五階の決闘場は、かつてなんらかの大儀式に使われた大広間の成れの果てだ。
なにを目的としていたのかは定かではない。ただ、この世界よりも高次元の存在を喚ぼうとしたのは確かだ。天使、神、そんな風に呼ばれる存在だったのかもしれない。
いずれにせよ、真実は闇の中である。関わった全員が死んだからだ。
ただし、中心人物の一人が自分の工房に走り書きを残していたので、ある程度の推測はできる。
魔術的な選別を経て用意された10個の宝石。
神秘を纏った純金を溶かして作られた22の装飾品。
聖別された牛の血液。
それらを用いて生命の樹を象った陣を形作り、然るべき時、然るべき場所で、然るべき言葉を用い、喚起する。
その時、我々は根源への道を遍く開かれるだろう。
この辺りで、走り書きの信ぴょう性はやや失われる。喚起は原則として自分よりも下位の存在を呼びつけるものだからだ。そして、この世界よりも下位にあるものが根源への道を開くとは思えない。加えて、下位の存在を喚ぶなら失敗する道理がない。
まあ、全ては終わったことだ。どうでもいい。
とにかく儀式は失敗に終わり、大広間の中には大量の血痕と、ある魔術師の被っていた帽子が血で赤く染まったもの、そして大きく破損した大広間だけが残っていた。
時計塔のロードたちは、儀式の中核を担い当日も参加していた魔術師たちは、一人残らず、そして跡形もなくこの世から消滅した、と結論づけた。
もしかするとそうではないのかもしれないが、少なくとも根源に至ったということはないだろう。警戒していた抑止力の現界も観測されず、しかもあからさまに物騒なことが起こった形跡が残っている以上、召喚か喚起かに失敗し、そして召喚儀式のセオリーに従って殺害されたというのが最も妥当な考え方なのだ。
それ以来、この大広間はなんとなく使われなくなった。
血痕は入念な調査とサンプル採取の後に綺麗に拭き取られ、帽子は暫くの間いじくり回された挙句、慎重に処理された。大広間の破損も全て修復された。ゆえに、使用に不都合な要素はなくなった。
ただ、どこか不吉な雰囲気は拭いきれなかった。
最高の栄光と願望の成就をもたらすと思われた儀式が、参加者皆殺しの殺戮に変貌してしまった現場ともなれば、別にゲンを担いでいなくとも気味が悪いというものだ。
今から100年と少し前に、人目に付かない場所を選んで決闘をしたいと思った二人の馬鹿がこっそり大広間を使用するまでは、の話だが。
その二人は散々に暴れ、最終的には相討ちに終わるという間抜けな終わり方をしたのだが、その決闘騒ぎを知った魔術師が何人かいた。
元より魔術という神秘を扱う故に、迷信を鼻で笑う傾向は時に一般人よりも強い魔術師たちのこと、今までその空間を恐れていた自分が情けなくなりでもしたのだろう。それからここは決闘場として知られている。
まあ、100年前といえば既に近代に入っている。その時には、決闘なんて古臭いことをする魔術師自体が減少していたので、決闘場として陽の目を見ることはほとんどなかった。思えば哀れな場所であり、因果を感じる。
で、なにゆえ僕はそんな辛気臭い場所で命の取り合いをする羽目に陥っておるのかというと、口車に乗せられたという表現が最適ではなかろうかと思ったり。
前方には鼻息荒く張り切るジェファソン。
僕とジェファソンの間にはケインが威厳たっぷりの立ち姿で佇んでいる。
決闘の相手とその見届け人の構図である。
やっぱり少し後悔してしまうのは仕方のないことだ。ノーベル化学賞取った人間に喧嘩しろなんて言うやつはそういないし、化学者の方も普通は受けて立たない。
つまりは、わけが分からないよ、と。まあそういうことだ。
わけが分かろうが分かるまいが、今更どうしようもないのだけれど。
「では、これより決闘を始める。相手を死に追いやる魔術行使はできる限り避けるように。いざとなれば私が割って入る。相手を戦闘不能にするか、負けを認めさせれば勝利だ。制限時間は特に設けないが、無策のまま一定時間逃げ回るのは戦いを放棄したものとみなすので、そのつもりでいるように。さて、なにか質問は?」
