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[1095] 剣製少女 【完結】
Name: 阿蘇6◆f970a791
Date: 2008/05/12 23:17
※このSSはFATE 士郎TS、本編変則再構成モノになります。



[1095] 『剣製少女 第一話 1-1』
Name: 阿蘇6◆f970a791
Date: 2007/12/14 18:17
 『剣製少女 第一話 1-1』


「士郎~、ごはん~!」

 土蔵に敷いた布団に倒れこむようにして眠っていた俺は、藤ねえの声で眼が覚めた。
 元々留守がちだった親父が死んで数ヶ月。
 いつもは朝食の支度をするためそこらの大人より早起きなのだが、今日は藤ねえが来るまで寝てたってことはかなりの寝坊だ。

「悪い藤ねえ、寝坊した。 今日は朝飯なしだ」

 居間でだらしない格好でTVを見ていた藤ねえに、顔だけ出して挨拶し急いで風呂場に向かおうとしたところで後ろから藤ねえに肩を掴まれた。

「ちょっと、ちょっと、あなた何処の誰ちゃん? なんで私のこと知ってるの? 士郎はどこ?」
「なに言ってんだ、藤ねえ? まだ寝ぼけてるのか? というか、早く風呂入っちゃいたいんだけど?」
「あなたこそ何言ってるの? 士郎のお友達? 駄目よいくら小学生だからって、女の子が男の子の家でお風呂だなんて、……って、まさかあの子、お風呂が必要なことしちゃった!? 今の子は進んでるって聞いてたけど、お姉ちゃんはそんなこと許しませーん!!」

 激しく人聞きの悪い誤解で吼える虎。
 というか、女の子なんて何処にいるって言うんだ? と、キョロキョロしていると。

「で、あなたは誰ちゃん? 士郎はどこ?」

 完全に捕食者の目でこっちに迫ってくるバカ虎。
 明らかに先ほどの勘違いを脳内で真実と思い込んでるな、こりゃ。

「何言ってるんだよ、藤ねえ。 俺なら目の前に……」

 そういったとき、窓に映った自分の姿に息が止まった。

 誰だ、この女?

 一見するといつもの俺なのだが、わずかに丸みを帯びた顔の輪郭。
 寝巻きのせいか判りづらくはあっても、男にしては不自然に膨らんだ胸。
 そして、驚きで大きく見開かれた目。

「ちょっと、あなた黙ってたら……」
「ふ、藤ねえ……、お、俺……俺……」
「え? ど、どうしたの、急に?」

 ヤバイ、なんか頭がクラクラしてきた。


 その後、藤ねえは学校を休んで雷画爺さんを呼びに行き、爺さんを交えた簡単な質問が始まった。
 結果、理由はわからないが、俺が衛宮士郎の記憶を持っているというところまでは二人に信じてもらうことができた。

「さて、これからどうしたものかな? どうする、士郎坊?」
「ど、どうするって……」

 どうしろってんだよ、こんなの。
 元々の深い皺をさらに深くして爺さんが聞いてくる。

「取りあえずは検査受けてみよ? 何かわかるかも知れないし」
「そうだな、だが、その後のことも考えなきゃならねえ。
 学校だっていつまでも休んでるわけにゃいかねえだろうし、戸籍の問題だってある。
 何より、女の子ってことだったらこれまでみてえにネコんとこのバイトもやってけないだろうし、一人暮らしってえのも頂けねえ」
「それはそうだけど、何か考えがあるの?」
「一番考えなきゃなんねえのは、士郎坊が目立たねえようにすることだ。
 こういったことにはどうしたって好奇の目ってやつが沸く。
 場合によっちゃ、よからぬ目的で寄ってくる連中だっているだろう。
 そういった連中から守ってやるには、目立たねえようにするのが手っ取り早いんだよ」
「わかった、で、具体的には?」
「まずは……」

 こうして、俺が動揺して呆然としている間に爺さんと藤ねえによって色々と取り決めがされた。
 雷画爺さんが言うよからぬ連中っていうのには裏表色々いるのだろうが、俺にも一つ心当たりがあった。

 魔術師。

 この状態がなんらかの魔術の結果ということもあり得る。
 そういう連中からしたら、今の俺は格好の研究材料だろう。
 それを考えたらなるべく俺が「元男」っていうことは、隠しておいたほうがいい筈だ。
 
 二人の相談の結果、衛宮士郎は失踪扱いにして俺は孤児で藤村の家の養子ということになった。
 正直、この判断が正しいのか? 最良なのか? はわからないが、

「今回みたいにある日突然男の子に戻ったときにこの方が都合がいいだろうし、士郎が嫌だったら、大人になったとき家とは絶縁してもいいんだから、大丈夫だよ」

 今は、そういってくれた藤ねえと爺さんを信じるしかできなかった。

 そして藤村の家に引き取られて三ヶ月。

「しろ~、一緒に洋服買いに行くよ~」
「しろ~、一緒にお風呂入ろう~」
「しろ~、一緒に寝よう~」

 俺と藤ねえは藤村組の持ち物件のとあるマンションで二人暮らしをしている。
 名前を「藤村 詩露(ふじむら しろ)」に変え、髪は伸ばして肩口で切りそろえている。
 名付け親は、藤ねえで、

「私が呼び間違えても大丈夫なように、「しろ」って名前にしよ!
 字は「詩露」がいいな♪
 可愛いでしょ!」

 ってことらしい。
 まあ、こっちとしては素性を隠せれば正直なんでもよかったので、藤ねえの好きにさせている。
 衛宮の姓を名乗れないのは心残りだったが、切嗣の意志は確かに俺の中にあるんだ。 名前ぐらいじゃ変わらない。

 それにしても、最近藤ねえは調子に乗りすぎている。
 妹ができたのがそんなに嬉しいのか、四六時中一緒にいたがって鬱陶しくなってきてもいるんだが、そのことをいうと本気で泣くので手が付けられない。

「藤ねえ、せっかくベット二つあるんだから、一人で寝ろよ……」
「しろちゃ~ん」
「はっ! あ、あだだだだだだだだだだだだだ!! ご、ごめ、間違えた、いででででで!!」
「寝ろよ、じゃなくって、寝なよ、でしょ!?」

 顔はにっこり笑いながら、拳で人の頭をぐりぐりと締め上げていく。
 あ、穴が開く! 頭に穴が開く!!

 この三ヶ月、藤ねえは俺……いや、あたしが男言葉を使うと制裁を加えるようになった。
 せっかく素性を隠してるのに、変なところで目立つことしてたら意味がないからということらしい。
 言ってる事は判るんだがこの制裁、本気で痛い。
 そのうち頭が陥没するんじゃないかと、本気で心配になってくる。

 ちなみに学校には行っていない。
 お……あたしが女の子の振る舞いができないというのもあるが、体育の着替えなんかで慌ててしまうかも知れないということで、中学までは自宅学習という形にしてある。
 女の子の体ということで最初の一ヶ月は色々戸惑ったが、慣れてしまえばどうってことなかった。

 とは言え、その最初の一ヶ月はもの凄い大変だった。
 特にトイレは行く度にどきどきしていたが、一週間もしたら慣れたし風呂も藤ねえと一緒に入って色々教わったのだが、藤ねえの裸より自分の裸のほうが恥ずかしかった。
 スカートや下着っていうのも着るときの抵抗感は凄かったが、着ている姿は鏡を見ない限り意識することもないので、意外に気にしないで済んだ。
 藤ねえに言わせると、

「二次性徴前だったから順応しやすかったのよ。 これが中学生になってからだったらもっと大変だったわよ、きっと?」

 って、ことらしい。
 そんなもんかな? よくわかんないけど。

 そして、小学校の卒業式を経験することなくあたしは中学生になった。

 中学は元々行くはずだった学校ではなく、別の学区に通うことになった。
 マンションが違う学区にあるということもそうだが、小学校時代の人間がなるべく少ないほうを選んだというのが主な理由だ。

 小学校時代、これといった親しい友人はいなかった。
 中学でも特に変わることはないと思っていたが、二人の友人ができた。

 一人は柳洞 一成。
 たまたま一成の兄が、藤ねえの同級生で知り合うことになった。
 柳洞寺という禅寺の息子で、真面目で几帳面、なかなかの堅物だ。

 もう一人が、遠坂 凛。
 クラスメートということもあるが、なぜか一成と仲が悪くよくじゃれあっていて知り合いになった。
 あたしには品行方正で文武両道な美少女って印象なんだけど、一成に言わせると彼女は「女狐」らしい。

 そして、この遠坂凛とは一生切っても切れない関係になってしまった。

 きっかけは学校でのことだった。
 クラスメートが、階段から落ちそうになったとき咄嗟に魔術で身体強化を行ったのを遠坂に見られてしまったのだ。
 相変わらず発動に時間はかかるし失敗のほうが多いあたしの魔術だが、この時は、これまでの鍛錬の中でも最高のできだった。
 人を救えた達成感と、魔術が実際に人助けに使えた喜びに浸っていたとき

「藤村さん」

 と、遠坂に、にこやかな笑顔で話しかけられた。
 珍しいなぁ、遠坂から話しかけるなんて。

「なに?」
「今日、放課後お時間よろしいかしら?」
「いいよ、何? 季節外れの大掃除で人手が欲しいとか?」
「ふふふ、面白いこというのね、藤村さん。
 ちょっと個人的に相談したいことがあるだけです」

 あれ? 何で? 怒ってる?

「わ、わかった。 じゃ、一緒に帰ろうか?」
「ええ」

 帰り道、色々と話しかけてみたが、遠坂の反応は今ひとつ。 よっぽど深刻な問題を抱えているってことだろうか?

 遠坂の家は坂の上の洋館で、お嬢様っぽい遠坂のイメージにぴったりだな。

「はいお茶」
「あ、ありがと」

 おぉ~、紅茶だ。
 家では日本茶ばっかりだから、なんか新鮮かも。

 ずず~……

 う~ん、紅茶の良さってわかんないけど香りといい渋みといい高そうだ。

「ちょっと……」
「あ、悪い、相談だっけ?」
「そうじゃなくって、なんで紅茶をそんな男前に飲んでんのよ?
 寿司屋じゃないんだから」
「……ごめん」

 って、そんなこといっても紅茶の飲み方なんて知らないしな、しょうがない目の前の遠坂を手本に……。
 と、そこまで考えた瞬間、意識が突然途切れた。

 気が付くと見知らぬ洋間の部屋で、椅子に座らされ縄でぐるぐるに縛られていた。
 試しに解析してみようとした時、後ろから声がかけられた。

「気が付いた、詩露? いえ、衛宮士郎君っていったほうが、いいかしら?」
「!?」

 背後から聞き覚えのある声で藤ねえと、雷画爺さんしか知らないはずの秘密が暴かれる。
 だが、頭が朦朧として誰だか思い出せない。

「だ、誰だ?」
「あれ? まだ薬の影響抜けてない?」

 く、薬? 何飲ませやがったコイツ!

「遠坂凛よ、わかる?」

 遠坂? 遠坂がなんだってこんなことを?
 っていうか、 薬ってさっきの紅茶か!

「落ち着きなさい。 その縄、魔術で強化してるからちょっとやそっとじゃ解けないわよ。
 意識のほうも薬で朦朧としてるかも知れないけど、すぐ回復するわ」

 遠坂の言葉通り意識ははっきりしてきた。
 でもなんで後ろから話しかけるんだ?
 というか、魔術でって遠坂も魔術師ってことか!?

「女の子に対する扱いとしては酷いかも知れないけど、魔術師に対してはこれでも丁重なほうなんだから、差し引きゼロってことで納得して頂戴。
 で、相談っていうのは貴方が学校でやって見せた魔術のことよ。
 ちなみに、貴方が意識を失っている間に貴方の記憶、色々と見せてもらったわ」

 なるほど、それで俺の秘密を知ってるってわけか。

「それで、どうする気なんだ?」
「貴方に選ばせてあげる。
 私の弟子になって私に仕えるか、魔術に関わる一切の記憶を失うか」

 げっ! どっちも、どっちだ。
 っていうか、仕えるって何させる気だよ。

「あ、どっちも嫌っていうのは、なしね。
 その場合、可哀想だけど死んでもらうわ」

 さらっと、凄いこといってくれる。

「もう少し細かいこと聞かせてもらえない?」
「そうね、まず弟子になったら魔術を教えることと、性転換しちゃった原因究明に協力してあげる。
 その代わり、住み込みで私の身の回りの世話をしてもらうわ。
 労働で、対価を払ってもらうってこと、どう?」

 む、それだったら破格の条件といってもいいか?
 何しろこっちは何の知識も伝手もない状態なんだから、他の魔術師から得られるっていうは大きい。

「ちなみに、遠坂は何代目なんだ?」
「私? 六代目よ。
 ちなみに、大師父はあの”宝石の翁”よ」
「へ、へぇ~……、宝石の?」
「……アンタ、まさか魔術師のくせに魔法使いの事も知らないなんて言わないでしょうね?」
「すまん」

 やばい、相当殺気立ってる……。
 とにかく、遠坂の家は魔術師としては新興なのかも知れないが、六代も続いていると。
 それなら、それなりの知識が期待できるな。
 しかも、大師父が魔法使いっていうならなおさらだ。

「はぁ~……、まぁいいわ。 その辺も弟子になったら徹底的に叩き込んであげる。
 で、どうするの?」
「わかった、弟子になるよ」
「そう」

 どこかほっとしたような声で答える遠坂。
 よかった。 遠坂自身も俺を殺したり、記憶を消すのは不本意だったらしい。
 この年でそういったことに躊躇しない奴だったら、何とか逃げ出す方法を考えなきゃならないところだった。

「なら、これを飲み込んで」
「それは?」
「契約の証ってところかしら」

 そういって、後ろから手だけをあたしの口元へ持ってきて、赤いドロップのようなものを差し出してきたので、ゴクッと飲み込む。
 味はないが飲み込めないほど大きい物ではなかったからか、楽に飲み込めた。

「じゃあ、契約の内容を確認するわよ?
 Anfang(セット)!
 一つ、私の命を脅かさない」
「そんなの当たり前でしょ?」
「余計なことは言わなくっていいの。
 わかったかどうかだけ、答えなさい」

 こ、怖っ。

「わ、わかった」
「よろしい、じゃあ次。
 一つ、自身の不利益より私の利益を優先しなさい」
「わかった」
「一つ、私を裏切らないこと」
「わかった」
「以上の契約をもって藤村詩露を遠坂の系譜とする」

 そういって、縛られていた椅子からやっと開放された。

「ふう、うわ、痕付いちゃったよ」
「お疲れ様。
 さっきの契約忘れないでね」

 そういって、にっこり微笑む遠坂。
 そりゃ、遠坂に比べたら、たいしたできのお頭じゃないけど、そんなに信用ないかな?

「大丈夫、そこまで忘れっぽくないよ。
 ところで契約を破るとどうなるの?」
「もの凄い吐き気に襲われるわ」
「そっか。 気をつけなくちゃ」
「じゃあ早速だけど、今日からここに住み込んでもらうわよ」
「えっ!? そんな急に!」
「当然、特に心構えができてないアンタみたいなのは、早急に教育が必要だからね」

 確かに心構えなんて教わってないからな。
 生粋の魔術師である遠坂からしたら、情けなくはあるんだろうけど。

「そんなこといっても、藤ねえがなんていうかな~?」
「がんばってね、貴方がなんとかできなかったら私が魔術使わなくっちゃいけなくなるから」
「うっ、が、頑張るけど一緒に暮す理由考えてよ」
「そうね、じゃあこんなのはどう?」



[1095] 『剣製少女 第一話 1-2』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:72683c48
Date: 2007/12/14 18:18
 マンションに帰宅後藤ねえと夕食を食べながら、遠坂との同居の話を切り出す。

「駄目よそんなの! 二人とも子供なんだから。
 大体詩露、体のこととか考えたら……って、もしかしてアンタ、バレちゃったんじゃないでしょうね!?」
「大丈夫、そういうわけじゃないから」

 遠坂が考えたシナリオはこうだ。
 あたしが休学していたのは病気療養ということになっている。
 そして遠坂も貧血が酷く何度か医者に罹ったこともあり、特に朝晩が辛く一人暮らしということでとても心細いが、頼れる親戚も居らず人を雇うような余裕もない。
 そこで、あたしが居候すれば安心だし家賃もタダでいいと。

 ちなみに、たかが貧血と思うなかれ。
 無理をすれば階段から転落することもあれば、場合によっては意識障害にだってなる。

「それに、ルームシェアっていっても持ちつ持たれつだから。
 彼女の具合が良くなったら戻ってくることもできるし、雷画爺さんの好意に甘えっぱなしってわけにもいかないでしょ? 藤ねえだって今年教育実習で忙しいんだからちょうどいいじゃん」
「家のことはいいのよ。 切嗣さんにも誓ったし、詩露はもう家の子なんだから」
「ありがとう、そういってくれるのは嬉しいけどもう決めたから」
「……はぁ、士郎は詩露になっても変わらないか。
 わかった。 でも一度私にも会わせて。
 それから、いくら忙しくっても定期的に顔を見せに来ること! いい!?」
「わかった、ありがとう藤ねえ」

 こうして、ボストンバッグ一つの引越しは終わった。


 『剣製少女 第一話 1-2』


「あほかー!?」

 遠坂邸初日の夜、あたしに宛がわれた部屋はベット,箪笥、机以外なにもない部屋で、その部屋を使って早速魔術講座を受けることになったけど、いきなり殴られた。

「毎回魔術回路を作るって、アンタの師匠は何教えてたのよ!」
「むっ、切嗣が悪いんじゃない、あたしに才能がないだけなんだから」

 そう、あたしの才能のなさは切嗣もはっきり指摘していた。
 遠坂からしたらあたしのやり方は初歩の初歩なのかも知れないが、このやり方しかできないのだから仕方ない。

「……はぁ、才能云々以前の問題なんだけど、ま、いいわ、死んだ人悪く言ったってしょうがないし、一から教えていけばいいんだし。
 まずはスイッチを作りましょうか?」
「スイッチ? 具体的に何すんの?」
「はい、これ」

 あたしをベットに座らせて何やら宝石を取り出す遠坂。

「また契約?」
「今回のは別。 ほら、あ~ん」
「あ~」

 ゴックン
 う、今回のはちょっと大きいな。
 飲み込むのにちょっと苦労した。
 しかも、喉がひりひりして痛い。

「気をしっかり張ってなさい」
「え? ……ひっ!」

 ドクン と心臓が跳ねた。

「あ……かはっ……ふ、く……~っ!」

 だ、駄目だ、体が弾けそう。

「はっ、ひっ……」
「気をしっかり持ちなさい。
 すぐスイッチができて楽になるから」

 遠坂に抱きしめられながら必死に息を吸い込む。
 でもこれ、魔術の制御に失敗したときと一緒だ。

「だ、大丈夫なの……これ?」

 必死に遠坂に縋り付きながら聞く。

「あら? もう喋れるなんて意外。
 自分の制御には長けてるのね。
 大丈夫よ、すぐスイッチのイメージができるから」

 感心してくれるのは嬉しいんだけどこの状況は絶対ヤバイ。
 大体イメージって……

「……あっ」
「ん? なにかできた?」

 頭の中になんの脈略もなく突然映像が浮かぶ。

「もしかしたらなんだけど」
「ちょうどいいわ、試してみなさい」
「ん――全工程(トレース)、完了(オフ)」

 さっきから頭にちらつく拳銃の戟鉄を戻すイメージで、呪文を唱える。

「うん、上手くいったみたいね。
 これからはもう一々回路を作らなくても平気だから」
「はぁ、はぁ、あ、ありがとう遠坂」

 さっきまであった背骨や内臓を苦しめていた痛みは消え、今は体が熱っぽく少しぼーっとする。

「今日の講義はここまでだから、もう休みなさい。
 さっきの宝石で普段より魔力量が多いから、体がだるいでしょうけど一晩休めばよくなるわ」
「ん、おやすみ、遠坂」

 あ、なんか、安心したら一気に気が抜けたからか、次の瞬間、あたしは気絶するように眠りに落ちた。


 明けて翌日。
 遠坂の言った通り体のだるさは抜けていた。
 そして、目の前には遠坂の寝顔が……。

「なんでよ?」

 結局あの後一緒に寝ちゃったのか?
 っていうか、なんで部屋に戻らず、わざわざ一緒のベットに寝てますか?

 そんな遠坂を起こさないようそっとベットから出て、昨日の感覚を思い出すように魔術回路を開く。

「――同調(トレース)、開始(オン)」

 うん、問題ない。

「よし! 朝食の準備しよ。
 昨日の礼も兼ねて気合入れて作るぞ!」

 あれほど時間のかかっていた作業が、一瞬でできるようになった喜びから気分が高まる。
 自然作業の手も進んだのだが、朝食の準備が終わっても遠坂は起きてこなかった。
 しかたなく部屋まで起こしに来たわけだけど、

「遠坂、もう朝。
 朝食作ったんだけど、どうする?」
「ん~……、今日って休日でしょ?
 なんでこんなに早起きなのアンタ」
「習慣だからかな?
 それより、早く起きなって」
「ん~……、朝食いらないから、もう少し寝かせて」
「わかった、寝てていいから起きたらちゃんと食べな。
 キッチンに用意してあるから」
「ん~……」

 終始夢の中といった感じの遠坂だったが、最後のほうは既に意識はなかったようだ。
 あたしはキッチンに戻って久しぶりに一人の朝食を摂る。
 せっかく頑張ったのに少し拍子抜けしたが、お互いの生活習慣もわかってないんだし、まぁ、こんなもんか?

 朝食を終えたあたしは、居候兼弟子として部屋の片付けを始めた。
 まず最初に気づいたのはキッチンの惨状だった。
 洗物が溜まってるってわけじゃないんだけど、雑然としている。
 そして、賞味期限切れの調味料が大量に見つかった。
 片付けのできない人間の特徴は、物が捨てられないことにある。
 使わない物でもいつか使うかもしれないと、なんでもかんでも取って置くのだ。 ……ウチの虎のように。
 キッチンの状態はまさにそれだった。

(……これは、やり甲斐のある仕事になりそう)

 そうしてキッチン、バス、物置状態のいくつかの客間を片付け終わった頃、遠坂が起きてきた。

「へ~凄いわね。 見違えたわ」
「使用頻度の高いものを手前の目線の高さに。
 使用頻度の低いものを棚の奥や目線より高いところ、足元近くの低いところに置いてあるから。
 あ、ストック関係は全部低いとこね」
「ん、ありがと。 じゃ、ご飯もらえる?」
「あぁ」

 そういって、すっかり昼になってしまった食事を摂る。

「ん、合格。 これなら食事は任せて大丈夫そうね」

 一通り口をつけた遠坂から合格をもらう。
 まぁ、自炊暦長かったしそれなりの自信はあったが、遠坂の表情を見るに満足いくものが作れたことに安堵する。

「そりゃよかった。 ところで、これからどうする?」
「そうね、まずは体の確認しましょうか。
 性転換しちゃった原因を探すのも、契約の内だしね」
「わかった」

 そういって、あたしの自室に連れて行かれて裸にされた。
 もちろん自分で脱いだんだけど見られながら脱ぐのは相当恥ずかしかった。
 そして、ベットに横になるよう言われ検査が始まった。

「じゃ、少し体触るけど我慢しなさい」
「ん」
「ちょっと、照れないでよ。 こっちも恥ずかしくなるじゃない」
「わ、わかってるんだけど……」

 いくら女同士といってもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
 しかもこっちは、つい数ヶ月前まで男だったわけで遠坂みたいな美少女に裸を見られるっていうのは……。

「じゃ、始めるわよ?」
「ん」
「まず、魔術回路を起動して」
「わかった。 ――同調(トレース)、開始(オン)」

 遠坂の指が色々なところを触ってくる。
 時に強く押したり撫でるように触ったりと色々なんだけど、全体的に凄くくすぐったい。

「んっ!」
「ちょっと、変な声出さないでよ」
「だ、だけど……」
「いいから我慢しなさい」
「はい……」

 グニッ

「ひゃっ! だ、駄目駄目! そこは駄目!」
「ちょっと、ジッとしてなさい! すぐ済むから」
「あ……う、動かすのは……んあっ」
「はい、終わり。 もう、なんて声出すのよ」
「ひ、人のヘソに指突っ込んどいて言うことは、それだけか!?」

 呆れたように言う遠坂に思わず腹が立って食って掛かった。
 だというのに、なんでか遠坂のほうが青筋を立てて、

「詩露ちゃ~ん」
「え? あ、あだだだだだだだだだだだだ、ギ、ギブ、ギブッ! 降参!!」
「男言葉禁止! わかった?」
「は~い……」

 と、制裁を受けた。
 ちくしょう、なんであたしの周りは乱暴者ばっかりなんだ。
 しかも、足裏マッサージってなんで的確に人の急所を攻めてくる!?
 野生の感か?

「で、診断の結果だけど十中八九魔術が原因ね」
「ほんと!?」

 今まで全く原因がわからなかった事を思えば、それだけでも格段の進展だ。
 この調子なら元に戻るのも夢じゃないかも!

「ほ、他には何かわからないか?」
「はいはい、興奮しないで。
 言葉遣いが戻ってるわよ」

 そういってスカートから眼鏡を取り出してかける遠坂。

「あれ? 遠坂って、目悪かったの?」
「これ? 雰囲気作りよ」
「…………」
「で、続きなんだけど、詩露の体には肉体再生の礼装があるわ。
 貴方の生い立ちを考えると養父だった衛宮切嗣という人物が、火事で焼けどを負った貴方に使った可能性が高いでしょうね。
 それから、性転換してしまった経緯を考えるとこの礼装は本来女性限定の物だった可能性が高いわ。
 魔術の暴走で普段より高い魔力が加えられたこと、破損した肉体を再生しようとしたことで性転換してしまったと」
「あ、あり得るのか、そんなこと?」

 なんか、話だけ聞いていると魔術の域を超えているような……。

「可能性だけだったらね。
 ただ、もしこの可能性が正しかったら、衛宮士郎という人物は実質的にはもう死んでるのと一緒よ。
 一度死んで再生された。 その時、遺伝子レベルの性転換なんて魔法の域だもの。
 戻ることは絶望的だと思ったほうがいいわ」

 希望から一気に絶望に叩き落された気分だ。
 死んでるってなんだよ。 男に戻れないって、そんな……。

「ごめん、もう少しソフトに教えてもよかったんだけどあくまで最悪の可能性として覚えておいて欲しかったの。
 まだ、この可能性が正しいと決まったわけじゃないわ。
 もっと情報を集めて、あらゆる可能性を網羅して取り得る最良の選択をしましょ。
 その為にも、この程度で動揺しない!
 貴方はもう遠坂の系譜なんだから、しっかりしなさい」
「……あぁ、そうだな、わかったよ遠坂」
「よろしい。
 で、詩露ちゃ~ん……」
「え?」
「言葉遣いが悪い!」
「あたたたたたたたたたたたたた!! ご、ごめん、いや、ごめんなさ……いたたたたたたたたたたたたた!!」
「ふぅ、気をつけなさいよ!」
「……はい」

 くそ~、この乱暴者め!
 っていうか、なんでそんないい笑顔してますか?

「はい、着替え」
「……冗談でしょ?」
「本気よ?」

 検査が終わった後、遠坂から手渡された着替えはメイド服だった。
 いくら、弟子として身の回りの世話をするっていっても、何が悲しくてこんなひらひらしたもの着なきゃならないのか。
 遠坂しかいないとはいえ、あたしは見世物になるつもりはない。

「断る」
「あら、私の期待を「裏切る」気?」
「うぐっ! はっ……はっ……んっ」

 その瞬間もの凄い嘔吐感と酩酊感に襲われた。
 それこそ立っていられず、蹲って口元とお腹を押さえて小刻みに体を震わせる。

「どう? 着る気になった?」
「はっ……はっ……わ、わかった」

 そういった瞬間、さっきまでの気持ち悪さが嘘のように楽になった。

「い、今のは?」
「契約の代償よ。
 教えておいたでしょ?」
「あんなに凄いとは……」
「当たり前じゃない。
 絶対的な強制力はないけど、抵抗力奪う程度にはなるでしょ?」
「結構悪質だと思う」

 正直あれは酷い。
 思い出すだけで内臓が口までせり上がってくる感じだ。

「そう? 後遺症もないし肉体的にはなんの問題もないんだから、呪いとしては良心的よ?」
「呪いって……本当に肉体的に問題ないの? 油汗が凄い出てるんだけど」
「ええ、それより、着替えの前にシャワー浴びてらっしゃい」
「はぁ、わかった」

 着替え終わった後、居間で紅茶片手に今後のあたしの教育方針とか雑談なんかをした。
 その中で、このメイド服は元々いたお手伝いさんの物だった事がわかった。

「それにしても、思った以上に似合ってるわね。
 大き目のサイズを無理に着てるって言うのがまた堪らないわ」
「堪らないって……」
「いや~可愛い可愛い♪」

 ご満悦な表情の遠坂が、ギュッと抱きしめてくる。
 あたしは愛玩動物か!
 くそ、絶対サイズ直ししておこう。
 これ以上遊ばれて堪るか。
 そんなことを一人決意していると、

「詩露ってモテそうよね?」

 と、唐突に切り出してくる。

「いきなり、何?」
「いや、ちっちゃくって可愛くって、料理上手で献身的。
 男の理想なんじゃない?」
「そうかな?」

 自分が男だった時の事を考えると、遠坂のような綺麗でしっかり者な女子のほうが好きなんだけどな。
 ……胸もあたしよりあるし。
 それをいったら、そっぽ向きながら

「あたしは駄目よ、可愛げないもの」
「そんなことない。 遠坂は十分可愛いよ」
「え……あ……うっ……」

 顔を赤くして視線を泳がせる遠坂。
 あれ? 怒らせちゃったか?

「はぁ、ま、いいわ。
 女二人で褒めあっても虚しいし。
 さ、夕食の準備して頂戴。 期待してるわよ?」
「了解、師匠」



[1095] 『剣製少女 第一話 1-3』
Name: 阿蘇5◆f970a791 ID:272fe3d2
Date: 2007/12/14 18:18
 凛との同居も一年近く過ぎた。
 髪は肩甲骨の辺りまで伸び、首の後ろで凛特性の赤いリボンを使って縛っている。
 なんでも、女の髪には魔力が宿るとかで切る事を禁じられた結果だ。
 体系的には殆ど変化はなく、わずかに背が伸びたにすぎない。
 他には、あたしの魔術特殊性を知り怒り狂った凛に徹底的に健康に(足裏マッサージ)されそうになったり、その特技を生かして刀剣販売始めたり、週に一回会うたび虎に抱きしめられて、背骨の柔軟性を鍛えたり、なにをトチ狂ったかあたしに告白してくる有象無象を切り捨てたりしているうちに進級して二年になった。

 二年になって一つ、大きな変化があった。
 凛とは、相変わらずクラスメートだったが、あたし達二人は生徒会役員にさせられた。

(詩露、貴方会計で立候補しなさい)
(ちょっ、なにそれ!)
(師匠命令よ。 それに、役員やっとけば何か誘われても忙しいからって断りやすいでしょ?)
(単に副会長に推薦されたから、あたしも巻き込みたいだけでしょ!?)
(それもあるけど、アンタの場合こうでもしないと”何でも屋”辞められないでしょ!)
(何でも屋って……)
(いいから言うこと聞きなさい。 こんな所で「つわり」になりたいの?)
(ぐっ……)

 というような凛との念話のやりとりの末、結局あたしは会計にさせられた。
 ちなみに、「つわり」ていうのは例の契約の代償だ。
 凛の無理難題で一度教室で代償が出て変な噂が立ったことに起因している。
 その時の「旦那」候補は一成を筆頭に何人か立候補まで出たが、凛の名前まで出ていた。
 ……なんでよ?

 そうして、春先の温かい日。
 一本の電話から運命が始まった。

「詩露、聖杯戦争が始まったわ」


 『剣製少女 第一話 1-3』


「周期が違うんじゃない? 確かなの?」

 洗い物を終え、手をエプロンで拭きながら居間で紅茶を飲む凛に確認する。
 ちなみに、エプロンのサイズはあの日の翌日には手直し済み。

「えぇ、綺礼からの連絡で間違いないわ」
「どうするの? 明らかに準備不足だけど?」

 ソファーに座りながらまっすぐに凛の目を見て質問する。
 まぁ、答えは聞く前からわかってるんだけどね。

「どうする? 私は遠坂で、あなたはその弟子よ? 参加を迷う理由がなにかある?」
「ふふ、そう言うと思った。 ま、こっちは二体のサーヴァントを用意できるって利点があるから、なんとかなるかな?」
「そういうこと。 絶対的優位ってわけじゃないけど大きなアドヴァンテージにはなるわ」
「召喚はいつするの?」
「今夜私がやってみる。 貴方はその後ね」
「あたしが先にやったほうが良くない?」
「いいえ、選ばれるサーヴァントは早い者順で決まっていくし、クラスの重複はないんだからとっとと最優とされるセイバーを召喚してしまえば、他よりも有利になるわ。
 触媒がないし、用意する当ても無い以上博打であっても早いほうがいいのよ」

 ここ一年であたしが片付けをするようになって魔術関係の整理もしたが、この家に英霊に縁のありそうな物はなにも見つかってない。
 妙な杖は見つけたが、二人で話した合った結果厳重に封印することになった。

「あたしの投影で使えそうなもの用意できれば良かったんだけど……」
「しょうがないわ、私もそのつもりだったけどこんなに早く始まるなんて思ってなかったもの。
 今の貴方に英霊縁の物、特に宝具なんて投影させたら無事に済むわけないんだし、現状でなんとかするしかないわ」
「ん、サポートは?」
「いらない。 お師匠様がお手本見せてあげるから黙って見てなさい」
「了解、師匠」

 にやっと不敵に笑う凛に、こちらも信頼の笑顔で答える。


 そして深夜二時。 薄暗い地下の魔方陣に、エーテルの嵐を伴って一人の赤い騎士が現れた。

「サーヴァント・アーチャー、聖杯の寄る辺に従い参上した」
「うわ、失敗した……」
「ご愁傷様」
「……失礼だな君達。 そっちから呼び出しておいてなんだその言い草は」
「「あ、ごめん」」

 期待していたサイバーではなかったことに凛が落ち込みあたしが慰めていると、アーチャーと名乗った男が不貞腐れたように文句を言ってくる。
 なんか、想像してたサーヴァントと随分違う。
 もっと殺伐とした雰囲気を想像してたんだけど妙に人間臭い。

「で、アーチャー貴方何処の英雄?
 見た感じ東南アジアっぽいんだけど」
「その質問の前に、そこの少女の存在について説明を求める。
 真名を明かす以上それなりのリスクを伴うわけだが?」

 アーチャーは腕組みをしつつ、こちらを不審そうに伺う。

「そうね、彼女は藤村 詩露。 私の弟子で契約に拠って縛られているから、安心していいわ」
「藤村……? そうか、てっきり侍女かと思ったがまぁいい、了解した」

 あ、しまった、メイド服のままだった。

「私の真名は衛宮 士郎。 この聖杯戦争でかつてマスターだった者だ」
「「なっ!!」」
「驚いたか、遠坂?」
「……嘘、だって……・・」
「え……あ……」

 凛も驚いているが、あたしはまともに声も出せないほど驚いた。
 だって、彼は本来の自分が英霊まで至った姿だというのだから。

「ところで藤村嬢。 私の記憶が確かなら藤村の姓の女性は大河と言ったのだが、聞き覚えは?」
「あ、姉だ」
「はぁ、詩露、落ち着きなさい。
 といっても難しいわよねこれは。
 いいわアーチャー、まずは情報交換といきましょ」

 場所を居間に移し、あたしのこれまでとアーチャーの経験した聖杯戦争を聞いたことで幾つかわかったことがある。
 まず、あたしの体にあるのは前回のセイバー、アーサー王の聖剣の鞘だということ。
 ただ、この鞘は持ち主が限定されているわけではないので、鞘が原因で性転換が起こったとは考えづらいとのこと。
 アーチャーが経験した聖杯戦争では胴体を真っ二つされたけど、性転換など起こらなかったらしい。

 二つ目に、アーチャーの経験した聖杯戦争も六十年周期と違ったらしいがそれでも十年だったことを考えると、今回の戦争は更に三年も早い。
 その事についてアーチャーに尋ねると、

「可能性としては、アインツベルンか間桐が聖杯に細工をしたのかも知れん。
 もう一つは、先ほど話したギルガメッシュが何らかの理由で現界できなくなり、聖杯に摂りこまれたため聖杯が戦争の条件を満たすだけのマナを得たか。
 現状立てられる予想は、こんなものか」
「そうね。
 これ以上は、何か情報得てからでないと意味を成さないわね。
 さて、一段落したところで詩露、落ち着いた?」
「あ、うん、もう大丈夫」

 さっきは、驚きのあまり呆然自失になっていたが、説明をしたり聞いたりしているうちに自分なりに納得できたのか、随分と落ち着いた。

「なら、セイバーを召喚して来なさい。
 こっちはアーチャーともう少し打ち合わせしとくから」
「ん? 見ないの?」
「子供じゃないんだから一人でできるでしょ?
 ちゃんとセイバーに私達のこと説明しておくのよ?
 いきなり切りかかられちゃ堪らないから」
「わかった、じゃあちょっと行ってくる」
「期待してるから」

 そういって手をひらひらと振りながら笑顔で送り出されたあたしは、アーチャーを呼び出した召喚陣でセイバーを呼び出すため再び地下へと降りていった。


「で、念話で言ってた内密の話ってなに?
 貴方もあの子を殺したいとか?」

 少々険の篭った目つきで問いただす凛。
 だが、アーチャーはそれを意に介さず、

「いや、私は答えを得たからな。 奴のように八つ当たりをするつもりはない。
 話というのは桜の事だ」

 と、返す。
 驚いたのは凛のほうだ。
 ここで突然実の妹の事が出るとは、正直予想外だったのだから。

「桜?」
「アイツには話してないようだが君と桜の関係は知っている。
 そして、座との繋がりが絶たれた状態では断言できないが、桜は偽りの小聖杯でちょうどこの時期兄の慎二から暴行を受ける」
「なっ!」
「落ち着きたまえ。 まだ起こっていない可能性は高い。
 それ以外にも祖父の臓硯から受けた虐待などもあるのだが、ある意味この時期に聖杯戦争が始まってくれたことで、せめて慎二との関係だけは最悪の事態を避けられるかも知れん」
「わかった、覚えている範囲でできるだけ話して」

 そして赤い騎士は真剣な表情で自身が体験したことと、座で得た情報を交えながら話し始めた。


 先ほど赤い騎士が現れた魔方陣にエーテルの嵐を伴って、一人の少女が現れた。
 少女は小柄ながらも金属製の鎧を纏い、意思の強そうな眼差しで私を見る。

「サーヴァント・セイバー召喚に応じ参上しました」

 凄い美人。
 凛とはタイプは違うけど、男女の区別なく惹きつけられるものを持った美人だ。
 年の頃はあたしとそう変わらないだろうが、若干上?

 あたしは内心の動揺を隠しながら自己紹介をしようとしたが、

「貴方は下働きの者ですか? マスターは何処でしょう?」

 キョロキョロと辺りを伺うセイバー。
 あ……、そういえば服、そのままだった。

「え……と、この格好はちょっと事情があってね、貴方のマスターはあたし。
 初めましてセイバー。 あたしは藤村 詩露。 呼び方は好きにして」
「そ、それは……。 失礼しました、では、改めてシロと。私は……」

 慌てて弁解するセイバー。
 でもこんな格好じゃ誰だってそう思うだろうな。

「知ってるよ、アーサー王。 これからあたしの師匠に会ってもらうけど、その前に少し説明しときたいことがあるから、聞いてくれる?」
「もちろんです、シロ」

 そして、地下室で説明を始める。
 あたしの体に聖剣の鞘があること。
 聖杯がアンリ・マユによって汚されていること。
 凛とあたしの関係。
 アーチャーの素性をなるべく簡単に要点だけをまとめて話した。

「そんな……、聖杯が……」

 やっぱりショックか。
 当然だよね、聖杯を求めて全てをかけて頑張ってきたのに、手に入る、入らない以前に偽物なんて言われれば。

「で、こっちの勝手な都合なんだけど、セイバーにもなんとか協力してもらいたいんだ。
 報酬に聖杯ってわけにはいかないけど、あたしの中の鞘を返すから。
 ……駄目かな?」
「いえ、シロの境遇の責任の一端は私にもある。
 それに無辜の民のことを考えれば、このまま黙っているわけにも行きません。
 是非手伝わせて下さい」

 真摯な眼差しで、答えるセイバー。
 なんというか、いかにも騎士という台詞だ。
 だけどそれも、彼女がいうと大仰でもなんでもなく、頼もしく感じるから不思議だ。

「ありがとう。
 他にも知りたいことはあるだろうけど、とりあえず師匠に会わせたいから上に行こうか?」
「わかりました」

 キッチンにはアーチャーが用意した朝食が美味しそうな匂いを上げていた。

「うわ、美味しそう」
「あ、詩露、上手くいったみたいね」
「うん、セイバー、こっちがさっき説明した師匠の凛。
 で、こっちがあたしが召喚したセイバー」

 さっそく凛にセイバーを紹介する。
 セイバーはさっきまで武装した格好のままだったのだが、場の雰囲気に合わせたのか鎧を外した青いドレス姿になっていた。

「よろしく、セイバー。
 私は遠坂凛。
 好きに呼んで頂戴」
「でわ、リンと。
 私のことは既にご存知のようですが、セイバーとお呼び下さい」

 座ったまま手を差し出す凛。
 それを握り返し微笑み返すセイバー。

「わかったわ。
 で、こっちが私のサーヴァント、アーチャーよ」

 ちょうど炊飯器を抱えて持ってきたアーチャーが、セイバーに挨拶する。

「よろしく、アーチャー」
「あぁ、共同戦線ということになるだろうからよろしく頼む。
 朝食は挨拶代わりだ。 存分に食べてくれ」
「貴方に感謝を」

 そして、朝食の席で不足分の説明を終えた後今後の方針に話が向いた時、凛が真剣な表情であたしとセイバーに提案してきた。

「私情が絡んでるけど、最初に桜を助けたいの。
 協力して頂戴」
「桜?」
「……あたしの妹よ」
「!! 凛、妹がいたの!?」

 思わず椅子から立ち上がりかける。
 凛に妹がいたなんて初耳だ。

「え……っと」
「そこからは私が説明しよう」

 そして、アーチャーの説明で凛と桜。 遠坂と、間桐の関係。 具体的な説明はなかったが偽りの小聖杯として虐待同様の扱いで、肉体改造を受けている等の話を聞いた。

「わかった。 そういうことなら放っておけないね。
 具体的にどうするか作戦は考えてあるの?」
「あぁ、お前には弓を持って後方に陣取り、凛と一緒に待機しててもらう」
「弓って、あたしやったことないんだけど……」

 と、いうか、弓って持ったその日に使えるようになるものか?

「安心しろ。 私が教えてやる。
 なに、平行世界の私が保証してやる。 お前には弓の才能がある」
「ま、まぁ、アンタが言うんだから確かなんでしょ。
 よろしくね」
「あぁ。
 桜は私とセイバーで強奪する」
「強奪って……」

 なんか、もの凄く不穏な発言なんですが……。

「話し合いの通じる相手じゃない上、相応の抵抗が予想されるからな」
「わかった。 それでいつ決行?」
「今日の深夜だ。
 それまでに弓の扱いを覚えろ」
「なんか、無茶苦茶言ってる気がするんだけど、弓ってそんな簡単なものなの?」

 さすがに不安になってアーチャーに問いかけるが、

「言っただろう、弓に関してお前は特別だ。 実戦でも魔術師相手なら役に立つようにしてやる」

 なんなんだ、その自信は……。


 と、いうことで、早速庭で弓の訓練が始まった。

「何これ?」
「胸当てだ。 着けておかないとその貧相な胸が弦で切れて絶壁になるぞ?」
「怖いこといわないでよ!
 ……で、どうやって着けるの?」
「……はぁ、後ろを向け着けてやる」
「あ、ありがと」

 と、いうか、やったことないって言ってんだから呆れられても……。

「よし。 弓はこれでどうだ?」

 そういって投影で出した弓をあたしに渡すアーチャー。
 へー、思ったほど重くない。

「よっ……ふっ……くぅ~…………。
 はぁ、はぁ、はぁ、……無理」

 けど、弓の弦は身体強化をしてもびくともしなかった。

「予想はしていたが、筋力が相当低いな」
「やっぱりそう? 筋トレはしてるんだけどね~……。
 あたし、使い物になりそう?」
「うっ」
「う?」

 なんでそこで嫌そうな顔?

「い、いや、まぁ、私ほどには無理だろうが、その分聖杯戦争時の私より魔力が高いからな。
 剣製をものにすれば、戦い方次第じゃないか?」
「そっか、……よし!」

 英霊になった自身より魔力が高いといわれ、俄然やる気が出てきた。

「ほら、こっちの弓はどうだ?」

 そういって先ほどよりやや小ぶりな弓を渡してくるアーチャー。
 こうして、昼食まであたしの弓の訓練は続いた。



[1095] 『剣製少女 第一話 1-4』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:945f4a86
Date: 2007/12/14 18:19
 『剣製少女 第一話 1-4』


 凛が作った中華を昼食に食べながら話題は、あたしの訓練成果のことになった。
 ちなみに、セイバーは言峰からもらっている服に着替えてもらったんだけど、清楚な印象が大変似合っている。
 そういえば、二人の体系は結構似ている。
 これがあたしだったら、セイバーには入らないだろうな。

「で、アーチャー、詩露のほうはどう?」
「ふむ、最初に言ったように魔術師相手ならそこそこの戦いになるだろう」
「サーヴァント相手は無理なの?」
「お前な……」
「詩露~、私がしたサーヴァントの説明覚えてないのかしら?」

 うわ……、お師匠様、その笑顔怖いです。
 と、いうか、こういう時の凛はきちんと釈明しておかないと,後で何をされるかわかったものじゃない。
 足裏マッサージとか、足裏マッサージとか、具体的には、足裏マッサージとか。

「あ、ち、違う違う! だって、アーチャ-はあたしより魔力が少ないのにサーヴァントに勝ったって言ってたから、勝てないまでも牽制ぐらいはって!」

 そう、彼は自身がマスターとして参加した聖杯戦争で、ギルガメッシュというサーヴァントに勝っているのだ。
 なら、その彼より魔力量の多いあたしは、いきなり勝てるとは言わないまでも牽制ぐらいはと思ったのだが、きっぱりと否定されてしまった。

「まず、お前の勘違いを訂正しておいてやる。
 お前のほうが魔力が高いのは、二十七ある魔術回路をきちんと使いこなしているからだ。
 当時の私は普段二本しか使えなかったからな」
「あ」
「そういえば、詩露も修行始めたばかりの時は二本しか使えてなかったわね」

 そうだった。 自分では二本しか意識できていなかったが、凛の検査で二十七もあると聞かされて、喜んだんだった。
 なんだか、懐かしいな。

「それと、魔力量はお前のほうが高いが、回路の強度は私のほうが上だった。
 いくら凛の指導があるといっても、三年という年月の差を埋めるほどではない」
「つまり……」
「年齢と回路の数の割には優秀だが、総合評価では当時の私よりも劣る」

 そんな……、せっかく女になって衰えた肉体的なハンデを覆せると思ってたのに。
 それでも何とかならないかとアーチャーに詰め寄るが、

「で、でも、魔力を多く込めた矢でブロークン・ファンタズム使えば……」
「無駄だ、宝具でも投影できれば別だが貴様程度の魔力が篭っただけの矢でサーヴァントの対魔力を突破できると思うな」
「なら、宝具を投影すれば……」
「シロ……」

 なんとか、なんとかならないのか?
 このままじゃ、俺はまた……・。

「無駄だ。 今宝具を投影できたとしても粗悪品を作った挙句神経が損傷するだけだ。
 回復はするだろうが、戦闘では足手まといになるだけだ」
「くっ……」

 顔を上げていられなかった。
 またか。
 また俺はなにもできないのか……。
 せっかくアーチャーという自身の完成系を知り、そこから技を学ぶこともできるようになったっていうのに。

「な、……なら、神経が全て損傷してもいいからまともな投影ができるようになれば、なんとかなるじゃないかっ! そうすれば俺は……!」
「詩露っ!! アンタまだそんなこと言ってんの!
 アンタのそれは間違ってる。 魔術師である以上命をかける覚悟は必要だけど、覚悟と捨て鉢を一緒にすんじゃないの!
 そんな考えしかできないっていうんだったら、聖杯戦争が終わるまで倉庫に閉じ込めておくわよ!」
「あ、……ごめん凛。 そういうつもりじゃ……」

 アーチャーに食って掛かったあたしに凛の叱責が飛ぶ。
 頭に上っていた血が一気に引いた。
 そうだった。 この一年で凛に叩き込まれた教えだっていうのにあたしは……。

「シロ。 貴方はまだ子供だ。 向上心はいいですが焦っては元も子もない。
 初めての実戦ということで焦る気持ちもわかりますが、今は自身にできることを考えてください」
「セイバー……」
「それに、戦闘というのは単純な力比べではない。
 それを活かす方法を考えればいいのだからな」
「へ~、フォローするなんて優しいのね、アーチャー」

 にやにやと意地の悪い笑いをする凛。
 それに対してアーチャーが、苦虫を噛み潰したような表情で答える。

「いざという時無茶をして足を引っ張られては適わんからな。
 戦闘者として当然のことを言ったまでだ。

 それから、私は貴様にサーヴァントの牽制が出来ないとは一言も言ってはいないが?」
「「へ?」」

 そういって、今度はアーチャーが意地の悪い笑みを浮かべる。
 アーチャーと凛ってこういうとこ、似てるなぁ。
 ……と、いうことは、あたしも将来こうなるのか?

「お前は魔術師なのだから、なければ他所から持ってくればいい。 そうだろ?」
「ふ~ん、なるほどね」
「そうですね。 確かに、それなら実用性はともかく牽制ぐらいなら」

 遠坂とセイバーにはもう答えがわかったようだが、あたしにはわからない。
 持ってくるって何を? 何処から?

「え? どういうこと?」
「つまり、アーチャーが投影したものを詩露が射てばいいってこと。
 魔力の篭っただけの矢じゃ避けることもしないでしょうけど、宝具だったら避けないわけには行かない。
 でしょ?」

 凛があたしの疑問に答え、アーチャーに確認するように微笑みかける。

「あぁ、宝具の恐ろしさはダメージの大きさだけでなく、宝具が持つ固有の能力にある。
 掠り傷が致命傷に繋がる場合もあるからな。
 まぁ、固有の能力は強力なものほど扱いが難しいから小娘には使えんだろうが、相手はそんなこと知りようもない。
 牽制としてはそれでも十分だろう」
「そ、そっか」
「はいはい、良かったわね」

 あたしの力でも役に立つとわかって、思わず頬が緩む。
 そんなあたしに凛は呆れたのか、頭を撫でながら溜息をついている。

「ところで、詩露」
「ん? 何? って、いたたたたたたたたた、何? 何? 何で!?」
「アンタは魔術師の癖に、あの程度で動揺してんじゃない! 地が出てたわよ!」
「ご、ごめ、ごめん! だって、また何もできないと思ったらつい……い、いたたたたた!」

 だから、なんで足裏マッサージ!?

「むっ」
「どうしました、アーチャー?」
「あぁ、いや、それよりお前たち二人は夜まで休んでおけ」

 普段の五割り増しで念入りにマッサージされたあたしに、「何やってんだ」と呆れた表情のアーチャーが命令してくる。

「そうですね、特にシロは疲れを残していてはせっかくの特訓が逆に仇となってしまう」
「ぜぇ、ぜぇ、そ、そうだね。 悪いけどそうさせてもらおうかな?」
「じゃ、行きましょうか、詩露?」
「ちょっと待て」

 手を繋いで出て行こうとするあたし達を、アーチャーが怪訝そうに呼び止める。

「なによ?」
「なぜ一緒に行く?
 君の部屋は、二階といっていなかったか?」
「あぁ、あたし達寝るときは一緒だから」
「は?」
「詩露は私の抱き枕だから」
「な! き、貴様は、それでいいのか!?」
「あたしに……拒否権なんてない…………」

 もう慣れたといっても、こうして改めて誰かに指摘されると恥ずかしい。
 とはいっても、同居初日からこうだったから今更部屋を別々にするっていうのも、なんか違和感あるんだよね。
 ……拒否しようものなら「つわり」で強要されるし。

「アーチャー、なにを動揺しているのです?
 マスターが一緒にいるほうが、いざという時の守りも容易くなるのでは?」
「そ、それはそうなのだが……倫理的に……いや、奴も女だからいいのか?
 いや、しかし……」
「じゃ、お休み~」

 何故か虐めっ子モードでアーチャーを挑発する凛。
 なんで、貴方はこういう時だけ生き生きとしてますか?


~幕間~
(あたし、使い物になりそう?)
(何もできないと思ったらつい)

「はぁ……」
「どうしたんです、アーチャー?」
「いや、奴の言葉を思い出してな」
「奴? シロのことですか?」
「あぁ。 酷い言い方だが、奴にとって今夜の桜救出はあそこまで思いつめなければいけない理由はない。
 師の妹で、境遇に同情したとはいえ奴にとっては見ず知らずの他人なのだからな。

 私自身、遠坂との長い年月で答えを得たわけだから、あの小娘がまだその答えを得ていないとしても責められるものではないのだが、あまりに未熟で歯痒くてな」
「ふふ」
「何か?」
「いえ、シロもそうでしたが、貴方もなかなかせっかちなようですね。
 確かに危ういところはありましたが、あの子達はまだ幼い。
 未熟なのは当然でしょう」
「わかってはいるつもりなのだがな……。
 凛の教育の成果か私の時よりましとは言え、あの火災での罪悪感と切嗣に救われたときの彼の笑顔が呪縛となっているのだ。
 早く気づいてくれればいいのだが……」
「……すみません。 あの火災の責は、私にも……」
「ん? あぁ、別に君を責めたわけではなかったのだ、気にしないでほしい。
 それに、私は君に責任はなかったと思っているし、アイツもそう思っているだろう」
「そうでしょうか……」



[1095] 『剣製少女 第二話 2-1』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:49955e6e
Date: 2007/12/14 18:19
 『剣製少女 第二話 2-1』


 夜になり、セイバーがあたしの部屋まで起こしに来てくれた。
 昼寝というには完全に熟睡していたことから、アーチャーとの特訓で思ったよりも疲れていたようだ。

「シロ。 そろそろ起きて下さい」
「あぁ、セイバー起こしに来てくれたんだ。 ありがとう」
「……それにしても、本当に抱き枕になっていたのですね」
「あ……う、言わないで……」

 セイバーの微笑ましいものを見る目に、居た堪れなくなる。
 傍目にどう見えているのか気にしてなかったが、今度からは凛が寝付いたらこっそり抜け出すか?

 まぁ、今後のことはともかく、さっさと起きよう。
 後ろから羽交い絞めにするように絡んでいる凛の腕を解きながら体を起こす。

「ん? むぅ……」
「あ、しまった。 こ、こら、しがみ付くな! 揉むな! ひゃっ!}

 あたしの体が離れようとすると、逃がすものかとしがみ付いてくる凛。
 もちろん、寝惚けてやってることなので手加減無用でそこ等じゅうを鷲掴み。
 痛いやら恥ずかしいやら気持ちい……いや、最後のはなし。 気のせいだ。

 とにかく、ベットから出るときは細心の注意が必要だっていうのに、今日はセイバーに気をとられ、不用意に動いてしまったようだ。

 そんなこんなで数分、ベットの上で凛のセクハラを受けてなんとか逃げ出す。
 くそ、本当は起きてるんじゃないか?

「はぁ、はぁ、じゃあ、セイバー……。 って、どうしたの?」
「え? あぁ、物の少ない部屋だなと……。 あ、すみません。 女性の部屋をじろじろと」
「いや、気にしなくていいよ。 女って言っても外見だけだしね。
 部屋はまぁ、あたしはこれといった趣味も持ってないし、魔術の道具も特に必要ないからね」

 今の課題も凛のアゾット剣の投影で、込められた魔力を増やしたり、形状を変化させるというものだが机の引き出しに仕舞ってある。
 この部屋を宛がわれてから増えたものといったら、箪笥の中の服と、学校の道具、ベットの下の日本刀ぐらいだ。

 ちなみに、刀剣販売の仕事ではまだ普通の日本刀しか扱っていない。
 将来的には魔剣も扱いたいけど、まだ魔力の篭った物、長い年月で神秘を秘めた物を投影するには精度と成功率が低すぎる。
 アゾット剣ぐらいだったらなんとかなるんだけどな……。

 そして、セイバーと話しながらインナーだけだった格好からメイド服に着替え、凛を起こしにかかる。
 インナーっていってもタンクトップとSパッツだから、セイバーの目もたいして気にならない。

「ほら、凛、起きな。
 時間だよ」
「ん……ふが」

 ふふふ、眠っている凛の鼻を摘んでやる。
 強く摘んでいないものの、いやいやと顔を振っても逃がさない。
 さっきのセクハラもそうだが、普段虐待されている鬱憤を晴らす唯一のチャンス。 たっぷり楽しませてもらおう。
 ……あぁ、こうしてあたしもアーチャーみたいに意地悪くなっていくのかな?
 そんなことを考えながら鼻を摘んでいたら、次第に凛の目が開いてくる。

「……あんた、それやめなさいっていってるでしょ?」
「起きない凛が悪い」

 寝ぼけ眼でこっちを睨んでくるが、微妙に焦点の合っていない目では、迫力はない。
 布団を引っぺがし、あたしとセイバーは部屋を出る。

「桜ちゃん助けに行くんだから、ちゃんと目を覚ましなよ」
「ん、わかってる。 下で待ってて」

 去り際にかけた声にベットの上に座りながら、凛は力強く答えた。


「ふむ、起きたか……って、貴様まさかその格好で行くつもりじゃないだろうな?」
「それこそまさか。 どうせ行く前に軽く食べるだろうから、何か作ろうと思ってこの格好しただけ。
 朝、昼と作られちゃったから夜ぐらいはね」

 キッチンにはアーチャーが先客でいたのだが、まだ作った形跡はない。
 冷蔵庫の中身を確認していたところを見ると何を作るか考えていた最中だったんだろう。

「ほう、何を作る気だ?」

 何処からかエプロンを取り出し身につけるアーチャー。
 手伝う気満々なのはわかったけど、あんた、今、そのエプロンどっから出した?
 家でそんなエプロン見た覚えないぞ?

「サンドウィッチでいいかな? って。
 あまり重くても寝起きの凛じゃ食べれるかわからないし、いざという時、動きが重くなっても困るから」
「では私はスープを作ってやる。
 ミネストローネでいいか?」
「あぁ、ならちょうどイタリアン・トマトあるから、そっち使って」
「了解だ」

 そういって、トマトの湯剥きのために鍋でお湯を沸かす。
 鍋の中にはゆで卵を作るため、予め卵が入れられていて無駄がない。

 ちなみに、イタリアン・トマトっていうのは普通のトマトに比べて細長く、生食には向かないものの旨みが多く、ミネストローネやラタテゥーユみたいな煮込み料理に向いている。
 皮が厚いのも特徴で、湯向きはこういう西洋トマトだからこその下拵えとも言える。

 当然、お湯が沸くまで呆っとしててもしょうがないので、ミネストローネの具を用意しておく。
 最初にじゃがいもの皮を剥き、別の鍋で予め下茹でをしてその間に他の具の皮を剥く。

「アーチャー、こっちやっとくから風呂洗っといてくれない?」
「そうだな、ではこっちは任せよう。
 鍋は後2分だ。 間違えるなよ?」
「了解」

 二人がかりということもあって、普段の感覚だと時間が余りそうだと考えたあたしは、アーチャーに風呂掃除を頼んでみたが、アーチャーも同じ事を考えていたのか、あっさり頷く。
 まぁ、帰ってから入れる余裕があるかはわからないけど、戦闘を前提に出かけるんだから汚れるのは確かだろう。

 そして、戻ってきたアーチャーと食事の準備を終えたところで凛がキッチンに現れた。

「美味しそうな匂いね」

 そういって笑う凛は、既に臨戦態勢だった。
 普段は格闘訓練の時しか着ない黒の胴着の下を履き、上は赤の七部丈シャツ。 腰にはポーチを付けているが、恐らく中には宝石が入っているのだろう。
 凛が動くたび、小さくジャラジャラと音がする。

「ふむ、準備は整っているようだな。
 では、食事にしよう」

 食事の会話としては相応しくないのだろうが、自然と話題は桜救出の段取りの事になった。

「まずは、サーヴァントの有無を確認する。
 今はまだ聖杯戦争が始まって一日しか経っていない。
 召喚されていない可能性は十分あるが、油断は禁物だ」
「召喚されていた場合、ライダーの可能性が高いんでしたね」
「あぁ、決め付けは危険だが、その場合桜を攫ったとしても逃げ切ることは不可能だろう。
 騎乗スキルが伊達でなければ、それなりの移動手段を持っているだろうからな。 桜とマスター達を連れて逃げ切るのは、難しいだろう」
「アンタが参加した聖杯戦争では、どうだったのよ?」
「早々に退場していた。
 実力に斑のある相手だったが本領を発揮してくれば手強い相手だ」

(うまい言い方ね)
(私の時、結局桜がマスターになることはなかったが、桜がマスターなら少々手強いのかも知れん)
(ま、セイバーなら相手の力量で油断するようなことはないでしょ?)
(そうだな)

 段取りは既に聖杯戦争を経験し、一部とは言え座の記憶を持つアーチャーが主に話し、周りが質問する形になった。

「で、あたしが陣取るっていうのは?」
「あぁ、霊体化できる私が間桐邸に侵入、桜を強奪する。
 その間、貴様はセイバー、凛と一緒に後方で待機して、サーヴァントが出てきたら牽制してもらう。
 その後セイバーには相手サーヴァントを足止めしてもらい、私が桜とマスター達を連れて離脱するまでの時間稼ぎを頼みたい。
 できるか?」
「わかりました」
「もちろん」

 自信があるわけじゃないが笑顔で答えてやる。

「矢はこれを使え。 貴様らが眠っている間に投影しておいた」

 そういって、机に置かれたのは、……ドリル?
 それは、矢というよりも柄の短い剣のような形状だった。
 ただ、刀身は第一印象通り捻じ曲がったドリルのようになっている。
 解析してみると元々は矢でもなんでもなく「螺旋剣」という剣のようだ。

「……あのさぁ、本気で言ってる?」
「何がだ?」
「これのどこが「矢」なのさ!
 ってか、本当に飛ぶの、これ?」
「ふっ、それは貴様の腕次第だ。
 こう見えても真名の開放を行えば戦車ぐらい簡単に貫通する神秘が込めらるている。
 よっぽどのぼんくらでない限り警戒するだろう」
「一本だけ?
 牽制って言うんだったら、二、三本あったほうが……」
「駄目だ。
 こいつはあくまでブラフ……はったりだ。
 サーヴァント相手に貴様の弓が通用すると思うな。
 一度なら外しても、相手もわざと、もしくは、たまたまだったと思うかもしれないが、二度外せば力量を読まれて注意を引くことすらできなくなる。
 それに、まがりなりにもこいつは宝具だからな、例え外しても巧くいけばこちらにサーヴァントが三人いると思わせられるかも知れん」
「……わかった」

 正直納得しきれない部分もあるが、今の自分にはこの程度の役割しかできないということか。
 それにしても、

「サーヴァントはサーヴァントの気配がわかるんだろ?
 さすがにそんな勘違いはしないんじゃないか?」

(詩露、「だろ?」じゃなくって「でしょ?」って言いなさい)
(あ、ごめん)

 真面目な話の最中だからか、凛は念話の注意だけでマッサージはしてこなかった。

「かも知れん。
 だが、アサシンと勘違いするかも知れし、セイバーに飛び道具があると思うかも知れん。
 どう転んでもこっちにとっては都合がいい」

 確かに、剣で圧倒的な筈のセイバーに飛び道具があると思わせれば、不用意に間合いを離すこともできない。
 言峰との格闘訓練でも間合いの取り方が重要だっていってたからな。
 とはいえ、あたしはまだセイバーの戦ってるとこ見た事ないから、どんな戦い方かはわかんないんだけど。

「さて、そろそろ頃合だろう。
 小娘は着替えて来い。 そんなひらひらしたものではなく、ちゃんと動きやすい物を選ぶんだぞ?」
「わかってるって」
「いいじゃない、詩露。 可愛いんだからそれで行きなさいよ」
「リン、可愛いのは認めますが、それは命取りになりかねません」
「残念。 戦闘でスカートが捲くれて慌てて押さえる詩露が見れるかと思ったのに」
「「…………」」

 くくく、と意地の悪い笑みで嫌な想像をしている凛。
 あたしとアーチャーは呆れて物も言えなくなっているが、セイバーは不思議そうに、

「シロのスカートの中なら寝る前に見ているのではないのですか?」
「それは違うは、セイバー。
 スカートの中が見たいんじゃなくって、見えそうになって恥らう詩露が見たいのよ!」
「は? はぁ……」

 何故か興奮した様子で熱弁を奮う凛。
 それに対してわかってはいなさそうに、でもなんとなく相槌を打つセイバー。

「……あたし、泣いても良いよね?」
「……とっとと着替えて来い」

 これ以上ここにいるとなにを聞かされるかわかったものではないので、逃げるように自室へ引っ込み着替えることにする。
 
 結局着替えは、Sパッツの上にカーキー色のキュロットを履き、丈長の黒のTシャツに胸当てを付けて、最後に白のパーカーを羽織る。
 キュロットは機動性、Tシャツの丈が長いのは弦がベルトに引っかからないために選択した。
 髪もアップにして野球帽を被って、前髪も中にたくし入れておく。
 アーチャーに言わせると、こうしておかないと弦に髪が絡んだとき抜けて痛い思いをするらしい。

 ただし、今は鍔を前にしているので射る前に被り直さないといけない。
 パーカーも胸当てを隠すためなので、射る前に脱いでおくつもりだ。

 ざっと姿見で確認した後、居間に行くと皆一言も喋らずにあたしを待っていた。

「さぁ、行くわよ?」

 凛の号令がかかり、あたし達は間桐低へと向かうべく、深夜の街へと出発した。



[1095] 『剣製少女 第二話 2-2』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:ddcb1f6e
Date: 2007/12/14 18:20
「ふぅ」
「大丈夫ですか、シロ?」
「ん、ちょっと緊張してるかも」

 そういってこちらを心配そうに見やるセイバー。
 初めての実戦ってことで緊張はしているが、それでも笑顔で答えられる自分は結構図太いのかも。


 『剣製少女 第二話 2-2』


 夜の街を、あたし、凛、セイバーが間桐邸目指して歩く。
 アーチャーは屋根の上を一人先行して警戒にあたっている。
 サーヴァントに対する警戒もそうだが、あたしの狙撃ポイントを探しているらしい。
 あたしの有効射程距離は200メートル。
 初陣で動く標的ということを考えれば半分でも当てられないだろうが、こちらの安全を確保しつつ牽制ができる距離としては、150メートルがぎりぎりだろうとアーチャーは言っていた。
 そして、見知らぬ洋館の前で凛とセイバーが立ち止まる。

「ここがそうみたいよ」

 顔を上げるとアーチャーが屋根の上に屈みながらこちらを手招きしていた。

 アーチャーとセイバーによって、音もなく屋根の上に上がる。
 屋根の傾斜に併せて体を隠しながら眼下の間桐邸を見るが、思ったよりも遠い。

「狙うのは間桐邸の門だ。
 あそこまでで約150メートルになる。
 私が誘導するからサーヴァントに照準を合わせるのではなく門を狙ってタイミングを合わせろ。
 いいな?」
「ん」

 アーチャーはあたしの肩に手を置き、空いた手で門を差しながら説明する。
 あたしはパーカーを脱ぎ、帽子の鍔を後ろに回しながら聞いている。
 気持ちを落ち着ける意味も込めて、練習で使っていた弓を投影してみた。

「トレース・オン」

 よし、完璧。
 現れた弓は昼間と寸分違わぬ姿であたしの手に収まる。

「ふむ、多少は落ち着いたか。
 弓兵の仕事は待つことだ。 今からそんなに気負っていては、もたんぞ?」
「わかってる。 今のでちゃんと落ち着いたよ」
「いいだろう。 では、これから私は桜をさらって来る。
 状況は念話で凛に逐一報告するから、注意しておけよ?」
「わかった」
「待って、アーチャー。
 これを持って行って。
 それでたぶん話が簡単になるから」

 そういって凛は腰のポーチから一本のリボンを取り出す。
 ……あれ? 凛ってあんなリボン持ってたっけ?

「そうか。 では行ってくる」

 そういってリボンを受け取ったアーチャーは、すぐに霊体化した。
 あたしは矢を番え、セイバーは屋根の縁に手を掛けいつでも飛び出せる姿勢で、凛はポーチに手を入れたまま息を殺してジッと待つ。
 こういう時はジッとしてるほうが落ち着かないものなんだな。

(凛、サーヴァントの気配は?)
(感じられないそうよ)
(じゃあ……)
(ええ、でも油断は禁物よ)
(わかってる)

 間桐はまだサーヴァントを召喚していないということか?
 だとしたら、桜ちゃん救出は簡単に済むはずだ。

 魔力で水増しした目にアーチャ-の実体化した姿が映る。
 アーチャーは素早い動作でそのまま実体で館の窓から侵入した。
 予定と違う?

(凛、今のは?)
(間桐の結界のせいで霊体のまま侵入できなかったらしいわ。
 それよりも、そろそろ出てくるわよ?)
(了解)

 アーチャーが侵入してからまだ数分だが、話は付いたようだ。
 ギリッ と弓を引き絞る。
 狙っているのは門だが、視界はアーチャーが侵入した窓を中心になるべく広くする。

(出てきた!)

 そう凛が行ったときには、アーチャーは既に地面に着地してこちらに向かってきていた。
 セイバーもアーチャーの動きに併せ屋根を跨いで屋根の影から出て、いつでも飛び出せる体勢をとる。

 それにしても早い。
 サーヴァントっていうのは、人一人抱えてあの速度で走れるのか。
 もし単独だったら接近戦の距離でも当てられるかどうか……。

 そんなことを考えているうちに、アーチャーは屋根に飛び上がっていた。

「姉さん!」
「桜!」

 アーチャーの腕から身を乗り出し、凛に抱きつく桜ちゃん。

「姉さん、姉さん!」
「も、もう、しょうがない子ね。 大丈夫、もう大丈夫だから泣かないの」
「会いたかった。 ずっと、……グス、ずっと……会いたかったんです!」
「私もよ。 ごめんね、遅くなって。 もう大丈夫だから、一緒に帰ろう?」

 桜ちゃんはわんわん泣きながら凛にしがみ付いているし、凛も困ったような顔をしながら嬉しそうに桜ちゃんの髪を優しく撫でてあげている。
 良かった。 これでもう桜ちゃんは……

「ほう、誰かと思えば遠坂の小娘か。
 これは一体どういうわけかの?」

 あたしが二人を見てほっとしたその瞬間、隣の家の屋根に一人の老人が現れた。
 背は低く、和服姿に杖を持った姿はただの老人の筈なのに、何ともいえない不気味な威圧感を醸し出している。

(セイバー、あれサーヴァント?)
(いえ、ですが油断しないように。
 あの者は人間ではありません。
 なにか、不吉な気配を感じます)
(わかった)

 そういってあたしは再び矢を番える。
 セイバーはあたしの前に立ち、アーチャーは凛と桜ちゃんの脇に控えて二振りの短刀を構える。

「お……お爺さま……」
「どうもこうも、桜を返してもらいにきたのよ」

 老人の出現で怯え始めた桜ちゃん。
 どうやら、アイツが桜ちゃん虐待の元凶のようだな。

 桜ちゃんは凛の腕の中に隠れようとするかのように身をすくめ、先ほどよりきつく抱きつく。
 そんな桜ちゃんの手を取って安心させるようにしっかりと握ってあげる凛。

「ほう、不可侵の盟約を破棄すると?」
「違うは、そっちが盟約を破ったからよ。
 臓硯、貴方外道に落ちたわね?
 自身の延命のために人を食っているでしょう?」
「なっ!」

 あたしが聞いていたのは確か、桜ちゃんが虐待を受けているという話だった。
 それが人を食うって一体……。

「むっ、それをどうやって……いや、それはまぁよい。
 それで、桜を取り返しワシをどうするつもりかの?」
「冬木の管理者として貴方を殺して、間桐は取り潰しとするわ。
 どうせ、慎二には魔術回路がないんだし、桜は元々遠坂の魔術師なんですからね」
「可々! サーヴァントを手にしたとはいえ、随分大きく出たの!?
 お主にそれができるかの?」
「当然だ」

 臓硯の問いにそうアーチャーが答えたときには既に事は終わっていた。
 アーチャーが持っていた短刀を臓硯目掛けて投げつけたのだ。
 短刀は臓硯の首を落としてそのまま弧を描いて再びアーチャーの手に収まった。

 恐らく臓硯は何が起こったかわからなかっただろう。
 離れた位置にいるあたしですら臓硯の首が飛んでから、短刀の存在に気づいたのだから。

「ひっ!」
「大丈夫、もう終わったわ」

 グロテスクな光景に目を背け、凛の胸に顔を埋める桜ちゃん。
 それを庇うように抱きしめる凛は、臓硯の死体から目を背けずに厳しい表情のままだ。

 殺された臓硯の死体はそのままずるずると屋根を滑っていき、地面に落た瞬間嫌な音を立てた。

 呆気ない。

 さっき感じた威圧感からもっと手強い相手かと思ったんだけど……。
 それともアーチャー、いや、英霊っていうのがそれだけ規格外の存在ってことか?
 そう思ってアーチャーを振り返ったが、アーチャーはまだ緊張を解いていなかった。

「可々! さすが英霊、首が落ちるまで全く気付かんかったわい」
「ぬっ!」

 何処からか臓硯の嘲笑うような声が響く。
 アーチャーは周囲に目を配り、セイバーはあたしの前で両手を広げて壁になろうとしている。
 屋根の下にある筈の臓硯の死体がいつの間にかなくなっている!?

「まぁよい。 どうせ失敗作の出来損ない。
 此度の聖杯戦争では役に立たない物だ。
 好きにするがいい」
「テ……テメエ!」

 言うに事欠いて物扱い、しかも散々酷いことしといてなんて言い草だ!

「落ち着いてください、シロ!」

 そういってセイバーが振り返るが、とても冷静でいられなかった。
 さっきの言い方ではっきりわかった。
 こいつは人の命を散々食い物にしてきたんだ。
 桜ちゃんのことだけじゃない。
 こいつにとって命って言うのは、自分の欲望のための道具でしかないんだ。
 そんな奴絶対許せない!

「可々、そこの小娘はなかなか血の気が多いと見える。
 遠坂の弟子と聞いていたが、まだまだ躾がなっていないようじゃの」

 そういって挑発のつもりか臓硯は間桐邸の門の前にその姿を現した。
 それを見つけたあたしは、弓を引き絞って


「偽・螺旋剣!!」


 真名の開放をしていた。

 一瞬、魔力の消費で気を失っていたようだ。
 気が付いたのは左手の痛みのせい。
 親指と人差し指が偽・螺旋剣の回転で抉られ無くなっていた。
 弓が手のひらに食い込み骨を砕き、肘がありえない方向に曲がっていた。
 右腕は筋肉が切れ、ギシギシという金属音を立てながら激しい痛みを伴って血を噴出している。
 歯を食いしばっていてもあたしの握力じゃ握っていられず、ついに偽・螺旋剣を離してしまう。
 弓は砕け幻想になり、方向性を失った矢が無軌道に跳ね回る。
 跳ね上がった矢があたしの顔目掛けて向かってきているというのに、全く動けなかった。
 死の瞬間を味わったことはあったが、こういう突発的な死は初めてだ。
 よく聞くように、こういう死の間際って本当にゆっくりに見えるんだ……。

「シロ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ、セ、セイバー?」
「……セイバーではありません! 何を考えているのです!!」

 あ……生きてる。
 いつの間にか、あたしはセイバーに抱きかかえられていた。
 セイバーの手には目に見えない何かが握られていて、それが偽・螺旋剣があった場所とあたしの間を塞ぐように掲げられている。

「アーチャー、感謝します」
「それには及ばん。
 未熟者に不相応なおもちゃを与えた私の責任でもある」
「シロ、大丈夫ですか?
 意識ははっきりしていますか?」

 そういって何かを掲げていた手を下ろすと、あたしの胸に手を当てる。
 何か温かいものが体の中を満たしていく。
 それと同時に体の痛みが嘘みたいに消えていった。

「シロ、しっかりして下さい。
 いま、シロの中にある鞘に私の魔力を流しました。
 怪我はすぐに治ります」
「うん、ありがとう」
「アーチャー、臓硯は?」

 そんなあたしを尻目に凛は警戒を解かないままアーチャーに問いかける。
 だが、アーチャーは首を振りつつ、

「すまん、逃がした。
 と、いうより、門の前に居たのは実体ではなかったようだ。
 この騒ぎの隙にかなり距離をとられたようで、気配が掴めん」
「そう、ならいつまでもここにいてもしょうがないわ。
 詩露が回復したらすぐ動くわよ」
「あ、あたしならもう……ひぃいっ!」

 凛の目が本気で怖い。
 あたしを見ている目が捕食者の目付きになっている。

「そう……なら遠慮なく……あ、……ま、まぁいいわ。
 帰ったらきっちり話しましょ?」
「ハ……ハイ」

 凛はあたしに折檻しようと手を伸ばしたところで、桜ちゃんを抱きしめていることを思い出し、手を引っ込める。
 ただし、「後で、しっかり覚えとけよ?」という意味の笑顔を忘れない。
 ……何されちゃうんだろう、あたし。

 帰り道、あたしはセイバーと腕を組んで歩いている。
 回復したばかりということで、抱っこされるか、負んぶされるか選ぶようセイバーに強要された結果の妥協案だ。
 ちなみに、桜ちゃんも凛と腕を組んでいるが、これは純粋に離れたくないという意思表示の結果だ。
 そんな中、あたしは気になっていたことを凛に聞いてみた。

「臓硯が外道に落ちたってどういうこと?
 あたし聞いてなかったんだけど?」
「そのままの意味よ。
 無差別に人を襲ってその命を食い物にしてるってこと。
 アンタに教えたらその場で向かって行っちゃうだろうから黙ってたんだけど、まさか向こうからでてくるとは……予想外だったわ」
「じゃあ、間桐の取り潰しって?」
「 ……遠坂が冬木のセカンド・オーナーっていう話は覚えてる?」
「あぁ。 あたしを弟子入りさせたのもそのせいだって言ってたから覚えてる」
「つまり、遠坂は冬木の魔術師を管理する義務があるの。
 もし管理できなかった結果、神秘が一般人に漏洩するようなことがあったら、その隠蔽工作と魔術師の処理をしなくてはいけないわ。
 ただし、臓硯は用心深く人を襲っていたから魔術協会の判断だったらお咎めなしになるだろうけど」
「確か協会は、事の善悪は問わずただ神秘が漏洩する危険があるか、ないかで判断するってことだったよね?」
「そう。 そういう意味では臓硯よりも、一年前のアンタのほうがよっぽど危険人物ってことになるわ」
「う……わ、わかってる。 もう、しないから」

 そう、一年前にやった魔術行使の後、徹底的に叩き込まれた教えだ。
 あたしも凛に殺人なんてやらせたくないから、もう絶対しないと誓っている。
 これをいったら、
「”殺されたくないから”って理由じゃないところがアンタらしいわ」
 と呆れられた。
 いや、もちろん殺されるのも嫌なんだけど?

 それからは、「やるなら絶対ばれないようにやれ!」が凛の口癖だ。

「ふん、まぁいいわ。
 それで臓硯だけど、確かに遠坂と間桐は不可侵の盟約を結んでいるわ。
 でもね、それはあくまで間桐の敷地でのこと。
 冬木で何をやってもいいってわけじゃないの」
「つまり、凛が臓硯の行いを問題視すれば処罰する権利があると?」
「そ、遠坂は協会から冬木の管理を任されてるんだから、その権威を無視するような行動は協会に対する反逆ともいえるわけ。
 正式な書類は無いけどこっちからの通達は協会に届いてる筈だから、後は煮るなり焼くなり好きに出来るってこと」
「だったら臓硯のことは協会に任せて、あたし達は聖杯戦争を……」
「そうもいかないのよ。
 自分の領地を管理できないなんて事になったら、協会側に領地没収の口実を与えることになるもの。
 あくまで自分の管理地なんだから、自分で処理しなくちゃ。
 まぁ、遠坂は聖堂教会にもパイプがあるから、そう簡単に没収って話にはならないだろうけどね」
「なんか、協会って敵だか味方だかわかんないな」
「実際、敵でも味方でもないんだからしょうがないのよ……」

 溜息混じりに呟く凛。
 そんな話をしている間にあたし達は遠坂邸に戻ってきた。

「ふぅ、やれやれだわ。
 サーヴァントがいなかったのに、なんでこんなに疲れてんだか」
「ご、ごめんなさい」

 凛の台詞に恐縮する桜ちゃん。

「え、あ、あぁ、貴方のせいじゃないのよ。
 殆どはあのバカ弟子のせいなんだから」
「うっ……ごめん」
「アンタはちゃんと反省しなさいよ?」
「わかってる」
「くすくす」

 ありゃ、桜ちゃんに笑われちゃった。
 まぁ、怯えているより笑ってるほうがずっといいから、こっちとしても悪い気はしないんだけど。
 そう思って凛を見ると、凛も苦笑いしていた。

「さ、入って桜」
「あ、お、お邪魔します」
「ちっが~う」
「え?え?あれ?」

 何が違うかわからずおろおろする桜ちゃん。
 でも凛は機嫌よく

「”おかえり”桜」
「あ! はい! ”ただいま!”」

 手を広げて呼びかけると、桜ちゃんも元気良く答えた。



[1095] 『剣製少女 第二話 2-3』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:ddcb1f6e
Date: 2007/12/14 18:20
「それじゃあ、桜とアーチャーはちょっと私の部屋に来て。
 詩露は今のうちにお風呂入っちゃいなさい」
「了解」


 『剣製少女 第二話 2-3』


 凛が部屋で何をするつもりなのか気になったが、あまり踏み込むのも憚られるので深くは考えないことにした。
 単に昔話ってこともあるし。

「じゃあセイバー、悪いけど……」
「お風呂ですか?
 わかりました、場所は何処です?」
「あ、先入る?
 いいよ、場所は……」
「いえ、ご一緒します」
「……はい?」
「ですから、一緒に入るといったのです」
「え……と」

 いかん。 先日耳掃除したばかりの筈なのに幻聴が。
 いや、耳が遠くなったか?

「ごめんセイバーよく聞こえ……」
「一緒に入るといいました」

 ……なんでよ?

「え……と、あたしは一人で入れるっていうか、一人で入りたいって言うか……」
「そうですか、私はシロが一人で入れると考えてません」
「なんでよ?」
「まだ魔力が回復していません。
 そのままでは溺れる危険があると判断します」
「……」

 どうしよう。 顔は笑顔なのに有無を言わせない迫力が……。
 なんであたしの周りは笑顔の時のほうが怖い人ばかりですか?
 というか、これはセイバーなりのお仕置きなんだろうか?

 だからといって一緒に入るのはまずい。
 こんな綺麗なお姉さんとお風呂だなんて無理。
 だって、お風呂ってことは裸ってことで、裸ってことは色々まずい。

「さ、さっさと入ってしまいましょう。
 そうそう、先ほどの事で少々お話があります。
 湯船にゆっくり浸かりながらどういうつもりだったのか聞かせて頂きましょう」
「う、や、ちょ、待ってセイバー!」
「待ちません」

 こうしてあたしはセイバーに抱えられながらお風呂場に連行されていった。


 桜は私の私室で簡単な身体検査を受けてもらっている。
 とはいっても、主にアーチャーがその特異な解析能力で内部を診ているのだが。

(どう、アーチャー?)
(思った通りだ。 聖杯戦争が早まったせいで聖杯の欠片はまだ桜の体に馴染んでいない。
 そのせいで臓硯も、桜を使う気にならなかったのだろう。
 ”破戒すべき全ての符”を使えば、全ての刻印虫の摘出も可能だ。 ただし……)
(摘出は皮膚を割いて直接ってことね)

 ”破戒すべき全ての符”の説明は予めアーチャーから受けている。
 あらゆる魔術を破戒する短刀。
 これを使えば聖杯の欠片が埋め込まれた刻印虫も元の欠片と刻印虫に戻せるし、神経に同化してしまった刻印虫も同化する前の状態に戻せる。
 もちろん使い魔としての機能も失わせられる。
 ただし、あくまで体内に残ったままなので直接切開、摘出が必要になるけど。

(ああ、その際、活性化した刻印虫に桜の体が蝕まれる)
(大丈夫、意識を刈り取ってしまうから魔力を足してやりながら、手早くやっちゃいましょう)
(説明は君から?)
(いいえ、貴方がやって。 あたしは桜を落ち着かせるように声をかけるから)
(了解した)

 念話での会話が終わったところで桜が目を開ける。
 桜は私のほうに顔を向けながら、

「姉さん……私の体……気持ち悪いでしょ?」

 泣きそうな顔でそう言ってきた。

「ばかね、そんなわけないでしょ?
 でもそうね……」

 いい淀んだ私に桜が身を竦めて強張る。
 わたしに拒絶されるのが怖いのか、視線を合わせようとしない。
 だから私は、

「少し痩せ過ぎかな?
 アンタ、まさかその年でダイエットなんてやってないでしょうね?
 もしそうだとしても家の料理人は凄腕だから、絶対我慢できずに太るわよ?」

 そういって、おどけながら桜の頬を摘んでやる。
 まぁ、実際詩露の料理は美味しいんだけど、カロリー計算させてるから早々太る心配はないんだけど。

「姉さん……」

 桜は頬の痛みというより、自分の体のことを知っても受け入れて貰えたことに感激したのか今度こそ本当に泣き出してしまった。
 全く、私がこんなことでアンタを拒絶するわけないってわかんないのかしら?
 なにしろ八年も我慢してたんだから、もう絶対手放すもんですか。

「ほら、今から説明するんだから泣き止みなさい」
「はい……」

 そういって、まだ鼻をぐずぐずと鳴らしながら桜は笑顔で答えた。


 洗われてしまった。
 隅から隅まで綺麗にされてしまった。
 王様の手で。
 しかも結構気持ち良かったし。

「うぅ、セイバー酷い」
「酷いものですか。 大人しくしていなかったシロが悪いのです」
「そんなこといったって……」

 羞恥心ってものがないのか、セイバー?
 湯船の縁に腕を乗せて、それを枕に項垂れながら恨み言を言ってみたが、我関せずと自分の体を洗っているセイバー。

 こっちは恥ずかしさでなんとか逃れようと必死だったって言うのに、セイバーの方はお構いなしに体を触ってきたり、押さえつけようと体をくっつけてくるし……。
 はぁ……。
 まぁセイバーは王様だったから、人に体洗われることに慣れているのかも知れないけどこっちは堪ったものじゃない。
 中身は男だっていっても全然聞いてくれないし。
 ……鼻血が出なくて本当に良かった。

 思わず令呪の使用も考えて脅しでちらつかせてみたが、やれるものならやってみろと逆に居直られてしまった。
 なんだかマスターとサーヴァントの関係が間違っている気がする。

「さて、シロ。 先ほどの事の弁明を聞かせて頂きましょうか?」
「うっ……いや、その……」

 体を洗い終わったセイバーが、後ろから覗き込みながら聞いてくる。
 すぐさま顔を背けて直視しないようにしたとはいえ、ここは狭いユニットバス。
 逃げ出そうものならまた押さえ込まれてしまう。
 というか、色々当たっていて正直まともに頭が働かない。
 逃げようと離れると腰を抱いてきてがっちりホールドされてしまう。

「セ、セイバー! とりあえず離して!」
「? 話すのはシロです!」

 そうじゃねぇーっ!!
 ……日本語って難しいね。

 とりあえずこんな状態じゃまともな話はできないと説得して、話は着替えて居間に帰ってからということにしてもらった。
 あたしは普段着ているパジャマだけど、セイバーは着替えがあの服しかないと気付き凛に借りようかとも思ったんだけど、アーチャー、桜ちゃん共にまだ戻ってきていなかったので仕方なく、あたしの浴衣を貸すことにした。
 これなら丈が合ってなくってもどうにか着ることだけはできるし。
 雷画爺さんありがとう。 思わぬ役にたったよ。
 まぁ、金髪美人なセイバーが浴衣っていうのは結構違和感あるけど、セイバーも気に入ったみたいだから良しとしよう。

「さて、先ほどのことですが」
「わ、わかってる、ごめん。 軽率だった」
「そうですね。
 義憤は大いに結構ですが、それで自滅してしまっていては何にもなりません。
 マスターが自殺願望を持っていては、いかに私といえども守りきることはできないということを、忘れないように」
「うん、もう絶対しないから」
「約束しましたよ?」
「うん」

 こちらの目を覗き込みながら確認してくるセイバー。
 そうだ、あたしのあの行動は、あたしだけじゃなくってセイバーも危険に晒してしまったんだ。
 もう絶対繰り返すわけにはいかない。

「そういえば、結局あの宝具はセイバーが弾いてくれたの?」
「いえ、そのつもりでしたが、それより早くアーチャーが投影を破棄してくれたのです」
「そうだったんだ。 じゃ、アイツにも後でお礼いっとかないと」
「そうですね」

 その後、お茶を飲みながら凛達を待っていたけれど一向に戻ってくる気配がない。
 明日は学校もあるし今からなら四時間ぐらいは仮眠ができるだろうってことで、あたし達は先に休むことにした。

「じゃあセイバー、部屋は……」
「シロと一緒でお願いします」

 ……またか。
 どうする? 何か良い言い訳はないか?
 なんて考えていたら、

「マスターを守る上で一緒の方が都合がいいのです。
 昼間のようにアーチャーが屋根で監視をしているわけではないので、なるべく傍を離れないようにしておきたいのです」

 と、まともに返されてしまった。
 まぁ、お風呂よりはいいか?

「わかった。 じゃあ、今日のところは一緒に寝ようか?」
「はい」

 というわけで、一緒のベットで寝ることにした。
 まぁ、セイバーだったら凛みたいな寝相の悪さもないだろうから、安心して寝れるかな? って思いもあったんだけど。

 ……で、寝るのはいいんだけど、なんでセイバーにまで抱き枕にされていますか、あたしは?
 絶妙な力加減で、腰と胸の前を斜めに横切るようにして肩を抱かれている。
 強くもなく弱くもない、ほどよい圧迫感が逆に気持ちいい。

「なんか安心する」
「ふふ、私もです」

 まどろみながら、この年になって一人寝できない子供みたいなことを言ってしまって、ちょっと恥ずかしかったけどセイバーも同じように思ってくれていたようだ。

「きっと、あたしの中の鞘がセイバーを懐かしく思ってるんだね」
「そうかも知れません。
 ですが、私としてはシロの抱き心地が気に入りました。
 リンが手放さないのも頷ける」
「……」

 なんだか聞いてはいけないことを聞かされた気分だけど、今は気にしない。
 魔力が足りないせいか、セイバーに抱きしめられているからか、とにかく眠い。

 セイバーはさらに腕に力を入れ密着を増してきたが、あたしは気にすることもなくそのまま眠りについた。



[1095] 『剣製少女 第二話 2-4』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:ddcb1f6e
Date: 2007/12/14 18:21
「ぜえ、ぜえ、ア、アーチャー、あと幾つ?……」
「残り二つだがその前に休憩を挟もう」
「はぁ……私なら大丈夫……だから」
「ばか者。 そんなに息を切らして何をいっている。
 桜の傷は君が塞いでいるんだ。 痕が残ったらどうする。 いいから少し休め」


 『剣製少女 第二話 2-4』


 アーチャーと私で桜の中の刻印虫を摘出して二時間が経った。
 始末した虫はそろそろ二桁に届こうか? という程度なのだが、アーチャーの宝具は燃費が悪く彼の魔力だけでは連続使用ができないため、私の魔力もラインを通して使ったのだがそれでも足りず、宝石に溜め込んだ魔力を使ったが、数が足りるかどうか心配になってきた。
 幸い、まだお父様から受け継いだルビーのペンダントには手をつけていないし、残り二つならなんとか手付かずで終わらせられそうだけど。

「ほら、水だ」
「あ、ありがとう」

 んぐ、んぐ、んぐ…………ぷっは~!

「それにしてもアーチャー。 アンタのその宝具、燃費悪すぎ!」
「仕方あるまい。 これは神代の魔女、コルキスの皇女メディアが使っていたものだ。
 効果が大きい分消費魔力もそれなりだ」

 一息入れたもののまだ息が上がっていた私は愚痴りながら話題を振ってみたが、それに対しアーチャーは宝具の来歴を教えてくれた。
 確かに来歴と効果を考えれば当然か。
 まだマナが世界に溢れ、大魔術を使いこなしていた魔女の宝具なのだ。
 この程度の魔力消費、彼女であれば平然と使いこなして見せるのだろう。
 でも……なんかムカツクわね。

「ふん、私だって使いこなしてみせるわよ。
 さぁ、続きといきましょ」
「了解だ」

 そういって私たちは再び桜の施術に戻った。


 夢を見ていた。
 夢の中であたしはライオンの子供になってセイバーと一緒に草原で遊んでいた。
 時折セイバーから隠れたり、わざと彼女の服を噛んでじゃれ付いたりするが、最後は彼女に抱きかかえられて優しく撫でられた。
 なんかすごく……

「気持ちいい」
「そうですか?」
「……セイ…………バァアアー!?」

 あたしが目を覚ますと目の前にはセイバーの胸が!
 慌てて飛びのいたけど、どうやらあたしは寝惚けてセイバーに抱きついていたらしい。

「ご……ごめん、セイバー! わざとじゃないんだ。 寝惚けてたみたいで、本当に……」

 そういってなんとか無実……いや、過失だったと身振り手振りで説明しようとしているあたしに、セイバーは不思議そうな顔をしていた。

「何を慌てているのです、シロ? 気にすることなどありません。
 私もシロの可愛い寝顔を見れて役得でした」
「あ……う……ふぁ……」

 ぼひゅっ! っと顔が熱くなる。

 今までも可愛いと言われたことはあったけど大抵クラスメートや凛がからかってたり、男からだったりで気にも留めてなかったけど、こんな美人にこんなに嬉しそうに言われては流石に恥ずかしい。
 なんて返したら良いかもわからず、意味不明な声が勝手に口から漏れてしまった。

「さあ、着替えて食事にしましょう。
 今日は学校に出かけるのでしょう?」
「あ……うん、そうだった。
 すぐ用意するね。 あははは……」

 あたしは恥ずかしさを誤魔化すように笑いながら手早く制服に着替え、キッチンへと向かった。
 もちろん、着替えの間恥ずかしくてセイバーの方を一度も見ることはできなかったが。

 ところが、キッチンではすでに赤い男が鍋を振るっていた。
 しかも鼻歌交じりに実に楽しそうに。

「起きたか。 そろそろ起こしに行くか考えていたところだったのだが、杞憂だったようだな」
「ん、おはよう。
 ってかアンタ、凄く楽しそうに料理するんだね」
「バカを言え。
 単に作る者がいなかったから、仕方なくだ」

 絶っっっ対嘘だ。
 いつも仏頂面のこの男がにやけてたってだけでびっくりなのに、鼻歌まで歌ってたんだから相当料理が好きなんだな。
 まぁ、あたしも「凛に言われて仕方なく」なんてよく言ってるけど。

 それにしても凄いな、あんな大きな中華鍋を片手で振り回せるなんて。
 あたしがあの鍋使うときは身体強化をするか、五徳の上で滑らすように使うって言うのに軽がると振ってやがる。
 いいなぁ~……。

「おい、何をしている?」
「いや、いいなぁ~これ……」
「だからといって揉みしだくな、気色悪い!」

 むにむにとアーチャーの腕を揉んでいたら振りほどかれてしまった。
 いいじゃんか、男だったらそれはあたしの物だったかも知れないんだから。

「とはいえ、本当に細いな貴様」
「言わないでくれ、マジ凹みする……」
「ちゃんと食ってるのか?
 腕など私の半分もないではないか」
「うん……食べてはいるんだけど燃費がいいっていうか、一度にたくさん食べるとなかなかお腹が空かないから、小分けにして食べたら余計痩せちゃったんだよね……」

 ははは……、と空しく笑う。
 本なんかでは、一度に摂取できる蛋白質は限られてるから、小分けに摂取するようにって書いてあったからその通りにしたらみるみる痩せてしまった。
 凛はそれが羨ましかったらしく真似したらちゃんと筋肉がついたっていうのに……。
 もちろん、そのあと凛はその食べ方を止めたけど。
 大体凛はスタイルいいんだから、あれ以上痩せようとすることないのに。

「まぁいい。 私がトレーニング・メニューを作ってやる。 それを試してみろ」
「ホント!」

 アーチャーって結構いい奴かも!
 元、本人が作ったメニューだったら、あたしにも合ってる筈!
 これは期待できるかも。

「ほれ、話がまとまったところで朝食だ。
 これ以上セイバーを待たせると、暴れだすぞ?」
「アーチャー、私はそこまで意地汚くありません!」
「そうか? では、この昼食は余分だったか」
「い、いえ! 食べ物を粗末にするのは感心できません。
 それは私が責任を持って処理します!」

 そういってアーチャーが持ち上げたバスケットは、この家でも特大サイズのものだ。
 それをセイバーは慌てて引っ手繰る。

「てかアーチャー、あたしの分があるとしても、さすがにそれは作りすぎ」
「彼女はそう思ってはいないようだが?
 それから、あれは彼女だけの分で貴様のはこっちだ」

 あたしがセイバーの方を振り返って見てみると、セイバーは嬉しそうにバスケットを抱えていた。
 本気であれ全部を一人で食べる気か?
 まぁ、余ったら夕食に回せばいいか、……中身見てないけど。

 食事のとき、凛と桜ちゃんを待たなくていいのか気になったけど、

「二人はまだ寝ている。
 昨日、間桐の呪縛を解くのに時間と魔力をかなり使ったからな、夕方まで休ませておく」
「ふぅ~ん……」

 と、言われた。
 間桐の呪縛とやらがどんなものか気になったけど、アーチャーの態度がこれ以上話すことはないと語っていたので深く聞けなかった。
 それをあたしは、あたしの「契約の代償」みたいなものなのだろうと勝手に解釈しておいた。

 そして、食事を終え洗濯機のスイッチを入れて学校へと向かう。
 ここの洗濯機は全自動だから、いつも学校に行く前にスイッチを押しておいて帰ってきてから畳むようにしている。
 もちろんアーチャーには声を掛けておくけど、畳まないよう注意もしておいた。
 あたしのはいいけど、凛やセイバーは嫌がるかも知れないし。

「じゃ、行ってくるね」
「あぁ、普段と違う状況だ。 決して気を抜くなよ?」
「私が付いています、ご安心を」
「そうだな。 それと葛木とキャスターの確認も頼んだぞ?」
「あぁ、それが目的の登校だからな。
 忘れないようにするよ」

 それだけを言って、あたしとセイバーは学校へ向かった。
 ただし、途中コンビニに寄ってあるものを買って来た。

「それはなんです?」
「これ? カチューシャ。
 こうやって前髪上げるのに使うんだよ。
 学校で弓使わなきゃいけない場合を考えてね」

 そういって、買ってきたばかりの黒のカチューシャを頭に乗せて見せる。

「なるほど、いい心掛けです。
 ですが、今は髪を上げておかないのですか?」
「う……実は髪上げると余計子供っぽくなるから……」
「……そうですか。
 と、とにかく行きましょうか?」
「うん」

 それでなくても背が低くて年より幼く見られがちなので、これ以上子供っぽく見られるのは正直勘弁願いたい。
 そんなあたしの心情を察してくれたのか、セイバーもそれ以上追求してこなかった。

 学校へは途中までセイバーと一緒に行ったが、生徒が増え始めた所から別々に向かった。
 場所は制服を着た人間を追っていけばわかるし、レイラインも繋がっているから迷いようもない。
 セイバーには悪いけど、授業の間屋上で待機してもらっておいて、下校後、途中で合流する手筈になっている。

 聖杯戦争中とはいっても学校は普段通りで、特に不穏な噂とかも聞くことなくほっとした。
 まぁ、始まったといってもまだ一日、サーヴァントの数も揃っていないだろうから、そうそう危険な状況になっていてもらっては、堪ったものじゃないんだけど。

 そして放課後、生徒会室に向かったあたしはそこの主に

「お~っす、一成」
「藤村か。 飼い主はどうした?」

 と、声をかけたのはいいけど、仏頂面で返されてしまった。

「飼い主じゃないってば。
 それから凛は今日休み」
「ほう、鬼の撹乱という奴か。
 珍しいこともあるものだ」

 やたらいい笑顔で返してくる一成。
 なんでそんなに嬉しそうなんだか……。

「仏罰が下ったとかは言わないんだ?」
「いくら相手が遠坂だからといって、人の不幸を悪し様にいうようなことはせん。
 それよりもどうした? 今日は会合はないぞ?」

 いつもは仏敵とか女狐とか色々いってるけど、こういうところはちゃんとしてるよな。
 まぁ、堅物っていわれる所以でもあるんだけど。

「たまには一成にお山の話でも聞こうかと思ってさ。
 ほら、最近遊びに行けてないでしょ?」
「……藤村、前にも言ったが、名前で呼ぶのは止めてもらえまいか?
 俺のことも他の男子生徒のように、苗字で呼んでくれ」
「なんでよ?」
「ふむ、自覚がないところはお前らしいのだが、お前が俺を名前で呼ぶたび俺に向かってくる刺客が一人増える」
「……は?」

 なにそれ? どんな呪い?

