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[8608] 背徳の炎と魔法少女 ギルティギア×リリカルなのは ViVid編始動
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2013/02/27 21:22
この作品は以下の成分によって構成されています。


・主な話の流れは「魔法少女リリカルなのはシリーズ」です。

・クロスオーバー・再構成ものです。

・この物語の主人公は「ギルティギア」シリーズの主人公でもある「ソル=バッドガイ」です。

・キャラクターの性格は私が解釈したものなので、ソルの性格が納得いかないと思う方がいると思います。
・他の登場キャラクターの性格、立ち位置、物語の展開、その他諸々が納得いかない、もしくは不快、不満、気分を害される可能性がありますのでご了承をお願いします。

・作者の偏見と妄想とソルへの愛によって主人公最強もの。

・GGシリーズ、GG2のネタバレあり!!!

・作者の脳内ではソルと「あの男」の決着とかは既に着いていて、GGのストーリーはとっくの昔にハッピーエンドを迎えていて、だからソルはまた以前のように一人孤独に賞金稼ぎの旅に出ていると解釈して貰えればありがたいです。


・ご都合主義&独自解釈とオリジナル設定あり、ハーレム要素ありなので注意が必要。

・再構成ものである以上、話の展開が気に入らない、面白くないと思う方も多々居ると思います。こちらも読む上でご了承ください。

・気楽に読んでください。

・もし受け入れられそうも無ければ読まない方が吉。

・一度私の所為で感想掲示板が荒れてしまったことを、このSSを読んでくださった全ての方々に深くお詫びします。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 0話 その一 転生した炎
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/10 17:57
背徳の炎と魔法少女



0話 その一 転生した炎


目が覚めると知らない天井が映る。

「…?………此処は?」

見覚えの無い白い天井。

上半身を持ち上げ辺りを見渡す。白を基調をした個室に、化粧台、今俺が使っている上質なベッド(普段利用する、はした金で一泊できるボロい宿のくたびれたベッドではなく)、この個室の出入り口であるドア。

まるで医療施設、そう、自分が入院患者にでもなって病院にいるようだ。

いつもそうするように頚動脈に掌を押し当てて首を回す。ゴキッゴキッと音が鳴る。

「ああ?」

おかしい。何がおかしいと言えば今置かれている状況がだ。

記憶が確かであれば、次の標的の賞金首が潜伏していると予想される町まであと数㎞という処で夜も更け、丁度いい具合に大きな木があったのでそれに登って野宿をしていた筈だ。

病院なんて上等なもの、ここ百数十年利用したことがない。

「何処だ此処は?」

拘束されていない。手足は自由に動く。どうやらまともな待遇を受けているようだ。立ち上がってベッドから降りる。

「?」

違和感。視点が低い。だが何故低いのかいまいち理解できない。

着せられている服装は白い入院着、のようなもの。普段俺が着ている赤いジャケットに白い長ズボンではない。荷物も自分の所持品と思われるものは見当たらない。

この時点で今更ながらに愕然とする。

………封炎剣が、無い。何処にも無い。

若干焦りながら部屋をもう一度見渡す。無い。ベッドの下は………あるわけが無い。

「一体何がどうなってやがる?」

長年連れ添った相棒、数多の敵を共に焼き尽くし灰に変えてきた武器、自身の法力を最大限に発揮することのできる神器。

それが無い。

冗談じゃない。あれが無くても生死問わずの賞金首なんぞは戦闘する上ではどうとでもなるが、封炎剣が無いと色々と困る、手加減し忘れて出力過多で灰になっちまったら金にならんからな。まあ、俺が狙う賞金首ってのは大抵殺されても文句言えないようなことをしてる連中だからな。ハナッから焼き殺すつもりで仕掛ける俺の自業自得なんだが。

大体、此処は何処だ? 木の上で野宿してたら目が覚めると病院みたいな場所の個室で、入院患者の格好させられていて、金目の物はおろか手荷物一つ見当たらない。おまけに封炎剣すら無い。

「………ふざけやがって」

現状の理解不能加減と封炎剣の喪失にイライラしながら、俺をこんな目に遭わせた野郎をどう料理(ウェルダンかミディアムレアか)してやろうかと考えながら改めて部屋を見渡す。

化粧台の鏡に、ガキが居た。いや、正確には映っていた。

「ん?」

そのガキは何処かで見たことのあるガキだった。

……………………………………………………………………………………………………………嫌な汗がこめかみを伝う。

部屋に居るのは俺一人。このガキが法力使いで、鏡の向こうに映って見えるような幻術もしくはそれに近い類の物を使っている訳でないのなら………










『この写真見てよ、旦那の子ども時代』

『…………黙って置いてけ!』










つまり、俺………か?

「ヘビィだぜ………」

言いつつ俺は自身の身体をぺたぺた触る。あの馬鹿から奪還した後灰となった写真と同じ顔と、記憶の奥底から掘り起こした顔―――なんつっても百年以上前の話だ―――と合致する。

およそ4か5歳の肉体年齢と顔。嗚呼、確かに俺の顔だ。

(って何故だ!?)

思わず額に手を当てた。

視界が低い違和感にもすぐに分かった。身長も歳相応になってやがる。

肉体の時間遡行? あのアバズレの能力が何らかの要因を経て俺の身体に作用したのか? それとも俺の記憶だけが過去に遡行を? 有り得ない。そもそもあのクソアマは始末した筈だ。一体どうやって? いや、始末する前のクソアマなら俺に干渉することなら可能と言えば可能だろうが………ダメだ、考え始めるとキリが無い。アレは外そう。

では何だ? やはり幻術の類か? だとしたら一体誰が何時の間に? それともただ単に質の悪い夢をみているのか? だったらとっとと覚めやがれ!

鏡を睨み付けていても目の前の自分が何か情報をくれる訳でも無い。忌々しい、胸糞悪い赤い眼しやがって!

「な………」

そこで気付く。








眼が、赤い。







何故だ? この肉体年齢の俺なら、まだギアに改造されていない。いや、ギアどころか魔法が技術として確立される前の年齢だ。だというのに、禍々しく輝く鏡の中の俺の瞳。

「マジで、何がどうなってやがるんだ………」

答えの出ない問いが脳内をぐるぐる回転しながら俺の理性を追い詰めていく。

混乱した頭は段々とフラストレーションを溜め始め、八つ当たり気味にこの鏡を叩き割ってやろうかという破壊衝動に思考が染まりかけてきた時、個室のドアが開いた。

「あ、良かった。目が覚めたんだね」

入室してきたのは成人した男、年齢は二十台から三十台、なかなか精悍な顔つきで、その足運びと醸し出す雰囲気から、それなりの武術もしくは戦闘訓練を経験していると見える。

これは勘だが、なんとなくこいつはかなりの修羅場を潜ってきたんじゃねぇか?

今の俺からしてみれば、かつての自分を見上げているような気分になる。

俺は意図せずして即座にバックステップして身構える。長年の経験によって身体が勝手に反応してしまった。だが、警戒するに越したことは無い。思考が戦闘のそれに切り替わる。

「誰だテメーは?」

「ああ、そんなに警戒しないでくれると嬉しいな。これでも一応、君を助けた恩人になるんだけど………」

「恩着せがましいな。俺はテメーの顔なんぞ知らねぇ」

「まあ、君はそうだろうけど………なんてたって君は一週間眠ったままだったからね」

「んだとぉ!?」

「驚くのは無理も無いと思うけど、実際こっちも驚いたよ。森の中でやたらとダボダボな格好していた君が妙な剣を持って倒れていたんだからね」

「………」

この男の言葉が信用できるとは言い難いが、今は兎にも角にも情報が欲しい。せめて現状と封炎剣の行方を把握しておきたい。幸いにも今のやりとりで封炎剣の存在は確かなものになったのだから、それを奪還すれは後はどうとでもなるだろう。

「………どういうことか説明してもらおうか」

仕方が無いのでこの男に喋らせることにした。















男(たしか高町士郎と名乗った)の話によれば、こいつはたまに自宅の近くにある森に、自身の弟子である息子と娘を引き連れて戦闘訓練をするらしい。で、訓練の最中行き倒れている俺を発見、あからさまに怪しい格好をした俺をお人好しにもこの病院に搬送したとのこと。で、半日もすれば意識が回復すると高をくくっていたのだが、一向に目を覚ます気配が無いのでさすがに心配していたらしい。

「いやぁ、君が目を覚ましてくれて本当に良かったよ。俺は勿論、俺の家族も皆君のことを心配していたからね」

と言って心から安心したように微笑む士郎。

「そうか、世話になったな。礼を言う」

「何、大したことじゃない。困っている人を見捨てられない質でね」

気にするなと笑う士郎。どうでもいいがこいつは俺の年長者(本来なら俺の方がこいつの数倍生きているが、今の外見上年上ってことになる)を敬わない態度に腹を立てないのだろうか? 普通なら軽く注意をしてもいいだろうに。気にも留めない些細なことと思うならかなりの大物、もしくは阿呆だ。俺が逆の立場だったら拳で黙らせるがな。

「ついでにいくつか聞かせろ」

俺は眼を細めて、若干緊張気味に声を出した。

「何かな?」

俺の態度の変化に気付いた士郎は少し身を乗り出して聞き返してきた。

ついに、俺の存在の根底に関わる部分にメスを入れることになった。士郎の返答によっては、これからの俺の身の振り方が決まってくる。

「ギア、って言葉に聞き覚えは?」

「ギア? ギアってバイクや車のギアチェンジする時のあのギアかい? それとも歯車って意味の?」

「なら法力、いや、違うな、魔法は知ってるか?」

「法力っていうのはよく分からないが、魔法っていうのは御伽噺やファンタジー小説、アニメやゲームによく出てくるあの魔法かい?」

「………いや、知らないならいい。忘れろ」

「?」

「続けるぞ、ジャパンは存在するのか?」

「? ジャパンって、此処が日本だよ?」

何を言ってるんだという表情をされる。

「………士郎はジャパニーズ、じゃない、日本人なのか?」

「勿論そうだけど、それがどうしたんだい?」

「………なんでもねぇ」

真面目な態度からして嘘を言ってるように見えない。

士郎は何故俺がこれらの質問をしたのか分からないという顔をした。

俺の問いに対して士郎は即答した。ギアは存在せず、魔法はあくまで創作物内でのものらしい。そして、聖戦によって吹き飛んだジャパン、違った、日本はちゃんと存在しているらしい。おまけに今俺達が存在している土地がそこだ。

それから俺は質問を続けた。此処が何処なのか? 時代は? 文明レベルは? あれを知っているか? これを知っているか? などなど。俺が知っている世界とこの世界との差異を見出す為に士郎にありとあらゆる質問をした。

士郎は俺が質問する度に腕を組んだり顎に手を当てながら真摯に、それはもう質問している俺が呆れるくらい真面目に答えてくれた。俺が士郎だったら「ごちゃごちゃと訳分かんねーことばっか言ってんじゃねぇ!」とキレるところだが。

俺の士郎に対する評価は「お人好し」から「クソ真面目なお人好し」になった。
















あくまで体感だが、時間にして30分くらい話し込んでいたらしい。

結論から言うと、此処は俺の故郷とは全く違う世界といいうことだ。質問すればするだけ世界の差異が浮き彫りになったからだ。

つまり今俺が居るこの世界は、かつて魔法が技術として確立され、それによってギアが生まれ、人類とギアとの間に勃発した「聖戦」を体験した俺の知っている世界ではないらしい。

要するに別の世界、異世界? 平行世界? それとも並行世界か? どれでもいいが、士郎の言葉を信じるならば、俺が生きた世界ではない。

それを理解した時、俺の心境は複雑だった。

魔法が存在しない、それはギアが存在しないのと同義だ。それは間違いなく良いことだ。もう二度と「聖戦」みたいなものが起きなければ、俺のような存在が生まれてくることもない。

安堵の溜め息を吐くと同時に、落胆が俺の中で波紋となって揺らす。心の何処かで「それでは少し物足りない」という声が聞こえたような気がした。

首を少し振り、気の所為だと思い込む。

それにしても、時空干渉? ワープ? 世界間転移? 一体どんな法術理論を以ってすればそんなことが可能になる?

また頭がこんがらがりそうになって、止めた。

面倒臭ぇ、という俺にとっていつもと同じ思考停止方法だ。

経過は最早どうでいい、ギアも法力も存在しない世界にかつての俺が存在するという結果が理解できた。これからどうするのかはこれから決めればいい。

幸い封炎剣はある。士郎が自宅で預かっているらしい。ついでに俺の服(今のこの身体じゃ着れないが)も。記憶と封炎剣さえあれば、俺が俺である理由は十分だ。

「ところで」

「あ?」

これからどうしようかと考えに耽っていたところだった。

「こちらからも質問してもいいかな?」

「好きにしろ」

散々質問しといて相手にそれをさせない訳にもいかないだろう。

「君の名前を教えてくれないか?」

「俺の名前?」

現状を把握するのに意識を傾けていた為にすっかり失念していた。

しかし、何て名乗ろうか? 本名は………はっきり言って二十数年しか使ってなかったからな。今更本名ってのも………気が乗らない。

だったら、偽名ではあるが俺という存在を百年以上定義付けてきた名前を何時も通り名乗ればいい。

だから俺は、










「ソル、ソル=バッドガイだ」










誇るでもなく、そう言った。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 0話 その二 お人好しは時に人の話を全く聞かない
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/10 17:58
数多の戦場を駆け抜け、あらゆる強敵を薙ぎ払い、常に己の「我」を貫き生きていた俺は、

今、経験したことも無いような窮地に立たされていた。

それは、






「「「「「ソルくん、高町家にいらっしゃい!!!!」」」」」





………つまりは、こういうこった。





俺の目の前に広がる光景は、普段見慣れた荒くれも者が集う酒場でもなければ、いけ好かない小悪党や浮浪者共が蔓延るスラム街でもない。

ましてやテーブルの上は酒の入ったグラスではなく、つまみなんてものも存在しない。

立派な料理だ。しかもやたらと美味そうだ。

テーブルを端から端までぐるっと見渡すと、俺を含めた全6名分の取り皿、湯気を上げるスープ、新鮮な野菜で盛り付けられたサラダ、トマトベース(よく分からん)のスパゲティ、香ばしい匂いでさっきから胃袋と嗅覚を刺激するフライドチキン。

「食べ盛りの男の子なんだから遠慮しないで一杯食べてね♪ あ、後デザートもたくさんあるから」

半ば呆然としている俺に、若い女(士郎の妻らしい、どう見ても二十歳前後にしか見えん。桃子とか名乗ったか)が満面の笑みで楽しそう言う。

助けを求めるように士郎に目を向けると、グイッと親指を立て、白い歯をキラリと光らせる。意味が分からないのでとりあえずぶん殴ってやりたい。

更に視線を巡らすと、少し童顔気味の十台前半の女(士郎の娘の美由希とかいったな)が興味津々といった感じで俺をガン見してやがる。

反対に視線を変えると、こちらは十台半ばで士郎の息子(恭也だったな)は敵意は無いが決して友好的ではない、若干の警戒心を込めた目で俺を見返す。お前の反応と視線は正しいものだ。安心しろ。おかしいのはお前以外の全員だ。

そして、観念したように隣の席に座るガキを見る。

なのはとかいったな。玄関入っていきなり「高町なのはです! よろしくおねがいします!!」って自己紹介してきやがった。

そいつは、何がそんなに嬉しいのか可憐な花が咲くようなニコニコ笑顔を浮かべて、それでいながら俺の動きを何一つ見逃すまいと視線を完璧にロック。悪意は無いんだろうが、こんな純真無垢な眼に長時間さられたことが無いのでどうにも居心地が悪い。

胸中で溜息を吐くと、答えが出ない問いを己に問いかける。

(なんでこんなことになってんだ?)




