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[14347] ハルケギニアの舞台劇(外伝、設定集、ネタ)
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2010/02/22 18:09
 私の稚作、『ハルケギニアの舞台劇』の外伝や設定、もしくはネタ集も多くなったので、まとめて別置きすることにしました。
 なので、本編をご覧になってないと分からないようになってますので、時間があれば本編もどうぞ。
 長い作品になってますので、面倒かとは思います。
 
 1章・2章のURL 
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=zero&all=12372&n=0&count=1

 3章・最終章のURL
  http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=zero&all=10059&n=0&count=1

 
 前書きも同じように乗せます。

  以下の内容が受け付けないと言う方は遠慮したほうがいい内容となっています


 ・基本はゼロ魔世界でオリジナルキャラが主人公の「オリ主最凶もの」(誤字ではありません)です。

 ・オリジナルキャラクターが多く出てきます。また、オリジナルキャラクター視点の話もあります。
  
 ・原作のキャラクターの性格が大きく変わっている場合があります。

 ・一部原作キャラに厳しく当たっている表現があります。

 ・一部残酷、残虐、悪辣、非道な表現があります。

 ・独自設定、独自解釈が多いです。


 2/22 しばらく更新を停止します。それについては感想版で記述。



[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第一話 魔法の国(前書き追加)
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/02 20:37

 まえがき
 この外伝は、本編をテンポよく進めるためにはしょった部分をくわしく書いたものです。
 主観はサイトで、その他の『ルイズ隊』面子がそれに続き、マザリーニ、ウェールズ、ホーキンス、ボーウッド、ボアロー、カナンなどのアルビオン戦役で活躍する者達も多くなりそうです。ギャグ要素も多くなりそうですが、アルビオン戦役のあたりからは結構真面目になると思います。
 大変申し訳ありませんが、シエスタの役は『ハルケギニアの舞台劇』に比べれば多くなるとは思いますが、やっぱり少なめになると思います。というのも、男女関係などについては基本的に田中芳樹作品のノリを踏襲しているので、基本的に大人っぽいです。なので、純粋ラブコメ担当の彼女は弾かれてしまうのです。(私はけっしてシエスタが嫌いではありません。嫌いなのは教皇とジュリオです)

 これと同じ内容を、本編のあとがきの最後にも書いてます。なので重複してます。

=======================================

 時はブリミル歴6242年のフェオの月(4月)。


場所はトリステイン魔法学院。


 今ここで学院の2年生候補が進級試験として“春の使い魔召喚”の儀式を行っている。


「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。5つの力を司るペンタゴン。我に従いし使い魔を、ここに召喚せよ!」


 そしてある少年が召喚される。







第一話    魔法の国




■■■   side:才人   ■■■



「あんた誰?」


 気付くと草っぱらに横になってた。どうやら、仰向けに地面に転がっているらしい。手をつき、上半身を持ち上げて辺りを見回す。

 黒いマントを羽織り、自分を遠巻きから物珍しそうに見ている人間に囲まれていた。

 群生する足の群れを梳いて見れば、豊かな草原が広がっている……ようだ。

 遠くにはヨーロッパにありそうな、石造りの大きな城も見える。

 どこだろう、ここ。


「誰、って……、あ、俺か? 俺は平賀才人」

 俺はとりあえず答えるけど、状況がさっぱりわからん。

 ついでに少女の容貌を眺める。

 服装は、遠巻きにしてる連中と同じ黒のマント、その下には白いブラウスとグレーのブリーツスカートを着ている。ようだ。

 顔は……、可愛い。肌は透き通るように白く、鳶色の瞳がくりくりと躍っている。

 ガイジンさんか?

 ……いや、その割にはやけに日本語がお達者だけど。



「どこの平民?」

 へーみん?

 なんじゃそりゃ?

 この少女もそうだが、なぜみんな手に棒状の何かしらを持っているんだろう?


「ルイズ、"召喚サモン・サーヴァント"で平民を呼び出してどうするの?」


 「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」

 なんか目の前にいる女の子が怒鳴ってる。


「また間違いか、きみはいつもそれだな!」


「さすがはゼロのルイズだ!」


 ルイズ、こいつはルイズってのか?

 つーか、ここどこ? アメリカンスクールか?

 いや、多分違う。それっぽい建物が辺りにはない。 おまけに、ガイジンさんにしては日本語が異常に達者なヤツばかりだし。

 じゃあ、映画のセット?これ、なんかの撮影か?

 いや、それも多分ないよな。

 セットにしては、草がやけにしなやかだし、雲は気ままに流れている。ああ、爽やか。

 たぶん、ここは自然に屋外だ。

 でも、日本にこんなだだっ広いところなんかあったっけか? 新しく出来たテーマパークってわけでもないよな?

 そもそも、なんで俺は草原なんかに転がってたんだ?



「ミスタ・コルベール!」



ルイズっていうらしい女の子が叫ぶと、中年のおっさんが出てきた。


な、なんだ?中年コスプレおやじか?

 大きな木の杖を片手に持ち、フードつきの真っ黒なローブに身を包んでいる。

 なんだあの格好。まるで、魔法使いじゃないかよ。

 大丈夫かこのおっさん?


 ん? 魔法使い?

 そういや、あのわけわかんねえ鏡みたいの、厚みが無いくせに、なぜか中に入ることが出来た何か。

 種も仕掛けも無いはずなのに、宙に浮かんでたよな、アレ。

 ――アレって、魔法そのものじゃね?


 いやまさか、そんな馬鹿なことはねえよな、漫画の読み過ぎだぜ俺。





 って思いたいんだけど、なんか周りの感じからすると、ただならない予感がする。




「なんだね、ミス・ヴァリエール」


「あの! もう一回"召喚"させてください!」


「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」


「どうしてですか!」

「規則だからだよ。二年生に進級する際、きみたちは"使い魔"を召喚する。今やっている通りにだ。それによって現れた“使い魔”で、今後の属性を選別し、それにより専門課程へと進むことが出来るんだ。一度呼び出した"使い魔"は変更することは出来ない。何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好む好まざるにかかわらず、君は呼び出してしまった彼を"使い魔"にするしかない」


「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」


「これは伝統なんだ、ミス・ヴァリエール。例外は認められない。彼は……」


 なんかコスプレおっさんがこっちに指さしてきた。



「……彼はただの平民かもしれないが、呼び出された以上はきみの使い魔にならなければならない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、この召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先されるのだよ」


「そんな……」

 ルイズって奴ががっくりと肩を落とした。つうか、一体何の会話だ?


「さて、それでは儀式を続けなさい」


「……やっぱり彼とですか?」


「そうだ。出来るだけ急いでくれたまえ。次の授業が始まってしまうじゃないか。きみは召喚にどれだけ時間をかけたと思ってるんだね?何回も何回も失敗して、やっと呼び出せたんだ。いいから早く契約したまえ」


 なんだなんだ。いったい、何をされるんだ?


「ねえ」

 ルイズが、声をかけてきた。……わりと、不機嫌そうに。


「はい」


「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生無いんだから」

 キゾク。……貴族? アホか、この子? この平成の時代に、何が貴族だよ。ただのコスプレ新興宗教のクセしやがって。

 なんて若干現実逃避気味の考えを浮かべてたら。


「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。5つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」


 なんか、杖を俺の額にあててるし。 杖が離れたと思ったら、ゆっくりと顔が近づいてくる。


「な、なにを」


「いいからじっとしてなさい」

 怒ったような声でルイズが言い、さらに顔が近づく。

 ぐんぐん。

 ぐんぐんと。


「ちょ、ちょっと。あの、俺、そんな、心の準備が……」

 
「ああもう! じっとしてなさいって言ってるでしょう!」

 ルイズは才人の頭を左手でがしっと掴んだ。

「え?」



「ん……」





 な、なんだこれ! 契約ってキスのことなのか!?  柔らかい唇の感触が、俺の混乱をさらに加速していく。

 お、俺の、ファーストキスが!?

 こんなところで、こんなヘンなヤツに奪われるなんて! それも公然で!?  いやすげえ美少女なんだけどさ! だからいいってほどイカレてないぞ俺は! いやでもするならやっぱり美少女のほうがいいよな! 

 現在混乱中です、ハイ。


「終わりました」

 なんか、ルイズの顔が真っ赤になっているが。

 照れている、のかな?………って!


「照れるのは俺だ、お前じゃない! いきなり何しやがんだ!?」


 ホントにこいつらはいったい何なんだ?

 もうイヤだ。早く家に帰りたい。

 家に帰ってインターネットがしてえ。

 出会い系に登録したばかりなんだよな、はやくメールのチェックがしたいぜ。


「『サモン・サーヴァント』は随分と失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたようだね」

 中年おっさんはなぜか嬉しそうだし。


「相手がただの平民だから『契約』できたんだよ」


「そいつが高位の幻獣だったら、『契約』なんかできないって」




"フェンリルルルウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!! あんたは今から! 私の奴隷よ!!"

 ……………………………………………………何だ?

 何かルイズが自分の右手を溶かしながら、鬼のような形相で叫びつつ、とんでもない怪物と『契約』ってのをしてる光景が脳裏に浮かんだんだが……


 気のせいだよな?


「バカにしないで! わたしだってたまにはうまくいくわよ!」


「ほんとにたまによね。ゼロのルイズ」

 見てみると見事な縦ロールのブロンドを持った女の子が、ルイズをあざわらってた。

 すげえ、あんな髪ホントにいるんだ。


「ミスタ・コルベール!“洪水”のモンモランシーがわたしを侮辱しました!」


「誰が“洪水”ですって! わたしは“香水”よ!」


「あんた小さい頃、洪水みたいなおねしょしてたって話じゃない。“洪水”の方がお似合いよ!」


「よくも言ってくれたわね! ゼロのルイズ! ゼロのくせになによ!」


 “博識の魔女”、“香水の魔女”

 男を弄びながら妖艶に笑う二人が、なぜか脳裏に浮かんだ。


 …………………気のせいだよな?


「こらこら。貴族はお互いを尊重しあうものだ」

 中年魔法使いコスプレさんが、二人を宥める。

 いったい、こいつら、何を言ってやがんだ。『契約』? いったいそりゃなんなんだ?

 なんて思ってると。


「ぐあ――――!?」

 なんだ!? 左手が焼けるように熱い!


「あちい! 俺の体にいったい何しやがった!」


「すぐ終わるから待ってなさいよ。“使い魔のルーン”が刻まれてるだけよ」


「刻むな、そんなもん! 人権侵害だろそれ!」


「あのね?」


「なんだよ!」


「平民が、貴族にそんな口利いていいと思ってるの?」


「知るか! つうか誰だお前は!」

 って、あれ?

 いつの間にか、左手の熱さが消えている。


「……ありゃ?」

 思わず左手を目の前に持ち上げる、すると、その甲にはよくわからない、ミミズが腸捻転おこしてのたくったような模様が7つばかり並んでいた。


 文字なんだろうか、これは。

 というか、なんで手にこんなもんが?

 そんなことを考えながら模様を見つめていると、コルベールと呼ばれているローブの中年おっさんも近寄ってきて、手の甲の模様を確かめる。


「ふむ……、珍しいルーンだな」

 しばらく模様を眺めた中年魔法使いモドキはそう言った。

 ルーン。ルーンか。

 ルーンってなんだ?


「さてと、じゃあ皆。教室に戻るぞ」


 中年コスプレ魔法使いはきびすを返すと、何の前触れも無く宙に浮いた。



 ………………………………は?



 ……と、飛んだ? ……んな馬鹿な。



 他の生徒っぽい連中も、一斉に宙に浮いた。



 ワイヤー。無い。

 クレーン車。むろん無い。

 というか、周りはだだっ広い草原であるからして、そんなもんあったら丸分かりである。

 結論。……こいつら、マジで魔法使いか?



「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」


「あいつ『フライ』どころか『レビテーション』もまともにできないんだぜ」


「その平民、あんたの使い魔にお似合いよ!」

 口々にそう言い残し、笑いながら飛んでいく。


 そうして後には、ルイズと呼ばれてた奴と俺だけが残された。


「あんた、なんなのよ!」


「お前こそなんなんだ! ここはどこだ!? お前たちはなんなんだ!? なんで飛ぶ!? 俺にいったい何をした!?」

 聞きてえのはこっちだこの馬鹿!


「ったく。どこの田舎いなかから来たか知らないけど、説明してあげる」


「田舎ぁ? 田舎はここじゃねえか! 東京はこんなド田舎じゃねえぞ!」


「トーキョー?  なにそれ。どこの国?」

「日本」


「なにそれ。そんな国、聞いたことない」


「ざけんな!  んなわけあるか! ちゅうかなんであいつら空飛んでるんだ!?  お前も見ただろ!  なんで人間が空飛べるんだよ!?」

 ああもうわけがわからん!


「そりゃ飛ぶわよ。メイジが空飛ばないでどうすんのよ?」

 メイジ?

 なんかすっげぇ嫌な予感のする響きが……だめだ、それ以上考えるな。


「っていうか、ここはどこだよ?」


「トリステインよ! そしてここはかの高名なトリステイン魔法学院!」


「魔法学院?」

 さっきの嫌な予感が、途方も無く膨れ上がる。


「わたしは二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。今日からあんたのご主人様よ。覚えておきなさい!」

 なんかこう、如何にも魔法系の漫画とかでありそうなんだが。

 うん、ハリー・ポッターなんかがいい例だと思う。


「あの……、ルイズさんよ」


「なによ」


「ホントに、俺、『召喚』されたの?」

 頼むから夢であって欲しい。


「だからそう言ってるじゃない。何度も。口がすっぱくなるほど。もう、諦めなさい。わたしも諦めるから。……はぁ。なんでわたしの使い魔、こんな冴えない生き物なのかしら……。もっとカッコいいのがよかったのに。ドラゴンとか、グリフォンとか、マンティコアとか。せめて鷲とか。梟とか」


 ……ちょっと待て。


「なぁ。ドラゴンとか、グリフォンとかって……、どういうこと?」


「いや、それが使い魔だったらなぁ、って。そういうこと」


「そんなのホントにいるのかよ!」


「いるわよ。なんで?」


「うそだろ?」

 そろそろ、現実逃避したくなってきた。



「まあ、あんたは見たことないのかもしんないけど」

 もの凄い呆れられた声なんだが。


「マジでお前ら、魔法使い?」

「そうよ。ほら、分かったら肩に置いた手を離しなさい。ていうか離して! 本来なら、あんたなんか口が訊ける身分じゃないんだからね!」


 夢だ。これは、夢に違いない。

 というか、そうでも思わなきゃやってられねえ。

「ルイズ」

「呼び捨てにしないで」

「殴ってくれ」

「え?」

「思いっきり、俺の頭を殴ってくれ」

「なんで?」

「そろそろ夢から覚めたい。夢から覚めて、インターネットするんだ。今日の夕飯はハンバーグだ。今朝、母さんが言ってたから間違いない」


「いんたーねっと?」


「インターネットって言うのはだな………………いや、いい。お前は所詮、俺の夢の住人なんだから。気にしなくていい。とにかく俺を夢から覚めさせてくれ」


「なんだかよくわからないけど、殴ればいいのね?」

 ルイズは、拳を握り締めた。

 拳が、振り上げられる。

 ルイズの表情が少しずつ、険しいものへと変化していく。色々と思うところがあったらしい。


「……なんであんたはのこのこと召喚されたの?」


「知るか」


 「このヴァリエール家の三女が……。由緒正しい旧い家柄を誇る貴族の私が、なんであんたみたいなのを使い魔にしなくちゃいけないの?


 「知るか」


「……契約の方法が、キスなんて誰が決めたの?」


「知るか。いいから早くしろ。俺は悪夢は嫌いだ」


「悪夢? そりゃこっちのセリフよ!」



「ファーストキスだったんだからね!」

 そんなことを叫んでいたようだが、俺は気を失ったので聞いちゃいなかった。



















「それほんと?」



 ルイズの手には夜食のパンが握られている。

 俺達はテーブルを挟んだ椅子に腰掛けている。 ここは、ルイズの部屋。だいたい十二畳ほどの大きさである。気絶からさめた俺は、ここまでルイズに引きずってこられたのである。


「嘘ついて何になるんだよ」

 ったく、あんなん無視して家に帰ってればよかった。なんせ、ここは日本ではない。というか、地球ですらないらしい。

 魔法使いがいる。

 人が空を自由に飛びまわる。

 それだけならまだよかった。

 そんな国も、まだ俺が知らないだけであるのかもしれなかったから。 でも、例えそんな国があったとしても、月が二つもあるのは流石にいただけなかった。 でかいのはまだいい。そんなふうに見える場所も、地球のどこかにはあるだろう。

 そう思える程度のでかさだったから。

 だが、地球には月は一つしかなかったはずだ。自分が知らない内に、月は一つ増えたのか?

 違う。そんなはずはない。ならば、ここは地球ではありえない。



 もう夜もふけてしまった。

 今頃、両親は心配しているだろうなと思うと、悲しくなった。 窓に目を向けると、夜空のほかに先ほど才人が寝転がっていた草原が見えた。朱と蒼の月明かりに照らされ、不気味な色に揺れている。

 遠くの方には大きな山が見えた。右手には、鬱蒼うっそうとしげる森があった。日本で見かけるような森じゃない。あんな広大で平坦な常緑樹の森は日本にはねえだろ。

 俺は大きくため息をつく。

 ここに来るまでには、中世のお城みたいな学院の敷地を通ってきた。石で出来たアーチ状の門。同じく石造りの重厚な階段。 ルイズには、ここはトリステインの魔法学院だ、と説明された。

 魔法学院。素晴らしい!

 全寮制。あぁ、実に素晴らしい!

 そんな映画があったよなあ!

 でも、地球だったらもっとよかったなあ!

 ……地球じゃ、ないんだよなぁ。




「信じられないわ」


「俺だって信じられんが、月が二つもあるんじゃ信じるしかねえんだよ」


「それって、どういうこと?」


「俺の居たところは、魔法使いなんていない、つうかいたらやだ。月も一つしか無かったしな」


「そんな世界、どこにあるの?」


「だから俺がいたところだっての!」

 説明しても意味ねえだろこれじゃ!


「怒鳴らないでよ。平民の分際で」


「誰が平民だよ!」


「だって、あんたメイジじゃないんでしょ。だったら平民じゃないの」


「なんなんだよ、そのメイジとか平民とかいうのは?」


「もう、ほんとにあんた、この世界の人間なの?」


「だからさっきから違うって言ってるんですけど」


 テーブルの上には、幾何学模様のカバーがついたランプがおかれ、部屋を淡く揺れる光で照らしている。

 どうやら電気は通っていないらしい。

 まったく、手が込んでいるつくりだ、こんなん日本だったらかなり高いよな?

 ホントに、中世に迷い込んじまったみたいだよなぁ。


 っても、ずっとここにいるわけにはいかない。


「お願いだ。そろそろ、家に帰してくれないか?」


「無理」

 即答された。


「……どうして?」


「だって、あんたはわたしの使い魔として、契約しちゃったのよ。あんたがどこの田舎モノだろうが、別の世界とやらから来た人間だろうが、一回使い魔として契約したからには、もう動かせない」


「ふざけんな!」

 さっきのは悪魔の契約書かおい!


「わたしだってイヤよ! なんであんたみたいなのが使い魔なのよ!」


「だったら帰してくれよ! 今すぐ!」

 何でこんなことになんだよ!


「ほんとに、別の世界から来たっていうの?」


「ああ!」


「なんか証拠を見せてよ」

 証拠になりそうなもの。うーん…………あれかな?

 俺は鞄からノートパソコンを取り出す。




「なにこれ」


「ノートパソコン」

 目を覚ましたあと草原で見つけたんだよな、つうか、修理したばっかだってのに。銀塗りのプラスチック製の外殻にも、内にたたまれていた液晶にも、新しい汚れや傷はないようだからとりあえず一安心。

………いや、パソコンよりも俺のほうがよっぽどやべえって。


「確かに、見たことがないわね。なんのマジックアイテム?」


「魔法じゃねえ。科学だ」

 とりあえずスイッチを入れる。


「うわぁ……。なにこれ?」


「起動画面」


「綺麗ね……。何の系統の魔法で動いてるの。風? 水?」


「だから魔法じゃねえっつうに。科学だ、科学。電気だよ」

 なんか、異星人と会話してる気分になってきた。


「デンキって、何系統? 四系統とは違うの?」


「あぁもう! とにかく魔法じゃねえ!」

 このままじゃらちがあかねえ。


「ふーん。でも、これだけじゃわかんないわよ」


「なんで? こういうの、こっちの世界にあるのか?」

 ルイズは唇を尖らせた。


「ないけど……」


「だったら信じろよ! わからずや!」

 なんなんじゃこいつは!


「わかったわよ! 信じるわ!」

「ほんと?」

もの凄い疑わしいんだが。


「だってそう言わないと、あんたしつこいんだもん!」

 やっぱり信じてねえな、こいつ。


「まあ、何にせよ、わかってくれればいいか。じゃあ、帰して?」


「無理よ」


「なんで!?」

 ルイズは困った顔になった。


「だって、あんたの世界と、こっちの世界を繋ぐ魔法なんてないもの」

 ………………………………は?


「じゃあ、なんで俺はこんな所にいるんだよ!」


「そんなの知らないわよ!」

 俺達は睨み合う。


「あのね。ほんとのほんとに、そんな魔法はないのよ。大体、別の世界なんて聞いたことがないもの」

「召喚し
といて、そりゃないだろ!?」

 詐欺か? 詐欺なのか!?


「召喚の魔法、つまり『召喚サモン・サーヴァント』は、ハルケギニアの生き物を呼び出すのよ。普通は動物や幻獣なんだけどね。人間が召喚されるなんて初めて見たわ」


「召喚したのはお前じゃねえか。……だったら、もう一度、その召喚の魔法をおれにかけろ」


「どうして?」


「元居たところに戻れるかもしれない」


「――無理よ。『召喚サモン・サーヴァント』は呼び出すだけ。あんた、呼び出される前になんか見なかった?」

 ああ、あの変なの。


「鏡みたいな何かが目の前に出たけど……」


「あれはこっちに呼び出すだけで、使い魔を元の場所に戻すことは出来ないわ」


「いいからやってみろよ」


「不可能、今は唱えることすら出来ないもの」


「どうして!」


「……………『サモン・サーヴァント』の発動条件はね」


「うん」



「詠唱するメイジに、使い魔が居ないことが条件なの。たとえば、前の使い魔が死んじゃったー、とかね」



「………………なんですと?」

 才人はフリーズした。


「死んでみる?」


「いえ、結構デス……」


 これ、いくらなんでも酷過ぎねえ? 確かに不用意にくぐった俺も悪いのかもしんねえけど、奴隷かっての。

 奴隷っていえば、この左手の刺青みたいのは………

「ああ、
それね」

「うん」

「わたしの使い魔ですっていう、印みたいなものよ」


 つまり、俺はもう買われた奴隷なのね。




 しばし沈黙。



「……しかたない。しばらくはお前の使い魔になってやるよ」

 それしかねえし。


「なによそれ」

「なんだよ。文句あんのか?」

「口の利き方がなってないわ。『なんなりとお申しつけください、ご主人様』でしょ?」

 こいつ、いい性格してやがるな。



 “博識よりゃましだ”


……………………………………何だ、幻聴か?


「でもよー、使い魔って何すりゃいいんだ?」

 ハリー・ポッターのヘドウィグとかが頭に浮かぶ。ってことは、手紙を届けりゃいいのか?


「まず、使い魔には主人の目となり、耳となる能力が与えられるはずよ」


「どういうこと?」


「使い魔が見たり聞いたりしたものは、主人にも見えたり聞こえたりすることが出来るのよ」


「つまり、プライバシー皆無ってこと?」


「大丈夫よ、あんたじゃ無理みたいだから。わたし、何にも見えないし聞こえないわよ?」


「そうか、そりゃよかった」


「よくない!……まあ、人間がこんな能力持ってても使い道ってそうそうないわね。次」

 もしそんなんだったら最悪だ。


「普通の使い魔は、主人の望むものを見つけてくるのよ。秘薬とかね」


「秘薬って?」


「特定の魔法を使う時に必要な触媒のことよ。火の秘薬の硫黄とか、特殊なコケとか……」


「へぇ」

 いかにも魔法使いっぽいな、スネイプ先生の研究室とかにありそうだ。


「これもあんたには関係なさそうね。秘薬の存在すら知らないんじゃどうしようもないし」


「まぁ、無理だな」

 “薬草学”とか“魔法薬学”とか習ってねえし。


「次」

 ルイズは苛立たしげに言葉を続けた。



「これが一番重要なんだけど……、使い魔は、主人を守る存在でもあるのよ。その能力で、主人を敵から守るのが役目!……って、これもあんたじゃ無理よね?」


「人間だもん……」

 剣道とか柔道とか習っていればまだどうにかなるかもしれなかったけど、俺はあいにくただの高校生。

 町のゴロツキ相手の盾くらいならともかく、ドラゴンの相手とか無理。


「……強い幻獣だったら並大抵の敵には負けないけど、あんたじゃカラスにも負けそうだもんねぇ」


「うっせ」

 流石にカラスには負けねえよ。

 …………そもそも、カラスと戦うことがあんのか?


「だから、あんたにできそうなことをやらせてあげる。洗濯、掃除。その他雑用」


「ざけんな。見てろよ、そのうち絶対帰る方法を見つけてやるからな!」


「はいはい、そうしてくれるとありがたいわ。あんたが別の世界とやらに消えてくれれば、わたしも次の使い魔を召喚できるもの」


「んにゃろ……」

 この世界にリンカーンはいないのか?


 「はぁ。しゃべったら、眠くなっちゃったわね」

 ルイズは手を口に当て、小さくあくびをした。


「俺はどこで寝たらいいんだ?」

 ルイズは、床を指差した。


「……犬や猫じゃないんだけど」


「しょうがないじゃない。ベッドは一つしかないのよ」

 まあ毛布を一枚投げてよこしてくれるだけ、マシといったところか。 まあ、学校の床だけあって汚なくはないし。



 ため息をついてそれを広げていると、いきなりルイズがとんでもない行動に出た。

 ルイズのほうに目をやったら、ルイズがブラウスのボタンを尽く外して脱ぎ去ろうとしていた瞬間だった。


「な、な、なな、なにやってんだ!?」


「なにって、寝るから着替えてるのよ」


「俺のいないところで着替えろよ!」


「なんで?」


「なんでって、おま、あのな。まずいだろ! 流石に!」


「わたしは別にまずくないわよ」

 ぱさり、ぱさりと何かが飛んできた。


「あ、それ明日になったら洗濯しといて」


「おい! ちょっと待たんかいこら! 俺は男なんだけど!」


「男? 誰が? 別に使い魔に見られたって、何とも思わないわ」


 「はあ!? ざけてんのかこら!」


 「何その口の利き方? 誰があんたを養うと思ってんの? 誰があんたのご飯を用意すると思ってんの? ここ、誰の部屋?」


 「う、うぐぐ……」

 衣・食・住を握られては逆らえない。うわー、奴隷って悲しいね。


 「あんたは私の使い魔でしょ? 掃除、洗濯、雑用、当然じゃないの」


 「キシャー!」

 とりあえず奇声を上げる俺。


 「うっさい、騒ぐなら出てけ」


 「ああ、言われるまでもねえ!」


 とりあえず部屋から飛び出した。しかし、ルイズから止められることはなかった。この野郎、どうせすぐに帰ってくるとか思ってるんだろうな。


 ………………………いや、それしかねえんだけどさ。







■■■   side:シャルロット   ■■■


 私は“白雪姫”を読みながら廊下を歩いていた。


 私が春の使い魔召喚で召喚したのは風韻竜だった。これまでは移動用にワイバーンを借りてたけど、これからはその必要はなくなる。


 まだ名前は付けてないけど、とりあえず今は無暗にしゃべらないことだけ注意しておいた。

 あまり人間社会に関する知識はなさそうだったから、その辺は私が説明するよりもハインツの使い魔、“無色の竜”のランドローバルに任せた方がいいはず。

 彼は人間の言葉こそ喋れないけど、人間の言葉を理解してるし、10年近くハインツの使い魔をやってるだけあって人間社会の知識が豊富。

 多分、平民以上に貴族の陰謀とかにも詳しいと思う。


 それで、ハインツが以前作った北花壇騎士団の暗号“ニホンゴ”の教材として作った“白雪姫”を読みながら自室に向かっていたのだけど。



 「あっ…わりぃ、大丈夫か?」

 見かけない男の子とぶつかった。


 年齢はおよそ16か17ぐらい、黒い髪を持ちその身長は170サントを超える程度。

 このハルケギニアでは黒髪は珍しい。確か、使い魔としてルイズに召喚された男の子だったかな? ルイズとキュルケは仲が悪いようにみえて結構気が合う。というより、キュルケにルイズが一方的に遊ばれてる気がする。



 「白雪姫! な、何でこんなもんが!!」

 この暗号を知っている!


 けど、これは北花壇騎士団の“参謀”やフェンサーの十二位以内くらいしか知らないはず。彼は北花壇騎士団員じゃない、“ニホンゴ”を知ってる人達は全員顔見知りだ。

 となると彼は、ハインツが言っていた……


 「貴方……………ニホンジン?」

 そういう結論になる。
 

 「に、日本人って、なんで知ってるんだ!」

 うん、間違いないみたい。



 「……………ついてきて」

 私はそう言って部屋に向かって歩き出す。もし、“来訪者”を見つけたら、俺に繋いでくれとハインツが言っていた。


 だけど、一体彼はどういう人物なんだろう?







■■■   side:才人   ■■■


 正直、困惑してる。


 いきなり異世界に連れてこられて、何が何やらわからなくてうろついてたら、なんと日本語で書かれた本に出会った。しかも、それを持ってた女の子は俺を“日本人”と呼んだ。


 「どういうこった?ルイズの言い方じゃあ地球や日本なんて全く知らない感じだったけど……」

 実はそうじゃないのか? ルイズが知らないだけで、ここと地球は繋がりがあんのか?


 色んな疑問や予想が浮かぶが、答えは出ない。


 その女の子は自分の部屋らしき場所に着くと「少し待ってて」といって入ってしまった。なんか、中から電話してるような声が聞こえるんだが。


 「この世界に電話があんのか?」

 それとも、また何かの魔法だろうか? とにかく疑問だけがどんどん出てきた。

 やがて、女の子が出てきた。



 「お、なんか誰かと話してたけど、一体誰なんだ?」


 「貴方に会わせたい人がいる、ついてきて」

 と思ったらいきなりそう言ってきた。


 「え、何の事だよおい、説明してくれよ、って、うわあ!」

 何だ? 身体が宙に浮いてる!


 「おい、何なんだよ! 一体俺をどうする気だ!」


 「貴方に会わせたい人がいる」


 「だからそれは誰なんだよ!」

 わけわかんねえぞこっちは。


 「私の従兄妹で上司で敵で恩人………ではない人」


 「どういうことだよそれ」

 なんじゃそりゃ。


 「変な人」


 「余計分からねえよ!」


 変な人で分かるか。


 「…………これまでに何百人もの人間を殺してる人で、謀略に長けてて、暗殺や粛清ならば右に出る者はいないと言われている、確か渾名は………“悪魔公”、“闇の処刑人”、“死神”、“毒殺”、あと他多数」


 なんだよ!? そのヤクザの親分かマフィアのゴッドファーザーみたいな人物は!


 「ちょっと待て! そんな物騒な人の所へ俺は連れて行かれるのか!!」


 「女子供は殺さない」


 かたぎは殺さないってやつか、………って、女子供!?


 「男はどうなんだ!」


 「彼の気分次第」


 それって、死ぬかもしれないってことか!?


 「絶対嫌だ! 帰してくれ!!」


 「お願い」


 「お願いって、強制連行じゃねえか!」

 こんなんばっかか俺は!


 「お願い」


 「いや、だからさ」


 「お願い」


 「俺の話を」


 「お願い」

 俺の話は無視される宿命なんだろうか?


 「だか」


 「お願い」


 「いや」


 「お願い」


 「………」

 なんか、どうしようもないような気がしてきた。


 「お願い」


 「ええもう! 分かったよ! とりあえず降ろしてくれ!」

 諦める俺。


 「ありがとう」

 お礼を言われるのもなんかな。


 で、降ろされたんだけど。


 「はあ、ってここ竜の上!」


 なんか飛んでるし。


 「私の使い魔、名前は……」


 この子はこの子で考え込んでる。


 「シルフィード、“風の妖精”という意味」


 「へえ」


 と答えつつもこっちはドラゴンに乗るなんて初めてだから、空返事になっちまう。


 「貴方の名前は?」


 「俺? 俺は平賀才人だけど」

 ルイズにも言ったセリフだな。


 「ヒラガサイト?」


 「ああ、才人が名前で平賀が苗字だ、ってこっちの人に分かるのかな?」


 ルイズの名前、やたらと長かったし。


 「分かる」


 「そ、そうか」

 分かるのか、意外だ。
 

 「それで、君の名前は?」


 「私?」

 きょとんとする女の子。


 「ああ、俺だけ知らないのも変だろ」


 「私は……」

 なぜか考え込む。


 「私はシャルロット、これから会う人の前ではそう呼んで、それ以外ではタバサと呼んで」


 「シャルロット? タバサ? 何でまたそんなことを?」

 どういうこった?



 「お願い」


 「いや、だから理由を」


 「お願い」


 「あの」


 「お願い」


 「………」

 結局こうなるのね。


 「お願い」


 「分かりました」


 「ありがとう」


 笑顔でお礼を言うシャルロットだけど、ちょっとやばかった。


 「……………」

 なんかこう、反則級にかわいい。



 「どうしたの?」


 「い、いや! 何でもないから!」

 って! 女の子の顔を凝視すんのはまずいだろ!


 「?」


 不思議そうに小首をかしげるシャルロット。うん、反則だ。


 とりあえず俺はこれから会う人がどんな人かとかを考えて、煩悩を頭から追い出すことにした。


 ………しゃあねえだろ、地球じゃまともに女の子と話したことなんてないし、じゃなきゃ出会い系サイトになんて登録しないし。


 ルイズも美少女ではあったのかもしれないけど、ずっと怒ってたしな。



 そして、俺はあの人と会うことになる。








[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二話 ハインツという男
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/02 21:02
 シャルロットのドラゴン(シルフィードというらしい)に乗って、俺は街にやってきた。
 

 なんでも俺に会わせたい人がいるらしく、俺達はその人が待つ“光の翼”という店に向かった。


 正直、もの凄い緊張する。




第二話    ハインツという男




■■■   side:才人   ■■■


 「なあシャルロット、本当にその人に会わなくちゃいけないのか?」

 トリスタニアというこの国の首都らしい街に降りた俺達は夜の街を歩いている。


 道幅は狭い、日本で考えれば小道といっていいかもしれない。

 というのも、あちこちに露店とかが並んでて、屋台が並んでる祭りみたいな状況になってるからだ。


 「多分、会った方がいいとは思う。貴方はこの世界に知り合いがいないから」


 「この世界って、俺が地球出身だって知ってんのか?」


 「知ってる。貴方が読んだ“ニホンゴ”はハルケギニアの人間には読めないはず」

 なるほど、って待て。


 「じゃあ、なんでお前は知っているんだ?」


 「これから会う人が教えてくれたから」

 要は、その人が全部知ってるってことか。


 「とりあえず、会ってみるしかないわけだな」


 「大丈夫」


 「いや、さっきの説明だと死ぬほど不安なんだが…」

 マフィアのトップみたいな人だろ。


 「確かに、暗黒街の頂点にいると聞いてる」


 暗黒街ってオイ、聞いただけでヤバい場所だって分かるぞ、それ。


 「その暗黒街って、ここ?」


 「ううん、ここはブルドンネ街。トリスタニアで一番大きい通り。暗黒街はここじゃなくてリュティスにある」


 これで一番大きいのか、日本とは比較になんねえな。


 「リュティス?」


 「ガリア王国の首都、人口はおよそ30万、ハルケギニア最大の都市でもある」


 「30万で最大か」

 地球よかよっぽど人口が少ないのか。


 「確か、“ニホン”の首都は人口が1000万以上いるとか?」


 「ああ、といっても1個の都市ってわけじゃねえけど。って、何で知ってんだ?」


 「それも彼から聞いた」


 「それって、こっちの普通の人は知ってんのか?」

 ルイズは知らなかったみたいだが。


 「知らない、知ってるのはこの世界で10人以下かもしれない」


 「少な!」

 なんつう少なさだ。


 「出会いに感謝」


 「確かに、出会えたことが奇蹟に近いな」

 少なくとも何十万もの人間は住んでるんだもんな。


 「あった、あの店」


 シャルロットが指さす先には結構大きめの店っつうか、旅館みたいな建物があった。


 「あれ、何だ?」


 「宿屋、飲みに来るだけの客もいれば、二階に泊まっていく客もいる」


 「なるほど、旅館兼飲み屋ってことか」

 勉強になるな。って、別に社会勉強しにきたわけじゃねえけど。


 「行こう」


 「虎穴に入らずんば虎児を得ずってやつかな?」

 なんか違う気もするが。

 それで、シャルロットと一緒に店内に。



 「おや、貴族の嬢ちゃんがこんな時間に何の用で?」

 カウンターにいた店主っぽいおっちゃんが、愛想良く声をかける。

 ここは結構品が良い店みたいだ。さっき街を歩いてる時、周りを歩いてた人よりも身なりがしっかりしてる。

 でも、流石にシャルロットみたいな小さい子はいない。


 ………そういや、シャルロットって何歳だ?


 「これ」

 すると、シャルロットはカードみたいのを店主に見せる。


 「……なるほど、あの方なら二階の奥の部屋にいます」


 「了解」

 それだけで済んだらしい。


 俺は階段を上がりながら聞いてみた。


 「なあシャルロット、さっきのは何だ?」


 「予約券みたいなもの」

 なるほどな。


 そして、俺達は奥の部屋にたどり着く。




 「ハインツ、連れてきた」


 シャルロットが部屋の中に声をかける。

 この部屋に、その人がいるわけか。


 「おう、今開ける」

 すると、ひとりでに扉が開いた。


 「連れてきてくれてありがとな」


 「別に」


 シャルロットの返事はそっけない。

 そして、そこには件の人がいた。


 シャルロットから聞いてた特徴通り、蒼い髪、190センチ(こっちではサントというらしい)もの長身、顔はもの凄い美形だ。

 けど、キザって感じはしない、なんかこう、子供達に好かれそうな兄ちゃんって感じがする。普通、美形だったら近寄りがたい雰囲気が出そうなものなんだけど。


 でも、マフィアのトップなんだよな。


 「やあ、初めまして、俺はハインツ・ギュスター・ヴァランスだ、気軽にハインツと呼んでくれ」


 「は、はい! 初めまして! それがしは平賀才人と申します!」


 緊張してたからこんなあいさつになっちまった!


 「なんか緊張してるみたいだけど、そんなに畏まらなくていいから」


 「は、はい! 恐悦至極であるます!」


 ハインツさんはそう言ってくれるけど、どうも緊張する。


 「なあ才人君、君はこいつから俺のことをなんて説明されたんだ?」


 「そ、それは、やくざの親分のような人でとても恐ろしい方だとシャルロットは申しておりました」

 あの説明だったらそうとしか思えん。


 「いやまあ、そりゃ間違いじゃないが随分穿った意見だなそりゃ、って、シャルロットお!?」


 「は、はい」

 「ふふ」


 なんか、シャルロットが笑ってるし。


 「才人君、こいつの言ったことは話し半分にしておいた方がいい、どうやら俺を驚かすためにあることないこと吹き込んだみたいだから」


 「あ、なんだ、そうだったんですか、“死神”とか“悪魔”とか言ってたから一体どんな怖い人なのかとびびってました」

 なんだ、そういうことか。


 「まあそこは置いといて、君は呼ばれた理由を知りたいだろうがまずは俺の話を聞いてくれ、そうすればここに呼ばれた理由も分かるだろうから」


 「はあ」

 そういや、何で呼ばれたのか聞いてなかった。



 「単刀直入に言うとだ、俺は元日本人だ」


 「………」


 俺はフリーズした。



■■■   side:シルフィード   ■■■


 「なるほどなるほど、使い魔とはそういうものなのね」


 「簡単に言えばな、それ以外にも色々あるが、要点はそんなものだ」


 わたしは呼び出した主人であるあのちびすけのお兄さんらしい人の使い魔をやってる、“無色の竜”のランドローバルって竜と話してるところなのね。


 「だけど、あなたは使い魔をやってて大変じゃないのね?」


 「大変であるのは確かだな、しかし、それ以上に退屈せん。およそ退屈という言葉とあれほど無縁な主人はいないだろうよ」


 「ふむふむ、じゃあ、わたしは使い魔としてやっていけるかしら?」


 「大丈夫だろう。我もお前の主人は知っているが、優しく、そして純粋な子だ。我が主人の従兄妹とは思えん程にな」


 ということは。


 「あなたの御主人は鬼畜なのね?」


 「鬼畜、外道、悪魔、人でなし、なんでもあてはまるな。ただし、自分が気に入った人間にはとことん甘い、特に妹二人に甘い」


 「それは、わたしのご主人さまだけじゃないのね?」


 「お前の主人もその一人だが、姉がいてな、3人兄妹だと思えばいい」


 つまり、御主人さまは末っ子なのね。


 「御主人さまは愛されてるのね?」


 「それは間違いないな、あの兄馬鹿と姉馬鹿ならば妹のために何でもやりそうだ」


 うーん、私は一人っ子だから羨ましいのね。


 「さて、他にもいくつか注意がある。お前は韻竜だが、その辺は隠し通さねばな」


 「それなのね! 何でしゃべっちゃいけないのね!」


 「時間はある。ゆっくり説明しよう」

 そんなこんなで長い使い魔講義が始まったのね。








■■■   side:才人   ■■■





 「ええええええ!!」

 俺は死ぬほど驚いた。


 「正確に言うと転生ってやつかな。ほら、ゲームでも漫画でも、前世の記憶を持ったまま生まれ変わるやつとか、古代の英雄の生まれ変わりとかで、記憶と技を継承してるとかあるじゃん、あんな感じ」


 「ああ、よくある古代の紋章とかが代々受け継がれてきて、それを継承するとご先祖様の記憶が流れ込んでくるとかいう、あれですか」


 確か、ダイの大冒険の“竜の紋章”がそんな感じだったような。


 「そんな感じ、俺にとって地球の記憶はそんなもんだな。俺の前世は確かに地球で生まれて地球で死んだんだが、どういうわけか、その記憶を持ったままこの世界に転生したってわけだ、はっはっは」

 すげえ、よく笑えるな。


 「この世界って、このファンタジー世界ですよね?」


 「ああ、地球とは違って魔法があり、エルフがいて、オークがいて、竜がいて、ペガサスがいて、ユニコーンがいる世界だ、とはいえ地球と全く無関係というわけでもない」


 ハインツさんは地図っぽい紙を見せてくれる。


 「これが俺達の世界ハルケギニアの地図だ。ここが今いるトリステイン、北東にゲルマニア、南東にガリア、さらに南にロマリア、そして島国のアルビオン。これらをまとめてハルケギニアと呼んで、その東はエルフが住むサハラ、そしてそのさらに東は東方(ロバ・アル・カリイエ)と呼んで一くくりにされてる」


 それぞれの場所を指しながら説明してくれる。ガリアってのは、さっきシャルロットが言ってた国か?


 「さて、この形と国家名を聞いて何か思い当たることはないか?」


 「これって、ヨーロッパに似てません? あと、ゲルマニアってたしか歴史で習ったゲルマン民族の大移動がどうのこうのって」

 よく覚えちゃいないが、そんくらいならなんとか。


 「正解だ、ガリアは「ブルートゥス、お前もか」で有名な、ユリウス・カエサルのガリア戦記とかが分かりやすいかな。ロマリアはもう言うまでもないだろう」


 ロマリアつったらドラゴン○エストⅢだよな。あと、ガリアってのも聞き覚えはある。


 「案外似てる部分が多いんですね」


 つーかそっくりだ。


 「そうだ、言ってみれば歪な鏡で映し合った世界みたいなものだな。その最大の違いは、魔法や亜人や幻獣の存在になるが、日本人の君にとっては貴族と平民の違いも大きなポイントだろう」


 「あ、それですよそれ、ルイズの奴ことあるごとに平民、平民って怒鳴るんですよ、何なんですかあれ?」

 何回怒鳴られたことか。



 「分かりやすくいうとだな、江戸時代を考えてみてくれ。俺は歴史専攻だったわけじゃないから偉そうなことは言えないんだが、武士が貴族で、それ以外が平民だと思ってくれ。しかもあの学院は、藩主の息子や娘達が通う学校なんだ。水戸黄門様の孫に農民風情が!って言われてると考えればいい」


 「ああーなるほど、だからあんなに態度がでかいんですか」

 そういうことか、なるほど、俺は農民の子せがれで、向こうは藩主の娘さんと。そりゃああんな態度にもなるか。

 士・農・工・商はなかなか覆せないんだな。


 「そうだな、実家の家紋いりのマントを見せて、「この家紋が目に入らぬかーーー!!」って街中で叫べば、皆が「ははー」って平伏するような感じだ。とはいえ、そんな恥ずかしい真似する阿保はいないけどな」


 「いないんですか」

 ちょっと残念だ。


 「そう、そして武士の刀が貴族の杖だ。不文律だが、切り捨て御免もある。平民の子供が大貴族の靴を汚した日には、魔法でボンッってなる。君が貴族を殴っても同じ運命が待ってるな」


 「何か納得いかないですねそれ」


 いくら武士でも同じ人間だ、農民だからって殺していいことはないだろ。


 「その気持ちは分かるが、とりあえず郷に入っては郷に従えだな。流石に革命を起こすわけにもいかないだろう」


 そうするしかないのか、………………つってもな。


 「それはそうかもしれませんけど、その郷から帰れないんじゃないですか?」


 「そういや言ってなかったか、結論から言えば君は帰れるぞ。もっとも最短で2年くらい、最長で5年くらいかかるが」

 一瞬固まる。





 「ま、マジですか!!」

 帰れるのか!!


 「順を追って説明するとだな、君が召喚されたのは『サモン・サーヴァント』という、魔法で言ってみれば召喚魔法レベル1だ。ほぼ全ての魔法使いが唱えることができる。しかし、本来こっちの世界の生物を召喚して使い魔にする魔法なので、送還する魔法が存在しない」


 「その辺は聞きました」

 ルイズがそんなことを言ってた。


 「どういうわけか君は地球から召喚されたわけだが、これを元に戻すためには、今は失われた古代魔法を用いる必要がある。色んなゲームでそういうのあるだろ、ハイ・エンシェントとかなんとか」


 「よくありますね」

 大抵、一般的な魔法より強力な奴だ。


 「それで、俺とシャルロットの国でもあるこのガリアは魔法先進国と呼ばれていて、ハルケギニアで最も魔法の研究が盛んだ。そこの技術開発局という場所で、古代魔法の復活させる研究が行われていて、現在ではワープできるとこまで来てる」


 「ワープですか! 凄いですね!」


 すげえ!流石ファンタジー!


 「後はそれを地球に繋げれるようになればいいわけだ。才人を召喚出来たんだから、その逆の術式があってしかるべき、研究者の腕次第になるから最短2年、最長5年くらいだと思う」


 「そんなに難しいんですか?」

 ルイズから聞いた感じじゃそもそも存在すらしないみたいだったけど。


 「繋ぐだけならもっと簡単かもしれないけどな、地球といっても、いきなり砂漠のど真ん中とか、熱帯雨林とかに放り出されても困るだろ?」


 「間違いなく野垂れ死にますね」


 絶対死ぬ、そういや、地球といっても広いもんな。日本は世界に比べればあんなに小さいんだし、紛争地帯なんかに飛ばされたら今より酷くなる。


 「だろ、それに海と繋いで大量の海水が流れてきたり、間違って海底火山とかと繋がって、溶岩が流れてきた時には目も当てられん。そういうわけで、研究は慎重に行われている」


 「それは洒落になりませんね」

 マグマが流れてきたらやばすぎだろ。


 「だけどこれ、地球で例えるなら新型スペースシャトルを開発してるようなもんだから、当然国家機密だ。言いふらしたら当然消されるし、そもそも一般人には関われないから」


 「消されるんですか!?」


 あれか、FBIかなんかか。


 「ああ、簡単に言うと俺はFBIやCIAの長官みたいなもんだから、こういうことにも詳しいけど、逆にバラされたら君をバラすことになる、だから注意しておいてくれ」


 「はあ」

 マジでFBIだった。


 「だからさっきシャルロットに吹き込まれたことも大体事実、国家の裏機関のトップともなればそういうことの一つや二つはざらだ。だけど、それ故に君をその“宇宙飛行士”に推薦したりもできる」


 要は国家のお偉いさんってことか。凄い人なんだな、そうは見えないけど。

 「あれ? そうなるとシャルロットってハインツさんの従兄妹で部下なんですよね、ということは…」

 ちょっと疑問がある。


 「察しが良いな。さっきもいったように、君が召喚されたあの学院は有力な貴族の子供達が通う学校で、現代日本風にいうなら大企業の御曹司やお嬢様の専門学校だ。だから誘拐して身代金みたいなことになる可能性が無いわけじゃない、そこに潜り込んでる秘密捜査官がシャルロットだ。まあ、他にも色んな理由が重なってのことだが」


 「なんかそれっぽいですね」

 なんか、シャルロットのイメージに合う。

 「よくある身分を偽って女学院とかに編入するエージェントってやつだな。だから学院内でシャルロットの名前は厳禁、コードネームの“タバサ”で呼ぶこと。ちなみに俺は“ロキ”で、捜査員は全員がコードネームを持っている」


 「あ、そういうわけなんですね」


 それで“タバサ”なのか。


 「少し横道に逸れたけど、君が帰ることはできるのは間違いない、だから後は君の心次第になる」


 「俺の心、ですか?」

 どういう意味だろ

 「君は“十五少年漂流記”を知ってるか?」


 「あ、はい、中学の時の夏休みの課題図書でしたから一応知ってます」


 結構面白い話だったよな。


 「あれは15歳以下の子供達が無人島で数年間生き抜いて、様々な困難に立ち向かいながら、必死に頑張り最後には故郷に帰れた話だ。そして帰って来た彼らは、別人のように逞しく立派な人物になっていた」


 「確かそんな感じでしたね」

 うろ覚えだけど。


 「君もそんな感じだ。いきなり異世界に呼び出された日本人が、頑張って最後に帰れればハッピーエンドで終わる。それなら、どうせだから色んな体験をして、楽しみまくった方が得だ。それに日本人でこっちに来れるのは、宝くじで一等が当たる以上に珍しいことなんだから、発想の逆転で良いことだと思えばいい、一生帰れないわけじゃないんだからな」


 「そう言われるとそんな気がしてきますね」


 確かに、同級生でこんな体験できるのもいねえよな、家にはしばらく帰れないし、父さんや母さんも心配してるだろうけど、そこはどうしようもないか。

 ま、いつか帰れるという保証があるだけでも100倍ましだ。


 「それにこっちに定住してもいいしな。日本人でも外国に住めば、帰ってくるのが数年に一度もざらだし、国内でも帰省するのは盆と正月くらいだろ。だから互いの往き来さえできるようになれば、こっちに住んで、たまに顔見せに家族の所に帰るって感じでも問題ない。それはそのときになってから決めればいい」


 「なるほど」


 それは考えなかった。でも、実際そんなもんだよなあ、核家族化が進んでるし。


 「だからまずは数年単位の海外留学をしてるような気分でいればいい、ただ問題は、留学生でも交通事故で死なない保証はない。しかもこっちは交通事故より余程危険なこともある、その辺の注意は怠るな」


 「そんなにヤバいんですか」


 なんか怖そうだ。


 「平民の学校が無い、病院が無い、保健所が無い、銭湯が無い、警察が無い、ざっと挙げるだけでもこのくらいはある。現代日本に比べたらかなり危険だ、何事も自己責任がモットーだな」


 「う、俺、やっていけますかね?」

 カルチャーショックだなあ。



 「そこがこれからの課題、さあ、お勉強タイムだ」


 そして、ハルケギニア講義が始まった。








 「細かい部分は習うより慣れろでいくとしてだ。なんといっても貴族、平民、この違いを知っておく必要がある」

 そうハインツさんは切り出した。


 「ええっと、武士と農民でしたっけ?」


 「ああ、簡単に言えばな。だが、少し思い出してみろ、武士って言っても、藩に仕える下っ端は、商人よりも貧乏だったって聞いたことないか?」


 「ああ、あります」

 時代劇とかで結構やってるよな。


 「だから、貴族といっても全部が全部金持ちじゃないし、司法特権を持ってるわけじゃない。簡単にいうと、土地持ちお殿様の封建貴族と、国家公務員の法衣貴族に分かれる」


 「国家公務員ですか?」

 そりゃ随分イメージしやすいなあ。


 「このトリステインでは、魔法を使えるメイジだけしか役人や軍人といった国家公務員になっちゃいけないんだ。当然、土地を持ってお殿様になるとかは論外」


 「哀れなるは農民の身ですね」

 我ながら悲しい立場だ。


 「いや、実を言うと農民以下だ」

 「マジですか」

 それほど酷いとは思わなかった。


 「いいか、この世界には戸籍なんてない。だから、貴族はともかく、平民は身元を保証することが出来ないんだ。何しろ、読み書きさえ出来ないのは多いからな」


 「その辺も江戸時代なんですね」


 「いいや、江戸時代の日本は世界的に見ても識字率は高かった方だ。寺子屋とかはかなり数があったみたいだし」

 それは知らなかった。


 「まあともかく、そこで重要になるのが教会だ。ハルケギニアはブリミル教っていう宗教が主流だ、つーかそれしかない。地球で言うならキリスト教だな、ここは地理的にヨーロッパに対応するから、ハルケギニア世界=キリスト教世界と考えてほぼ問題ないな」


 「キリスト教ですか」

 キリシタン弾圧くらいしか知らないなあ。


 「で、生まれた赤子には教会の司祭とかが洗礼を与える。この際に教会に登録されるわけだ、日本でも寺がそういう役割を果たしていたはずだ。それに、平民が文字を習うとしたら寺院だ。つまり、聖職者はこの世界における知識階級なんだ、貴族は絶対数がそれほど多くはないからな」


 「ああーー、なんとなく分かります」


 「地方の貴族が王都に出てきて、中央の官僚になりたくて身分証明をする場合なんかも、生年月日や家名のほかに、この洗礼を受けた教会の名前とかを書くのが基本だ。つまり、それがここでの戸籍みたいなものになる」


 なるほど、地球の先進国ほど整備されてなくてもそういった制度はあるんだ。


 「逆に日本で考えてみろ、ハルケギニアの人間が日本に飛ばされたとしたら、当然国籍もなければ住民票もないし、家も無い」


 「確かにそうですね」

 言われてみれば。


 「その状態でまともな職に就けると思うか? ホテルに泊まる際にも現住所は書くだろ。それに、日本のホテルに白人や黒人がやってきたら、身元確認は日本人よりも厳しくなるよな?」


 「そりゃそうですね」


 となると。


 「そう、ここでの君もそうだ。見るからにこの辺の人間じゃない、来ている服も異国のもの、当然怪しいから審査する。お前はどこ人だ? どこで洗礼を受けたんだってな」


 「それで、洗礼を受けてないことがバレると?」


 「君は殺される」


 「マジですか!!?」

 なんか、ハインツさんの口調が急に沈んだ。


 「とまではいかんかもしれんが、人間扱いはされない、むしろ害獣扱いされるな。洗礼を受けてない人間には何をしても許される。ちょっと違うかもしれんが、江戸時代の“えた・ひにん”とかを想像してみろ」


 「あー、あれですか」

 つまり、俺の立場は結構ヤバいってことか。


 「ま、たまに東方(ロバ=アル=カリイエ)から隊商がやってきたりもするから、例外もあったりするが、彼らもせいぜい来るのはリュティスまでだからな、ここトリステインまではやってこない。何しろリュティスにはハルケギニア中の特産品が集まるから、そこで東方へ持って帰る品物を購入すりゃいいからな」


 「リュティスって、ハインツさんやシャルロットの国の首都でしたっけ?」

 シャルロットが言ってたよな。


 「お、シャルロットから聞いてたか。とまあ、君の身分は結構危ういんだ。ここハルケギニアは数千年かけて教皇を頂点とする魔法王国文化圏として纏まった地域だ、だから排他的傾向が強い、農村部でも身元不明のよそ者は歓迎されない。しかし、そこで君のご主人さまが役に立つ、君の主人は誰だ?」


 「ええっと、ルイズです」


 「ふむ、公爵家の三女だな。それは丁度いい」


 「ちょうどいいってどういうことですか?」


 何がいいんだろうか。


 「さっきも軽く言ったが、魔法学院に通うのは藩主の子供ばっかりだ、要は皆えらい。まあ、借金で頭が回らない藩がたくさんあったように、全部金持ちってわけでもないんだが、えらいもんはえらい。そして、公爵ってのは、100万石大名なんだよ」


 「あれですか、前田家、加賀100万石」

 そのくらいは俺でも知ってる。


 「そうそう、王家が将軍家なら、そのルイズって子の家は尾張、紀伊、水戸の徳川の御三家と言った方が正しいかな。ほら、8代の吉宗は紀伊の殿様だったって聞いたことないか? 例の暴れん坊将軍」


 「あ、それならわかります」


 「あれは簡単に言えば、将軍家の嫡流が絶えたら御三家のどっかの殿様を将軍にしろってもんだろ、本当は優先順位とかもあってもっと複雑なんだが。まあとにかく、公爵とは王家の傍流が名乗る爵位だから、嫡流が絶えたら王様になることすらあり得る。君の御主人はそういう超名門のお嬢様なわけよ」


 なるほどー、そりゃああんだけ態度がでかくなるわけだ。


 「さて、ちょっと話は変わるが、日本の首相に会うとしたら、当然身元がしっかりしてて、身分がある程度は必要だよな」


 「そりゃあそうです」

 何に繋がるんだろう?
 

 「そこで例え、ニューヨークのスラム街にいるゴロツキ、と、アメリカ大統領が飼ってる犬、どっちが身元がはっきりしてる? 日本の首相に会えるとしたらどっちだ?」


 「そりゃ犬です」

 つうか、実際会うこともあるかもな。


 「そう、つまりその犬が君だ。洗礼を受けていない異国人はニューヨークのスラム街のゴロツキにでもなるしかないが、“公爵家のお嬢様の使い魔”ってのは、“大統領の犬”くらいのステータスだ。そこらの平民よりも断然上、ひょっとしたら国の王様やお姫様に会う機会もあるかもしれない、国家公務員の貴族ですら会えない方が多いのにな、あくまで犬としてだが」


 「うーん、複雑な気分です」

 そりゃまあ確かに、一般市民よりも大統領の犬の方が首相に会える可能性は高いけど、人間の尊厳が……


 「まあそんなわけで、こっちにしばらく慣れるまでは“使い魔”ってのはかなり便利な身分だ。君の年くらいになって洗礼を受けに行くなんて訳ありです、って言ってるようなもんだから、大抵の教会で断られる。だったら、顔見知りがたくさん出来て、大体顔パスみたいな感じになってからの方がいい」


 「確かに、言えてますね」

 要は、大統領の犬としてある程度過ごしてから人間になればいいと。けどなんか欝だ。


 「それまではルイズって子の使い魔をやってるのが一番現実的だ。自力で働こうにも、元となる身分がないんじゃ犯罪者にしかなれん。流石に暗黒街には来たくないだろ?」


 「そこって、犯罪者の巣窟ですか?」

 シャルロットがそんなことを言ってたような。


 「昔はそうだったし、今もそんなに変わらんな、王国の法が一切通じない一種の自治領のようなもの、“異法地帯”とも言うべき場所だ。もっとも、ハルケギニアでリュティスにしかないけどな」


 「ハインツさんって、そこのトップなんでしたっけ?」


 「ま、そうなるかな、王国の裏組織っぽいやつの長官みたいなことをやってるから」


 本当にすごい人なんだな、やっぱりそうは見えないけど。

 あの学院の奴らには俺を見下してるっていうか、偉そうなオーラが出てたけど、ハインツさんからはそれが感じられない。いや、シャルロットもそうだったか。

 やっぱ、人間扱いしてもらえるってのはいいな。

 「注意すべきはここは中世ヨーロッパじゃない、人間が社会を形成してから6000年以上の歴史を持つ現代ということだ。軍組織も兵、下士官、尉官、佐官、将官と階級別になってるし、国家組織もかなり整ってる。そりゃ地球の先進国には劣るけどな。地球で言うなら近世か、下手すりゃ近代くらいかもな。少なくとも奴隷や農奴は存在しない」


 「いないんですか」

 それは意外だ。

 「確かに、貴族と平民という絶対的な差はある。だが、奴隷や農奴といった特権階級の“所有物”はないんだ。人身売買はあるがそれらは違法だ、合法的な人間の売買は存在しない。まあ、あくまで建前で、各貴族の領土では半ば公然と行われていたりもするが、それでも建前は禁止なんだ。これは人類文化的に考えればかなり進んでると思うぞ、地球の北朝鮮よりゃ安心して過ごせそうだし」


 確かに、北朝鮮に飛ばされるよりは、ここの方が100倍ましだろうな。


 「心得としてはだ、信長の娘に仕える最初の頃の秀吉だと思え。まずは猿から、そして木下藤吉郎、羽柴秀吉、豊臣秀吉とな。いつかそうなれる日を目指して頑張るのだ、今はしがない猿扱いでも、いつかは関白になれる日が来る」


 「ってことは、ルイズの靴を胸に抱えて部屋の前で待ってればいいんですか?」

 秀吉と信長の有名なエピソード。


 「多分やったら捕まるな。お殿様が相手ならともかく、お姫様にやったら首刎ねられるだろ」


 「確かに」

 限度があるか。


 「ま、気に入らない学院生とかがいればぶっ飛ばすのもありだな。何しろ“大統領の犬”だ、そこら辺の国会議員の息子に噛みついても殺されはしない。ただし、大統領のお嬢様に噛みついたら保健所送りだ。いや、屠殺場かな?」


 「やっぱそうなりますか」

 だとは思ったけど。


 「とはいえ、卑屈になることもない、君は君らしくあればいい。万が一の時は俺んとこで雇ってやるから。もっとも、裏側のエージェントになるけどな、ゴルゴ13みたいな感じで」


 「それもそれで惹かれるものが………」

 なんかこう、男の夢って感じがする。



 「さて、後は、地理や各国の政治情勢について少し話しとくか、世間話程度にはついていけないとな」


 まだまだ講義は続いた。















 「まあ、今俺から言えるのはこんなとこかな、後は習うより慣れろだ」


 「つ、疲れました………」


 力尽きる俺、自慢じゃないが成績は中の中だ。

 特に、俺がどこ出身の人間という設定にするかを覚えるのが大変だったし、後は、この左手のルーンか。

 貴族であるメイジ以外に、“ルーンマスター”ってのがいるらしく、俺はそれの“身体強化系”らしい。


 「後はこれで確認してくれ」


 そう言って厚い本を手渡される。


 「何ですかこれ?」


 「ハルケギニアの歴史とか、文化とかを俺なりに纏めてみたものだ。日本語で書いてあるから、他の人に読まれる心配もないし、君でも読める。もしハルケギニアの文字が読みたかったら、シャルロットにでも習うと良い。日本語とハルケギニア語を両方分かる貴重な人材だからな」


 「………」


 シャルロットの方を見るとコクコクと頷いてる、人形みたいでかわいい。


 「何から何まで、ありがとうございます」


 ここは人間としてお礼を言っておかないと。


 「別にいいって、俺がやりたくてやってるわけだし、何だかんだで日本のネタが分かるやつがいると嬉しいしな」


 そういや、この人も地球の話が合う相手は少ないんだろうな。


…………………………何だ?ペガサス流星拳をくらってるハインツさんが脳裏に浮かんだんだが?



 「それでも、ハインツさんのおかげであの学校でもやっていけそうです」


 でも、もの凄い世話になったし、これからも結構迷惑かけそうだし。


 「俺から言えることはだ、考えるな感じろ、人生を楽しめ、どんな時でも諦めずあがけ、気に入らない奴はぶっとばせ、好きな子には突っ込め、なるようになる、どうにかなる、なんとかしろ、こんなとこかな?」


 「参考になるようなならないような」


 特に最後の“何とかしろ”はどうかと思うんだが。


 「まあ、困ったことがあったらいつでも連絡してくれ、その時はシャルロットに言えば俺に繋いでくれるから」


 「………」


 コクコクと頷くシャルロット、“デンワ”っていうアイテムで通信するらしい。命名は当然ハインツさんだけど。



 「ありがとうハインツさん、でも、俺なんのお礼もできませんよ?」

 何しろ住所不定無職の身だし。


 「別にいいさ。そうだな、強いて言うならシャルロットの恋人にでもなってやってくれ、こいつ友達一人しかいないからな」

 そうか、シャルロットはフリーと、って、なに考えてんだ俺は!


 「ラナ・デル・ウィンデ」


 「ラナ・デル・ウィンデ」



 ドドン!


 気付くと、何か凄い音がしてた。今のが魔法か?


 「甘いぞシャルロット、その程度ではまだまだだな」


 「……………チッ」


 「こらこら、舌打ちするな」


 俺はただ呆然とするしかなかった。



 「そ、それではハインツさん、そろそろ俺は帰りますね」

 気を取り直して帰りの挨拶をする。


 「元気でな才人、これから大変だろうが思いっきり楽しめ」




 そして、俺とシャルロットは“光の翼”という店を後にした。





 「しかし、あの“働け、休暇が来るその日まで”はすげえな」


 もう夜だったから、ハインツさん特製のドリンクを飲んでほぼ一晩中ハルケギニア講義をやってたわけだ。そろそろ夜が明けてきてる。


 「本部に勤める人達は、あれを日に5本以上飲んでたこともあったとか」


 「マジか!」


 「マジ」

 うーん、過労死するんじゃないか?


 「だけど、異世界に来た最初の日が徹夜とはなあ、世の中分からないもんだ」


 「それは確かに」

 そういや、意外とシャルロットってしゃべるよな。


 「ところで、帰りはどうなるんだ?」


 「シルフィードが街の外で待機してる、そこまでは歩き」


 「わかった。悪いけど案内頼む、この街のことなんてさっぱりわかんねえし」


 土地勘なんてあるはずがねえもんな。


 「わかった、ついてきて」

 そして、俺はシャルロットと一緒にトリスタニアのはずれまで歩いて向かった。






[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第三話 東方出身の使い魔
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/02 20:42
 俺が魔法学院に帰ってくる頃には夜が明けていた。

 早朝ではあったけどまだ正門は開いてなかったから、行く時と同じようにシャルロットの部屋の窓から寮に戻った。

 そして、御主人さまであるルイズの部屋に戻ってきた。




第三話    東方出身の使い魔




■■■   side:才人   ■■■


 俺が部屋に戻ると、扉の鍵は開いていた。

 好都合ではあるけど、不用心ではないだろうか?


 「そういや、『アンロック』なんて魔法もあるんだっけ」

 ハインツさんが魔法で扉を開け閉めしてたな。


 そして、部屋に入ると、ルイズはまだ寝てた。寝顔だけなら超を付けてもいい美少女なんだが、百合なお姉さまが狙いそうなくらい。

 ――なんでそうなる俺、普通は男だろ、なんでお姉さま?  ま、いいか。気の迷いだ。

 シャルロットが言うには朝食まではまだ時間があるそうだが、女の身支度ってのは時間がかかりそうだし、特に貴族のお嬢様ならそれっぽい。


 というわけで起こすことにした。


 「おーい、ルイズ、起きろ」


 反応なし。


 「こらー、朝だー、起きろー」


 反応なし。


 「御主人さまー、お起きになってくださいませー」


 試しに使い魔っぽく言ってみる。しかし反応無し。


 「おーい、性格最悪クソ傲慢生意気女ー」


 バキイ!


 足が飛んできた。


 「いつつ……こいつ、寝たふりしてんじゃねえだろうな?」

 そうとしか思えん程鋭い蹴りだった。


 「おーい、起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ」

 念仏のように繰り返してみる。


 「う、うーん」

 反応あり、ただ、非常に寝苦しそうだが。


 「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」

 調子に乗って続けることに。


 「く、ぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」

 なんか苦しんでる。実はこいつは悪霊なのか?


 「ガンダーラー♪ガンダーラー♪ガンダーラー♪ガンダーラー♪ガンダーラー♪ガンダーラー♪ガンダーラー♪」

 さらに続けることに。


 「ぐああああああああああ」

 なんか、乙女の寝言とは思えんな、完全に悪役のやられ声だ。


 「はっ!」


 ルイズ起床。


 「よお、起きたか」

 何事もなかったかのように話しかける俺。


 「ううん……、だ、誰よあんた!」


 「平賀才人」

 つーか、お前が呼び出したんだろ。シャルロットとハインツさんに会ってなかったら、今頃どうやったら地球に帰れるんだろうとか途方にくれてたぞ俺は。


 「ああ、使い魔ね、そうね、昨日召喚したんだったわ」


 「おかげでこっちはいい迷惑だ」


 「うっさいわね、朝ごはん抜くわよ」


 「勘弁して下さい」

 “大統領の犬”はお嬢様には逆らえぬのであった。


 「服」


 「は?」


 「だから、制服を取りなさいってこと」


 「やれやれ、わがままお嬢様だな」


 愚痴をいいつつも制服を手渡す。


 「下着」


 「そんくらい自分でとれよ」

 つーかどこにあるか分からん。


 「そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しに入ってる」

 完全に俺を使い潰す気かこいつ、でも、違和感あるんだよな。


 「ほらよ」

 とりあえず投げ渡す。


 「服」

 「さっき渡しただろが」

 「着せて」

 「はあ?」

 耳を疑ったんだが。

 
 「平民のあんたは知らないだろうけど、貴族は下僕がいる時は自分で服なんて着ないのよ」


 「うーん……」

 なんかひっかかるんだよな、それ。


 「何?文句でもあるの?」


 「いや、文句っつうか、違和感っつうか」

 こいつは貴族、間違いない。でも、貴族って………


 「違和感?」


 んんんんんんんん、あ、あれだ!


 「そうだそうだ、平安貴族だ!」


 「へいあん貴族?」

 疑問符を浮かべるルイズ、そりゃこいつには分からんか。


 「ああ、俺が住んでたとこには今は貴族はいないんだけどさ、千年以上昔はいたんだよ」

 泣くよウグイス平安京で、794年だもんな。いや待てよ、太平洋戦争が終わるまではいたっけ?


 「へー」

 空返事のルイズ。


 「それでさ、お前みたいに大貴族のお嬢様とかも当然いて、確かに自分で着替えとかはしてなかったと思う」

 ま、知識源は漫画なんだけど。


 「じゃあいいじゃない」


 「けど、そういう人は女房だったか女官だったか、呼び方はよく覚えてねえけど、全員女だったはずだ。逆に貴族のお嬢様は12~15歳くらいになったらさ、親や兄弟にすら素顔は晒さなかったとかいう感じなんだよ。だったら着替えなんてもってのほかだろ。だから、こっちの貴族もそうなんじゃないかと思ってさ、少なくとも高貴なお嬢様の肌ってのは、下賤な男の目に触れていいもんじゃないと思うんだが」

 自分で下賤というのも悲しいが、お殿様の娘に対したら農民の息子なんてそんなもんだろ、初期の秀吉しかりだ。


 「うーん、言われてみればそうかも、確かにお父様の前では着替えたりなんてしないわね」


 「だろ、自分の父さんにも見せないもんをいくら使い魔とはいえ、男に見せるのはどうかと思うんだが?」


 「だけど、メイジと使い魔は一心同体とか言われてるし」


 そういう考え方もあるか。文化の違いってやつかな?


 「けどよ、もし呼び出した使い魔がクモとかヘビとかカエルだったら、お前自分のベッドに入れたりするか? 一心同体だからって」


 「絶対しないわ! つーかカエルなんて見たくも無いわよ!」

 カエル嫌いなのか。


 「ま、つまりはそういうこと。一心同体とかいっても、心得みたいなもんなんだろ。だったら着替えくらいは自分でやった方がいいと思うぞ。俺が女の侍従とかだったら話は違うだろうけど、大貴族のお嬢様は同じ年頃の男を侍従にはしねえだろ、結婚するときとか邪魔になりそうだし」

 戦国時代のお姫様でもそうだろ。政略結婚ばっかしだったそうだけど、男抱えて嫁ぐ姫様はいないだろうし。侍従つったら女かもしくは年とった爺さんだよな、歴史に詳しいわけじゃないから断言は出来ないけど。


 「うーん、分かったわ、確かに貴族たるものそういう部分はしっかりしなきゃいけないし、衣類関係はこれまで通り学院のメイドに任せるわ。けど、その代り掃除とかその他雑用とか、教科書持つのとかはあんたがやりなさいね」


 「了解、ま、そのくらいはやるよ」

 使い魔としちゃ妥当なとこか。




 そんなわけで部屋を先に出て、ルイズが着替えて出て来るのを待つ。


 昨日逃走したときは暗くてロクに見えなかったが、正面の壁には木製の扉が三つばかり並んでいた。ルイズの部屋のドアを閉めると三つのうち正面にあるドアが開いて、中から炎のように赤い髪の女の子が現れた。

 背丈は俺と同じくらい、むせ返るような色気を放っている。彫りの深い顔に、突き出たバストが実にけしからん。メロン級だ。一番上と二番目のボタンは外され、胸元の谷間を覗かせている。ううむ、やるな。

 褐色の肌も、健康そうでパブリックな色気を振りまいている。背丈、肌の色、まとう雰囲気、胸の大きさ。 シャルロットとは完全に対照的だな。

 や、どちらも魅力的なことに変わりはないんだけどね?

 と、ルイズも部屋から出てきた。


「おはよう。ルイズ」

 話しかけられたルイズは、……何故か嫌そうに顔を顰め、これまた不機嫌な声色で返事を返した。


「おはよう。キュルケ」

 ルイズの返事を聞いたキュルケ、と呼ばれた女の子の顔が嗜虐的に微笑んだ。


「あなたの使い魔って、それ?」

 俺を指差して問うキュルケ嬢。


「そうよ」

 肯定する声で、一気に爆笑した。


「あっはっは! ほんとに人間なのね! すごいじゃない!」

 そういや、ハインツさんが人間の使い魔は滅多にいないって言ってたな。

 で、ルーンは本来なら幻獣とかが話せるようになったり、能力を補助したりするものだそうだが、最近のガリアではルーンを刻んだ人間、“ルーンマスター”ってのがいるらしい。

 なんでもシャルロットの同僚にも数十名いるらしく、その人達の傾向とかから考えると、俺のルーンは“身体強化系”なのだとか。

 他にも“他者感応系”、“解析操作系”のルーンもあり、例の“デンワ”とかはその“解析操作系”のルーンマスター、“テレパスメイジ”が中継するから使用できるそうだ。

 何か、国家機密っぽい話だったけど、ハインツさん曰く。


 『なあに、ばれなきゃいいのさばれなきゃ、それに、後1年くらいすれば一般的になり始める。地球人の君に知られても問題ないさ』

 とのことだった、まあ、シャルロットも頷いてたから別にいいんだろう。


「『サモン・サーヴァント』で平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。流石はゼロのルイズね」

 ルイズの白い頬がさっと朱に染まる。


「うっさいわね」


「あたしも一昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」


「あっそ」

 不機嫌かつどうでもよさそうにルイズが口を尖とがらせている。わかりやすいなこいつ。


「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ。フレイムー」

 キュルケは、勝ち誇ほこった声で使い魔、らしき名を呼んだ。

 ほんの少しの間を置いて、キュルケ嬢―いやもうキュルケでいいや―の部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが姿を現した。


「おお! すごいな!」

 シャルロットのシルフィードよりは小さいけど、虎くらいはありそうだ。

 じりじり。

 でもなんか寄って来るし。


「おっほっほ! あなた、ひょっとしてサラマンダーは初めて?」

 へえ、サラマンダーってのか。

 なるほど確かに、ポケモンのリザードみたいだな、尻尾や口からほとばしっている炎が視覚的にも物理的にも熱いし、成長したらリザードンになるんだろうか?


「いや、これまで見たことも無いな、俺がいた国ではこういうのはいなかったから」

 ええと、俺の出身は東方(ロバ=アル=カリイエ)の“二ヴェン”だったよな。なんでもそこの特産物が“お茶”とかで、実際日本と文化が近いそうだ。この世界は本当に歪んだ鏡で映し合ったような世界らしい。

 その上、エルフが住んでるとかいう土地は“サハラ”で、そこ目指して“聖地回復軍”が送られたこともあるとか。うん、完全に十字軍だよな。


「へえ、じゃあハルケギニア出身じゃないのかしら?」

 キュルケは手をあごに添え、色っぽく首をかしげた。


「ああ、俺はここ出身じゃない。もっと遠いところからルイズに呼び出されてさ」

 流石に地球っつっても信じてもらえないだろうし。


 「あんた? 異世界から来たとか言ってなかった?」

 ルイズに問い詰められる。


 「冷静になってよくよく考えてみたらさ、異世界並に遠くてなかなか帰れそうにないのは確かだけど、多分同じ世界ではありそう。俺の国では“日本”っていうんだけど、こっちでは“二ヴェン”っていうのか?」

 とまあ、そんな感じで答えておく。

 ハインツさん曰く。

 『突拍子もなさすぎると信じてもらえないが、ほとんど関わりないけどほどほどの知識はある、程度のものなら結構人間は受け入れるもんなんだ。例えば、もの凄い変わった奇妙な生物がいたとしてだ、宇宙の生物だって言われても誰も信じないだろうが、ギアナ高地で独自の進化を遂げた生物だって言われたら、それなりに納得するだろ。かなり特殊な環境であることは知識として知っているが、実際にどんな生物がいるかなんて一般人なら知らない』

 とのこと、実に分かりやすい例えだった。

 『だから、東方ってのは便利だ。そういう地方はあるし、ハルケギニアとは異なる文化体系があることくらいは知っているが、実際にどんな国があってどんな文化なのかまでは知られていない。そこ出身ということにしとけば、大抵の人間はそこで納得する。少なくとも嘘だと疑われることはないだろうな』

 という助言に従ってそのように説明することにした、

 「“二ヴェン”ね、聞いたことはないけど、東方(ロバ=アル=カリイエ)には色んな国があるって話だから多分そこのどこかね」

 ルイズが頷く、効果抜群だな。


 「でも、『サモン・サーヴァント』って、ハルケギニアの生物を呼び出すものじゃなかったかしら?」

 キュルケが聞いてくる。


 「いや、俺に聞かれてもこっちが聞きたいくらいなんだけど、ところで、これ、熱くないの?」


 「私にとっては涼しいくらいね」


「ほんとに、サラマンダーなのね……」

 なんか悔しそうに言うルイズ。


「そうよー、サラマンダーよー。見て、この尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎を出す尻尾なんて、間違いなく火竜山脈の火蜥蜴サラマンダーよ?ブランドものよー。好事家に見せたら値段なんかつかないわよー?」


「そりゃよかったわね……」

 苦々しさの抽出された声でルイズが言った。


「素敵でしょ。あたしの属性ぴったり」


「あんた『火』属性だもんね」


「ええ。微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」

 キュルケは得意げに胸を張った。たわわな果実が跳ね揺れる。ルイズも負けじと張り返すが、哀れなるかな、傍目から見ずともそのボリューム差は歴然としていた。

 それでもルイズは、ぐっとキュルケを睨みつけた。

 どうやら、かなりの負けず嫌いの模様、ま、大体予想はついちゃいたけど。


「あんたみたいにいちいち色気振りまくほど、暇じゃないだけよ」

 負け惜しみにしか聞こえないなあ。

 キュルケはにっこりと笑みを浮かべる。余裕の態度だった。どうみても、勝者の笑みだった。


「あなた、お名前は?」


「平賀才人」


「ヒラガ・サイト? ヘンな名前ね」


「やかましいわ」

 シャルロットは分かってたけど、特殊なんだろうな。


「おっほっほ! じゃあ、お先に失礼、ルイズ、サイト」

 そう言って炎のような赤髪をかきあげ、さっそうとキュルケは去っていった。サラマンダーが、後をちょこちょこと追っていく、デカイ図体のわりに仕草が妙に可愛らしいよなぁ。昨日のシルフィードといい、さっきのフレイムといい。

 そんな他愛も無いことを考えながらキュルケを見送っていると、隣のルイズが拳を握りしめていきなりヒスった。


「くやしー! なんなのあの女! 自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって! あーもー!」


「いいじゃねえかよ。使い魔なんかなんだって」


「よかないわよ!魔法使いメイジの実力をはかるには使い魔を見ろって言われているぐらいよ! なんであの色ボケ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!」

「悪かったな、人間様で。だいたい、お前らだって人間じゃねえかよ」


「魔法使いメイジと平民じゃ、オオカミと犬ほどの違いがあるわよ」

 ルイズは得意げにそう言った。そんなに自分の使い魔をけなして楽しいんだろうかこいつは?


「はいはい。ところであいつ、キュルケだっけ?ゼロのルイズってお前を呼んでたけど、“ゼロ”ってなに? 苗字?」


「違うわよ! わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。ゼロは、ただのあだ名よ」

 あだ名か、なるほど。しかし長い名前だ。


 「うーん、とりあえず、最後だけ覚えてればいいか?」


 「まあね、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールでも通じるわ。あんたはそこだけ覚えてなさい」


「了解。ところで、キュルケが“微熱”ってのはイメージ的にまあわかる、“情熱”の方があってそうな気はするけど、でも、“ゼロ”ってどういう意味で付けられてるんだ?」

 あれか、“グランド・ゼロ”とかって、かっこいい攻撃魔法を使うとか?

 “ゼロ”って結構かっこいいイメージあるよな、ワンピースのクロコダイルもミスター・ゼロだし。


「……知らなくていいことよ」

 ルイズは、バツが悪そうにしている。

 なんとなく頭の天辺からつま先まで見下ろして、原因っぽいものを見つけた。


 「胸?」

 ルイズの大きく振りかぶった右ストレートが鼻っ面めがけて飛んできた。

 気合で首を傾けてかわす。鼻先を掠かすめた。


「避けるな!」


「殴んな!」

 しかし、ものの見事にゼロなのは確かだろ。








 トリステイン魔法学院の食堂は、学院の敷地内で一番背の高い、中央本塔の中にあった。

 食堂の中にはむやみやたらに縦長いテーブルが三つ並んでる。あれだ、ホグワーツの長テーブル。

 あれは4つの寮だから4つあったけど、ここはどうやら学年ごとらしい。

 だけど、魔法学校は長テーブルっていう法則でもあるのかね?


 机に群がっているメイジたちを見る限りだと、マントの色は学年を区別するためのものらしい。

 食堂奥に向かって左のテーブル、ちょっと落ち着いた雰囲気のするメイジたちは、紫色のマントをつけている。ルイズが言うには、三年生だそうだ。

 同じく向かって右のテーブルに居並んでいる魔法使いメイジたちは、茶色のマントを羽織っている。まあ、こっちが一年生なのだろう。おれたちの世界のジャージみたいなもんなんだろうな。

 学院に所属する全ての魔法使いメイジ――生徒も先生もひっくるめて――は、三食の全てをここで摂るらしい。

 生徒たちの居る一階の上には、ロフトになった中階もある。先生メイジたちが、そこで歓談に興じているのが見えた。その辺もホグワーツと似てるよな。

 すべてのテーブルには緋色のクロスが掛けられ、豪奢な装飾がなされている。いくつもの蝋燭が立てられてて、花が飾られ、フルーツの盛られた籠かごが置かれている。まさしく、貴族っぽい場所だった。


「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ」


「ほおほお」


「メイジはほぼ全員が貴族なの。『貴族は魔法をもってしてその精神となす』の信条のもとに、貴族たるべき教育を存分に受けるのよ。だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいものじゃなきゃいけないの。わかった?」


「はぁ」

 なんか無駄遣いがあるような気もする。それに、確かゲルマニアだったよな、その国では平民でも金さえあれば国家公務員になれるし、領地を購入して貴族になれるってハインツさんが言ってた。

 それに、シャルロットとハインツさんのガリアでも最近は平民を国家公務員、ええと、法衣貴族だったかな、それにするようになってきたとか。

 そんなわけで、この国は金がある奴はゲルマニアに、能力がある奴はガリアに行っちゃって、最近ちょっと落ち目だって話だった。この辺にその原因があるとみた。


「ホントならあんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないんだけど、一応入れるように取り計らってもらったのよ。感謝なさい」


「はぁ」

 そりゃそうだけど、一生で一回入れれば十分な気がするな、人間なんて一度慣れると感動も薄れるし。


「ところで、アルヴィーズって何だ?」

 それは知らない。


「小人の名前よ。周りに小さい像がたくさん並んでるでしょ?」

 首を振って辺りを見回すと、確かに壁際には精巧な小人の彫像が並んでいる。ちなみに木彫りだ。


「へえ……、今にも動き出しそうだな、あれ」


「あら、よく知ってるわね」


「へ?」


「夜になったら踊ってるわよ、あれ。それはいいから、椅子を引いてちょうだい。気が利かないわね」


 「はいはい」

 ここは使い魔の役目ってやつか。

 しかし、食卓は凄いことになってる。


「……朝からコレ食うのか?」

 無駄に量のある料理の群れを眺めながら訊いてみる。

 フランスパンみたいな、でも柔らかそうなパンがこれでもかと突き刺さったバスケットが置いてある。

 でかい鳥のローストが威圧してくる。

 鱒ますの形をしたパイが鎮座している。

 柔らかなクリーム色をしたシチューが深皿に並々と湛たたえられている。

 なにやらトゲトゲした、シソみたいな葉っぱのサラダが独特な色彩と気配を放っている気がする……、なんでこれドレッシングが青いんだ?


「こんなに多くて食べ切れるのか、ここの生徒たちって?朝からこんなに食ってたら身体に悪い気がするんだが?」


 「朝は聖餐なのよ」


 「にしても限度ってもんがあると思うぞ、絶対余るだろこれ」

 ファーストフード店ならともかく、大貴族のお坊ちゃんとお嬢様の食堂だ。どうせ高級食材が使われまくってるに決まってる。

 ま、それを余すから貴族なのか、庶民の怒りを知れこの野郎。

 そういや、“光の翼”で、ハインツさんとシャルロットと一緒に食った料理は、すげえ旨かったけど庶民派ぽかったな。あのへんもあの二人が貴族っぽくないとこなんだろうな。


「そういやルイズ、俺ってどこで食事すればいいんだ?」

 まさか、お殿様の子供達と“大統領の犬”が一緒に飯食うわけもないだろう。初期の信長と秀吉が一緒に飯食うくらいあり得ない。

 すると、じっと睨んだまま、床を指差すルイズ。

 視線でソレの先を追うと。


「皿があるね」


「あるわね」

 一枚の皿が置いてある。一応、分類すれば大皿の部類に入るくらいにはでかい皿だ。

 で、その中身はというと。



「……なんか貧しいものが入ってるね」

 うん、犬にももう少しいいもの食わせた方がいいと思うよ、俺。


「あのね? ほんとは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、床」

 使い魔虐待か? 外の方がましな気がしてきたんだが。

 つーか、わざわざ依頼してこんなもん用意したのかこいつは、意外と勤勉家なのか?


 透明なのは俺の目の錯覚かどうか。澄まし汁か?

 二切れほど、肉のかけらっぽいものが浮かんでる。

 あと、皿の縁には硬そうなパンが二切れぽつんと乗っかってる。


 日本のペットって、いいもの食ってるから生活習慣病になったりしてるそうだよな。

 うん、素晴らしい御主人さまだ。これなら使い魔の健康もばっちりだよね。

 ………泣きたくなってきた。


 テーブルの上をもう一度ながめてみる。豪華だ。

 自分の前に置かれた皿を見る。質素だ。

 惨めになってくるからテーブルの上は見ないことにした。


「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」

 食前の祈りいただきますが唱和される。ルイズの声も混ざっていたようだ。

 しかし、これがささやかであってたまるか、いつか平民に革命起こされるぞこの国。


 ………そういや、アルビオンって隣の国ではまさにその革命の真っ最中だったっけ。

 やっぱ、こんなのを“ささやか”なんていう貴族に平民の怒りが爆発したのかな。“パンがなければお菓子を食べればいいじゃない”って感じで。

 そんだけ豪華でささやかなんだったら、俺の食事はいったいなんなの。

 俺の目の前の皿は何よ。

 ペット以下か、俺は?

 日本のペットでももうちょっと豪華なもん食べてるぞ?

 やっぱし使い魔虐待は我慢ならないなので、ルイズのブラウスの肘辺りをくいくいと引っ張る。


「なによ」


「鳥を分けてくださいませご主人様、使い魔めは身がもちそうにありませぬ」

 ここは下手に。

「ったく……」

 ぶつくさ言いながらも、テーブルの上でごそごそやってくれてるルイズに少し感謝した。

 元が元だからホント少しでしかないけど。


 …………鳥の皮だ。

「……肉は?」

「癖になるからダメ。こっちならいいわよ」

「げ」

 そう言って目の前に下りてきた皿の中身は、スープの縁にあった固そうなパンだった。

 いやまあ、炭水化物ではあるけどさ。

 皿を受け取ってルイズに視線を向けると、既においしそうに豪華な料理を頬張りはじめていた。


 しかし、ものは考えよう、冷たいスープではあるが、固いパンとは相性が良さそうだ。

 スープの方はなかなかいい味をしていた。薄味ではあるけど。

 これに固いパンをひたして食うのは案外うまい。


 「ま、しゃあねえ、秀吉も最初はこんなもんだろ。いつかは関白目指して頑張ろう」

 それに、今はそんなに腹減ってないし、ハインツさんのとこで朝4時くらいに結構食べたからな。


 ……明日からのことは、明日考えよう。









 さて、待つ時間ばっかりが長かった食事の時間も終わり、俺達は教室にやってきた。(当然教科書とかは持たされた)

 教室は石で出来ていて、大学なんかの講義室みたいな造りをしていた。

 講義を行う魔法使いの先生用教壇が一番下、そこから階段状に席が続いていて、部屋としてはなかなか広い。俺達が入ると、皆してくすくすと笑い始めた。

 食事前に遭遇したキュルケも居た。周りを男子に取り囲まれている。なるほど、男の子がイチコロというのは確かだったらしい。周りを囲んだ男子たちに、女王のように祭り上げられている。

 まあ、あの容姿と胸なら仕方がないよな。美貌と巨乳は世界を越える共通言語らしい。



 皆、様々な使い魔を連れていた。

 キュルケのサラマンダーは、椅子の下で眠り込んでいる。

 肩にフクロウを乗せている生徒がいる。

 窓からは巨大なヘビがこちらを覗いている。

 一人の男子が口笛を吹くとそのヘビは頭を隠し、シルフィードも外にいた。


 その他、教室を見回す限りではカラスや猫などの普通の動物たち以外にもファンタジーな生き物がたくさんいた。

 六本足のトカゲ、ふよふよ浮かんでる大目玉、蛸足な人魚(魚?)なんかが目立っていた。

 それぞれバジリスク、バグベアー、スキュラというらしい。

 こいつらの姿や解説が今持ってる“ハインツブック”に載ってたからな。

 ルイズには俺の国の本ということにしておいた。日本語で書かれてるからこいつには読めないし、ノートパソコンのこともあったから疑われることはなかった。東方ってのはホントに便利だ。


 そうこうしている内に、ルイズが席の一つに腰掛けた。隣に座ろうとしたらそこは魔法使いメイジの席だと床に座らされた。

 というわけで、ちょうど大学の講義室みたいな形だから階段に腰掛けることにした。流石に貴族の学校だけあって掃除が万全だ。汚れることもない。


 椅子に座って使い魔を見物している途中、シャルロットも見つけた。


 彼女は一つ下の段の壁際の席に座り、黙々と本を読んでいた。周りの学生魔法使いたちも彼女の方にはまったく関心を向けていない。

 ハインツさんが友達が一人しかいないとか言ってたけど、本当なのかもしれない。

 だけど、その一人って誰だろ?


 なんて考えていると、後ろの扉が開いて誰かが入ってきた。

 中年の女の人だった。紫色のローブに身を包み、つばの広いよく魔法使いのイメージで使われるような黒い帽子を被っている。

 ふくよかな頬や垂れ気味のまなじりが、優しい雰囲気を漂わせている。



「あの人もメイジなのか?」


「当たり前じゃない」

 まあ、そりゃそうだよな。

 教壇についた先生は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。

「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのが、とても楽しみなのですよ」

 なるほど、そりゃ色々楽しめそうではある。


「おやおや、随分変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」

 シュヴルーズ先生が俺を見てとぼけた顔で言うと、教室中がどっと笑いに包まれた。

 当のルイズは顔をうつむけて真っ赤になっている。


「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」

 フクロウを肩に乗せている太った生徒がそんな罵声をあげたとたん、きっと振り向き立ち上がるルイズ。長い髪を揺らし、思いっきり怒鳴る。


「違うわよ! きちんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」


「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」

 ゲラゲラと教室中の殆どの生徒たちが笑う。

 教室で笑っていないのは笑われている本人のルイズと俺、シュヴルーズ先生、あとは読書真っ最中のシャルロットと、これは意外、キュルケも笑ってない。


「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱しました!」

 握り締めた拳で、ルイズが机を叩いた。


「かぜっぴきだと? ぼくは風上のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」


「あんたのガラガラ声は、風邪引いてる時みたいな響きがするのよ!」

 マリコルヌと呼ばれた生徒も立ち上がり、ルイズと真っ向から睨みあった。




 ………………………なぜだろう?もの凄く微笑ましい光景に感じるのは?

 なんか、ルイズがマリコルヌって奴を足蹴にして、靴の裏を舐めさせてる光景が目に浮か…


 っは!

 何だ?白昼夢か?


 “博識の魔女”

 知らない、俺はそんな言葉は知らないはずだ。



 一触即発状態に突入するかと思ったが、シュヴルーズ先生が小振りな杖を一振りすると、すとんと椅子に腰を落とした。


「ミス・ヴァリエール。ミスタ・グランドプレ。みっともない口論はおやめなさい」

 ルイズはしょぼんとうなだれている。さっきまで見せていた生意気な態度はどこかへと吹っ飛んでいた。グランドプレって誰だ……、って一人しかいないか。マリコルヌってヤツのことだろう。


「お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?」


「ミセス・シュヴルーズ。ぼくのかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」

 くすくす笑いが所々から漏れる。

 シュヴルーズ先生は、厳しい顔で教室を見回し、再び杖を一振りした。くすくす笑いをしていた生徒たちの口に、どこからともなく現れた赤土の粘土がぴったりと吸着する。


「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい。それでは、授業を始めますよ」

 ぴたりとくすくす笑いは収まった。ほぼ物理的な意味で、すげえな。



 シュヴルーズ先生は、こほん、と仰々しい咳をすると、杖を振った。

 すると、机の上に何個かの石ころが転がった。


「私の二つ名は“赤土”。赤土のシュヴルーズです。「土」系統の魔法をこれから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミスタ・グランドプレ」


「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。「火」「水」「風」「土」の四つです!」

 つーか、5歳児でも覚えれそうだな。


「そうです。それに今は失われた“虚無”の系統を合わせて、五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。その五つの系統の中でも「土」はもっとも重要なポジションを占めていると私は考えます。……これは私が「土」系統だから、というわけではありませんよ? 単なる身びいきではないのです」

 シュヴルーズ先生は、再び重々しい咳をした。

 身びいきするのは地球の科学者もこっちの先生も変わんねえようだ。


「「土」系統の魔法は、万物の組成を司ります。この系統が無ければ、金属を作り出すことも、鍛え上げることもできません。大きな石を切り出して建物を建てることも出来なければ、農作物の成長も大きく遅れることでしょう。このように、『土』系統の魔法は皆さんの生活に密接に関係しているのです」

 これも、ハインツさんが言ってたな。だけど、ゲルマ二アは魔法に頼らない冶金技術を発展させ、そこのカノン砲はいまやメイジの魔法の射程を遙かに超えるとか。

 ただ魔法に頼るだけでも駄目ってことだろう。話を聞く限りだと、やはりこちらの世界には、科学技術の類たぐいはまったくないらしい。

 と、そんな話を聞きながら、俺は“ハインツブック”を読み始める。


「今から皆さんには、「土」系統の魔法の基本である『錬金』の魔法を覚えてもらいます。一年生の頃にできるようになった人もいるでしょうが、基本を突き詰めていくことも大事です。よって、もう一度おさらいしてもらうことに致します」

 ≪『錬金』とは、原子配列を組み替えるような魔法で、とんでもない魔法だ。もし地球でこれが出来たら誰でもウランとかプルトニウムを作れるようになるから核兵器も作り放題。ついでに、化学的な毒ガスとかの合成も簡単にできるようになる。地球はあっという間に滅ぶだろうね≫

 と、書かれている。

 うーん、確かにそうなりそうだ。


 なんて思ってると、シュヴルーズ先生は、石ころに向かって杖を振り上げた。短いルーン(だと思う)の詠唱が小さく響くと、石ころが光り始める。

 数秒が経って光が収まると、石ころは黄金色にくすんで光る金属に変化していた。どうやら、これが『錬金』とやらの効果のようだ。前を見れば、なにやらキュルケが身を乗り出していた。

「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」

「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金出来るのは『スクウェア』のみです。私はただの『トライアングル』ですから」

 ≪「スクウェア」、「トライアングル」、「ライン」、「ドット」ってのはメイジの位階だ。簡単に言えばレベル1が「ドット」、レベル2が「ライン」、レベル3が「トライアングル」、レベル4が「スクウェア」だ。メイジの中でも「ドット」は見習いから一般のちょっと下まで、同じ位階でも幅はかなりあるのだ。「ライン」なら一般レベルから上級者の一歩手前くらいまで、「トライアングル」なら専門技術者だな、これまたピンキリではあるが、そして、「スクウェア」はかなり希少だ。王族の近衛隊の隊長や、騎士団長とかがそのクラス≫

 うん、わかりやすい。

 ≪例え位階が劣っていても、「ドット」が「スクウェア」に勝つことも不可能じゃない、毒を盛る、背後からナイフで刺す、杖を盗み出しておく、などなど、やり方は無限だ。メイジなんて杖がなけりゃ魔法は使えないから殺すだけなら超楽勝、ちなみに俺は「水のスクウェア」で、その中でも最強クラス、シャルロットは「風のトライアングル」で、あと一歩で「スクウェア」になれるかもってとこだ。ただ、この一歩が難しいのだ≫

 この解説書、どう考えても俺のために作られてるようにしか見えない。まあ、地球語の本だからそうなのかもしれないけど。

 ≪才能だけ無駄にある“宝の持ち腐れ”もかなーりいる。魔法の素養は血統に依存するから、魔法学院にいるのは皆サラブレッドだ。にも関わらず、皆あんましやる気ないんだよね、我がガリアのリュティス魔法学院では、その腐った性根を叩き直す専門カリキュラムを組んでいる。進級試験は厳しいし、単位が足りなければ留年が待っている≫

 なんか、愚痴が入ってきた。

 ≪魔法には属性がある。「火」、「水」、「風」、「土」だ。そして、それぞれの属性を足し合わせることでより強力な魔法を使うことができる。以下に簡単な例を示す≫

「火」           ……… ファイア
「火」・「火」        ……… ファイラ
「火」・「火」・「火」     ……… ファイガ
「火」・「火」・「火」・「火」  ……… フレア
「水」           ……… ブリザド
「水」・「水」        ……… ブリザラ
「水」・「水」・「水」     ……… ブリザガ
「水」・「水」・「水」・「水」  ……… フリーズ
「風」           ……… エアロ
「風」・「風」        ……… エアロラ
「風」・「風」・「風」     ……… エアロガ
「風」・「風」・「風」・「風」  ……… トルネド
「土」           ……… クエイク
「土」・「土」        ……… クエイラ
「土」・「土」・「土」     ……… クエイガ
「土」・「土」・「土」・「土」  ……… ブレイク


 なんとも分かりやすい説明だった。

 しかもこの後。

「火」・「火」・「風」・「風」  ……… メラゾロス
「水」・「水」・「風」・「風」  ……… マヒアロス

 みたいな感じで、異なる系統を足すと合体魔法が使えるのだと書いてあった。

 これらは主に攻撃系魔法で、その他、『フライ』、『レビテーション』みたいに基本的なものから、『クリエイト・ゴーレム』っていってゴーレムを作る魔法、『フェイス・チェンジ』という顔を変える魔法、『拡声』、『遠見』、『サイレント』、『伝心』などなど、色んな魔法があるらしい。

 今は流し読みしか出来ないけど、時間があったらじっくり読もう、それに、シャルロットにこっちの字も習いたいな。



 「それでは、実際にやってもらいましょう、そうですね………ミス・ヴァリエール」

 ざわ……、ざわ……、と教室の空気が揺れた。

 気がした、なんてなまやさしいもんではなく、もっと恐ろしい何かの片鱗を――


”異端魔法その3” 

 そう笑いながら、魔女は呪言を口にした――


 じゃねえ。なんだ、この変な空気。ものすごいどよめいてるんだけど

 「わ、私ですか!」



「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」

 と、そこにキュルケが発言。


「先生」


「なんです?」


「やめといた方がいいと思いますけど……」


「どうしてですか?」


「危険です」


 教室中のほとんど全員が一斉に頷いた。


「危険? どうしてですか?」

 うむ。危険ってなんだろうか。


「ルイズを教えるのは初めてですよね?」

 さっきみたいなルイズへの中傷か、とも思ったけど、どうも違う気がする。皆して、妙に真剣なのだ。


「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」

 悩んでいたルイズが、ゆっくりと立ち上がった。


「ルイズ。やめて」

 キュルケが蒼白な顔で言い、俺の疑念はさらに膨らんだ。ルイズが魔法を使うと……、どうなるんだろう?

「やります」

 うーん、ひょっとして、魔法の実演にみせかけて中傷に対する復讐する趣味でもあるのかあいつ?


 『あ、ごめん、手が滑った』

 って感じで攻撃魔法を叩き込むとか。


 ううむ、ルイズならやりかねん。


「さぁ、ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」


 周囲を見ると、最前列の生徒は避難してるな。やっぱ、攻撃魔法をぶちかますつもりかあいつ。

 すると、シャルロットが近くに来てた。


 「そのままじゃ危険」


 「あいつ、やらかす気か?」

 炎とか竜巻とか発生させる気なのか?


 「爆発が来る。“ハインツブック”を退避させないと」


 確かに、これがなくなるとやばいな、俺は“ハインツブック”を抱える。 と思ってたら、シャルロットに机の下に引き込まれた。


 その瞬間。


 教卓が、まばゆい光とともに爆発四散した。


 「『エア・シールド』」

 なんかシャルロットが呟いてる。シールド魔法ってやつか。



 爆発の後、周囲を確認すると、阿鼻叫喚となっていた。


 使い魔たちは急な爆発に驚き、キュルケのサラマンダーは叩き起こされたことに怒って口から炎を噴き、マンティコアはびびったのか窓から飛び出し、大蛇が何事かと破れた窓から侵入し、カラスを飲み込んだ。



 阿鼻叫喚の教室の中、いろんな叫びが聞こえてくる。


「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」

 と金切り声になったキュルケの声。いや、聲。


「もうヴァリエールは退学にしてくれよ!」

 と怒りと呆れに満ちたさっきの丸っこい……グランドプレだっけ。


「俺のラッキーがヘビに喰われた!ラッキーが!」

 さっき喰われたカラスの主人と思われる生徒が叫んでいる。ううむ、昨日呼び出して今日喰われるとは、運がない奴だ。


 それに対して。


「ちょっと失敗したみたいね」

 なんていうルイズの声。


 すげえ、ここまで壮絶な復讐して平然としてやがる。そりゃ皆ビビるわけだ。

 つーか、こうなることが分かってんなら中傷しなきゃいいだろ、馬鹿かこいつら?触らぬ神に祟りなしだろ。

 クラスに一人はいる不良っぽい奴にからんでぶっ飛ばされても、単なる自業自得だもんな、力がない一般人にはそれなりの処世術ってもんがある。


 ハインツさん曰く。

 『とりあえず、御主人さまの機嫌を損ねそうだったら、「ごもっとも!」って言いながら土下座すればいい、信長に対する秀吉の必殺技だ』

 そう、相手が怖い奴ならそれなりの対応をしないと。

 「ありがとな、シャルロット」

 礼は言っておく。


 「ここではタバサ」

 あ、そうだった。

 「ありがとな、タバサ」


 「気にしない」


 しかし、とんでもない初授業になったなあ。








 で、現在教室の片付けの真っ最中。ま、教室を失敗にかこつけて吹っ飛ばしたんだから当然だ。

 俺も手伝わされる羽目になった。しかも、魔法を使うなと言われたそうで、机とかガラスとかを運んでくるのも全部俺の役目。


 だけど、ここでハインツさんのお助けアイテムが役に立った。

 『“身体強化系”はな、なんらかの武器を持つことが発動条件になる場合がある。“魔銃使い”なんか、肉弾戦が持ち味なのに銃を持ったらルーンが発動するから、銃で殴るっつうとんでもない戦闘スタイルをとってる』

 確かに、銃の意味がまるでない。せめて狙撃とかできなかったんだろうか?


 というわけでいくつか試したところ、俺の“身体強化”は武器全般で発動するらしい。

 『ま、他にも細かい特徴はあるかもな、斧だったら腕力が優先されたり、銃だったら視力が優先されたりとか、何にせよ、暗器も武器だから、これ持っとけば護身具にはなるだろ』

 と言ってくれたのが、“メリケンサック”。何でも、ハインツさんの後輩がこういう暗器の扱いが得意で色々集めてるとか。

 『剣がありゃもっといいかもしれないけど、それはシャルロットが持ってるから。必要になったら、借りるといい。シャルロット、お前、二本くらい持ってたよな』

 と、ハインツさんが問うと、シャルロットはコクコクと頷いてた。

 そういう姿はものすごいラブリーなんだよな。


 ま、とにかく、ルイズの細腕ではどの道無理そうな大きさと重さな机だったので俺が運ぶしかないんだが。


 「軽い、すげえ便利だなこのルーン」

 予想よりも軽いのである。

 とはいえ、ルーンの力も有限だからあまり調子に乗るとどーんと反動が来るって言ったたけど、限界を知るのもいいことだって言ってたな。

 使い魔としてこういう雑用をやらされることは、まあいいんだが。



「ルイズ。いつまでその机やってんだよ?」

 ぶすっとした顔で、煤けた机を満遍なく拭いていたルイズに話しかける。こいつ、なんでこう仕事が遅いんだろう。

 ………お嬢様だからだろうな、何せ徳川御三家クラス。


 「うっさいわね、貴族の私が何でこんなことしなくちゃいけないのかしら……」


 「そりゃ、教室ふっ飛ばしたからだろ」

 復讐の代償だ。やっぱ復讐はいけないよね。


 「むむむむむ」

 うなりながらも一応作業を続けるルイズ、ま、全部任されないだけましか。




 で、片付けもようやく最後にさしかかってきたところで。


「あんた、わたしのこと馬鹿にしてるでしょ。貴族なのに魔法が使えないなんてって」


 「は?」

 何を言い出すんだこいつは?


 「魔法使ってただろお前、あのとんでもない爆発」

 あれはすげえよな、爆心地にいたおばさんは2時間くらいしないと意識を取り戻さなかったけど、ルイズは平然としてた。

 多分あれだ、自分の周囲にだけシールドを張ってたんだろう、シャルロットが使ったように。

 あんだけの爆発とそれを防ぐシールドを同時に発生させるとは、恐ろしい奴だ。

 確か、筆記試験では学年首席だってシャルロットが言ってたっけ。シャルロットは何回か仕事で受けてないから点数は低いとかなんとか。ま、実技がいいから問題ないそうだけど。


 「あれは失敗よ失敗! あんた!馬鹿にしてんの!」


 「だから、失敗に見せかけて、むかつくクラスメートを吹っ飛ばしたんだろ? 罪のない先生も巻き込んだんだからこのくらいは当然の報いだろうが」

 ………なんか会話が噛み合ってない気もする。


 「は?」

 今度はルイズが呆然とする。


 「どういうこと?」

 「だからさ、自分にだけは被害が出ないようにシールドを張りつつ、失敗に見せかけて教室を吹っ飛ばしたんじゃないのか? そうでもなきゃお前がほぼ無傷とかあり得んだろ、何せ爆心地にいたんだし」


 あれは凄かった。まさにイオナズン。多分、爆発系魔法の上位魔法と見た。


 「だから、あれは失敗なのよ!そんなことするはずないでしょ!」


 何! あれで失敗!


 「ってことは、もし成功したら学院ごと吹っ飛ばせるのか!?」

 失敗であの威力、何つう魔法だ、あれでイオってことか。


 「あんた! 馬鹿にしとんのかい! あんな魔法は存在しないのよ!」

 ルイズがキレた。

 って、ちょっと待って。


 「え、爆発系魔法って、ないの?」


 「ないわよ! そりゃあ、「火」と「風」を組み合わせればそんな感じの魔法も出来るけど」


 ないのか、でも、それだったら。


 「じゃあ、お前は悪口言われた腹いせに、教室を吹っ飛ばしたんじゃないのか?」


 「あんた、私を何だと思ってるのかしら?」


 「性悪女」

 やべえ、思ってたことが反射的に出た。


 「ふーん、そう、いい度胸ね……」

 ま、まずい、このままじゃ俺が吹っ飛ばされる。


 「しょ、少々お待ちを、御主人さま。使い魔めには疑問があるのですが」

 卑屈になってみる。


 「へえ、遺言は何かしら?」

 もう死ぬことは決定かよ!


 「あ、あのですね、仮に失敗だったとしても、御主人さまがほぼ無傷なのはなぜでしょうか? 教師のおばさんは目覚めるのに2時間近くかかっていたのですが……」


 「………」

 沈黙するルイズ。


 「あの、シールドを張ってたとか、そういうことではないのですか?」

 ここは下手に、秀吉よ、俺に力を。


 「違うわよ、私は魔法が使えないの、『エア・シールド』を張ろうとしても爆発になるわ」


 「ということは、外側の爆発と、無意識に発生させている内側の爆発が相殺しているということでありましょうか?」

 そんな感じかな?


 「知らないわよ、そもそも原因が分かってたら、私はこんなに苦労してないわ」

 むう、原因不明なのか。


 「それって、誰にも分からないの?」


 「ああそうよ!そのせいで私は魔法が一切使えなくて、それでついたあだ名が“ゼロのルイズ”!魔法の成功確率ゼロだからって!」

 叫ぶルイズ、そりゃあトラウマにもなりそうだ。


 「でも、俺は召喚出来たんだよな?」


 「ええ、初めて成功した魔法なのよ、呼び出されたのはあんたみたいな平民だけど。それでも、ようやく成功したから、今回はいけるかもって思ってたのよ、それなのに……」

 今度は落ち込むルイズ、まあ、期待してた分だけ反動もでかいのか。


 だけど、それって変じゃない?


 「なあルイズ、それって、お前が駄目なことなのか?」

 それは違うと思うんだが。


 「どういうことよ?」

 少し泣きが入ってる、やっぱ年頃の女の子ではあるんだな。


 「いやさ、お前が魔法使えないなら、その原因を解明するのは教師の役目なんじゃないか? そうだろ? 生徒が分からないことがあったら教えるのが教師、それで給料もらってるんだから」

 じゃなきゃ教師じゃねえし。


 「…………」


 「俺が住んでたところにもさ、学校はあったんだよ、それで、弓道部ってのがあった。弓はこっちにもあるよな?」

 中学生時代の話だが。

 「あるわよ、平民の武器だけど」


 「そうそれ、それを習う教室があると思ってくれ。俺の昔の友達がそこに通っててさ、そこにいい先生がいたんだよ。そいつはなかなか矢が的に当たらなくて、散々練習しても全然当たんなくて悩んでた。そしてその先生に聞きに行ったんだ、“どうやったら当たるようになりますか”って、そしたら足をこうやって、体勢はこうしろとか、的確な助言をくれて、そうしたら一発で当たったそうだ。“魔法みたいだ”って喜んでたのを覚えてる」

 あいつとは別の高校にいったから会う機会はほとんどないけどな。


 「それでさ、聞きに行った答えが“うん、先生にもわかりません”だったら手前金返せ、教師やめろこらって話だろ。お前、学年首席っていうくらいなんだから、勉強とか努力はしてんだろ?」

 授業を全部サボって遊びまくって、それで魔法が使えないっていうんなら完全に自業自得だけどさ。


 「ええ、やってるわよ、魔法が使えない分、せめて他では勝とうと思って、それに、なんとか原因を調べようと思って何度も図書館に籠ったわよ」

 うん、こいつは努力家だ。


 「だったら、それでも原因が分からないなら、そりゃ教師の怠慢だろ。生徒が悩んでるのにその原因を見つける努力もしないで“あなた駄目ねえ”なんて言うだけなら誰でも出来る。魔法学院の教師ってのはそんなんばっかしなのか?」

 さっきのおばさんも自信満々ではあったけど、生徒の魔法が使えない原因一つ分からないんじゃ無能だろ。

 教師ってのは魔法を上手く使える人じゃなくて、魔法を出来るように教える人なんだから。


 名選手は必ずしも名コーチや名監督じゃないってことだ。ボクシングの世界チャンピオンでも、名トレーナーになれるかどうかは別もんだしな。


 「それ、考えたこともなかったわ」


 「そっか、じゃあとりあえず、学院長室に殴りこみに行くってのはどうだ?」


 「それなんか違わない?」


 「かなあ?」


 確かにそうかも。


 「でもさ、自分一人でどうにもなんないなら、誰かの力を借りるのもいいんじゃないか? 流石に同級生には頼りにくいかもしんないけど、そのための教師だろ、生徒なんて教師に迷惑かけてなんぼだぜ」

 “ごくせん”とかがいい例か。

 俺だって、ハインツさんの力を借りまくってるから、ここで生きていけそうなんだし。


 「うーん、でも、貴族としては、自分の力を誇りにしないと」


 「ま、その辺は平民なもんでわかんねえけどな、それより、片付け終わったぜ」

 しゃべりながらも作業は進めていたのだ。


 「あ、そうね、じゃあ食堂に行くわよ、鞄は持ちなさいね」


 「了解、マイマスター」


 というわけで、食堂に向かう俺達。

 あの素晴らしい食事が俺を待ってることだろう。





========================================

 あとがき

 三話めにしてようやくあとがきです。

 テンプレものの再構成ですが、よろしければ楽しんでください。見れたモンじゃねぇ、とは言わずにどうか。

 さて、私の作品のタバサは原作とは結構違う点があります(すげえ今更ですが)。どこかといえば、基本的に”タバサ”ではなく”シャルロット”なんですよ。うちのシャルロットは、原作のように孤軍奮闘、復讐にむけ日々精進といった感じではありません。なにしろ陽気な悪魔な兄と、過保護な姉が居ますから、彼女は一人じゃなかったんです。だから原作より8割くらいシャルロット寄りです。いうなれば素直クール(原作もそうかもしれませんが)。一番の違いは、結構しゃべるところかな?

 あと、全くの余談で、やっぱりスゲエ今更ですが、”博識”さんは私の中では原作とビジュアルが違います、というか違うビジュアルイメージで書いてます。今回の外伝で覚醒するまでは原作ビジュアルでイメージしてますが、覚醒後のイメージは”アルクラ”なんですよ。

 アルクラってなんだ? という方は多いかと思います。とあるゲームの占星術師です。髪の感じと色がルイズと同じです。

 はたして分かる人がどれだけ居るか……





[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第四話 決闘
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/03 18:04
 ルイズの爆発で吹っ飛んだ教室を片付けた俺達は、アルヴィーズの食堂に向かった。

 食事自体は旨いんだが、使い魔虐待を趣味とするご主人様に仕える俺には貧しい食事しか出ない。

 シンデレラや秀吉もこんな境遇を耐えて、成り上がったんだろう。




第四話    決闘




■■■   side:才人   ■■■


 「なあ、マスター・ルイズ」


 「何かしら?」

 ルイズが反応する。

 ここに来るまでの間に、ルイズのことをどう呼ぶかで議論し、“ご主人様”と普段からよぶのは多分俺には無理だという結論に達した。しかし、部屋の中ならばともかくこういった大勢の生徒が集まる場所で主人を呼び捨てにするのも体裁がよくない、という理由から呼び名を考え、マスター・ルイズとなった。

 当然元はスター・ウォーズ、こう呼ぶと自分がジェダイになった気分がするので結構気に入っている。


 「暴力主人に奉公する使い魔としては、どうかお恵みを頂きたいのですが」

 やっぱり食事は冷たいスープと固いパンの組み合わせだった。


 「却下、最初の一言がなければ考慮の余地もあったけど」

 ううむ、どうしても心の中がそのまま声に出てしまう。


 「そうは申されましても、使い魔とて生物でありまして、御奉公するにはそれなりの動力源が必要となるのですよ」


 「大丈夫、あんたならやれるわ、私は自分の使い魔を信じてるから」

 うん、傍から聞けば使い魔を信頼する良い御主人さまなんだけどな。実際は死刑宣告に等しい。


 「そこをなんとか」


 「駄目」

 どこまでも無慈悲な御主人だった。しかし、このままでは厳しいのも確かだ。


 「では質問を変えて、昼食の時間はどの程度あるのでしょうか?」


 「あと一時間くらいはあるわね、昼休みも兼ねてるけど」


 「じゃあさ、その間アルバイトしていいかな?」

 丁寧口調が面倒になってきた。


 「アルバイト?」


 「学院の下働きの人って多いよな、特に食堂」


 「まあ、これだけの貴族を世話する以上は当然ね、メイドだけで相当な数に上るわ」


 一学年3クラスで、各クラスが30人、全校生徒で270人はいる。

 そいつらが全寮制だから全員住んでて、しかも日本と違って洗濯とかも自分でやったりはしないからホテル並みに従業員が必要なはずだ。

 俺の友人も寮生だったが、大体のことは自分でやっていた、しかし貴族がそんなことするわけない。


 「というわけで、その人達を手伝って残飯でもなんでも恵んでもらおうと思うわけよ」

 秀吉とかなら多分やりそう。


 「却下、公爵家の三女の使い魔がそんな乞食みたいな真似をしてるなんて、噂になったら目も当てられないわ」

 むう、流石はお嬢様。


 「んー、じゃあさ、ここの給仕の人達を手伝うとか、相手が貴族なら問題なくない?」


 「で、賄い食でも恵んでもらうつもりかしら?」

 意外と鋭いなこいつ。


 「しゃあないだろ、お前ら貴族と違って、農民は働かないと飯が食えないんだよ」

 農民じゃなくて平民か。


 「はあ、まあ昼休みの間くらいなら許可してあげる。貴族に仕えようとする心がけだけは認めてあげるから」


 「感謝します。マスター・ルイズ」

 ジェダイっぽく言ってみる。面白いなこれ。


 「なんか、あんたにそう言われると調子狂うわね」

 そういうルイズも、結構な変わり者だと思うんだよなあ。


 ま、そういうわけで、厨房の方に向かう俺。






■■■   side:コルベール   ■■■



 ミス・ヴァリエールが召喚した使い魔のことが気になった私は『フェ二アのライブラリー』にて目的の書を発見した。

 そこに記されていたのは驚くべきことであり、私はすぐに学院長オールド・オスマンの下に向かった。



 「オールド・オスマン! よろしいでしょうか!」


 「そんなに叫ばんでも聞こえとるよ、入って良し」


 「はっ、失礼します!」


 本塔最上階にある学院長室、そこには学院長オールド・オスマンと、秘書のミス・ロングビルがいた。


 「………なぜ、頭に靴の痕があるのでしょうか?」


 「この糞爺いが、私にセクハラを働いたからですわ」

 平然と答えるミス・ロングビル。


 「のう、ミス・ロングビルや、年寄りをいたぶって楽しいかね?」


 「今度やったら“彼”に頼んで貴方の給料をゼロにしますわね」


 「勘弁してください」


 完全に立場が逆転している。なぜ秘書が学院長の給料を掌握しているのだろうか?それに、“彼”とは?


 「ところでミスター……誰だっけ?」


 「コルベールです! お忘れですか!」


 「年寄りの茶目っ気じゃよ」

 なぜこの人は学院長をやっているのだろうか?


 「これを見てください! 大変なことが分かったんです!」


 「これは、『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。まーたこのような古臭い文献などを漁りおって、そんな暇があれば、たるんだ貴族達から学費を徴収するうまい手をもっと考えるんじゃよ。………いや、最近ではその必要もないのお」


 ? どういうことだろうか?


 「まあそうですわね、“彼”のシステムなら間違いなく学費は徴収出来ますし、そもそも彼の寄付金だけで十分運営できるくらいなわけですし」

 ミス・ロングビルが応じた。

 まあ、学院の運営に関しては一介の教師に過ぎない私が関われることではないのだが。


 「ですが、これを見てください」

 私はスケッチした彼のルーンを見せる。


 「む………これは」

 オールド・オスマンの顔つきが変わる。


 「ミス・ロングビル、席を外してくれんかの」


 「了解しましたわ」

 このあたりのやりとりは流石だ。


 「詳しく説明するんじゃ、ミスター・コルベール」


 私は詳しい説明を始めた。











■■■   side:才人   ■■■


 「すいません、ここの一番偉い人はどなたでしょうか?」

 厨房にいたコックさんに聞いてみる。


 「うん?君は?」


 「あ、学院生の使い魔です。どういうわけか召喚された」


 「ああ、君が例の召喚された平民の使い魔か」

 “例の”ってことは結構知れ渡ってんだな。まあ、珍しいそうだし、全寮制の学校だったら噂が広まるのも早そうだ。


 「そうです、それで、ここで少しお手伝いさせてもらえないかと、うちの御主人さまは使い魔虐待が趣味なもんで、満足にご飯が食べれなくて」


 「なるほどな、ほら、あそこにいるのがマルトー料理長さ。あの人に聞いてみると良い、それに、賄い食も余ってる筈だから」


 彼が指さす先に、如何にも料理長っぽい人がいた。


 それで、話してみることに。


 「すいません、ここで働かせて下さい」

 ジブリの有名な映画にならって単刀直入に言う。


 「おう? 兄ちゃんは誰だ?」


 「学院生に召喚された使い魔で、サイトっていいます。働かないと飯がもらえないのでここで働かせてほしいんです」


 「おお、例の平民の使い魔か!そういうことなら歓迎するぜ、何しろ仕事なんざいくらでもあるからな、正直手がいくらあっても困ることはねえんだよ」

 すごく気のいいおっさんだ。年齢は40歳くらい、太ってるけど、いかにも親方って感じがする。職人ってのはみんなこんな感じなんかな?


 「ありがとうございます。それで、なにすればいいでしょうか?芋の皮むきですかね?」

 定番っちゃ、定番だよな。


 「いや、それは夕食前だな、今はもう昼飯は全部作ってあるからデザートを配るのを手伝ってやってくれ」


 「わかりました。それと、申し訳ないんですけど、主人の方の仕事もあるんで手伝うのは不定期になりそうなんですが」


 「いいってことよ、手が空いてる時に手伝ってくれりゃあいいさ。何せ賄い食は余ってるからな、こっちから何かやってやれるわけでもないんだ」


 ということで、デザート配りを手伝うことに。



 「あっ、手伝ってくれる方ですね、よろしくお願いします」


 「こちらこそよろしく、俺はサイト」

 多分、苗字を言っても意味無いだろ。


 「私はシエスタっていいます。しかし、大変ですねえ、貴族の方々の使い魔になるなんて」


 「そりゃもう大変で大変で、特に、うちの御主人さまは使い魔虐待が趣味だからな」

 ま、酷過ぎるわけでもないけど、軽口がきけるくらいには話せるし。


 「まあ、それじゃ、こっちのケーキをお願いしますね」


 「わかった、ええっと、持ってりゃいいのか?」


 「はい、私が配るのでこの二つを持っててくだされば大丈夫です」


 「OK」

 で、ケーキ配り開始。






「なあ、ギーシュ! お前、今は誰とつきあっているんだよ!」


「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」

 トレイを持ってシエスタの後ろに立ってると、そんな声が聞こえた。



「つきあう?ぼくにそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」

 自分を薔薇に例えやがった。間違いない、こいつはキザだ。

 つーか、こんなのホントにいるんだな、漫画の中だけだと思ってた。


 と、ギーシュってやつのポケットから何かがこぼれた。この距離だとよくは見えないが、精巧に細工が施された硝子の小瓶みたいだ。

 ま、落とし物は落とし物だ、拾ってやろう。


「おい、ポケットから小瓶が落ちたぞ」

 しかし、ギーシュは反応を返さない。そのまま話し続けている。

 気付いてないのか? あれか、自分の世界に入ると周りが見えなくなる奴。たまにいるよな、クラスにも1人くらい居た気がする。


「落とし物だよ、色男」

 なので直接届けることに。

 だが、振り返ったギーシュの顔は、苦々しげに歪んでいた。


「これは、僕のものではない。君は何を言っているんだね?」

 ありゃ、勘違いか?


「おや? それは……、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」


「ああ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分専用に調合している香水だぞ!」


「そいつがギーシュ、お前のポケットから出てきたってことは……、つまりお前は今、モンモランシーと付き合っている! そうだな?」


「違う。いいかね? 彼女の名誉のために言っておくが……」

 とそこに、一人の女の子が歩いてきた。あのテーブルは……、一年生だったよな?


「ギーシュさま……やはり、ミス・モンモランシと……」


「彼らは誤解しているんだ、ケティ。いいかい、ぼくの心の中に住んでいるのは、きみだけ……」

 そこまで言ったところで、ケティと呼ばれた少女の大きく振りぬかれた右手に頬を張り飛ばされた。

 軽くよろめくギーシュ。


「その香水があなたのポケットから出てきたのが何よりの証拠ですわ! さようなら!」


 うーん、修羅場ってやつだな。完全に人ごとなんで純粋に観覧する俺。


 すると、一人の見事な巻き毛の女の子がかつかつとこちらへ向かって歩いてくる。

 ……あれ?

 どっかで見たことがあったような気がする……、いつだっけ?

 確か、こっちに呼び出された時にルイズと口喧嘩してた子か。


 “香水の魔女”


 知らない、俺はそんなもの知らない。



「モンモランシー、誤解だ。彼女とはただ、一緒にラ・ロシェールの森まで遠乗りをしただけで……」

 首を振り、あくまでも冷静に言うギーシュ。ただし冷静なのは雰囲気だけで、額からは冷や汗がだらだらと伝いだしている。


「やっぱり、あの一年生に、手を出していたのね?」

 やっぱりて、そんな分かりやすかったのか、コイツは。

「お願いだよ、モンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔を、そのような怒りで歪ませないでくれ。僕まで悲しくなるじゃないか!」

 しかし、モンモンという女の子はワインをぶっかけた。ギーシュは、頭からつま先まで、ワインにぐっしょりと侵されていた。


 「うそつき!」


 “さて、新しい薬が出来たの、ちょうどいいモルモットを探していたのよね、ふふふふふふ”


 幻覚だ、幻覚、怪しい薬を持って妖艶に笑うモンモランシーなんて俺は知らない。




「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」

 ギーシュ復帰、凄い精神力だ、普通なら心が折れてる。

 ま、俺には関係ないのでシエスタの方に振り向いて、銀のトレイを受け取る。


「待ちたまえ」


「なんだよ?」

 振り返る俺。


「君が軽率に香水の小瓶を拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」


 「んなこと言われてもな、二股かけなきゃいいだろ」


 さっきギーシュを囃し立てていた友人たちが、どっと沸いた。


「その通りだ、ギーシュ! お前が悪い!」

 ギーシュの顔に、さっと赤みが奔った。

「いいかい、給仕くん。僕は君が香水の小瓶をテーブルに置いたとき、知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるぐらいの機転があってもよいだろう?」


「ごもっとも」

 秀吉必殺のセリフを言ってみる。


 「そうだ、だから、彼女達の名誉のために、ここで僕に謝罪したまえ」


 「ごもっとも」

 繰り返す。


 「だから、早く謝罪したまえ」


 「ごもっとも」

 面白いな、これ。


 「君は、僕を舐めてるのかね?」


 「ごもっとも」

 もう答えになってねえな。


 「そうか、あくまで貴族にたてつくというのだね」


 「ごもっとも」


「どうやら君は、貴族に対する礼を知らないようだな」


「ごもっとも」

 そろそろギーシュの顔がヤバくなってきた。


「よかろう、君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ」


「ごもっとも」


「そうかね、だが、貴族の食卓を平民の血で汚すわけにはいかない。ヴェストリの広場で待つ。ケーキを配りおえたら、来たまえ」


 「ごもっとも」

 これって、受けたことになんのかな?


 「………本当に来るんだろうな?」

 どうやらギーシュも不安になった模様。


 「ごもっとも」


 「それしか言えないのか君は!」


 「ごもっとも」

 うわあ、おもしれえこれ。


 「もういい! ヴェストリ広場で待つ! さっさと来たまえ!」


 「ごゆっくり」

 少し変える。


 「急ぎたまえ!」


 「ごもっとも」


 「ああもう!」


 「ごもっとも」

 ギーシュは顔を真っ赤にして去っていった。


 「いやー、面白かった」

 俺満足。

 ハインツさんとシャルロット直伝の話術はすげえな。



「さ、早く配っちまおうぜ、シエ……、ん?」

 なんか、シエスタがぶるぶるがくがくと震えてる。


「あ、あなた、殺されちゃう……」

「は?」

「貴族を本気で怒らせたら……」


 シエスタは、だーっと走って食堂から出て行ってしまった。

 ……はさみ持ったまんまで。どうすりゃいいんだ、このケーキ。


「ハインツさんが言ってたっけ、普通の平民は貴族を恐れる。毒殺しようなんて考えないって」

 いや、そんなこと考えるのはハインツさんだけな気がするな。


 しかし、あいつ、そんなに強いってのか?

 ハインツさんが「スクウェア」で、シャルロットが「トライアングル」。

 最近の生徒は弱いのが多いって話だったけど。



「あんた! 何してんのよ! 見てたわよ!」

 と、そこにルイズ登場。


「なにが?」


「なにがじゃないわよ! なんで勝手に決闘なんか決めちゃってんのよアンタは!」


「俺、『ごもっとも』としか言ってないけど、決めたことになんのか?」

 かなり微妙な線だが。


 「んー、どうなのかしら?」

 考え込むルイズ。


 「ここですっぽかすのもありか?」


 「まあ、ありだとは思うけど、結局いつか同じことになりそうね」

 それもそうか、街であったのならともかく、ここは全寮制の学校だ。


 はぁ、とルイズがため息をついて、やれやれと肩をすくめた。


「謝っちゃいなさいよ」


「なんで?」


「怪我したくないんなら、謝ってきなさい。忠告よ。今なら許してくれるかもしれないしね」


「謝る? なにをだよ。元はと言えばあいつの浮気が原因なんだぞ? 大体だな……」


「いいから」

 ルイズは強い調子で言ってきたが、こっちに非があるわけじゃない、………はずだ。


 うん、多分そう、おちょくったような気もするけど。


「いやだ」

 それに、ちょっと試したいこともある。


「わからずやね……。あのね? 絶対に勝てないし、あんたは怪我するわ。いえ、怪我で済んだら運がいい方よ!」


「あのな? そんなの、やってみなくちゃわかんねえだろ」

 やりようはあるはずだ。


「ちゃんと聞きなさい! いい? メイジに平民は絶対に勝てないの!」


「そうとも限らねえだろ、毒を盛ったり、後ろからナイフで刺したり、杖をあらかじめ盗んだり」

 全部ハインツさんの受け売りだが。


 「……あんた、それやる気?」


 「うーん、それに近いことはする予定、貴族には貴族の戦い方があってもな、平民には平民の戦い方がある。それに俺は東方出身だし、こっちの作法なんざ知ったこっちゃない」

 必要なのは柔軟性、真っ向からぶつかる必要はない。アウトローにはアウトローの強みがある。


 居残ったギーシュの友人の一人に尋ねる。


「おい、はさみないか?」


 「はさみ?」


 「これ、ケーキ、配らないと」

 マルトーのおっさんとの約束の方が先だ。これ配り終えたら賄い食くれるって言ってたし。


 「あいつにはさ、ケーキ配って、賄い食食って、ちょっと用事を済ませたら行くって伝えといて、あと、ヴェストリ広場ってどこ?」









■■■   side:シャルロット   ■■■


 私は、自室で本を読んでいた。

 今日の朝4時くらいに“光の翼”でけっこう食べたから、朝食はテイクアウトしてきた。

 これもハインツに学んだ技術、役に立つのかどうか非常に疑問だったけど、ここに来てからは凄く役に立ってる。


 すると、扉がノックされた。


 「おーい、シャルロット、いる?」

 この声は、サイト。


 「今開ける」

 『念力』で扉を開ける。


 「ありがと、それでさ、剣貸してくれないか?」

 そういえば、ハインツがそう言っていた。


 「いいけど、急にどうしたの?」

 随分いきなりだと思う。


 「いやさ、学院生の一人と決闘することになって、武器は多い方がいいかなあって思って」

 なるほど、さっそくもめ事を起こしたみたい。


 「わかった」

 私は武器入れから剣を取り出す。


 「随分色々あるんだな」


 「ハインツの友人がくれた」

 エミール・オジエ。

 『影の騎士団』のメンバーの一人で、“調達屋”。同時に暗器使いでもあって、色んな武器を持ってる。


 「これ、銘は“オグマ”」


 「ありがと」

 刃渡り70サントくらいの剣を渡す。でも、柄が結構長い。


 「実は、ちょっとした仕掛けがある」

 「へえ、どんな?」

 私は柄を捻る、すると、柄の下半分が外れて短剣になる。

 「おお、すげえ!」

 「投げナイフにも使えるし、直接刺してもいい。刃には痺れ薬が塗ってあるから掠るだけで行動不能に出来る」

 こういうのを作るのは『影の騎士団』の得意分野。


 「流石はハインツさんだな、ところで、ギーシュって強いの?」

 ギーシュ、確か、土のドットメイジ。

 「生徒の中では弱い方じゃない、ドットではあるけど、彼の魔法は戦闘向け、『クリエイト・ゴーレム』を得意とする」

 まあ、北花壇騎士団フェンサーとじゃ比較にならないけど。

 フェンサーは“戦う”よりも、“殺す”ことに主眼があるから。


 「ゴーレムってやつか、も一つ質問、決闘って、武器はなんでもありだよな?」


 「銃あり、大砲あり、杖あり、ボウガンあり、何でもあり」

 まあ、流石に戦列艦はなしだと思うけど。


 「よし、それならいけそうだ」

 なんか、サイトの顔は楽しそう。


 「戦うの?」


 「ああ、俺は“ルーンマスター”の初心者だけど、向こうもドットなんだろ、だったら条件は五分だ。思いっきりやろうと思ってる」

 なるほど。


 「応援する」


 「ありがとな」


 そして、ヴェストリ広場へ。









■■■   side:キュルケ   ■■■



 「ギーシュと平民の使い魔が決闘するぞ!」


 そんな声を聞いて、私の口元に笑みが浮かぶ。


 「へえ、ルイズの使い魔、なかなかやるわね」

 平民なのに貴族に挑むなんて。

 でもそういえば、彼は東方(ロバ=アル=カリイエ)出身だっていってたわね。ひょっとしたら魔法に対抗できる技術を持ってるのかしら?

 そんな好奇心に駆られながら、自室で本を読んでるだろうシャルロットを誘おうと思って、彼女の部屋に向かったのだけど。

 その途中で、決闘を行う張本人と、シャルロットという想定外の組み合わせに出会った。


 「あらタバサ、貴女が誰かと一緒に歩くなんて珍しいわね」


 「あ、キュルケじゃん」

 サイトの方が普通に返してきた。


 「聞いたわよサイト、貴方、ギーシュと決闘するんですってね」


 「ああ、これから行くんだけど、ヴェストリ広場なんてどこにあるか知らんし」


 「それで、私が案内してた」

 ふーん、だけど、それだけじゃなさそう。

 何しろ、この子が誰かと一緒に行動するなんて、滅多にあることじゃないもの。


 「なるほど、じゃあ行きましょうか、娯楽に飢えた暇人達が集まってるわ」


 「貴女もその一人」


 「だよなあ」

 結構息合ってるわね、この二人。






 そして、ヴェストリ広場に到着。


 「遅かったな平民!」

 なんかイライラしてるギーシュが怒鳴ってるわ。


 「サイト!あんた何ツェルプストーなんかと一緒に歩いてるのよ!」

 あら、ルイズもいたの。けど、私に気付いても、この子には関心がないようね。


 「いや、たまたま会っただけだし」

 サイトとしてはそうだろう。


 「ギーシュが決闘するぞ!相手はルイズの平民だ!」

 ギャラリーが叫ぶ、なかなかいい感じだわ。


 「ふん、随分遅かったじゃないか、てっきり怯えて逃げたのかと思ったよ」

 ギーシュが口調を抑える、周囲の状況に合わせてノリを変えれるのは、けっこう特殊だと思う。


 「『ごゆっくり』って言っただろうが、それに、ケーキ配って、賄い食を食った後になるって伝えただろ」

 決闘を侮辱してるとしか思えないセリフね、まあ、彼は貴族じゃないけど。


 「さてと、では始めるか」


 「おう、いつでもいいぜ」

 そうして、二人が対峙する。


 「ねえタバサ、貴方から見て、どう?」


 「サイトが勝つ」

 即答ね、それに、“彼”、じゃなくて“サイト”か、ふふ。


 「一見普通の平民に見えるけど、それだけじゃないってとこよね、特にあれ」

 私はサイトの左手を見ながら言う。


 「“身体強化系”のルーン、その中でもどうやら“全身強化”みたい」

 なるほど、それはなかなか。

 私が“ルーンマスター”の存在を知ったのは4か月くらい前かしら。面白そうだったからシャルロットの任務についていったんだけど、その時に“他者感応系”のルーンを持つファインダーに会ってる。

 彼は、主に家畜と交信が出来るみたいで、その地方は羊の放牧が盛んだったから、数千の目を持つのと同等だった。

 任務自体は家畜を襲う幻獣の駆除、シャラント地方は僻地だから花壇騎士の派遣が難しいらしい。


 「なるほど、だけど、彼がルーンを得たのは昨日よね」

 「うん、いわば“ルーンマスター”の「ドット」、つまり条件はほぼ同じ」


 「となると後は……」

 「戦術次第になる」

 それは楽しみ。






■■■   side:才人   ■■■


 俺がギーシュ目がけて突っ込むと、ギーシュは焦った風でもなく薔薇の花を振る。あれがあいつの杖か、つまり、あれさえなきゃあいつは何にも出来ない雑魚になる。

 ま、武器がねえ俺にも同じことが言えるけどな。


 すると、甲冑を着た女戦士の姿の人形が現われた、しかも、どう見ても金属製だ。普通は“土”だそうだが、“金属”はより強力、まあ、全部“ハインツブック”の受け売りだけど。


 「おわっ!」

 しかも、結構速い。咄嗟にかわして距離をとる。
 

「僕はメイジだ。だから魔法で戦うのだよ。よもや、文句はあるまいね?」

 そりゃ文句はねえ、こっちも同じようなもんはあるからな、そうじゃなきゃ不公平だ。


「ああ、文句はねえよ」


「名乗り損ねていたな。ぼくは“青銅”。青銅のギーシュだ。したがって青銅のゴーレム、『ワルキューレ』がきみの相手をしよう」

 青銅か、あれだろ? 始皇帝の墓とかから出土されるやつ。


 と、ワルキューレって人形がこっちにきた。


 「おわっ」

 「ほわっ」

 「ととっ」

 なんとかかわす。


 「ほう、なかなか良くかわすね、けど、逃げるだけじゃどうしようもないよ?」


 さーて、こっからが本番だ。

 俺は背負ってた借り物の剣、“オグマ”を引き抜く。


 「そっちが魔法を使うんなら、こっちも剣を使って文句はねえな」


 「ああ構わない、しかし、剣一本で僕のワルキューレをどうにかできると思うかい?」

 自信満々だな。


 「ああ、やってみせるぜ!」

 俺は剣で人形を切りつける。


 ちょっと苦労したけど、三回くらい切りつけたら壊れた。


 「へっ、大したことねえな」


 「ほお、なかなかやるじゃないか、けど、これならどうかな?」

 すると、今度は6体も人形が出てきた。


 「多いなあ」


 「多対一を卑怯とは言えないよ、メイジの決闘とはこういうものなんだ」

 そして、6体が一斉に突っ込んできた。


 いくら“ルーン”があっても、俺は初心者だ。流石に6体は無理だよな。

 けど、それなら、1対1の状況を作ればいいことだろ。

 俺は、行動を開始した。


 要は、逃げた。


 「は?」

 呆然とするギーシュ。


 「ま、待ちたまえ! 逃げる気か! 卑怯者!」


 「卑怯者結構! 戦いに汚ないもくそもあるか!」

 ハインツさんが言ってた、“生きたもん勝ち”だって。

 それに、ただ逃げてるだけじゃねえ、勝つための“武器”を取りに行くだけだ。


 俺はいったん止まり、落ちてた石を拾ってワルキューレに投げる。

 “身体強化系”のルーンってのはこれにも発揮されるらしく、結構な勢いで飛んだ。

 しかし、所詮は石、青銅のゴーレムを壊せるはずもない、少しへこむくらいはしたけど。


 「あっはっは! そんなもので僕のワルキューレを壊せると思ったかい」


 「大した自信だな、じゃあ、何を投げてもいいんだな?」


 「ああいいとも、壊せるものならね」

 こっちのセリフだ、こいつを壊せるかな?


 俺は“武器”目指して駆ける。

 4体程ワルキューレが追ってくる。残りはギーシュの護衛だな。


 目指す先はギャラリー!


 「な、何だ!? こっちに来るな!」

 叫ぶギャラリー達。


 「お前だお前!」

 俺が捕まえたのはたしか、えーと、マリコンだったかな?

 “身体強化”されてる俺なら、人間を抱えて走ることが出来る。机を持って走れたんだからな。

 今はルイズの爆発に感謝しよう。

 「な!」

 驚愕するギーシュ。


 「殴れるもんなら殴って見やがれ!!」

 俺はマリコンを盾に突っ込む。まさか、人間を盾に突っ込んでくるとは思うまい。

 「わああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 叫ぶマリコン。


 「たまたまそこに落ちてた……」

 俺は体勢を整え。


「観客その一!!」

 で、投げる。


 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 どうやら杖を持ってなかった模様、『フライ』で飛べず、ワルキューレに突っ込むマリコン。

 そして激突、気絶するマリコン。

 で、体勢を崩したワルキューレに俺も突っ込んで、2体程バラバラにする。


 「おし、これで後4体」


 「ひ、卑怯だぞ君」

 うろたえるギーシュ。


 「どこがだよ、決闘ってのは武器はなんでもありだろ? 俺はその辺にあったもんを投げただけだぜ? 要は石と同じだ」

 そう、せっかくこんなに投げれそうな武器がたくさん転がってるんだ、利用しない手はねえだろ。

 ………なんか、ハインツさんに毒されてる気もするけど。


 「け、決闘をなんだと思っているのかね、君は?」


 「あいにくと、こっちは東方出身の平民でな、こっちの貴族の戦いの作法なんて知らねえ。貴族の坊ちゃんには貴族の戦い方があるんだろうが、平民には平民の戦い方があるんだよ」

 自力で勝てなきゃ、何でも使えばいいんだよ。


 「く、ワルキューレ!」

 残り4体が突っ込んでくる。

 俺は、木に登る。


 「何!?」

 これまた予想外だったみたいだな。


 「おりゃああああああああああああああ!!」

 飛びおりながら剣を振り下ろす、金属だろうが、これならどうよ。

 一刀両断、残り3体。

 こっからはガチンコだ、3対1くらいなら何とかなるだろ。








■■■   side:ルイズ   ■■■


 「あいにくと、こっちは東方出身の平民でな、こっちの貴族の戦の作法なんて知らねえ。貴族の坊ちゃんには貴族の戦い方があるんだろうが、平民には平民の戦い方があるんだよ」

 言ってることは勇ましいけど、やってることはせこかった。

 いや、まあ、確かにね、決闘のルールに違反してるわけじゃないし、予めギーシュの了解もとってはいたけど。

 これはどうなのよ?


 しかも、今度は木に登ってるし、猿かあんたは。


 で、それからは3体のワルキューレと戦ってる。何回か殴られたけど、同じ回数だけ切って、ワルキューレは残り1体。


 だけど、サイトはギーシュの方に突っ込んだ。


 「何!」


 「お前を倒せばワルキューレも動かなくなるだろ!」


 「も、戻れワルキューレ!」


 「なーんちゃって」

 臨戦態勢を解いて、駆けだそうとしたワルキューレをサイトが切り裂く。うん、ぺテンだわ。


 「おらああああああああああああああああ!」

 ワルキューレを全て失ったギーシュにサイトが突っ込む。


 「ひっ!」


 「ドロップキーック!!」


 「ぎゃごば!」

 顔面を蹴られ、吹っ飛ぶギーシュ、さらに、サイトが剣を突き付ける。


 「続けるか?」


 「ま、参った」


 そして、決闘はサイトの勝利で終わった。


 けど、一番重傷なのはマリコルヌよね?


 観客が一番重傷という訳分かんない結果だった。








■■■   side:オスマン   ■■■


 わしとコルベール君は『遠見の鏡』で一部始終を見ていた。


 「オールド・オスマン」


 「うむ」


 「彼は…………勝ちましたね」


 「確かに、勝ったのう」
 
 じゃが、一番の重傷はグランドプレ君じゃな。


 「彼はやはり『ガンダールヴ』かと思われますが、なかなか奇抜な戦い方でしたな」


 「そうじゃの、メイジではまずありえん戦い方じゃのう」

 まさか、観客を盾にした上でぶん投げるとは。


 「これは、王宮に報告すべきでしょうか?」


 「いや、それには及ばんじゃろう」

 これは、まだ知らせるべきではないじゃろう。

 「それは?」


 「今の王宮にはましな連中はおらん、『ガンダールヴ』とその主人を渡すわけにはいくまい。そんなオモチャを与えてしまってはまた戦を引き起こすだけじゃろう」


 「なるほど、確かに」

 コルベール君には、痛いほど分かるじゃろうな。

 しかし、トリステインの王宮が戦争を起こさずとも、戦争は外から来るじゃろう。今アルビオンは内戦中であり、貴族連合『レコン・キスタ』は勝利を目前にしておるという。

 そして、それを率いるゲイルノート・ガスパールという男は『軍神』と呼ばれ、戦争の化身のような男だと聞く。


 「この件はわしがあずかる、他言は無用じゃ、ミスター・コルベール」


 「は、はい!かしこまりました!」

 そうなれば、彼らが戦いに赴くことになるのかもしれぬな。そうはならぬことを願いたいものじゃが。








■■■   side:シャルロット   ■■■


 サイトは勝った。

 けど。


 「いだだだだだだだだだだだああああ」

 悶絶してる。

 「あんたねえ、あれだけ勇ましいこと言っておいて、随分情けないわね」

 ルイズという子が呆れてる。


 「しゃ、しゃあねえだろ、青銅の腕で殴られたんだぜ、痛いもんは痛いんだよ」

 まあ、彼は軍人じゃないし、そういう経験はないだろう。


 「サイトー、かっこよかったわよ」


 「ちょっとツェルプストー!人の使い魔に色目を使わないでくれる!」


 「あら?恋をするのは自由なのよ、それに、ツェルプストーに奪われるのはヴァリエールの伝統でしょう?」


 「あんたねえええ」

 もの凄い怒りが溜まっていくルイズ。


 「おーい、大丈夫かね、マリコルヌ?」


 「か、神よ、お慈悲を……」

 向こうではギーシュが、ええっと、マリコンだったかな?に話しかけてる。



 「いだだだだだだだだ」

 そして、未だに悶絶してるサイト。


 「少し我慢して」

 私は『治癒』をかける。

 私の主属性は「風」だけど、その次に「水」を得意にしてる。

 それに、魔法を習ったのはハインツからだから、『治癒』や薬草、秘薬なんかに関する知識は最優先で習得した。

 『一人で戦う場合は、敵を倒す技術よりも自分が生き残る技術を最優先にすべきだ。特に「水」は必須だな、そこを抑えておけば、単独での任務もかなり楽にできる。戦場において、治療師(ヒーリショナー)はそれだけ重要なんだ』

 ということだ。

 けど、私は「風」が一番得意だからどうしてもハインツには遠く及ばない。いや、仮に私が「水」属性でも届かないような気がする。

 だから、「風」を一点強化気味に鍛えつつ、その他の属性も学び、万能兼特化型を目指せと言われた。もの凄い矛盾してるけど。

 要は、「風」が飛び抜けてて、他は万能タイプということらしい、ハインツも「水」が飛び抜けてて、他は万能タイプらしいから。


 「うううう、うん?お、痛みが引いてきた」


 「平気?」

 私の『治癒』だと秘薬を用いないと重傷の治療は出来ない、痛みをとったり、簡単な傷なら治せるけど。


 「うーん、痛みはないけど、左腕が動かない。折れてんのかな?」


 「ちょっと見せて」

 サイトの腕に触って確かめる。


 …………………うん、これは多分骨にひびが入ってる、ようは折れてる。


 「どうしたの?」

 サイトが沈黙してる。


 「な、なんでもない!」

 慌てるサイト。


 「痛かった?」


 「い、いや、痛くはないけど……」


 ? まあなんにせよ。


 「キュルケ」


 「あ、タバサ、治療は終わった?」


 「終わった、けど、まだ安静にしてた方が良い」

 他にもどこか傷があるかもしれないし。


 「そう、じゃあ『レビテーション』で運んだ方が良さそうね、“ゼロ”の貴方じゃあ無理だものねえ?」


 「ぬ、ぐぐぐぐぐぐ」

 呪い殺せそうなほど睨むルイズ、怖い。


 「あ、あの、キュルケ、そのやつあたりは使い魔の俺に来そうなんだけど……」


 「ええ、するわよ、やつあたり」


 「言いきった!」

 
 とても賑やかな一行だった。










 それで、サイトをルイズの部屋に運んだ後、私はハインツに連絡を取った。


 『シャルロット、どうしたよ?』


 「貴方はまだトリスタニアにいる?」

 ガリアに戻ってたらアウトだけど。


 『ああ、まだいるぞ』


 「よかった。サイトが決闘をして負傷したの、それで、治してあげて欲しい」


 『そうかそうか、いやー、期待どおりにやったみたいだな、こりゃ面白そうだ!』

 なんでこの人はここまで楽しそうなんだろう?


 『よーし任せろ、謎の医者ブラックジャックとして魔法学院に潜入し、サイトを治療してやろう』


 「普通に来ればいいと思う」

 何しろ、私の学費負担者なんだから。


 『何を言っている、そんなのつまらんだろ』


 「好きにして」

 この人に何を言っても無駄なのは分かりきってる。


 『しかし、これにて冒険第一幕は終了と、次の出し物はどうするべきか?』


 「言ってることが意味不明」

 いつものことだけど。


 『はっはっは♪、よーし、すぐ行くぞ!』

 本当にすぐ来そう。







■■■   side:才人   ■■■


 現在、俺はルイズの部屋のベッドの上。ルイズは夕食を食べに『アルヴィーズの食堂』に向かった。

 『そんだけ減らず口をきけるなら大丈夫そうね、まあ、気が向いたらメイドに何か届けさせてあげる』

 とは言っていた。意外と優しい御主人である。気が向いたらってのはポイントだが。


 「貴方が勝って嬉しいのかも」


 「かなあ?」

 だけど、なぜかここにシャルロットがいる。ルイズが部屋を出たすぐに入って来たのだ。


 「なあシャルロット、なんでここにいるんだ?」


 「アフターサービス」

 どういうこっちゃ?


 「多分、とんでもないものが来ると思うから」


 「とんでもないもの?」

 その答えはすぐに現われた。


 「オペを始める」

 何もないはずの空間から、いきなり黒いコートを着て、顔の半分が青白く、縫い目がある人物が現れたのだ。


 「おわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 「『サイレント』」

 シャルロットの魔法のおかげで、俺の悲鳴は外に漏れなかった模様。


 「うむ、いい連携だ」


 「はあっ、はあっ」


 「ハインツの変装」

 だ、だよな、こんな恰好が出来るのはこの人くらいしかあり得んし。

 アフターサービスって、このことか。


 「は、ハインツさん、どうしてここに…」


 「いや、怪我したと聞いてな、治しにきてやったのだよ」

 といいつつ鞄から医療器具らしきものを取り出すハインツさん、死ぬほどマッチしてるな。


 「誰から、って一人しかいませんね」


 「私」

 シャルロットしかあり得ねえ。


 「でも、さっきのはどうやったんですか?」

 いきなり現われた。


 「その答えは、こいつさ」

 ハインツさんはマントを取り出す。


 「それは?」


 「“透明マント”さ、“不可視のマント”とも言うが」

 なるほど、流石はファンタジー世界。あるんだ、透明マント。
 

 「さーて、オペを始める。メス」


 「はい、先生」

 なぜかメスを手渡すシャルロット。


 「あの、麻酔とかは?」

 つーか、地球式の治し方なの? ここ、ファンタジー世界ですよね?


 「度胸だ」


 「ファイト」

 うん、兄妹だ、よく似てる。


 「患者たる才人君、我が助手を紹介しよう、シャルロットだ」


 「よろしくお願いします」


 「知ってます」

 なんか、シャルロットもノリが良いな。


 「では、患部の切断に入る」


 「待って下さい! 骨折じゃないんですか!」


 「先生の診断に誤りはありません」

 ちょっと待てえ!


 「“ヒュドラ”投与」


 「はい」


 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 トラウマになりそうな光景が展開された。









 で、約30分後。


 「凄い、完治してる」

 俺の身体は肉体的には完治していた。精神的にかなりの傷を負ったけど。


 「ふ、奇蹟の腕を見たか」


 「お見事です、先生」

 この仲良し兄妹のノリは何とかならんかな?


 「まあ、過程はともかく、ありがとうございます」

 でも、一応礼は言っておく。


 「気にするな、趣味だ」


 「楽しい一時」

 なんか、本当に感謝の念が薄れてきた。


 「さーて、俺は帰る。色々仕事あるし」


 「頑張って」

 忙しい中来てくれたのには感謝しなきゃいけないんだけど、なぜそこに“アレ”を組み込むのか。


 そして、窓を開けるハインツさん。


 「じゃあな、シャルロット、才人、これからの学院生活を存分に楽しむように」

 ハインツさんは凄い勢いで飛んで行った。


 …………その際、ルーラ!って叫んでたけど。


 「ホントに、あの人は楽しそうだな」


 「厄介事を何よりも好む」

 うん、それはよく分かった。


 「さて、元気になったし、俺も食堂に行くかな、つっても、冷たいスープと固いパンしかないけど」


 「私も行く」


 「って、夕飯食べてなかったのか」


 「オペの準備をしてた。これは助手の役目」

 そういや、血を洗うための水とか、桶とかも用意されてたな。


 ………なんでそういうところには凝るんだろ?


 そんな疑問を抱きつつ、俺もアルヴィーズの食堂に向かった。



===============================
 
 あとがき

 いつも感想ありがとうございます。作者です。

 あと何話かは白昼夢ネタやろうかな~と思ってますが、不評だったら自重します。でも、あと2,3話はやります。

 さてVSギーシュ戦。なんかユルい感じで終わりました。才人的には決闘で受けた傷よりも、そのあとの治療の方がトラウマになりそうな感じです。

 ガリア3人兄妹は仲良しです。こんな感じのネタもう一回くらい入れようかと思ってます。






[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第五話 使い魔の日々
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:4c237944
Date: 2009/12/06 00:11
 こっちに召喚されてからおよそ一週間、大体生活にも慣れてきた。

 まあ、もしシャルロットとハインツさんに会ってなかったら、こんなに早く馴染めなかったと思うけど。

 特に、こっちの世界の文化を知れたのが大きい、こっちの人間の基本的な価値観さえ知っておけば結構なんとかなるもんだ。



第五話    使い魔の日々




■■■   side:才人   ■■■


 朝、起きる。

 当たり前のようだがこれがくせもの、万が一ルイズの後に起きようものなら食事を抜かれるのは間違いない。

 寝床は床、藁を敷いてあるから毛布一枚でも何とかなる。それに、今は春だしこの魔法学院の寮自体が貴族専用だけあって暖かい。

 逆に夏は涼しくなるんだと思うけど、確信はない。


 で、起こす前に水汲み、朝、顔を洗うための水は俺が汲みに行くことになる。他の生徒は「水」の基本的な魔法『錬水』で水を確保するようだが、ルイズがやると爆発になる。

 『錬水』、『錬金』、『着火』、『フライ』といった各系統の基本魔法は誰でも使えるもんらしいが、ルイズはどれも使えない。

 しかし、あの爆発は厄介だ、使い魔虐待には遺憾なく発揮される。

 しかも、その際の命中性はかなり高い、どういう原理なんだか。


 で、爆発の餌食になりたくなければ俺は朝早起きして水を汲みに行かねばならない、使い魔の義務だ。


 「おーい、ルイズ、起きろ」

 で、起こすのも俺の役目。

 が、無反応。


 「御主人さま、お起きになられませ」

 この辺のセリフは毎回変える、結構楽しいのだ。

 無反応。


 「マスター・ルイズ、フォースと共にあらんことを」

 無反応。


 「この貧乳が」

 ブンッ!

 サッ

 飛んできた拳を避ける。

 この言葉にはどういうわけか必ず反応する。“身体強化系”のルーンを発動させないと避けれない程だ。なかなかいい訓練になる。

 ”あら、アンタはその貧乳が好きなんじゃなかったかしら?”
 
 幻聴が聞こえた。間違いなく幻聴だ、そうに決まってる。だいたい俺は巨乳が好きだぞ。

 ”ああ、ごめん違ったわね。貧乳が好きなんじゃなくて、好きになった娘の胸が小さかっただけだったっけ、フフフ”

 再び聞こえる幻聴、なんか俺の心を読んでるし。いや幻聴を気にしてどうする俺。でも、なんかルイズによく似た声の幻聴だったな。

 気を取り直して、汲んできた水を少しかける。


 「う、ううん」

 どうせ顔を洗うんだから少し濡れても平気。


 「起きたか、ねぼすけ」


 「んん、おあはよ」

 低血圧気味のルイズ、朝には弱い。


 「じゃあ、後は任せた。使い魔めは厨房に行くので」


 で、厨房に手伝いに行く、じゃないとルイズの固いパンと冷たいスープだけが朝食になる。

 着替えとかはルイズが自分でやるという契約条件なので俺がいなくても問題ない、その代り掃除とか雑用は全部俺がやるんだけど。






 「おっはよーございます」


 「おーう、“我らが剣”よ、今日も早いな」


 「そりゃ、寝過ごすと暴力主人の虐待が待ってるもんで。つーか、その呼び方恥ずかしいからやめてください」


 「はっはっは! 決闘に勝った“我等が剣”もあの嬢ちゃんには敵わんか!だが、別にいいだろ、なにせ剣一本で貴族様に勝っちまったんだからよ」

 ギーシュとの決闘以来、“我等が剣”なんて呼び方がされてる俺。


 「そうはいっても、その“貴族”をぶん投げたのが一番効果的でしたけど」

 あいつ、マリコルヌとかいったかな、あれ以来ルイズに文句を言うことも少なくなったとか。

 そりゃまあ、後で散々文句言われたんだが。

 『お前は俺の偉大なる主人、マスター・ルイズを侮辱した。俺は使い魔として主の名誉を汚した輩に天罰を与えただけだ』

 と、ルイズを利用したいい訳をしておいた。ちなみに、キュルケが提案してくれた。

 こうした心にもないことを並べたてて相手を論破するのはキュルケの得意技なのだと、シャルロットが後に教えてくれたが。


 「はっはっは!その瞬間は見たかったな、まさか平民に貴族がぶん投げられるなんて夢にも思わなかっただろうよ。ところで、お前はどこで剣を習ったんだ?」


 「いえ、特に習ってはいません。俺の故郷の東方(ロバ=アル=カリイエ)ではこっちとは違う技術体系があるので、それにあやかったみたいなもんなんですよ」


 「へーえ、そういや、数か月前“お茶”なんてのが届いたことがあったな。確か、東方のどっかの国の特産品だって話だったが」

 「あ、それ多分俺の国です。俺達は“日本”って呼ぶんですけど、こっちの人だと“二ヴェン”ですかね」

 こういう説明をするとき“ハインツブック”は本当に頼りになる。


 「“二ヴェン”か、俺は生まれも育ちもトリステインだが、全く違う料理があるって話だからな、一度くらいは言ってみたい気もするな」


 「そういや、ハルケギニアの食文化って基本は同じなんでしたっけ?」


 「ああ、アルビオンはちょっと独特だけどな、特にトリステインとガリアはほとんど差はねえ、ゲルマ二アは大雑把な味付けを好む、ロマリアは薄味だな。こと料理に関しちゃうるさいぜ、俺は」


 「マルトーさんの料理は最高ですよ、やっぱ人間の生きる意味の半分は旨い飯っすよね」


 「そりゃそうだ!飯がまずかったらどんなに金持ちだろうが偉かろうが最悪の人生になっちまう」


 とまあ、こんな感じがここでの日常会話。


 「そんで、まずは薪割りですかね?」


 「だな、お前さんが一番速いからな」


 「おし、がんばろ」

 俺は“メリケンサック”は常に持ち歩いてるのでいつでも“身体強化系”のルーンは発動できる。使い過ぎると疲労が一気にくるけど、その辺の塩梅も大体わかってきた。

 で、学院生がアルヴィーズの食堂に入り始める頃に、大体の料理を作り終えた人達と一緒に賄い食を食べる。

 マルトーのおっさんは朝食が完全に終わるまでは決して食べない、この辺は流石料理長。


 「マスター・ルイズ、本日の授業は?」

 で、食堂でゆっくり食べてるルイズに今日の授業の確認。


 「最初はコルベール先生の「火」、次にシュヴールズ先生の「土」ね、私はそのまま向うからあんたは教科書持ってきて」


 「イエス・マイマスター」


 「あんた、それなんなの?」


 「俺の故郷の有名人の言葉」

 ちょっと違うけどな、俺の感覚で敬語を使うよりはジェダイの真似してた方がかえって楽だ。

 「ま、いいけど」

 そんなこんなでルイズの部屋に戻る。時間は結構あるので掃除とかもここで済ます。


 で、授業時間、水からワインを作り出したり、秘薬を調合して特殊なポーションを作成したり、要はスネイプ先生の魔法薬学。火球を撃ちだしたり、『レビテーション』でボールとかを自在に操ったり、ようはフリットウィック先生の『ウィン・ガー・ディアム・レヴィ・オーサ』の授業。ハリー・ポッターとそんなに変わんないよな。

 そんな感じの魔法の授業の間、俺のやることなんざない。周りを見てもフクロウとかの夜行性の使い魔とかは思いっきり寝てる。

 で、時間がもったいないから、シャルロットから借りた『白雪姫 日本語版』と『白雪姫 ハルケギニア語版』を並べて独学で勉強中。最初の初歩的な単語とかはシャルロットに習ったから後は俺だけでも結構出来る。

 というのも、あの『使い魔召喚ゲート』をくぐった影響か、俺は脳内で勝手にハルケギニア語を日本語に変換してる。なので、単語の意味が分かってくれば、脳内の万能翻訳機が勝手に作動するのだ、もの凄い便利である。

 そうでもなきゃ成績中の中の俺がこんな短期間で僅かでも文字を理解できるわけがない。シャルロットは日本語の解読が可能になるまで半年かかったとか言ってたし、だけど、その姉さんは3か月でマスターしたとか、とんでもない人だ。

 ま、発音する機会がないから話すのは無理だって言ってたけど、ハインツさんなら日本語の発音も完璧だ。俺達だけの秘密のコミュニケーションをとることも出来るのである。


 ………………規格外の悪魔は別物と考える。


 何だ? 俺、今何か変なことを考えたような?


 とまあ、授業時間はそんな感じ。


 昼食も同じく厨房を手伝う。俺は力仕事の方が向いてるとかで、小麦粉の袋を運んだり、芋の籠を持ってきたりと、そういうことを主にやる、後は薪の確保。


 午後の授業がある日は同じくルイズに付き合う。雑用やらされたりも多いけど、30分以上かかる仕事なんて滅多にないし。


 授業が終わった後は生徒は自由行動。遠乗りに出かけるのもいれば、恋人らしき奴と一緒にいるのもいるし、自室で何かやってるやつもいれば、使い魔と遊んでるのもいる。

 しかし、ハインツさんが言っていた通り(書いてあった)、魔法の修行とか、魔法の勉強をやってるのなんか皆無といっていい。まあ、日本でも授業が終わっても勉強やってるのは超少数派だろう。俺もやってなかったし。

 ここには部活動があるわけじゃないが、趣味が似通った奴らが自然と集まって、同好会みたいのを作ってる。特に女子にはそういう傾向が強いようだが、全寮制の学校ともなればグル―プが自然と出来るのはどこも一緒みたいだ。

 が、グループを作らない組もいる。というか俺のご主人様がそれだ。


 「しっかし、お前もよく勉強するなあ」

 今日も部屋に帰るなり教科書を開いて勉強してるルイズに話しかける。

 食堂とかではマスター・ルイズと呼ぶが、ルイズの部屋ではこんなもんだ。

 図書館に籠ることも多いルイズだが、その時は俺は中に入れない。図書館は本塔にあるんだが、そこには門外不出の秘伝書だの、魔法薬のレシピだのがたくさんあるので平民は入れないからだ。

 ここは歴史がかなり古い学院なので、蔵書量はトリステイン王宮の書庫を除けば国一番だという。というか、平民の識字率が低いハルケギニアでは図書館自体が一般的じゃない。

 この辺にもカルチャーショックを感じる。


 「当然でしょ、私達はここに貴族としての礼儀、在り方、そして魔法を学びに来るのよ。それなのに遊んでばっかじゃ家にいるのと変わらないじゃない」

 普通に答えられるこいつがすげえ、だから学年首席なんだろうな。


 「だけど、周りはそうじゃないみたいだけど?」


 「そうなのよね、というより、窮屈で監視の目がある実家から解放されたなんて考えてる方が多いみたい。まあ、将来の為の社交経験を学ぶための場でもあるから、完全に趣旨に反してるわけでもないんだけど」


 「なるほどなあ」

 多分、こいつが馬鹿にされるのもその辺の価値観の違いもあるんだと思う。

 日本でも優等生で、学年首席で、学生の本分は勉強、遊ぶ時間を作るのはいいが、そこを忘れちゃいけないなんて考えてる奴は少数派だし、そういうのは大抵周囲から孤立する。

 秀才ってのは孤高なもんなんだよなあ。

 しかも、実技の方が壊滅的なのがそれに拍車をかける。他の奴らにとっちゃ座学では逆立ちしても勝てないから、実技の方で“ゼロのルイズ”なんて馬鹿にするんだろう。

 俺は魔法学院の生徒じゃないからその辺を客観的に観察できる、傍から見てると低俗にしか見えないんだよなあ。


 「けど、お前はかなりの変わり者だと思うぞ」


 「それは、褒めてるのかしら?」

 なんか不機嫌そう。


 「いやさ、平民の俺がため口きいてんのに、よく怒んないなあと思って」

 そりゃ、最初はよく『あんた、貴族にそんな口の利き方していいと思ってんの?』とか言われたけど最近は全然言われない。


 「あんたね、散々注意してもあんたが変えようとしないからでしょうが」


 「だってさあ、俺の国にはそういう文化がなかったんだよ。貴族を敬って敬語を使うなんて言われても対応できるわけねえだろ」

 そりゃまあ、年上の人には敬語も使うさ、ハインツさんとか、マルトーのおっさんとか。

 だけど、同年代に敬語を使うことなんて日本じゃまずない。先輩ならともかく。


 「ま、その辺はいつまで言ってても仕方ないでしょ、でも、外では注意しなさいよ。じゃなきゃ厨房の手伝いを禁止するから」


 「うはあ、でもさ、それとは別にもう一つ思っていたことがある」


 「何よ?」


 「お前って、公爵家のお嬢様っぽくないなあって」

 これは確信できる。

 「はあ!喧嘩売ってんのあんたは!」

 ルイズがキレた。


 「いやいや違う。大貴族のお嬢様ったら、周囲に取り巻きとかがいてさあ、こんな感じかなあと」

 立ち上がる俺。(これまでは床に座ってた)


 「あなた、こちらの方を御存知?(取り巻きその1)」

 「え、ど、どなたでしょうか?(いじめられっ子)」

 「はあ、呆れるようなゴミね、いい?この方はかのヴァリエール公爵家の三女、ルイズ様よ!(取り巻きその2)」

 「え、え、る、ルイズ様ですか?(いじめられっ子)」

 「貴女、死んだ方がいいわね、貴女みたいな男爵家の女風情がお目にかかれる方じゃないのよ。何せ、トリステイン王家の傍流でもあらせられるのよ(取り巻きその1)」

 「そうよそうよ、あんたみたいなのがこの方と一緒にいられるだけでこの上ない名誉なのよ、何で跪かないの?(取り巻きその2)」

 「おやめなさい貴女達、たとえ本当のことでも、そこまでいうのは可哀そうよ。こんなに安物で平民みたいな惨めな格好をしてても、一応は貴族であるんだから(ルイズ)」

 「そうでしたわね、こんなのでもここに通えるのですから、世も末ですわ(取り巻きその1)」

 「ああ、私達の高貴なる血も、このような者達と同様に扱われてしまうのでしょうか?(取り巻きその2)」

 「大丈夫よ、ヴァリエール家がある限り、トリステインの貴族は誇り高くあり続けるわ。何せ、トリステインで一番大きな家なのですから!おほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ!!(ルイズ)」


 「う、う、うわあああああああん!!(いじめられっ子)」


 「あらあら惨めねえ、金もない上に誇りまでないなんて、あははははははははははははは!!(ルイズ)」



 「とまあ、こんな感じかと」

 俺の中での大貴族のお嬢様のイメージ。


 「何なのよ、その成金全開の恥知らずの貴族の典型例みたいのは…」

 ルイズは頭を抱えてた。


 「でもさあ、お前の家って、この国で一番大きいんだろ?」


 「まあね、ヴァリエール家は領土では一番大きいし、宮廷での席次もほぼ最高位といっていいわ。何しろゲルマニアとの国境を守る盾でもあるから。財力ではクルデンホルフに劣るけど、あそこは一応独立国だしね」

 要は、江戸時代の日本なら御三家で、しかも、領土も財力も一番みたいなもんだ。


 「そこのお嬢様ってんだから、高慢で、取り巻きを従えて、貧乏貴族を苛めまくるようなもんかなあと」

 お嬢様学院でもそんな感じだろ。(漫画)


 「そんなのは貴族の恥さらしよ。そんな真似をした日には私は母様に殺されるでしょうね」

 おお、こいつの家、子供のしつけはしっかりしているみたいだ。教育ママなのかな。


 「だけど、周りの奴らを見た感じじゃそういう貴族の方が少数派に見えるぜ、特に金持ちっぽいお嬢様とかお坊ちゃまはさ」

 ルイズを馬鹿にする奴らは大抵そうだ、まあ、時には貧乏貴族もいるが、これはむしろ金持ちへの妬みだな。(モンモン)


 「はあ、まあそうかもね。でも、私が目指す貴族は立派な貴族なのよ、そんなのと一緒にしたらぶっ飛ばすから」


 と言って勉強に戻るルイズ。


 ここ一週間くらい付き合ってきて、こいつの性格も徐々に掴めてきた。


 まず、ルイズと感情論で言い合っても全く意味はない、こいつは絶対に自分の非は認めないし譲ることもない。


 けど、しっかりと論理だって理由を述べれば、こっちの要求がそのまま通ることはまずあり得ないが、妥協点くらいは示してくれる。

 俺が厨房で働けるのもそういった論議と妥協を重ねた上でだ。厨房では働き手がいた方がいいのは事実だし、俺の“身体強化”にルーンが役立ってるのも確か。

 その辺の事実を全く考慮しないほどルイズの頭は固くないようだ、感情的なようで案外理性的だったりする。

 逆に、平民の都合なんかおかまいなしで自分の都合を通すのはルイズを馬鹿にしてる奴らの方だ。ルイズは魔法を使えないから、『フライ』で飛べないし、『錬水』で水も出せない、『錬金』で何か作ることも出来ないし、『着火』で火を灯すことも出来ない。

 図書館の本棚の高さは30メートル(メイル)もあるらしく、『フライ』や『レビテーション』なしで取れる高さじゃないそうだ。貴族の建物は魔法が使えることを前提に作られているそうで、ルイズはそういった部分でかなり苦労することになる。

 だから、魔法が使えないことにコンプレックスを持つのも分かる。つーか、日常生活のあちこちにそういったことがあれば誰でもそうなる。

 そういうわけでルイズの価値観は当然貴族だが、ある部分では平民の苦労や気持ちも分かる、という特殊な奴だ。


 俺を呼び出したのがこいつで良かったと思う。少なくとも、ただ群れてこいつに悪口言うしか能がないような貴族の使い魔なんかにはなりたくないな。


 しかし、もし“貧乳”なんていった日には怒り狂う爆殺魔が降臨する。その辺の注意はかかせない。それに、罰則は体罰が基本だし、暴力主人であることには違いはないんだよな。


 「ところで、明日って何かあるの?」

 魔法の授業が無いみたいな感じだったけど。

 「ああ、“フリッグの舞踏会”の前準備みたいな感じでダンスの練習の日なのよ。私は子供の頃からそういうのをやらされてるけど、今年入った新入生の中にはそういった経験がないのもいるはずだから、特に、地方の男爵くらいの子ななんかにはね」


 「それで、『あーら、こんな簡単なダンスも出来ないの?所詮は貧乏貴族ね、高貴なる公爵家の私を少しは見習いなさい、おほほほほほほほほほ!』ってお前が見下すわけか?」


 「だからそのイメージから離れなさい!!」

 怒られた。

 でも、やっぱしルイズは名門貴族のお嬢様なんだな。


 「あー、となると、俺っていらないよね?」


 「そりゃあね、ダンスの練習に使い魔を同伴してもしゃあないでしょ」


 だよなあ、俺意外は皆動物だし、フレイムやシルフィードをダンスの練習相手にするはずもないし。

 …………やったらすげえ。


 「じゃ、明日は掃除とか終わったら自由?」


 「そうね、私は教える側に回ると思うから。さっきも言ったけどここは社交会の練習の場でもあるから、下級生にダンスを教えるのは上級生の役目なの、特に、幼少時から叩き込まれた貴族はね」

 なるほどなあ。

 「要はお前と、キュルケとかもそうなのか?」


 「苛立たしいけどそうね、フォン・ツェルプストーはゲルマニアの大貴族だから、社交会に出たことなんていくらでもあるでしょうし」

 まさに、苦虫を噛み潰したような表情で言うルイズ。


 「なあ、何でそんなにキュルケを嫌うんだ?」

 聞いてみることに。


「まず、キュルケはトリステインの民じゃないでしょ、隣国ゲルマニアの貴族よ。それだけでも許せないわ。わたしはゲルマニアが大嫌いなの」

「へえ。そりゃまたどうして?」

「わたしの実家があるヴァリエールの領地はね、ゲルマニアとの国境沿いにあるってさっき言ったわよね。だから戦争になると、いっつも先陣切ってゲルマニアと戦ってきたのよ。先々代のフィリップ三世もヴァリエールの地でゲルマ二アの大軍を迎え撃って勝利したの。そして、国境向こうの地名はツェルプストー! キュルケの生まれた土地よ!」

 ギリッ、って音が聞こえそうなほどに歯を噛み合わせるルイズ。

 っていうか、聞こえた。


「つまり、あのキュルケの家は。フォン・ツェルプストー家は。ヴァリエールの領地を治める貴族にとっては、不倶戴天の敵なのよ。実家の領地は国境挟んで隣同士! 寮では向かいの部屋!許せない!」

 どんどんヒートアップしてくルイズ。

 なるほど。どうりでキュルケも挑発的なわけだ。

 意識的にやってたんだな、あれ。

「そういえばキュルケが恋する家系とか言ってたけど。あれは?」


「ただの色ボケの家系よ!キュルケのひいひいひいおじいさんのツェルプストーは、わたしのひいひいひいおじいさんの恋人を奪ったのよ!今から二百年前に!」

 いくらなんでも昔過ぎないか?

 てーか、それはキュルケの家系のせいなのか?

「それからというもの、あのツェルプストーの一族は、散々ヴァリエールの名を辱めたわ!ひいひいおばあさんは、キュルケのひいひいおばあさんに、婚約者を奪われたの」

 おいおい。

 だからそれ、キュルケの家系のせいなのか?

「ひいおじいさんのサフラン・ド・ヴァリエールなんかね!奥さんを取られたのよ! あの女のひいおじいさんのマクシミリ・フォン・ツェルプストーに!いや、弟のデューディッセ男爵だったかしら?」

 俺に訊いてどうする。

「まあとにかく、お前の家系はあのキュルケの家系に、恋人を取られまくったってワケか」

「それだけじゃないわ。戦争のたびに殺しあってるのよ。お互い殺され殺した一族の数は、もう数えきれないほどよ!」

 なんかどっちかってーとお前の一族が殺した数の方が圧倒的に多そうだよな。

 主に恨みの比重かなんかで。

 少なくとも殺意は確実に上回ってると思うぜ?


