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[19370] 虚無と賢者【ゼロ魔×ドラゴンクエストⅢ】
Name: 銀◆ec2f4512 ID:00f8fcb3
Date: 2010/07/14 04:42
はじめまして、銀といいます。
こちらでSSを公開させていただきます。



これはゼロの使い魔の二次創作です。

召喚されるのはドラゴンクエストⅢの賢者(クリア後)です。

ゼロの使い魔及びドラゴンクエストの設定、魔法に独自の解釈があります。



以上にご注意の上ご覧ください。

感想等お気軽に書き込みください。


追記

ドラゴンクエストⅢだけでなく他のドラゴンクエストシリーズやロトの紋章、ダイの大冒険等の作品からの設定の流用もあります。



[19370] 第一話 召喚
Name: 銀◆ec2f4512 ID:00f8fcb3
Date: 2010/06/08 04:18
そこは街道から少し離れたところにある草原で一人の青年が寝転がっていた。

年のころは二十くらいで旅人の服と言われている丈夫な服を着ており、傍らには手荷物らしきものを置いているその姿は典型的な旅人の姿だった。

大きな欠伸を一つしてつぶやく。

「平和だ」

時刻は昼を少し過ぎたところでさわやかな風が草木を揺らし、遠くでは鳥の鳴く声が聴こえくる。

確かにとても平和な風景だ。

だが少し前まで、この地下世界アレフガルドではとてもこんな平和な光景はとても望めなかった。

世界は闇に閉ざされこのような人気の無いところに一人でいるのは自殺行為も同じだった。

「苦労した甲斐があるというものかな」

そうつぶやくとその青年こと賢者セランはまた一つ大きな欠伸をした。



世界を征服しようとする魔王バラモスを退治するために勇者と一緒にアリアハン旅立ったのはもう数年前にもなる。

苦労の末バラモスを倒したがその背後には大魔王ゾーマがいた。

だがくじけることなく、地下世界に向かいさまざまな試練を乗り越えついに大魔王ゾーマも打ち倒したのは一ヶ月前のことだ

それまでは世界中を凶暴な魔物が徘徊し、多くの人々が絶望していたが世界はその恐怖から開放され魔物の脅威はなくなり闇に閉ざされていたこのアレフガルドにも光が戻った。

世界は救われたのだ。



「さて、これからどうしますかね」

ここ数日セランがずっと考えていることだった。

仲間たちと共に大魔王を倒し世界を平和にするという、つらい事もあったし危険な事だらけの旅だった。

だがそれ以上に充実し使命に燃えやりがいがあった。

世界を救うという目的の為、己の全てを賭けるに値した旅だった。

その目的が達成された今、目的を見失ってしまったのだ。

「平和すぎて何をすればいいんだか」

贅沢な悩みだと自分でも思う。



今のセランは賢者のトレードマークともいえるサークレットやローブを身につけていない。

たびびとのふくとかわのぼうししか身に着けておらず、どこから見ても『ここは○○の村だよ』としか言わない村人Aにしか見えない。

自分の賢者としての役目は終わったと思っているからだ。

ゾーマは倒れるときに言っていた。

『光あるかぎりまた闇もある。ふたたび何者かが闇から現れよう』

勇者は気にしていたようだが少なくとも自分の生あるうちはこの平和が続くだろう。

そしてその苦難はその時に生きている者たちが切り開いていくべきだとセランは考えている。



別れた仲間たちの事も思い出す。

勇者はゾーマの残した言葉が気になったのだろう、後世に残せるものを探すために旅を続けるようだ。

武道家は「拳の道を極める」と言い更なる修行に出た。今頃どこかで山ごもりでもしているのだろう。

女戦士はあろうことかいつの間にか勇者といい仲になっていたようで勇者についていった。

勇者からは一緒に行かないかと誘われたが二人の仲を邪魔するようで気がひけたので断った。

皆何かあったときはすぐに駆けつけると約束をして四人の旅は終わったのだ。

「ちょっと狙っていたのに……」

女戦士のビキニアーマー姿を思い出し「未練だ……」とつぶやく。

そしてまたこれからどうするかという悩みに戻る。



「……歩きながら考えますか」

このまま寝転がっていても仕方ないと、荷物を持ち歩き出す。

目的地は決めてない。まさに足の向くままだ。

幸い金には当分どころか人生を数回くりかえしても大丈夫なくらい余裕はある。

このままどこかの町か村にでもついたらそこでしばらく暮らしてみてもいい。

そんな事を考えながら歩き続けた



だが彼にそんな平穏な暮らしはまだ許されないようだ。

歩きながらまた欠伸をしたのがまずかったのだろう。

目の前に大きな鏡のようなものがあると気づいたときにはすでに足がその鏡に入っていた。

「へ?」

思わず間の抜けた声をだす。

旅の扉を通り抜けたときに似た浮遊感が全身を襲った。



次の瞬間には見たことも無い場所に放り出されていた。

そして

「あんた誰?」

目にも鮮やかな髪をした少女が話しかけてきた。






これが世界を救った『賢者』と、これから世界を変えていく『虚無』の出会いだった。






「あんた誰?」

ルイズは不機嫌そうに目の前にいる男に聞いた。

実際ルイズは不機嫌だった。

春の使い魔召喚の儀式、すごい幻獣を召喚して今までゼロと馬鹿にしていたクラスメートを見返してやろうとしていたのだ。

だが何度も失敗しようやく成功したかと思えば現れたのはどこかの平民らしき旅人だ。

これが不機嫌にならずどうしろというのだ。

「誰って……名前はセランというが」

その平民は間の抜けた顔(ルイズ主観)で答えた。



「おいルイズ!どこから連れてきたんだよその平民!」

「サモン・サーヴァントができないから実家から使用人でも連れてきたんじゃないのか」

周りの生徒がからかう声をかける。

「ちょっと間違っただけよ!」

ルイズが怒鳴るが周りの笑い声はやまない。

今度はそれらを無視する。

「あんたメイジ?」

「メイジ?何ですそれは?」

格好からして平民とは思ったが、せめてメイジならと一縷の望みにかけて聞いてみた。

それがメイジも知らないとは……ルイズは軽く絶望しかけた。



セランはセランで混乱していた。

いきなり見も知らぬ場所に来た。これは理解できる。

おそらくあの鏡のようなものは旅の扉と同じようなものなのだろう。

一瞬で別の場所に移動するというのはセランにとって珍しいことではない。

だが驚くべきことはそんな事ではない。

上を見上げてセランは愕然とする。そこには青空が広がり、太陽が輝いていた。

「空だ……太陽もある……」

先ほどまでいたのは地下世界アレフガルド。光はあるが太陽も無ければこんな青空もない。

ゾーマを倒した際に上の世界と下の世界を繋げていたギアガの大穴が閉じ、行き来ができなくなり二度と見ることがないと思っていた青空と日の光。

まさかまた見ることができるとは思わなかった。



「ここはどこです?アレフガルドではないのですか?」

「そこどこよ?ここはトリスティン王国のトリスティン魔法学院よ」

「トリスティン王国?」

魔王を倒す旅で世界中のほとんどに行ったがはじめて聞く国名だ。

そして魔法学院ということは魔法を専門に教えている学校ということだろうがだがそんなのはきいたことがない。

「トリスティンを知らないなんて、どこまで田舎者よ」

頭痛がしてきたかのようにルイズは額に指を当てながら言う。

「他にもいくつか聞きたいことがあります、アリアハンを知っていますか?」

ここが上の世界ならば、とセランは自分の出身国を聞いてみる。

「アリアハン? 何よそれ、地名?」

「それではエジンベア、イシス、ロマリア、ポルトガ、サマンオサ。これらの国は?」

「ロマリアは当然知ってるわよ。でも他の国は初めて聞く名前よ」

ロマリアを知っていて他の国を知らないということは無いはず。これはただの同名という可能性が高い。

「……最後です。魔王バラモス、大魔王ゾーマを知っていますか?」

「聞いた事も無いわよ。何かのおとぎ話?」

もはやうんざりしかのような態度でルイズは答える。

側にいるコルベールにも聞いてみる。

「私も聞いたことがありませんね」

これで確定的だ。

バラモスやゾーマは長年世界を征服しようとして全世界の敵だったのだ。

これは五歳の子供でも知っていることだ。

そして最後の確認とばかりにある魔法をとなえた。

「ルーラ!」

高速移動呪文のルーラ。イメージするのはアリアハンの城。ここが上の世界ならどこからだって飛べるはず。

しかし

「飛べないか……」

魔法は発動しなかった。

念のためアレフガルドの町にもとべるかどうか試したがやはり無駄だった。

そこで大きくため息をついた。

「また異世界か……」



何か叫んだかと思うと難しい顔で考え事を始めたセランに構わずルイズはコルベールにくってかかった。

「ミスタ・コルベール!召喚のやり直しを要求します!」

「残念だがそれはできないミス・ヴァリエール」

コルベールは首を振る。

「春の使い魔召喚の儀式は召喚で現れた使い魔によって属性を固定し今後は専門課程にすすむ大事な儀式だ。そして一度召喚した使い魔の変更はできない。君も知っているはずだ」

「でも平民を、人間を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」

「確かに人間の使い魔というのは前例が無い。しかし春の使い魔召喚の儀式は神聖なものでそのルールは何よりも優先される」

「そんなあ」

ルイズが情けない声をだす。

「とにかくコントラクト・サーヴァントをしなさい。さもなくば君は留年ということになってしまう」

「……わかりました」

ルイズはしぶしぶとまだ難しい顔で考え事をしているセランに近づいていった。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔と成せ」

朗々と流れるような呪文を唱える。

「光栄に思いなさい。貴族にこんな事してもらえるなんて一生に一回も無いのだからね」

「うん?何のこと……!?」

セランの方がルイズより頭一つ分背が高い。

その為ルイズはセランの首根っこを掴み強引に顔を引き寄せる。

そしてルイズの柔らかい唇がセランの唇に押し当てられるた。

セランはなすがままだった。敵意の無い行動だったので反応が遅れたのだ。

「……随分積極的ですね。けど男女交際はもう少し手順を踏んだ方がいいと思いますが」

「何が交際よ!これは契約よ!」

ルイズは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「契約とは何のことです?」

「すぐ解るわよ」

さらに質問しようとしたセランだが突然全身を熱が襲う。ただ耐え切れないほどではない。

「これは!?私に何を!呪いか!?」

「違うわよ!使い魔のルーンが刻まれているだけだからすぐおさまるわ」

その言葉通りすぐに熱は収まった。そしてセランの左手にはルーンが刻まれていた。

「ふむ、コントラクト・サーヴァントは一度で成功しましたね。おやこれは珍しいルーンですね」

ルーンを覗き込みながらコルベールが言う。

「おっと時間がかかりすぎてしまいましたね。皆さんすぐに教室に戻ってください」



「一体何なんだ……」

セランは混乱したままだった。

もし自分を呼び出したのが魔王の残党だというのならまだこちらとしても対応がしやすい。

だが周りにいるのは人間、それに自分に好意的というわけではないにしろ悪人というわけでもなさそうだ。

そして自分にかけられた何らかの魔法。

どれも対応に困る事態だ。

そこで更に驚くことがおこった。

周りにいた生徒たちが何やら呪文を唱えたかと思うと一斉に空を飛び始めたのだ。

(飛行魔法!?魔物には魔力で飛ぶものもいたが……いやルーラを応用すればあるいは可能かもしれないか)

ルイズは飛んでいった生徒たちをじっと見ているセランに話しかける。

「人が空を飛ぶのが珍しいの?」

「ええ、珍しいですね……なるほど、要するにメイジとは魔法使いのことでしたか」

「まったく、何でこんなメイジも知らないような奴を使い魔にしなきゃいけないのよ」

ぶつぶつと文句を言っていたルイズだがやがてあきらめたかのように大きくため息をつく。

「さあ行くわよ。ついてきなさい」

他の生徒達が飛んでいった石造りの大きな建物に歩き始めた。

「……仕方ありませんね」

まだまだ聞きたいことがあるし自分の身体に何をされたのかも気になる。

ここは彼女についていくしかないようだった。



「貴女は飛ばないのですか」

歩きながらのセランの何気ない質問にルイズは立ち止まると

「うるわいわね!黙ってついてきなさい!」

更に不機嫌になり怒鳴る。

(飛べない私に気を使ってるのかな?)

セランは好意的に解釈した。

(やれやれ、これからどうなるのかな)

セランは久しぶりに見る青空を見上げ今日何度目になるかわからないため息をついた。





だがさっきまでの目標を失い、ぽっかりと穴があいたかのような喪失感。それが消えていることにはまだ気づかなかった。



[19370] 第二話 異世界
Name: 銀◆ec2f4512 ID:c1e59c7d
Date: 2010/06/10 15:19
「異世界?」

「ええ、私はこのハルケギニアでしたっけ?とにかくこの世界の人間ではなく、別の世界から来たようです」

「……そんな話を信じろって言うの?」

「信じるも何も事実ですので」

セランはお茶を飲みながらすました顔で言った。

すっかり日も落ちた夜、ルイズとセランは寮にあるルイズの部屋で椅子に座りテーブルを挟んで向かい合っていた。

部屋の調度品はセランの目から見てもかなり格調の高いもので、どうやら文化的には大きな差は無い世界のようだと判断した。

「異世界でも紅茶は変わらないようですね。いやこちらのほうが少し風味が強いかな?」

ちなみにこの紅茶はルイズの部屋にあったものをセランが勝手に入れたものだった。

「事実と言われても納得できるわけ無いでしょ!何か証拠があるの?」

「証拠と言われても中々難しいですけど……とりあえず私のいたところでは月が一つでしたがね」

窓からのぞく夜空に浮かぶのは二つの月。当然前の世界では見れなかった光景だ。

「いい?サモン・サーヴァントはハルケギニアの生き物を呼び出して使い魔にするのよ。異世界から召喚なんてできるはずがないわ!」

「しかし今まで人間が召喚されたことはなかったのでしょう?なら何らかの不確定要素が、もしくは事故という可能性もあるのでは?」

「う……」

ルイズは言葉に詰まる。

「世の中に『絶対』なんて無いんです。固定観念を捨て、柔軟な思考を持たないと良い魔法使いにはなれませんよ?」

「それは……ってメイジも知らなかったあんたに魔法の事をどうこう言われたくないわよ!」

「まぁ異世界の事はとりあえず置いておきましょう。先に二つほど聞きたいことがあります。まずこれについてなのですが」

そう言ってセランは左手の甲をルイズに見せる。

「これは何ですか?」

「……それは使い魔のルーンよ。コントラクト・サーヴァントをおこなった使い魔に現れるの。まぁ私の使い魔という印みたいなものね」

「ああ、あれが契約の儀式だったのですか」

昼間の事を思い出す。

「随分と大胆な契約方法があるものですね」

「もともと動物や幻獣を対象としてるのよ!人間相手なんて想定してないわ!」

ルイズも契約のことを思い出したのか顔を赤くしている。

思えば大事なファーストキスをこんな男に、しかもあんな大勢の前で……仕方のなかった事とはいえ腹が立ってくる。

「それでこれにはどんな効果があるんですか」

「使い魔のルーンは使い魔に特別な力を与える場合があるわ。例えば猫を使い魔にしたとき、その猫が喋れるようになったりするの」

「なるほど、ではこれによって私の身体に害はおこらないんですね」

「ないわよ!メイジにとって使い魔は大事なパートナーになるんだから!」

嘘は言っていないようだ。とりあえず最大の懸念が解消されてセランは内心ほっとした。

ルイズは「その大事なパートナーが何でこんなのに……」とぶつぶつ言っている。

「では次の質問です。私が元の世界に戻れる方法はあるんですか?」

ルイズはしばらく考え「無理ね」と答えた。

「あんたが別の世界から来たというのが本当なら無いわ。さっきも言ったけどサモン・サーヴァントはハルケギニアの生き物を呼び出すの。だから普通なら時間をかければ歩いてでも帰れるけど異世界に戻す方法なんて聞いたことが無いもの」

「そうですか……もう戻れないのですか」

セランはそれまでのどこか気の抜けた表情ではなく真面目な顔になり何かを考える。

「……ま、それなら仕方ありませんね。それでは使い魔ですか?とりあえずやってみましょう」

真面目だったのはほんの一瞬でセランはまたのんびりとした雰囲気に戻る。

「わたしが言うのもなんだけど随分と軽いのね」

「もう契約はしてしまったのでしょう?ならしかたありませんよ」

セランは意味が解ってるのか解ってないのか、相変わらず軽い調子で使い魔を了承した。



ルイズはほっとしていた。

とにかく使い魔の事を納得させたのだ。平民でも掃除や洗濯といった雑用くらいならできるはず。

あとはどうやって従順にさせていくか……と考えていたら

「ただし私からも条件があります」

いきなり反抗された。

「条件?使い魔の分際で何言ってるのよ!」

「もし条件をのんでいただけないというのでしたら……そうですね、ここから逃亡でもしましょうか」

「な!?」

ルイズは絶句した。

「あ、勿論その際には先ほどのコルベール氏や他の生徒の方々に『あのような主人には耐えられない。いくらなんでも酷すぎる』という感じで事実三割、誇張七割くらいであること無いこと言ってからの逃亡です」

絶句したルイズに構わずセランはすました顔で言い続ける。

「使い魔に逃げられたメイジ。この世界のメイジにまだ詳しくありませんが不名誉なことなのでは?」

「ぐぬぬぬ」

今度は歯噛みをするルイズ。

使い魔に逃げられるメイジなんて前代未聞で不名誉どころの話ではない。もしルイズが他からそんな話を聞いたらメイジ失格だと思うだろう。

それをこの男はやると言っているのだ。

これが実家に知られたらえらいことだ。上の姉、そして母親。この世で最も恐ろしい人物上位二人に知られたらと思うと震えが来る。

「それにあの時の会話を聞くに契約を解除して再度召喚というのは難しいのでしょう?」

「……使い魔を再召喚できるのはその使い魔が死んだときだけよ」

「おやおや、では私としてもそう簡単に死ぬつもりはありませんので再召喚はできませんね」

「見知らぬ土地なんでしょう?そこで逃げてどうするつもりよ!」

「これでも多少生活力はあるつもりですので。見知らぬ土地でも生きていく自信は十分あります」

こともなげに言うセランをしばらくにらんでいたがルイズは諦めたかのように大きくため息をつく。

「仕方ないわね。その条件ってのを言いなさい」

「そうですね……まだ決めかねてますのでそれは追々。ああ、そんなに無茶なことを言うつもりはありませんからご安心ください。それに条件が決まるまでもちゃんと使い魔はやります。あ、条件とは別に衣食住の保障はお願いしますね、そこら辺は主人としての義務でしょうから」

「わかったわよ!……まったく何でこんな奴召喚しちゃったのかしら」

ルイズはテーブルに両肘をつけ頭をかかえる。

セランはそんなルイズにかまわずお茶のおかわりを淹れていた。

「それにしてもここが異世界って言うならなんでそんなに落ち着いていられるのよ」

もう少し戸惑ってもいいだろうに、そのふてぶてしいとも言える態度にルイズはあきれていた。

「慣れ、ですかね。今まで色々ありましたからこれぐらいじゃあまり動じませんよ」

異世界に来るのは初めてではありませんし、そして取り残されるのもね。と心の中で付け加えた。



何よりも余裕があるのはそれほど元の世界に戻りたいと思ってはいないからだろう。

そもそもアレフガルド自体自分の生まれた世界ではないのだ。

上の世界に戻る方法は無く、これから残りの人生をアレフガルドですごそうと決意した直後に召喚されたのだ。

アレフガルドがハルケギニアに変わっただけとも言える。

そしてアレフガルドとハルケギニアを比べた場合、太陽と青空があるだけでもこちらのほうが親しみやすい。

それにたとえどんな世界でも自分の力で問題なく生きていけるという自信があった。

なのでどうしても元の世界に戻りたいと思っているわけではないのだ

ただ一つ気がかりなのは仲間たちのこと。

だがそれもどうしても自分の力が必要な事態に、つまりまた世界の危機が起こる可能性がほとんどない以上それほど心配はしてなかった。



「色々ね……あんたその異世界じゃ何やってたの?」

「一応前の世界で私は賢者ということでした」

「賢者ぁ?」

ルイズが胡散臭そうな声をあげる。

ハルケギニアにも賢者と言われている者はいる。

だがそれは大いなる知識を持ち、長い年月をかけて認められ、周りから尊敬の念を込めていわれる呼称のようなものだ。

それを自分から賢者と名乗るなんて怪しい事この上ない。

「それで?賢者のあんたはどうすごしてたの?」

「賢者の私は世界を征服しようとする魔王を倒す旅を仲間たちとしていました。その旅は数年におよび苦労をしましたけど一ヶ月前ついに大魔王ゾーマを倒し世界に平和を取り戻しました。その後は特にあても無く放浪していましたね」