「もしかしたらと思っていたんだけど………ソルくんにご両親は居るのかい?」

俺が名前を名乗ってからの士郎の言葉だ。

「居る訳無ぇだろ」

質問に込められた意味を考えずに即答し、士郎の息子が昔使っていた服(俺が何時目を覚ましていいように準備してあった)に俺は着替えていた。

「………居る訳無い、か。そうだね。君の両親や親類が捜索願を出しているんじゃないかと思ってこちらも出来る限りのことをしていたつもりなんだけど………すまないな」

「気にすんな。そもそも俺はハナッから一人だ。親なんて顔すら碌に覚えてねーよ」

「!? じゃあ、君はずっと一人で生きてきたのかい?」

「まあな」

「そんな………こんな子どもが、一人で?………」

深刻そうにぶつぶつと独り言を吐いている。致命的にまで何か勘違いされているような気がするが、そんなことは些細なことだ。今はとにかく封炎剣の確保だ。

「おい、此処にはもう用は無ぇんだろ?」

「あ、ああ。ソルくんは一週間も目を覚まさなかったがそれだけだって聞いたよ。君が寝てる間に簡易の検査が行われたみたいだけど肉体的には全く問題が無い、むしろこれ以上ない健康体らしいからね。本来だったら起きた後に改めて精密検査を受けてもらうのがいいんだろうけど、お医者さんが言うにはその必要も無いみたいだし」

「なら構わねぇ、検査なんてもんは鬱陶しいだけだからな。行くぞ」

「え? 行くって何処へ?」

「寝ぼけてんのかテメーは? 俺の荷物がテメーん家にあるんなら、答えは一つだろうが」

借り物のスニーカーの履き心地を確かめながら俺は病室を出る。その後を慌てて士郎が着いてくる。

「ちょっと待ってくれソルくん! 君はウチで荷物を取り戻してからどうするつもりなんだい?」

「安心しろ。テメーん家で厄介になろうなんて厚かましい考え無ぇよ、荷物さえ返しても貰えりゃ、後は金輪際迷惑がかかんねーように何処へなりとも消えてやる」

清潔感溢れる廊下の真ん中を歩きながら、士郎の質問に答える。

時折、幾人もの入院患者や看護師とすれ違う。

「消えるって………君はこれから、いや、むしろ今までどうやって生きてきたんだい?」

「何度も同じこと言わせんな。今まで一人で生きてきた、そしてこれからも、それだけだ」

「………」

士郎が黙り込む。何か考え事をしているようだが、どうでもいい。

かなり規模のでかい病院のようだ。イマイチ出口が分からない。立ち止まって士郎に向き直る。

「おい、この病院の出口とテメーん家何処か教えろ。そうすりゃ全てが終わる」

「………なあ、ソルくん」

「あ?」

急に神妙な態度になる士郎。

「ウチの子に、ならないか?」

「………何言ってんだ?」

言われた言葉の意味を反芻しながら聞き返す。ウチの子になれ、ってことは養子になれってことか?

「正気か?」

「そこは本気か、と言って欲しかったが、生憎俺は正気だし本気だよ」

「見ず知らずの俺を引き取るってか?」

「そうだ」

「馬鹿馬鹿しい」

俺は切り捨てると、踵を返して再び歩き始める。士郎を置き去りするように、先程よりも早足で。

その後を士郎がしつこいくらいに食いついてくる。

階段を見つけたので降りる。

「悪い話では無いと思うんだよ。君が今までどんな風に過ごしてきたは知らないが、引き取り手の無い君をこのまま一人にしておく訳にはいかない」

「世話になったのは違いねぇが、そこまでされる義理が無ぇ」

「義理とか、感謝して欲しいとかそんなんじゃないんだよ。俺がそうしたいからそうするんだ」

「ご苦労なこったな」

聞く耳持たずな態度で階段から受付ロビーまで移動する。

規模が大きい病院の受付ロビーというのは人が多い。それなりに繁盛しているようだ。俺は出入り口である自動ドアを見つけると即座にそれを潜る。

「頼むよソルくん、俺の話をちゃんと聞いてくれ。俺の家族も皆賛成しているし「しつけぇな」……!」

俺はいい加減士郎を鬱陶しく思いながらゆっくりと振り向いた。

「さっきから聞いてりゃテメー何様だ? 助けてもらったことには感謝してるが、俺がこれからどうしようとテメーに関係無ぇだろうが。それとも何か? 自分が助けたんだから、俺の生殺与奪は自身にあるとか思ってんじゃねぇだろうな?」

「俺はそんなつもりじゃ」

「なら、何のつもりだ」

「………君を放っておけなくて」

「それこそありがた迷惑だ。テメーが純粋な親切心で言ってんのか、何か打算的なものがあるのか知らねぇが俺にとってはそんなこたぁどうでもいい。俺は俺のしたいようにする。誰の指図も受けねぇ」

「………」

言いたいことを言い終えてすっきりすると、俺は晴れ渡る青い空を見上げた。

そこには眩しく光り輝く太陽と白い雲。この世界が俺の知らない世界であろうと、人が繁栄している世界でこの光景は何処も変わらないらしい。そんなことに安堵の溜息をついて、全身で大きく伸びをしてから首を回す。

封炎剣を回収したら、まず初めに今の肉体と法力がどの程度のものなのか確かめる必要があるな。瞳が赤いので身体がギア化してるのは間違いないが、ヘッドギア無しだというのに苦痛とか頭痛とか破壊衝動とかギア細胞の浸食とか今のところ無いので、そのことについても詳しく調べる必要がある。

「あ~な~た~!!!」

俺は一人黙々とこれからのプランを構築していると、若い女がこちらに大きく手を振りながら走って来る。

「桃子!! 丁度良いところに!!」

先程の俺の言葉で項垂れていた士郎は、パッと表情を明るくさせるとその桃子と呼んだ女を手招きし、ぜぇはぁぜぇはぁと息を切らせながら女は俺達の前までやってくる。

「やっぱり、私の、勘は、当たったわ、今日、目が覚めるんじゃないかと、思ってたんだから」

俺のことか? だからって慌てて走って来る必要無いと思うが。

「こんにちわ、初めまして。私は高町桃子、よろしくね。貴方の名前を教えてくれる」

「………ソル=バッドガイだ」

「ソル=バッドガイ………ソルくんかぁ………格好良い名前ね♪」

士郎と同じ性、ってことはこいつら家族か。

「ところで士郎さん、この子のご家族は?」

「それが残念なことに彼は身寄りの居ない天涯孤独らしいんだ。話を聞くと、今までたった一人で生きてきたらしい」

「………そうですか。それは可哀想に…………でも丁度良かったかしら」

「丁度良いってどういうことだ?」

俺の疑問に桃子は答えず、俺に視線を合わせる為に屈んだ。

「ソルくん、これからは私のことを『お母さん』って呼んでね。あ、『お姉さん』でも良いわよ」

「はぁ?」

今何つったこの女? っておい! いきなり抱き付いてくんな!

すっかり忘れていたが、今の俺の身体は五歳児前後。すっぽりと女の胸の中に埋まってしまった。

「ちょ、何だ急に!? 離せって!」

「大丈夫、私達はもう家族なんだから遠慮する必要なんて無いのよ」

「遠慮してねーのはテメーだろうが!!」

「ああ、可愛いわ♪ こんなに可愛い男の子が我が家の新しい家族になるなんて、桃子さん感激!!」

「話聞けよ!! つーか離せ!!」

喚くが離してくれない。むしろ逆にぎゅうぎゅうとより強く抱き締められてしまう。グリグリと頬ずりまでされて。いくら「うぜぇ!」とか「鬱陶しいぞ!!」とかの暴言を吐こうがお構いなし。何を言っても無駄だということに気が付いたのでしばらくの間はされるがままだった。

ようやく離してくれたと思ったら有無を言わせぬ勢いで俺の手を握り、波状攻撃を叩き込まれるように質問された。やれ「お腹空いてる?」「好きな食べ物は?」「甘いものは平気?」「ケーキとかシュークリームとか大丈夫?」「嫌いな食べ物は?」「アレルギー持ってる?」などなど、ほとんどが食い物に関する内容だった。俺は訳が分からないのでとりあえず「何でも食える」と答えていた。

「分かったわ。じゃあ、先に帰ってお料理の準備するから」

「ああ、よろしく頼む」

「はい、士郎さん♪ ソルくん、楽しみにしててね♪」

事態に付いていけない俺を置いてきぼりに、士郎と桃子は短くやり取りを終えると、桃子は似非忍者に匹敵する速度で砂埃を立ち上げながら何処かに走って消えた。

「……………………………」

「ソルくん、諦めた方がいい。桃子がああなった以上、誰にも止められん」

悟ったような口調の士郎。

「あの女、何者だ?」

「俺の妻だ」

「………そうか」

「そうだ」



こうして冒頭に戻る。
































(いや、意味分かんねぇよ!!!!!)

自分で自分にツッコミながら、目の前の食事にどういうリアクションをすれば良いのか困っていた。

周りの連中は俺が手を出すまで自分の分を食おうとしない。これはつまり何も言わずにとっとと食えということだろうか。

「………い、いただくぜ」

ついにこの空気(というか桃子のプレッシャー)に耐え切れずパスタを一口食べる。

「どう? 美味しい?」

桃子が期待半分、不安半分といった面持ちで聞いてくる。

「美味ぇよ」

「良かったぁ! さっきも言ったようにまだまだあるから沢山食べてね」

「……ああ」

「ソルくんが桃子の料理を美味しいと評価してくれたところで我々も食べよう」

「「「「「いただきます」」」」」

俺以外の声が唱和する。

料理はどれも美味かった。今まで食ってきたものが食い物と呼べなくなるくらいに桃子の料理は美味だ。まあ、食事なんてものは栄養補給の一環でしかなかったので食事を楽しむという概念を持っていなかった俺にはどれもこれも刺激的だった。

「そういえば、ソルくんってどうしてあんなところに倒れてたの?」

「こら美由希」

「うう、でも恭ちゃんだって気になる癖に」

「それはそうだが」

当然の疑問を口にする美由希とそれを諌める恭也。

「別に気にしねーよ。答えられる範囲だったら答えてやるから聞いてこい」

最早この時点で俺の心境は「もうどうにでもなれ」だった。高町家の誰もが疑問に思っているであろうことだし、隠す隠さない云々以前に俺にもよく分からんからな。

「やった。じゃあ、どうしてソルくんは森の中で倒れてたの?」

「知らねぇ」

「へ?」

「だから俺もよく知らねぇんだよ。寝て目が覚めたら病院のベッドの上、このことに関してはそれしか分かってないからこれ以上聞くな、もっと他のことを聞け」

俺の発言になのは以外の者が動きを止める。なのはは意味がよく分かってないのかサラダと格闘している手と口を止めない。

「………じゃあ、今まで何処でどんな風に暮らしてたの?」

「………一人でその日暮らしの旅だな。地名まではいちいち覚えてねぇ」

異世界から来ましたっつっても信じてもらえると思わないので曖昧にぼかす。

………………………………………

誰もが押し黙った。美由希もそれ以上聞いてこない。さっきまでの明るい雰囲気がなりを潜め、一気に暗くなり始める。

空気が重くなり、食器が奏でる音が止む。さっきから話に参加していなかったなのはですらこの場に流れる空気を感じ動きを止め、じっと俺を見る。

………ったく。こんなことでいちいち相手に同情してんじゃねーってんだよこのお人好し共め。

「気にすんな」

「え?」

「気にすんなっつったのが聞こえなかったのか?」

一人ひとりしっかりと眼を見ながら、俺はゆっくりと紡いだ。

「テメーらが今の俺の話を聞いて何をどう思ったかなんて知りもしねーがな、俺の生き様がどんなもんだろうと同情される謂われは無ぇ」

こいつらは「天涯孤独の五歳児」として見てるんだろうが、本来の俺は百五十年以上賞金稼ぎとして生きてきたのだ。

事情を知らないとはいえ、同情されると今までの「ソル=バッドガイ」が哀れみの眼で見られるようで酷く腹立たしく感じる。

それは許せない、絶対に誰にも「ソル=バッドガイ」を否定させない。

確かに事情を知ってる奴でも俺を同情する者は出てくるだろう。だが、俺は決して同情など望んでいない。

誰かが強制した訳じゃない。自分で選んで、自分で決めた生き方。

来る日も来る日も戦闘で、辛いこと苦しいことなど当たり前、恨まれる憎まれる恐れられるのは勿論、死に掛けたことだって何度もあった。

しかし、どんな目に遭おうとも自身が選んだ生き方を否定したことはなかった。

この生き方が俺の意地であり、俺を俺足らしめる所以。

だから、同情の眼なんて向けることは許せん。

「………でも」

話を振った張本人である美由希が申し訳なさそうな顔をしてまだ何か言おうとするので、手で制する。

「過去は過去だ。本人が気にしてねぇのに同情されるのは鬱陶しい以外の何物でもないんだぜ? ………それに」

此処で俺は一旦言葉を切ってから、

「これからは家族として扱ってくれるんだろう?」

これ以上無い程不敵な笑みを浮かべてやる。

「………ソルくん!?」

士郎が意味を理解したのか、勢い良く立ち上がる。あ、椅子が倒れた。

冷静になって考えてみれば、俺はこの世界の常識や倫理観など、何一つ知らないに等しい。はっきり言って無知だ。元科学者である俺にとって俺自身が無知であるというのはそれだけで罪だ。