 「なるほどなあ、ってことは、お前とキュルケが殺し合うこともあるわけか?」


 「いや、それはないでしょうね。最近では緩和されてはきたけど、戦いは殿方のものっていう文化がトリステインにはあるから。私の母様はそんなの知ったことかとばかりに大活躍してたそうだけど、三女の私がヴァリエールの諸侯軍を率いて戦うことはないわね。戦うとしたら私の夫になる人だわ」


 「トリステインにはってことは、ゲルマニアは違うのか?」


 「ゲルマニアは逆ね、昔はそれこそ女子供問わず戦争に駆り出してたそうよ。さっき言ったけど私のひいひいおばあさんの婚約者はヴァリエールの諸侯軍の指揮官の一人として戦ったの、それで武功を挙げれば結婚するという条件で、けど、そこで戦った相手がキュルケのひいひいおばあさんで、どういうわけかそのまま駆け落ちしちゃったのよ」

 そりゃまたとんでもない話だ。

 「だから、ゲルマニアの貴族なら女が戦うのも珍しくはないわ、けど、最近は小競り合いならともかく、皇帝軍の士官とかに女性が加わることは少なくなったそうね。その代り治療士(ヒーリショナー)として大量に抱えてるそうだけど」


 「治療士?」


 「ゲルマニアは「火」の国だから、“欲しけりゃ奪え”がモットーよ、だから私はゲルマニアが嫌いなんだけど、そういう国柄だからメイジの属性も「火」が多くて「水」が少ないの、特に男には」


 「ああ、なんとなく分かる」

 そういう国の男なら、確かに「水」ってイメージはないな。

 「で、女性のメイジの方が「水」が多いから治療士になるのよ、キュルケみたいのは男でいくらでもいるから余るんでしょうね。諸侯軍なら話は別でしょうけど」


 「なるほどな、つーか、詳しいのなお前」


 「その辺の歴史はよ―――――――――――く、家で習ったから」


 「な、なるほどな……」

 ルイズ自身、耳にタコが出来るほど聞かされたんだろう、その奪われた本人に。


 そうして、ルイズは勉強に戻った。俺は『シンデレラ 日本語版』を読んでいた。












 で、翌日。

 “フリッグの舞踏会”とやらの練習で午前中はやることがない俺は広場で“身体強化系”ルーンがどんな感じで使えるかもう少し試してみようかと思ってやってきたんだけど。


 「よ、才人、暇か?」


 なぜかそこに陽気に手を振るハインツさんがいた。










 「そういうわけで、やってきたわけよ」


 「なるほど」

 何でも、新学期に入ったので一年分の学費をまとめて支払うことになる。

 で、シャルロットの学費負担者であるハインツさんがここにやってきたそうだ。

 なんだけど。


 「何でシャルロットがここに?」


 「サボった」

 なんとも分かりやすい回答だった。

 「こいつにダンスの練習なんて合わんだろ、だから、助手をお願いしたのだ」


 “助手”


 その響きにもの凄く嫌な予感がする。つーか、シャルロットが2本の剣を持ってるし。片方はギーシュとの決闘の時に借りた剣だ、確か“オグマ”。

 てかさお兄さん、自分の妹に”ダンスが似合わない”とか言いますか普通? 俺は普通に似合うかも、って思うんだけど。


 「なーに、軽い試しだ、お前も自分のルーンがどのくらい使えるか試してみたかったろ?」


 「いやまあ、そうですけど」

 だけど、シャルロットの隣に地球式手術セットがあるのが凄く気になる、しかも、桶と水もあるし。ああ蘇るトラウマ。


 「というわけで、俺と戦ってみよう、きっと楽しいぞ」

 「準備はOK」

 ホントに仲が良いなこの兄妹。


 「はあ、わかりました。で、剣で戦うんですか?」

 ハインツさんはメイジだよな。

 「応よ、俺は剣を使わせても一流だ」

 「仲間の中では雑魚」

 なんか、シャルロットから鋭い突っ込みが入った。


 「あれはあいつらが異常なだけだ、俺が弱いわけじゃない」

 「でも、7人中6位、そしてその一人は年下」


 えーと、ハインツさんの仲間ってのがいて、その中ではハインツさんは弱い方ってことか?

 まあ、ハインツさんは「水」なんだから回復要員なんだろう。


 「お前も言うようになったなあ」

 「貴方から教わった」

 ほんとにシャルロットはハインツさんに容赦ないな。そして貶されたのに、嬉しそうな顔してるハインツさん。なんでだろ?


 「よし、じゃあ始めるか」

 まったく脈絡なく始めることになった。

 俺は“オグマ”を受け取る。ハインツさんはもう一方のほうを手に取る。


 「それはなんて言うんですか?」


 「“ダグザ”だ。“オグマ”もそうだが、実戦向けの剣じゃない、あくまで練習用だな」

 へえ。


 「だけど、これで青銅のゴーレムが切れましたよ?」


 「確かに、青銅のゴーレムとは相性がいいな。これは頑丈さと重さを重視して作られてる、つまり、素振りの練習や、撃ち合い練習用だ。『硬化』と『固定化』もかかってるから滅多なことじゃ壊れない」


 確かに、青銅のゴーレムを何回切りつけてもまったく問題なかった。

 「じゃあ何で実戦向けじゃないんですか?」

 「実戦向けの剣ってのは、頑丈な剣でもなく、よく切れる剣でもなく、“殺しやすい”剣だ。要は、いかに効率よく相手を殺せるか、それが全てだ。別に相手の鎧を切り裂く必要なんかない、それ相応の技能があれば首に剣を突き刺せば相手を殺せる。一流の技能者が持つならば軽くて速く振れる剣の方が良い」


 うわあ、凄い意見。

 「でも、事実」

 そこにシャルロットのあいのてが入る。やっぱ裏のエージェントなんだな。


 「そういうわけで、“オグマ”と“ダグザ”はあくまで練習用の剣だ。俺が持つ実戦用の剣は洒落にならんからな。それを使うと今のお前なら死んじゃうから」

 もの凄くあっさりとハインツさんが言った。

 なんか、この世界は危険が多いって言ってたけど、一番危険なのはハインツさんな気がしてきた。


 「でも、剣で切り合う以上、死ぬかもしれませんよね?」

 ギーシュと決闘するより100倍危険な気がする。この人、容赦しそうにないし。


 「そこは大丈夫だ。我が助手を紹介する、シャルロットだ」

 「よろしくお願いします」

 「だから知ってます」

 これ、つい最近やったよな?


 「俺はハルケギニア一の名医だから、首が落とされるか、脳が潰されない限りは治せる。上半身と下半身が千切れてもくっつけたこともあるしな」

 「私も、ハインツに腕を切り落とされたことがある」


 マジでか? どんだけ容赦ないんだこの人。


 「ちなみにその後、こいつの姉に死ぬ寸前まで拷問されることになった。俺の部下も姉馬鹿パワーの前に屈伏して俺を悪魔に売り渡したからな。まさか、“アイアンメイデン”で串刺しにされるとは思わなかったが」

 「何で生きてるんですか貴方は?」

 どう考えても死んでるだろ。つーかそれもう拷問じゃなくて処刑。

 ふと見ると、シャルロットは顔を少し赤くしてる。そのお姉さんが好きなのかな?


 「まあ、気合いでなんとかなるもんだ。串刺しにされながらも同時に『治癒』を自分にかけ続けたんだ。しかし、敵もそれを見越していたようで、約12時間ほどアイアンメイデンは閉じたままだった。だから、その間俺はずっと激痛に耐えながら『治癒』を唱え続けていた。少しでも途切れたらその瞬間死ぬし、生命維持に全能力を使ってたから痛み止めなんて出来やしなかったし、なあ、これって拷問だろ?」


 確かに、拷問かもしれないけど、ハインツさん以外だったら処刑だよな?


 「よく生きてましたね」

 「あいつは妹のことになると見境がなくなる。長男は大変なんだよ」

 そうは言うけど、その人のことをハインツさんも大切にしてるんだろうな、とても顔が嬉しそうだ。


 「まあとにかく、始めるぞ、腕の1、2本は覚悟しとけ」

 「オペの準備は出来てます」

 「腕飛ぶこと前提ですか!?」

 そんなこんなで訓練開始。












 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 「術式完了」

 「お疲れ様です、先生」


 これだけで何があったかは簡単に察することは出来ると思うので、詳しい描写は省く。



 「はあっ、はあっ」

 トラウマになる。マジで。

 「シャルロット、マッサージ」

 「了解」

 と、なんかシャルロットが腕を揉んでる。


 「な、何?」

 「しっかり筋肉をほぐしておかないと、違和感が残る」

 なんか、凄く気持ちいい。

 シャルロットの手って、柔らかいな………って、なに考えてる俺!


 「よし、俺は血を処理してくる」

 なんか凄い言葉を残して、ハインツさんが走って行くような音がする。

 当然その血は全部俺の血だ。


 ………ふと気付くと、俺って、どこに寝てるんだ?

 地面の上じゃない、それは間違いない。

 何か、高い、病院のベッドか、それ以上に高い。


 「なあシャルロット」

 「今はいいけど、それ以外ではタバサ」

 注意された。


 「そうだった、けど、ハインツさんもそう呼んでたけど?」

 「あれでミスはしない人」

 俺って、信用されてないのね。


 「それはともかく、何?」


 「ああ、俺って、どこに寝てるんだ?」

 首が上に固定されてるので周りの様子が分からない。


 「ハインツが作った手術台」

 「作った?」

 「土の魔法、『クリエイト・ゴーレム』の応用。ハインツは「土」もトライアングルクラスだから」

 「そっか、ギーシュとは比較になんねえんだな」

 あいつは「土」のドットだったはずだ。


 「終わったぜー」

 「早いですね!」

 もう帰ってきた。


 「ふ、俺はいつでも全力疾走の男だ」

 「暴走の間違い」

 シャルロットの突っ込みは相変わらずキツイ。


 「さーて、そろそろ大丈夫かな」

 そういいつつハインツさんが魔法を唱える。


 「どうよ?起き上がれるか?」

 「お?大丈夫です」

 つーか、完治してる。


 「ふ、またつまらぬ物を切ってしまった」

 「お見事です。先生」

 「出来る限り、切らないで欲しいんですけど」

 ホントに、何とかなんないかな、この仲良し兄妹。


 「だがしかし、初心者にしてはやるな才人」

 「うん、びっくり」

 「そうですか?」

 よくわからんけど。


 「確かに“身体強化系”は“他者感応系”や“解析操作系”に比べれば使いやすい、だいたい直感的に使えるからな、だが、“全身強化”を発動させ続けるには結構こつがいるんだぞ」


 「へえ」

 特に意識してなかったけど。


 「でも、手も足も出ずコテンパンにやられましたけど」

 ハインツさんはあり得ないくらい強かった。


 「言ったろ、俺は強いと、そりゃ、仲間内じゃ6番目だがな」

 ハインツさんで6番目って、どんな化け物集団だ?


 「だけど、ハインツの“林”を出させた」


 「はやし?」

 なんじゃそりゃ?


 「“林”ってのはハインツ流戦闘術の第2段階だ。最強モードが第4段階で、その2番目だ」

 2番目で“林”ってことは……


 「1番目は“風”ですか?」


 「正解、3番目は“火”、最後が“山”だ」

 ようは風林火山なんだな。


 「ま、難しいわけじゃない、ようは、先の先、先の後、後の先、後の後ってだけの話だ。ジャンプ漫画とかで聞いたことくらいはないか?」

 ああ、なんとなく分かる。


 「先の先ってのが、自分から切りかかるんでしたっけ?」


 「ま、新陰流だの、示現流だのになったらもっとしっかりした定義があるんだろうが、俺の基本は暗殺術だからその辺は適当だ。“風”ってのは先の先、お前を散々いたぶってた速攻のことだ」


 「ああ、あれですね、どうやったらあんなに速く動けるんですか?」

 俺より段違いに速かった気がする。


 「腕に秘密がある」

 シャルロットが答えた。

 「腕?」

 「そう、実は『フライ』で低空飛行してたんだよ俺は」

 あれ?


 「杖、持ってましたっけ?」


 「そこがポイントだ、実は俺の杖は、地球の外科手術で一度取り出してもう一度埋め込んだ“腕の骨”なんだ」

 「マジですか!?」

 「マジ」

 そりゃあとんでもない話だ。


 「普通、接近戦をするメイジは杖に『ブレイド』や『エア・ニードル』などを纏わせて切りかかる。しかし、それと『フライ』を併用するのはかなり高等技術だし、ロスが出るのは避けられない。だが、普通の武器を使えば問題ない、が、杖と剣、両方を持つ必要が出てくる。だから軍隊なんかでは軍杖、レイピアみたいのを使うんだが」

 「ハインツの場合、通常の武器を持って戦いながら魔法を撃ってくる。とても厄介」

 シャルロットが引き継いだ。

 まてよ、ってことは……


 「あれもそうだったんですか?」


 「そう、『フライ』で飛びこんで切りつけるのが“風”だとしたら、鍔迫り合いに持ち込んで、ゼロ距離から『エア・ハンマー』や『ウィンド・ブレイク』を叩き込むのが“林”だ。最後になんとか“風”を受け止めたお前がものの見事にくらった奴な」

 うわー、卑怯くせえ。


 「何でもありですね」

 「これでもまだましな方」

 すると、シャルロットがそう言った。


 「そう、で、後の先、相手に攻めさせてカウンターを狙うのが“火”だ。“林”と違ってこっちから切りこむ分がないから強力な魔法が使える。『ライト二ング・クラウド』や『氷槍(ジャベリン)』なんかだな」

 「不用意に飛び込むと串刺しになる」

 つまり、ハインツさんに切り込むのも危険ってわけか。かといって受けてたら“風”や“林”が来る。


 「以前シャルロットも串刺しになったことがある。俺の『ジャベリン』で思いっきり腹をぶち抜かれたわけだ、その後、怒り狂ったイザベラによって俺はただの串刺しじゃなく、心臓と肺と喉を串刺しにされた上で火焙りにされた」

 それって、絶対死んでる。確実に死んでる。

 「ま、幸い、骨杖に仕込んどいた“遅延呪文”があったから串を『錬金』で水に変えて何とか逃れた。一歩遅ければ死んでたかもな、はっはっは」

 なんでそれを笑いながら言えるんだろう?


 「で、俺の最強の戦闘モードが“山”、後の後、つまりひたすら防御に徹する」

 「? それでどうやって勝つんですか?」

 「簡単だ。『錬金』で毒ガスを作り出して、自分は解毒剤を飲んでおく、後は相手が毒で死ぬのをひたすら待つ。自慢だが、この戦い方で負けたことは一度も無い」

 「外道」

 シャルロットが非難する。つーか、ありかそれ? いや『風林火山』すべてまっとうな戦法はなかったけど。

 たしかに外道。なんていうか、武田信玄に失礼だ。


 「俺の仲間からも同じ感想をもらった。なので、訓練のときは『毒錬金』は禁止ということになった」

 『毒錬金』て。


 「“ハインツブック”に書いてあったろ、地球に『錬金』が伝わったら多分滅ぶって、これがいい例だ」

 確かに、勝てる気がしない。


 「まあ、強くなりたかったら俺を超えてみろ、そうすりゃ大抵の奴らに勝てる。その暁にはシャルロットとの交際を認めよう。あてっ」

 シャルロットが無言で杖で殴っていた。


 と、そこに。


 「あれ、サイトさん?その方はいったいどなたですか?」

 シエスタが通りかかった。と思ったら。


 「あれ? タバサもいるじゃないか」

 なんかギーシュもいるし。


 「お、学院生にメイドか、俺はこいつの保護者で学費負担者だ」

 すると、ハインツさんが自己紹介する。


 「え? と、ということは、貴方は貴族様ですか!?」

 恐縮するシエスタ。そういや、ハインツさんってマント着てないんだよな。


 「別にそんなに恐縮することはないさ、貴族といっても同じ人間だ」


 「貴方は違う、悪魔」

 そこにシャルロットの訂正が入る。


 「ところで、君達は何をしていたんだい?」

 気にせず話を続けるギーシュ、大物だよなあこいつ。


 「なーに、ちょっとした訓練ってやつさ、とーぜん俺が勝ったけどな」

 胸を張るハインツさん、いつでも楽しそうだよなあ。


 「いや、勝てるわけがないです」

 この人強すぎ。


 「なんと!サイトが負けたのかい」

 「サイトさんが負けたんですか!?」

 驚く二人、そんなに驚くことかな?


 「まあなー、何しろ俺は才人の師匠だから」

 いつの間にかそういうことになってた。まあ、この人の助言でギーシュに勝ったようなもんだし、間違いじゃないな。
 

 「へーえ、サイトの師匠なのかい」

 「知りませんでした」

 なんかあっさり信じてる二人。


 「ついでに、こいつの師匠でもある。魔法方面の弟子と、剣方面の弟子ってとこだな。そして神に選ばれた伝説の名医であり、そいつが言ったように悪魔だ。というわけでそろそろ俺は帰る。また会おう」

 すると、ハインツさんは『フライ』で飛び上がった。

 てか神に選ばれた悪魔、って………


 「さらばだ、明智君!!」

 そう言い残して。




==============================================

 あとがき

 じっくりとちゃんとした文章を作るより、思いつくままに粗く稚拙な文を書いてしまってる作者です。自覚はしてるんですけど、勢いで書いちゃう性分なのでご勘弁を。

 ギーシュたちとハインツの邂逅を少し変更しました。5話投稿と一緒に直そうと思ってたのですが、指摘のほうが速かったですね。あと、この時点ではまだルイズは会ってません、彼女が会うのは結構先です。

 それから、この時点でのシャルロットが抱くイザベラへの感情は、既に姉に対する愛情になってます。イザベラは、彼女を気遣ってることを隠そうとしてましたが、ハインツおよび口の軽い本部の連中が洗いざらい話してるので、シャルロットは既にイザベラの愛を知ってます。このあと、吸血鬼事件の時に、自分の目と耳で確認しますが、そのときもシャルロット的には愛情+20%増、といった感じです。
 逆にイザベラはシャルロットへの愛情リミッターが解除され、結果ジョゼフをも打倒します。最強シスター伝説ガリア版(アルビオン版も有ります)

 というか、私の作品の姉キャラって妹の事になると見境無いなあ。でも世界最強の姉キングはカトレアさんです。彼女の前では、かの”博識の魔女”も”小さなルイズ”になってしまいますので。彼女を前にして悪意を保てる者はいません。

 



[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第六話 武器屋にて
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/06 00:11
 ハインツさんは嵐のようにやってきて風のように去って行った。


 ホントに自由な人だ、というか、なに考えて生きてんだろ?


 そんな疑問にとらわれながら、俺はその姿を見送っていた。





第六話    武器屋にて




■■■   side:才人   ■■■



 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 上から俺、シャルロット、ギーシュ、シエスタの順番。

 俺達は一様に無言だった。


 とんでもない速さでハインツさんは飛んで行った、そして、上空で竜に咥えられて去って行ったのだ。


 「いや、うん、凄い『フライ』だね、それに、立派な竜だ」

 ギーシュが復帰。


 「私の魔法の師匠だから」

 それでも少し誇らしげなシャルロット、やっぱり兄なんだな。


 「で、でも、なんというか、凄い方でしたね……」

 シエスタは未だ困惑中。


 「うーん、ハインツさんだな」

 そうとしか表現できない。

 ハインツさんはハインツさんという以外の表現が出来ない。その点だけは確信できた。


 「ハインツさん、急いでたみたいだけど、なんかあったのか?」

 ちょっとシャルロットに聞いてみる。

 
 「彼はいつもあんな感じ。でも今回は事情がある」


 「へえ、どんな?」

 聞いていいことなのか分からんけど、好奇心で聞いてみた。

 
 「イザベラ姉さまが好きな味つけのトリステイン料理をいくつか覚えたから、早速作ってやろう、って意気込んでたから。たぶんそれ」

 
 「……そうか」

 
 「それから、”そろそろアイツ専用のドリンクのストックもなくなる頃だし、疲れが溜まってるだろうからマッサージしてやらんと”とも言ってた」

 ……なんというか。少し、いや、かなりの兄バカっぷりだ。


 「そうなんか…、でもさ、お前の姉さんってそういうの嫌がらないの?」


 「そういうの、って?」


 「いや、ハインツさんにあれこれと世話焼かれるの、嫌がらないのかな~って」

 年頃の女の子なら、兄貴があれこれ干渉してくるのは嫌がるはずだ。俺のクラスの女子とかはそんな感じだったしな。


 「ううん全然。むしろ姉さまからハインツに頼むことも多い。”ハインツ~、首と肩揉んで~”って」


 「…………………そうか」

 絆が深い兄妹というべきか、お互いに深刻なシスコン&ブラコンというべきか。

 多分後者だ。まあそれはさておき。


 「ところでギーシュ、お前、何でここにいるんだ?」

 あの決闘の後、ギーシュとは和解したというか、一緒に一番の重傷だったマリコルヌを見舞いに行った。

 その際に文句を言われて、キュルケ直伝の論戦であっさりと負かして帰ってきた。

 ………見舞というより、止めを刺しに行った、の表現の方がいいかもな。

 ま、それ以来、ため口で話すくらいの関係にはなってる。


 「それを言ったらタバサもだと思うがね、僕はダンスの経験はあるから練習には参加しなかったんだ。何しろ練習は男女混合じゃないんだよ、何が悲しくて男同士でダンスの練習なんてしなくちゃいけないんだい?」

 それは確かに、フォークダンスの練習並に虚しいな。

 「確か、ここの男女比って、2:1だったよな?」


 「そう、男子が一学年60人、女子が30人、男の半分は余ることになる。まあ、舞踏会というのはたくさんの人と踊るもんだから踊れないのはいないと思うが、最初の組み合わせというか、やっぱりカップルみたいのは自然と出来るんだよ」


 「つまりは、飢えた男子による壮絶な奪い合いが展開されると」

 そこは地球と変わんねえな。


 「そう、しかし、その争いに勝利し、真っ先にダンスを申し込んで秒殺された日には目も当てられない。人生最悪の日となるだろうね」


 「怖いな、ところで、シエスタは何でここに?」


 「私は午前の仕事を終えたので使用人用の宿舎にいったん戻ろうとして、そこでサイトさんと、ミス・タバサと、えーと……」

 「ハインツ」

 「は、はい、ミスター・ハインツを見かけたので声をかけたんです」


 なんか、ミスター・ハインツって感じじゃないよなあの人。


 「ハインツさんでいいんじゃないか?」


 「そ、そんな!貴族の方をそのように呼ぶなんて出来ませんよ!」


 「ま、普通の平民ならそうさ、東方出身の君とは違うんだよ、サイト」


 ま、そんなもんか。


 「さて、僕はヴェルダンデのところに向かうとするかな」


 「あ、私も宿舎に戻りますね」


 「応、またな、二人とも」


 「ばいばい」

 それで、シエスタとギーシュは去って行った。





 「さーて、どうしよ?」


 「私と戦う?」

 すると、シャルロットから思わぬ提案があった。


 「シャルロットと?」


 「うん、1年くらい前から『ブレイド』を用いた接近戦もハインツから学んでる」

 なるほど、流石はエージェント。


 「といっても、魔法相手じゃ俺多分なんにも出来ないよ?」

 流石に「風」の魔法が相手じゃなあ。


 「ここは、条件を合わせて剣で」

 そういいながらシャルロットが取り出したのは細身で、でも、つくりがしっかりしてるナイフというか、レイピア?


 「それは?」


 「エストック、突き刺すのが基本だけど、切ることも出来る。軽くて丈夫」

 なるほど。


 「ハインツさんもそうだけど、メイジって、刃物も使うのか?」


 「圧倒的に少数派、けど、接近戦では魔法よりナイフで心臓をえぐる方が速い、逆になんで使わないかが不思議」

 うーむ、この辺の思考は流石は兄妹だ。


 「じゃあ、軽く手合わせお願いできるか、多分長期戦は無理だから」

 ハインツさんに散々ぼこられたからな。


 「うん、ハインツがいないから、怪我をしないように寸止めで」

 ハインツさん(水のスクウェア)が居る場合は怪我上等ということ。


 「了解」


 それで、もう少し訓練を続けることに。ハインツさん(水のスクウェア)が居る場合は怪我上等ということ。







■■■   side:ルイズ   ■■■



 ダンスの練習というか指導を終えて、私はアルヴィーズの食堂に向かった。


 「ふう、あの女、ほとんど私に押し付けたわね」

 一応キュルケも指導する側だったんだけど、あいつは実演だけしたらとっとと退散してしまった。


 「おかげで私が全部教える羽目に、というか、皆経験無さすぎよ」

 予想以上にダンスの経験がない貴族が多かった。いや、あるのもいたけど、何か変なステップだったりして微妙に間違えているのばかりだったから、かえって何も知らないやつより教えにくい。


 「まったく、家でどんな教育を受けてたのかしら?」


 ってこれじゃあ、サイトの変なイメージの貴族みたいだわ。

 なんてことを考えながら歩いてると、その使い魔がいた。

 けど、一人じゃない、剣らしきものを持ってもう一人と対峙してる。

 あの小さな体は……タバサ以外にはいないと思うけど。


 私は確かめるために歩いて行った。







 「何やってんの?」


 「練習」

 「お、ルイズ」


 練習ね、って、見りゃ何の練習かはわかるけど。


 「なんでタバサが剣なんか振ってるの?」


 「『ブレイド』を使った接近戦の模擬戦、トリステインでは魔法衛士隊、ガリアでは花壇騎士団で多く使われてる」


 そういえば、お母様も魔法衛士隊に昔いて、『ブレイド』で接近戦をやったって言ってたかしら。


 「それで、なんで“これ”相手なの?」


 「おいおい、“これ”はねえだろ」


 「あんたなんか“これ”で十分よ」

 だって使い魔だし。


 「他にまともな人材がいなかった。生徒の大半は接近戦の経験がない」


 「それはそうでしょ、軍隊じゃないんだから」

 トリステインにも兵学校はあるけど、ここは貴族学校。戦いよりも礼儀作法の方が重要視される。


 「で、これを使ったわけか、確かに練習用のかかしくらいにはなりそうだけど」


 「なあ御主人さまよ、自分の使い魔を貶して楽しいか?」

 犬の抗議は無視する。勝手にふらふら出歩く使い魔は犬で十分。


 「ところで犬、剣なんてどこで習ったの?」


 「いや、このルーンの影響らしい。てゆーか、犬はやめて」

 そういって左手のルーンを見せる犬。


 「ふーん、使い魔のルーンには主人と交信ができたり、使い魔の能力を上げるものがあるっていうけど、それかしら?」

 結構一般的な話よね。


 「それ、ガリアではルーンを人間に刻んで、“ルーンマスター”とする技術が開発されてる」

 そこにタバサが一言。

 「へえ、流石は魔法先進国ガリアね。トリステインじゃまだそんな技術はないわよ」

 ルーンを自在に刻むなんて、聞いたことも無い。


 「ところで犬、あんた、剣なんて持ってたっけ?」

 こいつの荷物はあの“のーとぱそこん”ってのと、こいつの国の字で書かれた本くらいだったはず。


 「いや、シャルっいて! タバサから借りたんだけど」

 なんか、タバサが杖で犬を叩いてる。まあ、別にいいけど。


 「じゃあ、明日は虚無の曜日だから、ついでに剣も買うわよ」


 「っていいのか? あと頼むから犬はやめて」


 「却下、あんたはしばらく犬よ、決定。で、番犬なんだから牙がないと意味無いでしょ。魔法学院の中では必要ないかもしれないけど、トリスタニアに出かける時とかは私の護衛も兼ねるんだから」

 使い魔の役目の主たるは主人の護衛。

 まあ、鳥とかだったら感覚共有や秘薬探しがメインになるんだけど。人間のこいつじゃそれくらいしか使えないし。

 「おお、暴力主人が優しい」

 「馬鹿にしとんのか!」


 「ぎゃあああああああああああああああああ!!」

 吹っ飛ぶ犬、ふん、いい気味だわ。アンタが変なこと言わなきゃ暴力なんて振るわないわよ、多分。


 「ナイス爆発」

 タバサがサムズアップして言う。微妙な賛辞だわ、嬉しくないし。

 しかも犬に『治癒』を掛けてるし。でもこの娘に怒るのは、なんか気が引ける。ツェルプストーだったら大いに文句を言うとこだけど。


 「それに、元々あんたの服とかも買いに行く予定だったでしょ。いきなり召喚されたあんたが着替えなんて持ってるはずないし、あんた、すぐ服をぼろぼろにするし」


 「い、いや、その原因の大半はお前…………」


 「主人に逆らった犬への体罰よ」


 「せめて、もう少し穏便に、使い魔にも人権はあると思うんですが……」


 「ないわよ、そんなもの」

 そもそもアンタ以外の使い魔は動物でしょ。”人“権はないわよ。


 そんなわけで、明日はトリスタニアへ行くことに。
















■■■   side:才人   ■■■



 俺とルイズは、 トリステインの城下町トリスタニア の中央通りを歩いていた。魔法学院から乗ってきた馬は、門をくぐってすぐの駅に預けてある。

 「腰いてえ」

 俺にとっては生まれて初めての乗馬だった。確かに乗馬は面白かったんだけど、揺れて揺れて大変だった。このときばっかは“他者感応系”ルーンの方が良かったなあと思う俺。

 揺れる視界でひょこひょこと、街への興味を自前の餌にしながら歩く。ルイズは隣を歩きながら、横目に見てくるし。


「情けない。馬にも乗ったことがないなんて、これだから平民は……」

 そこ平民関係ねえだろ。


「うっせ。だいたい、初乗りするヤツを三時間も乗せっぱなしにすんじゃねえよ」


「あの距離を歩いてきたら日が暮れちゃうでしょ。だからよ」

 まあ、そうなんだが。シルフィードならもっと速いんだけどな。

 不毛だ、この話題は打ち切ろう。

 俺は、きょろきょろと通りを見回す。白い石造りの街は、なんだかテーマパークに来ているような錯覚を覚えさせてくれる。一度シャルロットと来たことはあるけど、あん時は夜と早朝だったから店はほとんど閉じてた。開いてるのは飲み屋くらいだったか。

 果物や肉、籠かごなど。様々な露店を出している商人たちの群れ。

 のんびり歩いていたり、露店で品物を物色していたり、早足で人の群れを縫うやつがいたり。

 この通りには、老若男女を取り混ぜた人々が行き来をしていた。全体的に、魔法学院の人々より素朴な感じの印象を受ける。

 ああ、実に新鮮だ。新鮮だが、なんか違和感がある。左右を見比べ、おもむろに前を向く。露店が並んでいる所為もあるのかもしれないが……。


「やっぱ狭いな」


「狭いって、これでも大通りなんだけど」


「これでか?」

 道幅、おおよそで4メートル。これに加え、路の両端には露店のスペースがとってあるのだ。人が歩けるスペースは、自動車一台がぎりぎり通れるかどうか、程度の幅になっている。

 これは狭い。

 どう見積もっても大通りというにはあまりに狭い。普通に歩くのさえ一苦労だ。あんときも思ったけど、地球の道って広いんだな。


「ブルドンネ街。王都トリスタニアで一番広い通りよ。この先には、トリステインの王宮があるの」


「ん?  王宮に行くのか?」


「あんたね。女王陛下に拝謁して何する気よ」


「暴力主人の性格を改善してもらう」


 ブンッ

 サッ


 街中なので爆発はこなかった。幸い飛んできた拳は避けることに成功した。


 まあそれはさておいて。

 露店の量は、確かにここが大通りだと言わんばかりだ。

 服やら食い物やらは常識の範疇で、サンゴっぽい燭台やら、なんだか奇怪なカタチのカエル入りの瓶やら、あからさまに胡散臭い真っ赤な水薬ポーションやら、なんに使うんだか全くわからない、昔に絵本で読んだランプの精みたいな姿をしたターバンを巻いた男の像の置物やら。

「少しはじっとしなさい。スリが多いんだからね、ここらへんは。財布はちゃんとある?」

 物騒だな、そりゃ。

 ルイズに預けられた、上着の中の重みを確かめてみる。


「あるぞ、ちゃんと。ていうか、こんな重いもんスられてたまるかっての」

 ずっしりした重量感がポケットに突っ込んだ手からは感じられた。

 さすがにこんなに膨らんでる重たい財布をもって逃げるのは一苦労だと思うんだが。


「魔法を使われでもしたら一発でしょ」


「ああー、そういや、没落貴族が盗賊になったりするんだっけ?」

 これも“ハインツブック”に書いてあった。


「まあね。貴族は全体の人口の一割もいないし、それに、こんな下賎なところにはまず来ないわね」


「貴族がスリしたらどうなるんだ?」


「捕まるわね、そこは当然でしょ」

 そうはいっても、平民に比べりゃ罪は軽いんだろうな。それに、多分賄賂を贈れば恩赦だろ。


「あんたも言った通り、貴族は全員がメイジだけど、メイジの全員が貴族っていうわけじゃないわ。いろんな事情で勘当されたり、家を捨てたりした貴族の次男坊や三男坊なんかが身をやつして、傭兵になったり犯罪者になったりするの。この辺りの裏路地には、そういう人種が少なからずはびこってるのよ」


「やれやれ、魔法は始祖から授かった神聖な力のはずなのに、思いっきり犯罪に利用されてますと」

 人間なんてそんなもんだよな。携帯とかパソコンは便利だけど、その分犯罪にも利用される。


「なあ、あの瓶の形した看板ってなに屋さん?」


「ん? ああ、あれね。酒場よ」

 おお、あれが酒場か。BARか。


「こっちの酒場って入場に年齢制限とかないのか?」


「年齢制限? なにそれ? あんたの居たとこってそんなのあるの?」

 ないらしい。

「お酒は二十歳を過ぎてから、ってな。お、あの×印はなんだ?」


「衛士の詰め所」


「エジ?」


「なに、衛士も知らないの? 警備をする兵士のことよ」

 なるほど、ちゃんと治安維持の部隊はいるんだ。けど、多分首都のここくらいにしかいないんだろうな。


「っていうか、あんた剣買いに来たんでしょうが」

 あ、いっけね。忘れてた。

 「そうだった。それと、服も買って下さい御主人さま」

 ずっと同じ服は流石にきつい。


 「どうしようかしら、暴力主人はまず女王陛下に拝謁して性格を治してもらわないとね」

 うわあーい、思いっきり根に持ってるヨー。


 「申し訳ありません御主人さま、わたくしが悪うございました」

 流石に道が狭いので土下座は出来ない。住所不定無職の俺は飼い主に逆らえぬのであった。


 「さーて、観光もしたし、そろそろ学院に帰ろうかしら」


 「お願いです御主人さま、どうかお慈悲を」

 人間の尊厳なんか捨てる俺。


 「犬は、主人に逆らわないものよね?」

 「ごもっとも!」

 必殺技発動。


 「そう、じゃあ許してあげる。その代り、昼ご飯抜きね」

 「ごもっとも……」

 少しテンションが下がる俺。


 「それから、晩御飯も抜きにしようかしら?」

 「ごもっとも…………くすん」

 泣きたくなってきた。


 「じゃあ、まずは服屋ね」

 歩きだすルイズ。


 「この貧乳め」

 小声で呟く俺。

 流石のルイズもこの活気の中では聞きとれなかった模様。

 ”あら、ちゃんとこれから成長するのよ? まだちょっと先のことだけどね。楽しみにしてなさい。”

 また聞こえる幻聴。この声は一体何なんだ?

 ”我が思念は時空を超える”

 ……深く考えないことにしよう。

 



 で、服屋ではいかにも平民っぽい素朴な服を何着か購入。大貴族のお嬢様にとってははした金の模様。ブルジョワ許すまじ。

 流石に下着コーナーにはついてこなかった、もしついてきたら逆に尊敬するけど。痴女の称号を与えよう。与えた瞬間俺が爆散しそうだが。



 で、他にもルイズが必要だった学用品、羽ペンとか、インクとか、もしくは魔法の本とか、その辺も結構買って、荷物持ちは当然俺。なんか買い物のラインナップが、ダイアゴン横丁みたいだなあ。そーいえば映画でみたあそこも道幅は狭かったっけか?


 「なあマスター・ルイズ、結構重いぞこれ」


 「はむはむ」

 いかにもおいしそうにクックベリーパイとやらを食べてるルイズ、全く反応しない。俺は昼飯抜き、口は災いの門だよなあ。


 ”可愛いわよねえ、ああ、今すぐに私のモノにしたい……”

 無視だ無視。徹底して無視しよう。ただひたすらルイズに問いかける。


 「おーい、次はどこに行くんだ?」


 「はむはむ」

 無反応。


 「ひんにゅ…」

 バキイ

 言い終える前に拳がとんできた。荷物があるので避けることも出来ない。


 「何か言おうとしたかしら?」


 「はい、次はどこに向かうのでしょうか、グランドマスター・ルイズ」

 奴隷解放の日はまだまだ遠いようだ。リンカーン! おお、リンカーンよ!!


 「あとは剣くらいかしら」


「そうだった。ちゅうか、剣屋はどこにあるんだ?」


「確かこっちよ。剣だけ売ってるわけじゃないけどね」

 そう言ってさらに狭い路地裏へ入っていくルイズの後に続いた。









「きたねえ」

 一歩踏み込んだ途端、アンモニア特有の刺激臭やら腐敗臭やらが鼻を突く。おまけに、ゴミや汚物の類が道端に散乱している。

 実にきたねえ。


「これだからあんまり来たくないのよ」

 そりゃ確かにこんな路は通りたくないだろう。俺もそうだ。荷物は頭の上に掲げるようにする。服に臭いが移ったら嫌だし。

 “身体強化系”ルーンに感謝。


「ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺のはずなんだけど……」

 立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回すルイズ。どうやら、軒先の看板を一つ一つ確認しているようだ。


「あ、あった」

 そう嬉しそうに一声呟く。

 視線の先を見ると、剣の形をした銅製っぽい看板が三軒先辺りに吊り下がっているのが見えた。どうやらあれが剣屋、というか武器屋の看板のようだ。その下には確かに武器屋と書かれてる。

 俺達は石段を登り、扉を押し開いて店内に入った。









 店内は昼間だというのに薄暗く、ランプが灯されていた。四列並んだ棚には剣の類が所狭しと並べられ、周りの壁には槍が竹林の如く立て掛けられている。隅には、立派かつ武骨な甲冑が飾ってあった。

 店の奥、パイプをふかしていた50代ぐらいの親父が、店内に入ってきた珍妙な客ルイズと俺を胡散臭げに眺める。

 どうもこの親父がここの店主らしい。店主の舐め回すような視線は、ルイズのタイ留めに刻まれた五芳星で止まった。


「旦那、貴族の旦那。ウチは真っ当な商売してまさぁ。お上に目をつけたてるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」

 うわあ、胡散くせえ。つーか、ルイズは旦那なのか?


「客よ」

 ルイズが、なにやら勘違いしている店主に腕を組んで言った。すると、店主の態度と表情と声色が、いきなりコロリと、なんというかこう、反転した。


「こりゃおったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」


「どうして?」


「いえ、若奥さま。坊主は聖具をふる、兵隊は剣をふる、貴族は杖をふる、そして陛下はバルコニーからお手をおふりになる、と相場は決まっておりますんで」

 座布団一枚、とでも言って欲しいんだろうかこのオッサンは。顔に笑みを浮かべ、卑屈な態度で人当たりのよさそうな声を出す店主に、そんなことを思った。

 とりあえず、そっちはどうでもいい。


「使うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」


「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も剣をふるようで」


 とりあえず剣を一つ手にしてみる。

 おお、いい感じに光ってる光ってる。けど、これは駄目だな“オグマ”よりかなり酷い。この辺のことも分かるのか、“解析操作系”の要素もあるのかな、このルーン?


「剣をお使いになるのは、この方で?」


「わたしは剣のことなんかわからないから。適当に選んでちょうだい」


 それって、カモってくれと言ってるのと同義だと思うが。流石は大貴族のお嬢様、その辺は見事に世間知らずのようだ。




 それから一分と経たぬうちに、店主は1メイルほどの刀身を持つ、小枝ほどの細身の剣を持って現れた。

「そういや、昨今は宮廷の貴族の方々の間で、下僕に剣を持たせるのが流行っておりましてなあ。そういった方々がお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」

 レイピアを受け取る。

 うん、駄目だこりゃ、シャルロットのエストックはあんなに良い剣だったのに。


「貴族が、下僕に剣を?」

 なるほど、煌びやかな装飾が施されていて、貴族の好みそうな美しい剣ではある。

 だけど。

 『実戦向けの剣ってのは、頑丈な剣でもなく、よく切れる剣でもなく、“殺しやすい”剣だ。要は、いかに効率よく相手を殺せるか、それが全てだ。別に相手の鎧を切り裂く必要なんかない、それ相応の技能があれば首に剣を突き刺せば相手を殺せる。一流の技能者が持つならば軽くて速く振れる剣の方が良い』

 剣に装飾なんていらないよな。儀典用ってのが有るらしいけど、俺には関係ねえし。


「へえ、なんでも『土くれ』のフーケとかいう魔法使いメイジの盗賊が、貴族のお宝をさんざ盗みまくってるって噂で、貴族の方々は恐れて、下僕にまで剣を持たせる始末でして。へえ」

 これじゃぜんぜん駄目だ。

 その旨をルイズに伝えようと振り向くと、ちょうどレイピアから目を上げたルイズと目があった。


「どう?」


「いや、ダメだ。これだと折っちまいそうな気がする」

 首を振って、そう告げる。そう、と一言呟いたルイズは、店主に向き直った。


「もっと大きくて太いのがいいわ」


「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。それに見た所その剣は、若奥さまの使い魔とやらの細腕に折られるほどヤワな造りはしておりませんぜ」

 俺は“身体強化系”のルーンを発動させて思いっきりレイピアを振る。

 そこにあった木の箱を真っ二つにするが、レイピアの刀身は曲がりかけてる。


「これでか?」

「大きくて太いのがいいと、言ったのよ」

 ルイズのダメ押しをくらった店主はぺこりと頭を下げると、俺からレイピアをひったくって奥へと消えた。

 顔が少し引きつってたな。



 また少し経って、今度は立派な剣を油布で拭きながら店主が現れた。


「これなんかいかがです?」

 俺はそれを受け取ると、再び鞘から引き抜いてみた。

「店一番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、このぐらいは腰から下げてほしいものですな」

 それは、刀身1.5メイルはあろうかという両手剣だった。

 柄は両手で扱うため長めに作られており、柄尻には虹色に輝く乳白色の宝石がおさまっている。

 鍔つばは三角錐を横倒しにして二つ重ねたような形状をしている。その両端は細く鋭い。


「といっても、こいつを腰から下げるのはよほどの大男でないと無理でさぁ。やっこさんなら、背中にしょわんといかんですな」

 所々に宝石の鏤ちりばめられた柄も鍔も見事な一品だったが、特徴はそっちじゃない。その刀身は鮮やかな青色をしており、自分の顔がくっきり映り込むほどに磨き抜かれていた。


 けど、やっぱし実戦向けじゃねえよな、これ、人間切ったことなさそうだし。

 “オグマ”も“ダグザ”もシャルロットのエストックも、どれも血のイメージが入ってきた。

 剣の装飾ってのは血だ。それがなきゃ剣じゃない。


 我ながらものすげえ発想だな、ハインツさんに思いっきり毒されてる気がしないでもない。というか、”ハインツブック”の剣について書いてあったことだっけか。

 多分これは、観賞用の剣なんだろうな。


「おいくら?」

 けど、ルイズは気にいった模様。

「こいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの“錬金魔術師”シュペー卿で。魔法がこめられてるから、鉄だって粘土なみに一刀両断でさ。ごらんなさい、鍔の所にその名が刻まれているでしょう? おやすかあ、ありませんぜ」

 そうのたまう主人の指先を見れば、なるほど、確かに何か文字っぽいものが刻まれている。うーん、まだ不慣れだけど、シュポー?

「わたしは貴族よ」

 胸を張るルイズって、味方にまわしたらこんなに頼もしく見えるんだな。そんなルイズを見ながら、主人は淡々と値を告げた。

「エキュー金貨で2000。新金貨なら3000」

 ちょっ、高過ぎない?

 こっちの文化を“ハインツブック”で学ぶ際に真っ先に確認したのは当然通貨。

 およそ、1エキューが1万円と考えればいいと書いてあった。ここの平民が1年に費やす生活費がほぼ120エキューだとか。

 1か月10万円生活だけど、公共料金とかは考えてないそうだから、そんなもんかもしれない。んでもって、貴族の国家公務員の年給がおよそ500エキューくらい、年収500万円だな。


「立派な家と、森付きの庭が買えるじゃないの」

 だよね、2000万円だもん。

 日本だったら一戸建て住宅が限界だけど、こっちでは森もついてくるみたい。


「名剣は城に匹敵しますぜ。屋敷で済んだら安いもんでさ」

 いや、ぼったくりだろ。


 「なあ、これ、シュポー、って書いてない?」

 ルイズに剣の柄を見せる。


 「え? あ、ほんとだ」

 ルイズが確認する。


 「ま、マジですかい!?」

 驚く店主、そういえば。


 「なあおっさん、あんた、字読めるの?」

 平民は字を読める方が少ないとか。


 「ま、まあ、貴族の方々を相手にすることもあるんで、ほどほどには……」

 怪しい。

 「要は、学がない平民がゲルマ二アの商人に騙されたわけね」

 ルイズの死の宣告。

 「がーん」

 と言いつつ崩れ落ちる店主。


 「でもまあ、宝石とかは本物っぽいよ、観賞用の剣としてなら貴族に売れるんじゃないか?」


 「そうね、軍人の家系なら軍杖とかを大事にするから売れるかもね」

 頷くルイズ。


 「ほ、本当ですかい!」

 店主復活。


 「だけど、そういう貴族ほど貧乏なのよね」

 ルイズの死の宣告パート2。


 「ぎゃああああああ」

 再び奈落へ落ちた店主。


 「酷いなお前、一度希望を与えておいて、再び突き落とすなんて」


 「あんたも共犯でしょ」


 「かーっかかか!やるねえ!坊主!貴族の娘っ子!」


 その背後、剣の積んである棚の中から、唐突に不思議なトーンの声が聞こえた。


「どこだ?」


「ここだよ! おめえの目は節穴か!?」

 間髪入れずにちょうど目の前・・・から返事が返ってきた。

 目に映っていたのは、抜き身の、錆の浮きまくった一本の剣であった。声は、コレから発されているらしい。


「剣が喋ってる、んだよな?」


「そうだよ! 気付くのおせえぞ愚図!」

 愚図は余計だ。じゃねえ、間違いない。剣が喋っている。おもしれえ。

 どういう仕組みなんだかさっぱり理解できない辺り、実にいい。


「やいデル公! お客様に失礼なことを言うんじゃねえ!」

 店主再復活、商売人としての根性はあるみたいだ。デル公ってなんだ、と思ったが、まあそれは後回しだ。


「それって、インテリジェンスソード?」

 ルイズが聞く。

 長さはさっきの大剣とあんまし変わらないが、刀身がやや細い。薄手の長剣だった。


「そうでさ、若奥さま。意思を持つ魔法剣、知恵持つ長剣インテリジェンスソードでさ。いったいどこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて」

 ただ、表面には錆が至るところに浮いている。手入れとかされてなかったのか? あと、どうでもいいけど、さっきからルイズのことを『若奥さま』って言うのはどうよ? ふつう『お嬢様』じゃね?

 『若奥様」って単語から連想されるものは、あんまりいい感じがしない。なんか知らんけど、でっかい騎士人形が思い浮かぶ、誰かが変な電波を発信してんのか?


「とにかく、こいつはやたらと口は悪いわ、客にケンカは売るわで閉口してまして……。やいデル公! これ以上失礼があったら、貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」

 しかしまあ、喋る剣か、れだけでも……、って、溶かす?


「おもしれえ! やってみろ! どうせこの世にゃ、とっくに飽きが来ちまってたところさ! 熔かしてくれるんなら上等だ!」


「やってやらあ!」


「まあまあ。もったいないよ。喋る剣なんて、最高に面白いじゃないか」

 俺は、左手で錆の浮いた剣を握って、棚から引っ張りおろした。握ったとたんにルーンが光を帯び始めたのは、言うまでもない。


「お前、デルコウっていうのか?」


「ちがわ! デルフリンガーさまだ! 覚えと――?」

 へえ。名前がまたファンタジー調で実にいいな。

 って、いま変なところでセリフ切らなかったか? こいつ。


「名前だけは、一人前でさ」

 主人が、ぼやくように言った。


「俺は平賀才人だ。よろしくな」



 剣は、黙っている。



 さっき、何かに気付いたようにセリフを途中でぶったぎってから、ずっと黙りこくっている。


「おーい?」

 やっぱり反応がない。どうしたものか、と首を捻った頃になって、ようやくポツリと声がした。


「おでれえた。寝ぼけちまってたか。てめ、『使い手』だな?」


「『使い手』?」

 ルーンのことか? “身体強化系”のことをそう呼ぶのか?


「ふん、自分の実力もしらねえのか。まあいい。てめ、俺を買え」

 実力ね。ハインツさんにこてんぱんにやられたばっかりだけど。


「買うよ」

 その返事で満足したのか、剣はまた黙りこくった。


「ルイズ。これで頼む」

 えええ、と言わんばかりの顔になっているルイズに告げた。


「ええええ。そんなのにするの? もっと綺麗で喋らないのにしなさいよ」

 本当に言ったし。

 そう言われてもな。


「いいじゃんかよ。こんな面白い剣なら、大歓迎だぞ?」

 それに、こいつはしっかりしてる。“オグマ”よりも頑丈そうだ。血の感じはあんまししないけど。


「はあ、まああんたが使うんだからいいけど、あれ、おいくら?」


「あれなら、100で結構でさ」

 ルイズの目が少し見開かれた。驚いているらしい。


「安いじゃないの」


「こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ」

 つっても、100万円だよね。


 「なあルイズ、平民の1年間の生活費が120エキューくらいって聞いたんだけど」


 「え、そうなの?」

 出たー、お嬢様発言が出たー。

 “ぎく”って感じの音が店主からする。

 「これに、1年分の生活費をかけるアホっているのか? 汗水たらして稼いだ金を」

 見た目は完全に錆び剣だしな。


 「あんた? 騙すつもりだったの?」

 ルイズが杖を抜く、って、吹っ飛ばす気か?


 「め、めっそうも無い、シュぺー卿の剣だと思ってたのが、偽物ってのがショックで錯乱してまして……………ははは、そういや、偽物だったんだよなあ、俺、何やってんだろ?」

 言いわけのつもりだったんだろうけど、現実を思い出して落ち込む店主。つーか、顔が暗い。


 「ご、ごめん、悪かったわ……」

 あまりの主人の落ち込みように、流石にルイズも謝る。


 「いいえ、いいんでさあ、どうせ俺が間抜けなのがいけなかったんでさあ、ゲルマニア人にとっちゃいいカモだったんでしょうなあ、へ、へへへへへへへ」

 どんどん落ち込む店主、ホントに気の毒になってきた。つーか、目がヤバい。


 「ひゃ、100ね、それでいいでしょ? あ、さっきの細いやつもこいつが少し曲げちゃったから120出すわ」


 「ああ、お恵みをありがとうございます」

 なんか、店の買い物っつうより、乞食への恵みっぽくなってきたなあ。


 少しの間の後、「毎度」という店主の声がする。だが、その声はどこか虚ろだった。


「どうしてもうるさいと思ったら…… こうやって鞘に納めてやれば大人しくなりまさあ……」

 俺は、店主から鞘に納められたデルフリンガーという銘の剣を、確かに受け取った。

 あと、いいかげん元気出せよ。


 「ああ、世の中にはお優しい貴族もいらっしゃるんですね、これからはまっとうな商売に励むことにいたします。またのおこしを」

 なんか、店主のキャラが変わってる。


 そうして、俺達は武器屋を後にした。







 「……………悪いことしたかしら?」


 「どうなんだろ? 世の中には、知らない方が幸せなこともあるかもな」


 といっても、騙された事実は変わんないんだが。


 「あの店主、少なくとも1500エキューくらいは出して、あの剣を買ったわけよね?」

 「だよなあ、けど、それは偽物。装飾用としては売れるかもしれないけど、剣を買いそうな貴族ってのは軍人家系で、しかも大抵貧乏、つまり買えない」

 ようは、あれを売ることは至難の業ってことだ。

 「だけど、貴族相手に偽物を売りつけたら間違いなく死刑が待ってるわ、だから、シュぺー卿の剣だと言って売ることも出来ないし……」

 「……首吊らないよな?」

 なんか不安になってきた。


 「だ、大丈夫よ、きっと、さっき120エキューあげたし、1年分はあるんでしょ?」

 ルイズの中では買ったんじゃなくて、あげたことになってるみたいだ。

 「大丈夫さ、…………多分」

 断言は出来ない俺だった。

 それでも1380エキュー、1380万円の赤字だもんな。

 さっきの感じだと、下手すると…………


 怖いのでこれ以上は考えないことにした。


 「と、とにかく、しばらくあの店に行くのはやめましょう」


 「そ、そうだな、もし別の店になってたら、嫌な想像しかできない」

 俺達の意見はこれまでになく一致した。


 店主に幸あれ。


 そんな感じで俺達は学院に戻った。












[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第七話 土くれのフーケ
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/12/06 00:13
 俺とルイズは武器屋の店主の行く末を考えないようにしながら魔法学院に帰ってきた。

 とはいえ、また馬に乗って帰ってきたので、俺にとってはかなりきつかった。

 ルイズは大貴族のお嬢様のようで、魔法が使えないから行動が全部自力になる。

 ようは、意外と体力があるのであった。





第七話    土くれのフーケ




■■■   side:マチルダ   ■■■


 “土くれ”の二つ名で呼ばれ、トリステイン中の貴族を恐怖に震え上がらせている盗賊がいる。

 それは、フーケと名乗るただ一人きりのメイジ。

 フーケは、北の貴族の屋敷に、宝石の鏤ちりばめられたミスリルのティアラがあると耳にすれば、繊細に忍び込んでこれを盗み出す。

 南の貴族の別荘に、先王から賜りし家宝の杖があると知れば、別荘を粉々に破壊してこれを頂戴する。

 東の貴族の豪邸に、白の国アルビオンの細工師が腕によりをかけて作った真珠の指輪があると聞けば、白昼堂々とこれを奪い去り。

 西の貴族の酒倉に、値千金百年ものの鈴ワインがあると見れば、夜陰に乗じてこれを拝借した。

 その姿は、まさに神出鬼没の大怪盗。現代魔法使いメイジ最悪の愉快犯。

 それが“土くれのフーケ”。

 フーケは事あるごとに手管をがらりと変えるため、トリステインの治安を預かる王室衛士隊の魔法衛士たちも、まったく尻尾をつかめないまま振り回されている。

 だが、そんなフーケの気分屋な仕事ぶりにも、一つだけいつも変わらないことがあった。フーケは、狙った獲物の在り処に忍び込む時には、必ずと言っていいほど『錬金』を使う。扉や壁を『錬金』で砂や粘土に変え、苦もなく侵入して目的を達する。


 無論、貴族とて対策は練る。

 フーケの手口が噂として出回ってからというもの、強力な魔法使いメイジに依頼して掛けられた『固定化』の魔法で、屋敷の壁や扉は守られている。

 にも拘らず、なぜフーケは大怪盗の名をほしいままにしているのか?

 答えは単純。フーケの魔力が、『固定化』をかけた魔法使いメイジの魔力を上回っている。

 ただそれだけのことである。


 「なんていうのが俗説なんだけどさ」

 事実はちょっと違う。


 わたしの階級は「土のトライアングル」の中でも上位、そこらのメイジには負けないけど、流石に「スクウェア」が相手じゃ分が悪い。


 このトリステインはメイジの質と量はかなりのもの。人口の問題で絶対数じゃガリアに大きく劣るけど、人口に対する割合なら列国中一番。

 中には、私以上の「土」の使い手もいる。そりゃ、戦場なら話は別だけど、純粋な『固定化』の強度ならクラスがものをいう。


 「だから、厄介そうな時はハインツの“影”、北花壇騎士団内部専門粛清部隊であり、副団長直属でもあるあいつらに依頼するんだよね」

 “アイン”は「風のスクウェア」、“ツヴァイ”は「火のスクウェア」、“ドライ”は「水のスクウェア」、“フィーア”も「火のスクウェア」、そして“フェンフ”は「土のスクウェア」。

 何でも、現在はアルビオン軍司令官、ゲイルノート・ガスパール直属部隊『ホルニッセ』の小隊長を“ドライ”、“フィーア”、“フェンフ”がやってるとかで、担い手の監視は「風のトライアングル」の“ゼクス”がやってるとか。


 「で、その“フェンフ”に頼むわけだ、「土のスクウェア」のあいつと私が同時に『錬金』を使えばどんな『固定化』でも解除出来る」

 北花壇騎士団フェンサー第十一位である私は“デンワ”を持ってるから、増援を呼ぶのは簡単。

 “影”はハインツ直属だから、あいつに連絡さえとればいい。



 時に繊細に、時に豪快に盗みを働くフーケであるが、その正体を見たものは誰もいない。年齢は不明。性別も不明。背格好さえも不明。

 「そりゃそうだよね、複数犯で、男だったり女だったりするんだから」


 分かっているのは、「土のトライアングル」だろうということ。

 「それもはずれの時もある」

 時には“アイン”が来ることもあった、私がゴーレムでぶっ壊して、アインが潜入してお宝を盗み出す。


 犯行現場の壁に、『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』というふざけたサインを残していくこと。提案者は当然アイツ。しかし、時に解読不能の謎の言葉を残していくという。


 「北花壇騎士団フェンサー十二位以内は暗号として“ニホンゴ”を解読できる。で、内容は」


 “ルパン三世参上”


 「時にはあの馬鹿が仕事をすることもあるんだよねぇ、そんな暇はないだろうに」

 仕事仕事で散々飛び回ってるはずなのに、私がテファ達のところに帰っているときに“土くれのフーケ”を代行したりもしてる。

 ま、ようは“土くれのフーケ”ってのは、北花壇騎士団フェンサーの集合体みたいなもんだ。

 七位のあの子は知らないけどさ。


 「ま、そんだけ世話になってるわけだから、このくらいは協力してあげないとね」


 何の意味があるのかはよく分かんないけど、あのハインツが考えること何だから、色々あるんだろうさ。


 「さあて、“土くれ”の出撃だよ」







■■■   side:才人   ■■■


 今、俺は人生の儚さについて考えている。

 リンカーンは偉大だ。奴隷解放をやってくれる英雄を俺は心の底から望んだ。

 哀れなるは住所不定無職のこの身。

 ああ、なぜ神は身分制度などというものを作ったのだろうか? 人間は生まれながらに平等ではなかったのか? 民主共和制に望みをかけ、平民よ、今こそ立ち上がれ! 貴族を主体とした専制国家を打倒し、平等なる社会を築き上げるのだ!

 「なんて、現実逃避してる場合じゃねえか」

 ゆっさゆっさ、ぷらーん。

 体が重力に引かれているにも係わらず、俺の足は地面を踏みしめずに、擬音を垂れ流しながらふらふらと上下に揺れていた。

 結構楽しい感覚だな、浮遊感。

 ってちげえ。そうじゃねえだろ、俺。


 今の俺の状況、塔に宙づり。ロープで縛られ、身動きは一切不可能。観客の皆様、我が姿をご笑覧あれ。

 うん、使い魔虐待にも程があると思うんだよ。


「……おーい。本気か? お前ら。というか正気か?」

 返事は返ってこない。まあ叫んでるわけでもないので、単に聞こえてないだけだろう。もとから、大人しく下ろしてもらえるとは思ってもいなかったから、いいんだけどさ。

 なんで俺は縄で縛られて宙に吊るされてるんだろうね。

 遥か足下の地面は殆ど真っ黒で、目を凝らしてみてもルイズやキュルケの姿はロクに見えない。

 上を見上げれば、塔の屋上と同じ高さぐらいに滞空している影が、星空をバックに羽ばたいている。シャルロットがシルフィードに乗っているのだ。

 ロープの端っこを持ってくれている、今の俺の生命線だ。そのお蔭で、上下振動で酔いそうだったりするんだが、まあ命には代えられない。

 はやく勝負着けてくんないかなぁ。


 まあ、こうなった理由は察してくれ。


 ヴァリエールとツェルプストー。

 この家系は犬猿の仲であり、ルイズとキュルケの二人もその例に漏れなかった、それだけの話だ。発端がなんだったかはもはや忘却の彼方、つーかあの二人も分かって無いだろう。

 で、決闘になりかけたところで、シャルロットがそれを止めて、怪我しない方法で勝負をつけることになった。


 俺が怪我するのはどうでもいいらしい。


 秀吉、あんたは偉大だ。よくまあ関白にまで成り上がったなあ。

 俺には無理だよ、犬から平民にすらなれずここで死にそうです。

 

「いいこと? ヴァリエール。あのロープを切って、サイトを地面に落としたほうが勝ちよ。いいわね?」


「わかったわ」

 俺を見上げながら、二人はこの決闘(単なる勝負と化している気はするが)のルールの最後の確認をしている。

 その声が聞こえるのはシャルロットの「風」魔法のおかげだ。二人に『拡声』をかけているらしい。

 ありがたいんだか、逆に恐怖感が高まるのか微妙なところだ。


「使う魔法は自由。ただし、あたしは後攻。それぐらいはハンデよ」

 ハンデ、と言われたルイズの顔が沸騰しそうになってる。ヤバい。

 あれはもう、俺の安全なんか微塵も考えちゃいないな。


「いいわ」


「じゃあ、どうぞ。――始めるわ!  タバサ!」

 ルイズが杖を構える。

 キュルケの声で、シャルロットがシルフィードに指示を出した。



 遠距離から標的を射抜く魔法は、総じて命中率が高い。

 この程度の距離ならば、何らかの動きがなければ確実にロープを射抜いてしまうだろう。

 揺られる俺はたまったものではないんだが、その辺を気にするほど俺の存在価値は高くないらしい。


 「うっ、なんか酔ってきた」

 あんましブランコとか好きじゃないんだよね、俺。


 だが、それ以前にもっと大きな問題がある。ルイズにとって、問題とは命中するか否かではない。

 ゼロの二つ名は伊達ではないのだ。残念なことに。少しでも成功してくれそうな魔法はあるだろうか?

 ルイズの爆発の威力は洒落にならん。まともに喰らったら死ぬかもしれない。


 ルイズが詠唱を終え、慎重に狙いを定める模様。タイミングを合わせ、杖を振り下ろす。だが、ルイズの振り下ろされたそれからは何も生まれない。

 ほんのわずか遅れ、背後、本塔の壁で爆発が起こった。


 「おわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 爆風に煽られる俺。


 「殺す気か!!」


 怒鳴るが、ルイズは聞いちゃいない。


 「こっから落ちたら死ぬよな」


 「大丈夫、私が助けるから」

 と、隣にシャルロットがいた。どうやら『フライ』で飛んでる模様。


 「ありがとう、って言いたいんだけど、万が一間に合わなかったら俺はどうなるの?」


 「“身体強化”を発動して何とか頭だけは保護して、頭さえ残ってればハインツなら治せる」

 あー、それは確かに。けど、問題がある。


 「でも、また“手術”が待ってるのか?」


 「助手は私、シャルロットが務めます」

 微妙に楽しそうに言うシャルロット、やっぱ兄妹なんだなあ。

 つーか、絶対トラウマになるって、アレ。
 

「ゼロ! ゼロのルイズ! ロープじゃなくって壁を爆発させてどうするの! 器用ね!」

 下では、キュルケが腹を抱えて笑っていた。


「あなたってば、どんな魔法を使っても爆発させるんだから! あっはっは!」

 
 「しかし、キュルケの笑い声って、陽性というか、陰湿な感じがしないよな」


 「あれは才能だと思う、不快感を与えるようで与えない。そういう感情よりも、次は何とか成功させて見返してやろうという気にさせる」

 なるほど、流石は親友、よく理解しているみたいだ。

 そうなんだよな、キュルケが一番ルイズのことを馬鹿にするけど、群れる低俗な連中と違って、正面から堂々と馬鹿にする。それでいて、ルイズのやる気を引き出すというか、怒りを内側に溜めこまないように誘導している節がある。

 つっても、これはシャルロットに聞いた話なんだけど、付き合いが短い俺にそんなことがわかるはずもない。


「さあ、あたしの番ね」

 キュルケが、狩人の目をして俺を吊るすロープを見据える。

 ロープがシルフィードによって揺らされているにも係わらず、キュルケの表情は余裕のソレを湛えていた。ルーンを手早く紡ぎ、手馴れた仕草で杖を突き出す。

 『炎球』はキュルケの十八番なのだそうだ。

 杖の先からメロンのようなサイズの火の玉が生み落とされ、火の粉を尾のように曳ひきながらこっちに飛んでくる。

 ぶっちゃけ怖い。そりゃもう怖い。


 ソレは狙い違わずロープを半ばからぶち抜いて、着弾した辺りを消し炭にした挙句に木ッ端微塵と打ち砕いた。

 宙吊りになるための支えを失った俺が、地面めがけて一直線に落ちる。


 「おわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 「『レビテーション』」


 シャルロットが杖を一振りし、『レビテーション』を掛けてくれたおかげで、俺は怪我一つ無く地面に軟着陸できた。

 しかし、自分に『フライ』をかけながら他人に『レビテーション』をかけるのはかなり高等技術だってハインツさんが言ってた。

 でも、あの人は格が違う。自分に『フライ』をかけながらさらに『エア・ハンマー』とかを撃って来るし、同時に鋭い斬撃が来る。


 『これでもまだまだだ、アルフォンスやクロードの器用さはこんなもんじゃない。戦いながらジグゾーパズルを出来るような連中だからな』

 それは、一体どうやるんだろうと思ったが、ハインツさんの友人ならやりそうだと思えるところが恐ろしい。


 で、キュルケは高笑いをあげた。

「あたしの勝ちね! ヴァリエール!」



■■■   side:マチルダ   ■■■


 「うん、面白い魔法だね」

 あのルイズっていう子はテファ同じ虚無の担い手だそうだけど、まだそれに気付いていない。

 さっさと教えりゃいいとも思うんだけど。

 『簡単に教えたら英雄譚(ウォルズング・サガ)になりません。彼女はこの劇の主演ですから、その目覚めはもっと劇的でないと、それに、才人もまだまだこれからですから、悪魔の脚本はまだ始まったばかりです』

 らしい。


 相変わらず言ってることが意味不明だけど、あいつにまともな説明を求める方が間違ってる。


 「ハインツが事前に宝物庫の『固定化』を解除しといたそうだけど、こりゃ必要なかったね」

 昨日だったかしら、ハインツがここに来た際にそういった仕掛けをやっといたらしいけど。


 「例の“物語”の援護ってやつかね、こっちが仕組んだわけでもないのに、私とあの子達は遭遇する様になってるみたいだよ」

 けど、あの悪魔はそれすらも前提にして計画を練っている。

 ま、脚本はハインツ曰く、『下級悪魔の俺をこき使う上級悪魔』らしいんだけどさ。


 「なんにせよ、チャンスが来た。ここは台本に沿って動くとしようか」


 さあ、演目、“悪魔仕掛けのフーケ退治”の開始だ。





■■■   side:才人   ■■■



 「残念ね! ヴァリエール!」

 高笑いするキュルケの隣、ルイズは膝をついたまま肩を落としてしょんぼりしていた。

 あ、草抜いてる。暗い。


「……なあ、そろそろロープほどいてくれねえか?」

 かなりきつくぐるぐる巻きにされてて動けねえんだけど。具体的には肩の下辺りから踝くるぶしぐらいまで。

 にっこり微笑んだキュルケが、喜んで、と跳ねるような歩みで近寄ってきて。



 ――視線の先、キュルケの背後から聞こえてきた、“どどどど”という轟音と共に固まった。


 「な、なにあれ!?」

 これはルイズ。

 そりゃ俺が聞きたい。なんだよ、あれ。生えた土の柱が、こっちに向かって迫ってくる。ずしん、ずしんと音を立てる二本の柱。

 キュルケが、『ファイヤーボール』を柱の上に向かって飛ばし……、その全貌が照らし出された。


 ――ゴーレム。

 ギーシュの『ワルキューレ』が蟻に思えるほどのフザけたデカさとなったそれが、こちらへと向かって歩いてきていた。


 「あらあ、随分大きいわねえ」

 キュルケが呑気に言う。

 「随分余裕だな」


 「まあね、タバサと一緒にいるってことは、ハインツとも付き合いが長いってことよ。あいつに人間の生首を見せられた時の方がよっぽどホラーだったもの」


 「生首って」

 でも、あの人ならやりかねん、つーかやる、なんせブラックジャックだし。


 「きゃああああああああああああああああああ!!」

 向こうで悲鳴を上げてるのはルイズだな、そりゃ当然な気がする。つーか、まっとうな女の子の反応はああだ。


 「なにか、凄く失礼なこと考えてない?」

 キュルケは鋭かった。


 「イイエ、ナンデモアリマセンヨ?」

 片言になる俺。


 「な、なんで縛られてんのよ! あんたってば!」

 「縛ったのはお前らダロー」

 ルイズがややパニックになってる。パニクッてる奴を見ると冷静になれるって言うけど、ホントだな。


 「うーん、あれの目的は私達じゃないみたい」

 キュルケはやっぱり冷静。


 「なんなんだよ、あれ?」


 「誰が使ってるんだかは知らないけど……、まあ、見たまんまね。ゴーレムよ」


 「それは分かるが、あんなにでっかく出来るもんなん?」


 「出来るんでしょうよ、目の前でそれが動いてるってコトは。でも……、最低でも『トライアングル』はないと、あんなの動かせっこないわね……」


 「私の知り合いには出来るのも結構いる。たしか、アヒレス団長が得意」

 そこにシャルロットもやってきた。

 「へえ、世の中は広いなあ」

 すげえんだなあ、アヒレスさん。誰かは知らんけど。


 「あんたら、妙に落ち着いてない?」

 ルイズも冷静になった模様。


 「そりゃあね、向こうの狙いは私達じゃなくて、宝物庫のようだし、トリステイン魔法学院のお宝が盗まれようが、ゲルマニア出身の私には関係ないし」

 「私はガリア出身」

 「俺、東方出身」

 いやあ、見事にバラバラだ。


 「あんたは今私の使い魔でしょうが! トリステイン貴族の私の!!」

 ルイズが蹴ってくる。


 「いだ! いだ! 蹴るな蹴るな! こっちは動けねえんだから!」

 これじゃ一方的なリンチだ、むしろ処刑か、なんか戦国時代にこんな処刑法があったとか無かったとか。

 リンカーンよ助けてー。


 「なあ。あいつ、ゴーレムで壁をぶち抜いてたけど……、いったい何をやってたんだ?」

 話題を戻す、そうでもしないと蹴られ続ける。


 「そりゃ、一つしかないんじゃない?」


 「宝物庫の中の宝を奪う」

 シャルロットが、簡潔に答えてくれた。

 まあ、宝物庫の壁をぶち抜いてやるような事なんて、どこの世界でも同じだろうな。


 「あの黒ローブが宝物庫から出てきて魔法を使ったとき、何かを握っていたように見えたわ」

 これはルイズ、意外と冷静に見てんのな。しかも同時に俺を蹴ってたんだよな、なんて器用な奴だろう。


 「泥棒、か。魔法が使えると盗み方も派手になんのかね……」



 その後、草原を歩いていたゴーレムがなんの前触れも無く、ぐしゃりと崩れ落ちた。

 ゴーレムは、一瞬にして土の山と成り果てていた。

 俺意外の三人が急いで地面に降り立った時には、小山のように積もった土の塊とだだっ広い草原以外、その場には何も見当たらなかったらしい。


 そんなわけで、魔法学院は見事に怪盗、“土くれのフーケ”にやられたわけだ。









■■■   side:キュルケ   ■■■




 翌朝、魔法学院はてんやわんやの大騒ぎ。なにせ、秘宝が盗まれたんだから当然だけど。

 宝物庫の壁には、最後にフーケが刻んでいったサインが残されていたらしい。

 『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 こりゃ、トリステイン貴族の神経を逆なでしまくるでしょうね。


 その証拠に、これを発見した教師たちは、目撃者としてこの場に呼ばれた私たちのことも忘れ、好き勝手に罵声を喚き散らしている。

 まったく、レベルが低いことだわ、ハインツが愚痴を言うのもよく分かる。


 「土くれのフーケ! 貴族たちの財宝を荒らしまくっているという盗賊か!魔法学院にまで手を伸ばすとは、随分とナメられたもんじゃないか!」
 

 「衛兵はいったい何をしていたんだね?」


 「衛兵など当てにならん! 所詮しょせんは平民ではないか!それよりも、当直の貴族は誰だったんだ!」

 流石、責任転嫁にかけては中々のもの、ロマリアの聖堂騎士には劣るでしょうけど。


 この声に反応したのはシュヴルーズ先生。

 昨晩の当直は彼女だったわけか、けど、こんな事態になるとは夢にも思っていなかったと。

 本来なら、門の詰め所で夜を徹しての待機をしていなければならないはずだけど、自室で寝ていたってとこかしら。


 「ミセス・シュヴルーズ! 当直はあなたなのではありませんか!」

 集まった教師の一人が、さっそくシュヴルーズ先生を追求し始めた。

 オールド・オスマンの来る前に、責任の所在を明らかにしておこうということか。


 あれま、シュヴルーズ先生、泣いちゃってるわ。仮にも教師なんだからもうちょっとしっかりしないと。


 「も、申し訳ありません……」
 

 「泣いて謝ったところで、秘宝は戻って来ませんぞ! それともあなたは、『破壊の杖』の代価を支払えるのですかな!」


 「わたくし、家を建てたばかりで……」

 よよとシュヴルーズ先生が床に崩れ落ちた時、オールド・オスマンが登場。

 てゆーか、意外としっかりと将来設計はしてるみたいね、シュヴルーズ先生。そうか、家建てたのか。



 「これこれ。女性を苛めるものではない」

 「しかし、オールド・オスマン!ミセス・シュヴルーズは当直だというのに、ぐうぐうと自室で寝ていたのですぞ! 責任は彼女にあります!」

 こいつは………誰だったかしら?

 「ミスタ……、なんだっけ?」

 あら、意見が合ったわね。

 「ギトーです! お忘れですか!」

 心底どうでもよかった。


 「そうそう、ギトー君。そんな名前じゃったな。君はどうも怒りっぽくていかん。……君はミセスに責任があるといったが、さて、ここ数年間、まともに当直をしたことのあった教師は、この中にいったい何人おられるのかな?」

 オールド・オスマンとギトーが、集まった教師たちを見回した。教師たちはお互いの顔を見合わせると、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。誰も、名乗り出る者はいない。


 「これが現実じゃよ、ミスタ・ギトー。責任があるとすれば、それは我々全員なのじゃ。この中の誰もが――もちろん、わしも含めてじゃが――まさかこの学院が賊に襲撃されるなぞ、夢にも思っておらんかった。ここにおるのは、殆どがメイジじゃからな。誰が好き好んで虎の巣に飛び込むのかっちゅうわけじゃが……、そこに隙があったわけじゃよ。まったく、彼の言う通りじゃったわい」

 オールド・オスマンが壁の穴を睨んだ。

 ”彼”か、たぶんあいつでしょう。

 「結果、このとおり。賊は大胆にも宝物庫を襲撃し、『破壊の杖』を奪っていきよった。我々は、油断しておったのじゃ。これでは、誰か一人を責めることなど出来はせんよ」

 そこまで言った時、感極まってしまったらしいシュヴルーズ先生が、オスマン老に抱きついた。

 「おお、オールド・オスマン、あなたの慈悲の御心に感謝いたします!わたくしはあなたをこれから父と呼ぶことにいたします!」


 「父と呼ばれるにはちと年を取り過ぎとるがな、で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」


 「この三人です」

 コルベール先生が進み出て私達を手で示す。

 この人、ハインツの話じゃとんでもない使い手らしい、とてもそうは見えないけど。


 「ふむ……、君たちか」

 オールド・オスマンがこっちを向く。

 「詳しく説明したまえ」

 学院長もこうしていると結構威厳がある。すると、ルイズが一歩前へと進み出て、見たそのままを述べた。


 「あの……、大きなゴーレムが突然現れて、ここの壁を壊したんです。それからその肩に乗っていたローブの魔法使いメイジがこの宝物庫から何か長い物……、多分その『破壊の杖』だと思いますけどそれを持ち出したあと、またゴーレムの肩に乗りました。ゴーレムは壁をまたいで草原に出て……、しばらく進んだ後、崩れて土に戻ってしまいました」

 「ふむ。それで?」

 「崩れた時、すぐに土の塊まで降りたんですが……、土しか残っていませんでした。肩に乗っていたローブの魔法使いメイジは、影も形もなくなっていました」

 「ふむ……、後を追おうにも、手がかりナシというわけか」

 考え込むオールド・オスマン。


 「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」

 「それがその……、朝から姿が見当たりません」

 「この非常時に、いったいどこに行ったのじゃ」

 「さて?」

 まあ、噂をすれば影、とはよく言ったもので。


 二人が首を傾げたとき、教師たちの後ろからミス・ロングビルが宝物庫へと入ってきた。

 この人も結構な使い手とか聞いたような聞かないような、どっちだったかしら?


 「ミス・ロングビル。いったいどこへ行っておったのかね? この非常時に」

 「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」

 「調査とは?」

 これはコルベール先生が。

 「ええ。夜中、もの凄い音がして起きたら、皆さんが騒いでいるではありませんか、そして宝物庫はこのとおりの惨状で。中を見てすぐに壁のフーケのサインを見つけたもので、犯人は考えるまでもありませんでしたから、すぐに調査をいたしました」

 「仕事が早いの、ミス・ロングビル。それで、結果は?」


 「はい。フーケの居所らしき情報が手に入りました」

 「な、なんですと!?」

 素っ頓狂な声がコルベール先生から上がった。

 「いったい誰に聞いてきたんじゃね、ミス・ロングビル」

 じっとミス・ロングビルを見据えながら、オールド・オスマンがさらに尋ねる。


 「聞いてきたというのも少し語弊がありますわね、何しろ時間が時間ですから付近の農民も皆眠っておりましたし。ですが、森の猟師は朝方にまだ眠っている獲物を捕えることも多いですから、朝早くから活動します。知り合いが幾人かいたので、その人達に少々話をうかがってみたのです。まあ、平民の知恵というものでしょうか」


 「ふむ、それで?」

 オールド・オスマンの目が鋭く細まる。

 「その猟師の方々が使用してる小屋や廃屋などに最近フードを被った男が出入りしているのが目撃されていたそうです、フーケかどうかは分かりませんが可能性はあるかと、ひょっとしたら盗んだ品の隠し場所程度に利用しているかもしれません。何しろ『破壊の杖』はそう簡単には売れないでしょうし、結構長いものですからあまり持ち歩く訳にはいかないでしょう。一旦学院付近のアジトに隠し、後にとりに来る可能性も捨てきれないかと」


 「黒いローブか、ミス・ヴァリエールの報告とも一致するの。その廃屋は近いのかね?」


 「はい。徒歩で三時間、馬で一時間といったところでしょうか。ですが、可能性がある場所は全部で4つほどあり、学院の一番近くに住んでいる猟師の話では、怪しいところと可能性が低そうな箇所があるとか」
 
 「すぐに王室に報告しましょう! 兵隊を差し向けてもらわねば!」

 これはコルベール先生。

 「ばかもの、王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! 第一、身にかかる火の粉も払えんで何が貴族じゃ!魔法学院の宝が盗まれた以上、これは魔法学院の問題じゃ! 無論、我らで解決する!」

 オールド・オスマンはそこまで一気にいうと咳払いを一つした。


 「とはいえ、誇りに拘ってフーケを取り逃がしてはそれこそ本末転倒じゃ、よって同時に進めよう。まず、オリヴァン君」

 「はい」

 やっぱさっきのはわざとね、この人、教師の名前ちゃんと覚えてるわ。

 「君の使い魔は確か、ワイバーンであったのう」

 「はい、その通りです」

 「よろしい、今からわしが王都へ一筆したためる故、直ぐにそれを全速力で届けるのじゃ、わしが書いている間に正装をしておいてくれ、大至急じゃ」

 「りょ、了解しました」

 そのオリヴァンという教師は駆けだしていく。


 「ミス・ロングビル、周囲の地図はあるかな?」

 「はい、これですわ」

 ミス・ロングビルが地図を差し出す。

 「うむ、これじゃな、どこが一番可能性が高いのかね?」

 「北側ですわ、それから東と西は大体同じくらいだそうです。一番離れた南側は可能性はほとんど無いと思うとおっしゃってましたが、ないわけではないと」

 よどみなく答えるロングビル、流石は学院長秘書。


 「そうか、では分散して捜索にあたってもらう。4箇所に同時に派遣しフーケと入れ違いにならぬようにし、さらに、使い魔をわしのもとに置いて行くのじゃ、もしフーケを発見したらすぐに使い魔を通してわしに連絡し、わしから他のチームに連絡する。フーケと対峙したものは他のチームが救援にかけつけるまで守勢に徹し、正面から戦わないことじゃ。最終的には王宮の魔法衛士隊が駆けつけるまで持ちこたえればいいわけじゃからな、何よりも秘宝の奪還を最優先とするのじゃ」

 流石はオールド・オスマンというべきかしら、よくまあこんなに簡単に作戦を思いつくものだわ。


 「そして、コルベール君、北側をお願いできるかな?」


 「了解しました。私の使い魔は研究室におりますので、すぐに連れてゆきます」


 「頼んだ。次に、ギトー君、トマス君、アストン君」

 「はっ」

 「はい」

 「はっ」

 3人が答える。

 「君達は東側をお願いする。誰か一人使い魔を残すのを忘れずにな」

 「了解しました」

 ギトーが代表して答える。


 「それから、ライアン君、ジルフェ君、シュヴルーズ君」

 「はっ」

 「ええ」

 「はい」

 これまた3人同時に応える。


 「君達は西側を担当してくれ、例によって使い魔を忘れずにな」

 「わかりました。もう失態はいたしませんわ」

 シュヴルーズ先生は気合い十分ね。


 「さて、残るは南側じゃが、誰にしようかの……」

 考え込むオールド・オスマン、目ぼしい教師は大体挙げたみたい。


 「私が行きます!」

 そこに、ルイズが発言、まあ、こうなるとは思ったけど。



 「ミス・ヴァリエール!?」

 ミセス・シュヴルーズが、驚いた声をあげた。

 その視線の先で、ルイズが、杖を顔の前へと掲げていた。


 「何をしているのです! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」


 「しかしじゃ、シュヴルーズ君、生徒が自主的に志願したのならば、それは尊重してやらねばなるまいて」

 オールド・オスマンは賛成のようだ。


 そして、私も杖を上げる。ここで上げなきゃ私じゃないわ。


 「ミス・ツェルプストー! きみも生徒じゃないか!」

 今度はコルベール先生が。


 「ヴァリエールには負けられませんわ」

 ルイズが行くなら、私が行かないはずがないでしょ。

 すると、シャルロットも杖を上げた。


 「タバサ。あなたはいいのよ、関係ないんだから」

 とはいっても、この子が言うことは予想できるわ。


 「心配」

 予想通り。


 「ありがとう……。タバサ……」

 だから、私はお礼を言う。


 「そうか。では、頼むとしようかの」

 ほっほと笑っていたオールド・オスマンが言った。


 「オールド・オスマン! わたしは反対です!生徒たちをそんな危険にさらすわけには!」


 「まあ大丈夫じゃろう、彼女等には一番可能性が低い南側を担当してもらう。それに、君とて向かうのじゃから、生徒の心配をするのは教師としてはよいことじゃが、自分の注意も疎かにしてはならんぞ」


 「そ、それは…………」

 本当に弁が立つ、流石は学院長。


 「なあに、生徒だけで行かせる訳ではない、ミス・ロングビル」

 「了解しておりますわ」

 即座にミス・ロングビルが応じた。


 「これならいいじゃろう、当然、使い魔は置いて行くのじゃ、それがなければ援軍を送れんのでな」


 「それなら、私のフレイムがいいと思いますわ。タバサのシルフィードは機動力の要になりますし、ヴァリエールの使い魔は一緒に行くことが前提ですし」


 「やっぱしそうなるか、ああ、哀れなるは使い魔の身か」

 少しサイトが落ち込んでる。


 「よし、これにて捜索隊の編成は済んだ。出発は30分後じゃ、各自準備を進めてくれ、秘宝を盗み出した盗賊に我等が魔法学院の誇りを示そうぞ、よいな、皆の者!」


 「「「「「「「「「「   杖にかけて!!  」」」」」」」」」」


 サイトとシャルロット以外の全員が答える。この辺は息ピッタリ。




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 あとがき

 こんにちは、こんな文を読んでくださる方々に感謝。感想を下さる方にはもっと感謝。

 この外伝シリーズは、半分はノリで、半分は勢いで出来てます。なるべく本編と矛盾しないようにと思いますが、いくつか変更もしそうです。

 ほんとうに、半分はネタだなあ…読み返してみると。

 あと、指摘があったところは修正しました。ありがとうございます。骨杖の件は……そのままでいいでしょうか? 直すのもいまさらなので。

 まちがって本編のほうに投稿してしまいました。すぐに削除しましたが、あっちに新規投稿することはもうありません。




[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第八話 破壊の杖
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/07 16:32
 学院の宝物庫から『破壊の杖』とやらを盗んだ盗賊を捕まえに、魔法学院の教師と生徒で捜索隊が編成された。

 4箇所をそれぞれが担当し、俺、ルイズ、キュルケ、シャルロット、それと、秘書のロングビルさんの5人は南側の一番可能性が低そうなところ担当になった。

 で、現在そこ目指して馬車で移動中。





第八話    破壊の杖




■■■   side:才人   ■■■


 準備を済ませた俺たちは、学院が用意した馬車に揺られ、秘宝奪還のために一路森へと向かっていた。

 馬車とは言ったものの、某有名RPGで使ってたような天幕付きのものじゃなくて、荷車みたいな屋根なしのものだ。襲撃された時に迎撃しやすいように、との学院側の配慮らしい。ちなみに、御者はロングビルさんがかって出ていた。

 キュルケが、黙々手綱を握っている彼女に話しかける。


「ミス・ロングビル、手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか」

 話しかけられたロングビルさんは、振り返りながら微笑んで言う。


「いいのです。わたくしは、貴族の名をなくした者ですから」

 キュルケのみならず、ルイズもきょとんとした顔になった。

 シャルロットは……、まあ、いつもどおりだな。何事も無かったように本読んでる。


「え……、だって、あなたはオールド・オスマンの秘書なのでしょう?」


「ええ。でも、オスマン氏は貴族や平民という身分に、あまり拘らないお方なのです」

 ロングビルさんが微笑んだまま言った。


「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」

 キュルケがそう尋ねたら、優しい微笑みのまま、悲しげな微笑を浮かべた。

 どうやら言いたくないらしい。っていうかこの人、表情変わらねえなあ。


「いいじゃないの。教えてくださいな」

 キュルケは興味津々と言った面持ちで、御者台へとにじり寄っていく。

 すると、ルイズがその肩を掴んだ。


「なによ、ヴァリエール」

 キュルケが不機嫌に振り返った。


「よしなさいよ、昔のことを根掘り葉掘り聞くなんて」


「暇だからお喋りしようと思っただけじゃないの」


「あんたのお国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくないことを無理やり聞き出そうとするのは、トリステインじゃ恥ずべきことなのよ」

 恥ずべき、ってニュアンスがよく分からんが、まあ失礼だとは俺も思うぞ。

 口には出さねえけどな。火に油だし。むしろニトロに衝撃か。

 まあ何にせよ、聞かれたくないことを聞くもんじゃないよな。


「ったく。あんたがカッコつけたお蔭で、とんだとばっちりよ。何が悲しくて泥棒退治なんか……」

 つっても、結構ノリノリな気がするのは気のせいか? ルイズが、キュルケをじろり……っていうか、ぎろりと睨んだ。

 怖いぞ。


「とばっちりぃ? あんた、自分で志願したんじゃないの」


「あんた一人じゃ、サイトが危険じゃないの。ねえ、ゼロのルイズ」


「どうしてよ?」


「いざあの大きなゴーレムが現れたら、あんたはどうせ逃げ出して後ろから見てるだけでしょ? サイトを戦わせて、自分は高みの見物。そうでしょう?」

 いや、多分そうなるだろうな、とは思うけどさ。

 でも、ルイズが逃げるってのも考えにくい、こいつの性格からして勝ち目がなくても向かっていきそうだ。


「誰が逃げるもんですか。わたしの魔法でなんとかしてみせるわ」

 いかん、なんか不安になってきたぞ。

 この場で一番頼りになりそうなのはシャルロットだけど……、女の子を頼るのは男として情けなさすぎる。


 『まあ、強くなりたかったら俺を超えてみろ、そうすりゃ大抵の奴らに勝てる。その暁にはシャルロットとの交際を認めよう』

 って、何を思い出してる俺は。


「魔法? 誰の? 笑わせないで!」

 まあ、あれは置いといて、女の子に助けられるのはやっぱり男としてプライドがなあ。いや使い魔なんかやってる時点でそんなもん殆ど無くなってるけど。

 それでも、なぁ?

 なんてそうこう思考の迷路で葛藤してたら、なんか二人が視線で火花を散らしていた。

 またかよ。



「その辺でやめとけよ」


「ま、いいけどね。せいぜい、怪我しないよう頑張りなさいな」












 そうしてガタゴトと揺られること小一時間半、馬車は目的地の森の中に入っていった。

 なかなかに背の高い、針のような葉をした木々たちが鬱蒼と繁っており、奥はなかなか深そうだ。まだ昼間だというのに辺りは薄暗く、それが俺たちの恐怖心を煽ってくる。実に、気味が悪い。


「ここから先は、徒歩で行きましょう」

 見れば、ここから先は道が狭すぎて、荷台がつっかえてしまいそうだった。

 ロングビルさんの意見に従い、全員が馬車から降りる。


 「さてと………」

 といいつつロングビルさんが馬に何かをかけてる。


 「ロングビルさん、何ですかそれ?」

 訊いてみる。


 「これですか、眠り薬(スリーピング・ポーション)ですわ」

 見ると、馬が眠っていた。


 「なんでそんなものを?」

 これはルイズ。


 「私達はこれからフーケを探しに行くわけですし、万が一フーケがいてゴーレムを作り出してきた場合、馬が驚いて逃げてしまうかもしれません。そうなったら馬のお金がむだになってしまいますから、馬って結構高いんですのよ」

 なるほど、流石は学院長秘書。


 「しっかりしてるのねえ」

 キュルケも感心してる。


 「というより、貴族の方々の資産管理がずさん過ぎるのですわ。なまじ金があるものですから湯水の如く使おうとするのです。お金は有限なのですから、ゆとりがあるといっても、無駄金を作っていいというわけではありません」

 そこは中々厳しい。


 「う……」

 心当たりがあるのが一名。トリスタニアでも商品価格なんか見ずに買い物してたもんな、ま、お嬢様だし。


 「お金は有限」

 これはシャルロット、魔法学院に来る前は生活費は自分で稼いでたらしい、なんと12歳から。流石はエージェント。


 「うーん、ちょっと私も反省しないと駄目ね」

 キュルケはお嬢様っていうよりも、性格的に金を思いっきり使うタイプなんだろうな。


 そんな感じの会話をしながら森の奥に。




 先に伸びた細い道は、随分と曲がりくねった獣道のように奥へ、奥へと伸びている。

 先になればなるほど暗く、その先がどこへ延びているかは全くわからない。


「なんか、暗いわね……、いやだ……」

 右後ろでルイズが、奥を見据えながらそう呟いた。その時、ふにょりと何かが左腕に巻きついてきた。そっちを見たら、キュルケが腕を絡めて……、っていうか、抱きついてきていた。


「おい、あんまりくっつくなよ。そんなくっつかれてたら、剣振れねえじゃねえか」

 っていうか、まかり間違って斬っちまいでもしたらシャレにならん。力はあっても、俺自身は素人なんだからな。


「だってー、すごくー、こわいんだものー」

 すげえうそ臭い声色でキュルケはそう言った。というか、思いっきりルイズの方を見て二ヤリとしながら言ってるよね?


 “わかった? 私の仲間はあんたのような盛りのついた犬とは違うのよ、この早漏”

 “分かったのなら去勢されない内に私の目の前から消えなさい、発情犬”


 …………………………何だ?今のキュルケが聖女に見えるほど、恐ろしく邪悪な笑みを浮かべる魔女が脳裏に浮かんだような…

 知らない、俺は知らない、いや、知ってはいけない。

 ”つれないこというわねぇ、悲しくなるじゃない。私、アンタのこと結構好きよ?”

 でたな幻聴。俺に変な電波送ってんのお前だろ。

 ”ご名答、私の得意技よ。私も忙しいから、そんなにちょっかい出せないけど”

 二度と出てくんな怪電波め。



 ちらりと右後ろを見る。

 凄く不機嫌そうなルイズがいる。

 かなり怖い表情ではあるんだが、穢れを知らない純粋な子に見えるのはなぜだろう? この怪電波のせいか?


 左後ろを見ると、本をしまって杖を両手で抱えたシャルロットが、ものすごく頼もしく見えた。

 すまん、頼りにさせてもらうよ、ちっちゃな騎士さま。



 “ああーシャルロットはかわいいなあ、今日の夜ベッドに連れこんで、あんなことやこんなことをしたいなあ。今日から俺のものだぜ、げっへっへ”

 うるさいっての、ひっこめ。

 ”まあ、たしかにそろそろ本格的に多忙になるから、今回で最後かしら”

 なによりだ。さらば怪電波。



 キュルケを片腕にくっつけながら、歩くこと10分足らず。さきほどまでの獣道は、開けた場所に繋がっていた。深い森の中、そこだけはぽっかりと藪が無くなっている。

 広さは、ギーシュと決闘をしたあの広場と同じぐらいか。その中心には、確かに廃屋がぽつねんとたたずんでおり、あからさまに怪しい。壁に添え付けられている朽ち果てた窯は、いったい何に使っていたのだろう?窯の隣には壁の無くなった物置っぽいスペースが空いており、ところどころに枝やら細い丸太やらが散乱している。

 俺たち五人は小屋の中から見えないよう、森の藪の中に身を潜めていた。


「わたくしの聞いた情報によれば、あれがその一つです。他にも3つあり、そこには他の先生方が向かっているのですね」

 そう言って、ロングビルさんは小屋を指差した。


 「キュルケ、連絡は来た?」


 「いいえ、フレイムからは何も。他のチームはフーケを見つけてしないし、『破壊の杖』を見つけてもいないわ。コルベール先生は一番早く着いたけど何もなかったらしいから、今は周囲を捜索してるみたい」


 総指揮は使い魔を通してオスマン学院長が執ってる。

 そうして考えると。

「どうする?ここが当たりの可能性が高くなってきたってことだよな?」



 ひとまず、相談タイムだ。



 本当にいるかどうかを確かめる必要がある、とルイズ。

 居るにせよ居ないにせよ奇襲に限る、とキュルケ。

 おもむろに炎の魔法を使おうとしたキュルケを止め、秘宝が中にあったら大変だ、と諭すロングビルさん。

 それらの意見を聞きながら、考え事に耽っているシャルロット。

 で、それを端から見ている俺。


 違和感なんかないよな?

 別に、“切り込み隊長”だの“移動砲台”だの“遊撃兵”だの“大砲兼司令塔”とかが決まってるわけじゃないし。っかしいなあまだ怪電波の影響受けてるのか?



 数分が経過し、シャルロットが閉じていた目を開いた。

 ちょこんと地面に正座しなおすと、おもむろに小枝を使って地面に絵を描き始めた。

 どうやら、作戦を練り終えたらしい。皆で、その絵とシャルロットに注目する。

 作戦はこう。

 まず、偵察兼囮役が小屋の近くまで赴いてフーケの所在を確認する。もし中にフーケが居るようであれば、これを挑発して外へとおびきだす。土のない場所で巨大ゴーレムを作り出すのは至難であるらしいから、これは恐らく簡単だ。

 そしてフーケが表に出てきたところを、全員で一斉に攻撃する。ゴーレムを作る隙など与えぬよう、集中砲火でフーケを沈めるのだ。

 なおフーケが中に居ない場合は、一人の見張りを残して廃屋内部を探索。『破壊の杖』があればこれを奪取し、即座にこの場を逃走すればいい。

 無かった時はその時で、地道な聞き込みが始まるわけだ。



 「その際に注意がある。巨大ゴーレムが出てきた場合の対処法」

 さらにシャルロットが付け加える。


 「集中的に足を狙う、これが一番効果的」

 「足?」

 これは俺。

 「どんな巨体でも足がなければ動けない、特に関節を狙うのがいい。ルイズ、貴女の爆発は特定の場所を爆破出来る?」


 「え? 私?」

 ルイズが驚く。


 「そう、純粋な破壊力なら貴女の爆発が一番凄まじい。人間を相手に狙うのは制御が難しくても、あの巨体が相手なら可能だと思う」

 何せ、教室を吹っ飛ばしたくらいだもんな。


 「う、うーん、確かに、私の『錬金』は爆発するから、ゴーレムにぶつければ……」

 確かにな、命中性が悪くてもあのでかぶつ相手なら外すことはねえ。


 「ミス・ロングビル、ゴーレムの足に『錬金』をかけて油に変えることは可能かしら?」


 「そうですね、30メイルもの大きさがあれば、部分的な魔法の力は弱いはずですから可能だとは思いますわ。ちょうど、ラインメイジがかけた『固定化』を『錬金』で打ち破るようなものですし」


 「ということは、貴女もトライアングルね?」


 「一応そうです。仮にも学院長の秘書をやらせてもらう身ですので、といっても、流石に先生方には劣りますが」

 キュルケとロングビルさんの連携も決まったみたいだ。


「――で、その偵察兼囮とやらを俺がやればいいのか?」

 こくり、と頷かれた。

 そして簡潔に一言、


「この中で一番速い、かつ魔法無しで動ける」

 だそうな。

 なるほど、確かにルーンさえ使っていれば、俺の身体能力は引き上げられるから、奇襲でもされなきゃやられはしないだろう。適任か。

 了解、と一頷きを返して、店主の人生と引き換えに手に入れた剣を、すらりと鞘から引き抜いた。


 「あああああーーーーーーよーやく出番かーーーー!!たいくつで死にそうだったぜーーーー!!!」


 大声を出す駄剣がここにあり。


 「この馬鹿! 大声だしてどうすんだよ!」


 「あんたの声もでかいわよ馬鹿!!」


 「貴女もよ、ヴァリエール」


 「どっちもどっちですわね」


 「『サイレント』は張ってある」

 シャルロットのおかげで事なきを得た。




 で、左手のルーンが光り始め、瞬く間に体が羽毛のように軽くなっていく。

 たん、たん、とその場で軽く跳躍し、ルーンが発動していることを確認する。なお、罰としてデルフには後でシャルロットの『ライト二ング・クラウド』が叩き込まれることになった。


 「じゃ、行ってくる」と言い残して、小屋に向かって大きく踏み切る。ていうか、跳んだ。


 で、探索開始。


 ……まずはフーケが中にいるかどうかを確認、だったよな。

 壁に張りつくようにさささっと移動して窓へと近づき、こそこそと中を覗き込んでみる。小屋の中は、広さからすると一つの部屋だけのようだった。真向かいの壁には扉がくっついているのも見える。

 部屋の真ん中には埃を被った四つ足のテーブルと、その下に転がった丸椅子が見えた。テーブルの上には酒瓶も転がっており、こちらも埃が積もっている。

 視界左の方には崩れた暖炉らしき石の山もある。その向こうには薪の束が無造作に転がっている。薪のさらに奥手には、チェストがある。木で出来た大きな箱だ。何故だか、この箱は埃が積もっていない様に見えた。ベッドの類は、この小屋には無いらしい。

 部屋を端から端まで見渡したが、先に挙げたもの以外はこの小屋には存在していなかった。


 小屋の中には、人が隠れられるようなスペースは見当たらなかったので、魔法で隠れでもしていない限りは、フーケはこの中にいないと断言できる。


 つっても、ハインツさんの“透明マント”みたいな例もあるから油断は禁物。


 しかし、既にフーケは逃げ去ってしまった後なのだろうか? それとも、何かの魔法で隠れて俺たちを待ち伏せでもしているのだろうか?

 しばし考えはしたものの、所詮メイジでない身ではどうしようもないことに気付いたところで、皆を呼ぶことに決めた。

 後ろの藪を振り返り、頭の上で手を交差させる。×マークってやつだ。それを見たらしい全員が、慎重に警戒しながら近寄ってきた。俺はそんな四人に手短に中の様子を説明し、裏手にドアがあったことを告げた。

 しばらく相談し、ルイズを見張りに、ロングビルさんを周囲の警戒に当たらせることを決め、俺たちは裏手へと回った。





 シャルロットがドアに向かって杖を一振りし、少し経ってふるふると首を横に振った。どうやら、罠は仕掛けられていなかったらしい。

 シャルロット、俺、キュルケの順にドアをくぐる。ルイズは扉の外に居残り、ロングビルさんは……とっくに藪へと消えていた。

 さて、これから『破壊の杖』が部屋のどこかに隠されていないかを探すわけだが。この部屋の中でものが隠せそうな場所なんて、たかが知れてる。

「チェストの中か、崩れた暖炉っぽいのの中か。そうでなけりゃあ薪の中ぐらいしかないんだよな。手分けして探してみようか」

 少し探してみるが、俺の方は外れ、もともと小さい小屋だから探す場所なんてホントに少ない。


 チェストを探索中のシャルロットの方に振り向く。


「破壊の杖」


「あっけないわね!」

 そんなシャルロットとキュルケのやり取りが、どこか遠い。

 俺は、その『杖』から目が離せなかった。


「……お、おい。それが、本当に、『破壊の杖』なのか?」

「そうよ? あたし、見たことあるもの。宝物庫を見学した時にね」

 マジかよ。手のひらでだいたい5つ分ぐらいの長さの、どうみても杖には見えないオリーブ色の円柱。

 っていうか、これってアレだよな? 戦車とかぶっ倒す時に使うやつ。いや多分別物だけどさ。


「きゃぁあああああああ!」



 ルイズの、絹を裂くような悲鳴が部屋にこだました。

 何事かと一斉にドアを振り向いて、半秒。形容しがたいほどでかい破砕音を撒き散らして、小屋は中から青空が見えるようになった。

 そしてそのよく晴れた空をバックにし、土色のぶっとい梁が一本、天井が綺麗さっぱり消失した壁に渡されている。

 ――って!

「「ゴーレム!?」」

 キュルケと俺が唱和して、シャルロットが動いた。微かな呪文らしき声がして、身長よりも大きな樫の杖が手首のスナップのみで振られる。杖の先辺りの空気がみるみる渦を巻き、巨大な竜巻へと変貌する。

 シャルロットが杖を突き出すと、その竜巻は土人形ゴーレムを飲み込み――通り抜けた。

 ゴーレムは微動だにすることなく、たたずんでいる。

 続けざまに、背後から、っていうか、首の横から短い杖を持った腕が突き出され、耳元で素早い声みたいな音が聞こえた。

 早すぎて一体何を呟いたのかは分からなかったが、突き出された杖が縦に揺れた瞬間、炎が勢いよく杖の先から溢れ出て、その腕と声がキュルケのものだったことに気付いた。

 溢れた炎はゴーレムを絡めとり、飲み込んだ。

 ……ように見えたんだが、燃える炎の中で影が揺らめき、ドアの辺りの壁を巨大な拳が叩き潰した。

 炎も徐々に勢いを失い、ゴーレムの姿が露わになる。

「冗談でしょ!?」

 その体には、焦げ目一つたりともついていない。

「一時退却」

 シャルロットがそう告げ、俺たちは一も二もなくたったいまゴーレムがぶっ壊した壁を抜け、シャルロットが左、キュルケが右に逃げる。


 俺が土人形ゴーレムの足の間をくぐり抜けた瞬間、背後の頭上で何かの弾ける音がした。イズが魔法を使って、爆破したらしい。

 「ルイズ! 足だ! 集中的に同じ場所を狙え!!」


 「分かってるわよ!!」

 爆発が連続的に生じる。


 が、ゴーレムは追って来やがる。


「ルイズ! 俺が抱えて走る! そのまま撃ち続けろ!!」


 「了解!!」


 ここは役割分担だ。俺は速く走れる、ルイズは離れた相手を爆発させることができる。俺は前を見ながら走り、ルイズが後ろを見ながら爆発をゴーレムに叩き込んでいる、と思う。


 だって、俺には見えないし。


 ようはあれだ、俺がバイクを操縦して、ルイズが追手にショットガンをぶっ放してるようなもんだ。アクション映画で良くあるアレ。
 

 「シャルロット!援護いけるか!」


 「任せて!」


 「いっちょかましてやるわよ!」

 キュルケとシャルロットが一斉に魔法を唱える。

 『エア・ストーム』と『ファイアー・ストーム』


 「風」と「火」が折り重なり、強力な火炎の竜巻となってゴーレムの片足に向かって進む。


 「凄い……ゴーレムの足が燃え尽きてる」

 俺は一旦ルイズを降ろす。


 「まだ終わりじゃないぜ、お前の爆発も効いてるみたいだしな」


 「嘘!?」

 って、自分で見てなかったのかよ。


 「よく見ろよ、お前の爆発で削った部分にキュルケとシャ……タバサは魔法を当てたんだよ。だからあんなでか物の足がもげたんだろ」


 「そ、そっか、じゃあ、もう片方の足にも爆発を叩き込んでやれば……」


 「ああ、後は『破壊の杖』を持って逃げるだけだ。他の先生方も応援にくるはずだし」

 キュルケがフレイムを通してあの学院長に連絡を入れてるはず。『破壊の杖』が見つかった以上、後は他のチームと連携しながらフーケを包囲しちまえばいい。


 「って、再生しとる!」


 「嘘でしょ!」

 ゴーレムの足が再生してた。


 「ルイズ、撃て!撃ちまくれ!」


 「分かってるわよ!! 主人にばっかやらせないで、あんたも働きなさい!!」

 
 「無茶言うな! 俺は接近戦専門だぞ! 下手したらお前の爆発に巻き込まれるだろ!」

 俺のルーンは“身体強化系”なんだから、ルイズを抱えて逃げ回ることくらいしか出来ん。


 「ああもう! なんて役に立たない使い魔かしら!」


 「ほっとけ!」

 つっても、任せっぱなしも心苦しい。


 なんて考えてると、今度はゴーレムの右足にシャルロットとキュルケの火炎竜巻が叩き込まれた。

 ルイズの爆発によって脆くなった足はあっさりと焼け落ちる。


 「これならいけそうだけど、精神力が持つかしら?」

 少し冷静になったルイズが言う。


 「よくわかんねんけど、逆に、フーケの精神力が尽きる可能性もあるんだろ?」


 「そりゃそうだけど、フーケの実力なんてよくわからないし」

 つーか、話しながら爆破出来るんだな。そういや、『錬金』ってのはほとんど詠唱はいらないんだったか。

 だからこそ、ハインツさんの『毒錬金』はとんでもない魔法になるそうだが……


 ……ハインツさん? そういえば…………


 『お前や俺に限らず、たまに地球からこっちに品物が流れ着くことがあるのさ。“場違いな工芸品”なんて呼ばれてもいるが、俺にいわせりゃ異界の産物、この世界に本来ない異物だ。考えてもみろ、核兵器なんて流れて来た日には洒落にならんだろ?』


 なんて言ってたよな。つまり、『破壊の杖』もその一つってことだ。

 ま、“ハインツブック”がある時点でそもそもおかしいんだよな。


 それはともかく。


 「なあルイズ、足じゃなくて全体を破壊できればあのゴーレムは再生しなくなるか?」


 「え? うーんと……確かそうよ、一度『クリエイト・ゴーレム』で作ったゴーレムは、行動が完全に不可能になるほど破壊されると修理が出来なくなる。ギーシュの『ワルキューレ』もそうだったでしょ、腕や足を切っても動いたけど、胴体を真っ二つにしたら動かなくなったわ」


 「なるほど、流石は学年首席」

 魔法の知識に関しちゃルイズはぴか一だ。


 「お、おだてたってなにも出ないわよ。それで、何か手はあるの?」

 やや照れながらルイズが訊いてくる。


 「ああ、『破壊の杖』だ。あれを使えば多分ぶっ壊せる」

 何しろ、戦車を壊すくらいだもんな。


 「なるほど、でも、使い方分かるの?」


 「ああ、あれは本来俺の故郷の東方の兵器だ。つっても、俺は一般人だったから知識としてしか知らないんだけど」

 「駄目じゃない」


 「でも、多分このルーンがあれば何とかなると思う。とゆーわけで、お前はこのまま爆発で足を狙ってゴーレムの動きを封じてくれ」


 「任せなさい。そうね、あんたも少しは活躍しなさい」


 「了解、マスター・ルイズ」

 で、俺はシャルロット達の方に走り出す。






■■■   side:シャルロット   ■■■


 「随分しぶといわねえ」


 「厄介」

 私とキュルケで連携して二回ほど足を破壊したけど、その度に再生した。


 「大きさもとんでもないし、間違いなく「スクウェア」ね」


 「それにしても凄い精神力」


 正直、これほどとは思わなかった。

 あの大きさのゴーレムを何度も再生できる、そんなメイジがいるなんて…………いた。


 アラン・ド・ラマルティーヌに、エミール・オジエ。


 後者の方は精密に動く等身大の鋼鉄製ゴーレムを10体以上作り出し、即席の部隊を作るのを得意とするけど、前者は巨大ゴーレムを作るのを得意とする。


 もっとも、“鉄拳”を渾名が示すように、接近戦が最大の持ち味らしいけど。

 あの人は確か8回以上巨大ゴーレムを再生できたはず、信じられないけど、そういうことを平然とやるのが『影の騎士団』。

 しかも、彼は「トライアングル」、精神力の容量を階級は一致しないといういい例。

 そして何よりディルク・アヒレス、西百合花壇騎士団団長。30m級を同時に3体作れるとか。彼は「スクウェア」だけど、その中でも桁違いだ。


 「だけど、こっちもまだまだ」


 「そうね、根比べなら負けないわ、それにルイズも頑張ってるようだし」

 キュルケは普段ルイズをヴァリエールと呼ぶけど、彼女がいない時はルイズと呼ぶ。多分、ルイズがキュルケと呼ぶようになったらキュルケもルイズと呼ぶんだろう。


 「ところで、援軍は?」


 「皆こっちに大急ぎで向かってるけど、まだけっこうかかりそうよ。一番早いのは多分コルベール先生ね」

 私達にとっては有利な戦い、引き分けでも勝ち、要は『破壊の杖』を守り抜けばいいのだから。



 「おーい、シャルロットォ!」

 そこに、サイトがやってきた。


 「へえ、貴女、名前を教えてたのね」

 「彼は東方出身だから、貴族のごたごたに巻き込まれることはない」

 うん、きっとそう。


 「ふふふ、そうね、今はそれでいいと思うわ。自分の心を大事にね」

 そう言いながらキュルケは微笑んでた、なぜだろう?


 「シャルロット、『破壊の杖』はあるか?」


 「ある、シルフィードの背中」

 上空でシルフィードが待機中。


 「よかった、それを貸してくれ」


 「どうするの?」


 「あれは地球の武器だ、俺なら多分使えるし、あのゴーレムを一発で粉砕できる」


 「そう、わかった」

 サイトの言うことは理解できる。

 ハインツが言っていた。地球という異世界の武器はハルケギニアの兵器をはるかに凌駕し、根本的に異なる技術体系で作られていると。

 でも、その本質は限りある資源を喰らい尽くしながら貪欲に急速に発展することらしく、この世界に持ち込むべきじゃないとハインツは言っていた。


 『要はだ、それらがこの世界に馴染んだ日には、ハルケギニア中の人間が俺みたいになると思え』

 想像するだけで恐ろしい未来だった。



 シルフィードが降下してきてサイトに『破壊の杖』を渡す。それを持ったサイトのルーンが輝き、サイトは『破壊の杖』を肩に乗せて構える。



「後ろに立つな。焼けるぞ!」


 しゅぽっと何かが『杖』の先から飛ぶ。


 一瞬の間が空き、森中に響いたんじゃないかというような耳を劈つんざく爆音が轟き、ゴーレムの上半身は爆発四散した。





■■■   side:才人   ■■■


 『破壊の杖』はその効果を発揮し、ゴーレムを完全に粉砕した。


 下半身だけになった土人形ゴーレムは、横に盛大にぶっ倒れて、落としたガラスみたいに弾けて、ただの土の塊へと還った。

 そうして後には、昨夜のものよりなだらかな土山が残された。



 「サイト!凄いじゃない」

 キュルケが歓声を上げる。


 「ま、まあ少しはやるじゃない」

 素直じゃないのはルイズ。


 「でも、お前も凄かったぞ、よくあんだけ爆発させまくって精神力が持つな」

 純粋に凄いと思う。


 「と、当然よ、私の精神力はそんなやわじゃないんだから」

 褒められてまんざらでもなさそうなルイズ。


「フーケはどこ?」

 だけど、シャルロットは冷静だった。

 それで、ようやく本来の目的を思い出した。そうだよ、あのゴーレムを操ってやがった野郎はどこに居やがるんだ?さっきのゴーレムには、最初から乗ってなかったみたいだし。


 その時、がさがさっと藪をかきわける音が背後から聞こえた。



 「手前ら! 武器を捨てな! さもねえとこいつの命はないぜ!!」


 そう言いながら、黒いフードを被った若い男がロングビルさんを人質にしながら姿を現した。


 「「ミス・ロングビル!」」

 「「フーケ!」」

 俺達4人の声がはもった。黒いフードを被った男、こいつがフーケか!


 そうか、ロングビルさんの姿が見えなかったのはフーケに捕まってたからか。


 「へ、そういうことよ。せっかく“破壊の杖”を盗んだいいが使い方が分からなかったんでな、あえて付近の猟師にここに入っていく俺の姿を見せたんだが、ここまであっさりいくとはな」

 フーケの杖はロングビルさんの首に添えられてる、下手に動いたら彼女が危ない。


 「だが、流石は“破壊の杖”とか言うだけのことはあるな。俺のゴーレムを一撃で破壊しやがるとは、大したもんだ。ところで、そこの女共、杖を捨てやがれ、そして小僧、手前も剣を捨てな、さもねえとこいつの命はないぜ?」

 いかにもな台詞を吐く野郎だが、ここは従うしかない。

 「サイト、剣を捨てなさい」

 ルイズがそう言う。

 「悪い、デルフ」

 「なあ、俺、活躍なくね?」

 愚痴をいいつつ地面に転がるデルフ。しゃーねえだろ相手は土の塊だぞ。


 俺たちは杖と剣を捨てる。けど、俺の手にはまだ“メリケンサック”があるから“身体強化”のルーンを発動させることは出来る。

 一か八か、フーケに突っ込んであの杖を奪えれば…………

 と思ってたら、なぜかロングビルさんが笑ってる。なんでだ? ものすげえピンチなのに。


 「さあ、さっさと“破壊の杖”を渡しな。解ってると思うが、もし変な真似をしたらこいつの命はないぜ? 小僧、手前が持ってきな」


 フーケはロングビルさんの首に左腕を回し、右腕で杖を持っている。この状態では人質のロングビルさんが『破壊の杖』を受け取ることになる。


 あっ

 ロングビルさんが笑ってる理由が分かった。


 俺も自然と顔がにやけるのをなんとかこらえながら『破壊の杖』を持ってフーケにゆっくり近寄る。


 「何やってやがる、さっさと、ゲフッ!」


 突然フーケが体勢を崩し、その隙にロングビルさんがフーケから離れる。


 今がチャンス!


 「オラアアアアアア!!」


 ゴキイ!


 『破壊の杖』を振りかぶって思いきりフーケの頭を殴る。撃ったからもうただの鉄の筒だが、それでも十分な打撃武器になる。


 「ミス・ロングビルが杖を持っていることに気付かないなんて、相当の阿保ね」

 「同感」

 「あ、そういうこと」


 キュルケが呆れ、シャルロットも同意し、ちょうど位置的に死角になってたルイズも理解する。


 「多分私がマントを着けていないので、平民だと思ったのでしょう。魔法学院でマントを着けないのは平民だけですから」

 で、ロングビルさんが締めくくる。


 「じゃ、これにて一件落着か、フーケも捕まえたし、『破壊の杖』も取り戻したし」


 「うん、そうなんだけど、ねえサイト、それ、生きてる?」

 キュルケがちょっと不安げに聞いてくる。


 「うーん、思いっきり殴ったからなあ」

 なんか不安になってきた。


 「大丈夫、生きてはいる」

 いち早く駆け寄ったシャルロットが生死を確認する。よかった、生きてたか。


 「ですが、捕まった以上は極刑でしょうね」

 そこにロングビルさんが一言。


 「そりゃあそうでしょ、貴族の宝を盗みまくったんだから」

 これはルイズ。

 「そうね、だけどルイズ、貴女やるわね、まさか“ゼロ”の貴女がこんなに活躍するとは思わなかったわ」


 「うっさいわね!って、え、え、ええ?」

 困惑するルイズ、まさかキュルケに褒められるなんて思わなかったんだろう。


 「確かに、ドットメイジが10人いるよりルイズの方がゴーレムにダメージを与えられる」

 シャルロットも褒める。


 「そうですわね、ああいう巨大ゴーレムを相手にする場合、一定以上の威力がなければ意味がありませんから、「ドット」の『炎球』や『エア・カッター』では何の効果もありませんね」

 ロングビルさんも続く。


 「ってことは、ルイズの爆発って、トライアングルクラスってことか?」

 そう言う結論になるよな。


 「ま、そうよね、私とタバサと同等のダメージをゴーレムに与えてたわけだから。こりゃあ、私もうかうかしてらんないわね」

 とは言いつつも、キュルケの表情はかなり嬉しそうだ。


 「あ、え、あ、あの……」

 褒められたことなんか滅多にないからか、顔を赤くしてるルイズ。


 「じゃあ、今日からヴァリエールの渾名は“爆発”、もしくは“爆破解体”でいいかしら?」


 「“使い魔虐待爆発魔”ってのはどうだ?」


 「へえ、そう、じゃあまず、その名に従ってあんたを吹っ飛ばしてあげるわ」

 怒れる爆発魔がここにいた。


 「申し訳ありません御主人さま、使い魔めは調子に乗りました。どうかお許しを」

 土下座する俺、屋外なので問題ない。


 「じゃあ、今日一日食事抜き」

 「ごもっとも」

 頑張ろう、いつの日にか足軽目指して。

 …………目標がすげえ低くなってる気がする。



 「皆さん! 無事ですか!」

 と、そこにやってきたのは。


 「コルベール先生!」

 どうやら、他のグループもようやく来たようだ。


 「おや?黒いフードの男、まさか……」

 「ええ、フーケですわ」

 答えるのはキュルケ。


 「いやはや、フーケを捕まえるとは見事なものだ。それで、君達が倒したのかい?」

 俺達は顔を見合わせる。


 「「「「 いえ、ミス・ロングビル(ロングビルさん)です 」」」」

 俺達4人の声が重なった。


















 で、学院長室で報告中。

 

「――というわけなんです」

 ここは学院長室。

 気絶させたフーケはシャルロットの使い魔のシルフィードで運び、馬車を使ってえっちらおっちらと学院に戻ってきたのが15分ほど前。今はルイズが主となって、今回の事件の詳細をオールド・オスマンに報告しているところである。

 ちなみにフーケにはシャルロットが『眠りの雲(スリープ・クラウド)』もかけたから起きる心配はなかった。


「ふむ……、なるほどのう、『破壊の杖』の使い方が分からず、そこで君達を襲った訳か」


「一番狙いやすいと思ったのでしょうね、他のチームは教師で構成されてましたから」

 コルベール先生が引き継ぐ。っても、あれの使い方がわかるのは俺かハインツさんくらいだろ。


「さて、君たち。よくぞフーケを捕まえ、『破壊の杖』を取り戻してくれた」

 ルイズは恭しく、キュルケは誇らしげに、シャルロットは手馴れた仕草で礼をした。


「フーケは城の衛士に引渡され、そして『破壊の杖』は宝物庫に再び収まった。壁の修理も無事に終わり、これにて一件落着じゃ」

 オスマンさんは、一人一人頭を撫でていく。なんかこう、じいちゃんと孫って感じだな。

「君たちへのシュヴァリエ授与の申請を、ミス・タバサにはシュヴァリエの代わりに、精霊勲章の授与を宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう」

 ルイズとキュルケの顔が、ぱあっと輝いた。

「本当ですか?」

 これはルイズ。

「でも、捕まえたのはミス・ロングビルですわよ?」

 これはキュルケ。

「まあ、それはそれじゃ、君達がフーケのゴーレムと戦い、破壊したのは間違いないんじゃからな。いいんじゃよ、君たちはそれぐらいのことをしたんじゃから」

 まあ確かに、俺達4人全員がそれぞれやれることをやった感はある。


「オールド・オスマン。サイトには、何もないんですか?」

「残念ながら、彼は貴族ではない」

「別にいいですよ、ただ、出来ればご飯下さい。暴力主人に今日一日食事抜きを言い渡されたもので」

 ここは権力者に取り入る。庶民の処世術だ。


 「あんた! バラしてんじゃないわよ!!」


 「ほっほっほ、それくらいならお安いご用じゃ、ついでに、わし個人の金になるが、100エキューくらいは渡そう。ミス・ヴァリエール、彼から取り上げてはいかんぞ、これは正当な報酬なのじゃからな」


 「は、はい、わかりました…………」

 不満はありそうだが押し黙るルイズ。

 100エキューって、100万円だよなあ。

 すっげえ! 俺お金持ち!


 「いいんですか!?」

 「構わん構わん、どうせミス・ロングビルに握られてるので、無駄遣いも出来んのじゃ」

 「そうですわね、この前、妙な本を学院の金で購入なさっていたようですし」

 ロングビルさんの恐ろしい声が響いた。
 

 「あ、あれはじゃな、学術的興味の品であって……」

 「ほう? 女性の裸体について書かれている本がそのようなものですか、これはじっくりとお話ししなければならないようですね?」


 心の中で学院長に合掌。


 やや気まずげな空気に包まれたが、オスマンさんのぽんぽんと打った手がそれを払拭した。

「さて、今夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。この通り『破壊の杖』も戻ってきたことじゃし、予定通り執り行う」

 瞬間的に、キュルケの顔が輝いた。

「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」

「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」

 俺達は一礼をすると、退出した。



 で、3人は舞踏会の準備のために自室に戻った。


 「あっ、そういや、『破壊の杖』について聞くの忘れてた」


 オスマンさんはどこであれを見つけたんだろ?


 「ま、いっか、ハインツさんに聞けば多分わかるだろ。それに、俺が地球に帰れるような魔法の研究資料としてガリアのえーと、何だっけ、技術開発局っつったかな?が集めてるとか言ってたし」


 一個人で出来るような研究じゃなさそうだし、そこは国の研究機関に任せるしかない。地球で言えば自力で月に行こうとしてるようなもんだし。

 政府やNASAの協力がないと、どう考えても不可能だもんな。



 「ほんと、シャルロットとハインツさんに会えてよかった。そうじゃなきゃどうなってたことか」

 俺はそんなことをぼやきつつ、パーティーの準備で大忙しになってるだろうマルトーのおっさんやシエスタを手伝うために厨房に向かった。









 「いやー、旨いっすねえ、マルトーさん!」


 「そうだろそうだろ!今日ばっかは余った料理を俺達で食ってもいい日なのさ!」


 で、食堂の使用人&俺で現在宴会中。

 貴族には貴族のパーティーがあるんだろうが、平民には平民の宴会がある。


 「しかし、いいのかい“我等が剣”よ。あっちのパーティーにも出れたんじゃねえのかい?」


 「まっさかあ、仮に出れても踊れやしませんよ。そもそも俺は一般人ですからあんなパーティーなんて雲の上の出来事ですって、そんなんなら皆と騒ぎながら食いまくった方が絶対良いに決まってます」


 「はっはっは!そりゃあそうか、だよなあ、仮に俺が出ること許されても絶対そうするわなあ、よっしゃ!どんどん飲むぜ!」


 「みなさーん!余ったデザートが来ましたー!」

 シエスタ達メイド部隊が到着。


 「おーし、グッドタイミング、後はワインの追加だな」


 「あ、俺が持ってきますよ。樽ごと持ってくるんで、一気に空けちゃいましょう!」


 「おーし、任せた“我等が剣”! 3個くらい持ってこーい!」


 「りょうかいしましたー!」


 で、宴会は朝方近くまで続いた。

 貴族の連中のパーティーってのは、平民にとっても騒ぐ絶好の機会なのだ。













[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第九話 平民と貴族 そして悪魔
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/08 19:46
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まえがき

 この話は英雄譚の舞台袖・9話としてのせましたが、原作には無いアニメの設定を使っているので、今までの流れから少し逸脱したものであるとご指摘があり、最もだと思ったので、番外編としました。しかしながら、この話の内容は、後々の展開に関わって来る点(サイトとルイズの会話など)が在ることを、プロットを見直して気づいたので、どうしてもIFの話にしづらくなりました。なので九話に戻します。モット伯の存在は、現在のトリステイン貴族の例として登場してもらってます。重ね重ね申し訳ありません。

 ただ、悪ノリで書いた部分は消しました。


 

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フーケ退治が終わった三日後、俺はオスマンさんから100エキューをもらった。

 いやっほー! 俺お金持ちー! 異世界ばんざーい!

 と叫んで走り回ったもんだが、致命的なことに気付いた。ここは魔法学院、要は使う場所がなかった。

 俺は無人島で金だけがあるような気分になってやさぐれた。



 第九話 平民と貴族 そして悪魔




■■■   side:才人   ■■■


 「だありゃあああああああああああああああ!!」


 「おんどりゃああああああああああああああ!!」


 「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!!」



で、ヴェストリ広場。

 俺は一心不乱にデルフを振り回していた、ようは憂さ晴らしである。


 「おー、おー、なかなかに気合入ってるねえー、そんなにショックだったかー?」

 もの凄い棒読みで返してくるデルフ。


 「はあっはあっ、そりゃそうだろ、こんなに虚しいことはねえよ」

 俺はやさぐれたまま、さらにデルフを振り回す。


 ここにきて結構たったから、時間配分というか、ルイズの生活リズムが分かってきた。それに合わせて事前に行動しとけば、こうして自分の時間を確保することも出来るようになる。

 これは主にシエスタから学んだ。シエスタみたいに学院そのものに仕えるメイドはそうでもないようだが、屋敷とかで主人に仕えるメイドなんかには必須の技能だそうだ。


 現代日本にも普通に家政婦さんやお手伝いさんはいる。そういう人達も主人のスケジュールに合わせつつ自分の時間ってのを確保してるんだろう。

 そうして考えると、優等生で、首席で、普段勉強ばっかしてて、それほど出歩いたり友達と遊びに行ったりしないルイズはかなり仕えやすい部類に入るそうだ。

 何しろ、勉強する時は一人のほうがいいし、図書室にいるときなんか俺はそもそも中に入れない。

 だから、ルイズが勉強をしやすいように部屋を片付けたり、掃除することが俺の主な仕事になる。教室移動の際の荷物持ちもあるが、これはまあそんな大した事でもない。


 ロングビルさんみたいに財産管理とか色んな仕事をするわけでもないし、あくまで学生であるルイズの金は実家から仕送りでくるそうだから、ルイズが自分で管理してる。しかし、その仕送りの額が、普通の王宮に仕える官吏の年給近くあるってんだから恐ろしい話だ。確か、500エキューとか言ってたかな?しかも月額。

 つまり、1年で6000エキュー、つまり、6000万円もの金を使えるということだ。

 どこのお姫様だと思ったが、このトリステインでは正にお姫様に次ぐ身分なんだよなあ。

 よく漫画やゲームとかで、金持ちのお嬢様がカードで店ごと買ったり、私有地に遊園地を持っていたりするが、そこまではいかずとも、それに近いような大金を動かせるってことだ。


 娘でこれなんだから、ルイズの父さんはいったいどんだけのお金を動かせるのか考えると、頭が痛くなってくる。


 俺は所詮、地球の一般市民のこせがれ。お金なんて、貯金を全部合わせても10万円くらいしか持ったことはない。


 そんな俺が、100エキューもの大金、100万円もの金を持つことになったのだ! イヤッホー! と叫ぶのも無理はないと察してくれ。

 しかし。


 「金があってもさ、店がなけりゃ何の意味もねえよな」

 ここは貴族が通う魔法学院。デザートでも何でもメイドを呼べば出てくる場所だ。

 だから、購買なんてもんがあるはずもないし、休日にトリスタニアに出かけるのは生徒にとっても一番の娯楽のようで、その時に学用品は買っちまう。

 そもそも、学用品といっても杖がありゃ大抵は事足りる。

 そうじゃないのは魔法が使えないルイズくらい、だから、魔法の本とか、王立魔法研究所の人が書いた論文とかをたくさん集めてる。

 ちなみに、そこにルイズの一番上のお姉さんが勤めてるとか、ルイズも学年首席なんだから、将来はそこに行くのかと聞いたところ。


 『そりゃ、魔法が使えればね』

 と、かなり寂しそうな答えが返って来て、聞かないであげたほうがよかったなーと、かなり後悔した。あと、シャルロットも本をたくさん買ってるようだ、キュルケは化粧品だの、服だのに金をかけてるらしい。


 「ま、そりゃそうだわな、しかし、相棒は何か欲しいもんがあるのかい?」


 「いや、まだ考えてねえけどさ、これまでもったことのない大金を手にしたんだぜ、とりあえず使ってみたいと思うのが人情だろ?」


 「なーるほど、相棒は根っからの平民なんだねえ」


 「うっせ、庶民と呼べ」


 「それってどう違うんだ?」


 「…………よく考えたら何も違わないって気付いた」

 間違いなく俺は平民そのものだった。


 「あーもう! とにかく俺は剣を振って振って振りまくる! そして、武人として大成し、いつかはルイズを見下してやるのだ!」

 目指せ秀吉!


 「ま、一生かかっても無理だわな、公爵家の令嬢と平民以下の住所不定無職じゃ、天と地だぜ」


 「こらーー!現実を叩きつけるんじゃねえ!!」

 んなことは俺だって分かってんだよ!


 “そうでもないわよ、あんた、とある一族の当主になるんだから、固定資産が大半だけど、財産はヴァリエールより多いのよ”


 ……………………なんかまた変な電波が聞こえた気が


 “言ったでしょう? 我が思念は時空を超える。そして、いつかはターゲットを捕食する”


 俺のご主人様が百合を背景に恐ろしい魔女に喰われる光景が脳裏に浮か……

 てーかおい!! おまえもう俺にちょっかい出さないんじゃなかったのかよ!!

 ”息抜きくらいさせてよ、でもまあ、ホントいい加減やめないとね。外務卿の手伝いもしなきゃいけないし、後一回で最後にするわ。そのときを楽しみにしてなさい、フフ。すべては我が戯言なり”

 ……後一回か、よしそれなら耐えてやらあ。それと普通にこの電波と会話する自分にちょっと危機感。


 「おーい、相棒、どうしたよ、急に止まったぞ?」

 デルフの声で我にかえる。


 「あ、ああ、何だ、疲れてんのかな、俺?」


 「まあ、ずっと俺を振ってたわけだもんな、身体が悲鳴上げてんじゃねえのか?」


 「いやいやまだまだ、この程度じゃ俺の虚しさはなくなんねえよ」


 「貧乏人の根性も中々すげえな、よーし、じゃあ後、素振り一万回!」


 「多すぎだろ!」

 デルフは重いんだぞ。


 「根性ねえな」


 「手前、さっきと言ってることが真逆だぞ」


 「はっはっはっはっは!」


 「いつか溶かすからな」


 「それはやめて」

 急に卑屈になるデルフ。


 「まあとにかく、金が欲しい―――!!」

 とりあえず叫びながらデルフを振りまくる俺。


 「いやー、傍から見たら完全にいっちゃってる人間だろうな」

 デルフの突っ込みも耳に入らなかった。












 で、剣の訓練なんだか憂さ晴らしなんだか貧乏人の慟哭なんだかよく分からないことを終えて、俺は水汲み場に向かう。


 「やっぱまだ冷てえなあ」

 井戸から汲んだ水は冷たい、そうでもなきゃ飲料用として問題あるが。だから、結構前に汲んでおいたのを放置して、温くなってから被るんだけど。


 「まあな、まだフェオの月だぜ、外に放置したからってそんなに温くはなんねえよ、メイジだったら「火」の魔法で一発だけどな」


 「ほんと、魔法って便利だよなあ」

 応用性がものすげえ。これがあるから科学技術が発達しなかったというのも頷ける。


 「そして、環境に優しい、二酸化炭素を大量に出すわけじゃないし、公害になるような排気ガスを出すわけでもない、森林伐採をやってるわけでもないそうだし、そもそも森と共生しているような文化だったか」

 その辺は中世ヨーロッパに近いらしい、社会制度そのものは近世か近代らしいけど。

 つっても、俺にはその区別はよくわかんないんだが。まあとにかく、地球に比べたら千倍環境に優しい文化ってことだな。


 「相棒、なんだそりゃ?」

 デルフが疑問符を浮かべる。

 「ああ、俺の国のことだよ、こっちとは完全の別系統の技術体系なんだけどさ、ものすげえ環境によくないことばっかりやってんだよな」

 ハインツさんが言ってたことが実感できてきた。確かに、地球は異常だ。そりゃ、インターネットは便利だし、テレビも楽しいし、テレビゲームは最高だ。

 でも、こうして炭で火をおこして、井戸から水を汲んで、藁で眠るような生活をしてると、なぜか懐かしいような感触もある。


 あれだ、宿泊研修とかで子供達だけで火をおこして料理して、テントで眠るような感覚。何だかんだ言って、やっぱり人間にはこういう生活があってんのかもな。


  ………だけど、藁だけは違うな、他の平民は硬くてもベッドで寝てる。藁は俺くらいだ。

 「へえ、随分遠いとこから来たんだな」

 「ああ、けど、帰れないわけでもなさそうなんだ。けっこう時間はかかるらしいけど、着実に進んではいるそうだから、それが出来るまではこっちの文化を存分に楽しもうと思ってる」

 父さんや母さんに会えないのは寂しいけど、一生会えないわけじゃない。それに、伝言を送るくらいなら1年くらいで可能になるかもしれないって言ってたし。


 「切り替えが早いな」


 「まあな、つっても、俺だけじゃ無理だったろうさ」

 これも全部ハインツさん達のおかげだからな。じたばたしても意味はねえ、腹くくって土産話をたくさん持って帰った方が良い。そう思わなきゃやってけないし、くよくよしても始まらない。


 「よし、じゃあ、じゃがいも運びといくか」


 「ついでに俺で皮をむくのはどうよ?」


 「出来るか!」


 「なっさけねえな」

 俺は曲芸師か。つっても、長剣で芋の皮をむくってのもかなりシュールな光景だな。












 「マルトーさん、今日は何をしますかね?」

 厨房に入ると同時にいつものように話しかける。


 「おぉ、『我等の剣』! 来てくれたか…!」

 マルトーさんが答えるけど、その声はどことなく元気がない。


 「? 何かあったんですか?」

 マルトーさんだけじゃない、他の皆もなんか暗い感じだ。


 「ああ、実はな、シエスタが…その…もういないんだ…」


 「へ?」

 一瞬、頭が空になった。


 「ど、ど、ど、どういうことですか!」

 反射的に俺は訊いていた。


「それなんだがな、先日王宮からの勅使で来ていた、モット伯って貴族に見初められて仕える事になってな。 明日の朝早くの迎えの馬車で行っちまうことなってる。今はその準備をしてんのさ」


 「そ、それをシエスタが了承したんですか!」

 嘘だろ!


「そうするしかなかったのさ、貴族に若い娘が見初められて奉公ってのはそんなに珍しいことじゃねえ。だが、ここは魔法学院だ。だから貴族もそうおいそれとは手をださねんだ。けど、あのモットってのは王宮勅使って肩書きをもってる。いってみれば王宮の代理人なんだよ。他の場所でもこういうことをやってるって噂だ。しかも、シエスタの家族の話を持ち出しやがったんだ」

 マルトーさんの表情は怒りに歪んでた。ようは、従わなかったら家族がどうなるかわからんぞ、とか言いやがったんだな。


 「そんなことが…………許されるんですか?」

 それが、貴族だってのか?


「結局平民は貴族の言いなりになるしかないのさ……、それに、元々あのモット伯ってのは、あまりいい噂を聞かないんだ、 そうやって気に入った若い娘を次々召抱えているらしい」


 「そんな、そんなことがあってたまるか!」

 なんだよそれ! それじゃあ奴隷と変わらないじゃないか!


 「なあ、“我等が剣”よ。お前さんが怒ってくれるのはうれしい。だが、どうしようもねえんだ。これはあくまで正式な引き抜きなんだ。貴族が決めた法だが、それに従って俺達は生きてる…………ああ!畜生! なんで俺はこんなに無力なんだよ!」

 マルトーのおっさんも爆発した。


 「料理長!落ち着いてください!」

 「あああああ! 落ち着いてられっか! 貴族のくそ野郎!」


 他の人が怒ってると、かえって落ち着くってのは本当みたいだ。

 俺は逆に落ち着くことが出来た。


 「マルトーさん、それでも、俺は出来る限りのことはしてみます。俺一人じゃ何にも出来ないですけど、誰かに助けを求めるくらいは出来ますから」


 「ああ! ん? あ、そうか、頼む。俺達にはどうにも出来ねえ」

 マルトーさんも何とか落ち着いたみたいだ。

 俺はルイズの部屋に向かう。俺はトリステインの法に詳しくない、よく知ってそうな奴にまずは訊いてみないと。










 「うーん、なるほど、でも残念だけど、干渉するのはほとんど無理よ」

 俺の話を聞いたルイズの第一声はそれだった。半ば予想はしてたけど、やっぱりきついもんがある。


 「そうなのか?」

 それでも、問い返す。


 「ええ、少なくとも、そのモット伯ってのがシエスタって子に直接暴力を振るった訳ではないし、彼女の物を奪ったわけでもないわ。ほとんど脅しのような引き抜きでも、それを証明することも今となっては出来ないし、何よりこれが正式な手続きである以上、部外者が口を出せることじゃないのよ」


 「だけど、シエスタが自分で望んだはずがないんだ」

 というか、そんな野郎の屋敷に行きたがるやつなんていないだろう。


 「だけど、もう契約が済んでしまったのなら、それを覆せるのはモット伯本人だけよ、そいつが覆すとは思えないけど」

 くそ、そんな奴の思う通りしかならねえのかよ。


 「じゃあいっそ、ぶちのめして撤回させるってのは?」


 「……サイト、気持は分かるし、モット伯の引き抜きは確かに気分の良いものではないけど、それでも正式なものよ。正式な法の元、正式な権利で行われたことなの。それにこんな暴力だけで異を唱えるなら、それはただの強盗と一緒よ」


 「だけど、暴力以外で平民が貴族に異を唱えられる場所なんてあるのか?」

 地球の先進国なら裁判所がある。公害事件とかの中には国を相手にした訴訟で勝訴したこともあったはずだ。

 けど、ここにはそんなもんはねえだろ。


 「それは…………」

 ルイズが言い淀む。

 「だとしたら、貴族の方も強盗と同じだろ、一方的に力で奪っていくだけだ」

 「全ての貴族がそんなんじゃないわよ!」


 ルイズが怒った。

 「確かに、そのモット伯ってのは貴族の風上にもおけない奴かもしれないけど、あんただって貴族の全てを知ってるわけじゃないでしょ! 立派な貴族だっているのよ! 知った風な口を利かないで!」


 「………悪い、言い過ぎたかも」

 確かに、俺はこの世界にとっては部外者だ。まだこっちに来てから一月もたってない俺が言えることじゃないか。


 「だけど、その貴族にシエスタが無理やり連れて行かれそうなのは確かなんだよ」


 「それは分かるわよ。けど、どうしようもないでしょ。確かに私の家は公爵家だし、王宮での影響力も大きいわ。でもね、封建貴族は自身の領地での不介入権、裁判権を持ってるのよ。たとえ王政府であっても反逆罪などの明確な違法行為でもないかぎりは介入は出来ないの。そのモット伯って奴の自分の領地の屋敷における出来事はその貴族の管轄なんだから」

 つまり、公爵家のルイズでもどうにもならねえってことか。


 「それに、仮に可能な人がいたとしても、その人にとってはその子はただの平民でしかないわ。モット伯に撤回させるとしたらかなりの労力を使うでしょうから、協力してくれるとは思えない、その上、その対価を払うことも出来ないんだから」

 そりゃ、シエスタはただのメイドだし、そんな金や権力者とのつながりがあればそもそも断ってる。

 それに確かに、こっちから返せるものがない。仮にルイズの父さんに頼むとしても、その人にとっちゃシエスタはただの平民だ。大金払ってまで助ける義理なんかねえよな、そんなことをするのはよっぽど酔狂な人くらい。


 ……………酔狂?


 「あ」

 いた、そんなことが出来そうで、かつ、やってくれそうな人。


 「どうしたの?」

 「悪い、ちょっと出てくる」

 俺は駆けだした。

 「ちょっと!どこいくのよ!」


 ルイズの声が届く前に、俺は“身体強化”を発動させて、全速力でシャルロットの部屋に向かった。


 元々が他力本願だ、こうなったら頼んで頼んで頼みまくる。


 俺に出来ることなんてそれくらいしかねえんだから。














 で、シャルロットの部屋に到着。


 「シャルロット、いるか?」

 部屋をノックしながら確認する。


 「いる、けど、タバサって呼ぶこと」

 俺に注意しつつ扉を開いてくれた。


 「悪い、急いでたもんで」


 「何の用?」


 「ハインツさんと話したいんだ、繋いでもらえるか?」

 俺は単刀直入に言う。

 「わかった」

 シャルロットも即答してくれた。





 「かなり、深刻な話?」

 “テレパスメイジ”って人が繋いでくれるまでの間、シャルロットが訊いてきた。


 「ああ、ものすげえ深刻な話だ」

 俺は短く答える。


 「そう、じゃあ、私は少し出てくるから」

 そう言ってシャルロットは外に向かう。


 「って、別にいいよ!」


 「気にしないで」

 そのまま行ってしまった。


 「ほんと、世話になりっぱなしだな、俺」

 すると、“デンワ”が反応した。


 『よー、才人、何かあったか? 面倒事なら大歓迎だが』

 ハインツさんの声はいつも通りだった。すっげえ楽しそう、悪戯っぽい笑顔が簡単に浮かんでくるくらいに。


 「はい、もの凄い厄介事です。でも、ハインツさんくらいしか頼れる人がいなくて」

 情けねえけど、事実は事実なんだ。

 「そうか、よし、話してみろ。出来る限り主観を省いて、冷静かつ、客観的に」


 「分かりました」

 そして、俺はあった出来事を可能な限り客観的に語っていった。


















 「なるほど、よくわかった。まあ、よくある話ではあるな」

 語り終えた後、ハインツさんはそう言った。

 「やっぱりそうなんですか」

 この人にも言われると少しきついな。


 「トリステイン、というか、ハルキゲニアの貴族の間で昔から行なわれていた慣習みたいなもんでな。貴族がその地位を利用して、平民の少女を使用人として雇い入れ、手篭めにする。当然、そこには平民である少女には拒否権は存在しない。もし万が一、問題になっても僅かな手切れ金と共に放り出せば良い。そうして生まれた望まれない命は、ガリアでは“穢れた血”なんて呼ばれる」

 ハインツさんは淡々と語る。


 「だがまあ、そうは問屋がおろさない。神が認めても、王が認めても、教皇が認めても、悪魔(俺)が許さない。前に言ったよな、俺はFBIやCIAの長官みたいな仕事をしてるって」

 もの凄く楽しそうな声が返ってきた。

 「はい、覚えてますけど」


 『俺の仕事はな、そういった連中の駆除なんだよ。首を切り落とす、火焙りにする、毒殺する、などなど、あらゆる手段をもってしてそういう国家を腐らせる貴族を排除するのさ。俺が殺した貴族の数はもう数え切れんぞ』


 「そ、そうなんですか」

 なんか、想像以上の答えが返ってきた。


 『ああ、それに、最初に殺したのは親戚だ、俺の親戚連中は全部例外なくそのモット伯ってやつと同じか、もしくはもっとひどくしたような連中だった。平民の少女を強姦して、口封じにその家族を家ごと焼き払うなんて真似を平気でやっていた』


 「そんなことが許されるんですか!?」

 『当然許されない、この俺が許さない。だから、全員俺の手によってバラバラ死体に変えた。そして、財産、領土は全部没収。因果応報とはこのことだな。ついでに言えば、そうして生まれた子を“穢れた血”と呼ぶが、俺の親友はその貴族の家系を根絶やしにした、その他にも、復讐のために暗殺したのとか何人か知ってる』

 「………」

 さっき、マルトーさんにも同じようなことを言った覚えがあるけど、全く逆の答えが返ってきた。なんというか、本当に悪魔のようだ。傲慢で、かつ冷酷でもある。なのに底なしに陽性なのが不思議だ。この人に対して嫌悪感はない。ちょっとは恐いと思うけど。


 『安心しろ、シャルロットはそういった粛清はやっていない。あいつは基本的に幻獣退治とかが多いからな、人殺しは俺の役目だ。血を被るのは俺のような悪魔だけで十分、シャルロットには出来るかぎり裏の仕事とは無縁でいて欲しいもんで。でもまあ、別に”辛い事は全部俺がやる”って責任ぶってるわけじゃないぜ? 単に俺がそうしたいからそうやってるだけだ。つまり俺の勝手な都合』

 うわ、言い切ったよこの人。でも、つまり、シャルロットのエージェントとしての仕事は、ハインツさんから見れば“表”なんだな。


 『で、シエスタの件の対処法だが、一番手っ取り早いのはモット伯を殺すことだ。毒殺、斬殺、撲殺なんでもあり、その辺は専門家だ。任せろ』


 「いえ、あの、殺しちゃうんですか?」

 流石にそれはちょっと……


 『と言いたいところだが、仮にもモット伯はトリステインの貴族だ。別に俺はいくら殺そうとも構わないんだが、それで迷惑を被る人が出るかもしれないから、ここは穏便かつ、合法的にいくぞ』

 神出鬼没で傍若無人を地でいく人だよな、ほんと。


 「そんな方法があるんですか?」

 『いくらでも、それこそ星の数だけ。薬飲ませて操ったり、惚れ薬飲ませて奥さんに夢中にならせたり、脳を手術してちょっと改造したり、睾丸を切り取って不能にしたり、それから、使用人に金を掴ませて色々暴露させたり、記憶がなくなる薬を飲ませるのもありだし、亜人とか幻獣を上手く誘導してモット伯の馬車を襲わせるものありだ』

 「………」

 どれもグレーゾーンだった。しかも限りなく黒に近い。街角アンケートをとれば、100人全員”非道、無道、外道”の三拍子の答えが返ってきそうだ。


 『そういうわけだが、どれにする?』


 「もうちょっとましな方法はありませんか?」

 頼む立場なんだけど、依頼したら本当にやりそうだし。


 『そうか、じゃあ正攻法でいこう』


 「正攻法、ですか?」


 『そう、その話には問題点があるのさ、モット伯の野郎は権力に慢心してその辺の注意を怠った。俺達はそこを突けばいい』

 凄い楽しそうに言うハインツさん。この人すげえ、俺には八方塞がりだったのに、いくらでも対処法があるんだな。でもなんか、最初からこの方法でいく事を前提に、面白がって今までの話してたんじゃないかって思えてきた。


 『それはだな、確かに、封建貴族が平民の娘を手籠にするのは珍しくはない。しかし、それは自分の領内に限った話、シエスタはそいつの領民じゃない』


 「あ!そういえば!」


 『そして、彼女は魔法学院のメイドだ。平民の彼女には拒否権なんてないようなもんだが、それ故にそれを決定するのは彼女の意思じゃない。彼女が了承したとしても、学院がうんと言わない限りは、引き抜きは不可能なんだ。そうだな、ヘッドハンティングを思い浮かべてみろ』


 「ヘッドハンティングですか?」

 あれだろ、優秀な職員をスカウトしたりするやつ。


 「そう、本来ならスカウトされる側が”うん”と言わない限りは成立しないが、このハルケギニアでは平民の意思は尊重されない。しかし、雇用主がいるなら話は別、現在雇っている企業がうんと言わない限り、引き抜きは不可能。5000万円出すといっても、500億円持ってこいと言われたらそれまで」

 「なるほど、じゃあ、今回の場合は?」

 「まだ、契約は成立していない。とはいえ、モット伯は王宮勅使、そして、要求はたかだか平民のメイド一人、断られるはずがないと高をくくってるんだろう。まあ、学院側としても好き勝手にされるのは面白くないだろうが、そこには世渡りの必殺アイテムが来る」

 「それは?」

 大体予想はつくけど。


 「金さ。平民に対するにしてはあり得ないくらいの高い金でシエスタを買う。そしてそこには学院の面子に対する金も含まれる。モット伯ってのはそういった世渡りが上手いことでも有名だ。ついでに、モットは伯爵家にしては金持ちの部類なんだよ。並の侯爵家よりも裕福なくらい、商才があるのは間違いないだろう」

 ガリア貴族なのにトリステインのことにも詳しいんだな。流石はFBI長官ってことなんだろうか。


 「なんでそれをそんな部分に使うんでしょうか?」


 『世の中、そういうのは多いもんだ。で、そう言うのを掃除して、有能で若い連中が思いっきり働けるように、調整するのが俺の、いや”俺達”の役目。ま、それはともかく、要は、学院の人事とかを担当する人が、モット伯が示した額に対して首を横に振ればいいのさ』

 「なるほど、それって、あの学院長ですか?」

 オールド・オスマンとかいう爺さん。


 『いいや、あの人はあくまで貴族の生徒に対する学院長であって、学院に勤めるメイドや警備員とかを雇って給料を支払うのは別に何人かいて、そのまとめをやってるのが秘書のロングビルだ。要は学院長と理事会の違いみたいなもんだな』


 「ってことは、理事長さんがそっち方面では一番偉いわけですか」

 その人にお願いして、何とか断わってもらえばいいのか。


 『そういうことだ。モット伯にとってはその人物に金を渡して、はいおしまいなんだろうが、その人物が首を横に振れば、この話はなかったことになる』


 「で、その人はどんな人なんですか?」

 そこがポイントだ。


 『ヴァランス公爵って人だ、実はトリステイン貴族じゃなくてガリアの貴族。だから、俺はよーく知ってる。服や靴のサイズまで知ってる』


 「マジですか!」


 『ああ、だから、その辺の依頼は俺に任せろ、一発で何とかなる。だから、お前はシエスタのところに行って、もう大丈夫だって伝えてやれ』


 「分かりました。ありがとうございます!」


 『まだ何もやってないぞ』


 「それでもです、本当にありがとうございます」


 『じゃあな、後は任せろ。”待て、しかして希望せよ”だ』

 そして、“デンワ”は切れた。


 「よし、じゃあ早速シエスタのところに…………」

 
 ちょっと待て。俺、今どこにいる?


 シャルロットの部屋。俺一人。女の子の部屋に男が一人。(ルイズの部屋はこの場合除く)

 これって、犯罪チックじゃね?


 「それに、俺はこの部屋の鍵なんてもってない……」

 鍵を開けっぱなしで出ていくわけにもいかんし。かといって、もしメイドの誰かがはいってきでもしたら……


 変態決定。グッバイ人生。



 「頼むシャルロット、早く帰って来てくれ、それまで誰も来ないでくれ、せめて、キュルケであってくれ」


 俺は神に祈り続けた。むしろ女神(キュルケ)に祈り続けた。









■■■   side:ハインツ   ■■■


 俺は“デンワ”を切って、たまたま近くにいた男に話しかける。


 「だそうだ、お前はどう思う、イザーク」


 ここは外務省にある外務卿の執務室。


 「そうだな、まず、人の執務室で長電話をするのはやめろ」

 冷静な突っ込みが返ってきた。日本語を正確に発音できるのは陛下とこいつくらいだな。


 「まあそこはおいとけ、で、どうだ?」


 「そうだな、別に珍しい話でもない、というのは過去の話か、封建貴族というものはそのようなものだったと、久しぶりに思い出した」


 「だな、実は俺もそうだ」

 そういうのはもう絶滅危惧種となっている。このガリアでは、ジョゼフ王の御世においては。


 「逆に、今そういうことをやれば、俺はそいつを英雄と讃えよう」


 「確かにな、“悪魔公”にまっ正面から喧嘩売るに等しい行為だ」


 「”悪魔公”は自分以外の者が、権力を用いて他者を言いなりにすることを嫌う。それは自分の特権だ、そう思っている」

 
 「ああ、そう広めたのはお前だったか。当たらずとも遠からず、俺が気に入らない。というところは変わってないからな」

 そして俺が主導して、そういう封建貴族は見せしめに次々と殺した。


 「最初は何だったか、釜茹でか?」


 「いや、最初は火焙りだったろ、で、次が釜茹でで、そのスープを忠誠の証として飲ませて、その次が毒蛇の巣に放り込んだやつ、その次が身体中に蜜をぬって、“蟲使い”に蚊を大量に呼んでもらって発狂するまでのフルコース、その後が“蟲蔵の刑”だな。全部の共通点は内臓を処刑の前にえぐり出して、その場でそれを俺が調理して、これまた忠誠の証として封建貴族に喰わせた」

 これ以降、そういう真似をするやつは皆無になった。


 「そして、そのようなことをする者はいなくなった。というよりも封建貴族が互いに監視し合うようになった。当然だな、もし誰かがそのような真似をすれば、封建貴族全員がヴェルサルテイルに召還され、残酷極まりない処刑を見せられた挙句、人肉を食す羽目になるのだからな」

 要は、人肉を喰いたくなければ、誰かがそういう真似をしないように監視しろと暗に言っているわけだ。


 「ま、だからこそ“悪魔公”なんて呼ばれるんだけどさ」


 「しかし、それ故に平民からはそれほど嫌悪されていない、民衆とは現金なものだから、自分達に害がない限りは悪魔公を支持するだろう。そもそも”悪魔公”とその所業は、あまり平民には伝わってないからな」


 「そのへん、北花壇騎士の情報制御はしっかりしてるさ。しかし、最終作戦が始まれば、民衆も悪魔公の本性を知り始めるだろう。そういう風に準備してる」

 まだまだ遠い話だが。


 「しかし、貴族に手籠にされる平民か、平民ならばこそ手続きというものがある。これが“穢れた血”ならばその場で強姦されようが誰も擁護することなどない」

 そこは、こいつが言うと重みがある。


 「だが、今のガリアじゃ、少なくてもリュテス近郊ではそれもいない」


 「確かに、そのような者は俺とお前で殺した、ああ、殺し尽くしたとも。俺たち―穢れた血―をモノ扱いする者は一人も許さん。だがしかし、そうした者はいくらでも現れる、根絶は出来ん」


 その辺は俺とイザークが情報網を駆使しつつ次々と刈り取った。“黒の太子”と“灰色の者”のコンビネーションによって。前者は歓喜を、後者は憤怒を以ってして。


 「しかしさ、もし俺とお前が女だったとしてだ。シエスタの立場だったらどうしてるかな?」


 「ふむ」

 少し考え込むイザーク。


 「そうだな、俺だったらそのモット伯とやらを殺し、ついでにその血族も殺し、貴金属や宝石などを全て回収して行方を眩ませる。その後はそれを資金源に裏社会に君臨するといったところか」


 「流石は“深き闇”だな」

 あえて昔の呼び名で呼ぶ。

 「それで、“輝く闇”のお前はどうする?」


 「うーん、まずは薬で操って、その後自分を正妻にさせて、同時に他の妻や愛人は離縁させた上で皆殺し、ついでに子供も、そして、自分にもしものことがあれば妻に財産の全てを譲るという遺言を書かせて毒殺かな?」

 断言は出来ないけど。


 「成程、お前の親戚にもそのような手口で財産を失った阿呆がいたな」


 「ファビオ伯だな、ま、俺がバラバラにしたけど。今思えば人体処理工場に送ればよかったと思ってるよ」

 人材は資源なり。


 「あの悪趣味かつ効率的な工場か、今は“ツェーン”と“エルフ”が管理しているのだったか?」


 「ああ、俺は忙しいからな、というわけで、そろそろ行ってくるわ。黒い会話を楽しむのはこの辺にしよう」

 俺は書類をまとめ、椅子から立ち上がる。


 「そうか。まあいい息抜きにはなった。それで、そのモット伯とやらはどうするのだ?」

 俺とイザークは、たまにこうして黒会話に花を咲かせて息抜きをしている。親族知人友人すべてに『最悪だお前等』と言われたが(陛下を除く)


 「ま、今回は外国だから、穏便に済ませるさ」


 「そうか、冥福を祈っておくことにしよう。悪魔公の新たな生贄に幸あれ」


 そして、俺は技術開発局の『ゲート』からトリスタニアへ。









■■■   side:マチルダ   ■■■


 私は今、ある二人の人物の対談に同席している。


 一人はトリステイン貴族のモット伯。王宮勅使の肩書を持つ男ではあるけど、悪い噂も絶えない。

 けど、世渡り上手なのは確かで、賄賂に目がない高等法院長リッシュモンなんかに取り入ってもいるらしいから、法律でこいつを罰するのは至難のわざ。


 だけど、それはトリステイン貴族の場合だ。


 「それで、この俺をわざわざこのような田舎学校に呼び出した理由を教えてくれるかな? モット伯」

 この男、ガリア最大の封建貴族、ハインツ・ギュスター・ヴァランスならば話は別。

 一応、法的には法衣貴族になるわけだけど、同時に王位継承権第二位であるこいつの担当している王領は、世襲が認められている。つまり、ハインツの子供はヴァランス領総督の地位を世襲することが可能になっているわけだから、実質的には領土と言って差し支えない。


 「は、ははは、はい」

 で、こっちの怯えまくってる中年男がモット伯。まさか、トリステイン魔法学院の理事長が、ガリア最大の封建貴族だなんて思わなかったんだろう。ただでさえ、マントから服、靴まですべて真っ黒なハインツは威圧感がある。そして、全身黒だから尚のこと、ガリア王家の蒼い髪が強調されている。


 私は学院長秘書であると同時に学院の経理も担当してるから、使用人の給料なんかも管轄してる。

 だから、このモット伯とやらが、メイドを一人引き抜きたい、という事でやってきた以上、そこに同席するのも当然のなりゆきだね。


 「あ、ああのですね、このたび、この魔法学院に仕えているメイドを一人、私の屋敷に召抱えようと思いまして。ですが、それには貴方様の承認が必要であったのでございます」

 トリステイン魔法学院の理事長なんて、王宮のそれなりに地位があった貴族が高齢で職を退いた時とかにもらう役職だ。

 だから、例外なく普段はトリスタニアに住んでいる。実際、先の理事長もそうだった。

 モット伯の考えではその理事長をトリスタニアから呼んでもらって、その迷惑料と、学院の面子料金を合わせて支払うつもりだったのだろうけど。


 「貴様、この俺を、わざわざリュティスから、ここまで呼び出した理由が、平民のメイド如きを引き抜くためだと? ガリア王国公爵にして、王位継承権第二位たるこの俺を」


 「あ、あの、そのでございますね…」

 怯えるモット伯、まあ、まさか理事長がリュティスに住むヴァランス公だなんて、夢にも思わなかったのだろう。


 トリスタニアからここまでは馬車で3時間ほどだけど、リュティスは500リーグはゆうに離れてる。それほどの大人物を呼び寄せた理由がそれじゃあねえ。


 「も、申し訳ありません!まさか、魔法学院の理事長が貴方様とはつゆしらず、そうと知っておれ、ヒイ!」

 大きな音を立てながら、ハインツは目の前のテーブルに靴のかかとを置いた。


 「大声でしゃべるな、五月蝿い。唾が飛ぶ」


 「も、申し訳ありません」

 小声で謝罪するモット伯、実に、哀れ。


 「それで、戯れに訊くが、そのメイドとやらをいくらで買うつもりなのだ?」


 「さ、1000エキューほどではいかがでしょうか?」

 平民を一人雇う値段としては、あり得ない額だ。シュヴァリエの年給が500エキューだってのに。


 「10万だ」
 

 「は?」

 悪魔がここにあり。


 「10万だと言っている。払うのか、払わんのか?」


 「む、無理でございます……」

 そりゃあそうだよね。確か、モット伯の総資産が200万エキューくらいだったかな?

 これは土地とか、屋敷とか、そういった固定資産を含んだものだけど、伯爵としては多い方。いや、侯爵に匹敵するかもしれない。

 ハインツの話だと、ガリアの金持ちで有名な大貴族なら総資産で2000万エキューに達するとか。

 流石は大国ガリア、トリステインの10倍の国土と人口があるのは伊達じゃない。トリステイン最大の封建貴族のヴァリエールですら1000万エキューくらい、独立国のクルデンホルフでも1500万エキューくらいだったはず。


 「そうか、で、お前は俺を理由もなくここまで呼びつけたのだ。それをどう償う?」


 「わ、分かりました。貴方様に無償でお支払い致します」


 「1万」


 「は?」

 流石は悪魔。


 「俺をここまで無駄足を踏ませたのだ。1万程度安いものだろう」


 「そ、それはいくらなんでも高すぎるのでは……トリステインはガリアと違い小国ゆえ、貴族といえどそれほど財産があるわけでは………」

 馬鹿だね、素直に払えばいいものを。


 「そういえば、お前には今年13になる娘がいたのだったな」


 「!?」

 驚愕するモット伯。


 「せいぜい強力な護衛でも雇うことだ。その娘がたまたまメイジを多数抱えた盗賊団に拉致され、下賤な男の慰みものとされ、平民の子を孕まされることが、たった今、この日、この時、この場所で、決定したのだからな」


 「あ、あああ……」

 やれやれ、なかなか皮肉が利いた方法をとるねえ。目には目を、権力には権力を、というわけか。


 「では、俺は帰るとしよう」

 立ち上がるハインツ。


 「お、お待ちください!お支払いします!」

 必死に縋りつくモット伯。


 「10万」


 「……」

 一気に10倍になった。


 「10万だ。分かったな?」


 「は、はい、了解いたしました……」

 完全に燃え尽きてる、かわいそうに。天災にあったと思って諦めるんだね。


 「では、もう用件はお済みになられたようですので、お帰り下さいモット伯」

 私も私で、追い討ちをかける。天災にあったと思って諦めるんだね。


 病人のような足取りで出口に向かうモット伯。


 「おい」


 「!」

 そこに、全身黒の男が声をかける。


 「俺の耳は非常に良くてな、トリステインはおろか、アルビオンの貴族の内緒話も全て聞き取れる」

 つまり、逃げ場はないということ、亡命は不可能と。


 「そして、万が一、お前が金を工面するために民から略取しただの、他に不正を働いたなどという話が俺の耳に入れば…」

 そこで一旦区切る。


 「お前の屋敷を、ガリア両用艦隊の砲撃訓練の的にしよう。俺はな、俺以外の人間が権力を用いて他者を蹂躪することが大嫌いなのだ」

 権力独占、暴虐非道を地で行く男が言い切った、淡々と。自分はこの世で最強の存在だと言わんばかりに。


 「う、ああ…」


 「トリステイン王宮に泣きついても構わんぞ。ただし、その際にはトリステインごと滅ぼすことになるが、ついでに、トリステイン王宮にはモット伯とやらの首と、その妻と娘の身体を差し出せば宣戦布告はないことにする、といった書簡も送ってやろう」

 まさに悪魔の囁き、そして、ハインツにはそれを実行できる財力と権力がある。何しろ、ヴァランス家はガリア最大の金持ち貴族、その総資産は1億2000万エキューにものぼるとか。トリステイン王家単体よりも圧倒的に多いくらいだ。

 200万 対 1億2000万

 これが、モット伯とハインツの差、60倍ときたもんだ。


 「じゃあな、せいぜい達者で暮らすことだ。しかし、もしトリステインの王宮でお前を見かけるようなことがあれば、今日の不快感を思い出してしまうかもしれん」

 要は、王宮勅使を辞めろって言ってるんだね。


 そして、真っ白に燃え尽きたモット伯を尻目に屋敷から立ち去った。

 
 














 「さてさて、ま、こんなもんかな。今回は”暴虐非道”モードでいきました。”慇懃無礼で悪辣”モードと、どっちが良かったと思います?」

 口調がいきなり変わる。

 「ったく、あんたは相変わらずね。あと、そんなのどっちでもいいよ。あの男も可愛そうに」


 「ありゃつれない。でもあれは自業自得って奴ですよ。まあ、自業自得は俺の専売特許なんですけどね。それに、これでも慈悲深いほうです。奴がガリアの封建貴族だったら今頃散々拷問を受けた上に、身体の大半は生きたまま蟲に喰われて、内臓は調理して他の封建貴族に忠誠の証として食べられてますから」

 何つう真似をするんだいこいつは。


 「確かに、それに比べりゃ慈悲深いのかしら?」

 どっちもどっちな気もするけど。


 「何はともあれ、これにて一件落着ですね。この件は北花壇騎士団支部のてこ入れの為にも必要ではあったので、一石二鳥でしたよ」


 「ところで、モット伯からの金はどうするんだい?」


 「そうですねえ、何かイベントにでも使おうかと、」

 またなにやらかすんだか。ま、こいつにとっちゃ、はした金なんだろう。なにせ、こいつ個人が使える金だけで数百万エキューになるそうだから。


 シエスタってメイドの子とモット伯の権力・財力の差は、そのままモット伯とハインツの関係になる。

 要は、どんな理不尽な命令でも従わざるを得ない。断れば、家族もろとも悉く殺される。それをそのまま返したわけだ、まったく、本当に皮肉がきいてるよ。






■■■   side:才人   ■■■


 「ハインツさん、本当にありがとうございました」

 二日後、ロングビルさんから、モット伯の件は白紙になったと聞いた。

 ハインツさんがヴァランス公って人を説得してくれたからだろう。


 ちなみに、俺はシャルロットの部屋で変態の疑惑を受けずに済んだ。


 「別にいいさ、こっちも楽しめたしな」

 ハインツさんはいつも通りだった。


 「でも、そのヴァランス公って人にもお礼を言わなきゃ駄目ですよね」

 その人のおかげでもあるんだから。


 「そうか、じゃあ言え、遠慮なく、どんとこい」


 「は?」

 どゆこと?

 「だから、ヴァランス公にお礼を言うんだろ?」


 「そうですけど、やっぱここは自分で言わないと」

 また伝えじゃなあ。

 「だから、本人に言えばいい」


 ?


