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[30589] 聖杯戦争から脱出せよ(Fate・現実→憑依・ご都合悪い主義)
Name: 敗北主義の逃亡兵◆e543f812 ID:f51afff3
Date: 2011/12/04 18:44
・このssは所謂、憑依ものです。

・士郎に憑依します。

・ひたすら逃げます。

・原作補正と全力で逃げます。

・三十六計逃げるにしかず。

・続くかわかんない。

・更新は不定期。



[30589] 第1話   運命は貴様を駆り立てた
Name: 敗北主義の逃亡兵◆e543f812 ID:f51afff3
Date: 2011/11/20 01:27
 交通事故に巻き込まれ、次に目を覚ましたら別の人物になっていたなんていう、一昔前のドラマにありがちな展開がリアルにあるのだと、○○は今日この時初めて気づいた。

 鏡に映る顔は到底18歳の大学生のものではなく、九歳やそこらの小学生程度のもの。おまけに何かの事故なんかに巻き込まれたのか包帯などを巻いている。

 回りのベッドには自分と同い年くらいの少年少女たちが寝かされていた。

 違う誰かに憑依するなんていう超体験から一時間、漸く頭が冷えて落ち着いてきた○○はどうにかして現状を把握しようと周りをきょろきょろ見回す。

 しかしこの病室にはTV一つなく、あるのはお見舞い用の花瓶と病院特有の薬の臭いだけ。
 
 携帯でもあれば簡単なのだが、と探すがそれすらない。

 どうしようかと頭を抱えていると、病室に一人の男が入ってきた。

 第一印象は枯れた人、だった。

 まだギリギリで若いと呼べる年齢の筈なのに、浮かぶ顔には人生というものに疲れ切った老人のような雰囲気を感じさせる。

 無精髭を生やした黒髪黒目の日本人らしいおっさんは○○の前に立つと、

「突然だけど施設に預けられるのと、知らないおじさんの養子になるの、どっちがいい?」

 どこかで聞いたような言葉に○○の思考が停止する。

 心の中で否定するが、一度そう思うと目の前の男がどうしても、どうしてもとある作品に登場するあるキャラクターに思えてしまうのだ。

 そんな筈がない。

 憑依は認めるが、そんな事はやはり絶対に有り得てはいけない事だ。

 だけど気になったから、○○はこう尋ねた。

「貴方の名前は…なんですか?」

 その人物は衛宮切嗣、と名乗った。

 ○○はそこで漸く、自分に起こってしまった事態を正しく認識始めた。




 時の流れというのは早いもので、○○が○○ではなく衛宮士郎として生きていく事を決意してから、数年の月日が経過していた。

 はっきり言って最初は混乱しまくり、とても中身18歳とは思えない醜態をさらしたりもしたのだが、それは○○……もとい士郎の中では黒歴史確定のこととして、心の中にひっそりと封印されている。

 衛宮士郎に憑依してしまった理由は、きっとFate/zeroのドラマCDを聞きながら街を歩いていたからだろうと、無理矢理な理由で納得しておく。

 現状を理解した士郎が最初にしたことは…………なにもしないことだった。

 兎に角、なにもしない。

 魔術なんて学ぼうとも思わないし、正義の味方になんてならない。

 徹底して普通の少年になっていった。

 養父となった切嗣が死んだ時は、胸にぽっかりと空いた喪失感に悲しみを隠せずにいたものの、どうにかして葬式などの手筈を藤村家の助けと中身大人の頭脳で乗り切ったりはしたが、おおむね普通の日々を送っていた。

 しかし未来を知る士郎には、これから先ずっと平穏に暮らせる訳がないことを熟知している。

 聖杯戦争。

 七人の魔術師と七人のサーヴァントがガチバトルする戦いの火蓋が冬木市で切って落とされるのだ。

 第四次聖杯戦争の終結、○○が士郎に憑依した十年後に。

 はっきり言おう。

 正義の味方なんて御免である。

 確かにFateは好きだし、衛宮士郎も英霊エミヤも嫌いなキャラではない。

 UBWルートではそれなりにファンとして熱い涙を流したものだ。

 だが実際に自分が正義の味方になるのは嫌だ。

 将来の夢は公務員である。

 そこ! 公務員なんて下らねー、とか馬鹿にした人は出てこい!

 不景気な今日この頃、公務員試験の難易度は日々上がっているのだ。

 筆記で受かっても面接で不合格なんていうのは当たり前。

 公務員試験という難関を乗り越えるには、それなりの試験対策とそれ以上の面接対策が必要不可欠なのだ。

 この壁を乗り越えてこそ、サラリーマンより遥かに安定している公務員という職業につける資格を得る。

 士郎の将来の夢は市役所の職員だった。

 断じてデンジャラスな戦地を飛び回る正義の味方でも、物騒な連中が多い時計塔の魔術師でもない。

 最終的に処刑されるなんていうのは小市民である士郎は断固辞退である。

 ただ良くも悪くも、聖杯戦争さえ切り抜ければ問題はナッシングなはずだ。

 聖杯戦争が冬木市で開催される以上、士郎自身が冬木市にいなければ聖杯戦争に巻き込まれないで済む。

 そういう結論に達した士郎は自分の命が懸かっていることもあり行動は早かった。

 藤ねえに都会の学校に行きたいと宣言すると、最初は泣かれたり抱きついたりタイガーしたりと大騒ぎだったが、どうにか宥めるのに成功すると、そこは藤ねえも一応は教師。士郎の意見を認めてくれた。

 二度目の高校受験なだけあって前世より上にチャレンジしたが、それも大成功。

 第二次受験戦争の勝者となった士郎は、見事に東京の高校への進学を果たしウハウハであった。

 しかも前世でも経験しなかった一人暮らしと言うおまけ付き。

 冬木に残った藤ねえが心配だが、原作でも死んだりしていないから大丈夫だろう。

 あかいあくまだっているのだ。

 それに……利己的な事を言ってしまえば、士郎は死ぬのが恐い。

 冬木市なんていう魑魅魍魎が蔓延る街に居たくはなかった。

 そして今日。

 原作だと冬木市で聖杯戦争が始まった頃ぐらいだろう。
 
 士郎はといえば、呑気に自分のアパートで録っておいた『僕は友達が少ない』を見ながら煎餅を食べていた。

「冬木では今頃、聖杯戦争やってる頃かなー」

 いざ自分だけ安全地帯にいると、戦場のど真ん中にいる知り合いが心配になるものである。

 士郎の場合はもっぱら藤村家の皆さんのことを心配していた。

「でも藤ねえって、確か幸運のランクがEXらしいから……大丈夫だと思うんだけど」

 頭を抱える士郎だが、幾ら心配でもやはり冬木市に戻る度胸まではなかった。

 彼は自分の命を危険に晒してまで他者を救おうとする見所のある少年ではないのである。

 しかし、そうやって煎餅を食べている時。

 手の甲に唐突に痛みが奔った。

「――――――――つッ。なにが…」

 士郎は手の甲を見て、絶句する。

 そこには聖杯戦争参加者の証である令呪が刻まれていた。




後書き

ssとかで思うんですが、普通殺伐とした作品に送られたら、恐いですよね。
これは作者のそんな妄想がそのまま形となっています。




[30589] 第2話   素敵だ やはり人間は 素晴らしい
Name: 敗北主義の逃亡兵◆e543f812 ID:f51afff3
Date: 2011/11/20 18:06
 東京の高校に進学して、もうエスケープ完了と思っていたら令呪にロックオンされちゃいました。

 現在の状況を端的に表すとこんな風になる。

 はっきり言おう。

「なんじゃこりゃ!?」

 原作知識があるから、別に冬木市に居なくても令呪が刻まれてしまう事があるのは理解している。

 しかしそれはあくまで御三家のマスターの筈だ。

 唯一の例外は言峰だがアレは言峰がトンデモナイ隠された願望があったからで。

 士郎には聖杯が選ぶほどの強い願望はない。

 あるとすれば精々が原作から逃げ出したいという事くらいで…………。

「待てよ」

 原作から逃げたい→生存したい→長生きしたい→聖杯で願いを叶えてやるお!