ついでに言えば外見年齢五歳児前後。持ってるもんは封炎剣ともう着れない服一式、まだ試してないから判断しかねるがこの身体で使えるかどうかも怪しい法力。

少々打算的だが、此処はこのお人好し共の厚意を素直に受け取っておこう。出て行くなんてこと、その気になれば何時でも出来るのだから。

「ただし、一つだけ条件、というか頼みがある」

「何だい? 何でも言ってみてくれ」

「くん付けで呼ぶな」

全員、呆気に取られた後、盛大に笑い始めた。

「く、くははははは。分かった、これからよろしくお願いするよ、ソル」

「ああ、士郎。それと、病院を出た後の発言は許せ」

「もう気にしてないさ、だからソルも気にするな」

「そう言ってくれると助かる」

士郎と俺はお互いに握手した。

「うふふふ、これからよろしくお願いね、ソル」

「お前の飯にはこれから世話になる。美味かったぞ、桃子」

「うふ、ありがとう」

桃子は手を自分の頬に添えると微笑んだ。

「よろしくね、ソル」

「俺は大して話せることは無いが、美由希にならあるだろ? これから頼むぞ」

「………うん! 一杯お話しようね!!」

美由希は嬉しそうに頷いた。

「これからよろしく頼む、ソル」

「ああ、恭也」

「ていうかお前、その口調なんとかしろ。仮にも俺は兄になるんだぞ」

「悪いが無理だ。俺が俺である以上、例え兄であろうと恭也と呼ばせてもらう」

「………生意気な子どもだ」

恭也はそう言って苦笑した。

「あ、あの」

隣の席に座る高町家の末っ子が躊躇いがちに俺の袖を引っ張る。

「どうした?」

「あう、その、ええと………」

「?」

「なのは、頑張れ」

言いたいことを言えないなのは、それを応援する美由希。

「なんだ? はっきり言ってみろ。ちゃんと聞いてやるから」

眼をうるうるさせるなのはに、上手く出来ているか全くもって自信が無いが、優しく語りかけてやる。

「そ、その、『おにいちゃん』ってよんでもいいですか?」

「!?」

恭也が何かビクッと反応したが、何だ? まあいい。

「好きにしろ。その代わり敬語は止めろ。これからよろしくな、なのは」

「う、うん!!」

頭を撫でてやる。子どもの頭を撫でる経験なんて皆無に等しいのでやり方なんて知らんがされてる本人は嬉しそうなので、まあこれでいいか。












こうして俺は、現状に対するこれからの身の振り方に少々の打算を含めた結果により、高町家の居候となった。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 0話 その三 高町家での日々 炎の誓い
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/05 22:12
時刻は午前五時五十二分。

「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」

鼓膜を叩くのは自身のゆっくりとした呼吸音。それ以外は聞こえない。

人気の無い森の奥。そこに木々がぽっかりと空いた広場のような空間に俺は一人で居た。

服装は”以前の俺”が着ていた赤いジャケットと白いズボン。勿論サイズなんて合ってる訳無いので上はダボダボ、下はずり落ちないように右手で押さえる。

額には引っ掛けてあるだけのヘッドギア。こっちも当然サイズが合ってない。

左手には封炎剣。こちらの手もヘッドギアが落ちないように剣を持ちながら押さえる。

傍から見たら、サイズの合った服を買ってもらえない子どもかただの馬鹿に見えるだろう。

だが、こんな間抜けな格好をしているのはちゃんとした理由がある。

「良し、もう一回試してみるか」

完全に整った呼吸と戻った体力を確認し、封炎剣の柄を握り直し、意識を集中する。

術式を構築、展開、完成した構成に必要な魔力量を計算。計算に基づいて魔力を正確に効率的に式へと流す。

今まで窮地に陥った時に何度も繰り返してきた力の解放。その工程一つ一つをゆっくりと慎重に行う。

ギア細胞抑制装置であるヘッドギアを式と連動させ、俺の中のギアの力を制御下に置く。

式に流れた魔力に反応して封炎剣が炎を纏う。それをなるべく最低限に抑え込む。

………法術完成。

後はトリガーを引くだけ。

「………いくか」

大きく息を吸ってから、俺が生み出した俺にしか使えない、俺の為だけに存在する法力を解放する。

「ドラゴンインストォォォォォォル!!」

瞬間、俺の足元から火柱が立ち昇り、一瞬で全身を呑み込む。

全身を包み込む炎に身を任せながら俺の身体に変化が現れる。

骨格は子どもから大人のそれへとなり目線が高くなる、細い手足は筋骨隆々でありながら無駄な肉が一切無い鍛え抜かれたものになり、さっきまで全く合ってなかったサイズはぴったりになる。

炎が消えると、そこには全身を赤い魔力で輝かせながら佇む”大人の姿”の俺が居た。




















高町家に居候することになってから一ヶ月が経過。

まず手始めに俺が行ったことは、肉体がギアであるというのにヘッドギア無しでも負担が掛からないことに対する調査、の前にヘッドギアの改造だった。

ギアになった当時は、激しい破壊衝動と頭痛、俺という意識がギアの力に侵食されるような不快感に襲われた。あの時はこれらから一刻でも早く抜け出したくて死に物狂いで抑制装置を開発したのをよく覚えている。

だがこの身体は―――理由が全く不明なのが腹立たしい―――ヘッドギア無しの状態でも普通に生活する上では何の支障も無いらしい。

かと言って、現状に甘んじていざという時に対応出来ないのは困るので、とりあえず今の体格に合うようにフレームは勿論、中身の機能も魔改造することにした。

材料と道具は士郎に頼んだら理由も聞かずにあっさり手配してくれた。「いや、お人好し過ぎんだろ、せめて何か言え」っつったら「俺はこれでも人を見る目はあってね。何をするつもりか知らないが悪いことをする訳じゃないのは分かってるよ」っと返されたので、すっかり毒気が抜かれてしまった。ま、理由を聞かれたら「ヘッドギアを改造する」ぐらいの答えしか残されていないので好都合だったのだが。

んで、魔改造の過程で法力が上手く行使出来るか色々試してみると、拍子抜けするぐらいに上手くいく。というより、以前よりも効率的かつスムーズに放出することが出来る。

これの理由もさっぱり分からん。ヘッドギア云々法力云々は副作用やアフターリスクが無いらしく、身体に何らかの変調をきたしている訳ではないので放置しているが、どうにも理由が解明できないのが気持ち悪い。

良かったこと7:不満3の割合で身体に関しては一応解決した。本当は血液検査とか塩基配列の確認とか医学的な調べ方もしたかったのだが、俺一人では外見年齢的に無理だし、ギアに関しては誰にも知られる訳にもいかないので協力を仰げない、よって諦めた。

次にしたことはこの世界を知ることだ。

主な情報源は、新聞、テレビ、インターネット、文献や図書館など、手を伸ばせば届く範囲は片っ端から手に入れた。

結果分かったことは、この世界は俺の世界ととても近いが少し違う。

日本、アメリカ、フランス、ドイツなどの国名は二つの世界でほとんど合致するが、俺の知っているものと若干形や位置が異なっていたり、歩んだ歴史が知らないものであったり、その国の土地名や首都名があったり無かったり違う国にあったりとかしていたからだ。

文明レベルは病院で士郎から聞いていたので確認するまでも無かったが改めて調べた。やはり俺の世界で魔法が理論化される少し前といった感じだ。

この世界は俺の世界と比べると平和そのもの。確かに一部の紛争地帯(日本から遠くかけ離れた国)では内戦やら何やらがたまに、本当にたまにニュースで流れてくるが、高町家が存在する此処海鳴市には関係無い。

何だか予想していたこと(危機的状況)が一つもかすりもしなかったので何度も拍子抜けした。

情報を集める過程で、なのはが俺の後を刷り込みされたヒヨコのようにちょこちょこついてきたり、俺を本好きと勘違いした美由希が本を貸してくれたが「こんなフィクションよりも学校の教科書とか寄こせ、お前のじゃなくて恭也の、できれば歴史と理数系」と言ったら落ち込んでいた。

ヘッドギアの改造が終わり、知り得た情報を整理して吟味する作業が終わると、一気にやることが無くなってしまった。これまで急ピッチで行ってきたので一週間しかかってないが、もっとゆっくり焦らずやれば良かったんじゃないかと少し後悔した。

そこに滑り込むように、士郎と桃子からなのはの面倒を見てくれないかと頼まれる。俺としては空いた時間で身体と法力能力を鍛えようと思っていたので、なのはを見ている暇なんぞ無きに等しいのだが、此処一週間でやたらと懐かれてしまった所為で、俺の姿が見えないと俺を捜し求めて迷子になるという事態を引き起こすようになってしまった。そこまで懐かれるようなことを特に何かしてやった覚えは無いんだが。

そのこと自体に俺の責任は皆無である筈だというのに恭也が血涙を流しながら「責任取れ!!」としつこく詰め寄ってきた。さすがの俺もあの鬼気迫る表情と血涙を流しながら迫って来るという今まで経験したことの無い謎のプレッシャーのかけ方にはドン引きして思わず頷いてしまったが、俺が了承したらしたで「覚えてろよ!! まだ決着はついてないからな!!」と捨て台詞を残していた。どっちなんだ一体?

まあ、面倒臭いことではあるが俺自身育児経験が無い訳じゃない。短い間とは言えシン(失敗例)を赤ん坊の頃から育てていたから何となくコツは分かっている。

さすがに魔法が存在しないことになっているこの世界でなのはを連れて法力の鍛錬とかできないので、あいつがまだ寝てる時間帯、つまり早朝に人気の無い森で人払いの結界と進入禁止の結界を張ってやることにした。

で、驚くべきというか、やっぱりというか。この身体、色々と良い意味でおかしい。見かけ五歳児のガキだってのに以前となんら変わらない動きが可能で、法力の制御がやり易い。

特に法力。普段使ってる戦闘用の炎は勿論、他の属性や補助用までもが以前よりも”上手くいく”。

調子に乗って試しとばかりにドラゴンインストールを発動してみたら、此処で全く予期せぬ問題が発生した。

体格が子どもから大人になる―――戻ると言った方がいい―――という変化だ。

正直言って焦った。着ていた服は内圧でビリビリと音を立てて破れ、ヘッドギアは弾け飛ぶ。

ヘッドギアが外れた所為で不安定になった式が不具合を起こし、予測していなかった事態に慌ててしまったので集中力が切れる。それによって式は完璧に崩壊、最後の緊急安全措置として強制解除される。

強制解除後に大人から子どもへと戻ったことに安堵する間もなく、アフターリスクの激しい頭痛が襲い掛かる。

ナイフで脳みそを掻き回されるような苦痛(式の発動失敗と強制解除、それとヘッドギアが無い所為か半端無ぇ程痛ぇ)に耐え切れず頭を抱えてのた打ち回る。「うがぁぁ!!」とか「うぎゃぁぁ!!」とか喚きながらゴロゴロと散々暴れると、丁度良い具合にあったそこら辺に生えてる木に頭を強打して泡吹いて気絶した。

俺が今まで生きてきた中で最も無様な姿となった。誰にも見られてなくて本当に良かった。

その後、いつもよりも一時間近く遅れて、しかも泥塗れのズタボロの姿になって帰ってきた俺―――集団暴行でも受けたと勘違いされたらしい―――を見て高町家の面子は呆然。次の瞬間、なのはは泣き出し、士郎は怒り出し、恭也はなのはが泣いたことにキレて、美由希と桃子が黒いオーラを放つ。

なのはが泣き喚きながら抱き付き、士郎と恭也が烈火の如く問い詰めてきて(片方は明らかに俺の心配なんぞしてないが)、美由希と桃子が底冷えする笑顔で「どういうことなのか説明しなさい」とハモる。なのはと士郎と恭也の態度はある程度予想していたが、美由希と桃子のプレッシャーが予想とは遥かに比べ物にならんぐらいに洒落にならないレベルだったので(特に桃子)、パニックになった頭はつい「野生の熊に襲われた」と、口から出任せでももっとマシな嘘を吐けと後で自分を呪いたくなる真っ赤な嘘を吐いた。

当然そんな嘘信じてもらえる訳が無いと思っていたのだが、驚愕すべきことに次の日には桃子の号令の下、士郎と恭也と美由希による熊狩りが決行された。

そして数日後には、海鳴市の隣の隣の市にある山の奥で発見された雄の熊が一頭犠牲になった。

濡れ衣により犠牲となった熊が、その日の内に高町家の鍋の中で哀れな姿となって現れた時はさすがの俺も罪悪感が沸いてきた。

贖罪の意味を込めた食材に対する礼儀としてしっかり残さず味わって食った。食べている間は少しだけ目頭が熱くなった。

高い授業料(払ったのは俺じゃない)のおかげで、二度とこんな間抜けなヘマをしない為に『大人用ヘッドギア』も作ることにした。

今度こそ失敗しないように準備をしっかりし、慎重に慎重を重ねて実験し、見事に成功した。

こうして成功した結果分かったことは、法力同様にギアの力の制御までやり易くなっていて、身体に掛かる負担も軽減されていたこと。ドラゴンインストールの長時間維持がぐっと楽になっていたこと。

こんなに上手くいったことがかつてあっただろうか?

しかし、切り札が以前よりも性能が上がっているのは喜ばしいことなのだが、服装とヘッドギアの付け替えという問題がある為、変な意味で使い難いものになってしまった。

「はぁ」

何だか自分でもよく分からない感情を溜息に込めて吐く。カイが「チート」と意味不明なことを俺に向かって言う姿を幻視したが気の所為だろう。きっと頭痛だ。

ドラゴンインストールを解除してから着替える。腕時計を見ると午前六時四十八分。そろそろ帰って飯でも食うか。

周囲を入念に見渡す。慎重に法力制御をやってるといえ此処は森の中。火事にでもなったら責任取れっこないので燃え移った木が無いかチェックする。

見当たらない、上出来だ。

封炎剣を布に包み、ヘッドギアを外して持参したリュックに服と共に突っ込むとその場を後にした。










「お! お帰りソル」

「ああ、今帰った」

丁度道場から出てきた士郎と玄関で鉢合わせになる。

「恭也と美由希はまだやってんのか?」

言って俺は母屋の隣にある道場に眼を向ける。

「ああ、もう少し型を確認したいと言っていたな」

「生真面目なこったな」

高町家には道場が存在する。日本の一般家庭は道場を標準装備しているのかと言えば、答えはNO。では何故そんなもんがあるのかと言えば、答えは簡単、高町家は少し、いや、かなり”一般”じゃない家庭だからだ。

『小太刀二刀御神流』という剣術―――正式名称は確か、古武術『永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術』だったか?―――を代々受け継いでいる家系、それが高町家らしい。実際にやっているのは桃子となのはを除いた三人。師範の士郎、その弟子の恭也と美由希だ。

実際にどんなもんか訓練を見せてもらったが、なかなか実践的でいかに効率良く敵を殺傷するかに重きを置いた剣術だった。しかも暗器まで使うらしい。殺すことに徹底してやがる。内心はお遊戯剣法と高をくくっていたのだが、気が付けば感心していた。

何より奥義の神速とか言ったか? 似非忍者の瞬間トップスピードと同レベルの速さがある。あの野郎は確か”気”の使い手だった筈だが、こいつらは”気”の使い手じゃないってのに大したもんだ。他の奥義にガードを貫くやつとか防御をすり抜けるやつとかあるらしいから、これなら法力無しでも武器さえちゃんとしたもんがあれば中級以下のギアなら難なく倒せるんじゃねぇか?