 「ハハハ、やっぱ忘れてたか、俺の名前は何だ?」


 「ハインツさん」


 「じゃあ苗字は?」


 「えーと…………何でしたっけ?」

 そういや覚えてねえ。


 「我が真名は、ハインツ・ギュスター・ヴァランスだ」


 「ああ、そうでした…………って、ヴァランス!」

 それってまさか。
 

 「そう、俺がガリアのヴァランス公だ。大貴族さまさまさまだ」


 「ハインツさんだったんですか!」

 そういうことかい! てか何ださまさまさまって。


 「言ったろ、よーく知ってるって」


 「まあ、そりゃそうですよね」

 何せ本人だ。


 「まあ何にせよだ、今回は頑張ったな才人、見直してないぞ」


 「見直してないんですか!」

 結構傷つく。


 「そりゃあ、元々お前はこういう風に、誰かのために駆け回るやつだと思ってたからな」


 「………それは、褒めてくれてるんでしょうか?」

 なんか馬鹿にされてるような気もするけど。

 
 「もちろん、俺は人も見る目には自信がある。そいつの”雰囲気”ってやつが視えるんだ。っいっても、昔それを過信しててエライ目にあったから、今は目安位にしかしてないけどな。んで、じっくりお前を観察したところ、そういう結論になった」

 
 「そうなんですか、なんかすごいですね」


 「実はたいしたことじゃあない。普通の人が漠然と”感じる”ことを、目で形として”視て”るから、便利といえば便利なんだが、結局は俺の頭で結論することだ。過信は禁物、身をもって知った」

 以前なんかあったのかな、ハインツさんでも困るようなことが。

 
 「まあそれは置いといて、今回俺は楽しかったぞ、モット伯ってのを散々いびったしな」


 何やったんだろ、この人。でも、怖いから聞かないことにしよう。


 こうして、貴族と平民と悪魔に関する話は終わった。



[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十話 気苦労多き枢機卿
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/08 19:44
 

 
 モット伯騒動も終わり、今日も今日とて魔法学院は平穏そのもの。

 つつがなく授業は行われ、俺もそれなりに楽しんでる。最初を秀吉の雑用時代とするなら、足軽くらいにはなれているような気がする。

 だけど、相変わらずルイズの使い魔じゃなきゃ住所不定無職って状況は変わんない。


 


第十話    気苦労多き枢機卿




■■■   side:才人   ■■■


  

 教室のドアがガラッと開き、ミスタ・ギトーが現れた。長い黒髪に、漆黒のマントをまとった姿はなんとなく不気味だ。まだ若くはあるんだけど、その不気味さと冷たい雰囲気のせいなのか、生徒たちから人気がない。

 まあ、あれだ、小説を読んだ限りのスネイプ先生。名声を瓶詰めし、栄光を醸造し、死に蓋をする秘術を教えてくれるんだろうか。これで我輩とか言ってくれれば完璧なんだけど。


「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギト-だ」

 残念、我輩じゃ無かった。教室の静かな様子を満足げに見つめた後、そのまま言葉を続ける。


「最強の系統は知っているかね?ミス・ツェルプストー」


「『虚無』じゃないんですか?」


「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いているんだ」


 いちいち引っかかるような言い方をするギトー教諭。


「あら、だとしたら、そんなものは無いとお答えしますわ、ミスタ・ギトー」

キュルケは、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。


「ほほう。どうしてそう思うのかね?」


「『ドット』が『スクウェア』に勝つことも不可能ではありません。毒を盛る、背後からナイフで刺す、杖を盗み出しておく、などなど、やり方はいくらでもありますわ。ならば、属性にも同じことが言えます。例え貴方が「風のスクウェア」であろうとも、背後からドットの『魔法の矢』を首に受ければ死ぬでしょう?」

 うわー、キュルケにもハインツ毒は感染してるんだー。発想が俺と似たり寄ったりだよ。


「残念ながらそうではない」

ギトー教諭は腰に差した杖を引き抜くと、言い放った。


「試しに、この私にきみの得意な『火』の魔法をぶつけてきたまえ」

 なんか、微妙に答えになってなくない? キュルケもぎょっとした顔をしている。


「どうしたね? 君は確か、『火』系統が得意なのではなかったのかね?」

 キュルケを挑発するような、ギトー教諭の言葉だった。


「火傷じゃすみませんわよ?」


「かまわん。本気できたまえ。その有名なツェルプストー家の赤毛が飾りでないならね」


 ギトーの言葉で、キュルケの顔からいつもの小ばかにしたような笑みが消える。

 胸の谷間から杖を取り出すと、炎のような赤毛が、ぶわっと熱したようにざわめき、逆立った。何度も思うが杖の場所変えないんだろうか、健全な男子としては目のやり場に困る。

 杖を振るうと、キュルケの目の前に差し出した右手の上に、小さな炎の玉が現れる。 呪文を詠唱すると、その玉は膨れ上がり直径一メイルほどの大きさになった。それを見て、近くの生徒たちは慌てて机の下に隠れる。

 でも、それだけじゃない。

 一メイル程の大きさの火球の影に隠れるように、もう一つの炎が生まれる。


 あれは…………炎の槍だ、確か、『炎槍(ジャベリン)』。

 しかも、前の方にあった火球も徐々に形を変え、円錐型の『炎槍(ジャベリン)』に変わっていく。横になったピラミッドの後ろ側に、東京タワーがあるみたいな形だ。

 でも、ギトーからは“第二の槍”の存在は分からない。

 キュルケは手首を回転させると、右手を胸元にひきつけて、炎の槍を押し出した。唸りをあげて飛んでくる炎の槍を避ける仕草も見せずに、ギトーは腰に差した杖を引き抜くと、そのまま剣を振るうようにしてなぎ払う。

 すると、同時に烈風が舞い上がる。一瞬にして炎の槍は形を失い、霧散する

 けど。


 「な!」


 “第二の槍”は形をそのままに突き進む。


 「く!」

 咄嗟に『風』をさらに展開するギトー教諭。だけど、“第二の槍”は鋭く、かつ、密度が一つ目とは違う。それは見事に風の防壁を貫き、ギトー教諭の目前で爆発した。

 「ぐはあ!」

 吹っ飛ぶギトー教諭。


 「おほほほほほほほほほほほほ! 最強の名が泣きますわね! この程度すら防げないなんて! あはははははははははははは!」

 まさに女王様の如く笑うキュルケ。若干笑いすぎのきらいもある。


 「すげえな」

 「あれ、二回目にゴーレムの足を燃やす時にも使ってたわね」

 ルイズもルイズでかなり冷静だ、周りの連中も割りとそんな感じ。嫌われて……るんだろうなギトー教諭。


 ギトー教諭は何とか立ち上がる、いいパンチもらったボクサーのように。立つんだギトー。と、そのとき……、教室の扉がガラっと開き、緊張した顔のコルベール先生が現れた。

 コルベール先生は、頭に馬鹿みたいに大きいロールした金髪のカツラをのせ、ローブの胸にはレースの飾りやら、刺繍やらが躍っている珍妙な格好をしていた。


「ミスタ?」

 気を取りなおして、ギトー教諭が尋ねる。


「あややや、ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ!」


「授業中です」


 コルベール先生をにらんで、ギトー教諭が短く言う。

「おっほん。今日の授業はすべて中止であります!」


しかし、コルベール先生は、授業の中止を宣言した。その言葉に、教室中から歓声が上がる。


「えー、皆さんにお知らせですぞ」


 もったいぶった調子で、コルベール先生がのけぞると、その拍子に頭に乗っけた馬鹿でかいカツラがとれて、床に落ちた。ギトー教諭の所為で、重苦しかった教室の雰囲気が一気にほぐれ、教室中にクスクスと笑い声が聞こえる。

 一番前に座っていたシャルロットが、コルベール先生の頭に指差して、ぽつんと呟いた。


「滑りやすい」

 冷酷で残忍な一言だ。さながら彼女の兄のように。たった一撃で相手を完膚なきまで打ちのめす、そんな一言。女の彼女らには分かるまい、男には切実な問題なのだ、そういえば父さんも抜け毛を気にしてたなあ。

 教室が爆笑に包まれた。キュルケが笑いながら、シャルロットの肩をぽんぽんと叩きながら言う。


「あ、あなた、口を開くと、言うわね」


 コルベール先生は顔を真っ赤にさせながら、大きな声で怒鳴った。


「黙りなさい!  ええい!  黙りなさいこわっぱどもが!  大口を開けて下品に笑うとはまったく貴族にあるまじき行い! 貴族はおかしいときは下を向いてこっそりと笑うものですぞ!  これでは王室に教育の成果が疑われる!」


 その剣幕に、教室中が一気におとなしくなる。


「えーおほん。皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、よき日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたい日であります。恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に立ち寄られます」


 コルベール先生は、横を向き、後ろ手に手を組んで言うと、教室がざわめいた。


「したがって、粗相があってはいけません。急なことですが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備をします。そのために本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列すること」

 生徒たちは、緊張した面持ちになると一斉にうなずいた。

「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! しっかりと杖を磨いておきなさい! よろしいですかな!」


 生徒達があわてて外に出て行こうとする中、俺はコルベール先生のズラのことで笑いを堪えているルイズと共に、外に出る。





■■■   side:out   ■■■



 魔法学院に続く街道を静々と進む、一台の馬車があった。

 御者台の隅には金の冠ティアラが嵌められ、馬車には金に縁取られた銀や白金プラチナのレリーフが前後左右に二つずつ掛けられている。

 その半分、銀のものはトリステイン王家の一員たることを示す紋章。

 そしてもう半分、聖獣ユニコーンとなにかの結晶が先端に飾られた杖の組み合わせられた紋章は、この馬車の主が王女であることを示すものである。

 見れば、この馬車を引いているのもただの馬ではなく、額から一本の捩れた角を生やした青いたてがみの白馬、『ユニコーン』であった。

 このトリステイン王国では、王女のみに騎乗が許されている聖獣であり、その数もロマリアのペガサスに比べれば希少である。

 王女を象徴するのにこれ以上の逸材はない、といわれるほどの駿馬だった。

 馬車の窓には純白のレースのカーテンが引かれ、外から中の様子は窺うかがい知ることが出来なくなっている。

 そんな王女の馬車に続くは、先王亡き今、トリステインの政治を一手に握っているマザリーニ枢機卿の馬車である。

 その馬車も、王女の馬車に負けず劣らずの立派さがあった。

 いや、精悍さで言えばこちらの方が上かもしれない。

 この風格の差が、いまトリステインの権力を握る者が誰であるのかを雄弁に物語っていた。



 その荷台の馬車の四方を固めるのは王室直属の近衛隊、魔法衛士隊の精鋭たちである。

 名門貴族の子弟で構成された魔法衛士隊は、国中の貴族の憧れとなっていた。

 男の貴族は誰もが魔法衛士隊の漆黒のマントを羽織ることを望み、女の貴族はその花嫁となることを望む。

 いまの御世における、トリステインの華やかさの象徴と言えるだろう。

 一行が行く街道沿いは花々が咲き乱れ、居並ぶ平民たちの歓声に埋め尽くされていた。

 特に平民たちの熱気には凄いものがあり、馬車が目の前を通り過ぎるたび、「トリステイン万歳! アンリエッタ姫殿下万歳!」の声が地平まで響き渡る。

 時たまに「マザリーニ枢機卿万歳!」という声も混じったが、姫殿下への歓声に比べればかなりの少数である。

 片親が平民であるとの噂があるマザリーニ枢機卿だが、何故だか平民からの、特に若い層の支持は薄い。

 妬みというヤツはどんな時代にもつきまとう物なのかもしれないが、彼の場合はその容姿も大いに原因となっているかもしれない。

 なにせ彼はまだ四十も半ばだというのに腕の骨がくっきりと浮き上がってしまうほどに痩せ細っており、その髪も髭ひげも真っ白に染まってしまっていた。

 先王亡き後、その両手にトリステインの内政と外交を持ち続けた激務が、彼の姿を呪いの如く年齢不相応な老人へと変えてしまったのである。

 プライドも美意識も高いトリステインの若い民には、その容姿は到底支持出来るような物ではなかった。

 どんなにその政治手腕が傑出していたとしても、である。


 ある悪魔の王や、それに仕える9人の精鋭、悪魔の親族の仲良し兄妹とかに言わせれば、そこにトリステインという国の病気が垣間見れる。ということになる。


 それに対して、姫殿下の民衆からの人気は凄いものがあった。

 カーテンをそっと開いたうら若い王女が顔を見せるたび、街道の観衆たちの歓声が俄かに高く湧きあがる。

 観衆たちへと優雅に微笑みを投げ掛ける王女の御姿からは、なるほど確かにそれだけの魅力を感じることが出来るのだった。



 とはいえ、その当の王女はカーテンを下ろすと、深く溜め息をついていた。

 馬車の内へと向きなおされたそのすらりとした顔立ちを彩るのは、先ほど観衆たちへと向けられた薔薇のような笑顔ではなく、年に似合わぬ深い苦悩と憂鬱である。

 彼女の御年は、当年とって十七歳。

 薄いブルーの瞳と高い鼻が目を引く、うら若い美女だ。

 街道の観衆たちの歓声にも、咲き乱れる鮮やかな花の彩りにも、彼女の心は惹きつけられず、その細い手は只々先に水晶をつけた杖を弄るばかりである。

 現王家で随一を誇る『水』のメイジである彼女は、深い深い恋とまつりごとの悩みに板挟みにされていた。

 隣に座るマザリーニ枢機卿が、坊主の被るような丸い帽子を直しながらそんな王女を見つめている。

 彼は先ほど、政治の話をするために王女の場所へと移っていた。


 しかし、そんな王女の悩みを遙かに上回るほどの、厄介かつ深刻な案件を彼はいくつも抱えていた。

 



■■■   side:マザリーニ   ■■■



「これで本日十三回目ですぞ。殿下」


「なにがですの?」

 私は内心溜息をつきつつ、殿下に注進する。


「ため息です。王族たる者、むやみに臣下の前でため息などつくものではありませぬ」

 正直、溜息をつきたいのはこちらも同じだ。


「王族ですって! まあ!」

 殿下はやや大袈裟に驚く、演劇が好きなのは昔からで、こういった部分に幼少時からの趣味の影響が出ている。


「このトリステインの王さまは枢機卿、あなたでしょう?今、王都トリスタニアで流行っている小唄はご存知でないの?」


「存じませんな」

 ふむ、やはり、もう少し殿下の教育にもたずさわった方が、良かったかもしれない。

 ………それも無理な話か、先王陛下が体調を崩されて以来、ほとんど私が職務を代行してきたようなものだった。ここ10年あまり、そのようなことに時間を割けるゆとりなど皆無に等しかったのだ。


 しかし殿下、ロマリア人であり、枢機卿でもある私が王となるのは、この国を滅ぼしでもしない限りは不可能なのです。かつてのエスターシュ大公と私とでは、立場は大きく異なるのですから。

 もっとも、彼はその王位を狙って反乱にいたり、かの“烈風カリン”殿によって鎮圧されたわけだが。


 彼らの時代が羨ましい。

 ヴァリエール公爵やグラモン元帥が現役であった頃。このトリステインの人材が今のように小粒にならず、文官と武官、両面での精鋭がそろっていた時代。今のトリステインはその当時に半分どころか、4分の1にも届かぬ。


「それなら、聴かせてさしあげますわ。『トリステインの王家には、美貌はあっても杖は無し。杖を握るは枢機卿、灰色帽子の鳥の骨』……」


「街女が歌うような小唄など、口にしてはなりませぬ」

 “鳥の骨”か。

 まあ、私をよく言い表してはいるが、王族たるものがそのようなことを口にしていては、外交の場などにおいて、うっかり口を滑らしかねん。それでは、王家と宰相が不仲である、と宣伝しているようなものだ。


「よいではないですか、小唄ぐらい。わたくしはあなたの言いつけどおり、ゲルマニアの皇帝へと嫁ぐのですから」

 殿下にとっては、なかなか許容しがたいことではあるのだろう。何しろ、ゲルマ二ア皇帝アルブレヒト三世は40歳。勢力争いの果てに皇帝の座を勝ち取った、野心の塊のような男であり、殿下のことなど政略の駒としか考えてはいないのだろう。

 変動と野心を好む、かの国の頂点に君臨するに相応しい男ではある。


「仕方がありませぬ。ゲルマニアとの同盟は、トリステインにとって目下の急務なのです」


「そのぐらい、わたくしだって知っています」


「殿下とてご存知でしょう? かの『白の国アルビオン』の阿呆どもが煽動している『革命』とやらを。きゃつらはハルケギニアに王権が存在するのが、どうにも我慢ならないらしい」


「礼儀知らずの極みです! あの人たちは、可哀想な王様を捕まえて縛り首にしようというのですよ! この世全ての人々があの愚かな行為を赦したとしても、わたくしと始祖ブリミルは赦しませんわ。ええ、赦しませんとも!」


 だが、これはただの反乱ではない。

「はい。しかしながらアルビオンの貴族どもは強力です。アルビオン王家は、明日にでも潰えてしまうでしょう。始祖ブリミルの遺せし三本の王権の一本が、これで喪われるわけですな。まあ内憂を払えぬような王家では、存在している価値があるとも思えませぬが」

 世間的には、アルビオンの“貴族派”が、王党派を追い詰めているということとなっている。聖地奪還を大義とし、無能な王権を打倒し、有能な貴族による合議により国を治める、ということを掲げる貴族連合『レコン・キスタ』。

 本来、そんなものが成功するはずはなかった。所詮は利権目当ての、貴族の烏合の衆に過ぎぬ。たとえ劣勢になろうとも、心の底から王家に忠誠を尽くす者達の結束は固い。

 逆に、ある程度の勝利を重ね、王党派の土地を奪えば、その土地の利権を巡って内部抗争を起こし、自ら崩壊していくものだろうと、当初は予想していたのだが。


 ゲイルノート・ガスパールとオリヴァー・クロムウェル。


 この二名により、本来烏合の衆に過ぎぬはずの貴族連合は、合議制とは名ばかりの、強力な中央集権体制へと移行しているようだ。

 『レコン・キスタ』という組織は共和制を掲げながら、元来の王権よりも指導者の権力が絶対的であるという恐るべき組織だ。

 今はまだ完全には権力の掌握は済んでいないようだが、王党派が潰え、国内の不穏分子の排除が済めば、ゲイルノート・ガスパールの軍事独裁体制。

 そして、その武力を背景としたクロムウェルの専制政治が始まる。


 貴族会議とやらには従来の封建貴族が所属するのであろうが、そのうち数名は既にゲイルノート・ガスパールに粛清されたと聞く。

 おそらく、その空いた席には彼の腹心たる有能な将軍達が座ることとなり、さらに、有能であれば貴族、平民を問わず重用し、文句を言う“無能”な貴族はゲイルノート・ガスパールにより、根絶やしにされることとなる。

 その後は、クロムウェル直属の有能な官吏、すなわち法衣貴族が国を治め、反対に、家柄や歴史しか取り柄がない封建貴族は閑職に追いやられ、軍人はその矛となりトリステインに牙をむくだろう。


 『軍神』に率いられ、メイジ・平民問わず、有能な者を士官として抱える強力な軍隊。

 衰えた我がトリステイン軍が、単独で立ち向かえる相手ではない。


「アルビオン王家の人々はゲルマニアのような成り上がりではなく、わたくしたちの親戚なのですよ?いくらあなたが枢機卿といえども、そのような言い草は許しません」


「これは失礼しました。今夜床に着く前に、始祖ブリミルの御前にて懺悔することにいたします。しかしながら、全て現実のことですぞ? 殿下」

 そう、全ては現実。かの男の野心一つによって、アルビオン王家は滅ぼうとしている。


「伝え聞いたところによると、あの馬鹿げた貴族どもはハルケギニアを統一するなどと夢物語を吹聴しておるようでしてな。となれば、自分たちの王を亡き者にした後は、あやつらの矛先はこのトリステインへと向けられるでしょう。そうなってからでは遅いのです」

 そして、“聖地奪還”などはまさに戯言、あの男は戦争で勝利するためにトリステインへの侵攻を始める。

 『軍神』に率いられるならば、ハルケギニア統一とて、夢物語ではなくなる。何しろ、たった二人で始めた反乱によって、6000年の歴史をもつアルビオン王家は潰えようとしているのだから。


「常に先を読み、常に先の手を打たねばならぬのが政治なのです、殿下。例え相手が宿敵のゲルマニアであろうとも手を結び、一刻でも早く近い内に成立するであろうアルビオンの反王権政府に対抗せねば、この小国トリステインは生き残れぬのです」

 この国は豊かなれど、小さく弱い。生き残るには並大抵の努力では敵わない。


 私は、窓の外を見る。窓の向こうには、一人の腹心の部下の姿があった。

 トリステイン三つの魔法衛士隊が一つ、グリフォン隊隊長のワルド子爵。

 魔法の腕は確かであり、軍事関係を任せればかなりのものだ。しかし、自尊心が強すぎる。自分が国家に所属するものであるという自覚が薄い。


 多くの封建貴族は富や女に走る。

 この人物はそれとは違う、その点では好感が持てるが、我こそはあのような愚物とは違う高潔な貴族だと思っている節がある。だが、自分の名誉や貴族の誇りを民の安寧よりも優先するのでは、先の者達とそれほど大差はない。

 民を第一に考えず、己のことばかりという点では、何も変わらぬのだから。


 やれやれ、文官にしろ、武官にしろ、目をかけていた者ほどこの国を去ってしまう。ボアロー、オクターヴ、彼らを手駒として使えたのならば、もう少し私も楽が出来たのだが。


「お呼びでございますか? 猊下」


「ワルド君。殿下のご機嫌が麗しゅうなくてな。なにか気晴らしになるものを見つけてきてくれないかね?」


「かしこまりました」

 ワルドは頷くと、街道を鷹のような目で見回す。むじ風が舞い、桃色の小さな花二輪が摘まれ、ワルドの手元へ浮かび上がる。ワルドはソレを手に掴むと、再び馬車の傍へとグリフォンを走らせ、隣にぴったりとつけた。


「隊長、殿下が御手ずから受け取ってくださるそうだ」


「光栄にございます」

 するすると窓が開き、殿下の右手が伸ばされた。


「お名前は?」

 物憂げな声が、ワルドへと掛けられる。


「殿下をお守りする魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵にございます」


「あなたは貴族の鑑のように、立派でございますわね」


「殿下のいやしきしもべに過ぎませぬ」

 建前はそうだろう、しかし、彼には彼の野心がある。国に己の全てを捧げる気概があるとは思えない。


「最近は、そのような物言いをする貴族も随分と少なくなりました。祖父が生きていた頃ならば……、ああ、あの偉大なるフィリップ三世の治世には、貴族は押しなべてそのような態度を示したものでしょうに!」

 それは彼の王が、忠誠を捧げるに相応しい王であったからでありましょう、殿下。


“名誉と忠誠”


 忠誠を捧げることを、名誉と感じられるほどの器量を王者が示さねば、貴族が王家から離れるのも当然の理。


「悲しい時代になったものです、殿下」


「あなたの忠誠には、期待してもよろしいのでしょうか?もし、わたくしが困ったときには……」


「そのような際なれば、戦の最中であれ、空の上であれ、何を置いても駆けつける所存にございます」

 ワルドは一礼すると、馬車より離れて隊列の中へと戻っていった。


「あの貴族は、使えるのですか?」

 私は頷き、返答する。

「ワルド子爵。“閃光”と呼ばれる、『スクウェア』にございます。かの者に敵う使い手は、『白の国アルビオン』にもそうはおりますまい」

 腕が立つのは確かだ。しかし、司令官の器ではない。部下の人望を得る、カリスマとでもいうべきものに欠けている。自らの名誉など犬に喰わせ、何としても部下を生き残らせるという気概がないのだ、魔法衛士隊の隊長が限界の男だろう。

 有能なだけに惜しい、気質と場所が合っていない。この男も、この国ではなくゲルマニアに生まれていたのなら、別の人生が送れたかもしれないのだ。この男の気質はゲルマニア人のそれと近い。これもまた、人は生まれる場所を選ぶ事ができないという、一つの例か。

 もっとも、今のトリステイン軍の高級軍人に、軍人の気概がある人物がいるかというと、実に情けない限りだが、それも皆無。

 どれもこれも、自分の出世と保身のことしか考えぬ。可能ならば、劣勢に立たされてなお、アルビオン王家に従う者達を最高司令官として招きたいくらいなのだ。

 まあ、それも夢物語、彼らを亡命させれば、『レコン・キスタ』を新政権と認めないことを意味し、全面戦争以外の可能性がなくなってしまう。ガリアやゲルマニアならば、それが可能であろうが。


 ……………ニコラ・ボアロー、あの男にはそういった気概があったのだがな。

 だが、封建貴族であり、子爵という爵位を持つワルドと違い、彼には何もなかった。家系からして、ダングルテールと同じく、元はアルビオンから移住してきたメイジ達の一部であったはず。

 トリステインとアルビオンは関係が深い、なにしろ、先王陛下からしてアルビオンからの入り婿であり、その際にアルビオン貴族の一部がトリステインに移住してきた。

 故に、土地を持たぬ根なし草、元々が少数派であり、先王陛下亡きあとは出世が不可能となった。

 名門貴族の子弟で構成された魔法衛士隊は、国中の貴族の憧れ。その状況で、自らの力のみで魔法衛士隊の隊員となった男だ、出来ることならば将軍を任せたいくらいだった。

 古い伝統に縋るしかない現在のトリステインでは、彼が実力を生かすこともできず、そもそも国のために働ける場所すらなかった。

 この国を去り、『軍神』の下に走るのも無理はないというべきか。彼の忠誠に対するものを、この国は返さなかったのだから。


「ワルド……、聞き覚えのある地名ですわね」


「確か、ラ・ヴァリエール公爵領に隣接した領地だったと存じます」


「ラ・ヴァリエール?」


 確か、殿下の幼馴染が、ヴァリエール公爵家の三女であったな。


「枢機卿、“土くれ”のフーケを捕らえた、貴族の名はご存知?」


「覚えておりませんな」

 だがまあ、そう答えておく、下手に話を合わせるとまた何か言いだしそうだ。


「その者たちに、これから爵位を授けるのでは?」


「『シュヴァリエ』授与の条件が、この度改正されましてな。従軍経験が必須になりました。宿敵ゲルマニアとの同盟が成ろうと成るまいと、アルビオンとは近い内、必ず戦になるでしょう。軍務に服する貴族たちの忠誠を、いらぬ嫉妬で失いたくはありませぬ。盗賊を捕まえたぐらいで授与するわけにはいかぬのですよ」


 殿下には内緒だが、ヴァリエール公爵から内密に連絡を受けている。

 たしか”娘の性格からして、『シュヴァリエ』などを賜れば、母のように魔法衛士隊に入って、殿下を護衛するなどと言いかねない”、だったか。

 まあ、父としてはそのような危険な任務について欲しくはないだろう。これからアルビオンと戦争となる可能性が高い昨今ならば尚更だ。

 公爵に恩を売る良い機会なので、その依頼を受ける形にもなった。一石二鳥というものか。


「……わたくしの知らないところで、いろんなことが決まっていくのね」

 それは殿下が知ろうとしないのも理由なのですよ。知ろうと思えば、いくらでも知れるものなのです。

 それはそうと。


「殿下。最近、宮廷と一部の貴族の間で、不穏な動きが確認されておりましてな」

 殿下が、ぴくりと身を震わせた。


「どうやら殿下のめでたきご婚礼をないがしろにして、トリステインとゲルマニアの同盟を阻止しようとする、アルビオンの貴族どもが暗躍しておるようでして」

 殿下の額を一筋の汗が伝う。ぬう、これは何かあるかもしれんな。


「そのようなものたちに、つけこまれるような隙はありませんな? 殿下」


「……ありませんわ」


「そのお言葉、信じてよろしいのですな?」


「わたくしは王女です。嘘はつきません」


 さて、ゲルマニアに密使を派遣しておくとしよう。アルビオンにおいて、殿下との恋愛関係があり得るとすれば、ウェールズ王子くらいしか考えられない。とすれば、殿下が王子に恋文でも送っていた、というところか。

 だが、あの皇帝は現実的だ。

 ゲルマニアというよりも、自分の権力拡大の材料となり得るならば、殿下がどのようなことをしていても、気にも留めまい。


「……十五回目ですぞ。殿下」


「心配事があるものですから。いたしかたありませんわ」


「王族たる者、御心の平穏より、国の平穏を優先するものですぞ」

 それが、王族というものだ。要は国家の奴隷に過ぎぬ。まあ、今は私がその奴隷となっているのだが。


「わたくしは、常にそうしております」

 十六度目のため息をついた殿下は、先ほど摘まれたばかりの二輪の花をじっと見つめて、寂しそうに呟いた。


「……花はただ咲き誇るのが、幸せなのではなくって? 枢機卿」


「その花が咲き誇るために大地の栄養が吸い上げられ、平民という名の多くの草を枯らすのならば、人の手によって摘み取られることでしょうな」

 それが、現在のアルビオン王家なのだ。トリステインもそうならぬ保証はどこにもない、特に、花を摘み取ろうする男が、虎視眈々と狙っているこの状況においては。







■■■   side:才人   ■■■





 学院の正門をくぐって王女の一行が現れると、整列した生徒たちは一斉に杖を掲げた。ざッ! と小気味よく空気を切る音が幾重にも重なる。

 んー、やっぱし貴族なんだな、そういうところは。

 馬車が止まると、お伴っぽい人達がオスマンさんの足元まで駆け寄って、緋い絨毯を馬車の扉まで一息で転がし敷き詰めた。


「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおな――――り――――ッ!」

 呼び出しの騎士の緊張した声が、正門前の広場に響き渡る。だが、がちゃりと扉を開いて現れたのは、何か歳とったおっさんだった。

 はぁ、とか、ふん、とか、居並ぶ奴らが一斉に落胆のため息をついた。ま、無理もねえかな。


 だけど、そのおっさんは平然と、続いて降りてくる王女様に手を差し出した。その手を取って現れた王女様に、居並ぶ生徒たちからわっと歓声が挙がった。これまた一斉に。実に息が揃っている。


 「こういうとこは練習もしてないのにぴったりなんだよな」

 貴族ってのはテレパシーでも使えるんだろうか?


「あれがトリステインの王女? ふん、あたしの方が美人じゃないの」

 とつまらなそうに呟くキュルケ。

 まあ、美人って感じで言えばキュルケの方だろうな。あの王女様はかわいいって感じだし。


「ねえ、サイトはどっちが綺麗だと思う?」


「んな難しいこと訊くなよ。……っていうか、王女さまって俺らと殆ど歳かわらなかったんだな」

 綺麗かって聞かれたら判断に迷う。人によって意見は変わるだろ。好みなんて千差万別だし。キュルケと王女様はタイプが違うから、比較しろって言われても即答できない。テディベアとバービー人形、どっちが可愛い? って言われるのと同じだ。ちなみに俺はデディベア派。

 石段の一段目に立っているルイズは、真面目な顔をして王女を見つめていた。こいつが真面目な顔をしてるのはいつものことだが、今回は一際真面目だ。


「……子爵、さま?」

 と呟いたかと思うと、す――――――っとじっくり頬に赤みが差していく。その変化が気になって、いったいなんだろ、と立ち上がり、ルイズの視線の先を見据えてみた。


 視線の先に居たのは、見事な羽帽子を被り、鷹とライオンをくっつけたような姿の、しなやかな幻獣に跨った貴族の姿だった。イメージはFFの赤魔導師(色は緑だが)。ファンタジーで羽帽子っていったら、アレだよな。

 ルイズは、その貴族をぼんやりと眺めていたのである。

 「んー、誰?ルイズの伯父さん?」

 けっこう歳くってるよな、髭が眩しいZE。でも、年が離れた従兄ってのもありか。

 そういや、従兄妹って言えば。


 俺は周囲を見渡す。うん、全員が向こうに集中してるな。


「なあ、シャルロット、ちょっといいか?」

 いつも通り本を読んでるシャルロットに声をかける。
 

「何?」


「さっきの授業でキュルケが使ったあれ、あれはハインツさんじこみの魔法なのか?」

 かなり実用性抜群というか、殺すことを目的に作られたような魔法だった。


 「ハインツは『水のスクウェア』だから、『火』は不得意。あれはキュルケの得意魔法、『連続炎槍』。とはいっても、これもキュルケのオリジナルじゃない」


 「ってことは?」


 「ハインツの友人、フェルディナン・レセップス少将が編み出した魔法。『炎槍(ジャベリン)』を連続して重ねて撃つ、というかなり高等技術。並列して撃ったり、さっきのキュルケみたいに縦に重ねることで貫通力を上げたりと、応用性が高いの」


 「ハインツさんの友人か、あの人の周りって、凄い人ばっかだな」

 まあ、ハインツさんが一番すげえけど。でも実際その人たちに会ったら、この感想も変わるのかな。


 「でも、キュルケのあれは本気じゃない」


 「マジか!」

 あれでかよ。ギトー教諭吹っ飛んでったぜ。


 「キュルケの本気は3連、それが一斉に敵目がけて飛んでいく」


 「そりゃあ、とんでもねえ」

 何で学院生なんてやってるんだろ?


 「でも、レセップス少将は5連が可能だとか。しかも、一本一本の威力もキュルケのかなり上をいく」


 「どういう化け物だ?」

 あのフーケが小物に思えてきた。


 「”戦争の寵児”ってハインツが言ってた。それに、それを全部『ブレイド』で迎撃したとんでもない人もいるみたい」


 「いや、この辺でやめておくよ……」

 とにかく、今の俺じゃどんくらい凄いのかすらよくわかんねえ。


 「大丈夫、いずれ貴方も彼らと同じくらいになれる」


 「そうかなあ?」

 一生無理な気もするが。


 「ハインツがそう言っていたし、私もそう思う」

 すごく純粋な声でシャルロットはそう言ってくれた。


 「うん、そうか、頑張るよ」

 期待には応えないと、男じゃねえよな。見栄でも何でもいいさ。


 「頑張って。私も、いつかはハインツを超えてみせる」

 そう言うシャルロットの表情はとても綺麗だった。それこそ、王女様よりも。











 で、その日の夜。


 「おーい、ルイズ、応答せよ」

 俺は寝床である藁束に座りこみながらルイズに話しかける。

 なんか、お姫様がやってきてからというもの、ルイズは実に面白かった。ふらふら幽霊のように歩いたり、急に立ち上がったり、座ったり、そして今、ベッドに腰かけてどっかの世界に旅立ってる。


 「偉大なる暗黒面の支配者たるマスター・ルイズ、共にこの銀河を支配致しましょう」


 ルイズは無反応。

 「おーい、傲慢少女」

 無反応。


 「おーい、暴力主人」

 無反応。


 「………The・naititi」

 ブンッ!


 「ゲフッ」

 恐ろしく鋭い蹴りが俺の腹に炸裂した。


 「な、何つう奴だ、最後はかなり小声だったのに……ルイズ、恐ろしい娘!」

 そして未だに旅立ったままのルイズ、こいつ、反射であの蹴りを放ったのか。


 すると、ドアがノックされた。規則正しく、初めに長く二回、次に短く三回。


 その音でルイズが再起動した。


 「おお、御主人さまがついに目覚めた。今こそメテオ発動の時」

 なんとなく言ってみる。が、むなしい。

 ルイズがドアを開くと、そこには真っ黒な頭巾をかぶった変なのがいた。


 「…………あなたは?」

 その人物が杖を出して振るう、すると何か金の粉っぽいのが出てきた。


 「『ディティクト・マジック』?」

 ルイズが尋ねると、その人物が頷いた。


 「どこに目が、耳が光っているかわかりませんからね」

 そして、その人物はフードを取った。


 「姫殿下!」

 「あ、あの王女様だ」

 同時に言う俺達。

 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」









[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十一話 王女様の依頼
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/09 16:31

 さて、なんか妙なことになってる。

 なぜか王女様が夜中にルイズの部屋を訪ねてきた。理由はさっぱりわからんが、何かありそうな気がする。

 ハインツさんと出会ってからというもの、こういうトラブルの気配をなんとなく感じ取れるようになってきた。




第十一話    王女様の依頼




■■■   side:才人   ■■■




 「ああ……! ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」

 ルイズの部屋を訪れてきた王女様は、感極まった表情を浮かべ、膝をついたルイズに抱きついた。

 そういや名前なんだっけこの王女様。アンリ……なんとかだった筈。アンリ……マユだったか? いや違うな、そんなゾロアスターな名前じゃなかった。えーっと、まあいいや王女様で。


 「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へ、お越しになられるなんて……」

 ルイズは、相変わらず膝を着いてかしこまった顔のままだ。


 「おいおい、公爵家の三女の部屋が下賤だったら、平民の部屋はどうなんだよ? 害虫の巣か?」

 とりあえずつっこんどく。



 「ああ! ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい!あなたとわたくしはおともだち! おともだちじゃないの!」


 「もったいないお言葉でございます。姫殿下」

 硬く緊張しているルイズと、そんなルイズにぺっとりと張り付いている王女様。

 俺の言葉は無視されてる。


 お姫さまがルイズと友だちだって?…………って、考えてみりゃ当たり前か。

 確か、王女様の遊び相手をするのも、相当の地位がいるんだもんな。歳がほとんど同じのルイズが、遊び相手になるのも頷ける話だ。


 「やめて! ここには枢機卿も、母上も、あの友達面をして寄ってくる欲の皮の突っ張った宮廷貴族たちもいないのですよ!ああ、もうわたくしには心を許せるお友達はいないのかしら。昔馴染みの懐かしいルイズ・フランソワーズ、あなたにまでそんな態度を取られたら、わたくし絶望で死んでしまいそうよ!」

 「死ねばいいのに(ダウンタウンの浜ちゃん風に)」


 「姫殿下……」

 無視されたのが悔しかったので毒を吐いてみるが、やっぱり無視された。聞かれていたら処刑かも、って、言ってから気づいたよ、危機意識ないなあ自分。

 ルイズが、困った面持ちで顔を挙げる。それにしても、大げさな人だなこの姫さま。

 あと、小うるさい人リストに母親を入れるのはどうなんだろ? 欲の皮が突っ張った宮廷貴族と、お母さんが同じなんですか? 王女様。ちなみにミーはマミーをそうは思わないYO。


 「幼い頃、宮廷の中庭で一緒になって蝶を追いかけたじゃないの! 泥だらけになって!」

 「……ええ。お召し物を汚してしまって、侍従のラ・ボルト様に叱られました」

 ルイズが、はにかんで答えた。あれ、意外に活発なご幼少のみぎり?


 「そうよ! そうよルイズ! ふわふわのクリーム菓子を取り合って、つかみあいになったこともあるわ!ああ、ケンカになると、いつもわたくしが負かされたわね。あなたに髪の毛を掴まれて、よく泣いたものよ」

 「いえ、姫さまが勝利をお収めになったことも、一度ならずございました」

 ルイズが心外だと眉を顰め、かつ懐かしそうに口元に笑みを浮かべて言う。しかし、一度ならずってことは、ルイズの勝ち越しなんだな。流石は我が暴力主人。


 「思い出したわ! わたくしたちがほら、アミアンの包囲戦と呼んでいるあの一戦よ!」

 「姫さまの寝室で、ドレスを奪い合ったときですね」

 奪いあったのか。王女と公女なんだから、ドレスなんてよりどりみどりだろうに、なんて心のさもしい娘たちなんでしょう。なんつって。

 どうもこのおしとやかに見えたお姫さまは、幼少のみぎりはお転婆だったらしい。まあけど、とんでもなさに関しちゃ、ハインツさんが一番か。


 「そうよ、『宮廷ごっこ』の最中、どっちがお姫さま役をやるかで揉めて取っ組み合いになったわね! わたくしの一発がうまい具合にルイズ・フランソワーズ、貴女のお腹に決まって」

 「姫さまの御前でわたし、気絶いたしました」

 「そのまま死んでくれてたらよかったのに(真剣)」

 二人が顔を見合わせて、あははと笑った。


 「気絶するほど友人をぶん殴ったのか、ずいぶんアグレッシブだなおい。ルイズも、よく友達を続けたな」

 試しに王女様にもため口をきいてみるが、やはり無視された。まあ、聞かれてたら打ち首なんだろうけど、どうもさっきからスルーされてるから、つい言ってみる。


 「その調子よ、ルイズ。ああいやだ、懐かしくて、わたくし、涙が出てしまうわ」


 「なあ、王女様とどんな知り合い?」

 それでも訊いてみる。俺は諦めない。

 「姫様がご幼少のみぎり、恐れ多くもお遊び相手をと務めさせていただいたのよ」

 おお、返答があった!!  ……って嬉しがることじゃないよな。


 「でもそれって、恐れ多いのか?家柄を考えたら当然な気がするけど」

 こいつの家、公爵家だよな。貴族の価値観はよく分からんが。


 「でも、感激です。姫さまがそんな昔のことを覚えてくださってるなんて……。わたしのことなど、とっくにお忘れになったかと思ってました」

 返答があったかと思えば無視される。お嬢様とかお姫様ってのは、平民の言葉を無視する技能でもあるんだろうか?

 王女様は深いため息をつくと、ベッドに腰掛けた。


 「忘れるわけないじゃない。あの頃は毎日が楽しかったわ。なんにも悩みなんかなくって」


 「姫さま?」

 王女様の深い憂いを含んだ声に、心配になったルイズは沈んだ笑みを浮かべたその顔を覗きこんだ。

  
 「あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね、ルイズ・フランソワーズ」


 「なにをおっしゃいます。あなたは、お姫さまでしょう?」

 「そうですよね、自由って素晴らしいですよね、暴力主人にこき使われる俺に自由はないんでしょうか? スコットランドのウィリアム・ウォレスは、処刑の瞬間まで自由を叫んだとか(映画の知識)。王女様、貴女とは友達になれそうです」


 「王国に生まれた姫なんて、籠に飼われた鳥も同然。飼い主の機嫌一つで、あっちに行ったり、こっちに行ったり……」

 王女様は、窓の外を眺めて、寂しそうに呟く。いやあ、完璧に無視された、ここまで来ると清清しいな。


 「結婚するのよ。わたくし」

 「……おめでとうございます」

 その声の調子があまりにも悲しそうで、ルイズはわずかに沈んだ声で言った。王女様がルイズに振り向き、手を取ろうとして……、何か、こっち見た。


 「あら……、ごめんなさいね。お邪魔だったかしら」


 「お邪魔? どうして?」


 「だって、そこの彼、あなたの恋人なのでしょう?いやだわ、わたくしったら。つい懐かしさにかまけて、とんだ粗相をしてしまったみたいね」


 「はい? 恋人? この生き物が?」

 「おお! 生き物扱いしてくれるのか!?」

 てっきり無機物扱いされるかと思ったぜ。


 「姫様、これは……そうですね、便利な道具です。恋人なんかじゃありません」

 やっぱり無機物扱いだった。


 「頼むから人間扱いしてくれ」


 「うるさいわよ、犬」

 犬かあ、そういえば……

 『そう、つまりその犬が君だ。洗礼を受けていない異国人はニューヨークのスラム街のゴロツキにでもなるしかないが、“公爵家のお嬢様の使い魔”ってのは、“大統領の犬”くらいのステータスだ。そこらの平民よりも断然上、ひょっとしたら国の王様やお姫様に会う機会もあるかもしれない、国家公務員の貴族ですら会えない方が多いのにな、あくまで犬としてだが』


 ハインツさんの予言は大当たりだ。だけど、最初は犬ですら無かった。無機物だった。


 「使い魔?」

 
 王女様はきょとんとした表情でこちらを見てきた。


 「人にしか見えませんが……」

 
 「人です。 姫さま」

 「な、何だと! ルイズが俺を人間扱いしてくれた!? バ、バカな! 明日この国滅ぶんじゃないか!?」

 ゴガッ! 思いっきり殴られた。効果音が凶悪です。


 「うっさいわよ、汚物」

 「あ、あの、マスター?、せめて生き物扱い……」


 「くたばりなさい、ドブネズミ」

 汚物から衛生害獣にランクアップした!! ヤッタぜ!!…………くそう。


 「ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」

 ルイズの暴力すら流したよ。なんたるスルースキル、流石はルイズの親友、その巨乳は伊達じゃねぇな。


 「好きで使い魔にしたわけじゃありません」

 「俺だって、好きで使い魔になったわけじゃないやい」


 すると、王女様はため息をついた。(俺の言葉は完全に無視)

 
 「姫さま、どうかなさったんですか?」

 「いえ、なんでもないわ。 ごめんなさいね……、いやだわ、自分が恥ずかしいわ。 あなたに話せるようなことじゃないのに……、わたくしってば……」

 「キモイよ姫様」


 「おっしゃってください。 あんなに明るかった姫様が、そんな風にため息をつくってことは、何かとんでもないお悩みがあるのでしょう?」

 ま、察してくれっていう一種の合図だろ。最近のいじめられっ子なんかは、それを察してくれない相手に逆恨みする例もあるとか。そう考えると、ルイズは逆恨みはされないな。こういうとこはいい奴だ。

 
 「……いえ、話せません。 悩みがあると言ったことは忘れてちょうだい。 ルイズ」


 ……このお姫様、絶対に何か厄介ごとを持ちかけに来たな。けど、当然と言うか、ルイズは言う。

 
 「いけません! 昔は何でも話し合ったじゃございませんか! わたしをおともだちと呼んでくださったのは姫さまです。 そのおともだちに、悩みを話せないのですか?」

 ルイズがそう言うと、アンリエッタは嬉しそうに微笑んだ。そうなんだよな、こいつはこういう奴だ。何だかんだで義理がたい、どこまでも筋を通す。だから、魔法が使えなくても諦めず、貴族たらんとしてる。立派な奴だ。これで使い魔に優しかったらもっと立派なんだが。


 「わたくしをおともだちと呼んでくれるのね、ルイズ・フランソワーズ。 とても嬉しいわ。 ……今から話すことは、誰にも話してはいけません」

 王女様は、こちらの方をちらりと見た。

 
 「席を外そうか?」

 王女様は首を振った。


 まさか、お前は汚物だから聞かれても問題ないってことか? 流石にそんなこと言われたら自害するぞ、俺。
 

 「いえ、メイジにとって使い魔は一心同体。 席を外す理由がありません」

 よかった。汚物じゃなかった。でも、人間でもないんだね、あくまで使い魔なのね。

 
 「わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったのですが……」

 「ゲルマニアですって!」

 キュルケの国だよな、国土ならトリステインの10倍以上で、人口も1000万近くいるとか。ゲルマニアが嫌いなルイズは、驚きの声をあげる。

 
 「あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」

 「成り上がりっつってもさあ、キュルケの家とは200年以上戦ってきたんだろ?もう充分由緒正しいと思うぞ」

 「そうよ。でも、しかたがないの。同盟を結ぶためなのですから」

 それでも無視される俺。もう慣れたさ。そして、王女様は、現在のハルケギニアの政治情報を説明した。

 

「現在、アルビオンでは貴族たちが王室に対して反乱を起こしているのです。そして、アルビオン王家はもう滅びる寸前だとか、おそらくその反乱軍はアルビオン王室を倒したのならば、すぐにでも我々トリステイン王国に侵攻してくるでしょう。それに対し、トリステインが独力だけで対抗するのは無理があります。だから、ゲルマニアと同盟を結びそれに対抗することが決まったのです。 そして、ゲルマニアが同盟を結ぶ条件として提示してきたのは、わたくしとの婚姻なのです」 


 「そうだったんですか……」

 ルイズは沈んだ声で言った。

 「ま、よくある話ですよね、小国の王女様が国を守るために、より大きな国に嫁ぐ政略結婚ってやつ」

 あれだ、日本の戦国時代はそれのオンパレードだったとか。家康だって、今川の人質だったんだもんな。無視は前提なので無遠慮に言い放つ。


 「いいのよ。 ルイズ、好きな人との結婚なんて、物心がついたときから諦めていますわ」

 「姫さま……」

 「無視しないでください、寂しいんです」

 泣き崩れる俺。分かってても寂しいものは寂しいんだって。


 「礼儀知らずのアルビオンの貴族たちは、トリステインとゲルマニアの同盟を望んでいません。 二本の矢も、束ねずに1本ずつなら楽に折れますからね」

 毛利で有名な三本の矢か。外国でも似てる話は結構あるとか。


「……したがって、わたくしの婚姻を妨げるための材料を、血眼になって探しています」

 ホントかな?


 「もし、そのようなものが見つかったら……」

 「もしかして、姫さまの婚姻を妨げるような材料が?」

 「ま、話の流れからしてあるんだよな?」

 今までの前提条件から、ため口をきく俺。


 「おお、始祖ブリミルよ……、この不幸な姫をお救いください……」

 「無理でしょ、その人6000年前に死んでるんですから」

  好き勝手言う俺。


 「言って! 姫様! いったい、姫様のご婚姻をさまたげる材料ってなんなのですか?」

 「ルイズの生首」

 ルイズは気にせず、興奮した様子でまくしたてる。うーん、これ、けっこう面白いな。


 「……わたくしが以前したためた一通の手紙なのです」

 「手紙?」

 「不幸の手紙だな」


 「そうです。それがアルビオンの貴族たちの手に渡ったら……、彼らはすぐにゲルマニアの皇室にそれを届けるでしょう」

 「どんな内容の手紙なんですか?」

 「硫黄島からの手紙」


 「……それは言えません。 でも、それを読んだら、ゲルマニアの皇室は……、このわたくしを許さないでしょう。 ああ、婚姻はつぶれ、トリステインとの同盟は反故。 となると、トリステインは一国にてあの強力なアルビオンに立ち向かわなければならないでしょうね」

 「いい気味だ」

 もうヤケクソである。


 ルイズは、王女様の手を握り締める。


 「いったい、その手紙はどこにあるのですか? トリステインに危機をもたらす、その手紙とやらは!」

 「シルフィードの腹の中、お腹すいて食べちゃいました、きゅいきゅい」

 ルイズは興奮した声を上げながら、王女様に問う。


 「それが、手元にはないのです。 実はアルビオンにあるのです」

 「あったらそもそもここに来てませんよね」

 焼き捨てりゃいいだけだ。


 「アルビオンですって! では! すでに敵の手中に?」

 「むしろガリアとかにあったらビックリだ」


 「いえ……、その手紙を持っているのは、アルビオンの反乱勢ではありません。 反乱勢と骨肉の争いを繰り広げている、王家のウェールズ皇太子が……」

 
 「プリンス・オブ・ウェールズ? おの、凛々しい王子さまが?」

 「実はそれは影武者です」

 王女様はのけぞると、ベットに体を横たえる。


 「ああ! 破滅です! ウェールズ皇太子は、遅かれ早かれ、反乱勢に囚われてしまうわ! そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう! そうなったら破滅です! 破滅なのですわ! 同盟ならずして、トリステインは一国でアルビオンと対峙せねばならなくなります!」

 「ざまあみろ(フリーザ調)」

 そろそろ殺されるかも。


 ルイズは息を飲む。

 
 「では、姫さま、わたしに頼みたいということは……」


 「無理よ! 無理よルイズ! わたくしったら、なんてことでしょう! 混乱しているんだわ! 考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険なこと、頼めるわけがありませんわ!」

 「うろたえるな小娘ーー!!(両手を振り上げながら)」


 「何をおっしゃいます! たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあらば、いずこなりとも向かいますわ! 姫さまとトリステインの危機を、このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけにはまいりません!」

 「よーし行って来い。骨は拾ってやる」

 散々無視されて、ぐれましたよ俺。


 「“土くれ”のフーケを捕まえた、このわたくしめに、その一件、是非ともお任せくださいますよう」

 「いや、俺も頑張っただろ。しかもアン時のMVPはロングビルさんだから」

 そしたら、久しぶりにルイズがこっちを見た。


 「あんたはわたしの使い魔よね」

 「ごもっとも」

 必殺技発動。
 

 「使い魔の手柄は主人の手柄よ」

 「ごもっとも」

 下手に出ないと多分爆破される。


 「ところで、使い魔のミスは?」

 「それはあんたのミスじゃない」

 「ごもっとも」

 泣けてくるなあ。


 「このわたくしの力になってくれるというの? ルイズ・フランソワーズ! 懐かしいおともだち!」

 「もちろんですわ! 姫さま!」

 「キモイよ、二人とも」

 再びルイズが王女様の手を握って、熱した口調で語ると、彼女はボロボロと泣き始めた。

 

 「姫さま! このルイズ、いつまでも姫さまのおともだちであり、まったき理解者でございます!永久に誓った忠誠を、忘れることなどありましょうか!」

 「ああ、忠誠。これが誠の友情と忠誠です!感激しました。わたくし、あなたとの友情を忠誠を一生忘れません! ルイズ・フランソワーズ!」

 「ついてけないんで、俺はそろそろ夜逃げしますね」

 なんかノリが凄いことになってきたなあ。
 

 「なあ、ルイズ。久々に友情を確認しているところ悪いが、ちょっといいか?」

 でも、確認事項がある。


 「なによ」

 「戦争やってるアルビオンに行くのはいいけど、どうせ色々やるのは俺なんだろ、盾になったり弾よけになったり囮になったり」

 俺の役割なんてそんなもんだ。


 「あんたに剣買ってあげたでしょ、それくらいしなさいよね」

 「あの店主、首吊ってないかな?」

 「………………多分、平気よ」

 ルイズの声が曇る、けっこう気にしてるみたいだな。その気配りを一割でもいいから俺にもプリーズ。

 
 「アルビオンに赴きウェールズ皇太子を探して、手紙を取り戻してくればよいのですね? 姫さま」

 かなり無茶な指令だと思うぞ。いやでも、竹竿と布の服で『魔王を倒せ』なんて言った挙句、やられたら『死んでしまうとは何事か』とか言って再度送り出す、むしろお前が何事だよ、ってツッコミたくなる某ゲームの王様に比べれば天使かな。見た目は天使っぽく可愛いし。

 そにしても、親友のためには火の中水の中、戦場の中にまで行こうとするとは。ルイズ・ヴァリエール、侠に生きる女ここにあり。


 「ええ、そのとおりです。“土くれ”のフーケを捕まえたあなたたちなら、きっとこの困難な任務をやり遂げてくれると思います」

 「一命にかけても。急ぎの任務なのですか?」

 「俺は一命にかけません、死なない程度にします、いざとなったら逃げます。主人を置いて」

 どさくさに紛れて予防線を張っておく。前提条件に依れば無意味だが。


 「アルビオンの貴族たちは、王党派を国の隅っこまで追い詰めたと聞き及びます。敗北も時間の問題でしょう」

 「早速明日の朝にでも、ここを出発いたします」

 「のんびり行こうぜ、おやつは300ドニエまで?」

 王女様のブルーの瞳が、こちらの方を見つめてた。やばい、散々悪口いってたこと、いいかげん気付かれたか?


 「頼もしい使い魔さん」

 「俺?」
 
 どうやら違った。


 「わたくしの大事なおともだちを、これからもよろしくお願いしますね」

 「期間限定雇用契約にしてほしいんですけど、いつかは東方に帰りたいんで」

 そう言って、王女様は手の甲を上に向けて、すっと左手を差し出した。前提条件どおり、全く俺の話聞いてねえな。

 すると同時に、ルイズから驚きの声が上がる。

 
「いけません! 姫さま! そんな、使い魔にお手を許すなんて!」

 お手? 王女様まで犬扱い?


「いいのですよ。 この方はわたくしのために働いてくださるのです。 忠誠には、報いるところがなければなりません」

 手を差し出されるということは………………あれか!

 俺は差し出された手をがっしりと握り返す。これで、今日から僕達は友達だ!

 さあ、友情の物語はここから幕を開け……「何やってんのよ、あんた」なかった。


 「いや、ここは握手から始まる、熱い友情の物語かなあと」


 「何で姫様とあんたの間に熱い友情が発生するのよ」

 呆れられた。『男と女の間に友情はあり得ない、情熱、敵意、崇拝、恋愛はある――しかし友情はない』なんて事はないんだよ、オスカー・ワイルドは嘘つきなんだよ。


 「……えーと、ちょっと待ってて」

 俺は藁束で出来たマイハウスに向かう。三匹の子豚の長兄に倣って建てたのだ(犬小屋を一回り大きくしたサイズ)

 “ハインツブック”を取り出し、貴族の章をめくる。


 「えーと、礼儀礼儀……」

 そして、該当項目を発見。王女様のところに戻る。


 「なあルイズ、手の甲にキスすりゃいいんだよな?」


 「私に聞くんだったら最初から聞きなさいよ」

 それもそうだ。


 「なかなか変わった使い魔なのね」

 なんか、王女様に感心された。いやあ、貴方たち程ではないですよ。俺にはそんな華麗なスルーは出来ません。


 「東方出身なものでして」

 「まあ! 東方出身ですの?」

 しかも驚かれた。ま、とりあえず王女様の手の甲に、自分の唇をつける。

 
 「いつかは暴力主人のルイズの下から逃げだし、東方の故郷に帰ることをお約束いたします。王女様」

 ぼろくそ言う俺。そして華麗にスルー、これはもはや様式美。

 そのとき、いきなりドアが開いて、誰かが飛び込んできた。

 
 「きさまーッ! 姫殿下にーッ! なにをしているかーッ!」

 
 飛び込んできたのは、キ○ガイもとい、恐怖二股男のギーシュ・ド・グラモンだった。


 「どしたん? お前」

 「ギーシュ! あんた! 立ち聞きしていたの? 今の話を!」

 憤慨するルイズ。むしろ男子がここに居るだけで怒られそうだが、ここ女子寮で、今は夜。俺? 俺は使い魔、人間じゃないのSA! ……畜生。


 「薔薇のように見目麗しい姫さまのあとをつけてみればこんな所へ……、それでドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子をうかがえば……、平民などにお手を……」

 どうでもいいが、こいつホントに貴族か? あと、この王女様は薔薇って感じじゃない、花の種類はわかんねぇけど、百合かなあ。


 「決闘だ! バカチンがぁあああああ!」

 ギーシュが手に持った薔薇の造花を振り回しながら襲い掛かってきた。それに合わせて、カウンターの一撃をギーシュの顔に叩き込む。


 「あがッ!」

 「決闘? マリコルヌの二の舞にしてやるぜ!」

 倒れたギーシュをの上に乗っかる。マウントポジションゲットだぜ。ちなみに、“メリケンサック”はポケットに持ち歩いてるので、いつでも“身体強化”は発動できる。


 「ひ、卑怯だぞ! こら! いだだだ!」

 「で、どうしますか? こいつ、姫さまの話を立ち聞きしていましたけど。 口封じとかするんですか?」

 どうしても扱いがぞんざいになる。だって、ほら、ギーシュだし。


 「そうね……、今の話を聞かれたのは、まずいわね……」

 処刑決定か。怖や怖や、王族は恐ろしい。あと俺からの言葉に姫様が反応したのって、もしかしてこれが初めて?

 ところが、ギーシュが喚く。


 「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう」
 

 「え? あなたが?」

 
 「お前、その体制で大声出されると、凄いうるさいんだが」

 さらに体重をかけようとした時。

 
 「ぼくも仲間に入れてくれ!」


 「なんで?」

 なんとギーシュが立ち上がり、仲間にして欲しそうな目で見ています。仲間にしますか? はい/いいえ。

 
 「姫殿下のお役に立ちたいのです……」

 そんな事を言うギーシュに、俺は小声で話しかける。

 
 「おい、もしかして姫さまに惚れたのか?」

 何しろこいつは女好き。


 「失礼なことを言うもんじゃない。 ぼくは、ただただ、姫殿下のお役に立ちたいだけだ」


 そんな事を言うが、姫殿下を見るたびに顔を赤くし、熱っぽい視線を送っている時点で惚れているのがバレバレなんだが……。


 「お前、彼女がいなかったか? 確か、モンモンだっけ?」


 「モンモランシーだ!」

 そういやそうだった。


 「フラれたのか?」

 「う、うるさい!」

 むきになって反論するところを見ると、振られたのか。その話題には触れないほうがいいな。


 「グラモン? あの、グラモン元帥の?」

 王女様は、きょとんとした表情でギーシュを見つめる。


 「息子でございます。 姫殿下」

 ギーシュは素早く立ち上がると、一礼をする。


 「あなたも、わたくしの力になってくれるというの?」

 王女様は「はい」を選択したようだ。


 「任務に一員に加えてくださるのなら、これはもう、望外の幸せにございます」

 「俺にとっちゃ不安なんだけどな」


 「ありがとう。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようですね。ではお願いしますわ。この不幸な姫をお助け下さい、ギーシュさん」

 「世の中で不幸と呼べる者は、己が不幸であることを自覚していない者だ、って偉い人が言ってたような」


 「姫殿下がぼくの名前を呼んでくださった! 姫殿下が! トリステインの可憐な花、薔薇の微笑みの君がこのぼくに微笑んでくださった!」

 ギーシュは感激のあまり、後ろにのぞけって失神してしまった。そして例によって俺はスルー。


 「ルイズ、こいつを連れて行って大丈夫か?」

 ルイズはそんな問いを無視して、話を進める。ここもスルーなのね。

 
 「では、明日の朝、アルビオンに向かって出発するといたします」


 「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます」


 「了解しました。 以前、姉たちとアルビオンを旅したことがございますゆえ、地理には明るいかと存じます」

 「一回だけ? もの凄い不安なんだけど」

 それって、あんまし知らないってことだろ。


 「旅は危険に満ちています。 アルビオンの貴族たちは、あなた方の目的を知ったら、ありとあらゆる手を使って妨害するでしょう」

 「やっぱやめようぜ」

 王女様は机に座ると、ルイズの羽ペンと羊皮紙を使って、1通の手紙をしたためた。彼女はその手紙をしばらく見つめている。

 人には限界がある。あんまり無視が続くと、そろそろ泣きたい。これなんてイジメ?


 「姫さま? どうかなさいましたか?」

 
 「な、なんでもありません」

 
 王女様は小声で何かを呟きながら、手紙に一文を付け加えた。そして、書いた手紙を巻いて、杖を振るう。すると、巻いた手紙に封蝋(ふうろう)がなされ、花押が押された。

 その手紙を、ルイズに手渡す。

 
「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。 すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」

 それから王女様は、右手の薬指から指輪を引き抜く。

 

 「母君から頂いた『水のルビー』です。 せめてものお守りです。 お金が心配なら、売り払って旅の資金にあててください」

 「いや、ルイズって公爵家の三女ですよね? お金なんか余ってるでしょ」

 ルイズは『水のルビー』を受け取ると深々に頭を下げた。

 
 「この任務にはトリステインの未来がかかっています。 母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風から、あなたがたを守りますように」

 「その母君、さっきはうっとおしがってた気がするんだけど、もの凄い御利益なさそうだよね?」

 こうして、アルビオンに赴く事になった俺たちだった。

 

 

 







 で、現在出発準備中。馬の準備をしながら、俺も荷物を確認する。

 といっても、デルフくらいしかないんだけど、フーケ退治でオスマンさんにもらった100エキューのうち、30エキューほど持って来た。旅行に行くんだから、万が一迷子になったときに自分で戻れるくらいの金は持っとかないとな。ルイズもいつもの制服姿に加えて乗馬ブーツを履いてる、かなり長時間馬に乗るんだろう。


 「お願いがあるんだが…」

 そ、そこでギーシュが困ったように言う。

 「なんだ、ギーシュ。 お前も低血圧か?」

 ルイズを朝早く叩き起こしたのは当然俺である。


 「ちがう! そうじゃなくて、ぼくの使い魔を連れていきたいんだ」


 「あんた、使い魔いたの?」


 「いるさ。 当たり前だろ?」


 「いなくてもいいなら俺は召喚されてないよな。進級試験だったから俺は使い魔にされたんだから」

 そうじゃなきゃギーシュは落第だろ。


 「連れていきゃいいじゃねぇか。 なぁルイズ」


 「そうだけど。 けど、どこにいるの?」


 「ここ」

 同意を求める俺に、ルイズがそう答え、ギーシュに聞くと、ギーシュは何もいない地面を指差した。


「いないじゃないの」

 ルイズが、すました顔で言った。すると、ギーシュは、にやっと笑うと足で地面を叩く。 すると地面が盛り上がり、茶色の大きな謎の生物が顔を出した。ギーシュは膝をつくと、その生物を抱きしめた。


 「ヴェルダンデ! ああ! ぼくの可愛いヴェルダンデ!」

 その光景に俺は、あからさまに引いていた。


 「また、えらくファンシーなのが出てきたな。えーと、なにこれ」


 「なんだそれ、などと言ってもらっては困るな。 ぼくの可愛い使い魔のヴェルダンデだ」


 「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」


 ジャイアントモール…果たして、謎の生物の正体は巨大モグラだった。んー、“ハインツブック”にそういや載ってたな。


 「そうだ。 ああ、ヴェルダンデ、君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。 どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」

 巨大モグラは、嬉しそうに鼻をひくつかせる。


 「そうか! そりゃよかった!」

 ギーシュはヴェルダンデに頬を摺り寄せる。つまり、モグラの言葉がわかるってことは、“他者感応系”がこのモグラには刻まれてんだな。


 「ねえ、ギーシュ。 ダメよ。 その生き物、地面の中を進んでいくんでしょう?」


 「そうだ。 ヴェルダンデはなにせ、モグラだからね」


 「そんなの連れて行けないわよ。 私たち馬で行くのよ」

 ルイズは困ったように言った。



 「結構、地面を掘って進むの速いんだぜ? なあ、ヴェルダンデ」

 巨大モグラは、ギーシュに賛同するように、うんうんと頷いた。うーん、意外に愛嬌あるなあ、ペットとして人気出るかも。シルフィードもフレイムも結構愛らしいんだよなあ。


 「わたしたち、これからアルビオンに行くのよ。地面を掘って進む生き物を連れて行くなんて、ダメよ」

 そういや浮遊大陸だったっけ。ブック曰くでかいラピュタ。ルイズがそう言うと、ギーシュは地面に膝をついた。



 「お別れなんて、つらい、つらすぎるよ……、ヴェルダンデ……」

 そのとき、ヴェルダンデが鼻をひくつかせながらルイズに擦り寄る。


 「な、なによこのモグラ」


 ヴェルダンデはルイズに擦り寄ると、いきなりルイズを押し倒し、鼻で身体をまさぐり始めた。ヴェルダンデは、大きさが小さい熊ほどもあるため、ルイズの力では押しのけることができない。



 「主人に似て、女好きなのか?」


「ふざけたこと言ってないで助けなさいよ!!」

 ヴェルダンデは、ルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけると、そこに鼻を擦り寄せた。ルビーは前日の夜、アンリエッタがお守りとしてルイズに渡した『水のルビー』だった。


 「この! 無礼なモグラね! 姫さまに頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」

 それを見たギーシュが頷きながら呟いた。


 「なるほど、指輪か。 ヴェルダンデは宝石が大好きだからね」


 「どんなモグラだよ」


 「ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石をぼくの為に見つけてきてくれるんだ。 『土』系統のメイジのぼくにとって、この上もない素敵な協力者さ」


 「くおらー! 貴様らー! さっさと助けんかーー!」

 恐るべき形相をしながら叫ぶルイズ。


 「助けた方が良いぞギーシュ、あのままじゃ哀れヴェルダンデは爆破される」


 「そ、それは大変だ! ヴェルダンデ! 今助ける!」

 ルイズじゃなくて、あくまでモグラを助けに行くギーシュ。そこに。

 ブオオオォォォ!

 なんか突風が吹いて、ヴェルダンデと、走り込んでヴェルダンデを助けようとしてたギーシュが吹っとんだ。


 「おわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 「モグモグ――――――――――――――――――――――――――――!」

 宙に舞う一人と一匹。


 「ヴェルダンデ! 待ってろ!」

 メリケンサックを着けて“身体強化”を発動させて、ヴェルダンデの落下地点に向かう。


 「キャッチ!」


 「モグモグ」

 救出成功。結構重いけど、今の俺なら大丈夫。


 「ぐぶっ」

 その横で、そのまま地面に叩きつけられるギーシュ。


 「おい、だいじょぶかよ、生きてるか?」


 「あ、ああ、なんとか、しかしだねサイト、ヴェルダンデを助けてくれたのは嬉しいが、問答無用で僕を無視するのはどうかと思うんだが……」


 「いや、お前、『フライ』で飛べるだろ、ルイズじゃないんだから」


 「へー、いい度胸ねえ?」

 後ろを向くと、怒れる魔人がそこにいた。


 「申し訳ありません、マスター・ルイズ、貴女様の爆発はまさに無敵、ダークサイドの前に敵はありません」

 混乱してるから弁解が無茶苦茶になってる。


 「ダークサイドって何よ?」


 「ええーと、俺の国に伝わる秘術で、手から電撃を放ったり、『レビテーション』を家単位でやったり、最高になると、生命を自在に作り出せるとかなんとか」

 間違いじゃないよな、銀河皇帝がかなり重そうな議会の席を次々にぶん投げてたし。


 「それが私と何の関係があるのかしら?」


 「いえ、ダークサイドを扱える方は我が国の皇帝とされてまして、御主人さまのあまりの偉大さ故に、ついつい皇帝陛下と間違えてしまったのですよ」
 
 保身のためならどこまでも卑屈になる俺。秀吉にあやかろう。


 「そう、じゃあ、昼食抜きで済ませてあげる」


 「ごもっとも」

 よかった、今回は金があるから自分で購入できる。ありがとう、オスマンさん。


 「いやーそうだった。僕は『フライ』を使えるんだったっけ」

 そしてアホな貴族がここに一人。


 「お前、メイジだろ?」


 「うーん、だけど僕は「土のドット」だから、一応風系統になる『フライ』は学年でも下から数えたほうがいいくらいだ。逆に、一番早いのはタバサだね」


 「おお、シャ…タバサって凄いんだな」

 流石はハインツさんの妹。


 「しかし、凄い突風だったわね」

 ルイズが感想を述べる。


 「そうだな、この辺じゃあんな突風が吹くのか?」


 「うーん、たまにあるんじゃないかな?メイドの子が貴族のシーツが飛ばされて、このままじゃ怒られるとかで嘆いてたことがあった。そこに僕が颯爽と登場して、『別に、君のせいじゃない、君のかわいさの前にはそのようなことはささいなことさ、そう、その顔はまさに薔薇のように……」

 「もういい」

 「黙りなさい」

 駄目だしする俺達。


 「くすん、ヴェルダンデ、僕の味方は君だけだよ」


 「モグモグ」

 モグラに抱きつくギーシュ。


 「はいはい、アホなことやってないで出発するわよ、急ぎの任務なんだから」


 「GOOD LUCK!」


 「あんたも来るのよ!」


 「ちっ、ばれたか」

 飛んできた拳を避けながら呟く、けっこう鋭い。良く見るとグーじゃなくてチョキだ、そして目を狙ってきやがった。なるほど、これなら非力なルイズでも、大ダメージを与えられる。流石は学年主席、良く考えてる、でももう少し穏やかなことに使って欲しい。


 「よーし!姫様のおんため、このギーシュ、頑張るぞ!いざ、手紙を取り返しに!」


 「密命を堂々と大声で言うんじゃないわよ!」

 再びルイズの目潰しが飛んだ。


 「がふっ」

 慣れてないギーシュはあっさり撃沈。目を押さえてのたうつ。哀れ。


 「ったく、さっさと行くわよ」


 「いや、ギーシュ、倒れてるけど」


 「あんたが引張って来なさい」


 「ごもっとも」

 荷物みたいに持つか、ほら、やっぱギーシュだし。



 「あの、君達?さっきから僕を意図的に無視してないかね?」

 そしたら、何かいじけた感じの声がした


 「おっさん誰?」


 「おっさ……」


 「ワルド様!」

 ルイズが驚く。ああー、そういえば、ルイズの伯父さんだったっけ。


「すまない。 婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬ振りができなくてね」


「婚約者!?」

 マジで!? ビックリだ!


「ワルドさま……」


「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ!」


「お久しぶりでございます」

 ワルド某は人なつっこい笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄り、抱き上げた。ルイズは頬を染めている。


 「相変わらず軽いなきみは! まるで羽のようだね!」

 「……お恥ずかしいですわ」

 体格差を考えればそりゃ  軽いだろうなあ、なんて客観的に思ったりする。しかし。


 「えー! 婚約者って、近親相姦? 犯罪じゃね?」

 それ以前にロリコンだ!


 「は?」


 「何?」

 疑問を浮かべる二人。


 「あれ? おっさん、ルイズの伯父さんじゃなかったけ?」


 「伯父……」


 「誰がそんなこと言ったのよ」

 ああ、ん? そういや、誰も言ってないな。


 「悪い、勘違いだった。あんまり歳が離れてるみたいだから、従兄妹には見えなくて」


 「別に親戚じゃないわよ、その先入観を捨てなさい」

 そうか、他人なのか。

 「ごめん、悪かった、おっさん」


 「……………彼らを、紹介してくれたまえ」

 何か元気ない、悪いこと言ったかな? おっさんはルイズを地面に下ろすと、再び帽子を目深にかぶって言った。

 
 「あ、あの……ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔の犬です」


 「おーい、紹介する時くらい名前で呼んでくれ」

 それ以前に人間扱いしてくれ。


 「ま、間違えました、えーと、使い魔の雑巾です」

 さらに格下げ。こいつ、わざとやってないか? 泣き崩れる俺。


 「る、ルイズ、彼は人間だろう、雑巾扱いは流石に酷いんじゃないかな?」

 見かねたおっさんがルイズに注意してくれた。いい人だ! ロリコンだけど。


 「そ、そうでした、えーと、東方出身の使い魔のサイトです」


 「頼むから最初からそう言ってください、マスター・ルイズ」

 身内っぽい人の前なんで一応そう言う。


 「ま、まあとにかく、ぼくの婚約者が世話になっているよ」


 「はい、大変で大変で、いっつも俺に暴力振るって、少しでも逆らうと食事を抜かれるんです。何とか言ってやって下さいよ」

 権力者に媚びる俺。救いの手と見れば何にでもしがみ付いてやるぜ。


 「あんた! 有ること無いこと言うんじゃないわよ!」


 「いや、全部有ることだろ」


 「よし、行こうかヴェルダンデ」


 「モグモグ」

 いつの間にかギーシュも復活。



 「それより、急ぐんだろ?」

 話題を変える、このままだとまたルイズに吹き飛ばされそうだ。


 「ああ、そうだな」

 おっさんはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズに手招きした。


 「おいで、ルイズ」

 ルイズは少し躊躇うようにして、俯くと、しばらくの間モジモジとしていたが、おっさんに抱きかかえられて、グリフォンに跨る。そしておっさんは手綱を握り、杖を掲げて叫んだ。



 「では、諸君! 出発だ!」

 「行ってらっしゃい! アルビオン土産よろしく!」

 「あんたも来るのよ!」

 ルイズの爆発が叩き込まれた。咄嗟に避ける。


 「ぎゃああああ!」

 「モグモグ!」

 代わりにふっ飛ばされるギーシュとヴェルダンデ。


 「ヴェルダンデ! 待ってろ!」

 もっかい“身体強化”を発動させて、ヴェルダンデの落下地点に向かう。


 「キャッチ!」

 「モグモグ」

 救出成功。


 「今度こそは華麗に着地!」

 ギーシュも着地する。


 「お見事」


 「それほどでもないさ」

 握手する俺達。ここに、俺達の熱い友情の物語が始まった。今回はマジで。


 「ところで、ルイズとあの髭の誰かはもういっちゃったね」


 「そうだな、帰るか」


 「いや、そうしたら君は絶対ルイズに殺されるよ?」


 「だよなあ、哀れなるは使い魔の身だなあ、いつかは独立を夢見て出発~」

 死ぬほどモチベーションが低い俺達だった。











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 ヴェルダンデの鳴き声を勝手に設定。不評なら変えます。



[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十二話 港町ラ・ロシェール
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:4c237944
Date: 2009/12/11 21:40

 王女様の不幸の手紙、じゃなくて硫黄島からの手紙、でも無く王子様へのを回収するために、ルイズはアルビオンに行くことになった。

 当然、使い魔である俺も行くことになるわけで、ついでにギーシュもついてきた。

 さらに、ルイズの婚約者っつうおっさんもついてきた。

 かなり歳をくってる、これはもう、ロリコンの渾名は避けられないだろうな。




第十二話    港町ラ・ロシェール




■■■   side:out   ■■■



港町ラ・ロシェールは、トリステインから離れること早馬で2日、アルビオンへの玄関口になっており、港町でありながら、狭い谷の間の山道に設けられた、小さな町である。

人口はおよそ300ほどだが、アルビオンと行き来する人々で、常に10倍以上の人が街を闊歩している。

狭い山道を挟むようにしてそり立つがけの一枚岩に宿屋や商店が並んでいた。

並ぶ一軒一軒が、同じ岩から削りだされたものであることが近づくとわかる。

『土』系統のメイジが作り出したものだ。

 街自体は小さいものだが、ここはトリステイン空軍の一大根拠地であるため、王政府関連の施設が多い。

 日本で言うなら、米軍基地のまわりに存在する街といった感じである。


 行政を司るものとしては、もっと交易都市として発展させたいところなのだろうが、そうすると軍事施設などが様々な影響を受けてしまい、軍部からはそれに対する反対意見が上がる。

 結果、アルビオンに対する唯一の玄関口でありながら、交易都市としての発展具合はそれほどでもない、本来なら万単位の人間が住む大都市となっていてもおかしくない立地条件なのだ。


 「ここをこの程度の街にしかしておけん無能な軍部、そして、それを抑える力を持たない無能な王政府」

 ある一人の男がそう呟く。

 「偉大なるフィリップ三世の治世であっても、そういった改革は不可能だったようだな。そして、今は期待すること自体が間違えている」


 そして、ある居酒屋に足を進める。

 「あの男が寝返るのも無理はない、俺とてそうだった。しかし、このような茶番を仕組むとは、一体なんのつもりなのか」

 まあ、命令である以上、協力はするが、と呟きつつ彼は店に入って行った。






 『金の酒樽亭』

 名前に反し、こきたない。店の前には壊れた椅子が積み上げられている。

 ここは傭兵が多く飲みに来る飲み屋で、荒れていることで有名だった。

 とにかくすぐに喧嘩沙汰になり、ナイフや剣を引き抜き乱闘が始まるので死傷者が出る。

 そこで、困った店主が苦肉の策で。

 『人を殴る時は、せめて椅子をお使い下さいませ』

 という張り紙をして、それ以来客は椅子での殴り合いを展開するようになった。

 結果、壊れた椅子が墓標のように店の前に積み上げられることになったのである。


 そして、本日の『金の酒樽亭』は満員御礼。

 内戦中のアルビオンから引き揚げてきた傭兵によって店は溢れていた。


 「アルビオンの王様はもう終わりだね!」

 「いやはや、“共和制”ってやつの始まりかね!」

 「“共和制”に乾杯!」

 彼らは、アルビオン王党派についていた傭兵である。

 王党派の敗北が決定的になった会戦のおり、途中で持ち場を放棄し、逃げかえってきた連中である。

 別段、珍しいことではなく、敗軍に最後まで付き合う傭兵などほとんどいない、職業意識よりも命が惜しい、それだけのことであった。


 しかし、最後まで付き合わないのではなく、彼らは会戦の途中で逃げ出してしまった。

 これは契約違反ともいえる。少なくともその会戦を戦うことは契約条件であり、その分の金は前金として受け取っているのだから。

 メインとなる報酬は勝った時にのみ手に入るが、それ以前にもらっている分は戦わねばならない。

 そんな価値観を守る傭兵など、珍しい存在だが、一応現在はそういった傭兵を纏める立場にあり、かつ、敵前逃亡などをなによりも嫌う男に出会ったことが、彼らの不運といえるだろう。


 そこに、一人の男が入ってきた。

 身長はそれほど高いというわけはなく標準的、およそ175サント程度だろう。

 ここのような飲み屋は、いわゆる傭兵の溜まり場であるため、新参者は何かと狙われやすい。 この店も例外ではなく、新参者である彼が店に入れば、数人の男が絡んできそうなものであった。

 しかし、誰も彼にからもうとはしなかった。


 それは、彼が持つ雰囲気とでもいうべきものが、傭兵ではなく軍人のものであったからである。

 引き締まった肉体にはいっさいの無駄がなく筋肉がつき、戦士・武人という表現が最も当てはまる。

 しかし、無骨な印象も受けない、周囲に振りまく殺気のような威圧感がなければ、優しそうな顔立ちをしているともいえる。

 普通の格好をしていれば、貴族の貴公子としても十分通用するだろう。


 そんな彼が紅の鎧を着込み、どうみても戦いに特化した鋼鉄製の長い杖を下げ、同時に剣をも腰に下げながら店に入ると、周囲は一斉に静まり返った。










■■■   side:ボアロー   ■■■


 「貴様たちは、傭兵だな?」

 俺は適当な店にいた傭兵達に声をかける。本来、これほど多くの傭兵がいることはないが、アルビオンから逃げかえってきた腰ぬけ共だろう。


 「そ、そうだが、あんたは?」

 その中でリーダー格らしき男が答える。


 「軍人といいたいところだが、未だ政権ではないのでな、一介の傭兵隊長だ」

 『レコン・キスタ』はまだ王党派を全滅させたわけではない。

 よって、今はただの私兵の連合体に過ぎない、俺の立場もただの傭兵隊長となる。


 「お偉いさんってわけじゃねえよな、前戦で戦う任務だろ?」


 「俺は大隊長だ。本来ならば自分の部下がいるのだが、少々このトリステインに用事があってな、なにもお前達をニューカッスル城攻略の尖兵とするために来たわけではない」


 「そ、そうかい、それを聞いて安心したぜ」

 臆病者が。話をするだけで腰を引くとは、それでも戦場を渡り歩く庸兵か。


 「それで、貴様等を全員雇いにきたのだ。無論、報酬は用意する、生き残れればの話だがな」

 「俺達を雇うのか?」


 「そうだ、傭兵を雇わず誰を雇うのだ?」

 まさか、ここで諸侯軍を編成するわけもあるまいに。まあ、やれと言われればやってみせるつもりはあるが。


 「ま、まあそうだが、金はあるんだろうな?」


 俺は無言でエキュー金貨が詰まった袋を放り投げる。


 「おお、金貨じゃねえか、随分あるな」


 「命を張るには十分だろう」

 そこに、扉を開いて白い仮面を被った男が入ってきた。


 「遅いぞ」

 「すまない、だが、連中が出発した」

 なるほど。

 「貴様の依頼は果たしたぞ、数は揃えた」

 傭兵共を見渡しながら言う。

 とはいえ、しょせんゴロツキに毛が生えた程度、俺の隊には必要ない。 副官のオルドーやキムに任せてはいるから、向こうの準備は問題ないだろう。
 

 「ところで貴様ら、アルビオン王党派に雇われていたのか?」

 ワルドが問う、といってもこれは『遍在(ユビキタス)』だ。


 「先月まではね」

 「でも、負けるようなやつぁ、主人じゃねえや」

 その意見は結構だが、少々、聞き捨てならない部分があった。


 「金は言い値を払う。でも、俺は甘っちょろい王様じゃない、逃げたら殺す」

 ふん、封建貴族の当主という、ぬるま湯に浸かっていた男がよく言う。俺とワルドは同時に店を出た。






 「しかし、このような茶番になんの意味があるのだ?」

 「不服か?」

 ワルドは傲然と答える。


 「ああ、元々は“土くれ”とやらを使う予定だったのだろう? たかが盗賊風情の代わりとは、随分俺も安く見られたものだ。そもそも、こんな茶番を組む必要などないだろう」

 「やれやれ、お前は単純だな、俺の任務はそう簡単ではないのだ。ただ戦場で暴れていればいいお前とは違うのだよ」

 ほう、舐めたことをぬかす。だが俺は自分が単純であることは否定しない。細かい小細工など俺は好まない。気質の問題だ。


 「そうか、その任務とやらは、王女の手紙を回収し、ウェールズ王子を暗殺することだったか?」

 「そうとも、これは俺にしか不可能な任務だ。個人的なこともあるがな」

 それが、少女にしっぽを振るということか。


 「ふん、軟弱者が」

 「何だと?」

 ワルドの声が変化する。


 「お前が真に自分の力を頼りにするならば、なぜ手土産を持って『レコン・キスタ』に馳せ参ずる? なぜ身一つでアルビオンに渡らないのだ?」

 「それは愚か者のすることだ。ただ一人の戦力として参加するよりも、『レコン・キスタ』により大きな貢献ができる方法をとっているまでだ」

 なるほど。


 「子爵というトリステイン貴族であった親から受け継いだ身分、魔法衛士隊隊長という肩書、そのようなものを頼りにした手土産を持って、『レコン・キスタ』に馳せ参ずるのが大きな貢献か。別にお前でなくとも、同じ肩書があれば同じことができるのではないか?、それこそ、マンティコア隊隊長でも、ヒポグリフ隊隊長でも」

 「俺を愚弄する気か?」

 ワルドの殺気が強まる。


 「そうではない、衛士隊長になったのはお前の実力なのだろう、ならば、同じように『レコン・キスタ』で地位を確立していく自信はないのか、と言っているのだ」

 「現在持っている自分の力を、最大限に生かす事が間違いだと言うのか? 頭が固い男だな、実に古風だ」

 再び嘲るような口調になるワルド、しかし、俺が言いたいのはそこではない、。


 「古風結構、頭が固いなど言われなれているさ。だが、俺が気に食わんのは、お前がやっている内容だ。手紙を奪うだけなら、何故あの少女を同伴させる。お前も王女から命を受けたのだから、あの少女は安全な場所に待機させることも出来るはずだ」

 「戦場を駆けるしか知らないお前などには、、分からん理由があるのだ。ふん、女子供を巻き込むな、とは立派な物言いだな。軍人とは人を殺す事が生業だろうが」

 貴様、そこを履き違えているのか。

 
 「何を言う、戦場には戦場の掟がある。武器と戦意、そして覚悟を持っているなら者なら、例え女だろうと、子供だろうと”敵”として討ち果たす。だが、そうしたものを持たない民間人を害するなどは論外だ。軍人が戦うのはそうした”敵”のみ」

 「たいした高説だが、それが俺の行動と何の関係がある」


 「軍人の役目は”敵”を倒すことだが、その戦場に民間人を近づけるべきではない。立ち入れば、女子供の分けなく死ぬのが戦場、ゆえに軍人、特に騎士たちは彼らを戦場から遠ざけることを忘れてはいけないのだ。なのにお前は、あの少女たちをそこに連れようとしている。彼らに戦場の覚悟があるとは見えなかったぞ」

 「ふん、流石は『石頭のボアロー』だな、実に理想主義的で、青臭い考えだ。そんなことだからお前は、ただの隊員どまりに過ぎなかったというのに」

 『石頭』、俺に付けられた蔑称。過去にこの国で幾度となくそうやって、貴族の子弟に馬鹿にされてきた。しかし、それで結構だ。これは俺の信条であり、理想。そうしたものを持たない軍人は、ガーゴイルと変わらないと思うから。

 いくら頭が固い、考えが古い、青臭いと言われようと、俺のこの思いは間違ってないと信じている。


 「何とでも言え、しかし我が司令官も、民間人に危害を加えるものは、容赦しない方だと知らないわけでもあるまい」

 「ふっ、貴様のような単純な男と一緒にしないでもらおう。、今回で、俺はお前よりも遥か上の地位を得ることになるのだからな」

 「大言壮語よりも結果を示せ、『レコン・キスタ』は実力と結果が求められる。特に、我等の司令官はそういう方だ。お前が結果を示したのならば俺は何も言わん、お前の指揮下に入ろうとも依存はない。だが、忘れるな、『レコン・キスタ』に無能者は存在できんぞ」


 俺はワルドと別れ、軍事関連の施設がある区画に足を向ける。


 わざわざここまで足を運んだのだ。トリステイン空軍の戦列艦の特徴や数、現在整備が完了しているもの、出撃可能なものなどを把握しておこう。


 近いうちにトリステイン侵攻が行われるだろう、情報が多いにこしたことはない。何も、こんな茶番を手伝うためだけ、にここまで来たわけではないのだから。








■■■   side:ルイズ   ■■■


 魔法学院を出発してかれこれ六時間が経つ。この間、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしだった。才人たちは二回ほど、途中の駅で馬を交換したけど、ワルドのグリフォンは疲れの片鱗すら見せずに走り続けている。


 「ちょっと、ペースが速いんじゃない?」

 私は抱かれるような格好でワルドの前で跨っているから、後ろを振り向きながら言った。雑談を交わすうち、私の喋り方は過去のような丁寧なものから、現在の口調へと変わっていた。

 まあ、主にワルドがそうしてくれと頼んだからんだけど。


 「ギーシュもサイトも、へばっちゃってるわ」

 二人は、首に倒れこむような格好で馬にしがみついている。ああもう、根性ないわね。てゆーか、やる気がないのよ、特にサイトは。


 「ラ・ロシェールまで、出来れば止まらずに抜けたいんだが……」

 「無茶よ。普通は馬で二日かかる距離なのよ?」

 「へばったら、置いていけばいい」

 「そういうわけにはいかないわよ」

 ワルドが、少し怪訝な顔になった。


 「どうして?」

 「あれはいざという時の弾よけ、兼、囮役、兼、使いぱしりなんだから。まさかあなたに飲み物持ってこいと言うわけにいかないわ」

 まさかにワルドをあごでこき使う訳にいかないもの。



「それに、どうでもよくはあるけど、一応仲間だし。それと、使い魔を置いていくなんて貴族メイジのすることじゃないわ。雑巾くらいの価値しかないけど」


 「…………ルイズ、少しくらいは使い魔を労わってもいいと思うよ」

 ワルドは、笑いながら言った。若干引きつってる気がするのは気のせい


 「まさか! まだ甘いくらいよ!あの使い魔、口先だけは達者なんだから!」


 「そうかい、けど、恋人とかではないんだね。婚約者に恋人がいる、なんて聞いたらショックで死んでしまうからね」

 う、正面から言われると照れる。


 「お、親が決めたことじゃない」


 「おや? ルイズ! 僕の小さなルイズ! きみは僕のことが嫌いになったのかい?」

 昔と同じ、夢で見たように、おどけた口調でワルドがそう言った。


 「もう、小さくないもん。失礼ね」

 私は頬を膨らませた。ちょっとわざとっぽいけど。


 「僕にとっては、まだまだ小さな女の子だよ」

 私は、先日の夢を思い出していた。

 生まれ故郷、ラ・ヴァリエールの屋敷の中庭。忘れ去られた池の、小さな小船……。

 ワルドは、幼い頃そこで拗すねていると、いつも迎えにきてくれていた。親が決めた縁談、幼い日の約束、婚約者。

 あの頃は、その意味がよくわからなかった。ただ、憧れの人とずっと一緒に居られることだと教えてもらって、なんとなく嬉しかったことは覚えてる。

 今は、その意味もよくわかってる。結婚、するのだ。


 「嫌なわけ、ないじゃない」


 「よかった。じゃあ、僕は好きかい?」

 ワルドは手綱を握った手で、私の肩を抱いた。


 「僕は、ずっときみのことを忘れたことはなかったよ。覚えているかい? 僕の父が、ランスの会戦で戦死して……」

 私は、こくんと頷いた。それを受けたワルドが、思い出すようにしてゆっくりと語りだす。

 「母もとうに死んでいたから、爵位と領地を相続して。それからすぐに、僕は街へ出た。立派な貴族になりたくてね。陛下は戦死した父のことをよく覚えていてくれたんだ。だからすぐに魔法衛士隊にも入隊できた………当然ながら、初めは見習いからでね。ずいぶん苦労したよ」


 「ワルドの領地には、ほとんど帰ってこなかったものね」

 私は、懐かしむように目を閉じた。

 ……あの頃、ワルドが来なくなってしばらくの間は、ずいぶん塞いでいたように思う。誰もあまり庇ってはくれなくなって、必死に勉強して……。

 でも、ちいねえさまだけは、いつも私を励ましてくれた。そうよね、ワルドがいなくなっても、私にはちいねえさまがいてくれたもの。

 そうだわ、あの時も………


 「軍務が忙しくてね。おかげで、未だに屋敷と領地は執事のジャン爺に任せっぱなしさ。僕は一生懸命奉公して、出世してきたよ。なにせ、家を出るときに決めたからね」


 「なにを?」


 「立派な貴族になって、きみを迎えにいくってね」


 「ふうん」


  そういえば、姫様と一緒に遊んでいた頃も、姫様と一緒にちいねえさまのベッドにもぐりこんで、3人一緒に眠ったことがあったわ。それに、他にもたくさん……


 「ルイズ?」


 「幸せだったのよね……」


 魔法は使えなかったけど、そんなことを気にしない友達もいたし、どんなときでも“ルイズ”として見てくれる、優しいちいねえさまがいてくれた。

 私は、とても恵まれているのかもしれない。家柄とか、財産とかは違う、人間の絆という部分で。それがなかったら、どんなに権力があっても、財力があっても、寂しいだけだもの。


 「嫌なことばっかりじゃなかったわよね……」


 「ルイズ?聞いてたかな?」

 はっ!


 「も、もちろん聞いてたわよ!私はダークサイドのマスターなのよね!」


 「ダークサイド?」


 いけない、あの馬鹿の変な言葉に毒されてる!


 「ね、ねえ、ワルド。あ、あなた、モテるでしょう?なにも、わたしみたいなちっぽけな婚約者なんか相手にしなくたって……」

 とりあえずごまかしておく。正直、ワルドのことは夢を見るまで忘れていた。

 
 だから、婚約だってとうに反故になったと思ってたし。戯に二人の父が交わした、宛てのない約束だと、そのぐらいにしか思っていなかったし。十年前以来、ワルドにはほとんど会うことも無かったから、その記憶も遠く離れちゃってたし。


 「この旅は、いい機会だ。一緒に旅を続けていれば、またあの懐かしい気持ちになるさ」

 ワルドは落ち着いた声でそう言ったが……、私は、本当にワルドのことが、好きなのだろうか? 勿論、想い出の中では嫌いではなく、確かに憧れだった。

 好き、であったとも思う。それは間違いがない。

 でも、今は?

 突然現れて、いきなり婚約者だの結婚だのと言われても、どうすればいいのかなんてわからない。私は、離れていた時間が、とても大きなものであるように感じていた。






■■■   side:才人   ■■■





 「もう四半日以上、走りっぱなしだ。どうなってるんだ。魔法衛士隊の連中は化け物か?」

 ぐったりと馬に体を預けていると、隣をいくギーシュが声を掛けてきた。同じように、馬の首にぐったりと上半身を預けている。


 「別にあの髭はいいよ、問題はさー、ルイズだとわたくしは思う次第でございますよ。何この扱い? 勝手に依頼を受けて、いきなりアルビオンに行くことになったのに、向こうはグリフォンですーいすい、こっちは馬を取り換えながら地べたを這いずりまわる。そろそろ謀反を起こしていいと思うんだよね」

 この扱いは酷いと思うわけよ。自分から志願したギーシュはともかく、俺は強制連行だし。それに、貴族にとっちゃ王女様の依頼を受けるってのは名誉かもしんないけど、地球人の俺にはどうでもいいことだし。

 そりゃあね、天皇陛下の依頼とかだったら張り切るよ、日本国民代表として。

 けどさ、こっちの王女様つっても、俺にとってはアメリカ大統領の娘とか、イギリス女王の娘とかと同じなんだよな。


 「うーん、不満タラタラだねえ、そこまでやる気がないと逆に見事という気がするな」

 「おう、褒めろ褒めろ」

 「いや、呆れているんだけど」

 「ほっとけ」

 まあ、浮遊大陸ってのは面白そうではある。けど、戦時中に向かうことも無いだろ。流れ弾でも飛んできたら、間違いなく盾は俺の役目だもんな。欝だ。


 「ああー、なんでルイズが御主人なんだろ?」

 「ふむ、けどさ、あの子爵さんはルイズの婚約者だろ、もし結婚すれば君は解放されるかもな」

 「おお、奴隷解放の希望がここに!」

 頑張れおっさん!


 「あ、キスしてる」

 「よーし、もっとやれおっさん! 歳の差なんか撥ね退けろ! 愛があれば大丈夫だ!」

 頑張れ、俺のために!

 ばっ、と前を向いた。目を凝らしてみたが、二人はキスなんぞしていない。

 ぷーっくすくすくすと声がしたのでそちらを見ると、ギーシュが笑いをこらえていた。


 「手前よお、死にたいか?」

 地獄の底から聞こえてくるような声を出してみる。ただのダミ声ぽかったが。


 「はははは、ごめんごめん。けど、君は良いのかい?」

 「あい? どゆこと?」

 「いやさ、ルイズに解雇されたら、その後君はどうするのかなあと」

 「どうって……………まずい!」

 そういや俺は住所不定無職だ! しかも、まだ洗礼ってのを受けてないから、まともな働き口なんてねえ!


 「ヤバい! ヤバいぞギーシュ! ルイズに捨てられたら俺はアウトだ!」

 「今気付いたのかい」

 ギーシュに呆れられた。さらに鬱だ。


 「おっさん、やっぱ頑張んなくていいわ。というか、歳考えろ、歳を。どう考えてもロリコンだろ、どんなに愛があっても、犯罪は犯罪だよ」

 「豹変したな、さっきと言ってることが正反対だね」

 「たりめーだ、人間、追い詰められれば何でもやる。いざとなったらお前とルイズが恋仲なことにすることも吝かではない」

 最終手段だけど。


 「ちょっと待ちたまえ! 僕にはモンモランシーがいる! というか、自分でやればいいだろ!」


 「何言ってんだよ二股してただろ、それにおっさんに逆恨みされて襲われたらどうすんだよ」

 男の嫉妬ってのも恐ろしそうだ。


 「僕はどうなってもいいのかい……」

 「もっちろん。俺は自分の為なら、お前がどうなっても構わないのだ」

 「最悪だ!」
 
 これもハインツさんの教えである。利用できるものは何でも利用しろ、だっけ。

 つっても冗談だけどな、こっち来て初のダチに、さすがにそんな真似しねえよ。












 馬を幾度となく替えて飛ばしてきたお蔭で、なんとか日が変わる前にはラ・ロシェールの入り口に着いた。

 と、ミスターヒゲロリは告げたんだが。左を見ても、右を見ても、前を見ても、どっからどうみてもここは山道だ。そういや、港町っても、浮遊大陸への港なんだよな。


 「港町なのに山にあるんだよな」

 「きみは、アルビオンを知らないのか?」

 「んー、話としては聞いてるけど、実際にみたことはねえな」

 当たり前だけど、地球にそんなもんはない。ラピュタは物語の中にのみ存在するのだ。だからムスカも居ない。あの独特な笑いをする人はこの世界には居ない。


 「そうかい、東方には浮遊大陸はないのかい?」

 「さあな、よくわかんねえ」

 この答も決まってる、ハインツさんが考えてくれた。


 「どういうことだい?」

 「あのな、東方出身っても、全部知ってるわけないだろ。こっちでも平民だったら生まれてから死ぬまで自分の村で過ごす奴もいるんだろ?俺だって向こうじゃただの庶民だからな、なんでもかんでも知ってるわけじゃねえよ」

 言ってみれば、江戸時代の日本人。

 将軍様やそれに仕える武士は長崎の出島とか外国を知っていても、農民はヨーロッパのことなんて知らないだろうし、そもそも日本全体すら知らないだろ。


 「うーん、言われてみればそうだね、僕の家の領民の、グラモン領から一度も出だことないのも大勢いるだろうな。そう考えれば、アルビオンのことを知らない平民ってのも案外多いかもね」



 そんな感じで話してると。突然、崖の上からこっちに目掛けて、火の点いた松明たいまつが何本も投げ込まれた。地面からの灯りに、俺たちの姿が照らし出される。

 って冷静に見てる場合じゃねえ!


「ったく、色々起こるなあ!」

 乗っていた馬がいきなり前足を高々と振り上げ、その拍子に体が地面へと投げ出される。


 が、難なく着地、“身体強化”は発動済み。ギーシュも放り出されたらしく、隣に落ちてきた。

 その音に紛れて、ひゅひゅっという風を切るような音が聞こえた。

 「奇襲だ!」

 「見りゃ分かる!」

 俺はデルフを引き抜いて飛んでくる矢を切り裂く。


「相棒、寂しかったぜ……。鞘に入れっぱなしはひでぇや」

 ぼやくデルフ。でも剣って鞘に入れるもんだろ。


 「あーわりい、すっかりお前のこと忘れてた」

 ここは正直に言っておこう。そして謝っておこう。


 「随分落ち着いてるねえ、君は」

 ギーシュも冷静になってる。


 「こっち来てから色々あったしな、それに、ブラックジャックの恐怖に比べれば軽いもんだ」


 「ブラックジャック?」


 あれはトラウマになるほどだった。実戦よりも酷い怪我をする訓練ってなんだろ?けど、ハインツさんの手にかかれば、“軽いけが”に過ぎないし、その場で完治するし。ホント、とんでもない人だ。

 まだまだ矢は飛んできたが、そこになんか小型の竜巻が発生し、矢を弾いた。後ろを見ると、グリフォンに跨ったおっさんが杖を掲げている。

 今の竜巻モドキは、こいつの魔法らしい。


 「大丈夫か!」

 おっさんの声が、こちらに飛んできた。


 「余裕! お前はどーよ、ギーシュ」

 「こっちもOK、君の影に隠れたからね」

 堂々と言い切るギーシュ。相変わらずの大物っぷり。


 「よく堂々と言うなお前は」

 「ふっ、ギーシュ・ド・グラモンを甘く見るな」

 キザな感じで言うが、やってることはかっこ悪い。


 「相変わらず楽しそうに話してるなあ、俺なんかほっとかれたのによー」

 恨みがめしく言うデルフ。けど剣って……もういいや。


 「そんなに言うなら、鞘取っ払っちまうか?」

 「そうしてくれ、是非」

 そんな風に相槌を入れてやりながら崖の方を見つめたが、第三陣がいくら待っても飛んでこない。


 「夜盗か山賊の類か?」

 これおっさん。


 「もしかしたら、アルビオンの貴族の仕業かも……」

 これルイズ。


 「だが貴族なら、弓は使わんだろう」

 これもおっさん。


 「なあギーシュ、 ラ・ロシェールって、旨い料理とか、おいしいワインとかあるの?」

 「そうだねえ、ワインはなかなかおいしい、これはアルビオン産のワインが入るからだね、それから、名物としては焼き鳥だったかな、焼いた石に鳥肉を串で刺してコショウとかをまぶして食べる。油が滴り落ちて非常に美味だ」

 「おお!炭火焼みたいなもんだな!」

 「炭火焼ってなんだい?」

 「俺の故郷の料理でな、これがまた……」


 ドカン!


 「ぎゃ!」

 「はぶ!」

 吹っ飛ばされる俺達。


 「あんたら、緊張感持ちなさい!」

 ルイズの爆撃を奇襲でくらった、相変わらずの暴力主人だ。けどまあ、”暴力ほど効率の良い教育は無い”って特別に高等な人も言ってたっけ。


 「だってさあ、待ってても矢が飛んでこないんだもん」

 「そうだよ、接近戦のサイトに、「土」メイジの僕、遠距離戦ではなんの役にも立たないんだから、やることがないのさ」

 「そうそう、そういうわけで、任せた」

 「応援はしてるから」


 「「がんばれがんばれ子爵! いいぞいいぞ子爵!」」

 2人で合唱する。息ピッタリだな俺とギーシュ。


 「あんたらねえ……」

 ルイズの顔は怒りを通り越して呆れになっってる。


 すると、聞きなれた音が聞こえてきた。こう、ばっさばっさと。

 段々その音が大きくなってきて、思わずルイズやワルドと顔を見合わせた。なんか、ごく最近聞いた気がする音だ。でっかい羽音。

 ひゅひゅひゅひゅ、と矢の風切り音も聞こえる。こちらには飛んできていないので、狙いは多分羽音の主だろう。音が止んですぐ、今度は崖の上に竜巻みたいなものが見えた。

 あと、空を舞う男たちも。


 「おや、『風』の魔法じゃないか」

 そうワルドが呟く。『風』の魔法を使って、ばっさばっさと音を立てるような生き物を連れてる“味方”。そんな奴、俺は一人しか知らない。

 がらんごろんと弓を持った男たちが崖から転がり落ちる、体を打ちつけて呻き声を上げる。


 「うーわ、痛そ」

 「哀れだねえ」

 他人事のように観戦してる俺達。実に暢気な2人組みだ。

 やがて、松明たいまつに照らされながら現れた見慣れた幻獣に、ルイズが驚きの声をあげた。


 「シルフィード!?」

 予想通りというべきか。ばさばさと地面に降りたドラゴンから、赤い髪の……、ってか、キュルケがぴょんと飛び降りて髪をかきあげた。


「やっぱお前だったのか、シャルロット、って。なんだその格好?」

 ドラゴンの上には、何故だかナイトキャップに貫頭衣を被った、どう見てもパジャマ姿のシャルロットが居た。流石に月が出てないと本は読めないらしく、持っていない。

 そんなシャルロットは、無言のままキュルケを指差した。


 「お待たせ」

 「お待たせじゃないわよ! 何しにきたのよ!

 「助けに来てあげたのよ。朝方、窓から見ていたらあなたたちが馬に乗って出かけようとしているみたいだから、急いでタバサを叩き起こして後を付けたのよ」


 ああ、寝起きを叩き起こされて、着の身着のまま連れ出されたのね……。


 「ツェルプストー。あのねぇ、これはお忍びなのよ?」

 「お忍び? だったらそう言いなさいよ。言ってくれなきゃわかんないじゃない。とにかく、感謝しなさいよね。あなたたちを襲った連中を捕まえたんだから」

 キュルケは倒れた男たちを指差した。怪我をして動けない男たちは口々に罵声を浴びせかけてきている。いつのまにかギーシュがそいつらに近づいて尋問を始めていたりもした。


 つくづく思うんだが、本当に友だちなのか、お前達は。

 だけど、もの凄い息合ってるし、キュルケはシャルロットのことを凄くよく知ってる。


 『あの子、結構無茶するからね、ハインツに頼まれてるのよ』

 とも言ってた。

 けど、無茶させてるのがキュルケな気もするんだよなあ。


 「ありがとな、また助けに来てくれて。いつも助けられてばっかだなぁ」

 ハインツさんにもシャルロットにも、世話になりっぱなしだよなあ。

 「気にしなくていい。それにわたしも、少し興味はあった」

 「まあ、なんか困ったことがあったらいつでも言ってくれよ。手伝いに行くからさ」

 しかし、その格好はどうかと思うんだけどな。


 「なあシャルロット、その格好はどうにかならんのか?」

 「実は一度戻って着替えはとってきた」

 「なるほど、ん?何で部屋で着替えてから来なかったの?」

 「面倒だった」

 うーん、なんとなくハインツさんがキュルケに頼んだ理由が分かってきた。


 「つっても、その格好じゃ風邪ひくかもしんないぞ?」

 「大丈夫」

 「まあそう言わずに、とりあえずこれ」

 俺は荷物の中から上着を取り出して渡す。

 トリスタニアでルイズに買ってもらってからまだ一度も着てないから新品。

 平民用の安物だけどさ。


 「これは?」

 「ああ、“ハインツブック”にアルビオンは上空3000メイルにあるから大陸よりやや寒い、冬になると結構雪も降るって書いてあったから、念のため持って来たんだ」

 「今なら上着が必要なほど寒くはない」

 「そっか、じゃあ尚更俺は使わないから使ってくれ」

 「ありがとう」

 「別にいいよ、世話になってるのはこっちだし」

 ハルケギニア語を教えてくれたのもシャルロットだしな。


 「ねえ、サイト」

 キュルケが、話しかけてきた。


 「ん? どした?」

 「あなた、やるわね」

 「へ?」

 どういうこった。


 「んー、まだまだね、でも、今はそれでいいわ。あの子の方もまだまだだし」

 凄く嬉しそうに微笑みながらキュルケはそんなことを言った。


 「子爵、あいつらはただの物取りだ、と言ってます」

 「ふむ……なら、捨ておこう」

 そんでまたおっさんはルイズを抱えてグリフォンに乗った。


 「今日はラ・ロシェールで一泊して、朝一番の便でアルビオンへ渡ろう」

 そう言い残して、おっさんは飛んでった。正確にはおっさん達を乗せたグリフォンが飛んでった。



 「さーて、貴方達? 金目のものは持ってるかしら?」

 もの凄い笑顔でキュルケが言う。追剥かお前は、貴族のお嬢だろ。


 「おーい、どうすんだ?」

 「略奪」

 シャルロットが短く答えた。貴族のお嬢様がやることじゃねえな。


 「トリステイン貴族と違って、ゲルマニア貴族は強欲なの。欲しいものは力ずくで奪うし、こういったチャンスがあれば骨まで吸い尽くすわよ」

 「シルフィードならグリフォンより数段速いから、問題なく追いつける」

 なるほど。さすが、えーと風竜?だっけ。


 「じゃあ、馬はラ・ロシェールで売っちゃおう。どうせアルビオンへは連れて行けないし、もともと学院の馬をここまで交換しながらやってきたわけだし。任務が任務だから平気だよ」

 貧乏貴族の提案ここにあり。普段は抜けてんのに、こういうところはしっかりしてるぜ。


 「そうすっか、シャ……タバサ、帰りは一緒にのっけてもらっていいか?」

 「問題ない」

 「そっか、じゃあお願いするな」

 向こうで盗賊から略奪するキュルケはシャルロットに任せる。


 「ほんじゃ行くか、ギーシュ」

 「しかし、僕達はマイペースだねえ」


 そんなこんなでルイズとおっさんを追うことに。












 で、ラ・ロシェールの街に到着した俺達。

 ルイズとおっさんの提案で、『女神の杵』っつう一番上等な宿で泊まることになった。


 「なあシャルロット、こんな高いところの泊まったら目立たないかな?」

 ちなみに、ここに来る途中でキュルケはシャルロットは追いつき、道すがら今回の旅の目的は説明しておいた。

 トリステインの極秘事項っぽくはあるけど、あくまで密命、公式なもんじゃない。

 しかも、東方人の俺は王女様の臣下じゃない、つまり、ばらそうがどうしようが構わないわけで。


 ま、この二人じゃなかったら言うつもりはないけど。


 「平気、むしろどう見ても貴族のルイズやキュルケが泊まる宿が安かったらそっちのほうが怪しい」

 なるほど、言われてみれば。


 「木の葉を隠すなら森の中ってわけか」

 「そういうこと、そして、それ以前にルイズは安い宿に泊まれないと思う」

 「あー、お嬢様だもんな」

 そこを忘れてた。


 「でも、キュルケも同じくらい金持ちの家のお嬢様なんだよな?」

 野党からふんだくる略奪者でもあるが。むしろ義賊? でもないか、民衆に配ってるわけじゃないから。


 「そう、だけど、キュルケはキュルケだから」

 理由になってねえけど、理由になってるな。


 「あれか、ハインツさんがハインツさんってのと同じだな」

 あの人、とんでもない金持ちらしいけど、全くそういう感じがしない。

 あの王女様には高貴オーラって感じのが全身から出てたけど、ハインツさんにはそんな感じが一切しなかった。


 とにかくあの人は何でもありだ。どこまでも自由なんだってのは、会って間もない俺でも分かる。

 「それに、この宿はいいところ」

 「来たことあるのか?」

 そうは見えないけど。

 というか、パジャマの上に平民の男ものの上着という訳分かんない格好になってる。


 「ううん、ない、けど、ここは私にとっては都合が良い」

 「どういうこっちゃ?」

 「秘密」

 そう言いながら微笑むシャルロット。

 なんか、いたずらしてるような、そんな感じの顔だ。



 「ふふふ、仲良いわね」

 そこにキュルケが入ってきた、さっきまで向こうでなんか注文してたけど。


 「あれ?ギーシュは?」

 そういえばいない。


 「ギーシュなら、パシリとして酒屋に派遣したわ。私の好きなゲルマニア産のワインがなかったのよね、アルビオン産はたくさんあったんだけど」

 「おいおい」

 どこまであいつは哀れなんだ、使い魔の俺以下の扱いになってる。


 「ところで、あの貴族は、ルイズの婚約者だったかしら?」

 「ああ、そうらしい」

 ルイズがいないとこではルイズって呼ぶんだよな。


 「ふっふっふ、そうなれば、なんとしてでも色々と搾り取ってやんないとね」

 なんか、キュルケの目が輝いてる。

 「あんましやり過ぎんなよ」


 「いえいえ、やるのは貴方よサイト」

 そこに爆弾発言。


 「へ?俺?」

 「頑張って」

 なんかシャルロットも応じてるし。


 「そうよ、貴方、悔しくないの?あの貴族、間違いなく貴方のこと見下してるわね、この平民風情が!って感じで。ああいうのはプライドが凄く高いのよ、自分は魔法衛士隊の隊長なんだ。ルイズは俺のもんだ、例え使い魔でも下賤な平民風情が近寄っていい女じゃねえぞ、って感じで」


 「うーん、言われてみればそんな気もするような……」

 ロリコンってところに気をとられてたけど、ロリコンから見たら、俺って間男なのかも。


 「そうよ、だからここは、ロリコンを妨害しないと」

 「なんか、キュルケがやりたいだけな気がするんだが?」

 「そうよ、けど、利害が一致したなら共同戦線は張れるわ」

 「同志」

 けど、なんでそこにシャルロットも加わるんだろう?


 「じゃあ、作戦を説明するわ」


 キュルケの作戦を聞いて、その理由がよく分かった。





■■■   side:ギーシュ   ■■■


 僕の名はギーシュ・ド・グラモン。キュルケの使いッパシリである。


 「はあ、何で僕がこんなめに……」

 しかし、これは仕方ないことでもある。


 『じゃあ、カードで決めましょう。お互いに5枚引いて、合計数が大きい方が勝ちよ』

 そして、僕が負けた。貴族が一度約束し以上、それを覆してはいけない。


 「しかし、今思えば、あれは本当にまっとうな勝負だったんだろうか?」

 あのカードはキュルケのものだ。そこに仕掛けを施すのは簡単だろう。

 ……でも、それ以前の問題として、キュルケに運で勝ってる自分が想像できない。


 とまあ、そんなことを考えつつ、『女神の杵』に帰還すると、ちょうど桟橋にいってたルイズとワルド子爵が向こうに見えた。


 「おや、戻って来たのかい」

 「ええ、けど、駄目だったわ」

 ルイズは不機嫌そうだ。


 「どういったことで?」

 「いや、二度手間になる。中で一緒に話そう」


 それもそうだった。一緒に宿に入る僕達。









「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ」

「急ぎの任務なのに……」

 子爵の説明と共にルイズは口を尖らせつつ呟く。まあ、しかしだ。

「何故明日にならないと船が出ないのですか?」

 僕は訊いてみる。


「明日の夜は月が重なる。『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールへ近づく」

 なるほど、「風石」を節約したいんだな。

 まあ、そうでもしないと商売あがったりなんだろう。

「さて、今日はもう寝よう。部屋を取った」

 子爵が割り振りを発表する。

 「キュルケとタバサが相部屋だ。そして、ギーシュとサイトが相部屋」

 僕とサイトが同時に互いを見る。


 「僕とルイズは同室だ」

 僕は内心仰天した。


 ま、まさか……この子爵は……ロリコン?


 いや、年齢的に考えれば10歳くらいしか離れて無いようだけど、ルイズは16歳、子爵は26歳。しかも、ルイズは幼女体型、子爵は髭を持つ老け顔。

 どう客観的に見ても、ロリコン以外の感想が浮かばない。


 よく見ると、キュルケとサイトがタバサを子爵の視線から隠してる。あれだ、性犯罪者から子供を守ろうとする親みたいな表情になってる。


 「そんな、駄目よ! まだ、わたしたち結婚してるわけじゃないじゃない!」

 「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」

 ルイズも一度は首を振ったものの、子爵のその言葉に頷く。



 しかし、そこに。

 「異議あり!」

 サイトの声が響き渡った。


 「使い魔君、どうしたのかね?」

 子爵が冷静に問い返す。


 「部屋割りに問題があります、いえ、これは明らかに矛盾しています」

 なんかサイトのキャラが変だ。


 「どういうことかな?」


 「まずそもそも、男3、女3なんですから、ここは平等に行くべきでしょう。二人じゃ枕投げもつまんないし、女が恋の話をするなら3人と相場が決まっています。これは真理です」

 その言葉にキュルケとタバサが頷く。うーん、彼女等がなにか仕込んだのかな?


 「すまん、よくわからないんだが……」

 真面目な子爵にはなんのことやらさっぱりな模様。


 「そして何より、宿泊費がもったいないです。こんなに高そうな宿なんですから、もっと節約しないと」

 もの凄い平民的な意見が出てきた。

 「細かいことを気にするね、平民の君には分からないかもしれんが、これは重要な任務なのだよ、そのようなことを気にする必要は……」

 「それでもです。俺の父さんが似たようながありまして、出張途中で台風が来て、けっこう高いホテルに泊まることになっちゃったんです。『これ、経費で落ちるかなあ?』っと、かなり深刻そうに呟いてました。あの声は忘れることが出来ません。どんな任務でも、出来る限り経費は節約するべきでしょう」


 なんか、例えが意味不明だ。多分、彼の故郷の話なんだろうけど。


 「ううむ、よくわからないんだが、とにかく君は、経費が気になるんだね?」

 「はい、何せ平民なもんで」

 堂々と頷くサイト。


 「それなら心配はいらない、ここの金は僕がだそう」


 「本当ですか!」

 サイトの顔が輝く。

 って、サイトだけじゃない、キュルケとタバサもだった。


 「ああ、ルイズと二人で話したいというのは個人的な事情だしね、そこは僕が出すべきだろう」


 「ありがとうございます! マスター、料理、全部持ってきて!」


 「は?」

 呆然とする子爵。


 「それからー、ワインも全種類持ってきてくださいな」

 これはキュルケ。

 「サラダもお願い、ついでにミルクも」

 これはタバサ、というかもう食べ始めてる。


 「よっしゃ! ただ飯だ! 食いまくるぜ~」

 「子爵のおごりだもの、存分に楽しみましょう」

 「おいしい」

 宴会を開始する3人。

 「キュルケ、ゲルマニア産ワインも到着」

 すかさず混ざる僕。

 「よくやったわギーシュ、褒美にこの焼き鳥を授けましょう」


 「おお!それはかの、ラ・ロシェール名物ではないかね!」

 「美味」

 タバサが頬張ってる。

 「おお、うめえ!」

 サイトも食べ始めてる。


 「他のお客様もご一緒にどうぞ! 私達だけでは食べきれませんもの!」

 キュルケが騒ぎをどんどん拡大させていく。



 「………………」

 そして、子爵は指で額を押さえていた。呆れられてるのかもしれない。それとも怒ってるのか。


 「えーと、私も出そうか?」

 ルイズが慰めるように言う。


 「いや、いいさ。彼らは彼らで盛り上がっていれば良い」

 流石に男として、そこは許容できないだろう。


 だけど、その声には残念そうな響きはなかった。ちょっと不思議だ。ひょっとして全部姫様持ちの約束とか? だとしたらマズったなぁ。


 まあ、そこは気にせず、さあ、宴会の始まりだ。












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補足

 蛇足かもしれませんが、第九話について補足説明を加えます。

 実はこの話は才人の成長に関する話ではなく、ルイズが“博識”に至る過程の布石となっています。後にトリステインに巣食う害虫を駆除するのは才人ではなく、ルイズの役割であるためです。その時才人はシャルロットとデートしてただけですし。

この時点でのルイズは

『確かに、そのモット伯ってのは貴族の風上にもおけない奴かもしれないけど、あんただって貴族の全てを知ってるわけじゃないでしょ!立派な貴族だっているのよ!知った風な口を利かないで!』

という考えが基本となっています。ですが、夏季休暇中に北花壇騎士団トリステイン支部でファインダーからの情報をまとめているうちに、モット伯のような貴族が一般的であり、搾取される側の平民にとっては“オーク鬼よりも達が悪い”と思われているという現実を知り、自分が目指す貴族とは何か?ということをもう一度考え直すことになります。
そのような理由で、“ルイズの身近で起こったそのような話”としてモット伯は上手く利用できそうだったので使用しました。重要なのはあくまでルイズです、“貴族が平民を金で買う”という行為に日本人の才人が反発するのは当然であり、彼の価値観には変化が生じません、変化が生じる(後のきっかけとなる)のはルイズの方なんです。

 あと、ハインツがモット伯を処罰した理由ですが、当然才人の話を聞いたからではありません。北花壇騎士団トリステイン支部長オクターブからの報告を得て、“モグラ”が網にかかったので動いたわけです。

 後に“博識”が主導し、“水底の魔性”という組織となるトリステイン支部ですが、あの時に何人もの貴族を一気に処断出来たのも、彼らがその準備を二年以上かけて進めていたからです。アルビオン戦役が集結してから、“博識”が王宮に呼ばれることが多くなるのも、トリステイン支部長オクターブ(元トリステイン宗教庁司祭)、マザリーニ枢機卿の2名と連携し、トリステインの害虫駆除の準備を水面下で進めていたからです。アンリエッタは堂々と彼女の王道を往くべきというのがルイズとマザリーニの考えなので、そういった王国の暗部は彼らの担当となりました。

 つまり、モット伯はこのときシエスタを連れて行こうとしなければ、“博識の魔女”か、もしくは“香水の魔女”によって処断されています。
彼がこの時点で処罰されたのは、世渡りがうまく、これまでは(貴族が定めた)法的に問題になるようなことをしてこなかった彼が、理事長が誰であるかを確認せず学院に呼んでしまうという失態を犯したからであり、そのチャンスをトリステイン支部が見逃さなかったからです。
もしやっていなくても1年後には同じ運命が待っています。この当時から支部が作成を進めている“害虫駆除リスト”にはモット伯の名前が載っているのです。

 また、その辺に関連して、支部にフェンサーがいない理由、大半がトリステイン人で構成されていることなど、他にもいくつか明らかにしていない伏線がありますが、その辺は外伝が原作5巻の夏季休暇に入るくらいで明かす予定です。ですが、トリステイン支部がラグドリアン王国暗躍機関“水底の魔性”となったのにも必然性があります。

 そういうわけで、才人の行動はあくまでおまけです。ハインツの台詞である

『まあ何にせよだ、今回は頑張ったな才人、見直してないぞ』
『そりゃあ、元々お前はこういう風に誰かのために駆け回るやつだと思ってたからな』

この二つは、今回の話が才人の成長の物語ではないという隠喩のつもりでした。このような“二柱の悪魔”が予想していなかった出来事なども数多くあり、その偶然を“舞台劇”に余さず組み込むためにハインツは影の一人“ゼクス”を主演につけ、彼自身寝る暇もなく活動を続けています。
3巻の“宝探し”などもその例で、あれを“ゼロ戦回収”に結びつけるように仕組むのもハインツなわけですが、そこは、彼が手を加えずとも“物語”の力の補正もあったので実は徒労です。


 と、そのような伏線とする予定だったのですが、そこまで話を進めるには下手すると数か月かかることもあり得るので捕捉することにしました。

 ちなみに、私はアニメを見ておらず、原作のみです。そのため、他の方々が書いてくださっている二次創作によって概要を知っている程度の知識しかモット伯についてはありません。
 ですが、必要なのはあくまで“トリステインのどこにでもいる貴族が、平民を金で買う(拒否権なし)”という事例がルイズの身近で存在することだったので、モット伯のキャラ自体は特に必要な要素ではありませんでした。『終幕 神世界の終り』14話で“博識”にやられた貴族その一みたいな扱いになっております。

 当初はこの時点では大半を伏せておいて、原作5巻に入った段階で明かそうと考えていたのですが、疑問を持たれていた方が多くおられたようなので捕捉することといたしました。


 まわりくどいことになってしまい、真に申し訳ありません。深くお詫び致します。





[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十三話 虚無の心
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:439d4a1f
Date: 2009/12/13 15:25

 アルビオン目指して出発した俺達は、現在ラ・ロシェールに泊まっている。

 途中で合流したキュルケ、シャルロットも一緒になり、ヒゲ子爵の金で騒ぎまくっている。

 ちょっとやり過ぎたような気もするけど、ロリコンに対する天罰だと思うことにした。
 


第十三話    虚無の心




■■■   side:ルイズ   ■■■


 『女神の杵』は貴族を相手にするだけのことはあり、部屋自体は広く、天蓋付きのベッドには豪奢なレースの飾り付けがなされていた。

 「「二人に」」

 杯をあけ、私は一息ついた。二人きりというのは、こんなに緊張するものだっただろうか?

 「姫殿下から預かった手紙は、ちゃんと持っているかい?」

 ワルドが、話題を振りがてら尋ねてきた。


 ポケットの上から、姫様から預かった封筒を押さえて、そこにあることを確認し、一頷きする。

 「……ええ」

 この手紙の。そして、ウェールズ皇太子に宛てたという手紙の内容は、どんなものなのか。なんとなくだが、それは予想がつく気がした。これでも、幼い頃はずっと姫さまと共に過ごしてきたのだ。

 この手紙の最後の一文を書いた時の姫さまの表情が、誰の、どんな話をする時のものだったか。私は、それをよく知っていた。

 気付けば、考え事をしている自分を、ワルドが興味深そうに覗き込んでいた。


 「心配なのかい? ウェールズ皇太子から、無事に姫殿下の手紙を取り戻せるのかどうか」

 「そう……ね。心配だわ」

 正直言って、不安なことは多すぎるくらい多いのだ。


 ついさきほどのような夜盗。アルビオンへ向かう船の安全。アルビオン貴族派どもの襲撃。それこそ、心配し始めれば切りがないほどに。


 「大丈夫だよ。きっとうまくいく。なにせ、僕がついてるんだから」

 私は、少し苦笑した。ワルドは、あの頃と変わらないのかもしれない。あの頃も、こんな風に自信満々に勇気付けてくれた覚えがあった。


 「そうね。あなたがいれば、きっと大丈夫よね。あなたは昔から、とても頼もしかったもの。私の使い魔も貴方くらい頼りになればいいんだけど、力以前にやる気がなくて論外なのよね、それで、大事な話って?」

 話題を区切り、相部屋にした理由とやらを尋ねてみる。どことなくワルドが、少し遠い目になった気がした。


 「覚えているかい?あの日の約束……、ほら、きみのお屋敷の中庭で」

 「あの、池に浮かんだ小船?」

 そうだ、とワルドが頷く。


 「きみは、ご両親に怒られた後は、いつもあそこでいじけていたな。まるで捨てられた子猫みたいに、うずくまって……」

 「もう。ホントに、ヘンなことばっかり覚えているのね」

 恥ずかしい思い出を掘り返されて、私はむくれた。ワルドは、それを見ながら楽しそうに笑っている。


 「そりゃ、覚えてるさ。きみはいっつもお姉さんたちと魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われてたんだから」

 そう、私には才能がない。狂おしいほどに望んでいるのに。


 「でも僕はずっと、それは間違いだと思ってた。確かにきみは不器用で、失敗ばかりしていたけど……」

 あう、と私が凹んだのを見て、少し慌てた様子でワルドが言葉を続ける。


 「あ、いや、違うんだルイズ。君は失敗ばかりだったけれど、誰にも負けない不思議な魔力を放っていた。魅力、と言い換えてもいい。きみには、確かに他の誰にも負けない特別な力があるんだ。僕だって並の魔法使いメイジじゃないから、何とはなしにそれがわかるんだ」

 「まさか」

 「まさかじゃないよ、私。例えば、きみの使い魔」

 「アレのこと?」

 「そう、彼だ。彼が武器を掴んだ時に、左手の甲で光を放っていた使い魔のルーン。あれは、ただのルーンじゃない。伝説と呼ばれた使い魔の証さ」

 「伝説の使い魔?」

 「そうだよ。あれは、『神の盾ガンダールヴ』の印だ。始祖ブリミルの用いたとされる、伝説の使い魔だよ」

 ワルドの目が、壁を見据えた。才人に割り当てた部屋の方を。


 「ガンダールヴ?」

 「誰もが持てるような使い魔じゃない。きみは、それだけの力を潜ませているんだよ」

 そうは言われても、ガリアじゃ“ルーンマスター”ってのがいるそうだし、あんなのも珍しくはないってタバサが言ってたような……


 「……信じられないわ」

 私は額を押さえて首を振った。ワルドは、冗談を言っているのだとも思った。確かにサイトは剣を持つとやたらとすばしっこくなったりするけど、伝説だなんて信じられない。


 それに、もし本当に伝説だったとしても、自分は落ちこぼれ、ゼロの私なのだ。ワルドが言うような力が自分にあるなど、どう考えてもありえない。きっと何かの間違いなのだと、私は自分の中で決めつけた。

 だが、熱くなったワルドの語りは止まらない。酒の魔力のせいもあるのだろうか?


 「きみは近い将来、偉大なメイジとなるだろう。そう、始祖ブリミルのように歴史に名を残す、素晴らしいメイジになるに違いない。僕の勘は、そう予感しているんだ」

 熱っぽくなった視線のまま、ワルドは私を見つめ、そして爆弾を落とした。


 「この任務が終わったら、僕と結婚しよう。ルイズ」

 「え――」


 私は、昨日の昼間の様な、白昼夢を見るような面持ちになった。唐突なプロポーズに、茫然自失している。過日と同じく、いきなり現実に表れた想い出をどうすればいいのか戸惑っているようだ。

 「僕は魔法衛士隊の隊長のままで生涯を終えるつもりはない。いずれはこの国トリステインや……、この世界ハルケギニアを担っていける貴族メイジになりたいと思っている」

 「で、でも……」

 「でも、なんだい?」

 「わ、わたし……、まだ……」

 「もう、子供じゃない。きみは16だ。自分のことは自分で決められる年齢だし、父上だって許してくださっている。それは、確かに……」

 ワルドは一端言葉を切り、目を瞑った。言葉を整理しているのか、気を落ち着けているのか。

 ともかく数秒経って目を開けたワルドは、少し身を乗り出して言葉を続けた。


 「確かに、ずっとほったらかしにしてしまったことは謝るよ。婚約者だなんて、言えた義理じゃないこともわかっている。それでも、ルイズ。僕には君が必要なんだ」

「ワルド……」

 私は、うつむいて自らの思考に沈む。ワルドが、想い出の憧れの人が、わたしを求めてくれている。それは嬉しい。

 嬉しい、はずなのに。何故わたしは、こんなに悩んでいるんだろう?


 ――きっとそれは、簡単なことだ。わたしが、落ちこぼれだから。ワルドの、足枷になってしまいそうだから。

 少なくとも、今はまだ。


 少なくともと言えるのも、ワルドの話してくれた勘を頼りにしての話だ。今のわたしは、ただの落ちこぼれに過ぎない。この先、その力とやらが使いこなせることも無いかもしれない。

 もしもの話だ、とワルドは言ってくれるかもしれない。いや、きっと言ってくれる。

 でも、その期待にそえなかったら? わたしは、それが怖いのだ。きっと、そう。

 そう、あの時だって。

 『大丈夫よルイズ、貴女ならきっと出来るわ。自信を持って、私の子供である貴女が出来ないわけはないわ』


 期待されている期待されている期待されている期待されている期待されている期待されている期待されている。

 応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ。

 でないと、私は………………


 「ルイズ?」

 「え……、あ……」

 いつの間にか隣に立ち、不安そうに顔を覗きこんでくる、ワルドと目が合った。


 「大丈夫かい? ルイズ」

 「え、ええ。大丈夫よ?」

 「そうか、それならいいんだが……。それで、ルイズ。返事を、聞かせてくれないかな?」

 返事? と一瞬固まってすぐ、私はさっきワルドにプロポーズを受けたことを思い出した。


 「あの、その……、わたし、まだあなたと釣り合うような立派なメイジじゃないし……」

 待って、時間をちょうだいワルド。そのことは考えたくないの、考えてはいけないことなの。 お願いだから、私に期待しないで、無関心でいて、私を“ルイズ”でいさせて。

 ありもしないはずの“才能”なんかに期待しないで、もしそれに沿えなかったら、私は………


 「あのね、ワルド。わたし、小さい頃からずっと思ってたの。いつか、皆に認めてもらいたいって。立派なメイジになって、父上と母上に誉めてもらうんだ、って」

 そう、それだけでいいのよルイズ、それ以上考えてはダメ。

 これ以上はダメ、ダメ、ダメ、ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ


 ソレハカンガエテハイケナイコト


 ワタシガワタシデナクナル



 「わたしは、まだそれを果たせてない。あなたと釣り合うほどのメイジになるまでは、待ってほしいの」


 それはどうやって?

 どうやれば愛してもらえるの?

 魔法が使えない私が?

 他に愛される存在がいるからいけないのでは?

 そう、私を見下して、父様や母様と同じように魔法の才能に溢れてて、私がなにをやっても認めてくれないあの女。

 あんなものがいなければ………

 それだけじゃない、アレと私を比較して、私を見下すアイツラ。


『そりゃ、覚えてるさ。きみはいっつもお姉さん●●と魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われてたんだから』


 貴様もそうか? 貴様も私を見下すのか?

 いらない、こんな世界はいらない。

 私を見下す者は全て………消えてしまえばいい。こんな、優しくない世界なんて………

 ソウ、ワタシニハソレガデキルハズ。


 なぜなら私は、神に選ばれた偉大なる………………


 『小さなルイズ、どうしたのかしら?』


 !!

 なに?だれ?

 わたしに優しく問いかけてくれる貴女はだれですか?


 『そりゃ、覚えてるさ。きみはいっつもお姉さん●●と魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われてたんだから』

 違う、足りない。


 『そりゃ、覚えてるさ。きみはいっつもお姉さんたちと魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われてたんだから』

 たち?


 『気にしないで、貴女は貴女よ、貴女は自分が在りたいようにあればいいわ。ルイズという女の子はね、とっても可愛い子なのよ、皆が貴女を愛してるもの』

 私は…………………誰ですか?


 『貴女はわたしのかわいい妹よ、“小さなルイズ”。私には無理かもしれないけど、貴女は女の子として、幸せに生きることが出来るわ、可能な限り、見守っていてあげるから』

 私は……………カトレアの、ちいねえさまの妹だ。

 才能なんていらない、立派なメイジになんてなれなくてもいい、私を愛してくれる人がいるなら。












 「ルイズ?」

 「えっ?」

 「疲れているのかい?まあ、無理もないかもしれないが」

 気付いたら、ワルドがいた。私、何か考えていたかしら?

 考えてはいけないような………でも、同時に心に留めておかなくちゃいけないような……


「ふぅ……、わかったよ、ルイズ。わかった。さっきの言葉は取り消そう。いま返事をくれとは言わないよ。この旅が終わったら、きみの気持ちは僕にかたむくはずさ」


 それは無理よ

 私は貴方のような人がこの世で一番嫌いなの

 “ルイズ”という私ではなく、他の要素だけを求めるような人が

 そんなものいらない


 「それじゃあ、もう寝ようか。疲れただろう?」

 「あ、え、ええ……」

 何? 私は今、何を考えたの?


 いや、気にしたらだめだ。忘れよう。これはきっと考えてはいけないことだから。













■■■   side:ハインツ   ■■■


 窓に張りつき、そんな二人を監視している男がいる。

 まあ、俺のことだ。


 「なるほどなるほど、あれが彼女の闇か、ヒゲ子爵もあの闇に気付かんとはな」

 あれはまさしく虚無の闇。かつて、陛下がオルレアン公を殺した際、グラン・トロワで相まみえたときの姿と同じ。


 「だが、未だそれは完全ではない、闇ではなく、かといって、教皇のような光でもない、いわば中庸」

 どっちに転ぶかはルイズ次第だろう。


 「しかし、途中でルイズの目に光が灯った。おそらく、彼女を人間たらしめる大切な思い出、大切な人がいるんだろうな」

 それがあるかぎり、どんなに虚無に引きずられても、完全に堕ちることはない。陛下が闇に喰われたのは、その大切な人であったオルレアン公を自らの手で殺したからこそ。

 つまり、万が一、ルイズがその人物を殺してしまうようなことがあれば、その瞬間、陛下と同じ属性の闇の虚無が誕生する。

 それもそれで見てみたい気もするが。


 「なあ、お前らはどう思う?」

 傍らに控える“アイン”と“ゼクス”に問う。


 「そうですね、彼女なら闇に落ちないと思います」

 「アインに同じく」

 同様の答えがゼクスからも返ってきた。


 普段アインの任務はツヴァイと共に“影”を統括すること。

 しかし、シャルロットがフェンサーとしての任務に出る時や、今回のように戦いの場に出る時は必ず尾行するように命令してある。アインは「風のスクウェア」、隠形ならば並ぶ者はいない。


 そして、ゼクスは「風のトライアングル」で、こっちは才人とルイズの監視。

 まあ、普段の生活を全部監視するのも無駄なので、陛下が大局を見るような感じで、何かが起こりそうな時に監視する程度のものなんだが。


 「ほう、どうしてそう思う?」


 「それは勿論、ハインツ様がここにいらっしゃるからです。“輝く闇”たる非常識な存在の貴方が」

 「左様、生きる冗談のような貴方がここにいるのです。そのような悲劇など起こるはずがない、茶番劇しかあり得ないでしょう」

 ふむ、流石は我が分身、本体のことをよく分かっている。


 「まあそうか、とにかく、そろそろ行動を起こそう。俺はこのまま彼らの監視を続ける。アイン、お前は『レキシントン』号に向かい、“下り、趙特急”の下準備をしておけ。ゼクス、お前は『インビジブル』に向かい、アルフォンスとクロードにこちらの進行状況を伝えた後、ニューカッスルの王党派が保有する『イーグル』号の現在地などを割り出せ」


 「かしこまりました」

 「了解」

 我が“影”達は飛び去って行く。


 「さて、こっちも頑張らないとな、やっぱし、“ピュトン”を使うしかないな」

 寿命を削ることになるが、それはそれ。

 それに構うような機能など、ハインツ・ギュスター・ヴァランスには生まれつき備わっていないのだ。










■■■   side:才人   ■■■



 俺がいつもの習慣で目覚めて、昨日の宴会の時にやったポーカーで負けたことを後悔していた。ちなみに結果は

 1位:シャルロット  +17エキュー

 2位:キュルケ    +13エキュー

 3位:ギーシュ    ±0

 4位:才人      -30エキュー


 どうしても、シャルロットのポーカーフェイスは破れず、キュルケの強運は崩せなかった。むしろ最初から持金を無くさないように守りに入ったギーシュを尊敬すべきか。奴曰く

 ”貧乏貴族を嘗めないでもらおうか!”

 だそうだ。なんかすっげえ誇らしげだったのが、負け犬の俺には悔しかった。
 
 しかしいつまでもテンションダウンしてても仕方が無い。気を取り直し、今日はどうやって過ごしてりゃいいんだ? とベッドの中で考えていた時のこと。

 突然、扉がノックされた。

 ギーシュは隣のベッドで安眠真っ最中だったため、しぶしぶとベッドから立ち上がる。もう少しこの布団の柔らかさは堪能していたかったのだが、他に誰も居ないんだから仕方ない。

 のっそりと起きだして、用心のために立て掛けてあったデルフを鞘ごと掴み、スタスタガチャリとドアを引き開ける。するとそこには羽帽子を被ったおっさんが佇たたずみ、こっちを見下ろしていた。

 改めて間近で見ると、ホンっトにこいつ背が高ぇ。190ぐらいには届いてるんじゃねえか? あ、でも、ハインツさんよりは少し低いな、185くらいかな?

 でも、何でここに………………ま、まさか、昨日、散々飲んで騒いだことを根に持ってんのかな?


 「おはよう、使い魔くん」

 「おはようございます。……出発は明日、じゃなかったっすか?こんな朝早くから、いったいどうしたんです?」

 俺が答えると、おっさ…ワルドは意味深ににっこりと笑った。そろそろおっさんはやめとこう、うっかり言ったら殺されるかもしれない。気にしてるっぽいし。


 「きみは伝説の使い魔ガンダールヴだね?」

 「……は?」

 何それ? がんだーるヴ?

 唖然としてワルドを見ていると、ワルドが何故か焦ったように言葉を続けてきた。

「その、なんだ。“土くれ”の一件で、僕はきみに興味を抱いたのだ。色々と調べさせてもらったよ。僕は歴史と兵つわものには目が無くてね」


「はぁ」


「フーケを尋問したとき、君のことに興味が出てね、王立図書館で使い魔絡みの書をあさってみたんだ。そうしたら、『神の盾ガンダールヴ』に辿り着いた」

 なるほど、案外暇人なんだなこの人。


 「で、ガンダールヴってなんですか?」


 「は?」

 きょとんとするおっさん、じゃなくてワルド。


 「このルーンって、“身体強化系”の“全身強化型”ですよね?まあ、武器の解析も出来るようなんで、“解析操作系”の要素もあるとは思うんですけど、それをえーと、ガンダルフって言うんですか?」


 「いや、ガンダルフじゃなくてガンダールヴだが、それより、“身体強化系”とは何だい?」


 あり?何か齟齬があるな。つーか、ガンダルフは指輪物語の魔法使いだった。


 「えーと、“ルーン”を刻んでメイジとは違った能力を発現させた人間ですたしか、“ルーンマスター”とか呼ばれてて、ガリアでは最近メジャーになりつつなるとか」

 確か、あと1年くらいで一般的なるっていってたし、シャルロットの話じゃ“他者感応系”を使って羊の世話してるのもいるとか。


 「そうなのかい、初耳だが」

 「まあ、魔法学院にいるガリアからの留学生に聞いた話なんで、本当かどうかは俺には分かりませんよ?」

 とりあえずそう言っておく、それがシャルロットだとは思わないだろう。ゲルマニア人のキュルケは一発でトリステイン人じゃないってわかるけど、トリステインとガリアは非常に文化も言葉も似通ってるらしい。

 だから、“双子の王冠”なんて呼ばれてるそうだ。


 「あ、それで、何の用です?」

 話を本題に戻す。


 「ああ、それでだ。僕としては、あの“土くれ”を捕まえた腕がどのぐらいのものだか、試してみたいんだ。少し手合わせを願いたい」

 「手合わせって?」

 何か嫌な予感がするなあ。


 「つまり、これさ」

 ワルドは腰に差した魔法の杖を、勢いよく引き抜いた。ああなるほど、と納得して理解する。


 「申し訳ありませんワルドさん、昨日は調子に乗り過ぎました。勘弁して下さい」

 俺は思いっきり謝る。


 「は?」

 なんか呆気にとられてるワルド。


 「え? 昨日の俺達の宴会で金を使わされたのがむかついて、ぼこりに来たんじゃないんですか?」

 てっきりそうだと思ったんだが。


 「違う。というか、僕はそんな理由で決闘を申し込むような男だと思われていたのか」

 少し落ち込んでる。


 「違うんですか?」


 「違うとも。というか君は貴族の決闘を何だと思っているんだね」


 「でも、あそこにいるギーシュは二股がばれた腹いせに、俺をいびる為に決闘を申し込んできましたよ?」


 「…………まあ、そういう例もあるんだろう」

 なんか煤けてるな。


 「おーい、ギーシュ、起きんかいこら」

 ギーシュめがけてデルフの鞘を投げる。


 「ぎゃぶ!」

 ギーシュ起床。


 「な、な、何事だい?」

 「いやさ、子爵さんが昨日のお礼参りにやってきたんだよ、だからお前が代表して土下座しといてくれ、お前の得意技だったよな」


 「そ、そうか、申し訳ありません子爵、昨日は調子に乗り過ぎました」

 速攻で土下座するギーシュ、素晴らしい。


 「君は、僕の話を聞いていたかな?」

 「って、何で僕が土下座しなけりゃならないんだい!主犯は君とキュルケだろう!」

 同時に突っ込まれた。


「どこでやるんすか?」

 ギーシュは無視。この前の王女様にあやかってみた。


「………この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備えるための砦だったらしくてね。中庭に練兵場があるんだよ。そこでやろう」

 なんか疲れた感じでワルドが答えた。ん、真面目君って貧乏くじ引くよね。


 「僕の問いに答えたまえ!」

 「ノリだよノリ、まあ、ちょい悪ノリが過ぎたか、わりいわりい」

 横で大声出され続けるのはたまらないので、答えることにした。





 それから10分ほど経ち。俺とワルドは、かつて貴族たちが国王直々に激励を受けたという練兵場で、だいたい20歩分ほど離れて向かい合った。

 練兵場とは言ったものの、ここはどうみても少し広いだけの物置といった風情である。端のほうには樽や空き箱が積まれ、建物と同じく地面から直接生えた石の旗立て台が、奥の方で苔こけむして佇んでいた。


 「昔……、と言ってもきみには分からんかもしれんが、二代前の王、かのフィリップ三世の治下においては、ここではよく貴族が決闘していたらしい」

 「えーと、ゲルマニアの大軍をヴァリエールの土地で破った“英雄王”と呼ばれた王様でしたっけ?」

記憶を探りながら答える。


 「ほう、よく知ってるね」

 「いやあ、その際にもルイズのヴァリエールとキュルケのツェルプストーはいざこざがあったらしくて、その辺の愚痴を飽きるほど聞かされたものでして。ワルドさんも、ルイズと付き合うならキュルケにご注意ください」


 鞘を回収し、背負ってきたデルフの柄を右手で握る。それにともない左手のルーンも、いい塩梅に光を放ち始める。

 「古き良き時代。王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代。――貴族が、貴族らしかった時代。名誉と誇りを賭けて、僕たち貴族は魔法を唱えあっていた」

 ワルドが、喋りながら腰の杖の柄に手を置いた。俺の言葉はとりあえず無視してるみたい。貴族の間で流行ってんのかな、平民スルー。


 「とはいえ、その理由はそれほど大したものじゃない事が殆どだった。随分とくだらない事でも杖を抜きあったものだそうだよ。そう、例えば女を取り合ったりね」

 ま、よくありそうな話だよな。その辺は平民も貴族も変わんないと思うし。

 デルフを抜き放とうとしたら、ワルドの掲げた左手にそれを制された。


 「なんすか?」

 「立ち合いには、それなりの作法というものがあるんだ。介添え人がいなくては始まらないよ」

  あれ? そんならほら、そこに。

 「ギーシュならそこにいますけど?」

 さっき起こしたギーシュもついてきたのだ。


 「頑張れサイト、応援はたタダからね」

 なんとも現実的だなギーシュ。


 「いやまあ、ギーシュ君じゃ駄目というわけじゃないんだが、他にも頼んだ人がいてだね」

 そうのたまうワルドの眼はどこか遠くにあった。うーん、やっぱり昨日のこと根に持ってそうだな。いや、そりゃそうか、あんだけ騒いだもんな。


 「……ええと、その介添え人は?」

 「安心したまえ。そろそろ来るさ」

 そういうワルドの背後の樽の陰から、ルイズがひょっこりと姿を現した。なにやら怪訝な顔で、ワルドを見つめている。


 「ワルド。呼ばれたから来てみたら、あなたいったい何やってるのよ?」

 「なに、彼の実力を知りたくなってね」

 「昨日騒いだ俺達に我慢ならなくて、ぶちのめしに来たんだって」

 一応俺の意見も伝える。


 「もう、そんなバカなことしないで。今は、そんなことしている場合じゃないでしょう?」

 「そうだね。でも、男というやつはどうにも厄介なんだ。強いか弱いか。それが一度気になってしまうと、もうどうにもならなくなるのさ」

 ルイズは頭痛を堪えるみたいに額に手を当てて首を横に振ると、今度は俺のほうを向いた。そして流行の平民スルーも炸裂。

 「やめなさい。これは、命令よ」

 「だそうですので、やめましょう、ワルドさん、これ以上飯抜きにされたくないんで」

 ここは平和的な解決を、力ばっかでは戦争が続くだけだ。ラブ&ピースでいきましょうよ。


 「いや、その気持ちもわかるが、頼むから受けてはもらえんかね? もしよければ、今日の昼の食事は僕がだそう」


 「了解しました! さあ! いつでもかかってきてください!」

 デルフを抜き放ち、やる気満々になる俺。


 「…………犬、あんたは一度ワルドにぼこぼこにやられなさい、これ命令、無抵抗主義を貫くこと」

 「えーと、切られてもそのまま突っ立ってろってことですか?」

 死んじゃいますよ、俺?


 「ルイズ、それでは決闘にならないんだが」

 ワルドが意見を言う。


 「そうだった、犬、ほどほどに戦ってやられなさい、そして、無様に這いつくばりなさい」


 「なあギーシュ、お前、どう思う? あの女、どう思う?」

 「なかなかに酷いな」


 「さて、じゃれ合いはこの辺にして、初めていいかな?」


 さて気を取りなおして。


 ワルドが、腰から杖を引き抜いた。合わせて、俺もデルフを構える。ワルドはフェンシングの選手みたいな構えを取る。杖えものを前方に突き出してもう片手を顔の高さぐらいに置く、アレだ。


 けど、ハインツさんの構えは違った。あれは、剣術じゃなかった。ただひたすら実戦だけを続けてきたような印象を受けた。なんていったっけ? 無構え?

 まあ、このルーンがなければ、そんなことも分からずやられてただけだろうけど。



 「俺、こいつを人相手に使うのは初めてなんで、寸止めなんて器用な真似は出来ませんよ?」

 ハインツさん相手には“オグマ”で切りかかるどころか、“風”で一方的にやられたし。

 そう言った俺に、ワルドは薄く笑って返してきた。


 「心配はいらぬよ。全力で来い」


 返事を聞き終えるか終えないかのタイミングで後ろに引いた右足を強く踏み込み、四歩でワルドを射程圏に捉えた。

 そのまま右足で踏み込み、全力で左に薙いで奇襲、のつもりだった。

 だったんだが目論見は脆くも崩れ、ワルドはあっさりと杖でデルフを受け止める。重なったデルフと杖がガキャッ!と火花と金属音を撒き散らした。

 相手の得物は細身の杖だと言うのに、それが曲がりもしなりもしない。

 ……あの杖、いったい何で出来てやがんだ? そのまま追い討ちをかけようと、振りぬいた剣を力任せに引き戻す。

 が、さらに一歩を踏み込むより一瞬早く、ワルドの腕が閃いた。


 「って、はええ!」

 シャッという風切り音をなびかせ、俺と変わらない速さで突きを放ってくる。それを切り上げることで払いのけると、ワルドは紋章入りの黒マントを翻らせて飛び退り、構えを整えた。

 

 「なんでぇ、あいつ、魔法は使わねえのか?」

 「お前が錆び錆びだから、舐められてんだよ」

 一回斬り結んだだけでも充分理解できた。こいつ、ギーシュとは圧倒的に格が違う。、強い、やっぱつい最近まで高校生だった俺とは、全然違う。


 だけど。

 ハインツさんよりは遅え。

 あの人はさらに格が違った。彼曰く、『俺は改造人間なのだ、いやマジで、ヤバイ実験何度もしたし』だそうだが。


 「魔法衛士隊のメイジは、ただ魔法を唱えるだけじゃないんだ」

 ワルドは羽帽子のつばを直しながら口を挟んできた。って何がだ。


 「魔法衛士隊のメイジは、詠唱すら戦いに特化していく。 杖を構える仕草。突き出す動作。杖を剣の様に扱いながら詠唱を完成させるのは、近衛隊にとって基本中の基本だよ」

 そんな余裕の態度を見せるワルドに、速さに任せて突っ込んでみた。当然剣は突き出しながら、だ。

 だが、ワルドはそれを軽く杖で受け流して、視界から消えた。次の瞬間には目の中で派手に火花が飛び散り、俺は顔面から派手に地面に突っ込んでいた。

 一呼吸遅れて、後頭部辺りがズキンと痛み出す。ぶん殴られた、らしい。



 「きみは確かに素早い。元がただの平民とは思えないほどに。さすがは伝説の使い魔ガンダールヴだ」

 そんな言葉も気にせずに跳ね起きて、真上に切り上げてから袈裟に切ってみた。


「しかし、隙だらけだ。あくまでも速いだけで、動きは素人そのものだ。それでは、本物のメイジには勝つことは出来ない」

 俺の攻撃は全然当たらない、が、当たり前だ。そりゃ、力と速度に任せて剣を振るだけで、軍人に勝てるわけがない。

 だから。

 『もしさ、お前が誰かと戦うことになって、相手のほうが強く、かつ、命の危険がないとしたら、まずは思いっきり相手を観察しろ。魔法を撃ってくるタイミング、杖の振り方、そういうことを体で覚えるんだ。本気を出すのはその後でいい、出来る限り相手に慢心を起こさせろ、一度勝った相手ってのには、どうしても油断の心が生じるもんだ。そこを一気にぶっ殺す』

 それが、ハインツさんが言ってたことだ。

 『ちなみに、俺の場合再戦があり得ない。俺の戦いってのは相手を抹殺することだからな』

 とも言ってたよな、つまりはそういうことだ。


「つまり、きみではルイズを守れない」

 こいつ、何かむかつく、キュルケが言ってたことが大当たりっぽいな。絶対こいつ、内心では俺を見下してる。目が嘲笑ってる。

 ワルドの動きが守勢から攻勢へと変わっていく。


 「相棒、いけねえ! 魔法が来るぜ!」

 デルフがそう叫んだ時には、もう手遅れだった。どうやら、デルフが叫んだのと魔法の完成は同時だったらしい。言葉の直後、俺はギーシュのワルキューレに殴られた時のような重い衝撃を感じ、地面と水平にぶっ飛ばされていた。


 『エア・ハンマー』

 ハインツさんから散々くらったあの魔法だ。

 そこまで考えたところで、二段ほどに積まれた樽に背中から突っ込んだ。

 ってか、いってえな、おい……。ガラガラと体の上に降ってきた樽を蹴飛ばして転がす。軋む体を起こそうと、腕を地面に着いた。

 そのまま身を起こそうとして、鼻に何かが当たって押し留められた。何かと思って目を開くと、目の前には杖の先っぽがあった。

 ワルドの杖だ。

 何故か正面からは「こら、足をどけやがれ!」とデルフの声がしている。どうやら、先ほど吹っ飛ばされた時に落としてしまったらしい。


 「勝負あり。だ」

 「……参りました」


 落ち込みはしなかった。そもそもこの結果になることが前提だ。

 体を起こし、デルフを回収、ワルドへの文句を愚痴の様に垂れ流すデルフを拾いなおして、肩に担ぐ。


 「わかったろう、ルイズ。彼ではきみを守れない」


 まあ、事実ではあるな。

 
「って、貴方、魔法衛士隊の隊長よね、陛下を守る護衛隊。強くて当たり前じゃないの」

 「そうだよ。でも、アルビオンに行っても敵を選ぶつもりかい? 強力な敵に囲まれたとき、きみはこういうつもりかい?わたしたちは弱いです、だから杖を収めてください、って」

 ワルドの言うことは、正しかった。正しかったが……、それでも、納得は行かなかった。


 「なあルイズ、俺、お前を守るなんて言ったっけ?」


 「言ってないわね、一度も、私が盾にするとは言ったけど」


 「だよなあ、俺王女様に宣誓したもんな、俺は一命にかけません、死なない程度にします、いざとなったら逃げます。主人を置いてって」

 ちゃんと誓ったのだ、自分の命を最優先にするって。









■■■   side:ギーシュ   ■■■


 なんか、決闘の後とは思えないほど緩い空気が流れてる。


 というか、サイトの戦い方自体に違和感があった。


 あんな戦い方はサイトの戦い方じゃない、サイトなら、樽を投げたり、石を投げたり、僕を投げたり、ルイズを投げたりするはずだ。

 ワルド子爵はルイズの婚約者らしいから、まさかルイズに手をあげるわけにはいかない。そこを利用してルイズを盾にしながら突っ込むくらいは平気でやりそうだ。


 彼は東方出身の平民。だからこそ貴族のルールに囚われない。もの凄い自由な発想で、こっちが想像もしない戦い方をしてくる。

 そこに、あの身体能力が加わるんだ。


 例の“身体強化”なんて、サイトの強さの付属品に過ぎない。自由な発想、柔らかい精神。それがサイトだ。固い精神と違って、サイトの精神は折れない、曲がってもすぐ元通りになる。

 そんな彼だから、僕達は友達になれたんだろうけど。


 「あんたねえ! 主人を置いて逃げることを誓う使い魔がどこにいるのよ!」

 「こっこにいま~す」

 もの凄く飄々とサイトが答える。


 「あんたは私の使い魔なのよ! 弾よけとか、囮とか、盾とか、雑用とか、パシリとか、生贄とか、いくらでもやることはあんのよ!」

 全部酷いが、最後は特に問題だ、生贄? 何の?


 「というわけでワルド、ルイズを守るのは任せた。俺は掃除とか雑用とか、ルイズの鞄を持つのとかに専念するから。流石に貴族なんだから、そんな雑用は出来ないもんな?」


 「む、まあ、そうだな、流石に雑用などはご免か」

 ワルド子爵が若干引いてる。


 「くおらー!誰が解放すると言った!あんたも戦うのよ!」

 「弾よけはいやでございます、御主人さま」

 「そう、じゃあ、三食食事抜き」

 「ワルドさん、奢ってくれるんですよね?」

 「確かにそう約束したが……」

 なんかもう、ぐだぐだだねえ。


 「ちょっとワルド、どういうつもり? こいつを庇うの?」

 「ワルドさん、俺を見捨てるんですか?」

 「落ち着きたまえルイズ、話がおかしな事になってるよ。君もだ、使い魔君」

 うーん、立場が凄く変だ。なんでワルド子爵が、ルイズとサイトのどっちにつくかを選ばなきゃいけないんだ?


 「ひでえ! あんなことしておいて! いらなくなったらポイなんて!」

 「君、わざとやってないか? しょうがない奴だな」

 「わ、ワルド、まさか貴方……」


 うーん、どんどんとんでもないことに。というか動じてない子爵は凄い。子供の戯言みたいに見てるのかな、態度がどこか尊大に感じる。まあ実際そんな感じか。


 「違うよ、ルイズ、僕の心の中にいるのは君だけだ。だいたい君まで一緒になってふざけないでくれ」

 「俺の昼食のことはないんですか?」

 「だからだね、いい加減に…」

 「うそつき! 私だけって言ったじゃない!」


 なんで“ルイズ”と“サイトの昼食”が比較対象になっているんだろ?


 「酷いわワルド、こんな裏切りはないわ、私より、そいつの昼食の方が大事なのね!」

 ものすごい穿った意見だなあ。


 「やれやれ、そういうところは本当に昔のままだねルイズ。カッっとなると周りが見えない。まあ、そこが可愛いといえるけどね」

 「じゃあ! 俺には三食食事抜きになれって言うんですか! この人でなし!」

 いつの間にか、二人から同時に責められてる。


 「さようなら! もうお別れよ!」

 「もういいです! 自分で作りますから!」

 そして、ルイズとサイトは共に去ろうとする。


 「はあ、まったく困ったものだ」

 完全に呆れてる。サイトの態度は負け犬の遠吠えくらいに思ってるんだろうか。サイトのアレは単なる悪ノリだろうけど。

 にしても、婚約者と、その使い魔の昼食で板挟みになるなんて。光景だけならすごいシュールだ。

 けど、元々ルイズは決闘に反対で、そのまま主人の命に逆らえば、サイトが食事を抜かれることは目に見えてたわけで、だから、ワルド子爵がサイトの昼食を奢ることが条件になって、それで今、ルイズとの板挟みになったと。

 まあ、自業自得かな。子爵はわりと平然としてるけど。昨日のことも含めて、僕があの立場なら右往左往してるかもしれないのに。妙に余裕があるなあ。


 「ふう、使い魔君、これは君に譲る、好きに使ってくれ。こうでもしないと収拾がつかなそうだ」

 そう言って袋をサイトに投げる子爵。なんか乞食に対する施しっぽい口調だ。


 「ありがとうございました!」

 ワルド子爵に礼を言った後、去っていくサイト。


 「ワルド、どういうつもり?」

 ルイズは怒っている。

 「まずは落ち着いてくれ、ルイズ」

 婚約者を宥めるところから入るワルド子爵。


 「さーて、僕も街に出かけようかな」


 そんなこんなでサイトとワルド子爵の決闘は終わった。








■■■   side:才人   ■■■


 「いやぁ、負けちまったなぁ、相棒」

 「別にいいって、その代わり、こんなにいただいたから、金持ち貴族の一人なんかな」

 ワルドが投げた袋には、なんと、30エキューもはいってたのだ。昨日取られた分を取り返したぜ。


 「相棒は悪だねえ、決闘にかこつけて、搾りとれるだけ搾り取るたあなあ」

 「せびったわけじゃないだろ、くれたんだよ。それにアイツの目はなんか気にくわんかったし」

 絶対俺を見下してる、あの目はそうだ、施しみたいに金くれたし、貰っちゃったけど。悲しいかな庶民根性。

 しかし金は大事だ。民事裁判の多くはは金銭トラブルって言うくらいだから。貰えるときに貰うのは世の必然。金を嘗めるな、1円を笑うものは1円に泣くのだ。


 「ほおおう、なるほど、例の貧民根性ってやつか」

 「ちょっとまて、どんどん落ちてる、庶民だっての」

 平民で止まっておけ、このままじゃ大貧民になっちまう。


 「そっか、けど、どうやって勝つんだ?」

 「そこはそれ、いくら金を搾り取っても、やっぱし勝たないとな。日本国民の意地を見せてやるぜ」

 というわけで、相談出来そうな人の所へ。




 「シャルロット、いる?」


 「いる」

 シャルロットとキュルケが泊まってる部屋にやってきた俺。


 「何の用?」

 「夜這いをしに来ました」

 「デルフ、溶かすぞ、この野郎。 そして今は夜じゃねぇ」

 「ごめんなさい、勘弁して」

 とりあえず鞘に引っ込める。ついでに言えば、現在時刻は正午あたりだ。


 「ハインツさんに相談したいことがあるんだけど、“デンワ”ある?」

 「ある、ちゃんと持って来た。繋いであげる」

 「ありがとな」

 「ううん、上着のお礼」

 って、そういや昨日の格好のままだな。


 「着替え、持って来たんじゃなかったっけ?」

 「うん、でも、部屋の中ならこれで十分」

 そういうもんかな? で、しばし待つ。


 「繋がった」

 「お、サンキュー、さっきいいもんもらったからさ、お礼に一緒になにか食いに行こうぜ」

 「楽しみにしてる。でも、キュルケも一緒に」

 「だな、多い方が楽しいよな」

 そして、“デンワ”を受け取る。




 「よーうサイト、厄介事か?」

 いつも通りのハインツさんの声。


 「ハインツさん、自分より強い相手に勝つにはどうすればいいですかね?」

 単刀直入に訊いてみる。


 「落ち付け才人、いきなり言われても訳が分からん、とりあえず理由を話してくれ」

 そういえばそうだ。

 「えーとですね、やたらとムカつくヒゲ野郎がいるんです。もの凄く偉そうで以前ハインツさんが言っていたように、農民を見下す武士って感じです、割と敬意を払っているように見せて、内心では嘲笑うタイプですね。下賤な農民ふぜいがって感じで、そいつに日本国民の意地を見せてやりたくて、ハインツさんならいい方法を知っているかなって思って」

 かいつまんで事情を話す、ヒゲ子爵から貰った金のことは伏せておこう。ここはどーでもいいし。


 「なあ才人、ひょっとしてルイズの前でぼこられて悔しいとか、そんな理由か?」


 「まあ、それもないわけじゃないですけど、それよりも魔法万能って感じが気にくわないんです、俺が帰れるまで最低1年はかかるんですよね? それまではこっちのルールに従うのは、まあいいんですけど、見下される覚えはないですから」

 犬にも犬の意地がある。雑巾扱いだろうが、主人でもない人間に見下される覚えはない。
 
 ……そろそろ犬からは脱却したいんだけどな。


 「よし、そういうことなら、元日本人としてメイジに勝つコツを教えてやろう、まず確認だが、お前は自分の能力を完全に理解しているか?」

 「はい、ハインツさんがくれた本に書いてあったルーンの効果のとこから考えると、“身体強化系”と“解析操作系”と“精神系”を混ぜたような感じです、武器を持つと“身体強化”が発動して、同時に武器の扱い方が分かる“解析操作”が発動して、その強化の度合いは俺の“精神”に比例するようです。“アバンストラッシュ!”って叫びながらデルフを振ったら、威力が上がりましたから」

 この前、人生の儚さと、金があっても店がなきゃ意味がないことに気付いた時に、色々やったからな。


 「そうか、デルフってのは前に言ってたしゃべる剣のことだな、ちょっと代わってもらえるか?」

 「ちょっと待っててください」

 デルフと交代する。

 といっても、“デンワ”は人形だから少し離れても声は聞こえるんだよな。


 「あ~、もしもし、もしもし、おい、聞こえてんのかおい!」

 「聞こえてるよ、君がデルフかい」

 「応よ、俺様がデルフリンガー様よ!」

 威張るなこら、錆剣のくせに。


 「よし、デルフ、君はインテリジェンスソードなんだから何か特殊能力はあるか?」

 「んー、よくわからねえ」

 使えねえなぁ。


 「なんかあったような気もするんだけどー、うーん、思い出せねえ」

 「もうちょっと役に立てよ、お前」

 デルフに聞こえる程度に小声で言う。


 「そこはとりあえずいい、問題は知識だ、君、魔法の知識や戦いについての知識はあるか?」

 「うーん、多分あるぜ、あのワルドとかいう髭のオッサンと相棒が戦ってたときも魔法が発動するタイミングとか解ったしな」

 「よし、じゃあもっかい才人と代わってくれ」

 「応よ」

 
 もっかい“デンワ”に近づく。

 「もしもし、ハインツさん、どうでした?」


 「とりあえず戦術的な助言は出来る、よく聞いてくれ」


 「分かりました」

 正座して聞く大勢をとる。


 「まず、相手が誰であれ、基本的にデルフと協力して戦うこと。お前はまだ魔法使いとの戦いに慣れてないから、どんな魔法がくるのか詠唱から予測できない。戦闘を生業にするメイジや傭兵には、必須の技能なんだが、いきなりやれと言われても無理があるだろう」


 「絶対無理です」

 まだまだ知識も経験も足りないし。


 「そこで経験豊かなデルフの出番、デルフが相手の魔法の種類とか発動のタイミングとかを見きってくれるだろうから、お前はその声に従って動けばいい、疑わずに相棒を信じること、そして相棒の声を聞く余裕を常に持っておくこと」


 「なるほど」

 つまり、デルフの声を意識できるように戦えるくらいには、戦闘に慣れないとだめってことか。

 「あとは相手の虚を衝くことだな。簡単な手段として、コショウを小さい袋に詰めて、それに紐を通して簡易的なスリングにして投げる。それを武器と認識すれば、ガンダールヴのルーンが発動するだろうから、正確に、しかも剛速球で投げれるはずだ。相手が咄嗟に弾いても、中からコショウが炸裂して相手を苦しめる。メイジなんて連中は、普段厨房に立たないから、コショウに対する免疫はまるでない、一発で魔法が唱えられなくなる」

 「おおーー!」

 有名なコショウ爆弾か!

 「あとは小型のナイフとか、包丁とかを隠し持って置いて、いきなりデルフを敵に全力で投げつける。相手はまさか主力の武器を投げてくるとは思わないから、びっくりして対応が遅れる。そこでナイフを握って速力全開で回りこん、で接近戦で切りつける。接近戦なら一番強いのはナイフだからな、相手が魔法を唱える前に勝負がつく」

 「ふむふむ」

 なるほど、“メリケンサック”だけじゃなく、色んな武器を持てばいいのか。


 「いいか、ブックにも書いたが、メイジの最大の欠点は、魔法が絶対だと盲信してるところだ。だからそれ以外の予想しない手段で来られると、対応が遅れる。その一瞬の隙で勝負を決めるんだ、お前は速度に特化してるはずだから、持久戦よりそういう一撃必殺の短期決戦のほうが向いてるはずだ」


 「分かりました、いやー、とても参考になりました。そうですよね、相手に魔法があるなら、こっちはそれ以外のあらゆる手段を使ってやればいいんですよね、コショウ爆弾とか作ってみますね」

 そうだ、ギーシュに勝ったときもそれで勝ったんだ。

 相手が魔法を使うなら、こっちは何でもやってやればいい。


 「まあそんな感じだ、後は創意工夫次第、がんばれ!」

 「はい! 頑張ります!!」


 よし、後は実践あるのみ。


 「シャルロット、ちょっと厨房に行ってくる。多分そんなにかからないから、それ終わったらキュルケと一緒に昼飯食いに行こうぜ」

 「分かった、待ってる」


 そして、俺はコショウ爆弾を作るのと、ついでに小型の刃物を得るために厨房に向かった。約一か月近くマルトーさんの手伝いをしてきたんだ、コショウくらいには耐性がついてる。


 よーし、機会があったら覚えてやがれ、ヒゲ子爵。






[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十四話 ラ・ロシェールの攻防
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/14 22:57

 ルイズに三食食事抜きを言い渡された俺は、自力で食事を確保する必要に迫られた。

 幸い金はあったので、シャルロットとキュルケと一緒にラ・ロシェールの食べ物屋を回った。

 ちなみに、ギーシュもナンパしに出かけたようだが、全敗したらしい。もどってきたギーシュは自棄になってワインを飲んでいたが、あっさりと潰れて夕方まで寝てた。

 そして、俺とシャルロットは夕方まで訓練をしていた。






第十四話    ラ・ロシェールの攻防




■■■   side:才人   ■■■


 「それではー!アルビオン旅行の成功を願ってー!」


 「「「「 乾杯! 」」」」

 俺、シャルロット、キュルケ、ギーシュの声が重なる。


 現在『金の酒樽亭』にて明日のアルビオン行きの成功を願って宴会をやってる。

 昼にやけ酒をあおって潰れてたギーシュは早くも復活。ルイズとワルドの姿は見えない、まあ、どっかにはいるだろ。


 「しかし、貴方達もよく戦ってたわねえ、びっくりしたわよ私」

 キュルケから呆れたような言葉をもらった。


 「まあな、でも、楽しかったぜ」

 「うん、楽しかった」


 俺、シャルロット、キュルケの3人で昼飯を食った後、俺とシャルロットは一緒に訓練していた。

 この前と違って、シャルロットも『ウィンディ・アイシクル』や『エア・ハンマー』、『エア・カッター』などの魔法を組み合わせて撃って来た。極めつけに『ライト二ング・クラウド』、「風」には電撃もあるから注意が必要らしい。

 で、俺はデルフと一緒にその魔法発動のタイミングを見極めようとしたんだけど。


 「しかし、シャル……タバサの魔法発動のタイミングが、読みにくいこと読みにくいこと」

 「そうね、この子の魔法は正面からぶつかるよりも、死角を突く方が多いから、まだ戦闘に不慣れな貴方が見きるのは大変よ」

 「基本は暗殺者の動き、何せ、師匠がハインツだから」

 まあ、あの人が師匠じゃなあ。というより、シャルロットの方があのヒゲ子爵より速かった。ついでにいうと、訓練の後にシャルロットは魔法学院の制服に着替えた。

 パジャマ姿で戦ってたのがあり得ねえと思うけど。


 「それで、ワルド子爵には勝てそうなの?」

 「勝てる、サイトなら」

 シャルロットが太鼓判を押してくれた。心強い限りだ。


 「ああ、負けねえよ」

 大分魔法戦にも慣れたしな。これくらい見え切ってもいいだろ。今すぐには無理でも、すぐに見返してやるぜ。まあ、この先戦う機会があるかどうかは疑問なんだけど。

 「なんだい、内緒話かい?」

 そこにギーシュが来る。


 「ええ、あんたが振られた理由について検討してるの」

 「多分、趣味」

 「俺がナンパしても振られてるだろうし、仲間だな、ギーシュ」


 「うわあああああああん!! サイトと同じなのか僕はあああああああ!!」

 泣きながらワインを飲むギーシュ、こいつ、二日酔い確定だな。そうならなかったらこいつの体はきっと特別製だろう。


 「そこまで落ち込まれると逆にこっちがへこむぞ」

 そりゃ、彼女いない歴17年だけどさ。


 「ま、とにかく、騒ぎましょう!」

 「うん、皆で一緒に」

 「そうだな! もてない男の夢をのせて、マスター、追加お願い!」

 そして、宴会は続く。





 「呆れた、あんた、少しはへこんでるかと思ったけど」

 しばらくすると、ルイズがやってきた。


 「おーう、ルイズ、お前も飲むか?」

 「なんであんたはそんなに底抜けに明るいのよ?」

 眉間にしわを寄せるルイズ。


 「って、なんで?」

 俺が落ち込む理由がわかんねえけど。


 「あのね、仮にもあんたは決闘で負けたんでしょ、だったら少しは落ち込んで、いじけて、這いつくばって、ご主人様に二度と逆らわないことを誓うもんでしょ」

 それは大半がお前の願望だろ。


 「そんなこと言われてもなあ、別に落ち込む理由もねえし、なあデルフ」

 「応よ、相棒が気にする必要なんざどこにもねえぜ」

 デルフも応じてくれる。そりゃあ、かなりムカついたのは確かだし、悔しい気持ちもあるけど、落ち込むのは別だろ。


 「どういうこと?」

 疑問を浮かべるルイズ。


 「だってさ、あいつは隊長だったよな、それがまだ1か月しかたってない“ルーンマスター”の小僧にやられてたらこの国おしまいだろ。“ルーンマスター”もメイジも、階級っつうか、戦い慣れすることでどんどん強くなるのは変わんねんだし」

 「そうそう、もし相棒が勝っちまったら、ルーンを刻めば誰でも魔法衛士隊の隊長に勝てることになっちまう。そうなったら、お前さんはどう思うよ? つい1か月前までただの平民だった小僧に、あっさりとスクウェアのメイジがやられちまったらさ?」

 さんざん“ただの平民”の部分を強調してくれたしな。


 「それもそうかも、たしかに、考えてみれば当然よね、ワルドだって何年も訓練してスクウェアになったんだから」

 納得するルイズ。練習や訓練はこいつはいつも人一倍やってるから、わかるんだろう。


 そう、あいつがむかつくヒゲ野郎でも、あいつが何年も訓練して隊長になったのは間違いない。1か月前まで、インターネットで遊ぶくらいしか能がなかった俺が、真正面から戦って勝てるわけがねえ。

 だからこそ、シャルロットに付き合ってもらって訓練すると同時に、勝つための秘策を考えてるんだから。


 「それにさ、それ以前の問題がある」

 「それ以前の問題?」

 また首を傾げるルイズ。


 「ああ、魔法衛士隊って、一個じゃないんだよな?」

 「ええそうよ、ワルドが隊長を務めるグリフォン隊、その他にマンティコア隊、ヒポグリフ隊があるわ」

 なるほど、合計3つと。


 「それでさ、仮にの話だけど、そのヒポグリフ隊の隊長さんがある日、トリスタニアの町中で、剣を背負った17歳の平民のガキに出会いました」

 「ふむふむ」

 「それで、いきなりこんなことを言い出しました。『俺は強い奴と戦うのが好きなんだ、小僧、俺と戦え』、で、そのガキと戦って圧勝しました。そして、『はっはー、俺最強! 小僧、お前は弱い、そんなんじゃあ陛下を守ることなんて出来んぞ』と言って去っていきました。これ、どう思うよ?」


 「間違いなくトリスタニア市民全員が白い目で見るでしょうね」

 冷静なルイズの返事。まちがいなく誰もがそう答えると思うけど。


 「だよな、隊長さんと、剣持っただけの平民の小僧じゃ、どう考えても弱い者イジメだ。でも、あのヒゲ子爵のやってることって、それとあんまし大差ないよな」

 シャルロットと戦ってる時に気付いた。

 俺とシャルロットが戦うなら対等、つーか、俺が2歳年上。そこに、戦闘経験や性別を考えりゃあ、大体条件は同じだと思う。でも、17歳の小僧と、26歳の隊長が同格なわけねえもんな。


 「……言われてみればそうね」

 「だよなあ、結局はよお、自分より弱いやつをいたぶって、優越感に浸ってるだけだもんな。貴族の娘っ子を“ゼロ”なんて言って馬鹿にしてる学院の貴族と同じ感じでよお」

 デルフも指摘する。


 「うーん、やっぱし、結婚は考え直した方がいいかも……」

 「へ? 結婚?」

 なんか、聞き捨てならない言葉があった。


 「ああ、言ってなかったけど、昨日、ワルドに結婚を申し込まれたのよね」


 「何だって!じゃあ、俺はどうなる! 捨てられるのか!!」


 「あんたね……何でそこで、まず自分の心配するのよ」

 そんなこと言われても。


 「当然だろ、お前に捨てられたら俺は住所不定無職だぜ。しかも、洗礼も受けてないから、一人じゃまともな職に就けそうもないし、犯罪者に落ちぶれるくらいしか道がなさそうなんだよ。頼む、捨てないでください御主人さま」

 土下座する俺。こうなったらプライドなんか捨てる。


 「わかったから起き上がりなさい、周りに見られたら私が変な子になるでしょ」

 「いや、十分お前さんは変な子だと思うぜ?」

 「爆破するわよ? 駄剣?」

 「御免なさい。もう2度と言いません、美しいお嬢様。卑小なる錆剣にどうかお慈悲を」

 なんとも情けない剣と持ち主だった。てかデルフ、口調変わりすぎ。


 「まあとにかく、私が結婚しようがなにしようが、あんたが私の下僕であることに変わりはないわ。だから、盾、囮、弾よけ、身代わり、掃除、その他雑用、ついでに私を守ること、この辺はやりなさいよ」

 「使い魔から下僕になったんですね」

 「大丈夫だ相棒、あんまし違いはねえよ」

 確かにそうかも。むしろ動物と同じからランクアップした? 動物の下僕ってのは居ないよな普通。


 「でもさ、守るって部分だけは、あのヒゲ子爵、ワルドに押し付けていいか?」

 「押し付けるって表現が気になるけど、なんで?」

 「だってそうでもしないと、使い魔めの自由時間がありません」

 「あんた、ホンットにいい度胸してるわね」

 ルイズの顔が怒りに歪んでいく。


 「申し訳ありませんマスター・ルイズ、調子に乗りました」

 土下座パート2。いざとなったらジャンピング土下座だってやって見せよう。ルーンの力使って。


 「あんたは私の下僕よね?」

 「ごもっとも」

 「下僕に自分の時間なんて必要ないわよね?」

 「ごもっとも」

 「下僕は御主人さまの命令に絶対服従よね?」

 「ごもっとも」

 「………ワイン持って来なさい」

 「自分で行けよ」


 盛大に吹っ飛ばされた。














 「ああー、暴力主人に仕えるのは大変だあ」

 爆破され、二階の部屋でしばらく寝込んでた俺。”暴力こそ最優の教育”論には反対すべきか、どうなんだ特別に高等な人。

 ちなみに、シャルロットが『治癒』をかけてくれなかったらもっとひどい状態になってただろう。


 「口は災いの門だねえ」

 まあ、話し相手にはことかかなかったけど。


 「よし、そろそろ宴会に戻るか」

 「少しは腹も落ち着いたかい?」

 実は結構勢いよく食べてたもんで、少し腹がきつかったという事情もある。

 ………爆破の際によく吐かなったな、俺。


 「ああ、こっからはラウンド2だ」

 「おし、頑張れや」

 なんて話してると。


 急に、あたりが暗くなった。

 俺は部屋の明かりをつけていなかった。このハルケギニアの月は地球よりも大きくて明るいから、夜でも満月以上に明るい。

 街灯があんまし存在しないのも、その辺の自然的な理由によるものだろう、都市の建物による陰でもない限りは、十分見渡せるほど明るいのだ。

 けど、それがなくなった。


 「デルフ!」

 「外だ! 相棒!」

 窓の外を見ると、巨大なゴーレムが存在していた。そこには……誰だ?


