったのですよ。


「学院で良い人が見つかればそれはそれでよし。
 そうでなくても別に貴族はトリステインだけにいるわけではありませんから、嫁ぎ先に特に困る事は無いのですよ。」

「いやでもさ、嫌じゃないのか?好きでも無い見た事すらも無い人のところに嫁ぐって…。」

まあ、現代の日本人なら誰もが抱く疑問なのですよね、この世界の結婚観は。


「嫁いでから好きになれば良いのですよ。
 実際、嫁いでいった姉さま方も幸せそうですし。
 良いではありませんか、結婚から始まる恋があっても。」

「う、うーん、そんなもんかな?」

やはり才人にはピンと来ないようなのです。


「恋愛結婚じゃなければ駄目だ、不幸になるなどというのは、ただの迷信なのです。
 結婚も恋愛も、色んな形と選択肢があって然りなのだと思うのですよ。
 もっとも、そんな事を言っている私自身が初恋もまだなのでは格好つかないのですけれどもね。
 …あ、ルイズ達が降りて来たのです。」

ルイズたちを乗せたグリフォンが、着地直後に膝を付いて横になってしまいました。


「はは…は、流石に風竜は、は…早いね。
 僕の風魔法も使って加速させたけど、全然追いつかなかったよ。
 流石に疲れたから、少し休憩させてもらうよ。」

そう言うと、ワルドは地面に横たわってそのまま寝てしまいました。
少々格好悪いですが、寝るのが精神力回復の一番の近道なのですよ。


「わ、ワルド様大丈夫ですか?
 ちょっとあんた達、早過ぎんのよ。
 ワルド様倒れちゃったじゃない?
 …まあ、風竜がグリフォン並みの速さで飛んだら飛行がとても不安定になってしまうのはわかるけど。」

ルイズも事情はわかっている為、極端に怒ってはいません。


「まあまあルイズ、落ち着いてください。
 そろそろお昼ですし、お弁当を作って来ましたから一緒に食べましょう。」

とは言っても、いつぞやのサンドウィッチなわけですが。




「珍しい料理ね…で、ナイフとフォークは?」

「いらない、こうやって食べる。」

キュルケの貴族発言に、前に食べた事のあるタバサが率先して行動…と言うか、例を見せるついでに食べ始める気なのですね?
兎に角、タバサはサンドウィッチを手でつかんでかぶりつきました。


「おお、これはいつぞやのサンドウィッチでは無いかね?
 僕もいただくとしよう…しかし、量が凄く多いような気が。」

ギーシュも以前食べた事があるので、そのまま手にとって食べ始めました。
量はタバサがいるので足りるかどうかわからないのですよ。


「サンドウィッチか、美味そうだな、どれどれ…お、おおおおおぉぉぉぉ?」

サンドウィッチを口に運んだ才人が、びっくりしたような表情でこちらを見ています。


「ま、マヨネーズじゃんこれ!」

「美味しいですか?」

サンドウィッチを食べながら、才人が涙を流し始めました。


「すげえ懐かしい味だよ、これ。
 まだ一ヶ月くらいしか経っていないのにすげえ懐かしい。
 そうか、マヨネーズ作ったのか、ケティ。」

「マヨネーズくらいしか作れなかったのですよ、私は。」

才人は物凄い勢いでサンドウィッチを食べ始めました。


「負けられない。」

タバサ、これはフードファイトではないのですよ。
だから、急に食べるスピードを上げないで欲しいのです。


「う、美味しいわこれ。
 特にこのソースが凄く美味しい…。」

恐る恐るサンドウィッチを手にしてルイズも齧り付き始めています。


「ZZZZZZZZzzzzzzz…。」

「ワルド卿は…無理そうですね。」

眠りを妨げるのも可哀想なので、放っておきましょう。
起きてもたぶん昼ご飯は無いでしょうけれども。



[7277] 第九話 これが青春だ!なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:30
若さは時に無鉄砲なものです
敗北こそに人は多くを学ぶものです

若さがあれば何でも出来ます
ただし金が必要なこと意外は、なのですが

若さの暴走は取り返しのつかない結果を生み出すこともあります
ですよね、ワルド卿?




「ZZZZZZZZZzzzzzzzz………。」

昼食から二時間後、ワルドはまだ寝ています。
精神力がすっからかんになるまで魔法を使い続けたようなのです。


「…なあギーシュ、置いていかないか、このヒゲ。」

「気持ちはわかるが、流石にそれは可哀想過ぎると思うのだよ。」

才人が熟睡しているワルドを棒で突っ突いています。


「もう少ししたら起こせば良いのですよ、要は日が暮れる前に到着すればよいのですから。
 グリフォンの疲れもそろそろ回復しそうなのです。」

悪夢を見ているのか、時々うなされているようなのですが、揺すっても全然起きる気配が無いのです。


「起こしても起きなかったら、どうするんだよ?」

「その時は仕方が無いので、置いていけば良いのです。
 あと一人くらいならシルフィードの背中に乗せられますから、ラ・ロシェールで合流すれば何とかなります。」

そう、ラ・ロシェールで合流という事にすれば、こんなになるまで必死でついて来る必要なんか全くなかったのですよね、実は。
諦めてグリフォンの上でルイズといちゃつきながらのんびり来れば良かったのに、ムキになってついて来たりするから…。
男の矜持ってやつなのでしょうか?
前世の記憶を掘り返しても、よく理解できないのですが。


「え!?ワルド様を置き去りにしちゃうの?
 駄目よ、そんなの!」

ルイズが怒って私に詰め寄ります。


「飽く迄最後の手段なのですよ、ルイズ。
 今すぐ置いていくとは、一言も言っていません。
 幸いグリフォンでも一時間も飛べば、到着できる距離まで来ているのです。
 黄昏時まで起きなければ、ブランケットでもかけて置いて行きます。
 ラ・ロシェールの貴族用の宿は2軒しかありませんから、すぐに合流できるでしょう。
 それとも、このままここで眠ったままのワルド卿と夜を過ごすつもりなのですか?」

「う…ぐ、わかったわ。」

ルイズは公爵令嬢ですから、野宿なんて選択肢は端から無いのです。


「そもそも、このあたりには山賊も出るという噂があるのです。
 ですから、この女性が多い構成のメンバーで日が落ちるまで居続ける危険は、可能な限り排除しなくてはいけないのですよ。
 とはいえ、こうも何も無い場所では何もすることがな…。」

その時、「ひゅん…ぷす」という音がして、私の足元に矢が突き刺さりました。


「行ったそばから山賊なのですかっ!?
 タバサ、風の守りを!」

「わかってる。」

続いて飛んできた矢は、既に詠唱を始めていたタバサの魔法で軌道を逸らされ明後日の方向に落ちて行きます。


「才人、ワルド卿を起こしてください。
 使え得るあらゆる手段を使ってかまいませんっ!」

「オッケー、オラ起きろこのヒゲ!!」

才人はデルフリンガーを鞘に収めたまま持ち上げると、それで勢いよくワルドのお尻をぶん殴りました。
…やきもちの分が今絶対入っていましたね、間違いなく。


「ぬぐあぁぁぁぁっ!
 な、何だ、何が起きた!?
 尻が、尻がああああぁぁぁぁぁぁっ!」

ワルドが臀部を押さえてのた打ち回っています。


「ワルド卿!
 お気の毒では在りますが、お尻の痛みを気にしている暇など無いのです!
 敵襲なのです、とっとと目を覚まして反撃をお願いします!」

「そ…そうはいっても寝起きにこの痛みは…ぐ…あ…。」

才人、確かに私はありとあらゆる手段を使っても構わないとは言いましたが、強く殴り過ぎなのですよ。


「ああもう仕方が無いのです。
 炙り出します!
 キュルケ、弓が飛んできていると思しき場所に炎の矢をありったけ射ち込みましょう。」

「わかったわ、せーので行くわね!」

私とキュルケは詠唱を合わせます。
まあ元々凄く短いスペルなので、詠唱が終わるのは一瞬です。


『せーの、炎の矢!』

私とキュルケが生成したあわせて300本近くの炎の矢が、山賊が隠れている繁みに向けて一斉に放たれました。
炎の矢は火魔法の基礎魔法で、私達みたいなトライアングルクラスになると大量に生成できますが、火を飛びやすいイメージにするために矢の形に生成しているだけなので、突き刺さったりはしません。
ただし、命中した対象物を燃やすくらいなら出来ます。
それが例えば矢が飛んできた繁みに満遍なく降り注げばどうなるかというと…。


「ぎゃああああ!熱い熱い熱い!」

「だからメイジの集団なんて襲うのには反対だって言っただろ!」

山賊が一瞬で盛大な焚き木と化した繁みの中から慌てて飛び出してきました。


「賊どもに告ぎます!
 今すぐ逃げれば命だけは見逃してあげますが、立ち向かってくるようであれば消し炭になるのを覚悟していただくのです!」

ああ、自分の台詞回しがこんなに緊迫感を削ぐものだとは思ってもいなかったのです…。
ですが今更口汚く言うには困難が伴うのですよ。


「よりにもよって対集団に強い火メイジが二人だと!?
 野郎ども、とっととずらかれ、消し炭にされちまうぞ!」

山賊の親分は元傭兵か何かでしょうか?
随分メイジに詳しいのですね?


「ひい、なんてこった!」

「お…お助けええええぇぇぇっ!」

山賊たちはち散り散りばらばらになって逃げていきました。


「意外とあっけなかったわね?」

「多分、普段は平民の商人の荷馬車を襲っている連中なのでしょう。
 私達はメイジですが、女が4人も居たから舐められたのではないかと思われるのです。」

まあ、その舐めた女に撃退されたのですから、まさに自業自得なのです。


「タバサ、助かりました。」

「ん。」

風魔法の汎用性の高さとバランスの良さは火魔法よりもずっと上です。
ギトー先生の風魔法最強理論もこの事が根底にあるのでしょうが、火魔法だって目的を絞って特化させれば戦いの場に限っては十分以上に対抗できるのですよ。
それは兎に角…。


「この男ども、全然役に立たなかったわね…。」

長身のキュルケが、男性陣を半眼で見下ろすように見ました。


「それを言われると、ぐうの音も出ないです、はい。」

「土系統は遠距離攻撃が苦手なのだよ…。」

才人とギーシュは情け無さそうに頭を掻きます。


「尻さえ痛くなければ、戦いに加わることも出来たのだが…申し訳ない。」

まだお尻が痛いのか、ワルドは片手でお尻をさすっています。


「ええと…私も何も出来なかったんだけど?」

ルイズが気まずそうに手を揚げました。


「ルイズは姫様に手紙を運ぶ役を仰せつかっていますから、役をきっちり果たしているのです。
 むしろ戦いに加わってはいけません。」

「え…いや、そうかもしれないけど、私だけ何もしないのも…。」

ルイズは困ったような表情になってしまいました。


「まあ取り敢えず言える事はですね。
 あの燃えている繁みをどうにかしないと、ここ一帯が焼け野原になってしまうのですよ?」

『あ…。』

結構勢い良く燃えているのですよ。
命の危機だったとはいえ、どうしましょう…?


「ワルド卿、ウインドカッターか何かで、あの茂みの周りにある草を取り除いて火から遠ざけられませんか?
 風はありませんし、周囲に燃えるものがなければ、とりあえず延焼は防げる筈なのですよ。」

「わかった、不甲斐ない姿を見せっぱなしだからね、喜んでやらせてもらうよ。」

ワルドが呪文を唱えると、さすがはスクウェアメイジというべきか、ものすごい勢いで茂みの周囲5メイルほどにある草がスパスパ切れて遠ざけられていきます。
茂みは燃え尽きてしまうでしょうが、延焼は取りあえず防ぐ事が出来そうなのです。


「すげえ…何という草刈りメイジ。」

「放っとけっ!」

才人のボソッと呟いた一言に言い返すワルドの目に光るものがあったのは、言うまでもないのでした。






ラ・ロシェールに到着後、私たちは『女神の杵亭』というラ・ロシェール最高級の宿に私達は泊まる事になりました。
別にこんな高い宿でなくても『月夜亭』という、貴族用のそこそこ高級な宿でも良かったと思うのですが…。
おかげで財布のお金の半分近くが吹き飛んだのですよ、辺境の田舎貴族と大貴族の格差を垣間見た一瞬なのでした。
…領収書は貰って来たので、後で王家に請求しましょう。

ワルドとルイズは港に船を捜しに行っています。
アルビオンは現在内戦中なので、いくらこの世界の戦争がのんびりしているとはいえ、定期便は止まっていますから待っていても無駄です。
ワルドが『役に立てなかったお詫びに船を探し出してくる』とか言いはじめ、それにルイズが『私も行く!』と、ついていってしまいました。


「行かなくて良かったのかね?」

「いいんだよ、あの草刈りヒゲがいれば大丈夫だろ?」

この宿の一回にある食堂で残された私達はワイン片手にまったりしていました。
今日はまだボケとツッコミしかしていない、真の役立たず二人が私の横で何か話しているのです。


「一緒に行くべきだったのではありませんか?
 ルイズが好きなのでしょう、才人?」

「ば、バカ、ちがうよ!
 いやまあ確かに容姿は俺のストライクゾーンど真ん中だけど、そういう事ではなく…だな…何というか。」

ふふふ、才人の顔が徐々に赤くなっていくのはなかなかの見ものなのですよ。


「大体、あのヒゲとルイズってだいぶ離れているだろ、なのにベタベタベタベタとロリコンかよアイツ!」

「ワルド卿は髭のせいで老けて見えますが、たぶん25歳くらいなのです。
 10歳程度離れているくらいなら、ごく普通なのですよ。」

姉さま達の中にも10歳以上の歳が離れている人のところへ嫁いだ人はいるのです。
転生前の日本でも10歳くらいの歳の差カップルなら結構いるはずなのですよ。


「うぐ、そんなに若かったのか…あいつ。」

「しかしまさか、使い魔がご主人様のことを好きになるとはね。
 流石は規格外の使い魔だよ、君は。」

ギーシュはそう言うと、肩を竦めて見せました。

コントラクト・サーヴァントには多分、双方が惹かれあうように感情を制御する類の魔法が混じっている筈なのです。
本来は召喚者の好みにそぐわない使い魔を召喚者の好みであると錯覚させる効果と、獰猛な使い魔に召喚者への好意を抱かせて攻撃できないようにする為なのでしょうが、人間同士の場合は恋愛感情にすり替わってしまうのですね。

だから、ルイズと才人はどんなに反目しあっても、どんなに喧嘩しても惹かれあうのです。

別にそれが不自然な事だとは全く思いませんよ、吊橋効果みたいなものですから。
内分泌系の錯覚から始まる恋があるならば、魔法で引寄せられる恋があっても良いでしょう。
本人達が幸せならば、原因が何であるのか…などというのは、実に下らない話なのです。


「才人、もしもワルド卿とルイズがと結ばれてしまったとしたら、貴方は死ぬほど後悔する事になるのですよ?」

「う…いや、ねえよそんな事は、絶対に。」

才人が困ったように目を逸らしました。
こういう強情な所が結構可愛いのですよね、才人は。


「ふふっ…まあ、何にせよもうルイズとワルド卿は出かけてしまったのですから、ああだこうだ言ってもどうにもなりはしないのですが。
 でも才人、手を離してはいけないときには、離してしまっては駄目なのですよ?」

「うんうん、ケティの言うことは実に含蓄深い。
 僕は時々ケティが年下だという事を忘れてしまうのだよ。」

ギーシュ、それはつまりおばさんくさいという事なのでしょうか?


「あら、三人で何の話をしているのかしら?」

そこにキュルケがやってきました。
風呂上りなのか、薄着でいつもにも増して胸の谷間を強調した服を着ています。
才人、ギーシュ、何なのですかそのだらしの無い顔は。


「青春において度々やってくる、大いなる葛藤について話していたのです。」

「わかりにくいけど、恋ね?」

「わかりやすく言えば、恋の話なのです。」

ゲルマニア人は言動がそのものズバリ過ぎるのです。
そういうのは大好きですが、話題が繊細なのですから、もう少し詩的に、優雅に…。


「なるほど、貴方とギーシュの事とか?」

「なんなっななななな!?」

いきなり何を言い出すのですか、キュルケ!?

「へ?僕がどうかしたのかね?」

「何でもないのですよ、なんでも無いったら無いのです!」

ギーシュが一見女誑しっぽい癖に、実は野暮天の朴念仁である事に感謝するしかありません。


「キュ、キュルケ、わけのわからない事を言わないで欲しいのです!」

ギーシュはモンモランシーとくっつくべきなのです。
私なんかが立ち入って良い隙などありはしないのですよ。


「えー?わたしはありだと思うんだけどなぁ…。
 結構まんざらでも無いんでしょ?」

「な、何を言うのですかキュルケ、そんな事はありはしないのですよ。
 それよりも、タバサは?」

タバサは、タバサはいったい何処に?


「タバサならいつも通り部屋で本読んでいるわ。
 それよりも、貴方の恋の話でしょ?」

「そ、そんな話は元から無いのですよキュルケ!?」

何でいきなり私が追い詰められているのですかっ!?
しかもキュルケめっちゃ楽しそうなのですよ、表情がっ!


「ふーん、そんなこと言っていると後悔するわよ?」

「断じて後悔などしないのですっ!
 私は、私は…っ!」」

ドアが開いて、ワルドとルイズの二人が帰ってきてくれました。
ナイスタイミングなのですよ、二人とも!


「お疲れ様なのです、ルイズ、ワルド卿。
 …で、首尾はいかに?」

「あー!逃げた!?」

キュルケが何か言っていますが、無視無視なのです。


「ぜんっぜんダ・メ!
 こっちが親切丁寧にお願いしてあげているっていうのに、なんなのかしらあの態度は?」

「はぁ…明後日にならないと、例え始祖ブリミルが夢枕に立ったとしても船は出せないとまで言われてしまったよ。」

ルイズの態度が超ビッグなのです。
ひょっとしてそれで断られたのでは…?


「私が急ぎのとても大事な任務だって何度も言ってあげているのに、何でわからないのよあの船長は!?
 莫迦なの?死ぬの?」

態度が超ビッグなのが悪いのではないかと思うのですよ、ルイズ。


「ねえケティ、何で明後日にならないと船が出ないか知ってる?」

「スヴェルの日の翌日に、アルビオンはこのラ・ロシェールに一番近づくからなのですよ。」

スヴェルの日にはあのふわふわ浮く巨大な島が、ラ・ロシェール近くの空までやってきます。
数年に一回はラ・ロシェール上空までやってきて、町が夜みたいに真っ暗になる事もあるのですよ。


「ああ成る程、そういう事なの。」

「いやケティ、そのスヴェルの日ってのがさっぱりわからないんだが?」

納得するキュルケの横で、才人が右手を挙げています。


「スヴェルの日とはですね、双月が重なり合って一つになる日なのですよ。」

「月が重なり合って一つになるのか、へえ。」

あの双月、同じくらいの大きさに見えるのですが、手前にある月と後ろにある月では多分全然大きさが違う筈なのです。
しかも結構離れているのでしょう。
でないと、今頃激突してハルケギニアに大災害をもたらしている筈なのですから。


「これで全員揃ったのですね、では部屋割りを発表するのです。
 もう入っていますがキュルケとタバサが同じ部屋、私とルイズが同じ部屋、後の野郎どもは適当に馬小屋ででも寝ていやがれなのです。」

『おぅい!?』

いいツッコミなのです、三人とも。


「冗談なのです。」

そう言いながら、鍵を取り出して才人に渡しました。


「三人には少し大き目の部屋を用意してもらいました。
 普通のベッド二つに簡易ベッド一つを置いてもらったのですよ。」

「心臓に悪い冗談だぜ、ケティ…。」

私は三人の驚く顔が見れて、大いに満足だからそれで良いのですよ。


「あー…ちょっと良いかな、ミス・ロッタ?」

「はい、何でしょうかワルド卿?」

ワルドが気まずそうな表情で私を見ています。


「ルイズと一緒の部屋になり…。」

「却下なのです。」

ワルドが言い切るまでもなく、その案は却下なのです。


「い…いやでもだね、僕らは婚約者なのだし…。」

「婚約だろうが蒟蒻だろうが、駄目な物は断じて駄目なのです。
 そもそもワルド卿と私の部屋を取り替えたら、私はギーシュ様や才人と一緒の部屋で寝る事になってしまうのですよ?
 狼の群れにか弱い羊を放り込むような真似をなさるおつもりなのですか、ワルド卿?」

ギーシュにはかつて酔った勢いで押し倒されそうになりましたし、才人も夜這いの前科持ちなのですから、どう考えても貞操の危機なのです。


「…そういう事では、仕方がないか。」

「御理解に感謝いたします、ワルド卿。」

ルイズと私の乙女のピンチはこうして何とか回避されたのでした。





「ケティ、あんたサイトと仲良いわよね?」

「友達という意味でなら、確かにそうなのです。」

ルイズが唐突にそんな事を尋ねてきました。
実はルイズとあまり話した事が無いのですよね。
口数が少ないタバサとよりも会話をしていないのは、問題があるような気はするのです。


「でも、私の折檻を受けた才人の事を、あのメイドみたいに時々助けているでしょ?」

「友人を助けないで通り過ぎられるほど、私は薄情でも冷酷でもないのです。
 男女の関係が全て色恋で結びついているわけではないのですよ、ルイズ?」

あのメイドと言われても、どのメイドかわからないのですよ。
シエスタの事だとは思うのですが。


「確かに私は昨夜才人を部屋に招きはしましたが、それはタバサも居たからなのです。
 流石に私一人で異性を部屋に招くような事はしないのですよ。
 それに、才人はルイズの事が好きなのでしょう?」

「ええ、ななな何を言っているのよ!」

おお、ルイズの顔が物凄い勢いで真っ赤になっていくのです。


「嫌いな相手に夜這いはしないのですよ、常識的に考えて。」

「あの馬鹿犬が盛っただけよ!
 あいついつもいつもいつもいつもツェルプストーやメイドの胸ばかり、むむ胸ばかり見てるもん!
 私の胸見て溜息吐いたのよ、そんな奴が私のことが好き?すすす好きですって!?」

ルイズの顔が見事なくらい真っ赤になっているのです。
ふむ、この頃から結構才人にも脈はあったのですね。


「もももし、もし、もしそうだとしても、私はご主人様であいつは使い魔なのよ、そんな関係になるわけが無いわ、ええ無いったら無いわ!」

「その強がりが、はたしていつま…ん?
 誰か来たようなのです。」

ノックの音がしたので、ドアを開けてみるとワルドがいました。


「ワルド卿、何か御用なのですか?」

「ルイズと少々話がしたいんだ。
 ミス・ロッタ、すまないが少々席を外していただけないだろうか?」

ルイズに結婚しようと言うつもりなのですね。
でも、今まで全く何も良いところが無かったのですが?


「わかりました、ほぼ重なり合った双月の下でワインを飲むのも乙でしょう。
 少々外出するので、その間に何なりと話し合ってくださいなのですよ。」

さて、誰かを誘って月見酒と洒落込むとしますか。





「…楽しいのですか、才人?」

「思いっきり虚しい、実は。
 つーか、飲兵衛だなケティ。」

ワインのボトルと杖を右手に持ち、左手でコップに注がれたワインを飲んでいるだけで飲兵衛扱いとは心外なのですよ?
今いる場所は私とルイズの部屋の窓の外、サイトは窓枠にしがみつきながらルイズとワルドの動向を覗き、私はレビテーションでふわふわ浮いているのです。


「盗み聞きはアバンティの教授だけで良いのです。
 デルフリンガーも覗きなんかの為に使われて、不服そうなのですよ?」

「ああその通りだ娘っ子、俺今すげー情け無い気分でいっぱいだ。」

剣として殆ど役に立っていないのですから、ストレスが溜まっても仕方が無いのかもしれません。


「もう少しすれば嫌でも活躍せざるを得なくなりますから、それまでの我慢なのですよ、デルフリンガー。」

「そうだよな、もう少しでアルビオンだものな、戦争中なんだから出番だよな斬れるよな、ククククク…。」

また妖刀モードなのですかデルフリンガー。
アルビオンに行く前に一戦できるとは、まさか思ってもいないのでしょうね。


「黙れ妖刀。
 なあケティ、俺も一杯飲みたい気分だよ、なんかやってられない感じ。」

「良いのですよ、どうぞ。」

コップにワインを注ぎ足して、才人に渡しました。


「え?あ、ああ、うん。」

ちょっとびっくりした様子になった才人でしたが、そのまま恐る恐るワインを飲み始めました。


「お、うまいな。」

「タルブのビンテージものだそうなのです。
 先ほどの夕食の時に、数本くすねて来たのですよ。」

こんな水より高いワインなんて、滅多に飲めるものではないのですよ。


「美味かったよ、あと間接キスもご馳走さん。」

「ななな…!?」

此方にはそんな習慣は無かったのですっかり忘れていましたが、思い出したら恥ずかしくなってきたではないですかっ!


「こ、此方にはそんな風習は無いのですよっ!」

「でもケティ、転生前は俺の世界の人間だったじゃねえか?」

へらへらと笑う才人にイラッと来ますが、レビテーション中なので他の魔法が使えないのです。


「そんなのすっかり忘れていたのですよっ!
 15年間此方で生まれ育ってきたのですから。」

「へっへっへー、ケティと間接キッスー♪」

久々に思い出したあちらの風習に少々混乱している間に、危機は頭上へと迫ってきていた事に、私達は気付かなかったのでした。


「…誰と、誰がキスですって?」

恐ろしげな声に上を向くと、そこにはルイズという名の大魔王が!?



「答えなさい駄犬、誰と、誰がキスですって?」

「はい、俺と、ケティが、間接キスです。」

ルイズの目が此方をギロリと睨みます。


「友達って、言っていなかったかしら?」

「と、友達なのですよ?
 始祖ブリミルに誓って、才人とはただの友達なのです。」

「そそそうなの、とと友達とキスするんだ、ケティは、ふーんそう、ふーん。」

ひょっとして、間接キスという習慣が此方に無いから、才人の言っている事がルイズに上手く伝わっていないのですか?


「違うのですよ、キスではなく間接キスなのです。」

私が伝えたら、誤解は解けるかもしれないのです。


「間接?何それ?」

「才人の国では、杯の回し飲みで、他の人が口をつけたところに口をつける行為を間接キスというのだそうです。
 才人に杯を貸してワインを飲ませてあげたら、そういう話をして私をからかい始めたのですよ。」

全責任を才人に押し付けつつ、間接キスについてルイズに説明してみます。


「駄犬、つまりあんたは異性の友達をからかっただけだというわけね?」

「はい、全くその通りでございます。」

取り敢えず、私への理不尽な怒りは解けたようなのです。
良かった、良かった。


「あんたが全ての元凶か、この駄犬!」

「ぼべら!」

その代わり、全ての怒りが才人に放たれたようなのですが。
顔を蹴り飛ばされた才人は、壁に剣を突き刺して何とか落下せずに済んだようなのです。


「こ、殺す気か!?」

「恩知らずには当然の末路よっ!」

うんうん、その通りなのです。






翌朝、ルイズがワルドの呼ばれたというので一緒に来てみると、サイトとワルドがいました。

「ワルド、来て欲しいというから来たけど…何をするつもりなの?」

「彼の実力を測ってみたいと思ってね。」

ワルドを挟んで向こう側には、デルフリンガーを抜いた才人もいます。

「決闘なのですか?」

「おやミス・ロッタ、君も来たのか。
 良いや、決闘じゃないよ。
 実戦形式の手合わせといった所かな?」

ワルドは少しびっくりしたような表情を一瞬浮かべましたが、すぐに笑みに変わりました。

「私はルイズと同室なのですから、彼女が起きれば私も起きるのは道理なのです。
 朝の散歩がてらについてきたのですよ。
 私はお邪魔なのですか?」

「いいや、見届け人が増えても別に困りはしないさ。」

さてはて、ここで才人が瞬殺というのも面白くありません。
コンマ数秒でも才人がやられるまでの時間が長くなるように、少し梃入れさせてもらうのですよ。

「才人と少し話をさせてもらっても良いですか?」

「ああ、いいよ。」

ワルドが頷いたので、才人に少しアドバイスでもさせてもらいますか。

「才人、ワルド卿はスクウェアクラスのメイジです。
 努々舐めてかかる事など無いようにするのですよ?」

「いやでもあいつって、強いのか?
 昨日一日格好良い所を全く見かけなかったんだけど…。」

確かに草刈りしか活躍の場がありませんでしたからね。

「私よりは間違いなく強いはずなのですよ、昨日はあんなでしたが。」

「ケティよりも…って、今の俺全く勝ち目無くないか?」

何処の大魔神ですか、私は?

「今の才人になら工夫次第で勝てるでしょうけれども、そこまで無茶なほど強くは無いのですよ、私は。」

「いやでも、ケティの特製ファイヤーボールとか喰らったら、間違いなく影だけ残して蒸発して消えるよ俺?」

当たらなければどうという事は無いと、仮面の人も言っているのですよ。

「私のファイヤーボールは直線的に飛びますし、照準も目視で行います。
 つまり、私の目の限界を超えた動きで動けば、私のファイヤーボールがどんなに熱かろうが当たる事など無いのですよ。
 そして、ガンダールヴの超絶的な身体能力を使えば、それは割と容易い事なのです。」

まあ、ガンダールヴの動きを止める方法もいくつか考え付いてはいますが、当然教えてあげません。

「私の事はどうでも良いのです。
 それよりもワルド卿の事なのです。
 彼はスクウェアメイジであり、同時に親衛隊の衛士なのです。
 手っ取り早く言うと、彼は魔法剣士なのですよ。」

「魔法剣士…って、魔法と剣の両方が使えるって事か?
 それ、ずるくねえ?」

才人が表情を曇らせました。

「戦いに卑怯もへったくれも無いのですよ、勝った者が正義なのです。
 彼の杖が剣であることは伊達ではないのですよ。
 ワルド卿は剣士としても一流なのです。
 ですから、接近戦なら絶対勝てるという先入観は捨ててください。
 スピードを生かしてヒット&アウェイを行い、兎に角彼の技に捕まらないようにするのです。」

「お、おう、わかった。」

まあ付け焼刃などどうとでもされてしまうような気はしますが、やらないよりはましなのですよ。
これで何とかなるかもしれません。





…などと思っていた時期が私にもあったのです。


「あっという間でしたね。」

「うっ…。」

原作よりも持ったのかもしれませんが、よくわかりません。
いくら動きが早くても、軍人の鍛えられた目には十分捉えられる素早さだったようで、動きを読まれてあっという間にやられてしまいました。


「俺…駄目だったよ、全然敵わなかった。」

「ギーシュ様はただの学生なのですよ、今の才人はただの学生にもボロボロになって勝てる程度でしかありません。
 ですから軍人であるワルド卿に勝てる道理は無いのです。
 強いのは当たり前なのですから、そこまで気落ちすることは無いのですよ。」

才人は訓練場においてあるベンチに腰掛けて、項垂れています。


「ルイズの前で負けたのはとても残念だとは思いますが…。」

「はは、俺じゃあルイズを守れないってさ。」

才人は顔を上げようとはしません。
地面には数滴の涙の跡があります。


「いいえ、大丈夫なのです。
 才人はルイズを守る為に呼ばれたのですから、才人にはそれを成す為の力が必ずあるのですよ。」

「じゃあ何でワルドに負けたんだよ、俺全然弱いじゃねえか、気休め言うなよケティ!」

両肩を掴んで揺さぶら無いで下さい、目が、目が回ります。


「力があっても、それを出し切れる状態に無いからではないですか?
 剣を使うのであれば、きちんと剣の素振りでも何でもするべきだと思うのです。」

「それで何とかなるって保障が何処にあるんだよ!」

ああもう、聞き分けの悪い主人公なのですね、貴方は!


「この馬鹿者!男がいちいち女々しい事を言うんじゃないのですよ!」

「ぐがぁ!?」

私の拳が才人のこめかみにクリーンヒットなのです。


「止まるな、進め、努力あるのみなのです。」

「ふ、普通そこで拳が出るか?」

正直な話、拳が滅茶苦茶痛いのです。
女の子のやわな体で男を殴るものではありません。


「私に拳で語らせるほうが悪いのです。
 見て下さい、腫れてきたではありませんか。」

「う…ごめん。」

まあ、自業自得なので才人が謝る必要は全く無いのですが。


「謝っている暇があったら、剣の練習をするなり、何か小細工で乗り切る方法を考えるなり、ルイズを守る為にどうすれば良いか行動するのですよ。」

「わかった、ケティに殴られたらなんか気合入ってきた!
 よし、やってやるぜっ!」

単純で結構、兎に角今は精進あるのみなのですよ、才人。



[7277] 第十話 男心も乙女心も複雑なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/04/14 00:01
奇襲は相手が知り得ないからこそ成立するものなのです
つまり、私が知っているという時点で、奇襲など成立しないのですよ


奇襲と言えば真珠湾攻撃
トラ トラ トラ ニイタカヤマノボレ…帰る事が出来たなら、タルブ村の零式艦戦を見に行けるのですね


奇襲を知っているのは私一人
教えたいけれども、教えられないこのジレンマをどう解消しましょうか?





「いい月なのです。」

今晩はスヴェルの夜、月が一つに見える夜。
赤い月が白い月に隠れて見えなくなるので、白い月のみの夜空が地球の夜を思い出させる夜なのです。
私の記憶が正しければ、今晩この宿は傭兵達に強襲される筈なのですが、さて何時だったやら?
予め手は打っておきましたが、上手くいくのでしょうか?


「…才人、ホームシックなのですか?」

宴もたけなわな中、少し月が見たくて屋上に上がってみたら才人がいました。
月を見ながら涙を流しています。


「恥ずかしながら、その通りだ。」

涙を拭いてから、才人が頭を掻きました。


「国破れて山河在り
 城春にして草木深し
 時に感じては花にも涙を濺ぎ
 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
 烽火三月に連なり
 家書万金に抵る
 白頭掻けば更に短かく
 渾て簪に勝えざらんと欲す」

「何それ?
 つーか、今日本語だった?」

才人は古文の時間居眠りしているタイプなのですね、間違いなく。


「もとは中国の詩人、杜甫の《春望》という漢詩なのですよ。
 中学校の教科書にも載っていますし、古文の時間に必ず習っている筈なのですが?」

「古文は爺ちゃんの先生がやっていて、誰も注意しないから寝てた。
 それで、その詩の意味は何?」

やはりなのです。
まあ私も漢詩なんか、これくらいしか諳んじられないのですが。


「戦乱で捕らえられ家族と離れる破目に陥った作者が、強烈なホームシックに陥った際に綴った詩なのです。
 ホームシックの才人には、状況こそ違えどぴったりかなと思ったのですよ。」

「なるほど、確かに俺にはぴったりかもな。」

実は家族と会えない事が寂し過ぎて禿げそうだという詩なのですが、まあそれは黙っておくのです。


「気を落とし過ぎないのです。
 来たのですから、必ず帰る道もある筈なのですよ。」

「気休め言われてもなぁ…。
 帰れなかったらどうすんだよ?」

きちんとイベントをきっちりこなしていけば、才人は元の世界に絶対に帰れるのですよ。
死んで生まれ変わった私と違って。
だから、才人がイベントをこなす手助けを私は続けていくつもりなのですから。


「大丈夫なのです。
 仮に駄目でも才人のその力をきっちり生かす術を身につけさえすれば、この世界に根付く事だってできる筈なのです。
 私だってなんだかんだ言っているうちに根付けたのですから、才人にだってそういう日が必ず来るのですよ。」

「そういわれると、なんか気が楽になって来たよ、何とかなるのかなぁ?」

才人の表情が少し明るくなってきました。
何とか元気になってもらえそうなのです。


「元の世界の話がしたくなったら、いつでも頼ってくれて良いのです。
 …変な事されそうなので、胸は貸さないのですよ?」

「ひでえ!でもまたホームシックになったら、話に乗ってくれると嬉しいよ。」

取り敢えず立ち直ったようですね、では月も堪能しましたし、下に戻りましょう。


「では、私は下に戻るのです。
 才人は?」

「もう少し月を見ていく事にする。
 今夜だけなんだろ?」

「はいわかりました、それでは。」

挨拶をして会談を降り始めようとしたら、ルイズが立っていました。


「ルイズ、才人ならそこにいるのですよ。」

「ケティ…ケティはサイトの気持ちがわかるの?」

私の事をルイズは上目遣いでじーっと見ながら、ルイズが唐突にそんな事を尋ねてきました。
ルイズは物凄く可愛いので、そういう表情で聞かれると思わず萌えてしまうのです。
タバサも可愛いけど、ルイズも可愛いのです。
私の周囲は飛びきりの美少女ばかりで、軽い敗北感を覚えることもありますが、良いのです、可愛いは正義なのです。
なんて素敵な環境なのでしょう、男だったらもっと楽しかっただろうに惜しまれるのです。


「才人の気持ちなのですか?
 理解する為に最大限努力してはいるのです。」

「わたしは…ほとんどわからない。
 理解しようにも、考え方の基礎になっているものが違うみたいで、何も理解できないの。
 サイトのご主人様なのに、サイトの友達よりもサイトの事が理解できないのよ、笑っちゃうでしょ?」

ルイズもルイズなりに葛藤はしていたのですね、まあ当たり前かもしれないのですが。


「ケティはサイトが何を考えているのか、どうやったら気持ちを鎮められるのか何でわかるの?」

私の場合は才人の思考回路を小説という形で垣間見ていたという経緯がありますから、まるっきりチートなのです。
ですからある程度の思考の読みを出来て当たり前なのですが、それをそのまま言うわけにも行きませんし、どうすれば良いのでしょうか?


「取り敢えず言えるのは…そうなのですね、才人の言う事をきちんと聞いてから頭ごなしに否定せずに対応すること…ではないかと思うのです。
 反発には反発しか帰っては来ないのですよ。
 そして、反発する相手に進んで心をさらしたがる人間は居ないのです。」
 
「わたし・・・いつもサイトの事が全然理解できなくて、思わず腹が立ってきて、怒っちゃって…確かにそうよね、いくら使い魔でも反発し合っていたら理解し合えないわよね。
 わたしだって、腹が立っていたら心をさらす気になんてなれないもの…。」

ルイズはがっくりと肩を落としました。


「だから笑顔なのですよ、ルイズ。
 笑顔で話していれば、相手も自然に笑顔になるのです。
 笑顔で話しかける人間に反発する人はそうは居ないのですよ?」

「笑顔…笑顔ね。
 わかったわ、ケティありがとう、わたしやってみるわね。」

ルイズがやる気になったようで、何よりなのです。
原作よりも親密になるのが少し早くなっても、別に良いのですよ。


「では私は下に戻りますが、ルイズは?」

「わたしはサイトと話してくる。
 笑顔、笑顔、笑顔…。」

「はい、行ってらっしゃい。」

さて、下で飲みなおすとしますか。



「おおケティ、僕の可憐な蝶!戻ってきてくれたのかい?」

下に下りたら何かギーシュがいつも以上にハイテンションなのです…と、思ったら、ギーシュの手にはワインの入ったグラスがあるのです。
つまりアレですか、今のギーシュは超フリーダム状態なのですね。

「さあさあ、座ってくれたまえ。」

ギーシュが隣りの空いている椅子をパンパン叩いています。
こっち来いって事なのでしょうか?
仕方がないので、大人しく従う事にするのです。


「ギーシュって、お酒飲むとテンション高くなり過ぎるのね、飲ませなきゃよかった…。」

「酒乱。」

向かい側の席に座っているキュルケが額を押さえて眉をしかめています。
隣りのタバサも食料を口に運び続けていますが、よく見れば眉をしかめているようなのです。
そして、ギーシュにワイン飲ませたのはキュルケなのですね、わざと飲ませないようにしていたのに・・・。


「ケティ、キュルケ、タバサ、美しい蝶達に囲まれて、ぼかぁ感無量だよ!
 浮気がバレて以来、女の子達からの視線が冷たくてね。
 こんな女の子に囲まれるなんて、久しぶりで…久しぶりで…モンモランシーも決闘のあと治療してくれたけど、その後は視線すら合わせてくれないし、誰か知らないけど《女の敵》とか書いた紙を背中に張り付けていくし、マリコルヌは『俺たちは仲間だ』みたいな視線を送ってくるしでもう最悪だったのだよ。」

ギーシュ、貴方の周囲の女の子は全員どん引きなのですよ。
そしてモンモランシー、あの時譲ってあげたのにまだよりを戻していないのですか。


「・・・そういう余裕綽々な態度でい続けるようなら、取ってしまうかもしれないのですよ?」

「何か言ったかね?」

「いいえ、何も。」

ギーシュが不思議そうに尋ねてきますが、教えてあげるわけがないのですよ。


「あんたこそ余裕綽々じゃないの、ケティ?」


「…聞かれていたのですね。」

なんという地獄耳、
こと色恋沙汰に関して彼女に並ぶものなど居ないでしょう。


「だから、何の事かね?」

「だからケティがあ…モガ!モガ!?」

キュルケの口に鳥の腿肉焼きを突っ込んで黙ってもらいました。


「黙っていて欲しいのです、キュルケ。」

「喋れない。」

タバサが黙々と食料を口に運び続けているのをぴたっと止めて、いきなりツッコミを入れてきました。
ひょっとして、ツッコミ属性ですか、タバサ・・・。


「ぷは…何するのよ、ケティ!?」

「何をするもないのです、キュルケ。
 私の事は私が解決するのですよ、ここは生温かく見守っていてほしいのです。」

お願いすれば、根が面倒見のいいキュルケの事ですから、これ以上はやらないでいてくれるでしょう。


「…仕方無いわねぇ。」

「いやだから、何がどうなっているのかね?
 話がまったく掴めないのだけれども?」

ギーシュの頭の上に『?』マークが浮かびまくっているのが目に見えるようなのです。


「ケティ、教えてくれ、いったい何の話な…痛っ!?」

「野暮天。」

ギーシュがタバサに杖で叩かれました。


「いたた…何をするのかね?」

「聞いちゃ駄目。」

「いやだがしかしだね。」

「聞いちゃ駄目。」

「そうは言われても…。」

「聞いちゃ駄目。」

「…わかったよ、聞かない。」

「ん。」

有無を言わせない説得なのですね、タバサ…。


「タバサ、ありがとうございます。」

「ん。」

何とかピンチは乗り切ったのですよ。


「そう言えば、ワルド卿は何処に行ったのですか?」

「何処に行ったのかしら?
 いつの間に居なくなっていたけど。」

空気扱いなのですね、ワルド…と、その時、二階からワルドが下りてきました。
おおかた、偏在を作り出して私達を攻撃し分断する準備でもしていたのでしょう。


「すまない、ちょっと部屋で明日の荷物の整理をしていたよ。」

「はい、これをどうぞ。」

取り敢えず、大きなジョッキになみなみとワインを注いでワルドに手渡しました。


「ええと…これは何だい?」

ワルドの顔が少し引きつっていますが、気にしないのです。


「明日、アルビオンに向かう為の景気付けなのです。
 では、コホン…ワルド卿のちょっといいトコ見てみたい!」

『そーれ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!』

周りの客も良い感じに酔っていたのか、私達と一緒に手拍子を始めます。


『イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!』

「ワルド卿、さあググッと一気にどうぞ。」

可愛く見えるようにニコニコっと微笑みながら、止めを刺してみるのです。


「謀ったな、ミスロッタ!?」

「生まれの不幸を呪うが良いのですよ?」

謀ったなといわれれば、お約束の返しをしておくのですよ、ワルドにはわかりませんが。


「生まれの不幸って?」

「それは秘密なのです。
 それはそうと、ワルド卿。
 親衛隊の隊長ともあろうお方が、まさか怖気づいたのですか?」

生まれの不幸と言えば、ギャグ属性が着いてしまっていることでしょうか?


「くっ、ここに来ては引けん…か。
 ええい、ままよ!」

そのままワルドは大ジョッキ一杯分のワインを一気に飲み干しました。


「どうだ!」

「素晴らしい!皆拍手をお願いするのです!」

周囲の客からも拍手喝采が起こります。


「ふははははは!どうだ!僕はやったぞ!」

顔が真っ赤なのですよ、ワルド。
…仕込みの一つは、これでばっちりなのです。


「さあ、ミス・ロッタ。
 今度は君の番だ。」

そう言って、大ジョッキにワインを注ぎ始めた途端、正面玄関の戸がばぁんと開いて、武装した男達が雪崩れ込んできました。


「ちょ、ま、こんな時に…!?」

「賊、なのですね。」

ルイズが才人と話している時間帯に襲ってきたという記憶が残っていたので、その時間に合わせて見たのですが、私がイッキさせられる前でよかったのですよ。



「皆様、賊です!
 この宿から避難を!」

「賊なのか、あれは!?」

「きゃあああああ、助けてえええええぇぇぇぇぇっっ!」

飲んでいた客達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていきます。
居なくなってくれるのは良いのですが、メイジのくせに意気地が無いのですね、皆。
まあ、私が《避難》と言ったから、逃げる事しか頭に無くなったのかも知れませんが。


「さて、ワルド卿、いかが致しましょう?」

「そ、そうらな、応戦せにぇばな。」

あー…イッキの効果が見事に出ているのですね。
呂律が怪しくなった上に、足がフラフラしているのです。
…まあ、私達を分断しようと企んだ報いだと思って、諦めて欲しいのですよ。

取り敢えず、ここで死なれても困るので、ワルドを庇いつつ、テーブルを盾にして応戦しているキュルケ達の元へ駆け寄ります。


「キュルケ、タバサ、ギーシュ様、無事なのですか?」

「何とかね…って、その酔っ払いどうするの?」

「あー、すまにゃいねぇ、君達。」

キュルケが指差したワルドは顔を真っ赤にして、目をしきりにしばたかせています。
泥酔状態なのですね、これは。


「まさか、このような場所で敵の襲撃に遭うとは思ってもいなかったのですよ。
 私の失態なのです。」

「私も思っていなかったもの、仕方が無いわ。」

「ん。」

「確かに、僕も同意だよ。」

彼らに嘘を吐くのは心が痛みますが、ワルドが居なければ私達は単なる貴族の子弟なのです。
身分証明として水のルビーを出しても信用されない可能性があるのですよ。


「ケティ、ギーシュ、キュルケ、タバサ、ヒゲ子爵!大丈夫か!?」

「誰がヒゲ子爵ら!」

るねっさーんす。
才人はワルドの名を覚える気が無いのでしょうか?


「ねえケティ、ワルドなんでこんなに酔っているの?」

「ワインを大ジョッキでイッキ飲みしたのですよ。」

頭を右へ左へふらりふらりと振るワルドを見ながら、ルイズが焦った表情を浮かべて尋ねてきたので、端的に答えておきました。


「何で!?」

「まあそんな事よりも、どうにかしてここから逃げなくてはいけないのです。」

「ちょっと、何でか教えてよ!?」

スルーさせてもらうのです。


「逃げるって言っても、ちょっと頭を出せば矢の雨よ?」

「そうそう、これでは逃げたくても無理なのだよ。」

「無視するなーっ!」

ルイズがキレました。


「ルイズ、ワルドにワイン一気飲みをさせたのは私なのです。
 この咎は後で如何様にも受けますから、今はまず脱出する事に専念して欲しいのです。」

「わ、わかったわよ…何でなのかしら、ケティに言われると年上に諭されている気分になるのよね…。」

納得していただいて何よりなのですが、年上とは失敬なのです。


「兎に角、このままでは埒が明かないのです。
 タバサ、こういう時、貴方ならどうしますか?」

「囮で引き付けて、本隊に逃げてもらうのが一番。
 今回の任務は戦うことじゃなく、届けること。」

タバサなら、そう言ってくれると思っていたのです。


「では、囮と本隊に分けましょう。
 ルイズにはまず脱出して、密書を守ってもらうのです。
 後は才人と酔っ払ったワルド卿に行ってもらうのですよ。」

「おう、わかった。」

「うん、ちゃんと密書を守るわ。」

「まかしぇたまえ!大船にどーんと乗ったつもりでね、どーんと!」

真面目に頷くルイズと才人、泥酔中のワルド卿は酒に酔い過ぎて気が大きくなり過ぎているのですね。


「囮は私とキュルケとタバサと、ギーシュ様。
 敵を一定時間引き付けたら、速やかに撤退して本隊と合流するのです。
 こんな事もあろうかと、その為の手は予め打っておいたのです。」

「わかったわ。」

「ん。」

「任せたまえ!」

ギーシュも少し気が大きくなっているような気がするのです。


「ではタバサ、氷の矢で威嚇射撃をお願いするのです。」

「ん。」

タバサが呪文を唱えると、氷の矢が傭兵達に向かって飛んでいきました。


「この隙です、裏口から脱出を!」

「わかった!ケティたちも無事でな!」

才人達は裏口から脱出していきました。


「…さて、私達でどうするのかしら?
 策、あるんでしょ?」

赤い髪をかき上げて、キュルケが私を見ます。


「はい。
 ギーシュ様、ヴェルダンデを呼んでください。
 確かあの子は予め桟橋近くに待機させるようにお願いしてあった筈なのです。」

「うん、確かに君にもしもの時の為といわれて泣く泣く遠くに居てもらったけど、こういう事だったのかね?
 わかった呼ぶよ、たぶん数分で此処まで辿りついてくれる筈さ。」

つまり、穴掘って逃げるつもりなのです。
ただ穴掘って逃げるだけではなく、その為に少々派手な目晦ましもしますが…。


「次に、あちらの厨房まで、テーブルを盾にしつつ移動するのです。」

「わかった、せーの!」

私達はテーブルを押して、厨房の入り口まで進み始めます。
裏口の近くに厨房があるのです。
取り敢えず、そこまで移動すればとある戦法が使えます。


「矢がどんどん刺さっているのだよ、厨房まで移動したらどうするのだい?」

「厨房まで移動したら、風魔法でタバサに小麦粉を食堂内にばら撒いてもらうのです。
 …と、何とか厨房までたどり着いたのです。
 では行くのですよ皆さん。
 1、2、3!」

全員一斉に食堂まで辿りつきました。
…と、そこに食堂の壁を突き破ってフーケが入ってきました。


「あのときの借りを返してやるよ、小娘!」

多少小さくなっていますが、岩のゴーレムなのです。
あんなのに殴られたら、今度こそ転生せずにあの世逝きになるでしょう。


「タバサ、食堂にある小麦粉を風魔法でばら撒いてください!」

「ん。」

タバサが小麦を食堂内に送り込み始めました。


「何だこの白い煙は!」

「ペッ!ペッ!何だ、小麦粉?」

「畜生、目晦ましかよ!?」

充満したようなのですね。


「ぎゅ!」

「来てくれたのだね、僕の救世主、可愛い可愛いヴェルダンデ!」

ちょうど頃合も良く、ヴェルダンデが、厨房に穴を開けてにゅっと顔を出しました。


「ちょうど良いのです、皆さん早く穴に非難してください。」

「成る程、考えたわね。
 小麦粉を煙幕代わりにして、ヴェルダンデの穴で逃げるって寸法なのね?」

キュルケが感心したように、ヴェルダンデの開けた穴に飛び込みます。


「さあ、ケティも行きたまえ、僕がしんがりになる。」

「いいえ、私がしんがりになるのです。
 これも策の一つですから、先にどうぞ。」

「わ、わかった。」

そう言って、ギーシュは穴に飛び込みました。


「タバサ、お疲れ様でした。
 次は貴方が行って下さい。」

「ん。」

タバサも穴に飛び込み、これで最後なのです。


「くそ、小麦粉の煙で何も見えやしない!
 小娘どこへ行った!」

「フーケ、お久しぶりなのです。
 そしてごきげんよう、なのです。」

穴に飛び込みがてら、小麦粉で出来た煙に向かって、炎の矢を射ち込みました。
空気中に大量に微粒子状の可燃物が漂う場所に火を入れると可燃物に引火し、連鎖的かつ爆発的に燃えていくという現象があるのです。
これを、《粉塵爆発》と言います。

私が穴に落ちると同時に爆発音が響きました。

今頃、衝撃と炎が食堂内を蹂躙している筈。
追って来れる者など、居る筈も無くなるのですよ。
女神の杵亭の店主には気の毒な事をしましたが、あの建物は元々軍事施設ですし、たぶん頑丈に出来ているからたぶん大丈夫なのですよ、たぶん。



「…とまあ、これが私の策なのでした。」

穴の中、目がまん丸に開かれている皆の前で、私はそう言って肩を竦めて見せたのでした。



「ケティ、貴方スクウェアだったの?」

洞窟内を走って移動中に、キュルケがそんな事を尋ねてきました。


「違うのですよ、私はトライアングルで相違無いのです。」

まあ、始めて見たらびっくりするのですよね。
私もはじめてやった時はびっくり仰天したものです。
仰天ついでに7メイルも吹き飛ばされましたが。


「でもあの火魔法は…。」

「魔法自体はただの炎の矢なのです。」

『ええええええっ!?』

トンネル内にタバサ以外の驚愕の声が響き渡ります。


「ああいう粉を霧状にばら撒いた場所に火をつけると、スクウェアクラスでもなかなか出せないような大爆発が起こるのですよ。
 私の策は、それを利用しただけなのです。」

いつか使う日が来るかもしれないと思って、魔法の練習がてらに実験しておいて良かったのですよ。


「凄い技ね…あれ。」

「風の強い場所では効果がいまいちになってしまうのですがね。」

フーケが来るのが遅くてよかったのですよ、いやホント。





「お疲れ様なのです、才人、ルイズ、ワルド卿。」

桟橋前までやってきた才人達に手を振ってみたりするのです。


「あれ?え?え?」

才人は驚きすぎて何言って良いのかわからないようなのです。


「なじぇ、ここに?」

ワルドも何が起こったのか理解できないようなのです。


「ちょ、何でおとりになったあなた達の方が早く着くのよ!?
 女神の杵亭から爆発音はするし、いったい何したの?」

「少々小細工を弄したのですよ。
 詳しい話は後でしますから、取り敢えず出られる船を捜すのです。」

入り組んだラ・ロシェールの町の中を酔っ払い連れて桟橋まで移動するよりも、直通トンネル通った方が早く着くのは道理なのですよ。


「すげえ、木に船が生ってる…これが桟橋と船なのかよ…?」

「この世界の船は空を飛ぶのですよ。
 ファンタジーでしょう、才人?」

才人はポカーンと口を開けたままなのです。


「原理がさっぱりわかんねー。
 何で船が空に浮くんだよ。」

「風石という、風魔法の結晶みたいなものを使って飛ぶのだそうですよ。
 原理は私にもさっぱりなのです。」

この船が飛べないから、ラ・ロッタ領は交易路から外れたままなのですよね…。
まあそれは兎に角、とっとと探さないとアフロヘアになったフーケが怒って追いかけてくるかもしれません。


「待て、おみゃえたち。」

桟橋をある程度登った所で、白い仮面を被った男が現れました…が、仮面から覗く顔は真っ赤で、首はフラフラ、足もフラフラ、どう見ても酔っ払いです。
偏在は本体の体調の影響を受けますから、本体が泥酔すれば偏在も泥酔するのですよ、これが。


「此処から先は…ひっく、と、通さんじぇ!
 うっぷ…。」

そういったか言わないかのうちに、しゃがみこんで階段の下にゲロを吐き始めました。


「何だこの酔っ払いは…?」

才人も困惑の表情を浮かべています。


「放っておきましょう、どうせただの酔っ払いなのです。」

「そうだな。」

私達は仮面の男の隣りそのまま何事も無かったかのごとく通り過ぎました。


「ま、待て、くっ、何でいきなりこんな事になりゅんだ…。」

そう言いながら呪文の詠唱を始めたので、蹴り飛ばしてみました。


「えい。」

「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。」

仮面の男は転がりながら暗闇の中に消えていきました。


「まさか、酔っぱらいを刺客として送り込んでくるとは思わなかったのですよ。」

「送り込んできた奴は、間違いなく相当のアホだな。」

才人の言葉に傷ついたのか、ワルドが壁に寄り掛かって盛大に落ちていますが、気にしない事にしておくのです。




「そいつは出来ない相談ですぜ、貴族様?」

「何故なのです?」

何故と言えば、何故私が交渉役になっているのでしょう?
確かにワルドは酔いの限界が来たのか寝ていますし、ルイズの辞書に交渉などという文字はありませんし、才人は論外ですが。


「この船にはアルビオンまでの最短距離分の風石しか積んでいないんでさ。
 今出港したら落ちちまいます。」

「嘘なのですね。
 往復は無理にしても、不測の事態に備えた分くらいならある筈なのです。
 戦争しているせいで治安が維持できずに、空賊が横行している地域を通るのですから。」

戦艦大和の水上特攻伝説じゃあるまいし、片道ギリギリとかあり得ないのですよ。
風石が切れたら真っ逆様に落ちる羽目になるのですから。


「流石、貴族様は博識でいらっしゃる。
 ですが、非常用は飽く迄も非常用、使っちまうと足が出ちまうんでさ。
 余程の事でもない限り、使うわけにはいかねえよ。」

「その分は王家が負担するのです。」

ワルドが寝ている間に好き放題させてもらうのです。


「ちょちょちょっと!これ極秘の任務なのよ!?」

「極秘な筈なのに、私達はフーケと傭兵に既に襲われているのです。
 計画は既にアルビオン貴族派に漏れていると見て間違いないかと思われるのですよ。」

「うっ…た、確かに。」

慌ててルイズが私に詰め寄ってきますが、今までの事態で既に判っている事を伝えると引き下がってくれました。


「…となれば、私達に出来る事は、出来得る限り迅速に行動する事なのです。
 相手が反応できないくらい早く動き続ければ、妨害は最小限に納まる筈なのですよ。
 その為に必要ならば、王家の名を出しても構わないかと思われるのです。」

「なるほど、情報が伝わって相手が対策を打つ前に行動しちゃえって事ね?」

キュルケがポンと相槌を打っています。


「その通りなのです。
 もう一つ言えば、王家のお金を使えるのはラ・ロシェールまでなのですから、使わなくては損なのですよ。」

「ケティ、そんなみみっちい事を…。」

しっかりしていると言って欲しいのです、ギーシュ。


「そんなわけで、風石の代金は全て王室が持つのです。
 好き放題使って構いませんから、出来得る限り迅速にアルビオンに向かって下さい。」

「いや、それは良いけどよ…あんたらが王室ゆかりの者であるという証拠を示してもらわねえと。」

それに関してはルイズが居るのです。


「ルイズ、ラ・ヴァリエール家の紋章が入った品はありませんか?」

「え!?う、うん、指輪で良いなら…。」

そう言って、ルイズは指輪を外しました。


「船長、羊皮紙とペンはありませんか?」

「おう、誰か紙とペンを持って来い!」

「へい!」

船員がお急ぎで紙とペンを取りに行き、戻ってきました。


「へいどうぞ、貴族のお嬢様。」

「ありがとうございます、船員さん。」

船員に礼をしてにっこりと微笑みかけておきます。
礼とスマイルはゼロエキューなのです。

姫様宛で、羊皮紙にこの船の風石の代金を肩代わりしてくれるように書きました。
私のサインを書いてからルイズに手渡します。


「ルイズ、それにサインをお願いします。
 あと、指輪を。」

「う、うん、わかったわ。
 …はい、どうぞ。」

ルイズはサインを書くと、指輪と一緒に羊皮紙を渡してくれました。


「くるくるくるっと丸めて…指輪を嵌めて、出来上がり…と。
 船長、この仕事が終わったらこれをアンリエッタ王女にと渡してください。
 ラ・ヴァリエール家の紋章入りの指輪がついた手紙を無下に扱うものはこの国には居ませんから、間違いなく約束は履行されるのです。」

羊皮紙を丸めて、そこにルイズの指輪を嵌めて船長に渡しました。


「お…おう。
 しかし、何者だ、あんたら…。」

「長生きの秘訣は早寝、早起き、規則正しい食事、そして…自らの身に関わりの無さそうな秘密に首を突っ込まない事なのですよ?」

船長に先ほどと同じようににっこりと微笑みかけましたが、顔が引き攣っているのです。
せっかくゼロエキューのスマイルを浮かべてあげたのに、失敬なのですね。


「わ、わかった、何も聞かねえよ。
 副長、出港だ!」

「出航宜候!
 しゅうううぅぅぅぅっこおおおおおおおおおぉぉぉう!!」

これで何とかなる筈なのです。
もう夜も遅いですし、船の中でゆっくり眠るとしましょう。


…と、その時、才人に肩を叩かれました。

「なぁケティ、ちょっと相談しても良いか?」

「はい、何なのですか?」

才人の表情がとても深刻なのです。

「ルイズがすっげえ笑顔で『ワルドと結婚する』って言ったんだけど、どうすればいい?」

ええと、ひょっとして私がルイズに笑顔で話せって言ったせいなのですか?
…と、どうしましょう!?



[7277] 第十一話 気付けば矢面なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/05/17 15:13
結婚は一生の一大事
ゲルマニア皇帝には正室がいる筈なのですが、どうするつもりなのでしょう?


結婚は人生の墓場
そんな言葉もありますが、前世も結婚した事は無いので、全く未知の領域なのです


結婚は女の子の夢が詰まっている
果たして私に結婚相手がいるのだろうかという、漠然とした不安もあるのですよ







「…はは、俺完全に振られたんだな。」

才人が真っ白なのです。
ええと、これはどういう風な対応をすればよいのでしょうか、教えてください始祖ブリミル!?
どう考えても私のせいなのですが、しかし何をどうすれば笑顔で『結婚するわ』と言えるのでしょう?


「だだ、大丈夫、大丈夫なのですよ、それは才人の勘違い…そう、勘違いなのです!
 じ…実は、なのですね…。」

かくかくしかじかと先程ルイズに語った内容をかいつまんで伝えました。


「だーっ!お前のせいか、このばかちん!」

「全く返す言葉も無いのですよ。
 でもまさか、そこまで深刻な話で実践するとは思わなかったのです。」

気分はもう土下座なのです、しませんが。


「しかし、結婚とは…わかりました。
 私の撒いた種でもありますし、ルイズにも話を聞いてくるのですよ。
 その前に、才人の話を聞かせてほしいのです。」

「実はな…。」

かくかくしかじかな話を要約すると、ニコニコしながら話しかけるルイズがいつもと違って何となく怖かったので生返事返していたら、突如笑顔のままで『私ワルドと結婚するわ』と言いだしたそうだのです。
それで反応に困って『そ、そうなんだ』と返したら、笑顔のままくるりと一回転し、一回転した勢いを利用して才人を笑顔のまま思い切り蹴飛ばして、倒れたところで笑顔のままマウントポジションで数回殴り、ぐったりしたところで笑顔のまま腕間接を極めたそうなのですよ。


「あの時は腕折られるかと思ったぜ、さすがサブミッションは王者の技。」

「笑顔なだけで、行動がぜんぜん改まっていないではありませんか、ルイズ。
 そして才人、ルイズがせっかく笑顔で話しかけようと努力していたのに、何故聞き流そうとするのですか!」

笑顔のまま肉体言語で語り始めるとか、私の言ったことを殆ど理解していないではないですかルイズ。
そして、笑顔に違和感感じるとかドンだけドMなのですか、才人。


「いやだって、ルイズの笑顔なんてほとんど見た事無かったしさ。
 ルイズは基本的に眉顰めて、俺を睨みつけるか、怒鳴るか、蹴るか、殴るか、衝くか、絞めるか、極めるかだろ?」

「いや、『だろ?』とか、同意を求められても困るのです。」

キレ過ぎなのですよ、ルイズ。
そして普段から肉体言語で語り過ぎなのです。


「でも時々ニコッと笑ってくれる事があって、そういう時は確かにすげえ可愛いんだ。
 お菓子とかもくれるしさ、そういう時、『ああ、すっげえかわいいな好きだなあ』と思うんだよな。」

ルイズは全く意識してやっていないとは思うのですが、飴と鞭の効果ってやつなのでしょうか?
まるで才人がDV夫の被害を受けているのに離れられない妻みたいなのです。


「…当人同士が幸せならば、それでも良いのですよ、それでも。」

なんだか自信が無くなって来ましたが、そう思い込む事にするのです。


「どうしたんだ、ケティ?」

「いえいえ、何でも無いのですよ。
 兎に角、それは誤解なのですよ、才人。
 ルイズが私のアドバイスどおりに話しかけようとしていたという事は、サイトに聞いて欲しい話があったからなのですよ、理解して欲しかったからなのですよ。
 聞いて欲しいのに聞いてもらえず、理解して欲しいのに理解してもらえずでは、ルイズでなくても怒って言いたくも無い事まで言ってしまうのです。
 ルイズのワルド卿と結婚しようという気持ちは、本当はそんなに高くない筈なのだと思うのですよ。」

そういえば、才人の背後から視線を感じるのですよ。
これはルイズのものなのですね、ピンクブロンドの髪が見えているのです。


「うーん…そうなのかなぁ?
 よくわかんねえけど。」

「そうなのです。
 信じるものは救われるのですよ?」

くっつけるつもりでぶち壊してしまったら最悪なのですよ、私が何とかしなくては。


「ルイズとも話してみるのです。
 …まあ、駄目だったら私がお婿に貰ってあげるのですよ。」

「なぬ!マジで!?」

おお、ピンクブロンドの髪の人影がびくっとか震えているのです。
これは面白いのですよ、キュルケの気持ちがちょっぴりわかってきたのです。


「な、ちょ、ケティ?それ本気でい…。」

「本気にしたのですか?
 冗談なのですよ~♪」

才人がガクッとコケました、背後のルイズもズッコケています。
ナイス反応なのです。


「あのなぁ…。」

「それではルイズと話してくるのです。
 お休みなさい、才人。」

あまり遅くなると次の日が辛くなりますから、とっとと行きましょうか。


「うぅ…ケティにおちょくられた。
 それじゃあ、頼んだぜ?」

「はい、ではお休みなさい。」

才人は船室に戻って行きました。


「…さてルイズ、もう出て来ても大丈夫なのですよ?」

「ばれてた?」

ルイズが物陰からひょっこり顔を出しました。


「才人が落ち込んでいるのを見て、心配だったのでしょう?」

「だ、誰があんな犬の心配なんか。
 わたしはただ単に、サイトがケティに迷惑かけないかが心配で…。」

ツンデレ全開なのですね、ルイズ。
その仕草がとても可愛らしいのですよ。


「私が心配だった割には、私の冗談に過剰に反応していたように見えたのですが?」

「ぎにゃあああああぁぁぁっ!?
 ままままさか、あの冗談って!?」

ああ、ようやく気付いたのですね。


「ええ、才人に言う事で、ルイズの反応を試したのですよ。
 予想通りの反応が得られて良かったのです。」

むしろ何故だか才人の反応が大き過ぎて、そちらの方に少しびっくりしたのですよ。


「あああ、見事にはめられた、年下の子にはめられた。
 …何だか、ちいねえさまを性悪にしたような印象なのよね、ケティって。」

「性悪…。」

性悪なカトレアって…褒められているのかけなされているのか、よくわからないのですよ、それは。


「…で、ルイズ。
 貴方は本当にワルド卿と結婚するつもりなのですか?」

「ええと…実は、そういうのはまだ早いかなって思っているのよ。
 私自身、ワルドと結婚とか言われても正直ピンと来ないし。
 子供の頃は憧れの人だったんだけどね、恋とは違ったのかもしれないような気がするわ。」

恋愛云々は私達貴族にとって、結婚との因果関係は実の所薄いのですが…。
ヴァリエール公爵は恋愛結婚だったそうですし、その娘であるルイズがそれに憧れるのは仕方が無い事でもあるのですよね。


「許嫁だし、わたしは貴族だし、結婚する事に異議は無いのよ。
 …でも何か引っかかるのよね、時々ワルドの目がすごく怖いのよ、こんな事を言うのは嫌だけれども、わたしを見ているのにわたしを見ていない感じがするの。」

何故かは知りませんが、ワルドはルイズが虚無だという事に気づいているようなのですよね。
ルイズが虚無だという事は、ヴァリエール家こそがトリステインの正統だという事になりますから、ワルドはレコン・キスタによる王家の排除とヴァリエール朝トリステインを作ろうとしているのでしょうか?

確かに現在の王家の醜態は目に余るものがありますが、だからと言ってそういう方法は短絡的に過ぎるような気がするのです。
アンリエッタ王女をきちんと君主として育てようともせずに、勝手に絶望するとか無茶苦茶なのですよ。
間違い無く言える事は、ルイズはワルドが作りたい世界を構築する為の道具でしかないという事なのですね。

…まあ、それは兎に角として。


「結婚相手を無視して、浮気に走る貴族はいくらでもいるのですよ。
 ワルド卿がその手の男なら、ルイズも愛人引っ張りこんで好きにすれば良いのです。
 例えば才人とか。」

「そんな夢の無さ過ぎるとことん爛れた結婚生活は嫌あぁっ!
 …って、なんで愛人がサイトなのよ!?」

ルイズにワルドが愛の無い夫だった場合の例を出してみたら、見事なノリツッコミを返してくれました。


「使い魔なのですから、愛人にしても誰も不審に思わないのですよ。
 幸いな事に、ワルド卿も才人も黒髪なのですし、子供が出来た時のぎほうも…なにふゆのれふか?」

「だ・か・ら、その爛れきった未来予想図はどこかにやって!」

私のほっぺたを思い切り引っ張りながら、ルイズが涙目で私を睨んでいるのです。
おちょくり過ぎたのでしょうか?


「わかりまひたから、はなひてほひいのれす。」

「わかった…わっ!」

「ふひぃ!?」

ルイズは頬を思い切り横に引っ張ってから、手を離してくれました。
なんという事をするのですか、星が飛んだのですよ、痛くて。


「あいたたた…下膨れになってしまうではないですか。
 まあ兎に角、ワルドと結婚する気はまだ無いというわけなのですね。
 才人に言ったのは、言葉が余ったと。」

「…そういう事よ。」

そっぽを向きながら、ルイズが頷きます。
素直じゃないのですね、まあそこが可愛いのですが。


「ルイズが笑顔で話しかけた理由は才人に話しましたし、今の話の内容もそれとなく伝えておくのですよ。」

「あ…ありがとう。」

本当は当人どうしで解決するべきなのでしょうが、事が切羽詰っているので背中を押さなくてはいけないのですよ。


「で、でもケティ、何で私達にこんなに優しくしてくれるの?」

「それはなのですね…秘密なのです。
 面白いから教えてあげないのですよ。」

まあ、正直に話すわけにも行かないのです。


「秘密…。」

「それでは私もそろそろ寝るのですよ。
 ルイズ、お休みなさい。」

「う、うん、おやすみ。」

さて、明日は早いわけですし、もう寝るのですよ。







「ケティ、ケティ、起きろよ、アルビオンが見えたぞ!」

「んぁ?」

目を覚ますと目の前に才人の顔がありました。


「乙女の寝所に潜り込むとは、良い度胸なのです才人。
 そのまま消し炭となるが良いのです。」

「ちょ、ま、ここ船の中、船の中だって!」

んー?周囲を見回すと樽とか転がっているのです。
ああ、そういえば船のハンモックで寝ていたのでしたね…。


「そういえば、個室ではないのでしたね…んんっ。
 それで、何かあったのですか、才人?」

「アルビオンだよアルビオン!
 絶景だぜ、見に来いよ。」

もうアルビオンが見えたのですか…そう言えば上甲板と船室を繋ぐ穴から光が漏れて来ているのです。


「ふゎ…はふ、わかりました。
 ですがその前に、髪を梳いてもらえませんか?
 寝ていて乱れている筈なのですが、手鏡を宿に置いて来てしまったのですよ…。」

「え?いやでも俺、髪を梳いた事なんか無いぞ。
 ルイズも髪は自分でやるし。」

そう言いながら、才人に櫛を手渡しました。
寝起きは苦手なのですよ、頭がふらふらするのです。


「適当に、見られる程度で良いのですよ。
 実は私、こういう身支度というのがどうも苦手で。」

「うぉ、ケティから初めての貴族発言が。」

そう言いながら、才人は髪を梳き始めてくれました。


「ん…人にやってもらうのも良いものなのですね。
 貴族発言とか、そういう大したものではなく、女の子っぽくめかし上げるのが苦手なだけなのです。」

「なるほどな…でも、ケティの髪サラサラだな、髪の一本一本も細いし、何か良い匂いもするし。」

姉さま達にも時々してもらいますが、人に髪を梳いてもらうのって結構気持ちが良いのですよね。
んー、極楽極楽なのです。


「苦手なのと、しなければならないのは別なのですよ。
 髪を洗った後は、いつも卵白と香水をブレンドしたものでリンスをかけているのです。
 女の子ですから、おしゃれに気を使うのは義務なのですよ。
 面倒臭くても、億劫でも、やらなければいけない事なのです。」

「ああ、そういうところ大変そうだよな、女の子って。」

いやしかし、何と言うか…心地良過ぎて眠…。


「ちょケティ、寝るなよ!」

「…んぁ?」

何時の間にやら才人に両脇を抱えられているのです。


「んー…すみません才人。
 実は朝が苦手なのですよ。」

「うん、それは良いから早く起きてくれケティ。
 とっさに抱えたんで、胸触っちまっているから。」

その一言で、一気に目が覚めました。
何か胸の辺りがもぞもぞすると思ったらっ!?