こいつらと戦うことをシュミレーションしてみる。恭也と美由希は経験もまだまだ浅いし発展途上、法力無しでもどうとでも料理できるが、士郎は無理だな。パワーはこっちが圧倒的に上だが、スピードじゃあっちが上だ。法力あり、もしくはドラゴンインストール状態じゃねぇとあの動きには付いていけねぇ。負ける気はしねぇが手を抜いて勝てる相手とは思えねぇ。

つーか、俺がそんな評価を下さなけれりゃならない士郎は一体何者なんだよ? 本当に人間なんだろうか? 機会があればこいつのDNAでも解析してみたい。

「恭也も美由希も成長期だから、自分の身体に合った動きを掴もうと必死なんだよ」

「程々にしとくんだな」

「ソルもやるかい?」

「気が向いたら組み手の相手ぐらいならな」

俺は一度道場を見上げると家の中に入っていった。

シャワーに入り服(恭也のお下がり)を着替えて居間に移る。

「あらおはよう」

「ああ」

桃子の挨拶に短く答えて新聞を広げる。朝食ができるまでざっと流し読みするのが日課になっている。

「ソル? 朝ご飯できたからなのは起こしてきてあげて、ついでに恭也と美由希も呼んできて」

「ん」

しばらくして桃子にそう告げられたので階段を登る。

つい最近の俺は、桃子の言うことに大人しく従っているのが多い。

初めて出会った頃は確かに反発したが、それ以降は特に反論する気も起きないからだ。

というか、反論しても無駄だ。

あの笑顔と妙なプレッシャーで迫られると、気が付けば「………ああ」とか言ってる自分が存在するからだ。

桃子のあれはきっと法力とは全く違う体系の能力、ESPとかを先天的に持っているんじゃないか?

高町桃子は実は精神感応系のエスパー能力保持者ではないのか、と思考を走らせながら俺は自分の部屋に入った。

そう、自分の部屋である。

何故かというと、なのはが俺に宛がわれた部屋―――ベッド―――で寝ているからだ。

懐かれているというのは分かっていたんだが、一緒に寝たり風呂に入ったりとかまでやらされるとは思っていなかった。

断ろうとするとなのはが泣きそうになる→それを見て恭也がキレかける→桃子の介入→うんざりしながら了承する俺→キレる恭也(何なんだお前は?)→再び桃子介入→沈黙する恭也。

といった具合に俺の傍=なのはという図式が出来上がってしまっていた。

ちなみに、美由希もなのはに便乗しようとしたが一蹴した。ガキは一人で精一杯だ。

「おい、起きろ甘ったれ。飯だ」

「ん、んにゃぁ………後で」

「後でじゃねーよ、おら、起きろ!」

布団を引き剥がして頭を鷲掴み、そのまま高々と掲げる。

「んにゃぁぁぁぁ、いたい、いたいよおにいちゃん!!」

「起きたか?」

「起きた、起きたよぉぉぉ」

涙目になってるので降ろしてやる。

「ひどいよおにいちゃん、とりあえずおはよう」

「おはよう寝坊助、飯だ、とっとと降りて来い」

適当に挨拶交わして今度は道場に向かう。

扉を開けて一言。

「飯だ。その辺にしとけ」

言うだけ言うと居間に戻ってくる。

テーブルには既に士郎が席に着いてコーヒーを飲んでいた。

「なのはは?」

「もうすぐ来る」

「そうか、コーヒー飲むか?」

「ああ」

士郎は喫茶店のマスターをやってるだけあって美味いコーヒーを入れてくれる。特別高い豆を使っている訳では無い。単に淹れるのが上手いのだ。まあ、俺はコーヒーについては素人同然なので上手く評価することなんぞ出来っこないが。ただ一言美味いと言っておく。

食前の一杯を堪能しているとバタバタ音を立てながらこの家の子ども達が姿を現す。同時に桃子もサラダが入ったボウル片手に現れる。

「おはよう、なのは」

「おはよう、お父さん。お母さん」

「おはようなのは、ご飯だから席に着きなさい」

「はーい」

なのははパタパタと小走りで当然のように俺の隣に座る。

恭也の眉がピクッと反応する。

「………なのは」

「なに? おにいちゃん」

「たまには気分を変えて、恭也の隣に座ってみたらどうだ?」

「なんで? なのはの席はおにいちゃんのとなりって決まってるんだよ」

俺がほんの少しだけ恭也の為を思って提案した意見は見事なまでに却下され、ガーンという擬音が恭也から聞こえた気がする。

そしてなのはは無意識に恭也にトドメを差す。

「なのはは恭也おにいちゃんよりおにいちゃんがいいの」

視界の端で石化した恭也を哀れに思いながらコーヒーを啜った。

「………分かった。もう二度とこのことは言わん、好きにしろ」

「うん!」

なのはが元気に答えるのを見計らったように、士郎が鶴の一声を上げる。

「それじゃあ食べよう、いただきます」

「「「「いただきます」」」」

「………」

俺もちゃんと日本の礼儀に倣う。

声が一人分足りなかった気がするが気の所為だろう。













朝食を終えると、恭也と美由希は学校へ、士郎は経営している喫茶店へそれぞれ出かけていく。

喫茶店には桃子も行くが、食器の後片付けや洗濯・掃除などの家事がある為、士郎よりも遅れて出る。

俺は家事の邪魔にならないように、なのはを連れてとっとと出て行く。

なのはの年なら本来は幼稚園か保育園に行く筈なのだが、それらの託児所の類は今何処も定員ギリギリらしい。

海鳴市は海と山に囲まれて自然が豊富、交通のアクセスも良く、流通が発展しているので人も物も集まり、ベッドタウンとしての評価も高い。

そうなると住宅街が必然的に多く、それに比例して世帯数も多い。となると、当然の結果として子どもの数も増えてくる。

しかし、人が増える量に対して託児所類の施設が追いついていないらしい。役所なり町内会なりが施設を増やそうとしたり、地域コミュニティーを形成したりして子どもを預かろうと頑張ってはいるのだが、予算や人手の問題もあってなかなか上手くいかないらしい。

では、なのはは俺が来るまでどうしていたのかというと、士郎と桃子が経営している喫茶店「翠屋」で過ごしていたという。

開店当初はまだなのはの面倒を見ながら店の仕事も出来たらしいが、最近では少しずつ客数も増え、常連客も出来始めていたから内心どうしようか困っていたらしい。

そこへ俺が高町家に転がり込んで来たのを幸いになのはをお願いされてしまった、というのが今の俺の状況だ。

で、引き受けてしまった以上責任持ってなのはの面倒を見ることになったが、特に何かする義務も無ければ行動の制限もされてる訳では無いので俺は好き勝手にすることにした。

はっきり言って暇潰し以外の何物でもないので、場所を決めずに海鳴の街をフラフラ宛ても無く歩き回るか、海鳴市の豊かな自然を最大限に利用して森に入って食える植物や茸の見分け方・小動物相手の狩りの仕方・海や川で魚の捕り方を教えたり、CD屋でイギリスのロックバンドの素晴らしさを懇切丁寧に説明したり、翠屋の休憩室を占拠して読み書きから一般教養まで勉強を教えたりした(シンみたいにならないように注意して)。

腹が空いたら翠屋で士郎と桃子にたかるか、海山川で採れる物をその場で食って空腹を凌いだ。

あっちこっち行っては何かやらかしていたので、俺もなのはも数日に一度は泥だらけになって帰ってくることがよくあったが、咎められることは無かった。

朝は鍛錬、朝食後は二人で出掛けて、帰って来たら一緒に風呂入って、夕飯食いながらなのはが今日のことを士郎達に話して、一日の終わりに一緒に寝る。

それが高町家に来てからの日常。俺の毎日になっていた。









平穏な毎日。

戦いの無い生活。

魔法も、ギアも存在しない世界。




















―――悪くない、全く悪くない。




















今日も一日いつものように外を走り回っていたので、なのははベッドに入るとあっと言う間に深い眠りに落ちていった。

俺はそんななのはを眺めて苦笑した。

明日は何処に連れてってやろうか。昨日は海だったし今日は森、明日は川原にでも連れて行こうか? それともまた勉強でも教えてやろうか? シンみたいになったら大変だからな、そこら辺はしっかりしねぇと。

腕にしがみついて離れようとしないなのはの頭を撫でながら明日のことを考える。

「………おにい、ちゃん」

ふと、なのはが寝言を言う。

「家族………か」

もし、元の世界で魔法が理論化されていなかったら、俺はどんな生活を送っていただろう。

士郎のように妻を娶って、なのはみたいな子どもが生まれて、高町家みたいな家族を作って毎日仲良く生活していただろうか。

「今更だ………今更過ぎる」











俺にもかつて家族が居た。友人も居た。特定の女と付き合ってもいた。

普通の生活だった。普通過ぎて退屈を嫌い、常に刺激を求めるような日々だった。

そんな時だった、魔法に出会ったのは。

人間の創造の産物でしかなかった魔法。理論化された技術。無限のエネルギーを生産する”力”。

誰もがそれに興味を持ち、一度体験してみれば歓喜した。世界中の誰もがそうだった。俺もその一人だった。

些細なことを切っ掛けに魔法に触れ、魔法が持つその”力”に魅了された………………されてしまった。

特に俺は才能があった所為か、日を追うごとにどんどんのめり込んでいった。

毎日毎日、来る日も来る日も魔法魔法魔法、魔法漬けの生活。

家に帰らなくなり、研究室に寝泊りするのは当たり前。

幸い、友人も恋人も俺と同じ人種の人間だったから離れることはなかった。

寝る、起きる、食う、研究する、寝る、起きる、食う、研究する。

『魔法』によって行使される”力”はやがて『法力』と呼ばれるようになり、『法力学』という分野が生まれた。

法力学で論文を発表する度に俺の名は売れ、賞賛の声と尊敬の念を一身に受けては有頂天になり、それが原因でますます深みに嵌っていった。






そして俺は「あの男」と共に、全ての悪夢の始まりである計画に手を出してしまうのは、魔法が理論化されてから四年後のことだった。






魔法を用いた人類の人工的生態強化計画、通称『GEAR計画』。

概存生物を素体にし、強靭な生命力と備える『新しい種族』を生み出すことを目的とした神への挑戦。

科学者としての俺は「神の所業」とも言えるその計画に着手しないという選択肢など存在しなかった。

だが計画発足から二年後、俺は「あの男」の罠に嵌り、その手でギアへと改造を施されていた。

世界初の人型ギアのプロトタイプとして………!!!

実験結果はこれ以上無いほどの大成功を収めていた。

『ギア』の誕生だ。

俺はギアとしての力を覚醒させ研究施設から脱走。

しかし、人外の力を手にした俺に帰る場所など無かった。

もう俺は帰れない。力を得ることに夢中になり過ぎて、帰るべき場所を蔑ろにし、結局自らの手で何よりも大切だったものを捨ててしまった。










―――――既に『フレデリック』という人間は死に、『ソル=バッドガイ』というギアが誕生した瞬間だった。










この時点でようやく―――人間じゃない化け物に生まれ変わって初めて―――自分がいかに愚かで恐ろしいことに手を染めていたかに気付くが、時既に遅し。

復讐と贖いを誓って放浪を続けること約六十年。

某先進国で再びギア計画が発足される。そして某先進国はギア製造法を独占したまま他国を制圧しようとする。

しかし、情報というものは何処かで漏れてしまうものである。

他国に渡ったギア製造法。先進諸国は先を争うようにギアを生産。命令に従順なギアを用いた最低最悪の戦争が火蓋を切る。

終わることの無い人類同士の戦争は、一体のギアが製作されたことによって更に悪い方へと展開する。

一際強力な戦闘能力と確固たる意思を持ち、完全自立の完成型として生まれたギア。

その名を自ら『ジャスティス』と名乗り、種の存在意義を唱え、全てのギアを従えて人類に宣戦布告。

これに対して人類は急遽団結し、対ギア組織『聖騎士団』を結成、ギアに対抗する。

『聖戦』の勃発。

それからほぼ百年近く、人類とギアとの聖戦は続いた。










「ッ!! ………ハァ…ハァ…ハァ…」

そこまで”見て”俺は飛び起きた。

寝汗で身体はびしょ濡れ。張り付く寝巻きが不快で仕方が無い。

すぐ傍で寝ているなのはを起こさないようにベッドから出る。

腕時計で時間を確認すると午前一時。まだ深夜だ。

俺はとにかく火照った身体を冷やしたくてシャワーを浴びることにした。

風呂場まで急ぎ、頭から冷たい水を全身に浴びる。

五分程水を被っていたおかげでようやく冷静さを取り戻す。

夢を見て思い出した所為か、今ならはっきりと分かる。

何故、士郎が俺を引き取りたいと言った時に、あそこまで反発したのか。



―――怖かったんだ。



また、自分で帰る場所を失くすことが。

大切なものを失くすことが。



―――同時に嫉妬していたんだ。



こいつは俺には絶対に手にすることが出来ないものを持っていると気が付いて。



―――だが、



それから病院を出て、桃子に会い、この家に初めて踏み入れて、温かい料理を食べて。



―――『ああ、良いな』と、心の奥底で思ってしまったんだ。



その感情を認めたくなくて、でも結局誘惑に負けて、俺は今此処に居る。

「我ながらガキだな………百年単位で生きてる癖して」

自嘲気味に笑うと、水を止める。

まだ乾いていない身体と寝巻きは法力で無理矢理乾かす。今のところはこれでいい。改めて着替えようとしても着替えを引っ張り出すのにうるさいだけだ。

部屋に戻る。

やはり俺が寝ていた場所は乾いていないので、こちらも法力で乾かす。ただしなのはが寝ているので慎重に、起こさないように静かに。

幸せそうななのはの寝顔を見ていると、心が暖かくなってくる。

自然と手がなのはの頭を撫でる。そういえば、シンの頭を撫でてやるなんてことが碌に無いのを思い出し、少し後悔した。

あいつは俺を『親父』と呼んで慕ってくれたってのに、俺は一時期の”代わり”とはいえ父親らしいことはあまりしてやらなかった。

「本当に、今更だな」

もうシンにしてやれることなど何一つ無いのに、今更未練がましい。

そもそも俺は、この世界に来た時、帰る手段を模索しただろうか?