 「小僧、これに対処できるか?」

 謎の人物の言葉と同時に、岩でできた巨大ゴーレムの指が、勢いよく俺の部屋に突き刺さった。


 後になって考えると、これこそが、俺とこの人の最初の邂逅だった。


 ニコラ・ボアロー


 7万の大軍に単騎で突っ込んだ俺に深手を与えた、アルビオンの名将との。







■■■   side:キュルケ   ■■■



 「まったく、貴女達は変なのに好かれる性質みたいねえ」


 「あんなのに好かれたくないわよ」

 私とルイズは愚痴り合う。いきなり大量の傭兵達が襲撃してきて、大量の矢が飛んできた。ワルドとギーシュとで石製のテーブルの脚を折って、それを盾に前戦で防いでる。

 男共に前戦は任せて、私達女3人は後ろで観戦してるんだけど。


 「しかし、あれは何なのかしらね?」

 店の外には巨大なゴーレムの姿がある。

 「トライアングルクラスの攻城用ゴーレム、けど」

 シャルロットが応じるけど、言いたいことはわかる。


 「かなりの使い手、ね、この前の“土くれ”とは比較にならないわ」

 私達「トライアングル」クラスになれば、大体感覚で相手の魔法の強さが分かる。だから、あのゴーレムの使い手が並大抵じゃないってのが感じ取れる。


 「やろうと思えば、この宿ごと破壊することなんて、容易」

 確かに、何せ城壁を破壊するためのゴーレムだもの。


 「けど、それはしなかった。それに、兵の配置も少し独特だし、表側だけで裏側には敵がいない。これじゃあ裏から逃げてくれと言ってるものだわ」

 「実際、他の客は裏から逃げた」

  それが意味するところは。


 「この敵の狙いは私達だけ、というか、多分ルイズの手紙か」

 「それに無関係の人間を巻き込むことを良しとはしていない、かつ、私達が裏から逃げれば、別の追手がかかると予想される」

 あえて逃げ道を用意しておき、そこに敵を誘導し、伏兵で撃滅する。それは兵法の基本だ。


 「つまり、傭兵を指揮してるのは……」

 「軍人、それも、生粋の」

 厄介極まりない、慢心がない敵ほど、相手にしたくないものだから。


 「参ったわね……」

 ルイズの呟きに、私も頷いて同意した。

 「昨日の連中は、やっぱりただの物盗りじゃなかったみたいね」

 まあ、金目のものは回収したんだけど、わざわざ命まで捨てに来るなんて、馬鹿な連中。


 「そのようだ。十中八九はアルビオン貴族の差し金だろうな」

 ワルドの推論に私は、杖を弄りながら呟く。

「……このまま持久戦になると、こっちが不利よ。ちびちびと精神力を削られて、魔法が使えなくなった頃に突撃でもされたら、たまったもんじゃないわね」

 まあ、その前に瞬殺する自信はある。敵があの傭兵連中だけならだけど。


 「ぼくのゴーレムで、防いでやるさ」

 ギーシュが顔を青ざめさせながらそう言ったけど。


 「ギーシュ、あなたの『ワルキューレ』じゃ、7体を一気に投入しても一個小隊ぐらいが関の山だわ。相手は手練の傭兵よ?」

 「やってみなくちゃわからないさ。僕はグラモン元帥の息子だぞ? 卑しき傭兵ごときに後れをとってなるものか」

 「ったく、トリステインの貴族は口だけは勇ましいんだから。こんなだから戦に弱いのよ」

 立ち上がって呪文を唱えようとしたギーシュの首根っこを引っ掴んで制した。


 「ううん、手練とはいえないかも」


 そこに、シャルロットが発言する。そういえばこの娘は、ずっと敵を冷静に観察していた。


 「どういうこと?」

 ルイズが訝しげに問う。この娘は実戦経験がないから、少し慌てた様子だ。


 「本当の傭兵というか、よく訓練された傭兵なら、矢を放つ前に突撃してる。こちらが防御大勢を整える前に少数精鋭で切り込み、魔法を使わせることなく喉を切り裂いた方が遙かに勝算はある。けど、それをしなかった」

 確かに、その通りだ。


 「それをせず、安全圏から矢を放つことしかしない。突撃してくるのもこっちの精神力が尽きてから、これはただの腰ぬけ、戦場に投入するに値しない雑用兵に過ぎない」

 「なーるほど、こっちだって馬鹿じゃないんだから、それだけ時間があれば対応策くらいいくらでも考え付くわ。何せ、こっちはほぼ全員がメイジだもの」

 私は後ろに視線を向けながら言う。


 「悪りい、遅れた!」

 そこに、サイトが合流、これで全員揃ったわね。


 「全員揃ったな、いいか諸君」

 ワルドが、低い声で告げる。その場の全員が、黙ってワルドの声に頷いた。


「このような任務は、半数が目的地に辿り着ければ、成功とされる」

 シャルロットが、自分と、私と、ギーシュを杖で指して「囮」と呟いた。それから、ワルドと、ルイズと、サイトを指して、「桟橋へ」と呟いた。


 「時間は?」

 ワルドが、シャルロットに尋ねた。彼もシャルロットが、見かけによらず実戦経験豊富だと感じたのだろう、異論は出さなかった。

 「今すぐ」

 シャルロットが打てば響く様に、ワルドに返す。


 「聞いての通りだ。裏口に回るぞ」

 「え? え? ええ!?」

 ルイズが驚きの声を上げる。


 「今からここで、彼女たちが敵をひきつける。せいぜい派手に暴れて、目立ってもらう。その隙に、僕らは裏口から出て桟橋に向かう。以上だ」

 「まあ、しかたがないわね。あたしたち、貴方たちが何をしに、アルビオンに行くのかすら知らないの」

 そういうことにしておかないと。

 「うむむ、ここで死ぬのかな。どうなのかな 死んだら、姫殿下とモンモランシーには会えなくなってしまうな……」

 少しは覇気を見せなさい、ヘタレ。 シャルロットがサイトに向かって頷く。


 「行って、シルフィードで追いつく」

 「分かった」

 あらあら、仲がいいこと。そして私はルイズの方を向き話しかける。


 「ねえ、ヴェリエール。 勘違いしないでね? あんたのために囮になるんじゃないんだからね」

 「わ、わかってるわよ」

 それでも頭を下げるのがこの子なのだ。
 

 「ギーシュ、いざとなったらお前が二人を守れよ」

 「けど、僕は「トライアングル」の二人より戦力として劣ると思うけど……」

 「なーに言ってやがる。強い弱いは関係ねえ、いざとなったら女を守るのが男の役目だろ?」

 何の気負いもなく言うサイト。見た目は結構幼い顔立ちだけど、その見かけによらず漢らしい。ふふふ、あの子を守る騎士様になれそうね。


 「そうか、そうだね! そうとも、このギーシュ・ド・グラモン、か弱き女の子を守るために戦わねば!」

 やる気を出すギーシュ。意気込んでるようだけど、残念ながらここに”か弱き”女の子はいない。


 「おし、任せた」

 「しかしサイト、君は変わってるねえ」

 「俺が?」

 「そうだよ、いつも口先では主人を置いて逃げるなんて言ってるくせに、こういう危機になったらすぐに来たじゃないか、逃げる機会なんていくらでもあったのに」

 確かにそう。口先だけは威勢良くて、いざとなったら何の役にも立たないヘタレは、魔法学院にいくらでもいるけどサイトは逆。いつもは逃げるなんて言ってるのに、こういうときになったら、逃げるなんて考えもしない。


 「別に、気のせいだろ、いざとなったら逃げるよ俺は」

 「はいはい、そういうことにしておこう」

 やっぱ仲良いわ、この二人も。女のために命を懸けるって部分では共感できるのかしら。



 そして、ルイズ、サイト、ワルドの3人は、低い姿勢でテーブルの影から走り出す。途中、矢が飛んできたがけど、シャルロットが風の障壁を張ってそれを防いだ。



 「さあ、暴れましょうか」

 「やる時は徹底的に」

 あいつに会って以来、私も魔法の訓練はけっこうやっている。

 特に、一度だけ見せてもらった、あの戦争の怪物と呼べる二人の、“訓練”という名の殺し合いが特に印象深い。私の“微熱”なんて足元にも及ばないほどの大火力と、それを行う炎の意思。

 “烈火”と“炎獄”

 あの二人の追いつくくらいを目標にしなければ、ツェルプストーの名が廃る。






■■■   side:シャルロット   ■■■



 サイトたちが裏口の方に向かったのを確かめると、キュルケはギーシュに指示を出す。


 「ギーシュ、厨房からワルキューレで油持ってきて」

 「揚げ物用の油のことかい?」

 「そうよ、あんたのゴーレムなら重くても持ってこれるでしょ」

 「わかった、行ってくる」

 ギーシュは厨房に向かった。ゴーレムはガーゴイルと違って自律思考が出来ないから、こういう動作をするときには、術者も一緒に行く必要がある。ギーシュも初めは少し混乱気味だったけど、サイトと話してからは意外と落ち着いてる。


 「しかし、ぼろぼろねえ」

 キュルケが呟く。確かに宿の内部は酷い有様だ。


 「わしの店が何をした!?」

 さらに、店主の嘆きが聞こえてくる。


 「このまま暴れるのはいいけど、下手すると、私達に請求がきかねないわね」

 「大丈夫」

 私は店主に近づく。店主は混乱していてるから、淡々と言う方が良い。


 「マスター」

 「な、何でしょうか?」

 「これ」

 懐からフェンサーカードを取り出し、見せる。


 「!? こ、これは!」

 実は、この店主も北花壇騎士団の情報提供者。ここは貴族専門といっていい店だから、メッセンジャーではなく、シーカーという役割になる。

 私はポケットからもう一つのカードを渡す。


 「このカードをラ・ロシェール担当のファインダーに見せて、トリステイン支部長オクターヴを通して本部に請求すればいい、ここの代金はトリステイン王政府が出してくれる」


 「おお、ありがとうございます」

 ここのファインダーから支部へ、支部から本部へ、本部のハインツやイザベラ姉さまから、ガリア外務卿のイザークへ、そして、イザークからトリステイン王国へと通達が行く。

 この任務がトリステイン王女の密命ならば、その費用はトリステイン王政府が出さねばならない。その辺の手続きはハインツとイザークに任せるしかないけど。

 こと、そういうことの根回しなどに関しては、あの二人の独壇場。イザベラ姉さまは主に国内担当らしいから。


 「流石ね、ガリアの情報網はとんでもないわ」

 「ラ・ロシェールはトリステインとアルビオンを繋ぐ重要地、人もモノも金も情報も集まる。ここを北花壇騎士団が疎かにするはずがない」

 北花壇騎士団の情報網はガリアを超えて、国際的なものに成長している。もっとも、ゲルマニアにはまだまだのようだけど。

 あそこには皇帝直属の防諜機関、“皇帝の目”などが存在するらしいから。それに、実行部隊も存在するとか。


 「持って来たよ」

 キュルケと話しているうちに、油の入ったビンを持ってギーシュが帰ってきた。


 「じゃあ、それを入口に向かって投げて」

 キュルケが手鏡を覗いて化粧を直しながら言う。こんな時でも、自分の容貌を気にするのが、キュルケのキュルケたる由縁だろう。


 「こんな時に君は化粧をするのか?」

 呆れた様子のギーシュ。でも、それでこそキュルケ。

 「だって歌劇の始まりよ? 主演女優がすっぴんじゃ……」

 

 化粧直しを終えたキュルケは立ち上がり、左手に持っていたビンを傭兵たちの真上に投げつけて、それを目掛けて火球を放つ。

 
 「しまらないじゃないの!」

 

 ビンに入っていた度数の高い酒に火が引火して、突撃をしようとしていた傭兵たちが当然現れた燃え上がる炎にたじろいだ。その隙をキュルケが見逃す筈も無く、再び杖を振るう。

 ギーシュのワルキューレが投げた油に引火して、炎はますます燃え上がり、傭兵たちにも燃え移る。炎に巻かれて、傭兵たちは床でのた打ち回る。


 「『ウィンド』」

 私が唱えるのは風を吹かすだけの初歩呪文。けど、この状況では最悪の組み合わせになる。もちろん、傭兵にとってだけど。


 立ち上がったキュルケは、優雅に髪をかきあげて、杖を掲げた。そんなキュルケに数本の矢が飛んできたけど、私の風の魔法がそれを防グ。

 女王に矢を射るなんて、無粋。


 「名もなき傭兵の皆様方。 あなたがたがどうして、あたしたちを襲うのか、まったくこちとら存じませんけども」

 
 降りしきる矢の嵐の中、キュルケは微笑を浮かべて一礼する。それは微笑みと呼ぶには、あまりにも情熱が込められていたけれど。

 
 「この“微熱”のキュルケ、謹んでお相手つかまつりますわ」





■■■   side:ボアロー   ■■■



 巨大な岩のゴーレムの肩の上で、俺は感嘆していた。先ほど、突撃を命じた一隊が、炎に巻かれて大騒ぎになっているからだ。敵は魔法学院の学生のようだが、思った以上にやる。


 「まったく、金で動く連中は使えんな、あの程度の炎で大騒ぎとは」

 あの程度で怯むようでは、戦場では生き残れない。まあ、それで逃げて来たのだろうが。


 「あれでよい」

 「ほう?」

 「倒さずとも、かまわぬ。分散すれば、それでよい」

 「そうか、まあ、俺もお前のために働く義理しかないのでな」


 ワルドの遍在は俺の言葉を無視して立ち上がる。

 
 「俺はラ・ヴェリエールの娘を追う」

 「そうか、さっさと追え、ちなみに、あの少年と少女達はどうする?」

 なかなか覇気がありそうな者達だ。敵であるのが惜しい、同じ側いたっていれば、いい友人になれそうだ。


 「好きにしろ。残った連中は煮ようが焼こうが、お前の勝手だ。合流は例の酒場で」

 「あいにく、その頃には時間切れだ。そろそろニューカッスル城の攻略が始まるはずだからな。合流などは出来ん、俺は部下の下に戻る」

 「それならば、それでいい」

 そう言うと、ワルドはゴーレムの肩から飛び降り、暗闇の中に消えた。

 

 「まったく、勝手な男だ。何を考えているのだか、まあ、碌でもないことなのだろうが」

 
 下では男たちが悲鳴を上げながら逃げ惑っている。赤々と燃え上がる炎が、『女神の杵』亭の中から吹いてくる烈風によって、さらに激しさを増し、傭兵たちをさらにあぶり始めた。

 「者共! 突撃せよ! さもないと踏み潰す!」

 
 ゴーレムを『女神の杵』亭の入り口に近づけ、その拳を振り上げさせる。そして、それを入り口に叩きつける。
 

 「さて、どの程度のものか」

  
 
 


■■■   side:シャルロット   ■■■



 酒場の中から、私達は炎を操り、傭兵たちを苦しめた。矢を射かけてきた連中も、私の風で炎を運ぶと、弓を投げ捨てて逃げていった。

 キュルケは勝ち誇って、笑い声をあげる。

 「見た? わかった? あたしの炎の威力を! 火傷したくなかったらおうちに帰りなさいよね! あっはっは!」

 これでもまだまだ序の口、キュルケの炎はこんなものじゃない。


 「よし、僕の出番だ!」

 これまで、まったく役に立っていなかったギーシュが、炎の隙間から浮き足立った傭兵たち目掛けて『ワルキューレ』を突っ込ませる。

 しかし、轟音と共に、入り口と一緒に消えてしまった。

 

 「え?」

 もうもうと立ちこめる土ぼこりの中に、巨大なゴーレムの姿が浮かび上がった。やはりずっと静観はしないか。

 「忘れてたわ。厄介な指揮官様がいたんだっけ」

 キュルケが舌を出して呟いた。私は傭兵よりもそっちを警戒していたけど。

 

 「者共! 突撃せよ! さもないと踏み潰す!」


 ゴーレムの肩に立った男が、鋭い声を上げる。軍人らしい雄雄しい声だ。


 「どうする?」

 キュルケは私の方を見た。けど、あれを相手にするのはかなり至難。それに、傭兵も突撃してくるだろうし。


 「う、ううう…………。こうなったら、もう突撃だ! 突撃! トリステイン貴族の意地を今こそ見せるときである! 父上! 見ていてください! ギーシュは今から男になります!」

 パニックに陥ったギーシュはゴーレムに向かって駆け出そうとする。私が杖で足を引っ掛ける。当然その場でギーシュは派手に転んだ。


 「何をするんだね! ぼくを男にさせてくれ! 姫殿下の名誉のために、薔薇と散らせてくれ!」

 自棄になっているギーシュにキュルケは声をかける。


 「いいから逃げるわよ」

 「逃げない! 僕は逃げません!」

 「……あなたって、戦場で真っ先に死ぬタイプよ」

 だけど、方法はあるかも。


 「ギーシュ、貴方の使い魔は確か、ジャイアントモールだったはず」

 「う、うん、そうだけど」

 「じゃあ、あの傭兵達の足元に穴を掘らせて足元を空洞にして、そこに岩のゴーレムが倒れ込めば、一気に陥没して傭兵は落っこちる」

 「なるほど!」

 「ついでに、油はまだあったかしら?」

 キュルケも尋ねる、何をするつもりかはよく分かる。


 「ああ、まだけっこうあったけど」

 「ワルキューレを全部出して、それを持ってきて」

 「了解、っていうか、雑用ばっかだね、僕」

 やや落ち込みながら、ギーシュはまた厨房に向かう。でも適材適所、ドットのメイジにはそれなりの戦い方があるのだから。


 「こういうことやらせたら、使えるわね、あいつ」

 「工兵が向いてると思う」

 「土」のメイジで、ゴーレムをかなり精密に操れて、かつ、ジャイアントモールという穴掘りに長けた使い魔もいる。戦力よりも、戦場を整える方が向いてるのは間違いない。


 「「「「「 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 」」」」」

 そこへ、傭兵が一気に押し寄せてきた。


 「あーあ、こりゃ、何人か潰されたわね」

 「死兵になってる」

 見せしめに何人かゴーレムで潰したのだろう。彼らが生き残るには、私達を殺すしか道はない。


 「でも残念、こっちも墓場行きよ」

 「2回も私達に挑んだ時点で、それは確定」

 一度捕まえた時に言っておいた、『次に挑んできたら容赦はしない』と。


 向こうにとっては、貴族のお嬢様の軍人ぶった戯言に聞こえたかもしれないけど、そっちの勘違いにこっちが合わせる必要はない。


 「『ファイア・ストーム』」

 「『エア・ストーム』」

 ここで「氷」を使ったら「火」と相殺してしまう。故に、キュルケの「火」を私の「風」がさらに高める。


 傭兵達が一気に焼ける。そこに、ギーシュが戻ってきた。


 「持って来た、後はどうすればいい?」

 「貴方の薔薇を『錬金』して、大量の花びらを作り出して」

 ギーシュが薔薇の造花を振るい、大量の花びらが宙を舞う。その中で私は呪文を唱え、大量に宙に舞っている花びらが魔法の風に乗って、ゴーレムのあちこちに纏わりついた。

 
 「花びらをゴーレムにまぶしてどうするんだね?」

 

 「錬金」

 私がそう指示をだすと、彼は少し首を傾げたが、理解にいたったのか、行動を開始した。ギーシュの『錬金』によって、纏わりついていた花びらが、ぬらっとした油に変化した。ギーシュは『錬金』に関してならばラインでも上位くらいになる。


 私は「風」がメインだから「土」の『錬金』においては彼に遠く及ばない。キュルケは「火」だから、私よりは得意だけど、それでも、ギーシュの方が上。


 そして、現在ゴーレムは油にまみれているのだ。司令官のメイジはすぐにゴーレムの肩から飛び退く、同時に、キュルケの『火球』がゴーレムに目掛けて飛んでいく。

 一瞬でゴーレムに火が燃え移り、そこに私の風が追い打ちをかける。ゴーレムの近くにいた傭兵にも炎が燃え広がっていく。

 そして、ゴーレムが倒れ込むと同時に、地面が陥没して傭兵が全部落ちた。


「やった! 僕の『錬金』で勝ちました! 父上! 姫殿下! ギーシュは勝ちましたよ!」

 ギーシュは浮かれながらあちこちを走り回る。

 「まだよギーシュ、仕上げがあるわ」

 殴りながらキュルケが注意する。結構痛そう。でも、最後まで気を抜いてはいけない。そしてこの場合の最後とは、敵が戦闘続行不可能になったことを確認した時だ。


 「痛い! な、なんだい?」

 「残りの油を傭兵にかける」

 「了解だけど、それって……」

 「いいから、さっさとやる」

 ギーシュのワルキューレが残りの油を穴に落ちた傭兵に向かって投げる。そう、やる時は徹底的に。そうでなければ戦場では生き残れない。そして、ここは既に戦場。


 「さようなら、燃え尽きなさい」

 キュルケが『炎球』をそこに放つ。火刑による処刑場が出来上がった。








 「ひ、ひいい!」

 「逃げろお!」

 「助けてくれえ!」

 生き残りがいたみたい。


 けど。


 「死ね」

 無慈悲な言葉と共に、その三人は潰される。そこには、無傷の指揮官がいた。


 「あらあら、酷いわね、自分の部下を殺すこともないでしょうに」

 「別に、こいつらは俺の部下ではない。それに、少々因縁があってな」

 その声には敵意が宿っていなかった。もう、私達と敵対するつもりはないみたいだ。ちなみに、ギーシュは顔を青くしてる。人間の死体をこんなにたくさん見たのは初めてなんだろう。


 「あら、よければ聞かせていただけるかしら?」

 何でも興味を示すのはキュルケの美点の一つ、だけど同時に、深入りすることも無い。


 「いいだろう。俺は『レコン・キスタ』の傭兵隊を率いる大隊長だが、ここの奴らとは先月あたりに戦場で対峙している」

 「ふうん、部下を殺されでもしたのかしら?」

 それは、ありそうな理由だけど、多分、違う。


 「いや、俺の部下は全員生き残った。それ以前に、戦いにならなかった、王党派の劣勢を悟ったこいつらが、戦場の最中に逃亡したからな、右翼と左翼を同時に失った王党派はあっさりと壊滅した。そして、今はニューカッスル城に立て篭もっている」

 「あら、じゃあなぜ?」

 「こいつらは、戦場において、友軍を見捨て逃げ出した、それ故にだ。例え傭兵とはいえ、一度雇われた以上はその戦場を戦い抜く義務がある。己の力を尽くし、その戦場を生き残ったのならば、その後に王党派を見限ろうがそれは構わん。しかし、こいつらは己の義務を放棄して逃げ出した。そういった輩は抹殺するのが俺の流儀でな」


 堂々と、彼は言い切った。仲間を見捨て、義務を放棄し、逃亡するような者を決して許さないと。


 確信する、彼は軍人だ。おそらく、徴兵された諸侯軍などに対してならば、その掟は適用されないんだろう。だけど、傭兵とは、自らの意思で戦場に向かう者、戦う意思がないならば、そもそも傭兵なんかにならなければいい。

 それがない傭兵など、ただの盗賊集団に過ぎないのだから。


 ………そういった集団は、ガリアにおいて、フェンサー達によって抹殺されてる。


 「そこの少年」

 彼が、ギーシュに向けて言った。


 「は、はい!」

 敬語で答えるギーシュ、けど、その気持ちは分かる。彼の精悍な顔立ちは、紛れもない戦士のもの。


 「お前が貴族ならば、いずれ戦場に出ることもあるだろう。まして、トリステインは近いうちに我々の侵攻をうけることになる」


 「…………」

 ギーシュは無言で聞いている。私もキュルケもその言葉に耳を傾ける。


 「その時、戦うかどうかは己の意思で判断することだ。家系や貴族の誇りなどを理由にし、恐怖心を抑えつけているようでは戦場で混乱し、あっさりと死ぬことになる。先程のお前のようにな」

 「それは……」

 「これも小規模ではあるが戦場だ。そして、大規模な会戦ではこれの何百倍という人間が次々と死んでいく。そこを生き抜く覚悟がないのであれば、戦場には来るな。戦場は力と戦う意思がない女子供が立ち入ってよい場所ではない」


 そして、私とキュルケの方を見る。


 「逆に、戦う意思があるならば、性別、年齢に関わらず来るといい。いずれ、会えることを期待しよう」

 そして、彼の下にワイバーンが飛来した。「土」のメイジであろう彼は幻獣の扱いにはあまり適していないはずだけど、苦もなく制御してる。


 「ではな、勇敢な少年少女達よ」


 そして、彼は去って行く。私達は黙ってその姿を見送った。







■■■   side:ギーシュ   ■■■



 「はー、まいったわ、あんなのが『レコン・キスタ』にはいるのね」

 キュルケがぼやいてるけど、僕には応じる元気がなかった。僕はこれまで、直に死体をみたことなんてない、まして、こんなにたくさんの焼死体なんて想像したこともなかった。


 「彼だけじゃないかも、彼と同じような将軍が他にもいる可能性が高い」

 なぜ、彼女達は平然としていられるんだろう? 目の前の自分達が起こした事に、何の感傷も持たないのだろうか。



 「だ、大丈夫かな、トリステインは……」

 僕は震えながら聞いてみた。


 「さあね、しかし、ゲルマニアも注意しないと併呑されかねないかも。流石に貴女のガリアはそう簡単にはいかないでしょうけど」

 「そういえば、私達はバラバラ。私はガリア、キュルケはゲルマニア、ギーシュはトリステイン。そして、先程の彼はアルビオン」

 言われてみればそうだ。全員国籍が違う。


 「そうね、さて、後始末をして、休憩したら私達も貴女のシルフィードで追いましょう。ちょっと、やばいかもしれないから」

 「確かに、『レコン・キスタ』がそれほど強大な組織なら、ニューカッスル城は危険地帯。それに、サイト達にはいざという時の機動力がない、船では『レコン・キスタ』の戦列艦に捕捉されてしまうかもしれない」

 タバサはどこまでも冷静だった、混乱してた僕とは大違いだ。普段本を読んでいるときの彼女と少しも変わらない。


 「な、なあ、タバサ、キュルケ、どうして君達はそんなに落ち着いていられるんだい?」

 僕の問いに、キュルケが少し考え込んでから答えた。


 「別に、そんなに難しいことじゃないのよ。要は、覚悟があるかないかの話だもの」

 「覚悟?」

 「さっきの軍人さんも言ってたでしょ、戦う覚悟、殺す覚悟、そして、大切なもののために命を懸ける覚悟、それがあるかないかよ。とはいっても、私だって最近までなかったわ、その覚悟をしたのはえーと……4か月くらい前かしらね?」

 さも、何でもないことのようにキュルケは言う。


 「最近なのかい?」

 「ええ、かなーり異常極まる男に出会ったのがきっかけね。人間なんてね、ちょっとしたきっかけがあれば一日で生まれ変われるものよ」

 「そうかな?」

 一日で生まれ変わるなんて出来るものだろうか?


 「そうね、方向は逆だけど、こういう場合を考えてみればいいわ。貴方の親兄弟が、明日貴方の目の前で全員殺される。そうなったら、その瞬間から貴方は、今日までの貴方とは完全に別物になるでしょ?」


 「う、うーん、もの凄い例えだけど、確かに……」

 それ以前の僕にはもう戻れないのは確かだろう、復讐に狂うか、世界に絶望するかは別として。


 「だから、それの逆方向のことが起これば凡人は一晩で英雄になるわ。どんな些細な事でも、その人にとってはまさに人生の転機だってこともあるんだから」

 「でも、キュルケみたいに即座に適応できるのは珍しい」

 そこにタバサが続いた。なんとなくは思ってたけど、やはりキュルケは特別らしい、ならタバサは?


 「私は………結構かかったから」

 「貴女はそれでいいのよ、あいつもそう望んでると思うわ。それでギーシュ、こんな小さい女の子でも覚悟は出来るんだから、男の貴方ができないんじゃ情けないわよ?」

 片目を瞑りながらキュルケが微笑む。なんというか、“戦場の女神”はたまた、“勝利の女神”とでも形容できそうな微笑みだった。


 「うん、頑張ってみる」

 僕は頷いた。そう、僕はグラモン元帥の息子だ、それが戦場や死体に怯んでいてどうする。

 先ほどの彼は、まさに“本物の軍人”だった。父も多分、ああいう人達が命を懸けて殺し合う戦場を生き抜いて、元帥になったはずだ。今の僕はただの小僧だけど、いつかはああいう風にかっこよくなりたい。


 そんなことを僕は願った。








■■■   side:才人   ■■■




 
 “ハインツブック”の説明にあった通り、ラ・ロシェールの『桟橋』ってのは空に浮かぶ船のためのもんだった。

 ワルドとルイズの案内で建物と建物の間の階段を上ると、丘の上に途方もなく巨大な樹が立っていのが見える。 東京タワーにも迫る高さだ。

 そして大きく張り出した枝の至る所に、巨大な果実のような船がぶら下がっていた。


 しばしその光景に見とれていた俺だが、ルイズに促され、そのあとを追う。 樹の根元は、巨大なビルの吹き抜けのホールのように、空洞になっていた。 枯れた大樹の幹を穿って造ったものらしい。

 ちなみに、夜なので人影はない。 各枝に通じる階段には、鉄でできた案内板が貼ってあった。

 
 ヒゲ子爵がその中から目当ての階段を見つけ、駆け上り始めた。

 俺もそのあとに続く。だけど、なんかぎしぎしいってる、体重を支えるには、木製の古い階段はかなりもとないな。


 しかし、途中の踊り場で、俺は何者かが近づいてくるのに気がついた。 白い仮面と黒マントの貴族がルイズに迫る。


 「ルイズ! 気をつけろ!」

 「きゃああぁぁッ!」

 悲鳴を上げ、身をすくませるルイズ。


 「おっさん! 魔法!」


 「『レビテーション』!」

 その男の肩から、ルイズの体が宙に浮く。 ヒゲ子爵が『レビテーション』の呪文をかけたんだな。


 ヒゲ子爵がルイズの体をキャッチする。 白仮面の男が今度はこっちにきやがった。


 「先手必勝!」

 デルフを引き抜き、一気に切りかかる。速攻あるのみ!!


 ガキイ!

 杖で防ぐ仮面野郎。こいつの杖もワルドと同じみたいだ。

 「まだまだ!」

 俺は全力で一気にたたみかける。ハインツさんの助言通り、短期戦で一気に決める!

 仮面の男が『フライ』で後退する。こっちは接近戦専門だから、空に逃げられたら手の出しようがない、そうなったら防戦一方だ、なんせ向こうは魔法使いなんだから。


 「逃がすかよ!」


 「相棒! 構えろ!」

 空気が弾けた。パリパリって音がして、静電気っぽいのが仮面野郎の周囲に漂う。


 「あれだな!」

 「『ライトニング・クラウド』!」


 「行けデルフ!」

 「待ってました!」

 “身体強化”の力に任せて思いっきりデルフを投擲する。


 「くたばりやがれえええええええええええええ!!」

 声を出しながら飛んでくる剣ってのも嫌なもんだろう。剣だから避雷針がわりになって電撃を無効化する。


 「何!」

 同時に、腰の袋に入れといた包丁を引き抜く。まさかのデルフ投擲で、仮面野郎に隙が生じてる。俺は体勢を低くしながら無言で近づき、仮面野郎の足を切りつける。

 大声を出しながら目の前に迫る上のデルフと、無言で地をはう俺。シャルロットと一緒に考えた、上下のコンビネーションだ。


 「がっ」

 足に傷を負った仮面野郎が後退していく。得物が包丁で強度がないから、この戦法はあまり何度も使えない、向こうだって2度同じ手は喰わないだろうし、でも、今はコレで十分。


 「『エア・ハンマー』!」

 そこに、ヒゲ子爵の追い打ちが入る。仮面野郎は吹っ飛ばされて落ちて行った。


 「上がって来ませんね」

 「うむ、一旦後退した、といったところか」

 俺は向こうに転がってるデルフを回収に行く。




 「デルフ、お疲れさん」

 「応よ、上手くいったな!」

 「ああ、練習通りだ」


 あれは、ちょうど練習通りだった。 シャルロットが放った『ライト二ング・クラウド』に合わせてデルフを投擲、俺はしゃがみながら前進する。


 まあ、シャルロットの場合、『フライ』で飛びあがって避けた後、空中から『ウィンディ・アイシクル』を撃ちおろしてきたけど。

 んー、ハインツさんだったらデルフを避けつつ、俺を足で蹴りあげそうだな。だめだな全然勝てる気がしねえ。



 「青い娘っ子よりゃあ弱かったな」

 「だよな、けど、ちょうど練習してた魔法で良かったぜ。慣れてなかったらここまでうまくはできなかった」

 「運がいいねえ、相棒は。けど、『ライト二ング・クラウド』を使って来たってことは、あの仮面野郎は「風」メイジだな」

 「ああ、シャルロットやヒゲ子爵とおんなじってことか」


 そんな会話をしつつ、ヒゲ子爵とルイズの後を追う俺達。











 

 階段を駆け上がった先には、大きく伸びた1本の枝に沿って、1艘の船が停泊していた。帆船のような形状をしていたが、空中で浮かぶためなのか、船の側面に羽が突き出ている。

 俺たちが船上に現れると、甲板で寝ていた船員が起き上がった。

 
 「な、なんでぇ? おめえら!」

 「船長はいるか?」

 「寝てるぜ。 用があるなら、朝に改めて来るんだな」

 
 船員はラム酒の入った瓶を、ラッパ飲みしながら答える。そこへヒゲ子爵は、杖を抜きながら言う。

 
 「貴族に2度同じことを言わせる気か? 僕は船長を呼べと言ったんだ」

 『貴族おうぼーう、モラルは守るべきだと思いまーす、平民の怒りは溜まりますよー』

 とは思うけど、口には出さないでおく。


 「き、貴族!」

 船員は、慌てて船長室に走っていく。



 暫らくすると、寝惚け眼をこすりながら初老の男がやって来た。

 
 「何の御用ですかな?」

 船長は胡散臭げにヒゲ子爵を見つめた。ま、叩きおこされりゃそうだよな。俺だってそうなる。


 「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ」

 その答えに、船長は目を丸くする。うん、平民根性だね。
 

 「これはこれは。 して、当船へどういったご用向きで……」

 相手が身分の高い貴族だと知ってか、急に言葉遣いが丁寧になった。やっぱし世界ってこういう風に出来てるんだなあ。


 「アルビオンへ、今すぐ出港してもらいたい」
 
 「無茶を!」

 「勅命だ。王室に逆らうつもりか?」

 『貴族おうぼーう、そういうのはよくないと思いまーす、いつか革命起こされますよー』

 とは思うけど、やっぱり口には出さない、俺は空気を読む子です。


 「あなたがたが何をしにアルビオンに行くのかこっちは知ったこっちゃありませんが、朝にならないと出港できませんよ!」



 「どうしてだ?」

 
 「アルビオンが最もここ、ラ・ロシェールに近づくのは朝です! その前に出港したんでは、風石が足りませんや! 子爵様、当船が積んだ「風石」は、アルビオンへの最短距離分しかありません。それ以上積んだら足が出ちまいますゆえ。したがって、今は出港できません。途中で地面に落っこちてしまいまさ」

 風石って、あれだよな、消費型の飛行石。これを燃料にして船は空に浮くって、“ハインツブック”に載ってた。おそらくアルビオンは超巨大な風石の結晶で浮いているに違いない。そして風石を結晶化できるはアルビオン人だけなんだろう。


 「風石が足りない分は、僕が補う。 僕は「風」のスクウェアだ」

 「がんばれおっさん」

 船長は暫らく考えて頷いた。

 

 「……ならば結構で。 料金は弾んでもらいますよ」

 「分かっている」

 「金あるの? けっこう使った気がするけど(俺達が)」

 ヒゲ子爵の言葉に、満面の笑みを浮かべる船長。無視されるのにも、もう慣れた。流行ってるんだろ、平民無視。


 「出港だ! もやいを放て! 帆を打て!」

 船員たちが、船長の命令で一斉に動き出した。船を吊るしたもやい網を解き放ち、帆を張る。戒めを解かれた船は、一瞬、空中に沈んだが、発動した「風石」の力で宙に浮かぶ。

 全く関係ないが俺には『モアイを放て!』ってきこえたんで、モアイ像を投石器で放つ光景を想像してしまった。すげえ画だ。


 「アルビオンにはいつ着く?」

 ヒゲ子爵の質問に船長が答える。


 「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着しまさあ」

 

 船はかなりのスピードを出しているみたいで、ラ・ロシェールの街の明かりがだんだんと小さくなっていった。

 




[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十五話 白の国
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:4c237944
Date: 2009/12/15 21:48

 ヒゲ子爵が無理やり船長を説得して、俺達はアルビオンに出発した。

 シャルロット、キュルケ、ギーシュはラ・ロシェールに残ったけど、シルフィードで追いかけてくるって言ってた。

 で、アルビオンに着いたらどうするかでルイズとヒゲ子爵が何か話してる。




第十五話    白の国




■■■   side:才人   ■■■


 俺は甲板に出て、外の様子を見ていた。

 「さーて、これからどうなることやら」

 「ま、何が起きてもおかしくはねえよな」

 デルフが答えた。

 
 シャルロットたちの事が心配ではあるけど、俺は“デンワ”を持ってないから確認の取りようがない。それに加えて、桟橋で襲ってきた仮面を被った男の事もなんか気になる。


 「なんか、知ってるような気もするんだよな、あの仮面野郎」

 「んー、言われてみれば、なんかどっかで会ったかな?」

 首を捻る俺達。(デルフに首はないけど)


 「どうしたの? 犬」

 「ルイズ、頼むからナチュラルに犬っていうのをやめてくれ」

 「そう」

 ものすごいどうでもよさそうにルイズが答えた。


 「マスター・ルイズ、せめて人間扱いくらいはしてくださいませ」

 「わかったわ、下僕」

 少しだけましになった。やっぱり下僕になれるのは人間だけだよな、と、どうでもいい事を思ってしまう。

 そこに、船長との話を終えたヒゲ子爵がやって来た。
  
 
 「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、包囲されて苦戦中のようだ」

 その言葉にルイズは、驚きの表情をする。


 「ウェールズ皇太子は?」

 「わからん。 生きてはいるようだが……」

 「どうせ、港町はすべて反乱軍に押さえられているんでしょう?」

 「そうだね」

 ま、当たり前だよな、俺でもわかるぞそれくらい。


 「どうやって、王党派と連絡を取ればいいのかしら?」

 「陣中突破しかあるまいな。 スカボローからニューカッスルまでは馬で1日だ」

 「反乱軍の間をすり抜けて?」

 うわー、かなり無茶っぽい。できればやめて欲しい。


 「そうだ。 それしかないだろう。まあ、反乱軍も公然とトリスティンの貴族に手出しはできんだろう。スキを見て、包囲網を突破し、ニューカッスルの陣へと向かう。ただ、夜の闇には気をつけないといけないがな」

 ルイズは緊張した顔で頷いた。うーん、その時、俺ってどうなるんだろ? ヒゲ子爵とルイズはグリフォンに乗るとして、俺は…………徒歩か?


 「そういえば、ワルド。 あなたのグリフォンはどうしたの?」

 ヒゲ子爵が微笑んで、舷側から身を乗り出すと、口笛を吹く。すると、下からグリフォンがあがってきて、甲板に着陸し、他の船員たちを驚かした。

 

 




 

 暫らくすると、鐘楼の上に立った見張りの船員が、大声を上げた。


 「アルビオンが見えたぞ!」

 広がる雲の上に、黒々とした大陸が見えた。


 「すげえな」



 浮遊大陸アルビオン。

 空中を浮遊し、主に大洋の上をさまよっており、月に数度、ハルケギニアの上を通過する。大きさはトリステインの国土ほどある。

 そして、大陸の大河から溢れた水が、空に落ち込み、それが白い霧となって、大陸の下半分を包んでいる。その為、アルビオンの事を通称『白の国』と言う。


 もちろん、ぜーんぶ“ハインツブック”参照である。


 「驚いた?」

 ルイズが聞いてくる。ルイズは少し得意げだ。


 「ああ、こんなの見たことねえや」

 あんまり驚きすぎると、リアクションが陳腐になるっていう典型だ。

 でっかいラピュタだもんな。やはり巨大な風石で浮いてるに違いない。いや、むしろ、ワンピースの空島かな?


 「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」

 

 鐘楼の上にいた、見張りの船員が大声を上げた。俺はその方向を向く。俺たちが乗る船より、一回り大きい船が確かに近づいてきた。舷側に開いた穴からは、大砲が突き出ている。


 「おお! 大砲だ! カリブの海賊か!」

 「いやだわ。 反乱勢……貴族派の船かしら?」

 あり、敵の船かよ。

 「ま、とにかく、船長とヒゲ子爵のとこにいってみようぜ」

 じゃねえとよくわからんし。

 

 で、俺達が行くと、ヒゲ子爵と並んで操船の指揮をしていたらしい船長が、見張りが指を差した方角を見上げた。黒くタールが塗られた船体は、俺たちの乗る船にぴたりと20以上も並んだ砲門を向けている。

 なんか、見た感じはブラックパール号だ。ジャック・スパロウ船長が乗ってるんだろうか? それともバルボッサ?

 
 「アルビオンの貴族派か? お前たちのために荷を積んでいる船だと、教えてやれ」

 
 見張りの船員は、船長の指示通りに手旗を振った。なんでも、こっちにはまだ“デンワ”が普及してないから、旗による信号になるそうだ。ちなみに、モールス信号もないらしい。


 しかし、黒い船からは何の返信もない。副長らしい人が青ざめた顔で、船長に駆け寄る。

 
 「あの船は旗を掲げておりません!」

 「してみると、く、空賊か?」

 「おお! カリブの海賊か!」

 「空賊って言ってたでしょ」

 ルイズの突っ込みが入った。いいじゃん、空は風の海って言うんだから。

 船長の顔も、みるみるうちに青ざめる。

 
 「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから……」

 うーん、戦争があると治安が悪くなるのはどこも一緒なんだな。


 「逃げろ! 取り舵いっぱい!」

 

 船長は船を空賊から遠ざけようとするが、時すでに遅く、黒船は並走を始めた。脅しとして黒船は、俺たちの乗り込んだ船の針路の先をめがけて、大砲を1発放った


 ドゴン!

 おお、すげえ、っと、ひとごとのように感想を浮かべる俺。鈍い音がして、砲弾が雲の彼方に消えていく。そして、黒船のマストに、4色の旗流信号がすらすらと上る。


 「停船命令です、船長」

 船長は苦渋の決断をせまられた模様。


 「この船って、武装ないんか?」

 「あるらしいけど、移動式の砲台が3門しかないんだって、片舷側で20門以上ある向こう側の船の火力からしてみれば、役に立たない飾りのようなものだって、向こうの人達が言ってるわ」

 なんか、意外と冷静なルイズだった。ま、俺達には何にも出来ねえしな。向こうを見ると船長が助けを求めるように、隣に立つヒゲ子爵が見る。


 「魔法は、この船を浮かべるために打ち止めだよ。 あの船に従うんだな」

 船長は肩を落とし小声で「これで破産だ」と呟き、部下に命令をする。というかヒゲ子爵さんよ、これってアンタの責任が大きくない?他人事のように言うのはどうかと思うんだけど、いや人のこと言えねぇけどさ。 

 
 「裏帆を打て! 停船だ!」

 やれやれ、またなんか面倒なことになりそうだな。
 







 
 「空賊だ! 抵抗するな!」

 黒船から、メガホンを持った男が怒鳴ってきた。


 「見りゃ分かるっての」

 黒船の舷側に、弓や長銃を構えた男たちがずらりと並び、こちらに狙いを定めてきた。鉤のついたロープが投げられて、俺たちの乗る船に引っかかる。

 そして、手に斧や曲刀を持った男たち数十人が、ロープを伝ってやってきた。


 「うーん、完全にパイレーツ・オブ・カリビアンだな」

 呑気に批評する俺。いきなり現れた空賊に驚いたのか、前甲板に繋いであったヒゲ子爵のグリフォンが、騒ぎ出した。

 その瞬間、グリフォンの頭が青白い雲で覆われる。するとグリフォンは甲板に倒れて、寝息を立て始めた。

 

 「アレは確か、『眠りの雲』だっけ、シャルロットが使ってたよな」

 なんて呟いてると。


 ドスンと、音を立て、甲板に空賊たちが降り立つ。その中にひときわ派手な格好をした空賊が1人いた。

 汗と油で黒く汚れて真っ黒なシャツの胸をはだけ、そこから赤銅色の日焼けした逞しい胸が覗いている。ぼさぼさの長い黒髪は、赤い布で乱暴に纏め上げられており、無精ひげが顔中に生えている。

 左目には眼帯が巻いてあった。周囲の様子からすると、その男が頭っぽくみえるんだけど。

 なんか、コスプレっぽいような印象がする。だって、あんましにもキャプテン・ジャック・スパロウみたいなんだもん。

 「船長はどこでえ」

 
 荒っぽい仕草と言葉遣いで、辺りを見回す。

 「私だが」

 震えながらも、精一杯の威厳を保つ努力をしながら、船長は手を上げる。ここで「俺でーす」なんてふざけた日には、空賊より先にルイズに殺されそうなんでやめておく。

 頭は大股で船長に近づき、顔をぴたぴたと抜いた曲刀で叩いた。

 

 「船の名前と、積荷は?」

 「トリステインのマリー・ガラント号。積荷は硫黄だ」

 空賊の間から、歓声が漏れる。頭の男はにやっと笑うと、船長の帽子を取り上げ、自分が被った。

 
 「船ごと全部買った! 料金はてめえらの命だ」

 それから頭は、甲板に佇むルイズとヒゲ子爵の存在に気づいたようだ。

 
 「おや、貴族の客まで乗せてるのか」

 貴族って、そんなに珍しいのかな? まあ、普通は貨物船じゃなくて客船に乗るか、貴族なら尚更。

 頭はルイズに近づき、顎を手で持ち上げた。

 
 「こりゃあ別嬪だ。 お前、おれの船で皿洗いをやらねえか?」

 「ははは、無理無理、ルイズにそんなこと出来るわけないっしょ!」

 やっべえ! 反射的に言っちまった!


 「ほうほう、面白いこと言う小僧がいるなあ。元気があるのは嫌いじゃないぜ」

 やばい、こっち向いた!


 「そうだそうだ! 絶対無理だって! お前さんがブ男からモテモテ君になるくらいありえねえって!」


 デルフーーーーーーー!!!!


 「なんちゅうこと言うんじゃお前は!!」

 「いや、事実を言っただけだし」

 「空気読め! 俺が死んじゃうだろ!」

 「いや、いい相棒だったぜ」

 「既に過去形かよ!」

 「おーい、頭さんよ、こいつ、面白えだろ、空賊にどうよ?」

 「なんで空賊に売り込んでんだよ!」

 「いやだって、貴族の娘っ子が連れてかれたら、相棒は犯罪者予備軍だろ」

 「あ、そういやそうだった」

 納得する。住所不定無職、かつ、洗礼も受けてないアウトローだもんな。


 「だったら、ここはひとまず空賊になるってのもありじゃねえかい?」

 「うーん、かもな、とりあえず、ルイズに完全に捨てられるか、もしくはもう会えなくなるまでは可能な限りくっついてないといかんし」

 よっしゃ今後の方針決定。


 「すいません、俺のご主人様には皿洗いは無理なんで、俺を皿洗いとして雇ってください。もちろん、御主人さまの処遇が決まるまでの暫定的なものでいいんで」

 頭に対して土下座する俺。プライド? 何それおいしいの?


 「あ、あ、ああ、お前、この別嬪さんの召使いなのか?」

 「下僕です。まあ、住所不定無職なんで、御主人さまがいないと俺も貴方達みたいに空族とかになるしか道がないんです。そういうわけで、雇ってください」


 「ま、まあ、とりあえずはこの嬢ちゃんと一緒に乗ってな、その後で決めてやっからよ」


 なんか、空賊の頭にひかれた。そんなに無茶なお願いかな?


 「てめえら。こいつらも運びな。身代金がたんまりと貰えるだろうぜ」

 気を取り直した頭が部下に命令してた。

 

 








 空賊に捕らえられた俺たちは、船倉に閉じ込められた。ルイズとヒゲ子爵は杖を取り上げられ、俺もデルフリンガーを取り上げられた。


 武器の無い俺、杖の無いメイジは、ただの人である。もっとも、ルイズと俺はそれぞれ違う意味で、あまり関係が無かったが……。

 だけど、メリケンサックとコショウ爆弾は無事だった。まさか大剣を持ってる俺が、背中にコショウ爆弾を括りつけてるなんて思わなかったみたいだ。ついでに、メリケンサックはポケットの中。

 “別嬪さんの奴隷”である俺に注意を払う奴はいなかった。


 周りには、酒樽や火薬樽、大砲の砲丸などが雑然と置かれている。ヒゲ子爵はヒゲ子爵で興味深そうに、そんな積荷を見て回っている。珍しいもんでもあんのかな。

 やる事がない俺とルイズは樽に腰掛けて、じっとしていた。


 「あんたね、あの緊張感のなさはなんなのよ」

 じっとはしてるけど、ずっと文句は言われてた。というかルイズの言葉の30%は文句だと思う。


 「そんなこと言われても、勝手に口が動いちゃったんだよ。それに、ぜーーーったい、お前に皿洗いなんか無理だって」

 「当然よ、公爵家の三女たる私がなんで皿洗いなんてやんないといけないのよ」

 出たー、お嬢様発言だー。


 「俺、けっこうやってるよ?」

 マルトーさんの下で色んな手伝いをやってるからな。

 「変なスキルばっかり上がってくわね、アンタ」

 そんな緊張感がない会話をしてると、船倉の扉が開いた。太った男が、スープの入った皿を持っている。


 「飯だ」

 扉の近くにいた俺が、受け取ろうとすると、男はその皿をひょいと持ち上げた。


 「質問に答えてからだ」

 「ひどいや、俺にとっては御馳走なのに」

 あくまで“奴隷”という立場を貫く俺、ルイズを奴隷虐待の女主人に仕立てあげることなど造作もない。


 ルイズが立ち上がる。

 「言ってごらんなさい」

 なんで上から目線なの?

 「お前たち、アルビオンに何の用なんだ?」


 「旅行よ」

 「暴力主人から逃げようとしたら捕まって、そのまま連行されたんです」

 ルイズは、腰に手を当てて、毅然とした態度で答えた。ちなみに、片手は俺の脇腹に突き刺さっている。これなら、暴力主人という部分は疑われる余地はないな。


 「トリステイン貴族が、いまどきアルビオンに旅行? いったい、何を見物するつもりだい?」

 「そんなこと、あなたに言う必要は無いわ」

 「だからこそです、内乱中のアルビオンなら、この御主人さまも追ってこないと思ったんですけど、甘かったです。まさか、商船まで乗り込んでくるとは思いませんでした。こうして捕まって、また奴隷の日々の始まりです」


 「そ、そうか…………それは、随分気の毒だな」

 信じてくれた! なんか良い人っぽいぞ!


 男は気の毒そうな顔で皿と水の入ったコップを俺に渡す。俺はそれを暫らく見て、それからルイズの元に持っていった。

 

 「ほら」

 「あんた……ざけてんの?」

 爆発寸前のルイズ。地獄の底から聞こえてきそうな声だった。


 「でもさ、空賊が信じてくれたってことは、そんだけ役にはまってるってことじゃないか?」

 「私が主人で、あんたが奴隷?」

 「そうそう」

 悲しいことだが、はまりすぎている。とりあえず、スープをルイズに進める。

 
 「あんな連中の寄越したスープなんか飲めないわ」
 
 ルイズはそっぽを向いた。よっしゃ! じゃあ俺がいただきぃ!

 「ルイズ。 食べないと、いざって時に体が持たないぞ」

 
 ヒゲ子爵の言葉に、ルイズはしぶしぶといった顔でスープの皿を手に取った。おのれ余計なことを。
 
 3人で1つの皿のスープを飲む。飲み終わって暫らくすると、再びドアが開いた。

 今度来たのは痩せた男だ、極端だなオイ。その男は、じろりと俺達3人を見回すと、楽しそうに口を開いた。

 
 「おめえらは、もしかしてアルビオンの貴族派か?」

 「ただの奴隷です」

 ルイズは答えない。


 「おいおい、だんまりじゃわからねえよ。 でも、そうだったら失礼したな。 俺たちは、貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。 王党派に味方しようとする酔狂な連中がいてな。 そいつらを捕まえる密命を帯びているのさ」

 また無視される俺の言葉。平民無視って事は、もしかしてこいつ貴族なのか?  
 

 「じゃあ、この船はやっぱり、反乱軍の軍艦なのね?」

 「どっちにせよ、奴隷は奴隷ですよね」

 「いやいや、俺たちは雇われているわけじゃねえ。 あくまで対等な関係で協力し合っているのさ。 まあ、おめえらには関係ねえことだがな。 で、どうなんだ? 貴族派なのか? そうだったら、きちんと港まで送ってやるよ」

 つっても、ルイズの性格からして、答えは決まってるよな。

 
 「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。バカ言っちゃいけないわ。わたしは王党派の使いよ。まだ、あんたたちが勝ったわけじゃないんだから、アルビオンは王国だし、正統なる政府は、アルビオンの王室ね。わたしはトリステインを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使ね。だから、大使としての扱いをあんたたちに要求するわ」

 やっぱり、こうなるよな。予想通りの展開に、俺が溜息をつく。


 「なによあんた、文句でもあるの?」

 「いいえ、まったくございません、わたくしめは貴方様の奴隷にございますゆえ」

 もうヤケクソな俺だった。そんな様子を見て、男は笑う。

 
 「正直なのは、確かに美徳だが、お前たち、ただじゃ済まないぞ」

 「あんたたちに嘘をついて頭を下げるぐらいなら、死んだほうがマシよ」

 「わたくしは死にたくありません、御主人さま」

 ルイズは男に面と向かって言いきった。俺もルイズに対して言いきった。


 「頭に報告してくる。その間によく考えるんだな」

 男はそう言って、去っていく。

 
 「は~、相変わらず後先考えないなルイズ」

 「あんたはいっそ死になさい」

 もの凄い呆れた声で言うルイズ。



 暫らくして、先ほどの男がやってきた。

 
 「頭がお呼びだ」

 


 

 狭い通路を通り、細い階段を上り、俺達が連れて行かれた先は、立派な部屋だった。どうやらここが、この空賊船の船長室のようだ。

 扉を開けると、目の前に豪華なディナーテーブルがあり、その上座に頭と呼ばれた男が腰掛けていた。男は大きな水晶のついた杖をいじっている。

 周りには、ガラの悪そうな男たちがニヤニヤと笑って、入ってきた3人を見ている。俺達を連れてきた男が、後ろからルイズをつついた。

 

 「おい、お前たち、頭の前だ。挨拶をしろ」

 しかし、ルイズは頭を睨むだけだった。

 
 「いやー、おっさん、元気かよ、相変わらずブサイクだな」

 一方俺は開き直って言う、こうなったら強気の方がいいだろ。


 「気の強い女は好きだぜ。ついでにガキもな。さてと、名乗りな」

 おお、心が広いな。


 「大使としての扱いを要求するわ」

 「奴隷としての扱いじゃなくて、人間扱いを要求する」

 ルイズは頭の言葉を無視する。

 
 「そうじゃなかったら、一言だってあんたたちになんか口をきくもんですか」

 「もう口きいてる時点で破綻してるけど、それでいいよな」

 頭もルイズの言葉を無視して言った。

 
 「王党派と言ったな?」

 「ええ、言ったわ」

 「なにしに行くんだ? あいつらは、明日にでも消えちまうよ」

 「あんたたちに言うことじゃないわ」

 「無理だよ、こいつは筋金入りの頑固者なんだ」


 「貴族派につく気はないかね? あいつらは、メイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」

 「死んでもイヤよ」

 「俺は死にたくないけど、遠慮しとく」


 ルイズはそれでも断った。

 こいつはこういう奴だ、だから、本音では主人として仕えるのは実は苦痛じゃない。少なくとも学院の他の生徒の大半や、教師や、ヒゲ子爵みたいなのより100倍ましだからな。


 「もう一度言う。 貴族派につく気はないかね?」

 「だから無理だっておっさん、諦めな」

 頭はじろりと俺を睨みつける。鋭い眼光は、人を睨む事を慣れているようだった。


 「貴様は何だ?」

 「さっきからいただろうが、あんたにさっきドン引きされた奴隷だよ」

 「ど、奴隷? トリステインには未だに奴隷制があるのか?」
 
 「ちょっとあんた! トリステインが誤解されそうなこと言ってんじゃないわよ!」

 ルイズに怒られた。


 「わりい、嘘ついた。本当は使い魔で、下僕で、犬で、雑巾で、そして汚物だ」

 「なんか、奴隷の方がましに聞こえるんだが…………」

 頭に憐みの目で見られた。なんか散々だ。


 「まあとにかく、御主人さまがこう言ってる以上、あんたらは俺らの敵だよ。これでも一応使い魔なんで、御主人さまには手を出させねえ」


 俺は左手をポケットに入れて“メリケンサック”をつける。この距離なら俺が速い、頭を人質にとって、ヒゲ子爵の杖を戻させれば何とかなるかも知れない。

 原理はよくわかんねえけど、このルーンは俺の精神状態ともマッチしてる。やる時はどこまでもふてぶてしく、この世に不可能なんてないくらいの気持ちでいかないと。

 って思ってたんだけど。


 「なるほど、これは失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな」

 頭は大声で笑った。


 「本当に気丈なお嬢さんだ。トリステインの貴族そのものだ。もっとも、あの恥知らずの者どもよりは何百倍もマシか。そして、その使い魔も主人に似て剛毅なことだ」


 頭は大声で笑うと、黒髪のカツラを取り、眼帯を外し、付け髭を外す。すると、ものすごい美形の兄さんが現れた。

 美形つったら、ハインツさんも、顔だけならこの人みたいに美形なんだよな、顔だけなら。黙ってれば、何もしなければ、彫像のように静かにしてれば。そんな姿想像できないけど。


 「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……、本国艦隊といっても、既にこの『イーグル』号しか存在しない無力な艦隊だがね。まあ、その肩書よりもこちらの方が通りがいいだろう」

 美形の兄さんは堂々と名乗った。


 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」


 マジで?


 「ほ、本当に、ウェールズ王子、なのですか?」

 ルイズが聞くが、俺も同じ気分だ。

 「ご婦人は逆にまだ信じられぬらしい。ああ、本当だよ。いや、大使殿には真に失礼を致した」

 「なぜ、空賊に扮したりなどと……」

 「なに、今や趨勢を決め、勝ち馬に乗ろうとする各所の援助に事欠かぬ金持ちの反乱軍には、次々と物資が運び込まれる。さて、敵の補給を断つは戦の基本だが、堂々と王軍の旗を掲げては、この『イーグル』号一機だけの王立空軍など、数十倍ある反乱軍の艦に囲まれるだけ」

 そう言ってイタズラっぽく笑う王子サマ。


 「頭を上げてくれ、レディ。僕はそういう貴族の方が好きさ。今や裏方の我々としては裏仕事を否定するつもりもないが、敵と死と裏切りを前にしても引かなかったそのまっすぐな誇りは、とても好ましいものだと思うよ」

 「……お恥ずかしい限りですわ」

 「それで大使殿は、亡国の王子に何の御用かな?」

 「は、トリステイン王国は、アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」


 これはヒゲ子爵。


 「ふむ。姫殿下とな。君たちの名を伺おう」

 「申し遅れました。私は、トリステイン王国魔法衛士、グリフォン隊隊長、ワルド。子爵の位を授けられております」

 で、俺達を紹介していく。


 「こちらが姫殿下より大使の任を仰せつかった、ラ・ヴァリエール公爵嬢。そして、その使い魔の少年にございます」

 「なるほど、君のような立派な貴族があと十人ばかり我が親衛隊にいれば、このような惨めな今日を迎える事もなかったであろうになあ。して、その密書とやらは?」

 今の今まで呆ほうけていたルイズは、慌てて胸のポケットから封書を取り出した。


 「えっと……、皇太子、さま。……ですよね?」

 ん?  と王子サマは首を傾げたが、その内に苦笑を一つした。

 「まあ、先ほどまでの顔を見ているのだから無理もないか。では証拠をお見せしよう、大使どの」

 王子サマは自分の薬指に光っている指輪を外すと、ルイズの手を取って、その指に光る水のルビーへと近づけた。二つの宝石が触れ合うほどに近づいたとき、その間に虹色の光がふわりと浮かんだ。


 「この指輪は、アルビオン王国に伝わる風のルビー。そしてきみがはめているのは、アンリエッタの嵌はめていた水のルビーだ。そうだね?」

 ルイズがこくりと頷いた。

 「水と風は、虹を生む。王家の間に渡された架け橋さ」

 なんかドラクエを思い出すぜ、雨雲の杖と太陽の石だったっけ?

 「大変、失礼をいたしました。――こちらです」


 ルイズは一礼すると、手紙を王子さまに手渡した。王子さまは熱っぽい瞳でその手紙を見つめると、花押に唇を落とした。

 慎重に封を割り、内に綴つづられた文章を読む。


 「……姫は結婚するのか。あの……愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は」


 真剣な顔で手紙を読んでいた王子さまが、顔を上げて尋ねてきた。ヒゲ子爵が無言で頷くことで、それを肯定する。 王子さまはもう一度だけ手紙に目を通し、微笑みながら顔を上げた。


 「あいわかった。私が姫より賜ったあの手紙を返して欲しいという事だね。何より大切な姫からの手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」


 ルイズの顔が輝いた。

 「しかしながら、今、手元には無い。ニューカッスルの城に置いてあるんだ。姫の手紙を、下賎な空賊船に置いておく訳にはいかぬのでね」


 王子様は笑って言った。

 「多少面倒だが、ニューカッスル城までご足労願いたい」




















 雲海の中を進むこと3時間近く。ジグザグした海岸線を進んでいると、大陸から大きく突き出した岬が正面に現れた。ニューカッスルとはこの岬の総称であり、城はその突端で、天高くそびえているそうだ。


 「なぜ、下に潜るのですか?」

 「耳を澄ましてみるといい」


 ヒゲ子爵が尋ねると、王子さまは片手を耳にそえた。そういえば、さっきから雲の中を重低音が響いてるような。


 「これは……、砲撃音?」

 「その通り。ちょうどこれから雲の薄い所に出る。岬の先端の方を見てみるといい」

 王子さまがそう言って指さした方を見れば、そぼろになった雲の隙間から、突端にそびえる流麗な城と、その傍に浮かぶ、城の半分はあろうかというほど巨大な戦艦があった。

 「かつての本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号だ、今は『レキシントン』号と名前を変えている、奴らが初めて我々から勝利をもぎとった戦地の名だ、余程名誉に感じているらしいな」


 遠く雲の切れ間に覗くその巨艦を、興味深く見つめる。ホントに、『デカい』としか表現しようが無いほどデカい。この船の倍ぐらいは軽くありそうだ。

 おまけにその脇腹からは剣山みたいに大砲が突き出ていて、煙を吐いている。さっきの重低音はアレか。

 ついでに上空の方を何かハエみたいな何かが飛び交っているが、あれはなんだろうか?


 「あの忌々しい艦は、空からニューカッスルを封鎖しているのだ。あのように、たまに下りてきては城に大砲をぶっ放していく。備砲は両舷合わせて百八門。おまけに竜騎兵まで積載可能だ。あの艦の反乱から、全てが始まった。因縁の艦だよ」

 そういう間にもイーグル号は雲を更に深く潜り、レキシントン号は雲の彼方へと隠されていった。


「そして、我々の艦があんな化け物を相手に出来るわけもない。そこで雲中を通り、岬の付け根へ向かう。そこに港があるんだ。我々しか知らない、秘密の抜け穴さ」








 イーグル号が大陸の下に入ると、見る間に雲は色を失い、甲板は一気に暗闇に包まれた。

 あちこちに立った兵たちがそれぞれ魔法を唱えて光源を作ってはいるものの、外に気付かれては元も子もないのであまり強い光ではない。

 とはいえ。


 「地形図を頼りに測量と魔法の明かりだけで航海することは王立空軍の航海士にとっては、なに、造作もないことなのだが、貴族派、あいつらは所詮空を知らぬ無粋者さ」

 視界はゼロに等しく、少し測量と確認を怠っただけでも簡単に頭上の大陸に座礁するため、叛乱軍の軍艦は大陸下へ侵入したがらないのだそうな。







 そのまましばらく進んでいると、頬を撫でる雲が、冷たく涼しい雨みたいなものから、どこか湿り気を強く感じるほのぬるい蒸気みたいなものに変わった気がした。

 なんだなんだときょろきょろ辺りを見回せば、王子さまが天を見上げている。俺も上を見てみた。


 雲が無かった。代わりに見えたものは、豆みたいに小さな白い光だ。

 そこに向かって伸びるかなり幅広の縦穴が、船のあちこちから放たれている魔法の光に照らされ、闇の中にぼんやりと浮かび上がっているのがわかる。


 「ひょっとして、これが……港?」

 「その通りだ。といっても、ここは入り口でね。あのずっと上の方に見える光、あそこが『桟橋』さ……、一時停止!」

 「一時停止、アイ・サー!」

 マストを操っていた水兵たちが、王子さまの命令を復唱する。暗闇の中でも普段の動作を失わない水兵たちによって、イーグル号は風に帆を逆らわせられて減速する。

 そうして帆は瞬く間に畳まれ、イーグル号はぴたりと穴のど真ん中で静止した。


 「微速上昇」

 「微速上昇、アイ・サー」

 ゆるゆるとイーグル号は縦穴を昇り始めた。その下には、イーグル号の航空士が乗り込み誘導するマリー・ガラント号が続いている。


 「まるで空賊ですな、殿下」

 「まさに空賊なのだよ、子爵」

 一番上に見えていた光がぐんぐんと大きく、眩しくなって、やがてそのあまりの眩さに、咄嗟に目を庇った。





 眩しさは光量の差による一過性のものだ。暗闇の中で突然じわりと目を開けてみれば、そこは既に『桟橋』だった。一面ぼんやりとした真白い光を放つコケに覆われていて、天井と床の間には真ん中がくびれた柱みたいな岩がある。

 どうやらここは、巨大な鍾乳洞の中らしい。

 高さを合わせたイーグル号が岸壁から突き出た木製の桟橋へと近づくと、桟橋の上から一斉にもやいの縄が宙を舞った。水兵たちがその縄をイーグル号に結えつけると、岸壁にいた多くの水兵たちによって、イーグル号は引き寄せられた。

 車輪つきの木製のタラップがガラゴロと近づき、凧フネにぴったりと取りつけられる。イーグル号に続いて現れたマリー・ガラント号に縄が飛ぶ中、俺たちは王子さまに促され、イーグル号から降りた。

 すると一人の爺さんが近づいてきた。

 爺さんは二隻の凧フネの方を見ると顔を綻ほころばせ、王子さまの労をねぎらいだした。


 「ほほ、これはまた、たいした戦果ですな。殿下」

 「喜べ、パリー。中身は硫黄だ!」

 辺りに集まっていた兵隊たちから、口々に大きな歓喜の声が上がる。


 「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではありませぬか!これなれば、我らの名誉も守りぬくことが出来ましょうぞ!」

 感極まりすぎたのか、パリーと呼ばれた爺さんは、おいおいと泣き始めた。


 「先の陛下よりお仕えして六十年、これほど嬉しい日は初めてですぞ、殿下。叛乱よりこちら、我々は苦汁を舐めつづける毎日でしたが、これだけの硫黄があるのなら……」

 「ああ。王家の誇りと名誉を叛徒どもに示しながら、敗北することが出来るだろう」

 王子さまは、笑ってそう言った。


 「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ。して、ご報告が一つございます。叛徒どもは明日正午より、攻城を開始するとの旨を伝えてまいりました。殿下が間に合って、よかったですわい」


 「してみると間一髪とはまさにこのことか! 戦に間に合わぬはこれ、武人の恥だからな!」

 王子さまたちは、心の底から、楽しそうに笑い合っていた。けど、僅かにその表情が曇った。


 「しかし、一つだけ気になることがあるのです」

 「………あの男か?」

 あの男?


 「はい、奴が今回の決戦には参戦しておらぬらしいのです。それだけではなく、ロンディニウムにもおらず、どこにも姿が見えぬとか、兵の指揮権自体は叛徒の諸侯共に渡されているそうなのですが……」


 「奴が、アルビオン王家に止めを刺すこの決戦に参戦していない? そんなことが?」

 「はい、ですので、万が一の用心は必要かと」

 「そうだな、心に留めておこう」

 王子様の顔はかなり深刻そうだった。


 「して、そちらの方たちは?」

 「トリステインからの大使どのだ。重要な用件で、王国に参られたのだよ」

 パリーの爺さんは目を丸くして驚いた表情を見せたが、すぐに先ほどまでの様に表情を改めた。

 「これはこれは大使殿。わたくし殿下の侍従を仰せつかっております、パリーでございまする。遠路遙々、ようこそアルビオン王国へ。戦時の身ゆえに大したおもてなしは出来ませぬが、今宵はささやかな祝宴が催されます。是非ともご出席くださいませ」







[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十六話 戦う理由
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/16 16:02

 俺達は王子様たちが立て籠るニューカッスル城に到着し、ようやく任務も達成できそう。

 つっても、俺がやったことなんてほとんどないんだけど。

 で、現在王子様の案内でその手紙ってのを取りに向かっている。





第十六話    戦う理由




■■■   side:才人   ■■■



ルイズと俺はウェールズ王子に付き従い、彼の部屋までやってきていた。城の一番高い天守の一角にある彼の部屋は、とても王子の部屋とは思えないほど質素だった。

 木でできた粗末なベッドに、椅子とテーブルが1組。壁には戦の様子を描いたタペストリーが1枚飾られている。

 まあ、追い詰められてんだもんな、豪華な調度品なんてもってこないか。それ以前に、ウェールズ王子の人となりから考えると、そんなのよりも軍用品の方を持ち出しそうだ。

 そういった点でこの人、少しハインツさんと似た印象を受ける。

 ルイズの幼馴染の王女様には、なんかこう、高貴なるオーラが出ていた。ウェールズ王子にはそれもあるけど、それ以上に人の上に立つ者の雰囲気、みたいなものがある。

 表現しにくいけど、この人のために戦いたい、この人の為なら死ねる、そんな風に自然に思えるような、カリスマとでもいうべきものを感じるんだ。

 あの王女様にはそういう感じはしなかったな、王女様のわがままで死地に送られるなんていやだし。


 でも、ハインツさんはもっと違ったな。あの人は、なんでもやるって感じだ。ハインツさんと一緒に戦うなら、神様にだって勝てる気がしてくる。

 ま、それはともかく。


 ウェールズ王子は椅子に腰をかけると、机の引き出しから宝石の散りばめられた小箱を取り出すと、首からネックレスを外す。

 よく見るとネックレスの先端の部分に鍵がついている。

 そして、鍵を差し込み小箱を開ける。

 箱の内側にはあの王女様の肖像画が描かれていた。


 ルイズがそれを覗き込んでいるのに気がついたウェールズ王子がはにかみながら答えた。

 「宝箱でね」

 箱の中には1通の手紙が入っていた。ウェールズ王子はその手紙を取り出し、再びそれに目を通す。何度も読んでいたらしく、手紙はすでにボロボロになっていた。

 読み終えるとウェールズ王子は丁寧にたたみ、手紙を封筒に入れてルイズに手渡す。


 「これが姫からいただいた手紙だ。 このとおり、確かに返却したぞ」

 「ありがとうございます」

 ルイズは深々と頭を下げて、その手紙を受け取った。これにて、任務完了ってわけだ。


 「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここを出港する。 それに乗ってトリスティンに帰りなさい」

 ルイズは暫らく手紙を見て、そして何かを決心したかのように口を開いた。


 「あの、殿下……。さきほど、栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目は無いのですか?」

 それは、俺も気になってたんだよな。ここの人達は、絶対に勝つぞ! とか、一回も言ってない。ルイズの躊躇うような問いに、ウェールズ王子はあっさりと答えた。

 

 「無いよ。 我が軍は三百、敵軍は五万。万に一つの可能性も無い。我々にできることは、勇猛果敢な死に様を連中に見せることだけだ」

 その王子様の言葉にルイズはぐっ、と俯いた。


 「殿下の討ち死になさる様も、その中に含まれるのですか?」

 「当然だ。私は真っ先に死ぬ心算だよ」

 “だが、それは困るんだ、ウェールズ王子、貴方も新世界に必要不可欠な人材なのだから”

 !?

 何だ? ハインツさんの声がした? でもありえねえよな、だってここ、アルビオンだぜ?


 「殿下……、失礼をお許し下さい。恐れながら、申し上げたい事がございます」


 「なんなりと、申してみよ」

 
 「この任務を仰せつけられた時の姫様のご様子は、尋常ではございませんでした。そう、まるで恋人の身を案じているような……。それに、先ほど殿下の宝箱の内側には姫様の肖像画が描かれていました。手紙をご覧になっている際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや、姫様と殿下は……」

 ウェールズ王子は、ルイズの言いたい事を察し、微笑みながら口を開いた。

 「君は、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」

 ルイズはコクリと頷く。王女様との付き合いが長いこいつには、中身を読まなくても分かっていたのか。

 
 「そう想像しました。とんだご無礼をお許し下さい。しかし、そうするとこの手紙の内容は……」

 
 “サイト、彼らの覚悟を見届けろ。そして、生きるということの意味を知れ”

 また、ハインツさんの声がしたような気がする。一体何だ?


 「恋文だよ。君の想像しているものさ。それはアンリエッタが始祖ブリミルの名に永遠の愛を誓ったものだ。知っているように、始祖に誓う愛は婚姻のときでなくてはならぬ。それが貴族派の連中の手に渡り、ゲルマニアの皇帝に知られたら彼女は重婚の罪に問われる。そうなれば、ゲルマニアとトリステインの同盟は白紙となり、トリステイン1国であの恐ろしい貴族派連中と戦わねばならぬだろう」

 「とにかく、姫様は殿下と恋仲であらせられたのですね?」

 声は、もうしない、いったい何だったんだ?


 「昔の話だ」

 「殿下、亡命なさいませ! トリステインに亡命なさいませ! お願いでございます!」

 ルイズの声は必死だ。親友である王女様の為になんとか説得しようとしている。

 「それはできんよ」

 ウェールズ王子は笑いながら言った。これはきっと、なにかを割り切った人が見せる笑顔だ。

 「殿下、これはわたくしの願いではございませぬ!姫様の願いでございます!姫様の手紙には、そう書かれておりませんでしたか? わたくしは幼き頃、恐れ多くも姫様のお遊び相手を務めさせていただきました!姫様の気性は大変よく存じております!あの姫様がご自分の愛した人を見捨てる筈がございません!おっしゃってくださいな、殿下!姫様は、たぶん手紙の末尾であなたに亡命をお勧めになっている筈ですわ!」


 それでも、ウェールズ王子は首を横に振る。この人の気持ちはもう決まってるんだろう。

 「そのようなことは、1行も書かれていない」

 「殿下!」

 それでもルイズはウェールズ王子に詰め寄る。その様子は説得っていうより懇願だった。

 
 「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と私の名誉に誓って言うが、ただの1行たりとも私に亡命を勧めるような文句は書かれていない」

 ウェールズ王子は苦しそうに言った。その様子から、ルイズの指摘が当たっていたことがうかがえる。多分、彼自身が自分に言い聞かせていることなんだろう。


 「アンリエッタは王女だ。自分の都合を国の大事に優先させる訳が無い」

 でも、その一言には、とんでもない重みがあった。


 この人は、国を背負ってる、多くの人々の命を、背中に背負ってるんだ。

 
 「君は正直な女の子だな。ラ・ヴァリエール嬢。正直で、真っ直ぐで、いい目をしている」

 ルイズは、寂しそうに俯いた。ルイズにも王子様の説得は無理なのが分かったんだろう、ひょっとしたら最初から分かっていたかも知れないけど。

 
 「忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりなさい」

 ウェールズ王子は優しげに微笑んだ。 ………なんで、今の状態でこんな風に笑えるんだろう?


 「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰よりも正直だからね。なぜなら、名誉以外に守るものが他には無いのだから……。そろそろ、パーティーの時間だ。君達は我らの王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい」 

 その言葉を尻目に、俺達は部屋から出た。だけどヒゲ子爵だけはなぜか残ってた。














 そうして、今は、ウェールズ王子が言ったパーティの真っ最中。

 先ほど見つけた玉座には、豪奢ごうしゃなガウンを羽織り、冠を白い頭に載せた、年老いた王さま――ジェームズ一世――が腰掛け、ホールに集まった臣下たちを、目を細めて柔らかく見守っていた。

 明日には我々は敗北すると、あのウェールズ王子は言っていた。だのに、今のこのホールは、随分ときらびやかだ。


 王党派の貴族や将兵たちは、華々しく着飾っている。数多く並ぶ円卓には、篭城中とは思えぬほどの量のごちそうが並んでいる。

 俺たち大使組は、一歩引いたところからこの祝宴を眺めていた。


 「明日は決戦だって言うのに、えらく華やかだな」

 「明日で終わりだからこそ、ああも明るく振舞っているのだ」

 俺が呟くと、ヒゲ子爵がそう頷いて返してきた。つまり本当に、この人たちにはもう勝つ気がないんだ。

 生き残るつもりが、ないんだ。


 平和な土地で暮らしてきた俺に、それがどんな心持ちなのかを悟る術はない。


 “サイト、彼らの覚悟を見届けろ。そして、生きるということの意味を知れ”

 なぜか、そんな言葉が思い出される。


 “生きる”か。日本でただ漫然と過ごしていた頃は、考えたこともなかったな。


 俺とヒゲ子爵が言葉を交わしてすぐ、ウェールズ王子は会場に姿を見せた。貴婦人たちのみならず、男の貴族や将たちからも歓声が飛ぶ辺りを見るに、若く凛々しい王子さまは、随分と好かれているようだ。

 彼は玉座に近づくと、王さまに何かを耳打ちした。そしてウェールズ王子が顔を上げると同時に、王さまは力強く立ち上がる。

 はずだったのだが。


 王さまは少々勢いをつけすぎたのか、危うくそのまま前のめりに倒れかけた。見渡せる限りのあちこちから、嫌味の無い失笑が沸いた。

 「陛下! お倒れになるのはまだ早いですぞ!」

 「そうですとも、我らが旗頭!せめて明日まではお立ちになってもらわねば、我々が困る!」

 そんな野次も飛ぶ中、それを気にした様子も無い王さまは、にかっと口端を吊り上げた。


 「あいや各々方。座っていて、ちと足が痺れただけじゃ」

 ウェールズ王子がそんな王様に寄り添い、体を支え、王さまは空咳を一つ。それだけで、ホール中の貴族、貴婦人、将兵たちの気配が変わり、全員が直立した。


 「諸君。忠勇なる臣下の諸君。この無能な王に、諸君らはよく従い、よく戦ってくれた。その功労によって、いよいよ明日、我々は叛乱軍『レコン・キスタ』の総攻撃を迎えるに至ったわけじゃ。しかしながら、これはもはや戦いではなく、一方的な虐殺となることは目に見えて明らかじゃ。余は忠勇な諸君らが、そのような兇刃によって傷つき、たおれるのを見るに忍びない」

 王さまは居並ぶ臣下たちを慈しみの目で見渡しながらそう言い、また空咳を一つついて続ける。


 「朕は、諸侯らに暇を与える。この負け戦、よくぞこの王に付き従ってくれた。厚く礼を申そう。明朝、巡洋艦イーグル号は、女子供を乗せてここを離れる。諸君らはこの艦に乗り、これを護衛せよ」

 そう王さまが締めくくるが、その命令に承諾を返すものは一人も居なかった。代わりに返されたのは、一人の年若い貴族の声。


 「陛下! 我ら、今宵は美味い酒の所為で、いささか耳が遠くなっております!『進撃せよ! 進撃せよ! 進撃せよ!!』はて、それ以外の命令が耳に届きませぬ!」

 そしてそれに応えたのは、俺たち以外の、ホールに集まったアルビオンの人々。

 「おやおや。今の陛下のお言葉はどこの異国の呟きだ?」

 「耄碌するには早いですぞ! 陛下!」

 そんな勇ましい叫びにつられ、ホール中がどっと笑い声に満たされた。王さまは彼らを眺めやり、目頭を軽く拭うと、再びにかっと、だが今度は覇気のある笑みを浮かべると、高く杖を掲げた。

 「よかろう、死にたがりども! しからば、この王に続くがよい!諸君! 今宵は良き日なるかな!雲一つ無き空も、駆け抜ける風も、重なりし月も、始祖ブリミルよりの祝福のしらべである!よく飲み、よく食べ、よく踊り! 楽しもうではないか!」

 その声が終わると共に、辺りは喧騒に包まれる。





 俺は、憂鬱だった。

 先ほどから俺たちの所には、代わる代わるアルビオンの貴族たちがやって来て、声を掛けてくる。


「大使どの! このワインを試されなされ! お国のものより上等と思いますぞ!」

 と酒瓶掲げて酌をしてくる白の口ヒゲをたくわえたおっさんとか。


「なに! いかん! そのような物をお出ししては、アルビオンの恥と申すもの!この蜜が塗られたトリを食してごらんなさい! 美味くて、頬が落ちますぞ!」

 と骨付き肉を大盛りにした大皿を抱えて迫ってくる若い貴族とか。

 その多くは、心の底から楽しそうに笑い、アルビオン万歳! と叫んで立ち去っていくのだ。



 悲嘆や愚痴の一つもこぼしてくれれば、まだよかったんだけどな。

 この人達は、皆、屈託も無く笑い合っている。こんな団欒とした風景が、明日には二度と訪れなくなってしまうかもしれないのに。一度そう感じてしまうと、胸がやけに痛くなった。

 締め付けられるような痛みが、途絶えることなく良心を襲ってくる。ルイズはそんな痛みに耐え切れなかったのか、首を振って外へ出て行ってしまった。

 まあ、ヒゲ子爵が追いかけていったから大丈夫だとは思うけど。



 “大丈夫、いずれ再会できる時が来る。我等が主君の脚本は悲劇ではないのだから”





 また……声がした。ここに、ハインツさんはいないはず、だよな?


 “お前は主役だ、存分に動け。最後には、ハッピーエンドが待っている”


 でも、この声を聞いていると、不思議と安心できた。根拠は何も無いんだが、世界中の皆が、自分が出来ることを全力でやれば………

 世の中で、ひっくり返せないことなんてないんじゃないかと、そんな気分がしてくる。



 だから、よく見てみることにした。

 ここの人達は、死ぬ覚悟をしてるんだろう、でも、死にたいわけじゃないはずだ。生きたいはずだ、けど、勇敢に戦って死のうとしてる。

 その理由は何なんだろう? その魂は、どこから来るんだろう?

 そんなことを考えていると。


 「やあ、楽しんでいるかな?」

 いつのまにかウェールズ王子がやって来ていた。


 「あ、王子様」


 「いや、随分と熱心に我等を見ていたようだね、昔の自分を思い出したよ。私も君のように、軍の訓練を見学し、重臣達の話を必死になって聞いていた、その姿を心に刻みつけようと一生懸命だったものだ。だから、きみと一度、一対一で話をしたくなってね。ラ・ヴァリエール嬢の使い魔の少年よ。きみの名前を、教えてくれないか?」

 ……まさか、王子さま直々に名前を訊かれる日が来るとは思わなかった。


 「才人。平賀才人です」

 「ふむ、人が使い魔というのも驚いたが、姓名もまた珍しいね。それに、その黒髪も、君はトリステイン人ではないのだろう?」

 「はい、俺は東方出身です」

 “ルーンマスター”はともかく、人を使い魔にするのは珍しいみたいだ。


 「それほど遠くからか、さぞや大変だろう、向こうはハルケギニアと大きく文化が異なると聞く」

 「そうですね、こっちに来て、色んなことが違ってびっくりしました」

 でも、一番驚いているのは今かもしれない。人間が死ぬと分かっていて笑えるものだなんて、考えたことも無かった。

 すると、王子さまは心配そうに顔を覗きこんできた。


 「浮かない顔だね。気分でも悪いのかな?」

 いえ、どっちかっていうと気分が悪いと言うよりは悲しくなってます。雰囲気にあてられたのかはわかりませんが。


 「……失礼ですけど、いくらか質問いいですか?」

 「ん? ああ、なんなりと聞いてくれ」

 それはどうも。じゃあ、気になってたことからいきます。


 「死ぬのは、怖くないんですか?」

 「私達を案じてくれるか、きみは優しい少年だな」


 俺とウェールズ王子はあんまし離れていないと思うんだけど、もの凄い差があるような気がする。

 多分、覚悟の差、いや、人生の差か。

 俺は生きることや人生を自覚したことなんてない、“中学生”とか“高校生”とかって感じで、なあなあで生きてた。でも、この人は、ずっと国を背負う覚悟を持って生きて来たんだろう。


 「俺だったら怖いです。明日、死ななくちゃいけない戦いに出かける前の日に、そんな風に笑えるとは思えません」

 「そりゃあ怖いさ。死ぬのが怖くない人間がいたら、是非会ってみたいものだ。どうすれば怖くなくなるのか、その秘訣を訊いてみたいね」

「なら、どうして?」

 そんな風に笑えるんだろう?


「守るべきものがある。守りたいものが、そこにいるからだ。その重みこそが、一時ながらも死の恐怖を忘れさせてくれる」

 少し、どきりとした。


 「何を守るんですか? 名誉や誇りじゃありませんよね、そんなもののためだけに死ぬなんて、馬鹿げてます。そんなのを大事だって言う奴らは、大抵が人間として尊敬できない連中でした。けど、貴方達は違うと思うんです」

 学院の連中とか、教師とか、ヒゲ子爵とか、そんなのとはここの人達は違う。

 そんな、何にもならないもののために死ぬわけがない。


 「そう言ってくれるのは嬉しいな、確かに、名誉や誇りは大事だが、それだけのために死ぬなど、馬鹿げているかもしれない。まあ、ロマリアの聖堂騎士などには、そういう者達もいるかもしれないが」

 王子さまはそう言うと、遠くを見るような目で語り始めた。

 「我々の敵である貴族派、『レコン・キスタ』の目的を、きみは知っているかい?」

 俺は首を横にふる。反乱軍だってことしか知らない。


 「この大陸、ハルケギニアの統一さ。その為に、“聖地”を取り戻すという理想まで持ち出してな」

 ……えーと。


 「要するに世界征服、ってことですか?」

 「そう、その通りだ。実に的を得ている」

 じゃあ、どうして?

 「あやつらは、『レコン・キスタ』は、そのために流される民草の血のことを考えぬ。荒廃を辿るであろう、国土のことを考えぬ。理想ばかりを見据え、己が何の上に立っているかを考えぬのだ」

 「……その為に、あなたたちは命を捨てるんですか?」

 「その通り。少なくとも、私と父はそうなのだ。民を思い、民につくす。それが、民に生かされる王家に生まれたものの宿星なのだ。此度のことも、内憂を払えぬ王族に、最後に課せられた義務なのだよ」


 ……わからない。

 でも、ウェールズ王子には愛している人がいて、その人もウェールズ王子のことを愛してる。その人のために生きることも義務なんじゃないのか?

 だって、残された方は、悲しみにくれるし、最悪、復讐に狂うかもしれない。


 「……俺にはわかりません。でも王子さまは……、あのお姫さまからの手紙を読んでも、それでも行くんですか?亡命してくれって、書いてあったんですよね?」


 ウェールズ王子が、軽く苦笑して口を開いた。

 「参ったな、きみにも見抜かれてしまっていたか。……答えは、是だ」

 ――お姫さまから王子さまへの、恋文の回収。それが、今回の任務だったんだから。


 「守りたいがために、知らぬ振りをせねばならぬ時がある。――愛するが故に、身を引かねばならぬときがあるのだ」

 「……でも。……それでも……」

 言葉が、上手く出てこない。視界が滲んでくる。


 「そうだな、少し長い話になるし、難しい話にもなる。だが、私もまた誰かに話しておきたいのかもしれな。、ここに残っている者ならば知らぬ者はいない、忘れることも出来ないことなのだから」


 そう、ウェールズ王子は切り出した。



 「聞いてくれるかな?」

 俺は、その問いに。


 「はい、承りました」

 直立して答えていた。



 「そもそもの始まりは、一人の男だ。ある男がもう一人の男と手を組み、我がアルビオン王家に反旗をひるがえした。この反乱は、たった二人の男から始まったものなのだ」


 「二人!? たった二人でですか!」

 俺は仰天した。たった2人で、こんなことを、反乱なんてこと始めたなんて信じられない。


 「そう、それに片方はいわば神輿だ。“虚無”の力を操り、死者を蘇らせる力を持っているとは聞くが、そこは噂でしかない、このハルケギニアには我々の魔法だけではなく、他にも様々な魔法や技術が存在する。故に、その力が“虚無”である保証はないのだ」

 「その、神輿というのは?」

 「オリヴァー・クロムウェル。元は一介の司教であった男だが、今は貴族連盟『レコン・キスタ』の盟主となっている。この男が貴族議会の中心であることは間違いない。多くの封建貴族が王政府に背いたが、その意思を束ねるには必ず、王権に代わる代替物が必要だ」

 「それが、“虚無”ってやつですか?」

 「そう、信仰を元にした結束ならば、それはロマリア連合皇国と変わらない。“聖地奪還”を大義に掲げる部分も似たようなものだ。いずれは内部分裂を起こし、瓦解してしまう。人間の心は移ろうもの、今はクロムウェルを信じていても時間が経てば疑い出すものだ。だからこそ、王権というものは強固なのだ、6000年続いたという事実そのものが、支配者として君臨する正統性を与えている」

 でも、今その王権は滅びようとしている、それは。


 「それを、覆した奴がいるんですか?」

 それはきっと、力づくで。


 「『レコン・キスタ』軍総司令官、ゲイルノート・ガスパール。この男が全ての始まりだ。かつて、私の父も私自身も、単騎で現れたあの男と対峙し、命を奪われかけたことがある。内乱が始まるおよそ1年半前、今から3年半近く前になるか」

 「一人……たった一人でやったんですか!?」

 「そうだ、誰の力も借りず、単独でハヴィランド宮殿に侵入、いや、強襲し、謁見の間にたどり着き父の王冠を奪った。そして、奴を見つけ出し仕留めるための捜索隊が組まれ、私がその指揮にあたったのだが、そこにも奴は現われた。私は戦ったがあっさり破れ、杖を奪われてしまった。アルビオン王家の誇りはたった一人によって砕かれたのさ」

 とんでもない話だった。一人で王宮を襲撃して、王冠を奪う? まるで、逆英雄譚だ。


 「そして、2年ほど前、奴がクロムウェルを神輿にして王政府に不満を持つ貴族を糾合し、『レコン・キスタ』という組織を立ち上げた。先程『レコン・キスタ』の目的は大陸ハルケギニアの統一、その為に、“聖地”を取り戻すことだといったが、それはあくまでお題目に過ぎない。全ては、その男の野心一つによるものだ」

 「じゃあ、世界征服って……」

 「世界征服が目的なんだ、“聖地奪還”はその後付けに過ぎない。“無能な王権を打倒し、有力な貴族による合議制による新たな国家を立ち上げる。そして、ハルケギニアは統一される”それが『レコン・キスタ』の大義だ。アルビオン王家を滅ぼすことも、奴の覇道の第一歩、通過点に過ぎない。そして、戦火は際限なく広がっていく」


 「そいつが、トリステインに侵攻してくる、ってことですか?」

 そんなとんでもない奴が、ルイズたちの国に攻めてくるのか。


 「そうなるだろう、何しろ、奴が掲げる制度はハルケギニアの諸王国とは根幹から相容れない。貴族と平民、これこそがこれまでの国家を支えた在り方だった。しかし、奴のそれは異なる」

 「それはいったい何ですか?」

 「有能な者、無能な者、この二つだ。有能な者は支配階級として君臨する。無能な者は被支配階級として従属する。そして、世襲というものを認めない、あくまで個人の実力のみが試される。それが、奴が掲げる共和制だ」

 それって、共和制っていうのか?完全な独裁制に聞こえるんだけど……


 「それって、あの、ゲルマニアとも違うんですか?」

 「違う、あの国も平民が貴族になることが可能だが、あくまで“世襲によって支配階級として君臨する地位”を金で買うに過ぎない。『レコン・キスタ』は“支配階級として君臨するのは己の実力によってのみ”だ。どこまでも個人の実力のみが試される、力の無い者は従属するしかない、そして、戦争はどこまでも広がって行く。仮に“聖地”を奪還し、ハルケギニア統一を成したとしても、今度はきみの故郷である東方まで侵攻しようとするだろう」

 なんていう野郎だ、野心家なんてレベルじゃない。

 でも…


 「それって、アルビオンの貴族と対立しないんですか?」

 そいつにとって、例外はないってことだよな。だから貴族連合なんてものとそいつが一緒にいることは、おかしいんじゃないか?


 「現に対立しているようだ、そして、圧倒的に奴が強い。ゲイルノート・ガスパールを頂点とした傭兵軍や士官によって構成された部隊は諸侯軍とは錬度が比較にならない。既に何人もの封建貴族が奴に処刑されているのだ。つまり、王権の時代よりも中央の権限が強化されている」

 「何もかも、力ずくで、ってことですか?」


 「ああ、奴の大義は呆れるほど簡単だ。始祖が遺した王権よりも、自分の方が強いから事を成す、それだけだ。だから、奴を止めるには戦争で勝つしかないのだが、奴は『軍神』と呼ばれる男、戦争の具現のような男なのだ。情けない限りだが、奴が出陣した戦場において、我等が勝利を収めたことは一度もない。諸侯軍相手に勝利したことは一度となくあるが、奴が本隊を率いて進軍してきたらそれまで、我が軍は悉く打ち負かされた」


 「一度も、勝てなかったんですか……」

 そんな男が、今度はトリステインを狙っている。俺が一月いたあの国を狙っている、戦いを起こそうとしている。


 「だからこそ、我々は戦わねばならない。あの男には妥協など一切通用しない、殺すか殺されるか、滅ぼすか滅ぼされるか、その二択だ。結果、我々は破れ、ここに追い詰められている」

 そういったウェールズ王子の顔には、確かに悔しさが浮かんでいた。ぎりっ、と奥歯をかみ締めるた様な音が響く。


 「でも、それなら、ウェールズ王子がトリステインに亡命しても、変わらないんじゃないですか?」

 「いいや、それは違うよ。君の主人が私の部下に言った言葉がある。『わたしは王党派の使いだ。まだ貴族派の勝利がきまったわけではないのだから、アルビオンは王国であり、正統なる政府はアルビオンの王室である』と、私の亡命を認めるということは、国際関係においてそう宣言することと同義だ。つまり、この戦いの後に誕生する新政府を正統な政権と認めないということ、当然、どのような平和的な条約も結べなくなり、交渉そのものが不可能となる」


 「…………」

 難しくてよくわかんらなかったけど、平和的な解決法がなくなっちまう。それどころか、相手を滅ぼすまで戦い続けるしかなくなるってことなんだ。

 あれか、軍部がクーデターをおこして王様を殺したとして、その子供を他国が匿うなら、その政権を国連が認めないってやつ。

 確か、ミャンマーとかがそんな感じだったような、そうでないような気がするけど……って、そんなのは今は関係ない、そんなことよりも。


 「でも、そいつなら、結局いつかは攻めてくるんじゃないですか?」

 「それは間違いない、だが、“いつか”でなければならない、“今すぐ”ではいけないのだよ。まだトリステインとゲルマニアの間に軍事同盟は締結されていない。今ここで私が生き残ってしまえば、『レコン・キスタ』はその首を求めてどこまでも攻めてくる。『レコン・キスタ』と戦う上で、私は生きる大義名分だ、私が生きている限り、彼らは自らを正統な政府と名乗ることが出来ない」

 「なぜですか?」

 「民が動揺するからさ、そしてなにより、貴族共の自身の心だ。彼らはこれまで王権に縋って生きてきた。何か問題が起こっても最終的な責任は王家のものだった。しかし、それを打倒して自分達が支配者となった以上、今度は打倒される危険を孕む。その状態で私が生きていれば、他国が私を擁して攻めてくるのではないかという疑念に捕われ続けることになる。あの臆病者の貴族共にそれに耐えることなど出来ないだろう」

 臆病者、貴族連合をウェールズ王子はそう言い切った。


 「だが、そんなものを気にしない男がいる。今はまだ奴の権力も完璧ではなく、アルビオンを完全に掌握するのには時間がかかる筈だ。その間にトリステインとゲルマニアは同盟を結び、侵攻に対する備えをすることが可能になる。だが、私を殺すためならば、日和見の貴族達もそのまま侵攻するだろう。本音をいえば王党派から奪った土地で満足したいかもしれないが、私が生きていれば常に命ごと失う危険が付きまとう。それに、彼らの弱い心は耐えられない」

 そう、ウェールズ王子は言った。


 「でも、その弱い奴らもいずれはゲイルノート・ガスパールって奴に滅ぼされて、アルビオンは強力な政府になって、トリステインに侵攻してくるってことですか?」

 「間違いなく、故に、我々に出来ることは友軍のために時間を稼ぐことだ。我々が勝てなかった以上、誰かがあの男を止めなければならない。トリステイン、ゲルマニア、ガリアのいずれかに託すしかないのだ、ロマリアでは無理だろうからね。だからこそ、私がトリステインに亡命することは出来ない、してはいけない。その瞬間、『レコン・キスタ』の封建貴族はこのままトリステインに侵攻することを決意するだろう」


 「それじゃあ…………どうしようもないじゃないですか」

 ウェールズ王子が生きてたら、『レコン・キスタ』を滅ぼす大義名分になる。けど、だからこそ、『レコン・キスタ』の貴族が一つに纏まって、トリステインにそのまま攻めてくる理由になっちまう。

 でも、いずれは、ゲイルノート・ガスパールって奴が無能で臆病者な貴族を殺して、有能な貴族とか軍人ばっかで固めた軍隊を率いて攻めてくるってことだ。

 その野郎を倒さない限り、ウェールズ王子には生きる道がない、そして今、敗北して追い詰められてる。


 「この戦いの前ならば、私は亡命を決意したかもしれない。だが、戦争はどこまでも無慈悲だ、厳しい現実だけが突き付けられる。私は、それを学ぶことになった」

 「それは?」

 「残される人の気持ちを考えないだの、愛する者のために生き残るだの、そういった女子供の夢物語は、あの戦争の具現のような男によって粉砕されるということだ。私はアンリエッタを愛している、が、愛に縋って戦争から逃げるような真似をしても、あの男からは逃げられない、立ち向かうしかないのだ。亡命したところで、トリステインごと滅ぼされるだけなのだから」

 その言葉には、その男と2年間、戦い続けてきた重みがあった。



 「我々はここで死ぬ。次にあの男の標的になるのはトリステインだ、友軍のためになんとしても時間を稼がねばならない。内優を払えず、あの男をアルビオンからハルケギニアに解き放ってしまうことになる、無力なアルビオン王家の最後の義務だ。それから逃げることだけは私には出来ない、いや、したくないんだ」


 ウェールズ王子の言葉は力強い響きを伴っていた。勇敢に戦って、可能な限り大きい損害を与えて、ここで死ぬこと。

 それが、ウェールズ王子がトリステインの王女様に出来る最善のことで、同時に、アルビオン王家の義務でもある。

 それが………王家というものなんだ。


 「その思いは私も臣下達も変わらない。ここに残った者達は全員その覚悟をしている。まあ、どんなに覚悟があろうとも貴婦人達に戦わせるわけにはいかぬがね」

 そう言って笑うウェールズ王子。確か、非戦闘員は『イーグル』号で脱出するんだったよな。


 「本当に、立派な人達だと思います」

 これは心の底から思える。

 ルイズがよく言う“立派な貴族”ってのはこの人達のことを指すんだろう。


 だけど、ウェールズ王子は苦笑いを浮かべた。


 「そう言ってくれるのは嬉しいよ、しかし、もう一つ忘れてはならない事実もある」

 「忘れてはいけないこと?」

 一体何だろう。


 「確かに、ここに残った者達は勇者といえるのかもしれない。だが、それは全て法衣貴族なのだ。領地を持つ封建貴族は悉く王家を離れた。そして、最後まで王家に従った平民は一人もいない」


 「!」

 そういえばそうだ。この城には俺以外誰も平民がいない。残ってる非戦闘員の人達も貴族の家族がほとんどで、シエスタやマルトーさんみたいな人達は僅かにいるけど、彼らも戦闘員じゃない。

 貴族と共に命を懸けて戦うために残った平民は一人もいないんだ。

 「だが、それもいたしかたないことだ。これまで我々アルビオン王家が支配者の椅子に座り続けてきたが、それが平民にとって良かったことだったとは言いきれない。君もハルケギニアに来てから聞いたことはないか? 貴族の一存によって平民がその人生を左右されてしまうという現実を」


 「それは………」

 モット伯って奴のことだろうか。トリステインではああいう奴も別に珍しくもなんともないらしいけど、アルビオンでも同じだったんだ。


 「そういった虐げられてきた者達からすれば、あの男は紛れもない英雄だ。神も王家も彼らを守らなかった。しかし、あの男は実力によってそれらを覆した。それはあくまで己の野心のために民衆を利用したのが、彼らにとっては現状が変わるならば、魂を売る相手は神であろうが悪魔であろうが構わないのだろう」

 そうかもしれない、けど。


 「でも、大半の平民はそうじゃないですよね。多分、どっちでもいいというのが本音だと思いますけど」

 「そう、それ以前に、多くの平民にはそのような事柄を知る機会がなく、術もない。君は確かに魔法は使えないようだが、その考え方は教養がある人間のそれだ。貴族と平民の大きな違いにそれがある。知識を持つこと、字の読み書きなどは最たる例だが、我々王家はそれを平民に与えてこなかった。その方が統治しやすく、あえて変える必要もなかったからだ」

 「でも、それが破られたんですね」

 たった一人の修羅によって。


 「ああ、実に皮肉な話ではあるのだよ。貴族が平民を支配するために知識や知恵を与えなかったことが、あの男やクロムウェルが民衆を容易く操るための土壌となってしまったのだから。そして、多くの民を果てがない戦争に巻き込んでしまった。これは我々王家の失態だ、だからこそ、逃げることは許されない。そうなればトリステインまでも我々と同じ結末を迎えるだろう、私はアンリエッタをそのような道に引き込むことはしたくはない」


 戦争、個人では抗えない大きな流れ。

 だけど、この人が戦ってきた相手は、たった一人で国の全てを巻き込むような男で、国家がその男に抗えなかった。

 本当に、戦争の具現のような男なんだ。



 「いま言ったことは、アンリエッタには秘密にしておいてくれ。いらぬ心労は美貌を損ねるからな。戦争の具現のような男が彼女の首を狙っているなど、知らせないでほしい。ゲルマニア皇帝に嫁ぐならば、あの男もそう簡単には手を出せないはずだ」

 トリステインだけじゃ、王女様を守れないってことか。


「ただ、こう伝えてくれればいい。『ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいった』と、それで十分だ」


 俺は、その言葉を絶対に忘れないと心に誓った。


 「分かりました。絶対にお伝えします」

 「すまないな、元々無関係の君にこんなことを頼んでしまって、だが、ヴァリエール嬢にこれ以上重荷を背負わせるのも心苦しい。やはり、こういった荷物は男が持つべきだと、私は思うのだよ」


 「そうですね、そこばっかりは、男の役割ですよ」

 だよな、最後は男が女を守らないと。


 「君と話せて良かった。何しろ、今話したことは、ここに残っている全員が嫌というほど実感していることなのでね、話しても何の意味もないんだ」

 ウェールズ王子が笑いながら言った。その笑顔は迷いのない美しいものだったけど、――どこか悲しい、俺はそう感じた。


 「話して下さって、ありがとうございます」

 俺は深く頭を下げる。


 「ありがとう、それでは、そろそろ座に戻らねば、王族がいつまでも席を空けているわけにもいかない」

 「はい、それじゃあ」


 そして、王子様は座の中心に戻って行った。












 残された俺は、“生きる”ということについて考えていた。


 ウェールズ王子は、戦ってここで死ぬ道を選んだ。ゲイルノート・ガスパールって男によってそれしか道はないような状態にされたけど、それでも選んだんだ。


 他の道もあった、けど、そっちは全部破滅への一本道。いや、破滅させるために、その男が追ってくる。だから、ウェールズ王子は戦うんだ。大切な人を守るために、民のために、王族の義務を果たすために、何より、自分自身のために。


 あの人は強くて勇敢な人だ。だから、安楽な道に逃げることを許せない、そんな自分を許さない。

 しかも、その安楽な道が、多くの人々の人生を犠牲にするものなら尚更なんだろう。


 逃げても、追ってくる、だから、立ち向かうしかない。


 俺には、出来るだろうか? 怖くても、大切な人達のために、死を覚悟で戦うことが、俺に出来るだろうか?



 “出来るさ、お前なら”


 そんな声が聞こえたような気もしたけど、あまり、気にならなかった。


 でも、いつかはそうなりたい、もっと強くなりたいと、俺は思った。


 なんで強くなりたいのかは分からないけど、俺はそれを願っていた。







[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十七話 ニューカッスルの決戦前夜
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/18 12:24

 ウェールズ王子と別れた後、俺は城内を歩いていた。

 色んなことがあり、様々な思いを知り、考えることはそれこそ無限にある。

 だが、それでも一つの大きな事柄が俺の頭を占めていた。

 “生きる”とは、一体何なんだろう?





第十七話    ニューカッスルの決戦前夜





■■■   side:才人   ■■■


 このニューカッスル城は本来王族や大貴族がいるような場所ではなく、完全な軍事用の城塞らしい。だからあちこちに砲座や矢倉なんかがあるし、俺にはよくわからないけど他にも様々なものがあった。

 明日が決戦である以上、ここは人間と人間が凄絶に殺し合う戦場になる。そんな場所に俺がいるというのもなんか変な気分だった。

 しばらく歩いて行くと中庭に出た、空には重なった状態から徐々に離れようとしてる月がある。


 まるで、王子様とお姫様を象徴しているように。


 「明日か、あの人達は全員討ち死にするんだろうな」

 「ま、そりゃそうだわな。300対50000じゃどうにもなんねえよ。それに、そこまで戦力差が開いていないとき、いや、『レコン・キスタ』の方が劣勢のときですら、王軍はゲイルノート・ガスパールって野郎に勝てなかったんだから」

 俺の呟きにデルフが答えた。こういう時のこいつの口調は、淡々としたものになる。そういうとこは、やっぱり”剣”なんだなって思う。


 「そういやお前、鞘があったらしゃべれなくても聞くことはできるんだっけ」

 「応よ、盗聴なんかには便利だぜ」

 「剣を盗聴用に使うってのも変な話だな」


 それは、武器としてはどうなんだろうか。まあ、スパイとかの秘密道具はスゲエ多機能だけどさ、剣としての意義がどんどん薄れる。


 「なんでえ相棒、らしくもなく難しい顔して考え込んでるな」

 「あのな、俺だって考えなしじゃねえよ。そりゃあ、頭が良いほうじゃないけどさ、それでも思うことはあるんだよ」

 特にこういったことなんて、結局最後は感情論だ。全部の人がそうじゃないかもしれないけど、俺みたいな小僧はそうなんだよ。


 「へえ、それで、相棒はいったい何を考えてんだい?」

 「ああ、“生きる”ってなんだろうって考えてた」

 我ながら漠然とし過ぎてる気もするけど。


 「そりゃまた随分意味深な命題だなあ」

 「柄じゃねえけどさ、誰でも一度くらいは考えることだろ?お前だって、何で俺は剣なんだろうって考えたことないのか?」

 「いーやないね、そこんとこは多分考えちゃいけねえことなんだよ。俺は剣、それだけでいい、振るうのは人間さ」

 「あっさりしてんだな」

 俺は半ば呆れ、半ば感心しながら言う。剣、無機物の気持ちってのは、成って見なきゃわかんないだろうけど、そういうものかもしれない。


 「で、人間であるところの相棒はあっさりしていないと。しかし、王子様の話が理由ってのは分かりやすいが、それだけじゃねえよな?」

 「まあな、簡単に言えば現実を思い知らされたってやつだよ」

 戦争は無慈悲、現実はどこまでも残酷。そんなことは地球で平和に暮らしていてですら分かることだってのに。


 「ほうほう、そりゃあつまり?」

 「俺が実際は東方の人間じゃなくて、異世界の人間だって話したことあったよな?」

 「ああ、いつだったかは忘れちまったけど」

 「でさ、向こうの世界には魔法がない、竜もグリフォンもいない、秘薬なんてない、色んなことがこっちとは違う。けど、俺はこの世界について何も知らないわけじゃない、簡単に言えば、ここは物語の世界なんだよ」


 俺にとってはそうだったんだ。


 「物語か」

 「夢でしかあり得ないような非現実、子供が思い描くけど大人になればそんなものは存在しないって思い知らされること。そんなのが全部あるような場所なんだよ、まさに、夢に描いてたってやつだ」


 ひょっとしたら作家の中にはこの世界を覗ける超能力者でもいたんじゃないか、と思えるくらいに似たような世界観が地球の物語の中では作られている。


 「てーことは、こっちの人間には絶対に思い描けないようなことが、相棒の世界にはあるってことかい?」

 意外と鋭いなこいつ。


 「まあそうだな、少なくともこっちの人間には数百リーグ以上離れた相手に自分の映像を数秒で送るなんて考えられないだろうし。電気機械なんて謎の物体だ」

 実際、ルイズにノートパソコンを見せた時は謎の物体だったし。


 「俺にとっちゃこの一か月、あんまし現実感がなかったんだよ。杖を振れば火が出てくる、空を飛べる、物理法則を完全に無視して原子変換みたいなことをやったり、傷を負ってもあっという間に治したり」

 もっとも、最後のだけはハインツさんならではだろうけど。


 「だけど、違ったと」

 「ああ、どんなに魔法が便利でもさ、死者を生き返らせる魔法は無いし、人間が平等になる魔法も無いし、戦争がなくなる魔法も無い。だから、やっぱりここも人間が生きる現実なんだなって思い知らされたんだ」


 冷静に思い返してみれば、俺は少し、いや、かなり変だった。多分、ここが現実であることを認めながらも、どっかで違うと考えてたんだろう。

 ゲームみたいに、何回死んでも繰り返せるような気分、何をやっても自分の現実(地球)は侵食されないという安心感。

 でも、ここに来て、そんなのは全部嘘だってことがわかった。要は、俺が自分の心を誤魔化すために、無意識に作り出していた幻想に過ぎなかった。


 『死んだらそれまでだ、注意しろ』

 ハインツさんもそう言ってくれていたのに。俺はどこかで現実逃避をしていた。常にハイな状態で、深く考えないようにしてた。


 「なるほどなあ。ま、確かに、相棒に限らず普通に暮らしてる奴は、そんなん意識しねえわな。それどころか、傭兵とかですら考えてるかどうか怪しいもんだ」

 デルフが納得してる。こういう気持ちは、特殊な状況にならないと、あまり出てこないものかもしれない。


 「だから思うんだよ、俺は何をしたくて生きてるんだろって。楽しく生きるとかは大前提だと思うけどさ、今の俺は何を目的にしてるのか、全然分かんねえ」

 今のままだと、あまりにも何にもない、逆にさっぱりしてるくらいだ。


 「貴族の娘っ子の使い魔をやるってのは?」

 「それもなあ、状況に流されてるっていうか、自分で選んでないんだよ。他に選択肢はあんまりないのかもしれないけど、それって、言い訳になるだろ。やっぱ、自分で選ぶこと、自分の行動に自分で責任を持たなきゃ意味がない。それを、ウェールズ王子から教わった」

 あの人は戦って死ぬ道を選んだ。他に道が無いような状況だけど、それでも選んだ。自分の不幸を嘆くんじゃなくて、誰かのせいにするのでもなくて、自分で背負う道を選んでいた。


 俺は、それをしていない。他に道が無いから、一番都合がいいから、そんな理由だけでルイズの使い魔になっている。

 それは、少なくとも誇れることじゃない、胸を張って言えることじゃない。例え奴隷だろうが、“俺は奴隷だ!”って胸を張っている方が、流されているだけよりゃ百倍ましなはずだ。


 「ははは、相棒はそういうところが妙に律義というか真面目というか、普段はあんなに不真面目なのによ。いつもそんな調子なら、結構相棒も女にもてると思うがね」

 「別に、もてたいとかは思わねえよ」

 「そうそう、そういう態度だよ。普段のお前さんは“年頃の少年らしさ”っていうか、相棒の言うとこの“コウコウセイらしさ”っつうか、一般的な反応が多いんだよな。そりゃ、当たり前なんだけど、それだけに面白くも無い。そんなどこにでもいる男だったら、女も興味を持たねえだろ」

 おいおい、剣の癖に随分と人間の恋愛事情に詳しいな。むしろ剣だから、客観的に観察できんのかな?


 「まあ何にせよ、“自分らしく”生きるってのはいいことだと思うぜ。特に、あのハインツって兄ちゃんと話してる時とか、青い娘っ子と戦ってるときとか、そういう時の相棒は結構いい感じだぜ」

 「そうか?」

 「多分な、相棒の心の震えなら、なんとなくわかるんだよ」

 そりゃあ頼りになる相棒だ。


 「そう考えると、貴族の娘っ子の前では“使い魔らしく”が優先されて“相棒らしく”はねえかもな。相棒なんて基本は間抜けなんだから、相手を気遣うんじゃなくて、からかわれて振り回される方だろ」

 「テメ、褒めたと思ったら、いきなり貶してるんじゃねえよ」

 まあ、ルイズに対して結構気を使ってるのは確かだと思うが、それ自体が俺らしくはないのかもな。

 ………あんまし褒められることじゃねえけど。


 「とにかく、任務は終わったんだし後は帰るだけだろ。相棒がやりたいこととか、自分がどうあるべきかなんてのは、それから考えればいいんじゃねえか? あの王子様のように、もう時間が無いわけじゃねえんだから。それに、あの王子様も時間が無いからこそ、自分がやりたいことを明確に意識出来てるのかもしれないしな」


 「そうか、そういうもんなのかもな」

 確かに、どんな時でも自分の在り方を考えながら行動してる人なんて………


 『俺は俺のやりたいことしかやらない、厄介事大歓迎』

 例外もいた。あの人、自分らしくしか生きそうにないな。それ以外無理っぽい。


 「じゃあとりあえず気合い入れろ相棒、貴族の娘っ子の方は大分落ち込んでるだろうから、相棒まで沈んでたら葬式会場みたいになっちまうぜ。あのヒゲ野郎だけが陽気に話してたりしたら俺は身投げしたくなっちまうよ」


 「確かにそりゃそうだ。落ち込むのは俺の柄じゃねえや」

 せめて、前向きに明るくいくか。


 「だけど、まずはどこで寝ればいいのか城の人に聞かないとな」

 「だなあ、俺はどこでも大丈夫だけど、相棒には最低限藁が必要だし」

 ううむ、そろそろマイハウス(藁製)が懐かしくなってきた。ルイズの部屋の一角に鎮座してるあれは、俺の唯一のプライベート空間なんだが、サイズは悲しいことに犬小屋の一回り大きいくらいだ。


 でも、必要不可欠、女の子が男の前で着替えなんて出来ないのはわかるけど、男だってそうなんだから。

 てゆーか、ルイズの部屋で着替えてて、その瞬間にメイドでも入って来た日には俺は監獄行きになりかねん。















 教えてもらった部屋目指して歩いていると、見知った顔がいた。


 「あれ、ひげ…ワルドさん、ルイズの傍にいなくていいんですか?」

 たしか、パーティー会場を飛び出してったルイズを追ってったと思ったけど。ここにいるということは、ルイズとの話は終わったのか。


 「君に言っておきたいことがあってね」

 なんか、冷たい感じの声だった。今までも言葉の端はしに、どこかこういう冷たさえを感じていたが、今は殊更強く感じる。


 「何でしょう?」

 「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」



 は???

 え? なに? 何だって?


 「すいません、もう一度言ってくれませんか?」

 自分の耳がおかしくなってないか心配になってきた。ちょっと前まで、よく幻聴が聞こえてたし、いや電波か。


 「僕とルイズは明日、結婚式を挙げる」

 だが、聞き間違いじゃなかった。幻聴でも、電波でもなかった。


 「な、な、何でですか! これからここは戦場になるのに! しかも、明日っていったら、まさに決戦間近じゃないですか!」

 「是非とも、僕達の婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ王子にお願いしたくなってね、王子も快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕達は式を挙げる」


 おい、ちょっと待て!

 「なに考えてるんすか! ウェールズ王子は指揮官なんだから、そんなことをしてる余裕なんてないでしょ! 確かに、あの王子様なら引き受けてくれるだろうけど、その辺は考慮するべきでしょ!」

 あの人は優しい人だし、これから皆が死にに行く時だからこそ、そういっためでたいことがあった方がいい、と考えるかもしれない。

 だけど、そんなことはあくまでこっちの都合だろう。死を覚悟して決戦に臨む人を、しかも司令官の立場にいる人を、部外者の都合で振り回していいはずがないだろ。


 「平民の君にはわからないかもしれないがね、婚姻の媒酌を王族に行ってもらえるというのは、この上ない名誉なのだよ。だからこそウェールズ王子は引きうけて下さったのだから」


 名誉だって………? ふざけるな! あの人がそんなモノにこだわるはずがないだろう!そんな何の足しにもならないものじゃない、民の命のために、トリステインの人々のために、愛する人のために戦おうとしてるんだ!


 「……そのことに関しては、俺は部外者です。あなたとルイズの問題ですから、結婚式をするなとは言えません。だけど、俺はするべきではないと思う。良識的な人間なら、そんなことは間違ってもしない」

 「そうか、君は出席しないのだね。ならば、明日の朝すぐに出発したまえ。私とルイズはグリフォンで帰る」

 そりゃ、俺は飛べないから船か幻獣にでも乗るしかないけど。

 こいつは…何を考えてんだ?


 「そんなに長い距離は飛べないんじゃなかったんじゃ?」

 「滑空するだけなら話は別だ、問題ない」

 ヒゲ野郎、いや、クソ髭はそう答えた。


 ―――ちょっと待て。
 
 ……それって、アルビオンからトリステインに侵攻するのは簡単ってことじゃないのか? グリフォンが100頭いたら、100人のメイジが簡単に奇襲を仕掛けられるってことだよな。

 『我々はここで死ぬ。次にあの男の標的になるのはトリステインだ、友軍のためになんとしても時間を稼がねばならない。内優を払えず、あの男をアルビオンからハルケギニアに解き放ってしまうことになる、無力なアルビオン王家の最後の義務だ』

 あの男をハルケギニアに解き放つってのは、そういう意味か。ここは高度3000メイルのアルビオン。ここを野心の塊のような男が支配したら、ハルケギニアのどこにでも空から攻撃できることになる。

 戦争は、どこまでも広がっていく。

 だから、ウェールズ王子は残って戦うんだ。ハルケギニアの諸国が迎撃準備を整える時間を稼ぐために。


 ………そんな人の手をわずらわせるなんて、なに考えてんだこいつは。しかも、自分達の結婚式のためになんて理由で。


 「では、きみとはここでお別れだな」

 「そうですね」

 二度と顔も見たくねえよ。つっても、手紙を王女様に届けるまでは顔を合わせることになるんだろうけど。















 クソ髭と別れた後、俺はロウソクの燭台を持って真っ暗な廊下を歩いていた。

 ここが、アルビオン首都のロンディニウムにあるというハヴィランド宮殿なら、到る所に魔法の明かりがあるそうだが、残念ながら、ここにはそんな豪勢なもんはない。


 「帰りは船か、言われてみりゃ当たり前だけど……」

 「どうしたよ?」

 デルフが聞いてきた。

 「いやさ、シャルロットが追いつくって言ってたから」

 デルフにはシャルロットの本名を教えている、訓練の時とかに、俺が普通にシャルロット、って呼んでたのが原因だ。

 他の人には話さないように言っといたし、こいつは基本的に他人とそんなに話さないから、知られたとしても今回の旅に同行した面子くらい、ただしクソ髭は除外。あいつの前では呼ばないように注意してる。


 「青い娘っ子の使い魔は風竜だったな。風竜なら、アルビオンまで来るのもけっこう簡単だぜ。なにしろ、「風石」を利用した空飛ぶ船が出来るまでは、それがアルビオンと大陸を繋ぐ唯一の手段だったからな」

 へえ、意外な知識だ。唯一ってことは、やっぱりドラゴンじゃないとキツイのか。


 「よく知ってるな」

 「これでも俺の歴史は古いんだぜ、大抵のことは忘れちまったけど、覚えてることもあんのさ」

 「肝心なことだけは忘れてるもんな、自分の能力とか」

 「ほっとけい」

 こいつもしゃべる以外に何か機能があればいいんだけど。


 「だけど、ここの場所はわかるかな?」

 「うーん、どっかの街で、貴族派と王党派の決戦が、どこで行われるのか聞けば一発じゃねえか? 後は風竜でビューン。まあ、城の砲兵に迎撃されるかもしれねえけど」

 そうだ、決戦なんだよな。……王党派最後の。


 「じゃあ、白旗でも振りながら来るとか?」

 「かねえ、ここには300人もメイジがいるからな、さっき会場で色んな話を聞いてたんだけど、まだ九騎の竜騎士がいるみたいだぜ。しかも、全員使い魔タイプ。これは結構強力だと思うぜ、もし攻撃されたらアウトだわな」

 数は少なくても精鋭揃い、死を覚悟して戦うんだから当然か。
 

 「大丈夫かな?」

 「ま、その辺は赤い姉ちゃんに任せりゃ大丈夫だろ、そういうところの機転は利きそうだし」

 そっか、キュルケもいるんだ。それにギーシュも。そういや、ヴェルダンデがどうとか言ってたような気もするな。



 「あり? ありゃあ貴族の娘っ子か?」


 デルフがそう言ったので前を見ると、そこに確かにルイズがいた。

 だけど、泣いているように俺には見えた。


 ………無理もないか、親友の恋人がこれから死ぬことが決定してる。それでどのくらい王女様が悲しむか、こいつには解っちまうんだろう。

 その辺に関しちゃやっぱり俺は部外者だ、こればっかはどうしようもないけど。
 

 「おい、なんで泣いてんだよ」

 出来る限り普通に声をかける。


 「うっさいわね、泣いてなんかないわよ」

 そう言いつつ目元を服の裾でゴシゴシと拭ってはいるけど、いくら拭っても涙は湧いてきてる。


 「何よ、拭う意味無いじゃない、これじゃ」

 自分に文句を言うルイズ。


 「いっそ全部出しちまった方がいいんじゃないか?」

 俺はいつも通りの感じで答える。つっても、プライドがもの凄く高いこいつがそんなことをするわけがないんだけど。


 「まったく、なんであんたはいつも通りなのよ」

 泣いてはいるけど、少しは落ち着いたみたいだ。泣きっぱなしでいられたら、こっちも調子が狂う。


 「そりゃ、お前がいつも通りじゃないからだよ」

 いつもだったらこんなに弱気じゃない。こいつはどんな時も強気だった。それはそれで一つの美点だと思う。


 しばらくルイズは黙っていた、俺と同じように、こいつも色々考えていたんだろう。だから、何をどう切り出していいのか分かんないんだと思う。


 「……ねえ、なぜかしら?なんであの人達は死を選ぶの? 姫様が逃げてって……、恋人が逃げてって言ってるのに、自分を頼ってって言ってるのに……どうして聞き入れないの? どうしてウェールズ王子は死を選ぶの?」


 「………」

 その理由は聞いたけど、こいつに話していいんだろうか?

 余計重荷になるような気もする。


 「大切なものを守るためだって、言ってた」

 「なによそれ。愛する人より、大事なものがこの世にあるっていうの?」


 俺は考える。頭脳労働は専門じゃねえけど。


 「その愛ってのがどういうものは分からないけどさ、お前にはいないのか?」

 「え?」

 きょとんとするルイズ。


 「お前に好きな男がいたとして、その男と同じくらい大切な存在、例えば家族とか、親友とかいないのか? あのお姫様だってお前の親友だろ。だったら、その人達を守るために、恋人の願いを聞き入れられない場合もあるんじゃないか?」

 彼女いない歴17年の俺の言葉じゃ説得力はないが。


 「私の………大切な人」

 すると、ルイズは考え込んだ。


 だけど、その表情は浮かないとか、悲しんでるとか、そういう感じじゃなかった。



 これは…………誰だ?


 これ、ルイズか?



 「そうよね………私の大切な人………あんなのはいなくても………いえ……いっそ消した方が……」


 「お、おいルイズ?」


 「あの男は……特にそう……別にいらないし……ずっとほっとかれたし……なにをいまさら……」


 「ルイズ!」

 俺は咄嗟に叫んでいた。


 「な、なに? なんかあった?」

 逆にびっくりしてるルイズ。


 「いや……別になんでもない」

 そう答えておく。今のは………考えないことにしよう。



 “賢明だな、深淵を覗く者は、逆に覗かれていることを意識しなければならない、下手をすると闇に喰われるぞ”


 そんな言葉が、聞こえた気がした。でもすぐに頭から消え去った。


 「まあとにかく、王子様にも色々守るものがあるんだよ。別にお姫様が大切じゃないわけじゃないんだ」

 それだけ答えておく、これ以上、深く言わないほうがいいと思う。


 「そう………うん、そうなのね」

 ルイズもどこか呆然としてる。


 ≪愛する人より大切なもの≫

 それが、こいつにとっちゃ禁句なのか?



 “愛する人と世界、その危うい天秤。世界を選べば人を愛さぬ光の虚無に、愛する人を失えば世界を壊す闇の虚無に、彼女は未だその中間。故に、人でありたければ考えてはいけないことだ”


 まあ、とにかく今は置いておこう。


 「ところでルイズ、ヒゲ野郎、じゃなくてワルドと結婚すんだって?」

 「は? なにそれ?」

 いや、俺が疑問だよ。え、なに、どういうことコレ。


 「ちょっと待て、お前、何も聞いてないのか?」

 「そりゃあ、ラ・ロシェールで求婚はされたけど、答えは保留にしてるわ。それに、ワルドも急がないって言ってたもの」

 あれ? じゃあさっきのはなんだ? なんか自信満々に『結婚する』とか言ってなかったか、あの髭。


 「おいデルフ、お前、聞いてたよな?」

 「ああ、たーしかに言ってたぜ、明日娘っ子と結婚式を挙げるってよお。しかも、あの王子様に媒酌を頼むとかなんとか」

 「ええ!? ウェールズ王子に!」

 驚くルイズ、当然の反応なんだが、新婦の反応じゃないよな。


 「ってことはあのクソ髭、相手の了解もなしに結婚する気か?」

 もはや正気とは思えないんだが。駆け落ちにすら成ってねぇ、むしろ少女誘拐拉致監禁に近いんじゃ。


 「そ、そんなこと私に言われても……」

 戸惑ってるルイズ、気持は分かる。


 「なあ、一つ疑問があるんだけど」


 「なに?」

 “ハインツブック”に書いてあったはずだけど、あってるのかどうか自身が無いので聞いてみることに。


 「えーと、お前って、学生だよな」

 「当たり前でしょ」

 だよな、魔法学院の生徒だし。


 「それで、未成年の結婚って、親の同意はいらないのか?」

 クソ髭はいい、26歳だ、そうは見えねぇけど。だけどルイズは16歳、日本の法律ならぎりぎりの年齢だし、親の同意は絶対に必要だ。


 「………………はっ!」

 驚愕するルイズ。


 「そうだわ! 思いっきり無理よ! てゆーか、未成年じゃなくても無理! 私の家は公爵家でしかも男の兄弟がいないから、私の夫には公爵家の相続権が大きく発生するわ。お父様の了承なしには絶対に不可能よ! それ以前に公爵家じゃなくても無理、貴族の娘が当主の了解なしに結婚できるわけないじゃない!」

 なんか興奮してる。落ち着けどうどう。

 「まあ、俺の故郷でも、親父さんへの“娘さんを僕に下さい”ってのは結婚する上で最大の難関なんだ」

 「それだけじゃないわ。貴族の、しかも公爵家の者の結婚なら、相当の地位にいる司祭が立ち会わないと結婚できない。司教、いえ、大司教クラスが必要になるわ。それも、トリステイン宗教庁に所属してることが前提。上位に位置するロマリア宗教庁の司教でもいいけど、アルビオン宗教庁の司教じゃダメ、王族が司教の座を兼任してることは多くあるけど、アルビオンのウェールズ王子じゃ何の意味も無いわ」

 流石は学年首席、博識だ。ん? 博識? なんか既知感が、電波の所為か?


 「しかもまだある。ワルドは子爵で封建貴族、私も封建貴族のラ・ヴァリエールの三女だから、結婚したら領地などの面で大きな変動が起こる。つまり、トリステイン王政府の許可が必ず必要になるわ。王政府の認可を得ない封建貴族同士の結婚は、法で禁じられているの。だから、必要になるのは姫様の許可、もしくはマザリーニ枢機卿の許可よ、彼の場合はトリステイン宗教庁の主座でもあるから、一石二鳥になるかしら?」

 どんどん考え込むルイズ、すげえなこいつ。よくぽんぽん難しそうな事が思い出せるもんだ。

 だけど、つまりは。
 
 「お前とクソ髭が勝手に結婚するのって、違法行為?」


 「うーん、ここはアルビオンだから、あくまで儀礼的なものになると思うけど、すれすれね…」

 グレーゾーンぎりぎりってことか。

 でもそういやそうだ。日本の江戸時代でも、幕府の許可なしに藩主の娘と息子とかが結婚するのは、禁止されてたとかなんとか。

 そうでもしないと、有力貴族が身内関係で結びついて、王政府に逆らう強力な連合体になってまうってことだろう。


 「あのクソ髭、そんなこともわかんないのか?」

 「そ、それはないと思いたいんだけど………」

 けど、行動から考えるとそうなる。アイツがやろうとしてることは、ルイズの話どおりなら、めちゃくちゃだ。


 「で、お前が受けた場合、最悪、王政府に逆らう謀叛人の誕生と」

 「受ける受けない以前の問題よね、ただでさえラ・ヴァリエールはトリステイン最大の封建貴族だから、その姻戚関係には王政府も目を光らせてるはず。エレオノール姉さまと、どこかの伯爵さまが婚約するなんて話もあったけど、私とワルドの口約束と違って正式なものだからかなり難航してるとか」

 それもそうか、あんまし力を持ちすぎると、王政府がとって代わられる危険すらあるもんな。確か公爵ってのは王家の血を引いている事がほとんどだとか、ルイズの家はもっともそれが濃いとかなんとか。


 「しかしよお、なんでまたあのヒゲ野郎は、貴族の娘っ子とこんなところで結婚するなんて言い出したんだろうな?」

 そこにデルフが発言。


 「それもそうだよな、手紙はもらったけど、それをお姫様に届けるまでが任務だ。結婚式やってたら逃げるのが間に合わなくて『レコン・キスタ』に捕まりました、なんていったら末代までの恥だろ」

 「そうよね、一刻も早く姫様の手紙を届けることこそが最優先。明日の正午が決戦でも、その前に先遣隊とかがやってくるかもしれないし、少なくとも4時間前には出発しないとまずいと思うけど」

 ルイズも同じ考えみたいだ。そうだよ、一刻を争う、って感じなんじゃないか? 今って。


 「しかも、媒酌がウェールズ王子だろ、これから決戦って一番忙しい時だよな。そんな司令官に結婚式の媒酌を頼むなんてあり得ねえと思うんだが」

 「やっぱそうだよなー、平民の相棒ですらそう思うってのに、戦争屋の貴族がそんな寝言を言いだすなんて、あのヤロどういうつもりなんだか」

 「しかも、下手したら犯罪行為だし、そもそも私は了承してないし、任務の完遂に支障がでるかもしれないし、そして何より意味無いし」

 考えれば考えるほど問題だらけだった。


 「仕事の疲れで狂ったのかな?」

 魔法衛士隊隊長もけっこう忙しいのかもしれない。やっぱりエリートにはエリートの苦労があるのか。一回休暇とって、ゆっくり心と体を癒すことを勧めよう。


 「正気じゃねえのは確かだわな」

 「じゃあ、何で狂ったのかしら?」

 とりあえず狂ったものとして話を進める。やはり原因は過労だろうか、だとしたら、ラ・ロシエールでは悪いことしたかな。でも、ぶっ飛ばされたから、お相子か。そういえば、あの決闘の動機も今考えれば、わりとまともじゃない。


 「ルイズ、最近まではまともだったのか? 昔のあいつを知るお前の話は貴重だ」

 「うーん、かなり昔のことだけど、言われてみれば少し違和感があったかも……」

 「その違和感ってのは?」

 俺とデルフでクソ髭の過去からの検証に入る。


 「ちょっと積極的というか、無理とも違うわね、上手くは言えないけど、私を必要以上に構っていた気がするわ。昔の彼はもうちょっと自分中心的なところがあったと思う」

 「なるほど、となると原因は……」

 「娘っ子ってことかね」

 そうなるよな。


 「私?」

 「お前を重視してたってんならそうだろ、だとしたら俺との決闘の時に、わざわざルイズを呼んだのにも説明がつく、だってギーシュもいたんだしさ」

 「確かに、相棒と決闘をするだけなら、娘っ子を呼ぶ必要はねえ。とすれば、娘っ子の気を惹くことが目的だった。間男を華麗にぶっ飛ばして、かっこいいところを見せようってとこか」

 徐々に、性犯罪者の精神鑑定みたいになってきた。カウンセリング…いやプロファイリングだっけ?


 「そういえば、その前の夜だったわね、ワルドが私に求婚したのは」

 「なるほどな、そこで思うような答えがもらえなかったクソ髭は狂っちまったってことか」

 「つまりは、真性のロリコンへ覚醒したってことだな。危なかったな娘っ子、タイミングが違えばお前さんの純潔は破られていたぜ」

 ルイズの顔が青くなった。なにせ同じ部屋だったからな。


 「それは…………」

 うまく言葉にならない様子。今思えば、かなりギリギリの線だったんだろうか。


 「だけど、それで狂ってここで結婚式ってのも急な話だな」

 「確かに、狂っていたとしても、自分の故郷で結婚したいと思うのが人情だと思うがね。まあ、狂人の思考だから確信はねえけど」


 なにか、もう一つ要素がありそうだ。


 「帰ったら仕事が忙しくて結婚できそうにないとか?」

 「これから戦争になるってんなら、それもあるかもしれねえけど、なあ娘っ子、確か領地はお隣さんだったよな?」

 「う、うん、確かにそうよ」

 ルイズの顔色は少し悪い。ヘタ間違っってたら、あの髭に組み敷かれたと思うと、冷静になれないんだろうなきっと。


 「じゃあ違うか、会うならトリスタニアで会えばいいし、結婚するならお隣さんなんだから、そんなに時間もかかんねえ」

 「てーことは、このアルビオンってのが重要なのか?」

 「そういえば、『この旅はいい機会だ』とか、『この旅が終わったら、きみの気持ちは僕にかたむくはずさ』とも言っていたような……」

 ルイズから新たな証言が出た。


 「今の証言を元に、被告の精神状態を考えてみよう」

 「ポイントは、『この旅が終わったら』ってとこかね」

 そこに何かありそうだ。


 「重要なのは結婚だけじゃなくて、“アルビオンで結婚”ってこと?」

 ルイズが疑問を述べる。その疑問から検証すると…


 「そうなると、この結婚てのは………」

 「“駆け落ち”ってことになるわな」


 それこそが…………狂ったクソ髭が出した結論だったってことか。


 「か、駆け落ち!?」

 ルイズが反応する。まあ、下手すりゃ一生に関わる問題だ。そしてそうなると、前提が少し変わってくる。


 「ルイズ、お前の親父さんって、娘を溺愛するタイプだろ」

 こいつの性格を考えると娘に厳しいとは思えん。そりゃ、しつけの部分では厳しいかもしれないが、その他ではかなり甘そうだ。


 「周囲の評価ではそうなってるわね」

 客観的な事実を述べるルイズ、親が自分を愛してるってそのまま言うのは恥ずかしいよな。どっか恥ずかしそうだ、そのおかげか顔色も少し回復。


 「なるほど、謎は全て解けた」

 「つまりは、そういうことかい」

 確信する俺達。気分は金田一。耕介でも一でもいいや。


 「どういうこと?」

 「おそらく、クソ髭はルイズの父さんに言ったんだよ、“娘さんを僕に下さい”って」

 「そして答えが、“何をいっとるかこの青二才が! 貴様如きに娘はやらん! せめて侯爵にでもなってから出直してこい子爵風情が!”って感じだったってことよ」

 つまり、正攻法での結婚が不可能になった。


 「ちょっと変だけど、そんな感じで求婚相手を叩きだすお父様は簡単に想像できるわ……」

 できんのかよ、どうやらルイズの父さんは俺達の想像通りみたいだ。


 「そこで潔く諦めればよかったんだが、あいにく奴はロリコンだった。だから、トリステイン最大の貴族であるルイズの父さんの力が及ばないところへ駆け落ちしよう考えた」

 「そこに、丁度いいチャンスが転がり込んできた。お姫様からの直々の任務、しかも場所は革命戦争中のアルビオン。そこなら娘っ子の父ちゃんの力も及ばない、ようこそ僕の理想郷、幼女ハーレムよこんにちわってわけだ」

 それが、俺達が導いた結論だった。


 「なるほど………そう考えれば辻褄が合うわ、私の前でサイトと決闘した理由、ギーシュ達をラ・ロシェールに置いてきた理由、そして、ここで結婚式を挙げる理由」


 「だけど、ことは深刻だぜ。クソ髭の目的が駆け落ちなら、お前はトリステインに帰れない。つまり、お姫様に手紙を持って行けない」

 「その上、ロリコン野郎の妻にされるわけだ」


 ルイズの顔が蒼白になった、体も細かく震えてる。これだけ見ると凄い可憐で儚げな美少女なんだけどなあー。


 俺はそんなルイズの肩に手を置く。


 「安心しろ、ルイズ。お姫様の手紙は、俺が絶対に届けてみせるぜ。今までありがとな、世話になった」

 「ちょ、ちょっとあんた! 私を変態に売るつもり!?」

 ルイズが怒鳴ってきた。顔は真っ赤で、凄い必死。
 

 「いやさあ、戦えと言われたら『レコン・キスタ』が相手でも戦うよ。けど、変態だけは相手にしたくねえ」

 「確かになあ、変態の思いは時に奇蹟を起こす。いくら相棒でも分が悪いぜ」

 変態ロリコンが嫉妬に狂えばどれほどの力を発揮することやら。


 「じゃあ私はどうなるのよ!」

 「人身御供」

 「生贄の乙女」

 同じ答えを返す俺達。


 「あんた達、もしそうなったら絶対に呪い殺してやるから……」

 怖!


 「ま、まあ冗談はこの辺にしてだ、なんとか対策を考えよう」

 「女を犠牲にして逃げるのは相棒の趣味じゃねえわな」


 そんなこんなで変態対策会議スタート。









 



 「最初に考えられるのは、変態を正気に戻すことだな」

 まずはそう切り出す。

 「でも、無理よ。彼が変態になったきっかけが、私には分からないわ」

 「そうだよな。女に振られたのか、はたまた禁断の領域に染まったか。理由はいろいろありそうだが、変態になった26歳の男を、17歳の相棒と16歳の娘っ子の人生観で変えられるとは思えねえ」

 それが、厳しい現実だった。覆さない大きな壁だった。俺達はしょせんまだまだ子供ってことだ。


 「第二案としては、変態に構わず逃げることね」

 「けど、向こうはグリフォンを持ってる、逃げても追いつかれそうだぜ」

 シャルロットが来てくれれば話は違うが、連絡のとりようがないから、救援が来ることを前提に対処を考えるわけにはいかない。


 「あの変態は「風のスクウェア」だろ、機動力ならメイジで一番だ。速さだけなら相棒も負けねえが、空中戦には適してねえ」

 アルビオンから逃げるにはどうしても空中の機動力が重要になる。


 「逃げるのも無理、そうなると先手を打ってやるしかないか?」

 「だめよ、いくら彼が変態でも、まだ変態行為に及んではいないわ。限りなく怪しくても証拠がないんだから、彼が変態であることを証明はできない」

 こっちが犯罪者になっちまうかもしれねえわけか。


 「となると後は第三者の介入か、説得するにしろ抑止するにしろ、誰かが必要になりそうだよな。相棒じゃ駄目だ、火に油を注ぐ結果になっちまう」

 変態にとっちゃ俺は、ルイズにくっつくお邪魔虫だ。


 「申し訳ないけど、ウェールズ王子しかいそうにないわね。流石に結婚の媒酌を頼んだ王子様の言葉なら、全部否定することは出来ないでしょうし、暴力行為におよぶこともないと思うわ」

 ルイズが提案する。


 「それに、ここでしばらく待ってればシャ…タバサ達が風竜に乗ってきてくれるかもしれない。そうなれば風竜で逃げればいい、グリフォンよりも速いから逃げ切れるぜ」

 「それくらいしかないねえ、娘っ子は変態を刺激しないように、当たり障りのないことを言って出来る限り時間を稼ぐ、そんで、結婚の宣誓のときには拒絶する。そこで変態が変態行為に及ぼうとしたら、例の『爆発』を叩き込む、んでそれを合図に外で待ってた相棒が駆けつけて取り押さえる。ってとこか」

 デルフが作戦を言う。だてに歳はくってねえな、何歳かは知らないけど。

 「けど、あんたは結構離れている必要があるわ。「風」メイジは索敵も得意だから下手をすると気付かれるし、結婚式に余計なのが混じっていることに気付かれたら、変態が何をしだすかわからない。だから、大きな音がするまでは遠くで隠れていて、合図があったら全力で来なさい」

 なるほど。


 「ウェールズ王子には事前に伝えておいた方がいいのか?」

 「多分無理よ、忙しいだろうし、城内にいないかもしれない。結婚式にしても、王子の都合に合わせて行われるだろうから、それまでにさらに余分な時間を使わせるわけにはいかないわ」

 そうだ、明日は決戦なんだ。


 「それに、確率は低いけど、ワルドが変態じゃない可能性もないわけじゃないわ。希望は捨てずにいきましょう。だから、王子様にはワルドが駆け落ちを企む変態だとは伝えない方がいい」

 ルイズは決心をするように言う、覚悟を決めたようだ。


 「いいのか? 失敗したらお前の貞操の危機だぞ?」

 「構わないわ、これ以上私達の都合でウェールズ王子に迷惑をかけるわけにはいかないもの」

 それが、ルイズなのだった。こいつはこういう奴だ、だから俺は文句を言いながらも、こいつのもとから逃げ出してない。


 「分かった、じゃあ明日、変態との決戦だ」

 「ええ、彼が変態じゃないことを祈りましょう」

 「いざとなったら力ずくってのは定番だけどな」



 そして、明日に備えて英気を養うため、俺達は眠りについた。












[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十八話 ニューカッスルの決戦
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/12/20 19:36
 翌朝、俺はニューカッスル城の港にいた。

 変態には俺は船で先に帰ると伝えているから一応それに従って行動している。

 そして、しばらくたったら取って返す予定になっている。





第十八話    ニューカッスルの決戦





■■■   side:才人   ■■■


 鍾乳洞に作られた港で、『イーグル』号と昨日拿捕した『マリー・ガラント』号に避難する人々が乗りこんでいる。

 元々の『マリー・ガラント』号の乗組員は、硫黄の代金をもらってトリステインに帰ることになる。ようは商品を売る相手が『レコン・キスタ』から王党派に変わっただけだ。


 だけど、その人々には特徴があった。


 「男がほとんどいねえな、デルフ」

 「戦えるのは皆城に残ってる、そして、平民の男は一人もいねえ」

 ウェールズ王子が言っていた、ここに残ったのは全員が貴族、最後まで王家と共に戦おうとした平民は一人もいないって。

 料理人などの使用人とかも大半が女性、戦うための傭兵などの男がいない。


 「逆に、攻めよせる50000の大軍には、大量の平民がいるんだよな」

 「そりゃそうだ、メイジの数はそんなに多くねえ。純粋なメイジの数と質だけなら王党派と『レコン・キスタ』も大差はないと思うぜ、けど、金と勝ち目がない限り平民は戦わねえよ。そもそも戦う義務がねえんだし」


 それが現実か、まあ、俺だって死にたくはないけど。

 逆に、貴族には戦う義務がある。平民から税金とかを搾り取って生きている彼らには、国のために戦って死ぬことが求められる。それがこの世界の決まりってやつだ、この一月でハインツさんやルイズから教わった。


 「だけど、魔法学院にいるやつらとか、教師とかも貴族なんだろうけど、なんかあいつらが民を守るために戦うようには思えないぜ」

 「まあ、大体がそんなもんだ。見栄だとか、戦争で手柄を挙げて、出世するだのしか考えないのは、まだいい方。最悪になると、民を放って財産抱えて逃げだすからな、この前のなんとか伯ってのも、戦争になったら逃げるだろうぜ」

 それが、この世界の大半の貴族なんだ。でもウェールズ王子は違うし、ここに残った人たちもそうじゃない。ルイズだってそうだ、あいつはそういう卑劣なことを、なにより嫌う。そんな彼らは圧倒的に少数派なのか。


 「ま、そこは異世界人の俺が口出せることじゃねえけど、気分が良いもんじゃないな。しかも、変態までいるときた」

 「変態には貴族も平民も関係ないぜ、その辺は平等だよ」

 そういやそうか、変態に国境も人種も身分も関係ないよな。


 「確かに、変態はどこまでいっても変態か」

 「そう、ぶっ飛ばすしかねえよ」

 俺達はいざというときに変態を取り押さえるために、ニューカッスル城内に向かった。










■■■   side:ルイズ   ■■■


 私は、ひじょーーーに不安だった。

 今朝方はやく、いきなりワルドに起こされてここまで連れてこられた。いきなり「今から結婚式をするんだ」と言い出した時は、覚悟をしていたとはいえ、やっぱり彼の正気を疑った。


 そして、時間が経てば経つほどその疑いは大きくなっていく。

 私が基本的に無反応で、特に反応を返さなくても、その方が好都合といわんばかりに、どんどんワルドは準備を進めていく。

 まるで、私の意思なんてどうでもいいかのように、自分の妄想の中で、私がワルドを愛していることが決定しているかのように。


 私の格好も変化した。

 基本は変わらないけど、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠を頭にのせている。魔法の力で永久に枯れない花があしらわれてる見事な冠。

 でもこれって、とんでもない魔法よね、時を止めてそのままにしておくようなものだもの。どんな強力な『固定化』だってここまでは不可能だと思うけど。

 それに、魔法学院の黒いマントじゃなくて、やっぱりアルビオン王家から借りた純白のマントを着けてる。これも新婦しか纏うことを許されない物。確かに、略式とはいえ結婚式の体裁は整ってる。けど、それ以前に自分と結婚してくれるかどうかを、まずは尋ねるものじゃない?

 それをしないでどんどん式の準備を進めて、勝手にウェールズ王子に結婚の媒酌を頼んで、無反応の私を気にも留めないワルドは、やはり普通ではない。


 “変態”


 その二文字がどんどん大きくなってくる。

 私達が今立っているのはニューカッスル城の礼拝堂前。そこをくぐって中に入ると、つい1分程前に到着して一足先に礼拝堂に入った始祖像の前にウェールズ王子がいた。

 これまで戦の準備をずっとしていたらしく、こんな無駄な時間を割かせてしまったことを本当に申し訳なく思う。

 明るい紫のマントは王族の象徴。そして、アルビオン王家の七色の羽王国の象徴をつけたベレー帽を被っている。アルビオン王国皇太子としての礼装。


 これをこの人が着るのも、今日で最期なんだ。そう思うと、また悲しい気持ちが沸き起こってきた。


 「では、式を始める」

 ウェールズ王子がそう言うけど、私は涙を抑えるので必死だった。彼の言葉が全然頭に入ってこない。


 “死なないでください、貴方が死ねば姫様が悲しみます”

 “お願いですから生きてください”


 そう叫びたい、なにがなんでも生きて欲しい。姫様には絶対にこの人が必要だ、じゃなきゃ姫様は幸せになれない。

 なのに、なんで、こんなことになってしまうのだろう?


「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、この者を愛し、敬うやまい、慰め、助け、伴侶とすることを誓いますか?」


 始祖ブリミルの名における愛の宣誓、それは婚姻の誓いでなければならない。

 だからこそ、姫様の手紙はあってはならないものになる。ゲルマニア皇帝に嫁ぐ姫様が、その誓いをかつて行っていたのでは、重婚になってしまう。


 「誓います」

 でも、そもそも『レコン・キスタ』なんてものが存在しなければ、こんなことにはならなかったのに、姫様とウェールズ王子は従兄妹同士、アルビオン王ジェームズ一世と、前トリステイン王ヘンリーは兄弟だから、ここ最近アルビオンとトリステインの関係はずっと良好だった。

 本来なら、普通に結婚することだってできたはず。むしろ、姫様に一番釣り合う人といったら、ウェールズ王子くらいだったはずなのに。


 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。汝は始祖ブリミルの名において、この者を愛し、敬うやまい、慰め、助け、伴侶とすることを誓うか?」

 どうしてこうなってしまうの、どうして……って、決まってる。『レコン・キスタ』なんてものを立ち上げて、王家に反乱を起こした主導者、そいつが元凶に決まってるじゃないの。

 絶対に許さない、もし可能ならこの手で殺してやるから。


 「新婦?」


 「えっ?」

 気付いたら結婚式は私の宣誓まで進んでいた。


 「緊張しているのかい? 仕方がない。初めてのときは、ことがなんであれ緊張するものだからね」

 王子は微笑んでいた。


 ……その微笑みが、姫様に向けられることはもう二度とない。悲しい、なんて悲しいんだろう。


 「まあ、これは儀礼に過ぎないが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、この者を……」

 私は、首を横に振った。


 「新婦?」

 「ルイズ?」

 二人が首を傾げる、ウェールズ王子は当然だけど、ワルドも驚いた表情をしている。


 「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」

 そりゃあ、最低の気分よ、姫様の思い人がこれから死んでしまう。私は変態に求婚されている。

 こんな状況の中で、気分が良くなる人間がいたら見てみたいわ。


 「ごめんなさい、ワルド、私はあなたとは結婚できないわ」

 もう少し穏やかに言うつもりだったけど、とてもそんな気分にはなれない。

 こっちはむかついてるのよ、なんでウェールズ王子が死ななくちゃいけないのよ、あんたが代わりに死になさいよ。あんたなんかが死んでも、悲しむ恋人なんていないんだから。

 愛し合ってる姫様とウェールズ王子が死別しようとしてるこの時に、自分の欲望だけを通して、結婚なんてしようとしてるあんたは、いったい何様のつもりなのよ!


 「……新婦は、この結婚を望まぬのか?」


「はい。お二方には、大変失礼を致すことになりますが、それを承知で申し上げます。私は、この婚姻を望みません」

 言い切ってやった、堂々と。


 「子爵。誠に残念だが、花嫁はこの婚姻を望んでいないようだ。これ以上儀式を続けることはできぬ」

 ウェールズ王子が気の毒そうに言う。

 すると、ワルドがいきなり私の手をとってきた。


 「……緊張しているんだ。そうだろルイズ? 君が、僕との結婚を拒むわけがない」

 さらに肩をつかんでくる。目がつりあがってる、そしてその目は”私”を視てはいない。表情はとても冷たい、トカゲかなにかのよう。いえ、トカゲに失礼ね、キュルケのフレイムはあんなに愛らしいもの。


 「おことわりよ」

 そもそも、この場に来るまでに、結婚してくれと言わない時点でふざけてる。

 絶対、彼は正気じゃない。


 「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる。その為には君が必要なんだ!」


 「いらないわ。私にはそんなもの、何の価値も無いの」

 そうよ、私に必要なのは………


 「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力が!」


 なによそれ。


 「ルイズ、いつか言ったことを忘れたか! きみは始祖ブリミルにも劣らぬ、優秀な魔法使いメイジへと成長するだろうと! きみは自分で気付いていないだけだ! その溢れんばかりの才能に!」


 たとえそうでも、あんたのために使うなんて死んでも御免よ。


 「ワルド……、あなた――」

 あなたは、“ルイズ”を一切必要としてないじゃない。私より便利なものがあったら、すぐに捨てるんでしょう?


 「子爵、きみはフラれたのだ。いさぎよく………」

 「黙っておれ!」

 ワルドはもう普通じゃない、やってることが支離滅裂だわ。


 「ルイズ! きみの才能が僕には必要なんだ!」

 「私はそんな才能があるメイジじゃないわ」

 そんなものがあったら、私は苦労していない。「スクウェア」の貴方に、“ゼロ”の私の気持が分かるわけがない。


 「だから何度も言っている! 自分で気付いていないだけなんだよルイズ!」


 「もし、本当にそんな力がわたしにあったとしても――こんな結婚、死んでもイヤよ!あなた、わたしを愛してなんかいないじゃない! あなたが愛しているのは、在りもしない魔法の才能だけじゃない! そんな理由で結婚しようだなんて、こんな侮辱はないわ!」


 「子爵! 乱心したか! 今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我が魔法の刃が君を撃ち抜くぞ!」

 ウェールズ王子が杖を抜いた。

 すると、ワルドが私から離れた。顔はにこやかに笑っているけど、絶対に笑っていない。


 「こうまで言ってもダメかい? ルイズ。僕のルイズ」

 「いやよ。誰が、あなたなんかと結婚するもんですか。金輪際、僕のなんて言わないで。虫唾が走るわ」

 絶対に御免よ。


 「この旅で、きみの気持ちを掴むために、随分と努力したんだが……」

 そのまま両手を広げると、ワルドは大げさに首を振った。

「こうなっては、仕方がない。目的の一つは、諦めるとしよう」


 「一つ?」

 いったいどういうこと? 姫様の手紙を持ち帰ることが、私たちの目的のはず。

 「そう、目的だよルイズ。この旅における僕の目的は、三つあった。その二つが達成出来ただけでも、よしとしなければな」

 「達成? ……二つ? どういうこと?」

 ワルドは笑っている。とても嫌な笑いをしている。


 「一つ。これはきみだ、ルイズ。まあ、これは果たせぬようだがね」

 「当たり前じゃないの!」

 ワルドは気にした風もなく、中指を立てた。


 「二つ。ルイズ、きみのポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」

 姫様を呼び捨てに……まさか! ワルドは変態じゃなくて!


 「ワルド……、あなた「そして、三つ目」」

 私の言葉を遮り、ワルドが高々と杖を掲げると、その杖に風が纏わりつき、青白く光を放ち始める。
 

 「――貴様の命だ! ウェールズ!」


 ガキイイン!


 私にはよくわからなかったけど、ワルドが凄まじい速さでウェールズ王子に切りかかった。

 けど、ウェールズ王子の杖がそれを完全に防いでいた。


 「『ウィンド・ブレイク』!」

 「ぬっ!」


 ウェールズ王子の風魔法が放たれて、ワルドは跳びのいた。


 「貴族派!あなた、アルビオンの貴族派だったのね!ワルド!」

 変態なんかじゃなくて、ウェールズ王子の命を狙った刺客! これならまだ変態の方が良かった!……かな?


「 ……そうとも。いかにも僕は、アルビオンの貴族派『レコン・キスタ』の一員さ」


 「奴の配下……ではないな、あの男はこのような回りくどい真似はしない」

 突然のことにも関わらず、ウェールズ王子は平然とワルドと対峙していた。


 「どうして!? トリステインの貴族のあなたが、どうして!?」

「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境はない」

 そんなことのために、姫様を、トリステインを裏切ったの?


 「ハルケギニアは我々の手で一つとなり、始祖ブリミルの光臨せし“聖地”を取り戻すのだ」

 「ふざけるな、お前たちの大義など、どこにある。あるのはあの男の野心だけだろう」

 昂然と言い放ちながら、ウェールズ王子が杖を振り上げる。


 「ふっ、ならばその野心とやらを利用するだけのこと、俺には俺の目的がある」

 「そのために犠牲にされる民の血を考えぬのか! 貴様は!」

 「知ったことではない。しかし、よくぞこの“閃光”の突きを弾いたものだ」

 だけど、ワルドは笑っている。


 「以前、ある男に強襲され、完全に敗北し杖を奪われたことがある。それ以来、襲撃に対する訓練はかかしたことはない。もっとも、今となっては意味がないようなものだが」


 「その通り、貴様はここで死ぬのだ」

 王子への嘲りをやめないまま、ワルドが杖を振るう。


 「えっ?」

 でも、ワルドが放った風の刃は、私に向かって飛んできた。私は状況に対処できずに、棒立ちしてまっている。


 「『エア・カッター』!」

 すんでのところで、王子の魔法がそれを相殺してくれた。


 「がはっ!」

 だけど、その次の瞬間、ワルドの杖がウェールズ王子の胸を後ろから貫いていた。


 ワルドが……二人いる?


 「ウェールズ王子!!」

 「風の……『遍在』…」


 「その通り、風が最強たる由縁だよ。覚えておけ、「風」は速く、そして気配を隠すことにも優れる。俺が保険をかけていなかったと思ったか?」

 『遍在(ユビキタス)』。自分と同等の能力を持つ分身を作り出す、「風」のスクウェアスペル。ワルドの遍在は、王子の体に杖を刺したままの体勢で、こっちを視ている。

 ワルドの本体がこっちに近づいてくる。


 「さあ、手紙を渡してもらおう、言うことを聞かぬ小鳥は首を捻るしかあるまい?」

 ワルドの周囲が帯電してる。


 動かなくちゃ、逃げなくちゃ。そうは思うのに、足が動かない。

 怖い。


 「残念だよ……。この手で、きみの命を奪わねばならないとは……」



 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 そこに、ウェールズ王子の咆哮が轟いた。


 「何!?」

 「『エア・ハンマー』!!」

 強力な「風」魔法によってワルドが壁に叩きつけられる。

 
 「王子!」

 「ヴァリエール嬢!手紙を持って逃げよ!」

 胸から血を流しながらウェールズ王子が叫ぶ。その横では首を失ったワルドの『遍在』が消滅しようとしていた。

 後ろから刺された状態では、身動きなんかできないのに……まさか、自分に刺さった相手の杖を、引き抜いて反撃したの!?


 「で、ですが!」

 「私に構うな!もとより今日死ぬ身だ!」

 ウェールズ王子が私をワルドから庇うように立つ。


 「き、貴様……死にぞこないの分際で!」

 怒り狂ったワルドが杖を構える。


 でも、私はどうすれば? 私は手紙を持っていない。逃げるべき? いや、違う! 私がやることは!


 「『ライト二ング・クラウド』!」

 ワルドの電撃が襲ってくる。

 けど。


 「させぬ……」

 ウェールズ王子が同じ魔法で相殺していた。


 「く…」

 だけど、傷は深く、王子は膝をつく。彼の足元には、小さな赤い水溜りができてしまっている。


 「王子!」

 「その瀕死の身で俺の『ライト二ング・クラウド』を防いだのは見事だが、そこまでのようだな」

 ワルドがまた近づいてくる、まるで死神か何かのように。


 「死ぬがいい」

 「『ファイヤー・ボール』!」


 私の声とともに、ワルドの手前に爆発が起こった。


 「なっ!?」

 ワルドが驚愕して再び後退する。


 「ルイズ!」

 「あんたなんかに手紙は渡さないわ!」

 私は杖を構えてワルドと対峙する。そう、絶対にこいつなんかに姫様の手紙は渡さない。


 「ならば、王子ともども死ぬがいい!」

 また電撃がくる、『ライト二ング・クラウド』だ。


 だけど。


 「デルフリンガ――――いっきま―――――――す!!」


 なんてフザケタ声が、後ろの扉の方から飛んできた。


 「今度は何だ!?」

 デルフがワルドに突っ込んで、その電撃を吸収していく。

 あれは、何?


 「ルイズ―――――――――――!」

 少し遅れて、私の使い魔が飛び込んできた。


 「サイト!」

 「ガンダールヴか! 小賢しい!」

 ワルドの顔は怒りに歪んでいる、その顔はまるで悪鬼のよう。けど、急に笑みを浮かべた。


 「愚か者が、自ら武器を手放すとはな」

 「ヤベッ! 相棒、早く来い!」

 ワルドがデルフに近づく。まずいわ、武器が無いとサイトは戦えない!


 「くそっ!」

 慌ててサイトが駆けだすけど、間に合いそうにない。


 「残念だったな!」

 「こら、さわんな!って、おお!」

 だけど、デルフが勝手に移動した。


 「サイト君! 受け取れ!」

 ウェールズ王子が、自分の血溜りに沈みながらも、『レビテーション』を唱えていた。


 「ウェールズ! 貴様どこまでも邪魔を!」

 ワルドがウェールズ王子に向けて、再度魔法を放とうとする。


 「『錬金』!」

 私はとにかく魔法を放つ、どうせ爆発するんだから何をやっても同じだ。


 「ぬわあああああああああ!」

 「おわあああああああああ!」

 「あんぎゃあああああああ!」


 ………ついでに、サイトとデルフも巻き込んだけど。


 「殺す気か! だけどナイス!」

 貶しながら褒めるサイト。って、そんなことより!


 「ウェールズ王子!」

 あの身体で『レビテーション』をかけるなんて!


 「う、ヴァリエ―ル嬢かね?」

 私は目の前にいるのに……まさか、もう目が…


 「すまない、君を危険にさらしてしまった…」

 「そんな! どうしてそこまで!」

 私なんかを守ろうとするんですか!


 「私は……アンリエッタを……置いていってしまう……………ならばせめて……彼女の親友くらいは守らねば…………格好がつかないだろう?」

 「!」

 姫様のために……

 王子様は微笑んでいた。どうして? どうしてこの人はこんな状態で笑えるの?


 「ウェールズ王子!」

 サイトが駆け寄ってきた。


 「サイト君………悪いが……頼みがある」

 「はい! なんでしょうか!?」

 サイトは叫ぶように内容を尋ねた。


 「彼女を、守ってくれ……彼女がいなければ………アンリエッタが悲しむだろう」


 「ウェールズ王子……」

 この人は、本当に姫様を愛してるんだ。自分が死ぬ直前なのに、姫様のことを思うくらい。


 「分かりました! 手紙もルイズも全部守って…必ずお姫様の下まで届けます!!」

 サイトは力強く誓った。


 「ありがとう………任せた……男の男の……約束だ…」


 そして、ウェールズ王子はしゃべらなくなった。私には、その手を握っていることしか出来ないまま。











■■■   side:才人   ■■■


 ウェールズ王子が目を閉じた。

 けど、俺の心にあるのは別のことだった。


 “ルイズを守る”

 “手紙をお姫様に届ける”

 “絶対にあの野郎をぶっ殺す”


 それしか頭になかった。


 「別れは済んだかね?」

 傲然と杖を構えて俺と対峙する変態野郎。


 「うっせえ、しゃべるな」

 こいつと話すことなんて何もねえ。俺はデルフを構える。


 「いいぜ相棒、その調子だ。どんどん心を震わせな。思い出したぜ、“ガンダールヴ”だ。主人を守る、そのために敵をぶっ殺す、最高の条件だ」

 すると、デルフが光り輝いた。



 同時に変態野郎が魔法を唱える。俺は避けずにデルフを構える。


 「風」の魔法はデルフの刀身に吸い込まれた。


 「魔法吸収、やはりそれがその剣の能力か」

 光が止むとそこには新品同様に輝くデルフの刀身があった。


 「お前……」

 「これが俺の本当の姿だ、忘れてたぜ、飽き飽きしてた時に、テメエの姿を変えたんだった」


 まあようは、これで変態野郎の魔法を気にしないでいいってことか。


 「安心しな相棒。ちゃちな魔法は全部俺が吸い込んでやるよ!この“ガンダールヴ”左腕、デルフリンガーさまがな!」


 デルフが叫ぶと同時に、俺は変態野郎に切りかかる。


 「舐めるな!」

 そして、切り合いが始まる。




 「うらああああああああああああああああ!!」

 構え何か知らねえ。そもそも剣術なんざ習ったことも無い。

 こいつの正統派の技術に比べりゃ遊びみたいなもんだろうが。


 “絶対に勝つ”


 それだけを念じてひたすらデルフを振るう。

 理論なんか知ったことか、生き残れば勝ちだ。


 「おいおい!どーした変態ロリコン野郎!この前相棒と戦ったときよか動きが鈍いぜ!」

 デルフが叫ぶ。


 「くっ、ウェールズめ……奴から受けた傷さえなければ貴様如きに……」


 そう呟く変態野郎。

 ウェールズ王子がこいつに傷を与えたってことか……ありがとうございます、ウェールズ王子。



 「はあああああああああああああ!!」

 「その調子だ!このまま押し切れ!」

 言われるまでもねえ。

 「くっ!」

 変態野郎が大きく後退した。『フライ』だ、攻撃魔法はデルフに効かねえから支援系に切り替えたのか。



 「平民のくせにやるな、流石は“ガンダールヴ”」

 疲れは見えるが、声に余裕がある。


 「さて、ではこちらも本気を出そう、なぜ風の魔法が最強と言われるのか、その所以を教育いたそう」

 そんな余裕の発言をしてる間に、俺は背中から“切り札”を取り出す。


 「ユビキタス・デル……」

 「おらよ!」

 投擲するのはコショウ爆弾。ずっと背中に隠し持ってた秘蔵の逸品だ。


 変態野郎が咄嗟に杖で弾くが、風で吹き飛ばさなかったのが運のつきだな。


 「ゴホ!ゲホ!」

 コショウでむせる変態野郎。そりゃあそうだ、“立派な貴族様”のこいつが厨房で芋の皮むきだの、小麦粉運びだのをやったことがあるわけがない。

 あそこにいればコショウくらい自然と耐性が出来る。


 「オラアアアアアア!!」

 「いったれ相棒おぉぉぉ―――――――!」


 ここで一気に決める!


 「ガハッ!」

 むせながらも避けようとするが、デルフが変態野郎の左腕を切り裂いた。


 「まだだ相棒! 返す剣で首を飛ばせ!」

 「おおおおおおおおおおおおおお!」

 チャンス!一気に仕留める!


 「くっ!」

 だが、変態野郎は『フライ』で飛びあがりやがった。そして、壁に開いた穴に向けて飛んでいく。


 「逃がすかよ!」

 腰から短剣を引き抜いて全力で投擲する。

 昨日の夜、野郎の変態疑惑が固まった後、城内にいた人に聞いて余っている短剣をもらっておいた。

 それに城の薬品庫のあった毒薬ももらって、塗っておいた。ハインツブックの手引きにしたがって。

 変態野郎の背中に刺さったようにも見えたが、確認は出来ない。

 「やったか?」

 「いや、多分逃げられたな、あの変態ロリコン野郎にはグリフォンがいやがる。あいつがただの単独犯の変態野郎だったら毒で死ぬだろうが……」


 そこで一旦デルフが区切る。


 「なあ、貴族の娘っ子、あの変態は『レコン・キスタ』の刺客だったんだろ?」

 「そうよ、ワルドは裏切り者だったの」

 「何だって!」

 あの変態ロリコン野郎が『レコン・キスタ』!


 「相棒がわかんねえのも無理はねえ、俺って耳がいいんだよね」

 そういやそうだった、けど。


 「『レコン・キスタ』ってのは変態まで集めてるのか!」

 「変態だろうが強ければ使う、そういう組織なんだろうよ。王子様もそんな感じのこと言ってただろ」


 そうか、何て恐ろしい組織だ。


 「違うわサイト、ワルドの狙いは『レコン・キスタ』の一員としてウェールズ王子の命と姫様の手紙を奪うことだった。別に変態じゃなかったのよ」

 ルイズが訂正する。


 「じゃあ、なんで結婚式なんてやろうとしたんだ?」

 それだけが狙いなら、まずはルイズを殺して手紙を奪って、後はお姫様の使者として、ウェールズ王子に近づいて殺せばいい。あの変態がトリステイン貴族なのは事実なんだから、疑われることはないだろ。


 「それは、えーと……3つの目的があって、1つは手紙で、2つ目がウェールズ王子で、3つ目が……」

 考え込むルイズ。


 「なんなんだ?」


 「ちょっと待って、えーと……僕には……君の…………身体が……必要なんだ、だったかしら?」


 ※注  ワルドの台詞は『ルイズ!きみの才能が僕には必要なんだ!』です。ワ
    ルドは変態であるという先入観がルイズにあったため、脳内変換された
    ようです。



 「やっぱし変態じぇねえか!」

 「やっぱ変態だわ!『レコン・キスタ』の一員であり、同時に変態だったわ!」

 「けど、変態の野望は王子様が防いだわけか。男だねえ、愛する女の親友を、変態の魔の手から命懸けで防いだってわけだ」


 そうだ、ウェールズ王子!


 俺達はウェールズ王子の下に戻ったけど、ウェールズ王子はもう事切れていた。


 俺は目を瞑ってしばらく黙祷する。多分、ルイズも同じだと思う。


 そして、目を開けると。


 「サイト、手紙と私を、姫様のもとまで絶対に守るのよ」

 初めて、使い魔としてじゃなくて、“才人”にルイズが命令した。


 だから。


 「任せろ、ルイズ」

 俺も御主人さまじゃなくて、“ルイズ”に応えた。ウェールズ王子が守ろうとした、お姫様の親友のルイズに。


 で、ちょうどそのタイミングで。


 いきなり足下の床が盛り上がり出した。

 「何だ? 敵か? 下から来やがったのか?」

 意外なところから出現した敵を迎え撃とうとしたその時、ボコッと床石が割れ、茶色の生き物が顔を出した。


 「ヴェルダンデ!」

 突如現われた巨大モグラに呆気に取られていると、穴から顔が出てきた。


 「こら! ヴェルダンデ! もう少しペースを落としたまえ、これじゃあついていくのがやっと……」

 土に塗れたギーシュが現れた。


 「おや!君たち!ようやく追いついたか!」

 「…何でこんなとこから?」

 どうやったら地面から出てくるんだ? 地底人かお前は、ここ空島だけど。


 「話せば長くなるんだけど、ラ・ロシェールでの戦いを終えた僕たちは、寝る間も惜しんで、君達の後を追い掛けたんだよ。何せこの任務には、姫殿下の名誉が掛かっているからね」


 「それで何で地下なのよ?」

 ルイズも尋ねる。当然の疑問だ。


 「タバサのシルフィードでアルビオンまでは来たんだけど、そこからが問題だったの」

 「キュルケ!」

 キュルケも穴から這い上がってきた。つーか、貴族のお嬢様がやることじゃねえな。全身土塗れだし。


 「アルビオンに着いたはいいが、何せ勝手が分からぬ異国だからね。で、とりあえずロサイスに行って情報収集、案外あっさりと、王党派がニューカッスル城に拠点を置いてることがわかったんで、ここまで来たんだけど…」

「化け物みたいにでっかい戦列艦がいたのよ。しかも、それ以外にも、 攻城用の艦砲射撃のための戦列艦がいてね、空中からは接近が難しかったわ」


「そこで、地下から潜入することに、ヴェルダンデがルイズの『水のルビー』の匂いを追って来た」

 3人が続けて話す。って、シャルロットも顔を出してる。やっぱし土塗れだけど。


 「で、そっちの用件は終わったのかしら?」

 キュルケが代表して聞いてくる。


 「うん………一応は」

 覇気が無いルイズ、まあ、当然だな。

 「近いうちに『レコン・キスタ』が総攻撃をかけてくるらしい、相手は5万だ、とっとと逃げた方がいい」

 「だな、あの変態野郎が知らせに行けばここに一気に来るかもしれねえし」

 俺とデルフで近況を伝える。

 あの変態野郎を逃がしちまったからな。


 「変態? ワルド子爵のこと?」


 「ああ、あいつはルイズとの駆け落ちを企んでた、『レコン・キスタ』の変態だったんだ」

 「公爵令嬢の娘っ子と結婚するのが無理だったから、トリステインを裏切って『レコン・キスタ』についたってわけよ。ま、結局は相棒にやられて逃げてったけどな」


 だけど、それもウェールズ王子がルイズを守ってくれたからだ。俺だけだったらどうなっていたか。


 「じゃあ、撤退」

 シャルロットの言葉に全員が頷いて穴から逃げる。

 俺とルイズは最後にウェールズ王子のところに戻って何か形見の品はないか探す。

 亡骸を持っていくことは出来ない。『レコン・キスタ』がウェールズ王子の死を確認できなかったら亡命と同じことだ、トリステインに攻めてくる可能性が高くなる。


 「これ、『風のルビー』」

 ルイズがそう呟く、あの時空賊正体を明かす時に使ってた指輪。


 「そうだこれ、もうお前が持ってろ」

 お姫様の手紙をルイズに渡す。変態との決戦に際して、万が一ルイズが連れさられた場合のためにルイズが俺に預けていたものだ。

 「わかった」

 手紙を受け取ったルイズは穴の方に駆けていく。


 俺は『風のルビー』をウェールズ王子の指からはずし、ポケットにしまう。


 「ウェールズ王子………貴方のことは絶対に忘れません」

 頭を下げながら誓う。


 「俺は、俺が信じるものを守り抜くことを、貴方に誓います」


 一礼した後、穴に向かって駆けだす。


 だけど、最後に。


 “お見事、彼の治療は裏方の悪魔に任せろ。舞台劇はまだまだこれからだ”

 そんな声が聞こえた気がした。




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 あとがき

 この作品を読んで下さる方、感想を下さる方々に、まずはお礼を。いつも、ありがとうございます。

 ワルドの行動の動機ですが、私も原作の彼が何を根拠にしていたのかは、わからない所がありました。何ででしょうね? 原作でワルドは『聖地』関連の”力”を見たことがあるような記述がありました(零戦を見たときとか)から、そのときその”何か”から感じ取った印象が、かつてルイズが振るった力から受けた印象に似ていた。よって”自分たちの魔法とは異なる強力な力”と”ルイズの力”をイコールで結んだのかもしれませんね。その際に、その”何か”の力が彼の家庭環境(母親関連?)に影響を与えたのかな、と思ったりしてます。だから、執拗に”ルイズの力”を求めたのかと。

 それと、この外伝書いてて、ルイズやサイト主観で全部書いた後、裏方のハインツたちの方を書いたほうが良かったかな? と若干後悔してます。順番間違えたかもしれません。





[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十九話 軍人達の戦場
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:4c237944
Date: 2009/12/22 22:23
 ※ 今回はサブキャラ、オリキャラたちによる戦闘描写の回です。完全な趣味なので、読み飛ばし可です。





 主役達が去った後のニューカッスル城。

 しかし、舞台が終わったわけではなく、裏方の悪魔やその他の俳優たちが登場し、アルビオン革命戦争の最終幕を盛り上げるべく脚本が組まれている。

 そして、アルビオン王党派と『レコン・キスタ』の決戦が開始された。





第十九話    軍人達の戦場






■■■   side:ホーキンス   ■■■


 攻城戦が開始されてよりおよそ1時間。ニューカッスル城は全く落ちる気配を見せない。

 ニューカッスル城は大陸から突き出た岬の突端に位置し、三方向を断崖に囲まれ、一方からのみしか攻めることが出来ない難攻不落の城塞であり、そこに300ものメイジが決死の覚悟で立てこもっている状況だ。

 例えこちらが圧倒的に数で勝ろうとも容易に落とせるものではない。


 その上。


 「あの司令部では当然か、兵を殺そうとしてるとしか思えん采配だな」


 現在『レコン・キスタ』軍を率いているのはガスパール総司令官ではなく、貴族会議の議員達。

 貴族会議は、その全てが広大な領地を持つ、封建貴族で構成されていたが、そのうち3名がすでに故人となっており、その全てがガスパール総司令官に殺されたためだ。軍部にあれこれと口を出し、戦利品を出来る限り保有しようなどという真似をしたために。

 それ以来、貴族会議の馬鹿共が戦いに口を挟むことはなくなったが、今回の決戦においては全員が出兵している。そのため5万という『レコン・キスタ』全軍が集結することとなった。


 この戦いは戦う前から結果がみえており、かつ、王党派に止めを刺す最後の決戦。ここで戦果を挙げ、王の首をあげることが出来れば今後の『レコン・キスタ』内部における地位を一気に上げることが可能となる。

 そういった本音が見え見えの参戦ではあったが、ガスパール総司令官はあえてこの戦いにおける指揮権を手渡し、いずこかへ姿を消した。


 結果、この決戦における最高指揮権は円卓に属する封建貴族達が分散して持つこととなり、見事に足を引っ張り合い、意思決定能力を非常に欠いたまま、決戦に臨むこととなった。

 万が一に備え私が後詰めとして配置されてはいるが、今のところやることはない。仮に口を出したところであの貴族共が賛成するはずもない。


 「初めから分かりきっていたことです。これを見越していたからこそ、ガスパール総司令官は貴方に後詰めを任じたのでしょうから」

 いつものように淡々と答えるのはマシュー、俺の師団の副将である。非常に若い、まだ25だ。

 参謀をやらせればこいつ以上はいない、今の『レコン・キスタ』の軍部には、ガスパール総司令官を慕って集ったものが多いため、猛将タイプが多くなる。冷静な参謀タイプの指揮官は貴重な存在だ。
 

 貴族連合の封建貴族共は論外、あいつらには何も出来ん。期待する方が間違いだろう。


 「しかし、いくら戦闘経験が無いとはいえ、多勢に無勢のはずだったのだがな」

 だがそれも、“ある条件”を満たしていればの話。


 「艦砲射撃なしでニューカッスル城を落とすことは、容易ではありません。陸からの砲撃では、高みから打ち下ろす敵の砲弾が、より遠くまで届くのは当然のこと」

 ニューカッスル城の城壁を空爆によって破壊する予定だったが、謎の“食当たり”によって全艦が行動不能となっている。

 あまりにもタイミングが良すぎる。当然王党派のスパイが、毒を盛るなどの工作を行ったのだろうが、その手際の鮮やかさは見事の一言に尽きる。


 「空軍の支援を得ることが不可能となった時点で、一旦退けばよいものを」

 「それが出来ぬから、奴らは不要なのです。貴族の面子にこだわり、一度定めた決戦をやり直すことが出来ない。さらに、指揮系統が統一されていないため、決戦続行か一時撤退かの意思決定すら不可能、これでは雑兵の群れと変わりません」


 その結果、無駄な犠牲者ばかりが増えている。既に死者は500を超えるだろう。

 まあ、元々彼らが率いているのはそれぞれの諸侯軍、それも財宝目当てで、考えなしに突っ込んだ傭兵の集まりだ、傭兵ならば、誰の下につくのかの、判断を誤ることは死に繋がる。自己責任ともいえるだろう。


 「守備兵も人間だ、いくら雑兵が相手とはいえ疲労はある。300の王党派と50000の『レコン・キスタ』では疲労の蓄積に天と地の差が出る。さらに防衛側が全員メイジならば尚のこと、一度使いきった精神力はそう簡単には回復せん」

 平民の傭兵がいないことが致命的だ。護衛なしでは精神力が尽きた時に死ぬことが決定している。


 はずだったのだが。


 「ところが、なぜか相手はガーゴイル。疲れもなければ、矢や鉄砲を数発受けたくらいでは機能を停止しない、防衛戦においてこれ以上有効なものもないでしょう。しかし……」

 マシューが言葉を濁す。


 「そう、あれをどこから王党派が入手したかが問題だ。我がアルビオンには、完全に自動で動く戦闘可能なガーゴイルなどは存在しない。いや、ハルケギニア諸国の中で、そのようなものが存在しうる国家といえば、ただ一つ」


 「ガリア、しかあり得ません。そうなると、王党派はガリアの支援を受けている、ということになりますが…」

 それは少々厄介な事態となる。さらに最悪の場合……


 「王族のいずれかが、ガリアに亡命する可能性が出てくるな。つまり、我々を撃ち滅ぼしに、ガリアが全面的に攻めてくる可能性があり得る」

 今のアルビオンではガリアには勝てん。国力に差があり過ぎる。

 如何にガスパール総司令官とはいえ、食糧や資金がなければ勝つことはかなわぬだろう。


 「ならば、先手を打つしかなくなります。ガリアが我々に牙をむくより早くトリステイン、ゲルマニアを攻略する。ガリアは政争と簒奪の国です、国家の意思決定に年単位の時間がかかりますから、その間に他の国を併呑するしかないでしょう」

 
 それだけを聞けば夢物語か、狂人の戯言だな。

 トリステイン、ゲルマニアの二国を1年かそこらで併呑するなど、正気の沙汰ではない。


 しかし。


 「あの方ならば、出来るかもしれん。いや、総司令官以外に出来る人物などいないだろう」

 『軍神』のもとに我々が力を合わせれば、それも可能と出来るかもしれん、いや、してみせる。


 「小官も同じ考えです。ならばここで余計な者達には退場していただきたいところですが……む?」

 どうやらマシューも気付いたようだ。


 「気付いたか?」


 「はい、敵は攻勢に出るつもりのようです。守備兵の位置に変化が見られることから、要所以外にはガーゴイルのみを配置し、突撃用の部隊を編成していると予測します」

 流石、戦況分析力は見事。


 「圧倒的劣勢にもかかわらず敵が打って出るということは?」

 「本陣の場所の特定が済み、突入路の割り出しが完了したということを意味します。たった1時間ほどでそれをなすとは、流石は王党派最後の精鋭たちと言うべきですか」


 敵は一直線に本陣を急襲し、司令官を討ち取るつもりだろう。寡兵で持って大軍を打ち破るならば、それしか手段はありえまい。


 「いかがなさいます?」

 「静観に徹するとしよう。軍の行動を妨げる余分な荷物を、敵が削ってくれるというのだ、好意に甘えようでないか」

 別に粛清というわけはない、彼らはあくまで戦場で散るだけだ。


 「左様で、しかし、その後に混乱が起こる可能性もありますが?」

 「問題ない、既にボアローが向かっている。敵の引き潮に合わせて一気に城壁を突破するつもりらしい」

 提案を聞かされた時は呆然としたが。

 司令部を囮にし、あえて殺させ、そこを逆襲、引き潮に転じた敵を追撃し、一気に城壁を破るなどよく考える。

 最初からまともな司令部が戦っていたのでは、採用しようもない策。あいつにとっては、臆病で危険なことは配下にやらせ、安全なところ隠れて、戦闘終了後に戦利品を貪るしか能がない封建貴族など、許せる存在ではないのだろう。堅物で根からの軍人気質な考えだ、奴らしい。

 まあ、そこは共感できる。


 「なるほど………彼ですか、現在は中佐で大隊長でしたか?」

 「いや、先程先陣の連隊長が一人討ち死にしたという報告があったため、今からは大佐で連隊長だ。本来なら将官となるべき男だ、何の問題も無い」


 少々先走ってはいるな、まだ貴族会議からの最高指揮権の移譲は済んでいないのだから。


 「なるほど、では、我が連隊も共に進軍することといたしましょう。ホーキンス将軍、先陣を任せていただいてよろしいですか?」

 マシューは現在大佐で連隊長。俺は少将で師団長。俺の師団では副将であるため、そうなれば当然……


 「任せた。いつもお前に師団の指揮を押し付け、俺が前戦で暴れているからな。たまには恩返しといこう」

 師団長である俺が前戦に向かう時は副将のマシューが指揮を代行する。たまには逆になるのもいいだろう。


 「ありがとうございます。作戦を立案するのも好きなのですが、やはりたまには前線が恋しくなりますので」

 そう言い残して自らの連隊に向かうマシュー。


 「やれやれ、冷静な参謀タイプの奴ですらこうか、ボアローなどは推して知るべし。俺も、もう少し自重せねばならんな」


 全員が前戦に行ったのでは軍にならん、誰かが後方に控えねば。


 「年長者は割を食うことになりそうだが、それもまた仕方ない、突っ込むのはより若い連中に任せるとしよう」


 さて、他の連隊にも指示を出さねば、貴族会議の連中が全滅し次第、一気に攻勢をかけると。





■■■   side:ボアロー   ■■■



 「そろそろ来るな」

 俺の大隊600名は貴族会議の阿呆共の本陣数百メイル後方に布陣している。本来はもっと後方にいたが、密かにここまで前進してきた。


 「やれやれ、完璧な命令違反ですなあ」

 副官であり、中隊長のオルドーが呟く。俺直属が200名、残り400を二個中隊として、オルドーとキムがそれぞれ指揮している。


 「気にする必要はない、あの世から軍律違反を罰することは誰にも出来んからな」

 そもそも、純軍事的な指示ではなく、無能な貴族共が、自らの率いる諸侯軍に手柄を挙げさせるために、普段ガスパール総司令官が率いている主力部隊を後方に配置したに過ぎん。

 次期司令官のホーキンス将軍の許可は戴いてあるのだから、問題はない。


 「なるほど、ま、一暴れするとしましょう」

 俺の部隊は若くて血気盛んな連中ばかりだ、類が友を呼んだだけだろうが。

 傍らにいる隼に俺は話しかける


 「キム、そちらは万事抜かりないか?」


 ≪当然、問題など皆無なり≫

 向こうには俺の使い魔であるガルバのリックがいる。

 アルビオンのハイランド地方に生息する、幻獣の一種であるガルバ。アルビオンでは珍しい「土」属性の幻獣であり、機動力では馬とさほど変わらぬが、持久力、皮膚の固さ、そして凶暴性などでは比較にならない。

 地竜の首を短くしつつ小型にし、頭に強力かつ巨大な一本の角をつけた外見をしている。その角で獲物を刺し殺して捕食する、つまり馬と異なり肉食、大きさは全長4~5メイル程、馬は神経質な動物だが、ガルバは命に危機にでも晒されん限りは動じない。そして相手が自分より強くない限りは、絶対に命令などには従わぬほど。頑固で気が強い。


 『お前そのものだ』

 とは友人全員から言われたが、我ながらそう思う。


 「俺の合図に応じて砲兵に弾を込めさせろ」


 ≪了解≫


 キムの中隊は砲兵や弓兵、銃兵によって構成された遠距離戦部隊。オルドーの中隊は槍や棍棒を武器とした突撃部隊。

 俺の直属隊はその両方とメイジ、治療士(ヒーリショナー)、衛生兵で構成されている。


 「しかし、砲亀兵ならぬ、砲ガルバ兵ってとこですかね?」

 「語呂が悪いな、ガルバ砲でよいのではないか?」


 通常は、攻城戦などでは陸ガメに大砲を載せ、砲亀兵として移動するが、俺の部隊ではガルバに載せて運んでいる。

 陸ガメよりもさらに力があり、機動力もある。さらに大砲をおろせばそのまま白兵戦でも戦える。ガルバの皮膚はミノタウルス並みに硬いため、銃弾などでは傷がほとんどつかない。

 もっとも、堅いのは鱗の部分であり、竜と同じく腹は案外もろい。しかし、竜と違って空を飛ばず、常に姿勢を低くした四足歩行のため弱点が露出することはない。

 竜の飛行速度は最速だが、翼や腹といった弱点を露出するのが最大の欠点だ。故に野生の竜は、必要がないときに不用意に飛び上がったりはしない。


 「確かに、でも、他の部隊じゃ誰も使ってませんよ、あれ。というか、これを考案したのはガスパール総司令官で、それを試験的に運用するのに、唯一志願した無謀な人がいたんでしたっけ」

 「それほど無謀というわけではないぞ、確かにガルバは凶暴で制御が難しい。だが、馬とて機嫌を損ねれば蹴ってくる、グリフォンとて爪を振るう、竜などは尻尾を叩きつけてくる。大した違いはない」

 ガルバは捕食する側の幻獣であり、凶暴性は火竜並、しかし、竜種ほど知能はない。


 「けど、この前、貴族諸侯軍の誰かが喰われましたよね?」

 「不用意に近づく方が悪い、ガルバは自分より弱い者には従わんからな」


 つまり、油断すれば喰われる。まあ、使い魔となっている俺のリックがいるので、他のガルバも、そう簡単には人を喰ったりはしないが。


 「そういや、言うこと聞かなかったガルバが、隊長のリックに殺されてましたっけ。やっぱ使い魔は主人に似るんですねえ、体長も他のガルバの1.5倍くらいあるし」


 通常のガルバは全長4~5メイル程だが、リックは6.5メイルほどある。何ででかいかは知らん、召喚した時からそうだった。


 「幻獣を従えるには、力で抑えつけるのが最も効果的だ。マンティコアやヒポグリフなどの「風」や「水」の幻獣は知能が高く温厚な種が多いが、「土」や「火」は獰猛なものが多い」

 「確かに、「風」は機動力、「水」は回復や適応力が持ち味ですが、「火」は攻撃性、「土」は肉弾戦闘力が持ち味ときてる。そう考えると火竜って奇蹟的ですかね、よくまあ人間に従ってるもんですよ、喰ったりせず」


 竜種は知能が高い、その恩恵なのだろうが。


 「火竜山脈の火竜などは、そうでもないようだぞ。ガリアの火竜騎士団で使用する火竜などは、乗り手が弱ければ、容赦なく無く殺すと聞いた」


 「うへえ、ガスパール総司令官みたいのが、ガリアにもいるんすかねえ」

 肝が座っている男だ、あの総司令官を、そのように呼べるのは滅多にいない。


 「さあな、そろそろ進軍するぞ、敵の攻勢はまもなく始まる」

 「了解、しかし、何で分かるんです?」

 「戦場の空気がそう言っている」

 こればかりは感覚的なものなのでなんとも言い難い。



 「総員! 前進せよ!」








■■■   side:ハインツ   ■■■



 「突撃部隊は任務を達成できそうだな」


 俺は現在ニューカッスルの天守部分というか、城の最も高い物見の塔とでもいうべき場所にいる。

 『遠見』で『レコン・キスタ』諸侯軍の布陣を確認してみるが、特に秩序も無く散開しているだけ、これじゃあ突破してくれといってるようなもんだ。

 逆に後方に控えるホーキンスを司令官とした部隊は完全に統率され、整然と布陣している。


 「しかし、“アイン”から興味深い知らせがあった。ボアローが面白いことを企んでいる。ホーキンスもやる気満々のようだし、マシュー、バルガス、カドゥルらの連隊長たちも優秀だ」

 貴族会議の能無しを囮にし、奇襲部隊に反撃、そのまま追撃し城壁を一気に突破する。

 『軍神』に従う将軍の一角としては申し分ない戦才の持ち主だ。


 「それじゃあ、俺も『レコン・キスタ』総司令官として、ジェームズ王の首を獲りに行くか」

 撤退は完了、既に『インビジブル』は出発している。


 「さて、どうなることやら」














■■■   side:ホーキンス   ■■■


 「突撃してきた敵はどの程度だ?」

 「およそ100人です。竜が2、ワイバーンが5、グリフォン7、マンティコア8、ヒポグリフ8、そして馬が30。二人一組で騎乗しているそうで、城内にいた機動力を一気に投入した模様です。監察官が『遠見』で確認したそうですから間違いありません」

 連絡士官がよどみなく答える。


 「そして突入部隊の全員がメイジか、迎撃部隊はどうなっている?」

 「それが、諸侯軍が保有する竜騎士隊や、その他の幻獣騎兵隊の指揮系統も統一されておらず、動いていいのかよく分かっていないようです」


 何とも、呆れ果てる話だ。

 諸侯の中には、自前の竜騎士隊を持つ者もいる。トリステインでは、クルデンホルフの空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)などがいるが、錬度はさほどでもない。

 王軍が二百近い数の風竜騎士団を保有していたが、現在では150騎程が『レコン・キスタ』に所属している。残りは王党派として戦い散って行った。

 竜騎士の錬度は竜ではなく、乗り手で決まる。竜の数自体は諸侯軍のそれで補完が可能、後は乗り手を鍛え上げれば、かつての威容を取り戻せる。

 が、そもそもの指揮系統が混乱しているのでは意味がない。グリフォンなど、その他の幻獣騎兵も同様。


 「つまり、本陣への道は無人の荒野を駆けるようなものか」

 「はい、後数分で到達するでしょう」

 ならば、ボアローも動くな。マシューも既に出発した。


 「バルガス連隊長とカドゥル連隊長に指令を出せ、我が軍は一気に打って出る」


 「はっ!」


 戦局が大きく動く、ここを逃すようでは無能の烙印を押されよう。


 「戦の開始だ」






■■■   side:ボアロー   ■■■


 「まだだ、まだ早い」

 使い魔を通してキム、オルドーに待機を命じる。


 「しかし大隊長、敵はもう突撃していますが……」

 伝令士のモックスが不安そうに尋ねてくる。


 「まだだ、敵は前面の敵を倒すことに集中している。この状況で新手が出現しても、動じることはない。まして、決死の覚悟で突っ込んできた精鋭ならば尚更だ。しかし、司令部を制圧した瞬間ならば、隙が生じる。人間というものは、勝利の瞬間こそが、最も油断するものなのだ」


 「な、なるほど」

 俺は沈黙し、その瞬間を待ちうける。



 悲鳴が聞こえる。


 『炎球』が炸裂する音が聞こえる。『ライト二ング・クラウド』の独特の電撃音がする。ゴーレムの足音が聞こえる。

 俺が「風」メイジならば索敵能力に優れるが、あいにくと「土」は対極属性、拠点防衛には優れるものの、偵察や速攻には向かない。

 しかし、そこは軍人の勘と経験で補えば良い、戦場には独特の空気がある。それを感じ取れば“流れ”を把握することは可能だ。


 まだ


 まだ


 まだ


 まだ


 勝ち鬨が聞こえる、しかしまだ早い、一部分だ。


 徐々に勝利の声が重なる。


 来た!