「……ますます胡散臭くなったわね」

まったく信じてないという感じでルイズが言う。

「まあその反応はこちらとしても理解できます」

魔王による世界征服なんて経験してなければ信じられるものでもないだろう。

「はあ……もういいわ。あんたが世界を救った英雄だろうがなんだろうが使い魔には関係ないし」

ルイズはもはやこの事は会話しても無駄だと思ったようだ。

「ええ、私も前の世界での事は今はあまり関係ないと思っています」

「ただしそのことを他の人に言いふらすんじゃないわよ!ヴァリエールの使い魔は平民なだけじゃなく妄想癖があるなんて噂されたらたまったものじゃないわ!」

「ええわかりました。でも私がこのハルケギニアの常識や習慣に慣れてないのは事実です。そこら辺はどうしましょう?」

「そうね……じゃあロバ・アル・カリイエから召喚されたということにしておきましょう」

「ロバ・アル・カリイエ?」

「東の方にある土地よ。行き来が無いから何があるか解らない場所なの」

ジパングのようなものかなとセランは思った。

「それでは対外的には私はロバ・アル・カリイエから召喚されてきたということにしておきますね」

そうしてちょうだいとルイズは力なくテーブルに突っ伏した。怒鳴り続けて疲れたようだ。



「さて、それで使い魔ですけど具体的には何をするんですか?」

「そうね、まず使い魔は主人の目となり耳となる能力が与えられるわ。つまり使い魔の見たものをわたしも見ることができるようになるのだけど……」

「できないようですね」

「まぁ人間だから期待してなかったわ。他には主人が望むものを探してくるのよ。例えば秘薬の材料とか」

「やくそうぐらいなら前の世界でも自生しているのをよく採っていましたね。ただこの世界にも同じ植物があるかどうかは解りませんが」

「別にそれも期待してないわ。そして一番大事なのは主人を守ることよ。でもあんたじゃそんな事できやしないだろうからこれも期待してないわよ」

雑用でもいいからできることをしてもらうわ。とルイズは言おうとしたのだが

「いえ、それなら問題なくできますよ。ルイズを守る、得意分野ですね」

こともなげにセランは言った。

「何言ってるのよ!ドラゴンみたいな強い幻獣ならともかく人間で平民のあんたに守ってもらうつもりはないわ!」

「ドラゴンだったら数え切れないくらい倒しましたよ。まぁその時は四人でしたから、一人だとちょっと時間がかかるでしょうけど」

また妄想かとルイズは額に手を当てる。

ドラゴンを倒すだなんてスクエアのメイジだってそうそうできることではない。

「魔法も使えないあんたがドラゴンを倒すだなんてできるわけないでしょ!」

「使えますよ」

「え?」

「私はメイジじゃ無い、とは言いましたが魔法が使えないと言った覚えはありません。むしろ魔法は得意です」

「え?え?」

「論より証拠ですね」

セランは手を少し上げ手のひらを上にしもっとも基本の攻撃魔法である炎の魔法を威力を抑えて唱える。

「メラ」

すると手のひらの上に人の頭ほどの大きさの火の玉があらわれる。

「あ、あんた……メイジだったの?」

ルイズがその火の玉を見てぽかんと口をあける。

「だからメイジじゃなくて賢者ですって。私の世界では魔法を使えるようになるには色々な職業につかなければならないのです。賢者とはその中の一つで結構希少なんですよ」

「じゃあ賢者というのは火の系統魔法を使える職業ってこと?」

「いえ私はその系統魔法というのを知りません。どうやら魔法の成り立ち自体が違うようですね」

自分たちの魔法には飛行魔法や使い魔を呼び出す魔法はない。逆に言うなら自分はこの世界にはない無い魔法も使えるということだろう。

「ね、ねぇ他にどんな魔法が使えるの?」

ただの平民かと思い落ち込んでいたルイズだが魔法が、それも自分たちの知らない魔法が使えると知り俄然興奮してきた。

「そうですね、私の使える魔法の多くは戦闘に関するものです。敵にダメージを与えたり敵を弱らせたりというのが主になります」

「物騒な魔法が多いのね」

「そもそも魔法というもの自体が魔物との戦いの為にあるようなものでしたから」

魔王により魔物の活動が活発となり、人が襲われることが多かった。それに対抗する為に攻撃魔法など戦いに使用される魔法が発達したのだ。

「勿論他の魔法もあります。傷を治したりする治癒魔法や、私は使えませんが魔法の道具を作ったりするものもあります。ちなみに私がもっとも得意としているのはイオ系といわれる爆発呪文ですね」

爆発と聞いてルイズが固まる。

「爆……発?」

「ええ、かなり使い勝手がいいんですよ?敵が複数でも全体にダメージ与えられますから。ああ、ちょっと比較したいのでこの世界の魔法も見せてくれませんか?とりあえず飛行魔法があるのは見ましたが、他のなら何でもいいですよ」

今度こそルイズは黙ってしまった。

「ルイズ?」

「……今日はもう遅いから寝るわ」

「はい?……ああ、そうですね。続きは明日にしますか」

確かにかなり長いこと喋っていた様だ。

「じゃあ……って何をしているんです?」

服を脱ぎだしたルイズを見てセランは眉をひそめる。

「寝るから着替えるんじゃない」

「異性の前で平気で着替えるのはどうかと思いますが」

「別に使い魔に見られたって何とも無いわよ。あ、これ洗っておいて」

ルイズは脱ぎ捨てた下着をセランに放り投げる。

「やれやれ……それで、私はどこで寝ればいいですかね?」

ルイズは黙って床を指差した。

「まぁそうなるでしょうね」

床で寝る事に抵抗は無い。野宿が多いセランにとって雨風をしのげる屋根と壁があるだけでも十分だった。

毛布ぐらいはあげるかと着替え終わったルイズがセランを見るといつの間にか寝袋を用意していた。

「ちょっと!その寝袋どこからだしたのよ?」

「ああ、ここからですよ」

セランは腰にぶら下げたふくろを指差す。その大きさはあきらかに寝袋が入るような大きさではない。

「これはいわゆるマジックアイテムでして、このふくろの中には大きさや重さや数に関係なく様々な物を入れておくことができます」

旅の最中はそれは世話になったものだ。

「そ、それは中々すごいわね……」

ハルケギニアではそんなマジックアイテム聞いた事がなかった。

「ね、ねぇ、それ……」

「ちなみにこれは私専用です。他の人には使えませんので」

使い魔のものは主人のものとジャイアニズムを発揮しようとしたルイズの言葉を封じる。

「おやどうしましたか?」

「な、何でもないわ!寝るわよ!」

ルイズは明かりを消し毛布を頭から被る。

「はい、おやすみなさい」

ルイズの態度に笑みをうかべながらセランも寝袋にもぐりこんだ。



二人が眠りにつき、しばらくたつとベッドからルイズの規則正しい寝息が聞えてくる。

するとセランはむくりと起きだした。

窓から差し込む月明かりで部屋は思いのほか明るい。

その明かりを頼りにセランはそっとベッドに近づきルイズが完全に寝ているのを確認する。

起きているときは生意気だったり強がっているけど、寝顔は年相応であどけない。

その寝顔にセランは少し頬をゆるませる。

その後に決してルイズに見せなかった鋭く厳しい顔つきになり冷静に現状を、自分を分析しはじめる。そして気になっていた違和感を改めて自覚した。

自分の違和感、それはどうもルイズに従順に、好意的になっていることだ。

最初のうちは混乱していたということで説明がつくが、この寮についてからはそれが強くなってきているのが自覚できた。

本来なら彼女に怒りを覚えてもいい状況だがどうもそんな気にはなれないのだ。

ただ好意といっても男女間のそれではなく、どちらかといえば手のかかる生意気な妹という感じだが。

「原因があるとすればこれでしょうね」

左手のルーン文字を見る。

使い魔との契約という特性上、おそらくルイズが説明した以外にも主人に対して好意を持つというような作用もあるのだろう。

そして一つ試してみる。

「シャナク」

唱えるのは破魔の呪文。

呪われた品等を解除するときに使われる魔法だが、こういった魔法の契約の解除にも効果があった。

すると抵抗を感じる。以前呪われた装備を解いた時に似た感触だが、抵抗の強さは比べ物にならないくらい強い。

抵抗の感触を確かめると呪文を中断する。

「呪いではないが、それに近い特性があるということか」

ただ強い抵抗ではあったが決して解けないというわけでもなさそうだ。

だがそれは相当大変だろうし、無理に解く必要は現段階では無いと判断する。

現状ではルイズの使い魔というのはこの異世界でセランの身元を保証する唯一のものと言っていい。

もしルイズの使い魔でなくなれば完全な異邦者ということになる。

社会の異邦者に対する扱いは時として酷いものだ。

この世界の国家や組織がどれほどの規模かはまだわからないが敵対するのは好ましいとはいえない。

ルイズはこの世界ではかなり身分の高い貴族の令嬢のようだし、元の世界に戻る方法を探すにしろ何かをするにしろそういった身元はあったほうがいい。

異世界の魔法にも興味はあるし、できる事なら学びたいとも思う。

それにはこの魔法学院は、ルイズの使い魔という立場は悪くないだろう。

ルイズに対する好意も問題は無いだろう。

生意気でプライドが高いが基本的には悪い娘ではない。

それにいざとなれば解除も不可能ではないのだから。

「しばらくは使い魔生活もよさそうですね」

そう結論付けるとセランは寝袋に入り、今度こそ眠りについた。



[19370] 第三話 友人
Name: 銀◆ec2f4512 ID:346f9894
Date: 2010/06/15 03:41
窓から差し込む光でセランは目が覚めた。

寝袋から這い出し久しぶりの朝日を全身に浴びる。

「やっぱり朝は日差しがあるほうがいいですね」

思い切りのびをしながらしみじみと言った。

ベッドの方を見るとルイズが寝ている。昨晩と変わらないあどけない寝顔だ。

「さて、それではご命令どおり洗濯はしますかね」

洗濯自体は自分でもよくやるので抵抗は無いし、ついでに自分の洗濯物もあるので一緒に洗ってしまおうとも考えていたのだ。

少し歩いてこの学院の構造も知っておきたかった。

昨晩ルイズが脱ぎ捨てた服と自分の洗濯物を持つと音を立てないようそっと部屋を出た。



廊下に出ると寮全体が静かで、他の寮の生徒もまだ起きている気配は無さそうだった。

「さて、洗い場はどこかな?」

だいたいのあたりをつけて庭にでて、しばらく見渡していると丁度洗濯物を抱えたメイドらしき少女を見かける。

「すいませんちょっといいですか?」

「はい?」

話しかけられた黒い髪をしたメイドは振り返る。

「洗濯をしたいのですが洗い場はどこでしょうか?」

突然見覚えの無い男に話しかけられ少し緊張したが、その敵意の無い笑顔に警戒心を解いた。

「あ、はいこっちです。今から私も行きますの一緒にどうぞ」

「ありがとうございます。いや昨日ここに着たばかりでまだ不慣れでしたので助かりました」

笑顔で礼を言うセラン。

「もしかして、ミス・ヴァリエールが召喚したという平民の方ですか」

セランの左手のルーンを見て尋ねる。

「ああ、それです。申し遅れました、ルイズに召喚されて使い魔になりましたセランと言います。以後よろしくお願いしますね」

「わたしはシエスタと言います。こちらこそよろしくお願いします」

丁寧な物腰に少なくとも悪い人では無さそうだ、というのがシエスタのセランに対する第一印象だった。



「それにしても急に召喚だなんて大変でしたね」

洗い場で洗濯をしながらシエスタが話しかけてくる。

「ええ、道を歩いていたら急に見ず知らずの異国の地ですからね。困ったものですよ」

と、こちらも洗濯をしながら全然困った様子が無い笑顔で答えるセラン。

「はぁ」

「まぁ幸い、という訳でもないのでしょうけど丁度あても無く旅をしていたところでしたし、特に待っている家族もいませんので」

「セランさんはどちらの出身なんですか?」

「それがですね、どうやら私はこちらで言うところのロバ・アル・カリイエから来たようなのですよ」

昨夜ルイズと打ち合わせた嘘をなめらかにつく。

「まぁそんな遠くから。じゃあ色々と大変でしょうね」

「ええ、ですのでこちらの事には不慣れでして。何かと聞くことがあるかもしれませんがよろしいでしょうか?」

「はい、わたしでわかることでしたら」

「ここは魔法学院ということですが、シエスタさんも魔法が使えるのですか?」

「いえわたしは平民ですから魔法なんて」

とんでもないとばかりに首を横に振る。

「そうなんですか。ということはここで魔法を学んでいるのは貴族のみということなのでしょうか」

「はい。貴族の方は全員魔法を使えますのでトリスティンのほとんどの貴族の方がこの学院に学びに来るようです」

「そうなのですか。私のいたところでも貴族はいましたが別に魔法が使えるということはありませんでしたけどね」

むしろ魔法を使える者はほとんどいなかっただろう。

「そうなんですか?信じられません。あ、ゲルマニアみたいな国だったら……でも羨ましいですね、そういうところ」

「そうですか?」

「セランさんのいた所と違って、ここでは魔法を使えるか、使えないかで大きな差があるんですよ」

少し寂しそうな笑顔でシエスタは言った。

「魔法を使えるからといってそんなに偉いという訳でもないでしょうに」

セランの何気ない言葉にあわててシエスタが口止めする。

「セランさん、貴族の方にそんな事言ってはいけませんよ。大変なことになってしまいます」

そのあわてぶりにセランは何か言いたそうになったが

「そうですか、ご忠告ありがとうございます。気をつけることにしましょう」

この場はシエスタ善意の忠告に従うことにした。

その後は他愛ない話が続いた。



「もし困った事がありましたら言ってくださいね。たいしたことはできないでしょうけど」

「はい、ありがとうございました。シエスタさん」

洗濯が終わり、セランはシエスタと別れた。

部屋に戻るとルイズはまだ寝ていた。

「まだ寝てますか」

周りの部屋では動き出した気配があるので、もう起きる時間なのだろう。

「仕方ないですね、ザメハ」

ルイズに覚醒魔法をかける。

「へ?あれ?」

瞬時にして目が覚めて跳ね起きるルイズ。

「おはようございます。もう起きた方がいいですよ」

「ちょ、ちょっと!?」

「あ、洗濯ならしておきましたよ。今日はいい天気ですからちゃんと乾くでしょうね」

「そうじゃないわよ!一体何したのよ!?」

ルイズは目覚めのいいほうではない。起きた後も頭がはっきりするのに時間がかかるタイプだと自分でも解っている。

それがこんな一瞬で完全に目が覚めるなんてありえなかった。

「覚醒魔法ってやつです。どんな深い眠りでも一発で目が覚めますよ」

「べ、便利な魔法があるじゃないの」

「ええ、起きた瞬間に斬り合いができるようにするための魔法ですからね」

「あんたのところの魔法はいちいち物騒ね……まぁいいわ、着替えるから下着をとって」

「はいはい」

セランは素直にクローゼットから下着を取り出しルイズに手渡す。

「ん……って何で場所知ってるのよ」

「ああ、昨日のうちにこの部屋にある物は大体把握しています。どうも初めて入る部屋の本棚やタンスは調べる癖がありまして……」

「変な癖ね、じゃあ着替えさせて」

下着をつけたルイズが命令する。

「昨晩も言いましたが私の前で着替えるのはどうかと思うのですが」

「貴族は下僕がいるときには自分で服なんて着ないのよ」

「でもこういった事はせめて同性の方がやるべきかと」

「使い魔に異性も同性もないわよ」

ルイズはふんと鼻をならして言い切った。

どうも昨日からペースを握られっぱなしな気がするので、ここはしっかりと命令をして自分のほうが主人で立場が上ということを徹底させたいという思惑もあったのだ。

「はあ、そうですか……でも私のほうはルイズに異性をしっかりと感じてるのですけどね」

「え?」

そこでルイズの顔色が変わる。

「ルイズのような可憐で魅力的な女性を前にして心を乱されないはずがありませんよ。昨晩もルイズの愛らしい寝顔を見て、邪な気持ちを抑えるのに苦労したというのに」

セランは着替えを手に取りふう、とため息をつく。

「ななな……」

「まぁこれも使い魔の役得と思い喜んでお手伝いさせていただきます」

そして満面の笑顔で一歩ルイズに近づいた。

するとルイズは壁際まで後ずさる。

「やややややっぱりいいわ!わわわたし一人でききき着替えるから!」

「おや、そうですか。それでは私は部屋の外で待っていますね」

セランは着替えを置くと、そのままドアから部屋をでようとするが、ノブに手をかけて振り返る。

「あ、今のは全部冗談です。私はどちらかといえば年上の異性が好みですので」

「は?」

「涎をたらした寝顔に欲情するというのも難しい話です。まぁある意味笑えて可愛いとは思いましたが」

「へ?」

「それではすぐ着替えてくださいね。朝食も早くとりたいですし」

そう言うと部屋から出て行った。

ルイズはそこでようやくからかわれたことに気づき、顔をこれ以上ないくらいに真っ赤にし

「~~~~~!!!!」

声にならない叫びをあげた。

背後のドアに断続的に何かがぶつかる音がする。

おそらく怒りに任せ手当たり次第周りにある物をなげつけているのだろう。

「そういえば、朝食はどこでとるのでしょうかね?」

しかしセランはまったく気にすることは無かった。



「あなた、そこで何してるのかしら?」

ドアの前でルイズを待っていると隣の部屋から出てきた少女に話しかけられる。

少女というのは微妙な年頃だろうがおそらくルイズと同じくらいだろう。

背も高くスタイルもよくルイズとは正反対の美少女だった。

「そこは確かルイズの部屋よね?あの子が男を待たせてるなんて今まで無かったと思ったけど」

「はじめまして。私はルイズの使い魔をさせていただいておりますセランと言います。以後お見知りおきを。失礼ですが主人のご友人の方でしょうか?」

礼をしながらセランは挨拶をした。

「あら丁寧な挨拶ね。私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。一応ルイズのお隣さんだけど、友人かどうかはわからないわね」