答えは否。

それにもう、元の世界に戻る手段があったとしても戻る気など無い。




俺のことを家族として迎え入れてくれた高町家の面々。




士郎、桃子、恭也、美由希、そして、なのは。




今度こそ、絶対に失わない。失ってたまるか。




必ず守ってみせる。










―――俺の家族を。






















一言あとがき

ソル、早過ぎるデレ期到来

でも態度と口調はぶっきらぼうなままの筈?www



[8608] 背徳の炎と魔法少女 0話 その四 やりたいことをやりたいようにやればいい
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/13 01:56
高町家に代々受け継がれている剣術『小太刀二刀御神流』。

そのあり方が、明らかに”堅気”のものではないということは分かっていた。

士郎は喫茶店『翠屋』のマスターであると同時に、相当の修羅場を潜ってきた歴戦の剣士だということにはすぐに気付いた。

俺の眼から見てもその実力は十分高く、剣を構えた時の士郎は『人を殺す』眼をしていた。

であるから、士郎がたまに二、三日居なくなり、そういう時は大抵血の臭いをさせて帰ってくることがあった。

だが、それに関して俺からは何も言わなかった。士郎は俺を家族として迎い入れはしたが、それだけだ。傍から見たら怪しい行動(ヘッドギア改造や朝の法力鍛錬)を取る俺にいちいち干渉してこなかった。

どう見ても五歳児には見えない行動に関して、何一つ文句を言われたことが無い。士郎だけに留まらず桃子と恭也、美由希(少し聞きたそうにしていたが結局何も言ってこなかった)も同じだった。

なのは? なのははまだ小さいからよく分かってないんだろう。

俺には俺の事情があって言えないように、士郎も士郎の事情があるのだ。

だから言えないし、聞かない。

それでいいと思う。士郎が俺を信頼して何も言ってこないように、俺もそんな士郎を信頼していた。

家族の日常の中で、士郎だけたまに非日常に足を踏み入れるも、すぐに戻ってくる。

その程度のものとして捉えていた。

これがとんでもない思い違いだと気付く、その時まで。











俺が此処に来て半年が経過した。

最近になって、なのはから魔力を感じるようになった。

どうやらなのはは法力使いの資質があるらしい。

かといって俺はなのはに法力を教えるつもりなどさらさら無かった。

普通が良い、普通が一番だ。なのはには普通の生活を、普通の幸せを掴んで欲しいから。

法力は魔法の力。確かに素晴らしい”力”だ。運用の際環境破壊の起因となる既存の科学技術と違って、法力は『クリーン』な力である。

個人の力量に大きく左右され易い技術ではあるが、一個人が持ち得る”力”は持ち得ないものと比べると絶大。

魔法は様々な分野に進出、その一部は既存の科学と融合しながら形を変えていき更に進化を遂げて発展、人々の認識を変え、世界を変えた。

人類にとってその”力”は思った以上に都合が良かったからだ。

だが、法力が文字通り『魔法の力』でありながら、当時の俺を含めて人類は皆『魔の力』であることを忘れて『法力』と呼んだ。

魔を生み出す力―――そして魔法文明に生れ落ちてしまった『ギア』。

そして勃発した『聖戦』。

人間の汚れた欲望の産物『ギア』と人類の史上かつて無い大戦争。

それが俺の世界の魔法の歴史だった。

閑話休題。

今日も俺は朝の鍛錬を終えて居間で新聞を読んでいると、軽快な電子音が着信を伝える。

「あ、私が出るからいいわ。はい、高町です」

俺が立ち上がって親機に出ようとするのを制して、桃子が傍にあった子機を手にする。

「はい………はい………え、士郎さんが!?」

新聞に戻っていたところに桃子の狼狽した声。

「そ、そんな………」

目尻に涙を浮かべた桃子の表情を見て、俺は嫌な予感がした。一昨日から士郎はいつものように”あっち”の仕事で居ない。

三日目の今日になっても、まだ帰ってきてない。

急に掛かってきた電話。

桃子の泣き顔。

まさか………士郎の身に何か!?

嫌な予感は現実のものとなった。

「ソル!! 皆を集めて出かける準備して!!」

その声はまさに悲鳴だった。










俺がかつて世話になった海鳴病院。

何の因果か、俺が入院していた部屋と士郎の部屋は同じだった。

その士郎は、ベッドに仰向けで眼を閉じたまま動かない。

口と鼻の穴に突っ込まれたチューブ、包帯を巻かれた頭部、腕に刺さっている点滴が痛々しい。

医者の話によると、所謂植物状態と言って差し支えない容態とのこと。

一命は取り留めたが頭を強打した所為か脳にダメージが残ってしまったので、意識が戻るかどうかは五分五分。

すぐ戻る場合もあるがその場合は後遺症に悩まされる可能性が高く、このまま一生戻らない場合も考えられる、と医者は無慈悲に宣告した。











それから約一週間。

あの騒がしくも明るい高町家は、毎日が通夜のように沈んでいた。

桃子は士郎の抜けた穴を埋める為に、以前よりもずっと忙しそうに動き回った。

恭也は士郎が居ない今高町家を守るのは自分しか居ないという重圧から、美由希の制止を振り切って明らかに無茶な鍛錬をしている。

美由希は桃子を手伝いながら、無理をする恭也を制止しようと懸命になって説得している。





そしてなのはは、俺に甘えてこなくなった。





風呂に一緒に入らなくなった。一緒に夜寝ることも無くなった。

抱きついてくることが無くなった。

いつものように一緒に外に出かけたり、勉強したりせず、何もせず部屋に閉じ篭っているだけ。一日が終わるまでずっと部屋で座っているだけ。本当にただそれだけ。

自分の存在が誰かの迷惑になる、そう結論付けたなのは。

せめて「いいこ」でいようとした結果が、これだった。

そんななのはの豹変ぶりが悲しかった。

放って置くことができず、かといってどうすれば良いのか分からず、俺は傍に居ることしか出来なかった。










士郎の入院から十日後。

この日は天気が悪く、雨が降っていた。

黒い雲は低い雷鳴を轟かせ、風が窓を叩いて不快な音がする。

「いつも」のようになのはは自分の部屋で何もせずに、虚ろな眼をしてただ座っていた。

俺も「いつも」のようになのはの隣に座って、天井を眺めているだけだった。

「おにいちゃん」

ふいに、なのはが話しかけてきた。あの日以来久しぶりのことだった。

「何だ?」

俺はなのはからのアクションに内心喜びながら、聞き返した。

「もう、なのはにかまわなくていいよ」

……………今、こいつ何て言った?

「………何言ってんだ?」

「なのはのめんどう見なくていいって言ったの」

何を馬鹿なことを、

「なのは知ってるよ。なのはがいつもおにいちゃんにめいわくかけてること。なのはがいるから、おにいちゃんはいつもやりたいことができないこと」

なのはの言ってることが、理解できない。

「でももうだいじょうぶ。なのは、いいこにしてるから、ひとりでだいじょうだから、おにいちゃんは、おにいちゃんのやりたいようにやって?」

そう言って、なのはは俺に笑顔を向けた。

仮面の笑顔、無理して被っている「作られた」笑顔。

俺は、そんなものをこれ以上見たくなくて、なのはの前から逃げ出した。

傘を差さずに家を飛び出る。雨足がザーザーと強くなり、雷鳴が鼓膜を叩く。

走った。何処でもいいから無茶苦茶に走りまくった。

何処をどう進んでいたのか分からないが、気が付けば、朝の鍛錬に使っている森の中の広場だった。

士郎の件以来、此処には来ていなかった。なのはの傍をなるべく離れないようにしていた所為だ。

俺は自分でも知らず一人になりたかったのかもしれない。

そうすれば、誰にも気兼ね無く当り散らせる。

「…………クソ、クソ、クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

近くに生えていた木を全力で殴りつける。俺の力に耐え切れずに倒れる木。

それでも俺の気は治まらず、手当たり次第に木を殴り倒した。

「なんで、なんでだよ!!!」

士郎は意識が戻るか不明の重体。

家族はばらばら。

なのはの作り物の笑顔。

そんななのはに何も出来ない自分。

忌々しい、何もかもが忌々しい。

どうして大切なものは、俺の手の平から零れ落ちていくんだ!?

「そんなに俺が嫌いか!? 畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

天を仰いで喚く。

暗雲は嘲笑うかのように雷鳴を轟かせる。

ただの自然現象ですら腹立たしい。

「………舐めやがって、消し飛ばしてやる」

右の拳に力を込める。術式を構築、展開、構成された術式に魔力を―――全力で注ぎ込む。

膨大な魔力を孕んだ拳が炎に包まる、それを天に向かって構え、

「消えて無くなれ!!!」

完成した法力を解放しようとしたその瞬間、稲光と雷鳴を従えて天から降り注いだ青い稲妻が俺を貫く。

「ぐあああああああっ!!」

同時に轟音。周囲の木々を巻き込んで俺諸共辺り一帯を吹き飛ばす。

「がはぁ」

焦げた大地に碌に受身も取れずに叩きつけられ、肺が圧迫され空気が吐き出される。

仰向けの姿勢で天を睨む。

全身を苛む懐かしい痛み。電撃によるダメージは、かつて俺のことをしつこく追い回していた男からよく食らわされたものだった。










































『ソル!!!』










































「ッ!?」

俺を叱咤する懐かしい声が聞こえた気がした。

「……………………………………………………」

しばし痛みも忘れて呆然とする。

だが、

「………く、くく、………はは」

込み上げてくる衝動が俺を突き動かした。

「くははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!」

笑った。大声を上げて笑った。






今の一撃はまるであいつだ。



俺のことを認めたくないけど認めていて、



いつも規律や調和を乱す俺に小言を言ってきて、



勝てないってことが分かってんのに何度も懲りずに勝負を挑んできて、



わざと負けてやると納得出来ずにやり直しを要求してきて、



人間は決してギアに負けない、が持論で、



青臭い正義感を持ってて、



困ってる奴が居ると放っておけないお人好しで、



俺のことを『人間』として扱った坊や。





「そうか、そうかよ」

こんなところで一人でグダグダしてるのは俺らしくないってか。

「テメーはそうやって、いつもいつも俺のやることなすことに文句を付けやがる」

しかも今回は俺を納得させるだけの威力と内容だ。

「………だが、テメーは何時だって『俺』を見てくれていたよな?」

もう、坊やなんて呼べねーな。

「一応、礼は言っておいてやる」

恩に着るぜ、カイ。










既に雨は止み、雲は消え、空は青く晴れ渡り、世界を優しく見下ろすように太陽が輝いていた。










「なのはぁぁぁぁぁ!!」

玄関を蹴り開け、靴を脱ぎ捨て、階段を二段飛ばしで駆け上がり、なのはの部屋を蹴り開けた。

「お、おにいちゃん!? なにがあったの!?」

なのはが俺の姿を見て驚愕の声を上げる。

今の俺は真っ黒で煤だらけ&泥まみれ、ところどころ服は炭化していて、焦げくさい臭いを発しながら黒い煙を上げていることに気付く。

「なに、ちょっと生意気な坊やから一撃もらっただけだ。気にすんな」

坊やって呼ばないんじゃないのかって? 考えてみりゃ、あいつが幾つになろうと坊やは坊やだから別にいいだろ?

「気にするよ、ケガとかしてないの? それに坊やって誰!?」

「んなこたぁはどうでもいいんだよ」

「どうでもよくないよ!」

あん? なんで何時の間にかこんな喧嘩紛い言い争いになってんだ? まどろっこしいな!!

俺はなのはの腕を掴むと引き寄せて抱き締める。

「ちょっ、おにい「俺が何時なのはの存在を迷惑だと言った?」………ちゃん」

「おら、答えろよ? 俺が何時なのはの存在を迷惑だと言った?」

俺はもう一度問いかける。

「………言ってない」

「だろ?」

「でも!」

「あん?」

「う、うぜぇとか、うっとうしいとか、めんどくさいとか、言ってたもん」

「ヴ」

涙声になりながらかつて吐いた暴言の数々を聞かされる。「迷惑だ」って面と向かって言うより酷くないか? ………あ、俺か。

なんてとんでもない墓穴掘ってるんだ普段の俺は。

「あ~、あれな、あれはな、ただの………」

「ただの?」

何か一言でもマズイことを言ってしまうと、二度と取り返しがつかない気がする。此処は慎重に………

なのはの今にも泣き出しそうな顔を真正面から見据えてから、俺は覚悟を決めた。

「あれは、ただの照れ隠しだ!!!」

最早後で何を言われようと知らん!!!

「………てれかくし?」

「そうだ! 男って生き物は女に対して素直に自分の気持ちを打ち明けられないんだよ。俺達位の年齢の奴は特にな!! だから、その、俺はちょっと照れてただけなんだよ!!!」

「本当に?」

う、疑い深い。普段の俺ってそんなに信用無いんだろうか?

「本当だ。それに、ほら、最近流行のツンデレって言葉があんだろ? きっとたぶん恐らくもしかしたら俺みたいな奴のこと言うのかもしれねーだろ? 後で美由希に聞いてみろよ」

「うん………わかった。おにいちゃんのこと信じる」

その言葉に内心、安堵を吐く。

それからゆっくりと抱き締め直して、額と額をこつん、とくっつける。

「だからよ、俺は自分が好きでなのはの面倒見てんだよ。迷惑なんかじゃねぇし、遠慮なんてしてんじゃねーよ」

「でも」

「聞こえねーよ。それに、俺達家族だろ?」

なのはの背中を右手で摩り、左手で頭を撫でてやる。

「家族ってもんは、互いに迷惑かけ合って生きてくもんなんだよ。それに無理して『いいこ』を演じる必要も無ぇ、だから、ガキの癖して我慢してんじゃねーよ」

「だって、おとうさん起きなくて、おかあさんが忙しそうで、恭也おにいちゃんもおねえちゃんも………」

「分かった。じゃあこうしようぜ?」

「ふぇ?」

一旦身体を離し、ポロポロと涙を流し始めたなのはの顔を部屋に備え付けてあるティッシュで拭ってやる。

「なのはが誰にも迷惑かけたくないって思ってんならそれでいい。だが、これだけは約束しろ」

「約束?」

「ああ、約束だ。守れるか?」

「うん、おにいちゃんとの約束なら、なのは絶対に破らないよ」

「良い返事だ」と俺は自然に優しく笑うと、こう言った。











「俺にだけは絶対に遠慮すんな。誰にも迷惑かけない代わりに俺にその迷惑を寄越せ。どんな無理難題だろうと俺はなのはの全てを受け入れてやるから」









一瞬俺の言ったことが分からずポカンとしていたなのはは、徐々に理解できてきたらしく、眼に再び涙を溜めていた。

「………本当に、いいの?」

「当たり前だ。俺を一体誰だと思ってやがる?」

ニヤッと不敵に笑って、

「俺はお前の兄貴だぞ」

宣言するように言ってやった。

次の瞬間、

「うわぁぁぁぁぁぁぁ、おにいちゃん、おにいちゃぁぁぁぁぁぁん!!!!」

なのはは俺の胸に飛び込むと、士郎が入院していた時から溜め込んでいたものを全て吐き出すように泣いた。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 0話 その五 家族を”守る””強さ”とは………
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/13 22:33
高町家の道場、その中央に俺は片膝をついて座っていた。