 「キム! 撃て!」


 その瞬間、10騎のガルバに搭載したカノン砲の轟音が鳴り響く、銃声もなかに含まれていた筈だ。


 「総員突撃! 一気に城壁まで突き進むぞ!」


 「「「「「「「「「「 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 」」」」」」」」」」









■■■   side:キム   ■■■



 「撃ち方やめ!」

 大隊長とオルドーの部隊が突撃した、この状況で撃てば味方にあたってしまう。


 「戦果はどうなのでしょうか……」


 「大したものではないさ、敵を狙ったわけではないからな」

 ここで敵を粉砕したのでは意味がない、彼らには城壁内部まで撤退してもらわないと。

 砲兵や銃兵が狙ったのは 乗り手ではなく乗り物のほう。機動力を失えば彼らは地上を歩いて撤退することになる。


 流石に、100もの兵を失うことは出来ないから、彼らのために城壁の守りは薄くなる、全員がメイジだから『フライ』は使えるだろうが、戦場でそんな真似をすれば、真っ先に撃ち落とされる。飛んでる最中には『エア・シールド』などの防御も出来ない。


 「後は城壁まで、追って追って追いまくる。当然、銃や大砲を持ったままな」

 もっとも、大砲はガルバに積んであるので問題ないが、銃や弓は、持ったまま進軍しないといけない。この辺メイジは有利だ。メイジであるわが身に感謝、と言いたいが俺も銃を持っている。

 銃兵や砲兵を指揮する者が、杖しか持ってないんじゃ格好がつかんからな。


 「うわあ、耐久レースの始まりか」

 「ボアロー大隊の宿命と思え、楽な戦場などありえない」

 大隊長はそういう人だ、頭が鋼鉄より固い、ついていくのこっちは大変だ。そこがいい所でもあるが。


 「総員、突っ走るぞ! 敵は杖しか持ってない! 分は悪いが根性で乗り切れ!」

 メイジは逃げる時は身軽、俺以外ほぼ全員が平民の、我が中隊は大変だ。








■■■   side:ボアロー   ■■■



 引き潮に転じた突撃部隊を追って城壁の100メイル手前までは進撃した。

 先陣はオルドー、俺が中軍、キムが後陣を指揮しいっきにここまで来たが。


 「予想よりも優秀なガーゴイルのようだな」


 城兵の援護射撃は精確だった、これでは近寄れまい。


 「総員、続け」

 オルドーの下まで進む。






 「膠着しているな」

 「すいません、しかし、兵を無駄に死なすわけにもいかないもので」

 「的確な判断だ、お前の部隊にはメイジがほとんどいない、突っ込んだところで砲撃の的にされるだけだ」

 だからこそ、メイジというものは存在する。


 「往くぞ、戦線をこじ開ける」


 愛用の杖を構え、精神を集中させる。


 「大隊長!? 貴方が突っ込む気ですか!? 貴方の隊なら他にもメイジはいるでしょう!」


 「オルドー、軍人貴族というものは、何のために存在する?」

 オルドーやキムは傭兵上がりの中隊長であり、メイジではあるが貴族ではない。だが、俺は貴族なのだ、これだけは変えるわけにはいかん。


 「そ、それは……」


 「我々の魔法は部下の先陣に立って戦い、平民の無駄な犠牲をなくすためにあるのだ! この身こそ戦の先駆けとならんでどうする! でなければ、何のための魔法だ」


 『クリエイト・ゴーレム』

 8メイル規模の岩製ゴーレムを5体練成。

 用途は盾、城塞からの砲撃を防ぎつつ前進する。

 “岩石”のニコラと名乗る由縁を見せてくれよう!


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 さあ、突撃だ!


 「大隊長に続け!」

 「大隊長を死なせるな!」

 「突っ込めー!」

 「ボアロー隊の意地を見せろ!」

 「あんな城壁で防げるかよ!」



 などという声が後方から聞こえてくる。最初の声はオルドーか。頼もしい連中だ、やはり、類は友を呼ぶものだな。であれば、絶対に無駄死になど、させるわけにはいかない。








■■■   side:ハインツ   ■■■


 「見事」


 ニューカッスル城の強固な城壁を、たった600の兵で突破してくる勇将がいる。守備兵のガーゴイルの迎撃もかなり苛烈だが、それ以上の猛攻を見せている。


 しかも、無謀な前進などではなく、よく訓練された兵士による、効率的な攻めだ。


 「治療士(ヒーリショナー)と衛生兵も共に前進するとは、なかなか出来ることではないな」

 従来、「水」メイジの治療士(ヒーリショナー)と平民の衛生兵は前戦には出ない、後方で待機し、負傷者の救護に当たることが多い。

 だが、前戦で傷ついた兵士を、後方に運ぶまでに傷が悪化することや、手遅れになることも多くある。故にそれをなくすには。治療要因も前線に出る必要があるが、ハルケギニアには、”衛生兵を狙ってはいけない”という国際条約はない。

 地球のように何百万、何千万もの人間が死ぬ戦争ではないため、明確な戦争法は規定されていない。捕虜宣誓した者を攻撃してはいけない、などのルールはあるが、それも自然と形成されたものであって、国際条約でl明確に取り決められてはいない。


 「治療士と衛生兵と「土」メイジが一体となって前進し、途中で負傷者が出れば、「土」メイジがその場で防壁を構築、その内側で治療する。そして、軽傷ならば、傷の治療が済み次第また前進する。重傷ならば、後方の待機部隊まで「風」メイジが避難させる。さらに、撃ってくる敵を「火」メイジが狙撃。必要なものは戦場で混乱しない統率力、そして勇気、ボアローの育てた大隊は、それを備えているようだ」


 そして、大隊長が最前線で戦いながら、中隊長や小隊長に、的確な指示を飛ばしていく。これで兵士が奮い立たないわけがない。

 城壁を突破するのも時間の問題、その上。


 「先陣はボアロー大隊600、その後にマシュー連隊1800が続き、それを支援するように左右にバルガス連隊2000とカドゥル連隊2200がある。その背後にはホーキンスの本隊1万4千」


 『レコン・キスタ』軍5万とはいっても実際に精鋭と呼べるのはこの2万程、残りの3万はほとんどが諸侯軍であり錬度は低い。

 だが、20000対300でも勝負にならない。


 「とはいえ、このままでは城壁のガーゴイルは全滅。残りの150名が直接迎撃に出ることになるが、無駄な犠牲になるな」

 城壁を突破された時点で既に勝敗は決している。ここから先はただの消耗戦だ。



 「では、そこに一石投じよう」













■■■   side:ホーキンス   ■■■


 「城壁を突破したか、流石だ」

 これは誇るべきことだ、連隊の支援があったとはいえ、ほぼ独力で城壁の一角を突破したのだから。


 「マシュー大佐、バルガス大佐、カドゥル大佐の3名も、それぞれ別の城壁の攻略にとりかかった模様です。おそらく、遠からぬうちに突破できるかと」

 そうだろう、ボアローが開けた穴を塞ぐためには、そこに守備兵を動員せねばならぬ、が、それでは他が手薄になる。

 そこに3か所同時にあいつらが猛攻を加えるのだ、如何に王党派が精鋭揃いとはいえ、守備兵の数が少なすぎる。この兵力差はどうにもなるまい。


 「それで、これまで攻めていた諸侯軍3万は何をしている?」


 「じっとしているようです。元々指揮系統がバラバラだった上に、司令部が全滅ときてますから」

 『レコン・キスタ』軍は、大雑把に分ければガスパール軍2万と、諸侯軍3万で構成されていた。


 貴族会議の連中が最高指揮権を保有していたため、我々2万は後方で待機を命じられていたが、今やその立場は完全に逆転している。

 諸侯軍3万は、軍隊とは言い難い寄せ集めだ。個人個人の力では、それほど違いはないはずだが、軍とは指揮系統が確立され、まとまって動くことで、初めて力を発揮する。それがないのでは野盗の群れと大差はない。

 特に大軍になればなるほど、それが顕著になる。故に、少数精鋭でもって大軍を打ち破った例は、古今東西に存在する。

 だが、大軍が完全な指揮系統を維持し、一糸乱れず動くならば、寡兵で以って打ち勝つ術はなくなる。錬度が互角ならば、多い方が勝つのは道理。


 「さて、そろそろ我等も往くぞ」

 本来俺の師団はマシュー、バルガス、カドゥルの連隊に、俺の直属隊1000を加えた7千程だったが、今は他の連隊を全て指揮下に置いている。ガスパール総司令官の指示によるものだ。

 ガリアやゲルマニアならば、1個師団で万単位なのだろうが、今のアルビオンではこの程度。特にガリアは万規模の師団が10以上存在する。我々『レコン・キスタ』は現在6000~7000の師団が3、残りは寄せ集めの諸侯軍、ハルケギニアの強国に戦いを挑むには、あまりにも無謀。


 しかし、諸侯軍を解体し、国軍として再編成が済めば1個師団も1万を超える。万規模の5個師団が陸軍を構成し、強力な空軍をも備えるならば、少なくともトリステインは容易に落とせる。

 トリステインを得れば陸軍の数でもゲルマニアに匹敵し、さらに兵糧の補給などの面でも障害はなくなる。トリステインは「水の国」、食糧は豊かであり、後方支援部隊が苦労することはなくなる。そして、空軍力では我等が圧倒しているのだから、勝機は我らにある。

 問題はガリア。陸軍だけで10万以上、さらにはあの両用艦隊を備えるハルケギニア最強国家。しかし、大き過ぎるために、意思が纏まることが無いと聞く。結束力ならば我等が勝るはずだ。


 後のことを考えるならば、やはりここで兵を無駄に消費するわけにはいかん。被害は最小限に抑えねば。


 「了解、それでは各部隊に指示を………」

 通信士官が妙なところで言葉を切った。


 「どうした?」


 「ホーキンス将軍、あれは……」

 城壁の方を見て呆然としている彼の視線を追う、そこには……


 「まさか……」

 信じ難い、いや、ある意味最も信じやすい光景がそこにはあった。


 『遠目』をかけて注視する………………間違いない、ニューカッスル城の尖塔に立ち、全てを見下ろしている人物がいる。

 そして、右手に何かを掲げている、あれは。


 「全将兵に告ぐ! アルビオン王ジェームズは、このゲイルノート・ガスパールが討ち取った! この戦いは我等『レコン・キスタ』の勝利である!」

 『拡声』によってガスパール総司令官の声が、戦場全体に響き渡る。彼が持つものはジェームズ王の首だ。

 『レコン・キスタ』が発足された当初、かつて奪った王冠を掲げたそうだが、今は首そのものを掲げている。


 戦闘が一斉に停止した。


 城壁を巡って戦っていた3つの連隊も、既に先陣として城壁を破り、守備兵と交戦していたボアローの大隊も、本格的な攻勢をかけるために前進していた本隊も。ついでに呆然としている諸侯軍も。


 全てが、時が止まったかのように動きを止めていた。


 「王は死んだ! アルビオン王家はここに滅びた!」

 総司令官の言葉が朗々と響きわたる。


「後は残党を始末するのみ、ホーキンス、軍の指揮はお前に任せる。残りの諸侯軍も全てホーキンス将軍の指示に従うべし、命に背く者は俺が悉く切り殺す。ジェームズと同じく、我が剣の礎となるがいい」

 総司令官の持つ剣は魔法を切り裂く。何千もの人間を殺したが故に、そうした特性を持つに至った魔剣であるという。


 「そして、王党派の勇士達よ、貴様らには最後の機会を与えよう。今、俺はニューカッスルの尖塔にいる。護衛の一人もつけずに単独でな」

 それが意味することは。


 「俺の首を獲り、王の仇を討ちたくばここまで上がってこい、始祖の加護とやらがあるのならば、あるいは俺を殺せるやもしれん。だが、そんなものはない、アルビオン王家はここで終わるのだ」


 ガスパール総司令官がジェームズ王の首を放り投げ、炎の矢で打ち抜いた。


 「さあ、我が下に来るがいい!」


 そして、止まっていた時間が動きだした。



 「「「「「「「「「「 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 」」」」」」」」」」


 『レコン・キスタ』本隊、王党派、皆が一斉に雄たけびをあげ、指揮官を失ったことで機能を停止していた諸侯軍までもが戦線へ突入した。


 何とも凄まじい光景だった。


 「何という方だ、たった一人で勝利を決め、さらに戦いそのものを変えるとは……」

 この戦いは攻めよせる5万もの『レコン・キスタ』軍と、決死の覚悟で防衛する300の王党派という図式だった。


 だが、それは変わった。ゲイルノート・ガスパールの首を求めて特攻をかける王党派と、それをさせまいと追撃する『レコン・キスタ』軍という図式になっている。


 王党派は、敵を目の前にしながら背を向けて駆けることになる。しかし、その危険を冒す価値がある。死を覚悟してニューカッスル城に残った彼らは、その命を使うべき目標を定めた。

 ここで、ゲイルノート・ガスパールの首を挙げれば、『レコン・キスタ』は瓦解する。王党派は全滅するが、戦略的には勝利といえる。

 ただ死者の数が増えるだけの不毛な消耗戦は、ほんのささいな天秤の傾きで、全てが決まる最終決戦へと姿を変えた。


 王党派がゲイルノート・ガスパールの首を挙げれば王党派の勝利、それが叶わず全滅すれば『レコン・キスタ』の勝利。

 兵の消耗を最小限に抑えるならばこれ以上の方法はないだろう。



 「凄まじい方ですな」

 「確かに、誰もが同じ気分だろう」


 そして、確信がある。


 総司令官は敗れない、『軍神』を殺すことは出来ない。


 だが、万が一それがなされた時は……


 『レコン・キスタ』が終わるだろう。











■■■   side:オルドー   ■■■



 俺の正面には到着した敵の新手と対峙する大隊長がいた。


 大隊長のゴーレムで敵の砲撃を防ぎつつ、城壁にとりついた俺達は一気に城壁を突破して、バリスタや大砲や、連射式の弩を操作していたガーゴイルを掃討した。

 このガーゴイルがかなり厄介で、行動不能にするくらい破壊しない限りは動き続けるという、嫌なものだった。


 だが、幸い俺の部隊は大剣や槍、棍棒で武装した突撃部隊。大隊長の直属隊は「土」メイジの割合が多かったから相性は悪くなかった。

 そして、激闘の果てにガーゴイルを全滅させたところに敵のメイジの増援が到着し、いざこれから、ってところにガスパール総司令官の声が響き渡った。


 で、敵は全員が反転、尖塔の方向へと突進していった。


 「大隊長、追撃はしないんですか?」

 答えは分かりきってるけど、一応副官としては聞かないと。


 「それは無粋というものだ、彼らが求めるのはガスパール総司令官の首のみ、俺のような小物と戦う意味などあるまい」

 そりゃ、ガスパール総司令官に比べりゃ誰だって小物だろうけど。


 「そりゃ向こうの都合ですよ、敵を前にして背中を見せたんだから、後ろからざっくりやっちまえば、敵の士官の首が労せず手に入るってのに」


 「そんなものに何の意味がある? もし彼らがこの先、我が軍に敵対する可能性があるのならば容赦なく殺す。だが、彼らが我々と敵対することはもうないのだ、ここで背後から襲う必要などあるまい」

 確かに、全員殺されるだろう。ガスパール総司令官によって。


 「それに、俺にとって勝利とは勝ち取るものであって、盗み取るものではない。勇者にはそれに相応しい死に場所がある。総司令官がわざわざそれを用意したというのに、その手足たる俺が邪魔してどうする」


 「なるほど、総司令官は貴方を拡大発展させたような方ですからね。で、俺達はどうするんで?」

 これまた聞くまでもないんだけど。


 「無論、友軍に害を与え得る存在を抹殺しに行くのだ」

 それが大隊長。彼ら王党派はもう『レコン・キスタ』軍とは戦わない、だから放っておく。そして、まだ敵対するのは。


 「またガーゴイル相手に激戦やらかすわけですね、つくづく貧乏くじですねえ」

 それがボアロー大隊だ。


 「すまんな、まあ、今回で終わりだ。今後は軍全体が再編成されるだろうから、もっと楽な部隊にでも移れ。そもそも、金を目当てに戦う傭兵を、俺が指揮すること自体が間違えているのだろう。国家に属する軍人くらいだ、俺が指揮できるのは」

 は、なに寝言を言ってるんだか。


 「そりゃあ無理ですよ。この大隊から離れようなんて思う腰ぬけはいませんし、いたらとっくの昔に逃げてます。それに、ここ以上の隊なんてありえませんよ。いつも最前線、危険な任務ばかり、なのに、生存率は全部隊中で一番。そして、命を張った分だけの報酬がある、大隊長がねこばばしたりもしない」

 大隊長が部下を見捨てて逃げたり、部下への報酬を懐に入れるなんてことがあれば、アルビオンは大陸に墜落するだろう。

 どんな時でもこの人は最前線に立つ、先陣を切って敵に切り込み、部下を絶対に無駄死にさせない。


 大抵の封建貴族なんざ、傭兵なんか使い捨ての駒くらいにしか思っていない。いざとなったら見捨てるのが当たり前、だが、この人は違う。部下のために全身全霊を尽くす、俺達傭兵にとってこれ以上の理想の上官はいない。


 「そうか、ならば俺に続け、手柄にはならんから出世はできんが、お前達に酒をおごるくらいは出来る」


 「よっしゃあ―――――――――!」

 「皆で騒ぐぜ―――――――――!」

 「酒より女欲しい―――――――!」


 歓声があちこちから上がる。


 そして、俺達はガーゴイル掃討に出発したが、一つ思うことがった。


 間違いなく大隊長は出世する。軍人で一番の出世頭になるだろう。


 「なにせ、トップがあの人だ」

 どう考えても将軍に任命されるに決まってる。少し考えれば誰でも簡単に分かる。


 「けど、その少し考える暇を、部下を死なせない戦術、友軍のためになる戦略を考えることに費やすのが大隊長なんだよな」

 出世欲が無いわけじゃないんだろうけど、自分の出世と部下の命を秤にかけることすら考えないような人だ。

 だからこっちも命を預けられる、大隊長のために命を懸けたいと思う。


 やっぱ、傭兵ってのは仲間を大事にしないとな。
 
 俺達には名誉なんてもんはない、懸ってるのは自分達の命だけ。


 だからこそ、仲間の命は大切なんだ。






[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十話 トリスタニアの王宮
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/23 15:43

 ニューカッスル城を離れた俺達はシルフィードに乗ってアルビオンからトリステインに向かった。

 途中でラ・ロシェールに寄ることも考えたけど、同盟締結も結構近いらしいから一刻も早く戻ることにした。

 夜を徹してシルフィードは飛び、俺達はトリスタニア近辺までやってきた。





第二十話    トリスタニアの王宮






■■■   side:才人   ■■■



 けっこう長かった旅も終り、ようやくトリステインに戻ってきた。

 けど、お姫様に手紙を渡すまでが任務だから、一応気を抜く訳にはいかない。”家に着くまでが遠足”と同じだ。ちょっと違うか。


 「なあルイズ、まさか、追手なんて来ないよな?」

 「多分ないわ、貴族派が姫様の手紙のことを知ったのは、あの変態からの報告からだと思うし」

 「時間的に考えりゃ無理だろ。それに、ニューカッスル城を攻略するために全軍が集まってんだ、トリステインに刺客を新たに派遣する余裕なんざないと思うがね」

 「あの子爵が変態の裏切り者だったなんてね、でも、それなら確かに追手はないと思うわ。手柄を独占するには、情報を握っている人物が少ない方が良い。『レコン・キスタ』で、お姫様の手紙とやらを知っているのは、かなり少ないんじゃないかしら?」

 「それに、軍部としては、同盟が結ばれた方が好都合かもしれない」

 「確かに、ああいう人が士官を務めてるくらいだ、正面から攻めて来そうだね」


 デルフ、キュルケ、シャルロット、ギーシュから、それぞれいろんな意見があるが、要は追手はないだろう、ということで一致している。



 「じゃあ、このまま王宮に行くのか?」

 「それしかないでしょ」

 それもそうだけど……
 

 「王宮に行くのって、なんか手続きとかいらないの?」

 「そうね…………ワルドがいるなら顔パスだったから、姫様もその辺は考えてなかったのでしょうね。でも、多分大丈夫よ、私達は皆魔法学院の制服を着てるし、ギーシュも元帥の息子だから、顔見知りくらいいるかもしれない。とりあえず、姫様に私達が帰ってきたことを知らせてもらえれば、後は姫様がなんとかしてくれるわ」


 そういう方針で行くことに決定。



 が。



 「ここは現在飛行禁止だ! お前達! いったい何者だ!」

 王宮上空にて、思いっきり騎士っぽいのに囲まれてる。

 あの変態と同じような制服を着ているとこから見るとおそらくは……


 「魔法衛士隊?」

 「マンティコア隊だわ」

 「そういや、戦争が近いなんて噂がトリスタニアに流れてきてもいい頃ね」

 「厳戒態勢をとるのも当然」

 「見るからに怪しいからねえ、特に、シルフィードがヴェルダンデを咥えているあたりが」

 「そりゃあ、滅多にいねえと思うぜ、巨大モグラを咥えた風竜なんてよ」


 現在ヴェルダンデはシルフィードに咥えられている。

 怪しさ抜群だ。これ以上ないくらいに。


 「でもさ、逆に考えれば、こんな敵はいないだろ」

 「確かにそうね」

 「わざわざ空中戦でモグラを咥えるアホがいたら、表彰ものだわ」

 「シュヴァリエ叙勲」

 「元帥杖を贈るべきじゃないかな?」

 「炎のブレスを吐こうとすれば、モグラの丸焼きの出来上がりだな」


 のほほんとしてる俺達、そりゃあ、ちょっとヤバい状況なのかもしれないけど、アルビオンの状況に比べたら自分の庭を散歩してるようなもんだ。


 「とりあえず、指示に従って降りましょう」

 来訪者は俺達なんだからマナーは守らないと。



 俺達は王宮の中庭に着陸、しかし、いきなり王宮の内部に来れるものなんだな。

 こんなんじゃ、ゲイルノート・ガスパールって奴に簡単に突破されるんじゃないか? 何しろ、一人でアルビオンの王宮を強襲して、王様の冠を奪ったなんていうくらいだ。


 マンティコアに跨った隊員達に取り囲まれる俺達、全員がレイピアっぽい杖を構えてる、変態と同じだ。

 その中の、ごつい体にいかめしい髭面のおっさんが、近寄って来た。


 「杖を捨てろ!」

 代表して命令するってことは多分隊長なんだろうけど、隊長は髭面じゃなきゃいけない、っていう規則でもあるのかな?
 

 「宮廷」

 これはシャルロット、多分キュルケに言った言葉だと思う。

 俺達は全員杖を捨てる。杖と言われたのでデルフは背負ったまま。


 「今現在王宮の上空は飛行禁止だ、ふれを知らんのか?」

 そんなもん知るわけない、ちなみに今は午前9時くらい、アルビオンから強行軍でここまで来た。夜の間もずっとシルフィードに乗りっぱなしだったが、あんまし疲れてはいない。それは多分ルイズも同じだろう。

 自分の疲れなんかよりは、ウェールズ王子の最後の頼みを果たすことの方が、100倍大事だ。シルフィードには申し訳ないけど、頑張ってもらった。


 シャルロット曰く。

 『この子なら平気』

 とのことだったが、肝心のシルフィード自身がどう思っているかが、非常に気になる。後で何か労ってやらんと。


 「私はラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・ヴァリエールです。怪しいものではありません。姫殿下に取次ぎ願いたいわ」

 平然と答えるルイズ、多分、何度もこの言葉を言ったことがあるんだろう。

 髭のおっさんが少し考え込む。


 「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女とな」

 「いかにも」

 お姫様の幼馴染なんだから、当然王宮に来ることも多かったはず。でも、その頃このおっさんが隊長だったとは限らないか。


 「なるほど、見れば目元が母君にそっくりだ。して、要件を伺おうか?」

 母君?

 なんで公爵の父さんじゃなくて母さんなんだ?


 待てよ、マンティコア隊……

 そういや、ルイズの母さんが以前そこにいたとかどうとか言ってたような……


 「それは言えません、密命なのです」

 「では殿下に取り次ぐわけにはいかぬ。要件も尋ねずに取り次いだ日には、こちらの首が飛ぶからな」


 うーん、普通密命を受けるような人は王宮の人だろうから、こんな事態にはならないよな。実際、あの変態が裏切り者じゃなかったら何の問題もないわけだし。おのれ変態め、居なくなってからでも迷惑な野郎だ。

 しかし、このままじゃ話が進まない。


 「すいません、とりあえず、王女様にこんな連中が来てます、ということだけでも知らせてくれませんか? 会うかとかどうかは一切なくて構いません」

 それだけで十分なはず。

 すると、髭のおっさんが思いっきり苦い顔つきになった。


 「無礼な平民だな。従者風情が貴族に話しかけるという法はない。黙っていろ」

 いかにも見下した感じで言ってくれた。なるほど、平民蔑視はあの変態に限った話じゃなくて、魔法衛士隊全員がそうなのか。


 『確かに、ここに残った者達は勇者といえるのかもしれない。だが、それは全て法衣貴族なのだ。領地を持つ封建貴族は悉く王家を離れた。そして、最後まで王家に従った平民は一人もいない』


 ウェールズ王子の言葉を思い出す。それはそうだ、普段からこんな態度で見下されて、平民が貴族や王家のために命を懸けるわけがない、逆に、『レコン・キスタ』につくだろう。

 この平民蔑視の価値観がずっと存在する限り、トリステインも多分『レコン・キスタ』に滅ぼされる。


 “貴族、平民を問わず有能な者が支配階級として君臨する”

 それが、あいつらの掲げる制度だ。絶対的な実力主義。


 それはともかく、膠着状態が続いていたが、それは急に終わった。


 「ルイズ!」

 お姫様がご到着。

 「姫様!」

 そしてルイズと、駆け寄ってきたお姫様は、俺たちと兵隊たちが見守る衆人環視の中、ひしっと抱き合った。

 うーん、もう少し他人の目ってのを気にした方がいいと思うんだが。


「ああ、無事に帰ってきたのね。嬉しいわ……、ルイズ、ルイズ・フランソワーズ……」

「姫さま……」

 二人の目から、ぽろりと涙がこぼれる。

 けど、もう少し状況を考えてくれ。兵士の一部が少し引いてる、というか何人か逃げた。 誰かが来たのからなのか、寸劇みたいな光景から逃げたのか。ま、上空の警備が役目なんだからこうなった以上、戻るのが当たり前か。



「件の手紙は、無事、このとおりでございます」

「やはり、あなたはわたくしの一番のおともだちですわ」

 二人の方に視線を戻せば、お姫さまはルイズの手を握りしめてた。


「もったいないお言葉です、姫さま」

 ルイズが一礼する。

 それを見届け、お姫さまは俺たちの方に視線を向けると、きょろきょろ挙動不審に首を振っている。

 
 ……探してるんだな、あの人を。


「――ウェールズさまは、やはり父王に殉じたのですね」

 ルイズが、目を閉じて神妙に頷いた。

 一応、これで約束は果たしたことになる。ルイズと手紙をこのお姫様の下まで無事に送り届けることは出来た。


「して、ワルド子爵は? 姿が見えませんが……、別行動をとっているのかしら? それとも、まさか…………、敵の手に、かかって? そんな、あの子爵に限って、そんなはずは……」

 お姫さまの顔色が、見る見る青くなっていく。ルイズの表情も、お姫さまが言葉を紡ぐほどに暗く重く沈んでいく。


「へんた…ワルドは、裏切り者だったんです。お姫さま」

「裏切り者?」

 お姫様の顔がさらに暗くなる。と同時に、周囲の隊員にも気付いた模様。


「彼らは、わたくしの客人ですわ。隊長どの」

「左様でございますか」

 髭面の隊長はお姫さまの一言であっさりと納得すると、兵士たちをうながして、自らの持ち場へと戻っていった。


 そうしてお姫さまは、ルイズに向き直った。


「道中、何があったのですか?……いえ、とにかく今はわたくしの部屋へ参りましょう。他の皆様方には別室を用意します。そこでお休みになってください」

 この場合、俺は他の皆様方には含まれるんだろうか?

 いやまあ、含まれても、ルイズについていくけどさ。


 ……伝えなくちゃいけないことがある。












 シャルロット、キュルケ、ギーシュを謁見待合室とやらに残して、俺とルイズはお姫さまの居室へと案内された。

 何やら細かい細工の入った椅子に座ったお姫さまが、俺達の方を向いて、ルイズを促した。


 ……ウェールズ王子の部屋とは対称的だ。


 ニューカッスル城は純軍事的な城塞だから仕方ないけど、王子の部屋は驚くほど何も無かった。けど、本来の王族の部屋はこんな感じだったんだろう。


 でも、ウェールズ王子にはこういう部屋は似合わない感じがする。もっと質素で、かつ、力強い装飾があの人には似会いそうだ。

 そんなことを考えていると、ルイズが事の次第を説明し始めた。


 道中、キュルケとシャルロットが着いてきていたことに始まり。

 運悪く、ラ・ロシェールで足止めをくらったこと。

 滞在した宿で翌日の夜、『レコン・キスタ』の襲撃を受けたこと。


 シャルロット達の話によれば、あの襲撃を指揮していたのは『レコン・キスタ』の軍士官だったそうだ。


 アルビオンへの船に乗ったら、今度は空賊に襲われたこと。その空賊が、ウェールズ王子だったこと。ウェールズ王子に亡命を勧めたが、断られたこと。

 ……変態が、ウェールズ王子に結婚式を頼んでいたこと。


 ちなみに、奴がロリコンの変態であることは伏せておいた。流石にお姫様に聞かせる話じゃない。


 その結婚式の最中に変態が豹変し、ウェールズ王子を亡き者としようとしたこと。ルイズの預かった手紙を奪おうと、命を狙ってきたこと。


 そして、それを瀕死の身で庇ったのがウェールズ王子だったこと。ウェールズ王子のおかげでその企みは失敗し、手紙とともに無事に戻ってきたこと。


 こうして無事にトリステインの命綱、ゲルマニアとの同盟は息が繋がった……んだけど。

 お姫さまは、悲嘆と自己嫌悪のどん底に沈んでいた。


「あの子爵が裏切り者だったなんて……、魔法衛士隊に、裏切り者がいたなんて……」

「姫さま……」

 ルイズが、そっとお姫さまの手を包みこんだ。

「わたくしがウェールズさまを死地に追いやったようなものだわ。裏切り者を使者に選ぶなんて、わたくしは、なんということを……」

「それは違います」

 口が勝手に動いていた。


 「ウェールズ王子は、最後までアルビオンに残るつもりでした。お姫さまの責任じゃありません」

 全く関係ない、あの人は最後まで戦う道を選んだのだから。


 「あの方は、わたくしの手紙をきちんと最後まで読んでくれたのかしら。ねえ、ルイズ?」

 「はい、姫さま。ウェールズ皇太子は、姫殿下の手紙をお読みになりました」

 そう、とお姫さまが悲しげに首を振る。


 「ならば、ウェールズさまは、わたくしを愛してはおられなかったのね」

 それは違う。

 「では、やはり……、ウェールズ王子に亡命をお勧めになったのですね?」

 お姫さまは悲しげに手紙を見つめて、こっくりと頷いた。


「ええ、死んでほしくなかったんだもの。……愛していたのよ、わたくし」

 だからこそ、身を引かねばならない時がある、とウェールズ王子は言っていた。


 「わたくしより、名誉の方が大事だったのかしら」

 「王女様、それは違います。ウェールズ王子はこの国や貴女のために、最後まで戦うと言っていました」

 俺は、ほとんど反射的に答えていた。この姫様に、あの人の想いを伝えなければならない。あの人の言葉を伝えなければならない。


 「わたくしに迷惑をかけないために?」

 「はい、今はまだトリステインとゲルマニアの同盟がなっていないから、この状況で『レコン・キスタ』がトリステインに攻め込むことだけは、なんとしても阻止しないといけないって、そして、自分が亡命すれば、『レコン・キスタ』の侵攻の理由になってしまうと」

 あの人は、ハルケギニア全体のことまで考えていた。

 そして、戦争の具現のような男を、ハルケギニアに解き放ってしまうことを悔やんでいた。


 「ウェールズさまが亡命しようがしまいが、攻めてくる時は攻めてくるでしょう。攻めぬ時は沈黙を保つでしょう。個人の存在だけで、戦は発生するものではありませんわ」

 それが、一般的なのかもしれない。

 けど、違うんだ。


 「それも違います。そんな普通の、そこらの貴族が起こした程度の反乱だったら、そもそもウェールズ王子の王党派は負けていません。その戦を個人の意思で起こすような、個人の意思で国家そのものを動かすような奴が、アルビオン王家を滅ぼしたんです。だから、お姫様のトリステインが、防衛の準備を進める為の時間稼ぎのために、残って戦うんだと」


 絶対にそいつは攻めてくる。お姫様の首を狙って。その部分だけは伏せておく、ウェールズ王子との約束だ。


 「だから、『ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいった』と。それだけを伝えてくれと」

 残す言葉はそれだけでいいと。だけど、少し破っちまった。


 「勇敢に戦い、勇敢に死んでいく。殿方の特権ですわね。では、残された女は、どうすればよいのでしょうか」

 ウェールズ王子の言葉を思い出す。


 『残される人の気持ちを考えないだの、愛する者のために生き残るだの、そういった子女供の夢物語は、あの戦争の具現のような男によって粉砕されるということだ。私はアンリエッタを愛している、が、愛に縋って戦争から逃げるような真似をしても、あの男からは逃げられない、立ち向かうしかないのだ』


 この人も、愛に縋るだけじゃ、いつか殺される。トリステインごと滅ぼされてしまう。

 ……現実は、どこまでも無慈悲なんだ。


「それは違います!」

 ルイズが叫んでいた。


 「姫様! ウェールズ王子は姫様を愛しておられました! それは間違いありません! だって……そうじゃなければ、私は死んでいます。ウェールズ王子が勇敢に戦ったのは、姫様、貴女のためです!」

 ルイズが泣きながら、それでもしっかりと告げた。


 「る、ルイズ?」

 「ウェールズ王子は裏切り者のワルドに、背後から胸を貫かれました。でも、それでも、私を庇ってくださいました。血を吐きながら、意識を保つのだって辛いはずなのに、それでも私を守ってくれたんです。最後まで魔法を唱え続けたんです。姫様、なぜだと思いますか?」

 お姫様は反応しない。ルイズの言葉の剣幕に反応できない。


 「ウェールズ王子はおっしゃいました。『私はアンリエッタを置いていってしまう、ならばせめて、彼女の親友くらいは守らねば格好がつかないだろう』と、王子は最後まで姫様のことを案じておられました」

 「!!」

 お姫様の顔が驚愕に染まる。


 「お姫様、俺は、ウェールズ王子と約束しました。手紙とルイズを必ず守ると、ルイズがいなければ貴女が悲しむだろうと、そうおっしゃってました。だから、絶対にそんなことはありません。あの人は、貴女を心から愛していたんです」

 お姫様は少し停止して、大粒の涙が零れおちた。


 「あ、あぁぁ……ウェールズ様……。ごめんなさい……。あなたは……そんなにまで、わたくしを想ってくださっていたのに……わたくしは……う、うぅ……!」

その姿を見たルイズは、お姫様の傍に駆け寄り、その身体を強く抱きしめる。


「姫様……。申し訳ありません……ウェールズ王子のおかげで、私は生きています。ですから、私が姫様を絶対にお守りします。貴族として、親友として……!」

 自身も涙を流しながら、誓いの言葉を口にするルイズ。お姫様もルイズの背中に手を回し、そして静かにルイズを慰めるように優しく語りかける。


 「……いいえ、ルイズ。あなたは、立派に役目を果たしてくれました。手紙がわたくしの手に戻った今、アルビオン貴族派に、我が国とゲルマニアの同盟を阻む手段はなくなりました。同盟は無事結ばれるでしょう。そうなれば、アルビオンも迂闊には攻め入ることはできないはずです。あなたのおかげです、ルイズ・フランソワーズ。そこまで貴女が自責の念にとらわれる必要はありません」

「姫様……」


――と、ルイズが思い出したようにポケットから指輪を取り出す。任務の前に、お姫様から手渡された『水のルビー』だ。

 「……姫様。お預かりしていた『水のルビー』、お返しします」

 ルイズが差し出した指輪を見て、お姫様は微笑むと、ルイズの手をそっと押し返した。

 「それは、あなたに差し上げます。せめてものお礼です」

 「いけません! こんな高価な品を……」

 「忠誠には、報いるところがなければなりません。いいから、とっておきなさいな」


 ルイズは頷いてそれを指にはめた。

 と、俺にも渡すものがあったんだ。


 「お姫様、これを」

 俺は『風のルビー』を手渡す。


 「これは……『風のルビー』ではありませんか」


 「はい、最後の約束の際に託されました。手紙とルイズを貴女まで無事に届ける証に」

 本当は違う、ウェールズ王子にはそこまでの余力は残されてなかった。あの言葉を残せたことだけでも、凄まじいことだ。

 お姫様が呪文を呟くと指輪のサイズが変化し、指にしっかりとはまるサイズになった。


 「ありがとうございます。優しい使い魔さん」

 寂しく、悲しい笑みだった。

 ウェールズ王子が生きていれば、太陽のような笑みになるんだろうけど。


 「あの人は、最後まで勇敢に戦ったのですね」


 「はい、お姫様の親友を守るために」

 そして今、ルイズはお姫様を守ることを誓った。


 「ならば、わたくしは……、勇敢に生きてみようと思います」


 多分、そうでないと生きられない。

 アルビオン王家を滅ぼした男の次の狙いはトリステイン、この人は一番危険な立場にいる。ウェールズ王子の立場が、そのままこのお姫様の立場にならない保証は、どこにもないんだから。

 国が滅びる時は、共に滅びる。


 ………それが、王族なんだ。


 ふと思った。


 じゃあ、ルイズはどうなるんだろう?











■■■   side:ギーシュ   ■■■


 「よく食べるね君達は」

 「むぐむぐ」

 「………」

 頬張ったまま答えようとするキュルケに、ひたすら料理に専念するタバサ。二人とも見事な食べっぷりだ。

 僕は場所が王宮なものだからあまり食べる気にはなれない。


 「んぐ、んぐ、ぷはあ、ギーシュ、貴方は食べないの?」

 貴族の子女にあるまじきワインの飲み方をしたキュルケが聞いてきた。


 「いや、この状況でそこまで食べれる君達が凄いよ。王宮のこんな奥までこられるなんて、滅多にない名誉なことだよ」

 元帥の父さんならともかく、王軍士官の兄さん達でも、なかなか入れないんだから。


 「甘いわねギーシュ、名誉じゃ腹は満たされないのよ。それに、アルビオンから強行軍で帰って来たんだから、これくらい食べてもばちは当たらないわ。シルフィードなんて、王宮の風竜用の肉を食い尽す勢いで食べてるわ」

 「その主人も負けず劣らずな気もするんだが……」


 僕らの会話を無視してタバサはひたすら食べている。なんか小動物みたいだ。


 「くれるもんはどこまでも貪欲に頂く、それがゲルマニア人の誇りよ」

 「多分違う気がするんだけど、ゲルマニアじゃなくてツェルプストーの人間に限った話じゃないのかね?」

 いくらゲルマニア人でもここまで出来るものではないだろう。


 「それもそうかも、ま、とにかく食べるわよ。そこのメイド、追加持ってきて」

 壁際に控えた王宮仕えのメイドっぽい人に追加注文するキュルケ。


 「ハシバミ草のサラダとミルクもお願い」

 タバサも注文していた、その組み合わせはラ・ロシェールでもよく食べていたな。


 「貴女、最近よくミルク飲むわね」

 「サラダに合う」

 そもそも、ハシバミ草のサラダを好んで食すのが信じられない。


 「ところで君達、その格好は気にしないのかな?」

 僕達は3人とも結構汚れた格好をしている。

 それはルイズやサイトも同じ、ヴェルダンデが掘った地下トンネルで逃げて来たうえ、そのままシルフィードで強行軍で来たから当然なんだけど。


 普通の子女だったら、食べる前に着替えるどころか入浴するところだ。


 「別に、いつでも着替えられるわ」

 「同意」

 なんとも簡潔な答えだった。


 「入浴も着替えも学院の寮で出来る。けど、ただ飯を食べれるのはここだけよ、アルヴィーズの食堂の使用料だって、学費に含まれてるんだから」

 「え、そうなのかい?」

 それは知らなかった。


 「そんなんだから、トリステインの軍人貴族は皆貧乏になるのよ。もう少しくらい、自分達の金がどこから来て、どこに消えていくのか関心持ちなさい。そうしないと、いつか財政破綻して、領土を失う羽目になるわよ」

 うーん、実家の経済状況を考えると、笑い話じゃないな。


 「ゲルマニアはどうなんだい?」

 「無関心なのもいるわね、でも、そういうのは他の貴族や商人の餌食になって、土地と財産を失う。そして新たな貴族が誕生する。私の家も土地を騙して奪うとこから始まったのよ。王家から分かれて、東方国境の守備を司ってきたヴァリエールとじゃ正反対。だから仲悪いのよ」

 それだけじゃないはずだけど。確か恋人や婚約者や妻なんかを奪いまくったとか。


 「ようは、貴族の家に生まれれば一生が決まってるようなトリステインと違って、ゲルマニアは変動が激しいの。大体の家の歴史なんて数世代の数十年、百年以上は少数派。ツェルプストーみたいに300年以上続いてる家は極僅か。それも、皇帝が土地や地位を保証しているわけじゃない、土地、財力、権力の競争に勝ち続けてきたからこそ、そして、負けた瞬間に全てを失うことになる」

 平然とキュルケは語った。


 「それで、貴族の立場を失ったらどうするんだい?」

 落ちぶれ貴族で溢れることになってしまうじゃないか。


 「そこがトリステイン人の発想の限界ね。いい、失ったのなら自分で新たに作れば良いのよ、実家が没落、それがどうした、なら自分で作れば良い、己の才覚一つで商売でも戦争でもやって、間抜けな鴨から土地や財産を奪って成り上がれば良い。それに、まだまだ未開拓の土地なんて腐るほどあるから、一攫千金を夢見て新規開拓にいくのもいいわ。東の方で金の鉱脈を発見した商人の成功譚とかいくらでもあるもの」

 なんというか、もの凄く逞しい精神だな。


 「私だってそう、仮にツェルプストーが没落したなら、私を始祖にした新たな家を作るまでだし、それもそれで心躍るわ。自分の力と知恵だけで、どん底からどこまで這いあがれるかを、想像するだけで燃え盛ってくるじゃない」


 「それは、君だけだと思うよ」

 少なくとも、実家が没落した場合をそんなに楽しそうに語るのは、キュルケだけだろう。


 「でもね、まだいい方よ、この子のガリアはもっと酷かったんだから」

 けど、キュルケはそう言った。ガリアの噂は聞いているけど、詳しくは知らない。


 「それは一体?」

 「ゲルマニアは正々堂々なんでもあり、騙された方が馬鹿、それが共通理念だからいいんだけど、ガリアは違うわ。トリステインと同じように、6000年以上続いた伝統ある王家が支配してる。けど、その周りの貴族はそうじゃない、政争と簒奪の国と呼ばれる程、にその入れ替わりは頻繁なのよ。平民でも下級官吏や軍人、シュヴァリエなんかにはなれるけど、ゲルマニアと違って平民が封建貴族になれるわけじゃない、それは何を意味するかしら?」


 トリステインでは、そもそも封建貴族の入れ替わりなんて滅多にないし、平民が公職につくことは禁止されている。法衣貴族も全員メイジだ。

 ゲルマニアではl金がある平民が、簡単に貧乏な貴族の地位を脅かす、官吏にもなれるし、土地持ちの封建貴族にもなれる、領地を金で買えるという特殊な国だ。

 ガリアはその中間、平民でも下級官吏や軍人といった法衣貴族にはなれる。けど、世襲が基本の封建貴族にはなれない。にもかかわらず、頻繁に封建貴族が交代するという。それは……


 「身内で、領地を奪い合うということかい?」

 「正解。貴方の家みたいに、男が4人もいたら、高確率で誰かが誰かを殺す。そりゃあ、準男爵や爵位なしの貴族みたいに、それほど大きくない領地なら、もっとのほほんとしてるそうだけど、子爵以上ともなれば大半がそうらしいわ。兄弟ってのは殺し合う相手でしかないの、簡単に言えば、貴方が兄を殺してグラモン家の家督を継ぐってことよ」


 僕が兄さんを殺して家督を継ぐ? そんなこと考えたこともなかった。


 「それが政争と簒奪の国ガリア。だからこそ常備軍が存在する。トリステインでは常備軍は軍士官と空軍だけで、後は有事の際に傭兵を雇うでしょ、だから動員速度は非常に遅い。けど、ゲルマニアやガリアは、国内でどっかが戦争やってる状態が当たり前だからl軍隊は常時出動態勢。慌てて軍事同盟を結ぼうとしてるのはトリステインだけよ」


 それが、平和、いや、停滞の代償なのか。


 「ラ・ロシェールで戦った士官がいたけど、ああいうのがトリステインには少ない。かつてのフィリップ三世の時代、つまり貴方のお父さんの現役時代なら、それこそたくさんいたみたいで、ゲルマニアの侵攻軍を逆に打ち破るほどだったけど、今のトリステインじゃねえ」

 しかし、話しつつもキュルケは食べ続けてる。タバサもひたすら食べている。なんて器用なんだろう、そして、貴族の子女が持つべきスキルじゃないな。


 「なんでそんなに詳しいんだい?」


 「当然よ、その戦いはラ・ヴァリエールで行われた。つまり、フォン・ツェルプストーはトリステイン侵攻の要なの。だからツェルプストー商会の情報網はトリステインの軍事関係が多いわ、そして、今のトリステインは大したことないという結論になっている。もし、『レコン・キスタ』の台頭がなければ、ゲルマニアがトリステインに侵攻していたかもね」

 妖艶に笑いながら、キュルケはそう言った。


 「よく、君はルイズと一緒にいられるね」

 それはつまり、殺し合うかもしれないということだろう。


 「それはそれ、これはこれ。国同士が戦争し合うからって、個人同士まで憎み合わなきゃいけないなんて法はない。とりあえず今は対アルビオンで協力する仲、それでいいのよ。前にも言ったけど要は覚悟の問題なんだから」


 「ってことは、いざとなったら、ルイズと殺し合う覚悟ってわけかい?」


 「その通り、少なくとも私は持っている。でも、あの子はまだ持ってない、だからまだライバルじゃないの。それを踏まえた上でなおも堂々とあるのがラ・ヴァリエール、そんなヴァリエールが相手だからツェルプストーも燃え盛る。とはいっても、恋愛方面も多いのだけど」

 むしろ、そっちの方が多いとも聞くけど。でも、互いに殺し合う関係なのも事実なんだな。


 「やれやれ、国際関係というのは複雑なんだねえ」

 「貴方達トリステイン貴族は小さく纏まり過ぎなのよ、もう少し視野を広く持つべきね。さもなきゃ本当に『レコン・キスタ』に滅ぼされるかもよ」

 うーん、耳が痛いなあ。


 とそこに。


 「終わったわ」

 ルイズとサイトが戻ってきた。


 「結構長く話してたわね」

 ワインを片手にキュルケが言う。

 「あんた、どんだけ飲んでるのよ……」

 ルイズがやや呆れてる。


 「あー、そういや何にも食ってなかったな、何かある?」

 「これ」

 サイトにタバサが料理を手渡してる、意外と仲が良いなこの二人。


 「あんたねえ、もう少し遠慮しなさいよ」

 「あーら、私が遠慮しなくちゃいけない理由がどこにあるのかしら?」

 こっちの口論もいつも通りだ。

 そうだな、せっかくだから僕も食べよう。


 「すいませーん、追加お願いします」

 王宮のメイドに追加注文する。


 「あれ、お前食ってなかったの?」

 「お嬢さん方二人の食べっぷりに圧倒されててね、ま、遅まきながら参戦と行こう」

 サイトの向かいの席に座りなおす。


 「お、そこに座るということは」

 「競争といこうじゃないか、せっかく無料なんだし」

 キュルケの弁に乗ってみるとしよう。


 「審判」

 サラダとミルクを退避させながらタバサが呟く。流石にこれ以上は食べられないようだ。


 「おもしれえ、平民の胃袋の凄まじさを見せてやるぜ」

 「いいだろう、貧乏貴族の意地を見せてあげよう。ラ・ロシェールでは君とは戦わなかったからね」

 ラ・ロシェールでは男組と女組に分かれて戦い、我等は敗北した。

 つまり、ここで負けた方が最弱の存在となる。


 「最下位だけは御免だぜ」

 「それはこちらも同じだよ」


 我等は対峙し、追加の料理が来るのを待つ。


 「時間制限特になし、食べた量が多い方が勝ち、なお、ワインなどの液体はその量には含まれない。皿の数ではなく、あくまで量で判断する」


 確かに、同じ皿でも料理の量が違うことは多々ある。これなら公平に決めれるだろう。


 「追加をお持ちしました」


 そして、料理が運ばれてくる。


 「開戦」


 「よっしゃあ!」

 「いざ!」


 ここに、戦端が開かれた。
















■■■   side:才人   ■■■



 「うおーい……ギーシュ……生きてるか?」

 死にかけになりつつも隣のギーシュに声をかける。


 「な、なんとか、おえええ」

 答えながらリバースするギーシュ。


 現在地はトリスタニアと魔法学院の中間地点、シルフィードから叩き落とされた俺ら二人が街道で吐いている。


 結局戦いはノーゲーム、途中でルイズの怒鳴り声が割り込み、お開きとなってしまった。


 で、シルフィードで帰っていたのだが、限界を超えて腹に詰め込んでいた俺達にはかなりきついものがあり。


 「ルイズ、まずい、吐きそう……」

 「げ、限界だ……」

 といった瞬間に叩き落とされた。


 シャルロットが『レビテーション』をかけてくれなかったら、俺は墜落死していただろう。


 結果、急激な気圧の変化がもろに身体を襲い、空中嘔吐という離れ業を実行する羽目になってしまった。


 発音は同じでも、これが”空中王都”だったらラピュタみたいのを想像できるが、奇麗なイメージとは正反対の事象である。


 「なあギーシュ、空から落下しながら吐しゃ物をまき散らした奴って、どのくらいいるんだ?」

 「さ、さあね、少なくとも吐く寸前の状況で『フライ』を使う馬鹿はいないと思うなあ」


 だよな。


 「ところで、うぷ、こっから学院までどのくらいだっけ?」

 「歩きなら、6時間くらいかな?もっとも、まともな状況での話だが、おえ」


 まともに歩くことはおろか、道端で蹲って吐いているこの状況はどうなのか。


 「命懸けの任務に行った帰りがこれかあ、おぷ、うええ」

 泣きたくなってきた。(吐きたくもある)


 「いいじゃないか、姫殿下から直々にお言葉を頂けたのだろう? 僕なんか話題にすら上らなかったんだから、うええ」


 かっこつかないどころではない現在の俺達。


 アルビオンからの密書奪還に成功し、後は学院に帰還するだけの勇者達は、食い過ぎの状態で竜から蹴り落とされ、現在道端で吐いてます。


 物語に書き込んだら爆笑されそうな内容だ。


 「と、とりあえず少し落ち着いたら出発しよう。まだ太陽は上がりきっていない、正午から歩けば夕方遅くくらいにはなんとか……」


 「それって、普通に歩ければの話だよな……」


 「今は考えないでおこ、えぷ」


 「そ、そうだな、おえぷ」

 とりあえず道端で横になることにする。










 結局、学院に帰りついたのは夜12時頃、当然食堂もみーんな閉まっていて、飢えた俺達はヴェルダンデが掘った穴から食堂に忍び込むことにした。


 その穴が後の魔法学院襲撃の際に、食堂に突入するための重要なトンネルになるとは夢にも思わなかった。









[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十一話 神聖アルビオン共和国
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:90fb9cf8
Date: 2010/01/01 00:03

 かつて名城とうたわれたニューカッスルの城は、文字通りに死屍累々の惨状を呈していた。

 城壁は度重なる砲撃と魔法の斉射、功城用ゴーレムの攻撃によって瓦礫の山と化している。

 ニューカッスル岬の付け根からこの城に至るまでには、“人だったモノ”が、ごろごろとそこかしこに転がっている。その数およそ1000。

 が、その大半が貴族諸侯軍3万のものであり、ゲイルノート・ガスパールの精鋭2万の死者は100に満たない。

 諸侯たちの多くも戦死したため、『レコン・キスタ』軍はその全てが『軍神』の直接的な指揮下に入ることとなった。





第二十一話    神聖アルビオン共和国






■■■   side:ボアロー   ■■■


 決戦の二日後、ニューカッスル城の跡地にて、俺達は戦後処理にあたっている。

 とはいっても、事務的な処理は後方本部の参謀達の役割なので、俺達実働部隊の仕事は、戦死者の埋葬や荒れ果てた城内の整理などになる。

 連戦連勝を重ねた『レコン・キスタ』軍本隊ならば、この作業も慣れたものだ。特に細かい指示など出さずとも、それぞれがやることをわきまえている。


 「キム、東側はどうだ?」

 「あっちはガーゴイルばかりですね、元々王党派の数も少ないですし、そのほとんどが総司令官に殺されましたから」

 王党派は、ほぼ全員が総司令官の首を目指して、尖塔に特攻した。

 しかし、高所をおさえる総司令官に地の利はあり、何十人が殺到しようにも実質的には3対1程度が限界だ。

 その程度の数で倒せるほど総司令官は甘くはない、多勢でかかったところで、同士うちになるのが落ちだ。あの方を倒すならば一騎打ちか、もしくは2対1で勝つ気概で挑まねばならない。

 そして、王党派は死を覚悟で総司令官に挑み、悉く散った。決して負けないからこそ、あの方は『軍神』なのだ。


 「それもそうか、今回の後処理では吐く奴は少なくて済みそうだ」

 焼死体などに会えば吐く奴も大勢いるが、ガーゴイルの残骸しかないならばその心配もない。

 ラ・ロシェールで会ったあの少年も、吐かなかったのは大したものだ、なかなかに見どころがある。


 「大隊長、西側もあらかた完了しましたぜ、やっぱし死体はないですけど」

 そこに、オルドーもやってきた。


 「ガーゴイルはどうだ?」


 「俺達が思いっきり壊しましたから復元は不可能、どこで作られたもんだか判別は不能、っても、ガリア製しかありえないっすけど」

 だろうな。あの性能のガーゴイルは魔法先進国たる、ガリアならではの物だ。


 「まあ、そこら辺は俺達が考えることではない、外交や戦略は参謀の役割だ」

 兵にはそれぞれの役割があり、それを確実にこなすことこそが重要。


 「さて、俺達の任務は終わりだ、引き上げはお前らに任せる。俺は少々見回りに出てくる」

 これもまた習慣になっている。


 「了解、あんまし殺し過ぎないようにお願いしますよ」

 「といっても、王党派は全滅したんだから、その心配はないですかね、略奪を働こうにも、生きている人間がいないわけですし」

 随分好き勝手に言う。


 「お前達、人を殺人狂のように言うな」

 「それじゃあ、殺人鬼で」

 「粛清の悪魔で」


 とりあえず一発ずつ殴っておき、俺は見回りに出かけた。










 他の連隊が担当している部分は見回る必要はない、マシュー連隊長、バルガス連隊長、カドゥル連隊長を始めとして、それぞれの部隊は軍規をしっかりと守っている。

 ガスパール総司令官を頂点とする部隊なのだから当然だが、問題は諸侯軍。奴らは元々統率力が低い上、貴族会議が壊滅した今ならば、尚更軍紀は乱れやすくなる。

 まあ、この戦場跡では付近に集落がないため、民間人に被害が出ることはなく、ニューカッスルの非戦闘員は、決戦以前に避難していたようなので、そちらも心配はない。

 よって、戦利品を巡って争っている馬鹿共を殴りとばす程度になる。見せしめに潰す必要はないだろう。










 13人目の馬鹿を殴りとばした頃、見知った顔が現れた。


 「ワルドではないか、傷は癒えたのか」

 羽の付いた帽子に、トリステインの魔法衛士隊の制服。現在の『レコン・キスタ』で、そんなものを着ているのはこいつくらいだ。


 「貴様かボアロー、相変わらず忙しそうなことだ」

 普通に切り返せる程度には回復したようだな。その気概は大したものなのだが。


 「これでも心配してやったのだぞ、あの黒髪の少年に後れをとり、左腕を失い、さらに毒が付いたナイフまで喰らって、治療士(ヒーリショナー)の世話になっていたのだからな」

 昨日見舞いに行った時には、まだ起き上がれる状態ではなかった。


 「ふん、そんな暇があるなら、ば戦後処理に駆け回るのが貴様の持論ではなかったのか?」

 「当然だ、そっちもそっちでやっている。お前に会ったのは負傷した部下を見舞ったついでだ」

 睡眠時間は犠牲になったが、一段落したら仮眠でもとることにしよう。


 「なるほど、それで、貴様は何をやっているのだ?」


 「馬鹿への制裁だ。役職ではないが、習慣になっている」

 どうやらワルドには目的地があるらしく、ついでだから共に歩くことにする、元々目的地を定めて歩いていたわけではない。


 「習慣?、そこらで財宝漁りに勤しむ連中を殴ることがか」


 「これでも軽い方だ。村への略奪を行ったものなどは、悉くゴーレムで踏み潰したからな」

 当然の報いだ。武力を待たぬものへ、一方的な暴力は軍人のすべきことではなく、それを見たのなら、見逃すことはできない。


 「なるほど、『石頭のボアロー』などと呼ばれるわけだ。傭兵の連中が貴様を見たとたんに退散していくのには、そういう理由があったか」


 「新参者のお前に分からんだろうが、『レコン・キスタ』の本隊と諸侯軍では大きく質が異なる。ガスパール総司令官が率いる部隊ならば、そもそも略奪を行う者すらいない。その必要がない」

 働きに応じた恩賞は十分に出ている。こいつらは決戦において何の功も無かったが故に恩賞が無いのだ。

 当然、戦さに参加した分の報酬は出ている、が、傭兵というのは欲深いものが多い、死体から金目の物を剥ぎとるくらいは平気でやる。

 それを生業としている以上、別に悪い事でも何でもなく、そこに文句を言うつもりもない。が、その過程で諍いを起こす者は軍規違反、民間人から略奪するような者は処刑、これは軍隊の鉄則だ。


 「随分と詳しいことだ、しかし、貴様はいつから参加しているのだ?」

 そういえばこいつには話したことはなかったな。


 「最初期からだ、ガスパール総司令官が反乱をおこす前に俺は参加した。もっとも、その時は一介の傭兵に過ぎなかったが」

 最初の戦いにおいてはダータルネスに現われた亜人の軍を殲滅する部隊に所属していた。

 あの時はまさにゴロツキの寄せ集めが5000程いるに過ぎなかったが、2年をかけて軍隊の中核となる精鋭となった。

 そのあたりはガスパール総司令官や、ホーキンス将軍の手腕によるものだ。


 「魔法衛士隊をわざわざ抜けて、ただの傭兵となったのか、酔狂な男だ」

 呆れるように言うが、その反応は別に珍しいものではない。だいたいはこういう反応をする。


 「もともとトリステインには愛想が尽きていたのでな、実力のみが試されるゲルマニアか、ガリアにでも渡ろうかと考えていた。そこに偶然、ガスパール総司令官の配下の者と出会い、『レコン・キスタ』の理念を知り、加わった」

 それらは現在、総司令官直属部隊“ホルニッセ”となっている。


 「なるほど、そして戦場で戦い続け大隊長になったわけか、御苦労な事だ」


 「いや、それほど戦場にも出ていない。我等『レコン・キスタ』が掲げるのはハルケギニアの統一。アルビオン本土は後背地となるため、革命戦争におい、て国土をいたずらに消耗させるべきではないというのが、総指令官の方針だ。攻めるときは徹底的に攻めるが、基本は包囲戦だ。敵が降伏するまで待つことを主眼においていたため、戦争終結までに2年間を要した」

 同時に行政方面の改革をも進行させていたそうだからな。国を奪ってから国家運営を考えるのではなく、国を奪いながら新体制を確立していった。

 反乱開始から1年も経つ頃には、アルビオンの経済は『レコン・キスタ』が掌握していた。総司令官が、戦争をするしか能がない男などではないという証だ。


 「包囲戦か、ならば軍の駐留も長期にわたる。そこで貴様の出番というわけか」

 これだけで分かるか、流石に軍学の心得はある。そういった点ならば、こいつはそこらの指揮官よりも余程有能なのだが。


 「長期の駐留は軍紀の乱れを生む、村に略奪しにいく輩も出てくる。そういった連中を叩き潰すのが俺の役目だった。途中からはガスパール総司令官の直属部隊“ホルニッセ”がその任にあたったため、俺は傭兵隊の隊長となり、部隊の編成と訓練にあたることになった」

 そして、現在の大隊が出来た。ホーキンス将軍も同様に活動し、マシュー連隊などが構成された。考えてみれば、倒した王党派の数よりも、叩き潰した諸侯軍の方がかなり多いな。


 「2年間も苦労しながら未だに大隊長か、その性格では出世は難しかろう」

 俺よりも後に加わった者達の多くが、連隊長になっている。だが、不満はない。


 「出世し過ぎなくらいだ、一介の傭兵がたった2年で大隊長となったのだ。これだけでも過分だと思うぞ」

 『レコン・キスタ』に加わる前の自分の地位を基に考えるから、そうなるだけだ、俺は身一つでアルビオンに渡った。ここでの立場は全て俺の実力のみによって得たものだ、不満などあるはずがない。


 「欲がない男だ、しかし、俺は一気に円卓会議に加わる身となる」

 確かに、12の円卓のうち一気に6もの席が空いた、元々子爵であるこいつがウェールズ王子の首を挙げた以上は、特に異論は出ないだろう。

 だが、ウェールズ王子を討ち取ったことに政治的な意味はあっても、軍事的な意味はない。こいつが負傷せずにウェールズ王子を討ち取ったことを宣言したならば、『レコン・キスタ』軍の士気を上げることも可能だった、ガスパール総司令官のように。

 にもかかわらず、こいつはあの少年によって深手を負い、後方で意識を失っていた。つまり、別にこいつがいてもいなくてもニューカッスルの決戦には何の変化もなかった。

 つまりは、欲をかきすぎたために失敗しただけの話、こいつのような男は総司令官とは相性が合わんだろう。


 まあ、この決戦において挙げた首が一つもないという点では、俺も同じなので、偉そうなことを言える立場ではないが。


 「それで、その手紙とやらを回収に行くわけか」

 「ああ、奴らには逃げる手段はなかった。既に脱出船は出た後だ、どうにもならなかっただろう」


 さて、そう上手くいくものか。

 俺が対峙した者達は中々に気骨があった、あの少年も戦場にこそ慣れていないが、一度も逃げるという手段を選ぼうともしなかったという点では評価できる。

 こいつは彼らの何の注意も払っていなかったが、彼らがあの後追って来たならば……


 「で、その手紙とやらはどこにある?」

 脱出することも不可能ではない。話を聞く限りでは、こいつが戦ったときは開戦の少し前、『レコン・キスタ』軍が城壁を突破したのはその2時間後。

 謎の食中毒事件がなければ艦砲射撃で片がついたのだろうが、あれによって攻略はかなり遅れた。


 「このあたりだ」


 左腕を失い、毒をくらって治療を受けていたこいつは、戦さの推移を知らないのだろう。こいつが引いた後すぐに『レコン・キスタ』軍が殺到したものと判断しているのか。

 軍人たるもの、負傷から立ち直ったのならば、自分の手柄となる手紙のことよりも、まずは決戦の状況を知ることを優先すべきだろうに。


 ワルドが起こした小型の竜巻によって礼拝堂の床が見えてくる。


 そこには、ウェールズ王子の死体があった。


 ………妙だな、なぜここに放置されている? 城内の者が気付くだけの時間は十分にあったはずだ。

 迎撃準備を優先したとも考えられるが、どうにも腑に落ちん。ならば、考えられる可能性は……


 「どこだ」

 ワルドの呟きが聞こえた。


 まあ、考えても答えは出ない。彼がここで死んだにせよ、実は生きているにせよ、アルビオン王家は滅んだのだ。


 俺にとってはこの方が主君になったことはない、トリステインから『レコン・キスタ』に加わった身だ。

 しかし、もし俺がアルビオン貴族だったとしたら、最後まで王党派だっただろう。決して降伏せずに、最後まで王家の義務を果たしたその姿には敬意を表する。


 今のトリステイン王家に、そのようなものを期待するのは間違いだ。王族を売って、身の安泰を図る奴らならばいくらでもいるが。



 「なぜ見当たらん」

 疑問を口にし、少し焦燥を感じさせる動きで、未だ捜索を続けるワルド。


 「ワルド、貴様は知らんかもしれぬが、『レコン・キスタ』軍が城壁を突破するまでには、2時間ほどかかっている。その少年と少女がここでその間じっとしているわけがないだろう」

 「なんだと?」

 やはり知らなかったか、しばらく意識を失っており、昨日までベッドにいた身だ。


 「ニューカッスルの跡地をくまなく探すか? なんなら俺の大隊で探してやってもいいぞ?」


 「いやいい、それだけの時間があれば手紙を処分することは容易だ。子供とはいえ、まだ城内には歴戦の貴族もいたはず、彼らに相談したならば手紙は処分しただろう」

 だろうな。


 もっとも、「風」メイジであるこいつには分からんのだろうが、ここには妙な穴が存在する。

 かなり長い、おそらく場外まで繋がっている。仲間の少年の使い魔は確かジャイアントモールだった。確かに、それで傭兵共を穴に落としていたところを見たのだから。そして、蒼い髪の少女は風竜を使い魔としていた。

 ならば答えは一つ、仲間の救援が間に合ったということだ。


 「あの少年と少女には、英雄の資質があるのかもな」

 運命に愛されることも英雄の条件だろう。


 「何か言ったか?」

 「何でもない。さて、ここにいても意味はないだろう」

 ウェールズ王子の亡骸を葬るくらいは出来るが。



 「む、誰か来る」

 ワルドが気配を感知する。こういった感覚は「土」の俺よりも「風」のこいつの方が上だ。


 しばし待つと、予想外の人物が現われた。


 「おお、ワルド子爵、例の手紙は見つかったかね」

 オリヴァー・クロムウェル、『レコン・キスタ』貴族会議議長であり、盟主。貴族間の調整などに長けており、そしてそれに専念している。

 軍事のことは軍人に任せ、政治のことは官僚に任せ、彼自身は会議の議員達の意見をまとめることに専念し、そのためガスパール総司令官と意見が対立することが無い。

 そういった点は尊敬できる。権力の座にありながら、それを滅多に行使せず、調整役に徹するなど、なかなか出来ることではない。

 『レコン・キスタ』の盟主となるのに彼以上の人物はいないだろう。


 そしてその後ろにはガスパール総司令官の姿がある。

 盟主であるクロムウェルの発言が重きをなすのも、ガスパール総司令官があればこそ。盟主に逆らうことは、ガスパール総司令官に逆らうことを意味する。

 だが、ガスパール総司令官のもまた盟主クロムウェルの領分には口を出さない、それぞれがそれぞれの役割を果たし、調整が必要な部分は話し合って決める。

 『レコン・キスタ』はこの二人によって作られた、そしてその在り方は現在に至るまで変わっていない。この二人が死んだ時こそ、『レコン・キスタ』が滅ぶ時と言われているが、正にその通りだろう。


 「閣下、どうやら手紙は穴からすり抜けたようです、私のミスです、何なりと罰をお与えください」


 地面に膝をつき頭を垂れるワルド。確かに、こいつの失態だ。


 「元より貴様などに何の期待もしていない、たかがウェールズごとき小僧を始末するのに、片腕を失うような無能者にはな」

 流石に総司令官の評価は厳しい、この方は言い訳など一切聞き入れない、必要なのは成果だ。


 「ガスパール、何もそこまで言うこともあるまい。ワルド子爵は我等の為に懸命に働いてくれたのだ、ウェールズを討ちとったのは確かなのだから、その功は労ってやらねば」


 それをとりなす盟主、この関係も発足当初から変わらない。


 「ふん、こいつが我等の為に働いただと? 違うな、こいつは自分の為に働いたのだ。忘れたかクロムウェル、我等『レコン・キスタ』は、己こそが最優であると自負する者達の集まり、故に無能な王家を実力で潰し国を奪ったのだ。そういう点では、こいつはまだ見込みはあるかもしれんな、野心が無いものなどこの『レコン・キスタ』には必要ない、どこまでも高みを目指すものこそが、我等の盟友となる資格がある」


 そう、故に俺は馳せ参じた。


 「ふむ、確かにそうではある」

 「いいか子爵、貴様はこれから『レコン・キスタ』の一員となる、ならば己が無能ではないことを示し続けろ、ならば最高の栄誉を与えてやる、そしていつかは俺の地位を奪うほどになってみせよ、その気概がないならば無能者の国トリステインにさっさと帰るがいい」


 「……………」

 沈黙するワルド。威圧されているのかもな。


 「そこの小僧、貴様もだ、お前も無能なトリステインを見限って我等に付いたのだろう、存分に励め、勝者には栄誉を敗者には死あるのみだ」


 「ははっ!」


 直立して答える、俺はこの方の手足であり牙、期待には応えるのが軍人というものだ。


 「さて、クロムウェル、やることがあるのでないか」


 「おお、そうであったなガスパール、では、ワルド子爵、ボアロー将軍、我が始祖より授かった奇蹟の御業を見ると良い」


 将軍?

 俺は大隊長で中佐だ、将官ではないが……

 見ると、ガスパール総司令官がこちらに目くばせしていた。そういう仕草は意外と人間くさく、その辺りも兵からの支持が絶大な理由なのだろう。

 彼は無能者には厳しいが、最善を尽くし、それでも任務を達成できなかった者には寛大だ。

 ワルドは自分の手柄を優先し、『レコン・キスタ』のための最善を尽くさなかった、故に叱責を受けた。『レコン・キスタ』の勝利を最優先とするならば、ウェールズ王子を討ち取った時点で退くべきだったのだから。


 同じ失敗を二度することは許さないが、任務を失敗した者には、すぐにより重要な任務を与えるのが総司令官の方針。

 そこで成功すれば手柄、さらに失敗すれば処罰、実に分かりやすくはある。

 ワルドもすぐに別の任務を与えられるだろう、そこでこそ、こいつの真価が問われることになる。


 そうなると、先ほど将軍と呼ばれたのは、俺の将官への昇進が決定したという意味か。

 中佐からいきなり将官とは、随分豪勢な話だ。


 「おはよう、皇太子」

 「おはよう、司教」


 気付くと、ウェールズ王子が蘇っていた。死者が…蘇った? 馬鹿な……


 「君を余の親衛隊に加えようと思うのだが、ウェールズ君」

 「喜んで」

 「では友人たちに引き合わせてあげよう」

 それは、かなり衝撃的な光景ではあるが。


 「ふん、相変わらず悪趣味な技だ」

 ガスパール総司令官が動じていないところから見ると、何らかのカラクリがあるのだろう。

 そして、盟主と総司令官と蘇ったウェールズ王子は歩いて去って行った。











 「あれが“虚無”とやらの力か、死者が蘇るとは」

 そういう話は聞いていたが。実際目にする機会が来るとは思わなかった。


 「“虚無”は生命を操る系統だと……、閣下が言うには、そういうことらしい。俺も今の今まで信じていなかったんだが、目の当たりにしてしまうと、信じざるを得んな」

 別に、信じる信じないの問題ではない、随分動揺しているな、それほど驚くこととも思えんが。


 「別に、どうでもよいだろう、あれが虚無であろうとなかろうと、彼が盟主であることは変わらない。盟主に求められるものは奇蹟の力ではなく実務能力、軍部と官僚の意見を調整し、『レコン・キスタ』の組織としての結合の要となること、あんなものは余技だ」

 仮に別の誰かが先程の“虚無”の力をもっていたとしても盟主にはなれん。


 「あれを余技というのか貴様は」

 「当然だ、死者を操るならば、本体を狙えばよいだけのこと。本体が遠隔地にいるならば、大火力で焼き尽くせば良い。ガーゴイルを相手にするのと大して変わらん、魔法を使えるなら少々厄介だが、対処法などいくらでもある」

 人型を破壊するのは俺の得意分野だ。


 「やれやれ、何でも軍事に置き換えるか、単純な男だ」


 「お前が難しく考えすぎるだけだ。世の中とは案外単純だぞ、肝心なのは、己の意思を貫き通せるかどうかだ」

 少なくとも、俺はそうして生きてきた。


 「ふん、そう簡単に割り切れないことも世の中にはある」

 まあそれはそうだろう。俺にはあいにくと無いが。


 「そこは見解の相違だな、さて、俺も少々忙しくなりそうなので退散することにする。何か頼み事でもあれば訪ねてくるがいい、可能な限り手を貸そう」

 「貴様、俺が嫌いなのではないのか?」

 「ああ、気に喰わん。だが、同時に今日からは戦友だ。戦友の軍事的な要請ならば、可能な限り応えることも、俺の流儀なのだ」

 まあ、あくまで軍事的なものに限るが。

 俺は礼拝堂を後にする。やることはどうやら増えそうだ、将官になるのであれば率いる部隊は連隊となる。おそらく、諸侯軍の中から使い物になりそうなものを選別し、軍事訓練を施し部隊を編成する任務があてられる。


 「仮眠はパスだ、しばらくは忙しいな」

 今のうちに謝っておこう、すまん、キム、オルドー、お前達の休暇は当分先になる。












■■■   side:ハインツ   ■■■


 さてさて、ここら辺の国際情勢をまとめるとこんな感じだな。



 才人達が魔法学院に帰還してから三日後に、正式にトリステイン王国王女アンリエッタと、帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世との婚姻が発表された。

 式はそれより一ヵ月後に行われる運びとなり、それに先立って軍事同盟が締結されることとなった。

 同盟の締結式はゲルマニアの首都、ヴィンドボナで行われ、トリステインからは宰相のマザリーニ枢機卿が出席。

 条約文に署名を行い、ここに同盟は成った。


 この軍事同盟がポイント、これより先に『レコン・キスタ』がトリステインに攻め込めば、おそらくゲルマニアはトリステインを先に併呑する。

 逆に、この軍事同盟の後なら、ゲルマニアはトリステインに侵攻出来な。、アルビオンが攻撃するならかえって有利。

 まあつまり、脳天気王女の手紙には何の意味もないってこになると、軍事同盟が結ばれた方が、こっちには都合がいいのだから。ヒゲ子爵の働きは徒労。


 で、そのさらに翌日。

 今度は、アルビオンの新政府樹立の公布が為された。国名は“神聖アルビオン共和国”という素晴らしいネーミング。

 三国間には緊張が走ったが、神聖アルビオン共和国の初代皇帝クロムウェル(これまた凄いネーミング)はすぐさま特使を両国へ派遣。不可侵条約の締結を打診した。

 この特使には、封建貴族共の中でも、かなり使い物になりそうな連中を起用した。無能な連中はニューカッスルで戦死させたが、封建貴族の中に有能なのもいるのだから、そこは最大限に活用すべき。

 有能な男爵や子爵を侯爵や公爵に引き上げて、有能な平民を官吏や軍人、そして爵位持ちの貴族にしてやる。といっても、オリヴァー・クロムウェルとゲイルノート・ガスパールを頂点とする神聖アルビオン共和国では、爵位なんてまさに称号や階級程度のものでしかない。


 で、トリステイン・ゲルマニア両国は協議の結果、これを受諾。

 ……何かの罠かと両国も警戒はしたものの、トリステインには“受諾”以外の選択肢など、端から用意されていなかったという悲しい事情がある。

 ゲルマニアはトリステイン程平和ボケしていないからかなり警戒している。

 が、同盟国のトリステインが受諾する以上は仕方ない、それに、ゲルマニアは空軍が弱く、「風のアルビオン」と戦うのは少々不利。

 どうせいつかは戦争になるが、現在の状況ではベターな選択だ。



 で、問題は今後の情勢。

 不可侵条約は締結されたものの、ゲルマニアではおおっぴらに軍備を整えている。格式にこだわるトリステインと違い、条約破りくらいではゲルマニアは動じない、というか、この国は何回もやっている。

 条約を破って侵攻するために、現在の皇帝を殺して、新しい皇帝を即位させるような真似すらやったことがある国だ。

 皇帝の存在は絶対的ではないので、その結婚式も華やかではあるが、国事行為という感覚は薄い。そもそも、もう妾が何人もいるし、側室もいる。(正室がいないのがポイント)


 反対に、トリステインは少々厳しい。

 つい最近まではトリスタニアには緊迫した空気が流れていたが、今は逆に結婚式に向けたお祭りムードになっている。

 この状況で軍備の増強など出来る筈もなく、マザリーニ枢機卿の苦労が偲ばれる。頑張ってください。


 ガリアは沈黙、外患よりも内優を片付けるほうが忙しいのは相変わらずで、国内の貴族のごたごたをまとめるのに手が一杯。ということになっている。

 何しろ頂点は“無能王”、宰相が“我がまま王女”、国事は9人の大臣の合議制なもんだから、意思決定に時間がかかりまくる。というのが定説。


 ロマリアはパス、語るまでもなし。


 そして、アルビオン。

 王党派は全滅(実は半数がガリアに亡命)し、アルビオン全土は完全に『レコン・キスタ』の支配下に置かれた。

 行政面は問題ない。既に1年前から実質的な統治は始まっていたから、それを引き継ぎつつ拡張するだけ、優秀な官吏のスカウトもあらかた済んだ。

 今回死んだ封建貴族の所領の再分割とかもあるけど、それは俺がやるので問題なし。


 軍主力の2万は基本そのままで、諸侯軍3万を新たに国軍として再編成する。

 ホーキンスは大将になり、治安維持の責任者となっている。革命戦争が終わったことで傭兵が盗賊と化す可能性があるため、1ヶ月半くらいは治安維持に専念させる。

 マシュー、バルガス、カドゥルらは准将に昇進、ホーキンスの下で同じく治安維持にあたりつつも、軍事訓練も担当する。


 そして、肝心の3万の諸侯軍を再編成し、軍隊として使えるもの鍛える作業はボアロー准将に任せることに。

 早い話が分業。ボアローが編成し、一定の基準に達した部隊はマシュー、バルガス、カドゥルらに送って実用すると同時に訓練も行う、ようは試験運転だ。

 そして、完成した部隊はホーキンスの下に送られ、名実共に陸軍となる、現在の数は2万程。この数をいかに早く5万に近づけることが出来るかが、それぞれの将才の見せどころだろう。


 同時に、空軍でも作業は進行中。

 ヘンリー・ボーウッド少将が『レキシントン』号の艤装主任となり、後に艦長となることが内定。ラ・ロシェールでの宣戦布告も彼の指揮で行う予定。

 同時に、オーウェン・カナン中将が提督として、他の艦隊の整備や訓練にあたっている。王立空軍時代からアルビオンの艦隊の錬度は高いのでここは特に問題ない。


 後は、円卓会議(貴族議会とも言う)の全体のバランス。

 盟主オリヴァー・クロムウェル、アルビオン軍総司令官ゲイルノート・ガスパールの二大巨頭は当然変化なし。

 まだかなり多くの封建貴族が存在するので、残りは大半が封建貴族、軍人はホーキンスのみだ。

 ここにカナン、ボーウッド、ボアローの3名が加わることが理想形。


 ヒゲ子爵もいるけどこれはまあ別枠、いつか何らかの処分をすることが内定してるし。ついでだから次回の宣戦布告の陸戦指揮なんかをやらせる予定、どうせ撤退する作戦だしな。


 後は残った邪魔な封建貴族を徐々に始末しながら、中央集権化を進めれば問題な。、ここは共和制の失敗例にするからそんな感じでOK。


 と、結構長いことを資料に纏めて持って来たわけで。


 「どうですかねクロさん」


 「うん、覚えたよ」

 この人の記憶能力は相変わらずとんでもないものがある。しかも、一度覚えたら忘れない。(忘れようと思えばできるとか)


 「主要人物の性格とかも大体掴めてきましたか?」


 「そうだね、ゲルマニアへの特使を担当してくれたブリストル侯爵と、トリステインへの特使を担当してくれたミッドランズ公爵はほぼ分かる。ホーキンス将軍、カナン将軍、ボーウッド将軍、ボアロー将軍についても十分だ」


 ま、その辺が最重要といったところか。


 「後はクロさん直属の官吏達と、ホーキンス大将傘下のマシュー准将、バルガス准将、カドゥル准将。ボアロー准将傘下のオルドー中佐、キム中佐。ボーウッド少将傘下のラクトラ大佐、アヴァリ大佐。カナン中将傘下のルシエス准将、イザルノ大佐ってとこですかね。この辺が国家の要になります」

 行政の編成も決まってきた、簡単に言えばガリア九大卿の小型版なんだけど。


 「なるほど、ところで、その他の封建貴族はどうなるのかな?」


 「そこがポイントで、神聖アルビオン共和国は、共和制の名を借りた、中央集権国家に仕立てあげる予定ですので、円卓会議は有名無実にすることになってます。つまり、出来る限り無能な封建貴族をどんどん円卓に招いて、失態を冒すと同時にゲイルノート・ガスパールが次々に殺していきます。要は処刑場ですね」

 最終的には名誉職みたいなもんになるだろう。

 
 「えーと、その場合、ブリストル侯爵やミッドランズ公爵、それから、ヨーク侯爵やハルトン伯などはどうするのかな?」

 そいつらは有能なる大貴族、現在の円卓の主要メンバー、当然切り捨てるつもりはない。

 「そこで、彼らは円卓会議じゃなくて官僚のトップにするんです。元々上昇志向が強くて野心も豊か、そして能力がある。有名無実な円卓よりも、官吏の長のほうが実権を握れると分かれば、自分達で勝手に行動しますよ。言ってみれば、ヴァランス領総督である俺みたいな立場にするつもりです。国家の最重要人物に起用する条件に、建前上領土ではなくなって、共和国政府から土地を預かっている状態にします」

 ガリアではエクトール・ビアンシォッティ内務卿が似た感じ。

 彼は九大卿の中で唯一領土持ちの侯爵。イザークも侯爵ではあるが領土は持っていない。

 その状況にしておけば、後に王の帰還がなった際に官吏としてその下に就くことが出来る。封建貴族だったらなかなかそうはいかないけど。


 ガリアにおいても、最終作戦の際に封建貴族を全て殺すわけではない。王家に忠実で、国家体制が共和制に変わっても太守や行政官として、問題なくいけそうな者達はガリアの北部に集中させ、不満を持って反乱を起こしそうな連中は、南部に集中(ロマリアに近い)させる予定。

 北花壇騎士団トリステイン支部にいるクリスの実家も子爵家だけど、そこなんかは穏やかな性格の当主だから、ガリア北部のウェリン地方でのほほんと過ごしてる。封建貴族であっても妙な野心を起こさなければ、今のガリアなら普通に過ごせる。最終作戦の影響も、北部にはあんまり及ぼさない予定だし。


 つまり、神聖アルビオン共和国は、最終作戦のための巨大な実験場。色んなことを試し、駄目だった部分を検証し、ガリアでより大規模に行う。

 アルビオンではゲイルノート・ガスパールに強大な権力を集中させ、これまでとは違う実力主義の制度に急速に移行させる。その際に出る不満なんかは彼が受け持ち、彼を打倒したウェールズに成果だけを引き継がせる。

 ガリアでは“虚無の王”に全権力を集中させ、共和制に移行させる。そして、吹き出る矛盾点や不満などは“悪魔公”が全て受け持ち、それを打倒したイザベラがいいところだけを引き継ぐ。


 国家の膿をまるごと取り除き、かつ、新しい為政者が民衆から絶大な支持を得るには、この方法が適している。



 「なるほど、“全てに意味ありき”だったかね。あの方もよくぞそこまで考え付くものだ」

 6000年に一度の悪魔的頭脳だからな。俺が主君とする唯一の男。


 「それで、もう一つ疑問があるんだが」

 「何でしょう?」

 何か報告し損ねたかな?


 「ワルド子爵のことだ。彼だけは行動の意味というか、理念などがいまいち分からないんだ」

 ああ、確かに、普通に考えるとそうなるか。


 「そうですね、ここは詳しく説明すると致しましょう」

 さて、どこから説明するか。


 「まずは今回のことですが、以前から彼が『レコン・キスタ』に内通を申し出ていたというか、こっちの勧誘に応じていたのは知ってますよね?」

 「うん、それは知っている」


 「だけど、いきなり加わっても重用されるとは限りません。その辺が打算的なのがボアローとの最大の違いですが、まあ、彼には彼の目的があるのでそこは仕方ないといえばそうかもしれません」


 「彼の目的?」

 そう、あいつもあいつで役割がある。


 「ワルドはこの舞台劇の主役であるルイズの婚約者、つまり、どこかで彼女と接触することは十分考えられました。だから、以前“アイン”に見張らせてどんな人物なのか、どういう過去を持っているのかとかを調べさせたことがあるんです」

 主役に関することは徹底的に調べたからな。


 「それでどうやら、過去に“聖地”から流れて来たと思われる何かと接触したことがあるようで、それが彼の行動理念に大きな影響を与えているみたいです。現在のハルケギニアに6000年間なかった何かが起きているということを彼は感じている。そして、それを知りたいと思っている。さらに自分のものにしたいかどうかは微妙ですね、そこは多分彼自身分かってないんでしょう。今は知ることが最優先になっているみたいです」

 それがあのヒゲ子爵の行動理由。


 「なるほど、それで“虚無”なのか」

 「ええ、ルイズの魔法は四系統魔法に当てはまらない、つまり、ハルケギニア固有の魔法ではないと彼は判断した。だからこそ手元に置きたいと思ったのでしょう、“聖地”に繋がる手がかりになる可能性が高いですし、“聖地”を目指すなら強力な手駒は多い方が良い」

 だから“ルイズ”を求めなかった、が、それは虚無の担い手にはタブーなのだ。


 「しかし、彼がそこまで“聖地”にこだわるのは?」


 「そこはちょっと曖昧なんですけど、どうやら母親が関係しているようです。父親の方はランスの戦で戦死したそうですけど、母親の方は謎なんですよ」

 そこに、何らかの理由があるんだろう。


 「母親とね」

 「ええ、あいつが常に持ってる銀のロケットがついたペンダントの中に、母親の肖像画がありましたから間違いないかと。ついでに落書きしたり、カエルの内臓とかに変えておこうかとも思いましたけど、ショック死しそうだったんでやめときました」

 流石に哀れだからな。いくら俺でもそこまではしないさ。


 「それは、あまりにも可哀そうだろう。この先もしないでやってくれ」

 クロさんは優しいなあ。


 「そして今回、チャンスが来た。トリステインのお姫様から直々に、ウェールズ王子から手紙を取り戻してくれとの依頼を受けた、しかも、ルイズと共に。ウェールズ王子の首、同盟を反故にする手紙、そしてルイズ、自分の最終目的である“聖地”への近道になるものが一気に転がり込んできたってことです」

 恐らく、“物語”の援護によるものだろう。ヒゲ子爵の存在は主役達にとってまたとない試練となる。


 「しかし、時間的によく間に合ったね」

 「そこはあいつが「風」のスクウェアなのが幸いしたわけです。依頼を受けてすぐに『遍在』をアルビオンに飛ばして、ウェールズ王子の首、同盟を反故に出来る手紙という、二つの条件を提示した。そして、彼の協力者としてボアローがラ・ロシェールに向かったんです。何しろ決戦前でしたから、既に準備を完全に済ませて動けそうだったのは、ボアローしかいませんでした」

 他の有能な士官は連隊などを率いていたから、決戦準備には時間がかかる。ボアローはホーキンスと同等の能力を持っているのに、率いるのがたった600だったから、あっさりと準備を終えて暇していた。


 「で、色々やったみたいだけど、結局は手紙の奪取とルイズの確保には失敗したと。一気に欲をかきすぎるのはダメってことですかね」

 じっくりと計画を練る時間が無かったのは分かるけど、決戦場で結婚式はあり得ないと思う。全部手に入れたいと思うなら、じっくり計画練り、過労死寸前まで働きまわって準備せんと。


 「なるほど、しかし、アンドバリの指輪の力にかなり動揺していたようだが?」

 そう、そこがあいつの悲劇。


 「それなんですが、あいつは“虚無”を知らない。“系統魔法に属さない何らかの巨大な力”としか知らないんですよ。だから、先住魔法と、地球の兵器と、“虚無”の区別がつかない。どれも“聖地”と関係してはいますが、全部大元が違う力なんです」

 “聖地”を守るエルフによる、精霊の力を使う先住魔法。異世界である地球の科学という力による兵器。そして、世界を削る力である“虚無”。

 あいつ自身は明確な目的を持って、そこに向かって一直線に進んでいるつもりなのに、実は遠回りばかりしている。

 これもまた、“運命の奴隷”というべきか。下手したら陛下もそうなっていたのかもしれない。


 ならば無論、この俺がこの世界にいることにも、なんらかの理由があるんだろう。その理由は別になんだっていいけど。


 「なるほど、何とも皮肉なものだね」


 「ですが、そのために何を犠牲にしても構わない、ってところが問題です。それは悪魔の脚本とは相容れませんので、いつか排除することになります。当然、使えるうちは散々こき使うつもりですけど」

 そこは決定事項。


 「手厳しいね」

 苦笑いするクロさん。


 「この世界には本当に“神”でもいるんじゃないかと思うくらい出来過ぎた“物語”があるんです。ですが、神が書いた“運命”という名の悲劇があるのなら、茶番劇で塗りつぶす。陛下が脚本し、俺が演出する、二柱の悪魔の壮大なる舞台劇。当然最後は問答無用のハッピーエンド、最も、俺達が気に入った人間に限りますが」

 どこまでも不平等。旧価値観の貴族とかロマリアの僧侶とか、一部の奴にこれでもかってくらい、これまでの負債を背負わせる予定。はは、地獄があるなら、俺の死後は間違いなく直行だな。それはそれでおもしろいが。


 「まあそういうわけで、これからはそういう方針で行きます。シェフィールドさんの補佐もありますので、皇帝としてのお勤め、頑張ってください」

 と言いつつ本を渡す。

 「新しい台本かな?」


 「ええ、陛下の新作、『神聖アルビオン共和国皇帝マニュアル、いざゆかん!ハルケギニア征服へ!』です」

 実際に軍事行動をするのはゲイルノート・ガスパールなんだけど。


 「このネーミングセンスだけは、なんとかならないものだろうか?」

 「不可能でしょうね、ノリノリで書いてるみたいですから」

 あれに何を言っても無駄だ。俺が一番よく知っている。


 「じゃあ、お仕事頑張ってください」

 「うん、任されたよ」

 皇帝の部屋を後にする俺。


 神聖アルビオン共和国の書類仕事の多くは皇帝が直々に処理している。歴代のアルビオン王に比べてもかなり勤勉な方だろう。

 この人、事務仕事をやらせたらもの凄く優秀なのだ。絶対に内務卿の首席補佐官として引き抜く予定。

 だから、シェフィールドの秘書としても仕事も、皇帝に面会を求める人物の調整と、面会する際の注意事項を事前に伝えることなどがメインになる。



 「さてさて、俺も仕事にかかるか」

 まずは死んだ封建貴族の領土の問題、その後は汚職貴族の粛清といったところ。


 「有能な平民を多く登用するには、椅子をたくさん確保しておかないと」

 “闇の処刑人”の本領発揮といこう。


 久々の大規模粛清を前にして、俺の“輝く闇”たる部分が歓喜している。血わき肉躍るとはこのことなり。


 ハインツ・ギュスター・ヴァランスの本質はやはり闇、血を浴びないようでは俺じゃない。



 「ミッション・スタート」


 ここは道化者らしく、楽しく、どこまでも明るく、人間を殺すと致しましょう。







[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十二話 新たなる日常
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:90fb9cf8
Date: 2010/01/01 22:34

 俺達が魔法学院に戻って来た翌日。

 学院長にそのことを報告するのは俺達5人で行った。それまでは一応待ってくれていたらしい。

 けど、その優しさがあるなら竜から叩き落とさないでほしかったと言ったところ。

 「何? ゲロ男」

 という雑巾以下の蔑称で返された。





第二十二話    新たなる日常






■■■   side:才人   ■■■


 そして、学院長のオスマン爺さんに報告を行っている。

 最も、学院長はお姫様から事の次第を聞いていたそうで、結果報告という形になったけど。


 「そうか、御苦労じゃったのう、じゃが、ことがことゆえ公開するわけにもいかん。よって君達はわしの使いとしてトリスタニアへ赴き、さらに結婚式関連の用事のためにウィンドボナへ行っていたこととする。ミス・ツェルプストーがいるゆえ特に違和感はないであろう」

 この人、こういう対応が凄いよな、あっとういう間にそれらしい理由を作っちまう。


 「よいな?」

 「「「「「 はい 」」」」」

 一斉に答える俺達。シャルロットも返事していた。


 「しかし、これほどの活躍をした君達に何もなしでは心苦しいのう」

 「いえ、私は姫様のために行動しただけです。特に何も要りません」

 「そうです。姫殿下の役に立てただけで望外の喜びですから」

 ルイズとギーシュが即答していた。


 「じゃあ学院長、私達がこれから先何か一つだけ頼みごとがあった際に、黙って受け入れてくれるというのはどうかしら?」

 そこにキュルケの提案。


 「それは構わぬが、あまりにも現実的でないことは承認できんよ」

 「そこは理解してますわ」

 だけど、キュルケの言葉だけに信頼できない。


 「大丈夫」

 けど、シャルロットは信頼している模様。


 俺は気になっていたことを聞いてみることにした。

 「学院長、ロングビルさんはどうしたんですか?」

 秘書のはずの彼女の姿が見えない。


 「彼女はしばし里帰り中じゃ、何しろアルビオン出身らしくての。内戦の終結に伴い、傭兵が盗賊になることが考えられるので、故郷の妹の安全を確保してくると言っておった」


 「彼女は、アルビオン出身だったんですか」

 ルイズが驚きの声をあげる。

 「そうじゃ、ここは外国からの留学生を受け入れる魔法学院。ならば、そこに勤める者達も可能な限り多くの国から集めたほうがよいとわしは思う。とはいえ、大半がトリステイン人なのじゃが、最近ではガリア人も多く採用しておる。ゲルマニア人はまだまだ少ないが」


 トリステインとガリアは“双子の王冠”、文化も言語もそっくりだとか。うーん、ハインツさんが実は理事長なのも影響してるのかな?


 「面白い考えですけど、王宮からは散々文句を言われそうですわね」

 「その通りでな、王宮の阿呆共は伝統に縋るしか能がないのが困りものじゃ。フィリップ三世の時代ならば、新しいものを取り入れつつも伝統も重んじる、という気風があったのだがのう」

 過去を懐かしむように語る学院長。


 「わしにとっては君達のように気骨ある若者は希望じゃ。君達のような者達に出会えるならば、学院長を務めてきた甲斐があると思える。是非とも、トリステインだけではなく、ハルケギニアの将来を担うような人物に成長してほしいものじゃ、期待しておるよ」

 トリステイン人のルイズとギーシュ、ゲルマニア人のキュルケ、ガリア人のシャルロット、そして東方人の俺。全員を見据えながら老学院長は語った。


 「いわれるまでもありませんわ」

 堂々と即答したのはキュルケ。


 「任せて」

 短く、でもしっかりと答えたのはシャルロット。


 「立派な軍人になります」

 どこかこれまでとは違った感じで答えるギーシュ。


 「私は、この国と姫様のために」

 決意するように答えるルイズ。


 「俺は、俺が守りたいもののために頑張ります」

 ハルケギニアの人間じゃない俺には自分の大切なものしかない、けど、それで十分だ。


 「ありがとう、そのための道を整えることがわしら老人の役目じゃ、可能な限り手助けしよう」


 そして、俺達5人は学院長室を後にした。












 次の日、ヴェストリ広場。


 「おわっ!」

 「かかったね!」


 ギーシュのワルキューレの拳が思いっきり俺の腹に叩き込まれた。


 「げほ、げほ、効いたぜ」

 先に一撃入れた方が勝ちという設定だったので俺の負け。


 「ふふん、ヴェルダンデの力を侮ったね」

 そう、穴に足をとられて思いっきりバランスを崩したところにワルキューレの一撃を喰らった。


 「考えやがったな、足場そのものを狙ったのか」

 「そうさ、君の速度には僕のワルキューレじゃ刃が立たないからね。だけど、ゴーレムをつくるだけが「土」メイジじゃない、足場がでこぼこだったら君の速度も半減するだろ?」

 確かに、“身体強化”があるといっても、足場がなきゃ走れない。


 「たーしかにな、接近しなきゃ攻撃できねえのが相棒の弱点だ。そこを突くってのはいい着眼点だぜ」

 デルフが称賛してる。


 「しっかしお前、いつの間にそんなの覚えたんだ?」

 「強敵と戦ったのは君だけじゃないということさ、君は自分より強い「風」のスクウェアと戦ったらしいけど、こっちも強力な「土」メイジと戦ってね、色々と学ぶことがあったんだよ」

 む、ひょっとしてあの人か。ラ・ロシェールの宿屋で一瞬見た、ゴーレムに乗った人。


 『小僧、これに対処できるか?』


 確かに、もの凄く強そうではあった。


 「勝ったのか?」

 「いいや、キュルケとタバサが戦って、僕はまあ、雑用みたいなことをやっていた。それで相手にしたのは傭兵達で、指揮官だった彼は戦うことなく撤退したよ。戦略的目標は達した感じだったから」

 軍人ってやつか、まさにそういうイメージだ。


 「さっきの言葉はそういうことか」

 「まあね、僕の家系は軍人ばっかしだし、僕は元帥の四男だ。目指すなら立派な軍人だと思うよ、当然、恋人がいればなおよし」

 そこがギーシュがギーシュたる由縁だな。


 「モンモンとは仲直り出来たのか?」


 「ふっ、聞かないでくれたまえ」

 髪をかきあげながら言うギーシュ、どうやらまだみたいだ。


 「さーて、俺は一旦戻って掃除済ませるわ。って、そういやお前授業は?」

 「始める前に聞くべきだと思うけどね、『錬金』の講義だからサボってきた」

 なるほど、確かにこいつには意味無いな。俺が知る限りこいつの『錬金』は学年でトップだ。


 「ルイズも何か気合入ってるね」

 「ああ、あいつはお姫様を守るって誓ってたからな」

 あいつらしいっちゃらしいけど。


 「誓いか……」

 少し考え込むギーシュ。

 「どうした?」


 「いや、貴族である彼女が姫殿下に誓ったのならそれは神聖なものだ。つまりは絶対不可侵。けど、それにとらわれ過ぎるのも危険だと思うよ」

 「とらわれる、か」

 確かに、たまにルイズに危ういものを感じるけど、とらわれるって表現がなんか当てはまる。


 「そうだな、なんかやばそうだったら程々に注意しとく」

 「だね、君は使い魔なんだから主人が危険な方向に進もうとしてるとしたら、噛みついてでも止めないと」

 その場合、絶対爆破される。


 「きつーいお仕置き、いや、拷問が待ってそうだな」

 「運命だ、諦めたまえ」

 人ごとだと思って好き勝手言うなこいつ。


 まあ、とりあえず掃除を済ませることに。













 「気合い入ってるのは相棒も同じだと思うがね」

 掃除の後、余った時間でデルフを振ってたらいきなりしゃべり出した。


 「そうか?」

 「昨日の夕方もそうやって俺を振ってたろ、つーか、時間があれば振ろうとしてる。あの不真面目の具現たる相棒がだ、これが気合い入ってなくてなんだっていうんでえ」

 言われてみればそうかも。てかなんだよ不真面目の具現て、俺結構真剣だぞ常日頃。


 「あれか、やっぱし王子様のことかい?」

 「ま、それは大きいけど、やっぱりこのままじゃ駄目だってことかな」

 ウェールズ王子は言っていた。いずれあの男がトリステインに侵攻してくるって。

 てことは、お姫様は当然危険に晒される、ルイズがそれを黙って見過ごすはずもない、必ず助けに行くだろう。


 その時、俺に何が出来るかが問題だ。


 「来るもん来る、受けて立つしかねえ。だから、出来る限り強くなっておく、そんなとこかい?」

 「かな? ハインツさんも言ってたからな、選択肢が多いに越したことはない、強くなるってのは取れる選択肢を増やすことだって。強くなって逆に視野狭窄に陥ることは本末転倒だとさ」

 俺はまだまだ弱いから無関係なことだけど、本当に強い人はそういうことにも気を使うもんなんだろう。

 いくら強くても、あの変態ロリコンヒゲみたいになったらダメってことだ。


 「相棒なら問題ねえよ、でも確かに、そういう方面で危うそうなのは貴族の娘っ子のほうだわな」

 デルフも同じ考えみたいだ。


 「ルイズか……って、そろそろ授業終わるな」

 これから昼休みになる。あいつの鞄持ちも俺の仕事なのだ。


 「相棒も大分時間感覚が掴めてきたようでなにより」

 「人間なんて割と短期間で慣れるもんだ」

 あれだ、授業時間と休み時間の間隔だけは高校生になってすぐに覚えるような、そんな感じ。


 んじゃ、アルヴィーズの食堂に行きますか。











 で、鞄を持ってアルヴィーズの食堂にやってきた。厨房を手伝うのは朝と夕方に限定することにしている。昼はルイズのスケジュールによって自由時間が不規則になるから、かえって厨房の人達が困る可能性があるからだ。

 デルフがピカピカになってからはデルフで薪割りをやってる。某ボクシング漫画に倣ってみた。


 というわけで、昼食は実に健康によさそうな固いパンとスープ、そしてハシバミ草のサラダなどになってしまうが、生活習慣病にはかからなそうである。


 んだけど。

 いつものように、定位置と化した床に座り込んだ時のこと。


 スープの皿がない。


 あれ? 特に食事抜きにされるようなことはしてないよな?

 昼食が無いことは珍しいことじゃないが、そのときは大抵“貧乳”や“胸無し”のキーワードを言ってしまった後のことだ。

 疑問に思ってルイズの方を見ると。


「今日からあんた、テーブルで食べなさい」

「え?」

 もの凄い予想外の答えが返ってきた。


 「前に言ったでしょ、あんたが使い魔に相応しい働きをしたら、それ相応に待遇は変えるって」

 「あ、ああ……確かに言ってたな」

 俺の方で忘れてたけど。


 「アルビオンでそれなりに頑張ったし、ウェールズ王子の約束も守ったじゃない」

 そこは小声で言うルイズ、あまり周りには知られちゃいけないことだからな。やっぱり、あの時のことはルイズにとっても大きな出来事だったか。

 当然か、目の前で人が死ぬとこなんて、見たこと無かっただろう。俺もそうだけど。


 「それに、姫様も言ってたでしょ、忠誠には報いるところがないといけないって。私がそれを行えないんじゃ姫様の親友とはいえないわ」

 なるほど、実にルイズらしい。いや、本当の貴族らしいのか。

 平民は貴族に忠誠を誓い、貴族はそれに対して保護とそれ相応の報酬を与える。それがルイズが教えられてきた貴族の在り方なんだろう。


 でも、現実はそうじゃなくて、あの変態や魔法衛士隊のおっさんみたいに、平民を見下すばかりで何も返さない。果てはモット伯みたいに自分の好き勝手にしようとする。だから、平民も貴族や王家から離れる、それが『レコン・キスタ』。

 だけど、それでいいんだろうか?


 「ほら。早く座んなさい」

 考え込んでるといつの間にか座らされてた。それでもしばらく貴族と平民の在り方について考えてると、いつぞやのマリコルヌが現れた。

 と同時に文句を言い出した。

 「おい、ルイズ。そこは僕の席だぞ。使い魔を座らせるなんて、どういう了見だ」

 「座るところが無いなら、椅子を持ってくればいいじゃないの。第一、学年ごとのテーブルは決まってるけど個人の席なんて決まってないでしょ、早い者勝ちなんだから」

 ルイズが、きっとマリコルヌを睨んだ。


 「ふざけるな! 平民の使い魔を座らせて、僕が椅子を取りに行く? そんな法はないぞ!おい使い魔、どけ! そこは僕の席だ。そして、ここは貴族の食卓だ!」

 そうマリコルヌは告げると、襟首を掴んできた。


 ……あー。

 うん、間が悪かったんだよな。

 だって、ちょうどあの髭面のおっさんに似たようなことを言われたときとか、変態の野郎と切り合ってた時のこととか考えてたから。


 俺は反射的に手を払って立ち上がると、マリコルヌの首を思いっきり掴んで魔法の発動が不可能なようにしていた。

 「ヒッ……」

 「……何か言ったか?」

 こういう態度をとられると、どうにも心を落ち着かせられない。

 ウェールズ王子の言葉を思い出しちまう。


 「なあ、ぽっちゃり。さっきなんか言ったか?」

 とりあえず首から手を放してやると、ぶんぶんぶん、と脅えた様子でマリコルヌは千切れるんじゃないかってくらい勢いよく首を横に振る。

 なんでこんなに脅えてんのかね。


 「言った、けど、いい。なんでもない」

 「ありません、じゃね?」

 「ありません、です。はい」

 「ルイズ、椅子は俺がとってくるよ、やっぱ自分の席くらい自分で取ってきたほうがいいだろ」

 「そうね、マリコルヌ、やっぱあんたそこに座っていいわ」

 しかし、マリコルヌは首を横に振る。


 「い、いや、遠慮しておくよ」

 そしてここから一番離れた席に向かった。


 「………やり過ぎたかな?」

 アルビオンでのことを基準に考えると何でもないけど、ここは魔法学院だ。


 「別にいいわよ」

 ルイズはかなり無関心だった。


 うーん、なんか殴る蹴るが日常的で、切る、殺すが本番みたいな感じになりつつある気がする。


 でも。


 「戦争が始まれば、そんなことも言ってられなくなるんだよな」


 椅子をとりに行きながら、そんなことを考えていた。
















 午後の授業はルイズと一緒に教室に行くことにした。ギーシュに言われたこともあり、少しルイズの生活に変化がないか注意して見ようかとも思う。


 で、ルイズが講義室に入ると、野次馬の如き連中が質問攻めにしてきた。

 咄嗟に避難して、ちょっと遠くにいたシャルロットとキュルケペアに聞いてみることに。


 「あれ、何なんだ?」

 「私達のアルビオン旅行について聞きだそうとしてるのよ。一応学院長がフォローはしてくれてるけど、ここの生徒は刺激に飢えてるから、色んな想像をしては真相を聞きたがるの」

 うーん、まさに野次馬根性。


 「でも、なんでルイズに?」

 「さっきまでは私やこの子にも群がってたけど、この子は我関せずで本を読んでるし、私だってあんな暇人に話すほど馬鹿じゃないわ。だから、次の矛先をルイズに向けたわけ」

 確かに、キュルケとシャルロットから聞きだせるはずもないか。


 「でも、聞きだすならギーシュが一番簡単じゃないのか?」

 「それはそうだけど、モンモランシーにすら話していないようだから、しゃべるとは思えないわね。ま、大量の傭兵と戦って、全員焼き殺して、その光景に吐きそうになりました、なんて話したくないでしょ」

 それもそうか。

 そして、あのルイズが話すわけもない。


 「つまりは、心配無用って奴か」

 「そういうこと、ルイズもギーシュもなんだかんだで少し変わったと思うのよね」

 キュルケやシャルロットは変わらないな。

 いや、もう変化した後なのかな?

 原因があるとしたら、多分あの人だろう、俺がこの世界に適応できてる最大の要因は間違いなくあの人だし。


 しばらくして。


 「さてと、皆さん」

 コルベール先生が授業を始める。この人とは何回か話したことがあるけど、かなり珍しいタイプの教師だ。

 そもそも、俺を平民風情がって感じで見下さない教師なんて、この人と「土」のシュヴルーズ先生くらいしかいない。


 そして、何か奇妙な物体がでんっ! と机の上に置かれた。


 「それは何ですか? ミスター・コルベール」

 生徒の誰かが質問した。

 えーと、あれは……

 長い金属の筒に、同じく金属のパイプが伸びて、それが鞴のような物に繋がっている。筒の頂上にはクランクらしき物も付いており、それが脇に立てられた車輪に繋がっている。車輪は扉のついた箱に、ギアを介して付いている。


 なんだろ、何か科学の授業とかでみたことあるような……


 「えー、「火」系統の特徴を誰か私に開帳してくれないかね?」

 その言葉に教室の全員がキュルケの方を見る。

 キュルケ以上に「火」のイメージに当てはまるのはいない。


 「情熱と破壊が「火」の本領ですわ」

 「そうとも!」

 コルベール先生がにっこり笑って言う。


 「だがしかし、情熱はともかく、「火」が司るものが破壊だけでは寂しいと、このコルベールは考えます。諸君、「火」は使いようですぞ、使いようによっては色んな楽しいことが出来るのです。いいかね、ミス・ツェルプストー。破壊するだけではない、戦いだけが「火」の見せ場ではないのです」


 「確かに、ゲルマニアでは特にそうですわ」

 キュルケはあっさりと答える。

 ああいうところが、どことなくハインツさんに似てる気がする。ハインツさんのことをあんまし良く知ってるわけじゃないけど、多分あの人は他人に自分の主張を通すことがないと思う。


 キュルケもそう、とんでもない自分だけの理論に従って行動するけど、それを他人に押し付けたりは絶対しない。


 だから、シャルロットと相性がいいんだと思う。


 「でも、その妙なカラクリは何ですの?」

 だけど、あの装置には興味津津のようだ。


 「――ふふ、うふふふふ。よくぞ聞いてくれました。これは私が発明した、油と火の魔法を使って、動力を得る装置です」


 動力、ってことは、あれまさか……


 「先ず、この『ふいご』で油を気化させる」

 コルベール先生が足でふいごを踏む。

 「すると、この円筒の中に、気化した油が送り込まれるのですぞ」

 解説と共に円筒を指差すと、コルベール先生は筒の横に開いた穴に、杖の先を差し込み、呪文を唱えた。
 
 断続的な発火音が聞こえ、その後、気化した油に引火したらしく、小さいながら爆発音が響く。すると、筒に取り付けられていたクランクが動きだし、車輪を回転させた。


 「ほら!見て御覧なさい!この金属の円筒の中では、気化した油が爆発する力で上下にピストンが動いておる! 動力はクランクに伝わり車輪を回す! ほら! するとヘビくんが! 顔を出してぴょこぴょこご挨拶! 面白いでしょう!」

 凄え !エンジンだ! あの人、自分だけで作ったのか!


 なんて俺が感動してると。


 「で? それがどうしたっていうんですか?」

 全く何も分かってないう野郎が質問してた。


「今はまだ愉快なヘビくんが顔を出すだけですが、例えばこの装置を荷車に載せて車輪を回転させる、すると馬がいなくても動く荷車ができます! 海に浮かぶ船の脇に大きな水車を付けて、この装置で回せば、帆のいらない船が出来上がる! 更に、もっともっと改良すれば、なんとこの装置は魔法がなくても動かすことが可能になるのです! 今はこのように点火を『火』の魔法に頼っておるが、例えば火打石を利用して、断続的に点火する方法が見つかれば……」


 「そんなの、魔法で動かせばいいじゃないですか。何もそんな妙ちきりんな装置を使わなくても」

 アホの子二号がそんな発言をした。が、周りを見ても大半が頷き合ってる。

 違うのは………あ、キュルケが違う意味で呆れた顔してる。シャルロットの方は興味津々に装置を見てる。多分、ハインツさんからああいうものの存在を聞いたことがあるんだろう。


 「はあ、貴方、馬鹿じゃないの?」

 キュルケが発言した馬鹿に言った。

 「な、なんだとキュルケ!」

 んー、あれ、誰だったけ? ま、別に誰でもいいけど。


 「なんでもかんでも魔法にばっかり頼ろうとする、その凝り固まった思考が、馬鹿じゃなくてなんなのかしら?」

 「お前! メイジのくせに魔法を侮辱するのか! 始祖ブリミルから与えられた神聖な力だぞ!」

 なんだあいつ、宗教家か? しかもかなりの熱心なやつ。


 「あっそ、ところで、つい最近ちょうど貴方と同じような真似をした阿呆の話を聞いたのだけど、話していいかしら? コルベール先生、少しお時間をいただけますか?」

 急に口調を真面目なものに変えて、優雅にコルベール先生に礼をしながら言う。

 すげえ、何て変わり身の早さだ。

 隣のルイズを見ると、意外に真剣にキュルケの話を聞いてる。うーん、魔法が全てじゃないって考え方は、ルイズとは切っても切れない関係にあるのかもな。


 「ああ、君の意見も聞いてみたい」

 コルベール先生が許可する。


 「ありがとうございます。で、貴方にもわかりやすく説明してあげるとね、一昔前のことになるけど、あるところにもの凄く強い「風」のスクウェアメイジがいました」

 思いっきり口調を変えて話し出すキュルケ、って、「風」のスクウェアって。


 「そして、王様から特殊な任務を受けて急いで任地であるアルビオンに向かいました。風竜を持っていなかったから、空を飛ぶ方の船で向かおうとしたのだけど、急ぎだというのに「風石」が足りない船はしばらく出港できないと言われました」

 教室の全員が黙ってキュルケの話を聞いている。

 この状況で平然と、ここが自分の世界とでもいわんばかりに話せるのはキュルケの特性なんだろう。


 「だけど、彼は「風」のスクウェア、さっきの貴方みたいに船を魔法で動かせばいいと考えて実行に移したの。そして、上手くいった、彼の魔法の力によって船はすぐに出港できた」


 「そうだ、やっぱり魔法を使えばいいだけの話じゃないか」

 でも、その話には続きがある。


 「けど、その船が空賊に襲われてしまったのよ。それほど数も多くない、武装は弓か銃程度の小規模な空賊、「風」のスクウェアメイジならそれこそ瞬殺できる敵ね」

 お、ちょっと設定が変わってる。


 「けど、彼の魔法は船を進ませることで打ち止め、精神力が尽きたメイジはただの雑魚。貴方達が言う下賤な平民の武器である銃に何の対抗も出来ず捕まって、杖を奪われた。杖が無いメイジは平民以下、多額の身代金を支払わされて、惨めにトリステインに帰りついて、王様から解雇されましたとさ、めでたしめでたし」


 めでたくもなんともない結末だった。


 「そ、そんなの、運が悪かっただけじゃないか!」

 相手も必死の抗弁をするが。

 「ええそうね、けど、それ以前の問題よ。貴族の魔法は民を守るためにあるのが第一でしょう? ならそれを使うべきは船を進ませることなんかじゃなくて、空賊を倒すこと。他のものでも代替えが簡単にきくものにまで、何でも魔法を使おうとするのはただの馬鹿だわ。精神力は無限じゃないんだから」

 あっさりとキュルケに撃沈された。


 「さっきの貴方はそれと同じよ。仮に、300リーグ離れた場所まで荷車で大荷物を運んでいくとして、貴方は300リーグずっと魔法を使い続けるつもり? スクウェアメイジが何十人必要になるかしらね。けど、コルベール先生の装置なら、荷台に燃料になる油を積んでおくだけでずっと走ることができるわ。馬と違って疲れることもないし、ガーゴイルと組み合わせれば目的地まで勝手に進むことも出来るかもしれない」


 「なるほど! その考えはありませんでした! 確かに、着火を続けたり、燃料の油をいれるだけならガーゴイルでも簡単にできます! それならばこの装置を人力に頼らず動かすことが出来ますぞ!」

 逆にコルベール先生が興奮していた。


 「でも、凄いですねこれ、これってエンジンの原型ですよ」

 楽しそうなので俺も議論に加わることに。

 「えんじん?」


 「はい、俺の故郷ではこういった機関を使ってキュルケが言うように自動装置として利用しているんです。でも、逆にガーゴイルが無いんで大抵は人間の操縦者が必要になるんですけど」

 ガーゴイルってのは、ある程度自分の意思で動けるゴーレムだったはず。(ハインツブック参照)

 もしガーゴイルがあれば、タクシーの運転手は全員廃業になっちまうかもな。


 「なんと! そのような場所があるのか! 確か君は東方の出身だったかな」

 「はい、一応は」

 ホントに便利だよな、この説明。異世界なんて言うより100倍早く信じてもらえる。


 「なるほど、エルフ達が治める土地のさらに東方では学問、研究が盛んだと聞く、このような装置の発展型が既に実用されているのか」

 うんうんと頷くコルベール先生。


 「さて!では皆さん! 誰かこの装置を動かしてみないかね? なあに! 簡単ですぞ! 円筒に開いたこの穴杖を差し込んで断続的に『発火』の呪文を断続的に唱え続けるだけですぞ。ただ、ちょっとタイミングにコツがいるが、慣れればこのように」

 ヘビ君人形がぴょこぴょこと動きだす。


 「誰か、やってみませんか?」

 キュルケとシャルロットが同時に手を挙げていた。あっ、ギーシュもだ。


 そして、3人がやってみる。

 ギーシュはなかなかタイミングが合わない模様。

 シャルロットはときたまはずすことがある。

 キュルケは一発で完璧に動作させていた。



 そんな光景を展開されている時ルイズは。


 「魔法にだけ頼っても、意味がない………」

 深く考えごとをしている様子だった。













■■■   side:マチルダ   ■■■



 「それじゃ、アイーシャ、テファ、しばらく頼んだよ」


 「はい、行ってらっしゃいマチルダさん」


 「行ってらっしゃいマチルダ姉さん」


 妹分と友人に見送られてウェストウッド村を出発する。


 そして、荷物から“デンワ”を取り出す。この辺には滅多に人が寄りつかないから人形に話かける狂人に見られることもない。


 「北花壇騎士団フェンサー第十一位“フーケ”より本部へ、応答願う」

 しばし待つ。


 ≪お、マチルダの姐さん久しぶり、俺と結婚しませんか?≫

 「張っ倒すよ?」

 何で本部にはこんなのしかいないんだか。


 ≪それよりも押し倒されたいなあ、俺はいつでまでも待ってます≫

 「訂正、ぶっ殺す」

 このどこまでもふざけた声は間違いなく“ヴォルフ”の野郎だ。


 ≪はっはっは、美人に殺されるのが俺の夢だったもので、で、ご用件は?≫

 最初からそう言えっての。


 「あの馬鹿、じゃなかった、副団長に繋ぎな」

 命令口調で行く。


 ≪ああん、女王様、もっと私を言葉で責めてくださいませ≫


 「………ハインツにはあんたを蟲蔵の刑に処すように伝えとくよ」

 ≪やめて止めて勘弁して申し訳ありませんマチルダ姐さんいえマチルダ様≫


 絶対こいつは土下座してる。間違いない。


 「いいからさっさと繋ぎな」

 ≪りょうかーい≫


 で、さらに待つことしばし。


 『マチルダさん、そろそろ結婚は出来そうですか?』

 「しばいたろかあんたらは」

 こいつに人事を任せたのが最大の間違いだ。

 一応感謝の言葉をいうはずだったんだけど、その念が失せていく。


 『アイーシャとヨシアにウェストウッド村の応援に行ってもらったことなら気にしなくていいですよー、俺が勝手にやったことですから』

 しかも、先に言われたし。


 「ったくあんたは、なんでそんな細かいとこまで気を配るんだい」

 今の時期、こいつの忙しさはとんでもないことになってるはずなのに、革命戦争が終結したことで盗賊が増える可能性があることを考えてアイーシャ達、翼人の家族にしばらくウェストウッド村に行かせた。


 彼らは森の戦闘に強い、ウェストウッド村周辺はまさに独壇場といえるし、彼らにとっても非常に心が落ち着く空間だとか。

 将来的にはあの子達も別の場所に移る予定だけど、ウェストウッド村には逆に翼人の一部が移住する予定らしい。


 『細かい気配りこそが兄たるもの務め、皆のお兄ちゃんですから』

 まったく理由になってない理由が返ってきた。


 「ま、それはもういいけど、例の件はどうなっているんだい?」

 こいつがジェームズ王に私とテファに関する書類を書かせるとかどうとか。


 『あれなら、マーヴェルに渡してありますので、あいつから受け取ってください。多分アルビオン支部に行く予定だったでしょう?』

 あら、完全に行動を読まれてる。


 「まあね、ここの情報を聞くなら現地人の生の声を聞くのが一番だから」

 『そう思いまして、配置は済んでおります。ちょうど“ホルニッセ”の小隊長“ドライ”が風竜に乗って南部からロンディニウムに戻りますから、ミレルドからそれに便乗してくればいいかと』

 どこまで用意周到なんだこいつは。


 「あんた、そのうち過労死するよ」

 『まだまだ死にはしませんよ、将来は分かりませんけど』

 こいつ、死ぬまで走り続ける気じゃないだろうね。


 「ま、とりあえず使わせてもらうよ」

 『はい、あ、忙しくてしばらくウェストウッド村に行けないので、テファや子供達によろしく。ついでに子供たちへの土産もアルビオン支部に置いてあるんで』


 だから何でそこまでするのか。


 「そう、じゃあね」

 『フォースと共にあらんことを』


 謎の言葉を残して“デンワ”が切れた。



 「はあ、相変わらずだねあいつは。なに考えてんだかさっぱり意味不明だよ」

 あれの考えが分かるのなんてほんとにまれだろう。


 ともかく、予定通り馬でミレルドまで向かうことにする。トリステインからはハインツから借りてるワイバーンに乗って来たけど、流石に直接ウェストウッド村に行くのも怪しいから最寄りの街で降りてる。

 アイーシャ達は森の中を飛んで来たから問題ない、風竜やワイバーンと違って、枝があちこちにある森の中を自在に飛べるのが翼人の強み。


 ホント、あいつの交友網はどうなってんだろうね。














 そして現在ロンディニウム。

 アルビオン王国の首都であったここは、そのまま神聖アルビオン共和国の首都にもなっている。

 そして、この街の一角に北花壇騎士団アルビオン支部が存在する。アジトならそれこそメッセンジャーの数だけあるようなものだけど、その情報はここに集まる。


 管区を預かる司教のように、ファインダーも地域密着型でそれぞれの担当地区の情報を集め、意味がありそうなものを支部に送る。そして、その中からさらに重要なものは本部に送られ、必要とあらばガリアからフェンサーが派遣される。

 けど、最近はそうじゃない。ゲイルノート・ガスパール直属部隊“ホルニッセ”がフェンサーの役割を果たしている。とはいっても、そのゲイルノート・ガスパールが副団長のハインツで、その小隊長3人はあいつの“影”。

 まったく、どこまで情報網を伸ばすつもりなんだろうね。


 「マーヴェル、久しぶりね」

 「おお、これは十一位殿、お久しぶりです」

 なんか、まともな会話が新鮮な感じがする。


 「調子はどうだい?」

 「かなり大変です。ゲイルノート・ガスパール殿が次々と新しい制度を導入するもので、それに対する民の反応をまとめて報告するだけでも一苦労ですよ」

 そういった民意調査はファインダー達の管轄、それをまとめるのがこいつ。


 「大変だねあんたも」

 「ですが、副団長の忙しさなど私の比ではありませんぞ。一体あの方がいつ寝ているのか不思議でたまりません」

 そりゃ、考えない方がよさそう。

 しかし、こういった常識的な反応を返す奴は逆に珍しい。私は普段魔法学院にいるからトリステイン支部長のオクターヴと会うことも多いけど、あの男はなかなか油断ならない。

 ま、流石にあの馬鹿に比べれば100倍人間らしいけど、時々何を考えてるのか訳分かんなくなる時があるし、こっちの思考が読まれているような錯覚に陥る。


 支部長でそれだから本部なんて変人の巣窟。ハインツの補佐官二人にも会ったことはあるけど、ハインツの分身みたいな連中だった。

 団長はある意味奇蹟、ハインツの従兄妹というのが信じられない。けど、魔法学院に留学中のあの子のことになると、とたんに姉馬鹿モードになって、その辺は兄馬鹿のハインツと一緒。


 だけど、能力的には“怪物”の一言に尽きる。いくら優秀な“参謀”や補佐官のヒルダがいるとはいえ、あの膨大な情報を管理するなんて正気の沙汰とは思えない、しかも、宰相としてガリア九大卿を纏めながらだという。


 おまけに、ガリア外務卿のイザークは情報収集に関してならその団長を上回るらしく、対ロマリアの情報網はそいつが一人で作り上げたとか。


 そのさらに上がいるなんて最早考えたくないけど、ハインツの話によればガリア王ジョゼフとはその上を行く悪魔らしい。何しろあのハインツがこき使われているくらいなんだから。


 そんなのと比べたらこのマーヴェルはまともの一言に尽きる。能力的には優秀なんだけど、他の奴らみたいな特殊性(異常性)がない。

 ま、たまにはそういうのもいた方がいいとは思うけど。


 「で、例のものはあるのかしら」

 「ええ、用意しておりますぞ」

 机の引き出しから書類を取り出すマーヴェル。


 「これが、副団長からお預かりしたものです」


 その書類には確かにジェームズ王の王印が押されている。これが王の勅命であることの証。


 「そうかい…、これでやっと、あの子は解放されたわけだ」

 正確にはまだ半分、アルビオン王家に追われることはなくなったけど、まだロマリア宗教庁が残っている。

 でも、そっちを潰す計画も同時に進行中。アルビオン王家も、ロマリア宗教庁も、テファを脅かすものは悉く北花壇騎士団が排除する。


 というよりも、ハインツがだね、あいつは身内にはとことん甘いようだから。

 気に入った相手のためならまさに“何でも”やる男だ。虐殺だろうが拷問だろうが人体改造だろうが。


 「副団長は相変わらず凄まじい方です、ニューカッスル城でもとんでもないことをなさったそうで」


 そして、マーヴェルからここ最近の『レコン・キスタ』の動向について詳細に聞く。


















 「なるほど、陸軍はボアロー将軍が再編成しながら、ホーキンス将軍が治安維持にあたってるわけだね」


 「はい、そして総司令官ゲイルノート・ガスパールが直々に貴族の粛清にあたっております。直属部隊“ホルニッセ”は今や貴族にとっては恐怖の象徴ですな」

 そういうことをやらせたらハインツの独壇場。


 「そして、空軍はカナン提督が全体的な整備と訓練をしつつ、ボーウッド提督が侵攻軍の準備を行っていると」

 「正確にはまだ『レキシントン』号の艦長です。一応はサー・ジョンストンという人物が司令官ということになっておりますが、侵攻前に副団長が”必ず殺すと書いて必殺”とおっしゃってました」

 殺すこと前提かい。


 「で、肝心の平民の様子は?」

 「特に混乱は見られません。治安の乱れがなく、税も安くなったのがとにかく大きいようで。自分の生活にある程度のゆとりがあるならば、民衆というのは政府に不満は持たないものです。下手に不満を言って今よりも悪くなったら目も当てられませんからな」

 なるほど、そういうもんだろう。


 「治安が良くて税が安いか、結構なことじゃないか。これなら野盗なんかを心配する必要もなさそうだね」

 「ええ、その分行商人の活動も盛んになり、交易が拡大してします。悪徳官吏や暴利を貪る封建貴族が次々に消えてますから金が淀むことなく流通し、国全体に活気が出てますね。内戦にあまり消耗戦が無く、包囲によって相手を降伏させる戦法が多かったこともその要因です。もっとも、トリステインやゲルマニアとは今後交易が不可能になりますが」

 そりゃそうだ、戦争状態に入るんだから。


 「じゃあ、貿易相手はガリアだけになるわけだ」

 「はい、ですがその辺りは団長が九大卿を通して調整してくれるそうですので、アルビオンの民が困窮することはないそうです」

 支部にいるのは大半が純粋なアルビオン人、ガリア人はハインツに個人的な縁がある奴が何人かいる程度。だから、アルビオンのことに関して真摯に取り組める。その構成はトリステイン支部も変わらない。

 同時に、トリステインの民にも出来る限り被害者は出さない方針らしい。被害を受けるのは、これまで平民から搾取してきた貴族層となる。。

 私がトリステイン貴族相手に盗賊家業をやってたのもその一環といえるのかも。


 「全部は計画通りと、よくまあここまでうまくやるもんだ」

 「そのために駆け回っておられるようですが、もの凄く楽しそうですよ」

 ふと思い返すと、あいつの顔は楽しそうなところ以外見たことない。


 「さて、じゃあそろそろ私は帰るよ、妹達が心配するかもしれないからね」

 「そうですか、少々お待ちを」

 そう言って奥の棚から何かを取り出す。


 「子供たちへのお土産だそうです。十一位殿が帰る際に渡してくれと」

 「そういやそんなこと言ってたっけ」

 んー、こりゃ、お菓子の詰め合わせかねえ。


 「確かに受け取ったよ、ありがと」


 「いえいえ、またの起こしを」
 

 そして、アルビオン支部を後にする。










 お菓子と一緒に若い男の肖像画がいくつか入っていて、“お見合い相手にどうです?”なんてカードが付いてたのを知るのはもう少し後のこと。


 いつか巨大ゴーレムでハインツの全身の骨を砕いてやることを私は心に誓った。













[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十三話 始祖の祈祷書
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2010/01/10 00:43

 トリステインと神聖アルビオン共和国の間には、不可侵条約が結ばれているので、表面的には平和である。

 そして、トリステイン王女アンリエッタと、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世との結婚も徐々に迫って来ている。

 そのための準備も、徐々にトリスタニアとウィンドボナで進められており、その一部は魔法学院にもやってきた。




第二十三話    始祖の祈祷書






■■■   side:オスマン   ■■■



 わしの目の前の机に存在する一冊の本。

 革の装丁がなされた表紙はひどくボロボロで、触っただけでも破れてしまいそうなほど古びている。

 羊皮紙で綴られた分厚い本のなかみは、これも経年劣化によるものか、色褪せて茶色くくすんでしまっている。


「これがトリステイン王室に伝わる、『始祖の祈祷書』か……」

 トリステイン王宮から届けられたものなので間違いはない。

 六千年前に始祖ブリミルが神に祈りを捧げるため詠み上げた呪文を、始祖自ら事細かに書き記した経典。

 と、伝承にはあるのだが。



「――紛い物か?いや、それにしても酷い出来じゃな……。歴史だけは無駄に過ごしておるようじゃが、中身がこれではの」

 パラパラとそのページをめくる。

 およそ300頁ページはあるかというこの本の中身は、どこまでいっても真っ白であった。


「紛い物だとしたらこれを製本した者は単なるバカじゃし、これが仮に本物であったなら……。始祖ブリミルが、筆不精だったという証拠品になるのかのう?」

 この本『始祖の祈祷書』は、いかんせんあまりにも贋物が多い。

 一冊しかないはずの『始祖の祈祷書』は、その全てを集めると保管に一つの図書館が必要になると言われるほど、世界各地に存在している。

 わし自身、若い頃、旅先で何度か『始祖の祈祷書』を見たことがあった。

 まだそれらの方が、よっぽど祈祷書らしい体裁を整えていたと思う、ちゃんとルーン文字が紙面に躍り、それらを読むことができたのだから。

 いずれも贋物だったが、今、目の前にあるこの本よりはよほど本物らしかった。


 「それが故に、ブリミル教の解釈は貴族や為政者の都合がいように改変されてきた。確固たる原典がないのだから当然と言えば当然」

 しかし、これが原典とされ、トリステイン王国の国宝となっておるのもまた事実。

 にもかかわらず、白紙というのには何の意味があるのであろうか?


 と、そこにドアがノックされた。

 ミス・ロングビル、いや、今はミス・サウスゴータと呼ぶべきか、彼女には現在トリスタニアに行ってもらっているので直接応答する。


「鍵は掛かっておらぬ。入ってきなさい」

 桃色がかったブロンドの髪に、大粒の鳶色の瞳。

 間違いなく、“烈風カリン”殿の娘であることが一目で分かる。


「わたくしをお呼びと聞いたのですが……」


「うむ、来月にはゲルマニアにて、無事に王女のゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われる旨、昼前に急使が伝えてきよった。これもきみたちのお蔭じゃ、胸を張りなさい」

 しかし、ミス・ヴァリエール無言で一礼するのみ。

 まあ、仕方あるまい、婚姻とはいえ、実質的には軍事同盟のために差し出される人質と大差はない。

 姫殿下は彼女自身にとって大切な人物であったはず、心の中は穏やかではおれんじゃろう。

 わしは手の中の『始祖の祈祷書』を彼女に差し出す。


「これは?」

「『始祖の祈祷書』じゃ」

「始祖の祈祷書? ……これが?」


 驚くのも無理はない、国宝とされていたはずのこれを、何故わしが持っているのか気になるのは当然。

「トリステイン王室には伝統ともいえる風習があっての。王族の結婚式の際には、貴族より選ばれし巫女を用意する。そして選ばれた巫女はこの『始祖の祈祷書』を手にし、式の詔を詠みあげる。そういう習わしじゃ」

「そういえば……」

 流石に博識じゃの、まあ、トリステイン最大の封建貴族たるラ・ヴァリエールは幾度となく王族の結婚式の際の巫女を輩出してきた。彼女はもう30番目くらいになるかもしれん。


「ミス・ヴァリエール。姫殿下はその巫女に、そなたを指名してきたのじゃ」

「姫さまが?」

「その通りじゃ。巫女は式に至るまでの間、この『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」

「……え。き、祈祷書に詔が書かれているんじゃないんですか?」

 まあ、普通はそうじゃな、でなければ祈祷書を持つ意味がない。


「中を読んでみたまえ」

 胸の前に祈祷書を持ち上げ、パラパラとページをはためかせて、ミス・ヴァリエールは硬直した。

「そういうことじゃ。勿論、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうがの」

 完全に固まっとる、いや凍結しとるな。国宝が“これ”といわれれば無理もないが。


「伝統というやつは面倒なもんじゃが、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」

 ミス・ヴァリエール解凍。急にそわそわし始めたな。

「これは大変な名誉じゃぞ? 王族の祝事に立ち会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」


「わかりました。つつしんで拝命いたします」

 その答えと同時にピタッと、慌てたそぶりが止まる。うむ、目に強い光がある。どうやら、任せられそうじゃ。


「おお、引き受けてくれるか。幼友達がこうして自らの手で祝福してくれるのじゃ。姫殿下も喜ぶじゃろうて」

「姫様のためならば、どんな難題であろうが引き受けますわ」


 そう言って、ミス・ヴァリエールは退出していった。











 残ったわしはしばらく物思いに耽っていた。


 「ふむ、姫殿下のためか………まだ大丈夫そうじゃが、少し危ういものを感じる」

 “誓約”というものは厄介じゃ、過去、多くの貴族が自らの誓約に縛られ身を滅ぼしていった。


 「力に振り回されることも多いが、彼女の場合そもそも魔法が使えぬ、ならば………」

 ん? 魔法が使えない………


 「待て、彼女はラ・ヴァリエールの三女、苦手ということはあっても、魔法が使えないということはあり得ぬ。実際、“爆発”という形ではあるが、魔力の発動は行っておるはず」

 ならば、なぜそれが形にならん?

 そして。


 「魔法が使えぬメイジ、読めない祈祷書………なんじゃ、この違和感は?」

 なぜ、“似ている”と感じる?


 「む、そういえば、彼女が呼び出した使い魔は、始祖の使い魔“ガンダールヴ”であったか」

 ここにも“始祖”の名が出てくる。


 そして、王家はそれを最も色濃く伝える家系であり、その傍流たるヴァリエールは王家に次いでその血を色濃く継承しておるはず。


 「始祖の血脈、誰にも読めない『始祖の祈祷書』、魔法を使えないはずがないのに、使えないメイジ、そして、そのメイジが召喚した始祖の使い魔“ガンダールヴ”……………まさか」

 考えれば考えるほど次々とピースが集まってくる。そして、それが作り上げる絵は……


 彼女は……………失われたペンタゴンを司る者なのでは?


 「これは、本格的に調べてみる必要がありそうじゃな」

 












■■■   side:才人   ■■■


 「出来ました! 出来ましたよ巨匠!」


 「おお! ついに完成したか!」

 場所は例のヴェストリ広場、俺とギーシュではしゃいでいる。


 今回は二人で風呂を製作していた。

 この魔法学院には貴族専用の大浴場があり、大理石でできた古代ローマの皇帝が入っているような立派なもんなんだが、反比例するように平民のそれは質素。


 平民用の共同風呂は簡単に言えばサウナ。石が詰められた暖炉の隣に腰かけて、汗を流した後身体が温まったら外に出て水で汗を流すといったもの。

 トリスタニアですら公衆浴場というものは存在していない、江戸の街にはあったはずなんだけど、その辺は結構遅れているみたいだ。


 というか、民間で経営するにはどうしても赤字になってしまうらしいので誰もやらず、貴族のための風呂はあるから政府がつくることもない。古代ローマでも民衆の不満を逸らしたりするために公金でつくったとかどうとか。


 だが、ハインツさんとシャルロットのガリアでは公衆浴場お試し版が始まっているらしい。後半年くらいしたら一般公開が始まると言っていた。


 ま、それはともかく、今の俺が風呂に入れないのは変わらないので自分で作ることにしたんだが。


 「しっかし、お前は器用だよなあギーシュ、「土」メイジはこういうことに関しては凄いんだな」

 「ふ、もっともっと褒めたまえ、シュヴルーズ先生などは「土」こそが最も重要な系統と言うが、一番平民の生活に貢献しているのは間違いないのだよ。農具とか肥料などの合成にも多く使われているのだから」

 思いっきり胸を張るギーシュ。


 「えーと、「水」つったら回復だけど、平民には高すぎるんだっけ?」

 「そう、戦場の治療士(ヒーリショナー)などはともかく、秘薬を使う治療はとにかく金がかかる。貴族や豪商くらいだよ、受けれるのは。だから、平民療法みたいのも結構存在するのさ」

 あんまし平民の役には立ってないんだよな。


 「あと、「風」は主に船だっけ?」

 「だねえ、空を往く船を操作するには最低一人くらい「風」メイジが欲しいところだ。何しろ風メイジは風を読むことが出来るし、初速をつけるために帆に風を送ったりと色んなことが出来る。アルビオンは「風の国」だから特に多いはずさ」

 それが、空からトリステインを見下ろしてる。いつでも攻撃できるってことか。


 「最後に、「火」が戦争と」

 「少なくとも調理場や製鉄場では使われないね、その辺は平民の管轄で、貴族の「火」は戦場で敵を倒すために存在する。そもそも始祖から授かった神聖なる魔法を雑多なことにしようするのはあまり奨励されない。特にロマリア宗教庁の神官がうるさくてね、ことあるごとに異端だってやかましいんだよ」

 そう考えると、コルベール先生の研究は異端研究そのものなんだなあ。

 ま、地球でもガリレオ・ガリレイとかが教会から異端にされたって話だし、先進的な研究者ってのはそういうものなんだろう。


 「でもいいのか、平民用の風呂を作るため何かに使って。手伝ってもらって出来あがってから言うのもなんだけどさ」

 「誰も気にしないよ。そもそも、貴族が使い魔と遊んだり、本をとったり、喉が渇いたときなんかに使うのは“神聖”で、平民の生活必需品を作ることは“異端”なんてどういう理屈何だか」


 うーん、やっぱり変わったかな、こいつ。


 「そういう考えって、俺達以外にはほとんどいないよな」

 最近ではルイズ、俺、シャルロット、キュルケ、ギーシュのアルビオン組は“俺達”や“僕達”で一くくりにすることが多くなってる。


 「だねえ、君の価値観が伝染してるのかな?」

 いや、大元はあの人だ。シャルロットもキュルケもあの人の影響を大きく受けてる。


 「ま、とにかく、あとは水を入れて沸かせばOKと」

 「水汲みは君に任せるよ、僕は火を担当しよう、『発火』を使えば一発さ」

 そこも使いどころなんだよな。


 「そこんとこが面白いよな、水を汲むんだったら『レビテーション』で桶を操作する、もしくは『錬水』で水そのものを作り出す。が、風呂くらいの量の水を出すのは並大抵じゃないし、『レビテーション』も疲れる。つまり、平民が自力で汲むのと大差ない」

 『錬水』で確保するなら少なくとも「トライアングル」が必要、水の膜を張るとか、水の鞭を作り出すとか、氷の矢を飛ばすとか色々あるけど、容積自体はそれほど大した量じゃない。


 「そう、だけど、平民がかなりの手間をかけないと火を興して火力を高めることなんて出来ないが、魔法なら一瞬だ。使いどころが大切なのだよ」

 この前のコルベール先生の授業でキュルケが言っていたことだ、平民が簡単に代行出来ることまで魔法でやっても何の意味もない。

 この場合、水を汲むのは“身体強化系”の俺ならあっという間。そして、火を興すのはメイジのギーシュなら一発。要はそういうこと、適材適所で分業すりゃいいんだ。


 「トリステインもさ、貴族が平民を支配するだけじゃなくて。もっと互いに協力するというか、メイジの特性を活かせる仕事と、平民特有の数の多さを活かせる仕事とかに分けて、それぞれが頑張るとかの方がいいんじゃないか?」

 ギーシュと一緒に作業してるとそういう風に思えてきた。

 「正直、僕もそう思う。これまで平民と対等な関係で何かを作ったり作業したりしたことなんて無かったから考えもしなかったけど、絶対そっちの方が効率いいはずだよ」


 そう考えると、『レコン・キスタ』てのはそういう組織なのかもな。


 ………どこまでも戦争が広がっていくって部分さえなければ、理想的な組織なんじゃないだろうか?


 水汲みに向かいながらそんなことを考えていた。









■■■   side:ギーシュ   ■■■


 「おお、意外とゆったりできてるね」

 湯を沸かす作業も終わり、出来あがったばかりの風呂に現在サイトが入っている。


 「おおー、気持ちいいぜ、故郷を思い出すなあ」

 サイトの顔も幸せそうだ。

 この風呂は厨房の古くなった大釜を元に、僕の『錬金』を加えてやや大きくすると同時に人間がくつろぎやすい形に整形したもの。

 土台部分もしっかり土を“青銅”に変化させて作ったからそう簡単には壊れやしない。我ながらいい出来だ。


 「君の故郷の東方ではこういう風呂が主流なのかい?」

 「うーん、そうだな、でっかい木の桶で作ったり色々あるけど、こういった一人用の風呂が農家にもあってさ、家族は交代交代で入る。もっとも、最初は子供で最後が大人って不文律はあるけど」

 なるほど、けっこう文化が違うみたいだ。


 「でも、本当にありがとう、ギーシュ」

 かしこまってお礼を言ってくるサイト。

 「構わないよ、僕にとってもいい練習になったし」

 “ワルキューレ”以外のものを青銅で作るのも久しぶりだった。


 「そうか、うーん、ヴェルダンデが掘った大きな穴の表面をお前の『錬金』でコーティングして、そこに水を流し込んで、よく焼いた石を入れればもっと大きな風呂が出来るかな?」

 「なるほど、そういう発想もあるね、君はよく考えるなあ」

 こういう自由自在の発想がサイトの持ち味だろう。


 「いや、これも俺んとこの文化でさ、“温泉”っていって、地中の溶岩とかに熱せられた湧水が天然の風呂になることがあるんだ。俺の国は“温泉大国”って呼ばれるくらいそれがたーくさんあるんだよ」

 「なるほど、こっちではないなあ。ひょっとしたらガリアの火竜山脈の方ならあるかもね」

 こうした異国の話を聞くのも楽しいものだ。


 それはそうと。

 「そろそろデルフを引き上げてもいいんじゃないかね?」

 「だな」

 風呂に沈んでいたデルフを引き上げるサイト。


 「ぷはあ! よーやくしゃべれるぜ! 息できなかった!」

 いや、君は息してないだろ。

 「すまんなデルフ、主人の命には逆らえなかった。お前を沈めろとの勅命だったもんでな」


 ことの発端はいつも通り、『貴族の娘っ子の胸もここまでぺったんこじゃなきゃ、赤髪の姉ちゃんと勝負できるかもな』なんて言ったことが原因だ。


 「ま、まあ、井戸じゃなかっただけましだぜ。ありがとうよ相棒」

 “沈めろ”という抽象的な命令だったからこれでも一応果たしたことになる。

 しかし、風呂に人間と剣が入ってるというのも変な光景だなあ。


 「ところで相棒、誰か来たぜ」

 するとデルフがそう言った。デルフは意外と探知能力に優れるそうだ。

 
 「誰だい」

 僕も振り向くと、ガチャン!という音が響いた。


 「わ、わわ、またやっちゃった……。また、怒られちゃう……くすん」


 「シエスタ!?」

 「シエスタじゃないか」

 「メイドの姉ちゃんか」

 三者三様の答え。


 シエスタはしゃがんで何かを拾っている。


 「何やっているの?」

 これはサイト。

 「あ! あの! その! あれです! とても珍しい品が手に入ったのでサイトさんに御馳走しようと思って!今日厨房で飲ませてあげようと思ったんですけどおいでにならないから!わあ!」

 今日はずっとこれの製作をやってたからなあ。

 というか、また一つカップが割れた。うーん、なんというか、おっちょこちょいだ。


 「御馳走?」

 「そうです、サイトさんの故郷の東方(ロバ・アル・カリイエ)から運ばれてきた珍しい品で、『お茶』と言う品です」

 おお、ちょうど話題だったサイトの故郷の品か。


 「しかし、飲むにもカップが全滅したみたいだけど」

 2個あったカップは両方とも壊れている。


 「あ……そうでした」

 落ち込むシエスタ、かなり気の毒だ。


 「破片はあるかな?」

 かわいい女の子が落ち込んでいるならば、男、ギーシュ・ド・グラモン、やらねばならない。


 「あ、集めましたけど」

 材料が全部あるならいける、幸い、無地のカップだから模様は気にしなくていい。


 「『錬金』」

 相手が陶器なら「土」メイジの領分だ、こと精密な『錬金』に関してならば誰にも負けやしない。


 「おおー!凄いぜギーシュ!」

 「てーしたもんだ!」

 後ろの二人から歓声が上がった。


 「あ、ありがとうございます!」

 「別にいいよ、その代り、僕にも飲ませてくれ、どんな味か興味ある」

 サイトの故郷の品はどういうものなのか。


 「は、はい! 少々お待ち下さい!」

 で、風呂釜を囲んだ謎のお茶会になった。








 話すのは主にサイト、僕とシエスタはお茶を啜りながらのんびりと彼の故郷の話を聞いている。

 彼の国では“ひこうき”という空を飛ぶ乗り物があったり、“デンワ”という遠くの人と話せる道具があるそうだ。

 でも、食文化なんかもかなり異なるらしい。


 「刺身ねえ、魚を生で食べるのか」

 「凄い独特な発想ですね」


 聞いたことも無い食品の話が次々に出てくる。


 「これは東方っていうより、俺の島国“二ヴェン”の文化だ。大陸の人にも驚かれてる」

 「東方にも色んな国があるんだね」

 「言葉も違うんですか?」

 ハルケギニアは共通した言語圏になってるけど。


 「統一した言語はないはず。俺も庶民だから他の国のことなんてよくはわからないけど、文字は同じだったりするけど文法が違ったり、俺の国も字も、元々他の国からもらってきたのを独自に改造したものなんだ」

 「字は同じなのに意味が違う、面白いものだね」

 「はあ、読み書きはどこで習うんですか?」

 そういえば、シエスタはどうなんだろう。


 「シエスタ、君は読み書きは出来るのかい?」

 「あ、はい、学院で奉公するにあたって、寺院で覚えたんです」

 なるほど、まあ、貴族に仕えるのなら珍しいことじゃないな。


 「俺んとこも似た感じ。寺小屋っていう場所で習う、都市部だったら庶民用の学校もあるよ」

 「なんと! 平民用の学校が!」

 「いや、平民じゃなくて庶民。こっちと違って貴族制度は過去のもので、今は四民平等、身分差別はないんだ。もっとも、貧富の差はあるから、貴族・平民じゃなくて、富豪・貧民みたいな感じだな、政治家になるには金がかかるんだよ」

 金がかかるのは変わらないのか。そこはどこでも同じだなあ。

 「でも、法的には同じ存在だから、こっちの貴族みたいに何をやっても許されるみたいなことはない。つーか、毎けっこう捕まってるんじゃないかな?」


 「そこは大きな違いだね、立場は異なっても、適用される法は同じなのか」

 「凄い国ですね」

 ハルケギニアとは大きく異なる。


 「そ、だから、国のお偉いさんに対してどうどうと悪口言っても罪にはならない。不敬罪ってのがない。“小泉の糞野郎”とか“くたばれ麻生”とか、“鳩山あ、『私を信じてほしい』だあ? 寝言言ってんじゃねえぞ”とか公共の場で言っても問題なし。でも、天皇陛下にそんなことを言う野郎がいたら絶対ぶっ殺すけどな」

 「陛下ってことは、王様はいるのかい?」

 貴族はいないそうだが。


 「いる。といっても国の象徴であって実権はない、憲法で定められてるから。でも、やっぱり俺の国では一番偉い人なんだよ、政治を担当してるのとはわけが違って、なんかこう、神々しいオーラが出てる。そして、数か月先まで一杯のスケジュールをこなしながらも、国民の前では常に笑顔なんだ。我が国の誇りですよはい、天皇陛下と皇后さまが侮辱でもされたら日本国民が黙ってませんともええ」

 その辺はトリステインとは違うな、辺境の農民なら王様のことをよく知りもしないはずだ。


 「天皇陛下………………」

 シエスタが何か考え込んでる。


 「おーい、メイドの姉ちゃん、どうしたよ?」

 デルフが尋ねる。


 「い、いえ!何でもありません!わ、私、遅くなってきたのでそろそろ部屋に戻りますね!」

 シエスタはいかにも何かありそうな感じで帰って行った。


 「なんだ? いかにも何かありますって感じだったけど」

 「さあね、乙女心は複雑なんだろう」

 多分、シエスタはサイトが好きなはずだ。態度を見てれば予想がつく。

 けど、問題はサイトの方、今のサイトはアルビオンとのこととか、その辺に集中してるし、それに……


 「ま、いいか、そろそろ上がるわ」

 意外とタバサと仲がいい、ルイズとは主人と使い魔の関係だけど、タバサとは特に何も無くても一緒にいることがある。

 当人達は気付いていないらしい、これはキュルケの証言。


 さてさて、シエスタとタバサから同時に求愛された場合、君はどうするかな、サイト?


 僕だからこそ分かる、二股をかけるのはやめた方が良い、恐怖を味わうことになるから。













■■■   side:才人   ■■■



 風呂から上がってギーシュと別れた後、ルイズの部屋に戻ってきた。


 が、いつにもまして真剣な表情で本を見ながら悩んでいる。


 こいつが真剣なのはいつものことだが、悩むのは珍しい。学年首席だけあってこいつに解けないことなんてほとんどないからだ。


 「どうした? 珍しく考え込んで」

 なので聞いてみることで。


 「あ、サイト、戻ったんだ」

 これも最近あった変化、俺のことを普通にサイトって呼ぶようになった。以前は普通に犬と呼ばれることも多かったけど。


 やっぱし、ウェールズ王子のことが大きいんだろう。あの人は“サイト”が“ルイズ”を守るように頼んだから。


 「そりゃ、何の本だ?」

 随分古そうだが。

 「これ?『始祖の祈祷書』よ。姫様の結婚式の際に貴族の中から巫女が選ばれて結婚式の詔を考えるの、その為の本で、トリステインの国宝よ」

 おお、国宝か。


 「じゃあ、お前がその巫女なんだな」

 「まあそうだけど、私なんかが巫女でいいのかしら……」

 珍しく弱気だな、まあ、かなり難しそうな上、国家を代表するようなもんだし。

 日本で言うなら皇太子の結婚式の仲人を務めるみたいなもんだ、とんでもないプレッシャーがかかる。


 「けどよ、お前以外に誰がいるんだよ」

 そんな重要な役だからこそ、こいつしかあり得ねえ。


 「でも、私は魔法をまともに使えない落ちこぼれよ?」

 魔法がまともに使えないのはそうだけど。


 「でもさ、結婚式の詔を考えて読み上げるのに魔法がどこに必要なんだよ。必要なのは実技の方じゃなくてむしろ座学のほう、ここの連中が寝てばっかの歴史の授業とか、貴族のしきたりとか、そういうのに詳しい奴が選ばれるだろ。つまり、学年首席のお前」

 こいつは魔法がまともに使えないことへのコンプレックスが強すぎて、他のことを軽視する傾向がある。勉強が出来るってことにもっと自信を持ってもいいと思う。


 「まあ、確かに魔法はいらないわね」


 「だろ、それに公爵家の三女ときてる。お前、お偉いさんの結婚式にも出たことあるだろ?」

 「そりゃあるわよ、魔法学院に入るまでは年に数回は出てたわ」
 
 当然っちゃ、当然の話。


 「そして極めつけ、これはちょっとお前の家が特殊なだけだが、今回のお姫様の結婚相手はゲルマニアの皇帝なんだから、その結婚式はトリステイン式とゲルマニア式が混ざったものになるだろ。だとしたら、どっちの結婚式の作法にも詳しい人材が必要になるんじゃないか?」

 トリステイン貴族は基本的にゲルマニア嫌いが多いからそれほど詳しくないはず。

 が、ここに例外がいる。


 「ええ、ゲルマニアの結婚様式ならよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーく存じているわ。元婚約者とか、元恋人とか、挙句の果てに元奥さんとか、そういう人達の結婚式のことがたーーーーーーーーくさん伝わってるから、式の段取りまで暗唱できるわよ」

 小さい頃から散々聞かされたらしい。言葉にも熱が篭ってる。


 「トリステインとゲルマニア、両方の結婚式の作法に詳しい。公爵家の三女。魔法学院で学年首席。そして、お姫様の幼馴染。こんだけ条件がそろっててお前じゃなったら一体誰がやるんだよ?」

 客観的に考えればこいつしかあり得ない。


 「そういえばそうだったわ、ラ・ヴァリエールの人間は幾度となくトリステインの王族の結婚式の巫女を務めてきたんだったわ」

 やっぱし。


 「それにさ、宮廷の人達にとっちゃお前の評価は“実技が苦手な学年首席”ってとこだろ。魔法が使えようが使えまいがそういった場では何の意味もないんだから」

 案外、貴族らしいところになるほど、魔法は必要なくなる。

 『レビテーション』や『フライ』なんかは便利さの象徴だが、そういった公式の場では大量の使用人とかがいるから使うことも無い。


 結局、戦場くらいだよなあ、貴族が魔法を使える意味があるのって。


 「それは………そうね」

 少し考え込むルイズ、最近魔法に関して考え込むことが多い。


 「ところで、その結婚式に、アルビオンの奴らは参加するのか?」

 確か、クロムウェルって盟主と……


 アルビオン王家を滅ぼした男、ゲイルノート・ガスパール。


 「不可侵条約は締結されているから、出席する筈よ。それに、アルビオンだけじゃない、ガリアやロマリアからも客は来る。トリステインの王女とゲルマニアの皇帝が結婚するんだから当然だけど」

 そりゃそうか。


 「巫女はお前がやるとして、実際に進めるのは誰がやるんだ?」

 「ロマリア宗教庁の大司教でしょうね、流石に教皇聖下がお越しになるのはないと思うわ。トリステインのマリアンヌ王女とアルビオンのヘンリー大公の結婚式の時には当時の教皇聖下が直々に進めたそうだけど、ゲルマニアはロマリアと一番関係が薄い国だから」

 そういうことに関してなら、ルイズは本当に詳しい。こういったことをすらすらと言えるのも巫女の条件だと思う。


 「ロマリアからは大司教と、ってことはガリアは?」

 ハインツさんとシャルロットの国だ。


 「王か、王女か、もしくは王位継承権が高い王族ね。多分、ウィンドボナへ直接行くでしょう。アルビオンからだとトリステイン経由になるから一緒にトリスタニアからウィンドボナへ向かうことになると思うけど」

 ま、王族の誰かってことか、FBIの長官のハインツさんも護衛とかで行くのかもしれない。


 「で、肝心のアルビオンは?」


 「多分、盟主のオリヴァー・クロムウェルしかいないと思う。ゲイルノート・ガスパールなんて来た日には、結婚式会場で集まった列国の客を皆殺しにしかねないもの」


 なにせ、単独で宮殿を強襲して王冠を奪ったような奴だ。結婚式に招くのは危険すぎる。

 アルビオンから帰って以来、ルイズはアルビオンの内戦について調べている。

 ウェールズ王子を殺した『レコン・キスタ』という組織がどういうものか知るためで、そういった作業は俺じゃ全然ルイズに及ばないので任せている。


 「ってことは、結婚式の場でお姫様は『レコン・キスタ』の盟主と会うことになるのか」


 それに、あのお姫様は耐えられるのか?


 「というか、巫女の私もね、詔に魔法を加えて吹き飛ばしてやろうかしら?」

 「絶対にやめとけよ、どう考えても全面戦争になるだろ」

 敵のトップを殺すチャンスではあるかもしれないけど、ゲイルノート・ガスパールが生きているんじゃ意味がない。


 「……そう考えると、無事に終わるかしら?」


 「って、そ、そうか! 逆もまた然りだぜ!」

 アルビオンの連中が襲ってきたらどうなる?

 絶対に戦争になる。


 「歴史を紐といても、こういった各国の要人が集まる式典は戦争の引き金になることが多いわ。ある国の貴族が別の国の王女に狼藉したとか、そういった個人的な諍いがそのまま国際関係の悪化に繋がりかねない」

 ありそうな話だ。地球でも100年くらい前までは、そんなこともあっただろう。ひょっとしたら今でも。


 「じゃあさルイズ、もし、クロムウェル自身じゃなくてもだ、アルビオンの貴族の誰かがこれから結婚するお姫様にキスでもした日には」


 「姫様の護衛が容赦なく吹っ飛ばす。そうなれば後は泥沼、それに対してアルビオン側が反撃して混乱は徐々に拡大、不可侵条約破棄の口実には申し分なさそうよ。クロムウェルが傷でも負えば一発でしょうね」


 「その傷は、自作自演でもいいんだもんな。とりあえず、アルビオン貴族とトリステイン貴族がぶつかり合うきっかけさえ作ればいいってことだ」


 となると。


 「本当に、無事には終わらないかもね。まあ、その辺は王宮の人達も考えてるでしょうし、戦争のこととか国力のこととか、そこまでは私達には分からないわ」

 そりゃそうだけど。


 「お前が狙われる可能性もあるんじゃないのか?」

 「私?」


 「だろ、トリステイン選出の結婚式の巫女、これに危害を加えられたらトリステイン貴族が黙っちゃいない。『レコン・キスタ』にはあの変態ロリコン髭みたいのがいるんだし、何やってくるか分からねえぞ」


 「ふん、望むところよ、姫様は私が守るわ。逆に仕留めてやるんだから」

 逆にルイズがやる気に満ちている。



 「まあ、国際関係なんてよくわからねえけど、巫女に相応しいのはお前しかいそうにないな」

 有事の際に咄嗟に動くことも求められそうだ。


 「詔を考えるだけでも大変だってのに、面倒ね」

 でも、危険を考えて辞退するなんてことはしない、それがルイズ。


 多分、結婚式の時に何かが起こる。俺達は漠然とそれを予感していた。


 結婚式までは後20日。
 







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 追記

 ご指摘があったとおり、今後極力ハインツ視点無しでいこうと思います。












[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十四話 サイト変態未遂事件
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2010/01/15 12:32
 トリステインと神聖アルビオン共和国の警戒的平和が続くなか、結婚式の準備は着実に進んでいる。

 が、トリステイン魔法学院にはその影響は少ない、学院長や秘書のロングビル改めマチルダさんとかは結構忙しそうにしてるけど、一般の教師や生徒は普通通り。

 その中で俺の主人であるルイズは普通じゃない組であるが、詔を考えるなんて作業において俺に手伝えることもなく、俺自身はいつも通り組に属していた。




第二十四話    サイト変態未遂事件






■■■   side:才人   ■■■



 「うーん、中々の惨状だな」

 俺は、部屋の掃除をしていた。

 ルイズが巫女として結婚式の詔を考え出して以来、日を追うごとにこの部屋の散らかり具合は進行している。


 あちこちにインクで余すことなく字を書かれた紙が散らばり、部屋の主人であるルイズが

 『ここは熱に対する比喩を……いやいや、寒さに対することだって重要だから』

 とか

 『風といえば船だけど、そんなことを結婚式で言うのも変だし、そもそも詔っぽくないし、グリフォンやマンティコアに例えるのはありかしら?』

 とか

 『土に関してなら、作物と金属、けど、作物は水にも関係するからやっぱ金属メインで……でも、建築物も大抵そうよね、大がかりなものなら風も利用されるけど』

 とか

 『水といえばトリステイン、そして姫様の結婚式ならユニコーンは外せない。ラグドリアン湖の誓約を比喩にするのは定石だけど、姫様に対してはちょっと無理、なにせ、ウェールズ王子と出会いになられた場所だもの、そういえば、私が愛びきのための影武者になったこともあったかしら』

 なんて感じでぶつぶつ言いながら、真剣に詔を考えているもんだから、部屋はどんどん散らかっていく。


 四系統に関する感謝とか、色んなものを詔には盛り込むそうだが、長すぎてもいけないらしく、ルイズの作業はかなり難航している。

 正直、ここまで真剣に取り組めるのはルイズくらいだと思う。


 で、その荒れた部屋の掃除は当然俺の担当になるわけで、掃除の間、ルイズは図書館で考えてる。

 ちなみに部屋の掃除の方法は、地球となんら変わり映えするところは無い。箒で床を掃き、濡らした雑巾で床を磨く、そして、散らばった紙を処分する。それだけである。

 俺にとっては、小学校ぐらいから高校に至るまで延々反復して、すっかり手慣れてしまったことだった。今まで掃除してきたどの教室よりもこの部屋は狭かったし、机なんかを移動させる必要も無い。


 が、問題はインク。書いてすぐの紙をあちこちに放り投げるもんだから、床のあちこちにインクがこびりついてる。ボールペンと違って羽ペンとインクで書く紙は習字の半紙みたいなもんだ。

 それを綺麗に拭き取るのはなかなか力がいる仕事で、学院のメイドには多分きついものがある重労働となっている。


 しかし、そこで“身体強化”の出番。デルフ曰く、伝説の使い魔“ガンダールヴ”だそうだが、ガリアでは一般的になるまであと一歩だとか。

 伝説も随分お手軽になったもんだと思う。


 とりあえず作業は終了、インクの染みを綺麗にして、見落としはないかどうかチェックする。


 もともとルイズの部屋にはあまりモノがない。クローゼット、引き出し付きの小机、水差しの乗った小さな木の円卓と椅子二脚。ベッドとその枕もとのランプ、そして役目を存分に謳歌している本棚。

 俺の暮らしていた部屋と大差の無い、普通といえば普通の部屋でもある。公爵家の三女の割にはかなり質素だ。


 違いを挙げるなら、本棚をぎっしりと埋め尽くす本、しかも分厚いのが多いということだ。

 子供向けの分かり易い魔術書とやらがある。難解な専門用語たっぷりの学術書もある。果ては文字そのものが、なんか深海魚が全身で爆笑してるみたいにしか見えない怪文書まである。

 それらに共通していたのは、魔法に関係のある書物だということ。そしてその全てが、満遍なくくたびれていたことぐらい。


 こいつの勉強量はなかなか洒落にならないものがある。が、それを認められることは驚くほど少ない。


 「今回の詔も、こういった普段の努力の成果が出るだろ、あいつなら絶対出来る」

 なんだかんだで最近は暴力傾向も少し改善されてきている。

 最初と主人と犬だったが、最近では主人と使用人くらいのとこまで来た気がする。


 「ま、努力家なのは確かだわな、それはそうと、お客さんが見えてるみたいだぜ」

 「客?」

 この部屋に客なんて珍しい。


 誰だろうね、と思っていたら、こんこんと扉を叩く音がした。

 「開いてるよ」

 そう音源に声を掛けると、がちゃりと軽く開かれた扉の隙間から、フリル付きカチューシャで黒い髪を纏めた、見慣れた少女がひょっこりと現れた。


 「あれ、シエスタ?」

 「あ、あの……」

 なにやら不安そうにどもって中に入ってこないシエスタに近づき、扉を大きく開いてやる。

 その両手は、沢山の料理を載せた皿やティーポットを乗せた、いつもの配膳用の銀のトレイに塞がれていた。


 「あの、ですね。最近、さ、サイトさん厨房に来なかったじゃないですか?」

 ああ、と頷く。

 最近はギーシュと色々試してみたり、シャルロットと模擬戦じみたことをしてるのが多い。


 例の結婚式がなにやらきな臭い感じがするので、もうアルビオンでのことみたいにならないように、仮にあの変態がまた来たとしても撃退できるように、やれることをやっておこうと思ってたから。

 それでも、厨房の手伝い自体は続行してる。特にデルフを使っての薪割りなんかは確実に効果が出ているし、小麦粉の袋を運んだりもなかなかいい訓練になる。


 でも、厨房で食べる機会は減っていた。持ち出し出来る感じのものをもらってヴェストリ広場で食べることが多かったな。


 「だから、おなかすいてないかな、って。ちょっと、心配になって、それで……」

 お盆を持ったままそうもじもじするシエスタを見ていると、いらない心配させちまってたんだなぁ、となんだか申し訳ない気持ちになってくる。


 「えっと、ありがとう。でも、最近は食糧事情が改善されて、それほど腹がすかなくなったんだよ。ルイズが、席で食べていいって言ったから。昼食の時に結構食べれるんだ」

 「そう、だったんですか? わたし、先週から先生方の食卓の給仕に回ってましたから、気付きませんでした……。じゃあ、余計なお世話だったのかしら……」

 しゅん、とシエスタが項垂れてしまった。

 いかん、これは良心にクるものがある。

 「……そ、そんなことないって! 持ってきてくれたの、凄く嬉しいよ!」

 「ほんとですか?」

 って、そういや今日、食堂行ったっけ?


 そもそもルイズが授業に出ていない、どころか、部屋から出てない。

 うーん、ずっと部屋に籠って書いてたもんな、どんどんインク塗れの紙が量産されてくもんだからその処理にあたってたけど、気がつきゃ昼を過ぎてるし。

 あいつ、昼飯に行ったのか、掃除してて気付かなかった。


 「勿論! ……えと、その、実は腹空いてるし!」

 自分で気付かなかったのは我ながら間抜けだと思うけど。

 とにかくシエスタの顔は輝いたので万事OK。

 「それじゃあ、お腹いっぱい食べてくださいな」









 小さな円卓の上、所狭しと料理の類が並べられていく。

 シエスタがニコニコとそれらを並べていくのを見ながら、肋骨のちょっと下辺りを撫でる。

 ああ、気付くと腹ぺこって、ホントにあるんだ。


 で、勢いよく食べることにした。


 ………トリスタニアの王宮で食い過ぎた後の惨劇が思い出された。


 そっかー、最近あんまし大量に食べてないと思ったら、無意識にあれを思い出してたんだー。


 空中嘔吐という未知の体験は俺の心に傷跡を残していたようだ。


 「おいしいですか?」

 「空中嘔吐は御免だよな」

 って、答えになってねえ!


 「美味しいよ! うん、すごく美味い!」

 速攻で言いなおし、その証にがががががっと、食べ掛けだったピラフもどきを平らげてみせる。

 任務成功と、次の任務に当たれ。

 何かのムニエルに突撃します。ついでに、なんか妙なテンションになってます。


 ちらっと視線をシエスタに向けてみれば、なにやらじーっと俺の食べる様を見ていた。

 き、気恥ずかしい。

 「えと、食い方汚いかな?」

 そう訊ねると、シエスタはぼふっと湯気を上げて、わたわたと手を振り出した。

 「そ、そんなことないです!逆です、そんな風に一生懸命に食べてもらったら、お料理も、作った人も幸せだなぁ、って!」

 「そ、そっか」

 既にシエスタの顔は心配になるくらい真っ赤になっている。……マジに大丈夫か。


 「その、それ、わたしが作ったんです……」

 そうぽそっと聞こえた。

 え、これシエスタの手料理?


 「そ、そうなの?」

 「ええ、ちょっと料理長に無理言って、厨房に立たせてもらったんです。こうやってサイトさんが食べてくれてるのを見てると、お願いした甲斐がありました」

 そう言ってはにかむシエスタに、胸が詰まったような錯覚を覚えた。

 健気だなぁ可愛いなぁ、なんて暢気にのたまう煩悩が憎たらしい。

 そっかと軽く相槌を打つと、気恥ずかしさから逃げるように料理に視線を戻し、食を再開する。


 食を進める。


 食を進める。


 進める。


 それでも進める。


 進める。


 進め……、なんだ、この微妙な空気。


 つい、とまた顔を上げてみると、じーっと、なんだか困ったような視線で俺の顔を見つめているシエスタと、目が合った。


 「シエスタ?」

 「は、はいっ!?」

 びくぅッと背筋まで伸ばして体を跳ねさせた。

 なにごとぞ。


 「えと、そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしいんだけど……」

 「そ、そうですか? ……そ、そうですね、ごめんなさい!」

 ば、っと体ごと視線を外して、机にまっすぐ向き直るシエスタ。

 「いや、謝ってくれなくていいんだけどさ。その……、な、何か話したいことでもあるのかなって」


 「い、いえ、その、この前のお話とっても楽しかったです! 特にあれ! 何でしたっけ! ひこうき!」

 急に話題を変えるシエスタ。


 そういや、日本について色々話したっけ、ギーシュもいたけど。


 「ああ、飛行機ね」

 「そうです! 魔法が出来なくても空を飛べるって素晴らしいわ!つまり、私達平民でも鳥みたいに空を飛べるってことでしょう?」

 「空飛ぶ船があるじゃん」

 俺にとってはあっちの方が摩訶不思議だ。


 「あれは浮いてるだけです」

 きっぱり言い切ったよ。うーん、ウェールズ王子が率いてた空軍の人に聞かれたら、ぶっ飛ばされそうなセリフだ。、船が自分の死に場所になるかもしれない人たちだったから。


 あの人達は、空の航海に関して誇りを持ってたからな。でも、もう居ないんだよな…


 「あのですね、わたしの故郷も素晴らしいんです。タルブの村っていうんです。ここから……そうね、馬で三日くらいかな……、ラ・ロシェールの向こうです」

 「ラ・ロシェールの向こうか、それなら確かに三日くらいだね」

 トリステインの地理も少しずつだが分かってきた。


 「何にもない辺鄙な村ですけど………、とっても広い、きれいな草原があるんです。春になると、春のお花が咲いて、夏になると、夏のお花が咲くんです。ずっと、遠くまで、地平線の彼方まで続くんです。今頃、とっても綺麗だろうな……」

 思い出すように目を閉じるシエスタ。


 故郷か、そうだな、数か月も故郷に帰れないのは俺に限った話じゃないんだ。

 ハインツさんがいってたけど、社会人の大半は故郷に帰るのなんて盆と正月くらいだもんな。魔法学院に奉公しているメイドなんかはそう簡単に帰郷するわけにもいかないか。


 「わたし、一度でいいから、そのひこうきというもので、あのお花の海の上を飛んでみたいな」

 「へええ」

 何とも、乙女っぽい夢だ。シエスタによく似会ってる。


 「そうだ!」

 いきなり胸の前で手を合わせてシエスタが叫んだ。

「サイトさん、わたしの村に来ませんか?」


 「はい?」

 繋がりがさっぱりだ。


 「えっと、今度お姫さまが結婚なさるでしょう?それに合わせて、私たちにも特別にお休みが出ることになったんです。それで久しぶりに帰郷するんですけど……、その、サイトさんにも見せてあげたいんです。ずっと遠くまで、地平線の彼方まで続く、お花の海」

 ……それはすごそうだけど。


「その、どうして俺に見せたいの?」

 好意を持ってくれてるってうぬぼれたいとこだけど、彼女いない歴17年だけになあ。


「……サイトさん、わたしに『可能性』を見せてくれたから」

 「可能性?」

「そうです。平民でも、貴族に勝つことが出来るんだっていう、そんな可能性。わたしたち、なんのかんの言っても、貴族の人たちに脅えながら暮らしてるんです。でも、それを覆せる人がいる。それが、なんだか自分のことみたいに嬉しくって。わたしだけじゃなくて、厨房の皆もそう言ってて」

 そんな人を、わたしの故郷の皆にも紹介したいんです。

 シエスタはそう締めくくった。


 だけど、それは………


 「なあ、シエスタ、だったらもし、貴族がいなくなって、怯えなくてよくなったら、どう思う?」

 それはつまり、平民は貴族がいない方がいいと考えている。そういうことじゃないのか?