くすくすと妖艶ともいえる笑みをうかべるキュルケ。

「それにしてもねぇ」

面白そうにセランの足の爪先から頭のてっぺんまでじっくりと見る。

「ほんとに人間を使い魔にするなんてさすがはゼロのルイズってところかしら」

「やはり人間の使い魔というのは珍しいのですか?」

「見たことも聞いたことも無いわね。使い魔というのはこういうのを言うのよ、フレイム!」

キュルケが声をかけると、部屋からのっそりと大きなトカゲがあらわれる。

「これは……サラマンダーですか?」

「ええそうよ、火トカゲよ。こんな立派なしっぽの炎は間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ」

キュルケは上機嫌でフレイムの頭を撫でている。

「でもサラマンダーの事を知ってるなんて意外ね」

サラマンダーの生息地は通常人の生活圏からかなり離れたところにある。

メイジなら知識として知っていても不思議ではないが平民が知っているとは思わなかった。

そもそもフレイムを呼んだのはセランを驚かせてやろうという思惑もあったのだ。

「ええ、前にいたところで何度も見たことがあります。でもそこのサラマンダーとは少し違いますけどね」

細部は違うしもっと大きかった。そして何よりこんなに大人しくはない。

出会えば即戦闘だったのだがそれがこうも大人しいとはなんとも変な気分だった。

「あなたどこから召喚されたの?」

「ここでいうところのロバ・アル・カリイエですね」

「へぇ、随分と遠くから来たのね。ロバ・アル・カリイエってどんなところ?」

キュルケは少しセランに興味がわいたようだった。

「そうですね……」

さてどういう感じで誤魔化そうかと考えていると

「何やってんのよ!」

部屋から出てきて二人を見つけたルイズが、ずんずんという足音が響いてきそうな勢いで近づいてくる。

「あんたは!主人をからかったあげく!今度はツェルプストーと仲良くするなんて!使い魔失格よ!」

「主人の友人の方とお話しをするのが何かまずかったですか?」

「そいつは友人なんかじゃ無いわよ!」

「おやいけませんよ、そんな言い方をしては。友人というのは人生においてかけがえの無い宝です。人は一人では生きていけないのですから」

「わたしだって友人ぐらい選ぶわ!」

「それは傲慢というものです。友人は選ぶものではなく選んでくれてありがとう、という謙虚な姿勢が大事なのですよ」

「……あんたがもし嫌いなやつから友達になろうと言われたらどうするのよ」

「はっきりと断ります『私にあなたは必要ありません』と」

「どこが謙虚よ!?」

「私はいいんですよ。一人でも生きていける自信はありますから」

二人の言い合いをしばらくきょとんと見ていたキュルケだったがはじかれたように笑い出した。

「あっはっは!よかったわねルイズ、あなたにぴったりの使い魔じゃない」

「それ嫌味?メイジの実力をはかるには使い魔を見ろって言葉知らないわけじゃないでしょ?こんなのがぴったりってどういう意味よ!」

「たった一日でルイズの扱いに慣れているように見えるけど?相性はいいんじゃないの?」

ほんとうに可笑しそうにキュルケは笑う。

「ほら、褒めてくれましたよ」

「全然嬉しくないわよ!」

キュルケは笑ったまま「それじゃお先に失礼」とフレイムを連れて去っていった。

「何よあいつ!自分がサラマンダーを召喚したからって余裕かましてくれちゃって!」

キュルケの後姿に地団太を踏みながらルイズが吼える。

「まぁまぁ、ルイズには私がいるじゃありませんか」

セランがぽんぽんとルイズの肩をたたく。

そののんきな声にルイズは更に声を張り上げようとするが

「でもいいんですか?ルイズは行かなくて。もう誰もいないようですが」

その言葉のとおり寮にもう人の気配は無い。

早くしないと朝食の時間が無くなってしまうだろう。

「く……」

ルイズはまだ何か言いたそうだったが、結局キュルケと同じ方向に歩いていった。

「ところで先ほどキュルケさんが『ゼロのルイズ』と言ってましたがゼロって何です?」

セランが後ろからついていきながら聞いた。

「知らなくていいわよ!」

ルイズが怒鳴る。

が、その怒鳴り声に今までに無かった少し寂しげな響きが混じっている事にセランは気づいた。



――――――――――――
後書き
しばらくは原作をなぞる話が続きます。



[19370] 第四話 授業
Name: 銀◆ec2f4512 ID:346f9894
Date: 2010/06/20 21:45
「ルイズ」

「何よ」

「空腹なのですが」

「自業自得でしょう」

ルイズは突き放すように言った。

結局朝食は抜きだった。

からかいすぎたようで食堂にすら入れてもらえなかったのだ。

しかたなくセランは保存食のほし肉をかじって空腹を誤魔化していた。

「あれぐらいで心を乱すようではまだまだですね」

セランの言い草にルイズはまだ声を上げそうになるが周りを見て自重する。

二人がいるのは教室でセランとルイズは並んで座っていた。

本来メイジしか座れない席なのだが、一応セランが魔法を使えると知っているのでルイズは黙っていた。

周りからは好奇の視線やくすくすという笑い声が聞えてくるがセランはそれはまったく気にしていなかった。

どちらかといえば気になるのは使い魔達だ。

(どうも落ち着かないな)

ついこの間まで見れば戦っていた魔物が周りにいるのだ。害が無いとはいえやはり気になっていた。



しばらくすると扉が開き中年女性のメイジが入ってきて教壇に立ち教室を見渡す。

「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、春の新学期にさまざまな使い魔を見ることが楽しみなのですよ」

するとセランに気づきとぼけた声をだす。

「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」

その声にどっと教室中から笑い声が響く。

「ゼロのルイズ!召喚できないからって、その辺歩いていた平民を連れてくること無いだろ」

小太りの生徒がルイズをバカにした野次を飛ばす。

それにルイズが言い返し、教室が騒がしくなってきた。

(ふむ、昨日から感じてましたけどどうもルイズは生徒たちの中で浮いている、というか見下されているようですね)

初めは人間という変り種を召喚してしまったからかと思ったがそれも違うようだ。何か根本的な問題がありそうだった。

結局騒ぎはシュヴルーズがおさめ授業が開始された。

「私の二つ名は赤土のシュヴルーズです。これから一年、土系統の魔法を皆さんに講義しますわね。さて、魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・マリコルヌ」

「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。火、土、風、水の四つです」

「はいその通りです。今は失われた系統の虚無を合わせて五つの系統があるのは、皆さんも知っての通りです。その中で土の魔法は最も重要なポジションを占めている……と、私は考えます。これは私が土の系統を使うから、と言う訳ではありません」

シュヴルーズは咳払いをして続ける。

「土系統の魔法は、万物の組成を司ります。この魔法が無ければ、重要な金属も作り出せませんし、加工も出来ません。大きな石を切り出し建築することも、農作物の収穫も今より手間取るでしょう。この様に、土系統の魔法は皆さんの生活に密接に関係しているのですよ」

シュヴルーズによる土系統の講義は、去年一年間のおさらいを兼ねていたようでセランには丁度よかった。

(どうやらこの世界は生活に魔法がかなり浸透している、いや生活そのもを支えているといっていいようですね)

魔法を戦いにしか使ってこなかったセランにとっては新鮮な驚きだった。

(しかしそれゆえに魔法を使えるものと使えないもので差ができるというわけですか)

今朝のシエスタの態度を思い出す。

これが理想的な魔法のつかわれ方だというのは理解できる。

魔法を使える者にとっては自分達がいるから社会が成り立っているというプライドのようなものがあるのもわかる。

だがその為に格差が生まれる。

(まさに一長一短……か)

前の世界では魔法はあくまで技術の一つだった。

勿論魔法に秀でたものは尊敬されたりしたが、それは他の技術全てにいえることだ。

だがこのハルケギニアでは魔法が絶対の価値観になっている。

(まぁ今いくら考えてもどちらが正しくてどちらが間違っているかなんて結論がでる筈も無い)

今は少しでもこの世界の事を、魔法のことを学ぶべき時だ。と、授業に集中した。



一通り説明が終わった後シュヴルーズは実際に魔法を使ってみせた。

小石を取り出し、杖を振るい短くルーンを唱える。

すると石が光だし、その光が収まると石が光る金属に変わったのだ。

「これが錬金の魔法です」

これにはセランも驚いた。まさかこんな魔法が存在するとは。

(土系統か……できることなら使えるようになりたいものですけど)

火、水、風なら自分でも魔法であつかえるが土に関する魔法は自分には無い。

そもそもこの世界の魔法が自分に使えるかどうかは解らないが、土系統に非常に興味が沸いたセランだった。

「ゴ、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ?」

キュルケが身をのりだして聞く。

「いえこれはただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのはスクエアだけでして、私はトライアングルですから」

聞きなれない言葉が出たのでセランはそっとルイズに尋ねた。

「ルイズ、トライアングルやスクエアというのは何です?」

「系統を足せる数の事よ。その数によってメイジのレベルが決まるの」

「足す?」

「例えば土系統の魔法単体だけでなく、それに火の系統魔法を足せばより強力な魔法になるの」

「なるほど……」

「そして足せる数によってドット、ライン、トライアングル、スクエアという感じでメイジのレベルを表してるの」

「つまり……火や風を組み合わせることによってより強力な魔法になるということですか?」

「そんなところね」

魔法を足す、組み合わせるという考えはセランにとってまさに目からうろこだった。

魔法の威力を強めたり弱めたり、もしくは応用として変化をつけたりはしてきた。だが組み合わせるという発想はなかった。

自分が使える魔法はここの系統魔法では火と水と風ということになる。

もしそれを組み合わせることが出来たら?

(例えばギラとバギを組み合わせたりできれば……面白い効果になりそうですね)

だがそれは同時に二つの呪文の行使をせねばならなく、今の自分に出来るかどうか解らない。

(いずれ試してみますか)

そんな事を考えているとシュヴルーズが声をかける。

「それでは誰かに実際にやってもらいましょう……ミス・ヴァリエール、前に出てきてください」

その瞬間教室の雰囲気が一変した。

「先生、やめたほうがいいと思います」

キュルケが手をあげ止めにはいる。

「何故です?」

「危険だからです」

他の生徒もキュルケに同意する。

「危険?何故です?」

「ルイズを教えるのは初めてですよね?」

「ええ、でも彼女が努力家で座学の成績が優秀というのは聞いております。さ、ミス・ヴァリエール。失敗を恐れずやってみなさい」

「ルイズ、やめて」

キュルケが真剣な顔で言う。

が、ルイズはしばらく考えた後

「やります」

決意した顔で立ち上がり教室の前に歩いていった。

「ああ、なんてこと」

キュルケは天を仰いだかと思うと机の下に隠れた。

「どうしたのです?」

不思議に思いセランがキュルケに聞くと

「いいからあなたも隠れた方がいいわよ」

使い魔のフレイムも机の下に引っ張り込みながらキュルケが答えた。

周りを見回すと他の多くの生徒も同じようにしている。

「何なのでしょうか?」

不思議に思いつつ教室の前を見るとルイズが目をつぶり集中しており、そしてルーンを唱え杖を振る。

その瞬間石は爆発した。

爆風でシュヴルーズとルイズは黒板に叩きつけられる。悲鳴が上がり驚いた使い魔達が暴れだした。

教室が大騒ぎの中、シュヴルーズは痙攣をして倒れたままだが、ルイズはむくりと起き上がる。

髪はぼさぼさ、顔は煤だらけ、制服は破れ下着が見えているという無残な姿だがそれを意に介した風も無く

「ちょっと失敗したみたいね」

こともなげに言った。

当然周りの生徒からは猛反発をくらう

「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」

「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」

「なるほど、そういう意味でのゼロですか……」

大騒ぎの教室の中あまりダメージを負った風でもないセランが呟いた。



罰として爆発でぼろぼろになった教室の片づけを命じられ、ルイズとセランは掃除をおこなっていた。

セランは先ほどの爆発に何も言わず

「はやく片付けてしまいましょう」

とだけ言い、言葉どうり手際よく片付けをしていたのだ。

ルイズはしばらく黙々と掃除をしていたが

「何で……」

やがて我慢しきれなくなったという感じで話しかけてきた。

「はい?」

新しい窓ガラスを運びつつセランが返事をする。

「何で何も言わないのよ!」

「何をですか?」

「この爆発のことよ!」

無残な状況の教室を見渡しながら思い出したかのようにセランは言う。

「ああ、そのことですか。確かになかなかの威力でしたね。素直に感心していますよ。あれだけの爆発は中々のものです」

おそらくはイオラ級の威力があったろう。

「バ、バカにしてるの!?こんな失敗魔法のどこに感心するところがあるっていうのよ!」

「そこら辺はルイズと……いえ、このハルケギニアと私の価値観の違いでしょうね」

この魔法が絶対の価値観を持つハルケギニアで失敗魔法しか使えないルイズ。

そのコンプレックスは計り知れないだろう。

「言ったはずですよ、私の魔法は戦いに関することばかりだと。そして魔法とはいかにして戦いに役立てるかで価値が決まります。ルイズ、貴女がおこしたこの魔法は実に興味深いですよ」

だがそれはハルケギニアの常識でセランには関係なかった。

「きょ、興味?」

「はい。何度でもいいますが。私はルイズの魔法に対し感心と興味を持ちました。それ以外の何でもありません」

セランが本当に真剣に言っているのだと気づくと、ルイズは膨らみかけていた怒りが収まってきた。

「本気で言っているようね」

「勿論です。私はルイズをからかう冗談は言いますしこれからも決してやめませんが、ルイズに嘘はつきませんよ」

満面の笑みでセランは言った。

「爽やかな笑顔で性質の悪いこと言ってんじゃないわよ!」

ルイズの蹴りを器用に避け、話している間もセランは動くのをやめずテキパキと片づけをする。

「何であんたそんなに手際いいのよ」

「ああ、ピオリムという魔法をつかっています。かけた者のすばやさをあげる魔法で、こういった作業にも役に立ちまして結構便利なんですよ」

そう言いながらも手早く机を運んだり拭き掃除をするセラン。

「……使い魔のあんたは魔法を使えて主人のわたしがまともに使えないなんてね」

「何を言っているのですか?ルイズ、あなたはちゃんと魔法を使えたじゃありませんか」

そのルイズの言葉に不思議そうな顔をするセラン。

「この世界の魔法にはまだ詳しくありませんので何故爆発を起こすのか、これはわかりません。ですがルイズがゼロでないことは断言できますよ」

「何で断言できるのよ」

「サモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァント、この二つの魔法の成功があるから私はここにいます。ルイズの使い魔としてね」

「あ……」

そういえばそうだった。平民で、しかもこんな変人を召喚してしまったショックで忘れていたが、その二つはルイズの初めてといっていいまともな魔法の成功だった。

「今こうして私がルイズの使い魔としていることがあなたがゼロでないという何よりの証拠ですよ」

ぽんとルイズの頭に手をおくセラン。

「しゅ、主人の頭に気安くさわるんじゃないわよ!」

今までの怒りとは違う感情で顔を赤くしたルイズが叫ぶ。

「更に言うならば私はルイズに非常に期待しています」

「期待?わたしに?」

「今朝言っていたじゃないですか。メイジの実力をみるには使い魔をみればいいと。そういう言葉がこちらにはあるのでしょう?」

「そうだけど……」

「なら大丈夫。私を召喚できたんですよ、ルイズは間違いなく魔法の才能に満ち溢れています」

「それって結局自分を褒めてるんだじゃない!」

「同時にルイズを褒めてるのですからいいじゃないですか」

ほがらかに笑うセランを見て呆れとも疲れともいえないため息をつくルイズ。

「もういいわ。何かあんたと話してると悩んでるのが馬鹿らしくなってきたわ」

「お、いい傾向ですね。何事も前向きというのは大事ですよ」

「あんたは気楽過ぎるのよ!」

「まあまあ。さ、それより早く片付けてしまいましょう。昼食こそはゆっくり食べたいですからね」

「わかってるわよ、まったく……」

文句を言いつつも、幾分軽くなった心でルイズも掃除を続けた。



片づけが終わったのは昼休みに入る少し前だった。

「あんたの食事のことを言ってくるからちょっと待ってなさい」

食堂に入るとセランを残し厨房に向かう。

実はすでにセランの食事は床に座らせて具の少ないスープとパンを二欠程度とすでに厨房には伝えてあった。

「ま、まぁもう一品ぐらいは増やしてやってもいいかもね。スープにも少しくらいなら肉を入れてやってもいいでしょうし」

色々と問題のある使い魔だが、一応さっきのあれは自分の事を気遣ったのだろう。

そう思い厨房に変更を指示をしにいったのだ。

後は問題を起こさないようにさせ、ゆっくりとでいいからこっちの言うことを素直に聞くようにしていけば……

「……そんなに悪くもない使い魔かもね」

うんうんと一人納得しセランの所に戻ろうとしたのだが。

「決闘だ!」

そんな叫びが聞えてきた。

思いっきり嫌な予感がしてルイズは歩きの速さをあげた。



「決闘ですか、構いませんが」

決闘を申し込まれたセランは冷静に答えた。

「よかろう!それではヴェストリの広場にて待つ!逃げるなよ!」

反対に申し込んだ生徒、ギーシュ・ド・グラモンは怒りを込めて立ち去った。

セランの側には青い顔をしたメイドが振るえながら立っている。

「何やってんのよ!あんたは!」

ルイズがやってきて怒鳴る。

「ちょっと目を放した隙に!騒ぎを起こしてるのよ!」

「ああ、ルイズ。どうしましょう、失敗しました」

困ったことになったという顔でセランが言う。

「このタイミングで決闘を受けては今度は昼食まで取り損なってしまいます」

何と言うことだ、と額に手をやり嘆く。

「あんたのずれた心配はどうでもいいわよ!そもそも何でギーシュに決闘申し込まれてるのよ!」

「すいません!すいません!私のせいなんです!セランさんは私を助けようとして」

側にいたメイドのシエスタが泣きそうな声で説明しはじめた。

きっかけは何のことは無く、ギーシュが落とした香水の壜を給仕をしていたシエスタが拾い渡しただけだった。

しかしそれが同級生の女生徒から渡された物だとわかり、それを見ていた一年生に詰め寄られたのだ。

さらに香水を渡した女生徒にも詰め寄られ二股がばれたのだった。

結果ギーシュは頬を引っぱたかれワインを頭からかけられた。

「そこまでは実に楽しく拝見させていただいていたのですがその後がいけませんでした」

壜を拾ったシエスタに怒りの矛先がいったのだ。やり場の無い怒りの八つ当たりだったのだろうがシエスタにすればたまったものではない。

「そこで私が仲裁にはいりました。彼女を責めても意味がありません。確かに彼女の行動も軽率だったかもしれませんが貴方にも改善すべき点があるかと思いますと言いました。すると『ほう、それでこの僕のどこが悪いと言うんだい?』というものですから懇切丁寧に説明しました」

「どんな風に?」

「同時に付き合おうとした不誠実さはとりあえず置いておいて、まずその服の趣味が悪いと」

「…………」

言ったのか、お前。という顔になるルイズ。

みんな思っていたけどあえて言わず生暖かい目で見守っていたのに。

「あとセリフの言い回しがワンパターンですのでもう少し語意を豊富にすべきとか、その大仰な身振りも人によっては生理的嫌悪感をもよおすのではとか、そもそもそのバラがいただけないとか……そういったことを改善していけばいい、と色々と助言をしたつもりなのですが何故か怒り出しまして」

「そこで『何故か』って言えるあんたって実はすごいのかもしれないわね……」

「まぁとにかくそんな感じで決闘を申し込まれました。で、私としても断る理由もありませんでしたし。むしろいい機会かと」

「いい機会?」

「この世界の魔法を直接肌で味わいたいと思いまして。さっきのような授業もいいですがやはり実戦に勝る教師はありません」

不適に笑うセラン。

「あとちょっと聞いたのですが彼は土系統のようですね。それも都合がいい」

火、水、風。この三系統ならある程度予想はつくし、火や風を利用した戦いなら今まで散々してきたが、土を操る敵はいなかった。

これはセランにとっては非常に興味深い。

「他にも理由はありますが、まぁそんなところですね」

「で、でも勝てるかどうかもわからないのに。ケガでもしたらどうするのよ!」

ルイズが直接見たセランの魔法はメラやピオリムぐらいで、あれでは火のドットあたりと大差はない。

ギーシュは性格はあれだが、魔法の腕は悪くない。ドットの中ではかなり強い方と言える。

「は?」

セランは一瞬何を言われたかわからなかった。

そしてその意味に気づき大きくため息をつく。

「どうやらもう一つ決闘を受ける理由ができたようですね」

やれやれと思いながらセランは言う。

「こうも過小評価されていたのではたまったものではありません。あんなのに負けるかもしれないと思われているなんて、さすがに傷つきます」

近くの生徒にヴェストリの広場の場所を聞く。

「ちょっと!話はまだ終わってないわよ!」

「なに、ご主人様に恥をかかせるような真似はしませんから安心していてください」

「そんな事言ってるんじゃないわよ!話しを聞きなさいよ!バカ~~~!!」

背後でルイズが何か叫んでいるがそれに構わずセランは歩き出した。



[19370] 第五話 決闘
Name: 銀◆ec2f4512 ID:346f9894
Date: 2010/07/01 03:14
セランがヴェストリの広場につくと待っていたギーシュが声をあげる。