正確には座りながら待っていた。

誰をだって? 恭也だ。

一時間程前に、美由希を使って呼びに言ってもらった。

内容は『俺から大切な話がある』と一言だけ告げて。

眼を閉じ、何も考えずに黙して待つ。

やがてガラガラと道場の扉が開く。

ようやく待ち人が来たようだ。

「何の用だ?」

これ以上無い程不機嫌極まりない声。

ゆっくりと瞼を開いて、立ち上がる。

答えようとしない俺に、更に苛立ち、ズンズンと床を踏み鳴らしてこちらに向かってくる。

手を伸ばせば届く距離になって、俺は初めて恭也の顔を見た。

「おい、人を呼び出しといてだんまりか!? 何とか言ったらどうなんだ!?」

恭也が俺の襟首を掴もうとしたその瞬間、

「とりあえず、歯、食いしばれ」

「!?」

俺は恭也の”腹”に左ストレートをぶち込んだ。





なのはと美由希には、恭也が道場に来たら俺が出てくるまで近づくなと言ってある。が、あいつらのことだ。何処からか覗いているんだろう。何となく気配がするのが分かる。

「ぐ、がはぁ!」

恭也は三メートルほど吹っ飛ぶと背中から着地、そのまま勢いを殺しきれず、盛大な音を立てて”縦”に二回転半を決めると、うつ伏せになって嘔吐した。

まあ、手加減したとは言えギアの力で殴ったのだ。いくら人間の中で強い部類に入る恭也であろうと、所詮は人間の身(しかもまだ成長期の子ども)だ。法力で耐久力を高めてもそれなりのダメージを与えられる俺の拳だ。平気でいられる方がどうかしてる。

骨が折れる感触は無かったので、骨折はしてないと思うが。

「どうした? この程度の不意打ち、避けるどころか防御も出来ないのか?」

なるべく挑発的に、神経を逆撫でするように言ってやる。

「いきなり、何を」

激痛と呼吸困難で動けないらしく、立ち上がろうとしているが出来ないようだ。

仕方ねぇ、元気が出る魔法の爆弾でも投下してやるか。

「今の体たらくがお前の実力かと聞いてるんだ? 美由希の制止を振り切って鍛錬してるって話だが、こんなんじゃ士郎を越えることはおろか追いつくことすら出来ん。もうやめちまった方がいいんじゃねーか?」

「貴様っ!!」

案の定、ぶちキレた恭也が襲い掛かってくる。

何処から取り出したのか、いつも訓練に使っている小太刀の木刀を両手に、床を這うように真っ直ぐ突っ込んでくる。

だが遅い。人間にしては速いかもしれんが、あくまでそれだけ。決して奥義の神速を使った士郎のような人外めいた速さじゃない。そもそも恭也はまだ神速を習得していないし、更に俺に殴られたダメージもある。

故に俺は、身体に木刀が触れる寸前、あっさりとバックステップで攻撃をかわすと、硬直が解けない恭也に一歩踏み込んでその顎目掛けて右フックを捻じ込んだ。

見事な錐揉み回転しながら吹っ飛ぶ恭也の身体は、先程腹を殴った時とは違い”横”に三回転してからようやく止まった。

さすがにダメージが重かったようでぴくりとも動かない。此処まで容赦無くやっていといてアレだが意識が飛んでなけりゃいいんだが。

仰向けになって動かない恭也にゆっくりと近づく。

どうやら意識は健在のようで、動けない代わりに俺を睨み殺すような視線が飛んでくる。

その眼は、自分より遥かに体格が劣りながら理解不能な強さを持つ俺への畏れと羨望、そして今までの努力を踏み躙る侮辱に対する濁った怒りが込められていた。

文字通り見下しながら口を開く。

「弱いな、テメー」

「ッ!!!」

此処一番で恭也の心を抉る言葉を吐く。

「こんなもんが高町恭也の本気か? だったら期待外れもいいとこだ。俺としては、士郎の息子なんだからもう少し骨のある奴だと思ってたんだが、買いかぶりだったか」

「………」

身を焦がすような悔しさに唇を噛み、血が出ている。

「もう一度言う。テメーは弱い。今の高町家の中で一番弱い」

「!?」

俺の言ってることが理解出来ないのだろう。その視線が「どういうことだ?」と聞いてくる。ま、普通、いきなりこんなこと言われて理解しろという方が無理だ。

「俺や士郎よりも弱いのは当然、桃子にも、美由希にも、なのはにすら今のテメーじゃ勝てねー」

襟首を掴んで息がかかるくらいの至近距離まで引き寄せる。

「一人で店をやりくりして忙しいのに家事も完璧にこなして、士郎の見舞いを毎日欠かさない桃子の方がもっと強ぇ!! 学校行って、桃子の手伝いやって、テメーの心配してる美由希の方がもっと強ぇ!! 誰にも迷惑かけないように我侭我慢して、『いいこ』演じてたなのはの方がもっと強ぇ!!!」

此処で顔を一旦引き離し、

ゴキンッ!!

「ぐぁ!!」

思いっきり頭突きをかましてやる。

それでも手は離さず、むしろ両手で襟首を持ち直して高く掲げる。

「テメー兄貴だろうが!! 何で一番弱ぇんだよ!?」

恭也が息苦しそうにするが気にしない。そのまま押し倒して馬乗りになる。

「よく聞け恭也」

そこで俺は、恭也が道場に着てから初めて優しく諭すように声を出した。

「士郎が居ない今、お前が高町家を、家族を守れるように強くなろうとしてんは分かってる。それは悪いことじゃねぇ、何事も強いに越したことは無いんだからな」

だがな、と付け加える。

「お前一人が家族を守ろうとしてる訳じゃ無ぇ。桃子も、美由希も、なのはも、勿論俺も、形は違うが、皆が皆、家族を守りたいと思って強くあろうとしてる」

俺はゆっくりと丁寧に恭也を離すと、拳を作って恭也の胸をトントン、っと叩いた。

「だから、一人で突っ走って無理すんな。自分一人の責務だと思って抱え込むな。少しでいいから、俺達にもその荷物背負わせろ。その為の家族だろうが」

馬乗りになっていた恭也の上から降りると、背を向ける。

「強くなれ、恭也。肉体的とか物理的とかだけじゃなくて、色々な意味でな」

言って、道場を出る為に歩き出す。

「お前なら出来るさ、”兄貴”」

道場を出て、扉を閉める瞬間、すすり泣く声が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにした。










それから数時間後。

桃子、美由希、なのは、俺の四人で夕飯を食っている時、突如現れた恭也が全員の前で土下座した。

『今まですまなかった』と。

そして俺に、『ありがとう。おかげで目が覚めた』と。

それに対して、『気にするな、一緒に飯でも食おうぜ』とだけ返した。

もう一度深く俺に頭を下げると、恭也は席に着く。

桃子と美由希となのはが、泣きそうになりながらも満面の笑みで迎え入れる。

少し強くなったじゃねぇか、恭也。










その夜、時刻は午後十時。

俺はなのはが寝静まるのを見計らって、家から抜け出し、士郎が寝ている病室に忍び込んでいた。

「そもそもハナッからこうしてりゃ、ややこしい事態になってなかったんじゃねーか?」

手には掻っ攫ってきた士郎のカルテ。

部屋に人払いと進入禁止の結界を張る。

医療用解析法術の術式を構築、展開、構成された術式に必要な魔力を計算し、魔力を流す。法力を発動。

士郎の状態を”見て”カルテと睨めっこ。それからあらかじめ用意しておいたノートに必要事項を書き入れる。

「俺が治療すりゃいいってことすら忘れてたってんだから、よっぽど動揺してたんだろうな」

全く間抜けな話である。

「しっかし、こいつは酷ぇな」

解析してみて分かったんだが、士郎の容態は一歩間違えれば本当に死んでいてもおかしくないレベルであった。

対応した医者の腕が相当良かったのもあるが、身体を強靭に鍛えていた士郎だからこそ一命を取り留めたのかもしれない。

ま、俺のやることに大して変わりは無いのだが。

「ったく、これからする治療のほとんどがギア計画に必要だからって取った医師免許と博士号のおかげで出来るってのが皮肉な話だ」

そう。ギア計画の正式名称は『人工的生態強化計画』だ。弄くるのは人間だけじゃなくて、既存生物を片っ端から弄り回すのだが、当然その知識も必要となる。

「だいたいこの時間から朝までやって元の身体に戻すまで…………早けれりゃ一週間、多く見積もって二週間ちょいか。この貸しはでかいぜ? 士郎」

医療用法術の中で、何処の部分にどの術式を使うか吟味する。

「さて、始めるか」




















それから一ヶ月が経過。

「ソル」

「なんだよ?」

「桃子達はまだか?」

「知らん」

事故(事件か?)から二十日後。志郎は無事に目を覚ました。懸念していた後遺症も無く、リハビリも必要無い状態で退院できた。

ま、全部俺がそうなるように影でこそこそ奮闘していたんだが。

はっきり言って病院側は目を覚ます見込みは薄いと完全に匙を投げていたようで、実際に目を覚ます士郎を見て「奇跡だ!!」と思ったらしい。本当のところその認識は間違っていない。

で、この際だからと、なのはを除く高町家の人間に俺のことを少しだけ打ち明けた。

この世界によく似た全く別の世界からやって来たこと。何故この世界に来たのかは原因不明だということ。自分が魔法使いであるということ。魔法を使って士郎を治療したこと。何故なのはには話さないかというと、なのはには魔法使いとしての才能があるが、魔法使いにはなって欲しくないこと。魔法使いとしての人生よりも普通の人間としての幸せを掴んで欲しいこと。

俺は信じてもらう為に簡単な法力を幾つか見せようと思っていた。最悪、ドラゴンインストール状態の姿を見せることも考慮していたが、士郎達はあっさり俺の言うことを信じてくれた。

『いや、実はそうなんじゃないかと思ってたんだよ』

そんな風に笑う士郎は夢溢れる男だなと思った。

他の面子も、何となく俺が”普通”ではないことを察していたらしい。確かに怪しい行動をたまにするガキだったからな。

『俺が怖くないのか?』と聞くと、

『感謝こそすれ、怖がる理由が無い』と返され、逆に、

『今まで通り、家族でいられるんだろう?』と聞かれてしまった。

俺はその言葉に泣きそうになりながら、『ありがとう』と頭を下げた。

で、士郎の快気祝いに旅行に行こうという話になったのだが、士郎は病み上がりだから運転させないということで、旅行の足は電車である。

「それにしても遅ぇな、”お袋”も”姉貴”もなのはも」

「確かに遅いな」

「女性の準備が遅いのは世界の常識だぞ二人共? そんなこと言ってると女の子にもてないぞ」

男性陣は準備がとっとと終わったので、女性陣を玄関で待っているのだ。

「余計なお世話だ。おい”兄貴”、ちょっと行って文句言ってこいよ」

「此処は一番下のお前が行くべきなんじゃないのか?」

「面倒くせぇ」

「お前な………」

「ところで”親父”」

「何だ? ソル」

「本当に身体はなんとも無いのか?」

「その台詞、退院してから二十回くらい聞いたぞ?」

「いいから答えろよ。治療した側にとっちゃ重要なんだよ、特に俺は基本研究の人間だったからそもそも畑が違ぇんだよ」

「前よりも調子が良いくらいだ」

「………なら構わねぇ」

「心配性な弟だ」

「うるせぇぞヘタレ兄貴。喧嘩売ってんのか!?」

「なんだとこの「ごめんなさい、すっかり時間掛かっちゃって」………」

桃子を筆頭に美由希となのはがそれぞれ荷物を持って現れる。

「遅ぇぞ、もう少しで危うく”兄貴”を血達磨にするとこだったぞ!?」

「俺が負けること確定かよ!?」

「たりめーだろーが!! 悔しかったら一本取ってみやがれ!!」

「言ったな、後悔するなよ」

「来やがれ」

「やめなさい二人共」

桃子が笑顔で言い放つ。

「「はい」」

俺と恭也は揃って降伏した。

「おにいちゃん、ケンカはダメだよ?」

「フン」

なのはが俺の腕にしがみつく。

「恭ちゃんも大人気ないよ」

「ああ」

美由希が恭也の前で腰に手を当て説教する。

「ほら、お説教は後でするから、早く出発しましょ。ね? 士郎さん」

「ああ、せっかくの旅行だ。楽しまないとな」

桃子は軽く爆弾を落としながら士郎と腕を組んで、甘い空気を発生させながらそのまま二人で歩き出す。

「ほら恭ちゃんも、いつまでも膨れっ面してないで」

「わかってる」

美由希と恭也も歩き出す。

「散々待たせた癖して”お袋”め、偉そうに」

「おにいちゃん」

「おう」

俺もなのはに促される。

「行くぞ、なのは」

「うん♪」

共に歩き出した。



















そして、幾年もの時が流れ、俺となのはは小学三年生になった。











































後書き


此処まで読んで頂いてありがとうございます。如何だったでしょうか!? 百年単位で生きてきた孤独な生体兵器と未来の魔法少女との邂逅をお送りしました。

0話を書く時の全体を通したコンセプトは『かつて失った大切な絆』と『家族』です。

書き始めた当初はどんな風に叩かれるのかとか、本当に書ききれるのかと不安で一杯でした。

しかし、皆様の暖かい声によりやる気が漲ったおかげで0話を全て書き終えることが出来ました。

とりあえずは0話はこれで終了です。

次からはいよいよ無印突入。なのはとソルがこれからどんな出会いをするのか!? お楽しみに!!





おまけ

0話終了時点でのキャラデータ
『』内はこの作品のオリジナル設定
矢印の→は変わったこと


ソル=バッドガイ

格闘スタイル:我流

出身地: アメリカ

生年月日: 不明

外見年齢:五歳前後

実年齢:『210~220歳』

身長: 『現在115㎝』(本来184cm)

体重: 『現在23kg』(本来74kg)

利き手:左(両利き)

血液型: 不明

趣味: QUEENを聞く事 『良さそうなロックバンドの曲を探すこと』『なのはの面倒を見ること』 『知識を取り入れること』

大切なもの: QUEENのレコード 「シアー・ハート・アタック」 『家族』

嫌いなもの: 努力、頑張る事→『努力、頑張る姿を誰かに見られること』 『家族に害なすもの』『家族間不和』

アイタイプ: 赤茶→『現在 真紅』



コンセプトは『ぶっきらぼうだけど優しい』『面倒くさがってるけどなんだかんだ言ってやる』『身内に甘い』『ソルらしくないソルだけどやっぱりソル』

本作はGG2から十数年後のソルという設定なので実年齢は200越え。

五歳児にしてはでかい。

元天才科学者。理由が解明できないことに直面するとキレる→面倒くせぇ→思考停止→放置という思考ルーチンを取る。

ソルから見た高町家の人々はこんな感じ。士郎→親友 桃子→逆らえない女友達 恭也→しょうもない息子 美由希→抜けてるけど意外にしっかりしてる娘 なのは→愛娘

密着することによって垂れ流しの魔力を他者の体内に無意識に流れ込ませている。なのは(魔導師全般)にとってはその感覚が心地良いのでソルはよく密着されている。







高町なのは

格闘スタイル:??