 トントン拍子の三つの連鎖反応に士郎がプッツンする。

「ふざけんじゃねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! マスターになったら逆に願いが叶えられてねえだろうがぁあああああああああああああああああああああああああ!!」

「五月蠅ェよゴラァ!」

 隣の部屋に住むオカマバーに務める源氏名キャサリンさん、本名は山原権田祐さんの怒号が轟いた。

「すみません」

 小市民な士郎はあっさり謝罪し、クールダウン。

 冷静になろう。

 令呪が刻まれてしまった。

 これはいい。……良くはないが刻まれちゃったもんは仕方ない。現実を受け入れよう。

 魔術なんて全く習ってもいないが、Fate/zeroでもあの時点では魔術師ではなかった言峰や、そもそも魔術と関係ない龍之介にまで令呪が刻まれたのだ。

 第四次の優勝者の養子で、一応魔術回路が眠ってる士郎なら刻まれても不思議じゃないのかもしれない。

 重要なのはこれから先、どのような行動をとるかだ。

 今までの行動に間違いはなかったと思う。

 衛宮家の養子にならなければ、言峰の教会に引き取られて英雄王の生きる電池ルート確定だし、あの時点で衛宮切嗣の養子にならない=死亡確定だったのはガチだ。

 ロリブルマとの接点が出来てしまうが、あの時点で他に選択肢が見つからなかったのだから仕方ない。

 冬木市から逃走したのも間違いはない。

 あそこにいれば、慎二なんていう物騒なワカメに目をつけられるかもしれないし、ヤンデレなボインや悪魔なツインテールにガンつけられる可能性大だ。

 よく雑魚扱いされるワカメだが、ライダーというサーヴァントを従えた彼は小市民である士郎にとっては同じ死亡フラグ要素の一員なのである。

 『全て遠き理想郷』に関しては……取り除く方法がなかったので仕方ない。

 切嗣に取り除いてもらうという選択肢もあったが、そうすれば切嗣にどうして『全て遠き理想郷』のことを知っているのか不審がられるだろうし、魔術なんて使えない士郎に体内に溶け込んだ『全て遠き理想郷』を取り出すなんていう事が出来る訳がない。

 あかいあくまに頼んでみる? 論外だ。藤ねえ等の日常キャラを除いて、原作のキャラクターと関わり合いになりたくない。

 言峰に頼んでみる? もっと論外だ! 死ぬ! 

「いや……過去に思いを馳せても駄目だ。未来を……見ないと!」

 このまま令呪が刻まれてしまった事を無視して、現状維持で日常を送ってしまおうか。

 魅力的な選択肢に心が動きそうになるが、どうにか理性が押しとどめる。

 幾ら東京にいても令呪がある以上マスターはマスターだ。

 士郎がいなくても聖杯戦争は続くから、最終的に誰かが勝つだろう。

 試に参加者の其々が勝者になった場合をシミュレートしてみるか。


 遠坂凛
 最後のマスターである士郎発見→士郎降伏→令呪だけ奪って見逃す→ハッピーエンド?

 間桐ワカメ
 士郎発見→やれライダー→ライダー「ついでにCHUCHUしましょう」→デッドエンド!

 ロリブルマ
 士郎発見→やっちゃえバーサーカー!→半死半生→人形化→デッドに近いエンド!

 キャスター
 士郎発見→殺すついでに礼装にしてしまおうZE→デッドエンド!

 麻婆神父
 士郎発見→喜べ少年、君の望みは漸く叶う→アンリ・マユ復活→デッドエンド!
 
 金ぴか
 士郎発見→消えろ雑種!→デッドエンド!

 間桐桜
 士郎発見→この子の栄養にしてあげます→デッドエンド!

 間桐臓硯
 士郎発見→ヒャッハー蟲の餌にしてやるわぁーー!→デッドエンド!


「駄目だ、凛以外の奴に見つかった瞬間に殺される……」

 この世界に来て得た真理。

 参加したマスターの中で凛が一番優しかった。

 士郎の中で凛の株が急上昇、そして他のキャラクターの株価大暴落中である。

 更にもう一つの真理を悟る。

 物語の名キャラクターも現実にいたら単なる傍迷惑でしかないと。

「というより……ほんと、どうしましょう?」

 しかもよくよく考えたらロリブルマなんて真っ先に士郎を襲ってきそうじゃないか。

 令呪がなければ流石に聖杯戦争を優先して襲撃してこなかったかもしれないが、令呪がある士郎をあのイリヤが見逃すとは思えない。

「……あぁー、なんで原作にイリヤルートがなかったんだ……恨みますよキノコさん」

 イリヤルートがあれば何らかの有効策が示されていたのかもしれないのに。

 残念ながらFateにはイリヤルートは存在しなかった。

 こうなれば選択肢は一つ。

「令呪……剥ぎ取るか……」

 手の甲で光り輝く赤い刺青、令呪を睨む。

 士郎はゴクリと唾を飲み込み、

「無理だーーー」

 項垂れてしまう。

 小市民かつヘタレな士郎に、手の甲を剥ぎ取るだなんてリストカットが遊びに思えるような自傷行為ができる筈がなかった。

 想像して欲しい。

 特に現在進行形でPCのディスプレイを眺めている君。

 台所に行って包丁を持ち、手の甲にある令呪を剥ぎ取る。

 …………………そんな勇気が、普通の小市民にあるのか?

 答えは、ない。

 少なくとも士郎はヘタレであり、痛い思いをするのが嫌だった。

「昔のサムライは凄いな。腹切っちゃうんだもんなー」

 日本の戦士達に尊敬の念を抱いた士郎だが、それで度胸がつく訳でもなし。

 というより手の甲の皮を剥ぎ取ったくらいで令呪がなくなってくれるのかも怪しい。

 腕を切り落とす? なにそれ?

 令呪をどうにかしなければいけない。
 
 しかしそれをする技術は士郎にはなかった。

 ならば、どうするか?

 他の誰かにやって貰うのだ。

 卓越した魔術の腕を持ち、尚且つそれなりに話せる人間。

 言峰は大論外だ。

 確かに令呪を綺麗さっぱり取り除くことは可能だろうが、士郎の原作知識が正しければそのルートをたどった士郎は帰宅途中にロリブルマの襲撃を受けていた。

 …………最近、イリヤのことが嫌いになってきた。どうしてこうも士郎の人生に立ち塞がるのやら。

「どこか―――――――どこか、ないか!」

 前世の記憶を渾身の想いで引っ張り出す。

 生き残る最善の選択肢。

 最上の……道標は。

「伽藍の堂!」

 これしかない。

 困った時の蒼崎頼みだ!




[30589] 第3話   部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?
Name: 敗北主義の逃亡兵◆e543f812 ID:f51afff3
Date: 2011/11/21 23:19
 さて皆はこう思っている事だろう。 

 伽藍の堂に行くのは良いが、どうやって場所を特定するんだ、と?

 しかしどっこい。

 実は心当たりがあるのだ。流石に明確に「そこっ!」とまで特定している訳ではないが、伽藍の堂があるであろう土地くらいは分かる。

 あれは何年か前だっただろうか。

 何気なくTVのニュースを見ていたらやっていたのだ。

 あの……名前を忘れた中の人保志さんが起こした無差別殺人事件のことを。

 士郎は記憶力がそれほど優れている訳でないので前世の記憶の何もかもを正確に覚えている訳ではないが、大体のストーリーはFateだけではなく月姫やらっきょも覚えている。

 故に気づけた。

 これは「空の境界」、第七章の物語の軌跡だということを。

 インターネットの普及により情報を仕入れるのは素人にも簡単になっている。

 ニュースで世間を騒がせたほどの大事件となれば猶更だ。

 ネットを開いて十分。

 その事件が発生していた場所を特定することに成功した。

「ビンゴ、後は……」

 伽藍の堂があるであろう街。

 だがうっすらと残る記憶だと『伽藍の堂』には魔術的なセキュリティーがあるような事を言っていた気がする。

 士郎が自発的にその場所を見つけるのは無理だろう。

 残念ながら士郎はヘタレの小市民であり、学校の成績はそこそこ上位だがコクトーのような「ものを探す」能力に卓越している訳でもない。

 士郎の持つスキルといえば精々が効きコーラが出来るくらいだ。

「ていうか、憑依するなら士郎じゃなくてコクトーなら良かったのに」

 黒桐幹也は衛宮士郎より遥かに死亡フラグイベントは少なかったと思う。

 第一章でアレになったり、第二章でナイフ持った式に追われたり、第三章で免許とったり、第四章で殆ど出番がなかったり、第五章でチョコレート野郎に甚振られたり、第六章で妹とデートしたり、第七章で唇を奪われたりしていたが、少なくともわざわざ東京に逃亡したにも関わらず聖杯にロックオンされる士郎よりはマシだ。