「諸君、決闘だ!」

周りの野次馬の生徒達が歓声をあげ、ギーシュはその歓声に手を振って応える。

その後セランに向き声をかける。

「よく来たじゃないか、平民くん。その勇気だけは褒めてあげよう」

いや実戦ならもう五、六回は倒せてますけどね。

セランはそう思ったが口にはしなかった。いや口にできなかった。

「何故パンを食べてるのかね?」

「……勿論空腹だからですよ。朝食をとりそこねてましたからね、これで昼食まで取りそびれるとなりますとつらいものがありますので」

食堂のギーシュの席から失敬してきたパンを飲み込むこんで答える。

「まぁ好きにしたまえ。負けた理由を空腹せいにされても困るのでね」

ふん、と鼻を鳴らすギーシュ。

それではお言葉に甘えまして、とパンを食べ続けるセラン。

周りのギャラリーになんとも言えない空気が流れる。

ようやく食べ終わってさあ始めようというその時

「ちょっと待って!」

周りの人ごみからルイズが出てきて二人の間に割って入る。

「おやルイズ、何か用かな?まさか決闘を止めに来たのかい?」

「今更止めないわよ。こいつに大事な話があるの、すぐすむわ!」

ギーシュは少しだけ考えるが「まぁいいだろう」と余裕の表情で言う。

「どうしました?ああ、心配しないでください。すぐに終わらせますので昼食をとる時間はあるかと。やはりパン一つではとても満足は……」

「大事な話よ!」

セランの話には耳を貸さず、周りに聞えないよう小さな声で話し出す。

「あんた杖もってる?」

「杖ですか?一応何個かありますが」

「なら早くその杖を出しなさい!メイジの使う系統魔法は全て杖を介して発動するの!そうしないと先住魔法……普通のメイジが使わない魔法と勘違いされかねないわ」

「そうなのですか?」

ルイズはセランの魔法を少ししか見てないが先住魔法とは、いや自分の知る限りハルケギニアのどの魔法とも違うということはわかっていた。

だが周りには先住魔法と誤解されるかもしれないし、余計な厄介ごとを招くかも知れない。

けれど杖を使って魔法を行えば系統魔法として誤魔化すこともできるだろう。

もっと早くに忠告すべきだったが、説明するタイミングを逃していた。セランが召喚されてからまだ丸一日とたっていないのもある。

「武器を使うつもりは無かったのですが……では杖を使いますか。魔法を使うかどうかはわかりませんけどね」

「何言ってんの!メイジ相手に魔法無しで勝てるわけないでしょ!油断してるとケガじゃすまないわよ!」

「油断?それは彼の方に言ってあげて下さい」

セランはギーシュの方を見て軽く笑った。



セランにとって魔法の師は実戦に他ならない。

魔法の基本は賢者の書から覚えたが後は全て実戦で学んだ。

そのおかげか上達は自分でも速かったと思う。なにせ命がかかっているのだから。

まだこの世界の魔法については詳しくない。

だからこそこの決闘からも学ぼうとしている。

未知の魔法、それは確かに脅威だがそれを使うのはあくまで人間。それも実戦経験など皆無であろう少年だ。

それに相手の手の内がわからない戦いなんて一ヶ月前まで日課も同然だった。

セランは戦いに決して油断はしない、だが余裕を持って決闘に望んでいる。

その余裕と自信は、確固たる経験と実力に裏打ちされているもので決して揺らぐものではなかった。



セランはふくろから杖を取り出す。その杖は理力の杖というもので、魔力を使い打撃にも使えるものでかなり長いものだ。

その様子に周りからどこから出したんだという声もあがるがセランは気にしなかった。

「杖だと?き、君はメイジなのか!?」

ギーシュがあわてて言う。

「さあ、それはどうでしょうか?私は魔法が使えるとも使えないとも言った覚えはありませんよ。それとももし私が魔法を使えるとしたら決闘は中止ということでしょうか?私はそれでも構いませんが」

「く……いいだろう!どうせゼロのルイズの使い魔だ!たいした魔法が使えるはずも無い!」

ギーシュがバラの花を振ると花びらが一枚舞い、それが地に落ちると同時に一体の女戦士の形をしたゴーレムが現れた。

背の高さはセランと変わりないくらいの金属製のゴーレムだ。

「なるほど、ゴーレムを作り出すことができる魔法。これが土系統の魔法ですか」

セランが感心したように声を出す。

「名乗りがまだだったね。僕は『青銅』のギーシュ。勝負だ!」

「名乗りですか……では私もこちらの礼儀に従いましょう。『賢者』のセラン。お相手いたしましょう」

杖を構えセランが名乗った。

「行け!ワルキューレ!」

ギーシュの掛け声と共にワルキューレがセランに向かって突進して、右の拳をセランの腹に打ち込む。

その攻撃をセランは完全な棒立ちでまともに受けた。

そしてそのまま派手に後方に殴り飛ばされた。



同じ頃、本塔の最上階にある学院長室ではコルベールがものすごい勢いで説明していた。

「なるほどのう」

この学院の学院長オールド・オスマンが重々しく頷いている。

ちなみにオールド・オスマンの背中や後頭部には秘書にセクハラをおこなった挙句、制裁を受けた靴跡があったが日常茶飯事なのでコルベールは気にしなかった。

「つまりその青年に現れたルーン、それが『ガンダールヴ』だというのかね?」

「そうです!」

コルベールは興奮気味に肯定した。

昨日召喚された青年の左手に現れたルーン。それが気になりコルベールは昨夜から図書室にこもりっきりで調べていたのだ。

そしてそのルーンが伝説の使い魔ガンダールヴだとわかると急いでオスマンに報告に来たのだ。

「しかしルーンが同じというだけで決め付けるのも早計じゃ。何か他にも証拠でもなければ」

「確かにそうですが、ではどのようにして確認をとりましょうか」

「そうじゃな……」

二人が考えていると、コンコンッっとドアがノックされた。

「誰じゃ?」

扉の向こうから、席を外していたミス・ロングビルの声が聞こえてくる。

「私です。オールド・オスマン」

「なんじゃ?」

「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。 止めに入った教師がいましたが、生徒たちに邪魔されて、止められないみたいです」

「まったく暇をもてあました貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるんだね?」

「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」

「あのグラモンとこのバカ息子か。親父も色の道では剛の者だったが血は争えんのう、息子も親父に似て女好きじゃ、おおかた女の子の取り合いじゃろう。それで相手は誰じゃ?」

「それが……、ミス・ヴァリエールの使い魔のようです」

オスマンとコルベールは顔を見合わせる。

「教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」

「アホか。たかが子供の喧嘩を止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」

「わかりました」

ロングビルの去っていく足音が聞える。

「オールド・オスマン」

コルベールが唾を飲み込んでオスマンを促す。

「うむ」

オスマンが杖を振ると壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。



殴り飛ばされたセランを見て周囲の生徒たちから「すごい吹き飛んだな」「死んだんじゃないのか?」といった声と共に歓声が上がる。

その野次馬の中には良く目立つ赤と青のコンビがいた。

「あらもう終わりかしら。もうちょっと持つかと思ったけど」

期待はずれね、とキュルケがつまらなそうに言う。

「違う……」

キュルケの隣にいた青い髪をした小柄な少女、タバサが呟く。

タバサは決闘になど興味は無かったがキュルケに引っ張られて来たのだ。

ここに来たときは何時もの様に本を読んでいたがいつの間にかやめていた。

「違うって?」

キュルケ質問には答えずタバサはじっとセランを見ていた。

セランが何故あんなに派手に飛んだのか。それが解っているのはおそらく生徒の中では唯一命をかけた実戦を経験しているタバサだけだった。



「セラン!」

ルイズがセランに駆け寄る。

「おや、初めて私の名前を呼んでくれましたね」

何事もなかったかのようにセランは立ち上がった。

「な、何とも無いの?」

「何がです?」

身体についた汚れをかるく払いながら何事も無かったように言う。

そしてワルキューレを見て頭を横に振りながら大きくため息をつき、

「この程度ですか」

期待はずれとでも言わんばかりの声だった。

ワルキューレの攻撃はセランから見れば単純な動きで、それもたいした速度ではなかった。

無論避けられたが威力の程が知りたくてあえてまともに受けたのだが、単に青銅のかたまりがぶつかってきた程度にしか感じられなかった。

「何落ち込んでんのよ?」

「いえちょっと……自己嫌悪と言いますか大人気ないと言いますか……まるでスライム相手に本気で警戒してしまったような敗北感がこみ上げてきまして」

攻撃を受ける直前にスカラをかけ防御力を上げ、更に攻撃を受けたとき威力を消すため背後に大きく跳んだ自分が馬鹿みたいに思えてきたのだ。

「特殊能力も無しで動きも単純な直線で攻撃もアタックのみ。速さ自体もたいしたことなくしかも非力……スライムとは言いすぎかもしれませんが一角ウサギ程度ですね」

そしてどうやらこれ以上の引き出しは無いようだ。

「終わらせますか……さ、ルイズはさがっててください」

この程の相手に魔法を使うまでもない。セランは理力の杖を握り締め攻撃にでた。

その時左手のルーンが光ったのには誰も気づかなかった。



その動きは誰も見切れなかった。

セランとワルキューレは十メイルは離れていたがその間合いを一瞬で詰める。

ギーシュはおろかはなれて見ていた生徒を含め誰も反応できない速さだった。

そして次の瞬間にはワルキューレは、はじかれたように吹き飛びそのまま離れた塔の壁まで飛んで行き、叩きつけられた。

もはや原型もとどめていないほどひしゃげたワルキューレが壁にめり込んでいる。

ギーシュも周りの生徒もあっけにとられている。

そして

「あれ?」

その結果に一番驚いていたのはセランだった。



おそろしく身体が軽かった。

手にした杖が腕の一部のごとくに馴染んだ。

身体の奥から力がみなぎって来た。

武器による戦いは以前はよくしていたが賢者になってからはかなり減った。それこそ魔力を節約しようという時にしかすることはなかった。

この理力の杖自体強力な武器というわけでもない。

このゴーレムに負けるつもりは無いが、おそらく一、二回殴れば破壊できるかな?という感じだったのだ。

だが結果は自分の予想を遥かに超えていた。

杖で殴ったとき仮にも金属なのだがその手ごたえはまるで飴細工でも殴ったようで重さも羽布団かのように軽く感じた。

そのまま何の抵抗も感じず杖を振りぬくと自分でも信じられないほどワルキューレは飛んでいったのだ。

「どういうことでしょう?」

まるでバイキルトとピオリムを同時にかけた様な感覚、いやそれ以上だ。

もしこれにさらに自分の補助魔法を重ねがけできるとしたら……

そこで考えを改める。今大事なのは何故こんな事が起こったのか、原因をつきとめることだ。

考える限り原因になりそうなものは……一つ思い当たり左手に刻まれたルーンを見る。

「やはりこれですか」

そのルーンは淡い光を放っていた。



「な、何をした!?」

自分のワルキューレを一瞬にしてスクラップにされたギーシュがセランに叫ぶ。

だがセランはギーシュに注意をはらっていない。

杖と自分の左手を見ながら何やら考え込んでいるようだ。

「ば、バカにして!」

決闘の最中に無視されるという屈辱をうけて激昂する。

バラを振るいワルキューレを六体作り出す。

そして一体を護衛に残し五体をセランに突撃させる。

「行け!ワルキューレ!」

「ベギラマ」

向かってくるワルキューレ五体に向かってセランはそちらを見ようともせず魔法を放った。

それはセランにとって条件反射の、ほぼ無意識といってもいい行動だった。

ベギラマは地面がえぐれるほどの強烈な高熱を放ち、ワルキューレは五体とも跡形も無く溶けた。

それまでざわついていた周りの生徒だが今度は押し黙ってしまった。

「あ、しまった……まぁ仕方ないですね」

あまり魔法は使いたくなかったのだが、武器攻撃はこの異常があるのではっきりとした理由がわかるまでは使いたくはない。

魔法の方は普段とまったく変わらなかったのでほっと胸をなでおろす。

「さて……降参するなら受け入れますよ?」

溶けたワルキューレを見て唖然としていたギーシュに向かって言う。

その言葉に我にかえったギーシュが震える声で応えた。

「こ、降参なんてするか!ぼ、僕は誇り高きグラモン家の一員だ!たとえ何があろうとも最後まで戦ってやる!」

残る一体のワルキューレをセランに向かわせる。

へえ、とセランはギーシュに対する評価を少し変える。やせ我慢にしろ何にしろプライドを貫き通すくらいの根性はあるようだ。

この心を折るのは少しばかり厄介だ。

「ならば砕きますか」

まぁ魔法が使えるのはばれてしまったし、こうなれば少し派手にいくのもいい。

「バシルーラ!」

ワルキューレに魔法をかける。対象を遥か遠く、戦闘圏外まで飛ばしてしまう魔法だ。

だがこれは威力を最小限とし、角度を真上と調節したものでワルキューレは真上に吹き飛んだ。

あっという間に見えなくなったワルキューレ、それにかまわずセランは周りにも良く聞えるように喋り始めた。

「さて、どうもここの皆さんは爆発魔法というものを軽視している節があります。主に戦闘という限定された使用法ですが、爆発魔法というのは非常に有効です。それを今から証明いたしましょう」

そして真上を指差す。

「さきほど飛ばしたゴーレムですが間もなく落ちてきますのでご注目ください」

やがて針の先ほどの大きさのワルキューレが見えてくる。

「それでは皆さん、耳をふさぐことをお勧めします!」

天に杖を掲げ、呪文を唱える。

「イオナズン!!」

イオ系最強魔法を解き放つ。

凄まじい爆音と閃光、上空で充分離れているはずなのに地上にも熱風と衝撃が伝わってくる。

周りの頑丈な石造りの建物もびりびりと振動で揺れている。

無論ワルキューレは微塵も存在しない、まともに当たれば城壁でさえ簡単に吹き飛ぶだろう爆発だった。

「このように純粋な破壊力としてみる分には非常に強力です。使いどころを間違わず自在に操れるようになればとても役に立つ魔法だということを是非認識してください」

冷静な声でセランは言うが周りの様子を見て眉をひそめる。

「ってあまり聞いてないようですね」

生徒たちの多くがあまりの爆発に目を回したり、地面にへたり込んだり、中には衝撃で気絶したものもいるようだった。

しょうがありませんね、と言いつつセランは目の前で腰を抜かしているギーシュに笑顔で話しかける。

「私の勝ちでよろしいでしょうか?」

セランの言葉にかくかくと首を縦に振る。完全に戦意を失ったようだった。

「はい、それでは勝者の権限として一つ言うことを聞いてもらいますがよろしいですか?」

これにも首を縦に振る。

「何、難しいことではありません。今回の件で傷つけた女性四人にお詫びをしてください」

「よ、四人?」

「はい。あなたが二股をかけたお二人とシエスタ、そして私の主人のルイズです。彼女は決してゼロなどではありませんので」

「わ、わかった」

「はい、ありがとうございます。それさえしていただければこの件でこれ以上どうこしようという事はありませんので」

そう言うとセランは立ち去ろうとしたが「あ、そうだ」と戻ってくる

「ま、まだ何か!?」

「いえ、私もお詫びしなければいけないことがありますので」

「お詫び?」

「先ほどあなたに対し言った事です。あなたにも譲れない矜持というものがあるでしょう。それを私のセンスで指摘し訂正しようなど思い上がったことであり侮辱ともいえる事でした。このとおりお詫びいたします」

セランは深々と頭を下げる。

「時としてそういったものは他の人から理解を得にくいかもしれません。ですがそれに負けず貴方のスタイルを、生き様を貫いてください!」

握り拳を作り勇気付けるかのようなセランの言葉にギーシュは力強く返事をした。

「は、はい!」

その返事ににっこりと笑うと

「良かった。それでは失礼しますね」

今度こそセランは立ち去った。

ギーシュはその後姿を見えなくなるまで見続けていた。



セランは歩きながら「良かった」と胸をなでおろしていた。

(もし万が一忠告に従って普通の格好や言動になられてもつまらないですからね。あんな見ていて面白いキャラクターを失うのは実に惜しいですし)