出身地:日本

身長:109cm

体重:18kg

利き手:左

趣味:ソルと一緒に居ること

大切なもの:家族(特にソル)

嫌いなもの:家族間不和

アイタイプ:青



コンセプト『甘えん坊』『おにいちゃん大好き』

ソルの影響で好きな音楽とかがハードロックとかになりつつある。サバイバル知識豊富。勉強も教えてもらっているので同年代とは比較にならない程知能が高い。普段ソルと走り回っているので運動神経は高くなっている。

原作の歪み(他者から必要とされたいという自己犠牲)が無い。

ソルのことは尊敬しているし大好きなのだが、実は口調だけは決して真似しないようにしてる。



GG用語説明
『自己解釈&オリジナル設定っぽい』



法力

魔法の力のこと。またはその力を行使すること。



法術

法力学内で体系化された法力を、使用目的に合わせて大雑把に分野分けした呼び方。

戦闘用法術、転移法術、治癒系法術という使い方。ここから更に攻撃用法術、医療用解析法術、などに細分化される。

ちなみにドラゴンインストールは戦闘用肉体強化法術ではなく封印制御系法術に当たる。



術式

法力を使用する上で必要な『設計図』。





術式の略語。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 1話 全ての始まりの青い石 前編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/15 01:53
パチリと目を開ける。

「………妙な夢を見たな」

確か、いくつか忘れたが、何十個もの青い石が散らばる夢だ。

………意味が分からない。

昨日の夜になのはと弾幕ゲームでもやった所為だろうか? 敵ボスの中にそんな攻撃をしてくる奴が居なかったか?

「起きるか」

視線を机の上のデジタル時計に向けると午前四時半。いつもより少し早いが寝直す気もしない。

傍で寝ているなのはを起こさないようにベッドからそっと抜け出すと、着替える。

気持ち良さそうな寝顔のなのはを撫でると、部屋を出た。









1話 全ての始まりの青い石 前編










「いただきぃぃぃぃ!!」

「ぐっ」

左手に持った木刀を振り下ろす。俺の一撃を恭也は避けることが出来ず、何とか防御するものの、後方に大きく弾き飛ばされて態勢を崩す。

すかさず間合いを詰めると、逆手に持った木刀を横に薙ぎ払う。

「!?」

捕らえたかと思った刹那、恭也が視界から一瞬で掻き消える。

神速を使ったか。

だが甘い。

「オラァ!!」

先の薙ぎ払った姿勢そのままに、重心を左足に移動させてから背後に向かって右足で蹴りを放つ。

丁度そこには木刀を振りかぶる恭也が居た。

「がぁぁ!?」

完璧に勝ったと油断していたのだろう。カウンターで蹴りが入って吹っ飛ぶ。

何とか空中で態勢を整えて獣のように四つん這いになって着地するが、

「俺の勝ちだ」

顔を上げたそこへ切っ先を突きつける俺が居た。

「そこまで!」

士郎の声が響く。

「くそ、今日は勝てると思ったのに」

「う~ん、相変わらずソルは凄いな~」

「今朝は此処まで」

悔しさそうにする恭也と完全に他人事な美由希、今日の早朝稽古の終わりを告げる士郎。

「ふぅ」

俺は身体の緊張を解くと、美由希から渡されたタオルで顔を拭きながら息を吐く。

場所は高町家の道場。これは『小太刀二刀御神流』を受け継いでいる士郎と恭也と美由希がいつもしている早朝稽古。週に三回、俺もこれに参加している。

法力の鍛錬と肉体のみでの戦闘訓練を両立させたい俺は、月水金を士郎達と体捌きを、火木土は一人で法力の訓練をすることになったのは四年前。

俺が士郎を治療し、自分のことを少し打ち明けて以来続いている。

「でもいっつも思うけど、ソルってほんと闘い方上手いよね」

「俺は常に多対一で囲まれて闘うことが多かったからな。当然背後から狙われることもよくあった。対処法は、まあ慣れだな」

「慣れって簡単に言うけど、それって凄く難しいんじゃない?」

「すぐに出来る訳無ぇだろ。経験を積まないと出来ねーから慣れって言ったんだからな。な、親父?」

美由希が振ってきた話を士郎に振る。

「ソルの言う通りだぞ、美由希も感心ばっかりしてないでそれくらい出来るようになれ」

「無茶言わないでよお父さん………」

士郎の言葉に美由希がぐったりとしている横で恭也が木刀を構え直した。

「ソル! もう一本付き合え!!」

「………兄貴は親父が『今日は此処まで』っつったの聞いてなかったのか?」

「今なら勝てる気がする!!」

「人の話聞けよ」

「こら恭也、今日はもう終わりだ。ソルもお前も学校があるんだから、これ以上やると疲れを残すぞ」

「しかし父さん………」

「じゃ、俺はシャワー浴びるぜ、お先」

「あ、じゃあ私も一緒に「断る」ですよねー」

「待てソル!! まだ決着はついていないぞ!!」

「いい加減にしろ恭也!!」

へこむ美由希とまだ何か喚く恭也と、それに拳骨を食らわせる士郎を尻目に道場を出る。

これがいつもの早朝稽古の光景だった。





シャワーを浴びて着替えると、俺の部屋で寝ているなのはを起こす。

「起きろなのは」

「んう~~、朝ごはんが出来るまで~」

こいつは相変わらず朝に弱い。いつも俺が起こさないと自発的に起きようとしない。そろそろ自立できるように一緒に寝るのをやめようか。それとも一度放っておいて遅刻でもさせようか。

これからの教育方針に悩みながら、とりあえず今日はいつも通りに起こそうと決める。

「なのは、頭にゴキブリが居るぞ。今からゴキジェット持って来るからちょっと待ってろ」

「にゃ!? えぇぇぇ!! にゃ嗚呼ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

ベッドから飛び起きたなのはは涙目になりながら猛烈な勢いでヘッドバンギングし始める。

「取れた!? ちゃんと取れた!? 居なくなったの!?」

鏡で必死に頭部を確認するなのはの姿に満足すると、

「おはようなのは、朝飯先食ってるからな」

言って、部屋を後にした。

階段を下りる途中、「お兄ちゃんにまた騙された!!!」という声が聞こえた気がした。

いつも騙されるお前が悪い。

ちなみにこれ、騙す言葉を俺は一切変えたことは無い。いい加減学習しろと思う。





「お母さん、お父さん、恭也お兄ちゃん、お姉ちゃん、お兄ちゃん、おはよう」

「「「「「おはようなのは」」」」」

朝の挨拶が交わされると、なのはは俺の隣の席に着く。昔からこれは変わらない。

朝食を食べ始めると、なのはが口を開いた。

「ねぇお兄ちゃん、今日ね、ちょっと変な夢見たんだ」

「あん?」

夢?

「うん、その、なんていうか、見たことも無い服を着た男の子が森の中に居てね」

俺が見た夢と何か関連があると思ったがそうでもないらしい。普通の夢っぽいので聞き流すことにして、俺はテレビのニュースを聞いていた。

「その男の子、なんか変なお化けみたいなのと戦ってたんだけど負けちゃうの」

財政赤字ねぇ、就職氷河期とは。ウチの売り上げにも少なからず影響あるだろうな、きっと。

「でね、その男の子が助けを求めてるところで目が覚めたの」

次のニュースは、何々…某人気タレントが猥褻物陳列罪で逮捕? 夜中に一人全裸で酒飲んでいたところを通報されてあえなく御用。何があったんだこいつ?

「お兄ちゃん、聞いてる?」

「あ? ケチャップくらい自分で取って来い、冷蔵庫に入ってんだろ」

「そんなこと一言も言ってないよ!! 本当は聞いてなかったんでしょ」

膨れっ面になるなのは。

「ちゃんと聞いてたって。その男の子が化け物の餌食になってハッピーエンドだろ?」

「なんか話が変わってる!? ていうか、何処がハッピーエンドなの!?」

「化け物的に腹を満たすことができて?」

「うう、もういいよそれで………」

いいのかそれで。





「いってきまーす」

「いってくる」

「はーいいってらっしゃい、気を付けてね」

桃子に見送られ、なのはと共に学校に向かう。

俺となのはが通う小学校は『私立聖祥大附属小学校』とかいう。私立で授業料も高いことがあり俺個人としても小学校なんて行きたくもなかったのでこの話が出た時に断ったのだが、笑顔の桃子となのはの『お兄ちゃんはなのはと学校に行きたくないの?』という涙目攻撃とのコンビネーションで迫られたので、渋々承諾した。

私立で金掛けてるだけあって、スクールバスなんてもんが出てる。まあ、アメリカとかの他の先進国なら珍しくないが、日本では珍しい気がする。公立とかだと集団登校ってやつらしいしな。

んで、俺となのははその停留場でバスが来るのを待っていた。

なのはは楽しそうに鼻歌を唄いながら(音痴だ)繋いだ俺の手を小さく振る。手を繋いでやるだけでこいつはいつも上機嫌になる。

やがてバスがやってきたので乗り込む。

「おはよう、あんた達はいつも仲良さそうね、なのは、ソル」

「ふふ、おはようなのはちゃん、ソルくん」

と、一番奥の席から声が掛けられる。

金髪で活発かつ生意気そうな少女と、黒髪でおしとやかで大人しそうな少女、二人の少女が挨拶してきた。

「うん、おさはようアリサちゃん、すずかちゃん。私とお兄ちゃんが仲良しなのは当然なの!!」

「おはよう、アリサ、すずか」

金髪がアリサ・バニングス、黒髪が月村すずか。なのはの親友にして、一応俺の友人にもなる。

こいつらとの出会いは衝撃的だった。小学一年生の頃のある日、アリサがすずかを苛めていた姿を目撃した。俺は弱い者イジメしている奴を好きにはなれないが、イジメを受ける側も自力でなんとかしろと思っていたので、華麗にスルーしようとしたのだが、此処でなのはがとんでもないことをしたのだ。

アリサに詰め寄ると、いきなり顔を殴ったのだ。グーで。

その時、アリサの口から小さくて白いもの―――恐らく歯―――が飛んでった気がするが見なかったことにした。

次に右ボディ、左ストレート、右フック、左フック、と何処かで見たことあるような、それでいて惚れ惚れする連続コンボを決めるなのは。

なのはの思わぬ不意打ちと連撃にキレたアリサが反撃、そこからは大喧嘩、というよりはなのはが一方的にアリサをタコ殴りにしていた。

俺は初め唖然としていたが、段々面白くなってきて「もっと角度決めて打て」とか「顎狙え顎」とか完全に野次馬モードになっていた。

だがその瞬間、俺すら存在を忘れていたすずかが大きな声で『やめてっ!!』と叫んで二人の動きを止めた。

丁度二人は、なのはがアリサにコブラツイストを決めていて、泡を吹いているアリサが落ちる寸前だったのをよく覚えている。

その件以来、三人は何故か仲良しになってしまい、そこになのはのオプションパーツ的な感じで俺が組み込まれるのだった。

後でなのはに、『どうしていきなり殴りかかったんだ?』『何処であんな腰の入ったパンチ覚えたんだ?』と聞いてみると、不思議な顔をされた後に、『お兄ちゃんが見せてくれたの』と無邪気に言いやがった。

つまり、俺が恭也にかつてしたことをしっかり覚えてたんだなこいつ。んで、早朝以外でたまに付き合わされる組み手も見てたのか? ………え? つーことは俺の所為?

俺の回想が終わるとバスが動き出した。





「将来かぁ………」

昼休み。

俺となのはとアリサとすずかはいつものように屋上で弁当を食ってる時、ぽつりとなのはがそう言った。

「ああ? どうした?」

「えと、さっきの授業で将来何になりたいか? って先生が言ってたでしょ?」

「知らねぇな」

「アンタが先生の話全く聞かないでなんかの論文読んでた時よ!」

「ああ、あん時か」

「もう、頭良いからって授業ちゃんと聞かなきゃダメだよお兄ちゃん」

先公の話を聞かないのはいつものことだ。元科学者―――しかも当時は法力学を学ぶ上では俺の名前を知らない奴など存在しない程のレベルの知能と知名度を持つ俺が―――小学校の授業を真面目に聞いてるぐらいだったら、寝るか読書してる方が有意義だ。だから、図書館から借りてきた学術書とか、恭也が通う大学の教授の論文を借りてきてもらったりとかして、適当に時間を潰している。

「まあ、んなこたぁどーでもいいから、その将来がどうしたって?」

「うん、将来どうしたらいいのかなぁって」

将来ねぇ。俺がこいつらくらいの頃なんて、そんなこと真面目に考えもしなかったな。

「アリサちゃんとすずかちゃんは、だいたい決まってるんだよね?」

「私は一杯勉強して、お父さんとお母さんの会社を継がなきゃいけないかなって思ってるけど」

「私は機械系の………工学系の専門職かなって」

「二人とも凄いなぁ………」

感心するなのは。

「ところでソル、アンタ他人事って顔してるけどなんか無いの?」

「あ? 俺か?」

「あ、ソルくんがどんな将来考えてるのか気になるかも。いつも難しい本ばっかり読んでるし、聞かせて欲しいな」

アリサとすずかが俺に聞いてくる。なのはも俺がどう答えるのか気になるようだ。

「特に無ぇよ」

「へ~、そうなんだ、特にな………無いですって!?」

「え? どうして?」

「お兄ちゃん?」

どうやら俺の返答が意外だったらしい。三人共びっくりしている。

「どうしてって、無ぇもんは無ぇとしか答えられねーぞ」

「だってアンタ、いつも先生達ですらよく理解できない難しい本とか読みまくってて、いつも学年トップなのに将来の夢みたいなもんが無いの?」

「何度も同じこと言わせんな。無ぇもんは無ぇんだよ」

「だったらなのはは!?」

俺の答えに業を煮やしたアリサはなのはに八つ当たり気味に矛先を向けた。何怒ってんだこいつ?