「っていわれてもな、あたしにとってはこの学校で一番付き合いの長い人間だし、今さら変えるのも違和感が……」
「あぁ、そういえばお前は院内学級の出身だったか」

 そういってすまなそうな顔になる一成。
 設定だけなんだけどね、それ。

 とはいえ、女になってから一番付き合いが長いって言うのは事実だ。
 前の学校の知り合いがいないわけではなかったけど、彼(彼女)らにしてみればあたしは見ず知らずの人間、前のように付き合うわけにはいかない。
 その点一成は、藤ねえ経由で中学に上がる前に知り合ってるから、他の人達より多少気心が知れてると思ってたんだけど。

「俺としたことが迂闊だった、喝。
 まぁ、そういう事なら無下にするわけにもいかんな。
 それでお山のことで、何か気になることでもあるのか?」
「いや、さっきも言ったけど最近顔出せてないからね。
 誰か新しい人でも増えたりしてないかな? って」
「お前も知っての通り、お山は年中行事以外は繰り返しの毎日でな、特に変わったこともない。
 人も今年は特に増えていないし、予定もないな」
「そっか……」

 やっぱり聖杯戦争が早まったせいで、葛木さんはまだいないのか?

「すまんな、気に掛けてもらったのに話題がなくて」
「いや構わないよ。
 それじゃ凛の様子も気になるし、もう帰るね。
 零観さんと和尚様によろしく言っといて」
「あぁ、零観兄も親父殿もお前が来てくれると喜ぶ。
 伝えておこう」

 ん~、収穫なしか。
 それにしても一成はあたしのカチューシャに気付かなかったな。
 いや、気付いていても一成なら別段話題にするようなこともないか。

 あたしはそのまま昇降口に向かいながら、屋上のセイバーに念話で話しかけてみた。

(セイバー、これから帰るけどそっちは何かなかった?)
(いえ、特に不審な点はないようです)
(そっか。 こっちも収穫なしだったよ。
 このまま一度帰るから途中で合流しよ)
(はい、わかりました)



[1095] 『剣製少女 第二話 2-5』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:ddcb1f6e
Date: 2007/12/14 18:21
 『剣製少女 第二話 2-5』


 帰り道、セイバーと合流して一成との会話を話してみる。

「そうですか。
 ですが確認は必要でしょう。
 その一成という者がキャスターの魔術で精神を操られていたり、認識阻害の魔術でマスター共々気付かれないよう隠れているという可能性もあります」
「そうだね。
 あたしとしても、あそこのお山の人達には色々お世話になってるから、危険がないかどうか万全にしておきたいし、帰ったら凛達にもそういっておくよ」

 そんな話をしているうちに遠坂邸に到着した。
 ちなみに、セイバーはあのお昼を食べきったそうだ。
 ……セイバーって、結構大食漢だったんだ。 女なのに”漢”っていうのも変だけど。
 実家の藤村組の人達も結構大食いの人が多いけど、お兄さん達でも苦しいだろう量を食べれるなんて凄いな。
 あれ? ってことは、夕飯の時アーチャーように多く盛っていた料理も実はセイバーが食べてたのか?
 今度注意して見てみよう。
 そんなことを考えながら玄関を開けると、

「ただいま~」
「あぁ、帰ったか」
「「…………」」

 ホストに出迎えられた。

「なんだ?」
「それはこっちの台詞。
 何その格好……」
「ふむ、私服だが似合わないか?」
「いや、似合うって言えば似合ってるんだけど……ホスト?」

 そう、色黒白髪に黒のパンツとシャツ。
 このまま繁華街に放り込めば立派なホストだ。
 赤とか紫のジャケットを着せれば、家の若い衆ですっていっても通用しそうだけど。

「随分な言われようだな」
「その服、自分で選んだの?」
「あぁ、夕飯の買い出しに行くのにあの格好で行くわけにはいかなかったからな。
 霊体化して金だけレジに入れてこっそり持ってきた」

 そういいながら自分の格好を不満げに確認するアーチャー。
 その様子から、自分では気に入っているのかも知れないが、

「その格好では子供には絶対声掛けるなよ?
 泣かれるだけじゃなくって、通報される」
「そ、そこまでか?」

 こくっ と、はからずもセイバーと一緒に頷いてしまった。
 アーチャーはかなりショックだったのか、落ち込みながらふらふらと居間の方へ戻って行った。
 ちょっと言い過ぎたかな?

 まぁともかく、こんな玄関先で突っ立っていてもしょうがないので居間に行くと、もの凄い眼鏡美人さんがいた。
 美人さんはブラック・ジーンズに黒のトップスという格好で凛や桜ちゃんと真剣な表情で何かを話していたが、こちらに気が付くと立ち上がって、

「初めまして。
 桜のサーヴァントでライダーです」

 と挨拶してきた。
 気配でなんとなくそうかな? とは思っていたけどやっぱりサーヴァントだった。
 そんな彼女、ライダーを見たあたしの第一印象はとにかく大きい! ってことだった。
 座っていたときは気付かなかったけど、かなり背が高い。
 それに、プロポーションなんてモデルでも見た事ないってぐらい整っていて、正直圧倒されてしまった。
 そこでふとアーチャーを見て、なんで同じ黒服なのに着る人によってこんなに印象が変わるのか、不思議になった。
 アーチャーはホストみたいだったのにライダーはシックに見える。
 やっぱり、美人は何着ても似合うってことか?

「初めまして、私はシロのサーヴァント、セイバーです。 お見知りおきを」
「あ、あたしは藤村 詩露。 セイバーのマスターで凛の弟子です」

 あたしが呆っとしている間にセイバーが挨拶を終えていたので、あたしも続いて挨拶をした。
 でもライダーは何故か、セイバーには目もくれずあたしのことを凝視している。
 正直こんな美人に見つめられると居心地が悪いんだけど……。

「な、何?」
「あ、いえ、よろしく」

 顔を逸らしながら眼鏡を弄るライダー。
 ん~、あたし何か気に障るようなことしちゃったかな?

「詩露おかえり、学校はどうだった?」
「ただいま、残念ながらというか、幸いにしてというか収穫なしだったよ」
「あ……あの、お、おかえりなさい、詩露さん」
「ただいま、桜ちゃん。
 サーヴァント召喚の成功おめでとう」
「あ、ありがとうございます!」

 なんというか、おどおどとしながら頑張って話かけてくれた桜ちゃんに、安心させるよう笑いかけたらすごく喜んでくれた。
 そういえば昨日は殆ど会話をする機会がなかったから、ちゃんと話したのはこれが初めてだったかも。
 桜ちゃんは、ちょっと恥ずかしがり屋さんみたいだけど、感じのいい子、っていうのがあたしの印象だ。 
 ……姉と違って。

「さて……もう少し詳しく聞かせてもらいたいけど、その前に着替えちゃいましょうか?」
「そうだね、いつまでも制服のままっていうのもなんだし、続きは着替えてからにさせてもらおうかな?」

 そういって制服を摘んで見下ろしていたら、凛に肩を掴まれた。
 あ、あれ? なんか目つきが怖い。 なんで?

「ねえ詩露。 昨日のことちゃんと覚えてる?」
「え? き、昨日って……」

 正直色々あったから、凛が何を言いたいのか判らずおろおろしてたら、

「”きっちり話しましょう?” って言ったわよね、私」
「げえっ!! もしかして!」
「正解。 ”アレ”に着替えながら、どういうつもりだったのかきっちり話してもらうわよ?」
「い、いや、”アレ”は流石に……。 ほ、ほら、今は他の人もいるんだし皆ドン引きしちゃうから!」
「大丈夫、きっと皆喜ぶわ。 私が保証してあげる」

 そういって凛は、とても嬉しそうに笑った。

 その後、羽交い絞めのままずるずると部屋まで連行されたあたしは、凛に無理やり脱がされ押し倒されながら着替えさせられた。

「ちょ、ちょっと凛! なんか前より派手になってる!」
「ふふふ、アンタの為に新しいの用意してやったのよ。 感謝しなさい」
「ひえ! な、なんでブラとショーツまで脱がすの!」
「いいから、いいから♪」
「や~め~て~」
「ふふふ、い・や♪」

 くぅ~、このいじめっ子め!
 結局あたしは大した抵抗も許されずに着替えさせられ、居間まで引きずられていった。

「うわ、可愛い~……」
「おぉ!」
「…………」
「くくく……、ははははは!!」

 居間に行くと桜ちゃん、セイバーは目を見開いて驚き、ライダーは無表情で凝視し、アーチャーは先ほどの恨みとばかりに大笑いしていた。

 あたしの格好はモノ・トーンを基調に所々のポイントに赤のリボンをあしらったフリル服で、全身レースとフリル、凝った刺繍で飾られていた。
 しかも、頭にはヘッド・ドレスまでついて髪も普段とは違い凛とお揃いのツーテールにされている。

「どう? 可愛いでしょ?」
「はい! すっごく可愛いです!」

 そういってムギュッと抱きしめてくる凛に、興奮した様子の桜ちゃん。
 くそ~、恥ずかしすぎる!
 スカートはもう慣れたといっても、こういう派手な服はやっぱり恥ずかしい。

「シロ、とても似合っていますよ」
「セイバァ~……」

 せっかくのセイバーの慰めだけど、この状況じゃ嫌味にしかならない。
 思わず上目遣いで恨みがましく言ったけど、何故かセイバーまで赤くなってしまった。
 それにしても、

「ははは、ひぃ~くくく、き、貴様なんだその格好は?」

 アーチャー笑いすぎ。
 後で一発ぶん殴っておこう。

「あら、可愛いでしょ?
 それにアーチャー、貴方そんなに馬鹿笑いしてるけど詩露がアンタの可能性の一つだってこと忘れてない?」
「ははは……は?
 バカを言え、私にそんな趣味はない!」
「あたしの趣味でもない!」
「やれやれ……。
 まぁいいわ、アーチャーはお茶の用意してちょうだい」
「了解した」

 あたしを抱きしめながら、髪を撫でたり頬擦りしている凛は、すごく機嫌がいい。
 なんでか凛は、あたしがこういう格好をすると妙に優しくなる。
 なんか不気味だ……。

「あ、あの姉さん。 私も……その……」
「あぁ、桜も抱っこしたいの? いいわよ」
「は、はい! じゃ、じゃあ詩露ちゃん、失礼します」
「う、うん」

 そういって、もじもじとしていた桜ちゃんが顔を赤くしながらそっと抱きしめてきた。
 あ、桜ちゃんってあたしより背が高いんだ。
 っていうか、桜ちゃん。 君何気に呼び方が「詩露さん」から「詩露ちゃん」に変わってるよ。
 気付いてなさそうだけど……。

「あぁ、可愛い♪ すごく良いです!
 なんか癒されます」

 い、癒される? なんでよ?

 それはともかく、あたしの髪や体を撫でてくる桜ちゃんの手付きがくすぐったい。
 なんだか壊れ物を扱っているように慎重でムズムズしてくる。
 それでなくってもこういう服は生地が薄いしさらさらと手触りがいいものだから、あまりそっと触られるとくすぐったくってしょうがないのに。

「ん~! 詩露ちゃん細い! けど柔らか~い♪」
「さ、桜! 私にも!」
「あ、はい! 今変わります」

 そういって今度はセイバーが抱きしめてきた。
 しかも正面から。
 う、うわ、なんかさっきより密着具合が!
 ど、どうしよう?

「シロ、今一度誓いましょう。
 私は貴方の敵となるものを切り伏せる剣となり、貴方を守ると」

 そういって抱きしめたまま真っ直ぐ目を見て言われた。
 な、なんか告白されてるみたいですっごく恥ずかしい。
 できれば逆の立場でこっちから言いたかったけど。
 桜ちゃんなんて「きゃ~♪」とか声上げてるし。

「う、うん、こちらこそよろしく」

 なんとか引きつりながらもそれだけを笑顔で言えた。 

「セイバー、私もいいでしょうか?」

 しばらくそうして抱きしめられていたら、今度はライダーが言ってきた。

「いえ、貴方は桜のサーヴァント。 ご遠慮願いましょう」
「なっ!!」

 セイバーはあたしを抱きしめる手に力を入れながら、あたしの後ろにいるライダーにきっぱりと断った。
 ライダーの顔は見えないけど、セイバーの表情を見ると明らかに険悪な雰囲気になっている。
 いかん、皆で協力してかなきゃいけないっていうのに、こんなアホなことで関係を壊してしまっては意味がない。
 あたしもライダーみたいなプロポーションのいい美人に抱きしめられると緊張しちゃうだろうけど、ここは協力関係維持のためにも我慢だ。

「あたしなら大丈夫だから。
 変わってあげて、セイバー」
「……シロがそういうのでしたら」
「はは……ありがとう」

 あたしの言葉に不機嫌になったセイバーだったけど、意図を汲み取ってくれたのか不承不承同意してくれた。

 そしてセイバーが離れると、ライダーは後ろからそっと抱き締めてきた。
 他の皆と違って撫で回したりすることもなく、ただ抱きしめているだけなんだけど、頭の上に温かくって柔らかいものが乗っかっている。
 うぅ~、思った以上の恥ずかしさだ。

 でもなんだろう? 他の皆と違ってライダーの抱きしめ方は、なんというか切ない。

 そんなことを思ってライダーの方を見てみると、目が潤んでいる。
 涙!?


「……姉さま」


 瞬間、場の空気が凍った。
 あたしを含めた全員がライダーから一気に間合いをとるため飛び退いた。
 特にあたしは両脇を凛と桜ちゃんが固め、前方をセイバーが完全武装で防御している。

「え? あ、あの、桜?
 これは一体?」
「まさかライダーがそういう趣味の人だったとは思わなかったわ」
「あ、あのねライダー。 貴方の時代は知らないけど、今の世界ではあまりそういう趣味は大っぴらにするものじゃないっていうか……」
「ライダー、今後マスターに近付かないで頂こう!」
「え……とライダー。 気持ちは嬉しいんだけど、男に戻ってからならともかく今は君の気持ちに答えられないって言うか」
「ち、違います! そうじゃありません!!」

 その後、ライダーの弁解はアーチャーがお茶を持ってくるまで続いたが、結局晴れることはなく逆にロリMの謗りを受けることになった。
 というか、誰がロリだ!



[1095] 『剣製少女 第二話 2-6』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:22
 お茶菓子は、アーチャーお手製のカップ・ケーキだった。
 種類も、プレーン、チョコ、ドライフルーツ・ミックス、ストロベリー&クリーム、モンブランと5種類もあり、数も相当数用意されていてちょっとしたお店のようになっている。
 あたしは元々和風贔屓で、お茶は緑茶、お菓子はどら焼きってタイプだったんだけど、ここ一年、凛に合わせてるうちに洋菓子も結構口にしてきたけど、これだけ美味しいものはちょっと食べた覚えがない。
 特にこのモンブランは絶品だ。

 うん、これだったらさっきの大笑いも帳消しにしてあげよう。


 『剣製少女 第二話 2-6』


「で、詩露、モンブランを気に入ったのはわかったから、そろそろ話を聞かせてもらえる?」
「ん?」
「は・な・し!」
「だから、収穫なしだってば。
 もう一個いい?」
「あ、じゃあ詩露ちゃん、私のあげます。
 はい、あ~ん」
「え、い、いいよ、恥ずかしいし」
「そんなこと言わずに、ほらほら、あ~ん♪」
「え、う……あ、あ~……」
「詩露ちゃ~ん、いい子だからお姉さんのお話もちゃんと聞いてね♪」

 後少しでモンブランが! というところで、凛に顎を掴まれて コキャッ! と回された。

「あだっ!! たたた……わ、わかった、ちゃんと話すから」
「よろしい、で? 柳洞寺に葛木がいないっていうのは聞いたけど、学校のほうはどうだったの?」
「特に問題なし。
 噂も聞いてみたし欠席の生徒も確認してみたけど、いつもサボってる連中以外は欠席者もいなかったよ」

 そういいながら、口ではしっかり桜ちゃんからもらったモンブランを堪能している。
 ん~、あとでアーチャーにレシピ聞いとこ。

 ちなみに、欠席生徒に関しては生徒会のコネを使って各先生に聞いて回ったので、時間はかかったけど間違いない。
 これは、隠れたマスターがいないか? ということと、犠牲者がでていないか? という両面の確認の為にやっとくようアーチャーに言われていたことだったんだけど、どうやら杞憂に終わったみたいだ。

「そっちは? 言峰に確認取れた?」
「……えぇ、揃ってるわ」
「うそ!?」
「本当。 サーヴァントはもう全部揃ってるわ」

 一瞬信じられなかった。
 何しろ聖杯戦争が始まってまだ二日と経っていないのだ。
 外来の魔術師だったら移動だけでそのくらいの時間がかかるだろうし、拠点を見つけるのだって簡単ではないはず。
 それがたった二日弱であたし達を除いた四名が冬木にやって来て、さらにサーヴァントまで召喚済みというのはちょっと信じられなかった。

「言峰が騙してるってことはない?」
「アイツは信用ならない奴だけど、嘘はつかないわ。
 知ってることを黙ってることはあるでしょうけど」
「ん~……じゃあ、あたし達に知らせたときには、既に何体かのサーヴァントは召喚済みだっとか?」
「その可能性が一番高いわね。
 他のマスターは予めサーヴァントを召喚しておいて、霊体化させてこっちに来たのかも知れないし」
「冬木じゃなくっても召喚ってできるの?」
「らしいわよ、綺礼に言わせれば」
「あぁ~、じゃあ、あの手は使えないのか……」

 あたし達の目的は聖杯でも勝ち残ることでもなく、聖杯戦争のシステムと聖杯の中にいるアンリマユを破壊することなので、二人で手分けしてサーヴァント全てを召喚してしまい事実上聖杯戦争そのものを回避して大聖杯を破壊してしまおうと思っていたのだ。
 ただし、これにはサーヴァントが一体も他の術者に召喚されていないことが絶対条件になる。
 サーヴァントはその特性上魔術師から魔力を得ることで力を発揮する。
 つまり、一人の魔術師が複数のサーヴァントを従えるということは、それだけ一体のサーヴァントの力を弱めるということになる。
 あたし達以外で召喚したマスターが考えに賛同してくれる魔術師だったらいいけど、もし向かってこられたらいくらサーヴァントの数が勝っていようとも全く歯が立たなくなってしまうのだ。
 もちろん、サーヴァントを呼び出した傍から令呪で自殺させるっていう手も考慮済みではあったけど、あたし自身はその考えに反対だったので、少しほっとした面もある。

「まぁ、元々綺礼がランサーを召喚するだろうことはわかっていたんだから、当てにできる作戦ってわけじゃなかったんだけどね。
 それでも既に揃ってるってことは、他の何組かとも交戦する覚悟が必要になったわ」
「可能な限り戦闘は避けたかったけどね」

 特に市街地で襲ってくるような非常識な奴がいないことを祈るばかりだ。

 それにしても当てが外れた。
 何体かは召喚されるだろうと思っていたけど、なるべく少ないうちにかたを付けたかったのに、こうなってくると最悪、他のマスター全てと交戦する可能性がでてきたわけか……。

「言峰はランサーを何時召喚したのかな?」
「さぁ? 鎌かけてこっちが何か知っているっていうのを感付かれても困るから特に探りはいれなかったけど、電話の感じではいつも通りで特に変わった感じはしなかったわ」

 あたしの問いに凛は肩を竦めてそう答えた。

「そっか。 それで、アーチャーは大聖杯の位置を思い出したのか?」
「……詩露」
「ん?」
「貴方アーチャーと話すときは気をつけなさい。 地が出てるわ」
「え、うそ?」

 思わず自分の口元を押さえたけど、後の祭りだ。

「やっぱり気付いてなかったか……。
 昨日の昼はしょうがないとしても、アレ以降アーチャーと話すとき何度か地が出てるわ」

 そういって、はぁと溜息をつく凛。

「う……ごめん、気をつける」
「私の弟子なんだから、みっともない真似はしないようにね」
「は~い……」
「でも、詩露ちゃんの男言葉も可愛いです」
「桜、甘やかさないの」
「あ! はい」

 しまった、あたしのせいで桜ちゃんまで怒られちゃったか。
 本当に気をつけなきゃ。

「まぁそうはいっても、多少は仕方ないだろうな。
 同じ起源の魂同士、ある程度は影響を受けてしまうのだろう。
 私のときも、当初アーチャーに対して説明のつかない反発感を抱いていたからな」
「そんなものかもね。
 でもね、一年以上かけて教育したものがたった一日で無駄になったら悔しいじゃない!」

 そういってアーチャーは腕を組んで昔を思い出しているのか、目を閉じて疲れたように言い、それに対して凛は八つ当たりをするようにカップ・ケーキに思い切り噛り付いた。
 それにしても、あたしと違ってアーチャーの時のアーチャー (……ややこしい) とは仲悪かったんだ。

「あぁ、それから大聖杯の位置については期待してくれるな。
 私が座の記憶で覚えているのは”家族”に関係したことに限定されている。
 それですら全てというわけにはいかないのでな」
「ふ~ん、何か意味があるの?」
「う……ま、まあな」

 アーチャーが言い淀むなんて珍しい。
 まぁ、言い辛いことみたいだし追求するのも悪いかな?

「となると、どうやって大聖杯を探すかだね」
「知っている人間としては、アインツベルンか間桐。 可能性として言峰といったところか。
 もっとも間桐に関しては、あの爺は行方がわからず、慎二は知らんだろうしな……」

 そういったアーチャーがチラと桜ちゃんを見るが、桜ちゃんも知らないと首を振る。
 こうなってくると、あの時臓硯を逃がしたのが益々悔やまれる。 ……あたしの所為だけど。

「家に文献が残ってたら良かったんだけど……」
「というか、始まりの御三家なのにわかんないって……」
「わ、私のせいじゃないわよ!
 御先祖様の誰かが伝え忘れたか、間違って文献を捨てたかしたせいなんだから!」
「わかってるって。 別に凛を責めたつもりはないよ」
「ふん!」

 そういって凛はまたカップ・ケーキに噛り付いた。
 ……もしかして、やけ食い?

「場所としては、ここ遠坂邸、柳洞寺、言峰教会、新都の中央公園が臭いんだっけ?」
「そうだな。
 聖杯が現れるとされているのがその四箇所ということを考えれば、大聖杯もそのどこか。 もしくは、その四箇所にそれぞれ要となるものがあることになるな」

 これでもし、大聖杯の基盤といえるものが冬木の土地全体に広がるものだったら手に負えないな。
 まさか、冬木の土地全てをひっくり返すわけにもいかないんだし、そうじゃないことを祈るだけかな……。

「……やっぱり召喚されたサーヴァントは、アーチャーの時とは違うのかしら?」

 凛はカップ・ケーキを食べ終え落ち着いたのか、紅茶に口を付けながら誰ともなく呟いた。

「可能性としては有り得るのだろうが、私はそうは思わない」
「「?」」
「運命というと大袈裟だが、こういった重要な出来事は多少の誤差はあれ大筋で似たような状況になるものだ。
 私がそうであったように、君達が第五次聖杯戦争に参加するのにはなんらかの意味があるはず。
 そしてそれは、君達以外の参加者にとってもだ」

 なんか、悟りを開いたお坊さんみたいなこと言ってるな~。  一成と気が合いそう。

 でも、もしそうならマスターとサーヴァントの情報を事前に知っている分、多少は対策が取れるかな?
 まぁ、呼び出されるサーヴァントがアーチャーの時と一緒でも、一番厄介なのはやっぱり言峰とギルガメッシュに変わりはないだろうけど。

 アーチャーがマスターとして聖杯戦争に参加したときの話では、桜ちゃんの兄で慎二というのが言峰に唆されてギルガメッシュのマスターとなっていたそうだ。
 もっともギルガメッシュの本当のマスターは言峰だったらしいのだが、アーチャーは実際その時の会話には参加しておらず、アーチャーの時の凛が聞いた情報からの憶測らしい。

 その他にも自身は動かずサーヴァントを利用して何かと聖杯戦争をコントロールしようと動いていたり、 純粋な強さに関してもあたしと凛は格闘訓練を言峰から受けていて未だに勝つことが出来ないし、教会の代行者だったことを考えても面倒な相手だ。

 そしてギルガメッシュはその宝具の特性から、サーヴァントに対して絶対的な優位を持っている。
 何しろ全ての宝具の原点を持っていて、どんなサーヴァントが相手であろうと必ず弱点か優位となる宝具を持っているのだから相手としては厄介極まりない。
 しかも、それらの宝具を雨霰と撃ってくるというのだから、これはもうサーヴァントを相手にしているというより戦場で単身戦っているようなものだ。

「それで、結局この後の方針はどうするの?」
「大聖杯を探すことに変わりはないんだけど、どうやって探すか? よね。
 後は言峰とギルガメッシュ、ランサー、それにキャスターと葛木の対策か……」
「所在の知れている言峰はともかく、柳洞寺の安全を確認するのが先決だ。
 あそこは城としてはかなり厄介な上、兵糧攻めもできないときては陣地作成のスキルを持つキャスターに立て篭もられた場合かなり面倒だ」
「いっそ、あたしがセイバーと一緒に先に陣取ってこようか?
 あそこの人達だったら知り合いだし、適当な理由をつけて聖杯戦争の間ぐらいは居座れるけど?」

 そこまで面倒ということは、こちらが先に取って置けばそれだけ有利ということだと思って提案してみたが、アーチャーは首をふりつつ、

「いや、戦力の分散は極力避けよう。
 キャスターとランサーはともかくギルガメッシュにはお前たちでは歯が立たないだろうし、二人いっぺんに相手をする状況にでもなれば、逃げることすら難しくなる」

 そっか、この中でギルガメッシュとやりあえるのはアーチャーだけなんだっけ。
 そう考えると確かにマズイかも。

「ならいっそ、皆で柳洞寺に厄介になる?
 一成がいるといっても、なんとかなると思うけど」
「そこまでするのならいっそ、柳洞寺の本殿と宿坊を破壊して僧達を追い出した後潜伏するほうがよっぽど安全だ。
 ともかく、現状では柳洞寺と言峰教会に監視の目を設置して、アインツベルンのマスターから協力を取り付けた方が早く大聖杯の位置を掴めるだろう。
 聖杯の事情を話せば大聖杯がなくなったとき、サーヴァントの方から契約を破棄していなくなる者もいるだろうし、戦争の被害も少なく済む」

 なんか、すごく過激なこと言ってる気が……。
 まぁ、お坊さん達がいないほうが彼等の安全も守れるわけだけど、その為にとはいえ柳洞寺を破壊するって無茶苦茶な発想だな。

「なら、今夜は柳洞寺と教会に私の使い魔を放って、問題がなければアインツベルンの森に乗り込むってことでいい?」
「あぁ」
「そうだね」
「にしても、アインツベルンの協力なんて得られるのかしら?」
「難しいだろうが、言峰や臓硯に頭を下げるより遥かにマシだと思わんか?」
「……それもそうね」

 結局、話し合いの間一度も参加しなかったセイバーはただカップ・ケーキを食べ続け、ライダーはあたしをチラチラと盗み見しながら時折頬を染め、桜ちゃんはあたしの為にセイバーからモンブランを奪い尽くしていた。

「はい、詩露ちゃん、たんと召し上がれ♪」
「あ……、ありがとう」

 山と盛られたモンブランを極上の笑顔で差し出してくる桜ちゃん。
 でも桜ちゃん、せっかくの気持ちだけどあたしそんなに食べれないよ……。


「さ、詩露はそろそろ着替えてきなさい」

 あれからさらに時間はたち、夕食を終えナプキンで口元を拭っていた凛がそう言った時、あたしはまだフリル服のままだった。

「えぇ~、着替えちゃうんですか? せっかく可愛いのに」
「アンタね、さすがにこの格好じゃ走るのも一苦労なんだから、仕方ないでしょ?」
「でも、スカートが捲くれて慌てる詩露ちゃんが見れるかと思って期待してたのに」
「「「…………」」」

 不貞腐れるようにいう桜ちゃんに対して、さすがにセイバー、アーチャー、あたしは呆れてしまったが、凛はうんうんと力強く頷き、ライダーはなんだか夢見心地のようだ。
 駄目だ、この姉妹。
 性格は違ってても頭の中身が一緒だ。
 今のうちに何とかしておいた方がいいのかも知れない。 主にあたしのために。

 それはともかく、夕食も結局アーチャーに作られてしまった。
 しかも、手伝おうとしたら

「馬鹿者。 そんなヒラヒラした袖で火元に近付くな。
 引火して火傷するぞ」

 と、追い出されたし。
 くそ~、アーチャーの料理は美味しいけどその変わり、あたしが料理する機会がどんどん奪われてる気がする。

「ほら、早く着替えてらっしゃい」
「ん」

 そんなことを考えていたら、凛に急かされた。
 まぁ、せっかくこの責め苦から逃れられるのだから、とっとと着替えてしまおう。
 ついでに、試したいこともあるし。

「凛、服借りたいんだけどいい?」
「いいけど何着るつもり? サイズも違うでしょう?」
「大丈夫。 じゃ、着替えてくるね」

 そういって、あたしは自分の部屋から必要な着替えを持って凛の部屋へと向かった。

 着替え終わったあたしが居間に戻ると、

「どうかな?」
「あら、似合うじゃない」
「はい、大変よく似合っています」
「「お……おへそ」」
「それで行く気か?」

 と、それぞれに反応された。



[1095] 『剣製少女 第三話 3-1』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:22
 ちなみに、あたしのおへそを凝視しているのは桜ちゃんとライダーだ。
 あたしはちょっと恥ずかしくなってなるべく自然な感じに手で覆い隠した。
 え~い、この似た者主従め!


 『剣製少女 第三話 3-1』


「これだったら胸当て使わずにすむかなって思ったんだけど、どう?」
「ふむ、確かに強化しておけば問題なかろう」

 あたしの格好はデニムのハーフ・パンツに赤いビスチェ、その上から厚手の白シャツをボタンを閉めずに羽織って、頭にはカチューシャではなく、昨日と同じ野球帽を被っている。

 このビスチェが凛からの借り物で、今回胸当ての変わりに使えないかと考えたものだ。
 もちろん、凛とは胸のサイズも胴回りも違うけどこのビスチェは背中を紐で絞るタイプなので、割とその辺は融通が利く。
 まぁ、あたしが着ると凹凸が少ないから格好よくは着こなせないけど、普通の人に見られたときに胸当てつけて歩いているよりマシかと思って選んでみた。

「じゃあ行ってくるから、桜とライダーは留守番お願いね」
「それなんですけど、姉さん私も……」
「駄目よ。 アンタはまだ体調が万全じゃないんだからちゃんと休みなさい」
「そうだよ桜ちゃん。 ライダーを召喚したばかりなんだし無理しないでゆっくり休んでね」

 凛が言っているのは、本当は間桐の呪縛を解いた事なのかもしれないけど、嫌なことは思い出したくないだろうからなるべくそこには触れずに桜ちゃんに休息を薦める。
 それに召喚で魔力を失っているのも本当のことだろうし。

「詩露ちゃん……。 はい、わかりました!」
「なんか、私のいうことより詩露のいうことを聞くっていうのがむかつくわね」
「そ、そういうわけじゃ」

 あたしの言葉に元気良く頷いた桜ちゃんにムッとした表情で威嚇する凛。
 そんな凛に慌てて弁解する桜ちゃんだったけど、単に嫉妬してるだけなんだから別に慌てることないのに。
 なんか微笑ましいもの見せてもらったなぁ。

「なにニヤニヤしてんのよ」
「別に。 ほら、さっさと行こ」
「ふん、まぁいいわ。 じゃ行ってくるけど、敵が襲ってきたら無理せずさっさと逃げるのよ?」
「はい、姉さんたちも気をつけて」

 こうしてあたし達は桜ちゃんとライダーに見送られて、柳洞寺へと向かった。

 柳洞寺に向かうとき、昨日同様アーチャーは霊体化して先行していた。
 索敵はもちろんだけど彼は遠距離攻撃が可能なため、こちらに何かあってもすぐ援護できるだけでなく、自身の位置を察知されずらいため奇襲にもなるからだ。

「柳洞寺にアサシンとキャスターがいた場合どうするの?」
「まずは事情を説明してみないと何ともいえないわね。
 ただし、向こうが素直に話し合いに応じなければ、力ずくでも話を聞かせるわ」
「ま、そうなるか。
 でも、柳洞寺にいないとしたら何処にいるん・・っ!!」

 柳洞寺へと続く道を歩いているとき、それまで感じなかった強烈な威圧感が突然現れた。
 あまりにも唐突で尚且つ桁外れの圧迫感に一瞬勘違いかと思ったほどだったけど、完全武装に変わったセイバーがあたし達を庇うように前に出たことで勘違いではないと実感させられた。

「こんばんわ。 私はイリヤスフィール=フォン=アインツベルン。 お姉ちゃん達の名前を教えてもらえる?」

 そういって現れたのは鉛色の巨躯を持つサーヴァントを従えた銀色の少女だった。
 少女は場の雰囲気に似合わない優雅な礼をして見せながら、人懐っこい笑顔で話しかけてきた。
 後ろの巨人がいなければ、ここが路上ではなく舞踏会の会場じゃないかと勘違いしそうなほどその礼はとても洗練されていて、儚げな外見と相まってなんだか現実感がなかった。

 それにしても、彼女がイリヤ。 切嗣の本当の娘。
 アーチャーが言っていたあたしにとっての義理の姉か……。

「ふ~ん、貴方がアインツベルン。
 話に聞いていたよりも小さいのね。
 私は遠坂凛。
 こっちは弟子の藤村詩露よ」

 そういって凛はふてぶてしいとも言える態度で自身とあたしを紹介した。
 しかし、凛も後ろのサーヴァント……アーチャーから聞いていたバーサーカーに気圧されているのか、普段に比べ声が上ずっている。
 当然だ。 あたしだってあんな存在見ているだけで竦んでしまう。
 あれは明らかに異常な存在だ。

「そう、貴方がトオサカの当代。
 で、セイバーはリンのサーヴァント?」
「貴方に教える義理はないわ」
「それもそうね。
 いいわ、セイバーを倒した後色々聞かせてもらうから」
「なっ! ちょっと待ちなさい! こっちの話も……」
「行きなさい、バーサーカー!」

 そうイリヤが命じた瞬間、なんの予備動作もなくバーサーカーは持っていた巨大な剣をセイバーに向けなぎ払っていた。
 それに対してセイバーは見えない何か……恐らくは剣を翳して受け止めたが、衝撃でアスファルトは陥没し膝をつきそうになる。

「二人とも早く下がりなさい!!」

 バーサーカーの剣を支えながらあたし達を叱責するセイバー。
 駄目だ。 ここに留まってたらセイバーはあたし達を守るため、剣を受け流すこともできずに全てを受けきらなくちゃいけなくなる。
 あたしは呆然としている凛の腕をとって、力任せに引っ張って行くが凛はまだ正気に戻っていないのか足元が覚束ない。

「凛! 走って!!」
「え、あ、う……うん」
「あら、サーヴァントを見捨てて逃げちゃうなんて、マスター失格ね」

 あたし達の背に嘲笑うような声をかけるイリヤ。
 しかし、その声を掻き消すように剣戟の音は激しさを増していた。
 あたしは十分な距離を走った後立ち止まり周囲を確認したが、未だバーサーカーの相手はセイバーのみでアーチャーからの援護がない。

(凛、アーチャーは!?)
(ランサーと交戦中よ!)
(な!? い、いつの間に! 何処で!?)
(柳洞寺の石段傍らしいわ。
 バーサーカーが出たことを知らせたら向こうもランサーを見つけたから足止めしてるって)

 ……最悪だ。 戦う相手の相性が完全に逆じゃない!

 バーサーカーの宝具は”十二の試練”。
 Aランク以上の攻撃以外は全て無効化し、十二回殺さなければ倒せない。
 しかも一度受けた攻撃は二度と通じないとなれば、セイバーの宝具で一度殺せたとしても、すぐに復元してしまう。
 こういうサーヴァントこそアイツやあたしの剣製のほうが相性いいっていうのに。

 逆にランサーの宝具”刺し穿つ死棘の槍”は、セイバーならなんとか避けることが可能らしいし、宝具ではない普通の攻撃でも十分に通用するっていうのに!

(セイバー、アーチャーの援護は当てにできないから無理に倒そうとしないで時間を稼いで!)
(承知!)

 あたしの指示でそれまでバーサーカーの攻撃を受け流していたセイバーは、動きが大きくなる代わりに避けることに専念する。
 あれだけの攻撃だ、受け流すだけでも相当のダメージを受けてしまう。
 どちらにしてもセイバーの攻撃では宝具を使わなければダメージが与えられないのだから、受け流して反撃を試みるよりも体力を消費してでも大きく避けた方が懸命だ。

 周辺に対して被害は広がるが、幸い道の左側は円蔵山の森だし右側は特に民家もないから、人的被害はでないですむはず。

 それでも徐々にセイバーは追い詰められていた。
 バーサーカーというクラスの所為で剣技などない力任せの攻撃のはずなのに、振り下ろされる腕の動きがどんどん早くなり離れているあたし達にまでその剣風が届く。
 避けきれなくなり、再び受け流し始めたセイバーも腕だけでなく、体ごと右に左に揺さぶられる。

 そしてついに、横なぎの一撃がセイバーの持つ見えない剣ごとなぎ払い木へと叩きつけた。

「セイバー!!」

 あたしが思わずセイバーに加勢しようと駆け出したとき、ズシャッという音と共に突然イリヤが倒れた。
 今までバーサーカーに気を取られて気付いていなかったが、見れば何故かイリヤは血だらけになっている。
 どういうこと!?
 もしかして、さらにサーヴァントがいるってこと?

 そう思って、あたしは弓を投影して周囲を警戒してみたが特に不審者も見られず気配も感じられない。
 そのままあたしは、警戒しながら動かなくなったバーサーカーの脇を抜け、慎重にイリヤに近付いていく。

(セイバー無事?)
(はい……。 すみません、失態を……)
(いいから回復に専念して。 バーサーカーのマスターが攻撃を受けたみたい。
 周囲にサーヴァントの気配は?)
(いえ、感じられません)
(わかった。
 凛、バーサーカーのマスターを確認してくるから、そっちも注意してて)
(気を付けなさいよ?)
(ん、了解)

 そしてあたしはイリヤの傍まで来たが、その間バーサーカーは一度として動くことはなかった。
 クラスの所為で自立した意思がないのか、あたしがマスターの傍に弓を持って近付いているというのにそれを邪魔することもない。

「ねぇ、大丈夫? しっかりして」

 そういって、イリヤを揺すりながらも目は周囲を確認する。
 そしてイリヤの傷を横目で確認するが、傷はカマイタチにでもあったかのように無秩序でどこから攻撃を受けたのかも判断できない。
 もしかしたら実際風の魔術でカマイタチを受けたか、セイバー達の剣風でカマイタチでも起こったのかも知れない。

「う……」
「気が付いた? 状況はわかる?」
「貴方……。 っ!? バーサーカーッ!」
「■■■■■───ッ!!」

 そういって彼女がバーサーカーに命じた瞬間、ブシュ! という音と共に彼女の腕から血が噴出した。
 イリヤに命じられたバーサーカーは、雄叫びを上げながらこちらに振り返りその巨大な剣を振り下ろす。
 あたしは、イリヤを守るように覆いかぶさり、ぎゅっと抱きしめたがいつまで経っても衝撃がこない。
 恐る恐る目を開けてみると、

「セイバー……」
「本当に貴方は無茶ばかりをする。
 そんなことで、バーサーカーの一撃に耐えられると本気で思ったのですか?」

 そういってセイバーがバーサーカーの剣をしっかりと受け止めていた。
 ……た、助かった~。

 それにしてもこの子の傷、もしかしてバーサーカーに命令をするたびに負ってる?
 ってことは、イリヤはバーサーカーを制御しきれていないってこと?

「ありがとうセイバー。 助かった」

 あたしの言葉にセイバーは剣を下ろしながら笑いかけてくる。
 どうやらバーサーカーは、さっきの一撃以上動くことはなさそうだ。

「う……ぅくっ!」
「あ、ちょっと、大丈夫?
 凛!」
「何よ?」
「この子の治療お願い」
「バカいわないで、治療したらまた襲ってくるでしょうが!
 そのまま拘束して、大聖杯のこと聞き出せばいいじゃない」

 こちらに小走りで近寄ってきた凛にイリヤの治療を頼んだら、怒られた。
 とはいえ、こんな苦しそうにしてるのに放っておくことなんて……。

「平気よ……このくらいの傷……すぐ治せるん……だから」
「そんな辛そうにしてるのに……」
「アンタね、形は小さくても魔術師なんだから痛みぐらい自分で制御できるわよ。
 そうでしょ?」
「当たり前よ」

 そういって気丈に振舞うイリヤだけど、明らかに無理をしている。
 あたしには治癒の魔術は使えない。 せめて止血だけでもと思って取り出したハンカチで額の傷口を押さえて驚いた。
 傷口がない!
 イリヤは本当にこの僅かな時間で傷を痕も残さず塞いでみせたのだ。

「すごいね、本当にすぐ治せるんだ」

 そういいながら微笑んで、顔や手足についた血を拭ってあげる。
 水で洗い流すことができないせいで綺麗にとはいかないけど、とりあえずこれ以上服や髪を汚すことはないかな?

「ん、なに?」
「お姉ちゃん変わってるね。
 敵の魔術師に優しくするなんて馬鹿なの?」
「えぇ、そいつ馬鹿なの」
「……二人とも酷くない?」

 不思議そうにこっちを見ていたイリヤが酷いことを言ってきたと思ったら、凛が止めを刺しにくる。
 セイバーも苦笑いで積極的ではないものの、二人の意見に賛成のようだしここにあたしの味方はいないらしい。

「そんなこといったって、傷だらけの女の子放っておくわけにもいかないでしょ?」
「「「はぁ~……」」」

 うっ、言い訳したら余計呆れられちゃった。

「まぁいいわ。 それでどういうつもり?
 私を捕虜にでもしたつもりかしら?」
「捕虜っていうか、色々話したいことがあったの。
 聞いてくれる?」
「しょうがないわね。
 ハンカチ一枚分の時間ぐらいは付き合ってあげる。
 ただし、等価交換。 私も聞きたいことがあるから答えて」
「いいよ」

 そういったイリヤはあたしの手を取って立ち上がり、バーサーカーを消すと腰に手を当てあたしを見上げた。
 といっても、あたしと彼女はせいぜい十センチぐらいしか変わらないんだけど。

(ところで凛、アーチャーは?)
(ランサーと痛み分けにしたみたい。
 今はこっちを視界におさめられる場所で警戒してるわ)
(了解)

 その後、あたしは聖杯の中身とその危険性をイリヤに説明したが、既にイリヤはそのことを承知していた。

「当然じゃない。 アヴェンジャーを呼び出したのは他ならぬアインツベルンなんだから」
「アヴェンジャー?」
「アンリマユのクラス。 復讐者のことよ。
 それで、お姉ちゃんたちは大聖杯を見つけ出してどうするつもりなの?」
「もちろん破壊するわ。
 そんな物騒な物、冬木の管理者として野放しにしておけるわけないじゃない」
「そう? 汚染されているとはいっても、根源の渦への穴だったらちゃんと開けられるのよ?」
「根源!? どういうこと?」
「あら、それは知らなかったのね。
 でも教えない。 それより今度は私の質問に答えて頂戴」
「まぁいいわ、アンタの質問の後できっちり答えてもらうから」
「私からの質問はエミヤシロウの消息を知っているかどうか? よ。
 特にお姉ちゃん。 貴方に答えて欲しいの。 セイバーのマスターさん♪」

 そういってイリヤはあたしに抱きついてきた。
 やってることは無邪気なんだけど、その表情は全然無邪気じゃない。
 抱きつかれたというより、逃がさないために捕まえられたような気分になる。
 さて、どうしたものか……。
 本当のことを教えてもいいんだけど、信じてもらえるかどうか。
 確実なのは凛の時みたいに記憶を見せることなんだけど、この子の表情見てると何されるかわかんないって心配があるな~、でも……。

「どうしたの、お姉ちゃん? 何か知ってるの?」

 そういって微笑むイリヤの笑顔は意地悪な時の凛のようだ。

「はぁ~……。 信じてもらえないかも知れないけど、あたしが衛宮士郎なの」
「……へ?」
「ちょ、ちょっと詩露!」

 あたしの言葉に、イリヤは驚きのあまり大きな目をさらに見開き、凛は慌てている。
 だってしょうがないじゃん。
 誤魔化しても良いけど、イリヤからこれ以上情報を引き出そうと思ったら、こっちもそれなりに情報出さないと難しいし、なにより……

「ひゃあっ!」
「……女の子じゃない、貴方」

 なんて考えていたら、ビスチェの上からムニムニと胸を揉まれた。
 何してますか、このお子様は!!



[1095] 『剣製少女 第三話 3-2』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:23
「あ、あのね、イリヤ。 痛いからそろそろ……」
「ん~、ちっちゃいけど本物っぽいな~……。 手術? 注射?」
「そんなわけないでしょ!」


 『剣製少女 第三話 3-2』


 言うに事欠いて、あたしのことをどんな風に見てんのこの子は!

 それにしても、なかなか離してくれない。
 まさか、この年になって乳離れできてないってことはないだろうけど、今は揉むというより撫でたり押したりしてて、……って、これはもしかして感触を楽しんでる?
 確かにブラは付けてないけど、あたしの胸は小さいから別に楽しいもんじゃないと思うんだけど……。

 にやぁ~。

 ……実にいやらしい笑顔で笑いかけられた。
 今確信した。 この子は天性の苛めっ子。 絶対凛の同類だ。

「ちょっとアンタ。 いつまでそうしてんのよ?」
「えぇ~、だって女の子の癖に自分をエミヤシロウだなんていうんだから、ちゃんと確かめないと♪」
「ちょっと!」

 凛が引き剥がそうとしたものの、逆に引き剥がされまいとしがみ付いて来るイリヤ。
 しかも、今度はあたしの胸に抱きついて頬擦りまでしている。
 さ、さすがにそれは恥ずかしいって! しかも

「ぬ、脱げる、脱げちゃうから!」

 そう、肩紐がないせいでイリヤが動くたびにどんどんビスチェがずり落ちてきている。
 いくら元が男で胸が小さいとはいえ、さすがにストリーキングは勘弁して欲しい。
 そして、必死にビスチェを上げてて気が付いた。 この子、背中に回した手でずり下げてる!

「だ、駄目だってイリヤ! 下げちゃ駄目!」
「何がぁ~?」

 くそ~、絶対わかってて惚けてる!

「はぁ~、何を遊んでいるのです。
 大聖杯のことを聞くのではなかったのですか?」
「「あ……」」」

 心底呆れたというようなセイバーに言われて思い出す。
 そうだ、あたし達は大聖杯の在り処をアインツベルン……イリヤに聞かなきゃいけなかったんだった。
 凛もすっかり忘れていたようで、顔を覆い隠しながら落ち込んでいた。
 あたしも完全にイリヤのペースに飲まれてたもんな~。

「イリヤ、士郎の居場所は教えたんだから大聖杯の在り処を言いなさい。
 等価交換よ」
「じゃあ、先にお姉ちゃんが本当にシロウだって証拠を頂戴。
 でなきゃ教えない」

 べぇ~っと凛に舌を出しながら改めてあたしに抱きつくイリヤ。

「でも、証拠って例えば?
 切嗣の話でもすればいいの?」
「ん~、キリツグの話も聞きたいけどそれが作り話やシロウから聞いた話ってこともあり得るじゃない?
 だから記憶をみせてくれればいいよ」
「駄目よ。 アンタが詩露に何かしないって保証がないもの」

 なんかややこしいことになってきたな。
 でも、確かに元々の”衛宮士郎”を知らない人に性転換したあたしを”衛宮士郎”だと納得させるのは、記憶でも見せないと無理だよね。
 士郎しか知らないはずのエピソードとか話しても、それをイリヤが知らないんじゃ意味ないし。

「……わかった、じゃあ、あたしの記憶を見て」
「「なっ! 詩露(シロ)!」」
「でもここじゃ駄目。
 遠坂の家でよければあたしの記憶を見ていいよ。
 どうする?」
「……そうね、それでいきましょ。
 ただし、私の身の安全はシロが保障してね♪」
「ん、絶対イリヤに危害は加えさせないから。
 その代わり、イリヤもあたしが士郎だと納得できたら大聖杯の場所をちゃんと教えてね?」
「うん。 約束ね、お姉ちゃん♪」

 そういってイリヤは再び抱きついてきた。

 つまりこれは、お互いにリスクを負うことで対等の状況にしようという駆け引きなわけだ。
 あたしはイリヤに記憶を覗かせるかわりに、記憶の改竄とかをされる危険がある。
 でも場所を遠坂邸にすることで、イリヤも身の危険にさらされる。
 何しろ魔術師の家というのは要塞に例えらることもあるように、いざとなったらそれなりの攻撃と防御ができるよう備えられていて、それは遠坂邸に於いても例外ではない。
 しかも、今の遠坂邸にはライダーもいるからサーヴァントが三人もいる。
 そんな処になんの準備もなく単身乗り込むのだから、普通だったら相当無謀な行為だろう。

 そして、あたしとイリヤは腕を組んだまま遠坂邸へと向かった。
 凛はかなり不機嫌な様子で念話を使って、

(ちょっと詩露! どういうつもり!?)
(ごめん、勝手に家使うことにしちゃって)
(バカ! それはいいのよ。 なんで自分が”士郎”だって名乗ったのよ!?
 しかも、記憶を見せるってどういうつもり?
 アンタが性転換したってことが協会にバレたら、アンタ封印指定にされるかも知れないのよ?
 それに記憶を見せるって事は、アンタの魔術の異常性だってバレるじゃない!?
 それを協会にバラされたら絶対に封印指定受けるのよ? わかってんの!?)
(ごめん。 でも、彼女には本当のことを知っておいて欲しかったの。
 義理とはいってもあたしの姉なんだから……)

 と、かなり強い口調で怒られたが 凛はそれ以上は何も言うことなく怒っているとも呆れているともとれる溜息をつくだけだった。

 ……そう、イリヤは藤ねえとは違うけど、もう一人のあたしの姉なんだ。
 だったら、出来る限り嘘や秘密は持ちたくない。
 本当はこんな体になったことで心配している藤ねえにも、魔術のことを明かして少しでも安心させたかったけど、それはあたしの身だけじゃなく藤ねえの身も危険に晒すことになるからできないでいる。
 いつか男に戻って安心させてあげられればいいんだけど……。

 そんなことを考えているうちに、あたし達は遠坂邸に到着した。

「みなさんお帰りなさい。
 随分早かったんですね?」

 帰宅した瞬間桜ちゃんに満面の笑顔で出迎えられた。
 彼女はあたし達が心配だったのか、夜遅い時間にも関わらず寝ずに待っててくれたようだ。

「ただいま、桜。
 ちょっと、予定が狂っちゃってね」
「起きて待っててくれたんだ、桜ちゃん」
「はい、何も出来ないんですがやっぱり心配で。
 それで、こちらは?」
「こんばんわ、私はイリヤスフィール=フォン=アインツベルン。
 イリヤでいいわ」
「あ、アインツベルンの……。
 初めまして、イリヤちゃん。
 遠坂桜です」

 桜ちゃんは小さなイリヤがアインツベルンのマスターだと知って驚いたようだけど、すぐ気を取り直して笑顔で挨拶した。
 イリヤもそんな桜ちゃんを気に入ったのか、笑顔で答えている。

「さ、上がって頂戴。
 一休みしましょ」

 凛がそういったときには既に居間に向かっていて、あたしもイリヤの手を引いて居間へと案内した。
 居間に着いたとき、それまで霊体化していたアーチャーが実体化したのだが、その左腕は鮮血に染まっていた。

「その傷どうしたのアーチャー?」
「凛から聞いていなかったか? ランサーにやられた」

 そういえば、痛み分けっていってたっけ。
 ということは、ランサーも手傷を負っているのかな?

「大丈夫なのですか?」
「ああ、外側はもう塞がっている。
 奴の獲物の特性で治りが悪いが朝までには完治する」
「ふ~ん、これが凛のサーヴァント?
 あまり強そうじゃないのね」

 そう言って、イリヤはアーチャーの周りをぐるぐると回りながら品定めするように眺めているが、アーチャーはそんなイリヤの言動に苦笑いのまま好きにさせている。
 ……なんか意外だ。
 アーチャーってこういうとき、ムキになるか嫌味の一つでも言うものだと思ってたのにイリヤには甘いのか、それとも自分が経験した聖杯戦争で守れなかったことを気にしてるのかな?

 そして、腕を怪我したアーチャーの代わりにあたしが入れたお茶で休憩している間、あたし達が体験したバーサーカー戦の話をしていたのだけど、バーサーカーのマスターであるイリヤの手前あまり詳しい話もしずらく、結局は客観的な内容に終始した。
 ただし、ライダーは話よりもあたしと、あたしにちょっかい出してるイリヤが気になって仕方なかったようだけど……。

「じゃ、そろそろ始めましょうか?」

 そういって話し合いの間大人しくしていたイリヤがあたしに声をかけた。

「いいけど、何処でする?
 凛の工房かあたしの部屋?」
「シロの部屋には興味があるけど、今はここでいいわ。
 どうせリンが監視したいんだろうから、見せ付けてあげましょ♪」

 そういってまた抱きついてくるイリヤ。
 ……見せ付けるって、どんなことされちゃいますか、あたし?

「へ、変なことしないよね?」
「記憶を見るだけよ♪」

 不安になって確認してみたけど、ふふふと怪しく笑われて余計不安になってきた。
 イリヤは見た目が幼いとは言え、あたしより年上ということでかなり積極的というか、変なところで大人っぽいから困ってしまう。
 ま、まぁ、信用するしかないよね。 ……信用していいのかな?
 イリヤは今のあたしの体が女だって、ちゃんとわかってるよね?

「じゃあ、みんな。 今からイリヤが魔術を使うけど、何が起こっても絶対危害を加えないでね?」

 そういって、最初の約束通りみんなに念を押す。
 他の面々は頷いていたけど、凛だけは

「でも、不審な行動をしたらすぐ邪魔するからそのつもりでね?」

 と、イリヤに確認する。

「えぇ、それで構わないわ。
 でも、危害を加えられたらシロにもそれなりの報復をするからそのつもりでいてもらうわよ?」

 と怖いことをいってきた。
 当然のこととは言え、やっぱり早まったかな~……。

「さ、あたしの眼を見て」

 イリヤは両手であたしの顔を包んで御でこを合わせ、ジッとあたしの目を覗き込んできた。
 あたしはその赤い目を見た瞬間、視界がぐるぐると回って徐々に意識が遠のいていった。

 気が付くと、あたしにとっての始まりの地獄に立っていた。
 全てが赤く、全てが死に絶え、僅かばかりにある生命も次々に消えていき、怨念の輪に加わっていく。
 そして救いの笑顔……。
 そうだ、切嗣はこんな風に笑ってたんだよね。

 次に見えたのは切嗣との生活。
 何をやっても不器用な切嗣に代わって、あたしが家事をしている。
 でも、それも最初の数ヶ月だけ。
 あたしが一人でもやっていけるとわかると、すぐに切嗣は海外に行くようになった。
 そして一人だけの武家屋敷での生活が始まった。
 時折藤ねえが来る事もあったし、たまに帰ってくる切嗣の土産話を楽しみに、基本的にはあたし一人であの広い屋敷で生活している。

 そんな生活が数年続いた後の切嗣の死。

 藤村の人達に助けられながらの葬式は、自分でも忘れていたようなことまで鮮明に思い出せた。

 そしてある日の夜。 いつも通りの鍛錬の時に起こる突然のノイズ。

 気が付くとあたしは”士郎” から”詩露”になっていて。それからの生活は、ほとんど凛とのものだった。

 その後は記憶を行ったり来たり。 時間の流れに関係なく飛び飛びに色々な場面が現れては消えていく。
 その中でも特に長く見ていたのは、あたしが一人でいる時のものだった。
 なんでこんな退屈なものを? とは思っていたけど、こうして傍から見てみると本当にあたしって無趣味というか、面白みのない生活をしていると思った。

(一人ぼっちにしちゃっててごめんね……)
(イリヤ?)
(うん。
 じゃあ約束通り今から大聖杯の場所を教えるね)

 そんなことを考えていたら、突然イリヤの声が聞こえたが、またすぐ消えて新しい映像が現れた。

 それはあたしの記憶ではなく、見たことのない辺境で三人の男達が集まり、何かの相談をしていた。
 あたしは誰かの視線を借りているようで、その三人と何かを話している。
 あ、三人のうち一人は着物だ。 ってことはこれ、辺境じゃなくって昔のことなんだ。
 映像は柳洞寺の裏にある小川から洞穴? 鍾乳洞? の中を通って行き、小高い丘を登って行く。
 丘の頂上は抉れていて、その中心部から広がるように何か有機的なものが脈打っている。

(わかった?
 あれがシロ達の探してる大聖杯だよ)
(ありがとう、イリヤ。
 これで聖杯戦争の被害を最小に食い止められるし、アンリマユも倒せる)
(じゃあ、起こすね?)
「うん」

 あ、肉声だ。
 目の前には泣き笑いであたしを見るイリヤの目が。
 イリヤは自分の涙を拭いながら、あたしの頬を撫でる。
 あれ? あたしも泣いてる?

「ごめんね、シロ! 独りぼっちにしちゃってて!
 これからはお姉ちゃんがずっと、ず~っと傍にいてあげるからね!」
「うわ!」

 そういってイリヤは再びあたしに抱きついてきた。
 でも、今度は勢いがあり過ぎてそのままあたしを押し倒して、また胸に顔をぐりぐりと押し付けてきた。

「だから、なんで脱がそうとするの!」
「お姉ちゃんの愛情表現よ! わからないの!?」
「そんな愛情いらなーいっ!」
「酷いシロ! やっぱり、リンなんかに教育されたせいね! 今からわたしが再教育してあげるから安心して!」
「ちょっと、なに人の教育にケチつけてんのよ!」
「お、落ち着いて。 みんな落ち着いて下さい!」
「や~め~て~!!」

 なんでか遠坂邸は間違った方向で阿鼻叫喚の地獄絵図になっている。
 ……特にあたしにとって。

「でもその様子なら、詩露に関して口止めする必要はなさそうね」
「当たり前じゃない。 シロはあたしの物なんだから、シロが危険になるようなことするわけないでしょ?」
「ちょっと待ちなさい。 なんで詩露がアンタの物なのよ! 詩露は私の弟子なんだから、私のものよ!」
「そっちこそバカ言わないで! シロは私の妹なんだから私の物よ!」

 なんでかあたしの所有権争いに発展している。
 っていうか、あたしの人権ってないのかな?

「いっそ、両手を持って引っ張ってみるか?」
「バカ言わないで。 この二人じゃあたしが引き千切られちゃうってば」

 せっかくのアーチャーのアイディア(大岡裁き)だけど相手が悪い。
 この二人じゃ絶対手を離すなんてことはなく、本当にあたしを引き千切りかねない。

 結局二人の所有権争いは決着がつかず、後日に持ち越されることになった。
 もちろん、その間あたしの意見なんて一度も聞かれませんでしたよ。



[1095] 『剣製少女 第三話 3-3』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:23
「ちょ、ちょっとイリヤ! 自分でできるってば!」
「いいから、いいから♪」
「ダ、ダメだって! ひ、ひぇっ! なんで抱きつくの!?」
「だから脱がしてあげてるんだって」
「嘘だ~!」
「ふふふ、シロのお肌ってすべすべね♪」
「うひゃっ! 何処に顔くっつけてるの!」
「あら、言って欲しいの? マニアックね」
「違~うっ!」


 『剣製少女 第三話 3-3』


「はぁ~、……イリヤは服を脱がするのが趣味なの?」
「なにバカなこといってるの。 そんなわけないでしょ?」

 あの、あたしにとっての地獄絵図の後、あたしとイリヤは一緒にお風呂に入っている。
 どうもイリヤが記憶の中の藤ねえに対抗心を燃やしてしまったようで、

「あたしだってシロのお姉ちゃんなんだから、一緒にお風呂入るのー!」

 と、両手を振り上げて威嚇されてしまった。
 まぁ、イリヤの体系っだったらあたしとそう変わらないし、凛やセイバー、ライダーと比べれば恥ずかしくもないからいいか? と安易に考えたんだけど、お風呂に入ろうとしたときにイリヤの手によって脱がされてしまった。

「じゃあなんであたしの服を脱がしたがるの?」
「だって、さっきの服はレディーに相応しくなかったし、妹の世話をお姉ちゃんがするのは当たり前でしょ?
 そんなことよりほら、頭洗ってあげるからこっちいらっしゃい♪」

 そういって、あたしの腕を掴んで抱き寄せるイリヤ。
 そっか、イリヤはお姉さん振りたいのか。
 だからやたらとあたしに構いたがってるのかな?

 イリヤは、あたしの頭を後ろから抱き寄せるようにしてわしわしと洗ってるが、正直手つきは覚束ない。
 貴族のお姫様って聞いてたから、もしかしたら自分の髪も洗ったことがないのかもしれないけど、すごく丁寧に洗ってくれてることはわかった。
 妹ができたことが、そんなに嬉しいのかな?

「どう?」
「うん、気持ち良いよ」
「じゃあ……ここは?」
「そこは胸っ!」

 あたしが目を瞑ってるのをいいことに、微妙なところを触って悪戯してくるイリヤ。

 いや、妹ができたことが嬉しいっていうより、このお姉ちゃんは虎のお姉ちゃんと違って、単にエッチなだけだ。 絶対そうだ。
 当然あたしは体を縮みこませてイリヤの手から体を守るけど、それが楽しいのかムキになっているのか、また触ろうとしてくるし!

「もう~、あんま悪戯ばっかりするんだったら、これからは一緒に入らないよ!?」
「悪戯じゃないわ、愛情表現よ!」

 ……だから、そんな愛情いりません。

「シロは体触られるのイヤ?」
「うん、やっぱり胸は嫌でも自分の体のこと意識させられちゃうから、恥ずかしいかな?」
「そっか。 でも今は女の子なんだから、慣れないと辛くない?」

 いやいや、触られることに慣れたくなんかないから!

「女の子の体に慣れないとってことなら、これがそうでもないんだよね。
 最初はやっぱり戸惑ったけど、今は別に辛いとかはないし。
 性転換したのが二次成長前だったから、それほど困らなかったんじゃないかって藤ねえはいってたけどね」

 今でも胸は大きくないけど、これが二次成長後で、凛やセイバー、ライダーみたいに胸があったら、彼女たちに感じてるような戸惑いを、自身の体に感じてしまい慣れるどころじゃなかっただろうけど。

「ふ~ん……」
「イリヤ?」
「じゃ、胸じゃなくってここは?」
「ひゃっ! ダ、ダメダメッ!
 なんてトコ触ろうと……みぎゃーっ!!」

 胸が駄目ならとばかりに、イリヤの手がお腹から下の方へと伸びてきた。
 さすがに其処は勘弁して欲しかったので、慌てて手を押さえて逃げようとしたら、目にシャンプーが入ってとんでもなく痛かった。
 神よ……、貴方はあたしのことがそんなに嫌いですか?


「もう、そんなに怒らないの。
 ね、シ~ロ♪」
「うぅ~……、もう、イリヤとは絶対お風呂に入らない……」

 お風呂を上がって、あたしの部屋で髪を乾かしてたらイリヤが抱きついてきた。
 でも、もうそんなんじゃ誤魔化されない。 恥ずかしいやら目が痛いやら散々だったんだから。

 それと、イリヤは寝巻きに着替えているけど当然寝巻きなんて持ってきていなかったので、あたしのを貸そうと思ったら、

「ズボンなんかイヤ。
 こっちでいいわ」

 といって、凛があたしに着せて喜んでいるフリル服のシャツを着ている。

 そうそう、結局お風呂はあの後、自分の体は自分で洗ったもののイリヤの髪と体はあたしが洗わされた。
 あたしは洗われる事はあっても洗うことはなかったので、ちょっと緊張したけどなかなか好評で、

「またお願いね♪」

 と言われたが、丁重にお断りした。
 だって、お風呂のたびに貞操の危機にならなきゃいけないなんて、冗談じゃないし・・・。

「はい、イリヤ。 髪乾かすからこっち来て」
「ありがとう♪」

 あたしは自分の髪を乾かし終えたので、イリヤをベットのほうへ連れてきて、タオルに包まれた髪を拭き始める。

 しばらくの間、タオルで水分を取ったりドライヤーで乾かしたりしていたので二人とも無言だったんだけど、ブラシを入れ始めたらイリヤの体がゆらゆらと揺れているのに気が付いた。
 後ろからそっとイリヤの顔を覗いてみたら、まどろんでいるみたいで目が殆ど開いていなかった。

「イリヤ?」
「…………」

 可哀想だけど、このままだと風邪を引くと思って声をかけたが、聞こえていないのか全然反応がない。
 試しに肩に手を掛けると、そのままあたしの胸に倒れこんでしまった。

(……なんか、いいかも)

 これじゃ桜ちゃんのこと、どうこう言えないなぁ~、なんて思いながら腕の中のイリヤの体を抱きしめていると、イリヤは姿勢が苦しかったのか寝返りを打ちながら抱きついてきた。
 しばらく髪を撫でてあげていると、次第に寝息が規則正しくなってきた。
 どうせ今日は一緒に寝る約束をしてたんだし、このまま寝てしまおうと肉体強化をしてイリヤを抱え上げ、ベットに寝かしつけてあげた。

(ん~……、誰かの抱き枕になったことはあっても、誰かを抱き枕にするのって、もしかして初めてかも。
 結構いいもんだな~……)

 なんて考えながらイリヤの体温を感じていると、あたしもいつの間にか眠りに落ちていた。


 目が覚めると、目の前に朝日を浴びて金色に光るイリヤの髪があったので、取り合えず撫でてみた。

(うわ~……艶々)
「ぅん……?」
「あ、ごめん。 起こしちゃった?」
「……シロ?」
「おはようイリヤ」
「うん、おはよう、シロ♪」

 ちゅっ♪

(…………)

「◎☆△◇※■───っ!!」
「ど……どうしたの?」

 ど、どう……、どうしたのってキスしたじゃん!
 ……って、言いたいのに口はパクパク動くだけで全然声が出ない。
 頬に……頬に温かくて、ちょっとしっとりしたものが、ピトッって!
 な、なんで~!?

「ほらほら、シロもして♪」

 そういって、頬を差し出してくるイリヤ。
 いやいやいや、してって何を? 何で? 誰が~?

「してくれないの?」
「う……」

 そういってあたしを見る目はものすごく悲しげで、なんかこっちが悪いことしてるみたいなんだけど、キスって・・・キスなんだよ?

「おはようの挨拶だよ? シロはわたしのこと嫌いなの?」
「う……違うけどキスって……」
「なんだ恥ずかしいの?
 ふふふ、シロったら可愛い♪」

 ぼひゅっ!
 自分より幼い顔立ちのイリヤに子ども扱いされたからか、その年不相応の怪しい笑顔に照れてしまったのか一気に顔が熱くなる。

「ほらほら、こうするんだよ♪」
「ひ、ひぇ、ちょ、ちょっと~!」

 ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅっ♪

 あたしが戸惑っている間に首に抱きついてきたイリヤが、頬といわず目といわず顔中にキスし始めた。
 あたしはもう、目も開けていられず体を強張らせながら嵐が去るのを待つようにジッといたら、しばらくして顔に当たる感触がなくなった。
 恐る恐る目を開けてみると、イリヤがすごく穏やかに微笑んでいた。

「お、終わり?」
「もっとして欲しいの?」

 昨日に引き続き、またも、にやぁ~といやらしく笑うイリヤ。
 あたしは ぶんぶん! と首が取れるんじゃないかという勢いで振る。

「じゃあ今度はシロからキスして♪」

 そういって再び頬を差し出してくるイリヤ。
 うぅ~……、そんなこといっても……。 これはキスしないと終わらないんだろうなぁ~。
 まぁ、頬にだったらいいかな? 外国では挨拶みたいなもんだし。 イリヤだったら……いいのかな?

 すぅ~……。 はぁ~……。

「な、なんで深呼吸?」
「だ、だって……」

 したことないんだから緊張するって。

「じゃ、いくよ?」
「いいけど、キスだよね?」
「え? ……うん」
「……じゃ、じゃあ、どうぞ」

 そういってイリヤもあたしの緊張が移ったのか、やや緊張気味に頬を差し出す。
 あたしはそぉ~っと近付いていって……、

 ちゅっ♪

「ん────っ!!」
「あはは、シロったら引っかかったぁ~♪」

 そういったイリヤは嬉しそうに抱きついてきたけど、あたしはそれどころじゃなかった。
 キスする瞬間、イリヤがこっちに振り向いて顔を押し付けてきたのだ。
 ……いや、誤魔化すのはよそう。
 口にキスされちゃったよ~!!

「な、なにしてんのイリヤ!」
「なにってキスでしょ?」
「だ、だって口に……」
「うん♪ だってシロったら顔真っ赤にして可愛かったからつい」

 ついじゃねぇ──っ!
 ……ま、まぁ気にすることはないよね、姉妹なんだし。
 うん、そうだ、そうだ。 きっとそうだ! あはは……。

「シロは初めて?」
「うっ……」
「んふふ、そうなんだ。 やった~♪」

 き、気にしない。 ……気にしないんだ!

 朝から大騒ぎしたものの、お陰で目は覚めた。 ……その代わり普段以上に疲れたけど。
 着替えのときも

「なんでそんな下働きの格好してるのよ!」
「何でも何も、凛の弟子として下働きしてるから?」
「……つまり、凛のせいってことね。 いいわ、あとできっちり話をつけてあげるんだから」

 なんでかイリヤはあたしの格好がお気に召さなかったようで、目から殺気を迸らせている。
 あたしはとばっちりが来ないように、とっとと朝食を作るためキッチンへと逃げた。

(あぁ~、なんか久々に朝食作れたかも)

 そんな小さな幸せに浸っていたが時刻は既に昼になっていて、あたしはともかく凛は二日連続のお休みとなったわけだけど、今日で聖杯戦争を終わらせられることを考えれば無理に登校するよりは休んで鋭気を養おうというこということになった。

「おはよう。 みんなもう起きてる?」
「あぁ、配膳は手伝おう」
「アンタ腕は?」
「問題ない」

 そういって屋根の上で見張りをしていたであろうアーチャーが現れたところで聞いてみたが、アーチャーは腕を見せながら無愛想に答えた。
 本当に笑わない奴だなぁ~。

 そして、食事がある程度進んだところで、

「わたしね、本当はシロを殺すつもりだったのよ」
「「……え?」」
「ごふっ!」

 と、いきなりイリヤが爆弾発言をしてきた。
 凛とセイバーは驚き、桜ちゃんは驚きすぎて絶句して、あたしはむせ返っていた。
 当たり前だ、昨日人のこと散々玩具にしておいて朝食まで作ってあげたのに、いきなり殺害予告をされるなんて思ってもみなかった。
 確かにあの数々のセクハラは十分な恥死量があったけど。 (誤字じゃない)

 世の中侮れないな~。 ……いや、こんなことが普通として通じる世の中なんて嫌過ぎるけど。

「もう、シロったら食いしん坊さんね。
 慌てないでゆっくり食べなさい」

 そういって、あたしの口の周りをナプキンで拭ってくれるイリヤ。
 でも、あたしがむせたのは食いしん坊だからじゃなくって、アナタの所為ですから。

「それでね、なんでシロを殺そうかと思ったかというと、お爺様はキリツグが孤児を引き取って魔術師としてではなくって、普通の家庭を楽しんでいるって聞いてたのよ。
 わたしとお母様を捨ててね。
 なのに実際は、シロのこと放ったらかしにしてて酷いのよ!
 だからね、わたしがキリツグの代わりにシロがちゃんとしたレディーになれるようしっかり教育してあげなきゃいけないと思うのよ。 ね♪」

 そういって、はにかみながら笑いかけるイリヤは本当に可愛いんだけど、ね♪ じゃないって。
 昨日のことを考えても、イリヤに教育されるってことは何されるかわかったものじゃない。
 ここははっきりと、でも丁重にお断りを……。

「結構よ。 詩露の教育はわたしがちゃんとするから、イリヤの手を煩わせるまでもないわ」
「ふ、そういうと思ったわ。 シロの服といい、食事が終わったらきっちりと話をつける必要があるみたいね、リン」
「ええ、望むところよ」

 ……なんで二人ともそんなに朝からテンション高いんですか?
 と、いうか、この二人が本気でやりあったら大聖杯の前に遠坂邸が崩壊しちゃうんじゃないかな?
 やっぱり玉砕覚悟でここはあたしが止めないと駄目か。

「あの……二人とも」
「「何っ!?」」
「……いえ、なんでもありません」
「ふっ、賢い選択だ」

 アーチャー、格好よく決めたつもりかも知れないけど、言ってることはもの凄く情けないよ。
 ……あたしも人のこと言えた義理じゃないけど。


 食後、わたしの部屋にイリヤを案内したときには既にわたしは臨戦態勢になっていたのだけど、対するイリヤはさっきまでの気迫はどこへやら、心ここに在らずといった風だった。
 啖呵を切ったのはいいけれど、土壇場になって怖気づいたのかしら?
 ふっ、アインツベルン恐るるに足らず!

 しかし、いざ口を開いたイリヤはとんでもないことを聞いてきた。

「ねぇリン。 シロって本当に人間?」
「へ?」
「実は死徒ってことはない?」
「は? 何言ってるの、そんなわけないでしょ?」
「そう……だよね」
「……なんでそんなこと思ったのよ?」

 いきなり何言い出してんの? とは思ったけどイリヤだって魔術師だ。 根拠もなくそんなこと言い出すとは思えない。
 詩露の特異性からなにか気付いたのかしら?

「あのね、シロって魂まで女の子になってたの。
 でも、魂って言うのは永劫不滅。
 書き換え不可能な情報な筈なのよ。
 でも、死徒の中に”転生無限者”っていわれている奴がいてね、こいつは自身の魂を書き換え可能な情報にして他人の肉体に乗り移ることを可能にした唯一の存在っていわれているの」
「つまり、詩露がそいつじゃないかってこと?
 でも、なんでアンタがそんなこと知ってるのよ?」
「シロがそいつだとは思ってないわ。
 だって、その”転生無限者”は人格は持ってなくて、ただの知識の塊と願望のみを寄り代に植えつけるだけで、自我を持った相手の魂を書き換えたり、肉体を変えたりできるわけじゃないもの。

 それから、なんであたしが知っているかっていうと、アインツベルンが第三魔法……”魂の物質化”を目指す一族だから、そういったことに他より詳しいのよ」



[1095] 『剣製少女 第三話 3-4』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:23
「ま……魔法ってあの魔法?」
「そう、”天の杯”、またの名を”ヘブンズフィール”。
 アインツベルンがかつて辿り着きそして失い、追い求めている魔法よ」


 『剣製少女 第三話 3-4』


 知らなかった。 アインツベルンが聖杯に取り付かれているって話は聞いてたけど、それが実は第三魔法のことだったなんて。
 あれ? ってことは……

「昨日言ってた根源への穴が開けられるって意味は……」
「そう、本来アインツベルンは聖杯なんてどうでもよくって、大聖杯を使って根源に至ろうってことで聖杯戦争に参加しているの。
 もちろん、戦争に勝ってその権利を独占するつもりだから、負けるつもりもなかったんだけどね」
「で、そこまで明かすアンタは今回の聖杯戦争をまともにやるつもりがなくなったってこと?」
「……まだ決めてない。
 チャンスがあれば使いたいけど、大聖杯が満ちるってことはアンリマユが生まれちゃうし、そうなったらシロが死んじゃうかも知れないし、わたしはシロのお姉ちゃんなんだからあの子を置いて行くわけにもいかないし……」

 この子本気で詩露を気に掛けてるんだ。
 殺すつもりだったと言ったかと思えば心配して見せたり、極端な子ね~……。

「そんなことよりシロよ!
 なんで魂まで女の子なの!?
 魂が男の子のままなら人形を用意して移し変えちゃおうと思ってたのに!」
「そんなのわたしに聞かれたってわかんないわよ。
 アンタはどう思ってるの?」
「わかんないからリンに聞いたんでしょ?
 大体、記憶と魔術回路は魂に備わった機能なんだから他人に移植できるものじゃないし、可能だとしたらさっき言った”転生無限者”以上の存在ってことになるけど、シロはあくまで人間だし……」
「詩露の魂を人間の女の子に移し変えたせいで、魂が変化したってこともないわけでしょ?」
「当たり前じゃない。
 さっきも言ったけど、魂は書き換え不可能な情報なんだから器が変わっただけで一々変わってたら、使い魔の知性だって保てないし、身代わりを用意するときも人間以外使えなくなっちゃうわ。
 それに、そんなことしたら肉体と魂を繋ぐ精神に異常をきたしちゃうわよ。
 ……まぁ、魂が女の子になっててくれたお陰で精神は安定してるんだけど、シロはそれが二次成長前だったからって思ってるみたいだから、そのまま勘違いさせておいたほうがいいと思うわ」
「そうね」

 それにしても、イリヤのお陰で詩露の情報が増えたのは嬉しいけど、なんか余計分けわかんなくなってきたわね。
 わたしは魂に関しては専門外だし一般的なこと以上わからないけど、結局詩露は肉体が変化したことより、変化不可能な筈の魂が変化したってことのほうがよっぽど大問題ってことか。
 これは、肉体の変化を解明するより、魂の変化を先に究明しないと根本的な解決にはなりそうもないわね……。

「それにしても、キッチンでわたしに喧嘩売ってきたのは、この話がしたかった為の小芝居だったってわけ?」
「そ、シロに聞かれたらショック受けちゃうかもしれないでしょ?
 昨日だってシロに気付かれないように、体触る振りして回路を確かめたり、お風呂で頭洗う振りして魂の確認したり、悪戯しながら精神の安定確認したりしてたの。
 そしたらすごく可愛い反応しちゃって、止められなくなちゃったけど。 ふふふ」

 昨日の叫び声はそのせいか。 可哀想に……。

「アンタやりすぎると嫌われるわよ?」
「大丈夫。 わたしはシロのこと愛してるから!」
「いや、そういうことじゃないって……」
「リンは? リンはどうやって詩露を調べてるの?」
「わたしは大したことしてないわよ。
 最初は裸にして回路や肉体的な異常がないか調べて、今はラインを繋いで一緒に寝ることで夢で詩露の過去を見て原因を探せないか試してるだけ。
 もっとも、ラインを繋いでるだけじゃ効果が薄いから、寝るとき密着してるけど」
「えぇーずるい! わたしはシロとライン繋いでないのに!」
「……繋げばいいじゃない」
「そうね、体液交換で……」
「やめなさいって。 泣くわよ、あの子」
 
 全く、あの子もとんでもない子に気に入られちゃったわね。
 イリヤは時折 「ふふふ」 と邪悪な笑みを浮かべながら、ラインの繋ぎ方にあれこれ考えを巡らしているようだ。
 せめて貞操が守れるようにセイバーに一言いっといたほうがいいのかしら?

「話し合いの最中悪いが……」
「何、アーチャー?」

 いきなりアーチャーが室内に現れて驚いた。
 一瞬ノックがなかったことを咎めようとしたけれど、アーチャーの真剣な表情を見て後回しにすることにした。

「桜が倒れた」
「な!」
「熱を出してな。 今は……」
「ばか! 早く言いなさいよ!」

 そういって、わたしはアーチャーの言葉を最後まで聞かずに居間へと駆け出した。

「リンってシスコンね」
「それを君が言うかね?」


 食事の後、洗い物を手伝ってくれていた桜ちゃんが突然倒れた。
 幸い、アーチャーが咄嗟に支えたから頭を打つようなこともなかったが、顔が赤かったので熱を計ると三十八度五分もあった。
 今は居間のソファーに寝かして頭と首筋に冷却シートを張ってあげているんだけど、早く部屋に運んだ方がいいんじゃないのかな?

「詩露ちゃん……」

 辛そうではないものの、心細そうにあたしのメイド服のエプロンを掴む桜ちゃん。
 あたしはその手をとって、しゃがんで少しでも安心できるよう声をかけることにした。

「大丈夫、桜ちゃん? きっと環境が急に変わったから疲れが出ちゃったんだよ。
 後でアーチャーかライダーに運んでもらうから寝てていいよ」
「わたし、もう駄目かも知れません……」
「何言ってんの、このくらいの熱で」
「でも、詩露ちゃんが応援してくれたら頑張れるかも」
「え……、お、応援?」
「そう、”お姉ちゃん、頑張ってね♪”って言った……ったたたたたたたたたたた!
 なんで!? 姉さん何してるんですか!?」
「アンタ結構余裕じゃない!」
「ちょ、ちょっと凛! 病人に何してんの!」

 突然現れた凛が、信じられないことに桜ちゃんに足裏マッサージをしている。
 あたしは間に入って凛を引き離すけど、時既に遅し、桜ちゃんは自分の足を持って悶絶している。

「もう、なんてことすんの、凛! 桜ちゃん倒れたんだよ?」
「わたしだって心配で飛んで来たけど、ただ自分の魔力に当てられただけじゃない。
 心配して損したわ」
「魔力に?」
「そ、桜もわかってたんでしょ?」
「え……、あ、あはははは・・・」

 な、なんだ。 病気じゃなかったのか、びっくりした。

(で、アーチャー。 これはやっぱり刻印中を摘出した後遺症なのかしら?)
(だろうな。 刻印中に食われていた魔力が体内に貯まったせいで当てられたのだろう)
(そうね。 本当だったら肉体の成長に合わせて体も慣れていく筈だったものが、突然体に貯まったせいで体に負担をかけているんだわ。
 だったら……)

「桜、ライダーへの魔力供給量を増やしなさい」
「はい」

 そういって桜ちゃんが目を閉じて少しすると、顔の赤みが徐々に引いていった。

「どう、桜ちゃん?」
「はい、だいぶ楽になりました」
「でも無理しちゃ駄目よ?
 しばらく部屋で休んできなさい。
 ライダー運んであげて」
「「はい」」

 桜ちゃんが居間を出て行った後、凛は居間のソファーに足を組んで座りながら何かを考え込んでいた。

「どうしたの、凛?」
「桜は今夜連れて行くのよしましょう」
「そうだね、無理させても危険なだけだし、家にいるほうがライダーも守りやすいだろうからね」

 あたしも凛の考えに同感だ。
 最悪ランサーとギルガメッシュを同時に相手にするだけじゃなく、キャスターも相手にする可能性がある。
 セイバーだったらともかく、ライダーだとどのサーヴァントが相手でも負ける可能性がある上に、桜ちゃんを守りながらとなれば持ち前の機動性も発揮できない。
 だったら最初から遠坂邸にいて相手が襲ってきたら逃げに専念してくれたほうが、あたし達も安心だ。

「あ、そうだ、イリヤもお留守番ね」
「な、何言ってるのよシロ! わたしは一緒に行ってシロを守ってあげるんだから!」
「ダ~メ」
「何でよ! わたしのバーサーカーじゃ役に立たないっていうの!?」
「違うって。 イリヤはバーサーカーを制御しきれていないんでしょ?
 一緒に行ってくれるのは嬉しいけど、また昨日みたいに血だらけになったイリヤを、あたしは見たくないよ。
 それにバーサーカーの宝具は防御向きなんだから、ここで迎え撃った方が有利なんじゃない?」
「その通りだ。
 バーサーカーの宝具は攻撃型ではなく防御型だからな、ライダーと組むことで遠距離と近距離を補えるぶん拠点防衛が容易になる」
「むぅ~……」

 イリヤはあたしとアーチャーの言葉に剥れているが、言ってることの正しさがわかる分反論もできない。
 あたしはイリヤが怪我するとこをみたくないだけだったけど、さすがにアーチャーはバーサーカーがライダーと組むことの有用性を説いてイリヤの反論を予め封じてしまった。

 しばらく剥れていたイリヤだったけど、突然あたしに抱きついて、

「わかった。
 ここでちゃんと待ってるから、シロも勝手にいなくなったりしちゃダメよ?
 ちゃんと帰ってくるのよ?」

 と寂しそうに言った。
 あたしもイリヤを抱き返したけど、イリヤにとっては切嗣みたいに行ったきりになることが不安なのか、抱きついているっていうよりも縋りついてるようだ。

「うん、大丈夫。
 朝までには全部終わらせて帰ってくるから」
「ん・・・」

 なんか急に頼りなげになったイリヤが安心できるよう、あたしはイリヤの背中を優しく擦った。



[1095] 『剣製少女 第三話 3-5』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:23
「ところでイリヤスフィール」
「イリヤでいいわ」
「そうか、……ではイリヤ」


 『剣製少女 第三話 3-5』


 イリヤがお留守番に納得した後、居間のソファーであたしが膝枕してあげるとイリヤの機嫌は途端に良くなった。
 これじゃどっちがお姉ちゃんかわかんないけど、あたしも人に甘えられる経験が少ないからか悪い気はしないかな?

 それにしてもアーチャーはやっぱり、自分の経験した聖杯戦争でイリヤを守れなかったことを気にしているのか、イリヤと話すとき少し辛そうな顔をしていた。

「アインツベルンは今回の聖杯戦争が早まったことに関して、何か情報を掴んでいるのか?」
「いいえ、本当は昨日柳洞寺に行った時確かめようとしたんだけど、ランサーの気配がしたから驚かそうと隠れてたら、リン達と鉢合わせしちゃったの。
 だからまだ、原因はわかってないわ。
 それから早まることを事前に知ってたら、バーサーカーの制御も完璧にしてから参戦してると思わない?」
「……なるほど、それもそうだな」
「そっちは何か知ってるの?」

 そう言ってアーチャーに顔を向けたイリヤに、ギルガメッシュの存在と彼が現界できなくなって聖杯にマナが貯まった可能性、それからアーチャーが生前体験した聖杯戦争の顛末を聞かせた。
 イリヤはアーチャーがあたしの未来の可能性の一つってことに相当驚いていたようだけど、中でも自身が敗れたことを聞いたときは、かなりむくれていた。

 あたし達にとってアーチャーの話は繰り返しになるけど、イリヤの意見を聞くためアーチャーはなるべく詳細に説明していた。

「アインツベルンでなければ、間桐が何か手を加えたのかとも思ったのだが、昨日の感触ではそれもなさそうだしな。
 現状我々が考えられる中では、この可能性が一番高いと思っているんだが君はどう思う?」
「そうね、確かにその可能性が一番現実的かな?
 でも、そうなると今度はそのギルガメッシュが何で現界できなくなったか? っていうのがわかんないわね」

 そっか、現界できなくなった理由なんて考えてなかったけど、もしこの仮説が正しいんだったらギルガメッシュを倒した存在がいる……もしくは、いたって可能性があるわけか。

「あれ? でも、言峰が令呪を使ったって可能性はないの?」
「それは有り得るが、そうなると今度は敢えて手駒を減らしてまで聖杯戦争を始めた理由がわからん」

 あたしの疑問にアーチャーが腕組みをしながら難しい顔で答えるが、解決になるというより新たな疑問ができてしまった。
 そうだよね、ギルガメッシュは魔力供給の必要ないサーヴァントなんだから、手駒としてはかなり貴重なはず。
 もし言峰の目的が聖杯なら、そんな強力なカードを失ってまで戦争を早めるのには、相当な理由がないとおかしい。
 だって、放っておいても後三年で戦争は始まるはずだったんだから、理由がなかったら割りに合わないんだから。

「それにしても、言峰が聖杯に望む願いって何かな? 凛はどう思う?」
「さぁ、どうせ碌な願いじゃないわよ。
 アイツは根性腐った奴だし、世界の滅亡とか本気で願ってても不思議じゃないでしょ。
 まぁ、聖杯っていうよりアンリマユの誕生を本気で願ってるってほうが納得できるけど、アイツがそれを知ってるかはわからないわね」

 そういって凛がアーチャーの方を見るが、アーチャーは首を振りながら言峰の願いを知らないことを態度で示す。
 そっか、聖杯じゃなくってアンリマユが目的ってこともあるのか。
 どちらにしろ、これでアインツベルン、間桐が聖杯戦争が早まったことに関わっていないのなら、言峰って可能性が高くなったわけだ。

「ねぇシロ、言峰ってどんな奴なの?」
「あぁ、さっきのアーチャーの話にもでてきたけど、聖杯戦争の監督役であたしと凛の格闘技の師匠なの。
 すんごく嫌な奴だから、イリヤは近付いちゃダメだよ」

 そういってあたしは、簡単に言峰のことをイリヤに説明した。
 イリヤはあたしの膝の上で真剣に聞いていたけど、あたしがついイリヤの髪を撫でたら嬉しそうに微笑んだ。
 ……なんか、真剣な雰囲気ブチ壊しちゃったかな?

「ま、ソイツの目的がなんでもいいじゃない。
 大聖杯を壊しちゃえば、何企んでようと関係ないんだから」
「それはそうだけど、イリヤはそれでいいの?」
「ん? どういうこと?」
「だってイリヤは聖杯戦争のマスターとして冬木に来たんでしょ?
 このままだと、聖杯なくなっちゃうよ?」
「あぁ、そういうこと。
 確かに大聖杯がなくなっちゃうのは困るけど、シロを放っておくわけにもいかないじゃない。
 危なっかしいし。
 だから、わたしはどっちかでいいわ。
 シロか大聖杯。 どっちかを必ず手に入れてみせる」

 そういって笑うイリヤの笑顔は凄惨で、今まで見たどんな顔よりも”魔術師”の顔だった。
 ……ちょっと怖いかも。

「手始めに……あたしともラインを繋ぎましょ? ね、シロ」

 体を起こしたイリヤが、あたしを押し倒しにくる。
 あたしはさっきの笑顔のせいか、気圧されたまま体を竦めて成すがままになってしまった。
 と、いうか、ここで抵抗すると後が怖いような……。

「パ、ラインはいいけど、なんで押し倒すの?」
「体液交換♪ 気持ちよくしてあげる」
「ちょっと、こんなところでラヴ・シーン始めないでくれる?」

 あたしに覆い被さったイリヤが、意味深に舌をぺろんと出してくる。
 あたしは、青くなったり赤くなったりしながらおろおろしてたら、天の助けとばかりに凛が仲裁に入ってくれた。

「ちょっと! 邪魔しないでよ!」

 凛に肩を掴まれて引き剥がされたイリヤが、昨夜の焼き直しのようにあたしの胸にしがみ付いてくる。
 しかも今回は、足まで絡めてる所為であたしは完全に身動きできないでいる。

「ちょ、ちょっとイリヤ! 顔動かしちゃダメだって!」
「えぇ~シロの胸って小っちゃいけど気持ち良いんだよ?
 高反発? ほらほら♪」
「い、いや、だからそういうことじゃなくって! ……やっ! あ、足の間に足入れるの禁止ぃぃー!!」
「こら! いい加減にしなさいっての!」
「なによ凛ったらムキになっちゃって。
 焼き餅なんてレディーとして見っとも無いわよ!」
「「え!?」」

 イリヤの言葉に、思わずあたしと凛は顔を見合わせてお互いに顔を赤くしてしまった。
 え……凛が俺を?
 あ、いやいやあたしのことを?
 本当に?
 あ、なんかちょっと嬉しいかも。

「……ちょっとシロ、何ドキドキしてんのよ?」
「え、い、いや、そんなことあるわけないですよ?
 あははは……」
「うそ! ほら、ドキドキしてるじゃない!
 それに凛も、何赤くなってるの?」
「ば、ばか! 赤くなんてなってないわよ!」
「そ、そうだよイリヤ。
 凛が赤い服着てんのはいつものことだよ?」
「そういう意味じゃないんだけど……。
 なぁ~んか怪しいな~?」
「「怪しくなんかない(わ)よ?」」

 思わず重なった声に再び赤くなるあたしと凛。
 なんか、ドツボに嵌ったような……。
 い、いかん、意識しちゃって凛の顔が見れない。

「むぅ~。 これじゃわたしが引き立て役みたいじゃないのよー!!」

 そういって、あたしにしがみ付いてくるイリヤ。
 そ、そんなこと言われたら、余計恥ずかしくなっちゃうって。

「はぁ~、君等な真面目にやる気があるのか?」
「わたしは真剣よ!
 シロは絶対あげないんだからね!」
「だから、それはわたしの弟子なんだからわたしのものよ」

 アーチャーの呆れたような言葉に食って掛かったイリヤと反論する凛だったけど、明らかに言ってることずれてるから。
 しかも凛、何気にあたしのこと物扱いだし……。
 さっきのドキドキを返せ。


「どう、シロ?
 変なとこない? どっか痛くしてない?」
「うん大丈夫。 繋いですぐにしては凄すぎるくらいだよ」

 不安そうに聞いてきたイリヤに安心させるように、笑顔で答えた。

 結局、あたしとイリヤは凛が監視する中ラインを繋いだ。
 あたしとイリヤのラインは繋いだばかりということを考えると、かなり強く繋がっていて、それがイリヤの実力のためなのか、膨大な魔力のせいなのかわからないが、凛同様三~四百メートルぐらいだったら念話も魔力のやりとりもできそうだった。

(こっちでもちゃんと聞こえてる?)
(うん、平気平気)
(じゃあ、”お姉ちゃん大好き♪”っていってみて)
(うん、「お姉ちゃ……」 って、何言わせようとしてんの!)
(ちぇ。 ケチ。 みんな聞いてないんだから言ってくれても良いのに。
 まぁ、これから色々教育してあげるから、楽しみにしててね♪)

 ……しまった、早まったかも。 これからは、念話でも色々セクハラされるのか。

「あ~セイバーもしかして呆れちゃった?」
「いえ。 何故です?」
「いや、さっきから静かだったから」
「そんなことはありません。 微笑ましいと思っていただけですよ」

 そういって微笑むセイバーだったけど、思い返してみればセイバーは必要なとき以外喋っていないような気がする。
 こっちから話しかければきちんと答えるけど、自分から積極的に話しかけるということはない。
 やっぱり、聖杯が偽者である以上セイバーにとってはここでの出来事っていうのは、全て無駄、もしくは無意味なものと感じてるのかな?