「ひゃぁっ!何をするのですかぁっ!?」

「ちょ、待て、これはふかこ…おぶろっ!?」

才人は体をくの時に曲げて、崩れ落ちました。
咄嗟に放った私の肘打ちが、才人のみぞおちを直撃してしまったようなのです。


「し…しどい。」

「すいません、とっさの事だったので、少しやり過ぎてしまったのですよ。」

「これが少しかよ」とかいう、才人の呻きは聞かない事にするのです。



「あ、上がって来たのねケティ。」

「はい、おはようございますキュルケ、皆様。」

上がると、皆既に起きて甲板に出ていたのでした。

船の進行方向を見れば、雲海に浮かぶ浮遊島アルビオンが見えて、まさに絶景なのです。
浮遊大陸なんていう人もいますが、トリステインよりも少し大きい程度の面積なので、どう考えても島なのですよ。
しかし何度見ても非常識極まりない光景なのですね。
まあ、それが絶景の理由ではあるのですが。


「いやしかし、何度見ても絶景だねえ、アルビオンは。」

「ギーシュ様は行った事があるのですか?」

「上の兄たちと母上と一緒に、幼い頃にね。」

たしか、ギーシュは4人兄弟の末っ子でしたか?
生まれ変わる前はとにかく、今の私は山にピクニックくらいしか行った事がないのです。


「ケティは初めてかね?」

「ええ、旅行自体が初めてなのです。
 ラ・ロッタ領はあまり交通の便の良いところではありませんから。」

本当はあまり良くないを通り越したレベルなのですが。


「…ラ・ロッタ領は特殊だからねえ。」

「ええ、ガリアの両用艦隊ですら侵入できなかった空なのですよ。」

ラ・ロッタの人間しか飛べないのでは、攻められもしない代わりに交易路を確保することも出来ないのですよね。


「ラ・ロッタの空は蜂が支配する空…か。」

ギーシュもさすがに知っているのですね。
そう、ラ・ロッタが交易路から外れているのは、ジャイアント・ホーネットという全長1メイルもある巨大なスズメバチの巣が国境のアトス山に陣取り、制空権を確保しているからなのです。
トリステイン創成期のラ・ロッタ当主の使い魔だったらしく、ラ・ロッタ家の人間や使い魔や領民は襲わないのですが、それ以外の人間が彼らの縄張りに侵入してくると情け容赦なく殲滅するのですよ。
数百年前の話ではありますが、ガリア側の縄張りからジャイアント・ホーネットを排除しようとしたガリア両用艦隊が文字通り全滅した事もあり、今でも山の向こう側には風化した軍艦の残骸が野晒しになったままになっているのです。
私たちはよくピクニックに行く山なのですけれどもね。

まあ、それはさておき…。


「おや、船なのですね。」

「帆が黒いんだが…。」

片舷20門近くもある大砲が黒い船体からにょっきりと突き出された、どう見ても臨戦態勢の軍艦が近づいてきました。
船員が目視できる距離まで近づいてから、さっと掲げられたのは黒字に骸骨の空賊旗。


「停船せよ、さもなくば汝の運命かくの如し…なのですか。」

「な…何ということだ。
 けけけケティ、きき君の身はこここのギーシュ・ド・グラモンが守ってみせるから、あああ安心してくれたまえ。」

ギーシュは真っ青になりながらも、私の身を庇うように一歩前に出ました。
ふと横を見ると、才人にルイズが抱きついています。
キュルケが不安そうにタバサを抱きしめています。
ルイズが抱きついてくるかと思って腕を広げたものの、見事に空振りしてくず折れたワルドもいますが、可哀想なので見なかった事にしておくのです。


「船長、白旗を掲げて停船を。
 あれは空賊旗こそ掲げていますが、あれだけ重武装の空賊船などあり得ないのですよ。
 おそらく、空賊に偽装した貴族派か王党派の軍艦なのです。」

「貴族様、な、何でそんな事がわかるんで?」

船長が恐る恐る私に尋ねてきたのです。


「あの大きさの船体にあれだけありったけ大砲を詰め込んでしまったら、重過ぎて風石を湯水の如く使う羽目に陥るのですよ。
 そんな事をしたら、いくら船を襲っても割に合わず、商売上がったりなのです。」

「な、なるほど!確かにそのとおりでさ。
 あんな事が出来るのは、海賊じゃねえ、軍艦だ。
 副長!帆を畳め!白旗を揚げろ!停船するんだ。」

「停船宜候!
 てえええぇぇぇいせえええええぇぇぇぇぇん!
 白旗掲げ!」

私達の船の帆が畳まれ、代わりに白旗がするすると揚がっていきます。


「後は、向こうの連中が接舷してくるのを待つのです。」

「へい、貴族様。」

船長が私の後ろにすっと立ちました。
いつの間にか、ギーシュも私の後ろに立っているのです。
…矢面に立たされている気がするのですが、これは気のせいなのでしょうか?


「ギーシュ様、先ほど守ってみせるとか聞いたような気がするのですが、あれは幻聴だったのですか?」

「い…いや、だってケティすごく落ち着いていて、僕なんかよりもよほど強そうというかだね。」

…度胸が長続きしないのが玉に傷なのですよ、ギーシュ。




「空賊だ!抵抗するな!」

その声と同時に、何本ものフック付きのロープがこちらの船に飛んできて、向こうとこちらを固定しました。
船の間に板が渡され、何人もの空賊風の格好をした男たちが渡って来ます。


「どうするの、ケティ?」

私がああは言いましたが、不安そうな表情でルイズが尋ねてきました。


「まあ、相手がどちらかは知りませんが、空軍だとわかっているという強みがこちらにはあるのです。」

「でも、貴族派だったら…。」

「いざとなったら、タバサのシルフィードで脱出するのですよ。」

まあ王統派なのは、まず間違えないと思うので、大丈夫でしょうが。


「船長は誰だ!」

「あっしです。」

…と、言いつつ、私に視線を向けるのはやめてほしいのです、船長。
仕方が無いのですね…。


「船を借りたのは我々なのですよ、空賊の船長さん。」

「へえ、貴族か、しかもなかなかの別嬪さんじゃねえか?」

空賊の船長が私の顎を掴んでにやりと笑います。


「…ひとつ、良いでしょうか?」

「なんだ?」

「鬘がずれて、金髪が見えているのですよ?」

空賊の船長は慌てた顔になって、頭を抑えました。


「ずれてなどいないのですよ?
 引っかかった引っかかった、妙に髪の毛が多すぎると思ったら、やはり鬘だったのです…ね!」

そう言いながら、髭を思い切り引き剥がしてあげました。


「いだーっ!?
 あいたたたたたた…。」

髭の下から現れたのは、意外と幼い顔なのでした。


「あはははは、鬘も取るのですよ、眉毛も外しちゃうのですよー♪」

「うわ、何を、うぎゃ、痛い、揉み上げは、はが…。」

全部剥がすと中から現れたのは、金髪碧眼のイケメンなのでした。


「こんにちは、私はトリステインのケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
 あなたのお名前は?」

「ううぅ…痛い、まさか変装が一瞬でばれるだなんて。」

遠目なら兎に角、至近距離で見たら、下手な扮装にしか見えなかったのですよ。


「ブレイド。」

私の杖が炎で纏われ剣に形を変えました。
それを中の人がすっかり露わになった海賊の船長に突き付けます。
周りがにわかに色めきたちますが…まあ、何とかなるでしょう。


「もう一度尋ねます、あなたのお名前は?
 まあ貴族派であれば、名前がどうであれ、このまま死んでもらうのですが。
 剣は素人も良い所ですが、これでも包丁の扱いならば得意なのですよ?」

「ま、待ちたまえ、僕は王統派だ。」

そう言いながら、空賊の船長は立ち上がりました。


「僕はウェールズ、ウェールズ・テューダー。
 アルビオンの王太子だ。」

『えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』

私以外の全員がびっくり仰天していますが、それはとりあえず置いておくのです。


「ウェールズ殿下であるという証明は?」

「ええと…全く動じないんだね、君は。
 これで良いかい?
 アルビオン王家の家宝、『風のルビー』さ。」
 
ウェールズ殿下の薬指に光っているのは大きな宝石のついた指輪でした。


「ああ、そういえば…ルイズ、水のルビーを出してもらえませんか?」

「え?うん、はい。」

水のルビーを風のルビーに近づけると、二つに指輪が共鳴しあって虹色の光を放ち始めました。


「水と風は出会って虹を成す…なのですね。
 これは失礼をいたしました、ウェールズ殿下。」

「ああ…いや、理由があるとはいえ海賊の格好をして騙していたのは私だし、君が謝る必要はないよ。」

頭を掻きながら、ウェールズ殿下が苦笑を浮かべました。


「しかし、かなり強力そうなブレイドだったけれども、本当に剣術はからっきしなのかい?」

「ブレイドはいつも野菜や肉を切る時に使っているのですよ。
 いつもは長さを犠牲にして、切れ味に特化させているのです。」

いつでもスパッと切れますし、洗わなくて良いのでとても便利なのですよ。
…時々まな板までスパッと切れますが。


「あんなブレイドを包丁代わりに…。」

「ブレイドを戦闘以外で使ってはいけないという法は無いのですよ?
 そんな事よりも…ラ・ヴァリエール大使、例の親書を殿下にお渡ししてください。」

「ラ・ヴァリエール大使…って、わたしの事?」

思ってもいなかった呼び方をされたのがびっくりしたのか、ルイズは思わず自分を指差しているのです。


「現在ここには貴方以外にラ・ヴァリエール家の人間は居ないのです。」

「あ…う、そうよね。
 ウェールズ王太子殿下、我が国トリステイン王国のアンリエッタ王女殿下よりの親書でございます。」

ルイズがウェールズ殿下に手紙を手渡すと、殿下はおもむろに封を外して、読み始めました。


「…そうか、なるほど、アンリエッタ王女は結婚するのか。
 私の可愛い従妹殿が結婚を…わかった。
 あの手紙は大切な手紙だけれども、姫も手紙を返して欲しいと書いているからね。
 あの姫の願いに応えてあげられるのもこれが最後になるだろうし、手紙は返す事にしよう。」

「あ、ありがとうございます、殿下!」

ルイズが丁寧に礼をしました。


「でも、ここには手紙が無いんだ。
 ニューカッスルにおいてある。
 一応、海賊船のふりをしていたからね、姫の手紙があっては不自然だろう?」

モグラが空を飛ぶくらい不自然なのですね、確かに。


「わかりました、ご同行いたします。
 あと、彼らなのですが。」

そう言いながら、船長のほうを見ました。


「彼らが殿下にぜひとも売りたいものがあるそうなのですよ?」

「いっ!?」

船長がびっくりしながら、私を見て近づいてきました。


「貴族様、でもこれは元々貴族派に…。」

私の耳元に近づいてぼそぼそと耳打ちを始めました。


「船長、商品というのは買いたい人が買いたい時に売ると一番儲かるものなのですよ。
 勝つ寸前の貴族派と、負ける寸前の王等派…さて、火の秘薬が喉から手が出るほど欲しいのはどちらなのですか?」

「それは道理ですが、しかし負ける寸前ではもう金が無いのでは…?」

弱気なのですね、船長。


「負ける寸前だからこそ、惜しみなく、景気良く、最後の蓄えを吐き出すのですよ。
 恐らく言い値で買ってくれるのです。」

「な、成る程、確かに。」

合点がいったように、船長は深く頷きました。


「では、私は船長の御武運を始祖ブリミルに祈っているのですよ。」

「ありがとうございます、貴族様。
 …お待たせして申し訳ありませんウェールズ殿下、実は我々は火の秘薬を殿下に売りに来たのでさあ!」

では船長、御武運を。





「…あれがレキシントンなのですか。」

数時間後、ニューカッスル沖の雲間に浮かぶひときわ大きな軍艦が見えました、かつてはアルビオン王国総旗艦「ロイヤル・ソヴリン」と呼ばれたハルケギニア史上最大級の軍艦なのです。
私の場合、レキシントンというと戦艦よりも空母なのですが。


「あれを沈めるには、色々と小細工が必要そうなのですよ…。」

M777榴弾砲とかがあれば一瞬で片がつくのでしょうけれども、無いものねだりをしてもしょうがないのです。


「沈められるのかい?あれを。」

「単純な砲撃だけでは、あの図体から言っても困難を極めますが、木造船なのですからナパームを使…って、ワルド卿!?」

いつの間にか背後を取られたのは、別に武術の訓練を受けたわけでもない私なら当たり前かもしれませんが…今の独り言をワルドに聞かれたのですよ。

少し、いやかなり拙いのですね。

「あ、あはは…小娘の戯言だと思って、聞き流してくれればいいのです。」

「いいや、あれを沈める方法があるならぜひとも聞きたいものだね、ラ・ロッタ嬢?
 君は今回、不甲斐無さ過ぎる僕に代わって彼らを導いてくれているね、冷静かつ沈着に。
 そんな君の考える方法だからこそ、是非とも聞いてみたいのさ。」

私の気のせいなのか、瞳の奥に剣呑な光があるような?
今までこそ調子を崩させて活躍しづらいようにこっそりと誘導してきましたが、気づいた彼が本気になったら…プロとアマチュアでは差がありすぎるのですよ。


「し…思考中だったので実際にどうするかまでは考えていないのですが、レキシントンを沈めるなら、砲撃では無理だというのは、先ほどワルド卿が私の独り言を立ち聞きした通りなのです。
 ですが、いくら大きくてもレキシントンは木造なのですよ、燃やせば燃えるのです。
 ですから、ナパームというものを使うのです。」

ええい、こうなったら話せるところだけを話して、でっち上げるのですよ。


「錬金。」

近くに転がっていた大砲の玉を錬金の魔法でナパームに変えました。
…なんでイメージしただけでこういうものは簡単に作れるのに、金が作れないのかつくづく不思議なのです。


「これが、ナパームなのです。
 粘性が高くて非常に付着しやすく、火がつくと水魔法でも消すのに困難を極めます。
 これをレキシントンの一定範囲に付着させて着火させれば、さほど時間をかけずにあの艦を落とせる筈なのですよ。」

「…で、どうやって付着させるんだい?」

アルマダ海戦のキャプテン・ドレイクのように、船に火をつけて特攻させるとか、方法はありますが…。


「そこからどうしようか考えようとしたときに、ワルド卿が話しかけてきたのですよ?」

「ああ…そうだったのか、それは失敗したなぁ、ハハッ!」

本当に面白そうに、ワルドは笑い始めました。
さすがにそこまで教えるわけにはいかないのですよ、悪用されたら困りますし…ナパームだけでも実はかなり怖いのですが。


「君は物知りだね、どこからそんな知識を仕入れてくるんだい?」

「読書が趣味なのですよ。
 先ほどの知識は、メイジ殺しがどのようにメイジに対抗してきたかを示した本に書いてあったのです。」

そういう本を読んだのは事実ですが、ナパームの件は真っ赤な嘘なのです。


「なるほど、君の博識は読書から来るものなのか。
 では失礼するよ、王太子にこの事を話してきたいのでね。」

ごまかされては…くれないのでしょうね。
今までがうまく行き過ぎて、調子に乗っていたようなのです。


「やれやれ…。」

次の策が上手くいくか、怪しくなってきたのですよ。
ひょっとして、命の危機なのですか?


「勘弁して欲しいのですよ?」

私はこの先生きのこれるのでしょうか?

…と、急に真っ暗になりました。


「大陸の下に入ったのですか。」

慣れているとはいえ、レーダーも無しによくもまあこんな場所を飛べるものなのです。


「真っ暗ね、なんか霧が立ち込めて気味が悪いし、幽霊でも出そうな雰囲気。
 キャー、ダーリンこわーい。」

「うわっ!?キュルケなにす…。」

才人の顔がキュルケの胸に埋まって言葉が止まりました。


「何やってんのよキュルケ!
 離れなさいよ離れなさいったらっ!」

「怖いわ、ダーリィーン。」

「むー!むー!むー!」

キュルケ、息ができなくて才人がもがいているのですよ。


「仕方がありませんね、止めに行かないとサイトが窒息してしまうの…ぐぇ。」

助けに行こうとしたらマントを誰かに掴まれていたらしく、思い切り首が絞まりました。


「く、首が、いったい誰…タバサ?」

「…幽霊、苦手。」

そういえば、タバサは幽霊が大の苦手だったのです。
この状況とキュルケの一言でスイッチが入ってしまったのですね。


「一緒にいて。」

「わかったのです。
 怖くなどないのですよ、一緒なのです。」

「ん。」

タバサをぎゅっと抱きしめてあげたら、体が小刻みに震えていました。
本当に苦手なのですね、幽霊。


「大丈夫なのです、大丈夫なのですよ。」

結局、船が港に着くまで、タバサを抱きしめ続けることになったのでした。



[7277] 第十二話 介入し過ぎたのかもしれないのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/04/24 09:58
散り際は潔くあれ
死に美学を求めるのは日本人だけだと思っていました


散り際は玉と砕けよ
玉砕という言葉は、本当に…本当にどうしようもなかった時の最期を彩る為にあるものではないかと思うのです


散り際はどんなに繕おうが悲劇
悲劇の舞台の登場人物となった私は…私は何をすべきなのでしょうか?




「お帰りなさいませ殿下、良くぞ無事で。」

秘密の港に入港後、兵士達と一緒にお爺さんがやってきました。


「ハハハ、バリーは心配性だな!
 トリステインからの使者殿と、商人を連れてきた。
 積荷は硫黄だ!」

「ほう、火の秘薬ですか、それは素晴らしい!
 これで最後の戦いに花が添えられるというもの、感無量でございます。
 叛徒どもに苦渋を舐めさせられ続けてきましたが、これだけの硫黄があれば…。」

「うむ、王家の誇りと力を叛徒どもに見せつけつつ、奴らに不甲斐なく苦い勝利をくれてやろうではないか。」

ウェールズ王太子はバリー卿にニヤリと笑いかけました。


「我らに栄光ある敗北を、叛徒どもには無様な勝利を…ですな。
 この老骨、武者震いが止まりませぬぞ!」

「うむ、そなたの働きに期待しているぞバリー。
 叛徒どもを楽に勝たせてやるなよ、戦って、戦って、戦いきって、奴らの勝利に出来得る限りの苦味を与えてやるのだ。」

感動に震えるウェールズ殿下とバリー卿。
そこには悲壮感が欠片も無いように見えます…見えるだけなのでしょうが。


「はっ…殿下、先程叛徒から明日の正午より攻城を再開するとの旨を伝えてまいりました。
 そこに硫黄を殿下が持って来られた。
 これぞまさに始祖ブリミルの血統たる王家への加護でございましょう。」

「確かにそうかもしれぬな。
 おお始祖ブリミルよ、貴方の血統たる王家に対するご加護に感謝いたします!」

始祖ブリミルの血統に加護なんてものがあるのであれば、そもそも反乱など起こっては居なかった筈なのですが…まあ、それはそれという事なのです。
私も大概に冷めているのですね、他人事だからなのでしょうか?それとも私はこの状況にリアルを感じていないのでしょうか?


「…それと、トリステインからの使者殿ですか?」

ああ、バリー卿の胡散臭いものを見る視線が痛いのです。
ワルドを除くと全員学生なのですから、仕方が無い事なのではありますが。


「バリー、胡散臭げな視線を送るのはよせ。
 ラ・ヴァリエール家のご息女が使者としていらっしゃって、姫からの手紙を手渡してくださったのだ。
 手紙のサインも封印も、間違いなくアンリエッタ姫であった。」
 
「はっ、申し訳ございませぬ。
 しかしラ・ヴァリエール家のご息女ですか。
 それはまた、大層な御方が…。」

王太子にルイズがVIPと判断されてしまったようなのです。
まあラ・ヴァリエール家というのは公爵家、つまり王家の親戚筋なのですから、本来そのくらい持ち上げられても当然な家柄ではあるのですが。


「え?ええっ!?わ、わたし重要人物なの?
 ちょ、ケティ!?」

「ラ・ヴァリエール家の息女が姫様の大使として来た時の扱いとしては、ごく当然だと思うのですが?
 ちなみにラ・ロッタ家ではまるでお話になりませんから、代わりは出来ないので諦めて欲しいのです。」

ルイズも嫌そうですが、私だってそんな野暮な立場は真っ平御免なのですよ。
そもそも家柄的に無茶振りにも程があるのです。
ギーシュ?家柄は兎に角として、無茶を言ってはいけないのですよ。


「はぅ…わかったわ、頑張ってみる。
 わたくしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。
 この度は我が国のアンリエッタ・ド・トリステイン王女よりの親書をお持ちいたしました。
 とは言っても、親書は既に殿下の御手にございますが。」

「これは失礼をいたした。
 大使殿、わしの名はバリーと申します。
 殿下の侍従を勤めさせていただいておりまする。
 良くぞ遠路はるばるこのアルビオン王国までいらっしゃられました。
 なにぶんこの状況下の為、大した持て成しは出来ませぬが、今宵はささやかながらも祝宴を催す予定でございます。
 是非ともご出席ください。」

そう言って、バリー卿は深々と礼をしたのでした。





「ここが私の部屋だよ、負けが込んでいるもので、王族の部屋としては質素に過ぎるがね。」

そう言うと、王太子は気恥ずかしそうに頭を掻きました。
壁にかかっているタペストリーくらいしか飾りは無く、家具も元々ここにあったものと思しき質素なものが置いてあるだけなのです。
船長さんにきちんと代金が支払われていれば良いのですが…大丈夫なのですよね?


「今、手紙を出すよ。
 奥に仕舞っているのでね…あった、これだ。」

王太子が取り出したのは、宝石が散りばめられた小箱なのでした。
…成る程、ざっと運び込んできて、飾っている暇が無かったというわけなのですね。
内戦中だから、当たり前といえば当たり前なのですね。


「鍵が…っと、首にずっとかけていたのさ。」

首にかけてあった鍵で、宝箱を開けると蓋の裏に女の子の肖像画が…たぶん姫様、なのですね。
周りを見ると、皆も蓋の裏をじーっと覗いています。
私もなのですが、皆ガン見し過ぎなのですよ?


「あ…いや、宝箱なんだ。」

完璧を期すならば、実はその宝箱ごと欲しいのですが、流石に酷なので言わない事にしておくのです。
…まあ、肖像画くらいであれば、どうとでも言い訳はでっち上げられるのですよ。

王太子は手紙を宝箱から出して開いて読むと、再び畳んでキスをしてから封筒に入れました。


「それではこの姫から戴いた手紙はお返しするよ、大使殿。」

「はい、確かに…お受け取りさせていただきました。」

王太子から差し出された手紙を、ルイズは一瞬躊躇ってから受け取りました。
受け取ろうか迷いますよね、姫様と王太子の想いが詰まったとてもとても重い手紙なのですから。


「あの商船、マリー・ガラント号の船長とは話をつけてあるから、明日はあの船でトリステインに帰りなさい。」

ルイズは王太子から渡された手紙をじーっと見ていましたが、急に顔を上げました。


「殿下、アルビオン王国軍に勝ち目は…何か勝ち目は無いのですか!?」

「今の叛徒どもに勝てるのであれば、アルビオンは世界征服も不可能では無いな。
 5万対300で勝ち目など、万に一つも無い。
 我々に出来る事は奴らに出来得る限りの被害を与えて、我々の最期に花を添えさせてもらうのと同時に、勝利の美酒に必要以上の苦味を加え不味くしてやる事だけさ。」

流石皮肉屋な国民性で知られるアルビオン人、王太子まで言い方が皮肉っぽいのです。


「殿下の御身は…いかがなさるお積もりですか?」

「我々とは、当然私も含まれる。
 叛徒どもには悪いが、奴らの血を死出の旅への彩りにさせてもらうさ。」

王太子の覚悟は、とうの昔に決まっていたようなのですね。


「…なんで、何でそんな簡単に死ぬって言えるんだ?
 俺にはさっぱりわからねえよ…。」

才人のボソッと呟いた声が、私の耳に入ってきました。
やはり、分からないのですよね、私も分からないのですよ…才人。


「こんな深刻な話、私には耐えられないし、立ち入っても良いとは思わないから、外で待っているわね。
 タバサはどうする?」

「同感。」

そう言って、キュルケとタバサは出て行きました。
二人とも、空気を読んでくれてありがとうと言いたいのです。


「ま、待ちたまえ、僕も行く。」

「では、私も…ぐぇ!?」

ギーシュも出て行こうとしたので付いていこうとしたら、ルイズが私のマントの裾をがっちりと掴んでいました。
何故皆マントの裾を掴むのですか、結構苦しいのですよ?


「ケティは、待ってて。」

「えー…?」

これから間違いなく野暮な話になるのですよ。
出来れば聞かずに出て行きたかったのですが。


「お願いだから、待ってて。」

「わ、わかったのです…はぁ、仕方が無いのですね。」

ルイズに上目遣いで頼まれたら、可愛過ぎて断れないのですよ。


「才人はどうするのです?」

「俺も待っているよ、使い魔だからな。」

才人はこれからどんな話になるのか、いまいち理解していないみたいなのですね。


「ワルド卿はどうなさるのですか?」

「僕は残るよ。
 殿下にお頼みしたい事もあるしね。」

ワルドは…ああ、ルイズとの結婚の件なのですね。


「殿下…失礼をお許しください。
 恐れながら、申し上げたい事が御座います。」

ああ…野暮な話が始まったのですよ…。
ルイズと王太子が話した内容をさくっと要約すると、《付き合ってんでしょ好きなんでしょ、それならYOU、亡命しちゃいなよ!》とルイズが言い、王太子が《アンリエッタの事は愛しい…だが断る。このウェールズが最も好きな事の一つは、亡命を勧める大使に「NO」と断ってやる事だ。》と王太子が返したのです。
よく考えると、ちょっと違う感じもしますが、気にしないで欲しいのです。


「ねえケティも殿下を説得して!
 あなた船長をあんなに上手く説得していたでしょ!?」

…そしてルイズが私を引き止めた訳が、やっと分かったのです。


「お断りさせていただくのです。」

「な…なんで!?」

私は天才軍師でも何でも無いのですから、無茶言われても困るのです。


「お願いよケティ、殿下を説得して、貴方なら出来るでしょ?」

諸葛孔明でもヤン・ウェンリーでも無いのですよ、私は。
無茶言うな、なのです。
…そちらが無茶言うなら、此方も無茶ふっかけるのですよ。


「残念ながら、事態はありとあらゆる点で既に詰んでいるのですよ、ルイズ。
 
 まず第一に、王太子殿下がトリステインに亡命なさった場合、アルビオンとの戦端をすぐ開く事になるのです。
 トリステインが戦の準備を整えていない今、攻め込まれれは間違いなくラ・ロシェール近辺は火の海になるのですよ。
 私はトリステインの貴族として、不利な条件での開戦を余儀なくさせる選択は出来ないのです。

 第二に、亡命された王太子殿下に会った姫様が翻意される可能性が非常に高いという事なのです。
 長年恋い慕ってきた相手を前にして、果たして姫様はゲルマニア皇帝の下へ嫁げるのでしょうか?
 始祖ブリミルに永遠の愛を誓うような情熱的な人物に、そのような事が出来るのか…私は無理であると断じるのです。

 第三に、第二の事態を防ぐのであれば、殿下と誰かに婚姻を結んでもらい、姫様に諦めてもらう必要があるのです。
 出来れば我がトリステインの貴族、殿下と釣り合う者ともなれば出来得る限り上位の貴族の令嬢が最適なのです。」

そう言ってから、改めてルイズに視線を向けました。


「…例えばルイズ、貴方とか。
 ラ・ヴァリエール公爵家の息女であれば、これ以上最適な結婚相手などいないのです。
 ルイズ、貴方は国の為に幼なじみであり親友でもある姫様の好きな男を奪えるのですか?
 それが出来るというのであれば、王太子殿下を説得する事もやぶさかではないのです。」

「なっ!?」

驚愕の表情でルイズが固まったのです。
まあ、別にルイズでなくてもラ・ヴァリエール家には独身の長女なんてのもいるのですが、この際忘れていてもらうのですよ。


「け、ケティ!?」

「ちょ、待ちたまえ!?」

才人とワルドが混乱しています。
特にワルドは面白いくらい狼狽しているのです。
殿下に結婚の立会人をしてもらって、ついでに暗殺しようという計画が一瞬でポシャる話なのですから、当たり前ではあるのですが。
私が踊らせていた事に気付いているのならば、無理矢理でも踊ってもらうのですよ。
これで、ワルドの殺すリストの中に私が間違いなく載ったのですね…いや本当に、どうしましょうか?


「第4に、マリアンヌ陛下では、戦争を戦い抜く事は不可能なのです。
 陛下の御心は、先王陛下の崩御で折れたままなのですから。
 国王が将兵を鼓舞できない事態は、士気に大きく影響するのです。
 ましてや本来関係の無いと思い込んでいる戦に巻き込まれるのですから、尚更なのですよ。
 これを解消するにはマリアンヌ陛下には退位していただき、新しい王を擁立する必要があるのですが、姫様が嫁いでしまった場合、王家に人が居ないのです。
 ならば、ラ・ヴァリエール家から王を擁立する必要があるのですが…。」

考える暇も無く、どんどんと畳み掛けるようにハードルをガン上げして行くのですよ。


「ちょちょちょちょっと、ままままままさか!?」

「ラ・ヴァリエール公爵は既にいい年なので、国王には向かないのですよ。
 ルイズ、女王には貴方がなるということなのです。
 まあつまり、ヴァリエール朝によるトリステイン・アルビオン同君連合王国の誕生なのですね。
 恋人を奪って、母親を王座から引きずり降ろし、自分を他国に嫁がせる…姫様からは果てしなく恨まれる要素しか無いのですよ。
 それでも、私に説得しろと言うのですか?」

…あ、ルイズが石化したのです。
親友の恋人を助けるだけのつもりが、そんなドツボに真っ逆さまな展開が待っていると言われれば、しょうがないのですね。
王太子も流石にそこまで考えていなかったのか、すっかり固まっているのですね。


「ル…ルイズ、殿下と結婚して女王になるのかい?」

ワルドが恐る恐るルイズに声をかけました。


「あう…あうあうあう…。
 わわ私が、女王?姫様から恋人を奪って、しかも女王?
 無理よ、流石にそれは無理だわルイズ。
 でもでも、殿下を生き延びさせるにはそれしか…でも、そうしても八方塞…。」

勿論ながら、ルイズは何も聞いていないのです。


「わ、わかったかな、大使殿?
 もう既に打てる手は無いという事だよ。
 わかってくれ、頼む。」

王太子はすっかり引きつった表情でルイズを宥めているのです。


「ケ…ケティ、幾らなんでも言い過ぎじゃね?」

「残念ながら、起き得るシナリオなのですよ。」

才人もすっかり引いているのですね。


「な…なんで、なんで、こんなどうしようもない事になってしまうのよ!
 これも何もかも全て貴族派のせいなの?
 なんで何をしようが愛し合う二人が引き裂かれなきゃいけないの!?
 ねえお願いよケティ、良い考えは無いの?
 ねえ、ねえったら!」

「この世界はこのようになる筈では無かったのだという事で溢れているのですよ、ルイズ。
 誰かが幸せになりたいと願うと、必ず誰かかが幸せにありつけなくなってしまう…そんな、冷たい方程式がこの世にはあるのです。」
 
例えば貴族が裕福な生活をする為に、租税を取られた人々はその分裕福で無くなるのです。
勿論、血で購うという原理原則はありますが、それを全ての貴族が履行しているかといえばそうではないのも実情なのですよね。


「何でよ、納得できないわよ、納得したくないわよ、そんなの!
 嫌よそんなの…嫌なのよ…。」

ルイズは泣き崩れてしまいました。
つまり、納得はしていないけれども、理解はした…という事なのですね。
彼女は頭が良いですから、理解したくなくても頭で勝手に理解できてしまうのでしょう。


「そろそろパーティーの時間だ。
 ほら大使殿、涙を拭いてくれ。
 我が国が迎える最後の賓客が泣き顔では、我らの面子に関わる。」

「は…はい、申し訳ありません殿下。」

王太子が、ハンカチでルイズの涙を拭き始めたのです。
気障な事をしてもちっとも嫌味ではないのは、年齢差のせいなのでしょうか?


「我らの為に泣いてくれてありがとう、大使殿。
 君のその優しい心遣いに、私は心から感謝しているのだよ。」

そう言って、王太子はにっこりと微笑んだのでした。




ワルドが出て行った後、私は王太子の部屋に再び入りました。


「忙しい所を失礼いたします、殿下。」

「君は…ケティか。
 先程の予測には恐れ入ったよ、確かに私が亡命した場合は君の言っていた事のいくらかが実現してしまうだろうね。」

そう言うと、王太子は苦笑いを浮かべて見せました。


「君の話を聞いて、私とアンリエッタがどうあっても結ばれない運命にあるのだという事がよくわかった。
 完全に踏ん切りをつけることが出来た…いや、ひょっとしたらという微かな願望はあったのだが、君がそれを完全に打ち砕いてくれた。
 これで私はいかに死ぬかという事だけに専念できるようになったよ。
 …ひょっとして何か、君の知恵を貸してくれるのかい?」

「はい、ここでどう戦うかで、我が国が貴族派とどう戦うかが決まるのですよ。
 ですからトリステインの貴族として、協力は惜しまないのです。
 レキシントンを沈められるかも知れない方法を一つ思いついたのですよ。
 実行者が死ぬ事が前提なのですが、決死の覚悟ならばかまわないでしょう?」

一か八かですが、本来ならば何も為せずに亡くなる人々なのですから、何かを為してもらっても構わないでしょう、多分。
酷い事をしているのは、重々承知の上なのです。


「わかった、その方法とやらを教えてくれ。」

「はい、では…。」

次は生まれ変わらずに地獄に堕ちるのでしょうね、私は。




ホールに集まった着飾った人々に老いた王が挨拶をし、パーティーが始まった…のですが。


「踊っていただけませんか、ミス・ラ・ロッタ?」

「はい、喜んで。」

先程から色々な人と入れ替わり立ち代り踊り続けているのです。
今回は罰ゲームではなく、半ば自分の意思なのですよ。
私にだって良心というものがあるのですよ、明日死に逝く運命の人に踊りに誘われたら断れないのです。
後で部屋に来てくれ的なお誘いも何度かされましたけれども、さすがにそれは断らせていただいているのですが。


「…しかし、人生の最後の踊りの相手が私なんかでよかったのですか?
 もっと普通のかわいらしいお嬢様のほうが良いような気がするのですが。」

「君は十分可愛らしい女性だと思うがね、私は。」

もうそろそろパーティも終わり、これが最後の曲となるのでしょう。
先程私を誘いに来た王太子はにっこりと微笑みながら、私の手をとり腰に手を回しました。


「そういう事を言っていると、姫様に言いつけるのですよ?」

「ハハハ、それは困るな。
 私は彼女の良い思い出の一つとして残りたいのだから。」

王太子の笑みが苦笑いに変わりました。


「今回の策を提供してくれた事には何度感謝してもし足りないほどだ。
 君ともっと早く出会えていたら、この戦は我らの勝ちだったかもしれない。」

「それはいくらなんでも買い被り過ぎなのです。
 私一人ごときに出来る事など、たかが知れているのですよ。」

私の策を受け入れたのだって、事態が最後の最後だからなのですよ。
あのような戦法が今後用いられるようになったとしたら、私はその道筋に先便を着けてしまったことになるわけなのです。



「しかし、君はどこからあのような技術を?
 現在の火薬など問題にならないほど高性能な火薬に、いったん火がついたら水魔法でも消せない薬品とは…。」

「本で読んだ…という事にしておいて欲しいのです。
 本来、禁忌とすべきものなのですから。」

あんなものは、この技術レベルの世界にあってはいけないのですよ。
あれだって作ったものがほぼ全員討ち死にするであろう事を知った上で見せたのですから。


「得体が知れないな、君は…。」

「秘密が多い方が、女は魅力が増すのですよ。」

こうも物騒な秘密では、魅力の前に威圧感が増しかねないのですが。


「おっと、話しているうちにクライマックスが近づいてきたようだ。
 ついてこれるかな、ミス・ラ・ロッタ?」

「ついてこられなくては女が廃るというものなのですよ、殿下。」

曲のスピードが徐々に速くなり、私と王太子の踊りのスピードもどんどん上がっていき、息が切れ始めたところで終了しました。


「ふう、なかなか良い踊りだったね。」

「ええ、さすが殿下、感服いたしましたのですよ。」

さすがにかなり汗をかいているので、あとで部屋に戻ったら体を拭いて髪を洗わなければいけないのですね。


「…では、また後で。」

「…はい、了解いたしましたのです。」

礼をするときに、お互い声を潜めて言葉を交わしました。
…怪しい関係の男女みたいなのですね、これは。
まあ、別の意味で怪しいのですが、今回の場合は。


「…ねえねえケティ、ひよっとして、ウェールズ殿下と寝るの?」

「ぶっ!?」

キュルケ達の元に戻ると、キュルケが開口一番いきなりそんな言葉を私にかけてくれやがりました。
バルコニーから外に向けて思い切りワインを噴き出してしまったのですよ。


「汚いわねぇ…。」

「いきなりそんな話をされたら、誰だって驚愕するのですよっ!?
 大体なんでそんな話に?」

色恋マイスターにかかれば、どんな場面も色恋沙汰に大変身なのですか、キュルケ?


「踊りの後に殿下が貴方に耳打ちして、肯いていたでしょ?」

「いや、確かに耳打ちされて肯きましたが、そういう話ではないのですよ。」

やはり怪しく見えたのですね、しかもそれをバッチリ見ていたのですね、キュルケ。


「ほ…本当かい、僕は信じていいのかい、僕の可憐な蝶。」

「ギーシュ様まで…。
 私は明日死ぬ人だからといって、ホイホイついていくほど軽くはないのですよ。」

いくらイケメンでも、明日死ぬ人に抱かれたりはしないのですよ、まったくもう…。
だいたい、そんな事をして、子供ができたりしたら大騒ぎなのですよ?


「ふう、仕方がないのですね。
 ギーシュ様、後で私の部屋に来て欲しいのです。」

『えええっ!』

何で皆が驚愕の声を上げるのですか?


「けけけケティ、それはひょっとしておお、お誘いなのかな?かな?」

「違うのですっ!
 そろそろ破廉恥な思考から脱して欲しいのですよ。」

な、何なのですか、このピンクな空気は!?


「実はとある策をウェールズ殿下に提案させていただいたのです。
 現在この城の土メイジたちが取り掛かっている最中なので、進捗状況を見に行くのですよ。
 疑われるのも嫌ですし、ギーシュ様と一緒に見に行こうと思ったのです。」

「ああ、そういう事だったのかね…。」

残念そうにしないで欲しいのです。


「ねえねえ、私たちは?」

「来て頂いても構わないのです。
 あらかじめ言っておきますが、あまり楽しい場所ではないのですよ?」

遠くで才人とワルドが何か話しているのが目に入りました。
才人が肩を落としています…頑張るのですよ。




「これって…イーグル号?」

「ええ、そうなのです。
 現在イーグル号は大砲を取り外すのと一緒に、とある細工を行っている最中なのですよ。」

キュルケが大砲を下ろされる黒塗りの船を見て呟きました。
今回の作戦に大砲は無用なのです。
むしろ、大砲は城において牽制に使用するのですよ。


「あれは…衝角かい!?」

「ええ、その通りなのですよ。

ギーシュの驚きの声にも答えるのです。
衝角は船の舳先につける装備で、船を体当たりさせて相手にぶつける時に使われるもので、ロマリアの大王ジュリオ・チェザーレが大活躍した時代にはその進化を極めました。
ただ、大砲ができてからはすっかり廃れた装備で、今時つけている船など無いので、ギーシュはそこに驚いたのでしょう。


「鉄板?」

「ええ、船の前面に鉄板を貼り付けて、耐久力を上げているのです。」

タバサが不思議そうに首を傾げます。
まあ確かに、このやり方は砲戦を前提としたこの時代の戦い方にそぐわないのですから。


「イーグル号で砲戦をしても、あの艦隊を相手にしては敵わないのですよ。
 ですから、砲戦を諦めて、敵旗艦レキシントンに突っ込むのです。
 その為に衝角を用意し、正面に鉄板を張って、砲撃を可能な限り防げるように突貫で改造を施しているのですよ。
 そして…。」

「そこからは私が言うよ。
 君が提案したことではあるが、私が了承した事なのだからね。」

何時の間にやらやってきたのか、王太子が私の肩を掴んで引き留めたのです。


「ですが…。」

「いいんだ、私が話す。
 突撃した後は、一部が敵艦に切り込み、残りの人員でイーグル号を爆破する。
 イーグル号の中にはダイナマイトという液体状の火薬と、それを囲むようにナパームという燃える液体が仕掛けられているんだ。
 イーグル号が木っ端微塵に爆発すれば、内部に仕掛けられた火薬に着火して大爆発を起こし、それによって火がついたナパームが撒き散らされる事になる。
 飛び散ったナパームは水魔法でも消せない火となる。
 あの巨艦であっても、艦体を著しく損傷せしめられ火までついたとあっては、もはや沈むしかあるまい?」

そう言って、王太子は爽快に笑って見せました。
笑っているのに、悲壮感しか感じないのは私の気のせいなのでしょうか?


「でも、それでは…殿下は。」

「死ぬな、だがそれがどうした?」

ギーシュの問いに、王太子は顔色一つ変えずに答えて見せます。


「我らは明日死ぬのだ。
 であれば、それがどのような死であろうが、構うまい?」

「で、ですが…。」

提案した私ですら圧倒される迫力、死を覚悟した人間とはかくも凄い迫力を放つものなのでしょうか?


「王家が滅ぶのだ、なのに《王権(ロイヤル・ソヴリン)》などという名の艦が浮いていても仕方があるまい?
 《王権(ロイヤル・ソヴリン)》は王家とともに滅び行く、叛徒どもに辱められたままでは《王権(ロイヤル・ソヴリン)》も可哀想であろう?」

そういって、王太子は微笑を浮かべました。
微笑が壮絶に見える事など、私は知らなかったのです。
これが、死に逝く者の覚悟…というものなのでしょうか?


「ラ・ロッタ嬢、ダイナマイトのニトロゲルを上手く錬金できているのか、確認願いたい。
 こちらへ来られよ。」

「はい、かしこまりました…。」

私にも、他の皆にも、もはや王太子にかけるべき言葉など無いのでした。






「才人?」

全ての確認が終わってあてがわれた部屋まで来たら、そのドアの前に才人が立っていました。

「…ケティ、やっと帰ってきたんだ。」

「此方で王太子殿下から頼まれた仕事があったのですよ。
 立ち話もなんですから、部屋へどうぞ。」

ルイズに心にも無い事を言って、自滅的に落ち込んだのですね、これは。

「ふう、じゃあ話をき…え?」

才人が私の後ろから抱き付いてきたの…ですか?

「ケティ、ごめん。
 俺の心、折れそうだよ…。」

才人の腕の力がぎゅっと強まったのです。
え…ええと、何が起こっているのですか!?

「ちょ、才人ま、待つので…。」

そのまま、ベッドに押し倒されたのでした。
ひょっとして、貞操の危機…なのですか?



[7277] 第十三話 裏切りとか、壮絶な最期とか、油断とか、なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2009/04/25 17:31
裏切りは背徳の匂い
私、すっかり不倫キャラが板についてきているような?


裏切りは覚悟の証
ワルド卿はいかなる覚悟を持って、国家を裏切る事にしたのでしょうか?


裏切りは報復と粛清で応じよ
マフィアも国家も、裏切り者は生かしてはおかないのですよ







「さ…才人?」

おっかなびっくりと、才人に声をかけました。
才人に後ろから抱きしめられたまま、ベッドに押し倒されてしまったのですよ…。


「…な、泣いているのですか?」

才人の体から、定期的に伝わってくる微かな震え、これは嗚咽…なのですか?


「ヒゲ野郎が、言ったんだ。
 明日ルイズと結婚するってさ。」

「それで、あっさり引き下がったのですか?」

才人の腕の力が強まりました。
少し…苦しいのですよ、これは。


「それが一番良いと思ったんだ。
 だって、婚約者と結婚するのが一番だろ、あのヒゲは間抜けだけど本気出すと俺よりも強いしさ。」

才人にまで間抜け扱い…ワルドには少し可哀想な事をしたかもしれないのですよ。


「才人の言っている事は、この世界的にはおかしくないのですよ。
 でも才人は生まれ変わった私と違って、この世界の住民ではなく異邦人なのですから、完全に馴染んでしまう必要は無いのですよ。
 婚約者がいたって、ルイズが好きならそうすれば良いのだと思うのですよ?」

「でも俺、言っちゃったんだ『俺よりもワルドの方が強いから、ワルドに守ってもらえ。俺じゃお前を守り切れない』ってさ。
 そうしたらルイズが、『あんたなんかケティの所にでも行けば良いのよ』って、言ってさ。
 …んで、確かに考えたらケティのとこしか行く所無くて、ドアの前で待ってた。」

ギーシュはスルーなのですね…。
才人の腕が私に更に絡まって、力も籠り…プチっという音がしてマントの留め具が外れてしまいました。
ぴ…ピンチ度がさらに上がったような気がするのですよ。


「でも、才人はルイズを守りたいのでしょう、本当は。」

「ケティ、俺は伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだってさ。」

ええと…何で才人が体を動かす度にマントがずり下がって行くのですか。
脱がしの天才なのですか、才人は?


「ガンダールヴだというのはとっくに知っているのですよ。」

「知ってたのか?」

マントが、バサッという音とともにベッドから落ちてしまいました。
ブラウス越しにで男の子に抱きつかれるだなんて初めてなのですよ。
顔が見えていないからいいものの、私の顔は間違いなく真っ赤なのです。


「ルーンを読めばわかるのですよ。
 神の左手ガンダールヴ、『魔法を操る小人』という意味のルーンなのです。
 ルーンの意味の割には得意なのは武器だとされているのですよね、今の才人と一緒なのです。」

「うん、確かに俺はどんな武器でも取り扱えるらしい。
 でもさ、その基本となっている俺はやっぱり素人でさ、どうしようもないくらい素人でさ、本職の軍人であるワルドと戦ったらあっという間にやられちまった。
 酔っぱらっていなかったら、あの晩の戦いだって、あいつは大活躍していた筈だよ。」


まあ原作どおり、ある意味大活躍だったでしょうね。
私が酔わせて計画の中枢を潰したから、酔っぱらいが階段を転げ落ちるだけになってしまったわけですが。

「だから…俺よりも、あのヒゲ野郎があいつのそばにいた方が良いんだ。」

「私は、そんな事は無いと思うのですよ、あの晩も言いましたが、強くなればいいのですし。」

い…今、ブラウスのボタンがプチっとかいって3つくらい外れたのですが…そういえば、脱ぐ時に面倒臭いから、強く引っ張ったら外れるようにボタンを改造していたのでしたよね…。
…ではなく、いくらなんでもブラウスが脱げたら、才人が正気を保ってくれるのか自信が無いのですよ!


「俺さ、強くなる為に旅に出ようと思うんだ。
 そして、強くなりながら、元の世界に戻る方法を探す。」

「旅なのですか、何処に行くつもりなのですか?」

あ…またプチッと…って、だから何でブラウスがずり落ちていくのですか!?


「ロバ・アル・カリイエとかいう場所があるんだろ?
 取り敢えず、そっち目指してみようと思うんだ。
 ここには手掛かりが無いみたいだし。」

「そ…そんなっ、事は…んっ、な、無いのですよ…あ、あの、才人?」

せ、背中に息が、息が直にかかってくすぐったい…って、何で既に半分脱げているのですか!?


「何?」

「わ…わざと脱がしていませんか?
 あっ…く、くすぐったいのですよ、やっ…やめ…んっ…てっ!欲しいのです。」

何で才人が動くたびに、抱きしめられているにも拘らずどんどんブラウスが脱げて行くのですかっ!?


「ぅおわぁっ!?な、何でケティ脱いでんの?」

「ひゃぁん!?い、息をかけないで欲しいのですっ!
 貴方が脱がせたのですよっ!
 服を直したいので離して下さいっ!」

本当に気付いていなかったのですかっ!?


「ごっ、ごめんっ!」

才人は手をバッと離すと、バネ仕掛け人形のように勢いよく起き上がったのでした。


「はあ…はあ、危うく無意識的に陵辱される所だったのですよ。」

「うお、知らぬ間にケティがすげえ色っぽい格好になってる。」

貴方のせいなのですよ才人、取り敢えず制裁を…。


「ケティ、そっちにサイ…ト、え?」

ノック無しでドアが開き、そこにはルイズが立っていたのでした。


「何、してるの?」

マントは外れてベッドの脇に落ち、ブラウスのボタンが外れて前が大きく開いている私と、その傍らに立つ才人。


「い…いや、違うのですよ?」

「違わないでしょ、ケティ。
 違うなら、マント外さないでしょ?ブラウスのボタン外さないでしょ?」

ルイズは表情を消したまま、淡々と状況を語ってくれました。
確かにこの状況では、私と才人が情事に及ぼうとしているように見えるのですよ。
しかも、誘っているのは私の方…なのですね。


「ケティは凄いよね、ウェールズ殿下が亡命したらどうなるかというのを、一瞬で想定して教えてくれたもん。
 確かに、殿下が亡命した場合、そうなる可能性は非常に高いと思うわ、私も。
 だから…その頭で私を出し抜くのなんて、簡単だわよね?
 二人とも、とても仲が良いから、怪しいかなとは思っていたのよ。
 わたしがサイトにきつく当たって、ケティが慰めて、説得して、サイトはケティにどんどん依存するようになっていったわよね。
 さっきの話でもわたしを説得するついでにわたしに執着しているワルドを焦らせて焚き付けて私と才人が居るときに面前で結婚しようだなんて言わせて、才人が諦めるように仕向けたんでしょ、ケティ?」

「え…いや、それは全然別件なので…。」

「嘘よっ!」

ルイズの怒鳴り声に、私の反論は止められてしまったのでした。


「サイトはあっさり諦めたもん、そしてケティの部屋に来たのよ。
 これは諦めたサイトを慰める貴方っていう、最後の一手だったのかしら、ケティ?
 サイトはケティをわたしよりも信頼しているもの、尊敬しているもの、そんな相手が優しく甘く囁きかけてくれたら一発で落ちるわよね?
 別にサイトじゃなくたって良いじゃない!何でサイトなのよ、何で私から、そんな巧妙な手で奪い取ろうとするのよ!
 私がラ・ヴァリエール家だから、恨まれたくないって事なの!?」

「違うのですよ、私は…私はただ二人がもっと仲良くなって欲しくて、ただその気持ちだけで頑張っていたのですよ!?」

二人をフォローしようと動いていた事が、全部裏目に出たという事なのですか!?
何でこんな事に…感情が昂ぶって涙が流れてきたのです。


「嘘吐き、嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐きぃっ!
 ケティの言う事なんか信じない!信じられるわけがないわよっ!
 そのふしだらな姿が何よりの証拠でしょ!
 どんな言葉を百千万と並びたてようが、ケティはブラウスを脱ぎかけでそれをサイトに見せている、その姿はどうにもならないのよ!」

「確かに私は見ての通りの扇情的な姿なのですが、これは不幸な偶然が引き起こした事故であって、決してルイズが考えているような事は…。」

パチン!という乾いた音がして、私の左頬に鋭い痛みが走りました。


「もう…言い訳は止めて、わたし何も聞きたくない。」

「ルイズ…。」

何故なのですか、言葉は通じるのに何故伝わらないのですか。


「ルイズ違うんだ、ケティの言っている事は本当で、しかも原因は俺のドジで…とにかくケティはそんな事なんかしようとしていない、悪いのは俺なんだよ!」

「ケティをずいぶん庇うのね、サイト。
 そんなにケティが大事なの?ケティの為なら、悪者になる事も厭わないの?」
 
ええと…この時点でこんなにヤンデレていましたか、ルイズ?


「そういう意味じゃねえだろ!
 事実関係が全然違うんだって、わかってくれよ。」

「錬金!」

ルイズがいきなり私の近くにあった花瓶に錬金の魔法をかけました。


「きゃぁっ!?」

私は衝撃に吹き飛ばされて、壁に叩きつけられられたのでした。


「ルイズ、ケティ!?」

才人が慌てて私達に声をかけて来たのです。
勿論、ルイズは軽く煤けただけで、傷一つ無いのですが。


「いきなり何すんだよルイズ!
 ケティ、大丈夫か?」

「くっ…私は大丈夫なのですよ、それよりもルイズを。」

正直な話、目の前がグラグラ揺れているので、助けてもらえるのはありがたいのですが、そんな事よりも…。


「だ、だって、ケティの方が大変だろ、今は。」

「そ…そういう問題ではないのですよ。」

ああもう、鈍い!
これは私から言うわけにはにはいかないのですよっ!


「ほら、私かケティかなら、ケティを取るじゃない、才人。」

「当たり前だろ!
 ケティは怪我しているんだぞ!」

そういう論理的な話ではないのですよ、才人。
今のはルイズの観測気球で、女の子のプライドをかけた勝負でもあったのです。
でもルイズ、才人はどちらが好きかなんて事よりも、どちらがより大変かを判断して行動するに決まっているではないですか。
頭に血が上り過ぎですし、何よりそれでは完全に才人に恋する乙女なのですよ?


「さよならサイト、あんたはケティと一緒にいればいいのよ。
 私はワルドと結婚するわ。」

「ま、待ってくだ…。」

手を伸ばしたものの、それは届かずルイズは部屋を去って行ってしまいました。


「何なんだよ、あれ。
 わけわかんねえよ。」

「わけわからなくても何でも良いから、早くルイズを追いかけるのです。」

結構激しく体を打ったのですね、これは痣になるかもしれないのです。


「いやだってケティ、動けるのか?」

「今立ち上がるのは困難ですが、少し休めば大丈夫なのです。
 ですから、早く追いかけるのですよ、手遅れにならないうちにっ!」

正直そろそろ意識を失いそうなので、とっとと出て行ってもらわないと、才人がルイズを追いかけるチャンスを失ってしまうのです。


「わ、わかった、行ってくる!」

才人は部屋から走り去って行ったのでした。


「何とか、ベッドに…くっ、至近距離であれはきついのですよ、ルイズ。」

ですがベッドによじ登る事はかなわず、力尽きてベッドの下に倒れこんでしまったのでした。
床が…冷たいのですよ…。
そうして、ゆっくりと意識が暗転していったのでした。







「う…ぐっ!?」

鈍痛とともに目が覚めたのでした。
私の傍らでは何故か才人が椅子に座って眠っているのです。
…ルイズの説得に失敗したのですか。
この部屋に戻ってきた時に倒れている私を発見し、ベッドに運んでくれたのですね。


「夜が明けてしまっているのですね。
 もう時間が無い…才人、起きるのです!」

才人を揺り起こしたのでした。


「んぁ…ケティ、胸が…こう、プルンと柔らか…。」

「地獄に落ちるのです。」

私は迷う事無くデルフリンガーを持ち上げて、才人の頭にぶつけたのでした。
どういう夢に私を出演させているのですかっ!


「んごっ!?
 なっ、何だ、いったい何が!?俺の桃源郷が一瞬で!?」

「ぐっ…目は覚めたのですか、エロ使い魔?」

デルフリンガー持ち上げたら、背中に激痛が走ったのですよ。


「ケティ目が覚めたのか、良かった。
昨日はごめん…俺のせいで。」

「いいえ、私をベッドに移してくれてありがとうございます、才人。
 昨晩はあの後どうなったのですか?」

まさか、あのような収集のつかない事態になるとは、想定外にも程があるのですよ。


「ルイズの部屋を何回もノックしたけど、開けて貰えなかった。
 待っていようかとも思ったんだけどさ・・・。」

「それで、諦めたのですか?」

これは…話が余計にややかしくなりそうなのですよ。


「一旦ケティの部屋に戻って相談しようと思ったら、ケティがベッド脇で倒れていて目を覚まさないし、心配でそれどころじゃあ…。」

「そういう時は私をベッドに運んだ後でもいいから、何度でもチャレンジしなければ駄目なのですよ。
 …でも、心配してくれてありがとうございます。」

はぁ…本当にお人好しなのですね、才人。
好きな女の子を放って置いてでも倒れた私の傍に居るとは。


「え?お、おう…別に大した事なんかしてねーよ。」

「それはさておき、才人に聞いて欲しい事があるのです。
 実は…。」

才人にも今回の件の情報をそろそろ渡しても良い頃なのです。





「ワルドが裏切り者だって、何で言わなかったんだよ!?」

「言ったら才人は絶対顔に出ていたのですよ。
 情報というものは、秘匿する人数が少なければ少ないほどいいのです。
 キュルケ、タバサ、ギーシュ様にも詳しい情報は知らせずに配置について貰っているのですから。」
 
情報を知らせないのは、なるべく事態をコントロールし易くする為でもあったのですが…まさか、私と才人の仲がここまで疑われていたとは。


「スクウェアクラスの風魔法には『偏在』という、分身を作り出す非常に使い勝手の良い魔法があるのです。
 ラ・ロシェールの埠頭に酔っ払いが現れたでしょう?
 あれがワルドの偏在だったのですよ。」

「あの酔っ払いが…、成る程、あの時ワルドも確かに泥酔していたな。
 しかし、そんな方法で俺達を騙そうとしていたのかよ。」

しっかり騙されていたくせに、『そんな方法』は無いのですよ、才人。





「…汝は、始祖ブリミルの名に於いて、この者を敬い、愛し、そして夫とする事を誓うか?」

礼拝堂に近づくと、浪々と結婚宣誓の文句を読み上げる王太子の声が聞こえてきました。


「よっしゃ、間に合った!
 ル…もが、もが…。」

ルイズを呼ぼうとした才人の口を手で塞ぎました。


「静かにするのです。
 ルイズがワルドに何かを尋ねようとしているのですよ。」

そう、ルイズはワルドを夫とするかという問いに答えようとせずに、ワルドをじっと見つめているのです。


「…ワルド、貴方が私に執着する理由は何?」

「いきなりどうしたんだい、ルイズ?」

花嫁衣裳に身を包んだルイズは、ワルドをじっと見つめているのです。


「わたしが貴方に執着されるような要素が、どう考えても何処にも無いのよ。
 魔法が使えなくて、痩せっぽちで、強情で、癇癪持ちで、暴力的で、どう考えても貴方に釣り合う女じゃないのよね。
 狙いはラ・ヴァリエールの爵位と領地?
 でも、貴方が欲しいものが、そんなちっぽけなものには見えないのよ。
 貴方の瞳の奥に垣間見えるもう一人の貴方は、もっと貪欲で、もっと多くのものを求めているわ。
 教えて、貴方は私の何が欲しいの?」

「な…何を言っているのだか、私は君を愛して…。」.

ワルドが驚愕で固まりますが、ルイズはさらに言葉を続けます。


「私を愛しているのなら、こんな戦場のど真ん中で結婚式を開こうとなどしないわ、ワルド。
 貴方は私の何かを欲しがっていて、それを手に入れるために結婚しようとしている。
 だから、ケティは貴方を焦らせて、本性を出すのを待っていたんだと思うわ。
 生憎、ケティはそれだけじゃなくて、サイトも狙っていたみたいだけど。」

…だから、それは大いなる勘違いなのですよ、ルイズ。


「そういえば、ミス、ラ・ロッタは?」

「サイトの前で服を脱ぎながら誘惑しようとしていたし、才人も犬みたいに盛っていたから、魔法でふっ飛ばしてやったわ。」

大いなる誤解ですし、なにより才人はそこまで無節操ではないのですよ、確かにスケベなのですが。


「そんな事はどうでも良いのよ!
 それよりも私の何が欲しいのか答えなさい、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド!」

「…世界だ。」

呟く様にワルドがそう言った途端、ワルドを取り巻く空気が変わったのでした。


「世界だよルイズ、僕は世界が欲しいんだ。
 世界は腐っている、だから僕のものにして、僕が正しく導くんだよ、ルイズ。」

「ワルド、貴方頭がおかしいの?
 私なんかを手に入れたって、世界は手に入ったりしないわ。」

ルイズの声が、訝しげなものに変わったのでした。


「いいや、君を手に入れる事が世界を手に入れることの第一歩なのさ、ルイズ。
 君はガンダールヴを召喚した、それこそが君の才能の証明なのだからね。」

「ワルド卿、君はいったい何を言っているのかね?」

ワルド…いきなりマッド系にならなくても良いのですよ。
断言しても良いですが、今のワルドを見たら子供が泣くのです、絶対に。
王太子もワルドの豹変には顔を引き攣らせているのです。


「ガンダールヴを召喚したのは、記録に残る限り後にも先にも始祖ブリミルのみ。
 そしてルイズ、君は四系統魔法のいずれもを使えない。
 では、それにどういう意味があるのかという事だが、僕が言わずとも自ずと結論へと繋がるだろう?
 君は始祖ブリミルに劣らぬ、伝説級のメイジになれる素質があるという事だ。
 それを持つ君を手に入れる事が出来たならば、僕は世界を手に入れる為の第一歩を踏み出せるんだよ!」

「私の属性が虚無だと言いたいの?
 ありえないわ、コモンスペルの一つすらまともにこなせない私が、虚無?
 寝言は寝てから言うものよ、ワルド。
 私がサイトみたいな伝説級の使い魔を召喚できたのは単なる偶然よ、しかもまともに繋ぎ止めて置く事すら出来ずに、サイトは出て行ってしまったわ。
 そして、私なんかよりも遥かに優秀なケティと…あのケティがっ!
 まさか権謀術数張り巡らして私の使い魔を奪うだなんてっ!」

奪っていないのに、何でそんな事を言われなければいけないのですか。
…なんだか、腹が立ってきたのですよ。


「サイトは、あの優秀な使い魔は、私なんかよりも遥かに相応しい主に鞍替えしたのよ?
 こんな私が虚無だなんて、空でも落っこちてこない限り、絶対に有り得ない事だわ!」

空が落ちてくる事は決定なのですね、短い人生だったのです。


「…才人、才人、こーっそりとワルドの後ろに回ってください。
 ワルドの虚を突いて切りかかって欲しいのです。
 出来ますか?」

「…おう、わかった、何とかやってみる。」

話がヒートアップしている間に、仕込みを済ませるのですよ。
ちなみに、キュルケとタバサとギーシュは、今頃アルビオン下部の崖の突き出した部分に潜んでいる筈なのです。
正午丁度にヴェルダンデでここまで来てもらうという手筈になっているので、穴を抜けて一気に脱出するのですよ。


「兎に角、私は世界なんて手に入れる気は無いし、虚無の属性でもないわよ。
 そんなありもしない妄想で私と結婚していたがっていただなんて、幻滅したわワルド!」

「妄想じゃない!君には稀有の才能があるんだ。
 欲しいんだよ、君の才能と能力が!」

そう言いながら、ワルドはルイズににじり寄って行きます。


「僕はいつか君に言っただろう?
 君はいつか、始祖ブリミルに劣らぬ優秀なメイジに成長できると!
 君はまだその才能を自覚出来ていないだけなんだよ!」

「ワルド…貴方疲れているのよ。」

どこかで聞いたような台詞なのですね、ルイズ。


「子爵、もういいだろう、もう止めたまえ。
 君はフラれたのだから、ここは貴族らしく潔く…。」

「やかましい、黙ってろ!」

王太子がワルドを諌めようとしましたが、ワルドに一括されてしまったのでした。


「ルイズ、なあルイズ、何度も言うが、僕には君の才能が必要なんだ!
 頼むから、僕のものになってくれ!」

「ワルド、ねえワルド、何度も言うけど、そんな才能は私には無いってさっきから断言しているでしょ!
 私を一番分かっているのは私なの、いい加減夢見るのは止めて現実を見て!」

ワルドがルイズの腕を掴もうとしますが、ルイズはそれを巧みに避けまくっているのです。
…なにやら妙な攻防戦になりつつあるのですね。


「君の事を誰よりも知っているのは僕だ!
 君がまだ気付いていないその才能を僕が目覚めさせてあげるから、僕のものになってくれ!」

「つまり私じゃなくて、私のありもしない才能が欲しかったのね、ワルド。
 私を何も見ていないとは思っていたけれども、それがこんな馬鹿馬鹿しいにも程がある理由だったなんてね。
 そんなものは無いし、未来永劫私が目覚める事も無い代物だわ。」

ちなみに、ワルドはルイズをさっぱり掴む事が出来ないでいるのです。
風が柳の葉を捉える事が出来ないように、ワルドの手はルイズの腕を肩を掴もうとしては、寸前で見切られ空を切っているのです。
流石は肉体言語で語るメイジなのです。
格闘家もびっくりな、見事な身のこなしなのですよ、ルイズ。


「君には才能がある、それをぼ…ぐはぁ!」

「誰が喧しいだと、どの口が黙っていろだと、この不敬者!」

王太子がワルドに思いきり蹴りを入れたのでした。
いい感じに入ったのか、ワルドがくず折れたのですよ。


「ウインドボム!」

「ぐぁっ!」

ワルドの放ったウインドボムが、王太子を吹き飛ばしました。


「僕がここまで言っても駄目なのかい、君には通じないのかい、ルイズ?」

「当たり前でしょ、貴方の誇大妄想になんて付き合っていられないのよワルド。
 そんな理由で結婚するだなんて、金輪際御免だわ!」

ワルドの嘘臭い笑顔に、ルイズがしかめっ面で返したのでした。


「この旅で…うごぁ!?」

「駄目で冴えないフラれ虫の分際で、アルビオン王太子である私を吹き飛ばすとは何事か!」

今度は王太子の放ったウインドボムがワルドを吹き飛ばしたのでした。
…なんという空気読めない攻防、二人とも風メイジなのに。


「誰が駄目で冴えないフラれ虫だ!
 ウインド・カッター!」

「風の障壁よ!
 おのれ、この私に刃を向けたな!?」

ワルドの放ったウインド・カッターを、王太子が風の障壁で防いだのでした。
そろそろ…出番なのですね。


「…仕方が無い、この旅の目的の一つは諦めるとしよう。」

「目的…?」

ルイズが訝しげにワルドに問い返します。


「ああ、今回の旅に於ける僕の目的は三つあった。
 一つは、君を手に入れる事。」

「下手糞な勧誘だったわ。」

まあ、私がワルドの見せ場を全部潰したのですけれどもね。
おかげでワルドが倒したのは才人だけという、単なる迷惑キャラになっているのです。


「ぐっ…も、もう一つはルイズ、君が持っているアンリエッタの手紙だ。」

「姫様を呼び捨てに…まさか。」

…さて、出番なのですね。


「三つ目は…うおっ!?」

「有象無象の区別無く、私の魔法は許しはしないのです。」

私が放ったファイヤーボールが、ワルドの杖の魔力光を消し飛ばしたのでした。


「道化如きに殿下をやらせはしないのですよ、ワルド?」

有視界誘導で飛んでいくファイヤーボール…狙撃できるのは良いのですが、普通のファイヤーボールを連射した時並みに精神力を使うのです。
今回は仕方が無く使いましたが、燃費が悪過ぎなのですよ、これ。


「貴様は、ミス・ロッタ!?
 道化とはどういう事だ!」

「レコン・キスタの黒幕も知らずに踊る馬鹿は、道化呼ばわりがまさにうってつけなのですよ。
 アンドバリの魔力は虚無では無いのです。」

出番を計っていたとはいえ、何とかタイミングを合わせられたのですよ。


「殿下、こやつが動いたという事は、叛徒ども動き始めるという事なのです。
 トリステインの不始末はトリステインがつけるのが本分。
 殿下は我々に構わず、行って下さいませ!」

「わかった!ミスロッタ、ここまでの協力重ね重ね感謝する!」

そういって、王太子は走り去っていったのでした。


「三つ目の目的は…何でしたか?」

「ぐっ…僕の作戦を尽く妨害していたのは、やはり君か。」

ワルドが私を殺意の籠もった視線で睨みつけてきました。
…正直な話、表情を冷静に保っていられるだけでも奇跡なのですよ。


「私?いえいえ、このような小娘一人が全てを見通すなど不可能なのですよ。
 我々、なのです。」

「我々だと?」

乗ってくれてありがとう、なのですよ。


「《オレンジ》とでも覚えておいて欲しいのです。
 我々はどこにでもいて、全てを見ているのですよ。」

《オレンジ》という名前の通り勿論全部ハッタリなのですが、この時点で殆ど知りえない情報を流した上で私をほんの手先だと表明してあげれば、敵の目はそれを探す事に向く筈なのです。
なにせ、私はたった15歳の小娘なのですから、黒幕がいるほうがむしろ普通なのですよね。


「ウインド・ブレイク!」

「きゃあああぁぁっ!」

ワルドの魔法がルイズを吹き飛ばしたのでした。
いきなりだったせいなのでしょうか、ルイズが気絶してしまったのです。


「…では、話を聞かせてもらおうか、ミス・ロッタ?」

「な…あぅっ!?」

いきなり後ろから声がしたと同時に、強い衝撃で吹き飛ばされたのでした。


「風は偏在するのだよ、ミス・ロッタ?
 君も潜んでいたかもしれないが、私も偏在を一体、予め潜ませておいたのだ。」

「くっ…意識を逸らした隙に。」

やはり、戦闘にはいまいち向かないのですよ、私は。


「散々道化として踊らせた男の前で、這い蹲る気分はどうかね?」

私を見下ろしながら、ワルドの偏在がせせら笑います。
ぐっ…ムカつくのです。


「レディを這い蹲らせて悦に入る変態を見る気分は、這い蹲りながらだろうが立ちながらだろうが大して変わらないものなのですよ。」

「何だと!この口の減らない小娘がぁっ!」

「ぐっ!?」

ワルドに思いきり腹を蹴飛ばされました。


「かはっ…っぐっ!」

「恐怖と衝撃は人を正直にする。
 答えて貰おうか、レコン・キスタの黒幕とはとは何者だ?」

女の子の腹を思いきり蹴るとは、紳士の風上にも置けないのですよ。


「そ…それを知った所でどうするというのですか?
 道化という結果は変わりはしないというのに。」

「…まだ足りぬか、ではこれでどうだ?」

ワルドの杖が魔力の光を纏い…私の右肩を突き刺したのでした。


「あああああああぁぁぁぁぁぁっ!」

「答えろ、レコン・キスタの黒幕とは?」

このままでは殺される…さ、才人は何処に?
いくら一度死んだからといって、もう一度死ぬのは嫌なのです。
才人、早く来てください、才人、才人、才人、才人…。


「才人おおおぉぉぉぉっ!」

「離れやがれ、この下種野郎!」

「ヒャッハー!人だ、人が斬れるぜうひひひひひ!」

「な…!?」

袈裟斬りにワルドの偏在が切り捨てられ、元の風に戻ったのでした。
…それよりもデルフリンガー、貴方がおっかな過ぎるのですよ。


「くっ…お、遅いのですよ。」

「御免、ルイズをワルドの見えない所に移していたら、遅れちまった。」

ワルドの注意を逸らすのには成功していたのですね、良かった。
しかし…右肩が痛い上に全く動かないのです。
骨までやられているのですね、これは。


「話は全部聞いたぜ。
 ルイズはあんたを訝しがってはいたが、別に嫌っちゃいなかった!
 子供の頃慰めてくれた、優しい人だったからって…それをあんたは!」

「おおっ!心が震えてるな!もっと心を振るわせろ、そうすりゃ相棒はもっともっと強くなる!
 そして、目の前のヒゲを切らせてくれ!」

才人は物凄い速さでワルドに切りかかって行ったのでした。
そして黙れ妖刀、なのです。


「月日と数奇な運命の巡り合わせが、私を変えた!
 既に時は過ぎ行き、今更私は元には戻れないのだ!」

「あのまま放っておけば、殿下とルイズの二人とも殺す気だっただろあんた!
 なんで子供の頃から知っている女の子をいとも簡単に殺そうと出来るんだ!?」

才人の剣がワルドに受け流されているのです。
ここは才人がワルドを圧倒できる筈…まさか、まだ心の震えが足りない!?
死ぬかもしれませんが…ここで全員死ぬよりはましだと考えるしかないのですか。
私が死んだって、物語は本来の道筋に戻るだけなのですよ。
だからこそ、過度な干渉は謹んで来たのですから!


「ファイヤーボール!」

「くっ…死に損ないが小賢しい!
 ウインドカッター!」

ワルドの風の障壁に私のファイヤーボールは弾かれ、逆にワルドの放ったウインドカッターが、私を切り裂いたのでした。


「きゃああああぁぁぁぁぁぁっ!」

「ケティ!?」

「む、娘っ子!?」

服が切り裂かれ、血が飛び散ったのでした。
これは、いくらなんでも死ぬかもしれないのですよ…。


「才人、後はおねが…い…。」

めのまえが…くら……。



《才人視点》
ケティが赤い飛沫を飛び散らせながら、崩れ落ちるように倒れていった。

「ケティが…嘘だろ、おい。」

「…聞きそびれたか。
 まあ良い、調べればどうとでもなる。」

そう呟くワルドの声が遠い、俺の足元が急に落とし穴に変わったような感覚。
ケティが…ケティが…なんで。
俺の事を助けてくれようとしたのか?俺が押されているから、不甲斐ないから…っ!


「貴様らの頭脳だったあの小娘が倒れては、もはや何も出来まい?
 一緒にあの世に送ってやるから、感謝するんだな!」

「喧しいっ!」

ワルドの動きが酷く鈍く見えるけど、そんな事はどうでもいい。
緩慢に動くあいつの杖を軽く払い飛ばしてやって、俺はケティの元に駆けつけた。


「ケティ、ケティ!?」

ケティを軽く揺すってみたけど、意識が戻らない。
肩から腰に掛けて正面から斜めにざっくりと斬られている。
浅く呼吸はしているけど、この出血が続いたらヤバい!?
早く水メイジか誰かに見せないと!


「私を無視するなああぁぁぁっ!」

「喧しいわ髭帽子!」

ワルドがまた突っ込んできたので、軽く払い飛ばしてやった。


「ぐぁっ!?な…何故いきなりそんなに…?」

「知るか、てめえが遅くなっただけだろ!?」

わけがわからないけど、何だか強くなったからOK!


「おめえはガンダールヴだ!
 ガンダールヴの力の源は心の震え、怒り、悲しみ、喜び…何でもいいから心を震わせる事が出来ればおめえはどんどん強くなる!」

「何だかわからんけど、要するに怒ればいいんだな!」

ワルドに追撃を掛けようとしたが…居ない?