 死亡フラグ満載なイベントにも、大抵は自分から首を突っ込んだから関わるのであり、士郎のような巻き込まれ型ではない。

 回避するのは非常に簡単だ。

「…………うん、令呪のせいで思考方向がネガティブに染まってる。ここはもっとプラス思考にいこう。そうだ、志貴よりはマシだ……たぶん。志貴よりはマシだ」

 ちなみに蒼崎橙子ではなく、月姫のカレー先輩でも令呪をなんとか出来そうだが、あんなデンジャラスな街に行って万が一「カットカットカット」な嵌めになったら洒落にならないので月姫陣営とは関わらないようにした。

 メルブラに衛宮士郎参戦なんてストーリーは御免である。

 小市民は暴力が嫌いなのだ。
 
 というか吸血鬼となんて戦える筈がない。

 士郎の戦闘力はワカメ以下なのだ。

「伽藍の堂を見つけるのは難しいから、やっぱりわりと発見し易そうなコクトーを探すか」

 あの街でたぶんコクトーは有名人だったと思う。

 それに人の好いコクトーのことだ。士郎の境遇を聞けば助けてくれるかもしれない。

「ああ…なんということだろうか。リアルで型月キャラになったら途端にコクトーがトンでもない人格者に思えてきた。人気投票で巴とふじのんにしか入れなかった俺を許してくれ……」

 巴は兎も角、現実でふじのんのようなヤンデレがいたら小市民である士郎にとっては恐ろしいだけだった。

 萌えに命を賭ける戦士なら別かもしれないが、士郎はそんな領域には至っていない。

 萌えより先ず命である。

 そしてもし現実世界に帰還する事が出来たらコクトーに投票しよう、とまだ助けてもらって内にも関わらず士郎はそんな決意をした。

「取り敢えず伽藍の堂、コクトー発見だ。それさえ出来れば……俺は……逃げられる!」

 代金のことも問題ない。

 切嗣が現役時代に荒稼ぎしてくれたお蔭で衛宮家にはそれなりの財産があるし、いざとなればちょっと勿体ないが体の中にあるアヴァロンを提供すればいい。

 魔術師ならばアヴァロンに興味を示さずにはいられないと思う。いや、絶対にそうだ。

「あれ、でも」

 インターネットをしていたら、ふと思いついた。

「令呪があるってことはマスターだ。いっそ逆に考えて、誰にも負けない最強サーヴァントを召喚するってのはどうだ」

 しかし原作にそんなサーヴァントがいただろうか。

 イスカンダルは強いが『乖離剣』には歯が立たない。

 ランスロットは強そうだがロリブルマ率いるヘラクレスに勝てそうにないし、あっさりキャスターに不覚をとって奪われるかもしれない。

 ギルガメッシュは制御不可能。

 未来の自分こと英霊エミヤは普通にヘラクレスにやられた。

 では最強無敵のサーヴァントは本当にいないのか?

 違う。いるではないか!

 あの本気を出せばサーヴァント最強確実なギルと唯一互角だったナイスガイ。

 あのギルと友達になれるんだから、絶対海のように広い心を持ってること確実な英雄。

「エンキドゥだ! エンキドゥって最強じゃね?」

 思いもよらぬ答えに士郎が嬉しさで劣りだすが、直ぐにこの答えの致命的穴に気付いた。

 先ず初めにサーヴァント召喚の詠唱なんて知らない。

 生憎、士郎は魔術の詠唱なんて長ったらしいものを一々覚える程マニアではなかった。

 そして第二に魔法陣が書けない。

 衛宮家の土蔵にそれらしきものがあったのを見た事はあるが、見た事があるのと実際に書けるのとは全くの別問題だ。

 第三の問題は、エンキドゥの触媒なんて持ってない。あるのはアヴァロンというアーサー王召喚の触媒と、自分自身という英霊エミヤ召喚の触媒だけである。

 エンキドゥの触媒なんて高そうなもの、士郎が入手できるはずなかった。

 最後にこれが一番の大問題だが、魔術師でもない士郎がエンキドゥなんて最強サーヴァントを召喚しても、確実にステータスが落ちて最強じゃなくなることだ。

「…………うん、やっぱり民衆は戦場に立つべきじゃないな。餅は餅屋、戦争は戦争屋だ」

 良くも悪くもヘタレ小市民の士郎に率先して戦場に行く度胸はなかった。

 大人しく伽藍の堂を目指すのが吉だろう。

 そうやって色々と荷造りなどを進めていると、部屋の扉をコンコンとノックする音が聞こえた。

 こんな時間になんだろうと思い、「はーい」と返事をすると。

「こんばんは、お兄ちゃん」

「はははは…………もう嫌だ……」

 白い死神はもうこの日本経済の中心地東京にまで迫っていた。

 士郎の脳裏に一人暮らしの学生ハンバーグに、という新聞の一面記事がかすめた。




[30589] 第4話   あ!ひょっとして犬語じゃないと駄目かな?キミ ワンワンワーン!
Name: 敗北主義の逃亡兵◆e543f812 ID:f51afff3
Date: 2011/11/23 16:58
――――おお、士郎。死んでしまうとは情けない。

 藤ねえのそんな言葉を聞いた。

 士郎はゆっくりと目を開く。

 藤ねえと弟子一号は、衛宮家にある道場で待ち構えていた。だが二人はこんな士郎の立場に同情してはくれない。一緒に地獄行きの機関車に同乗してもくれない。

 ただ説教が始まるだけだ。

 諦めたように士郎は運命を受け入れられ―――――――――る訳がなかった。

(どどどどどどどどどど―――――どォなってンですかァ!? ここ東京だよ、TOKYO! 冬木市じゃないよ、襲いに来るにしてもラストっしょ! なんでロックオン?)

 士郎の中でイリヤの株が超大暴落中である。
 
 というより、このままだと死ぬ。

 士郎にはバーサーカーどころかロリブルマ一人にすら勝てるかどうか分からないのだ。

 というかギリシャの大英雄と戦って勝利するなんてカレー先輩だろうと殺人貴だろうと無理だ。

 人間が半神半人の英雄に勝てる道理などない。

「驚いたよ。十年間待って待って、冬木市に行ってみたらお兄ちゃんがいないんだもの。まさか東京にいるなんて。駄目だよ。マスターなんだからしっかり呼び出さないと」

 言動からすると、ロリブルマ……イリヤスフィールは士郎にサーヴァントを呼び出させようとしているのかもしれない。

 確か聖杯戦争っていうのは敗北したサーヴァントを生贄とする必要がある、というようなシステムだった気がする。

 なんでもサーヴァントの莫大なエネルギーで根源とかいう訳のわからない場所に到達するのが目的だったと思う。

 余り詳しくは覚えてはいないが、そうだった。

 あの蟲爺(名前忘れた)の最終目標も根源に到達して不老不死になることだ。

 しかし悲しいかな。

 士郎にサーヴァントを召喚することは出来ない。

 しないんじゃなくて出来ない。

 何故なら詠唱を知らない上に魔法陣も書けないから。

 おまけに士郎は魔術回路の一つも生成できてないし、というか原作で士郎がなんとか出来ていた解析や投影すら不可能。

 幾ら「投影開始」と言った所で魔力がなければ単なる痛い発現である。

「ねぇ、ここ開けてくれない?」

 この薄いアパートのドアが士郎の命を守る最後の壁であるような錯覚を覚えた。

 扉を開ける訳にはいかない。

 絶対に、なんとしても。

「あのー、どちら様でしょうか?」

 故にここはとぼける。

「……切嗣から聞いてないんだ?」

 やばい。なんだか言葉がより冷たくなった気がする。

「まぁいいわ。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。宜しくねお兄ちゃん」

 もしこのロリ娘にお兄ちゃんと呼ばれたい人、今直ぐ変わってやるから助けてくれ。

 変な性癖とかない士郎はそう切実に叫んだ。

 そして同時に、如何してホロウで小ギルがモブキャラにご執心だったかを理解した。

 うん。現実はノーマルが一番。

 士郎にはイリヤに勝てるような武器はない。

 ここは更にとぼける。

「はぁ。それで我が家にどのような用事でしょうか?」

「お願いと、警告かな。令呪が発現したのにサーヴァントも呼ばないでいるなんて、いけないんだよ」

「えーと、家を間違えてませんか?」

「ふふふふ、誤魔化そうとしても駄目だよ。標識に『衛宮』って書いてあるし」

「それは『まもるみや』と読むんです」

「嘘。だってセラが調べたんだもの。この家に住むのは衛宮士郎、切嗣の息子」

 段々とイリヤスフィールの言葉に不穏な気配が混じっていった。

 たぶん彼女はこう言いたいのだろう。

 切嗣を、父親を奪った男と。

 自分の娘の教育くらいしっかりしとけ、と草葉の陰で見守ってるかもしれない切嗣に怒鳴りたかった。

「開けてよ、お兄ちゃん。ねぇ……開けて?」

「そ…それは……駄目だ!」

「ふうん、あくまで私を避けるの。なら」

 やばい、死んだかも。

 藤ねえが道場で手招きしてる。

 三途の川の向こう岸で切嗣が手招きしてる。

 なんとか、言い訳をしないと。

「違う、避けてる訳じゃない!」

「ならどうして開けてくれないの?」

 なにか……開けてはいけない理由。

 効果的で、それでいてイリヤが足を踏み入れたくなくなるような。

 そうだ、一つあった!