うんうんと一人頷いていた。




[19370] 第六話 呼び出し
Name: 銀◆ec2f4512 ID:346f9894
Date: 2010/07/14 04:33
「凄かったわね」

キュルケがさっきの決闘の様子を思い出しながら言う。

「あの炎、少なく見積もってもトライアングルの威力があったわ。そしてあの最後の爆発……」

爆発自体はルイズの失敗魔法で見慣れていたがあれは桁が違った。

その威力たるや破壊力だけというならスクエアでも出せるかどうか。

もし彼の言うとおりに自由に使いこなせたとしたら、そしてセランが使いこなせるというなら……

「ゾクゾクしちゃうかも」

新たな恋の予感にキュルケは微熱の二つ名に相応しい微笑をうかべた。



「凄い」

タバサは端的に、しかし彼女にしては珍しく驚きの感情がこもった声で感想を言った。

魔法も確かにすごかったがその前の杖による攻撃、離れて見ていたにもかかわらず見切る事が出来なかった。

もし自分が立ち会ったとした時、あのような攻撃をされて反応できたかどうか。

更には固定化がかかった壁にまでめり込むほどの威力、くらえばひとたまりも無い。

もし戦うことになったら絶対に正面から戦っては駄目だ。

奇襲、隙をつく戦い方しかないがしかないがあの男に油断はなさそうだ。

おそらく自分よりもはるかに実戦を潜り抜けているだろう。

「……セラン」

タバサは力を求めている。何者にも負けない力を。

そんな彼女がセランに興味を持つのは必然とも言えた。



「…………」

シエスタは決闘を見て絶句していた。

貴族に絡まれるのは運が悪かったと思って諦めるしかない。

どんなに理不尽であろうとも自分に逆らうことは出来ないのだ。

ひたすら謝り何とか怒りを沈めてもらうか、少しでも罰を軽くしてもらうしか無いのだ。

当然助けは無い。貴族は当然として平民の使用人仲間も見ているだけだが、それは仕方の無いことで反対の立場になったら自分だって同情しつつもただ見ているだけだったろう。

だが助けが来た。それも今朝会ったばかりで少し話をしただけの人物から。

そして変わりに貴族から決闘を申し込まれる事となった。

見るのも怖かったが自分のせいでこうなったのだ、勇気を振り絞り決闘を見ていた。

結果はまったくの予想外だった。同じ平民だと思っていたセランが自分でもわかる程のとてつもない魔法を使い圧勝したのだ。

しばらく呆然としていたのだが自分を見つけたセランがこちらに来たのだ。

「あ、あの……」

なんと言うべきか解らなかった。助けてくれたことを感謝すればいいのか、平民だと思っていたことを謝罪すべきなのか。

そんな戸惑うシエスタを知ってか知らずかセランはいつもとまったく変わらぬ調子で話しかけてきた。

「シエスタさん、今回は災難でしたね。まぁ彼も反省しているようですし今回は許してあげてくださいね」

まず自分を気遣ってくれた、その笑顔は朝見たときとまるで変わらなかった。

「あ、ありがとうございました!このご恩は一生忘れません!」

それで気が楽になったのか素直に礼を言うことが出来た。

「そんなに気にすることはありませんよ。朝は洗濯を手伝ってくれたじゃないですか、そのお返しみたいなものですよ」

「で、でも……」

「ああ、もしどうしても、と言うのでしたら今度また洗濯を手伝ってください。それで私としては充分ですので」

それでは、と何でもないことのように言い立ち去るセランをシエスタは熱っぽい目で見ていた。



「凄まじいのぉ」

「凄まじいですね」

オスマンとコルベールはそろってため息をつきながら同じ感想を言った。

学院長室から決闘の様子を見ていたがそれは想像をはるかに超えていた。

ゴーレムを杖の一撃で破壊し炎の魔法は一瞬でゴーレムを溶かす。そして爆発魔法、離れたところにあるこの学院長室にまで振動が伝わってきた。

「『ガンダールヴ』であるのは間違いないじゃろう。一撃でゴーレムを破壊したあの動きと破壊力、とても常人のものとは思えん」

「はい、それと彼の動きは明らかに実戦慣れしていました。おそらくは相当な戦いの経験をつんでいると思われます」

「うむ、そして気になるのはその後の魔法……あれは系統魔法ではない」

「で、では先住魔法ですか?」

「それとも違う。どうやらワシ達の知るどの魔法とも違うようじゃ」

「では……あの魔法も『ガンダールヴ』の力なのですか?」

「いやガンダールヴに魔法の力を与えるという伝承はなかったはず」

「……あの炎の魔法や爆発魔法は彼の元々の実力だと?」

オスマンは難しい顔をして考え込む。

「どうやら早急に話を聞く必要があるようじゃの」

丁度その時ノックがあった。ロングビルが決闘の報告に来たのだがオスマンはそれをさえぎる。

「ミス・ロングビル。ミス・ヴァリエールとその使い魔の両名に学院長室に来るように伝えてくれ、大至急じゃ」



「セラン~~~~~!!」

ルイズは大声でセランを呼び止めた。

決闘の後しばらく他の生徒と同じくその場で呆然としていたのだが、我に返ると急いでセランを追ってきたのだ

行き先はどうせ食堂だとわかっていたのですぐに見つけられた。

立ち止まったセランにルイズは興奮した様子で詰め寄った。

「何なの!あの魔法は?あの大爆発は!?」

「言ったじゃないですか。私の得意魔法は爆発魔法だと」

何を今更という感じでセランは答えた。

「それに私の実力の程は昨日から色々と話したかと思いますが」

「あんな与太話を信じろっていうほうが無茶よ!」

ドラゴンを数え切れないほど倒しただの大魔王を倒して世界を救っただの、誇大妄想か何かとしか思えなかった。

「心外ですね、さっきも言いましたが私はルイズに嘘はつきませんよ」

「……からかいはするのよね?」

「はい、ルイズをからかうのはこのハルケギニアに来て一番の娯楽ですからね」

しれっと笑顔で言うセランにルイズは蹴りをいれようとするが器用に避けられた。

「まぁ冗談はさておき、私も聞きたいことがあるのですが」

「な、何よ……聞きたいことって……」

息を切らしながらルイズは言う。

「このルーンのことなんですが、まあちょっと見てください」

セランはふくろから一本の剣を取り出す。鳥の形をした鍔を持つ細身の美しい剣だ。

「これははやぶさの剣といいます。軽くて連続で攻撃できる良い剣です。これをつかいまして……」

ポケットから金貨を取り出す。トリスティンでは見ない金貨だ。

セランはその金貨を指で弾き高く真上に飛ばす。

そして剣を構え上を見て、落ちてきた金貨に素早く剣を振るう。

澄んだ金属音が数回したかと思うと地面に落ちた金貨は綺麗に八等分にされていた。

「ふむ、どうやら剣でも作用するようですね。という事は武器全般に反応するのかな?」

剣を握り締めながら左手のルーンが光っているのを確認する。

「あ、あんた……剣も達人だったの?」

ルイズが驚愕の声を上げる。彼女に剣や武芸の知識は無い。だがこれがとてつもない技量を要する事はわかる。

「いえ、こんな事は以前の、正確にはハルケギニアに来る前の私には絶対に無理なことです」

「どういうこと?」

「先ほどの決闘でもそうでしたが杖や剣といった武器を握るとこのルーンが光ります。そして異様に身体が軽く、そして力強くなり武器に対する理解が深まるといいますか……まるで身体の一部かのように扱えるのです」

「じゃああの杖での一撃もそうなの?」

「ええ、元々武器は少しは使えましたけどあそこまでの威力はありませんし、こんな器用なこともできませんよ」

はやぶさの剣をしまうとルーンの光が消えるのを確かめながらセランは答えた。

「ルーンに特殊能力を与える力があるとはききましたがこういったこともあるのですか?」

ルイズは首を横に振る。

「確かにルーンには特殊能力を与える場合はあるけどこんなの聞いたことないわ」

どうやらルイズにとっても完全に予想外のようだ。

「ふむ、まぁそうでしょうね」

使い魔のほとんどが動物や幻獣だという。動物や幻獣が武器を使うことはないのでこの能力に意味はない。

「今まで人間の使い魔なんていなかったようですから、だからこんな能力がついたのでしょうかね?」

それともこの能力の為に人間が召喚されたのか……?

現状では判断材料が少なすぎる。もう少し調べる必要があるだろう。

「ところで決闘ですがどうでした?どんな感想をもちましたか?」

セランが急に話題を変えてルイズに訊いた。

「え?あ、その……す、凄かったわよ」

それはよかったとセランが言う。

「ルイズが爆発魔法に対する嫌悪感が少しでも薄れたのならそれでよし、ですよ」

「う……」

ルイズは心の中を見透かされた気がした。

忌むべき爆発魔法だが、あの時のセランは妙に様になっていたし、そして不覚にもほんの少しだが爆発魔法もいいかもと思ってしまったのだ。

「まぁこれでこの学院の皆さんも爆発魔法の印象が少しは変わったと思いますしこの際開き直って爆発魔法を極めてみませんか?」

「え?」

「今までは単なる迷惑な失敗魔法でしかなかったでしょうけど、これで畏怖すべき魔法という認識になったはずです。はっきり言ってこれはチャンスですよ?」

「何のチャンスよ!」

「私のお勧めの二つ名で『爆発』のルイズ、なんてどうでしょうか?」

「私は普通のメイジになりたいのよ!爆発魔法なんて大嫌いよ!!」

爆発に惹かれたのは一時の気の迷いだとルイズは自分を納得させた。

「残念ですね、ルイズには爆発の才能があります。ちゃんと訓練すれば自在に操れるようになるはずなのに……わがままもほどほどにしませんといけませんよ?」

やれやれという感じで言うセランにルイズは堪忍袋の緒がきれたようだ。

「な、に、が、わがままよ~~~!!」

蹴りだと避けられるので後ろから飛びつきセランの頭や首を締め上げる。

「ルイズ、親愛の証として抱きつかれというのは嬉しいのですが、そういった抱きつき方は少々はしたないかと思うのですが」

「うるさい!このバカ使い魔!少しは反省しなさい!」

このこの、とセランを締め上げているとき

「お取り込み中申し訳ありません、ミス・ヴァリエール」

突然背後から声がかかる。そこには学院長の秘書のロングビルがいた。

「あ、えっと、これは……」

とっさに自分の今の状況を説明しようと思ったがさすがにすぐには言葉が出ない。

そんなルイズにかまわずロングビルが用件を切り出す。

「お二人をオールド・オスマンがお呼びです。すぐに学院長室に来るようにとのことです」

その言葉にルイズは鉄の重石でも乗っけられたかのような気分になる。

この呼び出しは間違いなくさきほどの決闘に関することだろう。

考えてみればあれだけの騒ぎを起こしたのだ、どんな罰があるかわかったものではない。

セランは顎に手をやり首をかしげる。

「ちょっと派手にやりすぎましたかね?」

「ちょっとどころじゃないでしょうが~~~!!」

相変わらずとぼけた態度のセランに対し、締め上げる力を強めるルイズ。

「まぁいずれこういう呼び出しはあると思っていました。なら早い方がいいですし……ってちょ、ちょっとルイズ!?さ、さすがにそれ以上力を入れられるときついのですけど!痛っ!か、噛み付き!?」

ぎゃーぎゃー騒ぐ二人の様子を、何だこいつら?という目で見ているロングビルだった。



学院長室に妙に疲れた感じのするルイズとセランが来たのはそれからしばらくたってからだ。

部屋にはオスマンとコルベールがおり、案内したロングビルは退席し四人だけとなった。

オスマンが重々しく話し始める。

「さて、君たちを呼び出したのは……」

「申し訳ございません!二度とこんなことが無いようこいつにはよく言って聞かせますので!」

ルイズがオスマンの言葉をさえぎるように言う。

「その件なら幸いケガ人もいなかったようじゃし決闘も向こうから申し込んだものゆえ、今回は不問にする。ただ今後このようなことは無い様に」

「あ、ありがとうございます」

ルイズはほっと胸をなでおろした。

「じゃがここに呼んだのはそれだけではない……単刀直入に聞こう、君は何者かね?」

鋭い視線でセランに問いかける。

「名前はセランと言います。ここでの立場はルイズの使い魔でしてそれ以外の何者でもありません。」

「そのような意味で聞いているのではないとわかっておるじゃろ?」

「しかし私のことを話すとなりますと使い魔としての立場上ルイズの許可が必要となりますので」

「ふむ、それは道理じゃな。ミス・ヴァリエール、彼に質問をしてもよいかな?これは学院長として学院の事を把握しておかねばならぬ義務なのでな」

オスマンの言葉には有無を言わせない迫力があった。

仕方なくルイズはうなずくとセランはそれでは、と自分の事を語り始めた。

「私はこの世界の、ハルケギニアの人間ではありません。別の世界から来ました」

その後の内容は昨晩ルイズに話したのと変わらなかったが、魔王を倒した等は話さなかった。

「ハルケギニアとは違う世界ですか。にわかには信じらませんね」

コルベールが難しい顔でうなる。

「それは当然でしょう。しかし私は事実のみを語っておりますので信じてもらうしかありません」

「それではさっきの魔法はあなたの世界の魔法ということですか?」

「ええ、私の世界ではああいった攻撃魔法が発達しています。そのためかこちらの魔法のように汎用性はあまりありませんね。うらやましい限りですよ」

その分攻撃魔法は得意ということか……オスマンは口に出さず考えた。

「その世界では君のような魔法の使い手がたくさんいるのかね?」

「いえそんな事はありません。自分で言うのもなんですが、私より上の魔法使いというのはそうはいないでしょう」

「なるほどのう……」

「あとこれは言っておきたいのですが、私は現状にそれほど不満を感じてはいません。むしろ新しい世界ということで未知なものが多く、非常に好奇心が刺激されているくらいです」

そこで少し意地の悪いとも言える笑みを浮かべながら言う。

「ご心配されるのは当然でしょうが私とて無法者ではありませんし現在の立場はわきまえています。この学院の教職員や生徒達に危害を加えるつもりはありません。無論ルイズや私が身の危険に晒された場合は別ですけど」

こちらの意図は丸わかりだったようじゃな、とオスマンは苦笑した。

もしセランが敵意を持ってこの学院を攻撃をした場合、現状ではそれを止める手立ては無いとオスマンは判断している。

だからこそセランがどういった人物かを早急に見極める必要がありこうして呼び出したのだ。

「それは何よりじゃ。お互いのためにものう」

オスマンはセランの言葉を鵜呑みにするつもりはなかったが、それでもこうして話してみて、ある程度は信用出来ると判断した。

「ええ、そうですね。私としましても学院長が話のわかる方で安心しました」

見極めるつもりだったが、どうやらそれは相手も同じようだった。

そしてそれに自分はとりあえず合格しようだとわかるとオスマンはもう一度苦笑をした。

「私からも聞きたいことがあります。このルーンについてなのですが、どうもかなり特殊なもののようでしてその正体を知りたいのです」

「そうなんです、このルーンにはどうやら身体強化の効果があるようです。しかも武器を握ったときだけに。こんなのは聞いたこともありません」

ルイズもこのルーンの特殊性を説明する。

オスマンはしばらくルーンをじっと見ていたが

「……いや残念ながら解らんのう。コルベール君はどうかね?」

「は、はい。私にもとんと見覚えが……」

「……そうですか、わかりました。でははっきりとわかるまでこれは人目にさらすのは避けた方がよさそうですね。とりあえず包帯でも巻いておきましょう」

「それほど不安になる事もなかろう。ルーンが使い魔に害を及ぼすことは決して無い。とにかくこちらでも調べてみよう」

「お願いします」

セランは頭を下げた。

「さて、君の扱いだが正式に学院の客人として扱わせていただこう。たとえハルケギニアの魔法が使えなくとも君がメイジであるのは変わりないし、こちらの都合で呼び出したのも事実じゃ」

「それはありがとうございます」

「学院の施設も自由に使ってよいし何か問題があったら遠慮なく言ってくれたまえ」

そこで話は終わりということになり、ルイズとセランは退室する。

部屋を出掛かったセランにオスマンは思い出したかのようにたずねた。

「一つ聞きたいのじゃが君は元の世界に帰りたいと思わないのかね?」

これは当然の疑問だった。突然見も知らぬ場所に連れて来られて、二度と戻れないとなればもっと混乱してもおかしくないのだが。

「それがあまり思いません。自分でも意外ですけど」

「何故かね?」

「簡単に言いますとあの世界で私がすべき事はすべて終わった、というところでしょうね」

「ほう」

「まぁまったく未練が無い、という訳でも無いのでもし戻れるなら戻りたいですね。ただしこのハルケギニアに二度と来れない、というのでしたらそれこそ考えてしまいますけど」

では失礼しますとセランは部屋を出て行った。



二人が部屋を出るとオスマンとコルベールはそろって大きな安堵のため息をついた。

「とりあえずは一安心じゃのう」

「はい、どうやら彼は悪人というわけではなさそうですね、ほっとしました」

そこでコルベールは疑問に思っていたことを聞く。

「何故『ガンダールヴ』の事をお話にならなかったのですか?」

「確かに彼は悪人では無い、むしろ善人じゃろう。しかし理不尽な目にあっても笑って許す聖人でもあるまいし野心といったものがあるかどうかまではわからぬ。それに当人にその気がなくとも利用されかねん」

それだけ伝説の『ガンダールヴ』には影響力がある。

「なるほど……言われてみればその通りですね」

「まぁそれほど心配はないじゃろう。ちゃんと使い魔としてヴァリエールを立てているようじゃし理性的な人物でもあるようじゃ」

「こちらが礼を尽くし誠意を持って対応すれば、少なくとも敵対することはないでしょうね」

うむとオスマンは頷く。

「ルーンについてもそうじゃ。どうやら彼はワシ達が何か知っている事に気づいたはずじゃが、それをわかりつつこちらが話したくないというのを察して引いたようじゃしの」

あの様子では自分で調べてしまうかもしれんが、とオスマンは付け足す。

「ミス・ヴァリエールも実技はともかく座学はとても優秀です。おそらくは……」

「やれやれ、異世界のメイジに『ガンダールヴ』か……とにかくこの件はくれぐれも他言無用じゃぞ、よいな」

「はい」

コルベールも退出するとオスマンは深く椅子に腰掛け水ギセルをゆっくりと吸いはじめた。

吐き出した煙が漂うのを見ながら呟く。

「異世界か……するとあの時のあれは真実じゃったということか……」

オスマンの呟きは誰にも聞かれること無く、煙と一緒に虚空へと消えて言った。


――――――――――――
後書き
はやぶさの剣と金貨の元ネタわかる人いるかな?



[19370] 第七話 図書館
Name: 銀◆ec2f4512 ID:346f9894
Date: 2010/10/17 10:54
その日の夕食、アルヴィーズの食堂にてルイズは食欲がなさそうに目の前の料理をフォークでいじっていた。

昨日の召喚からのトラブル続きで疲労がたまったようでせっかくの好物のクックベリーパイも喉を通らないようだった。

まだセランと会ってから一日しか立ってないのだが、一年分くらいのトラブルが襲ってきたような気がしていた。

そのセランはというとルイズの隣に座り、実に美味しそうに食事をしている。

「いやここの料理は絶品ですね。素材もいいのでしょうがやはり料理人の腕でしょうかね?あ、マルトーさんという方ですか。是非一度お会いしたいですね」

隣に立って給仕をしているシエスタとにこやかに話している。話しかけられたシエスタも嬉しそうに返事をしていた。

これが今日の昼食までなら席について食事をしているセランに文句を言う生徒もいただろうが、学院側からセランは東方のメイジで客人として扱うという正式な紹介があったのだ。