「これが君の本気だったとはな…見誤っていたよ。
 ミス・ロッタに言い含められていたのかな、本気を出すなと。
 まあ、もはやどうでもいい事ではあるな、彼女はもうすぐ死ぬ。
 さて…私も本気を出すとしよう。
 風の魔法は最強だ、それが何故か見せてやろう。」

何時の間に移動していたのか、倒れたケティの近くにワルドは立っていた。


「ユビキタス・デル・ウインデ…。」

ワルドが呪文を唱えると、いきなりワルドが4人に増えた。


「さっきケティをやった奴か!?」

「左様、先程のはやられてしまったが、私と偏在合わせて四人。
 どちらが勝つか、さあ試そうか!」

そう言って、ワルド×4が切りかかってきた。


「何だよ、このチート魔法は!」

一気に4人になるとか無茶苦茶だぞ!


「おいデルフ!伝説の剣なら、何か技は無いのか、技は!?」

「魔法を吸い込めるだろ?」

「そんだけかよ!つかえねー!」

魔法なら、斬れば吸い込めるかもしれないけど、この数に一気に切りかかってこられたら防ぎきれなくなるっての!?


「使えねーとか言うなぁ!」

「実際使えねーだろ、この状況じゃあ!」

このままじゃあジリ貧だ。
時間が経てば経つほど、ケティを助ける時間が無くなる。


「ファイヤーボール!」

「ぐぁっ!?」

いきなり、ワルド(偏在)が、爆発四散した。
これはケティじゃなくて…。


「ルイズ、目を覚ましたのか!?」

「やったっ!命中したわ!」

さっきのケティの光景が蘇る。
今のワルドは…やばい!?


「逃げろルイズ!」

「え?」

「ウインドカッター!」

ワルドが放ったウインドカッターを、ルイズは柱の陰に隠れる事で避けたが、余波で吹き飛ばされて倒れた。


「てめえ、ルイズまでええぇぇぇぇぇっ!?」

先程の光景が蘇る。
ルイズまで血を流して倒れるなんて、そんなのは絶対に許せねえ!
目の前が怒りで真っ赤に染まる!
考えられるのは…あいつを倒す事!


「更に速度が上がっただと!?」

「るぅああああああぁぁぁっ!」

ワルドがもっと遅くなって見える。


「くっ!どうして死地に帰ってきた!?
 お前の事を平民と蔑む貴族の娘を助けに来たとでも言うのか!」

「婚約者を殺そうとするヒゲ野郎に答えることじゃねーよ!
 そんな事よりも、てめえをブッ倒してさっさとケティを助け無いといけねーんだよ!」

このままだと、ケティが死んじまう!
助けられっ放しなのに、まだ何も返していないのにっ!


「二人の女の間でふらふらふらふらとっ!
 どのみち貴族と平民では恋愛など成立しない事が理解できぬようではなっ!」

「別にふらふらなんかしてねえよっ!
 ルイズといるとドキドキするし、ケティといるとすっげえ落ち着くってだけだっ!」

押し倒しておいてなんだが、これが恋なのかはわかんねーよ、特にケティの場合。


「ルイズもケティも俺が守る、それだけだっ!」

「よーしいいぞ相棒!もっと心を振るわせやがれっ!
 そしてもっと俺にあのヒゲを 車斤 ら せ て く れ !」

黙れ妖刀。


「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「なっ!?」

偏在を切り捨てると、デルフに吸い込まれて消えた。
ルイズが一体爆破したので、後2体!


「私が平民に手も足も出んだと、ありえん!」

「実際に負けてりゃ世話ねえんだよ!ヒゲ野郎!」

一気に切り捨ててやる!


「は、飛んだな?空は風の領域だ、愚か者めが!」

「馬鹿はてめえだあああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うっひょおおおおぉぉぉぉ、斬りほうだぁぁぁぁい!」

一閃…手ごたえはあったが?
後、こええよデルフ。


「くっ…まさか、この《閃光》が、遅れを取るとはな。」

ワルドの左手が、落っこちていた。
俺が…斬ったんだな。


「《線香》の間違いじゃね?
 さあ、年貢の納め時だぜヒゲ野郎。」

急に全身から力が抜け始めたけど、ハッタリかまさなけりゃあ殺されるな…。


「まさか、何一つ目的を果たせなんだとはな…。
 まあ良い、貴様らはここで死ぬのだから、大勢は変わらんだろう。」

そう言うと、ワルドは浮き上がった。
逃げるつもりらしいが、正直な話立っているのもきつい状況ではどうにもならねえな。


「主人ともども灰になるが良い、ガンダールヴ!」

そう捨て台詞を残して、ワルドは割れた天窓から逃げていった…。


「な…何とかやり過ごせたか。」

正直な話、あそこで反撃されたら命が無かった。
何とか助かったけど…。


「ケティ!?ケティ!?なんでこんな事に!?」

ルイズの悲鳴が聞こえてくる。


「ルイズ、ケティは?」

「な…何とか生きているけど、どうしてこんな事に?」

ルイズは顔面蒼白の涙目で、動かないケティを見つめている。


「ケティはルイズ、お前の事を見捨てなかった。
 俺達の事をずーっと心配していてくれたんだよ。」

「ぐすっ…私、魔法であんな目に遭わせたのに…。」

ああそういえば…ケティって基本的にあまり怒らないよな、確かに。
急に、ルイズが魔法を唱え始めた。


「何する気だよ?」

「《治癒》で、傷を塞ぐの!」

「言っちゃ何だが、爆死するだろ、それ。」

とどめ刺してどうすんだよ。
…と、その時、爆発音がして、埃が降ってきた。


「きゃっ、な、何…?」

「敵の砲撃が始まった…って事は、救援が来る!」

さっきケティから聞いた話では、正午になると同時にギーシュがここに来る手筈になっていた。
丁度、礼拝堂の地面がボコッと盛り上がって、目の前にギーシュとモグラが出てきたのだった。


「助けに来たぞ、ケティ…って、死んでる!?」

「縁起でも無い事言うな馬鹿野郎!」

取り敢えず5発ほど殴った。


「す…すみましぇん。」

「ギーシュ、早いわよ…って、ケティ!?」

穴から出てきたキュルケが、悲鳴みたいな声を上げた。


「治療する、どいて。」

「ちょ、タバサ!?」

ルイズを押しのけて、タバサがケティに治癒を掛け始めた。
傷が見る見る塞がっていく、これで何とかなる…か?



《ケティ視点》
「ん…ここは?」

ここは…空?


「なんともまあ、安易な天国なのですね。」

「ケティ、目が覚めたの!?」

目の前に、煤けて涙目のルイズがいました。
いやしかし、全身が非常にだるいのです。
ちょっと動きそうにありません。
ああ…私はワルドのウインドカッターで斬られたのでしたね。


「おはようございます、ルイズ。
 ここは何処なのですか?
 生憎体がだるくて動かしづらいので、教えて欲しいのです。」

「ここはシルフィードの背中よ、貴方は今まで気絶していたの。
 血を沢山失っているみたいだから、動かない方が良いわ。」

動きたくても動けないのですよ。


「ごめんなさい、ケティ。
 サイトから一部始終話は聞いたわ。
 制裁はきっちりしておいたから。」

「ご…ごめんなしゃい、もうしましぇん…。」

おお、何かの残骸かと思えば、よく見たら才人だったのですよ。


「後、ケティの調子が戻ったらもう一度謝るから、その時に私も同じ目に遭わせて。」

「…火魔法で吹き飛ばしたら、まず間違いなく全身火傷するのですが?」

水や風なら兎に角、私が使えるのは『火』なのですよ。


「う…覚悟するわ。
 だ…大丈夫よルイズ、覚悟があれば何でもできるわ、できるのよ。」

ルイズ、目が虚ろなのですよ。


「殿下は…殿下はどうなさいましたか?」

「俺が港に行った時、出航寸前でこれを渡された。」

そう言ったサイトの手にあるのは、風のルビー…なのですね。


「イーグル号はレキシントンに突き刺さって、大爆発したよ。
 レキシントンは真っ二つになって沈んだし、周囲にいた船も飛び散ったナパームが引火して、何隻かが燃えながら落ちていった。
 あれ、ケティの作戦だったんだって?」

「ええ、そう…なのですか、殿下は本懐を遂げられたのですね。」

「ああ、誰にも文句を言え無い、見事な最期だったよ。」

安心したのです…また、眠くなってきたのですよ。


「では、もう一度眠るのです。
 暫く起きないと思うので、着いたら起こして欲しいのですよ。」

そう言って、私はゆっくりと目を閉じたのでした。
こんなに怪我だらけになって、姉さま達にどう言い訳しましょうか…気が重いのですよ。



[7277]  プレ編01 杖と契約するまで
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/05/17 15:13
おぎゃー!と、赤子の産声。


「生まれたか!」

ラ・ロッタ家現当主、クールティル・ド・ラ・ロッタは喜びの声と共に、寝室へ駈け込んでいった。


「あなた、申し訳ありません。」

クールティルの妻、マリー・テレーズ・ド・ラ・ロッタは、疲れきった顔に喜色を浮かべつつも夫に謝った。


「女児でございます。」

侍女から赤子を受け取ると、クールティルはじーっと眺める。


「これで12人目か…。
 いいや、12人目の可憐な花が我が家に生まれたのだ。
 これはとても素晴らしい事だよ、マリー。」

その少女は12回目の喜びと、ほんの少しのがっかり感とともに生み出された。
今でもクールティルは『お前が男ならば…』と、残念そうに言うらしいが、娘も同感であるのは誰も知らない事だったりもする。


「名前はいかがいたしましょう?」

「エメロード。」

「4人目ですわ。」

「リュビ。」

「1人目ですわ。」

「ジョセフィーヌ。」

「9人目ですわ。」

「ジゼル。」

「去年生んだばかりですわ。」

クールティルは頭を傾げた。


「これは、まいったな…流石に12人目ともなると。」

「あなた、ケティという名はいかがでしょうか?」

マリーが、微笑みながらそう提案した。


「実は…もし今度も娘だったら名前をどうするか、考えていましたの。」

「ケティか…うん、ケティ、良い名前だ。」
 
そう言って、クールティルは眠る娘を愛おしげに眺めた。


「君の名前はケティ、ケティ・ド・ラ・ロッタだ!
 この名が君の誉れとなるよう、気高く潔く成長してくれ!」

少女の名はケティ・ド・ラ・ロッタ、のちにラ・ロッタ始まって以来の天才と呼ばれる少女である。
少女はそう呼ばれるのを激しく嫌がっていたが。




ケティは生まれてからしばらくはごく普通の赤子だった。
ただし、周囲はすぐにその子が今までの赤ん坊とは違う事に気がついた。
発達が、異様に早かったからだ。
はいはいの時期が殆ど無く、すぐに歩き始めた。
言葉の習得は普通の子よりも若干遅かったが、覚えてからがとんでも無かったのだ。


「おとうしゃま、おとうしゃま。」

「ん、何だいケティ?」

2歳を過ぎたある日、ケティが舌っ足らずな口調でクールディルのズボンの裾をくいくい引っ張って来た。


「たかいたかいかな?それとも、甘いお菓子かい?」

「んー、それもいいけど、ちょっとちがうの。」

ケティはふるふると首を横に振った。


「ぼく、もじをおしえてほしいの。」

「文字?いや、ケティにはまだ早いよ、文字は。」

クールティルは娘を抱き上げて、ほお擦りをしようとしたが、ケティは身を捩じらせて避けようとする。


「おひげいたいの、やーなの。」

「髭を…剃らねばならんな、うむ。」

クールティルは若干傷ついた面持ちで、髭の生えた自分の顔を擦った。
こうして、ラ・ロッタ家から髭を生やした人間がいなくなった…というのは、完全に余談である。


「もじをおしえて、ねー、おとうしゃま。」

「う…うーん、わかった。
 でも、君にはまだ難しいと思うのだけれども。」

しかし、クールティルの予測は完全に覆される。
ケティはわずか数日で文字を全部覚えて見せたのだ。


「この子は天才だ!」

クールティルは娘の知性の高さに驚愕し、驚喜した。


「ジョゼねえしゃまー、エトワールねえしゃまー、ジゼルねえしゃまー、ごほんよんであげるの!」

「えー、ほんとに?」

「ケティごほんよめるの?すごいー。」

「わーい、よんでよんでー♪」

ついでにケティと歳の近い三人の姉も喜んでいたという。






「ねえねえおとうしゃま、せかいはたいらではてがあるって、ほんと?」

文字を覚えてからのケティは、物凄い勢いで本を読み始めた。
それも、子供が読むような絵本ではなくて、学術書などのかなり難しい本をである。
ケティにしてみれば、意識がまだ前世と現世の間を彷徨っており、はっきりしなかったのだが、それでもこの世界を何とか認識しようとしていたようである。


「うーん、私は見に行った事が無いからわからないけれども、本に書いてあるって事は、そうなんだろうね。」

「でもねでもね、ちへいせんをみてほしいの。
 くもがちへいせんのむこうからやってくるでしょ?
 むこうからやってくるのよ、たいらなはずなのに。」

クールティルがまさかと思って地平線をよく見てみれば、成る程確かに雲は地平線の向こうからやってきているのだった。
そう考えると普段何気なく見ていた光景がとてつもなく不思議なものに見えてきたクールティルである。



「な…成る程、言われて見れば確かに…。
 ケティはどう思っているんだい?」

「わたしはせかいがまあるくなっているとおもうの。
 ほんとうはせかいはとてもとてもおおきいまあるいたまで、とてもおおきいからたいらにみえるだけだとおもうの。
 きっと、そのまあるいたまのなかにはとてもとてもつよいせいれいがいて、みんなをそこにはりつけるようにひっぱっているの。
 おそらにつきがあるでしょ?
 たぶんつきからみると、このせかいもあんなふうにみえるとおもうの。」

この頃のケティの記憶はおぼろげで、前世の人格と現在の人格が混在していた。
わかりやすく言うと、前世の記憶が幼児の人格と混在していたため、無邪気な幼児の人格で高校レベルとはいえ、前世の高度な科学知識を振りかざしていた。


「ケティ、駄目だよ、それは駄目だ、それは異端な考えなんだよ。」

「いたん?」

普通の親であれば笑い飛ばしていた所だが、クールティルはかつて同じような事を言って異端とされた男の話を知っていた。
数百年前の事、その男は優れた土メイジであり、学者だった。
数学と測量技術を駆使して世界が球体である事を理論的に実証して見せたが、ロマリアの異端審問官に異端であるとして処刑されている。
この地には異端審問官が侵入する事が出来ない為に、彼の書籍と彼がどうなったかが記された書籍が残っていた為、クールティルはその事実を知っていたのである。


「このじだいにはあわないの?」

「この世界に会わないんだよ、ケティ。
 理論的に正しい事でも、常識として正しいとは限らないんだ。」

自分の言っている事を我が娘が完全に理解している事を、クールティルは理解した。
ケティが高度な知性とそれを制御できない幼稚な理性が混在しているという、とんでもない天才娘だという事を理解したのである。


「ケティ君は天才だ、だから私がきちんと教育するよ。
 君がこの世界の異端とならぬように。」

「うん、おねがいしますなの。
 でもおとうしゃま、ちょっとくるしいの。」

自分をぎゅうっと抱きしめるクールティルに、軽く眉をしかめつつ、ケティはコクリと頷いたのだった。





「お父様、僕は魔法が使いたい。
 だから、ジゼル姉様と一緒に、山の女王に会いに行きたいんだ。」

「ケティ、確かに君ならば、山の女王も認めてくれるかもしれないが…。
 山の女王への謁見は、我が家では6歳と決まっているんだよ。」

ケティは4歳の時にも同じ事を言って、クールティルを困らせた。
今回も年齢を条件に断ろうとしたのだが…。


「え?ケティも一緒に来てくれるの?
 やった、嬉しいな、ケティと一緒、一緒♪」

「ちょっと待ってジゼル姉さま、そんなに抱きつかないで!?
 僕まだ子供で力が無いから倒れちゃう!」

ケティは前世の記憶と現世の常識に上手く折り合いをつけた聡明な子として育っていたが、一方で前世の記憶と人格が一致した為か、非常に男っぽい性格と口調に育っている。
普通の女の子がするような遊びはあまりしたがらない上に、ままごと遊びではいつもお父さん役である。
格好も、男の子の格好を普通にして、普通に似合っていたので、領民の中にはケティが女の子だという事を忘れている人もいたくらい。
「ケティ坊ちゃんなら、ラ・ロッタには何の憂いも起きないべぇ」とは、村の長老ガストン爺さんの弁である。
ケティを男と勘違いしている上に、本当の跡取り息子であるアルマンの立場がまるっきり無い言葉だが…。


「だってだって、ケティと一緒なら絶対安心だもん。」

「いや姉さま、僕は非力な子供だし、山の女王の所に行くんだからそもそも絶対安心だよ。
 ねえお父様?」

ジゼルがケティにベッタリしすぎな気がするクールティルであった。
まさか、我が娘は妹に初恋なのかと考えて、恐ろしいのでそれ以上考えるのをやめた。


「はは、まあ確かに山の女王に会いに行く僕たちに、害を為すものなどいないと思うよ。」

「うー、とにかく、ケティと離れたくないの!」

「…で、お父様。
 この状態のジゼル姉さまを引き剥がして連れて行くの?
 絶対に泣くと思うんだけど。」

姉と対比すると、この落ち着きようとこの冷静な瞳。
大人と話している気分になってくるクールティルであった。


「ははは…まあ、仕方が無いか。
 でもケティ、山の女王が認めなかったら大人しく帰るんだよ?」

「はい、お父様。」

そうは言ったものの、クールティルはケティが山の女王に認められるのだろうなという確信はあった。


「やったー!ケティと一緒だー♪」

「だから、変な抱きつき方しないでジゼル姉さま!
 ちょ、首がしま…ぐぇ!」

知性は高いが、体がちんちくりんの幼児だったため、体の発育が早く背も高いジゼルに抱きつかれては形無しのケティであった。




山の女王とは、ラ・ロッタ領そのものといっても良い。
彼女はトリステイン開闢の時代から延々と生き続けるこの地域の真の支配者。
その正体は、ジャイアント・ホーネットと呼ばれる大型スズメバチ幻獣の女王である。
彼女は高度な知性を持ち、体にがたが来ると自らのコピーを生み出して記憶と経験の継承を行っている。


「わわわ、蜂さんいっぱいだわケティ?
 怖い、怖いよケティ。」」

ラ・ロッタの民は6歳になるとここに来て、山の女王の承認を受ける事が慣わしになっている。
特に領主の一家は彼女から杖を賜り、それと契約してメイジとなるのである。


「姉さん、虫が駄目なのはわかるけど、山の女王に粗相したら…食べられちゃうかもよ?」

「やー!食べられるのやー!もうお家帰るぅ!」

山の女王の宮殿、つまり物凄く大きなスズメバチの巣の中を今三人は歩いている。


「しまった、薮蛇だった、く…苦しい。」

「あはは、ジゼルを脅かしちゃ駄目だよ、ケティ?」

周りには沢山の巨大なスズメバチがひしめき合っており、ケティたちは彼女らが本気になればいつでも八つ裂きに出来るのだが、そうされる事は無い。
この地のジャイアント・ホーネットは人の子を襲わない。
そして、女王の承認を受けた者の近くにいる者も襲わない。


「ジゼル姉さま、首は絞めないで、苦しい。」

「やー、怖い!」

女王の承認が受けられるのはこの地で生まれた者か、またはその配偶者のみなので、船乗り達はこの上空を通れない。
故にこの地域は絶対の守りの代わりに、交易路からも外れているのだ。


「お父様も笑ってばかりいないで助けてよ?」

「あはは、ごめんごめん。
 ほらジゼル、お父様が抱っこしてあげよう。」

クールティルがジゼルを引き剥がそうとしたが…離れない。


「ケティの方が良いのっ!」

「…だ、そうだよ?」

「はぅ…大失敗だよ。」

ケティががっくりと肩を落とすその傍らで、泣いていた筈のジゼルが幸せそうにケティに抱きつきほお擦りしているのを見て、二人の将来が少し不安になったクールティルであった。



山の女王は大きい、兎に角大きい。
普通のジャイアント・ホーネットは1メイル前後だが、女王は3メイルはある巨大な蜂である。
肉食昆虫の頂点に君臨する女王なだけあって、視覚的なおっかなさは群を抜いていた。
その周辺には1.5メイル程ある親衛隊蜂が整然と並んでいる。
まさに女王の謁見の間であった。


《よく来た、ラ・ロッタの子らよ。
 久しぶりであるな、クールティル。》

「はい、久しぶりでございます、山の女王。」

「は、蜂さんが喋った!?」

普通のジャイアント・ホーネットは喋らないが、彼女自身は齢数千年という幻獣である。
人の言葉を思念波として送る事など、お茶の子さいさいであった。


《ガチン!》

「ひっ!?」

親衛隊蜂の一匹が、顎を鳴らした。
不敬であるとでも言いたいらしい。


《よいよい、人に直接意思を伝えられるのはわらわだけなのであるから、子供が驚くのも道理である。
 脅かしてすまぬな、名はなんと言う?》

「ジ、ジゼル・ド・ラ・ロッタ…ですわ、山の女王。」

顔を真っ青にしながら、ジゼルがスカートの裾をちょんと上げて礼をした。


《そちらの小さな子供よ、そちの名は?》

「ケティ・ド・ラ・ロッタと申します、山の女王。」

ケティが一礼すると、女王が身を乗り出してケティの目の前までやってきた。


《そなたは…おなごであるな、なのに魂からほんのりと男の香りも漂って来る、その服装のごときじゃ。
 ほほほほほ、面白いのう、実に面白い。
 長く生きてきたが、このような人の子に出会うのは初めてであるわ。》

「そ、そうでございますか、楽しんでいただけて光栄であります、山の女王。」

流石に蜂の頭のアップは怖いのか、ケティの顔は少々引きつっていた。


《まあ、その男の匂いも女になり始めれば消えるであろう。
 それまではせいぜい、男と女の狭間を生きるとよかろう。》

そう言うと、女王は元の体勢に戻った。


《ジゼルにケティ、そなたらの匂いをわらわは認識した。
 これからそなたらは命果てるまで正式にこのラ・ロッタの民であり、我々はそれを妨げる事は一切しない。
 そなたらは魔法を使う民であるから、杖を授けよう…杖をここへ!》

女王の声に応えて、親衛隊蜂が杖を二本咥えて持ってきた。


《我ら謹製の杖である、受け取られよ。》

「はい、謹んでお受け取りさせていただきます。」

「はい、ちゅちゅし…あぐぅ…舌噛んだよ。
 お、お受け取りさせていたらきまふ。」

二人が受け取った杖は、軽くてとても硬いキチン質の杖…わかりやすく言うと、ジャイアント・ホーネットの針を杖に加工したものであった。


《もしもそれを失うような目にあった時は再び来るがよい。
 いつでも用意して待っておるぞ。》

「はい、ありがとうございます、山の女王。」

「ありがとうございます。」

ケティとジゼルは揃って頭を下げた。


「杖を賜りまして、誠にありがとうございました、山の女王。
 それでは早速下山し、契約の儀に入りたいと思います。」

《ほほう、その歳で杖と契約するというか。
 面白い、実に面白いのう。
 そなたは将来何か大きな事を為すやも知れぬ、期待しておるぞ。》

流石に表情はわからないが、女王の声はとても楽しそうなものであった。



その後数日をかけ、ケティは見事に杖との契約を果たす。
普通は10歳を超えてから契約するものであり、5歳で契約するなど前代未聞ではあるのだが、ケティはやり遂げて見せた。

「ファイヤーボール!」

そして、高々数日で炎の矢の制御どころかファイヤーボールまで使って見せて、周囲の度肝を抜くのであった。


「ケティ、君はきっと凄い人になれるよ。
 …でも、それだと結婚できないかもしれないなぁ、それは嫌かもしれない。」

「そんな未来の事を考えても仕方が無いよ、お父様。
 それよりも、魔法の制御の仕方、もっと教えて?」

玩具を手に入れたての子供の瞳で、ケティはクールティルにそうねだったのだった。



[7277] 第十四話 嵐の合間の静けさなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:31
すれ違いはよくある事
かの主従はいつも通り、すれ違いまくりなのです


すれ違う心と、それによる葛藤
ラブの永遠のテーマなのですよね、苦労しやがれ青少年なのです


すれ違いを修正するにはどうすれば?
意地張るのをやめればいいと思うのですよ






「んっ…ここは?」

気がつくとベッドの上なのでした。


「知らない天井だなんていう、ベタなボケは無しな。」

「せ…折角の機会を。」

「また二人でわけのわかんない話をしてる…。」

台詞を奪った相手は才人なのでした。
その隣りにはルイズが立っているのです。


「それにここ、学院の医務室だしな、知らない天井じゃないだろ?」

「まあ確かに、よく見ればそうなのですね…と、そういえば!」

胸元を開いて、傷痕を確認します。


「一緒に覗きこもうとするなエロ犬!」

「これは男の性というか、不可こ…げふっ!?」

あれだけスッパリ切られたら、魔法で塞いでも傷跡は残ってしまった筈なのですよ…って、あれ?


「傷跡が…無いのです。」

「ぐふっ…ああ、ケティの傷跡なら、あの人が…。」

いつの間にかボコボコになった才人が指差した先にいたのは、モット伯なのでした。


「伯爵が…?」

「ああ、これでも水のトライアングルだからね。
 痕が残らないように傷を癒すのなんて、秘薬と魔法を併用すれば朝飯前だよ。
 いやしかしびっくりしたね。
 王宮に血塗れの君が運び込まれた時は、本当に心臓が止まるかと思ったよ。
 止血されていなかったら、間違いなく死んでいたと思うよ。」

うんうんと頷くモット伯…治癒の時には患部を見なければいけないわけで、姉の旦那にばっちり見られたのですか…傷が残らなかったのは素晴らしい事ではあるのですが、なんというか複雑な気分に。
まあ、モット伯も気にしていないようですし、私も気にしないようにするのです…と、いきなりドアが思い切りよく開かれたのでした。


「ケティィィィィィィッ!」

「ひぃ!?ジゼル姉さま!」

物凄い形相でジゼル姉さまが駆け寄って来たのですよ。
逃げたいところですが、全身がだるくてとっさに動くなど不可能なのです。


「私を置き去りにしてアルビオンまで行くとか、どういうつもりなのよ!
 しかも怪我するとか、傷つくとかっ!?
 今すぐ言いなさいここで言いなさい、誰にやられたの私が八つ裂きにしてやるから!」

「むぎゅ…ね、姉さまくるし…ちょ、息が。」

叩かれるのかと思いきや、思い切り抱きしめられたのです。


「駄目よジゼル、ケティが苦しがっているわ。」

「エトワール姉さまありがとうございます。」

エトワール姉さまがジゼル姉さまをやんわりと引き剥がしてくれたのでした。
流石というか、いつの間に身体強化系の魔法を使ったのでしょうか…。


「それで…ケティを傷つけたのは誰なのかしら?」

「それよ、絶対に許さないんだから!」

笑顔で私に尋ねるエトワール姉さまの背後にどす黒いオーラが見えるのですよ。
ジゼル姉さまみたいに普通に怒ってくれはしないものでしょうか?


「答えて、ケティ?」

「…ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド卿なのです。
 才人に危機一髪のところを救ってもらいましたが、正面からでは太刀打ちできる相手では無いのですよ、あれは。」

正面からでなければ方法があったかも知れないのですが、あの時は仕方が無かったのです。
かなり分の悪い賭けでしたが…。


「これは他言無用なのですよ?
 こればかりは広めてもらっては困るのです。
 親衛隊から裏切り者が出たなどという噂が伝わっては、王家のメンツが丸つぶれなのですから。」

「…わかったわ、姉さま達にも言わない。
 でもまさか、スクウェアクラスの風メイジが裏切るとはね。」

「裏切り者は一人居たら30人は居るから、気をつける必要があるわねえ。」

それはゴキブリなのですよ、エトワール姉さま。
まあ、似たようなものなのですが。


「でもケティ、貴方は言葉遣いや物腰は随分変わったけど、根っこは昔からあまり変わっていなかったのね。」

「そうそう、風のスクウェアメイジに正面から立ち向かうだなんて、やんちゃにも程があるわよ?」

にこにこーっと微笑ましいものを見るような眼で、姉さま達が私を見ているのです。


「村の男の子たちを引き連れて、魔法の練習の合間に《ヤキュウ》を教えたりしていた頃を思い出すわ。」

「あの頃はケティを女の子みたいな名前の男の子だと勘違いしていた子も多かったわねえ。
 ギュスターヴとか、確かめようとして貴方に吹き飛ばされていたのを思い出すわぁ。」

あんまりにも娯楽が少なかったので、村の職人さん達にお願いしてバットとグローブとボールをこしらえて貰って、野球を始めたのですよね。


「ジゼル姉さまも張り切ってやっていたではありませんか?
 私一人が男っぽかったと言われるのは心外なのですよ。」

「確かにあの頃の私はお転婆だったけど、ケティほどじゃなかったわよ。
 ケティは私の王子様だったんだからね。」

ぐっ…あの頃は前世の人格にかなり引っ張られて、結構男っぽかったのは確かなのです。
でも王子様は言い過ぎなのですよ、あれはただのやんちゃ坊主なのです。


「…昔話に花を咲かせているところに口を挟むのは申し訳ないし、正直な話ケティの昔の話はこのまま聞いていたいんだけどね。
 モット伯が王家の使者として、貴方の話も聞いておきたいみたいよ?」

「いや正直な話、私もミス・ヴァリエールと同じでこのまま聞いていたいのだけれどもね。
 悲しいかな、この身はしがない宮仕えなのだよ。」

そう言うと、モット伯は背筋をピシッと伸ばして官僚の顔となり、私の眼をじっと見つめたのでした。


「わかりました、お答え出来る事はお答えいたしましょう。」

お答えできない事は、お答えしないのです。


「ケティ・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢、今回君はワルド元子爵の企みを見事に見破り、王太子が望む名誉ある戦死を全うさせる事に成功した。
 相違無いかね?」

「はい、相違無いのです。」

「では質問させてもらうが…。」

それから、モット伯の事情聴取というか軽い尋問というかは、話せるところは話し、話せないところは話さない事で決着したのでした。


「…ふむ、事の事情は大体把握できた。
 これできちんと王室に報告できるよ、ありがとう。
 あと、最後にもう一度聞くが《オレンジ》とは、一体何なのかね?」

「あ、それ、私も聞きたかったのよ。
 そんな組織、本当にあるの?」

こら才人、もとネタ知っているからといって、後ろで噴き出さないのですよ。
野心に燃える男は《オレンジ》で踊ってもらうに限るのですよね。


「その件については、お話できないのですよ。」

「何故かね?」

モット伯は首を傾げて私の目を見つめます。


「報告書の内容が、叛徒どもの手に渡るから…なのですよ。
 エトワール姉さまも先程言っていましたが、裏切り者は一人では行動しないのです。
 そして、その件をお話しする事は、王室への報告であっても出来ないと言っているのです。」

「つまり、宮廷のかなり高位…閣僚にも裏切り者がいると?」

つくづく思うのですが、閣僚が寝返っているとか末期もいいところなのですよ、この国は。
国王がサボっていると、数年でここまでぐだぐだになるものなのですね。


「流石に誰かははっきりとしないのですが、ワルド卿以外にも裏切り者が居たのは間違いないでしょう。
 ワルド卿が裏切り者であるのはわかったのですから、彼と接触していた者を洗っていけば出てくるのではないかな…と、思うのですよ。」

「ふむ、確かにその通りだね。
 この件は陛下に報告し、秘密裏に調査を開始する事にするよ。」

敢えてリッシュモン卿の名は出さないのです。
彼の名を出すと、彼にのみこだわってしまう可能性がありますし、彼の名を出すことで見つかる筈の者が見つからなかったら拙いのですよ。


「では、私はここで失礼するよ。
 …そうだ、君はこの学院を卒業したら、どうするのかね?」

「ラ・ロッタ領に戻ろうと思っているのですが。」

自宅警備員という名のニート貴族爆誕…ではなく、戻ってしたい事があるのです。
実は常々、ラ・ロッタ領における物流の鈍さを何とかしたいと思っていたのですよ。
どうせ馬車による物流しか出来ないのですから、領内の街道を徹底的に整備するか、もしくは鉄道馬車を敷設するかして、領内の産物を領外に運び出せるようにするのです。
普通の男爵領なら街道が細くても何とかなったかもしれないのですが、なにせ広さだけなら伯爵領並みなのですから。
領内で唯一山の女王の支配下に無いアルロンに物資集積地を築いて、そこから領内の産物を売りに出せれば、当家の赤貧状態を解消できる筈なのです。


「君が家の領地に引っ込んで、何処かの貴族に嫁いで終わり…では、国家にとって損失であると私は思うよ。
 君を妻にした貴族の領地は、かつて無いほど繁栄するだろうがね。
 私は君が自身の爵位を得て、国家の為に働くべきではないかと思っている。」

「え!?」

評価され過ぎな気がするのです。
私の持つ近代知識はあまり国家規模で振りかざす類のものではないのですよ。
下手を打つと、この国が大幅に変容してしまう可能性だってあるのです。


「君が望むのであれば、私は助力を惜しまないつもりだし、君の姉妹も旦那方を動かしてくれるだろうさ。
 リュビにも君の話は繰り返しされているから、君がどれほど聡明かは聞き知っている。
 君の姉妹が嫁いだ先の旦那方にも良く知られているんだよ、君の名は。」

リュビ姉さまも他の姉さま達も、一体何を旦那に吹き込んでいるのですか…。


「ま…前向きに検討しておくのです。」

「君ならば、トリステイン初の女宰相だって夢じゃない。
 是非とも前向きに考えておいてくれたまえよ、それでは失礼した。」

そう言って、モット伯は医務室を出て行ったのでした。


「ケティ凄い!
 王宮の中央にいる人からお誘いがかかっちゃうだなんて!」

そう言ったのは姉さま達でも才人でもなく、ルイズなのでした。


「是非行くべきだわ、ケティなら何か凄い事が出来そうな気がするもの。」
 
「ええと、でも私はラ・ロッタ領でもしたい事があるので…。」

「わたし、わたし、感動しちゃった!
 学院で王宮の偉い人にあんなに評価される人なんか、学院長以外見た事無いもの!」

人の話を聞け、なのです。
それにあのスケベ爺と同列に置かれるのは微妙に嫌なのですが…。


「兎に角、三年先の未来を話しても鬼が大爆笑するだけなのですよ。
 三年生になったら考えるのです。」

まあ、事を急いてもしょうがないのですよ。






「ケティ、貴方ギーシュとアルビオンに行っていたんですって?」

「ケティごめん、押し切られちゃった。」

翌日、多少調子は悪いながらも授業をサボるわけには行かないので何とかやっつけてから昼のお茶を楽しんでいると、ジゼル姉様と一緒にモンモランシーがやってきました。
豪奢な金髪縦ロールが風に揺れているのです。


「ギーシュ様《達》となのですよ、ミス・モンモランシ。
 ルイズも才人もキュルケもタバサも一緒だったのです。」

シエスタに入れてもらった香草茶(ハーブティー)を軽く啜りながら、モンモランシーに視線を返したのでした。


「それとミス・モンモランシ、ギーシュ様とまだ仲直りしていないと聞いたのですが?」

「だって、お幸せにって言ったでしょ、貴方?」

女性同士の話は手っ取り早くて助かるのですが、カマかけにあっさり引っかかるのもどうかと思うのです。
私があっさり引いたせいで、油断しまくって焦らしていたのですね、ギーシュを。


「お幸せにとは言いましたが、あの後お幸せになっていないのであれば、話は別なのですよ。」

「なっ、なんですって!?」

モンモランシーの目が一気に釣りあがったのです。
そんなに気にしているなら、とっとと仲直りすれば良いのに。
ツンデレというのは、なかなかに面倒臭い心の動きなのですね。


「あの猛烈に鈍いギーシュ様の事ですし、もうすっかり振られたものと思い込んでいるに決まっているのです。
 であれば別に私が…。」

「駄目よ。」

思わぬ方向から止められ…いや、思わぬというわけでもないのですね、これは。


「貴方はもっといい男を見つけなきゃ駄目よ…って、あいつと付き合った事のある私が言うのもなんだけど。」

「…そういえば、ジゼルもだったわね。
 あなたはどうなのよ、ギーシュの事。」

モンモランシーがジゼル姉さまに尋ねたのでした。
それは私も聞いてみたかったのです。


「そうね…最初から居なかった事にして、声をかけられても一切反応せずに目の前を素通りできる程度には愛しているわ。」

「そ…それはそれで何だか可哀想な気もするわ。」

ジゼル姉さま超クール、モンモランシーも少し引いているのです。
エトワール姉さまは…怖くて聞けないのですよ。


「私の事はいいでしょ、兎に角ギーシュは絶対に駄目、あいつは偽王子様だったの。
 紳士的かつ情熱的だったから付き合ってみたけど、昔のケティに遠く及ばなかったわ。
 そんなのはこのモンモランシーにでも任せておきなさい。」

「そんなの…。」

モンモランシーが軽く煤けているのです。
ジゼル姉さま、私が男装を止めたときに言っていた事って、まさか本当だったのですか…?


「私の運命の人は一体どこに…?
 ああ、私の心の王子様が今じゃあこんな可愛い女の子だなんて、運命は本当に残酷な事をするのね。」

「あ、あの、姉さま?」

ジゼル姉さまが私に抱きついて、すりすりと頬を摺り寄せてくるのです。
…男に生まれなくて本当に良かったと、心の底から思ったのはこれが初めてなのですよ。


「どういう事?」

モンモランシーが不思議そうに尋ねてきたのです。


「ケティは11歳まで男装で、口調も男の子みたいだったの。
 だから今でもラ・ロッタ領では、《ケティ坊ちゃん》の方が通用するくらいなのよ。
 今でも男だと思っている人もいるらしいしね。」

「そういう事はいちいち話さなくても…。」

第二次性徴の始まりは前世の記憶を基にした人格など、肉体の影響でどうとでも出来るという事を思い知らせてくれたのです。
無駄な抵抗をやめたら、心が随分と楽になりはしたのですが…敗北感と未練は若干あるのですよ。


「へー、そうなんだ。
 どんな風に話していたの?
 ねえねえ、やってみて。」

「いや、急にそんな事を言われても困るのですよ、ミス・モンモランシ。」

もう4年間も男っぽく喋っていないのですから、無茶を言われても困るのです。


「ちぇー、残念ー…。」

ジゼル姉さま…。


「まあ兎に角、ジゼルが反対している限りは安全ぽいわね。」

「安心している暇があるなら、さっさと仲直りするのですよ。
 さもなくば、ギーシュ様には恋人は居ないと判断する事にします。
 ツンデレも、度が過ぎるとただの面倒臭い女なのですよね。」

ズバッと言っておかないと、何時までも仲直りし無さそうなのですよ。


「わ…わかったわよ、仲直りすればいいんでしょ、仲直りすれば!
 おっしゃー!女は度胸、女は愛嬌!やったるわー!」

威勢良く叫びながら、モンモランシーは去っていったのでした。
むう…結果に納得していながらも、この不満足感はいったい何なのでしょうか?





「美味しいですか、タバサ?」

「ん。」

最近やけにフレンドリーになったマルトーさんに協力してもらって、何とかこしらえる事に成功した餃子を、タバサに試食してもらっているのです。
見た目に反してブラックホールみたいな胃袋の持ち主なので、試食イベントにはうってつけなのですよね。


「しかし、まさかハシバミ草が、韮の代わりになるとは…。」

確かにもともと風味の強い野菜なのですが、軽く加熱してから冷却すると、苦味と青臭さが消えて韮そっくりの匂いと風味が出るのですよ。
なんという謎野菜…。


「小麦粉の皮で挽肉を調味したものを包んで蒸し焼きにするとはねえ。
 さくっとしてもちもちっとしてふわっとした食感が一気に味わえるのがいいな、これは。
 貴族様達の食卓に出しても良さそうだ。」

「本当ですね、美味しいですー♪
 試食会に呼んでいただいてありがとうございます、ミス・ロッタ。」

マルトーさんとシエスタも気に入ってくれたようで何よりなのです。
才人…ですか?
先程誘ったのですが、《俺はモグラなんだよ、不細工で陰気なモグラ。『土竜』って漢字で書くと、実は格好いいけど》とか、よくわかりませんが盛大に落ちていたので、そのまま置いてきました。
…まあ、悩みがあるならそのうち自分から相談してくる筈なので、タバサ常駐の部屋で待っておきましょう。
最近ちょっと寂しいのか、キュルケまで居ますけど。


「喜んでいただけて、こちらも嬉しいのですよ。
 マルトーさんにも随分助けていただきましたし。」

「良いって事よ!
 しかし貴族の娘さんがこんなに料理上手とはねぇ…平民の娘でもその年でこの段階に達しているのはそうはいないぜ。
 …なぁ、シエスタ?」

マルトーさんに指摘された途端に、シエスタが煤け始めたのです。


「うっ…まさか料理の手際で負けるだなんて。
 サイトさんもミス・ロッタの事を凄く頼りにしてるし、何か色々と負けているような…?」

そう言いながら、私に視線を向けるのですが…視線が顔よりも下なような?


「よし、まだ勝ってる!」

…そこのサイズでガッツポーズするな、なのです。




食器の後片付けを手伝おうとしたら、マルトーさん達に「平民の領分を取るんじゃねえ」「私の立場が…立場が…」と、手伝わせてもらえなかったのです。
村の人が多少手伝いに来てくれはしますが、基本的に使用人は居ないので、実家では調理も後片付けも全部やっていたのに…。


「まあ、使用人の仕事を取ってしまってはいけないともいえるのですね…と、おや?」

「…あ、ケティ…と、タバサ?」

ぼやきつつも帰ってくると、私の部屋のドアの前に居たのは才人かと思いきや、その主人の方なのでした。
ちなみにタバサはいつもの読書タイムの為に、私の後をついて来ているのです。


「珍しい来客なのですね。
 私に何か話があるのですか?」

「う、うん、実はね…。」

ルイズは私の目をしっかりと見つめ、真剣な表情を浮かべたのでした。


「才人が変なの。」

「才人が変なのは、いつもの事なのです。」

ルイズがガクッとずっこけたのですよ…おや、タバサもなのですね。


「即答過ぎ。」

「そうなのですか?」

「ん。」

タバサは静かに頷いたのでした。


「まあ兎に角、詳しい話は部屋で聞くのです。
 ヴァンショー(ホットワイン)も出しますから、どうぞ。」

「うん、お邪魔します。」

詳しい話を聞くには心理的な抑制を緩めなくてはいけないのですが、手っ取り早く緩める方法はアルコールの摂取なのです。
私が酒好きだからではないのです、本当なのですよ?



「はい、ヴァンショーなのです。
 今日は蜂蜜を少し多めに入れてみたのですが、いかがですか?」

「ふー…ふー…んっ…あ、美味しい♪」

美味しい時って、誰しも良い笑顔になるのですよね。
喜んでもらえて幸いなのです。


「タバサもどうぞ。
 いつもどおり、コショウを強めにしておいたのですよ。」

「ん。」

本を置いてふーふーしながら、タバサもヴァンショーを飲み始めたのでした。


「…それでね、サイトの事なんだけどね、変なのよ。」

「才人が変なのは知っているのです。
 具体的には?」

ホットワインをちびちび飲みながら、ルイズが話しかけてきました。


「わたしにね、何か優しいの。
 庇ってくれたりとかね、してくれるの。」

「使い魔なのですから、それは当たり前では?」

私の見ていないところで才人に何かあったのでしょうね。
それで、ルイズを守ろうと思ったのだと思われるのですが、取り敢えず今は言わないでおくのですよ。


「違うの、そういう義務感的なものじゃなくて、自発的にわたしを守ろうと努力してくれている気がするのよ。
 それなのにね、私がありがとうって言おうとすると急に卑屈な表情になるの。
 怒っていないのに、むしろ感謝しているのに、『ごめんなしゃい』とか《す、すみましぇん》とか、ちょっとキモい喋り方で謝り始めるのよね。」

「可哀想にねえ、ダーリン。」

ベッドの方から声がしたのでした…ってキュルケ!?


「なな何で私のベッドにキュルケが眠っているのですかっ!」

「だって、最近タバサが部屋にいなくて大抵ここで本読んでいるでしょ?
 さっき部屋に来たら居なかったから、いずれ来るだろうと思って待っていたら、暇すぎて眠たくなったから寝ていたのよ。
 いくら暇だからって、男連れ込むわけにも行かないしね。」
 
人の部屋に男連れ込んでベッドでイチャイチャしていたら、思わず決闘申し込んでいたところだったのです。
そもそも部屋の主のベッドで勝手に寝ないで欲しいのですよ…鍵の件に関しては、もう諦めているのです。


「あー…ケティって良い匂いがするのねぇ。」

「今すぐ出るのですっ!」

私がそう言うと、キュルケは面倒臭そうにベッドから立ち上がったのでした。


「はいはい、仕方が無いわね…っと。
 あー、グリューワイン(ホットワイン)じゃない、私も欲しいなー。」

「はぁ…わかりました、今作りますから待っていて欲しいのです。」

キュルケ、相変わらずフリーダム過ぎるのですよ。


「話を戻すけどルイズ、ダーリンが可哀想だわ。」

「ごめんなさいキュルケ、話が全く見えないわ。
 何がどうなって、才人が可哀想という結論に落ち着いたのか話してよ?」

ルイズが腰に手を当てて、キュルケを見上げているのです。


「ダーリンが従順かつ卑屈になったのって、貴方の折檻の成果じゃない。
 それをキモいだなんて、可哀想だわ。」

「ほへ?」

ルイズの目が点になったのでした。


「ダーリンは貴方の使い魔として一生仕える決心をしたのよ、多分。
 だから貴方を自発的に守ろうとするし、貴方がダーリンを見ると何か粗相をしたんじゃないかと謝り始めるのよ。
 良かったじゃない、折檻の成果が出て。」

「な…な…なっ!?」

ルイズの表情が次第に青くなり、ぶるぶると震えだしたのでした。


「あ、あれだけ反抗していたのに、何で今更?」

「今までの色んな積み重ねがあったからでしょ?
 良かったじゃない、これであなた達は何があっても主人と使い魔以上でも以下でもなくなったのよ。」

あ、ルイズが石化したのです。
まあ…せっかく才人を意識し始めたのに、今までの行動の結果フラグ折れたと言われたらショックなのですよね。


「ルイズの身の回りの世話、帰って来てからとても丁寧に規則正しくなったじゃない、ダーリン。
 貴方をからかったり嫌味を言ったりもしなくなったし、むしろフォローしてくれているわ。
 あれはまさしく使用人として生きる事を決めた証拠だわね。」

「た…確かに、以前は嫌々やっていたのに、今は規則正しく丁寧だわ。
 着替えの手伝いとかを嫌がると、不思議そうな悲しそうな顔をするし…。
 じゃあ、あのときのキスの意味は決別なの?
 わ、わたしはこれから色んな事が始まるって思っていたのに。」

うんうんと頷くキュルケと、萎れた菜っ葉みたいになったルイズが非常に対照的なのです…フォローしないと流石にルイズが可哀想なのですよ。


「キュルケ、ルイズをからかい過ぎなのですよ。 
 確かに才人はこの世界に染まりつつありますし、下僕レベルはアップしましたけれども、ルイズの事はしっかり意識しているのです。
 ただし、今引っ張り戻さないと、関係が固定してしまうかもしれないのは確かなのですね。」

私がヴァンショーを作っている間に、キュルケがどんどんルイズを追い込んでいくので、作りながらフォローしなくてはいけなくなってしまったではありませんか。


「でもダーリンが貴族の女の子の中で一番意識しているのって、私としては不本意だけどケティだと思うわ。」

「いっ、いきなり何を言い出すのですか!?」

ああっ、そのニヤニヤした顔は、場を引っ掻き回すつもりなのですね?


「だって、ケティのダーリンに接する態度って、とても普通じゃない。
 私くらいになれば別だけど、そういう娘って安心できるから、自然と男の子を惹き付けるのよね。
 ちなみにルイズのやり方は論外、特殊な趣味でもなければ耐えられないわ。
 ラ・ヴァリエールは代々そんなだからうちに寝取られるのに、そろそろ気付くべきだと思うわ。」

「なるほど…私が愛想尽かされるのもごく自然な流れなのね、はは…ははは。」

ああ、ルイズが石化どころかさらさらと風化して行くのです。


「はいキュルケ、ヴァンショーが出来たのです。」

「あら、ありがとう。」

途中からテンパって味見もしていないのですが。


「あら、随分あま…辛いっ!?
 なのに何だかすっぱ…また甘みがドバッと!」

キュルケが甘い辛い酸っぱいと、もがき始めたのです。


「舌が!舌がああぁぁぁぁ!」

天罰なのですよー。


「動かなくなった。」

「…本当なのですね。」

キュルケが床に倒れてピクピク痙攣したまま、動かなくなったのです。


「タバサ、介抱をお願いできますか?」

「ん。」

頷くと、タバサは《解毒》をかけ始めたのでした…毒?


「まあ、キュルケはタバサに任せておくとして…ルイズ、ルイズ、正気に戻ってください。」

「ふふふ、そうよね、ケティは王宮の偉い人にスカウトされるくらいだもの。
 魔法もろくに使えなくて気分屋の私となんかじゃ、比べ物にならないわよね。
 年下なのに胸も負けてるし…。」

ああ、ルイズのテンションが奈落のずんどこまで落ちているのです。


「こうなっては仕方が無いのですよ。
 ルイズ、私の目を見るのです。」

「え、なに?」

ぐるぐるぐるぐるぐるー。


「ルイズ、貴方はとても魅力的な女の子なのですから、才人にとって最高に好みな容姿の女の子なのですから、自分に自信を持つのです。」

「私はとても魅力的…私の容姿がサイトの好み…。」

ぐるぐるぐるぐるぐるー。
こうなりゃ洗脳でも何でもするのですよ。


「よく懐いた猫のように、才人に甘えるのです。
 そうすれば才人の保護欲をかき立て、才人の気持ちをよりルイズに傾かせられるのですよー。」

「にゃるほどーそうにゃのらー。」

何か、ルイズの喋り方が変になったような…?


「では、才人に甘えてらっしゃい。」

「いってくるのにゃー、才人にいっぱい甘えるのにゃー。」

何か、変なベクトルが加わったような気がしないでも無いのですが、気にしないのです。
目がぐるぐる渦巻いた状態になったルイズは、颯爽と部屋を出て行ったのでした。


「にゃあああぁぁぁん、サイトー抱っこするのにゃー!」

「うおわっ!?何だ、一体何なんだ!?
 ちょ、まて、ルイズ、一体何、何なのこの状況!?」

ルイズも才人も頑張れ、なのです。





「やあ、おはようケティ。」

「ふにゃ?」

早朝、ノックの音がしたので開けてみると、イイ笑顔を浮かべた才人が立っているのでした。


「これ、どうにかしてくれないかな?」

「くー。」

「あれまあ…。」

ルイズが才人にしっかりしがみついた状態で眠っているのです。


「役得なのですね。」

「違うだろ。」

才人のチョップが私の額に直撃したのでした。


「何をするのですか、痛いのです。」

「キュルケから聞いた。
 ケティがやったんだろ、これ。
 元に戻してくれよ、頼むから。」

キュルケも復活したのですね、良かったのです。


「目覚めれば正気に戻っている筈なのです。
 …という訳で私は二度寝するので、後はよろしくなのです。」

そう言って、ばたんとドアを閉めて鍵をかけ、ベッドに戻ったのでした。


「ちょ、まてこら!早く何とかしてくれないと、俺の正気が、理性が!」

今日は虚無の曜日なのですよ、才人。
働きたくないでござる、絶対に働きたくないでござる、なのです。





翌日、寮の廊下でルイズと出会ったのでした。


「こんにちは、ルイズ。
 昨日の目覚めはいかがでしたか?」

「はっ、恥ずかしくて死ぬかと思ったわよッ!」

ルイズの顔が途端に真っ赤になっていくのが、非常に面白いのですよ。


「あははははっ!」

「笑うなーっ!」

予想通りの結果なのですね。


「まあいいではありませんか、これで才人はルイズを意識せざるを得なくなったのです。」

「そそそそれは感謝しているようなしていないような…。
 でっ、でも、方法にも色々やり方ってもんがあるでしょ?」

何だかんだいって嬉しかったのですか?
さすがツンデレ娘、感情表現がわかりにくいのです。


「意識させるのに一番手っ取り早いのは、肉体どうしの接触なのです。」

「うぅ、それは認めざるを得ないわ。」

ふと、顔を真っ赤にしてうつむくルイズが、何かを抱えているのを発見しました。


「ルイズ、それは何なのですか?」

「あ、これ?始祖の祈祷書なんだって。
 何にも書いていないから、たぶん偽物だと思うけれども。
 わたしね、姫様とゲルマニア皇帝の結婚式の時の巫女に選ばれたのよ。
 これを持って、仰々しく詔を読み上げなければいけなくって、その詔の内容を考えていたのよ。」

そういえばそんなイベントがあったような無かったような?


「まあ要するに結婚式のスピーチなのですね?」

「…そんなざっくばらんにぶった切られても困るわ。」

ルイズが額を押さえたのでした。


「その程度で良いのだと思うのですよ。
 友人代表の挨拶みたいな感じで草稿を書いて渡せば、勝手に仰々しく肉付けしてくれる筈なのです。
 ああそうなのですね、いい本があるので、ちょっと付いてきてください。」

「わ、ちょちょっとまって、わわわわわっ!?」

ルイズを部屋に引っ張り込んでから、本棚を探って…。


「確かあの本は…あったのです。」

【式典スピーチ用例集 ~これで貴方もスピーチの達人~】これなのですね。
何でこんなどうでも良い本が混ざっていたのか知りませんが、まさか役に立ちそうな日が来るとは。


「はい、どうぞ。」

「何これ?
【式典スピーチ用例集 ~これで貴方もスピーチの達人~】?」

そう言いながら、ルイズは本をぺらぺらめくっているのです。


「今のルイズには必要な本かなと思ったのですよ。」

「…確かに参考になるかもしれないわね。
 何だか内容が微妙におっさん臭いけど。」

たぶん、お爺様かお父様の蔵書が紛れ込んだものなのですね。


「うん…まあ参考にはなりそうね。
 ありがとう、借りるわこの本。」

そう言って、ルイズは本を持って出て行ったのでした。




夕方、散歩をしているとヴェストリの広場に才人がいたのでした。


「何をしているのですか、才人?」

水がたっぷり入った大釜の下に焚き木、たっぷり入った水の上には浮き蓋。


「五右衛門風呂?」

「…にするつもりなんだけど、火打石がこう!なかなか!着火しにくくて!ああもう、まどろっこしい!ライターがあればなぁ。」

火打石を使おうとしているようですが、上手くいっていないようなのですね。


「炎の矢。」

私の炎の矢で、焚き木にあっさりと火がついたのでした。


「おおサンキュー!こういう時便利だよなぁ、メイジって。」

「まあ、この程度ならお安い御用なのですよ。」

でも、こういう小さな違いの積み重ねが、メイジと平民の隔絶を生んでいるのでしょうね。


「しかし、何故五右衛門風呂を?」

「使用人用の風呂ってサウナでさ、風呂入った気がしないんだよ。」

まあ確かにサウナでは、普通の日本人は風呂に入った気はしないでしょうね。


「貴族用の風呂ってプールみたいな湯船なんだろ?」

「ええ、浴室は精緻な彫刻が施された大理石製で、湯船の湯は香水入りで薔薇とかが浮いているのです。
 あれはあれで、微妙なのですよ?。
 なんと言いますか、毎日ホテルの大浴場に通っているような感じがするのですよね。
 ああ…一人用の個室風呂で、気兼ねする事無くのんびり入りたいものです。」

豪華な大浴場もずっと続けば銭湯と変わりないのですよ。
そもそも、風呂くらい一人で入りたいのです。


「じゃあ、この風呂使うか?」

「うーん、それはちょっと…。
 人通りが少ないとはいっても、ここで服を脱いだら周囲から丸見えなのですよ。
 私はこれでも一応女の子なのですから、流石にここで入るのは度胸がいるのです。」

ここでは覗かれ放題なのですよ。
流石にそれは嫌なのです。


「小屋を作って視界を遮るという手も有るのですが、私と才人だけが使用しているとなると、あらぬ噂も立ちそうですし、遠慮しておくのですよ。」

「そうか?
 まあそういう事なら、仕方が無いよな。」

ルイズをあらぬ噂でやきもきさせるのも可哀想なのですよ。
そして才人、鈍いのです。


「では才人、のんびりお風呂を楽しんでください。」

「おう、またな!火着けてくれてサンキュー。」

さて、私もそろそろお風呂に入るのです。
こんな平和な日々が続いてくれれば良いのですが、そうは行かないのですよね。

《平和とは、次の戦争の為にある準備期間に過ぎない》

誰が言った言葉なのだかは知らないのです。
ですが、私たちの前にある運命は、まさしくこの不気味な言葉の通りに回り始めていく事になるのでしょうね。



[7277] 第十五話 ファンタジーといえばクエストなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2009/05/17 15:12
冒険は人の心をときめかせるもの
せっかくのファンタジー世界なのですから、ダンジョンの一つも潜って見るのが人情というものなのです


冒険は男女を問わない夢とロマン
ハルケギニアにも結構いるのですよ、典型的なモンスター達が


冒険といえば宝物
見つかりますかね?見つかると…良いのですねえ…







「ええとルイズ、それはいったい何を編んでいるのですか?」

「せ…セーター?」

何故自分が編んでいるものに疑問符がつくのですか。


「どんなものを作っ…ええと、ヒトデ?」

それは、セーターと呼ぶには、あまりにも変過ぎるのです。
首を出す穴が無く、腕を出す穴も無く、体を入れる穴すら無く、そして編み方が大雑把過ぎなのです。
それはまさにヒトデの縫いぐるみだったのですよ、しかも奇形の。


「セーターよっ!
 火メイジってのは同じ評価しか出来ないの?
 キュルケも同じ事言ってたし。」

いやでもそれは、どう贔屓目に見てもヒトデの縫いぐるみくらいにしか見えないのですよ。
遠慮無く言えば、毛糸の残骸なのです。


「わたし、編み物が趣味なのよ。」

「そ、そうなのですか…。」

へ…返事に困るのですよ、それは。


「なのにどうしてだか、さっぱり上達しないのよね。」

それは一目瞭然でわかるのですよ。


「ケティは…編み物出来る?」

上目遣いでルイズは私を見上げるのでした。
ううっ、すんごい可愛いのですよっ!ぎゅーってしたいのです、ぎゅーって!


「いいえ、私は編み物はできないのです。
 多少の繕いものくらいであれば出来るのですが。」

「そう…なんだ。」

ルイズがほうっと溜め息を吐いたのです。


「あ…もしかして、誰かに教わりたいのですか?
 編み物でしたら、エトワール姉さまが得意なのですよ。」

「え?ううん、そういう事じゃなかったんだけどね。」

慌てたようにルイズが胸の前で手を横に振っているのです。


「でも確かに、このまま上手くいかないようなら、教わりに行くのも良いわね。」

「エトワール姉さまはああ見えて結構厳しいので、きちんと教えてくれる筈なのですよ。」

ええ、思わず記憶を無くすくらい、厳しく恐ろしく教えてくれるのですよ。
記憶は無いのに、やり方はきっちり体が覚えているという、素敵な学習方法なのです。
ちなみに私は断固お断りなのですよ。


「…あ、毛糸がきれちゃった。
 この色部屋に残っていたかしら?」

そう言って、ルイズはベンチから立ち上がったのでした。
えーと…私の記憶に何か引っ掛かりが…何か…何かが…あったような…?
部屋に戻れば子供の頃書いておいたゼロ魔のあらすじメモが残っているのですが、そんな暇は無いのですね。
考えている間にも、ルイズがすたすた歩いていってしまうのですよ。


「あ、待って下さいルイズ、私も毛糸が見たいのです。」

「へ?うん、別にいいけど、毛糸なんか見てどうするの?」

わ…我ながら、理由が意味不明なのですよ。


「え?いや、ひょっとすると毛糸が悪いのかな…と、思ったのですよ。」

「でも、ケティも編み物出来ないんでしょ?
 毛糸なんか見てわかるの?」

我ながら苦しいこと極まりない理由だとは思うのですよ。
正直な話、何言っているのだか、さっぱりわからないのです。


「とっ、兎に角、見てみない事にはわからないのですよ?」

「それもそうね。」

そうは言うものの、頷いたルイズの顔は納得いかないような表情なのでした。
私もわけがわからないのですよ…でも、何かがこの後起こるような記憶があるのです。


「…思い出せないのが、もどかしいのですよ。」

「え?何か言った?」

思わず出た独り言に、ルイズが振り返ったのでした。


「ルイズの力になれないかもしれない自分が、もどかしいと言ったのですよ。」

「え?うん、ありがとう…。」

照れるルイズの表情が超ラブリーなのです。
ですから、騙してしまったのが後ろめたいのですよ。




ルイズの部屋のドアを開くと、シエスタが才人の上に跨っていたのでした。

「へ…?」

こ…これは刺激的なのですよ。
またですか、私の次はシエスタなのですか。
たぶん何かのラッキースケベイベントのせいだとは思うのですが、半脱ぎのシエスタがルイズのベッドの上に横たわる才人の上で四つん這いになっているのです。
うわ…ブラウスもブラも殆ど脱げかけなのですよ。
何で意識せずに女の子の服をここまで脱がす事が出来るのですか、才人?


「あああああんた達…。」

「きゃ、申し訳ありませんっ!」

声に気付いてそちらを見ると、ルイズが攻撃態勢の猫の如く身を屈ませたのを私の目が捉えたのでした。
何らかの危険を察知したのか、シエスタは素早く起き上がって、ベッドから飛び降りたのです。


「なにを…。」

「失礼しましたっ!」

ルイズの体が才人に向けて矢のように放たれたのです。
それと入れ替わりにシエスタがドアから出て行ったのでした。


「しているのよっ!」

「ちょ、ま!これはごか…げふぅっ!?」

ルイズの全体重を集中させた掌底が、起き上がった才人の腹に突き刺さったのでした。
相変わらず、どこかで修行したのかと思うくらい、芸術的な身のこなしなのですよ。


「ぐぁっ!?」

才人はベッドから吹き飛ばされて、壁に叩きつけられたのでした。


「で!?」

「うぐ…。」

ルイズは床に転がり落ちた才人に近づくと、頭を踏みつけたのです。


「何をしていたの、あんた?」

「むぐ…ち、違うんだ、これは色々な不幸が積み重な…むぎゅぐ!」

言葉を続けようとしたサイトの顔を、ルイズが踏み躙ったのでした。


「言い訳はいいのよ、あんたあのメイドと、私のベッドで何をしていたのかって聞いているの。」

「いやシエスタがご飯を持ってきてく…むぐぁっ!?」

ルイズが才人の顔を更に踏み躙ったのです。
こ、これは流石に可哀想なのですよ…ルイズが怒る理由もわかるのですが、それでもこれは。


「ル、ルイズ、そのくらいにしてあげて欲しいのです。
 サイトの話を聞いて…。」

「ケティ、これは私とサイトの問題なの、黙ってて!」

こ…これは、完全に頭に血が上ってしまっているのですよ。


「サイト、あんたは私のベッドであんな事をしていた、そうよね?」

「だから、それにはりゆ…ぐみゅっ!?」

「やめるのですっ!」

私はルイズの体に抱きついて、サイトから引き剥がしたのでした。


「ケティ放して、ケティ!
 こいつは使い魔のくせに、主人である私のベッドであんな事してたのよっ!
 あなただって、自分のベッドであんな事されたら許せないでしょ、だから放しなさいっ!」

「放さないのですっ!怒りはごもっともなのですが、やり過ぎなのですっ!」

私だって、好きな人が他の女と自分のベッドでイチャイチャしていたら頭に血が上るでしょうが、だからこそこの場で唯一冷静な私が止めないと!


「兎に角話を聞いてくれよルイズ、あれは誤解なんだって!」

「誤解でベッドの上であんな体勢になるわけが無いでしょ!」

ですよねー…ではなく!たぶん今のあれは偶然の産物なのですが、それを論理的に説明する方法を思いつかないのですよ。
ラブコメ主人公体質なんて、どーやって説明しろと!?


「いやでもあれは不可抗力で…。」

「言い訳なんか聞きたくないわ、もういい、もううんざり!
 出て行きなさい!」

そう言って、ルイズは部屋の出入り口を指差したのでした。


「話を聞けよ!」

「言い訳なんか聞きたく無いって言っているでしょ、出てって!もう二度と姿を見せないで!
 貴族の部屋を一体なんだと思っているのよ、あんたなんかクビよク・ビ!出てけええぇぇぇぇっ!」

ルイズのその言葉を聞いた才人の表情が、酷く傷ついたものになったのですが、激昂したルイズは気付かないようなのです。


「ルイズ、それは言い過ぎなのですよっ!」

「…わかったよ、出て行けばいいんだろ。」

才人は立ち上がると、出入り口に向かって歩き始めたのでした。


「そうよ、わかっているじゃない。
 とっとと出て行って、二度と顔も見たく無いわ。」

「…同感だよ、ルイズ。
 じゃあな!」

バタン!と、大きな音がして、勢いよくドアが閉まったのでした。
足音が、次第に遠ざかっていくのです…。


「行っちゃった…。」

ルイズがそう呟くとともに、ぐにゃりと全身から力が抜けたのでした。


「わわ、ルイズ、しっかりしてください!」

慌ててルイズの体を支えてベッドに横たえ、ふと床を見ると雫が垂れているのが見えたのでした。


「酷い…酷いわ、こんなのって無い。」

「でもルイズ、私の時の件もありますし、今回もあの時のような事が起きたのでは?」

そう、私の時の事を引き合いに出せば良かったのですよね。
冷静なつもりでしたが、やはり私もかなり焦っていたようなのです。


「ケティ、常識的に考えて。
 あんな偶然が二度も三度も起きはしないわ。」

「いやでも、可能性が無いというわけでは…。」

そういう偶然が二度三度と起きるラブコメ主人公体質なのですよ、才人は。
何というか、奇跡を起こす男?


「きっと今日だけじゃないのよ。
 あの娘をこの部屋に連れ込んで、私のいない間にいつもいつもいっつも!あんな事をしていたんだわ!
 私の知らない間に、このベッドでっ!」

才人にそんな度胸があったら、間違いなくシエスタの前にルイズが餌食になっている筈なのですよ。


「ケティ、ごめんなさい、一人にさせて…。」

細かく体を震わせながら、ルイズはそう言ったのでした。


「でも、こんな状態のルイズを一人ぼっちにするのは…。」

「ありがとう、でも今は一人になりたいの、お願い。」

冷却期間が何れにせよ必要…なのですね、これは。


「…わかりました、また来るのです。」

そう言って、私はルイズの部屋を後にしたのでした。


…その後、部屋に帰って昔したためたあらすじメモを見てみると、下手糞な字で《才人がシエスタと抱き合っていてルイズに追い出される。どうやって関係修復したのか覚えていない》と書いてあったのです。

「む…昔の私のバカーっ!全っ然参考にならないのですよーっ!」

もっとちゃんと思い出しておけば良かったのですよっ!






3日後、ルイズの部屋の前にキュルケがいたのでした。


「どうしたのですか、キュルケ?」

「ルイズが3日も部屋に籠もっているから、流石に心配になって見に来たのよ。
 聞いたんだけど、ダーリンとメイドがルイズのベッドで抱き合っていたんですって、ダーリンもなかなかやるもんだわね、うんうん。」

キュルケが大したもんだという風に、腕を組んでうんうんと頷いているのです。


「…そこは、感心する所なのですか?」

「男は度胸と甲斐性よ!
 使い魔の身で、ご主人様のベッドでそんな事をする度胸に惚れ直したわ、本気で手を出しちゃおうかしら?
 あと特定の相手がいない限り、女を口説いてベッドに連れて行くのは男の甲斐性のうちよ。」

ううむ…ゲルマニアの常識には、ついて行き難い壁があるような気がするのです…。


「ルイズには私なりに発破かけておいたから、あと数日かければ確実に復活するわ。」

「確実…なのですか?」

自信たっぷりに言い放つキュルケに、思わず首を傾げてしまったのでした。


「こう見えてもね、なんだかんだ言って付き合い長いのよ、私達。
 フォン・ツェルプストーが挑発して、今まで元気にならなかったラ・ヴァリエールは居ないんだから。」

「な…成る程、それは効き目がありそうなのですね。」

それは元気になるというよりも、怒り狂っているのでは?というツッコミは止めておくのです。


「ルイズのほうは対策うったから…後はダーリンなんだけど、見つからないのよね。
 ケティは何処か知ってる?」

「…まあ、知っているといえば知っているのです。」

シエスタに聞いたら、ヴェストリの広場の五右衛門風呂の隣りにテントを張って生活しているそうなのです。
ルイズに言われた言葉がかなりショックだったのか、酒に逃避しているようなのですよね。


「これで場所はわかったわね、後は…。」

「後は?」

キュルケは才人を元気付けるのに、どんな秘策を使うのでしょうか?
キュルケがやる気になっているのも珍しいので、やる気になっているうちに頑張ってもらうのです。


「王都に買い物よっ!」

「何でですかっ!?」

何で買い物っ!?


「良い考えがあるのよ。」

「良い考え…なのですか?」

「そうよ、急ぐからタバサの助けがいるわ。
 タバサはいつも通り貴方の部屋よね?」

もう既に、私の部屋のオブジェと認識されつつあるタバサなのです。
朝起きると私の隣りで眠っていますし、着替えの服も下着も私の部屋の箪笥に入っていますし、最近は毎朝起きたらタバサの髪を梳くのが日課になっていますし…ええと、ひょっとして既に同居人というか、部屋の主の座をを乗っ取られた?
まあ、それでも良いのですけれどもね。
何というか自然と世話を焼きたくなるのですよ、タバサって…ハッ、これが王者の血なのでしょうか!?

…ええ、わかっているのです。
単に私が可愛い物好きなだけなのですよ、どうせ。


「タバサ、私達王都に出かけるの、だから手伝って?」

「ん。」

ええと、私が行くのは、もう決定事項なのですか?


「そろそろ。」

数分後そう言って、タバサは私の部屋の窓を開けたのでした。


「きゅいいいいぃぃぃ!」

「来た。」

シルフィードの鳴き声が聞こえたのです…は、早いのですね。


「乗って。」

「それじゃあ、お邪魔するわね。」

「失礼するのです。」

私たちは窓の下に飛んできていたシルフィードの背に飛び乗ったのでした。


「王都。」

「きゅいきゅいいぃぃ!」

私達はシルフィードの背に乗って、凄まじい勢いで王都に向かう事になったのでした。
今度、勲章の年金が出たら、肉の塊を奢ってあげるのですよ、シルフィード。






三十分ほど経った後、王都トリスタニアに到着した私達は【虎の巣穴(ル・ルペル・デ・ティグレ)】と、書かれた看板が下がった書店の前に来たのでした。


「…同人誌でも買うつもりなのですか?」

「ドウジンシ?何それ?
 ここは知る人ぞ知る魔法書店よ。
 魔法使い達が自費出版で書いた魔法書とかを売っているの。
 変わったものとかも結構あって、タバサが良く来ているのよ。」

「ん。」

やはり同人誌屋ではありませんか…っと、思わず日本語が出てしまっていたようなのです。
しかし、魔法の同人誌屋とは、トリステイン建国以来の王都トリスタニア恐るべしなのですね。


「ここで何を探すのですか?」

「宝の地図よ。
 ここの古書コーナーにおいてあるのよ。」

どういう古書コーナーなのですか、それは?

店内は明るく整理されていながら、置いてある本の内容はカオスそのものなのです。
何なのですか、【トライオキシンの作り方】って、脳味噌喰われても知らないのですよ。
キュルケとタバサの後を着いて行き、古書コーナーに辿りついたのですが…。
『特売品』と書かれたワゴンに、古地図と思しき巻き物が大量に陳列されて居るのです。


「ねえケティ、この地図を見て、これをどう思う?」

「すごく…胡散臭いのです。」

同人誌屋で宝の地図…。
しかもいったい何なのですか、『オ○ーナ』って?


「キュルケ、まさかなのですが、良い考えとは…。」

「宝を見つけて一攫千金。
 ダーリンお金持ちになって、ルイズを見返すでござるの巻。」

眩暈が…。

「どうしたのケティ、急によろめいたりなんかして?」

「よ…。」

これは、なんと言えば良いのか…?

「よ?」

「よろめきもするのですよっ!
 何なのですかそれは!?」

クイクイとブラウスの袖を引っ張られたので振り返ると、タバサが居たのでした。


「騒いじゃ駄目。」

タバサにそう言われて見回すと、迷惑そうな視線が私に突き刺さっているのです。


「タバサ、忠告してくださってありがとうございます。
 …静かに、なのですね?」

「ん。」

タバサはこっくりと頷いたのでした。


「しかしキュルケ、こんな本屋の古地図にまともな物があるのですか?」

「どうせ当たる確率は低いんだから、どこで買っても同じよ、こういうのは。」
 
0.000…01%と0%では、数の上では微かながらも、実質的には物凄い違いがあると思うのですよ。
あと、提案したくせに実はまるっきり探す気無いのですね、宝。
たぶん、飲んだくれている才人を引っ張り出し、元気になって貰う為の口実なのでしょう。
何歳になっても、男の子は冒険と聞けば心がときめくものなのです。
前世の名残なのか、実は私も嫌いでは無かったりするのですよ、冒険。


「近くに私が知っている魔法アイテム屋があるのですよ、後でそちらにも行きましょう。」

実は前回来店した時、『龍の羽衣』に関する文献を確認した魔法アイテム屋なのです。


「あ、そこも実は行く予定だったのよ。
 流石にここだけじゃねえ?」

「そう思うのなら、こういう所は始めから外しておいて欲しいのですよ。」

ここにあるのは間違いなく全部、的中確率0の古地図なのです。


「まさかまさかのまぐれ当たりっていうのも、あるかもしれないじゃない?
 それにここの古地図、すごい安いし。」

「…キュルケ、古地図を安さで選ばないで欲しいのです。」

キュルケのゲルマニア的な発想には、時々着いていけなくなる事もあるのですよね。


「ゲルマニアって、不思議。」

「私も同感なのですよ、タバサ。」

不思議の国ゲルマニア、こんな変な人達の皇帝はもっときっととんでもなく酷い変人なのです。
たぶん常に自爆装置を持ち歩いていて、常に踊ったり祈ったりしていて、初対面でいきなり『その通り、私がこのゲームのラスボスです。さあ、カモン!カモン!』とか言い出す人なのですよ。
姫様はもしもレコン・キスタが停戦協定を破らなかったら、そんな人の所に嫁ぐのですね。
…ああ、お可哀相に、姫様。


「ほらほら、あなた達も選んでよ!」

「…はぁ、行きますかタバサ。」

「ん。気が進まないけど。」

それから私達はワゴンに突き刺さった高くても数スゥ、安いのになると50ドニエなんていう、ゴミみたいな値段の古地図を買い漁る事になったのでした。


「いやー買ったわね、何か気分がスカッとしたわ!」

「結局、ワゴンごと買い取る事になったのですね…。」

「その方が賢明。」

あのワゴンにある殆どの古地図を買い占める勢いでしたから、ワゴンごと買い取った方が賢明なのは確かなのですね。
…ひょっとして、この胡散臭い地図の示す場所全部を回るのでしょうか?