「ゴキブリだ! 今現在俺の部屋の中に大量のゴキブリが蠢いているから開けられないんだ! もし開けたら大量のゴキブリが襲い掛かってくるぞ!」

「本当なの、それ!?」

 よしよし、ゴキブリの恐怖は万国共通だったか。

「ああ、だからゴキブリを倒すまで」

「じゃあここで待ってるね。逃げちゃうかもしれないから」

「………………」

 先手を取られた。
 
 ゴキブリ結界でどうにかイリヤを阻んでいるが、時間が経つにつれてゴキブリ結界は効力を落としていく。

 士郎は火事場の馬鹿力、もとい馬鹿知恵を発揮する。

 普段は余り発揮しない頭脳が、TVドラマの名探偵並みに活動していった。

 幸い荷物は用意してある。

 万が一の時の為に金庫に入れておいた現金200万円、カードだってある! 念のためのパスポートに携帯電話、suicaだって。

 窓から外を見る。

 パイプにしがみ付けば、物音を立てずに下に降りれそうだ。

 こんな犯罪者みたいな真似したくはないが、死ぬよりはマシだ。

 戦うという選択肢は有り得ない。

 だがもし士郎が逃げたと知れば、イリヤは間違いなく怒るだろう。

(まてよ……)

 士郎は電話子機をとる。

 使えるかもしれない。

 士郎は携帯で自分のアパートへ掛ける。

 着信音は布団をかぶせて、外のイリヤに聞こえないようにした。

 子機と携帯が繋がると、士郎は子機のスピーカーホンを押す。

 これで暫くは持たせられるだろう。

 目指すは伽藍の堂。士郎は音を立てないようパイプにしがみ付き、そのままするりと地面に着地した。 



[30589] 第5話   ええい!くそっ!くそっ!あーもうちくしょー不幸すぎますーっ!!
Name: 敗北主義の逃亡兵◆e543f812 ID:106bff60
Date: 2011/11/26 17:52
 士郎は走った。

 ただひたすらに、足の限界がきても。

 走る理由があった。

 士郎は自分の命が惜しい。心底に惜しい。

 よく自殺しようとする犯人に、探偵が命を粗末にするな云々という説教をするシーンが多々あるが、士郎はそういう説教とは無縁だった。

 誇り高き死よりも惨めな生を。

 罪を償う自刎よりも監獄の生を選ぶ。

 と、ここまで気取った文面でお送りしたが、つまり士郎はロリブルマが恐いから逃走中である。

「や、山手線だ! ロリブルマも山手線の駅までは追ってこないだおr、たぶん!」

 原作Fate/stay nightでも昼間には戦っちゃ駄目というようなことを言っていた気がする。

 今は普通に夜中だが、魔術師なら人目のある所で戦うのは避けるはずだ。というか避けてくれないと困る。

『お兄ちゃん、まだその……駆除、終わらないの? 眠くなってきちゃった』

 携帯からロリブルマの退屈そうな声が聞こえてくる。

「あ、ああ……今現在、特大のGを相手にしていて……」

『そうなんだ、頑張って』

「にしても意外だなー、ロリブ……イリヤスフィールはGのことを知ってたのかー?」

『イリヤでいいよ。――――――――うん、実は冬木市にあるアインツベルンの城、十年間放置されてたんだけどね。そのせいか台所に大量の……』

「ご愁傷様」

 師団規模のGが一斉に高速匍匐前進で進行してくる光景を想像した士郎は身震いした。

 それにしてもスピーカーホンとは苦し紛れの戦術だったが、上手くいっている。

 扉で遮られて声が上手く届かないというのもあるだろうが、アインツベルンの領地とやらで年がら年中ヒッキーしてたのなら、電子機器については疎いのかもしれない。

 今のところ、イリヤは士郎がまだあの部屋にいると思ってくれていた。

(はぁはぁ……あと少し!)

 山手線日暮里駅が見えてきた。
 
 そして駅に近付くに従って一通りも多くなってくる。

 夜でも駅前というのは帰宅してくるサラリーマンなどが結構いるものだ。

 新橋なんて言うまでもない。

 駅構内へと突撃すると、定期としても使用しているsuicaで改札を抜ける。

 目指す先は『空の境界』の舞台。

 途中までは定期の範囲内なので多少お得。

 階段を駆け下りる。
 
 上野・東京方面行の電車がもう来ていた。

 士郎は三段抜かしで、そのまま山手線に飛び乗った。

『駆け込み乗車はご遠慮ください』

 お馴染みのアナウンスがしたが、緊急時なので目を瞑って貰おう。

 音がして、扉が閉まる。

 山手線の電車はゆっかりと動いていった。

『…………お兄ちゃん、凄い音したけど、どうしたの?』

「!!!???」

(不味い。走ったせいでケータイがっ!)

 士郎は別に頭が悪い訳ではない。

 ただ一つの事に集中すると他が疎かになるという欠点があった。

 直ぐにでもこの街から飛び出す事に意識が向きすぎて、電話越しのイリヤについて失念してしまっていたのだ。

 あれだけ走って、おまけにアナウンスもして、それに駅構内特有のガヤガヤとした雰囲気。

 イリヤが不振に思うのも仕方のないことだろう。

「いや、この音は……その」

 携帯の向こうからガタっという音がする。

 それからギギッという物音。

 知っている。

 これはまるで、アパートの扉を開ける時に鳴る、

『…………………お兄ちゃん、私に嘘を吐いたんだ』

「ひっ!」

 ガタガタと震える。

 他の乗車客から見れば不審に思うだろうが、そんな目が気にならない程士郎はビビっていた。

『私を騙して、お母様も裏切った切嗣と同じ』

「いいいい、いやいやいやいや、違う! これには山よりも深い事情が」

 それを言うなら海よりも深い、である。

 士郎は恐怖で頭がパニックになっていた。

『ふーん、他の害虫は始末する予定だけど、もし大人しくするなら士郎だけは見逃してあげようと思っていたけど、そういう態度に出るなら仕方ないわ』

(ど、どうする!? ああああああ! なんで俺がこんな目にっ! 俺が一体全体なにをしたっていうんだ! そりゃ夏休みの宿題を丸写ししたり、修学旅行に禁止されてるPSP持ってったりDSを持って来たりもしたが、基本的には普通の学生じゃないかっ! なんで聖杯戦争なんてデンジャラスな……じゃない! うぉおおおおおおお! やべぇ! 考えが纏まらない! どうしよう、イリヤを誤魔化す方法!)

 士郎はあくまでヘタレの小市民。
 
 どこかの新世界の神様みたいに女を口説き落とすテクも、どこかの諸葛先生みたく他人を論破する知恵などない。

 よって頭を抱えながら、グラグラしていた。

 椅子に座る70歳くらいのお婆さんが変な目で士郎を見たが、奇行は止まらない。

「違うんだよ、イリヤ! そ、その……切嗣と俺とは養子で」

『知ってる』

「さいですか。いや、そうじゃなくて……魔術のまの字も教わってたりなどしない人間でして、聖杯戦争なんてものは」

『魔術を知らない人間が聖杯戦争を知ってるなんて不思議ね』

「あ、それは……聖杯戦争については教わったというかー、なんといいますか……。そ、そう! 聖杯戦争だ、聖杯戦争についてだけは教わったんだよ! あと魔術も、存在だけね? ほ、ほんとそれだけで、魔術には一切関係ない一般人なので」

『私がそれを信じると思うの? 一度私に嘘を吐いたシロウの言う事なんて』

「こればっかりは事実だし」

『それにね。関係ないんだよお兄ちゃん。シロウが本当に魔術を知っていなかったとしても、切嗣を私から奪ったのはシロウなんだよ。それに令呪が宿ったならサーヴァントを呼ばないといけないの』