 ……いや、短い時間だけどセイバーはそういうタイプじゃないか。
 召喚されたあの時言っていた「無辜の民を放っておけない」っていうのは本心だったし、今だって全力で事に当たっていて必要なとき以外力を温存してるってことなのかな?
 それかあたし達がお子様で、はしゃぎ過ぎてるだけなのかも……。

「そっか、それならいいんだけど」

 セイバーのお姉さんスマイルに、思わず照れくさくなって苦笑いで返してしまったけど、呆れられてるわけでもないようだから、いいか。

 それにしても、セイバーにはあたし達の我侭で聖杯探索を引き伸ばしてもらっているんだから、早く解決して鞘を返さなきゃ。
 全て今日だ。
 今日の夜、大聖杯を破壊して被害を未然に防ぐんだ。

「……あれ? そういえばセイバーはなんで聖杯を探してるの?
 あたし聞いてなかったよね?」

 そういえばそうだ。
 聖杯が偽者だってことで初めからセイバーの思いを確認することすらしてなかった。
 まぁ、ここでの聖杯じゃセイバーの願いが叶えられないんだから、意味のない質問かも知れないけど。

「あ、いえ……それは」
「あ、ごめん。 言いたくないことだった?
 だったら別に無理して言うことないよ。」
「すみません」

 そうだよね。
 あたしの”正義の味方”もそうだけど、真剣な願いってなんだか人に教えるのが恥ずかしいもんだよね。

「いいって。
 どうせここの聖杯じゃセイバーの望みは叶えられないんでしょ?
 だったら早く解決して、次の聖杯を探しに行けるよう頑張ろ?」
「はい、ですが私もこのような災いを見過ごすつもりはありません。
 今夜は全力でいきますので、ご安心ください」
「うん、お互い頑張ろう」



[1095] 『剣製少女 第四話 4-1』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:24
 大聖杯へ向かうあたし達は、これまで同様アーチャーのみ霊体で先行して警戒に当たっている。
 ただし、今回はギルガメッシュを警戒してそれほど距離を離していない。
 なにしろギルガメッシュの相手ができるのはアーチャーだけな上、彼は遠距離攻撃をしてくるのだから、対峙した時にすぐ相手が出来ないとセイバーはともかく、あたしと凛は瞬殺されてしまうかも知れないからだ。


 『剣製少女 第四話 4-1』


「それにしても、柳洞寺に大聖杯があるなんて全く気が付かなかったわ」
「凛はここへ来る事自体なかったからね」
「アンタは気付かなかったの?
 藤村の家の用事とか、柳洞くんに会いに時々来てたんでしょ?」
「全然気付きませんでした」
「へっぽこ」
「くっ……」

 やっぱり言われちゃったよ。
 そんなこといっても、あたしの構造解析はまだ範囲が狭いし、魔力感知なんてできないのは師匠である凛が一番良く知ってるじゃないか。
 ……なんて言ったら、 「開き直るな!」 って怒られるんだろうけど。

「あ、ここの小川だ。
 この先に……あ、あった、あった。
 あの洞窟の奥に丘みたいになった場所があって、それが大聖杯に……」
「シロ!」

 あたしがイリヤから見せてもらった記憶を頼りに洞窟が見える場所まで行き凛に説明していると、横にいたセイバーが突然前に立ちはだかって不可視の剣を横に凪いだかと思うと、甲高い金属音を響かせて火花が散った。
 夜の暗闇に街灯もない森の中、何が起こったのか一瞬わからなかったけど、どうやら飛来してきた何かをセイバーが弾いてくれたようだ。

「ありがとうセイバー」
「いえ、それよりも気をつけてください。
 敵は何らかの投擲武器を使ってきたようです」

 ……投擲武器。 やっぱりギルガメッシュは消えてなかったってこと?
 言われたあたしは弓矢を投影して周囲に気を配る。
 しかし、続く攻撃はなく、意外なことに姿を現して声をかけてきたのは、臓硯だった。


─Side Sakura─

「イ、イリヤちゃん」
「なに?」
「お茶いりますか?」
「いいわ、いらない」
「そ、そうですか」

 ……気まずいです。
 姉さん達が出発してから、イリヤちゃんはずっとソファーに座ったまま呆っとしています。
 時折、爪を噛んだり溜息をついたりしてイライラしているようだけど、……わたしの所為じゃないですよね?
 そ、それともわたし、イリヤちゃんの気に触るようなこと何かしちゃいましたか?
 昨日この家に来たばかりのイリヤちゃんは、もっと人懐っこい感じだと思ったんだけど……

「あぁ~もぅ~!!」
「ひっ!」
「ど……どうしたの、サクラ?」
「あ、いえ、なんでも……」

 イライラが爆発したのか、ソファーに座ったまま両手を振り上げて不満げな叫びをあげるイリヤちゃん。
 わたしは、驚いたせいで思わず悲鳴が出ちゃったけど、そんなわたしをイリヤちゃんは怪訝そうに見ています。
 ……や、やっぱり、わたしの所為なんでしょうか?

「待ってるだけって、なんでこんなにイライラするのー!
 やっぱりわたしも一緒に行くか、こっそり後をつけて行けばよかった……。
 そうだ! 今から追いかけちゃおうか?
 サクラも一緒に行く?」
「だ、駄目です!
 姉さんに怒られますよ?」
「別にリンに怒られたって平気よ。 リンなんて怖くないもの。
 それに、やっぱりシロをリンに任せておくのは心配なのよね」
「詩露ちゃんも怒ると思いますよ?
 「ちゃんと約束したのに」って」
「うっ……」

 夕食の席で、イリヤちゃんが付いて来ないか詩露ちゃんが心配していたのを思い出します。
 夕食の前に既にお留守番の約束はしていたみたいですけど、詩露ちゃんを心配するイリヤちゃんはなんとか付いて行けないかと頑張っていましたが、それでも詩露ちゃんは、イリヤちゃんの為だからと付いてくることを許さず、”ゆびきり”で約束をすることになってイリヤちゃんは異国の風習に喜んでいたんですけれど、言葉(お呪い)の内容に

「日本って怖い国ね……」

 と驚いていました。

「はぁ~しょうがないわね。
 シロが帰ってくるまで我慢するしかないか。
 もっと傍に居れば、共感知覚で状況がわかったのにな~」

 そういって、バフッっとわたしの膝に寝転ぶイリヤちゃん。
 わ、わ、ど、どうしよう!
 いいのかな? わたし、膝枕なんてしていいのかな?

「はぁ~……、シロ早く帰ってこないかな~」
「大丈夫、みんなすぐ帰ってきますよ」

 そういって、つまらなそうに剥れるイリヤちゃんの髪を撫でてあげました。
 詩露ちゃんもそうだけど、イリヤちゃんも小っちゃくってこうして密着しているとなんだか癒されます。
 しかも、詩露ちゃんは恥ずかしがってあまり甘えてくれないけれど、イリヤちゃんは甘え上手なのかわたしが髪を撫でていても嫌がるどころかもっとして欲しそうに、嬉しそうに微笑んでくれます。
 詩露ちゃんの恥ずかしがって緊張している姿も堪らないものがあるんですけど、やっぱりイリヤちゃんのように素直に甘えてくれると、嬉しいものです。
 いつか詩露ちゃんも素直に甘えてくれるようになって、

「お姉ちゃん、もっと構って♪」

 なんて言われた日には、

「ふふ、ふふふふふ」
「な、なに、サクラ?」
「あ、いえいえ、なんでもないんですよ」

 そういって、不審気にこちらを見るイリヤちゃんを宥めるように再び髪を撫で付けます。
 それにしても、イリヤちゃんの銀髪は一本一本が細く艶々で、まるでシルクみたいな触り心地が癖になりそうな……。


 ……って、あれ? わたし何で仰向け?

「サクラ! しっかり!」
「……はぁ、はぁ、イ、イリヤちゃん?」

 さっきまでイリヤちゃんに膝枕していたはずのわたしが、今は仰向けになってイリヤちゃんが覆い被さっています。
 イリヤちゃんの表情はすごく必死で、ちょっと怖いくらい。

「ははははははっ! 王を迎えるのに跪くとは、人形の割りに中々礼儀を弁えているではないか。
 だが、我を迎えるのであれば、頭(こうべ)をこちらに向けるべきだったな」

 突然聞き覚えのない声がかけられます。
 部屋の外、庭から聞こえているはずなのに凄く通る声で……、あれ? なんで部屋の中なのに外の声がこんなにはっきり聞こえるんでしょう?
 不思議に思って体を起こそうと思った瞬間、体中に痛みが走りました。

「うっ」
「駄目よ、寝てなさいサクラ。
 今、治してるから」

 目の動きだけで自身の体を確かめると、手足と言わず至る所から血が滲んでいました。
 それどころか、庭に面した部屋の壁がなくなっています。

「な、何これ?」
「ギルガメッシュよ。
 覚えてる? アイツがいきなり現れて襲ってきたの」

 多分わたしは、襲われた瞬間イリヤちゃんに庇われて守られたんでしょうけど、意識が一瞬飛んでしまったのか全然思い出せません。

「ありがとう、イリヤちゃん」
「気にしないで。
 今はバーサーカーとライダーが相手をしてるから、今のうちに逃げるわよ。
 ……っと、これでよし。
 ごめんね、時間かかって。
 ホムンクルスだったらもっと簡単だったんだけど」

 あれ? でも、ギルガメッシュさんがここにいるって事は……。

「じゃ、じゃあ、姉さん達はどうなったんですか!?
 あの人がここにいるってことは……!」
「落ち着きなさい。
 タイミングから考えて、シロ達と行き違いになった筈よ。
 だから、わたし達もここから逃げて、シロ達に知らせないと」

 思わず起き上がってイリヤちゃんの胸倉に掴みかかってしまいましたけど、イリヤちゃんはそんなわたしを落ち着かせるために、真っ直ぐに目を覗き込んでわたしの手を握ってくれました。
 そ、そうだ、こんなところでうろたえている場合じゃない。
 こんな小さなイリヤちゃんがしっかりしてるのに、わたしが足を引っ張ってたらいけない。
 そう思って外を見ると、バーサーカーと思われる黒い巨人が信じられないほど大きな剣を振り回し、ライダーがその周りを飛び回りながら鎖のついた杭のようなものを細身の男性に投げつけています。
 男性は特に避けることもせず、周りから現れる様々な武器が勝手に男性を守るように動き、そのままバーサーカーとライダー目掛けて飛んで行きます。
 しかも、男性の周りの武器は時間と共にどんどんその数を増していき、今ではありえないほどの数が空間を埋め尽くしています。
 いけない、このままじゃすぐにバーサーカーもライダーもやられてしまう。

「わかりました、わたしはどうすればいいですか?」
「そうね、わたしのバーサーカーで防いでいる間にライダーの宝具で一気に逃げ切りましょ」
「はい! ……って、イリヤちゃん、その腕」
「これはバーサーカーを使役することの代償みたいなものよ。
 わたしのことはいいから、早くライダーに伝えなさい」
「は、はい!」

─Side Sakura End─


「くくく、やはり来たか、遠坂の」
「臓硯!」
「左様、よもやあの程度で儂がやられたとでも思うてか?」

 臓硯は洞窟の脇に立って杖をつきながらこちらを見やり、愉快そうに肩を揺らしている。
 その姿はあの日の夜の焼き直しのようで、アーチャーから受けた傷も完全に回復しているようだったけど、あの日と決定的に違うことが一つあった。
 それは真っ黒な装束に白の仮面を被った異様な風体の大男が、臓硯の脇に控えていることだ。
 大柄とはいえ、バーサーカーとは違いその身は細身でバーサーカーのような重圧もなく、それどころか存在感そのものが希薄で目の前にいるというのに、実体があるかどうかすら疑わしくなるほどだ。

 あたしは投影した弓を臓硯に向けるが、あたしの動きを凛が手で制してすぐに戦うつもりがないことを態度で示す。

「で、わざわざサーヴァントを用意して現れたってことは、ここでわたし達と遣り合おうってわけ?」
「いやいや、儂のサーヴァントはアサシンでの。
 ヌシ達のようなまっとうな英霊と正面きって相手をするなどできよう筈もない。
 儂はただ忠告をしてやろうと思っての」
「忠告?」
「左様。 ヌシ達は大聖杯を破壊しようと来たようだが、このような場所におっていいのか?」
「どういう意味?」
「なに、儂の使い魔の一つを遠坂の家の監視に当てていたのだがの、今その使い魔から面白いものが送られてきたのじゃよ」
「焦らさないではっきりいったらどう?」
「ふむ、その送られてきたものと言うのは、遠坂邸へ金髪赤眼の男が向かっているということよ」
「な、ギルガメッシュが!?」
「ほう、あの男は最古の英雄王なのか
 なるほど、なるほど」
「くっ……!」

 思わず口走った凛に愉快そうに肩を揺らす臓硯。
 あたし達は、ギルガメッシュは大聖杯の傍に居ると思い込んでいたけど、遠坂邸に向かっているなんて……。
 向こうに残してきたのは、戦力としては不安が残るイリヤと桜ちゃんしかいない。
 臓硯の言ったことが本当なら、早く戻らないと。

「で、その情報が本当だって言う証拠は?」
「なに、元とはいえ孫のことが心配でな。
 それに、ほれ、そろそろ敷地に入ろうとしておるわ。
 敷地に入れば、ヌシにもわかるのではないかの?」

 そういって、あたし達を嘲笑う臓硯を睨んでいた凛だったけど、次の瞬間ビクリと背を震わせた。

「いいわ、今回は見逃してあげる。
 いくわよ!」

 言い終わった時には既に凛は駆け出していた。
 あたしも凛の後をすぐに追うが、肩越しに後ろを振り返ると臓硯が嘲笑いながらこちらを見送っていた。

「どう思う?」
「臓硯が言ったことは本当よ。
 確かに遠坂邸にとんでもない存在が居るわ」

 森を駆けながら凛に話しかけると、凛は臓硯の言葉を認めた。
 と、いうことは、凛には離れていても遠坂邸に何かが居るって言うのがわかるっていうことか。

 そして、臓硯と対峙している間、何処かに身を潜めていたであろうアーチャーが、実体になってあたし達と併走するように現れた。

「それより問題は臓硯の真意よ」
「どういうこと?」
「アンタまさか、臓硯の言葉を丸々信じてないでしょうね?
 アイツが桜を心配なんてするわけないじゃない」
「そうだな、どちらかと言うと大聖杯を破壊させないためにわざわざ助言してきたと考えるべきだ。
 だが、問題はもっと深刻だぞ」
「深刻って?」
「もしこの一連の流れが臓硯に仕組まれたことなら、我々は奴を侮っていたことになる。
 結局奴は、なんの損害も出すことなく、また自身ではなに一つ動くことなく二対一という不利な状況を打破して、大聖杯を守りきって見せたのだ。
 手段としては常套手段であったとしても、それを実現してみせるのは中々難しいからな」

 そっか。 結局あたし達は目的だった大聖杯を破壊することも出来ず、結果としては臓硯の言葉に振り回されて戻っていくしかなくなっているんだ。

「じゃあ、臓硯と言峰が手を組んだってこと?」
「それはないわね。
 アイツは最低な奴だけど、使徒紛いの臓硯と手を組むような奴じゃないわ。
 それに、言峰はともかくギルガメッシュがアーチャーの説明通りのやつなら、臓硯みたいな存在は真っ先に殺そうとするはずよ」

 ……確かに。
 唯我独尊を絵に描いたような奴ってことなら、まず手を組むって考えが浮かばないだろうし、そんな提案してきた日には「侮るな!」とかいって、串刺しにしそうだよね。

「アーチャー、マスター達を抱えていった方がいいのではないですか?」
「いや、臓硯の言葉が本当なら相手はギルガメッシュだ。
 両手を塞いだ状態で向かうのは、得策ではない。
 とにかく急ぐぞ!」

 アーチャーの掛け声の下、あたしと凛は詮索を後回しにして自身に身体強化をして、走るペースを上げた。



[1095] 『剣製少女 第四話 4-2』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:24
「り、凛、落ち着いて」
「や、やぁ~ねぇ~、わたし落ち着いて……おち……オチツイテ…………って、落ち着けるかーっ!!」


 『剣製少女 第四話 4-2』


 ギルガメッシュが遠坂邸に現れたと聞かされたあたし達は急いで戻っていたんだけど、ちょうど森を抜けたところで天馬に跨ったライダー達と合流することができた。
 合流した時点で、再び大聖杯へ行こうとイリヤは提案してきたけど、ライダーが肩を怪我してたり、言い出したイリヤ自身もバーサーカーの使役でまた体が傷だらけになっていたりということで、結局遠坂邸へと戻ってきた。
 もっとも、戻ってきた遠坂邸はギルガメッシュの攻撃で一階の居間がめちゃくちゃに破壊されていて、外からでも室内が丸見えになっている上、家具も原型を留めている物が殆どない状態だったけど。

「アーチャー、これ直しといて」
「君な……」
「なによ、文句があるの?」
「当たり前だ。
 なにが悲しくてサーヴァントになってまで、君の小間使いをしなくてはならんのか……」
「いいじゃない、どうせ生前も散々やってたんでしょ?
 なら、今さら文句いわない」
「くっ……、了解した、地獄に落ちろマスター」
「あら、酷い。 じゃ、よろしくね♪」
「あたし手伝おうか?」
「アンタがいたって邪魔なだけよ。
 それより、桜とイリヤに詳しいこと聞かせてもらうんだから、アンタも聞いてなさい」
「わ、悪いアーチャー」
「構わん。 お前は精々凛の機嫌を取ってろ」

 そういってアーチャーは外套を翻しながら、外壁や家具の補修に向かった。
 あたし達は吹き曝しの居間からキッチンに場所を移して、お茶を飲みながらイリヤと桜ちゃんの話を聞くことになったんだけど、アーチャー一人働かせてあたし達だけお茶してるのってどうなんだろ……?
 後で、何か差し入れでも持って行って上げよう。 余りにも不憫だ。

「じゃあ、ギルガメッシュはアンタの心臓が目的だったのね?」
「ええ、アーチャーから聞かされていた通り聖杯を手に入れようって魂胆だったみたいよ」
「バーサーカーは?」
「ダメ、助けられなかったわ。
 あの鎖が見えた瞬間、霊体に戻そうとしたんだけど、間に合わなかったわ」

 そっか、結局バーサーカーは倒されちゃったのか……。
 あれだけのサーヴァント、しかも、ライダーと二人掛りだったっていうのに圧倒するって、本当に反則的な強さなんだ、ギルガメッシュって。

「そう、でも貴方達が無事でよかったわ。
 よく逃げ切れたわね?」
「あ、それはイリヤちゃんが令呪を使えって言ってくれて……」
「ええ、ライダーが”ハルペー”で威嚇されたせいで、竦んじゃってね。
 令呪を使って無理やり逃げ出したのよ」
「申し訳ありません」
「ううん、ライダーのせいじゃないわ。
 気にしないで」
「サクラ……」

 申し訳なさそうに俯くライダーに、優しく微笑む桜ちゃん。
 ライダーにとって、”ハルペー”っていう武器は生前自分を殺した武器なんだから、竦んでしまっても仕方ない筈。
 なにしろ召喚されるサーヴァントは伝承によって、存在そのものが左右されるんだから、最悪”ハルペーを持ったものに殺される”という部分が影響して、全く抵抗できずに殺されていたかも知れないんだ。
 令呪を使ったといってもよく動けたと褒めるべきなんだろうなぁ。

「それで、その傷は”ハルペー”でつけられたの?」
「いえ、これはその後飛んできた剣群の一つです。
 ”ハルペー”ではないので、その内回復するでしょう」

 既に塞がっている傷口を触りながらも、痛みはそれほどでもないのか平静に告げるライダー。
 確か”ハルペー”は不死殺しの概念があって、傷口が回復しないって伝説があったような?
 多分ライダーはそのことを言っているんだろう。
 そういう意味では、確かに”ハルペー”で傷つけられなかったのは、不幸中の幸いってやつかな?
 特にライダーは”ハルペー”との因縁が深いんだから、浅い傷でも伝承の所為で致命傷になってたのかも。

「「で、姉さん(リン)、いつまでそうしてる(の?)んですか?」」
「何が?」
「「詩露(シロ)ちゃんから離れ(なさい!)て下さい!」」
「いいじゃない。 わたしが弟子をどう扱おうと」
「「横暴(よ!)です!」」

 二人が何を憤っているかというと、今あたしが座っている場所に問題がある。
 今あたしは、凛の膝に横座りさせられて頭を肩に乗せるようにして抱きしめられていて、二人はそのことを非難してくれている。
 凛は凛であたしを抱きしめたり、髪を三つ編みにしたり解いたり、指をくるくる回しながら髪を絡めたりと好き勝手に弄っている。
 あたしは昼間イリヤが言ってたことの所為で、凛のことを女の子として意識してしまって腕に当たる胸の感触や、頬を撫でる指の動きなんかにドキドキしちゃって、下手に身動きできなくなっている。

「大体、詩露が文句いってないんだからアンタ達が文句いうことないでしょ?」
「詩露ちゃんだって迷惑な筈です!」
「シロ、こういうことは、はっきり言わなきゃダメよ!」
「どうなの、詩露?」
「え……いや、あたしは……」

 正直ドキドキしすぎで、胸が苦しいです。
 ……なんて言う事もできず、顔を赤くしたまま俯くことしかできなかった。

「ほら、文句言ってないじゃない。
 大体このくらい、いつも寝るときしてるんだから気にするわけないのよ」

 そう、寝るときのことを考えれば確かにこのくらい当たり前だ。
 ……よく考えれば、凛みたいな美少女と毎晩同衾ってすごいことしてたんだな、あたし。

「じゃあ、こっちで何があったのかも説明しときましょうか?」

 話題を逸らすつもりなのか、凛は唐突に話題を変えた。
 そのとき、更にギュッとあたしを抱きしめてきたので、腕に伝わる感触や、首筋から香る凛の匂いに頭がくらくらしてきた。

 凛は話を進めながら、肩に乗せたあたしの頭を撫でたり、腰に回した腕でお腹を撫で回したり……。
 うぅ、一度意識しちゃうとどうにもならないよ。
 どうしよう、このまま、抱きしめられてるのって、なんか凄く疚しい事してるような……。
 だからって、拒絶するのも変だし……、いや、女同士でこんなこと考えてるあたしの方が変なのかな?

「そうですか、お爺様が……」
「えぇ、アサシンを呼び出したって言ってたわ。
 嫌かも知れないけれど、覚悟は決めなさい」
「覚悟?」
「そう、臓硯と対決してアイツを殺すことになるかも知れない。
 その覚悟よ」
「こ……殺すって……」

 あたしが考え込んでるうちに、凛は説明を終えていた。
 桜ちゃんは、凛に言われた覚悟に顔を青ざめて途方にくれてしまった。
 ……本当に優しい子なんだな、桜ちゃんって。
 あたしは詳しいことを聞かされてないけど、虐待紛いの扱いを受けていたって聞いてたのに、その恨みを晴らすチャンスとか考えるんことがないんだ。
 まぁあたしも、実際に人を殺したことなんてないし、臓硯と対峙したとしても殺せるかはわからないけど、少なくともやり合うことに躊躇したりはしないだろう。

「まぁいいわ、今すぐ覚悟を決めろとは言わないし、最悪桜は自分の身を守ることに徹してくれれば、後はわたし達がなんとかしてあげる。
 わたしは桜と違って、身内に手を出した奴に手加減してやれるほど、優しくないってことを思い知らさせてやるわ」

 そういって、再びあたしを強く抱きしめた凛は桜ちゃんの代わりに覚悟を決めたようで、なんか凄惨な表情をしている。

「凛は本当に桜ちゃんが好きなんだね」
「「……なっ!」」

 凛を見上げながら言ったあたしの言葉に、凛と桜ちゃんが同時に驚いた。
 なんでよ?

「な、何言ってるのよ、アンタは!」
「し、詩露ちゃん……」
「あれ? あたしなんか変なこと言った?」

 おろおろとし始めた凛と桜ちゃん。
 でもあたしは思ったことを言っただけで、別に悪いことを言ったつもりはないんだけどな?

「ふふふ、二人して慌てちゃってそんなに照れることないのに」

 あぁ、そういうことか。
 イリヤに言われて、二人が何をそんなに慌てているのかわかった。
 思わず出た愛情の発露をあたしに指摘されて、二人とも照れちゃったのか。

「そ、そんなことはどうでもいいのよ。
 ほら、情報交換したんだから、これからの方針を決めるわよ!」
「そ、そうですね、姉さん。
 これからのことが問題です!」

 本当に似た者姉妹だな~。

「ふふ」
「ちょっと、なに笑ってるのよアンタは?」
「え、あ、な、なんでも……」

 思わず笑いが漏れてしまったあたしに、渋い顔をする凛。
 ただ、こっちを見るときに顎を指でクイッと持ち上げられて、なんだかキスする瞬間のような態勢になってしまって、またドキドキしたのは内緒だ。
 ばれたら凛のことだ、絶対からかってくるに決まってる。

「ん~? なんかアンタ、今日ちょっと変じゃない?」
「ヘ、ヘンジャナイです」
「顔も赤いし、静かだし。
 ……熱でもあるの?」
「っ!」

 あたしの目を怪しそうに覗き込んでいた凛が、御でこが頬に当たるように顔を押し付けてくる。
 あたしの目線の先にはちょうど凛の唇があって、ちょっと動くだけで当たってしまいそうで……。
 うぁ、ドキドキが止まらない!
 どうしよう~! 変だ! 今のあたしは絶対変だー!!

「はぁ、しょうがないわね。
 詩露が調子悪そうだから、続きは明日にしましょう。
 ライダーは回復に専念して、セイバーはアーチャーの代わりに夜警を頼める?」
「はい」
「わかりました」
「あ、あたしなら大丈夫だから……」
「ダメよ! アンタの大丈夫は酔っ払いの酔ってない以上に信用できないんだから、今日はお風呂も止めてすぐ寝なさい」
「ほ、本当に大丈夫だから、お風呂は入りたいんだけど……」

 そう、お風呂は入っておかないと。
 何かあったときに 「汗臭い」 とか言われたら、ちょっと立ち直れないし……。

 ……って、違う!
 ”何か” って何よ!?
 何もない! 凛とあたしは師匠と弟子で間違ってもそういうことはない!

「そ、そう? 頭痒いの? じゃ、湯冷めしないように気を付けるのよ?」
「う、うん。 じゃあみんな、お先で悪いけどお風呂いってくるね」

 あたしが変なこと考えてた所為で、ぶんぶんと頭を振ってたら凛は頭が痒いのと勘違いしたみたいだけど、これ以上妙な墓穴掘ってもマズイのでとっととお風呂に行くことにした。
 はぁ、どうしちゃったんだろ、あたし?


 お風呂から上がって部屋に戻ると、凛が先に部屋で髪を梳かして寝支度を整えていた。
 うぅ、部屋が凛のシャンプーの香りでいい匂いになってる……。

「あぁ、上がった?
 随分ゆっくりだったのね」

 鏡越しに凛が話しかけてくる。

「う、うん、凛も風呂上り?」
「えぇ、あんまり遅いから、寝てるんじゃないかって心配になってきたところよ」
「そ、そっか、ごめん」

 凛が椅子に座ってるから、あたしはベットに座りながら髪をタオルで拭いていく。
 しばらく無言でお互い髪を手入れする。
 な、なんか、普段通りなのに静寂が痛いというか、何か会話しないといけないような……。

「よしっと!
 ほら、詩露、乾かしてして上げる」
「い、いいって」
「わたしがやりたいの。
 いいから貸しなさい」

 そういって、あたしからタオルを取り上げる凛。
 こういう時の凛は何を言っても聞く気がないから諦めるしかないんだけど、今のあたしは凛を女の子として意識しちゃってるから、凄く照れくさい。

 しばらくは学校休んでる所為で、授業の遅れを取り戻すのが大変だとか、桜ちゃんがまだ小さくって家に居た頃の話なんかを聞かされていたけど、あたしは生返事ばかりしていた。
 どうにも凛の指先を意識しちゃって、話の内容に集中できない。

「ん、終わり」
「う、うん、ありがとう」

 そういって背中から抱きついてくる凛。

 うわ~もうっ! どうしよう! どうしちゃったんだろ、あたし?
 もう、どうしていいかわかんないよー!!

「ふふ、御でこ上げると本当に幼くなるわね、アンタ」
「悪かったね~だ」
「ふふ、拗ねちゃって、かぁ~わいい♪」

 そういって、あたしの髪を後ろから掻き上げて頬を突付いてくる凛。

「きょ、今日は一緒に寝るの?」
「えぇ、アンタなんか熱っぽいし夜中に容態悪化したら困るでしょ?
 イリヤも強がってたけど、バーサーカーを失ったのが堪えたのか一人で寝たいみたいだから、わたしがね」
「そ、そっか……」

 あぁ~、本当にどうしよう。
 あたし今日ちゃんと寝れるのかな……?



[1095] 『剣製少女 第四話 4-3』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:24
「ねぇ凛、そろそろ一緒に寝るのやめない?」
「なんで? いいじゃない別に」
「いや、ほら、凛も大分背が伸びたし、そろそろベットが狭くなってきたと思わない?」
「思わない」
「……」


 『剣製少女 第四話 4-3』


 結局あのまま寝ることになったあたし達だけど、いつものように抱き枕にされたままっていうのが恥ずかし過ぎるのと疚しいのとで、何とか逃げられないかと話題を振ってみたけど、一刀両断にされてしまった。

 うぅ、このまま寝たら、正義の味方になる前に性犯罪者になりそう。

 あたしは凛が寝付いた後に何かしてしまうんじゃないかと、自分自身が信用できそうもないので、なんとか理由をこじつけてこの危機的状況を脱しようと、あれこれ考えていた。

「え~っと、じゃあ、あたしの寝相が悪いから……」
「悪くないわよ?
 どっちかっていうと、いい方じゃない?
 ……というかさっきから何なの、一緒に寝るの嫌なの?」
「い、嫌って言うか恥ずかしいっていうか……」

 今も話しながら背中に感じてる凛の感触と体温の所為で、あたしは必要以上に汗をかいてしまったり、息苦しさっていうか、居た堪れなさっていうのを感じていて、正直気持ち的に落ち着けないでいる。
 なんというか、電車の女性専用車両で女装して電車に乗っている痴漢のような、体が女になったことを悪用しているような、そんな罪悪感と、凛に対しての羞恥心みたいなものが綯い交ぜになってて、どうにもならない。

「大体、凛はあたしが元男なのに恥ずかしくないの?」

 あたしは寝返りをうって凛の方へ向き直り、思い切って核心ともいえる部分について聞いてみた。

「ん~そうねぇ~……。
 でもわたしはアンタが男の子だったって言うのはアンタの記憶でしか知らないし、出会った時にはもう女の子だったから、今さら男の子として意識しろっていうのは難しいわね」
「そっか……」

 そう言えばそうだった。
 凛はあたしが女になってから知り合ったんだから、男としてのあたしなんて全く知らない赤の他人みたいなもんなんだろうなぁ。

「ふ~ん」
「な、なに?」
「いや、詩露ちゃんもお年頃ってやつ?」

 なんて、実に嫌な笑い方で面白そうに聞いてきた。
 うぅ、やっぱりからかってきたよ、このいじめっ子。

「そ、そうじゃなくって、あたしは中身が男なんだから凛みたいな美人はもう少し気を使ってくれないと、変な気起こすかもしれないでしょ?」
「……起こしたとして、どうする気よ?」
「え? どうって……そ、それは…………」

 ……あれ? どうするんだろ?
 いやいや、いくらあたしでも中学にもなれば、男と女の関係ぐらい知っている。
 もちろん、殆どが知識だけで具体的な場面なんて見たことないけど、今のあたしには決定的に足りないものがある。
 そしてそれは、男に戻れない現状どうにもならないことだ。
 ってことは……

「あれ? どうにもならない?」
「まったく、何を言い出すのかと思ったら、そんな事考えてたの?」

 あたしが俯きながら自分の考えに没頭して出した結論に、凛は心底呆れたというような表情で抱きしめてきた。

「だ、だって、だってさ……」
「はいはい、わかったわかった。
 アンタがいくらわたしに変な気起こしたって、何もできないんだから安心しなさい。
 仮に何かしようと思ったって、アンタわたしより弱いんだから返り討ちにしてあげるわよ」

 そういって凛は、得意げに笑いながらあたしの髪を梳いてきた。
 そうだった。 あたしは格闘訓練で凛に勝ったことがないんだ。

「でも、完全に寝てたら何かしてもわかんないでしょ?
 そういう時に、変な気起こしたらって心配になって……」
「あぁ、確かにそれはあるわね。
 わたしもアンタにキスしてるけど、全然バレてなさそうだし」
「「…………」」
「あっ……」
「……はい?」

 一瞬の沈黙の後、あたしが凛を見上げると凛は慌てて目を逸らした。
 慌てて凛の腕を振り解いて馬乗りになって覆い被さったけど、凛は顔を背けてあたしを見ようとしない。

「どういうこと、凛?」
「え、いや、……ははは」
「笑って誤魔化さない!」

 凛の引きつった笑いを聞きながら、顔を掴んでグイッとこっちに無理矢理向ける。

「で? 何か言うことは?」
「ご、ごめん。
 いや、……っていうか! アンタが悪いのよ!」
「な、なんでよ!?」
「アンタが無防備にぐ~すか、ぴ~ひゃら寝てるのが悪い!」
「ぴ~ひゃらなんて寝てない!
 ってか、逆切れしないでよ!」
「逆切れじゃない!
 アンタ自分の寝顔見たことないでしょ!?
 すんごい可愛いのよ!?
 アレでキスされないで済むなんて思ってんじゃないわよ!」
「自分の寝顔なんて見れるわけないじゃない!
 ってか、なんであたしが怒られてんのよ!
 悪いことしたの凛でしょ!?」
「だから謝ったじゃない!
 いいじゃない別に! 舌入れたわけじゃないんだから!」
「いいわけないでしょっ!」

 ぜーぜーとお互い肩で息をしながら、取り合えず言いたいことは言えたからか、少しすっきりした。

 それにしても、人が寝てると思って好き勝手してくれちゃって。
 こっちは凛にドキドキしてるだけで、なんだか疚しい気持ちになってたっていうのに、人が寝てる間にキスまでしてたなんて……。

「凛ってライダーと同類だったの?」
「そんなわけないでしょ?
 アンタが可愛過ぎるだけよ」
「ふーん……」

 あたしは凛から降りて再び横になりながら呆れ気味に聞いてみたら、凛は言い訳にもならないような言い訳をしてきた。
 なんだか痴漢か結婚詐欺師みたいなこと言ってる。

「ほ、本当だって!
 アンタだって覚えがあるでしょ?
 何でも屋で手伝い申し出たって結局簡単な仕事しか頼まれないじゃない!
 アレみんなそうなんだから!」

 くっ、確かにあたしが手伝いを申し出ても大抵重労働とかは遠慮されてしまう。
 去年水泳部がプールの掃除をすると聞いて手伝いに行ってみれば、プールサイドの掃き掃除とホースの蛇口回す仕事しかさせてくれなかったばかりか、その後お礼と称して部室でお姉さん達にお茶とお菓子をご馳走になったり、体育祭の準備で陸上部がやっていたハードルや高飛びのマット出しを手伝おうとしたら、高飛びのポールとスタート用のピストルしか運ばせてもらえなかったり……。
 あれ? あたしって、もしかして役に立ってない?
 いやいや、それより

「あれはみんなが優しかっただけで、別にあたしが可愛いとか思ってるわけじゃないん……」
「詩露、”守ってあげたい子No1”って知ってる?」
「何それ?」
「誰が始めたか知らないけどね、この間学校でそういうノートが回ってきたのよ。
 ノミネートされた子には見せないようにしてたみたいだけど、アンタ男女とも三学年通して断トツ一位だったわよ」
「なっ!?」
「ちなみに、理由は”可愛くって華奢なところ”っていうのが一番多かったわ。
 部活や委員会の組織票も多かったけど、中には告白めいたこと書いてる物もあったのよ?」
「…………」

 なんでか凛が上機嫌に語っている。
 ってか、何でそんなに凛が自慢げなんだか。

 そんなことより、”守ってあげたい”って何!?
 あたしは誰かを守りたいんであって、守られたいなんて思ってない。
 確かに昔から背は小さかったし、女になった所為か男の時みたいな筋肉もなくなってしまったけど、誰かに守られるばかりなんてもう嫌なのに。
 なんかもう、情けなくって泣きたくなってきた。

「……なんて顔してるのよ。
 大丈夫、アンタが強い子なのはわたしがちゃんとわかってるから、落ち込むんじゃないの」
「だけど……」
「いいじゃない、今は守られるばかりだったとしてもこれから変われば。
 アンタが頑固で、一度決めたことをやり遂げる子だっていうのはわかってるから、これから守れるように頑張ればいいのよ」
「……ん、ありがとう凛」


─Side Rin─
 結局詩露はあの後すぐ眠ってしまった。
 よっぽど考え込んでいたのか、精神的に結構疲れてたみたいね。

 あぁ~、それにしても失敗した。
 この子があのノートのことを知ったらどう思うかなんてわかってたのに、熱くなってうっかり言っちゃったわ。
 傷つけたかな?
 あまり気にしないでくれるといいんだけど。

 でも、この子がわたしに対して意識してるなんて思ってもいなかったわ。
 しかも、どうする気? って質問に、どうにもならないっていうのはこの子らしい答えよね。
 女同士でも、どうにかできるでしょうに、そういうことには疎いのよね。
 まぁ、わたしも詩露のことどうこう言えるような経験があるってわけじゃないけど。

 それにしても、もしあのまま迫られてたらわたしはどうしてたのかしら?
 …………なんか、危ない結論になりそうだわ。 考えるのやめよ。

 気分転換ってわけじゃないけど、詩露の寝顔を眺めながら髪を撫でてあげる。
 眠りが深いのか、結構無遠慮に撫でてるはずなのに一向に目を覚ます気配がない。
 薄い胸が規則正しく上下する以外ピクリとも動かない詩露は、幼い顔立ちも相まって本当に可愛い。
 わたしだけの至福のひと時だ。

 まったく、さっき寝てる時にキスしたって言ったのに、また無防備に寝てるわね。
 頬を突付いたり、僅かに開いた唇を指でなぞったりしてるのに、まったく起きる気配のない詩露を見ていると、いけない、いけないと思いつつもついつい悪戯心が湧いてくる。

 まぁ、悪戯しすぎて起こしちゃっても可哀想だし、わたしも寝るとしますか。
 おやすみ~……ちゅっ♪

 …………ふふふ、今度起きてる時にしてみようかしら?
 この子どんな反応するのかしら?

─Side Rin End─


 目を覚ますと、普段の二割り増しぐらいで凛が絡み付いていた。
 こりゃ、なんか嫌な夢見てるな。
 寝起きの機嫌悪そうだから、朝食は凛の好物用意しといたほうがいいかも。

 なるべく凛を刺激しないようにそっと起き上がる。
 セイバーが起こしに来た時みたいに不用意に動くとしがみ付いてくるから、なるべくベットを揺らさず、尚且つあたしの体の変わりに掛け布団を身代わりに置いていく。
 この時気をつけないと髪がボタンに絡まったり、凛の髪を踏んで起こしてしまうから、注意が必要だ。
 しかも、時々凛が悪戯してあたしの髪と自分の髪を三つ編みにしたり、あたしの寝巻きのボタンを自分の寝巻きに留めて上着を筒状にしてたりなんて、トラップまであるから性質が悪い。
 ……もう慣れたとは言え、なんであたしは毎朝こんな緊張感を強いられてますか?

 見事凛から脱出したあたしは、普段は制服に着替えるところを、休日のようにメイド服に着替えた。
 多分今日も聖杯戦争の準備で学校には行けないだろうし。
 早くなんとかしないと、藤ねえが心配して怒鳴り込んで来そうだなぁ。
 アーチャーの話だと藤ねえはキャスターに人質にされたらしいから、今はとにかく会うわけにも遠坂の家に来させるわけにはいかない。
 なんとか今日中にケリがつくといいんだけど。

 着替え終わって自分の格好を確認した後、ふと凛の寝顔を見てみる。
 ……何よ、凛の寝顔だって綺麗じゃん。
 寝顔にキスしてたなんて爆弾発言してくれた挙句、人の事散々可愛い可愛いなんてからかったくれたんだ、仕返しにあたしもキスしてやろうかな?
 そう思って凛に覆い被さってみたけど、そこから先に進まない。
 大体、イリヤ相手にだってあんなにドキドキしたのに、凛みたいな同年代の美少女相手にキスなんてできるわけがない。
 それに、寝顔見てるだけでこんなに顔が熱くなってくるのがわかるのに、キスなんてしたら起きた時凛の顔がまともに見れそうもない。 やっぱりやめとこ。

 キッチンへ向かう途中居間を覗いてみると、昨日の惨状が嘘のように元通りになっていた。

 これは……ちょっと凄いかも。

 家具は勿論のこと、外壁から窓に至るまで全てが元通りになっているだけでなく、補修した筈の跡すら見つけられなかった。
 ん~……、後でアーチャーにどうやったのか聞いてみよ。
 少なくとも今のあたしにはできないし、覚えておけば何かの役に立つかも。

 そんなことを考えながら色々見ていると、庭のほうから何やら騒音が聞こえてきた。
 なにこれ? 鳴子? いや、もっと重い音……。
 リズムも鳴子みたいに連続したものじゃなくって、リズミカルではあってももっと単発で何かを叩いて……。

 誰かが戦ってる!?
 うそ! こんな朝っぱらから敵!?



[1095] 『剣製少女 第四話 4-4』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:25
 慌てて居間を飛び出し庭に行ってみると、セイバーとアーチャーが戦っていた。
 だが、手にした武器はお互いの宝具ではなく、ごく有り触れた木刀だった。
 ……いや、有り触れたっていうのは間違いか。 確かにセイバーが持っている木刀は普通の物だけど、アーチャーが持っているのは小太刀と呼ばれる刀身の短いものを模した木刀だ。


 『剣製少女 第四話 4-4』


 構え方もお互い普段と違っている。
 セイバーは普段下段構えなのに今はオーソドックスな正眼の構えになっているし、アーチャーは両手をだらりと垂らした自然体ではなく、左手を前に出して刃が顎を守るように、半身になって右手で心臓を守るように刃を構えている。 ……どちらかと言うと、剣術の構えというより言峰とやってる格闘訓練のときのような構えのような気がする。

 足元を見ると、先程までの戦いの様子を伺わせるように様々な跡が残っていた。
 セイバーの側には激しい突進を思わせる穴のような跡と直線的な跡が残っていて、アーチャーの側にはすり足でセイバーの攻撃を避けた半円状の跡が残っている。

 そして二人を中心に不自然に開いた小さな穴が幾つか。
 なんだろう? ……二人の稽古に驚いたモグラかな?

 あたしが二人の状況を見ていた間も場の緊張感はどんどん高まっていき、無意識に鼓動が早くなっていくのを感じていると、突然木刀を大上段に振り上げたセイバーがアーチャーに突進した。

「おぉぉ──っ!!」
「くっ!」

 気合の雄叫びを上げながら木刀を振り下ろすセイバー。
 その太刀筋は、小手先の業など全て打ち砕くという気迫のようなものが感じられるが、対するアーチャーも木刀を交差させてしっかりと受け止め、すぐ左の足を軸に体を入れ替えて受け流そうとする。
 しかしセイバーはそのまま体が流されることもなく、右の肩をアーチャーに叩きつけるように寄せすぐさま木刀の柄でアーチャーの脇腹を突きに行った。

 上手い! 窮屈な間合いはアーチャーの武器の方が有利な筈なのに、柄を使って上手く牽制した。

 アーチャーはその柄を左の肘で流し、そのまま左手でセイバーの木刀を押さえたまま右手に持った木刀でセイバーの首を突きに行くが、セイバーはそれを僅かに首を逸らしただけで避ける。
 が、そのセイバーが突然アーチャーの正面に回りこむように飛び退く。

 ん? セオリーとしては、後ろに回りこむものなのに、何で前に?

 と思ったら、いつの間にか現れた木刀が、セイバーの脇を掠めて飛んで行った。
 なるほど、セイバーはこれを避ける為にアーチャーの前に回り込んでいたのか。
 ……というか、今の木刀何処から飛んできたの?

 ところが、避けたセイバーには既にアーチャーの右手が振り下ろされていた。
 セイバーとアーチャーの身長差は三十センチ以上。 打ち下ろしの攻撃は短い間合いと相まって、受け流すのはかなり難しい。 それでもセイバーはアーチャーの攻撃を左手を峰に添えることでしっかりと受け止めた。
 そして、動きの止まったセイバーに残った左手での突きで勝負を決めに行くアーチャー。 しかし、セイバーはその攻撃を半歩下がって柄を打ち下ろすことで逸らし、そのまま木刀を一気に振り抜いてアーチャーの体を押し戻す。

 うわ、本当に凄いな……。 突きを柄で逸らすなんて初めて見た。 それも、あんな近い間合いで。
 でも、なんでセイバーは敢えてあんな窮屈な間合いで戦ってるんだろう? 
 最初に肩を打ちつけた時から、終始アーチャーの間合いで戦っている。
 セイバーの木刀の長さと突進力を考えれば、もっと離れた距離で戦う方が有利な筈なのに。

 そして暫く二人が打ち合った後、今度はアーチャーの肩が当たりセイバーの体が後方に吹き飛ぶ。
 こんな所でもアーチャーとの身長差が出ている。
 セイバーの力はバーサーカーの一撃も受け止めるほどなのに、しゃがみ込むほど屈んだアーチャーに下から持ち上げるように押されては、足の踏ん張りが利かずに吹き飛ぶのは仕方がない。

 そしてセイバーが宙に舞っている時、彼女の周囲に八本の木刀が突如現れ、それぞれが彼女に向かって飛んでいく。
 しかし、セイバーは慌てることもなく、飛んでくる木刀を手に持った木刀と蹴りで叩き落としていった。 勿論、蹴っている足は木刀の側面か峰にしか当たっていない。
 正直、踏ん張りが利かない空中であれだけの動きができるなんて信じられない思いだったけど、ああいうことができるからこその英霊なんだろうな。

 セイバーが全ての木刀を叩き落し、バランスを崩すことなく着地した時点で、地面に刺さった物も含めて全ての木刀が光る粒子になって消えた。

「ここまでにしよう」
「そうですね」

 二人とも素手になった状態になると、笑顔で応える。
 あたしもふぅ~っと、詰めていた息を吐き出し緊張を解く。 ……というか、見てるだけでもの凄い緊張していたのを今になって気がついた。

「おはよう二人とも。 それと、凄いね。 訓練してたの?」
「あぁ」
「おはようございます、シロ。
 アーチャーの提案でやってみたのですが、なかなか有意義でした」
「ふむ、有意義ときたか。
 こっちは神経をすり減らす思いだったのだがな」
「それはこちらも同じです。
 あのような戦い方を相手にしたことはありませんでしたから、思った以上に苦戦しました。
 正直、複数の相手に連携を取られるよりも厄介ですね」
「そうだな。 しかし、結局ただの一撃も入れられなかった。
 多少なりとも自信はあったのだが、改めて君の動きには驚かされたよ」

 確かに一進一退って感じで、どっちが上って言い切れるものじゃなかった。
 セイバーの戦い方はバーサーカーとの戦いで知ってはいたけど、初めて見たアーチャーの戦い方は投影した剣を打ち出して相手の動きをコントロールしながら、手数で勝負するって感じだった。

「それにしても、なんでセイバーはあんなに間合いを詰めてたの?
 もっと離したほうが有利だったんじゃないの?」
「それはそうなのですが、間合いを離すと投影した木刀を射出されて一方的になってしまいますから。
 あの距離ですら牽制に使われるのです、厄介極まりない」
「全て交わされていては意味がないがな。
 しかも、実戦……とくにサーヴァント相手には宝具クラスの武器を使わねばならんことを考えると、完全に奇襲用で聖杯戦争での使い所はないだろうな」
「そうでしょうか?」
「事実、君に対しても初手以外は、完全に見切られていたからな」

 確かに宝具をあんなに投影し続けてたら、いくら魔力があっても足りないよね。
 しかも、木刀を飛ばすのにも魔力を使ってたみたいだし、真名の開放ができるアーチャーならあんな効率悪い戦い方する必要はない筈だ。
 でも、宝具を持ってても真名の開放が使えないあたしには有効な手かも?

「…………ねぇ」
「なんだ?」
「さっきの木刀飛ばしてた技教えてよ」
「構わんが……」
「何? 等価交換?」
「いや、教えるのは構わんが朝食の後にしよう。
 いい加減セイバーが限界だろう」
「アーチャー、先日も言いましたが私はそこまで意地汚くはありません」
「ふむ、そうだったか?」
「そうです!」

 仲いいなぁ~、二人とも。
 アーチャーの聖杯戦争の時もこんな感じだったのかな?
 あたしとセイバーだと、セイバーの振る舞いは殆どお姉さんか保護者のようなんだけど、もしあたしがちゃんと男のままだったら、アーチャーのようにパートナーとして見てもらえたのかな?
 そう考えると、つくづく女になったのが悔やまれる。

「何をぼぉ~っとしている?
 ほら、朝食の支度だ。 行くぞ?」
「あ、うん」
「う、うわきゃー!」

 キッチンに向かっていると、あたしの部屋から凛の悲鳴が聞こえた。 と思ったら、バンッと勢い良く扉が開いて中から凛が駆け出してきた。
 その形相は寝起きということを差し引いても恐ろしく、乱れた髪と吊り上った目も相まって、正に鬼のような形相だった。

「え? な、何? あたし? な、何が……ひ、ひぃーっ! ご、ごめんなさ……」
「何見せてんのよ! この! 色ボケ色情魔ぁぁ──っ!!」
「ぐはぁっ!」

 あたしが涙目になりながら身構えていると、凛はあたしの脇を抜け後ろにいたアーチャーの脇腹に捻りこむように拳を叩き込んだ。
 受けたアーチャーもあまりの衝撃に蹲っている。
 ……確かサーヴァントって神秘の篭っていないものでダメージ受けないって聞いてたけど、素手でアーチャーを沈める凛って何者?

「ちょ、ちょっと凛、落ち着いて!」
「おち、落ち着いていられるかー! 世の為にもこんな性犯罪者をのさばらして置くわけにはいかないのよ!!」
「何を言っているんだ、君は! いいから落ち着け!」
「うるさい、うるさーい!!」
「だ、駄目だって凛! 魔術刻印を止めてよ!」
「……ふ、ふふふ。 そうね、刻印なんか使わなくったって、令呪があったわね。
 覚悟はいい? アーチャー」
「ちょっと待てぇー! 俺が何したっていうんだよ!」
「はぁ、食事はまだ掛かりそうですね……」

 結局、あたしが食事の用意をしている間アーチャーは居間で正座させられて、お説教を受けていた。
 生憎キッチンまでは聞こえてこなかったけど、なんとか凛も落ち着いたのか最後は平静を保っていた。

「いい、次はないからね!」
「……わかった。 わかったがこっちではどうすることもできん。 今度からは寝る前にきちんとラインを閉じてくれ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
「凛、食事できたから着替えてきてよ」
「……そうね、そうさせてもらうわ」
「で、結局何が原因だったの?」
「アンタには十年早い!」
「は、はい!」

 凛は自分が寝巻きのままだったのを思い出して部屋へと戻ろうとしたので、 あたしは凛に聞こえないようこっそりと、アーチャーに耳打ちするように凛の不機嫌の原因を聞こうとしたら、怒られてしまった。
 というか、十年早いって何よ? 本当に一体何があったの?

「セイバーは原因知ってる?」
「ええ、ここで話を聞いていましたから」
「何だったの?」
「え~……、シロにはまだ早いかと」

 凛が部屋に戻って着替えている間に聞いてしまおうと話題を振ってみたが、苦笑いのまま凛と同じようにはぐらかされてしまった。
 なんだろう、早いって?

「何が早いの? 身長?」
「いえ、年齢的なものです」
「ん? 凛も同じ年だよ?」
「ええ、凛にもまだ少し早いのですが……」

 なんだろう、益々謎が深まってしまった。

「ねぇアーチャーなんだったの?」
「はぁ、ラインを通して凛が私の過去を見ただけだ」

 それだけで、あんなに怒るかな?
 それに色情魔とか言ってたし……

「もしかして……エッチな夢見せたとか?」
「……見せたわけじゃない。 向こうが勝手に見ただけだ」

 それを聞いたあたしは思わず距離をとってしまった。

「ちょっと待て! 私が見せたわけじゃないぞ! 偶々だ! 偶然だ!」
「う……うん、でも元を辿れば生前の悪行が原因なんだよね?」
「悪行など何もない!」

 うわぁ~ヤダなぁ~。 自分の将来が色情魔って聞かされるなんて最悪だ。
 あたしも昨日凛にどきどきしちゃってたし、本気で気を付けなきゃ。

「ちょっと待て! だから悪行などなかったと言っただろうが! なんだその汚物を見るような目は!」



[1095] 『剣製少女 第四話 4-5』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:25
 凛が着替えに行ったので、配膳はアーチャーに任せてあたしはイリヤと桜ちゃんを起こしに行った。

「ほらイリヤ、朝だよ? 起きて」
「ん~……、あぁ、おはようシロ。 ちゅっ♪」
「う、うんおはよう。 ちゅうぅ」


 『剣製少女 第四話 4-5』


 昨日の教訓というと大げさだけど、昨日みたいに大騒ぎするとイリヤは悪戯心が刺激されるのか、よからぬ事を企んでくるのでなるべく冷静にキスを済ませた。
 加減がわからなくってちょっと長く吸いすぎちゃったけど、なんとか上手にできたかな?

「ふふ、ありがとう。 もうちょっと愛情が篭ってると嬉しいかな?
 精進するように」
「……はい」

 駄目だしされちゃったか。 でも、こっちはまだそんな余裕がないからしょうがない。
 まぁ、その内慣れて上手にできるようになると思うけど……上手なキスってなんだろう?

 イリヤは寝起きがいいようで、凛と違って起きてすぐ着替えだしたのであたしは桜ちゃんを起こしに行こうと思ったら、戸口にその桜ちゃんが呆然としながら立っていた。

「あ、おはようさくらちゃん。 今起こしに行こうと……」
「お、おお、おはようございます!」
「……どうしたの?」
「い、今の……」
「今の? ……あ!」

 しまった。 キスしてるとこ見られちゃったか。
 うぁ、どうしよう。 桜ちゃん真っ赤だよ。 って、たぶんあたしも同じように真っ赤になってるだろうけど……。

「あ、あれは朝の挨拶っていうか、ほ、ほら、イリヤって外国の出身だからしょうがないっていうか!」
「そ、そうですよね!」
「ちょっとシロ、しょうがないっていうのはないんじゃない?
 おはよう、サクラ」
「あ、おはようごさいます、イリヤちゃ……」

 ちゅっ♪

「……え?」
「ふふ、サクラにも朝の挨拶」
「あ、ありがとうございます!」

 いや、そこはお礼いうとこなの? なんか、あたしの感覚と桜ちゃんの感覚はちょっと違うらしい。

「あ、あの詩露ちゃんは?」
「え!? あ、あたし!?」

 そう言いながら上目遣いではにかむ桜ちゃん。
 いや、そこであたしに振られても……。

「そうよう、シロもしてあげれば?」
「だ、駄目だよ! だって桜ちゃん女の子なんだから、キスなんてできないよ!」
「でもイリヤちゃんとは……」
「イ、イリヤとは姉妹だし、外国人だから……」
「だ、大丈夫です! わたしも姉さんもクウォーターだから外人さんみたいなものだし、わたし詩露ちゃんのこと本当の妹みたいに可愛く思ってますから!
 だから遠慮なくドーンと来ちゃって下さい!」

 いや、あたしの方が年上だし……。 というか、

「桜ちゃん達ってクウォーターだったの?」
「はい。 あまりちゃんと覚えてないんですが、確かそう聞いてます。
 詩露ちゃんは姉さんから聞いてないんですか?」
「うん、初めて聞いた」

 実際凛とは一年以上一緒に暮らしてきたっていうのに、まだまだ知らないことってあるんだな。
 でも、言われてみれば確かに凛の容貌は日本人離れしたとこあるな。
 ……あれ? でもそうなると、この家にいる生粋の日本人は、あたしとアーチャーの二人だけってことにならない?

「もう、いいから早くキスして上げなさいよ、シロ」
「そうです、そういう訳で全然遠慮とかいりませんから!」
「いや、遠慮とかじゃ。 って、何後ろから押さえてるの、イリヤ!」
「ほらほら、じっとしてればすぐ済むから」
「ちょ、ちょっと待って桜ちゃん!」
「う……もしかして、詩露ちゃんはわたしとするのがイヤなんですか?」

 あぁ、そんな泣きそうな顔しないで~。 切嗣の教育(呪縛)のせいか、女になったとはいえあたしは女の子の泣き顔に弱いんだから。

「違う! 違うから泣かないで! そうじゃなくって、女同士でこういうのって変じゃない?」
「全然変じゃないです! 可愛いものを抱きしめたり、頬擦りしたり、キスしたりって誰にでもあると思います!」

 あぁ、なんとなくわかってきた。 昨晩の凛もそうだったけど、二人ともあたしのこと男としてとか女として見てるわけじゃなくって、単に可愛い物……人形とかヌイグルミみたいな感覚で見てたのか。
 ははは、なんか自分の存在意義ってものに疑問を感じてきちゃったよ。
 それはともかく、だから二人とも恥ずかしいとか思わないんだな。 でもそれだったら桜ちゃんの方が、あたしなんかよりよっぽど可愛いのに。

「それにわたし、ライダーとは違いますから!
 だから安心して……」
「サクラ、それはあんまりかと……」
「うぇ! ラ、ライダー!?」

 あたし達が大騒ぎしていると、戸口の向こうからかなり落ち込んだライダーがこちらを伺っていた。
 あちゃ~……。 最悪なタイミングだ。

「ち、違うのライダー! これは言葉の綾っていうか、ライダーの趣味を否定したわけじゃなくってね?」
「ですから、私も別にそういう趣味なわけではありません。 それより朝食の用意が整っているそうなので、早めに来て頂けますか?」
「あ、うん、ごめんね、ライダー……」
「大丈夫、怒ってなどいませんよ」

 そういって桜ちゃんに笑いかけるライダーは本当に怒っていないのか、全然棘のない笑顔で応えた。

「ただ、先程のお話から、私もキスを受ける権利があると思うのですが?」

 ……ライダー、本当にそういう趣味じゃないの?
 怪しく光るライダーの眼鏡の奥の目が、あたしにはやらしく微笑んでいるように感じて仕方がなかった。


 朝食の後、場所を居間に移してお茶をしながらの作戦会議になった。

「まず状況を整理しましょう。
 現在確認できているサーヴァント……いえ、確認できていないサーヴァントはキャスターのみ。
 そしてアサシンはアーチャーが知っている聖杯戦争とは全く違う奴が召喚されている。
 それからギルガメッシュも現界していて、聖杯であるイリヤの心臓を狙っている。
 ここまではいいわね?」

 凛が腕を組みながら指を一本立てて見せながら、あたし達を見回して確認する。
 それに対してあたし達は特に発言することなく、首肯することで答えた。

「次に大聖杯は本来の聖杯戦争よりも三年早く起動している。
 しかし、霊脈の乱れなんかは特に感じられない。
 ……イリヤ、大聖杯はアインツベルンの人間以外にも外部から干渉することはできるの?」
「無理だと思う。 というか、そんなことアインツベルンの人間にもできない筈よ。
 できてたら、遠坂の霊脈が枯れるのも気にしないで抜け駆けしようとしてた筈だもの」
「まぁ、その発言には色々言いたいことはあるけど、今はいいわ。
 となると、どこからマナを持ってきたか? ってことが、最大の謎になるわ。
 もし、人間の魔力や生命力で補おうとしてもとても足りるとは思えないし、アーチャーが言ってた様な新都での昏睡事件も起きていない。
 そうなると、鍵を握るのはキャスターってことになると思うんだけど、アーチャーは何か思い当たることはない?」

 それまで、腕組みをして神妙な面持ちで話を聞いていたアーチャーは、顎に手をやって思案するように目を閉じたが、しばらくすると目を開け諦めたように

「私の知っているキャスターに関しては、思い当たる節はない。
 それどころか、此度の聖杯戦争でのキャスターが私の時と同じだという自信もない」
「どういうこと?」
「そのままの意味だ。
 私はどれだけ時期がズレようと、マスターが変わることはないものと思っていた。
 当然、マスターが変わらなければ、呼び出されるサーヴァントも変わることはない筈だと。
 だが、実際には臓硯がアサシンを呼び出し、自らがマスターとなった。 これは私にとっては予想外だ。 だとしたら、もう一人ぐらい本来のマスターとは別のマスターが出てくるということも有り得るのかも知れん」

 そういってアーチャーは再び思案するように目を閉じた。
 そういえばアーチャーはキャスターの本当のマスターを知らないんだっけ。 とはいえ、それは葛木さんが魔術回路を持たない一般人だったからということで立てた、アーチャーと彼の世界の凛が出した推測でしかないそうだけど。
 確か彼は魔術教会から派遣されていて、そのまま消息不明になったとか……。

「と、なると、本来アサシンのマスターであるキャスターが別のサーヴァントだったからアーチャーの知るアサシンは呼び出されず、その穴埋めに臓硯が収まったってこと?」
「そうだ。 あくまで可能性の域をでないがな」

 そこまで話した時点で、全員が黙り込んでしまった。
 といっても、あたしは予想が立てられるほどの知識がないし、他の面々もそれは大差ない様で黙ってはいてもこれといって悩んでるようでもない。
 どちらかというと、主に魔術に詳しい凛と、既に別の聖杯戦争を体験しているアーチャーの考えを邪魔しないように静かにしているという感じだ。

「ねえ、それってそんなに大事?」
「はぁ!? 大事って、一番問題になることでしょうが!」

 退屈になったのか、あたしの膝に寝転んできたイリヤが凛に向けて疑問を投げかけると、問いかけられた凛は驚きのあまり怒っているかのように答えた。

「だって今の状況じゃ、どう考えたってわかんないと思うよ?
 だったら、キャスターを捕まえる方法か、キャスターを無視して大聖杯を壊す方法を考えた方がいいんじゃない?」
「私もイリヤスフィールに同感です。
 キャスターに対する警戒は必要でしょうが、全く情報がない今対策は立てようがない。
 ならば本来の大聖杯破壊の段取りを進めて、キャスターが現れたらその場で対処する以外ないと思います」
「ん~……」

 イリヤとセイバーに言われた凛は、納得いかない様で二人の意見に唸っているけど、あたしも同感だ。
 行き当たりばったりなんて危険でしょうがないとはいえ、こっちはサーヴァントは一流でもマスターは揃って半人前。 潜在能力でいえば凛やイリヤは一流だったとしても、あくまで中学生、まだまだこれからの存在だ。
 そんなあたし達が、魔術のエキスパートであるキャスターを出し抜いて探し出すことや、対策を立てようったって恐らく無理だろう。
 凛も理性ではわかってはいるんだろうけど、感情的には不明な部分……この場合で言えば、キャスターの存在と大聖杯が満たされた理由っていうのを放っておくのが我慢できないんだろうなぁ。

「ま、どちらにしても、キャスターのクラスで召喚されるようなサーヴァントだったら大聖杯がなくなればすぐわかるだろうし、そうなれば事態の確認の為に姿を現すでしょうからその時聞けばいいじゃない。
 もっとも、本当にキャスターが大聖杯を満たしたんだったら、大聖杯のすぐ傍にいるでしょうけど」
「はぁ、問題を棚上げするのって気持ち悪いけど、しょうがないか。
 わかった、切り替えましょう。
 それじゃあ、大聖杯の破壊についてだけど今夜は全員で行く?」

 そういって再びあたし達を見回す凛。
 昨夜はイリヤと桜ちゃんを残した所為で、ギルガメッシュに間隙を突かれた形になってしまったから、今度は全員で行くことでフォローし合おうっていうことなんだろう。

「すいませんが、私とサクラは残るか何処か別の場所に避難しようと思います」
「ライダー?」
「すいません、サクラ。
 ですが、私の戦い方では狭い空間ではその真価を発揮できないのです」
「確かに洞窟ではライダーにできることは限られてくるな」
「そうなると、わたしはシロ達と一緒に行くべきね。
 また残ってたらギルガメッシュがこっちに来ちゃうかも知れないし」
「はい、あの者以外であればそうそう遅れをとることはありません」
「決まりね。
 じゃあ、桜は残って他は全員で大聖杯に向かいましょう」



[1095] 『剣製少女 第五話 5-1』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:26
 夜まで時間があるということで、初日のようにアーチャーに訓練してもらった。
 もちろん、今朝見た武器を飛ばす技も教えてもらったんだけど、これはかなり便利なことが判った。
 まず、通常の弓の射程距離が倍になった。 あたしは筋力が弱いので、アーチャーのような強い弓が使えないけど、この技を併用すれば筋力だけでなく魔力を上乗せすることができるため、それだけ飛距離と威力を上げることができるというわけだ。

 それから広範囲、多角的な攻撃が可能となった。
 弓という武器は、剣と違って線ではなく点の攻撃な為、サーヴァントみたいな尋常ではない反射神経の持ち主相手にはどうしても避けられやすい。 でも、多角的な攻撃を加えることでサーヴァント並みの反射神経を持っていいる相手でも、かなり避けずらくなっているはずだ。
 勿論、防御を敷いてくる相手でも、前面にしか防御を展開できないのなら効果的だ。
 ……もっとも、あたしにはサーヴァントにダメージを与えられる攻撃手段はないんだけど。


 『剣製少女 第五話 5-1』


「シロ時間です。 起きて下さい」
「ん……、あぁ、ありがとうセイバー」

 アーチャーとの訓練の後、魔力の回復のため自室で寝ていたあたしを、初日のようにセイバーが起こしてくれた。
 彼女はサーヴァントだから、人間のように睡眠は必要ないし、睡眠で魔力の消費を抑えることはできても回復することはできないので起きててもらったんだけど、普段は自分で起きて凛を起こす立場なのに人に起こしてもらうのってなんか新鮮だ。
 士郎の時から考えても藤ねえに一、二度起こしてもらったことがあるかないかだし。 ……癖になりそう。
 しかも今は久しぶりの一人寝。 本当ならあの火災がなければ、今でもこうして母親に起こしてもらってたのかも。

「どうしました?」

 目を覚ましてもなかなか着替えようとしないあたしに、セイバーが不審そうに聞いてきた。

「いや、別になんでもないよ。 すぐ行くね」
「はい、食事はアーチャーが用意してましたし、他の皆はもう揃っていますから」
「了解」

 すぐにでも大聖杯に行けるよう着替え食堂に行くと残りの面々は既に席についていたが、ちょっと驚いた事にこれまでと違って全員が一言も喋らず黙って席についていた。

「起きたわね、じゃあ食事にしましょう」

 あたしに気が付いた凛が笑顔でそう言って来たけど、やっぱり場の雰囲気はなにか真剣とも重苦しいともとれる感じだ。

「え……っと、なにかあったの?」
「「「え?」」」

 それぞれ食事に箸をつけていたんだけど、あたしの疑問に驚いたようにあたしを見上げた。

「いや、なんか空気が重いというか……、あたしが寝てる間になにかあったのかと思ったんだけど」
「別になにもなかったけど……、そんなに重かった?」

 特に気になることがあったわけでもなかったのか、凛は不思議そうに聞き返してきた。

「うん。 なんていうか、みんな思いつめてる感じだったんだけど?」
「そうね、そういえば今まで食事の時の会話って聖杯戦争絡みばかりだったからっていうのもあるんでしょうけど、いよいよっていう緊張感もあったんじゃない?」
「そっか」

 イリヤは食事の手を止めることなく答えた。
 確かに昨日の夕食も”いよいよ”って感じはあったけど、今日みたいに具体的な障害っていうのは意識してなかった。
 でも、今は違う。 ギルガメッシュ、ランサー、アサシン、言峰、臓硯。 キャスターっていう不確定要素があるにせよ、これだけの相手をしないといけないのは確実だ。 上手くいくといいんだけど。

「ふう、確かに柄にもなく緊張してたみたいね。
 こんなに気負っていたらいざって時にとんでもないポカをしかねないわ。
 折角の料理も美味しく食べれないし。 みんなもっと肩の力を抜きましょう?」

 そういって笑顔であたし達を見回す凛。
 あたしと桜ちゃんは素直に頷いていたけど、イリヤだけは

「緊張してたのは凛だけでしょ?」

 なんて憎まれ口を叩いて、一触即発になりかけた。
 それでも、さっきまでの重苦しい空気はなくなったからいいんだけど、あたしとしては食事中はもう少し楽しい雰囲気がいいなぁ。

 食事を終えたあたし達は晩春の星空を見上げながら大聖杯へと向かった。
 結局桜ちゃんとライダーは遠坂邸に残ることになった。
 イリヤの城に退避するっていう意見もあったにはあったけど、今からでは城にいる使用人に連絡ができず、最悪敵として交戦する羽目になりかねないということで、結界がしっかりしていてそれなりの広さがあり、神秘の秘匿が容易な遠坂邸で待機することになった。

 今回はマスター陣にイリヤが加わっている上に、彼女はギルガメッシュに狙われていることから、アーチャーは離れて付いて来るのではなく殿(しんがり)を勤めている。

「また臓硯がいると思う?」
「どうかしら。 あいつの目的がなんなのかわからない以上はっきりとは言えないけど、大聖杯を守るって意味ではいても不思議じゃないんじゃない?」

 お山の周りに敷かれた結界を抜け、そろそろ入り口の小川が見えてくるだろうという所で聞いてみると、凛はさほど興味なさそうに答えた。

「凛は気にならないの?」
「そうね、私はいないと思ってるから」

 獣道すらない険しい山道を歩きながら凛が意外なことを言ってきた。

「いない? 何でそう思ったの?」
「前回はあたし達が現れてもギルガメッシュっていう追い返す手段があったじゃない。
 でも今回は遠坂邸にギルガメッシュが現れてもライダーだったら逃げ切れる筈だし、アイツの目的のイリヤはこっちにいる。
 だったらこっちに対してなにか仕掛けるほうが利口だけど、臓硯が従えているのはアサシンなんだから、正面から戦わせるのは得策じゃない。
 なら今歩いてきた森の中で仕掛けるべきなんだけどそれがなかったんだから、臓硯はここにはいないか大聖杯の傍で隠れてるんじゃないかって思ったの」
「はぁ~……なるほどね」

 本当によく考えてるな。
 確かに直接戦闘に向いていないアサシンを使うんだったらこういう遮蔽物の多い森の中での奇襲が最適だ。
 気配遮断のスキルがあるってことは、今この瞬間にも頭上から襲われるかもしれないけど、それがなかった以上臓硯、もしくはアサシンが前回みたいに姿を見せてまで戦うことはないってことか。

「だとしたら、桜ちゃんの方に?」
「可能性としてはね。
 二騎のサーヴァントを相手にするより一騎のほうがいいし、居場所がわかってる相手の方が襲いやすいでしょうけど、対魔力のないアサシンだったらライダーの敵じゃないわ」

 確かにアサシンのクラス別能力に対魔力はなかった筈だから、石化の魔眼なんて反則技を持ってるライダーが相手をすることになったら勝負にならないだろうな。
 もっとも、ライダーがアサシンの侵入に気が付くことができればっていうのはあるんだけど。

「っ! サーヴァントの気配です!」

 前方を歩いていたセイバーが突然警告を発してきた。
 あたしと凛は暗い上に足元が悪い所為で前を見ていなかったけど、セイバーの声で顔を上げて周囲を確認した。
 すると、強化したあたしの眼に大聖杯に通じる小川の手前、少し開けた場所の中心に黒いライダースーツに痩身の金髪青年がいた。

「あれはもしかして……」
「はい、間違いありません。 前回のアーチャー、ギルガメッシュです」

 やっぱり。 アーチャーから聞いていた通りの格好だったからすぐにわかった。
 確かに一見しただけでその存在感が違う。
 アーチャーなんかはそれほど英霊としての格が高くない所為か、目の前にしてもあそこまで圧倒的な存在感は感じられないけれど、例えばセイバーなら気高さが、バーサーカーなら威圧感が一般人のそれとは格段に違う。
 そして目の前のサーヴァントは、その二人をさらに圧倒するような存在感を醸し出している。

 あたしが目の前のサーヴァントに気を取られていると、小さな手があたしの手を掴んできた。
 振り返ってみると、イリヤが悔しそうに下唇をかみ締めながらギルガメッシュを睨んでいた。
 そうだ、バーサーカーはギルガメッシュに倒されてしまったんだ。 イリヤは平静を装っていたから気付かなかったけど、本当だったらバーサーカーの仇をとってやりたい気持ちで一杯なんだろうな。
 あたしはイリヤが落ち着けるようにイリヤの手を握り返してあげると、一瞬あたしを見た後深く息を吐き出してギルガメッシュに敵意を向けながらも落ち着きを取り戻した。

「久しいな騎士王」
「こんなところで何をしているのです、ギルガメッシュ?」
「ほう、我(おれ)の正体にいつ気が付いた?
 それとも前回の時点で既に気付いていたか」

 馴れ馴れしいとも言える態度で話しかけたギルガメッシュに敵意を向けるセイバー。
 しかし、ギルガメッシュはそんな敵意に微塵も動じることなく、悠然と構えている。

「そのようなこと貴方に教えるつもりはない。
 それより私の質問に答えなさい。 ここで何をしているのです?」
「ふん、相変わらず躾のなっていない女だな」

 気温が一気に下がった気がした。
 セイバーの態度に腹を立てたギルガメッシュが殺意をもってセイバーを見据える。
 その殺意はあたし達に向けられたものではないというのに、バーサーカーと対峙したとき以上の恐怖を感じてしまった。
 セイバーもその殺意に応じるように手に持った不可視の剣を咄嗟に構える。

「まあいい。 これもただの座興だ。
 そこの雑種を置いて貴様らは奥へ進むがいい」

 そういってアーチャーを指差すギルガメッシュ。

「どういうことです?」
「なに、お前と殺り合うにはここでは些か盛り上がりに欠ける。
 それなりに場を整える為にもまずはそこの雁作者(フェイカー)を始末した後、大聖杯の前でお前を我の物にしてやろうということだ。
 あぁ、途中番犬を用意してやった。 貴様も退屈しないようにという我の配慮だ。 存分に楽しめ」

 そういって腕組みをしながらこちらを見下ろすギルガメッシュ。

「貴方という人は……」
「感謝には及ばんぞ」

 苦々しげに呟いたセイバーに見当違いな答えを返すギルガメッシュは、何故か誇らしげだ。

「構わんセイバー。 この男の始末は私が付ける」
「何? 雑種風情が王たる我に敵うとでも思っているのか?」
「アーチャーしかし……」

 アーチャーはギルガメッシュを全く眼中に収めず、セイバーに告げる。
 セイバーもアーチャーから事前に生前の決着を聞かされているとは言え、流石にギルガメッシュ本人を前にして任せてしまっても大丈夫か不安になったようだ。
 そんな二人のやり取りに、完全に無視されたギルガメッシュはかなり腹を立てたのか、それまでの見下した態度を一変させて憎悪の篭った視線でアーチャーを睨みつける

「騎士たる君が二対一で戦うのを良しとするのであっても、マスター達を連れて離れてくれていたほうが助かる。
 奴との戦いではどうしても周囲に被害が出てしまうし、気にしている余裕もないだろうからな」
「……わかりました。 御武運を」

 それだけを告げ、セイバーは洞窟入り口に向けて歩き出す。

「番犬如きに遅れを取って、我を失望させるなよ騎士王」
「貴方とはこれが最後となるでしょうから、最後に忠告しておきます。
 彼を甘く見ないことです」

 去り際、ギルガメッシュがセイバーにかけた言葉は、セイバーの痛烈な皮肉で返された。
 それを聞いたギルガメッシュは先程より更に激しい怒りを見せるかと思ったんだけど、その予想を裏切って彼は大笑いし始めた。

「ははは! 貴様は王として騎士として、中々の者だと思っていたのだがな、どうやら我の買い被りだったか!
 あぁ、それともそれは騎士王なりの冗談だったか。 うむ、中々笑える。 褒めてつかわす」
「はぁー……、それではアーチャー、茶番の幕引きは頼みましたよ?」
「任された。 確かに君のような高貴な者にはこのような雑事は向いていないからな」
「……貴様ら」

 結局、あたし達がこの場を去って洞窟に入るまで、ギルガメッシュはセイバーしか眼中になく、そのセイバーとアーチャーはギルガメッシュを眼中に入れていなかった。
 傍で聞いていたあたしにしてみれば、なんて不毛な会話。 本当に最後まで茶番のような感じがしてしまった。

「さて、鴈作者などと巫山戯た存在、楽に殺してやるつもりはなかったがこれで理由が増えたな。
 王を侮辱した罪、身を持って後悔させてやる」
「ふっ、いいのか、セイバーの忠告を肝に銘じておかなくては、後悔するのは貴様の方になるぞ?」
「雑種風情が……っ!」
「私にとっては懐かしい再戦だ。 いくぞ英雄王──武器の貯蔵は十分か」

 あたし達は暗闇の洞窟をセイバーを先頭にして進んでいく。
 洞窟の中は余りにも凝縮された魔力に満たされて、気持ち悪くなるほどだった。
 しばらく進むと通路が狭くなり、前方の方が仄かに緑がかった灯に照らされ始めた。

「これは……ヒカリゴケかなにか?」
「みたいね。 それより、大聖杯はまだ先なの?」
「確かもう少し進んだ処で広くなってて、その先に大聖杯が……」

 と言いかけたところで、地面に軽い振動が起こった。
 何事かと身構えてみたものの、地震のような断続的な揺れは不規則に、そして収まる気配を見せることなく続いていた。

「始まったみたい」
「何が?」
「アーチャーとギルガメッシュの戦い」

 一瞬目を閉じた凛が、今は自分の令呪を抱きしめるようにして呟いた。
 その姿からは、アーチャーを気遣っているような気配が感じられたが、同時に傍でサポートできないもどかしさのような軽い苛立ちも感じられた。

「……行きましょう」
「うん」

 しばらくそうしていた凛だったけど、意を決したように再び歩き出す。

「そう言えば、ギルガメッシュがランサーが中にいるようなこと言ってたけど、何か感じる?」
「いえ、これだけ濃密な魔力が周囲にあると私では。
 凛やイリヤスフィールはどうですか?」
「わかんない」
「私もよ」

 狭い通路を一列になって進みながらセイバーに聞いてはみたものの、誰にもわからないようだった。
 あたしは元々魔力感知なんてできないからわからなかったけど、周囲の魔力の所為でサーヴァントの気配すら読めなくなっているようだ。

「厄介ね。 奇襲にはもってこいじゃない?」
「だけど、アーチャーから聞いたイメージだと、ランサーって奇襲とかするタイプじゃないんじゃない?」

 歩を進めながら凛の心配に答える。
 楽観的過ぎるかも知れないけど、多分そう間違ってはいないはず。
 まぁ、キャスターが隠れてるって可能性もあるんだけど、セイバーの対魔力と直感があればそうそう遅れをとることはないだろうし。

「まぁそうかな? あ、道が開けてきたわよ」

 そう言った凛の言葉通り道幅が急激に広がり始め、遂にはちょっとしたグラウンドぐらいの場所に出た。
 そしてその広場の中心には、

「よう、遅かったじゃねーか」

 全身が青と銀で統一され、右肩に担いだ赤の魔槍が一際目を引くランサーが立っていた。



[1095] 『剣製少女 第五話 5-2』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:26
 みんなが出発してから、そろそろ一時間ほどが経とうとしています。
 わたしとライダーは居間でお茶をしながら待っているのですが、折角炒れたお茶も飲む気になれず冷たくなってしまいました。

「はぁ……」
「大丈夫ですよ、桜」

 もう何度目かもわからなくなった溜息に、ライダーが気遣わしげに声を掛けてくれる。

「そうだよね、みんな強いんだし心配ないよね」
「はい、三騎士の内二騎がこちらの陣営なのですからそうそう遅れをとることはありません」

 そういって笑いかけながら慰めてくれるライダーだったけど、

「……ライダー。 元アーチャーとランサーがいるって意味では向こうも一緒なんだけど」
「あ……」

 折角のライダーの慰めだったんだけど、その条件が向こうも全く同じでは意味がない。
 まぁ、ライダーの慰めはちょっと見当違いだったけど、お陰で場の雰囲気は和みました。

「ふふふ」
「笑わないで下さい、桜」

 わたしは冷めた紅茶を飲んで、照れてそっぽを向いているライダーに笑いかけた。

「桜!」
「え……っ!」

 わたしが余りにも笑いすぎたのか、ライダーはソファーから立ち上がって一気にこちらに向かってテーブルを飛び越えた。
 怒っちゃったかな? なんて思っていると、

「何者かが遠坂の結界を越えました。 サーヴァントの気配はありません」
「それって……」
「はい、アサシンのマスターの可能性が高いということです」

 お爺さまが……。


 『剣製少女 第五話 5-2』


 ランサーは肩に担いだ槍をぽんぽんと跳ねさせながらあたし達を無遠慮に眺める。
 その表情はニヤニヤと絞まりがなく、とてもこれから戦おうという人間には見えない。

「年が大分足りねえが、そっちは華やかでいいねぇー」
「なっ!」

 ランサーが空いた手を顎に当てながら品定めするようにあたし達を眺めて失礼なことを言ってくる。
 まぁ、年が足りないって言うのは本当のことなんだけど、あたしとイリヤを見た時の笑い方が明らかに小馬鹿にしたような感じだったのは見逃さなかったぞ。
 イリヤなんて完全に敵対視して睨んでるし。

「マスターを侮辱するつもりなら許しません。 構えなさいランサー」
「はっ! やる気満々なのは嬉しいんだがな、そう慌てんなってセイバー。
 女子供だからって容赦するつもりはねぇが、マスター連中は邪魔だ。 奥で言峰が待ってるからとっとと行きな」

 そう言ってランサーは左手の親指を立てて自分の背中のほうを指し示す。
 その先にはさっきまで歩いてきた通路そっくりの道が続いていて、あの通路を通った先は大聖杯に続いていたはずだ。

「どういうつもりですか?」
「さぁな、俺が聞かされてるのはマスターの嬢ちゃん達は知り合いだから、ここまで来たら奥に通せってだけだ。
 こっちにとってもマスターなんざ居たって邪魔なだけだからな、ほら、さっさと行け」

 あたしと凛は思わずお互い見合わせてしまった。
 ここまで全く姿を見せなかった上、別の聖杯戦争では最後まで姿を現さなかったらしい言峰が、この土壇場の場面で自らあたし達に会おうっていうのだ、何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。

「待ちなさいランサー。 マスターが邪魔というのは貴方の都合だ。
 敵マスターと会うというのに、マスター達だけで行かせるつもりはない」
「つまんねぇこと言うなよ。 マスターはマスター同士、サーヴァントはサーヴァント同士楽しくやろうぜ」

 そういって、さっきまでだらしなく肩に担いでいた槍を構えるランサー。
 どうやらセイバーがマスター達に付いて行こうとしたら、力ずくでで邪魔しようというつもりらしい。

「いいじゃない、二人とも行って来なさいよ。
 危なくなったらこっちに逃げてくることぐらいはできるでしょ。
 それに、セイバーがランサーを倒せばすぐにでも加勢に行ける訳だし」

 どういうつもりなのか、イリヤは腰に手を当てながら”二人とも”と言った。 つまり、自分は行く気がないということだ。
 今さら戻ることは考えられないから、イリヤはここに残るつもりらしい。

「なんで? なんでイリヤは行かないの?」
「わたしが行ってどうするのよ。 大体言峰と会うなって言ったのはシロのほうでしょ?」

 そういって微笑むイリヤ。 その笑顔は邪気がなく何かを企んでる様には見えないんだけど……。

「いいわ、行きましょう詩露」
「え、ちょっと凛!」

 何を思ってか凛は一人でどんどん行ってしまう。
 イリヤは笑顔で手を振っているし、セイバーは若干躊躇しているもののイリヤが言った様にランサーをすぐ倒せばいいと考えているのか動こうとせず、ランサーは既にあたし達に興味をなくしたのかセイバーにしか視線を向けていなかった。
 仕方なくあたしも凛に付いて行くけどやっぱりセイバーが気になって振り返ったが、セイバーは落ち着いたまま

「すぐ駆けつけます。 無理はなさらないように」
「うん、セイバーも頑張って」

 と、笑いかけてきた。 それは今までのような小言というよりも、励ましのように感じたのであたしも”気をつけて”ではなく”頑張って”と声を掛けて凛の後に付いて行った。
 凛に付いて通路を歩いていると、先程の広場が見えなくなった辺りで凛がラインを通して話しかけてきた。

(さっきのイリヤだけど、もしかしたら大聖杯に近付きすぎると何か影響があるのかも)
(何かって!?)

 あたしも声には出さなかったけど、話の内容に驚いて足を止めて凛を凝視してしまった。

(そこまではわからないけど、彼女は聖杯なんだから大聖杯、もしくはその中にいるアンリマユと物理的に近くなりすぎると何か影響があるのかも)
(そんな事出発前は一言も……)

 思わず出発前のイリヤの様子を思い出したけど、そんな重要な事を黙っている素振りは一切見せていなかった。
 もっともイリヤはポーカーフェイスが上手というか、心を隠すのが上手な子だからあたし程度じゃ見抜けないだろうけど。

(どうするの?)
(別にどうもしないわよ。 あの子はすぐ人に突っかかってきたり、感情任せに動いているような処はあるけど馬鹿じゃない。 アンタと違って自分の面倒は自分で見られるでしょ)

 まぁ、確かに凛の言うようにイリヤはあたしに比べればよっぽどしっかりしている。
 そう考えれば無茶はしないだろうとは思うんだけど、時々理性よりも感情で動くことがあるから……。

「そんなことより、ほら。 見えてきたわよ」

 そう言って今度はラインではなく、肉声で声を掛けてきた凛は前方を指し示した。
 凛の示した先には小高い丘が見えた。 そこは先程の広場より広い空間で天井も高かった。
 濃密な魔力は水の中を歩いているように肌に纏わりつき、吐き気と共に息苦しさを増していた。

「遅かったな二人とも」

 あたし達が大聖杯の丘を登っていると、聞き慣れた声が掛けられた。
 その声の出所に視線を向けると、いつものように言峰が後ろ手に手を組んでこちらを見下ろしていた。

「綺礼……アンタ一体」
「それはこちらのセリフだ。 聖杯戦争だというのに、お前たちは一体何をしている」

 それは間違いなく言峰だった。
 だが、奴はあたし達が最後に見た姿から一気に数十年は年を取ったように老け込んでいた。
 肌は肌理を失い干からびたようになり、目尻や口元には細かい皺が刻まれ、髪にも白いものがちらほらと見られるだけでなく、あれだけ筋骨隆々だった肉体は一回り小さくなったように感じる。
 服から覗いている部分は顔しかないため判然としないが、恐らく顔だけでなく体全体が干からびたようになっているんだろう。

「別に、大聖杯をブッ壊してやろうって思ってるだけよ。
 それより暫く会わなかった間に随分苦労したみたいね」
「なに、できの悪い弟子を抱えていてな。
 それは兎も角、大聖杯を破壊するとはどういうことだ」
「はぁ、アンタいい加減惚けるの止めたら?
 こっちは大筋把握してんだから!」

 言峰の皮肉にうんざりとして凛が答える。
 そう、こっちはアーチャーっていう情報源があるんだ。 言峰が実はランサーのマスターで聖杯戦争に参加しているっていうのも、前回のアーチャーであるギルガメッシュを従えているっていうことも知っている。
 それを聞いた言峰は自嘲ともとれる笑いで肩を揺らしている。

「そうか、間桐のご老体が言っていた事は本当だったようだな。
 しかし、生前マスターだった者が英霊として召喚されるとは。
 ……それで、自身の完成系を見てどう思った、衛宮士郎」

 一瞬目の前が暗くなった。
 なんて言いやがったこいつ。 なんでこいつが”衛宮士郎”という名前を知っている?
 まさか、凛が?
 そう思って凛を振り返ると凛も愕然とした表情で言峰を見ていた。

「ふむ、この段階になって尚その事は知らされていなかったか。
 どうやらその英霊も全てを知っているというわけではないようだな」

 そういって言峰は愉快そうにあたし達を見下ろした。

「ちょっと、綺礼。 ”その事”って何よ。
 アンタ、詩露の何を知っているっていうの!?」

 逸早く動揺から回復した凛が言峰に食って掛かる。

「なに、詩露とは凛より若干早く知り合っていたというだけだ」
「そんなことで納得すると思ってるの? 知ってることを話しなさい」

 遠回しな言い方をする言峰にイライラとしながら全てを話せと詰め寄る凛。

「そうだな、その話をする前に七年前の聖杯戦争の事はどの程度知っている?」
「アンタがギルガメッシュのマスターとして参加していて、詩露の養父と一騎打ちになって負けた。
 その時そこの厄介なサーヴァントの所為で街が火の海になったってぐらいかしら」

 凛は”そこの”と言ったとき親指でアンリマユのことを指し示したが、それ以外は不機嫌そうに腕組みをしていた。
 そんな凛の態度とは裏腹に、言峰はアンリマユのことをさも愛しそうに見上げていた。

「そう、そして私たちの命の恩人とも言える」
「全てを話したらどうなの。
 どうせアンタも話したくってうずうずしてんでしょ?」
「そうだな、お前たちが聖杯を求めないで大聖杯を破壊しようというのだったらただの障害だ。
 排除する前に全てを教えてやるのも慈悲というものか」

 そう言った言峰はあたしを見ながらとても嬉しそうに笑った。



[1095] 『剣製少女 第五話 5-3』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:26
「どうした鴈作者、さっきから逃げてばかりではないか」

 そう言ったギルガメッシュは黒のライダースーツに身を包み、腕組みをしたまま先程から一歩も動いてはいない。
 対して”俺”は両手に干将・莫耶を持ち、時に弾き、時に大きくかわしながら宝具の剣弾をやり過ごしながら固有結界を展開する呪文を紡いでいく。

「I have created over a(幾たびの戦場を越えて不敗) thousand blades.」
「得意の猿真似では我に勝てぬと悟ったか?」

 こちらが手も足も出せずに逃げ惑っている姿が面白いのか、ギルガメッシュは一気に終わらせようとはせずに薄ら笑いを浮かべたまま徐々に宝具の数を増やして弄んでいる。

「先程までの威勢はどうした? この程度で限界か?」
「Unaware of loss.(ただの一度の敗走もなく)
 Nor aware of gain(ただの一度の勝利もなし)」

 この余裕が奴にとっての命取りとなる。
 奴は”遠坂”に言わせれば三分の二が神で、並みのサーヴァント十体分の魂を持つだろうというほどの大英雄。
 対してこちらは世界からのバックアップでもなければ、対等にすらなれない只の凡人。 英霊などと名乗るのもおこがましい存在だ。
 全く勝負になる筈がない。 ただある一点を除いては。

「あぁ、確かに貴様は英雄の中の英雄といって過言ではなかろう」
 Withstood pain to create(担い手はここに孤り。) weapons.
 waiting for one's(剣の丘で鉄を鍛つ) arrival
「はっ! 今さら実力差を感じて命乞いか?
 だが無駄だ。 鴈作者などというふざけた存在を見逃すつもりはない」

 そう言って”俺”を殺せる喜びを隠すことなく凄惨な笑みを浮かべるギルガメッシュ。

「I have no(ならば、)regrets.This is the(わが生涯に意味は不要ず) only path
 My whole life was(この体は、)」
 たわけがっ!! その慢心が貴様の命取りだ!
「ははは!! 手も足も出ない雑種風情が何を言う! 恐怖で正気を失ったか?
 そろそろセイバーが待ちわびている頃だろう、座興は終わりだ」

 そして手を振り上げたギルガメッシュの背後には、これまでの倍はあるだろう宝具が現れる。
 だがその宝具が射出されるよりも先に勝負は決まっていた。

「あぁ、茶番は終わりだ。
 “unlimited blade works”(無限の剣で出来ていた)」


 『剣製少女 第五話 5-3』


「まずは切嗣と私の関係を話さなくてはならないだろう」

 そう言って再び”アンリマユ”を見上げた言峰は、先程と違い全ての感情がなくなったような無表情で話し始めた。
 要約すれば、切嗣とコイツが徹底的に相反する存在だってことだ。
 しかも性質が悪いことに、言峰自身、自分の異常性を理解していて尚それを受け入れてしまっているということだ。

「若い頃はそれでも何とか足掻いてはみたのだがな」

 そういって自嘲するように笑うが、同情してやる気になんて全くならなかった。
 人間誰しも”負の感情”なんて持っている。 冗談でもなんでもなく「世界が滅べばいい」とか、「嫌いな奴が死んでしまえばいい」なんてこと考えてる奴はごまんといる。
 この世に楽園なんてない。
 恨み、妬み、快楽、損得、そんな理由でいつでも誰かが殺されている。
 ただ、普通の人間がそれを実行に移さないのは、単に今の生活を守る為だったり、自分の時間をそんなことに使うのを無駄と考えていたり、そんな下らない存在になりたくないといったプライドや信仰心のようなものだったりと様々だろうけど、結局は自身の人間性と理性によって抑えているだけだ。

 言峰は美しいものを美しいと感じないと言った。
 幸せを幸せと感じず、不幸をこそ幸せと感じるのだとも。 なら好きなだけ自分を痛めつければいいのであって、言峰自身の言葉を借りるなら”娯楽、快楽の為だけの大量殺人”を正当化する理由になんてならないし、言峰自身正当化もしていない。 ただ、自分がそういう性格だと説明したにすぎない。

「そして、私とあの男(切嗣)が似通った存在だと気付いた時、この手で引導を渡してやろうと思っていた」
「なっ! なにが似たような存在だ! 切嗣とお前みたいな奴を同列視するな!」

 そうだ、切嗣は”正義の味方”になりたかったんだ。 決して自分の快楽のために殺していたんじゃない!

「ふ、わからんか。 いや、わからない振りか?」

 言峰は馬鹿にしているような、それでいて哀れんでいるような薄ら笑いを浮かべている。

「奴は最高の殺し屋だった。
 常に被害を最小限に抑え、必要な犠牲を切り捨てる事で残りのその他大勢を救う。
 その手際と割り切りは私ですら舌を巻く思いだったよ」

 昔を懐かしむように語る言峰が心底許せなかった。
 こんな奴に親父のことをわかったように語られるのがどうにも我慢ならなかった。

「テメェ……」
「落ち着きなさい詩露。
 それで、何時になったら詩露との関係を教えてくれるのかしら?」


─Side Rin─
 わたしは詩露の激昂も理解できたけど、綺礼の言っていることもまた理解できた。
 わたしと詩露の養父である衛宮切嗣氏とはなんの面識もなかったけれど、詩露の口から何度も出ていて凡その人物像は把握しているつもりだ。
 大体”正義の味方”になりたいなんていう詩露の厄介な夢も、元々はこの切嗣氏の夢だったというのだから師匠としては切嗣氏の事を詳しく聞きだしておいて損はないと思っていたのだ。

 そして今綺礼が言ったことと、それらを踏まえて言えば、綺礼の言っている二人が似ているという話も頷ける。
 切嗣氏は”正義のため”という自分の欲求の為の殺人を躊躇わない。
 そして綺礼は”人間の極限を見る”という娯楽の為の殺人を躊躇わない。
 動機は真逆な筈なのに、やってる事だけで言えばどちらも”自分の欲求の為に殺人を躊躇わない”ということになってしまう。

 まぁ、わたしがこうして感じてることも魔術師だからっていうのと、第三者として一歩引いてる立場にいるからかも知れない。
 魔術師なんて本当は自分本位で、他人なんか実験動物ぐらいにしか考えてないような奴もいるってわかってるから動機は何であれ、同じ穴の狢だと思っているのだろう。

 とはいえ、綺礼のやってる事に賛同なんて全くできないけど。
─Side Rin End─


「そうだな、きっかけは切嗣の死だった。
 私も独自の情報網は持ち合わせていたのだが、その情報源の一つから奴が死んだと聞かされたときは心底落胆したものだ」

 私自身の手で殺せなくなったからな。 と、本当に落胆しているのか疑わしくなるような笑顔で話を続ける言峰。
 元々は聖杯戦争が終わっても、親父が言峰を放っておくわけがないと思って監視、情報収集をしていたと付け加えたが、結局親父は言峰のことを見逃した。
 当然だ、切嗣は犠牲を最小限にするために敵を排除しているんであって、言峰のように快楽のために殺人をしているわけじゃないんだから。

「その時思い出したのだよ、奴が孤児を引き取ったという話を聞いていた事を。 そしてほんの気まぐれでお前を見に行ったとき狂喜したものだ。
 正しく貴様はあの男の贋作だ。 切嗣の代わりにお前を殺す事ができるとな」

 それまでの退廃的な雰囲気をかなぐり捨てた言峰は、今までに見た事もないほどの歓喜の眼差しであたしのことを見つめている。
 最初から壊れた奴だとは思っていたけれど、ここにきて本性を露にした言峰の狂気はあたしの予想を遥かに超えていた。

「だが、残念な事にその希望も危うく潰えるところだった」

 信じられないことに、言峰は衛宮の家に何度か侵入してあたしの鍛錬を遠目に見ていたという。
 確かにあの家には結界があったが、相手の悪意に反応するだけで覗きをしているからといっても、それが”相手の弱点を探す”とか”弱みを見つけてやろう”なんて気がなければ反応しないのかも知れない。

「ある夜、貴様があの鍛錬をしている時魔力が暴走したまま意識を失った。
 放っておけばスイッチができる前に間違いなく死んでいただろう。
 そこで私は自身の泥を使ったのだよ」

 そういって僧衣の前を開いて自身の胸……心臓の位置を指差した。
 よく見るとそこは黒い痣のようになっていて、僅かだが脈動しているように見えた。

「これは第四次聖杯戦争の時切嗣の銃弾を受けた後浴びた聖杯の泥だ。
 本来聖杯の泥は対象の心身を破壊するだけのものだが、この身に宿った泥はこうして私の命を繋いでいる。 もしやこの泥ならば瀕死の小僧一人ぐらい生かしておけるのではないかと思ってな」

 あたしは言峰があたしの命を救おうとしたことに一瞬驚いたが、よく考えたらコイツがあたしを助けたかったのは”自身の手で殺すため”だと気付いて納得した。

「そして私の思惑通り貴様は命を取り留めた。
 もっとも、命が助かった代償に男としての肉体を失ったがな」
「……え」

 今、コイツはなんて……

「ちょっと待って。 じゃあなに、詩露が性転換した元凶はアンタだってこと?」
「そうだ、だがそのお陰で命が助かったのだ。 感謝こそされ恨まれる覚えはない筈だが?」

 悪びれる素振りを全く見せず、それどころか感謝しろって……コイツは…………。

「でもおかしいじゃない。 泥が心身を破壊するだけのものだっていうのなら、なんで詩露が助かったのよ。
 おまけに性転換までするなんてどういうこと?」
「さあな。 だがこの泥は第四次聖杯戦争の際の聖杯から漏れ出した泥。 大方小僧の願望を叶えたのではないか?」
「そんな訳ねーだろ!」

 何が俺の願望だ! 同じ願望なら正義の味方ってほうが叶えられて当然だろ!