「じゃあ、次はケティお勧めのお店に行きましょうか?」

「別に、お勧めというわけではないのですが…。」

たぶんきっと、もう少しまともな本や古地図が置いてある筈なのです。
まともな魔法書にはあまり期待していませんが、古地図ならもう少しまともなものもある筈なのですよ。



…と、思っていた時期が私にもあったのです。


「こっちでもワゴンセールなのですか…。」

またあるのですよ、『オプー○』。

「…ああ、何年か前にこの国で宝探しがブームになった事があってね。
 その時の在庫だよ、それ。」

店主の人が、私の呟きに気付いて答えてくれたのでした。


「そういえば、そんな事もあったような?」

何年か前に我が家の領地に無謀にも侵入してこようとした何人かが、山の女王にかなり過激な方法で追い返されたという話は聞いた事があるのです。
確かに我が家の領地は歴史だけは古いのですが、遺跡とかの話は聞いた事が無いのですが。
我が家が遺跡といえば遺跡なのですけれども、きちんと改修もしていますし、大昔の部分なんて土台くらいしかないのですよ。
いったい何を探しに来たのだか…。


「1つ20ドニエで良いよ。」

「や、安っ!?」

さっきのお店よりも安いのですよ。


「どうせ全部スカだからね。
 そこに置いておいても邪魔なだけだから。」

ぜ、全部スカって、言い切ってしまって良いのですかっ!?


「気に入った!ワゴンごと買ったわ!」

これ…全部シルフィードに乗るのでしょうか?


「きゅいー…きゅいー…。」

「頑張って。」

数件を回った後、鈴なりになったワゴンをぶら下げて飛ぶシルフィードの姿があったのでした。
いくつかの魔法グッズ屋でワゴンごと古地図を買い漁るキュルケの姿は、トリスタニアの都市伝説になるかもしれないのですよ。
『怪奇、古地図を買い漁るゲルマニアの女』とか。
ちなみに、『竜の羽衣』に関する文献も見つけたので、買って混ぜておいたのです。


「きゅいー…。」

紙束とはいえど大量にあるので流石に重いのか、シルフィードが辛そうになってきたのです。


「あと数分で学院なのですから、頑張ってくださいシルフィード。
 マルトーさんに、餌のお肉を暫くの間多めにして貰えるようにお願いしてあげますから。」

「きゅい!きゅいきゅい!」

元気になるのは良いのですが、それでは人の言葉を理解できるのがばれるのですよ、シルフィード。




月が天高く上り、夜もすっかり深けた頃、何とかヴェストリの広場に降り立つ事に成功したのでした。


「おんにゃはばからー!」

「そうさ、女は莫迦なのだよ。
 モンモランシーとはキスしただけだし、ケティは押し倒してその後の記憶は無いけど、何もしていない筈なんだ。
 だって後頭部にでっかいこぶがあったし…って、何かね?」

サイトのテントに入ると、酒瓶に埋もれたギーシュの胸倉を才人が掴んでいたのでした。


「なんらと、けてぃになんてことをするのら!
 おれだって、まちがえてぐうぜんおしたおしてはんうぎにしたことしかないろに!」

何の話をしているのですか、何の…。


「ケティを押し倒して脱がしただって!
 このケダモノめ、その行為万死に値する、けっと…の前に、1つ聞きたい。
 どうだったかね、彼女の…その、体は?
 あの歳のわりに出るとこは出て、引っ込んでいるところはひっこ…ひぃ!?」

ギーシュはそこでようやく私がテントにやってきていたのに気づいたのでした。


「ギーシュ様、才人…少し頭を冷やすといいのですよ?」

「ええと…冷やすというよりもむしろ燃やされるような気がするのは気のせいか?」

これから訪れる運命を認めたくないのか、才人は軽口で私を宥めようとしているのです。


「ひ、冷やすなら、そこにいるタバサ嬢の方が適切なような気がするのだがね?」

そう言って、私の後ろ隣に立つタバサを指差すギーシュなのでした。


「屁理屈はこの際どうでも良いのですよ。
 炎の矢!」

『ぎにゃああああああぁぁぁぁぁっ!』

物理的な衝撃を上げた炎の矢が、二人をしこたま打ち据えたのでした。





「…酔いは醒めたのですね?」

「はい…。」

「申し訳ございませんでした。」

少し焦げて煤けたギーシュとサイトが、土下座の体制で謝っているのです。


「制裁は、これくらいにしておくのです。
 本題に戻るのですよ。」

「ダーリン、私達良いものを持ってきたの。」

キュルケがそう言うと、タバサが風の魔法でテントのボロ布を吹き飛ばして、こんもりと山になっている古地図のスクロールをでーんと二人に見せたのです。
…殆ど二束三文な値段だからといって、調子に乗って少々買い過ぎたかもしれないのですね。
これに載っている場所に全部行ったら、学校に通えなくなって私達は素行不良で退学なのですよ。


「…何これ?」

「古地図なのです。」

正確には古地図っぽく加工した地図だと思うのですが。


「こんなもんを何に使うんだ?」

「ダーリン…いいえサイト、あなたここでずーっと飲んだくれているつもり?」

キュルケは急に真顔になると才人に尋ねたのでした。


「え!?いや、流石にそんな気は無いけど…気持ちに踏ん切りがついたら、帰る方法を見付ける旅に出ようかなと思っていたし。」

「帰る方法?」

キュルケ達が不思議そうに首を傾げたのでした。


「才人はロバ・アル・カリイエ出身らしいのですよ。」

「そ、そう!俺はそのロバ何とかって所から召喚されて来たらしくて、帰り方がさっぱりわからないんだよ!」

私のフォローで何とか取り繕う才人なのです…が、『ロバ何とか』って全く覚える気が無いのですね。


「そういえば、聞いた事があるような気がするわねえ…うんうん、やっぱり丁度良かったわね。
 そんなどこにあるのかさっぱりわからない場所を探すなら、道中の路銀が必要になるわ、違う?」

「そりゃまあ、そうだな。」

才人はコクリと頷いたのでした。


「なるべく大金が必要になるわ。
 もし、帰れなかった場合の資金も必要ですもの。」

「確かに、そうだな。」

珍しいくらいキュルケがまともな事を言っているのですよ。
これは、明日は大雨なのですね。


「もしも、もしもよ?帰れなかったら、貴方はどうするの?」

「え?いや、どうしよう?」

才人は困った表情になって私の方を見たのでした。


「私に助けを求められても困るのですよ?」

「う…困ったな、どうしよう?」

だから、私に助けを求められても、フォローのしようが無いのですよ。


「だったら、貴族になってみない?
 貴族になればある程度生活に潤いも出来るから、腰をすえて故郷を探すならうってつけだと思うわ。」

「なれんの?
 俺メイジじゃないし、無理っぽいんだけど。」

まあ、周りを見れば貴族は全部メイジですし、確かにこの国では無理なのですよ。


「キュルケ、この国では平民は領地を持つことも公職につくことも許されていないぞ?
 そういう法の無いゲルマニアならとにか…ああ、そういう事かね?」

「そういう事、この国で貴族になる事に拘る必要はないのよ。」

キュルケに質問している最中にキュルケが言いたい事を理解したギーシュに、キュルケがうなずいているのです。


「ゲルマニアは平民が貴族になる事は珍しいけど無いわけじゃないわ。
 お金とコネさえあれば、ゲルマニアでは領地と爵位を買い取る事は別に難しくないもの。」

「ゲルマニアは土地だけは捨てるほど余っているのですよね。
 少しはトリステインにも分けて欲しいものなのです。」

なにせ、あっちの世界で言う北東ヨーロッパ全土なのですよ、ゲルマニアの国土は。


「そういう節操の無い事をするから、ゲルマニアは野蛮だって言われるんだよ、キュルケ?」

「節操を保って衰退するのはただの馬鹿だわ、ギーシュ。
 領地を運営するのにも、政治的な駆け引きをするのにも、別に魔法の才能は必要無いのに、拘るほうがおかしいのよ。
 メイジが平民を治めるという伝統に拘り続けた結果が、始祖以来の王家を滅ぼしたアルビオンや、東方領土(オストラント)の独立とゲルマニアによる併合によって起きたトリステインの衰退じゃない。
 衰退に栄光も名誉も無いのよ、衰退は失政と制度疲労の結果でしかないわ。」

この点には私も大いに同感なのです。
武官なら兎に角、文官や政治家が魔法を使えても意味は無いのですよ。
…まあ、平民に比べて数が圧倒的に少ないメイジが平民に埋没しない為には、ある程度は必要な措置なのでしょう。


「えーと…なにやら小難しい話になっているけど、結局どういう事なんだ?」

話の内容についていけなくなって、ポカーンと突っ立っていた才人が助けを求めるような視線を向けながら、私に尋ねてきたのです。


「まあ要するに、ゲルマニアで領地と爵位を買って貴族になりましょうということなのですよ。」

「なるほど、何か政治っぽい話になったから、思わず頭が理解することを拒否ったわ。」

才人くらいの年の日本人なら大体そうだとは思うので、特に何も言う事は無いのですよ。


「でもさ、俺金なんか無いぜ?
 見ての通り、引きこもりホームレス高校生だし。」

引きこもりホームレスとは斬新なのですね、才人。


「だから探すのですよ、お金になりそうなものを。」

「そうそう、その為に宝の地図をありったけ買い込んできたんだから。」

ルイズと才人を仲直りさせるためとはいえ、無茶苦茶にも程があるのですね、この計画。
しかし回りくどいというか…半分以上趣味と思い付きなのですね、キュルケ?


「お金持ちになって貴族になれば、好き放題よ?
 あたしにプロポーズするもよし、お金をたくさん儲けてケティを愛人にするもよし。
 ゲルマニアの法と秩序に引っかかりでもしない限りは、どこまでも自由。」

「わ、ちょ、ちょっと、キュルケ、何をするのですか?」

そう言いながら、キュルケが私ごと才人にしな垂れかかっていくのです。
色仕掛けなのはわかりますが、何で私が愛人なのですか?


「私たちみたいな美女に囲まれてゲルマニアで贅沢三昧よ?」

「キュルケと結婚して、ケティを愛人に…。」

だから、何で私は愛人ポジションなのですか…?


「キュルケ、この古地図どこで買ってきたのかね?
 ものすごく胡散臭いのばかりなんだが…『○プーナ』?
 何だね、これは?」

「んー?ワゴンセールで売っていたのをワゴンごと買い占めてきたのよ。」

だから、胡散臭いに決まっているのですよね。


「そんなので宝が見つかるわけが無いじゃないか!?
 これはあれだろ、何年か前に流行った宝探しブ…ムガ!?」

「お・だ・ま・り!」

「んなっ!?」

そう言って、ギーシュの顔を自分の胸の谷間に挟み込んだのです。


「な、何をするのですか、キュルケ!?」

「んー?口止め。」

そう言いながら、キュルケはギーシュを解き放ったのでした。


「中にはきっと必ず本物がある…違う?」

「う…、うん、きっとキュルケのいう通りだよ。
 これだけあれば、きっと本物があるはずさっ!」

その前に垂れてきた鼻血拭け変態、なのです。


「炎の矢。」

「うぁちぃっ!ケティいきなり何を、あちゃ、あちゃちゃちゃちゃ、タバサ嬢助けてくれたまえっ!」

「氷の矢。」

「ぎゃあ!冷たい、冷た過ぎるっ!火傷に染みるうううぅぅぅぅ!?」

ギーシュが何時かのようにのた打ち回っていますが、それは放っておくとして。


「ケティが愛人で…毎日膝枕して耳掃除してくれたりして…いいなあ、良い、実に良い!ディモールト良しッ!」

何が才人の脳内で処理されたのかはよくわからないのですが、私が愛人で本決まりな様なのですよ。


「よっしゃ乗ったぜその話!
 貴族になってケティ愛人化計画!
 素晴らしい、実に素晴らしィ!」

「いつの間にかあたしが抜けてるっ!?
 でもまあいっかぁ!兎に角ノってきたし、楽しくなりそうだわ!」

そろそろ才人もひとつ盛大に燃やしたほうが良いのでしょうか…?


「駄目ですっ!そんなの駄目ですっ!絶対に絶対に駄目ですっ!!」

そう言って、いきなり現れたシエスタが才人に抱きついたのでした。
はぁ…何というか、カオス度が更に上がってきたような気がするのですよ…。



[7277] 第十六話 ついて来る人来ない人なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/05/23 11:04
ラブコメ、それはこの世界を作った神が定めた世界の条理
才人はガンダールヴ云々よりも、女の子とのエロハプニングに巻き込まれる能力のほうが脅威なのです。


ラブコメに巻き込まれると災難
何だかこう、この流れに逆らうのは間違いなのかもしれないような気もしてきたのです。


ラブコメの王道はボーイミーツガール
だからと言って、サブヒロイン化にはまだまだ抵抗するのですよ。







「サイトさんがミス・ロッタとそんな爛れた関係になったら、私と結婚できないですよ!
 もしもサイトさんが貴族になっても、貴族様の愛人がいるんじゃ平民の私が嫁いだ時に滅茶苦茶肩身が狭くなるじゃないですかっ!」

そう言って、シエスタが涙目でこちらを睨みつけるのです。
だから、何で私が才人の愛人になる方向で事が決着しつつあるのですかっ!?


「出来るなら私の村に来て一緒に葡萄畑を耕してと思いましたけど、サイトさんが領地を買うなら、そこで葡萄畑を作って二人のワイナリーにするのも良いですね!
 銘柄はサイトシエスタ、二人の名前なんかつけちゃたりして!
 ああ私ったら大胆、言っちゃった、言っちゃった♪」

そう言ってから、顔を赤らめてシエスタがくねりくねりと身悶え始めたのでした。
残念ですが、今の才人は半分も聞いちゃいないと思うのですよ…。


「ケティは断固、俺の愛人になるべきだと思います。
 いつも俺の相談相手になってくれたり、困った時助けになってくれたり、身を挺しておとりになってくれたり、いつも俺が困った時に颯爽と現れ助けてくれて本当に感謝しているんだ。
 だから、大金持ちになったらケティを愛人にして、贅沢三昧させてやりたいんだよ。
 な、ケティもそう思うだろ?」

論理が無茶苦茶なのですよ、才人。
日ごろの感謝の気持ちに愛人って、お歳暮じゃあないのですよ…まあ、泥酔している人に論理を求めるのもどだい無茶な話ではあるのですが…そろそろ、キレても良いと思うのですよ、私は。


「まあ今、とりあえず言える事は…なのですね。
 もう一度、頭冷やすが良いのですよ、才人?」

私が詠唱を始めると、サイトの周辺に無数の小さな火球が生成され始めたのでした。


「へ?いや、ちょ、ま!」

「バースト・ロンド!」

「ふんぎゃああああぁぁぁぁぁっ!?」

小さな火球が弾け、爆竹みたいな爆発が、才人の体の周辺で無数に発生したのです。
某ドラまた魔道士娘が盗賊とかへの先制攻撃によく使った魔法の再現版なのですよ。


「あががががが…。」

「きゃーっ!サイトさんっ!?」

ぶすぶすと煙を上げる才人に、シエスタがあわてて駆け寄っていったのでした。


「しかし、宝…ねえ。
 やはり見つかる気がしないのだが。」

「…モンモランシ家は先代の干拓事業の大失敗が原因で現在は殆ど破産状態な上に、建国以来代々水精霊との交渉を行ってきた非常に大事な役目からも外されてしまったのですよね。」

水のトリステインがまさかあのモンモランシ家を外すとはと、当時は大騒ぎになったらしいのです。


「い…いきなり何かね?」

「このままではミス・モンモランシは、どこかお金のあり余っている貴族の二男か三男を婿養子に迎えて結婚せざるを得ない状況に追い込まれつつあるのかもしれないという事を言ってみただけなのですよ。
 でも、もしも宝が見つかれば、そして借金を返すか、かなり減らす事が出来たなら、それをギーシュ様が成し遂げる事が出来たとしたのなら。
 あの名門中の名門であるド・モンモランシの当主になれるかも…なのですよ?」

ド・モンモランシはハルケギニアきっての血筋の古さを誇る名門なのですよね。
今でこそあんな感じですが、かつては水のスクウェアを何人も輩出していた血筋なのです。


「まあ婿養子云々は兎に角として…ミス・モンモランシを助けてあげたいとは、思わないのですか?」

「くっ…まさか、モンモランシーがそんな事になっているだなんてっ!?」

ギーシュが頭を抱えてひざまづいたのです…いやまあ、実は事実に若干の誇張はあるのですよ?
先代の散財っぷりを反面教師にしたのか、当代の当主は物凄く地味でコツコツした人であり、きちんと借金を返していっているので、生活こそ結構厳しいものの当面貸し手から無茶な返済を迫られる可能性は低い事とか。
ついでに言うと、モンモランシーの父親はトリステインにおけるポーション製作者としてそこそこ有名な水のスクウェアであり、膨大な借金さえなければ今頃かなり裕福に暮らせているはずの収入はあるのだという事とか。


「宝を手に入れれば、必ずやミス・モンモランシはギーシュ様を見直してくれるに違いないのです。
 それに、義を見てせざるは勇無きなり…なのですよ?」

「むむむ…よし、僕はやるぞ!僕の蝶が困っているのだ、僕がやらずに誰がやる!」

やる気になってもらえて結構なのですよ。


「諸君、行くぞ!」

「ふわぁ…待って欲しいのです。」

ギーシュが勇ましく声を上げるのと同時に、私の口から欠伸が出たのでした。


「今日はもう遅いのですよ、もう寝ましょう。
 出発は明日の午前中の授業が終わってからの方が良いのです。」

今日は一日中キュルケに連れ回されたせいか、疲れて眠いのですよ。


「えー?いいじゃない、今からでも。」

「私達はアルビオンに行った時、やむを得ないとはいえ数日間学校を無断欠席しているのです。
 もう一度やったら、今度は何かの制裁を課される可能性が高いのですよ。
 ですから、出かける前に少し根回しをする必要があるのですよ、キュルケも少し手伝って欲しいのです。」

眠いということ表明したら、急速に眠くなってきたのですよ…。


「なるほど、わかったわ。
 トイレ掃除とかさせられたら嫌だし、しょうがないわね。」

「わかっていただけたようで、何よりなのです。
 では皆様、おやすみなさい。」

眠気で頭がぐらつくのですよ、私は眠気にはとことん弱いのですよね。





翌朝目が覚めると、タバサの抱き枕にされていたのでした。
何か苦しいと思ったら、タバサが私の上にしがみついて寝ていたのですよ。
いくらタバサが小柄で華奢とはいっても、それなりの重さはあるのです。


「むー…さすがに朝っぱらからお風呂は開いていないのですよね…。」

昨日はあのままベッドに直行だったので、お風呂に入っていないのです。
眠るタバサを何とか引き剥がしてベッドに寝かしつけてから、くんくんと自分の臭いを嗅いでみたりしてみます…流石に自分の臭いはわからないのですよね。
…臭いとか思われたら、思わず自決できる年頃なのですよ、私は。
取り敢えず何とかしなくてはいけないのですね。


「濡れタオルで体でも拭きましょうか。」

そうと決まれば早速行動なのです。
桶を手に取りドアを開け、廊下を抜け階段を下りて、井戸がある場所まで歩いていくと、シエスタが居たのでした。


「おはようございます、シエスタ。
 マルトーさんの許可は取れましたか?」

「おはようございます、ミス・ロッタ。
 サイトさんの手伝いをすると言ったら、理由も聞かずに一発で許可が出ました!」

あの人はキス魔なところを除けば、非常に豪快で良い人なのですよね。


「ところでミス・ロッタは、こんな所に何の御用ですか?」

「昨夜お風呂に入れなかったので、体を拭くための水を汲みに来たのですよ。」

ついでに朝に水を一杯飲むと、頭もスキッと冴えるのです。


「ああ、では水は私が汲ませていただきますわ。」

シエスタはそう言うと私から桶を取り上げて、井戸から水を汲み始めたのでした。


「シエスタ、私にも水を一杯いただけますか?」

「あ、はい、どうぞ。」

木のコップに水を注いでもらい…一気に飲み干すべし!


「んぐんぐんぐんぐ…ぷはぁっ!」

ああおいしい。
この一杯から私の朝は始まるのですよね。


「はい、水を汲みました。
 部屋までお持ちしますか?」

「いいえ、それには及ばないのですよ。
 ではまた後で会いましょう。
 午後ヴェストリの広場で待ち合わせの予定なのです。」

部屋に戻り、パジャマを脱いでパンツ一丁になり、タオルを水に浸し、絞ってから体を拭き始めたのでした。
ちなみにタバサはまだ眠っているのです…布団に抱きついた状態で。


「ふぅ、体を拭くだけでも結構気持ち良…。」

その時、いきなりバタンとドアが開いて、才人が入って来たのでした。


「御免なさいっ!」

才人はいきなり床にひれ伏して土下座を始めたのです。
謝るなら、入ってくるな、なのです…が、才人はそのまま誤り始めたのでした。


「昨晩言った事は酒の勢いでついというかなんというか…本当に御免っ!」

なるほど、どうやら私がどういう状態であるのかには気づいていないようなのですね。
取り敢えず着やすいので、もう一度パジャマを…。


「…って、うぉわっ!?
 何で裸っ!?」

「馬鹿ーっ!」

何で人が手を伸ばした一番無防備な時に、狙っていたかの如く顔を上げるのですかっ!?


「炎の矢!」

「あんぎゃーっ!?」

記憶していませんが、おそらく数百本の炎の矢が才人に殺到した筈なのです。


「んー?」

爆音に目が覚めたのか、寝起きのボケボケの顔で、タバサが起きて来たのです。


「黒焦げ?」

「タバサ、治癒をお願いします。」

「ん、わかった…。」

頭をゆらゆら揺らしながら、タバサは才人に『治癒』をかけ始めたのでした。


「裸?」

「体を拭いていた最中だったのですよ。」

タバサはぽけーっとした表情のままでなるほどと言いながら頷いているのです。


「天罰?」

「いっそ記憶を無くしてくれればいいのです。」

タバサが倒れている才人を指差したので、頷いておいたのです。
才人のラブコメ主人公体質は、本当にどうにかならないものなのでしょうか…?



「いやはや…。」

土下座をして、微動だにしない才人を見ながら、溜息を吐く私なのでした。


「…昨日は散々愛人呼ばわりをしたうえに、今日はレディの部屋にいきなり乱入なのですか。
 しかも殆ど全裸の姿までばっちり見るとは…。」

「本当に、心の底から、申し訳ない。
 伏して、伏して、お詫び申したてまつります。」

敬語のボキャブラリーが少なかったのか、何故か時代劇言葉になって才人が謝っているのです。


「はぁ…。」

なんというか、溜息を吐く以外に手が無いと言いますか。


「もういいですから、顔を上げてください、才人。」

「え、いやでも。」

偶然なのも悪気がまったく無いのもわかっているのですよ。
制裁はしましたから、これ以上才人を痛めつける必要は無いと判断するのです。
…そうは言いませんけれどもね。


「いいですから、出て行きなさい。」

「え…?」

そ、そんな捨てられた子猫みたいな目で私を見ないで下さい、才人。
親しき仲にも礼儀あり、まして男女の仲ならば…最近の才人はちょっと私に近づき過ぎなのです。
ここらでちょっと強めに怒っておかないと、友人としての関係が続けられそうにありません。


「で、でも、許してくれていないのに。」

「出て行きなさいといっているのです。」

だから、そんな捨てられた子犬みたいな目も駄目なのですよ!


「ごめん、この通り、だから許してくれよケティ!」

「ゆ…。」

なんだかなぁ…私も大概に甘いかも知れません。


「…許してあげますから。」

何なのですかね…こういう感情って。


「ほんとうかっ!?」

まさか…まさか、この私が男の子に萌える日が来ようとは。
なんというか才人って気弱げになると、小動物みたいな雰囲気を醸し出すのですよね。


「い、いいのですよ…本当は許したくありませんが、そこまで言うならしょうがありませんから、許してあげるのです。」

「あ、ありがとうケティ!
 このまま絶交されたら、途方にくれていたところだったぜ。」

我ながら、何というツンデレ台詞。
しかし、ハーレム系ラブコメ主人公侮りがたし、これからもいつこんな不意打ちを受けるかわからないのですよ。


「友達といえど男女なのですから、これからはきちんとノックをするのですよ?」

「わかった、こんなヘマはもうしないと誓うよ。」

サイトは笑顔で頷いたのでした。
ううむ、才人の顔がキラキラ輝いて見えるのです
無茶苦茶なジゴロ属性なのですね、才人。
頼むからそれを私に使ってくれるな、なのです。
そういうのは全部ルイズに使うのですよ、ルイズに。


「で…では、また後で会いましょう。
 集合場所はヴェストリの広場なのですよ、お忘れなく。」

「おう、わかった。
 じゃあまた後で!」

そう言って、才人は部屋を出て行ったのでした。


「…このままどんどんサブヒロイン化されるのでしょうか、私は?」

できれば遠慮したいところなのです。
私が才人に抱きついて、『しゅきしゅき才人、しゅきしゅき~♪』とかやっているところを想像するだけで、軽く泣けてくるのですが。


「サブヒロイン?」

寝起きで髪が爆発したままのタバサが不思議そうに私を見ているのです。


「…タバサもいずれ思い知る事になるのですよ。」

「よくわからない。」

わからなくて結構なのです。
わかっていても避けようが無いのは、今の件でよくわかったのですよ。


「さて…と、椅子に座ってくださいタバサ。
 髪を梳かします。」

「ん。」

タバサは椅子にちょこんと座ったのでした。





午前中の授業が終わり、私とキュルケは現在学院長室の前にいるのです。


「…そんなわけで、色仕掛けよろしくお願いしますキュルケ。」

「私、その為だけに呼ばれたの!?」

キュルケの問いに、こくりと首を縦に振ってあげた私なのでした。


「私の色仕掛けでは学院長ですら引っかからないのですよ、こういうものは得意な人がやるべきなのです。
 そんなわけで、頑張って下さい…ちなみに、学院長は尻フェチなのです。」

「本当に心の底から、どうでもいい情報だわ。」

そういって、キュルケは肩を落としたのでした


「とは言え、学院長を落とすには必要な情報なのですよ?」

「ううっ…大事な何かを無くしそうだわ、私。」

剣を色仕掛けで値切ったくせに、何を仰る兎さんなのです。


「大丈夫なのですよ、天井の染みを数えている間に終わるのです。」

「天井の染み…。」

うーむ、キュルケのテンションが下がってきたのですね、これはまずいかもしれません。


「来年、我が家唯一の男子が学院に入学するのです。
 名前はアルマン、自慢じゃあありませんが、美少年なのです。」

そう言って、アルマンの肖像画を見せてみたりするのです。
周囲に散々美少年だの何だのと言われていたので、たぶんキュルケにも美少年に見えるでしょう。
アルマンが言うには昔の私をお手本にしているのだとか…何なのですか、それは。


「あらまあ、本当に美少年。」

「良ければ、来年紹介してあげるのですよ。
 美少年も結構好きでしょう、キュルケ?」

ええと…キュルケから何か妙なオーラが…。


「ありがとうケティ、何だかとっても気分が盛り上がってきたわ。
 うふふふふ…羞恥に身悶える美少年…初物を調教…ぐふふふふふふふふ。」

ええと…やっぱり紹介するのやめて、なるべく接触できないようにしましょうか?
果てしなく不安になってきたのですが…まあ、取り敢えずキュルケのテンションが最高潮に達しつつあるので良しとしましょう、良しと…。
来年にはコルベール先生と仲良くなっている筈ですし。


「…失礼します、学院長。」

「ミス・ロッタと、ミス・ツェルプストーではないか、どうしたのじゃ?」

そう言いながらも、学院長の視線はキュルケの胸の谷間なのです。
…実に扱いやすくて非常に結構な事なのですよ、キュルケは少し災難なのですが。


「ご褒美を戴きたいなと、そう思ったのです。」

「褒美とな?
 フーケの件であれば、王室から出た筈じゃがの?」

威厳の篭った声なのですが、キュルケが隣で『うふーん』とか体をくねらせながら踊っているセクシーダンス姿に視線が釘付けなので、目が全く合っていないのですよ。
しかし、何故セクシーダンス…?


「学院からは?
 確か、我々は学院のメンツを守る為に行った筈なのですが?」

「その件であれば、先日の無断外泊で帳消しになっておる。」

声こそ何とか威厳を保っているのですが、顔はスケベ爺と化しつつある学院長なのです。


「先日の件、学院長はご存知であると、姫様から聞き及びましたが?」

「はぁ、よく聞こえんのう?歳かの?」

すっ呆けるのは良いのですが、頬は紅潮し、目もにやけ、鼻の下が伸びきっているのですよ、学院長。


「…キュルケ。」

「知っていらっしゃるわよね、オールド・オスマン?」

「うひひひ、もちろん知っておる…ハッ!?」


そこで正気に戻るとは、やはりオールド・オスマン。
侮れないかもしれないのです…もちろん冗談なのですが。


「知っているのであれば、もちろん私たちがアルビオンでいったい何をしてきたかも知っているのですよね?」

「う…むう、抜かったわ、ワシとした事が。」

いいえ、いつもあなたはそんな感じなのですよ、学院長。


「そうであれば、合わせてご褒美を戴きたいのですが?」

「…いったい何がほしいのじゃ、言ってみなさい?」

声の威厳こそ戻りましたが、キュルケが『ほらほらお尻み・え・る・か・も~』とかやっている方に視線は釘付けなのです。


「1週間ほどの休暇を戴きたいのです。」

「むう…仕方がないのう、わしが何とかしよう。」

声にだけ威厳を持たせても全く意味が無いのですよ、学院長。
目が充血して、鼻の下が伸びきったその姿は、他の生徒には見せられないのです。


「では、一筆お願いします。
 文句は『これを持つもの達に一週間の休暇を許可する』で、お願いするのです。」

「うむ、わかった。」

学院長は『これを持つもの達に一週間の休暇を許可する。オールド・オスマン』と書いて、私に渡してくれたのでした。


「ありがとうございます学院長。
では帰りましょうか、キュルケ?」

「そうね、もう踊り疲れたし。」

「ああ、もう帰ってしまうのかの…?」

学院長の未練たっぷりの姿を尻目に、私達は学院長室を後にしたのでした。
本当に学院長は色仕掛けさえできればチョロいのですね…高濃度色気発生装置のキュルケがいればどうとでもできそうなのです。


「…計画通り。」

ニヤリっと、思わずほくそ笑んでしまう私なのでした。

「その笑み、怖いんだけど?」

ううっ…的確なツッコミが心に痛いのですよ、キュルケ。





「…と言う訳で、一緒に来て欲しいのですよ、ミス・モンモランシ?」

「嫌よ。」

せっかく休みを差し上げるといっているのに、断るとは学生らしからぬ態度なのですね、モンモランシー?


「こういうときは、一も二も無く頷くべきなのですよ、常識的に考えて。」

「…何処の常識よ、何処の?」

はぁ…これだから真面目な学生は困るのです。


「学生の常識なのですよ、学生たるものそれがどんな原因であろうと休みが来たら『ヒャッハー!休みだ、休みだぜぇヒャハハッハァ!』と喜ばなくてはいけないのです。」

「いくら楽しくても、そんな世紀末的な喜び方はしないわよ!」

デルフリンガーはそんな喜び方をしていましたが。
まあ、喜び方の表現は兎に角として、インフルエンザが原因の学校閉鎖でも、休みとなれば学生はドキドキワクワクと楽しいものでしょうに。


「いけませんねえミス・モンモランシ、 学生として貴方は枯れているのですよ。
 考えてみてください、私がなぜ貴方を誘うのかを。
 貴方が行かないと、私やギーシュ様も一緒にこの休暇で1週間ほどの旅路につく事になるのですが、それでも良いと言うのですか?」

「それは駄目っ!」

よし、かかったのです。


「実はですね…私達は宝探しに出ようと思っているのです。
 宝が見つかれば一攫千金なのですよ?
 例えば、ド・モンモランシの先代当主がこさえた借金を、如何にか出来るかも知れないのです。」

「宝って…まさか昔に流行ったアレ?
 あるわけ無いじゃない、あれだけ探し回ったのにも関わらず、誰も見つけられなかったのに。
 始祖の残した秘宝でしょ?確か、ミョルニルとかいう。」

…思わぬ所に何故かやたらと詳しい人がいたのですよ。


「あ、あれ?ひょっとして初耳?」

私の温い視線に気づいたのか、モンモランシーが少し焦った顔になったのでした。


「し…しょうがないじゃない、お爺様が干拓事業失敗でこさえた借金返すのに手を出したのが宝探しで、私も散々地図探しにつき合わされたんだから。
 お爺様が《宝探しは男のロマンと借金返済を両立する最高の仕事ぢゃ》って、最後の宝探しに行ったきり、行方不明になってもう6年になるわね…。」

なんというか、色々とご愁傷様なのですよ、それは…。
おそらく、宝探しで余計に借金が増えただけだったのだと思われるのです。


「な、何でそんな生温かい視線をこっちに向けるのよ。
 ああもう、みんな貧乏が悪いのよっ!」

さすが赤貧名門貴族ド・モンモランシなのです。
没落っぷりが他の追随を許さない展開なのですよ。


「お爺様が散々探しに行っても見つからなかったものが、一週間程度の冒険で見つかるわけがないわ。
 …で、でも、怪我して直す人が居なくちゃ可哀相だから、着いて行ってあげる。」

「素直にギーシュ様が心配だから行くと言えばいいのですよ…。」

思わずポロっと言ってしまったのです。


「そ、そんなんじゃないって言っているでしょ!
 飽く迄も、怪我したら可哀相だから行ってあげるのよ!!」

あー…はいはい、わかったのですよ。


「ぬっ、温い視線で見るなーっ!」

「おほほほほ♪
 それではまた、ヴェストリの広場で会いましょう。」

「ばかーっ!」

モンモランシーの罵声を背に、私は悠然と歩き去ったのでした。






「ここに立つ、私の心境はまさに鉄木。」

そのこころは『木(気)が重い』なのです。
コンコンとノックしてみますが、返事がありません。
ルイズは現在引き籠り中なのですよ、今頃部屋でパソコンに向かって某大型掲示板で《リア充氏ね!》とか、書き込んでいるのです。
勿論、嘘なのですよ、そもそもパソコンありませんし。


「ルイズ返事をして欲しいのですよ、そこに居るのはわかっているのです。」

へんじがない、ただのしかばねのようだ。
…ではなく、だんまりを決め込むつもりなら、こちらもそれ相応の手段を講じるのですよ。


「ドアを開けますよ、ルイズ。
 ちなみに不服は受け付けないのですよ。
 アンロック。」

問答無用でアンロック、もちろんキュルケの真似なのです。


「ルイズ?」

布団がこんもり丸くなっているのですよ、ずーっと寝ているのですか。


「ルイズ~?」

布団をぺらっとめくってみると、憔悴しきったルイズがいたのでした。


「はい、口開けてー?」

「へ?もごっ!?」

ルイズの口を開けて、マルトーさんに頼んで作ってもらっておいたクックベリーパイを、勢い良く突っ込んだのでした。


「ふっふっふ、憔悴しきったあなたには、マルトーさん謹製のクックベリーパイの魔力から逃れる術など無いのですよー?」

「もっふ、ふっもも!ふも!?ふも、ふむ、むふ~♪」

驚き、怒り、陥落、喜悦の順で、表情が変わっていく様は、なかなか見ものだったのですよ。


「すっごく美味しい!もう一個ちょうだ…じゃなくて、何しに来たのよ、ケティ?」

「正気に戻るのが、意外と速かったのですね。
 まあ遠慮せずに、もう一個行くのですよ。
 はい、あーん。」

そう言いながら、フォークで小さくクックベリーパイを切って刺し、ルイズの目の前に差し出したのでした。


「ぱくっ、むぐむぐ…悔しいけど、空きっぱらの私が、この誘惑に…ぱくっ…むぐむぐ…堪え切るのは不可能だわ…ぱくっ、むぐむぐ…。」

私がフォークに刺して差し出す、ルイズが食べる、また差し出す、また食べる…のサイクルが何度か続き、いつの間にかクックベリーパイは丸ごと一個無くなっていたのです。
かなり空腹だったようなのですね、まさか全部食べきってしまうとは。


「…で、何の用なのかしら?」

ルイズはクックベリーパイを食べきると再び布団を被り、その中から甲羅に隠れた亀の如く私に尋ねたのでした。


「…亀?」

「そう、亀よ、わたしはドジで鈍間な亀なの。
 自分の気持ちに気づいた時には色々手遅れだったなんて、とんだドジ亀だわ。
 そんな亀だから籠るのよ、ずーっとこんな風にうじうじしていればいいんだわ、わたし。」

…何と言いますか、似た者主従なのですね。


「ずーっとうじうじしているつもりなのですか?」

「そうよ、ずーっとうじうじしているの。」

暗い部屋にずっと籠もって布団の中にいたら、そりゃあネガティブシンキングから抜け出せないのですよ。


「そうなのですか…実は私、才人と一緒に旅行に行く事にしたのですが。」

「な、何ですって?」

布団の中から、何やら慌てたような声がするのです。


「アルビオンの件でオールド・オスマンに頼んだら、一週間の休みをくれたのですよ。
 それで、折角なので旅行でもしようかという話になったのです。」

「婚前の男女が二人旅だなんて、はしたないわよケティ?」

怒気のこもった声が、布団の中から聞こえてくるのです。


「貴方、やっぱりサイトを…。」

「私だけではないのですよ、シエスタ…サイトに跨っていたメイドも来るのです。」

布団がビクンと震えたのでした。


「な…な…なっ!?」

「キュルケも来るのですよ?
 そろそろ本気を出すつもりらしいのです。」

またまた布団がビクンと震えたのでした。


「実はあの後才人とあのメイドに聞いたのですが、やはり事故だったそうなのですよ。」

「…嘘。」

「才人に真顔で嘘つけるほどの狡賢さは無いのです。
 狡賢さが無いというか、どっちかというとお馬鹿なのですよ。」

実はシエスタにだけ聞いたのですが、シエスタも真顔で嘘はつけない性格なのですよ。
私ですか?見ての通りなのです…自分で言っておいて嫌になりますが。


「う…で、でも、あんな偶然そう何度も…。」

「一度あることは二度あり、二度あることは三度あり、三度ある事は何度でもあるのですよルイズ。
 一度起こったのであれば、同じ事が起きる確率はゼロではないのです。」

確率論的には殆ど無茶な数字になるかもしれませんが、ラブコメ主人公属性はそれらの全てをひっくり返すのです。


「私は友人として才人を信じますよ。
 なのに、主人である貴方が才人を信じないのですか?」

「一週間…だったわよね?」

おお、行く気になったのですか?


「一人で一週間かけてじっくり考える事にするわ、サイトの事とか色んな事を。
 だからケティ、サイトがふらふらあちこちの女に盛ったりしないように見張っていてもらえないかしら?
 …って、どうしたの?」

思わずずっこけた私を見て、ルイズは驚いたように声をかけてきたのでした。


「そこは行く事を決断する場面でしょう…。」

「ごめんねケティ。
 でもわたし、もう少し考えを整理しないと、またサイトに当たってしまいそうなのよ、そんなの嫌なの。
 だから、きちんと気持ちを整理する…駄目かしら?」

むぅ…本当は一緒に行って、旅の中で仲を修復して欲しかったのですが。
調子は大分戻ったようなのですが、出て行けといった手前、気持ちを整理する必要があるということなのですね。


「…仕方がありません。
 私を含めて他の女に才人がふらふら行く事は可能な限り止めるので、安心して欲しいのです。」

「…ありがと。」

布団の中から、感謝の言葉が聞こえてきたのでした。


「では私は行きます。
 一週間後、必ずなのですよ?」

「うん、必ず一週間で気持ちを整理するわ。
 行ってらっしゃい。」

私はそういうルイズの声を背に受けて、彼女の部屋をあとにしたのでした。







「ジゼル姉さま、エトワール姉さま、良かった一緒に居たのですね。」

今回は姉さま達が一緒でも良いのですよね。


「どうしたの、ケティ?」

「何かあったのかしら?」

姉さま達は、お茶を飲んでいる最中なのでした。


「学院長から、このようなものを戴いたのです。」

そういって、学院長のサイン入りの休暇許可証を見せたのでした。


「一週間の休暇ねえ…どこに行くの?」

「何人かで宝の地図を頼りに宝探しをする事になったのです。」

そう行って、古地図を取り出して見せてみました。


「宝探し、楽しそうね!」

「うーん、私はちょっとそういうのはねえ。」

ジゼル姉さまは顔を輝かせ、エトワール姉さまは興味なさげなのです。


「私も行っていいの!?」

「ええ、その為に休暇対象を思い切りぼやかしてもらったのですから。」

いつもいつも置き去りでは可哀想ですしね。


「やったーっ!今すぐ準備するわ、集合場所は?」

「ヴェストリの広場なのです。」

「じゃあ、準備してくるわ、ケティと一緒に大冒険っ♪」

私だけじゃないのですよ、ジゼル姉さま。


「…行ってしまったのですね。
 エトワール姉さまはどうなさるのですか?」

「私は遠慮しておくわ。
 取り敢えず、ジゼルの面倒をしっかり見てあげてね。」

エトワール姉さまはニコニコしながらそう言ったのでした。
私がジゼル姉さまの面倒を押し付けられるのは、昔からなのですよね…。







「だ・ま・さ・れ・たー!」

ヴェストリの広場に集まると、モンモランシーがキレていたのでした。


「おや、ミス・モンモランシ、どうしたのですか?」

「どうしたのじゃないわよ!
 ぎ…ギーシュと二人っきりで旅に出るんじゃなかったの?」

モンモランシーが、そう言って詰め寄ってきました。
ちなみに、ギーシュの事を言い始めたあたりから、とっても小声なのです。


「そんな事は言っていないのですよ。」

「でもあなた、ギーシュと一緒に旅に出るって…。」

ふっ…人の話はしっかり聞くべきなのですよ。


「私は『私【や】ギーシュ様【も】一緒に』とは言いましたが、ギーシュ様とだけ一緒に旅に出るとは一言も言っていないのですよ?」

「そんな細かい違いがわかるかぁーっ!?」

モンモランシー再噴火。
香水というよりは、間欠泉の方が似合っているような気もしてきたのですよ。


「回復なら、タバサがいるじゃない?」

「彼女はこのパーティでも屈指の戦力なのですよ。
 彼女を回復薬に回すと、前衛が一人減ってしまうのです。」

タバサは杖を使った格闘戦も出来ますから、実は数少ない肉弾戦力の1つなのですよ。
まさにオールラウンダー、何でもこなせる万能戦力なのです。


「ですから回復専門のメイジが欲しかったのですよ。」

「確かに私は水のラインだけど…あまり休むと内職のほうが滞るのよね。」

モンモランシーは水メイジの名門に生まれただけあって、才能はかなりのものなのですよね。
あと数年もすれば水のトライアングルに届くでしょうし、いずれは彼女の父親もそうなように水のスクウェアに届くかもしれません。


「まあ確かに、内職が滞ると多少困るかもしれませんが…。」

実は彼女は趣味と実益を兼ねて、水の秘薬やら香水の調合やらを自室でほぼ休みなく毎日行っているのです。
しかもそれを学院の生徒に売りさばいたり、余った分はトリスタニアの香水屋や薬剤店に自分で売り込みに行くのですよ。
実家が赤貧で仕送りが一切もらえない彼女は、そうやって自分のお金を捻出しているのですよね。
それだけ水魔法を使いまくれば、勿論魔法の研鑽にもなるので、彼女の実力は鰻登りに上がっていっているらしいのです。


「…その代わり、ギーシュ様とイチャイチャできるのですよ。
 暗い洞窟の中、抱きつくには絶好の状況なのです。」

「それは…ギーシュが私やケティに抱きついてくるような予感がするんだけど?」

いいではありませんか、結果オーライなのですよ。


「私に抱きついてきそうな時には、それとはなしに貴方に誘導してあげるのです。」

「何となく微妙だけど…わかったわ、騙されたのが多少癪だけど、その話に乗った。
 でも、《治癒》だけならまだしも、水の秘薬を使うときはお金きっちり貰うからね?」

さすが赤貧貴族、そこら辺はきちっと締めるのですね。


「わかったのです、その分はキュルケか私がきっちり支払うのです。」

「それなら全く問題は無いわ。」

はぁ、水の秘薬って結構高いのですよね…精霊勲章がもう二つほど欲しくなったのですよ。


「あら、ミス・モンモランシも来たの?」

「モンモランシーって、呼び捨てでかまわないわ。
 よろしくね、キュルケ。
 ケティ、貴方もね。」

そう言って、モンモランシーは私たちにウインクして見せたのでした。


「人数はこれだけ?」

現在ヴェストリの広場にいるのは女性で私とジゼル姉様とタバサとキュルケとモンモランシー、男性は才人とギーシュなのです。


「後一人来るのですよ。」

丁度その時、メイド服姿の少女が向こうから大きなバスケットを持ってやってきたのでした。


「すいません遅れました!
 でも見てください、マルトーさんが皆さんにってお弁当作ってくれたんですよっ!」

マルトーさんのお弁当…それは素晴らしい。


「でかしましたシエスタ、大戦果なのです。」

「あら、あのメイドも来るの?」

不思議そうにキュルケが私に尋ねてきました。


「料理や雑用が出来るものが一人くらいはいないと、私に負担が全部被さって来るのですよ…。」

「成る程、考えてみればそうね。」

キュルケがぽんと相槌を打ったのでした。


「シルフィードへの荷物の積み込み終わったぜ、ケティ。」

「早く行きましょ、ケティ。」

才人達はシルフィードに荷物を積み込んでいたのです。


「では行きますか、キュルケ。」

「そうね、じゃあしゅっぱーつ!」

キュルケの掛け声とともに、私達はシルフィードに乗り込んで行ったのでした。


「ぎゅ!?ぎゅぎゅ!?」

「キュルキュル…。」

ヴェルダンデとフレイムは、大きいので留守番なのですよ。


「ぎゅぎゅ~…。」

「キュルル~…。」

ヴェルダンデが涙を流しながらハンカチを振って私達を見送って居るのです。
器用なモグラなのですね。





数時間後…。

「…あの祠が最初の目的地なのですね。」

周囲には豚面の亜人オークの集落が出来上がって居るのですよ。
はぁ…よりにもよってオークなのですか、この面子でオーク…早速気分が重くなってきた私なのでした。



[7277] 第十七話 でっち上げ傭兵団、旗揚げなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:32
モンスター退治、それはファンタジー世界の王道
最初はゴブリンかスライムからだと思うのですが、いきなりオークなのですか


モンスター退治、それは困難を伴う試練
オークに負けたら困難では済まないのですよ、負けるつもりはありませんが


モンスター退治、それは命を奪う事
命を奪うという事がどういう事であるのか、たとえそれが害獣であっても









「…うーむ、やはりオークなのですか。」

「うわ、よりにもよってオーク?最低。」

オークという亜人は、人に積極的に害を成す為モンスターと呼ばれます。
特性はよく知られているのが、人の子供が食料的な意味で大好きで、大人も捕って食う食人習慣なのですが、私たちのパーティにとって都合の悪い習性は別にあるのです。
オークにはメスがいません。
ではどうやって繁殖するかというと、人の女性を使って繁殖するのですよ、なんというエロゲ生物。
女性は連れ去られたが最後、死ぬか助けられるかするまでオークの子供を生ませ続けられるという悲惨な運命が待っているのです。

私たちのパーティーは才人とギーシュを除いて後は全部女性。
あの世界最低の下品生物を一匹残さず殲滅しないと、貞操の危機なのですよ。


「ジゼル姉さま、どうですか?」

「うーん、見た感じでは祠の周辺に4匹いるのが全部ね。
 藪とかに隠れていなければ、だけれども。
 祠の中にもいるかもしれないけれども、流石にそこは見られないわ。」

バグベアーは空をふよふよ飛べるので、偵察にはうってつけなのですよね。
ジゼル姉さまは使い魔のバグベアーのアレンと視覚を共有して、上空から偵察をしてくれているのです。
UAVで上空から偵察を行うようなものなのですよ、いやはや便利なのです。


「オークの配置は?」

「配置も何もないわ、集まって肉食べてる。
 鹿ね…鹿を素手で引き千切って食べてるわ。」

鹿ですか、人とかでなくて良かったのですよ


「鹿を引き千切るとか…すげえ莫迦力だな、勝てるのかそんなのに?」

「戦争に赴くなら、こんなものでは済まないのですよ。
 正直な話、私もこのまま帰りたい気分ですが、村から報酬を頂く約束をしてしまった手前、このまま帰るわけにはいかないのですよ。」

私は表情を引き攣らせる才人に、なるべく平然としているように気張りながら答えたのでした。


「ですよね、モンモランシー?」

「だ…だって、困っている人がいるなら助けてあげる、その代わり報酬をもらう。
 宝探しのついでにモンスター倒して村人に喜んでもらって、ついでに報酬貰えれば私達も嬉しいでしょ?
 報酬っていっても食料だけど…。」

赤貧貴族は抜かりが無いのですね。
ちなみに依頼は近隣の祠にオークが居付いてしまったので、被害が出る前にどうにかして欲しいというものなのです。


「領主の館に行って監督不行き届きを目の前で可憐に口ずさみながら右手を出せば、まあびっくりそこには大量の現金が…なんて事になるので、別に村人から報酬を貰う必要は無かったのですが?」

「発想が真っ黒過ぎるのよ、貴方は!」

モンモランシー、あんまり大声出すとオークに気付かれるのですよ。


「失敬な、報酬というのはある所から取れるだけ分捕るのが筋なのですよ?
 どうせ、オーク退治に兵の1つも寄越せないような駄目領主なのですから、せいぜい金くらいは出させるのですよ。」

「な、情け容赦ないわね、ケティ。」

「勉強代だと思えば安いものなのですよ。」

トリステインの貴族は、結構な確率で領民の大事さが今ひとつ理解できていない者が多いのですよね。
学院で教えれば良いのですが…学院ではそういう実務的な事は教えないのですよね。
貴族である以上は魔法の勉強なんかよりも、こちらの方が余程大事なのですが…今度、学院長に進言してみた方が良いかも知れないのですね、またキュルケを使って。


「…さて、取らぬ狸の皮算用はこのくらいにして、どうやればあの豚面に簡単に勝てるかを考えるのですよ。
 タバサ、何か作戦はありませんか?」

「ん、ある。」

タバサはこくりと頷いたのでした。


「あの祠は元々始祖を祀っていた祠で、参道は完全な一本道。
 そしてオークの思考は基本的に単純。
 簡単に勝つには連中の通り道を限定させて落とし穴を掘れば良い。
 餌になるものがあれば、連中はわき目も振らずに一目散に向かってくるから、予め用意した落とし穴に落とす。」

そう言って、タバサは才人を見たのでした。


「貴方はこの中で一番動きが素早い、だから…。」

「はいはいおっけー、俺が囮役ね。
 はぁ…やっぱこういう役か、俺は。」

「そう気落ちするな相棒、囮は重要だぜ?」

才人は少し肩を落としましたが、デルフリンガーがそれを宥めて居るのです。


「全部落とすのは無理だし、そこのちっこい娘っ子もそれはわかってる。
 だから、残ったのを俺に斬らせ…。」

「黙れ妖刀。」

才人はカチンとデルフリンガーをしっかり鞘に仕舞ったのでした。


「ギーシュ、貴方の役割も重要。
 あのオークの体重で崩れるけど、人の体重なら崩れない大きな落とし穴を作らなくてはいけない…出来る?」

「任せたまえ、子供の頃落とし穴といえばギーシュ坊ちゃんと呼ばれ、領民の心胆寒からしめた僕の腕前をとくと見るがいい。」

それは単なる迷惑な悪戯坊主なのですが…まあ、役に立つならばそれで良しとするのですよ。


「私達は可燃性の物質を錬金する。
 ケティ、アルビオンで使ったナパームは、私たちでも作れる?」

「なるほど、オークを穴に落として焼き殺すのですね。
 穴の上からかける分くらいなら、皆の力を合わせれば何とか。
 …というわけでギーシュ様、大きめなバケツを10個くらい用意してください。」

何かハードを作るときには大活躍なのですよね、土メイジって。


「…なんだか土メイジ使いが荒くないかね?」

「その代わり、戦闘が始まったらモンモランシーやシエスタと一緒にシルフィードの上で休んでいてかまわないのですよ。」

正直な話、オークを相手にするには対人戦闘に特化したワルキューレでは相性が悪いのです。
フーケのゴーレムみたいなのであれば、それこそ突撃させて蹴散らすといった戦法もとれるのですが。





「これでなんととか…と。」

「終わりましたね。」

小一時間程で何とか準備も終わりました。
…しかし、オークというのは本当に食う襲う犯す寝るしかしない生き物なのですね。
割と近くで作業しているにも拘らず、鹿に夢中でこちらに全く気付いていないとは。


「ごめんケティ、私もう駄目だわ。
 アレンと視覚同調させていたら、なんだか酔っちゃったみたいで。」

3D酔いみたいな症状をジゼル姉さまが起こしてしまい、戦闘要員が一人減ってしまったのですが…まあ、何とかなります。


「姉さまはギーシュ様と一緒にシルフィードで上空待機してください。
 …ピンチになったら助太刀お願いします。」

「わ、わかったわ。」

ジゼル姉さまはこくりと頷いたのでした。


「きゅい。」

シルフィードは小さくひと鳴きすると、上空に飛び立ったのでした。


「…さて、それでは才人、頑張ってください。」

「オッケー、じゃあ行って来る。」

そういうと、才人はオーク達の方に駆けていったのでした。


「やっほー、おーい豚面の阿呆ども、今日もブヒブヒ元気ですかー…ってあぶねーな、おい!
 当たったら痛いだろ、死ぬだろ!?
 このウスラボケ!死ね!氏ねじゃ無くて、死ね!」

才人がオークを挑発し、なんだかわからないけど馬鹿にされた事だけはわかったオークたちが激昂、才人を攻撃しようとしましたが、才人はガンダールヴを発動させて難なくかわし、こちらへ向けて走り出したのでした。


「やーい豚面、ピザでも食ってろデブ、バーカバーカ!」

「ぴぎー!」

「ぷぎー!」

最近筋トレを欠かさない才人の動きはガンダールヴ抜きでも結構早いので、オークは才人に全く近づくことができないでいるようなのです。


「おまたせ!」

「お疲れさまなのです。」

サイトが私たちの元まで走り寄ってきたので、とりあえず労いの言葉をかけておいたのでした。


「たぶん、数匹は討ち漏らしますから、その分をお願いします。」

「おうよ、相棒斬りまくってくれ、うひひひひひ。」

「デルフ、おっかないっての。」

いやしかし、デルフの過去にいったい何が…?
原作ではここまで変では無かったような気がするのですが。


「ぴぎゃー!」

「ふんぎー!」

怒りの雄たけびを上げながら、八匹のオークがいっせいにやってきたのでした。


「鈍重そうに見えるのですが、案外足が速いのですね。」

「そうね…で、オークが踏み抜かなかったら?」

「楽ではないけど、私達ならやれる。」

失敗すればオークの繁殖に貢献する羽目に陥るわけで、難しかろうが何であろうが殺らなきゃ犯られる状態なのですよ、いやはや…。


「ぷんぎー…ぷぎ!?ぷぎぎぎっ!?」

私たちの近くまでドスドスと走ってきたオークが落とし穴を踏み抜き、勢いあまって深さ6メイルある穴に落ちたのでした。
ギーシュ曰く、「僕が本気を出せば、こんなもんさ」…会心の作なのだそうです。


「ぷ…ぷぎ?ぷぎぎ!?」

何とか落ちずにすんだ3匹が、いきなり土の底に仲間が引きずり込まれたのを目の当たりにして、混乱しているのです。
…1匹だけですか、まあ一匹だけでも良しとするのですよ。
取り敢えず落ちなかったオークですが、混乱しているうちに一匹くらいはやってしまいましょう。


「せめて一瞬で絶命させてあげるのです。」

炎に螺旋状の回転を加え、槍状に加工して貫通力を上げた魔法の改良版なのです。
火と火と火を足し、更に細く、更に早く、更に鋭く、更に正確に…心臓を穿つ!


「…フレイム・スピア!」

白銀の光を放つ槍が、オークの巨大な体躯を維持するために鼓動する心臓を貫いたのでした。

「ぷ…ぎ…。」

自分に何が起こったのか理解できないまま、オークは絶命したのでした。
彼らは奪うことしか出来ず、我々は奪われることを善しとしない。
歩み寄りが出来ない以上、殺すか殺されるか…。


「人に寄生しないと繁殖できないモンスターなんて、存在そのものが歪過ぎるのですよ。」

存在そのものに人への純粋な悪意が感じられるこの化け物は、おそらく誰かが作ったものが野生化し繁殖したのでしょう。


「さすがケティ、今度その魔法教えて。」

「良いですが、あまり変な事に使ってはダメなのですよ?」

「何か、子供にお小遣い上げるお母さんみたいな科白だな。」

こんな巨乳で背の高い娘など、生んだ覚えは無いのですよ、才人。


「ぶぎーっ!」

「来る。」

少々ふざけている間に、2匹のオークは正気を取り戻したようで、棍棒を持ってこちらに襲い掛かってこようとしているのです。


「行くわよ、ケティ直伝…。」

キュルケのファイヤーボールは高速で回転して、細く小さくなった代わりに白く発光しはじめます。


「ファイヤー・ダガー!」

貫通力高めのファイヤーボール改め、ファイヤー・ダガー。
キュルケの放った魔法はオークの顔に突き刺さり、顔を炎で包み込んだのでした。
空気を吸えなくなったオークは、崩れ落ちてのたうち始めたのです。


「ウインディ・アイシクル!」

そのオークにタバサの放った鋭い氷塊がいくつも突き刺さり、とどめを刺したのでした。


「才人、あと一匹なのです。」

「おう、やってやるぜ!」

そう言いながら、サイトはデルフリンガーを鞘から抜き放ったのでした。


「斬られる奴は、いねがああぁぁぁぁっ!」

「何でなまはげ風!?」

いや、まったくなのです。


「遠からん者は音にも聞け!近くば寄って目にも見よ!
 おれの名前はデルフリンガー、魔剣デルフリンガー様だ!大事な事だからもう一度言うぞ、俺はデルフリンガーだああぁぁぁっ!」

「持ち主より目立つってどういう魔剣だよ、剣ならもう少し慎みを持ちやがれ!」

そう言いながら、才人はオークに斬りかかっていったのです。


「だってよう、おれ殆ど出番が無かったじゃねえか?
 科白が全然無かったんだぜ、あれ?俺空気?空気なインテリジェンスソード?とか、不安になっちまったんだよ!」

「メタな事言ってんじゃねえよ!」

才人はオークの棍棒を受け流すと、オークの腹に横一文字斬り込んだのでした。


「うっひょおおぉぉ!おれ今とっても剣してるうううぅぅぅぅ!
 さあ、もっとずんばらりんといってくれ、おれが剣である事をを実感させてくれ、いけよやぁぁぁぁっ!」

「言われんでもやるけど、きめぇ!」

頭が二人の会話を理解する事を拒否していますが、色々と溜まっていたのですね、デルフリンガー。


「ひどっ!包丁でも剣でも、使ってこそ道具だろ!?」

「余所様の刃物はもっと静かだっ!
 それに武器は使わないに越した事はねーんだよ!
 そんな事を言っていると、包丁として使うぞゴルァ!」

「そんだけは勘弁!」

才人の剣がオークの足を切り落とし、オークは悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちたのでした。


「やっぱり命を奪うっていうのは、良い気がしないなぁ…。」

「この状態で放っておかれる方がむしろ残酷ってもんだぜ、相棒。
 さあさあ、ぶすっといけ、ぶすっと。」

デルフリンガーに促され、未だもがくオークに才人は近づいて行ったのでした。


「仕方が無い…お互い様なんだから恨んでくれるなよ…上手く当たれ、南無八幡大菩薩!」

才人はそう言うと、オークの首を刎ねたのでした。


「うぅ、命を奪うのは後味悪いなぁ…。」

「まあ、何回か繰り返せばなれるって、大丈夫だよ相棒。」

「…慣れたくねえよ、こんなの。」

それには私も同感なのです。


「さて…あとは穴の中のオークなのですね。」

「オークとはいえ、無抵抗なやつまでを焼き殺すの?」

…なのですよねえ、少し気が引けると言えば気が引けるのですよ。


「ナパームを残しても仕方が無いのですよ。
 穴の中のオークにとどめを刺してから、シルフィードに頼んで死体を全部穴の中に放り込み、ナパームを注いで燃やしてしまいましょう。」

そう言ってから、穴の中のオークに向けて呪文を唱え始めたのでした。


「ケティだけにやらせるのはしのびないわね。
 私もやるわ。」

「私も。」

罪悪感は若干分散しますかね、これは?




「きゅい~、きゅ~きゅいい~。」

流石のシルフィードもオークの巨体は重いのか、三体目を引きずって穴に放り込んだ時には少々疲れたようなのでした。


「少しもったいないですし、いっそオークを食べますか、シルフィード?」

「きゅいきゅいきゅい!」

シルフィードは頭を三回縦に振ったのでした。
…そうですか、食べたいのですか、オークを。


「冗談なので、本気で反応されても困るのですよ。
 あとで村の人に羊を一頭売ってもらいますから、それで勘弁してもらえませんか?」

「きゅい!」

シルフィードは大きく頷いたのでした。
先程から思い切り会話が成立していますが、話さなければ良いというものでもないのですよ、シルフィード?


「ナパーム流し込み終わったぜ、ケティ。」

「わかりました…炎の矢。」

炎の矢がナパームに引火して、オークの死体を焼き始めたのでした。


「では、祠に行ってみましょうか、ここの宝は?」

「えーっとねえ…《アガーウルの卓布》ですって、なになに…テーブルにかければ何でも好きな食べ物が出て来る?」

本物なら、久しぶりにカレーライスかラーメンでも食べたいのですよ。


「本物ならば素晴らしい宝物なのですね、何でそんな便利なものを村の人が一切使っていないのかが不可解なのですが。」

まあたぶん、ガセなのです。
祠の中に入ってみると、案の定そこには朽ちる寸前のボロ布が大事そうに仕舞われていたのでした。


「これが《アガーウルの卓布》かよ…。」

ボロ布をつまみながら、才人ががっかりしているのです。


「…取り敢えず、そこにある石のテーブルにかけて試してみるのですよ。
 そうすれば偽物か本物かわかる筈なのです。」

「おう、わかった。」

そう言って、才人は《アガーウルの卓布》を石のテーブルにかけて椅子に座りました。


「ハンバーガー、カレー、ラーメン、牛丼、寿司、パスタ、グラタン、ラザニア…何でも良いから出てこーい!」

才人の声は虚しく祠の中に響き渡ったのでした。


「…さて、きちんと仕舞い直して村に帰りましょうか。」

「…そうだな。」

やはりガセでしたか。
まあ、一発目から当たるとは思わないのですよ。





「お初にお目にかかります、ウェスト子爵。
 私達はフロンド傭兵団と申します。
 私は団長のケティなのです、よろしく。」

全員制服ではなく、普通の服に着替えて、ここの領主である子爵に会いに行ったのでした。
とは言え…場合によっては軽く脅す必要もあるので、念の為に軽く変装したのです。
あと、団長を誰にするかで、問答無用で私に押し付けられてしまったのですよ。
…私はキュルケに押しつけたかったのですが。


「これはこれは、可愛らしい傭兵団であるな。
 …して要件とは何であるか?」

「始祖の遺品を祀ると言われる祠にオークが居ついていると村の者に聞き退治してまいりました…領主であるならば、これに見合う対価をお支払いになるべきかと思われるのですが、いかがでしょう?」

まあ要するに治安維持の押し売りなのですよ。


「ぬぅ…あのオークどもを倒したのであるか。
 見れば年若いがほとんどがメイジ、倒せるのも道理であるな。
 しかし吾輩は頼んでいないのである。
 勝手にやったのはそなたらであり、吾輩が払う義務は無いのである。」

珍妙な喋り方をする人なのですね。


「民は城、民は石垣、民は堀、情けは味方、仇は敵なりなのです。
 領主が領民が困っている時に助けなければ、領民の働く意欲は失せ、税収も減ってしまうのですよ。
 逆に、民が困っている時に積極的に手を差し伸べる領主であれば、領民は領主の為に積極的に働いてさえくれるのです。
 民の収入が増えれば、民からの税収も増える…情けは人の為ならず、成した事の報いは何であれ必ず廻り廻っ返ってくるのですよ。
 私達は子爵が将来損害を受ける事を未然に防いだのですから、その報酬はあってしかるべきだと思うのです。」

「ぬ…そう言われるとそんな気がしてきたのである。」

甲陽軍鑑の一節からパクってみたのですが、意外と効くのですね。


「しかし、当家はあまり金が無いのである。
 とりあえずいくら欲しいのであるか、言ってみるのである。」

「5000エキューほど。」

思い切り吹っ掛けてみるのです…とはいえ、これでもメイジ主体の傭兵団にしては、若干安い値段ではあるのですが。


「そ、そんなに払ったら吾輩は明日から領民よりも貧乏になってしまうのである。
 もう少しまかりならぬのか?」

…どんだけ貧乏なのですか、この子爵は。
よく見れば屋敷の中は雑然としていて、使用人では無くガーゴイルと思しきものが動き回っているのです。
まさか、ガーゴイルの買い過ぎで?


「では、4980エキューで。」

「おおそれは随分と安…安くないのである!
 そんな数字のマジックのは騙されないのであるよ。
 に、2500エキューでどうであるか?

「4500エキュー。」

「2750エキュー。」

「4250エキュー。」

「3000エキュー。」

「3980エキュー。」

「わかったのである、そのくらいであれば。
 …って、あれ?」

サンキュッパに引っかかるって、どんな気持ちなのです?ねえどんな気持ちなのですか?


「わかりました、商談成立なのですね。」

「ちょ、待つのである!
 吾輩、何か物凄く騙された感じが…。」

こういう価格表示って、この世界には全く浸透していないので、意外と引っかかるのですよね。


「ありがとうございます、子爵。」

そう言って、私は右手を出したのでした。


「もう少し値段こうしょ…。」

「ありがとうございます。」

少々ゴリ押してみるのです。


「…話を聞く気がまるっきり無いのであるな?」

「一旦頷かれたのですから、値段交渉は既に終了したのですよ。」

別に傭兵稼業で食べていく気は一切ありませんし、そもそも正規料金より安いのですから、そろそろ観念するのです。


「とほほ…これでは暫くガーゴイルが作れないのである。」

ひょっとして、この人はガーゴイル製造者なのでしょうか?
趣味でガリアのガーゴイルを買い過ぎた人だと思っていたのですが。


「今あるガーゴイルを売れば、新しいガーゴイルを作れると思うのですが?」

「…そう言えば、そうなのであるな、すっかり失念していたのである。
 この超・天・才!ウェスト子爵の手製ガーゴイルであればあああぁぁぁぁ!高値で売れるのは必至なのでああああぁぁぁぁるううぅぅぅぅ!」

い、今頃気づいたのですか…あと、いくらテンションが上がって来ても人前で絶叫するとキチ○イと勘違いされるのですよ。
使用人を全部ガーゴイルに置き換えるくらいですから、かなり腕は良いようなのですが、それ以外がアホみたいなのです…。


「確かに、倉庫に置いておいたガーゴイルをいくつか売り払えば軽いものなのであるな。
 素晴らしい助言を戴いたのである、これは感謝せざるを得ない。
 エルザ!エルザ!金庫の金を全部持ってくるのである!」

「わかったロボ~。」

そうすると、館中に張り巡らされていると思しき伝声管から返事が聞こえて来たのでした…ロボ?
暫くして、巨大な金庫を抱えたガーゴイルが走って来たのでした。


「おお、珍しく素直に言う事を聞いてくれたのであるなエルザ、さあその金庫を…ぐはぁ!?」

ええと…子爵がガーゴイルが投げつけた巨大金庫に轢かれたのでした。
子爵は錐揉み回転を起こしながら2~3回バウンドして、力無く横たわっているのです。


「あっはっは、引っかかったロボ。」

「珍しく言う事を聞いたと思ったら、これなのであるか…。」

力無く横たわりながら、子爵は呟いたのでした。
しかし、珍しくってどういうガーゴイルなのですか、それは。


「しかぁし、吾輩はこのくらいではへこたれないのである!
 金庫に確か…もってけ泥棒、なのである。
 ぐふぁ…5000エキュー、確かに渡したのである。」

「い、良いのですか?」

ぶっちゃけ、目の前の5000エキューよりも、吐血している子爵の方が気になるのですが。


「このハイパーウルトラデラックス超・天・才!である吾輩のガーゴイルであれば、何処にだって売れるのであるよ。
 取り敢えず…こいつを景気付けに5ドニエくらいで売り払って金に換えるのである。」

「はっはっは、冗談は存在だけにするロボよ。」

そう言って、女性型のガーゴイルは子爵の腕を捻り上げているのです。


「あはははは…それでは貰うものも貰いましたし、退出させていただくのです。」

「痛い痛い!その極め方は外すか折る気であるな?
 お願いですからやめるのであ…ぎゃー!」

何か鈍い音がしたようなのですが、気づかない事にしておくのですよ…。





数日後、私達は何度かの宝探しついでのモンスター討伐を済ませ、《宝物》と対面していたのでした。


「ブリーシンガメル…でしたか?」

たしか、似たような名前の首飾りは元の世界の北欧伝承にもあったのですね。
首飾りの為に醜い妖精に抱かれたという、どんだけなのですかという感じの女神の話に。


「ボロッボロねえ…。」

「どう磨いても、値打ちものには見えないわね。」

「駄目ね、これは。」

「ゴミ。」

「祭の露店で売っているおもちゃの方がまだ綺麗だな。」

「僕の錬金で青銅製に変えるかね?その方が売れそうだ。
 重さ単位いくらの金属屑的な意味で。」

皆の的確な評価が…確かにイミテーションとかそういうレベルじゃないのです。


「また…駄目だったか。」

才人は落ち込んでいるのですが、副収入の方がえらい事に。

「代わりにモンスター退治の押し売りで、この通りなのです。」

シルフィードの背に乗せられた箱に入った大量のエキュー金貨、たぶん6~8万エキューはあるのですよ。
爵位は無理ですが、小さめの屋敷付き領地なら普通に買える金額になってしまったのですよね…ちょっとした小遣い稼ぎのつもりが、とんでもない事に。
メイジ主体の傭兵団の相場としてはかなり安めだったせいなのと、なんだかんだでモンスターには迷惑していたらしく、皆が文句を言いつつもホイホイ払ってくれたのですよ。


「ここは王家直轄領なので、押し売りには行けないのですよね。」

「あなたなら、後で王家に直接請求に行きそうだけど?」

キュルケがそう言います。
失敬な、いくらなんでも姫様に直接請求に何か行かないのですよ、正体がばれてしまいますし。


「しかし、ケティが魔物退治の押し売りを思いつかなかったら、とんだ骨折り損の草臥れ儲けになる所だったねぇ…。」

「正直な話、私自身もここまでうまくいくとは思っていなかったのですが。」

ギーシュがしみじみと呟いたのに、私も思わず返答してしまったのでした。


「でも、モンスター退治って意外と儲かるのね。
 何だか私、モンスターが金貨に見えてきたわ。」

どうも、領民の為にモンスター退治を行うという発想事態があまり無かったみたいなのですよね。
モンスターに畑を荒らされたり村の人間がさらわれたりしても、余程の事が無い限りはあまり気にしていなかったようなのです。
かなり迷惑だとは思っていたようなのですが、モンスターに領地を奪われるわけでは無いので、その付属物としか考えていない領民にまで手が回らなかったという…。
なのに何で私たちが退治すると報酬がもらえるのかというと、例の甲陽軍鑑の一説を引用などしたりして、言いくるめ…もとい説得しているからなのですよ。


「取り合えず、一旦拠点に戻りましょう。
 シエスタが料理を作ってくれているはずなのです。」

「そうね、かなりまさかな拠点だけど。」

ええ、本当にまったくもってその通りなのです。




「まさか…ワルド卿の館を拠点にする事になるとは。」

野宿は嫌だとブーたれる貴族の坊ちゃん方をどうにかするのに探し出したのがこの館。
ちょうど古地図にある宝の隠し場所がいっぱいある地域が重なっている地域に行きやすい場所にあったのです。
シルフィードに乗って上昇すれば、ラ・ヴァリエールの領地も見えます。
不名誉印を刻まれた家紋を見て驚いたのですよ、ここがド・ワルドの館だったとは。
ベッドなどは布団も残っていたので、シエスタがあっという間に眠れるように仕上げてくれたのですよ。


「はい、ご飯が出来ましたよ~。」

そう言ってシエスタが出したのが、肉や山菜の入ったスープなのでした。


「おお、うまい、これは何という料理なのかね?」

ギーシュが美味しさに目を見開いて、シエスタに尋ねているのです。


「ヨシェナヴェっていって、タルブの郷土料理なんです。
 入っているのは皆さんが冒険に行っている間に捕って来たウサギと、山に生えていた野菜やキノコです。
 私のひいおじいちゃんが最初に作ったらしいんですけど、凄く美味しいので今では村中に広まっているんですよ。」

肉は入っていますが、味は…ええと、この味わいは何となく醤油っぽいような?
いやでも何となく違うのですね。


「このヨシェナヴェにはどのような調味料を?」

「塩とショッテュールっていう、魚から作った調味料を使っています
 これもお爺ちゃんが考え出したもので、使うと何でもタルブ風料理になっちゃうんですよ。」

しょっつる…でしょうか?
シエスタの曾祖父は秋田出身?
いやそれよりも、タルブの食文化がシエスタの曾祖父に席巻されているっぽいのですよ、『使うと何でもタルブ風料理』って。
シエスタの曾祖父は余程料理上手だったのですね。
ううむ…ひょっとしてシエスタの曾祖父は軍人になる前は料理人だったのではないでしょうか?
シエスタの調理を見せて貰ったのですが、出汁に乾燥させた魚を使っていましたし、何となく和食の香りが。


「なんだか日本を思い出すなぁ…。」

ヨシェナヴェの味に感動している才人をみて、シエスタがガッツポーズをしているのです。
…何故、私に向かって見せつけるようにするのでしょうか?
何故鼻で笑いますか…ムカッとしたのですよ、流石に。


「…ショッテュールを上手く使えば、魚の照り焼きとかも作れそうなのですね。
 魚醤なので、独特の臭いを消す必要はありますが。」

「え?まじ!?テリヤキバーガーは?」

才人がハンバーガー、特にテリヤキバーガーが好きなのは前に聞いているのですよ。


「取り敢えず照り焼きのタレを作らなくては始まらないのですが…そうですね、作る事が出来ればそんなに大変では無いと思うのです。
 マヨネーズは作れますし、ハンバーグも作れない事は無い筈ですから。」

「な、何でも協力するから、作ってくれよ、絶対に!」

才人のきらきらというか、ギラギラした視線が…そんなに食べたいのですか。


「わかりました、頑張ってみますから、そんなに近づかないで欲しいのです。」

そう言いながらシエスタの方を見てみると、エプロンの裾を掴んで悔しそうにしているので、フフンと笑ってみました。


「…って、何を張り合っているのですか、私は。」

シエスタについつい乗せられてしまったのですよ。
面倒ですが、フォローしますか。


「シエスタ、そのショッテュールの使い方を一番理解しているのは貴方なのです。
 私だけではなく、貴方に活躍してもらわねば困るのですよ?」

「え…あ、はい、頑張りますっ!」

…だから、何で挑戦的な視線を送ってくるのですかシエスタ。
貴方が張り合うべきはルイズであって、私ではないのですよ?