 今更ながら選択ミスに後悔する。

 あそこはただ逃げるのではなく、少しでも謝るなり土下座するなりしておけばよかった。

 そうすれば、ここまでの事態は防げたかもしれないというのに。

 だがしょうがない事でもある。

 忘れてはならないが士郎はヘタレ小市民。

 こんな異常事態を経験した事がある訳でもないし、特別度胸があるのでもない。

 常に最善の選択肢なんてとれないし、目の前に恐怖があれば正常な思考が出来なくなるのは当たり前だ。

 例え戦場に残るのが得策だとしても、ヘタレの士郎は戦場から一刻も早く逃げるという選択肢を選んでしまう。

『じゃあね、シロウ。今度会う時はちゃんとサーヴァントを呼んでおいてね』

「だから俺には召喚ができ」

『次 は 殺 す か ら』

 ツーツー、と鳴る。

 電話が切れたのだ。

 もはや一刻の猶予もない。

 早く伽藍の堂へ行って令呪を……いや、新たな問題が浮上した。

 このままだと例え令呪を破棄してもイリヤは命を狙い続けるだろう。

 どこか遠くへ、イリヤの手の届かない場所まで逃げるしかない。

 そう……たとえば、海外とか。



[30589] 第6話   なッ 何だッ 何がおかしい 笑ってるヒマなんか無いぞッ 早くにげるんだッ 命令だぞ!
Name: 敗北主義の逃亡兵◆e543f812 ID:b582a445
Date: 2011/11/28 22:53
 いきなりだが士郎は眠かった。

 激しく眠い。
 
 直ぐにベッドにバタンキューしたいくらい眠い。

 理由は至極単純明快、昨日寝てないのだ。

 ぶっちゃけると「空の境界」の舞台である街に到着したのはいいが、一人でホテルなんかに泊まるとロリブルマが襲撃してそうで怖かったので、常に一目がある場所―――――――つまり二十四時間営業のコンビニで一夜を過ごしたからである。

 当然コンビニで睡眠なんてとれる筈もなく、一日中コンビニの雑誌という雑誌を読みまくっていた。

 店員さんは心底迷惑だったろうが、こっちは命が懸かっているので我慢して貰う他ない。

 士郎はマナーより自分の命を選ぶ男だ。

「だが寝ちゃ駄目だ。俺は……」

 飽くなき生存欲が士郎を突き動かす。

 根性や精神力やその他諸々で原作の衛宮士郎の遥か下をいく憑依士郎だが、こと自分の命に対する執着心なら原作士郎を遥かに超越していた。

 命の危険を感じると人は火事場の馬鹿力を発揮するというが、それが正しいなら士郎は常に火事場の馬鹿力だ。

 士郎は地道に聞き込み調査を開始する。

 捜査は足、刑事ドラマの鉄則を胸に刻みつつ士郎は歩き回った。

 黒桐幹也を知っている人を探すために。

 そんなこんなで二時間ほどを聞き込み調査に費やしていた士郎だが、漸く目ぼしい情報を得られた。

「黒桐ならさっきそこにいたけど?」

 訂正、物凄い情報を得た。

 士郎はリーゼント頭の人に御礼を言いつつ、走った。

 件の人物は直ぐに発見した。

 黒髪黒目、全身を黒に包んだ平凡な顔立ちの青年。

 これが黒桐幹也。

「黒桐幹也さんですね?」

 命のかかった士郎はストレートだった。

「そうですけど、君は?」

 いきなり見知らぬ人物に話しかけられたせいか、黒桐は警戒しているようだった。

「えー私の名前は衛宮士郎といってですね……その、蒼崎橙子さんに取次いでもらえないでしょうか?」

「橙子さんに!?」

 黒桐は驚いているようだった。

 無理もない。

 いきなり話しかけられたと思ったら、色々と秘密のある上司のことを尋ねられたのだ。

 驚かない方が無理というものである。

「…………失礼ですけど、どんな用事なんですか?」

「実は厄介な魔術の問題に関わってしまいましてね。…………優秀な魔術師である蒼崎氏のお力をお借りしたいのです!」

 若干目を血ばらしながら士郎が言った。

「ご用件は分かりました。けど、すみません。橙子さんはもう事務所を畳んで旅に出てしまったんですよ?」

「………………………………………………………………………………………え?」


 黒桐が言うには士郎の死亡フラグを破壊してくれる可能性を秘めた蒼崎橙子は数年前に旅立ってしまったらしい。

 時系列的に第七章が終わってすぐのことらしい。

 こんなこと知らないってばよ!?

「ごめんね。当分連絡も貰ってないから、居場所も分からないんだ。だけど直ぐにでも居場所を調べて奥よ」

「ああ、すみません。はい」

 黒桐の調べる力は士郎も知っている。

 時間を掛ければ封印指定の魔術師の所在も突き止められるだろう。

 だが士郎は、少しでも時間をかければアウトなのだ。

 あのロリブルマがきたら幾ら百万分の一の確率で両儀式が士郎を守ってくれたとしても、バーサーカーに太刀打ちできない。

 Fate/EXTRAのアレはまだしも、両儀式ではサーヴァント、それも上位に君臨するバーサーカーには勝てないのだ。

(…………そうだ! 両儀式だよ両儀式! 直死の魔眼ってあの中身中田さんの黒い人の魔術も殺してたよな! ということは令呪も)

「失礼ですが黒桐さん、奥さんは?」

 いきなり両儀式の居場所を教えろと言ったら、警戒するだけだろう。

 士郎が「空の境界」や「月姫」そして「Fate」の情報を知識として知っているのはイレギュラーなのだ。
 
 それも未来視や過去視などでは説明がつかないほどの。

 幾ら何でも小説で貴方たちの人生を見ましたなんて戯言、信じて貰えるわけがない。

 だから士郎も、封印指定である蒼崎橙子のことはまだしも、両儀式については知らない様に振る舞わなくてはいけないのだ。

 確か黒桐はこの年頃だと、もう式と結婚していた…………と思う。


「今、家の都合で九州にいますけど……式がどうかしたんですか?」


 OK、理解した。

 神よ、貴方は俺のことが嫌いなんだ。そうなんだな!

「何時頃帰ってくる予定で?」

「二週間後くらいですけど」

 もう駄目だ。

 この世界、ハード過ぎる。

 どうなってるんだよTYPE-MOON。

 こんなの原作にも書いていなかったじゃないか。

「ははははっ―――――――――はぁ」

 二週間も待てる筈がない。

 このままこの街に居続けるのは……危ないだろう。

 バーサーカーがロリブルマが襲ってくる。

 こうなれば逃げる。

 東京よりも遠く、北海道よりも遠く。

 日本を離れる。

 海外まで逃げればロリブルマも追ってこない筈だ。いやそうであってくれ。そうであるとも!

「黒桐さん、では俺はこれで!」

「ちょ、ちょっと!」

 士郎はそのまま街を駆け抜け、タクシーに乗った。

 目指すは空港だ。成田空港へ。

 黒桐に事情を説明して、式を呼んでもらえば良かったという事に士郎が思い至ったのは飛行機が離陸した後だった。



[30589] 第7話   二束三文のクソ駄賃が俺たちにとっては命を掛けるのに足りてしまうんだ
Name: 敗北主義の逃亡兵◆e543f812 ID:b582a445
Date: 2011/12/04 18:43
 冬木市内にある教会には一人の神父と、数羽の鳥がいた。

 神父は兎も角、鳥の方はただの鳥ではない。
 
 魔術師の血を与えられ使役されている使い魔だ。

 使い魔というのは基本的に鳥や蟲などといった小動物が多い。
 
 人間の使い魔を作るのも不可能ではないのだが、その動物が意識が強ければ強い程、大きければ大きい程、それを使役するのにかかる魔力は大きくなってくる。

 なにより人間を使い魔にした所で、鳥のように空も飛べないし蟲のように小さい隙間から潜り込むことも出来ないので寧ろ鳥や虫よりも効率が悪いかもしれない。

 この鳥たちは聖杯戦争の監督役である言峰が、その権限において召集したものだった。

 数は六に届かない。

 五にも満たなかった。

「では、全てが出そろった様なので始めさせて貰おう」

 言峰が如何にも聖職者らしい声でそう言う。

「待ちなさい、綺礼」

 教会の扉が開く。

 赤いコートを羽織ったツインテールの少女だ。

 名前は遠坂凛。

 言峰の妹弟子であり、聖杯戦争に参加するマスターでもある。

「直接この場に来たマスターはお前だけだ。豪気なことだな、凛」

「御託はいいから始めなさい。急にマスターを召集するなんてどういうこと? 監督役は聖杯戦争に干渉しないっていうルールでしょ」

「確かに、通常監督役は聖杯戦争に干渉しないものだ。ただ、例外がある。例えを上げるなら前回の第四次聖杯戦争。その際は私の父が監督役を務めていたが、その折、聖杯戦争そっちのけで魔術の隠ぺいすらせず一般人を殺戮するサーヴァントとマスターがいた為、これを早急に排除する目的で聖杯戦争を一時中断させ猛獣狩りをさせたこともある。異常自体におけるマスターの召集は十分監督役の権限内だ」