 「え? そ、そうは言われても……実際にいなかった場合なんて想像も出来ません」

 それが、シエスタの答えだった。


 だけど、それを実際に示す奴がいたら?

 貴族以上の“戦争”という力で、それを覆す奴がいたら? そんな『可能性』を示す奴がいたら?

 平民は、そいつに憧れて、従ってしまうんじゃないだろうか。

 その後、終わらない戦争に駆り出されることも知らずに。


 “貴族に勝った平民”、つまり俺は、小さくした“ゲイルノート・ガスパール”になってしまってるんじゃ……


 『そういった虐げられてきた者達からすれば、あの男は紛れもない英雄だ。神も王家も彼らを守らなかった。しかし、あの男は実力によってそれらを覆した。それはあくまで奴の野心のために民衆を利用するためだが、彼らにとっては現状が変わるならば魂を売る相手は神であろうが悪魔であろうが構わないのだろう』


 シエスタが俺を慕う理由には、とても、危ういものを感じた。

 確か、ナチスドイツのヒトラーの演説もそんな感じじゃなかったか?


 「シエスタ、それは……………なんて言うか……うん」

 うまく言葉に出来ない。



 「もちろん、あの、それだけじゃなくて。ただ、サイトさんに見せたくって……、あ、でも、いきなり男の人なんか連れて行ったら、家族のみんなが驚いてしまうわ。どうしよう……」

 気付いたら話が戻ってた。

 まあ、そりゃあ娘が男を前触れなく連れて帰ったら、普通は驚くよなぁ。

 

 シエスタはなんか顔を赤くして、ぽんと膝を強く叩いた。

 「そうだ。だ、旦那さまよ、って言えばいいんだわ」

 ――――は?

 『旦那さま』

 その言葉にはいい感じがしない、なぜだろう?


 「け、結婚するからって言えば、喜ぶわ。みんな。母さまも、父さまも、妹や弟たちも、みんな、きっと、喜ぶわ」


 「あ、あの――シエスタ様?」

 呆然と暴走するシエスタを見つめていると、いきなりびくっとその身を跳ねさせて、首を千切れんばかりに振りだした。

 「ご、ごめんなさい! そ、そんなの迷惑ですよね! あ、そもそもサイトさんが来るって決まったわけじゃないのに! あは!」


 は、ははは。

 ちょと、渇いた笑いが頭ん中で響いてる気が。


 「し、シエスタって意外と、大胆なんだね。ちょっとびっくりしたよ」

 いや、ホントに。

 ちょっとってレベルじゃねえ気もするが。

 「だ、誰の前でも大胆になるわけじゃありません」

 はい?


 「こんなこと、サイトさんにしか言ったことないですし……、そ、その、家を出るとき、母さまに言われたんです。これと決めた男の人には強気で一気に攻めなさい、って、その……」

 いや、どんだけエキセントリックなお母さんなんだそれ。

 まだ見ぬシエスタのお母さんへのツッコミ衝動を気合で抑え込みつつ。

 俺は、茹だって口ごもるシエスタの次の言葉を待った。



 「わたしって、魅力ないですか?」

 ……はい?

 また話題が飛んだ。というかそろそろ頭が混乱してきた。


 「こうして二人きりでいても、親密にお話したこと、ってありませんし」

 そんなことはないと思います、ただ機会がなかっただけです。


 「肌を見られたことも、ありませんし」

 普通はある方が異常だと思います。


 「何度もお会いしているのに、手に触れられたことさえ、一度もありませんし」

 わざと触ってもいいものなんでしょうか?


 「……わたし、魅力ないんだわ。そうよね、サイトさんの側にはミス・ヴァリエールとか、ミス・ツェルプストーとか、ミス・タバサとか……、貴族の女の子が沢山いるんだもの。わたしなんて、ただの村娘だもの」

 なしてそういう結論になるんですか。

 というか、さっきまで平民と貴族のことで考えてた自分が、凄く馬鹿に見えて来たんですけど?


 「そんなことないって! シエスタは充分魅力的です、それは保障していいです。はい」

 「そう、ですか?」

 ぶんぶんと思いっきり首を縦に振って肯定する。

 シエスタは目を閉じて何事かを考えると、やがて…………


 「じゃ、じゃあ、お願いします……」

 茹でシエスタは何か人として捨ててはならないモノを吹っ切ったように言い放つと、瞬く間に背中のリボン結びをほどき、エプロンを肩から床へ落とした。

 てっ! ちょっと待て――――――!!


 「ちょ、シエスタ! まずい! まずいって!」

 ごきごき音がしそうなほど激しく首を横に振る。

 突然すぎて俺も相当テンパってるんだろうか、まともな制止の言葉も行動も出てこない。


 「あ、安心してください。責任取れなんて言いませんから」

 安心できねえッ!?

 そうこうする内にブラウスのボタンはぷちぷちと外され、シエスタの胸元にできた谷間がくっきりと――!


 「ま、待った! ちょっと待った! そーいうのはもっとちゃんと順序を踏んでからだな!」

 俺の両腕は、なおもボタンを外し続けるシエスタの腕を封じるべく、勢いよく目の前の二の腕へ伸びた。


 と。

 ここで実力行使を選んだのが、多分そもそもの間違いだったんだろう。

 「きゃ」

 シエスタの細い体は、俺の腕力を堪えきることが出来ずにバランスを崩してしまった。

 で、俺からシエスタへの進路の延長線上にはベッドがあったわけで。


 「あ゙。ご、ごめん」

 シエスタを俺が押し倒すような格好で、綺麗にベッドに倒れこんだ。

 おまけに、この姿勢はテンパり、いや、むしろ暴走シエスタにしてみれば望むところだったらしく。

 暴走シエスタははだけた胸の前で祈るように両手を組むと、ゆっくりと目を閉じた。

 そんな『これなんて本番5秒前シーン?』がちょうど完成した瞬間。



 絶妙のタイミングでドアが開かれ。


 「サイト、掃除終わった?」


 桃色の髪をしたマイ・マスターが入って来たのでありました。






 一秒、ルイズがシエスタをベッドに押し倒している(ようにしか見えない)俺を発見。


 二秒、ルイズがシエスタのブラウスがはだけられているのを発見。


 三秒、シエスタと俺、慌てて立ちあがる。


 シエスタが顔を真っ赤にしつつ超速攻でボタンを付け直す、これに三秒、早え。その間ルイズは反応無し。


 七秒、シエスタがルイズに頭を下げて出て行った。


 八秒、「ちょ、ちょっと!」と、なんとか俺が叫ぶ。


 九秒、ルイズの臨戦態勢が整った。髪が逆立ち、怒れる魔神が降臨。


 そして十秒。


 「貴様ああああああああああああ!! 人が必死に詔を考えている時に何をやっているrrrrrrrrrrrrrrrr!!!巫女を舐めてんのかあああああああああああああああああああああああああああaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 「ごめんなさ、ぐぶおあ!!」


 至高のハイキックをくらって吹き飛ぶ俺。


 なんか将来、こんなシチュエーションで巨大な騎士人形をルイズが吹き飛ばすような気がしたんだが、多分、例の怪電波のせいだ、うん。


 “あの時のキスはなかなかに情熱的だったわね”


 そんな怪電波も聞こえていない。





 「とりあえず出て行け! 私のために出て行け! 貴様がここにいては私は怒り狂い、詔を考えられん! しばらくここには来るな! 私の前に姿を現すな! 貴様を殺さずに済む自信がない!」

 恐ろしく鬼気迫る表情でルイズがそう言った。

 なんかこう、体内の伝説の怪物を封印した人柱とか、そういう設定の人が言いそうな感じだった。


 「分かりました! しばらくお暇をいただきます!」

 俺は速攻で逃げた。このままでは殺されることは確実だったからだ。


 しかし。


 「餞別だああああああ! くれてやるうううううううう!!」

 何とも名状しがたい声が後ろから聞こえ。


 「相棒ーーーーーーーーーーーーー死ぬなーーーーーーーーー!!」

 デルフの悲鳴のような忠告のような嘆願のような声が聞こえてきた。


 って、デルフ?


 「ぐぎゃるぶべ!!」

 超高速で飛来するデルフが俺の背中に直撃した。

 もし、刃がこっちむいてたら俺は間違いなく死んでいただろう。


 が。


 「死ねえ!」

 という声がさらに聞こえる。


 「相棒! 鞘が来る! 避けろ!」

 死に物狂いで身体を逸らしたところ、なんとか回避に成功。


 そしてそのままさらに遁走。ルイズの視界にいては命が無い。


 “ガンダールヴ”のルーンを全力で発揮し、俺は怒れる大魔神から必死に逃れた。













■■■   side:ギーシュ   ■■■


 「馬を借りたい?」

 「うん」

 サイトが僕のとこにそのようなことを頼みにやってきた。


 「トリスタニアに行くのかね?それならルイズに頼めば早いんじゃないか?」

 「それが、大魔神の怒りをかって部屋から追い出されてさあ」

 何とも分かりやすい答えだった。


 「ルイズに追い出されたと、それで、トリスタニアに行くというのは?」

 「しばらく戻れそうにないから、住み込みの仕事でも探そうかなと」

 「いつ追い出されたんだい?」

 「30分くらい前、多分、顔を合わせるだけで殺されそうだから、ルイズが落ち着くまでは学院の外に逃げた方がいいと思う。少なくとも厨房はやばい、下手したらシエスタやマルトーのおっさんを巻き込んじまう」

 相変わらず凄い行動力だ。たった30分後にすぐに寝床探しに動くとは。


 「しかし、何で追い出されたんだい?」

 最近は主人と使い魔として、結構いい感じになってたと思うんだけど。


 「それなんだが……………」

 そして、サイトは語り出した。














 「うーん、確かに、ルイズが逆上するのも無理はないかも。詔をずっと考えてて、使い魔が掃除するためにいったん部屋から退避して、戻ってきたらそれじゃあねえ」

 追い出すのはやり過ぎかもしれないが、そこはルイズだし。

 もっとも、サイトは冤罪なんだけど。


 「今回ばっかは俺が悪い。むしろ、ルイズの慈悲深い処置に感謝だな」

 と思ったら、サイトは逆に感謝してた。


 「よくそこで感謝できるね君は」

 普通は冤罪で部屋を追い出されれば、腹を立てるくらいはしてもいいと思うが。


 「ルイズを基準にして考えるからそうなるんだ。冷静に考えてみると、やばいのは俺の方なんだ」


 「どういうことかね?」

 よく分からない。


 「えーと、お前さ、以前二股かけてた子がいただろ、一年生に」

 「ケティのことかい、まあ、事実は事実だけど」

 それがいったい。


 「それでさ、その子の部屋に呼ばれて、その子が作ったクッキーを食べてると想像してくれ」

 「ふむ、手作りクッキーか、なかなかにいいね」

 本当に招かれたら一も二も無く行くだろうなあ。


 「それで、紅茶が無くなって、その子がお前のためにわざわざ自分でとりに行ってくれました」

 「おお、夢のような話だ」

 年下のかわいい女の子にそこまでされるなんて、男の夢だろう。


 「そして、その子が自分の部屋に戻ってみると、学院のメイドの服を脱がし、自分のベッドに押し倒しているギーシュを発見しました」

 「ちょっと待った僕は変態かね?」

 女性の部屋のベッドでメイドの服を脱がして押し倒すなんて、どう考えても犯罪者だろうそれは。


 「俺が使い魔であることを少し脇におくとしたら、ルイズにとっちゃそういうシチュエーションなんだよ」

 「なるほど、言われてみれば」

 「さて、その場合、お前が一番困る反応はどれだ? その1、怒って往復ビンタ。その2、あまりのショックに泣き出してしまう。その3、悲鳴を上げる」

 「ふむ……」


 少し考えてみる。


 「その1が一番ましだな、あくまで僕とケティのことだけで済む」

 しかし、それ以外だと………


 「じゃあ、その2だったら?」

 「彼女の泣き声に周囲の部屋の人々が駆けつけて来て、僕は間違いなく変態の汚名を背負ってこの先の学院生活をおくることになる。君だったら変態使い魔の出来上がりだな」

 考えるだけで恐ろしい結末だ。


 「そして、その3だった場合……」

 サイトの声が沈む。

 「……チェルノボーグ送りかな? 少なくとも性犯罪者として捕まるのは間違いないだろう。特に君の場合は洗礼を受けていないから死罪は免れないなあ」

 確かに、ルイズの処置が寛大に見えてきた。


 「だろ、気が強いルイズだからあれで済んだけど、気が弱い方がかえって問題だ。泣かれでもした日にはこっちの良心が痛むし、そもそもその子の心に傷を付けた時点で十分犯罪だ」

 「それは確かにそうだ。僕達の周囲は強い女の子ばかりだから失念してたなあ」

 ルイズ、キュルケ、タバサ、僕の場合モンモランシーも。


 ううむ、全員そんなことじゃ動じない女の子ばっかりだ。

 でも、貴族の子女ならむしろケティの方が標準的なはずなんだよ。


 「まあそういうわけで、トリスタニアに行こうと思ってさ」

 それで最初の話に戻るわけか。


 「それは構わないが、タバサのシルフィードに乗せてもらった方が早いんじゃないかね?」

 多分、タバサは断らない。キュルケの談によればサイトに好意を持ってるみたいだから。


 「うーん、あまり頼り過ぎるのも悪い気がするんだよ」

 おや、サイトらしくないな。

 自分が出来ることと出来ないことを踏まえて、出来ないことは他人にしっかりとお願いする。それがサイトだったはずだ。

 人間の基本のようで、これを出来るのはなかなか少ないからなあ。


 「別に、今に始まったことでもないだろう?」

 「そうなんだけどさ、いつまでも頼りっぱなしってわけにもいかないだろ?」


 やっぱり、アルビオンでの一件かな?あれ以来、サイトは少し気を張ってる気がする。

 ルイズは言うまでもない感じだけど、サイトも同じだったようだ。


 「そうかい、まあ、馬を借りる手続きくらいは任せたまえ」

 「おお、サンキュー」

 そして、サイトといったん別れる。







 「うーん、どうするべきか。やっぱりサイトはもっと自由な感じの方がらしいと思うけど」

 僕が口出すようなことでもないんだが。


 「よし、ここは女の子に任せよう」

 サイトを好きな女の子なら、サイトに関して口出す権利もあるはず。















■■■   side:才人   ■■■



 で、トリスタニアにやってきたんだが。


 「やっぱし難しいか」

 既に数件あたってみたが、全部断られた。

 ハインツさんが言っていた通り、俺の黒髪はこっちでは珍しく、一発で異国人、しかもハルケギニア人じゃないということがわかる。


 やっぱり、異国人ってだけで何か厄介事になるんじゃないかと考えるのが人間ってもんで、そういう奴には審査が自然ときつくなる。

 そして、洗礼を受けてない俺は怪しさ抜群。犯罪者予備軍みたいなもんだしな。


 「とりあえず、ブルドンネ街は無理、となると………」

 トリスタニアの裏の顔、チクトンネ街になる。

 リュティスにあるっている暗黒街に比べれば天国らしいけど。


 「しかし、そろそろ日も暮れてきたなあ」

 探すのは明日にして、まずは寝るとこを探すべきか。

 金を持ってくるのを忘れたから、当然宿に泊まることなんか出来る筈もない。


 「主人に部屋を叩きだされ、薄汚れた街の裏側で眠ることに、貧民人生まっしぐらだねえ相棒」

 うっせえ駄剣。


 「ま、とにかく、その辺の酒場にでも入って、からんでくる奴をぶっ飛ばして財布を奪うってのはどうよ?」

 「それ完全に恐喝だろ」

 いや、むしろ強盗?


 「いいじゃん、犯罪者予備軍なんだから」

 「よくねえよ、自分からそこに落ちてどうする」

 俺はロクでなし代表かっての。


 「だけどどうすんだよ?野宿にすんのかい、俺は別に問題ねえけど、薄汚れた格好じゃ仕事探しも余計難しくなるぜ?」

 「ううむ……」

 それもそうか、ただでさえ怪しいのに格好まで浮浪者みたいじゃ余計悪くなる。




 「心配ない」

 そこに、とても澄んだきれいな声が聞こえた。そして、俺はその声をよく知ってる。


 「しゃ、シャルロット!」

 「おう、青い娘っ子じゃねえか」

 なぜか、シャルロットがそこにいた。


 「私の部屋に泊めてあげるから」

 ………はい?


 「いや、それはまず………」

 「イル・ウォータル・スレイプ・クラウディ」


 え、問答無用?

 何か言う暇もなく、俺は意識を失った。















 「ちょっと待てえ!」

 目を覚ます。


 「お、意外と目を覚ますのが早かったな」

 「流石」

 なんか感心してる二人(正確には一人と一本)。


 ここは………シルフィードの上か。どうやら学院に向かっている模様。

 俺が乗ってきた馬はシルフィードが足で抱えてる。うーん、咥えられてたヴェルダンデを思い出すな。


 「しゃ、シャルロット、なんであそこに?」

 とりあえずその疑問から。


 「ギーシュに聞いた」

 あいつか。


 「で、でもさ、シャルロットの部屋に泊まるわけには……」

 「大丈夫、家造り用の藁は確保したから」

 準備万端だった。


 「だ、だけど」

 女の子の部屋に泊まるのはやはり問題がある気がする。

 ルイズの場合は主人と使い魔っていう前提があるからいいけど。


 「私の部屋には泊まりたくない?」

 なんか、少し落ち込んだような反応をするシャルロット。


 いかん、むっちゃかわいい。つーかやばい。


 「そ、そんなことはない!むしろ嬉しい!大歓迎!」

 って、何言ってる俺は! 変態まっしぐらか!


 「よかった」

 いや、そこで微笑むのはやめていただきたいのですが。なんかこう、俺の危険な妄想というか煩悩というかが爆発しそうなので。


 「サイト、少し無理をしてる」

 と、いきなり話題が変わった。


 「無理?」

 「うん、アルビオンから帰って以来、いつも気を張ってるみたい」

 そうかな? なんかギーシュにも似たようなことを言われたような。


 「まあな、相棒にも色々あるんだろうよ。その辺は貴族の娘っ子も同じだが」

 デルフが肯定してる。


 「貴方なら、まずは知り合いに相談していたと思う」


 「うーん、そうだったかな。でもさ、いつまでも頼りっぱなしってわけにも…「サイト」はい」

 言葉の途中で遮られた。


 「自分一人で何もかもやろうとするのは無理。誰かの力を借りるのは恥ずべきことじゃない、人間は助け合って生きるものだから」

 どこまでも真っ直ぐに、シャルロットはそう言った。


 「昔の私もそうだった。何もかも一人で抱え込もうとして、心を氷のように凍てつかせてしまったの。でも、それは辛いだけだった」

 思い出すように語る。


 「昔はってことは……」

 「私の心を溶かしてくれた人がいた………少し語弊がある、溶かしてくれた大切な人と、陽気な悪魔がいた」


 悪魔と言い直した時点でそれが誰かは分かった。もう一人は多分お姉さんだろ。


 「いや、大切な人を悪魔って呼ぶのはどうかと」

 「自分で言ってたから、『人間は助け合って生きる。が、俺は一人でも生きられる、故に悪魔なのだ。けど、たーくさんの人々に囲まれてた方が楽しいに決まってる』って」


 流石はハインツさんだ、考え方が尋常じゃない。


 「でも、その通り、あの人なら何でも一人で出来る。けど、一人でやろうとはしない」

 「皆と一緒にってことか?」

 「少し違う。あの人の能力は凄く高いんだけど、一人じゃどうしようもなくなるくらい、次々と後先考えずに色んなことをやるの。それで、困って友人や部下とかに色々と協力を頼む。その代わり、彼らのために最大限の助力をする」

 「………」

 相変わらず予想の斜め上をいく人だった。それ、馬鹿って言うんじゃないだろうか?


 「特にイザベラ姉さまは一番ハインツに振り回されてると思う。けど、とても楽しそう。ハインツのせいで仕事がどんどん増えるとかよく言うけど、怒ってはいないから」

 手間のかかる兄ってやつか? 聞く限りそのお姉さんも、結構なブラコンだと思う。

 「でも、そんなイザベラ姉さまを一番気にかけてるのもハインツだと思う。あれで、女性の身の回りのこととかにはもの凄く気を使うから。女性職員の月に一度の日に合わせた休暇を作ったりもしてるし」

 あの人、ほんとに何でもやるんだな。やることが大雑把なのか細かいのか良く分からん。


 「だから、サイトももう少し肩の力を抜いていいと思う」

 途中で少し脱線したけど、要はそういうことか。


 そういや、似たようなことを俺がルイズに言ったこともあったっけ。その俺が言われてるんじゃ世話ねえな。



 「うん、わかった。ありがとう、シャルロット」


 「どういたしまして」

 微笑むシャルロット。

 う、ヤバいほどかわいい。やっぱ、この笑顔は反則だろ。


 「やったー、一緒の部屋で寝れるぜー、シャルロットの処女は俺が頂きだー、ああたまらん、俺好みの未熟な体を思う存分貪り尽くせるぜ、げっへっへ」

 っておい。


 「デルフ! 何言ってやがる!」

 「え、俺なんか言った?」

 この野郎。


 「何つーこと言うんだ手前は!」

 「いや、知らねえよ、俺何も言ってないって」

 どこまでとぼける気だこいつは。


 「お前以外に誰がいる!」

 「だから知らねえって、神の声でも聞こえたんじゃねえか?」


 “神”

 なんか引っ掛かるものが。

 ふと、シャルロットの方を見ると。


 「………」

 顔を真っ赤してた。うーんかわいい。じゃなくて!


 「やっぱ手前じゃねえか!」

 「だから知らねえって!」

 俺達の口論は学院に着くまで果てしなく続いた。




 “ふふふ、虚無に不可能はないわ。あったわねえ、こういうこと。懐かしいなあ。今だったらシエスタはお持ち帰りになってるわね、もちろん私の。あ、ハイハイ今いくわ、少しは休憩もさせなさいよ、全く”


 











■■■   side:シャルロット   ■■■


 「出来たぜ!」

 「完成」

 私とサイトは一緒にサイトが寝る為の藁製の家を作っていた。

 ルイズの部屋をデルフだけを餞別に追い出されたから、サイトの寝る場所が無かった。そこで、私の部屋の中に藁ハウス第2号を設営することに。


 「けど、やっぱ魔法って便利だな。俺だけで作った時は結構時間がかかったけど」

 「要は使い方次第」

 藁みたいなものを空中で固定するのは難しい。けど、『レビテーション』を使えばそれも簡単にできる。

 私が藁を空中に固定して、サイトがロープで縛りつつロウで固めていけば、割とあっさりと骨組は出来た。


 床の藁は敷き詰めるだけだから、壁と天井さえ出来れば十分休めるような家になる。

 
 「しかしよお、若い男女がおんなじ部屋にいて、相棒が持ってるもんがロープとロウソクと来た。もし今誰か来たら、変態疑惑その2が浮上するな」


 「でっ!」

 「!?」

 そういえば!


 「しかも、青い娘っ子の方は既に御就寝モードの格好だし、相棒は幼女の寝込みを襲う性犯罪者にしか見えねえだろうな」
 
 「早く言え!」

 「そこで俺に文句を言われてもなあ」


 私はもういつものパジャマとナイトキャップに着替えてる。

 でも、それって…………

 私とサイトが恋仲という噂になるんだろうか?


 それは……………別に問題ないかな?


 「ま、とにかく出来たんだからいいか」

 「だねえ、もうけっこう夜も遅いぜ」

 そういえばそうだった。


 「サイト、明日はどうするの?」

 「うん、もう一回トリスタニアに言ってみようと思う。それで駄目だったら、ハインツさんに相談しようかと」

 ハインツなら仕事くらいいくらでも回せるはず。

 でも、彼がそれだけで終わらせるとは思えない。


 「分かった」

 「悪いな、シルフィードに乗せてもらってばっかで」

 「気にしない」

 シルフィードには少し申し訳ないけど。


 「そんじゃ、そろそろ寝るかな」

 「この毛布を使って」

 サイトに毛布を渡す。


 「ありがとう、でも、寒くないか?」

 「平気、そろそろ夏に入る頃だから」

 今はウルの月の半ば、トリステインは徐々に夏に向かってる。


 そして、私はベッドで、サイトは藁の家で眠ることに。


 こうして、誰かと一緒に寝ることは凄く久しぶりな気がする。あれは確か………


 「シャルロット?」

 気付いたら立ち尽くしていた。

 「ううん、少し思い出してただけ」

 ベッドにもぐりこみながら答える。


 「思い出してた?」

 「そう、私が前に誰かと一緒に寝たときのこととか、私がベッドで、もう一人が藁の家という状況を」

 あんなことをするのはハインツしかいない。


 「ひょっとして、ハインツさん?」

 やっぱり分かったみたい。


 「うん、私が魔法学院に来る前は、リュティスのロンバール街にあるヴァランスの別邸で過ごすことが多かったのだけど」

 あそこは人が住むというより、北花壇騎士用の物資補給所みたいな場所になっていた。

 ハインツの個人的な家はベルクート街にあって、ロンバール街にある別邸には色んなものがあった。

 そして、今ではそれほどでもないけど、貧民街ことゴルトロス街にはたくさんのアジトがあって、今はファインダーやフェンサーが多く利用してるとか。

 暗黒街はハインツとイザークの独壇場、あの街そのものがあの二人の庭みたいなものだ。


 「そこの中庭にハインツが私のためという名目で家を建てたの」

 あれは絶対に自分がやりたかったからだと思うけど。


 「どんな家?」

 「煉瓦の家、そして、ハインツ用には藁の家」

 サイトなら多分これだけでわかるはず。


 「ひょっとして、お姉さん用に木の家があったりする?」

 「正解、しかも、小高い山まで作られてて、木の家はその中腹に、煉瓦の家はてっぺんにある。リンゴの木も植えられていた」

 当然藁の家は麓に。


 「あの人、何考えてんだ? いやどんな頭の構造になってるんだ?」

 「とても楽しそうに作ってた」

 しかも、煉瓦の家と木の家を作るにあたっては本物の職人を招いていた上、ハインツ自身も習っていた。その上、彼が忙しいときには“ヒュドラ”を使って遍在を残すということまでやっていた。

 どうしてそこまでするのだろうか?


 「じゃあ、シャルロットはここに来るまではハインツさんの家にいたんだ」

 「うん、ガリアのどこに行くにもリュティスは一番便利だから」

 あの頃はハインツから魔法や秘薬や戦闘技能など、色んなことを学びつつ、ワイバーンに乗ってガリア中を任務で飛んで回っていた。

 今でもシルフィードに乗って任務に出かける。もっとも、結構すぐ終わるけど。


 「えーと、何をやってたんだ?」

 ことが北花壇騎士団に関わるから小声になるサイト。


 「幻獣退治が多かったけど、とにかく色んなことがあった。任務の内容よりも、ハインツは私に世界を見せたかったみたい」

 それまで私は世界を知らなかった。

 公爵家のお嬢様としての生活しか知らない、世間知らずの小娘に過ぎなかったから。


 「任務か、でも、なんでシャルロットが?」

 そこは色々と事情があるのだけど。


 「私が所属する北花壇騎士団は元々もっと小さい組織で、貴族の依頼があった際に引き受ける程度だったみたい。けど、ハインツが副団長になってからは、どんどん組織を大きくして、情報網を整備した。けど、纏める人がいなかったから、情報を纏める方はイザベラ姉さまに押し付けて、ハインツ自身は実働部隊を率いることに。情報部門は団長であるイザベラ姉さま、実働部隊のフェンサーは副団長のハインツが纏めているのが現状」


 「なんか、随分身内っぽい組織なんだな」


 「間違いじゃない、本部の“参謀”もハインツの昔からの知り合いとかが大半だし。ハインツの補佐官の二人の元同僚とかもいる。フェンサーの上位は大抵ハインツの友人知人だし、それで、私もフェンサーの第七位」

 要は、ハインツ交友網と言っても問題ない。なにせ、北花壇騎士団の情報網の大元になったのはハインツの親友であるイザーク・ド・バンスラード外務卿の情報網だという話。

 彼一人から、あらゆる横の繋がりが発生している。

 “知恵持つ種族の大同盟”という、先住種族との交流さえやっているという話だから。


 「要は、兄貴のお手伝い?」

 「そんなところ、恩返しも兼ねて」

 最初は、母様の心を取り戻すため、生きるため、そして、復讐するためだった。


 だけど、兄と姉の存在がそれを変えてくれた。母様の症状は時間と共に回復してるし、最近では私を“タバサ”としてだけど認識してくれる。優しく声をかけてくれる。

 その治療をしてくれたのもハインツ。そして、彼が活動しやすいようにガリア王政府の中枢にいるのがイザベラ姉さま。

 だから、今は復讐とは少し違う。まだそれを捨てたわけではないけど、それだけに囚われることをあの人達は望まない、それでは余計心配をかけるだけになってしまう。

 「ハインツさんが学費を出してるんだっけ?」


 「うん、父様が3年前に亡くなってしまって、母様もその頃から病気で、ハインツが定期的に治療してくれてるの。徐々に良くなっては来てるし、来年頃には完治するかもとは言ってた」

 “大同盟”の水中人の人達の薬でエルフの毒を緩和している。

 そのことが、家族のことを特に気負わずに話せるくらいに、私の心を溶かしてくれた。


 「そうか、それで従兄妹のハインツさんが…………」

 こうして話だけを聞くと、特に違和感がないから不思議。

 父が亡くなって、母が病気で伏せっているから、既に成人している従兄妹の世話になっている。ただそれだけに要約出来てしまう。
 
 世の中、案外単純なのかも。


 「でも、お母さんは徐々によくなってるんだ」

 「うん、ハインツのおかげ」

 そこは本当に感謝してる。


 「そっか、家族がいるっていいな」

 「サイトも会いたい?」

 サイトはしばらく家族に会えない。


 「たまにな、でも、永遠に会えないわけでもないし。つーか、俺もシャルロットも家族に会えるかどうかはハインツさん次第なんだな」

 そういえばそうかも。意外な共通点。

 「仲間」

 「ああ」


 そうして、懐かしい思いに包まれていると徐々に瞼が重くなってくる。


 「おやすみなさい、サイト」

 「ああ、おやすみ、シャルロット」

 そういえば、あの家で寝る時もハインツと話していたっけ。


 伝声管でそれぞれの家を繋いで、ベッドで休みながらも話せるようにハインツが工夫していた。


 本当に、あの人は子供みたい。でも、頼りになる兄。


 孤独じゃないということは本当に素晴らしい、だって、一人は寂しいから。




 それで、ふと思う。





 あの男は、父様を殺して得た孤独な玉座で、何を思っているのだろう?



 玉座という場所には、そんな価値があるのだろうか?



 その代償が永遠の孤独だとしたら…………………



 王家とは、なんて辛い宿業を負っているんだろう。











[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十五話 宝探し
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2010/01/27 18:31




 ルイズの部屋を追い出された俺は、現在シャルロットの部屋で眠っている。

 これだけ聞くと完全に碌でなしでしかないが、あんまし変わらない気もする。

 でも、藁ハウスで寝ているのは相変わらずなのだから特に問題はないはず………だよね?


 うん、そのはずだ、きっとそうだ、間違いない。






第二十五話    宝探し






■■■   side:才人   ■■■



 「じゃ、じゃあ、お願いします……」

 茹でシエスタは何か人として捨ててはならないモノを吹っ切ったように言い放つと、瞬く間に背中のリボン結びをほどき、エプロンを肩から床へ落とした。

 てっ! ちょっと待て――――――!!


「ちょ、シエスタ! まずい! まずいって!」


「あ、安心してください。責任取れなんて言いませんから」

 安心できねえッ!?

 そうこうする内にブラウスのボタンはぷちぷちと外され、シエスタの胸元にできた谷間がくっきりと――!


「ま、待った! ちょっと待った! そーいうのはもっとちゃんと順序を踏んでからだな!」

 俺の両腕は、なおもボタンを外し続けるシエスタの腕を封じるべく、勢いよく目の前の二の腕へ伸びた。


 「きゃ」

 シエスタの細い体は、俺の腕力を堪えきることが出来ずにバランスを崩してしまった。

 で、俺からシエスタへの進路の延長線上にはベッドがあったわけで。


「あ゙。ご、ごめん」

 シエスタを俺が押し倒すような格好で、綺麗にベッドに倒れこんだ。

 おまけに、この姿勢はテンパり、いや、むしろ暴走シエスタにしてみれば望むところだったらしく。

 暴走シエスタははだけた胸の前で祈るように両手を組むと、ゆっくりと目を閉じた。

 そんな『これなんて本番5秒前シーン?』がちょうど完成した瞬間。



 絶妙のタイミングでドアが開かれ。


 「サイト、掃除終わった?」


 桃色の髪をしたマイ・マスターが入って来たのでありました。




 「……………………また変わった趣味を」


 バタン

 恐ろしい声を残して扉をしめる魔女。


 「ちょっと待てえ―――――――――――――――――――――――――――――――――!!!」

 俺は必死にその後を追う。


 「何? 変態様、いえ、強姦男」

 「盛大な勘違いをしたまま去ろうとするな! つーかお前知っててやってるだろ!!」

 「うるさいわね、私は忙しいの、これから学院長室に行かないといけないんだから」

 「何しにいく気だ!?」

 「由緒正しい貴族である少女の部屋のタンスとかをまさぐって、下着なんかを物色した挙句、学院のメイドをベッドに押し倒してる変態がいるから、衛兵を呼んで送るべきだって進言するのよ」

 「待て! 変態行為が追加されてるぞ! しかも、どこに送る気だ!」

 「チェルノボーグ以外のどこがあるというの? 少しは考えなさい発情犬」


 もの凄く見下した視線と共に言い放って下さいました。


 「あ、あの、ルイズ様? それは誤解であってですね………」

 「さて、そうかしら? この状況、貴方の立場、そして、貴族絶対であるこのトリステインの国風、それらを総合して考えれば信用されるのはどちらの証言かしらね?」

 妖艶に笑う魔女殿がそこにはおりました。


 「わたくしめは、貴女様に何をすればよろしいのでありましょうか?」

 処刑台に上る罪人の気分で言う。


 「なあに、難しいことじゃないわ、今日の夜、私のベッドでシエスタと一緒にさっきと同じ格好でいるだけでいい。後は、私が進めてあげるから」

 「あの、何を?」

 聞くのが怖い。


 「ああいう肉付きがいい子は最近食べてなかったから、たまには胸が大きい子もいいと思うわけよ。それに、貴族、というか年頃の少女のベッドで男とあんなことをしようとするいけない子にはたっぷりと調教…もとい、教育が必要だと思うわ、私」


 じゅるり


 そんな擬音がなぜか聞こえた。


 「お願いしますルイズ様! どうか! それだけはご勘弁を!!」

 ジャンピング土下座を敢行する生贄(俺)。


 「却下。あんたは結構英雄気質だから、自分の苦痛や恥辱は何だかんだで耐えるのよね。だから、責めるならまわりがいい、それも、割と純粋な子を狙うのがベスト。この意味、分かるかしら?」


 「ま、ま、まさか………」


 「さあ、選びなさいサイト、二股はいけないわよ。貴方を好いている女の子が二人いるのだから、どちらを好きなのか示さないといけない。つまり、私に生贄に捧げる方を選びなさい。胸の大きなあの子か、胸の小さなあの子か、私としては小さい方が好みなのだけれど」


 悪魔だ、悪魔がここにいる。


 「選べない、俺には選ぶなんて無理だ」

 「そう? でも、貴方が選ばなければ私が勝手に選ぶだけよ?」


 ならば、第3の選択を取るまで!


 「その前に、貴様をここで倒す!」


 「異端魔法その3」


 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 あっさり負けました。



 「ふう、その選択、英雄に相応しいけど、力が伴わなければただの間抜けね。その程度の力で私にたてついた浅はかさ、身をもって知りなさい」


 俺の身体は『レビテーション』で持ち上げられる。


 「さて、それじゃあ貴方の意思を酌んで、両方おいしく食べてあげる。もちろん、貴方も仲間外れにしたりしないわよ。貴方の●●もちゃあんと有効活用してあげるし、シャルロットの●●は貴方のものよ。そして、シエスタの●●を●●したり、色々とね。ああ、今から楽しみだわ、ふふ、ふふふ」


 その笑みは、この世にあってはならないものだった。


 「ふふふ、あはは、あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

 魔女の笑い声はどこまでも響き渡っていた。



















 「サイト! サイト!」


 「はっ!」


 気がつくと、シャルロットの顔がすぐ近くにあった。

 今のは……………夢か?


 「大丈夫? 大分うなされていたけど」


 「あ、う、うん、大丈夫………だと思う」

 今の夢は…………うーん、よく思い出せない、まるで脳が思いだすことを拒否しているようだ。


 「な、何か、恐ろしい夢を見たような気がする……」

 「夢?」

 首を傾げるシャルロット。


 「ああ、恐ろしい魔女がいたような、いなかったような」

 多分、これ以上思いださない方が良い。


 「平気?」


 「へ、平気だ。ところで、今何時くらい?」

 「まだ6時半くらい」

 ってことは。


 「起こしちゃったか?」

 「ううん、私はいつもこのくらいで目を覚ますから」

 そうなのか。


 「それじゃあ、行こう」

 「? どこへ?」

 いきなり言われても。


 「トリスタニアへ、貴方の仕事を探さないと」

 「あ、でも、朝食は?」

 「トリスタニアで食べればいい、朝から空いている店も結構あるから」

 「俺、金ないよ?」

 流石にシャルロットのお金を使わせるのは気が引ける。


 「平気、ファインダーの店ならフェンサーやその協力者は無料で食べれるから」

 「経費でおとすってことか?」

 営業のサラリーマンよりよほど好待遇だな。


 「そう、でも十二位以内に限られる」

 「へええ、シャルロットはエリートなんだ」

 「……………うん」

 あ、ちょっと照れてる。


 「ところで、その格好のまま行くつもりか?」

 今のシャルロットの格好はパジャマにナイトキャップ姿、流石にその格好でトリスタニアを歩くのはどうかと思う。


 「そうだった、着替えないと」

 ということは。

 「先に出てるな」

 「ありがとう」

 一足先にシャルロットの部屋を出る。




 すると。



 「はあいサイト、おはよう」

 なんか上機嫌のキュルケが現れた。


 「キュルケ、おはよう。でも、何でこんな早く?」

 「ふふふ、考えてみなさい」

 いたずらっぽく微笑みながらキュルケが言う。

 キュルケの笑みは人が悪い笑顔ではあるけど危険な感じはしない。危険が感じるのはむしろルイズが笑ってる場合だ。

 ルイズが笑うとその次の瞬間には大抵吹っ飛ばされてる。爆殺魔としての本領を発揮する兆候なのだ。


 「うーん、低血圧のルイズと大体同じ時間に目覚めるキュルケがこんなに早起きする理由か………」

 「別に遅く起きてるわけじゃないわよ、普通は女の子の朝の準備ってのは時間がかかるものなの。特にトリステイン貴族なら朝起きて他の人間と顔を合わす前に身だしなみを整えるのは常識だけど、ルイズなんかはその辺気にしないわね。まあ、顔がずば抜けてるというのもあるけど」


 そう、そこもルイズが変わってるところだ。

 あいつの私生活にはあまり貴族のお嬢様っぽい成分が無い。むしろ、勤勉な女学生というイメージが先行する。

 化粧なんかしないし、朝も顔を洗う程度ですっぴんのまま朝食に行く、なのに、気品とか顔に関してなら大抵の奴らを圧倒してる。


 「そのあたりはシャルロットと似てるわね、あの子もそういう部分に全然気を使わないから。もっとそういう部分にも気を回すようによくハインツが言ってるんだけど」


 「あの人、そういうところにはやたらと気を回すんだな」

 以前にもそんな話を聞いた気がする。でも、ダンスなんか似合わんとも言ってたような。


 「ま、そういうわけで、あの子の美容関係については私が一任されているのよ。で、私がここにいる理由はわかったかしら?」


 話の流れを考えると……


 「シャルロットのおめかし要員?」


 「正解♪ トリスタニアを歩くのならそれなりに着飾らないと、まして男と一緒に歩くならね」

 ウインクしながら笑うキュルケ。

 って、男って俺か。

 「タバサー、入るわよー」

 と、ノックもせずにいきなり入る。


 俺は扉の隣で壁に背を向けて話していたので部屋の中が見えることはない。経験上、こういうシチュエーションはかなりやばいことを知っているので、間違いが起きないようにここにいた。


 「サイトー、届け物よ」

 キュルケがすぐ出てきた。

 「ひでえや相棒、俺を置いてくなんてよ」

 やさぐれたデルフが愚痴を言っている。


 「わりい、完全に忘れてた」

 「少しは相棒のことも気にかけろい! 青い娘っ子のことばっかりきにしてんじゃねえよ」


 「だって、デルフはデルフだし」

 駄剣だもん。


 「ちくしょおおおおおおおお――家出してやる――――――――――!!」

 「無理だろ」

 シャルロットとキュルケが出てくるまで、デルフとだべって過ごすことに。









 「お待たせ♪」

 「待たせてごめんなさい」

 しばらく後、二人が出てきた。


 「それで、ギーシュからも大体話は聞いてるんだけど、貴方達、トリスタニアでサイトの仕事を探すのよね?」

 やっぱ話の大元はギーシュだったか。


 「そうだけど」

 「それで、見つからなかった場合はどうする気かしら?」


 「ハインツに相談しようと思ってる」

 俺の代わりにシャルロットが答えた。


 「なるほど、これは面白いことになりそうね」

 すると、キュルケが意味深な笑みを浮かべた。


 「どういうこと?」

 小首を傾げるシャルロット、やっぱしかわいいな。


 「いえいえこちらの話、とりあえず今日は二人でデートを楽しんできなさいな」


 「いや、そんなに余裕はないんだけど」

 住所不定無職はきつい。


 「人生いろいろよ」

 そんな言葉に送られながら、俺とシャルロットはシルフィードに乗ってトリスタニアに向かった。












■■■   side:キュルケ   ■■■




 サイトとシャルロットは仲良くトリスタニアにデートしに出かけた。

 実際はそんなに楽観できる状況じゃないのかもしれないけど、そう離れている表現でもないはず。


 「さて、そうなるとシエスタの方かしら?」

 私はあの子とそれほど面識はない。

 サイトとギーシュが最近ヴェストリ広場で練習することが多くなり、それにシャルロットも付き合うこともあるから私もついていき、その際に何回か会った程度。

 しかし、シエスタがサイトに好意を抱いているのは簡単に分かった。多分ギーシュも気付いてる、むしろ外見からだと判断しにくいのはシャルロットのほうでしょう。


 「シエスタはまだシャルロットがサイトを好きなことは気付けない。あの子の感情はなかなか表に出ないから、よく知る人物じゃないと判断しにくい」

 その代り、親しい人物に向ける笑顔は反則的にかわいらしい、サイトは一発で撃沈した様だし。

 でも、私が知る限りでは、あの子が男性に無邪気な笑顔を見せたのはハインツだけ。


 北花壇騎士団フェンサー第七位“雪風のタバサ”


 その名は今のあの子にとって誇りであり、兄や姉のために自分力を使いたいと考えてる。

 本来ならお母さんの心を取り戻すためや、復讐のために力を求めようとするところだったのかもしれないけど、あの性格破綻者の兄によってその辺は問題ないみたい。


 「つくづく摩訶不思議な男よねあいつ。あいつと関わるとみんな変わっていく、でも、あいつを嫌悪して遠ざけるような者はいない。何せ、そういう者は全員死んでるらしいから」

 ハインツは自分の気に入った人物にはとことん甘いけど、それ以外にはどこまでも容赦がない。

 国家のためだとかそんな言葉に縛られもしない。全部自分で考えて、自分で判断して行動し、責任転嫁というものを一切行わない。

 ま、大半はシャルロットの受け売りだけど、あいつに会えばそれが事実だとすぐに理解できた。


 「そんなあいつが関わってくるなら何事もなく終わるなんてありえないわよね。さしずめ、サイトが傭兵としてあちこちを巡るってとこかしら。それに、シャルロットも一緒に行きそうだわ」

 ハインツも当然シャルロットがサイトを好きなことを見抜いてる、ならば、二人の仲が親密になりそうなイベントくらいいくつでも思いつくでしょうし、即座に実行に移す。


 「でも、それじゃあシエスタが不利よね。ここは“微熱”として平等に勝負できるようにしてあげないと」

 メンバーは、サイト、シャルロット、シエスタ、私、ギーシュに……


 「ルイズは………結婚式の詔を考えてるし、そもそもサイトを追い出した張本人だったわね」

 つまり、ルイズの頭が冷えて戻ってこいと言えばそれまで、それは少しつまらない。


 「とはいえ、ルイズが詔を考える間、部屋の掃除とかをサイトがやってるのも確かか」

 ルイズの仕事はトリステインとゲルマニアの同盟関係にもかかわる重要事項、以前サイトが話していたけど、アルビオンの刺客に命を狙われる危険性すらある。

 それはまあ、巫女の宿命ともいうべきもの。王族の結婚式における巫女は国際関係における重要な役割を果たす。


 「確か、150年くらい前のヴァリエールが巫女を務めた結婚式で、賓客だったゲルマニアの皇族が争いを起こしてそのまま戦争になったこともあった。その際、巫女が犠牲になり、怒り狂ったヴァリエールの当主はトリステイン軍の先陣を切って凄まじい勢いでゲルマニア、つまり、フォン・ツェルプストーの領土に攻めよせた」


 私の先祖とルイズの先祖は幾度となく殺し合ったけど、それはその中でも最大級の殺し合いだったはず。


 「それがアルビオンにならない保証はないどころか、それを狙ってくる可能性が高い。何せ、アルビオン軍総司令官ゲイルノート・ガスパールは戦争の具現のような男らしいし」

 アルビオンに関してはそれほど多くの情報を集めてるわけじゃないけど、噂を小耳に挟む程度でそのくらいは伝わってくる。


 だからこそ巫女の家柄は重要になる。

 ヴァリエールの三女を外国の者が害するということはトリステイン王家に喧嘩を売るのと大差ない、さらにそれがアンリエッタ王女とアルブレヒト三世の結婚式の巫女ならばなおのこと。

 もしルイズが狙われたとしたら、アルビオンはトリステイン・ゲルマニア連合に対して全面戦争を挑んできたということになる。

 重要な役割だからこそルイズ以外には務まらない、長女のエレオノールは27歳、巫女というには年齢が高すぎる。次女のカトレアは24歳だからぎりぎりだけど、話によれば身体が弱くてヴァリエール領から出られないとか。


 「つまり、あの子しかいないと。結構神経使ってるんでしょうね、私やギーシュみたいに受け流すということができないから、ルイズは何でも抱え込もうとしてしまう。そこがたまに危うく感じるから、サイトが傍にいることはルイズにとってもとても良いことだと思っていたけど……」

 あいにく、好きになるということだけは止められない。サイトに愛されたいと思っている子達がいる。


 でも、ルイズはどうなのかしら?


 「確かめるしかないわね」

 私は自分の部屋に戻る、その向かいがルイズの部屋。

















 コンコン

 「入るわよ」

 問答無用で中に入る。親しいからとかとは違う意味で私とルイズは互いに遠慮するような間柄じゃない。


 だけど、部屋はなかなかの状況になっている。

 あちこちに丸まった紙が散らばっていて、インクが飛び散っている。

 ベッドも荒れているというか、多分怒りを発散させるために踏みつけて枕とかを殴ったんでしょうね。


 「随分荒れてるようじゃない」

 「ツェルプストー、何の用?」

 こっちを見ようともせず、机に向かって作業を続けながらルイズが問う。


 「あら、珍しいわね、貴女が私を無視するなんて」

 「優先順位の問題よ、あんたなんかと遊んでられるほど暇じゃないの、こっちは」

 いつものルイズとはまるで違う反応。


 でも、なぜかしら? 今のルイズの方がかえって自然体に見えるのは。

 「なるほど、宿敵のツェルプストーを無視するほど重要なわけね。じゃあ、しばらくサイトを借りてもいいかしら?」


 「は?」

 ルイズがこっちを向く。


 「ちょっと、理由と行動が全く繋がってないんだけど」

 この反応も珍しい、普段なら怒って「私の使い魔をツェルプストーなんかに貸すわけがないでしょ!」とか叫びそうなものだけど。

 「そうね、少しはしょりすぎたわ。まず前提として、貴女、いつ頃までサイトを追い出しておくつもりなの?」

 この期間がどれくらいかがそもそもの問題なわけだし。


 「サイトが戻って来たいなら、いつ戻って来ても構わないわ。もっとも、結婚式前には戻ってもらわなきゃ困るけど」

 へえ、余裕な発言ね。


 「ふうん、サイトが戻ってくることは確定事項なのね」


 「あいつ、あんなに不真面目な態度のくせして約束は破らないし、一度決めたらてこでも動かないわ。だから、少なくとも姫様の結婚式の際には私の護衛としてついてくるでしょうよ」

 あらあら、意外にサイトのことを深く理解しているみたいだわ。

 つまり、怒っているのは表面的なことで、サイトもルイズも深い部分では信頼し合ってる、その部分に関してはお互いに一切疑っていない。


 「今はサイトのこと怒っていないのかしら?」

 「ざけてんのかという気持ちはあるわね。こっちが必死に詔を考えてるところに、隣でいちゃつかれたら殴りたくもなるわよ」

 「それはそうだけど、サイトとシエスタがベッドで男と女の営みを行おうとしていたことに関しては、特に怒ってはいないの?」

 冤罪なんだけど、つまり、貴女はサイトを異性として意識しているのかどうかよ。



 ルイズはしばらく沈黙、やがて。



 「そうね、よく分からないわ」

 これまた意外にも素直な答えが返ってきた。


 「分からない?」

 恋したことがないのならよくあることだけど、このルイズがそれをそのまま認めるとは思わない。何か、別の要素があるような気がする。


 「そう、分からないの、私は人を好きになりたいのかどうか」

 「人を好きになりたいかどうか?」

 なれるか、ではなく、なりたいか、と来たか。


 「アルビオンに行った時、ワルドがいたでしょ。あいつは私の婚約者だったし憧れの人だった。再会した時は他のことが考えられなくなるほどの衝撃だったはずなの」

 だったはず、ね。実際は違った、ということか。


 「けど、実際は『レコン・キスタ』に寝返った裏切り者で、姫様の手紙と私の命を狙ってきた。それを庇ってウェールズ王子は亡くなってしまったし、私は信じていた人に裏切られた形の筈よね」


 「普通に考えればそうね」

 それは劇なら悲劇、といっていい出来事でしょう。


 そこでルイズは不思議な表情をする。

 「でもおかしいのよ。私、そのことに関してはまるでショックを受けていないの。姫様の思い人であったウェールズ王子が亡くなられてしまったことにはもの凄く動揺したし、ウェールズ王子の代わりに私が姫様を守るという誓いも立てたわ。だけど、自分が裏切られたことに関しては何の感慨もないの。これって、どういうことかしら?」


 ルイズの表情は虚ろというか、感情がこもっていないというか、何とも表現しがたいものになっている。


 「つまり、ワルドは貴女にとってどうでもいい存在だったということかしら?」


 「かもしれないわ。好きだったはず、憧れのはずだったのに。だから、分からないのよ、仮に私がサイトを好きだとして、今サイトが突然いなくなったり、裏切られたとしても私は動揺するのか、しないのか。私にとってあいつはそれほど大切なのか、どうなのか、全然判断がつかないの」

 らしくない、と言い切ることができない。

 多分、この問いはこの子の根源に深く関わることがらなのだろう。


 「そういうわけで、少しサイトと離れて自分の気持ちを見つめ返してみようと思っているわ。あのワルドと話していた時に昔を思い出すことがあって、それ以来少し考えていることがあるの。だから、しばらくサイトを借りたいのなら別に構わないわよ」


 「そう、じゃあ遠慮なく借りていくわね」

 予想とはかなり違った答えだったけど。


 「ねえルイズ、ひょっとして貴女は、自分が何者か分からないのかしら?」

 私はあえて“ルイズ”と呼ぶ。


 その言葉にしばらくきょとんとした後、ルイズは苦笑いを浮かべながら答えた。


 「みたいね。“ゼロ”なんて言われ続けて、それを否定しながらこれまでやってきてたけど、その大元の自分自身がまるで見えてないのよ、私。だから“ゼロ”なのかもね」

 本当に珍しい、この子が自分を隠さずにさらけ出すなんて。

 
 「なるほどね、だとしたら、貴女が会った方がいい人物を知っているわ」

 “自分を見つめ直す”ということへの助言に関してならもの凄く優れている人物がいる。


 「ふーん、機会があれば会ってみたいものだわ」

 「そのうち会うことになるわよ」

 話半分に返すルイズにそう応じておく、多分、それは今じゃない。勘だけど、もう少しルイズが精神的に成長した時に会った方が良いような気がする。

 私がこういった“縁”や“流れ”といったものへの直感を重視するようになったのも、あいつに会ってからだったかしら?


 なんか、その時が今から楽しみだわ。ルイズとハインツが出会えば何が起こるのか、私達はどう変わるのか、興味が尽きない。

 そんなことを考えながら私はルイズの部屋を後にする。











■■■   side:ギーシュ   ■■■


 「冒険の旅に出る?」

 昼休み、ヴェストリ広場でヴェルダンデと遊んでいたら、やってきたキュルケがいきなりそんなことを言い出した。


 「そ、トリステイン中を巡るのよ、本当ならゲルマニアの方が当たりの確率は高いけど、国境の通行手形を発行するのは面倒だし」

 既に決定事項のように答えるキュルケ。


 「いきなり言われてもさっぱりなんだけど、そもそも、何をしに行くんだい?」


 「それはまだ決めてないわ」

 またあっさりと答えるキュルケ。


 「あのだね、何をするかも決めずに旅に出るのかい?」

 「その方が楽しいでしょ、決まりきったことや事前に決めたことをやるだけなら学院の中だけで十分。せっかく外に出るんだから未知に溢れていた方が人生は楽しいものよ」

 「そりゃそうかもしれないけど……」

 あまりに唐突で。


 「それに、シエスタも行くのよ」


 「シエスタもかい?彼女は平民だろう、危険じゃないかね?」

 トリステインの治安はいい方だ。開拓が続くゲルマニア、内戦が終わったばかりのアルビオンに比べればかなり安全だろうし、ロマリアなんて都市周辺以外は盗賊や幻獣の巣窟だという。

 最近はガリアの治安が凄くいいなんて話も聞くけど、情報源は全部キュルケとタバサだから判断はつかない。

 とはいえ、それも他の国と比較したらの話で、平民の少女が旅するのは安全とは言い難い。主要街道だったら安全は保障されてるけど、冒険の旅というくらいだから秘境と呼ばれるような場所にもいくことになるんだろう。


 「平気よ、騎士様も一緒にいくから」

 「ああ、サイトも行くのかい」

 そういう魂胆か、実にキュルケらしい。


 「そ、当然タバサもね。あの子は守る必要がないくらい強いけど、シエスタは守ってあげなきゃいけないから体で庇うことになるわ。そのとき偶然色んなことがあったりあったり」


 「あるのかい」

 というか、キュルケが起こしそうだなあ。


 「ま、そういうわけで、まだ何をやるかは決まって無いけど2週間くらいは出かけるから準備しておきなさい」

 「授業をさぼることになるけど、いいのかい?」

 「問題なし、何のために“アルビオン組”だけで行くと思ってるのよ」

 「あ!」

 そういえば、キュルケが学院長と約束していたことがあった。

 確か、頼みごとがあった際には可能な限り便宜を図るとかなんとか。


 「分かったかしら、ちょうど学院長の権力を最大限に活用できそうなお願いでしょ」

 「本当に君は抜け目ないなあ」

 ゲルマニア人、というよりこれはキュルケの特性だな。


 「褒め言葉として受けとっておくわ。モンモランシーにはちゃんと断わっておくのよ、なんだかんだであんたと相性良さそうだし」

 「言われるまでもないよ」

 そして、キュルケは去って行った。






 「しかし、冒険の旅かあ、一体何をやるんだろう?」

 考えても仕方がないことではあるけど、だからこそ色々と思い描くのが楽しい。

 やっぱり、こうやって色んなものに思いを馳せるところから冒険は始まるんだろう。


 「サイトと会ってから、僕の人生は冒険が多くなったなあ、しかも、まだまだこれからって気がする」

 漠然とした予感だけど、こんなものはまだまだ序の口、もっともっととんでもない冒険が待っているような予感がする。


 「うん、楽しみだ。けど、騒ぐならもっとたくさんいた方が面白そうだなあ」

 30人もいれば色んなことが出来るようになる。

 毎日がお祭りみたいになることだろう。


 「そんな日が来たらいいなあ、なあウェルダンデ」















■■■   side:シャルロット   ■■■


 「宝探し?」


 「そ、皆で一緒に行くの」


 夕方頃、私とサイトはトリスタニアから戻ってきた。

 チクトンネ街でいくつか仕事を探してみたけど、まともな店ではほとんど需要が無かった。

 そして、サイトでも雇ってくれそうな店もあったのだけど、そういった店は例外なくメッセンジャー経営店で、結局は北花壇騎士団の影響圏。


 そういうわけで、ハインツに相談した方が効率が良いという結論に至り、学院に帰ってきた。今は“デンワ”でサイトがハインツと話しているのだけど。


 「仕事、結局裏方しかなかったんでしょ。だからトリスタニアの暗部を掌握してるハインツに相談してると見たけど?」

 キュルケの勘は本当に鋭い、こういうことに関しては論理的じゃなくて直感で的確に当ててしまう。


 「うん、そのまま」


 「やっぱりね、それで、サイトは事務仕事をやれそうなタイプじゃないから、やるとしたらファインダーよりもフェンサーの真似ごとになるでしょ。だったら、皆で一緒に行って宝探しとか、もしくは幻獣退治とかをやった方が楽しいと思わない?」


 少し想像してみる。

 サイトやキュルケと一緒に出かけて、宝がありそうな洞窟に潜ったり、幻獣が跋扈する森に足を踏み入れたり。


 「楽しそう」


 「でしょ、行くのはサイトと貴女と私とギーシュと、それからシエスタもよ」

 「彼女も?」

 ルイズが来れないのは多分結婚式の詔を考える仕事があるからだろう。


 「料理する要員は必要だしね、多分サイトも料理は専門外でしょうし、残りは皆貴族だから料理とは無縁だもの」

 「確かに、ハインツみたいのは特殊」

 彼も貴族のはずだけど、一流と言っていい料理の腕を誇る。

 北花壇騎士団本部でもハインツの料理が出てくることがある、そんな暇はないはずなのに。


 「細かい打ち合わせは明日ハインツと一緒にやりましょう。私の手元にも宝の地図はあるけど可能性は限りなく低いし、仮にあったとしても値打ものとは限らないし。けど、ハインツなら有力そうな情報を知っていそうじゃない?」

 「多分知ってる」

 トリスタニアにある北花壇騎士団トリステイン支部。

 そこにはトリステイン中の情報が集まるし、支部長のオクターヴはかなり有能な人物。そういったことに関する情報も間違いなく持ってる。



 「あれ?キュルケ?」

 と、そこにサイトがやってきた。


 「サイト、どうだった?」


 「あ、ああ、明日トリスタニアの“光の翼”に来てくれって。賞金稼ぎとか、そういう感じでやってみたらどうだって言ってた」

 なるほど、キュルケの予想通り。


 「それは好都合、私達も一緒に行くわ」

 達の部分を強調してキュルケが言った。


 「キュルケも、って、たち?」

 疑問符を浮かべるサイト。


 「ええ、そんな楽しそうなイベント一人で独占しようとしてもそうはいかないわよ」

 独特の笑みを浮かべるキュルケ、うん、やっぱりキュルケはこの表情をしている時が一番輝いてる。


 「な、なんか陰謀に巻き込まれてるような予感が………」

 「平気、私も参加するから」

 ルイズが参加できないのは残念だけど。


 「もっとも、ルイズは来れないけどね。あの子もあの子で少し一人になりたいそうだから」

 私の心を読んだかのようにキュルケが告げる。


 「まあ、自業自得で追い出されたような身だけど、珍しいな、あいつが自分からそういうなんて」


 「私もそう思うけど、結婚式も徐々にだけど近づいてきてるし、あの子も色々あるんでしょうね」


 結婚式、トリステイン王女アンリエッタとゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の軍事同盟の証ともいえる婚姻。

 確か、ガリアからは外務卿のイザーク・ド・バンスラード侯爵、内務卿のエクトール・ビアンシォッティ侯爵、王位継承権第二位のハインツ・ギュスター・ヴァランス公爵の3名を筆頭に多くの封建貴族が出席する予定だったはず。


 ハルケギニア列国の主要人物が一堂に会する場となる以上、陰謀の可能性は常に付きまとう。

 おそらく、ハインツとイザークは既にそれを察知している。その上でガリアの国益に繋がるよう行動するだろう。

 それによってトリステインが生き残れるとは限らない。自国のためなら他国を平然と切り捨てるのが外交戦略というもの、その辺に関してはあの二人はもの凄くシビア。


 イザークと会ったのは数回だけだけど、容赦というのもが一切ない性格だということはよくわかった。彼が外務卿である以上、ガリアが外交戦略で誤ることはない。


 私は………微妙な位置にいる。

 トリステインのために動く義務はないけど義理はある。そして、私はこの義理を大事にしたいから、有事になれば協力は惜しまないし、こっちから協力しに行くこともあると思う。

 けど、同時にガリアのために働く義務がある。

 もしトリステインがガリアか、どちらかのために動かなければいけない事態になれば、自分はどうするだろう?


 もし、ハインツだったら………考えるまでもなかった。


 “自分がやりたいようにやる”それだけだった。あの人にはそれ以外の選択肢がない。


 多分、どっちのためにもなるように動く、トリステインにも彼の親しい人々はいるのだから。


 「詳しい計画は、明日ハインツと一緒に決めようと思ってる」

 だから、直接聞いてみればいいだけ。

 そして、自分がどうしたいかを自分で考えればいい。


“自分で考えて動くこと”


 それこそが、彼から教わったことの中でも一番重要なことなのだから。















[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十六話 工廠と王室
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2010/02/01 16:53

 トリステイン王国、帝政ゲルマニア、神聖アルビオン共和国の警戒的平和が続くなか、結婚式の準備は着実に進んでいる。

 しかし、純粋に結婚式の準備のみを進めているのはトリステインのみであり、ゲルマニア、アルビオン共に軍備を整えていた。

 そして、侵攻側となる神聖アルビオン共和国の将官達はその準備に大忙しとなっていた。







第二十六話    工廠と王室






■■■   side:ボーウッド   ■■■


 アルビオン空軍工廠の街ロサイス。

 首都ロンディニウムから南方300リーグに位置し、アルビオンでも最大規模の港湾施設を備える一大拠点。

 アルビオン各地には戦列艦が停泊可能な港があるが、大艦隊が駐屯可能な施設となるとここロサイスか北部のダータルネスの二つとなる。


 機動力の要となる空軍は、陸軍と異なり兵力を一点に集結させる意味はない。各地に分散して駐屯し、必要に応じて目的地付近で合流し空中で編隊を組む。

 陸軍では各個撃破される恐れがあるため兵力の分散は出来る限りしないものだが、アルビオン空軍は各個撃破される恐れが無いためこのような展開が可能となる。

 そして今、完全に艤装が完了し、火薬、砲弾、竜騎兵などを満載した『レキシントン』号を旗艦とする親善艦隊がここロサイスを中心にミルトン、スカボロー、デヴァン、ミドルズに分散している。


 「ボーウッド、侵攻準備は整ったようだな」


 「カナン提督」

 現われたのは現在アルビオン空軍の実質的な指揮官であるオーウェン・カナン中将。

 一応は円卓の一員であり大将位にある公爵殿(名前などどうでもいい)が空軍の総督という立場にあり、その上位に元帥のガスパール総司令官が君臨しているが、総督は完全な飾りであり、ガスパール総司令官の空軍への指令は全てカナン提督に直接送られている。


 「侵攻準備というのは少し違うか、正式には親善訪問なのだったな」

 「ええ。しかし、物資の積み込みは7割方終了しましたが、兵員の編成は完了しておりません。まだまだ仕事は山積みですよ。何しろ新型の大砲を積み込み、火竜、風竜、地上制圧用降下部隊を満載にした親善艦隊など聞いたこともありませんから」

 現在の親善艦隊に乗っているのはそういうものだ。兵力は3千しかおらず、国家間戦争の兵力としてはあり得ない数だが、これは宣戦布告、ならば3千で十分だろう。


 「それでも見事なものだ、この短期間でここまで準備を進めるとは。それに、あくまで親善訪問を装いつつ、トリステインの密偵などに気どられることもなく」

 「貴方の協力があればこそです。他の艦隊の編成や訓練などはほとんど押し付けてしまいましたから。それに、総司令官の直属部隊“ホルニッセ”の情報遮断も大きいでしょう」

 彼らは既に高度な情報網を構築し、対トリステインの情報収集、防諜にあたっているという。

 「そうかそうか、俺のおかげか、敬い奉るがいい」

 はっはっは、と笑うカナン提督。後半は聞いていなかったのだろうか。


 この方は現在のアルビオン軍では割と珍しいタイプだろう。

 ゲイルノート・ガスパール総司令官によって率いられる神聖アルビオン共和国軍はこれまでの王軍とは性質が大きく異なる。

 従来の王軍は空軍が主力であり、陸軍の大半は諸侯軍によって編成され、その指揮系統はそれほど確立されておらず、王政府の統率力もそれほどでもなかった。

 結果、空軍と陸軍の間に大きな錬度の差と溝が生じることとなり、革命戦争においてはその溝が王党派の最大の障害となった。陸軍の大部分を構成する諸侯軍が次々に寝返り、空軍の要であった総旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号が寝返ったことで趨勢はほとんど決まったようなものだ。


 そして、ガスパール総司令官のカリスマの下、新たに編成されつつある国軍は軍権の全てが総司令官の下に集中し、全ての軍が共和国政府管轄であり、諸侯軍は解体されたも同然となりつつある。

 ファシズム、という言葉がどこから発生したのかは知らんが巷に流れ始めている。

 そして、軍の解体、再編成にあたっているのが。


 「ですが、この新型の大砲をこれほど揃えることが出来たのはボアロー准将の手柄です。彼が率いる「土」メイジの部隊が全面的に協力してくれましたから」


 「なるほど、あいつか、よく働く男だ。過労死せねばいいが」

 ニコラ・ボアロー准将。

 元はトリステインの魔法衛士隊に属していたそうだが、革命戦争の最初期から『レコン・キスタ』に加わり、一介の傭兵から准将まで駆け上がった男。ガスパール総司令官に最も気質が近いのは彼だろう。


 現在のアルビオン軍はそういった実直なタイプが多い、軍紀を重んじ、略奪や命令違反を絶対に許さない鉄の掟こそが、総司令官の理念なのだから当然と言えば当然の話だが。


 「左様ですな、貴方のように適度に息抜きが出来ればいいのですが」

 「おいおい、それでは俺が怠けているように聞こえるんだが?」

 「いえいえ、めっそうもありません。ですが、最近新たな噂を聞きまして」

 「なんだ?」

 割と好奇心むき出しで尋ねてくるカナン提督。


 「カナン提督の女がまた変わったらしいと」


 「ふっ、それは違うな、変わってなどいない。ただ3人を同時に愛しているだけだ」

 言い切った!?


 「よくそこまで開き直れますね」

 「別に隠してなどいないぞ、メアリもローズもエリアーデも、それを承知した上でベッドを共にしたのだから」

 後宮に美女を侍らす王ですか貴方は。


 「まあそれはともかく、『レキシントン』号の砲門はどうなっている?『ロイヤル・ソヴリン』時代は両舷で108門とそれほどでもなかったはずだが」

 いきなり軍事の話に戻った。普段は女たらしを地でいくような軽薄な方だが、こと軍事のことになると人が変わったように真面目になる。


 「はい、『ロイヤル・ソヴリン』は200メイルというハルケギニア最大の巨大さを誇りますが、火力自体はそう大したものではなく、むしろ竜騎兵を大量に搭載するための竜母艦に近い艦でした。アルビオン空軍総旗艦であったため、情報収集能力が最優先とされた結果です」

 これは空軍の常識。旗艦に求められるものは戦闘力よりも、他の艦に司令官からの指令を迅速に伝える情報収集能力であり、そのために伝令用の竜騎兵を大量に搭載していた。


 「だが、『レキシントン』は総旗艦ではない。神聖アルビオン共和国空軍総旗艦は現在建造中の『デスペリアス』。200メイルもの大きさがあったのではどうあっても機動力が殺される。電撃作戦を得意とするガスパール総司令官の旗艦には相応しくないからな」

 「左様で。ですので、“爆撃艦”と呼ぶべき設計となっており、砲門は片舷100門、全てが新型の大砲であり、トリステイン・ゲルマニアのカノン砲の1.5倍の射程を有します。竜騎兵も伝令用の風竜よりも攻撃用の火竜が主力となり、戦艦の真下にも大砲が撃てるよう特殊な構造となっています」

 そのまま真下に展開する敵軍に砲弾を叩き込む設計というわけだ。

 「まるでハリネズミだ。大量の大砲を搭載すればその分重量は増し、機動力は失われる。あえて機動力は完全に無視し、火力に全能力を傾けたわけか。いわば、“砲艦”の発展型といったところか」


 「はい、“盾艦”としての機能はありません。流石に重すぎて「風石」がいくらあっても足りませんから」

 ここに鉄板張りなどをすれば身動きがとれなくなってしまう。

 「当然だな、侵攻する艦隊は13隻だったか。その旗艦が“爆撃艦”である『レキシントン』ならば、“砲艦”が3隻、“盾艦”が2隻、“高速艦”が7隻といったところだと思うが、どうだ?」


 「流石、その通りです。もっとも、囮の『ホバート』号は別ですが」

 よくぞそこまで正確に当てれるものだ。


 「実はタネがある。アルビオン空軍保有の戦列艦の各種の数から現在俺が整備、訓練している数を引けばお前が率いている数になるだけだ」


 なるほど、実に単純な理屈だった。


 “砲艦”は火力重視の艦であり、大量の大砲を搭載している。

 “盾艦”は防御力重視の艦であり、金属板で外装を覆い、『硬化』と『固定化』をかけることで堅牢な城壁の如き防衛力を誇る。


 戦列艦は全て木製のため、火竜のブレスでもくらった日には一瞬で焼け落ちてしまうが、木材であっても『固定化』がかかっているうちは延焼することはない。『固定化』を解除するには熱などよりも衝撃が最も効果的であり、そのためにまずは砲弾によって『固定化』を打ち破る。が、『硬化』も同時にかけられているため出来る限り至近距離から放つことが好ましい。

 よって、攻撃のための砲弾を撃つことに特化した艦が“砲艦”であり、『固定化』と『硬化』がより効力を発揮する金属で全体を覆った艦が“盾艦”となり、竜騎兵は主に後者に搭載される。


 しかし、大砲も金属製の外装も重量をくい、「風石」によって空中を進む戦列艦の機動力の妨げとなる。

 そこで、攻撃力、防御力をやや下げ、機動力に特化した艦が“高速艦”。

 また、風のみで進む海上の帆船と異なり、「風石」で進む空の船は船体を「風」の力が巡るための“道”がある。

 人間で言えば血管のようなものだが、この“道”の効率を上げることで「風石」の力を無駄なく使用でき、速度も浮力も上がる。敵の砲弾によってこの“道”が寸断されると艦全隊の浮力が落ち、機動力が奪われる。これを感知し修復することが出来るのは「風」メイジのみであるため、空軍では「風」メイジは必須となる。


 「風のアルビオン」と呼ばれる由縁はこの“道”が優れた造船技術と、これを効率よく動かす航空技術が発達しているからであり、ガリア両用艦隊は数では我等を圧倒するが、水空両用艦であるため“道”の効率はそれほどよくなく、航空技術も劣るため空軍力ならばアルビオンと互角となる。


 「それに、割合自体は空軍全体とそれほど変わらんからな。ゲルマニアでは“砲艦”の数が多いようだが、我がアルビオンは“高速艦”が多い」


 「確かに、“砲艦”ばかりでは「風石」を喰い過ぎます。ゲルマニアでは滅多に空軍を動員することなどないでしょうから、それでいいかもしれませんが、アルビオンでそれをやれば国庫が破綻してしまいます」

 空軍の動員には資金がかかる。

 頻繁に動員されるアルビオン空軍では「風石」の消費が最も少ない“高速艦”が主流となるのは当然の話だ。しかし、それ故により効率の良い航空技術、造船技術が発達したという経緯もある。


 「出陣は結婚式の3日前、ならば、あと10日ほどか。お前が司令官として行くんだったな」


 「はい、ダータルネスの軍事演習でサー・ジョンストンがガスパール総司令官に処刑されましたので」

 まあ、演習の最中に「アルビオン万歳! 神聖皇帝クロムウェル万歳!」などと唱和させようとしたあれが馬鹿なだけだ。


 「これでまた膿が一つ円卓から消えたわけか。流石はガスパール総司令官と言うべきところかな」

 カナン提督の評価も辛辣だ。最も、評価できる部分などなかった男だった。家柄しか自慢できるものがない男など『レコン・キスタ』には必要ない。


 「陸戦の指揮はワルド子爵が行う予定です」

 「なるほど、本来ならボアローにでも任せたいところだろうが、あいつも陸軍編成の仕事があるからな。かといって、ホーキンス将軍やその傘下のマシュー、バルガス、カドゥルらを連れていくわけにもいかんか」

 「一度彼の指揮を見ましたが見事なものでしたよ、そう毛嫌いすることもないと思いますが」

 ダータルネスの軍事演習において彼が降下部隊の指揮を執っていたが、連隊長らと比較しても遜色なかった様に見えた。


 「能力は認める。有能なのは確かだ。だが気に喰わん、特に、女から好奇の視線を向けられながら眼中に無いかのごとく無視するところがな。そういうときには笑みを返すのが男の義務というものだろう」

 彼の能力や人柄とは全く別の理由だった。


 「あいつはホモだ。間違いない」


 「それは多分違うと思いますが」

 絶対にカナン提督の偏見だろう。


 「ではロリコンだ。幼女にしか欲情できない変態だ」

 「それもないと思います」

 このままではカナン提督からワルド子爵変態疑惑が広まりかねないな。


 「それはともかく、俺も一応後詰めとして出陣する予定になっている。引き上げる時には心配するな」

 「引き上げること前提の作戦というのも妙ですね」

 「だが、普通ならそうだろう。国家に戦争を仕掛けるというのに戦列艦13隻、兵力3000というのは舐め過ぎだ。敵を挑発し、開戦の狼煙とするための侵攻であり、引き上げることを前提にすべきだろう。にもかかわらず、これで滅ぶ可能性もありうるトリステインがおかしい」

 まあ確かにその通りか。


 「しかし、トリステインとて馬鹿ばかりではないでしょう。この時期にアルビオンの艦隊が来る以上、それなりの警戒はしていると思いますが」

 「そうであって欲しいものだ。でなければ俺の艦隊の準備は全くの無駄になる。まあなんにせよ10日後か、全てはその時次第だ」

 「はっ、ところで、ガスパール総司令官はいかがなさるのでしょうか?」

 「暇があれば様子を見に来るとおっしゃっていたな、おそらく、“ホルニッセ”も来るだろう」


 ガスパール総司令官の直属部隊である彼らは、軍紀を乱す者たちの処刑役も兼ねている。


 「なるほど、これは気を引き締めねばなりませんね」

 「部下にもよく言っておけ、ふざけた真似をすれば首が飛ぶとな」


 比喩ではなく、実際にそうなった者が多数おり、明確な数は不明。

 数百人規模だとはおぼろげながら予想されるが。


 我々はロサイスの空軍発令所に翻る『レコン・キスタ』の三色の旗を眺めながら、出陣の時を待ちうけていた。











■■■   side:アンリエッタ   ■■■


 私の周囲には現在、女官や召使が忙しく動き回っている。

 結婚式に花嫁が纏うドレスの仮縫いの作業は少しの間違いも許されない。もし失敗すれば首が飛ぶことすらあり得るほど。

 この結婚式はトリステインとゲルマニアの友好の証であり、軍事同盟締結の条件。


 そして何より、王族の結婚式であるのだから、当然国をあげた盛大なものとなり、トリスタニアの城下町はそのための準備だけで既に祭りのような賑わいを見せている。


 だけど………


 「愛しい娘や、元気がないようね」

 私の心はまるで凍りついたかのようで、周囲のことなどまるで気にならないほど無感動だった。


 「母さま」

 気付けば、縫い子達が全員いなくなっている。おそらく、母さまが下がらせたのでしょう。


 「望まぬ結婚なのはわかっていますよ」

 母さまは私の手をとりながらそう言った。


 「そのようなことはありません。わたしは、幸せ者ですわ。生きて、結婚することが出来ます。結婚は女の幸せと、母さまは申されたではありませんか」

 心は凍りついているはずなのに、なぜか私の頬には冷たい水が流れていく。

 なぜだろう? もう枯れきったと思っていたのに。


 「恋人がいるのですね?」


 「『いた』と申すべきですわ。速い、速い川の流れに、アンリエッタは流されているような気分ですわ。全てが私の横を通り過ぎてゆく。愛も、優しい言葉も、何も残りませぬ」

 もう、ウェールズ様はこの世にいない。

 私を遺して逝ってしまわれたのだから。


 「恋ははしかのようなもの。熱が冷めれば、すぐに忘れますよ」

 「忘れることなど出来ましょうか」

 それは不可能なこと、それが出来た時は、私が“アンリエッタ”ではない何かに変わる時なのだろう。


 「あなたは王女なのです。忘れねばならぬことは、忘れねばなりませんよ。あなたがそんな顔をしていたら、民は不安になるでしょう」

 諭すような口調で母さまは私に語りかける。


 「わたしは、何のために嫁ぐのですか?」

 「未来のためですよ」

 「民と国の、未来のためですか?」

 つまりは、生贄ということ。


 しかし、母さまは首を横に振った。


 「貴女の未来のためでもあるのです。アルビオン王家を滅ぼした男、ゲイルノート・ガスパールは恐ろしい男と聞きます。王家に連なる者は悉く処刑され、ただの一人も生き延びることが叶わなかったとか、そのような男がいつまでも沈黙を保つことはありえません。これは枢機卿や諸大臣も意見を同じくしています。いずれは不可侵条約を反故にし、トリステインへ侵攻してくることでしょう」

 母さまの声にはとても苦しそうな響きがあった。


 「『レコン・キスタ』の盟主クロムウェルは“虚無”を操るなどと聞きますが、ゲイルノート・ガスパールは“虚無”などなくとも軍隊でもって押し寄せてくるでしょう。軍事強国のゲルマニアにいたほうが、貴女のためなのですよ、アンリエッタ」

 「………申し訳ありません。わがままを言いました」

 その心遣いはとても嬉しい、きっと母さまは心から私を心配して下さっているのだろう。


 だけど、聞き捨てならないことがあった。


 『王家に連なる者は悉く処刑され、ただの一人も生き延びることが叶わなかった』


 私はゲルマニアに嫁ぐから無事で済むかもしれない。しかし、トリステインに残る母さまはどうなるの?

 そして、王家に連なる者ということは………


 ルイズも、殺されてしまうかもしれないということ。


 このトリステインの貴族の中でも、ラ・ヴァリエールは完全に別格。

 最も王家に近く、最も領地が広大であり、ゲルマニア国境という最重要地を任されている『トリステインの盾』。

 ならば、その三女であるルイズは………




 また、私だけ残されてしまうの?

 ウェールズ様を失っただけでなく、母さまも、ルイズも失って、異国の地で、私一人だけが生き延びる?


 それは嫌だ、絶対に耐えられない。あの喪失感をまた味わうなんて、考えただけで気が狂いそうになる。


 それならせめて、私は母さまやルイズと共に死にたい。

 このトリステインで、親しい人達と一緒にいたい。


 だって、私の大切な場所はここなのだから。























 気がつけば、夜になっていた。

 どうやら、考え込んでいていつのまにか眠ってしまっていたみたい。だけど、考えれば考えるほど、私はゲルマニアに嫁ぎたくなくなっていく。ウェールズ様を殺した連中を恐れて、ゲルマニアに逃げるなんてしたくない。

 それに、ルイズなら絶対に逃げない。ルイズなら立ち向かうはず。だとしたら、私は彼女と共に在りたい。

 ウェールズ様が命を懸けて守ってくださった私の親友を、私を守ると誓ってくれた大切な人を見捨ててゲルマニアに逃げるなんてしたくはない。


 だけど、そんなことは出来ない。トリステイン一国ではアルビオンに対抗することは不可能なのだから、ゲルマニアとの軍事同盟は不可欠。

 ルイズや母さまが生き残る可能性を上げる為には、やはり私が嫁がねばならない。

 まるで、出口が無い迷宮。考えても考えても出口が存在しないということが明らかになっていくだけなんて。



 コン コン


 「誰ですか?」

 とはいえ、夜にここに訪れる者など、侍従長のラ・ポルトか枢機卿くらいのものなのだけど。


 「私です」

 予想通り、枢機卿だった。


 「構いません、お入りなさい」


 「失礼します」

 いつも渋面をしている枢機卿、しかし、今はそれ以上に重苦しい気配を纏っている。


 「何かあったのですか?」

 私は不安になりこちらから問いただした。


 「いえ、まだ何も起こってはおりません。しかし、非常によくないことが起こると予測されるため、こうして参った次第でございます」

 彼は脇に抱えた資料を差し出しながらそう告げる。


 「これは?」


 「ガリア王国外務卿、イザーク・ド・バンスラード侯爵から届けられたものです。このたびの結婚式においては彼も主要な出席者の一員ですが、“双子の王冠”たるトリステイン王国に知らせるべき情報を掴んだと、そう記してあります」

 私は受け取った資料に目を通す。


 だけど、通常の外交用の資料にしか見えない。様々な物資の交易額が記載されているだけ。


 「枢機卿、これのどこが問題なのですか?」


 「一見、特に問題はありませぬ。しかし、「風石」の項目をご覧になってください」


 「風石ですか?」

 促されてもう一度資料に目を通す。

 確かに、風石がガリアからアルビオンに運ばれているようなことが書かれている。

 しかし、私にはその量が多いものなのかどうかも分からない。


 「これがいったい?」


 「それは本来あり得ぬことなのです。「風のアルビオン」は風石の資源が豊富であり、トリステインやゲルマニアに輸出しているのが常です。我がトリステインも南部のモンス鉱山などを有しますが、その採掘量はアルビオンとは比較になりません。最近は革命戦争によって輸出がほとんどない状態でしたが、内戦の終結に伴い、本格的な輸出が再開されています。にもかかわらず、同時にガリアから風石を輸入しておるのです」


 「確かに、意味が分かりませんわね」

 確か、「風石」を掘りだす場合その鉱脈の深さが問題になって、浅いほど掘り出しやすく、価格も安くなる。

 当然純度などの問題もあるけれど、「風石」は平均的な純度のものが多いとか、そして、浅い位置に「風石」の鉱脈が無数に存在するのが浮遊大陸アルビオンであり、だからたくさんの「風石」が採れる。

 けど、そのアルビオンが「風石」をガリアから輸入している。それはつまり、ガリアから買った風石を、トリステインやゲルマニアに売っているということかしら?

 だけど、それならアルビオンの風石を直接売った方がよほど利益はいいはず。


 「左様です。つまり、この事実が示すことは、アルビオンはトリステインやゲルマニアに「風石」を輸出するという友好的な関係を表面上は保ったまま、大量の「風石」を自国用に確保する必要があったということです。これが何を意味するか、お分かりになりますか?」


 友好関係にあるように見せかけつつ、自国用に大量の「風石」を確保する。

 「風石」を最も大量に消費するのは当然、戦列艦。そして、アルビオンは「風の国」。


 「まさか………」


 「はい、結婚式の際に、彼らは祝いの品として大量の砲弾を贈呈するつもりだと予測されるのです」


 「不可侵条約を破って攻めてくるのですか!? まだ締結から一月も経っていないではありませんか!」


 「だからこそ好機とも言えます。まさかこんなに早く破るなどとは誰も思わないでしょうからな」


 枢機卿は、冷静に事実を述べていく。


 「アルビオン軍総司令官、ゲイルノート・ガスパールはそういう男です。彼の男の目的は己の手によるハルケギニアの統一であり、不可侵条約を結ぶことがそもそもあり得ぬこと。恐らくは国内に問題があり、一時的に結ぶ必要があったのでしょうが、最早それは不要になった。故に攻めてくる、そういうことなのでしょう」

 「では、この結婚式は……」

 「表面上はこのまま準備を進めます。攻めてくる可能性が高いというだけで、確定したわけではありません。既にアルビオンに多くの密偵を新たに放ちましたので、彼らからの連絡待ちになりますが、十中八九、アルビオンは侵攻してくるでしょう」


 それは、ええと、つまり。


 「私は、どうすればよいのでしょうか?」


 「選択肢はおよそ二つです。トリステインがゲルマニアの軍事的な庇護を受ける証としてゲルマニアに嫁ぐか。もしくは、対等な同盟関係として、共に戦うか」


 逃げるか、戦うか、その二択。


 「ですが、今結論を出せることではありません。先程も申したように、まだ情報が未確定ですので、局面はまだ定まっておりません。しかし、殿下にはどのような事態でも起こり得る状況であることを知っていただく必要がありましたので、この段階でお話ししたのです」


 私に、ということは。


 「母さまは、まだ御存知ないのですか?」


 「現在のトリステインの王位継承権第一位は貴女です。ことが国家間戦争に関することならば、第一に報告する相手は殿下しかおりません」


 それは、つまり。


 「私が………選択するのですか?」


 「はい、トリステインがとるべき道、外交による和平交渉か、無条件降伏か、ゲルマニアに庇護を求めるか、全面戦争に踏み切るか、最終的に決定をいただくのは殿下となります。内政のように、私の一存で代行するわけにはいかぬのです。トリステイン国内のみならず、ハルケギニア全体に関わることなのですから」


 「いきなり言われても、どうすればよいのか………」

 飾りの花であった私が、いきなり国家のとるべき道を選ぶなんて。


 「ですので、今伝えたのです。結婚式まではまだ13日ほどありますから、例えアルビオンが本気で侵攻を計画していたとしても、まだ外交による解決が可能な段階です。故に、今しばらくは猶予がありましょう。ですが殿下、戦争は容赦なくやってまいります。それに対する覚悟だけは、忘れぬように」


 そう言い残して、彼は去って行った。

 彼にしては珍しく急ぎ足で、おそらく、やるべきことが大量にあるのだろう。


 


 「私が………決めなければならない」


 戦争がやってくる。

 ウェールズ様を殺した男が、今度はこの国を狙って攻めてくる。

 まだ決まったわけではないと枢機卿は言っていたけど、彼の様子を考えると、多分もうほとんど決定事項なのだろう。


 「ルイズ、私は………どうすればいいの?」

 今はここにいない親友に、私は問わずにはいられなかった。














■■■   side:マザリーニ   ■■■



 「しかし、こうなっては最早全面戦争しか道はあるまい」

 執務室に戻った私は一人呟く。


 アルビオン軍総司令官、ゲイルノート・ガスパールは確実に攻めてくる。そして、交渉の余地はない。このハルケギニアを己の手で征服しようとしている相手にどのような条件を提示すればよいのか。


 「それしか道が存在しないからこそ、ガリアはこのように接触してきたのだろう」

 ガリアが狙っているのは間違いなくアルビオン軍とトリステイン・ゲルマニア連合軍を戦わせ、その戦争のうまみを独占することだろう。

 あのヴァランス公爵などはそう公言していたほどだ。


 そしてその数日後に外務卿のイザーク・ド・バンスラード侯爵より密書が届いた。

 これが意味することは、今回のことは“悪魔公”の独断ではなく、ガリア王政府の総意に近いということ。


 現在のガリアは“無能王”ジョゼフに統治され、その娘のイザベラが宰相となっているが、どちらも内政にも外交にも一切関わらず遊び呆けているという。

 そして、政治の実権は六大公爵家の最後の一つであり、即位以前からジョゼフを支持していたヴァランス公爵が握っていると噂される。


 表面的には“九大卿”と呼ばれる各大臣の合議によって国家の方針は定まっているそうだが、それを信じる者など皆無だろう。同格の者らが9人も集まった状態で決定など出来るはずがない、必ずそれをまとめる上位者が必要になる。

 その位置にいるのがあのヴァランス公爵なのだろうが、それに次ぐ実力者は恐らく二名。


 内務卿のエクトール・ビアンシォッティ侯爵

 外務卿のイザーク・ド・バンスラード侯爵


 その他7名のほとんどが地位の低い封建貴族の出であり、財務卿に至っては商人の出だという。

 実力があるならば身分を問わず登用するというその姿勢は我がトリステインも見習うべきではあるが、それでもやはりガリアは6000年の歴史を持つ大国、より上位に立つためには爵位が必要になってくるはず。


 内務卿、外務卿ともに1000年以上の歴史を持つ侯爵家の当主。実質的な領土はない同然らしいが、それでも侯爵という肩書には重みがある。


 ヴァランス公爵、ビアンシォッティ侯爵、バンスラード侯爵、この3名が現在のガリアの最高権力者であると私は認識している。ゲルマニアやアルビオンにとっては他の見方もあるかもしれんが、ヴァランス公爵が最上位という点は揺るがぬはず。


 「帝政ゲルマニア宰相、ジギスムントも同意見と見える」

 今目を通しているのは、バンスラード侯爵の密書とほぼ時を同じくして届けられたゲルマニアからの密書。

 どうやら、ヴァランス公爵はゲルマニアにも現れたらしく、アルビオンの侵攻と、それを見越していたトリステインの勝利を予告したと書かれている。


 そして、宰相の彼から皇帝と王女の婚約の解消と、対等な関係での軍事同盟の締結が秘密裏に打診された。その証として、アルビオンの侵攻が現実となった場合には、ゲルマニアには即座に援軍に駆けつける準備があることも添えてあった。

 そして最後に、『ガリアに注意されたし、特に、青髪の小僧は危険である』という言葉が。


 「ゲイルノート・ガスパールの気質を完全に読んだ上で、トリステイン、ゲルマニア共にそれ以外の選択肢がないように条件を出してきた。警戒するなという方が無理な話だ」


 ガリアの意図は明らか過ぎるが、それを恐れて軍備を怠ればゲイルノート・ガスパールによって滅ぼされる。

 アルビオン単独ではガリアには対抗できない、故に、まずは「水の国」トリステインを陥とし、食糧資源と陸軍の拠点を確保せねばガリアに侵攻することすらできまい。つまり、トリステインとゲルマニアが健在である限り、アルビオンの猛獣の戦火がガリアに及ぶことはない。


 表面的には中立を保ちながら、トリステイン・ゲルマニア両国に秘密裏に手を貸し、そう簡単には破られぬように調整、そして、戦争によってもたらされる利益だけは独占する。


 私がガリアの宰相であったならば同様の方策を考えるとは思うが、果たして実行できるだろうか?

 何しろ、僅かに間違えればアルビオン・トリステイン・ゲルマニアの三国を同時に相手にすることとなる。

 それとも、三国を同時に相手にしても勝てる自信があるのか。


 「いずれにせよ、私には不可能だな。そのような綱渡りをするには年を喰い過ぎた。ヴァランス公爵やバンスラード侯爵のような若さがあってこその芸当か」

 バンスラード侯爵で26歳、ヴァランス公爵に至っては20歳。

 大国ガリアの最高権力者にしては若すぎる。異常といってよい。ビアンシォッティ侯爵で40歳、これでも若い方だ。



 「………そういえば、私もまだ40過ぎだったか。やれやれ、我ながらもう60近い気分だ」

 まだ過労死するわけにはいかないが、戦争が本格的になればその可能性もいよいよ高くなってくる。


 「まあなんにせよ、まずは対策を立てねばならんか、いくら事前に敵の侵攻が読めたとしても、それに対する有効な手を打てぬのであれば何の意味もない」


 しかし、我がトリステインの空軍は“劣悪”の一言に尽きる。

 先王のヘンリー三世がアルビオンからの入り婿であったため、トリステインとアルビオンの関係はここ数百年で最も良好であった。

 ゲルマニア軍がトリステインの国境を越えてきた際には、アルビオンの空軍が空からゲルマニア軍の補給路を遮断するという条約すら結ばれていた。フィリップ三世の時代は有能な軍人貴族の力を持ってして、先王陛下の時代はアルビオン空軍の支援を受けることにより、ゲルマニアの侵攻を防いできた。


 それ故に、ここ数十年新たな戦列艦が建造されることもなく、国家予算の大半は軍事ではなく内政に向けられていた。

 しかし、先王陛下亡き後、その金は貴族の懐に流れるようになり、それがゲルマニア、ガリアへの人材の流出を招いてしまった。有能な者は他国に去り、家柄を誇るしか能がない者が国家の要職に就くようになった。

 その結果、現在のトリステイン空軍は兵器、人材の両面で心もとない。年配の者らにはフィリップ三世時代の猛者もまだ幾人か残っているが、中堅が致命的だ。自分の保身しか考えない者ばかりなため、若い者らも育たない。

 とはいえ、陸軍も似たような状況なのだが。


 「やれやれ、本当にフィリップ三世の時代が羨ましい。たった数十年でここまで落ちるものか」


 しかし、ここまで希望がなければ逆に腹も座ってくる。


 「ここはいっそ、空軍は全滅させるべきか。下手に膿を残すよりは全て無くし、完全に一からやり直したほうがいい。どうせ敗北はトリステインの終焉を意味するのだから、100か0かの賭けに出るのもいいだろう」


 敵が領土目当ての貴族などだったらこうはいかんが、ゲイルノート・ガスパールならば話は別。

 あの男と戦うならば100か0か、勝利か敗北かしかない、途中で講和条約を結ぶ場合のことは考える必要はない。


 今年中にはアルビオンとの交戦状態に入ることは明白だったため、艦隊建設用の予算ならば既に組んである。

 戦争の長期化や遠征などがあれば新たに費用を捻出することが必要になるが、国防用の予算が足りない訳ではない。資金、食糧共に十分、ただし、人材だけが欠乏している。


 「しかし、せっかく得た情報だ。一応空軍には伝え、迎撃準備はさせるべきだな。そして、可能な限りアルビオン空軍の戦列艦を削らせた上で時間を稼ぐ。その間に諸侯軍を動員し、メイジの戦力をラ・ロシェールに集中させ、持久戦に持ち込む、後はゲルマニアの援軍をひたすら待つ、こんなところか」

 そもそもの錬度が低い以上、高度な対応策はとれない、逆に危機に陥る可能性が高くなる。

 空軍の犠牲が前提とはなるが、これならば国土の被害は最小限に抑えられる。ゲルマニアも援軍の準備はととのえてあるはず、ここでトリステインを見捨てても得る物はない、既に軍事同盟が締結された以上、トリステインに侵攻するという選択もない。


 「………そうか、あの不可侵条約はそのためのものか」

 条約締結以前に侵攻したのではゲルマニアに先を越される可能性がある。もし、アルビオンの侵攻をトリステインが知っていることをゲルマニアが知らなければ、恐らく見捨てていたはず。


 「そこまで読んで、あの小僧はこの提案をしてきた。こうなった以上、二国が連携してアルビオンを迎撃するよりほかに道はない。これが、トリステイン、ゲルマニア、ガリアにとってそれぞれの最良の選択となる」

 アルビオンと手を組むという選択肢が完全に存在しない以上、この結論しかあり得ない。


 「全てはガリアの思惑どおりか、しかし、どうにもならん。まずはアルビオンの脅威を排除せねば何も出来ん」

 全てはそれから、しかし、それこそが最大の難問。


 『軍神』、ゲイルノート・ガスパールを打ち破らねばトリステインに生き残る道は無いのだから。


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 感想版で言われた連続投稿についてですが、私は一向に構いません。励みとタメになりますのでとても感謝できることです。

 本遍と違って、この外伝はのんびりと気ままに書いてるので、こんな文でも、感想をいただければ、執筆意欲の向上につながります。ありがたいです。






[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十七話 灰色の君と黒の太子
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2010/02/03 17:07

 神聖アルビオン共和国のゲイルノート・ガスパール元帥は親善艦隊に見せかけた侵攻を計画。

 トリステイン王国のマザリーニ枢機卿はそれを見越した上で、空軍を犠牲にする国防案を展開。

 帝政ゲルマニアのアルブレヒト三世も侵攻に対して、即座にトリステインに援軍を送れるよう準備を進めている。

 三国の首脳には最早結婚式のことなど眼中になく、その後の政治的、軍事的な展開を睨みつつそれぞれの思惑で行動している。

 そして、全ての元凶であり、舞台を操るガリアは静観に徹していた。






第二十七話    灰色の君と黒の太子






■■■   side:イザーク   ■■■


 そこは、暗い空間だった。


 ただ暗いだけの場所ならばいくらでもあるだろうが、ここの空気が孕んでいるものが特殊過ぎる。

 本来、光は闇を照らすものだが、ここでは光が闇に喰われている。そのような表現が最も的確だろう。怨念、執念、無念、欲望、狂気、断末魔、そういったものが溢れている。常人ならばこの空間に近寄りたいとも思わないだろう。


 「そんな場所を歩く俺は十分に異常者というわけか、元々分かっていたことではあるが」

 そんな場所も、俺にとっては揺り籠の中のようなものだ。

 安らぎ、とはほど遠いが、ここに来ると妙な感触がある。懐古の念とでも言えばいいのか、なぜか“帰ってきた”という印象を持つ。


 俺には帰る場所などそもそも存在しないというのに。


 「と、俺は思っているのだが、理由は分かるか、ハインツ?」


 「普通は人にする質問じゃないなそれ、そもそも、何を思っているのか言ってないし」


 飄々と答えるこいつもまた異常者、いや、異常の度合いならば俺の遙か上を行く。

 陛下も極大の異常だが、ハインツはベクトルが違う、陛下は誰も隣に立てないからこそ異常であり、こいつは誰の隣にでもいるからこそ異常。


 陛下の会話についていけるのは団長や九大卿などごく僅かの者達だけであり、対等に話すのはハインツのみだ。

 しかし、ハインツは誰とも対等に話す。子供とも、平民とも、貴族とも、殺人者とも、軍人とも、大臣とも、部下とも、家族とも。


 それがこいつの異常性、誰の隣にでもいるが故に誰の傍にもいない。自分一人で完結している。

 だからこそ『影の騎士団』を始めとして、こいつの周りには異常者が集まる。まともな者は普通の人間に理解されるが、あれらのような異常者は理解されることが少ないからこそ、誰をも理解するこいつに惹かれるのだろう。

 俺もその一人、我ながら友人と呼べる者はハインツ一人というのが実情だ。どうも、俺の常識は世間の常識とはズレ過ぎているらしい。そのズレを合わせて話すことは当然可能であり、そうでなければ外務卿など務まらんが“対等な友人”であるならば、話のレベルを合わせるということは必要ないものだ。


 結果、対等な友人はハインツしかいなかったと言うだけの話、逆にハインツは対等に話す友人が無数にいる。



 「そのくらい察しろ」


 「うーん、まあ、この場所に来てなぜ“懐かしい”と思うかってとこか?」

 ピンポイントで当ててきたか。


 「自分から言っておいてなんだが、なぜわかった?」


 「なんとなく、かな? 俺も同じ感情を持っているからな、別にここで生まれたわけじゃないんだけど、まるで子宮の中にいるような気分になる」


 「子宮の中か、なるほど、ここは闇の胎盤。“輝く闇”たるお前が生まれた場所というわけか」


 「そんな感じだろ、そして、“深き闇”たるお前もまたそれに近いものを感じるんだろ。影だの闇だのは所詮言葉遊びだけど、要は、俺達の属性がここの空気と合うんだろう」


 「何とも気が滅入ることを言う」


 「事実は事実だよーってな」

 ここでそのような軽口を叩ける時点でそのとおりか。


 ここは、ジェルジ―男爵邸の地下室。

 先住魔法の研究に関する文献は技術開発局に移したそうだが、闇の外法に関するものは死人(ホムンクルス)が管理するこの屋敷の地下に今もある。


 「ところで、何の用だ?わざわざここまで来るなんて」


 「実に興味深い報告を受けてな、お前がやる予定のことなども思い出し、話すならばここがよいかと思っただけだ」


 「ふーん、ってことはロマリアの虚無関係だな」

 流石に鋭い、このような会話が出来るのも数少ない。

 抽象的な表現が多すぎるのが俺や陛下の欠点なのだが、ハインツはその内容を察するのが速い、だからこそこいつと話すのは中々に楽しい、内容はとんでもないものになるが。


 「その通りだ。そういえば、ここにはお前と俺以外に誰か来たことはあるのか?」


 「陛下が一度だけある。そして、『俺の場所ではないな、ここはお前に任せる』という言葉を残して帰ってったよ」


 「なるほど」

 実に陛下らしい。確かにここは陛下の場所ではない、陛下は覇道を往く者故に、こことは属性が違う。

 ここは長い年月のうちに闇が蓄積され、闇色に染まった空間。広がるものではなく、どこまでも深くなっていくもの。


 ここに新しいものはない、墓場のように旧い外法が蓄積されているのみ。そして、これを新しいものに、時代を変えるものに変化させることが出来るのはきっとこいつだけだろう。

 俺ではここの闇を使うことは出来ても、変化させることは出来ない。


 「後はいない、マルコやヨアヒムにもここには来るなと言ってある。ここに来てもいいことなんかないからな」


 「俺は構わんのか」


 「お前はオッケー、なにせ闇そのものだし」


 「お前に言われるのも変な気分だ」


 正に、似た者同士というわけか。しかし、俺とハインツは似ていて、ハインツと陛下は似ているのに、俺と陛下は似ていない。

 面白いものだ。


 「そんで、ロマリアで何か動きでもあったのか?」


 「いいや、ロマリア自体にはない、そもそも停滞の象徴のような国家だ。活動的なのは教皇とその使い魔と、後は幾人かの側近程度。しかも、そいつらも理由はそれぞれ、純粋に“理想”とやらのために動いているのはトップの二人だけだからな」

 対ロマリアの情報網の構築は俺の管轄。

 団長にはガリア内部の調整があり、大隊長のマルコ、ヨアヒムらは“ルシフェル”や“ベルゼバブ”を率いて国内の寺院やガリア宗教庁を相手にしている。

 そして、副団長のハインツは現在アルビオンを担当。一国を完全に任されているのも同然であり、さらに主役達の導き役も兼ねている。


 そうなると、ロマリア方面の工作は俺の担当となるわけだ。参謀長として北花壇騎士団に協力している立場でもある。


 「あの二人はなあ、もう少し現実を見てくれればまさに聖人なんだろうけど、なんでこう方向性を間違えるかね」


 「だからこその“光の虚無”だろう。俺から見れば滑稽極まりないがな」


 「ああ――確かに、愛の喪失が“虚無”の源になってるからな。亡くしたものを埋めるために陛下は狂気を、教皇は信仰を詰め込んだ。大きな違いは、教皇はその自分に疑いなく、陛下は自分はどうにもならずに破滅に向かっているだけだ、と知っていたということくらいか。だけどお前は、自分の区切りとして母親と父親を殺したわけだ、最初から愛を求めていない」


 「“愛は偉大なり”、お前の名言だったな。確かに、それがない故に代替を求める心は理解できる」


 「“愛など不要、我の道は我のみで決める、そして、その果てに辿りつく”イザークという男を表すならこんなとこか?」


 「相変わらず人の内面を抉るような眼だな」

 こいつの“心眼”の洞察力には恐れ入る。


 「いいや、不良品だよ。陛下の心は見えなかったし、オルレアン公を死なせたのは俺の人生で最大の失敗だった。こんなのは”心眼”じゃなくてたんなる”観察眼”だな」

 自嘲か、こいつがそれをするのも珍しい。


 「育ての親と、オルレアン公、お前が死なせたくなかったのに死なせてしまった人物たちか」


 「ああ、ドル爺は、俺が未熟だったが故に、自分の異常性も把握出来ず、自分が普通の人間だと思ってたツケだな。そして、オルレアン公のときは思いあがったが故に、自分の異常性は理解していたが、自分なら全てを見通せるなんて考えていた。陛下が自分より格上の怪物であることを誰よりも知ってはずなのにな」


 「そして、絶望的な状況を打開するために動きまわり、その果てにここに辿り着いた。よく出来た物語ではないか」

 まさに悲劇、誰かが脚本でもしているかのようだ。


 「だなあ、そんなこんなでこの世界をぶっ壊すことを決めた“ヴェルサルテイルの二柱の悪魔”が誕生したわけですが、その対極にいる“光の虚無”殿に何かあったんかな?」


 「ああ、これだ」


 資料を手渡す。本来ならフォルサテ大聖堂の金庫の中にあるはずの書類だが。



 「ふむふむふむふむ」

 速読していくハインツ、こいつが修めていない技術などあるのかどうか疑問だ。



 「なるほど、これはなかなか、教皇殿もハルケギニアが孕む危険には気付いていたわけか」


 「そして、対策を致命的に間違えているというわけだ」

 このハルケギニアに起こっている現象をよく理解してはいる。そして、災厄から逃れるために、全ての民を地獄に落とそうとしている。


 「なるほどね、“聖地”に何があるかは教皇も知っていたか。ま、『ゲート』が残されている時点で聡い者ならある程度の予測は立つんだろうけど」


 6000年以上前に始祖ブリミルが遺した大駆動式が“聖地”にはあるという。

 主な機能として、“あるもの”を感知し、『ゲート』を活発に起動させる。また、担い手の候補を覚醒させ、秘宝とルビーと接触することで目覚めるというシステムを駆動させる。

 さらには、四の四が揃った時には大魔法陣となり、強大な“虚無”の行使をも可能にするとか。


 「かつて、エルフが伝える“大災厄”、陛下の虚無研究によれば『時空震』か、それをこの世界から弾き出したのがブリミルの虚無であり、“聖地”の大駆動式はその名残といったところだったか?」


 「まだ仮説段階だが、そう間違ってはいないと思う。もっとも、エルフにとっちゃブリミルが“大災厄”を呼び込んだようにしか見えなかっただろうが、だからこそ“シャイターンの門”を今も封印しているんだろう」


 「この世界の力の源である精霊、それを消滅させることで“向こう側”の力をこの世界に顕現させる時空間法則の更に上位の法則。最初に聞いた時は何の冗談かと思ったぞ」


 荒唐無稽にも程がある。しかし、陛下の“加速”、“再生”、“現神”などを目の当たりにしては信じざるを得ん。


 「ま、多分教皇はそこまでは知らないだろうな。けど、精霊の力を完全に消滅させる力であり、四系統とは根本から違う力ってことには気付いているわけか」


 「そこまで気付くだけでも大したものだ、が、その後がいかんな」


 正確には根本を間違えているのだが。


 「火竜山脈の一部がいずれ持ちあがる、ハルケギニア地中深くに存在する「風石」の力によって。これを教皇等は“大隆起”と呼び、アルビオンがかつての“大隆起”の名残であることも知っているようだ」

 ハルケギニアの地下深くには大量の「風石」が眠っているという。

 通常、人間が鉱石を掘り出す深さはせいぜい地下200メイル程度だが、それらは1000メイル近い深さにある。

 人間が掘りだすことは不可能であり、それらが何らかのショックによって発動すれば大陸クラスの土地が持ち上がるという。


 かの浮遊大陸アルビオンはその名残、数万年前に「風石」の大鉱脈の力によって切り離された大陸の一部。


 「なーるほどねえ、アルビオンの「風石」資源が豊富なのはそりゃ当然だ。地中深くに存在した膨大な量の「風石」が地表近くに持ちあがってきたことで大陸クラスで持ち上がったわけだしな。地表近くに「風石」の鉱脈があるのは当然の理屈」


 「そうなると、人間が「風石」を消費し続ければアルビオンは落ちるということか?」


 「いや、シーリアやアイーシャら翼人達に聞いてみたところ、人間が使うペースよりも、上空の風の精霊力によって「風石」が結晶化していくペースのほうが速いらしい。最も、アルビオンの人口が増大して、もっともっと鉱山を増やしたりしたら未来は分からんけど」


 「なるほど、“知恵持つ種族の大同盟”が目指している“育てる鉱業”とやらの究極系だな」


 「そういうこと、海の魚だって獲り過ぎなきゃまた増える。森のキノコや山菜もある程度残せばまた増える。しかし、根こそぎ取り尽くせばもうとれなくなる、要はそれだけの話さ。だから、ガリアの「土石」鉱山の廃坑に今コボルト、レプラコーン、土小人、ホビットの方々が手を加えている。数百年後にはまた採れるようにな」


 人間と先住種族。自然から奪うか、自然と共に生きるか、そこが最大の違い。

 人間は奪うしか能がない種族、エルフが蛮人と見下すのも無理はない。そもそも、エルフが見下すのは人間だけだ。


 「しかし、人間がやると、採りつくして後は放置か。人間とは素晴しい種族だ、このような種族は他に例がないな」


 「だよなあ、赤子を殺したり、女子供を村単位で虐殺したり、非道を挙げればきりがない。そんでまあ、そんな人間が大陸の“大隆起”によって住む場所を失えば何を始めるか、考えるまでもないなあ」

 確かに、誰でも分かる。


 「残された土地を巡って果てしなく殺し合う、か。さしずめ教皇殿はじめ虚無の使い手たちは、それを食い止めるために神に選ばれた使徒というわけか」


 「そういった自然の脅威から善良なる人々を救いだす使命と力を我は神より与えられたのだ、ってとこかね。ルイズは聖女、テファも聖女かな。しかし、残りの一人が大問題、別に“大隆起”なんて起こらなくても、民を大虐殺するような狂王なんだから」


 そこを教皇は致命的に間違えている。


 「そもそもの問題は“大隆起”ではない。それが起こっても土地の半分は残る、6000万の人間が生きるには十分な土地だ。それに、浮遊大陸アルビオンの例のように、浮島の上に誰も住めなくなるわけでもない。問題は、国境というものが希薄になったとたんに領有権を主張し、争いを始める人間の本質にある」


 「他者(自然)から奪い続けない限り繁栄できない生物、それが人間。“大同盟”の各種族に“大隆起”のことを話しても、『へー、そんなことがあるんだ』くらいの反応しか返ってこなかった。ここらへんが違いだなあ」


 「そういった人間の性をわきまえた上で、効率よく、かつ、出来る限り秩序が保たれるような制度を考案し、それを稼働させ、破るのもを処罰するのが為政者というものだ。その点で言えば教皇は“無能”の一言に尽きる」


 「そりゃ無理な話だ。人間にオーク鬼の効率的な恋愛の手引を考えろって言ってるようなもんだぜ。教皇には善しかない、悪行を成す人間の心が理解できないんだから、人間のそういう部分を前提にした施策なんて出来るはずがない。あってもそれは理想論にしかならない、教皇のような人間しか守れない制度なんて何の意味もないんだよ」


 能力がまるでないわけではない、むしろ、有能な部類なのは確かだろう。


 「教皇が現在ロマリアで行っている政策は実に見事なものだ。現在の自分の力の限界をわきまえ、出来る範囲で難民の救済に当たっている。しかし、あれは彼にとって施策ではなく、その場しのぎでしかない、目指す場所ははるか遠くに」


 「そして、目指す場所を間違えてると。皮肉なもんだなあ、その場しのぎであり、彼にとっては不本意極まりない政策が、最も現実には素晴らしいものなんだから」


 だが、こんな皮肉はまだ序の口だ。


 「“大隆起”、すなわち、自然の力による強大な災厄の存在を知ってしまった教皇は、なんとかしてこれを回避する方法を考えた。“虚無”を自分が授かった意味、その自分が“大隆起”のことも知ったことの意味、それらをまとめて彼が導いた結論が」


 「“虚無”は一つに纏まらねばならない。異教徒(エルフ)に奪われし“聖地”を取り戻す。そして、その大魔法陣と集まった四の四の力を以てして、ハルケギニアの地下の精霊力(災厄)をはらう、か。く、くくく、くくくくく」


 言葉の途中で笑いだすハインツ。


 「く、くくく、ははは、ふははは」

 俺も笑いだす、そろそろ我慢の限界だ。



「「 はははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!! く、くくっくくくくくくくっくく、は、はははははははは 」」



 笑い続ける俺達。


 「「 はははははははははははははははははははははははははははははは!!! く、くくくくくくくくくくくくくくくくくくくく、あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!! 」」




 「「 間抜けの見本だな!!! 」」


 最後は見事にハモった。



 「凄い! 凄い! 凄過ぎる! その結論に至る教皇様最高! あり得ない! ドンだけ阿呆なんだよ!」


 「素晴らしい! 素晴らし過ぎる! 究極の道化だな!! 俺達を笑い殺す気か! ははは! はーっはっはっはっはっはっはっはっは!!」


 ここまで滑稽な話は聞いたことがないな!


 「おおーい、イザーク、聞いてくれるか!? 実はさあ、ウェストウッド村の子供達にもこの問題を話したことがあるんだよ!」

 腹を抱えながらハインツが叫ぶ。


 「おお! 是非聞かせてくれ!」


 それは面白そうだ。


 「えーと、子供が相手だからかいつまんでわかりやすく説明したんだわ。それで、その辺のくだりを再現してみるな」


 それで、ハインツが芝居を始める。


 『よーしお前ら、今日はちょっと問題を出してやろう』


 『問題?』

 「実際には5人くらいの声がハモっていたんだけどな」


 「その辺の解説は省け」


 『そう、人としてどうあるべきかという問題だ。だけど、簡単だからすぐわかる、いくぞ』


 『はーい!』


 『あるところに、人間村とエルフ村がありました。エルフは知ってるな?』


 『テファお姉ちゃんのお母さん』


 『正解、それで、エルフは精霊と仲良しで、その力を借りて色んなことが出来ました』


 『テファお姉ちゃんの指輪?』


 『そう、あれは友達の水の精霊に頼むんだ。どうか、この人を治してあげてって、優しさがあればこそだな』


 『テファお姉ちゃんは優しいよ』


 『うむ、その通りなり。それで、人間は精霊さんとは仲良しではありません。というのも、声が聞けないのです。その代わり、自分たちだけの魔法を使うことが出来ました』


 『ハインツ兄ちゃんだー』


 『これまた正解、似たような力ではあるけど、出来ることは精霊の方が多い。雨を降らせたり、良い風を吹かせたり、温かい家を作ったりと、精霊の力とはそれはもう便利なんです。人間にはそこまではできません』


 『ハインツ兄ちゃんの友達の人達だね』

 『この前お風呂作ってくれた』


 『そう、ああいった色んなことが精霊の力を借りれば出来るのだ。そして、森の木々や、魚や獣が生きるためにもこの精霊の力はなくては困ります。人間は野菜や魚や肉を食べて生きてますから、それがないとお腹が空いて死んでしまいます』


 『精霊さんは大事』


 『ですけど、時には嵐をおこし、地震をおこし、洪水をおこし、そして竜巻、こういった恐ろしいこともまた精霊によるものです。彼らも生きてますので、いつもは穏やかですが、時には暴れたくなることもあるんです。エルフはお友達なので精霊をなだめることが出来ますが、それが出来ない人間は精霊が暴れた際に何もできません』


 『友達になれればいいのにね』


 『その代わり、精霊を殺すことは出来ました。そして今、とっても大きな精霊の災害が迫っております、火山の大噴火です。このままでは溶岩に呑まれて人間は皆死んでしまいます。さあ、どうすればいいでしょうか?』


 『簡単だよお~』

 『うん、簡単簡単』


 『ほう、どうすればいいかな?皆で遠くに逃げるかな?』


 『それじゃおうちがなくなっちゃうよ、エルフの人達に頼んで精霊さんを落ち着かせてもらえばいいんだよ』

 『そうそう、エルフの人達は精霊さんとお話が出来るんだから、エルフの人達にお願いすればいいだけだよ』


 『おお、正解だ。だけど、精霊を殺しちゃうことも出来るんじゃないかな?』


 『そんなのだめ、精霊さんがかわいそう』

 『それに、精霊さんがいなくなったら皆困っちゃうし、エルフの人達が悲しむよ』


 『そう、その通り。自分に出来ないなら友達の力を借りる、これが重要だ。そして、自分で出来ることで友達に恩返しをしてあげればいい、助け合うのが友達だからな』


 『はーい!』





 「とまあ、こんな感じだった」


 「童話でありそうな話だな」

 実に基本的であり、まさに、子供でも答えが分かる。


 「だろ、人間には“大隆起”はどうにもできない、だが、精霊力を操る先住種族にはそれが出来る。特に、この世界の精霊力を管理しているエルフにはな、だから、エルフにお願いすりゃいいんだよ。そもそも、エルフのサハラで“大隆起”が起こらないのは何故か?」


 「エルフが精霊の力を管理しているからだな、だからこそ、サハラは「風石」資源が豊富だ。自然のバランスが崩れる程に一箇所に溜まったりしないようにエルフが調整している。そして地下数リーグの深さの「風石」だろうとエルフならば簡単に掘りだせる。何せ、「火石」を掘りだせるくらいだ」


 エルフの技術は人間の遙か上を行く、この大陸において、その恩恵を受けていないのはハルケギニアだけ。


 「流石は外務卿。そうなんだよな、東方(ロバ=アル=カリイエ)にもハルケギニア人と祖先を同じくする人間がいるけど、彼らは“虚無”を持っていない。故に、系統魔法も存在せず、その技術はエルフの模倣になる。つまり、精霊の力を借りる、自然に沿った力に」


 「マダム・シェフィールドがそのように言っていたな。そして、先住種族迫害などを行うのはブリミル教のロマリア宗教庁のみ、要はそのつけだろう。先住種族を追い出し、人間の土地とし、始祖ブリミルの恩寵を享受したが故に、自然の災害を抑える力を失っただけだ」

 自業自得という奴だ。


 「だよなあ、その問題に対抗する技術と力を持ち、実際にやっている隣人がいるというのに、彼らの力を借りず、その技術を教えてもらうでもなく、“虚無”の力で地下の「風石」を消滅させる? どういう発想でそうなるんだろうな?」


 「始祖ブリミルの“虚無”こそが絶対であり、救済であるという前提があるからだろう。しかし、それが実行されればどうなるか、実に興味がある」

 碌でもない事態にしかなりそうにないが。


 「ああ、最悪のケースだ。“大同盟”の方々に聞いてみたけど、そんなことをしたら、ハルケギニアは「風」の力を大幅に失うとさ、つまり、空気の流れがなくなる、とまではいわんけど非常に悪くなる。停滞しまくるわけだ」


 それはつまり。


 「雲が発生しなくなる、動かなくなる、ということか?」


 「正解、ついでに「水」、「火」、「土」も「風」を失うことでバランスが崩れる。雨が降らない上に大地の属性が変わるんじゃ、作物が育つわけがない、最悪砂漠化だ」


 「しかも、「風」と「火」が強い故の砂漠ではなく、「風」がなく、その他が狂う故の砂漠。さながら、生命の無い“死の砂漠”といったところか。教皇はハルケギニアをそれに変えたいわけか」


 「日照りに次ぐ日照り、干ばつに次ぐ干ばつ、「水のトリステイン」はまだしも、ゲルマニアとロマリアは壊滅的、「土のガリア」もやばい、そうなれば食糧難となり、何が起こるか?」


 うむ、素晴らしい光景になりそうだな。


 「土地を巡っての不毛の戦争を回避するために、“死の砂漠”と食糧を巡っての血みどろの戦争を生むわけか。そして、唯一無事なのはアルビオン、ここが最大の激戦地となるな」


 「地獄の具現になりそうだなあ。いやまあ、教皇も凄いよ、まさしく慈悲、まさしく戦争の終わり。“人間が全員死んでしまえば”戦争なんて起こらなくなるさ」


 確かに平等であり、二度と争いは起こらなくなる。真の平等とはそういうものだ。


 「ここまで来ると感心するしかないな。自分の欲ではなく、あくまで人のために尽くす教皇。その祈りが、愛が、純粋であればあるほど、人間は破滅に向かう。さしずめ、“邪悪なる聖者”といったところか」


 「“光の虚無”とはそういうものさ、人間を愛すれば愛するほど地獄に引きずり込んでいく。そして、“闇の虚無”は真逆、人間を憎み、憎めば憎むほど殺していく負のスパイラル。そして、元々は人々のための祈りであったブリミルの“虚無”を歪めたのもまた人間であり」


 「その胎盤がここというわけか、だからお前はここにいるのだな」


 こいつは秩序を破壊する者、平和の時代には災害にしかならない。

 しかし、“輝く闇”たるこいつは闇すら歪める、闇を光に歪ませる男。

 あくまで歪ませる、本来闇であるべき者を、強引に光に歪ませる。俺のように。


 この俺が、虐げられた“穢れた血”のために外務卿となって働いているなど、一体なんの冗談なのだか。


 “毒を以て毒を制す”とはよく言ったものだ。


 「しかしイザークよ、こういう表現はどうだ?“神の道化”」


 「それもいいな、つくづく人間というのは毒にしかならない生き物なのだな」


 「“知恵持つ種族の大同盟”の皆と話すと特にそう思うな、この世界が一つの生物だとしたら、全ての生物はそれを構成する細胞か、もしくは微生物。俺達人間は癌細胞かウイルスといったところだな」


 癌細胞にウイルス、どちらもこいつの世界の医学で解明された存在だったか。


 「“人間は単体ならば多種多様で素晴らしい存在もいる。しかし、国家などの集団になると碌でもない考えしか出来なくなる”。大同盟においてお前が提議した『人間最低説』の骨子だな」


 「そうそう、その最大派閥であるブリミル教、その中心のロマリア宗教庁の教皇はその具現だよ。どこまでいっても人間のために他を食い潰すという発想にしか至らない。自分のことを第一に考えるから。他者との協力が重要だなんてのは、子供でもわかるのにな」


 「本当に救いがない存在だな“光の虚無”は、毒にも薬にもならん。ほうっておけば災厄にしかならず、排除しても後味の悪さしか残らん。純粋に教皇を心酔している者達はさぞや排除した者を憎み、どこまでも憎しみの連鎖は続く」


 「ところが、“闇の虚無”は分かりやすい絶対悪だ。人々のための“光の虚無”と違ってどこまでも自分のため、そのためだけに世界を滅ぼそうとする。だからこそ、皆で力を合わせて打倒する。その中心となった者達は英雄となり、その後の世界のリーダー的存在になるな」

 毒を薬に変える典型だな、分かりやすい悪とは、人々の意思を束ねる最も簡単な方法だ。


 「陛下の“舞台劇”の基本はそれだな。絶対悪は陛下であり、それを打ち破る英雄が平賀才人とルイズ・ヴァリエール、そして、お前の妹などの友人達」


 「よく日本語発言を正確に出来るな、まあそういうわけで、主役が勝てば『英雄譚(ヴォルスング・サガ)』、絶対悪たる陛下が勝てば『恐怖劇(グランギニョル)』になる」


 「ところが、そこにトリックスターのお前が加わることにより、『茶番劇(バーレスク)』となるわけだ」


 「やっぱ最後は問答無用のハッピーエンドが一番。もっとも、脚本・演出が悪魔二人だから俺達二人が気に入った連中のハッピーエンドだけどな」


 流石は“二柱の悪魔”。


 「それでいいだろう、最高(ベスト)を目指せば教皇のようになる。人間世界においてそのようなものがあるのなら、それこそ全員死ぬくらいしかあり得ん。ならば、よりよい(ベター)を目指す、目指し続ける。例え届かなくとも、追うことは出来るのだから」


 「求めることと追うことは違うか、まあ確かにその通りだな。とはいえ、まだ舞台劇は序盤も序盤、中盤たるアルビオン戦役が始まってすらいない」


 「だが、準備は済んだのだろう? そうでなければお前がここにいるものか」


 「ま、外交的な部分はな、それで、ちょっと“シュトゥルムヴィント”を使おうかと思ってここに来たわけ」


 「あれをか、なるほど、最終作戦(ラグナロク)で使用する生物兵器の実験場にするわけだな」


 「ああ、途中で“レスヴェルグ”の試作型とかも試そうかと思ってる。神聖皇帝クロムウェルの“虚無”で作られた新兵器ってふれこみでさ」

 相変わらず無駄がない計画だ、使えるものはどこまでも利用するか。


 「『アンドバリの指輪』は先住の力の結晶、ある程度のごまかしも利くか」


 「そ、原理は似たようなもんだし、次の演目の開幕も近いぞ」


 「結婚式まであと12日程か、一応は俺もウィンドボナへ出発はするが、完全に徒労になるだろうさ」

 しかしこれは仕方ない。結婚式がなくなることを事前に知っていたということを表には出せん。



 「ま、見せ場の一つではあるし、面白くなるとは思うよ。流石に本番に比べたら前哨戦にもならないだろうけど」


 「60万以上の兵を動員するのだったか、まさに前代未聞だ」


 歴史の大きな転換点になる。


 「ところで、“大隆起”とやらの対応はどうするのだ?」


 「もう始めてる。土小人、レプラコーン、ホビット、コボルト組で穴掘って、翼人と妖精で「風石」を制御してもらう。結晶化した「風」が「風石」になるなら、逆に溶かすことも出来るだろ、半月もあれば火竜山脈全体はOKだって。そして、エルフの全面的な協力と、先住種族が表立って働ける環境があれば、1か月で問題は解決できるとさ、頼りになるねえ」

 能力があるものがそれぞれの全力を発揮できるよう“場”を整えることがこいつの本領だったな。そういうことをやらせれば右に出るものはいない、陛下すらを凌ぐだろう。

 
 「何とも滑稽な話ではないか、数千年も“聖地”とやらを追い求め、今回は“虚無”まで持ち出そうとしているというのに、ブリミルなど信仰せず最初から協力していれば1か月か」


 「というか、共存してたらそもそもこんなことになってない。エルフの人達なら地中の「風石」を簡単に制御できるし、じゃなきゃサハラは不毛の砂漠だし、砂漠を緑化して住むなんてエルフ以外には不可能だ」


 「その力を以てして作るのが例の“ヨルムンガント”か、恐ろしい兵器になりそうだな」


 陛下も設計に携わっているという話だ。生半可なものではすまないだろう。


 「ま、完成は技術開発局待ちだな。しかし、ヴィットーリオ・セレヴァレという存在は本当にもったいないな。“虚無”の呪いがなければ素晴らしい人間になっていただろうに」


 「ならば得意の改造でも施したらどうだ?“虚無”に関する全ての記憶を破壊し、純粋な個人に戻す。さすれば本来の聖者に戻れるかもしれんぞ、愛すれば愛するほど人を地獄へ落とす“邪悪なる聖者”いや、”神の道化”だからな」

 俺やこいつにような生まれついての闇とは完全に逆の特性なのだから。


 「それもいいかもな、ところで、ヴィンダールヴの方はどうなんだ?」


 「あれはただの小者だ。いや、凡人と言うべきか。ただの凡人でしかないのに使命感に燃え、自分を殺し、そんな自分に陶酔しているだけの間抜けだ」


 「そこまで言うかい」


 「俺はああいう者を好かん。奴には確固たる己が無い。ただ、何も無かった孤児院のガキが“光の虚無”に憧れた結果に過ぎん。異端というのもはどちらのベクトルであれ人を惹きつけるものだ、あれはそれに惹かれただけの塵芥だ」

 ヴィンダールヴである以上その方面の才能はあるのだろうが、それ以前の問題だ。


 「なるほど、教皇が自分の顔を失ってしまった青年なら、そんな存在に憧れて顔が無い仮面を被っているだけのガキというわけかい。そして、本物はどこまでも平凡、別に平凡が悪いってわけじゃないけどな」


 「確かに、俺、お前、陛下に比べればはるかにましな人種だ。しかし、つまらん、その一言に尽きる。俺達には異常者の誇りがあるように、凡人には凡人の、弱者には弱者の誇りがあろう。それを誇らず、現実から目をそむけ、理想に逃避しているだけのガキ。平凡さを自覚しながらも、自分に出来る全力を尽くす者達もいるというのに」


 「クロさんとかがその例だな。あの人は超特殊な技能をもってはいるけど、容量そのものは普通だ。だけど、皇帝としての責務を果たしてる。骨身を惜しまず働いている。平民ですら、自分や家族の生活のために働いている。だが、ヴィンダールヴにはそれが無いわけか」

 「ある意味被害者でもあるがな、要はロマリアという国に捧げられた生贄だ」


 誰かがそうなるようなシステムであり、たまたまその少年が当たっただけの話。


 「そう考えると、才人は英雄の気質を持ってるな。ま、だからこそ導き役としても気合いが入るんだが、っと、そろそろか」

 近くにあった大鍋からとてつもない量の煙が噴き出した。


 その中には、赤黒い結晶のようなものが存在している。


 「それが例のものか」


 「そ、“シュトゥルムヴィント”の心臓部になる。主原料は「風石」だけど、当然他にも色々混ぜてある。聞きたいか?」


 「やめておく、飯がまずくなるだけだ」


 「そっか、人間の心臓はひとつだけだ」


 「人の話を聞けお前は」

 嬉々としながらそんなものを振り回すな。


 「さーて、そろそろ行くかな、才人達の“宝探し”のプロデュースもせにゃならんし」


 「…………最近、眠っているのか?」


 「いいや、心臓に「水石」の結晶を埋め込んだから睡眠をとらなくても活動出来る、イザベラには内緒だけど。ま、気が向いた時には寝ることもあるかもな」


 そして、『ゲート』をくぐってハインツは去って行った。

 ここの『ゲート』は一方通行であり向こうからは来れない、そして、繋がっている先は北花壇騎士団の本部。



 「やれやれ、妹に甘いのは相変わらずか」

 悪魔であるあいつの唯一のウィークポイントが妹二人。そこを抑えることで陛下はハインツを玩具にしているようだが。


 もっとも、完全な妹なのは下の方で、上の方には妹以外の成分もある。最も、通常の男女の中に当てはめることが出来る関係ではなく、特殊極まりない。


 「さて、こちらにも仕事はある。そろそろ外務省へ向かうか」


 外交関係については俺に一任されており、俺が承認を得る相手は宰相にして団長のイザベラ・ド・ガリアと陛下の二人のみ。

 そういった面でも俺とハインツの立場はあくまで対等。官位では俺がやや上、爵位ではハインツが一つ上、総合的にはそう変わらない。

 だが、現在のガリアにおいては王族の血をひくという決定的な差がある。



 「が、それもあと1年程か、その頃にはガリアは共和制に変わり、王家はその歴史に幕を下ろす」


 陛下とハインツがやると言ったからにはそれは既に決定事項、決して覆ることはない。


 「俺は、後世の者達からどのような評価を受けるのだろうな?」


 そればかりは歴史が示すこと、俺が知る手段はない。


 俺は人間として生き、人間として死ぬ、それだけだ。


 だが、あの二人はどうなのだろうか?


 悪魔としていつまでも気楽に遊んでいるような気もするな。




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 怒りの日の完全版の影響を受けまくってる今日この頃です。もともと受けていましたが5割り増しくらいになりました。

 教皇聖下の行動って、初期のFF、クリスタルシリーズ(ⅢとかⅤ)で、巨大竜巻が起こって、えらいことのなりそうだから、風のクリスタルをぶっ壊すような暴挙だと思うのですがどうか。







[14347] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十八話 揺れる天秤
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2010/02/18 17:11

 俺、シャルロット、キュルケ、ギーシュ、そしてシエスタの5人で宝探し、兼、幻獣退治に出発した。

 宝の情報源はハインツさんで、幻獣退治の斡旋役もハインツさん。

 なんか頼りっぱなしのような気もするけど、ハインツさんはもの凄くノリノリで楽しんでる感じだ。

 ま、俺も楽しんでるんだけど。






第二十八話    揺れる天秤






■■■   side:才人   ■■■





 「で、ここが最初の目的地か?」

 俺達は現在トリステインの西方に位置するドレンテ地方の森にやってきている。


 「そ、この森の奥深くにお宝が眠っているらしいわ」

 一行の先頭に立ち、自信満々にキュルケが言う。

 トリスタニアの“光の翼”でハインツさんに会った後、ハインツさんとキュルケで今後の方針をたて、俺達は冒険の準備をしていた。

 少なくとも一週間は行動することになるし、移動にはシルフィードがあるからいいとしても森や洞窟に入るならそれなりの準備が必要らしい。

 まあ、その辺はシャルロットが得意としていたので俺とギーシュはそれを手伝っただけ、シエスタは食料品の準備をしていた。


 「間違いないのかね?」

 やる気満々のキュルケに対してギーシュが念を押す。とはいえ、やって来てから確認するのも変な話だな。


 「もちろん、だってハインツの部下が見たことあるらしいから」

 「は?」

 「何だって?」

 どういうこったそりゃ?


 「お宝というのは、「風石」らしいわ。普通は鉱山から採掘されるけど、この森にはそれが眠っていたらしいのよ」

 「何でだい?」

 「今から150年くらい前らしいけど、トリステインとアルビオンの間で戦争があった。その際に空軍同士がぶつかって、その戦場がこの森の上空だったの、で、上空で四散した船も何隻かあったみたいね」

 「ってそれはまさか」

 「その船に積まれていた「風石」ね。火薬や砲弾はとっくの昔に使い物にならなくなってるでしょうけど、「風石」は何百年経とうが質が落ちることはない。むしろ、自然の力が強い環境に長時間置かれていたら純度が増すこともあるとか」

 なーるほど、流石は魔法世界。地球の沈没船の財宝とかだったら、ありえねぇ話だな。


 「でも、ハインツさんの部下は何でそれを知ってたんだ?」


 「以前、その近くの村から領主に幻獣退治の依頼があったらしいのよ。けど、領主は知らん顔、しばらくほっといたそうだけど、住民の不満は徐々に高くなっていた。で、その領主の弱みを握ったりその他諸々の事情が重なってハインツの部下が幻獣を討伐したのよ。そして、その際に「風石」を発見したけど、一人だったし他にも仕事があったから引き揚げてきたってわけ」

 なんか途中で弱みを握るとかそういう部分があった気がするんだが。


 「何でハインツがそこに関わるんだい? それは内政干渉になっちゃうんじゃないかな?」


 「ハインツの部下とは言っても厳密には部下じゃない。トリステイン支部にいる大半は生粋のトリステイン人で、トリステインの治安を維持するために活動してる。その基盤を作る際に力を貸したことと、経済的な支援を行っているだけで、後は一切関与していない」

 それに答えたのはシャルロット。


 「うーん、難しいな」

 ギーシュが首をひねるが、俺にも正直よくわからん。


 「多分、支部の人間も厳密には把握してないんじゃないかしら? 全部把握してるのはハインツ達幹部クラスだけよ」

 キュルケがケラケラと笑いながら、なんとも楽しそうに言う。


 「笑いごとで済ませていいんだろうか?」

 「いいのよ、私ゲルマニア人だし」

 「私はガリア人」

 「俺、東方人」

 「あ、私はトリステイン人ですけど、平民ですし」


 相変わらずバラバラな俺達だった。

 しかし、普通に貴族の間に混じれるシエスタの度胸はなかなか凄い。


 「よく考えたらそうだね。ま、僕なんかが考えてもどうしようもないことだ、とりあえず今は冒険を楽しもう」

 そして、いつもの如く大物ぶりを発揮するギーシュ、こいつの切り替えの早さも凄いと思う。


 「で、相棒、ハインツの兄ちゃんから借りたそれは持ってくのかい?」


 「ああ、せっかく借りたもんだしな、使ってみてえ」

 今回の冒険に出発する前に、ハインツさんが新しい武器を貸してくれた。


 『これは俺の友人のクロードって奴が考案した武器でな、ボウガンの矢が連続して撃てる代物で、15連発まで可能だ。最も、連射数と命中精度は反比例の関係にある。あいつは風の魔法を併用することで命中性100%を誇るが、“身体強化系”のお前なら魔法なしでも扱えるはずだ』


 という結構凄いもんらしい。


 「それほど危険な森ではないし地図もあるけど、野生の動物が普通にいるから、飛び道具が多いに越したことはないと思う」


 「そうね、貴女はともかく私の魔法じゃ森が燃えちゃうかもしれないし」


 「いや、そこは手加減しろよ」

 森ごと燃やすって、どんだけだよ。


 「手加減って、昔から苦手なのよね。思いっきり燃やす方が性に合ってるわ」

 危険人物がここに一名。恐るべし情熱のツェルプストー。

 ルイズは爆殺魔だし、シャルロットもハインツさんの妹だけあってかなり物騒なことに詳しいし、俺の周りは女は危険人物ばっかりか?


 「サイトさん? どうかしたんですか?」

 普通に声をかけてくれるシエスタがなんか凄い尊く感じる。






















 俺達が森に入って約1時間ほどが経過した。

 シルフィードは上空で待機してる、当然の話だが風竜は森の中では飛び回れないからだ。


 「しかし、こうして歩いてると、フーケ退治を思い出すわね」


 「そういえば、あんときも森を歩いたな」

 あれからもう一か月くらいになるな。

 俺達が担当したのは一番フーケがいる確率が低いところだったけど、逆にフーケが待ち構えていた。


 「僕はそのとき参加してなかったなあ」

 「あんたがいてもあんまし役に立たなかったわね」

 「ぐはっ」

 キュルケの容赦ない一言に崩れ落ちるギーシュ。


 「貴方が弱いわけじゃない。相手は上位の土のトライアングルで、しかも巨大ゴーレムの使い手。あれを相手にするなら「火」や「風」の方が相性がいい。「土」では純粋なぶつかり合いになるからミス・ロングビル、今はミス・サウスゴータ並の技量がないと太刀打ちできないだけ」

 冷静に、”役立たずである”という事実を突き付けるシャルロット。その方がひどい気がするが。


 「つっても、俺もあんまし役に立たなかったからな。ゴーレム相手に奮戦してたのはルイズだし」

 あいつの爆発は、細かい的の当てるより建造物破壊に向いている気がする。ああいうデカブツが相手だったらかなり有利に戦えるんだよなあ。


 「でも、フーケを気絶させたのは貴方だったでしょ」

 「だけど、その前にあの野郎をふっ飛ばしたのもロングビル、えーと、マチルダさんだろ」

 ロングビルさんの本名はマチルダというらしい。学院を出発する際に学院長の爺さんのところに行った時にそう言っていた。

 王都に用事があるとかで学院長がいなかったもんだから、マチルダさんに休学届っつうか、しばらく授業をさぼることを認める書類を出してもらった。


 「そうだったわね、でも彼女、アルビオン貴族の出だとは知らなかったわ」


 「でも、あり得る話なんじゃないのかい? だって、今のアルビオンはあの状況だろう」

 確かにギーシュの言うことはもっともだ。何しろ戦争、いや革命の真っ最中だ。


 「アルビオン軍総司令官、ゲイルノート・ガスパール。その男によってかなりの数の貴族が粛清されているみたい」

 これも、ハインツさんが言っていたことだ。

 例の結婚式、なんか怪しいらしい。親善艦隊が来るとか言う話だけど、軍隊でも乗せてくるんじゃないかって言う噂がトリスタニアの王宮にはあるとかどうとか。


 「やれやれね、もしトリステインが滅ぼされたら、あなたの首も危ないかもしれないわねえギーシュ」

 「よしてくれよ、縁起でもない」


 だけど、実際にウェールズ王子や王党派の人達は全滅した。

 トリステインがそうならない保証なんてどこにもない。


 「ところで、実際に戦争になったとしたら、キュルケや…タバサの国はどうするんだ?」

 ことはトリステインだけじゃない、きっとハルケギニア全体に及ぶはず。


 「間違いなく正面から受けて立つでしょうね、ゲルマニアはそういう国よ。下手な小細工するよりは、強力な敵を打ち破る方が国内も纏まるし、皇帝の権威も上がるし、何より戦好きだもの」

 「ガリアの方から宣戦する確率は低いと思う。けど、攻め込まれる危険が出てきたらその限りではない。やられる前にやるという発想もあるはず、最も、トリステインが破られたらの話になると思うけど」


 それぞれ自国の見解が出た。要は、全面戦争しかないってことか。


 「うーん、トリステインが破れたこと前提の国際関係っていうのは考えたくはないものだね」

 ギーシュが苦笑いしながらそう言う。


 「俺だってそうだよ」

 俺が知っているのはまだトリステインだけだ。アルビオンもほんの少し行っただけで、他の国は話でしか聞いたことはない。

 だから、今の俺にとっては自分の住む所はトリステインだし、ルイズの故郷でもあるんだから無関係なわけはない。戦争になれば絶対にルイズはトリステインのために戦うだろうし、使い魔の俺もついてくことになるんだろう。

 その時の覚悟だけは今からしておくべき、とすれば、この冒険もその時のための練習には丁度いいかもしれない。


 「ま、今は宝探しだ。気合い入れていこうぜ!」


 気分を入れ替えて、俺はずんずん前に進もうとするが


 「サイト、そっちは違うわよ」

 たちまち、地図を持ってるキュルケに思いっきり駄目だしされてしまった。










■■■   side:シエスタ   ■■■



 私達はミス・ツェルプストーの地図に従って森の中を歩いている。

 少し怖い気持ちもあるけれど、サイトさんが隣にいてくれるし、田舎育ちの私にとって森は馴染みがない存在じゃない。

 山菜をとりにいったり、キノコを探しに行ったり、タルブの郷土料理の“ヨシュナヴェ”もそういったものを使うことが多い。

 だけど、私の意識はサイトさん達の会話に集中していた。



 やっぱり、貴族の方々と私達平民は違う。


 『ところで、実際に戦争になったとしたら、キュルケや…タバサの国はどうするんだ?』

 『間違いなく正面から受けて立つでしょうね、ゲルマニアはそういう国よ。下手な小細工するよりは、強力な敵を打ち破る方が国内も纏まるし、皇帝の権威も上がるし、何より戦好きだもの』

 『ガリアの方から宣戦する確率は低いと思う。けど、攻め込まれる危険が出てきたらその限りではない。やられる前にやるという発想もあるはず、最も、トリステインが破られたらの話になると思うけど』



 私には国のことも、王様のことも全然わからない。一度戦争が起きてしまえば、ただメイドとして貴族の方々に仕えるだけの私に出来ることなんか何もなく、ただ状況に流されるだけ。

 そもそも、私が生まれてから一度も戦争が起きていない。

 小さな戦争はあったのかもしれないけど、王都トリスタニアに住んでいる人達ならともかく、タルブ村に住む平民にはそんな遠くの戦争のことを知るすべなんてない。

 私の故郷の人達にとってはタルブ村が世界の全て、だから、タルブと何の関係もない場所で起きていることを積極的に知ろうとは思わない人がほとんど、そして、私もそうだった。

 魔法学院にメイドとして奉公するようになってから、少しはトリステイン国内のことを知る機会もあったけれど、魔法学院は基本的に情報が伝わるのが遅い、一種、世間から隔離されている感じもある。



 だから、私には戦争が分からない。ミス・ツェルプストーやミス・タバサがおっしゃっていることがよく理解できない。

 とても深刻そうな内容のような印象も受けるけれど、彼女達は笑顔で言っているからそんなに暗い気分にはならない。

 私に限らず、多くの平民にとっては戦争とはそういうものだと思う。詳しいことなんてわからないし、どうなるのか予測もつかないから。ただ、税金が上がったり、野盗が増えたり、そういったことがないことを祈るくらい。


 だけど、そんな平民の常識を覆すような人がいる。

 私が気になるのは貴族の方々よりも、サイトさんの方。

 なぜサイトさんは普通にそういったことを話せるのだろう?

 東方出身ということは聞いているけれど、彼も普通の平民だったと言っていたし、国家のことなんてよくわからないとも言っていた。


 けど、サイトさんは色んな知識を持っている。それは東方独自のものもあるのだろうけど、何かこう、考え方の基礎となるような部分がしっかりしているように感じる。

 それは多分生まれ故郷によらず、どこでも、誰とでも話すためには必要なものなんじゃないだろうか。


 サイトさんは私に可能性を見せてくれた。ただ貴族の方々の言うことに従うだけが平民なんじゃないということを教えてくれた。


 だから、私はそれがなんなのか知りたいと思う。

 平民なのに、貴族の方々と対等に話せるその根源はどこから来るのか?

 私達も、サイトさんみたいになれるのか?

 私は、サイトさんの隣で同じものを見ることが出来るのだろうか?


 今はまだ一歩離れたところから後姿を見ることしか出来ないけれど、いつかは隣に立ちたい。



 けど、それが私に出来るのだろうか?

 ただの村娘の私が、彼らと同じ場所にいられるとは、客観的に考えればあり得ない。

 魔法学院でメイドとして仕えるうちに学んだもろもろのことは、それが不可能であることを示してもいた。


 私は、どうすればいいのだろうか?

 私は、どうしたいんだろうか?


 誰かに話してみたい、けど、話せる人がいない。

 メイドの同僚に話しても多分意味がない、貴族と同じ場所にいる人じゃないとその答えは出ないだろう。

 そして、貴族の方々に直接話すのも気が引けるし、そもそも客観的に自分を見るなんてできるとは思えない。



 だけど……………あの人なら

 たった数回会っただけだけど、あの不思議な人なら

 ひょっとしたら、私の問いに答えてくれるのではないだろうか?


















■■■   side:シャルロット   ■■■


 「けっこう深くまで来たわね、タバサ、何か見えるかしら?」

 地図と現在地を照らし合わせながら、キュルケが私に尋ねてくる。


 「徐々に、風の精霊の力が強くなってきているみたい。森の中だから自然の力が強いとしても、これはその範囲を大きく上回っている」

 私は“精霊の目”を通して周囲の状況を観察する。

 ハインツが“知恵持つ種族の大同盟”の協力を得て作り上げたこの“精霊の目”は人間にも精霊の力を見ることを可能にする。

 今は慣れるために眼鏡のレンズの両方がそうなっているけど、慣れてきたら片方を対先住魔法の“精霊の目”に、片方を対系統魔法の『ディティクトマジック』がかかったレンズにしようと思っている。


 「ってことはもうすぐね、目印として大きな木があるなんて書いてあるけど………」


 「キュルケ、あれじゃないかな?」

 私は右手の奥に見える大きな木を指さす。



 「あ、多分そうだわ、サイト―! ギーシュ―! 見つけたわよーーー!」


 「おっしゃーーー!」

 「一番乗りーーー!」


 サイトとギーシュが同じタイミングで木の方に突進していく。


 「凄い元気」

 「ま、男なんてああいうもんでしょ。冒険心は少年の特権ってとこかしら」

 私達はゆっくり歩く、もし私達まで駆けてしまったらシエスタが一人になってしまう。


 「サイトさんも、ミスタ・グラモンも凄いですね」

 とはいえ、シエスタも特に息を切らしているわけじゃない、やっぱり平民の方が貴族よりも基礎的な体力はあるんだろう。


 「単純馬鹿ともいえるわね、あんだけはしゃいでもらえたら、計画した甲斐があったと思えるけど」

 「単純馬鹿……」

 なんか、そういった言葉からはハインツを想像してしまう。


 あの人は一言で馬鹿だと言える。けど、とんでもなく頭が良いし、行動力の塊で、凄い能力を持っている。でも、考えなし。

 真面目にやってれば皆から畏怖される存在になっているのだろうけど、性格がああだから畏怖はされていない。


 いや、彼を恐ろしいと思うことは私でもある。

 多分、ハインツが一番甘いのは私に対してなのだと思う、彼がいつも私のことを気にかけてくれているのはよくわかるから。

 そんな私でも時折彼を恐ろしいと思うことがあるのだから、本部の“参謀”の人達や、彼の補佐官の大隊長二人なんかは、もっと彼の恐ろしさを知っているはず。


 でも、誰も彼を嫌悪しない、恐れてはいても遠ざけない、そして、威圧感などを伴う畏怖とも違う。

 多分、恐れるのは彼ではなくて、自分自身なのではないかと思う。


 ハインツは自分しかないような自分勝手な人間で、そのくせ人の10倍は観察眼が鋭い。

 だから、彼の傍にいると自分を偽れない。どうしても本音が表に出てきてしまう。


 人間はいつも本音を曝け出して生きてはいけない。私だって、キュルケやイザベラ姉さまやサイトに知られたくないことはある。


 だけど、不思議と、ハインツに秘密にしておきたいと思えることは無い。いや、秘密にする意味が感じないと言う方が正しいのか。

 私が秘密にしておいたところで、多分ハインツは既に全部知っているように思えてならない。それは本来恐るべきことで、たまに恐ろしく思うのだけど、それで当たり前のように感じてしまう。

 そうしているうちに、いつの間にか自分らしさが表側に出てくる。ハインツと付き合っていく上で、本音を隠して表面的に接することほど意味のないことはないから。


 ハインツは何も隠さない、私が未だに知らない部分も多くあるけど、彼は一度も隠していない。聞けばきっと話してくれる。

 彼が持つ別の顔が多すぎて、私が把握できていないだけ、私では存在することすら思い描けないような変な顔をいくつもハインツは持っている。ただそれだけの話だ。



 そうして思う、シエスタやギーシュも変わってきていると。

 キュルケがハインツと会ったのはかなり前、彼女の変化は少なかったけど、それでも変わった部分はあった。

 サイトはこの世界に召喚されてからすぐにハインツと知り合っているから、それ以前の彼を私は知らない。


 でも、ギーシュとシエスタなら少し分かる。そして、徐々に変化しているのが感じられる。


 ギーシュはもっとこう、悪い意味での貴族らしさがあったと思う。けど、サイトと戦って、さらにあのラ・ロシェールの戦いを経験して以降、ギーシュはいい意味での貴族らしさが出ている。


 そして、シエスタは本当に普通のメイドだったから、貴族に自分から話しかけることなんてしてなかった。ヴェストリ広場でサイトの練習を見ている時も、私やキュルケには自分から話しかけてくることはなかった。

 いや、この旅が始まった頃でもそんな感じだったはず。


 “光の翼”で集合してから私達はしばらく一緒に旅の準備をしていた。

 そして、準備が終わる頃にはシエスタは普通に話しかけるようになっていた。

 だけど、彼女が最初に打ち解けていたのはハインツだった。

 一番面識がなくて、一番年が離れていて、そして、異性であるにもかかわらず、ハインツの方が彼女にとっては一番話しかけやすかったということ。


 本当に、不思議な人。

 だけど、彼がいてくれて、私の兄であってくれて本当によかった。

 彼のおかげで、母さまは回復に向かっているし、姉さまとも仲良くなれた。



 そして、サイトと出会うことも出来たのだから。















■■■   side:ルイズ   ■■■




 私はここしばらく授業を休み、部屋に閉じこもってひたすら詔の作成を行っていた。それでも一応食事を摂るようにはしてるし、入浴しに一階へ降りることもある。

 周りの話を聞く限りだと、サイト達はどっかに出かけたらしい。

 しばらく借りていくと言っていたし、どこかに行くのだろうとは思っていたから驚かなかったけど、どうやらキュルケやギーシュは部屋には置手紙を残したようで、しかも“一獲千金を狙ってきます。イエーイ!”なんて内容だったらしい。

 それを知った教師の大半は怒り狂ったようだけど、間違いなくそうするなるに書いたのだろう。


 けど、実際は学院長の許可をもらってるはず、キュルケはアルビオンから戻ってきた後、頼みを一つ聞いてくれるように学院長に要求していたから。


 ………そういえば、いつの間にかあいつを心の中ではキュルケと呼んでるわね、私。

 昼食の後、たまたま出くわしたモンモランシーにサイトたち(というよりギーシュ)がどこへ行ったか知ってるかと思い尋ねてみると。


 『宝探しだって、発見できたら私に宝石を贈るだなんて言ってたけど、望み薄ね』

 という答えが返ってきた。

 だけど、そうは言いながらもモンモランシーの表情は微妙に嬉しそうだった。ギーシュのことを憎からず思ってるのは確かみたい。



 ま、あいつらが出かけていたとしても私の今の状況に変化があるわけじゃない。

 私は何としても詔を完成させなければならない。トリステインの威信がかかっているともいえるし、姫様からの信頼の証なのだから。


 そうして今日も夜になり、メイドが掃除しに定期的に部屋を訪れる(自分でやるなんてそもそも考えてない)、いつもと変わらない一日が終りに近づく。

 私は机に向かって詔の作成を進めながらも、別のことを考えていた。

 いや、完全に別のことともいえなかった。


 「なぜかしらね………」

 自然と言葉が漏れる。考えても考えても、なかなか答えは出ない。


 「もう、詔は8割方完成しているはず。出来てる部分は何度も見直したし、残りの部分は結婚式の決まり文句だけだから考えることなんてほとんどない。こんなに焦らなくても十分間に合うはずなのに……」

 なぜ、私はこんなに必死なのだろう? 焦ることなんてないはずなのに。

 何か忘れてる事でもあるのか、王族の結婚式用に何か特別な様式でもあっただろうか?

 そういったことを色々考えてはみるけど、どれもなかった。


 そもそも、私はルイズ・ヴァリエール。トリステイン最大の封建貴族の三女だ。こういった儀式の手順なんか子供の頃から叩き込まれてるし、何度も出席してきたこと、今更忘れるはずもない。

 慣れてる故の見落としというのもあるかもしれないけれど、ここまで確認してそれもないだろう。


 「ほんと、何でだろ」

 ここまで答えが出ないと、嫌になってくる。

 けど、気分を切り替えるために授業に出たり、他のことをしようとする気持ちも起きない。そんな暇があるならばもう一度見直して、少しでも良い詔に出来ないかと机に向かってしまう。

 何なのかしら、この違和感。

 まるで、心と身体がちぐはぐになっているみたい。


 「それに、サイトのことも」

 一人になって考えてみても、結論はやはり出ない。

 いなくなってみると困るということはよくわかった、主に掃除とかその辺で。

 また、最近の私の話相手の大半はサイトだったという事実も知ることになって、なにかこう、物足りなさを感じているのも事実。


 だけど、絶対に必要かと思うと、そうでもない。


 「いえ、そうしたくないだけなのかしら?」

 だって、絶対に必要な存在にしてしまったら、その人の期待に応えられなかった時………




『大丈夫よルイズ、貴女ならきっと出来るわ。自信を持って、●●●●●●●貴女が出来ないわけはないわ』





 「…………何?」

 今、私は何か考えたかしら?


 「気のせいよね」

 多分そう、きっとそう、そのはず。

 気を取り直して作業を再開させようと思って祈祷書に目を落とすと。

 そこにはなんらかの文章が、古代ルーン文字らしき文字で綴られていた。


「……えっ?」

 長くつむっていたことで若干ぼやけていた目を力強く擦り、もう一度『祈祷書』をまじまじと見つめた。

 そこにはそれまで………となんら変わること無く、ただ色褪せた羊皮紙があるだけだった。


「……疲れてるのかしらね。まさか、幻覚なんか見ることになるなんて」

 やっぱり、閉じこもっているというのは精神的に良くないのかもしれないわ。

 なんて思っていると。

 コン、コン


 いつもとは違う、ノックが部屋にこだました。何かあったのかと思い、ドアが開いていることを告げると、はたして扉は開かれた。


「失礼するよ、ミス・ヴァリエール」

 あわせて聞こえた、聞き覚えのあるその声に、私は驚く。


 「オールド・オスマン!」

 開けられた扉の先には、トリステイン魔法学院の学院長、オールド・オスマンがそこにいた。




■■■   side:オスマン   ■■■




 「体の具合はどうじゃね?」

 ミス・ヴァリエールがしばらく授業を休んでおるというのはミス・マチルダから聞いてしっておるが。

 「……ご心配おかけして申し訳ありません、オールド・オスマン。別段、たいしたことはありません。ちょっと、根を詰め過ぎただけというか……」

 ふむ、授業を休んで詔の作成に集中しておったか、これは危惧していたように、少し危ういかもしれぬな。


 「きみが随分と長く休んでいると、耳にしたものでな。ちと心配になったが……、うむ、顔色は悪くないようで何よりじゃな」

 わしが椅子を引き出して腰掛けると、相槌を入れたミス・ヴァリエールも、対面の椅子を引き出し腰掛けた。


 「詔はできたかの?」

 この質問に、ミス・ヴァリエールの表情が強張る。


 「………ほぼ出来てはいます。残るのは結婚式なら共通して述べる部分だけですから後三日もかからないと思っています」

 「ふむ、学年首席の称号は伊達ではないようじゃのう、流石じゃ、ミス・ヴァリエール」

 そう言われて、彼女が書いた詔に目を通す。ほう、実にしっかり書かれておる。彼女の勤勉さは知ってはいたが、まさかこの短期間でここまで仕上げるとは。いやはや、やはりたいした少女じゃ。


 「はい、ありがとうございます。オールド・オスマン」

 しかし、彼女の表情が優れないのはいかなることか、自分に課せられた責務を十全に全うしておるというのに。


 「のう、ミス・ヴァリエール」

 「はい?」

 「何か悩み、いや、苦悩と言うべきかもしれんな、重いものを抱えておるのかな?」

 「それは………」

 口ごもるか。まあ、そう簡単に話せることではない。

 わしも教職をけっこう長くやってきておる故、この時期の少年少女の精神が酷く不安定であるということは熟知している。

 ミス・ツェルプストーのように成熟しておるのは稀じゃ、大抵はまだまだ幼さを残しておるものなのだが。彼女はおそらくゲルマニアでも特別だったのじゃろう。


 「何事も一人で抱え込むのはよくないことじゃ。とはいえ、近しい者、普段接する者に話すのが憚られることも往々にしてある。ならばこそ、滅多に会う機会もない他人に話してみるのも、時には良い効果を生むものじゃ。知られたところで、関わることはないのだから」

 これも、経験則というものじゃろうか。

 自分に近しいものだからこそ話せぬことはよくある。愛する者であるが故に、自分の影の部分を知られたくないと思うのは当然のこと。

 そういった誰でも持ち得る影の部分も含めて本当に理解し合えたとき、人はつがいとなる。異性ならば夫婦に、同性ならば親友に。まあ、人は千差万別故に特殊なケースはいくらでもあるがの。


 ミス・ツェルプストーとミス・タバサ、いや、ミス・オルレアンはそういった意味で真の親友と言えるのじゃろう。

 もっとも、ヴァランス公から聞いた部分が大きいので、わし自身が判断したとは言えぬが。



 「話しても………いいんでしょうか?」


 「わしのような老いぼれが、なおも生きておることに価値があるとするならば、老い先短い故に話しやすいということではなかろうかな? 君の将来が輝く頃にはわしはあの世へ旅立っておろう」

 この言葉を10年近く前の学院生にも話したことがあるのであまり説得力はないが。


 「では………聞いて下さいますか?」

 「聞こう、これも教師の務めというものじゃ」


 そして、彼女は話しだす。今現在自分が思い悩んでいる事柄を。

 しかし、これはわし自身にとっても聞いておく必要があること。今わしが持つ情報をこの段階で彼女に話すべきか否か、その判断は未だについていない。

 この話から、それを決断できる何かが見つかればよいのだが。








 「なるほど、自分がなぜそれほど必死なのか、それが君自身わからないということか」

 「はい」


 彼女が話し終え、わしもしばし考え込む。

 普通に考えれば他人に判断できるものではなく、彼女自身が答えを見つけるしかないように思える。

 しかし、この場合に限って、それはかえって危険を招くのではないだろうか?

 わしが懸念しておることが現実ならば、彼女はむしろ多くの人間と言葉を交わし、対等に付き合うべきじゃろう。もし、自分だけの完全な世界を構築してしまえば、それは恐ろしい方向に向かいかねん。


 わしの古い友人の中にも、このトリステインを守らねばならないという信念にとりつかれ、道を誤って転落していった者がいる。

 彼は自分の望みに縛られ、道を極端に狭めてしまった。目的のために、前提となるべきもの、民の命を軽んじた。


 国を守るために、民の意思をないがしろにするという矛盾に気付かず、暴走し、最後は復讐者に殺された。

 皮肉にも、自分がいなければこの国は終わると信じていた者は、切り捨てた者の亡霊に殺され、それによりトリステインは安定した。


 彼が行おうとした改革はあまりにも理想的に過ぎ、社会の実情にそぐわなかった。彼の部下達の中ですら、ついていけないと考える者が出始めていた。

 それを強行するだけの実力もまた不足しており、大貴族を懐柔するため違法行為にまで手を染めた。

 そのしばらく後に即位したフィリップ三世のように強力な武力を備えていたのならば、また違った結果もあったのかもしれんが、彼には国家の要職にこそいたものの、固有の武力を持たない下級貴族の出身であった。

 封建貴族ではあったものの、子爵では武力を持つとはいえない。大貴族達の意思を曲げるには権威だけでは弱いのだ。

 そして、最後は全てに見放された。たった一人の平民が国家の重鎮を暗殺出来る筈もなく、彼はただ切り捨てられたのだ。


 そして、わしもまた彼を見限った。彼は生きている限り救われないのだと悟ってしまった。

 純粋な理想に燃えていた者が、その純粋さ故に惨めに死んだ。


 あの時ほど、やりきれなかったことはない。

 あれほどの才能に溢れ、若い頃は純粋に人を愛していた。誰よりも祖国の安寧を願っておったというのに。


 「わし個人の意見になるが、そういったこともあるかもしれない、程度で聞いてくれんかの」


 「はい」

 ここからは慎重に言葉を選ばねば。


 「まずじゃが、それはそう難しいはないではなく、実に単純なことなのではないかな?」

 「単純?」

 「そう、単純な話じゃ、それを難しく考えてしまうから却って答えが見えぬのではないかと、わしは思うよ」

 このことに限るならば、実に簡単な答え。


 「君は、姫殿下をとても大切な友人だと思っておるのじゃろう?」

 「はい、勿論です」

 一切の揺らぎなく答えた。彼女にとってアンリエッタ姫殿下はまさに親友なのじゃろう。


 「ならば答えは簡単。誰よりも大切な親友の頼みであるから、その信頼に応えたい。だから全力を尽くしておる。それだけの話ではないかな?」

 他にも様々な要因が絡んでおるのは間違いないが、骨子となるのはそこじゃろう。なぜそこまで強く思うかということはまた別の問題。


 「あ」

 一瞬呆けるミス・ヴァリエール。

 彼女自身、なぜそのことに気付かなかったのか、いや、なぜ自分が必死であることに疑問を持ったのか。


 「そういえばそうです。そうでした、何でこんな簡単なことに気付かなかったんでしょう」

 恥ずかしそうに顔を伏せる。


 「誰しも期待されればそれに応えようと必死になるものじゃ、それが親友からならばなおのこと。別に不思議な事でも何でもない、実に人間らしいことじゃ」

 そう、それは普通のこと。

 しかし、おそらく彼女はその前提の部分が普通ではない。


 「そうですね、姫様は私を信じて巫女に指名してくれたんですから、その期待には応えたい。そう、絶対に失敗はしません、私の誇りにかけて」

 「だが、決して忘れてはいかんよ。あくまで、君自身がそうしたいから頑張っておることを、君自身が姫殿下を大切に思っておるからこそ、懸命に取り組むのだと。そこを履きちがえてはならん、そこを間違えると悪循環に陥ることがよくあるのじゃ」


 「はい、心しておきます」

 とりあえず、この話題についてはここまでか、下手に踏み込むと危険な予感がする。


 「ところで、ミス・ヴァリエール。実は非常に重大な話がある」

 さあ、ここからが正念場じゃな。


 「何でしょう?」

 目の前の少女も、雰囲気を悟ったか、表情に若干の恐怖を浮かべながらも訊ねてくる。


 「君の魔法に関することなのじゃが、その正体が明らかになったかもしれん」


 「本当ですか!!」

 彼女は表情を変え、思わず立ち上がる。やはりこの件はずっと彼女の心のしこりじゃったか。


 「まあ落ち着きなさい、わしは別に逃げたりせんよ」


 「す、すみません、興奮しました」

 頭を下げながら席に着く。まあ慌てても無理からんことではあろう。


 「大体の確信はある。そして、状況から考えれば間違いはないじゃろう。しかし、その事実はあまりにも重いものじゃ、故に、事前の覚悟が必要であると思い、こうして来たわけじゃが」

 ここであえてわしは尋ねる。


 「これを聞くことで、君の中で何かが変わる。それは、とても恐ろしい結果をもたらすかもしれん。それでも、君は聞きたいかな?」

 無意味な問いではあろう。しかし、聞いておかねばならん。

 自分で選んだという事実は、人の拠り所になりうる。支えるものが多いにこしたことはない。

 それほど、彼女が背負うものは重い。


 「はい」

 しっかりと、意思を込めて、彼女は答えた。目にも覚悟が伺える。


 「よろしい、ではまず尋ねるが、“始祖の祈祷書”を読んでいて、何か奇妙なことが起こりはしなかったかの?」

 恐らく、何らかの出来事があったのではないかと予測されるが。


 「そう言えば………」

 「あったのかね?」

 「あ、いえ、私の気のせいかもしれないんですが、何か、古代ルーン文字のようなものが見えたことがあって……」

 「それは、始祖の時代の文字と呼ばれるものかな?」

 ふむ、予想通りか。


 「はい、私達が現在使っているルーン文字の原型になったといわれているものでした」

 ほう、流石に博識じゃ。


 「なるほど、これで確信が持てた」

 最早間違いはあるまい。


 「あの……どういうことでしょうか?」


 「うむ、君が魔法を使えんという事実が気になってな、わしも独自に調べてみたのじゃ。君はヴァリエール公爵家の三女であり、母はあの“烈風カリン”殿、血統的に考えれば魔法を使えんということはあり得ぬ。そして、使えないわけではない、爆発という形ではあるが魔力の発動はしておるのじゃから」

 つまり、それは系統魔法でないという疑問が生じた。とはいえ、メイジに先住魔法は使えん。


 「まずはここの図書館、特に生徒が立ち入り禁止の区域などで調べてみたが、これといったものはなかった。そこで、王宮の資料庫を漁ってみたのじゃ」

 「どうやってですか?」

 ま、当然の疑問じゃな。


 「結婚式関連の手続きで王宮に用事があったのでな、留守はミス・マチルダに任せしばらくトリスタニアに出向いておった。アンリエッタ姫殿下が結婚されるに際し、歴代の王族の結婚の記録や、血縁関係などをもう一度調べ、万が一の間違いがないようにしたいだの、まあ、色々な理屈を並べたて、王族に関する資料を調べる権限をもぎ取った。相手は頭の固い役人じゃ、この程度は朝飯前じゃよ。ふぉふぉふぉ」

 王族の歴史や身の回りに関することには専門の役職があるが、なまじ6000年もの伝統を誇るだけに前例に倣うしか能がない。

 臨機応変という言葉をどこかに置いてきたような部署、ある意味トリステインの象徴ともいえるが。


 「は、はあ」

 「ま、そういうわけで、様々な資料を漁った。するとじゃ、歴代の王族の中に、君のように魔法が使えなかった者が何名か存在していることが確認された」


 「ほ、本当ですか!!?」


 「爆発していたかどうかまでは書かれていなかったが、どうも、王家の血を色濃く引く者の中には、まれにそういった者が生まれる傾向があるらしい。王家の血とは言わずもがな、始祖ブリミルの直系じゃ」

 ここまで言えば、聡明な彼女ならば気がつくはず。


 「まさか………」


 「うむ、そして、君の使い魔は始祖の使い魔“ガンダールヴ”。それを従えるメイジが“始祖の祈祷書”から始祖の時代の古代ルーン文字を確認した。これは決して偶然ではあるまい」

 そして、その者が系統魔法を使えないとあらば、答えは一つしかない。


 「つまり、君の属性とは、ペンタゴンの最後の一つである。という結論になる」


 「それって………“虚無”ですか」

 驚きを通り越して戦慄したような表情で呟く。こころなしか肩が少し揺れている。


 「うむ、かの『レコンキスタ』のオリヴァー・クロムウェルも“虚無”を扱うという噂を聞く。ひょっとしたら、君だけではないのかもしれん。アルビオン王家もまた始祖の直系であり、かの男はそこから何かを探り出した可能性もある。ことによれば、そのためにアルビオン王家を滅ぼしたのか」


 つまり、これは個人だけに帰する問題ではない。

 国際関係どころか、ハルケギニア全体に関わる重大事。ブリミル教世界であるハルケギニアにおいて“虚無”とはそれだけ重大な意味を持つ。


 「私が……“虚無”を扱える?」


 「恐らくは、しかし、未だに謎が多すぎる。どうやれば“虚無”が目覚めるのかは未知数、どのようなものなのかもわからぬ。じゃが、警戒しておくにこしたことはなく、何かが起こり得るという覚悟は持っておくべきじゃろう。どのような災害であろうとも、備えがあれば憂いは避けられる」


 「そういえば、ワルドは私の才能がどうとか言っていた。あれは………」

 むう、既に彼女に目をつけている者がおるのか。


 「その者は?」

 「『レコンキスタ』への裏切り者、ワルド子爵です。ひょっとしたら、クロムウェルの命令を受けて動いていたのかもしれません」

 「なるほど、あり得ることじゃ。その君が巫女である以上、干渉してくる可能性は高い。わしのほうでもマザリーニ枢機卿に連絡しておくこととする。もっとも、“虚無”がなくとも君はヴァリエールの三女であり、その立場は非常に重要、すでに謀略への対策は練られておると思われるが」


 わしは立ち上がる。今は彼女にも心を整理する時間が必要じゃろう。


 「結婚式に関することは後日確認するとしよう。それと、言うまでもないが、“虚無”のことは他言無用。しかし、君が信頼でき、話すに足ると思える人物には隠さず話した方が良い。信頼できる者に隠し事をするというのは重荷にしかならぬからの」

 先行きが不明なればこそ、信頼でき女はまだ、一人で全てに立ち向かえるほど強くはないであろうから。


 「それでは、失礼するよミス・ヴァリエール。君は決して一人ではない、多くの友がいる、君のことを気にかける者がいる、ということを決して忘れんようにな」


 わしは、彼女の部屋を後にする。





 後にして思えば、これはまだまだ始まりに過ぎなかった。

 ミス・マチルダ、ミス・オルレアン、そして、コルベール君。

 彼女に近しい者達はそれぞれ“虚無”と深い関わりを持っており、彼女は国家間の争いに巻き込まれていく。

 そしてそれは彼女だけではなく、ハルケギニア全体、ひいてはサハラのエルフをも含めた時代のうねりへと変化していく。


 しかし、ただ一人、とある青年だけは、そのようなものは知らぬとばかりに自由気ままに動いていたらしいが。






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 あとがき

 外伝ももうすぐ30話というところにきました。おかしい・・・20話くらいで終わる筈だったのに・・・

 本当なら1話目の時に言っておくことで、すごい今更なんですが、この外伝のコンセプトなんかを少々。

 この話は本編の1~16話くらいまでの内容の詳細で、主演の2人、ルイズと才人が本格的に”主役”を張るまで成長するまでの話です。それまでは表舞台にいるのはレコンキスタの連中ですので、彼らは主演ではありますが、まだ舞台袖での練習段階ですね。本編でやろうとも思ったんですが、それだとプロット段階で20話以上かかると想定されたので、物語のテンポを考えて割愛しました。だから本編ではほとんどガリア組視点で書かれてます。でも、2人とその周囲がどうやって成長していくかの構想はあったので、本編終了後にでも書こうかな、と思って今実行してます。本編ではすごい急激に成長して(特にルイズ)違和感を覚えた方も多かったのでは、と思います。だから結構段階踏んで成長したんですよ、というのが1つと、おおきな山場であるアルビオン戦役の序盤を詳しく書きたかった、という未練の2つでこの外伝は成り立ってます。

 もう完結した話の穴埋めみたいなものなので、私的にもすごいのんびり書いてます。原作新刊の情報なんかも取り入れながら。

今回のオールドオスマンは、灰色の魔法使いや隠棲した老ジェダイをイメージしてます。ゼロ魔にもイスタリが居たら面白そう。

 ゼロ魔のエルフは指輪の闇のエルフのイメージとのことですが、ヴァンヤールやノルドール、テレリなどの光のエルフたちは居るんだろうか、いたら凄そう。(私の稚作の中では勝手に居ることにしてますが、西じゃなくて東に)



[14347] 3章外伝 ルイズの夏期休暇
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/12/04 20:37
 この話は3章の10話~12話の間の話です。



 私の今までとは違う夏期休暇が始まった。

 原因を作ったのは、最近サイトと仲がいいタバサの保護者を名乗る男。記憶はないけど、私が事故で例の薬を飲んでしまい、精神に異常をきたしたときに治療してくれた相手らしい。

 ……アレは私のなかで永遠の黒歴史になるであろうから思い出したくないけど。

 初めて会ったときの印象は、掴み所がない男、といった感じだった。今もあの男が何者で、どんな思惑で私にこういう仕事をさせているかは分からない。

 今私がやっていること――トリステイン中に散らばってる、ガリアの情報機関―北花壇騎士団というらしい―のメッセンジャー、シ

ーカーと呼ばれる情報提供者から集まる情報を整理、吟味し、内容の正確性と有用性を確実にする作業。

 私はガリアの情報機関がトリステインにあることに驚いた。私とて貴族の娘。それも、トリステイン一の大貴族ヴァリエールの娘だ。母さまや姉さまの教育は半端ではない。だから他国の情報を集める組織があることは理解できる。

 けど、それはあくまで王宮や王都の周囲に限ったことだと思っていた。私の感覚では、王族と貴族に目を向ければいいのだと、そういう価値観で考えていたけれど、ガリアは末端の農村にいたるまでの情報網を構築していた。

 私はそのことに大きな衝撃を受けた。『国というものは民によって支えられている。民の顔を見れば、その国の状態がわかる』と、以前父さまから教わったことがあるが、私は、そのことをちゃんと理解してなかったようだ。

 その事実で、、私は国は王族貴族のみで支えられている、と思っていたことに気づかされた。

 他国にここまで広範囲で、しかも緻密な情報網を作られていたことに、トリステイン貴族としてガリアへの怒りはあったが、それ以上にそれに気づかなかった自国の情けなさに憤った。ガリアと比較するとトリステインの現状は良いとは言えないような気がする。

 そして、ガリアの機関で私が働くことは、国を裏切ることになるのではないか、とも思い、ハインツにそのことを言ってみると。

 
 「大丈夫だ。ここで集まった情報は、ガリア外務省を通してトリステイン首脳部にも届くシステムになっている。まあ、すべてを渡すわけじゃないが、トリステインにとっても有益な情報は渡すようにしている」

 という答えが返ってきた。深く考えればそれだけではないだろうけど、気にしないことにした。

 
 だから、私はあまり背後関係は気にせずに、自分に課された役割を果たそう、と決めた。姫様の命は情報の収集だから、それが正確であれば問題ないはず。多分。

 



 そうして一週間ほどが過ぎて、私もこの仕事に慣れてきた。

 はっきりいって面白い。そして私に合っている。

 もともと、両親や姉さまから魔法以外のことは勉強していたし、もともと私にとって勉強は嫌いなことではなく、楽しいことだった。姫様は嫌ってたけど。

 私は魔法が使えなかった。だから、何とか使えるようになろうと躍起になった。そのために図書館に篭り、さまざまな学術書や指南書の調べ、その内容を整理して、複数の著書で記されていることは重要なこととして優先的に実践してきた。

 その全てがダメだったけど、そうした情報の整理や順序だてた考え方は自己流で覚えたのだ。けど、魔法が使えないことの焦りから感情的になることが多い私は、そうしたところを発揮することは少なかった。

 だから、それこそが重要なんだ、と言われてやってみると、自分でも驚くほどに仕事に慣れるのが早かった。しかも楽しい。

 私にここのノウハウを教えてくれたクリスは、目を丸くして『覚えるのが早すぎます』と言っていたくらいだ。

 そして、私は今、そのクリスとお茶を飲みながら休憩している。


 「お疲れ様ですルイズさん。お代わりはいかがですか?」

 
 「ええ、もらおうかしら」

 
 「はい、ちょっと待ってくださいね」

 クリスは、本当はクリスティーヌって言う名前だけど、長いからクリスって呼んでくださいね、って言われたのでそうしてる。今年で27歳というけどそうは見えない。せいぜい20歳かそこらだろう。 けど物腰や口調からは、大人の女性らしい落ち着きを感じさせる。

 ふと思ったけど、私ってこういうタイプに弱い。なんとなく強く出れないし、一緒にいるとすごく落ち着いた気分になる。これは間違いなく、ちい姉さまの存在が私にとって、とても大きなものだからだと思う。

 クリスもちい姉さまと似た雰囲気があるから、この場所に早く馴染めたのは、クリスのおかげだろう。教えてくれたのが彼女以外、特に偉そうな男だったりしたら、私は反発して飛び出してたかもしれない。

 そういう自分の欠点は分かってるんだけどな。

 なんて思ってるとクリスがお茶のお代わりを持ってきた。わざわざ暖め直してくれたようで、そういう気配りは素直に感心してしまう。

 
 「それにしても、ルイズさんは本当にすごいですね。私がここの仕事に慣れたのは2ヶ月くらい経ってからなんですよ。さすが学年主席は伊達じゃない、って感じでしょうか」

  
 「こ、これでもまだまだ手探りよ。あんまりおだてても何もでないからね」

 ちょっと気恥ずかしいけどうれしい、ここの人たちは皆、私を「公爵家の三女」でも「虚無の担い手」でもない「個人としての私」をほめてくれる。今までそれをしてくれていたのは、ちい姉さまだけだった。

 『よく勉強してるよね』

 『いい着眼点ですね』

 『あ、それ気がつかなかった。すげえなお前』

 『いやいや、本当にお若いのにたいしたものだ』

 そうした賛辞はこそばゆいけど、私は凄くうれしかった。口では「あ、当たり前よこんなこと」なんていったけど、私は今までの努力が認められたようで、口元に笑みが浮かぶのを堪えることはできない。

 虚無の力で褒められた時はこんな気持ちにならなかった。あの時は自分でも信じられない気持が強かったけど、今は気恥ずかしい気持ちが強い。


 そうしてクリスと話をしているうちに、クリス自身の話になった。クリスは確かガリアの子爵家の三女だったはず。


 「三女同士仲良くしましょうね♪」

 と言ってたのを覚えてる。そのあと「家格はこの際無視する方向で」と舌を出して可愛らしく言っていたっけ。

 クリスは自分の体のことを話し始めた。


 「私は小さい頃から体が弱かったんです。今もそんなに丈夫じゃないですけどね」

 確かに華奢で小柄なクリスはそういうイメージがある。

 「だから、小さい頃はベッドにいる事が多かったんです。姉さまはとても活発で、凛々しい人なので、私は姉さまみたいになれない体が嫌で、コンプレックスを持ってました」

 なんとなく私に似てるな、と思う。私は魔法が使えないことがコンプレックスだった。

 「それでいつも本ばっかり読んでたんです。やる事が無いから読んでいたんですけど、そのうちに本を読む事が好きになってました。勉強が嫌いな姉さまが、私に『教えてくれ』と言ってきたときは凄い驚いたし、そしてうれしかったのを覚えてます」

 その気持ちは分かる。今の私と似てるし、何より、自分よりずっと凄い人だと思ってた人から頼られたんだから。私も何かでエレオネーレ姉さまに頼られたり、ちい姉さまの役に立てたらどんなに嬉しいだろう。 

 「それから、私はメイジの力も強くないですし、27歳独身の今でもラインのままなんですよ~」

 独身なのは関係無いと思うんだけど。

 「だから、小さい頃の夢は学者でした。色んな知識をつけて、誰も知らないことを見つけたいなって思ったんです。そして! それは今も変わってないんですよ♪」

 可愛らしい笑顔のクリスを見てると、同年代と話す感覚になってくる。

 「私がここ(北花壇騎士団)に入ったのも、その夢をかなえる為の一歩なんです。ここで働いて、お金をためて、そうして世界中の遺跡なんかを調べて見たいんですよ」

 
 「考古学者を目指してるの?」


 「はい、私は特に歴史書に興味があったんです。その中で書かれていること以外にも、まだ知られて無い事がいっぱいあるに違いない。って子供の頃から思ってました。成人してからようやく体も少しずつ良くなってきたし、リュウさんも色々手を尽くしてくれたの
で、自分の夢を叶えようって、そう決めたんです」


 「リュウさん?」

 恋人かしら?