「…ねえ、シエスタ?
 そのヨシェナヴェなんだけど、レシピ教えてくれないかしら?」

モンモランシーがシエスタにそう話しかけたのでした。


「はい、いいですけど…これ様々な山菜を使うので、材料が山林にしか無いんですけど。」

「私を誰だと思っているの?
 ド・モンモランシは薬師の家系でもあるのよ、山に分け入って植物を採集するのは薬師の基本。
 薬の材料を採集するついでに料理の材料も揃えられるなら一石二鳥だわ、お金もかからなそうだし。」

さすが赤貧貴族、ケチくさ…もとい、しっかりしているのですね…ん、違う?ひょっとして…?


「さすがモンモランシー、僕がヨシェナヴェを気に入ったのに気付いて、僕の為に作ってくれるのかい?」

「ち、違うわよ、私は安い材料でこんな美味しい料理が作れるなら家系の足しになると思っただけ!」

学院のご飯はただなのですよー?


「ああモンモランシー、僕の蝶。
 君の、その奥ゆかしい所が、僕は大好きだよ。」

「違うんだったらっ!」

そう言いつつもモンモランシーの顔はにやけているのです。
成る程、ギーシュのためだったのですね…って、何でモンモランシーまで勝ち誇ったような表情でこちらを見るのですか?


「火の系譜は情熱の系譜、あなたもなかなかやるわねえ、ケティ?」

「当家の火はそんなものでは無いと何度も…。」

ニヤニヤしながらワインを飲むキュルケを軽く睨みつけてみたりしたのでした。


「ギーシュは絶対に駄目って言ってるでしょ、ケティ?」

ジゼル姉さまが同行したせいなのか、ギーシュがずーっと気まずそうな表情のままなのですよ…いったい何があったのやら?


「んー、でも、あのサイトとかいう平民の子もねぇ。
 平民でもいいってわかったら、貴方の子分だった男の子達がどう動くやら…特にパウルとか。」

「パウル…ああ、あれは思い出したくないのです。」

あんなこっ恥ずかしい真似を良く出来たものなのですよ。
ちなみにパウルは幼なじみの1人で、私よりも三歳ほど上なのです。


「あいつ、ケティが学院に出かける前の晩に、延々三時間窓の外でケティに対する愛の詩を語り続けたんでしょ?
 ケティが平民解禁しましたって、手紙送っておく?」

「頼むから勘弁して欲しいのですよ、それは。」

本当に来られたら、学院にいられなくなってしまうのですよ、恥ずかしくて。


「えー?でも彼、頭も口も良く回るし、ケティの右腕的な存在だったでしょ?
 あの歳で商会興して、うちの領の産物を売りさばいているみたいだし。」

「パウルに商会を興すように言ったのは私なのですよ、領内領外の物流における便利負便利を調べてもらう為にやってもらっているのです。
 あと、右腕に愛を語られても困るのですよ。」

時々送られて来る報告書にまで口説き文句が書き込まれていると、流石にげんなりしてくるのです。
私にとってパウルはとても頼りになる右腕以上ではないのですから。


「やっぱり、ケティは私に甘えているのが一番なのよ。」

そう言いながら、ジゼル姉さまは私の胸に飛び込んできたのでした。


「これは甘えているのではなく、甘えられているというと思うのですが?」

「まあ、どっちでもいいじゃない?
 んー…久しぶりのケティ分補給~♪」

やっぱり甘えられている気が…ふと、裾がくいくいと引っ張られたのでした。


「私も補給。」

タバサまで私に抱きつき始めたのでした。
…ぬぅ、少し暑いのですよ。


「と…ところで、次の目的地なのですが、これなんていかがでしょう?」

「ええと、何々《竜の羽衣》?」

そろそろ良いだろうと思い、キュルケに《竜の羽衣》の地図と文献を手渡したのでした。


「りゅ、竜の羽衣ですかっ!?」

いきなりシエスタが大声を上げたのでした。


「どうしたんだ、シエスタ?」

「そ、それ、うちの村の宝物ですっ!
 正確には私のひいおじいちゃんの宝物なんです。」

心底びっくりした顔で、シエスタはそう言ったのでした。


「でも、行ったらがっかりすると思いますよ。
 結構大きいですけど、良くわからない代物ですから。
 ひいおじいちゃんが言うには、それに乗ってロバ・アル・カリイエから来たらしいんですけど。」

「空を飛ぶんだ…結構すごいわね。」

ジゼル姉さまが興味深げに聞いて居るのです。


「でも、一度もそれが空を飛んだところを見た事が無いんです、私。
 ひいおじいちゃんの言う事は信じたいんですけど、やっぱり村の人達が言うようにひいおじいちゃんの妄想なんじゃないかなって思うんです。」

「…またガセか。」

才人が落ち込んで居るのです。


「まあ、行ってみるだけ行ってみましょう。
 そろそろ一週間が経ってしまいますし、タルブに寄れば美味しいワインも飲めるのです。」

「本当に酒好きだな、ケティ。」

呆れたように才人が私を見るのです。


「以前シエスタと約束していたのですよ、タルブに行った時にワインを浴びるほど飲ませてくれると。
 それに少々稼ぎ過ぎましたし、少し使っても良いじゃありませんか、打ち上げ的に…。」

「飲兵衛。」

ううっ、とうとうタバサにまで言われてしまったのです。


「兎に角!行き先はタルブで決定なのです。
 ここの拠点は引き上げますので、各自後片付けはきちんとしておくように、以上!」

「すっかり大酒呑みになっちゃって、お姉ちゃん悲しい。」

そう言って、ジゼル姉さまはワインをぐびっと呷ったのでした。


「飲兵衛一族?」

「ええ…そういう風に解釈してしまっていいのですよ。」

どうせうちの一族はうわばみばかりなのですよ。






翌日、タルブについた私達は、早速《竜の羽衣》を確認に行ったのでした。
やっと零戦と、あの零式艦上戦闘機とのご対面なのですよ…感無量なのです。

鳥居つきのその祠の扉を開けると、そこには零せ…。


「え!?ちょっとまってください、これは…。」

シエスタのお爺さんって、まさかあの世界の人なのですか!?



[7277] 第十八話 往くぞ空の彼方まで!なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2009/05/29 17:05
飛行機、羽を持たない人間が空を飛ぶために作った機械
ライト兄弟が発明してからあっという間に兵器として空を飛ぶようになったのです


飛行機、禁断の扉を開いた機械
第一次世界大戦で実戦に投入されて以来、戦争に革命を起こし続けました


飛行機、それは男のロマン
男のロマンは戦争と結びつく事がありますが、何故なのでしょう?








「旧日本軍の戦闘機…かな?
 見た事無いけど。」

才人は困惑した表情でそれを見上げています。
知らないのも無理は無いのですよ、この戦闘機は私達の歴史に実在しない物なのですから。


「プッシャー式の二重反転プロペラ…。」

これだけだと散花Mk.Bという線もあったのですが、搭載機銃が大きすぎるのです。

「57mm機関砲が二基…こんなけったいなものがついているプッシャー式戦闘機は…。」

シエスタの曽祖父はとんでもない世界から来たのですね。


「知ってんのか、ケティ?」

「ええ…この戦闘機の名は蒼莱、ジェット機並みの上昇速度と、見ての通り57mm機関砲という大砲がついた対戦略爆撃機用の戦闘機なのですよ。」

この機関砲…この世界の船なら、数発で撃沈できるのではないでしょうか?


「ええと…何で、ケティはこれが何だか知ってるの?」

ジゼル姉さまの戸惑う声に振り返ると、変なものを見るような目で私を見る皆が居たのでした。


「あ…。」

なんという大失敗…あまりの事に我を失っていたのですよ。
もしもばれた時の言い訳を予め考え、手段を整えておいて正解だったのです。

「…仕方がありません、話せる事は話しましょう。
 ジゼル姉さま、《場違いな工芸品》という言葉を知っていますよね?」

「え…?うん、うちにあるあの凄い銃の事でしょ?
 たしか、モシン・ナガンだったよね?」

モシン・ナガンM1891、ロシア帝国やソビエト連邦で使用されたボルトアクション式小銃なのです。
どこで何時入手されたものかは知りませんが、弾薬と銃本体が固定化をかけられて我が家の倉庫に眠っていたのを発見したのですよね。
私が試しに皆の前で使って見せたら、この世界の火縄銃とは全然違う威力と命中精度と速射性に皆驚いていたものです。


「…ああ、あの古文書に書いてあったのね、これ。」

ジゼル姉さまは納得した様に頷いたのでした。
私に前世の記憶があると言う事をばらさずに、あちらの兵器知識を解説する為にでっち上げた偽古文書が実家の書庫にあるのですよ。
…里帰りした時に蒼莱も書き足しておかないといけないのですね、まさか紺碧世界の兵器まで呼ばれているとは予想外だったのです。


「ジゼルも知ってるの?」

キュルケが不思議そうにジゼル姉さまに尋ねたのでした。


「うん、我が家にはこういうものに関する文献もいくつかあるのよ。
 特にケティが見つけた本には、ここには存在しない筈の高性能な武器の情報が沢山載っているものもあったの。」

「なるほど、ケティはそれを読んで覚えていたって事ね。」

私以外の人が説明してくれれば、信用度も増すというもの。
ジゼル姉さま、グッジョブなのです。


「…で、《場違いな工芸品》って、何なの?」

「うむ、そんな言葉もこんな物も、初めて見るのだよ。」

まあ、普通の人は知らないのが当然なのですよね。


「こういう、私達の国では製作不可能な精度を持った武器を指すのですよ。」

「武器なの、これ!?」

キュルケがびっくりしたように蒼莱を眺めます。


「ええ、これは風竜よりも早く高く飛ぶことが出来、連射できる大砲を搭載した乗り物なのです。
 …ただ、燃料がもう殆ど残っていないようなので、飛べなくなってしまっているようですが。」

「燃料?」

「ええ、ガソリンという非常に揮発性の高い油を燃やして動くのですよ。」

しかし、これを飛ばすとなるとどれだけのガソリンを必要とするのだか…。


「油で…コルベール先生がやっていて、サイトが興味を持っていたアレのようなものかね?
 あの蛇の玩具がぴょこぴょこ出る…。」

「そうだよ、あれがもっとずっと改良されたのがこれだよ!
 魔法が無くても空が飛べて、しかも魔法を使うよりもずっと早く高く飛べるんだ。」

ギーシュの質問に、才人が答えているのです。


「ケティ、ガソリン作れないか?」

「ガソリンは私も多少なら作れますけど、飛行機を飛ばすほど作れといわれたら、精神力が待たないのですよ。
 ギーシュ様やモンモランシーにも協力してもらえば、ある程度は何とかなるかもしれませんが…。」

やろうと思えば蒼莱に使われていたであろう、あの当時の低オクタンなガソリンではなく、ハイオクガソリンだって作れるのですが、私はなにぶん属性が火なので、土メイジや水メイジのようにホイホイ錬金出来るというようにはいかないのです。


「まあ確かに油なら錬金するのはさほど困難ではないから、ケティに見本を見せて貰えば作る事は出来るのだよ。」

「水は土の次に錬金が得意な系統だし、油のような液体なら土系統よりも水系統の方が上手く出来るわよ。
 私はラインだし、ギーシュよりもうまくやって見せる自信はあるわ。
 もちろん、必要経費は貰うけど。」

モンモランシーの絶対にただではやらないその姿勢、見習いたいものなのです。


「もちろん働いた分の対価は分け前に乗せます。」

「うん、それなら文句は無いわ。」

モンモランシーはしっかりと頷いたのでした。


「ええと、僕にも貰えるのかな?」

ふむ…ギーシュへの報酬ですか。


「ギーシュ様、私は今、貴方の助けをとてもとても必要としているのです。」

「何か、企んでいるわね、ケティ?」

両手をぎゅっと握って胸元に置き、目を潤ませながらギーシュを見上げてみました。
モンモランシーは少し静かにして欲しいのです。


「え?いや、ハハハ、でもモンモランシーが報酬を上乗せしてもらえるなら、僕も…。」

「お助け下さいギーシュ様、貴方が頼りなのです!」

そういって、私はギーシュに抱きついたのでした。
女は度胸!でもこれはいくらなんでも大胆過ぎるのです、ドキドキするのですよーっ!
か…顔に出ていませんよね?


『なっ!?』

「お願いします、ギーシュ様。
 どうか私のために頑張って貰えませんか?」

「な…なははははは、仕方がないなぁ♪
 僕の可憐な蝶のためならたとえ火の中水の中さ、頑張って見せるとも!」

た…ただの労働力、ゲットなのです。
ついでに意趣返しもできましたし…ね。


「ななななな…。」

ギーシュに抱きついたまま、唇をわななかせているモンモランシーの方を見て、ニヤリと笑って見せたのでした。
昨日私を挑発した報いなのですよ?


「ななななななな…。」

…ええと、何で才人まで固まっているのでしょうか?


「…あ、あの、ひょっとしてこれ、本当に空を飛べるんですか?」

黙って話を聞いていたシエスタが、固まっている才人の腕を掴んで自分にぎゅっと押し付けながら、私にたずねてきたのでした。


「ええ、飛べるのです。
 燃料を補給して、簡単な滑走路を用意すれば何時でも。」

蒼莱の足回りの事は流石に知らなかったのですが、不整地である草原に不時着しても問題がなかったという事は、それなりに頑丈に作られているという事なのでしょう。
そうであるなら、草を焼き払って軽く地均しすれば飛び立つことは可能な筈なのです。


「才人、何でシエスタのお爺さんがこれに乗っていたのか、知りたくありませんか?
 才人?サーイートー?」

「…はっ!?なんだ夢か、ずいぶんな悪夢だったぜ。」

才人を揺さぶると、やっと正気に返ってくれたのでした。
何やらよくわかりませんが、悪い白昼夢を見ていたようなのです。


「ええと、何でシエスタが俺の腕に…。」

「そんな事よりも、シエスタのひいお爺さんがどういう人だったのか、シエスタに聞かなくて良いのですか?」

「そんな事って…。」

何で才人に強く胸を押しつけるのですか、シエスタ?


「そ、そうだシエスタ、シエスタのお爺さんの名前を教えてくれないか?」

「はい、ゲンジュローといいました。
 貴族でも無いのに名字があって、ゲンジュロー・ムラータと。」

ゲンジュロー・ムラータ…ムラータ・ゲンジュロー…ムラタ・ゲンジュウロウ?
…私の記憶が正しければ、確か佐々木何某とという名前だったような?


「…シエスタのひいじいちゃんの遺品とか何か残っているか?」

「ええ、レシピ帳と、包丁と調理器具と…そうそう、マルトー料理長はひいおじいちゃんの料理のお弟子さんだったんですよ。
 私はそのコネで、学院に雇ってもらったんです。」

料理の弟子?戦闘機パイロットで、なおかつマルトーさんの師匠になるくらい料理人としての腕も良かったとは…。


「そうだ、ひいおじいちゃんが生前自分のお墓を作ったんですけど、誰もそこに刻まれた字を読めないんですよ。
 あの《竜の羽衣》の事がわかるなら、あの文字を読めるかもしれません。」

そういうシエスタに連れられて来たのが、村の墓地。
そこの中央近くにひたすら周囲から浮いている日本風の墓石がどーんと鎮座していたのでした。


「ええと…村田家代々の墓?
 ここに眠っているのは貴方の一族なのですか?」

「はい、その通りです。
 読めるのですかミス・ロッタ?」

まあ、これでも前世日本人ですし、読めるのですよ。


「ええ…これはロバ・アル・カリイエの文字の1つなのです。」

もちろん真実を教える事は出来ないのですが。


「海軍少尉村田源二郎ここに眠る。」

「サイトさんも読めるんですか!?」

墓の横に刻まれた文字を読み上げる才人をシエスタが驚いたように見ているのでした。


「あぁ…うん、俺もロバ何とかの出身なんだよ。」

そう言ってから、才人はシエスタをじーっと見ているのです。
じーっと、じーーーーーっと…って、何故に徐々に顔が近づいていくのですか?


「あ…あの、そんなに熱心に見つめられると恥ずかしいですわ。」

「んー…シエスタってさ、髪の色とか肌の色とか顔の作りとかに、何となくひい爺ちゃんの面影があるって言われないか?」

ああなるほど、シエスタの日本人っぽい所を探していたのですね。


「え!?ええ、はい、よく言われます。」

「うん、やっぱりな。
 シエスタの容貌って何となく俺の郷愁を呼び覚ましてくれるんだよ。
 その黒髪と瞳のせいなのかなって思っていたけど、確かに良く見れば他にも何となく日本人っぽい面影がある。」

それにしても料理人で村田源二郎…どこかで聞いたような記憶が、ううむ。


「わたし、ひいおじいちゃんの面影があるって言われるの大好きなんです。
 ひいおじいちゃんはこの村の食を大改革して、それによってこの村を豊かにしてくれたんです。
 今では皆がハルケギニア中に散っちゃいましたけど、ひいおじいちゃんが生きていた頃はここには料理人たちが己を磨く為の道場があって、お弟子さんたちが日夜切磋琢磨していたんですよ。
 タルブワインがここまで美味しくなって有名になったのも、ひいおじいちゃんが色々と試行錯誤してくれた結果なんです。」

料理人…道場…あ…ええと、とんでもない人物に一人心当たりがあるのですけれども。


「こんな所で何をやっているのですか、味皇様…。」

思わず天を仰いで額を押さえてしまったのでした。
いやまあ、ハルケギニアに呼ばれてしまったという事は味皇じゃなくて、ただの村田源二郎さんなわけですが。
しかし蒼莱のパイロットをやっていたのですか、紺碧世界の味皇様は。


「わあ、懐かしい。
 ひいおじいちゃんの呼び名を知っているだなんて。
 味皇様(ラ・オンプルール・デュ・キュイジーヌ)なんて、久しぶりに聞きましたわ。」

わぉ、こちらの世界でも味皇は味皇だったのですね。
やっぱり、美味しい料理を食べると例の『う・ま・い・ぞー!』が出たのでしょうか?
知っていたら、万難を廃してでも亡くなる前に会いに来たのに…残念な事をしたのです。

しかし…あの味皇の血がシエスタにも流れているのですか。
まあどうでも良いといえば、どうでも良い事なのですが。


「ひいおじいちゃんの遺品をお見せしますので、私の家までいらしてください。」

シエスタに案内されたのは、村で一番大きな建物なのでした。


「こちらがひいおじいちゃんの遺品です。
 …とは言っても、殆どの料理道具はお弟子さんたちが形見分けで持って言ってしまったんですけどね。」」

一室に案内された私達は、村田源二郎さんの遺品と対面する事になったのでした。


「これは飛行帽とゴーグルなのですね。
 蒼莱に乗るのであれば、借りた方が良いと思うのですよ、才人。」

シエスタが取り出したのは、飛行帽とゴーグルと皮のジャケットと、あとは一振の包丁なのでした。
どれも手入れがきちんとされていたせいなのか、問題無く使えそうなのです。
包丁は才人が持っていてもしょうがありませんが。


「…これ、貰っていいか、シエスタ?」

「はい、どうぞ。
 実はひいおじいちゃんが遺言で、あのお墓に書いてある文字が読める人が来たらあの《竜の羽衣》や、その服や帽子を譲っても良いと言っていたんだそうです。
 あと、竜の羽衣を《出来る事なら陛下の元にお返しして欲しい》って、そう言っていたそうです。
 物知りなミス・ロッタは置いておいて、才人さんがあの文字を読めたということは、ひょっとして…?」

シエスタの探るような問いに、才人は大きく頷いたのでした。


「ああ、俺は君のひい爺ちゃんと同じ国から来た。」

「…という事は、陛下というのは才人さんが元々いた国の王様ですか?」

「うん、王様じゃなくて天皇陛下って呼ばれているけどね。」

高校生にしてはそのあたりに厳しいのですね、才人?


「才人の国は人口約一億二千万人、日本と呼ばれるロバ・アル・カリイエきっての大国なのだそうです。
 メイジは居なくて、あの蒼莱みたいな機械と呼ばれるもので生活を成り立たせているのだそうですよ。
 ねえ、才人?」

「え?あ、ああ…おう。」

才人、アドリブが利かないのですね。


「一億二千万人って、どう考えてもハルケギニア全土の人口を合わせた数より多いじゃない。
 数え間違いじゃないの?」

モンモランシーが信じられないという風に、肩をすくめたのです。


「日本には戸籍制度っていうのがあって、国民一人一人を生まれた時から国が登録しているんだ。
 だから、数字に間違いは無いよ。」

「…だ、そうなのです。」

トリステインの人口がおよそ200万人弱、ハルケギニア全土の人口をかき集めても3500万人くらい。
そこから考えると想像不能な人口なのは確かなのですね。


「ルイズって、ひょっとしてとんでもない国の平民を召喚しちゃったのかしら?」

「想像が困難なほどの大国であるのは確かなのですね。」

まあ何にせよ重なる事の無い世界ですから、気にしても仕方が無いのですよ。





「…ひっく。」

その夜、シエスタの家族が酒宴を催してくれたのですが、少々飲み過ぎた感があるのです。
村長であるシエスタの父が直々に腕を振るってくれたのですが、流石は味皇の孫というか、どの料理の絶品だったのです。
タルブワインもかなり良いのを出してくれたらしく、まさに甘露なのでした。


「良い月なのれすねえ~。」

呂律も回らないとは、かなりキているのですね。
ちなみに現在私は酔い覚ましがてらにタルブの草原でぼけーっと体育座りをしているのです。
…実は足にもキているので、歩くのが困難なのですよ。


「あれ、ケティ?」

「ん~、才人?
 こんな所で何をしているのれすか~?」

おおぅ…才人がぶれて見えるのですよ。


「たぶんケティと同じ、酔い覚ましだよ。
 隣に座ってもいいか?」

「いいれすよ~。」

私がこっくりと頷くと、才人は私の隣にストンと座ったのでした。


「シエスタにさ、話したよ。
 俺がこの世界の人間でないこと。
 ケティがせっかくフォローしてくれたけど、シエスタには話しておかなくちゃって思ったんだ。
 シエスタのひいじいちゃんの事だから、誤魔化したままでいたくなかったんだ。」

「成る程~、確かにシエスタにはちゃんと教えておくべきなのれすね~。
 道理なのれすよ~。」

ハルケギニアでは『聖地』にある世界扉から出てくるものも一緒くたにロバ・アル・カリイエの産物にされているので、才人がそこから来たというのも別に嘘ではなかったのですが、まあ良いのです。
しかし、このアホみたいな口調は何とかならないものなのでしょうか?


「明日は滑走路の造成を行い~、ギーシュ様とモンモランシーにガソリンのサンプルを作ってもらうのれす~。
 しょれから~、え~と~…。」

しまったのです、考えたりしたから脳が限界を超えてしまったのですよ、瞼が重くなって、ねむ…。



《才人視点》

「くー。」

ケティがしゃべりながらぱたりと倒れて寝ちまった…。
しかし、本当に酒好きなんだな、ケティって。


「おい、こんな所で寝たら風邪引くぞ、ケティ。」

「んにゃー、にゃむ…むにゅ。」

揺らしても、むずがるだけで起きる気配がぜんぜんNEEEEE!


「おーい、こんな所で寝てたら、Hな事しちゃうぞー…?」

「どーぞ、ごかってにぃ~…むにゃ、ワイン…。」

何…だと…?


「おーい、嘘じゃないぞ、本当だぞ、本当にやっちゃうぞ?」

「うにゅー。」

沈黙は承諾と受け取って良いのだろうか?
これは神の与えた千載一遇のチャンスか、大人の階段を駆け上るチャンスなのか!?
いやしかし、しかしだ…悪い予感がするんだな、これが。
最悪のタイミングで最悪のハプニングが起きるに決まっているんだ、今までの経験から言っても。


「やめとこ…ケティにまで絶交されたら、俺もう死ぬしか。
 どう考えても、ケティは俺の事をただの友達だと思っている節があるしなぁ…いやまあ、ただの友達なんだけどさ。」

ルイズの事は今でも好きだ、好きなんだけど…絶交されたままなわけで、しかもあれは単なる偶然で、なのに理由を聞いてもくれなかったわけで。


「しかし、普段は大人びいた雰囲気なのに、寝ると随分無邪気な表情だな。」

「うーん…ギーシュ…んぅ…。」

やっぱし、ケティはギーシュの事が好きなのかなぁ?


「あいつがケティに何したってんだよ…。
 俺なんか命の危機を救ったり…後は、えーと、えー…と?」

決闘のときルール教えてもらったり、色々と助けてもらったのに、俺がした事といえば、頬擦りしたり、パンツ見たり、押し倒したり、殆ど真っ裸なところを見たり…。


「あれ?むしろ貸し借り大赤字?」

なんというか、虫のように嫌われていても全然おかしくないレベルのセクハラですよ!


「あれは仕方が無かったんだ、つい、何というか、男のサガというか、ケティが相手だと無防備に甘えたくなるというかっ!
 兎に角、兎に角だ、あれだけやっても嫌われていないし、友好的に接してくれるという事は俺の事も結構好きなはずだよな?」

「にゅ?誰が誰の事を好きなのれすか?」

うぉ!?ケティが急に起きた!?


「え、えと、いや、だから…。」

「いいれすか?私はいつもいつもいつもいつも才人とルイズの事を心配しているのれす。
 ルイズは自分の属性のせいで、心がかなり歪み始めてしまっているのれす。
 うにゅ…それを癒してあげられるのはあなただけなのれすよ?
 ルイズだけを見ておいて欲しいのれす。
 それと、あなたには女の子を惹きつける魅力があるのれすから、私に頼り過ぎないで欲しいのれす。
 最近あなたに頼られる事が楽しみになってきた自分が嫌になるのれ…すから…私ここれ以上惹きつけないれ、くらさぃ…くー。」

ケティはぱたりと倒れてしまった。
寝言…だったのかな?


「そうか、俺に魅力を感じてくれているんだ、ケティは。」

そういう事にしておく、なんか元気になるし。


「とりあえず、嫌われないためにするべき事は…とりあえず運ぶか。」

抱き上げてみると、結構軽いのに少しびっくりした。
確かにルイズやタバサほどじゃないとはいえ、ケティは小柄な体格の部類には入ると思うけど。


「しかし、柔らかくて、ふわふわしていて、いい匂いだ…。」

匂いを思いきり肺に入れるくらいなら、問題無いよな?な?


「誰に言っているんだ、誰に。」

独り言が多くなるな、やっぱり緊張しているんだろうか、俺?


「あれ?サイト?
 抱っこしているのは…ケティ?」

向こう側からやってきたのは、ケティの姉ちゃんのジゼルだった。


「何か、酔っ払って話しているうちに寝ちゃったんだよ。」

この人、俺より少し背が高くて、スラッと伸びたモデル体系なんだよな。
ケティよりもつり目に見えるのは、たぶんポニーテールのせいかな?
ケティは可愛い系なんだけど、ジゼルは格好良い系、年下の女の子に「お姉さま」とか言われそうな感じの。
なのにいっつもケティに甘えまくっているから、いろんな意味で台無しだけど。


「ありがとう、女の子っていってもなんだかんだで結構重かったでしょ?
 私が代わってあげる。」

そう言うと、ジゼルは呪文を唱えはじめた。


「レビテーション。」

「おわっ!?」

急にケティの体から重さが消えたかと思うと、浮き上がった。


「いや、そんなに重くは無かったんだけど。」

「うん、知ってる。」

そう言うジゼルの腕の中に、眠るケティはふわりと納まった。


「だって、こんなに格好良くて軽くて良い匂いのするケティを他の人に任せるだなんて、ねえ?」

「ふにゃー…。」

ジゼルはケティを抱き寄せて頬をすりすりしているけど、ケティはちょっと嫌そうに眉をしかめている。
なんというシスコン…って!?


「あーっ、騙したな!?」

「おほほほ、ケティは渡さないわ、さらば!」

そう言うと、ジゼルは物凄い勢いでケティを抱きかかえたまま走り去ってしまった。


「足はえー、ジゼル…まあいいや、帰って寝よ。」

もうちょっとあの感触と匂いを感じていたかったなぁ…。






《ケティ視点》
「…何故?」

翌朝、目が覚めると何故かジゼル姉さまの抱き枕にされていたのでした。
タバサにも抱き枕にされているのです。
しかも何故か私の上にキュルケが乗っかっているのですよ…。


「暑い…。」

3人に囲まれて眠るのは、流石にきっついのです。
ハーレム?前世なら兎に角、今の私は女の子なのですよ…。


「取り敢えず起き上がりましょ…起き上がれない!?」

3人の腕と足が私の腕と足に絡み合って外れないのですよ…。


「ああ、暑い…。」

「おーい、ケティおはよ…う?」

だから才人、レディの部屋を訪れる時はノックぐらいしやがれ、なのです。
…ですが、今回はグッジョブ、許してあげるのですよ。


「助けてください、才人…。」

「助けるのはいいけど…触っても良いのか?」

私はしょうがないと諦めますが、他の三人は未だ夢の中、流石にまずいかもしれないのです。


「…シエスタとモンモランシーを呼んで来てください。」

「おう、わかった。」

才人に呼ばれてやってきたシエスタとモンモランシーに、指差されて笑われたのは言うまでも無いのでした。
しかし、何でこんな事に…。





昼過ぎになり、滑走路が何とか完成したのです。
草を焼き払い、村の人たちに頼んで地均しをして、何とか500mの滑走路をでっち上げたのでした。
もちろん、代金は全て今まで稼いだお金から支払っているのですよ。
総額合わせて6000エキュー程。
…結構な額になりましたが、竜騎士を呼んで運んでもらうよりは遥かに安い額なのですよね。

ちなみにギーシュとモンモランシーは現在、村にある油を食用非食用を問わずに錬金で変質させて自動車用のハイオクガソリンに変えているのです…実は昨夜から。


「…か、完成したわよ。」

「こ…これが僕の本気さ。」

燃料タンクの四分の三ほどの量ですが、これで十分なのです。
デスマーチ、ご苦労様なのです。


「二人ともお疲れ様でした。
 取り敢えず今は寝てください。」

「ええ、遠慮せず寝させてもらうわ…。」

「精も根も尽き果てたよ、僕ぁ…。」

二人はよろめきながら、肩を組んでシエスタの家に入っていったのでした。
ううむ…これをただ働きさせるのは流石に鬼畜なので、ギーシュにも報酬を出しましょう。


「では早速、これを蒼莱に注ぎましょう。」

「ん、シルフィード、注いで。」

「きゅい!」

シルフィードはひと鳴きすると、木で作ったポンプのハンドルを口で持って回し始めたのでした。
ガソリンがポンプで汲み上げられて、燃料タンクに注がれていきます。


「んー…これは確かにガソリンの香り。」

「いい香りなのですねえ。」

ガソリンスタンドに漂う香りなのです。


「しかし、こいつがハルケギニアの空に舞うのか…。」

「感慨深いのですねえ。」

燃料を注がれる蒼莱を見て感慨深げな才人に同意します。
取り敢えず、弾倉から弾を一発抜いてきたので、これを何とかして複製できないものか粘ってみるのですよ。
57mm弾…一日一個でもいいから、何とか複製できれば良いのですが。


「ああそうなのです、防弾板と無線機を外して後部座席を取り付けたので、宜しくお願いしますね。」

「…素早い、さすが元軍オタ、抜け目ねーな。」

当たり前なのですよ、架空戦記の戦闘機に乗れる機会なんてそうそうあるものではないのですから、張り切って当然なのです。
しかし、このハルケギニアの世界扉は才人の世界にだけ繋がっているわけではないのですね。
聖地にヤクトミラージュが転がっていても、もはや何ら不思議ではないのですよ。


「別に趣味だけで同乗するわけでなありませんよ?
 才人だけで学院の近くに着陸したら、騒ぎが起きて収拾がつかなくなる可能性が高いでしょう。
 私も乗っていれば、ある程度の誤魔化しもつくというものなのです。」

「あ…そうか、この世界じゃ平民は空を飛べない筈だもんな。」

そういう事なのです。


「他の皆はどうするんだ?」

「シルフィードで帰って来て貰うのです。
 残念ながら、蒼莱は二人が限界ですし。」

一人用のところを無理して乗るのですから、もうどうにもならないのですよ。


「燃料注入終わった。」

「才人、コックピットへ行ってエンジン始動の準備をして下さい。
 私はプロペラを回すのです。」

レビテーションのベクトルを回転様にいじって…こんな感じですか。


「レビテーション。」

こんな即興魔法にいちいち発動ワード考えるほど私は詩的才能に溢れてはいないのですよ、どうせ。


「へえ、この二つの風車、逆方向に回転するのね。」

「ええ、二重反転プロペラと言うのですよ。
 ああキュルケ近づかないでください、プロペラがこれからものすごい勢いで回るので、吸い込まれたら一瞬で挽肉になるのですよ。
 それでは才人、エンジンを始動させて下さい。」

キュルケがもの珍しそうに覗き込んでいるので、注意して留まってもらったのです。


「おっけー、んじゃいくぜ!」

バスン!バスン!という音が何回か鳴った後、バスバズバズバス…という連続した音になっていき、プロペラの回転数もどんどん上がっていきます。
とうとうバババババババババ!という爆音に変化したのでした。


「きゃあああああああっ!?」

シエスタのスカートが物凄い勢いではためいているのです。
それを、風に吹き飛ばされそうになりながら、村の男達が鼻の下を伸ばして眺めています。
…後ろに立つなというのをすっかり忘れていました。


「シエスタ、さあ、こちらへどうぞ。」

「ミス・ロッタ、パンツ、パンツ!」

シエスタが必死になって呼びかけてきますが、私のミスなのですからパンツの一つや二つ、見えたところでしょうがないのですよ。
前世の経験から考えても、堂々と見えっぱなしだと逆に劣情を誘わないものですし。


「ふう、すいませんシエスタ、すっかり忘れていたのですよ。」

「ありがとうございます、スカートが捲れるのも気にせずに助けに来ていただいて…。」

改めてそう言われると、かなり恥ずかしくなるからやめて欲しいのですよ、シエスタ。


「それでは私と才人はこの蒼莱で、一足先に学院に帰るのです。」

「えー?ケティだけずるくない?」

キュルケが口を尖らせて文句を言い始めました。


「な、何でミス・ロッタなんですか、私でも良いじゃありませんか?」

シエスタも不満そうに眉を吊り上げているのです。


「私もケティと一緒に乗りたいー!」

ジゼル姉さま、才人が降りたら操縦できる人がいないのですよ…。


「……………。」

最後にタバサ、本を読みながら何度もこちらを意味ありげな視線でチラ見しないでください。


「これが学院の近くに着陸すれば、必ずや大騒ぎになるわけですが…。
 …この蒼莱がどうやって飛んできたのか、うまく説明できる人が私以外にいるならどうぞ?」

ええい、確かにこれは殆ど趣味ではありますが、理由だってきちんとあるのですよっ!


「そういう面倒臭いのは簡便だわ、学院に帰ってから乗せてもらおうっと。」

キュルケなら、きっとそういうと思っていたのです。


「うう…ミス・ロッタずるい。」

今回は勘弁して欲しいのです、シエスタ。


「うう、私がソウライの扱い方がわかれば…っ!」

だから、何で才人を排除しようとするのですか、ジゼル姉さま?


「残念。」

「きゅいぃ…。」

シルフィードが切なそうに見ていますよ、タバサ。


「異論は無いのですね、ではまた後で会いましょう♪」

「…自分の趣味の為に皆を言いくるめるか、普通?」

コックピットに入ると、才人がボソリと言ったのでした。


「趣味の為でなかったら、ここまでの強攻策は取らないのですよ?」

「何かが激しく間違えているような気がする…。」

頑丈な椅子を加工して作った仮設の座席に、自分の体をしっかりと縛り付けていきます。
仮設の座席をしっかり作っておかないと、私の後に乗るルイズが戦闘機動であちこちに体を打ち付けて、無残な事になってしまいかねないのですよ。
ヒロインとして色々とNGでしょう、それは?


「まあいいか、じゃ行くぞ!」

才人の声とともに蒼莱はゆっくりと動き出し、急速に加速し始めたのでした。


「うひゃあ、揺れる、ゆ~れ~る~!?」

「黙ってないと舌噛むぞ!」

前世で渡米するときに乗ったジャンボジェット機とはぜんぜん違う離陸なのですよ、物凄く揺れるのです。
今度滑走路を作るときは、もう少しきちんと整地しましょう…。


「あ…、揺れが。」

「離陸したぜ、ケティ。」

急に揺れがやんで、ふわりと持ち上がった感覚がしたのでした。


「凄い上昇速度、流石は蒼莱なのですね。」

あっという間にタルブの村が遠ざかっていくのです。


「蒼莱は確か高度12000メートルまで上昇できますが、やめてくださいね?」

「何で?」

「外気温が-20℃くらいになるのですが、行きたいのですか?」

蒼莱は与圧が比較的しっかりしているらしいですが、簡便願いたい気温なのですよ。


「高度3000メートルくらいにしておくな…。」

賢明な判断なのですよ、才人。
この後私たちは一時間弱の空の旅を楽しんだのでした。



[7277] 第十九話 男と女のエトセトラ、メカもあるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:32
男女関係色々あります
男と女がいれば、まあ、色々と起きるものなのです


男女関係複雑です
ルイズと才人、その関係まさに摩訶不思議なのです


男女関係のもつれは…NiceBoat?
刺されたり、首斬られたりは断じて勘弁なのですよ








「高い所から学院を見下ろすのも、また乙なものなのですね。」

「それは良いけど、ちゃんと着陸場所探してるか?」

現在私達は学院の周辺に楽に着陸が出来る場所が無いか探しているのです。
離陸時に酷い目に遭いましたから、着陸時にも同じ目に遭うのは勘弁なのですよ。


「うーん、あの直線街道が丁度良いとは思うのですが…。」

「ケティもそう思うか?」

トリステインには大王ジュリオ・チェザーレ時代の街道がいくつか残っているのですが、学院の近くにもあるのですよね。


「ただ少し、狭いのですね。」

「ケティもそう思うか…。」

きちんと舗装されているので、草原に不時着するよりはいいような気もするのですが側溝があるので、はまったら大惨事なのですよ。


「やはり仕方がありません、学院の前の道に着陸しましょう。
 多少起伏がありますが、草原に不時着するよりはましな筈なのです。
 後でコルベール先生とオールド・オスマンに頼んで、平らな滑走路を造れば良いのです。」

「仕方が無いな…ケティ、舌噛まないようにしっかり口閉じておけよ?」

才人がそう言うと、蒼莱は緩やかに旋回しつつ速度を下げていくのでした。


「学院の前にぴったりつけてやるぜ!」

「別にそんなチャレンジをしなくても。」

蒼莱は徐々に速度を落として行き、接地し…大きくバウンドしました!?


「なんのおおおぉぉぉっ!」

それでも才人は何とか態勢を立て直しますが、速度があり過ぎやしませんか!?


「死んでも命がありますようにっ!?」

「何の、根性!」

プロペラピッチをリバースにしたのか、急激に速度は落ちていきます。



「何とか…止まった。」

「今度は何処の世界に生まれ変わるのかと、一瞬考えてしまったではないですか…。」

…死ぬかと思ったのですよ。


「風防を上げてください、そろそろ来るはずなのです。」

「わかったけど、誰が?」

そう言いながら、才人が風防を上げたのでした。


「眩しい人に決まっているのですよ。」

「眩しい人?」

その時、学校の門の向こうがきらりと輝いたのでした。


「…ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!」

ズドドドドと擬音を響かせながらやってきたのは…。


「うぉっ!眩しッ!?」

「こここれは、これはいったい何なのですかな?」

そう、『眩しい人』こと、コルベール先生なのでした。


「目が、目がァ!?」

「どーもどーも、コルベール先生、ただいま帰還いたしましたのです。」

そう言いながら、もがく才人を尻目に蒼莱から降りたのでした。


「目がああァァ!?」

「おお、君は確か一年のミス・ロッタではないか。
 これはいったい何なのですかな?」

「これは蒼莱といって、才人の世界の空を飛ぶ乗り物なのです。
 魔法をまったく使わずに、風竜よりも早く高く飛ぶ事が出来るのですよ。」

私がそう言うと、コルベール先生は驚いたように目を見開いたのでした。


「目がああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「それは素晴らしい!?
 い、いったいどういう原理でそうなるのかね?
 知っている限りでいいから教えてくれたまえ。」

「はい、私の聞き知っている限りであれば。
 …はい、なんですふぁ、さいひょ?」

ちょんちょんと指で肩を突かれたので、振り返ってみると指がぷにっと頬に突き刺さったのでした。


「なにふるのれふか?」

「無視すんなよ。」

ちょっぴり涙目で、才人が私を睨み付けていたのでした。


「集まった他の連中に、可哀想なものを見る目で見られたじゃねえか。」

「あれは無視するでしょう、常識的に考えて。」

いくらコルベール先生の禿頭が眩しいとはいえ、もがき苦しむほどではないのですよ。


「俺渾身のリアクションを完全スルーとか、悲し過ぎるだろ…?」

「あんなベタなリアクションに、いちいち反応するのも癪だったのです。」

「…そろそろ良いかね?」

痺れを切らしたコルベール先生が話し始めたその時、視界にふわっと上品に広がったピンクブロンドが目に入りました。


「ええ、才人の国の乗り物ですし、才人に聞けば答えてくれると思うのですよ。」

「なるほど、確かにそうですな!」

「ええっ、ちょ、ま、ケティ!?」

才人の制止を無視して、私は先ほどピンクブロンドの髪が見えたところに向かって歩いていったのでした。


「それでは早速聞きたいのだが…。」

「ひええぇーっ!?」

始祖に祈っておいてあげるので頑張れ、なのです。


「あ、居ましたねルイズ。」

「…才人と二人っきりだったの?」

ルイズが自信なさげに私を見たのでした。


「あなたに依頼された通り、才人が私を含めて女の子と妙な事にはならないようにしておきましたよ?」

タルブでたらふくワインを飲んだ後、朝まで記憶が無いのですが、才人の様子を見るに誰とも何も無かったと思うのですよ。


「…ほんと?」

「ええ、この件に関して嘘は無いのですよ、始祖に誓って。」

まあもっとも、私は始祖の事など欠片も信じてはいないのですが、今回は嘘偽り無いのですよ。


「その割には、サイトとだけ一緒に来たみたいだけど…?」

飽く迄も、そこをツッこむのですね、ルイズ。


「あれは元々一人乗りなので、何とか席をでっち上げても二人が限界だったのですよ。」

「ああ言えばこう言われる…何だか一生口で勝てる気がしないわ。」

元々コミュニケーション下手なルイズが、《見た目は少女、記憶はヲタク(♂)、でも人格は少女…の筈》の私に口で勝とうなど、100年早いのですよ?


「うう…心配が無いのはわかったけど、どうしよう?」

そう言いながら、ルイズはコルベール先生に質問責めにあっている才人をチラ見しているのです。


「気まずいのはわかりますが、恥ずかし紛れに肉体言語で語ったら完全に終わるのですよ?
 そうしたら、私の努力も全てパアなのです。」

ここぞとばかりに攻勢をかけようとするシエスタを散々妨害したせいで、私は彼女に才人を巡るライバルだとすっかり勘違いされてしまったのですよ…。


「う…わかってるけど、自信無いわ。」

そう言って、ルイズは私の後ろにササッと隠れたのでした。


「ゆ、ゆっくり、ゆっくり前進して。」

「1つ言っておきますが、ルイズの髪の毛はとても綺麗で目立つのですよ?」

横にふんわり広がってしまうので、私の体格で隠すのはどう考えても無理なのですよね。


「それでもいいから、進んで。」

「…意味が全く無いような気がするのですが、仕方が無いのですね。」

私はそろりそろりと後ろにルイズを隠しながら才人に近づいて行ったのでした。


「あ、ケティ、た…助けてくれ!
 こういうのケティの方が詳しいだろ!?」

「ミス・ロッタが、何故…?」

「………………。」

そういう事を面と向かって言われると、滅茶苦茶困るので止めて欲しいのですよ。
…はぁ、こういう私が制御しきれないうっかりが起きるから、才人には前世の事を教えるつもりは最初無かったのですが、仕方が無いのですね。


「実は私の実家には、こういう《存在し得ない工芸品》に関する古い資料があるのですよ。
 一般人に過ぎない才人よりも、きちんとした資料を読んだ人間のほうが詳しいのは道理なのです。」

「そうそう、ケティはこういうのにくわし…いでーっ!?」

「な、なるほど!それは是非一度読んでみたい…けど、無理ですな。
 そ、そうだ、今度取り寄せて…。」

偽の古文書とは言えど、書いてある事は全て本当なのですから、見せるわけには行かないのですよ。
同時に才人の足を、《お願いだから黙っていて欲しい》という切なる願いを込めて、思い切り踏んづけてみたのです。


「先生の好奇心には敬意を表しますが、取り寄せる事は出来ないのです。
 当家の古書の多くは、ロマリアの焚書を免れた貴重な資料が多いもので。」

「う…ううむ、そうかね、残念だ…本当に。」

それに偽古文書だとばれるのは拙いですし、コルベール先生には悪いですが、持ってくるわけには行かないのですよ。


「その代わり、この蒼莱に関する事で私の知り得る事は何なりとどうぞ。」

「おお、本当かね!」

「え、ええ、飽く迄も私の知り得る事だけなのですが。」

顔を近づけ過ぎなのですよ、コルベール先生。
事故ってキスにでもなったら、燃やしますよ?


「そ、その前に才人、ルイズが仲直りしたいそうですよ?」

「え!?ちょっと、ま、待って…。」

待たないのです、とっとと和解しやがれなのです。


「え、ええええええと、な、何してたの?」

「宝探し。」

いきなり現れたルイズにテンパったのか、才人も言葉少なめなのです。


「そ、そう、無事で良かっ…じゃなくて、ご主人様に無断で出て行くとは、い、いい、ど、度胸じゃないの?」

「俺、クビじゃなかったか?」

「…うっ。」

ルイズが泣きそうな顔になりました。
…それじゃあ嫌そうにしか見えないのですよ、才人?


「こ、ここで挫けちゃ駄目よ、ルイズ…。
 ケティからあらかた話は聞いたわ、だから弁解の機会を与えてあげる。
 聞いたけど才人から直接教えて、いったい何があったの?」

「シエスタとは何もしてない、あれは不幸な偶然がいくつも重なった結果だよ…って、自分でも何であんなになったのか信じ難いんだが。」

それこそが、ラブコメ主人公属性の為せる業なのですよね…時折巻き込まれる私はたまったものでは無いのですが。


「本当に、何も無いのね?」

「ああ誓うよ、シエスタとは何にも無い。
 そもそもあの時だって、彼女来たの初めてだし、そんな事に早々なってたまるかよ。
 だいたい、俺とルイズだってなんにも無いじゃねえのさ、何であんなに激怒すんだよ?」

「ううぅっ…。」

またルイズが泣きそうな顔に…いや、これは泣きますね、乙女の最終兵器《泣き落とし》なのです…まあ、これは本気で泣いているわけなのですが。
この高等テクニック、後学の為に是非勉強せねば。


「うっ…ぐすっ…ひっく。」

「ちょ、そこで泣くのは卑怯だろ!?」

案の定、才人は慌てふためき始めたのです。


「だ…だって、あんな事言ったのはいいものの、本当に居なくなったらって思ったら不安になったんだもん。
 貴方は使い魔で、わたしはご主人様なのにサイト全然私の言う事聞いてくれないし。
 その癖ケティの言う事にはホイホイ従うし、そのせいでどう見てもわたしよりもケティのほうがご主人様に見えるし。
 どうせ、わたしは言う事理不尽だし、本当は何を言いたいのかわからないし、怒りっぽいわよ、うぇーん!」

「い、いやさ、わかってんなら直せよ…な?
 あと、いつの間にかあんまし関係の無い事まで言って無いか?」

「直せるならとうの昔に直してるわよ、サイトのばかー!えーん!」

おお、何というカオス。
どう考えても悪いのはルイズなのに、全ての因果を通り越して悪いのは才人という空気が醸成されつつあるのですよ。


「ああもう、わかったよ、何だかわからんけど俺が悪かったから、もう泣くなっての。」

泣く娘と範馬勇次郎には勝てないといいますし、当然いえば当然の結果かもしれないのです。


「やれやれ、二人とも仕方が無いのですね…ああ、すいませんミスタ・コルベール。
 それでは質問にお答えしましょう。」

「うむ、それではまず…。」

この後数時間に渡って、コルベール先生の質問攻めは続いたのでした。
取り敢えず、知っている事は全部言いましたが、あれで良かったのやら…。





「才人、はい、スパナなのです。」

「お、サンキュー。」

現在私と才人は蒼莱のコックピットの中。
才人と一緒に助手席をでっち上げたものから、きちんとしたものに変更している最中なのです。

ベルトは紐で縛りつけるものから、革の4点式ベルトでがっちり固定できるものに変更しました。
ベルトの留め金も、ギーシュに頼んで作ってもらったので完璧です。
粘土で作った工具の原型を少々無理して鉄に錬金してもらったりもしましたし、何だか最近縁の下の力持ちとして大活躍なので、今度何かきちんとしたお返しをしなくてはいけないのですね。
ギーシュの喜ぶもの…女の子?


「しかし、ここまでがっちり作りこむ必要があったのか?」

「助手席から誰かが吹っ飛んできて、一緒に墜落したいのですか?
 こちらの金属は大日本帝國時代の大量生産品に比べても冶金技術が遥かに劣るのですから、かなりがっちりしないと戦闘機動を行ったときに危ないのですよ。」

原作でもルイズは戦闘機動を行う零戦の中で転げまわって傷だらけになっているのです。
危ない事するなーとか思っていたので、しっかり覚えているようなのですよ。
こんな所ばかりしっかり覚えているというのが、何とも軍オタの性というか何というか…。


「戦闘機動…か、やっぱ戦争になるのか?」

「レコン・キスタは革命をハルケギニア全土に広げようとしているのです。
 ついでに言えば、連中にはこの世界の戦争における良識も常識もありません。
 才人、アルビオン王党派が一気に押し込まれた原因を知っていますか?」

ワルドはレコン・キスタを利用して、この国の腐敗部分を粛清しようとしていたようですが、この国の腐った連中ばかりがレコン・キスタに賛同しているというのが笑い話なのです。
彼らは王権の縮小または排除と、それによる自らの権益拡大の事しか考えていません。
わかりやすく言うと、この国がレコン・キスタに負けた場合、まともな貴族が一掃されて、腐った貴族だけが残る事になるのです。
レコン・キスタにこの国が滅ぼされた場合、この国の腐敗ぶりは手の施しようの無いくらい酷くなるでしょう。


「いや、知らないけど。」

「休戦協定を結んで王党派が緩んだ直後に、協定を破って奇襲を仕掛けたのです。
 レコン・キスタにはルールは守られるという前提があるからルール足りえるのだという事が、いまいち理解出来ていない人間が頂点にいるようなのです。
 今度も我が国と休戦条約を結ぶとかいう話になっているようですが、たぶん彼らは莫迦の一つ覚えみたいに同じ策を使うでしょう。」

実際、原作でも破られましたしね。


「タイミングはたぶん姫様のお輿入れに合わせて。
 アルビオンから親善の為の艦隊がやってくるそうですよ?」

「その話、姫様にしたのか?」

洒落にならない話を聞いて真剣な表情になった才人が、私の方を見たのでした。


「いいえ、していないのです。
 姫様伝いでばれると大変な事になりますし、チャンスでもありますから。」

「チャンス?」

才人が不思議そうな表情を浮かべたのでした。


「ええ、奇襲というのは相手が知り得ないからこそ、奇襲になるのですよ。
 そしてこれは、奇襲を仕掛けてきた相手にも言える事なのです。
 奇襲を仕掛けて混乱する筈だった相手が平然と反撃してきたら、びっくりすると思いませんか?」

「奇襲を仕掛けてきた相手を奇襲するってのか、えげつねー。」

戦いとは正義が勝つものではなく、勝ったものが正義なのですよ。


「この情報はモット伯の伝手を使って、トリステイン艦隊司令官のラメー伯だけに伝えてあるのです。
 後はラメー伯が信じるか信じないか…なのですよ。」

レキシントンは既に撃沈済みなので、新型砲をどの艦に積んだかは未知数なのですが、トリステインも艦載砲を最新式のカルバリン砲に切り替えたので、事前の情報さえあれば全滅はしないと信じたいのです。
8.8cm.Flak(アハトアハト)をロマリアから借りてこられればトリプルベース火薬も手に入って最高なのですが、まあ贅沢言ってもしょうがありませんし。


「信じるかね?」

「信じなければピンチなのですよ、タルブが。」

シエスタの家にはお世話になりましたし、村の皆にも世話になったので、被害をなるべく減らすことが出来ればベターなのですよ。


「たっ、タルブがピンチってどういう事だよ!?」

「タルブ周辺は開けた草原が多くて、陣地の構築が容易なのです。
 加えて交通の要衝でもありますから、アルビオンが攻めてくる場合、タルブ一帯を確保してくるのは確実なのですよ。」

さらっと言っておきます、さらっと。
そうすれば…。


「何でその事をシエスタに教えてやらないんだよ!」

ほら、乗って来たのです。


「飽く迄も私の予測に過ぎないからなのですよ。
 領民が大量に逃げだしたら、領主は追手を差し向けます。
 そうなったら、事態はカオス化してもう無茶苦茶なのです。」

「だからって!
 タルブの皆を見捨てるのかよ!」

才人が、私の肩を力いっぱい握りしめたのでした。


「痛いのです…離して…。」

「ケティは見捨てるつもりなのか!?」

最近才人はデルフリンガーで素振りをやっているせいか、どんどん筋肉がついてきているのですよね。
それを考えると、少しだけドキドキします。


「見捨てるなんて冗談ではありません。
 タルブを破壊されたら美味しいワインが飲めなくなってしまいます。」

「茶化すな!」

うーん…少々怒らせすぎましたか?


「だからこそ、この蒼莱の整備をきちんと行うのですよ。
 蒼莱であれば、この世界の航空戦力など物の数ではないのですよ、おそらく軍艦も。
 ガソリンの増産体制も整えたので、あとは滑走路だけなのです。」

モンモランシーを中心にして、学院の水メイジにお小遣い稼ぎ感覚でガソリンを増産してもらっているのです。
お金の出所はモンスター退治で儲けたお金からなのです。
モンモランシー以外はお金に疎いので、ちょろいものなのですよ、うふふふふ。


「弾薬も複製して見せますから、期待しておいて欲しいのです。」

「うーん、よくわからんけど、ケティが何とかするし、俺が何とか出来るって事か?」

この蒼莱は試作機なのか何なのかは知りませんが、57㎜機関砲が電気発火式で、しかも薬莢回収機構まで着いていたのですよ。
たぶん、薬莢回収機構がある理由はA-10と同じだとは思うのですが、電気発火式とは何というハルケギニアに優しい設計。
薬莢をリロードする時に傷などを修復してあげれば、発火機構が壊れない限り、事実上半永久的に使えるのです。

必要なのは弾頭とダブルベース火薬だけで、空飛ぶヘビ君涙目。
味皇様はとんでもない機関砲を置いていきましたといった感じなのでした。
さすが紺碧世界の兵器…これなんてチート?なのです。


「ええ、私達に出来るのは蒼莱をきっちり飛べるように整える事なのですよ。
 あとで飛行場の造成を学院長に陳情しに行ってくるのです。
 期待しておいてください。」

そう言って、かなり久しぶりのVサインを才人に見せてみたのでした。






「…はぁ、またなの?」

「私たちの中で一番色っぽい人に色仕掛けを頼むのは当然だと思うのです。
 シエスタは使用人なので論外ですし、モンモランシーやジゼル姉さまでは、そこの起伏が足りませんし。」

そう言いながら、やる気の無さそうなキュルケの胸を指差したのでした。
ええ、また学院長室の前なのです。
あれから二日ほど経ち、滑走路を作る為のお願いをする為に学院長室まで来たのでした。


「ケティもやりなさいよ、あんたそこそこあるでしょ?」

「キュルケと並ぶと、哀れなものなのです。」

キュルケのは、まさに大迫力なのです。


「持てる者は持たざる者に施すのが筋というものなのですよ。」

「あんたは間違いなく持てる者の側に入るわよ。
 …と、言うわけで、さあ脱ぎ脱ぎしましょうねー♪」

そう言いながら、キュルケが私のブラウスのボタンに手を伸ばし始めました。


「や、やめてくださいキュルケ、よりにもよって学院長室の前で。」

「踊るのは私がやってあげても良いけど、せめて谷間くらいは出しなさい。
 じゃないと不公平でしょうがっ!?
 あんた火メイジの癖に服装がきちんとし過ぎなのよ、もっと情熱的に、扇情的にっ!」

あっという間に私のブラウスは、キュルケみたいな着崩しスタイルに早変わりしてしまったのでした…。


「こここれは…扇情的に過ぎ…って、何やっているのですか、キュルケ?」

「んー?前から思っていたけど、貴方のスカート長過ぎるのよ。
 あのルイズですら結構短くしているのに。」

そう言いながら、キュルケは針と糸を器用に使って、私のスカートの裾をあっという間に短くしていくのです。


「何という以外な特技…。」

「何時如何なる場合でも、お洒落には手を抜かないのが私の信条なの。」

…っと、感心している場合ではないのですよっ!?


「こんなに短くしたらパンツが見えてしまうのですよ!
 こここんな短いスカートは未だかつて履いた事が無いのですっ!」

「パンツ見えるのを気にしないで、メイドを助けに行った娘が何を今更。
 女は度胸よ。」

こんな事に度胸を使いたくないのですよ。


「それにね、普段冷静な娘が恥らう姿はとても良いものなのよ?」

「それならば、タバサでも良いのでは?」

タバサの方が、私よりも余程クール系なのですが。


「ケティ…それは犯罪よ?」

「一応、ああ見えて彼女は私よりも1つ年上なのですよ…?」

キュルケの言いたい事には、全く同意なのですが。


「タバサには悪いけど、学院長の好みは出ているところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる娘だわ。」

「喜ぶべき事なのやら、悲しむべき事なのやら…。」

まあ、次期ガリア女王にセクシーダンスとかさせるのは後々問題になりそうな気がするので、喜ぶべき事なのですよね。


「…で、では、行きましょうか。」

こんな姿を衆目に曝すのは勘弁なのですよ、学院長に見せるのも嫌ですが。


「失礼します。」

「何かn…ぬおおおぉぉっ!?」

学院長が私の姿を見て、びっくり仰天しているのです。
ええ、ええ、そうでしょうとも、普段は徹底的に肌を出さないようにしているのに、胸元は思い切り開いてブラが覗いていますし、サイハイソックスを履いているのに絶対領域が出来るくらいスカートが短くなったのですから。


「な、何でしょうか?」

「い、いや、その姿は…。」

私を見て鼻の下を伸ばすな、なのです。


「き、気にしないでください。
 それよりも、学院長にお願いがあって参ったのです。」

「学院長、私達のお願い、聞いて下さるわよね?」

「むほほほ、良い良い何でも言いなさい。」

とっとと用件を済ませて元の姿に戻らないと、羞恥心で死ねます…。


「先日私達が持ってきた飛行機の滑走路を造っていただきたいのです。
 魔法実習の課外授業として、出来る限り速やかに。」

「滑走路…?それは何じゃ?」

「こんなのよ。」

そう言って、キュルケが羊皮紙に書かれたイメージ画と、その仕様を手渡したのでした。


「幅10メイル長さ500メイルの表面を錬金で石に変えて舗装した平坦な広場に、ガソリンを入れるタンクと、飛行機を入れる格納庫とな?」

「ええ、あの蒼莱を安全に離着陸させる為には必要なのです。」

自分で言うのもなんですが、かなり無茶振りなのです。


「確かに学院の生徒を総動員すれば、作る事は不可能ではないがのう…。」

「お願いしますわ学院長。」

そう言って、キュルケが学院長の腕に自分の腕を絡めて、流し目を送りながら胸を押しつけたのでした…って、キュルケが目で何かを促していますが、ひょっとして私にもやれと?


「お…お願いします学院長、貴方だけが頼りなのです。」

いきなりこれはハードル高いのですよ…と言う事で、腕を掴むだけで済ませるのです。


「う、うむ、皆で何かをするというのは教育上良い事じゃしのう。
 許可するぞい、後で教師を招集するから、その時に話そう。」

「あ、ありが…ぅひゃう!?」

お…お尻を触られたのですよ。
キュルケのほうがいい形をしているのですから、あっちだけにしておいて欲しかったのです。
自分達で色仕掛けしておいてなんなのですが、この性犯罪者を何時までも学院長としてのさばらせて良いものかと少々考えてしまうのですよ。


「で、でででは、これで失礼するのです。
 それでは学院長、滑走路の件よろしくなのです!」

「あ、ちょ、ちょっと待ってケティ!?」

私は逃げ出すように学院長室を後にしたのでした。


「うううぅぅ、お尻触られたのです…ぐすっ。」

まさか、あんな怖気が走る感覚とは、思ってもいなかったのですよ。
才人に押し倒された時とかは、もっと広い範囲を触られたのに特にそんな感覚はなかったのですが…って、何考えているのですか、私は!?


「やれやれ、あの変態学院長にも困ったもんだわね…って、あらケティ、泣いてるの?」

「ぐすぐす…今回でわかったのです、この手段は多用すべきでは無いと。
 効果が劇的だからといって、多用したら貞操の危機なのですよ。」

まさに性の切り売り、女の最後の手段、ハイリスクハイリターンなのですよ。


「そうそう、手段は選びなさいよね。」

「…申し訳ないのです、キュルケ。」

これは嫌がって当然なのですね。


「わかったんならいいわ。
 今後はこういうのは勘弁してよね?」

「ええ、私もこりごりなのですよ。」

学院長には悪いのですが、当分顔も見たくないのです。


「でもこれで取り敢えず、飛行場の目処は立ったのですね。」

「ダーリンと二人きりでソウライ乗る為なら、エンヤコラってね。
 すごく早く高く飛ぶのをタルブで見てから、あれにどうしても乗ってみたくてしょうがないのよ。」

話を聞く限りでは、才人よりも蒼莱が気になっているようなのです。
キュルケは新しいものとか、珍しいものとかに目が無いので、当たり前といえば当たり前かもしれないのですね。


「最初は、ルイズと才人なのですよ?」

「一番最初に颯爽と乗り込んだ人が何を仰るのやら?」

ははーんとキュルケが鼻で笑ったのです。


「あれは移動の為だったので、数えなくて良いのですよ。」

私は輸送ついでに、取り付けた複座が安全に使えるかどうかを試しただけなのですよ。
本音を言えば、ただの趣味ですが。


「…不思議よねえ、何であんたって好きな男を他の女とくっつけようと努力するの?
 ギーシュしかり、ダーリンしかり…。」

「なななっ!?」

確かに私はギーシュの事がちょっと好きかも知れませんが、何で才人まで!?


「と・く・に、ダーリンと仲いいわよねえ、最近?
 二人一緒にソウライの狭い操縦席で何やっているのかしらぁ?」

「複座の固定だけではなく、怪我をしないように複座の周辺を色々といじっていたのですよ。
 才人はあれの構造を把握しているので、参考にする為に呼んでいたのです。」

「…それは私も常々聞きたい事だったのよね。」

…と、急に廊下の影からルイズがにゅるっと出てきたのです。


「本当のところを正直に話して、才人と…その…変な事していても、貴方をどうこうしようとは思わないから。」

「…ルイズ、もう少し才人を信用してあげて欲しいのです。
 才人は無節操に女の子に手を出せるような男では無いのですよ。」

そう、才人はルイズ一筋、多少の浮気心はあれども、何時だって何処だってルイズが一番なのですよ。


「私襲われたけど、ケティも押し倒されたでしょ?」

「うっ…ま、まあ、才人も思春期の男の子ですし、時々不用意に男としてのほとばしる本能に突き動かされる事はあるのではないかなと思うのですよ?」

「うーん…ルイズやケティにそういう事をしておいて、私にしないというのは不愉快だわ。」

こんなの、張り合う事ではないのですよ、キュルケ。


「まあ何にせよ、学院長室の近くで立ち話もなんですし、お茶でもしながら話しましょうか?
 苺のショートケーキ(ガトー・オ・フレーズ)をマルトーさんに作ってもらったのですよ。」

「そうね、確かに立ち話する場所じゃあないし、立ち話でする話じゃあないわ…で、苺のショートケーキって何?」

苺のお菓子に食いつきますね、ルイズ。


「スポンジケーキの間に半分に切った苺と甘い生クリームを挟んで、それを更に生クリームで覆ってから、苺で飾り付けたケーキなのです。
 見た目はおとなしめですが、すごくふわふわして甘酸っぱくて美味しいのですよ。」

「わ、わ、それ美味しそう、早く行きましょ、早く食べたいわ。」

ルイズの目がめっちゃ輝いているのですよ、ひょっとして才人の事はどうでも良くなっていたりしませんか?


「ル、ルイズ、そんなに引っ張らなくても…。」

「苺のショートケーキが私を待っているのよ、留まる事など許されないのだわ。」

そう言いながら、私はルイズにずりずりと引き摺られて行くのでした。


「…ルイズはまだ色気より食い気なのかしらねえ?」

そんな、キュルケの呟きが聞こえるのです。
取り敢えず、今この時は色気よりも食い気が勝っているのは間違いないのですね。






「おいしい♪
 水臭いわよケティ、まさかこんな美味しいケーキを知っていただなんて。
 うにゅー、幸せー♪」

ルイズは食べ始めてから、たれルイズと化しました。


「これは確かに…とても美味しいわね。」

キュルケも、ルイズほどではありませんが幸せそうな笑顔なのです。


「ん。」

うっすらと幸せそうな笑みを浮かべつつ、パクリと食べてコクコク頷く…って、貴方は何処の騎士王ですか、タバサ?

現在私達はヴェストリの広場の一角にテーブルを並べて、ケーキとお茶を楽しんで居るのです。
ちなみに、途中でふらりと現れたタバサと、給仕をしてくれているシエスタの合わせて五人なのです。


「おいしそう…って、なんで視線を合わせてくれないのよ、ケティ?
 まさか、私に分ける気ないの?」

「色々とごちそうさまな人に、食べさせるケーキは無いのです。」

ああ、ちなみに私達が食べているケーキを隣のテーブルでギーシュと見せつけるようにいちゃついていたモンモランシーがもの欲しそうに見ていますが、無視なのです、無視。
赤貧貴族はシュガーポットの角砂糖でも嘗めていやがれなのです。
貴方はギーシュと甘い雰囲気を思う存分楽しんでいるのですから、それでお腹いっぱいでしょう、ふんっ!


「ギーシュはとりあえずここに放っておいてそっちに行くから、ケーキ分けてよ。」

「駄目ったら駄目なのです。」

「けちー、私も食べたい食べたいー!」

駄々っ子ですか、貴方は。


「仕方がありませんね…シエスタ、準備してあげて欲しいのです。
 出来ればギーシュ様にも。」

「はい、ミス・ロッタ。」

そう言って、シエスタはケーキを切り分けて皿に盛り始めたのでした。


「わぁ、甘い香り、おいしそう…ぱく。
 んー、生クリームの甘味とイチゴのほのかな酸味がマッチしてすごく美味しい。
 ああ、幸せ。」

「ケーキに、完膚なきまでに負けたのかね…僕は。
 ぱく、むぐむぐ…確かにこれはとても美味しいが、美味しいがしかし。」

ギーシュが盛大に落ちているのですが、放っておいていいのですか、モンモランシー?


「ミス・ロッタ、お茶のお代わりはいりませんか?」

「ありがとう、頂きます。」

そう言うと、シエスタは私のカップにお茶を注いでくれたのでした。


「そういえばシエスタ、貴方はタルブで休暇中だったような気がするのですが?」

「確かにマルトー料理長は休みを取っても良いと言って下さいましたけれども、即帰ってきましたの。
 才人さんとミス・ロッタが一緒に居るのに私がタルブにいたんじゃあ、不安でおちおち眠る事も出来ませんわ。」

だから、それはシエスタの勘違いなのですよ。
張り合うなら、ケーキの甘味のせいですっかりたれているピンクの人と張り合って欲しいのです。


「あなたが張り合うべき人は私などではなくて、このピンクなのです。」

「ケーキ、おいしー♪」

ふんにゃり弛んだルイズの顔面に浮かぶ恍惚の表情。
もう8個目なのですよ、タバサと張り合う気なのですか、ルイズ?


「またまた、御冗談を。」

「冗談など、言ってはいないのですよ。」

まあ確かに、このルイズを見たら冗談と勘違いされても仕方が無いような気はするのですが。


「才人が好きなのはこのピンク色のワカメであって、私ではないのです。」

「おいしぃ~♪」

「うーん、でもサイトさんって、ミス・ヴァリエールよりもミス・ロッタの方を頼りにしているように見えるんですけど。」

その一言で、ルイズの動きが止まったのでした。


「…ふ、ふははははは、ついにメイドにまで言われてしまったわ。」

そしてそのまま突っ伏したのでした。
 
「実際ね、私が何でケティの事を信頼しつつも危惧しているかと言うと、それが一番大きいのよね。
 ケティとサイトの関係ってね、私が思い描いていたご主人様と使い魔なのよ。」

ルイズはそういって私を見たのでした。


「二人の関係については、取り敢えず置いておいて。
 教えてケティ、サイトと仲良くするコツって何?」

「コツ…なのですか?」

さてはて、何といえばいいものやら。
まさか、才人が来た世界に近い平行世界の人間の生まれ変わりですなどというわけにも行きませんし。


「ええと、ヒステリーを起さない。」

「無理ね。」

「話をよく聞いてあげる」

「かなり苦手だわ。」

「あまり高飛車に接しない。」

「果てしなく困難だわ。」

「自分の思っている事を素直に伝える。」

「生まれ変わらなきゃ不可能だわね。」

「なるべく悪い方に物事を考えないようにする。」

「人間誰しも出来ない事の一つや二つはあるものよ。」

えー…と。


「…諦めてください。」

「何でよっ!?」

やれやれ、年上にこんな事をするのは気が憚られるのですが。
ルイズのこめかみにギュッと握った拳を押し付けて、ぐりぐり回し始めたのでした。


「人どうしが普通に仲良くする為に必要な事を何一つ出来そうも無いって、どんだけなのですかっ!?」

「あだだだだだだっ!?
 だ、だってっ、私っ、昔からっ、家族以外にはっ、姫様くらいとしかっ、まともにっ、話した事無いのよぉっ!」

いやまあ、ルイズの境遇から言ってそんな感じの人生だったのはわかりますが。
…ちょっぴりぐりぐりを強めてみるとしますか。


「いだだだだだだっ!なんか、なんか強くなったっ!?」

「せめて一つくらい改善しないと、仲良くなるなんて先の先の話になってしまうのですよっ!」

メイジとしての今までの境遇には同情しますが、、これからもそのままでは人格が歪んだままなのですよ。
そんな人にはウメボシぐりぐりの刑なのですっ!