「そう言うからには、余程の異常自体が起きたんでしょうね?」

「そうだ」

 あっさりと言峰は肯定した。

 そして教会にいる全員に見えるように立つ。

「此度の聖杯戦争において、一人の裏切り者が現れた。その男は令呪を宿したにも関わらず、聖杯戦争に参加することを拒み、サーヴァントを召喚することすらせず海外へと逃亡した」

「ちょっと待って。海外に逃亡したって言うけど、別に臆病者が臆病風に吹かれただけじゃない。つまりは不戦敗。相手にする必要があるの?」

「凛、聖杯戦争は七人のサーヴァントを召喚し、たった一人になるまで殺し合う戦いだ。逆に言うならば、六体のサーヴァントを全て倒さなければ、聖杯を降臨し願いを叶える事は不可能になる。つまり聖杯戦争の根底から覆るということだ」

 凛が怪しい視線で言峰を睨む。

 言峰は聖職者でありながら性根が捻じ曲がっている男だ。

 聖職者だから嘘は言わないだろうが、本当のことも尋ねなければ言ったりはしない。

「よって私は監督役として、海外に逃亡したマスターの捕獲を命じる」

「捕獲?」

「そうだ。そのマスターを殺して、聖杯戦争を瓦解させたいと言うのなら殺しても構わないだろうが、もし聖杯を望むのならばそのマスターにサーヴァントを召喚させてから殺すことだ。なに、幸いにして逃亡したマスターというのは聖杯戦争の存在こそ知っているものの、ド素人だ。幾らでもやりようはあるだろう」

「ド素人って、聖杯戦争は魔術師が選ばれるはずじゃない。そんなド素人が」

「選ばれたマスターは前回の聖杯戦争の勝者である男『衛宮切嗣』の養子『衛宮士郎』だ。聖杯が例え素人でも、前回勝者の息子を選ぶのは不思議ではないだろう。必ず御三家からマスターが選ばれるのと同じように」

 確かに、そういうこともあるかもしれない。

 聖杯がマスターを選ぶ基準というのは、第一に御三家で第二に何か望みのある魔術師、そして候補が他にいなければ適当な人間をマスターとして選定してしまう。

 恐らく今回の聖杯戦争は六人しか目ぼしい人間がいなかったので、苦し紛れにそんなド素人を選んでしまったのだろう。

 そして聖杯戦争の情報だけ知っていた衛宮士郎とやらは海外に逃亡してしまったと。

(たっく、十年間準備してきたっていうのに、どうして本番でこういう事になるのよ)

 今回は遠坂家に伝わる「うっかり」のせいではないが、イレギュラーには変わりない。

 マスターの一人が参加をボイコットして海外逃亡なんて事態、今回が始めただろう。

「それで衛宮士郎っていうのは何処に行ったの?」

 これを教えて貰わなければ話にならない。

 冬木市内ならまだしも、世界中を虱潰しに回る訳にもいかないのだから。

「南国の島、ハワイだ」




 同時刻。

 士郎は透明な海を見ながら、ブルーハワイを飲んでいた。

 太陽が眩しい。

 それ以上にビキニのお姉さんが眩しい。

 数多ある外国でハワイに来たのには事情がある。

 イギリスは魔術協会という物騒な連中がいるし、ヴァチカンなんか眼鏡をかけた神父軍団がいそうだし、他の国も行った事が無い。

 そして一番の大問題だが……士郎は、英語が喋れないのだ。

 勿論、全然喋れない訳じゃない。

 片言なら、日常会話くらいは出来るかもしれない。

 けれども一人で外国に行ってやっていかれるかと問われればノーだ。

 故に、士郎はハワイにきた。

 以前に来た事があるというのもそうだが、ハワイなら日本語しか喋れなくてもどうにかなるという自信があったからだ。

 だけど、なんだろうか。

「また何処かで死亡フラグが乱立したような気がする」

 衛宮士郎、高校生。
 
 青春真っ盛りのたぶん17歳くらい。

 一級死亡フラグ建築士である。 

 彼が一級フラグ建築士にクラスチェンジする日は、たぶんない。

 そうあれかし―――――――――――ラーメン(士郎の好物)。



[30589] 第8話   おさらばだ諸君! マクスウェルが泣いている! どうしようもないあの馬鹿が! 相も変わらず意気地のない弱虫めが!
Name: 敗北主義の逃亡兵◆e543f812 ID:44ca10cb
Date: 2011/12/13 01:21
「凛、それで監督役は何と言っていたのかね?」

 教会の外で待っていた遠坂凛のサーヴァント、未来の衛宮士郎ことアーチャーは開口一番、自分のマスターにそう尋ねた。

「ハワイに行くわよ!」

「…………………………………………はい?」

 余りに思考の限界を斜め右方向に突き抜け過ぎた返答のせいで、アーチャーらしくもなく目が点になった。

 ハワイ、南国の島のハワイだろう。

 それ以外にハワイなんてある筈がない。

「…………マスター、もう一度言ってはくれないか? ハワイという単語が聞こえたような気がするのだが」

「そのまんま。聖杯戦争に参加したマスターの一人が、令呪を破棄することもせずにハワイへ逃げたのよ。このままだと聖杯戦争が瓦解するからハワイにいるマスターを捕まえろって。たっくあの似非神父、監督役の仕事しっかりしているのかしら?」

「……それで、逃げたマスターとは誰だね?」

 余りのショックを受けた影響からだろうか。

 アーチャーこと英霊エミヤに摩耗し忘却してしまった嘗ての聖杯戦争の記憶が蘇る。

 逃げたのは……どうせ慎二だろう。

 あのヘタレのことだ。うっすらと思い浮かぶ記憶だと、素人が急に力を手にしたときにありがちな傲慢タイムに入っていた気がしたが、あのヘタレのことだ。

 別の可能性では土壇場で恐くなって逃げ出しても不思議ではない。

 言峰の嘘ということもありえる。

 あの陰険腐れ外道神父のことだ。

 マスターを散々躍らせて、それを見物しようという腐った考えかもしれない。

 ダークホースとしてキャスターということもある。

 あの魔女ならば、良からぬ事を考えて海外へ逃亡するのも有り得るかもしれない。

 そう。断じて、断じて奴ではないのだ。

 あの命知らずで、自分の命の価値が誰よりも低い男。

 人間のふりをしたロボットが、命を惜しんで海外逃亡なんてするはずが。

「衛宮士郎とかいう男。前回優勝者の養子で、東京の高校に通う学生らしいわ」

「な ん で さ!!」

 つい昔の口癖がアーチャーの口から飛び出た。

 アーチャーは知らない。

 衛宮士郎に別の人格が憑依しているなんてことを。

 というか、そんなこと世界最高の名探偵Lでも推理出来る筈がない。

 今の衛宮士郎は原作士郎と違い、自分の命が何よりも大切という、実に人間らしい男だった。


 
 間桐臓硯は考える。

 衛宮士郎、前回優勝者である衛宮切嗣の子倅。

 存在自体は前々から掴んでいたが、まさか東京にいながらマスターとなるとは。

 こうなると運命染みたものを感じる。

(しかしまさかハワイとはのぅ。衛宮の子倅め。この200年間に渡る闘争の歴史でも初めての事じゃ。此度の儀は儂が見てきたどの闘争よりも…………混沌とするじゃろう)

 つまりカオスの権化と、そういうことだ。

「魔術師殿」

 暗い闇からヌッと影が現れる。

 柳洞寺の門番、イレギュラーな方法で呼び出されたアサシンを媒介にして召喚した真のアサシン。

 山の翁、間桐臓硯のサーヴァントである。

「向かわれるのですか、ハワイに?」

「そうせざるをえんじゃろう。器の出来が何故か良すぎるので、此度に賭けてみたが失敗じゃったかのう。よもやこのような事態が待ち受けているとは。いやはやこればかりは、この老骨とて予想できなんだ」

 暗い闇を臓硯は見つめる。

 そこには目から光を失い、ぶつぶつと同じことを何度も何度も繰り返し喋っている間桐桜がいた。



「先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩」

 思い出すのは中学時代のこと。

 桜には気になる先輩がいた。

 そう御存知、東京の高校に進学する前の衛宮士郎である。

 知っての通り、士郎に憑依した○○という人格は生存欲求が人一倍強い反面、どこかパニックに弱く抜けた面がある。

 間桐桜はその士郎と、実はかなり前から出会っていた。

 ある日の帰宅途中、財布を拾う時、鞄が開きっぱなしだったせいで中身を地面にばら撒いてしまい、それを拾うのを手伝ってくれた人物こそが―――――そう、想像通り憑依士郎だった。