(落ち着きなさいシロ)
(イ、イリヤ?)

 突然ラインを通してイリヤが声を掛けてきた。
 余りにも突然だったから、あたしは飛び上がりそうになるのを抑えるので精一杯だった。

(そうよ。 いいから落ち着きなさい。 ソイツが言ってることは当てずっぽうでいい加減なだけだから)
(どういうこと?)
(詳しいことは後。 全てが終わったらちゃんと説明してあげるから、今は目の前の相手に集中しなさい)

 イリヤは言峰が言ったことは間違ってると思っている。
 だからと言ってイリヤが正しいとは限らないんだろうけど、今はその言葉を信じよう。

(わかった。 ……ありがとうイリヤ)
(ふふ、いいのよ、わたしはシロのお姉ちゃんなんだから)

 最後にイリヤは笑いながら答えた。
 本当に頼りになるお姉ちゃんだ。

(イリヤから何か言われた?)

 イリヤとの念話が終わったと思ったら、今度は凛が話しかけてきた。
 さっきみたいにすぐ止めなかったのは、イリヤとの会話に気付いたからのようだ。

(うん、言峰の言ってることはいい加減なことだから、気にするなって)
(そうね、わたしもそう思う。
 ある程度の仮説だったら立てられるから、後で説明してあげる)
(わかった)

 やっぱり凛もイリヤと同じように言峰の言ってることを真実だとは思っていないようだ。
 それに仮説とはいえ原因がわかれば、対処法がわかって元に戻れるかも知れない。

「そう、それで”わたし達の命の恩人”なんて言ったのね」
「あぁ、私の心臓もそうだが小僧の……今は小娘の命を救ったのだ」

 間違ってはいまい? なんて皮肉気に口の端を上げて笑う言峰。
 コイツ、”全てを教えてやるのも慈悲”なんて言っておいて、こうやってあたしを翻弄して楽しんでやがる。

「もっとも、小娘の命を助けた事で私の心臓の機能も著しく低下してしまったがな。
 お陰で足りない分を魔力で補っていたのだが、そろそろ限界のようだ」
「なるほど、その所為でそんな姿になったってわけね」

 そうか、言峰の泥は心臓の代わりをしていたから、その泥をあたしに使った所為で機能が低下。
 魔力で補っていたとはいっても、聖杯の泥ほどの力がなかった所為で一気に老け込んだってことなのか。

「その様子だと、四肢の末端が壊死し始めてるんじゃない?
 そんな状態でわたし達を相手に大聖杯を守れるのかしら?」
「四肢に関してはまだ感覚がなくなった程度だ。 幸い脳の萎縮もまだ起こってはいない。
 それより、内臓の機能低下と筋力の低下が問題だが貴様ら程度であれば問題はなかろう。
 もっとも、余命は半月もないだろうがな」

 自分の余命があと半月だっていうのにコイツはなんでこんなに落ち着いていられるんだ?
 それにコイツはまだ聖杯を諦めた様子はない。

「もしかして、聖杯でまた自分の体の機能を補うために聖杯戦争に参加したのか?」

 いや、でもそれはおかしい。
 こいつはアーチャーの参加した聖杯戦争でもマスターとして参加していたが、その時は別にあたしを救った所為で体の機能が低下したなんてことなかった筈だ。
 アーチャーの参加した聖杯戦争とあたしの参加している聖杯戦争どちらも共通している部分……。

「ふ、自分の為か。 そんなものの為ではない。 只生まれてくる命を守る為にだ」

 そして、その言葉を裏付けるように愛しそうに”アンリマユ”を見上げる言峰。
 信じられなかった。
 コイツ(アンリマユ)は生まれてくれば只災厄をばら撒くだけの存在になるんだ。
 七年前、ほんの僅かにその力の片鱗を使っただけであれだけの火災を引き起こした存在が完全にこの世に生まれれば、本当にこの世は滅んでしまう。

「そして、その瞬間を見届ける為に此度の聖杯戦争を私の手で早めた」
「「なっ!」」


※作者注)
 本編に於いて言峰綺礼は教会で会うまで衛宮士郎の存在を知りませんでした。
 剣製少女内独自の展開です。



[1095] 『剣製少女 第五話 5-4』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:27
「んで、そっちの小っこいのはなんで残ったんだ? マスターじゃねーんだろ?」

 ランサーは構えを解かずに目だけを私に向けて問うてくる。
 勿論私だってシロの傍に居たいし、セイバーのマスターじゃない私が居たって彼女のサポートなんてできっこない。
 だからと言ってシロ達に付いて行くわけにはいかない。
 コトミネという男の目的はわからないけれど、ギルガメッシュというサーヴァントを私に嗾けて来た以上聖杯である私の心臓を未だに狙っている可能性だってある。
 彼らにしてみたら私の心臓さえ無事だったら問題ないわけだから、もしコトミネと戦いになったら一番弱い私が狙われる可能性が高い。
 そうなればリンは兎も角シロは私を庇おうとして危険な目にあってしまうだろう。
 だけど此処にいればランサーは私に構ってる余裕はない。
 セイバーとの戦いに集中しないといけないし、万が一宝具で私を狙ったとしても彼の宝具は心臓を破壊するもの。 コトミネの目的が聖杯なら少なくともランサーは私に手を出すことはできない筈。

 でも本当の事を教えるつもりはない。 教えてしまうとこっちがランサーの宝具を知っている事もわかってしまうから、ここは適当に誤魔化すことにした。

「別に。 どっちに付いて行っても私は役に立ちそうもないし、こっちの方が見応えありそうだったからよ」
「へ、なら期待に応えて一丁派手に遣り合おうじゃねえか、セイバー」

 そして二人が文字通り火花を散らしながら戦い始めたので、私がシロの方を共感知覚で確認してみるとコトミネの目的を知ることができた。
 彼は聖杯を欲しているわけじゃなかった。 彼はアンリマユの誕生を願っているのだった。


 『剣製少女 第五話 5-4』


 言峰が聖杯戦争を早めた。 それがどういう事か考えるより先に凛が吹き飛んでいた。

「凛!」
「殺し合いの最中に余所見とは余裕だな」

 言峰の声に振り返ると、彼があたしよりも低い姿勢でこちらに踏み込んでいるのが見えた。
 咄嗟に両手で頭を守って後ろに飛び退こうとした時には、既に言峰の掌が胸に当てられていて、次の瞬間背中に抜けるような衝撃と共にあたしは後ろに吹き飛んでいた。

「げほ……ごほ、ごほ」

 咄嗟に呼気を吐き出して横隔膜を持ち上げた事で肺への衝撃は最小限で済んだものの、これはかなりキツイ。
 ビスチェが強化されていなかったら骨が折れてたかも。 ……いや、ビスチェが強化されてても踏ん張ってたら間違いなく胸骨が折れて、心臓に刺さってたんじゃないか? そう思うほどの衝撃だった。

「し、詩露。 大丈夫?」
「けほっ……平気。 そっちは?」
「腕が痺れてるけど骨には異常なし」

 先に吹き飛ばされた凛は既に立ち上がろうとしながら右腕をぶらぶらと振っている。
 あたしも何時までも寝転んではいられないので、体の状態を確認するようにゆっくりと起き上がる。

「不意打ちとはやってくれるじゃない、綺礼」
「ふん、実戦で気を緩める方が悪い。
 もっとも、今の一撃で致命傷を与えられなかったのは誤算だったがな」

 体の調子を確かめるように手を閉じたり開いたりしながら答える言峰。
 恐らく衰弱の度合いが、自身の予想よりも進んでいた為必殺とはならなかったのだろう。 実際、普段と比べて踏み込みに鋭さがなくあたしも凛もなんとか持ちこたえることができた。

「なるほど、こっちも遠慮はいらないみたいね」
「遠慮? 実力の差を把握しきれていないようだな。
 死にたくなければ殺すつもりで掛かって来い」

 言峰は特に気負うこともなくゆっくりとこちらに歩いて来る。
 その様子はこれから殺し合いをする者のそれとはとても思えず、只通りを歩いているかのようだ。
 それもそうか。 コイツは本当の殺し合いを何度も経験している。
 聖杯戦争だけじゃない、代行者として魔術師や人外のモノと何度も命のやり取りをして生き残ってきたんだ。 稽古で実力がわかってる上に、まだまだ半人前なあたし達程度に緊張するわけがない。

「行くわよ詩露。 わたし前衛、アンタ後衛!」
「ちょっと凛! あたしも一緒に……」
「ばか! アンタじゃ綺礼とまともに遣り合えないでしょうが! アンタはアンタのできることをしなさい!」

 凛はそれだけを言って言峰に向かって駆け出してしまった。
 悔しいけれど凛の言った通りだ。
 あたしは筋力が弱すぎて素手では強化しても言峰にダメージを与えられるか怪しい。
 だったら、

「投影(トレース)、開始(オン)」

 弓を投影して凛の援護ができるように横に向かって走り出す。
 射線上に凛がいては弓は使えない。 角度を考えて、且つ言峰を狙える処まで移動しなくては。
 その間にも凛は魔術刻印を起動してガンドで威嚇しながら言峰に向かって行くが、言峰は拳を強化して全てを弾き落としてしまう。
 凛のガンドはフィンの一撃とも言われる物理ダメージを伴った攻撃。 ダメージ、スピード共に並みの人間だったら避ける事も難しいんだろうけど、凛の狙いが甘いのと言峰が並みの術者じゃない所為で威嚇の効果を発揮し切れていない。

 あたしが援護の為に立ち止まって弓を引いた瞬間、言峰がこちらを一瞬振り返ったが、その間も凛のガンドは続いていたのですぐ凛に向き直ったところで、あたしも弓を射ろうとしたが何時まで経っても”当たる”イメージが湧かない。
 どれだけ慎重に狙いをつけても、言峰にはあたしの弓が通用するとは思えなかった。 が、ぐずぐずしていては凛が言峰と打撃戦を始めてしまう。
 仕方なくガンドを弾くタイミングと合わせて射ってみたものの、弾くどころか頭を僅かにずらすだけでかわされてしまった。

(くそ、こうなりゃ”数撃ちゃ当たる”だ!)

 とにかく弓での援護は凛が接近戦をするまでなのだから、数で圧倒するしかない。
 上手くいけばあたしの弓が当たらなくっても、凛のガンドが当たるかも知れない。 そう思って避けずらいように胴体、腰、足と致命傷は無理でも面積の大きい場所か、拳が届かない場所を狙ってみたが、言峰はその全てをかわしてしまった。
 あたしの射はそんなに連続で射ることができない。 その為、射る瞬間、ほんの一瞬こちらを確認するだけで言峰には避けられてしまった。
 その動きから、もしかしたら言峰にはあたしが射る瞬間の”殺気”みたいなものが、わかっているのかも知れない。
 結局凛と打撃戦を始めるまで十本近く矢を放ったにも関わらず、一本も当てることができなかった。

「ふむ、詩露が弓を使えるとは知らなかったが、凛に比べ狙いが正確な分避けやすいな」

 体捌きであたしの射線上に凛の体が来るようにしてから、こちらを窺うように呟く言峰。
 凛もそれがわかっているから何とか体を入れ替えたいのに、蹴りや突きでフットワークを完全に封じられている。
 やっぱり打撃戦では言峰のほうが一枚も二枚も上を行っている。

「驚いた? あの子にはまだまだアンタの知らない手があるわよ」
「心理戦のつもりか?」

 防戦を強いられている凛は、なんとか言峰の注意をあたしに向ける事で攻撃に転じようと隙を窺っているが、言峰はあたしの事を無視するような事はせず、決して警戒を怠らない。
 だけどあたしの投影だったら、言峰の不意を打つことができる。
 そう思って投影で刀を作れる距離ぎりぎりまで走り寄りながら、呪文を完成させる。

「投影(トレース)、開始(オン)
 工程完了(ロールアウト)。全投影(バレット)、待機(クリア)
 停止解凍(フリーズアウト)、全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!」

 凛の胸に掌底を打とうと踏み込んだところで、言峰の両脇に日本刀を投影して射出する。
 一瞬の不意を打つ事は確かに成功したものの、しゃがみ込んで刀をかわしつつ今度は足払いを仕掛ける言峰。
 凛が半歩下がって蹴り足をやり過ごそうとしたところで、伸び上がるように立ち上がって顎を狙って掌底を放つが、凛は体を捻って横にかわし回転を加えつつ肘を打ち込む。
 しかし言峰はその肘を左手で受け、凛の腕の下をなぞる様に自身の肘を放つ。
 あたしはその肘に刺さるように刀を投影して射出するが、言峰は凛に向けていた肘で刀の腹を打ち軌道を逸らしてしまう。

「信じられんな、今のは投影魔術か?」
「どう、驚いた?」

 距離を取った凛が息を整えながら自慢気に答える。
 でも驚いたのはあたしの方だ。
 最初の投影は完全に捉えたと思ったのに、避けられただけでなくそこから攻撃に転じるなんて、どんな反射神経してんだ、コイツ。

「なるほど詩露が援護かと思っていたが、実際には凛が壁となっているということか」

 そう、あたしの投影はアーチャーのように接近戦をしながらではとても使えない。 投影に時間が掛かるというのもあるけど、最大の違いは彼には心眼というスキルがあって、例え接近戦をしていても敵や周囲の状況を冷静に判断して投影した武器で攻撃することができる。
 でもそんなスキルを持っていないあたしには、接近戦の距離では相手の状況にまで気が回らない。
 そこで凛が前衛をしていてくれるお陰で、言峰の攻撃を受けることなく、尚且つ離れた距離から状況を判断しながら投影での攻撃が可能となる。
 あたしと凛じゃ言峰相手には半人前だけど、凛が防御、あたしが攻撃となることでなんとか釣り合う筈。

「通常の射撃武器と違って射撃位置が特定できない上に、距離も近い所為で避けるのが困難だな。
 なかなか厄介な能力だが、連射が利かないようならそれほどの脅威とは言えんぞ」
「なら、これでどうだ?」

 そう言ってあたしは一気に六本の刀を投影して、言峰の足元を狙って射出した。
 あたしは言峰が話している間に魔術回路に十二本の刀を準備しておいた。 これもアーチャーから教わった技の一つだけど、アーチャーはこれと同じ事を宝具でやっているというのだから驚きだ。

「はっ!」

 刀に纏わせた魔力を感知したのか、言峰は後ろを確認することなくいきなり上空に飛び上がった。

(かかった!)

 すかさずあたしは残りの六本を、宙に浮いた状態の言峰を囲むように配置して一気に射出したが、言峰は懐から抜き出した二本の黒鍵を使ってなぎ払うように三本の刀を叩き落し、そのままの勢いであたしに向けて黒鍵を投げつけ、残りの三本を強化した足で蹴落としてしまった。

 あたしは黒鍵を転がるように避けつつ、そのあまりにも常人離れした動きに一瞬セイバーとアーチャーの訓練を思い出していた。
 セイバーの動きはもっと一本一本に対して的確な対処をしていて、言峰のように三本ずつまとめて対処するような動きではなかったけど、それでもとても常人にできる動きには見えなかった。
 もしかしたら言峰は、状況次第ではサーヴァント相手であっても五分とはいかないまでも、撤退戦ぐらいだったらやってのけるのかも知れない。

「なるほど、連射というより一度に最低六本は使えるようだな。
 加えて正確な弓での攻撃もあるとなると、並みの魔術師なら勝負にもならないだろう」

 そう言って笑いながら懐から新たに三本の黒鍵を出しながら、嬉しそうにあたしを見据える言峰。

「ちょっと、わたしの事忘れてない?」
「障害としてはお前よりアイツの方がよっぽど性質が悪いのでな」

 挑発のつもりなのか、目を閉じ、馬鹿にするように笑いながら答える言峰。
 凛もむっとしたものの、深呼吸一つで気持ちを切り替えたようだ。

「そうね、でもわたしだってまだ観客になるつもりはない。
 詩露、刀!」

 凛が言峰を見据えたまま両手を開いてあたしに命じてきたので、あたしは脇差を二本凛の両手に投影した。
 元々格闘技の訓練を受けているあたし達にしてみれば、普通の長さの刀を一本扱うよりも短い脇差を両手に持った方が、拳の延長として使える分扱いやすい。
 勿論言峰相手に付け焼刃なこの方法で、攻撃を加えることは難しいだろうけれど凛の目的は前衛での防衛戦。
 なら黒鍵を持ち出した言峰相手には、拳を強化して戦うよりリーチの面から考えても有効な筈だ。

 それにしても、脇差二本を構えた凛を見ているとまるでアーチャーのようだ。
 ……案外アーチャーは凛から魔術だけじゃなくって、格闘訓練も受けていたのかも知れない。

「いくわよ綺礼。 ──神様へのお祈りは十分かしら」



[1095] 『剣製少女 第五話 5-5』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:27
(思ったほどでもない)

 それが私のランサーに対する評価だった。
 正対した時の獣のような圧迫感を考えれば、この程度の者とは思えなかったが彼は本調子ではないようだ。
 それがマスターの力量不足か、彼自身の事情かはわからないが、油断は禁物だ。 なにしろ彼はアイルランドの大英雄”クーフーリン”。 その魔槍は因果の逆転により”必ず心臓を破壊する”というもの。 私の”約束された勝利の剣”のような破壊力はないものの、こういった一騎打ちにはうってつけの宝具だ。
 対して私の”約束された勝利の剣”はこのような狭い場所では使えない。 戦いが終わった後に、瓦礫の中からマスターを掘り返さなくてはならない事にでもなったら目も当てられない。
 早くシロの元に向かいたいものの焦りは禁物。 彼に宝具を使わせる隙を与えず、且つ槍を存分に使えないよう多少強引にでも前に進みながら一手一手相手を追い詰めていく。

(私が行くまで無理をしないで下さいよ、シロ)

 私は小柄で無鉄砲で正義感溢れる少女を思いながら、再び聖剣をランサーに叩きつけた。


 『剣製少女 第五話 5-5』


 時間と共にあたし達は次第に言峰を追い詰めていた。
 元々格闘訓練で二人掛かりの戦い方は経験していたが、今はあたしの魔術を思う存分使える事で更に優位に戦いを進められていた。
 特に投影は攻撃だけでなく、防御にも効果を発揮することに気付いてからは、凛にも余裕が出てきた。

「どうしたの綺礼。 息が上がってるじゃない」
「ふ、無駄口を叩くのは止めを刺してからにするんだな」

 凛の脇差での突きを左足を軸に身を捻って交わしざま、後ろ回し蹴りを出す言峰。 あたしはその蹴りに投影した刀を並べて壁を作って威力を殺す。
 もっとも、言峰も強化された足でその壁を蹴り破ってしまうのだが、凛は刀を壁にして自分の攻撃の瞬間を隠したまま、破壊された刀の残骸を越えて脇差で言峰の足を刺しに行く。

 あたしの投影したモノは破壊されると瞬時に魔力に戻ってしまうので、こういった無茶もできる。
 もしこれが本物の刀だったら、破片が飛び散ってしまって凛にも怪我を負わせてしまうのだろうけど、破壊される傍から魔力に戻るのであればそういった危険を気にする必要もない。

 言峰は凛の脇差を膝の動きだけで跳ね上げ、そのまま狙いを凛の顎に変え逆足で蹴りにいく。
 凛は脇差を交差させて蹴りを受けるが、その蹴りを受けた脇差はガラスが割れたような音を立てて砕けてしまう。 あたしはすぐに新しい脇差を凛の手元に投影したが、これで投影した脇差はそろそろ二十本に届こうかというほどになる。
 神秘が全く篭っていないただの脇差じゃ、言峰の強化された蹴りには到底適わない。
 それは判っていたことだけど、いい加減きりがない。

 とは言え、このままでいけば間違いなく言峰を倒せる。
 言峰は心臓の機能が低下している所為で、かなり持久力が落ちている。 消極策かも知れないけど持久戦にすれば、必ずあたし達が勝てる。
 ……持久戦に持っていければだけど。

「どうした詩露。 辛そうだな」

 挑発のつもりか、言峰は凛の脇差での突きを素手で掴んでこちらに笑いかける。

「くっ……」
(詩露、大丈夫なの!?)
(へ、平気。 凛は気にしないで……)

 言峰の声に凛は振り返ることなく、念話で気遣ってくれるけど強がっておいた。
 正直魔力不足で息が上がってきたし、頭痛が酷かったけどここは正念場。 泣き言なんて言ってられない。

(馬鹿、強がってんじゃないわよ。 辛いんだったら無理せずに、わたしから魔力を持って行きなさい)

 距離が近すぎる所為で有効打が出せない凛が、魔力を持って行けと言ってくれるがそれはできなかった。
 彼女のサーヴァントであるアーチャーは今ギルガメッシュと戦っている真っ最中。 固有結界を維持するのにどれだけの魔力が必要なのかわからないが、彼が生前戦った時は展開するだけで凛の魔力の大半を持っていったそうだ。
 ギルガメッシュとの戦いが長引いた時のことを考えると、凛から魔力を持っていくことは得策ではない。

 本来だったらあたしの魔術回路は固有結界に特化している上、投影はその固有結界から漏れ出た魔術。 その上アーチャーの聖杯戦争当時と比較しても魔力量は多いのだから、この程度の投影で魔力が足りなくなることなんてない筈なんだけど、武器を飛ばす魔力放出は全くあたしの属性とは関係ない。 これだけ連発していれば、魔力も足りなくなるというものだ。
 でも

(本当に大丈夫。 それより言峰も息が整ってきてる。 畳み掛けるよ)
(ええ、でも無茶すんじゃないわよ)
(了解)

 あたしは返事と共に矢を三本投影して、言峰の足元から上に向けて射出した。
 しかし言峰は靴の裏で三本共払うようにしてあっさりかわしてしまった。

 駄目だ。 やっぱり言峰にはこの程度じゃ威嚇にもならない。
 刀でさえ有効打になっていないのに、矢での攻撃じゃ話にならない。
 いくら重量がない分魔力放出の負担が少ないとは言え、これじゃ魔力の無駄遣いだ。 やっぱり多少無茶でも刀での攻撃じゃないと意味がない。

(シロ、魔力が足りないなら私から持っていきなさい)

 あたしがそう決意したところで、イリヤが念話で呼びかけてきた。
 どうもあたしのラインを通して状況を確認していたようだ。

(イリヤ? ……ありがとう。 でも大丈夫なの?)
(私にはサーヴァントがいないし、魔術を使うわけでもないんだから気にしないで持っていきなさい)

 確かにイリヤの魔力は人間と比べたら桁違いだし、バーサーカーを従えていない今なら何のリスクもない。
 それにセイバーとランサーの戦いに魔術で介入することもできないのなら、あたしが魔力をもらったとしても問題ないのかも知れない。

(わかった。 ならちょっと貸してね)
(ふふ、その代わり全部終わったら一緒にお風呂入ろうね♪)

 等価交換のつもりか、交換条件を出してきたイリヤ。
 うぅ、また悪戯されそうで嫌なんだけど、

(……ほ、他の条件じゃ駄目?)
(ダ~メ♪ 楽しみにしてるから)

 ま、背に腹は変えられない。 お風呂を一緒に入るだけで魔力を分けてもらえるなんて、普通の感覚で言ったら破格の条件なんだから、ここはイリヤの好意に甘えておこう。

(わかった。 その代わり遠慮なくもらっていくよ?)
(大丈夫。 シロの魔力貯蔵量なら何人分持っていっても問題ないわ)

 それはそれでなんか情けなくなってくるけど、確かにイリヤとあたしの魔力貯蔵量じゃ比べるべくもない。
 だったらお言葉に甘えて!

「ふぅー……」

 イリヤとのラインを通して魔力があたしの体を満たしていく。 魔力が満ちると共にさっきまでの頭痛や倦怠感、息切れは嘘のように消え、代わりに体中に活力が満ちていく。

「さて、綺礼。 詩露の魔力も心配なくなったみたいだし、絶体絶命ね。
 大人しく降伏したほうがいいんじゃない?」

 ラインを通してか、あたしの魔力を感知したのか、凛はあたしの状態に気付いて言峰に揺さぶりをかけている。
 確かに魔力の心配がなくなれば勝負は決まったようなものだ。
 これで持久戦に持っていくのになんの心配もないし、持久戦になれば今の言峰に勝ち目はない。

「無駄口を叩くのなら止めを刺してからにしろ。 そう言った筈だろう」

 パンッ! という乾いた音が三回続いて洞窟の中に鳴り響く。
 凛は膝から崩れ折れ、そのまま力なくうつ伏せに倒れた。

「え?」

 倒れた凛の体から赤い液体……が溢れ…………言峰の手に……アタシヲ…………リン……が……。

「魔術師だからといって、銃を使うとは思わなかったか?
 貴様の養父につけられた傷、今度はそっくりそのまま娘のお前に刻んでやろう」
「言峰! テェメーッ!!」

 俺は投影した刀を言峰が持つ銃口目掛けて射出する。
 言峰はそれに反応し切れなかったのか、銃が言峰の手から弾かれるように後ろへと飛んでいく。
 しかし、それを気にした風もなく俺に向かって突っ込んできた。

「よくも凛を!」
「馬鹿が!」

 俺の突きに左手を添えて体ごと左に体を捌いて膝を繰り出してくる言峰。
 その言峰に自分の背中から三本、脇の下から言峰の膝に向けて一本、言峰の背中から二本を投影して射出する。
 言峰は俺の手を握って前方に引きながらしゃがみ込んで刀をやり過ごそうとするが、それはもう予測済み。 既に凛との戦闘で見ている。
 俺は言峰の力に逆らわず前方に体を投げ出して、膝に向けて射出した刀を掴んで起き上がりざま切り上げる。
 しかし、言峰はその刀を自身の体を腕一本で支えて体を浮かせながら蹴り砕く。

 まずい、一対一じゃ言峰を攻めきれない。
 俺の魔術回路は二十七。 投影と魔力放出を同時にやろうとすると、それぞれを魔術回路一本に割り当てても十三本の投影が限界だ。
 しかも投影にかかる時間も考えると、十三本全てを同時に使ってしまうとその時点で言峰の反撃には耐えられない。
 そして最悪な事に、魔力放出での攻撃だけでは言峰を捉えきれないということだ。

(イリヤ! 凛がやられた! こっちに来れないか!?)
(わかってる! でもこっちも戦いが激しくなってて、とても動けないのよ!)

 兎に角凛の怪我だけでもなんとかしないと、と思ってイリヤに念話で助けを頼んだけど、向こうは向こうはで大変なようだ。
 これでは当然セイバーを令呪で呼ぶこともできない。
 凛には魔術刻印がある。 そうそう死ぬようなことはないと信じたいけれど、銃創の場合どうなるかわからない。
 なんとか言峰を倒して、早くイリヤに凛を診てもらわないと、

「どうした、手詰まりか?」

 くそ、凛と戦ってた時と違って、言峰はかなり余裕が出てきている。
 投影だけだったら負ける心配がないって事かよ。

「早くしないと凛が死んでしまうぞ」

 焦るな。 コイツはこうやって俺を追い詰めて楽しんでいるだけだ。
 まだ凛は間に合う。 助けられる。

「諦めろ。 お前では凛は助けられん。 せめて男のままだったのなら結果は違っていたかも知れんがな」

 手はある。 俺の魔術特性を考えればできる筈。
 問題は俺と奴の体格差だ。
 身長にして四十センチ以上。 腕の長さ(リーチ)だけを考えても三十センチは差がある筈。
 折角思いついた手も、これを克服しないと話しにならない。

「さて、諦めはついたか? これが最後の訓練だ。 師の技で逝けることをせめてもの慰めと思え」
「逝くのはテメーだ!」

 何が慰めだ! コイツだけは絶対俺の手で決着をつけてやる!
 とにかく頭だ。 頭を守って言峰に向かって突進して行く。

「ふ、最後の手が只の特攻とはな。 貴様に教えてきた時間は無駄だったようだな」

 腰を落として迎え撃つ言峰。 左手は拳を握っているが、右手は貫き手の構えを取っている。
 狙っているのは恐らく目、喉、心臓、鳩尾のどれか。 そして強化した貫き手なら、何処に当たろうが俺の体なんて紙を裂くように打ち抜けるだろう。

「うおぉぉ──!!」
「ふっ!」

 言峰の貫き手が俺の心臓を打ち抜こうと迫る。

「投影(トレース)、開始(オン)」

 しかし奴の貫き手は俺まで届かない。

「くっ!」

 言峰の指先には俺が唯一投影できる礼装、アゾット剣が強化されて投影されている。
 アゾット剣自体は特に力の強い礼装でもなんでもなく、只の剣の形をした魔杖だ。
 但し、アゾット剣は所持者の魔力を増幅し、魔術行使を補助・強化する特性からこれまでの日本刀のように一撃では簡単に砕けないで済むだけの強化をできるというわけだ。

 そして驚愕している言峰の腕を回り込むようにして体全体で言峰に抱きつく。
 言峰は元々一撃は耐えてカウンターを入れようと思っていたのか、俺はすんなりと懐に潜り込めた。

「何の真似だ? この状態で剣を撃ってきたとしても無駄なことぐらいわからんか?」
「あぁ、撃ったとしても無駄だろうな。 でもこうしたらどうだ!」

──投影(トレース)、開始(オン)



[1095] 『剣製少女 第五話 5-6』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:27
 なるほど、これが詩露の目的だったか。
 てっきりクリンチのつもりでこちらの攻撃を封じに来たかと思っていたのだが、まさか攻撃の瞬間を自身の体で隠していたとは。
 確かにこれならば、いかな私と言えども避けようはないか。
 よもや、こんな小娘にまで遅れを取るとは……。


 『剣製少女 第五話 5-6』


 俺の体からは無数の刀が突き出している。 自身の内にある世界から直接皮膚を突き破って言峰の体を貫いて。

「くっ……仮定完了(オールカット)。是、即無也(クリア・ゼロ)」

 そのままでは、投影した刀で全身を食い破られそうな痛みに耐えて、投影を破棄する。

「はぁ、はぁ」

 体の痛みに耐え切れず思わず蹲ってしまった。
 四肢で無傷な場所はなく、胴体も含めてありとあらゆる場所から出血していた。 幸いなことに内臓に傷はついていないのか、吐血するようなこともないし、聖剣の鞘の効果か徐々に傷口は塞がっていっている。

 それにしても、やばかった。 あのまま暴走していれば、間違いなく全身を内側から破壊されていた。
 いくら射出していたら避けられるからといって、ゼロ距離での投影は殆ど賭けだった。
 言峰に近寄れなければ意味がないし、本当にできるかも自信はなかった。
 それでも俺の固有結界を考えれば可能だと思ったし、やるしかなかった。

 顔を上げると目の前には既に息を引き取った言峰が横たわっていた。
 しかし、その死体に何か思うよりも先にもう一つ目に入ったものがあった。

「凛……」

 あたしはよろよろと起き上がり、足を引き摺りながら凛の傍に近寄って行った。
 うつ伏せに倒れている凛の肩に手を掛けて仰向けに転がすと、額から一筋血が垂れてはいるものの銃創はなく、心臓の位置の服は何かが弾けた様に裂けてはいるものの傷はなかった。
 唯一左の腕に貫通したような傷が開いてはいたものの、出血自体は止まっていて魔術刻印による治療が始まっていることを示す淡い光が、服を通して煌いていた。

「うっ……」
「凛、気が付いた?」

 体を動かされたせいか、凛は小さく呻いて意識を取り戻した。

「詩露……?」
「うん。 ……勝ったよ」

 膝枕をして上げながら凛に笑いかける。
 凛は一瞬驚いたように目を見開いたけど、そのままあたしに

「そう、やったわね」

 と言って微笑み返してきた。


─Side Iriya─
 全く、あの子は無茶をする。
 共感知覚でシロがコトミネに勝った瞬間どういう手を使ったのかもわかったけど、それは一歩間違えば返り討ちになるような手段だった。
 しかも、女の子だって言うのに全身傷だらけになって、全くしょうがない妹だ。

 でも生きていてくれた。
 ちゃんと生き残ってくれた。
 切嗣とは違い、私との約束を守って勝手にいなくなったりしなかったのだ。 多少の事は多めに見てあげよう。
 心配でどうにかなってしまいそうだったけど、今はちゃんと褒めてあげよう。 ……その後あんな危ない真似を二度としないように、きっちり躾ける必要があるけど。

 さて、こっちの争いもそろそろお開きにしてもらおう。 私は早くシロの元に行かなきゃいけないのだから。
 特に、セイバーを連れて行って、早く傷を治してあげないと、痕でも残ったら大変だ。

「ちょっと、コトミネは死んだわ。 もう戦いは御終いにして!」
「やかましい! 黙ってろガキ!」

 ランサーはセイバーとの戦いを止めるつもりがないのか、私に大変失礼なことを言ってのけた。
 と言うか、この私に対してそんな口の聞き方をして、只で済むと思っているんだろうか、この全身青タイツは。

「ねぇランサー。 今ならさっきの暴言も許してあげるから……」
「黙ってろって言ってんだろ!」

 そう、こっちが下手に出てあげているって言うのに、そういう態度を取るんだ。
 私は一刻も早くシロの元に行きたいっていうのに、それを邪魔するだけじゃなくってこの私にそんな態度を取るなんて本当に馬鹿なランサー。

「後悔させてあげる!
“――告げる!
 汝の身は我の下に、我が命運は汝の槍に! 聖杯のよ
るべに従い、この意、この理に従うのなら――
――我に従え! ならばこの命運、汝が槍に預けよ
う……!”」
「な、にぃー!」

 ランサーはセイバーの不可視の剣を槍で受けながら、私の方を振り返って驚愕している。
 それはそうだろう。 ランサーもレイラインを通してコトミネが死んだことはわかっていても、まさか敵として戦っている陣営の人間にいきなり再契約を迫られるとは思ってもいなかっただろう。

「……って、おい。 どういうつもりだ?」

 なんというか、戦いの緊張感をなくしたランサーが死んだ魚のような目で私の事を見ている。

「別に。 どうせそのままじゃ遠からず現界できなくなるんだし、私と契約したほうがお得でしょ?」

 自慢じゃないが私のマスターとしての資質は、全聖杯戦争を通しても最高だという自負がある。
 ランサーの目的が何かは知らないが、現界し続ける必要があるのなら私以上の適任者はいない筈である。

「ちっ、そりゃそうだがな。 確かにマスターが死んだ今なら令呪の縛りもなく思う存分できるが……」

 セイバーの剣を押し返し、槍を左手に持って空いた手をセイバーに翳すランサー。
 あれは多分、セイバーに対してちょっと待ってろという意味なんだろう。
 ……まぁ、それで律儀に待ってるセイバーも何だけど。

「一つ確認させろ。 お前と再契約したとして、セイバーとの戦いはどうなる?」
「ちょっと複雑な事情があるから一時棚上げってことになるけど、”座”に戻る前に思う存分やらせてあげる」

 まぁ、いざとなったら令呪を使って戦えないようにしてもいいんだけど、今は兎に角シロの元にセイバーを連れて行かないと。
 その為には、この暴れん坊を黙らせないとセイバーの邪魔をして何時まで経っても、シロの元へ行けなくなっちゃう。
 鞘のお陰で傷は治りつつあるみたいだけど、嫁入り前のシロの体に痕が残ったりしたら大変だ。 お嫁になんて絶対出さないけれど。

「わぁーった。 絶対だぞ?」
「ええ、アインツベルンの名前に掛けて約束は守るわ」

 こっちを指差して確認してくるランサーに笑顔で応える。

「いいだろう、ランサーの名に懸け誓いを受ける……!
 お前を我が主として認めよう――!」

 そう言って槍を横に凪ぐランサー。 これでわたしとランサーの契約が成立した。

「なら早速だけど、シロの処に急ぎましょう。 セイバーも付いてきて」
「へいへい」
「わかりました」
─Side Iriya End─


 凛に肩を貸しながら丘を降りていく。
 あたしは文字通り満身創痍だし、凛は腕の怪我が酷いしでどっちがどっちを支えているんだかわからない状態だけど、早くセイバー達と合流しないと。

「ちょっと詩露、大丈夫?」
「今の凛にだけは言われたくない。
 っていうか、なんで凛は無事だったの?」

 怪我の所為だけじゃなくって、足元が悪い為にお互いふらふらとしている。 そんな中で、一番気になっていた銃で撃たれて無事だった理由を聞いてみた。

「あたし、てっきり打たれたと思ってたんだけど」
「あぁ、撃たれた瞬間防壁を敷いたから。
 とは言っても、完全に防ぎきれなかった所為で気絶しちゃったし、効果が一瞬だったから腕は普通に撃たれちゃったけどね」

 怪我した腕を持ち上げて見せながら、苦笑いで疑問に答える凛。
 そっか、あの一瞬で防御してたなんて流石だな。

「でも、言峰はその事に気付いてなかったのかな?」

 あの言峰が気付いてなかったとは思いずらかったけど、止めを刺さなかったことを考えるとその可能性も否定できなかった。

「いいえ、正面から見ていた綺礼はちゃんと気付いてた筈よ。
 わたしの予想だけど、アーチャーが言ってた聖杯戦争で慎二を聖杯にしたって言ってたから、わたしのことも聖杯にしようとでも思ってたんじゃないかしら」

 なるほど、あの言峰が付き合いが長いと言うだけで凛を見逃したとは思えなかったけど、それなら止めを刺さなかった事も頷ける。
 まぁ、今となっては言峰の真意はわからないけれど、多分あたしの事は殺す事で、凛の事は生かす事で楽しもうと思っていたのかも知れない。 もしそうだとしたら、つくずく救えない奴だったわけだ。

「あ、アーチャーは!? ギルガメッシュとの決着は……」

 セイバーのほうはラインを通して勝負が終わったことは確認していたけど、アーチャーのことは完全に忘れていた。

「大丈夫、勝って今はこっちに向かってきてる。
 といっても、随分時間が掛かったわね」

 なんか、釈然としない表情の凛。 もしかしたら、今ラインを通してアーチャーに問い詰めているのかも知れない。

 そうこうしているうちに、丘を降りきったあたし達はセイバー達と合流するべく元来た道へと向かっていったが、通路の入り口に辿りつく前に向こうからやって来た。
 しかし、セイバーとイリヤの傍らには、どうした訳かランサーまで一緒にいた。

「お疲れ様、シロ!」

 イリヤが満面の笑顔で走り寄って抱きついてきた。
 幸い怪我に当たる事はなかったけど、その勢いは思わず凛共々よろけるほどだった。

「頑張ったわね、偉い偉い♪」

 かなりハイテンションであたしの頭を撫でてくるイリヤ。
 本当に嬉しそうだ。

「イリヤも魔力ありがとう。 お陰で助かったよ」

 そう言って抱きついているイリヤを抱き返す。
 最後に一度ギュッと抱きついてから離れ、満面の笑顔で微笑み返すイリヤ。

「無事でよかったシロ」

 追いついてきたセイバーも笑顔だ。 とは言え、あたしの怪我を見ると一瞬顔をしかめ、はぁ、と溜息をついてあたしの胸に手を翳しながら、

「全く、また無茶をしたようですね」

 と、嗜めるように言ってから鞘に魔力を流し始めた。 その様子は夢で見たライオンの子供を叱ってる時のようだ。

「ごめん。 それとありがとう」
「マスターを助けるのがサーヴァントの役目ですから」

 そう言って微笑むセイバーには、義務以上の感情を感じられたんだけど、ここは言わぬが華なんだろうな。
 そして気になっている存在が一人。 何で此処にランサーが一緒に……。

「え?」

 ランサーの事を確かめようとすると、鞘に魔力を流しているセイバーの背後に白い仮面を付けた男が──。

「セイバー!!」

 咄嗟にセイバーを押しのけて顔を守りながら投影しようとした瞬間、男の手があたしの胸に翳されて、

「──妄想心音」

 パキッ というガラスが砕けるような音を聞きながら、あたしは意識を失った。



[1095] 『剣製少女 Epilogue』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:28
 『剣製少女 Epilogue』


 気が付くと遠坂邸の自室に寝かされていた。
 今の時間は……そう思って、寝惚け眼で枕もとの時計を確認してみると、昼の十時だということがわかった。

「気が付きましたか、シロ」

 不意に掛けられた声に驚いてベット脇を見てみると、セイバーが椅子に座ってこちらを見つめていた。

「お早う、セイバー」

 笑顔でそう挨拶をしたが、セイバーは苦痛の表情で目を逸らしてしまう。

「どうしたの?」
「すみません、貴方を守る筈の私が不意を打たれたなどと言い訳にもなりません。
 どのような罰も受ける覚悟は……」
「ちょ、ちょっと待った!」

 なんか、話の方向がおかしなことになっている。
 あたしがアサシンの宝具か魔術で倒れたのは、自業自得の筈。
 しかも、アサシンには”気配遮断”のスキルがある上に、あの大聖杯のあった場所は濃密なマナによって普通のサーヴァントの気配すらわからなかった。
 そして極めつけにセイバーはあたしの怪我の治療の為に、あたしの体内の鞘に集中していたんだ。 これでセイバーが悪いというのはちょっと無茶だと思う。

「いえ、そのような事は言い訳にもなりません。
 幸い鞘のお陰で最悪の事態は避けられたとは言え、私の非は否めません」

 あぁ何というか真面目なセイバーらしい考え方だけど、そのセイバーのお陰で命が助かったのだから、差し引きゼロでいいような気もするんだけど、それじゃ納得しないんだろうな。
 仕方ない、此処はお咎めなしにしないで敢えて罰を与えることで、セイバーにも納得してもらおう。

「わかった。 なら、あたしが倒れた後の事を教えて。 それを罰にしよう」
「シロ。 お気持ちはありがたいのですが、それは罰になっていません」

 う、やっぱりダメだったか。 まぁ、方便みたいなものだから、納得しないかな? とは思ってたけど。

「じゃあ、取りあえずあの後のことを聞いて、それから罰を決める。 それでいいでしょ?」
「わかりました。 しかし、そういう事でしたら話は後にしましょう。 皆も心配していました。 話は昼食の後に皆とすることにして、まずはお風呂に入ってはどうでしょう? シロは気付いてないかもしれませんが、あれから丸々二日寝ていたのですよ」
「ふ、二日!?」

 気付かなかった。 特に床擦れとかもなかったし、少し体がだるかっただけだったから、てっきりあの日の翌日なのかと思ってた。
 ってことは、今は土曜の昼なのか。

「そっか、そんなに寝てたんだ、あたし。 ん、ならお風呂入っちゃおうかな」

 そういってベットから起き上がろうとしたら、腕が軽く震えていた。
 なるほど、確かに体は弱っているようだ。 これは髪洗うのがちょっと億劫かな? と思っていたら、おずおずという感じでセイバーが、

「それでですね、まだ体調が万全ではないでしょうから私が一緒に入ったほうがよろしいかと」

 セイバーは負い目があるからか、初日のように強気に行かず、でもはっきりと言ってきた。
 でもそんなこと言われたってなぁ。

「え……っと、全然よろしくありません」


 結局、体力が回復していないと言う事でセイバーに髪を洗ってもらって、お仕着せに着替えてからキッチンに行くと、アーチャーが朝食の支度を終えていた。

「起きたか。 体の調子はどうだ?」
「うん、体力がガタ落ちになってる以外は調子いいよ」

 調理の手を休めず聞いてくるアーチャーに、力こぶを作るポーズで答える。
 まぁ、あたしに力こぶはないんだけど、気分の問題ってことで。

「そうか、なら無理はせずに座って待っていろ」
「え、でも……」

 それは悪いんじゃないか? と思ったけど、アーチャーは追い払うように手を振って調理に戻ってしまった。
 まぁ、調理っていってももう殆ど終わっていて、後は盛り付けをしていくだけみたいだからいいか。

 何もやらせてもらえそうもないので居間に行くと、みんなから熱烈な歓迎を受けてしまった。
 特に桜ちゃんは半べそをかきながら抱きついてきて、「よかった、よかった」と頭を何度も撫でられてしまった。
 なんだか照れ臭くもあり、嬉しくもあって居間の雰囲気はちょっとしたパーティーのようだった。

 朝食のメニューはバナナジュースとシチューとパン、メインはチーズオムレツで胃の弱っているあたしにも無理なく食べられるものだった。
 ちなみに、オムレツは中が半熟とろとろでチーズも余熱で柔らかくなっていてかなりの絶品だった。

 食後のお茶をしながら早速本題となった。
 正直食事の時も好奇心が刺激されて我慢するのが大変だったんだけど、折角の料理が冷めても勿体無いので一心不乱に食べていたのだ。

「桜には既に話してあるから、アンタが気を失った後の事からでいい?」

 そう言って凛が一同を見回すと全員が頷いていた。

 しかし、期待していたあたしとは裏腹に、話の内容自体は至ってシンプルなものだった。
 結局あたしはアサシンの宝具によって心臓を破壊されたが、聖剣の鞘によって一命を取り留めた。
 アサシンはランサーの宝具によって倒され、臓硯は遅れてやってきたアーチャーの剣群によって殺され、大聖杯はイリヤとラインを繋いだセイバーの宝具によって破壊されたということだった。

 勿論詳しい説明は受けたのだが、なんだかあたしには自分が参加したという現実感のようなものが感じられなかった。
 まぁ、その時のあたしは意識を失っていたのだから、現実感もなにもないんだろうけど、折角見た映画でクライマックスだけ見逃して、人から聞いたような空虚感を感じていることは確かだった。

「そっか、じゃあ聖杯戦争は本当に終わったんだ」
「そうね、事後処理はまだ色々あるけれど、冬木の聖杯戦争はこれで本当に終わったわ」

 安心と後悔が綯い交ぜになったような複雑な表情の凛。
 たぶん管理者としては安心できたけど、魔術師としては”根源”に至る手段を自らの手で潰したことに、ジレンマのようなものを感じているんだろう。

 そしてちょっと聞くのが怖いけど、もう一つはっきりさせておかないといけないことがある。

「あの、さ……聞きたいことがあるんだけど」

 あたしの聞き方で察したのか、凛とイリヤが目を合わせる。

「言峰が言ってた事だけど、あたしが性転換した理由っていうのは見当ついてるの?」
「それね……」

 なんかさっきまでの話よりも重苦しい雰囲気になった。
 やっぱり二人には見当がついていて、尚且つそれは元に戻れる可能性がない、もしくは低いってことなんだ。

「二人とも大丈夫、覚悟はできてるから話して」
「はぁ、わかった。 いいわね、イリヤ」
「シロがいいって言ってるんだから、私は別に……」

 二人ともあたしに気を使ってくれてることが、痛いほどわかる。
 それだけで十分だ。 後はあたしの気持ちの問題。 もし戻れないとしても、諦めなければなんとかなるかも知れない。

「わかった。 でも勘違いしないでね。 これはあくまでわたしとイリヤの推測ってだけで、これから調べていかないと、本当の事はわからないから」

 そう前振りをしてから凛は話し始めた。
 まず大前提として聖杯の泥は対象の心身を破壊するものだ。 切嗣もその泥の所為で僅か五年で命を落としている。
 その泥をあたしにかけたからといって、体を破壊せずに別物に作り変えられることはありえない。
 言峰が死なずに泥が心臓の代わりを果たしというのは、彼がギルガメッシュという三分の二神と言う特殊なサーヴァントと契約していたからではないかと凛は考えた。
 だから、ギルガメッシュと契約していないあたしに泥を使った場合、切嗣と同じく心身を破壊され死に至る筈だった。
 ところが此処で一つの要素が加わった。
 ”聖剣の鞘”だ。

 聖剣の鞘は持つ者に不老不死を与える。
 それはセイバーを見ればわかるように、彼女は聖剣の鞘の為、聖剣を抜いた当時の姿のまま王として十年近くの歳月を過ごしている。

 そして、泥によってあたしは死に、根源に向かって徐々に魂を拡散させながら消えていくはずだったものが、聖剣の鞘によって復元されてしまったのだ。 女として。

 ここからは確証がなく、完全に憶測でしかないと前置きをしながら凛は話を続けた。

 恐らく一度死んだあたしは、魂が拡散してしまいその時性別を決定付ける要素を失った。
 しかし、魔術回路が起動した状態で魂が根源に向かったため、聖剣の鞘が本来の力を発揮してあたしの体を復元しようとしたが、魂に欠落があり、その欠落した情報を本来の持ち主であるセイバーのもので補ったのだろうと。
 その為、肉体の復元をしようとした時、魂の状態と齟齬が発生した。
 そこで鞘は魂の情報を元に肉体を復元したため、泥に汚染された部分だけでなく男としての要素全てを作り変えてしまったのだろうと。

 そんな事が可能かといえば、

「恐らく可能だろ」

 と答えたのは凛ではなくアーチャーだった。
 なにしろ彼は男の体のとき、身を持って擬似的な不死性を聖杯戦争の時に体験している。
 ということは、鞘は男女の区別なく肉体の再生が可能だし、極端な話鞘が本来の力を発揮するのなら、肉片一つからでも全身を復元することが可能なのだろう。

「ってことは、初めて凛に言われた可能性が現実のものになっちゃったってことだね」
「まだ確証はないって言ったでしょ」

 何となくだけど納得できたあたしは紅茶を一気に飲み干し、ほっと一息ついていると凛が念を押してきた。
 とは言え、凛だけじゃなくイリヤも納得している理由なんだったら多分そう間違った考えじゃないんだろう。

「判った。 じゃあ、あたしちょっと出かけてくるから」
「は?」

 あたしの唐突な話にキョトンとする一同。 ちょっと面白いかも。
 あのアーチャーですら目を見開いている。

「ちょっと何処へ行くつもり?」

 なんか真剣な表情に変わって問い詰めてくる凛。

「え……大聖杯のあった場所だけど」
「シロ、もしかして世を儚んで……なんて言い出さないよね?」

 何故かイリヤが泣きそうになりながらあたしに抱きついてくる。

「ちょ、ちょっと、何勘違いしてるか知らないけど、単に大聖杯見に行きたいだけだから」

 そう、さっきの話で聖杯戦争が終わったって実感が湧かないあたしは、実際に破壊された大聖杯を見ることで、少しは実感が湧くかと考えたのだ。

「シロ、私もご一緒してよろしいですか?」
「あ、セイバーも一緒に行く? じゃ、帰りに夕飯の買い物もして行こうか」

 あたしが立ち上がると、イリヤは自然と手を離したのでそのまま着替えるためにセイバーと一緒に部屋へと向かった。



[1095] 『剣製少女 Epilogue Ⅱ』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:28
 『剣製少女 Epilogue Ⅱ』


「じゃあ、ちょっと行って来るね」

 そういって詩露はハーフパンツとロングT、ボタンをかけないシャツに着替えて、セイバーを伴って大聖杯へと向かって行った。

「あれで良かったのかな?」

 詩露が出かけると、早速イリヤが疑問を口にした。

「しょうがないでしょ。 まさか”アンリマユの所為で女になったから、もう男には戻れません”なんていう訳にいかないじゃない」

 そう、実はさっき詩露に話した事は嘘だ。 理由は簡単。 男に戻ることが絶対無理だから。
 しかもそれだけではなく、もしこの推測が正しければ詩露は一生成長しない不老不死の体で永遠に生きるか、セイバーに鞘を返して一年と経たずに死んでしまうかの二択を選ばなくてはならない。
 あの子なら躊躇することなく後者を選ぶだろうというのが、わたし達共通の考えだったのでみんなして秘密にしておこうということになったのだ。

「それにしても、シロは何の疑問も持たずにすんなり信じたわね」
「まぁ、師匠としての信頼って奴?」

 何ておどけてみせたけど、あながち間違ってはいないだろう。
 詩露はわたしの事を信頼してくれているから、悪い言い方だけど騙される事なんてないと思っている。 実際、騙しているとは言っても一生騙し続けるつもりはない。
 あの子の方に本当の推測を受け入れるだけの時間を作って、折を見て検査の結果別の可能性が出てきたとか言って、話すつもりでいるのだ。
 その為にも、これからの教育で性格的にも色々手を出していくつもりだし、アーチャーの意見も取り入れながらの計画はもう出来ている。

「それにしても、詩露ちゃん本当に戻れないんでしょうか?」

 そう言う桜は悲しそうだ。
 この子はこの子で自分が受けた虐待(魔術的処置)の所為か、他人の痛みにもかなり敏感だ。
 特に詩露は気に入っているというか、懐いているからか、何とかできるものなら何とかしたいという気持ちが強いのかもしれない。

(とは言ってもね……)

 わたしとイリヤが考えた仮説というのはこうだ。

 泥を受けた士郎は実際その願いを叶えられたのだ。 他でもないアンリマユに依って。
 アンリマユの二つ名は”この世すべての悪”。 そして衛宮士郎の願いは”正義の味方”だ。
 これほど彼らにとって、自身を確立するのに都合のいい存在はない。

 ”この世すべての悪”にとって、絶対的正義があるほど自身の悪性を明確にでき、”正義の味方”にとっては完全なる悪が存在することで自身の善性を証明できる。
 そこで、大聖杯の中にいたアンリマユは士郎を正義の味方にしようとしたのだ。

 もっとも、ただ人を呪うだけの存在にそんな力はない。
 どれだけ強大な呪いの力があろうとも、それでできることは他者の破壊のみ。 そこで彼は一番簡単な方法をとったのだ。
 ”自身を生み出そうとしているシステムを使って、自身と対となる存在を作る”。

 つまり、大聖杯を使って士郎を作り変えようとしたわけだけど、当然そんなことできる訳がない。
 彼がやろうとしたことは、存在の反転コピーのようなものだ。
 確かにアンリマユには対象の属性を反転させる力があるらしく、事実、アーチャーの座の記憶によれば、セイバーは泥の所為で士郎の敵になったこともあるらしい。 ……はっきりと覚えてはいないそうだけど。
 魂は”永劫不滅”、”書き換え不可能”とイリヤが言っていたことを考えれば、常識外れな力を持っていたのは事実だろう。
 しかし、それはあくまでもサーヴァントのような魂だけの存在の場合に限る。 肉体そのものを作り変えることはできないし、大聖杯のシステムにもそんな力はない。
 そこでアンリマユは士郎の肉体ではなく、魂だけに手を加えたのだ。 自身の存在を反転したものとして。
 どうせこれが成功すれば魂が物質化することで、肉体は不要になる。 そんな考えもあったのかも知れないが、結局、彼がやろうとしたことは失敗に終わった。

 魔力不足だ。
 なにしろ大聖杯は英霊七体の魂を使って、やっと根源に穴を開けられる程度。 人一人の魂を完全に作り変え、尚且つ魂を物質化させるには全く魔力が足りていない。
 これでもし、根源への穴が開いていれば無限の魔力を得られてまだ可能だったのかもしれないが、実際にはそれだけの魔力は得られず、士郎の魂は中途半端に改竄されるだけに終わった。

 そして、これを証明できる状況証拠が一つある。 詩露の肉体だ。
 彼女の肉体は平均的な同年代の少女と比較してもかなり脆弱だ。
 成長が遅いのは鞘の影響かもしれないが、あれだけ頑張って筋トレをしていても全く効果がないのは、魂の改竄によって普通の魂よりも世界の影響を受けづらくなっているからだと考えられる。

 元々肉体というのは、単独でこの世界に存在できない魂にとって、鎧のようなものだ。
 ところが、完全ではないものの魂が改竄され、世界の影響を受けづらくなった詩露には、そこまで強靭な肉体は必要ない。
 つまり、聖剣の鞘が改竄された魂を元に詩露の肉体を復元した所為で、本来だったら泥に汚染された部分を正常な状態に戻すだけで良かったものが、魂が強固になった分肉体を脆弱なものにしてしまったのだ。
 しかも、アンリマユの生前が女だったら性転換も起こらなかったのだろうが、生憎アンリマユの元となった人物が男だった為、魂の改竄の際に性別も反転されてしまい、肉体も女として復元されたしまったのだ。

 聖剣の鞘が本来の力を発揮して、詩露の肉体を復元した理由はもっと簡単だ。
 嘘の説明の時のように、死んだ魂が根源に落ちかけていたからではなく、魔術回路の暴走によって過剰な魔力が流れ込んでいたからだ。
 魔術回路というものは、限界のないエンジンのようなもので、肉体と魂の破損さえ考えなければ、際限なく魔力を生み出すことを可能とする。

 詩露は性転換する直前魔術回路が暴走していた。
 そしてそのままの状態でアンリマユからの改竄を受けていたが、その間も魔力は生成され続け鞘が起動するだけの魔力を生み出したということだ。

 大体、死に掛けて根源に落ちて行けば回路も止まってしまっただろうし、そんな事で鞘が起動するというのなら、セイバーでなくても不老はともかく常に不死性は得られることになってしまう。

「それにしても、セイバーが鞘を返せとか、すぐにでも契約を切るって言い出さなくって助かったわ」
「そうね、もしそれを言ってたらランサー嗾けてたかも」

 確かにみんなにこの話をした時のイリヤはかなり感情的になっていたし、セイバーに口裏あわせを頼んで、詩露が鞘を返すと言っても受け取らないで欲しいと頼んでいた時、かなり思いつめた表情をしていた。
 その様は、今にもこの場で聖杯戦争の続きが始まるんじゃないかと、真剣に心配したほどピリピリとしたものだった。

 結局、今の詩露が普通の生活を送れているのは、鞘の力のお陰というのが大きい。
 もし鞘を失えば、人より脆弱な詩露の肉体はすぐ病気にかかってしまって、一年も生きられないだろう。
 魂が完全に物質化していれば、そんなこと問題にもならないのだろうが、今の詩露の魂にはまだ肉体と言う鎧は必要だ。
 その為には、鞘の力で肉体の強度を水増ししてやらなければならない。
 これまでの一年はまだなんともなかったが、それでも肉体は若干成長していた。
 これでもし二次性徴を経るまで成長するとなると、体に掛かる負担はさらに増してしまい、冗談ではなく命に関わる可能性も否定できない。

 そして、鞘の効果はセイバーがいることで確実に上がっている。
 そのことを考えれば、詩露の体内に鞘があって、尚且つセイバーとの契約を継続していることが、詩露の健康に取ってはかなり重要なこととなる。
 だからセイバーが「鞘は詩露が死ぬまで預けておく」と言い出してくれたことは、本当にありがたかった。
 彼女は聖杯探索を誓っているはずだから、冬木の聖杯が使えないとわかっていて尚、詩露の為に余計な時間を共に過ごす事に同意してくれるとは、思ってもいなかったからだ。
 まぁ、セイバー達英霊は時間から切り離された存在。 冷静に考えれば、別にこの時代で何年過ごそうが関係ないわけだから、焦る必要もないのかも知れないけど。

「あと残った問題は、あのお客さんのことね」
「面倒だから殺しちゃえばいいのに」
「イ、イリヤちゃん、それは流石に……」

 イリヤの過激な発言に慌てる桜だったけど、わたしとしても結構同感だったりする。
 まぁ、殺すのはやり過ぎだけど、今回の聖杯戦争の事実を隠す役に立ってもらうつもりでいるから、無碍に扱うつもりもないんだけど。


 大聖杯に続く洞窟に向かうと、とんでもない光景が広がっていた。

「何これ?」
「アーチャーとギルガメッシュの戦いの痕です」

 これが? っていうか、地形が変わってるよ。
 確かあたし達がここに来た時は、こんなに開けていなかったし、地面も剥き出しになっていなかった筈なのに、まるで工事でもあったかのようにそこ等中掘り返されたようになっている。

「足元が崩れやすくなっています。 気をつけて下さい」

 そういって先を歩いていたセイバーが、あたしの手を取って引いてくれる。
 うわ、これは確かに危ないかも。
 地面だけじゃなくって、細かく砕かれた岩なんかも落ちていてかなり足元が覚束ない。
 
 そのままセイバーと手を繋いで洞窟を進みながらセイバーとランサーが戦っていた広場に辿り着いたけど、ここはそれ程変わった様子はなかった。

 そして大聖杯。
 既に大聖杯もアンリマユもなく、あの時の様子を思い出すには周囲の濃密なマナぐらいしか名残はなかったけど、確かにここで言峰と戦ったんだ。

「そういえば、言峰の遺体はどうしたの?」
「はい、彼の遺体でしたらランサーが担いで教会に埋葬したそうです」

 セイバーはあたしを背負っていたから、余計な寄り道はせず直接遠坂邸に戻ったそうだけど、イリヤとランサーは教会に、凛は間桐邸に寄ってそれぞれ簡単な後処理をしたそうだ。
 そういえば、イリヤは言峰が死んだ後すぐ、ランサーと再契約を結んだそうだ。
 なんというか、イリヤは本当にそういところは抜け目ない。

 教会では言峰の埋葬と聖杯戦争に関する資料の回収を、間桐邸では桜ちゃんの兄、慎二の魔術に関する記憶の隠蔽と工房の破壊、魔道書の回収が行われたそうだ。

「そっか、そんな事が……。 そういえば、聖杯戦争が早まった理由ってわかったの?
 なんか言峰が早めたって言ってたんだけど」
「その件に関しては、アーチャーが教えてくれました」

 なんでもアーチャーが固有結界を展開したことで、ギルガメッシュが今回の聖杯戦争を早めた方法を自慢げに語ったそうだ。
 奴が言うには、大聖杯の足りない分の魔力は宝具をくべることで補ったとか。
 確かに宝具も英霊ほどではないものの神秘の塊。 内包している魔力は物によるだろうけど、霊脈二、三年分を補うには余りあるのだろう。
 それにしても、

「宝具を使うなんて勿体無いとか思わなかったのかな?」
「さぁ? 彼の者の考え方は最後まで理解できませんでしたが、彼に言わせれば”宴を催すのも王たる者の務め”だそうです」

 何考えてんだ……。
 それにしても、固有結界を見て張り合って聖杯戦争を早めたことをバラすっていうのも、つくづく判らない考え方だ。
 自分の方が凄いことできるんだぞ! って自慢したかったのかな?

 暫くあたしとセイバーは無言で大空洞の中を眺めていた。
 結局、こうしてやって来てはみたものの臓硯とアサシンの事に関しては現実感は持てそうになかったけど、聖杯戦争が終わったということに関しては実感することができた。
 ほんの一週間ほどのことだったのに、何ヶ月も過ごしたかのような濃密な時間だった。
 まるで、七年前から続いていた全てのことが、この一週間に集約したかのように。

「セイバー」
「はい」
「鞘返すのもう少し待ってもらえる?」

 セイバーを振り返って目を真っ直ぐに見つめながら聞いてみる。
 本当は今すぐにでも返したいんだけど、今のあたしにはまだ宝具の投影はできない。
 しかも剣ではなく鞘ということを考えれば、相当難しいだろう。
 それに何より、

「あたしはもう少しセイバーと一緒に過ごしたいって思ってるんだけど、セイバーは?」
「勿論私もです」

 そういって微笑みかけてくれたセイバーからは、心からそう思ってくれていることが伝わってきた。
 よかった。 セイバーは聖杯探索を誓っているはず。 最悪鞘を諦めてでも契約を切って、また探索に行ってしまうんじゃないかと思っていたけど、これで最初に約束したように鞘を返すことができる。
 正直、聖杯戦争の間はセイバーにはお世話になりっぱなしだったから、鞘を返す約束ぐらいは守りたかったんだ。

「あ、じゃあ、あたしを守れなかった罰は、鞘を返すまで一緒にいるってことにしようか」
「そうですね」

 そういって微笑むセイバーに嬉しくなって、あたしも微笑み返した。

「じゃあ、これからもよろしくね、セイバー」
「はい、こちらこそ」

 そしてあたし達は笑顔のまま、握手を交わした。



[1095] 『剣製少女 Epilogue Ⅲ』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:29
 『剣製少女 Epilogue Ⅲ』


 夕食の買い物をして戻ってみると、居間にはランサーと知らない女性がソファーに座っていた。

「ただいま」
「あぁ、お帰り詩露。 ミス・マクレミッツ。 彼女が先程説明した弟子の藤村詩露です」

 そういって凛があたしの事をマクレミッツさんという人に紹介した。

「初めまして詩露さん。 私は魔術協会の執行者でバゼット・フラガ・マクレミッツといいます」

 立ち上がって握手を求めてきたバゼットさんだったけど、あたしは思わず一歩下がってしまった。

「協会の……執行者?」
「そ、封印指定の魔術師を狩る人よ」

 それを聞いてあたしは更に一歩引いてしまった。
 だって、それって結構危ない人なんじゃ……。

(ちょっと凛、大丈夫なの!?)
(何怯えてんのよ、アンタ)

 そんなこと言ったって、間桐邸襲撃の時聞かされたことを考えると、彼女は敵でも味方でもない上、あたしにとって天敵とも言える人ってことじゃないか。

「ふむ、警戒されるのはもっともですが、今の私は管理者(セカンド・オーナー)の被保護者。
 更に言えば既にサーヴァントも令呪も失った脱落者です。 どうか気を楽にして頂きたい」

 そういって左の腕を持ち上げた彼女の腕は、肘から先がなかった。
 令呪を失ったっていってたけど、もしかして腕ごと持っていかれたってこと!?

「あ、し、失礼しました、藤村詩露です」

 あたしは目を合わせることができずに、なんとかそれだけを言って握手をした。
 バゼットさんは背が高く、男物のスーツを着たかっこいい女の人だったけど、拳ダコができていて、引き締まった全身から魔術師とはまた違った雰囲気を醸し出していた。
 その雰囲気はどちらかというとセイバーやランサーのものに近く、彼女が相当強いだろうことを物語っていた。

「彼女はランサーの元マスターで、綺礼に不意を打たれて令呪を奪われたそうよ。
 しかも、その事を伝える為に重症の体でわざわざウチまできてくれたんですって」

 もっとも、彼女が遠坂邸を訪れたのはあたし達が大聖杯に向かった後らしく、対応を迫られた桜ちゃんは相当慌てたらしい。
 そりゃそうだ。 片腕失った血だらけの女の人なんて、魔術師として訓練されてない桜ちゃんにはどうしたらいいのかわからなかった事だろう。 可哀想に。
 結局その場はライダーが応急処置だけをして寝かせておいたそうだが、目が覚めたのはついさっきだという。

「え、でも魔術協会の魔術師って……ムガッ!」
「(ちょっと、なに口走る気よ!)」

 あたしが協会から派遣されたのは、キャスターのマスターじゃなかったのかと言おうとしたら、凛に口を塞がれてしまった。
 あ、もしかしてバゼットさんにはアーチャーの素性とか秘密にしてたのかな?

(彼女にはサーヴァントの詳しい情報とか、聖杯戦争の本当の経緯とか教えないから、適当に話あわせなさい)
(りょ、了解)

 そして凛はバゼットさんに聖杯戦争の経緯や言峰の思惑なんかを説明し始めた。
 とはいえ、あたし達が出かけている間も説明はしていたようで、話は間桐邸襲撃の件からだった。
 あたしは特に話しに加わることもなく、お仕着せに着替えて夕食の支度をしていたが、話の内容はイリヤからの念話で大まかに把握することができた。

 それによると、あたしはサーヴァントを召喚してはおらず、セイバーを召喚したのは行方不明とされている衛宮士郎ということになっていた。

(うち(アインツベルン)に報告する時、そのほうが都合がいいのよ)

 そう付け加えるイリヤによると、アインツベルンは聖剣の鞘の所有権は自分達にあると考えていて、アーサー王がセイバーとして召喚されていたことが判明してしまうと、あたしが性転換したことを疑われる可能性もある為だという。
 もっとも、性転換なんて荒唐無稽な結論に達しなくても、何かしら事情を知っていると思われるだけでも危険があるから、セイバーとはなるべく無関係ということにしておこうという結論に達したらしい。

 そしてあたし達はイリヤと遭遇した柳洞寺へ向かう道で士郎とセイバーに遭遇。
 バーサーカーによって重傷を負った士郎は、セイバーの維持が困難になった為あたしがマスター権限を委譲してもらい、治療に専念してもらうために遠坂邸を提供していたが、ギルガメッシュ襲撃のどさくさに再び消息不明になったという筋書きだった。

 その後の話はほぼ実際の内容と同じだったが、アーチャーがギルガメッシュを倒した方法と、あたしの投影魔術に関しては隠しておくことになっていた。
 まぁ、そこを明かされちゃうと、アーチャーは兎も角あたしは封印指定にされちゃうから、助かったんだけど。

「それで、ミス・マクレミッツはこの後どうなさるつもりですか?」

 夕食の席で凛がバゼットさんに笑顔で聞いていたが、何故かあたしにはその笑顔が

「おら、聞きたいことは教えてやったんだからとっとと報告しに帰れ!」

 といっているように感じてならない。
 でも、バゼットさんは夕食を流し込むようにして既に終えていて、席に着いたまましれっとした態度で凛の棘のある態度を受け流している。

「そうですね、まずは魔術協会に報告するのが筋なんでしょうが、協会の監視を追い返しておいて聖杯を手に入れられなかった時点で、私の立場はないでしょうからせめてランサーを手土産に……」
「ちょっと、なにマスターの私に断りなく決めてるのよ!」

 バゼットさんの勝手な発言に、現在のマスターであるイリヤが吼えた。
 そりゃそうだ。 いくら召喚したのがバゼットさんだといっても、今マスター権限をもっているのはイリヤなんだから、彼女の意向を無視して勝手に手土産にされては堪らない。

「しかし、彼を召喚したのは私です。 貴方は一時預かっていただけなのですから、本来の持ち主である私に返す義務が……」
「預かっていた? 貴方が守れなかった権利を私が引き継いであげたのよ。 それをよくもまぁ、ぬけぬけと……」

 なんか、イリヤとバゼットさんで見えない火花をバチバチと飛び散らしているけど、ちょっと以外だった。

「イリヤってそんなにランサーのこと気に入ってたの?」
「別に気に入ってるから渡したくないっていうんじゃなくって、自分の権利を主張しているのよ」
「私も別に気に入ってなどいませんが、自身の権利を主張しているに過ぎません」

 自分のことなのに、にやにやと事の経緯見守っていたランサーだったけど、二人から気に入らないと言われて流石にちょっと落ち込んだようだ。

「なんだよ、そんなに気に入らねーっていうんだったら俺は別に座に帰ったっていいんだぜ?」

 完全に不貞腐れたランサーがそっぽを向いて不機嫌になってしまった。
 それを聞いたイリヤは、

「サーヴァントが何勝手なこと言ってるのよ!」

 と怒っていたけど、バゼットさんはおろおろと慌て始めた。

「い、いえ、気に入らないというのは言葉の綾で、実際にはそれほど悪くはなかったと思うのですが、お互いが信頼関係を築く前に脱落してしまった為によくわからないというか……」

 なんかバゼットさんって可愛いな。
 さっきまでの毅然とした態度とのギャップもあるのかも知れないけど、顔を真っ赤にして必死に弁明している姿は、急に幼くなったような気がする。
 見ると他のみんなも微笑ましいものを見る目になっているけど、ランサーとイリヤだけは再びにやにやと意地悪な笑顔になっていた。
 この似たもの主従め。

「な、なんですか二人とも、何が可笑しいのですか!」

 必死になればなるほど醜態を晒していくバゼットさんが可笑しくって、遂には二人とも大笑いし始めてしまい、結局はあたしも含めて全員が笑い始めてしまった。
 バゼットさんも最初は怒っていたけど、次第に怒っているのが馬鹿らしくなったのか、最後は一緒になって笑っていた。

 それから一ヶ月。

 結局バゼットさんは協会への報告は怪我を理由に書面だけにして、回復後も事後調査と称して冬木に留まった。

 イリヤはランサーを伴って、アインツベルンへ報告の為一時帰国していたが、聖剣の鞘と衛宮士郎の捜索を理由に再び冬木に戻ってきた。

 桜ちゃんは凛の妹としてあたし達と同じ学校に転校してきた。
 魔術の修行をどうするか最初迷っていたようだけど、間桐での辛い思い出が蘇るからか、結局魔術からは一切手を引くことにしたようだ。
 凛も桜ちゃんの気持ちを尊重することにしたようで、ちょっと寂しそうではあったけど、特に異論は挟まなかった。

 アーチャーは正式に”遠坂の守護者”になったとかで、魔術刻印と共に代々令呪を受け継がせることで、一族を見守っていくつもりらしい。
 正義の味方はもういいのかな? とも思ったけど、彼は彼なりに生前の経緯でこの結論に至ったらしいので、機会があったら生前の話を聞いてみたいと思った。

 ライダーは桜ちゃんの傍にいる。
 彼女が魔力をコントロールできて体の負担も少なくなったら、霊体で守護していきたいと思っているそうだけど、しばらくは肉体を伴って傍にいるらしい。

 ランサーは気が付くと異常に現代に馴染んでいた。
 イリヤと一緒になって毎日好き勝手に遊びまわっているようで、何を考えているのか時々わからなくなる時もあるけど、基本的に一般人に迷惑をかけていないようなので、良しとされている。

 セイバーは時間を持て余しているようだ。
 人生の目標を一時棚上げにしている所為か、特に目的を持つこともなく無為に時間をすごしていたが、やっぱり祖国が気になるのか最近は図書館に通って英国史を調べているらしい。

 凛は色々と忙しそうだった。
 聖杯戦争の事後処理のため、新しく赴任してきた神父様と会談を繰り返したり、協会への報告も何度か送り直させられていたりで、自分の時間を作るのも一苦労なようだった。
 特にサーヴァントの扱いに頭を痛めているようで、これから先は冬木の管理者としても忙殺されていくのじゃないかと、気が滅入っていた。

 あたしは聖杯戦争以前の生活に戻っていた。
 とは言っても、凛の時間がなかなか取れないこともあり、魔術の修行は一時的にアーチャーが見てくれていたり、これまでの格闘訓練の代わりにセイバーから剣術、ランサーから槍術、アーチャーからは総合格闘技(マーシャル・アーツ)として、格闘訓練だけでなく思考訓練も受けるようになったが。

 こうしてそれぞれが新しい日常に慣れていったが、結局キャスターの消息だけは全く掴むことができずに聖杯戦争は事後処理も含めて全てが終息した。

<了>


 『剣製少女 後書』

 というわけで、剣製少女は一旦終了です。 お読み頂きましてありがとうございました。
 本来は八月中にここまで終わらせるつもりだったんですが、思った以上に長くなってしまいました。
 次に書くのは多分年明けになると思います ^ ^;

 で、折角ここまで書いたので、後書など書いてみようかと。

 まず、剣製少女を書くにあたって最初に思ったのは、”他と違う”ことを意識してみました。
 特にTSものはよく読んでいましたし、似たような内容だったらお気に入りを読み返すことで十分楽しめると思ったからです。

 で、違いを意識した部分を幾つか。

○性転換の理由が早い段階で判明する。
 これは性転換の理由が独創的だったり、面白かったりというのに関係なく、始めの一話で判明したり、本編と関係ないものを結構見ました。
 それが悪いとかつまらないとは思いませんでしたが、勿体無いとは思いましたw

 そういう早い段階で判明する話は、元々”原因究明”がメインに据えられているわけではなかったので、話の構成に不満はなかったのですが、それなのに独創的な解釈とかをあっさり明かされているのを見ると、勿体無いな~っとw

 なので、剣製少女では聖杯戦争に関しては、性転換した話をメインに持ってこようと考え、登場人物が新しく出る事で徐々に展開が進むようにしてみました。

○泥で性転換。
 これも幾つか読んだことがあったのですが、”なんで泥で性転換したのか?”を説明したものは見たことがありませんでした。 (もしかしたら、既に書かた方がいるのかも知れませんが)
 というわけで、自分なりに答えを出してみましたが、私には十年前の火災で性転換した理由は思いつけなかったので、いつかそういうSSも読むか、書いてみたいと思っていますw

○本編の展開と違う聖杯戦争。
 再構成はTSモノに限らず結構読みましたが、序盤は原作の展開に沿ったものが多かったように思います。
 そこで原作に出てきた展開はなるべく使わないように、でも原作に矛盾しないよう展開させてみたいと思って書いてみました。

○言峰が士郎に会わなかった理由。
 これは原作をやっていて思ったのですが、なんで言峰は切嗣を意識していたのに士郎の存在を聖杯戦争が始まるまで知らなかったのか?
 一目見ただけでその歪さから気に入ったというのに、なんで興味を待たなかったのか? という疑問がありました。

 原作に沿って考えれば、自分を殺さなかった切嗣に興味を失ったとか、最初に会った頃の士郎はただの子供だったから興味が湧かなかったとか説明はつくんですが、興味をもったとしたら? ということで、書いてみました。

○聖杯戦争が早まる。
 これも知らないだけで既にあるのかも知れませんが、士郎の性転換の理由とその後の展開から高校まで待つのではなく、早めた方が自然だと思い中学の段階で会戦にしました。
 元々アーチャーを原作準拠の性格ではなく、UBWエンド後のような性格にして味方として動かしたいというのがあったので、戦力の面でも都合がいいということもありました。

○アーチャーのルート。
 基本的にはUBWエンド後の士郎が、凛によって救われた後世界と契約したものを想定しています。
 UBWルートが一番好きっていうのもあるんですが、FATEルートだと鞘を投影できるし、HFルートだといきなり大聖杯を破壊して話が終わっちゃうというのも大きな理由ですw


 というわけで、書きたい部分は書けたので、個人的には十分楽しめましたw

 そして最後にこの場をお借りして、サイトをお貸しいただいた舞さん、SSを書く上で参考にさせて頂いた、じょんのび亭の京さん、感想を頂けた皆さんとお読み頂いた皆さんに厚くお礼申し上げます。
 ありがとうございました!



[1095] 『剣製少女/午睡休題 第一話 1-1』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:29
『剣製少女/午睡休題 第一話 1-1』


 あの聖杯戦争から二ヶ月。 期末試験も終わってもうすぐ夏休みという七月になっても、バゼットは遠坂邸に住んでいた。
 一度だけ一週間ほどいなくなっていたことはあったけど、それ以外は一日○万円という高額な滞在費を凛に払って、客間の一室に住み続けている。

「バゼット荷物届いてたよ」
「あぁ、持って来てくれたのですか、助かります」

 居間のソファーに座って小石と地図でダウンジングのようなことをしていたバゼットが、顔を上げてあたしを見上げる。
 彼女はいつもスーツを着ているが、片腕が無い今、一人でネクタイを結ぶのは上手くできない為、彼女に代わってあたしがネクタイを結ぶのが毎朝の習慣になっていた。
 一度、凛に「新婚さんみたいね」とからかわれたが、自分の姿を想像するとあながち否定できないのが悲しい。
 ……というか、自分で結ぶより先に人のネクタイ結ぶことに慣れるなんて、思ってもみなかったよ。

「結構重いんだけど何が入ってるの? ワイン?」

 荷物は細長い木箱に入っているようで、結構な重さと、しっかりした手応えがあるだけでなく、シックな包装紙からも結構値の張る物が入っていることが窺える。
 海外からの荷物のようで、バゼットの名前はかろうじて読めるものの、送り主や品物の欄があたしには読めないけれど、バゼットのことだからきっと有名なブランドのものなんだろう。

「すみませんが、取り出してもらえますか?」

 あたしが荷物を渡そうとすると、バゼットは首を振って左手を持ち上げ苦笑しながら頼んできた。
 確かに結構重いものだし、ワインだとしたら落として割ってしまうかも知れないから、あたしが開けたほうが安全か。
 そう思ってバゼットの横に座って荷物を開けると、

「いいけど、中身は何がうえああぁっ!」
「おっと」

 う、ううぅ腕っ! 腕が入ってる!
 血こそ出ていなかったものの、死体から捥ぎ取ってきたかと思うほどリアルな腕が、緩衝材に包まれて木箱の中に納まっていた。
 取り乱してしまったあたしが思わず箱を落としたところを、バゼットが残った腕で咄嗟に受け止める。 さすが、反射神経はいいな。 って、そういうことじゃなく!

「これは私の新しい腕です。 なのでもう少し丁寧に扱って欲しいのですが……」

 箱を膝の上に乗せ腕を取り出しながら苦情を言ってくるバゼット。
 とはいえ、箱の中から腕なんか出てきたら誰だって驚くって。 桜だったら、卒倒ものだぞ。

「せめて一言言っておいて欲しかった」
「何がですか?」

 あたしの苦情に何の事かわからないという顔でネクタイを緩め、シャツを脱ぎだすバゼット。

「って、何やってるの!」
「いえ、早速義手の具合を確かめようかと」

 慌てるあたしを無視してバゼットはシャツの前を開いて、左腕を袖から抜いている。

「自分の部屋でやりなよ」
「いえ、固定する為に包帯を巻いてもらう必要がありますし、ネクタイを締めなおす必要もありますから、ここで構いません」

 あたしは、バゼットの下着姿を見ないように慌てて顔を背けるが、バゼットはそんなあたしを気にした風も無く、腕を繋いでラインを接続していく。
 こうなると、下手に声を掛けて集中を妨げた時魔術が失敗するかも知れないので、あたしはタオルと救急箱を取りに行くことにした。


 居間に戻ると、義手の接続が終わったのかバゼットは調子を確かめるように、握ったり開いたり、伸ばしたり曲げたりしていたので、後ろから近付いてタオルを渡す。

「はい、タオル。 せめて胸は隠してよ」
「私は気にしませんが?」
「あたしが気にするの! 包帯巻いて欲しかったらちゃんと隠して」
「あぁ、シロさんは同性愛者でしたね。 これは失礼を」
「う、うん。 そう。 だから、ちゃんと隠してね」

 そういって渡されたタオルを肩から掛けて、端をパンツに入れるバゼット。
 バゼットにはあたしが元男ということは、秘密にしている。
 今は魔術協会を解雇され、フリーになっているとは言っても元は封印指定の執行者。 性転換した事が協会に漏れでもしたら封印指定を受ける可能性もある為、あたしは同性愛者だから女の人を意識してしまうということにしていた。

 タオルで胸を隠したバゼットの隣に座って腕を見ると、義手の接合部分にお札のような物が貼り付けられている。

「これは?」
「ラインが安定するまでの限定礼装です。 二、三日はこのまま貼り付けておく必要があるので、剥がれないように上から包帯で押さえてもらえますか?」
「ん、了解」

 包帯を巻いていると、バゼットが義手の説明をしてくれた。
 それによると、この義手は使い魔の一種でラインを通じて操作する仕組みらしい。
 ただし、本来の使い魔のように意識や思考はもっていないので独立した行動はできないし、どうしても実際の腕と比べ反応速度が少し遅れるとか。
 とはいえ、相当腕のいい人に頼んだ一品らしく、扱いに慣れれば日常生活を送る分にはなんの不都合もない程の僅かな誤差らしいけど、バゼットのような一流の戦士にとってはその僅かな誤差が命取りに成りかねないので、もっといい品がないか今でも探しているそうだ。

「もしかして、この前家にいなかったのって」
「えぇ、あの時人形師を尋ねて作ってもらってきたものです。
 本当はオーダーメイドが良かったのですが、それは時間がかかると言われたので、取りあえず既製品でもいいので質のいいものを用意してもらいました。 仕上げに時間がかかると言われていたのですが、思ったより早く届いてくれて助かりました。
 隻腕のままというのは、職業柄無防備すぎますので」

 そういえば、彼女が着ているスーツもオーダーメイドだったっけ。
 フリーになったといっても、武闘派なバゼットにとっては肉体は仕事道具なんだから、少しでもいい物が欲しいんだろうけど、時間を掛けて作るよりは多少質が落ちても早く無防備な状態を解消したかった為の選択だったんだろう。

「それで、探してるって言っても、何か当てでもあるの?」
「いえ、ただ協会時代、日本出身の人形師で封印指定を受けた人物がいるという話を聞いた覚えがあるので、彼女に連絡が付かないかと探しているのですが……」

 そう言って溜息をつくバゼット。

「でも、封印指定を受けて逃げてるんだったら、日本にはいないんじゃない?」
「えぇ、犯罪者も地元には近付かないと聞きますしその可能性は高いのでしょうが、日本は協会の手も伸びづらいと聞きますから案外隠れ住んでいるかと思って、色々手は尽くしているのですが全く痕跡がないのです」

 苛立ちを隠すことなく前屈みになって鋭い視線で前方を睨むバゼット。
 別に視線の先に何かあるわけじゃないんだけど、その虚空を睨む視線は早く出てこなければ叩き潰すぞ、と凄んでいるかのようだ。 ……消息の掴めない相手をどうやって叩くのかはわからないけど。
 そんなことより、その格好で前屈みにならないで欲しい。
 折角タオルで隠しているって言うのに、脇から胸が見えてるってば。
 遂ちらちらと胸にいってしまう視線をなんとか引き剥がそうとするんだけど、どうしても視線が胸にいってしまう。
 それにしても、大きいなぁ。 ブラも大人っぽくって色っぽいし、……って、駄目だ、駄目だ。 こんな事じゃアーチャーになってしまう。 あたしは色情魔になんかならないぞ!

「シロさん」
「は、はい!」
「そんなに分厚く巻く必要はありません」
「あ……」

 気が付くと、バゼットの胸に見とれていた所為か、巻いていた包帯が携帯ぐらいの厚さまで巻かれていた。
 慌てて包帯を巻き戻していくが、失敗したことの恥ずかしさと盗み見してたことの疚しさから、自分でも顔が真っ赤になっているのがわかる。
 怒ってるかな? と恐る恐るバゼットの顔を盗み見ると、なんでか微笑ましそうにこっちを見ていた。
 その様子から怒ってはいないようだけど、あたしが何で失敗したのかお見通しなようで、さっきよりも恥ずかしくなって更に顔が熱くなっていくのがわかる。

「あ、もしかして、さっきやってたダウンジングみたいなのって、その人形師を探してたとか?」
「えぇ、ルーンと併用したダウンジングだったのですが、日本にいる”らしい”としかわかりませんでした。
 元々私は実戦部隊の出身なので、事前の情報収集や事後の処理は専門の機関任せでしたので、苦手なんですよね」

 あたしが気まずさを誤魔化すつもりで振った話題に律儀に答えるバゼット。
 溜息をつきながら力なく答える姿からは、本当に情報が手に入らず困り果てている様子が窺える。
 それにしてもルーンでダウンジングか。 確かランサーもルーンを使ってイリヤの探し物をやってるって言ってたけど、ルーン魔術って以外に汎用性が高いんだな。 ……まぁ、ランサーの探し物って美味しいお店だの、レジャー施設だのと、なんだか間違った使い方のような気もするけど。

「早く見つかるといいね」
「えぇ、ただ彼女もルーン魔術師らしいので、私の魔術で探し出せるかどうか」

 うーん……と唸りながら考え込むように俯くバゼット。
 そっか。 その人形師もルーン魔術師ってことは、ルーンの探索じゃ手の内がわかってる分、妨害の仕方も心得ているって事か。

「なら協会時代の知り合いに頼んでみたら?」
「それは難しいですね。 なんでも彼女は協会時代、気に入らない魔術師を自身の使い魔を使って悉く葬ってきたらしいので、その危険を冒してまで協力を取り付けるには相当の見返りを用意しないと」

 なんというか、話だけ聞いてると相当危ない人のような……。 いや、それが普通の魔術師の在り方なのかな?
 身近にいる魔術師が揃って普通っぽかったから忘れてたけど。

「はい終わり」
「助かりました。 チップを……と思ったのですが、今回は別の報酬を受け取っているようですからいりませんか?」

 あたしが包帯を切ってテープで止めた後、ちらっと見て確認したバゼットは悪戯っぽく笑ってタオル越しに自分の胸を指差す。
 うぅ、やっぱりバレてた。 怒られてるわけじゃないんだろうけど、申し訳なさで一杯になってくる。

「ご、ごめん。 あの……」
「ふふ、冗談です。 さ、取って置いてください」
「……ありがとう」

 そういって、あたしのエプロンの胸ポケットに千円札を入れるバゼット。
 彼女の世話をするようになって、一番驚いたのはこのチップだ。
 日本では余り一般的な風習ではないけれど、世界を飛び回るバゼットにとっては当たり前のことらしく、最初受け取る、受け取らないで一悶着あったけど、今は素直に受け取ることにしている。
 彼女にしてみると、あたしのお世話にも料金を払わないと等価交換が成り立たないのが気持ち悪いらしい。 ……怪我人なんだから、気にすることないのに。

 それにしても、バゼットが冗談を言うようになるなんて、思ってもみなかった。
 彼女は元々人生に於いて”楽しむ”ということが理解できないんじゃないかと思うほど、徹底した合理主義者だったのだけど、ここ二ヶ月、身の周りの世話をしている内にこうして冗談も言うようになってきた。
 ただ、彼女の場合打ち解けてきたからというわけではなく、その方があたしとの関係が円滑に行くからという合理性を重視した結果という可能性もあるけど。
 あたしも似たようなところがあるから、彼女の考え方もなんとなくわかるんだけど、もう少し余裕を持ってもいいと思う。 特に食事とか。

「三角巾をもらえますか?」
「あ、うん、はい」

 包帯を巻き終わったバゼットが、服を着直しているのを見ないように包帯をしまったり、意味も無く救急箱の中を弄っていると、声がかけられた。
 横目でちらっと服をちゃんと着ているのを確認してから、三角巾を結んで首に掛けてあげ、ついでに緩めてあったネクタイを締めなおすと、バゼットがいい子いい子というようにあたしの頭を撫でてくる。

「なんでえ、相変わらず仲良いな、二人とも」
「ラ、ランサー! 居たのですか!?」
「あたたたたた! パ、バゼット! 痛い! 痛いってば!!」

 突然のランサーの出現に驚いてあたしの頭を鷲掴みにするバゼット。
 彼女の場合、”人間凶器”と称されるように何気ない動作の一つ一つが普通の人間にとって必殺になったりする為気が抜けない。
 現に今も、あたしの頭蓋骨がギシギシと嫌な音を立てながら、刻一刻と破裂への階段を二段飛ばしで駆け上がっている。

「あ、あぁ、申し訳ありません。 私としたことが……」

 頭を手で払ったり、息をふーふーと掛けたり、撫でたりしながら謝るバゼット。
 いや、離してくれれば別にいいんだけど、最初の二つは何がしたかったのかちょっと疑問だ。
 そんなあたし達をランサーがニヤニヤと笑いながら楽しそうに見ている。 まぁ、下手なコントより面白い見世物だったかも知れないけれど、こっちは本気で頭を割られるかと思うほど痛かったのだから笑うのは失礼だと思う。

「全く、覗き見とは趣味の悪い……」
「別に覗きじゃねーよ。 煙草買いに行こうとしたら、お前らが居ただけだっつーの」

 咳払いをしながら誤魔化そうとしているバゼットに、呆れながら答えるランサー。
 ランサーはイリヤのサーヴァントになってから、普段着としてスーツを着るようになっていた。 彼のスーツもバゼット同様オーダーメイドで、濃紺のものを好んで着ている。
 シャツはワイン・レッドに黒のストライプ、ネクタイは彼の愛槍を思わせる真紅で、パッと見、後ろで縛った髪の所為もあってマフィアのようだけど、体格のいいランサーにスーツは結構似合っていた。
 イリヤに言わせると、「従者がみっともない格好していると、主人が恥をかく」ってことで、ランサーはいつもいい服を与えられているだけでなく、カフスやタイピン、ライターやシガーケースは一品物の補助礼装だったりするらしい。
 あたしは、ランサーはもっとラフな格好の方が好きなのかと思っていたら、意外におしゃれだったらしく、本人も満更ではないそうだ。
 まぁ、彼は何だかんだ言って王子様だったんだから、生前もこういったきちんとした格好をする機会も結構あったのかも知れない。

「では、さっさとお行きなさい」
「へいへい。 おっとチビ助、嬢ちゃんが呼んでたぜ」
「ん、ありがとう。 それから、チビ助じゃないって」
「はは、じゃ行ってくらぁ」
「いってらっしゃい」

 バゼットの邪険な態度に何処吹く風で受け流すランサー。
 ランサーはあたしを”チビ助”、凛を”嬢ちゃん”と呼んでいる。 その度にあたしは否定してるんだけど、一向に呼び方を改める気はないらしい。
 まぁ、この愛称は悪気があるというより彼なりの愛情表現だと思っているので、きつく言うつもりはないんだけど、もう少しマシなものは思いつかなかったのかと、思わなくもない。 結構気にしてるんだけどな、背が低いの。



[1095] 『剣製少女/午睡休題 第一話 1-2』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:30
「じゃあ、あたしちょっと行ってくるから」
「えぇ、助かりました。 それから、あまり彼の軽口を気にしないように。 私は愛らしいと思ってますよ」
「……ありがとう」

 何というか、優しさっていう名の追い討ちを掛けられた気分だけど、にっこり微笑むバゼットに苦笑で返してしまった。

「凛、いるー?」
「あぁ、来たわね。 入って」

 あたしが凛の部屋をノックすると、すぐさま入室を促された。
 元々凛は寝る時以外自室に篭っていることが多かったけど、ここ最近の忙しさから篭っている時間が更に長くなっていた。 あたしも何か手伝えればいいんだけど、管理者(セカンド・オーナー)としての仕事に関しては、守秘義務も多くて手伝うことができないでいる。


『剣製少女/午睡休題 第一話 1-2』


「何か用? お昼だったらまだ準備もしてないよ」
「そうじゃなくって、アンタに相談したいことがあるのよ」

 そう言って椅子を勧めてきた凛に従って、腰掛けるとお茶の用意がされていた。 ここにはいないけど、アーチャーが用意したんだろうから味の方は確かめるまでもなく美味しい筈。

「珍しいね、凛があたしに相談なんて」
「そうね、でもアンタにっていうより、アンタの家にって事なんだけどね」

 そういってポットに入っていた紅茶をカップに注ぐ凛。 あたしが淹れようとしたんだけど、断られてしまった。
 それにしても、いい匂い。
 お茶請けのクッキーから漂うバニラエッセンスの甘い香りと、紅茶の香りが相まってまだ何も口にしてないのに、幸せな気分になってくる。

「明日藤村の家に戻るでしょ? その時、わたしと桜の後見人を雷画さんに頼めないか聞いてみて欲しいのよ」

 凛もあたしの対面に座ってカップを手に俯きながらそんなことを言ってくる。
 確かにこれは、あたしというよりあたしの家に対する相談だ。

 あたしは今でも月に一、二度家に帰ることを義務付けられている。 未成年ということもあるけれど、どちらかというと、藤ねえや雷画爺さんが寂しがっているからというのが大きい。
 二人ともあたしが”士郎”の頃から可愛がってくれていたけれど、女になってからはそれに拍車がかかったようで、”猫っ可愛がり”とか”目に入れても痛くない”って感じで何かと用事を作っては家に呼びつけたがっている。

 それにしても、爺さんを後見人にか。

「それはいいんだけど、教会の司祭様には相談したの?」
「もちろん。 その上での判断よ」

 元々凛の後見人は言峰だったんだけど、先の聖杯戦争の時にあたしの手に掛かって死んだ。 その為、今は暫定的に司祭様が代理をしてるらしいんだけど、その司祭様も何時まで冬木に居られるかわからないとか。

「元々教会は、冬木に聖杯が現れるかもしれないから遠坂とも親密な関係を保ってきたんだけど、大聖杯がなくなった今、冬木に対する関心は格段に低くなってるのよ。
 司祭様の後任も”第八秘蹟会”以外から選任されるでしょうしね」

 ”第八秘蹟会”というのは、教会内に於いて聖遺物の管理・回収を目的とした部署で、言峰もそこに所属していたらしい。

「そうなると後見人を頼めないわけじゃないんだけど、借りばっかり増えることになるじゃない?」

 そう言って凛は紅茶を飲むが、紅茶の渋みの所為だけじゃない苦い表情をする。
 確かに凛の性格じゃ貸しを作るのは良くっても、借りを作るのは面白くないんだろう。

「でも、それだったら魔術協会の方で頼めばいいんじゃない?
 遠坂の名前だったら、後見人に名乗り上げる人なんていくらでもいそうだけど」
「勿論それも考えたんだけど、わたしだけなら兎も角、桜の事を考えるとちょっとね」

 つまり、魔術師に後見人を頼んだ場合、桜やそのサーヴァントのライダーを利用しようとする輩が出てくることが心配らしい。
 確かに桜は魔術から足を洗ったんだから、余り魔術関係の人間に頼むのも考えものか。 新しい後見人がまた臓硯みたいな人だったら堪ったものじゃないし。

「それに、魔術師っていうのは土地に根付くものでしょ?
 その点藤村の家だったら、ここ冬木でも一、二を争う大富豪……じゃなかった、名士じゃない。 ここらでコネ作っておくのも悪くないかなって」

 なんか一瞬、本音が聞こえたような気もするけど、まぁいいか。
 確かに凛が言うように、藤村の家は結構な家柄だ。 普段意識することはないけれど、あたしも藤ねえも世間からは良い所のお嬢様扱いだったりする。
 ……まぁ、同じぐらい物騒な家柄でもあるんだけど、危なさで言えば”魔術師”だって人の事はいえない。
 って、あれ? その両方を兼ね備えているあたしって、実はとんでもなく危ない人?