「わわ、わかったわ、何とかする、何とかやってみるから、やめて、ぐりぐりやめて!」

「…で、具体的にどこを矯正しますか?」

「ぴ~ひょろ~♪」

そう言うと、ルイズは目を逸らして口笛を吹き始めました。


「なるほど、つまりもう一度この拳骨が唸る…というわけなのですね?」

「や、やめて、拳骨嫌、痛いのもう嫌。
 エレオノール姉さま並みにおっかないわ、今のケティ…。」

表情をなるべくツンと冷淡にし、見下ろすように睨んでみたら、効果てきめんなのでした。


「うー…話をよく聞く事なら、何とかなりそう。」

「では、まずはその方向で頑張ってみれば良いと思うのですよ。
 それが才人と仲良くなる第一歩なのです。」

ルイズの歪みは一つずつ直して行った方が良いと思うのですよね、人として。
まあ、実はあまり自信は無いのですが。





数日後、生徒総出で始めた滑走路整備が、何とか終わったのでした。
皆疲れただの、何であんなもんの為に俺たちがだのとブーたれていますが、知ったこっちゃないのですよ。
ふはははは、主に私の趣味とついでに国家の為に働け愚民ども、なのです。
心の声なので、本音丸出しなのですよ。


「…また何の悪だくみしてるのよ?」

「悪巧みなどしてはいないのですよ、モンモランシー?
 私を腹黒いと決めつけるのはいかがなものかと思うのです。」

私はちょっぴり企み事が好きなだけの、純情可憐な乙女なのですよ?


「私以外の水メイジを二束三文でこき使ったくせに。」

「どうせ、彼ら彼女らは実家から仕送りをたっぷりもらっているのですよ。
 実家が極めつけにド貧乏なのはモンモランシーだけなのです。」

「ド貧乏…。」

極めつけが抜けているのですよ、モンモランシー?


「正直、私だけこっそり多く貰っているというのは心苦しいのよね。」

「そのぶん一番沢山働いてくれているではありませんか?」

「まあ、それはそうなんだけどね。」

モンモランシー以外の生徒は金儲けを舐めているのか、働きがいまいちなのですよね。
数で補っているから、問題は無いのですが。


「働いている人間には多く出すのですよ、これは経済の基本なのです。」

「うーん、良いのかなぁ?」

「良いのですよ。」

「良いのかなぁ?」

「良いのですよ。」

「良いのかなぁ?
 …まあ、良いか。」

そうそう、一杯貰っているのに文句を言ってはいけないのです。


「ああそうだった、報告に来たのよ、私。
 ガソリンは貯蔵タンクいっぱいになったわよ。」

「これで完璧、なのですね。」

かかってきやがれアルビオン、なのです。


「でもあのソウライって、本当にアルビオンの竜騎士よりも強いの?」

「竜騎士は手も足も出ないでしょうね。
 ただの空飛ぶ的になるのがオチなのです。」

近代兵器の凄まじさは、生まれ変わってからの方がより理解できたような気がします。
蒼莱にしても、紺碧世界の兵器だという事を引いてもなお、無茶苦茶なのですよ。



「大変、大変よーっ!」

キュルケが学院から走って来ました。
…滑走路の造成、さぼっていたのですね、わかります。


「どうしたのですか、キュルケ?」

「トリステインの艦隊と、アルビオンの艦隊が交戦を始めたって、今使者が!」

姫様の腰入れが近いので、そろそろだとは思っていましたが、とうとう来たのですね。


「才人ーっ!」

私は才人の方に駆け出しながら、大声で才人を読んだのでした。


「何だーっ?」

蒼莱の整備をしていた才人が、大声で呼び返してきました。


「アルビオンが攻めて来たのです!」

「来るもんがとうとう来たか…よし、乗ってくれ。」

私が乗ってもしょうがないのですよ、才人。


「いいえ、乗るのは私では無いのですよ。
 ルイズ、助手席に乗っていますね?」

「え?う、うん、詔を考える為にいい場所だったから…。」

コックピットからルイズの声が聞こえて来たのでした。


「…というわけで、ルイズと一緒にタルブに飛んでください才人。」

「何で?」

才人の頭の上にでっかいハテナマークが浮かんでいるのが見えるようなのです。


「使い魔が戦いに赴くなら、主人が一緒なのが道理なのですよ。」

「それは確かにそうね。」

キュルケがうんうんと頷いているのです。


「そうなの?」

「そうなのです。」

私もこくりと頷いて見せました。


「なあタバサ、そうなのか?」

「ん、常識。
 逆はそうでもない。」

使い魔だけを矢面に立たせたりしたら、家名の名折れなのです。


「…で、なぜわざわざタバサに?」

「んー、タバサならたぶん騙さないような気がするし。」

がーん、がーん、がーん…少々言葉のマジックを使い過ぎましたか、私?


「え?あ?も、もちろん、ケティが俺の事を騙そうとキュルケと組んだんじゃないかと思ったわけじゃなくて。」

「もういいのですよ、ふーんだ。」

いくら私でも拗ねますよ、これは。


「じゃ、じゃあ行ってくる…な。」

「ハイハイ、ゴブウンヲー。」

「棒読みかよ…いや、正直スマンカッタ。」

そう言って、才人はキャノピーを閉じたのでした。


「レビテーション。」

例のアレンジ版レビテーションでプロペラを回すと、爆音を放ってエンジンが回り始めたのでした。
学院の横に造成された1000メイルの滑走路を、蒼莱が滑走していきます。
機首が持ち上がり、ふわっと浮いて、蒼莱は青い空に溶け込んでいったのでした。


「それでは、私達も行きましょうか。」

「どこに?」

キュルケが不思議そうに問い返して来たのでした。


「もちろん、タルブに。
 お世話になりましたし、人命救助くらいはやってのけましょう。」

「なるほどね、じゃあ行きましょうか。」

「ん。」

キュルケとタバサが頷いてくれたのでした。


「僕も行くよ、めっちゃ怖いけどね。」

「はいはい、回復役は必要だものね。」

冷や汗を流すギーシュと、しょうが無いと言った感じのモンモランシーも同意してくれたのでした。


「それじゃ、しゅっぱーつ!」

ああ、私の科白がキュルケに…。



[7277]  幕間19.1 トリステイン空軍の意地
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/25 00:03
トリステイン艦隊旗艦メルカトール号の甲板で、艦隊指令のニコラス・ダース・ド・ラ・ラメー伯はアルビオン王国改め神聖アルビオン帝国からの親善艦隊を出迎える為に、正装で椅子に座っていた。


「遅いな…待ってやっているのに、何をのんびりやっておるのだ。」

少し痺れを切らしてきたかのような口調で、ラ・ラメーは愚痴る。


「先日使者と共にアルビオンに潜入した密偵からの報告によれば、アルビオン空軍は内戦で著しい数の将兵を失っている模様です。
 運行要員の錬度が落ちているのやも知れませぬな。」

ラ・ラメーの横で直立不動で立っているメルカトール号艦長パトラッシュ・ド・フェヴィスが、上司の愚痴に応えた。


「…とはいえ、腐っても連中はハルケギニア最強と誉れ高かったアルビオン空軍だ。
 性根こそ主君殺しの畜生以下だが、その力を侮る事は出来ぬ。」

「やれやれ、厄介な話ですな。
 姫様がお輿入れする時期とはいえ、こんな時期にアルビオンと不可侵条約を結ばずとも良いものを。
 レコン・キスタが各国の内部に根を張り始めている以上、時間は奴らに味方することは間違いありませぬ。
 そうであれば先手必勝、連合軍でアルビオンを征伐した後、改めて婚姻を行っても問題はありますまい。」

慎重なラ・ラメーの言葉を聞いて、頷いたフェヴィスが溜息を吐いた。



「あの鳥の骨の考える事だ、何を考えているのかはわからんが意味はあるのだろうさ。」

ラ・ラメーは《鳥の骨》をはき捨てるように言って眉をしかめた。


「おや、提督は枢機卿の事をかっておられるのですか?
 私の記憶が正しければ、提督は枢機卿がお嫌いであった筈でありますが。」

「もちろん大嫌いだ。
 始祖より続く神聖な血統を受け継ぐ王家と何の繋がりも無いロマリアの坊主が、女王陛下が引き篭もっているのをいい事に政治を好きに動かしているのだからな。
 陛下が引き篭もられているのにも関わらず、何故にラ・ヴァリエール公が摂政として取り仕切ってくれぬのか。
 しかし、今のところあの鳥の骨は特に目立つ失政は犯していないのだ、奴は実に正しい政治を行っているのは間違いない。
 正し過ぎてついて行ける者が殆どおらぬがな!」

口からその名を出すのも嫌だといった風に、ラ・ラメーは顔を歪めた。
貴族同士の情やこの国での風習を無視して、自分が正しいと思う政策を推し進めるマザリーニ枢機卿は兎に角評判が悪い。
本来クッション役になる筈の女王が先王の喪に服したまま王宮の奥に引っ込んで出てこない為、マザリーニはうまくやればやるほど貴族からの反感は高まり、よりいっそう嫌われていく。
絵に描いたような悪循環であった。


「複雑な心中、御察し申し上げます。」

「うむ…ああ忌々しい!」

ラ・ラメーは眉をしかめて唸るように言った。


「西北西上方、雲間より艦隊!」

鐘楼に登り双眼鏡で周囲を見回していた見張りの水兵が、大声で報告した。


「来たか。」

ラ・ラメーは艦の西北西側にある空を見た。


「あの艦隊中心にある大きな戦列艦が旗艦のインディファティガブルですな。」

フェヴィスもそれを見て頷いた。


「…フェヴィス、よくもまああの舌を噛みそうな艦名をすらすらと言えるな?」

「練習しましたからな、実は何度か舌を噛みました。」

ラ・ラメーの軽口に、苦笑しながらフェヴィスは返した。


「ロイヤル・ソヴリンはアルビオン王家が直々に止めを刺したゆえ、見る事が叶わぬか。
 いずれは敵に回る連中の船であるから有り難いが、見てみたかった気もするな。」

「確かに噂に聞きし巨艦、一度見てみたかったものですな。
 とはいえ、あのインディファティガブルですら、このメルカトール号よりも一回りは大きいようですが。」

アルビオンの別名、《風の王国》の名は伊達ではなく、内戦前は空軍力においてかの大国ガリアをも上回っていた。
始祖から続く家系とはいえ、数代前に国の東半分に独立され、しかもその殆どをゲルマニアに併合されたトリステインとはかなり国情が違っていたのだった。
内乱を経てなおインディファティガブルのような大型の戦列艦が健在だというのはまさに脅威であった。

王家も国の権威付けとしての最低限のハッタリ以外はあまり贅沢しているわけではないのに、空軍にきちんと予算が回らないトリステイン。
税金はいったいどこに消えたのやら…である。


「インディファティガブルから旗流信号です。
 『貴艦隊ノ歓迎ヲ謝ス。アルビオン艦隊旗艦インディファティガブル号艦長。』」

「ハハハ、艦隊旗艦の艦長とは見事に馬鹿にされておるな。
 まあこれが貧乏空軍の悲しさか。
 返信せよ『貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ祝ス。トリステイン艦隊司令官。』」

トリステイン側の旗流信号がはためくと、インディファティガブルから礼砲が放たれた。


「礼砲の数は7発か、舐めるにも程がありますな。」

「流石に腹が立ってきたな。
 答礼砲は5発でよい…例の情報もあるから、こちらの最大射程外である事を記録してから撃つように。」

流石に腹が立ってきたのか、ラ・ラメーの眉がひくついているのをフェヴィスは発見し、苦笑を浮かべた。


「諒解、答礼砲準備!順に5発!準備出来次第撃ち方始め!」

メルカトール号のカルバリン砲が5発、答礼砲の火を噴いた…と、同時にアルビオン艦隊最後尾のボロ艦に火がつき大爆発した。


「まさか…。」

その光景を見て、フェヴィスは絶句する。


「いやはや、これはまさかか?」

そう冗談めかすラ・ラメーの顔も引き攣っていた。


「手旗信号ですな『インディファティガブル艦長ヨリ、トリステイン艦隊メルカトール号ヘ。《ホバート》ヲ撃沈セシ、貴艦ノ砲撃ノ意図ヲ説明サレタシ。』」

「まだ信じがたいな…返答せよ。
 『冗談ハ顔ダケニセヨ。本艦ノ射撃ハ答礼砲ナリ、空砲デ沈ムヨウナ船ヲ持ッテクルナ。』
 …あと、発煙信号弾赤の準備をせよ。」

ラ・ラメーの返答は半ば投げやりなものになった。


「『空砲デ沈ムホド当方ノ艦ハ脆弱ニ非ズ。此レヨリ当方艦隊ハ旗艦ノ攻撃ニ対シ反撃ヲ開始ス。』」

そう手旗信号が帰ってきた途端に、アルビオン艦隊が一斉に砲を撃ってきた…が、全てが外れて明後日の方向に落ちていく。


「モット伯の冗談かと思っていたが、まさかこれほど恥知らずとは…呆れて口が塞がらんとはまさにこの事だ。」

「《主君を殺す貴族は犬にも劣る》と、トリステインの故事にも申しますしな。
 連中が恥知らずなのは反乱を起こした時点でわかっておりましたから、まあこんなものではないかと。」

ラ・ラメーの独白じみた言葉に、フェヴィスが苦笑しながら返答した。


「あの馬鹿ども、今頃奇襲が成功したものと喜んでおるようだな。
 こちらは念の為に主力艦を最大射程距離圏外に離しておったのだが。
 しかし連中の大砲がこちらのカルバリン砲よりも射程が長いと知った時は驚いたが、取り付けた砲をすぐに使ったのか?
 至近距離であの命中率とは。」

「主君の血筋を絶やすような連中の考える事は、いまいちわかりませんな?」

敵の新型大砲は確かに射程こそトリステイン側の長射程を誇るカルバリン砲以上だが、命中率がいまいちだった。
本来その砲を運用する筈であった《ロイヤル・ソヴリン》がウェールズによって撃沈されてしまった為に、運用の為の訓練を施されていた人員が空の藻屑と消えてしまった為だ。

 
「艦隊の数こそさすがアルビオン、かの風の国らしい威容ですが、兵の質は王家とともに葬り去られたようですな。」

その惨状をフェヴィスが鼻で笑った。


「…とはいえ、こちらは出迎えの為のわずかな手勢だからな、あの程度でも十分であろう。」

ラ・ラメーは眉をしかめた。


「逃げますか?」

「ハッ!冗談を申すなフェヴィス、あのような素人どもに引いたとあってはトリステイン空軍史上始まって以来の恥だぞ。
 それにだ、我らの後ろにあるのはトリステイン、女王陛下が治める我らが祖国だ…旦那の死に未だに泣いて引きこもるなんとも困った女王陛下ではあるが、だからと言って我らまで引きこもるわけには行くまい?」

フェヴィスの提言を鼻で笑って、ラ・ラメーはアルビオン艦隊を睨みつけた。


「その通りですな。
 それにあの砲撃の下手糞ぶり、敵とは言えど見るに耐えませぬ…ここはひとつ、教育が必要かと。」

「確かに、教育が必要だな、あれは。
 …発煙信号弾弾赤を放て!敵はアルビオン貴族を名乗る犬畜生にも劣る卑怯者どもだ!
 戦の作法も砲の撃ち方すらも覚束無い下品な蛮人どもに、戦争を教育してやるがよい!」
 
ラ・ラメーの命令により、赤色の発煙信号弾がトリステイン艦隊旗艦メルカトール号より放たれた。

赤は攻撃開始の合図。

出航直前にアルビオン艦隊の動向に注意せよと伝えられていた為に、大して混乱していなかったトリステイン艦隊はその合図とともに一斉に反撃を始める。
曇天の雲の中に潜んでいたトリステインの竜騎士部隊もその合図を見て、出撃を始めたばかりのアルビオン竜騎士部隊に上空から襲い掛かっていった。
さしものアルビオン竜騎士も思いがけず上をとられた事により算を乱して、ばたばたと撃ち落されていく。


「こ、これはどうしたことだね、ボーウッド君。
 我々の奇襲は成功したのではなかったのか!?
 奇襲どころか、我々が奇襲されているではないか!」

アルビオン艦隊旗艦インディファティガブル号の甲板上で、艦隊指令のジョンストンが激しくうろたえていた。


「どこから漏れたかは知りませんが、完全にばれていたようですな、これは。」

そう言って、インディファティガブル号の艦長ボーウッドは溜息を吐いた。
彼はこのジョンストンが艦隊指令ではあるが完全にお飾りなせいで、自分が事実上の艦隊指令と化している上に、軍事のイロハが全くわからないジョンストンの無茶振りに何度も応えてきたので、疲れきっていたのだ。


「…竜騎士隊の発艦急げ!
 こちらの方が数は多いのだ、数で押せばどうとでもなる!」

ここに至って、アルビオン艦隊は自分達の奇襲が完全に察知されていた事にようやく気付いたのだった。


「そちらが新型砲なら、こちらは新型火薬で対抗するのだ。
 無煙火薬《コルダイト》による大砲の速射をとくと味わうがよいわ!」

実はケティはパウルを使って、モシン・ナガンに使われていた火薬の複製と軍への売り込みを行っていた。
コルダイトのパテント料やら何やらで、このあとパウル商会はかなりの大もうけをする事になるが、これはまた別の話。


「撃て撃て、どんどん撃て!
 周りは敵だらけだ、撃ち放題であるぞ!
 トリステイン空軍の誉れを見せよ!」

メルカトール号の甲板上でラ・ラメーが吠えるように号令をかけたのだった。


2時間後、多勢に無勢のトリステイン艦隊は刀折れ矢尽きて壊滅したが、アルビオン艦隊にも甚大な被害が発生していた。
何せ、アルビオン艦隊が2発発射する間にトリステイン艦隊は7発も撃って来るのだから、標的になった艦は一方的に滅多打ちにされ撃沈されていったのだ。
アルビオン側の新型砲での訓練不足もあったが、あんまりな差であった。
メルカトール号は撃ち過ぎて弾が尽き、最後は艦体を全速力でぶつけて乗員ともども敵艦に切り込み、敵艦の弾薬庫を爆破して果てた。
トリステイン艦隊に予想を遥かに上回る甚大な被害を与えられたアルビオン艦隊は、腹いせとばかりにラ・ロシェールに襲い掛かり壊滅させ、タルブに向かって進軍を始めたのだった。



[7277] 第二十話 そして少年と少女は背景になった…なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:27
戦争とは一体何であるのか
所詮、殺し合いなのです


戦争に必要な大義とは何か
大概、単なるイチャモンなのです


戦争において正しくあるにはどうすればいいのか
結論、そんなのは無理なので諦めてください







「待って下さい!」

背後からかけられた声に振り返ってみると、シエスタが居たのでした。


「ミ…ミス・ロッタ、タルブが危ないって、本当なんですか?」

顔を蒼白にしたシエスタが、シルフィードに荷物を積み込む私に話しかけてきたのでした。


「ええ、ラ・ロシェールが壊滅し、タルブ近郊に進軍中との事なのです。」

「私も、私も行きます!」

気持ちは良くわかるのですが…。


「これから私たちが赴くのは戦場なのです。
 メイドが行く場所では無いのですよ。」

「学生が行く場所でも無い筈です!」

ズバリ言われてしまったのですよ…ですよねーと言わざるを得ません。


「…わかりました。
 土地勘がある人間がいたほうが救出作業も円滑に進むでしょう。」

「ありがとうございます!」

非武装のシエスタを連れて行くのは気が進みませんが…まあ何とかなるでしょう。


「では、いきましょ…ぐぇ!?」

シルフィードに乗り込もうとしたら、マントを思い切り引っ張られたのでした。


「何時まで私達を居ない事にしているつもりなの?」

「おほほほほ…。」

私のマントを引っ張っていたのは、エトワール姉さまとジゼル姉さまなのでした。


「ぐ…でも、この件はどう考えても反対されますし。」

「反対しないわよぉ?」

エトワール姉さまの返答は意外なものなのでした。
ええと…マジですか?


「ケティは人助けに行くんでしょ?
 止めるわけに行かないじゃない、むしろ私もついていくわ。」

さらっとついていくと宣言しましたね、ジゼル姉さま?


「そろそろ行くわよ…って、ジゼルもついてくるの?」

「ケティの居る所に私ありなのよ。」

胸張って言わないで下さい、ジゼル姉さま。
それじゃあストーカーみたいなのですよ…。


「相変わらず妹大好きね、ジゼル…。
 あなた胸無いけど、ナヨッとした感じの男に結構もてるのに勿体無いわよ、胸無いけど。」

「胸無いを強調しなくていいわよ!
 あと私はナヨ系は苦手なの。
 理想は私を格好良く守ってくれる王子様系なのよ…昔のケティなんか理想だったんだけど。」

頼むから、それを引き合いに出してくれるな、なのです。


「…あなたの妹大好きっぷりはよぉくわかったわ。」

キュルケ、私に可哀相なものを見るような視線を送るのは止めて欲しいのです。


「と、兎に角急ぎましょう。
 急がないとタルブが危ないのですよ。」

「そうね、急ぎましょう。」

なんだか色々とダメダメな雰囲気になりながら、私達はタルブに向かって飛び立ったのでした。






「そろそろタルブが近づいてくるのですね…。」

「ああっ…村から煙が!?」

シエスタが悲鳴のような声を上げたのでした。
タルブと思しき場所から、幾条もの煙が上がっているのです。

上空では、何かが飛び回っているのです。
あれは…蒼莱、無事でしたか。


「あ、船が沈んだ。」

「竜騎士が見えないわねぇ…。」

57mm砲で竜騎士を撃ち落としたのですか…。
やれるのではないかと思ってはいましたが…。


「…まさかハンス・ウルリッヒ・ルーデルみたいな真似を本当にやってのけるとは。」

牛乳飲んで出撃する才人に、引きずられながら連れて行かれるルイズを想像してクスリと笑ってしまいました。


「ハンス?誰それ?」

キュルケが不思議そうに私に尋ねてきました。


「才人の世界の英雄なのです。
 史上最高の戦車撃破エースなのですよ。」

ソ連のエースパイロットが乗った戦闘機をカノーネンフォーゲルで撃墜したかもしれないなんて話までありますし。
まさに生ける伝説なのです…もう亡くなりましたが。


「…何でうっとりしているのか、いまいち意味が分からないわ。」

モンモランシーの胡乱気な視線がちょっぴり痛いのですよ。


「兎に角、どこかに降下して救援活動に移りましょう。
 低空飛行で見つからないように近づけますか?」

「きゅい!」

「ん、出来るって。」

もはや、人語を理解できる事自体を隠す気ゼロですね、二人とも。
シルフィードは高度を大幅に下げて、草原スレスレに飛んで行きタルブの近くに着陸したのでした。


「これは…。」

「なんて事に…。」

喋っていないで、とっとと来るべきだったのですよ。
少々急いだところでどうにかなるレベルの損害では無いのはわかりますが…。


「お父さん!お母さん!皆!何処!?」

シエスタが一目散に家に向かって駆けていきます。


「待って下さい、離れないでシエスタ!」

仕方が無い、何とか追いかけないとシエスタの身が危ないのです。


「きゃぁっ!?」

案の定シエスタの前に、二人のアルビオン兵が現れたのでした。


「へっへっへ、女が残ってたのかよ。
 こりゃ上だ…。」

「吹き飛びなさい、炎の矢!」

「…おぐぉあっ!?」

すかさず一人を炎の矢の衝撃強化版で吹き飛ばします。


「シエスタ、こちらに!」

「はい、ミス・ロッタ!」

シエスタが私の後ろに隠れました。


「貴族だと!?領主の部隊は全滅したんじゃなかったのか!?」

「我らはフロンド傭兵団!
 義に拠ってタルブの民の救援に来たのです!」

取り敢えず、例のでっち上げ傭兵団で名乗りを上げておくのです。


「こんな小娘が傭兵かよ…。」

「ええ、わかったら吹き飛ぶのですよ。
 炎の矢!」

もう一人も衝撃強化版炎の矢で吹き飛ばしたのでした。


「また、つまらぬ者を焼いてしまったのです…。」

メイジが接近戦に弱いのは確かなのですが、炎の矢でも気絶させるくらいは余裕なのですよ。


「ケティ、大丈夫!?」

ジゼル姉さまの呼ぶ声がしたのでした。


「この程度にやられるほどではないのですよ。」

そう言って振り向くと、心配そうな表情を浮かべた皆が居たのでした。


「二人とも足が速いのだね。
 何処にいるかわからなくなって、焦ったよ。」

軽く息を切らしながら、ギーシュが安心した表情を浮かべて私達を見たのでした。


「心配していただいてありがとうございます、ギーシュ様。」

「うんうん、心配させるような行動をしては駄目だよ、ケティも、そこのメイド君も。」

ギーシュが腕を組んでうんうんと頷いているのです。


「ここに来るまでにざっと見ただけだけど、人の気配は無いわね。」

「…となると、何処かに避難したのですね。」

タルブの避難所なんて、記憶に無いのですよ。


「シエスタ、避難所の場所を知っていますか?」

「南の森に大きい洞窟があるんです。
 非常時には皆そこに隠れる事になっていますわ。」

成る程、そんなものがあったのですか。


「では、皆さんの安否も確認したいですし、そちらに向かいましょうか。
 あと、ロープはありませんか?」

「何をするんですか?」

不思議そうに首を傾げるシエスタなのでした。


「あの気絶しているアルビオン兵を放っておくわけにも行かないでしょう。
 縛って家の中に放り込んでおけば、他の者に通報される可能性も減るのです。」

「成る程、確か…。」

その時、シエスタの背後にアルビオン兵が現れたのが見えたのでした。


「敵だーっ!」

他の巡回の兵に見つかってしまったのですか、厄介な。


「うわっ!?なんかわらわら来たわよっ!?」

「取り敢えず応戦しつつ後退するのです!」

取り敢えずファイヤーボールの呪文を唱えながら走るのですよ。
…これは錬金と合わせたちょっと変わり種のファイヤーボールなのです。


「ファイヤーボール!」

炎の玉が一直線に飛んでいき…。


「ブレイク!」

アルビオン兵達の上空で炸裂して降り注いだのでした。


「ぎゃああぁ!燃える、燃える!?」

「だ、誰か火を消してくれぇ!?」

兵士たちは火を消そうと転げ回りますが、炎が消える様子は全く無いのです。
慌てて火を消そうとすることで、兵士たちの追跡は止まったのでした。


「な…なんなのあのエグいファイヤーボール?」

キュルケが走りながら私に尋ねて来たのです。


「ファイヤーボールの中に錬金で作ったナパームを封入したものなのです。
 名づけて、ねばねばファイヤーボール。」

「ネーミングセンスが壊滅しているわね…。」

余計なお世話なのですよ。


「…でも、そんな事が出来るのね、知らなかったわ。」

キュルケは感心したように頷いたのでした。


「前に学院長の使い魔の鼠に制裁を加えた時に、火の玉の中に封じ込めた事があったでしょう?
 魔法を魔法という形に維持する為、私達は無意識に器を作っているのですよ。
 これを私は形成領域と呼んでいるのですが、実はこの中にはある程度までの大きさまでなら物を入れておく事が出来るのです。」

「それ、大発見のような気がするんだけど…ゲルマニアの私に教えてよかったの?」

かなりびっくりした表情で、キュルケが私に言ったのでした。


「…そうだったのですか?」

「アカデミーで発表したら、大騒ぎになると思うわよ?」

ううむ、誰も驚かなかったので、てっきり大した事無いのだと思っていたのですよ。


「ぬぅ…まあ、キュルケならかまいませんか。
 誰かに積極的に知識を教えるような性格じゃありませんし。」

「そう言われると、何か無性に誰かに教えたくなってきたわ。」

その程度で拗ねないで下さい、キュルケ。


「そろそろ着きま…。」

シエスタがそう言った時…。


「ウインド・ブレイク!」

「きゃあああぁぁっ!」

猛烈な風が吹いて、シエスタが吹っ飛んだのでした。


「かはっ!?」

「シエスタ!?」

木に叩きつけられて動かなくなったシエスタに声をかけますが、返答がありません。


「待ちたまえ、ケティ・ド・ラ・ロッタ!」

「ファイヤーボール!」

私は声がした方向に、すかさずファイヤーボールを叩き込んだのでした。


「おわぁっ!?エアシールド!」

ファイヤーボールは敵が作った風の壁に遮られて消えたのでした。


「そこは普通、『何奴!?』とか尋ねる所だろう君っ!?」

「そんな事情は知らないのですよ、敵は敵なのです!
 ファイヤーランス!」

今度は遮られないように螺旋回転を加えて貫通力をあげたものを放ったのでした。


「突き抜けたッ!?
 ええい、話す機会ぐらい与えろ、僕はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ!」

あれまあ、ワルドだったのですか。


「あれ?何で風竜に乗って、才人に叩き落されていないのですか?」

「あんなのと戦えるか!竜騎士が竜ごと柘榴みたいに飛び散ったんだぞ!
 相手にしたら挽肉になって死んでしまうわ!!」

まあ、57mm砲弾ですからねえ。
コントラクト・サーヴァントで心を強化されている才人は兎に角、ルイズは次から次へと起こるグロ展開に目を回しているかもしれないのです。


「それに僕は君のせいで何度も煮え湯を飲まされた。
 僕が殆ど何も出来なかったのは君のせいだと気付いた時、どれほど口惜しかった事か。
 そしてアルビオンでロイヤル・ソヴリンにイーグル号を突っ込ませて爆発させたのが君だと知った時、僕は確信したんだ。
 君は僕にとって疫病神以外の何者でもないとなっ!
 君を殺さないと、僕は前には進めんのだっ!」

ううむ、ひょっとして命の大ピンチなのですか?
これが介入したツケ、薮蛇ってやつなのでしょう…何時まで冷静な思考を維持できることやら?


「ジゼル姉さま、ギーシュ様、モンモランシー、シエスタを連れて避難してください!
 特にモンモランシー、シエスタの治療をお願いします。」

「わかったわ。」

「ああ、メイド君は任せたまえ。」

ギーシュとモンモランシーは頷いたのですが、ジゼル姉さまは不満そうなのです。


「私も残るわ!」

「ジゼル姉さまは三人を守ってあげてください。
 それに、トライアングルでないと、スクウェアを相手にするのは困難なのです。」

正直、私たちでも何とかできる気はしないのですが。


「この男の目的は私の命なのですから、相対しなければ追ってきません!
 ですから早く避難してっ!」

「…わかった。
 でも絶対死んじゃ駄目だからねっ!」

そう言って、ジゼル姉さまは三人を追いかけていったのでした。


「風のスクウェアって、自信過剰だから嫌いなのよね。
 ミスタ・ギトーとか、嫌みったらしいったらないじゃない?
 ねえ、タバサ?」

「ん、才能の無駄。」

確かに、あの人がスクウェアだというのは才能の無駄なのですね。


「ミスタ・ギトーは才能だけの役立たずですが、ワルド卿は実力も兼ね揃えた本物なのですよ。
 二人とも、ゆめゆめ油断無きようにお願いするのです。」

そう言いながら、私は杖を握りなおしたのでした。


「貴方に大怪我追わせた相手だしね、死ぬのは勘弁。
 本気で行くわ。」

軽口を叩きつつも、キュルケの目は真剣そのものなのです。


「ん。」

タバサは一見いつもと同じ表情に見えますが、瞳に戦いの意思がこもっているように感じるのです。


「君たちが僕の相手か…。
 君なら、自分以外は引かせると思ったがね?」

「故人曰く『戦いは数だよ、兄貴』なのです。
 貴方は偏在を使ってくるのですから、私も数を揃えねばあっという間に細切れでしょう?」

偏在を使うワルドに対抗するには、こちらも数をそろえなければ一瞬で殺されてしまうのです。
嫌なのですよ、またどこかに記憶が転生するのは。


「レディ相手にそこまでする気は無かったのだがね…宜しい。
 そう言うのであれば、偏在でお相手しよう。
 ユビキタス・デル・ウインデ…。」

ワルドが偏在の呪文を唱えると、二体の偏在が現れたのでした。


「三人のレディには、三人の私がお相手しよう。」

「…裏切り者の癖に、随分と律儀な。」

まあ、それだけ私たちを舐めているという事なのでしょうが。


「…………。」

キュルケの冷たい視線。


「…薮蛇?」

タバサの冷たい視線まで…ううっ。


「ちょっぴり失敗なのです☆」

二人の視線に、テヘッと可愛らしく謝ってみるのですよ。
これで誤魔化されて欲しいのです。


「ケティ着せ替えツアー、ポロリもあるよ。」

とんでもなく露出度の高い服を着せまくるつもりですね、キュルケ?
ポロリってなんなのですか、ポロリって。


「星降る夜の一夜亭、ハシバミ草料理フルコース。」

非常にわかりやすい要求で助かるのですよ、タバサ。


「そんなので良いのであれば、何とかするのです。」

正直な話、キュルケの要求はやめて欲しい所なのですが。


「アルビオン軍はあと少しで撤退を余儀なくされるでしょう。
 才人とルイズが何とかしてくれる筈なのです。」

取り敢えず、この戦いは時間切れを待てば何とか切り抜けられる筈なのです。
わかりやすく言うと、とっととエクスプロージョン唱えてアルビオン艦隊殲滅しやがれピンクワカメという事なのですよ。
アルビオン軍が撤退を余儀なくされれば、ワルドも撤退せざるを得なくなるのです。
でなければ、彼は祖国という名の敵地に取り残される事になってしまうのですから。


「わかったわ、時間を稼げば良いのね?」

「ん。」

キュルケとタバサは頷いて、偏在に攻撃を始めたのでした。


「くっ…そうであるならば、その前に君を殺させてもらうぞ、ケティ・ド・ラ・ロッタ!」

「今回の私は、結構粘らせてもらうのですよ?」

半ばわざと攻撃を受けた前回の私とは違うのだと…知らなくて良いのです。
本音を言うと私の力量を舐めまくって欲しいのですよね、無理でしょうが。


「エアカッター!」

「ファイヤーウォール!」

ワルドがエアカッターを放つと同時に、私は炎の壁を作り上げたのでした。


「私の風の刃は火などでは防げぬよ!」

「そうでもないのです。」

私の心臓を狙ったエアカッターは、私の頭の上に反れて飛んでいったのでした。


「なっ!?」

「突き抜けましたが、外れたようなのですよ?」

炎の壁から発せられた熱が空気を暖め、風の刃を逸らしたのでした。


「では、これはどうかね?
 ライトニング・クラウド!」

「バキューム・フィルム!」

ライトニング・クラウドは私という目標を見失ったかのように近くの地面に落ちたのでした。


「私にその魔法は通用しないのですよ、無意味なのです。」

カッコイイ台詞を放って、虚勢を張ってみるのです。
風魔法を防ぐのはやはり風魔法。
ほぼ完全な真空の膜を瞬間的に作って術者と雷を絶縁する魔法なのですが、得意な系統とは違うのでかなり疲れる事もあり、何度もやれと言われたら無理なのですよ。


「なっ…ライトニング・クラウドを防いだだと!?」

びっくりしたでしょうね、真空で絶縁するなんて概念はこの世界にはありませんから。


「貴様、どうやって防いだ!?」

「防がねば死んでしまうのですよ?」

手品は種が知られていないから手品なのですよ…さて、こんな小手先技で何時までもつのやら?
ルイズ、さっさとやっちゃってください…。


「エア・ニードル!」

さあ来ちゃったのですよ、一番どうしようもないのが。


「ファイヤーボール!」

「当たらぬよ!」

やはり避けられましたか。


「ブレイド!
 …あうっ!?」

私の心臓に迫るワルドの杖を、ブレイドでどうにか弾いたのでした…が、コケてしまったのです。


「ふん、無様な姿だな…死ねっ!」

「なんのっ!」

ごろりと転がって何とか避けたのでした。


「くっ、猪口才な!」

「とりゃ!」

ワルドがエアニードルを地面に突き立ててくるのを、またゴロゴロ転がって避けたのです。


「往生際の悪い!」

「この歳でそこまで達観できるものですかっ!」

ゴロゴロ~。


「避けるな!」

「無茶言わないで欲しいのです!」

ゴロゴロ~。


「レディが地面を転がるなど、はしたないと思わないのかね?」

「命あっての自尊心なのですよっ!」

ゴロゴロ~。


「はぁ…はぁ…はぁ…。
 い…いい加減諦めたまえ!」

「そ…そっちこそ、いい加減諦めるのですよっ!」

ふと思い出しましたが、戦いの訓練を受けた人間でも、極端に低い位置にいる相手への攻撃など訓練していないので不得手なのでしたか。
とはいえ、このままゴロゴロ転がっていても目が回ってしまうのですが。


「ファイヤーボール!」

「うわっと!」

ワルドは足元に放たれたファイヤーボールを飛んで避けたのでした。


「炎の矢!」

「どわっ!?」

そこにすかさず衝撃強化版の炎の矢を撃ち込んだのでした。


「くっ…やりおるな。
 だが、その程度で僕は死なんよ!」

「立っているのは凄いのですが、そ…そんな姿でそんな事を言われても…プッ。」

今の炎の矢のせいで帽子は吹き飛び、炎に曝された長い髪がちりちりになって膨らんでいるのですよ。
なんというアフロ貴族、こんな緊迫した場面なのに笑いの神が彼に降臨したのです。


「笑うなぁぁぁぁっ!
 ウインドブレイク!」

「きゃあああぁぁっ!?」

とっさの事に防御が出来ず、私は風に吹き飛ばされてゴロゴロと転がり木にぶつかったのでした。


「あうっ!?」

全身に電撃のような痛みが走ります。


「あぅ…ぐ…。」

まさか、こんな事で失態を犯すとは…。
箸が転がっても可笑しい年頃なのが恨めしいのですよ。


「こんな事で君は最期を迎えるのかね?
 まあ僕は構わんが。
 そうだ、君を殺して亡骸をクロムウェル陛下の元に連れて行き、君を僕の忠実な僕として生まれ変わらせてあげよう。
 君の聡明さとメイジとしての腕は敵として忌々しい限りだが、味方にすれば間違いなく頼もしいものだろうからね。
 クロムウェル陛下の虚無の力はおぞましいばかりだが、僕に心の底から服従する君を想うとあれも素晴らしいものに感じるから不思議だよ。」
 
「こ…この変態。
 女の子を服従させるとか公言するようになったら、人として色々と終わっているのですよ。」

殺されるだけならまだしも、そんな事になったら最悪なのですよ。
この世界は根底から覆り、ワルドの一人勝ちな世界になりかねないのです。


「そうそう、君の仲間たちもそろそろ終わりそうだよ。
 可哀そうに、君につきあったばかりに彼女らの人生もここで終いか。」

幸いというべきでしょうか、ワルドがゆっくりとこちらに歩み寄ってくるのです。
最後の手段を行使しますか…コルベール先生、勝手に魔法をパクってしまってすいません。


「君にはゆっくりと…そう、ゆっくりと絶望しながら死に至らせてあげよう。」

「それには…及ばないのですよ。」

錬金で空気中の水分をガソリンに変換して…。


「む…なんだこの臭いは?」

そう言えばこの臭いって、都市ガスと同じでつけられたものなのですよね。
私の固定概念のせいで、臭いまで一緒に再現されてしまうのは困ったものなのです。
さあ食らいなさい、コルベール先生の一発芸…の効果範囲を絞って、見た目少しショボくした魔法なのですよ!


「死になさい、『爆炎』!」

「な…がぁ!?」

私の上空で一気に炎が膨らみ、大爆発を起こしたのでした。
今、私は煤で真っ黒でしょうね…ワルドが油断してくれて助かったのです。


「……………。」

ワルドは玩具みたいに吹っ飛んで行き、背中から木にぶつかって動かなくなった…かと思ったら、風にすぅっと溶けていったのでした。
ちなみに私が至近距離に居ながら吹き飛ばなかったのは、地面効果というもので爆風が横に広がったからなのです。


「偏在!?」

まさか、キュルケとタバサのどちらかと戦っているのが本物なのですか!?


「どちらが本物…。」

力量的に…キュルケなのですね!
あのヒゲ、意外と狡っからい所がありますから。


「キュルケッ!私が行くまで持ちこたえてくださいっ!」

私がキュルケ達が戦っている所に行くと、そこには満身創痍でかろうじて立っているキュルケと、それに『治癒』をかけるボロボロのタバサが居たのでした。


「大丈夫なのですか、キュルケ?」

どう見ても大丈夫そうではありませんが、一応声をかけてみたのです。


「このくらい、問題無いけど…遅いわ。
 たかが風のスクウェアごときにどれだけの時間を食ってんのよ?」

そう言いながら、キュルケは笑って見せたのでした。


「いやいや、キュルケの中でどんだけ無敵なのですか、私は。
 それよりもタバサ、キュルケの容体は?」

「重傷、死に至る程では無い。」

それは良かったのです。


「タバサは?」

「制服はもう駄目。」

流石は北花壇騎士というか、生存能力高いのですね…。


「ところでワルド卿は?」

「唐突に消えたわ。
 私のは偏在だったみたいね。」

そう言って、キュルケは地面に膝をついたのでした。


「同じく。」

タバサも偏在…?


「私のも偏在だったのですよ…という事は、あれは偏在の偏在?」

偏在で偏在を作り出すとか、非常識にも程があるのですよ。


「という事は、本体は言ったどこ…にっ!?」

「僕はここだよ、ミス・ロッタ。」

悪寒がしたのでとっさに体を動かすと、左肩に杖が突き刺さっていたのでした。


「ぐっ!」

「ケティ!?」

キュルケが悲鳴のような声を上げて、私の名を呼んだのです。

「気づいたのかね?
 心臓を狙ったのだが…勘の良い娘だ。」

「たった一つの命なのです。
 そうそう簡単に殺されてたまるものですか…っ!?」

ブレイドで斬りかかったのですが、いとも簡単に腕を取られて捻り上げられてしまったのでした。


「君の細腕でそれは無茶というものだろう?」

「女の子の腕を捻り上げながら気障っぽく微笑んでも、気持ち悪いだけなのですよ。」

とはいえ、このままだとざっくり刺されてしまうのですよ。
この至近距離で使える魔法は…。


「バースト・ロンド!」

「どぅおぁっ!?」

突如全身を舐めまわすように起きた小規模な爆発に、ワルドはびっくりして腕を離したのでした。


「ウィンディ・アイシクル!」

「何とっ!?」

それに呼応するかのようにタバサのウィンディ・アイシクルが放たれ、それをワルドが避ける間に、私はワルドの腕の中から逃れたのでした。


「大丈夫?」

「なんとか、大丈夫なのです。」

とはいえ、かなり痛いわけなのですが。


「良い腕だ…流石はガリアの北花壇騎士だな、シャルロット姫?」

「私はタバサ。」

そう言って、タバサは杖を振り上げたのでした。


「エア・カッター。」

「ふっ、そんなものはあたら…げほぁ!?」

タバサはエア・カッターをおとりにして、杖でワルドの腹を突いたのでした。


「…この杖、重いから、痛い。」

そう言って、くの字に体を折り曲げたワルドに、杖を一気に振り下ろしたのでした。


「死ぬ程。」

「うわっ!?」

躊躇なく振り下ろされた大きな杖を、ワルドは横に転がって避けたのでした。


「やるなっ!」

ワルドは素早く起き上がると、杖にブレイドの魔法を纏わせタバサに斬りかかって行ったのです。


「大振り過ぎ。」

タバサはそれを杖で受け流して、更にワルドを杖で引っかけて引っ張ります。
小さいタバサに背の高いワルドが為す術もなく引っ張られて転がされたのでした。


「なっ、どうやって!?」

「体重移動がいまいち。」

そう言って、タバサが杖で立ち上がろうとするワルドの背中を思い切り殴りつけたのです。


「がっ…は!?」

悲鳴も上げられずに、ワルドは再び地面に倒れ伏したのでした。


「ぐ…き、貴様、実力を抑えていたな?」

「私は、接近戦が苦手だとは一言も言っていない。」

あまり感情のこもらない瞳で、タバサはワルドを見下ろしているのです。


「…タバサって実は滅茶苦茶強い?」

キュルケがごくりと唾を飲み込んでいるのです。


「1つ言えば、今のワルド卿は片腕を才人に斬られたままで、回復しきっていない筈なのです。
 とはいえ、あの様子を見ると、少なくとも接近戦では才人よりも強いでしょうね、現状は。」

まさかタバサがこんなに接近戦無双だったとは…。


「あれ…何?」

その時でした。
キュルケの呆けたような声に振り向いてみると、眩いばかりの白光がアルビオン艦隊を薙ぎ払っていく様が私の視界に入ったのは。


「あれはまさか…虚無?」

愕然としたような、ワルドの呟きが耳に入ります。


「ルイズがとうとう己の系統に目覚めたのですね。」


「まさか、貴方の言った事が本当になるとはね、ケティ。」

私とキュルケは光に貫かれたアルビオンの軍艦が、爆散炎上しながら墜落して行く様を眺めていたのでした。


「この後に起きる事を考えると頭が痛いのですよ、この国の正統はラ・ヴァリエールにあるという事が証明されてしまったのですから。」

「受難だわねえ、私はゲルマニアだから関係無いけど。」

何をおっしゃる兎さんなのですよ、キュルケ?


「ツェルプストーはラ・ヴァリエールの恋人や妻や夫だけではなく、息子や娘すらも何度か娶っているでしょう?」

娶ったというか、誑かして奪ったという方が正しいのですが。


「まあ確かに、当家は何度か可哀相なラ・ヴァリエールに愛を与えているけど…。
 ああ、そう言う事ね、私も頭痛くなってきたわ。」

そう言って、キュルケは頭を抱えたのでした。


「トリステインの王位継承権獲得、おめでとう、なのですよ。」

ラ・ヴァリエールが傍流では無く正統であったことがルイズで証明された以上、全く望んでいないにせよ姻戚関係を深めて来たフォン・ツェルプストーにも継承権が発生するのです。
まあ、フォン・ツェルプストーは無かった事にするでしょうけれども。


「王位継承権だなんて野暮なもの、冗談じゃないわよ。
 ああ、ご先祖様の馬鹿!」

キュルケはがっくり肩を落としたのでした。


「くっ、僕の理想が…希望が…っ!」

その声に振り向いてみれば、タバサに杖を突き付けられたまま、ワルドが嘆いているのでした。


「宗教的な解釈をすれば、始祖の力たる虚無が、虚無の名を騙る背教者達に最初の裁きを下した…と言ったところでしょうか。」

まあ、背教者という意味なら、私が真っ先に裁かれそうなのですが。


「それはどういう意味だ!?」

「前に言ったでしょう、アンドバリの魔力は虚無に非ずと。
 オリバー・クロムウェルの行使する魔法は虚無ではありません。
 先住魔法すら凌駕する程の強力なものですが、あれは水魔法なのです。」

強力な水魔法は地球の医者が見たら、発狂するレベルのチートなのですよ。
上半身と下半身が泣き別れの死体をくっつけて蘇生させるとか、無茶にも程があるのです。


「ば…馬鹿な、あれが水魔法だと?」

「蘇生は治癒の延長線上にある魔法なのです。
 水系統を虚無の系統と偽った詐欺師とその仲間であれば、裁きを受けるに足るのですよ。」

あれ?そう言えばクロムウェルはいったい誰を蘇生させたのですか?
聞いてみますか。


「…ところで、クロムウェルが蘇生させた者とは?」

「言うと思うか?」

言う気は無いのですか…まさか、王太子を蘇生させたのですか?どうやって?
黒焦げで粉々になっている筈の王太子をどうやって蘇生させたのですか?


「まあ、あとでじっくり聞けば良いのです。
 話したくないなら、進んで話したくなるようにすれば良いだけの話ですし。
 …タバサ、ワルド卿を気絶させて下さい。」

「ん。」

タバサが杖を振り上げたその時でした。


「私はこんな所で潰えるわけにはいかぬのだ!
 カッタートルネード!」

「きゃあああああぁぁぁぁっ!?」

ワルドの呪文と同時に、剃刀状の無数の刃を持つ竜巻が私達を巻き込んだのでした。


「さらばだ!この怨み、次に遇った時には必ず晴らす!」

その声と共にワルドは走り去って行ったのでした。


「いたた…いかなスクウェアスペルとはいえ、偏在を使ってしかも散々魔法を放った後ではあんなものなのですね。」

細かい切り傷だらけになりましたが、この程度なら治癒で跡形も無く直る筈なのです。


「け…ケティ…ちょ、ちょっと、後ろ、後ろ…。」

「後ろ?」

キュルケが痛々しいものを見る視線を私に向けて居るのです。
怪我なら大した事は無いのですが…。


「後ろの髪。」

「髪?」

タバサまでもが沈痛な表情を浮かべているのですよ。
嫌な予感がして、腰まで伸びていた髪の毛を触ろうとしたら、触れないのです。


「鏡は…あったのです。
 どれど…きゃあああああああぁぁぁぁっ!?」

わ、私の髪が、腰まで伸ばしていた髪が肩辺りでざっくりと無くなっているのですよっ!?


「せ…折角伸ばしたのに…あああ、あそこまで伸ばすのに、どっ、どれだけの時間と手間がかかったと思っているのですか、あの髭帽子いいいぃぃぃぃぃぃぃっ!
 今度遇ったら、この世に生まれ出てきた事を心の底から後悔させてやるのですよ!」

鍛錬しかないのですね、ええ、鍛錬なのですよ。
こうなったらスクウェアクラスに開眼して、火魔法でプラズマに換えてやるのです。


「ファンタジーにあるまじき、SFチックな死に様をプレゼントしてあげるのです!
 それまでその命、取って置くが良いのですよ!
 おーっほっほっほっほっほっほっほっ!」

ぜぜぜ、絶対に、絶対に許さないのですよ、あのヒゲっ!


「ケティ、壊れた?」

「大丈夫よタバサ、甘いものを摂取すれば治る筈だわ。」

二人とも、私を何だと…。


「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっ!」

森の中に、ヤケクソ染みた私の笑い声が響き渡ったのでした…。




戦闘が終わった後、私達は森の中でギーシュ達と再会したのでした。


「ぎゃああああああああああああっ!?」

私に走り寄ってきたジゼル姉さまが悲鳴を上げたのでした。


「け、ケティ、その髪、その髪どうしたの!?」

「ワルド卿にバッサリとやられたのですよ、ふふふふふふ…。」

あのヒゲ、絶対コロス。


「ああ~、これは私でも治せないわ。」

モンモランシーにあっさり匙を投げられてしまったのですよ…まあ、仕方がありませんが。


「毛の伸びを早くする薬ならあるけど、アレ使うと全身の毛が満遍なく伸びるし。」

髪を伸ばす為だけにサスカッチやイエティと化す気は無いので、流石にそれはパスなのです。


「しかし、あのワルド卿に勝つとは、三人とも強いのだねえ。」

「連携がうまくいった。」

タバサがそう言って頷いたのでした。


「そうよ、さすが私達!」

「あははははは…。」

実際に勝ったのはタバサだけなのですが、タバサに黙っておくように頼まれたので、三人の連携の勝利という事にしておいたのでした。


「お、遅れました…って、ミ…ミス・ロッタ、その御髪は…?」

遅れてやって来たシエスタが、長さが半分以下になった私の髪を見て絶句しているのです。


「ああ、これはワルド卿が逃亡する際に放った魔法でバッサリと…うふふふふ、絶対に、絶対に許さないのですよ、うふふふふふ…。」

「ミス・ロッタ、そ、その微笑み怖すぎですわ。」

怒りが抑えきれなくなるので、その話題は出来る限りやめて欲しいのです。


「甘いものが必要?」

「そうね、一刻も早く甘いものが必要だわ。」

だからキュルケにタバサ、私は別に脳の糖分が欠乏し気味でキレっぽくなっているのではないのですよ。


「おっ、才人達も来たようだね。」

蒼莱が徐々に高度を落としながら、こちらに近づいてきているのです。
あれはたぶん、タルブに以前作った仮設滑走路に着陸しようとしているのですね。


「トリステインの危機を救った英雄の凱旋だ。
 迎えに行こうじゃないか。」

そう言って駆けて行くギーシュに続いて、私達は仮設滑走路へと駆けていったのでした。




「タルブのみんな、無事かー…って、何でケティ達が?」

蒼莱から降りてきた才人が不思議そうに私達を見たのでした。


「才人が空で戦っている間に、タルブの人を助けようと思って来たのですよ。
 皆既に避難していて無事でしたが。」

「そうか、無事だったか…あれ?
 ケティ、髪は?」

顔見知りの人には、暫く同じ問いをされそうなのですね。


「ワルドが現れたのよ。
 あたしとタバサとケティで何とか追い返したんだけど、ワルドが逃げる時に使った魔法でケティの髪がバッサリと…ね。」

「ワルドが?なんて酷い事を!?
 女の子の髪を切り落とすなんて最低だわ!
 なんて人!最低!」

キュルケの説明を聞いて、後から追いついて来たルイズが、話を聞いて憤慨してくれています。


「まあ、首で無くて良かったと割り切るしかないのですよ…グス。」

皆が集まって、安心したせいでしょうか、涙が出てきたのです。


「ちょ…何でこんなに涙がグス…グス…。」

涙が止まらなくなった私の頭に、ポンと小さな手が置かれたのでした。


「よく考えたら年下。」

タバサが少し背伸びして、私の頭を撫でてくれています。


「…そう言えばそうだったな。」

才人も私の頭を撫で始めたのでした。


「色々とショックだったんだよな、頑張ったよケティ。」

「すいません才人…グス、何故だか涙が止まらなくて。」

私はそんなに髪の毛に執着していたのでしょうか?
それとも、平気なつもりでしたが、色々と心に溜まっていたのでしょうか。
私自身にも分からないのです。


「大丈夫だから、俺がついて…ぶっ!?」

「貴方は退いてるの!
 ケティ、お姉ちゃんが抱き締めてあげるから、安心するのよ?」

才人が私の両肩をつかんだ…のを押しのけて、ジゼル姉さまが私を抱きしめたのでした。


「はぅん、ケティ柔らかい、良い匂い~。」

いや、たぶん非常に焦げ臭いと思うのですが…?


「駄目よジゼル、貴方の薄い胸じゃ母性に欠けるわ。
 本当の抱擁というものを教えてあげる。」

「ちょ、何すんのよキュルケ、うわ、ちょっと!?」

ジゼル姉さまがキュルケに引き剥がされ、私はでかい二つの塊にばふんと挟まれたのでした。
息が…苦しいのですよ…?


「キュルケずるいわ、わたしも、わたしも。」

ルイズ、これは別にそういうイベントというわけでは…。


「ギーシュ?
 何であっちに向かおうとしているのかしら?」

「え?あはははははは…。
 いや、レディを優しく慰めるのは僕の役目かなーなんて…ちょ、モンモランシーその構えはな…ふんぎゃー!」

夕暮れのタルブに、ギーシュの悲鳴が響き渡ったのでした。
まあつまり、結局いつもの皆という事なのですね。



[7277] 第二十一話 姫様がはっちゃけ過ぎなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/07/12 11:32
髪は女の命と申します
長い髪は弛まぬ努力の結晶なのです


髪は女の命と申します
伸ばし始めてから、どんだけ苦労したと思っているのですかっ!


髪は女の命と申します
この怨み、いつか必ず晴らして見せるのですよ








あの戦いの後、その場でパッと見普通な感じに髪を整えて学院に戻ってきていたのですが、やはり滅茶苦茶なので切ってもらう事にしたのでした。


「こんな綺麗な御髪なのに…。」

シエスタが私の髪をジョキジョキと鋏で切っているのです。


「残念ですが、中途半端な状態にしておくわけにもいかないのですよ。」

「はい、ミス・ロッタにに合うように頑張らせていただきますわ。」

シエスタは他の使用人の髪も切っているらしく、非常に髪を切るのが上手いそうなのです。


「でもこの鋏、凄く切れ味いいですねぇ。」

「エトワール姉さま作の鋏なのですよ。
 焦土のエトワールが作った品なのですから、良いのは当たり前なのです。」

鋏のデザインを地球の理容鋏そっくりになるように助言はしましたが、それ以外はエトワール姉さまの腕なのです。


「本当に素晴らしい鋏ですわ、ミス・ロッタ。
 本当に貰っても良いんですか?」

「良い腕を持つ者には良い道具を。
 当然の選択なのですよ。」

実は学院付きの理容師が、何故か軍に徴用されて居なくなってしまったのですよね。
そんなに軍は理容師が不足しているのでしょうか?


「ありがとうございます、ミス・ロッタ。
 これであの二人の赤い糸もチョキンと出来れば…うふふふ。」

不穏な台詞が聞こえるのですよ。


「はい、こんなものでどうでしょうか?」

一番短い部分を基準に切りそろえられた髪は以前の半分なのです。
男装の頃も、これよりも長い髪を後ろでまとめていたので、たぶんこの人生における髪の毛の長さの中でもかなり短い部類に入るのですよ、今の状態は。
おのれ、あの髭帽子…今度会ったら絶対にあの胡散臭い髭を剃り落してやるのですよ!


「あと…ですね、ミス・ロッタ。
 できればあれを少々分けていただけないかな…と。」

シエスタが指差したのはパウルが『新商品の試供品ッス』と送りつけてきた、色とりどりに染色された毛糸なのでした。
手紙には『出来ればそれでマフラーとか編んで秋頃に送って欲しいっス』とか書いてあったので、後でエトワール姉さまに編んで貰って送り返すことにしようかと思っていたのです。


「ひょっとして、これで才人にマフラーかセーターでも編むのですか?」

ええと、今は初夏…日本とは違ってハルケギニアの夏は湿度が低くて爽やかではありますが、マフラーやセーターを着られるほど涼しくもないのですが。


「あ…はい。
 この前サイトさんにソウライに乗せて貰った時、寒かったので。
 村を助けてもらったお礼にマフラーを編もうかなって思ったんですの。」

「成る程、夏でも上空は確かに寒いですからね。」

ナイスアイデアなのですよ、シエスタ。


「いい考えなのですね。
 好きに使っていいから持って行きなさい、その代わり二つ作ってもらえませんか?。」

ついでにパウルの分も編んでもらう事にしたのでした。


「誰かに差し上げるんですか?」

「ええ、パウルと名前を入れてください。
 私は編み物がどうにも苦手なのですよ。」

何でマフラーを編んでくれと言うのかいまいちわかりませんが、欲しいと言うのでしたら普段の働きもありますし、編んで送り返したって良いのです。


「そ、それ、ひょっとして!?」

「ひょっとして?」

何でガッツポーズしているのですか、シエスタ?


「そうですわ、なんでしたらミス・ロッタの名前も入れましょうか?」

「いえ、パウルが使うので、私の名を入れる必要は無いのですが。」

何故に私の名前を?


「ところで、何処の何方なんですの、パウルさんって?
 大貴族のご子息とかですか?」

「いいえ、私の私的な使用人ですが。」

大貴族のご子息?
よく知っているのだとギーシュくらいしか居ないのですよ。


「使用人…禁断のアレですね、わかります、わかりますわ。」

「禁断…?」

なんとなく、シエスタと私の認識のズレがわかってきたのですよ。


「シエスタ?」

「はい、何でしょうか?」

何で目がキラキラ輝いているのですか、シエスタ?


「貴方の想像と現実には天と地ほどの落差があるのです。」

直接わかりやすいようにダイレクトに直々にぶっちゃけて言わないと駄目なのですね。


「私とパウルはそういう関係ではないのですよ。」

勘違いされても困るのです。


「でも、人に頼むとはいえ手編みのマフラーを送るって、特別だと思いますけど?
 とってもトレビアンですわ。」

「私は彼の忠勤にちょっぴり報いてあげたいなというだけなのですが。」

特別…と考えて、パウルの調子に乗ったアホ面を思い出してみますが、欠片もときめかないのです。
むしろ、少々殴りたくなってきたのですが。


「皆まで言わずともわかっていますわ、ミス・ロッタ。
 うふふふふふふふふ…。」

何だか…不吉な予感がするのですよ。






数日後、散歩をしているとヴェストリの広場に開いた穴の中で、激しく足踏みをしているルイズを発見したのでした。


「おやルイズ、新手の宗教儀式か何かなのですか?」

「ここを見つけるとは…やるわねケティ。」

穴の中にはデルフリンガーとヴェルダンデも居たのでした。


「よう、腹黒い娘っ子。」

「ぎゅ!」

デルフリンガーはカチャカチャと鍔を震わせながら話し、ヴェルダンデは右手をびしっとあげて見せたのでした。


「こんにちは、デルフリンガーにヴェルダンデ…って、誰が腹黒い娘っ子なのですか、誰が。」

「勿論おめえの事だよ、娘っ子。」

純情可憐な乙女に向かって何を言いやがるのですか、この駄剣は。


「とう。」

「あだぁっ!?」

穴の中に飛び降りる時にデルフリンガーの柄を踏み台にして降りたのでした。


「ああっ、おれを踏み台にしたぁ!?」

「どこかで聞いたような台詞なのですね。」

まあ、それはどうでもいいのですよ。


「ルイズ、ルイズ、いったい何を見ているのですか?」

じーっと一定方向を凝視したままのルイズに取り敢えず尋ねてみました。


「何も見ちゃいないわ。」

そう言うルイズの視線の先には…。


「おやまあ、才人とシエスタではありませんか。
 マフラーがもう出来たのですね、流石シエスタ仕事が速いのです。」

「まさか、あんたの差し金なの?」

ルイズが半眼で睨み付けて来たのでした。


「シエスタに才人へお礼がしたいから毛糸を分けて欲しいと頼まれたので、分けてあげたのです。」

「余計な事を…。
 マフラーくらいならあたしだって作れるわよ。」

この前見せてもらったヒトデ型クリーチャーの縫い包みの出来栄えを見る限り、ちょっと難しいかなと思うのですが、言わぬが花なのです。


「おお、ずいぶん長いなと思ったら、二人用としても使えるマフラーだったのですね。」

「な、ななななななっ!?」

いつの間にか基本白地に青い一本線の入ったマフラーを才人とシエスタが首に巻いてベンチに座っているのです。
何を喋っているのかは聞き取れませんが、兎に角ウフフアハハと笑う声は聞こえてくるのです。


「なんというベタな、でも男が弱いシチュエーション。
 どこで聞き知ったのやら…狩人なのですよ、今のシエスタは。」

「あああああのメイドっ!?」
 
ルイズの顔が真っ赤になり、再び地団太を踏み始めたのでした。


「シエスタが顔を近づけて…目を閉じた!?」

ちょ!?いくらなんでもそれはまずいのですよ。
ルイズの目の前でキスとかされたら、いろいろと滅茶苦茶になってしまうのです!


「ななななな、何か、何か策は…。」

「こういう時は…こういうのがものを言うのよっ!」

そう言って、ルイズは拳大の石を上空に放り投げてからジャンプし、体を縦に回転させながら足で思い切り蹴り飛ばしたのでした。


「お、オーバーヘッドキック!?」

「全く、余計な体力を使わせるんだから、あの駄犬。」

ルイズは地面に両手で着地すると、そのまま両腕を使って再びジャンプし、くるりと回転して元に戻ったのです。
ど…どんだけ身軽なのですか、ルイズ?


「うぎゃぁっ!?」

石はサイトの後頭部にクリーンヒット…生きていますよね才人?


「きゃあああぁぁぁっ!?サイトさんしっかりっ!?」

諾々と頭から血を流して倒れる才人をシエスタが必死で介抱しているのです。


「当然の報いだわ。」

「浮気は死あるのみという事なのですね…。」

勉強になるのですよ。


「おや、君たち…新手の宗教儀式か何かかね?」

「二番煎じは面白くないのですよ、ギーシュ様?」

穴の上から、ギーシュが私たちを見下ろしていたのでした。


「ちょうどいい所に…大至急モンモランシーを呼んで来てもらえませんか?」

「面白くないとか言われた上に、使いっ走りかね!?」

確かに無茶苦茶なのはわかるのですが。


「才人が頭に投石を受けて昏倒中なのです。
 一刻も早い治療が必要なのですよ…で、モンモランシーの居場所を一番よく知っているのはギーシュ様、貴方だけなのですよ。」

とは言え、モンモランシーは大抵実験室と化している自室に引き篭もっているわけなのですが。


「つまりギーシュ様、貴方だけが頼りなのです。」

とか言いながら、目を潤ませギーシュを見上げつつ、制服の隙間から胸の谷間が見えるように角度を調整してみたりするのですよ。
…キュルケから聞いた技を使ってみましたが、効きますか?


「し、しょうがないな、れ、レディに頼まれたのならしょうがない、しょうがないね、うん。」

視線が私の顔よりも少々下なのですよ、ギーシュ…。


「よ、よーし僕、張り切って探してきちゃうぞー!」

変なテンションになったギーシュが、モンモランシーを探しに去って行ったのでした。


「さてと、私も偶然通りかかったふりをしてあちらに行くのです。
 応急措置くらいは出来るでしょう…ルイズはどうしますか?」

「行かない。」

はぁ…まったくもう、どうにもツンデレさんなのです。


「来たくなったら来て下さい。
 …あと、あまり意地を張っていると、いつか誰かに横からさらわれるかも知れないのですよ。
 案外、貴方が昔から大好きで尊敬している人とかに。」

「ど、どういう事?」

ルイズがびっくりしたように私を見つめているのです。


「言葉の通りなのですよ。
 才人はああ見えて、結構もてるのです。
貴方がしっかりしていないと、私も危ないかも…なのですよ?」

「ええっ!?」

そう言って、私は才人のほうに歩いていったのでした。


「あああああ、ミス・ロッタいい所に!
 サイトさんが、サイトさんがっ!」

テンパりまくったシエスタが、あたふたしながら才人を揺すっているのです。


「シエスタ、取り敢えず揺するのをやめてください。」

「え?あ、はい…。」

シエスタは揺するのをやめたのでした。


「うーむ…陥没とかは無いようなのですね。
 自発呼吸よし、脈もあると…出血が結構酷いのですね。
 とは言え、頭部は他の部位に比べて出血が激しくなりやすいので、傷はそれほど深くはない筈なのですよ、たぶん。」

正確なところは、モンモランシーに見せてみなければ言えませんが。


「あ、あの、ミス・ロッタ。
 そんな落ち着いている場合じゃあないのでは?」

「ギーシュ様にモンモランシーを呼びに行って貰ったのです。
 だからもう大丈夫なのですよ、安心してくださいシエスタ。」

頭部の止血方法なんて知りませんし、取り敢えず傷を押さえて血が出るのを留めるしかないのですよ。
まったく、こんな時に何も出来ない火メイジは、無力にも程があるのですよ。


「ケティー!モンモランシーを呼んできたぞー!」

「ちょっとギーシュ!手を離しなさいよこの莫迦!」

ギーシュがモンモランシーを引き摺るようにしてやってきたのでした。


「もう、一体何なのよ?
 あら、そこに倒れているのはサイト?」

「ええ、実はどこからともなく飛んできた石に頭を直撃されてしまいまして。」

石が勝手に飛んできたような物言いですが、まさかルイズの事を言うわけにも行きませんし。


「何それ?」

「原因が不明だから、そうと言うしかないのですよ。」

全く…困ったものなのです。


「…まあいいわ、兎に角飛んできた石がぶつかったのね。
 診療料金はサイトに後で請求するとして…うーん、骨も大丈夫そう。
 頭の傷を塞げば数日で完治って所ね。」

「あ…安心しましたぁ。」

私も内心安心したのでした。
大体私の見立て通りでよかったのですよ。


「ちょっと待っててね、今治癒で傷を塞ぐわ。」

モンモランシーが「治癒」を唱えると、才人の頭の傷は見る見るうちに塞がっていったのでした。


「よし…っと。
 これで何とかなる筈よ。」

将来はハルケギニアのブラックジャックになれるかもしれないのですね、モンモランシーは。


「あ、そうだ。
 もしも目を覚まさなかったり、目を覚ましても数日後に意識が朦朧としてくるような事があったら教えてね?」

才人の頭にこびり付く血を水魔法で水を出して流しつつハンカチで拭き取っていたモンモランシーが、ふと顔を上げて言ったのでした。


「そういう状態の場合、どうするのですか?」

「頭に穴を開けて血を抜くのよ。
 でないと遅かれ早かれ死んじゃうし。」

モンモランシーは、さらっとそう言ってのけたのでした。
縁起でもないのですよ、いやホント。


「まあ、頭に穴を!?
 穴を開けるだなんて、そんな…うーん…。」

シエスタは目を回して、私の方に倒れ掛かって来たのでした。


「モンモランシー、シエスタが気絶してしまったではありませんか?」

「う…平民には刺激が強かったかしら?」

気絶するシエスタを見て、モンモランシーが少々困った顔になっているのです。


「いえいえ、貴族にも刺激が強かったようなのです。」

そういって、私はモンモランシーの隣に視線を移しました。


「あ、頭に穴…うーん。」

ギーシュも気絶していたのでした。

「ずこー!?」

それを見て、モンモランシーがずっこけたのは言うまでもありません。
才人ですか?さすが主人公属性持ちと言いましょうか、目を覚ました後は何のダメージも無く元気そのものなのでした。





その夜…ルイズの部屋のドアの向こう側から聞こえる才人の悲鳴を無視しつつ自室に戻ると、机に手紙が置いてあったのでした。


「タバサ、これは誰が持ってきたものなのですか?」

いつものように定位置で、静かに本を読んでいるタバサに尋ねてみました。


「使者。」

「誰の使者なのですか?」

…それだけじゃあ、簡潔過ぎてわからないのですよ、タバサ。


「マザリーニ枢機卿。」

「ああなるほど枢機卿ですか…って、ええええええええぇぇぇぇぇっ!?」

鳥の骨に呼び出されるような事を私がしたでしょうか…していますね、ええ、してはいるのですが。


「いいノリツッコミ。」

そこでサムズアップされても困るのですよ、タバサ。


「よ、予想よりも呼び出されるのが早いような?」

取り敢えず手紙を読んでみましょうか…なになに?


「成る程…ついに姫様とも対面しなくてはいけないわけですか。」

要約すると、『才人とルイズが姫様改め女王陛下に呼び出されたからついでに来てくれ。つーか今回の件もお前が首謀者だろ?』


「バレテーラ。」

「?」

まあ、ばればれなのは最早しょうがないのですよね。


「気は進みませんが、会わなければ色々と始まりませんからね。」

本当に、本当に気が進まないのですよ。


「はああああぁぁぁ…。」

私の溜息が、部屋の中に響き渡ったのでした。





戴冠式も終わった数日後、私達はトリスタニアの王城まで来ていたのでした。

「な…なあ、俺の格好浮いてね?」

挙動不審になっている才人が、きょろきょろと周囲を見回しながら、自信なさげに歩いているのです。


「いいえ、似合っていますよ。」

「…意外と、似合っているわ。」

才人もいつものパーカー姿というわけにはいかないので、トリステイン魔法学院の制服に着替えているのでした。


「で、でもさ、みんなマントだぜ?」

王宮の中心部分ともなると、女官も全部貴族。
確かに右も左もみーんなマントなのですよね。


「そういう意味では浮いているかもしれませんが、格好としては問題無いのですよ。」

魔法学院の制服を着た才人というのも、なかなか新鮮で良いと思うのですよ。


「そうそう、下らない事を気にしないで、ちゃっちゃと歩きなさい、ちゃっちゃと。」

「ふゎーい。」

才人はやる気なさそうに返事をしたのでした。




衛兵に名を告げ、少々立ってから通されたのは、貴賓用の接待室と思しき場所なのでした。


「ルイズ!ああ、ルイズ!」

「姫さ…もがっ!?」

二人の抱擁は、姫様の胸元にルイズが包み込まれる状態になったのでした。


「むー!むー!」

いきなり視界を閉ざされたルイズが、何事かと腕をじたばたさせているのです。


「すげえ…。」

才人、鼻の下が伸びているのですよ?