 士郎は確かにヘタレの小市民だが、電車でお年寄りが乗ってきたら席を譲るくらいの善良さは持っていた。

 原作キャラとの関わり合いになることを徹底的に避けていた士郎は、凛や桜が通う事になるであろう学校より離れた、少し遠くの学校に通っていたのだが、それが災いし士郎は桜や凛の顔を知らなかったのだ。

 もし桜が凛のようなツインテールなら髪形で、イリヤなら容姿で、其々気付いたかもしれないが、中学時代の桜は高校の頃よりは胸も慎ましく美少女ではあっても地味なタイプなので、外見で士郎は間桐桜だと判断できなかったのである。

 これで原作士郎なら何だかんだでフラグを建築している所だが、ところがどっこい。

 憑依士郎はフラグ建築士ではなく死亡フラグ建築士である。

 その時もやはり死亡フラグを建築していった。

 士郎は鞄の中身を拾うのを手伝い、そしてそのまま去ろうとした。だがここで逃がさないのが桜クオリティー。
 
 偶々兄が不機嫌な時期で嫌な思いをした事と、偶然にも登校中かなり古典的な少女漫画を目撃し閲覧してしまったこともあり、桜はコロリと「もしかして……」と運命を感じてしまった。

 それに黒くならない限りは根は良い桜のこと。

 お礼がしたいからと士郎に名前を尋ねてしまう。

 そうなると士郎も嫌な気はしない。あっさりと名前を教え、流れ的に桜も名前を言う。

 するとどうだろうか。

 間桐桜という名前を聞いた士郎はその瞬間、どこか変な様子になり余所余所しくなった。

 その後、桜のアプローチ的なものを政治家根性で受け流し続けた士郎は、そのまま桜に黙って東京に進学してしまったのである。

 と、此処まで見ると士郎が最低人間のような気がしなくもないが、ヘタレ小市民が死亡フラグの塊のようなヒロインと邂逅してしまったのだ。

 桜に対する紳士的な対応を求めるのは不可能だろう。

 あくまで士郎は日常レベルの良い人であって、死亡フラグの嵐の前ではただのヘタレだった。

 そんなこんなで失恋?のショックと支えが亡くなった事による相乗効果で、桜は着実に士郎の求める死亡フラグの塊的なヒロイン、黒桜へと進化を続けていた。

 ぶっちゃけ臓硯が引くレベルで。

「あは、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」



後書き
ここまで死亡フラグを建築しまくる主人公も珍しいですね。憑依していても少しだけ残っていた、エロゲ主人公としての素養までもが死亡フラグを作る要因となっていきます。



[30589] 第9話   よろしいならば私も問おう。君らの神の正気は一体どこの誰が保障してくれるのだね?
Name: 敗北主義の逃亡兵◆e543f812 ID:4ca80dd3
Date: 2011/12/20 23:49
もしも前回の黒桜だけで士郎の死亡フラグが全てだと思った紳士淑女の皆様方。
  
 残念ながらその予測は「甘い」としか言えない。

 どれくらい甘いかと問われれば、サクラ大戦の第二形態の合体技くらい激甘である。

 さて……そんな「甘い日々」というのを全サーヴァント中一番求めていたサーヴァントことキャスター。

「ああ……宗一郎様ァ」

 真名をメディア。

 ギリシャ神話にその名を残す裏切りの魔女。

 そんな彼女はマスターである男性の『亡骸』に縋りつき、溢れ出る涙を止められないでいた。

 柳洞寺という最高の砦を手に入れた事で、キャスターの心には油断があったのかもしれない。

 その油断を老獪な妖怪は見逃さなかった。

 キャスターがルール違反をして召喚されたアサシンのサーヴァントを触媒として呼び出された本物のアサシン。
 
 山の翁ハサン。
 
 髑髏の面をした暗殺者によって、朽ち果てた暗殺者葛木宗一郎は殺された。

 これで本当にキャスターが伝承通りの『裏切りの魔女』ならまだ良かった。

 だがキャスターは葛木宗一郎という男性を異性として深く愛していた。

 彼の為なら死んでもいい――――――そう思わせてくれた男性だった。

 そんな葛木宗一郎が死んだ。殺された。

 もはやキャスターは第二の生という当初の望みすら忘れ去り、葛木を蘇らせることに頭を回転させていた。

 幾らキャスターでも死者蘇生なんて「魔法」を使うことはできない。

 そもそも幾らサーヴァントとして現界しているとはいえ「死者」である彼女に死者を蘇らせることはできない。

 死者を蘇らせることのできるのは「生者」だけだ。

 だが法則を捻じ曲げ、奇跡を可能にする方法が一つある。

 聖杯を、万能の釡を使えばいいのだ。

 優れた魔術師であるキャスターには、聖杯の真実にも気付いている。だが幾ら聖杯だろうと神代の魔術師である自分になら扱える。

 キャスターは自分の魔術師としての能力に自信をもっていた。

「宗一郎様、暫し待っていて下さい。聖杯を手に入れ、必ず貴方を蘇らせて――――」

 今は亡き愛しき人のを頬を撫でる。

 冷たくなった身体は何の反応も示してはくれない。

 再びこの体を反応できるよう戻して見せる。

 例えどんな方法を使っても。

(ふふふ、衛宮士郎とか言ったわね――――ハワイに逃げた魔術師は)

 アサシンという手駒を失った今、新たな手駒が必要だ。

 それも聖杯戦争に必ず勝利できるほどの。

 キャスターは最弱のクラス。自分だけでは聖杯戦争を勝ち抜くことは厳しい。

 特にアインツベルンの抱えるバーサーカーとは相性が最悪すぎる。

 単体で挑めば確実に敗北するだろう。

(そして都合の良いことに、最後に残っているサーヴァントは最優と名高いセイバーのクラス)

 手始めに逃げたマスターから令呪を奪う…………いや、それは駄目だ。死者である自分がサーヴァントを召喚しても、面倒な制限がついてしまう。山門に縛られ、そこから動けなかった佐々木小次郎のように。

 ならば最後のサーヴァントが召喚され次第、それを奪い取る。

 これがベターな方法だろう。

 キャスターは柳洞寺を見る。

 宗一郎というマスターを失い、現在のキャスターは非常に不安定な存在だ。

 マスターがいなければ、サーヴァントは現世に留まることができない。

(マスターには適当な人物を見繕いましょう。余り好みの方法じゃないけれど、暗示の魔術でもかければ……)

 手段は選ばない。

 邪魔者は消す。どんな方法を使っても聖杯を手に入れる。

 キャスターは狂ったように笑い、柳洞寺から出た。


 所変わって冬木教会。

 前回の聖杯戦争で受肉し、現代まで留まっている第八のサーヴァント、英雄王ギルガメッシュは杯を傾けながら、ニヤニヤと悪趣味な笑顔を浮かべていた。

「よもやハワイとはな。これだから世界というのは飽きさせん。王たる我にも予測のつかぬ歴史を記してみせる」

「ほう……お前にとっても驚きだったのかギルガメッシュ」

 暫くの間、教会を空けていた言峰は今日になって漸く帰ってきた。

 何をしていたのか、ギルガメッシュには予測がついている。

 大方、ハワイで隠蔽の準備などを整えていたのだろう。

「何もかもが我の掌で踊っているのならば、これほど世の中退屈なものはない。予測のつかぬ事があるからこそ、世界というのは耀くのだ。我はそれこそを愛でる。決まりきったことなど退屈以外のなにものでもない」

 人類最古の英雄王。

 文字通りこの世界の全てを手に入れた王にとって、一番の天敵は退屈なのかもしれない。

「最後のサーヴァント、セイバーは未だ召喚されず……か。聖杯は動き、南国の島へ戦は流れ出る。それもまた一興……」

 ギルガメッシュが立ち上がる。

「何処へ行くつもりだ?」

「ハワイだ」

 短く答える。

 言峰にとってそれは意外な返答だった。

 この傲岸不遜の王のことだから、どうせ一人この教会でふんぞり返っているだけだと思っていたのだが予測が外れた。

「セイバーのこともあるが、此度の聖杯戦争に若干の興味が湧いた。子細は任せる。王たる我に相応しい飛行機を用意せよ」

 言峰とギルガメッシュ。

 第五次聖杯戦争のイレギュラーが動く。

 もしこのことを士郎が知れば……確実に絶望のどん底に落とされていただろう。

 士郎の明日はどっちだ?