周りからは訝しげな、そして昼の決闘を直接見たものは畏怖の混じった視線が遠巻きにセランに投げかけられている。

無論セランはそんな視線はまったく意に介していなかったが。

「……何であんたが付きっ切りで給仕してるのよ」

ルイズがシエスタに話しかける。ルイズの言葉のとおりシエスタは先ほどからセランに付きっ切りだった。

「学院長からご指示があったそうです。セラン様は東方からの大事なお客様でこちらに不慣れとの事ですので、面識のありました私が専属でお世話をして粗相の無いようにと」

笑顔で答えるシエスタ。その笑顔に恩返しや、ただの好意以上のものを何となく感じるとさらに面白くなさそうになるルイズだった。

そのセランはと言うとルイズから見て腹が立つくらい上機嫌で食事をしている。

結局昼もとりそびれ、この世界に来て初めてのまともな食事なのだから無理もないが。

「ふう……おやルイズ、そんな難しい顔をしてどうかしましたか?何か悩み事でもあるのでしたら私でよければ相談に乗りますよ?」

しばらくして落ち着いたのかようやくといった感じでセランがルイズに話しかける。

「そうね……あんたの言っていた爆発魔法の練習、今ならちょっとやってみてもいいかもと考えてたのよ」

「おやそれは実にいいことですよ。でもどういった心境の変化ですか?」

「たいしたこと無いわ。もし爆発魔法が自在に使えるなら、間違いなくセランにかけてるんだろうな……と思ってね」

ふふふ、と暗い声で笑うルイズの言葉にセランは、

「いやルイズも冗談が上手くなりましたね、はっはっは……え、冗談じゃない?本気?ああ、そうですか……」

ルイズのあやしい目の光に気づき、さすがに言葉尻が小さくなっていった。



食事が終わった後ルイズは一人自室に向かっていた。

セランは「ちょっと用がありますので先に部屋に戻っていてください」とだけ言いどこかへ行ってしまったのだ。

「主人を放っておくなんて使い魔の自覚が足りないのよ、まったく……」

ルイズがぶつぶつと文句を言いながら自室に戻ろうとしていると背後から声がかかる。

「ちょっといいかなルイズ」

振り向くとそこには妙に疲れた様子のギーシュがいた。

「何か用?」

あからさまに不機嫌という感じのルイズ返事だったがそれにひるまずギーシュは用件を切り出した。

「……君に謝罪したい。今までの君に対する暴言は貴族としてあるまじき事だった。許してほしい」

そう言うとギーシュは深々と頭を下げた。

「……わたしよりモンモランシー達に謝るのが先じゃない?」

「すでに謝ってきたよ。地面にこすり付けるぐらいに頭を下げたらようやく口をきいてもらえるくらいにはなったさ」

ふっと自嘲気味の笑みを漏らすギーシュ。疲れている原因はそれだったようだ。

「そう、わたしも別に怒ってないわ。この件はもういいわよ」

こうも素直に謝られては毒気も抜かれるというものだ。

ルイズの様子にほっと安心のため息をつくギーシュ。そしてあらためてルイズに尋ねた。

「ルイズ一つ聞きたいのだが、彼は……ミスタ・セランは何者なんだい?」

わたしが聞きたいわよ!とはさすがに言えなかった。

「なに?あいつの事調べて再戦でもしたいの?」

ルイズの言葉にギーシュはとんでもないと首を振る。

「少なくとも今の僕じゃ百回戦っても勝てやしないさ、それぐらいは解る……僕も多くのメイジに会ってきたけど彼のようなメイジは見たことが無い」

まるで物語の英雄でも語るかのように少し熱のこもった調子で言うギーシュを見てルイズの眉間にしわがよる。

どうやらギーシュにはあの決闘でセランに尊敬に近い感情が芽生えたようだった。

「……ロバ・アル・カリイエから来た異国のメイジ、そう説明があったとうりよ」

「そんな説明だけで納得なんてできない!彼には何か、言葉に出来ない何かを感じ……」

「本人に聞きなさい!」

更に何か言おうとしているギーシュにかまわずルイズは足音も荒く立ち去った。



部屋の前に戻ると今度はキュルケが待っていた。

「あ、ルイズ……はどうでもいいけど」

キュルケは周りを見てルイズに尋ねる。

「ねえ、使い魔の彼はどこにいるの?」

「何よ、あいつに何か用なの?」

「用といえば用ね、とても大切で重要な」

うふふふと妙に艶っぽさを感じさせる微笑をうかべるキュルケ。

ルイズはその笑いに不穏なものを感じあることに思い当たる。

「あ、あんたまさか!?」

「ふふふ、恋っていつも唐突でままならないものよね~」

キュルケは自分で自分を抱きしめハートマークを撒き散らしながら身体をくねらせる。

「あれはわたしの使い魔よ!」

「ルイズ、彼は使い魔の前に人間でメイジじゃない。恋愛まで束縛する権利は無いわ」

「たとえセランが何だろうとツェルプストーにあげるものなんて小石一つ無いわよ!」

「何言ってるの、貰うつもりなんて全然無いわ。奪うだけですもの」

不適な表情でキュルケが言う。

それからしばらくぐぬぬぬ、と歯軋りしてキュルケとにらみ合っていたがやがてふんと鼻を鳴らしドアを乱暴に閉めルイズは部屋に入った。



その頃セランは本塔にある図書館に来ていた。

すでにここにも知らせがあったのだろう、司書の若い女性もセランが入るのを見ても止めることはなかった。

「なかなか立派な図書館ですね」

セランの言葉のとうりそこは前の世界ではそうそうお目にかかれないぐらいの蔵書の量だった。

本棚などはまさに見上げるようなという言葉がぴったりな高さだ。

セランがここに来たのはある確認をするためだ。

近くの本棚から適当に一冊取り出し開き数ページめくりながら呟く。

「やはり……間違いないようですね」

何の問題なく読めることを確認する。

「さて、それではどうやって探しましょうか……うん?」

思っていたより遥かに多い蔵書量に目的の本をどうやって探そうかと考えていると背筋がぞくりとする視線に気がついた。

周りを見渡すと時間のせいか人気がほとんどなかったが一人だけいた女生徒がこちらを見ていた。

自分が異質なのは理解できている。学院というある意味閉鎖されている空間で自分のような存在が目立つのは仕方のないことだ

だがこちらを見ている彼女の目はそんな他の生徒のような興味本位や好奇心というものとは根本的に違う。

例えるなら狩人、あれは獲物にどれだけの価値があるか、そして自分に狩れるかどうかを見極めている目だ。

彼女は読んでいた本を閉じこちらに向かってきた。

「貴方は何者?」

その女生徒、タバサはセランの目を見据えたまま尋ねた。セランを見るその目は鋭いままだった。

今日この質問は二度目だな、と思いつつセランは返事をした。

「ルイズに召喚されこの地にやってきたロバ・アル・カリイエのメイジです。さきほどそのように紹介があったと思いますが」

「そういう意味で聞いてはいない」

「質問を質問で答えて申し訳ありませんが、もしあなたが初対面の相手から同じように質問された場合素直に答えることは出来ますか?」

セランの返答にタバサは黙る。

「……そうだ、あなたはこの図書館に詳しいですか?」

タバサは頷く。

「それでは交換条件というのはどうでしょう?先ほども言いました様に私はロバ・アル・カリイエから来ました。その為こちらの常識に慣れていません。日常生活における常識は自然と覚えていくでしょうから、知識的な常識が書かれているそんな本を探しに来たのですけど……」

周りのそびえ立つ本棚を見渡し軽く肩をすくめる。

「どうやって目的の本を探そうかと思案していたところです。そこで探すのを手伝っていただけませんか?そのお礼といっては何ですが、質問にお答えしましょう。ただ答えられない質問の方が多いはずです。それでいいというのであれば」

本来ならば自分に関する事は当たり障りのない返答をして誤魔化すのが最善とわかっていた。

だがセランは彼女が気になった。その物腰や雰囲気からも只者ではないと判断し興味がわいたのだ。

セランの提案にタバサは頷いた。

「ではお願いします。えっと……そういえばまだお名前を聞いてませんでしたね?」

「タバサ」

そう小さな声で答えるとタバサはレビテーションで奥へと飛んでいった。

しばらくすると両手に何冊もの本を抱えて戻ってくる。

「これが系統魔法の基礎、これがコモン魔法の基礎をわかりやすくまとめたもの。これがハルケギニアの歴史を簡単にまとめたもの、これが地理関係の本……」

次々と並べた本を説明していく。

「なるほど……解りやすそうな本ですね」

手に取り何ページかめくるがどれも入門書のようにわかりやすそうだった。これらを短時間で見つけてきたところから彼女は本当に図書館に詳しいのだろう。

「質問に答えて」

「ええ、いいですよ。ただ先ほども言いましたけど答えられるものに限りますが」

「あの魔法はなに?」

「ロバ・アル・カリイエの魔法、としか言いようがありませんね。私がこちらの系統魔法をまだ理解できていませんのでどのように違うかは説明ができませんが」

「魔法以外にも戦いに慣れているように見えた」

「ええ、戦闘自体に慣れています。私のいた所は結構物騒でしてね、街の外を歩けばすぐに人に害を為す魔物とでくわすような所でした。私はそれを専門に退治するようなことをしていましたのでそういった実戦経験は豊富です」

「……私もあなたのような強さを手に入れることが出来る?」

そう言ったタバサの目はこれ以上ないぐらい真剣だった。

「そうですね……強さの定義にもよりますが、おそらくあなたが求めているのはどんな敵でも一人で打ち倒す力、そんなところでしょうか?」

タバサは返事をしなかったがその沈黙は肯定と一緒だった。

「一つ助言をするとすれば一人で出来ることなんてたかが知れている、というところですね」

すこし遠い目をしてセランは語り始めた。

「私はついこの間まである目的の為に旅をしていました。その目的はとても困難で強大で……普通に考えればとても不可能な事でした。ですが私は達成できると確信していました。何故なら心から信頼できる仲間がいたからです」

魔王を倒し世界を救う、一人では達成はおろか初めの方で絶望するか命を落としていただろう。成し遂げることが出来たのは仲間に恵まれた事に他ならない。

「タバサさんの目的が何かは詮索するつもりはありません。ですがその目的が正しいものなら必ず手を貸してくれる人、味方してくれる人がいるはずです。そういった人達を頼るのは何ら恥じることではないですよ?」

そんな事はわかっていた。

自分の敵は国そのものと言っていいのだから一人では勝ち目などとても無いと言うことも。

そして、だからこそおいそれと他の人を巻き込むことなど出来ないということも……

押し黙りうつむいたタバサにセランは少しため息をつき話しかける。

「でも、まぁ確かに今言ったのは理想です。一人で何とかしなければいけないという状況が多いのも事実ですね」

セランは本を手に取りタバサにありがとうございましたと礼を言った。

「これを読み終えましたらまた本を借りに来るでしょう。よければまた本を探すのを手伝ってください。その時も質問の続きは受け付けますし私でよければ助言なり何なりいたしましょう」

では、とタバサに別れを言いセランは図書館を出て行った。



セランが部屋に戻ったとたんにどこ行ってたのよ!と、怒鳴りかけたルイズをまぁまぁとなだめる。

「すこし図書館によって本を借りてきたのですが……ちょっとした実験をしますのでつきあってください」

そういうとセランは机から紙と羽ペンを取り出し何やら文字を書き始めた。

「これが読めますか?」

紙に書かれたその文字はルイズにとってまったくの未知の文字だった。

「読めないわよ、そんな文字知らないわ」

「ではこれはどうでしょうか?」

セランは下にもう一つ文字を書きそれをルイズに見せる。

「『発育不良』……ってどういう意味よ!?」

「ああ、やはり読めますか。どうやら間違いなさそうですね。使い魔となった動物が喋れるようになる事もある、ということでしたので会話ができるのは使い魔の能力のようですが、文字の方は違います。私が以前から知っている言語ですね」

会話の方は口の動きと発音が微妙にずれていたのでなんらかの魔法によって訳されているのはわかっていた。

「上の文字は私の元いた世界で広く使われている文字で、下が古くから伝わる所謂古代文字です。私はこの文字で書かれた魔法書を読む都合上覚える必要がありましたので知っていましたけど、ほとんど伝わってない文字です」

「それがこっちの文字と同じだって言うの?」

「はい」

「……ちなみに上の文字は何て書いてあるの?」

「『幼児体型』です」

「何かその二つに悪意を感じるんだけど……偶然の訳ないわよね。どういうこと?」

「考えられることとしましては、それこそ何百年、何千年と昔に私と同じように召喚したかされたか人がいてその時に文字を伝えた……というところでしょうけどね」

ルイズには言わなかったがこの古代文字を授けたのは精霊ルビスと言われている。そしてこちらでは始祖ブリミルという人物が文字の基礎も作ったという。

(ルビスとブリミルは何か関係があるのでしょうか?そもそも私がアレフガルドから召喚されたということはハルケギニアと関連があるともいえますけど……)

そこまで考えて首を振る。

「ま、今考えても答えなんてでませんね。新たに覚える必要がなく運が良かった、と思うようにしておきましょう」

「相変わらず軽いわね……」

「前向きと言ってください」

セランは前向きに考える事にして、椅子に座ると本を読み始めた。

そしてそんなセランの様子をルイズはベッドに座りながら不機嫌そうに見ていた。

「どうかしたのですか?」

しばらくしてそんなルイズの視線に気づいた。

「何でもないわよ……」

言葉とは裏腹にどこかふてくされたような様子のルイズにセランは首をかしげる。

「……よくそんなにすぐに探せたわね」

図書館の蔵書量を知っているルイズには当然の疑問だった。

「ああ、親切な方に手伝っていただきました。タバサさんという生徒さんです」

「タバサ?」

ルイズは驚いた声をあげる。

確かタバサはガリアからの留学生でトライアングルの優秀なメイジだ。

だが他の生徒とはまったくと言っていいほど交流がなく、とことん無愛想でルイズも話したことがないし声すら聞いたことがない。

その彼女が本を探す手伝いなんて想像も出来ない。

「ええ、少し話しましたがいい子でしたね」

「……そう、それは良かったわね」

言葉とは裏腹にますます機嫌が悪くなったような様子のルイズにセランはやっぱり首をかしげた。



ルイズは自分が不機嫌な理由はわかっていた。

異世界云々は置いておくとしても、セランが強力なメイジで自分はおろかこの学院の講師陣なんかよりもはるかに上だという事はわかる。

そのセランが一応とはいえ使い魔として従っているのは運がいいとも言える。

だが問題も山積みだ。

色々とトラブルを起こすのはこちらに慣れてないからまだ仕方ないとしても、本来なら主人である自分をもっと敬うべきなのに、何と言うか余裕をもってからかわれているというのは問題だ。

周りに妙に人気があるのも問題だ。

良く言えば使い魔が優秀で褒めてくれているということだが、ルイズからしてみればセランが自分ではなく他の人を優先しているようで気に入らない。

そしてそれらに愛想よく対応しているセランにも問題がある。

特にキュルケのような奴がいる以上気をつけさせなければいけない。

ここは使い魔が最優先するのは主人であり、そして自分がその主人だと上下関係をはっきりとさせる必要がある。

かといって頭ごなしに言ってもまたあしらわれるに決まっている。

ここは一つ余裕をもって貴族らしく優雅に大人の態度で使い魔の教育をしよう。

ルイズはそこに座りなさい、とかつて自分が上の姉から説教されたときをイメージして威厳をもって話しかけようとしたその時、セランは何かに思いついたようにぽんと手を叩いた。

「ああ、なるほど、寂しいのですね?」

その瞬間ルイズの額にビキリと怒りマークが浮かぶのだがセランは気づかない。

「私にかまってもらえなくて拗ねているということですか。申し訳ありませんが、私としましても早めに色々と慣れてしまいたいのです。しばらく心細いかもしれませんが我慢してください、余裕が出来ましたらちゃんとルイズの相手をして……うお!?」

我がままを言う幼子をさとす様に言っていたセランの眼前で爆発が起こる。それを見事な反射神経でギリギリで避ける。

「あ、上手くいった」

杖をもったルイズが自分でも驚いたかのように言った。

「あんたの言っていたとうりたしかに爆発魔法と割り切ってつかえば……結構便利ね。例えば言うことを聞かない使い魔を教育する時には……」

どうやら優雅や大人という言葉は吹き飛び実力行使にでるようだった。

「この状況では嬉しいような嬉しくないような……」

杖を持ちじりじりと近づいてくるルイズに対し、こちらも少しずつ下がりながらセランは言う。

「あんたはわたしをないがしろにしすぎなのよ!使い魔は主人に付き従うものよ!?」

「いえ、まだ仮期間中というところですのでそこら辺は少し大目に見ていただいて……」

「うるさい!周りにちやほやされてるからって調子にのるんじゃないわよ~~!!ばか~~!!」

「それってどういう意味……うお、あぶなっ!?」

部屋中を走り回る音や時折爆発音が響くその騒ぎは、他の部屋から苦情がくるまで続いた。



――――――――――――
後書き
忙しくかなり間があいてしまいました。
続きもできるだけ早く書きたいと思います。




[19370] 第八話 買い物
Name: 銀◆ec2f4512 ID:829ef152
Date: 2011/04/01 19:52
「街に行きたいのですが」

召喚されてから十日も過ぎた頃、セランはルイズに提案した。

「街に?」

「ええ、ここから少し離れたところに王都があるのでしょう?一度行ってみたいと思いまして」

「そうね……明日は虚無の曜日だしわたしも買い物したいから丁度いいわね」

娯楽の少ない学院生活のなかで休日に街に出かけるのは学院の生徒にとって楽しみの一つだ。

「ありがとうございます。いやこの学院の生活も充実して申し分ないのですがそろそろ新しい変化が欲しいところでして」

実際この十日間は、セランにとって非常に充実した日々だった。

昼はルイズと共に授業を受け、夜は図書館から借りた本を読み、この世界の魔法の知識をどんどん吸収していた。

その合間にはルイズからの雑用も器用にこなしている。

また、他にも変わった点がある。セランの今の格好だ。

それまでの平民然とした服でなく、ローブを身にまといサークレットを頭につけた元の世界での賢者の格好になっていた。

その姿はまさに異国のメイジという印象を学院の皆に印象付けていた。

「でも一体何の用があるの?」

「貴金属店に行きたいと思いまして。なるべく大きいお店がいいのですが王都にはありますか?」

「勿論あるわよ。一番はやっぱりトルーネの店ね。王室御用達だもの。でも何買うつもり?言っておくけど小物でも百エキューはするわよ。それ以前にお金もってるの?」

「いえ反対です。色々と売りたいと思いまして」

「売る?」

「ええ、これから個人的にも色々と買いたいものも出てくるでしょうし。ルイズ、何をするにもお金というのはあったほうがいいのですよ」

言いながらセランは腰に下げたふくろから何やら取り出した。

「問題はこの宝石がどれくらいで換金できるかですけどね」

それは色とりどりの宝石だった。

そのいくつもの大粒の宝石は、公爵家の息女という事で幼い頃からこういったものにも見慣れているルイズでも上質なものにみえた。

「これ……こんなにどうしたの?」

「以前魔物を狩っているときに落としたものです」

「これを魔物が!?」

ルイズは驚きの声をあげる。

「はい、おどる宝石という名前で体内にいくつもの宝石を持っています。倒す際に大半は消えてしまうのですけど、時々このように宝石を落とします。他にはこの金塊ですね」

ごとりと言う音と共に置かれたのは子供の頭ほどもある金の塊だった。

「こ、これ金?」

「ええ、まじりっけなしの純金ですね」

こともなげにセランは言った。

「この金塊も宝石と同じでゴールドマンという全身が黄金の魔物がいまして、やはり倒すと大半が崩れ落ちてしまうのですがまれにこうやって核が残り、こういう金塊が手に入るのですよ。他には……この金貨ですね」

更に取り出されたのは鈍く光る金貨だ。トリスティンで使われている金貨よりやや小ぶりでデザインもシンプルだ。

「これってセランの前いたところの金貨?」

「ええ、両替はできないでしょうけど一応金貨ですし量はありますので金としての価値分だけでも引き取ってもらえれば」

そこの貨幣価値がどれくらいかは知らないけど、これが金貨なら金の価値だけでもかなりのものなるはずだ。

そしてそれがじゃらじゃらとテーブルの上に小山のように並べられていく。

セランは魔物を退治することが仕事のようなものと以前言っていたが、そこではこんなにも儲かる仕事なのだろうか。

「……あんたのいた所ってツェルプストーあたりが泣いて喜びそうな場所ね。それにしてもこんなにたくさん……」

テーブルの上に並べられたそれらは、まさに宝の山のようになっておりルイズが半ば呆れともいえる声を出す。

「以前旅の最中ちょっとお金が必要になりましてこういったお金になる狩りばかりしていた時がありまして。ふと気づいたら目標金額の何十倍と稼いでしまいましてね」

しみじみという感じでセランは言う。

「……仲間たちなんですがこれが三人とも全然物欲がない人たちでして。必然的に財布役を私がつとめることになったのですが……」

ふうとセランはため息をついた。

勇者は世界を平和にすることさえ出来れば満足だったし、武道家は自分の強さを高めること以外興味がなくとことんストイックだった。

最後の一人は比較的普通の金銭感覚だったのだが、段々色恋沙汰に目覚め最後には完全に恋する乙女になって他のことはどうでもよくなっていた。

遠い目をするセランを見てルイズはまた自分の知らないセランの一面を見た気がした。

「なんとかゴールドだけは四等分ということで納得させたんですが、必要無くなったり余った武器や防具、道具、更にはこういった戦利品まで全部私が引き取りましてね」

ふくろにしまいながらセランはやれやれという感じで言う。

「まぁこれらを売る以外にも武器屋にも行きたいですし、やはりこの国の王都というのは見ておきたいですから」

かくして王都トリスタニアへのお出かけが決まった。



「何でこの二人がいるのよ!」

翌日の虚無の曜日の朝、厩舎の前でルイズが声を張り上げる。

トリスタニアに向かうため馬を借りに来たのだがそこにはセランの他に先にキュルケとタバサが来ていたのだ。

「あらルイズ、奇遇ね」

しっかりと出かける準備をしているキュルケが笑顔でルイズに話しかける。

「何が奇遇よ!明らかに待ち伏せじゃない」

「まあまあ、ルイズ落ち着いてください。お二人も元々今日は王都出かけることにしていたようですのでせっかくだから一緒に行こうと誘われまして」

先に来ていたセランが何でもないかのように説明する。

「そうなのよ、以前から出かけようと思ってて、ただの偶然なんだから」

「あんた絶対わたしたちが出かけると知ってから決めたでしょう!」

ルイズが噛み付かんばかりに言う。

「お二人には色々とお世話になっていますし、取引がうまくいきましたらよろしければ本日のお昼は私が奢らせてもらいますよ」

そんなルイズには構わずセランはにこやかに話しかける。

奢る、という言葉にタバサは小さくガッツポーズをとっていた。

実際セランにとってキュルケとタバサはこの学院でルイズの次に親しいと言ってもいい。

タバサとは毎日のように図書館で会っては本を探す手伝いをしてもらっている。

キュルケにも毎日のように誘惑されていたが、事前にルイズがらさんざん釘をさされ、更にはヴァリエールとツェルプストーの長きにわたる因縁もこと細かく語られていたのでそれはうまくかわしていた。