「はいはーい。僕は主要な装備を工房に置いてきてるんだけど、取りに行かせてほしいなぁ、とか思ったり……」
「却下だ。突発的な戦いという点ではジェファソンも同じなのだから」
全然違う。
きちんとした準備のない僕は、例えるなら素手の衛宮切嗣みたいなものだ。
一般人よりは強いだろう。短時間なら逃げきる機転もあるだろう。だがそれだけだ。とても魔術師と正面切って戦えるような状態ではない。
「……あっそ。じゃあいいよ」
それでも、ここで退くわけにはいかない。
腹が立ったからでも、利益があるからでもない。ケインと馬鹿話できなくなるのは少し嫌というだけの理由。それでもまあ、原動力に足りないということはない。
この一度だけ頑張ればいい。それでなにもかも解決する。細かいことはケインが手を回すことだろう。
それに――勝算もないわけじゃない。
魔術師としての地力、素材だけを比較すれば、僕だって捨てたものじゃないのだから。
もちろん、僕だって戦闘は不得手だ。本分はあくまで研究者だし、封印指定の執行者みたいな恐ろしい仕事はケインに土下座されたって引き受けたくない。二回目の人生でも命は惜しいのだ。
ただし、こいつと僕の間には、厳然たる年月の差がある。一族が積み重ねてきた歴史の重さの違いがある。
小説やゲームなら血筋なんかものともせずに勝つ方法もあるだろう。実際、衛宮切嗣のような戦法ならその差を限りなく埋められるし、衛宮士郎のように長期間に渡って世界最高峰の宝具と触れる機会があればどうにでもなる。
しかし、それはあくまで例外だ。
近代兵器に頼らず、神話の宝具にも頼らず、ただ己の魔術を持って相対するならば、その結末を決めるのは、どこまでいっても血統だ。
自分が11回の交配と改造の果てに生まれた存在であるからこそ、分かること。
今はまだ見ていないけれど、いつか出てくるウェイバー・ベルベットのような考え方は、ケインの言うとおり、妄想の産物にすぎない。
僕の家は権力の欠片も持っていない。今代までずっと、ルーンだけにしがみついてきた代償だ。
ただ、それゆえに時計塔の魔術師の中では抜群に強い。
より良いルーン魔術の運用、活用、応用、適用、etc――それらだけに11人の生涯を注ぎ込んだからこそ得られる、魔術刻印と共に継がれる経験の強さ。
ウェイバーの理論にケインの魔術と魔力を足したのと同じようなもの。
ならば、負ける要素はどこにもない。
――と、拠点防衛戦なら断言できただろう。
まあ、おそらく負けはしないはずだけれど。
胸の中心に刻まれた魔術刻印が、少し疼いた気がした。
「ジェファソンも質問はないようだな。では――準備ができたならば、所定の位置につけ」
ジェファソンは無言で歩き出し、決闘場の東端に描かれた丸の中へと足を踏み入れる。
その後ろ姿には戦意と、紛れもない自信が満ち満ちていて――やっぱり、少し面倒くさくなりそうだった。
まあ、ぼやいても仕方がない――僕も指定された円に入り、身構える。
「準備はいいな。では――始めッ!」
「Awake(起動)」
「incipiunt.laguz,ansuz,gebō (起動。水の閃き、神の智、と結合せよ/を贈りたまえ)」
ケインの声と同時に、ジェファソンの魔術回路が励起したのを感じ取る。
僕もまた、真っ先に演算能力を高めて臨機応変に対処するための準備をした。
『慧眼』――それがこの魔術の名前だ。付けたのは僕だが。
僕の手の内がルーン魔術だけであることは周知の事実だが、僕はジェファソンの使う魔術を知らない。最初から不利な材料を背負っているのだ。
ゆえに、最初は少し様子見に徹して――
「げっ」
――そう思っていた時期が僕にもあった。
僕の観察眼に晒されながら、ジェファソンが懐から取り出したのは、大量の――紙飛行機。
何故に紙飛行機、という疑問を抱く暇などない。先端と翼に鉄の刃が付いているなら尚更だ。
どうやって防御するのが最善か、必死で頭を回す。