「姉妹で別々の後見人っていうのも不自然だし、藤村の人だったら借りを作ってもお金とかで解決できるし、この際二人まとめて面倒見てもらえないかな~って考えてるんだけど、どう?」

 そういって、あたしの返答を窺う凛。 まぁ、雷画爺さんだったら多分嫌とは言わないだろうけど、問題は、

「桜はそれで納得してるの?」
「大丈夫。 あの子もアンタのお爺さんだったら安心っていってたから」
「そっか、わかった。 なら今から連絡しとくから、明日の予定空けといてくれる?」
「ええ、お願いね」


 明けて翌日。
 まだ初夏というには過ごしやすい日差しの中、あたし達三人は衛宮の家に向かった。
 藤村の家でという話もあったんだけど、あそこはお兄さん達も出入りするから、桜が怖がってしまうかも知れないということで、今は別宅扱いの衛宮の家で話し合いをすることになった。
 あたしはキャミにキュロット、サンダルという軽装だけど、凛と桜は胸元に刺繍が施されたシックな白いシャツに、凛が黒のタイト、桜がフレア・スカートを履いていた。
 靴も革靴でかなりフォーマルを意識した格好だ。

「それにしてもアンタ、その格好はあんまりじゃない?」
「しょうがないじゃん、あたしのフォーマルな服って実家にあるんだから」

 確かに二人と比べるとあまりにも軽装過ぎるけど、遠坂邸に置いてある服は普段着ばかりなんだからしょうがない。 まさか制服や凛が趣味で買ってきたフリル服を着てくるわけにもいかないんだし。 ……いや、それはそれで藤ねえも爺さんも喜びそうだけど、そんな格好で表を歩きたくない。

「それだけじゃなくって、手に持った物とのアンバランスさが凄いわ」

 ……確かに。
 今あたしの手には、竹刀袋に入った日本刀がある。
 これはあたしの収入源でもある刀剣販売の商品で、投影で作ったものを遠坂の家で見つかった物と偽って雷画爺さんに売ってもらっている物だ。
 もっとも、元々は爺さんが日本刀を集めるのが趣味なので目利きも確かだし、愛好家との親交もあるという理由で投影の出来を一般人である爺さんやその知り合いに見てもらう事と、お世話になってるお礼に爺さんへのお土産にでもなるかなという軽い気持ちで持って行ったんだけど、予想以上に喜ばれた挙句、見つかったらまた持ってきてくれと、帯付きのお金の束をもらってしまった為に引っ込みが付かなくなった結果なんだけど。
 いい加減もうないと言えばいいんだろうけど、それを言うと爺さんが本気で残念がるので、ついつい一本、また一本と持って行ってしまっている。 駄目だな。 本当にもうこれで最後にしないと。 

「あぁ、着いたよ。 ここ」
「よし、行くわよ桜」
「は、はひ!」
「……そんなに緊張しなくて大丈夫だから」

 衛宮邸に着くと、二人とも急に緊張してきたのか声が裏返っていた。
 桜なんて不安になったのか、凛の腕を掴んでいる上、返事噛んでたし。
 凛も藤ねえとは何度か会った事があるものの、爺さんとは初めてということで結構緊張しているようだ。 まぁ、一家を構える組織の親分になんて、普通の中学生だったらまずお目にかかることすらないんだから、緊張するのもわかるけどね。

「さ、上がって。 ただいま~」

 あたしがサンダルを脱いで居間に向かうと、居間の方から藤ねえが文字通り飛び出してきてそのまま押し倒しながら抱きしめてきた。

「おっかえり~詩露ーっ!!」
「うぎゃっ! ちょっ、ギ、ギブギブギ……」

 そのまま力の限り抱きしめてきた藤ねえが、あたしの背骨をメキメキと締め上げる。 しかも、自分の体を押し付けてくる所為で、内臓が圧迫されて口から出てきそう……。

「うっ……うげぇ~…………」
「おい大河、そのへんにしとかねえと、詩露が吐くぞ」
「ありゃ? ちょっと詩露、お姉ちゃんの愛情表現で吐くなんて失礼よ?」

 腕の力を緩めてくれた藤ねえが、無茶を言ってくる。 あんな力を込めて締め上げられたら、下手したら内臓破裂ものだっつーの!
 まぁ、こっちは息を吸うのに精一杯で、反論する気力も怒る気力も残っていないけど。

「あ、凛ちゃんお久しぶりぃ~♪」
「お久しぶりです、お姉さん」

 あたしがぜぇぜぇいってる間に上がってきた凛と桜に藤ねえが気が付いて挨拶をしている。
 凛はいつもの猫被りで穏やかに微笑みながら挨拶を返しているが、桜は完全に怯えてしまったようで、凛の後ろに隠れて軽く震えている。

「大丈夫か、詩露?」
「う、うん。 ただいま、お爺様」

 あたしの背中を優しく擦りながら苦笑いで雷画爺さんが気遣ってくれる。 あたしもなんとか息が整ってきたので苦笑いで応えると、爺さんは深い皺を更に深めて笑いかけてくれた。
 ちなみに、爺さんの事は人前では”お爺様”と呼んでいる。 爺さんは別に気にしてないようだったけど、やっぱり色々と”立場”のある人なので人によっては不快に思う人もいるだろうってことで、藤ねえに習って”お爺様”と呼ぶことにした。
 それから藤ねえの事も人前では”姉さん”と呼んでいる。
 いくら大河と呼ばれたくないからと言って、藤村になったあたしが藤ねえでは可笑し過ぎるし、藤村組には士郎の頃の知り合いも多いから、士郎と同じ呼び方じゃ不審に思う人も出てくるかも知れない。
 そう思って呼び方を変えてみたんだけど、初めて藤ねえを姉さんと呼んだときは、悲しそうな、恥ずかしそうな複雑な顔してたっけ……。

「さあ、こんな所で立ち話もなんだ。 入(へぇ)んな」

 と、爺さんが人懐っこい笑顔のまま着物の袖に腕をしまいながら、顎で皆を居間に促した。

 居間に入ると爺さんは早速凛に説明を求めてきた。
 もっとも、打ち合わせは既に済ませていたので凛も桜も問題なく受け答えすることができた。
 要約すると、桜は養子に出されていたが、そこの当主が行方不明になったので生家である遠坂に戻ってきた。 ところが、凛の後見人も同時期に行方不明となってしまった為、同じ教会の司祭様に引継ぎを頼んだのだが、この司祭様は臨時に派遣された方なのでいつまで冬木に滞在するかわからない。
 そこで、唯一伝手のある藤村の家に後見人になってもらえないかと、こうして相談にやってきたという。
 爺さんは話を聞き終わった後、暫く何かを考え込むように目を閉じて腕を組んでいたが、煙草の煙を大きく吐き出して頼もしいとも言える笑顔で笑った。

「そうかい、そいつぁ大変だったな。 儂でよければ嬢ちゃん達の後見人、引き受けさせてもらおうじゃねえか」

 よかった、変に色々突っ込まれたらボロが出るかと心配してたけど、凛の説明で納得してくれたようだ。

「じゃ、書類関係はこっちでやっといてやるから、安心しな。
 せっかく来たんだ。 お前さんたちはゆっくりしていくといい」

 そういって爺さんは煙草を灰皿で揉み消して家に戻って行った。
 そんな爺さんを、藤ねえが不思議そうに見ていたのが気になって聞いてみると、

「何ていうか、お爺様の態度が切嗣さんに初めて会った時みたいな感じがしたんだけど、気のせいかな?」

 なんて答えた。
 その答えに当然事情を知っているあたし達三人は、思わず顔を見合わせてしまった。
 さすがに凛や桜を切嗣同様”魔術師”だと思ったわけじゃないんだろうけど、もしかして、爺さんは訳ありなのを承知で後見人を引き受けてくれたんだろうか。
 まぁ、こっちの素性に対して何か勘付いてるわけじゃなくっても、同時期に姉妹の後見人が揃って行方不明になっているんだ、不自然に思わないほうが可笑しいというものか。

(ちょっと、アンタのお爺さんこっちの素性に気付いてるなんてことはないでしょうね?)
(それは無い筈なんだけど、何か隠してるっていうのは気付いてるのかも)
(まいったわね……)

 ラインを通じて凛の溜息が聞こえてきそうだ。

「それより詩露、桜ちゃんが凛ちゃんの家に戻ってきたんだったら、アンタ戻ってらっしゃい」

 テーブルに身を乗り出して、あたしに顔を近づけ、しかめっ面で言ってくる藤ねえ。
 しまった、そういう話の展開になるとは思ってなかった。
 そういえば、あたしが凛と同居しているのは、凛の体が病弱だから身寄りの無い凛の看護がてら、身の周りの世話をしてあげているってことにしてたんだっけ。

「えぇっと、それは……」

 そうは言っても、あたしとしては凛の家に居るほうが都合がいい。
 何しろ魔術の修行を気兼ねなくできるし、セイバーを始めサーヴァントのみんなからも手解きを受けることができる。
 でも実家に帰ることになったら、魔術を使える機会はぐっと減るだろうし、セイバー達のことを何と言って説明するか、説明したとしても一緒にいることはできなくなってしまうだろう。

「その事なんですけどお姉さん、できればこの別宅をお借りすることはできないでしょうか?」
「「え?」」

 唐突な凛の提案に、身を乗り出していた藤ねえと、やや身を引きながらなんと説得したものかと悩んでいたあたしは、揃って凛を凝視してしまった。

「実は今、わたしの家には海外からのお客様が四人いらしてるんですが、さすがに家が手狭になってしまっていることと、彼女たちがまだ日本に慣れていない所為で何かと不自由してらっしゃるんです。
 幸い詩露さんのお陰でなんとかなっているんですが、やはり詩露さんに甘えてばかりというわけにも行きませんし、わたし達も藤村のお爺様に後見人を頼んだ以上どういった生活を送っているか、わかる形にしておいた方がそちらにも安心して頂けると思うんです。
 そう考えると、この別宅でしたら藤村のお家にも近いですから何かあった時心強いですし、お姉さんとしても近くに詩露さんが居た方が安心できると思うんで、そのお客様たちが慣れるまででも結構ですから、なんとかならないでしょうか?
 あ、もちろん滞在費はきちんとお支払いします」

 そういって、藤ねえの事を困り顔で見つめながら尋ねる凛に、テーブルから降りて腕組みしながら、う~……んと悩む藤ねえ。
 藤ねえは元々面倒見が良いし、困ってる人間を放っておける性格じゃない。 ここまで言われて断るとは思えないけど……。

「はぁ~わかった。 その代わり、そのお客さん達と一度会わせてくれる?」

 結局凛の時と同じように、直接会って相手を確かめることで話はついた。



[1095] 『剣製少女/午睡休題 第一話 1-3』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:30
「じゃあ、夕方にもっかい集合でいい?」
「そうね、ついでだから詩露は学校の道具持ってらっしゃい。
 そうすれば今日泊まっていけるでしょ?」

 結局あのままお茶を飲みながら、学校のこととか桜のことなんかを話していたんだけど、やっぱり気になっていたのか”遠坂に滞在しているお客さん達”に会うなら早い方がいいだろうということで夕飯を一緒に摂る事になった。
 まぁそれはいいんだけど、何時の間にあたしは泊まることになってるの?

「姉さんはあたしにここまで制服で来いと?」
「久しぶりに会ったんだからいいじゃない。 それに、詩露の制服姿って可愛くってお姉ちゃん好きだよ?」

 あたしが半眼になってそっけなく言うと、腕を振り回しながら威嚇してきたかと思ったら、最後には顔の横に手を揃えて体をくねっと曲げだした。 ……やめなさい、二十○歳。 本気でちょっと可愛いのがなんかヤダ。

「はぁ、わかった。 制服と鞄持ってくるよ」
「うん、寝巻きは飛び切り可愛いのにしてね♪」

 ……なんでよ。


『剣製少女/午睡休題 第一話 1-3』


「シロの姉上にですか?」

 遠坂邸に戻ってお昼を食べながら衛宮邸であったことと、この後の打ち合わせをすることになった。

「そ、みんな夕飯までにそれぞれの役割を決めて演じられるようにしといてちょうだい」

 思わず食事の手を止め顔を見合わせるセイバーとライダーとは対照的に、アーチャーとバゼットは落ち着き払っている。

「二人は大丈夫なの?」
「えぇ、私は仕事柄幾つかの職業を偽ってきた経験がありますから。
 今回も”個人経営の古物商”という肩書きがありますから、それをそのまま使おうかと。
 それから、こちらに滞在している理由は……そうですね、商取引に遠坂邸に訪れて怪我をしたので、回復するまでお世話になっている、というのはどうでしょう?」
「そうね、でもそれなら怪我の原因はこちらの所為ということにしましょう。 その方が説得力が増すわ」

 凛の追加の設定に無言で頷くバゼット。
 なんでもバゼットは執行者の仕事の時に有名企業の人間に扮していたこともあるとか。
 当然現在は協会のバックアップはないから使えないが、当時は名刺も持っていたし、連絡先に電話をされてもきちんと従業員扱いされてたそうだ。

「なんで今回はその企業じゃなかったの?」
「こんな一地方都市に有名企業の人間がやってくる理由がありませんから」

 そういって、既に食事を終えているバゼットが苦笑で答える。
 確かにそれもそうか。
 東京とかの都会だったらわかるけど、こんななんの特色も無い土地に海外の有名企業がわざわざ人を寄越すなんて不自然だ。
 逆に古物商だったらどんな土地に行こうが、取引相手に不自由しない。 確かに便利な肩書きかも。

「アーチャーは?」
「私も生前の経験があるからな、日系二世の刀匠兼鑑定人とでもしておこう。
 滞在理由はそうだな、玉鋼の買い付けと、ここで見つかった日本刀が祖父の作ったもので、後学の為に検分に来ているというのはどうだ?」
「……そうね、それだったら衛宮邸について行くこともウチのお客様ってことで納得がいくわね」

 こちらも手馴れたものとでもいうように、特に考えることもなく偽りの身分を決めたアーチャー。
 そんなアーチャーの考えに顎に手を当ててしばらく考えていた凛だったけど、アーチャーの考えに納得したように頷いた。
 まぁ、アーチャーだったら古今東西の刀剣知識があるんだから、刀匠兼鑑定人ならなんの不都合もないか。
 しかし、玉鋼の買い付けか。 確か玉鋼っていうのは日本刀の材料で、出雲で一括して作ってるから日本中の刀匠が買い付けに集まるってことだったような? 正月に雷画爺さんが酔った時、そんなことを言ってたような気がするけど呂律が回ってなくってよくわかんなかったんだよね。

 問題は途方にくれている二人のサーヴァントだけど……

「二人はどうする?」
「正直何も思いつきません」
「私も自分になにが向いているかもわかりません」

 やっぱり。
 二人とも大聖杯のバックアップもなくなって、知識を引き出すこともできなくなったせいでこの二ヶ月は現代に順応するのに精一杯って感じだったもんなぁ。

「そんなことだろうと思って、二人に関してはわたし達で考えてあるんだけど内容に文句を言わないようにね」

 そういって困り顔で告げる凛だったけど、二人ともあっさりと納得してしまった。

 まずセイバーはイギリス出身の十六歳。 ただの旅行者ということにしておいた。
 下手に学歴とかを詐称して大学生とかにするとそこからボロがでるかも知れないし、現代知識に乏しく、見た目の幼いセイバーに飛び級とかで高学歴をつけてもいいことがないからだ。
 そしてセイバーは不慣れな日本で困っていたところをあたしに助けられて、その恩を返すことを誓ってあたしの傍にいると。
 こうしておけばサーヴァントとして振舞ってもボロが出にくいし、あたしが”鞘”を投影できるようになって、急にいなくなったとしても不自然に思われにくいだろうと思ったからだ。
 もっとも、十六歳の少女が恩を感じたからといって相手の家に居座るという部分は不自然なので、”騎士の家系”で家訓に従っている為、親公認で恩を返すまで帰れないということにしている。
 騎士として振舞うということであればセイバーにとってはお手の物。 説得力を持たせるまでもなく、生前のように振舞えばいいと聞いて彼女も安心していた。
 ……それにしてもこの設定、雷画爺さんが聞いたら大喜びしてセイバーのこと気に入りそう。 恩義とか忠義とか大好きだもんな。

 一番困ったのはライダーだ。
 何しろ外見的には就労年齢に達している外国人なのに無職で、縁も所縁も無いはずの日本に滞在し、中学生ばかりの家に居候しているのだ。 警察に職務質問でもされようものなら、言い訳のしようもないほど完璧な不審者だ。
 そこで一番最初に考えたのは、日本に職探しに来たというもの。
 だがこれはちょっとマズイ。 なにしろライダーは日本語を流暢に操るのだ。 観光ガイドから翻訳家、上手くいけば商社にだって勤められるだろうアドバンテージを持っていて、わざわざ不慣れな日本で働く理由が無い。
 かと言って留学生ということになれば、セイバー同様現代に不慣れで学が無いのが不自然になる。
 そこでしかたなく、”遠坂の恩人で良家の娘”ということにした。
 これだったら遠坂邸に居座っていても不自然ではないし、仕事や学校に行っていないのも”結婚するまでの道楽”と言い訳することができる。
 まぁ、着ている物が庶民的過ぎるので、変装用の衣装が必要か? という意見もあったんだけど、本当は質素な方が好きで、折角実家を離れているのだから好きな服を着ているということにすればいいだろうということで、話がついた。

「ま、こんなところかしら?」
「そうですね、それぞれの特徴を生かした無理の無い設定ではないかと」

 凛の確認にセイバーが納得しライダーも頷く。
 一番心配だったセイバーとライダーが納得しているんだ。 後は現場でそれぞれの演技力に期待するだけだろう。

「イリヤには連絡した?」
「うん、なんかノリノリで自分も参加させろって言ってきた」
「はぁ、遊びじゃないんだけどね」

 食後のお茶を楽しんでいた凛が、呆れながら溜息をつく。
 イリヤの経歴は殆ど実際のものと変わらない。 ”遠坂”の知り合いで現役のお嬢様、現在郊外の別宅で使用人達と暮らしていて、時折あたし達と遊ぶ為に遠坂邸を訪れているというものだ。

 その後、夕飯前に商店街で買い物をしてから衛宮邸に行くことを確認して打ち合わせは終了となった。
 アーチャーは洗物をするため食器を持ってキッチンへ戻って行ったが、みんなはそれぞれ自室に戻ったり居間でくつろぐ為に食堂を後にした。
 あたしは一番最後にテーブルを台拭きで拭いてから、箸やナイフ、フォークを持ってキッチンへ向かった。

 キッチンでは既にアーチャーが洗物を始めていたので、あたしも急いでエプロンを着けて手伝う為に流しに並んぶ。

「そう言えばアーチャーは生前、他にどんな経歴装ったことがあるの?」

 洗物のついでに雑談のネタを振ってみた。
 アーチャーは水を張った食器カゴで、食器の汚れを洗剤を使わないで下洗いしながら、生前の事を思い出す為ん~……と唸りながら顔を上げて視線を彷徨わせている。

「ほとんどバゼットと同じで協会が用意したものを使っていたが、自前で用意したときは旅行者か密入国だったな」

 ……聞くんじゃなかった。
 自身の未来が色情魔の上に密入国者なんて、全然正義の味方っぽくない。
 とはいえ、切嗣の話にも似たようなことをしていたものがあったから、”正義の味方”といってもそんなものなのかな?

「その頃ってまだ”正義の味方”目指してたんだよね?」
「あぁ、”正義の味方”を諦めたのは娘が生まれて……」
「娘!? アンタ娘がいたの!?」
「な、なんだ突然」

 何気なく言われた衝撃発言に、食器を落としそうになりながらアーチャーを凝視してしまった。 アーチャーもあたしの大声に驚いたのか、あたしの事を何事かと見つめている。
 あ、でも色情魔だったんだから、娘どころか息子とかもそこらじゅうに何人もいたのかも。
 それを言ったら、

「……お前はどういう目で私のことを見ているんだ。 凛が言ってたことは誤解だといっただろう」

 と悲しそうに言われてしまった。
 そうはいっても、あたしは凛がどういう誤解をしているかはっきりと知らされてないんだから、本当に誤解かどうか判断しようがないんだけだな。
 それを聞いたアーチャーは用心深く辺りを確認した後、あたしの方に心持ち顔を近づけて声を潜めて凛の見た夢の話を始めた。

「つまり、凛は自分の未来の姿でアーチャーと……その、変なことしてた夢を見てしまったと?」
「そうだ、しかも感覚まであったらしい」

 うわ、聞いてるこっちの顔が熱くなってくる。
 しかし、アーチャーはあたしの様子に気付いた様子もなく、困り果てた顔のまま食器を洗う手を休めることなく淡々と洗い続けた。 その手つきは機械の様に正確で、既に職人の貫禄すら漂わせている。
 ん? ……皿洗いの職人って、下っ端歴が長いってこと?
 それにしても何というか……。 中学生には夢だけでも刺激が強すぎるのに、感覚までとは凛も気の毒に。 そりゃ殴りかかりもするってものだ。

「それから誤解の無いよう言っておくが、私が生涯関係を持ったのは凛……いや、”遠坂”だけだ」

 ぶっきらぼうに、でも少し誇らしげに告げるアーチャー。
 それを聞いたあたしは、不覚にもアーチャーのことを一途でちょっと可愛いと思ってしまった。

「凄く凛のことが好きだったんだね」
「んぐっ……」

 あたしの一言にアーチャーは息を詰まらせたような音を立てて口角を下げ、半眼でこっちを睨んでくる。 色黒で判りづらいけど、心持ち顔も赤くなっているようだ。
 それを見てあたしは自分の顔がニヤけるのを抑えることができなくなってしまった。

「全く、そんな所ばかり似てくるんだな」
「何が?」
「いや、今の笑い方はまるっきり凛のようだったぞ」
「あたしはあんなに意地悪じゃない」

 ふっと鼻で笑いながら洗物に再び専念するアーチャー。
 思わずあたしは反発してしまったが、よく考えればそんなこと当たり前か。 何しろ一年以上一緒に暮らしてずっと傍にいるんだから、仕草とかだって似てきてくるというもの。

「へぇ~、誰が意地悪ですって?」
「えっ!!」

 いきなり背後から声が掛けられた。
 あたしは驚いて振り返ったが、アーチャーはいつから気付いていたのか全く動揺する素振りを見せず、あたしが落としかけたお皿を受け止めた。

「詩露ちゃん酷いわ~、お姉さん、か、な、し、い、な!」
「う、うぐぐ、だ、駄目駄目、凛! お腹絞めたら口から溢れちゃう!」

 手が濡れてて身動きできないあたしを後ろから抱きしめて、凄くいい笑顔のままお腹を締め付けてくる凛。 お昼を食べたばかりということもあって、口から中身が出てきそうになる。
 それでなくっても今日は藤ねえに締め上げられてるんだから、これ以上傷めつけられたら本気で堪ったものじゃない。

「ふ、こんなポヨポヨなお腹じゃ、本当に戻しかねないから今日のところはこのくらいで勘弁してあげるわ」
「ちょ、やめ、く、くすぐった……あはは」

 締め上げるのを止めてくれた凛が、今度は服の下に手を入れてあたしのお腹を撫で回す。
 運悪く今日はキャミソールなせいで、簡単に捲り上げられてしまった。 ……というか、何このセクハラ。 もしかして足裏代わりの新しいお仕置きですか?

「仲がいいのは微笑ましいのだが、何か用かね?」

 食器を洗い終わったアーチャーが、エプロンで手を拭きながら呆れながら問いかける。

「あぁ、忘れてた。 詩露、わたしのルビーのペンダント知らない? 今日衛宮の家に行く時持って行こうとしたら、見当たらなかったから探してるよ」

 あたしのお腹に手を回したまま、後ろから覗き込むようにして聞いてくる凛。
 その時あたしの体を横に動かすようにした所為で思わずよろけてしまったが、凛がしっかりと抱きとめてくれた。

「また? 凛の部屋に無いんだったらあたしの部屋じゃない?」
「はぁ、やっぱりそうか。 ちょっと探すの手伝って」

 あたしの肩に凭れ掛かって項垂れる凛。 彼女の散らかし癖は今尚健在で、時々余りにも思いもよらない場所から探し物が出てきたりして、笑い話のネタにされたりしている。
 特にペンダントは毎日持ち歩いているにも関わらずよく無くしているので、最終的には魔術で探したことすらあるほどだ。

「ん、いいよ。 ……って、いつまで抱きついてるの?」
「いや、お腹の感触が癖になりそうで」
「……癖にしないように」

 部屋でペンダントを探し始める時、一番始めに探すのは枕の下と布団の中だ。
 寝惚けた凛が、ポケットに入れておいたペンダントをそのまま手近な場所に置くことがあり、この二つの場所は一番気付きにくい上によく置いてある場所でもある。
 一度など、あたしの寝巻きに入っていたことがあって、「くれるの?」と聞いたら慌てて引っ手繰られた。
 そんなに大事なら決められた場所にしまっておけば良いのにと思うんだけど、それができれば苦労はしないんだろうな。

「あ、そういえば聞いてみたかったんだけど、衛宮の家に住むのって何時決めたの?」

 ベットの上でゴソゴソやってるあたしは、後ろでクローゼットをゴソゴソやってる凛に聞いてみた。
 正直こういう話の展開は考えてなかったから、凛が何時衛宮の家に行くことを決めたのか気になってたんだよね。

「ん~……、桜が魔術から足洗うって決めた時かな?
 遠坂の家だと魔術を秘匿する必要がないから、あの子だけ疎外感感じちゃうかもって心配になったのよ。
 その点、一般人が出入りする衛宮の家だったら普段から魔術の話題が飛び交うことも無いだろうし、最悪アンタと一緒に藤村の家に厄介になるように話をもっていければいいかな~って。
 ……可笑しいわね、ここにも無いじゃない」

 人のショーツを引っ掻き回している姿はなんだけど、あたしはちょっと凛に感動してしまった。
 本当に凛は、桜が大事なんだね。



[1095] 『剣製少女/午睡休題 第一話 1-4』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:31
 あたし達は衛宮の家に向かう途中、公園で待ち合わせたイリヤ達と一緒に買い物する事にしたけれど、衛宮の家には冷蔵庫はあっても食材は勿論、調味料の類も一切無いので大量に買い込んでから行くことにした。

「よおチビ助、いくらなんでもこりゃ買いすぎなんじゃねえか?」

 買い物袋を両手一杯に抱えたランサーが、呆れたように文句を言ってくる。
 アーチャーも同じような状態なのに、こっちは文句を言わず重い荷物を両手一杯に抱えて黙々と歩いているけど、アーチャーの場合、こういう状況は生前いくらでもあったからか今さら文句を言う気も起きないのかも知れない。

「じゃあ、ランサーは夕飯なしね」
「バ、バカ言ってんじゃねー! タダ働きかよ!」

 あたしの冗談に本気で慌てるランサー。
 ランサーはバゼットとは対照的に、人生を楽しむ事に全力を傾けている節があるので、食事にかける情熱は並々ならないものを持っている。 ……実際美味しいお店とか一杯知ってるし。
 セイバーも食事に関してはかなり拘るから、やっぱり昔の食糧事情と比較すると現代の食事って相当魅力的なのかも知れない。

「じゃあ頑張って運んで。 あたしは着替えとかで既に両手塞がってるし、他は女の子なんだから」
「「いや、おめえ(貴様)も女だろう(が)」」
「あ……」


『剣製少女/午睡休題 第一話 1-4』


 衛宮邸での食事は完全にあたし一人で作ることになった。
 藤ねえは食事の準備の間に面談をしてしまおうと考えたようで、そうなると普段一緒に作ってくれているアーチャーも、一人抜けてあたしを手伝うわけにはいかないからだ。
 こういう時、鍋物だったら簡単だったんだけど流石に初夏に鍋では我慢大会にしかならない。
 まぁ、藤ねえはそれでも面白がりそうだけど、暑さに弱いイリヤなんかは下手すると倒れかねないから、ここは一つボリューム重視で手早く作れ、それなりにバリエーションのあるものということで、お蕎麦と付合わせにエビ天を筆頭に各種天ぷら、とろろ。 薬味にネギ、ワサビ、茗荷、紫蘇を用意して、メインのお肉はチャーシューが良かったんだけど時間的に無理だし、ボリュームに欠けるかな? と思ってピリリと辛いねぎソースをかけた鶏肉揚げにすることにした。
 正直揚げ物ばかりでカロリーが凄いけど、お蕎麦があっさりしてることと、大食漢が多いからこのくらいのボリュームにしないと満足してもらえないだろう。

 それにしても暑い。 IHとかだと涼しいんだろうけど、初夏とはいえガスコンロでの揚げ物は地獄だ。
 額や胸は勿論だけど、背中の方まで汗でびっしょりになってしまって、キャミなんか肌に張り付いててもの凄く気持ち悪い。 あぁ、食事の前にシャワー浴びたいかも。

「おい、大丈夫か?」
「あ、アーチャー」

 殆ど流れ作業のようにしてテンプラを揚げていると、後ろからアーチャーが声を掛けてきた。

「手伝おう」
「向こうはいいの?」
「あぁ、藤ね……藤村さんも大変そうだから手伝ってやって欲しいそうだ」

 そう聞いたあたしが居間の方を振り返ると、話が弾んでいるようでみんな楽しそうに談笑している。
 この様子だったら上手くいくかな?

「向こうの様子はどう?」
「最初の内はお互い緊張していたが、凛が間に入って上手いこと取り持っていた。 問題ないだろう」

 そっか、良かった。 藤ねえがいきなり 「ほ、本日はお日柄もよく……」 とか言い出したときにはどうなることかと思ったけど、元々藤ねえは人見知りするタイプじゃないし、逆に人とすぐ仲良くなれるタイプだから大丈夫だと思っていたのに、やってきたお客さんが揃いも揃って美形だったものだから、雰囲気に飲まれたのか取り乱していたようだ。
 逆に強面ばかりのほうが、お兄さん達で慣れてる分まだ緊張しなかったのかも。

「ほれ、汗を拭いて少し涼んで来い。 下着が透けてるぞ」
「あ、ほんとだ」

 アーチャーと揚げるのを交代して、渡してくれたタオルで顔と首筋、キャミの裾を巻くって中をごしごしと拭いていく。
 透けているといっても、キャミが柄物の所為でそれほど目立ってないけど、これが白無地だったら完全に透けてたな。

「ブラ脱いで来ちゃおうかな?」
「まぁ貴様の体系なら目立たないだろうし、私もランサーも気にしないが女性陣が気にするだろうからやめておけ。
 実家から着替えを持って来い。 それまでは私がやっておいてやる」
「ん、じゃあ頼むね」

 キャミの襟口から中を覗きながらアーチャーの申し出に答える。
 とはいえ、実家に下着の替えまであったかな?
 ブラって吸水性はあっても、なかなか乾かないから時間が経つと肩とか背中とかが痒くなったりするんだよね。
 しかもあたしのブラって胸が小さいくせに布面積が無駄に多いから、こういう時って余計に暑く感じる……って、これはブラが凛の趣味の所為か。 あたしはもうちょっとシンプルな方がいいんだけどな。

 それはともかく、一応藤ねえに一声かけてから行こう。

「姉さん、あたしちょっと実家に行って着替えとって来る」
「ん? どうかした……って、アンタなんて格好してるの! ちょっとセタンタさん、顔背けて! 見ちゃ駄目ーっ!!」

 顔を手で煽ぎながら居間に入ると、突然顔を真っ赤にした虎が吼えた。
 あたしはあまりの剣幕に呆然としてしまったけど、藤ねえはなんとかランサーの眼を塞ごうと手をぶんぶんと振っている。
 ちなみに、サーヴァントに関しては偽名として生前の名前や、知り合いの名前を使うことにしているが、アーチャーだけはこの時代出身なので下手に知り合いの名前を使うと、後々問題が出るかも知れないという事で適当な偽名を使ってもらっている。
 セイバーはアルトリア・ペンドラゴン、アーチャーは弓塚 士郎、ランサーはセタンタ・フーリン、ライダーはステンノ・エウリュアレとそれぞれ名乗っているが、藤ねえは特に疑問に思わなかったようだ。

「い、いいから、お姉ちゃんが行ってくるからそんな格好で表歩いちゃ駄目よ!
 いい? アンタはシャワーでも浴びて待ってなさい。 バスタオルだったら四、五枚はあった筈だから」

 そういって藤ねえはランサーとあたしの間に割って入って、そのまま脱衣場まであたしを隠すようにして引き摺って行った。
 あたしが藤ねえの剣幕に圧倒されてしまい、ただコクコクと頷いてシャワーを浴びる為服を脱ぎ出すと、藤ねえは激しい足音を立てながら実家へと向かって慌てて駆け出した。 ……というか、なんで藤ねえが慌ててるんだろ?


 シャワーを浴び終わっても藤ねえは戻っていなかったので、バスタオルを巻いて居間に行くとみんなは相変わらず楽しそうに雑談していた。

「藤ねえまだ戻ってない?」
「アンタまたそんな可愛い……じゃなかった、だらしない格好でこんなトコに居たら、お姉さんが吼えるわよ?」

 あたしが扇風機の前に陣取って涼んでいると、凛が顔に手を当てながら呆れたように言ってきた。

「ん~? 平気だよ。 あ゛ぁ゛~……」
「にしても、おめえの姉ちゃん面白えなぁ」

 あたしが扇風機に向かって声を出しながら遊んでいると、テーブルに肘を付いてだらしない格好をしたランサーがニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。
 今日は面談という事で猫を被るのかと思っていたけど、そんなこと俺には関係ねえとばかりに普段通りに振舞っていたランサーの事を藤ねえも気に入ったようだ。
 元々ランサーは豪快な性格をしてはいるものの、義侠心溢れる気のいいお兄ちゃんって感じだから、殊更藤ねえとは相性がいいみたいで、雑談している時も二人の笑い声がよく聞こえていた。

 それはともかく、藤ねえほどではないものの、イリヤもランサーがあたしを見るのが気に入らないのかランサーの眼をその小さな手を翳して塞いでいる。

「ちょっと、見ちゃダメなんだってば!」
「な、なんだよマスター」

 ランサーは最初こそ鬱陶しそうに避けていたけど、その内面倒くさくなったのか口をへの字に曲げながらイリヤの好きなようにさせることにしたようで、今は大人しく目をイリヤの手で塞がれている。
 別に見られて困るようなスタイルしてないし、ランサーもアーチャーも別に意識してないんだから周りが気にすることないのに。

「私も彼女のあり方には好感が持てました。 彼女のように人に偽らず、人に騙されない人柄は稀です。 詩露の素直な性格も彼女の人となりによるところが大きいのでしょうね」

 そういって微笑むセイバーにそんな大層な性格じゃないんだけどなぁとは思いつつも、自分の姉が褒められるとやっぱり悪い気がしないから不思議だ。
 それに比べて凛は面白くなさそうに、

「師であるわたしの影響って事は考えなかったわけ?」

 と、例の怖い笑顔でセイバーのことを問い詰めている。

「考えるも何も、凛は生粋の魔術師(メイガス)です。 詩露の性格とは正反対でしょう」
「あぁ、確かにこいつの性格はまだまだ魔術師とは言い難いわよね」

 なんでか話の矛先があたしのほうを向き始めた。
 セイバーは苦笑いで凛の質問に答えたが、その答えは凛にとっては褒め言葉にすぎず、ついでに言えば魔術師……というか、魔術使いのあたしにとっては、問題点でもある。
 魔術は日常とは相容れない。 魔術と日常は切り離して考えるもの。
 そういった凛は確かに猫を被ることで完全に切り替えてるけど、あたしの場合、魔術が手段だからか全然切り替えできてないもんね。

「先輩、髪拭きますね」
「あ、ありがとう桜」

 タオルを持った桜が後ろからあたしの髪を撫で付け始める。
 桜はあたし達と同じ学校へ通うようになって、上級生を相手に”ちゃん”付けで呼ぶのはさすがにマズイと思ったのか、あたしの事を”先輩”と呼ぶようになった。
 それに合わせる様にあたしも”ちゃん”付けを止めたんだけど、桜にとってはより親密になったと感じられたのか、とても喜んでくれている。 ……でも、時々変なスイッチが入って”詩露ちゃん……”とか言って、うっとりしながら抱きしめてくるけど。

「先輩の髪って綺麗ですよね」
「そう? 桜なんてツヤツヤストレートだし、凛なんて軽くウェーブ入ってて動きがあるし、二人の方が綺麗な髪してるんじゃない?」
「いえ! 先輩の髪って色も綺麗だしキューティクルも整ってて枝毛はないし、触り心地も抜群だし、何と言ってもいい匂いがするんですよねぇ~」
「うひっ!」

 なんか、言いながら段々手つきが怪しくなってきたなぁ~と思ったら、終いにはあたしを抱きしめて首筋に顔を埋めてクンクンと鼻を鳴らし始めた。
 桜の息というか感触がくすぐったくって思わず身を竦めてはみたものの、全然離すつもりはないらしい。

「あ、サクラずるーいっ! 私も~♪」
「うおっ!」

 っと、今度はイリヤがランサーから手を離して、嬉しそうに横から抱きついてくる。 ……それはいいんだけど、あたしバスタオル一枚だから足が開けないしバランス取れないんですけど。
 そんなあたしの状態にお構いなしに、満面の笑顔で期待の眼差しを向けてくるイリヤ。

「ねぇねぇシロ。 私の髪は? 私の髪も綺麗?」
「もちろん。 イリヤの髪も色艶共に綺麗だよ」

 答えと一緒に、それが本心であることを示すようにイリヤの髪を撫でてあげると、大きな目をキラキラと輝かせて大喜びするイリヤ。 なんだか、ファンファーレか協会の鐘の音でも聞こえてきそうな喜びようだ。

「でも一番はシロだよ」
「そうですね、詩露ちゃんの髪が一番です」
「あはは……二人ともありがとう」

 なんというか、身内贔屓もここまでくると笑うしかない。 恥ずかしいやら照れくさいやら嬉しいやらで、顔が赤くなるのを抑えられそうもない。

「ただいまー。 詩露着替え……って、あれ?」
「あ、姉さん戻ってきたみたいだから、あたしちょっと行って来るね」

 玄関の方から慌しい足音が聞こえてきたかと思ったら、脱衣所の扉を開ける音が聞こえたのであたしが藤ねえの処に向かうと、浴室の扉を開けて中を覗いている藤ねえと鉢合わせした。

「ありがとう姉さん。 何持ってきて……」
「……っ! アンタ、なんて格好で歩き回ってるのよぉーっ!!」

 一瞬あたしのことを呆然とした様子で見つめた藤ねえが、 ガオー! と虎の幻影を背負いながら着替えを握り締めて吼えた。

「い、いや、だって、藤ね……じゃない、姉さんがあんまり遅いから!」
「わたしが遅いからってそんな格好で歩き回ってたら、着替え取りに行ってる意味がないでしょう!
 はぁ、全くもうちょっと女の子としての危機感とか恥じらいってものを持ってくれないと、お姉ちゃん心配だよ」

 そう言いながらも、あたしのバスタオルを脱がして浴衣を着付けてくれて、髪まで簪でまとめてくれる藤ねえ。 まぁ、まとめてるって言っても、捻った髪を簪に絡めて項の辺りに差してるだけなんだけど。
 一通り終わってちょっと離れて衿の辺りを細かく弄った後納得したのか、藤ねえは満面の笑みで大きく一つ頷いた。

「え……っと、ありがとう。 あと、ごめん」
「ホント、気をつけなさい。 アンタ可愛いんだから、そっちの趣味が無い人でもその気になったら困るでしょ? あんまり隙を見せちゃだめよ?」
「ん、気をつける」

 頭をよしよしと撫でる藤ねえに、頷いて答える。
 まぁ、アーチャーもランサーも特殊な趣味じゃないから、あたしに興味を持つことは無いとは思うけど、周りが心配するみたいだからこれからは気をつけるようにしよう。 ……面倒くさいけど。

 居間に戻るとテーブルの上には料理が並べられていて、凛と桜も運ぶのを手伝っていた。
 もっとも、都合十名分の料理を並べるには居間のテーブル一つでは足りなかったようで、土蔵からでも持ってきたのか見慣れないテーブルも並んで置いてあった。

「あぁ、来ましたね。 出来上がったので食事にしましょう」
「あ、すみません。 お客様なのに結局殆ど作ってもらっちゃったみたいで」
「いえ、私も料理は好きですから気になさらないで下さい。
 それに、揚げ物に関しては殆どやってありましたし、蕎麦の茹汁は詩露さんには重くて捨てるのが大変だったでしょうから、ちょうど良かったですよ」

 アーチャーの余所行きの笑顔に恐縮してみせる藤ねえ。
 そんな二人の大人なやり取りを傍で見つつ、あたしはアーチャーに”さん”付けで呼ばれると色々な意味で居心地が悪いなぁ、とか関係ないことを考えていた。

 そして食卓は戦場と化した。
 セイバー、ランサー、アーチャー、藤ねえ、バゼットが一つのテーブルで、あたし、凛、桜、イリヤ、ライダーがもう一つのテーブルだ。
 セイバー達のテーブルは、気を抜けば箸に持っているものすら奪い取らんという勢いで料理が次々と消えていき、こっちの倍はあった筈の料理が足りなくなって、急遽アーチャーがお蕎麦を追加で茹でなくてはならなくなったほどだった。
 幸い、料理は全て大皿や笊に盛られていたので給仕の必要はなかったけど、これで味噌汁とかご飯があったら給仕で手一杯になって、自分が食べてる余裕もなかったかも。


 結局、ランサーと藤ねえによる大食い大会と成りかけた夕飯も大騒ぎの内に終わり、みんなが帰宅をする時間になって藤ねえは、

「みんなも泊まっていけばいいのにー」

 などと言いながら腕をぶんぶんと振っていたが、凛と桜は学校もあるんだしここで暮らすようになれば、何時でも泊まれるんだからと言い含めて今日のところはお開きとなった。


「詩露~、一緒にお風呂入ろうか?」
「あたしシャワー浴びたじゃん」

 藤ねえがTVを見ている横で、明日の授業の予習をしていると藤ねえが顔だけこっちに向けて話しかけてきた。
 あたしは凛と同居するまで、そこまで熱心に勉強してなかったんだけど、「私の弟子が成績悪いなんて許さないわよ」といい笑顔で言われてからは、不出来なりに頑張っている。
 まぁ、成績がいいことよりも、成績がいい事で周りの評価が良くなることを知ってからは、凛の思惑がよくわかったような気がしたけど。

「あれは汗流しただけで洗ってないんでしょ? だったら一緒に入ろうよぉ」
「はいはい。 わかったから抱きつかないように」

 あたしの肩に顎を乗せて、甘えるように背中に抱きついてくる藤ねえ。 重いって。


 洗い場で姉妹揃って体を洗っていると、藤ねえはかなりご機嫌な様子で鼻歌交じりにあたしの方を覗き見た。

「なに?」
「ふふ~お姉ちゃんが背中流してあげる」
「ん、ありがとう」
「任せて~♪ お爺様の持ってる日本刀以上にピカピカに磨き上げて見せるから!」

 いや、それはなんか痛そうで嫌だ。

 一緒に入れるのが嬉しいのか、さっぱりして気分が乗ってきたのか、藤ねえの機嫌は今や天井知らずに上がっている。
 あたしは背中を向けてスポンジを肩越しに渡すと大人しく洗われていたんだけど、突然脇の下から腕を入れ抱きすくめられた。

「うおっ! な、なに?」
「いや~アンタ相変わらず小っさいなぁって」
「小っさい言うな」

 全く、みんなして人のこと小さい、小さい言ってくれちゃって、言霊もせいでこれ以上縮んだらどうしてくれるんだ。

「毎日ちゃんと好き嫌いせずにたくさん食べてるかー? ちびっ子」

 突然藤ねえの声が優しくなったかと思ったら、頭に顎を乗せて聞いてきた。

「うん、相変わらず男の時に比べたら量は減っちゃってるけど、ちゃんと食べてるよ。 あと、ちびっ子言うな」
「そっかぁ~。 アンタ女の子になってから余計華奢になった気がして、お姉ちゃん不安になることがあるよ」
「そんなに華奢かな?」

 藤ねえの言葉に腕や足、お腹の辺りを見下ろしてみるけど、確かに男だった頃に比べれば筋肉がなくなった分細くなったかな。
 とはいえ、女は男より筋肉が付きにくいらしいから、これはあたしの鍛錬が足りてないんだろう。

「そうよう、肩幅なんてお姉ちゃんの胴回りぐらいしかないんじゃない?」
「いや……それはさすがに大袈裟…………でもないか」

 藤ねえに言われて自分の肩を振り返って見たけど、確かに抱きついてる藤ねえの脇の下ぐらいしかなくって、否定することができなくなってしまった。
 うわぁ、もしかして肩幅だけだったら男の時より狭くなってないか、あたし。

「まぁ、相変わらず病気とは無縁だからそれだけが救いよね。 これで病弱だったら、実家から離れて暮らすなんて許す気にならなかったもの」
「えっ!? それって……」

 何気なく言われた言葉に驚いて振り返ると、藤ねえはいたずらっ子な笑顔であたしを見下ろしていた。

「うん、あの人達とここで暮らしていいよ。 その代わり、お姉ちゃんも時々泊まらせてね」
「も、もちろんだよ。 みんなまだ日本に慣れてないからそうしてくれれば心強いし、みんなもきっと喜ぶよ」

 ぎゅっと抱きしめてくる藤ねえに、背中を預けるように凭れ掛かりながら見上げて答えると、藤ねえもニッコリ微笑んだ。

「でも、なんで許してくれる気になったの?」
「ん~ホームステイみたいで詩露の教育にもいいかなぁって思ったのもあるんだけど、みんなしっかりしてるし、いい人達みたいだし、なんといっても詩露があの人達のことを好きで、信用してるって感じたからかな?」

 なんとなく天井を見上げながら、許してくれた理由を自分でも考えながら上げていく藤ねえだったけど、結局はあたしの我侭に答えてくれたったことなのかな? なんというか、士郎の時からそうだったけど、本当に藤ねえには頭が上がらないな。

「それに”可愛い子には怪我させろ”っていうじゃない?」
「……いや、”旅”だから。 怪我させてどうするの? ”千尋の谷”と混ざった?」

 それを聞いた藤ねえは目を見開いて、あたしのことを驚いたように見つめている。

「や、やーねー冗談よー」

 なんていいながら笑ってるけど、普通に勘違いしてたな、こりゃ。

「はぁ……、でも、ありがとう、嬉しいよ。 お礼に今度はあたしが背中流してあげる」
「お、嬉しいなぁ。 じゃ、CDの盤面みたいにピカピカにして頂戴!」

 ……どんな背中よ、それ。



[1095] 『剣製少女/午睡休題 第一話 1-5』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:31
 夏休みに入って早速衛宮邸への引越しが行われた。
 とはいえ、遠坂は魔術師の家なので引越しを業者に頼むわけにもいかず、また、藤村組のお兄さん達の申し出に答えるわけにもいかなかったので、各自が荷物を運ぶことになったのだけど、幸いなことにあたしは荷物が少なかったし、一番荷物の多い凛にしても魔術の道具は必要最小限に留めたので、着替えと学校の道具以外は殆ど荷物らしい荷物はなかった。
 引越しで一番大変な家財道具に関しては衛宮邸に備え付けられていたし、足りないものは爺さんからの引っ越し祝いということでもらうことができたので、衛宮邸での生活は思いのほかスムーズに始めることができた。

 そして一週間ほど経った時、あたしは爺さんに呼び出された。


『剣製少女/午睡休題 第一話 1-5』


「どうしたの、お爺様」
「なに、今日はお前達にちょっと付き合ってもらいたくってな。 出かける支度をしてもらえるか?」

 そういう爺さんは着物の袖に腕を入れて組み、咥え煙草のまま口の端をくいっと上げて笑う。

「え、うん……、いいけど、それはみんなって事?」
「あぁ、お客人みんなでだ」

 終始ご満悦な笑顔の雷画爺さんの言葉に従ってみんなに外出の用意をお願いしたが、当然のようにみんな戸惑っていた。

「そりゃお爺様のお願いっていうんだったら吝か(やぶさか)じゃないんだけど、いったいどうしたっていうの?」
「さあ? あたしも聞かされてないんだけど、たぶん何らかのサプライズだと思うよ。
 凄く機嫌が良かったから、食事に行くとかそういうことじゃないかな?」

 居間で寛いでいたみんなに爺さんの伝言を伝えると、凛が戸惑いながらあたしに聞いてきた。
 まぁ、何処に連れて行かれるのか? っていうのを予め聞かされてなければ、用意をするっていってもどんな服を選んだらいいか、わからないっていうのもあるしね。
 アーチャー、バゼット、ライダーはいつも同じような格好だから迷わないだろうし、イリヤとランサーは家に戻らないと着替えられないから選択の余地がないけど、あたし達はそれなりに服を持っている分迷ってしまう。
 とはいえ、

「あたしの格好でいいらしいから、あまり堅苦しい格好で行かなくっていいと思うよ」

 あたしの格好はパステル・ブルーのキャミ・ワンピで、裾の部分に白い刺繍で模様が縫い付けられていて、表を歩く分には問題ないけど格式あるお店なんかはちょっと躊躇われるかな? というものだ。
 爺さんに聞いたところ、この格好でも問題がないそうだから特にフォーマルである必要はないんだろう。

「そ、じゃあ、あまりお待たせしても悪いし、みんな準備しちゃいましょうか」

 凛の号令で各々自室に向かうかと思ったけど、誰一人動こうとしない。

「……そっか、この中で化粧する人なんていなかったわね。
 と、言うわけで準備はできてるわよ」

 一瞬戸惑った凛だったけど、呆れたように納得する。
 そういえば、そうだった。 別に寝起きってわけじゃないし、これだけ美形が揃ってるっていうのにみんな素ッピンなんだよね。
 身支度っていっても、着の身着のままで十分っていうのはある意味凄いな。

「じゃあ、外に車待たせてるらしいから行こうか」

 あたしの先導で家を出ると、衛宮の家の外にはぴかぴかに磨かれた黒の車が三台横付けされていた。
 あたしには車の種類はわからないけど、街中で見かける車と違って後部座席が向かい合う形で座るもので結構高そうだ。 ……そういえば、バスを除くとあたしはこの車以外に乗ったことが無かったような。

「おはようございます、お爺様にお姉さん」

 車の脇に立っていた爺さんと藤ねえを見つけると、凛が代表していつもの猫っ被りで挨拶をする。
 こういう社交的なことは凛がするっていうのが、このメンバーでいる時の暗黙の了解になりつつある。

「おはよう凛ちゃん」
「悪いな、こっちの都合に付き合ってもらってよ」

 凛の挨拶に答えながらも爺さんはご機嫌なようだ。

「ライガーッ!!」
「おう、相変わらず元気がいいじゃねえか」

 叫びながら爺さんに飛びつくイリヤ。 そんなイリヤを愛しそうに抱きしめて、頭を乱暴に撫でる爺さんはまるで曾孫の相手をしてるかのようで、見てるこっちが微笑ましくなってしまう。
 イリヤも髪がぐしゃぐしゃにされてるっていうのに全然嫌そうじゃないし、本当にこの二人は仲がいいのというのが伝わってくる。

「今日は何処に連れてってくれるの?」
「まだ内緒だ。 でも楽しみにしときな」

 そういって口の端を上げて笑う爺さんは、なんだか悪戯小僧のようだし、イリヤも目をキラキラさせてこれから何が始まるのかと楽しみのようで、そわそわとしている。

「じゃあ行こうか」

 藤ねえに促されて車に乗り込んだけど、凛は気を使っているのかあたし達と同じ車に乗って、衛宮邸での生活の様子や他の面々の様子なんかで会話を繋いでいる。 ……まだ中学生なのに、こういう気の使い方ができるのって凄いな。


 そして車は見覚えのある場所で止まった。
 途中からもしかしてとは思ったけど、やっぱりか。
 そんなあたしとは裏腹に、凛は思っていた場所……料亭やレストランと違った為か、かなり戸惑っているようだった。

「えっと……、お爺様此処は?」
「呉服屋だ。 来た事ねえかい?」
「え、えぇ、初めてですけど……」
「そうかい。 ま、入りな」

 そういって暖簾をくぐる爺さんを見送りながら、どういうこと? という視線であたしを見る凛。

「浴衣だよ。 みんなに買ってくれるんじゃないかな」

 あたしの言葉に驚いたように目を見開いた凛だったけど、その直後なんだか邪悪な微笑み変わった。 ……もしかして、後見人になってくれたことをこんなことで喜んでたりしないよね?


 あたし達は店内でちょっとマナー違反では? というほど、はしゃいでしまった。 桜は浴衣を持ってはいたようだけど大勢で選ぶということがなかったらしいし、凛は子供の頃に着た事があるきり久しぶりだったようで、目付きが完全に本気でもしかしてこれから魔術でも使うんじゃないかというほどだ。
 セイバーは一度寝巻きとしてあたしのを着た事があったけど、それ以外の人は浴衣自体あたしが着ているのを見ていただけで、実際に手に取るのは初めてということで珍しがっていて、普段冷静なライダーも異国のファッショに興奮しているのか、次々と手にとっては眺めていた。


「シロ、シロ! 私これがいい!」

 そういってイリヤが広げた浴衣は、白地で裾に行くにしたがって薄い青にグラデーションしていき、抽象的な図柄で金魚が泳いでいるというものだった。
 図柄の金魚も水墨画のようになっていて、筆の入りと抜きで濃淡がついてて可愛い。

「あ、いいんじゃない? 柄も煩くないし、イリヤの雰囲気に似合ってるよ」
「ねぇねぇ、お揃い! お揃いにしよう!」
「そうだね、じゃああたしは色違いでこっちの……」

 あたしが赤地に白のグラデーション、黄色で同じ柄の描かれたものを手に取った時、イリヤは既に浴衣を羽織っていてあたしの手を取って少し高くなっているお座敷のような所を降りて駆け出した。

「ちょ、ちょっとどうしたのイリヤ」
「見て見てー、ライガー!」

 イリヤは少し離れた所で、アーチャーとランサーの三人でお茶を飲んでいた雷画爺さんの所まで引っ張っていき、見せびらかすようにくるくると回って見せている。

「どう? 似合ってる?」
「おう、可愛いじゃねえか」
「シロとお揃いなんだよ! ほらほら、シロもライガに見せてあげて!」

 イリヤに言われて、あたしも浴衣を羽織って前をあわせて少し斜に構えてみる。
 なんか、こうも注目されると恥ずかしいな。

「ど、どうかな?」
「いいじゃねえか。 そうしてると色っぽいぜ」
「そ、そうかな? はは……」

 色っぽいって爺さん、褒めるにしてももう少し言葉を選んで欲しい。
 そんな事言われた事ないから、どう返していいのかわかんなくなっちゃったよ。
 いいや、取りあえず笑っとけ、と思って愛想笑いで誤魔化していたら、脇からにゅっと腕が伸びてきて、お腹に白い帯が当てられた。

「お客様、大変お似合いで! 帯はこれなんかいかがっすかー?」
「え!? か、楓!?」

 あたしが振り返ってみると、色黒にショートカットで淡い水色の浴衣を着ている楓と目が合った。
 彼女は悪戯が成功した子供のような顔であたしのお腹に帯を当てている。

「正解(せーかぁーい)! 詩露が来てるからってあたしも接客に駆り出されたんだぞぉ~。 だから、高いの買ってけー!」

 そういって抱きついてくる楓は学校こそ違うもののあたしと同じ年で、浴衣だけじゃなくって訪問着やお正月に着た振袖を買うのにここへ来るといつも接客してくれている。
 彼女自身は御しとやかとはほど遠い性格なんだけど、着物姿は大変よく似合っている。

 簡単にイリヤに紹介して、再び浴衣が出されている所に戻って今度は帯を選び始めたあたし達だったけど、なんだか楓は周囲をしきりに気にしている。

「どうかした?」
「いや、藤村の大旦那は何処からこれだけの綺麗どころを揃えて来たのかと思ってさ。
 いつも御贔屓にしてくれてはいるけど、さすがにこんだけヴァリエーション豊富なのは初めてだから」

 あぁ、確かに。 人種から年齢までほとんどバラバラでどんな集団かと思ったわけか。

「ん~何ていうか、家で預かってるお客さんっていうのかな?」
「ほぅ、大旦那、ついに海外進出か!? アレか? 外人さん達は実はマフィアの令嬢とかボディーガードで、国際指名手配なんかされちゃってて今回の買い物は実は変装の一環とかそういうことなのか!」
「残念だけどそういう面白愉快な設定じゃないから」
「ちぇーなんだよー。 もっとサービスしろよー」

 楓の頭の中では壮大な陰謀活劇が繰り広げられていたみたいだったけど、あたしが否定すると拗ねたように座敷にゴロリと寝転んでしまった。
 まぁ、実際には楓の設定よりもとんでもない集団なんだけど、サービス精神だけで神秘をばらすわけにもいかないから、楓には平凡な設定で我慢してもらおう。


 結局浴衣だけじゃなくって、巾着や簪、下駄といった一揃えを買い込んで近くのレストランで夕食を終えて帰って来た時には結構な時間になっていた。

「本日はありがとうございました」
「良いって事よ。 俺も美人の艶姿を拝めて役得ってもんだ。
 それに、来週には龍神祭もある。 せっかく海外から来てんだ。 浴衣ぐらい着て行かねえとな」

 凛のお礼にみんなが揃ってお辞儀をすると、爺さんは笑いながら答える。
 そっか、爺さんはお祭りに合わせて浴衣をプレゼントしてくれたのか。 何というか、やることが本当に”粋”だ。

 そして、家に帰ってまず始まったのがお互いの浴衣の取替えっこだった。
 ライダーやバゼットは体格的に難しかったけど、あれが似合う、これが似合う。 あの浴衣も欲しかったなんてやりながら、一頻りみんなではしゃいでいたけど、気が付くとランサーとアーチャーがいなかくなっていた。 どうやら藤村組に避難したようだ。
 まぁ、確かにこの雰囲気で男二人がいても邪険にされるのがオチだし、二人の性格だと向こうの方が落ち着くってものか。


 お祭り当日。 天気もよく気温が高いのが少し残念だったけど、海風のお陰か蒸すというほどではなく意外と過ごしやすい日の夕方。 今日は屋台でいっぱい食べるだろうからということで、夕飯を軽く済ませたあたし達はお祭りに出発した。
 行きがけに浴衣をプレゼントしてくれた雷画爺さんにお礼を兼ねて浴衣を見せに行くと、凄く喜んでくれてみんなにお小遣いまで振舞ってくれる。
 あたしとイリヤは爺さんや家政婦のみんなに大人気だったけれど、ライダーとバゼットはお兄さん達の視線を釘付けにしていた。
 そして勇気を出して声をかけるお兄さんも居たけど、

「あ、姐さん! 俺と一緒に祭りを周りませんか!? 案内しますぜ!」
「いえ、サクラ達と行くことが決まっていますから」
「そんなつれねぇこと言わずに……」
「しつこい!」
「あがっ!」

「なぁなぁ、俺と一緒に行こうや。 俺と一緒だったら顔パスで屋台全部タダになるんだぜ?」
「離しなさい」
「ふぐっ!」

 と、素気無くあしらわれてしまった。
 そんなやり取りを二、三人繰り返してさすがに二人が只者じゃないと気付いたのか、お兄さん達は結局お祭りに誘うのを諦めたようだ。
 ごめんね、お兄さん達。 あたしの知り合い武闘派ばっかりで。


 お祭りは盛況で、もの凄い人で溢れかえっていた。
 あたしとイリヤは逸れないように手を繋いでいたけど、どっちも背が低い所為か不注意な人にぶつかられてよろけた時に手を引っ張ってしまった所為で、一緒に転びそうになった。

「おっと、気をつけろ」
「あ、ありがとうアーチャー」

 咄嗟に体を支えてくれたアーチャーのお陰で転ばずにすんで良かった。 せっかく買ったばかりの浴衣が汚れちゃ、楽しい気分が台無しになるもんね。
 気をつけて歩かなきゃと思った時、アーチャーの浴衣が目の前に広がった。

「俺の後を歩け。 そうすれば、ぶつからずに済むだろう」
「あ、ありがとう」
「アーチャーってば、気が利くじゃない。 うちの従者と大違い」

 そういってあたしの腕にしがみ付くイリヤは、後ろで綺麗な女の人が通る度にニヤニヤと視線で追いかけるランサーに厳しい視線を投げかけるが、ランサーもイリヤの視線に気付いているはずなのに一向に気にした風も無い。 ……これはもしかして、途中でいなくなってる場合も有り得るかも。

 しばらくは屋台巡りをしていたものの、歩きながら食べるのは危ないだろうということで、両手一杯に買い込んだものを持って櫓のある広場にやってきた。 ここにも屋台はあるものの、竹で作ったベンチや座敷も置いてあるので一休みしながら戦利品に手をつけるべく、広げていった。
 周りを見ると、缶ビールで宴会をしている人達あり、カラオケしている人たちありでみんな凄く楽しそうだ。

「どうした?」
「ん、なんかいいなって」
「……そうだな」

 あたしが呆けていると、不審そうにアーチャーが聞いてきたけど、あたしの答えになんとなくアーチャーも周りを眺めながら賛同してくれた。
 ほんの数ヶ月前に起こった聖杯戦争。 もしあの時、大きな被害が出ていたのなら、今日のこのお祭りはなかったのかも知れない。
 そう思いながら平和な光景に浸っていると、突然アーチャーが敵意も剥き出しに腰を浮かせた。
 そのあまりの迫力に驚いてアーチャーを見ると、奥歯を噛み砕かんというほどきつく歯を食いしばっている。

「ど、どうしたの?」
「……キャスターだ」



[1095] 『剣製少女/午睡休題 第二話 2-1』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:31
 そのまま飛び掛っていきそうなアーチャーをなんとか宥め、あたしはセイバーを伴ってキャスターと思しき人に声をかけに行くことにした。
 勿論、キャスターのことはアーチャーからみんなに伝えておいてもらうことは忘れていない。

「あの……良かったら向こうで一緒に屋台の食べ物食べませんか?」

 キャスターと思われる人物は、眼鏡を掛けた痩身の男性と静かに語り合っていたが、あたし達が近付くと僅かに緊張した面持ちで身構えていた。
 その緊張につられたのかあたしも声が少し上ずってしまったが、それを聞いたキャスターは少し思案するような素振りを見せたものの、

「いえ、せっかく可愛い子達に誘われて嬉しいけど、遠慮しておくわ」

 と断った。
 笑顔のまま答えたキャスターだったけど、あたしにはこの人がサーヴァントだとは信じられなかった。
 アーチャーのいうことを疑うわけじゃないんだけど、なんというか雰囲気が普通の人でサーヴァント独特の気配を感じられない。 それはセイバーも同様なのか、表情に出さないようにしているけど、視線であたしに確認しているあたり、若干戸惑っているようだ。

「あたし達の連れが貴方達の知り合いみたいなんです、キャスターさん。 それとも、メディアさんと呼んだほうがいいですか?」

 ほとんど鎌掛けと同じだったけどそこまで言われて遂に観念したのか、キャスターは深い溜息をついた。

「……わかった、ご一緒させて頂くわ」


『剣製少女/午睡休題 第二話 2-1』


 座敷では残りの面々も緊張した面持ちで、あたし達のことを待ち受けていた。
 とはいえ、殺気だっているのはアーチャー一人で残りは軽い緊張はあるものの、敵意は上手く隠している。
 取りあえずこんな人の多い場所で戦い始めても困るので、この場は休戦ということにしてお互いの状況を説明しあうことになった。


「……とまぁ、そういうわけで冬木の聖杯戦争は終結し、今後再開することはなくなったわ」
「そう、やっぱり聖杯は失われたのね」

 あたし達の説明はバゼットにしたものと同じで、表向きの聖杯戦争の説明だったが、キャスター自身大聖杯からのバックアップがなくなった為、冬木の聖杯システム自体が崩壊していたことは勘付いていたらしいし、現在は柳洞寺に居候していることから聖杯が得られなくなったことは予想がついていたようで、特に驚いた様子も無い。

「それで、そっちは聖杯戦争中どうしてたの? これからどうするつもり?」

 冬木の管理者(セカンド・オーナー)である凛にとって、聖杯戦争中のことも気になってはいても、これからどうするかはもっと大事なんだろう。 それまでの冷静な態度とは裏腹に、何か問題を起こす気があるのなら今すぐ排除するという意思を含んで、かなり露骨にキャスターを威嚇していた。

「そんなに怖い顔しないで頂戴。 私は別にここで何かしようなんて気は無いんだから」

 そういって苦笑いで凛に答えるキャスターは、凛の威嚇を軽くいなしている。
 まぁ、こう見えてもただの美人じゃなくって神代の魔女。 いくら凛が凄い魔術師だからといっても、年季と経験してきた苦労が違うということなのかな。

「そうね、それから聖杯戦争中の事だったわね」

 そういって静かに目を閉じたキャスターは語り始めた。 ……マスターとの惚気話を。
 正直、さっきまでの大人な雰囲気は演技だったんじゃないかっていうほど延々と語り続けていて、こちらとしては呆気に取られてしまった。

「それで宗一郎様ったら頼りがいがあってね……」

 頬を染め、手にした缶を玩びながら延々と語るキャスターは、どこの女子高生だ! と突っ込みたくなるほど幸せそうで、アーチャーから聞いていたイメージとはかなりかけ離れている。

「凛、これいつまで続くの?」
「知らないわよ」

 最初こそまともに聞いていたあたし達も、いい加減うんざりしてきたせいもあって、みんな好き勝手に雑談しながらキャスターの話を聞き流していた。
 その中で意外だったのが、葛木さんとランサーが思いのほか馬が合っていることだった。
 なんというか、寡黙な葛木さんと陽気なランサーっていう正反対の組み合わせは結構以外だと思ったんだけど、話を聞いてみると柳洞寺でも零観さんと仲がいいらしいから、結構陽気な人との相性はいいみたい。

 それはともかく、キャスターの話を要約すると、キャスターは前のマスターに見放されて魔力の流れを辿って柳洞寺に辿り着いたらしい。
 そこで偶々柳洞寺を訪れていた葛木さんに助けられたが、匿ってくれた葛木さんの家は別に優れた霊脈というわけではなかった為、回復するだけでもかなりの時間を要してしまったので、聖杯戦争に参加できるほどに回復した時は既に終結してしまっていたらしい。

「間抜けな話ね」
「そうね、でもお陰で宗一郎様と余計な邪魔が入ることなく過ごすことができたわ」

 そういって微笑むキャスターは、こっちが羨ましくなるほど幸せそうだ。

「ところで、お嬢ちゃん。 ちょっとこっちにいらっしゃい」

 そういって、あたしを手招きするキャスターに立膝で近付いていこうとすると、後ろからセイバーに抱きとめられた。

「いけませんシロ。 今は敵対していないとは言えあの者はサーヴァント。 無防備すぎます」
「え……でも」
「大丈夫よ、ほら、口にソースが付いてるわ」

 あたしがセイバーに止められた為キャスターの方から近付いて来て、浴衣の袖から出したポケット・ティッシュを使ってあたしの口を拭ってくれた。
 ライダーも美人だけど、キャスターはライダーとはタイプが違ってなんというか大人の色気みたいなものがあって、これだけ距離が近いとどきどきしてしまう。 ……なんかいい匂いするし。

「それに私が何かしようとしたら、貴方達も私のマスターに何かするんでしょ? だから今は安心なさい」

 あたしとセイバーを見ながら微笑むキャスターは本当に邪気が無いのか、それ以上何かをする素振りも見せずにあたしの脇に座ったまま缶ビールを傾けた。

「それに、貴方達みたいな可愛い子達に酷いことするわけないじゃない」

 いや、それは嘘だ。 アーチャーから聞いた聖杯戦争では、セイバーを奪ったキャスターはセイバーを無理矢理着替えさせた上で縛り上げたりしていたらしいのだから。
 でもそれは敵対してたからなのかな? こうして聖杯戦争が終わった今、普通に優しいお姉さんって感じしかしないし、もしかしたら敵対しないで接する分にはいい人……

「ふふふ、本当に可愛いわよ。 貴方達」

 じゃない! 絶対この人危ないよ! なんでそんな妖艶な笑い方でこっち見るの!? 今背中がぞわぞわってしたってば! ……もしかして、この人ライダーの同類!?
 というか、昔の人って性差による倫理観ってゆるゆるなのかも。
 そう思って距離を取ろうとしたら、あたしが動く前にセイバーに引っ張られるようにして距離を取っていた。

(な、なにセイバー?)
(この者は危険です。 何がどうというのは上手くいえないのですが、私とシロによからぬ感情を抱いています)

 むぅ、セイバーの直感に引っかかったんだったら、まず間違いないんだろう。 というかセイバーがここまで緊迫感持ってるのって、聖杯戦争以来久々かも。

「ちょっと、シロに変なことしないでよ!」

 後ろで桜達と話していた筈のイリヤが、あたしを庇うようにあたしの前に出てキャスターに背中を向けながら抱きついてきた。

「あら、可愛い子が増えたわ。 ふふ」

 だから怖いって、その笑い方!
 イリヤも何か感じたのか、一瞬肩をビクンと震わせたかと思うとそのまま逃げるようにセイバーの後ろに隠れ、

「ア、アンタなんて怖くないんだから!」

 と威嚇してるけど、明らかに怯えてるよね。
 凛は呆れているのか顔を手で覆って溜息ついてるし、アーチャーは自身が知っているキャスターとのギャップに戸惑っているのか、警戒してはいるものの何処か脱力しているし。

 結局真面目な話はこれ以上無理と判断したのか、みんなで軽い宴会を続けた後お開きとなった。
 とはいえ、聞き出したいことが残っていたのか凛は、

「明日柳洞寺に話を聞きに行きたいんだけど」
「荒事以外の用事なら大歓迎よ。 ただし、そこのお嬢ちゃん三人を一緒に連れてきてくれればね」

 と提案していた。
 キャスターもあたし達を気に入ったのか無碍にするつもりはないらしく、凛からの提案を受け入れている。
 気に入ってくれたのは嬉しいんだけど、その笑顔は止めて欲しい。 背中が寒くなるから。


 翌日。 まだ朝の早い時間にわたし達は柳洞寺へと向かった。
 正直早起きは辛かったけど、夏の昼日中に山登りの真似事なんてしたくなかったからしょうがない。

「いつもこのくらい早く起きてくれるとあたしも助かるんだけど」
「うっさいわよ、詩露」

 後ろから詩露の溜息交じりの抗議が聞こえてきたが、こっちは今それどころじゃない。
 確かに木々に覆われたこの辺は街中に比べれば涼しいものの、慣れない早起きと山歩きで正直一杯一杯なんだから、そんな抗議をまともに取り合うつもりはない。

「それにしても、まだキャスターに聞きたいことなんてあるの?」
「聞きたいことというよりも、交渉ね。 アンタ昨日の話どう思った?」

 後ろを振り向くこともせず、詩露に聞いてみる。
 まぁ、素直なこの子のことだから、たいして疑う事もせず信じてそうではあるけど。

「ん~……アーチャーに聞いてた話と大分印象が違って、ちょっと変だけど思ったよりもいい人っぽい……かな?」
「アンタ昨日何聞いてたのよ……」

 思わず頭痛がしてきそうな詩露の答えに我知らず溜息が出たけど、まぁ、そういう素直な所がこの子のいいところなんだからいっか。 魔術師としては問題だけど。

「いい、昨日キャスターはマスターから”見放されて”っていってたけど、そんなわけないのよ。
 どれだけ力の弱いサーヴァントだろうと、サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントだけっていうのが大前提。
 勿論、バゼットや葛木さんっていう規格外な人間も居るけど、そんな規格外のマスターだったらキャスターを手放したからといって、聖杯戦争に参戦していないわけがないじゃない。
 だから、キャスターのマスターはキャスター自身の手で排除されている筈なのよ」

 わたしが立ち止まって昨日のキャスターの説明の矛盾を説明すると、目を見開いて驚いている詩露。
 ここまで素直に驚いてくれると、話してるこっちまで気分が良くなってくるわね。 なんか、タネ明かしするマジシャンとか、事件の真相を明かす探偵の気分だわ。

「それに今でも現界しているってことの説明は何もされていなかったわ。
 アーチャーの記憶のように昏睡事件が起きてるってわけでもないんだから、多分大聖杯のあった場所から魔力を汲み上げてる可能性もあるわね」

 そう、今日の話というより交渉の本題を告げる。
 恐らくキャスターは葛木さんの手前、人の命に関わるようなことはしたくないし、しようとしていない。
 アーチャーの生前の記憶によると、葛木さんは他人の生き死にに頓着する性格ではないそうだけど、それを知らないキャスターはなるべく穏便に、そしてマスターである葛木さんに悟られない方法で現界している筈。
 なら、そこにつけいる隙がある。

「凛、なんか悪い顔になってるよ」
「いきなり失礼ね」
「いえ、そう言われても仕方がないかと」

 詩露とセイバーが失礼極まりないことを言ってくるが、それも仕方ないだろう。 自分でも顔がにやけるのが抑えられないのだから、傍から見ればさぞ不気味に映ることだろう。

「また悪巧みか、遠坂」
「またって何よ! って、柳洞くん!?」

 わたし達が柳洞寺の階段を上がっていると生徒会の同輩、制服姿の柳洞一成と鉢合わせしてしまった。
 しまった。 コイツの家が柳洞寺なのをすっかり忘れてたわ。

「あ、お早う一成」
「うむ、朝も早くから大勢でぞろぞろとよく来てくれた」
「……ごめん、迷惑だった?」

 うわぁ~、朝っぱらから柳洞くんの嫌味は利くわね。 詩露なんて恐縮しちゃってるじゃない。

「ちょっと、シロを虐めると許さないわよ」

 昨日キャスターに圧倒されていたイリヤだったけど、相手が一般人の柳洞くんだからか、詩露の腕にへばり付いた状態で威嚇している。

「ふむ、そういうつもりはなかったのだがな。 不快に思ったのなら詫びよう」

 柳洞くんは腰に手を当てたまま、心外そうな顔でイリヤの非難を受けているけど、傍で聞いてるこっちとしては、本当に悪いと思ってる? と言いたくなる。 まぁ今は関係ないからいいけど。

「それで、お山になんの用だ? それとも俺に何か用だったか?」
「違うよ、今日は柳洞寺にいる葛木さんかメディアさんに用事」

 わたし同様イリヤを敵と見なしたのか完全に無視して、詩露、セイバー、アーチャー、ランサーのみを視界に納めて聞いてきた柳洞くんに詩露が答えると、一瞬顔を顰めた。

「宗一郎兄は出勤したがメディアさんなら離れに居たはずだ。 場所はわかるか?」
「うん、平気。 ありがとうね」
「あぁ、では俺はこれで失礼する」

 そういって、手を振る詩露に一つ頷くと、セイバーとアーチャー、ランサーに会釈をして通り過ぎて行った。
 制服姿ってことは、これから学校に行くんだろうけど、今日は別に生徒会の会合なんてなかった筈なのに、相変わらず勤勉なことね。 わたしにはちょっと考えられないわ。

※本編HA内で一成はキャスターと呼んでいましたが、「剣製少女」内ではクラス名ではなく本名もしくは関係者の名前で統一したいと思いましたので、キャスターのことは「メディア」と呼んでいます。



[1095] 『剣製少女/午睡休題 第二話 2-2』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:32
 柳洞寺の離れを訪れたわたし達は、上機嫌なキャスターに招き入れられた。
 とはいえ、それほど広くは無い和室に六人の客は多すぎるということで、アーチャーを縁側に、ランサーを廊下に出した状態での歓迎ではあったが、

「私にむさいマッチョを持て成す趣味はないの」

 と凄くいい笑顔で言われてしまっては仕方ない。
 そんなキャスターにアーチャーは警戒する上で挟撃できる分都合がいいと考えたのか、一言も文句を言わなかったけどランサーはあからさまに詰まらなそうな顔をして、

「けっ、俺だってオバさんに持て成して貰っても……いでぇっ!」

 なんて文句を言った瞬間、キャスターに雷撃を食らっていた。 ……なにやってんだか。


『剣製少女/午睡休題 第二話 2-2』


「それで、用件というのは何?」
「そうね、まず確認させてもらいたいんだけど──」

 一つしかない卓袱台を挟んで、わたしがキャスターの向こう正面、右隣のやや後方にセイバー、その脇に詩露、詩露の背中にへばりつく形でイリヤが座っていた。
 キャスターはわたし達用にお茶やお茶請けを出そうとしてくれたけど、用心の為に断ったらイリヤ達を見ながら少し残念そうにしてはいたけど、気分を害した様子は無い。
 どちらかというと、セイバーが残念そうにはしてたけど、状況を考えて敢えて文句を言うようなこともなかった。

 そんな状態で回りくどくしても意味が無いので、わたしは早速本題に入ることにした。
 柳洞寺に行く途中詩露に話したように、キャスターがマスターを殺したであろう事、そして自身の現界の為に柳洞寺の霊脈……池からか、大空洞から魔力を汲み上げているだろう事を指摘。

「当然魔力の搾取は管理者(セカンド・オーナー)であるわたしに対する宣戦布告。 領地争いを仕掛けているということになるから徹底抗戦してもいいし、上手くわたし達を排除できたとしても、協会に属していない上に只の人間でもない貴方は協会から追われて、”英霊のサーヴァント”として捕縛される危険もあるわ」
「あら、現代の魔術師なんかに私が遅れを取ると思ってるの、お嬢ちゃん?」

 わたしの脅しにキャスターは動じることなく、手にした湯飲みを玩んでいる。
 まぁ実際、キャスターの実力なら防衛戦に徹すればかなり上手く立ち回ることが出来るだろう。
 陣地作成のお陰で魔力を霊脈や冬木の住人から湯水のように得られることは勿論、現代では失われた”高速神言”を自在に操るのだ。 例え同程度の実力を備えた魔術師であろうとも、一工程(シングルアクション)で起動させられる彼女にとっては、大魔術を魔術刻印を使って発動する程度の時間しか要さないのでは勝負になんてならない。 それもわたしの”ガンド”みたいにちゃちなものじゃなくって、Aランク魔術を連発できるのだ。 普通に考えて協会が喧嘩を売るのは割に合わない。 でも……。

「葛木さんが狙われるかも知れなくっても?」
「っ!」

 わたしの一言にそれまでの穏やかさをかなぐり捨てて、混じりけの無い殺気と魔力を吐き出すキャスター。
 正直、バーサーカーのような恐怖は感じなかったが、”魔術師”であるわたしには彼女の恐ろしさと実力が嫌でもよくわかってしまった。 だけどここで怯むわけにはいかない。 わたしも相手を挑発するような笑顔ではなく、あくまで真剣な表情のままキャスターの気迫を受け流す。

「もしそんな事になったら、狙った人間は生まれてきたことを後悔することになるでしょうね」
「そうね」

 鬼気迫るキャスターに対してここで初めて笑顔で応える。
 わたしの対応に一瞬呆気にとられたキャスターだったけど、自分の本気が伝わったのがわかったのか、満足気に、でも凄惨に微笑み返してきた。

「と、いうわけで妥協案。 わたしを弟子に取ってもらうわ」
「は?」

 わたしを除く全員が呆気に取られた。 勿論、あのキャスターですら目を見開いて呆然としている。

「貴方、何言ってるの?」
「聞こえなかった? わたしの師匠になってもらうって言ったの。 それとも、三騎士を相手に領地争いして徹底抗戦する?」

 わたしの笑顔に対してキャスターは苦々しげに睨みつけてくる。
 でもこれだけじゃ済まさない。 とっておきのカードはまだ残されているのだ。

「あぁ、それから冬木の管理者として、一般人の葛木さんには手を出さないから安心して。
 その代わり、”マスター殺し”をするような人の傍に置いておくのは危険すぎるから、事情を説明してこっちで保護してあげる」
「ちょ、ちょっとーっ!!」

 やっぱりキャスターは葛木さんに”マスター殺し”を言っていなかったのか、こちらの言葉に明らかに動揺している。
 正直、さっきまでの揺さぶりなんかよりも効果覿面で面白いぐらいオロオロしてて、今ならどんな契約でも結べそうだ。
 このままでも十分落とせそうだけど、更にキャスターとの関係を強固なものにするため、わたしは新たなカードを切る。

「勿論師匠になってくれるって言うんだったらちゃんと報酬は払うわよ。
 現界する為の魔力は勿論だけど、戸籍を用意して葛木さんと”正式な夫婦”になる手伝いをしてあげる」
「え……」

 わたしが強調した”夫婦”という言葉にキャスターが顔を真っ赤にして、動揺とはまた違った呆然とした表情をする。
 面白いぐらい食いついたわね。

 それから暫く……、十五分はかかっただろうか? キャスターは一人葛木さんとの新婚生活を夢想して、わたし達の呼びかけに一切答えることが無かった。

「凛、いいの?」
「弟子入りの事? 当然じゃない。 神代の魔女の力を全てとは言わないわ、一端でも自分のものに出来るんだったら安い代価よ」

 夢見るキャスターを尻目に詩露が心配そうに聞いてきたけど、わたしは余裕を持って答えた。
 何よりキャスターみたいな生粋の魔術師は追い詰めて暴走されるよりも、こうして篭絡して自身の手の内に納めてしまったほうが、断然危険度が低い。
 しかも、こちらが役に立つとわかっているのなら尚更だ。

「い、いいでしょう。 そのお話受けてあげるわ」

 コホンと咳払いの真似をして冷静さを取り戻したキャスターが現実に戻ってきた。
 キャスターと交わす契約は、遠坂の一族に危害を加えないこと、魔力は霊脈以外から取らないこと、わたしに魔術を教えること、戸籍を用意して葛木さんと結婚できるようにすることに加えて、彼女の宝具”破戒すべき全ての符”をこちらに預けるというものだった。
 どれだけ強制力のある契約を結んでも、”破戒すべき全ての符”を使われては元も子もない為の保険だったのだけど、わたしが彼女の宝具を知っている事でかなりの警戒心を呼び起こしてしまったようだ。

「どうして私の宝具を知っているの?
 いえ、それ以前に何故貴方達は私のことをサーヴァントと気づいたの?」

 キャスターの気配がサーヴァントのそれと違うのは、彼女の作った魔力殺しを使っているかららしい。
 確かに魔力で実体を作り出しているサーヴァントが魔力殺しを応用して使えば、完全に魔力を隠すことができなかったとしても、サーヴァントとしての気配は誤魔化せる。
 それなのにわたし達がキャスターの存在に気が付いた事を今まで彼女が聞かなかったのは、なんらかの探索魔術か特異なスキルの所為だと思っていたらしい。
 だが、宝具のことまで知っているとなると話は別だ。 それでは彼女がサーヴァントだと見破った説明が付かない。
 そこでわたしはアーチャーのことを簡単に説明することにした。
 ここで煙に巻いてもキャスターの信頼は得られないだろうし、セイバーの対魔力やアーチャーの特異な投影能力、生前の経験をぼかしながらでも説明しておけば、戦う前にその戦意を削いでおけるという思いがあったからだ。 ……まぁ、彼女が心からこちらを信頼することは絶対ないのだろうけど。

「なるほどね、そういうことだったの。
 いいわ、その条件で契約しましょう」

 諦めと納得がいったのか、キャスターはローブの懐から歪な短剣を取り出して柄をこちらに向けて差し出した。
 わたしはキャスターがここまであっさりと”破戒すべき全ての符”を差し出した事に、かなりの衝撃を受けていた。 正直”破戒すべき全ての符”を差し出すという条件だけは、絶対飲まないと思っていのに。
 宝具とは英霊を象徴するもの、いわば英霊の半身といっても差し支えないものだ。
 セイバーの”約束された勝利の剣”を例に挙げるまでも無く、彼ら英霊にとっての誇りであり、自身がもっとも信頼する切り札。
 それをこうもあっさり渡すとは……、いや、あっさりじゃないんだ。 彼女にとっては宝具よりも葛木さんとの生活の方が大事というだけなんだ。 生粋の魔術師であるキャスターにとっては、欲しいものを手に入れるために代償を払うのは当たり前。 彼女にとっては、宝具を失う事で葛木さんとの生活を手に入れられるのなら、躊躇う必要がないんだ。

「……安心して、これは大事に預かるから」
「そうして頂戴。 それは私にとっての拠り所のような物……だったのだから」
「それが今は葛木さんというわけね」

 わたしの言葉にキャスターはこちらが羨ましくなるほど清々しく微笑んだ。

 契約はすんなり終わった。 お互い納得尽くだったし、手順は予めわかたっていたから。

「それで、早速で悪いんだけど貴方の実力が知りたいの。
 詩露、いらっしゃい」

 わたしとキャスターの話しに退屈していたのか、イリヤと小声で話しながらじゃれていた詩露が、突然名前を呼ばれキョトンとしながら自身を指差している。

「そうよ、アンタよ。 早くいらっしゃい」
「なに? もう終ったんじゃないの?」

 セイバーとは反対の左隣に座りながら怪訝そうな顔を向けてくる詩露。

「この子実は元々男の子なの」
「は?」
「ちょ、ちょっと凛!」

 わたしの突然の告白に、キャスターは驚いて、詩露は慌てている。
 まぁ当然の反応よね。 でも、詩露を元に戻すつもりなら、キャスターの力は大きな物になるはず。
 この機会を逃す手はないわ。

 そう思ってキャスターにこれまでの経緯を話し、わたし達が立てた予想……但し、詩露に教えたほうの予想を聞かせる。

「それで、貴方にも詩露のことを調べてもらって、元に戻る方法が無いか考えてもらいたいのよ」

 わたしの話に何か考える素振りをしていたキャスターが、

「いいわ、ここに寝て」

 といって詩露を優しく手招いた。
 詩露はキャスターの笑顔に一瞬怯んで苦笑いになっていたけど、言われた通りにキャスターの脇に寝転んで手を組んで不安そうにキャスターを見上げている。

「大丈夫よ、なにも痛いことも怖い事もないから。 ちょっとの間眠ってなさい」

 キャスターが優しく声をかけ詩露の頬を撫でると、詩露は全身から一瞬にして力が抜けそのまま眠りに落ちた。
 キャスターは詩露の寝顔を優しく見つめながら、

「それで、さっきの予想は何処まで本気なの?」
「あ、やっぱり気付いてた?」
「当たり前でしょ。 あんな予想を本気で考えてるんだったら、弟子入りの件考え直さなくちゃいけないところよ。
 まぁ、この子は本気にしてるみたいだったから、聞かれないように眠ってもらったんだけど」

 と、呆れたように言ってきた。
 そりゃ、あんな予想を信じるなんてこの子ぐらいなものよね。

 そこでわたし達は本当の予想をキャスターに聞かせた。
 その間もキャスターは詩露を調べていて、時折小さく”高速神言”を唱えながら詩露の頭を抱えて何かを確認していたが、一瞬険しい顔をした後大きく溜息をついて体を起こした。

「それでどう?」
「そうねぇ、……やっぱりこの子は可愛い子わねー」

 そういってキャスターは満面の笑顔で詩露に頬擦りしだした。
 わたしはさっきの険しい顔のこともあって、何か目新しい事でも見つけたのかと思ったのに、肩透かしを食らって一気に脱力した所為で盛大な溜息をついてしまった

「ちょっと、真面目にやってよ」
「ふふ、真面目にそう思ってるのよ」

 そんなこと聞いてないっての!
 まぁ、詩露は確かに可愛い子だけど、わたしに言わせれば見た目の可愛さよりも性格の良さがそれを引き立ててるのよね。
 そんな、傍から見たら身内贔屓なことを考えていると、

「概ね貴方達の予想には賛同できるんだけど、二つ見落としている部分があるわ」

 真剣な表情に戻ったキャスターが聞き捨てなら無い事を言ってきた。



[1095] 『剣製少女/午睡休題 第二話 2-3』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:32
「見落としって何? それって命に関わるようなことなの?」
「ちょっと待ちなさい。 その前に聞いておきたい事があるんだけど、誰でもいいからアンリマユの事を詳しく知ってるようだったら教えて」

 キャスターの質問にわたしとセイバーがイリヤを振り返ると、イリヤは話を聞いていなかったのか蒼い顔をして詩露を呆然と見つめていた。

「イリヤ? ちょっと大丈夫?」
「み、見落としって私の所為? シロは死んじゃうの?」

 全く、この子は相変わらず詩露のことになると我を忘れるんだから。 とは言っても、キャスターが指摘した見落としが何かわからない今、本当に命に関わるのかも知れないけど。
 わたしがイリヤの肩に手を置いてもイリヤは気付いた様子を見せず、口元を手で覆って震えながら涙を堪えていた。

「大丈夫よ、落ち着いて。 今すぐどうこうということはないから。 それより、アンリマユについて教えてくれる?」

 キャスターはそんなイリヤを落ち着かせるように、優しいとさえ言える声音で声をかけるとイリヤは俯きながらアンリマユのことを生前も含めて説明し始めた。


『剣製少女/午睡休題 第二話 2-3』


「なるほどね……」
「ちょっと、焦らさないで早く教えなさいよ」
「待ちなさい、今考えまとめてるんだから」

 イリヤの説明に納得したように頷いたキャスターだったけど、わたし達が何を見落としていたのかをなかなか教えようとしない。 それに苛立ったわたしがつい詰め寄ってしまうと、キャスターは苦笑いで答えた。
 そしてしばらくの間、顎に手を当てて思考に没頭していた彼女は、納得したように一つ頷くと思いもよら無い事を言ってきた。

「まずこの子は”無”に取り憑かれてる……いえ、同化していると言った方がいいのかも知れないわ。 そしてその部分にアンリマユの呪いを受けてる」
「”無”に? いえ、それより呪いってどういうこと? アンリマユの呪いだったら、聖剣の鞘によって浄化というか拭われたんじゃないの?」

 キャスターが語った内容によると、詩露が受けた呪いというのは”人に感染する魅了(カリスマ)”というものらしい。
 これはサーヴァントが持つパラメーターのカリスマのように、軍隊指揮の能力ではなく、純粋に人から好意を向けられる度合いを表したもので、詩露が何かを命じたからといって盲目的に従うといったことにはならない。
 しかし、キャスターをして”呪い”と言わしめた”感染する”という部分は、人伝で詩露の噂が広まったり、感染した者(キャリア)同士が集まっていると、一時的にパラメーターの数値が上昇していき盲目的になったり、熱狂的になってしまったり、一度も詩露と接触したことのない相手(ノン・キャリア)でも写真や遠目に見たり、詩露の噂を聞いているだけで感染者にしてしまうらしい。

「話だけ聞いてるとそれほど可笑しなことじゃないように感じるんだけど。
 それってようは、”噂になってるくらい可愛い子”ってことじゃない」

 そう、実際それだったら学校に一人はいる綺麗、もしくは可愛い子と変わりがない。
 わたしは例の”守ってあげたいランキング”を思い出しながら、詩露が学校では元々そういう存在で、ファンの子達だっているけど彼、もしくは彼女達の全員が詩露と面識があるわけじゃない事を思い出していた。

「そうね、でも普通は噂になったからって、本人の魅力(カリスマ)が上がることなんてないでしょ?
 でもこのお嬢ちゃんは、噂になればなるほど魅力的になっていくのよ。 しかも聖剣の鞘も悪い方向で作用してしまう」
「鞘が? どういうことです、キャスター」

 自分の鞘が詩露の命を繋いでいると言われて現界し続けているセイバーが、鞘の所為で詩露に悪影響があると聞いて黙っていられなかったのか、険しい目でキャスターを見据えている。
 キャスターも鞘の現物を確認しているわけではないから、と前置きして話した内容によると、鞘が魂の状態を元に肉体を復元しているのなら、魅力(カリスマ)が噂や感染者の集団との接触で上昇してしまうということは、実際の肉体も魂の変化に合わせてどんどん魅力的になってしまうらしい。

「こ、これ以上可愛くなるの!?」

 さっきまで蒼い顔をして震えていたイリヤが、今は鼻筋を押さえながら顔を真っ赤にして震えている。
 ……というか、この子は妹に対して欲情してるんじゃないでしょうね。

「それで、盲目的とか熱狂的ってどの程度なの?」
「大した事無いわ。 魅了の魔術とか魔眼に比べれば大人しいものよ。 魔術師だったら影響を受けない程度」

 確かに魔術か魔眼による魅了だったら、最悪本人の意思に関係なく盲目的に相手を好きになってしまう。 もしそんな力なんだったら、それは無自覚に相手の精神を蹂躙しながら歩いているようなものだ。
 でも、そうでないというのなら、まだ救いがある。
 それにしても、聞き捨てならない事言ってたわよね。

「魔術師だったら影響を受けないって……一般人だったら?」
「それだって今は大差ないわ。 本人の感情を無視して強制的に精神をコントロールする類のものじゃないんだから」

 よかった。 詩露のことだから、相手を魅了してもその相手を不幸にするような事はしないだろうけど、その分向けられた好意に応える為にまた無理しそうだしね。

「とはいえ、一時的とはいっても盲目的、熱狂的になってる感染者は彼女に無条件で好意を向けてしまうでしょうし、集団になればなるほどその度合いは酷くなるわよ」

 そしてキャスターが続けた説明によると、元々アンリマユが自身の反転コピーとして魂を作り変えようとしたのなら、”伝承を元に全ての人間の善性の原因”に仕立て上げようとしたのではないか? ということだった。
 アンリマユ本人は、本来ただの村人だったものが伝承に基づいて悪神として祭り上げられたことで、彼本人の言動に関わらず全ての人間の罪業、悲哀、不徳の責任と憎悪を被せられた。
 しかし、詩露には元となる伝承はないし、なんらかの伝承を元にしようとしても、周囲の人間がその伝承や信仰を知らなければ、詩露をその元になった伝承の存在のように扱う事は無い。
 そこでアンリマユは詩露本人が伝承、伝説の存在になるように仕向ける為に、”噂によって魅力(カリスマ)が上昇する”ように魂を書き換えたのだろうと。

 確かにこの方法なら時間はかかるものの、噂、伝聞が広まれば最終的にはアンリマユとの対象存在、”本人の言動に関わらず好意を向けられる存在”になれるだろう。
 そして、ある意味これを体現している存在をわたしは知っている。

 ”ワラキアの夜”

 悪性の情報を元に、自身の存在を具現化するという死徒二十七祖の一人。
 聖杯戦争が終結した後、イリヤが回収してきた綺礼の資料の中にあったものの一つだ。
 遠坂の大師父”キシュア”がこの死徒二十七祖に数えられていることを知っていたわたしが、興味本位に目を通した資料で、他の死徒二十七祖に関しても協会の代行者が知りうる知識の障り程度には把握している。

「全く、また厄介なものを……」
「えー、そうかな? 人に好かれるっていうんだったら、寧ろいいことなんじゃない?」

 イリヤは能天気に寝ている詩露に抱きつきながら言っているが、そんなわけない。
 というか、寝てるからって足絡めてるんじゃないわよ。 こら! キスすんな!

「今はまだその程度の気持ちで済んでるでしょうけど、この症状が悪化したらそんな事いってられなくなるわよ。
 最終的には詩露の一言で、何万もの人間が殺し合いをする可能性だってあるんだから」

 それを聞いたイリヤは眉をしかめて、拗ねたように詩露の髪に顔を埋めた。

 そう、昔から傾国の美女と云われる人間は存在した。
 彼女達の所為で起こった戦争だってあるんだ、もし詩露がそういう存在と同列になるまでに症状が悪化したりしたら、……そしてそれをこの子が自覚したら、自殺してでもそんな自体を避けようとするだろう。

「何かいい手は無いの?」
「一番確実なのは、人に合わせない事。 文字通り箱入り娘にでもするしかないわ」

 わたしの質問に、キャスターは詩露とイリヤの髪を優しく撫でながら極端な答えを返してきた。
 そりゃそうすれば、これ以上感染者が増えても詩露が感染者からの影響を受けなくなるだろうけど、そんなやり方……。

「はぁ、無理ね。 だって、この子”正義の味方”になりたいって思ってるんだもの。 こっちが閉じ込めようとしたって、その内飛び出して……」
「凛、その事なんだが」
「え?」

 それまで縁側で一言も喋らずに話を聞いていたアーチャーが、不意に間に割って入ってきた。
 その表情はかなり緊迫してはいるものの、殺意や闘志といったものは微塵も感じられない。 と、いうより、どちらかというと彼には珍しく動揺しているようにも感じられる。

「なに、アーチャー。 何か不自然な点でもあった?」
「いや、それとは別なんだが、もし小娘が”奴”のように正義の味方になろうとして、戦いに身を投じて死後英霊となった場合、”奴”と同じように”自分殺し”を願うようになるかも知れん」
「どういうこと?」

 詩露がアーチャーの時のアーチャーのように、生前を後悔し、死後に絶望してしまうということ?