士郎(憑依)を中心とした現在の好感度表

遠坂凛→捕まえてサーヴァント呼ばせてやる。

アーチャー→様子がおかしい?

イリヤ→ぶち殺しカクテイネ

バーサーカー→■■■■■■■■■

ランサー→あれ? 聖杯戦争の様子が

ライダー→私のマスターがこんなに病んでるはずがない

ワカメ→ヤンデレな妹が怖すぎてマスターになれないCD

黒桜→ヤンヤンデレデレヤンデレレ~♪

臓硯→桜の育て方やばかったかも

真アサシン→秘密

佐々木小次郎→出番なし

キャスター→サーヴァント奪い取ってぶち殺そう

言峰→ハリー! ハリー! ハリー!

ギル→興味湧いた

藤ねえ→元気にしてるかなー?




『おまけ』

凛の場合

「お客様。ファーストクラスとビジネ――――――」

「エコノミーよ!」

イリヤの場合

「お客様。エコノミークラスとビジネ―――――――」

「ファーストでお願いね」

英雄王の場合

「お客様、エコノ――――」

「貸切だ!」




後書き

次回から漸く士郎のターン。
果たして士郎は生き残れるのか?





[30589] 第10話  かくして役者は全員演壇へと登り、暁の惨劇は幕を上げる
Name: 敗北主義の逃亡兵◆e543f812 ID:92d457f9
Date: 2012/02/15 03:04
 冬木市で殺伐としたアレコレがあったことなど全く知らない士郎は、ハワイでそれなりに浮かれていた。

 当初こそ聖杯戦争の影にビクビクしていた士郎だったが、時間が経つにつれてハワイでの生活をエンジョイし始めた。

 尤も、それは恐怖を乗り越えた訳でも度胸がついた訳でもなく、現実逃避に近い行動だろう。

 少なくとも楽しんでいれば恐怖を忘れることも出来る。

 相も変わらず、士郎はどこかヘタレだった。

 ちなみに原作Fate屈指のヘタレキャラであるワカメは、バタフライ効果でマスターになるのを止めて真面目に学校へ通学中である。

 士郎がそのことを知れば、嫉妬の余りワカメに殴り込みにいくだろう。

 いや、士郎の戦闘力ワカメ以下だけど。

「しかしハワイは暑いな」

 当たり前のことを言う士郎。

 ブルーハワイ片手にアロハシャツを着てサングラスを掛けながらビーチを眺める士郎は正にハワイアン。ハワイアン士郎である。

 学校が高校入試と中学入試の結果発表などでゴールデンウィークを超える長期休暇となっていたのが不幸中の幸いだった。

 もし平常授業なら、士郎の出席率は大変なことになっていただろう。

「まさか……ロリブルマもハワイまでは来ないよな」

 聖杯戦争は確か二週間もあれば終結する筈。

 ロリブルマことイリヤの体は、記憶が正しいなら死んだサーヴァントのエネルギーだか魂だとかを吸収していっている内に限界がくるから、それまで逃げ切れば士郎の勝利だ。

 士郎はさっさと潰しあえ、と冬木で戦争に励んでいるだろうマスターとサーヴァント達に念を送る。

 ちなみに、件のマスターやサーヴァント達は皆このハワイに向かってきているので士郎の念は全くの無意味であった。

「…………そういや、ハワイでサーヴァント呼んだらステータスとかも変わるのか?」

 サーヴァントは知名度によってその力が上下すると、ゲーム内で凛とかセイバーが言ってたような気がする。

 そうなると、もしアーサー王をホームグラウンドであるイギリスなんかで召喚すれば…………もしかして無敵じゃないだろうか?

 いや、しないけどね。

 そもそも士郎はサーヴァントを召喚する方法を知らない。

「バーサーカーはヘラクレスだから、ギリシャか。ランサーはアイスランド……じゃなくてアイルランド。ギルガメッシュはFF……もとい中東のどっか。メドゥーサとメディアもギリシャ。小次郎がなんだか無茶苦茶強かったのも、開催地が日本だったかもしれないな。もしマダガスカルとかで召喚されたら小次郎なんてへっぽこなのかも」

 仮想開催地をマダガスカルとした士郎のセンスはさておき、こう考えると知名度というのは結構馬鹿にならないものなのだろう。

 もし織田信長とかがサーヴァントとして召喚されたらどうなったのだろうか、と士郎は妄想に耽った。

 聖杯戦争に参加するのは断固お断りの士郎だったが、こうしてIFを妄想するのは結構好きだった。自分がその世界にいるとなれば猶更である。

「だけどサーヴァント……一口に英霊って言っても全然強くない奴とかいるよな」

 英霊とは著名な英雄が死後になるもの、だった筈。詳しい所までは覚えていない。

 だが英雄はなにも武勇に優れている者だけがなるのではない。

 有名どころで例えば孔子なんて有名だが、とてもヘラクレスやクー・フーリンとガチンコ勝負できるとは思えない。三國無双じゃあるまいし。孔子ビームでも出さない限り無理だ。

 英雄には戦士ではない政治家や芸術家に思想家、スポーツ選手……或いは宗教家だっている。

 宗教家なら、まだ神秘と関係があるかもしれないが政治家なんて呼んでどうするというのだ。

 孔子なんて呼んでどうする? 
 
 サーヴァントに儒教でも語る? アホだ。相手にされず殺されるのがオチではないか。

 政治家召喚? 他マスターとの同盟締結には役立ちそうだが、戦闘力の欠片もない。

 スポーツ選手を召喚? 聖杯戦争に金メダルなんてあるか!

「…………なんだか、触媒の大切さが分かるなコレ」

 触媒なしでサーヴァントを召喚すると、その召喚者と性質の近い英霊が呼ばれる。

 快楽殺人機である龍之介のサーヴァントが、ジル・ド・レェ元帥だったように。

 しかし性質の近い英霊というのが、もし戦闘とは全く関係のない政治家や思想家だったらどうか。

 これで国家元首のサーヴァントとかならまだいい。

 どっかの征服王のように軍勢を呼び出したりする宝具をもっているかもしれない。

 だが仮に、プロ野球選手などを召喚してしまったらどうなるのか。

 英霊イチロー、英霊マツザカ、英霊オウサダハル、英霊ダルビッシュ、英霊ナガシマ。

「…………うん、絶対に勝てないな」

 確かに彼等は強い!

 日本球界にその名を轟かし、中にはメジャーにもその名を轟かした超一流の選手たちだ。

 しかし戦闘力はない。ビームも出せないし、壁を走る事も出来ない。

 聖杯戦争の内容がバトルロワイヤルではなく野球大会なら勝てそうだが、どこかのカーニバルなファンタズムでもない限りそれはないだろう。

「はぁ~あ、なんだかな」

 青い空を見上げながら、士郎は呑気に考える。

 その夜、ハワイで三人の人間が行方不明になったというニュースが流れていたが、士郎は大して気にもしなかった。

 それが最大の死亡フラグ、黒桜の犯行だということに気付かぬまま士郎はグースカ眠っていた。

 聖杯戦争inハワイ。

 異色過ぎる戦争の火蓋が切って落とされていたことを、ヘタレ士郎はやっぱり気づいていなかった。




 一方その頃、彼女達や彼等もハワイの土を踏んでいた。
 
 そう例えばこの人。

「ハワイに麻婆はあるか? それとホットドックは」

「ホットドックは止めて下さい!」


 或いは、こんな赤い人達も。

「うぅ、急な出費にエコノミーに座り続けたせいでお尻が痛いわ」

「凛、無料だからとジュースをがぶ飲みするのは如何なものかね。その……魔術師として」


 また目下最大級の死亡フラグであるロリ娘も。

「フフフ、追い詰めたわよシロウ。絶対に逃がしたりなんかしないんだから」

「お嬢様、ところでブルーハワイというのはどのような味が」

「ブルーハワイ、エクスタシー」


 南国の島、ハワイ。

 この地にて、第五次聖杯戦争――――――開幕。

 逃げなければ生き残れない! 君は逃げ延びることが出来るか?




後書き


リアルが多忙になってしまい、更新がかなり遅れてしまいました。
兎にも角にもこれでハワイにサーヴァントの皆さんが集結しましたね。ハワイの人にとっては傍迷惑この上ない事態でしょうがw
今回は触媒について焦点を当ててみました。ぶっちゃけ英雄と一口にいっても戦闘力皆無な英雄もいますし。そんな英雄召喚したらアウトのような気がします。触媒というのがどれほど重要かが分かります。


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