 
 「え、ああ、ごめんなさい。誰か分かりませんよね、リュウさんは姉さまの旦那様です。水のトライアングルで、しかも高名な薬師様のお弟子さんでもあるので、私の体のことですごく力になってくれました」

 ちいねえさまの体も治ればいいけど、もう散々手は尽くしてる。悔しいな。


 「それで、私は現在考古学者への道を邁進中です。ここでの仕事は、遺跡なんかの情報も入ってきますからね、私にとってはとっても都合がいいんです。支部長はやさしいですし」

 ここの支部長のオクターブは、元教会の神父とかで、とても物腰がやわらかく、ちょっと顔が怖いけど穏やかな性格だ。クリスとの相性はピッタリで、2人が揃うと、何というか空気が緩やかになる気がする。

 「まだまだ、私の青春は終わりませんよ! なんせ私が人並みに動けるようになったのは20過ぎですから、それまではベッドの上で灰色の青春を送っていた――いや、始っても無かったんです。だから私は今が青春ど真ん中なんです♪」

 そういって明るく笑うクリスだけど、きっとそれまでにさまざまな葛藤や迷いがあったんだろうと思う。私もずっと周りから嘲られてきたから、なんとなく分かる。私は魔法のことで、クリスは体のことで、互いに満足のない日々を送ってたんだから。

 でも、クリスは夢を持っていた。そして子供の頃からのそれに向かって歩き出してる。そんな彼女が眩しい。

 私はどうだろうか。私は何かしたい事があるだろうか、夢や目標とするものがあるだろうか。

 魔法が使いたい、って思ってた。誰よりも強く望んでいた。でも、その後は? 私は魔法を使ってやりたい事があったのだろうか、ただ盲目的に求めていたけど、明確な形となるものは思いつかない。

 だから、虚無を使えるようになっても、戸惑う気持ちが強かった。自分でも信じれられない感覚があったから、実感を持とうとしてたし、そのことを周囲に認められたい気もちも強かった。

 「どうしました? ルイズさん。何か難しい顔してますよ」

 
 「え、あ、ううん、なんでもないわ。ただ、その、何ていうか、貴女はすごいなって思ったの」

  
 「私が、ですか?」


 「うん、私は貴女のように、はっきりとした目的が無いんじゃないかって思ったのよ」


 「うーん、でもルイズさんはまだまだこれからですよ。私だってルイズさんの年齢の頃は、夢と言っても漠然としたものでしたし、確固たる目標としたのは20歳過ぎてからです。だから、ルイズさんはこれからなんですよ」

 「そ、そうかしら」


 「そうです♪ 人生の先輩が保障しちゃいますよ。焦ることなんか無いですし、そういうことは決めなきゃいけないってわけじゃないですから」


 「そう…ね。うん、ゆっくり探してみるわ。私のやりたいこと」


 「はい。がんばってください、って言うのもなんか変ですね」


 「ふふっ」

 そうして笑いあう私たち。

 だけど私は自分の中で何かが変わってきてるのを感じていた。










 「おやおや、随分と根を詰めてらっしゃいますね。少しお休みにならないと、体に良くありませんよ。まして、貴女はお若いのだから、美容にも気をつけないと。睡眠不足はお肌の天敵です」

 クリスと話をした数日後、私が夜遅くまで仕事をしていると、オクターブが話しかけてきた。

 彼は実際より老けて見える、と言うより言動がやけに年寄りくさいのだ。今私に言ったことも、30半ばの男の台詞ではない気がする。

 「平気よ。それに、皆もがんばってるんだから、司令官の私がのんびり休むなんてできないわよ」

 サイト達も、トリステインの各地を飛び回ってるんだから、これくらいで音を上げるわけにはいかない。

  
 「ふむ、頑張るのはとても好い事ですが、それがために体を壊してしまっては本末転倒でしょう。貴女の友人とて、不眠不休というわけではないでしょうし、ここは私の顔をたてていただけませんか」

 そう返されたら休まないと突っ張ることは出来ない。そういう言い方をされて断れば、私が聞き分けの無い駄々っ子みたいになるじゃない。それを見越してるのなら、この笑顔の奥の本性はわりと悪党だ。


 「しかし実際、貴女の友人たちには感謝の気持ちが絶えません。無論貴女にもね。ここには実行者たるフェンサーは居ないので、有事に即座に対応が出来ない。貴女のご友人たちは、文字通り飛び回ってくだされているので、多くの問題が解決できている」

 そう、特にタバサとサイトは風竜のシルフィードに乗ってるから、移動が速い。野党や幻獣などが町や村を襲った時も、いち早く現場に到着できる。

 そしてこうした問題――野党や山賊の跋扈――は、私を悩ませる原因なのだ。

「本部に報告を送ってからでは手遅れの場合もありますからね、いちトリステイン人として喜ばしい限りです」

   
 「そうね、皆強いもの、たいていの事なら一発だわ…」

 それでも、そういう問題は、大小共にわりと頻繁に起こっている。そして、国やその土地の貴族は対応が遅い、全くしない素振りの貴族まで居る。そんな事が報告書から読み取れる。

 
 「ふむ、なにかお悩みのようですね。良ければ聞かせていただけませんか?」

 顔に出てたのか、オクターブが心配そうにそう尋ねる。


 「別に、悩みって程じゃないんだけど、この国の貴族についてちょっと考えてたのよ」

 私が知っている――いや、知ってるつもりだった貴族はそんな事はしていない筈だった。貴族とはその領民を守り、どんなことにも立ち向かうもの。そう、父様も母様も言っていたのに、突きつけられた現実は違う。

 ほとんどの貴族が領民の現状を理解してないし、領民の嘆願には適当に対応し、あまつさえ無視している。厄介な問題は、王都に知られないようにしながらも、切羽詰ったことになるまで何もしない。そしてどうにもならなくなったら、家臣の誰かに責任を押し付け
て逃げる。

 それが、メッセンジャーやシーカーからの報告でわかる。

 この報告書は、事務的な文面で、書いた人間の感情は反映されていない。報告書は客観的にし、主観や私見はわずかにのせる、というのが本部からの指示らしい。

 もし、面と向かってそうしたことを指摘されれば、私は食って掛かって反論してただろう。そんなのはごく一部だ、とかいって相手の言い分に耳を貸さずに、持論を押し通したに違いない。

 私って意固地だから。分かってるんだけどな、そういうところは。でも誰かの前だと素直になれない、誰かのいうことを聞くのは、負けたことになる、とか思ってしまう。こうして、一人になってゆっくり考える時間が出来てからは、そんな自分の欠点のことも考え
るようになった。

 でも、散文的に書かれた文章だと、それが事実だと受け入れられる。それがいくつもの異なる地区から出てれば、特殊論は通じない、それは一般論だ。

 そして、報告書の中で、そうした貴族はオーク鬼よりタチが悪いとされていた。オーク鬼は退治できるけど、貴族は退治できないか

ら。多くの平民たちにとって貴族がオーク鬼より厄介だと思われてることは、私にとって大きなショックだった。

 だって、貴族は平民を守ってるものだと思ってたから。その貴族を平民は感謝してると思ってたから。

 でもそれは、箱庭の中での価値観しか知らない世間知らずだったからだ、今はそれが分かる。誰かにそう指摘されてたのなら、真っ赤になって癇癪を起こしてたかもしれないけど、他ならぬ私自身がそう気づいた。


 「貴族のこと、ですか。公爵家の令嬢である貴女の前でなんですが、お世辞にも今の貴族の方々の多くが、品行方正であるとは言えませんからね」


 「貴方もそう思うの?」


 「貴方も、とういことはルイズさんもそう思われていたのですか。いやいや、貴女は本当に聡明な方だ、副団長が貴女をこの仕事に薦めたのもよく分かりますよ」


 「な、なによ、そんな対したこと言ってないじゃない」

 急に褒められるとうまく切り返せないのよ! でも、きっと心構えをしっかりすれば冷静に返せるように成れる…と思う。


 「そんなことはありませんよ。表現が悪いとは思いますが、蝶よ花よと育てられた貴族の令嬢が、急にこうした仕事を振られたのに、よどみなく処理できている。これはあなた自身が思っているより、ずっと大した事なのですよ」

 
 「そ、そうかしら。でも、ここの人たちは皆私より仕事が出来てるじゃない」

 
 「それは当然ですよ、私たちは貴女よりずっと慣れているし、そのために訓練期間もありました。考えてみてください、貴女の学院に、自分のようにこの仕事をこなせる方がいますか?」


 「……ミス・ロングビル」


 「彼女は学院長の秘書でしょう。この手の仕事はお手の物のはず(実際は彼女はフェンサーなのですが)、同じ学生で、貴女の知る限りでいらっしゃいますか?」


 「………」


 「ですから、貴女は自分を誇りなさい。貴女の年齢でこの仕事をこなせるのは、並大抵ではないのですよ。そしてそれは稀有の才能ではありますが、才能とは努力が無ければ決して実にならないものです。今の貴女があるのは、あなた自身の努力の賜物なのです。才
能と、不断の努力。それが貴女を現在の貴女たらしめたものだということに、堂々と胸を張るべきでしょう」


 「あ、ありがと」

 恥ずかしかった。顔が真っ赤になってるのが分かる。でもそれ以上に嬉しかった。

 そして何より、自分に自信がもてそうな気がする。虚無を得た時よりずっと。そうだ、今の私は私が努力して勉強したからあるんだ。

 
 「ああ、年を取ると説教くさくなっていけませんねえ。以前はシスターや子供たちに、今でもクリスにそう指摘されているので、分かっているつもりなのですが…」

 そういえば、彼はもと神父だったっけ。ふと疑問が浮かんだ。

 
 「ね、ねえ、一つ聞いてもいいかしら。どうして貴方はこの仕事をしようと思ったの?」

 クリスのは聞いたけど、きっと彼にも何らかの動機があるんだろうと思う。


 「そうですねえ、疑問に思ったから、でしょうか」

 
 「疑問に思った?」

 何に?

 
 「私は少年時代多くの人のお世話になりました。だから、自身も誰かの手助けが出来る人間になりたいと思い、神父になったのですが…」

 
 「なにか問題があったの?」


 「ええ、問題と言うか、限界ですね。救いを求めてくる人たちに手助けすることは出来ました。けれどそこまでです、私は強欲なのですよ、エゴイストなのです。救えるのならば、より多くを救いたい。教会で待っているより、自ら行動を起こしたいと思っていたと
ころに、どこから聞きつけたのか、副団長が勧誘に現れました」

 アイツのことはよく分からない。でも、神出鬼没だと言う事は分かった。

 でも、やっぱりこの人にはこの人の理想や信念があると言う事も分かった。それを持つのに色々な事があったんだろうと思う。

 そうしたものが私にはあるだろうか。

 「本当に、行動力の固まりの様な方ですよ。私には出来ませんがね、ああいう生き方は。私は歩くだけで精一杯です。常に全力疾走というのはとても…」


 「貴方にはそう見えるの? 常に全力疾走だって」


 「まあ、あくまで主観ですが、しかしあの方の様でなければ、激動化する時代を乗り切れないのかもしれませんね」


 「時代の激動化?」


 「今、ガリア本国では多くの改革が行われてますから。その流れがこの国にも広がっていくのではないかと思うのですよ」

  
 「じゃあ私たちも、その激流に流されないようにしなきゃダメなのね」


 「ええ、そうですよ。そのために頑張らないといけませんねぇ。しかし、とりあえず今夜はもうお休みなさい」

 話が一番最初に戻ったみたい。でも、ここは年長者の言うとおりにしようかな。

 
 「そうするわ。いろいろお話ありがとう」


 「いえいえ、若者の役に立てれば元聖職者として幸いです」


 そうして私は寝室に向かった。でも、今彼と話したことはベッドに入っても考えていた。

 この国の貴族のこと。ここの人たちの仕事に対する想いの事。変わっていくかもしれない時代のこと。






二日後、クリスがオクターブに一つの報告書を出した。


 「支部長、また吸血鬼に関する報告です」


 「またですか、それにしても変わった吸血鬼ですね」

 吸血鬼。それは私が来る前の報告からあったことで、一箇所を拠点とせずに、移動しながら獲物を襲っているという。

 吸血鬼の生態としては確かに変わっている。普通は一つの場所で、グールを作って正体がバレないようにするものなのに。

 
 「被害は既に3つの村に及んでますから、何らかの手を打っておいたほうがいいと思うのですけど…」

 
 「既にこの件は本部に送りましたが、返答や何かの動きはありませんね」


 「でも、放置すれば被害が拡大する可能性が高いですよね」

 そのクリスの言葉に、私も口を挟む。

 
 「それなら、サイトたちに頼んだほうがいいかもしれないわ、アイツらなら吸血鬼にも負けないだろうし」

 実際タバサは吸血鬼退治の経験があるとか。


 「そうして頂けるならありがたいですね」


 「お願いします! ルイズさん」

 そう言いながら手を合わせて頭を下げるクリス。


 「あ、あのねえ。実行部隊はアイツらだから私を拝んでもしょうがないでしょ」


 「でも、リーダーはルイズさんですから」

 リーダー、か。私がアイツらのリーダー、つまり責任者。吸血鬼は危険な相手だから、なるべく確実な情報を得ておきたい。サイトたちが死ぬようなことなんかにならないように。だってそんなのは絶対に嫌だもの。

 一緒に行動して無くても、アイツらのためになることは出来るんだから、私は私の最善をしよう。それはここに来て学んだことの一つ。

 状況を見て、それに対して自分がするべきことを考えること。ちょっと前までの私みたいに、闇雲に走ってはダメなんだから。

 ……そのことを客観視すればかなり恥ずかしいなぁ、サイトに対する態度なんか特に。


 「では、ご友人への連絡をお願います」

 オクターブがそう言った。けどその前に。


 「知らせる前に、この件をもっと検証したいけど、いいかしら? 相手の居場所とか、強さとか、予測できるならそうしたいから」


 「ええ、無論です」


 「私もお手伝いしたいですけど、ちょっと別件で手が離せないので、ゴメンなさい」


 「謝ること無いわよ。大丈夫、まかせなさい、私がしっかりとやってみせるから」

 ちょっと胸を張って言う。こういうのはやる気が肝心だと思うので。






 そうして、一連の吸血鬼被害を一から見てみると、ふと引っかかる事があったので、それも調べてみると、なにかとても嫌な予測が立ってしまった。

 私は急いでオクターブのいる事務室に向かう。


 「ち、ちょっといいかしら」

 走ったので少し息が切れてしまった。


 「どうしました、そんなに慌てて。もしや、何か吸血鬼以上に良くない事が分かったのですか?」


 「まだ、予測なんだけどそんな感じね」

 そうして私は説明する。


 「はじめて吸血鬼騒ぎの報告があったのは北のイムール村よね、そしてそこから東のサラン、ロコナと騒ぎが起こってる。これはつまり」


 「吸血鬼、もしくはそれに類するものは、徐々に東に向かってるということですね」


 「ええ、そして、このまま行くときっとゲルマニアの国境に辿り着くわ」


 「ふむ、そうすると国境を越えようとしているのでしょうか。そうすると、随分国家間の情勢に詳しい吸血鬼と言うことになりますね。ゲルマニアに行かれては、トリステインとしては手が出しづらい」


 「そうよ、いくら吸血鬼が知脳が高くたって、そういう発想をするものかしら? 私はしないと思うのよ」


 「たしかに、吸血鬼はもともと一箇所に根を張るものですから、移動して、しかも国境を越えて討伐を逃れようとは考えないはずです」


 「だから、これは吸血鬼の名を騙った何者かの仕業だってことよ」


 「とはいえ、何者か分からない以上、私たちが出来るのは、ロコナ村以東の町村のメッセンジャーに注意を促すのが限界となりますね」


 「それで、調べてみたのよ。最初に騒ぎが起きたイムール村周辺で、誰か行方不明になった人や、神隠しみたいな話が無いか」

 吸血鬼騒ぎの被害者は、誰も死体が発見されてない。皆行方不明なのだ、だから、同じように誰かが居なくなったという事があれば、何か関連性がつかめるかもしれない。そう思って調べた。


 「あったのですね」


 「うん、イムール村の西のトルミルの町で、駆け落ちと家出の噂が、さらに西のセドナの町でも同じような報告があったわ。そこから南の町でも神隠しの噂があった」

 
 「とすれば、失踪者が出ている町や村をつないでいくと…」


 「きっと出発点はトリスタニアだと思う。そこから北へ行って、さらに東へ方角を変えてゲルマニアに向かってる」


 「! もしや…」

 オクターブも気づいた。ここ数年そういう話が聞こえてる。学院にまで入ってくるくらいだから、当然かもしれないけど。


 「人攫い。ゲルマニアで秘密裏に人身売買が行われてる、って言うけど、もはや公然と口にされてるわね」


 「では、同じルート上に大規模な隊商の姿などが」


 「あったわ。大型の箱馬車が4台連なってる隊商がいる。積荷は家畜だって話だけど」


 「本当の中身は人間、ですか」


 「吸血鬼騒ぎが起こる前は、こいつらの移動速度は緩やかだったわ、きっと居なくなってもあまり騒がれない人間の情報を集めていたんだと思う。周到な連中だわ」


 「そこへ、吸血鬼の仕業だという噂が出た。それを幸いに、それらしく偽造して人攫いを行ったのか。確かにそれなら情報を集めずともすみますから、移動速度も速くなる。彼らとしても、早く国境を越えたいでしょうからね」


 「まだ予測だけど、私はそうだと思う、貴方はどう?」


 「貴女に賛成です。この予測は正しいでしょう。であるならば早急に対処せねば逃げられてしまいます」


 「私の仲間へ連絡するわ、アイツ等なら、すぐに着けるだろうから」


 「お願いします。私の方でも、次に奴らが着くであろう町に連絡用ガーゴイルを飛ばして、注意を喚起しておきます」

 そこで私は少し気になっていたことを訊いてみる。


 「ねえ、国境の街までついたとしても、そこの検問を通れるものかしら、箱馬車の中身が人間だったらその場で御用にならない?」

 なんとなく予測はつくけど、あえて尋ねてみた。

 
 「いえ、残念なことですが、検問の役人に賄賂を渡せば通れてしまうものですよ。ここ数年特にそれが顕著ですね」

 
 「そう…」

 ここに来てから知った貴族のことから、分かってはいたがやはりつらいものがある。貴族も役人も、平民を守ろうとする気持ちが無くなっているのだろうか。

 でも、落ち込んでばかりはいられない。私はすぐにデンワを使ってサイトたちに連絡した。






 
 そして事件は解決した。国境の街の手前まで来ていた人攫いたちは、シルフィードに乗って現れたサイト、キュルケ、タバサの3人(+マリコルヌ)によって蹴散らされ、御用となった。

 捕らわれていた人たちも、無事にそれぞれの村に帰れるようで、めでたしめでたしなんだけど、私の気持ちはひどく沈んでいた。

 
 「どうしました、ルイズさん、何やら気落ちしてらっしゃるようですが。貴女とご友人のおかげで、無事に捕らわれた人を助ける事が出来たのですよ。貴女が落ち込むことは無い様に思いますが」

 確かに、私のしたことで多くの人が助かったことは、素直にうれしい、けど…

 
 「貴女自身が直接戦闘に参加しなかったことで、友人たちに申し訳なく思っているのですか? それならば何も気にすることはありますまい、彼らには彼らの、貴女には貴女のすべきことがある。それを混同することは無い」

 その気持ちは無いわけじゃないけど、今は違う。


 「それにしても、貴女のご友人たちは本当にお強いですねえ。なかなかどうして、大したものだ。相手も荒事になれた男たちだったというのに、あっという間に片をつけたのですから」


 「キュルケとタバサはトライアングルだし、サイトは伝説のガンダールヴだもの、わけないわ」

 だからマリコルヌ一人が死ぬ思いをしたとか何とか。


 「ふむ、では貴女が落ち込む理由は、首謀者が国境の街を治めるレムシャイ伯だったことですか」

 その通り、役人が賄賂を取って不正をしてるのは、まだ許容できたが、貴族が人攫いをしていたなんて。

 ショックだった。今までの自分の価値観を総て否定された気がした。私が目指していた貴族像は、単なる絵空事でしかなく、そんなものを目指していた自分は馬鹿だ、と言われたように感じたのだ。

 今は戦時中ということもあり、少しでも怪しまれないように、神隠しや駆け落ちなどに偽造するよう指示したのもその貴族だった。アルビオンの間者としてつかまる可能性をつぶすために。

 そこまで頭が回るのなら、どうして領民を守るためにつかわないの?
 

 「うん… その通りよ」

 私は弱気になっていた。だから思っていることをそのまま口にした。

 
 「私が目指してた貴族ってなんなんだろう…」


 「なるほど、自身の理想が砕かれた気がしたのですね。分かりますよ、あなたのその気持ち」

 
 「貴方に私の何が分かるっていうのよ!」

 私はヒステリックになって叫んでしまった。自分の気持ちが抑えられない。


 「分かりますよ、私も若いころに同じような経験をしましたからね」


 「同じ経験?」


 「ええ、私も今の貴女と同じように、自分が抱いてた理想を砕かれた事があります。だから、貴女の気持ちも、胸に迫るほど理解できる。悔しくもあり、情けなくもあり、そして途方にくれたような、そんな感覚なのでしょう?」

 その通り、とはいえない。私は今の自分がどういう気持ちか分からないから。でも、言葉にすればそんな感じかもしれない。


 「昔の貴方に何があったの?」

 
 「この前話した、私のこの仕事をすることになった動機についてですが、総て話してなかったのですよ。私の恥部でもありますからね。しかし、今の貴女には話しておくべきでしょう」

 そういって、少し間をおいて、彼は語り始める。

 
 「私は教会の神父をしていましたが、その前はトリステイン宗教庁の中枢にいました。まあ、とはいっても下っ端でしたが、それでも神官たちの中ではエリート、とでもいうものでした、しかし私にとってはどうでも良かった。当時のわたしは理想に燃えてましたか
ら、多くの人を助けられる、立派な人間になりたいと言う理想に」
 
 私に近いかも、と思った。私は誰よりも立派な貴族になりたい、両親のような人物になりたいと思っていたから。


 「そんなある日、司教が宗教庁が経営している孤児院の孤児に、性的な暴行をしていると言う噂を聞きました。私は信じなかった、高潔であるはずの聖職者の司教様がそんなことをするはずが無い、と根拠も無く思い込んでいたのです」

 これも私に似てる。根拠も無く、貴族は高潔で正しいものだという考えがあったもの。


 「だが、そんな幻想は打ち砕かれた。実際に現場を見てしまったのです。私はその光景を拒んだ。そして、自分はこうはならない、ここに居ては自分も同じになってしまう、と思い地方の教会へと派遣されるように嘆願したのです」

 私も出来るならこの現実を拒みたい。

 「上の方々にしてみれば、青臭いことを言う鬱陶しい若造を追い払えると思ったのでしょうね、私の嘆願はすんなり通りました。そして、派遣された教会は、とても良い所でした。シスターたちも、村人たちも素朴で、彼らの役に立てる日々はとても充実したもので
した。しかし……」

  その日々を捨てて、北花壇騎士団に入ろうとした何かがあったのだろうか。

 「ある日、私が居た村に一人の少女が来たのです。正確には逃げてきた、のですが、彼女はその土地の貴族に屋敷へ連れ去られ、暴行を受けたのです。そしてなんとか逃げだした。私はすぐにその少女を保護しましたが、その時彼女がポツリと言った言葉が、私の胸
に突き刺さった」


 「その子は何て言ったの?」


 「”誰も私たちなんか助けてくれない”と、そう言ったのです。そのとき私はかつて見た光景を思い出し、そして思った。私はあの時何をしていたのだ、人々を救うという理想を持っているのなら、何をおいても虐げられている少年少女を助けるべきだったのでない

か、と」

 彼の表情が悲しげに歪んだ。


 「私はその時、自分の理想を守るために、目の前の現実から目を逸らし、するべきことをせずに逃げたのです。そして自分の自己満足の楽園に逃げ込んだ」


 「でも、でもそれは悪いことなの? その村の人たちは貴方を頼って、感謝していたんでしょ?」


 「確かに悪ではないかもしれない。しかし許せなかった、私が、私自身をです。だが過去を悔やんでいても前には進めない。だから、その少女やかつて自分が見捨てた子供たちのような者が、生まれないように出来ないかと、そうでなくても少なくすることは出来な
いかと、そう思っているときに彼が現れたのです」

 
 「彼?」

 
 「副団長ですよ。どうやら彼は件の司教の噂を聞き、彼を殺したようなのです。そしてその際にどこかで私のことを聞き、勧誘にいらした」


 「ど、どうして殺したの!?」

 殺したのは彼じゃないのに思わず叫んでしまった。


 「私も聞いて、そして驚きましたよ。”気に入らない奴だった”からだそうです。ですが同時に彼は孤児たちしっかりと保護していた。私には出来なかったことを悉くした彼に、羨望と嫉妬と恐怖を抱きました」

 たしかに、そうだ。そんな男は少しどころか、かなり普通じゃない。

 「彼は言いました、もし私に今も誰かに為になりたいと言う理想が残ってるなら、俺のところに来ないか、と。私は悩みましたよ、私はまた安易な道に逃げようとしているだけではないか、とね。さんざん悩みましたが、私はこの仕事をしようと決めました」

 
 「どうして、そう決めたの?」

 教会の神父として、その村の人の役に立つことだって、善いことには違いないのに。


 「私がしたいことは何か、そのためにするべきことは何か、そして出来ることは何か、それを考えたのです。やはり私は出来るなら多くの人の役に立ちたいと思っていた、そしてそのためには、地方の神父では限界がある、しかし、かといって副団長のような真似は
出来ないので、この仕事選んだのです」

 確かに、人殺しはこの人に向いていないと思う。でもアイツは平気で出来るのね。

 
 「彼は悪魔のような男でしたが、彼との出会いは神の導きのように思えましたね」

 悪魔か、確かにピッタリかも。


 「まあ、長い話になってしまいましたが、理想や常識を砕かれた時は、まず自分を見つめ直すことをしてみなさい。自分を見失わずに、確固とした意志を持ち、自分の在りたい在り方を思うのです。まあ、一種開き直り的ではありますがね」


 「在りたい在り方……」


 「若い私はそれに背き、目を逸らして逃げてしまった、おかげで再び自分の在りたい在り方を見つめ直すのに、10年掛かってしまいましたよ」

 そういって自嘲的に笑う。こういうのはこの人に似合わないな。

 なんとなくウェールズ王子たちのことを思い出した。彼らも、目の前の現実から目を逸らして、安易な道に走ったと言えるのかもしれない。自分のこともよく分かってない私がそう思うのは、おこがましい事かもしれないけど、臆病者の謗りを受けてでも抵抗する方
法もあったかもしれないから。

 結果で物事を考えるなら、ウェールズ様の決断は姫様を危険に晒してしまったのだ。
 

 「貴女はどうしたいですか? どんな貴族になりたいのですか? それを見つめ直して御覧なさい。他人は他人、自分は自分と思う事も大事ですよ。とはいえ私のように逃げに走ってはいけませんが」


 「うん、そうするわ、ありがとう、なんかみっともないわね私」


 「いえいえ、若いうちは大いに悩むべきですよ。私の言葉が貴女のお役に立てればいいのですが」


 「役に立ってるわ。いろいろ考えさせられるもの」


 「それはそれは、なによりです」

 私は自室に向かい、今言われたことについて考えた。




 「自分の在りたい在り方、か」

 貴族が自分が思ってるようなものじゃないことを知って、私はどうしたいんだろう。

 ふと思った。私はサイトにとってどういう存在だろうか。勝手に呼び出して、自分の都合だけで使い魔にして、そして自分の言うことを聞かないと怒鳴りつけたりした。

 これって、自分の欲望のために平民を虐げる、私が嫌悪した貴族とそう変わらないんじゃないだろうか。

 そんなのは嫌だ、私が目指す貴族じゃない。私は両親のような貴族になりたいんだ。

 だから、彼の言ったとおり、自分を見つめなおしてみよう、今までの自分と、これからの自分に。











 夏期休暇は続く。私がここに来てから一ヶ月がたった。

 変わらずに届く貴族の横暴や怠慢の報告に、私は自分の中ではっきりと区切りをつけた。

 どんなに否定したところで現実は変わらない。だから現状を受け入れて、その上で私に出来ることを考えていこう、と思う。何せ私は姫様の友達なんだから、国内の貴族がこんなのばかりなら、姫様も苦労が絶えない事になるに違いない。

 私は私が成りたいと思う貴族を目指す。この思いを変わらずにもち続けていこう。

 
 「ルイズさん、やっぱり国内のあちこちでアルビオンの戦艦が目撃されていますね」

 クリスが話しかけてきた。今私たちはアルビオンの艦艇の目撃情報を整理している。


 「そうね、西部が一番多いけど、北も南も、東のほうでもかなりの数が目撃されてるわ」


 「ゲルマニアでも襲撃があったそうですから、空は完全に抑えられてますね」

 それが現状。さすがは風のアルビオン。トリステイン艦隊はまだ製造中だし、ゲルマニアは艦隊そのものが充実してない。ただでさえアルビオン空軍は最強だと言うのに。

 だがそれよりも。


 「辺境の村々で不安と不満が高まってますね。そのうえ貴族たちは戦時特別税を割り増し徴収して、私服を肥やしている者がいたりと、国が混乱状態になりつつあります」

 頭が痛くなった。こんな時でも自分の都合しか考えない貴族たち。一体いつからこうなったんだろう? 私が知らないだけで、ずっと以前からだったんだろうか。


 「ねえ、クリス。この国の貴族たちの惨状を、ガリア人の貴女から見たらどう思うの?」

 私は思い切って聞いてみた。するとクリスの答えは意外なものだった。

 
 「そうですね、実を言うとこの国の貴族の行いは、私にとっては特別不思議なことじゃ無いんですよ。というのも、つい最近までガリアの貴族も同じようなもの、というよりもっと酷い感じでしたからね」


 「え!? そうのなの?」


 「はい、貴族の意識が変わったのはジョゼフ陛下が即位なさってからです。それまでは、陰謀と簒奪の国と言われるだけあって、国としてのまとまりがあまり無かったんです。だから”国のため、民のため”と言う意識がある貴族は少数派でしたね。大きな貴族の中には半ば独立国的なところもありましたから」


 「そう、なんだ」


 「はい、私も考古学者を目指すも者ですから、いろいろな歴史に興味があります。古代だけでなく近代も見ておかないと、歴史と言うものは分からないですからね。それで調べてみたのですけど、トリステインの貴族の意識低下が見られるのは10年前くらい前から
で、先王が亡くなってからがより酷くなってますね」

 そうだ、母様が現役の頃の話ではこんな感じでは無かったんだから。


 「クリス、あなたはどうしてそうなったと思う?」


 「やはり、治めるものが居ないからでしょうか。そしてその後に政務を行っているのが、ロマリアから来た枢機卿であることへの反発も有るかもしれませんね。なんにしても、上が居なくなると下の者は羽目を外してしまうものですから。マリアンヌ太后が女王になって、その補佐に枢機卿がつく、という形だったらもっと違ってたかもしれませんけど」

 そうなると、マリアンヌ様は王族の義務を怠った事になるんだろうか。姫様のお母様を酷くいうのは心苦しいけど。

 
 「それでも、貴族の大半がダメになってしまうものかしら」


 「人の心理として、散らかってる場所なら、ごみの一つふたつを捨てても平気に思いますが、清潔に整えられた場所には捨てられないですよね。目立ちますし、すぐ分かりますから。でも既に汚れてる場所なら「自分ひとりがやっても」と言う意識が生まれてしまう
。結果、その場所はどんどん汚れていってしまうんです」


 「つまり、今のトリステインはそういう状態なのね」


 「はい、それまでは汚す人に注意、ないし罰を与える人――つまり王様――が居ましたが、それが居なくなったことで、綺麗にしよう、と言う意識もなくなっていったんですね」

 つまり、現状を打破するには、一度大きな掃除をしなければならないということ。

 今の私ではその方法も、それをやる力も無いけど、いつかはこの国を立て直さなきゃって思う。

 
 「それにしても、平民たちの不安や不満は深刻ですよ、このままだと暴動が起こるかもしれないです」


 「そ、それは不味いわ。ただでさえアルビオン軍の事があるのに……………もしかして、これが敵の狙い?」


 「狙いの一つではあるでしょうね、軍事物資を奪いながら、相手を混乱させる。戦争では常套手段と支部長は言ってましたけど」


 「やられた方はたまったものじゃないわよ。何とかしないと……」


 「方法の一つとして、女王陛下に行幸していただくというのがありますけど」


 「姫様、いえ女王陛下に?」


 「ええ、多くの平民にとって、王様の言葉は大きいものですから効果はあると思うんですよ」


 「そうね…」

 少し前の私なら、姫様にそんなことさせられない、とか言ったかもしれないけど。今は違う。

 王宮から、トリスタニアから出て広い世界を見ることは、姫様にもいい影響があるかもしれない。今の私のように。

 
 「うん、姫様に手紙を出してみるわ。助言ありがとね」

 そういえば、ここにきてから自分の気持ちを素直に出せる様になったような気がする。クリスもそれが分かってるのか、明るく返してくれた。
 
 「いえいえ、どういたしまして♪」

 姫様への手紙はその日のうちに出した。










 「あら、クリスそれ何?」

 ある日、クリスが何やら楽しそうに小包を持って歩いてきた。


 「あ、ルイズさん、これはですね、姉さまから送られてきたものです。手紙と、リュウさんお手製のお薬なんですよ」

 薬をもらってうれしがるのはちょっと変じゃないかしら?


 「あ~なんだか変な目で見てませんか? 薬と言っても効果は色々で、お肌に良いものとか、美容に効果があるものが結構あるんですよ。よかったらルイズさんも試してみますか?」


 「うーん、どうしようかな。私あんまりそういうの意識したこと無いから」

 女としてちょっと問題あるかも。体型に関しては凄く感心あるけど。


 「確かに、ルイズさんのお肌って、張りが合って、きめ細かくてすべすべですよね。うらやましなあ。おまけに美少女ですし、声は凄く綺麗だし」

 
 「ちょ、ちょっと何を言い出すのよ」

 思わず赤面してしまう。


 「客観的事実ですよー。だからそんなルイズさんには分けてあげません」


 「べ、別にいいけど」

 それより真っ赤になった顔が戻らないのに困ってる。

  
 「でも、試したくなったらいってくださいね。女の子が常に自分を綺麗にするのは義務なんですから」


 「そうね、そうするわ。ところで、貴女のお姉さんってどんな人なの」

 
 「姉さまですか? そうですね、私と正反対の人かな、私の憧れなんです。なんていうか男勝りの人で、小さい頃から杖より剣を持ちたがっていて、よくお父様に怒られてました。それでも頑健に剣の練習して、終にはお父様も折れて今では領地の守備隊長です」

 なんという女傑。エレオノール姉さまより上かも。

 
 「そんな姉さまですから、その伴侶たるリュウさんはとても気配りが出来て、優しくて、穏やかな人なんです」

 エレオノール姉さまも、そんな人じゃないと無理そう、今までそんな出会いは無さそうだけど。私が知る限りでは心当たりは無い。


 「送られてきた薬もお義兄さんのお手製なのよね」


 「はい、もちろん美容効果のものだけじゃなくて、体調を整えるものもありますよ。今回送られてきた薬は、なんでもリュウさんのお師匠さまのタトゥス様が新しく作られたもので、兄弟子のアンリさんと言う方が送ってくれたらしいんです」


 「ふうん、やっぱり効果があるのかしら」


 「それはもちろん! リュウさんのお師匠様はガリア一の薬師と呼ばれる方ですから。酷い病気にかかったり、私みたいに生まれつき体が弱かったりした人でも、治してしまう方なんです」


 「え 」

 その言葉に私は強く反応した。

 
 「生まれつきの病気でも治せるの?」

 それなら、それならちい姉さまの病気も治せるかもしれないの?


 「はい、でもすべてを治せるわけじゃないよってリュウさんは言ってました。万能の薬は無いが、それを目指しているのがタトゥス様の信念だそうですから、いつかは治せない病気は無くなるかもしれませんね」

 いつかではダメなの、ちい姉さまにはすぐにでも良くなって欲しいの。

 
 「ねえ、貴女に送られてきたその新しい薬、少し分けてもらえないかしら」


 「ええ、いいですけど…… あ、もしかしてお姉さんにですか」


 「うん、ちい姉さまにも効くといいけど…」


 「病気そのものは治らなくても、体の調子は良くなると思いますよ。なんたってガリア一の薬師の渾身の薬らしいですから」


 「そう、すごいのねその人。やっぱり水のスクウェアなの?」


 「いいえ、タトゥス様は平民です」


 「ええ!?」

 ここに来て何度もショックを受けたが、今回はことさら大きかった。

 
 「平民…なの? 全然魔法が使えない?」


 「はい、タトゥスさまは一切魔法は使えないはずです」


 「魔法が使えないのに、高名な薬師なの?」


 「むしろ、魔法が使えないから、薬草の知識を極めたんだと思います」


 「そう、なんだ」

 
 「大丈夫ですかルイズさん、なんか具合が悪そうですよ」


 「ううん、大丈夫。ただ、ちょっと考える事が出来たの、少しはずすわね」


 「あ、ハイ。無理はダメですよ」


 「無理するようなことしようとして無いわよ」


 「そ、それもそうですね」


 「心配してくれてありがとう。でもちょっと一人で考えたいの」

 心配そうな顔のクリスを残して私は自室に向かった。

 

 クリスの話、平民の薬師が多くの病気を治しているという話を聞いて、私はしばらく考え込んだ。

 いままでどんな高名なメイジでも、ちいねえさまの病気は治せなかった。だから私も、どこかでちい姉さまは治らない、という気持

ちがあったかもしれない。

 でも、ちい姉さまと同じように、生まれつき体が弱かったクリスは、平民の薬師の作った薬で人並みに生活できるようになっている。

 じゃあ、もしかしたら、ちい姉さまの病気も治すことができるのかしら。

 私は気づかなかった。高名な水メイジがダメだといってる、というだけで治らないかもと思い込み、それ以外の方法を考えようともしなかった。

 この前来たハインツが言っていた、魔法は単なる道具で、どう使うか、どう生かすかは本人しだいだって。それで私は、たとえ魔法を使えなくても貴族たらんと心掛ければ、それは貴族と呼べるのではないだろうかという疑問を持った。

 オクターブやクリスとの会話から色々思う事があったから、その時のハインツの言葉もすんなりと受け入れる事が出来たのだ。

 だから、もしちい姉さまの病気が治るなら、それが貴族の業であることにこだわる事があるか?

 そんなの考えるまでも無い、ちい姉さまが、私の最愛の人が元気になってくれるなら、どんなものでもかまわない。平民の薬だからって理由で拒むなんてありえない。

 だけど、私はメイジの薬以外の可能性を考えようともしなかった。狭い世界の限られた知識しか知らない私は、その発想を持つ事が出来なかった。

 これではダメだ。私はちい姉さまを失いたくない。ずっと私と一緒に居て欲しい。私が死ぬまで生きて欲しいと思ってるくらいに。

 ちい姉さま、私を誰よりも理解してくれる人、誰よりも私を優しく包んでくれる人、誰よりも愛しい人。

 私は貴女を助けるためなら、どんな事でもしてみせます。




 だから、考えないと、この一月と少しでいろいろ学んだことについて。

 今までの私がしてきたこと、これから私がしたいこと、私がやるべきこと、そして私が在りたい在り方。

 まだ自分の中でそれらの答えは出ていない。だからもう少しここで頑張ってみよう。もうすこしで何かが見える気がする…

 私は小さな決意を胸に、心配顔のクリスが待つ執務室へと向かった。

 


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  あとがき

 以前から考えていたルイズ成長物語?です。男子ならぬ、女子三日会わざれば克目して見よ。



[14347] 2章外伝  人界の闇と異界の闇 ■■■   起   ■■■
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 00:51
 この話はガリアの外務卿イザーク・ド・バンスラードと、北花壇騎士4号ロキことハインツ・ギュスター・ヴァランスが出会った頃の話で、イザークが主観となっています。

 時期的には「ガリアの闇」の第3話と第4話の中間あたり、ハインツが12歳、イザークが18歳の頃で、『影の騎士団』が暗黒街を掌握するために戦ってる頃になります。

 完全に真っ黒な話なので、その辺を注意してください。








外伝  人界の闇と異界の闇






■■■   起   ■■■




 ガリア王国首都リュティス。

 人口30万人を誇るガリア最大の都市であり、ハルケギニア最大の都市。

 王政府が整備し管理を行っている主要街道、通称「大陸公路」の出発地であり、終着地となっており、シレ川、ルトニ川、エルベ川の3つの大河が合流するガリア最大の交易地である。


 3つの大河が合流する地点故に中州が多くあり、それらを繋ぐようにいくつもの巨大な橋がかかっており、陸運、水運、空運、全ての条件を満たした大都市である。

 カーペー朝時代には50万以上の人口が集中していたそうだが、あまりにも人口が集中し過ぎたため、4つの衛星都市、西の交易都市ネンシー、東の農業都市アヌシー、北の建築都市レンヌ、南の工業都市アラスが建設され、首都の人口が過密にならないように配慮がなされている。

 リュティスの中心部、“旧市街”と呼ばれる中洲には古くから政治の中枢があり(ただし先代から東に移っているが)、魔法学院や女学院なども立ち並び、その一角に領地を持たない下級貴族の子弟が通う軍人になるための養成学校である兵学校も存在する。

 リュティスの北東部はリュティス市民劇場を中心にし、四方に繁華街が延びており、その繁華街の一通りに東西に延びたベルクート街は存在し、そこには貴族や上級市民が訪れる高級店が並んでいる。

 その他、封建貴族の別邸が立ち並ぶロンバール街、住居エリアであるアナハイム街、歓楽街のアンドリム街、建設関係の職人が多く住むルクトリア街など、区画ごとに特色があり、それぞれが独立した街ともいえる状況となっている。


 東には広大なヴェルサルテイル宮殿があることから、貴族街は自然、東側から中心の“旧市街”にかけてとなり、中央からやや東よりのロンバール街や北東のベルクート街などもその範囲となる。

 南には歓楽街や商店街、また、職人街が多く、商業ギルドの本部なども大抵はこの区画に置かれている。

 西側は主に平民の住居エリアであり、純粋な人口ならばこの区画が最も多いだろう。

 北側は軍事施設が多い、士官学校や兵学校は中央部の“旧市街”に存在し、花壇騎士団の本部はヴェルサルテイル宮殿内部に置かれているが、陸軍、空海軍の司令部は北側に置かれている。これは、“あるもの”を封じるための処置でもある。


 そして、北西部に位置するゴルトロス街は通称“貧民街”と呼ばれ、リュティスの貧民層が住まう場所である。

 当然、ヴェルサルテイル宮殿や貴族街とは最も離れた場所であり、貴族の子弟にはその存在を知らない者も多いだろう。



 しかし、リュティスにはもう一つ区画が存在する。



 基本的に東部から時計回りに道は繋がっているため、北西のゴルトロス街の最深部といえる位置、北部の軍関連施設との中間、そこに、中州が一つある。

 他のエリアも大体はシレ川、エルベ川、ルト二川によって区分され、それぞれを繋ぐ大橋が架かっているのだが、この区画にだけはそれが存在しておらず、完全に孤立している。

 そこは、平民以下の存在、“穢れた血”の流刑地であり、ガリアの暗部が集中する闇の温床。

 故に、ガリア王政府が定めた正式な名前はなく、“暗黒街”という通称のみが存在している。


 俺、イザークはそこに住んでおり、現在部下と呼べる人物と話している。






 「それで、俺を“八輝星”に招くというわけか」


 「はい、デュラム様が逝かれたことで既に八輝星の数は5人となっております。これではもはや八輝星とはいえませんな」

 そう答えるのは情報屋の“梟”という男。

この男は絶対に預かった情報を漏らさないことと、絶対に他者に奪われないことを売りにしている。大抵、情報屋というものは情報を売り買いするものだが、この男は預かるだけで売ることは決してない。

早い話が情報の金庫だ。絶対に奪われたくない情報や自分の手元に置いておきたくない情報などをこいつに預けておけば取り出したい時に引き出せる。かつ、万が一自分が死んだ場合においても、あらかじめ契約していた期限が過ぎればこの男はその情報を破棄する。

これまでおよそ6年間、ただの一度も情報を他者に漏らさなかった事実が信頼感を与え、今では暗黒街屈指の情報屋となっているが、このシステムを考えたのは俺であり、この男はただの実行者に過ぎない。

それに、屈指の情報屋であって最高の情報屋ではないのは、その上をいく情報網を構成し、暗黒街の全てを把握していると噂される人物がいるからだ。


まあ、俺のことなのだが。


この男も所詮は俺の情報網の一角を担っているに過ぎず、他にも異なるシステムによって俺の下に情報が集まるように仕組んであるが、俺の存在を知らずに情報網の一部になっている奴らが大半だ。

この男のように自分が俺の部下であることを自覚し、かつ、俺と接触が出来る人間の方が圧倒的に少ない。こいつを含めて4,5人しかいないだろう。


「まあ確かに、5人では八輝星とは言えんだろうな。それに、お前が八輝星となったのもつい最近の話だ。実行力を備えているのは実質あと4人といったところか、随分減ったものだ」


「このような状況になるなど、誰も予想していなかったでしょうな。貴方を除いて」


 だが、その程度の男でも今では調整役として八輝星の一角となっている。


 八輝星とは簡単にいえば大悪党の集まりであり、評議会を構成し、この暗黒街の意思決定機関となっている。

 ここは王国の法が一切存在しない無法地帯、よって、絶えまない闇の闘争が続くことになる。

 長いガリアの歴史において、一人の人物が王の如き権勢を誇り、暗黒街の全てを掌握していた時代もあれば、有力者がほとんどおらず、完全にばらばらで雑多な空間となっていた時代もある。

 そういった中で、現在のように複数の実力者が己の勢力圏を守るためにその他の有力者と手を結び、不可侵の協定を結ぶことで一応の安定化を図ることが最も多く、そのようにして“八輝星”というものが形成された。


 「別に俺とてこうなることを完全に予想していた訳ではない。だが、奴らの活動を観察する限り、これまでの連中とは格が違うことはすぐに分かった。が、それ以上に、属性が違うということの方が大きかったがな」


 「属性、ですか?」


 「ああ、これまで有力な新人などいくらでもいた。俺やお前もその一人といえるだろう。古い実力者にとって代わることもあれば、叩き潰されることもある。停滞の時代もあれば、激動の時代もあった。しかし、大きな目で見ればやってることは同じことの繰り返しだ。王位を巡って王族や六大公爵家が相争うように、八輝星の座を巡って野心家共が喰らい合いをしていたに過ぎん」

 この暗黒街はガリアの暗部だ。故に、その属性は政争と簒奪。明確な法がないので政争ではなくただの争いともいえるが、ここにはここのしきたりがある。それを乱す者は八輝星の全てを相手にすることとなり、淘汰されていった。


 「しかし、奴らは違う。あの者達はここのしきたりに捉われない。いや、この世の何にも捉われないのかもしれんな。八輝星を正面から敵に回してでも勝つ気でいるのだろう。そして現に、4人もの八輝星が殺されているわけだからな」

 中には組織ごと全滅させられた者もいる。それも、たった7人によって。


 「その通りです。俄かには信じられないことですが、あの者達は化け者です。ですから、貴方を八輝星に招きたいのです。最早、あの者達に対抗出来るとしたら“深き闇”たる貴方しかいないと私は思います。既に八輝星の中にすら、奴らの軍門に下った者もいるのですから」


 「“ファーヴ二ル”か、あの男は軍門に下ったというよりも、より儲かる方についただけだろう。やつにとってはこの暗黒街もただの消費地に過ぎんのだからな。自分が扱う兵器が売れればそれだけで十分なのだろうよ」

 現在の八輝星において最大の財力を誇っているのは間違いなくあの男だ。しかし、武器は扱っているが、固有の武力がそれほどあるわけではないので八輝星の中において発言力が高い方ではなかった。

 暗黒街でものをいうのはまず何よりも暴力。これなくして君臨することは敵わない。

 奴はいってみればまっとうな商売をしているが、その他の八輝星はほぼ全てが人身売買や禁制品(主に麻薬など)、そして暗殺などを生業としている者たちばかりだ。リュティスどころかガリアに存在する娼館などは全てそこにつながっていると考えていい。

 まあ、その繋がりなども俺の情報網の一部として勝手に利用させてもらっているのだがな。


 「まったく、あのような者が今や八輝星の頂点に君臨しているようなものなのです。このままではここは王政府の介入をも許してしまうようになるでしょう」

 ふむ、そこそこに使える男ではあったが、所詮はこの程度か。


 「それがどうした? ここの掟は弱肉強食、それだけだ。弱ければ死に、やがては王政府に滅ぼされる、それだけのことだろう。その尻拭いをわざわざ俺がせねばならん理由がどこにある?」

 別に暗黒街がどうなろうとも、俺にとってはどうでもいいことだ。


 「ですが、王政府の介入があるのは、貴方にとっても好ましくないのでは?なにせ貴方は……」


 「“歯車”出身の“穢れた血”か?その通りではあるが、別にそれが何だというのだ?」


 “穢れた血”とは貴族と平民の間に生まれた忌み子の中で、特に忌避される存在だ。

 通常、魔法が使える貴族(メイジ)と平民の間に子が生まれた場合、魔法の血が劣化することが知られているため、貴族にとって平民との結婚はタブーとされる。

 貴族といっても多くは領地をもたない下級貴族、つまりは王政府に仕える年給暮らしの法衣貴族なので、そいつらと平民の間に子が生まれるのは別に珍しいことでもなく、その子は貴族として生きることは叶わぬだろうが、普通に平民として生きることはできる。


 しかし、封建貴族は違う。彼らは法衣貴族と異なり、その地位を世襲することが許されている。つまり、平民との子であっても、他に後を継ぐべき者がいなければ、その家を継ぐことになる場合などもあり得てしまう。

 まあ、ほぼ皆無と言っていいが、封建貴族にとっては邪魔な存在なのは確かだ。遊びのつもりで手を出した平民が子を孕んでしまうというのは、封建貴族にとってはなかなかに厄介なことになる。


 邪魔ならばその女もろとも殺してしまえばいいものだが、その女が美人であったり、もしくは、俺は持ち合わせてなどいないが、“良心の呵責”とやらによって、殺すのをためらう場合も多い。

 かといって、自分の子であると認めることも都合が悪いため、そういった忌み子にはある処置がとられる。


 それが、“洗礼を与えない”ということだ。


 このハルケギニアにおいては生まれた子に洗礼を与えることは当たり前のことであり、洗礼を受けた寺院がガリアにあればガリア人、トリステインにあればトリステイン人、アルビオンにあればアルビオン人となる。

 定住地を持たず、各地を放浪する行商人や傭兵であってもハルケギニア人として認められ、身分の保障が可能なのは洗礼を受けており、その名が教会に登録されているからこそだ。ガリア生まれならばガリア宗教庁、アルビオン生まれならアルビオン宗教庁、トリステイン生まれならトリステイン宗教庁にそれぞれ属する寺院にその記録は残されており、ロマリア宗教庁はその上位に君臨し、全ての人民を神(ブリミル)の子と認めている。

 平民の記録などは100年も経てば破棄されるそうだが、封建貴族のものともなれば何千年前のものでも未だに保管されているという。教会にはそういった古い記録が膨大にあり、それを管理することが司祭の仕事の大きな部分となっている。司教であればその国の歴代の貴族の系図、紋章、土地の所有権などを全て知ることとて不可能ではない、まさか全てを暗記できるような者はいないとは思うが。

 俺の情報網には当然それらも含まれているが、こと、情報量に関してならばロマリア宗教庁に敵う存在はないだろう。


 つまり、洗礼を受けることによって、その子は初めてハルケギニアの民として認められるに等しい。

 公的な場所において自己を証明する際には、自分の名前、生年月日、父と祖父の名前、そして、洗礼に立ち会った司祭の名前や、もしくは教会の名前などを書くことが通例となっている。教会の名前などは大抵故郷の名前そのままなので忘れる者はいないだろう。もっとも、平民には字を書けない者が多いため、口で伝えることが大半となるが。


 だが、洗礼を受けないということは、それは人間として存在を認められていないことを意味する。つまりは、オーク鬼やトロール鬼、そして先住種族と同じ扱いになるというわけだ。

 そうなれば、当然貴族の家を継ぐことなど不可能となるので封建貴族をとしては一安心ということになる。その代り、生まれた子には人として社会から認められない人生が待っている。


 そして、“穢れた血”は大抵捨てられる。なぜなら、生んだ女は洗礼を受けた普通の平民であり、その余分なものさえ持っていなければ、少なくとも平民として生きることは可能なのだ。

 しかし、封建貴族とはいってもその力が及ぶ範囲は領地とその近辺くらいのものだ。要は、遠く離れた場所の教会で洗礼を受ければそれで済む話ではある。

 故に、トリステインやアルビオンには“穢れた血”はほとんどいない。アルビオンの封建貴族と平民の間に生まれたならば、トリステインに逃げれば済み、その逆も然り、あるいはガリアに逃げてもいい。封建貴族にしても追う出すことはあっても追うことはないだろう。

 ゲルマニアもその貴族の力が及ばない場所に行けばいいだけの話であり、ロマリアにはそもそも王権による封建貴族がいない。


 しかし、ガリアはそうはいかない。


 これが男爵、子爵、伯爵程度ならば、トリステインにでも逃げれば済む話だが、さらにその上、侯爵や公爵となると話は違ってくる。

 ガリアの有力な侯爵や公爵ともなれば、トリステイン王家と同等な領土を持つ家すらあるくらいだ。そんな家に生まれた“忌み子”に洗礼を与えるということは、その家の後継ぎ争いに巻き込まれる可能性が高くなるということだ。

 ガリアは政争と簒奪の国、現に、そういった例がいくつも知られている。よって、“穢れた血”に洗礼を与えようとする者などいない、なぜなら、その人物のみならず周囲の人間、最悪、国家すら巻き込む可能性すらあるからだ。


 結果、“穢れた血”は主にガリアの封建貴族の所領か、もしくは封建貴族の別荘が立ち並ぶロンバール街で発生し、どこにも生き場がないアウトロー(法の外)は、暗黒街に集まることとなる。

 俺もまたバンスラード侯爵家の“穢れた血”として、貧民街からこの暗黒街に流れてきた身だ。ここは、“穢れた血”の流刑地とも呼べる場所なのだ。


 人間として認められていないが故に、“穢れた血”には何をしても許される。王国のどんな法も、“穢れた血”を保護することはない。そもそも、魔法絶対のこの国で、魔法の血を濁らす異物を守ろうとする法などを作ろうとする者は皆無だろう。

 貴族に虐げられる平民は多いが、“穢れた血”は平民からも虐げられる存在だ。しかし、暗黒街では逆に重宝される。

 人間扱いされないのは相変わらずだが、法に縛られないが故に、何をやっても罪にならない存在である。汚れ仕事をやらせる上で、これほど使いやすい人材もいない。

 結果、組織の為に生かされ、組織の為だけに存在価値がある“歯車”が誕生することとなった。他組織との抗争の尖兵や、反逆者の処刑人、暗殺者などの役割を担う影の集団。それが、暗黒街における“穢れた血”の存在だ。



 「本来組織の部品に過ぎぬ“穢れた血”を暗黒街の首領たる八輝星に推薦するとは、それほどにお前達は困窮しているというわけか」

 俺も元々はある組織の“歯車”だったが、すぐに独立した。愚物に仕えるのは性に合わなかったからな。


 「その通りです。それにそもそも、貴方の配下に過ぎないこの私が八輝星になれるくらいですから。あの者達によって有力な方々が次々と殺されましたことによって」

 有力か、俺に言わせれば、数にものを言わせるしか能がない廉価品といったところなのだが。


 「ふん、まあ、せっかく便利な椅子を譲ってくれるといっているのだ。協力する理由もないが、蹴る理由もない。なってやろうではないか」


 「おお! 引き受けてくださいますか、感謝いたします。貴方の力ならば、あの生意気な小僧どもに制裁を与えることも容易でしょうな」

 まったく、そう思うなら自分でやれというのだ。


 「生意気な小僧か、俺自身、やつらとそれほど年が離れているわけでもないがな」


 「いえいえ、重要なのは年齢ではなく、この暗黒街にいる期間です。なにせあの者達は暗黒街の住民ですらなく、ましてや王政府の手先です。あのような者達が我が物顔でこの街を歩くなど、許していいはずがありません」


 「ふむ、決まったか」


 「は?」


 「いや、こっちの話だ、気にするな。それより、八輝星に知らせにいかなくていいのか? お前は八輝星の一人とはいえ、実質的には使い魔と大差あるまい」


 「ははは、確かにその通りですな。ですが、私は奴らの使い魔ではなく、貴方の忠実なる使い魔ですから」

 そう言いつつ、“梟”は踵を返し、去ろうとする。


 俺は手元にあったものを何気なく向ける。


 「おい、“梟”」


 「何でしょう?」

 疑問符を浮かべながら振り返る。


 「死ね」


 ドン



 一発の鉛玉が発射され、心臓を貫く。ふむ、俺の銃の腕も存外に捨てたものではないな。




 そして、その男は動かなくなった。


 「やれやれ、もう少し使えるかと思っていたが、所詮はこの程度か。表側だろうが裏側だろうが、人間が権力というものを持つと、同じような考えしか出来なくなるようだな」

 ここも、大したことはない。


 「『重要なのは暗黒街にいる期間。あの者達は暗黒街の住民ですらなく、王政府の手先。あのような者達が我が物顔でこの街を歩くなど、許していいはずがない』か、その思想と貴族共、何が違うというのだ?」


 重要なのは由緒正しい血筋か否か、ましてあの者達はメイジですらなくただの平民。あのような者達が宮殿を歩くなど、許していいはずがない。


 言葉を僅かに入れ替えるだけで、それはあの腐った貴族達と同じ謡い文句となる。


 「腐ったものなど生かす意味はない、死ぬがいい、能無しめ」


 「うわー、ひどいなあ。だからってこれまで散々貴方に尽くした人を問答無用で殺すことも無いでしょう」


 そこに、一人の男が現れた。





 「いや、こいつはな、情報を一切漏らさないことが唯一の存在価値の男だった。それが果たせなかったのならば、最早存在する意味はないだろう?」


 そう、この男にここを教えてしまった時点で、こいつは価値がないものとなった。


 「別に、その人が俺に情報を漏らしたわけじゃありませんよ。ただ単に俺がその人の後を尾行しただけで」


 「だとしてもだ。なるほど、お前が噂どおりの男ならば気付かぬのも無理はないかもしれん。何せ八輝星を暗殺するくらいだからな。しかし、お前は先程からあえて自分の気配を出していただろう。それに気付きもせずペラペラ情報を漏らすなど、死に値する失態だ」


 要は、使い物にならないということだ。


 「スパルタですねえ。人間には向き不向き、適材適所ってのがありますから。俺の気配に気付けなかった程度で殺すことも無いでしょう。せめて脳をいじって改造するとか、水の秘薬で操るとか、もうちょっと穏便な方法を取った方がいいと思いますけどね。暗黒街にも慈悲は必要です」


 「それは、慈悲といえるのか?」

 むしろ殺した方が慈悲深く思えるが。


 「慈悲も慈悲、神のごとき愛ですよ。ま、あくまで俺の判断なんで、一般論にはなりえないんですけど」

 そうして陽気に笑う。死体からナイフで皮膚を剥ぎとりながら。


 「お前は、何をやっているんだ?」


 「これですか?死んで間もない新鮮な皮膚を採取して『固定化』で保存しておくんです。死体を丸ごと持ち歩くのは大変ですけど、皮膚や眼球程度なら持ち歩けるんで、緊急時の手術材料になるんですよ。それに、人骨も水の秘薬にはやや劣りますけど『治癒』の良い触媒になったりしますしね。やっぱ、等価交換の原則は強力ですから、人間を治すには人間を使うのが一番効率良いんです」


 そう言いながらも手はよどみなく動き続け、皮膚を次々に剥ぎとっていく。まるで、熟達した料理人が魚をさばくように。


 「随分速いな」


 「得物がいいんですよ。“メス”っていいまして、こういった作業に特化した代物です。『固定化』や『硬化』もかけてますからいくらきっても鈍りませんし。よし、こんなもんかな」


 気付けば既に“梟”の皮膚は全て剝ぎとられていた。



 「脳なんか使い物にならないからいいとして、心臓、腎臓、肺、肝臓、それと骨かな? 他はまあ、まだストックあるし」


 と言いつつさらに腑分けを始める。


 「それでですね、貴方と色々お話したいな~と思って今日は訪ねて来たんですけど」

 それを行いながら何気なく言ってくる。


 「よく手元が狂わないな」


 「慣れてますから、それで、今お時間はありますか?」


 そいつは、死体から腸を抉り出しながら、さも紅茶でも飲みながら話しているかのように気楽に尋ねてきた。



 これが、俺、“灰色の者”イザークと“輝く闇”ハインツのファーストコンタクトである。





[14347] 2章外伝  人界の闇と異界の闇 ■■■   承   ■■■
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2010/03/07 05:15
外伝  人界の闇と異界の闇






■■■   承   ■■■





 ハインツ・ギュスター・ヴァランス。


 今俺の前で微笑みながら腑分けを行っている男の名前だ。


 身長はおよそ175サント程、体型はやや細身、華奢という感じではないが、逞しいという印象も受けない。

 顔は美形という表現が一番的確か、着飾って社交界にでも出れば、女の視線を独占することは間違いないだろう。

 まあ、今のこいつの姿を見れば、そんな気はなくなるだろうが。


 そして、何よりも特徴的なのはその髪の色。

 ガリア王家を象徴する蒼い髪、この男が王族かそれに連なる大貴族であるということを示している。

 王家の血が薄い者ならばもう少し薄い水色となる。ここまでの深い蒼は直系の血を濃く継ぎでもしない限りは発現しないだろう。

 この男は先王ロベスピエール三世の曾孫にあたり、ヴァランス家の次期当主、そして、王位継承権第五位。

 次の王はジョゼフかシャルルのどちらかだろうが、その次の代の王となってもおかしくない立ち位置にいる。


 しかし、今の暗黒街においては別の意味でその顔と名前は広く知れ渡っている。


 こいつが団長を務めるという『影の騎士団』。

 たった7人で暗黒街の八輝星を相手にし、そのうち4人を既に殺している化け物集団だ。

 しかもその構成は全員が士官学校に在籍している軍人見習い、その上年齢は14歳~11歳と来ている。

 それだけ聞けば何の冗談だと誰もが笑い飛ばすだろう。しかし、まぎれもない事実であり、特に団長であるこの男一人によって、数百人の構成員を持つ組織が皆殺しにされたこともある。


 この男は北花壇騎士団4号ロキ、“毒殺”の異名を持つガリア最強最悪の暗殺者。

 ヴァランス家の所領を悉く王政府に引き渡し、それに不満を持った分家を全て、己が手でバラバラ死体に変えたという経歴を持つ、11歳の頃に。

 その辺に関しては裏社会でも知るのは極一部だが、殺しに関してならばこの男に敵う者はガリアはおろかハルケギニア全体を通してもいないだろう。


 「で、歓誘の為にこんな闇の底までやってきたわけなんですが……」

 その相手に闇の底と言うかこいつは、まあ、褒め言葉ではあるのだろうが。


 「歓誘か、断る」


 「早! 早すぎます! まだ何も言ってませんよ俺」

 年相応の子供のような反応ではあるが、眼球を抉り出しながらでは微笑ましい光景とはかけ離れている。


 「これまで何度も色々な誘いは受けたがな、全て断っている。あまり群れるのは好きではないのだ」

 弱い奴ほど群れるというが、俺の性には合わない。


 「うーん、そうですかね? 群れるのが嫌いなんじゃなくて、ただ単に群れる価値を見いだせなかっただけじゃないんですか? 貴方の能力なら群れる必要そのものがなさそうですし、かえって重荷にしかならないでしょう。無能な味方程厄介なものもいませんし」

 臓器を抉り出すのは終わったようで、今度は手際よく『固定化』をかけている。よくまあ会話しながらそんなことができるものだ。


 「そうかもしれん、だが、そうするとお前はなぜ群れている?」

 こいつは俺以上の戦闘能力を有しているだろうし、謀略にも長けているはず。仲間など荷物にしかならないと思うが。


 「俺ですか? 楽しいからですよ」

 何ともまた、実に単純な答えが返ってきた。


 「あいつらは俺に負けず劣らずの異常者集団ですし、一緒に行動してて飽きるということがまずありませんね。何であんなのがまとめて生まれたのか、疑問に思うくらいですよ。俺にとっては楽しいから嬉しいことなんですけどね」


 「間違いなくお前が原因だろう。異端と言うものは異端を引き寄せる。お前という特大の異端に引き寄せられるようにそれ相応の奴らが集まった、それだけのことだろう」

 別段人を見る目に長けているわけではないが、こいつが異常の極致だということは簡単に分かる。


 「なるほど、でも、その理論だと貴方の周囲にもそういう連中が集まって然りだと思うんですけど?」


 「さあな、多分お前に横取りされたのではないか? 異常者などこの暗黒街にはいくらでもいるが、お前クラスとなるとそうはいまい。絶対数は限られているのだから、より異常度が高い方に引き寄せられるのも当然とみるべきだろう」

 後は、属性の違いといったところか。自分で言うのもなんだが、俺には他者を排斥して引き籠もる傾向がある。


 「面白い考えですね。いやー、これはやっぱり勧誘に来て正解でした」

 喜んでいるようだが、手の中の腎臓を握り潰している。


 「おい、潰れてるが、いいのか?」


 「あ、まず」

 といいつつ修繕を図るが、既に手遅れのようだ。


 「あちゃあ、無駄にしちゃったか。まだストックはあるからいいけど」


 「ところで、お前は俺の話を聞いていたのか? 歓誘は断ると言ったはずだが」


 「まだこっちの条件も言ってませんからね、それを聞いてからでも遅くはないと思いますよ。バンスラード家の“穢れた血”よ」


 それを知るか小僧。それを知ってなお笑みを崩さんのか。


 「ほう、面白いな、それを知る人間はいないはずだったのだが」

 そもそも、俺の存在を知る人間自体が希少な上、俺が“穢れた血”であることを知るのはさらに限られる。ちょうど今解体されているそこの死体くらいだったはずだ。


 「ええ、貴方の処置はほぼ完璧と言っていいものでした。ですが、およそこの世に完璧なものはほとんどありません。俺達は人間だと思いますから、完璧は無理でしょう」


 「そこで人間だといい切らないのか」


 「そこなんですよね、なんか最近自分が人間かどうか少し自信が揺らいでまして、まあ、俺は俺ですからそんなことはどうでもいいんですけど」


 「自分が何者かどうかはどうでもいいと来たか、そうあっさりと言い切れる時点でお前は人間ではないだろうよ」

 俺は自分が“穢れた血”であるという事実に関心がないわけではない。むしろ、俺の根源ともいえるだろう。


 「そこはひとまず置いとくとして、この男とか他少数の限られた人間と接触する内に、貴方が“歯車”出身の“穢れた血”であることは突き止めたんですよ。あそこには頼りになる弟分がいるものでして」


 「ヨアヒムとマルコだったか、お前の手足として働いているようだな」


 「別に強制はしてないんですけどね、あいつらが手伝いたいというので仕事を回してるだけなんですけど、よく働くいい若者ですよ」

 己の記憶が正確なら、確かまだ11歳と10歳だったはずだが。


 「また話が逸れましたね。で、貴方が“歯車”だったからには必ずそこに入れた人物がいるはず。あの二人を“歯車”に編入させたのは俺ですけど、如何に貴方とはいえ自力で入れる場所ではないので」


 「なるほど、俺を“歯車”に組み込んだ人物を探したわけか。しかし、どうやって見つけたのだ?」

 あの男には水中人が作ったという薬を用いて、俺に関する記憶を消しておいたはずだ。


 「苦労しましたよ。何しろ貴方は用心深い。普通だったら自分の秘密を知ってる人間は消すものですが、人間が消えたという事実そのものが既に情報となり、それらを繋ぎ合わせることで大元にたどり着くのも不可能ではないですから、貴方はそれを警戒しあえて殺さず、ただ貴方に関する記憶だけを消していた」

 しかし、こいつはそれを突破してきた。


 「仕方ないので、全部当たることにしたんです。貴方が“歯車”だったのは10年前からのおよそ1年間ということまではなんとか分かったので、その時期に“歯車”のスカウトをやっていた人物を全員軽く拷問してみたんです。すると、妙な反応をしたのが一人いまして、その男がヴォレスという男でした」


 「そのためだけに全員を拷問したのかお前は」


 「若干趣味も混ざってましたけどね、ま、それはともかく、ようやく当たりに辿り着いたので本格的に探ってみたんです。脳をいじったり、色んな刺激を加えたり、ちょっとした薬物を注射してみたりと。苦労しましたけど、何とか貴方がバンスラード侯爵家の“穢れた血”であるということを吐いてくれたんですよ」

 なんだそれは、悪魔かこいつは。


 「参考までに訊くが、その男はどうなった?」


 「ヴォレスですか? 天に召されましたよ」

 その本格的な探りとやらに耐えきれなかったわけか。


 「意外と根性なしでしたからね、アドルフやフェルディナンだったらあの程度の苦痛はものともせずに相手を殺そうとするんですけど、ああ、ちゃんと死体は有効活用しましたから御心配なく、人材は貴重な資源ですからね」


 「絶対に意味が違う、人材ではなく人体というべきだろう。要は、そこの男だったものと同じ末路をたどったわけか」

 “梟”だったものはもはや原型が残っていない。


 「ま、ただ火葬にするくらいなら、こっちの方が人々の役に立つからいいんじゃないですかね。実は貧民街の人々に俺達が配ってる格安の薬とかの原料はこれだったりします」

 その真実を知ったら2度と誰も使うことはないだろう。


 「貧民街の人間に人体を材料にした薬を売りつけているのか、お前達は」


 「いいえ、無料で配っているんです。いってみればボランティアですよ。無償の奉仕、素晴らしい慈善活動ですよね」


 「確かに、偽善ですら無いからな。慈善活動といえるのかもしれん」

 純粋な悪意によるものとしか思えない。



 「とまあそういうわけで、貴方が捨てられたということは分かったので、貴方が“深き闇”なんて呼ばれてる理由もなんとなくわかったんですよ。マルコとヨアヒムもそうなってた可能性がありますからね」


 「“穢れた血”が考えることなど大体似たり寄ったりだろう」


 「そうですよね、やっぱり母の復讐とか、そんなところですかね?」


 「母? ああ、俺を産んだあの女か、俺が殺したが」


 「へ?」

 む、こんなことで驚くのか? 驚いた顔は初めてしたな。


 「そんなに珍しいか? 他と比較したことなど無いのでよくわからんが」


 「はあ、母を殺したんですか。いや、結構珍しいと思いますよ。“穢れた血”が求めるのは何だかんだで親の愛ですから、そこを組織への忠誠心に置き換えることで“歯車”は機能していたわけですから。言ってみれば“すりこみ”ですね。なるほど、だからこそ貴方は“歯車”を自分の意思で抜けたわけですか」


 「解析御苦労な事だが、いい加減その口調をやめたらどうだ?おちょくられている気にしかならんぞ」

 こいつほど敬語が似合わん存在もいないだろう。


 「そうですか、俺普段けっこう敬語使ってるんですけどね、アラン先輩にとか」


 「それはお前が敬っているからだろう。敬ってもいない人間から敬語を使われても、からかわれている気にしかならん」

 こいつは俺を敬ってなどいないのは誰でも分かるだろう。


 「そっか、なるほど確かに、アルフォンスやクロードとかに敬語を使っても同じようなことを言われる気がするな。んじゃ、こっからは友人のノリで気楽にいこうか」

 またあっさりと切り替わったな。


 「じゃあさ、せっかく友達になったわけだし、自己紹介といこう。俺はハインツ・ギュスター・ヴァランスだ。碌でもない両親に付けられた名前ではあるけど、俺の名前だから気にいっている」


 「イザーク。あいにくと自分で付けた名前だ」

 特に感慨がある名前でもないが。


 「ありゃ、じゃあ両親に付けられた名前はなんていうんだ?」


 「無い、俺にはそんなものは無かった」

 そこはまあ、珍しいといえば珍しいのかもな。


 「ふ~ん、へーえ、ほーお」

 何とも好奇心丸出しな表情をしている。今すぐ聞かせろと言わんばかりだ。


 「何だ? 俺の出生でも気になるのか?」


 「そりゃ当然、どうやったらお前にみたいなのが出来あがるのか非常に興味がある」


 「その言葉はお前にだけは言われたくない。まあ、こうなっては隠すことでもないので話してやってもいいが」

 少なくともそのうざい目が消えるなら軽いものだろう。


 「おお、優しいなあ、是非聞きたいですハイ」

 そういって妙な座り方をするハインツ。


 「なんだそれは?」


 「正座、人の話を聞く時の正統なる姿勢さ」

 なるほど、初耳だ。多分こいつだけのルールだろう。

 「その正座というのは、人間の皮膚の上に座るものなのか?」


 「いや、これは単なる痺れ対策。もう『固定化』はかけたから劣化する心配はないし」


 「まあいいが、それで、お前はバンスラード侯爵家についてはどの程度知っているのだ?」


 「由緒正しい古い家ってのは知ってる。俺のヴァランス家に比べれば歴史は浅いけど、1000年くらいは歴史があるよな」

 こいつの家は六大公爵家の一角、2000年近い歴史を持っていたはずだ。


 「そうだ。封建貴族の例に漏れず、魔法絶対、伝統を維持せよ、誇り高く生きよ、その辺が家訓のどこにでもあるような家だ。ベルフォール家と繋がりが深いため現在は中立派だが、ベルフォール家の派閥の中ではディーツ公爵家に次ぐ立場にいる」


 「うちんとこのファビオ伯みたいなもんかな?」


 「大体そうだ。お前のヴァランス家は派閥を全て分家としているという特色があったな。ベルフォール家は分家が少なく、その代りにいくつかの有力貴族を家臣のように扱っている。バンスラード家はその次席といったところだ。機会と野心があれば、六大公爵家の一角に上り詰める程度は可能な位置にいるな」

 ベルフォール家自体が100年ほど前に六大公爵家の一角となった家だ。当時侯爵家であったベルフォール家は火竜街道の出口に位置し、虎街道の出口に位置するフォンサルダ―ニャ侯爵家とその座を巡って争い、勝利したという。


 「そこの当主には当然封建貴族の正妻がいた。確かヴァッソンピエール伯爵家の次女だったか、そしてその他にも多数の愛人がいたがそれ自体は別に珍しいことでもなんでもない」


 「だよなあ、俺の母エドリエーナもそんなんだったし。父の方は宮廷での暗躍に夢中だったそうだけど」


 「そう言えば、お前の両親は暗殺されたのだったか」


 「まあね、ま、そこはどうでもよかったんだけど、下手人もろとも全員死んでるな。ヴァランス家の膿は一掃されたわけだ」


 「お前が殺し尽したの間違いだろう。話を戻すが、そいつは若くて美しい女に目がない男だったわけだ。女にとってはこれほど誑かしやすい阿呆もいないだろうな。そして、ある大商人の娘がそれを実行した」


 「その女は純粋な平民だったのかい?」


 「そうだ。大商人の中には下級貴族と結婚している例も多いから完全な平民ではないケースもあるが、その女は純粋な平民だったそうだ。しかし、美貌と魔法は関係なかったそうでな。その馬鹿当主はその女の虜になったわけだ」


 「その辺もうちと似てるな。女に騙されて財産を全部奪われたのもいるし、浮気相手の浮気相手に逆上して街中で決闘を申し込んで、完膚無きまでに負けた上に肥料を運んでいた荷馬車にぶつかり糞まみれになった挙句、マントが馬具に絡まって街中を糞まみれで馬に引きずられていった武勇伝を持ってるのもいたぞ」


 「そこまで行くと逆に見事という気もするな。それで、そこの当主はその女に夢中になった。その女が欲しがるものは何でも買い与えた。しかし、女にとってはいつ飽きて捨てられるかもわからん状況だ。打てる手は全て打ち、他の愛人をゴロツキを雇って殺したり孕ませる程度のことは平気でやっていたそうだが、保険は必要だった」


 「なるほど、その保険がお前というわけか」


 「そうだ、当主の方には正妻との間にも子がいた、だからその女と当主を繋ぐ楔として俺は作られた」

 作られたという表現が一番妥当だろう。


 「でも、名前が無かったってのは?」


 「簡単だ。所詮は愛人なのだからいつかはいらなくなる時が来る。女の方もそれが分かっていたからそれまでに出来るだけ多くの財産を貯めておきたかったのだろう。その期間を最大にするための道具が俺であるに過ぎず、いつかは廃棄処分になることは作った時から決まっていたのだ」


 
「なるほどねー」


 「言ってみれば人形と同じだな。子供に買い与える人形はいつかはいらなくなることが決定している。まさか大人になっても人形を大事に抱えている者はいない。しかし、幼い頃に人形に名前などを付けて大事にしていれば、いらなくなったときになかなか捨てがたくなってしまうものだろう」


 「それで名前が無いのか」


 「そうだ、いつか捨てることが決定している人形に余分な愛着など出ないようにな。あの屋敷では俺は“穢れ”だの“汚れ”だのと呼ばれていたが、流石にそれを自分の名前と定義したくはないのでな」


 「確かに、それなら名前がない方がましだな」


 「死なない程度の配慮はされていたし、その女に与える宝石の100分の1程度の金は俺にもかけられていたのかもしれん。その女が気まぐれにどこかに遠出に行きたいなどと言い出せば、瞬く間になくなるような金ではあるが。それに、いてもいなくても変わらないような存在だったからな。邪魔にならない限りは何をしても文句を言われることもなかった。正妻の子にとっては俺など庭で餌をあさる小鳥程度の認識だっただろうさ。糞で庭を汚さない限りはどうでもいい存在ということだ」


 「当然洗礼も与えられていないと、まさに人間以下というか、空気と同じだったわけか」


 「そして8年後、名もなき人形は廃棄処分とされることが決定した。原因は知らんがどうでもいいことだ。そして、別邸があったロンバール街からゴルトロス街までバンスラード侯爵家の家紋が入った馬車で移動し、俺はまさに汚物のように馬車から放り出されたというわけだ。汚物を捨てるならば貧民街と相場が決まっているからな」


 「その時に馬車の家紋を見て、ヴォレスはお前がバンスラード侯爵家の“穢れた血”であることを知ったわけだ」


 「そうだろうな、そして、そこで俺はその女を殺した。その女もまさか8歳のガキが『ブレイド』で自分の首を切り落とすなどとは考えなかったようだ。それを見ていたヴォレスに俺は“歯車”として勧誘された。何でも、貧民街に子供が捨てられるのは日常茶飯事だが、その瞬間に捨てた親の首を切り落としたのは俺くらいだそうだ」


 「く、くくくくくくくくくくくくくくく、あははははははははははははははは!! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

 すると、つぼにはまったようにハインツが笑いだした。


 「いい! いいよそれ! いやーイザーク、お前才能あるわ! それは滑稽な話だなあ! うんうん、やっぱり中途半端はいかんという教訓だなこれは、子供達に聞かせるにはいい話だ」


 「教育に悪いことこの上ないと思うが」

 というより、この話を聞いて大爆笑できるこいつの感性がありえない。


 「だってそうだろ?自分の都合だけで勝手に産んで、そしていらなくなったらポイ、まさに母親の鏡だろ。どんな種族を見渡してもそんな真似するのは人間以外にいやしないさ、人間たるものかくあるべきというか。そして、その女が唯一最後だけは自分の手で子供を捨てたわけだ、ほんの僅かでも良心ってのが残ってたのかもしれないけど、それによってその女は死んだ。これ以上に滑稽な話があるかい?」


 笑いながら道化のように悪魔が告げる。


 「いやー、いいヒントをもらったなあ、そうだな、それはいい、肉親の情を利用した滑稽な殺し方か。まずは息子の首を切り取って、脳の代わりに火の秘薬を詰めて、親が触れたら爆発するとか面白そうだな。他にも色々応用できそうだし」


 その表情は、新しい遊びを考える子供のような純粋な笑い顔だった。


 「なあ、一ついいか?」


 「何だい?」


 「お前は悪魔だ。間違いない」

 間違いなく断言できる。こんなものは人間とは呼べんだろう。


 「かもな、まあそれはいいとして、お前が“深き闇”なんて呼ばれてるのは、バンスラード侯爵家への復讐のためってわけだな」


 「そうだ。俺にとってはそれが全てだ、他のことなどどうでもいい。だから群れんのだ、群れたところで意味はない。俺の復讐は俺の手で成し遂げる、その為に他の者と群れる必要などどこにある?」


 「うーん、まあそれはそうだけど、それは果たしてそうかな?」


 しかし、ハインツは否定した。


 「どういうことだ?」


 「いや、純粋な疑問かな、復讐がお前の全てというなら、なんでそいつを殺していない?」


 「………」

 それは、俺自身が無意識に考えないようにしていたことか。


 「そうだろ? お前ならとっくの昔にそいつを殺せているはず。普通に考えればたった一人の“穢れた血”が名門貴族バンスラード侯爵家に喧嘩売るなんて正気の沙汰じゃないが、あいにくお前は普通じゃない。やろうと思えばいつでも出来た筈、しかも、自分の今の立場をほとんど崩すこともなく」



 確かに、その通りではある。ならばなぜ、俺は実行しなかったのか?


 「ここからは俺の想像になるんだけどさ、お前は、恐れていたんじゃないか?」


 しかし、俺が考えなかった部分をこいつは指摘してきた。


 「恐れるだと? 俺が? 何を?」

 暗黒街の“深き闇”たるこの俺が恐れるだと?
 

 「生きる意味、いや、この場合は“存在する意味”と言えばいいのかな、それを失うことを」


 「存在する意味、だと?」


 「ああ、お前は名も無い人形だった。それに“イザーク”という名前と行動原理を与えたのはお前自身だろ。それは凄いことだと思う。普通だったら親や兄弟とかと触れ合うことで徐々に自分ってのを作っていくはずなんだけど、お前は自分だけでそれをやった。だけど、“イザーク”は復讐の為に存在する。それを成し遂げたとき、存在する意義を失ってしまう」


 「それを、俺は恐れているということか?」

 不思議だ。今日会っただけのこいつの言葉が、紛れもない真実であると理解できる。


 「これもまた普通ならあり得ないことだと思う。大抵復讐ってのは自分の全てを懸けるもんだから、そこで完結して問題なかったはずだ。復讐を成せるなら悪魔に魂を売っても構わないって方向でな。だが、その復讐が悪魔に魂を売るはおろか、片手間に出来ることだったらどうだろう?」


 「片手間か……」

 確かに、復讐を遂げるだけならばそれは容易い。


 「これも例になるけど、鼠って寿命は短いよな。それが一生懸命に家の柱を削り続けて、その短い命の間に家そのものを崩すことが出来たとしたら、その命には大きな意義があったと自分で納得出来ると思う。けど、寿命が長く、強大な力を持つ竜が、たかが家一つを破壊する程度で己の存在に意義があったと思えるものかな? せめて国をまるごと消し飛ばすくらいはしないと、そうは思えないだろうさ」


 実に面白い例えをする男だ。


 「では、俺は竜ということか?」


 「単独で暗黒街の情報網を全て掌握する男を、竜と呼ばずに何と呼べばいいのか俺は知らないけどね。鼠だったらバンスラード侯爵家という“家”を壊すことで満足できても、竜がその程度で己の人生を良しと出来るわけがない。だからお前は探していたんじゃないのか?自分のやるべきことを、情報網を広げながら」


 それはつまり。


 「俺の本質は、壊すことではなく探すことだというのか?」


 「少なくとも壊すのは違うと思うよ。真理の探究とか、新しいものを作るとか、そういったことの方が向いているんじゃないかと俺は考える。そうでもなきゃこんな複雑な情報網を作れるわけないし、どれもこれも革新的な手法が織り込まれてるし」


 「………………」

 俺が何者で、何を成すべき者か、か。考えたことも無かったな。いや、無意識下では考え続けていたのか。だが、待てよ。



 「俺は、親の愛の代わりに、“それ”を求めていたのか?」


 「多分ね、それこそがお前が常人とは異なる最大の部分だと思う。親の愛などいらぬ、我の道は我のみで切り開くってとこかな?普通の人間だったらあり得ないだろう。マルコやヨアヒムも母の愛に包まれているからね」


 「なるほど、そういう見方も出来るか、それで、お前は何のために来たのだ?」


 これまで話して来て確信をもった。こいつは無駄なことをしない。いや、無駄なことばかりなのだが、どれもが無駄になっていないというべきか。


 「だから、勧誘だと言っただろう。お前を官吏として王政府に勧誘しに来たのさ」


 思考が止まった。


















 長く沈黙していた気がする。

 俺の人生の中でこれほど呆然としていたことはなかっただろう。



 「俺を? どこに招くだと?」


 「だから、王政府に、官吏になってもらってさ、ゆくゆくは大臣とかになってもらえると助かるかな」

 どこまでも平然とハインツは告げた。



 「く、くくくくくく、実に突拍子もないことを言う奴だ。俺を王政府に招くか」


 「それだけじゃなく八輝星も兼任してもらいたい。要は王政府と暗黒街の橋渡し役をお願いしたいんだ。流石にこんなのはお前くらいしか出来そうになくてさ」

 なるほど、確かにそんなことを出来るのは少ない、というか俺くらいしかいないだろう。


 「だが、それは不可能だろう。王政府と言えば貴族の巣、まして高官ともなれば相応の爵位が必要となる。“穢れた血”の俺がなれるわけもあるまい?」


 「だから、バンスラード侯爵家を継いで、イザーク・ド・バンスラードとなってもらいたいんだ。そして、お前と同じような“穢れた血”が存在せず、差別されないような社会をつくるために尽力してほしい。誇り高き、由緒正しきバンスラード侯爵家の力を使って」



 「………」














 「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」


 俺は笑った。人生でこれまでに無い程に笑った。


 「はははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!! く、くくっくくくくくくくっくく、は、はははははははは」


 それほど、その言葉は滑稽だった。


 「この俺が! “穢れた血”のイザークが! あのバンスラード侯爵家を継ぐというか!! はははは! しかもしかも! “深き闇”たるこの俺が! 罪なき人々の為に尽くすのか! はははは! はーっはっはっは!! 滑稽だ! これ以上に滑稽なことがあるか!!」


 「だけど、やりがいはあると思うよ。なにせ、社会制度を変えるというのは難しい、しかも武力で破壊するとかじゃなくて、内側から政治で変えていかなくちゃいけない。お前の人生を全て費やしたとしてもそれを成せるかどうか怪しいところだ。バンスラード侯爵家を潰すなんて些事とはわけが違う」


 「くくくく、俺のこれまでの人生の目的を些事と言い切るかお前は。ああそうだ、その通りだ、それはやりがいがありそうだな。しかも、実に滑稽な復讐をも含んでいる。あのバンスラード侯爵家の全てが、“穢れた血”のものとなるばかりか、“穢れた血”を救うための道具とされるのだからな、これ以上の復讐はないな」


 こいつは悪魔だ、よくぞまあそんな茶番を思いつけるものだ。


 「だろう、これは皮肉が効いてていいと思うんだ。これまでのお前には絶対に思いつけなかっただろうからさ。ここは慈悲深い心を持つ俺ならではだろう」


 「確かにな、俺はこれまで、善意で誰かになにかをしたことなどなかった。その俺が貴族制度に虐げられる人々を救うために、バンスラード侯爵家を継いで王政府に仕えるなど、思いつくわけがない。お前は天才だよ、ハインツ」


 「そんなに褒めるな親友よ」


 「もう俺とお前は親友になったのか」


 「親友に時間なんて関係ないさ、『影の騎士団』の連中と親友になるのにも一時間かからなかったからな」

 ほう、そいつらと同格なのか俺は。


 「ま、それはともかく、俺の勧誘は受けてもらえるということでいいのかな?」


 「ああ、いいぞ、受けてやる。これ以上に面白そうなことなどないからな。それに、今の王政府にはお前がいるのだ。色々と面白そうなことになるのだろうさ」

 それは確信できる。しかも、軍部にはこいつと同格の異常者が6人もいるという。そんなのが揃っているこの状況で何も起きないわけがない。


 「別に内乱とか起こすわけじゃないけどな」


 「それよりもさらにとんでもないことをしそうな気がするぞ」

 楽しみだ、実に楽しみだ。まあ、一朝一夕とはいかんだろうが、そんなに待たされることもないだろう。



 「だが、復讐は遂げさせてもらうぞ、俺が継ぐ以上少々工夫は必要だろうが、その辺は手を貸せ」


 「了解、その辺に関しちゃ得意分野さ、経験者は語るってやつかね」


 「ふむ、お前は身内を皆殺しにしたんだったな」


 「応よ、言ってみれば身内殺しの先輩さ」


 「何とも物騒な先輩もあったものだ」


 「ま、俺と違って時間制限はないわけだから、のんびりじっくり計画を組もうか」


 そして、俺とハインツの共同作業が始まった。










[14347] 2章外伝  人界の闇と異界の闇 ■■■   転   ■■■
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 00:53

外伝  人界の闇と異界の闇




■■■   転   ■■■




 ハインツと最初の邂逅を遂げてから三日後、俺はハインツの実験室とやらを訪れた。


 バンスラード侯爵と平民の女の間に生まれた俺は「水のライン」だが、ハインツは12歳で既に「水のスクウェア」だという。

 そもそもあいつが12歳であるということ自体が冗談のような話だが、それはあいつに限った話ではない。

 アドルフ・ティエール(12歳)

 フェルディナン・レセップス(12歳)

 アルフォンス・ドウコウ(12歳)

 クロード・ストロース(12歳)

 エミール・オジエ(11歳)

 アラン・ド・ラマルティーヌ(14歳)
 

 どれもこれも年相応とは言い難く、幼さを残しているのはエミールくらいだったか。

 アランに至っては既に186サントの長身であり、完全に大人にしか見えん。175サントの俺が見上げることになったからな。他の4人は体つき自体はまだ子供らしさを残していると言えなくもないのだが、その中身は異常の一言に尽きる。流石はハインツの親友というべきか。


 まあ、俺が言えたことではないのだが。


 「お、イザーク、来たか、準備は出来てるぞ」


 中に入るとハインツがいた。

 ここは暗黒街のやや北寄りにある建物の地下。以前は周囲には人身売買の本部のようなものが置かれていたが、アドルフ、フェルディナンの両名によって焼き尽くされた。

 この建物も焼け残りのようなもので、地上部分は完全に廃墟となっている。


 「しかし、お前達も暴れたものだな。たった7人でここまでやるとは」


 「あれはあれで楽しかったからな。数日間寝ずに駆け回る羽目になったのも一度や二度じゃないけど」

 それを楽しいと言い切れる人物が、こいつ一人ではないのが恐ろしいところだ。


 「確か、数百人を一度に殺したこともあったな」


 「ああ、八輝星の一人、ラーツを相手にしていたときだったかな。あそこの組織は千人以上の構成員を抱えてたからな、流石の俺達も多勢に無勢で」


 7人と1000人以上では勝負にならん。

 この暗黒街にはおよそ2万近い人間がいると言われているが、実数は俺にも分からん。1万以上2万未満なのは間違いないが、いつでも大量に入って来ては大量に死んでいく街だ。数日に千単位で変動することもあり得る。

 それを実際にやったのがこの7人なのだが。


 「それで、一気に毒殺したわけか」


 「ああ、一つの建物に集合した時に毒ガスで一気に殺したから500以上は死んだ筈だぞ。まあ、正確には毒ガスは動けなくしただけで、後は“こいつ”で首を刎ねたんだけどさ」

 そう言いつつ剣を抜くハインツ。いや、“カタナ”というのだったか。


 「500人以上の人間の首を刎ねたわけか、呪われてそうだな」


 「もう立派に呪われてるよ、その名も“呪怨”。ついでにいえば殺したのはそいつらだけじゃないし、まだ1000にはとどいてないけど、その王台にのるのも時間の問題だろ」

 それを笑いながら愛剣にするのはこいつくらいだろう。


 「その結果が“毒殺の悪魔”か、その首を暗黒街中にばら撒いたのでは当然だが」


 「ちゃんと『固定化』はかけておいたぞ、そうしないと病気の媒体になっちゃうし」


 「そういう問題ではないと思うが」

 そういった気配りはなぜか完璧にするのだ、こいつは。


 「ちなみに胴体の方はいつものごとく、あれのおかげで貧民街に配る薬が結構確保できたからな」


 「貧民街の住民も、自分達の薬が虐殺の賜物だとは夢にも思うまいよ」

 世の中には知らない方がいいことは多いというわけか。


 「ま、雑談はともかく、そろそろ始めるか」


 「よろしく、教師殿」

 今日はこいつに拷問テクニックを習いにきた。

 俺はこれまで情報の収集をメインに行ってきたので、荒事はそれほど専門ではなく、拷問は専門外だった。


 俺の父に当たるあの男を、近いうちに始末することは決定したので、その時に備えて拷問術を学ぼうと思って訪れたわけだ。


 「んじゃまずは場所を移すか、我が研究室へようこそ」


 そう言いつつ奥の部屋に案内するハインツ。








 その部屋は、まあ、悪趣味の一言に尽きる場所だった。


 そこら中に臓器が散らばっているが、どれも腐敗してはおらず、虫の一匹もいない。


 「殺虫剤やバルサン以上の毒ガスが常に充満しててな、虫や細菌が生きれる環境じゃないんだ」

 “サッチュウザイ”や“バルサン”なるものが何かは知らんが、ようは、毒で満ちているということだ。


 「俺の身体はこの程度の毒はものともしないくらいの耐性があるけど、お前はさっき飲んだ解毒剤が効いている間しか、ここにはいないほうがいい、ちょっとやばいことになるから」


 「その代償に、種なしの不感症になったのだったか?」


 「まだ12歳だから実感はないけど」


 「それがそもそも信じられんのだ」


 「まあそこは気にせず、周囲の壁にはエミールやアラン先輩に頼んで密封性を完備した上で『硬化』と『固定化』をかけてもらったから、毒ガスが外に出ることはない」


 「でなければ大問題になっているぞ」

 まあ、悪魔の居城と噂されるここに近づく者はそもそも皆無だろうが。


 「この臓器とかにも全部『固定化』をかけているからホルマリン漬けにする必要もない、魔法って便利だよな」


 「“ホルマリン”とは何だ?」


 「まあ、生物の細胞を生かすための液体みたいなもんといえばいいかな? 水の秘薬の液体に似た効果のがあるだろ」


 「ああ、死体ではなく、生きた人間を保存しておくあれか」

 当然、禁制品だが。


 「あれと似たようなもんだな、俺の『錬金』はそういった特殊物質を生成することが出来るのだよ」


 「それが、“悪魔の業”か」


 「そういうこと、絶対に広めるべきじゃない技術だと確信を持って言えるね」


 「それを躊躇なく虐殺に用いるお前は何なんだ?」


 「何だろうな?」


 「悪魔以外の表現が見当たらんが」


 「やっぱそうなるか、まあ、第一候補にしておこう」

 よくまあ、ここまで自分に無関心でいられるものだ。



 「ここには臓器の他に、皮膚、髪、眼球、血液、骨とか、色んなものが貯蔵されてる。この前ばらした“梟”だったものもしっかり保管してある。ま、いずれは処理場に送って薬とかになるんだけど」


 「その処理場も管理してるのはお前だけか?」


 「そうなんだよ、以前『影の騎士団』の皆を案内したらドンびきされてさ。お前にみたいな同志に会えて嬉しいよ俺は」


 「ドンびきで済む時点で十分異常だな、普通だったら絶交している」


 「ま、そこは彼らが彼らたる由縁かな、それで、いくら“管理者”とはいえ、アラン先輩に管理を任せるわけにもいかなくて俺がやってる。いずれは誰かに任せようかと思ってるけど。それから、死刑囚の死体なんかも実はここにくるようになっていたりする。その辺は殿下の権力のおかげだな」


 余談だが、後にハインツが『ホムンクルス』の製作法を学んでからは、“ツェーン”と“エルフ”がその管理に当たったらしい。


 「それで、拷問用の材料はどこにあるのだ?」


 「それはもう一つ奥の部屋だ。何しろここに保管してたら死んじまうし」


 「それもそうか」


 そしてさらに奥の部屋に。








 「これは、“アイアンメイデン”か?」


 「ああ、殿下の部屋にあったのをもらってきたんだ。調度品にいいかなって」


 「確かに、この部屋の調度品には相応しいと思うが、なぜ王族の部屋にこれがあるのだ?」


 「さて、そこばかりは神のみぞ知る?」


 「そこが疑問形なのか」


 「あの人に関しては俺もよくわかんなくてな」


 こいつがそのように言う人物か、いったいどんな人物なのやら。


 「それで、これはなんだ?」

 そこには箱のようなものと、収納された人間が4つほどある。


 「これ? 拷問オルゴール。一時期拷問にはまってた時に作った作品だよ」


 「名前だけで大体内容は想像できるな」



 「まず、水の秘薬を切って被験体を目覚めさせる」

 格納されてた男達が目覚める。例の“ホルマリン”とやらに近い水の秘薬だろう。


 「そして、この綱を引く」


 ざりざりざりざり

 ごりごりごりごり

 ぎぎぎぎぎぎぎぎ


 そのような音が響く。


 「うげああああああああああああああ」

 「ぎょぶべぐううううううううううう」

 「ぞるヴぇるぼおおおおおおおおおお」

 「ぐちゅつべえええええええええええ」


 人間の発声限界に挑むかのような声が響き渡る。


 「とまあ、このように、それぞれ違う場所を鋸がこすることで、違う音を発する。その和音が心地よいメロディーを作り出すのです」


 「これを心地よいと感じるのは狂人くらいだろうよ」


 「俺もそう思う」


 「お前が作ったんだろうが」


 「あくまで趣味だよ、実践向けじゃない。音楽を聞くなら子供達と一緒に歌ってた方が数百倍楽しいさ」


 こんな悪魔と一緒に歌うことになる子供に幸あれ。


 「んじゃま、実技に入りましょう」


 「講義がなかったが?」


 「習うより慣れろだ」


 そう言いつつ、これまた磔にされた男にかかっていた秘薬を抜く。


 「まず基本、目玉えぐり」

 それの目玉を容赦なくえぐる、指で。


 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 「うるさい、黙れ」
 
 そう言いつつ舌を引っ張る。


 「その二、舌切り」

 問答無用で舌を切り、死なないように『治癒』をかける。声にならない声に関しては無視する方向で行く。


 「俺達水メイジは一番拷問に特化してる。殺さないように調整しながら苦痛を与えることができるからな」

 講義&実技は続く。


 「死んだらそれまでだから、死なないように細心の注意をすること。特に、こういうのを打つのは必須かな」

 さらに液体を注射する。


 「それは?」


 「“ヒュドラ”にも使われてる精神系の薬、これを打っとけばショック死することはほとんどなくなるから、物理的要因で脳が死なない限りは生き続ける。“蟲蔵の刑”に処する時にもこれを打つのと、舌を切っておくのは忘れないことが重要」

 それからも、ありとあらゆる拷問講義は続いた。













 「とまあ、一通りこんなもんかな。後は実践あるのみ」


 「よくぞまあ、これだけ思いつくものだ」

 人間を苦しめる方法をこれほど研究するとは。


 「ま、閃きってやつかな?」


 「ところで、お前の部下のヨアヒムとマルコはここを知っているのか?」


 「いいや、子供の教育にはよくなさそうだから教えてない」

 それを友人には見せるのかこいつは。

 世の中に拷問吏は多くいるだろうが、こいつに敵う者はいないだろう。何せ…


 「そして、これらの拷問をまず自分で試した訳か」

 目玉抉りも、舌切りも、その他あらゆる拷問を、『遍在(ユビキタス)』を使用してまずは自分で試したという異常者がこいつだ。


 「当然だろ、まずは自分で試してみないと、どんだけ苦しいかわからんし。まあ、俺の身体はあんましいい実験体じゃないんだけどさ」


 「骨が杖だったりと、その他幾つかの改造をほどこしているのだったか?」


 「おう、自分がどのくらいで死ぬのかを見極めるためにも必要な処置だったからな」


 これまた余談だが、こいつは後に自分の身体が限界を迎え、『デミウルゴス』という肉体に取り換えることになる。種なし不感症ではないことなども含め、本来の身体よりも余程人間らしいものだったというのだから凄まじい話だ。(骨の杖だけはそのままだったそうだが)



 「そこはつっ込まないでおくか、とりあえず、参考になった。感謝する」


 「どういたしまして、と。そういや結構長い時間やってたから腹減ったな、飯にしよう」


 「よく食欲があるなお前は」

 これの後に食べれるとは。


 「お前はどうする? 遠慮しとくか?」


 「肉や魚でないならばもらおう」


 「おっしゃ、任せとけ」


 「お前が作るのか?」


 「応よ、これでも酒場のマスターとか色々やったからな、女装も多かったけど」


 「そういえば、“殺戮の魔女”もお前だったんだったな」

 こいつが女に変装して貧民街や暗黒街を歩き、それを人気のない場所に連れ込もうとした男達が悉く解体され、この人間処理工場に送られたわけだ。


 「最近はやってないけどな、身長がこうなるとそろそろ無理あるし、子供の頃の期間限定だなありゃ」


 そういいつつ、厨房に向かうハインツだった。






















 そして、さらに数日後、計画を実行に移す時がきた。

 本日の夜にバンスラード侯爵邸に襲撃をかける手筈となっている。もし俺だけで行うならば色々な布石が必要となるが、ガリア王国第一王子という後ろ盾がいる以上、俺を侯爵にするくらいは造作もないようだ。

 俺があの男の血を引いているのは紛れもない事実のため、貴族印さえ確保すれば“血縁の呪い”によって俺がバンスラード侯爵家を継ぐ資格があることは証明される。

 そして、俺が既に洗礼を済ませているように情報を操作することなどは造作もない、それと同時にハインツが実際に教会に潜入し、偽造文書を入れて来たので万が一の心配もない。


 後は、実際に襲撃し、一族を皆殺しにすれば済む話であり、貴族院の継承者が変わらないように、当主だけは生かしたまま監禁し拷問すればいいだけだ。


 そして、俺はハインツとの待ち合わせ場所に赴いたわけなのだが………









 「ハインツ兄ちゃんーー、まってまってーー!」

 「おいかけろーー、おいかけろーー」

 「わーいわーい」


 「はっはっは、そんなんじゃ追いつけないぞー」



 何とも信じ難い光景を目撃している。






 ここはリュティス西ブロックに位置するロアール街。


 リュティスの一般市民層が住む場所だ。


 俺は普段暗黒街に住んでいるが情報網を掌握しているため、その他の区画に足を運ぶことも多く、ロンバール街やベルクート街などの東部の貴族街に出かけることもある。

 なので、リュティス西部の一般市民街を訪れることも、別に珍しいことではないのだが、そこで目撃したものは中々に衝撃的だった。

 簡単に言えばハインツが子供達と無邪気に遊んでるだけなのだが、その笑顔が人間処理工場で拷問しているときの笑顔と同じなのだ。


 一体どういう感性があれば、子供達と遊んでいる時の笑顔と人間を解体、もしくは拷問するときの笑顔が同じになるのか。

 俺はハインツの異常性を改めて実感していた。


 「あら? 何かご用でしょうか?」

 すると、孤児院から初老の女性が現れた。


 「いえ、あそこにいる男の知り合いでして、ここを待ち合わせの場所に指定されたのですが」

 俺はハインツを指さしながら答える。


 「ああ、貴方がハインツ君が言っていたイザーク君ね」


 「そうです」

 イザーク君か、そのように呼ばれたのは初めてだ。

 暗黒街の人間以外と会話したことがないわけではないが、ほとんどが裏側の人間だった。


 「ハインツ君は今あの子達の相手をしているから、もう少し小さい子達の相手をお願いできるかしら?」


 「は?」



















 どういうわけか、生涯で初めての経験をすることとなった。


 「まさか、俺が孤児院で子守りなどをすることになろうとは」

 暗黒街の“深き闇”と呼ばれた男が、赤子を背負いながら幼児の相手をするとはな。


 しかし、幼児というのは泣き叫ぶものだという認識があったが、ここの赤子や幼児は随分静かなものだ。

 泣かないわけではないが、少し相手してやればすぐに泣きやんで眠りに就く。


 「いつもこのようなものなら、育児というのも簡単なのだろうが」

 穢れた人形であった俺がそう呟くのも皮肉なものだ。


 「あらあら、随分子守りが上手なのね、流石はハインツ君の友達だわ」

 院長のクローディアという女性が微笑みながら言う。


 「ということは、あいつも子守りが上手いのですか?」


 「ええ、その子達も普段は結構ぐずるのだけど、ハインツ君に抱かれてる時は静かなものよ。子供や赤子に好かれる才能でも持ってるのかしらね」


 暗黒街のあいつを知る身としては、その逆の才能を持っているようにしか思えないのだが。


 「しかし、子供達の数が多いですね。この数を養うのは大変なのでは?」

 建物の規模から考えると子供の数が多い。

 その代り働く人数もかなり多いようだが、彼らを雇うだけでも相当の費用となるだろう。


 「ええ、元々はこの半分以下だったのだけどね、ここの子達のほとんどはハインツ君が貧民街から連れて来た子なのよ」


 なるほどな、食糧や薬の配給だけではなく、そのような活動もしていたのか。


 「ということは、費用はあいつが出しているのですね?」


 「ハインツ君が言うには、彼の後見人の方が出してくださってるそうだけど」


 「ジョゼフ殿下ですか」


 「そうみたいね、リュティスを歩いていると、ジョゼフ王子かシャルル王子か、どちらが次の王に相応しいかなんて声も聞こえるけど、私はどちらも素晴らしい方だと思うわ。ここはジョゼフ殿下によって支えられているようなものだし、他の孤児院も両殿下のどちらかの支援で成り立っているようなものなのよ」


 第二王子シャルル。オルレアン公であり、“ガリアの光”、“慈愛の君”と呼ばれる人格者。

 確かに彼ならば、私財を投じて孤児院をいくつも経営するくらいのことはやるだろう。


 「しかし、よいことではありますね。どちらが王になろうとも、民にとっては問題ないということなのですから」


 「そうね、後は、王様が変わる際になんの混乱もなければいいのだけれど……」

 現国王であるロベール五世は弟との間に壮絶な権力闘争を繰り広げ、それは市民にも飛び火したという。

 この人の年齢を考えれば、それを体験したのは間違いないだろう。


 「このガリアでは、王が変わる際に混乱が起きるのは当たり前ですが。やはり、起きないに越したことは無いでしょう」


 「ええ、次の王が誰ということに費やす暇があるなら、もう少しこの子達のような立場の者に気を使って欲しいのものね」

 彼女には彼女の出来ることをやっているのだろうが、結局は王政府の決定を受け入れるしか市民には出来ない。

 反抗したところで力で抑えつけられるだけだろう。

 そう考えれば、自分で生き抜ける力を持つ者にとっては、暗黒街は楽園なのかもしれんな。













 「おうイザーク、お疲れさん」

 夜、厨房から出てきたハインツが声をかけてくる。


 「まったく、俺に子供の相手をさせるなど、どういう了見だ」

 子供達を寝かしつけてから言う台詞ではないようにも思えるが。


 「いやさ、俺ってどういうわけか子供とか赤子に好かれるんだよね。だから、ひょっとしたら属性が近そうなお前もそうかなーと思ったんだよ」

 しれっと答えるハインツ。


 「その予想は理由は知らんが、当たった様だぞ」


 「みたいだな、人体解剖や拷問をやると子供に好かれるのかな?」


 「そこにだけは関連性はないと思う」


 「だよなあ」


 だとしたらなんなのかは謎のままだが。


 「院長から聞いたが、ここやその他いくつもの孤児院の運営資金はお前が出しているらしいな」


 「ああ、元々はマルコやヨアヒムもこういった孤児院で引き取ってもらうはずだったんだけど、本人の強い希望で“歯車”に編入することになった。何しろ『影の騎士』として一人で活動してる頃は俺9歳だったからな。身寄りのない子は孤児院で引き取ってもらうくらいしか出来なかったんだよ」


 「9歳の子共が貧民街の子供を孤児院に引き取ってもらっていたわけか、とんでもないな」


 「今だったらもっと色々やりようがあるからな、ちょっと遠いけどヴァランス家で引き取ってもいいし、色んなコネを利用して引き取ってもらう先にはことかかないんだが」


 「お前を騙して子供を売ろうなどと考える者もいないだろうしな、もしいたらご愁傷様という他ないが」

 拷問で済めばいい方だ。


 「まあな、そんなことしようものなら人面犬にでもしてやるよ」

 人間ですらなくなるわけか。
 

 「しかし、あの子共達も自分が育つための費用が血と殺戮の賜物とは思わないだろう」


 「気付いたら化け物だけどな、それに、教える気はないよ。俺が助けたいから助けただけだし」


 「なるほど、それで、今後はどうする気なのだ?」


 「そうだな、学校に行かせてやって、将来の選択を自分で選べればいいとは思ってるよ」


 「学校? あの子達は平民だろう」


 「ああ、全員な」


 「平民の学校を作るというのか?」


 「今はまだまだ夢物語に過ぎないけど、それが出来そうな人間にも心当たりがあるんだよ」

 ほう、そのような人材がいるのか。


 「その人物とは?」


 「ギヨーム・ボートリュー、今は一介の官吏に過ぎないけど、そのうちもっと出世すると思うよ彼は」


 「若いのか?」


 「お前ほど若くはないけど、確か21歳くらいだったはずだな」


 「随分若いな」


 「俺の役目は宮廷の監視や封建貴族の粛清だからな、貴族の監視の際に色んな人材を見て回ったりしてるんだ。その他にも若手で使えそうなのが結構いたりする。ま、お前以上は一人もいないけど」


 「やれやれ、随分と評価されていることだな」


 「そうでもなきゃ、こんな回りくどい方法をとってまで勧誘しないさ」


 「それもそうか」


 そのような会話をしながら、俺とハインツはロンバール街へ向けて夜のリュティスを歩いていた。







[14347] 2章外伝  人界の闇と異界の闇 ■■■   結   ■■■
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 00:54
外伝  人界の闇と異界の闇





■■■   結   ■■■




 ロンバール街。



 ガリア中の封建貴族の別荘が立ち並ぶ貴族街であり、リュティス魔法学院に通う有力貴族の子弟の中にはここから通う者もいる。

 “旧市街”からさほど離れておらず、同時にヴェルサルテイルともそれほど離れているわけでもない。

 新旧の政治の中心の中間に位置するため、貴族にとっては絶好の地理条件である。


 バンスラード侯爵家の別邸も当然この一角に存在し、俺とハインツはそこに襲撃をかけることとなっている。


 「ハインツ様、イザークさん、お待ちしておりました」

 「準備は万端ですよ」


 その準備の為に俺達がやって来たのはヴァランス家の別邸であり、かつてハインツがここで複数の暗殺者を返り討ちにしたそうだ。


 「マルコ、ヨアヒム、あいかわらず仕事が速いな」


 「二人共、久々だな」

 俺はこの二人と面識がある。というのも『影の騎士団』についての情報を得るために、直にこいつらと接触したことがあるからだ。

 その際には元“歯車”である俺自身出向くのが最も違和感が無かったので、実際に会うこととなった。


 ハインツが俺の下に勧誘に現われたのも、こいつらから俺の話を聞いたからこそだろう。


 「今回はバンスラード侯爵家ですよね、下見はばっちりですよ」


 「警備とかも特に多いわけでもなし、いつも通りさくっといけそうです」


 ハインツの北花壇騎士としての主要任務は貴族の監視と粛清。

 既にいくつもの封建貴族を始末しており、ロンバール街にいる貴族も4人程処理している。


 要は、バンスラード侯爵は5人目ということだ。


 「よし、俺はいつも通りの格好で行く。イザーク、お前には“不可視のマント”を貸してやるから、それで悠々と来ると良い」


 「では、お言葉に甘えさせていただこう。といいたいところだが、その前に一つ確認しておきたいことがある」


 「何だ?」


 「最初からここを合流地とすれば、俺は子守りなどする必要はなかったと思うのだが?」


 「あれは俺が確認したかっただけだ、他意は無い」


 「そうか、後で殺すとしよう」


 「ヨアヒム、身代わりを頼む」


 「お断りしておきます。ハインツ様はいっつも自業自得ですから」


 「もうちょっと考えてから動いた方がいいと思うんですけどねえ」


 10歳に注意される12歳か、こいつらしいというかなんというか。


















そして今、俺達はハインツの使い魔である竜に乗ってバンスラード侯爵邸の上空にいる。

マルコとヨアヒムの合図があり次第ハインツと俺が降下する手筈だ。

 この竜は“無色の竜”という種族らしく、地水火風の全ての竜の特性を備えているという。



 「さーて、いよいよ本番か」

 そう言うハインツの格好は黒い髪に赤い外套という奇妙な格好だ。

 また、『フェイス・チェンジ』もかかっているため人相も異なっている。

 しかし、リュティスにおいてはある意味有名な格好でもある。


 「“リュティスの切り裂きジャック”だったか? そのふざけた格好は」


 「ああ、俺の“顔”の一つだな。なにせ“ロキ”なもんで色んな顔があるんだよ」


 “毒殺の悪魔”、“殺戮の魔女”、“切り裂きジャック”と、それ以外にもいくつか顔を持っている。

 その中には、“影の騎士”も含まれ、子供達と遊びまわる“気の良い兄ちゃん”もあるわけだ。


 「なあハインツ、お前にとって人殺しとは何なのだ?」

 素朴な疑問が浮かんだので聞いてみることに。



 「んんー、嗜む程度に程々に、ってとこかな?」

 これまた独創的な答えが返ってきた。


 「嗜む、とはどういうわけだ?」


 「そうだなあ、簡単に言うと、まず、俺にとって楽しいこと第1位といえば、『影の騎士団』の面子と馬鹿騒ぎすることだ。この“馬鹿騒ぎ”には暗黒街の大暴走も含まれる」


 「あの虐殺もそれに含まれるわけか」


 「そんでもって、第2位が、親しい人達と話したり遊んだりすることだな。今日の昼みたいに子供達と遊ぶことや、マルコやヨアヒムとゲームやったり、色々」


 「確かに、とても楽しそうではあったな」


 「そんで第3位が人体実験や解剖。要は医療関係の研究だな。新薬を開発したり、より効率いい手術を試してみたりとか、趣味と実益を兼ねるってやつだな」


 「非常に悪趣味だ」


 「第4位が主に歴史研究。ヴァランス家やヴェルサルテイルの王家資料庫にはさまざまな歴史資料があってな、それらを紐ときながらハルケギニアの歴史を考察するのはなかなか面白い。俺の中で唯一インドア派の趣味といえるかな、人体実験は材料調達とかに結構動き回るから」


 「ようやくまともな趣味らしきものになったな」


 「そんで、5番目くらいに人殺しが来るんだ。だから、熱中するほどじゃない。貴族の例でいえば、友人から釣りに誘われたら程々に楽しむって感じだな。自分でわざわざ川や海に出かけて行くほどじゃないが、遠出の際に機会があればやるくらいの感覚で」


 「言ってることは分かるが、普通はそこに人殺しをあてはめんぞ」

 相変わらず特殊極まりない感性だ。



 「だから、嗜む程度にほどほどに、って感じなんだよ。人殺しよりゃ馬鹿騒ぎしてる方が数千倍楽しいからな」


 「そう言えば、“拷問オルゴール”の時にも似たようなことを言っていたか」


 子供達と一緒に歌う方が楽しいとは言っていたが、まさか本当に子供と一緒に遊んでいるとは。


 そんな話をしていると。



 ドオオオオオオン!!


 合図があった。



 「始まったな」


 「行くか」

 俺とハインツは同時に飛び降りる。


 「ランドローバル、お前は先に帰ってていいぞ、後は俺達で片付けるから」


 俺には聞こえんが、ハインツは使い魔のルーンとの同調によって竜の言葉が分かるらしい。

 俺はまだ使い魔を召喚していない。特に必要とも思えなかったからな。


 「ところでハインツ、あの音はカノン砲だろう」


 「だよ」


 「軍から借りたのか?」


 「いいや、エミールが調達してきた。出所は“ファーヴ二ル”かな?」


 「あの男か、軍需物資を扱うなら武器商人が専門というわけか」


 「そう、そして、バンスラード侯爵家に向けて撃ってるのは当然あの二人だ。この後も継続的に打ち込まれるから流れ弾に注意しろよ」


 「心得た」

 彼らはヴァランス別邸の屋根の上から狙撃している。まさか公爵家から狙撃されるなど考慮の範囲外だろう。

 もっとも、もしばれたら内戦に直結しかねないことなのだが、その辺をしくじるあいつらではない。


 そして俺は“不可視のマント”を被りながら、『フライ』によって減速を始めた。







 姿を一切隠していないハインツは着地と同時に警備の者を切りつける。



 「がはっ」



 周囲の者達は突然の砲撃に混乱していたようだが、さらなる襲撃者によってその混乱は停止する。



 「グッドイヴニングこんばんは! いい夜ですねえこんばんは! 貴方と私でこんばんは! 死んで死なせてこんばんは! あ、はいはいはい!」


 実にふざけた挨拶をしながら、ハインツは“呪怨”という刀を手にしながら笑っている。


 「な、何者だ!」


 「俺の名は“切り裂きジャック”、このリュティスで今流行りの殺し屋さんだねえ」

 そう言いつつ次々に切りかかる。


 「う、撃て」

 警備の中には銃を持っているのもはいるが、メイジはいないようだ。


 「あっまーい!」

 しかし、撃つより先に吹き飛ばされる。


 おそらく、骨杖によって『エア・ハンマー』を唱えたのだろうが、杖をもっているようには見えないため何をされたか理解不能だろう。


 「な、何だ!」

 「魔法か! いや、それにしては杖を持っていないぞ!」


 「邪神様の偉大なる力さ、フングルイ・フングルイ・クトゥルー・ルルイエ・ウガフナグル・フタグン!!」


 謎の詠唱を行うハインツだが、ようは『毒錬金』だ。


 「がっ」

 「い、息が…」

 「く、苦し…」


 次々に倒れていく警備の者達、こうしてみると悪魔の手先か、悪魔そのものにしか見えんな。



 「さーて、切り裂きパーティーの始まりだあ! 俺のお肉ちゃーん! まってなさーい!」

 いかにも快楽殺人者らしい表情で駆けだすハインツ。

 マジックアイテムで髪の色と人相が変わっているとはいえ、あそこまで役になりきるとはな。


 俺は俺で、奴の捜索に入る。










 ドゴォ!


 屋敷内に入り探索を続けていると、カノン砲の砲弾が次々と叩き込まれていく。

 こと、銃弾や砲弾の装填をヨアヒムは得意としており、マルコは精密な操作を得意とする。

 あの二人が組めばこのような狙撃も可能になるということだ。


 「まったく、ハインツもよくまああのような者たちばかり勧誘できるものだ」

 人を見る目には自信があると言っていたが、それに偽りはないようだ。


 俺はある扉を破って押し入る。



 「だ、誰だお前は!」


 「死ね」

 問答無用で『魔法の矢』を叩き込む、竜騎士などが空中戦において良く用いる貫通力に特化した魔法だ。

 一応「風」の属性だが、ほぼコモン・スペルに近いといえる。魔力をそのまま矢にするような感覚だからな。


 「お前達にとって俺はどうでもいい存在だったのだろうが、それは俺にとっても同じでな」

 別にこいつらに恨みなど無いが、生かしておく意味もないし、この先邪魔にしかなりえない存在だ。


 「あの悪魔の人体処理場で再利用でもされれば、少しは世の中の役に立つだろう」

 うむ、そうして考えれば、なかなかに優れた循環システムなのかもしれんな。


 そうして、俺は身内の処理を続けた。















 「おーう、そっちはどうよ」

 しばらく経った頃、ハインツがこちらにやってきた。


 「9割方終了だ。残るは当主のみだな」

 この屋敷の家族構成などは余さず調べてある。取りこぼしはない。


 「こっちも終了、あいにく一人も殺してないけどな」


 「そういえば、“切り裂きジャック”は標的以外を殺さないことでも有名だったな」


 狙った獲物のみを殺し、その他の関係ない者は一切殺さない闇の殺し屋“切り裂きジャック”。

 それだけ聞けば優秀かつ冷徹なイメージが湧きそうなものだが、実際はそれとはほど遠い。

 確かに死者こそ出ないが、重傷者は大量に出る上、調度品やガラスなどはほとんど壊され、最早屋敷としては使えない有り様となる。

 早い話がどたばた騒ぎの果てに当主が死んだような状態になる。


 「しかし、もう少しスマートの出来ないものか?」


 「スマートにやると“華麗なる毒殺”になっちゃうんだよねえ、俺の場合」

 要は皆殺しというわけか。


 「それより、そっちも随分淡白に終わったもんだな」


 「まあな、こいつらは別に俺にとって特に因縁があるわけでもない、いってみればただの障害だ」

 暗黒街のゴロツキを殺すような感覚だ。


 「おお怖い、恨みも無いのに人を殺すとは、世の中にこんなに恐ろしい人間が存在するなんて」


 「お前が言うな」

 千人以上殺しているだろうお前は。


 「でもまあ、ホントにそんなこと出来るの人間だけだよなあ。やっぱこの世で一番最悪な生物は人間だと思うんだよ俺は」

 また凄い意見を。


 「革新的な意見ではあるが、全面的に同意は出来るな」


 「だろ、だけどさ、最悪だからって死んでもいいってわけじゃないよな。俺、死ぬの嫌だし」


 「そこも同意できるな、自分勝手な話ではあるが」

 自分が最悪だと理解した上で、自分勝手に生きるのがこいつや俺だ。


 「さて、残りは一人だけど、こいつはまだ殺さない方がいいぞ」


 「分かっている。とりあえずは生け捕りにしておこう」

 今はまだ殺すべきではない。とりあえずは生かしておき、現当主が生きている状態で俺が貴族印を押せることを証明した方が都合が良い。

 その後で奴を殺し、貴族印の保有者が死んだ上で俺が継承者となれば、バンスラード侯爵家は俺のものとなる。その他の継げる者はたった今皆殺しにしたところだ。


 「OK、そんじゃ行きますか」


 「ああ」













 「はいはーい、ヒムラ―・フォルシス・ド・バンスラードさんで間違いございませんかねえ、殺し屋さんが命を頂戴に参りました」


 実にふざけた台詞を言いながらハインツが当主の部屋に押し入る。

 当主はなんども逃げようとしたようだが、その度に廊下を笑いながら壊して回るハインツによって妨げられた。

 その間に俺はその他の親族を皆殺しにしていたわけだが。



 「な、何者だ!」


 「殺し屋さんです。ここの怖―いお兄さんに雇われた」


 そして、俺が前に出る。


 「き、貴様は誰だ!なぜ私を狙う!」


 「届けものがあったのさ」

 俺は平然と告げる。


 「と、届け物だと?」


 「ああ、嬉しいかどうかはわからんがな」

 俺は背負った袋からあるものを取り出し、放り投げる。


 「一体何……ひ、ひい!」

 どうやら、人間の生首などは見慣れないらしいな。まあ、見慣れている俺やハインツが異常なのだろうが。


 「よく見ろ、そうすれば俺が誰かなど自ずと分かる。自分を殺す相手が誰かも知らぬまま死にたいというなら、それでもいいがな」


 「そ、それはどういう……」


 「いいから見てみろ」

 俺はただ促す。


 「早く見ないと、この剣に首を刎ねられちゃうかもねえ」

 ハインツがもの凄く楽しそうな声で“呪怨”を構える。


 「わ、わかった…………………こ、これは! エレナ!!」


 「ほう、10年も前のことだが覚えていたか、その女の苦労も実ったようだな。何しろ、お前に捨てられないように美貌を保つためにあらゆる努力をしていたようだからな。見ろ、10年も経つのにこいつは未だに美しい。『固定化』とは便利なものだな。美しさを永遠に保ちたければ若いうちに死ぬのが一番ということだ」


 10年前、俺がこの手で首を切り落とし、『固定化』をかけて保存したのだ。胴体がどうなったかなど知らんが。


 「で、ではお前は!」


 「血筋的にはお前の息子に当たるものだ。そこの道化に言わせると、お前のようなボンクラから俺のようなものが生まれることがあり得るから、人間というのは面白いのだそうだ。まあ、その意見には賛成できるがな」

 俺などより、ハインツの方がよほどあり得ん。いったいどうやればこんなものが生まれるのだか。


 「あの、“穢れた血”か、生きていたのか……」


 「そうだ。そして、お前は死ぬ、それだけだ」

 用件は済んだ。最早こいつに用はない。


 「まっ」


 「『毒錬金』」

 しかし、やるのはハインツだ。




 「これでいいのか?」


 「ああ、撤収するとしようか」



 ドゴォ!



 何しろ、相変わらず狙撃は続いている。


 「だなあ、復讐のために生きるお前はここで終わって、今日からお前は王政府の官吏兼、暗黒街の八輝星というわけか」


 「ああ、そういうことになるが、“深き闇”の渾名は返上させてもらおう」

 これは俺には相応しくない。


 「何でだ?」


 「闇という称号はお前にこそ相応しい、俺は所詮環境によって生み出された異物に過ぎん。お前のような絶対的な異物ではない」

 それが、俺とこいつの違いだ。


 俺は“穢れた血”としてこの家に生まれたからこそ、今のようになっている。

 しかし、こいつは違う。平民に生まれようが、貴族に生まれようが、王族に生まれようが、ハインツはハインツにしかなりえんだろう。


 故に、闇はこいつの称号だ。環境によっていくらでも変わる者が“深き闇”を名乗るなど、おこがましいと言うべきだろう。


 「確か、“ファーヴ二ル”を筆頭として、今後の八輝星は主に表側の大商人の集まりとし、それぞれが色を冠した名称で呼び合うのだったか?」


 「ああ、まだ正式な名称は考えてないけどな」


 「ならば、俺は灰色でよい、表側が“白”、闇たるお前は“黒”、その中間の“穢れた血”の半端者には“灰色”がお似合いだろう」


 「“灰色の者”か、お前にはなんかしっくりくるな。となると俺は、“黒の王子”、もしくは“黒の太子”ってとこかな?」


 “黒の太子”か、こいつにはよく合っている。


 「良い名じゃないか、よろしく、“黒の太子”殿」


 「こちらこそよろしく、“灰色の者”よ。だけど、多分その言葉は覆る気がするよ俺は」


 握手を交わす俺達だが、ハインツは俺の言葉を否定した。


 「どういうことだ?」


 「簡単、世の中、上には上がいるもんなのさ」


 その答えは、ヴェルサルテイルにあった。





















 およそ2週間後、俺はヴェルサルテイル宮殿にて、ガリア王ロベール五世より正式にバンスラード侯爵家の跡取りとして認証され、イザーク・ド・バンスラードとなった。


 事情が事情のため、ハインツのヴァランス領と同じく俺は爵位こそ持つが領土を持たない貴族となった。

 しかし、これ以上王政府の力が大きくなるのを恐れた他の六大公爵家の意見もあり、バンスラード侯爵家の領土は細かく分割され、2割ほど王政府、同じく2割はベルフォール家、1割はディーツ公爵家、1割はフォンサルダ―ニャ侯爵家、残り4割は近隣の封建貴族に分封することとなったらしい。


 ハインツの時は第一王子ジョゼフがヴァランス公となったため、全ての領土が王政府直轄領となったが、そうでもないかぎりはこんなものである。


 「おお、貴族のマントも似会ってるねえ」

 ヴェルサルテイルの北の離宮に繋がる道を歩いていると、そこにハインツがいた。


 「久しぶりだな、ヴァランス家次期当主殿」


 「お久しぶり、バンスラード侯爵家当主殿」


 「名前だけだがな」


 「いいんじゃないか、余分な荷物がなくて」


 「それもそうか」

 俺達は笑い合う。


 「ところで、その白い杖はひょっとして……」


 「ああ、お前の杖にヒントをもらってな、あいつの足の骨を杖に加工したのだ。魔力の通りが非常良い」


 あいつの利用価値と言えば、最早そのくらいしかなかったからな。


 「鬼畜だねえ、骨まで自分の為に利用するなんて」


 「お前に言われる筋合いはないぞ」

 人体処理工場の管理人がよく言う。



 「ま、それはともかく、これから北の離宮のジョゼフ殿下に会いに行くんだよな?」


 「ああ、お前を介してとはいえ、かなり力を借りたからな。挨拶くらいはせねば義理を欠くというやつだ」


 「意外と礼儀正しいのな」


 「別に俺は無頼として生きたかったわけではないからな」


 「うん、やっぱお前には宮廷生活が合ってると思うよ」


 「俺自身意外ではあるが、そうかもしれんな」


 情報網を把握し陰謀を巡らすならば、暗黒街も宮廷も大差はない。要はこれまで通りということだ。


 「だけどまあ、お前みたいのがあの人に会うんなら、相当の覚悟をしといた方がいいと思うよ」


 「それほど恐ろしい人物か?」


 「うーんどうだろ? よくわかんないというのが一番的確かな?」


 「お前によく分からんと言われるのも変なものだな」

 よく分からん生命体の代表のような男がこいつなんだが。


 「ま、百分は一見にしかず、会ってみりゃ分かるさ」



 そして、俺は初めて、ジョゼフという人物と対面することとなる。























 北の離宮を出た俺を、来る時と同じくハインツが出迎えた。


 「どうだった?」


 「なあハインツ、あれは何だ?」

 俺の頭にはその疑問しかなかった。


 「さてな、俺にもそればっかりがわかんないんだよ」

 あっさりとハインツは答えた。


 「お前にも分からんのか?」


 「あの人の心はよく見えない。どんなに見極めようとしても、闇しか見えないよ」

 それは、俺が抱いた感想と同じようなものだった。


 「お前が言っていたことがよくわかった。確かに、上には上がいるようだな」

 あれは、こいつともまた違うものだ。闇ではない、闇はこいつのはずだ。


 ならば、あれは何だ?


 「深く考えない方がいいと思うよ、多分どつぼに嵌るだけだから」

 闇たるこいつはそう嘯く。


 「確かに、そうかもしれんな」

 自分の許容量を超えているものを考えようとしても、悪影響しか出ないか。


 「でも、確信できることは一つある」


 「何だ?」


 「俺やお前みたいのが仕えるとしたら、あの人くらいしかいない」


 それは、同意できる言葉だった。

 俺は現在ロベール五世に仕える身ではあるが、別に忠誠を誓っているわけではない。俺は俺の目指すものの為に行動している。


 しかし、もし俺が誰かを自分の主君として認め、臣下として仕えるとするならば。


 「あの方くらいしか、いないだろうな」


 その部分だけは確信できた。

 シャルル殿下ではダメだ。人が良くて穏健すぎる、あの人の治世は平静で穏やかなものになるだろう。それを望む者は多いだろうが、それでは俺は満足できない、激動化する時代でなければ、このイザークの飢えは満たされん。


 「ま、これから長い付き合いになりそうだ。一緒に頑張ろう」


 「ふむ、そうだな、我が親友よ」

















 これより後、ジョゼフ殿下は“虚無の王”となり、ハインツは“輝く闇”として、この世界の在り方そのものを破壊するための最終作戦“ラグナロク”を展開、俺はそれに賛同し杖を捧げる最初の臣下となり、“虚無の王”のために主にロマリアを中心として活動することとなる。


 そして、古き世界が破壊され、共和制となったガリアにおいて、俺は外務卿としてゲルマニア、ラグドリアン、ネフテス、エンリス、そして東方など、あらゆる国家や民族との外交の最前線に立つこととなる。


 その生涯は俺にとって満足できるものであったが、我が生涯を通じて、本当に対等な意味で友と呼べるのはこの男のみであり、主君と呼べるのはあの方のみであった。






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 あとがき

 エピローグ載せる前に、入れときたかった話です。この頃のハインツは、3章以降よりぶっ飛び具合が顕著です。
 
 さて、今回の殺し屋状態のハインツの見た目ですが、25,6歳くらい老けて見えます、長髪です、無精ひげがあります、残念ながら武器を鎌には出来ませんでした。しかし、あの状態のハインツのときのみ、名前が”呪怨”から”幽焔”になります。あと、まことに遺憾ながら、首をとばせば死にます。

 申し訳ありません。もうしません、とは約束できませんが。これをやりたかったが為に、この話を作ったわけではありません、本当です。

 BBの男キャラは、モブキャラの十貴竜から捜査官にいたるまで全部好きなんです。あやかしの方も好きですけど、ナインデーモン先生は無敵で素敵。

 この下は、この話の時期のネタ話になってます。













ネタ外伝  女装(ハインツ11歳の頃)


 ハインツ:「では、女装大作戦を決行します。囮は俺とエミール、狩人役も俺とエミール、なので他の皆は出番なしです」

 アルフォンス:「べっつにいいけど。誰が好き好んで女装なんざするかってんだ」

 クロード:「なにせ、体格の問題からお前等2人以外は無理だからな。特にアラン先輩は絶対に。あと確かに、好き好んで女装しようと思う奴などは、あまり居て欲しくないな」

 フェルディナン:「残念ながらここに2人いる」

 エミール:「ちょっ、待ってください。僕は別に好き好んでやってませんよ!」

 アドルフ:「けどよ、うまくいくんか? ひっかかる野郎がいるかねえ」

 ハインツ:「当然だ。俺を見ろ、こんな絶世の美少女、暗黒街はおろかリュテス、いやガリア中を探したってそうはいないぞ。まあ、オルレアン公夫人のマルグリット様くらいかな」

 アルフォンス:「自信満々に言いやがったな変態、ノリノリに化粧しやがって」

 ハインツ:「”やるからには徹底的に”、俺はいつもそうだろ。というかお前等、エミールはともかく、こんな美少女然とした俺をみて、その反応はどうよ?」

 アラン:「お前が言うな不感症(予定)。だが、性犯罪者を釣る、という今回の作戦の趣旨に、今のお前の格好は合ってないぞ」

 ハインツ:「どこがですか? 貴族のお嬢様の仕草まで完璧ですよ」

 フェルディナン:「また無駄なところに熱心だな」

 アドルフ:「ま、今のハインツはどっからどう見ても貴族のお嬢様だな」

 クロード:「純粋に感心するな。だが確かに問題だな」

 ハインツ:「ムっ、この完全無欠お嬢様になんの問題が」

 アルフォンス:「だから問題なんだよ。ま、論より証拠、百聞は一見だ、お前とエミールで一回りして、どっちが釣れるか競ってみろよ」

 エミール:「僕は別に自分の女装姿で男が釣れたって、なんも嬉しくなんかありませんけど、横の変態さんとちがって。ていうかナル入ってる女装野郎って、救いようがありませんよ」

 ハインツ:「だまれ後輩、女装はお前も同じだ。でもまあ、皆がそういうなら一つ競争といこう。フッ、ただの少女と、美少女お嬢様の差を見せてやる」






 アドルフ:「結果発表~~」

 クロード:「エミール12、ハインツ3でエミールの圧勝」

 アルフォンス:「だから言ったんだよ、それじゃ無理だって」

 ハインツ:「ムウ、なぜだ、こんなに綺麗で可愛いのに」

 アラン:「ちょっと考えれば分かるだろう、貴族のお嬢様が貧民街や暗黒街に一人で出歩くわけあるか。怪しんでくださいって言ってるようなもんだぞ、現にお前に襲い掛かったのは、薬物中毒者だけだ」

 フェルディナン:「なんにしても、悪ノリが過ぎたようだな」

 ハインツ:「ま、確かにはしゃぎすぎたな。久しぶりだったんで浮かれてた。よし、エミール、勝った賞品にこのドレスやる」

 エミール:「あ、ありがとうございます」

 アラン:「そこであっさり受け取るのか」

 エミール:「可能な限り高値で売却します」

 アルフォンス:「しっかりしたやつ……」




[14347] 外伝 第0章  闇の産道
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 00:56

この話の主観の人物については、1章の6,7,8,18話。2章の14話、4章2話を参考にしてください。



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 私の目の前に妊婦がいる。私はその傍らに立ち、その身に宿っている胎児に外法を行おうとしているのだ。





 闇の産道





 私が生まれたのは、この世界最大国家である、ガリア王国の侯爵家だった。

 この家はガリアの封建貴族の中でも、最も大きな力を持つ六大公爵家のひとつ『ヴァランス家』の分家で、公式な場ではヴァランスの姓を名乗ることが許された家であった。

 両親はガリアの貴族としてごく一般的な人物で、慣習と家格を重んじる、ありふれた平凡な人物だった。領主である父は統治のことは家臣に任せ、自分は決済だけを行っていたが、家臣たちは優秀で、いくらかは私服を肥やしていたようだが目に余るわけではなく、統治を丸投げされた側としては控えめというべきだったろう。
 
 両親は私を愛していないわけではなかったのだろうが、それよりも自分自身に対する愛情が強かったのだろう。父は遊興、母は庭で友人を招いての茶会に時間と労力を費やし、私のことは教育係に一任していた。

 ほかに姉が2人いたが、私が幼いころから行儀見習いの名目で親戚の未亡人の屋敷にいっており、その後は早くして嫁いでしまったのでほとんど面識がなかった。

 私の家族がこれだけだったならば、私はおそらく父のような、ごく平凡な貴族として一生を終えたのだろう。今にしてみればそのほうが幸福だったのかもしれない、と自嘲の笑みがこぼれるが、ともあれ、私にはもう一人家族がいた。否、私にとって真実家族といえるのはこの一人だった。

 私には何よりも大切な弟がいたのだ。

 弟は私と3歳違いで、母が違う異母兄弟だった。弟の母はシュバリエの家の娘であったため、正式な子供として家の姓を名乗ることは許されなかったが、私の遊び相手として屋敷にいることを許されていた。

 しかしそんなことは、私達2人にとってどうでもいいことだった。弟は素直で優しい性格で、私を慕ってくれていた。私も弟を可愛がって、いつもどんなときも、遊ぶときも勉強するときも、一緒だった。

 私の魔法の才能は、侯爵家の長男としては優れているわけでも劣っているわけでもなく、そのため魔法にはさほど関心を示さなかった。私はさまざまの本を読んで知識を吸収することが好きで、よく弟と一緒に書斎で読書や調べものをしたりしていた。無論、庭や屋敷の外の草原で駆け回るといった子供らしいこともしていた。

 その当時、私は幸せだった。そしてその幸せがいつまでも続くと信じて疑わなかった。しかし、それは終わったのだ、唐突に、私のせいで。

 私が12歳のとき、私と弟は屋敷の屋根に上っていた。その日はとても天気のいい日だったで、屋根の上で日向ぼっこをしようと私が言い、弟も笑顔で賛成してくれたので、屋根の上から景色を眺めたり、寝そべって空を見たりした。

 裕福な侯爵家の屋敷の屋上ともなれば、10メイル以上の高さがあり危険だ。しかし私はレビテーションが使えることもあり、危ないと思ってなかった、自分は落ちるようなまねはしないし、弟が落ちそうになっても魔法を使えば大丈夫と思っていた。

 そんな私の楽観を笑うようにそれは起こった。私は暑くなったので上着を脱ぎ、そのまま屋根の中央付近で寝そべっていると、弟が景色の中に何かを見つけ、それが何か確かめようと屋根の端へと移動したとき、屋根にあった出っ張りに足をとられ転んだ、そして屋根の傾斜を転げ落ちていった。

 ここで私は判断を間違えた。わたしは真っ先に杖の入っている上着の元へ行き、杖を取ってレビテーションを唱えるべきだったのだ。しかし慌てた私にはそれができなかった、弟とへ駆け寄り、危うく自分まで転びそうになりながらも、何とか弟が落ちる前にその手をつかんだ。

 しかし、所詮は子供の力、徐々に力が抜けていき、ついには弟の手は私の手から離れた。

 私は最愛の弟を自分のせいで永久に失ってしまった。

 私は悲しみと自責の念と自分に対する怒り、そして喪失感などさまざまな感情から苦悩していたが、ふと周りを見渡すと弟を失って悲しむ者は私以外にいなかった。

 父は、他家へ婿に出すこともできない子供だったから、惜しむことはないと言い、姉たちは身分の低いものとの間に生まれた弟を、家族と見做していなかった。同じ理由で母にとっては犬ころ同然だったようだ。

 私は家族を失った。私にとって家族とは弟だけだったのだから。

 私はしばらくの間無気力状態だったが、その後何かに憑かれたように勉強を始めた。内容は政治、司法、経済、地理、歴史、儀典と多岐に渡る。それらを貪欲に学ぶ日々を重ねた、おそらく私は弟を失った喪失感を、勉学に走ることで埋めようとしていたのだ。

 そうして年月を重ねると、私は同年代はおろか、周囲の誰よりも優れた知識人となっていた。そんな私を見た父は、近い将来のため自分の代わり領地を治めてみろと言った。当時、父に代わって領主の代行をしていた家臣が病死したこともあるだろう。もともと統治などしていなかったくせに「私の代わり」などとはは笑わせるものだ、と私は思っていた。

 とにかく、私は次期当主として領地の統治を始めた。今まで学んだ知識に基づいてさまざまな改革を行い、3年後には、自領を近隣で最も豊かで栄えている領地とすることに成功した。

 理由の一つとして、ヴァランス領は、ガリアの中でもことさら豊かで、たとえどれほどの愚か者でも、水準以上の能力をもつ家臣が2,3人いれば難無く治められる土地だった事がある。

 当然『若く英明な次期当主』として貴族間の噂にもなり、私は名声を得ていたが、そんなことは私にとってどうでもいいことだった。

 私はどれほど統治に打ちこんでも埋まらなかった心の穴を埋めてくれる存在ー愛する女(ひと)ーに出会ったのだ。

 当主代行を務めるに当たり、私は補佐官、または秘書を雇うことにし、採用したのが彼女だった。一目見たときに彼女の鋭敏さは伝わり、この女性なら自分の秘書が務まるだろうと確信した。そして私は彼女と2人で統治を進めるうち、彼女の能力でなく彼女の人格に惹かれていった。

 彼女はどこか性格が弟に似ていた、素直で、思いやりがある人だった。私は家督を継ぎ、彼女と2人で領地を治めながら人生を送ることができれば他に望むことは無かった。

 彼女は男爵家の4女だったので、正妻にすることはできないが、側に置くことは問題ない。形だけはどこかの侯爵家や伯爵家の娘と結婚し、彼女を妾とすればよかった。貴族の結婚観念としては当たり前のこととして、どこででもやっていることだ。そのことに彼女も異論はない様で、2人で将来のことを語り合って過ごした夜は数え切れない。

 だがそうはならなかった。私の思いもしないところから、破滅は来たのだ。

 私はあくまで次期当主であり、当主代行としての権限で統治を行っていた。そして一応の当主である父は、貴族のパーティなどで私のことを話題にして自慢し、私自身も父に連れられてさまざま家へ挨拶へといっていた。

 そうしていくうちに、私や父がいない席でも私の噂が話題になっていき、そのため私の名と顔と能力は、大貴族や王族までもが知るこことなってしまった。

 そうして私が当主代行となってから5年目の降誕祭の日、王家主催の宴の席で、衝撃的な事を聞いた。

 王が王女の一人の夫として、私を有力な候補としている、と。

 私は恐れた。なぜなら、王家より降嫁した王女を妻としたものは妾をもてない。法で明文化されているわけではないが、貴族の慣習として一般的であり絶対的だった。そうなれば私は彼女と別れるほかない。私は王の気持ちが変わることを神に祈った。

 祈りは届かなかった。

 私は第6王女の夫となることが決定したのだ。

 両親は狂喜した。家臣や領民も、良いことだ、めでたいことだ、と口をそろえて言った。だが私にとっては災厄でしかなかった。彼女と添い遂げることが、永遠にできなくなることを意味しているのだから。

 そして父は彼女にこの家を去るように言った。屋敷内どころか領地の中でも知らないものがいないほど、私達の仲は知られていたから。

 いまだ当主は父であり、貴族間、いや、この世界の慣習として当主の言葉は絶対だった。私は父を憎みながらも何か方法はないかと考えに考え抜いたが、結局道は2つしかなかったのだ。

 彼女と別れるか

 彼女と共に逃げるか

 どちらにしても明るい未来は待っていそうになかったが、私は迷わず決断した。幸せになれないとしても、せめて愛するものと一緒にいたいと。

 その決断をした背景には弟のことがあった。私はもう2度と愛するものは失いたくなかったのだ。

 私は彼女にそのことを告げた。彼女も私とともに茨の道を歩むことを了承してくれた。私は歓喜した。彼女と気持ちが一緒だったことに 
 だがその翌日彼女は死んだ。自殺だった。

 私宛の遺書にはこう書かれていた。



『私のせいで貴方から全てを奪うことに私は耐えることができない。そして貴方とともに歩めない人生にも耐えることができない。こんな弱い私を貴方は赦せないでしょうか。ごめんなさい。そのうえ私は貴方にわがままを言おうとしています。貴方はこれから王家の後ろ盾を持って大きな力を得るはずです、いえ、貴方の能力なら誰よりも大きな力を得るでしょう。だから、もしこの愚かな女のことを赦す気持ちがあれば、わがままを聞いてくださるのであれば、2度と私たちのような存在が生まれる事が無いような国を作ってください。私のことを赦せないのなら、私のことは忘れて幸せに生きてください。

 私が愛した唯一の男(ひと)へ』



 それを読み終わったとき、私のこれからの人生目標が決定した。

 遺書を読み終わった私が最初に行ったことは父の毒殺だった。弟のこと、彼女のこと、それらに対する憎悪と、一刻も早く当主になる必要があったからだ。老齢でありながらも、遊興三昧の日々を送っていた父の突然死を疑う者は少なかった。疑った少数の者も、父のために死因を調べる者はいなかった。

 そうして私は賄賂や脅迫さまざまな手段を用いて権力中枢に近づいていった。

 だが、まず何よりも大事なのは私と妻の間に男子を作ることだった。そうすればその子には第何位であろうと王位継承権が存在する。そしてあらゆる手段を用いて他の継承権を持つ者を排除し、我が子を王太子とすることができれば、私は比類なき権力を手にし、彼女が望んだ国づくりを行えるのだ。

 結婚してより1年後に、妻が懐妊した。

 私は喜んだ。妻は私の喜びを夫として当たり前の喜びだと思い、共に喜んでくれた。そんな妻に対し少々罪悪感を覚えたが、私は妻を粗略に扱ったことは無い、むしろ割れ物を扱うように優しく接した、そう自分に言い聞かせて罪悪感を薄れさせた。

 これからだ、これから私は彼女が望んだ世界にするため、全身全霊を持って進もう。そしていつの日にか実現させる、そのために邁進し続けるのだ。そのとき私は心のなかでそう固く誓った。



 私は愚かだった。いい加減気づくべきだったのだ。私が未来を想定したとき、それは脆くも崩れさる。と 




 妻、さらには妻の中にいた私の希望となるはずだった子供。私は三度、己にとって最も大事なものを失ったのだ。

 出産の際に妻は力尽き、子供は死産だった。

 そのときに私を襲った気持ちは、怒りでも悲しみでもなく、虚脱感ですらなかった。



 またか



 それだけだった。そした理解した。私の人生はこの繰り返しなのだと。

 そう確信したとき私の中で何かが崩れた。

 そして崩れた私の中に、闇が入リ込むのを感じた。

 妻が死んだことに対して王家から咎めなどはなかった。妻の体が強くないことは向こうも知っているし、そのときの私があまりにも魂が抜けた人形のような状態だったため、私を気遣ってくれてもいたのだろう。それまでも王は私に悪感情を持ったことはなかったのだ。
 
 そして私は幽霊のような面持ちで屋敷に戻り書斎に向かった。これから歩むはずだった道が消え去り、自己すら保てなくなるほど打ちのめされた私は、弟と彼女の記憶が濃い場所へと逃げようとしたのだ。

 しかし書斎に入るなり、小さな違和感に気づいた。今までの書斎とは何かが違う、そう感じた。

 そして何かに引かれるように本棚の一つに向かい、その本棚にある小さな窪みを見つけた。それを押すと、書斎の本棚が動き出し配置を変え、扉が現れた。

 私は迷わず、というより思考をせずに、扉を開け中に入った。扉の先は階段で地下へと続いていた。

 長く続く階段の果てにそれはあった。

 そこは研究室だった。それは一目で闇と狂喜が詰まった場所だと判ることができた。なぜなら人の臓器が入った瓶が棚に並び、大きな筒のなかにはさまざまな生物の解剖標本が液体に漬かっていたのだから。

 精神健常者ならばその場で吐き気を催し逃げ出しただろう。だがそのときの私はその光景を自然と受け入れた。私の中に生まれた闇がここの闇と共鳴したために、この場所に気づいたのだ。そう思った。そうして研究室を眺める内に。私の仲である感情が生まれた。


 ここにある知識を用いれば、私が掴むはずだったものを取り戻せるかもしれない。 

 そしてこの手にこの国を操る力を掴むのだ。


 その思いは私を焼いた。

 その瞬間におそらく人としての私の人格は終わったのだろう。私は人の形をした闇となった。そしてその闇の原動力は人であったときに最後に抱いた妄執だ。

 そして私は表向きは領主の勤めを果たしながら、秘密裏に闇の蔵書の研究を始め数々の実験を重ねた。

 その内容は人道的な倫理観など一切なく、非道などという言葉では到底足りない外法の極みだったが、私は一切躊躇はしなかった。そして徐々に闇の知識を形にしていった。もともと私は知識を得るのが好きだったのだから。

 そんなあるとき、私は一人の男と出会った。闇の研究所を見つけた8年後の降誕祭の宴の中に、その男はいた。男を見たときに私は直感した、この男は私と同じだ、と。

 男の名はリヒャルト・ランゲ・ド・ジェルジー男爵。王の庶子で、今まで一切表に出てこない男であった。なぜ今年になって出席したのかを問うと、「自分でもなぜかはわからかったが、今分かった」。という答えが返ってきた。

 その理由を私は理解した。私だ。私がいるから彼は来たのだ。同じ闇に染まったものとして共鳴したのだ。この前年に私はオークと人を掛け合わせ、屈強な戦士を生み出すことに成功しており、私の中の闇は増大していた。彼はそれを人ならざる闇の感覚で感知したのだろう。

 私達は互いに情報交換した。どうやら彼が持っている闇の量は私とは比べ物にならないようだ。

 十数年前ヴェルサルテイル宮殿を新設する時に旧王居の地下奥底からそれは見つけられた。調べによるとそれは最後の聖戦の後に封印されていたガリアの闇そのものであり、入ることすらおぞましい場所だったそれの管理の役目を負わされたのが彼というわけだ。現在はすべて彼の屋敷に移したという。

 私はそれを欲した。すると彼はある提案をした。

 自分は膨大な知識を持っているが、それを形にする才能がない。君には才能があるが知識が不足している。そこで、君が形にした研究成果を私に譲ってくれるのであれば、その対価として私が持つ知識を君に提供しよう。と

 私は了承し、彼と私は互いの利を目的とした盟友となった。

 彼の知識を得て私はいよいよ権力を得るための活動を始めた。今では忘れられ解析困難となっている毒を用いた毒殺や、造りだした実験生物を使って他領を襲わせ、親切顔でそれらを退治したりして、私は地位と権力を高めていった。もはやヴァランスの分家のなかで私に比肩できる者は居ない。

 だがそこ止まりだ。結局は分家でしかない。王家の後ろ盾を失った私が権力中枢に入るためには本家の当主にならなければならない。ヴァランスの姓を持つ私は、本家の血が絶えれば本家の当主になる事が可能なのだ。
よって本家の当主やその長子を害する機会をうかがったが、彼らには隙がなかった。何よりも当主の側に常に従うドルフェ・レングラントによって阻まれたといっていい。


 そうしていくうちに月日は流れていった。私は研究を進めながらも一歩も前に出れない現状に歯がゆい思いをしていた。その間に本家の当主が代替わりしたが、新しく当主となったリュドウィックは先代に輪をかけて切れる男で、そこにドルフェの補佐が付くのだからその守りは鉄壁だ。向こうも私を警戒している。

 まただ、またしても私は掴めない。

 ヴァランス家は分家の者たちは、絵に描いたような愚か者ばかりなのに、本家の当主は他の六大公爵家のどの当主よりも優秀だ。まあ、オルレアンの当主は別格だが。私に掛かったこの呪いは、生涯解けないものなのか。


 いや、私はあきらめん。断じて諦めるものか! 必ずやこの手にこの国の権力を全てを掴むのだ!


 そう決意する一方で私の中で別の声がする。


 果たしてそうか、私はもっと別の何かをしたかったのではなかったか。


 という声が。

 いや、だめだ、こんなことを考えては前に進めない。今はただひたすら疾り続けよう。後ろを振り向く必要な無い。振り向いてはいけない。

 

 今の現状を打破できないのならば、と私は方針を変え研究のほうに精力を注ぐことにした。そこから何か打開策となるものが生まれるかもしれない。

 そうして盟友である彼と情報交換を密にしながら、さらに年月がたった。

 そして私は今ある研究に心を砕いている。それは魂の付与の研究だ。インテリジェンスアイテムの中には、制作者自身の精神を入れたものがあり。それを行う方法も、双子ー厳密には双子の偽者ーを作為的に作る外法を教授した対価として、彼からもらった研究資料に断片的だが載っていた。それを元に私は術式を復活させた。

 それはどうやら先住魔法に属するものらしく、純粋な人間では使うことはできないようだ。しかし多くの精霊の力を借りるほどの高位な術ではないようで、儀式と肉体改造を行えば、私でも用いることができる。

 もし先住種族と友好関係にあれば、協力を頼めば済むのだが。

 しかし、そうした肉体改造はすでにしてある。

 わたしは幾つかの種類の先住種族の血や肉を体内に同化させている。水中人や吸血鬼の血も取り入れているために、私の食事は普通の人間とは異なるものを食べなければならなくなったが、自分で作れば問題ない。また、改造の副作用か、子を作ることもできなくなったが、そもそも子は不要だ。私自身が生き続ければよいのだから、次代を遺す必要はまったく無い。

 よって低級の先住魔法ならば可能だ。何よりこうして人間が行ったという資料があるだから、不可能であるはずがないのだ。

 この研究を始めたきっかけは私自身の老化だ。私は50を過ぎるに至った。幾つかの延命措置は研究開始初期のころから行っているが、同時に過度の肉体改造も行っているので、効果は相殺されている。

 脳の移植という方法があるが、これは危険が高い。最終手段としては考えているが。

 そうして魂の付与という方法を見つけ、実行可能な段階となったが、これにも問題がある。

 模写ではなく付与なので、本体から魂が減っていく。しかも付与する際にロスが出るのだ。たとえば4割の魂を付与しようとしても、実際は2割5分くらいとなってしまう。そのロスをなくすために術の錬度を高めてはいるが。なかなかうまくいかない。

 何より、いったい何に魂を付与するかが問題だ。魂は肉体に引きずられる。と資料にはある。ガーゴイルなどの無機物に付与した場合、徐々に画一的で無味乾燥な人格になるという。これは適当な人間を使って実験したところ資料のとおりだった。

 スキルニルでもさほど違いはなかった。やはり純粋な先住種族のオリジナルではなく、人間の亜流なのでうまくいかないのか。

 自分の魂を他の動物に入れる気はない。そんなことをしたら権力を掴むなど不可能となってしまう。となるとなるやはり人間が一番。

 しかし、すでに魂が入っている肉の器に、別の魂は入れると拒絶反応がおこり、密度の薄い付与した魂が駆逐される。成功してもせいぜい趣味思考が変わる影響を与える程度らしい。これも実験してそのとおりの結果となった。

 そうして行き詰まっているときにある情報を聞いた。私にはそれが天啓のように思えた。


 ヴァランス本家の婦人が懐妊したのだ。

 赤子! それもまだ胎内に居る胎児ならば、まだ魂は宿っておらず、しかも人間の肉体だ。そしてヴァランス家の嫡子となる胎児に私の魂を付与すれば完璧だ。時間さえ経てば、私はヴァランス家の当主となることができる。

 しかし、失敗することも考えて、この肉体にも限界まで魂を残しておきたい。私が2人居たほうが我が宿願が叶いやすくなるのは当然だ。老いた私が幼い私を見守ることができれば完璧となる。

 何とか私の魂を減らすことなく私の魂を過不足なく胎児に注ぐことはできないだろうか。

 そこで私は盟友である彼に相談した。すると彼は魂の付与の術式を余さず教える代わりに、私の望むものを貸してくれた。

 それは「魂の鏡」というマジックアイテムで、普段は覆いがしてある。そして覆いははずし、その鏡を覗いたもの魂を完璧に複写し鏡の中にとどめるものだそうだ。

 どうやら過去に自分の魂をインテリジェンスアイテムに付与した者たちはこれを用いて、複写した自分の魂を器物に込めたようだ、この鏡は100%の密度で複写するので。自分の魂を減らすことはない。

 私は彼に礼を言い、早速計画を立て実行した。

 …このとき私は気が逸っていたのだろう。普段ならば必ずする実験を行わなかったのだから。

 













 そして私は妊婦の前に居る。見舞いの名目で屋敷を訪れ、私を警戒したドルフェにも私が杖を渡し、他に杖の代わりに契約できそうなものが無いかをドルフェ自身に確認させて。妊婦が居る部屋に入ること許された。

 部屋に入り、挨拶をした私は「眠りの雲」を唱えた。杖となるのは私の歯だ、一度引き抜き、杖の契約をした後に差し歯としてもう一度入れる。精神力のとおりは良いが、小さいためかドットクラスの魔法くらいしか唱えられない。しかし十分だ。妊婦と侍女はそろって眠っている

 私は土産と称して持ってきた「魂の鏡」を寝台の傍の机に置き覆いをはずす、すると鏡の中に人影と、その後ろには寝台が写る。姿が明瞭ではないが鏡の前には私しか居ないのだし、私の後ろには婦人が眠る寝台があるのだからこれが私で間違いない。

 そして私は胎児にこの鏡の中の人影の魂を全て付与するべく術を開始した。確かな手ごたえを感じた。

 



 一瞬、何がおきたか分からなかった。術を行った瞬間、鏡は強烈な光を放った、それはいつかみたサモンサーヴァントの時のゲートの光と同じに見えた。そしてそこから何か気体のようなものが出て、胎児の中に入っていった。

 何だ? 今のが私の魂か? 今までの実験ではあんな光は出なかったのだ。この鏡の効果なのか? 鏡の中の人影の魂をすべて付与出来たことは間違いないのだが。

 果たして私は成功か失敗か分からないまま屋敷を辞した。眠った侍女には、“お前はずっと起きていた”と暗示をかけ、鏡は婦人の趣味には合わないようだと言って持ち帰り、彼に返した。




・・・・・・・




 今、私はおかしな気分の中に居る。自分が成功した確信が無いのに、奇妙な達成感があるのだ。

 まるで舞台の役者が、自分の見せ場をあらかた演じきったような感覚が。

 なぜだ? なぜこんな感覚を持つ? 成功したかどうか分からないのに?


 研究資料では、インテリジェンスアイテムとその本人は、意識の共有ができたとあった。しかし私は胎児と意識を共有している感覚は無い。となれば失敗だ。

 しかし、この胸にある達成感は何なのだ? また望むものが手に入らなかったというのに。

 その後私は生まれた赤子『ハインツ・ギュスター・ヴァランス』の様子を常に監視していた。しかしどうもただの子供のようだ。4歳頃まで様子を見たが、私の魂が入っている様な素振りはないし、意識の共有をやはり無い。原因は解らないが失敗だったのだ。私はハインツの監視を打ち切った。

 胸にある奇妙な達成感は消えずに。



 となれば危険は大きいが、ハインツと私の脳を入れ替えるしかあるまい。そのためにはハインツは身近に置く必要がある。そうするためには後見人という立場が一番だろう。ゆえに現当主であるリュドウィックには退場してもらうほか無い。


 リュドウィックは切れ者だ。そして切れ者は、知的水準が一定の高さに達していない者達の考えを理解できない。

 よって私はやつの弟であるエドモンドを利用することにした、やつは指示されたことを処理することについては無能ではないが、自分で考えたことについては、どこまでも短絡的な男だ。リュドウィックがジョセフ王子を支持することで、ヴァランス家全体が危うくなるという情報をやつの耳に入れれば、簡単に暴走するだろう。


 そして実際やつは暴走し、リュドウィックは死んだ。

 その後開かれた親戚会議によって私が後見人として選ばれた。万が一エドモンドが食い下がれば、やつが犯人である証拠でも出してやろうと、用意もしていたがその必要は無かった。

 そして、私はハインツと顔を合わせるために、ヴァランス本邸へ赴いた。






 ――――――――――なんだ……これは……


 目の前の少年を見たときに思ったことはそれだった。


 違う。違う。まったく違う。完全に別物だ。私が監視していたときとは、何もかもが異なる。

 これは私や彼と同じものだ。いやそれとも違う、同じでありながら異なる。

 目の前に居るもの闇だ。それも私たちとはまったく異なる異界の闇だ。

 そう、この世に【輝く闇】などあるはずが無い。目の前の存在は黒い光を放っているように視えるのだ。




 一通りの挨拶と今後のことのについての大まかなことを伝えた後、私は本邸を辞した。表面上は何とか平静を保てたが、内心は恐慌をきたしていた。

 屋敷に帰った私を待っていたのは、なんと我が盟友である彼だった。私が知る限り、彼が自分の屋敷は出ているのを見たのは、彼と出会ったとき以来だ。

 何かあったのかと私が聞くと、彼は謝罪の言葉を述べた。


 私に渡した鏡は『魂の鏡』ではなく『門の鏡』というものだった。と

 二つの鏡は形も大きさも非常に似ていたため、取り違えられたまま保管されていたのだという。
 
『門の鏡』とは何か、と私が聞くと、それは『魂の鏡』のようにに覆いがしてあるが、用途はまったく異なり、なんでもこの世界とは違う世界とを繋ぐ門となるものだという。

 違う世界? と私が問うと彼は、「古代にそうした術があったようで、これはその術が込められている。そして本来は異なる世界の座標軸を固定できる術なのだそうだが、この鏡は不完全で、空間と時間がまったく異なる場所に無作為につながってしまう。資料には、この鏡から地竜に似ているが、遥かに敏捷で炎を吐かない生物が現れたという記録があった」と答えた。

 そしてさらに「また、サモンサーヴァントのように、鏡を覗いた者の性質に近いものが居るところにつながる傾向がある。とも書いている。先ほどいった生物は竜の研究をしていた者が覗いたときにあらわれたそうだ」と続けた。

 その言葉を聴いた瞬間、私の精神はすさまじい衝撃を受けた。

 私はなんとか態度を崩さずに、彼に「気にしないで欲しい、今となっては、もうどうでもいいことだ。」と言い、引き取ってもらった。



 彼が帰った後私は一人書斎に座り、狂った様に笑った。

 私は理解したのだ。己が何のために存在したか。この呪われた人生は何のためにあったのか。私がここまで闇に染まったのは何のためか。


「そうか! 私が胎児に付与した魂、あれは異界の闇だ! 闇たる私が覗いた先に居るものが、闇でないはずが無い! そうかそうであったか、私という存在はそのために在ったのだな、この世に異界の闇を産み出す道として。 ククククク! ハハハハハハハ! おお闇よ! 異界の闇よ! いったいお前はこの世界に何をもたらすのだ? 私は私が消える前にお前の結末を見てみたいぞ。まあ不可能であろうがな!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

私の哄笑はしばらく書斎に響き渡った。










 
 その後、私が取った行動は「静観」の一言に尽きる。何しろ私の役割はほぼ終わっている。この後私が何をしようとも。それはたいした結果にはならないだろう。だから私は今までの表向きの顔である「狡猾な老人」を続けている。

 その間にあの者は、この世界の情報を吸収していることだろう。異界の闇とは言え、その肉体はまだ子供。準備期間は必要だろう。そうなると、この静観こそが私の最後の役割か、ならばせいぜいのんびりさせてもらうとしよう。

 1月に一度会うハインツは、会うたびに成長している。肉体も精神もだ、もしかすると精神のほうは、すでに成長しきっているのかもしれないな、肉体のほうも他の同年代と比較すると4~5歳ほどの差が見られる、どうやら自己改造を施しているようだ。私のように闇の外法を用いてる雰囲気は無いが、まあほどほどにな。


 そうして2年の月日が流れ、私の闇に染まった人生が、終わろうとしているのが感じられた。おそらくは後数日程度だろう、だから私は人生最後の自身の埋葬というべき行為を行いに、彼も屋敷に向かった。

 彼は少し意外そうな顔をしたが、私の様子を見て死が近いことを悟ったのだろう。「君が何をしにきたのかは分からんが、地下以外ならば好きに見て回ってくれ」と言ってくれた。

 私はこの闇の胎盤とも言えるこの屋敷を余さず見て回る、この屋敷には何一つ生命の息吹が無い。あるのは闇、ただそれだけ。私の屋敷とは格が違う、少なくとも私の屋敷には使用人たちが居るのだから。

 そうして見て回るうちにひとつの壁の前に立ち止まった。普通の人間では絶対に気が付かないだろうが、すでに人ではない私には分かる。これは生き物でありながら無機物でもある、先住魔法を用いて作られた、闇の結晶のひとつ。自然界にはありえない異形のモノだ。

 これがふさわしい、と私はそれに手を添える。

 おそらくこの先にはおぞましい闇の胎盤がある。これはその蓋だ、そしてその蓋に私は己の魂の大半を付与する。なぜこうしようと思ったか、自分でも分からない。闇の終わりは闇の中心であるべきと無意識に思っているのかもしれない。

 そして私は彼に別れを告げる。
 
 最後にひとつ、頼みを言った。もしあの男がここに辿りつき、私の話題が出た時は、私のことは、たんなる闇の呑まれた狂人として言って置いてほしい、と。

 彼と私は互いの過去を話したことは無かった。しかし私たちは過去を知らずとも、心の根底にある思いは、寸分たがわず同じであるということが分る、この世で2人きりの『同種』だった。ゆえに彼には私が今どういう気持ちなのかが判るだろう。

 これは同種以外に私の根源を知られたくないという、実に稚拙な感情から来る頼みだ。それを彼は引き受けてくれた。

 最後に友らしいことをしようと、彼に手を差し出す。彼は一瞬怪訝そうな顔をしたが、握手を求めていることが分かったのか、笑顔みせて握手に応じた。彼と出会って初めて見た、人間として温かみのある笑みだ。握った手は皺だらけだった。

 お互いに。

 

 彼と今生の別れを済ませ、屋敷の戻ると書斎に入り椅子に座る。そして死を目前にして漠然と考えた、自分の役割は理解したが、自分のしたかったことは何だったろうか。と

 この国の権力を全てこの手に掴む。そのために闇に染まり走り続けた。だが果たしてそうだったか? 権力を欲したのなぜだったか? 今までその疑問を考えなかったのだ。いや、考えることを止めていたのだ。今となっては不思議なことだ。なぜ自己の根底を見つめ直さなかったのか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ああ……簡単なことだ。自己を見つめなおせば、一歩も先に進めなくなるからだ。

 そう、私は無闇に権力を欲したわけではない。それは手段に過ぎなかった、彼女が私に残した願いを叶えるための。

 だが、闇の呑まれた私は手段と目的を履き違え、そのまま走り続けたのだ。振り返ることはしなかった。いやできなかった。背後のあるのは死体の山だから。正気に戻れば壊れてしまうから。

 私は狂気を保つために、正気になることを拒んだのだ。そして今それが分かるのは、私から全てが剥がれ落ちようとしているからだろう。

 闇もその例外ではない。

 闇とともに消えようと思えば、闇すら私から去るとは。いやいやまったく私という存在は、結局最後まで望んだものが手に入らない人生だったな。

 そうして、私、アル・ベレール・ヴィクトール・ヴァランスの肉体はその機能を停止させた。








9年後






……聞こえる

 私の前に近づく足音が聞こえる。この足音の主は命なきホムンクルスではない、闇に呑まれた人間でもない。これは・・・闇を持っている人間だ。闇に呑まれ、人の形をした闇となった者ではない。闇を内包しながらそれを御するもの。

 そうか、来たか。ついに来たかハインツ・ギュスター・ヴァランス。

 待っていた、ずっと待っていたぞ。

壁となり無機物の画一的な思考となって初めて分かった。私はお前を還ってくるのを迎えるために、この闇の蓋と魂を同化させたのだ。

 我が盟友が言っていた、自分は無能でここにあるものを何一つ形にできなかった、と。そうではない、友よ。この蓋の先を管理する者は君でなくてはならなかった。君が何ひとつ変えなかったから、6千年の闇をそのままこの者に渡すことができるのだ。

 私という闇の産道を通ってこの世界に生れ落ちた異界の闇よ、お前は再び産道に還って来た、そしてその先にあるのは闇の胎盤だ。この世界の闇の全てがそこにある。お前はそれを継承するだろう、そうして異界の闇とこの世界の闇が混じり、新たな、まったく別のものが生まれる。

 闇であって闇でない、輝きを放つも、しかしどこまでも闇である混沌。そんな存在へと新生するのだ。

 新生したお前が何をもたらすか。人であったころ私はそれが見たいと望んだが、今の私にはそれが分かる。少なくても一つは分かる、お前は必ず世界を壊す。なぜならお前は私と彼の意思、ーいや妄念と言うべきかーを受け取るのだから。

我等が妄念とはすなわち




『我が人生を弄び、闇の底に突き落としたこの世界の理よ、全てみな悉く・・・・・・滅びるがいい』





[14347] 小ネタ集 その1
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 01:00
これらは思いついたけど三章で使えなかったり、ちょっと本題から逸れそうだったでやめておいたものです。








ネタ1  羽化



キュルケ:「しっかし、女はさなぎから蝶になる、って言うけどあんたはその典型よね」

 「違うわキュルケ、私は蝶なんかじゃなくて蝉よ」

キュルケ:「……は? 蝉?」

ルイズ:「そうよ、蝉は種類によっては17年間土の中に居るものもいるわ、私はそれと同じだったの。時間的にも近いでしょ」

キュルケ:「まあそうだけど、土の中もさなぎの中も大差ないんだから、別に蝶でもいいでしょ。見た目綺麗なんだし」

ルイズ:「何言ってるのよ。蝶なんてふわふわ浮遊してるだけじゃない。その点蝉は違うわ、自らの羽で力強く風を切って飛んでる」

キュルケ:「あ、そう……、でも一週間で死ぬわよ」

ルイズ:「大丈夫よ、私は16年土にいて、成虫になってからも50年間飛び回る突然変異だから」

キュルケ:「ミンミンうるさいわよ」

ルイズ:「己を誇示することは素晴らしい事よ。”我此処に在り!!!”って感じで」

キュルケ:「……あんたが良いって言うなら別に良いけどね」














ネタ2 キャッチコピー



才人:「マリコルヌもすげえよな、空中で艦から艦へ飛び移るなんてさ」

マリコルヌ:「いやあ、それほどでもないさ。はっはっは」

ルイズ:「飛ばない豚はただの豚よ」

マリコルヌ:「ぐはっ」

才人:「って何でお前が知ってるんだよ」

ルイズ:「? なんのことよ」

マリコルヌ:「ま、まあいいさ、落ち込んだりもするけど、僕は、この学院が好きだからね」

才人:「いや、お前もなんでそれを」

ギーシュ:「マリコルヌ、”生きろ”」
















ネタ3 シェスタについて



才人:「なあ、キュルケ、最近シエスタの様子がおかしくねえかな」

キュルケ:「シエスタの? どうしてそう思うの?」

才人:「なんかここ最近ずっとぼ??っとしてるし、前、俺の部屋入ったらベッドとテーブルの位置が逆になってた」

キュルケ:「け、結構すごい力持ちねあの子。でもまあ貴方の言うことはあたってるわ。他にも例があるわよ、マリコルヌの制服がシャルロットのクローゼットに入ってたり、ギーシュの部屋の椅子が全部縦に重ねてあったり、モンモランシーの部屋の花瓶に花の代わりに甲冑の腕が刺さってたり、最後のはちょっとしたホラーだったわ」

才人:「そ、そうなのか、どうしたんだろ一体」

キュルケ:「あら、わからない? 原因は貴方よ、最近貴方がシャルロットと正式に付き合いだしたのがショックだったんでしょうね。もともと勝ち目は薄いってわかってたみたいだけど、乙女心は複雑なのよ」

才人:「そうだったのか……なあ、シエスタにそのことでなんか行った方がいいかな」

キュルケ:「やめたほうがいいわ、今貴方から言われるのは返って逆効果になるから。ま、こういうのは時間が解決するのを待つのが一番よ」

才人:「でもなあ、なんか取り返しがつかない失敗とかしないかな」

キュルケ:「大丈夫でしょ、なんだかんだいっても根はしっかりも「シエスタは何処!!!」

才人:「ル、ルイズ、ど、どうかしたのか」

ルイズ:「シエスタは何処、と私は聞いているのよ」

才人:「ヒィ!!」

キュルケ:「落ち着いてルイズ、何があったの」

ルイズ:「あの娘は私から唯一の至福の時間を奪ったのよ」

キュルケ:「至福の時間?」

ルイズ:「ええ、論文の作成や読書の合間に飲む一杯の紅茶と、一切れのクックベリーパイが私の至福の時間なの、それなのに……これよ!」

才人:「あ、これってシャルロット専用ハシバミパイ」

ルイズ:「クックベリーパイだと思ってこれを食べてしまった私の苦しみがわかる? たまらず紅茶を吹いてしまって、書いていた論文に直撃したわ」

才人:「そ、そいつは災難だったな」

ルイズ:「ええ、だからシエスタには、2度とこんな事しないようにしっかりと調教しておく必要があるの」

才人:「ちょ、ちょっと待てええ!」

キュルケ:「そうよ、やめなさいルイズ! 今の貴方にそれは似合いすぎて危険よ、それにシエスタがああなった原因はサイトにあるの」

ルイズ:「……なんですって?」

才人:(おいキュルケ! 何てこというんだよ!)

キュルケ:(しょうがないでしょ! シエスタじゃあの娘の毒牙から逃げようがないわ。貴方ならその速さで何とかできるわよ、きっと)

才人:(無茶言うな! だってお前ルイズだぞ、あのルイズだぞ!)

 
ルイズ:「サイト、それ本当?」

才人:「い、いや、その、そ、そうかもしれないけどキュ、キュルケがそっとしておいた方がいいって言ってたから、そっとしといたんだ」

キュルケ:「んな!?」

キュルケ:(何で私まで巻き込むのよ!)

才人:(俺に矛先向けたのお前だろ、こうなりゃ一蓮托生だ!)