「憶測でしかないのだが、私は疑問だったのだ」

 そういってアーチャーが重々しく口を開いた。 彼自身かなり気が滅入る内容なのか、はっきり言って歯切れが悪くいつもの彼らしくない。

 アーチャーは自身が体験した聖杯戦争で彼の世界のアーチャーが体験した事を、彼と剣を合わせている時に擬似的に体験したらしい。
 それは同じ魂同士による共感だったのか、はたまたお互いの意地のぶつかりあいによるものだったのかはわからないが、とにかくアーチャーは自身が辿る末路を生きているうちに経験した。
 しかし、それでもアーチャーは彼のように絶望することなく、意地を張り通し”正義の味方”になることを彼に示したという。

「私にはあの時”奴”の絶望が理解できなかった。 いや、絶望自体は理解できても、その所為で”奴”が自分殺しという結論に達したのが理解できなかった。
 ”奴”は死後、英霊になることで本物の”正義の味方”になれると思ったが、実際には生前とかわらない”掃除屋”であることに絶望した為、自分殺しを決意したと言った。
 だが、もしそれが本当なら、”奴”は生前の内に”正義の味方”を諦められていたはずなんだ」

 そしてアーチャーが語った憶測とは、アーチャーの時のアーチャーが本当に絶望したのは……いや、”絶望できてしまった”のは、死後英霊になることで”無”から解放されたことで、絶望してしまったのではないかと。
 つまり、生前”無”に取り憑かれていた間のアーチャーは、絶望というものが理解できなかった。 それ故にどれだけ裏切られようと、夢が叶えられなかろうと”正義の味方”に邁進した。
 ところが、死後”無”から解放されたアーチャーは、それでも尚”正義の味方”を続けることができなくなってしまった為に自分殺しを成す事で全てをなかったことにしようとしたのではないかというのだ。

「なるほど……でも、じゃあアンタはなんで”正義の味方”を諦められたの? それともまだ諦めていなかったの?」
「いや、私は既に”正義の味方”ではない。 そしてその切欠は君ではない”私の遠坂”と”娘”のお陰だろう」

 これも憶測だが、と前置きしたアーチャーによると、アーチャー自身は子供ができても”正義の味方”を諦めるつもりはなかったという。
 周囲も慣れたものでその事自体で何か云うものはいなかったそうだ。
 だが、実際我が子が生まれ、その育児を手伝っている時彼の遠坂さんが倒れた。

 聖杯の泥の影響だ。

 どれだけ彼女が優秀だったのかは知らない。 だが、切嗣さんですら五年、一般人の慎二に至っては、その年の夏まで持たなかったらしい、それに対して遠坂さんは十年以上の時を無事に過ごし出産まで漕ぎ着けただけでも大したものだろう。
 その後の数年で彼女は息を引き取ってしまったらしいが、その間に彼は世間でどれだけ酷い自体が起ころうとも、妻と子を置いて傍を離れる事が出来なくなっていたらしい。

「それからだ、私が”救えない事での後悔”よりも”失う事の恐怖”に負けてしまったのは」
「貴方馬鹿でしょう、そんなの当たり前じゃない。 誰だって幸せを失うのは怖いのよ」
「……あぁ、違いない。 だが、それまでの私はそんな事すら理解できなかったのだよ」

 キャスターの揶揄に苦笑で応えるアーチャー。
 なるほど、確かにアーチャーは”失いたくないもの”を得た。 それは取りも直さず”無”とは縁を切れたという事だ。 もし”無”に取り憑かれたままなら失っても何とも思わない、もしくは後悔はしても諦めがついたのだろう。
 ところが、詩露は今だ”無”に取り憑かれたまま。 このままなら死後英霊になった場合アーチャーの時のアーチャーのようになってしまうだろうということだ。

「それではその”無”とやらを詩露から取り除いてやればいいのではないのですか?
 そうすれば、例え死後英霊になろうとも生前に後悔することも、死後の自分に絶望することもないのでは?」

 話を聞いていたセイバーが当然の質問をしてきた。
 でも、わたしにはそれができないだろう事が既にわかっている。
 それは詩露の特殊な体質の原因とも言える事柄で、恐らく詩露の”無”を無理矢理取り除いた場合、この子は廃人のようになってしまうだろう。



[1095] 『剣製少女/午睡休題 第二話 2-4』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:33
「それは一体……?」

 わたしの言葉に戸惑うセイバー。
 そりゃ魔術師じゃない彼女にしてみれば、わけがわからないのも当たり前だ。

「つまり、詩露は綺礼に泥を使われる以前に、既に泥によって汚染されていたのよ」


『剣製少女/午睡休題 第二話 2-4』


 そう、推測でしかないが詩露は……いや、士郎はアノ大火災の時、既に泥によって心身共に破壊されていた。
 そしてその破壊された肉体は魔術回路、つまり本来”擬似”神経であるものを本物の神経に置き換える事で、命を繋いでいたところを切嗣さんに助けられた。 その所為で鞘の治療を受けた時に、本物の神経と魔術回路が同化してしまった為に、今の特異な体質になったのだろう。
 その後、本来なら汚染された士郎はそのまま徐々に衰弱して死んでいった筈が、聖剣の鞘の力で汚染された部分が浄化され一命を取り留めることになる。

 しかし精神の方はそう上手くいかなかった。
 当然だ。 鞘が回復できるのはあくまで肉体のみ、泥で破壊された精神を回復させることはできないし、回復させようにも、その時点で既に士郎の精神は何も残っていなかった。 アンリマユにその悉くを殺され空っぽになってしまったのだから。

 ここまで話した時点でセイバーは崩れ折れそうなほど辛そうな表情(かお)をしていた。
 自身が第四次聖杯戦争で起こしてしまったことに、苛まされているのかも知れない。

 イリヤは詩露に抱きついたまますすり泣いている。
 詩露の境遇に同情しているのか、”アインツベルン”としてセイバー同様アンリマユを呼び出してしまったことに苛まされているのかもしれない。

 キャスターは目を閉じて静かにわたしの話を聞いているが、握られている拳はきつくローブを掴んでいる。

「続けてもいい?」
「……はい、お願いします」

 そして空っぽになった士郎が始めて触れた”感情”。 それが切嗣さんだった。
 何も無い士郎にとって、感情……精神というものは全て彼をなぞる事で取り戻していく事になる。
 とはいえ、それでも彼は”無”に取り憑かれたままだった。 その為自己を省みるということが理解できない。 自身を確立するだけの要素……、欲求というものを何も持ち合わせていないのだ。
 自己中心的というと傲慢の代名詞に聞こえるかも知れないが、それはそれだけ自分の中で大事に思っているものがあるという証拠。
 ところが、詩露にはそんなものはない。 ”正義の味方”ですら最初に”視た”感情の延長でしかないのだ。

 もし、こんな状態で”無”を取り除いたとしても、よくて自我の無い機械のような存在。 悪くすれば自身の感情が理解できないだけでなく、周囲の感情や変化に何一つ反応を示さない廃人になってしまうだろう。
 なにしろこの”無”も詩露に取り憑いた時点で詩露の精神そのものになってしまっている上に、切嗣さんとの出会いで得た感情ですら自身から湧き出た感情ではなく、他人(きりつぐ)からの借り物なのだから。

 これでアーチャーのように、家族という自身を形成すだけの要素を持ち合わせていれば問題なかっただろうが、今の”無”に取り憑かれた詩露には本当の意味での感情……、欲求というものがなにもない。

「だから、詩露から”無”を強引に取り除くということは、これまで借りていた感情すらなくなってしまう可能性があるよ。
 少なくともこの子自身が持ちえる欲求、……ううん、そんな上等なものじゃなくっていい、せめて生存本能だけでも持ってくれないと、結局は元の空っぽになってまた”無”に取り憑かれるか、廃人になってしまうの」

 室内は重苦しい雰囲気に包まれていた。
 聞こえてくるのはイリヤのすすり泣く声だけ。
 みんな余りの話の内容に、まともな思考もできなくなっているようだ。

「なんで……?」
「え?」

 突然静寂を破ってイリヤが呟いた。
 その声は涙で擦れていて弱々しかったけれど、静まり返っていた室内でははっきりと聞き取る事ができた。

「なんで詩露ばっかり酷い目に会うの? 詩露はなんにも悪いことしてないのに」

 抱きついていた詩露から体を離してその頬を優しく撫でるイリヤ。
 目は完全に泣き腫らしていて、瞳だけじゃなくって目全体が充血して真っ赤だ。
 それにしても、この子がこんなに弱かったなんてね。 ちょっと過大評価しすぎてたかしら。

「なんでも何も、そんなのソイツの運が悪いからよ。 別に理由なんてないわ」
「え……」

 一瞬部屋が燃え上がったのかと錯覚するほど全身から汗が噴き出した。

 呟きは誰のものだったのか。 再び部屋は静寂に包まれたというのに、わたしのあんまりと言えばあんまりないい様に、身動ぎ一つできないほど濃密な殺意が渦巻いていた。
 しかも、その殺意の出所は一つではなく複数。 一気に膨れ上がった殺意が限界を知らないかのように、こうしている間も膨れ上がっていく。

「リン、殺すわよ」

 イリヤが泣きながら魔力を迸らせている。 その様は、もう警告というより宣言に近い。

「リン、いくら貴方でもそれはあんまりだ」

 セイバーが自身の右手を震える左手で掴んでいる。 まるでそうしていないと、今にも切りかかってしまうのを抑えられないとでも云う様に。

「へぇ、お嬢ちゃんはそう思うのね」

 キャスターが笑いながらわたしを見据える。 でもその目は全く笑っておらず、まるで汚物でも見るような嫌悪に満ちた眼差しだ。

「おいおい、落ち着けよおめーら」

 さすが最速のサーヴァント。 気が付いたときにはランサーがわたしの前に立って守るように庇っていた。 アーチャーも手に弓を持ってキャスターに向けている。
 でも二人とも邪魔。 正直わたしはこの場にいる誰よりも、今の状況に腹が立っているのだから。

「何よ、同情でもしてわたしも一緒になって泣き喚けば満足した? お生憎様、わたしはこの子に同情なんか絶対しない。 そんな暇があるんだったら、一つでも多くコイツに楽しい思い出を作ってやって、わたしって存在がコイツにとって掛け替えの無いものになってみせる。
 そうすれば、アーチャーの家族のようにわたしがコイツを構成する要素になって、”無”とは縁が切れるんだから」

 ランサーを押しのけて立ち上がり、腰に手を当てて言い切ったわたしの啖呵に、イリヤもセイバーも、あのキャスターですら呆然として、それまでの殺意を霧散させていた。

「アンタ達はそうしていつまでもメソメソしてればいいわ。 その間に詩露はわたしが貰っていくから」
「だ、駄目よ! シロは私の物なんだから! リンなんかには絶対上げないんだから!」

 挑発するように笑いかけると、イリヤが顔を真っ赤にして怒りながら詩露に抱きついた。
 でも、その怒りは先程までのものとは違って、殺意を全く含まない純粋な独占欲からくるもので、嫌な感じはしなかった。

「そうですね、私としたことが目先の感情に流されるとは……。 リン、貴方を誤解していました。 すみません」
「いいのよ、それだけ詩露を大事に思ってくれてたってことなんだから」

 セイバーは恥じ入るように、気まずそうにわたしに謝罪するが、全然謝るような事じゃない。
 でもさすがセイバー。 殺気だけで身が切られるんじゃないかって思うぐらい鋭利で痛かったわ。 だから……、

「貸しにしといてあげる」
「はい、助かります」

 わたしが笑顔で答えると、セイバーも安心したようだ。
 まぁ、コイツを”無”から解き放つのに手勢はいくらでも欲しいのは事実。 その為にはセイバーにもたっぷり手伝ってもらわなくちゃ。

「はぁ、なんだかとんでもない弟子を取っちゃったみたいね」
「弟子として優秀なところが見せたんだから、喜びなさいよ」

 なんだか一気に疲れた表情になったキャスターだったけど、わたしの軽口に満更でもなさそうに微笑んだ。
 それにしても、

「以外だったわ。 付き合いの短い貴方がそこまで詩露に入れ込んでるなんて。
 もしかして詩露の”感染する魅了”とやらに魅入られた?」
「まさか。 でもこの子にはちょっと同情的になってしまうわね。 ”魅了”の呪いで不幸になる女の子っていうのには、個人的に虫唾が走るのよ」

 わたしの軽口に苦笑で答えるキャスター。
 あぁ、そういえばキャスターは”コルキスの裏切りの魔女メディア”。 女神の所為でイアソンを盲目的に愛するよう仕向けられて、人生滅茶苦茶にされたんだっけ。
 そりゃあ他人事じゃないか。

「私は謝らないわよ。 でも……、感謝はしてあげる」
「そ、どう致しまして」

 再び詩露に抱きついていたイリヤが顔だけをわたしに向けてそう云うと、照れたのか、赤くなった顔を隠すように詩露の髪に埋めてしまった。

「やっぱ嬢ちゃんはいい女だな。 とっととデカくなって俺のものになりな」
「結構よ。 男の趣味はいいほうだから」
「ちょっとランサー! なにリンなんか口説いてるのよ!」

 そういって、わたしの頭をぽんぽん叩きながら口説いてくるランサーを笑顔で断ると、嬉しそうに笑われてしまった。 なんというか、余計ランサーに気に入られたみたいだわ。
 そんなランサーを叱るイリヤだけど、ランサー自体には興味はないようで詩露の肩に顔を押し付けたままだ。

 なんとなく場の雰囲気が穏やかになったところで、脱線していた話題を元に戻す。

「それで、キャスターは詩露を元に戻せそう?」
「……無理ね。 死者の復活だったら経験があるんだけど、魂の改竄なんて聞いた事も無いわ」
「そう……」

 キャスターの力をもってしても魂の改竄は無理なのね。 まぁ、それができるんだったら、魔術師じゃなくって魔法使いになってる筈だものね。
 それにしても、死者の復活って凄いわね。 それだけの力を持った魔術師に使っていない霊脈の魔力と”結婚”だけで師事できるなんて、なんと破格な条件なんだろう。


 それから暫く、これからの善後策を話し合う事になった。
 まず詩露の”感染する魅了”は、まだ手を講じるほど酷くなってはいないという理由から、特に手をつけることはしない事にした。

「今はまだサーヴァントのパラメーターで言えばC-からDといったところだから、大騒ぎする必要は無いと思うわ。
 でも、本人だけでなく、周囲に問題が出てきたら、認識を逸らす礼装を作っておくからそれを身につけるようにさせて」

 とはいえ、今すぐその礼装を用意することはできないらしいので、完成次第渡してもらえるよう頼んでおいた。

 そして”無”に関しては、無理矢理取り除く事はせず気長に、でも意識して詩露の感情に働きかけていく事で決まった。
 具体的には、”正義の味方”以外にも興味を示すように色々経験させていくこと。
 ”正義の味方”はあくまで切嗣さんからの借り物の願望だけど、詩露の本心からの願望になったら出来る限りの手助けをすることを確認した。

「でも、”正義の味方”が本心かどうかって見分けつかないんじゃない?」
「簡単よ、生存本能とか欲求……そうね、物欲でも功名心でもなんでもいいから、そういった欲望が出るようになっても”正義の味方”を目指すっていうんだったら、本心と思っていいんじゃない?」

 そう、そうなって尚”正義の味方”になりたいというのなら、それは”詩露の欲求”と言えるだろう。
 今はただ切嗣さんから受け継いだ願望をなぞっているに過ぎないから、欲求というわけではなく”それしかない”状態だけど、ちゃんと他の欲求が現れるようになって尚、”正義の味方”を目指すというのであれば、それは詩露の願望、願いなのだ。 わたし達だって手伝うことに吝かではない。

 そして、これらの方針は詩露には秘密にしておくことになった。
 別に疚しいわけではないんだけど、事が事だけに詩露に変に意識されると意味が無いどころか、下手をすると上手くいかないかもしれないと思ったからだ。
 性転換した本当の理由とは違い詩露の側に話を受け止める準備ができているか? という問題ではなく、詩露自身が欲求や願望、本能というものを無意識に発露できるようになるか? と言う問題なのだから。

「でも、そうなると性転換した本当の理由をシロに話しても、何とも思わないんじゃないかな?」
「かもしれないけど、それに賭けて話した時に”無”から解放されて絶望しちゃったら、アンタ責任取れる?」
「う……」

 そう、そんな危険を冒すことは無い。 どうせ”無”から解放させるんだったら、”幸せ”なことで解放されて欲しいと思うのは心の贅肉かも知れないけど、これだけ辛い人生を背負わされてきたんだ。 そのくらい願ったっていいじゃない。

「じゃあ、そろそろ起こしてもらえる?」
「そうね、でもその前に……」

 話はまとまった、とばかりにキャスターに詩露の目覚めを促したら、バサッっと何か布を取り出した。


 目が覚めるとみんなが覆い被さるようにして、あたしを覗き込んでいた。

「お、おはよう……」
「「おはようー」」

 なんでかみんな凄くいい笑顔だ。 何かいいことあったのかな? と思いつつ体を起こすと、見覚えの無い服に着替えていた。

「え、な、なにこれ? え? どういうこと?」
「私からのプレゼントよ、受け取って」

 あたしはノースリーブに大きな襟のついた白いワンピースに着替えさせられていた。
 襟は凝った刺繍が施され、赤いリボンが止められていて、胸元はフリルと折り返しのタックが細かく入っている。
 ハイウェストになっているウェストにはリボンが通してあって、後ろで縛ると自然とフレアになるようになっている。
 裾にもこれでもかとフリルがついているがそれだけでなく、ワンピースの裾からベビードールと思しき下着の裾も覗いていて、綺麗な刺繍を通してあたしの足が透けて見えている。

「な、なんでこんな……」
「気に入った? 私が作ったんだけど、さすがに一晩で作るのは大変だったのよー」
「そんなこと頼んでない! それに、なんであたしのサイズに合ってるの! 何時サイズ測ったの! というか、一晩って、その無駄に高い能力が憎い!」



[1095] 『剣製少女/午睡休題 Epilogue』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:33
 目覚めたあたしが聞かされたのは、特に目新しい発見はないということだった。
 だったらさっさと起こせばいいものを、人が寝てるのをいい事にみんなして着せ替え人形にして遊んでいたらしい。

「うう、紐パンが気持ち悪い。 周りの人の視線が痛いよ……」
「そんなこと云うもんじゃないわよ、せっかく作ってくれたんだから」

 あたしの愚痴に凛が気に留めた様子も見せずに、良識っぽいことを振りかざす。
 結局あたしの服はおろか下着までキャスターに奪われて、彼女の手作りというこのフリフリのワンピースで家まで帰ることになってしまった。


『剣製少女/午睡休題 Epilogue』


「あっついわねー」
「あら、キャスターいらっしゃい。 今日って授業だったかしら?」

 遠坂邸のリビングでアーチャー特製のアイスティーを堪能していると、黒のキャミ・ワンピを着たキャスターが現れた。
 あれ以来、キャスターには遠坂邸での魔術講座を週に一回頼んでいる。
 衛宮の家では一般人が出入りするし、せっかく桜を魔術から遠避けているのにキャスターが来て講座を開いていては、意味がなくなってしまうからだ。

「いえ、でも向こうに行ったら誰もいなかったから、こっちに来たのよ」
「それはわざわざ。 今日はみんなでプールで遊んでたのよ。 だから全員こっちにね」

 暑さの所為か歩いたからか、疲れたような顔で答えるキャスターだったけど、サーヴァントなんだから実際に暑く感じてはいても、それで肉体が消耗するわけないのに。

「そ、そういう時は呼んでよ!」
「なに怒ってるのよ。 今日葛木さんが午後出勤だって聞いてたから遠慮したのに」
「お嬢ちゃん達の水着姿……無邪気に水と戯れる少女……足だけ水に浸けながら黄昏る姿……そういうもの全部を私は見逃したって事ね」

 突然叫んだかと思ったら、犯罪者っぽいことを呟きながら項垂れだした。
 なんか厄介なのに弟子入りしちゃったわねぇ。 そんなことで本気で落ち込まないで欲しい。

「まぁいいわ、今度は必ず呼びなさい。 ところで、お嬢ちゃん達は?」
「詩露とイリヤだったら昼寝してるわ。 はしゃいでたから疲れたんでしょ。 セイバーはその護衛。」

 意外と早く立ち直ったキャスターが念を押してくる。
 キャスターのお気に入りは詩露、イリヤ、セイバーでわたしと桜は対象外っぽい。 まぁ目をつけられても困るけど、どういう基準なのかはちょっと不明だ。 桜とは馬が合うみたいで時々雑談なんかしているみたいだけど。

「そ、じゃあちょっと行って来るわ」
「えぇ」

 そう云ってキャスターはリビングを後にした。 ……結局なんの用事かは云わなかったわね。


 シロの寝室でベットの脇に椅子を用意して護衛をしていると、キャスターが現れました。
 この者はいかにも魔術師(メイガス)という思考、行動をするので、嫌でも私の苦手なアノ人を思い出させます。

「なんの用です、キャスター」
「お嬢ちゃん達の寝顔を見にね」

 悪びれることなくそう告げるキャスターは、ノックはしたものの入室を許可する前に入ってきました。 ふっ、戯言を。 乙女の寝顔を盗み見るなど言語道断。 騎士として、従者(サーヴァント)として、そのような蛮行許すわけにはいきません。 さっさと退室願うとしましょう。
 そう思って椅子から立ち上がりかけた時には既にベットの脇に佇むキャスター。
 むぅ、これだけの為にわざわざ空間転移をしてみせますか、貴方は。 さすが魔術師、目的の為には手段は選ばないというわけですね。 いいでしょう、それなら私も……

「ちょっとセイバー、赤毛のお嬢ちゃん胸が見えちゃってるじゃない」
「はい、ですからじろじろ見ないように」

 そう、シロは一緒に寝ているイリヤスフィールが服の襟を掴んでしまっている為に、襟口からその可憐な胸が見えてしまっている。
 寝冷えをしないようタオルケットをお腹から腰にかけてはいるものの、さすがに上半身までは届かない為胸を隠すことはできていない。

「タオルかなにか、掛けてあげたほうがいいんじゃないの?」
「いえ、熱中症というものにならない為にもそのままのほうがいいそうです」
「そう……」

 先程排除し、今はクローゼットに閉じ込めている蓑虫達から教わったことをそのまま告げる。
 最初、単なる詭弁かとも思ったのですがなかなかに説得力があったので、彼女達の言っていたように敢えて何も掛けたりしていない。
 それにしても意外でした。 この者も彼女達と同じように良からぬ目でシロ達を見ると思ったのですが……。 暑さでトチ狂いましたか?

「まぁ、これはこれで可愛いかも知れないわね」

 なるほど、トチ狂ったのではなくそういう性癖でしたか。 では乙女の敵はとっとと御退場願おうかと思ったのですが、頬を染めはしたもののキャスターはそれ以上何かをするでもなく、私のほうにやってきました。
 つ、次の獲物というわけですか、いいでしょう、受けて立つ……

「あぁ、これお嬢ちゃんへのお土産。 新しい服と下着だから、今度の授業の時に着るよう云っておいて」
「わかりました」

 そういって紙袋を何処からともなく取り出し渡してくるキャスター。
 キャスターは性根の捻じ曲がった陰湿な魔術師ですが、作る服に罪は無い。
 先日も実に可憐で繊細な衣装をシロの為に作ってくれていましたね。 よい心掛けです。 これからもどんどん作ってきてください。 シロは泣いていましたが大丈夫。 従者として私が慰めておきますから。 いえいえ、お気になさらず。 役得というものです。

「お嬢ちゃんの様子はどう?」
「はい、最近とみに可愛くなっていっているような気がします。 貴方の言っていた”感染する魅了”が悪化しているのではないでしょうか?」

 いえ、個人的にはどんどん悪化して欲しいものですが、それでシロが厄介ごとに巻き込まれてはいけないので従者としては断腸の思いで提言しなくては。

「そんなすぐ悪化するものじゃないわよ。
 でもそうね、貴方はちょっと気をつけたほうがいいかも知れないわ。 ラインが繋がってしまっている分、対魔力とか関係なしで感染する可能性もあるから変だと思ったら云いなさい。 簡単な解毒薬作ってみるから」
「そうですか、わかりました。 その時はお願いします」

 まぁ、私は既にシロに忠誠を誓った身。 感染していたとしても何も問題はないでしょう。 いえ、いっそ好都合というものです。 彼女の元を離れずに済む口実にもなりますしね。


<了>


 『剣製少女/午睡休題  後書』

 というわけで、剣製少女/午睡休題は終了です。 お読み頂きましてありがとうございました。
 今回はなんとか目標の今年中の完結が達成できました。 本当はもう少し短く、できれば一月で終わらせたかったんですが、前回と違って一度の更新が少なかった分時間がかかってしまいました ^ ^;
 次の話はまた少しお休みしてからになると思います。 お楽しみ頂ければ幸いです。


 それでは前回同様、この話でやりたかったことを。


○アンリマユの呪い。
 アンリマユによるTSだった場合絶対あるだろう呪いとして、”自分とは関係なく好意を持たれる”というのは外せないと思いました。
 何しろ彼自身、人の汚名を被らされる事で英霊になったわけですから、これだけは絶対書かないと! と思ってました。
 まぁ、それで実際詩露が悲惨な目に会う話は何十年、……もしかしたら何百年先の話なので書くつもりは無いんですが、それでも設定だけでも出しておかないと、辻褄があわなくなるかな? と。

 ちなみに、カリスマA+のギルガメッシュで「人望ではなく魔力、呪い」といいつつ、セイバーには求婚を断られ、士郎には切り殺され、防波堤で子供に髪を引っ張られていたりしているので、実際には大した効果がないのかも知れません ^ ^;

○アーチャーが磨耗できたわけ。
 実際これは本編をやってても納得できなかったので、自分なりの答えを出してみました。
 拙作でも書きましたが、「死後英霊になれば”本物の正義の味方”になれるかも知れない」→「なれなかったから絶望した」は疑問だったんです。
 でも”無”から解放されて絶望できるようになったと考えれば納得できたので、それをSSにしてみたいと思いました。

○凛が云ったことは実際どうすればいいのか?
「アンタみたいに捻くれたヤツにならないよう頑張るから。 きっと、アイツが自分を好きになれるように頑張るから……!」

 とはいっても、実際どうすればいいの? というのがわかりませんでした。
 何しろ士郎には”自分”がない上に、幸せが理解できていないのですから。

 というわけで、それを理解した凛が出した結論として、なにか一つでも掛け替えの無いものを得られるように、思い出を一杯作るというものにしてみました。
 もっとも、これが正解というわけではないんで、他の方法でもいいんでしょうがw

○セイバー感染してる?
 してますw まぁ、表面上変化がわからない程度ですが。


 というわけで、書きたい部分は書けたので、個人的には十分楽しめましたw

 そして最後にこの場をお借りして、サイトをお貸しいただいた舞さん、SSを書く上で参考にさせて頂いた、じょんのび亭の京さん、感想を頂けた皆さんとお読み頂いた皆さんに厚くお礼申し上げます。
 ありがとうございました!



[1095] 『剣製少女/虚月庭宴 第一話 1-1』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:338eb9d5
Date: 2007/12/14 18:34
『剣製少女/虚月庭宴 第一話 1-1』


 聖杯戦争から一年。 これといった事件もなく、あたし達は日常を謳歌していた。

 凛は相変わらずだったけど、キャスターの授業でメキメキ実力をつけているらしく、第二魔法はともかく”遠坂の宿題”である宝石剣の完成にはかなりの自信をみせていて、自身の代……それが叶わなくても次の代で確実に届くだろうと豪語している。

 桜は最近肉体的に成長著しい。
 背は元々年の割には高い方だったけど、最近は特に女らしさに磨きが掛かってきて目のやり場に困ることもしばしばだ。

 バゼットは義手のリハビリが済むとすぐに海外へ出かけていくようになったが拠点は冬木に定めたのか、ちょくちょく衛宮邸に顔を出しては一緒に食事をするようになった。
 とは言え、工房は郊外の洋館に設けたらしく、食事時以外はそこで過ごす事の方が多いのだけど。

 そしてイリヤは……

「ねぇ、シロ。 一緒にお風呂入ろ」
「ちょ、ちょっとイリヤ! 抱きついちゃ駄目だってば!」
「もう、最近冷たいんだから。 お姉ちゃん悲しいな」
「う……」

 そう云いながら、胸を押し付けないでほしい。

 土蔵で鍛錬をしていると、白いワンピース姿のイリヤがやって来て背中に抱きついてきた。
 この一年でイリヤは急に背が伸びた。 遅れていた成長期が今さら来たとかいいながら、三十センチも伸びるのは成長期で済む問題なんだろうか。 と、疑問に思わなくもない。 ……本音では五センチでいいので分けて欲しいと、羨ましく思ってるだけだけど。
 背が伸びた事に合わせて体も顔つきもグッと大人びて神秘的な容姿と相まって、今ではライダーやキャスターに引けを取らないほどの美人になってしまった。
 正直、もう一緒にお風呂とかは恥ずかしくって勘弁してほしいんだけど、藤ねえとは普通に入っているのが悔しいのか、女の武器(涙)を使って何度となく攻めてくる。
 でも、藤ねえは……ねぇ?

「ね、いいでしょ? 背中流してあげるから」
「で、でも、恥ずかしいから……」

 あたしを横抱きにしながら見下ろしてくる赤い瞳。 その瞳を縁取る長い睫が、月明かりに照り返され仄かに光を帯び、白くて長い髪がサラサラと肩を流れ一房零れ落ちてあたしの頬をくすぐる。

「ん?」

 再度あたしの返事を促すように微笑むイリヤ。 綺麗な薄紅色をした形のいい唇がくっと持ち上がり、優しげに微笑むその姿はとても艶やかで、見ているだけで息が苦しくなるほど胸が高鳴る。
 そのまま直視し続けることが恥ずかしくなって顔を背けるが、頬に手を添えられ、そっと撫で付けられた後、頭の後ろに手をまわされ再び顔を向き直させられた。
 そうして、暫くあたしの顔を覗き込んでいたイリヤが、今度は顔を近づけ、おでこに頬を押し当てながらあたしが逃げられないように、……でも優しく抱きしめる。
 あたしの頭はイリヤの胸と顔によって完全に包まれていて、気が付くと体全体から力が抜けていた。

「ね、お風呂」
「はぁ……はぁ……うん…………」

 あたしの目に触れそうなほど近くにあるイリヤの唇から漏れた吐息が鼻腔をくすぐる。
 なんだか息苦しくて、酸欠になったように頭がぼ~っといているのに、体全体がお風呂上りのように火照って、下腹部からくるチリチリとした痛みを我慢する為、無意識に足をきつく閉じていた。

「じゃあ、入ろうか。 それとも……もう少しこうしてる?」
「も、もう少し……」

 考えるより先に答えていた。
 恥ずかしいけど気持ちいい。 そんな気がしてこのままイリヤから離れるのが勿体無くって、あたしは無意識にイリヤの腕を掴んでいた。

 イリヤは一度強く抱きしめると、あたしの目やおでこにキスをしだした。 それは普段の”おはようのキス”とは違って、触れるか触れないかの微妙な感触で一回一回が酷く長くて、くすぐったいような気持ちいいようなよくわからない感触だ。
 
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「大丈夫?」

 あたしから顔を離して見下ろして聞いてくるイリヤ。 その表情は心配しているというより、楽しそう……いや、むしろ嬉しそうだ。
 あたしはもう体に力が入らないし息も絶え絶えで頷くのがやっとだった。 それを見たイリヤの指があたしの唇をなぞりながら、

「もっとしたい?」

 と聞いてきた。 ここで頷いたら、次はたぶん口にされる。 それを意識するとイリヤの腕を掴んでいる指が震え始めてしまったけど、それでも意を決して

「いえ、そろそろお風呂に入って欲しいのですが」
「きゃっ!」
「あだっ!」

 い、痛い!! ガンッ! って、ガンッていった!

 突然現れたライダーに驚いたイリヤがあたしから手を離した所為で、土蔵の床に頭ぶつけちゃったよ!
 余りの痛さにのたうち回っちゃったけど、お陰で体の力が戻ってきた。

「イ、イリヤ~……」
「ご、ごめん、大丈夫!?」

 慌てたイリヤがあたしを抱き起こして優しく頭を撫でてくれる。
 それにしてもビックリした。 ライダーってば急に現れるんだもんなぁ。 まさか気配遮断のスキルを身につけたとか?

「では伝えましたので」
「う、うん、ありがとう」
「今度はもっとタイミング考えてね」

 ニッコリ笑っているのに、なんでか怖いイリヤ。
 ライダーもいい笑顔になって、

「はい、ですので、一番いいタイミングを選びました」

 と云って睨みあう。 まるで蛇とマングース……じゃなかった、人魚姫。
 え……っと、それはもしかして覗いていたとか云いますか?
 あたしはさっきまでの事を思い出して、顔が熱くなるのを感じて飛び出すように土蔵を逃げ出した。

「じゃ、じゃあ、お風呂入ってくる!」
「あ、ちょっと、シロ一緒に……もう! 今日こそと思ったのに、ライダーの所為なんだから!」


 湯船に浸かりながら、土蔵でのことを思い出す。 それだけで熱くなる頬にお湯をかけて、火照りを誤魔化すと少しだけ気持ちが落ち着いた。
 ……危なかった。 いくらなんでも、あれは雰囲気に流されすぎだよね。
 イリヤは元々可愛かったけど、大きくなったら神秘的な雰囲気が増して信じられないぐらいの美人になってしまった。 しかも、あまりにも急激に成長したものだからこっちが慣れるだけの猶予もなかった所為で、どうしても女性として意識してしまっていたけど、泣き落としから色仕掛けに作戦を変更してくるとは。 さすがアインツベルン、侮れん。

 むぅ、と腕組みしながら唸ってみたけどこんなことしてても事態は好転しないし、今度から気をつければいいよね。 ……どうやって気をつければいいのかわかんないけど。


 お風呂から上がって居間に行くと、みんなが集まってなにやら盛り上がっていた。

「お風呂上がったよ~」
「あぁ、じゃあ次はわたしね」
「いえ、私が」
「ライダー、マスターを差し置いてそれはないんじゃない?」
「ではシロのサーヴァントの私が」
「従者は一番最後ね。 姉の私が入るわ」

 この家の一番風呂はいつもあたしだ。
 この中で一番体が小さいし、湯船に浸かるにも体を洗うにしてもお湯をあまり使わないで済むからというのが理由なんだけど、二番風呂はいつもこうして大人気だ。
 まぁ、後になればなるほどお湯も汚れてくるからわかるんだけど、いつも揉めてるんだからローテーション決めればいいのに。

 それはともかく、凛帰って来てたんだ。
 今日はキャスターの授業の日だったし、最近忙しそうにしてたからてっきり泊りかと思ってた。

「おかえり、凛。 今日は泊りじゃなかったんだ」
「ただいま。 わたしも泊りになるかと思ったんだけど、なんとか目処が立ってね」

 そういった凛には若干疲労の色が見えてはいてもかなり晴々とした表情をしていて、授業の進み具合が順調なのが窺われる。

「それから明日、アインツベルンの城で大掛かりな実験するからアンタも付き合いなさい」
「実験? それってどんな?」

 かなり上機嫌な凛が宣言した実験内容とは、

「平行世界からの波の観測! ”宝石剣のミニチュア” ……のミニチュアよ!」



[1095] 『剣製少女/虚月庭宴 第一話 1-2』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:d79c74b3
Date: 2007/12/17 21:39
 なるほど、さっき居間で盛り上がってたのはこのことだったのか。 どうりで最近、宝石剣の完成に自信を見せていたわけだ。

「凄いね凛! おめでとう!」


『剣製少女/虚月庭宴 第一話 1-2』


「いや、そんな褒めない褒めない」

 なんていいながら手をぱたぱたと振っている凛だったけど、照れてはいても嬉しさは隠せないのか満面の笑顔で頬が上気している。
 そっか……ついに宝石剣の足掛かりが出来るのか。 もしかしたらこのままとんとん拍子で魔法使いになったりするのかな?
 あたしは理論に関しては殆どわかってないから想像もつかないんだけど、もしそうなったら凄い事なんだろうな。

「もっと早く教えてくれれば今日の晩御飯をお祝いに豪勢な……って、凛はいなかったんだっけ」
「そうね。 それにまだ実験するってだけでお祝いだったら明後日してくれればいいわ。 勿論成功のお祝いにね」

 にやりと笑う凛は自信に満ちている。 いつもそうだけど、凛は自分の行動に絶対の自信を持っている。 明確な目的意識と堅実な努力の積み重ねがその自信の根拠なんだろうな。 ……その割りにポカが多いのが玉に瑕だけど。

「機材の搬入とかはどうするの?」
「あぁ、昼間のうちにアーチャーとランサーに頼んであるから問題ないわ。
 明日の……正確には明後日の午前二時に施術するから、そのつもりでね」

 そっか、凛の能力がピークになるのが午前二時。 それに合わせてやるってことなんだ。

「じゃあ、今日はゆっくり休まなきゃ。 疲れて失敗したりしたら、勿体無いもんね。
 みんな今日ぐらいはお風呂の順番……」
「あぁ、風呂なら今上がったから空いているぞ」
「うおっ!」

 居間の入り口で話していたあたしの後ろから、突然アーチャーが声を掛けてきた。
 気配がなかったから驚いて変な声が出ちゃったけど、アーチャーは頭をガシガシと拭きながら気にした風もなくあたしを見下ろしていた。

「え……アーチャー入っちゃったの?」
「あぁ。 ……何か拙かっただろうか」

 アーチャーの言葉にみんなが呆然としながら見詰めている。
 注目を集めているアーチャーも、みんなの動揺が理解できないのか訝しげな表情になってしまっているが、あたしも何が起こっているのか理解できなくて首を傾げてしまう。

「みんなどうし……」
「なんで入っちゃうのよ!」
「そうです! せっかくの二番風呂を」
「アーチャー、貴方がそのような暴挙に走るとは……」
「……」
「まさかこんな処に伏兵がいるとはね……」

 え、な、何? 何でみんなそんなに怒ってるの? もしかして、お父さんの後に入りたがらない娘の心境とか? 別にアーチャーの後でもお湯はまだ綺麗だと……

「「詩露(シロ、ちゃん)の残り湯が……」」

 ……は? え~っと……ナニをイッテるんデスカ?

「乙女の入った直後に入るのは、いくら”元”同一人物とはいえ非常識では?」
「う~ん、シロとシロウの残り湯かぁ……。 ちょっと微妙かな?」
「詩露ちゃんのエキスたっぷりの残り湯が……なんてことするんですか!」
「全くです。 アーチャーのエキスで穢れてしまった残り湯に価値などないと、何故わかりませんか」
「わ、わたしは違うのよ? ちょっと魔術師の残り湯にどれだけ魔力があるか……ほ、本当だってば!」

 あの、あたしは出汁じゃないんですが……。 エキスって。
 アーチャーはあたしの後のお風呂がどれだけ貴重かを滔々と、時に厳しく、時に物悲しく語られ、以後二番風呂だけは入らない事を自身の名誉に賭けて誓わされたらしい。
 それを隣で聞かされていたあたしは、みんなの変態チックな訴えに恥ずかしくなって、最後まで聞いている事ができずに途中で縁側へとこっそり逃げ出すことにした。
 それにしても、そんな理由で二番風呂が人気だったとは。 ……明日から一番最後に入ろ。


 明けて翌日、アインツベルン城。 あたし達はアーチャーの運転する車でやって来た。
 アーチャーに限らず、サーヴァントは全員キャスターの戸籍を用意する時に一緒に戸籍を作っていて、その時、アーチャーとランサーは偽造の運転免許を一緒に作っていた。 ライダーもバイクの免許が欲しいと云っていたのだけれど、絶対暴走するという満場一致の意見によって却下されている。

 アインツベルン城に来るのはまだ二度目だけれど、相も変わらず大きく荘厳だ。 ウチも普通と比べれば十分大きいのに尻込みしたくなるほど立派な建物で、たぶんお兄さん達が住んでる離れを足しても半分にもならないだろう。
 そんな荘厳なお城に通されたあたし達は、タキシード姿のランサーに迎えられた。

「……何やってるのランサー?」
「執事の真似事だ。 全く、オラァんな器用な真似できねーって云ったんだけどよ」

 タイを緩めるように指で引っ張りながら、うんざりとした感じで云っているけど、ランサーのお仕着せ姿っていうのも結構似合っていた。 いつものスーツ姿と違ってマフィアのような雰囲気は一切なく、がっしりとした体が逆にSPとかボディーガードのようだ。

「それよりアーチャーはどうした? アイツこそこういうのは適任だろうが。 一緒にやるって云ってたのに逃げたんじゃねーだろうな」
「人聞きの悪いことを云うな。 大体君一人に任せられるわけないだろう」

 ランサーがキョロキョロと辺りを伺っていると、裏口からでもやって来たのか上着を羽織ながらアーチャーが現れた。
 彼はまだタイも首にかけているだけでしっかりと絞めてはいなかったが、立ち振る舞いがキビキビとしていてだらしないという感じが全くしない。

 一体これはどういうことなんだろう? アインツベルンには執事さんがいる筈なのに、なんでアーチャーとランサーが執事の真似事なんてしているのか。
 そう思って凛を見上げると、ニヤニヤとした笑いで二人の事を見ている。
 ……なるほど、これは凛とイリヤのお遊びってことか。 それにしても、

「ねぇ、アノ執事さんはどうしたの?」
「彼は今本国に帰ってるのよ。 でなければ、アインツベルンの城で遠坂の魔術師が実験なんてできるわけないじゃない」

 とイリヤが苦笑で答えた。
 確かにあの厳格な執事さんが居たらそんな真似許すわけないか。
 あたしは一度しか会った事がなかったけど、二度会いたいと思うタイプじゃなかったもんなぁ。

「おぅ、アイツがいなくなってせっかく伸び伸びやれると思ってたのによ。 何でこんな真似しなきゃならねえんだか」

 腰に手を当て頭をガシガシと掻きながらうんざりと答えるランサー。
 まぁランサーの生前はどっちかっていうと、お世話するよりされる方が多かったんだろうからそう思うのも仕方ないかな?
 でもアーチャーは嫌そうじゃないっていうか、もの凄く自然で元からここの執事ですって云われても納得しちゃいそうだ。

「あたしも手伝おうか?」

 なんとなくランサーが不憫になって聞いてみると、

「「そうよね、アンタ(シロ)も手伝うべきよ!」」

 と凄くいい笑顔で肩を掴まれて、凛とイリヤに云われてしまった。
 ……もしかして、早まった?


 そして奥に連れて行かれたあたしは、アインツベルンの侍女が使うというお仕着せに着替えさせられたんだけど、帽子だけは合うサイズがないということで被れなかった。 ……いや、でも、なんでこんな小さいサイズのお仕着せ用意してあるの?

「ねぇ、これ変だよ」
「なにが?」
「だってこれじゃ、胸が見えちゃうよ」

 そう、渡されたアインツベルンのお仕着せは、どういう意味があるのか胸の部分が大きく開いている。
 ぎりぎり胸の先が見えないようになってはいたけれど、かなりきつく紐を縛っているお陰でなんとか見えないというだけで、背筋を伸ばして胸を張ったら完全に見えてしまう。
 ……せめてブラかTシャツだけでも着けちゃ駄目ですか?

「そう? そんなことない筈なんだけど可笑しいわね。 入っていい?」
「う、うん」

 イリヤに続いてみんなが更衣室に入ってきたけど、あたしは恥ずかしくって胸の前を手で隠していた。
 ちょうど手を組んでいたら、お祈りをしているような格好なんだけど、みんなの視線はあたしの格好というより腕の隙間を覗き見ているようで、それが余計羞恥心を掻き立てる。

「詩露、手下ろしなさい。 そんな格好の侍女いないわよ?」
「こ、こう? ……って、ひぃっ!」

 手を下ろして腰の前で重ねると、みんなは更にあたしの胸元を凝視しようとにじり寄って来た。
 手を前に出しながらゆっくりとにじり寄ってくる姿が、ホラー映画のゾンビみたいでもの凄く怖い。
 あたしは思わず胸を隠して後ずさってしまったけど、みんなは気にした様子も見せずにさらに距離を詰めて来る。

「あ、あぁ、あたし、やっぱり家から着てきたのでやるからこれ返す!」
「駄目よ! せっかくシロの為に用意したんだからそれ着てよ!」
「そうそう、それに”郷に入っては郷に従え”って言葉もあるんだから、他家で仕事するんだったらその家の流儀に従わないとね」

 なんでこういう時だけ団結しますか、貴方達は!
 とにかく、この格好はいけない。 どうにもみんなのツボに嵌ってしまったようで、可笑しな事態になる前に脱がな……うぅ、今脱いだら絶対揉みくちゃにされる。
 桜達には抱きしめられて頬擦りされて、イリヤには顔中キスされて、セイバーには愛の告白みたいな事を囁かれ、凛には体中撫で回されるんだ。

 さようなら綺麗なあたし。 こんにちは性犯罪者なあたし。 こんな美人な集団に揉みくちゃにされて、あたしは理性を保てる自信ありません。
 そう心の中で涙を流していると、天の助けとばかりに

「おい、いつまで遊んでいる」
「ア、アーチャー!!」

 更衣室の入り口にアーチャーが現れ、思わず走り寄って抱きついていた。
 た、助かった……。 本当に助かった。 あのままアーチャーが現れなかったらと思うと、震えが止まらなくなってしまう。

「貴様、なんという格好をしているんだ……」

 アーチャーが情けなさそうに云ってくる。 でも、そんな事云われたってしょうがないじゃないか。 これがこの家のお仕着せなんだから。

「ほれ、さっさとインナーを着てキッチンへ来い。 料理はもう出来てしまうぞ」

 そういって赤銅色のインナーを渡してくるアーチャー。

「でもこの服、これが正装だって……」
「そんなわけあるか。 格式ある名家のお仕着せが、そんな風俗紛いの格好のわけなかろう」

 え? だって……? 後ろを振り返るとみんなあたしから目を逸らす。
 そっか、そういう事か。 あたしは、まんまとみんなに遊ばれていたわけか。

「ほれ、さっさと着替えて来い」
「いい、キッチンで着替える」

 アーチャーがあたしの頭をぽんぽんと叩きながら云ってくるが、ここで着替えるのは危険だ。 みんながまた面白がって迫ってきたりしたら、今度こそ何しちゃうかわかったものじゃない。
 うぅ、自分の理性の無さに嫌気が差す。

「ちょ、ちょっと、シロ駄目よ! キッチンにはランサーもいるんだから!」
「でも、ここだとみんながいて着替えられないから……」
「わ、わかったわ、すぐ出て行くから早まらないで」

 あたしの考えに、イリヤと凛が慌てて止めに入る。 やっぱり、はしたないから二人とも嫌なのかな?
 でも、あたしはまだ子供な体系だし二人とも身内みたいなものなんだから、そんな気にする事ないと思うんだけど。


 結局、あの後着替えたあたしとアーチャー、ランサーで夕飯の支度や家の事をして、お風呂を上がった頃には結構いい時間になっていた。

 あたしと凛は使っていない三階の部屋で施術の準備始めたが、みんなは一階で凛のお祝いの準備をしている。
 成功したらすぐ、シャンパンでお祝いだ。

「それは?」

 凛が細長い箱から一つのペンダントを取り出す。
 ペンダント・ヘッドは一つの水晶を核に、宝石とは違うごく普通の石に見えるものを削りだして鍔のようにしてあり、金属の柄を付けた剣とも棍棒ともとれる形を模したものだった。

「これが今回の要。 宝石剣のミニチュアのミニチュアよ」
「へぇ~……」

 なんか、普段凛が使ってる宝石のほうが綺麗で、とてもそんな凄い礼装には見えなかった。
 試しに解析してみたけど、厳密には剣じゃないからか構成材質はわかっても、理論とかは全然わからなかった。
 まぁ、あたしの投影は理論まで理解できてなくっても使えるから、ペンダントじゃなくって本物の宝石剣なら今は無理でもその内投影できるようになるんだろう。 まがりなりにも”剣”ってことになってるんだし。

「さ、そろそろ時間だわ。 始めるわよ!」
「了解!」

 前祝ということで、アーチャーの淹れてくれた紅茶で乾杯をして二人で一気に呷る。
 あたしがカップや余計なものを簡単に片付けると、凛が魔方陣に入って目を閉じて意識を集中する。

「三分前」

 あたしの声にリンが薄っすらと目を開いて詠唱を始める。
 もっともこの詠唱は本番の詠唱の前の精神統一のようなもので、何度も繰り返し韻を踏んで自身の深層意識へと埋没していく為のものだ。

(一分前)

 あたしが時間を確認した瞬間、凛は詠唱の第二段階、本番の詠唱を始めていた。

(完璧なタイミングだった。 成功した!)

 詠唱自体は何度も練習していてタイミングを掴んでいたとはいえ、本番でここまで完璧にあわせてくるとはさすが凛。
 あたしは内心の興奮を隠して凛の詠唱が終わるのを待つ。
 詠唱が進むにつれて徐々に凛が持つペンダントに光が灯り、遂には七色に輝き始める。

(綺麗……)

 ペンダントは七色に光り明滅し、徐々にその間隔を短くしていく。
 そして遂には黄金色の光がその先端から迸り、

「あ……」
「え?」
「失敗し……」

 呆然とした表情の凛が全てを云い終わる前に、部屋が光に包まれた。



[1095] 『剣製少女/虚月庭宴 第一話 1-3』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:d79c74b3
Date: 2007/12/17 21:39
 気が付くと、あたしは森の中にいた。
 あたしには細かい種類まではわからないけど、アインツベルンの森とは植生が違っているように思うし、なにより今が真夜中ではなく昼日中ということが、これは異常事態なんだと五感に訴えかけていた。

「むふぅ!」
「ひゃあぁっ!」

 呆然と周囲の様子を確認していると、突然あたしのアソコが熱くなる。 驚いて飛び退くと、あたしの下にスーツ姿の男の子が倒れていた。


『剣製少女/虚月庭宴 第一話 1-3』
 ※単発クロスオーバー。 Fate×ネギま!


「あ、ご、ごめんボク。 大丈夫?」
「おいネギ大丈夫か!?」

 慌てて起こして上げると、後ろから黒髪の学ラン少年が駆け寄ってきた。
 あれ? この子付け耳なんかしてる。 ……変わった趣味だな。

「あ、はい、僕は大丈夫です。 それより、貴方こそ大丈夫ですか?」

 苦笑いで鼻にかけた小さな眼鏡を掛け直してあたしを気遣ってくれる男の子。
 歳は十歳に届くかどうか? という子供なのに、自分より先に人のことを気遣うなんて凄いな。 なんというか、大人だ。
 ともかく、怪我とかさせていないみたいでよかった。 押し倒した上に股間を押しつけてたってだけでも十分犯罪っぽいのに、怪我までさせてたら親御さんになんといって謝ればいいのやら。 ……って、あれ? この子外人さんだ。

「あ、あの、貴方もしかして……」
「え、あ、うん、大丈夫大丈夫。 ごめんね、押し倒しちゃったみたいで」

 あははと笑いながらもう一度謝ったけど、男の子は首を振りながら立ち上がり、あたしに手を差し出してくる。

「あ、ありがとう」

 その手を取って立ち上がると、凄くいい笑顔でにっこりと微笑んだ。 ……この子、もしかして凄い美形?

「ところでお前、何処から……」
(詩露! 無事!?)

 後ろの男の子が話しかけてきた瞬間、凛から念話が届いた。

「凛!」
「詩露! 見つけた!」

 声と念話で返事をすると、森の中から凛が現れた。
 髪はぼさぼさになってるし、葉っぱもあちこちに付いていたけれど、幸いにして怪我をしている様子は無い。
 思わず駆け寄って抱きつくと、凛はしっかり抱き止めて頭を撫でてくれた。

「アンタ怪我は? どっか変なとこはない?」
「う、うん平気。 どこも痛くないよ」

 あたしを抱きしめていた凛が体を離すと、ペタペタとあたしの体を触りだした。
 あたしも戸惑いながら笑顔で答えると、凛もやっと安心したのかほっと息を吐き出した。

「あの、もしかして貴方達は魔法生徒の方ですか?」
「魔法生徒? よくわかんないけど、アンタは魔術師みたいね」

 あたしを後ろに隠しながら、凛が挑むように眼鏡の男の子の質問に答える。
 に、しても魔法生徒って何? 凛ですら第二魔法に足をかけたかどうか? ってところなのに、こんな小さな子が魔法使いってこと? だとしたら、さっきの物腰も考えて見た目通りの歳じゃないとか?

「いえ、僕は魔術師じゃなくって魔法先生なんですが……」
「「?」」
「なんや話が見えへんで。 取り合えずエヴァ師匠んとこ行こうや。 俺も姉ちゃん達に興味出てきたし、ゆっくり話聞いてみたいわ」

 状況が掴めないせいで凛と二人で首を傾げていると、学ラン少年が頭の後ろで手を組んで提案してきた。

「エヴァって?」

 取り合えず先を歩いている学ラン少年……小太郎くんの後を付いていきながら、眼鏡少年……ネギくんに聞いてみると、彼の魔法の師匠のことらしい。
 それを聞いた凛が足を止め、

「魔術師の拠点に誘い込もうって事?」

 かなりキツイ表情で問い詰めた。
 でも小太郎くんはあたし達のほうへ振り向いて面白そうに笑いながら

「なんや、ビビッとんかいな。 心配いらへんで。 もし俺らがその気やったら、姉ちゃん達なんか瞬殺や」

 と、とんでもないことを言い出した。
 そりゃ、セイバーとか英霊には全然敵わないけど、さすがにこんな小さい子に負けるほど弱いつもりもないんだけどな。

「どうする?」
「まぁいいわ。 魔法の師匠ってことはそれなりに知識もあるんだろうから、色々助けになるかも知れないでしょ。
 ”虎穴にいらずんば虎児を得ず”ってやつよ。
 それに、予想は立てられるけど、それを確かめる為にも魔術関係の人間に会えたのは運が良かったのかも」

 はぁ、と溜息をつきながら諦めた様子の凛。 確かに状況がわからない以上、多少のリスクは承知でなんらかの手を打たないと何も進展しない。
 最悪命の危険もあるんだから、気を抜くこはできないけど、逆に云うとそれぐらいしかできることがないんだし、それはなにもこの子達を相手にする場合に限った事じゃないんだ。
 だったら大人を相手にするより、子供が相手の方がまだマシだと凛は思ったんだろう。

 そうしてしばらく針葉樹の森を歩いていると、一軒のログハウスに辿り着いた。

「ここ?」
「はい、ここが師匠(マスター)の家です」
「おーいエヴァ師匠。 来たでー!」

 小太郎くんが扉を開けながら大声で中に呼びかけるが、誰も出てこないし、物音一つしない。

「留守なんじゃないの?」
「いや、多分下やな。 こっちや」

 そういってズカズカと進んで行って地下に降りると、大量の人形が置かれた部屋を通って、鉄の扉の先に大きなボトルが置かれた部屋に辿り着いた。

「ここは?」
「僕達が修行に使ってる場所です。 ほら、あのボトルの中に建物が見えますか? あの中で修行してるんですよ」
「あの……中?」

 確かにボトルの中には精巧なミニチュアが入っている。 海に見立てた水と、海底を表現したであろう砂。 その砂に立つ塔というには大きなビルのような建物。
 でもあの中ってどういうこと?

「ほな此処立ってな」

 そう云った小太郎くんの脇に立つと、カチッというスイッチを押したような音とともに足元が光って魔方陣が浮かび上がり、気が付くとあたし達はもの凄い高い開けた場所に立っていた。
 足場はそれほど広くはなく五芒星が描かれており、細長い通路の先には広場があり、背の高いモニュメントが中央に備えられている。

「ここは……」
「あのボトルの中です」
「ここでは現実の一時間が一日になるんやで」
「は!?」

 凛は小太郎くんの言葉に驚いている。
 あたしも驚きはしたものの、それがどれだけ規格外なものなのかは知識が足りない所為で想像するしかできない。 ……もしかして、魔法なんじゃない、これ?

「ほら、行くで」

 そういってあたしの手を引く小太郎くんについて行くと、前方の広場に人が居るのが見えた。 魔力で視力を水増しして確認するとどちらも女性のようで、片方が背の低い色黒な拳法使い、もう片方が黒髪で背の高い……なんだろうあの動き? 見たことないな。
 どっちにしても二人とも、サーヴァント並みに尋常じゃない動きだ。 凄いな。

「おーい、楓姉ちゃん、菲部長!」
「おぉコタロー」
「遅かったでござるな」
(ござる?)

 二人は格闘訓練……ネギくん達の言い方でいうところの修行をしていたのか、小太郎くんが声をかけるとその手を止めてこちらに振り返った。

「お、今日はデートでござるか?」
「「な!」」
「やるアルネ。 コタロ」
「ち、ちが……!」
「ちゃうわ! アホいうとんな!」

 小太郎くんがガーッ! と吼えてあたしの手を振り解く。 小太郎くんもそんな誤解は困るだろうけど、中身が男のあたしにとってもその誤解はもの凄く勘弁して欲しい。 まぁ、子供相手だからそこまでの嫌悪感は沸かないけど。

「しかし、ここへ連れて来たということは、このお嬢さんは魔法生徒でござるか?」

 また魔法生徒か。 ここはもしかして、魔術協会……時計塔のような組織なのかな? だとしたら、相当気をつけておかないと、取って食われちゃうかも。
 でも日本は協会の勢力があまり届かないって聞いてるし、日本に魔術関連の教育機関があるって話は聞いたことないんだけど。
 それとも退魔組織のほうかな?

「いや、どうも要領を得んからエヴァ師匠に会わせよう思うたんやけど、何処におんねん、アノちびっこ」
「誰がちびっこだ」
「アダダダダ!!」

 学ランのポケットに手を突っ込んで、頭を掻きながら愚痴っていた小太郎くんの付け耳を引っ張る、金髪美少女。 ……というか、痛がるってことはもしかしてあの耳、本物!?

 突然現れた女の子は、あたしと同じぐらいの背丈で体系も似ているけど、長いサラサラのストレート・ヘアにフリフリの洋服、透けるように白い肌に宝石のような透明感のある蒼い瞳と、お人形さんみたいに綺麗な子だった。
 でも、この子何処から現れたんだろ?

「ふん、貴様があの女の弟子か。 付いて来い」

 そういって後ろの凛を親指で指差し、顎を使って広場の奥にある建物へと促した。
 なんか、外見と性格に激しくギャップがあるような。 ……まぁ、凛も猫被ってる時はともかく、本性現してるときは外見に似合わない、キツイ性格してるから珍しくは感じないけど。

 広場の奥はヤシの木に囲まれ、エキゾチックな作りの屋根があって、テーブルとベンチが備え付けられたちょっとした休憩所のようになっている。

「それで、貴様らはなんなのだ?」

 紅茶片手に単刀直入に聞いてくるエヴァちゃん。
 なんでもエヴァちゃんは本当はあの時、ログハウスに居て隠れてたらしい。
 なんでそんな事をしていたのかというと、この麻帆良学園都市には結界が張ってあって、エヴァちゃんには侵入者の学園都市への人の出入りを感知することができ、突然現れたあたし達に警戒していたとか。
 なのになんの手出しもしなかったのは、

「ここなら封印状態の私でも魔法が使えるし、捕獲するにしても、なぶり殺すにしても好都合だったからな」

 と邪悪な笑顔でこちらを挑発するエヴァちゃんだったけど、ネギくんが

「そ、そんなことしませんから!」

 と慌ててフォローしていた。
 ……ネギくんはいい子みたいだけど、エヴァちゃんは危ない子みたいだから、ちょっと警戒しておいたほうがいいみたい。

「それで、そろそろそっちの事を聞かせてもらおうか?」

 足を組み、だらしない格好で聞いてくるエヴァちゃん。
 とはいえ、さすがに第二魔法の実験中に突然ここに現れた。 なんて云ったら、知識目当てに脳味噌ホルマリン漬けなんてことにもなりかねないから、多少ぼかして……

「わたし達は”平行世界”の住人よ」
「え! ちょ、凛!」
「ほう」

 凛の衝撃発言に二重に驚くあたしにたいして、平然と、でも明らかに興味を示すエヴァちゃん。
 ”平行世界の住人”って、あたし達は第二魔法を成功させてしまったってこと?
 そして、その事(第二魔法)を同じ魔術師に明かしてしまって、大丈夫なの?
 ヤダよ、あたし。 ホルマリン漬けなんて。

「とはいっても、貴方ならもう気付いているかもしれないけど、わたし達は本体じゃなくって本体……魂のコピーみたいなものが、エーテルで受肉してるにすぎないんだけど」

 えっと……、あたしのほうが話しについていけてない。 とはいえ、今はエヴァちゃんに説明しているわけだから、あたしの疑問は後でまとめて聞くしかないか。

 その後、凛は自身の仮説をエヴァちゃんに聞かせた。 それによると、あたし達は今サーヴァントのような状態で現界しているらしい。
 当然、マスターがいない状態なので、長くても一時間程度で本体に戻っていくか、そのまま霧散する幻のようなものだろうと。

「根拠は?」
「魂の情報ならともかく、魂そのものを送れるほど大掛かりな施術じゃなかったのよ。
 まして本体を”平行世界”に送るなんて、絶対不可能だし」

 どうも凛は、あたしと小太郎くんが一緒にいた間にネギくんと話して、ある程度仮説に根拠を見い出していたらしい。
 つまり、凛が云いたいのは、あたし達はFAXから出てきた文字のようなもの。 手紙そのものを送ることはできないけど、文字……というか、白黒のデータだけなら送る事が出来ると、そういうことらしい。
 それを聞いたあたしは、試しに自身の体を解析してみると、確かに凛が云ったように構造は人体そのものなのに、構成物質が全く違っていた。
 そんなあたしの様子を見ていた凛と目が合ったので、凛の云っていたことが正しいことを示す為頷いて見せると、凛がエヴァちゃんに向き直ってあたしの魔術を説明して、仮説の証明をしていた。

「なぁなぁ姉ちゃん、この手の中のもの何か当ててーな」

 そういって小太郎くんが手で何かを包み隠すようにして、差し出していた。
 彼はあたしが年上とわかって一瞬驚いてはいたけど、身近なところに似たような人物が結構居るからか、あっさり納得した上に「ちっちゃいなー」なんてからかってきた。

「ん、いいよ」

 視覚を閉じて、触角で小太郎くんの手の中を視る。
 ──途端。
 頭の中に沸き上がってくるイメージ。

「葉っぱでしょ?」
「おぉー! ホンマにわかるんや! 手品みたいやな!」

 興奮気味に驚いてくれる小太郎くんだったけど、手品はないんじゃないかな? 思わず苦笑が漏れちゃったよ。

「こっちはどうアルカ?」
「ん~、アメ」
「「おぉー!」」
「では、これはどうでござる?」
「手裏剣だね」
「「「おおぉー!!」」」

 なんて遊んでいる間も、師匠コンビはお互いの知識を交換していた。

「なるほど、ということはこの世界の魔法っていうのは、わたし達の世界でいう儀式魔術ってことね。
 詠唱が統一されているっていうのも納得だわ」
「しかし、魔術回路というのはなんなのだ? 私にもあるのか?」
「あるわね。 それも普通よりかなり多いと思うわ」

 ……本当に凛はこういうところで貪欲だな。 あたしは帰る必要がないとわかって安心したと同時に、この世界の魔法とか結構どうでもよくなっちゃったんだけど。

「なぁ姉ちゃん。 一緒に修行せえへん? 結構できるんやろ?」

 なんか小太郎くんに懐かれちゃったような。 というか、この子結構人懐っこいのかな? 雰囲気がランサーを彷彿とさせる。

「凛、いいかな?」
「いいけど気をつけなさい。 たぶんわたし達の世界より、神秘の効果が大きくなってるから」
「了解」

 凛の許可をもらって広場に戻ると、楓と菲が待っていた。

「二人もやるの?」
「いや、我々は見学でござる」
「気にせずやってほしいアル」

 見学って、セイバー達と違ってそんな見ても面白いものにならないと思うんだけどな。
 まぁ、あっさり勝っちゃうと可哀想だから、軽くやってみればいいかな?



[1095] 『剣製少女/虚月庭宴 第一話 1-4』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:d79c74b3
Date: 2007/12/17 21:40
「ほな行くでー!」
「ん、いいよ」

 まぁ、一応身体強化だけはしておこうかな? この子もネギくんと同じ魔法使いなのかも知れないし。

――同調(トレース)、開始(オン)


『剣製少女/虚月庭宴 第一話 1-4』
 ※単発クロスオーバー。 Fate×ネギま!


「と、ちょ! わぁ~!」
「お、おい姉ちゃん。 大丈夫かいな」
「う、うん、ごめん」

 強化した肉体で軽くバックステップをした瞬間、あまりの距離を跳躍してしまい広場から落っこちそうになり、慌てて縁にしがみ付いた。
 小太郎くんも慌てて駆け寄ってきて、あたしの腕を掴んで引き上げてくれたけど若干呆れ気味だ。

 にしてもびっくりした。 軽く動いただけなのに、普段全力で動いた時よりも移動距離があるなんて。
 強化してない時の体の動きには全然違和感がなかったけど、強化した時の動きは軽く見積もっても三倍以上。
 ……これは手加減するとか以前に、自分の動きに慣れるだけでも一苦労かも。

「なんや姉ちゃん、自分の動きに振り回されてるみたいやで」
「うん、ごめんね。 ちょっと慣れるまで待ってもらえるかな?」

 このまま戦うのはあまりにも危険だ。 軽く触ったつもりで小太郎くんの骨を折っちゃった、なんてことにでもなったら大事だし、とりあえず普段やってる型で動きの加減だけでも掴まないと。

 そう思ってあたしが小太刀の木刀を投影して型を始めると、見学していた楓達の声が聞こえてきた。

「ほう、なかなかのものでござるな」
「うむ、まだ振り回されている感じが残っている所為か無駄があるが、迷いのない良い動きアルネ」
「へぇ~、刹那の姉ちゃんとは大分違うんやな」

 確かに菲の云うとおり体に掛かる負荷が普段より大きい所為で体が流れてしまうが、それを抑える為の力も増しているのでなんとかなっている。
 型も繰り返しているうちに徐々にスムーズになっていき、力加減がわかってきた。 でもこれ、こんなに体に負荷がかかってるけど、骨とか内臓大丈夫なのかな? 強化が強くなってる分、大丈夫だと思うんだけど、確かめておいたほうがいいな。

 そう思って強化をしていない木刀を強化している肉体に打ち下ろす。
 徐々に力を強くしていき、最後には全開で打ち下ろしてみるが、木刀は砕けて霧散してしまったけど、体に痛み全くはなかった。

 そこでふと小太郎くんたちの方へ向き直ると、呆然としていた。

「え? な、なに?」
「いや、自分の体を木刀でぶっ叩いて、なにしとんのやと思うとっただけ」
「あぁ、体に掛かる負荷にどれだけ耐えられるのか確かめようと思って」
「ん~、詩露殿は見かけによらず、豪快な性格のようでござるのぉ」

 あたしの説明に楓も呆れている。 確かに今の格好はアインツベルンのお仕着せを着たままだから、おしとやかに見てるのかも知れないけど、あたし別におしとやかじゃないよ。
 それに、体の強度を確かめるには他人を叩いても意味がないし、てっとり早く確かめるには良い手だと思ったんだけどな。

「で、どうする? こっちは大体掴めたからやってもいいんだけど」
「おう、そうやった。 なら早速やってみよか。
 まぁ、安心しとき。 ちゃんと手加減したる」
「あはは、ありがとう」

 手加減か。 まぁ、子供だしね。 ……って、さっきのあたしの動きを見ていてなお云ってるんだったら、油断は禁物かな? まぁ、まずは相手の動きを把握するところから始めてみますか。

 なんて軽い気持ちでやり始めて後悔した。

「おらあぁぁー!」
「くっ!」

 この子強い!
 この歳でなんで? と云いたくなるけど、どうやら小太郎くんは心眼の(真・偽)両方を持っているようだ。 勿論アーチャーやセイバーみたいに規格外なものではないけど、年齢を考えれば十分尋常じゃない才能の持ち主といえるだろう。

 あたしの戦い方は、基本的に後の先を取る「柔」の技が主体だ。 腕力で劣るということもあるけど、体格で劣る為攻撃を届かせるには懐に入る必要があるし、その方が隙を作る危険が少ないからというのもある。
 自然、相手の動きを把握して隙を突くという消極策になりがちだけど、その分技のヴァリエーションには結構自信があったのに、その悉くを凌がれてしまっている。 その上、二度同じ技を使おうとすると技を出す前に潰されてしまい、変化させて強引な攻めになって逆に反撃されている。

「素手でも結構やるなー姉ちゃん。 でもまだなんか手の内隠してる感じやな~。
 俺相手にそんな余裕みせてたらどうなるか、ちょ~っとわからしたるわ!」

 そういって向かってきた小太郎くんの動きはそれまでと明らかに違い、ランサーもかくやという素早さだった。
 とはいえ、この世界でだったらあたしだってそれぐらいの動きはやれる。 一方的になんてさせない!


 結局、あたしは投影と魔力放出を。 小太郎くんは影分身と狗神という自立型の飛び道具を使ってなんとか引き分けに持ち込んだ。

「いや~結構燃えたわ。 またやろうな、姉ちゃん」
「そうだね、あたしも得るものが多かったよ」

 小太郎くんは凄く良い笑顔で手を差し出してきたので、あたしも笑顔でそれに応えた。

「それにしても詩露殿の”投影”でござったか。 あれはかなり厄介な技でござるな」
「うむ、特に私とは相性最悪アルヨ」

 そうだね、射撃位置が特定できないし今回は十本しか投影しなかったけど、今のあたしは一つの魔術回路に日本刀で五本。 宝具ではない魔剣で質にもよるけど最低一本は投影できるから、集団戦になってもかなり反則な能力だと思うよ。 まぁ、手の内明かすつもりはないけど。

「ありがとう、今すぐは体力的にちょっと無理だけど、二人ともその内やってみたいな」
「そうでござるな」
「楽しみにしているアルヨ」

 そして休憩所に戻ると、師匠コンビの話も一段落していて紅茶片手に雑談をしていた。

「あぁ、戻ってきたわね。 どうだった?」
「投影と魔力放出使ってなんとか引き分け」
「よく云うわ。 こっちかて一杯一杯やったんやで」

 なんて呆れたように云う小太郎くんだったけど、あたしはそれを真に受けていなかった。
 あたしもこの世界なら固有結界を使えそうだけど、小太郎くんもまだ何か隠している。 特に体術か身体強化の魔術……いや、魔法か。 それを隠している筈だ。 動きに僅かだけど違和感があったから、まず間違いない。

「そっちは? なにか収穫あった?」
「収穫というか、この世界の成り立ちに大体の予想がついたわ」

 そう云った凛によると、この世界とあたし達の世界の神秘の違いを確認している内に、世界の成り立ちに予想がついたらしい。
 勿論科学的な予想ではなく、魔術師としての神秘の成り立ちではあるらしいけど。

「まずこの世界の魔法と云われているものは、わたし達の世界の儀式魔術なのよ」

 凛の説明によるとこの世界で魔法を使う場合、必ず”発動体”というものが必要になるらしい。
 ネギくんの指輪や杖がそうらしいけど、これは儀式魔術でいう”代価”で、儀式の中に組み込まれた決まりごと(システム)の一部に当たるのではないかと。
 あたしは投影を使うから儀式魔術に関しても、簡単な知識は持っている。
 なにしろ投影というのは、”すでに失われたもの”を儀式のために一時的(数分間だけ)にカタチだけ複製する魔術と教わっていたからだ。

 そして、あたし達の世界では呪文は術者のオリジナルで、同じ流派であっても同じとは限らないが、この世界では決まった呪文を唱えることで一定の効果を発揮する。

「これが決定的な違いよね。 本来呪文は自己に働きかけるものなのに、この世界の呪文は自己に働きかけるというよりも、”魔術基盤”に働きかけてるのよ」
「え……でも、それは個人には不可能だって教わったんだけど?」
「そうよ、でも似たような事だったらアンタもやったことがあるじゃない」

 あたしが? 何時? 固有結界の事? でもあれは理論もわからないって凛自身が云ってたしな。 なんのことだろう?

「わからない? 大聖杯よ」
「あぁ!」

 そう、大聖杯は術者が唱えた呪文に反応して英霊を呼び出す為の小さな魔術基盤といえる。
 とはいえ、必ず呪文が必要なわけではなかったり、呪文の内容が間違っていても呼び出せないというわけではないから、厳密には多少の違いがあるわけだけど。

「つまり、この世界には大聖杯のような人工的な魔術基盤が世界のあちこちにあって、同じ呪文を使う事で同じ効果の魔術が使えるようになっているってわけ。
 ちょうど聖杯戦争でマスター候補が呪文を唱えるだけで英霊を呼び出せるように、魔法使いが決められた呪文を唱える事で神秘、……魔法が発動するのよ」
「はぁ、なるほどね。 でも、そんなことできるの?」
「わたし達の世界で今からやろうと思ってもできないでしょうね」

 なんでもこの世界、特に麻帆良にも大聖杯に相当するものがあるらしい。
 ”世界樹”。
 それがここ麻帆良での大聖杯の名前だ。

 この”世界樹”は二十二年に一度魔力を貯めて放出することで、近くにいる者の願いを叶えるという、まさに聖杯といえるものだそうだ。

「これだけを比較しても、冬木の大聖杯の三分の一の周期。 つまり三倍効率がいいか、この世界に三倍神秘が溢れているということよ。」
「あ、そういえばさっき小太郎くんと戦った時も、身体強化の効果が三倍ぐらいに感じたよ」

 そう、その所為でとんでもない失態を晒してしまったんだけど、まぁそれはいい。
 ともかく、凛の説明によるとこの”世界樹”の魔力は、超鈴音という女生徒によって時間跳躍……”時間の改竄”の為に使われていたらしい。
 このため、麻帆良の大聖杯は”魂”ではなく”時間”に特化したものか、根源に孔を開けられるため、超鈴音が”時間”に特化した魔術師(魔法使い)なのだろうと推測を立てていた。

 もっとも、ネギくんの訂正によって、この世界樹の力は告白に特化していることから、単体で使用すると精神に作用することがわかったけど。

「でね、ここまでは良かったんだけどこの世界、神秘を使う人間が増えても効果が減少しないらしいのよ」
「それはかなりズルイね」

 あたし達の世界では神秘は使う人間が増えれば、それだけ効果が減少する。
 協会が神秘の秘匿に躍起になっているのもこの為で、十の力を一人で使えば十の効果が得られるが、二人で使えば効果は五になってしまう。
 それがないってことは、この世界で神秘は公になっているってことなのかな?

「そうね、でもこれも儀式魔術であることを証明する要因なの」

 つまり、冬木の大聖杯が術者の能力に左右されずに英霊を召喚できるように、この世界の人工的な魔術基盤も魔術の”結果”が左右されないように作られているらしい。
 勿論、サーヴァントの能力が術者の力量に左右されるように、魔法の威力も術者に左右される。 しかし、魔法自体の全体的な効果が減少することはないのだろうと。

「まぁ、ここまで話せば大体想像はつくだろうけど、この世界の成り立ちっていうのはこの世界に広がる大聖杯。 人工的な魔術基盤によって魔術が成り立っているっていうことなのよ」
「なんで……ここまで違いが出たんだろうね」

 凛に言わせると、恐らく神代の時代の魔術師はどちらも同じ結論に達したものの、選んだ道が正反対だったのだろうと。
 あたし達の世界の魔術師も、この世界の魔術師も、”神秘は使う人間が増えればそれだけ効果が減少”し、遠からず神秘が衰退すると気が付いた。
 あたし達の世界の魔術師は、秘匿することで神秘の純度を保とうと考え、この世界の魔術師は世界に新たな基盤を設置する事で、純度を保とうと考えたのだろう。

「それにこの方法だったら魔術回路を使う時、回路の数に左右されないから素人が間違って死ぬ危険も少なくなるしね」

 確かに、あたし自身の例を挙げるまでもなく素人の魔術師が魔術で命を落とす危険は常に付き纏う。
 なにしろ魔術回路自体に限界はなく、自身の見極めが甘ければいつ死ぬかわからないという、危険極まりない機能なのだから。
 でも、このやり方ならそこまでの危険はない。 確かに体内の魔力枯渇で衰弱する可能性はあるものの、回路を使う時に無理をせず予め決められた手順を踏んで、体内の魔力を流せば魔術が発動するのだから、術の使用中に回路の無理な使用で命の危険に陥る可能性は、かなり軽減できるだろう。

「まぁ随分優しいご先祖様だったお陰で、この世界の魔法は衰退するどころか繁栄し、今では科学技術とも融合するまでに至っているらしいわ」
「なんか、同じ出発点だったとは思えないほどの違いだね」
「そうね。 まぁ、わたしからすればヌルイだけな気もするけどね」

 なんて皮肉気に笑う凛。
 魔法関係者が二人も居るところで喧嘩を売るようなことをいわないでほしい。 ……なんて思ってたけど、実際その関係者であるエヴァちゃんは意外な事に凛の意見に賛同してきた。

「同感だな。 私としても手に入れた力を独占しようとした、貴様らの先祖の方が共感できるぞ」

 うわぁ、悪い顔してるよエヴァちゃん。 せっかくの可愛い顔が台無しだ。 ほら、ネギくんも引いてるって。



[1095] 『剣製少女/虚月庭宴 第一話 1-5』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:d79c74b3
Date: 2007/12/17 21:40
「それで、貴様らはこの後どうするつもりだ?」
「別に。 放っといてもどうせ消える身ですからね、せいぜいそれまでの時間楽しませてもらうわよ」


『剣製少女/虚月庭宴 第一話 1-5』
 ※単発クロスオーバー。 Fate×ネギま! <最終回>


 凛は自分の知的欲求が満たされたからか、この後の事には特に関心がないようだ。
 まぁ、あたしとしてもこうしている自分が実際の自分とは関係ないとなれば、別に何かしなくてはという気にはならないかな? 正義の味方をやりたいって気持ちはあるけど、勝手のわからない世界で無茶やっても逆に迷惑かけちゃうかも知れないし。

「ならどうだ。 私の従者として契約してみんか?」
「興味ないわね。 アンタにこき使われる弱みも握られていないし、ここで殺されたとしてもそれは”殺される夢”を見たのと同じことなんだから」

 そりゃそうだ。 この世界になんらかの思い入れがあるならともかく、肉体どころか本物の魂すら持ち合わせていないあたし達にとっては、この世界に留まる意義はない。
 ましてエヴァちゃんに限らず、誰かの従者として仕えなくてはいけない理由なんて思いつきもしない。

「ふん、つまらんヤツだな。 そっちはどうだ? そんな師匠は辞めて、私に仕えんか?」
「ごめんね。 あたしも凛と同じで特にこの世界に留まるつもりってないから」

 凛に振られたエヴァちゃんがあたしにも声をかけるけど、答えが一緒で拗ねたようにそっぽを向いてしまった。

「全くつまらんヤツらだ」
「それは違うわ。 わたし達が詰まらないんじゃなくって、わたし達の存在そのものが詰まらないのよ。
 何しろ貴方達にとっては幻みたいなもので、わたし達にとっては夢みたいなものなんだから、そんなものに意味を見出そうとするほうが間違ってるのよ」

 そっぽを向いたまま、目だけで凛を見ていたエヴァちゃんだったけど、凛の云ってる事には納得できたのか、面白くなさそうに視線を外した。
 逆に、ここまであたし達に興味を持ったエヴァちゃんには、あたし達を従者にしたい理由とかがあったのかな?
 そう思って聞いてみると、彼女の現状を知る事が出来た。
 つまり彼女はあたし達から未知の”魔術”を知る事で、自身に掛けられた呪いを解けるかも知れないと期待していたらしい。

「あぁ、それじゃあたし達だと期待には応えられないかな?
 もっと成長してからだったらなんとかなったかも知れないけど」

 そういうとエヴァちゃんは相当食いついてきたんだけど、まだ宝具の投影ができないあたしにとって、例えCランクとはいえ”破戒すべき全ての符”は手に余ることを説明した。
 それを聞いたエヴァちゃんは、一瞬期待した眼差しを向けていたが一転して落胆してしまう。
 あぁ、なんか悪いことしちゃったかも。 でも、変に期待させても悪いし、事実をはっきり言っておいたほうがいいよね。


 あれから一週間、あたし達はまだ麻帆良にいた。
 凛の見立てでは最低三時間。 長くてもアーチャーの単独行動の三倍の六日で現界できなくなるだろうと考えていたのに、今だこの世界から消えてしまう兆候は現れていなかった。
 仕方なくエヴァちゃんの家で家事をすることを条件に、厄介になっていたんだけどその間に凛は色々エヴァちゃんからこの世界のことを聞いている内にある結論に達した。

「詩露、ちょっと話があるんだけど」
「何?」

 あたしはちょうどエヴァちゃんの家のお仕着せを着て掃除をしていたんだけど、凛のなんとも云えない複雑な表情を見て、話の内容がとても云い辛いことなんだろうことが想像付いてしまった。
 ……こういうときの勘ばっかり良くなっても、全然嬉しくはないんだけど。

「わたし達の現界って、放っておけばずっと可能みたい」
「は?」
「あのね、この世界の場合召喚さえしちゃえば現界には術者の魔力って必要ないみたいなのよ」

 そういって凛は京都でこのかの力を利用して召喚された鬼の話をして、この世界の召喚について簡単に教えてくれた。

「じゃあ、あたし達は……」
「そ、ずっとこのまま。 それでどうするか? って話なんだけど」
「よければ私がお前たちの主人になってやってもいいぞ?」
「くっ、聞かれてたか」

 さっき出かけた筈のエヴァちゃんが二階から現れた。 もしかしてこの話を盗み聞きするためだけに、そんな小細工をしたのだろうか。

「ふふ、どうする。 身寄りもなく、頼る当てのないお前達にとっては悪い話ではなかろう」
「まぁ確かにね。 この世界で生きていくっていうんだったら、この世界の”魔法”を知るのも何かの手助けになるし……詩露はどうする?」

 エヴァちゃんの申し出に苦々しげに答えながらも、確かに何の伝手もないあたし達にはそう選択肢は多くないことを実感し、やり切れなさそうな凛。 これは借りを作ったとか思ってそうだなぁ。
 まぁ、数少ない選択肢の中でも、魔法の知識を得られる可能性があって、尚且つ人の出入りが少ないこの家で生活できるのはかなり理想的な環境と言えるだろう。
 だけど、

「あたしはエヴァちゃんの従者にはなれないよ。 だって……」
「正義の味方か? ふん、私は構わんぞ。 どちらかというと、凛より貴様のような破碇者の方が私の好みだし、貴様の能力がじき私の呪いを解き放つのに役立つかも知れんからな」

 エヴァちゃんは自身を悪い魔法使いと云って憚らない。
 そんな彼女にとって、あたしのような人間は嫌いな部類の人間かと思ってたんだけど、実は気に入られていたようだ。 ……まぁ、理由が彼女らしいけど、あたしって彼女が云うように、そんなに壊れてるかな?

「わかった、いいよ。 その代わり、エヴァちゃんが悪いことしようとしたらあたしは止めるよ?」
「勿論だ。 そのくらいの気概がないようでは弄りがいがないからな。 精々楽しませてもらおう」

 あたしの宣言に髪をかき上げ凄惨な笑顔で応えるエヴァちゃん。 くぅ、あたしとエヴァちゃんじゃ格が違い過ぎる。 釘を刺したつもりが、猫のじゃれつき程度にしか思われてないよ、これは。

 結局、話はあたし達二人がエヴァちゃんの従者になるということで決まった。
 エヴァちゃんからは衣食住(本当は食は必要ないんだけど)と、魔法の指導にコネの紹介。
 あたし達はエヴァちゃんのお世話と、魔術を教え、魔法が使えないエヴァちゃんの身辺警護を義務付けられた。 ただし、警護はあくまで自衛に限ったもので、こちらから何かを仕掛ける時には本人の意思を尊重するというものだった。

「では最後にパクティオーといこうか」
「なによそれ?」
「なに、従者の証といったところだ」

 そう云いながら、リビングの床に魔法陣を描いていくエヴァちゃん。

「ほら、詩露。 こっちに来い」
「何する気?」
「だから契約だ。 とはいっても従者としてのお役立ちアイテムが出てくるだけだがな」

 詳しく話を聞くと、魔法使いの従者は契約をすることでその従者特有のマジック・アイテム……礼装が手に入るらしい。

「どう思う?」
「恐らく従者の起源をエーテルで物質化してるんじゃないかしら。
 それに魔術的効果があるっていうのはちょっと疑問だけど、わたしには礼装関係は専門外だからわからないわね。
 キャスターがいれば何かわかったんだろうけど」

 まぁこっちの魔法はあたし達の世界とは違う基盤も使っている所為で、全てを解明することは現状不可能なんだろうけど、凛のことだからその内なんらかの答えを出すか、突き止めてしまいそうだ。

「何時まで待たせるつもりだ?」
「あ、ごめん。 え……と、どうすればいいの?」
「目でも瞑っておけ。 すぐ済むしな」

 そういったエヴァちゃんは何か企んでる笑顔を見せたけど、それが何かまではわからなかったあたしは、云われた通りに目を瞑った。

 むちゅ

 その瞬間、口に何かを押し当てられて中に何かを入れられる。 驚いて目を開くと、エヴァちゃんの顔が一杯に広がっていて……って、これは!!

「ん、んー、ん──っ!」
「ぷは、くくく、どうした?」

 この子はぁー!! 何してくれやがりますか! いや、年上だけど。 って、そういうことじゃなくて!

「どうした? じゃなくって、何してんの!」
「契約だと言っただろう? パクティオーとはこういうものだ」

 嘘だ。 絶対あたしをからかう為だけにやったんだ!
 だって、すっごくいい笑顔になってるもん。 今まで見た中でこんなに生き生きしてるエヴァちゃんって初めてだよ。

「初めてだったか?」
「そういうことをわざわざ聞かない! というか、女の子がこういうことしちゃ駄目だって!」

 結局あたしはエヴァちゃんに散々からかわれて遊ばれたのに、凛はキスを拒否した為別の方法でパクティオーをしていた。

 …………やっぱり、からかう為だけにやったんじゃん。

<了>


 『剣製少女/虚月庭宴
 単発クロスオーバー。 Fate×ネギま! 後書』

 というわけで、ネギま!クロスは終了です。 お読み頂きましてありがとうございました。
 クロスものはそれほど数は読んでないんですが、お気に入りも幾つかあります。
 ただ、感想を見てみるとストーリーに関係なく整合性を指摘されているものが結構あったりしていたので、自分なりにクロスの整合性をとってみよう! というわけで、書いてみました。
(自分で読むときは、気にしたことがないのでそういう指摘を見ても、「そう?」ぐらいにしか思わなかったんですが ^ ^;)

 元ネタ(クロス先)をネギま!にしたのは、自分が読んでいるクロスSSで元ネタを知っているのがネギま!しかなかったので、これでしか書けませんでした。 ご了承ください ^ ^;

 それから、剣製少女/虚月庭宴はまだ続きます。
 引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。


 最後にこの場をお借りして、サイトをお貸しいただいた舞さん、SSを書く上で参考にさせて頂いた、じょんのび亭の京さん、感想を頂けた皆さんとお読み頂いた皆さんに厚くお礼申し上げます。
 ありがとうございました!



[1095] 『剣製少女/虚月庭宴 第二話 2-1』
Name: 阿蘇5◆f970a791 ID:18fc59ce
Date: 2007/12/22 21:02
「ねぇねぇエヴァちゃん」
「師匠と呼ばんか」

 ソファーに寝転んで凛とチェスをしているエヴァちゃんのスカートを引っ張って呼んだけど、振り向いてすらくれない。

「なんであたしの服だけこんなにフリフリなの?」
「私の趣味だ」
「……」

 師匠っていう生き物は、弟子にフリフリ服を着せなくてはいけない決まりでもあるんだろうか?
 凛、キャスター、エヴァちゃんとみんな揃って人のことをおもちゃにしてくれちゃって。

「それが嫌だというのなら、後はボンテージに……」
「い、いえ! これで結構でございます!」

 あ、危なかった。 あの格好だけはいけない。 お尻がほとんど見えてるのもマズイけど、あの格好をすると凛と二人揃って「ワンと鳴け」とか、人としてすら扱ってくれなくなる。 あの格好だけは何があっても避け……

「そうだな、暇つぶしにまた調教してやるか」

 そういって暗い目であたしの体を舐め回すように見つめ、ゆっくりと体を起こすエヴァちゃん。

「ひぃっ! い、いやーっ!!」


『剣製少女/虚月庭宴 第二話 2-1』


 ──そんな夢を見た。

 あたしは自分の叫び声に驚いて眼を覚ますと、荒い息を整える為深呼吸をした。

「はぁ、はぁ、はぁ、あ、悪夢だ……はぁ~」

 胸の動機がなかなか収まらない。 なにが悲しくて、見た目自分と大して変わらない少女に調教されなくちゃならないのか。 そんな趣味はないっていってるのに、二人とも全然やめてくれないし……って、ここ何処?

 周囲を見回してみても、アインツベルンの三階。 凛との実験に使っていた部屋でないことは一目瞭然だった。 というか、屋内ですらない。
 自然豊かではあるもののアインツベルンの森とも違って開けていて、あたしは斜面の上に座っていた。 下方に川が流れているから何処かの土手のようだ。

「なんでいきなり外に……って、あたしまた着替えてるし!」

 寝起きにあたしが着替えている事はよくある。 みんな人が寝ているのをいい事に、勝手に思い思いの服を着せて遊んでいるらしいんだけど、今回は桜とキャスターじゃないことだけは確かだ。
 何しろ、二人が着替えさせたんだったら、アンダーが相当際どいものになっている筈だから。 お尻に食い込んでたりするから、脱いで確かめるまでもなくすぐわかる。
 ……ちなみに、ライダーだと穿いてないことすらあるけど。

「エプロン・ドレス? 凛かセイバーかな?」

 こういうフリフリ系はみんな好きみたいだけど、エプロン・ドレスは二人の可能性が高い。
 衛宮の家に移ってからメイド服を着なくなったのが寂しいのか、寝てる間にエプロン・ドレスを着せられていたことが何度かあり、そういう場合高確率で二人の機嫌がいい。
 人一人着替えさせるなんて結構な重労働な筈なのに、みんなして何やってるんだか。
 
 立ち上がってざっと自分の格好を確認したけど、赤の半袖ワンピースに襟、袖、エプロン、膝上のハイ・ソックスが白で、靴がダーク・ブラウンのローファーと、特に変わった格好ではないみたい。
 ……こういう格好が変わってないと思えるようになるなんて、あたしも変わったなぁ~。

「にしても、みんな何処にいるんだろ?
 凛は失敗したって云いかけてたみたいだけど、そうするとここは……」
「やれやれ、遅くなっちゃうわ!」
「……イリヤ!?」

 あたしが今の状況をどう判断したものかと腕組みしながら考えていると、バニー・ガールの格好をしたイリヤが目の前を駆けて行った。 ご丁寧にハイ・ヒールで。 しかも七センチぐらいありそうなピン・ヒール。

「ちょ、ちょっとイリヤ! 何処行くの? っていうか、ここ何処? みんなは……」

 あたしが大声を出しながら追いかけているというのに、イリヤは全然気付いた様子を見せずに駆けて行き、途中ベストのポケットから懐中時計で時間を確認すると更にペースを上げて、そのまま垣根の下の大きな穴に飛び込んでしまった。

「垣根? なんで家もないのにこんな処に。 大体、人一人入れるような穴が空いてたら、垣根の意味ないんじゃ? ……あ!」

 そうだ、これはきっとアインツベルンの脱出用の非常口なんだ!
 よくお城にはいざという時の抜け穴があるっていうし、イリヤが通って行ったってことはここがアインツベルンのお城への近道!
 バニー・ガールの格好をしていたのも凛の実験成功おめでとうパーティー用の仮装で、時間を気にしてたのもそろそろパーティーが始まろうとしているからだったんだな。 なら、あたしも急がないと。

 結論が出てみればなんてことはない事だった。
 実験の失敗であそこまで飛ばされたであろうあたしをみんなが心配しているかも知れないし、パーティーに遅れたら大変だ。 あたしも急いで帰らなきゃ。
 そう思って穴を潜ったんだけど、当然日の光なんて全く届かず、中は完全な闇に閉ざされていた。
 イリヤは多分魔術を使ってここを抜けていったんだろうけど、あたしには光を出す魔術なんて使えないから、解析で穴の形を確認してゆっくりと進む。
 しばらく真っ直ぐ進んでいた穴だったんだけど、次第に下り坂になってくる。

「ふ~ん、もしかしてお城の地下に繋がってるん……って、ちょ、ちょっと待ったー!」

 下り坂になっていた道が急に角度がきつくなる。
 後ろに重心を傾けてゆっくり歩いていたのに、あまりにも急過ぎて足の踏ん張りが利かずに駆け足のようになりながら坂を下っていく。
 マ、マズイ。 これってもしかして侵入者用のトラップに掛かっちゃったのかも!
 本当は途中に横穴があって、そっちを進まなきゃいけなかったとか?

「ト、ト、ト、トレ、投影(トレース)、開始(オン)!」

 ほとんど垂直になり始めていた坂に脇差を投影して地面に突き刺し、なんとか止まろうとしたけどすぐに砕けてしまう。 投影を繰り返して六本目でやっと止まれたけど、あたしは壁にぶら下がっているような状態で身動きできなくなっていた。

「び、びっくりしたぁ~……」

 もしかしたらこのまま進むと竹槍とかがあって、ぷすって刺さってたのかも。 さすがアインツベルン。 セキュリティーも抜かりがない。
 とにかく、こんなところでぶら下がってても仕方ない。 投影を使って足場を作らな……

「へ?」

 上に戻る算段を考えていたら、突然手の中の脇差の感触が軽くなる。
 柄はしっかりとした手応えを返しているものの、あたしの体重を支えていた筈の脇差が壁からすっぽ抜けていた。 いや、抜けたんじゃない。 壁が消えてる!
 解析したのに、自分の周囲はなにもない空間が広がっている。 しかも、

「う、うわ、うっぷ! ちょ、待って!」

 いつの間にか落下し始めていたあたしは、スカートがバッサ、バッサと捲くれてしまって顔にかかり、視界を覆っている。

「う、ちょ、な、なんでよ~!」

 慌てて足を閉じてスカートの前を押さえたものの、そんなことをしてもお尻の方は捲れたまま。
 後ろを押さえようとして、また前が捲れてきたので両手で前と後ろを押さえても、横からめくれてしまう。

「なんなのこれ~!」

 誰に向けるでもなく怒りが湧いてくるけど、叫んでいても事態は好転してくれない。
 なんとか気持ちを落ち着けて前を足の間に挟んで、後ろを足を折り曲げてスカートの裾を挟みこむ。
 なんか、空中で正座みたいな格好してるのって、凄く間抜けだ……。

 とはいえ、これでなんとかスカートが捲くれる心配だけはなくなったと、落ち着いて周囲を確認してみると、戸棚や本棚、絵や地図が掛けられている。

「なんで灯が……というか、落下速度が遅い?」

 凛やイリヤならともかく、あたしに重力制御の魔術なんて使えない。 無意識に何か使ってるってこともない様だし、アインツベルンの魔術と考えるのが妥当かな?