あれの正確な威力が分からない以上、できるだけ強力な防護手段を講じるのが一番賢いやり方だ。消耗品である血文字ルーン紙は使いたくないが、命と体は作り直せない。勿体無いという感情は脇に置く。
空中に複数のルーン文字を書きながら、魔術回路に火をつける。
と同時に、血文字ルーン紙を貼り付けたイチイの枝を前方に投げつけた。
「algiz,isa,gebō id est þurisaz!(護りのイチイ、停滞の氷、合わさればすなわち氷の巨人が護りし門なり!)」
「March!(進軍!)」
僕の魔術が発動し、イチイの枝を触媒として氷の防護壁が生まれる。
ジェファソンの魔術が発動し、鋭い刃を携えた紙飛行機が一斉に飛来する。
ほぼ同時だったそれを、飛来するまでの時間差で防ぎきることに成功した。
「ッ!」
防護壁の生成が完了する直前、最初に辿りついた紙飛行機が僅かな隙間をすり抜け、僕の頬を掠めて背後へと飛んでいった。
文字通りに薄皮一枚だけではあるものの、冷や汗をかくのは避けられない。
さらに、傷口から魔術的な毒が感知された。
「sól(生命)」
一工程(シングルアクション)のルーン魔術で生命力そのものを底上げし、毒の進行を妨げる。致死性の毒ではないし、体内に入り込んだ毒は極めて少量だ。さらに僕自身の対魔力の高さも考えれば、あと1時間は保つだろう。
そして、ジェファソンが僕を侮ってはいても手を抜くつもりはないということも、これで分かった。
実戦――予想に違わず、やはり嫌なものだ。
しかし、詠唱の長さゆえに時間がかかる僕の防御が、まがりなりにも間に合ったのは僥倖と言ってよかった。
ジェファソンも同じことを考えて出力を上げたのか、やや詠唱完了から発動までのラグが長かったこと。
僕は最初に自らの強化を行なっていたことが影響し、ジェファソンより先んじて詠唱を始めることができたこと。
ルーン魔術に特化している体のおかげで、詠唱終了後の魔術発動速度でこちらが上回ったこと。
それら全ての要因に支えられて、紙飛行機を模した死の群れ、大量の鏃は一機を除いて僕の体に届くことなく、その直前で発生した氷の巨人を模した門に阻まれていた。
まあ、自分の属性ではない水を使っての魔術行使でなければ、もう少し早く展開ができていたはずだ。そうだったなら、この擦り傷すら負うことはなく、悠々と防御できていたことだろう。
ただ、水――というか氷を用いて防御しておいたほうが、後々で楽になる。この『氷巨人の門』は、僕が持つ魔術の中で、最も臨機応変に使える防御だ。
門に抱きつくようにしてあらゆる侵入者を拒む、氷の巨人。二重詠唱の効果が顕著に現れた結果。
しかし、かなりの過剰防衛だったらしい。紙飛行機の群れは、門どころか、氷の巨人の体表に亀裂を入れることすらできていないのだから。
少なくとも、イチイを触媒に使ったり血文字を術式強化に使ったりする必要はなかった。それどころか、algiz(護りのイチイ)とisa(停滞の氷)のみの二工程(ダブルアクション)でも防ぎ切れた気がする。
「その程度か! 柔軟性に欠けるな!」
声と共に、第二波が飛来する。今度は上下左右、そして背後から僕を包囲し、一斉に襲いかかってきた。
自由自在な三次元軌道と、それら全ての統制を数百機同時にこなす演算能力。そして燃費の割には優れている殺傷力。成程、確かに実戦向きだ。
ただし、少しばかり僕は甘く見られすぎているらしい。
「Vastitatem glacies,furens ventus,id est isa hagalaz!(砕けた氷、荒れ狂う風、すなわち雹にして氷の嵐!)」
氷の巨人と門は一瞬で崩れ落ち、大小様々な氷の粒となる。
それらはイチイの枝を中心に渦巻き、無数の雹からなる竜巻と化して僕を包んだ。
これもまた、風属性の魔術行使であり、僕の持つ属性とは別の魔術。ルーン魔術でなければ使おうと考えることすら馬鹿馬鹿しい難度だ。