その際他愛ない話のついでにこのハルケギニアの事を聞いたり、ゲルマニアやガリアといった国際情勢なども色々と聞きだしていたのだ。

しばらく押し問答を続けた後ルイズはしぶしぶ、本当にしぶしぶと同行を承諾する。

「ところで王都までですが……馬で行くのですか?」

セランが厩舎の馬を見て眉をひそめながら言う。

「当然でしょう、徒歩じゃ丸一日はかかるわよ……え?もしかしてあんた馬に乗れないの?」

セランの様子から察したルイズは驚きの声を上げた。

「ええまぁ、以前旅をしていたときはほとんど徒歩でしてたので今まで乗る機会がなくて……」

難しい顔で馬を見るセラン。

「へ~、そうなんだ。仕方ないわね、わたしが乗り方教えてあげてもいいわよ」

「妙に嬉しそうですね」

楽しげに言うルイズとは対照的に渋い顔をしているセランに助け舟をだしたのはタバサだった。

「……馬よりいいものがある」

タバサが口笛を吹くと空から一匹の風竜が舞い降りてきた。

「これはシルフィード、私の使い魔」

「いつ見ても立派ね。あなたのシルフィードは」

キュルケに褒められて嬉しいのかシルフィードがきゅいと鳴いた。

「乗っていけばすぐにつく」

そう言うとタバサが背に乗る。それを見てキュルケやルイズも乗り、少し戸惑ったがそれにセランも続いた。

全員が乗るとシルフィードは羽ばたき上空へと舞い上がる。そしてあっという間に二百メイルという高度まであがり王都へと飛んでいった。



「こうしているとラーミアに乗っていたときを思い出しますね」

シルフィードの背に乗り大空を飛びながらセランは懐かしむように言う。

初めはドラゴンの背に乗る事に抵抗はあったが慣れてしまえばどういうことはなかった。

「ラーミア?」

ルイズが聞き返す。

「前にいたところで同じようにに空を飛んで運んでもらっていた大きな鳥です。シルフィードよりも大きい鳥でしたね」

「ロック鳥みたいなものかしら?」

「一応伝説の不死鳥ということでしたけどね……」

「見えてきた」

タバサの言葉通り前方に王都トリスタニアが見えてきた。



「思ったより早く終わってよかったです」

セランがブルドンネ街の大通りを歩きながら少しほっとしたように言った。

早く終わったというのは先ほどまでいた貴族専用の高級店が並ぶ通りにあるトルーネの店での買い取りだ。

「それにしても凄い財宝だったわよね。結局いくらになったの?」

キュルケがさっきの店でセランのだしたお宝を思い出し目を輝かせる。

「はっきりとした額は詳しい鑑定をしてからだそうですがざっと五万エキューになるそうです。額が多いので後日取りに行くことになりますけど」

「五万……」

キュルケが悩ましいため息とともに呟いた。

大体百五十エキューあれば最低限一年は暮らせる額で単純計算で三百年以上は生活できる額だ。

そしてそれはあくまでセランの持っている財宝の一部だという。

「ねえセラン、あなたゲルマニアに来ない?それだけのお金があれば貴族になれるわよ?」

突然のキュルケの申し出にセランよりルイズが反応した。

「な、何言ってるのよ!貴族なんてそう簡単になれるわけないでしょう!」

「それはトリスティンでの話でしょう?ゲルマニアではお金さえあれば平民だって貴族になれるわ」

「これだからゲルマニアは野蛮なのよ」とルイズが憮然として言う。

「トリスティンの頭が固いだけよ。あ、勿論私が口利きしてあげるから領地もいいところがもらえるわよ。ねえ、トリスティンにいたんじゃルイズの使い魔で終わっちゃうわ。ゲルマニアで一旗あげない?」

キュルケの熱心な勧誘にセランは苦笑して答える。

「生憎、地位や名誉などにはあまり興味がありませんので。そのお心遣いだけありがたくうけとっておきます」

実際セランにそういった欲は無い。

その気があれば前の世界でいくらでも望めたろうがセランとその仲間たちは自由を選んだのだ。

「もうストイックなんだから!でもそこがまた魅力なんだけど」

「だからいちいち引っ付くんじゃないわよ!離れなさい!」

セランに抱きついたキュルケを引き剥がしにかかるルイズ。

「それにルイズの使い魔という立場も悪くありませんよ。先ほどの取引がスムーズにいったのはルイズがいてくれたおかげですし」

「わたしは何もしてないわよ?」

実際ルイズは何もしていない。

最初に案内した後、見積りをしてもらっている間は店内の装飾品を見て待っていただけだ。

「いえその紹介がなければこうして買い取ってもらえませんでしたよ」

前の世界では勇者一行として、世界を救うという目的のためアリアハンや各国の王が協力してくれ、それ故に色々と無茶なこともできたのだ。

しかしこの世界ではそういった支援がまったくないどころか基本的な保証すらない。

もしこれが何の紹介も無く、飛び込みで換金ということだったらよくて門前払いか下手をすれば盗品だと疑われる可能性もある。

「特に今は物騒なのが出ているようですからね」

「物騒?」

「ええ、何でも土くれのフーケとかいうメイジの盗賊のようです。かなり強い土メイジのようでそのゴーレムは魔法衛視隊も蹴散らすとか」

「ああ、そんな話も聞いたことがあったわね」

学院で噂を聞いたことがあるとキュルケが言った。

「……この後どうするの?」

それまで黙っていたタバサが口を挟んだ

「そうですね、後は武器をあつかう店に行きたいですね。そこでも売りたいものがありますしこちらの武器も見てみたいですから」

「そう……」

少し残念そうにタバサは返事をした。

彼女としてはそろそろ昼食にいきたいところだったのだろう。

「それが終わりましたら昼食にしましょう。さっきの買取でとりあえずの手付けとして千エキューほど手に入りましたし」

「その後はわたしの買い物に付き合うのよ。ちゃんと荷物もちを……ってセラン?」

ルイズが横を向くと話しかけていたはずのセランがいない。

後ろを振り返ると行商のおばさんに何やらにこやかに話しかけているセランの姿があった。

「ちょっと、またなの?」

ルイズが呆れと怒りのまざった声をあげる。

というのもセランはトリスタニアに入ってから何かにつけては道行く人に話しかけているのだ。

「新しい町についたら片っ端から話を聞いて回るというのは結構大事なんですよ。意外な情報が聞けたりするのですから」

笑顔で行商人と別れたセランが当然のことのように言った。

さっきの盗賊の話もこうやって道行く人から聞いたのだった。

「だからってそこらの通りすがりから重要な話が聞けるわけないでしょう」

「役に立つ話はどこに転がっているかわからないものです。ルイズ、情報は何よりも大切な武器になりますよ。まぁ確かに有益なものは十に一つもあればいいぐらいですけど……おや?」

セランが少し離れたところの路地裏を見ながら立ち止まる。

「どうしたの?」

「……あ、いえ、ちょっと見知った人がいたもので」

「あの商人の事?」

ルイズも見るがそこには旅の商人らしき人物が出発の準備をしているだけだった。

「いえ違います。学院で見たことのある人がいただけです。もう立ち去りましたが」

「なんだ」

それだけ聞くとルイズは興味を失った。虚無の曜日に学院の人間が王都に来るのは珍しくもなんともないことだ。

「あ、ここのようですね」

剣の形をした看板をみつけセラン達は中に入っていった。

(それにしても冷たい印象しか受けませんでしたがあんな顔で笑うことができたんですね)

確か学院長の秘書だったかなとセランは思い返していた。



「へい、らっしゃ……って貴族様方ですかい、こりゃおどろいた」

ぞろぞろと入ってきたルイズ達を見て武器屋の主人が目をまるくする。

「貴族の旦那様方、うちはまっとうな商売をしておりますよ。お上に目をつけられるようなことはこれっぽっちもありやせんよ」

「客よ」

ルイズがそっけなくこたえる。

キュルケとタバサは興味深げに店内の武器を見ている。二人もこういった店に入るのは初めてなのだろう。

「これを売りたいのですが、いくらになるかとりあえず見積もりをだしていただけますか?」

そういってセランがゴトリとカウンターにおかれたのは立派な剣、元の世界ではバスタードソードといわれる剣だった。

「ほう!こいつは……」

バスタードソードを見て主人は目の色を変えた。

それまではいかにして世間知らずの貴族からふんだくってやろうかという顔だったが、この剣を前にして武器商人の顔になった。

「こりゃ相当の業物ですね……なのに、これほどの一品なのに固定化の魔法もかかってない。いや逆に言えば腕のいいメイジに固定化をかけてもらえればもっと強力に……」

ぶつぶつと呟きながら手に取りじっくりと見ている。

しばらく見てふうと一つため息をつくと値を告げた。

「こいつなら新金貨で二千で買い取りますぜ」

新金貨の価値はエキュー金貨の三分の二で約千三百エキューというところだろう。

「ふむ……では代わりになるような武器を、この店で一番いい武器を見せていただけますか?」

「へい、少々お待ちください」

そういうと店主は店の奥の倉庫へといそいそと向かっていった。

「ねえ、ほんとにそれ売ってしまうの?」

ルイズが少し惜しむかのように言う。

その剣はルイズの目からみても立派なものなのでわざわざ売ることはないと思ったのだ。

「同じ剣が後二本ありますので。それにこれは私には少し重過ぎます、ルーンの力を使えば扱えないこともないのですが……」

セランは左手の甲を見る。そこには包帯が巻かれており今はルーンを見ることはできない。

「お待たせしやした。これがうちで一番の剣でさぁ」

奥から主人が持ってきたのは人の背ほどもある両手持ちの大剣で刀身は鏡のように磨き上げられており、ところどころ宝石も埋め込まれている立派な剣だった。

「どうですか?こいつは高名なシュペー卿が鍛えた業物で新金貨で三千はしますが、その剣と差し引きなら八百……いや五百でいいですよ」

どうやらバスタードソードが相当気に入ったようだ。

セランはその大剣を手に取りある魔法を使う。

「インパス」

これは通常ダンジョン内でみつけた宝箱が安全かどうかを確かめる魔法だが、品物にかけた場合鑑定もできる。

その結果はあまり芳しいものではなかった。

確かに見栄えはいい、だが肝心の攻撃力はバスタードソードの半分といったところだ。

その他にも特殊能力はなさそうだし強度も十分とは言えない。

「……駄目ですね、これは。とても使えません」

「ええ!?そ、そんなことは」

店主が慌てたように言う。

「この剣に価値がないといってるわけではありません。装飾を含めて金銭的な価値で言うならたしかにこの店一番でしょうけど私がもとめているのはあくまで実戦における強さですので」

これが店一番となるとこの世界の武器全体があまり期待はできないかも……と考えていると

「こいつはおでれーた、それをナマクラと見抜くたぁなかなかいい目してるじゃねーか」

突然、からかいとも感心ともつかない声がかかる。

セランがその声の方を振り向くとそこには誰もおらずただ乱雑に剣がつまれているだけだった。

「誰もいない?」

「どこに目をつけてやがる、ここだここ」

その声は剣の山の中、古びた一本の剣から聞こえてきた。

「それは……剣が喋っているのですか?」

「へ、へい。剣を喋らせるなんてどの魔術師がはじめたんだか……こら!デル公!失礼なことを言うんじゃねえ!」

せっかくの上客を逃してたまるかとばかりに主人が声を張り上げる。

「へえインテリジェンスソードね、それ」

キュルケが面白そうに言う。

「インテリジェンス……つまり意志を持った剣ですか」

セランがその剣を手に取る。

「インパス」

そして同じように鑑定の魔法をかけたがその結果は予想をはるかに超えていた。

剣からとてつもない力を感じる。それはまるで王者の剣、セランが知る限り前の世界での最高の剣と同じような反応だった。

そして強力な特殊能力もあるようだった。

「……こいつはも一つおでれーた、だ……おめえ『使い手』じゃねーか」

剣もまた同じように驚きの声をあげる。

「使い手?」

「ああ、おい俺を買え」

「ええそのつもりです」

セランもこの剣に興味がわいた。

ルーンの力を使わなくてもぎりぎりあつかえそうだ。

「ねえ、そんな錆びた剣本当に買うの?さっきの剣のほうがいいんじゃないの」

ルイズが不満そうな声を出す。見栄えを気にする貴族としては自分の使い魔が錆びた剣を持っているのはいただけないのだ。

「何事も見た目だけで判断してはいけませんよ」

「そういうことだ。見かけで判断するもんじゃないぜ貴族の娘っ子」

「……見かけだけでなく口も悪いわね、このボロ剣」

「ボロ剣言うんじゃねえ、俺の名はデルフリンガー様だ、覚えときな」

ルイズがなおも不満を言おうとしたがそれにかまわずセランは購入すべくデルフリンガーをカウンターへと運ぶ。

「この剣を買います……それと、あれは何です?」

セランが壁にかかっている銃を指差す。

「ご存知ないので?あれは銃ですよ」

「ああ、あれが……知ってはいましたが見るのは初めてですね」

セランはその銃を興味深げに見ていた。

前の世界には無い武器で、本で読んで知ってはいたが魔法や弓矢以外の飛び道具がどういうものか気になっていたのだ。

「ではあれも一つ買いましょう。お代はその剣を売った分から差し引いてください」

「へい!まいどありがとうございます!もしその剣がうるさいようでしたら鞘に収めれば静かになりますので」

主人は上機嫌で返事をした。

取引を終え店を出た後セランは三人に言った。

「さてこれで私の用はすみました。予想よりも高額で売れましたし最初に私の用に付き合っていただいたお礼にお約束どおりお昼は私が奢らせていただきます。その後の買い物も多少なら奢りますよ」

セランがにこやかに言うと喚声があがる。

この後セランは多少という言葉をもうちょっと強調しておけばよかったと後悔した。



日もだいぶ傾きもうすぐ夜といえる時間帯、買い物を終えた四人が街のはずれで待っていたシルフィードの元に集まっていた。

「それにしても皆さん容赦ありませんねぇ」

「あらこういったのは殿方の甲斐性でしょう?」

落ち込んだ様子のセランとは対照的にキュルケが満足げな声をあげる。

その背後には服やら装飾品やら化粧品といった本日の買い物の成果が山のようにつまれていた。

「まあ私が言い出したことですけどね……ここまでとは思いませんでしたけど」

セランが疲れたように言う。

男にとって女性の買い物に付き合うのは体力と精神力が削られる。出費と重なりだいぶ疲労したようだ。

「まったくよ。すこしは遠慮ってものを知りなさい。これだからゲルマニア人は……」

同じぐらい買い物をしたルイズが偉そうにキュルケに注意する。

「ルイズに言われたくは無いわね」

「わたしはいいのよ、使い魔の物は主人の物なんだから」

「じゃあ未来の妻である私も問題ないわね」

「何が妻よ!」

ルイズとキュルケの舌戦がまた始まる。

「どっちもどっち……」

タバサがいつものように本を読みながら呟く。ちなみに彼女の背後にも同じように買ったものがつまれていた。

タバサはここぞとばかりに日用品を買い込み、何より書店では店員も驚くほどの量の本を買い込んでいた。

結局昼食の分も含め手付けで受け取ったのと剣を売った分はほぼなくなっていた。

「まあ後でお二人には是非お願いしたいことがあります。今日のおごりはその前払いみたいなものと思ってください」

「お願い?」

「ええ、ちょっとした魔法の実験のようなものです。できればあまり他に知られたくないので口止め料も入ってると思ってください」

「実験くらいいくらでも付き合うけど……そろそろ帰らない?早くしないとシルフィードに乗って帰っても日が暮れちゃうわ」

キュルケがそろそろ地平線にさしかかりそうな太陽を見ながら言う。

「そうね、わたしも疲れたから早く帰って休みたいわ」

ルイズもこれには賛同する。

「そうですね……皆さん、実は学院に帰るのにいい魔法があるのですが」

「いい魔法?」

ルイズが聞き返す。

「はい。高速移動魔法でして短時間で長距離を移動できます。四人が定員でもう少し増やすこともできまが、シルフィードはさすがに無理ですね」

「問題ない、一人で帰ってこさせる。荷物を運ばせるのに丁度いい」

タバサの情け容赦ない言葉にシルフィードが抗議の泣き声をあげるが無視する。

「では集まってなるべく固まってください。言っておきますけど瞬間移動じゃなくて高速移動です。『少し』揺れますが……まあ気にしないでください」

その『少し』に不穏な響きを感じたルイズが問いただそうとしたが

「ではいきますよ……ルーラ!」

問答無用で魔法は発動され四人の姿は一瞬ではるか彼方へと飛んでいった。



超高速で景色が背後に流れていき落下しているような上昇しているような不安定な浮遊感が全身を襲う。

何かにすがろうにも手足は頼りなく空をかき回すだけだ。バランスを崩すとぐるぐると身体ごと回転してしまいそうにもなる。

そしてゴウゴウという不安をあおるかのような風の音が耳をついた。

久しぶりに使ったルーラは相変わらずの乗り心地だった。

後ろからルイズ達の「きゃぁぁぁぁ!!??」という叫び声が聞えてきているがそれは気にしないことにする。

三人からしてみれば何の事前知識もなくジェットコースターに乗せられ同時に無重力体験をさせられているようなものだった。

そしてまさにあっという間に四人は学院の門の前についた。

「ふむ、問題なく発動しましたね。これがルーラの魔法です。中々便利でしょう」

だがそのセランの言葉を三人は聞いてなかった。

タバサはなんとか立っているがほとんど杖にすがりついてだしキュルケは腰を抜かしたのか地面にへたり込んでいる。

ルイズなどは着地に失敗したのか地面に顔を突っ伏してスカートはめくれあがり下着が丸見えというかなりあられもない格好だ。

周りに人影がないのは幸いだったろう。

「た、確かに凄いわね……馬で三時間の距離がほとんど一瞬じゃない」

キュルケが呆然とした様子でつぶやく。

「ただ色々と制限もあります。飛べるのは一度行ったことのある場所で明確な目印がありイメージできるところだけです。具体的には街とか村、洞窟なんかですね。草原の真ん中や街道の途中などは無理です」

セランが三人の惨状にはあえてふれず淡々と説明する。

「人数も四人以上になると不安定になりますし馬など大きな生き物も難しいです。飛んでいる最中暴れるでしょうから危険ですしね」

これが前の旅で馬を使わなかった大きな理由だ。

「……乗り心地も最悪」

タバサが青い顔をして呟く。

「そこは慣れればどうということはありませんよ。これからも使う機会があると思いますので慣れて下さいね」

「慣れるかぁ!!」

いつの間にか復活したルイズがセランにくってかかる。

「何が少し揺れるよ!あれなら歩いたほうがましよ!」

「この感覚が楽しくて病み付きになるという人もいるんですよ?」

「こんなのが楽しいわけないでしょ!」

ルイズが制裁をくわえるべく詰め寄るが、セランはそれをひょいとそれをかわす。

「逃げるんじゃないわよ!今日という今日は使い魔のしつけをして……」

「あ、そろそろ夕飯の時間ですね食堂にいかないと」

「無視するなあ!」

そそくさと食堂に向かうセランを追いかけるルイズ。

やがて遠くからルイズの魔法らしき爆発音も聞えてくる。

「……何だかんだ言っても元気じゃないの」

キュルケは地面に座り込んだままあきれた様に言った。



――――――――――――
後書き

ルーラの設定として乗り心地がジェットコースター並みとしました。
慣れれば好きな人は好きかも。
またかなり間が開いてしまいしたが次こそは早く投稿できればと思います




[19370] 第九話 実験
Name: 銀◆ec2f4512 ID:f324dba0
Date: 2011/05/27 18:21
買い物から帰ってきた日の夜、セランは学院の側にある草原で剣を振るっていた。