「だとしたら、ルートはこっちで正解だったのかな?」

 周囲にあるものを眺めながら地表に届くのを待っているんだけど、一向に終わりが見えてこない。 視力を魔力で水増ししても底が見えてこないって、どれだけ深いんだろ。

 そんな状態が十分も続いただろうか。 本当は着地に備えて緊張していなければならないんだろうけど、あたしは次第にウトウトとし始めた。

「にゃ~」
「うおっ!」

 急な猫の鳴き声に驚いて目を覚ますと、あたしは猫と手を繋いで歩いていた。
 猫は長毛種の白い子でなかなか可愛い顔をしていたが、なんでか二足歩行をしている。

「え? あれ? お前何処の子?」

 手を繋いだまま猫を見下ろすがさすがに猫が返事をするわけもなく、黒い縦長の瞳が黄色い眼に囲まれてあたしをジッと見上げていた。

「ふふ、可愛いね。 よいしょ、迷子かな?」

 あたしは猫を膝に抱き上げ頬擦りしてみたけど、猫は嫌がる素振りも見せずに大人しくしていた。
 ん~温かい♪



「「いやいや、可愛いのはアンタ(シロ)だから」」

 詩露が満面の笑顔で猫……”ダイナ”を抱えているのを見て、思わずわたしとイリヤの声が重なる。  ダイナはアリスの飼い猫で、今は詩露の飼い猫という設定だ。

 ここは「不思議の国のアリス」の世界。 わたしの魔術の失敗で、アインツベルンの城を中心に全ての可能性が引き寄せられてしまった所為で作られた世界だ。
 わたし達はそれぞれこの世界で与えられた役割を演じ、この物語を終える事でこの世界を脱出する事ができる……筈。
 ちなみにわたしは”チェシャ猫”。 イリヤが”白兔”。
 イリヤは全身白のバニー・ガール姿に黒のベストを着ているけど、わたしはノースリーブの膝丈ワンピに、襟、裾に加えて肩にファーが付いていて、頭にはご丁寧に猫耳カチャーシャまでついている。

「ふふ、こらくすぐったいってば」
「「やぁ~ん♪」」

 わたし達は今劇には関係ない。
 どれだけ大きな声を上げようと詩露に触れたり話しかけたりしなければ、彼女に認識されることがない。 それを利用してこうしてこっそり覗いていたら、目の前の詩露はダイナを気に入ったのか、すっかり夢中になって戯れ始めた。
 さっきのスカートが捲くれて慌ててる姿も可愛かったけど、そうやって猫と戯れている詩露は、微笑ましいと同時になんだかとても愛しく感じてしまう。

「リン、私シロの傍に行って猫ごと抱きしめてきたい!」
「馬鹿! アンタが今行ったらお話が滅茶苦茶になっちゃうでしょ。 我慢しなさい。
 大体アンタ、猫嫌いじゃない」
「いいのよ、アレはシロの可愛さを引き立てる為のオプションなんだから!」

 オプションときたか……。
 全く、嫌いなものすら克服させてしまうなんて、詩露の呪いも大したものね。
 まぁ、こうして感染者同士で一緒にいるから余計……

「あ、こら。 そんなことしちゃ駄目だって」
「「くっはー!!」」

 なんて考えていたら、ダイナが詩露の胸を前足で押し始め、わたしとイリヤはその場でのた打ち回ってしまった。
 なんでも猫のマッサージは、仔猫がおっぱいの出を良くする為にやる行為と一緒で、甘えの一種だとか。
 されている詩露も、困ったような、恥ずかしいような顔で頬を赤くしながら、でも嫌そうにはしていない。

「もう無理! リン、私行くわ!」
「だから、行くなって! ほら、薬上げるから」

 スカートのポケットから包装紙に包まれた、消しゴムの半分くらいの塊をイリヤに渡す。
 イリヤがそれを受け取って中身を確認すると突き返して、

「イチゴじゃなくって、レモンがいい」
「我がままねー」

 というので、仕方なく付き返されたほうを自分の口に入れ、新しくポケットから出したレモン味の薬を渡すとイリヤは大人しく口に入れた。
 これはキャスターから渡されている薬で、自分の理性に自信が持てなくなったら舐めるよう云われているアメだ。 なんでも一時的に詩露の呪いの症状を緩和してくれるとかで、一種の精神安定剤のようなものらしい。 ……最近は効きが悪いけど。

「あ! キ、キスした! くぅ~猫の癖に生意気な!
 私だって最近、”おはようのキス”以外させてくれないのに!」
「……猫に嫉妬してるんじゃないわよ」

 とはいえ、この状態は何時まで続くんだろう。
 薬のお陰で落ち着いてはいるけど、あんな風に猫と戯れている詩露を見ているだけっていうのは、結構精神的に辛いものがあるわね。 イリヤじゃないけど、二つ揃ってお持ち帰り……じゃなかった。 撫で回したくなるわ。

「あ、首輪してる。 へぇ~、お前”ダイナ”っていう……」

 詩露がここでやっと猫の名前に気が付いたが、全てを云い終わる前にバスンという音を立てて枯葉と枯れ枝の山に落下した。
 ふぅ、これでなんとか次に進めそうね。

「ほら、そろそろアンタの出番でしょ。 早く行きなさい」
「ちぇ、シロに追いかけられるのはいいんだけど、どうせだったらそのまま捕まりたかったな」

 なんて、口を尖らせていたイリヤだったけど、大人しく云われた通りに役を演じる為舞台へと上がっていった。
 まぁ、わたしの出番はまだ先だから、もう少し観客として楽しませてもらいましょうか。



[1095] 『剣製少女/虚月庭宴 第二話 2-2』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:4f9e25df
Date: 2007/12/23 20:01
「なんてこと、弱ったわ! どんどん遅くなってしまう!」

 枯葉の山に落ちたあたしが体を起こすと、目の前をイリヤが駆け抜けていった。

「あ、ちょっとイリヤ! 待ってよ!」

 イリヤを追い駆ける前にダイナが怪我をしていないか確かめようとしたら、何処にも見当たらなかった。
 もしかしたら、さっきの衝撃に驚いて逃げてしまったのかも知れない。 ……可哀想なことしちゃったかな?


『剣製少女/虚月庭宴 第二話 2-2』


 イリヤの後を追い駆けていくと、天井の低い長い広間に辿り着いた。 広間は天井から下がった一列のランプで照らされており、周囲の壁には広間をぐるりと囲むように幾つもの扉があった。

「お城の地下……かな?」

 決して絢爛豪華な感じはしないけど、非常口用の部屋だから敢えて質素にしているとか?
 とういことは、この扉も本物は一つだけで残りは防犯用の罠って可能性が高いな。
 そう結論付け全ての扉を解析していく。
 扉はどういうわけか一つしか解析できず、残りは扉だけでなく、向こうがどうなっているかもわからなかった。

「ん~やっぱりアインツベルンの魔術で解析……というより、魔術が妨害されているってことかな?
 でもそうすると、解析できる扉が一番危険ってことになりそうだけど」

 とはいえ、解析した限り罠はない。 やっぱり開けるとしたらこの扉しかないか。

「投影(トレース)、開始(オン)」

 投影した針金を使って、四十センチほどしかない扉の鍵穴を弄って開錠してみると、扉の向こうは拳大の小さな穴しか開いていない。 これではいくらあたしが小さいからといって、中を通っていくことは不可能だし、何よりイリヤがここを通って行ったとは考えられない。

「通路の向こう側は庭園になってる。 ってことは、少なくとも人の手が入れられているってことだよね」

 どうしたものか。
 どちらにしても、この大きさじゃ通ることは出来ないし。

「まぁ、イリヤなら謝れば許してくれるだろうし、いざとなったら魔術で直せばいいか。
 ごめんね、イリヤ」

 ここには居ないけど、一応イリヤに謝って大量の日本刀を射出するべく投影した。



「って、ちょっとアノ馬鹿! 鍵を使わなかっただけじゃなくって、薬も飲まずに壁を破壊する気じゃないでしょうね!」
「いや、そのつもりでしょ?」

 わたし達が見守る中、詩露は二十を越える数の刀を投影して今にも射出しようとしている。
 そんな詩露をイリヤは気にした様子も見せずに見守っているけど、この子事態がわかってないのかしら?

「アンタね、このまま詩露がストーリー滅茶苦茶にしたら、ここから出られないのよ?」
「じゃあどうするの? 兔と猫が声を掛けたってストーリーは壊れるんだから、私たちは見守ることしかできないじゃない」
「そりゃそ……って、詩露、ちょっと待った!」



「詩露、ちょっと待った!」
「え?」

 あたしが投影で作った日本刀を射出した瞬間凛の声が聞こえた気がして振り返ると、ねこ耳カチューシャを着けた凛が見えた気がした。 ……気のせいかな?
 とにかく、無理矢理広げた通路を匍匐全身で進んでいくが、これは狭い。 しかも、天井から時々土が落ちてきたりするから、崩さないよう気をつけて進まなきゃ最悪生き埋めになりかねない。

 しばらくそうして進んでいくと、視界が日の光に照らされる。

「よいしょ。 出れたぁ~……あ?」

 通路を抜けて庭園に出れた……いや、出れる筈だったのに、目の前は鉄格子が塞いでいた。
 ……なんでよ?

「あら、お目覚め? さ、腕を出して頂戴」
「凛?」

 なんでか黒のローブを身に纏った凛が、格子越しにあたしを見ていた。
 というか、あたしまた服着替えてる? 今度は茶のパンツに白のゴワゴワした半袖シャツに黒のベストだった。

「ねぇ凛。 パーティーは? もしかして、ここが会場?」
「い、いいから腕を出しなさい」

 よくわからないけど、あたしの腕にご執心な様子の凛。 令呪のある方でいいのかな?

「はい」
「ふん、まだまだガリガリね。 もっと太ってからじゃないと食べられないわ。 ほらお食べ」

 あたしの腕をムニムニと撫で回した凛は失礼な事を云ってから、鉄格子の下にある隙間から食事を差し入れてきた。 痩せてるの気にしてるって知ってるくせに。
 メニューはお得意の中華で、ヤキソバ、酢豚、ワンタンスープだ。 でも……

「凛、あたしこんなに食べれないよ」
「う……、い、いいから食べなさい!」

 あまりの量に困って凛に抗議すると、凛も一瞬怯んだものの不機嫌に食べるよう薦めてくる。 もしかしたら、あたしがパーティーに遅れたことに怒った罰とか? いやいや、凛もあたしも罰に食べ物は使わない。 そんな勿体無いことするぐらいだったら、直接体に制裁するもんね。

「い、頂きます」

 凛の意図がわからないけど、中華は冷めたら不味くなる。 せっかく凛が作ってくれたんだ、頑張って三分の一ぐらいは食べないと。
 ……とはいえ、これってセイバーが食べるような量だから、絶対食べきれないよね。

「よしよし、後の事はグレーテルに任せるから頼んだわよ」

 グレーテル? そんなお客様まで来てたのか。 挨拶してないな。
 ヤキソバを咀嚼していると、凛が聞きなれない名前を告げる。
 アインツベルンは千年続く魔術の大家。 きっとお客様も頻繁に来たりするんだろう。 イリヤが恥をかかないように、後できちんとご挨拶……

「あぁ、任された。 ところで、凛……いや、ご主人様。 皿は洗ってしまって構わないのだろう?」
「んぐ、んぐ、んっ……ぶふぁ!!」

 め、目の前に……女装した…………アーチャーが。
 凛と入れ替わるように現れた大柄なスカート姿の人物がしゃがみ込むと、それはアーチャーだった。
 ご丁寧に頭にリボンを付け、スカートもエプロン・ドレス風のヒラヒラしたものなのに、服を引き裂かんばかりに盛り上がった筋肉の所為で全然可憐じゃない。 それどころか、普通スカートを穿けばシルエットは三角形になる筈なのに、アーチャーの場合スカートにも関わらず広い肩幅の所為で逆三角形になってるし。

 もう、やだコイツ。 やっと色情魔の疑いが晴れたと思ったら今度は女装とか。 あたしは自分の将来を真剣に亡き者にしたくなってきた。

「く……小娘、貴様…………。 いや、今はまぁいい。 手を出せ」
「げ、げほ、かはっ! ア、アンタ……けほっ…………それ似合うと思ってやってるのか?」

 頭からあたしの噴き出したヤキソバを垂らしながら、苦々しげに命令してくるアーチャー。
 また手か。 でも今はそれよりアーチャーの精神を確かめるほうが先だ。 もし本気でこの格好を似合うと思ってやってるんだったら、凛には悪いけどアーチャーをここで葬っておかなくては。 こんな未来、あたしはいらない!

「き、貴様には……私が望んでこの格好をしているように見えるのか?」

 奥歯を食いしばりながら、歯の隙間から搾り出すように声を出すアーチャー。 顔も怒りの為か羞恥によるものか、青筋を浮かべながら真っ赤になっている。 というか、服がミシミシいってて破けそうだ。
 でも良かった、まだまともな精神は持ち合わせていたようだ。

「ええい、いいから手を出せ! そうすればこの茶番も終わらせられるんだ!」
「茶番?」

 あたしの疑問に明らかに狼狽するアーチャー。
 あぁ! アーチャーもパーティーに遅れて罰ゲームを受けているのか!
 なるほど、だからこんな格好させられたのか、可哀想に。

「いいよ、さっさと終わらせよう。 はい」

 あたしが鉄格子越しに手を出すと、アーチャーは溜息をついてその手を握った。

「はぁ、いくぞ? ”お兄様ご安心下さい。 すぐに私がここから出して差し上げますから”」

 お兄様って……。 あたし今女なんですけど。
 アーチャーはあたしの手を握りながら、やる気のなさそうにそう告げるとあたしの手を離し、何かを待っているように黙った。

「あのさ、開けるだけだったら簡単じゃない?
 だってほら、こうすれば……」
「あ、馬鹿者! 貴様……」

 アーチャーから離された手で鉄格子を掴み、”わざと”強化を失敗させて破壊する。
 鉄格子はパキッという音を立てると、あたしの手で引っ張っても簡単に外れるぐらい完全に破壊されていた。

「ほら、こうすれば……って、アーチャー?」

 あたしが破壊した格子をアーチャーに確認させようとしたら、いつの間にかアーチャーが居なくなっていた。
 なんで? もしかして壊しちゃいけない物だったとか? ……あたしを置いて逃げた!?
 ってことは、あたしもこのままここに留まっているとイリヤか凛に怒られるとか。
 最近のお仕置きはセクハラだからなぁ~。 ……あたしも逃げよ。
 
 決断すれば後は実行のみ。 残りの格子も破壊して、一目散に扉を潜って逃げ出した。
 と、途端、あまりの重みに耐えられず、その場に座り込んでしまった。

「な、なにこれ?」

 あたしはまた着替えさせられていて、今度の格好は大鎧。 兜を着けていない武者姿だった。

「な、なんで? というか、さすがにこの格好は一瞬で着替えさせられないでしょ!?
 ……もしかして、カ、カレイド・ステッキ!?」

 凛から聞いたことがある。 幼少の頃の凛がそのステッキによって交友関係を破壊された忌まわしい杖。 かの宝石の翁が作り出したと云われる魔術礼装。 まさかあれが起動して、あたしのことをおちょくっている?
 でもアレは確か”遠坂”でないと起動しないし、魔女っ子になるという話だった。 何より凛はその時体を乗っ取られていた筈。
 今のあたしは状況は理解できてないけど、自意識はあるし体が乗っ取られている自覚はない。
 ということは、これは……?

「ようよう、お前桃太郎ってんだろ?。 俺に黍団子よこせ。 そうすりゃ鬼退治に付き合ってやるからよ」

 地面に座り込んでいたあたしを見下ろして、ランサーがいつの間にか現れていた。
 ランサーは聖杯戦争の時を彷彿とさせる蒼い戦闘服に、愛槍である赤い槍を肩に担いでいる。

「なにやってんの、ランサー?」
「ランサーじゃねぇ、今の俺は”犬”だ」
「犬?」
「犬っていうんじゃねーっ!!}
「うおっ!」

 自分のことを犬と云うのでそう呼んだら怒られた。 ……どうしろっていうの?

「いいから、さっさと団子よこせっての!」
「団子なんてあたし……」

 あたしに手を差し出してくるランサーの剣幕に押され、持っているものを確認していくと確かに日本刀を差しているのとは反対側に、巾着袋に入れられた何かがあった。
 中を確認してみると、確かにお団子らしきものが入っている。

「これ?」
「おぉそれだ、それ。 これでやっと……うげ、不味いな」

 そりゃそうだ。 黍なんて今時食べる人そうそういない。 粟、稗ほどじゃないけど、お米みたいな糖度ないんだから団子にしたって美味しいものじゃない。
 ランサーもそう思ったのか、ほとんど噛まずに飲み込んでしまった。 ……消化に悪そう。 お腹壊さなきゃいいけど。

「おら、とっとと立て。 行くぞ!」
「え、ちょ、何処行く気?」

 あたしの腕を乱暴に掴んで立ち上がらせるランサーだったけど、あたしは鎧の重さによろけてしまう。

「何処って”鬼ヶ島”に決まってんだろ?」
「は?」

 なんでここで鬼ヶ島? って、さっきそういえばあたしの事桃太郎っていってたっけ。 てことは、これ、パーティー用のイベントとか?
 だったら、最後は鬼ヶ島のお宝でBINGO大会とか? あ、なんか楽しそう♪
 にしても、わざわざ本物の大鎧使うなんて凝り性だな。 イリヤの演出っぽい。 ……でも、どうやって着替えさせたんだろう? ま、いいか。

「よし! そうとわかれば張り切っていこう!」
「お、なんだチビ助。 急に元気になりやがったな」
「チビ助じゃないってば!」

 なんてじゃれ合いながら進んでいくと、今度は桜が現れた。
 え~っと、順番的には犬、猿、雉だっけ? ってことは、桜は猿なんだ。 ……せっかく可愛いのによりにもよってな配役だなぁ。 イリヤ辺りの悪意を感じる。

「桃太郎ちゃん♪ 黍団子くださいな!」
「はいはい、桜も大変だね」

 そういって黍団子を差し出しているのに、一向に受け取ろうとせずににこにこしている桜。

「……」
「…………」
「何?」
「あ~ん♪」

 くそ、そうきたか。 最近色っぽくなってきた桜は、イリヤ同様構って上げていなかったからな。 ここぞとばかりに甘えてきたわけか。
 まぁ、これぐらいはいいかな。

「はい」
「頂きます」

 突然真剣な眼差しになった桜があたしの手を掴んで指をしゃぶり出す。

「い、いや! 駄目だって桜! ちょ、ほんとヤメッ!」

 黍団子を口に入れたまま、ぴちゃぴちゃと音を立てながらあたしの指をしゃぶる桜。
 くすぐったいような、気持ち悪いような何ともいえない感触が、指の先から掌まで伝っていく。

「……ふふ、詩露ちゃんの味がします♪」

 ……止めてそういうこと云うの。 それから、舌なめずりしながら妖艶な眼で見るのも禁止ね。
 最近桜はキャスターと仲が良かったけど、こういうところは似ないで欲しい。 背中がぞわぞわして怖いから。



[1095] 『剣製少女/虚月庭宴 第二話 2-3』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:4b735a84
Date: 2008/01/05 17:49
「さぁ詩露……じゃなかった。 桃太郎ちゃん、こんな重い鎧脱ぎ脱ぎしましょうね~」
「いや、桜。 君は単にあたしを脱がしたいだけでしょう」
「わかりました?」

 そりゃ、そんなにキラキラした目で云われればね。
 なんでだろうなぁ、純真な眼差しってもっとこう傍で見てて心癒されるものの筈なのに、苦々しいものしか感じないのは。


『剣製少女/虚月庭宴 第二話 2-3』


「よう、遊んでねぇでとっとと終わらせようぜ」

 あたしの大鎧に手を掛けてはぁはぁ云ってる桜と、その手から必死に体を捩って逃げているあたしに、ランサーが呆れ気味に声をかけてきた。
 確かにこんなことしてたら、何時まで経ってもBINGO大会が始められないしね、あたしもその意見には賛成なんだけど、桜が離してくれないんだよ。 見てないで助けてよ。

「あ、サラシなんですね」
「ちょ、ちょっとー!」

 いつの間にか鎧を脱がした桜が、あたしの着物の胸を開いて嬉しそうに覗き込んでいた。
 さすがに見られて困るような体系じゃないっていっても、そんなにジロジロ見られれば恥ずかしい。

「さ、桜~……」
「あ、ご、ごめんなさい、嘘です! だから泣かないでください」

 やり過ぎたと思ったのか、オロオロとしながら桜があたしの事を抱きしめながら頭を撫でてくれる。
 いや、さすがに泣きはしないよ。 恥ずかしくって真っ赤になってるのは自覚してたけど。 目の端が潤んでるのもわかるけど。

「ごめんなさい先輩。 反応があまりにも可愛かったから、ちょっと調子に乗っちゃいました」

 あたしの頭を優しく撫でながら語りかける桜。 なんというか、むずがっている子供をあやしているみたいでちょっと恥ずかしかったけど、不思議と気持ちが温かくなって落ち着いてきた。
 凛やイリヤ、セイバーみたいにドキドキはしないけど、安心感が得られて遂々もう少しこうしていたいという気になる。 もしかしたら桜って、凄くいいお母さんになるんじゃないかな? ……子供にもセクハラするんだったらわからないけど。

「だから先輩、お詫びです」

 そういって桜はあたしの手を取って……

「どうですか? 気持ちいいですか?」

 あたしの手を自分の胸に当てて……え!?

「最近また大きくなってきたんですよ?」

 ふよふよって感触が……

「もう姉さんより大きいんです♪」

 と……ても……大きい…………

「って、ダメ──っ! 女の子がこんなことしちゃダメだよ!」
「大丈夫! 詩露ちゃんも女の子ですから!」
「だからってダメだって! もっと自分を大事に……手離してよ!」
「じゃあ代わりにわたしが詩露ちゃんの胸を!」
「いや! あたしも大事にしてよ!」
「じゃあランサーさんで!」
「そんなの触りたくないから!」
「……何気にひでぇーよな、お前ら」

 あたしの一言に座り込んで半眼になりながら、苦々しげに抗議の声を上げるランサー。
 まぁ、別にあたし達に障って欲しいなんて思ってはいないんだろうけけど、確かに今のはないよね。 ごめん。

「ほら、嬢ちゃんも満足したんだろ? なら、そろそろ行こうぜ」

 あたしの鎧を持ち上げながら、云ってくるランサー。
 そっか、桜に脱がされちゃったからまた着なきゃいけないのか、面倒だな。 ……ってちょっと待てよ。 わざわざ着なきゃいけないのかな?

「ねぇ、あたしこのままで行っちゃいけないかな?」
「あぁ、チビッ子にゃおめぇー(重い)か。 だが、これもお約束って奴だ。 諦めな」

 ポンポンとあたしの頭を叩きながら、同情してくれたものの鎧は着ないといけないらしい。 とは云っても、これ重いだけじゃなくって肩とか食い込んで痛いんだよね。
 あ、そうだ!

「投影(トレース)、開始(オン)」

 よし! できた!
 中身スカスカ、魔力消費も多かったけど外見だけは完璧に同じ鎧が二つ並んでいる。 これだったら、鎧としての機能はないけど重さは四分の一になってるから楽チンだ。

「桜、着るの手伝っ……あれ?」


 まただ。 ちょっと目を離した隙に、また見知らぬ場所に居る。 しかも今度はドレスに着替えてるし。
 何時ものフリフリ服じゃなくって、形が崩れないようにスカートの中に骨組みが入っていて、胴体の部分もコルセットで閉められ、襟には花のコサージュが付いたゴージャスなドレスだ。

「なんというか……お姫様?」

 自分の服を見下ろしながら、そんな感想が浮かぶドレスはかなり高級なようで、生地も高そうなものだし、刺繍やレースもふんだんに使われていてかなり手が込んだ作りになっている。
 ……それにしても、なんで胸に詰め物が。
 まぁ確かにあたしの胸は小さいけど、こんな詰め物したってあたしの胸じゃ谷間はできないんだけどな。 詰め物の所為かコルセットでかなり強く押さえられている所為か、トップの上、胸囲の部分に僅かに膨らみができているのがちょっと新鮮だ。

「うわぁ~……なんというか、凄い」

 服の上から詰め物を揉んでみるが、さっきの桜のような感触が掌いっぱいに広がる。 ……指の食い込み方が生々しくってやらしいな。
 あたしは弓を使うから大きくっても邪魔になるだけだし、何と云っても恥ずかしいから胸は小さくって良かったと思ってたけど、これはこれで……

「そろそろ宜しいですか?」
「ラ、ライダー!」

 あたしが詰め物を弄っていたら、窓からライダーが顔を出しながらこちらを窺っていた。
 い、何時からそこにぃー!?

「……」
「…………見てた?」
「はい、とても楽しそうでした」

 なんてこった……。
 幸いライダーだったらみんなに云いふらす様なことはないだろうけど、あまりにもみっとも無い処を見られてしまった。 弁解の余地もないじゃないか。

「え……っと、この事はみんなには内緒に…………」
「えぇ、いいですよ」
「ほんと!?」
「添い寝とキス一回で」
「……」

 ライダーは微笑みながら、交換条件を出してきた。
 確かにそれだったら悪くない条件なんだけど。 どうせ、添い寝も初めてじゃないけど。 キスって! するの!? されちゃうの!? 何処に!?

「え……っと、キスって何処でしょう?」
「首筋を軽く噛むようにしてください」

 ……なんてマニアックな。
 でもそれならそれほど恥ずかしくはないかな? さすがに口って云われたら、条件変えないといけないところだったけど、首を軽く噛む程度だったら等価交換としても悪くない。

「それでお願いします」
「わかりました。 ところで、りんごはいかがですか?」

 りんご? 随分唐突だな。 まぁ、お腹は空いてないけど、食べれないっていうほどじゃないから貰うけど。
 ライダーは腕から下げていた籠からりんごを渡してくれたんだけど、かなり大き目でいい匂いがするりんごだった。 うん、食べ頃だな。

「ライダーは食べないの?」

 シャリシャリとりんごを丸齧りしながらライダーに聞いてみた。
 ライダーの籠にはまだ幾つもりんごが残っていたから、ナイフを投影することなく丸々一個齧っちゃったけど、ライダーはそんなあたしを眺めているだけで、一緒に食べる素振りを見せない。
 ……もしかして、剥いた奴を一緒に食べたかったのかな?

「はい、それは毒りんごですから、私は結構です」
「へ?」

 い、今なんと仰いました? 毒? あたし食べちゃったんだけど。
 手の中のりんごを見下ろしながらライダーに云われたことに呆然としてしまった。
 なんでライダーがあたしに毒を盛るの? 殺したいってこと? どうしてそんな……
 そこまで考えた処で毒がまわったのか、あたしは気を失ってそのまま床に倒れこんだ。


 次に気が付いた時、最初に感じたのは唇に当たる温かい感触。
 その感触に目を開けると、あたしの目の前にはセイバーの顔が目の前一杯に広がっていた。

「ん、ん──! んふっ……」
「目が覚めましたか、姫君」

 あたしにキスをしていたセイバーがあたしから離れると、優しく微笑みながら恥ずかしいことを云ってきた。
 あたしはお姫様なんて清楚なものじゃないんだけどな。 取り合えず驚きながらも口元を押さえながら、コクコクと頷く。

「セ、セイバー?」
「はい。 ”美しい姫君。 私と結婚してくれますか?”」
「けっ!?」

 あたしのことをお姫様抱っこで横抱きに抱えながら、プロポーズしてくるセイバー。
 よく見るとセイバーの格好も普段とは違って、青を貴重とした服にマントを羽織っていて、頭には小ぶりの王冠を被っている。
 ……なるほど、これもアトラクションの一環ってことなんだな。 それにしても、セイバーが腰に差しているのはエクスカリバーじゃないのかな?
 セイバー的にこんなお遊びにエクスカリバーを使うのって有りなんだ。

「では挙式は我が城で執り行いましょう」
「え……と、”はい、王子様”」
「「おぉーっ!」」

 あたしがノリでセイバーのプロポーズを受けると、セイバーの足元に居た小っちゃいのが歓声を挙げる。
 よく見るとそれらは二頭身ぐらいのヌイグルミで、目の変わりに横棒が何本か引いてあるとてもコミカルな姿をしていて、みんなの姿を模していた。
 なんか可愛いかも。 一個くらい持って帰れないかな?

 あたしがそんなことを考えていたら、セイバーがあたしを馬に乗せ、自身も馬に跨り駆け出した。

「では行きますよ、ハッ!」

 セイバーの掛け声に答え馬が駆け出したので、あたしは振り落とされないようにセイバーにしがみ付いた処であたしの意識は徐々に薄れていった。



「と、いうわけで、実験の失敗の所為でこの城、もしくは冬木を中心にあらゆる可能性が引き寄せられた所為で起こった現象だったというわけよ」

 アインツベルンのパーティールームでお茶を飲みながら、凛によって事の顛末が説明された。
 結局、あたしがパーティーの余興だと思っていた事は実は魔術的な現象で、発生した現象の約束事を踏まえる事で、解決するというものだったらしい。
 その現象が寓話という形で再現され、そのストーリーを準えることが約束事だと考えると、あたしの行動って悉くその約束事を破る形になっちゃってたんだな。
 みんなが他の寓話を達成しててくれたお陰でなんとかなったけど、そうでなかったら今でもあの滅茶苦茶な世界に閉じ込められてたかも。

「実験の失敗は残念だったけど、深刻な事態にならなくって良かったね」
「そんなわけないじゃない。 当分この家は危険よ。 今は現象を解決したばかりだから辛うじて安定しているけど、いつまたあの状態になるかわかったものじゃないわ」

 あたしの楽観的な慰めに凛が項垂れながら応えた。
 そっか、そんな危ない状況なんだ。 てっきり収束したのかと思ってたのに、そうそう都合よくはいかないってことか。

「全く、こっちはいい迷惑だわ。 悪いんだけどシロ、暫く私とランサーも家に置いてね。 ここが安定するまでの間でいいから」
「勿論、それは全然構わないよ」

 リンを睨みながら苦々しげに告げるイリヤだったけど、ランサーは結構楽しめたようであまり気にした様子はない。
 責められている凛としても、間桐の魔道書を売ったお金とか、これまでの貯蓄を全て無駄にしてしまった所為か、何時もの様にイリヤの嫌味にも応戦する気力もないようだ。

「じゃあ、早速家に帰ろうか。 ここも安全とは云い難いんでしょ?」
「そうね、いきましょうか」

 溜息混じりにあたしの提案に応えた凛だったけど、やっぱり実験の失敗が相当堪えているのか覇気がない。
 これは復活するのに相当かかりそうだなぁ~。


 なんて考えていたけど、実際にはアインツベルンの城を元に戻す為に四苦八苦していたり、協会に呼び出されたりと凛は落ち着いて落ち込んでいる暇すらなかったようだ。

 ご愁傷様。

<了>


 『剣製少女/虚月庭宴 後書』

 というわけで、剣製少女/虚月庭宴は終了です。 お読み頂きましてありがとうございました。

 タイトルでもおわかり頂けたかと思いますが、剣製少女風HAをやってみましたw
 とはいえ、別名のウィンチェスター事件の由来である迷路っていうのが、寓話と合わせるのにちょっとテンポ悪くなると思いましたので削っちゃいましたが ^ ^;


 というわけで、書きたい部分は書けたので、個人的には十分楽しめましたw

 そして最後にこの場をお借りして、サイトをお貸しいただいた舞さん、SSを書く上で参考にさせて頂いた、じょんのび亭の京さん、感想を頂けた皆さんとお読み頂いた皆さんに厚くお礼申し上げます。
 ありがとうございました!



[1095] 『剣製少女/固有結界 第一話 1-1』
Name: 阿蘇6◆a740d91e ID:06f1d3e2
Date: 2008/01/05 17:48
 アインツベルンの城での騒動後、一年近くが経ち春になった。
 凛はあの騒動で協会に召喚され、一時期冬木を離れなくてはならなくなり進学が危ぶまれていたが、そこはさすが遠坂凛。 その程度のハンデを物ともせずに、あたしと一緒に藤ねえの勤め先でもある穂群原学園に進学を決めた。

 穂群原学園では、アーチャーがそうだった事から藤ねえのクラスになれるかとちょっと期待していたんだけど、姉妹を同じクラスで担任と教え子にするというのがマズイと判断されたのか、別々のクラスになってしまった。
 その代わりというわけではないんだろうけど、凛と同じクラスになれたから気持ち的には安心できたような、気が抜けないような、そんな状況になっていた。

 もっとも、あの呉服屋の楓も同じクラスだったのは、思いもよらない事だったけど。


『剣製少女/固有結界 第一話 1-1』


「あれ、遠坂?」
「あら、美綴さん」

 わたしと詩露が屋上に通じる階段の上、ちょっと開けたスペースで昼食を摂り終え食後の一時を過ごしていると、クラスメートの美綴綾子が階段を登ってやって来た。
 わたしは読んでいた文庫本から顔を上げて挨拶を交わしたけど、詩露は昼食を食べ過ぎた為にわたしの膝を枕に昼寝中だ。
 しまったわね、まだ初春の寒空の中屋上で昼食を食べるような人間いないと思ってここで昼食摂ったのに、何しに来たのかしらこの人。

「へぇ、遠坂と藤村って何時も何処で昼摂ってるのかと思ってたら、こんな処に居たんだ」
「えぇ、騒がしいのは苦手なものですから」

 まぁ嘘だけど。
 衛宮の家で暮らすようになって、お姉さん(藤村先生)とも一緒に過ごすようになってからというもの、騒がしくないことの方が珍しいぐらいだし。

「そうかい? ところで藤村はどうしたんだ? 具合が悪いとか?」
「ご心配なく。 昼食を食べ過ぎて眠くなってしまっただけですから」

 わたしの苦笑に美綴さんも声を潜めて笑っている。 そりゃそうよね、子供じゃないんだからご飯を食べ過ぎたからって、眠くなったなんて幼過ぎるわよね。
 そう思いながらも、わたしが詩露の髪を撫でていると、目の前まで来ていた美綴さんが詩露の寝顔をジッと見つめていた。

「何か?」
「いや、この子前から歳の割りに背が低いなぁとは思ってたんだけど、それだけじゃなくって、以外に整った顔してんだね」

 階段の途中でしゃがみ込みながらしみじみと呟く美綴さん。
 まぁ確かに詩露は可愛いんだけど、そんなしみじみと云われたってあげないわよ?

「女の子の寝顔をあまり見るものじゃないですよ、美綴さん」
「あぁ、悪い悪い。 遠坂も美人だけど、二人とも化粧とかしてんの?」
「いいえ」

 そりゃスキンケアぐらいはしているけど、わざわざメイクまでして登校している人間そうそういない。
 わたしだって、一通りのコスメ・グッズぐらい持ってるし、簡単なメイクぐらいはできるから試したこともあるけど、日常的にするほどじゃない。

「嘘だろ? だって藤村って目の周り赤みがかってるじゃん。
 睫だって長くてくりんってなってるし、ほら、あれだ……マラカス? ビューラー? って奴使ってるんだろ?」
「いいえ」

 確かにノーメイクでずるいと思うけど、詩露はメイク関係には一切手を出していない。 それどころか、恥ずかしがってスキンケアもしてないほどだ。
 それにしても、マラカスはないでしょ。 それをいうならマスカラよ。

「遠坂、あたしが化粧知らないと思って適当なこと云ってるだろ?」
「なんでこんなことで嘘云わなきゃいけないのよ」

 失礼な。 なんでそんな意味のない嘘を教えなきゃいけないんだか。
 まぁ、信じられないっていうのはわかるけど、だからって話もしたことない人間騙して楽しむような趣味わたしにはないわよ。

「ふ~ん……」
「ちょっと、起きちゃうからやめてよ」

 わたしがちょっと目を離した隙に、美綴さんが詩露の目の上とか唇を指で擦って、確認している。 本当にメイクしていないか興味津々って感じだけど、本当にしていないんだからそんな事をしたって指に何か付くわけもない。
 案の定わたしの懸念通り、詩露はむずがってあたしの足にしがみ付いてきたけど、そのまま目を覚ましてしまった。
 ちっ、せっかくの至福の一時を邪魔してくれちゃって。

「あ、ごめん。 起こしちゃった?」
「美綴? どうしたの?」

 寝惚けているのか、詩露は瞼をゴシゴシと擦りながら焦点の合わない視線を美綴さんに向けている。
 美綴さんも起こす気はなかったのか、気まずそうにしながら謝罪したけど、詩露は長い髪を振りながら首を振っている。

「いや、校舎の中をうろついてたんだけど、偶然アンタ達を見つけたんで話しかけてた」
「そう」

 美綴さんの答えに興味を持たなかったのか、それ以上突っ込んだ事を聞くわけでもなく、詩露は伸びをして適当な相槌を打った。

「そういえば、藤村は藤村先生の妹って本当か?」
「うん、あたしは養子だけど本当。
 あ、そうか、美綴は弓道部だったっけ。
 姉さん迷惑かけてない?」
「あたしも入部したばっかりだから詳しくは知らないけど、今のところ楽しくやってるよ」

 その後も美綴さんは詩露の云った”養子”という部分には触れずに、部活の時にあった面白い話しを聞かせてくれた。 まぁ、その殆どがお姉さんの失敗談っていうのは、わたしと詩露にとっては予想の範囲内だったけど。
 ……相変わらずですね、お姉さん。

 そんな雑談で時間を潰していると、予鈴が聞こえてきた。

「おっと、そろそろ戻らなきゃ。
 悪かったね、邪魔しちまって」
「いいえ、とても楽しかったですよ」
「うん、また後でね」

 そのまま美綴さんはわたし達を待つことなく、先に教室へと戻って行った。
 彼女なりに気を使ったのかしら?

「感じのいい子だったね」
「美綴さん? そうね」

 確かに、いい意味で気安くって裏表のない感じがお姉さんを彷彿とさせる。
 もっとも、お姉さんみたいに破天荒ではなく、ちゃんと常識も弁えているみたいだから、わたしとしてもお姉さんよりまだ付き合いやすい。
 正直お姉さんには時々付いていけない時があるから。

 その後も美綴綾子とは何かと関係を持つことになった。
 休日に三人で出かけることもあったし、体育の記録を競ったり、ごく普通の高校生として付き合いを楽しんでいたが、ある日わたしと詩露は家に泊りに来ないかと誘われた。

「親がいない?」
「そう。 夫婦で旅行だからって、子供達は置いてきぼりってわけ。
 だから、泊りに来ない?」

 まぁ、衛宮邸にはアーチャーもいるし、最近は桜も料理をするようになったから、わたしや詩露がいなくても問題ないしいいか。 逆に家に来たいとか云われたら、断ってたかも知れないけど。
 それに、綾子の性格を考えるとどんな部屋なのかっていう興味もあるしね。
 ”美人は武道をしていなければならない”なんて云いながら、それを実践している女傑の部屋だ。 もしかしたら、藤村の本宅みたいな凄い部屋なのかも知れない。

「いいわよ。 詩露はどうする?」
「あたしもいいよ」

 詩露は特に興味を持っていないのか、微笑んではいてもそれほど乗り気というわけではないようだ。

 まだだ。 まだこの子は自分を持てていない。 わたしや桜、イリヤやお姉さん。 一緒に暮らす家族に関しては興味を持てるようだけど、関係の薄い人間関係に好奇心が刺激されるという事はない。
 もうちょっと、わたし達といる時みたいに表情豊かになってくれればいいんだけど……。

「じゃあ決まりだね。 明日の一時に駅前で待ち合わせってのでどうだい?」
「えぇ、それでいいわ」

 わたしの了承に詩露も頷いている。
 ま、焦って事を進めてもしかたないか。 少しづつ変えていけるよう頑張るって決めたんだ、これもその一環ってものよ。


「うわ、可愛い」
「ほんと、意外ねぇ~」

 あたし達が通された綾子の部屋は、暖色系のパステル・カラーで纏められていて、凛じゃないけど綾子のイメージとはかけ離れていて確かに意外だ。

「そうかい? これくらい普通だと思ってたんだけど」

 あたし達があんまりジロジロ見ていたからか、少し照れたように素っ気無く云う綾子。
 でも、あたしの部屋は殺風景だし、凛の部屋もほとんど工房としての機能に特化してるから、普通の感覚ってわかんないんだよね。
 一番近いのが桜の部屋だけど、それだってここまで少女趣味じゃないし、やっぱり綾子の部屋はかなり可愛いんだと思う。

「ほら、荷物を置いて楽にしてよ。
 今お茶持ってくるから」

 そういって慌しく綾子が出て行くと、あたしと凛は顔を見合わせて苦笑してしまった。
 どうやら彼女は友人を招いて、少し興奮しているようだ。 普段と比べて明らかに落ち着きがない。

「ふ~ん、少女漫画が一杯」
「ほんとだね」

 本棚を見るとその人がわかる。 なんて格言があった気がするけど、それを信じるのなら綾子はああ見えてかなりのロマンティストのようだ。 なんせ恋愛漫画が一杯だもん。
 あ、少女漫画って時点で恋愛要素は必須だから、そりゃ当たり前か。

「なに、気になるのがあるんだったら読んでいいよ」
「じゃあ、わたしこれ」
「ん~……あたしはいいや。
 それより綾子と話したい」
「いいよぉ~。 お姉さんが話し相手になってあげるよ」

 なんでみんなあたしと話す時、同じ歳なのに自分のことを”お姉さん”っていうかな。 そりゃ背は低いけどさ。


「へぇ、じゃあ弟くんは今日友達の家に」
「そ。 難しいお年頃って奴なのか、姉の友達と顔を会わせるのを極端に嫌がるんだよ。 せっかくこんな美人と可愛い子に知り合う機会だったっていうのに、惜しい事したよね」

 なんて紅茶を飲みながら凄くいい笑顔の綾子。
 その様子から、なんだかんだ云いながら弟くんのことを可愛がってる様子が窺えちょっと微笑ましくなってくる。

 その後、ゲームをしたり漫画読んだりしながら時間を潰して夕食も済ませると、暫くはあたしと凛の付き合いや、綾子がやっているという武術の話なんかで盛り上がった。
 年頃の女の子同士(……自分を女の子っていうのは、ちょっと抵抗があるけど)の話題としては考え物だったけど、あたしも武術をやっているからか、この話が一番楽しめた。
 途中からは凛も加わって、話題は完全に格闘談義になってしまった。

「にしても、これだけいい女が揃ってるって云うのに、話の内容が物騒な内容ばかりっていうのも情けないね」
「なら綾子が最初に話しなさいよ。 色っぽい話の一つや二つないの?」

 漫画に飽きてきたのか、凛も完全に雑談モードで話しに加わってくる。
 とはいえ、あたしの場合そういう話ってないから聞き手にしかなれないけど。

「あったらここにいるのはアンタ達じゃなくって、そのお相手だっつの」
「それもそうね」

 あはは、と空しく笑いあう二人。 ほんと、二人とも実際にモテてるんだろうになんで彼氏ができないんだか。 ……やっぱり性格か。 いや、云ったら殴られるだろうから、口が裂けても云えないけど。

「藤村はどうなんだ? 彼氏とかいた経験ないのか?」
「あたしもそういう話題のネタにはなれないよ」

 そう、それこそ中学の二年ぐらいまでは告白してくるような酔狂な人間もいたけど、それ以降、男子は急に背が伸びて見上げるようになっていったし、女子は体系が変わって大人っぽくなっていった。
 異性の興味もあたしみたいな子供っぽいのはお呼びじゃなくなり、みんな凛や桜みたいな大人っぽい子に変わっていった。
 元男のあたしとしては胸を撫で下ろす気分だったけど、ちょうどその頃から今度は女子に可愛がられるようになっちゃったんだよね。

「はぁ~、全く情けないねぇ」
「アンタだって同じなんでしょうが」
「こりゃ失礼」

 なんていいながら、綾子はニヤッと男前に笑った。
 ……これじゃ彼氏の前に彼女ができそうだ。 たぶんヴァレンタインは結構な量を貰うことになるんだろうなぁ。
 いや、今までも結構もらってるのかも。

「よしわかった。 誰が最初に彼氏を作るのか競争だ」
「「は?」」

 いきなり訳のわからないことを云い出す綾子。
 なんで競争になってますか? というか、それにはあたしも入ってるんですか?

「だってせっかくの高校生活なんだよ? 彼氏の一人も作らなきゃ嘘ってもんでしょ!」

 いや、いきなり熱くならないでよ。 ついてけてないよ、あたし。
 というか、今の綾子は今までに見たことないぐらい目をキラキラとさせていて、夢見心地というか……もしかして、なんかの漫画に影響されてない?

「おっと、風呂が沸いたみたいだから順番に入っちゃおうか」

 チャイムのような音が聞こえて、綾子がお風呂が沸いたことを教えてくれる。
 へぇ~、こうやって知らせてくれるんだ。 便利だな。

「じゃあ、あたし食器洗っちゃっとくよ」
「なら遠坂入れよ」
「いいの?」
「あぁ、お客様優先だ」

 いや、綾子。 口調まで男前になってきてるよ。 あたしがそんな口の聞き方したら、間違いなく凛の制裁だ。
 それはともかく、あたしはさっきの話から逃げるようにキッチンへと向かった。


「悪いね。 飯作ってもらっただけじゃなくって、片付けまでやらせて」
「いいって。 キッチン貸してもらったお礼」
「藤村は良い奴だね~」

 なんて云いながら抱きついてくる綾子。 危ないっての。 あと撫で繰り回さないように。 くすぐったいから。

「ごめん綾子。 パジャマ貸してくれない? 学校のジャージでいいから」

 あたしと綾子がキッチンでじゃれ合いながら洗物を片付けていると、バスタオルに下着を包んだ凛がやや落ち込みながら現れた。
 あちゃ~、やっちゃったか。 入学してから今日まで、結構上手い事やってたのに、ここにきてポカをやるとは。 昨日あれだけ荷物の確認してたのにね。

「なに遠坂寝巻き忘れたの? 珍しいね、遠坂が忘れ物なんて」
「そうみたい。 なんでもいいから貸して頂戴」

 せっかく築いていた優等生のイメージが、ここにきて崩れたことにショックを受けたのか、凛も元気がない。
 そんな落ち込むようなミスじゃないんだから気にすることないと思うんだけど。

「じゃあこれ使ってよ。 遠坂に似合うと思うんだよね」

 そう云って綾子がクローゼットから出して凛に渡したのは、ねこ柄の黄色いパジャマだった。
 あ、結構可愛いかも。

「へぇ~可愛い。 いいの?」
「あぁ。 遠坂ってあたしから見て猫っぽいところがあるから、似合うと思うんだ。
 気に入ったんだったら持って帰ってもいいよ。 あたしにはちょっときつくなってきたからね」

 そう云いながら自分の胸をポンポンと叩く綾子。
 ダメだって、凛に胸の話は。 特に最近は桜との差が開いてきててナーバスになってるんだから。



[1095] 『剣製少女/固有結界 第一話 1-2』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:884f175b
Date: 2008/01/05 17:47
 あのお泊り会以降も綾子は何かとあたしや凛と遊ぶようになったが、学校の中ではそれほど一緒にいることはなかった。
 彼女は弓道に入れ込んでいたし、昼や放課後は部活の面子と忙しそうに、でも楽しそうに過ごしていたから、自然と一緒に過ごすのは休日の部活のない日に限られた。
 代わりに仲良くなったのが氷室鐘。 偶然出席番号が一番違いで、シャーペンの芯の貸し借りや、プリントの内容を確認したりということをしているうちに、いつの間にか打ち解けていた。


『剣製少女/固有結界 第一話 1-2』


「なに?」
「いや、詩露は絵になると思っただけだ」

 時々あたしの事をジッっと見つめることがある鐘に、思い切って聞いてみると思いもよらない事を微笑みながら云ってきた。
 鐘は絵を見るのが好きらしく、自ら絵画の目利きに関してかなりの自信を持っていて、休み時間にその薀蓄を披露してくれたりもしていた。
 その関係か高校に入学したら美術部に入ろうと思っていたらしいが、楓の強引な勧誘によって陸上部に入部することになってしまったとか。 楓は家が贔屓にしている呉服問屋の子だけど、確かに藤ねえに通じるものがあるしね。 あの勢いで迫られると、きついものがあるんだろう。
 それにしても、あたしが絵になるって……。

「そう? そんなことないと思うんだけど」
「まぁ私の主観だからな。 気にするな」

 あたしの答えにニヒルに微笑む鐘。
 なんというか、あたしの周りにいる子はかっこいい子が多いような気がする。
 凛もそうだけど、サーヴァントのみんなは死線を潜り抜けてきた貫禄みたいなものがあるし、綾子や鐘もしっかりとした”自分”っていうものを持っていて、そこからくる自信というか、信念のようなものが感じられてかっこいいなと、あたしは思う。

「はは、ありがとう。 鐘は美術部に入れば良かったのにね」
「そう思っていた時期もあったのだがな。 意外に性に合っていたようで、今では私自身楽しんでいる」

 鐘のこういう処は大人だと思う。
 あたしはどちらかと云うと流されてしまうタイプだけど、鐘はしっかりと見極めてその上で選択している。 きっと自分に合わないと思っていたら、無理に続けず美術部に入部していたんだろう。

「そうだ、たまには一緒に昼食でもどうだ?」
「うん、いいよ」

 凛に確認してないけど、折角のお誘いだし。 突然ではあったけど、たまにはいいかと思って誘いを受ける事にした。


(アンタ……)
(え、なんかマズかった?)

 あたしが昼食を鐘達と一緒に摂ることを告げると、凛は表面上にこやかにしてはいたものの、ラインを通じて溜息混じりに苦情を云ってきた。

(わたしも三枝さんに再三誘われてたんだけど、断ってたのよ)
(なんで?)

 凛が三枝さんに誘われていた事も知らなかったけど、さらにそれを断っていたとは。 ……もしかして、三枝さんのこと嫌いとか? あたしはよく知らないけど、三枝さんってあの大人しそうな子でしょ。 なんで断ってたんだろ。

(なんか三枝さんって相手の気を緩めるっていうか、警戒心持たせないから”地”が出そうなのよ)

 あぁ、確かに。 彼女はどっちかって云うと癒し系だもんね。 凛としては、ついうっかり本性晒しちゃうのが怖いのか。

(じゃあ三枝さんには悪いけど、あたしが引き付けておくよ)
(頼んだわ。 わたしは氷室さんと蒔寺さんの相手しておくから)

 なんてやり取りとしている脇で、陸上部三人娘は盛り上がっていた。

「よかったな、由紀香」
「う、うん。 鐘ちゃんのお陰だよ。 あ、わたし変じゃないかな?」
「大丈夫だ由紀っち。 由紀を可愛くないなんて云う奴がいたら、あたしがとっちめてやる!」

 楓はいつも通りとは云え、もしかしてこの状況は鐘に嵌められたのか?
 凛を上手く誘えない三枝さんの代わりに、鐘があたしを誘うことで凛を引き込んだのかな? だとしたら、意外と侮れないな、氷室鐘。 結構な策士だ。


「へぇ~これ三枝さんが作ったんだ。 料理上手なんだね」
「ううん、藤村さんのほうが凄いよ。 わたしこんな美味しい和食、お店でしか食べた事ないもん」
「そんな事ないって。 あ、あたしは詩露でいいよ」
「じゃあ、わたしも由紀香で」

 ほにゃっと微笑む三枝さん、改め由紀香。
 いいなぁ、由紀香。 思わずつられて微笑んじゃったよ。 癒しだ。
 凛との打ち合わせ通り由紀香に積極的に話しかけていたんだけど、あたしと凛のお弁当の内容が同じだったことから料理談義になった。
 そのままお互いのおかずを交換したり、レシピの話をしている内に由紀香の料理の腕がかなりのものだということがわかった。
 しかも味だけじゃなくって、献立とか配置とか凄く気が利いていて、最後まで飽きささせず、彩りも綺麗で目でも楽しめる。
 うん、今度参考にしよう。 あたしのお弁当って和食中心だから、どうしても彩りに欠ける所があるんだよね。

「これじゃあ遠坂さんが毎回お昼こっそり食べるのわかるよ。 みんなの前で食べたら絶対とられちゃうもん」
「そんなこ……とないよ」

 由紀香はこっちを見ていて気付いていないようだけど、あたしの目の前では実際楓が凛のお弁当からおかずを強奪してたりするんだけど、見なかったことにしよう。 凛のゲージがどんどん上がっていっていて、いつ爆発するかと正直心臓に悪い。

「由紀香の料理も美味しいよ」
「そ、そんな、わたしなんて……!」
「まぁ、料理の苦手な私からすればどちらも甲乙つけ難いレベルで、これだけ作れれば大したものだと思うがな」

 あたしが褒めると、由紀香は慌てて両手を振りながら謙遜してきたけど、本気で由紀香の料理は美味しいと思う。
 そして、そんなあたし達の話に鐘が入ってきたが、そっか。 鐘は料理が苦手なのか。 なんとなく、イメージで和服に割烹着が似合う気がしていたんだけど。

 それにしても由紀香は可愛いなぁ~。 なんというか、雰囲気が小動物っていうか、草食動物みたいで兎や小鳥のようだ。

「詩露ちゃんって可愛いよね。 なんか仔猫みたい」

 こっちをジィ~ッと見ていた由紀香が突然あたしの事を褒めてきた。
 あたしの考えていた事を読まれたんじゃないかってタイミングだったから、思わずドキッとしてしまったけど、可愛いのは由紀香の方だと思うな。

「そうだな。 活動的ではあっても蒔の字のように煩いこともなく、線の細いところが彷彿とさせるな」

 そっか。 あたしのイメージってそんな感じだったのか。 自分のことって意外にわからないもんだな。 まぁ、あたしが可愛いっていうのはお世辞として。

「そんなことないよ。 由紀香のほうが兎みたいで可愛いよ」
「え! そ、そんな! わ、わたしなんて……」

 顔を真っ赤にしながらワタワタと照れてる由紀香。
 ん~やっぱり可愛い! 今なら桜の気持ちもちょっとわかるかも!
 ぎゅ~ってしたい。 あ、でも身長差考えたら逆になっちゃうか。 でもそれもいいなぁ~♪

「「へへ」」

 思わず由紀香と笑顔が重なる。 ん~癒しだ! この笑顔の為だったら、あたしなんだってしちゃうよ!

「なにこの癒しの空間」
「そうだな。 見ているだけでα波出まくりだ」
「いいわね。 それと蒔寺さん。 それ以上持っていったらさすがに怒りますよ?」
「う……お、おう。 遠坂ってこえぇ~んだな」

 なんか、凛達だけじゃなくって外野がざわついてるけど気にしない。 今は由紀香の笑顔を堪能するほうが大事だしね!

「わたし弟はいっぱいいるけど、妹はいないから詩露ちゃんみたいな妹が欲しかったな~」
「あたしも由紀香みたいな姉が欲しかったよ……」

 せっかく癒されていたのに、一気に現実に引き戻された。 あたしの姉って、あの二人だしね。
 いや、二人には二人のいい所があるんだけど、世間一般でいう”姉”っていうのとはちょっと違うというか、一緒にいると楽しいんだけど落ち着けないっていうか……。
 そういえば由紀香みたいなタイプってあたしの周りには居なかったな。
 一番近いといえば桜なんだろうけど、由紀香は桜と違って優しいだけじゃなくって頼りがいがあって、本当にお姉さんみたいな感じだ。
 うん、凛には悪いけどまた一緒にお昼をするのもいいかな。


 そんな感じで学校にも慣れてきた頃、もうすぐ夏休みという時期にとんでもない知らせが入った。

「に、妊娠!?」
「そう。 まだ男の子か女の子のどっちかわかってない……というより、知ろうとしていないんだけど、二ヶ月よ」

 う、うそー! だ、だってサーヴァントが妊娠ってできるの!?
 酷い云い方だけど、サーヴァントは死者だ。 どれだけ人間のように見えても、その肉体は生命活動を行っているわけじゃない。
 当然男性の精を受けたからといって、自分の体内で育むことができるとは思えないんだけど……。
 で、でもこういうこと聞くのって気が引けるしなぁ~。 キャスターも凄くいい笑顔だし、水を差すのも悪い気がする。

「お、おめでとう。 もう名前は決まってるの?」
「ふふ、宗一郎様と私から一文字ずつ取って”メソ”って付けようと思ってるのよ。 可愛いでしょ」

 一瞬にしてお祝いムードが吹き飛んで、みんな堅い表情のまま押し黙ってしまった。
 め……めそ? え? どんな字? じゃなくって、……正気?

「え……っと、それ葛木先生も知ってるの?」
「いいえ。 ……あの、忌み言葉だったかしら? なんか反応が今一つなんだけど」

 凛が動揺しながらも、遠回しにキャスターのセンスに疑問を投げかける。
 キャスターも自信があったのか傷ついたような表情のまま、当惑しているけど、まぁ、彼女は日本人じゃないし、一文字ずつもらうっていうことの意味を理解していなかったんだからしょうがないとは云え、このままだと子供の将来が可哀想だ。
 そう思ってあたしが説明すると、キャスターは落ち込みながらも納得してくれたようで、名前を変えることにしてくれた。
 まぁ、今は大聖杯がないから知識を引き出すこともできないし、こういう勘違いはしょうがないよね。

「はぁ、せっかく良い名前思いついたと思ったのに……」
「いいじゃない。 まだまだ時間はあるんだから、なんて名前にするか考えながら過ごすのも楽しいでしょ」

 落ち込んでいたキャスターだったけど、凛の言葉に頬を染めながら嬉しそうに頷いていた。
 そうだな。 今度みんなで命名辞典でも贈ってあげよう。


「それにしてもビックリしたね。 キャスターのことだから何か魔術を使ったんだろうけど、まさかサーヴァントが妊娠なんてね」

 キャスターが帰った後、夕飯を食べながら凛に聞いてみた。
 今日は藤ねえが仕事で来れないから、堂々と魔術関係の話題も出せる。 そろそろ夏休みだから通知表の準備とかあるんだろう。

「え、えぇ。 そうね……」
「ん?」

 なんと云うか歯切れが悪い。 あたしとしては、ちょっとした疑問ってだけだったのに、凛は視線が泳いでいるし挙動不審だ。 ……もしかして、聞いちゃいけないことだったのかな?
 でも凛はキャスターの弟子なんだし、何か知ってるかと思ったのに……いや、知ってるからこそ慌ててる?

「いいのよ、リン。 シロ、後で私が教えてあげる」
「イリヤが?」

 凛をフォローするようにイリヤが割って入ってくる。
 まぁ、イリヤも知ってても不思議じゃないんだろうけど、なんで凛はそんなに心配そうにしてるんだろ? 悪い知らせとかじゃないよね? みんなして意味有り気にされると不安になってくるんだけど……。

「い、いいけど、良くない話ってわけじゃないよね?」
「ふふ大丈夫、心配しないで。
 そうね、じゃあ今日こそ一緒にお風呂入りながらっていうのはどう? お風呂に浸かりながら、色々教えてあげる」

 しまった。 それは、あたしにとって良くない知らせだ。
 というか、お風呂に入るだけでなんでそんな妖艶に微笑みながら云うんですか、マイ・シスター。 何教えるつもりのか心配になってくるんですけど……。
 とはいえ、やっぱり気になるしなぁ~……。

「うぅ~、きょ、今日だけだよ?」
「やったー!」

 いや、そこまで喜ぶようなこと?
 そりゃイリヤの体系変わってから一度も一緒に入ってないから、一年半ぶりぐらいだけど。 そんなに喜ばれても、期待に応えられるような体系じゃないんだけどな~。



[1095] 『剣製少女/固有結界 第一話 1-3』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:89af8985
Date: 2008/01/10 17:08
 一点の染みすらない、肌理の細かな白い肌は薄暗い脱衣所の電球の下でもくすむ事なく、体のラインは何処をとっても柔らかそうな女らしい曲線に包まれている。
 ウェストや手足、首周りに無駄な脂肪はないというのに、腰や胸は柔らかそうな丸みを帯びていて、尚且つ魔術でも使ってるんじゃないかと疑いたくなるほど重力に逆らって綺麗な形を保っている。
 ……凄いです、マイ・シスター。 正直圧倒されます。 あたし、まだ湯船に浸かっているわけでもないのに、のぼせそう。


『剣製少女/固有結界 第一話 1-3』


「どうしたのシロ? 脱がないんだったらお姉ちゃんが脱がして上げようか?」
「い、いい! 自分で脱ぐ!」

 上着を脱いだ状態でイリヤがあたしを振り向きながら微笑むけど、あたしは慌てて背中を向けて自身の体を抱きながら断る。 正直見るのも恥ずかしいけど、見られるのはもっと恥ずかしい。
 普段は見られてもなんとも思わないあたしだけど、ここまではっきり造りが違うとさすがにみすぼらしくって、見られたくなくなる。 せめて筋肉が付いてれば……。

 イリヤは大きくなってから、以前のように断りもなくあたしを脱がすような事はなくなったけど、その分こうやって言葉でからかってあたしを弄んでいる。
 まぁ、時々寝起きにイリヤとお揃いの寝巻きだったりするから、寝てるときに遊んでるのかも知れないけど。

「ねぇシロ……」
「え?」

 水泳の授業の時のように服の下で先に下着を脱いでいたら、ふっと頭上から影が落ちてきた。 背後からのイリヤの声に振り返るといつの間にか全てを脱ぎ終わったイリヤがあたしの肩を掴んでいた。

「シロは今の私の体が嫌いかも知れないけど、あんまり拒絶しないで。
 お姉ちゃん悲しいよ……」

 そう云って、泣きそうな声で懇願してくるイリヤだったけど、正直今はそれどころじゃなかった。
 み、見ちゃったよー!! 慌てて顔を背けたけど、肌に負けないぐらい色素の薄い胸の先が、見えちゃったって!
 しかも、そのままあたしの事を抱きしめてきたものだから、後頭部から首筋にかけてふかふかの柔らかお肉が枕のように包み込んでいて、視界の端にはさっき見てしまった綺麗な……

「だ、駄目だってイリヤ! これじゃ、あたし……」

 鼻血噴く! そう続けようとして、あまりの恥ずかしさに顔を覆ってイリヤの腕から逃げ出したんだけど、指の隙間から見えたイリヤはショックのあまり呆然と立ち尽くして、あたしのことを見つめていた。

「そ、そんなぁ~! 逃げ出すくらいイヤなの!? シロのロリコン!」
「ち、ちがっ! ってか誰がロリコンだ! イリヤが綺麗すぎるから恥ずかしいだけだってば!」

 あんまりと云えばあんまりなイリヤの物言いに切れて叫んじゃったけど、あたしの叫びに呆然とするイリヤ。
 いや、あたしは別に酷い事云ってないと思うんだけど。

「う、うそ……この体が嫌いなんじゃなかったの?」

 体を僅かに捻って、手を胸の前で組みながら頬を染めているイリヤは大きくなる前の彼女そっくりで、あたしは少しだけ懐かしくなった。
 そうだよね。 イリヤはどれだけ大きくなっても仕草や言葉使いが変わってなかったって云うのに、まるで初対面の人に人見知りしているかのように接しられたら、傷つくよね。

「違うよ。 だってイリヤ、急に凄く綺麗になっちゃったから前みたいにされると恥ずかしかったから、その……」

 云ってる最中になんだか愛の告白みたいで恥ずかしくなってきて、言葉が続けられなくなってしまったけど、イリヤはあたしの言葉に顔を輝かせてあたしの事を見つめてきた。

「なんだそっかぁ~! お姉ちゃんのこと意識しちゃってただけなんだ。 良かったぁ~!
 そうならそうと云ってくれれば良かったのに。
 うん、シロだったら触っていいよ。 ほらほら♪」

 なんだか一気に立ち直ったイリヤが、あたしの前で色々ポーズをとっていく。
 いや、触っていいって云われたって、そんな彫刻みたいな天然造形美、恐れ多くて触れません。 というか、一度でも触ったら夢に出てきそう。

「そ、それより早く入っちゃおうよ。 風邪ひくよ」

 イリヤの方を見ないようにしながら一気に服を脱いで、タオルで前を隠しながら洗い場に逃げ込んだ。
 だ、だって、このまま見てたら理性が持ちそうになかったし、そうなったら本当に触っちゃいそうだったから。

「あ、逃げないでよ、シロー!」


 体を洗いながら、さっきの騒動で忘れかけていた本題を切り出した。
 元々イリヤとお風呂に入ったのは、キャスターが妊娠できた原因を聞きたかったからなのに、イリヤの裸があまりにも衝撃的だったから忘れかけてた。

「そ、それでキャスターのことだけど……」
「そうね、約束だもんね。
 ちなみにシロはどう思ってるの?」

 体をスポンジで洗いながら、問いかけてくるイリヤ。
 凄いなぁ~。 生でボディーソープのCM見てるみたい。
 いや、CMモデルでもここまで綺麗な人って見たことないか。 ……って、こんなこと考えているあたしって、もしかしてシスコンなのかも。

「え、……えっと、普通に考えたら無理なんじゃないかな?」
「そうね、どれだけサーヴァントが人間に見えても、所詮は過去の存在。 人間と違って生命活動をしていないんだから、妊娠なんてできるわけがない。
 じゃあなんで妊娠できたんでしょう?」
「ま、魔術で……」
「どんな魔術?」

 凛みたいに先生モードになったイリヤが、あたしの目を覗き込むようにしながら聞いてくるけど、全然予想なんて立たない。

「……わかんない」

 だって、凛やキャスターとの勉強でも思い当たることなんて習った覚えはないし、キャスターのスキル”道具作成”で子供まで作れるとは思えない。

 そんなことを考えていたら、イリヤに後ろから抱きすくめられた。
 思わず驚いて体がビクッて跳ねちゃったけど、イリヤは少し苦笑いしただけでそのまま頬を寄せて、

「答えは”私の体を元にした礼装を下腹部に埋め込んでいるから”でした」

 と、囁くように、でも楽しそうにあたしの耳元で呟いた。
 いや、そんなこと云われても訳わかんないし、なにより背中の感触がくすぐったいような、気持ちいいような。 どうしたらいいんだろう。 逃げちゃダメかな?

「なんでかわかんない? じゃあ、お風呂上がるまでに答えが出なかったら、続きはベットの中でね」

 そう云ってイリヤはウィンクをしてから体を離し、あたしの体についた泡を洗い流し始めた。
 あたしはイリヤが離れてくれたことでホッと一息つけたことに安心して、そのままさっきイリヤが云っていたことを考えてみた。
 イリヤを礼装化? そんなことできるの? 大体イリヤはホムンクルスだし、ホムンクルスがどういうものかもわかっていないから、できるともできないとも考えられない。
 肉体の礼装化っていうんだったら、一番最初に思い付くのはバゼットが着けてる義手だけど、あれはホムンクルスじゃなくって人形……使い魔の一種だって云ってたし。
 ん~……ダメだ、やっぱりいくら考えても全然思いつかない。

「イリヤ降参。 どういうことなの?」
「え?」
「……」
「…………」

 気が付くとあたしは脱衣所でイリヤに着替えさせてもらっていた。
 ちょうどショーツを穿いているところで、しゃがみ込んだイリヤがあたしの前に……。

「な、なんで! お風呂は!?」
「もう上がったじゃない。 それとも、もう一回入り直す?」

 慌てて前屈みになって手で下を隠してみたけど、イリヤはクスクスと笑って気にした様子もない。 そりゃイリヤは綺麗だから、あたしの体なんて見ても可笑しいかも知れないけど、そんな風に笑うのは酷いと思う。

「イリヤ~……」
「ごめんね。 シロったら集中してて全然気付いてなかったから、可笑しくって」

 あ、そっちで笑ってたのか。 良かった。
 それにしても、お風呂の中でのことが全然思い出せない。 ちょっと勿体無いことしたかなぁ~……じゃなくって!

「キャスターの妊娠はどういうことなの?」
「うん? じゃあ続きはベットの中でね」

 そう云って微笑みながらショーツを上げて穿かせてくれるイリヤ。 いや、自分でやるから。 というか、なんか凄く手馴れてるんだけど、やっぱり寝てる間に着替えさせてるでしょ?


 離れのイリヤが泊る時に使っている部屋のベットに潜り込んで話の続きになったけど、イリヤの話はキャスターの妊娠よりもまずホムンクルスに関するレクチャーだった。

「シロはホムンクルスの事に関しては、どのくらい知ってるの?」
「ごめん。 イリヤがホムンクルスだっていうのは知ってるけど、それがどういうことなのか全然知らない」

 それを聞いたイリヤはさすがに苦笑を隠せなかったけど、あたしの髪を撫でながら教えてくれた。
 それによると、ホムンクルスというのは錬金術によって作られた生命体で、その中でもイリヤは特別で人間より一段階上の高次生命体であるらしい。

「ほら、何か気付かない?」
「一段階上の生命体……って”英霊”!?」
「そ、正解♪」

 あたしの出した答えにいい子いい子と褒めるように頭を撫でてくれるイリヤ。
 そっか。 イリヤは云わば生きたまま英霊の域に達した生命体。 人間よりも英霊や精霊に近い存在なんだ。 凄いなぁ~。

 英霊に関しては、聖杯戦争の前に凛から一通りのことは教わっている。
 彼らは元々は人間の守護精霊で、人間から輩出された優れた霊……つまり、生前偉大な功績をあげ、死後においてなお信仰の対象となった存在が、輪廻の輪を外れて一段階上に昇華したモノらしい。
 もちろんイリヤが彼らのように死んでしまっている訳ではないから、厳密には違いがあるんだろうけど、それでもあたし達ただの人間に比べれば遥かに英霊達に近い存在だ。

「でも、それを礼装化ってできるの? しかもキャスターの体に入れたっていうけど、拒絶反応とかは心配ないの?」
「勿論」

 あたしの質問にイリヤは自信に満ちた答えを返した。
 イリヤの説明によると、アインツベルンのホムンクルスというのは、元々礼装に向いた造りにできるらしい。
 今年になってからアインツベルンの城でメイドとして働き始めたリーゼリットなど、本来は天のドレスという魔術礼装で、厳密に言えばホムンクルスとは弱冠違うのだとか。

「しかも礼装化しただけでなく、ちょっとした裏技まで使ってるから拒絶反応の心配はないのよ」
「裏技? それって、あたしが聞いちゃっても平気?」

 まぁ、リズさんが天のドレスっていうのも、本当は聞いたらマズイ内容だったのかも知れないけど、止める前にイリヤが喋っちゃったし。

 そしてイリヤが明かした裏技とは、キャスターの肉体に埋め込まれた礼装には、アサシンが持っていた”肉体改造”のスキルが組み込まれているというものだった。

「ア……アサシンの? え? でも、だって。 アサシンはもう倒しちゃっていないのに?」
「そうよ。 でもいたのよ。 私の中に」

 つまり、聖杯の器であるイリヤはサーヴァントの魂を肉体に留めて置く事ができる。 それを利用して、アサシンの魂を聖杯戦争後も留めておいたのだとか。
 なんでそんなことをしたのかというと、イリヤがあたしの代わりにセイバーの現界に必要な魔力を供給しているからだった。
 元々イリヤの魔力量を持ってすれば、ランサーとセイバーの両方を支えることが可能らしいが、それでも戦闘になれば魔力が足りなくなるかもしれない。 そうなった時の保険にアサシンの魂を残しておいたのだとか。

「それだったらバーサーカー……ううん、ギルガメッシュのほうが魔力としては量が多かったんじゃないの?」
「勿論そうなんだけど、ギルガメッシュやバーサーカーだと霊格が高すぎて、体内で維持するのが難しかったのよ」

 そして偶々残しておいたアサシンの持っていたスキル”肉体改造”をキャスターが解析して、それを礼装に組み込んだ。
 とはいえ、本来のスキルのように宝具に匹敵する礼装を自身の肉体に組み込むほどではないそうだけど、そこはキャスターの”道具作成”スキルで補っている為、イリヤを真似て作られた礼装も、かなりの性能が発揮されるのだとか。

「だから、彼女の体内にある礼装は私の肉体と同じだったのに、今では完全にキャスターの肉体といえるの」
「じゃあ、人間の肉体じゃなくって、彼らに近いイリヤの肉体を元にして礼装を作って、それをアサシンのスキルを使って体内に組み込んだって事?」
「そう。 よくできました♪」

 そういってイリヤはあたしの頭を嬉しそうに撫でた。 けど、なんか違和感が……あ! そうか! この話をしてた時の凛の態度だ。 なんで凛はこの事であんなに慌ててたんだろ? やっぱりアインツベルンの秘密とかもあったから、内緒にしたかったのかな? でも、イリヤが慌てるんだったらともかく、凛が慌ててたのはなんで?

「ねぇイリヤ。 居間で聞いてた時に凛が慌ててたのは何でなの? やっぱりこの話って、あたしが聞いちゃマズかったんじゃないの?」
「違うのよ。 リンが慌ててたのはキャスターの妊娠っていうより、あたしの肉体に関わっていたから、気を使っちゃったのよ」
「イリヤの?」

 なんでだろう。 イリヤは微笑んでいるのに、その微笑が凄く儚くて今にも消えてしまいそうなのは。



[1095] 『剣製少女/固有結界 第一話 1-4』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:79391e87
Date: 2008/01/16 14:54
「それってどういう……」

 イリヤの表情からは話の内容までは察することができなかったけど、彼女の見た目の儚さも手伝って、今にもイリヤが消えてしまうんじゃないかと嫌でも不安が募る。

「わたしね、本当は後三年も生きられない筈だったの。だから凛はその事を気にして気を使っちゃったのよ」
「過去形ってことはもう大丈夫ってこと……だよね?」
「そ、だから気にする事ないのよ」

 はぁ~……、よかった。軽い感じに話しているイリヤだけど、聞かされる身としてはとても気軽に聞き流せる話題じゃないよ、これ。 にしたって、

「なんで話してくれなかったの?」

 非難を込めて抱きつきながら上目遣いで睨むけど、イリヤは微笑みながら嬉しそうに抱き返してくる。いや、あたし怒ってるんだけど、わかってる?


『剣製少女/固有結界 第一話 1-4』


「ごめんね。云っても心配かけるだけだったし、なんとかできる当てはあっても見通し立ってから話そうと思ってたら、話そびれちゃったの。
 凛にも全部は話してなかったんだし、別にシロを除け者にしようと思ったわけじゃなかったんだから、怒らないで」

 あたしの髪を撫でながら宥めようとするイリヤだったけど、怒らないでって云われても、はいそうですか。 とは納得できない。
 そりゃ、あたしは魔術に関してまだまだ役に立つとは云えないけど、姉の命に関わるような状況も教えてもらえないなんて……。 自分が情けなくなってくる。

「でもイリヤって病気だったの? そんな風には見えなかったんだけど」
「そうね、ちゃんと説明しないとね。
 ホムンクルスに疎いシロにとってはちょっと退屈かも知れないけど、聞いてくれる?」
「勿論」

 まずイリヤの話は再びホムンクルスのレクチャーからだった。
 それに拠ると、ホムンクルスというのはもともと純粋な生命体と違い肉体的にかなり劣り、小躯、短命、一部知性の欠落、生殖機能の欠落などの肉体的欠陥を持って生まれることが多いらしい。
 でもイリヤは人間のように生まれ成長した為、このホムンクルスとしての常識は通用しないとか。

「じゃあ、イリヤの場合ホムンクルスだから短命だったとかじゃないの?」
「勿論。わたしのお母さまと同型機であるリズライヒ・ユスティーツァ・フォン・アインツベルンはあの大聖杯なんだから、本来の性能を発揮できれば二百年は生きられるはずなのよ」
「大聖杯……?」

 そう、あの大聖杯、実はリズライヒ・ユスティーツァ・フォン・アインツベルンというホムンクルスの魔術回路で作られているらしい。
 あたしはてっきりルーンのように、土地になんらかの魔術を施しているものかと思っていたんだけど、実際にはリズライヒさん自身の魔術回路を刻印のようにして機能させていたとか。

「あぁ、だから聖杯戦争の時、聖杯戦争が早まった理由で間桐が手を加えたっていう考えを否定したんだ」
「そ、他人の、まして魔術回路、しかもアインツベルンのホムンクルスを外側から操作するなんてこと、普通はできないでしょ?」

 確かに、それだったら魔術師同士の戦いは相手の回路を操れば勝ててしまう。
 それだけでなく、強化の魔術だって他人にかけるのは難しいっていうのと矛盾しちゃうもんね。

「じゃあ、なんでイリヤの寿命が短かったの?」
「ここまでの話で想像付かない?」

 ふふっと微笑みながら、あたしの頬を撫で、更にきつく抱きしめるイリヤ。
 あたしはイリヤの胸に顔を押し当てられているのも忘れて考えに没頭したけど、特に思いつくこともできず答えを求めるようにイリヤを見上げた。

「わたしの体は大聖杯であるリズライヒの上位機。本来の機能を十分に発揮する事ができれば、大聖杯として機能させても彼女同様二百年は生きられる筈だったのに、その前に成長が止まってしまったの。
 これが普通のホムンクルスみたいに、生まれた時から本来の性能が発揮できる体だったらよかったんだけど、わたしの場合は人間のように肉体が赤ん坊から成長していたし、途中で成長が止まったことできちんとした機能を発揮できまで成長できなかったのよ」

 だからキャスターと取引したの。 と続けるイリヤ。
 元々イリヤは自分の肉体が成長するホムンクルスということで、子供のできないキャスターに子供の変わりに自分のクローンのようなものを作れるよう、解析してみてはどうか? と持ちかけたらしい。
 確かに子供を欲していたキャスターは、アインツベルン製のホムンクルスとはいえ生成中に自身の魔力を注ぐ事で、多少は自分に近づける事が可能となるだろうから、解析すること自体には協力的だったらしい。
 ところが、実際に解析してみればイリヤの肉体が自分達に近い一段階上の生命体であり、寿命も肉体の機能を十分に発揮し切れていないからだと気が付いた。 アサシンの肉体改造のスキルもこの解析の段階でキャスターが気が付いたらしい。
 そこで、イリヤの肉体の機能を完全とはいかなくても引き出し、彼女のクローンを育てるのではなく彼女のクローンを部分的に礼装化して体内に埋め込むことを提案してきた。
 なんでもキャスターは人間すら礼装化して魔杖として作り出すことを可能とするとか。
 それだけを考えても、やっぱりキャスターは凄い魔術師なんだろうけど、その彼女をもってしても魔杖にした人間の回路をそのまま使うことはできないから、敢えて意識を残して暗示で操作しないといけないそうだけど、今回はアサシンの肉体改造を組み込んでいるから、イリヤの礼装化に関しては生殖能力に限定してキャスターの肉体同様に扱えるそうだ。

「わたしはあの体のままじゃ寿命が尽きそうだったし、キャスターとしても生殖能力が機能するまでわたしの体を成長させたほうが都合が良かったしで、等価交換が成立したのよ」

 あたしの髪に頬を寄せ、髪を梳きながら囁くように説明するイリヤ。
 でも、あたしは温かいしイリヤの鼓動が耳に心地良くって段々と意識が朦朧としてきていた。

「だからシロ達が学校に行ってる間にわたしの肉体の解析と、本来の性能を引き出す施術をしていたの。
 まぁ、解析も簡単にはいかなかったから一年もかかったし、その後の調整もあったから安定したと云えるのは最近なんだけどね」
「ん~……じゃあイリヤは死なないで……すむの?」
「そうよ、だから安心して」

 ふぁ~と欠伸混じりに応えたあたしの返事に、イリヤは……多分微笑みながら応えたんだろう。眠くてイリヤの胸に顔を埋めていて見てないけど声が優しくなっている。

「だから遅れていた成長期っていうのは嘘だったの、ごめんね」
「もう……嘘付いちゃ……ダメ…………だ……よ」
「うん、今回は心配かけたくなかったから仕方なく付いたけど、もうシロに嘘は付かない。 体も安定してるから安心して」
「すぅ~…………」

 その後もイリヤはキャスターとの解析の時のやりとりを話していたが、あたしは強烈な眠気の為にそれを理解するだけの意識を保てなかった。
 とはいえ、薄れいく意識の中で、イリヤはあたしが心配するようなことがあればまた嘘をつくだろうことを確信していた。
 ……優しいもんね、イリヤ。


 翌日、あたし達は遠坂邸へと魔術講座の為に赴いた。
 ちなみに桜は来年受験ということもあって今日は遊びに出かけることもなく、家でお留守番だ。 そんなに頑張らなくっても桜の実力だったら穂群原学園への入学は難しくないと思うんだけど、心配性の彼女は今から準備をしておかないと不安らしい。

「そう。じゃあお嬢ちゃんにも教えたのね」
「それにしても、もう安定してるなんてわたし聞いてなかったわよ?」

 昨日の話から、キャスターと凛はそれぞれに反応していたけど、凛は元々イリヤの寿命に関して知っていた分、心配していたにも関わらずその心配がもう必要ないということを教えてもらっていなかった事にかなりご立腹のようだ。

「悪かったわよ。でも一番に教えるのはシロって決めてたし、こうしてすぐリンにも教えたんだから怒る事ないじゃない」
「はぁ~……ま、いいわ。これでわたしも安心できたし」
「なにリン、心配してくれてたの?」

 ニヤニヤと意地悪く笑うイリヤ。 ……お姉ちゃん、その笑い方はあたしどうかと思うの。 ほら、リンも余計な突っ込みをって感じで……あれ? 笑ってる?

「当然じゃない。わたし達”家族”なんだから」
「うっ……あ、ありがとう」

 髪をかき上げながら家族って部分をわざと強調しながらイリヤに微笑みかける凛。
 イリヤは凛のストレートな愛情表現に一瞬たじろいだけど、頬を染めながら顔を背けてなんとかお礼云っていた。
 うん、凛の勝ち。

「ところで、今回の方法って男性サーヴァントにも使えるの? ……ってアレ?」

 あたしの疑問に凛達だけじゃなくって、セイバーやアーチャー、ランサーまで驚いたように、または怪訝そうにこっちを凝視している。

「アンタ……まさか、アーチャーやランサーの子供が欲しいなんて云い出さないでしょうね?」
「へ? …………ち、ちがっ! な、なに云ってんの!」

 思いもよらない凛の突っ込みに思わず何を云っているのか理解できなかったけど、その意味がわかった瞬間一気に顔が熱くなるのを感じて慌てて否定した。

「シロったら肩まで真っ赤になってるわよ。
 子供が欲しいんだったらお姉ちゃんの子供生んでよ」
「だ、だからそうじゃなくってー!」

 うぅ~……ちょっとした好奇心だったのに、云うんじゃなかった。
 というか、元男のあたしからすると自分が子供を生むとかって、気持ち悪いっていうか怖いっていうか……。

 パステル・ピンクのノースリーブワンピースを着ていたあたしは、後ろからイリヤに抱きつかれて肩に頬擦りされながらからかわれている。
 ちなみに、このワンピースもキャスターの手造りで、あたしとしては服のデザインも派手できつかったけど、それよりも今回は色がきつかった。 ピンクって……。

「まぁ、結論から云えば、イリヤのような男性型のホムンクルスがいれば不可能じゃないわよ」

 散々面白そうに笑った後、キャスターはあたしの疑問に答えてくれた。

「やっぱり普通に子供を造る事はできないんだ。
 でもホムンクルス限定なの? 男性の精は魔力の塊なんでしょ? なら人間や人形の体を使っても大丈夫なんじゃないの?」
「そうね、じゃあお嬢ちゃんの今日の講義はその辺を詳しく教えましょうか」

 あたしがキャスターから講義を受けている間、凛は第二、イリヤは第三魔法の研究を続けることになった。

 そして始まったキャスターの説明に拠ると、サーヴァントの場合精も肉体同様エーテルであるらしく、いくら女性の体内に入っても精に含まれている魔力が無くなれば消えてなくなってしまうらしい。

「だったら母体が魔力を注ぎ続ければ、受胎までもつんじゃない?」
「そうね。 龍脈に繋がっていたり、イリヤ並みの魔力量があれば、万に一つでも可能性はあるわ。 でも生まれてきた子供も常に自分の体に魔力を供給し続けなければ、体の半分を失う事になるのよ」

 そして、魔術回路を回し続けるということは実質不可能なので、魔力生成量が少なかった場合体内に蓄えられた魔力を使い切ってしまえば、ほぼ確実に命に関わる為なんの措置も取らずに子供を作ることはできないし、できても数日ともたないだろうと。

「じゃあイリヤの礼装化みたいなのを人間か人形でやったらどうなるの?」
「人間とは霊格が違うから礼装化しても耐えられずにすぐ破壊されてしまうだろうし、人形の場合は機能しないでしょうね」

 人形師が作る人形はあくまで人間の為の物なので、サーヴァントに使っても機能しない。 したとしても霊格が違う為、すぐ破壊されてしまうだろうと。
 そうでなければ聖杯戦争でマスターはまずサーヴァントに人形を与えることで、現界維持の為の魔力を節約しようとするだろうし、サーヴァントも聖杯に”第二の生”など望む必要が無い。
 つまり、サーヴァントが例え一部であっても生身の肉体を得るというのは、それだけの奇跡が必要ということらしい。

「ん~……じゃあ今回キャスターが妊娠できたのって、凄く運が良かったんだ」
「そうね、イリヤのような高次生命体がいなければ成り立たなかったし、アサシンのスキルがなければ私自身が出産することは叶わなかったでしょうね」

 そういって自身のお腹を愛しそうに撫でるキャスターは、もうお母さんの顔になっていた。

「あ、あのさ。 あたしも触ってみて良い?」
「えぇ、いいわよ」

 好奇心に駆られてキャスターにお願いしてみたけど、キャスターは快く許してくれた。 うわぁ~なんかドキドキする。
 あたしは四つん這いになってキャスターに近付きながら、服の上から恐る恐るお腹を撫でてみたが、まだ全然膨らんでいないお腹はとてもこの中に命があるなんて思えなかった。
 この中でどんどん大きくなっていって人間になるんだ。 なんか不思議。

「ふふ、生まれてきたら可愛がってあげてね」
「う、うん、勿論だよ」

 あたしの頭を撫でながら微笑むキャスター。
 早く会いたいなぁ~。

「さ、そろそろ実技に入りましょうか。」
「え!?」
「どうしたの? 鞘の投影か固有結界の形成か。
 いつもやってるでしょ?」
「あ、そ、そうだよね。 あははは……」

 び、びっくりした。
 話の流れから、子作りの実技って考えちゃったよ。 なに考えてんだろあたし。
 ……やだな。 欲求不満なのかな?



[1095] 『剣製少女/固有結界 第一話 1-5』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:d7ba957a
Date: 2008/01/23 17:05
「どうかな? 今日のは結構自信あるんだけど」

 そういってシロが獅子の仔のような純真な目で私と、私の手の中の鞘を交互に見比べます。
 正直この期待に満ちた眼差しというのは、見ていて胸が苦しくなるほど愛しく思うのですが、今からこの眼差しを絶望に塗り替えなくてはならないというのは、我が領地を犠牲にしてきたことに匹敵するほどの苦痛を感じてしまうのですが……。


『剣製少女/固有結界 第一話 1-5』


「シロ、少しお待ち頂いてよろしいでしょうか」
「え、うん……」
「キャスター、それからリンとイリヤスフィールにもお話があります」

 私はシロの師とされている者達を連れて部屋を後にしました。
 これから話すことはシロに聞かれてはいけない。 場所を変えて内密に話せるようリンの私室へ向かうことにしましょう。

「どうしたのセイバー」

 私の態度を怪訝に思ったリンが部屋に入室するなり問いただしてきました。
 いいですよね、貴方は。 シロのあの目を絶望に変えることなく後で慰めればいいだけなのですからお気楽なものです。
 ですが私はもう堪えられそうにありません。 何度シロに絶望を味合わせてしまったと思うのですか! と、叫びたい衝動を必死に堪えて冷静に話を進めなくては。 間違っても声を荒げてシロに聞かれるようなミスを犯すわけにはいかないのですから。

「シロの投影のことです。 鞘の復元に関しては完璧です。 もう偽る必要はないのでは?」
「だからそれは、貴方が詩露の傍にいるための口実として……」
「ですから、それは私がシロの傍に居続けると云えば済む事ではないですか。
 何も投影が成功したからといって彼女の傍を離れなくてはいけない理由にはならないはず。
 なにより私はシロのサーヴァントなのですから傍に居続ける理由はあります」
「それで詩露が体内から鞘を出して貴方に持つよう云われたらどうするの?
 というか、あの子なら”本来の持ち主はセイバーなんだから、セイバーに返しておく”って云い出すと思うんだけど」

 確かにリンの云う事ももっともです。 シロはいい子ですから拾ったものを届ける為だったらどんな労力も厭わないでしょうし、自分の命に関わることであってもその信念は曲げないでしょう。 今回の鞘のように。 ですが……

「大丈夫です。鞘はシロが死ぬその時まで預けておけばいいだけです。彼女の体力を考慮してと云えば、彼女も無碍には断らないでしょう」

 というか、もうシロを偽ることが苦痛で仕方在りません。 正直限界なんです。


「ねぇ、アーチャーは子供が生まれた時どう思った?」

 みんなが出て行って、部屋に残ったのは男だけ。 ……って、あたしは見かけ女だけど、気持ちの問題という事で。

「唐突だな。 まぁ普通に嬉しかったが」
「そっか。 ……そうだよね。
 後さ……そういうことをしようと思ったのって、どうして?」
「……何が云いたい?」

 あたしの疑問に怪訝そうに眉を顰めるアーチャー。
 う、うん。 まぁ遠回しに聞いてるからわかりずらいっていうのもわかるんだけど、ここは大人として察して欲しい。

「え、い、いや、あの……」
「なんだチビ助。”そういう事”に興味津々か?」

 あたしが顔を赤くしながら云い淀むと、ランサーが面白そうにニヤニヤと笑いながら突っ込んできた。 しかもそれが正解なものだから、こっちとしては返事に困ってしまってつい押し黙ってしまう。

「はぁ、まぁ貴様の実年齢を考えればわからなくもないが、そういった話題は凛とでもしていろ」
「で、できるわけないだろ! 女の子相手にそんな話!」

 アーチャーの言い分に思わず恥ずかしさのあまり叫んでしまった。
 り、凛とそんな話題とか絶対無理だって! イリヤや桜、綾子たちともこんな話題話すことできるわけないじゃないか!
 そしてあたしの叫びを聞いたアーチャーとランサーは何やら目配せをしてからあたしに近付いて、肩に手を回して顔を近づけてきた。 な、なに? 近いんですけど。

「で、お前はどこまで知ってて聞いてんだよ」
「そうだな。 それがわからないことには一から教えなくてはいけなくなるのだが?」
「え、いや、どこまでっていうか。 ど、どんな感じなのかな~とか?」

 悪巧みでもしているかのように声を潜めながら、二人はあたしを真ん中に肩を組むんでくる。 とはいっても体格差が凄すぎて、あたしが正座してるのにランサーはヤンキー座り、アーチャーが胡坐をかいているのに頭一つ以上の差があるけど。
 そしてランサーは面白そうにニヤニヤしてるし、アーチャーは神妙な顔をしながらも口の端が心持ち上がっていて面白がっているのがわかる。
 でもこういう話って他の人としたことないからちょっと嬉しいっていうか、楽しいな。
 修学旅行でも女子部屋だったから、話についていけなかったもんね。

「まぁ、女の体のお前にゃわかんねぇだろうけど、いいもんだぞ」
「そ、そうなの?」
「相手の意外な一面と自身の知らなかった一面を見ることもあるしな」
「おお!」

 なんか凄いドキドキする。 アーチャーもランサーも大人だ!

「そ、それで、それで!?」
「まぁまぁ、落ち着け少年……じゃなかった、チビ助」

 焦らすなよー! と叫びたくなるけどここはグッと我慢だ。 経験豊富(そう)なランサーの話を聞き漏らすわけにはいかない。
 そう思ってあたしが顔をぐぐぐ……とランサーに近づけたところで、ランサーとアーチャーの体が前方へ飛び込むように吹き飛んでいった。

「へ?」

 逆にあたしの体は後方へと凄い勢いで引き込まれ、顔の周りが温かくて柔らかい感触に包まれた。

「アンタ達、よりにもよって詩露相手に猥談って何考えてんのよ!」
「そうよ! シロが穢れるじゃない!」
「二人には後で灸を据える必要がありそうですね」

 三者三様にアーチャーとランサーを攻め立てるが、話題を振った張本人としては居た堪れなくなる。

「あ、あの、みんな。 そうじゃなくって……」
「大体アーチャー! 詩露はアンタにとって半分はアンタの娘と同じなのよ! なのに何やってんの!」
「ちょっと待て! 本人というところは百歩譲って認めたとして、娘は関係ないだろう!」
「アンタこそ何云ってるのよ! アンタの娘だって遺伝子の半分はアンタのものだったんだから、よく見れば似てるはずよ!」

 ほら! といってあたしの顎を掴んでズイッとアーチャーに見せ付けるように差し出すと、暫く困惑気味にあたしを見ていたアーチャーが急に項垂れだした。

「す、すまない。 お父さんが悪かったからそんな目で見ないでくれ……」
「ちょ、ちょっとー!」

 あたしはただ見ていただけのつもりだったんだけど、なんだかアーチャーのトラウマに触れてしまったようで、いきなりブツブツと呟きながら懺悔をしだした。 なにやらかしたのアーチャー。

 そのまま屍と化したアーチャーとランサーは正座させられたままマスター・コンビにお説教を受けていたが、あたしはセイバーから鞘の合格をもらうことができて舞い上がっていた。

「ほんと!? 本当にちゃんと機能する!?」
「えぇ、これなら私の鞘といって問題ありません。 頑張りましたねシロ」

 セイバーはあたしを抱きしめながら耳元で囁くように褒めてくれた。
 ついにできたんだ! ……でもこれで、ついにセイバーとはお別れなんだ。 ちょっと寂しいけどセイバーの為なんだし、我侭云っちゃダメだよね。

「ありがとう。 時間かかってごめんね、セイバー」
「いえ、私達は時間に縛られない存在。 どれだけ時間がかかっても、シロが気に病む必要はありません」
「うん、じゃあこれ」

 セイバーから体を離して鞘を渡そうとしたけど、セイバーは首を振って受け取りを拒んだ。 え、なんで?

「それはもうシロの物でもあるのです。 ですから今はシロがお持ちください」
「ダ、ダメだよ、そんな。
 これはセイバーの物なんだし、聖杯戦争で得られなかった聖杯の代わりの報酬なんだから。 受け取ってくれなきゃ」

 セイバーに押し付けるように鞘を差し出しているというのにセイバーは全く意に介さず、微笑むばかりで受け取る素振りを見せない。 困ったな。 これじゃ本当に受け取ってもらえそうにない。

「大丈夫です。 最後にはしっかり受け取ります。 ですからその時までシロが預かっておいて下さい。
 サーヴァントとして貴方に仕えるという契約はまだ有効なのですよ。 ですから従者として、貴方の身の安全の為にも鞘はシロが持っていて下さい」

 セイバーが鞘を持っているあたしの手に手を重ねて微笑む。

「それともシロは私と一緒にいるのは嫌ですか?
 とっとと元の時代に帰れと?」
「ち、ちがっ! そんなことないよ! セイバーと一緒に居られるならそのほうが楽しいよ。
 でもいいの? セイバーは何か目的があって聖杯を求めているんでしょ? それを先延ばしにすることになるんだよ?」
「勿論です。 それに、先程もいいましたが私達に時間は関係ありません。 この時代でどれだけ過ごそうと、私達には一瞬の時間も経過しないのですから」

 再び抱きしめられて諭すように囁くセイバー。
 そうまで云われたら無碍にすることはできない。 だってこれはセイバーにとってとても大事なもので、それをあたしの為に預けてくれるって云うんだ。 だったらセイバーを、そして彼女の気持ちを大事にするのと同じように大切にしないと。

「わかった。 これはあたしが死ぬまで預かる。 それでいい?」
「はい」
「でも、身の安全の為っていうけど聖杯戦争が終わった今、鞘が必要になるような危険なことってそうそうないと思うんだけど」

 苦笑しつつも過保護とも思えるセイバーの言葉に答えたけど、みんなが怪訝そうにこっちを見た。 え、なんで?

「シロは気付いていないかも知れませんが、貴方の無鉄砲ぶりは相変わらずです。 今のままなら一度と云わずこれから先も鞘の存在は貴方を助けるでしょう」

 やや呆れながらそういうセイバーにみんな同じように思っていたのか、うんうん、と頷きあっていた。 ……失礼な。

 その後、再び体内に鞘を戻した後イリヤから一つの提案というか、お願いをされた。

「鞘を投影して欲しい?」
「そう、できないかな?」

 唇に指を当てながら小首を傾げるイリヤの姿は大きくなる前そのままなのに、今の姿でやるとなんでか妖艶な雰囲気になる。

「多分できると思うよ。 ――投影(トレース)、開始(オン)」

 今見たばかりの鞘を投影する。 アーチャーの説明だと剣以外のものはまともに投影できず、防具に関しては通常の二~三倍の魔力を消費する筈なのに、下手な剣より楽に投影できた。
 理由はわからないけどあたしと鞘の相性はいいようで、あんな短時間で投影したにも関わらず、精度までかなりのものと思われる。

「これでいい?」
「ん、どれどれ。 ……セイバーはこれが投影だってわかる?」
「私ですか? いえ、この精度であれば私には区別がつきません」

 セイバーのお墨付きをもらったイリヤはご満悦のようで、鞘を抱きしめながらあたしのことを下から覗き込むようにして顔を近づけてきた。

「ねぇ~シロ。 これ頂戴?」
「え、うん。 いいけどどうし……」
「ありがとうー!」
「うわ、ちょっ!」

 そのまま鞘ごと抱きしめられて押し倒してくるイリヤ。
 なんでイリヤは一々押し倒すのー! というか、お風呂に一緒に入ってから、またイリヤのスキンシップが激しくなってきているような気がする。
 嬉しいような恥ずかしいような。 正直どうリアクションしていいかわからないから、困るんですけどー!

「それどうするの、イリヤ?」
「アインツベルンに持って帰って、シロウの捜索に区切りを付けようと思って」

 押し倒されたまま、あたしに覆い被さっているイリヤを見上げて問いかけると、意外な答えが返ってきた。
 あ、そうか。 イリヤが冬木にいるのは、”衛宮 士郎の探索”ってことになってるんだっけ。 あくまで口実だったし、イリヤも捜索している素振りすら見せてなかったからすっかり忘れてた。

「そういえば、イリヤが大きくなってることに関してアインツベルンはどう思ってるの?」

 お家のことってあまり聞いてはいけないかと思ったんだけど、アインツベルンでのイリヤの立場というのに興味が湧いて聞いてみた。
 実際、今のイリヤは彼女個人では有り得ない状況のはず。 だとしたら、キャスターの存在もアインツベルンにも知られているんだろうか。 そして、肉体の性能を引き出したその知識と技術はどう思われているんだろう。



[1095] 『剣製少女/固有結界 第一話 1-6』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:5977f864
Date: 2008/02/05 22:08
「体が大きくなる前からわたしの体は規格外だったけど、大きくなった事でさらに希少性が増した事は確かね」

 ふふん、と微笑みながら自慢げに語るイリヤはかっこいいんだけど、いい加減あたしの上からどいて欲しい。 ……体が大きくなった所為で胸も大きくなったから、四つん這いになってるっていってもあたしの体に当たってるんだよね。 というか、わかっててやってるでしょ?