最低でも握り拳くらいの大きさがある雹が、空を飛ぶ。それは人間の頭蓋骨を砕くことも可能な威力であり、所詮は紙にすぎないジェファソンの礼装が通過できる道理はない。瞬く間に紙クズとなり、地面に落ちていく。
竜巻の隙間から見えるジェファソンの頬が、不快げに震えていた。
「……防御は中々だ。だが」
「oppugnare(攻撃)」
雹が竜巻の形態を解き、投石ならぬ投氷としてジェファソンに襲いかかる。誰が悠長に話なんか聞くものか、馬鹿め。
焦ったジェファソンの顔が見える。その口が何事かを呟くと、体がブレるほどの急加速で横っ飛びに5メートルは離れていた。おそらく身体強化と風魔術の併用だろう。ただし短時間しか使用できないらしい。
もちろんこちらも、それを追って新たに雹を飛ばす。全てを一度に飛ばすわけもなく、ある程度の予備と余裕を残して攻撃しているのだ。人体を破壊するには3、4発もあれば十分なのだから。
ここまでの戦闘推移で分かったことは3つ。
1つ、ジェファソンは風の、もしくは風を得意とする魔術師である。
2つ、風を使って直接的に攻撃するほどの力はない。
3つ、強化と風魔術を併用して使えるくらいの器用さと熟練度はある。
要するに、そこそこ攻撃と回避をこなしはするが決め手にかけ、防御手段は特になさそう、ということだ。なんかビーム出すとか、固有結界使うとか、礼拝堂を丸ごとスライスする風魔術が使えるとかではないなら、恐るるに足りない。
ならば、自分の防御の準備を怠らずに絶えず攻め続ければいい。
速く動けることと速く動き続けられることは別物。体にかかる負担の都合上、衛宮切嗣の固有時制御と同じく、あの回避行動も連続では行えないはずだ。その隙を狙い打てば勝てる……はず。多分。
ただし、これしきで終わる相手を、「実戦においては降霊科きっての俊英」だなんてケインが評するはずもない。なにか、奥の手を隠していると考えるのが自然だ。ジェファソンの疲労を待つ持久戦を選択すれば、自然とそれは出てくるだろう。
「oppugnare(猛攻)」
そして、それを悠長に待つ理由はどこにもない。やや危険は伴うが、敵の準備が整わないうちに短期決戦に持ち込み、一気に勝負を決めさせてもらおう。
残りの雹を一斉に放って若干の時間を稼ぎつつ、同じ文字が書かれた血文字ルーン紙を目の前の床に複数枚貼り付け、1つのルーン文字を象る。
それは、Uを上下逆に反転したようなルーン文字。
「Cogito ergo est.cognocse te ipsum et seqere sum(我思う故に汝はあり。汝自らを知れ、そして我に従え)」
大理石の床が盛り上がり、ある存在を形作っていく。
それは、大理石の色で全身を彩る力強い動物のゴーレム――のようななにか。
言葉で定義するのは難しいので、取り敢えずは写し身とでも名付けている。
サーヴァントが座についた英霊のコピー、肖像画にも近しい存在であるように。
これもまた、ルーン文字そのものが持つ本質を、この世の物に置き換えて敢えて表現しただけの、いってしまえば紛い物にすぎない存在だ。
ただし、戦闘力は馬鹿にできないが。
「ūruz est.ūruz est.ūruz est.id est ūruz est,Aldebaran!(汝は勇気の雄牛。汝は突き進む野牛。汝は誉れある聖牛。すなわち、汝は勇敢なる猛牛、アルデバラン!)」
詠唱の終了と同時に多量の魔力が僕の体から失われ、魔術が完成する。
隆起した大理石は床から独立し、いまや一匹の野牛となって顕現していた。
大理石の艶やかな体表、1メートルはある鋭い2つの角。そして実際の野牛よりも2回りほど大きいその巨体。自作ながら、とんでもない威圧感を放っている。主に大きさ的な意味で。
僕命名――『アルデバラン』。
別に牡牛座とは何一つ関係ない上に、そもそもアルデバランという言葉が牛と一切関係ない。あやかって付けただけの名前だ。もちろん、某聖なる金色の闘士に。
アルデバランは――呼吸をする必要はないし、窒息という弱点は存在しないが、雄牛という属性の特性上――鼻息も荒く、前足の蹄で床を踏み鳴らし、光のない瞳で目の前の魔術師――ジェファソンを見つめる。