「あら、ごめんなさい。
 私ったら嬉しさに我を忘れてしまったわ。」

「いきなり柔らかいのに包まれて、何が起こったのかと思いましたわ…。」

キュルケ程ではないにしろ、姫様もかなり大きいですからね。


「お久しぶりでございます姫様…いえ、もう陛下とお呼びせねばいけないのでしたね。」

「まあ!まあ!なんて他人行儀なんでしょう!
 礼儀も過ぎれば、失礼というものだわルイズ。
 私達は親友ではなかったの?」

いつもの事ですが、姫様は何をするにも少々演技がかっているのですよね。
観劇も大好きですし、生まれが違えば女優になっていたのかもしれないのです。


「いいえ、わたしは姫様の親友で間違いありませんわ。」

「よかったわルイズ、それならば呼び方はいつも通りでいいでしょう?」

枢機卿が目で駄目ですと言っていますが…まあ、今回に限っては無視しても良いでしょう。


「では今までどおり、姫様と呼ばせていただきますわ。」

ルイズも頷いて、にっこりと笑ったのでした。


「ありがとうルイズ、私的な時間まで陛下陛下では肩が凝ってしょうがないもの、やめにしましょう。
 つくづく王なんて野暮な職業には就くものではないというのが、ここ数週間で実感できたわ。
 そこにいる枢機卿や大臣や文官達が次から次へと決裁の書類を持ってきて、それに全部目を通して理解してからサインをしなければいけないのよ。
 その合間にはお茶を楽しむ暇も無く、面談を求めてくる貴族達にニコニコ応対。
 一日の予定が全部終わればもう夜中というより朝方で、疲れ切ってベッドに倒れ込んで意識を失う事だけが唯一の楽しみな毎日なの。
 忙し過ぎて死んでしまいそう!お母様も気軽に娘に譲り渡すわけよね。
 退屈になる暇も無いくらい忙しいわ窮屈だわ手は疲れるわ顔は笑顔のまま引きつるわで、日々が退屈だった王女の時代がどれだけ貴重だったのかを今更ながらに思い知らされている所だわ。」

「そ…それは何と言うか、ご愁傷様ですわ姫様。
 私にも何かお手伝い出来る事があれば良いのですけれども。」

何というデスマーチ女王、ルイズも引き攣った顔で返事を返すしかないのですよ。
確かによく見れば以前見た時よりも頬がこけていますし、目の下にもメイクで隠し切れないクマが出来ているのが見えるのです。
これは公務を放り出していた先代女王陛下のせいなのですね、間違いなく。
姫様は母親を一発殴っても良いような気がするのです。


「ルイズ、貴方のその言葉だけで、頑張ろうって気持ちになれるわ。
 あら、ルイズの使い魔さん…と、もう一人は誰かしら?」

片膝をついて頭を下げたままの私に気づいたのか、姫様が尋ねてきたのでした。


「ケティ・ド・ラ・ロッタでございます、女王陛下。」

私はそういうと、顔を上げて見せたのでした。


「陛下の思い人に死に方を提案した張本人です。」

私の言葉を聞いたと同時に、姫様の顔が青ざめていったのでした。


「あ…貴方が、あの…でも何故ここに?」

「私がお呼びしたからです、陛下。」

そういって、枢機卿が頭を下げたのでした。


「一度、会ってきちんと話をしておくべきであると存じます。」

「確かにそうですわね、枢機卿。
 でも、わざわざルイズと会う時にぶつけなくても…。」

使い魔である才人は兎に角、私は親しくもなんとも無いただの部外者ですからね。
プライベートでの友人と会うせっかくの機会に居るべき人間ではないでしょう。


「ラ・ヴァリエール嬢とラ・ロッタ嬢は、これまで何度も苦楽を共にしてきた友人と聞いております。
 であれば、彼女一人を呼び出すのではなく、この機会にすべきであると考えました。
 彼女の事を、ラ・ヴァリエール嬢とそこの使い魔の少年にも聞く事が出来ますからな。」

確かに、ルイズと才人からどう思われているかというのは大事なのですね。
話し合いがこじれて『死刑!』とか言われたら、本当に処刑されてしまいますし。


「成る程、それはそうですわね。」

姫様は納得といった感じで、うんうんと頷いたのでした。


「ではミス・ロッタ。」

「ケティとお呼びいただければ嬉しいですわ、陛下。」

私だって、淑女っぽく喋ろうと思えば出来るのですよ…背中がむず痒くなってくるので、普段はしませんが。


「ではケティも《陛下》はやめて下さいますか?
 陛下と呼ばれると、気分が公務を執行している時に戻ってしまいそうですわ。」

「はい、ではルイズと同じく《姫様》とお呼びさせて頂きますわ。」

むぅ…なんとも、背中がむず痒くなるのですよ、このお嬢様系の喋り方は。


「じゃあケティ、ついでに畏まった喋り方もやめましょう。」

「それは有り難いのです。
 実は畏まった喋り方が苦手なもので。」

ふぅ、開放されたのです。


「ケティ、私は貴方のした事を非難はしないわ。
 ウェールズは一度決めたら絶対に曲がらない人だから、私が亡命を勧めても受け入れないのはわかっていました。
 彼の意思に沿う形で、彼のしたかった事をあの場で揃えられるモノで最大限に叶えてあげた事にはむしろ感謝しています。」

「それは…意外でした。」

てっきり殺したい程怨まれているものと思っていたのですが。


「怨んでいるわよ、女としてはね。
 好きな人に二度と会えなくなった原因を貴方に押し付けたい私がいて、それが私の中で暴れ狂っているのも確かなの。
 その感情だけはどうにも出来なかったわ。」

「私にはまだそのように恋焦がれる人はいませんが、そういうのは何となく理解出来るような気はします。」

私には理性によって押さえつけ難くなるくらい好きな異性というのが出来るのでしょうか?


「女としての私は貴方を許せないけれども、女王としての私は貴方の判断を支持します。
 そのくらいの分別は…何とかつけて見せるわ。」

原作よりも少々しっかりとしているような?
まあ、この姫様となら仲良くやっていけそうなのです。


「ルイズ、ケティ、そして使い魔さんにも聞くわ。
 あの奇跡を起こしたのはあなた達ね?
 滑走路というものを学院とタルブに作っていたという報告を受けています。
 そこからソウライという、金属製の風竜のようなものを飛ばしていたと。」

「ええと…な、何の事だかわかりませんわ。」

ルイズ…その誤魔化し方は流石に白々し過ぎるのですよ。
顔が【のヮの】になっていますし…。 


「枢機卿、確か王に虚偽の報告を行う事は…。」

「はい、王に虚偽の報告を行うものは斬首とする。
 フィリップ三世王の御世で作られた法ですな。」

ぬゎ!?流血王フィリップ三世の時代に作られた法なんて、何で廃止していないのですか!?


「斬首!?」

ルイズが真っ白になったのでした。


「…とは言え、執行された例は数度しかありませぬが。
 厳格に法の執行をしたら、宮廷の貴族は皆処刑されてしまうという理由からでしょうな。」

しょうも無い理由で事実上無効化されていたから、今まで廃止されていなかったのですね。
ルイズには全く聞こえていないようですが。


「一回だけなら誤射かもしれない…と言う事で、もう一度聞くわねルイズ。
 あれをやったのは貴方達よね?」

スマイルで脅すとはなかなかやりますね、姫様。


「は…はい、その通りですわ、姫様。」

引き攣った顔で頷くしかないルイズなのでした。


「あははは…は。」

ううむ、所詮国家というものはでかい893に過ぎないなんて話を聞いた事がありますが、成る程確かにそんな気もしてきたのですよ。
姫様ってば、いつの間にか親分の貫禄なのです。


「私は正直な人が大好き。
 正直な親友を持つって素敵よね、ルイズ?」

「はい、そうですわねひめさま。」

『法がある以上は執行されるかもしれない』という恐怖を利用した、いわゆる《抜かない伝家の宝刀》なのですね、この法は。


「使い魔さん、貴方はソウライという軍艦すらも数発で撃沈してしまう大砲がついた金属製の風竜を操って、敵の竜騎士を竜ごと木っ端微塵にして見せたとか。
 あのアルビオン竜騎士が恐慌状態に陥って、散り散りに逃げ去ってしまうなんて、初めて聞いたわ。」

「はっ、恐縮であります!」

直立不動で何故か姫様にビシッと敬礼して見せた才人なのでした。
姫様の脅しが効き過ぎなような気がするのですよ。


「貴方の功績は爵位叙勲に値する働きだけれども…まだこの国の法はそのあたりを改正していないから、メイジではない平民を貴族にする事は出来ないのよ。
 御免なさいね。」

「はぁ…。」

才人には爵位というのがどんなものか、いまいち理解出来ていないようなのですね。


「そんな、この犬に爵位だなんて、勿体無いにも程がありますわ、姫様!」

「犬?」

ルイズが姫様に妙な事を口走り始めたのを尻目に、才人にそっと話しかけてみるのです。


「才人、才人、勿体無い事に気付くのですよ。」

「何でさ?
 爵位あったってどうなるもんでもないだろ?」

才人は不思議そうに首を傾げるのでした。


「この国で爵位というのはすなわち『国家公務員』の事なのですよ。
 領地が無い貴族には、国から爵位に応じた給料が頂けるのです。」

「おお、何だかようやく事の重大さが理解できたぜ。
 確かにそれは勿体無かったな…。」

安定した給料と生活、爵位が高ければいっぱいもらえますし、夢の公務員ライフが約束されているのですよ。


「…で、犬っていったい何なのルイズ?」

「ななな、何でもありませんわ。
 ええ、わたしの特殊な趣味的な話なので、どうかこれ以上聞かないで下さいまし!」

ルイズ…ぶっちゃけ過ぎなのですよ。


「ええ、怖いからこれ以上聞かないでおくわ、ルイズ。
 あとケティ、貴方はソウライが何であるか理解した上で、それを運用する為に出来得る限り場を整えたのよね?」

「はい、その通りなのです、姫様。
 あの空飛ぶ金属の竜…飛行機は、ロマリアの焚書を免れた文献の中に記されていたものだったのです。」

まるきり嘘なので、ばれたら斬首なのです。


「あれを空中に浮かせる為には滑走路という空に飛ぶ為の道が必要となるので、学院長にお願いして作らせていただきました。」

学院長にセクハラされた悪夢が蘇るのですよ、うぅ。


「あと姫様、ルイズの事ですが、彼女は虚無に目覚めたのです。」

「そうね、あの光は虚無でしかありえないわ。
 これの意味する所は、私を含めて今の王家が正統では無い事を指すわね。」

姫様はうんうんと頷いて居るのです。


「…というわけでルイズ、虚無に目覚めたついでに女王なんてどうかしら?」

「無茶言わないで下さい姫様!」

あまりの事にルイズが悲鳴を上げたのでした。
姫様、そんな何かのおまけみたいに…。


「女王なんて、短気な私に勤まるわけがありませんわ!」

「大丈夫大丈夫、私も無理かと思ったけど何とかなっているもの。
 ルイズは昔から私よりも頭の回りも早かったし、立派な女王になれる筈よ。」

おほほほと笑いながら、姫様はルイズを諭しているのです。
周囲の国は王位を巡って血みどろのパワーゲームを繰り返しているというのに、この国は…。


「駄目です!駄目です!駄目です!絶対に!駄・目・で・すっ!
 というか姫様、面倒臭いからわたしに押し付けようとしているでしょ!」

「あら、ばれた?
 おほほほほほ。」

笑って誤魔化しても駄目なのですよ、姫様。


「姫様はいつもそう、面倒な事は私に押し付けて楽をしようとするんだわ!
 三年前の晩餐会の夜に、わたしを薬で昏倒させて髪まで染めた挙句、身代わりを押し付けてふらーっと散歩に出かけた事、今も忘れてはいませんわよ!」

「あの時はウェールズと会うという、大切な用事があったのよ。」

うわぁ、男と会うために親友を薬で昏倒させて髪まで染めたのですか。
流石は水のトライアングル、いちいちえげつない事をするのですね。


「す…すげえな、あの姫様?」

こそっと才人が私に話しかけてきたのでした。


「目的の為には手段を選ばない気質とか、為政者には持ってこいの性格なような気はするのですよ。」

「そんなもんなのか、政治家って?
 ニュースでは汚職だの何だのが散々批判されていたけど。」

才人の頭にはてなマークが浮かんでいるのが見えるようなのです。


「国家の運営もまともに出来ない癖に、汚職なんて大それた真似をするから捕まるのですよ。
 どんなに汚職にまみれようが、国家の利益を誰よりも引っ張ってくる事が出来る人間なら、誰も逮捕したりはしないのです。」

「それはそれでどうかと思うけど?」

能力が下がっていらなくなったら逮捕して、ある程度財産剥ぎ取ればいいだけなので、気にしなくても良いのですよ。


「それよりも、あっちなのですね。」

枢機卿も、何時まで傍観しているつもりなのやら?


「これほど頼んでも駄目?」

「駄目ったら駄目です!」

王位の押し付け合いという醜い争いは、未だに続いているのですよ。


「はぁ、面倒臭いけれども仕方が無いわね…でも困ったわ、だって正統の証である虚無は貴方の下にあるんですもの。
 虚無の家系が王家ではないとわかったら、貴族の支持が取り付けられなくなるかもしれないわ。
 私だって、今はあの戦いの立役者に無理やり祀り上げてもらっているからいいものの、こんな人気はすぐに萎んでしまうでしょうし。」

「そんな事を言われても、私だってラ・ヴァリエール家の嫡子ですもの。
 あの家を潰すわけにはいきませんわ。
 んー…。」

何故ルイズの視線がこっちに?


「…ケティ、何か良い考えは無い?」

「ええと、何故私に?」

枢機卿がいるでしょうに、枢機卿が。


「困った時のケティ頼み?
 兎に角お願い、何か良い解決方法思いつかない?」

何なのですか、それは。


「…姫様の次の後継者は、姫様が将来誰と結ばれて子供が出来ようが、絶対にルイズかルイズの子供かに継がせるように継承権を設定すれば良いのでは?
 現状は法律では王に生まれた嫡子かその配偶者、嫡子が幼ければ妻を次の王とする事が定められていますが、この法に一代限りとする事を入れた上で追加の条項を加えれば良いと思うのですよ。」

「ケティが何言ってんのか、さっぱりわかんねえ。」

おバカな才人は、少々黙っていると良いのです。


「次の王位継承者が虚無が出た家系にあると知れれば、それを現在の王家が保障している事を宣言したならば、貴族は虚無の家系が王家であり続ける事に安心する筈なのです。」

「で、でもそれだと、もし姫様に子供が出来た場合、混乱しない?」

ふむ…確かに。


「では、姫様に子供が出来た場合は、その子供をラ・ヴァリエール家の子とすれば良いでしょう。
 虚無が王権を保障しているのですから、傍流が嫡流に、嫡流が傍流に入れ替わるという事なのです。」

こういうのは出来る限りシンプルにしておかないと、後々の火種になりかねないので、シンプルにしてみたのでした。


「確かに、その方法は簡単でわかりやすいわね。
 ではそうしましょう。
 事が事だし法をいじるのには時間がかかるとは思うけれども、そういう風にするのが良さそうね。
 ラ・ヴァリエール公爵にも、然るべき時が来たら話をする事にするわ。
 これで良いかしら、枢機卿?」

「はい、これで宜しいかと。
 あと付け加えるとすれば、出来るなら将来生まれる陛下とラ・ヴァリエール嬢の子同士を許婚にしておくべきでしょうな。
 今の王家に忠誠を誓うものも少なからずおりますので。」

その点をすっかり失念していました。
さすが枢機卿、パーフェクトなのです。


「それは何時の事になるかわから無いけれども、そうしましょう。」

問題は、才人が両方の子供の父親になる可能性があるという事なのですよね。
まだまだ先の話にはなりますが、さて、どうしたものやら?


「ではルイズ、始祖の祈祷書と水のルビーは貴方が持っておきなさい。
 私の具合が少しでも悪くなったらすぐにでも王位を押し付け…もとい、禅譲できるように。」

「今すぐお返ししますわ!」

ルイズはそう言うと、始祖の祈祷書を姫様の豊かな胸元に押し付けたのでした。


「私が持っていても仕方の無いものでしょ。
 虚無の担い手が持っていて意味があるものなのだからっ!」

姫様も負けじと始祖の祈祷書をルイズの薄い胸元に押し付け返したのでした。


「私が持っていたら、姫様は明日にでも謎の病で倒れるつもりでしょ!」

「いくら私でもそこまでしないわよっ!」

始祖の祈祷書の押し付け合い…。


「どうでも良いけど、頑丈だな、あの本。」

才人がボソリと呟いたのでした。


「本当なのですねー、さすが伝説ー。」

この光景をジョゼフ王に見せたら、トリステインにちょっかい出すのはやめるかもしれないのですね。


「うにゅにゅにゅにゅにゅ!」

「ぐにゅにゅにゅにゅにゅ!」

二人とも、人には見せられない顔になっているのですよ。


「そんなに不安なら、誓約書を書くわ。
 私ことトリステイン女王アンリエッタ・ド・トリステインは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを騙して王位に就かせない事を始祖に誓います。
 …これでどうかしら?」

「うぅ、始祖に誓われたのであれば、信用いたしますわ。」

あちらも、やっと話がついたようなのですね。


「ああそうだわ、ついでにこれもあげる。」

「な…ナンデスカ、姫様?」

ルイズがめっちゃ不安そうなのですよ。


「んー?王宮を含む、全ての国家施設への無制限の立ち入り許可証、軍や警察を含む公的機関を行使する時の無制限許可証。
 あと、殺害行為を含むあらゆる犯罪行為への免除許可証。
 これだけ権限をてんこ盛りにすれば、貴方に正攻法で逆らえる人間はこの国には権限を与えた私くらいしかいなくなったと言えるわね。
 はい、あげる。」

「こここ、こんな無茶苦茶な権限、いただけませんわ!」

思わず受け取ったルイズが、目を回して焦っているのです。
MI6のゼロゼロナンバー以上の超法規的権限なのですね。


「貴方は次期国王だし、本来は例え私が嫌がっても退位させて王位に就くべき人間なのよ。
 その程度の権限は今から持っておくべきだわ。」

「ででででも!」

震えすぎて、ルイズがぶれて見えるのですよ。


「使うか使わないかは貴方の自由よ。
 ちょっとしたお守りだと思って持っておきなさい。」

「そうそう、もらえるもんは貰って置けよ、何だか知らんけどすげぇものなんだろ、それ?」

才人の発想は少々安易ですが…確かに、貰っておいて損は無いのですよ。


「わかりました、貰っておきますわ。」

「そうそう、権力を使う事の練習だと思っていればいいのよ。
 あとケティ、貴方にはこれを。」

そう言って、姫様がさらさらっと買いて渡した書類に書いてあったのは…。


「公的機関の使用許可証…なのですか?」

「そう、貴方の身分は表向き私付きの女官という事にするわ。
 何をするにもある程度の権限は必要でしょう?
 警察権とかは流石に無理だけれども、それで国の機関である学院などは無条件で貴方に協力させる事が出来るわ。」

おお、これで何かあるたびにあのエロ爺の前でいちいち踊らずに済むのですね。


「あと使い魔さん…サイトでしたか?
 貴方にはこれを。」

そう言って、姫様は箱をレビテーションで浮かせて机の上にドンっ!と置いたのでした。


「これ、何ですか?」

才人は箱を不思議そうに眺めます。


「じゃじゃーん。」

そういって開かれた箱には、金貨がぎっしりと詰まっていたのでした。
それにしてもこの姫様、ノリノリなのですね。


「ざっとですが、2~3万エキューはありますわ。
 爵位の叙勲が出来ない代わりに、これで我慢してくださいね。」

「う、うっス。」

その金貨の量に、軽く目を回してしまった才人なのでした。


「貴方には期待しています。
 ルイズを守ってあげてくださいね。」

上目遣いで目をキラキラを素でやってのけるのが姫様の凄い所だと思うのですよ。


「も、もちろんです。」

あーあ、才人ってば安受けあいしちゃったのですよーだ。



[7277] 第二十二話 媚薬なんか作るからこんな事になるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/22 10:03
媚薬、それは人の心を性的に操る薬
地球でも色々と媚薬は開発されてきましたが、全部興奮剤の類なのです


媚薬、それは相手を熱烈に愛するようになってしまう薬
人の心を容易く操ろうなんてのは、間違っているのですよ


媚薬、それは偽の恋愛を引き起こす薬
性的に操ったって、本当の恋愛には程遠いのです







「やっちまった。
 金貨のインパクトと姫様の微笑みに釣られてつい…。」

才人が頭を抱えているのでした。


「東に行きたいとか言っていたのに、安請け合いしちゃって。
 取り敢えず、頭抱えたまま歩くとか、奇怪だからやめなさいエロ犬。
 姫様の微笑みに盛るなんて、不敬よ、不敬、斬首ものだわ。」

「さ、盛ってなんかいねぇよ。」

顔を赤くしているところを見ると、姫様の色気に一撃でやられたのが丸わかりなのですよ、才人。


「はは~ん、顔を赤くして何言ってんだか、このエロ犬は。
 あんたが盛っているかどうかなんて、このご主人様にはまるっとお見通しなんだからねっ!」

「ああそうさ、姫様にドキドキしちまったよ不覚にも。
 悪いか?いいや悪くないね。
 俺には別に恋人がいるわけでもないし、可愛い女の子に微笑みながら頼まれたら嬉しくなるのは男の性ってもんだ。」

うわ、正々堂々と認めやがったのですよ、才人。


「悪いか?ええもう悪いわよとっても重罪よ、だって…だだ、だって、だだだだ。」

ルイズが壊れたCDみたいになったのですよ。


「ととと、兎に角、駄目なものは駄目なの!
 あんたは私の使い魔なんだから、私そばにいなきゃ駄目なのよ。
 それが決まりでルールで規則なのよ、義務なの!」

兎に角、一緒に居ろという事なのですね、わかります。


「わけわかんねえよ。
 なんかすげえがんじがらめな感じ?」

ううむ、全然気づかずに不平を漏らしているのです。
鈍すぎるのですよ、才人。


「義務とか規則とか、そういう言葉で縛られるのってすげームカツク。」

中二病ですか…まあ、思春期に良くある麻疹みたいなものですね。
ルイズの気持ちを全く酌めていないのが物凄く不味いのですが。


「なんですって!?」

はぁ…ルイズはどこかに行っちゃ嫌と言っているのに、才人は気づかないと。
…まあ、私も同じ立場に追い込まれたら、恥ずかしくて抽象的な物言いになってしまう可能性が高いのですが。


「おやまあ…。」

いつの間にか才人が居なくなっているのですよ…私まで置き去りなのですね。
ルイズがぽつーんと一人で突っ立っているのです。


「そんな…言葉で縛る気とか、無いもん。」

軽く涙の浮かんだ瞳で、ボソリと独り言。
二人とも、私を完全に置き去りにして話を進めているのが、ちと気に食わなかったのですが、このルイズを見られただけで全部チャラなのです。
こ、これは…とても萌える。


「伝えたいけど伝えられないその気持ち…乙女なのですね。」

これはハグせざるを得ません。
ええ、ええ、不可抗力なのですよ、必然なのです。


「わきゃっ!?
 な、なんなの…って、ケティ?
 あ、あれ?才人と一緒に行ったんじゃ?」

「取り敢えずあの乙女心の『お』の字もわからない、朴念仁は放っておくのですよ。
 いずれ心配になって探しに来るに決まっているのです。」

んー、ルイズ、良い匂いなのですよ。


「うぃーっく!」

その時、ドシンと私の背が何者かに押されたのでした。


「うひゃぁっ!?」

「むぎゅ!?」

私とルイズはよろけてそのまま転んでしまい、ルイズは私の下敷きに。
ルイズ一人なら、かすりもしなかったでしょうに、私が抱きついていたばかりに避ける事もままならなかったようなのですよ。


「おうおう貴族の姉ちゃん達、ぶつかっておいて御免なさいも無しかよ?ひっく!
 うぃー…誰のおかげで、この国が守られたと思ってんでぃ!」

「んなっ!?ぶつかったのはそちらでしょう?」

戦に勝って大喜びなのは良いですが、昼間から泥酔し過ぎなのですよ、兵隊さん?


「姉ちゃん良く見りゃけっこう別嬪じゃねえか。
 酌しろや、そしたら許してやらあ。」

酒癖の悪そうな兵隊は、そう言って私の肩を掴み、酒臭い息をかけて来たのでした。
…酔っ払いだと思って、大目に見ていましたが、少し頭を冷やしてもらいましょうか?


「それ以上の狼藉を働くようなら、こちらにも考えが…って、何なのですか、ルイズ?」

「ケティ、ちょっと、退いて…。」

「る、ルイズ、何を?」

ゆらりと立ち上がったルイズが、私を押しのけたのでした。


「あ?なんだこの小娘?子供が何の用だよ?
 俺はこっちの姉ちゃんに用があって…。」

「ケティより、私の方が年上よぱーんち!」

ルイズの全体重を乗せた拳が、兵隊の腹に深々と突き刺さったのでした。


「ぐはぁっ!?て、てめえ何を…。」

「誰が子供よきーっく!」

パンチに体をくの字に曲げた兵隊の顔面に、ルイズのひざ蹴りがめり込んだのでした。


「が…ぁ!?」

あまりの衝撃に、兵隊の体がぐらりと揺らぎ、倒れてしまったのでした。


「何で年下のケティは姉ちゃんで、私が子供なのよ!
 あんた目がおかしいんじゃないの!?
 だいたい何で昼間っから酒呑んでんのよ!昼間に酒とか馬鹿じゃないの!
 酒は夜になってからゆっくり楽しむものだって事くらい知らないわけ!?」

「……………。」

へんじがない、ただのしかばねのようなのです。


「私は今とっても気が立ってんのよ、刺激しないでよホントにもう!」

「ルイズルイズ、その兵隊さんは既に気絶しているのですよ。」

泥酔していたのが原因なのでしょうが、兵隊はあっさりと意識を手放してしまっていたのでした。


「ああっ、ジャン!?
 てめえ、何処のモンだか知らねえが、何しやがんでい!」

「よくもジャンを!」

殴り倒された兵隊の仲間と思しき兵隊たちが、わらわらと出て来たのでした。


「その倒れている愚かものが、私達にぶつかっておきながら絡んできたので、ルイズが軽くのしただけなのですよ。
 とっとと連れてどこかに行けば、この件は見逃してあげます。」

「なんだと、小娘の分際で生意気言いやがって!
 こちとら兵隊様だ、いくらメイジでも小娘ごときに怯むかよ!」

ああもう、なんだってこんな酔っぱらった兵隊ばかりがわらわらと。


「そこまで言うなら良いでしょう、かかって来なさいな?」

ブルース・リーみたいに、掌をくいっくいっと曲げて、挑発してみたりして。


「わわ、なんだかケティが怒ってる?」

ルイズがびっくりしていますが、当たり前なのですよ。
王都の治安を守るべき兵が、酒呑み過ぎてくだ巻いて一般市民に迷惑をかけているのでは、本末転倒も良い所なのです。
貴族として、これを見過ごすわけにはいかないのですよ。


「この小娘がぁ!殴り倒したら今夜は全員の相手をさせてやるから覚悟しやがれ!」

「まぁ怖い、それは負けるわけにはいかないのですね。
 取り敢えず、頭冷やしましょうか?
 私の炎は頭を冷やすのにはもってこいなのです。」

そう言って、私は呪文を唱え始めたのでした。


「近距離で呪文だぁ?舐めやが…うお!?」

「わたしを忘れるとか、莫迦ね。」

ルイズは私に殴りかかろうとした兵隊の腕を掴んで引っ張り、その勢いを利用して兵隊の巨体を宙に舞わせ地面に落としました。


「眠っていなさい。」

「ぶっ!?」

そう言って、ルイズは兵隊の頭を思い切り蹴飛ばして気絶させたのでした。
…ううむ、これは合気道か何かですか?
いったい誰に教わったのだか。


「わたしは魔法が昔から大の苦手だったけどね…殴ったり蹴ったり投げ飛ばしたりするのは昔から大の得意よ?」

ううむ、炎の矢で吹き飛ばそうと思っていたのですが、虚無の使い手なのにガンダールヴみたいなのですよ、ルイズ。
これからはラ・ヴァリエールの喧嘩番長と呼びましょう、怖いから心の中でこっそりと。


「ルイズ、大丈夫か…って、めっちゃ大丈夫そうだな?」

騒ぎを聞いて駆けつけてきた才人が、拍子抜けした表情でルイズに言ったのでした。

「勿論、酔っぱらった兵隊程度なら、私でもどうにかなるわよ。」

普通はどうにかならないのですよ、ルイズ。
私だって杖が無かったら、あっという間に組み伏せられてしまうのです。


「まあいいや、こっちは三人、そっちも三人。
 おれも強いぜ、さあどうする?」

「お、やっと出番か?斬れるのか?斬れるんだな?
 抜かれるよ、そして斬るよ!」

才人はデルフリンガーの柄を握って見せたのでした。
まあそれは良いとして、黙れ妖刀。


「う…きょ、今日の所は見逃してやらあ。」

「覚えてやがれ!」

兵隊たちは、倒れた仲間を担ぐと立ち去って行ったのでした。
デルフリンガーの放った殺気というか食欲というか、そんなものに気圧されたのですね、わかります。


「びびび、びっくりした…。」

兵隊たちが去って行った後、ルイズはぺたんと座りこんでしまったのでした。


「とっさに体が動いてくれてよかったわ。
 あと、相手が泥酔していて助かった…。」

「ぶっつけ本番だったのですか、ルイズ?」

私がそう聞くと、ルイズは無言でこくりと頷いたのでした。


「取り敢えずハッタリかまして、あとは高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する…ケティが良く使う手でしょ?
 私はケティみたいに口が上手くないから、いちばん得意な方法でやったけど。」

何処のアンドリューさんなのですか、私は。
確かにハッタリかまして驚かせた後で、自分の思う方向に口八丁手八丁で誘導するという方法をよく使いはしますが…。
取り敢えずブッ飛ばしてから『話し合う』のは私ではなく、某時空管理局のN.Tさんの十八番なのですよ。


「成程、自力でなのは式説得術を会得したのですね。
 おめでとうございます。」

「えーと、よくわからないけどありがとう。」

きょとんとした表情で、ルイズは私の賛辞を受け入れたのでした。


「あと、あの許可証を使わなかったのも、良い判断だったと思うのです。」

「勿論、あんな雑魚相手に使ったりはしないわよ。
 ああいうものはしかるべき所で必要な時だけ使うというのが鉄則でしょ?」

さすがルイズ、権限を行使する際のTPOは理解していましたか。
後は…。


「才人、怒るのは貴方の勝手ですが、はぐれないようにして欲しいのです。」

「え?俺ってはぐれてたの?」

私とルイズは二人、才人は一人。
どちらが迷子かなど一目瞭然なのですよ。


「はぐれないように…こうしてしまいましょう、えいっ。」

そういって、私は才人の左腕に腕を絡めたのでした。


「え…ちょ!?」

「なななな何してんのよ、ケティ!?」

才人は顔を真っ赤にして恥ずかしがり、ルイズは顔を真っ赤にして怒っているのです。


「ほらほら、ルイズも右腕にしがみ付くのですよ、早く早く。
 こうしておけば、才人が私たちからはぐれて迷子になってしまう事も無いのです。」

そう言って、ルイズを促してみたのでした。


「う…し、しょうがないわね、あんたが迷子になると探すのが面倒だものね。」

「ぬぉ、ルイズまで!?」

ルイズも顔を真っ赤にしながら、才人の右腕に抱きついたのでした。


「べ、別に二人して抱きつかなくても…。」

才人は慌てて私たちを振りほどこうとしますが、かかる力が弱弱しいのですよ。


「両手に花なのですから、役得だと思って観念するのですよ。」

「そうそう、観念なさい。」

生まれて始めてのモテモテイベントを楽しむが良いのですよ、才人。


「仕方がねえなぁ。」

とか、溜息を吐く才人ですが、顔のにやけが抑えきれていないのですよ。

見回してみれば王都トリスタニアは戦勝ムードの真っ只中。
町の中には露天が立ち並び、兵隊外にも酔っ払った人たちがちらほら歩いているのです。
まさにお祭り、浮かれて酔っ払い過ぎた兵隊とかがいなければとってもいい雰囲気なのですよ。


「日本の祭もこんな感じだったなぁ…。」

うっ、気づけば才人が望郷モードに…。
ルイズが『どどどどうしよう?』と目配せしてきます。
いや…ホームシックに妙薬は無いのですよ?


「ああっ、あれ、あれ、あれが見たいわ才人。」

ルイズが指差したのは、露天の装飾品店なのでした。
ナイス話題逸らしなのです。


「ああ、良いのですね、私も少々覗いてみたいのです。」

装飾品ゼロの私が言うと空々しいような気もしましたが、仕方がありませんよね。


「二人がそう言うなら、行ってみっか。」

才人が頷き、私たちは露天に向かって歩いていったのでした。


「ふーん…ふむふむ。」

ルイズが棚に並んだペンダントやら指輪やらを興味深く見ているのです。
見たところ大半が銀製で、そこそこな代物ですが、トリステインの貴族が好むデザインではないのでした。
おそらくこの派手さから言うと、派手な装飾を好むロマリアでもずば抜けて派手好きの人間がこしらえたものの…コピー品ではないかなと思われるのです。
キュルケなら喜びそうですし似合うかもなのですよ。
入っている宝石が水晶で無ければ…なのですが。


「あ、これ良いかも?」

それは確かに今まであったものの中では一際地味というか落ち着いたデザインであり、トリステイン貴族の許容範囲に入るデザインなのでした。
…やはり宝石が安価な水晶ですが。


「欲しいか?」

「でもわたし、持ち合わせが無いわ。」

ルイズは残念そうに溜息を吐いたのでした。


「それでしたら…4エキューに負けておきましょう。」

「うぅ、あと一声欲しいところだわ。」

店主が値引いてくれましたが、ルイズは悩んでいるのです。


「デルフリンガー買ったせいで、今月分のお小遣いが底を尽きかけているのよね。」

「残念ですが、これ以上は引けませんや。」

そういいながら、店主はその首飾りを引っ込めようとします。


「よし、買った。
 …ンでケティ、4エキューってどんくらい?」

「その金貨を4枚なのですよ。」

先ほど姫様から貰ったお金は、後で学院に届けてもらえるそうなのですが、その前に才人は一掴み分のエキュー金貨を、持っていたがま口財布に入れていたのでした。
がま口の財布なんて久しぶりに見たのですが、才人はあれを地球でも使っていたのでしょうか?
渋い、渋すぎるのです。


「サンキュー、じゃあはい、4エキュー。」

「まいどあり、はいどうぞ貴族のお嬢様。」

残念そうだった店主の顔がびっくりするくらいの笑顔に変わり、ルイズに首飾りを差し出したのでした。


「わ、ありがとう才人。
 ど…どうかしら?」

貝殻細工に銀の鎖を通して作られた首飾りは、ルイズに似合っていると思うのです。


「お、おう、似合っているぜ、綺麗だと思う。」

「ええ、よく似合っているのですよ、ルイズ。」

「えへへへ、そう?」

私達が褒めると、ルイズは照れたように笑って見せたのでした。


「そうだ才人、ケティにもなんか買ってあげなさい。」

「確かにそうだな…ケティは何が欲しい?」

急に私に振られても、装飾品類は姉さまたちのお下がりだったので、今までこだわった事がないのですよ。


「え?えーと…うーん…。」

他人の事ならある程度わかりますが、いざ自分となると何をどうしていいのやら?
ルイズより安そうなのは…。


「これなんてどうかしら?」

ルイズが指差したのはルイズと同じような細工が施された貝殻細工を嵌め込んだ銀の髪留めなのでした。
でも、どう見てもルイズが持っているのよりも、銀の量が多くて高そうなのですよ、これ。


「それでしたら…。」

店主は私の顔をちらりと見てから。


「…仕方がねえ、さっきと同じ4エキューで結構でさあ。」

空気を読みましたね、店主。
天晴れなのです。


「はいどうぞ、貴族のお嬢様。」

手渡されはしましたが、鏡も無しにこれを付けるのは至難の技なのですよ。


「私が付けてあげるわ…よいしょ…うん、こんな感じね。
 やっぱり、このくらいの髪の長さには、こういう髪飾りが一番似合うわ。
 ワルドに髪をやられて落ち込んでいたから、気になっていたのよね。」

ルイズってば、私の髪の事を気にかけていてくれたのですか。


「どうサイト、似合うと思わない?」

「うんそうだな、似合っていると思う。
 なんだか、すげえ可愛い感じになった。」

才人もにっこりとそう言ってくれたのでした。


「あ、ありがとうございます。」

正面からそんなことを言われると、照れてしまうのですよ。
思わずもじもじしてしまうのです。


「う…ええと、じゃ、じゃあそろそろ帰る…か…!?」

いきなり帰ろうとした才人の動きがぴたりと止まったのでした。


「お…お…おおおおおおぉぉぉぉぉ。」

才人はふらふらとその露天まで歩いていき、一着の服を手に取ったのでした。


「こ…これは。」

「お客さん、お目が高いねえ、それはアルビオンの水兵服でさ。」

水兵服、つまりはセーラー服…才人の心の中が手に取るようにわかるのですよ。
なんという煩悩まみれ。
さっきの感動を返せコンチクショーと言いたいのです。


「い、い…いくら?」

「4着で1エキューでさ。」

高っ!?
古着にその値段はボッタクリもいいところなのですよ。
完全に足元見られているのです。


「買ったっ!」

才人…まさか私にそれを着ろとか言わないでしょうね?







「頼む!これを着てくれっ!」

「炎の矢。」

予想通り繕い直したセーラー服を差し出してきた才人を、炎の矢で問答無用でぶっ飛ばしたのでした。


「だ、だって…シエスタだと日本の女子高生的な雰囲気が再現できなくて。」

煙を上げながら、それでもセーラー服だけは死守した才人が、私に訴えかけてくるのです。


「私だって、前世の記憶は男のものなのですよ。
 しかも今の私はどう見ても欧州系コーカソイド。
 女子高生を再現なんて、出来るわけが無いのです!」

部屋にタバサが居なくて良かったのですよ。
彼女は現在お出かけ中、今頃ラグドリアン湖畔の実家に居る筈なのです。


「中身に日本人の部分があるってだけで、かなり違うような気がするんだよ。
 頼むよぉ…俺の望郷の念を満足させてくれ、お願いだよぅ。」

望郷の念というよりも、ただの煩悩のような気がするのですが。



「頼むぅ、一生のお願いだよぅ。」

ああもう、これは着なければ収まりがつかなさそうなのですね。


「はぁ、わかりました…着ますから存分に失望すれば良いのですよ。
 で…何時まで部屋に居るつもりなのですか?」

何度か裸を見られてはいますが、だからと言って着替えを見せる気はないのですよ、才人?


「わかったヨ、何時までだって待つさァ。」

目を虚ろに…しかし爛々と輝かせた才人が、ふらりふらりと歩きながら、部屋を出て行ったのでした。
物凄く、判断を誤った気がするのですよ。


「まあ、言ってしまったものは仕方が無いのですよね。
 着替えますか。」

このスカートは学院の制服を改造したものなのですね…無駄に凝っているというか。
兎に角着替えましょう。


「スカーフを巻いて…これでよし…と。
 才人、着替え終わったので、入って来て良いのですよ。」

「おう、失礼するぜ。」

着替えが終わり、姿見で自分の格好を確認してから才人を呼びました。


「炎の矢。」

「ふんぎゃー!?」

炎の矢で才人をもう一度ぶっ飛ばしたのでした。


「な…何すんだよ、ケティ?」

「才人、これはどこの風俗嬢の格好なのですか?」

上着の丈が短くて臍は丸出しですし、スカートも少し動けばパンツが見えてしまうくらい短いのです。


「い…いやだってさ、何つーか、男の夢って感じが。」

「絶望した!才人のオッサン臭さに絶望したっ!」

そんなオッサン臭い嗜好、前世の私ですら持っていなかったというのに、この高校生ときたらっ!
…と、ふと気付くと、才人が倒れたままなのに気付いたのです。


「ど…どこ見ていやがりますか、才人?」

「え?いや、うん、男のロマン的な領域?」

才人の顔からだらだらと滝のように汗が流れ出て居るのです。


「でてけーっ!炎の矢!」

「すんましぇーん!」

才人には炎の矢と共に御退場願ったのでした。


「さて…このセーラー服、どうしましょうか?」

丈を直してもう一度着てみましょうか?
こういうものに興奮する趣味はありませんが、郷愁みたいな感覚はありますし。


「才人はなっちゃいないのですよ、美学に欠けるのです。
 セーラー服といえば、膝下までの丈のスカートに白ハイソと相場は決まって居るのですよ。」

あれ?どこからともなく、お前もかというツッコミが聞こえたような気が…?




次の日の夜、悲鳴と共に才人が走っていったので、後をつけてみる事にしたのでした。
入っていったのは…モンモランシーの部屋?
ひょっとして、媚薬のエピソードなのでしょうか?
取り敢えず、私もノックをして入る事にしたのでした。


「モンモランシー、入りま…。」

「こぉの駄犬がああああぁぁァァァっ!」

私がドアのノブに手をかける前に、ピンク色の突風がドアをぶち破ったのでした。


「あらー…。」

中に入ると、ギーシュは変な薬品を全身に浴びて痙攣しており、モンモランシーはベッドに突っ込んでいるのです。


「な…何考えてんのよ、あんた達…ガク。」

あ、モンモランシーが力尽きたのです。


「丁度いい所に着たわねケティ、才人を一緒に探して頂戴。
 景気付けにこれでも半分飲んで。」

「ちょ、うぷっ!?」

そう言って、ルイズは何時の間にやら手に握ったワイングラスの中のワインを私の口に半分注ぎ込み、それから自分も一気に呷ったのでした。


「ぷはぁ!いいワインね、これ。」

確かに美味しいワインでしたが、これは…かなりまずい事になったような気が。


「さあ駄犬、出て来なさい!」

「サイトハ、ココニハイマセンヨー。」

「そこかっ!」

そう言って、ルイズはベッドの布団を剥がしたのでした。


「ああぅ、あぅ、あぅ…。」

才人の怯えた顔を見た途端、私の心に電撃が走り始めたのですよ。
まずい、このままでは私まで才人に。


「こ…これに抵抗しろとか無茶な…でもしなきゃ、心が陥落してしまうのです。」

「才人の莫迦、莫迦莫迦莫迦、何でわかってくれないのよぅ。
 酷いわ、酷過ぎるわ。」

ルイズが才人をポカポカと叩いているのです。
いつもの無双っぷりが嘘みたいな、可憐で華奢な見た目にぴったりな弱々しい叩き方。
あれは完全に堕ちてしまっているのですね。


「な…なんで、体が勝手に…。」

体が勝手に才人の方に向かって歩いていくのです。
ああ、何というか才人がとても格好良く見えるのですよ。


「才人…大好きなのです。」

薬で変えられた感情だというのは理解しているのですが、抑えきれないこの感情はいかんともし難いのです。


「うぉ、ケティまで!?」

「こんな感情、正常ではないのに、何故抑えられないのでしょう。
 理性が塗り潰される感覚が、なぜかとても心地良いのです。」

ああもう、これで私は役立たず決定なのですよ。
その前に、私とルイズが迫るのに才人が耐え切れるのでしょうか。
耐え切れなかったら、薬が解けたあと物凄く微妙な事に…でもそんなのどうでも良いから全てを委ねてしまいたいのです。
…って、まだ駄目なのですよ、それは。


「ぐっ…さ、才人、私はあなたの事が大好き…ではなくて、何か強制的に異性に好意を持たせる魔法が私とルイズの心を蝕んでいるようなのです。
 というかモンモランシー、さっさと白状なさいな!」

「う…嘘、あの薬に耐えているの、ケティ!?」

モンモランシーがびっくりって、どんだけ強力な媚薬なのですか、これは。


「もうすぐ完全に心が塗り潰されるでしょうけれどもね。
 材料費が足りないなら私があとで立て替えますから、解除の薬を早く作ってください。
 それと、才人に手早く眠る為の睡眠薬を処方して欲しいのです。
 あと、今回私は役立たずと化しますから、後は宜しく。」

「ちょっと、まって!?」

薬に逆らったままでは私の心が壊れてしまいますから、逆らうのをやめて、薬の効果に身を委ねるとしましょう。
ああ…もう駄目…才人大好き…。





《才人視点》
「パ、パラダイス地獄だ…。」

「んぅ…。」

「くー…。」

右手にはルイズ、左手にはケティ。
美少女に挟まれて今俺は…眠ろうとしても眠れない。
二人の柔らかい色んな部分が俺に押し付けられてくるんだから、興奮して眠れる筈がねーだろ!


「そ、そういえば、モンモランシーから貰った睡眠薬があったな。」

正気を失う前のケティは、これを見越してくれていたらしい。
これはとても有り難いぜ。


「飲むと朝までグッスリ気絶するとか言ってたな。
 しっかし媚薬とかモンモンの奴、無茶な薬を作りやがって。」

薬を水で流し込み、少ししたらいきなり意識がストンと落ちて、目が覚めると朝だった。


「むー!才人から離れなさいよ、ケティ!」

「嫌なのですよ、才人は私のなのです。」

しかもルイズとケティが睨みあっている。


「事態が悪化してやがる!?」

何がどうしたらこんな事に!?
ああそうか、モンモンの野郎のせいか、いやいや、モンモンにあんなモン作るきっかけを与えたギーシュのせいか?
モンモンは女の子だし結構美人だから、悪いのはギーシュだ。


「結論!ギーシュが悪い!」

ふっ、我ながらなんという鋭い推理。
いつもながらパーフェクトだぜ、俺…とか莫迦やっていないで、とっととこの状況を何とかしないとえらい事になりそうだ。
特にケティがこんな事になっていると知れたら、俺はジゼルにぶっ殺されるかもしれん…と言うか、奴なら俺を葬り去る良い機会だと判断して嬉々として殺しに来る。
発見されたら俺はおしまいだ。


「んー…ちゅっ。」

左の頬に何やら暖かくて柔らかい感触が…。


「け、ケティ何を!?」

「目覚めのキスなのですよ、才人。」

はにかんだ微笑が、超絶に可愛いぜこんちくしょー。
媚薬の効果でさえなけりゃあ、絶対に押し倒しているのに…。


「あ、ケティずるいわ、私も…ちゅっ。」

こ、今度はルイズだと!?


「負けないのですよ、ちゅっ。」

「私だって、ちゅっ。」

だ、駄目だ、これは駄目だ、こんなのがずっと続いたら俺は確実に駄目になる。
二人に溺れきって、へにゃへにゃのアホになる。


「ふ…二人とも、これ飲んで?」

俺は睡眠薬を二人に手渡した。


「薬…?」

「睡眠薬なのですね。」

眠っていてくれれば、取り敢えず何とかなる筈。


「それを飲んでくれると、俺はとっても嬉しいなー。」

俺の笑顔は今、確実に引き攣っている。
薬でおかしくなっているとは言え、この二人を騙すのは心苦しいぜ。


「ホント?じゃあ飲むわ。」

「ルイズには負けていられないのですよ。」

ルイズは兎に角、普段はあれだけ慎重なケティまでもがあっさりと薬を飲んで寝てしまった。


「むにゃ…。」

「すー…。」

「こりゃ本当に駄目だな。
 取り敢えず、飯食ってからモンモンの所に行くか…。」

俺はベッドから降りて、着替えてから部屋を出たのだった。





「ほほう。」

飯食うついでに事の次第をかくかくしかじかと説明したら、シエスタの顔色が変わった。


「つまりモテモテというわけですね、才人さん。」

「いやだから、薬のせいなんだって。」

ええと…何でシエスタさん激怒しているんでしょうか?
笑顔で怒るとか、なかなか見ない怒り方なんですが。


「ミス・ヴァリエールだけじゃなく、ミス・ロッタまで。
 へーえ、ふーん…。」

笑顔が、笑顔が冷たいデスよ、シエスタさん。


「あの二人にベタベタイチャイチャ…。」

「いや、解毒薬作ってもらうつもりだから。
 こんな状況でベタベタされてもなんかするわけに行かないから、蛇の生殺しだから。」

ルイズとケティが色っぽく迫ってくるのに何も出来ないなんて、これなんて罰ゲーム?俺何か悪い事しましたか神様って、感じなんデスよ、シエスタ様。
だから、お願いだから、痛いから、足ぐりぐり踏んづけないでシエスタ様…。


「…まあ、これくらいで勘弁してあげます。
 でも確か、惚れ薬とか精神に強い影響を引き起こす類の水の秘薬って、許可取らずに作ったら犯罪だったような?」

「へえ、そうなのか?」

ふむ、モンモンが解毒薬を作るのを渋った時に使えそうなネタだな、これ。


「ええ、実はこの前取り寄せようと思って調べてみたら…って、これは余計でしたわ、おほほほほ。」

「あはははは…。」

わ、笑うしかねえ!
これは冗談だし、冗談じゃなくても誰に使う気だったんだとか考えちゃいけねえことだ…。


「そ、そんな事は兎に角、お二人とも薬で心を変えられているんですから、いくら迫られても手を出しちゃダメですよ。」

「ああ、勿論だよ。
 そんな事をして、正気の戻った時に俺の命が長らえる保証が無いし。
 ルイズもそうだが、ケティも怒らしちゃ拙い気がするんだ。
 つーか、その前にジゼルにブッ殺されるだろうけど。」

宝探しの時、ジゼルはヒートウェイブとかいう魔法でゴブリンを蒸し焼きにした実績がある。
やたらと器用に魔法を使いこなすのは、さすがケティの姉ちゃんって所か。
あれ喰らったら余裕で死ねるぜ、いやマジで。


「そ、それで…ですね、もしも辛抱しきれなくなったらですね、わわ私の所に来て下さいね。
 わ、私がサイトさんのよよよ欲求不満の解消にきょ…協力しますからっ!」

「え…いや…えーと。」

メイドさんが欲求不満の解消とか、これなんてエロゲ?


「わ、私じゃご不満ですか…?」

シエスタがしゅんとした感じになって、俺を上目遣いでじっと見る。
…う、可愛いよ、どうするよ俺?


「いやいやいやいや、とんでも無い!
 シエスタ可愛いから、大歓迎さっ!」

俺は何を言っているんだ俺は!?


「本当ですか、嬉しいっ!」

上げた顔は満面の笑顔、あれ?さっきまで泣きそうな顔じゃなかったかシエスタ?


「サイトさん大好きっ!」

「ぬぉ、むぎゅ。」

シエスタに抱きつかれた…胸の感触が顔に当たるんですが、しかもなんだかグイグイ押し付けてくる感じなんですが、この先生きのこるにはどうすればっ!?


「そ、そうだ!とっととモンモンに会いに行って来ないと!」

ああそうさ、誤魔化しさ!
誤魔化して逃げるしかないだろ、この場合。


「ああっ、サイトさん!?」

「ごめんシエスタ、急ぐからっ!」

しかしアレだ、デカかったなシエスタ…。




「うーっすモンモン、解毒薬作ってっかー?」

…とか言いながらモンモンの部屋に入ったら、縦ロールがギーシュとキスしていやがった。


「ぬお、な、何かね?」

「ちょちょちょっと!レディの部屋に入る時はノックくらいしなさい!
 あと、モンモンっていうなっ!」

レディの部屋と言われて、モンモンの部屋を見回してみる。
ビーカーだのフラスコだのサイフォンだのが所狭しと並べられており、中央には妙な臭いを放つ大鍋…。


「魔女の工房以外の何物にも見えないわけだが?」

「ふむ、言われてみれば確かに。」

ギーシュもうんうんと頷いている…って、言われなきゃ気付かなかったのか、ギーシュ?


「頷くなっ!」

「ぐふぅ!?」

モンモンのツッコミが鋭く脇腹を抉り、ギーシュは苦悶の声を上げて崩れ落ちた。
ふっ…まだまだだな、ルイズはそんなもんじゃねえぜ、モンモン。


「ベッドがあるでしょ!?
 お茶のセットだって、箪笥だってあるわ!
 ほら、縫い包みだって!」

ギーシュにまで頷かれたのが、そんなにショックだったか、モンモン?


「実験器具によって、部屋の隅に追い遣られているけどな。」

「ぐはぁ!」

大ダメージだったのか、モンモンはその場で床に崩れ落ちた。


「…仕方無いじゃない、学院の工房借りるお金なんか無いんだから。
 みんな、みんな貧乏が悪いのよ、うっうっうっ…。」

金が無いのは首が無いのと一緒とは、よく言ったもんだ。


「モンモンをおちょくるのはこれくらいにしておいて…。」

「おちょくられてたの私っ!?」

「…解毒薬作ってるか?」

抗議の声をさらっと聞き流して、モンモンに尋ねてみた。


「…あー、うん、これから作り始めようかなーとか思ってはいるんだけど、材料が高くて。」

「ケティが足りない分は立て替えてくれるって言っていなかったか?」

モンモンの目が泳ぎまくっている。


「…まさか、立て替えて貰う以前の問題なのか?」

「だ、だから、うちは貧乏だって前から言っているじゃない。」

いや、その理屈はおかしい。
こいつはここのところかなりの額をケティから貰っていた筈だ。
…よく考えたら、俺たちいつの間にかケティに財布を握られている…?


「この前の宝探しとか、ガソリン作るので結構儲けた筈じゃなかったか?」

「ルイズとケティが飲んじゃった媚薬の材料に消えたわよ、全部っ!
 とんでもなく高かったのよ、あの薬作る為の材料って。
 しかも、解毒薬作るのにも殆ど同じ材料が必要になるの。」

金額は良くわからんけど、この赤貧縦ロールはかなりの守銭奴だった筈。
そのこいつが殆どの金を注ぎ込んだって事は…。


「つまり、必死に貯め込んだ財産の殆ど全てを注ぎこんで作った渾身の媚薬を、ルイズに台無しにされたわけか…。」

「ぐはぁ!」

あ…また倒れた。


「うううっ…主従揃ってひどいわ、私に何か恨みでもあるの?
 あの桃色猪娘、正気に戻ったら賠償請求してやるんだから。」

「…貸してやっても良いぜ?」

流石にちょっぴり可哀相になったから、助け船を出す事にした。


「あんたにそんな金があるわけないでしょ!?」

「あるんだなぁ、これが。」

姫様がくれたお金は何と四万エキューもあった。
こんだけあれば、材料費くらいなんとかなる筈。


「ちょっと待ってろよ。」

そう言って俺は部屋に戻り、デルフの柄を握って金のどっさり入った箱をモンモンの部屋に運び込んだ。


「これで足りるか?」

「え…ええ、足りるというか、余るわ、これは。」

「おおおおおお…こ、こんな大金を目にしたのは宝探し以来だよ。」

貴族なのにすげえ貧乏臭いよ、こいつら。


「知っているかね?貴族は三つに分けられるのだよ。
 金が唸るほど余っている貴族、そこそこ金のある貴族、そして借金で首が回らない貴族。
 この三つなのだよ、モンモランシーや僕は…。」

「借金で首が回らない貴族。
 私の所は知っての通りだし…。」

そう言って、モンモランシーはギーシュに視線を送った。


「我がグラモン家は軍人としての才はあるが、領地経営の才に溢れた者は居なくてね。
 そのうえ見栄っ張りと来ている。
 モンモランシー程ではないが逆さに振ったって金は無いのだよ、あっはっはっはっは。」

「何でそんなに明るいんだ、お前…?」

洒落になっていないような気がするんだが。


「笑わなきゃやっていられないからさ。」

急に真顔になったギーシュが、ぽつりと言った。


「成程。」

貴族も内実は結構きついのな。


「欝な話題は兎に角…どんだけあれば足りる?」

「じゃ、じゃあ、取り敢えずこれだけ借りるわ。
 足りなくなったらまた貸してちょうだい。」

早く作ってくれよモンモン…出来れば俺の理性が決壊する前に。




それから我慢の三日、シエスタに欲求不満の解消をしてもらおうかなとか頭にチラつき始めた頃、廊下でモンモンを見かけた。


「おーい、モンモン、薬は出来た…か?」

「ごめんなさああああぁぁぁい!

モンモンはものすごい勢いで走って逃げていく。


「待てやゴルァアアアアアァァァッ!」

デルフの柄を握って、ガンダールヴの力で超加速をかけたら、あっさり追い付く事に成功した。
そのまま廊下の袋小路になっている場所まで連れて行く。


「モンモン、逃げるたぁどういう事だ?」

「ちょっとサイト、あんた目が血走っているわよ?」

そりゃもう、ルイズの履いてない攻撃やら、ケティのチラリズム攻勢やらで俺の理性はもう決壊寸前だからな。


「ああ、言って置くが俺の理性はもう限界だぞ?
 解毒薬が出来ないと、あと数日で俺はあの二人に手を出す、間違いなく。
 そしてジゼルに殺される。」

「で、出来ないゴメンとか言ったら?」

はっはっは、冗談言うなよこの縦ロール。


「決まっているじゃねえか、欲求不満の全てをお前にぶつけるぞ、性的な意味で。」

「ひぃ!?」

モンモンはガタガタ震えだした。


「だ、だって、一番肝心要の材料が、どうやっても入手不可能だとか言うのよあの材料屋。
 現地に行っても手に入らないって。」

何…だと…?


「で、その材料ってのは?」

「精霊の涙っていう素材。
 わかりやすく言うと、ラグドリアン湖に棲む水の精霊の一部よ。」

水の精霊っていうのがさっぱりだよ、俺は。
これだからファンタジーは嫌いなんだ。


「採れる場所は知ってんのか?」

「知っているわ、モンモランシ家の元の領地だもの、そこ。」

めっちゃ土地勘ある場所かよ!


「よし、じゃあ行くぞ。」

「ま、待ってよ、授業サボるわけには…。
 せめて夏休みまで待ってもらわないと。」

冗談は縦ロールだけにしておけよ、モンモン。


「わかった、夏休みまで俺の理性が持ちそうにないから、今ここで全部お前にぶつけるわ。」

そう言いながらベルトをカチャカチャ外しにかかる。


「そ、そんな事したら訴えてやるんだから。」

「良いぜ、そんときゃお前が媚薬作っていた事をバラすから。
 無許可だと牢獄にぶち込まれるそうだな、臭い飯食うかモンモン?」

飽く迄脅しだぞ、背徳的な雰囲気にちょっと腰が引っ込みがちな事になってしまっているけど。


「ああもう、わかったわよ、行くわよ、行けばいいんでしょコンチクショー!」

物わかりの良い友人を持てて、俺は幸せだよ、モンモン。
そんなわけで、俺たちはラグドリアン湖とかいう場所を目指す事になったのだった。

到着するまで持ってくれよ、俺の理性!



「はぁい!引導を渡しに来たわよ、サイト?」

「ぎにゃああああぁぁぁぁっ!?」

支度をするために部屋に戻ろうとしたら、部屋の前にジゼルがいた。
しかも殺す気満々だ。


「部屋に入ったわよぉ。」

「ひいいいぃぃぃぃっ!」

ジゼルとケティの姉のエトワールさんも居た。
この人は何だかわけがわからんが、兎に角怖い。


「うちの妹に媚薬を飲ませた挙句、あんな格好をさせるだなんて…許し難いわ。」

ジゼルそれはわかったが、幸せそうな顔で鼻血流していても説得力ねーよ。


「ケティって、ああいう誘惑の知識もあるのねぇ、今度試してみるわぁ。」

論点がずれまくっていますよ、エトワールさん。


「ま…待て、話せばわかる。」

「話せばわかるという相手には、問答無用と返すのが礼儀だとケティに言われたことがあるわ。」

5.15だか2.26だか忘れたけど、何でそんなお約束をジゼルに教えているんだよ、ケティ!?


「こんな禁制の品、どこから手に入れたのやら?
 …入手経路がわかれば、私も試してみたいんだけど。」

ジゼル、誰に試す気だ、誰に?


「焚刑しかないわねぇ。」

エトワールさん、そんな今日のおかずはこれねって感じでさらっと。
燃やされるわけですか、そーっすか…ああ、俺の人生短かったなぁ。


「兎に角話を聞いてくれ。
 ケティに媚薬を飲ませたのは俺じゃない、断じて。
 実は…。」

ダメ元覚悟で、俺はかくかくしかじかと二人に事の成り行きを語り始めた。


「…という訳だ。」

「またギーシュなの!?
 あいつはラ・ロッタにとっての疫病神なのかしら?」

話を全部聞いたジゼルは頭を抱えた。
いやでも、あのアホ面に限って疫病神はないと思う。
あいつにはご利益も無い代わりに、その逆も無い。


「ああでも、まさかあのモンモランシーが…いや、モンモランシーならやりかねないわね。
 一年生の時、植物の成長を早くする薬の調合に失敗して、学院東側の平原を奇怪な密林に変えた前科があるから。
 あそこ、人食い人参とかがいるから、いまだに立ち入り禁止なのよね。」

「ちなみに、生き物に劇的な変化を引き起こす薬も禁制なのよぉ。
 あの時は間違いだったという主張が通ったから、無罪放免だったけどねぇ。」

そこだけ聞くとまるっきりマッドサイエンティストだな、モンモン。
正体は単なる赤貧貴族なのに。


「つまり色々な偶然が重なって、なぜかケティあんなことになったのね。
 仕方が無いわね…あの状態のケティに手を出さなかったというのは、褒めてあげてもいいくらいだし。」

生きのこることに成功した!?


「あの状態の二人を相手にするのは大変だったでしょ?
 仕方がないから、今回だけは助けてあげるわよ、感謝してよね。」

次回は無しですね、わかります。


「じゃあ、ケティ達を着替えさせてくるから、少し待っていてねえ。」

そう言って、エトワールさんとジゼルは部屋に入って行った。
部屋の中から変な声がして、体育座りせざるを得なくなったのは内緒だ。



「おっ、来たね。」

「あんまり待たせないでよ。」

学院の門の前にはギーシュとモンモランシーが来ていた。


「おっモンモン、ギーシュも呼んだのか?」

「貞操に危機を感じたのよ、誰かさんのせいで。
 あと、モンモンって呼ぶな。」

あれ?ひょっとしてモンモンの頭の中では、俺はちょっとヤバい人になってる?
…まあ、あんな脅しかたをした俺も俺だし、しょうがないのか。


「それより、何でジゼルが居るのよ?
 ひょっとして、ばれたの?」

モンモンが少々焦っている。


「ああ、洗いざらい喋るしか無かったんだ…察してくれ。」

「短い命だったわ…。」

俺の表情を見て、モンモンはがっくりと肩を落とした。


「いや、今回に限っては許してくれるそうだぞ。
 お互い、命拾いをしたな。」

「そういう事は早く言ってよ!」

そう言って詰め寄るモンモンから漂う香りにドキリとする…うがぁ、溜まりまくっているせいか、体が見境なく女に反応しやがる!
さっさと解毒薬作って何とかしないと、俺は壊れちまうかも知れん。


「嫌なのです、私も才人と一緒がいいのです。」

「そんな事言わずに、私と一緒に行きましょ、ね?」

あちらでは、いつもと勝手が違うのか、ジゼルがケティと一緒に馬に乗ろうとして、手こずっていた。


「そんな事言うジゼル姉さま嫌いっ!」

「きらい…がーんがーんがーん。」

あ、ジゼルが石化して砕けた。


「ねえねえ才人、モンモランシーなんかと話しないで、私だけ見て。」

こっちはこっちで、右腕にしがみついたルイズが涙目で俺を睨む…。


「もうどうにでもしてくれ…。」

どうすりゃいいんだよ、これ…。


「みんな、馬車を持ってきたわよぉ。
 これなら、一緒に行けるでしょ?」

そう言って、エトワールさんが持って来たのは、6頭だての結構大きな馬車だった。
ドアには学院の紋章付きだ。


「エトワール姉さま、これどうしたの?」

「学院長から借りてきたわぁ。」

あのエロ爺から…どうやって?


「ど、どうやって借りたの?」

「ひ・み・つぅ。」

エトワールさんがそう言った途端に、学院長室が大爆発して煙が噴き出し始めた。
今、爆発と同時に窓から飛び出して落ちていった人には、とても長い髭があったような気がするが…何も考えまい、語るまい。


「ジゼル、私は後始末…もとい学院に残るからぁ、ケティの事は頼むわねぇ。」

「が、合点承知だわ。」

そう言ったジゼルの顔は、かなり引き攣っていた。


「気を取り直して…では、行くぞ諸君!」

勝手に仕切るなよ、ギーシュ。



[7277] 第二十三話 羞恥心と後悔で死ねそうなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/09/08 21:57
才人です…
今回はケティがおかしくなったので、俺が代わりです


才人です…
まさかあの2人にあんな熱烈な誘惑をされるとは予想外でした


才人です…
もう、ゴールしても良いよね…?


才人です…

才人です……

才人です………






「おおおおおおっ、これがラグドリアン湖かね!
 輝く湖面!沈没している村!そして溺れている僕!
 …と言うわけで、助けてくれええええぇぇぇぇっ!」

「そのまま溺れてしまいなさい。」

ラグドリアン湖について、テンションがあがったのか馬車から降りて突撃していき、石に躓いて湖に落ちたギーシュに、モンモンが絶対零度の返答をした。
ここはラグドリアン湖の湖畔で、その名もド・モンモランシ。
モンモンの家が代々受け継いできたけど、今は他人の領地らしい。


「私、何でこいつの事が好きなのかしら…?」

モンモンは苦々しい表情で眉間を押さえている。


「知らねえよ、それよりも放って置くと沈むぞあいつ。」

「うわっぷ!?確かにここの水は美味いけど、こんなに飲みたくはないのだよ、誰か助けてくれぇ!?」

沈みそうなのに、意外と余裕そうだな、ギーシュ?


「沈んで浮かんでこなかったら、一週間くらい考えて助けるかどうか決めるわ。」

「うん、それが良いな。」

俺は深々と頷く。


「それはそうとして、何でこんなところで馬車を止めたの、モンモランシー?」

「才人、才人っ!離しちゃ嫌なのですっ!」

ジゼルが俺に抱きつくケティを引き剥がしながら、不思議そうに訊ねた。


「大変ね、ジゼル…本当に御免ね。
 ここで馬車を止めた理由はね、目の前の光景のせいよ。
 見ての通り、村が沈んでいるでしょ?
 私が子供の頃はもっと水位が低かったし、こんな状態ではなかったのよ、間違いなくね。」

そう言って、モンモランシーが湖畔まで近づいていくと、水中からいきなり人影が現れた。


「やった、水面だーっ!。」

「きゃぁっ!?水棲モンスター!?」

モンモランシーは、突然の事に腰を抜かす。


「モンスターとは酷い!君の愛の奴隷、永遠の奉仕者、ギーシュ・ド・グラモンさ。」

ずぶ濡れで体中に水草やら枝やらが絡まっているが、それでもなお薔薇を咥えるその姿は、間違いなくアホのギーシュだった。


「あれ?お前泳げなかったんじゃあ?」

「はっはっは、泳げないから沈めるだけ沈んで湖底を歩いてここまで来たのだよ。
 もともと街道だったらしくて、非常に歩きやすかったしね。」

俺頭良い的な事を言っているけど、無茶苦茶だ。
呼吸どうしてたんだろう、こいつ…。


「び、びっくりさせないでよ、もう。」

いや、既に十分びっくり人間だろ、ギーシュは。


「気を取り直して…。」

モンモンは起き上がって、湖面に掌を当てた。


「ふむふむ…これは…成る程。」

何か得心が行ったように、こくこくと頷いている。


「モンモン、何かわかったのか?」

「駄目ね、帰りましょう。」

ちょ、おま!?


「ど、どういう事だよ!?」

「水の精霊が激怒しているのよ。
 人間ごときに盗まれた、絶対に取り返すって。
 盗まれたものが何かまでは私にはわからないけど、盗まれた上に同じ人間に体の一部を分けてくれと言われても応じるわけがないわ。」

理屈はわかるが、それは非常に困るっての。


「何とかならんのか?」

「私はトリステインの象徴たる水との交渉人を王国開闢以来代々勤めてきた、モンモランシ家の人間よ。
 ラグドリアン湖の水の精霊との相性なら、ハルケギニア屈指だと自負しているわ。
 その私が無理だって言っているのよ。」

モンモンはビシッと決めたが…。


「今は違うんだろ?」

「うっ…お爺様が干拓の為に呼び出した水の精霊を熱烈に口説き始めて水の精霊が怒ったりしなければ、今でもここはうちの領地だった筈よ。
 今の領主やってるヘボメイジとは格も歴史も段違いなの!」

うん、それはわかるけどな、モンモン。


「…覚悟が出来たんだな。」

「へ?何が?」

俺に肩を組まれたモンモンの目が点になった。


「ちょっとそっちの茂みに行くか?」

「ちょ、ちょっと待って、本気!?」

モンモンが俺の言っている事に気付いたのか、顔を真っ赤にして慌てだした。


「お前の作った媚薬の効果で俺に惚れている娘さんを傷ものにしちゃ拙いだろ、常識的に考えて。」

「私だって傷ものにはなりたくないわよっ!」

いやぁね、もうね、色々とね、限界がね、来つつあるんだよモンモン。
脅しが本気になりかねんのよ、いやマジで。


「俺だって切羽詰ってるんだよ…?」

「私も今やっと自身の貞操に危機が迫っている事を実感したわ…。」

わかってくれたようで嬉しいよモンモン。


「あれまあ、ひょっとしてモンモランシーお嬢様ですかい?」

湖沿いの街道から白髪交じりのおじさんがやってきて、モンモランシーを見るなり声をかけた。


「ええ、確かに私の名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシだけど、貴方は…?」

「おお、やはりモンモランシーお嬢様!わしはこの沈んでしまった村の村長でございます。
 転封をされる前に、何度か拝見した時の面影がありましたので、もしやと思ってみたら。
 ひょっとして、あの役立たずの領主の代わりに水の精霊の怒りを収めに来てくれたんですかい?」」

そう言いながら、村長と名乗ったおじさんは、モンモンにぺこぺこ頭を下げている。


「う…うーん、まあ、結局そうしなきゃいけないのかしらね?」

「ありがてぇ、ありがてぇ、新しい領主はここがどこだかまるでわかっていねえ。
 他の領地だと同じだと思っていやがるんでさ。
 あの領主に代わってから数年で、急に湖面が上昇し始めて、村がいくつも沈みました。
 これはきっと、このモンモランシ領からモンモランシ家の人間を転封したせいにちげえねえと皆言っております。」

ううむ、モンモンの家って、このあたりでは崇拝されてんのか?


「うちが転封されたのが原因かはわからないけど…こんなになるまで水の精霊を放って置くだなんて、今の領主は何を考えているのかしら?」

モンモランシーが頭を抱えている。


「そんなにおかしい事なのか?」

「このモンモランシ領を納める領主は同時に水の精霊との交渉役でもあるの。
 こんなになっても完全に放置しているだなんて、職務放棄云々以前におかしいわよ。
 領地の半分以上が水没するくらいに水かさが上がったら、税の徴収どころじゃないもの。
 いくら領地のあれこれに無関心な領主でも、ここまできたら自身のメンツに関わるし何かの対処くらいするわ。」

確かに、収入が半分以下になるのに慌てない奴は居ないわな。


「…仕方が無いわね、やるだけやってみるわ。
 生まれ故郷がこんな事になっているなら、何とかしなきゃね。」

さっきと言っている事が違うぞモンモン。
まあ、俺にとってもありがたいけど。


「ありがてぇ、ありがてぇ。
 ああ、やはりモンモランシ領にはモンモランシ家が必要なんですなぁ。」

「私で何とかならなかったらお父様にも話してみるわ、ここに戻れるいい機会かも知れないしね。
 結果がでたら教えに行くから、今避難している場所を教えて頂戴。」

モンモンがおじさんと話しているのを眺めていたら、右腕がくいくいと引っ張られた。


「モンモランシーとばかり話していないで、私もかまって。」

ルイズが目を潤ませて俺を見上げている…ぐぁ、なんて可愛いんだ。
つーか、何で普段からこうじゃないんだ。
いつもこんななら、俺は例え火の中水の中、どんな命令だって従っちゃうぞ、いやマジで。


「え…あ、うん、おう。」

とはいえ、どういう風に対処すれば良いのかさっぱり分からんわけだが。


「わたしと話すとどうしてぎこちなくなるのよ…やっぱりモンモランシーの方が好きなのね。」

ルイズはそういうとポロポロと泣きはじめる。


「そのうち私を捨てて、モンモランシーと付き合い始めるんだわ、えーん。」

「いや、それは無い。」

それだけはきっぱり言えるな、うん。


「そこまではっきり言われると、かなり安心すると同時に少々腹が立つわね。」

「おっモンモン、話し終わったのか?」

何時の間にか、おじさんはいなくなっていた。


「あの村長に聞ける事は全部聞いたしね。
 じゃあ、早速水の精霊を呼んでみましょうか?
 ロビン、いらっしゃい。」

そういうと、モンモンは腰のポーチからカエルを取りだした。


「へ?そんな簡単に呼べんの?
 精霊とかいうから、何か顔にペインティングとか頭に羽飾りとかして、奇声上げて太鼓叩きながら焚き木の周りを踊るのかと思ってたんだが。」

「何処の辺境の蛮族よ、それは!?
 そもそも水の精霊呼ぶのに、何で焚き木の周りを踊るのよ?」

言われてみれば確かに。


「それで、その蛙をどうすんの?
 …生贄にするとか?」

顔にペインティングとか頭に羽飾りとかして、奇声上げて太鼓叩きながら焚き木の周りを踊る俺たちと、何やら祈りながら蛙を生贄に捧げるモンモンという図が俺の頭の中に浮かんだ。


「…何で考え方がいちいち辺境の蛮族風なのよ、貴方は。
 この子は私の使い魔のロビンよ、この子に私の血を水の精霊の所に運んでもらうの。」

「へえ。」

良くわからん。


「全然理解していないわね…。
 モンモランシ家の人間である私は、水の精霊に家系としての血を覚えられているの。
 彼らはそういう所は結構律儀だから、付き合いが長い私たちの血族なら、かなり怒っていても出て来てくれる筈よ。」

「成程、遺伝子を見るのか。」

精霊が血の中の遺伝子を読み取って、昔からの付き合いがある一族かどうかを調べるわけか。
ファンタジーなのにハイテクの臭いがするぜ。


「遺伝子?」

「あ…うん、東方では両親から半分ずつ親の身体的な情報を受け渡す遺伝子って奴が発見されていて、色々な研究がされてんだよ。」

やべえ、ついうっかり遺伝子とか口走ってしまった。


「へえ、東方って私達とは違う知識があるのね、今度教えて貰えないかしら?」

「う、うーん…そういうのはケティの方が詳しいかもよ?
 俺は聞きかじった程度の知識しかねぇし。」

生物の授業真面目に受けていなかったからなあ…ケティはそっち方面も詳しそうだし。


「何でケティが…って、確かにケティの家にならありそうね、そういう本も。
 あの子異常なくらい知識が深いし、知っている可能性は高いかも。」

モンモンが勝手に納得して、自己完結してくれて助かった…。


「じゃあ、始めるわね。」

モンモンは鞘に入ったナイフを腰のポーチから出した…って、蛙とナイフが一緒くたなのか、あのポーチの中身は?


「痛っ…っと、これをロビンに一滴垂らして…これで良し。」

「これをどうするのかね?」

パンツ一丁になったギーシュが、シャツを絞りながらモンモンに訊ねる。
女の子の前でパンイチとか、あり得んぞギーシュ…。


「私は貴方がどうするつもりなのかの方が興味津々だけど。
 まあいいわ、これはね…こうするのよ!」

「ゲコーッ!?」

モンモンはロビンを湖の真ん中に向けて放り投げた。


「ロビン、着水地点あたりにここで一番偉い古株の水の精霊がいる筈だから、話しをつけて連れてきて頂戴。
 古よりの盟約の一族の者が、貴方に話したい事があるって。
 粗相のないようにねーっ!?」

「ゲコッ!」

ロビンは律儀に返事をすると、ポチャンと水の中に消えていった。


「わ、我が最愛の人モンモランシー、今のは少々乱暴過ぎやしないかね?」

「ああ、かなりびっくりしたんだが。」

ギーシュと俺は、モンモランシーに恐る恐る訊ねてみる。


「え…だって、ああした方が早く呼びに行けるでしょ?」

「モンモランシー、私もその扱いはどうかと思うけど…?」

ジゼルも常識的で良かったよ、妹の件以外は。


「だ、大丈夫よ、あの子見た目よりもきっとずっと丈夫な筈のような気がするんだから。」

憶測の域を出ていないように聞こえるのは、何でだ?