以前使い魔召喚の儀式がおこなわれていた場所で周りが開けており多少大きな音を出したりしても大丈夫な場所だ。

近くに置いた魔法の照明で浮かぶセランの動きは、速く、鋭く、正確だった。

敵をイメージしその急所に容赦のない一撃を立て続けに繰り出すその姿はまさに歴戦の戦士にして達人というべき姿だった。

ひとしきり剣を振るった後、その剣デルフリンガーが話しかけてきた。

「やるな、相棒。いい動きだ」

「それはどうも」

かなり長い時間剣を振るっていたのだろう、額から流れる一筋の汗を拭いながら、満足気に答えた。

「お前さんの剣は明らかに実戦で鍛えられたものだな」

「ええ、正式に剣を習ったことはありませんが実戦経験は豊富です。それに良いお手本がいました」

セランが少し懐かしむかのように言う。

「以前四人で旅をしていたのですが、その内の二人がおそらく世界で一、二を争う剣の使い手でしたのでね。私はその二人の戦い方をこの目で見続けてきましたから」

それも何年もの間だ。その動きは脳裏に焼きついている。

「ほう、じゃあもう一人は?」

「格闘で並ぶものはいませんでしたね……それにしてもこのルーンの力は本当に大したものですね。自惚れるわけではありませんがあの三人に近い戦いぶりができるようです」

薄く光っている左手の甲のルーンを見ながら関心したように言う。

「元々多少は剣を使えたんだろう?それに上乗せされたんじゃねえか?」

「ふむ……それでこのルーンの事、何か思い出しましたか?」

「いんや、さっぱり」

きっぱりとデルフが言った。

「私のことを使い手と言ったではないですか」

「何か思わず口をついてでたんだよな。自分でも不思議だ」

「どこに口があるんですか……でも何かひっかかるものはあるのでしょう?」

「う~ん……確かに何かこう喉元まで出かかってるんだがなぁ」

「だからどこに喉があるんですか……まったく、せっかく買ったというのに役にたちませんね」

「そんな事言ったって覚えてねえものは仕方ねえだろ。何てったって何千年も昔の話なんだぜ?」

「人でも剣でも長く生きると物忘れがひどくなるのは一緒ですか」

「まあ大事なことならそのうち思い出すさ」

「大事なことならはじめから忘れないでほしいものですが……」

ぼやきながらデルフリンガーを鞘に収める。

「やはり自分で調べるしかありませんか。とりあえずルーンの力は大分使いこなせるようにはなってはきましたから今はそれでよしとしましょう」

その時学院の方から人影がこちらに向かってくるのに気づく。

「さて、次は魔法の実験ですね」



「何でまたこの二人がいるのよ……」

ルイズが朝と同じように不満そうな声を出す。

夕食の後セランにここに来るように言われたのだが、自分だけではなくそこにはキュルケとタバサがいたのだ。

「昼も言いましたがこれからとある魔法の実験を行いたいのです。それにお二人に協力してほしいと思いまして」

「そう……」

ルイズはなおも不服そうだったが一応黙った。

「さて、今回の実験ですが私の使う魔法と系統魔法を比べたいのです。本や授業でそれなりに理解できましたし様々な推測もできましたが、やはり実際自分で直接使って比較するのが一番です」

「系統魔法を……自分で使う?」

矛盾したことを言うセランにルイズは首をかしげる。

系統魔法を知らないから比べたいのに自ら使うというのはどういう意味だろう。

「これから私が使う魔法はかなり特殊な魔法です。昼間もお話したと思いますが決して他言しないでください。いいですね?」

セランの言葉に三人は頷いた。

「それではまずタバサさんから……」

セランはタバサの前に立ち、呪文を唱える。

「モシャス」

するとセランの姿が煙につつまれる。その煙はすぐに消えたがそこに現れた姿を見て三人は驚きの声をあげる。

「え?タ、タバサ!?」

そこに立っていたのは紛れもないタバサだった。

だがそのタバサの前には別の、最初からいたタバサがやはり驚きの表情で新たに現れた自分を見ている。

つまりタバサが二人になったことになる。

「ふむ成功しましたね。能力の方も問題なしと」

新たに現れたタバサが確かめるように腕を動かしたり軽く跳ねながら言う。

「も、もしかして……セラン……なの?」

ルイズがおそろそるといった感じで言う。

「ええ、そうですよ。これはモシャスという変身魔法で姿形や能力を完全に真似することができるんですよ」

そういってタバサの姿をしたセランはにっこりといつものように笑った。

その笑顔にルイズとキュルケはひどく違和感を覚えると同時に

((タバサって笑うとこんなに可愛いんだ……))

などと多少場違いな感想を漏らす。

当のタバサは面白くなさそうに自分の姿のセランを見ている。

「本当にそっくりね、全然見分けがつかないわ……すごい魔法ね」

水系統の魔法にフェイスチェンジという顔を変える魔法はあるがこれはそんなものではない。顔から体格、声、服装や手にした杖まで完全に同じなのだ。

「さてと、それでは系統魔法を使ってみますか」

タバサの姿をしたセランが杖を構えゆっくりと呪文を唱え始める。

「なるほど……魔力はこういう感じで……私の魔法とはやはり違いますね」

身体をめぐる魔力の流れを感じながら風の魔法を使ってみた。

さらにいくつかの魔法を使い感触を確かめたあとセランはモシャスを解いた。

「大体感触は掴めました。これが系統魔法ですか……」

「それにしても凄い魔法ね。完全に他人になりきれるなんて」

キュルケが改めて感心したように言う。

「ええ、ですので他言しないようお願いします」

セランが念を押す。

「そうよね……使いようによってはいくらでも悪さできるわね。ロバ・アル・カリイエじゃやっぱり禁呪扱いだったりするの?」

「悪用されないよう色々と対抗策がありますし、見破る方法もあります。そもそも使える者が限られていますのでこの魔法による犯罪はほとんどありません。しかし、この魔法がまったく知られていないこの地となりますと……」

「確かに広まると面倒」

タバサも同意する。

ここまで完璧に他人になれる魔法があれば悪用する方法などいくらでもあるだろう。

セランにその気がなくとも存在が知られるだけで色々と厄介ごとに巻き込まれかねない。

「さて、実際に系統魔法を使ってみてはっきりとわかったのですが、私の魔法と系統魔法はやはりかなり違いますね」

自分の使う魔法は契約により使えるようになり、多少向き不向きがあるだけで素質等はあまり関係ない。

だが系統魔法は生まれながらの素質がかなりの部分を占める。

特定の者しか使えない魔法というのは前の世界にもあり、代表的なのは勇者しか使えなかった雷撃の魔法だ。

特にギガデインの魔法は凄まじい威力をもっており何とか使えないかと色々試してみたものだが結局徒労に終わったものだ。

この世界の系統魔法はそれをつきつめることによってより便利にしたもののようだった。

そして実際に使ってみてわかったことがある。

「非常に残念ですが私に系統魔法の素質はほとんど無いようですね。例え杖の契約をしてもおそらく使えないでしょう」

大きくため息をつく。半ば予想していたこととは言えやはりショックだった。

「まあ嘆いていても仕方ありませんね。さて、もう一つ実験したいのですが……」

気を取り直し、セランが取り出したのは何の変哲もない木の棒で、先ほど厨房の裏に積んである薪の山から持ってきたものだ。

それを地面の上に立てる。

「今からキュルケさんにある魔法をかけます。特に害はありませんし効果もすぐに切れるものですがよろしいですか?」

「ええ、いいわよ」

キュルケが即答した。

「それでは……マホトーン」

キュルケに魔封じの魔法をかける。そして

「マホカンタ」

ぼんやりと光る半透明の壁が目標の前に現れる。

「それではキュルケさん、あの木を的に炎の魔法をぶつけてはいただけませんか?」

キュルケは首を傾げたがとりあえず言われたとおり杖を取り出し呪文を唱え始める。

すると目の前に小さな火の玉が現れる。

キュルケは一瞬眉をしかめたがそのまま呪文を唱え続け火の玉を大きくし目標めがけ解き放った。

「ファイアーボール!」

火の玉は真っ直ぐ進み、光の壁にぶつかると一瞬だけ止まったかのように見えたが、すぐに何事もなかったかのようにすり抜け目標にぶつかる。

木の棒はあっという間に燃え尽きた。

「マホトーン、マホカンタは効果なし……いや、ほんのわずかだが反応したかな?」

その様子を注意深く観察していたセランが呟く。

「キュルケさん、今魔法を使ったとき何か感じませんでしたか」

「そうね……言葉で説明するのは難しいけど確かに何か違和感みたいなのは感じたわ。でも気のせいだと思ったし、実際魔法は使えたわ」

「そうですか……キュルケさんにかけたのは魔法封じで魔法を使えなくするものであの光の壁は魔法を反射するものでした。そして二つとも間違いなく発動しています。しかし魔法を使え反射はしませんでした。これは私の魔法と系統魔法が多少似通うところはあるものの、ほとんど別物と言っていいようです」

そこで言葉を一旦切り、自分の魔法の立ち位置がこのハルケギニアにおいてどのようなものかを推測を混ぜて言う。

「……おそらくですが私の魔法は系統魔法よりこちらで言うところの先住魔法に近いのでしょう」

先住魔法と言われてルイズ達が固まる。

先住魔法は系統魔法が広まる以前からあった魔法で、現在扱うのはエルフや翼人といった人間以外の種族になり人間のメイジにはほとんど伝わっていない。

ただ総じて言えるのはその威力の大きさだ。ハルケギニアの人々はエルフとの長い戦争で先住魔法の恐ろしさを身をもって知っていた。

「正確には系統魔法と先住魔法の良いとこ取りですね。系統魔法の使いやすさと先住魔法の威力の高さ。この二つを併せ持つと言えます」

「それって反則じゃない……」

キュルケがあきれたような声をだす。

「その分汎用性があまり無く戦闘に特化されています。日常で使える魔法は少ないですからね、何事も万能という訳にはいきませんよ」

例えば土の系統魔法には農業に役立てることができるものや建築にも使えるものがある。

セランにしてみればそういった魔法のほうがはるかに魅力的なのだ。系統魔法が使えないのが返す返すも残念でならなかった。

「それに先ほどのマホトーンやマホカンタみたいにあちらの魔法用に調整されていたりするものは、こちらでは効果が弱いかまったく意味をなさないでしょう」

どの魔法がどのように作用するのか色々と試す必要がありますね、と付け加える。

例えばマホカンタは効かなかったが熱や冷気そのものを防ぐフバーハは効果があるのか?魔力を吸い取るマホトラはこの世界のメイジに効果があるのか?ロックの魔法にアバカムは?等々……

調べるべきことはいくらでもある。

そしてその為にはキュルケやタバサのような優秀なメイジの協力が不可欠だ。

「とにかく他にも色々と調べたいことがあります。協力お願いしますね」

改めてタバサとキュルケにお願いをする。

「構わない……だけど変わりにこちらからもお願いがある」

「お願いですか?」

「あなたの魔法……私も覚えることが出来る?」

タバサは真剣な目で尋ねた。

セランの魔法は戦い専用といっていい。だからこそ今のタバサには必要だった。

「あ、私も覚えたい。何か凄い魔法が多そうだし」

キュルケも同じように言う。彼女の場合は完全に興味本位でだが。

「残念ですが無理です。」

しかしセランは迷いなく答えた。

タバサ達は知らないが、ルイズも以前セランの魔法を覚えられないかと訊いたのだが同じように断られていた。

「私の魔法を使うには契約の儀式を行わねばなりません。こちらで言うところの杖の契約、それが一つの魔法ごとに必要なのです。契約自体にそれ専門の特殊な知識や経験が必須にもなります」

これを行えるのはダーマ神殿の神官だけだ。ハルケギニアでは契約は不可能だろう。

「それにもし契約が可能でもお勧めできません。使いこなすまでになるのが非常に大変で、一苦労どころではないのですよ」

「そんなに大変なの?」

「ええ、身体と精神に負担がかかるのである程度心身を鍛えなければ使いこなすことが出来ないのですよ。そしてそれには戦闘用魔法が多いという事もあるでしょうがやはり実戦で鍛えながらというのがもっとも効率が良いのです」

「ふ~ん……それで、セランは今くらいに使いこなす為にどれくらいその経験をつんだの?」

「そうですね……命がかかった戦いを一日に十回以上、それを毎日繰り返して数年続ければとりあえずの経験としては充分かと」

何でもないことのように言うセランに三人は愕然とする。

「何で……生きてるの、あんた?」

ルイズが眉をしかめ当然の疑問を口にする。

「それは勿論日ごろの行いがいいからですよ」

これまた何でもないことのように平然とセランは言った。

この世界では無茶どころか思いつきもしないような鍛え方。

それを可能にするある特殊な魔法の存在をセランはまだ明かしていない

「まあとにかく私の魔法はお勧めできません。皆さんは系統魔法を学び、伸ばすことが一番ですよ」

「結局それがいいみたいね」

キュルケが残念そうに言う。

タバサもまだ何か言いたそうだったがとりあえず納得したようだ。

「ただ魔法の応用やコツぐらいならお教えすることができますよ。基本は違えど応用の仕方は大差ないようですから」

「……教えてほしい」

「私も教えて」

「はい、構いませんよ。その代わり魔法の実験のお手伝いの方もお願いしますね」

「ええ、よろしくお願いするわ、先生」

からかうようにキュルケが言った。



ルイズはそんな三人の会話を相変わらず不機嫌そうに聞いていた。

自分はあの会話の中に入れない。入ることができないのだ。

三人の会話に入れないという疎外感が、まともに魔法が使えないというコンプレックスが刺激される。

本来なら主人である自分が誰よりも力になるべきことなのに自分はセランの力になれない。

自分の使い魔なのにどんどんセランが遠くになっていくように感じられる。

そしてそれを引き止める資格が自分には無い事もわかっていた。

時折笑いながらキュルケ達と楽しそうに会話しているセランを見て、それが理不尽なものだと自覚しながらも、モヤモヤとした暗い、形容しがたいモノが心の奥底に沈んでいく気がした。



ルイズが一息ついたセランに話しかける。

「……残念だったわね、系統魔法の素質が無くて」

いい気味だわ、と心の中で付け足す。そんな事を思ってしまう自分に自己嫌悪を感じながら。

「残念ですが仕方ありません。とにかくこの世界の魔法を早く理解しなければいけませんからね」

「焦ること無いじゃない。ゆっくり解っていけば」

「そうもいきませんよ。ルイズだって魔法が上手く使えない理由を早く解明したいでしょう?」

「え……?」

ルイズは一瞬セランが何を言っているのか解らなかった。

失敗魔法しか使えない理由。当然ながらルイズも自分で調べたものだ。

だがどう調べてもまったく解らなかった。教師陣もただただ首をひねるばかりだ。

「え、えっと……じゃあ早く覚えたいのは、その……わ、わたしの為?」

「当然じゃないですか。勿論それだけという訳ではありませんが一番の理由ですね」

何を今更という感じでセランは言った。

「系統魔法とは違う魔法を使う私なら、何かに気づけるかもしれませんからね。それにモシャスを使ったり私の魔法と比べながら、みたいに別方面から調べれば思いもつかなかった事がわかるかもしれません。以前言いましたが魔法使いにとって大事なのは柔軟な思考ですよ」

「で、でもわたしだって散々調べたのよ?そう簡単にわかるわけが……」

「ええ、ですけど使い魔の私がルイズに為に出来る事が、今のところはこれぐらいでしょうからね」

その言葉を聞くとルイズは自分の勘違いに気づいた。

セランは今自分が最も求めていることを最優先してくれている。

勝手に遠くに感じてふてくされていたが、この使い魔はすぐ側で主人の為に自分のやれることをやっていたのだ。

先ほどまで感じていた心の中の暗いモヤモヤが急速に消えうせ、何やら色々な意味で恥ずかしいものがこみ上げてくるのがわかった。

「まあそれなりには期待していてください」

ぽんとセランがルイズの頭に手を置く。

「しゅ、主人の頭を気安く触るんじゃないわよ!」

怒りとそれ以上の恥ずかしさから顔を真っ赤にした。

そしてそんな主人を使い魔はいつもの笑顔で見ていた。



「え、えっと、その……」

わたしの魔法の事で頑張ってくれてありがとう。そして変な嫉妬してごめんなさい。

と言いたかったが当然面と向かって言えるはずもなかった。

ましてや近くにキュルケ達もいるのだから。

「わ、わたしには変身しないの?わたしの魔法の事を調べるなら必要でしょう?」

結局口にでた言葉はそれだった。

「ああ、それならすでにしています」

「へ?」

「ルイズを使った人体実験ならルイズが寝ている間にさんざんやっていますのでご心配なく」

「か、勝手に変身したの!?」

「モシャスだけじゃありませんよ。寝ている相手に更にラリホーの魔法をかければ大抵の事では起きませんからね。意識があるときではとても協力していただけないようなことも……おっと」

いけないいけない、とわざとらしく口を押さえる。

「何やったのよ!あんたわぁ!!」

「ああ、それとルイズ。変身してわかったのですが一週間ぐらい前と比べておなか周りが出て体重が増えてきてますよ。最近夜食も多いようですし……若いからといって暴飲暴食していてはいけませんよ?」

「よ、余計なお世話よ!あ、あんたには関係ないでしょう!?」

最近ストレスからか自棄食いすることが増えた気がしていただけに、かなり心にきたようだ。

「そんな、ただでさえ起伏に乏しい体型なのですからこのままでは筒のような身体になってしまうのではと純粋に心配して……おお!?」

セランが眼前で起こった爆発を見事にかわす。

「逃げるな!使い魔と主人以前に女性への礼儀ってのを覚えなさい!!」

続けざまに放たれる爆発魔法を避けながらセランが関心したように言う。

「お、いい感じですね。爆発魔法の使い方がだいぶ上達してきましたよ。やはり魔法は理論より実践、そして積み重ねですね」

「全然嬉しくないわよ!」

セランの言葉通り十日前に比べ確実にキレのよくなった爆発魔法を次々と繰り出すルイズ。

これもほぼ日課となったセランとの追いかけっこによるたまものだろう。



(やれやれ、うまく誤魔化せたかな?)

ルイズにはあのように言ったが本当は違う。

ルイズに変身したのは本当だが失敗したのだ。正確には姿形は真似できたが魔法は一切使えなかったのだ。

(普通の系統魔法は真似できた。しかしルイズの魔法はできない……これはモシャスの、私の能力を超えるということか?)

これは初めてのことで、ルイズの魔法に俄然興味がわいたものだ。

(まあ段々見当はついてきているのですけどね……)

そもそも使い魔召喚の儀式とは己の属性を決めるためだという。

例えばキュルケはサラマンダーを召喚したから火の属性。タバサは風竜を召喚したので風の属性。モグラを召喚したギーシュは土の属性という具合だ。

では人間である自分を召喚したルイズの属性は何か?

火、水、土、風のどれにあてはまるとも思えない。

だとすると残るは一つだけだ。

もっと詳しく調べたいところだがすでに図書館の本は、タバサの手助けで非常に効率よく探せたので生徒が見れる範囲では大体調べつくしていた。

(後は教師達しか見れないというフェニアのライブラリーに期待ですかね)

ルイズの爆発魔法を器用に避けながらセランはそんな事を考えていた。


――――――――――――
後書き

マホカンタとマホトーンの制限をしました。
これがあるとハルケギニアのメイジとの差が大きすぎますので。


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