柱の陰に隠れて雹の一斉投擲を凌いだジェファソンは、こっそり詠唱を済ませて反撃に移ろうと目論んだ、正にその瞬間を切り取ったかのように静止していた。
顔が驚きと恐怖に歪み、指先がぴくぴくと小刻みに痙攣する。
まあ、取りあえず一発かましておこう。
「oppugnare(攻撃)」
「ッ――!」
ジェファソンがなんと言ったのかは、蹄が床を蹴る音にかき消されて聞こえなかった。
ただ、足元に散らばっていた紙飛行機の残骸が一斉に舞い上がり、僕の視界を遮った。
成程、これが奥の手か。人間相手には十分に有効だ。
呼吸を止めるには4センチ四方の紙があれば十分だし、目を塞ぐには2センチ四方の紙があればいい。
ただし、僕はそれを意に介さず、空中にルーンを書く。
「kaun(炎よ)」
空中に書かれたルーンから、火炎放射のように大量の火の粉が吹き出し、舞い散る紙クズを焼き尽くす。
全てが灰になるまでは瞬きほどの時間しか要しなかった。
視界が開けた瞬間に見えたのは、今にもジェファソンに接触しようとしている雄牛。
「subsisto(停止)」
命令を受けて牛が止まる。
そこはまさしくジェファソンの目と鼻の先だ。
ジェファソンは肩で息をしながら、縋るように僕を見た。
ここで魔術による反撃を行おうにも、次の瞬間串刺しにされるのは目に見えている。彼我の距離、障害物の有無、地形条件、全てを考慮したとしても既に手遅れだ。
さらにいうならば、なんらかの反撃を行う時間があったとしても、一足飛びに僕を攻撃することはできない。魔術といえど、距離を超越した攻撃は不可能。そしてアルデバランは頑丈さと力強さに優れた写し身であり、ジェファソンに行使できる程度の風魔術で一撃の下に破壊するのは無理だ。
要するに、ジェファソンはもう詰んでいるのである。少なくとも、これが命を懸けた闘争ではなく、ただの決闘である以上は。
さて、ここが分かれ目だ。
「降参する?」
「……く、ぐ……」
躊躇った末、ジェファソンは――首を横に振った。
額に汗を浮かべながら、足をガクガクと震わせながら、それでも踏みとどまるその姿勢は素晴らしい。
その勇気に、心の底から拍手を贈ろう。
そして死ね。
「oppugnare(攻撃)」
僕の命令を受けた猛牛(アルデバラン)は、勢い良くジェファソンへと迫り、その角で今度こそジェファソンを刺し貫かんと――
「そこまでッ!」
したところでケインの一声。予想通りの展開だ。
心の準備もできていたので、余裕を持って魔術行使を中止する。
雄牛は魔術による擬似生命を失い、ただの彫像となって動かなくなった。
もちろん、それまでの推進力が消えてなくなるわけではない。地を蹴った状態で突如として動かぬ大理石の塊となった雄牛は、自らの駆動の名残に耐えかねて粉々に砕け散り、床に四散する。
僕は息を大きく吸ってからまた吐き、ケインに手を振る。
「判定は?」
「……言うまでもなかろう。君の勝ちだ、ベン。――ジェイムズにも異論はあるまい」
ケインが視線を向けると、ジェファソンは緊張の糸が切れたのか、へなへなとへたり込んでしまった。
千の言葉よりも雄弁な意思表示だ。
しかし、あの紙飛行機は悪くない。刃というわかり易い脅威に気を向けさせておいて、その後にちぎれた紙そのものが襲いかかってくる二段構え。もっと熟練していれば、さらに面白い使い方ができたことだろう。
まあ、見ることなく終わって良かったと思っておくべきではある。実際、そう思っているし。
「では、行こうか」
「待てよ、こっちは疲れてるんだぞ、ったく……」
歩き出したケインを追って、僕もその場を後にする。
魂が抜けたようなジェファソンが、その場に置き去りにされたことにもなにも言わず、ただじっと僕を見ていた。
――闇討ちされないように気を付けよう。
実は無理をしていた魔術回路が熱く痛むのを感じ取りながら、これからのことがさらに心配になった。