ルイズ:「そう…わかったわ。二人とも、『ルイズ隊』隊長としての命令よ、いますぐシエスタを直してきなさい。分かってるでしょうけど拒否権はないし、失敗も許さないわ」

才人&キュルケ:「「ja!wohl!!」」

 



ギーシュ:「助かった、僕たちは巻き込まれないでよかったね」

モンモランシー:「まったくね、話しかけるタイミングが一歩早かったら巻き添えだったわ」

マリコルヌ:「ああ、ルイズ…あの冷たい瞳で罵ってほしい…」

ギーシュ:「とりあえず還ってきたまえ、マリコルヌ」
  
 


 












ネタ4 ナンパ



才人:「えっ、テファがナンパされたって?」

テファ:「うん、そうなの。私なんだかわからなくてビックリしちゃった」

ルイズ:「ま、この娘が一人で街を歩けば男の一人や二人寄ってくるのが当然でしょ。その辺不注意よ、杖は忘れずに持つことね」

テファ:「…ごめんなさい」

才人:「別に謝ることじゃないぜテファ。で、ルイズが助けたのか」

テファ:「うん、そうなんだけど……その、助け方がちょっと…」

才人:「ひょっとして、有無を言わさず吹き飛ばしたのか?」

ルイズ:「昼の街中でそんな野蛮なことするわけないでしょ、ただテファにキスして、『私たちはレズだから、あんた達みたいなムサイ男はお呼びじゃないの』って言っただけよ」

才人:「はあっ!?」

テファ:「//////(赤面)」

ルイズ:「で、呆然とした男たちを尻目にテファの手を引いて、その場を離れたわけ」

才人:「お、おま、何すごいことやってんだよ…」

テファ:「うん、私もいきなりで頭真っ白になっちゃった…」

ルイズ:「別に大したことじゃないでしょ、女の子同士のスキンシップよ。それにテファはちいねえさまに雰囲気が似てるから、家族にするような感覚でもあったしね」

テファ:「…それでも普通、舌は入れないと思うの…」

ルイズ:「あら、ちょっとした茶目っ気よ?」

才人:「おまえ…やっぱり百合っ気があったのか……」

ルイズ:「やっぱりって何よ、やっぱりって」

ギーシュ:「おや、3人してこんなところで立ち話とは、何かあったのかい?」

才人:「おお、ギーシュ。実はかくかくしかじかでな…」

ギーシュ:「ははは、それは災難だったねテファ。しかしそれにしても、その男たちは幸運だね」

才人:「何でだよ、吹っ飛ばされなかったからか?」

ルイズ:「人を爆弾魔みたいに言わないでくれる?」

ギーシュ:「いや、それもあるけどね、ナンパした相手がテファだったことにさ」

テファ:「私で幸運?」

ギーシュ:「ああ、考えても見たまえ。他の女性陣だったらどうなってたか」

才人:「えーーっと」

 

 シャルロット  → 無言でエアハンマー。

  キュルケ   → 奢るだけ奢らせてサヨナラ。

 モンモランシー → ”眠りの雲”で昏倒、その後金品回収。

   ルイズ   → 男としての尊厳をズタズタにするほどの罵詈雑言。


才人&テファ&ルイズ:「「「………」」」

ギーシュ:「どうだい、彼らは幸運だろう」

才人:「確かに」

ルイズ:「ま、女はみんな狼なのよ」

才人&テファ&ギーシュ:「「「いや、それは違う」」」

ルイズ:「またキレイにハモったわね」 













ネタ5  ハーフエルフ



テファ:「ねえ、サイト。私にも剣がもてるかな?」

才人:「えっ、テファが? そりゃまたどうして?」

テファ:「うん、私もいつまでもマチルダ姉さんに守られてばかりじゃだめだと思って。でも私の魔法って、逃げるためのものだから、少しは強くならなきゃ、って思ったの。だから一回デルフを貸してみてもらえないかな?」

才人:「う~ん、まあその気持ちは分からなくもないけど…」

デルフ:「いいじゃねえか相棒。一回持たせてみろよ、そうすりゃ武器の重みってのが分かるさ」

才人:「そんなもんかな…でもまあ、一回試せば分かるってのは確かか」

テファ:「じゃあ、いいの?」

才人:「ああ、でも十分気をつけてくれよ」

テファ「うん、ありがとう」

デルフ:「そういやあ、相棒以外にもたれるのは随分久し…」

テファ:「…………」

才人:「ん、どうした2人とも、いきなり黙って」

テファ「”消滅させし者(デルフリンガー)”、機能(システム)、”狂犬刃(カットスロート)”解除」

才人:「な!?、て、テファ?」

テファ:「”消滅させし者”、機能、”悪鬼喰(グール)”顕現準備」

才人:「ちょ、デルフの形が剣から銃に?、い、一体何が?」

テファ:「喰らい尽くせ!!」

デルフ:「そうだ!!、撃てぇ!!、撃って殺して魂削って、ノーライフキングを復活させろおぉぉぉ!!!!」

才人:「これ何の弾丸執事!?」
















ネタ6  変化


とある街中にて

男の子:「おい、ちょっと待てよ!」

女の子:「なによ、ついてこないでよ!」

男の子:「悪かったって言ってんだろ。そんなに怒んなよ」

女の子:「うっさいわね! 私は怒ってなんか無いわ! 何でアンタが他の娘といることを私が怒んなきゃいけないのよ!!」

男の子:「その態度のどこが怒ってないっていうんだよ、相変わらず素直じゃねえなぁ」

女の子:「何よその言い方! アンタ身分が低いくせに生意気なのよ!」

男の子:「そんなの今関係ないだろうが!」

女の子:「あーーーーもう! うるさいうるさいうるさーーーい!!!」



才人:「………」

チラっ

ルイズ:「さて、皆。無事タバサを助けたから、後はゲルマニアを経由して学院に戻るだけだけど、折角ガリアにいるんだから、出来るだけ多くのものを見て、多くの情報を集めておくわよ」

コルベール:「ふむ、それはいい考えだ。それで、具体的にはどう動くのかな」

ルイズ:「私は街の様子全体を見るわ、モンモランシーは薬品店、タバサとサイトは図書館や本屋、キュルケは飲食店や酒場で情報収集をしてきて。コルベール先生は宿の手配をお願いします。ギーシュとマリコルヌは食料の買出しに行って頂戴。じゃあ3時間後に一度ここに集合しましょう。では、解散!」

才人:「………」

ルイズ:「ん、どうしたのよサイト。私の顔に何か付いてる?」

才人:「いや、別に…(女ってスゲエよな、変われば変わるもんだ)」
















ネタ7 聲(こえ)

 
才人:「じゃあ、ハインツさん、特訓お願いします!」

ハインツ:「ま、特訓って程のことじゃないが、いつでも掛かって来い」

才人:「はい、ってハインツさん、その剣っていうか刀、どっかで見たことあるんですけど」

ハインツ:「ん、これか、ゲイルノート・ガスパールが持っていたものだ、戦利品としてガリア軍に回収されて、俺が使うことになった(元から俺のなんだけど)」

才人:「そうだったんですか、アイツのか、何か気合はいるな」

ハインツ:「よし、いくぞ!」

才人:「はあ!!」

 ガキィィィィン!!

デルフ:「ちょっと待ったああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

才人:「な、なんだよデルフ、いきなりスゲエ声出して」

デルフ「相棒!、ハインツの兄ちゃん! 頼むから俺とそいつを打ち合わせないでくれ!!」

ハインツ:「ん? 『呪怨』をか? どうしてまた」

才人:「何かすげえネーミングですね、それ…」

デルフ:「なんでも何も!! そいつと打ち合った瞬間とんでもねえ禍々しい聲が聞こえてきたんだよ!!」

ハインツ:「聲ってどんな感じなんだ?」

デルフ:「いやもう、『切る、斬る、伐る、きる、キル、KILL、KI-----LL!!!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺させろおおおお!!!  血、血、血、血、血が欲しい!! 我に捧げよ飲み物を!、我の渇きを満たすため!! 欲しいのは血、血、血、血!! 血が欲しいいいいEEEEEE!!!!』って感じだ、こっちの気が狂うかと思ったぜ…」

ハインツ:「ほう、そりゃ大変だったな。よし、才人、俺は”ブレイド”で相手するな」

才人:「って言うか、ンな剣を平然と持ってられるハインツさんが信じらんねぇ…」








ネタ8 百合


少女:「ぁ、あの、ルイズ様、こ、これ、受け取ってください!!」

ルイズ:「あら、クッキー? よく焼けてるわね、あなたが焼いたの?」

少女:「は、はい。ルイズ様を想って、一生懸命がんばりました!」

ルイズ:「ふふ、ありがとう、うん、おいしいわよ、口に合うわ」

少女:「は、はい こちらこそ受け取ってもらってありがとうございました!」



ルイズ:「行っちゃった、恥ずかしがり屋な子ね」

才人:「なあ、お前さっきも一年の女の子から手紙受け取ってたよな、あれってもしかしてラブレターか?」

ルイズ:「まあね、ここ最近多いのよね」

才人:「まあ、分からなくもないんだが…。なあ、ルイズ、最近流れてる噂知ってるか?」

ルイズ:「どんなんよ、それ」

才人」「いやまあ、なんつーか、一年の中でめぼしい男子はキュルケが、女子はルイズに悉く喰われてるって噂なんだが…」

ルイズ:「ふーーん。で、あんたはそれを信じたわけね」

才人:「い、いや、信じたわけじゃねぇけどさ、噂の元になるようなことは何かあったんじゃねぇかな~って」

ルイズ:「一体誰から漏れたのかしら、ミレーヌ、ロゼッタ、レジーヌ、それともコンスタンツェかしら。あの娘の時は多少強引だったから」

才人:「ってうおおおぉぉぉい!!、マジかよ! 噂はマジなのかよ!!」

ルイズ:「安心しなさい。全員合意の上よ、ちょっと強引にしちゃったこともあったけど、ちゃんと満足させてあげたわ」

才人:「そういう問題じゃねぇええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

ルイズ:「ま、私も男より先に女を知ることになるとは思わなかったけどね。人生どう転ぶか分からないものよね」

才人:「お、お前、まさかシャルロットは狙ってないよな!?」

ルイズ:「大丈夫、私の本命はテファよ」

才人:「悪魔と大魔神の対決の予感!!」

ルイズ:「いいかげん面白いけど、冗談よ、冗談。ま、一年の子達には私は憧れなんでしょうね、あのアルビオン戦役の後、女だてらに英雄扱いされてたから」

才人:「な、なんだ冗談か…心臓に悪い。なんかすげえ疲れたぜ……」

ルイズ:「ひとりで大騒ぎするからよ」

才人:「お前がからかうからだろ…ああ、俺、部屋戻るわ…ちょい休みたい…」








ルイズ:「残念、冗談って言うのが冗談なの、噂は真実よ。フフフ…」







[14347] 小ネタ集 その2
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 01:00
小ネタ








 ネタ9 はっちゃけジョゼフ


 ハインツ:「陛下、しつれいしま…」

 ジョゼフ:「”ゴムゴムの銃(ピストル)”!!」

 ハインツ:「ぐはっ」

 ジョゼフ:「甘い、甘いな、蕩ける様に甘いぞハインツ。いついかなる時も警戒は怠るな」

 ハインツ:「いや、いくらなんでも腕が伸びてくるなんて思いませんよ。いつからゴム人間になったんですか」

 ジョゼフ」「む、これか。これはミューズが造った傑作品だ」

 ハインツ:「ああ、以前スターウォーズネタやった時言ってた、アレですか」

 ジョゼフ:「そうだ、腕の上からすっぽり填める篭手の様な感じでつけられる優れものだ。付けた者の意志どおりに動くから、腕が不自由な者などへの義手代わりにもなる。完全取り付け式の義手タイプもあるぞ」

 ハインツ:「造った動機はものすごく真面目なんですね。なのになんでそれで、俺を吹っ飛ばすんですか」

 ジョゼフ:「何を言う、”銃弾(ブレット)”や”バズーカ”にしなかっただけ、ありがたいと思え」

 ハインツ:「確かにンナもんくらえば、頭蓋骨陥没や内臓破裂は決定ですね」

 ジョゼフ:「そうだな、と隙あり! ”ゴムゴムのスタンプ”!!」

 ハインツ:「がはっ」

 ジョゼフ:「油断するなといってるだろうが、義手があるなら義足があって当然だろう。そんなことでは次の、『加速』を併用した”ギア・セカンド”は到底回避できんぞ」

 ハインツ:「……」

 ジョゼフ:「何だ、伸びたか、情けない奴だ。まあ、顎先を狙ったからな」











 ネタ10 はっちゃけジョゼフ2

 ジョゼフ:「ハインツ、ちょっと見ていろ」

 ハインツ:「はいはい何ですか」

 ジョゼフ:「はっ」

 ハインツ:「おお、石がパンチ一発で粉微塵に! …って粉微塵? 陛下、もしかしてこれって」

 ジョゼフ:「ふふふ、石に対して、ほぼゼロコンマの間隔で2連劇を加えたのだ。最初の一撃で石は抵抗力を使い、次の一撃は無抵抗になる」

 ハインツ:「完全に”二重の極み”ですね。なんとまあコア…でもないのか? もしかしなくても『加速』ですか」

 ジョゼフ:「そうだ、俺にとっては普通に2回石を殴っただけだが、石にとっては瞬時の2連撃だ」

 ハインツ:「なんというデタラメ」

 ジョゼフ:「しかし、少々面白くないのだ、俺が”加速”を極限まで早めて『無駄無駄無駄無駄!!!』と言いながら乱打したところで、相手にすれば何がなんだか分からず吹っ飛ぶからな」

 ハインツ:「何言ってるのかなんて、聞こえるわけありませんね。人間の可聴域にある音程じゃないですから」

 ジョゼフ:「いっそ”加速”領域を相手の意識にまで広げる装置を作るか。そうすれば、体は動かんが、俺が何をしているかは分かるだろう」

 ハインツ:「んなクソくだらない理由で作らないでください。っていうかそんなん作れるんですか?」

 ジョゼフ:「ガリアの科学力は世界一イイイイィィィィ!!! 作れんものは無いいいィィィィィ!!!!」  
 
 ハインツ:「シュトロハイム!?」


 ジョゼフ:「うろたえるな!! ガリア軍人はうろたえない!!」  
 

 ハインツ:「いや、俺軍人じゃないんですけど」











 ネタ10.5 はっちゃけジョゼフ2.5

 ジョゼフ:「『無駄無駄無駄』や『オラオラオラ』は駄目だが、やった後に『お前はもう、死んでいる』なら合うかも知れんな」

 ハインツ:「やめてください。ていうか死んでますよ俺!!それだと!!」

 ジョゼフ:「ホムンクルス」

 ハインツ:「誰だこんな人を生み出したヤツー、責任者呼んで来ーい!!」











 ネタ11 BL

 ハインツ:「陛下、ひとついいですか」

 ジョゼフ:「なんだ」

 ハインツ:「以前から少し思ったんですけど、陛下のネタ技って打撃系が多いですよね。関節技とかは興味無いんですか?」

 ジョゼフ:「ああ…それか。ひとつは組技だと、あまり加速を生かせないことだが…」

 ハインツ:「他にもあるんですか」

 ジョゼフ:「まあな、いささか不愉快というか不本意というか不快というか、という理由が」

 ハインツ:「陛下が言いよどむなんて珍しいですね。どんな理由ですか」

 ジョゼフ:「その光景を万が一、侍従や女官に見られたらどんな噂が立つか分からん。ただでさえ、俺とお前の関係を妄想している女官は多いのだ」

 ハインツ:「あ~~、それってもしかしてBL的な?」

 ジョゼフ:「そういうことだ、俺もお前も美形で、俺は体格がいいが、お前は細身だ。俺が接する事が一番多いのはお前だからな。女官たちとしては、お前の身長があと10サント低ければいいのに、とかぬかしていたようだ」

 ハインツ:「最悪ですね」

 ジョゼフ:「しかも、お前が不能である事が、噂に拍車を掛けているのだ」

 ハインツ:「何ですかそれは… 本気で直す必要あんのかな…これ」

 ジョゼフ:「そうしろ、イザベラのためだけでは無く、何より俺のためにな」










ネタ 12   戦乙女


 サイコロプス:「ガアアアア!!」

 ギーシュ:「む、サイコロプスか。モンモランシー、僕の後ろへ」

 モンモランシー:「あら、ありがと」

 才人:「シャルロット」

 シャルロット:「サイト」

 コルベール:「ミス・ツェルプストー、下がりなさい」

 キュルケ:「頼もしいわね、ジャン」

 男3人:「いくぞ!」

 ルイズ:「あ、私だけハブられてる。おーいサイトー、コルベール先生ー、ワタシモマモレー」

 男3人:「ルイズ(ミス・ヴァリエール)は自分で守れるだろ(う)!」

 ルイズ:「それならタバサもでしょうに、ま、いいわ、マルコルヌ、肉の盾になりなさい」

 マリコルヌ:「やっぱりそうきたか! しかも何か表現が生々しいし!」

 ルイズ:「実際はそんな必要ないけどね。今のあいつらなら、サイコロプスの一匹や二匹…」

 テファ:「キャアアア!」

 マリコルヌ:「あ、向こうにもいたみたいだね。でも水精霊騎士がいるから大丈夫…」

 ルイズ:「待ってなさいテファ! 今行くわ!!」

 マリコルヌ:「は、はやい…」

 ルイズ:「消し飛べ化け物!! 貴様風情が私のテファに、指一本でも触れることは許さん!!」

 7人:「勇ましい…、しかも“私の”って…」









ネタ13 平賀才人の日記

 
 ロマリアの各都市で行ったティファニアの演説。いや、あれは演説ではなく、彼女の心からの訴えは、間違いなく、ロマリアの町で暴徒と化していた人たちの心に響いた。彼女の素直で純粋な気持ちは、どんなに心が荒廃した人にも届いたのだ。テファの慈愛は深く、そして暖かい。狂気だろうが狂信だろうが、愛の前には無力だった。

 しかし…俺、いや俺たちは確かに感じていた。ロマリアの人たちが、テファの慈愛以外に心に響いていた、いや心から恐れていたものがあったと。それは彼らの生存本能が、無意識に察知させていたのだろう。

 もし、テファに罵声を浴びせたり、石を投げたりしようものなら―――


全長50メイルもの、鋼の巨人が降臨する 


 憎悪の空より大魔神が来たりて、正しき怒りを以ってして、渇かず飢えず無に還されることが……








ネタ14 平賀才人の日記 Ver2

 ロマリアの各都市で行ったティファニアの演説。いや、あれは演説ではなく、彼女の心からの訴えは、間違いなく、ロマリアの町で暴徒と化していた人たちの心に響いた。彼女の素直で純粋な気持ちは、どんなに心が荒廃した人にも届いたのだ。テファの慈愛は深く、そして暖かい。狂気だろうが狂信だろうが、愛の前には無力だった。

 しかし…俺、いや俺たちは確かに感じていた。ロマリアの人たちが、テファの慈愛以外に心に響いていた、いや心から恐れていたものがあったと。それは彼らの生存本能が、無意識に察知させていたのだろう。

 もし、テファに罵声を浴びせたり、石を投げたりしようものなら―――


全長50メイルもの、鋼の巨人が降臨する 


 虚空の門より大魔神が現れ、極低温の刃によって、すべてが死の静寂の停止されることを……




[14347] 小ネタ集 その3
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 01:01
これらは以前書いてあったものの中で、最終話以降の話になったりするため、投稿していなかったものなどです。






ネタ15 異界の門


ハインツ:「サイト、ついに元の世界に帰る装置が完成したぞ」

才人:「本当ですか?」

ハインツ:「ああ、もう実験も済んでるから、すぐにでも作動可能だ」

才人:「わかりました!ありがとうございます、とりあえず一回帰って両親を安心させてきます」

ハインツ:「けどな、ひとつ問題がある」

才人:「問題って、なんか危険なことですか?」

ハインツ:「いや、そうじゃない、ただ、ちょっと呪文を唱えないといかんのだ」

才人:「それが問題なんですか?」

ハインツ:「ああ、ちょっと長いんだ、その上不吉だ。聞くか?」

才人:「ちょっと怖いけどお願いします」

ハインツ:「じゃあいくぞ
  『外なる虚空の闇に棲まいしものよ。今一度、大地に現れる事を、我は汝に願い奉る。
   時空の彼方に留まりしものよ。わが嘆願を聞き入れ給え。
   ……顕れよ、顕れ出でよ。聞き給え、我は汝の縛めを破り、印を投げ棄てたり。
   我が、汝の強力な印を結ぶ世界へと、関門を抜けて入り給え。
   ンガイ・ングアグアア・ブグ=ショゴグ・イハア、ヨグ=ソトース、ヨグ=ソトース――
   イグナイイ・イグナイイ・トゥフルトゥクングア、ヨグ=ソトース―――――
   イブトゥンク……ヘフイエ――ングルクドルウ……!
   エエ・ヤ・ヤ・ヤ・ヤハアアア――エヤヤヤヤアアア……ングアアアアア……ングアアアア……!
   フユウ……フユウ……ヨグ=ソトース!
   顕れ出で給え、門にして鍵なる神よ!顕れ出で給え!
   全にして一、一にして全なる神よ!顕れ出で給え……!
   ――ヨグ=ソトースよ!!!』
  とまあこんな感じだ」

才人:「……どうしても言わなきゃダメですか?」

ハインツ:「いや、もうひとつ別なのがある」

才人:「あるんですか!ならそっちを教えてください!!」

ハインツ:「わかった、言うぞ
   『禍の悲嘆の溜息、恐るべき其の聲を聴き、沈黙の星の只中にて険悪に渦巻く窮極の風の狂おしい吹き荒びに耳を傾けん……
    冥き大地の腸にて蛇の牙を持つ者が叫び聲を聴き、時を知らぬ秘められた凍土の空に広がる咆哮に耳を傾けん。森を引き裂き、都市を砕きしが、蹂躙する手を知る者も無く、また破壊の化身を知る者も無い。
    無明の刻限に彼の者の聲を聴き、我が声にて彼の者の叫びに応えん…されど彼の者、其の御名を口にする勿れ……!
    イア・イア・ハスター・ウグ・ウグ・イア・イア・ハスター・クフアヤク・ブルグトム・ブグトラグルン・ブルグトム・アイ・アイ・ハスター!!!』
  だ、どっちでも好きなほうを選べ」

才人:「………3つ目は無いんですか?」

ハインツ:「無い。しかし後1月待てば、コレ言わなくてもよくなるそうだ」
 
才人:「待ちます。絶対異界に繋がりそうですから、それ。次元の狭間とか大図書館とか」

ハインツ:「賢明な判断だな、サイト」












 ネタ16 TSデミウルゴス



 シェフェールド:「あら、ハインツ。新しい体の調子は良いのかしら」

 ハインツ:「はい、バッチリです。体の感覚は前と変わりません」

 シェフィ:「そう、ならいいわ。製作に関わった者としては気になったから」

 ハインツ:「それはどうも、シェフィさんも割りと面倒見いいですよね。そこのところ陛下に近いところがあるかも」

 シェフィ:「ふふふ、そう? そうよね、そうに決まってるわ。性質が近いもの同士が惹かれあうのよね、愛は」

 ハインツ:「は、はあ、そうですよね、はい」

 シェフィ:「それはそうと、やっぱり男にしたのよね、最終的な理由は何だったのかしら?」

 ハインツ:「え? ああ、前に話した奴ですね」

 シェフィ:「ええ、『男は2回やったから、次は女でいこうかな』って言ってたわよね。あれ聞いた時はさすがに絶句したわ」

 ハインツ:「自分ではアリだったんですけど… ていうかやろうとしたんですけど」

 シェフィ:「誰かに止められたのかしら?」

 ハインツ:「ええ、イザベラに言ったんですよ『俺、次は女になる』って。イザベラは呆れながら『ま、いいんじゃない、姉を持つのも悪くなさそう』って言ってくれたんですけど」

 シェフィ:「けど?」

 ハインツ:「横にいたヒルダが『そんなことすれば、私が女になったハインツ様を、精神が壊れるまで犯します』って本気と怨念の篭った目と口調で言われたから、自重しました」

 シェフィ:「なるほどね、あの娘か」

 ハインツ:「残念でしたよ、俺としては」

 シェフィ:「そうかしら? 女性になった貴方を犯すってていうのは、私も交ざりたいわ、きっと”博識”の娘や十一位の彼女もそう言うかもしれないわね」

 ハインツ:「なぜ! しかもどうして皆女性!?」

 シェフィ:「冗談よ。もっとも”博識”の娘は本気でヤりそうだけど」

 ハインツ:「やはり慣れ親しんだ男性体が一番か…」











ネタ17   サイヤ人


才人:「なあ、向こうの空からこっちに飛んできてるの、あれハインツさんじゃないか?」

シャルロット:「確かにハインツ、でもすごい勢い」

才人:「”フライ”ってあんなに速く飛べるモンだったけ?」

シャルロット:「制御と持続を犠牲にすれば可能、だからあのままじゃ止まれない」

才人:「おいおい、だいじょぶかよ。あ、なんか銃をぶっ放した、あれは…火の魔弾か?」

シャルロット:「上手い。”イグニス”の反動でブレーキをかけた」

才人:「降りてくるな」

シャルロット:「ええ」







ハインツ:「ふっふっふ…成長したな…だが、一目でわかったぞシャルロットよ…母親にそっくりだ」

才人:「あの、ハインツさん? 降ってくるなりいきなり何を」

シャルロット:「……」

ハインツ:「シャルロット、この国のありさまは何だ。トリステイン人を死滅させることが貴様の使命だったはずだ。いったい何を遊んでいた」

才人:「えーっと、それって」

シャルロット:「……頭は平気?」

ハインツ:「何もかもも忘れてしまったとはやっかいな野郎だ…いいだろう思い出させてやる。これから貴様にもいろいろと働いてもらわねばならんからな」

才人:「あのー もしもし?」

シャルロット:「聞いてない」

ハインツ:「教えてやる! まず貴様はこの国の人間ではない!! 生まれは『精霊都市オルレアン』!! 誇り高き全世界一の強戦士族ガリア人だ!!!」

才人:「……」

シャルロット:「……」

ハインツ:「そしてこの俺は、貴様の兄ハインツだ!!」

才人:「あ? ハインツさん、それってドラゴンボールのサイヤ人編の最初のくだりですよね」

ハインツ:「よかった! たすかった! いや才人、お前がツッコんでくれなきゃどうしようかと思ってたんだ!」

シャルロット:「…何があったの?」

ハインツ:「いやさ、世界一の頭脳を持つ馬鹿が、『”ハインツとシャルロット”と”ラディッツとカカロット”、語感がそっくりだと思わんか』って理由だけでこんな事させやがったんだよ」

才人:「………なんていうか、ご愁傷さまです」

シャルロット:「ファイト」

ハインツ:「…ああ。ありがとう… 二人とも…」
















ネタ18  服


ハインツ:「おーい、イザベラ。以前言ってた服、出来たぞ」

イザベラ:「以前言ってた服って、あのふざけた”十二単”ってやつの変わりに作ってくるって言ってたアレ?」

ハインツ:「ああ、お前の分とシャルロットの分、ようやくできたから持ってきた」

イザベラ:「アンタも細かいわよね、そういうトコ。それで、見せてくれる?」

ハインツ:「ああ、まずはシャルロット用」

イザベラ:「へえ、なかなかいいじゃない。動きやすそうだけど品があって、色もあの娘に合ってるわね」

ハインツ:「これはな、”向こう”の世界で、いわゆるカソリック系のパブリックスクールの制服、ま、要はお嬢様学校の制服なんだ。それをシャルロットに合うように青を基調にしてみた」

イザベラ:「へえ、”向こう”の学校の制服なんだ、ひょっとして、あの娘の恋人が帰ったときに資料頼んだの?」

ハインツ:「正解。鋭いな、実はお前の服の資料も頼んだんだ。で、それがその服だ」

イザベラ:「あら、これってもしかして軍服?」

ハインツ:「またまた正解。これはドイツ第三帝国っていう、髑髏の帝国といわれた国の親衛隊の女性将校の制服だ。黒をメインにしてるデザインだから、お前の普段着にも似てて着やすいだろ」

イザベラ:「確かに悪くないデザインね、丈夫そうだし、動きやすそう」

ハインツ:「軍の視察の時なんかに良いんじゃないかと思ってな」

イザベラ:「そうね、私がこういう格好していけば、士気も上がるかも」

ハインツ:「ああ、そうだな。ところでさっきから何やら寒気がするんだが、お前はどうだ?」

イザベラ:「ううん、私はしないけど、風でもひいたの? 大丈夫?」





隣の部屋

ヨアヒム:「落ち着け! 落ち着けってヒルダ!」

マルコ:「そうです! 冷静になってください!」

ヒルダ:「いいえ、これが冷静でいられますか! どこの世界に愛する女性に軍服送る馬鹿がいますか、力の限りひっぱたかなければ気がすみません!」

マルコ:「で、でも! イザベラ様は気に入ってるみたいだし、本人がよければ良いんじゃないでしょうか」

ヒルダ:「それがなおさら許せないんです!! 2人そろって矯正してやらなければ!!」

ヨアヒム:「だああーー、待てって、とりあえずその殺気を収めろーー!!」




ハインツ:「それから、お前用にもう一着あるぞ」

イザベラ:「あら、私にだけ?」

ハインツ:「ん、まあな、いいだろ、もともと俺が作りたかったから作ったものだし、不公平って言わないでくれ」

イザベラ:「怒ってるわけじゃないわよ。ちょっとうれしいしね」

ハインツ:「そっか。で、もう一着がこれ」

イザベラ:「…白いドレス?」

ハインツ:「ああ、黒い軍服作ってるときにふと思ったんだよ、お前って白も似合うんじゃないかな、って。シンプルなデザインだけど気に入ってくれるか?」

イザベラ:「うん…気に入ったわ、ありがとう」

ハインツ:「そっか、なあ、ちょっと着て見せてくれるか」

イザベラ:「見たい?」

ハインツ:「ん、まあな」





隣の部屋



ヒルダ:「全く、ハインツ様ったら、そちらの方を先に出しててくだされば、私もこんな余計なエネルギーを使わずに済んだのに。人が悪いですね」

ヨアヒム:「…(脱力)」

マルコ:「…(脱力)」

ヒルダ:「さて、こうしてはいられない。イザベラ様のお着替えを手伝わないと、ってどうしたんです2人とも、そんなところに座り込んで」

ヨアヒム&マルコ「「いや、別に、なんでもないさ…」」

ヒルダ:「そうですか、では」

ヨアヒム&マルコ「「はあ~~~、疲れた……余計なエネルギーを使わされたのは俺(僕)だっての…」」
















ネタ19  傾向

研究室にて


ルイズ:「ねえ、モンモランシー」

モンモランシー:「ん、何かしら」

ルイズ:「私、貴女、シャルロット、私のエレオノール姉さま、カリン母様、これがAグループ。キュルケ、マチルダ、ティファニア、私のちいねえさま、あとシエスタ、これがBグループ。さて、これは何でしょう」

モンモランシー:「………胸の大きさでしょ、それがどうかしたの?」

ルイズ:「そう不機嫌そうにしないで、確かに胸の大小もあるけど、別の共通点があることに気づいたのよ」

モンモランシー:「別の共通点?」

ルイズ:「ええ、Aグループは総じて性格がキツイ、対してBグループは性格がおおらかなのよ」

モンモランシー:「ん~言われてみればそうね。だけどシャルロットの性格はきつい、とは少し違いと思うけど」

ルイズ:「シャルロットはとっても一途よ。だから翻せば心の余裕がある方とは言えないわ。だから、心の余裕の多さと、胸の大きさには何か密接な関係があるのかもしれないわ」

モンモランシー:「まあ、そうかもしれないけど…」

ルイズ:「そう仮説が出来たなら、じっとしてられないわ、より多くのデータを取って統計を出さなきゃ。早速情報部へ行って、調査をするように依頼してくる」

モンモランシー「……確かに、余裕はないわよね、特に貴女は」

一度気になる命題が出来れば、解明するまで一直線なのが研究者。それがどんなしょーもない事でも。









ネタ20 2人の夜(どっちかといえば男二人のほうの)


ヨアヒム:「なあ、ハインツ様とイザベラ様はどこ行ったんだ?」

マルコ:「うーん、たしか3時間くらい前に2人で仮眠室に入って行ったようだけど。疲れてたのかな、そういえば2人とも顔が赤かった気がする」

ヨアヒム:「つーことは熱でもあったのかね」

ヒルダ:「ニブいですね、2人とも。若く愛し合う男女がベッドのある部屋ですることといえば、ひとつしかないでしょう」

マルコ:「え? じゃあいま御二人は…」

ヒルダ:「愛を語らってる最中ですよ。お互いの体を使って、ですけど」

ヨアヒム:「何かすげえ言い方するなオイ。でもま、いいことなんじゃねえの、ようやくっつうか、やっとつうか、そんな感じだけど」

マルコ:「でも、執務室の隣の仮眠室でなんて、イザベラ様にしてはちょっといきなりですよね」

ヨアヒム:「確かに、ハインツ様にしても、ああ見えてすげえムードとか雰囲気とか大事にする人だからな」

ヒルダ:「"ロック"と"サイレンス”とは掛けてますよ。そしてそれはきっと、今の御二人は少なくてもいつもの3倍以上は互いを求めてるからでしょうね」

マルコ:「え、ちょ、ちょっと待ってください。ヒルダさん、貴女ひょっとして何かしたんですか?」

ヒルダ:「ええ、一服盛らせていただきました」

ヨアヒム:「ってオイ!!、一服盛ったって何をだよ!」

マルコ:「ていうか、毒の専門家であるハインツ様に一服盛る事が出来るなんて信じられません」

ヒルダ:「媚薬を少々、緑色卿の店の中でも極上の逸品です。媚薬ばっかりは、ハインツ様は触れたこともないものなので、飲ませるのは簡単でした。それと、媚薬の中でもこれは特殊で、互いに想いあってる者でなければ効果がなく、想う力に比例して効果が強くなるというロマンチックな物なんです」

ヨアヒム:「いや、媚薬の時点でロマンティックじゃないと思うんだが」

ヒルダ:「まあ細かいことはいいとして、ヨアヒムさんが来たことですし、早速実行しましょう」

マルコ:「じ、実行って何を…ってなに魔銃なんか出してるのですか!!」

ヒルダ:「大丈夫ですよ、えい」

ヨアヒム:「躊躇いなく撃ちやがった!――って何も起こらねえな」

ヒルダ:「はい、何しろこれは”博識”様に頼んで特別に作っていただいた“解除”の魔弾です。割高でしたが、お金持ちですし私」

マルコ:「なんだってそんなものを…」

ヒルダ:「もちろんこの日のためです。はい、ヨアヒムさんコレ」

ヨアヒム:「何だよ、――ってこれ“ビデオカメラ”じゃねえか!」

ヒルダ:「はい、それで部屋の中の御二人の様子を撮影してきてください」

ヨアヒム:「アホーー! できるか、んなこと!! ノゾキどころか犯罪そのものじゃねえか! 大体なんで俺にやらせんだよ!」

ヒルダ:「“ニンジャ”は今調整中でして、稼動不可能なんです。私は「土」の属性と“解析操作系”のルーンですから、隠密行動には向きません。ですから、「風」メイジであるあなたの出番です」

ヨアヒム:「だからって俺になる理由がねえだろ! “不可視のマント”でもなんでも使って自分でやればいいだろうが!!」

ヒルダ:「イザベラ様はともかく、ハインツ様はとても鋭い方ですから、いかに媚薬の影響で互いに体を激しく貪っている最中でも、部屋に入ると気づかれるでしょう。私、お二人に嫌われるの嫌ですから」

ヨアヒム:「変わりに俺が殺されるわ! 特にイザベラ様に」

ヒルダ:「殿方なのですから、か弱い乙女を守ってください」

マルコ:「無茶苦茶いいますね… でも、なんで僕には言わなかったんですか?」

ヒルダ:「年下に無体を言うのは気が引けましたから」

マルコ:「なぜそこだけ良識的…」

ヨアヒム:「とりあえず俺は断固拒否する」

ヒルダ:「仕方ありませんね。では、Bプランでいきます」

マルコ:「Bプラン?」

ヒルダ:「ええ、視覚がだめなら聴覚だけでも、イザベラ様の艶やかなお声をしっかりと記録しましょう」

ヨアヒム:「今度は“テープレコーダー”かよ!」

マルコ:「まずい。ヒルダさんの例の暴走が始まってる!」

ヨアヒム:「止めろ! この痴女を止めろ!!」

 ヒュン!!

マルコ:「む、無言で“スライサー”を…」

ヒルダ:「だれが痴女ですか。これは姉として妹の成長記録をとるようなものです。決して趣味ではありません」

ヨアヒム:「だめだ、完全に暴走してる。くそー! 誰かーこいつを止めてくれー!!」

ヒルダ:「貴方たちのような不能予備軍に私は止められ…うっ――(ガク)」

エミール:「何か大変なことになってるね、止めろって言われたから気絶させちゃったけど良かったのかな?」

ヨアヒム&マルコ「「エミールさん!」」

エミール:「やあ、久しぶり。元気…では無さそうだね、何かお疲れの様子」

ヨアヒム:「ええ、大変なことになるトコだったので」

エミール:「ふーん、とりあえずこの娘は椅子に座らせておいて良いかな?」

マルコ:「ああ、そうしてください。ところでエミールさんはどうしてこちらへ?」

エミール:「ん? ああ、今日軍務卿がこっちに来てるだろ。彼に急ぎで確認したい事があったんだ、それはもう終わったからここに来たんだよ。先輩たちはどこかな」

ヨアヒム:「あ~~ハインツ様たちなら隣です、そこの女曰く、炎のように燃え盛ってる最中だとか」

エミール:「へえ! ハインツ先輩がねえ、うん、それはとてもいいことだ。そうかそうか、ようやく落ち着いてくれたかあ。アドルフ先輩やフェルディナン先輩以上に、ぼくはハインツ先輩が心配だったから」

マルコ:「そこに至るまでの過程が問題でしたけど…」

エミール:「まあ、そこはいいじゃないか。さて、馬に蹴られて死にたくないんで僕は帰るよ。2人によろしくね」

ヨアヒム:「あ、ハイ。また今度」

マルコ:「またいらしてください」

エミール:「後片付け、がんばって」




ヨアヒム:「なんつーか、全く動じてなかったなあの人」

マルコ:「この混沌空間の中を平然としてたね、さすがは『影の騎士団』の一人」

ヨアヒム:「とりあえず、ヒルダはこのままにしとくとして、俺たちで『ロック』と『サイレンス』を掛けなおすか」

マルコ:「そうだね、いつまでもイザベラ様の嬌声を漏れ出させておく訳にもいかないし」


ヨアヒム&マルコ「「………」」

ヨアヒム:「なあ、普通なら男として反応してないといけないよな、ここは」

マルコ:「そうだよね、なのに僕らは無反応…」

ヨアヒム:「やべえぜ、ヒルダが言った事が真実味をおびてきてやがる」

マルコ:「不能予備軍?」

ヨアヒム:「ああ、ハインツ様は治ったってのになあ……」



ヨアヒム&マルコ「「…………………はあ~~~~」」

 



 ネタ21 同窓会

 本編終了から15年後

 ギーシュ:「こうして全員揃うのって凄い久しぶりじゃないかな」

 キュルケ:「そうね、何人かとはちょくちょく顔合わせるけど、全員集合はいつ振りかしら?」

 マルコリヌ:「一昨年の降誕祭に一度皆集まらなかったかな」

 モンモランシー:「いいえ、その時私実家に帰ってたから居ないはずよ」

 才人:「じゃあ、その前の年は?」

 ルイズ:「私が居なかった。アルビオンに出張してたと思うわ」

 シャルロット:「そうなると、本当に久しぶりになるのね」

 キュルケ:「そうなるわね、それにしても、あれから15年か、皆も結構変わったわ……って、言いたいトコなんだけど」

 ギーシュ:「そうだなあ、若干数名『変わった』って表現が相応しくない者がいるね」

 マルコリヌ:「ルイズたちは変わらないよな。見た目まだ20代前半にしか見えない」

 モンモランシー:「まったく、私やキュルケが三十路を超えて、お肌の手入れやボディラインの維持に、結構気を回してるっていうのにルイズったら一切無頓着なのよ。それでいてこの見た目なんだから、腹がたつったらありゃしないわ」

 ギーシュ:「いやいや僕のモンモランシー。君はいつだって薔薇の様に……」

 モンモランシー:「五月蝿い」

 シャルロット:「ふふ、変わらないね。そういうところ」

 ルイズ:「変わらないのは貴女よシャルロット、貴女は見た目20代どころか17、8歳にしか見えないわ」

 キュルケ:「そうよねえ、なんたって”永遠の姫君”ですもの」

 シャルロット:「その呼び名、ちょっと恥ずかしい」

 ギーシュ:「いつまでも変わらず若々しい”ガリアの姫君”だからね、そう呼ばれるのも自然さ」

 マルコリヌ:「それにしても、アンリエッタ、ウィールズ両陛下や、イザベラ様にマルゴリット様、あとハインツもか。王家の血には何か特別な成分でもあるんだろうか?」

 ルイズ:「確かに、私の姉さま方もだから、何かあるかもね」

 モンモランシー:「調べたらなんか嫌な事が分かるかもしれないから、止めたほうがいいと思うわ」

 キュルケ:「まあ、それよりも何よりも、一番不思議なのは…」

 才人:「ん? どうした皆(シャルロット以外)、なんで俺を凝視してるんだ?」

 ギーシュ:「決まってるだろ、君のその若さだよ。君もシャルロット同様、10代にしか見えない。王家の血を引いてるわけでも無いのにどうしてなんだい?」

 マルコリヌ:「そうだ、僕たちは年相応の見た目なのに、君はあの頃のままだ」

 ルイズ:「毎晩のようにシャルロットを抱いてるからかしら?」

 シャルロット:「ル、ルイズったら!」

 才人:「セクハラ発言禁止。でも、俺も不思議に思ってさ、こういうことに詳しそうな人に聞いてみたんだ」

 キュルケ:「ハインツ?」

 才人:「いやジョゼフさん。ハインツさんは『大体予想はつくけど、はっきりとは言えない』って言ってたから」

 モンモランシー:「それで?」

 才人:「ジョゼフさん曰く『ガンダールヴは戦闘使い魔だ。戦うために、若い時代が長いんだ』ってことらしい」

 シャルロット:「それと、『お前が戦って死掛ける度に強くなるのも、お前が戦闘使い魔ガンダールヴだからだ』って言ってた。確かにアルビオン戦役やフェンリル戦の後は、サイトの力は上がってたけれど…」

 全員(シャルロット以外):「………そうなんだ」

 ルイズ:「まあ、何はともあれ伴侶と釣り合ってよかったじゃない。”永遠の騎士”殿」

 才人:「俺も恥ずかしいんだよなあ、それ」






 ネタ22  時間転移

 ルイズ・ヴァリエール・バンスラードは百合である。

 だが、彼女は別に男嫌いというわけではない。自分が認める男なら、付き合うことも、関係を持つことも吝かではない。

 彼女が男性と付き合わないのは、単に彼女の眼鏡にかなう男が居ないからだ。

 いや、少女時代にかつて居たのだが、早い段階で、当時は少年だったその男性が見ているのは自分ではないことに気づき、自分の気持ちに区切りをつけた。

 今でも彼女が認めるのはその青年(本当は成人してるが見た目が青年のまま)だが、そのことは彼女の中で整理されたことである。

 そんな彼女が百合趣向になった原因は、アルビオン戦役から帰還した頃、彼女に憧れた下級生の少女が彼女に色々相談して来た、その少女に対応しているうちに、自分が尊敬する最愛の姉、カトレアの様に接するとどうかな、と思い、その少女の頭を撫でたり、抱きしめたりしていると、いつの間にか深みにはまってしまったのである。

 彼女はその時、『これはこれで』と思い、問題ないと断じたのである。


 そんな彼女は今、技術開発局の休憩室で、ふと自分の理想の少女像について考えていた。

 可憐な美少女が自分の好みであるが、理想となるのは、最初から従順な性格ではなく気が強いほうが良い。その上素直じゃ無ければ最高だ、そうした娘を徐々に自分色に染めていき、従順にさせるのは考えただけでゾクゾクする。

 美少女と言うのは前提だが、少し釣り目気味で、髪は長い、そしてフワフワした感触のものが最上だ。体つきは未発達で、そこを自分が徐々に開発して……

 そこまで考えて、彼女はあることに気づいた。それはあまりにも残酷な事実だった。

 「そ、そんな、私の理想が、まさか、そんなはずは……いや、でも、考えればそうとしかならない…」

 そう、彼女は気づいた。彼女の理想とする少女像。それはかつての自分、”ゼロ”とあだ名されていた頃の自分だ。

 うぬぼれでは無く、客観的事実として、当時の自分に並ぶほどの美少女はそうは居ない。強いて言えば、やはり当時のシャルロットだ。しかし彼女についていえば、今でも別に…とは思うのだが。いやいっそ夫婦いっぺんでも…… まあ、それは置いといて。

 つまり、自分は理想に届くことはないということか? 過去のものを掴むことは絶対に不可能なのか? 私は理想を諦めなくてはならないのか?

 「否、認めぬ、許さぬ、私は微塵も納得せぬ!」

 興奮のあまり、若干口調がおかしくなったが、彼女は諦めることはしなかった。きっと何らかの方法はあるはず。

 「そうだ、いつだったか、ジョゼフが『虚無は時空操作の系統と言ってもいい、その中には時間の行き来するを可能とするものもある』と言っていた。あれは、ひょっとしたら既にその術を習得していたんじゃないだろうか?」

  であるならば、同じ虚無の自分に出来ない道理は無い。彼女はそう信じ。決意した。

 「必ず習得してみせるわ。時間旅行の術を! さあ、応えなさい虚無よ! わが渇望に応じよ!!」

 彼女は誓った。必ずかの少女(自分)を我が物にし、自分色に染め上げると。



 その後、見事時間転移を習得した彼女は、早速過去に向かったが、まだ完全に術に慣れてなかったためか、目標よりさらに過去に来てしまった。

 失敗に落胆した彼女だったが、そこへ通りかかった自分と同じピンクブロンドの男装の少女を見て、自分の理想そのものだと判じ、普段全く信仰してない神に感謝しながら、その少女をオトすべく行動を開始したという……




 ネタ23  伝説の英雄(パロネタ)

 
 才人:「ハインツさん、少し聞きたい事があるんですけど」

 ハインツ:「ん? どうしたサイト」

 才人:「いや、ふと思ったんですけど、どうして俺がガンダールヴとして召還されたのかなって。それまでの俺はどこにいでも居る高校生だったから」

 ハインツ:「んーー、それはちょっと分からんなあ、多分だけどジョゼフ様なら分かると思うぞ。デンワで聞いてみたらどうだ?」

 才人:「いや、実はもう聞いてみたんです、でも…」

 ハインツ:「なんて答えが帰ってきたんだ?」

 才人:「『実はお前は神に選ばれた伝説の英雄だ』って言う答えでした。どう考えても冗談ですよね」

 ハインツ:「だなあ、あの人らしい。でも俺は虚無の担い手じゃないから明確には答えられないぞ、やっぱり虚無のことは虚無に聞いてみよう、ルイズのところへ行ってみたらどうだ」

 才人:「そうですね、あんまりいい予感しないんですけど」




 ルイズ:「あらサイト、いらっしゃい。今日は愛しの奥さんは一緒じゃないの?」

 才人:「まだ結婚はしてないっての」

 ルイズ:「じゃあいつごろ?」

 才人:「そうだなあ、色々準備とかしなきゃいけないから、でも来年の今頃には…ってそのことを言いにきたんじゃないっての!」

 ルイズ:「ふうん、来年の今頃を予定か…」

 才人:「話引っ張るなよ。それはともかく聞きたい事があるんだけど、いいか?」

 ルイズ:「私に? なにかしら」

 才人:「いや、なんでお前に召ばれたのが俺なんだろう、ってことなんだけど。お前なんか分かるか?」

 ルイズ:「ああ、それなんだけど……」

 才人:「知ってるのか?」

 ルイズ:「実はアンタは、神に選ばれた伝説の英雄で……」

 才人:「お前もかよ!!」




 

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ここから下は某PCゲームメーカーのナチス騎士ゲームをやってないと、絶対わからない超コアな内容です。

 でもすごいハマッたので誘惑に勝てずに載せてしまいました。



コアネタ1

 全ての条件がそろい、ここに最終作戦ラグナロクが発動する。そして開戦を告げる声が響き渡る。


 ジョゼフ:「俺だけの王道を示そう。シャルルよ、共に神世界を超える時が来た」




 シェフィールド:「『その男は墓に住み あらゆる者も あらゆる鎖も あらゆる総てをもってしても繋ぎ止める事が出来ない』」

 神の頭脳は謳う様に吟じ、祈った。彼女の総てを捧げた絶対の主が待ち望んだ時を祝うために。

 ハインツ:「『彼は縛鎖を千切り 枷を壊し 狂い泣き叫ぶ墓の主 この世のありとあらゆるモノ総て 彼を抑える力を持たない』」 

 闇の公爵もこの時だけは殺意を忘れた。内に荒れ狂う衝動よりも上位の忠誠を優先し、かつてただ一人己を負かした主のために戦闘を止め恍惚する。

 イザベラ:「『ゆえ 神は問われた 貴様は何者か』」

 百眼の宰相とて例外ではない。彼女もまた、国に縛られた王族なのだから。

 ジョゼフ:「『愚問なり 無知蒙昧 知らぬならば答えよう』」
 
 配下の忠誠を愛しみつつ、虚無の王は無限の地獄を引き連れ、嗤った。

 3人:『我が名はレギオン――』

 飲み込んでやろう、この世界を。
 
 ジョゼフ:「創造――(ブリアー)」


 ここに修羅の世界(ヴァルハラ)が降りてくる。

 ジョゼフ:「至高天――(グラズヘイム)」

 3人:『黄金冠す第五宇宙(グランカヴミ・フィンフト・ヴェルトール)』














 イザベラ:「何この台本」

 ハインツ:「陛下が作ったラグナロク発動別バージョン」

 イザベラ:「意味が分からないわよ! 何よこの『墓の主』って、死者の軍団でも率いるつもり? あいつ」

 ハインツ:「60万の髑髏の軍団かあ、まさに『最後の大隊(ラスト・バタリオン)』

 イザベラ:「ったく、どっから来るのかしらそんな発想」

 ハインツ:「俺にもわからん。どっかから特殊な電波を受信してるんだろうか」





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 あとがき

半年空けるとか言いながら、すぐに投稿してすみません。
じつは、完結祝い、とかいって兄(社会人、今の時期すげえ忙しい、日曜も出番のはず)が送ってくれたネタがけっこうあります。

 私の作品のネタ的なところは、兄が送ってきたものが大半でした。ルイズやジョゼフの性格がおかしくなった大半の原因は兄です。

 ですので、原作キャラ、特にルイズファンの方々、苦情はすべて兄にお願いします。(責任転嫁)




[14347] 独自設定資料(キャラ、組織、その他)
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 00:57
この設定(階級や地位)は4章開始時点のものです。人物はオリジナルキャラクターのみです。

人物

 北花壇騎士団
 
 ハインツ・ギュスター・ヴァランス
 副団長。1章、2章の主人公。3章以降の主役格。爵位は公爵だが、領地は持たない。自分本位で傲慢な性格。気に入った相手には徹底的に甘く、気に入らない相手は容赦なくぶっ飛ばす。とくにイザベラに甘い。シャルロットには超甘い。生体実験、暗殺、粛清を得意とする先天的な異常者(精神的な意味で)。水のスクウェア。二つ名、称号は多数。

 ヨアヒム・ブラウナー
 副団長補佐官。大隊長。暗黒外出身。貴族と平民の混血。それゆえに”忌み子”として迫害されていた。ハインツ(当時9歳)に助けられて以来、ハインツに憧れる。口調は軽めだが、性格はまじめ。ルーンは“解析操作系”。

 マルコ・シュミット
 副団長補佐官。大隊長。ヨアヒムと同じ境遇、彼とは兄弟同然で、1歳半年下。口調は丁寧だが、頑固な性格。ルーンは“身体強化系”。

 ヒルダ・アマリエット
 団長補佐官。元は大貴族の令嬢だが、決められたレールに従うのが嫌で家出。その後街で働いているところをスカウトされる。デスクワークの達人。イザベラのことを誰よりも心配しており、ハインツイザベラをくっつけようと、日々画策している。

 オクターブ

 北花壇騎士団トリステイン支部の支部長。36歳独身。見た目は年相応の落ち着いた雰囲気の男性だが、若干人相が悪いので、初対面の子供などに怖がられることを気にしている。
 幼い頃両親に捨てられ浮浪児となっていたが、そこを心優しい男性が彼を引き取った。当初頑なに心を閉ざしていた彼だが、全く無関係の自分をわが子のように接する養父母に徐々に心を開いていき、養父母のような人間になりたいと言う思いを抱く。そのためにトリステイン宗教庁の神官なったが、紆余曲折あって地方の教会の神父になり、さらに北花壇騎士団に勧誘され入団した。
 全くの平民なので魔法は使えない。黄金化する白鳥の騎士。
 

 クリスティーヌ・リングド

 北花壇騎士団トリステイン支部のファインダー。27歳独身、恋人は居ない。見た目は20歳くらいにしか見えないが、、大人の女性らしい、仕草や細かい気配りが出来る人。少女時代は体が弱く、ベッドに居る事が多かったが、20歳頃に体力がつくようになり、自分の夢に向け、それまでに蓄えた知識を生かしたファインダーの仕事についた。
 どこかカトレアに似た雰囲気があったため、ルイズは彼女になついていた。夏期休暇以降も結構マメに会いにいってるようで、百合な関係名なったかは……不明。
 4つ年が離れた姉を尊敬している。その姉は領地の守備隊長に(実力で)なっている女傑。
 魔法は、”水のライン”の下といったところ。そもそも本人があまり魔法に関心が無い。そのためふたつ名も付けてない。


 影の騎士団。


 アドルフ・ティエール
 ガリア陸軍中将。武官の下級貴族出身で、騎士団内の渾名は『切り込み隊長』。猪突猛進を地で行く男。単純なようで、物事の本質を突くことが多い。部下を鼓舞し、士気を上げさせるのが上手い。フェルディナンとは、喧嘩するほど(殺しあうほど)仲がいい。火のトライアングルで、二つ名は“烈火”。

 フェルディナン・レセップス
 ガリア陸軍中将。アドルフと類似した家庭環境で、騎士団内の渾名は『将軍』。生真面目で一本気。冷静で口調は堅苦しいが、根はアドルフと同じの熱血漢。軍全体の指揮はアドルフより上手い。火のトライアングルで、二つ名は“炎獄”

 アルフォンス・ドウコウ
 ガリア空海軍中将。文官の下級貴族出身。騎士団内の渾名は『提督』。人当たりがよく、周りに気配りを常に忘れない。面倒見がいい性格だが、ややお調子者で軟派者。クロードとは幼馴染だが性格は正反対、しかし息はぴったり。艦隊運用の達人。風のトライアングルで、二つ名は“暴風”。

 クロード・ストロース
 ガリア空海軍中将。アルフォンスと同じ家庭環境。騎士団内の渾名は『参謀』。冷静沈着で無口だが、仲間内、特にアルフォンスに対しての毒舌は一級品。実は一番向上心が強い。作戦立案能力に長けている。風のトライアングルで、二つ名は”風喰い”。

 エミール・オジエ
 ガリア軍司令部中将。商人の父と没落貴族の母を持つ。騎士団内の渾名は『調達屋』。飾らない性格で、騎士団内で最年少だが、しっかり者でちゃっかり者。何気にさらりと毒を吐く。商売の才能も高く、その経済センサーは高性能。土のトライアングルで、二つ名は“鉄壁”。

 アラン・ド・ラマルティーヌ
 ガリア軍司令部大将。侯爵家の4男だが、貴族生活が性に合わず、半勘当状態で兵学校に入り、そのまま軍へ。温厚で思慮深く、騎士団内の年長者ともあり、一番落ち着いている。デスクワークの達人で、境遇も能力もヒルダと似ている。しかし白兵戦なら騎士団最強。土のトライアングルで、二つ名は“鉄拳”。


 花壇騎士団


 ディルク・アヒレス
 ガリア西百合花壇騎士団団長。豪放で快活な人物。その人柄のため、部下からの信頼が厚い好漢。195サントの巨漢で、竜の首でも一撃で叩き切る豪快な剣技で敵を屠る。土のスクウェア。

 ヴァルター・ゲルリッツ
 ガリア南薔薇花壇騎士団団長。生粋の武人肌で、大局を見る能力が高い。ガリアの軍人は彼を手本とすることが多い。火のスクウェア。火竜騎士団を率いて行動することもある。



 ガリア王政府九大卿


 エクトール・ビアンシォッティ内務卿。

 ニコラ・ジェディオン法務卿。 

 ジェローム・カルコピノ財務卿。

 アルマン・ド・ロアン国土卿

 ヴィクトリアン・サルドゥー職務卿

 アルベール・ド・ロスタン軍務卿

 アルフレッド・ド・ミュッセ保安卿

 ギヨーム・ボートリュー学務卿


 イザーク・ド・バンスラード
 外務卿。ヨアヒム、マルコと同じ生まれの境遇だが、自分の力で身内を皆殺しにした壮絶な過去を持つ。そのときにハインツの力を借りており、そのため、以降ハインツに協力する。気質的にハインツに一番近い男。ロマリア内のスパイ情報網を構築、運営して逐次情報を王政府に伝えている。


 ヴァランス領


 ドルフェ・レングランス
 ヴァランス家の執事。ハインツの世話役だった。当主のリュドウィックが別邸に居ることが多いため、本低のすべてを管理していた。貴族の血を引く者だが、柔軟な発想の持ち主で、気骨ある平民や混血などを次々とスカウトしていた。カーセの育ての父。ヴァランスの分家の罠により、壮絶な最期を遂げる。

 カーセ・レングランス
 ヴァランス本邸のメイド。平民だが、隔世遺伝で魔法が使える。ハインツと10歳離れているが、同年代感覚で接していた。ハインツの筆おろしは彼女…なんてことは無い。剛毅な女傑で、起きない相手はたとえ主人だろうと燃やす。育ての父であるドルフェを『お爺さん』と呼び慕っていた。”身体強化”のセカンド。火のラインで、二つ名は”炎刃”。

 ダイオン
 ヴァランス本邸の料理人。元はリュティスにある貴族専用の魔法学院で働いていたが、気に入らない貴族をぶっ飛ばして逃亡した、豪快極まるゴツイおっさん。ハインツを『坊主』と呼んでいた。”身体強化”のファースト、牛切り包丁でオークを倒して以来、“鬼包丁”の渾名がついた。

 アンリ
 ヴァランス本邸の薬師。理知的な性格で、ハインツにハルケギニアの薬学を教えた。使い魔のイアロスを用いてハインツと連絡しあっていた経験を元に、使い魔ネットワークを構築する。”他者感応”のセカンド。


 アルビオン軍

 ニコラ・ボアロー
 アルビオン軍陸軍将校。元はトリステインのヒポグリフ隊隊員で、身分が低いために実力が認められないトリステインに見切りをつけ、ゲイトルノート・ガスパールを慕って、レコンキスタにはせ参じた。状況判断に長けた有能な男。土のトライアングルで、二つ名は“岩石”

 オーウェン・カナン
 アルビオン軍空軍将校。ボアローと同じく身分のため、アルビオン軍内で、才能も実力もあるのに評価されてなかったが、レコンキスタの発足以来その真価を発揮した。猛将タイプだが、大局を見る目も持っている。火のトライアングルで、二つ名は“火柱”。


 知恵持つ種族の大同盟


 ガラ・ラ・レッドウッド
 リザードマンの代表。詳しくは「Bullet Butlers」のHPにて(笑)。

 シーリア
 翼人の代表、女性。面倒見がいい姉御肌。

 フェリス
 妖精族代表、翼を持つ小人族は多種多様なので、本人たちの要請により一括りになった。フェリスはピクシーと呼ばれる種族。

 エルロヒア
 ホビット族代表。石投げの名人、500メイル離れた場所でも100発100中。見た目は子供だが、120歳。

 トゥルカス
 巨人族の代表。温厚でのんびりした爺さんだが、10メイルの岩を1リーグ先までブン投げられる、巨人最強爺さん。身長20メイルの3000歳。

 ラヴァッチ
 レプラコーン族代表。飄々とした性格でややお調子者。

 ルーシオ
 土小人族代表。種族代表の中では若く、頑張り屋。

 サマルガン
 コボルト族代表。種族一優秀なシャーマン。自然学者のような精神の持ち主。500歳の長寿。

 マリード
 水中人代表。水中人の長老、800歳。好々爺、オスマンのようにエロく無い。

 フォルン
 ケンタウルス代表補佐。代表のキレルは、種族の中でも特に理知的な性格で、争いごとをしないので、そういう場合は彼が動く。でも、彼も十分に理知的。

 ロドスタス
 ライカン(獣人)代表。武骨な漢。おもわず兄貴と呼びたくなるような感じ。種族内の兄貴的存在。


 ロマリア軍

 アロンド・ピリッツィア・ベリー二
 ロマリア軍司令官。”高潔なる騎士”と呼ばれるほどの人格者。ロマリアの現状に心を痛め、自分にできる限りのことをやろうと心がけ、実行してきた英明な人。軍事のことは戦術、戦略両面でロマリア最高。トリステインのマザリーニ枢機卿とは旧知の仲で、若いころは互いに理想を語り合っていた。






 組織辞典


 『北花壇騎士団』

 もともとは宮廷内の粛清や、公に出来ない依頼が王政府に上がった時に、秘密裏に解決する便利屋のような組織だったが、当時の団長ジョゼフ第一王子によって大規模な組織改変が行われた。
 副団長にハインツ・ギュスター・ヴァランスを置き、ハインツと共に以下の組織機構を作成した。

 新北花壇騎士団は、それまでの受動的な組織ではなく、自ら情報収集機構をつくり、能動的に活動できるものに変化する。そして、組織はこれまでの、団長の指示で団員が動く、と言うものではなく、いくつかの部門に分かれ、それぞれが連携して機能するような組織となった。

 新北花壇騎士団の各部門は以下の通りである。

 メッセンジャー(提供者)、シーカー(潜入者)、ファインダー(探索者)、フェンサー(執行者)、本部の5つに分かれている。

 メッセンジャー(提供者)
 メッセンジャーは町や村に住む一般の人間がなる。最低条件として字が書ける事が必要なので、街では酒場や独立店の店主、その配偶者など、村では有力者の一族が自然的になっている。
 メッセンジャーの役割は、自分が聞いた噂話、ここだけの話などを、同じメッセンジャーや、シーカーに伝える。そして最終的にはファインダーの元に情報がいくような、伝言ゲーム式になっている。
 メッセンジャーにたいして、定期的な報酬は無いが、珍しい噂が入ること、『自分は人とは違う』という優越感を持てること、などの人間心理をついている組織である。有益な情報をもたらした者については、特別な報酬を何らかの形で払うことになってはいる。
 学級委員や町内会長的なものを想像すればいいかもしれない。

 シーカー(潜入者)
 基本的にメッセンジャーと役割は変わらないが、メッセンジャーが平民間の情報担当なら、シーカーは貴族間の情報担当。しかし、主人の部屋に侵入調査などの危険なことはせず、あくまで主人がいった場所、どこどこの家紋が入った馬車が訪れた、誰々が不倫関係、などの情報を集めて、他のメッセンジャー、シーカーを介してファインダーに届けるのが役目。
 報酬関係はメッセンジャーと同じ。別名、家政婦は見た。
 ガリアが共和制に移行してからは、役人担当となっている。

 ファインダー(探索者)
 メッセンジャー、シーカーから集まった情報を整理し、確実なものに変える組織の要。
 一定の区域を担当し、その区内のメッセンジャーたちからの情報を整理する。そして、その噂の真実性や真偽の調査を行う。その際、他の区の担当のファインダーの協力や連携を要請する事がある。そして、ある程度の真実性を持った情報の中で、重要なもの本部に届ける。
 地域密着型なので、時間が経つにつれ、情報の精度が上がることも狙った機構。派遣されたフェンサーに土地の情報を渡す、といったことも仕事。
 前2つとは違い、兼業ではなく専業なので、政府から年給が出る。区域の広さや成果によって額は変わる。

 フェンサー(執行者)
 ファインダーからもたらされた情報に基づき、派遣されるのがフェンサー。従来の北花壇騎士はすべてこれで、今までは一人のファインダー(団長)に複数のフェンサーがいるだけだった。
 フェンサーに要求されるのは、純粋な実力。ただし、単純な戦闘能力だけでは無く、状況判断力、推理力などの知識や知恵も求められる。
 フェンサーも専業なので、年給が出る。
 フェンサーは実力に応じて階位が決められており、その階位によって年給の額や権力が異なる。
 もともとはメイジだけだったが、後にはルーンマスターが6割を占めるようになる。
  
 30位以下は一律500エキュー(それらは総て無位、と呼ばれる)
 20~29位は1位上がるごとに、100エキュー追加。つまり20位は1500エキュー。
 13~19位は1位上がるごとに。200エキュー追加。つまり15位は2500エキュー(13位は3000エキュー)

 ここまでは、1つの位階に複数人いることもある。

 6~12位は一律5000エキュー。彼らに実力差はほとんど無く、特性の差があるだけ。場合に応じて、下位の者を十数名引き連れて行動する、班長と呼ばれる者たち。

 3~5位は一律10000エキュー。ここも特性の違いがあるだけ、小隊長として、下位の団員を数十名率いるて行動が出来る。
 
 2位は副団長、組織内の内部粛清を司る存在。執行部の統括

 1位が団長、組織の総括。

 フェンサーの年給は、任務中に器物を破壊したり、周囲の人間に被害を出した場合の賠償を考えて設定されたもので、”金が欲しければスマートに仕事をしろ”という団長の主旨である。、大半の団員が暴れたがりだったりする。特に3~5位はたいていチャラにしてる。その点が一番優れてるのが7位、彼女はほとんど周囲に被害を出さないことで有名。そのことで、なぜか団長が得意げになっている。


 本部

 各地区ファインダーからの情報から、フェンサーを派遣するかどうかを行う場所。完全な事務仕事専門。
 各フェンサー、ファインダーへ指令するための中継者である”テレパスメイジ”も本部の人間。常に鉄火場のような有様の職場である。

 下部組織
 
 北花壇騎士団の下部組織として、『ベルゼバブ』と『ルシフェル』がある。

 ベルゼバブ
 悪徳官吏や人買いなど、非合法な商売をやる連中専門の盗賊団であり、ガリアの暗黒街の八輝星の命に叛いた連中の粛清も担う組織。

 ルシフェル
 ブリミル教寺院専門の盗賊組織。悪徳坊主を狙って動き、その分捕り品は王政府に入っていく機構になっている。ラグナロク前の、寺院税が上がった状態に応じた緊急組織といえる。ブリミル教への反感を高めるために行動していた。解体後は、ファインダーに付属する調査員になっている。

各国の支部
 北花壇騎士団にはガリアだけではなく、アルビオン、トリステインの2カ国にも支部がある。支部にはフェンサーはおらず、必要なときは本国から派遣になる。基本的には情報集のみだが、本部の判断で、外務省と相談し、その国の政府に情報をリークすることもある。



 『影の騎士団』

 ハインツが兵学校で出会った友人7人で結成した組織。もともと、ハインツ一人で暗黒街で行動していた時についた”影の騎士”から、集団になったから”騎士団”にしよう、という超安易に付けられた名前。全員その辺に頓着しないので、名前変更の話題は出ない。
 陸軍に2人、空軍に2人、司令部に2人、北花壇騎士に1人、それぞれの道を進んだ。
 ハインツを覗く全員が戦争の天才、時代の寵児たち。平時の時では芽が出ず、異端者とされたであろう
者たち。全員お祭り好きのリスクジャンキー。馬鹿をやらせたら右に出るものはいない。
 ちなみに
 アドルフ:キャラのモデルは『アルスラーン戦記』のザラーヴァント。恋人なし
 フェルディナン:キャラのモデルは『銀英伝』のビッテンフェルト。恋人あり
 アルフォンス:キャラのモデルは『銀英伝』のポプラン。遊び人、本命はまだいない。
 クロード:キャラのモデルは同じくコーネフ、名前の由来は彼の趣味のクロスワードから、恋人はいない
 エミール:キャラのモデルは『アルスラーン戦記』のエラム。名前の由来は『銀英伝』のキャラから、幼馴染(異性)はいるが、恋人はいない。
 アラン:キャラのモデルは「銀英伝』のキャゼルヌ。当然婚約者がいる。
 ハインツ:キャラのモデルは、実は某神話の”無貌の神”。役割は荒唐無稽なゲームのほうがモデル、キャラ的には信綱(分かる人はいないだろうな…)がモデル。恋人はイザベラ。

 影の騎士団、またの名を『田中芳樹軍団』。


 『八輝星』
 ガリアの裏社会の最大組織。暗黒街における最有力者が集まっているもので、簡単に言えば評議会であり、暗黒街の意思決定機関といえる組織。本拠がリュテスではなく各地方の大都市である者もいる。よって、その影響力はガリアの裏社会の大半を網羅しているといって良い。
 全員、裏だけではなく、表の顔としてもなんらかの形での有力者であり、それぞれ最大手の商人であるが、その業種は被らない様に細心の注意を払い、互いの縄張りを守っている。
 そえぞれ表の名前、裏の名前、称号などいくつもの呼び名を持っている。
 ちなみに
 赤色卿:ワイン
 青色卿:造船
 黄色卿:宝石
 緑色卿:秘薬
 橙色卿:運送屋
 紫色卿:調度品
 白筆公:統率役で、軍需物資を取り扱う。
 灰色の者:外務卿・イザーク・ド・バンスラード。裏社会と政府の橋渡し役。

 黒の王子:八輝星ではないが、”灰色の者”を介して交渉を行う政府代表。ようはハインツ。

モデルの組織は某メーカーのPCゲーム『亡霊』の『煉獄』です。(わかる人はわかるかと)




 『ルイズ隊』
 公式名称『蒼翼勇者隊』。もともとは、『自由なる蒼き翼の勇者たち』だったが、長いので略した。象徴となっているのは才人とシャルロットだが、その才人の故郷の言葉でヤバイ事になってるため、当初『青翼勇者隊』に略された名前が変更された。
 指揮官たるルイズのもと、それぞれの個性を発揮して成果を出す実用的集団。基本は7人だが、アーハンブラ城の件でコルベール先生が加わったり、マチルダやテファがサブ隊員的な存在になったりしている。
 各役割は
 キュルケ:移動砲台兼勝利の女神。火力で敵を殲滅させると同時に、敵の士気を下げ、味方の士気を高める役割。
 モンモランシー:煙幕や催眠薬などによる撹乱や、治療担当の後方支援役。
 ギーシュ:あらかじめ戦闘場の地形を変えておいたり、落とし穴、壕を掘ったり、脱出用のトンネルを掘ったりなどの工兵役。
 マリコルヌ:ギーシュと共に工兵役もするが、得意とするのは偵察や、気候の変化の察知を得意とする。
 シャルロット:遊撃兵。才人と共に前線に切り込んだり、キュルケと共に大技を放ったり、マリコルヌと共に偵察したりと、豊富な経験を元に場合に応じた役割をこなす。
 才人:切り込み隊長。真っ先に敵に突っ込んで撹乱、または殲滅する役目。危険が大きい役目だが、本人は当然だと思ってる。ウチの才人は基本的に英雄気質。
 ルイズ:司令官兼大砲。戦略、戦術ともに優れている。彼女単体の戦闘力もかなりのもの、物語後半では最強クラス。名実共に隊の中核。

 基本的に原作のキャラを壊さないようにしているつもりです。約一名を除いて。
 重ね重ね謝罪します。ウチのルイズは名前が同じだけの別キャラになってしまいました。兄のせいです。


 『水底の魔性』
 トリステインの貴族の膿を除くために、ルイズとマザリーニ枢機卿が陣頭に立って編成した地下組織。マザリーニ枢機卿個人の情報網と、ルイズが所属していた北花壇騎士団トリスタニア支部の協力によって立ち上がった。組織の総括者はルイズだが、毒や薬の使用が結構メインなので、モンモランシーが代行を務めることが多かった。『ルイズ隊』がガリアにいってからは、ルイズが作成したマニュアルに基づいて組織運営を行っている。


『知恵持つ種族の大同盟』

 対ブリミル教共同戦線として発足した。他者を排除するしか能が無い野蛮な狂信者共に対抗するため、全ての種族が対等な条件で同盟を結んだ組織。技術開発局の先住魔法研究にも多大な貢献をしている。この組織が無ければ開発局の進歩は100年は遅れていただろうと言われている。今まで閉鎖的だった各種族間の交流を活発にする役割りも担っている。
 また、暴走しやすい人間を抑える目的もある。
 参加している種族は
  エルフ
  人間
  翼人
  水中人
  リザードマン
  コボルト
  土小人
  レプラコーン、
  ホビット
  妖精、
  ケンタウロス
  獣人(ライカン)
  巨人(ジャイアント)
  吸血鬼
 の14種族。
 オーク、トロール鬼、オグル鬼、ミノタウルス、サイコロプスなどは攻撃本能が強すぎため、同盟には加えなかった。

 各種族の代表が、会議で話し合い、方針を取り決める民主的な組織機構。初代議長は人間のハインツだが、ほぼ総ての種族代表が彼を”人間”と認めてなかった。
 ハインツは”悪魔族”代表とみなされていたらしい。ちなみにハルケギニアの”悪魔族”の人口は2名、主な生息地域はヴェルサルテイル。


 『技術開発局』

 それまでは全く実用的なものが作られていなかった魔法研究所を改革し、創設された組織。量産できる実用的なマジックアイテムを日夜研究している。発足当初ははミョズニトニルンだけで運営していたが、知恵持つ種族の大同盟が出来てからは、彼らとの共同研究になっている。
 軍事用品、医薬品、日用品にいたるまで幅広い研究を行っている。初代局長はシェフィールド、2代目はルイズ。
 初代局長シェフィールドにはプライベートな研究室があり、そこで研究されていたのは、完全にある人物の趣味であったという。



 


  ルーン


 ジョゼフが考案し、体系を整えて開発したルーン。刻まれたものにさまざまな効果を与える。人間には”力”があり、メイジたちはそれを”魔法”と言う形で発揮できるよう、生まれつき『魔法』のルーンが目には見えないが刻まれてい感じであったので、平民たちでも”力”を発揮できるように形を与えたものがルーン。
 ”力”が燃料で、魔法やルーンはエンジンという感覚。こういうことは型月系の考察サイトとかを見れば分かりやすいと思われる。例:魔術回路と魔力の関係。

 主に『身体強化系」、『他者感応系』。『解析操作系』、『精神系』の4つに分類される。初期のルーン(ファースト)は、純粋な平民にしか刻めなかった。その後改良したセカンドは、メイジとの混血にも刻めるようになり、その後のサードでは、一つのルーンに複数のルーン系統を混ぜる事が可能となった。例:身体強化7、解析操作3といった感じ。
 もともと使い魔のルーンは、この4つがすべて含まれていて、召還された動物によってその割合が異なる。犬なら『身体強化』が強く出て、そこら辺の野犬より強くなったり、カエルなら、『解析操作』が強くでて、秘薬の材料を探す能力が高くなる、と言う効果がでる。そして、総てに『精神系』の『友好』もしくは『忠誠』の効果が入っている。



 『身体強化系』

 ガンダールブを頂点にしたルーン。『視覚強化』、『腕力強化』、『脚力強化』、『回復力強化』などの局部のものから、『全身強化』、『五感強化』といった全体に及ぶものがある。局部強化のルーンは、熟達も早く任意で発動可能だが、全体強化は熟達に時間がかかり、任意で発動させるのが難しいため、何らかの条件(発動コマンド)が必要になる。北花壇騎士団フェンサー3位”銃使い”はその名の通り銃を持った時に発動する。 時間を掛けて熟達させれば、発動コマンドを必要としなくなる。ウチの才人君は、4章のフェンリル戦の後では、武器なしでもルーンを発揮できるようになってます。無手無構えこそ最強なり。


 『他者感応系』

 ヴィンダールヴを頂点にしたルーン。『動物系』、『植物系』、『多種族系』などがある。それぞれの系統でランクがある
 『動物系』なら最初は小動物で、熟達するにしたがって多種多様な動物と交信可能になる。このルーンはレベル的な感じ。レベル1:犬、猫。レベル5:虎、熊。レベル10:マンティコア、グリフォンといった感じ。
 『植物系』はレベルが上がるとより多くの木々や草花の声が聞こえる、というもの。樹齢千年とかいう大樹の声を聞くならレベル20は必要かと。
 『多種族系』は人間を含めたさまざまな種族との交信を可能とする効果、これでのレベルは距離の長さと同時に交信できる人数の数。本編のテレパスメイジの中には、『解析操作系』だけでなくこの系統の者たちもいる。
 頂点たるヴィンダールヴは、これら総てが可能だが、人の身でこれら総てをやってしまうと、容量がパンクしてしまうので、自動的にセーブが掛かるようになっている。


 『解析操作系』

 ミョズニトニルンを頂点としたルーン。元々はマジックアイテムの扱いが可能になる効果だが、熟達すればそれだけに限らず、普通の機械や、自然の薬草なんかの解析操作も可能になる。『解析系』、『操作系』、『解析操作系』のように分かれる。
 『解析系』はそのマジックアイテムなどのの効果や性能を分析し、熟達すればその効果の底上げが出来るようになる。『ワイルドアームズ』シリーズの”ミスティック”のような感じ。本編のテレパスメイジは、マジックアイテム”デンワ”の能力を底上げさせている。
 『操作系』は操る力を上げる効果。離れていても操作できたり、同時に複数操作したり出来る。本編でヨアヒムの弾込めはコレを使ってる。
 基本がマジックアイテムなので、頂点たるミョズニトニルンでも、機械や薬草に関してはある程度熟達しなければ不可能。
 予談だが、系統のルーンにのみ、虚無魔法に対する抵抗が上がる、という効果がある。


 『精神系』

 ネームレスを頂点としたルーン。文字通り精神に何らかの影響を与えるもの。『友愛』、『信頼』、『魅了』、『忠誠』、『興奮』、『沈静』という割とソフトなものから、『狂信』、『狂化』、『暴虐』、『傀儡』などのヤバイものまで色々。この系統は永続効果ではなく、一定時間の効果のものとして体系化されている。例えば、興奮状態で暴れているものに『沈静』を刻む、などの使い方をする。この系統を永続的に効果させる方法はジョゼフとルイズしか知らない。


 『ルーンエンチャンター』

 ルーンを刻む者たちの事。虚無の使い手が最高だが、その予備のもの達も高い資質を持っている。しかし、とある理由から、虚無が消えたため、ルイズ、イザベラ、ティファニアたちによって、ルーンエンチャンターになる為の修練方法を確立した。ルーンエンチャンターはメイジにしかなれなく、その修行は厳しいので、ルーンエンチャンターになったものは尊敬される。
 もしルーンエンチャンターが居なくなった時は、『ヴェルサルテイルの門を開け』とルイズが記しており、後年の研究者の興味の対象になっている。



 後年、ガリアでは素質の高いメイジが少なくなったため、研究を重ねて『魔法』のルーンの開発に成功させたが、ラインレベルが限界だった。そのため、多くのメイジの力が必要なときは、ラグドリアン王国に協力を求める事が多くなる。

虚無の使い魔(ネームレスを除く)はすべて、その時代における最も才能がある者が選ばれる。だから才人は神に選ばれた伝説の英雄(笑)
====================================

 小ネタと分けました。そのうちアイテムなんかの辞典も作るそうです。
 そうです、というのはコレの基礎作ったの兄(やはりまだ忙しい時期)だからです。
 それに私が少し手を加えたものがコレです。



[14347] 設定集  ガリアの地理
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 01:04
このページは私の作品の背景となるデータベースなので読み飛ばしていただいて結構です。



もし、本作中に地理条件などでわからないところがでた場合、参考にしてください。





ガリア王国
 面積[千km²]   ・・・ 2212.0
 人口[万人]    ・・・ 1512.4
 人口密度[人/ km²] ・・・ 6.84



ガリアは合計24の州に分かれている。



イル=ド=ガリア

ロレーヌ

マルティニーク

コルス

バス=ノルマン

クアドループ

アキテーヌ

ウェリン

リムーザン

ローヌアルプ

プロヴァンス

ピカルディ

レユニオン

ノール=ド=カレー

ミディ=ピレネー

ブルテール

サントル

フランシュ=コンテ

ラング=リション

アルザス

オーヴェルニュ

シャラント

アルデンヌ

オート=ルマン






それぞれの州の概略



イル=ド=ガリア
 面積[千km²]   ・・・ 133.2
 人口[万人]    ・・・ 225.2
 人口密度[人/ km²] ・・・ 16.91
 首都       ・・・ リュティス (人口30万)

 主要産業   ・・・   交易・魔法品・工業・農業

 地理条件   ・・・   ガリアの中央部に位置する

 北東にウェリン地方、北にブルテール地方、北西にバス=ノルマン地方、
 西にクアドループ地方、南西にマルティニーク地方、南にロレーヌ地方、
 東にコルス地方、と接する。



ロレーヌ
 面積[千km²]   ・・・ 87.9
 人口[万人]    ・・・ 136.4
 人口密度[人/ km²] ・・・ 15.52
 圏府       ・・・ カルカソンヌ (人口21万)

 主要産業   ・・・   交易・工業・農業

 地理条件   ・・・   ガリアの中南部に位置する

 北東にコルス地方、北にイル=ド=ガリア、西にマルティニーク地方、
 南にミディ=ピレネー地方、東にリムーザン地方、と接する。



マルティニーク
 面積[千km²]   ・・・ 92.6
 人口[万人]    ・・・ 147.3
 人口密度[人/ km²] ・・・ 15.91
 圏府       ・・・ グルノーブル (人口22万)

 主要産業   ・・・   工業・交易・農業

 地理条件   ・・・   ガリアの中南西部に位置する

 北西にクアドループ地方、北東にイル=ド=ガリア、東にロレーヌ地方、
 南東にミディ=ピレネー地方、南にノール=ド=カレー地方、
 南西にレユニオン地方、西にローヌアルプ地方と接する。



コルス
 面積[千km²]   ・・・ 106.3
 人口[万人]    ・・・ 117.2
 人口密度[人/ km²] ・・・ 11.03
 圏府       ・・・ ロン=ル=ソーニエ (人口20万)

 主要産業   ・・・   農業・工業・交易

 地理条件   ・・・   ガリアの中東部に位置する

 北西にイル=ド=ガリア、北にウェリン、北東にサントル地方、
 東にアルデンヌ地方、南東にフランシュ=コンテ地方、
 南にリムーザン地方、西にロレーヌ地方と接する。



バス=ノルマン
 面積[千km²]    ・・・ 77.8
 人口[万人]    ・・・ 103.7
 人口密度[人/ km²] ・・・ 13.33
 圏府       ・・・ ブレスト (人口15万)

 主要産業   ・・・   農業・交易

 地理条件   ・・・   ガリアの中北西部に位置する

 北西にアキテーヌ地方、北にアルザス地方、北東にブルテール地方、
 東にイル=ド=ガリア、南にクアドループ地方、
 西にオーヴェルニュ地方と接する。



クアドループ
 面積[千km²]   ・・・ 71.4
 人口[万人]    ・・・ 96.0
 人口密度[人/ km²] ・・・ 13.45
 圏府       ・・・ ラヴァル (人口16万)

 主要産業   ・・・   農業・交易

 地理条件   ・・・   ガリアの中西部に位置する

 北西にオーヴェルニュ地方、北にバス=ノルマン地方、
 東にイル=ド=ガリア、南西にマルティニーク地方、
 南東にローヌアルプ地方と接する。



アキテーヌ
 面積[千km²]    ・・・ 68.7
 人口[万人]    ・・・ 58.3
 人口密度[人/ km²] ・・・ 8.94
 圏府       ・・・ サン・マロン (人口10万)

 主要産業   ・・・   水産業・交易・農業

 地理条件   ・・・   ガリアの北西部に位置する

 北東にアルザス地方、東にバス=ノルマン地方、
 南にオーヴェルニュ地方、北から西にかけて海に接する。



ウェリン
 面積[千km²]    ・・・ 71.3
 人口[万人]    ・・・ 63.4
 人口密度[人/ km²] ・・・ 8.89
 圏府       ・・・ アジャン (人口7.5万)

 主要産業   ・・・   林業・農業・交易

 地理条件   ・・・   ガリアの北部に位置する

 北にゲルマニア、東にサントル地方、南東にコルス地方、
 南西にイル=ド=ガリア、西にブルテール地方と接する。



リムーザン
 面積[千km²]    ・・・ 117.4
 人口[万人]    ・・・ 71.5
 人口密度[人/ km²] ・・・ 6.11
 圏府       ・・・ トゥールーズ (人口7万)

 主要産業   ・・・   農業・工業・鉱業

 地理条件   ・・・   ガリアの南部に位置する

 北西にロレーヌ地方、北にコルス地方、北東にフランシュ=コンテ地方、
 東にラング=リション地方、南にロマリア、西にミディ=ピレネー地方と接する。



ローヌアルプ
 面積[千km²]    ・・・ 69.7
 人口[万人]    ・・・ 78.4
 人口密度[人/ km²] ・・・ 11.25
 圏府       ・・・ カンペール (人口10万)

 主要産業   ・・・   工業・農業・交易

 地理条件   ・・・   ガリアの中南西部に位置する

 北西にオーヴェルニュ地方、北にクアドループ地方、
 東にマルティニーク地方、南にレユ二オン地方、
 南西にピカルディ地方、西にプロヴァンス地方と接する。



プロヴァンス
 面積[千km²]   ・・・ 67.8
 人口[万人]    ・・・ 55.1
 人口密度[人/ km²] ・・・ 8.12
 圏府       ・・・ ロデズ (人口7万)

 主要産業   ・・・   水産業・交易・農業

 地理条件   ・・・   ガリアの西部に位置する

 北にオーヴェルニュ地方、東にローヌアルプ地方、
 南東にピカルディ地方、南西にシャラント地方、
 西を海と接する。



ピカルディ
 面積[千km²]   ・・・ 75.6
 人口[万人]    ・・・ 36.4
 人口密度[人/ km²] ・・・ 4.81
 圏府       ・・・ カーン (人口3.5万)

 主要産業   ・・・   鉱業・農業

 地理条件   ・・・   ガリアの南西部に位置する

 北西にプロヴァンス地方、北東にローヌアルプ地方、
 東にレユニオン地方、西にシャラント地方と接する。



レユニオン
 面積[千km²]   ・・・ 59.8
 人口[万人]    ・・・ 31.0
 人口密度[人/ km²] ・・・ 5.81
 圏府       ・・・ ニーム (人口3万)

 主要産業   ・・・   鉱業・農業

 地理条件   ・・・   ガリアの南西部に位置する

 西にピカルディ地方、北にローヌアルプ地方、
 北東にマルティニーク地方、東にノール=ド=カレー地方と接する。



ノール=ド=カレー
 面積[千km²]   ・・・ 58.6
 人口[万人]    ・・・ 27.1
 人口密度[人/ km²] ・・・ 4.62
 圏府       ・・・ ヴァランス (人口3.5万)

 主要産業   ・・・   鉱業・交易

 地理条件   ・・・   ガリアの南部に位置する

 北にマルティニーク地方、東にミディ=ピレネー地方、
 西にレユニオン地方と接する。



ミディ=ピレネー
 面積[千km²]    ・・・ 96.7
 人口[万人]    ・・・ 48.2
 人口密度[人/ km²] ・・・ 4.96
 圏府       ・・・ ディジョン (人口5万)

 主要産業   ・・・   鉱業・交易

 地理条件   ・・・   ガリアの南部に位置する

 北西にマルティニーク地方、北東にロレーヌ地方、
 東にリムーザン地方、西にノール=ド=カレー地方、
 南東をロマリアと接する。



ブルテール
 面積[千km²]    ・・・ 62.1
 人口[万人]    ・・・ 35.5
 人口密度[人/ km²] ・・・ 5.72
 圏府       ・・・ ランス (人口3万)

 主要産業   ・・・   農業・交易

 地理条件   ・・・   ガリアの北部に位置する

 北にトリステイン、東にウェリン地方、南東にイル=ド=ガリア、
 南西にバス=ノルマン地方、西にアルザス地方、
 北西にラグドリアン湖と接する。



サントル
 面積[千km²]   ・・・ 81.8
 人口[万人]    ・・・ 38.0
 人口密度[人/ km²] ・・・ 4.65
 圏府       ・・・ ニオール (人口4万)

 主要産業   ・・・   林業・農業・交易

 地理条件   ・・・   ガリアの北東部に位置する

 北にゲルマニア、東にアルデンヌ地方、南西にコルス地方、
 西にウェリン地方と接する。



フランシュ=コンテ
 面積[千km²]    ・・・ 97.8
 人口[万人]    ・・・ 33.3
 人口密度[人/ km²] ・・・ 3.40
 圏府       ・・・ エヴリー (人口4.5万)

 主要産業   ・・・   農業・交易

 地理条件   ・・・   ガリアの東部に位置する

 北西にコルス地方、北にアルデンヌ地方、東にオート=ルマン地方、
 南にラング=リション地方、西にリムーザン地方と接する。



ラング=リション
 面積[千km²]    ・・・ 132.8
 人口[万人]    ・・・ 42.7
 人口密度[人/ km²] ・・・ 3.22
 圏府       ・・・ ナンテール (人口4.5万)

 主要産業   ・・・   鉱業・農業

 地理条件   ・・・   ガリアの南東部に位置する

 北にフランシュ=コンテ地方、東にオート=ルマン地方、
 南西にロマリア、西にリムーザン地方と接する。



アルザス
 面積[千km²]    ・・・ 65.6
 人口[万人]    ・・・ 15.2
 人口密度[人/ km²] ・・・ 2.32
 圏府       ・・・ モン=ド=サルマン (人口3万)

 主要産業   ・・・   水産業・交易

 地理条件   ・・・   ガリアの北西部に位置する

 北にトリステイン、東にブルテール地方、南にバス=ノルマン地方、
 南西にアキテーヌ地方、西を海、北東をラグドリアン湖と接する。



オーヴェルニュ
 面積[千km²]    ・・・ 73.4
 人口[万人]    ・・・ 16.0
 人口密度[人/ km²] ・・・ 2.18
 圏府       ・・・ ニース (人口4万)

 主要産業   ・・・   水産業・交易

 地理条件   ・・・   ガリアの西部に位置する

 北にアキテーヌ地方、北東にバス=ノルマン地方、
 南東にクアドループ地方、南にローヌアルプ地方、
 南西にプロヴァンス地方、西を海と接する。



シャラント
 面積[千km²]    ・・・ 84.3
 人口[万人]    ・・・ 13.8
 人口密度[人/ km²] ・・・ 1.64
 圏府       ・・・ チュール (人口2.5万)

 主要産業   ・・・   水産業・農業

 地理条件   ・・・   ガリアの南西部に位置する

 北にプロヴァンス地方、東にピカルディ地方、
 西と南を海と接する。



アルデンヌ
 面積[千km²]   ・・・ 93.3
 人口[万人]    ・・・ 13.3
 人口密度[人/ km²] ・・・ 1.43
 圏府       ・・・ エピナル (人口2.5万)

 主要産業   ・・・   農業・伝統工芸

 地理条件   ・・・   ガリアの東部に位置する

 北にゲルマニア、北西にサントル地方、西にコルス地方、
 南西にフランシュ=コンテ地方、南にオート=ルマン地方、
 東をサハラと接する。



オート=ルマン
 面積[千km²]    ・・・ 266.1
 人口[万人]    ・・・ 9.3
 人口密度[人/ km²] ・・・ 0.35
 圏府       ・・・ バル=ル=デュック(人口1.5万)

 主要産業   ・・・   交易

 地理条件   ・・・   ガリアの東の果て

 北にアルデンヌ地方、西にフランシュ=コンテ地方と、
 ラング=リション地方、東と南をサハラと接する。


/////////////////////////////////////////////


 あとがき

   あくまで現実のフランスの地名を元に私の妄想で作った
   ものなので深く突っ込まないでいただけるとありがたい
   です。



[14347] 設定集  ガリアの歴史(年表)
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 01:06
このページは私の作品の歴史の大まかな年表となっています。

この作品の開始の100年以上前までの年表となっていますが、見てくださる方はやはり参考までにご覧になってください。




ブリミル歴


0 ガリア建国

    建国当時の人口は数千人。
    マギ族という部族から国になったばかりで国家という概念が薄かった。
    徐々に大きくなりつつ部族間で対立を繰り返し、王族や貴族といった制度ができ始める。



238  王を中心とした封建国家として体制が整う

    人口が5~10万ぐらいに増える。
    領土争いに敗れた王族や貴族が各地に散り、これまで国家という概念がなかった地方に
    貴族制などが伝わり始める。



477  イル=ド=ガリアを国土に制定

    人口はおよそ50万。
    この頃、各地に王国の母体ができ始める。
     


551  バス=ノルマン地方を併合
    人口はおよそ70万。
    シレ川に沿って開拓されていた下流の農業地帯を併合した。
    カタラン族、ランバルト領、ブルテールなどがまとまり始める。



614  ロレーヌ地方を併合
    人口はおよそ100万。
    ルトニ川上流に向かって開拓されていた農業地帯を併合した。

    カタラン王国樹立(628)
    カタラン王国は海洋民族の文化と魔法文化がアキテーヌ地方で混ざってできた国で、
    メイジが王であり、農民と漁民を平民としているが、貴族がすべてメイジではなかった。

    ランバルト王国樹立(633)
    ランバルト王国は権力争いに敗れたガリアの王族がローヌアルプ地方に作った国で、
    文化や国家の制度もガリアと同じである。



672  コルス地方を併合
    人口はおよそ140万。
    シレ川上流に向かって開拓されていた農業地帯を併合した。

    カタラン王国がオーヴェルニュ地方を併合。(681)

    ガリシア王国樹立(685)
    ガリシア王国はカタラン王国と同じように海洋民族の文化と魔法文化がプロヴァンス地方で
    混ざってできた国である。

    ランバルト王国と同じ経緯でクアドループ地方にタラント王国、マルティニーク地方に
    アキタニア王国が樹立する。(693)



736  カタラン王国と対立
    シレ川の河口付近の統治権をめぐって対立し次第に侵略戦争となる。

    当時の戦争は武器が発達しておらず、戦いの主力はメイジであり、平民がメイジを倒すには
    夜襲しかなかった。そのため平民はメイジが寝ている間の見張り役や、宿舎の建設や
    メイジの世話、補給などの雑務を行っていた。そのため、メイジの質と量で勝るガリアが
    有利であった。

    ランバルト王国がガリシア王国を併呑(755)

    オーヴェルニュ地方がサレルノ王国に分裂
    (784)



809  カタラン王国を併呑
    人口はおよそ180万。
    カタラン王国が分裂したためガリアに併呑された。
    ガリアはアキテーヌ地方を安定させるとサレルノ王国に攻め込んだ。

    エヴリー王国樹立(811)
    シレ川上流のフランシュ=コンテ地方の農耕民族に王や貴族といった文化がはいってできた国。
    古くからトスカナ族やナンテール族といった狩猟民族の略奪に魔法なしで立ち向かって
    きたため強靭な民族となった。そのため魔法族とは交わらず自分たちの王をもっている。

    ランバルト王国がアキタニア王国を併呑
    (826)

    トスカナ王国樹立(833)
    リムーザン地方に住んでいたトスカナ族という狩猟民族が作った国。略奪相手がエヴリー王国としてまとまったため、対抗して国家となった。当然魔法文化ははいっていない。



849  サレルノ王国を併呑
    人口はおよそ200万。
    シレ川流域をほぼすべて勢力圏にとしたため、侵略を停止し、国土の安定化に力を注いだ。

    ナンテール王国樹立(851)
    トスカナ族と同じ文化を持ち、同じ理由でラング=リション地方に建国した。ただし、
    トスカナ王国は同盟者ではなく互いに奪い合う関係であった。

    リンゲン王国樹立(852)
    ガリアに木材を輸出していたウェリン地方の森の民リンゲン族が作った国家。
    ただしこれはガリアと対等に交易する上での便宜上に過ぎず、国王は各部族の調停役と
    ガリアとの交渉を兼ねるだけの役割だった。

    アプリノ王国樹立(859)
    リンゲン王国と同じ経緯でサントル地方の森の民アプリノ族が作った国家。

    ブルテール王国樹立(868)
    ガリアと同じ文化をもつ魔法国家であり、王権を持つがトリステイン・アルビオン・ガリア
    の王を上級王とする従属国であり、トリステインとガリアの緩衝地帯である。



873 コルス地方が離反、リンギア王国として独立する

    エヴリー王国の文化と長く接してきたためか、コルス地方の貴族が反乱し独立国となり、
    当然ガリアとの戦争となった。

    ランバルト王国がタラント王国を併呑(944)



989  リンギア王国滅亡、コルス再併合
    ガリアがリンギア王国を滅ぼし、反逆者を根絶やしにした。このころからトスカナ王国がガリアで略奪をするようになるが、メイジには勝てず、メイジの守備隊が配備されるようになると現れなくなった。

    ランバルト王国が4州を統一し、人口が180   
    万ぐらいになる。



1015 ガリア王国統一 
    人口はおよそ250万。
    ガリアは6州を国土として安定させる。



1020 ランバルト王国と戦争開始
    ランバルト王国がガリア王国に対し「自分たちから始祖の香炉と土のルビーを奪いガリアの地
    を追い出した簒奪者だ」という理由で戦争を仕掛け、始祖ブリミルの正統継承権をかけた長期
    戦争が始まった。

    1025年の「パンノニアの戦い」で互いのメイジがほぼ全滅するということがあってからは
    オーヴェルニュ地方での局地戦に移行し、「オーヴェルニュ代理戦争」と呼ばれるようになる。



1320 オーヴェルニュ代理戦争終結
    ガリア領内でのトスカナ族やナンテール族の略奪が増えてきたため、ほぼ泥沼状態になっていた
    オーヴェルニュ地方をランバルト王国に押し付け、ガリアはその間に東へ進出することにした。
    休戦期間は300年とされた。



1361 ガリア王国再統一
   人口はおよそ220万。
   ガリアは5州を国土として安定させる。
   また、この頃になると権力争いに敗れた貴族などが多数エヴリー王国、トスカナ王国、
   ナンテール王国へ流れており、彼らも戦争や略奪の手段として魔法を用いるようになっていた。
   しかし、ガリアと異なり戦う手段としてであって、貴族=メイジという関係ではなかった。



1370 エヴリー王国・トスカナ王国・ナンテール王国が同盟し、ガリアと対立
   1389年、エヴリー侵攻
   ガリア軍がエヴリーに侵攻するが、トスカナとナンテールからの援軍により撃退される。
   
   1426年、トスカナ侵攻
   大規模な軍を派兵するも、王が急死し撤退する。

   ランバルト王国がオーヴェルニュ地方をようやく支配下に置く(1443)

   1447年、三ヶ国連合軍5万がガリアへ侵攻するが連携が悪く、ガリア軍3万に撃退される。



1506 トスカナ王国を併呑
   ガリアの侵攻軍4万がトスカナ軍を破り、王都トゥールーズを落とし、トスカナ王国は滅んだ。
   この頃になるとガリアの武器もかなり発達し、主力こそメイジではあるが、平民も戦うようになる。

   ランバルト王国が海洋民族オンガル族を破りシャラント地方を併合する。(1555)



1573 エヴリー王国を併呑
   エヴリー王国内で魔法が使えるものの中にガリアに寝返るものが多く現れ、主戦力を失ったエヴリーはガリアに併呑された。

   ランバルト王国がモール族を破りピカルディ地方南部を併合する。(1578)



1621 ナンテール王国を併呑
   既にトスカナとエヴリーが滅び、追い詰められていたナンテール王国がついに滅んだ。
   これによりガリアの侵略戦争は終結し国土の安定化に移行する。人口はおよそ300万となった。



1666 北方の騎馬民族ヴァンダル族の侵入
   シュヴァルツヴァルトよりさらに北方の草原地帯ヴァンデルートの騎馬民族ヴァンダル族が
   3万の大軍で侵入し、アプリア王国、リンゲン王国が滅亡した。

   1667年、ヴァンダル族がガリアに侵略を開始する。騎馬民族のヴァンダル族は農耕民族
   のガリアとは相性が悪く、ヴァンダル族の移動速度に対応できるのはメイジの幻獣のみであり、
   メイジの守備隊がいない地方で略奪し、メイジが来た時には去っている。という戦法をとられ、
   ガリアは苦戦を強いられる。



1671 ヴァンダル族を撃退する
   グリフォン、マンティコア、ヒポグリフ、ドラゴ  
   ンなどの空を飛ぶ幻獣の活躍でなんとか撃退したが、受けた被害も大きかった。人口そのもの
   は300万ぐらいを保っていたが、穀物や家畜や財産を大量に奪われたことは大打撃であった。



1673 ランバルト王国がガリアへ侵攻
    ヴァンダル族侵入による傷が癒えていないガリアへランバルト王国が侵攻した。軍も国民も
    疲弊していたが、国家が一致団結して侵略者を撃退したあとで、団結力は非常に高かった。
    その結果、緒戦で大勝利を治め、ほぼ対等の条件で長期戦争にのぞむことができた。
    ガリアにとってランバルト王国は強大ではあるが、ヴァンダル族に比べれば戦いやすい相手
    であった。



1890 停戦条約締結
    ランバルト王国が南部の山岳民族と対立し、兵力の不足からピカルディ南部を放棄せざるを
    得なくなり、ガリアと200年の休戦条約を結んだ。



1914 ラング=リションが離反し、ナンテ―ル王国再興

1915 フランシュ=コンテが離反し、エヴリー王国再興
    強敵との戦争がなくなったため統制が緩み、独立心が強かった地方が反乱し、
    ガリアは国土の統一に力を注ぐことになる。

    1923年、エヴリー王国を滅ぼしフランシュ=コンテ地方を再併合する。

    1929年、ナンテール王国を滅ぼしラング=リション地方を再併合する。



1936 ガリア王国再統一
    人口はおよそ350万。
    ガリアは8州を国土として安定させる。



1945 ヴァンダル族が侵入
    ヴァンダル族が4万もの大軍でリンゲン王国を一気に通過しガリアの王都リュティスを襲撃し、
    1ヶ月後リュティスは陥落した。ヴァンダル族は数百騎ぐらいでたびたびシュヴァルツヴァル
    トに現れ略奪を行っていたが、数万規模の侵略はこれで二度目であった。

    1946年、リュティスをから逃れた王族が始祖の秘宝と共にカルカソンヌに逃れ、王政府を
    移し反抗勢力を結集した。



1948 アキテーヌが離反、レノール王国として独立する
   ガリア中央の混乱に乗じ、アキテーヌ地方が離反し、レノール王国として独立した。ヴァンダル
   族はバス=ノルマン地方までしか侵入しておらず、サン・マロンなどは無傷であったため、
   レノール王国は外敵の侵入がなかった。



1950 リュティス奪還
   ヴァンダル族は防衛戦を苦手とするため、ガリア軍を白兵戦で打ち破ろうとしたが、ガリア軍
   本隊が引きつけている間に別動隊がリュティスの奪還に成功した。これにより、ブレストや
   ロン=ル=ソーニエの部隊も勢いづき、ヴァンダル族に攻勢をかけ、なんとか撃退することに
   成功する。



1955 レノール王国滅亡、アキテーヌ再併合
   ヴァンダル族の侵入による混乱から回復したガリア軍はガリアの危機に裏切ったレノール王国に
   徹底した攻撃を加え、反乱した貴族を女子供にいたるまで処刑し、アキテーヌ地方を再併合した。



1961 リンゲン王国の西半分を併合
    ヴァンダル族の侵入路をガリアの領土にし、防衛線を張ることにリンゲン王国が同意し、
    割譲という形になった。



2045 ガリア王国再統一
    人口はおよそ360万。
    ヴァンダル族による傷が完全に癒え、8州半の国土が安定した
    2090年に休戦条約の期限が来るが、ガリア、ランバルト共に50年の延期に合意する。
   


2171 バス=ノルマンが離反、スエヴィ王国として独立する
   バス=ノルマン地方の太守がランバルト王国に寝返り、ガリアと敵対する。



2172 ランバルト王国がスエヴィ王国と同 
   盟し、ガリアへ侵攻する
   この結果、アキテーヌ地方が飛び地となるが、レノール王国を滅ぼして以来、この地方は王族が
   治め強力な軍を有しており、ランバルトの大軍に対しサン・マロン攻防戦を展開する。

   2173年、ガリアはブルテール王国と軍事同盟を結び、アルザス地方を経由しサン・マロンへ援軍を送り、ランバルト王国との長期戦にはいる。 



2285 ブレスト奪還、スエヴィ王国滅ぶ
    ガリア軍がブレスト奪還に成功したため、ランバルトのサン・マロン攻略軍も撤退し、
    戦場はオーヴェルニュ地方に移る。



2433 停戦条約締結
    ランバルト王国の戦備が限界に近くなり、200年の休戦条約が締結された。



2435 リムーザン離反、アヴァール王国として独立する
     強敵との戦争がなくなったため統制が緩み、独
     立心が強かったリムーザン地方が離反する。

     2440年、ガリアはアヴァール王国を滅ぼし、リムーザン地方を再併合する。



     2443年、対ランバルト戦争の見返りに、ブルテール王国にウェリン西部を割譲する。



2471 ヴァンダル族侵入
    ヴァンダル族が5万もの大軍で、ガリアが張った防衛線を避けサントル地方から侵入した。

    アプリア王国滅亡(2471)
    リンゲン王国滅亡(2472)
    ブルテール王国滅亡(2473)



2475 ブリタニア帝国樹立、ガリアへ侵攻
    三度目の侵入となる今回はアプリア、リンゲン、ブルテールの三国を併合し帝国を建国
    しての侵攻となり、持久戦となった。騎馬を用いての電撃作戦と拠点防衛を混ぜた戦略に
    ガリアは苦戦し、イル=ド=ガリア、バス=ノルマン、コルスを主戦場に百年以上ブリタ
    ニア帝国との戦いは続く。



2612 ブリタニア帝国滅亡
   長い戦いを経てようやくブリタニア帝国を滅ぼすことに成功する。

   2621年、ブルテール地方にガスコニア王国樹立。
   2627年、ウェリン地方にシャグリウス王国樹立。
   2630年、サントル地方にケルンテン王国樹立。



2692 ガリア王国再統一
   人口はおよそ400万。
   ブリタニア帝国による傷が完全に癒え、8州の国土が安定した。



2705 ランバルト王国大侵攻
   当時のランバルト王国の人口は350万ほどであったが、ランバルト王国は賭けに出て、
   20万もの大軍を組織し、ガリアへ侵攻した。しかし、この大侵攻の影にはロマリアの
   暗躍があった。



2706 パンノニアの戦い
   ランバルト軍20万をガリア軍は8万で粉砕し、
   ランバルト軍は17万もの死者を出して撤退し、クアドループ地方をガリアが占領した。



2707 ガリア大侵攻準備
   勢力が衰えているランバルト王国を一気に滅ぼすため、10万もの遠征軍が整えられ、
   クアドループ地方に集結した。



2708 ジュリオ・チェザーレの大侵攻
   アウソーニャ半島の都市国家群を平定したロマリアの大王ジュリオ・チェザーレが7万の大軍
   を率いてガリアに侵攻、リムーザンとフランシュ=コンテを占領し、コルス地方へ進軍を開始した。



2708 ゴルドバの戦い
   ロマリアの7万もの大軍に対し、対抗できる戦力はランバルト遠征軍のみであったため、
   ローヌアルプの中部まで進軍していた遠征軍10万はコルス地方まで1300リーグも
   引き返すこととなった。結果、遠路の行軍で疲れていたガリア軍は大敗し、6万もの死者
   をだした。



2709 ロマリアの大征服
    ガリア軍、ランバルト軍ともに戦力の大半を失ったため、ロマリアに対抗できる戦力は
    すでに存在ぜず、コルス、フランシュ=コンテ、オート=ルマン、アルデンヌ、シャグリ
    ウス王国、ケルンテン王国が征服された。



2710 カルカソンヌ防衛戦
    ガリアは東部を放棄し、街道が集結するリュティスとカルカソンヌに残存兵力を集結させ、
    西部を守る策に出た。結果、ロマリアの大軍をカルカソンヌの三重城壁で防ぐ長い防衛戦
    が始まった。また、リュティスにおいても激しい防衛戦が行われていた。

    また、砂漠の民フリーゼン族もロマリアに抵抗を続け、糧道を断つゲリラ戦を展開した。

    ガリア軍が全面撤退したため、クアドループ地方は再びランバルト王国に併合された。



2742 大王ジュリオ・チェザーレの死
    大王の死によりロマリアの分裂が始まった。
    2744年、コルス地方を再併合。
    シャグリウス王国再興。(2745)
    ケルンテン王国再興。(2746)
    ハザール王国樹立。(2747)



2748 ガリア大反撃
    2762年、フランシュ=コンテ再併合。
    2773年、リムーザン再併合。
    2779年、ラング=リション再併合。



2833 ガリア王国再統一
    人口はおよそ400万。
    ロマリアの侵攻による傷が完全に癒え、8州の国土が安定した。

    2840年、ヴァンダル族の活動が激しくなっているためガリア・シャグリウス。ケルンテン
    三国同盟締結。



2851 ヴァンダル族侵入
    ヴァンダル族が5万の大軍で四度目の侵略をしてきた。しかし、今回は侵略が予想されて
    いたため森に多くの拠点を作り、騎馬の速度を殺したゲリラ戦を展開し、シュヴァルツヴァ
    ルト以北での撃退に初めて成功した。このあと、ガスコニア王国とケルンテン王国はガリアの
    大公国となる。



2885 継承戦争開始
    長らく敵対してきたランバルト王国との決着をつけるべく、ランバルトへの長期侵攻戦争が
    始まった。前回の反省から2~3万の軍を継続的に派兵していくというものであった。

    2890年、オーヴェルニュ争奪戦。

    2927年、オーヴェルニュ地方併合。

    2961年、クアドループ地方併合。

    3003年、マルティニーク地方併合。

    3048年、プロヴァンス地方併合。



3122 ランバルト王国滅亡
    最後の拠点であったシャラント地方がガリアに併合され、ランバルト王国は滅亡した。



3130 ガリア王国統一
    人口はおよそ800万。
    ガリアは14州を国土として安定させる。



3145 第一回聖地回復運動
    ロマリア連合皇国の教皇が聖戦を発動、これにランバルト王国を併呑し勢いのあったガリア
    も同意し、結果、トリステイン・アルビオン・ロマリア・ガリアのメイジを中心とした連合軍
    6万がサハラへ進軍し、ガリアからは国王や大貴族も含めた3万の兵が送られた。



3147 大敗北
    十分な予備知識もなく砂漠へ出兵し、消耗したあげくに略奪を行い、フリーゼン族と敵対し
    糧道を断たれ、エルフにボロ負けしメイジは全滅、生き残った平民も砂漠で野垂れ死にという
    これ以下はありえない結果となった。



3150 ガリア大分裂開始
     聖戦によって王や大貴族の大半が死んだためガリアは分裂時代に突入した。

     3153年、プロヴァンス、ローヌアルプが離反し、ランバルト王国が再興する。
     
     3156年、フランシュ=コンテが離反し、ベルゲン大公国となる。

     3157年、ラング=リションが離反し、チュール大公国となる。

     3159年、リムーザンが離反し、セデルニア王国となる。

     3163年、アキテーヌが離反し、ノルド王国となる。

     3165年、オーヴェルニュが離反し、ザクセン大公領となる。

     ガスコニア、シャグリウス、ケルンテンの三国はヴァンダル族に対抗するため同盟を継続
     するが、ハザール王国やオート=ルマン地方の砂漠の民フリーゼン族とも敵対関係となる。



3185 ガリア王国再統一運動開始
     人口はおよそ300万。
     ガリアは5州を国土として安定させ、国土回復運動を開始する。同時に、メイジの力だけ
     ではエルフに対抗できないことが分かったため、冶金技術や火薬の開発など、魔法技術以外
     の技術の本格的な研究を始める。

     3221年、ザクセン大公領を併合。

     3268年、ノルド王国を併呑。この頃、銅や鉄以外の金属の、平民の手による精錬が始まる。

     3355年、ランバルト王国を併呑。

     3381年、モラヴィア公領を併合。

     3454年、聖戦の際に略奪しないことを条件にハザール王国、フリーゼン族と和解。

     3467年、ベルゲン大公国を併呑。

     3475年、セデルニア王国を併呑。

     3481年、チュール大公国を併呑。



3533 ガリア王国再統一
     人口はおよそ800万。
     ガリアは14州を国土として安定させる。
     爆発力の強い火薬が開発され、高温の炉を用いる冶金技術も発達し、その結果、燃料用の木材 
     が必要とされるようになる。



3621 ケルンテン大公国がガリアへ禅譲
    ガリアは森林資源を欲しており、ケルンテン王国もヴァンダル族への対抗策として、
    禅譲を受け入れる。これには、森の民の国家であり、もともと王権の必要性があまりなかった
    ことが理由となっている。



3709 シャグリウス王国がガリアへ禅譲
    ケルンテン王国と同じ理由で禅譲に合意する。



3811 第二回聖地回復運動
    前回の教訓を生かし、フリーゼン族の教えを受け、砂漠越えの準備をしてからの出兵であり、
    軍もメイジを指揮官とし、平民を主力とした新しい構成となっていた。クロスボウやバリスタ
    などの新兵器も導入され、大量の平民軍による人海戦術を行うため、6万もの兵が動員された。
    しかし、結局は失敗に終わる。



3822 ヴァンダル族が侵入
    ヴァンダル族が8万のもの大軍で侵入し、聖戦を終えた後でシュヴァルツヴァルト方面の防備
    が甘かったため、ガリア国内への侵入を許してしまう。しかし、この頃になるとメイジの魔法
    に頼らずとも平民の力のみで騎馬を倒せたため、略奪のために分散した戦力を各個撃破すること
    に成功し、王都からの大軍により、撃退に成功する。結果、略奪による被害は受けたがそれほど
    大きなものではなかった。



3934 ガリア王国再統一
    人口はおよそ900万。
    ガリアは16州を国土として安定させる。
    聖戦とヴァンダル族の侵入での傷が癒える。



3954 山岳民族と融和開始
    この頃、鉄鉱石と石炭からより純度の高い鋼鉄製品を平民の手で作り出す技術が開発され
    リムーザン地方・ラング=リション地方のギルガール山脈で王政府主導による鉱山開発が
    開始される。
    同時に、火竜山脈の山岳民族との融和も始まり、鉱山開発のアドバイザーとして協力を依頼し、
    代わりに食糧やその他の製品を贈った。

    4001年、ミディ=ピレネー併合。

    4036年、ノール=ド=カレー併合。

    4058年、レユニオン併合。

    4093年、ピカルディ併合。



4115 第三回聖地回復運動
    より強力な新兵器が配備され、軍の錬度も上昇  
    し、兵力も第一回の三倍の9万が動員された。
    結果、敗北。



4118 ヴァンダル族侵入
    ガリアの聖戦への参加は二重の作戦となっており、勝てればそれでよし、負ければすぐに
    退いてヴァンダル族の侵入に備えるというものであった。ガリアでは第二回聖戦時の記録が
    残っており、ヴァンダル族の侵入を予測できたが、ヴァンダル族は記録を正確に残す文化は
    無かった。
  
    その結果、六度目の侵略となったヴァンダル族5万はシュヴァルツヴァルトを無抵抗で通過し、
    ガリア国内に引き込まれ、バリスタやクロスボウを構えた12万ものガリア軍に完全包囲され全
    滅した。ガリアはほとんど被害を出さず、聖戦を囮とすることでヴァンダル族の撃滅に成功した。



4120 ヴァンデルート殲滅戦開始
    何度もガリアに侵略してきたヴァンダル族を根絶するためにガリアが行った大殲滅作戦。

    ヴァンデルート地方へ軍用道路を整備し、200から300リーグおきに要害を選んで駐屯地
    を設営する。3年交代で常に兵を置き、20年の周期で10数万規模の大遠征を行いその地方
    のヴァンダル族を殲滅する。そして、別の土地へ道路を広げ、駐屯地を作り、徐々に殲滅地域
    を広げていくというものであった。

    ヴァンダル族が反撃しようにも、いるのは数万規模で行軍中の軍隊か、要害に籠る完全武装の
    守備兵のみであり、尽く返り討ちにされた。

    駐屯地の防衛には新型のバリスタや新たに開発された大砲などが使用され、殲滅には新型の
    火薬や毒などが用いられ、ヴァンダル族は新兵器や新戦術の実験相手になり果てた。
    当時の大砲の射程は70メイル程であった。



4568 ヴァンダル族滅亡
    ヴァンダル族はほとんど皆殺しにされ、ヴァンデルート殲滅戦は終了した。



4601 第四回聖地回復運動
    ガリアが満を持して参加した聖戦。この頃のガリアは無軌道な軍事大国化への道を進んでおり、
    その力の矛先としてエルフは最適の存在であった。派遣された軍は15万に達したが、
    結局は失敗に終わった。



4649 ガリア王国再統一
    人口はおよそ1000万。
    ガリアは20州を国土として安定させる。
    聖戦で失った国力を取り戻した。この頃、ゲルマニアの母体ができ始める。



4673 アルザス公領を併合
    聖戦が失敗に終わったため、王政府の権威を再び上げるためにアルザス地方を併合した。



4705 ガスコニア大公国を併呑
    ガリアとトリステインの国力差が圧倒的になったため、もはや緩衝地帯の存在意味がなくなり、
    ガスコニア大公国はガリアに併呑された。



4710 ガリアが混乱期に入る
    ガリアが軍事政権国家と化し、火竜山脈の鉱山地帯やシュヴァルツヴァルトの森林地帯を
    植民地のように扱い始め、政治体制が恐怖政治に移行しだしたため、ガリア各地で内乱が
    相次ぐようになる。



4744 南西部が離反し、ランゴバルト王国が樹立
    火竜山脈の鉱山地帯が尽く背き、各地の反乱勢とも呼応し、ガリア王政府に対して、
    険しい山岳地帯とトンネルを利用したゲリラ戦を展開する。結果、ガリアの鉱物資源の半分
    以上が生産できなくなり、武器生産に大打撃となる。



4811 ランゴバルト王国を併呑
    ガリア王政府軍は一応ランゴバルト王国を滅ぼしたが、反乱軍は山々に散らばりゲリラ戦を
    継続し続け、鉱山は閉鎖されたままとなった。
    しかし、殲滅してしまうと鉱山の採掘そのものが不可能となってしまうためにできず、
    膠着状態が続いた。



4815 ガリア各地で反乱が相次ぐ
    この当時、ガリア王政府と宗教庁は深く結び付いており、王政府に逆らうものは聖戦に反対する
    者、つまり、始祖に逆らう異端であるとされ、異端審問にかけられた。そして、異端とされた
    貴族やその領地の平民は当然逃げるが、ここで状況の変化が生じた。

    古代では、反逆者はランバルト王国に逃げ込み、ランバルト併呑後は周辺諸国に逃げていた。
    しかし、ガリアが巨大化したため逃げ場がなくなった。ロマリアは論外であり、トリステインは
    ガリアと関係が深く、アルビオンは遠すぎた。

    結果、放棄されていたヴァンデルート地方に異端とされた人々は逃げ込んだ。

    4832年、オーヴェルニュ反乱。

    4845年、サントル反乱。

    4858年、アルザス反乱。

    4871年、ブルテール反乱。

    4894年、フランシュ=コンテ反乱。

    4919年、ラング=リション反乱。

    4937年、シャラント反乱。
 


4975 ガリア王国再統一
    ガリア王国が健全化し、国内22州を統一した。
    しかし、200万以上の人々がヴァンデルート地方へ逃げており、
    人口は800万ほどになっていた。



4987 第五回聖地回復運動
    このときはガリアにやる気はほとんどなく、ロマリアへの建前上の出兵で兵力は2万に
    過ぎなかった。しかし、エルフにもやる気がなかったのかアーハンブラ城の奪取に成功する。



4991 アルデンヌ、オート=ルマンを併合
    アーハンブラ城を奪ったためその周辺をエルフとの国境とすることとなり、ブリミル縁の国の
    領土とする必要が出てきた。結果、ロマリアの暴走を防ぐということで利害関係が一致し、
    アルデンヌとオート=ルマンはガリアの州となった。



5000 ガリア王国統一
    ガリアが現在の領域(24州)となる。
    人口はおよそ850万。



5000 ゲルマニア王国樹立
   ガリアからの逃亡民は大半が平民であり、ごく少数がメイジであった。そして、ヴァンデルート
   地方は軍用道路と駐屯地が残っているため、自然と都市国家へと成長していった。メイジが少数
   なため、魔法が生活基盤になりえず、生きるために様々な技術が発展していき、平民が貴族にな
   れる国ゲルマニアが誕生した。



5010 ガリアが発展の時代に入る
   ガリアは魔法先進国であるため、それ以外の技術の向上速度はそれほど速いものではなかった。
   しかし、ゲルマニアからの技術が入るようになり、それと競い合うようにガリアの技術も向上し、
   また、魔法と組み合わせた品などもでき、発展の時代となる。

   ゲルマニアで火縄銃が開発される。(5320)



5511 第六回聖地回復運動
   ガリアの人口は1200万人に達していたが、聖戦のやる気は全くなく、トリステイン・ガリア
   連合軍は7000、エルフ側は500であった。結果、エルフに一応勝利し、奪われていた
   アーハンブラ城の奪回に成功する。



5523 ゲルマニアがカノン砲を開発
   これまでのクロスボウ、バリスタ、火縄銃、大砲  
   は射程が精々100~150メイルであったが、500メイル以上の射程をもつカノン砲の
   登場により、戦術が大きく転換した。

   空を飛ぶ船にカノン砲を数十門搭載した戦列艦が登場し始め、空軍という新たな組織が誕生した。
   また、陸軍においても砲兵や砲亀兵といった新たな兵種が登場した。



5681 アルビオンが強力な空軍を擁する強国となる
   これまでは交易が主体の商業国家であったが、ゲルマニアで生まれたカノン砲とアルビオンの
   造船技術と航空技術が合わさり、戦列艦による強力な艦隊が誕生した。保有する港の多さも
   ハルケギニアで群を抜いていたため、空の強国となる。



5703 ゲルマニア王国が各地の都市国家を併呑し帝政ゲルマニアとなる
   この頃から三すくみが始まる。つまり、ゲルマニアの冶金技術と物量、アルビオンの造船技術と
   空軍力、この二国が連合するとガリアに対抗できるようになった。その結果、軍事大国ゲルマニア、
   魔法大国ガリア、貿易国家アルビオンが互いに牽制しながら発展していくことになる。

   空の港は船を吊るす必要があるため、平地の場合巨大な塔を作る必要があり、莫大な費用がかかる。
   地の利を得るため切り立った崖に作る場合も山に建築資材を運ぶのに費用がかかる。その結果、
   トリステインではラ・ロシェールの港のみで、ガリアやゲルマニアでも港は3、4箇所くらいで
   あり空軍力には限界があった。しかし、アルビオンは浮遊大陸のため、平地の先に崖があり、
   30を超える数の港が作られ空軍力は強大であった。そのかわり、海の港は存在しなかった。



6010 ガリア両用艦隊の配備が始まる
    魔法先進国であったガリアにおいて、海空両用船の技術が開発され、海の港をそのまま空の港  
    に利用できるようになり、アルビオン空軍に対抗するため、ガリア両用艦隊の配備が開始された。10年で120隻もの戦列艦が作られ、アルビオンの2倍もの艦艇数を誇るようになった。また、この頃のカノン砲は2000メイルもの射程をもつようになっており、銃も、フリントロック式の銃が開発されていた。




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あとがき

  どうも、イル=ド=ガリアです。

  チラ裏に掲載していたものは原作に沿ったものだったので、その部分は削除しました。歴史年表だけはチラ裏に残しているので、暇を持て余して何もやることがない方はどうぞ。




[14347] 設定集  ガリアの国土  前編
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 01:06
アルザス地方

 人口 15.2 [万人]    面積 65.6 [千k㎡]
 圏府 モン=ド=サルマン
 主要産業  水産業・交易

 主要都市

 交易都市 モン=ド=サルマン   人口 3万
  アルザス地方の圏府であり大陸公路が十字に交差する交易の要地でもある。トリステイン、
  ランス、サン・マロン、ブレストなどの都市と交易を行っている。

 交易都市 アミアン   人口 1万3千
  アルザス西部海岸地帯の水産品が集中する都市であり、西部と大陸公路の中継点でもある。

 交易都市 シャロン   人口 1万
  ラグドリアン湖とモン=ド=サルマンを結ぶ街道の中継点である。

 交易都市 ドリー   人口 1万
  ブルテール地方から流れてくるエムス川の水運の中継点である。

 水産都市 サン・ド二エ   人口 1万
  アルザス西部海岸最大の港であり、最近では空の港の機能も備えている。

 国境都市 エクス=レ=バン   人口 1万2千
  トリステインとガリアをつなぐ大陸公路の国境に位置する都市で小規模の軍が常に駐屯している。
  また、交易も盛んで多くの商人が出入りしている。

特徴
 主要都市の人口が全部で8万5千、街の人口が全部で3万2千、残りが農村や漁村で3万5千。

 交易と水産業以外に特産がないため、都市国家連合に近い人口構成となっている。また、大河が

 ないため大型船による大量運輸が不可能で、交易を陸路に頼らざるをえなく、水産品の交易が難

 しい という欠点もある。ガリア領となったのは ブリミル暦4673年と遅いほうではあるが
 
 それ以前に強力な国家が栄えていたこともなく、侵略価値が無かったため併合されなかっただけ

 であった。混乱期にはガリア王政府に反乱を起こしたこともあったが、その後は安定している。






ブルテール地方

 人口 35.5 [万人]    面積 62.1 [千k㎡]
 圏府 ランス
 主要産業  農業・交易

 主要都市

 交易都市 ランス   人口 3万
  ブルテール地方の圏府であり大陸公路とドリナ川とエムス川が集結する交易の要地であり、
  トリステインやラグドリアン湖からの品をブレストやイル=ド=ガリアに運ぶ際の中継地でもある。

 精霊都市 オルレアン   人口 8千
  ラグドリアン湖湖畔の美しい土地で、古くから諸国の要人を呼んでの園遊会などが行われてきた。
  そのため、代々王領か王族が治める土地となっている。

 交易都市 リュネヴィル   人口 2万
  ブルテール南部の交易の集結地であり、ブレストやリュティスともつながっている。

 農業都市 シャイ=ビエール   人口 7千
  エムズ川流域の農作物が集まる集積地である。

 国境都市 アンボワーズ   人口 1万5千
  トリステインとガリアをつなぐ大陸公路の国境に位置する都市で小規模の軍が常に駐屯している。
  また、ブルテール地方の農作物はここからトリステインに輸出される。

特徴

 主要都市の人口が全部で8万、街の人口が全部で3万、残りがほとんど農村で24万5千。主

 要産業は農業で、エムス川やドリナ川流域は穀倉地帯となっているが、南のバス=ノルマンやイ

 ル=ド=ガリアがそれ以上の穀倉地帯のため、農作物の大半はトリステインに輸出されている。

 古代のブルテール王国の時代からトリステインとガリアの緩衝地帯となっており、その文化形

 態は同じになっていた。そのため、ガリアと戦争をしたことはなく、混乱時代のガリアの暴走を

 止めるために反乱を起こしたくらいである。








アキテーヌ地方

 人口 58.3 [万人]    面積 68.7 [千k㎡]
 圏府 サン・マロン
 主要産業  水産業・農業・交易

 主要都市

 港湾都市 サン・マロン   人口 10万
  アキテーヌ地方の圏府であり、リュティスやブレストを水運でつなぐガリア最大の大河シレ
 川の河口にある。ガリア両用艦隊の母港でもありアルビオンとの交易も行うガリア最大の港で
 ある、そのため「海と空の港」とも「軍港」とも呼ばれる。

 交易都市 ヴィヨン   人口 2万5千
  アキテーヌ中部海岸地帯の水産品が集中する都市である。

 交易都市 アンダイエ   人口 2万5千
  アキテーヌ西部海岸地帯の水産品が集中する都市である。

 農業都市 パスティア   人口 2万
  シレ川流域の農作物が集まる集積地であり、シレ川の水運の中継地でもある。


特徴
 主要都市の人口が全部で17万、街の人口が全部で6万、残りが農村や漁村で35万3千。

 主要産業は水産業であり、ガリアで最も水産量が多い。そして、陸揚げされた水産品をサン・マロン

 からシレ川の水運を利用して大量に輸送できるため交易もしやすい。また、シレ川流域では農業も

 活発に行われている。アルビオンとの交易の要なのでガリア各地から工芸品や特産品が集まってくる。

 古代は海洋民族が支配していた土地で、カタラン王国が滅びた後はガリアと融和していった。しかし、

 古くからアルビオンとの交易を行っているためか独立心が強くレノール王国やノルド王国など、幾度

 かガリアに反逆している。しかし、ランバルト王国と結びついたこともない。安定期にはいってから

 は戦列艦や空軍の重要性が高まったため王政府との繋がりが深くなり、現在では軍港サン・マロンに

 両用艦隊が常時出動体制をとっている。








オーヴェルニュ地方
 人口 16.0 [万人]    面積 73.4 [千k㎡]
 圏府 ニース
 主要産業  水産業・交易

 主要都市

 交易都市 ニース   人口 4万
  オーヴェルニュ地方の圏府であり、サン・マロン、ブレスト、ラヴァル、ロデズをむすぶ
  大陸公路の集結地である。

 交易都市 ルーベ   人口 2万
  オーヴェルニュ西部海岸地帯の水産品が集中する都市である。

 交易都市 カオール   人口 1万
  アキテーヌの海岸地域との交易の中継地となる都市である。


特徴
 主要都市の人口が全部で7万、街の人口が全部で5万、残りが農村や漁村で4万。

 大河がないため土地が肥沃でもなく水源も乏しいので農業が発展せず、水産業も水運もなく

 大陸公路からも遠いため交易には使えない。そのため、主要産業は特になく大陸公路の各地

 をつなぐ中継地としての交易に頼っている。

 古代は海洋民族が支配していた土地で、サレルノ王国が滅びた後はガリア王国とランバルト王国

 の代理戦争の場となり、細かい領域では何度もガリア領になったりランバルト領になったりを

 繰り返した。特に目立った資源がなかったため戦場とするにはちょうど良かった上に、互いの穀倉
 
 地帯からもさほど離れていないため糧道の確保がしやすかったという理由があった。ランバルト

 王国がガリアに併呑されてからは交易地となり、分裂時代や混乱時代にはガリアに叛いたが、安

 定期にはいってからはガリアの州として平穏になっている。











バス=ノルマン地方

 人口 103.7 [万人]    面積 77.8 [千k㎡]
 圏府 ブレスト
 主要産業  農業・交易

 主要都市

 交易都市 ブレスト   人口 15万
  バス=ノルマン地方の圏府であり各地の大陸公路とシレ川とエムス川が集結する
  交易の要地となっている。アルビオンからサン・マロンを経由してきた品とトリステイン
  からモン=ド=サルマンを経由してきた品が集結する場所であり、陸運と水運と空運を
  利用してリュティスへ輸送している。また、ブレスト湖という湖の上にあるため港湾設備
  さえも備えた大都市である。「湖の街」と呼ばれる。

 農業都市 エグラント   人口 2万4千
  バス=ノルマン北部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 メルス   人口 1万7千
  バス=ノルマン西部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 プリヴァ   人口 2万3千
  バス=ノルマン南西部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 ラ・トゥール   人口 2万5千
  バス=ノルマン南東部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 オセール   人口 2万4千
  バス=ノルマン東部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 アプト   人口 3万2千

  バス=ノルマン北東部の農作物が集まる集積地である。


特徴
 主要都市の人口が全部で25万5千、街の人口が12万5千、残りがほとんど農村で65万。

 ガリアで五番目の人口を誇り、主要産業は農業でシレ川やエムス川流域は肥沃な大地と豊富な水

 資源に恵まれた巨大な穀倉地帯となっており、他の州と比較しても農村の人口割合が多い。生産

 された農作物は大陸公路を通してアルザス地方やオーヴェルニュ地方を中心にガリア各地に輸

 送されている。

 551年に最初にガリアに併合された州であり、土の国ガリアを支え続けてきた地方である。

 一度ランバルト王国と結びつき、スエヴィ王国としてガリアに叛いたこともあったが、その後は

 安定しており分裂の時代や混乱の時代においてもガリアを支え続けた。









クアドループ地方
 人口 96.0 [万人]    面積 71.4 [千k㎡]
 圏府 ラヴァル
 主要産業  農業・交易

 主要都市

 交易都市 ラヴァル   人口 16万
  クアドループ地方の圏府であり各地の大陸公路とサヴァ川とロト川が集結する
  交易の要地となっている。プロヴァンス地方の水産品やマルティニーク・ローヌアルプ
 の工業品が集結する場所であり、クアドループ中の農作物も集中する。農作物は主に
 南部の鉱山地帯に輸送されている。また、リュティスと同じくらい魔法人形ガーゴイル
 の開発と生産が盛んであるため、「人形の街」と呼ばれる。

 農業都市 コルド   人口 1万8千
  クアドループ北部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 ロートス   人口 1万5千
  クアドループ西部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 アイラ   人口 2万
  クアドループ南部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 パルビゾン   人口 2万2千
  クアドループ東部の農作物が集まる集積地である。

 交易都市 アルル   人口 3万
  サヴァ川の中継地であり、農作物が集まる集積地でもある。

 交易都市 サン・ブリュー  人口 3万
  ロト川の中継地であり、農作物が集まる集積地でもある

 交易都市 サン・ディエ   人口 2万5千
  ロト川の上流であり、農作物が集まる集積地でもある。


特徴
 主要都市の人口が全部で32万、街の人口が7万5千、残りがほとんど農村で56万5千。

 主要産業は農業でサヴァ川やロト川流域は肥沃な大地と豊富な水資源に恵まれた巨大な穀倉地

 帯となっており、他の州と比較しても農村の人口割合が多い。生産された農作物は大陸公路を通

 して主にピカルディやレユニオンの鉱山地帯に輸送されている。

 最初はタラント王国の領土であり、のちにランバルト王国に併呑されてからはガリアと何度も

 戦った。主戦場はシレ川とロト川の中間の州境のあたりだったため、ガリアの侵略を受けること

 は少なかった。ランバルト王国が滅びガリアに併呑されてからはガリアの重要な穀倉地帯となり、

 分裂の時代や混乱の時代でも叛くことはなかった。










プロヴァンス地方
 人口 55.1 [万人]    面積 67.8 [千k㎡]
 圏府 ロデズ
 主要産業  水産業・農業

 主要都市

 港湾都市 ロデズ   人口 7万
  プロヴァンス地方の圏府であり、ラヴァルやグルノーブルを水運でつなぐ
  サヴァ川の河口にある。軍港サン・マロンに次ぐガリア最大級の港であり、
  アルビオンとの交易も行っており、水運の要衝となっている。

 交易都市 パミエ   人口 2万5千
  プロヴァンス中北部海岸地帯の水産品が集中する都市である。

 交易都市 サン=レミス   人口 3万
  サヴァ川の中継地であり、中南部の交易の中心地でもある。

 農業都市 クリシー   人口 2万
  サヴァ川流域の農作物が集まる集積地である。


特徴
 主要都市の人口が全部で14万5千、街の人口が全部で6万5千、残りが農村や漁村で34万。

 主要産業は水産業と農業であり、アキテーヌに次いで水産量が多く、アルビオンとの交易も行っ
 
 ている。また、陸揚げされた水産品をサヴァ川の水運を利用して大量に輸送できるため交易も

 しやすく、サヴァ川流域では農業も活発に行われている。しかし、水産業や貿易ではアキテーヌ

 に及ばず、農業生産ではシレ川流域の穀倉地帯にかなわないため、どちらの面でも平均以上では

 あるが最大ではない。

 最初は海洋民族国家ガリシアの領域であったが、のちにランバルト王国に併呑され魔法を中心と

 した文化圏となった。長い間ガリアと国境を接しておらず、周辺に強力な国家がなかったため平穏

 な土地となっていた。そのためかより強いものに従うといった気風があり、ランバルト王国が衰退

 するとあっさりとガリアに併呑された。ガリアが混乱期になると再びランバルト王国の支配域と

 なったが、ガリアが勢力を増すとまたガリアに併呑され、大きな反乱もなく現在にいたる。







ローヌアルプ地方
 人口 78.4 [万人]    面積 69.7 [千k㎡]
 圏府 カンペール
 主要産業  工業・農業

 主要都市

 工業都市 カンペール   人口 10万
  ローヌアルプ地方の圏府であり、大陸公路が交差する交易の要地であり、レユニオン
  からドーニュ川を下ってくる鉱物資源の集結地でもある。かつてはランバルト王国の
  王都であったが、現在ではガリアを代表する工業都市の一つとなっている。

 交易都市 サン・ティエンヌ   人口 3万
  サヴァ川の中継地であり、農作物の集積地でもある。

 農業都市 ロリス   人口 2万
  サヴァ川の北側の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 パルマ   人口 2万
  サヴァ川の南側の農作物が集まる集積地である。

 工業都市 ベルカステル   人口 4万
  レユニオンからドーニュ川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市。

 工業都市 ヴェゾン   人口 5万
 レユニオンからドーニュ川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市。


特徴
 主要都市の人口が全部で26万、街の人口が全部で6万、残りがほとんど農村で46万4千。

 主要産業は工業と農業であり、北部がサヴァ川流域の農業地帯となっており、中部が大陸公路を

 中心とした交易地帯、そして南部がレユニオンからの鉱物資源を加工する工業地帯となっている。

 工業・農業・交易のどれの水準も高いが工業ではマルティニークに劣り、交易ではロレーヌに劣り、

 農業ではコルスに劣るため平均よりは高いがガリアの中心にはなっておらず、農作物は大陸公路を

 通してレユニオンやピカルディに輸送されている。

 古代はランバルト王国の中心地でありプロヴァンス・クアドループ・マルティニークを繋ぐ重要

 地であった。起源をガリアと同じくしているため魔法中心の文化が栄え、イル=ド=ガリアの

 縮小版のような構成となっている。3048年にガリアに併呑され、混乱時代の3152年にラン

 バルト王国が再興したが結局はガリアに併呑され、ガリアの中心とはやや外れた地方として安定

 することとなる。






シャラント地方
 人口 13.8 [万人]    面積 84..3 [千k㎡]
 圏府 チュール
 主要産業  水産業・農業

 主要都市

 交易都市 チュール   人口 2万5千
  シャラント地方の圏府であり、大陸公路がロデズ、カーンへと続いており、
  デュランス川の水運の中継地のもなっている。

 交易都市 ブローニュ   人口 1万5千
  モラウ川とデュランス川の合流地点にある交易都市。

 水産都市 サン・ジェルマン   人口 1万
  デュランス川の河口に位置する水産都市。

特徴
 主要都市の人口が全部で5万、街の人口が全部で3万、残りが農村や漁村で5万8千。

 北部は高原地帯で水が乏しい荒地なためほとんど人が住んでおらず、ここに住む羊の毛は

 高級品として取引されるが生産量は少ない。人がいるのは南部の川沿いの農業地帯と海岸

 地帯と大陸公路の街のみである。農業も水産業も発展していないわけではないがほかの地方

 と比べると質が劣り、その上、交易路が遠すぎるため交易が発達しにくい。そのため、主要

 産業は特になく自給自足が基本となっており、時折大陸公路を通って各地の特産品などが入っ

 てくる辺境である。

 かつてはオンガル族という海洋民族が暮らしていたがランバルト王国に併呑され農耕や魔法

 の文化ができた。その後はガリアに併呑されるがイル=ド=ガリアからは遠いため王政府との

 接点は薄かった。しかし、強力な国家が栄えていたわけでもないため特に反乱もなくまとまっ

 ていた。その後は混乱時代に、ゲルマニアまでは遠すぎて逃げられなかった人々が逃げ込む場

 となりガリアに叛いたがガリア王政府が健全化すると元のガリアの州となり、その後は安定し

 ている。










ピカルディ地方
 人口 36.4 [万人]    面積 75.6 [千k㎡]
 圏府 カーン
 主要産業  鉱業・農業

 主要都市

 交易都市 カーン   人口 3万5千
  ピカルディ地方の圏府であり、この地方の鉱山都市の鉱物資源はすべてがここに集まり、
  大陸公路を通って、マルティニークへと運ばれていく。

 鉱山都市 アレス   人口 1万

 鉱山都市 カレー   人口 1万5千

 鉱山都市 ヴィシー   人口 1万

 鉱山都市 ミラマ   人口 1万

 鉱山都市 ナント   人口 1万5千

 鉱山都市 ムスコ   人口 1万

 鉱山都市 アンソニー   人口 1万5千

 鉱山都市 ポワス   人口 1万5千

 農業都市 モン=リュソン   人口 2万
  ピカルディ南西部の農作物が集まる集積地であり、デュランス川の中継地でもある。

 農業都市 サン・モール   人口 2万
  ピカルディ南東部の農作物が集まる集積地であり、デュランス川の中継地でもある。


特徴
 主要都市の人口が全部で17万5千、街の人口が全部で2万、残りが農村で17万4千。

 主産業は鉱業であり、北部の火竜山脈の鉱山都市で鉄鉱石や石炭などが採掘され川を下って

 カーンに届けられ、大陸公路でマルティニークへと運ばれる。山脈の中の盆地に作られる居住地

 は都市の単位で作られており、これは鉱山開発にはかなりの規模の設備が必要になるので数千人

 の街単位よりも万を超える都市のほうが都合がよいからである。ピカルディ地方は2千~3千メイル

 級の山々が連なっており、その南には農業地帯もあるが食糧を賄いきれないため、クアドループや

 ローヌアルプなどから食糧を買っている。

 また、この地方の山岳地帯にはナント族という山岳民族が古くから住んでおり、ランバルト王国

 と敵対していたが、ガリアが鉱山開発を始める際に融和し現在は共同で鉱山開発を行っている。

 南部の農耕民族はシャラントのオンガル族とナント族が混ざったような変わった気風を持っており、

 モール族と呼ばれている。ガリアの混乱時代のランゴバルト王国の反乱以降は特に問題は起きていない。








レユニオン地方
 人口 31.0 [万人]    面積 59.8 [千k㎡]
 圏府 ニーム
 主要産業  鉱業・農業

 主要都市

 鉱山都市 ニーム   人口 3万
  レユニオン地方の圏府であり、大陸公路が通っている鉱山都市であり、
  レユニオン地方の鉱山都市群の中心地である。
 鉱山都市 マンド   人口 1万5千

 鉱山都市 トゥール   人口 2万

 鉱山都市 アルジャン   人口 1万

 鉱山都市 リヨン   人口 1万

 鉱山都市 パルス   人口 1万5千

 鉱山都市 シャルトル   人口 1万

 交易都市 ミュルーズ   人口 3万人
  川や大陸公路を通ってレユニオンの鉱物資源の半分がここに集中する。

 農業都市 ソミュール   人口 2万
  レユニオン南西部の農作物が集まる集積地であり、デュランス川の中継地でもある。

 農業都市 シェルブール   人口 2万
  レユニオン南東部の農作物が集まる集積地であり、デュランス川の上流でもある。


特徴
 主要都市の人口が全部で18万、街の人口が全部で3万、残りが農村で10万。

 主産業は鉱業であり、産業や気候はピカルディとほぼ等しいが、レユニオンでは鉱物資源の半分

 はミュルーズを経由してマルティニークへと運ばれるが、もう半分はローヌアルプへと運ばれる。

 また、レユニオンの火竜山脈は3千~4千メイル級の山々が連なっているが、正確にはピカルディ

 とレユニオンの州境あたりの溶岩地帯となっている6千メイル級の火竜が住む山脈を火竜山脈と

 呼び、その他の山々には名前があるのだが、この長大な山脈地帯の総称に最も有名な火竜山脈を

 使っているのである。

 また、この地方の山岳地帯にはリヨン族という山岳民族が古くから住んでおり、ランバルト王国

 と敵対していたが、ガリアが鉱山開発を始める際に融和し現在は共同で鉱山開発を行っている。

 南部の農耕民族はピカルディ地方のモール族に比べると数が少ないが文化はほとんど同じであり、

 ガリアの混乱時代のランゴバルト王国の反乱以降は特に問題は起きていない。






ノール=ド=カレー地方
 人口 27.1 [万人]    面積 58.6 [千k㎡]
 圏府 ヴァランス
 主要産業  鉱業・交易

 主要都市

 交易都市 ヴァランス   人口 3万
  ノール=ド=カレー地方の圏府であり、この地方の鉱山都市の鉱物資源はすべてが
  ここに集まり、大陸公路とイン川を通って、マルティニークへと運ばれていく。

 鉱山都市 ヴィルヌ   人口 2万

 鉱山都市 イヴリー   人口 2万2千

 鉱山都市 リモージュ   人口 1万7千

 鉱山都市 グラース   人口 2万

 鉱山都市 カンヌ   人口 2万

 鉱山都市 トロワ   人口 2万5千

 鉱山都市 ラ・クロット   人口 1万8千

 鉱山都市 ブロワ   人口 1万8千


特徴
 主要都市の人口が全部で19万、街の人口が全部で5万、残りが約3万で北部の街道付近の村

 や南部の高原地方の少数部族で構成される。

 主産業は鉱業であり、4千~5千メイルの山々の鉱山都市で採掘される鉱物資源は川を下って

 ヴァランスへ集められる。しかし、農業生産がほとんどないため食糧はマルティニークの穀倉地帯

 から購入しており、その代りに大量の鉱物資源をマルティニークやイル=ド=ガリアへと輸送して

 いる。鉱物資源は水産物や野菜などと異なり腐らないため安定した供給と輸送が可能なため交易は

 常に行われている。また、この地方の鉱物資源は良質なため都市人口はピカルディやレユニオン

 より多くなっている。

 この地方の山岳地帯にはヤハイ族という山岳民族が古くから住んでおり、ランバルト王国と敵対

 していたが、ガリアが鉱山開発を始める際に融和し現在は共同で鉱山開発を行っている。ノール=

 ド=カレー地方の南部にはヤハイ族とも異なる少数民族が幾つか生活しており、レユニオンの人々

 以外にガリアとの接点はないが一応ガリアの国民という扱いになっている。このうちの一部はヤハ

 イ族と融和し、一部はレユニオンの南部へ移動したが、多くは今でも独自の文化を持って暮らして

 おり、たまに、この地方の伝統工芸品などが行商人によって各地にもたらされる。





[14347] 設定集  ガリアの国土  後編
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 01:06

ミディ=ピレネー地方
 人口 48.2 [万人]    面積 96.7 [千k㎡]
 圏府 ディジョン
 主要産業  鉱業・交易

 主要都市

 交易都市 ディジョン   人口 5万
  ミディ=ピレネー地方の圏府であり、この地方の鉱山都市の鉱物資源はすべてがここに集まり、
  イザール川を通ってマルティニークへと運ばれ、大陸公路を通ってロレーヌへと運ばれる。

 鉱山都市 ボース   人口 3万5千

 鉱山都市 ベリグー   人口 2万7千

 鉱山都市 ラルハイ   人口 3万5千

 鉱山都市 モンテス   人口 3万

 鉱山都市 マイヤーヌ   人口 2万6千

 鉱山都市 ナルボンヌ   人口 3万

 鉱山都市 ラ・サルト   人口 2万6千

 鉱山都市 イストル   人口 3万8千

 城塞都市 ベルフォール   人口 5万
  ロマリアとの国境を守る街であり、ジュリオ・チェザーレの大侵攻以来、強固な城壁を備え
 た防衛都市として大陸公路に作られ、常に軍が配備されている。

特徴
 主要都市の人口が全部で34万、街の人口が全部で10万、残りが約4万2千で北部の街道付近の

 村や南部の高原地方の少数部族で構成される。

 主産業は鉱業であり、西部では4千~5千メイルの山々の鉱山都市で採掘される鉱物資源が川を下って

 ディジョンへ集められる。しかし、農業生産がほとんどないため食糧はロレーヌやマルティニークなど

 の穀倉地帯から購入しており、その代りに大量の鉱物資源をマルティニークやロレーヌへと輸送している。

 この地方の鉱物資源はガリアで最も質がよく、そのため鉱山都市の人口も多くなっている。東部はロマ

 リアからの街道を守る要衝となっており特にベルフォールには軍が常に配備されていると同時に交易も

 また盛んである。

 この地方の山岳地帯にはラルハイ族という山岳民族が古くから住んでおり、ランバルト王国と敵対し

 ていたが、ガリアが鉱山開発を始める際に融和し現在は共同で鉱山開発を行っている。

 ミディ=ピレネー地方の南部にはラルハイ族とも抗争に敗れた少数民族が暮らしており、ガリアとは同盟

 こそ結んでいるがほとんど交流がない。文化がブリミル教と大きく異なるのでロマリアに与しないという

 点では信頼関係が成り立っている。また、これらの部族の戦士には傭兵としてベルフォールに住んでいる

 ものも多い。








マルティニーク地方
 人口 147.3 [万人]    面積 92.6 [千k㎡]
 圏府 グルノーブル
 主要産業  工業・農業・交易

 主要都市

 工業都市 グルノーブル   人口 22万
  マルティニーク地方の圏府であり、大陸公路が交差し、イン川とイザール川の
  合流地点でもある。大陸公路を通して各地と交易を行う大交易地であり、イン川と
  イザール川流域の穀倉地帯の農作物が集まる集積地であり、ピカルディ、レユニオン、
  ノール=ド=カレー、ミディ=ピレネーの鉱物資源が集まる大工業都市である。それ
  ゆえに「鋼の街」と呼ばれる。

 交易都市 ヴェルダン   人口 7万
  二つの大河の中間に位置し大陸公路をつなぐ中継都市であり、農作物が集まる集積地である。

 農業都市 アヴィニョン   人口 3万
  マルティニーク北西部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 オンフルール   人口 3万
  マルティニーク南西部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 レ=サーブル   人口 3万5千
  マルティニーク北部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 カリュイール   人口 3万5千
  マルティニーク東部の農作物が集まる集積地である。

 工業都市 バルスロネット   人口 6万
  ミディ=ピレネーからイザール川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市であり、イザール川の中継地。

 工業都市 アングリ―ム   人口 5万5千
  ミディ=ピレネーからイザール川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市であり、イザール川の中継地。

 工業都市 サン・テミリオン   人口 5万
  ミディ=ピレネーからイザール川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市であり、イザール川の中継地。

 工業都市 シャトール   人口 5万5千
  ノール=ド=カレーからイン川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市であり、イン川の中継地。

 工業都市 フォール   人口 5万
  ノール=ド=カレーからイン川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市であり、イン川の中継地。


特徴
 主要都市の人口が全部で74万、街の人口が全部で14万、残りがおよそ59万3千。

 主要産業に工業・農業・交易があり、イン川とイザール川の二つの大河の流域では古くから農業が発達

 し穀倉地帯となっており、農作物はレユニオンやノール=ド=カレーなどの鉱山地帯に輸送されている。

 リュティス、ラヴァル、カンペール、カルカソンヌなどの大都市と火竜山脈の鉱山地帯とも大陸公路で
  
 つながっているため、交易は非常に活発に行われている。また、イン川とイザール川を下ってノール=

 ド=カレーとミディ=ピレネーから大量の鉄鉱石や石炭が運ばれグルノーブルを中心とした工業都市に
  
 よって金属製品や兵器が生産され、ガリアで最大の工業地帯となっている。
 
 最初はアキタニア王国の領土だったが、のちにランバルト王国に併呑され、その後はロレーヌ地方と

 競い合いながら発展していった。ロレーヌ地方が守勢の土地だったためかガリアと矛を交えることは少
 
 なく、3003年にガリアに併呑されてからは一度もガリアに背かずに、ガリア三大都市の一つである

 グルノーブルを中心に発展してきた。













ロレーヌ地方
 人口 136.4 [万人]    面積 87.9 [千k㎡]
 圏府 カルカソンヌ
 主要産業  工業・農業・交易

 主要都市

 交易都市 カルカソンヌ   人口 21万
  ロレーヌ地方の圏府であり、大陸公路が交差する交易の要衝である。リュティスとベルフォール
  をつなぐ中央公路の中継点にあり、ガリア南部の東西交易の中心地ともなっているガリア最大
  の交易都市である。そのため「街道の街」と呼ばれる。また、同時に強固な城壁に囲まれた城塞
  都市であり、リュティスと並んで古い都市のため発展するにつれ大きくなった結果、三重の城壁
  をもつ防衛都市となった。防衛力ならばリュティスを上回る都市である。

 交易都市 ブリアンソン   人口 6万5千
  ロレーヌ南部の大陸公路をつなぐ中継都市であり、農作物が集まる集積地である。

 農業都市 ポントワーズ   人口 3万2千
  ロレーヌ北西部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 タラスコン   人口 3万5千
  ロレーヌ中央部の農作物が集まる集積地である。

 工業都市 アランソン   人口 4万5千
  ミディ=ピレネーから大陸公路で運ばれてきた鉱物資源を加工する工業都市であり、ソーヌ川の
  中継地。

 工業都市 ヌヴェール   人口 7万3千
  リムーザンとラング=リションからルトニ川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市であり、
  ルトニ川の中継地。

 複合都市 サン・サヴァン   人口 5万5千
  ソーヌ川の中継地であり、農業都市の機能と工業都市の中間の機能を有する都市。
 複合都市 サントローぺ   人口 5万
  ソーヌ川の中継地であり、農業都市の機能と工業都市の中間の機能を有する都市。
 複合都市 フォルケイル   人口 6万5千
  ソーヌ川の中継地であり、農業都市の機能と工業都市の中間の機能を有する都市。


特徴
 主要都市の人口が全部で63万、街の人口が全部で14万4千、残りがおよそ59万。

 主要産業に工業・農業・交易があり、ルトニ川とソーヌ川の二つの大河の流域では古くから農業が発達

 し穀倉地帯となっており、農作物はミディ=ピレネーなどの鉱山地帯に輸送されている。大陸公路とル

 トニ川を下ってリムーザンとラング=リションとミディ=ピレネーから大量の鉄鉱石や石炭が運ばれ工

 業都市によって金属製品や兵器が生産され、ガリアで三番目の工業地帯となっている。ロマリアとリュ

 ティスをつなぐ重要地でありガリア南部の大陸公路はロレーヌに集中するため、イル=ド=ガリアが

 ガリアの心臓ならばロレーヌはガリアの肺といえるの大交易地となっている。

 614年に二番目にガリアに併合された地域であり、一度もガリアと敵対したことがない唯一の土地

 である。1946年にリュティスが陥落した際には王政府がカルカソンヌに移ったこともあり、271

 0年から2742年までの32年間、ジュリオ・チェザーレの侵攻を三重城壁によって防ぎ続けたこと

 もあった。ガリアの分裂時代や混乱時代においても最も王政府に忠実でありガリアを支え続けた地域で

 ある。














イル=ド=ガリア
 人口 225.3 [万人]    面積 133.2 [千k㎡]
 王都 リュティス
 主要産業  魔法・工業・農業・交易

 主要都市

 王都 リュティス   人口 30万
  ガリアの王都。ガリア中の大陸公路の出発地にして終着地となっており、シレ川、ルトニ川、
  エルベ川の3つの大河が合流するガリア最大の交易地である。あらゆるものがガリア全域から
  集まってくるが、何よりも魔法の研究とマジックアイテムの生産が盛んであり魔法先進国と
  呼ばれるガリアの象徴で「魔法都市」とも呼ばれる。また、魔法だけでなく、3つもの大河が
  集中するため洪水対策の治水技術や、そのような土地に強固な城壁を建造する建築技術や、船を
  造る造船技術など、あらゆる技術が進んでおり「技術都市」とも呼ばれる。また、リュティスに
  人口が集中しすぎるのを避けるため東西南北に衛星都市が置かれている。

 交易都市 ネンシー   人口11万
  イル=ド=ガリア西部にある衛星都市の一つ、ガリア西部からの交易品は一度ここに集まって
  イル=ド=ガリア中に運ばれる。

 農業都市 アヌシー   人口 9万
  イル=ド=ガリア東部にある衛星都市の一つ、コルス地方につながる大穀倉地帯の食糧が集まる
  大集積地である。

 建築都市 レンヌ   人口 10万
  イル=ド=ガリア北部にある衛星都市の一つ、アジャンの姉妹都市でもあり、シュヴァルツ
  ヴァルトの森林資源が集まる大工の街である。

 工業都市 アラス   人口 12万
  イル=ド=ガリア南部にある衛星都市の一つ、ソーヌ川とルトニ川の合流地であり、鉱山地帯
  の鉱業資源が集う大工業都市である。

 交易都市 アヴランシュ   人口7万5千
  イル=ド=ガリア北西部の大陸公路交差地。「湖の街」ブレストに通じている。

 交易都市 オラドゥール   人口8万
  イル=ド=ガリア南西部の大陸公路交差地。「鋼の街」グルノーブルに通じている。

 交易都市 カルパンドラ   人口7万
  イル=ド=ガリア南東部の大陸公路交差地。「ガリアの食糧庫」ロン=ル=ソーニエに通じている。

 交易都市 ヴェズレー   人口6万5千
  イル=ド=ガリア北東部の大陸公路交差地。「匠の街」アジャンに通じている。

 農業都市 シャンベリ   人口 3万
  イル=ド=ガリア北西部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 ドーウィル   人口 3万5千
  イル=ド=ガリア北部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 エヴィアン   人口 3万5千
  イル=ド=ガリア北東部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 サン・ジュリアン   人口 4万5千
  イル=ド=ガリア東部の農作物が集まる集積地であり、シレ川の中継地。

 農業都市 コンビエーニュ   人口 4万
  イル=ド=ガリア南東部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 フォンティーヌ   人口 4万
  イル=ド=ガリア南西部の農作物が集まる集積地である。

 工業都市 マリヤーヌ   人口 6万
  鉱山地帯からルトニ川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市であり、ルトニ川の中継地。

 工業都市 ブルボン   人口 5万
  鉱山地帯からルトニ川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市であり、ルトニ川の中継地。

 複合都市 バステール   人口 7万5千
  リュティスの下請けの仕事をする工業都市であり、イル=ド=ガリア西部の農作物の集積場であり、シレ川の中継地でもある複合都市。


特徴
 主要都市の人口が全部で143万、街の人口が全部で25万、残りが57万3千。

 主要産業に魔法・工業・農業・交易がある。魔法先進国ガリアの中心として古代から魔法の研究及び

 マジックアイテムの生産が行われており、南部の鉱山地帯の鉱物資源も集中するため工業が発展し、

 シレ川、エルベ川、ルトニ川の3つの大河の流域には巨大な穀倉地帯が広がり、さらにシュヴァルツ

 ヴァルトの森林資源も集まるため建築も活発に行われている。政治・軍事・経済の中枢であり、陸運・

 水運・空運のすべてがそろっているガリアの心臓部である。イル=ド=ガリアの都市は古くからあるも

 のが多いが、ヴァンダル族の侵入や、ジュリオ・チェザーレの大侵攻などにより破壊されたことも多く

 あり、再建されるたびにより計画的に作られてきたため、現在ではほぼすべての都市や町が計画的に作

 られたものになっており、イル=ド=ガリア全体に大陸公路や街道が広がっている。

 ガリアの歴史はイル=ド=ガリアを中心とした歴史であり、一度ヴァンダル族にリュティスを奪われ

 たこともあったが、その後も中心であり続け、6000年王国の中枢にふさわしい土地となっている。

 また、土の国ガリアの基礎は農作物であり、当然その年の地方によって豊作や凶作があるが、それをイ

 ル=ド=ガリアの農作物によって調整することでガリア全体の食糧を安定させている。






コルス地方
 人口 117.2 [万人]    面積 106.3 [千k㎡]
 圏府 ロン=ル=ソーニエ
 主要産業  農業・交易・工業

 主要都市

 農業都市 ロン=ル=ソーニエ   人口 20万
  コルス地方の圏府であり、大陸公路が交差する交易の要衝である。ザーレ川の中継地ともなっており、
  ガリア最大の穀倉地帯であるザーレ川とシレ川流域の農作物が集中する大集積地であるため、
  「ガリアの食糧庫」と呼ばれている。また、リュティス、カルカソンヌ、二オール、トゥールーズ、
  エヴリー、アヌシーからの大陸公路が集中しているため交易も盛んであり、ガリア東部の工芸品
  などもはいってくる。

 交易都市 ブールジュ   人口 5万
  ロレーヌ北部の大陸公路上の中継都市であり、ニオールとアヌシーにコルスの農作物を届けている。
  北部の農作物が集まる集積地でもある。

 複合都市 サン・ルミアン   人口 5万
  コルス南東部の農作物が集まる集積地であり、ラング=リションからフランシュ=コンテを経由して
  シレ川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市でもある。

 複合都市 ルーアン   人口 4万7千
  コルス中北部の農作物が集まる集積地であり、シレ川とザーレ川の合流地であり、ラング=リション
  からフランシュ=コンテを経由してシレ川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市でもある。

 農業都市 ムーラン   人口 3万
  コルス中央部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 ボン=サン   人口 2万5千
  コルス東部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 モントーマ   人口 1万8千
  コルス西部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 リール   人口 2万
  コルス南西部の農作物が集まる集積地であり、ザーレ川の中継地である。

 農業都市 ロリアン   人口 2万
  コルス南部の農作物が集まる集積地であり、ザーレ川の上流である。




特徴
 主要都市の人口が全部で46万、街の人口が全部で10万、残りがほとんど農村で61万2千。

 主要産業に農業・交易・工業があり、シレ川とザーレ川の二つの大河の流域では肥沃な土地と豊富な水源

 と温暖な気候に恵まれ、ガリア最大の穀倉地帯となっている。コルスの農作物はラング=リション、オー

 ト=ルマン、アルデンヌ、サントルに運ばれ、さらにはゲルマニアにも輸出されている。大陸公路の集結

 地でもあるため各地の特産品も集まり、農産品と交換されている。ラング=リションからシレ川を下って
 
 きた鉱物資源はリュティスまで運ぶと輸送費がかかりすぎるので主にコルスで加工されている。

 672年に三番目にガリアに併合された地域であり、一度リンギア王国として独立したが結局989年

 にガリアに併呑された。その後はガリアの州として安定していたが、ジュリオ・チェザーレの侵攻により

 征服されコルスの穀倉地帯は植民地となり、苦難の時代となった。しかし、大王の死からわずか2年で

 ガリアが奪還し植民地から解放された。それ以降はガリア最大の穀倉地帯として分裂時代や混乱時代も

 叛かずにガリアを支え続けた。













ウェリン地方
 人口 63.4 [万人]    面積 71.3 [千k㎡]
 圏府 アジャン
 主要産業  林業・農業・交易

 主要都市

 建築都市 アジャン   人口 7万5千
  ウェリン地方の圏府であり、ゲルマニアからの大陸公路とイル=ド=ガリアからの大陸公路の交差点
  であり、エルベ川とナイセ川の合流地でもある。ナイセ川を下ってシュヴァルツヴァルトから採れる
  木材が運ばれる集積地であり、建築技術が進んだ大工など職人の街である。そのため、「匠の街」
  と呼ばれる。また、ガリア各地へ向かうゲルマニアからの輸入品が必ず通る交易の要地でもある。

 建築都市 カンブレー   人口 4万5千
  シュヴァルツヴァルトから木材が陸路で運ばれる都市であり、ゲルマニアとの交易も盛んである。
  アジャンと同じく優秀な職人を輩出する建築都市である。

 交易都市 ディーニュ   人口 3万
  ウェリン北西部のエムス川を下ってくる木材がレンヌへ続く街道降ろされる都市。

 農業都市 サン・ナゼール   人口 2万
  ウェリン東部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 トゥールコワン   人口 2万
  ウェリン中央部の農作物が集まる集積地である。

特徴
 主要都市の人口が全部で19万、街の人口が全部で8万1千、残りが36万3千で半数は農村で、

 もう半分はシュヴァルツヴァルトの森近辺の樵を中心とした村である。

 主要産業は林業と農業であり、北部一帯に広がるシュヴァルツヴァルトの森林資源はガリア最大の生産量

 を誇る。需要に比べ森があまりに広大なため森林資源を減らすことなく伐採が可能で、一度木を切った区

 画は数百年放置しておき、木が十分に育ったらまた切るという長大なサイクルで木材を確保し続けること

 ができる。また、エルベ川流域の農作物がシュヴァルツヴァルト周辺の街や村に運ばれている。

 古代からリンゲン族という森の民が暮らしており、森と共に生きる文化を持っていた。ガリアの文化が

 入り一応王国となったが、各部族のまとめ役が国王といった感じであり、ガリアとは異なる文化をもって

 いた。ヴァンダル族の侵入を頻繁に受けたためガリアと共に戦い続け、ガリアと敵対せず対等な関係の

 協力者という珍しい存在であった。ガリアの州となった後も、森林資源の確保にはシュヴァルツヴァルト

 に棲む強力な幻獣の生息域や生態を知る彼らの協力が不可欠であり、友好関係が続いている。







サントル地方
 人口 38.0 [万人]    面積 81.8 [千k㎡]
 圏府 二オール
 主要産業  林業・農業・交易

 主要都市

 交易都市 ニオール   人口 4万
  サントル地方の圏府であり、ゲルマニアからの大陸公路とエピナル、ロン=ル=ソーニエ、
  アヌシーからの大陸公路の交差点であり、ヨンヌ川とオドラ川の合流地でもある。シュヴァルツ
  ヴァルトから採れる木材が運ばれる集積地であり、ゲルマニアに輸出する食糧の集積地にもなって
  いる。

 交易都市 ランジス   人口 2万
  サントル北西部で伐採された木材が集中する木材集積地。

 交易都市 ル・アーブル   人口 2万
  サントル北部で伐採された木材が集中する木材集積地。

 農業都市 アルベール   人口 1万5千
  サントル西部の農作物が集まる集積地であり、エルベ川の中継地である。

 農業都市 オーヴェル   人口 1万3千
  サントル南部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 アンスウィ   人口 1万2千
  サントル東部の農作物が集まる集積地である。

 城塞都市 ベルフォール   人口 5万
  ゲルマニアとの国境を守る街であり、古代はガリア王国が整備したヴァンダル族侵入を防ぐための
  万里の長城的な役割をもった都市だったが、現在ではゲルマニアとの交易路の安全を確保すること
  を主目的とした都市となっている。ただ、城壁は補修してそのまま使っており、侵攻に備えての軍
  も配備されている。


特徴
 主要都市の人口が全部で17万、街の人口が全部で6万、残りが15万で半数は農村で、もう半分は

 シュヴァルツヴァルトの森近辺の樵を中心とした村である。

 主要産業は林業と農業であり、北部でシュヴァルツヴァルトから大量の木材を生産しており、ウェリン

 に次ぐ林業地帯である。大河の周辺の土地は肥沃だが気候があまり良くなく、農業生産はそれほど豊か

 ではない。

 古代からアプリア族という森の民が暮らしており、ウェリンのリンゲン族と似た文化と歴史をもって

 いる。ただ、サントル地方は混乱時代にゲルマニアへの逃亡者が集まる地理条件だったため、ガリアに

 叛いたことがあった。








リムーザン地方
 人口 71.5 [万人]    面積 117.4 [千k㎡]
 圏府 トゥールーズ
 主要産業  鉱業・農業・工業

 主要都市

 複合都市 トゥールーズ   人口 7万
  リムーザン地方の圏府であり、大陸公路が交差する交易の要地であり、エブロ川とルトニ川を
  下ってくる鉱物資源が集結する川の合流地である。また、鉱物資源を加工する工業都市でもあり、
  リムーザン北半分の農作物が集中する集積地でもある。

 鉱山都市 スクラン   人口 2万5千

 鉱山都市 カドネ   人口 2万

 鉱山都市 ルーモス   人口 1万8千

 鉱山都市 クレルモン   人口 2万

 鉱山都市 バイヨンヌ   人口 2万2千

 鉱山都市 ダンケル   人口 2万3千

 鉱山都市 サロン   人口 2万

 鉱山都市 ギャップ   人口 2万2千

 農業都市 オーバーニュ   人口 2万5千
  リムーザン北東部の農作物が集まる集積地であり、ルトニ川の中継地でもある。

 農業都市 アングレット   人口 2万5千
  リムーザン北部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 ヴァランシェンヌ   人口 2万5千
  リムーザン東部の農作物が集まる集積地であり、ルトニ川の中継地でもある。

 工業都市 シャモニー   人口 5万
  ギルガール山脈からエブロ川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市。

 工業都市 トゥーロン   人口 4万
 ギルガール山脈からミーネ川を下ってきた鉱物資源を加工する工業都市。


特徴
 主要都市の人口が全部で41万、街の人口が全部で9万2千、残りが農村で21万3千。

 主要産業は鉱業と農業と工業であり、北部がルトニ川とエブロ川流域の農業地帯となっており、南部が

ギルガール山脈の鉱山地帯で、その麓に二つの工業都市がある。

 古代はトスカナ王国の領地であり軍事国家として長くガリアに対抗してきた。ガリアに併呑されたあと

も独立心が強く幾度も反乱を起こしてきたが、混乱の時代にはロマリアへの備えから王政府の常備軍が

駐屯していたため反乱は起きなかった。安定期にはいってからは農業・工業・鉱業の3つが揃って発展

してきている。










ラング=リション地方
 人口 42.7 [万人]    面積 132.8 [千k㎡]
 圏府 ナンテール
 主要産業  鉱業・農業

 主要都市

 複合都市 ナンテール   人口 4万5千
  リムーザン地方の圏府であり、大陸公路が交差する交易の要地であり、エブロ川とルトニ川を

  下ってくる鉱物資源が集結する川の合流地である。また、鉱物資源を加工する工業都市でもあり、
  リムーザン北半分の農作物が集中する集積地でもある。

 鉱山都市 モンベリアル   人口 1万5千

 鉱山都市 ムートル   人口 1万5千

 鉱山都市 ルール   人口 2万

 鉱山都市 マコン   人口 1万2千

 鉱山都市 エスプレット   人口 1万5千

 鉱山都市 アンジュ   人口 1万3千

 交易都市 ロワイアン   人口 3万5千
  ロマリアからの大陸公路とガリアの大陸公路が交差する交易の要衝。

 農業都市 ラマノン   人口 2万
  ラング=リション東部の農作物が集まる集積地である。

 城塞都市 クレテイユ   人口 5万
  ロマリアとの国境を守る街であり、ジュリオ・チェザーレの大侵攻以来、強固な城壁を備え
  た防衛都市として大陸公路に作られ、常に軍が配備されている。


特徴
 主要都市の人口が全部で24万、街の人口が全部で6万8千、残りが11万9千。

 主要産業は鉱業と農業であるが、ラング=リション地方は土地が固く荒れ地に近いため農業が行える

 のはシェル川流域だけである。そのため、コルス地方から食糧を購入し代わりに鉱物資源を輸送して

 いる。また、ロマリアに続く大陸公路を有し、ミディ=ピレネー程ではないが交易が盛んであり、常備軍

 も配備されている。

 古代はナンテール王国の領地であり軍事国家として長くガリアに対抗してきた。リムーザン地方と昔

 から気風が似ており、ガリアに併呑されたあとも独立心が強く幾度も反乱を起こしてきた。しかし、

 ジュリオ・チェザーレの大侵攻以降はロマリアの侵攻に対する備えからガリアとの連携を進めてきた。

 ロマリアと仲が悪いため聖戦には反対であり分裂の時代や混乱の時代にはガリアに反旗を翻した。

 安定期に入ってからもロマリアへの備えは維持しつつガリアの州として平穏になっている。



フランシュ=コンテ地方
 人口 33.3 [万人]    面積 97.8 [千k㎡]
 圏府 エヴリー
 主要産業  農業・交易

 主要都市

 交易都市 エヴリー   人口 4万5千
  フランシュ=コンテ地方の圏府であり、大陸公路が交差する交易の要衝である。エンヌ川と
  シェル川の合流地でもあり、フランシュ=コンテ中の農作物が集中する。バル=ル=デュックから
  工芸品も入ってくる。

 農業都市 コルコール   人口 1万5千
  フランシュ=コンテ東部の農作物が集まる集積地であり、エンヌ川の中継地である。

 農業都市 カストル   人口 1万7千
  フランシュ=コンテ北部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 セーヴル   人口 1万6千
  フランシュ=コンテ西部の農作物が集まる集積地である。

 農業都市 フォワ=ブレス   人口 1万7千
  フランシュ=コンテ南部の農作物が集まる集積地であり、シェル川の中継地である。

特徴
 主要都市の人口が全部で11万、街の人口が全部で5万、残りがほとんど農村で17万3千。

 主要産業に農業・交易があり、シレ川とエンヌとシェル川の三つの大河の流域では農業が行われているが

 土地がさほど肥沃ではなく気候も農業に適しているとはいえないため穀倉地帯と呼べるほどの生産力は

 ないがオート=ルマンには食糧を輸送している。ラング=リションから鉱物資源がシェル川を下っては

 くるが工業都市はなく、コルスへ輸送されていく。

 古代はエヴリー王国の領土で、農業民族国家でありガリアと文化は近かったがトスカナ王国やナンテ

 ール王国と連合しガリアと敵対してきた。1573年にガリアに併呑されてからもたびたび反乱をおこ

 し、ジュリオ・チェザーレの侵攻や分裂の時代や混乱の時代にはガリアに反乱してきた。しかし、安定

 期にはいってからは特に大きな反乱もなくガリアの州として平穏になっている。







アルデンヌ地方
 人口 13.3 [万人]    面積 93.3 [千k㎡]
 圏府 エピナル
 主要産業  農業・伝統工芸
 主要都市
 交易都市 エピナル   人口 2万5千
  アルデンヌ地方の圏府であり、大陸公路がニオール、エヴリー、バル=ル=デュックへと続いて

  おり、オドラ川とヨンヌ川が接近する位置にあるため交易が盛んである。

 農業都市 アブウィル   人口 1万3千
  アルデンヌ北部の農作物が集まる集積地であり、ヨンヌ川の中継地である。

 農業都市 サン・ロー   人口 1万2千
  アルデンヌ東部の農作物が集まる集積地であり、ヨンヌ川の中継地である。

 農業都市 モンルージュ   人口 1万
  アルデンヌ南部の農作物が集まる集積地であり、オドラ川の中継地である。

 農業都市 ポワス   人口 1万
  アルデンヌ西部の農作物が集まる集積地であり、オドラ川の中継地である。


特徴
 主要都市の人口が全部で7万、街の人口が全部で2万3千、残りがほとんど農村で4万。

北東部は高原地帯で水が乏しい荒地なためほとんど人が住んでおらず、人がいるのは中部と南部の川沿い

の農業地帯のみである。気候も雨季と乾季に分かれた砂漠の気候に近く農業生産も余裕があるほどでは

なく、コルス地方から食糧を輸出している。その代りに伝統工芸品や磁器などを売っているが大量生産

にむかないため、人々が集まり都市国家型の人口構成となった。また、北部高原地帯の羊毛は高級品と

して取引されている。

 古代からハザール族という民族が暮らしており、ガリアとは土地も文化も気候も異なったため、互い

に侵略することもなく交易を行ってきた。しかし、ジュリオ・チェザーレの侵攻を受けた後は王国とし

てまとまり、その後もガリアと友好的な関係を続けたが、ガリアが聖戦を始めるとその関係も悪化して

いった。彼らの価値観からすると聖地回復軍はジュリオ・チェザーレと同じにしか見えなかったことと、

聖地回復軍が辺境で略奪をおこなったからである。ガリアが聖戦のやる気をなくした頃になるとまた交易

を始め、対ロマリアへ同盟という形でガリアに併合されることとなり、ガリアの州として現在にいたる。




オート=ルマン地方
 人口 9.3 [万人]    面積 266.1 [千k㎡]
 圏府 バル=ル=デュック
 主要産業  交易

 主要都市

 交易都市 バル=ル=デュック   人口 1万5千
  オート=ルマン地方の圏府であり、ガリア大陸公路の東の果てである。アンドル川とオアーズ川の
  合流地にあるため交易が盛んであり、エルフとの交易品が取引される唯一の都市である。

 交易都市 ミッテルベルカイム   人口 1万
  オドラ川が大陸公路よりになる場所にありアルデンヌ地方との交易の要となっている。

特徴
 都市人口が全部で2万5千、大陸公路にある街が全部で1万8千、川沿いの街が全部で4万、

 オアシスの街が総計7千5百という人口構成である。オート=ルマンは砂漠の土地のため人が住

 めるのは水場周辺のみとなる。よって、川沿いやオアシスの街などに人々は暮らしており、エル

 フとの交易品や、砂漠だけでの品や、たまにロバ=アル=カリイエから入る交易品などを売り買

 いしていて、エルフとはフリーゼン族を介した三角貿易を行っている。砂漠を旅する行商人と、

 彼らが休む場所を提供する人々と、食糧を届ける人々などが混じり合い街を形成している。

 古代からフリーゼン族という砂漠の民が暮らしており、彼らは王権に従うことはなくエルフともガリア

 とも一定の距離を置き、交易のみを行ってきた。ジュリオ・チェザーレの大侵攻のときも侵略こそ受けた

 が断固として戦い続け、ロマリアの背後で糧道を襲う存在となっていた。大王がガリアを落とせなかった

 のは彼らの働きによる部分もある。その後、ガリアと対等の同盟を結び、ガリア側からは対等の相手と

 してフリーゼン王国とされたが、彼らにとっては族であり指導者の呼び名は族長であった。

 しかし、聖戦には一切参加せず、聖地回復軍の一部が略奪を行ったため敵対し、糧道を絶った。第一回の

 聖戦がボロ負けした理由にフリーゼン族によって糧道を断たれたこともある。その後は聖地回復軍が略奪

 を行わない限りという条件で同盟を結んだが、聖地回復軍に手を貸すことはなかった。第五回聖戦によっ

 てアーハンブラ城が人間のものとなったため、砂漠の土地をオート=ルマンというガリアの州とすること

 になり、ガリアと同盟を結びなおした。フリーゼン族は砂漠の盗賊からものを奪うことと、ロマリアの

 密使、神官、聖堂騎士の身ぐるみを剥いで追い出すことの二つを行ってもガリア王政府は関与しないと

 いうこととなり、かつ、フリーゼン族はガリアの人口には含まれないとされ、公式にフリーゼン王国から

 フリーゼン族に戻ったのである。

 フリーゼン族は彼らだけが知っているオアシスを転々としながら、時には盗賊を襲い、時には聖職者を

 襲い、時には隊商の護衛をしたり、時には街にビールを飲みに行ったりと、今でもガリア王政府と対等な

 同盟者として誇りを持って暮らしている。


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