『剣製少女/固有結界 第一話 1-6』


「そ、そっかぁ~。 くっ、んぎぃ~! じゃあ! イリヤは! 大事に! ん~~っ! されてるの!? うひゃあぁー!」

 なんとかイリヤを退けようと押し返してみたものの、面白がったイリヤが体重をかけてきて押しつぶされそうになってしまった。 しかも、あたしが話しながらだと身体強化ができないとわかったイリヤは、押し倒したままあたしの首筋をぺろりと舐めてくるし!
 まぁ、イリヤだったら汚いとは思わないけど、くすぐったくって思わず体から力が抜けてしまって、そのまま力任せに抱きしめられた。 うぅ、酷い……。

「もちろん前から大事にはされてたけど、ふぅ~……」
「ひっ!」
「今はその技術が後継機に活かされてるらしいわよ」

 抱きしめながら耳元で囁かれたからくすぐったくって逃げようとしたら、息を吹きかけてくるイリヤ。 くぅ~絶対面白がってる!
 なんとか逃れようとイリヤの下でジタバタと暴れてはみたものの、上半身は体重を押し付けて押さえつけられ、下半身は足を絡められてまともに動く事すら難しい。
 その内調子に乗ったイリヤが顔を近づけてキスしようとしてきたので、手で押さえてなんとか食い止めてはいたものの、やっぱり体重をかけられると魔術抜きで対抗するのは無理っぽい。 おはようのキスはちゃんとしてあげたのに、なんでまたキスしようとするのぉーっ!

「ほら、いい加減にしなさいって」
「あん! もう、いいところで邪魔するんだから」

 そんなことをしていると、やっと凛がイリヤを引き剥がしてくれた。
 あたしはまた抱き付かれないように素早く体を起こしてセイバーの影に隠れて、やっと一息つくことができた。
 セイバーはそんなあたしを見て微笑ましいそうに笑っていたけど、あたしのサーヴァントなんだから助けてくれてもよさそうなものなのに……。

「後継機に引き継がれてるっていってたけど、キャスターのこともアインツベルンに知られちゃってるの?」
「もちろん。 本当は秘密にしておいたほうが都合はよかったんだけど、遠坂と結託したって勘違いをされても困るから教えちゃってるのよ」
「キャスターはそれで大丈夫なの?」

 あたしとイリヤのじゃれ合いを楽しそうに見ていたキャスターは、自分に話題が振られるとは思っていなかったのか一瞬キョトンとしたけどすぐに微笑んだ。

「勿論よ。
 別に知られて困る事ではなかったし、アインツベルンとしても新しい技術を手に入れられたんですもの。 多少の技術漏洩は向こうも想定内だったようよ」

 まあ確かにキャスターが解析するまでもなく、バゼットもアインツベルンのホムンクルスと戦った経験があるっていってたから、彼等の技術っていうのはある程度は外部に漏れてしまっているんだろう。 それにアインツベルンとしてもイリヤみたいな特別な体を持った相手をただ意味もなく失うぐらいだったら、なるべく長持ちさせておきたいだろうし、その成果として新しい技術が手に入るなら安い物……なのかな?

「それにね、科学技術と同様魔術も解析できたからといって再現できるとは限らないのよ。
 私にしたってイリヤの生殖機能に限定しているから再現可能だけど、肉体全てを完全再現しようと思ったら一年二年の研究程度でどうにかなるものじゃないのよ」

 なるほど、云われて見ればそれもそうか。 遠坂の宿題である宝石剣にしたって、設計図はあるっていうのに六代かけても再現できていないように、アインツベルンのホムンクルスがどれほどの技術なのかはわからないけど、再現するにはそれなりの時間と設備が必要なんだろう。
 ならいくらキャスターが英霊に達した魔術師だからといっても、多少の技術漏洩でも新しい技術が手に入るほうがよっぽどメリットがあるってものか。

「まぁそれでもこの体になって最初に本国に戻った時は、ちょっとした騒動になったけどね」

 なんて云ってるイリヤはやや苦笑いだ。

「そうそう、いきなり襲い掛かってくる奴もいたからな」

 ランサーは床に正座していたのに、いつの間にかソファーに場所を移して、しかも煙草まで吹かしている。
 そんなランサーの表情は、その時のことを思い出しているのか若干楽しげなものになっている。 ランサーが楽しげにしているってことは、アインツベルンのホムンクルスって実はもの凄い手強いのかも知れない?

「強かった?」
「あぁ、物量を考えると宝具を使って対等。 宝具なしならそうとう苦戦を強いられるだろうな。
 バゼットがやりあった時も、一対一でかなりの苦戦を強いられたらしいぜ」
「あんな失敗作でアインツベルンの技術を計られても困るけど、きちんと完成されたアインツベルンの戦闘用ホムンクルスだったら、英霊の戦力に匹敵するだけの力があるって自信があるわよ」

 お家の事だからか、イリヤはちょっとムキになってアインツベルンの技術を自慢げに語っていたけど、あたしはちょっと納得がいかなかった。

「だったらなんでアインツベルンはホムンクルスで参戦して勝てないの?」
「ホムンクルスの説明で教えたと思うけど、完成されたホムンクルスっていうのは数が凄く少なくって、それ以外の失敗作は小躯、短命、一部知性の欠落、生殖機能の欠落などの肉体的欠陥を持ってるの。
 特に知性の欠落っていう部分では、戦闘に関して支障をきたすだけの十分な理由になるでしょ?」

 確かに拠点防衛ならともかく、戦う相手、状況、戦略を練るなんてこと単一的な思考じゃできないから、そういう意味ではどれだけ力が強くっても、武器の扱いが上手くっても勝てるわけないか。
 ということは、アーチャーみたいな戦上手と対極に位置するってことなんじゃないかな?
 まぁ、それはともかく、今のイリヤの状況もキャスターの存在もアインツベルンには知れてるけど、問題になることはないんだ。 よかった。

「安心した?」
「うん、最初聞いたみたいに自然と成長したっていうんじゃないなら、てっきり本国の人達と仲違いしてるんじゃないかって思ってた」

 あたしの見当違いの心配にイリヤは微笑みで返していたけど、あたしには魔術師の家系っていうのがどういうものなのかピンとこないから、はっきりと聞いておくことができてよかった。
 桜なんて実際になにされたのかは聞いてないけど、虐待紛いの扱いを受けていたって聞いてたから、もしかしたらイリヤも本国の人達に内緒で体の施術をしたんだったら問題になってるんじゃないかって思ってたんだよね。

「それで、いつ報告に行くの?」
「シロウの捜索のこと? それだったらシロ達の夏休みが終わってから行こうと思ってるわ。 せっかくシロ達がお休みになるんだから、一緒に遊びたいじゃない」

 確かに。 去年の夏もそうだったけど折角の長期休暇なんだから一緒に過ごしたほうが楽しいし、別に期限を区切られているわけじゃないんだったら慌てて行く必要もないもんね。


 そして通知表も戻ってきて、ついに夏休みという段になって綾子と楓達から連絡が入って、家で一緒に宿題をやろうということになった。

「家に泊りたい?」
「そう。 駄目かな?」
「いいじゃんかよー。 別に減るもんじゃないんだし」

 夏休みになったばかりだというのに宿題を一緒にやろうというのが妙だと思って話を聞いてみると、彼女達はそれぞれの部活の所為で夏休みの前半は合宿、後半は大会があるということで、まとまな時間が取れるのはこの時期ぐらいしかないということだった。

「大会ってこんな早くにやるの?」
「本戦は秋なんだけど、予選とか対校試合なんかは夏休みの後半に集中してるんだよ」
「陸上部もそうだよ。 わたしは選手じゃないから夏休みの後半でも大丈夫だろうけど、蒔ちゃん達はレギュラー取りの学内選考も考えると、ほとんど遊ぶ機会が取れなさそうなの。
 駄目かな、詩露ちゃん?」

 そっか~。 あたしも凛も部活はやってないからわからなかったけど、結構大変なんだなぁ。
 まぁ、あたしとしても皆と遊ぶ機会がないのは寂しいし、どうせだったらたくさん遊びたいって気持ちはあるから構わないんだけど、問題は同居人達だよね。
 桜は人見知りする性質だから今も自室で勉強してるし、サーヴァント達も今日は偶々いないけど、実際泊りってことになったら緊張はしないだろうけど一般人と関わることをどう思うかわからないしなぁ。

「ん~楽しそうなんだけど、家には同居人もいるからその人達に確認してからでいい?」
「あぁ、藤村嬢の家には同居人がいるのか。 それならその方達の確認は必須だな」

 あぁ、鐘が居てくれて良かった。 本当に心の底からそう思う。
 だって、これで楓だけだったりしたら、「そんなのいいから泊めさせろー!」とか無茶云って絡んできそうだもんね。

「ん、じゃあ確認取ったらまた連絡するよ」
「遠坂ー、政経は?」
「蒔寺さん、人のを写すばかりじゃなくてちゃんと自分でも考えてください。
 だいたい政経の宿題は新聞の切り抜きですから写せませんよ」
「うげっ! じゃあ、あたしはどうすりゃいいんだよー!」

 ……いや、自分でやればいいんじゃないかな?
 案の定楓は凛の宿題を丸写しするつもりだったらしい。


 お風呂から上がってみると、アーチャーが縁側で夕涼みをしていた。
 着ている物は雷画爺さんから送られた浴衣で、傍らには珍しく日本酒がお盆の上に置かれている。

「珍しいね、アーチャーが晩酌なんて」
「あぁ、月が綺麗だったのでな」

 一瞬あたしを見たアーチャーがそのまま月に視線を戻したので、つられるように見上げると、確かに満月というわけではなかったけど綺麗な月が浮かんでいた。
 屋根の影から見える月はちょうど切嗣といたあの時のようで、なんでか月の美しさよりもあの最後の晩を思い出して郷愁にも似た想いにかられた。

「髪はきちんと拭かないと風邪を引くぞ」
「うん、ありがとう」

 アーチャーの隣で月を見上げていたら、首に掛けたタオルを取ってアーチャーが髪を拭き始めてくれた。
 その手つきは凄く手馴れていて、痛くもなく、くすぐったくもなく、時折髪の束を握るようにしながら髪の水分をタオルで吸い取ってくれる。

「凄く手馴れてるんだね」
「あぁ、娘がお前ぐらいの大きさの時は毎日してやっていたからな」
「仲良かったんだ」
「凛が早くに逝ってしまったからな。 あの子にとって私は父であり、兄であり母でもあったんだろう」

 あぁそうか。 アーチャーの凛は聖杯の泥で早くに亡くなってしまったんだっけ。
 それなら仲が良くっても当たり前か。

「そういえば、あたしと娘さんって似てるの? この間動揺してたみたいだけど」
「うぐっ……。 ま、まあな」

 気になっていた事を聞いてみると、あの時の再現のように再び動揺するアーチャー。
 この間の失態は、確かにアーチャーにしては珍しくサーヴァントというより、素の”衛宮士郎”だったもんね。

「でも今までそんな素振り、全然見せなかったじゃん」
「髪と目の色が違っていたからな。 一見気が付かなかったが良く見れば形がよく似ている。 ……まぁ、あの子のほうが美人だったが」

 なんて、世間一般並みに親ばかを披露するアーチャー。
 これは娘さんと仲が良かったというか、両者共に依存してたのかも知れないな。

 そんなことを考えながらアーチャーに髪を任せていると程なくして拭き終わったようで、頭をポンポンと叩かれた。
 本当に手馴れているなぁ。 もしかしたら、あたしが自分で拭くよりよっぽど早く拭き終わったかも知れない。
 お礼ってわけじゃないけど、髪を拭いてくれた代わりにお酌をしてあげると、アーチャーにしては珍しくあたしに微笑みかけてきたのであたしも微笑み返すと、アーチャーはそれを飲み干してまた月見に戻った。

「……お前にとってこういう月の夜は爺さん(切嗣)との思い出なんだろうな」
「アーチャーは違うの?」
「俺にとってもそうだが、爺さんだけじゃなくって凛との思い出でもあるかな?」

 昔を思い出しているのか、いつもの皮肉気な笑いは形を潜めて穏やかに微笑むアーチャー。
 なんだか声を掛けるのが躊躇われたので、あたしも月を見ながら爺さんとの思い出に浸る事にした。

 どれだけ、そうしていただろう。 月が屋根に隠れてしまったことであたし達のお月見は自然と終わりになり、タイミングを計ったのかのように二人同時に立ち上がった。

「さて、お前はそろそろ休め。 子供が起きていていい時間じゃないぞ」
「もう高校生なんだから、子供扱いする必要ないって」

 見た目が小さいからって子供扱いしてくるアーチャーは、もう先程までの思いを引き摺っていないのか、普段の皮肉気で嫌味な感じに戻ってしまっていた。
 こんなことなら、もう少し娘さんのことでからかっておけば良かった。

「あ、そうだ。 他のみんなには聞いたんだけど、今度綾子達を呼んでお泊り会したいんだけど、いいかな?」
「構わん。 私はいざとなれば藤村の本宅に行けばいいからな」

 確かにそれもそうか。 だとすると、アーチャーに関しては気にする必要ないかな。
 これで聞かなきゃならない人には全員聞いたから、今日寝る前に綾子と由紀香に日程メールしとかないと。
 そう思って携帯片手にメールを打ち込みながら、今日一緒に寝る予定のライダーの私室へと向かった。



[1095] 『剣製少女/固有結界 第二話 2-1』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:5b4fc0f4
Date: 2008/02/05 22:09
「セイバーは今日も警備?」
「はい。シロのサーヴァントとして本日も部屋の外で控えさせていただきます」
「聖杯戦争も終わってるんだからそこまで警戒する必要ないと思うんだけどね」

 生真面目なセイバーの考え方に思わず苦笑いが漏れてしまうけど、こればっかりはあたしがなんと云おうと曲げるつもりがないようだ。
 まぁ、サーヴァントは寝食を必要とはしないらしいから人間みたいに病気になることはないんだろうけど、そんなんじゃ気が休まらないと思うんだけどな。

「いえ、聖杯戦争は終わっていますが、この戦いでの敵は内にいますので警備を怠るわけにはいきません」
「そ、そうなんだ」

 ……”この戦い”ってセイバーは一体なにと戦ってるの? 変な強迫観念なんて持ってないよね。


『剣製少女/固有結界 第二話 2-1』


「あぁお待ちしていましたシロ」
「……なにしてるのライダー」

 ライダーの部屋である和室に入ったら部屋中にあたしの服が散乱していた。
 確かお風呂に行く前に着替えを確かめた時にはちゃんと箪笥に入っていたのに、今はそのほとんどがこの部屋に集められている。

「いえ、折角ですのでシロにどの服を着て頂こうかと検討していたところです」
「って、なんで捨てたはずの下着まで持ってるの!」

 みよん、みよんと紐を引っ張りながらライダーが手に持っていたのは、あまりの過激さに思わず窓から投げ捨てた筈のショーツ。
 透け透けでサイドが紐になってて、布面積が異常に少ないくせに真ん中に切れ目までついているという意味不明なものだ。 というか、女物の下着に切れ目があっても意味ないと思うんだけど。

「勿体無いので拾っておきました」
「捨ててよ。
 というか、あたしが捨てたんですけど」
「大丈夫、綺麗に洗っておきましたから」

 いや、そういう問題じゃない。
 ライダーはあたしのことをお姉さん達と混同視している節があるけど、君のお姉さんはそんな下着を喜んで穿いていたの? ……って、ライダーのお姉さんだったらありそうだな~。
 それともライダーはお姉さん達にそういう下着を穿いて欲しいっていう願望でもあったのかな?

「とにかく着せ替え禁止!」
「わかりました」

 あたしが指を突きつけながら禁止令を出すと、思いの他あっさりと納得するライダー。
 他の面々もこれだけ素直だと……って、まさか。

「寝てる間に着替えさせるのも禁止ね」
「……もちろんです」

 嘘だ~っ! 今の間は何!? しかも表情は変わってないのに顔逸らしたよ、この人!

「寝巻きを変えるだけだったらライダーの好きなの着てあげるから、下着は勘弁して」
「しょうがないですね。 では今日はこれで妥協しましょう」

 やっぱり寝てる間に着替えさせる気満々だったんだ。 というか、”今日は”って云ったよ。
 しかも寝巻きに選んでるのが見覚えのないドレスみたいなのだし。 キャスターの新作だな、これは。

 その後、無表情ながらも嬉々としたライダーに着替えさせられたあたしは、一つの布団で一緒に寝ることになった。
 夏場だというのにライダーはあたしの後ろから抱きつき、体を絡めるようにして密着してくる。
 イリヤもそうだけど、胸の大きい人に抱きつかれると意外に密着度は低いのでそれほどでもないけど、ライダーは暑くないのかな? そう思って聞いてみたものの、ライダーは元々ギリシャ出身ということで暑さに強い上、今はサーヴァントとして現界している所為で、温度は感じてもそれが苦痛になるということはないということだった。

「逆にシロは大丈夫ですか?」
「うん。 あたしは筋肉がない所為か夏でも夜になると結構手足が冷えるから、逆にこうして体を寄せてもらってる方が温かくって気持ち良いかな?」

 背中の感触を意識しなければそれほど恥ずかしいってことはないし、向かい合わせで抱き合わなければ谷間とか見えないからそれほど困った事にならないですむ。

「あ、そうだライダーに聞きたいことあったんだった」
「なんでしょう」

 抱きつかれているライダーを振り返るようにして聞くと、いつの間にか眼鏡から眼帯に替えたライダーのアップが目の前に広がった。
 目を隠してるっていうのに、やっぱりライダーは美人だな。 これだけ顔が近いとさすがにドキドキしてくる。

「ライダーは何とか結界っていうの使うけど、あたしが固有結界使えない理由って何か思いつかない?」
「 他者封印・鮮血神殿ですね。 確かにあれは固有結界同様魔法の域の結界ですが、性質としては全くの別物ですので私には判りかねます」
「そっか……」

 同じ結界魔術を使うライダーだったら何かヒントになるようなこと聞けるかと思ったんだけどダメだったか。

「アーチャーやキャスターはなんと云っているんですか?」
「二人にもわからないんだって。
 特にアーチャーは生前も含めて”必要な魔力さえあればできるはず”って教わってて、実際その通り使えたから理論がわからない分当てにできないんだよね」

 アーチャーの魔術は投影と解析に関しては多少理論立てて説明できるし、その他の初級魔術も遠坂さん仕込みだからか論理的な説明ができるんだけど、こと固有結界に関してはほとんど感覚的なもので彼自身もうまく説明できないでいる。
 キャスターにしてもアーチャーの固有結界を理解できていないので、あたしに説明しようにもまず自身が理解しなくてはいけない状態だ。

「正直八方塞がりなんだよね」
「魔力が足りていないということはないのですか?」
「うん、凛やイリヤから借りてもみたんだけど、展開を維持するどころか展開そのものができないんだ。
 アーチャーに云わせれば、あたしの魔力量なら持続時間は短くっても展開に問題はないはずらしいんだけど」

 ここまでくると、もう性差が原因なんじゃないかと思いたくなるけど、回路は別に女になったからといって性能が変わるということはない。だから、そんな理由で固有結界が展開できないということはないそうだ。

「すいません、私ではお役に立てそうもありません」
「ううん、気にしないで。別に慌てることはないんだから気長にやってくよ」

 別にできないから諦めるってものでもないんだし、ゴールが見えている分そこへ目指して邁進できるから迷わなくていい。

「さ、もう休みましょう。 今日は少し夜更かしが過ぎました」
「ん、そうだね。 おやすみライダー」

 今日はアーチャーと思わぬお月見しちゃったから、いつもより寝る時間が遅くなっちゃったもんね。 これで明日寝坊でもしたら朝食をアーチャーか桜に作られてしまうから早く寝ないと。

「……あの、シロ」
「ん~……」
「おやすみのキスがまだですが」

 ちっ、気が付かれたか。 ライダーのキスはちょっと変態っぽいからできれば誤魔化したかったのに。
 仕方ないからいつも通り首筋に噛み付いてから軽く舐めてあげた。
 ライダーとしては噛み千切るぐらい強くして欲しいらしいけど、さすがにサーヴァントの皮膚を噛み千切るのはなんの神秘もないあたしの口では無理なので、とにかく強く噛むことで我慢してもらっている。

「これでいい?」
「はい、とてもよかったです」

 頬を染めながら荒い息で満足気に微笑むライダー。
 うん、満足してくれたのは嬉しいけど、早く更生してください。 こんなことで喜ばれても、あたしとしては複雑だから。


「へぇー、ここプールができるんだ」

 綾子達が泊りにくる日。 まずは町に出て遊んでから家に泊ろうということになった。
 とはいえ、泊りの荷物を持って出歩くのは大変だし、下手すると家出と勘違いされて補導されかねないから朝の十時に一旦家に集まって、荷物だけを置いて新都に遊びに出る事になった。
 夏休みのこの時期家出する子は結構いるらしく、大荷物を抱えて夜中の公園や繁華街にいると高確率で補導員に声をかけられるとか。 藤ねえも時々夜中に巡回しているし、お兄さん達もそういう子達が溜まっているのを見かけると、脅して追い散らしているらしい。
 まぁあたしは手ぶらだからそんな心配はないんだけど、補導とは別に迷子と勘違いされることがあるから、みんなから逸れないようにしないと。

 そんなことを考えながら新都を歩いていると、楓が建設中の工事現場に目を留めて声を上げた。
 あたし達もその声につられて工事現場の壁を見てみると、工事の業者や完成日が書かれた板の横に大きく完成予定図と思しき絵が描かれていた。

「わくわくざぶーん?
 へぇ、全天候型で年中無休だって。 温水プールなのかね」

 綾子も顎に手を当てながら宣伝文句を読み上げ、興味をみせている。
 あたしはそこまで泳ぐ事が好きなわけじゃないけど、完成したら一度来るもの悪くないかな?

「うむ、来年はみんなで行くとしよう」
「そうだね。 でも、わたしは水着はちょっと恥ずかしいな」

 鐘は片目を閉じながら楽しそうにニヤッと笑ったけど、由紀香は楽しそうな反面水着という部分に少し尻込みしているようだ。
 確かに鐘はスタイルいいから水着でも映えるから余裕なんだろうけど、由紀香だって十分可愛いんだから気にする必要はないと思う。

「でも、詩露ちゃんの水着姿は見てみたいな」
「授業で何度も見てるじゃん」

 由紀香がこっちをチラチラ見ながら云ってきたけど、あたしの水着姿っていうんだったらそれこそ何度も見てるはずなんだけどな。

「うん、スクール水着も可愛かったんだけど、プライベートの水着もどんなのかなって」
「去年の水着はホルター・ネックの白ビキニだったのよね」
「え……う、うん」

 なんでか意地悪な笑顔の凛にあたしの笑顔が引きつる。 そんなに似合ってなかったかな? でもワンピースは絶対駄目っていったのはそっちじゃんか。
 それにイリヤとお揃いだったから、断りずらかったというのもあるし、あたしの体系に似合うビキニなんてそうそうないんだからしょうがない。
 ……あぁ、去年のイリヤの水着姿は凄かったなぁ~。 同じデザインなのに、もの凄く格好良くって胸なんか弾けそ……あ、いやいや、うん似合ってて格好良かった。

「さ、行くわよ詩露」
「え、あ、うん。 何処行くの?」
「聞いてなかったの?」
「ごめん」

 急に掛けられて声にビクッとなってしまったけど、さすがにイリヤの水着姿思い出してましたとは云えなかったので素直に謝る事にした。
 すると凛は楽しそうにニヤニヤと笑い出してあたしのことを抱きしめてくる。 うっ……なんか嫌な予感。 というか、往来で抱きつかないで欲しい。

「ま、行ってからのお楽しみってことで」
「ちょ、ちょっと!」

 そのまま腕を組んで引き摺られて行ったのは水着売り場だった。
 は、ははは……なるほどね。 こういう流れになってたのか。 これはしばらく着せ替え人形だな。


 案の定お昼までの一時間半近くをその売り場で過ごす事になった。
 楓は受け狙いで際どいのや面白いデザインの物を着せたがり、由紀香は可愛い系でシックな物を持ってきて、鐘はじっくり選んで数は少なかったが派手でもなく地味でもなく、ワンポイントのアクセントがある物を持ってきた。
 意外というかやっぱりというか、凛と綾子は趣味が似通っているのか可愛いだけでなくかなり派手な物を好んで持ってきた。
 うん、君達の好みは大体把握してたから驚かないけど数が多すぎ。 いい加減にしなさい。 というか、なんで店員さんまで嬉しそうに混ざってるんですか!


 その後ファーストフードで昼食を摂った後、ファンシーショップやゲームセンター、カラオケで時間を潰していよいよ家へと向かうことになった。

「そういえば藤村嬢の同居人というのはどういう方達なのだ?」
「全員海外の人たちだよ」
「あ、もしかして浴衣買いに来た時のマフィアの令嬢達か!?」

 いや、ちょっと待って。 それは楓が勝手に作った設定で、きっぱり否定したでしょうが。 とはいえ、それを聞いた由紀香は本気にしたのかオロオロとし始めた。

「大丈夫だから由紀香。 そういう人たちじゃないよ。 みんな優しくって良い人だから安心して」
「そ、そうだよね。 詩露ちゃんと同居してるんだから、悪い人のわけないよね。 良かった~」

 あたしが安心させるように微笑むと、胸に手を当てながら盛大に溜息をつく由紀香。 由紀香は素直だから、楓の性質の悪い冗談を真に受けてしまったんだろうけど、さすがにそんなわけないと……云い切れないか、家の家業を考えると。



[1095] 『剣製少女/固有結界 第二話 2-2』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:0e980911
Date: 2008/02/21 01:42
 家に帰り着いてからというもの、楓を除いた面々は同居人であるサーヴァント達に圧倒されていた。
 その中でも特に由紀香が酷くてほとんど放心状態のままこちらの受け答えにも上の空で、セイバーやライダーに憧れの目を向け、アーチャーに対しては見た目の印象からか怯えたような態度をとっていたものの、会話を重ねるうちに人となりがわかって自然と打ち解けたのか、普段の由紀香に戻っていった。
 アーチャーも特に由紀香には優しく接っしていたっていうのもあったけど、会話のやり取りがスマートで洗練されている印象があった。 ……もしかしてアーチャーって、生前結構モテてたんじゃないかな?


『剣製少女/固有結界 第二話 2-2』


「アンタん家凄いな。 男にとっては楽園なんじゃないか?」

 食事の前のひと時、お茶をしながらの自己紹介とちょっとした雑談が終わった処で、綾子がアーチャーに一瞬視線を投げながらあたしに云ってきた。

「そうなの?」
「そうだな。 だがここの華は棘が鋭すぎるがな」

 あたしが綾子の代弁をするようにアーチャーに話を振ってみたけど、アーチャーは目を閉じながら皮肉気に溜息をついて応えた。
 確かにここには美人が多いから綾子の言い分もわかるけど、散々おもちゃにされてるあたしとしては、アーチャーの言い分にも納得できてしまった。
 特に凛とイリヤが結託した時は手に負えないし、桜とライダーは別の意味で手に負えないもんね。

「ほぉ~面白いことをいいますね、シロウ」
「そうね、誤解の無いようどういうことかきっちり説明してくれませんか、弓塚さん」

 アーチャーの言葉にすぐ様反応するセイバーと凛。
 笑顔のまま怒ってるっていうほどじゃないけど、素人にもわかるぐらい明らかな威圧感を滲ませている二人。
 あぁ、また由紀香が怯えちゃうんで二人ともほどほどに。

「そういうところを云っているのだよ。
 お客様の前で淑女たる者がそのように振舞うべきではないと私は思うのだが?」

 お客さんの前ということもあってかアーチャーは余裕の様子だけど、もしあたしが同じ立場だったとしても、後が怖くてとてもアーチャーのように振舞うことはできないだろうな。
 まぁ、アーチャーはあたしより要領が良いから、楓達が帰る直前にでも姿を晦ますつもりなんだろうけど。
 アーチャーの指摘に凛とセイバーはバツが悪そうに顔を顰め、そんな二人の様子にあたし達は苦笑いで顔を見合わせてしまった。

「さて、そろそろ夕飯の支度をする時間だと思うのだが、手伝いはいるかな?」
「ううん、今日は由紀香と一緒に作るからアー……弓塚さんはゆっくりしててよ」

 そう、今日は以前から料理談義で盛り上がっていた由紀香と一緒に作ってみようということになっている。
 あたしとしては、凛やアーチャーに限らず他の人の料理方法を直に吸収するチャンスはできるだけ逃したくなかったし、あたし、凛、由紀香はクラスで料理が上手な人間に分類されるから、料理に自信のない人達に頼られて調理実習で一緒の班になることがなかったから、密かに楽しみにしてたんだよね。

「そうか、では私は本家の方にでも……」
「えぇー! 弓っち行っちゃうのかよー」

 あたしの言葉にアーチャーが腰を浮かしかけるが、楓の不満げな声が引き止める。
 アーチャーはこういう男一人という状況に免疫があるのか、特に逃げ出すようなことはせずに楓の引き止めにも動じることなく話しに付き合うつもりのようだ。
 ……それともこれは、アーチャーなりに彼女達に気を使っているのか、昔を懐かしんでるのかな?
 いくら平行世界、別の人間とはいってもやっぱりアーチャーも穂群原学園の人間に対しては、色々と思う所があるのかも知れない。

 そしてあたしと由紀香が料理を始めてしばらくたった時、いつの間にか居間には桜とイリヤ、ランサーも増えていた。
 正直桜はともかくイリヤとランサーはいつの間に来ていたのか全く気が付かなかった。
 まぁ、この二人の場合魔術を使うと本気で警戒していないと気付きようがないから、もしかしたら暫く前に来ていて隠れて様子を窺っていたって可能性もあるけど。

 結局夕飯はあたしと由紀香だけでなく、桜も一緒に作る事になった。

「勉強してたのにごめんね」
「いえ、息抜きがしたかったので丁度良かったです」

 息抜きだったら料理をするより居間でおしゃべりしてたほうが楽しい気もするけど、あたしも息抜きに料理をする事があるから気持ちはわかるかな。
 それに、桜も料理は性に合っていたのか趣味らしい趣味のない彼女にとって、今の所唯一といってもいい趣味だもんね。 それを考えると無碍に居間へ追い返すのも可哀想か。

「桜ちゃんは来年受験っていってたけど何処受けるの」
「あ、え……っと、穂群原学園です」

 人見知りな桜にとって初対面の人間との会話はハードルが高いかと思ったけど、由紀香が相手だからか以外とすんなり打ち解けていた。
 まぁ、楓や好奇心に駆られた鐘だったらともかく、由紀香とも会話できないなんてことになったら、人見知りというより対人恐怖症の域か。

 それにしても、アーチャーや凛、桜が手伝ってくれるとはいえ、十二、三人分、実質二十人分近く作るっていうものなんだか慣れてきちゃったな。
 あたし”正義の味方”になれなかったら、そのまま定食屋とか始められそう。 大人数でボリュームがあって手早く作れて、尚且つセイバーの舌を満足させられるようなものって、外食でもそうそうないもんね。
 ……というか、この家寸胴が三つもあってそれが常にフル稼働してる時点で色々と間違ってる気がする。 主にランサー、虎、セイバーの所為で。

 夕食はかなりの盛況だった。
 特に歳の近い……しかも女がこれだけ集まってるんだから当然という気もするけど、ほとんど学校の昼休みの拡大版という感じだった。
 これだけ人数が集まるとやっぱりある程度のグループに分かれることになったけど、その中で綾子と桜、セイバーと鐘の組み合わせが特に盛り上がっていた。

「へぇ、桜ちゃんも穂群原学園に来るんだ」
「い、いえ、まだ受かってませんから行けるかどうかはわかりませんけど、できれば……」
「大丈夫だって。 あの遠坂の妹なんだろ。 余裕、余裕。
 でさ、受かったら弓道部来ない? 藤村先生が顧問なんだよ」

 なんて桜は綾子と穂群原学園の学校生活の様子で盛り上がっていたし、

「ほうセイバー嬢は騎士の家系か」
「はい、かのアーサー王に仕えていたという話でその当時の逸話も幾つか残っています」

 なんて事情を知ってる人間からすると、冷や冷やものの会話をしていた。
 まぁああ見えてセイバーは即興で話を作るのが上手なようで、ボロを出した事は一度もないから心配はいらないだろうけど。
 そして、こういう場で一番騒がしいと思っていた楓は、何やらランサーに散々からかわれて顔を真っ赤にしながら俯いて黙り込んでしまっていた。
 助けた方がいいのかな? とは思ったけど、逃げ出して来ないところを見ると大丈夫なのかな? というか、あの不良英霊、人の友人相手にセクハラとかしてないだろうな。

 そして食事が終わって食器を洗い終わった後、居間に戻ろうとしたらランサーとアーチャーが何やら布団を抱えて積み上げている場面に遭遇した。

「なにやってるの?」
「あぁ、今日はみんなで一緒に寝たいという話になってな。 こうして布団を道場に運んでいる最中だ」

 なるほど、確かに家で一番広い場所といったら道場だけどなんか合宿めいてきたな。

「手伝うよ」
「いらん。 というか、貴様が手伝っていては他の連中も手伝うと云い出すだろうが」

 確かに。 集まった面子の中で一番体の小さなあたしが力仕事をしてたら、他の面子もやらないわけにはいかないか。
 特に綾子とサーヴァント組はそういうトコ気にするし、ここは任せたほうが無難なのかも知れないけどこれはかなりの重労働な気がする。

「大丈夫? 量がもの凄いことになってるんだけど」
「バーカ。 おめえに心配されるような軟(やわ)な鍛え方してねえっての。
 それより嬢ちゃんが風呂沸かしてたから入ってこいよ。 今日は人数多いからとっとと入らねえといつまで経っても入れなくなるぞ」

 そういって布団が入った布団袋を二つ肩の上に担いでいるランサーは、確かに手伝いなんて必要ないぐらい軽々と持ち上げている。
 布団の中身は綿だけどそれでも結構な重量だ。 それをあんな軽々と持ち上げるなんてやっぱり凄いな。
 嵩があるから二つしか持てないけど、ランサーだったらあと二つ、三つは持てそうだ。

「ん、じゃあ悪いけど先お風呂入っちゃうね。
 二人はどうするの?」
「いや、我々はこの後藤村の本家に行く予定だ」
「爺さんから晩酌誘われてんだよ」

 そういって実に楽しそうに笑うランサー。 ほんと、人生を謳歌するタイプだよね。
 爺さんもランサーとアーチャーというタイプは違うけどある意味わかりやすい二人のことを事のほか気に入ってるみたいだし。
 まぁ、アーチャーに関しては生前から可愛がられてたんだろうから、付き合いやすいっていうのも大きいのかも知れないけど。

 そして二人と別れたあたしはそのまま自室に行って、着替えを持って居間に行き集まってる面々にお風呂に入る旨を伝えたが、

「あぁ、待って詩露。 わたしと三枝さんも一緒に入るから」
「はい?」

 凛が……よくわからないことを云ってる。
 正直一番付き合いが長い凛とあたしは一緒にお風呂に入った事がない。
 セイバーとイリヤは知り合ったその日に一緒に入ってるし、桜とライダーは聖杯戦争が終わった後に、あのキャスターですら魔術講座の後に一緒に入ったことがあるっていうのに、凛とは精々旅行関係でみんなと一緒に入った事があるに過ぎない。
 なのに、なんで今日に限って一緒に?

「え……なんで?」
「なによ、嫌なの?」
「嫌ってことはないけど、なんか恥ずかしいじゃん」

 といったら、凛も照れたのか頬が赤くなっていた。 ……なにこの展開。
 でも意地になったのか凛は大声で恥ずかしさを誤魔化すようにあたしの腕を取って、

「いいから入る!」
「あ、ちょ、な、なんで!?」

 そんなあたしと凛のやり取りを面白そうに見ていた他の面々も、手を振ったり囃し立てたりしながら送り出していた。 ……誰も止めてくれないんだ。


「うわぁ~綺麗」
「あ、いや、そ、そう?」
「…………」

 ほんと綺麗。  あたしもこんなにじっくり凛の体を見たことはなかったけど、凛は想像以上に綺麗なプロポーションをしていた。
 脱衣所で脱ぎだした凛はあたしと由紀香の視線に照れたように脱いだ服を胸に抱いて、胸を隠しながら愛想笑いをしている。
 イリヤや桜、ライダーみたいに胸が大きいわけではないし、セイバーみたいに洋風の外見ってわけでもキャスターみたいな大人の色気があるわけでもないのに、凛の裸はなんというかもの凄く微妙なバランスを保った一種危ういともいえる美しさを持っていた。
 完全に大人というわけでもなく、かといって子供でもなく、引き締まってはいても女らしさを失っていない。 言葉で説明しようとするとどっちつかずで、わかり易い表現ができないのにバランスが良くって凄く綺麗だった。

「ほら、さっさと入っちゃいましょ」
「あ、はい」
「う、うん」

 あたしと由紀香は凛の言葉に慌てて自分達も着ていたものを脱いで入浴の準備をした。

 お風呂の中では凛があたしの髪を、由紀香が背中を洗うといって譲らなかった。
 凛に正面から髪を洗われるのは色々目のやり場に困ったけど、よく考えたら目を瞑ればいいんだと気が付いた時はちょっと勿体無いような、でもこれで安心できるという矛盾した思いに駆られた。

「詩露ちゃんの背中って小さいね」
「え、あ、うん」

 っていうか、体そのものが小さいですから。
 なんか由紀香とは初めて一緒にお風呂に入ったって云うのに、凛よりも恥ずかしくないな。
 別に由紀香の裸に魅力がないっていうんじゃないけど、なんか由紀香と一緒に入ってると藤ねえと一緒に入ってる時みたいで、ドキドキするっていうより和んでしまう。

 お礼とばかりに由紀香のことを洗って上げると凄く喜ばれたけど、どうやら由紀香は最近弟達と一緒に入らせてもらえなくってこういうやり取りに飢えていたらしい。
 やっぱりいくら姉弟とはいっても恥ずかしいものなのかな?

「ほんと、男の子ってよくわかんないよね」

 なんて溜息混じりに愚痴られてしまったが、元とはいえ男のあたしとしては返答に困ってしまう。
 当然男のままだったら一緒に入るなんてことできなかっただろうし、考えただけでも赤面ものだけど、今は実際こうして一緒に入っちゃってるしなぁ。
 まぁ、だからといってアーチャーやランサーといった男性陣と一緒に入るのが恥ずかしいかといわれればそんなわけもなく、結局あたしは性転換したことで性差っていうものに対して普通の人より無頓着になっているのかも知れない。
 あたしはまだ男に戻る事を諦めたわけじゃないから、この価値観はちょっとマズイ。 でも意地になって拒むとみんな面白がってエスカレートしていくからなぁ。 ほんと、どうしたもんなんだろ。


 そんなことを考えながらお風呂を上がって道場に場所を移してそろそろ寝ようかという段になっても、あたしは結局どうしたものかと考えていたら、いつの間にか鐘と一緒の布団に入っていた。

「あれ?」
「ん? 正気に戻ったか?」

 眼鏡を外した鐘があたしを見下ろしながら苦笑混じりにあたしを見下ろしている。
 布団から頭だけを出して周りを見回せば、みんなそれぞれ布団に入っていたものの耳を澄ませば囁きが聞こえる所を見ると、みんなまだ起きて小声で雑談しているようだった。

「遠坂嬢と由紀香の体はそんなに刺激的だったかな?」

 にやりと意地悪に微笑む鐘にちょっと怯んでしまったけど、どうやら周りはあたしが凛と由紀香の裸に当てられて呆然としていたと思われていたようだ。

「心配する事はない。 成長なんてものは人それぞれだから慌てなくてもその内詩露も立派に育つさ」

 そういいながらあたしの頭を撫でる鐘は、どうやらあたしが二人と比べて成長していないことを気にしていると誤解しているみたいだったけど、あたしにはその誤解をうまく解く方法も、かといって本当の事をいうわけにもいかなかったので曖昧に微笑んで誤魔化す事にした。

「ところで、なんであたしは鐘と一緒に寝てるの?」
「いや、美綴女史が自慢げに君と遠坂嬢が泊りに来た時の事を話していてな。
 私も一緒に寝てみたくなっただけだ」

 そ、そうですか。 別に羨ましがるようなことは何もなかったと思うんだけど、まぁ別にいいか。 正直色々考えすぎてわけわかんなくなっちゃったしね。 寝る時ぐらいは何も考えずにゆっくり休みたい。

 そんな感じで、家でのお泊り会は特に問題も起こらず楽しいうちに終わりを告げた。


 そして、季節は巡りもうすぐクリスマスという時期になって、突然イリヤの消息が途絶えた。



[1095] 『剣製少女/固有結界 第二話 2-3』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:80bd6b39
Date: 2008/02/21 01:43
「ん~……ダメか」
「何? イリヤ?」

 あたしが携帯の画面を見ながら漏らした溜息を、気にした凛が小首を傾げながら問いかけてきたので、あたしは首肯で応える。
 イリヤがアインツベルンへと士郎の捜索を打ち切る目的で、投影したセイバーの鞘を持って行って既に二週間。 当初の予定では一週間で戻ってくると云っていたのに、今日までずっと音信不通だ。
 念の為、バゼットにも向こうに行く機会があったら様子を見てくれるよう頼んでみたものの、

「丁度これからドイツに向かうので連絡するよう伝えておきましょう」

 という返事をくれた後、一切連絡が取れなくなってしまった。

「久しぶりの里帰りで引き止められてるだけかも知れないわよ」
「そうだね。 心配……ないよね」

 確かにアインツベルンは携帯が通じないとは聞いてたけど、帰国……いや、来日予定を一週間も過ぎるとさすがに心配になってくる。
 なにかの事故に巻き込まれたとしてもイリヤほどの魔術師ならなんとかなるだろうけど、もしかしたら宝石剣のミニチュアのミニチュアで凛が失敗した時みたいに、魔術の失敗とかあって怪我したっていうんじゃないといいんだけど。


『剣製少女/固有結界 第二話 2-3』


「それより先輩、その帽子とマフラー可愛いですね」

 一緒に通学路を歩いていた桜があたしの気を紛らわそうとしてくれたのか、オニューの帽子とマフラーを褒めてくれた。
 寒さに弱いあたしは、比較的温暖な冬木とはいえ十二月も中旬を過ぎると毎年着膨れでモコモコになっている。
 外見からはわからないけど、コートの下はお腹まである毛糸のパンツを穿いてるし、シャツの下にはロングTも着ているが、なにより心強いのはスカートの裾ギリギリに捲くったジャージの下を履いていることだ。 これがなくっちゃ、あたしは冬を越えられそうにない。
 そして

「この帽子とマフラー、それに毛糸のパンツは知らない先輩がくれたんだ。 しかも手編みなの、いいでしょ」

 ちょっと自慢してるみたいだけど、帽子は白地に黄色のボーダー、しかも耳当て付き。 マフラーはクリームイエローの無地という凄くシンプルなもので、あたしとしては凄く使いやすいし温かいしで、かなり気に入っている。

「え……知らないって、サイズは合ってたんですか?」
「うん、ピッタリだよ。 特にパンツは丁度良いサイズでずり落ちる心配がないんだ」

 何故か困惑気味の桜に、お腹に手を当てながら笑いかける。
 パンツは多少小さくても毛糸だから伸びるし穿けないことはないんだけど、伸びた分風通しが良くなるのか寒く感じるものなんだけど、このパンツは丁度良いサイズだったのでとても温かい。

「先輩、確か秋頃ジャージ無くしたことありませんでしたっけ?」
「あぁ、あったね。 体育祭で脱いだ時そのまま何処かにいっちゃったこと。
 でもその後出てきたんだから、多分誰かが間違えて持って行ったんじゃない?」

 それを聞いた桜の頬がなんでか引き攣っている。

「それを貰った時ってどんな状況でした?」
「え? いや、放課後三年の先輩の教室に呼ばれて行ったら、紙袋に入ったこれらをもらった……んだけど…………あの、何かまずかったでしょうか?」

 なんでかあたしの言葉にどんどん不機嫌になっていく桜。 それに比例するようにあたしの背中からは嫌な汗が噴き出してくる。

「いいですか、詩露ちゃん。 今度から知らない人にひょいひょい付いて行っちゃ行けません。 アメくれるっていってもダメです。
 どうしてもって時は、姉さんと一緒に行って下さい」
「あ、う、うん、ごめん」

 急にあたしを抱きしめた桜が頬を摺り寄せながらあたしを諭すように優しく囁く。
 とはいえ、さすがにアメで付いて行くことはないと思う、子供じゃないんだから。 ……毛糸のパンツだとわからないけど。

「他の物でもダメですからね」
「あ、は、はい。 ごめんなさい」

 こっちの考えを見透かされているのかと思って、びっくりしたあたしの肩に手を置いて優しく微笑む桜。 なのに、なんでかその微笑みには背中が薄ら寒くなるような有無を云わせない迫力があった。

 そのまま桜の通っている中学への交差点に着くまで、桜はあたしの手を握って離さなかったが、反対の手では親指が霞んで見えるほどの速さで携帯のキーを操作していた。

「メール?」
「え、あ、はい。 ちょっと美綴先輩に報告を」
「ほんと仲いいよね、二人は」

 あの夏のお泊り会以降、桜と綾子はよくこうして連絡を取り合っている。
 何を話しているのかはよく知らないが、来年からの学校生活での相談や部活の話なんかをやり取りしているらしい。
 家の人間以外で桜の交友関係が広がるのはあたしも嬉しいんだけど、よくそこまで頻繁に連絡を取り合っていて話題がなくならないものだと感心してしまう。
 感心といえば、携帯の操作もだ。 凛なんか携帯持ってるくせに使ってる処を見たことないのに、桜は片手でしかも画面を見ないでメールを打ち込めるなんて凄いな。
 ……でも、なんで携帯を操作してるほうの腕からドス黒い魔力が立ち上ってるんだろう? 怖くて聞けないけど。

「あ、じゃあわたしはここで」
「ん、気をつけてね」
「遅刻するんじゃないわよ」

 桜に手を振ってから学校に向かおうとした時、一瞬視界の隅に見知った人物がいたような気がして目で追おうとしたが、気のせいだったのか人混みに紛れてしまったのか、既に見当たらなかった。

「どうしたの?」
「いや、セラさんが居たような……」
「あら、じゃあ帰ってきたのかしら」
「うん……」

 でも、それだったらなんでイリヤはメールをくれないんだろう。
 いつもだったら、空港に向かう途中や飛行機に乗るまでの間で最低でも五通はメールくれるのに。


「クリスマスパーティー?」
「そう、詩露ちゃんの家でできないかなって」

 学校に着くと由紀香からクリスマスのお誘いを受けた。
 もちろん彼女達は部活の面子ともやるそうだけど、そっちはどちらかというと先輩とも一緒で、楽しむっていうよりは後輩として色々気を使うらしい。

「へぇ~意外。 楓辺りはそういう上下関係無視して楽しむのかと思ってた」
「ん~ウチは結構先輩後輩で仲いいほうだと思うんだけど、それでも体育会系のノリっていうのかな? 結構上下関係はしっかりしてるし、蒔ちゃんもそういうところきちんとしてるんだよ」

 なるほど、そういえば普段の楓がお巫戯けばっかりだったから忘れてたけど、陸上部だって立派な体育会系。 女子とはいっても上下関係ってものがあるのかも知れない。
 そういえば何時だったか、楓達一年生が上級生の監視の下でランニングさせられてたけど、怖いということはないし、苛めとも違ったけど、結構大きな声で細かく注意されながら走ってたっけ。
 確かにそういう人たちと一緒にパーティーっていってもあまりくつろげないのかも知れないな。

「いいよ、またみんなに聞いてみないといけないけど、多分大丈夫だと思うから」
「ホント!? 良かったー!」
「いいねぇ~、あたしも混ぜとくれよ」

 そういって、背後から気配を殺してノッシと凭れかかってくる綾子。
 くっ、油断した。 由紀香と話してたから全く気配に気付けなかった。 正直綾子の体重を筋力だけで支えるのはあたしには無理な上、こうしてイスに座っていると踏ん張りも利かずに押し潰されてしまう。
 綾子はそれが面白いのか、人が動けなくなってから抱きついて頭を撫で繰り回したりするから気をつけていたって云うのに。

「重いって綾子」
「ありゃ、女の子にそれは酷い」
「う……ごめん」
「ははは、冗談、冗談」

 あたしの抗議に堪えた様子をみせずに切り返してきた綾子だったけど、確かに女の子に重いはないよね。
 そう思って謝ったんだけど、綾子はあたしの謝罪を面白そうに受け流して、スカートから出した櫛で乱れたあたしの髪を整えてくれた。

「ありがとう」
「ま、あたしの所為だからね。
 それにしても藤村はいっつも同じ髪型だね。 せっかく長いんだから偶には違う髪形に挑戦してみればいいものを」

 凛からもらったリボンをキュッと締めて、またあたしに抱きつく綾子。
 さすがに今度は押し潰してこなかったけど、背の低いあたしの頭は丁度綾子の胸の下が微妙に当たっていて恥ずかしい。 でも暴れるとまた髪がぐちゃぐちゃになっちゃうしなぁ……。

「そうだよね、編みこみとか三つ編みとか可愛いと思うんだけど」
「ん~……正直面倒くさいし、このリボンにちょっと思い入れがあるからこの髪型でいいよ」

 本当はこのリボンは凛から魔力を貯める為に使うよう云われて渡されたものなんだけど、そんなことは口が裂けても云えないので適当に誤魔化すことにした。 まぁ、面倒なのは本当だし。
 だけど、それを聞いた由紀香と綾子は、何やらあたしの頭の上で視線を交わしてからにっこりと微笑んだ。 ……まずい。 この空気はあたしをおもちゃにしようと思いついた時のものだ。
 いや、由紀香の目は純粋に犬猫を見るような目なんだけど、後ろにいる綾子の目は絶対そういう目をしている筈。
 三十六計逃げるに……と思って腰を浮かしかけたところでがっしりと肩を掴まれ強引に座り直させられ逃げ遅れてしまった。

「な、なにかな?」
「面倒なんだったら、あたしがやってやるよ」
「う、うん。 わたしもやりたいな……」

 うわぁ~……由紀香の目がキラキラしてるぅ~。 上を仰ぎ見るようにして綾子の顔を見ると、彼女も満面の笑顔だし。
 ……ダメだこりゃ。 一通りやらないと満足してもらえそうもないな。

「あ~……わかった。 そのかわり変な風にしないでよ?」

 あたしは諦めて両手を挙げ、降参のポーズを取りながらせめてもの武士の情けを乞うことにした。

「任せときなって」
「うん、大丈夫だよ。 詩露ちゃん元が良いから絶対可愛くなるよ」

 そして結局、朝のHRが始まるまでの二十分ほどの間で、クラスの女子全員から揉みくちゃにされながら髪を三つ編みにされたお陰で、あたしの髪はこれまでに見たこともないほど複雑で大量のリボンと髪留めに彩られていた。

「こ、これは……」
「いや~可愛いねぇ~♪」
「ほんと、お人形さんみたい」

 あたしが渡された鏡で髪型を確認していると、満足した表情の女子に代わる代わる抱きしめられたが、それに構っていられるほどの余裕もなく、ただ呆然と鏡に写った自身の髪型を眺めていた。
 なんというか、凄いの一言に尽きる。 場所によっては五ミリ幅くらいの三つ編みが緩く幾重にも編み重ねられていたり、その隙間を更に編み込むようにリボンが使われていたり。 どんだけ頑張ってんのみんな!? というか、労力の使い方絶対間違ってるから。

 結局その騒ぎは葛木先生が来るまで続いていたが、さすがに先生が来るとみんな慌てて逃げるように自分の席へと戻って行った。
 あたしは髪を解く暇も貰えなかったので仕方なくそのままの髪型でHRを受ける事になったけど、先生は一番前の席である筈のあたしを一瞬見ただけで特になんのリアクションも見せずにいつも通りのHRを始めてしまった。
 ……葛木先生、正直叱られてもいいんで何事もなかったかのように振舞われるのが一番辛いですけど。

 そして、この騒動の最中全く姿を見せなかった凛は、一人自分の席であたしの醜態を笑いを堪えて眺めていた。 ……助けてくれればいいのに、この薄情者。


「はぁ、クリスマスパーティーですか」
「そう、二十五日に七面鳥を焼いて、ケーキとシャンパンで盛り上がるの。
 セイバーはどうする?」

 家に帰り着いたあたしは早速髪を解きながら今朝のことを家の人間に聞いてみた。
 ちなみに髪型は一限目の藤ねえにも好評で、帰るまで解いたら駄目だといわれてしまった。 ……それにしても、授業中に妹に抱きつく教師っていうのもどうなんだろう。 恥ずかしい。
 ほんとは、そんな藤ねえのことなんか無視して解こうと思っていたんだけど、余りにも複雑に編みこまれた髪は、既に自分一人の手では解けないほどしっかりと結ばれてしまっていたので結局学校では解くことができず、こうしてセイバーに手伝ってもらいながら解くことになってしまった。

「そうですね、綾子達であれば私も久しぶりに会いたい。
 シロの許しがもらえるのであれば、同席したいのですが」
「もちろん。 みんな一緒のほうが楽しいし、綾子達も喜ぶよ」

 まぁ、久しぶりっていってもつい二ヶ月ほど前に体育祭に応援に来てくれたからそこで顔は合わせてるし、綾子に関しては剣道の手合わせと称して月に一回は遊びに来てるから、あまり久しぶりって感じはしないと思うんだけど。

「じゃ、セイバーは参加ね」
「はい。 他の者達はどうするのですか?」
「アーチャーとライダーは参加。
 桜もメールで確認したら参加するって」

 ちなみに、返信されたメールはなんでか今日の髪型を変えたあたしの写メだった。
 角度から考えて座席的に綾子だと思うんだけど、制服に凝った髪型っていうのは物凄く違和感を感じたので消してくれるよう頼んでおいたが桜には無視された。
 強くなったね桜。 あたしは昔の桜のほうが色々な意味で好きだけど、今の桜も大好きだよ。 だから消してよ、ほんとお願いします。

 ちなみに、この写メは既に結構な範囲で広がっているらしい。
 どうりで休み時間の度に人が来て写メを撮っていったわけだ。 クリスマスパーティーの時に綾子のシャンパンだけタバスコでも入れてやろうかな。

「楽しみにしています。
 髪、解けましたよ」
「ありがとう」

 セイバーにお礼をいって髪に手をやってみると、ソバージュのように波打っていた。 ……これは、お風呂入るまで癖が取れそうにないなぁ。
 なんて考えていると、セイバーに頬を両手でそっと包まれて上に向かされた。

「な、なに?」
「…………」

 え~っと、沈黙が気まずいんですけど……。
 なんだろう。 よくわからないけど、セイバーはあたしに微笑みながらジッと見つめている。 っと、気が付いたらセイバーの胸に抱きしめられていた。

「セイバー?」

 分けがわからず戸惑っていたら、抱きしめられたままおでこに頬擦りしだすセイバー。
 あたしとしては逃げ出したいんだけど、ここでもがくと間違いなくセイバーの胸に顔を擦り付けることになるので、恥ずかしいけどセイバーが離してくれるまで身動ぎ一つせずにジッと我慢していた。 ……あ、セイバーまたノーブラだ。 って、違う!

「大変可愛らしいですよ、シロ」
「そ、それはどうも」

 やっと満足したのか、溜息をつきながら離してくれたセイバーの言葉になんとか微笑みを返して答えた。 あたしの頬が引き攣っていたのは云うまでもないけど。

 その後、参加できるかわからなかったが、バゼットとイリヤにも連絡を入れておいた。
 バゼットは前回のお泊りこそ逃したものの、何かと冬木にいる間は家に顔を出してくれるので、綾子達とも顔見知り程度には知り合っているから、予定が合うようなら顔を出すだろう。
 それともバゼットは大人だからクリスマスはデートとかあって、それどころじゃないのかな?


 そして、結局バゼットからもイリヤからも一度も連絡が入る事なく終業式を迎えることになってしまった。
 一体どうしたっていうんだろう二人とも。



[1095] 『剣製少女/固有結界 第二話 2-4』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:e49b5817
Date: 2008/02/26 19:52
「あたしアインツベルンのお城に行ってこようかな?」
「今から行く気? 往復二時間以上かかるんだから、明日以降にしなさい」

 終業式が終わって帰宅した後、私服に着替えたあたしが凛に話しかけると、凛は呆れたように溜息をついた。
 まぁ、確かに車を使っても二時間以上かかるし、車はアーチャーかランサーに頼まないといけないってことを考えると、今から行くのはかなり難しいんだけど、やっぱり心配なんだから仕方ないじゃないか。


『剣製少女/固有結界 第二話 2-4』


「それに、もしかしたらあの娘、何かサプライズを考えてるのかも知れないじゃない。
 今から行ったらそれを台無しにすることになるわよ」

 今夜の藤村の本宅でのパーティーの用意と、明日の綾子達のパーティー用の料理の下拵えの手を止めずに答える凛。
 そういえばイリヤは毎年サンタ・コスでパーティーに参加してたっけ。 今年はあれを越えるものを用意してるかも知れないのか。 ……どうしよう。
 あの格好、大きくなるまでは愛らしかったけど、大きくなってからは刺激的過ぎるんだよね。 何しろ、サンタ・コスなのにパンツなしで丈が短いせいで屈んだだけでアンダーが見えそうだったし。 ……あたしにも同じ格好強要するのはどうしたものかと思うけど。

「そうだね。 本当に何かあったんだったらバゼットから何か連絡がある筈だもんね」

 そういって、なんとか自分を納得させることにした。 ……とはいえ、そのバゼットとも連絡がつかないからこそ、心配なんだけど。


 藤村の本宅でのパーティーは盛大なものになった。
 毎年のことではあるものの、爺さんはこういうお祝い事で下の人間の労いを欠かすことがない。
 本人としては和風贔屓だからか年末やお正月に比べると弱冠居心地が悪そうだけど。
 凛や桜にしても最近は慣れたもので、始めの頃のような緊張はさすがになくなっていた。
 というか、お兄さん達は見た目が怖いけど、身内に関しては過保護といってもいいぐらい優しいから、爺さんが後見人をしている凛や桜は杯こそ交わしていないものの、お兄さん達からしてみれば妹みたいなものなんだから、当たり前なんだけど。 ……って、説明したら二人には物凄く微妙な顔をされたけど。
 まぁ、藤ねえに告白した零観さんを袋叩きにするような人たちに可愛がられるっていうのが微妙なのはわかるけどね。 二人ともモテるだろうし。

「姉さんは明日どうする?」
「あぁ、美綴さん達来るんだっけ。
 お姉ちゃんは遠慮しとこうかな。 学校の先生がいても楽しめないでしょ?」

 料理を口にしながら上座に座る藤ねえに聞いてみると、ちょっと考える素振りを見せたものの意外にあっさりとした口調で答えた。
 ……め、珍しい。 藤ねえが遠慮したよ。
 お祝い事といえばタダで美味しいもの食べ放題! ってことで、よっぽどの事情がないと他の用事を投げ打ってでも参加するお祭り体質のくせに、教師みたいなこと云ってる。 まぁ、ほんとに教師なんだけど。
 もしかして、体調が悪い……

「なんて、ほんとは折角のお休みを寝たいだけなんだよねぇ~」

 わけもなく、ビールをくぃーっと呷りながら本音をぶち撒ける藤ねえ。
 というか、一日丸々寝て過ごす気じゃないよね。 さすがにそこまで怠惰に過ごすことはないと信じたいんだけど。
 でも学校の先生業っていうのはそのくらい大変なのかも知れないな。
 しかも藤ねえの場合、こうして家の事情で帰って来てもゆっくりできないことも結構あるんだから、たまの休みぐらいはゆっくりしてて欲しいとも思う。

「わかった、じゃあ姉さんは欠席ね」
「うぅ~……少しは強引に誘ってよぉ~」

 そういって涙目になった藤ねえが巫戯けてあたしに抱きつきながら、しな垂れ掛かってくる。 来たいのか来たくないのかどっちなの。 もぅ、面倒臭いなぁ~。


「そうですか、タイガが来れないとは残念ですね」

 家に戻って寝支度を終えたあたしはセイバーと一緒に寝ていたんだけど、藤ねえが明日来れないことを知ると、あたしを抱きしめながら残念そうに眉根を下げた。 とはいえ、ほんの微かではあるものの口元を綻ばせていたのを、あたしは見逃さなかったけど。
 大方料理を独り占めできるとか考えてるんだろう。 何しろこのままなら明日はランサーも来ないかも知れないんだから、大食いライバルが誰もいないことになる。

「うん、だから明日はちょっと人数少ないかも知れないんだ」

 とはいえ、料理が余るということはないだろうし、突然イリヤが来たとしても朝までに連絡ができなかったとしたら、彼女の事だ、自前で何か持って来るんだろう。

「イリヤスフィールが心配ですか?」
「え!? あ……うん、まぁね」

 あたしの顔を見つめながら優しく微笑むセイバー。
 その微笑はいつものお姉さんスマイルで、あたしの不安を和らげようとしてくれているかのようだ。

「確かに連絡がないのは気になりますが、気を揉んでばかりいては折角のパーティーを楽しめませんよ」
「そうだね、みんなにも気を使わせちゃうし、案外パーティーの最中にひょっこり現れたりするかも知れないよね」
「はい」

 そういってセイバーはあたしを抱きしめ、頭を撫でてくれた。
 凛にもそうだけど、セイバーにも心配かけてちゃ折角のパーティーが台無しになっちゃうか。 見た目だけでも元気に振舞わなくっちゃいけないな。


「かんぱーい!」

 そしてパーティー当日。 今日は街に遊びに出る事もせず、終始衛宮邸で遊んで過ごす事になっていた。
 綾子達は昨日も遊びに行ってるからお小遣いの関係でお金がかかるのは嫌だったろうし、あたし達としても途中でイリヤが合流するかも知れないということを考えると、あまり場所を変えたくないっていうのもあるからだ。

「うわぁ~、わたしシャンパンって初めて。
 思ったより飲みやすいんだね」
「あたしも初めてだ。
 結構炭酸キツイね。
 これだと一杯でお腹いっぱいになりそう」

 あたしと由紀香はシャンパンを飲みながら感想を言い合う。
 由紀香はグラスに入ったシャンパンを珍しそうに眺めていたが、あたしは一口飲んだだけで口からゲップが出そうになってしまった。
 飲んでから思い出したけど、そういえばあたしはシャンパンに限らず普通の炭酸飲料だって苦手なんだから、シャンパンは遠慮して置けばよかった。 ……苦いし。

「じゃあ、こうしなさい」

 そういって凛があたしのグラスに掌サイズの泡だて器のようなものを入れて、くるくると回しながら炭酸を抜いてくれる。

「ありがと」
「どう致しまして」

 あたしがお礼を云うと、凛は手の中の泡だて器を水の入ったグラスに戻した。
 凛の説明によるとこれはシャンパンの泡抜き用のもので、海外なんかではゲップをしたくない淑女が使うものらしい。 なんかお洒落だ。

「あ、飲みやすい」
「そ、良かったわね」
「なーなー、ゲームしようぜー」

 あたしが再びシャンパンに口をつけると、まだ始まって十分と経っていないというのに、あらかたの料理に手をつけた楓が四つん這いになりながらTV台からゲーム機を引っ張り出して誘ってきた。
 まぁ、こういうパーティーの食事はスナック菓子みたいな感覚で、食べたい時に食べるだけで食事に集中するってものじゃないからいいんだけど、相変わらず落ち着きがないな。

「負け抜けで、勝った人間の商品は詩露を抱っこできるってのでいくよ!」
「「やる! (やります!)」」
「……え?」

 なんでかあたしの了承なしに勝手に賞品にする楓。 しかも、みんな乗り気だし。
 まぁ、あたしは別にいいんだけど、どうせだったらもっと楽しいことにすればいいのに。

 結局あたしは綾子かセイバーに抱っこされながらゲームを見ている事になったんだけど、あたしの順番になるとなんでか二人とも本気になっていた。

「だって、藤村に負けたら誰も抱っこできないじゃないか」

 そんな理由で本気にならないで欲しい……。 大人気ない。
 とはいえ、直感を持つセイバーと、ゲームに慣れている綾子に勝てる筈もなく、勝負はほとんどが二人の一騎打ちという感じで、白熱したものになった。
 あたしは普段それほどゲームはしないんだけど、間近で二人の勝負を見ていて珍しく興奮してしまった。
 やっぱりこういうのは上手い人がやってるのを見るのが面白いな。
 二人に本気になられると、あたしなんかあっという間に負けちゃうし、凛なんかは操作を間違えてばかりでゲームそのものが成り立たなかったりしてる。

 そして、日も暮れ始めた頃、最後のイベントとしてプレゼント交換をすることになった。

「うわ、可愛い……」
「あ、それわたしが作ったんだよ。
 よかったー詩露ちゃんに当たって」

 それぞれのプレゼントに番号をつけて、くじを引き、引いたくじの番号のプレゼントが貰えるという仕組みだったんだけど、あたしが引いたのは由紀香のプレゼントだったらしい。
 プレゼントは手作りのエプロンとランチョン・マットでどちらもチェック柄で、縁にレースがあしらってある可愛いデザインのものだった。

「せっかく作ったんだから使って欲しかったし、詩露ちゃんならお料理上手だからぴったりだね」
「うわぁ~凄い手が込んでる。
 大変だったんじゃない?」
「うん、でも楽しかったよ」

 そういってほにゃっと笑う由紀香だったけど、これは正直もらうのが悪いんじゃないかと思うほど手が込んでいる。 あたしも手先は器用なつもりだったけど、由紀香には敵わないな。

 ちなみに、あたしが選んだ物は高いものではないんだけど、骨董屋で見つけたペーパーナイフできちんと聖別をして強化を施した、簡単な魔除けにしてある。
 本当はオニキスかサファイア、もしくはジルコンといった宝石で効果を高めたかったんだけど、さすがに宝石は値が張るし、一人だけそんな高価なものを送っても相手も困るだろうということで、代わりにランサーとバゼットから教わったスルス(魔術)のルーンで効果を高めてみた。
 これを作るには、小指を切って血を擦り込まなくてはいけなかったので、プレゼントの内容を内緒にしていたあたしは、翌日絆創膏をしていてみんなに不審がられたけど。

 ちなみに、あたしのペーパーナイフは楓に当たっていて、古い物が好きな楓は凄く喜んでくれていた。


 そしてパーティーがお開きとなり、綾子達を送りだした後桜と一緒に洗物をしていると突然背後からセイバーに抱きしめられた。
 え? 何これ? 襲われてますか、あたし?

「セ、セイバー?」
「動かないでください」

 恐る恐る振り返ってセイバーを見てみると、彼女は真剣な表情で辺りを伺っていた。
 隣を見るといつの間にやって来たのか、ライダーも桜を抱き上げながらあのボンテージに眼帯という臨戦態勢になっている。

「どうしたの二人とも」
「サーヴァントの気配です」
「え!?」
「まだ敷地外のようですが、この気配は油断なりません」
「サクラも、いざとなったら即離脱します。
 しっかり掴まっていて下さい」

 セイバーとライダーがそれぞれのマスターに注意を促しつつ、慎重な足取りで居間に移動すると、それまで霊体化していたアーチャーも既に実体化して聖骸布にボディーアーマー、白黒の双剣を構えた格好で凛を背中に庇うようにしながら庭に面した窓を睨みつけていた。

「凛……」
「あぁ、来たわね。
 セイバーが前衛、アーチャーが後衛、ライダーはそのまま桜を抱えて真ん中ね。
 相手が仕掛けてきたらライダーは即離脱。 いい?」

 凛の指示にあたしを含めた全員で頷く。 と、タイミングを計ったかのように家の結界が侵入者の来訪を告げる、鳴子のような音を立てた。
 久しぶりの実戦の空気にあたしも緊張しながら回路を起動して、宝具の投影準備をする。 用意する設計図は剣や槍と様々だが、殆どは射出するつもりで魔力放出の準備も同時に行う。
 そして鎧を纏ったセイバーを先頭に庭に出てみると、そこには信じられない物が存在した。

「こんばんわ皆さん」

 その優雅なお辞儀はまるであの日の夜の再来だった。

「わたしはユスティーツァ・フォン・アインツベルン。
 新たな大聖杯となるべく生み出された者」

 脇には石から削り出した大剣を手に控えるバーサーカー。

「そして、遠坂に領地争いを仕掛けることを告げるメッセンジャーです」

 そこまで告げると、バーサーカーが肩に担いでいた荷物をあたし達に向かって放り投げる。
 それはドサッっという重い音と同時に水溜りに足を踏み入れた時のような水音を立てた。

「う……ぐぅっ…………」
「イ……イリヤッ!!」

 バーサーカーの投げたもの。 それは血に塗れたイリヤだった。
 あたしは急いでセイバーの脇を抜け、イリヤに駆け寄り膝をついて様子を確かめたが、イリヤは苦しそうにしてはいるものの浅い息をつきながらもかろうじて生きていた。
 慌てて傷の様子を解析してみると、特に深い傷も致命傷となるような傷もなく、あたしは安心して溜息を一つ衝いた。 その瞬間──

「──射殺す百頭(ナインライブズ)」
「────え?」

 それまで無言で佇んでいたバーサーカーが呟くように声を発した後、あたしの身長の倍以上はありそうな大きな弓を引いてあたし達に向けて放った。
 話せない筈のバーサーカーが話したこと、剣を振り回すだけの筈が弓を番えている事に、あたしは驚きのあまり呆然としてしまいながら迫り来る九閃の光の矢を見つめながら、竦んだように身動き一つ取れなくなっていた。



[1095] 『剣製少女/固有結界 第二話 2-5』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:01650aa4
Date: 2008/03/04 11:59
「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)――――!」

 いつの間に立ち位置を変えたのか、アーチャーが七枚の光る花弁を掲げながらあたし達の前で一身にバーサーカーからの攻撃を受けていた。

「セイバー攻撃!」

 あたしがイリヤに覆い被さってバーサーカーからの攻撃の余波を庇っていると、背後から凛の鋭い声がセイバーに掛かる。
 セイバーもその声に瞬時に反応するが、あたしの脇まで来た瞬間、その足を止めてあたしとイリヤを抱えて一足飛びに後方へ飛び退った。


『剣製少女/固有結界 第二話 2-5』


「あら、本当に勘がいいのね。
 そのまま飛び込んでくれれば、アーチャーの弓で仕留められたのに」

 小さい頃のイリヤそっくりの姿で腰に手を当てて不適に微笑むユスティーツァ。
 あたし達がいた場所には細身の剣かと勘違いしそうな、大きな矢が突き刺さっていた。
 つまり、狙われたのはあたしってことか。
 イリヤと違って、ユスティーツァはサーヴァントだけでなく、そのマスターを狙うことに躊躇いがないようだ。

「ま、今回は挨拶みたいなものだから、これで失礼するわ。
 そうそう、これはわたしからの招待状よ。 受け取って頂戴」

 ユスティーツァは懐から一通の封筒を取り出すと、短剣に突き刺してこちらに向けて投げて寄越した。
 投げられた短剣はアーチャーの足元に刺さり、アーチャーはそれを封筒だけ抜き取って短剣をあたしの足元に向けて投げて寄越す。

「これって……」

 普通、こういう時って短剣は相手に向かって投げ返すものなのに、あたしに向かって投げたことに違和感を感じて見てみると、その短剣はつい先程、プレゼント交換で楓に当たった筈のペーパーナイフだった。

「なかなか良い趣味ね、シロ。
 今度わたしにも何かプレゼントしてくれると嬉しいな」

 それだけを云って、ユスティーツァはバーサーカー……いや、アーチャーに担がれて、家の塀を飛び越え姿を消した。


 家の居間に場所を移して、あたしがイリヤの治療をしている間に件の手紙は凛の手によって開封され、中身を確認された。
 曲がりなりにも魔術師が寄越した手紙。 変なトラップでもあった場合対魔力の低いあたしなんかが開けては危ないし、セイバーだと高すぎる対魔力で手紙に何か仕掛けがあった場合、文章そのものが失われるかもしれないとの考えから、凛が自ら名乗りを上げての開封だった。

「──やってくれるじゃない」

 読み終わった凛は忌々しそうに手紙を握りつぶして、歯の間から搾り出すように声を出しながら怒りに震えている。

「なんだったの?」

 イリヤの傷に包帯を巻き終えたあたしの問いに、手紙を手渡しながら凛は答えた。

「綾子達を人質に取られたわ」
「美綴先輩が!?」

 凛の言葉に驚きの声を上げる桜。 そういえば、桜は綾子と仲が良かったっけ。

「交換条件はマスター権限と冬木の管理権限の譲渡。
 今夜の十二時までに回答がない場合、拒否したものとして綾子達は殺すそうよ」

 残り時間は五時間ほど。 それまでに答えを決めて、手紙に書かれた場所まで来いということか。 それにしても、

「殺すって……」
「どうするのです、リン」

 あたしは当然助けに行くつもりだし、セイバーも表情からそのつもりのようだが、凛はあたし達とは立場が違い、管理者(セカンド・オーナー)としての判断を迫られる。
 普通の魔術師だったら、友人を見捨てて協会にでも連絡するのかも知れない。
 あたしと、多分セイバーも凛がその判断をしたとしても責めるつもりはない。 なにしろ冬木という土地は日本でも有数の霊地。 根源を目指す真っ当な魔術師であれば、そうそう手放すというわけにはいかないのだから。

「どうする? 私が”遠坂”である以上、売られた喧嘩は倍返しにしてやるまでよ!
 しかも人質をとるなんて舐めた真似までしてくれて、どうなるのかわからせてやらなきゃね」

 そういって不敵に笑う凛は、聖杯戦争でアーチャーを呼び出したあの日の夜のように自信に満ちていた。
 思わずあたしとセイバーは顔を見合わせて大きく頷いてしまう。 多分セイバーも心の中では同じことを思っていた筈だ。 ”さすが遠坂 凛”って。

「意気込みは買うが、状況はかなり不利だぞ」
「なに、アーチャー。 戦う前から降参?」
「例え貴方が戦意を喪失しているとしても、私一人でも彼の者を打倒してみせましょう」

 弱り顔のアーチャーを凛が揶揄すると、すかさずセイバーが名乗りを上げる。
 頼もしいことこの上ないが、こういうところがセイバーのカリスマの所以なんだろう。

「いや、私はともかく、君とライダーにとってヘラクレスは天敵といってもいいだろう」

 そういってアーチャーは先程ヘラクレスが使っていた弓を投影する。

「なっ!?」
「どうしたのイリヤ?」
「え、い、いえ、何でもないの。 ちょっと傷口が……」

 突然大声を上げたイリヤが脇腹を押さえる。
 さっき見た時はそれほどでもなかったけど、何かの概念武装で傷つけられてたのかな?

「大丈夫?」
「ええ、ちょっと痛みがぶり返しただけだから続けて」

 あたしが心配して手を出しかけたところで、イリヤに苦笑いで首を横に振られる。  無理しないで欲しいんだけど……。

「ふむ。 先程奴が使っていた”射殺す百頭(ナインライブズ)”という技は、何度首を断ち切ろうが蘇生する九頭の大蛇を殲滅した時に使用したものだ。
 しかもこれは対幻想種用の技で、ライダーの真名を考えれば本人は元より、宝具の使用すら困難になるだろう。
 そして、竜の因子を持つセイバー。 君も例外ではない」

 アーチャーの指摘に一瞬にして一同が黙り込んでしまう。
 確かにライダーの真名メデューサは蛇の化身。 宝具である騎英の手綱(ベルレフォーン)は幻想種である天馬を召喚するもの。
 セイバーにしても、最高ランクとはいえ竜という幻想種の因子を持っているわけだから、どちらにしても相性が悪い。
 元からヘラクレスは、十二の試練(ゴッドハンド)の所為で倒すには困難なサーヴァントだったけど、それがアーチャーとして呼び出されたことで更に困難になってしまった。 でも……

「アーチャーがギルガメッシュの鎖を投影すればいいんじゃないの?」
「え!?」

 あたしの言葉になんでかイリヤが驚く。

「いや、それは不可能だ。
 私が投影できるのはあくまで武具。 例え奴の鎖を投影したとしても、その特性までは投影しきれないだろうから、ただの頑丈な鎖になってしまうだろう」

 あ、そっか。 あたしとアーチャーの投影は別に万能じゃない。
 刀剣類に特化していて、防具だったらなんとかなるっていう程度だ。 いくら便利な宝具だからといって投影してもそれは形だけ、内包する神秘は一切再現できないんだっけ。

「全く、私の説明でなにを聞いていたのだ」
「ご、ごめん。 つい、うっかりしてた……」
「戦場ではその一つの間違いが死に繋がると何度も説明しただろう。
 特に自身の武器は完全に把握しておく必要がある。 忘れるな」
「はい」

 ……って、つい道場で訓練していたときの感覚で、受け答えしちゃったよ。
 見慣れないものを見たからか、セイバーを除く面々はあたしとアーチャーのやり取りに一瞬ポカンとしてしまっていた。

「ん、うん。 あ~……それで、そこまでわかってるからには、何か勝算があるんでしょ?」
「ある。 というか、これしかないと思っているのだが」

 咳払いをして場の空気を切り替えた凛がアーチャーに作戦を聞くと、今度は聖剣の鞘を投影した。
 彼自身は生前鞘の存在に気付きはしたものの投影はできなかったらしいが、あたしが投影したことで今では彼自身も投影できるようになっている。

「全員分の鞘を投影して防御を完全にする。 これだ」
「う……嘘」
「どうしたのイリヤ?」
「え、う、うん。 ちょっと、驚いただけ」

 なんで? というか、何に驚いたんだろ?
 あたしがそうイリヤに聞こうとした瞬間、それを遮るようにセイバーからラインを通じて声が掛けられる。
 その内容は信じられないものだったが、彼女の指摘に従って確認すると、確かにセイバーの云う通りだった。 なるほどね。

「ところで、キャスターはどうする?」
「正直手伝ってくれると助かるけど、身重の彼女に無理はさせられないわ。
 連絡だけして気をつけるよう注意しておくしかないわね」

 それを聞いたアーチャーは早速連絡をしてくる事を告げ、席を外した。
 あたしとセイバーはそれを見て頷きあい、丁度良いのでイリヤに話しかけることにする。

「イリヤ。 なんでアインツベルンはいきなり領地争いを仕掛けてきたの?」
「何でも何も勝算があったからっていうのが大きいけど、一番の理由はやっぱり根源に至るためでしょうね。
 元々冬木の聖杯戦争は御三家といわれる家が協力することで、開始するための条件を整えたわけだけど、今のアインツベルンだったら霊脈として優れた土地さえあれば、聖杯戦争は始められるのよ」

 そう、元々冬木の聖杯戦争はアインツベルンが大聖杯と聖杯を。 マキリ(現 間桐)が令呪を。 そして遠坂が霊地を用意することで始められたものだ。
 しかし、前回の聖杯戦争でイリヤは大聖杯に頼ることなく、しかもアインツベルン製の令呪を使ってバーサーカーを召喚している。
 つまり、聖杯戦争を再開させるには、後は霊地さえ手に入れれば可能ということだ。
 勿論、大聖杯製作にあたっては遠坂の大師父”キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ”も立ち会っていたわけだけど、その時の記憶はイリヤも有していたことを考えると、今は必要ないってことなんだろう。

「だからって相談もなくいきなり領地争いを仕掛けてくるなんてね」

 怒りというより、呆れ顔で溜息をつく凛。
 確かに相談もなく力任せに領地を奪おうなんて、アインツベルンは今だに聖杯戦争の延長で物事を考えてるんじゃないかと疑ってしまう。
 しかし、彼女に云わせると、

「当然でしょ? どうせ話し合いで大聖杯を作ったところで、前の聖杯戦争の初回と同じ。 マキリが居なくなったといっても、遠坂とアインツベルンで聖杯の取り合いになるんだから、それなら領地争いに持ち込んで聖杯だけでなく領地を手に入れれば、今回失敗したとしても確実に次に繋げられるじゃない」

 まぁ、確かに彼女の云うこともわからなくはないんだけど、だからといっていきなり……しかも人質を取って戦争を仕掛けるなんて乱暴な。

「ところで、ランサーはどうなったのです?
 連れていないという事は……」
「ダメ、アーチャーにやられちゃったわ」

 イリヤによると、大聖杯、もしくは聖杯として協力するよう云われたイリヤだったが、それを拒否するとアーチャー(ヘラクレス)が現れ、力ずくでも協力してもらうと脅されたそうだ。
 当然イリヤも黙ってやられるつもりはなかったので、ランサーを呼び出して時間を稼いでいる間になんとか逃げ出したが、ランサーはそのままヘラクレスによって倒されてしまったそうだ。

「まぁ、相手が悪かったとしか云えないわね」

 なんて、意外にあっさりと云うイリヤ。 まぁ当然か。
 ちょうどその時アーチャーが戻ってきたが、その表情は芳しくなかった。

「どうしたの?」
「先手を打たれていた。
 向こうは既にキャスターの傍に監視を置いて、行動を制限しているらしい」

 アーチャーによると、当初アインツベルンはキャスターの知識を手にする為に、彼女と周りの人間に手を出さないことを条件にアインツベルンへの協力を要請したそうだ。
 だが、キャスターは凛と交わした契約を理由にそれができない事だと説明すると、監視の為のホムンクルスを置いてこちらの陣営に協力しないよう告げて去っていったらしい。

「幸いここにいるのは遠坂 凛、遠坂 桜。 そして凛の弟子である貴様だ。
 ”遠坂の一族に危害を加えない”という一文に抵触することを理由に、向こうへの協力だけはなんとか拒むことができたというわけだ」
「そ。 まぁ、今彼女に無理されて、お腹の中の子に何かあっても困るから、向こうの陣営に無茶なことさせられてないんだったら、それでいいわ」

 凛としてもキャスターのお腹の子が心配だったのか、当面の心配がなくなったことに安心していた。
 キャスターはそろそろ妊娠七ヶ月。 お腹も大きく目立ってきたし、普通の妊娠とは条件が違いすぎる。
 もしかしたら、十月十日で出産に至らないかもしれないし、安定期も違うかも知れないから、なるべく安静にしてて欲しいというのがあたし達の総意だ。

「ねぇ、それよりも……」
「あ、待ってイリヤ。 イリヤはアインツベルンから逃げた時バゼットと合流しなかった? あたしバゼットにイリヤのこと見てくるように頼んだんだけど」
「え? あ、あぁ、あの伝承保菌者? お城では見なかったわよ?」

 そっか。 じゃあバゼットはアインツベルンでの騒動に巻き込まれなかったのかな?

「じゃあ、伊藤は? イリヤと一緒に行ってた筈なんだけど、帰ってないんだよ」
「え? あ~イトウね。 彼も見なかったわよ。
 途中で逸れたんじゃない?」

 そう彼女が云った瞬間、セイバーが不可視の剣を喉元に突きつけあたしが一気に飛び退ると、代わりにアーチャーが前を塞ぐように体を割り込ませて干将を彼女の胸に突きつけた。
 凛は片手を翳して威嚇の姿勢をとったまま、

「はぁ、そういうことか。 アンタが帰ってきてすぐ、詩露に抱きつかなかった時点で怪しいと思うべきだったわ」
「え~っと、これってどういうこと?
 みんな悪巫戯は……」
「伊藤っていうのはあたしと凛のクラスメート。 当然イリヤと一緒になんか行ってないし、女の子だよ」

 あたしの言葉に自分の失態に気がついたのか、イリヤに扮していた彼女は自嘲ぎみに大きな溜息をついた。



[1095] 『剣製少女/固有結界 第二話 2-6』
Name: 阿蘇6◆f970a791 ID:00645682
Date: 2008/04/24 14:58
「で、アンタはユスティーツァの仲間ってことでいいの?」
「仲間じゃないわ、本人よ」

 セイバーとアーチャーに身柄を抑えられているというのにユスティーツァは全く動じることなく、わたしの言葉に答えた。 この娘、もしかして自分の立場わかってないじゃないでしょうね……。


『剣製少女/固有結界 第二話 2-6』


「ならさっきの小さい方はどうなの?
 あっちもユスティーツァって名乗ってたけど?」
「あっちもわたし。
 そんな事より、どうするの?
 ほんとに友達を助けられると思ってるの?」

 謎掛けのつもりなのか、こっちに揺さぶりをかけてるつもりなのか、ユスティーツァはわたしの質問に答えることなく、逆に質問を返してくる。
 ほんの僅かでも不審な動きを見せればすぐにでも首が飛ぶか、心臓を刺されるというのに、ユスティーツァはそんなこと問題ないと云わんばかりに余裕の態度を崩さない。 なんかムカツクわね。

「そっちこそ今のうちに謝ったほうがいいんじゃない?
 アヴァロンを使えばいくらヘラクレスの宝具が強力といっても、勝負にならないことぐらいアンタでもわかるでしょ」
「確かに全員がアヴァロンを使えるっていうのは予想外だったけど、こっちにはまだ人質が……」
「見苦しい真似はやめなさい、ユティ」

 ユスティーツァの言葉を遮るように全く同じ声音で、居間の入り口から声が掛かる。
 驚いて振り返ってみると、鍔の広い帽子を被って白いロングコートを纏ったイリヤが、腰に手を当ててユスティーツァを鋭い視線で見つめていた。

「お姉さま……」
「お帰りイリヤ」
「ただいまシロ」

 ユスティーツァはイリヤの姿を呆然と見つめた後、叱られたことに腹を立てたのか唇を引き結んで俯いて、先程までの勢いは何処へ行ったのか急にしおらしくなって黙ってしまった。
 対して詩露はイリヤの無事を確認できてホッとしたのか、あの娘にしては珍しく自分からイリヤに抱きついて、イリヤも嬉しそうにシロを抱き返した。

「ユティ、アインツベルンとも在ろう者が領地争いに神秘に関係ない者を巻き込むなんて恥ずかしいことなのよ?」
「だって……」
「だってじゃないの。 確かに魔術師である以上いかなる犠牲も厭わないというのはわかるけど、こんなやり方したら神秘が漏洩しちゃうじゃない。
 今ならリンだって許してくれるだろうし、謝るのが恥ずかしいなら私も一緒に──」
「お姉さまの意地悪! もぅ知らない!!」

 厳しい目でユスティーツァを睨みつけ、かなり強い口調で諭していたイリヤだったが、最後は宥めるように優しく声を掛けたというのにユスティーツァは癇癪起こした子供のように叫ぶと、そのまま気絶してしまったのか完全に脱力して後ろに倒れこんだ。

「あ! ……全くあの娘ったら逃げたわね」
「どういうこと?」

 突然ユスティーツァが気を失った事に驚きつつもイリヤに確認してみたが、彼女は特に驚いた様子も見せずに呆れたように溜息をついていた。


「ね、ねぇイリヤ。 そろそろ離して……ひゃ、ん」
「なによ~。 さっきはシロの方から抱きついてきてくれたくせに~」

 ユスティーツァが倒れた後、イリヤはユスティーツァの体になんらかの魔術を施すと、乱暴にユスティーツァの体を隣の和室に放り投げた。
 その扱いがあまりにも粗雑だったので、見ているこっちが驚いたほどだ。

「それにしても、今度は本物でしょうね?」
「う……ん! 間違いないよ」

 イリヤの手が妙な所を触ってくるので変な声が出ちゃったけど、なんとか平静を装って凛に答える。

「よくわかるわね、アンタ。
 わたしには全然区別がつかないわ」
「愛だよね~、シロ。
 お姉ちゃんへの愛で見分けがつくんだよね?」
「いや、こっちのイリヤはあっちの偽者と違ってラインが繋がってるから」

 あまりにも現実的な理由にイリヤはがっくりと項垂れてしまったが、凛はなるほど、と納得していた。
 あたしがさっきセイバーに云われて確認したことというのが、イリヤとのラインの繋がりだった。
 確かに偽者の姿も声もイリヤそっくりだったからあたしも騙されちゃったけど、さすがにラインの繋がりまでは真似できなかったのか偽者とのラインは全くなく、魔術的には一目瞭然だった。 当然セイバーもイリヤとラインが繋がっているので、あたしより先に気付いたという訳だ。

「ちょっとイリヤ、詩露で遊んでないでいい加減説明しなさいよ」

 どんどんエスカレートしていくイリヤを見かねた凛が、助け舟のつもりか半眼で睨みながら声を掛けてくれるが、あたし”で”遊ぶってなに!?

「いいじゃない。 一月ぶりのシロの感触楽しませてよ。
 あぁ~気持ち良い~。 お肌すべすべ、程よい弾力とぞくぞくするぐらい華奢な体。 そして鼻から腰に抜けるような甘い香り。
 んー! 最高ーっ!!」

 あたしの体を撫で回しながらソムリエのようなことを云い出すイリヤ。
 くすぐったいし、恥ずかしいし、気持ちい……じゃなくって、とにかくイリヤはあたしを思う存分堪能しているようだ。 嬉しくないけど。
 それにしても、鼻から腰に抜けちゃいけない気がする。 なんか色々と。

「はぁ、今は時間がないの。 詩露を堪能しながらでもいいから説明しなさい、アインツベルン!」

 家名で呼び捨てられたことにカチンときたのかイリヤも一瞬険しい顔をしたが、凛の剣幕に観念したのか肩を竦めて話し始めた。
 あたしとしては、玩具にされてる状況もなんとかして欲しかったけど、ここでずるずる話しを延ばしても綾子達のこともあるので、ぐっと我慢することにする。

「あの娘、ユスティーツァ・フォン・アインツベルンは私の後継機として生み出されたの。
 もっとも、私の存在はほとんど偶然、奇跡みたいな確率を引き当てた結果だから、あの娘はただのホムンクルスなんだけど、かなり完成形に近いわ。 その代わり……」

 なんでもアインツベルンは、イリヤを成長させた技術とアサシンの”自己改造”の技術を独自に研究。 ホムンクルスに転用することを考えていたそうだ。
 特にアインツベルンの魔術特性は力の流動、転移。 伝来の魔術は物質の練成と創製で、貴金属の形態操作では他の追従を許さないと云われているらしく、かなりオリジナルに近づけただけでなく、ホムンクルスへの転用も実用段階に至ったそうだ。

「そうして生まれたのがあの娘よ。
 あの娘は意識のないホムンクルスを自身の肉体同様に扱えるの」

 元来アインツベルンにはホムンクルスをサーヴァントのように使役する術(すべ)があったそうで、リズさんもそういったホムンクルスに分類されるそうだけど、リズさんの場合イリヤと繋がったことで自我のようなものを得たそうだ。

「でも、あの娘の場合”支配”に特化しているのか、繋がったホムンクルスに自我が生まれることはなかったの。
 そうやって使役したのがさっきの”アレ”」

 といって、襖越しに転がっているイリヤもどきを指差す。

「リンも使い魔を使役することがあるからわかると思うけど、あれをもっと複雑に、精巧に操れるってことよ」
「なるほどね。
 でも自我が目覚めなかったのは、”支配”に特化しているっていうよりはアンタが特別なホムンクルスだからって気もするけどね」
「まぁ、その辺は調べてないからわからないけど、どっちでもいいわ」

 なんて肩を竦めながら投げやりに応えるイリヤ。

「じゃあやっぱり小さい方が本物のユスティーツァだったの?」
「そうよ、あの娘自身は生まれてまだ一年弱だったかな?
 まぁ、私と違って生まれた時からある程度の知識は持ってたけど、まだまだ幼いことに変わりはないわ」

 あたしの言葉に苦笑いで 「そこが可愛いんだけどね」 なんて応えるイリヤ。
 そして、アインツベルンが領地争いを仕掛けてきた経緯やランサーの事なんかはユスティーツァが説明してくれたことと一緒だった。

「じゃあランサーは本当に……」
「えぇ、でも戦って散ったんだから文句はないだろうし、後でまた呼び出すからいいんだけどね」
「へ?」

 思わず漏れたあたしの間抜けな声にイリヤがクスクスと笑っている。

「忘れたの? 私は聖杯に頼ることなくバーサーカーを呼び出したの。
 それに彼の魂はまだ”ココ”に残してあるんだから、触媒さえ用意できればすぐにでも呼び出せるし、記憶の引継ぎも可能なのよ」

 そういってイリヤは自分の胸に手を当てた。
 元々サーヴァントは”座”と呼ばれる場所から呼び出される。
 そして、この世界に呼び出されるサーヴァントは”座”にいる本体とは別のコピーのような存在なので、完全な同一人物を呼び出すことも、また魂が残っていればイリヤとのラインを通じて記憶を共有することも可能だそうだ。
 まぁ、アーチャーに至っては、生前ラインが繋がっていない未来の自分と記憶の共有なんて現象が起こっているんだから、不思議はないんだけど。

「じゃあなんですぐ呼び出さなかったのよ。
 触媒だって、ランサーの当時の持ち物はともかく、現代で使ってた物なら用意できたでしょうに」

 イリヤの言葉に凛が怪訝そうに問いかける。

「あのね、アインツベルンの追っ手から身を隠しながら逃げ回ってて、それどころじゃなかったの。
 バゼットが途中まで一緒に居てくれたけど、彼女も撹乱と協会に報告しに途中で別れちゃったんだから、リンみたいに野蛮じゃない私には極力魔術を使わないようにして、見つからないようにしてなきゃならなかったのよ!」

 と、イリヤにしてはかなり興奮気味に叫ぶ。
 そして暗い目をしてブツブツと呟きながら当時のことを語るイリヤによると、生ごみの中に埋まって隠れたり、牛舎の藁の中に隠れたりとプライドの高いイリヤにとっては数々の屈辱的な思いをさせられたらしい。 可哀想に。

「じゃあバゼットは無事なんだね?」
「多分ね。
 まぁ彼女の事だから今頃協会に報告してるとは思うんだけど、協会が調停役を買って出るとは考えにくいし、精々適当な人間を派遣して神秘の漏洩が起こらないように監視するぐらいが関の山じゃないかしら」

 本当に役に立たないなー魔術協会っていうのは。
 そのくせ、凛の実験失敗の時みたいに何かあればすぐ封印指定をチラつかせて、利権を掠め取ろうとするし。

「それにしても、アインツベルンも落ちたものね。
 領地争いに無関係な人間を巻き込むなんて」
「その考えには賛同したいところだけど、アインツベルンが形振り構わなくなったのはもうずっと前からよ。
 でなければ、アンリマユなんて召喚しようとしなかったでしょうし、切嗣みたいなテロリストを身内に引き込むことなかったんだから」

 自嘲気味に語るイリヤだったけど、確かに云われてみればそれもそうだ。
 爺さん(切嗣)がテロリスト呼ばわりされたことはいい気がしなかったけど、手段と世間の評価を考えればそう称されても仕方がないことをしてきたんだから。

「ところでイリヤ。
 ユスティーツァが連れていたサーヴァント、あれは本当にヘラクレスをアーチャーとして呼び出したものなのか?」
「そうです、私もそれが気がかりでした。
 確かに並み以上の威圧感は感じたのですが、バーサーカーと比べると数段劣ると云わざるを得ない」

 それまで黙って話を聞いていたアーチャーとセイバーは経緯に関して納得がいったのか、早速相手の戦力分析に入ったようだ。
 そして、アーチャーに云わせると、いくら熾天覆う七つの円環が投擲武器に特化した宝具とはいえ、五枚までしか破損しなかったことに納得がいかないらしい。

「私の経験した聖杯戦争でランサーは 突き穿つ死翔の槍で当時のアーチャーの熾天覆う七つの円環を完全破壊して、本人にダメージを与えたといっていた。
 私と奴の違いがあったとしても力量にそこまでの差はない筈なのに、熾天覆う七つの円環だけで射殺す百頭を完全に防ぎきれたことに納得がいかんのだが」

 それを聞いていたイリヤは考え込むように顎に手を当てていたが、眉を顰めたまま首を振った。

「わからない。
 確かにランサーも思ったより手応えがなかったと感じたみたいだけど、あの時は戦闘用ホムンクルスも動員されてたし、単純な力勝負ってわけじゃなかったから……。
 ただ、ランサーは八本の矢は囮で、本命はたった一本だって感じてたみたい」

 ランサーの記憶を探っていたのか、イリヤは随分具体的な答えをアーチャーに返していた。
 とはいえ、それでアーチャーやセイバーの疑問に答えることはできないようだけど。

「まぁ、本来より強いっていうんだったら手に負えないけど、弱いっていうんだったら気にする必要ないんじゃない?
 どうせ作戦に変更はないんでしょ?」
「あぁ、……そうだな」

 納得はいってないのかアーチャーはイリヤの言葉を反芻しながら考え込んでいるようだ。

「じゃあ私はランサーを呼んでこようかな。
 シロ、刺し穿つ死棘の槍投影してくれる?
 あと土蔵も貸してね」
「いいけど、土蔵の魔法陣は召喚陣じゃないんじゃなかった?」
「まぁね、でもあの陣なら私との相性も良いはずだから」

 キャスターに魔術を教わるようになって家の土蔵の魔法陣を確認した所、当初は召喚陣だと思われていた筈のものはなにやら別の物だと判明した。
 アーチャーは死ぬまでこの陣がサーヴァントの召喚陣だと思っていたようでかなり驚いていたけど、実際にはこの陣はアインツベルン製のものらしい。
 確かにそれならイリヤとの相性は心配ないかな。

「──はい」

 あたしが刺し穿つ死棘の槍を手渡すとイリヤは受け取って土蔵に向かって行った。

「まだ考えてるの?」
「あぁ、力を出し惜しみした、もしくは手の内を隠したというだけならいいのだが、戦闘に不確定要素が絡むのは上手くない。
 あらゆる事態に対応するつもりではいるが、予想が立てば対応策も練れるからな」

 イリヤが居間を出て行った後もアーチャーとセイバーは難しい顔をしていたが、あたしはイリヤに撫で回された服を整え、桜はいそいそとあたしの髪をブラシで撫でて整えてくれた。

 しばらくして土蔵から光が溢れ、お馴染みの戦闘スタイルに身を包んだランサーがイリヤを伴って現れ