「ま…まあ兎に角、少々時間がかかると思うけれども、これで水の精霊には合えるはずよ。」

「ところで、水の精霊ってどんなのなんだ?」

さっぱり想像出来ないわけだが。


「僕も知らないなぁ。」

いや、俺は兎に角お前が知らないのはどうなんだ、ギーシュ?


「水メイジでも滅多に見ないから、知らなくてもしょうがないわ。
 水の精霊というのは、古から存在する生き物のようなものよ。
 本来は水のある所なら何処にでも居るらしいけど、私たちが意思ある生き物ような形で接する事が出来るのはラグドリアン湖だけなの。
 あと、水の精霊の姿はすごく綺麗なのよ、イメージとしては…うーん、生きている水?
 光に当たると七色の光を放ったりするのよ。
 ちなみに、精霊の涙っていうのは水の精霊の一部なの。」

生きている水…ミネラルウォーターのキャッチフレーズみたいだって事くらいしかわからん。


「お、水が動き出したよ、ほらアレ。」

ギーシュが指差した方向を見ていると、湖面が不規則にうねり始めたかと思うと、意思を持った生き物のように起き上がった。
確かに光るのは綺麗だけど…アメーバっぽくて微妙にキモい。


「ゲコゲコ。」

ロビンが岸から這い上がって来て、誇らしげに胸を逸らして鳴いた。


「ありがとうロビン、ちゃんとつれて来てくれたのね。
 後で美味しいお肉をあげるわ。」

「ゲコッ!」

モンモンはロビンの頭を数度撫でると、ポーチの中に入れた。


「水の精霊よ、私の名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、古き盟約の一族が一人よ。
 私の事が分かるのなら、言葉をかわせる姿に姿を変えて頂戴。」

モンモランシーがそう言うと、うねうね動いていた水の塊がいきなりうにょんと立ち上がって水の柱と化し、徐々に人の形を取って行く。


「そなたの中に流れている液体の事は覚えているぞ単なる者、古き盟約の民よ。
 そなたに最後に会ってから、月が52回交差している。」

水の精霊が完全な人の形をとったが…。


「へぇ、着痩せするのな、モンモンって。」

水の精霊はモンモンの情報を血液伝いで受け取ったらしく、透明なマッパのモンモンの姿になった。
どうやらモンモンは典型的なモデル体型らしく、水の精霊が変身したものな事も相まって、芸術的な美しさがある。


「君は見るな、あれは僕のだ。」

ギーシュが両手で俺の視界を塞ぐ…確かにお前の彼女だけど、ずるい様な気がするぞ、ギーシュ?


「ギーシュも見ちゃ駄目っ!」

モンモンの怒鳴り声が響き渡った。


「気を取り直して…。
 水の精霊よ、二つのお願いがあります。
 一つ目のお願いは湖水を減らして元の高さまで戻す事、二つ目のお願いは貴方の一部を分けて頂きたいという事です。」

「どちらも了承できぬ。」

あっさりと断られてしまった。


「やっぱり無理だったわね…。」

モンモンもあっさり諦め過ぎだ。
こうなればなんとか頼み込むしかっ!


「お願いします!
 体の一部を分けてくださいっ!」

俺は水の精霊に土下座して頼み込んだ。


「ルイズとケティを元に戻すには、あんたの体の一部がどうしても必要なんだ!
 俺に出来る事なら何でもする!だからお願いだ、分けてくれっ!」

「ちょ、ちょっと、何してるのよ!?」

モンモンが慌てているけど知ったこっちゃない。
こういうものは誠意こそがものを言うんだ…と、信じたいっ!


「私からもお願いします、どうかケティを助けてっ!」

うぉ、ジゼルまで土下座を始めた!?


「ふむ…良いだろう。」

俺たちの心が伝わったのか、水の精霊は頷いてくれた。


「ええええええぇぇぇっ!?」

モンモンが仰天している。
そんなにびっくりするような事なのか?


「そなた、ガンダールヴであろう?であればそなたの願いには応ずる事が出来る。
 そなたであれば、我の願いを叶える事も出来るであろう。
 我の願いをかなえてくれるのであれば、我はそなたの願いを叶えようではないか。」

「あんたの願いって?」

俺は水の精霊の願いを聞き逃さないように耳を澄ました。


「ここ数日、我に害を為す者が現れた。
 害を為す事を止めさせれば、そなたの願いは叶えよう。」

「つまり、そいつらを倒せばいいのか?」

この存在に害を為せる相手ってのをどうすりゃいいのかいまいちわからんけど、倒さなきゃいけないなら倒すだけだ。


「方法は問わぬ、兎に角やめさせる事が出来ればそれでよい。」

ケティさえまともなら舌先三寸で言いくるめるなんて事も出来そうな気がするけど…。


「才人~…ちゅっ。」

脳味噌の中がピンクに染まったこの状態では、俺の欲求不満度が上がるだけだ。
てか、やめ…ってああっ、そこ触んないで!?


「はいはい、こっち行きましょうね、ケティ。」

「才人~才人~。」

ルイズはすりすりしてきたりするだけで済むけど、ケティの方は元の世界での人生経験のせいかアプローチが直接的でエロい。
つまり、俺の精神耐久度をガリガリ削ってくるわけですよ。


「わかった、何とかする。
 だから、何とか出来たらあんたの体の一部を分けてくれ。」

湖に沈んでいく村も大変だが、その前にまず身内をどうにかするのが肝心だ。
エゴイストと言いたきゃ言え。


「うむ、わかった。
 では、頼んだぞ、襲撃者は決まって夜に現れる。」

「ああ、任しとけ。」

俺がそう言うと、水の精霊はいきなり水に戻ってしまった。



「な…なるほど、ああいう頼み方もあったのね。」

モンモンが感心したように頷いていた。


「いや、モンモンには出来ないだろ、アレ。」

「いざとなれば地面に這いつくばって頭を地面に擦りつけて見せるわよ、私だって。
 大事に取ってある自尊心だもの、売り飛ばせば高値になるわ。」

うーん…さっきのジゼルといい、女ってのはいざって時の思い切りが良いよな。


「まあ、取り敢えず飯にしようぜ!
 ジゼル、任せた。」

「わかったわ、美味しいの作っちゃうんだから。」

俺達の胃袋は、お前の腕前だけが頼りだよ、ジゼル。





「ううむ…これは美味い、美味いが。」

「私、もうお腹いっぱい。」

「サイト、はいあーん。」

「ルイズばっかりずるいのですよ、才人、あーん。」

「も…もう食えましぇん…。」

「あははははは…皆ごめーん。」

どうやらこいつは大量生産系の料理が得意らしい。
干し肉だの何だのを入れたスープを作ってくれたのは良いんだが、しかも滅茶苦茶に美味いんだが、完全に余った。
日も落ちてしまったというのに、これじゃあ動くに動けない…。


「あら、このスープとても美味しいわね、タバサ?」

「ん。」

キュルケとタバサも満足してくれているようだが…って、ええっ!?


「な、何で二人がここにっ!?」

「見知った顔が火を囲んでご飯食べているんだもの、そりゃあ食べにくるわよ。」

キュルケはケロリとした顔で俺に言った。


「どうやってここに!?」

「あれだけ美味しそうな匂いを漂わせていたら、誰だって気付くわ。」

キュルケはまたもやケロリとした顔で言うが、そう言う意味じゃねえ。


「ん、あの匂いには抗えない。」

「きゅい!」

ああ、いくらでも飲めシルフィード、俺たちもう食えないから。


「いやそうじゃなくて、何でここに居るのさ二人とも?
 休暇取って出かけた筈じゃあ?」

「それを言うなら、貴方達がここに居る事だって不思議だわよ。」

それは確かにごもっとも。


「あと、ルイズとケティの目の焦点が何となく合っていないのは何で?」

「それはだな、実は…。」

キュルケ達にかくかくしかじかと事情を語った。


「…と、まあそんなわけで、襲撃者を止める前にまず腹ごしらえと俺たちはここで晩飯を食っていたんだ。
 ジゼルが作り過ぎてこんな具合だけど。」

「しかし、媚薬とはねえ。」

キュルケはモンモランシーを睨みつけた。


「殿方の心を自分に縛り付けて置く為に薬を使うだなんて…水メイジは無粋ね。」

「こいつが、あっちにふらふらこっちにふらふらするからよっ!」

モンモンが、ギーシュを指差してがーっと怒鳴る。


「うっ…そ、そんな事無いさモンモランシー、僕は何時でも君の愛の虜だよ。」

うぐ…何故だろう、何だか俺の心まで痛むぜ。


「しかし…これは困ったわね。
 ケティを見殺しには出来ないし。」

キュルケはそう言って両手を上げた。


「ん…。」

タバサも珍しく、よくわかるくらい眉をしかめている。


「タバサが言うのは拙いけど、私の口からばらしちゃえばいいわね。」

「…………。」

キュルケの言葉に、タバサは肯定も否定もしなかった。


「実はその襲撃者はあたしとタバサだったのよ!」

『な、なんだってー!?』

俺達の驚愕の声が森に響き渡ったのだった。


「ラグドリアン湖の対岸はガリアでしょ?
 あっちもこっちと同じように村がどんどん水の底に沈んでいるのよ。
 それがこのタバサの実家でね、何とかしないと拙いのよ。」

成る程、対岸はタバサの実家なのか。


「ちょっと待って、このモンモランシ領の向かい側って、私の記憶が確かならオルレアン大公領…。」

『な、なんだってー!?』

モンモンの一言に、俺を置き去りにして皆の驚愕の声が響き渡ったのだった。
なにかあるようだが、俺には大公って言われても貴族だって事くらいしかわからんから、びっくりしようがない。


「ケティ、タバサとオルレアン大公領の件について何か知ってるか?」

「タバサの本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン。
 大公姫という肩書ですが、実態は王弟の娘…つまり王女なのです。
 教えたからキスして欲しいのです、んー。」

ええと、さらりととんでも無い事を教えられた気が。


「け…ケティ、知ってたの?」

「才人~、キスはぁ?」

びっくりした顔でケティを見るキュルケとタバサだけど、薬で脳内がピンク色に染まったケティは反応しない。


「ケティ、タバサの事知っていたのか?」

「タバサの事…?
 …うっ!?」

タバサがケティの鳩尾を杖で強く打ちすえて気絶させた。


「な、何すんだよ!?」

「これ以上ケティが話すと、皆の命に関わる。」

タバサがとても深刻な表情で俺達を見た。
ええと…ひょっとしてタバサって、かなり特殊な事情持ち?


「なるほどね…今まで何で惚れ薬の類が禁止されていたのかよくわかったわ。
 これは自白剤と同じよ…自分で作っておいてなんだけど、作っちゃいけない薬だわ。
 今才人がケティに何かを尋ねれば、ケティは何でも洗いざらい喋ってくれる筈よ。」

お、おっかねえ薬だな、おい。
正気に戻るまでケティに何かを尋ねるのはよそう…。


「気を取り直して…モンモランシーは水の精霊を呼び出せるのよね?
 そして話し合ってくれる余地もあると。」

「ええ、それがどうしたの?」

キュルケの問いに、モンモランシーは首をかしげた。


「それなら話が早いわ。
 タバサ、貴方の仕事は増えた湖水を減らす事よね?」

「ん。
 だから話し合いで何とか出来るなら、水の精霊を倒す必要は無い。」

成程、そう言えば水の精霊も「兎に角襲撃が無くなるなら方法は問わない」って言っていたよな。
つーか、タバサは接近戦であのワルドをあっという間に組み伏せたらしいし、戦ったら勝てる自信があまり無い。


「じゃあ、取り敢えず今日は寝るか、馬車で。」

俺はそう言って馬車の中に入ろうとしたのだが…。


「ちょっと待って。」

「ん?何だよ?」

明日の朝は早そうだし、とっとと眠りたいんだが。


「女の子は6人、男は2人、そして馬車の部屋は1つなのよ?」

そう言って、ジゼルは馬車の中から何かを取り出した。
それは夏のキャンプ合宿とかでよく見る…。


「寝袋…?」

「よく知っていたわね、ケティ考案の簡易式寝具『寝袋』よ。
 例の如く、パウル商会が現在軍に売り捌いている最中らしいわ。」

ジゼルの笑顔がすごく胡散臭いです。
そして、戦争に便乗してどんだけ儲ける気だケティ。


「つまり、これで俺とギーシュは野宿?」

「その通り。」

これが少数派の悲しさって奴か…。



その夜、俺は「見たまえ、芋虫~」とか、はしゃぐギーシュを見ながら眠りにつく羽目になったのだった。
ルイズとケティは女性陣が何とか留め置いてくれていたらしい。
それだけが有り難かった…。





翌日、俺たちはもう一度水の精霊を呼び出した。
今回は服を着たモンモンの姿になっていた…お、惜しいとか思っていないぞ。


「…てなわけで、襲撃は無くなった。
 だから、約束の物を分けてくれ。」

「良かろうガンダールヴ。
 受け取るが良い、古き盟約の民よ。」

水の精霊はそう言うと、モンモンが持っていた瓶に少量の水を注いだ。


「では、さらばだ。」

「…って、ちょっと待って下さい水の精霊よ!」

いきなりただの水に戻り始めたので、慌ててモンモンが水の精霊を引き止めた。


「これでは問題の根本的な解決にはなりません。
 ラグドリアンの湖水が人の生きる領域を侵し続ける以上、他の刺客が送り込まれる事になりますわ。」

「…成程、それは道理だな。」

水の精霊は再び元の姿に戻った。


「そもそも、何で湖水を増やしているんだよ?」

「ふむ…これを話すべきか少々悩む所だが、そなたらは我との約束を守って見せた。
 古き盟約の民もいる…宜しい、話そう。」

そんな大事なものの話なのか。


「我自身が忘れるほどの永き間、我と共にあった秘宝がそなたらの同胞に盗まれたのだ。」

「秘宝…?」

秘宝って言うと、箱根の秘宝館くらいしか思い出せねえ。


「そうだ、実は…。」

水の精霊の言う事を要約すると、二年位前に『アンドバリの指輪』って言うどこかで聞いた名前の指輪が盗まれたらしい。
なんでも、その指輪を使うと偽りの生命を死体に与えて蘇らせる事が出来るんだと…要するにアレだ、ゾンビ製造機。
水の精霊はゆっくり水を増やし続けて、ハルケギニアを水の底に沈めれば、自分の手に戻ると考えたらしい。


「よしわかった、それを何とかして取り戻して見せる!
 だから、湖面を元に戻してくれないか?」

「ふむ…そなたらであればやってくれるやも知れぬな。
 良かろうガンダールヴ、湖面は元に戻そう。」

流血を起こさずにささっと事態を収拾出来たのが良かったのか、水の精霊はあっさりと了承してくれた。


「それで、期限は何時までにする?」

「そなたら全員の命が果てるまでに見つけて持ってくるが良い。」

大事なものなのに、すごいのんびりした答えが返ってきましたよ。


「そ、そんなに長くて良いの?」

ジゼルも流石にびっくりしたのか、水の精霊に問い直す。


「良い、どうせ我は悠久の時に在り続けるもの。
 時間の経過など、我が前には何の意味も為さぬ。」

「うわー、山の女王でも、ここまで太っ腹じゃあないわよ…。」

まあ、ゆっくりハルケギニア水没計画なんてのを行っていたくらいだからな…。


「では頼んだぞ、さらばだ。」

…と、水の精霊が戻っていこうとした所に。


「待って。」

と、タバサが声をかけ、何事か話した後で水の精霊に祈りだした。


「ええと…タバサは何やってんの、ジゼル?」

「ああ、水の精霊は別名『誓約』の精霊とも呼ばれているのよ。
 何かの『誓約』を立てるときに、ラグドリアン湖に来て祈るというのは良くある事なのよ。
 ましてや水の精霊だものね…何があるか知らないけど、何か誓いたい事があるんでしょ。」

タバサの次はモンモンがギーシュを脅して誓約させたが、妙な誓約をしたのか蹴り飛ばされていた。
そういや、モンモンが媚薬の解毒薬作れば、ルイズも元通りあんな感じになるんだよな…少々勿体無い気もするぜ。


「惚れ薬とか媚薬を作るのは諦めるけど、貴方の浮気癖を治す薬をいつか絶対に作ると、この私、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシはここに誓約するわ!」

「だから、僕は君を一番愛していると何度も…ふげっ!?」

ギーシュがまたしてもモンモンに蹴り飛ばされた。


「私が一番じゃなくて、私だけで良いのよぉっ!」

何だかこう、身につまされる話だなぁ…。






《ケティ視点》
「ああもうなんというか…羞恥心で死ねるなら、数万回は死ねる勢いなのですよ…。」

学院のモンモランシーの部屋で解毒薬を飲まされ、夢現な才人好き好きショッキングピンク脳状態から解放された私は、今まさに後悔のドツボにはまっているのです。
ちなみに才人はルイズに追いかけられて、一目散に逃げて行ったのでした。


「あああああんな格好で、キスしたり、あんな所触ったり…ああもう、ああもう、ああもう!
 というわけでモンモランシー、一週間くらいの記憶が無くなる薬はありませんか!?
 あれば金に糸目はつけないのですよ!」

「そんな都合の良い薬は無いわ。」

やっぱり無理ですか、わかっていましたが、これはきついのですよ。
胸元にキスマークとか、才人になにやらせているのですか、惚れ薬飲んだ私っ!


「にょわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

今はただただ、アレに耐え切った才人の忍耐力に感謝なのです。
フラッシュバックする才人への誘惑の数々が、私の精神をガリガリ削っていくのがわかるのですよ。


「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

口からはもはや奇声しか出ません。
私は全力で自分の部屋まで走って行き、ベッドの中で悶え苦しむ事になったのでした。


「というかっ!こんな事をやっている場合ではないのですよ!」

ずーっと心の中がザワザワしていますし、今才人と顔を会わせると心が砕けそうなので勘弁して欲しいのですが…。


「放っておいたら姫様の身が危ないのです。」

原作よりもかなりエキセントリックな性格になってはいましたが、元は同じ人間なので、ある程度似たような選択をする可能性だってあるのですから。


「ケティ、ケティ、大変だ!」

やはり、キュルケがウェールズ王太子を…。


「キュルケが道中でバリー卿を見たって!?」

そっちでしたかー!?



[7277]  幕間23.1 女王誘拐
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/25 00:03
アンリエッタは全ての公務を終え、部屋に帰ってきた。
よろよろと足取りも重く、疲れ果てているのが一目でわかる。


「はぁ…疲れた。」

アンリエッタはベッドに力無く横たわった。


「そろそろ疲れた以外の台詞も言うようにしないいといけないわね。
 毎日疲れた疲れたばかりじゃあ、気が滅入るというものだわ。」

最近の彼女は自室に戻るとやたらと独り言が多くなっていた、過労で脳内がハイになったままなせいかもしれない。
そう、女王に就任してからというもの、彼女の毎日は公務に始まり公務に終わるだけの毎日となっていた。


「ああもう、少しで良いから時間が欲しいわ、読みかけの詩集も即位以来一度も読めていないし、演劇も見られない…というよりもこの状態で演劇を見に行っても爆睡するだけだわ。
 私の中の乙女成分が日に日に無くなって行く実感…そして代わりに詰め込まれる政治家としての私…さようなら私の青春、麗しき少女時代。」

その仕事量たるや、彼女がまだ若いから何とかこなせているようなもので、本来一人の人間が処理しきれるようなものではないのだ。
老人だったら、数日でベッドではなく棺桶で永遠に眠る事になるだろう。


「そうだわ、お母様のバカー…とかはどうかしら?
 …駄目ね、頭の中が腐っていると、詩的な罵倒すらも困難になるのが確認できただけでも善しとしておきましょう。」

全ての仕事に正面から取り組み、枢機卿や大臣や官僚達等から助言を貰って決済していくうちに、彼女は凄まじい勢いで行政に関する能力を身に着けていった。
身につけていったというか、そうせねば仕事が進まないので、何が何でも覚えなければならない状況に追い込まれていたのだ。


「枢機卿に『決済を代行しますか?勿論絶対に陛下の決済が必要なものの場合はそうさせて頂きますが』と言われた時に『善きに計らって下さい』と言わなかったばかりにこんな目に。
 ああ、何であの時の私は『全部私がやりますわ、国王ですもの』とか言ってしまったのかしら…。
 もしも戻れるなら、言い直すのに。」

マリアンヌは代行承認すら『自らは王で無いのでそのような事は出来ない』と放置していたので、トリステインという国は機構として機能せず、枢機卿も大臣も官僚もそれぞれ自分の権限で出来る仕事をてんでばらばらにやっている形となっていた。
アンリエッタが直々に決済するようになって、やっと国が国として統合された機能を発揮し始めたのだ。

よくもまあ三年持ったものだと呆れるを通り越して感心したくなるアンリエッタであったが、実はマリアンヌの事をあまり怨んでいなかった。
サドっぽい笑みを浮かべながら、目の前に絶望的な高さの書類の塔を築く枢機卿や大臣や官僚達に比べれば。
実の母親でなければ即刻斬首してやるのにと時々思う程度、大したものではない。


「私だって政治に一切関心を持たずに恋に恋していたのだから、ある意味同罪ですものね。
 今こんな目にあうとわかっていたのなら、お父様が崩御した時に私が継ぐと即宣言しておくべきだったわ。」

とは言え、連日連夜の激務も後もう少しの事。
あと少しでトリステインという機構は取り敢えず形を取り戻す。
アンリエッタが判断し、命令し、決済した事が官僚達によって動き出し、国が国としての個を取り戻す。
そうすれば今よりは暇になり、お茶の時間や視察に名を借りた外出の時間も作れる…かもしれない。


「皆がそれぞれ独自に動いていた中で、明らかな不正が大量に発生しているのが痛過ぎるわ。
 不正行為でも、こんな国を何とか持たせてくれていたという事実もあるし…さて、どういう風に功罰を行使しようかしら?」

国家予算がどう見てもきちんと行き渡っていない状況なのだ。
多少ならまだ良いが、国家予算の3分の1が何処に出かけたのやら行方不明。
そして何故だか異様に羽振りの良い大臣やら官僚やらが散見される。

特に財務卿のリッシュモン。
非常に能力は高いのだが、数十万エキューも国家予算から引っこ抜いて懐に入れるというのは幾らなんでも許せるものではないし、全員が殆どお咎め無しではこの状態は改善されない。
他にも何やらきな臭い所があるので、今の所泳がせてはいるが…全てが判明次第、一族郎党一人残らず見せしめとして処刑せねばならないとアンリエッタは考えていた。
狡賢く利に敏い者達に利を説くのだ、『命と金…さて、どちらが大事かしら?』と。


「…その後で、他の者には白状すれば温情はあると示す必要もあるわね。」

頭が良くて臨機応変な対応が出来る者は、その良い頭で臨機応変に狡い事も考える…優秀な大臣や官僚は貴重だ。
全員処刑したら、官僚機構が機能しなくなってしまう。
正直な莫迦や清廉潔白な役立たずばかりでは国は立ち行かない、多少の濁りは仕方が無い。
勿論、横領した公金は家財を売り払ってでもきっちり返してもらうつもりだが、反省しているのであれば救済措置を取るつもりのアンリエッタだった。


「…って、こんな事考えている暇は無いのでしたわ。
 この時間は寝るのが公務なのよ、早く寝なきゃ。」

もはや眠る事さえ公務のアンリエッタ…前回会った時は話の内容にいまいちピンと来ていなかった様だが、彼女の幼馴染がこの激務を実際に目の当たりにしたら、姫様を殺す気かと激怒するのは想像に難くない。


「さあ寝ましょう…あら?」

改めて布団を被りなおして目を瞑ったアンリエッタだったが、ドアがノックされる音が室内に響いた。


「…どなた?」

「…………。」

しかし、返事は帰ってこない。
つまり、城の者ではない可能性が高い。
アンリエッタは枕の下に隠していた杖を握ると、もう一度ノックの音が。


「誰であるか?ここは王の寝室です。
 名を名乗りなさい、近衛騎士を呼ばれたく無ければ。」

今度は国王らしく尊大な口調で言ってみるアンリエッタだった。


「僕だ。」

「詐欺師は間に合っています。」

何となく聞き覚えのある声ではあったが、眠る寸前で頭が薄らぼんやりしているせいかいまいち思い出せない。


「さ…違う、僕だよウェールズだ。」

「ウェールズ…?」

確かにその声は、思い出してみれば彼の声によく似ている。
よく似ているが…何か違和感がある。


「ウェールズ様は爆死しましたわ。
 それとも、幽霊が来たとでも言うのかしら?」

「幽霊でもない、レキシントンに突っ込んだのは僕の影武者だ。
 僕は落ち延びたんだよ、アンリエッタ。
 さあ、ドアを開けておくれ、僕の可愛い従妹殿。」

あのウェールズに限ってそれはありえない…が、誰かが来ていて、それが自分の部屋の前に居るのは確かだ。


(無垢で儚げなお姫様に、暫く戻ろうかしら?)

明らかに罠だが、ここは乗った方が色々とわかるかもしれないし、ウェールズを騙る者は何より許し難い。
そう思ったアンリエッタは、さらさらっとメモを書いて枕の下に仕舞い、数ヶ月前の自分に上っ面だけ戻ってみる事にした。


「で、でも風のルビーは私の手の元に…。」

動揺するふりも大変ねと思いながら、アンリエッタはもう一段階の探りを入れてみる。


「敵を騙すにはまず味方からと言うだろう?
 僕は君が絶対に風のルビーを持っていてくれるとわかっていたからこそ、君の手元に渡るように仕向けたんだよ。」

「…わかりましたわ。
 では最後に何か、身の証になるような事はございませんの?」

理屈は通っているが、違和感は消えない。


「風吹く夜に。」

「…!?」

それは、ラグドリアン湖で会う時に決め、何度も聞いた合言葉。


(な…何故その言葉を知っているの?)

アンリエッタは本物ではないかと思わず信じたくなってしまう自分を、どうにか抑えつける事に成功し、ドアの鍵を開けた。
そしてそーっと扉を開けて、隙間から外をうかがう。


「ウェールズ…様。」

そこに居たのは確かに間違いなくウェールズだった。
アンリエッタと目が合うと、柔和に微笑んでくれる。
意識せずにドアを勝手に開いてしまう自分がいる一方で、アンリエッタの頭の中は冷め切っていた。


(あの頑固な人が国を捨ててなお、柔和に微笑みながら現れはしない。
 例えもし生きていたとしても、酷く悲しそうな顔をしている筈よ。)

これは罠なのだ、とてつもなく残酷な罠なのだと思いながら、アンリエッタはウェールズを抱きしめていた。


「ああ、ああ、ウェールズ…様、よくぞご無事で…。」

演技をしなくても、アンリエッタの両目からは勝手に涙が流れてくる。
願望で、絶望で、怒りで、悲しさで涙が止まらない。


「君は泣き虫だね、アンリエッタ。」

そう言って彼女の頭を撫でるウェールズの手が、やたらと硬質な感触なのにアンリエッタは気付いた。


「ウェールズ様、その手は…?」

「え?ああ…脱出の時にしくじってね、今は義手なんだ。
 流石に無傷では済まなかったよ。」

ウェールズは軽く引き攣った笑みを浮かべた。


「アンリエッタ陛下、お久し振りで御座います。」

ウェールズの後ろから、アンリエッタに敬礼をする老人が現れた。


「おお、バリー卿、貴方も無事だったのね。」

「はい、このバリー、恥ずかしながら落ち延びてまいりました。」

ウェールズの教育係であるバリーまでもがいて、彼と行動を共にしている。
どういう魔法が使われたのか、それともこの目の前の人は本当にウェールズなのか、そういう疑問がアンリエッタの脳裏に浮かんだ。


「敗戦の後、我々は脱出用の偽装商船を使ってトリステインに降下し、身を隠していたのです。
 王太子もご覧の通り片腕を失っておりましたし、追っ手に見つかるとまずいという事であちこちを転々としておりました。
 やっと傷も癒え、我が国がご迷惑をかけた事をお詫びしようと思ったのですが…。」

「…この通り追われる身だからね、白昼堂々とはいかない。
 僕がこの国にいることがばれれば、レコン・キスタはまたこの国へと侵攻してくるかもしれないからね。
 君が一人でいる時間を調べ上げて、こっそり来させてもらったというわけさ。」

辻褄は合うし、バリーもいる。
信じうるに足るだけの材料は揃っているが、それでも目の前のウェールズにアンリエッタは違和感を感じ続けていた。

仕草が別人と言うか、今は思い出せないが別の顔見知りのような気がするのだ。
ウェールズは基本的に柔和で癒しオーラの出ている人なのだが、このウェールズは癒し系というよりは伊達男系。
トリステインによくいるタイプの気障な仕草…。


「…ああもう、頭が疲れ過ぎているのかしら、思い出せないわ。」

「どうかしたのかい?」

思わず出た独り言を聞き返すウェールズに、アンリエッタはにっこりと微笑んだ。


「貴方と会った日が何月何日だったのか…忘れるだなんて私らしくないなと思いましたの。」

内心『やっちまったZE☆』と冷や汗ダラダラなアンリエッタだったが、連日の公務で鍛えた笑顔の仮面で何とか取り繕う事が出来たようだった。


「そうかい?何時出会ったか…なんて事よりも、君といる今の時の方が大事だと僕は思うね。」

「それは確かに…そうですわね。」

ウェールズはというか、アルビオン人は嫌味以外でこんな華麗な切り返しはしない。


(本当の彼なら、すこし困った顔をして『あははは』と笑う筈。)

やはり中身が違うと、アンリエッタは確信したのだった。


「…さて、茶番はこれくらいにしません?」

アンリエッタの表情が急に消えた。
いや、口だけ笑っているが、目から表情が消えた。
茫洋としていながら、全てを見抜こうとする視線を、王者の視線を自分と抱き合う男に向ける。


「私は確かに恋に恋する馬鹿な小娘ですわ。
 でもね、だからこそ想い人の仕草や喋り方は、はっきりと憶えているのよ。」

そう言って、アンリエッタは袖から取り出した杖をウェールズに向けた。


「貴方は…誰?」

「くっ…。」

ウェールズはアンリエッタを押し退けた。


「くくく…はははははは。
 一度やきが回ると回りっ放しか、俺も尽くづく運の無い男だ。」

笑う男の『フェイス・チェンジ』が解け、素顔が明らかになっていく。
トレードマークの帽子は無いが、もうひとつの特徴である髭にはよく見覚えのあるアンリエッタだった。
なぜならば、その男はたかだか数ヶ月前まで彼女の親衛隊長として働いていた男だったからだ。


「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド…私を殺しに来ましたか?」

「いいや、クロムウェルが貴方を御所望だ。
 同行願おうか?」

彼がそう言った途端に鳩尾に強烈な衝撃を受ける。

「うっ…。」

あの書置きを見つければ、すぐに事は発覚する。
追手が自分を助けてくれる事を願うしかないが、駄目ならルイズもいるしまあ良いかと思いながらアンリエッタの意識は暗転した。


「…さて、では偽者は早々に立ち去るとしようか。
 バリー、行くぞ。」

「はっ。」

裏切り者と生ける骸は、王宮の闇の中へと消えたのだった。



[7277] 第二十四話 絶対に叶わない恋のお話なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/30 06:59
悲恋、結ばれない恋の運命
どうしても結ばれない運命と言うのもあるのです


悲恋、好きなのに愛しているのに交わらない運命
物語の悲恋は悲しくも美しいものなのですが、当事者は…


悲恋、運命の皮肉さを美しさを表す言葉
そういう話の主人公にはなりたくないのですよ







私たちはヴェストリの広場の五右衛門風呂の前に集まったのでした。
とはいえ、ジゼル姉さまは一度眠ったら朝まで殆ど目覚めませんし、ギーシュとモンモランシーは…部屋にサイレントかけて何をやっているのやらっ!
コホン…ちなみに今はそろそろ深夜といった時間なのです。


「…と、言うわけなんだけど、ケティはどう思う?」

キュルケはラグドリアン湖に向かう道中で、ガリア方向からトリステインに向かう一行を見たそうなのです。


「特に記憶に残っていたのは、見た事あるけど思い出せなくて頭に引っかかっていたバリーさんね。
 もう一人、顔に覆面が被されていて誰だかわからない人も居たわ。」

「バリー卿とはまた斜め上な…。」

王太子の蘇生は矢張り不可能だったのでしょうか?
ひょっとするとキュルケが偶然見かけていないだけかもしれませんが。
しかしバリー卿だけだと、姫様を騙しきれるか微妙なのですが…。


「微妙とは言え、放っておくわけにも行かないのですね。」

しかし覆面の男なのですか…もしかしてワルドとか?
フェイスチェンジで誤魔化せば、トライアングルのふりも可能なのですね。
意外と早く髪のリベンジの機会が来た…と言う事なのでしょうか?


「あの髭、大人しく(原作通りに)引っ込んでおけば良いものを…。」

そうそうフェイスチェンジを使えるメイジがいるとは思えないのですが、クロムウェルのゾンビメイジにそういうのがいないと断言できない以上、ありえない話ではないのです。


「…あー、ケティ。
 おっかない顔してブツブツ呟きながら考え込まないで。」

ふと顔を上げてみると、ルイズが引き攣った顔で私を見ているのでした。


「ああすいませんタバサ、シルフィードを呼んでください。」

「ん。」

何かを察したのか、じっと私を見ていたタバサがコクリと頷いたのでした。


「何かわかったのか?」

才人が不思議そうに尋ねてきました。


「ええ…見ての通り、あまり愉快ではない事態が発生している可能性があるのです。」

「…いや、勿体ぶらずにわかりやすく言ってくれないとわからないから。」

才人、あまり考えないでいると、ガウリイ・ガブリエフになっちゃいますよー?


「具体的に言うと、姫様の身に危険がおよ…。」

「何ですってっ!?」

ルイズが私の肩を掴んでグラグラと揺らしているのです。


「姫様が何処でどんな風に危害に遭うのか教えて、今すぐに!」

「あうあうあうあうあう…。」

「やめなさいルイズ、そんなに揺すったらケティが喋れないでしょ。」

キュルケが止めてくれたおかげで、何とか止まりましたが、目が回るのです…。


「現在、この国は再起動したばかりで、レコン・キスタ内通者の炙り出しが終わっていないのですよ。
 例えば、親衛隊に他の裏切り者がいたり、もしくは親衛隊に影響を及ぼせる程の高官に裏切り者がいた場合、王宮の警護を一時的にであればザル同然にする事は難しくは無いのです。」

「おお、なるほど!」

ああ…私がサポートし過ぎたのが悪いのでしょうか、才人がすっかり脳味噌スライム男に。


「あの戦の後にバリー卿が生きている筈が無いのです。
 …と、言う事はフェイスチェンジをかけた偽者か、あるいはアンドバリの指輪を使って蘇生させた生ける骸か。
 何も無ければよし、あればあったで何とかしなくてはいけないのですよ。」

「…思い出した、そういえば貴方この前ワルドを取り押さえた時にアンドバリがどうこう言っていたわよね。
ひょっとして、知ってた?」

キュルケがポンと手槌を打ったのでした。
思い出してもらえて結構なのです。


「ええ、アンドバリの指輪は紆余曲折を経て、今はクロムウェルの手にあるのです。
 あの指輪の凄い所は、死んだ味方の蘇生が出来る事は勿論、敵を殺せばそれが全部味方になるという事なのですよ。
 戦えば戦うほど兵は倍々で増えていく…初期のレコン・キスタは多分殆どが生ける屍の筈。」

「何だそのえげつない軍隊は?」

才人がぞっとしたように身をすくませているのです。
アンドバリの指輪によって、死んだ味方はより忠実な不死の兵となり、死んだ敵も同様に不死の兵となり、蘇生された死者は表面上、生者と変わらない…ホラーな話なのですよ。


「虚無の力だと大嘘をついても、前例がない魔法なので誰もわからないのです。
 死者の蘇生という奇跡が、虚無を連想させるのは不思議ではありませんし。」

「想像しただけでゾッとするわ。
 水の精霊が取り返したがっているのはわかる気がする…。」

私の話を聞いたルイズの顔も青いのです。
今のレコン・キスタは殆どが普通の人間ですが…蘇生できる人数に限界があるのか、蘇生できる速度的な問題で限界だったのか。
まあ、おそらく後者なのでしょうが。


「確かに水魔法って、便利だけど反面おっかないのよね。」

「ん。」

タバサの母親は確か水系統の精霊魔法で心を狂わされている筈。
彼女が水魔法の恐ろしさを一番身近に体験しているのかもしれません。


「来た。」

「きゅい!」

広場に着地したシルフィードに、私達は乗り込んでいったのでした。


「では行きましょう。」

「きゅいいいいいいぃぃぃぃ!」

私達を乗せたシルフィードは高く舞い上がり、王都に向かって飛んで行くのでした。





「またお前らかっ!?」

王城の中庭に降り立った私達は、いきなり親衛隊に取り囲まれたのです。


「上から見ていましたが、随分と大騒ぎのようなのですね?
 何か異常事態でも?」

「お前たちに話すべき事は無いっ!」

御尤も、なのですね、本来であれば。


「ルイズ、アレを見せてあげなさい。」

「アレ?」

いやルイズ、せっかく格好よく言ったのに不思議そうに首を傾げないでください…可愛いですけど。


「姫様に戴いた許可証なのですよ。
 今使わずに、いつ使うのですか?」

私の許可証は軍に対する権限が無いので、ルイズのを見せた方が効果的なのです。


「あ…確かにそうね。
 貴方達は私の質問に答える義務があるのよ。
 これを見なさい。」

そう言うとルイズは腰のポーチから巻物を取りだして見せたのでした。


「こ…これは失礼した。」

ルイズに与えられた常識ではあり得ない権限に、マンティコア隊の親衛隊長は目を白黒させているのです。


「わたしの名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、姫様…陛下直属の女官よ。
 私にはこの国に関するありとあらゆる事柄に干渉できる権限があるの…陛下以外はね。
 もったいぶらずに教えなさい、何が起こったの?」

「あなたがあの…なるほど、目もとに母上殿の面影が…。
 …失礼いたしました、わが名は親衛隊マンティコア隊の隊長、ド・ゼッサールと申します。
 あまり大声では言えませぬが、女王陛下がかどわかされました。
 発見された後、城の警備兵を蹴散らしながら逃走、現在ヒポグリフ隊が追跡中であります。」

やはり攫われたのですか。


「しかし、陛下が居なくなった事をどうやって察知なさったのですか?」

「実は陛下は夜中にこっそり起きて公務をなさっていた事が何度かありまして…夜は一定時間のうちにベッドに戻らないと、各隊の隊長の部屋に警報が鳴るようにしておいたのであります。」

それのおかげで察知できたのは良かったのですが…。


「…嫌がっておきながら、どんだけワーカホリックなのですか、姫様。」

とっとと片付けたかった気持ちはわかりますが…。


「…過労死するつもりか、あのお姫様。」

才人は呻き声のような声で呟いたのでした。


「うわぁ…そ、それで、姫様はどちらに連れ去られたの?」

ルイズは顔を引き攣らせながらも、ド・ゼッサールにたずねたのです。


「現在、ラ・ロシェール方面へと向かっております。
 恐らく、ラ・ロシェールからアルビオンに陛下を連れ去るつもりなのではないかと。
 風竜隊は再編中でここには居ない為、現在ヒポグリフ隊が追跡中ですが、間に合うかどうかは…。」

ド・ゼッサールの言うとおり、風竜とそれ以外では速度が段違いですからね。


「あと、このような書置きが。」

「見せて…えーと…や、やりやがったわね、姫様のバカー!」

書置きを読んだルイズが顔を真っ青にした後、真っ赤にして怒鳴ったのでした。


「い…いったい何が?」

「…読めばケティも瞬間沸騰よ。」

そういって手渡された書置きには…。


「私、さらわれるか暗殺されるかするみたい…と、いうわけで枢機卿、私が血まみれで転がっているか居なくなっていたら、当初の予定通りお願い。
 『女王を殺して混乱の隙を突こうと思っていたら、即時に新しい女王が即位していた。何を言っているのかわからないと思うが…』
 みたいな表情で呆然とするクロムウェルの間抜け面を想像すると、高笑いしたい気分よ。
 あとルイズ、あなたが女王になったら枢機卿や大臣達が塔の如き書類を持って来るけど、生まれつき頭の良い貴方なら大丈夫、きっとやれるわ。
 私は遠い場所から、書類に埋もれて死にそうになりながら、私への呪いの言葉を吐きつつ仕事をこなす泣きべそな貴方をいつも見つめているわ。
 見つめているだけだけどね、一切手伝わないけどね、おほほほほほ!」

「…なんという酷い遺言。」

ルイズがブチぎれるのもやむなしというか…自身の暗殺も織り込み済みの上で、あらかじめ工作していましたねあの姫様。
私が言うのもなんですが、真っ黒いにも程があるのですよ。


「急がないと女王にされちゃう!」

ルイズが心底困ったという表情で叫んでいるのです。
いやホント王座を押し付けあうとか、壮絶な後継争いをしている他の国の王族に申し訳ないと思わないのでしょうか、この国の王族は。
義理でも人情でも、もうちょっと奪い合うような態度を見せるとか権力争いの礼儀をですね。
…ほら、あまりのほのぼの王家っぷりに、煤けたタバサが座り込んで草毟っていますし。


「…タバサ、どうしたのですか?」

「少し、心が折れそうになった。」

タバサの知る王家とまったく違いますから、しょうがないといえばしょうがないのですね。


「ケティ!これ以上のんびりなどしていられないわ!
 姫様の首根っこ捕まえて、執務室に放り込んでやるんだから!」

何時の間にやら、顔を真っ赤にしたルイズがシルフィードの背中に勝手に乗り込んでいたのでした。


「ん、皆も早く乗って。」

ルイズの声で正気に戻ったタバサの言葉に皆頷くと、シルフィードに次々と乗り始めたのでした。


「ラ・ロシェールに向かう馬数頭。
 メイジが乗っているから低く飛んで。」

「きゅい!」

ヒポグリフ隊が全滅する前に到着してくれれば良いのですが…。





「…あっさり追い抜かしてしまったのですね。」

ヒポグリフに乗った親衛隊員たちがどんどん後ろへと遠ざかっていくのです。


「無視してよかったのかな?
 待ってくれーとか言ってたぞ、あの人達。」

才人は気まずそうに後方ですでに点となったヒポグリフ隊を指差しているのです。
確かに『待ってくれー』という声がドップラー的に聞こえましたが、さらっと無視なのですよ、無視。


「待って姫様が見つかるなら待ちますが、そうではないので置いて行くのですよ。」

私の子供の頃のメモ書きが確かなら、ヒポグリフ隊はあっさり倒されていた筈なので、命が助かった事でチャラにして欲しいのですよ。


「でもさ、俺たちだけで足りるのか?」

「大丈夫…こちらには火メイジが二人もいるのです。
 アンドバリの指輪で与えられた偽りの命が水属性な以上は、対抗属性の火で中和できる筈。」

どうやって倒したのか、メモ帳に書かれていなかったので、ぶっちゃけ適当なのですが、多分これで何とかなる筈なのです。
…ええ、正直全然自信がありませんが。


「見えたって。」

「きゅい!」

風竜の視力はとても良いので、見えたようなのですね。


「では一気に上昇したのち追い抜いて、街道の先で待ち伏せしましょう。」

「ん。」

シルフィードが急上昇し、街道沿いを飛んでいくと、街道に馬に乗った人と思しき小さな点が見えたのでした。


「…さて、降下準備なのですよ。
 ルイズと才人を抱っこして、レビテーションで減速して降りるのです。
 タバサには念の為最後に降下して貰わねばいけないので、私とキュルケがやるわけなのですが…。」

「…私はルイズね。」

へ?てっきり才人の方かと思っていたのですが。


「ちょ、何で私がキュルケと!?」

「その方が面白そうなのよ、ちょっと黙っていなさい。」

そう言いながら、キュルケはルイズの顔を胸の谷間に沈める体勢で抱き締めたのです。


「むが!?むー!むー!」

「うふふふふふふふふ。」

そしてこちらに向かってにやりと笑いかけるのでした…。


「何考えてやがりますか…?」

そっち方面に関して、私はキュルケに及ぶべくもないのですよ。


「いいから、早くしなさいよ?」

ニヤニヤ笑いながらこちらを見るキュルケなのです。


「仕方がない…っ!?」

「どどど、どうしたんだケティ、顔真っ赤にして!?」

才人に抱きつき彼の匂いと感触を感じた途端に、媚薬に頭やられていたころの記憶が一気にフラッシュバックしてきたのです。
せっかく緊急事態でそっちの事が吹っ飛んでいたというのに、あの巨乳これを狙っていましたねっ!


「キュルケ!謀りましたね、キュルケ!?」

「貴方はいい友人だけど、思わずいじりたくなる貴方の鈍感さがいけないのよ!
 おほほほほほほ!」

そう言いながら、キュルケは飛び降りていったのでした。
くっ…何時如何なる時でも遊び心を忘れないというのも考えものなのですよ。


「ええい、女は度胸、このくらいで何とかなるものですか!」

才人をぎゅっと抱き締め、シルフィードから飛び降りたのでした。


「レビテーション!」

急にがくんと速度が落ち、ふわふわと私達は降下し草原に降り立ったのでした。


「ケティ…大丈夫か?」

才人が心配そうに声をかけてきますが、羞恥心の限界が降りきれそうなので、ぶっちゃけ目も合わせたく無いのです。
落ち着くのです、クールに徹しなさい、ケティ・ド・ラ・ロッタ!


「危うく脳味噌が沸騰しそうになりましたが…大丈夫なのです。」

「それは残念だわ。」

私達のところにやって来たキュルケが、ニヤニヤしながら私を見ているのです。


「…頼みますから、何時如何なる時でも人をおちょくって楽しむ事を忘れない、その厄介な性格をどうにかしてください、キュルケ。」

「無・理・よ☆」

無理ですか、そうなのですか…。


「これから戦うって時に何妄想してんのよ、あんたはーっ!」

「こ、これから戦うんだからお手柔らかに…って、ぎゃー!」

ちなみに私に抱きつかれてにやけていた才人は、ルイズにコブラツイストで締めあげられていたのでした。


「大丈夫?」

ふわりと降下してきたタバサが私達に声をかけてくれたのでした。


「ええ、今のところは。
 全員、目立たないように草むらで伏せるのです。」

向こうが気付いているかいないかは半々ですが、ラ・ロシェールに向かう街道がここしかない以上、連中は絶対にこちらに向かってくる事だけは間違いないのです。


「来た…。」

蹄が大地を駆け抜ける音が聞こえて来ました。


「…さて、キュルケ?」

「ええ、やりましょ。」

アンデッドは火に弱い。
ファンタジーのお約束は通用するのか、さてやりますか!



…馬の姿がはっきり見えたあたりで呪文を唱え、掌中に炎の玉を生成。
タバサが同時に風の刃を形成。


「ウインド・カッター!」

「ヒヒーン!?」

ウインドカッターで馬の脚を傷つけ転ばせた上で…。


『ファイヤーボール!』

私とキュルケの放った炎の玉が、先頭の二人を包み込んだのでした。


「…一瞬で燃え尽きたわね。」

「…アンデッドとは言え、どんだけなのですか。」

紙みたいに燃え上がって骨も残さずに消滅…熱量強化型のファイヤーボールだったとは言え、火に弱いにも程があるのですよ。


「うわぁ…。」

転んで馬から転げ落ちた騎士たちが、《のそり》といった感じに立ち上がったのでした。
首が完全に変な方向に曲がったのもいるのです。


「ホラーな…っ!?」

いきなり側面から風の刃が私を狙って飛んできたのでした。


「ケティ、危ないっ!」

「相手が死体なのが気に食わないが、デルフリンガー様参上!」

才人がそれをデルフリンガーに吸収させます。


「まさか女王の乗る馬まで容赦なく転ばすとは…な。」

夜闇から現れたのは、よく見知った髭と帽子。
肩に担がれているのは、寝巻き姿の姫様。
他人が言うには伊達男、私が見るとただの胡散臭いオッサン、そう…。


「丁度良い、此処で会ったが百年目!
 我が怨み、此処で晴らさせてもらうのですよ、ワルドっ!」

「それは僕の台詞だろっ!?」

何をおっしゃるうさぎさん、なのです。


「んぅ、此処は…。」

ワルドに担がれている姫様が目を覚ましたようなのですね。


「姫様っ!?」

「あら、その声はルイズ?」

ルイズが慌てて声をかけると、姫様のやけにのんびりとした声が聞こえてきたのでした。


「…ああ、そういえばさらわれたのだったわね、私。」

「…姫様。」

あまりにものんびりしたその態度に、ルイズが思い切り脱力しているのです。


「目が覚めたばかりで、寝惚けているのですよ。」

「帰りたくなってきたわ。」

流石のキュルケも少し脱力しているようですね。


「ふわ…仕方が無いじゃない、仕事の疲れが溜まっているのよ。」

気絶させられた時間も、貴重な睡眠時間というわけなのですね。


「書類を読んで、大臣達の言うなりにサインをするだけの仕事の何処が疲れるというのだ。」

「今、何と言ったのかしら、ワルド卿?」

《ミシリ》という、空気の色が変わる音がしたような気がしたのです。


「鳥の骨や汚職に塗れた大臣や官僚達の言うがまま適当に書類にサインし、日がな一日遊んでいる女王の仕事の何処が疲れるのかといったのだ!」

まあ確かに、市井には女王主催の優雅なお茶会などの情報が流れてはいるのですが…。


「ええ、確かに卿の言う通りかもしれないわね。
 朝日が昇る前に目覚めて、女官達に服を着替えさせてもらい、髪を整えながら大臣達の持ってくる書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、朝食を料理人たちが作る合間に書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、朝食を食べつつ書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、食後のお茶を溢さないように気をつけながら書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、それから10時のお茶の時間までの間書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、10時のお茶を飲みながら書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して…」

食事の時間もお茶の時間も全部公務の時間とか…姫様の言葉を信じる限り、休んでいる時間が皆無なのです。


「…就寝前の仕事が終わったら、お風呂に入って寝巻きに着替えて部屋に戻って来るけれども、そこでも助言がいらなそうな書類を見繕ってもらったのを決裁するのよ、どうしても眠気に耐えられなくなるまでね。
 これが一日中遊んでいる女王の生活よ、素敵でしょ?」

…奴隷だってもうちょっと優雅なのですよ、姫様。


「あ、貴方という人は…。」

ワルドが呻くように呟いたのでした。


「対外的にはそこそこ優雅に暮らしているように伝えてあるわよ?
 女王が食事の時間も眠る暇も無く一日中働き続けているだなんて、優雅じゃなくて世間体が悪いもの。
 貴方はそんなこんなで遊び疲れて、いつも通りに力尽きようとしていた女王を無理矢理起こして死んだ人の扮装で騙そうとして見事に失敗して、奇妙なくらい手薄な王宮内を脱出したというわけ。
 ラ・ロシェールにいる筈の貴方の仲間は全滅、代わりにトリステイン正規軍1000名が貴方達を手薬煉引いて待っているとも知らずにね。」

流石のゾンビ達も、数の暴力に曝されたらどうにもならないのですよ。


「し、しかし、肝心の貴方が捕まってはどうにもならんだろう?」

「もし私が死んでもルイズがいるもの、ね?
 近くに優秀な頭脳もいるし、心配は無いわ。」

そう言って、姫様はルイズと私にウインクしたのでした。


「虚無の権威に私の暗殺というソースをかければ、トリステインは建国以来かつて無いほどに結束できるわ。
 私が生きていても、いずれは同じ場所までもって行くつもりではあったけれどもね。」

禅譲話はこの為の根回しだったわけですね。


「この国は近い将来貴族が貴族らしく、平民が平民らしく、それぞれが己の職分と能力を生かせる国に生まれ変わるわよ。
 卿が夢敗れ、卿が見限った、卿が居ない国でね。」

言っている事は格好良いのですが、ワルドに担がれたままなのですよ、姫様。


「ああそれとワルド卿?」

「ぐっ…な、なんだ?」

姫様ってば、語るだけでワルドに結構なダメージを与えたみたいなのですよ。


「水メイジに密着しているのは迂闊の証拠だって、士官学校で教わらなかったかしら?」

そう言うと、姫様は胸元から装飾の少なくて短い杖を取りだしたのでした。


「杖は先ほど奪った筈!?」

「あれは儀杖よ…『反転』。」

姫様がその呪文をかけた途端に…


「ぐわあぁぁっ!?」

…ワルドの義手のつなぎ目から血が流れ落ちはじめ、姫様は振り落とされたのでした。


「姫様、それ禁呪…。」

ルイズが引き攣った顔でツッコんでいるのです。
『反転』は『治癒』の逆の魔法で、過去に負って完治した大きな傷を開くという、それはそれはえげつない魔法。
水が国の象徴であるトリステインでは禁呪なのですが…。


「この国では私が法よ。
 あと、高度な魔法を封じるには、痛みで集中させないのが一番だわ。」

「ですよねー。」

あははー、そりゃしょうがないのですよ。


「よ、よくも…。」

「一国の主をさらおうというのだから、そのくらいの傷は甘受すべきよ、ワルド卿?
 怒るついでに暗殺なんてどうかしら?」

いやいや、あんな事言われたら殺すに殺せないのですよ、姫様。


「…到着してから見せようと思っていたのだがね。
 王太子、こちらに来たまえ。」

「アア。」

騎士のうちの一人が、全身を包帯に包まれた騎士が、ぎこちない動きでこちらに歩いて来たのでした。


「まさか…。」

「顔を見せてさし上げろ、王太子。」

包帯の合間から除く金髪、くすんではいますが、まさか、そんな事が…?


「アぁ、イイともワルド卿。」

彼が顔を覆っていた包帯を解くとと…。


「いやあああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

それを見た姫様が絶叫を上げ、そのまま倒れてしまったのでした。


「な、何という事を…。」

顔が半ば欠け、黒焦げになっていますが、残った部分から見えるその容姿はかつて見た王太子、その人なのでした。


「ヤア、ミス・ロッタ、久し振りダね。」

「そいつの体は見つからなくてね、クロムウェルが辛うじて残っていた頭部を他の死体とくっつけたんだ…。」

姫様を抱き起こしながら、ワルドは言ったのでした。


「なんというおぞましい事を。」

アンドバリの指輪、思った以上に無茶な性能なのですね…。


「クロムウェルはそいつにレキシントンを吹き飛ばした高性能火薬の事を聞きだそうとして失敗した。
 だから君がもし現れるようならば、殺してつれて来いと言われている。」

そういうと、ワルドはニヤリと笑ったのでした。


「ミス・ロッタを殺せ、王太子。」

「あア、わかっタよ。」

そう言うと、顔の半分ない王太子は私の方を見て微笑んだのでした。


「顔見知りを殺すことが出来るか、ミス・ロッタ?」

「ええ、ご心配なく。
 ファイヤーボール。」

私は躊躇い無く王太子にファイヤーボールを撃ち込みます。


「へ…?」

ワルドが間の抜けた声を上げたのでした。
王太子はあっという間に紙のように燃え上がり、倒れて動かなくなったのです。


「アンドバリの指輪の支配下におかれたまま、私達を害する事は王太子も望まないでしょう。
 ならば躊躇い無く燃やしてあげるのがせめてもの手向けなのです。
 …いやはや、人というのは怒り過ぎると却って心が澄み渡るものなのですね。」

感情は魔力の源泉…怒りと悲しみと憎悪を心の炉にくべて、私の魔力がどんどん漲っていくのがわかるのですよ。


「人の尊厳をこのような形で踏み躙る…恥を知りなさい、クロムウェル!」

一度に9つの火球が形成されたのです…トライアングルとしての実力が上がったわけではなく、単に注ぎ込める魔力が一時的に上昇しているだけ。
規定量以上の魔法を行使したせいか、頭がガンガンといった感じの頭痛に襲われ、喉は渇き、舌も乾き、目が飛び出そうな感覚が不快ですが、知った事ではないのです。


「燃やせっ、ファイヤーボール!」

流石にこの数のファイヤーボールを制御したことは無かったので、半分ほど外れましたが、それでも5体のゾンビ騎士を灰に変える事に成功したのでした。


「とは言え…これは無茶だったかも…。」

魔法を行使した直後から、酷い眩暈と頭痛が私を襲い始めたのでした。
ええい、デルフリンガーはまだ気付かないのですか!?
血に餓えた妖刀ばかりしていないで、たまには自分の役目を思い出して欲しいのです。


「ルイズ!始祖の祈祷書を捲るのです!
 先程話したように、この騎士達は生ける屍、魔力によって動かされる操り人形。
 虚無ならば、これを解消する魔法がある筈なのです!」

こうなったら私がやるしかありません。
皆、私が何でそんな事知ってんだってのはこの際スルーで!
ワルドがポカーンとしている間に。


「で、でもこの祈祷書、エクスプロージョンしか書いていないのよ…。」

そう言って、ルイズは首を横に振ったのでした。


「祈祷書は求める者に求める魔法を与えるのです。
 心の底から祈り求めなさい、魔法の呪縛から、偽りの生から、死者を解き放つ為の魔法を!」

いやしかし、周囲から見ると明らかに色々と知り過ぎなのですよ、私は。
問い詰められたらどうしましょう、いやマジで。


「わ、わかったわ…。」

ルイズは慌てて祈祷書を捲り始めたのでした。


「虚無を使うつもりだと…まずい、アレをやるぞバリー!」

「はっ。」

確か、合体魔法は同じクラスのメイジ同士でないと、しかもかなり相性が良くないと王族の血を引いていない限りはうまくいかない筈なのですが。
バリー卿はひょっとして、ワルドと相性ぴったりなのですか…?
それとも、生ける屍ゆえの特性?


「喰らうがいい、水と風のオクタゴンスペルを!」

髭と爺のツープラトンとか誰得!?
風が水を巻き込み、氷で出来た渦を巻き始めたのです。


「…才人、頑張れます?」

「あー…これってやっぱり俺の役目?」

引き攣った顔で才人が聞き返してきたのでした。


「才人というか、デルフリンガーの役目なのですね。
 ルイズが虚無の魔法を見つけて放つまで、出来うる限り魔法を吸収してください。」

「わかった…後、思い出すのが遅れて正直スマンカッタ。」

おかげで先程からタバサが私をじーっと見つめているのです。
正直冷や汗ものなのですよ…どうやって説明しましょう?


『フリーズ・トルネード!』

「死んでも命がありますようにっ!」

才人が氷が飛び交う竜巻に突っ込んでいったのでした。
健闘していますが、相手は竜巻なのでデルフリンガーを振り回すその姿は、何と言うかちょっと頭の可哀想な人みたいなのです…ガンバレ才人。


「あった!これね!」

そう言って、ルイズは大急ぎで詠唱を始めたのでした。
才人には氷の破片がいくつも突き刺さって、とんでもない事になりつつあるので。早くしないと死んでしまうのですよ。


「ディスペル・マジック!」

ルイズのその魔法が放たれた途端に、一瞬にして氷の竜巻は消滅し、バリー卿を含めて騎士達も糸の切れた人形のように倒れ始めたのでした。


「くっ、女王だけでも…!」

「ファイヤーボール!」

キュルケの放ったファイヤーボールは、ワルドの義手で弾かれましたが、姫様を拾う事への妨害にはなったのです。
ナイスフォローなのです、キュルケ。


「ぐっ、仕方があるまい…覚えておれ!」

そう言って、ワルドは闇夜に消えたのでした。


「ま…まちやが…あれ?」

それをボロボロになった才人が追いかけようとしますが、膝を地面について倒れてしまったのでした。
血がだくだくと流れ始めているのです。


「タバサ、治癒を早く!」

「ん。」

ワルドを追う必要は無いのです。
此処まで失敗を繰り返したら、いくらなんでもレコン・キスタには戻れないでしょうし。





「んぅ…此処は、何処?」

「トリステインなのです、姫様。」

暫くして目を覚ました姫様に、声をかけたのでした。
ヒポグリフ隊もようやく追いつき、周囲は雨。


「はぁ…生き残っちゃったのね、私。」

「姫様、大丈夫ですか、姫様!」

ルイズが心配そうに姫様に声をかけているのです。


「大丈夫よ、数日間仕事を溜め込みそうなのが憂鬱だけれども。
 …ウェールズはどうなったの?」

「私が燃やしました…彼の灰です。」

私はそう言って、姫様に王太子の灰を手渡したのでした。


「…彼は貴方に二度も殺されたのね。」

「………………。」

姫様の言葉は全くその通りで、返す言葉も見つからないのです。


「姫様、ケティは…!?」

「良いのですよルイズ、その通りなのですから。」

ルイズが私を庇ってくれようとしましたが、私は手でそれを制したのでした。


「灰を…ラグドリアン湖に還しましょう。
 そこでアルビオン陥落の日、王太子殿下から仰せつかった言葉をお伝えします。」

「ウェールズの言葉…?」

王太子は私が二度殺しました…それは間違い無いのです。
であるならば、私が王太子の代わりに王太子が伝えるべきであった事を伝えなくてはいけません。


「ケティ、殿下から伝言を仰せつかっていたの?」

「ええ、トリステインに戻ってきた時は意識がありませんでしたし、先日お会いした時にも伝えられる雰囲気ではなかったので。
 仕事が溜まっていたせいもありますが、姫様が昼夜を問わず働き続けていたのは悲しみを紛らわせる為なのですよ、恐らくは。」

原作では半ばアル中と化していた彼女が、打ち込めるものがあったが為にワーカホリックに陥った。
どちらも健全とは良い難いのです。
心機一転してもらわねば、例えば新しい恋に気分を向けられるように…とか。


「お姫様、大変だったんだな。」

タバサの応急処置が終わったのか、才人がよろめきながらもやってきたのでした。
学院に帰ったら、部屋の中で一晩中何をやっていたのか知りませんが、ギーシュと一緒に寝ているはずのモンモランシーを叩き起こして才人の治療をさせるのです。
私が引いたからって、イチャイチャしっぱなしに出来ると思ったら大間違いなのですよ、ククククク。


「タバサ、王宮に向かう前に、ラグドリアン湖に寄って貰えませんか?」

「ん。」

タバサはコクリと頷いたのでした。
此処からラグドリアン湖につく頃には、恐らく日が昇っている筈…。





「にゃむ…見事に一徹してしまったのですね。」

眩しい光を放ちながら上がる太陽、朝になってしまったのです。


「ふわ…今日は体調不良で授業を休む事にするわ、眠いし。」

キュルケ、授業中に居眠りすれば何とか乗り切れるような気がするのです。
このままだと来年は私と同級生になってしまうのですよ?


「アキバでゲーム買うために並んで奇妙な言葉で話すヲタに挟まれた時の事を思い出すぜ…。」

ゲーム買うくらいでいちいち並ぶな、なのですよ才人。


「頭がぐらぐらするわ…。」

ルイズは徹夜に弱いのですね。


「……………すぅ。」

タバサは本を読む体勢で眠っているのです…やりますね。


「じゃあ、始めるわね。」

姫様は、遺灰をラグドリアン湖に撒き始めたのでした。


「さようなら、ウェールズ。
 本当なら国葬したいところだけれども、こんな粗末な葬儀でごめんなさい。
 大いなる輪環の中で、いつかまた会いましょう…。」

遺灰はゆっくりと、染み込む様にラグドリアン湖の水の中に消えていったのでした。


「王太子殿下の遺言をお伝えします。
 『アンリエッタ、僕を忘れて欲しい。僕を忘れて他の男を愛せるようになって欲しい。出来ればあの時のように誓って欲しい。』と。」

「貴方にとって、それは都合の良い話ではないわね?」

私はルイズを正統としていますから、確かに姫様の後が続くのは少しばかり好ましくない事ではあります。


「都合が悪かろうが、遺言ですから。」

半ばでっち上げですが、原作で彼が残した言葉を姫様に伝えるのは私のしなくてはならない事だと思うのです。


「確かに…ウェールズの言いそうな事だわ。
 他には?例えば『愛している』とは?」

「いいえ、催促しましたが姫様を縛る言葉は言えないと。
 『アンリエッタはその言葉を残せば、一生その言葉に縋ってしまうだろう』と。」

私がそう言うと、姫様は軽く苦笑を浮かべて頷いたのでした。


「はぁ、意地悪な人なんだから。」
 
姫様は静かに目蓋を閉じたのでした。
閉じた目からは涙の雫が零れ落ちていきます。


「本当に、意地悪な人…。」

愛する人を失うという事がどれほどの事なのか、私にはまだわからないのです。
知識収集癖のある私ですが、知りたい知識ではありません。
一生、知る事が無ければ良いのにと、私はこの時そう思ったのでした。



[7277]  幕間24.1 トリステイン銃士隊&約束を履行したりさせられたり
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/10 18:34
「新式銃が欲しいのよ。」

「新式銃…なのですか?」

初夏の爽やかな陽気の中、一人城に呼び出されたケティはアンリエッタの執務室で首を傾げていた。


「何故それを私に?」

「我が軍に新式火薬を納入したパウル商会…最近我が国の軍需部門に販路を開いているのだとか?」

アンリエッタの微笑みに、ケティは「うっ」と軽く呻いて一歩引いた。


「あの商会はラ・ロッタ家公認の商会で、蜂の意匠を許されているのよね。
 商会の主はパウル、貴方の幼馴染の一人。」

「あはははは…。」

乾いた笑い声を上げながら、ちょっとやり過ぎたかとケティは内心で愚痴る。


「しかし何故そこから新式銃などという話に?」

「モシン・ナガン。」

ケティはびしりと凍りついた。


「…ええと、ひょっとして姉の誰かから聞いたのですか?」

「ええ、貴方が実家でその銃を使って、魔法を使ってもあり得ない距離から獲物を狙撃して見せた事も、その銃の速射性能が現在我が国に在るどの銃よりも素晴らしい事も、全部よ。」

それを聞いて、ケティは深い深い溜息を吐いた。


「あのモシン・ナガンは魔法が無い国が作り出した高度な冶金技術の結晶なのです。
 メイジの錬金を全力で駆使したとしても、性能の劣化した模造品しか作れません。
 軍全体に配備するには、ハルケギニアじゅうから土メイジをかき集めないと不可能かと。」

「つまり、性能の劣化した模造品を少量生産するくらいなら可能…という事ね?」

女王の問いに、ケティは軽い逡巡を見せたのち、観念したように頷いた。


「…確かに性能を落とせば少量生産は可能なのです。
 それでも十分ハルケギニアに出回っているどの銃よりも優秀なものになるでしょう。」

そう言うと、ケティは参ったという風に眉をしかめ眉間を押さえた。


「それは良い事を聞いたわ。
 アニエス、入って来なさい。」

「はっ!」

アンリエッタの声に応え、金髪のショートヘアの女性が執務室に入って来た。


「アニエス、この度の軍改革で創設された銃士隊の隊長よ。」

「アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランと申します。」

アニエスはケティに深々と首を垂れる。


「ああ…あのアニエス殿なのですか。」

ケティの顔が軽く引きつった。


「あの…とは?」

アニエスの眼光が鋭くケティを貫いた。
彼女は元平民という事で差別される事が多い、ケティもそういう輩なのかと睨みつける。


「豪気にして苛烈、『鉄の塊』と称されるメイジ殺しにして、可愛い女の子が三度の飯より大好きなアニエス殿でしょう?
 その毒牙にかかって道を踏み外した乙女は数知れずとか…ぞ、存じているのです。」

そう言いながら、ケティが数歩あとずさったのを見て、アニエスがずっこけた。



「そ、それは私にやっかむ連中が流した根も葉もない噂だっ!
 いや…まあ、可愛いものは好きだが、それは女の子に限った話では無く…って、ああっ、更に後ずさらないでっ!?」

後ずさるケティに、涙目で手を伸ばすアニエスだった。


「ケティ、面白いけどアニエスをからかうのはそのくらいにしておきなさい。」

「はい、かしこまりました姫様。」

いきなり真顔に戻ったケティにアニエスがぽかーんとなっている。


「貴方って真面目な人を弄るのが大好きよね?」

「剛毅な武人が翻弄されうろたえる様はまさに甘露なのですよ、姫様。」

そう言って、ケティとアンリエッタはお互いにっこりと微笑みあった。


「騙されたーっ!」

アニエスは天井に向かって叫んだ。


「うぅっ、王宮内に噂の聞こえる才女が、まさかこんな変な性格の娘だったとは…。」

そして盛大に落ちる。


「これで、アニエス殿には顔を覚えて貰えたでしょうか?」

「むしろ殺すリストに入れられたような気がするわ。」

アンリエッタのその言葉に「あはー」と笑うケティだった。


「複製したモシン・ナガンの第一号はやはりアニエス殿に?」

「ええ、納入した途端に撃ち殺されないように気をつけておきなさい。」

ケティからの問いに、アンリエッタはそう言って頷く。


「アニエス、そろそろ立ち直りなさい。」

「は、はあ…しかしこの娘が、本当にあのパウル商会の影の主なんですか?」

アニエスはそう言って、ちょっぴり恨みを込めた視線をケティに送った。


「ええ、そうよ。
 それにケティは王侯貴族だろうが平民だろうが、わけ隔てなく扱うから、貴方が特別に軽んじられたわけではないというのも理解してあげてね。」

「私はわけ隔てなくおちょくられたというわけですか。」

そう言って、アニエスはがっくりと肩を落とした。


「これから先はあまりからかわないようにしようと思うので、勘弁して欲しいのです。
 ああそうそう、お近づきの証にこれでもどうぞ。」

そう言って、ケティはアニエスに小さな包みを渡した。


「これは?」

先ほどされた仕打ちのせいか、警戒気味に包みの中を覗き込むアニエス。


「飴なのですが、少々特殊な製法を行使してみたのです。
 とても甘くてクリーミーで、一口食べれば自分を特別な存在だと感じられるようになるのですよ。」

「ふむ…?では失礼して。」

アニエスは早速取り出した飴玉の包装を取り除いて、口の中に放り込んだ。


「こ…これは、美味い。
 たかだか飴玉がこんなに美味しいとは。
 これを私にくれるのか…?」

アニエスは頬を抑えてほわんとした幸せそうな表情になった。


「ええ、先程の非礼のお詫びも兼ねて。」

「私も欲しいわ、その飴。」

恍惚の表情でコロコロと飴玉を舐めるアニエスを見て、アンリエッタも物欲しそうにケティを見る。


「はいどうぞ。」

「ありがとう、どれどれ…まあ、これは確かに美味しいわ。」

アンリエッタも頬を押さえて幸せそうに微笑んだ。


「パウル商会に発注していただければ、いつでもお届けできるのです。
 …とまあ、飴玉の話はこれくらいにして、モシン・ナガンの複製品であれば一丁有りますので、複製した弾薬とセットで近日中にお届けにあがる事になるでしょう。」

「成程、先程の話は既に一度実践した上でだったのね。」

飴玉を口の中でコロコロと転がしながら、アンリエッタは頷いた。


「ええ、ではまた数日後に…。」

「なるべく早くお願いね。」

ケティは一礼すると、執務室から退室した。





数日後、トリスタニアの《星降る夜の一夜亭》で、三人の人物が食卓を囲んでいた。


「ケティ坊ちゃん、ジゼルお嬢様もご一緒っすか。
 このパウル、お二人からお呼びがかかる日を一日千秋の思いで待っていたっす。」

パウルと名乗った茶色の髪と鳶色の瞳の青年は、人懐っこい笑みを浮かべた。


「…いい加減坊ちゃんは止めなさい、坊ちゃんは。」

その言葉に眉をしかめるケティ。


「いやー、女の子だってわかっていてもケティお嬢様だと、呼ぶ時に何だか違和感があるんすよ。」

「あはははは、良いじゃないケティ坊ちゃんで。」

ジゼルは笑いながらケティの肩を叩いた。


「うぅっ…。」

ケティは観念したように肩を落とした。


「…まあ、仕方がありません。
 それでパウル、例のあれは?」

「ここにあるっす…しかしまあ、女王陛下も剛毅っすね。
 これ一丁作るのに半月はかかる上、普通の銃の30倍の値段になるってのにそれを銃士隊全員分とは。」

パウルは細長いケースを食卓の上に乗せて開いて見せた。


「それだけ銃士隊に期待をしているという事なのですよ。」

ケティはそれを受け取ると、蓋を閉じる。


「ここの名物料理はハシバミ草料理なのです。
 支払いは私がしますから、好きなだけ食べていきなさい。」

「私は?」

ジゼルはそう言って、ケティをじーっと見つめる。


「勿論、姉さまもなのです。
 とは言え、パウルが儲けてくれるから、私たちも美味しい食事が食べられるのです。
 パウルに食べさせてもらっているといっても、過言ではないかもしれないのですよ。」

ケティはそう言って、パウルの働きをねぎらった。


「ううっ、感無量っす。
 あとはケティ坊ちゃんが俺の嫁に来てくれれば完璧なんすが。」

「それはお断りなのです。」

ケティは笑顔できっぱりと断った。


「くーっ、負けないっす。
 諦めたらそこで試合終了っすから。」

「めげないわねぇ、貴方も。
 今回で何度目だった?」

苦笑交じりにジゼルが尋ねる。


「何と、既に60回目っすよ。」

パウルがそういう間にも、食卓には料理が並べられていく。


「それでは商売の繁盛を願って、乾杯としましょうか。
 給仕さん、タルブワインの良い奴を見繕って持って来て欲しいのです。」

ケティの言葉に、給仕は頷いて去っていき、暫くしてワインのボトルを持ってきた。


「では…乾杯。」

三人の陶器製の杯が、カチンと