「にゃ!? 私? 私は………よく分かんないかな?」

「もうなんなのよ兄妹揃って!!」

「アリサちゃん、ちょっと落ち着いて」

困った表情を浮かべるなのはに癇癪を起こすアリサ、それを宥めるすずか。

「お兄ちゃんはきっと何でも出来ちゃうからやることが決まらないんだよ。でも私はお兄ちゃんと違って取り柄って無いから、自分に何が出来るか分からないんだ」

ちょっと落ち込んだ風に心情を吐露するなのは。だが、この発言はアリサの逆鱗に触れることになる。

「このバカチン」

「にゃ!?」

「自分に取り柄が無いですって!? アンタどの口でそんなこと言うの? なのはにはなのはにしか出来ないことが絶対にある筈よ!!」

「私にしか出来ないこと?」

「そうよ、それが何かはまだ分からないけど取り柄が無いなんて言うもんじゃないわよ。ていうか、理数系は私よりも成績上の癖して生意気言うのはこの口!?」

なのはの頬がアリサによって引っ張られる。

「ひひゃい、ひひゃいよありひゃちゃん」

「そうだよなのはちゃん、取り柄が無いなんてことの方が無いと思うよ」

「………う、うん。分かったの。アリサちゃん、すずかちゃん、ありがとう」

ようやく離してもらった頬をさすりながら二人に礼を言うなのは。仲良いなこいつら。

「それに、翠屋の二代目になるって選択肢がまだあるじゃない」

「それも一つの将来の形だと思うんだけど」

「ま、焦る必要は無ぇさ」

俺は食い終わった弁当箱を仕舞って、なのはの頭にポンっと手を置いた。

「考えてもみろ。俺達まだ小学三年生、まだ八歳か九歳だぜ? 大人になるまでに時間はたっぷりあるんだ、ゆっくり考えりゃいい」

「お兄ちゃん………」

「それに、もしなのはが将来プーになっても俺が養ってやるから安心しろ」

「その気持ちは嬉しいけど、その言い方はあんまりだと思うの!!」

なのはの叫びが屋上に響いた瞬間、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。










学校の帰り道。

「今日の授業、終わる寸前に先生泣きそうになってたよ?」

すずかが俺を咎めるように言う。

「アンタって本当に容赦無いわね」

アリサも同様だ。

「にゃはは、お兄ちゃんだから」

なのははもう諦めたらしい。

「フン、あの程度でへこたれるんだったら教師なんて辞めちまった方が幸せだ」

俺が今日最後の授業の算数で何をやらかしたかと言うと、相変わらず授業を聞かずに論文を読んでいた俺の態度についにキレた先公は『そんなに先生の授業がつまらないなら、ソルくんが授業をやってみなさい』と言われたので、言葉通りに俺が教鞭を執ってやっただけ。

フェルマーの最終定理をいかにして証明するかをチャイムが鳴るまでツラツラと説明してただけだ。

勿論クラスメートは理解してる者が居らず全員ポカーン、先公唖然、アリサとすずかは『またか』みたいな表情で頭を抱え、なのはは終始苦笑いだった。

ま、法力を使うにはある程度の数学的知識が必要だからな。必ずしもフェルマー云々を理解出来なければいけない訳では無いが、俺自身元々科学者だったからか、必要以上にああいった高レベルな数学に触れる機会が多かったから自然と覚えていっただけなんだが。

とまあ、こんな感じに今日学校であった出来事をだべりながら歩いていると、アリサが『塾の近道なのよ』と言って脇道にそれたのでそれに続く。

しばらく歩くと、

「此処、今日夢で見た………」

なのはが呟く。

そして、

『助けて』

何か聞こえた。

法力による表層意識通信? いや、聖騎士団時代に何度も使われた通信法術とは何か違う。魔法の類であることは分かるが、違和感がある。俺の知らない法力か? 全六百六十の『聖天貸法』を理解している俺が? 確かに禁術に関しては詳しく無いが納得出来ん。可能性は低いがそうなのかもしれない。

「お兄ちゃん、何か聞こえなかった?」

「何かって何だ?」

どうやらなのはにも聞こえたらしい。相手を定めていない? 魔力を持ってる人間に片っ端から送信してるのか?

『助けて!』

「ほらまた、こっちから!!」

「おい、待てなのは!!」

『声』の主の元へ駆け出すなのは、それを追う俺。アリサとすずかはそんな俺達に一瞬ポカンとすると、『急にどうしたってのよ!? って待ちなさい!!』と慌てて追いかけてきた。

「お兄ちゃん見て!」

なのはの指差す場所には、怪我をして衰弱しているフェレットっぽい何かが居た。

俺は警戒しながらゆっくり近づき、注意しながら解析法術の術式を構築、展開、必要な魔力を計算して流し発動させる。

士郎を治療した時に使った医療用じゃない。あれは肉体の何処の部分がどのような状態なのかを診るものである。

今このフェレットもどきに使っているのは『法力を解析する為』の法術だ。こいつがもしこの状態で何か用意しているようであれば、これで見破れる筈。

そして一つ見破る。こいつ、今はフェレットもどきの格好してるが本来は人間の男、しかも今のなのは達と同じくらいの年齢のガキだ。

完全に気絶しているようだし、周囲を警戒して見渡すが罠らしいものも無い。

変身で遊んでいたら事故か何かで怪我をして気絶、ってところだろうか? しかし見たことも無い術式だ。

俺の知らない法力が存在するのは信じ難いが、俺はまだこの世界に来て四年ちょっとしか経ってないし、裏社会についても碌に調べようとしなかった。なのはみたいな高い魔力持ちが存在して代々一子相伝で魔法を教えてるってのも否定出来ないからな。

とりあえず危険は無いみたいだが、どうするか? っと思ってたらなのはがフェレットもどきを抱え上げてしまった。

「どうする気だ?」

「もちろん助けるよ!!」

「言うと思った」

「何暢気に構えてんのよ、獣医よ獣医!!」

「とりあえず119番………」

「それはやめとけすずか。確か近くに動物病院があった筈だ、そこに行くぞ」

何故変身してぶっ倒れてるか知らねぇが、このまま放置するのもなんだかなぁ………面倒くせぇ。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 1話 全ての始まりの青い石 後編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/16 03:01
あれからしばらくして。

怪しいフェレットもどきを近くにあった槙原動物病院に連れて行った。

獣医の診断によると命に別状は無いらしい。

それを聞いて目に見えてほっとするなのはとアリサとすずかの三人。

「で、こいつどうすんだ? 首輪、にしては随分女々しいもん付けてるが飼い主が居るんじゃねぇのか?」

ケージの中で横たわっているフェレットもどきの首にはビー玉サイズの赤い玉が付いている。

解析を掛けてみれば………案の定、魔道具の類だ。

「あ、起きた」

アリサの声。

今の法術を使った時に僅かに漏れた魔力に反応したらしい。辺りをキョロキョロと見渡す。その仕草に三人娘は「可愛い~」と暢気にしているが、逆に俺は緊張する。

そして、やっぱりというか、なのはのことをじっと見る。

………こいつ、なのはが高い魔力を持っていることに気付いてやがる。

もし何か変なことでもしたら、今すぐにでも消し炭にできるように術式を構築、展開しておく。後は魔力さえ流せば法力を発動できる段階までに留める。

しかし、拍子抜けしたことにすぐに気を失ってしまう。

とりあえず、今日のところは此処の獣医が面倒を見てくれるらしい。

俺達は槙原動物病院を後にした。





塾までの道すがら、三人はフェレットもどきのことが気になるようで、終始その話だった。

で、もし飼い主が見つからなかったら誰が飼うかという話になり、

アリサの家は犬が居るから×。

すずかの家は猫屋敷だから×。

ウチは食い物を扱っている以上衛生面で問題があるから×。

だがなのはは士郎に相談してみると言っていた。

俺としては、まだ奴が得体の知れない者である以上賛成しかねる。一応、なのはにバレないように士郎達と話をした方が良いか?

アリサとすずかを塾まで見送ると―――俺は塾に行く必要が無いし、なのはも俺が教えているので必要無い―――家路につく。

家に着くとなのはが早速士郎に相談。

フェレットはペットとして人気が高いからか、桃子と美由希はかなり乗り気だった。

結局、なのはがちゃんと面倒を見るということで話は纏まった。

「お兄ちゃん、飼っていい?」

士郎達から許可を取った後に俺に承諾を求めるのはどういう意味があって言ってるんだろうか。外堀はもう埋めたから観念しろということだろうか? そうだとするとかなり腹黒いが、眼を見る限りそんなことはないようだ。期待と不安で揺れる純粋無垢な眼は、きっと俺が反対したら諦めるのではないか。

「条件がある」

「条件?」

奴の今の姿がフェレットだろうとイタチだろうと、本来の姿はなのはと同い年くらいの男。そんな”赤の他人”が家の中を我が物顔で歩いているなど気分が悪い。

「フェレットが家の中に居る間は決してケージの外に出すな。不潔だからな。ウチは食い物扱ってんだからそのくらい当然だろ?」

「え~、それっていくらなんでも厳しいよソル」

フェレットと自分が遊ぶ姿を想像していたんだろう、美由希が抗議の声を上げる。そんなこと言ってられるのも今の内だけだぞ?

「姉貴はすっこんでろ。まだ他にもあるぞ。ケージは居間から動かさないこと。触ったら必ず手を石鹸で洗うこと、外に連れてっても構わねぇが人様に迷惑かけた場合は即保健所行きにすること。この条件を守れるようだったら飼うのを許してやる。どうだ? 守れそうか?」

「えっと、家の中ではケージから出さない、ケージを居間から動かさない、触ったら石鹸で手を洗う、外に連れてっていいけど人の迷惑にならないようにする………うん、分かったよ!!」

「本当に守れるのか?」

「うん、お兄ちゃんとの約束だもん! 絶対守るよ!!」

そう言って、なのはは屈託無く笑った。





夕飯を食い終わって、テレビの前でまったりしていると俺の携帯電話がメールの着信を伝える。

血をイメージしたかのような真っ赤な携帯に手を伸ばし画面を確認する。

送り主は俺がよく行くCD屋『Dレコード』の店長からだった。内容は、俺のお気に入りのユダヤ系ロックバンド『DMC(ディストーション・メンタル・クラッシャーズの略)』の新作アルバムが発売日前に入荷したので今からでも取りに来いっということだった。

かつてそのCD屋の店長とロックについて語った時に妙に馬が合い、その日メールアドレスを交換して以来、今みたいに連絡が来て発売日前に入荷したCDを特別に売ってくれるのだ。

俺はおもむろに立ち上がった。

「親父、お袋、ちょっと出てくる」

「こんな時間に何処行くんだ?」

「CD屋」

「いつものことだがまたか。なのはがお前を真似したがるからあまり夜の外出は控えて欲しいんだがな」

「今回ばかりは無理だ」

「ソルって本当にロックが好きなのね、その台詞何回目かしら?」

溜息を吐く士郎の横で、感心したのか皮肉を言ってるのかいまいち分からない様子の桃子。

なのはは丁度トイレに行ってて此処には居ない。家を出るなら今しかない。

「行ってくる」

「何処へ?」

「!?」

いつの間にかドアから顔を覗かせるなのはが居た。しまった、見つかっちまった。

「お兄ちゃん何処行くの?」

言外に私も連れて行けと言ってくる。

「………ちょっとCD屋まで」

「私も行く」

「ダメだ」

「なんで!?」

信じられないという表情をするな。

「この前に連れてった時、店長と話し込んでたらお前隣で寝こけてただろうが。寝ること自体責めはしねーが、俺が負ぶって帰ってる間も寝たままだし、結局そのまま歯磨きしないし風呂も入らないで朝まで寝ちまったから」

「うう~」

「つーことで、ダメ。先に風呂入って寝てろ」

「次は絶対一緒なんだからね!! お風呂も!!!」

俺はなのはの負け惜しみを聞き流しながら一度部屋に戻って上着を取り、家を出た。





「また股間が濡れるCD入荷したら呼んでやるよ」

「ああ、頼む」

店長(ちなみに女)の下品な言葉を背に受け俺はCD屋『Dレコード』を出る。

腕時計を見ると家を出てから二時間近く経っていた。話が弾んだ所為でまた随分と長居してしまった。とっとと帰らないとまたなのはがうるさい。いや、もう寝てるか?

CD屋は海鳴市の端、海岸に面した場所にある。何故駅前とかではなくこんな近くに店おっ建てたのか理解に苦しむ。

店の近くにある海が見える公園を一人とことこ歩きながら、ふと上を見る。

空には真円を描く月が美しく輝いている。

「世界が変わっても、何年経っても、月と太陽は変わんねぇな」

物思いに耽ること十秒。俺は先程手に入れたCDを出してほくそ笑んだ。

早く聴きたい。その為にはマジでとっとと帰ろう。

ていうか、場所が場所だけに視界に入るアベックが鬱陶しい。こっち見て指差してんじゃぇ、二人の世界に入ってろ! それとも灰になりてぇのか?

イチャつくんならホテル行けよ、と思いながら足を速めると、

「!?」

先に来たのは違和感、そして魔力反応。次の瞬間には薄い金色の光がドーム状に展開されたこと。

視界からさっきまで存在していたアベック達が消える。

街の方から魔力反応―――人間にしてはかなりでかい、なのは並くらいか?―――が俺が今居る公園に高速で飛んでくる。

「ちっ!」

状況が把握出来ない以上、此処でつっ立っているのは危険だ。俺は後手に回らざるを得ない現状に舌打ちしながら、適当な木々の中に入って身を隠す。

一体誰が何の為にこんな結界―――しかも見たこと無い―――を使ったってんだ?

アベック達が消えたとこを見ると、何らかの条件を揃えた、もしくは条件が揃わないものを弾き出す結界か?

では何故俺が?

慎重に魔力が漏れないように解析法術を使用する。

どうやらこの結界、魔力を持っていない者を叩き出す代わりに、魔力を持っているものを者を問答無用で取り込むタイプの結界らしい。

因果律隔絶系の結界か、厄介だな。

結界に対する分析が終わると、俺が先程まで居た場所に金色の閃光が舞い降りる。

(女!?)

月光に照らされた白い肌。

きらきらと輝く金糸のような金髪、それを黒いリボンでツインテールに結んでいる。

恐らくなのはと同い年くらいだろうに、何処か憂いを秘めた紅い瞳。

そして何より、

(変な格好だな)

そう思った。

まずマント。なんと言ってもマントである、マント。黒いマント。なんかの仮装かコスプレだろうか? 確かに俺の元居た世界で旅装束にマントを着込むのは珍しくなかったが、この世界では珍しいを通り越して異常である。

そして服装。なんか際どい。袖無しのぴったりとした黒い生地に申し訳程度のミニスカート、黒いニーソックスに黒い手袋。全身黒でデザインされた姿はあの年でよく着る気になったなと感心する。

(ませてるな)

際どい服装を普段着やら戦闘服にしている女は何度も見てきたが、あの年でそういった格好をする輩を見たのはさすがに初めてだ。

ついでに杖。本来ならこっちに注目するべきなんだろうが、服の印象が強過ぎて忘れかけていた。あれも魔道具だな。

見たことも無い飛行法術を駆使して飛んできた謎の少女は、辺りをキョロキョロすると独り言を呟いた。

「おかしいな、さっき強い魔力を感じたのに」

(!? 俺かよ?)

どうやらアベック達に対してイラっときた時に普段押さえ込んでいる魔力が少し漏れ出たらしい。

「う~ん、もう誰かが持って行っちゃったのかな?」

小鳥のように小首を傾げる金髪。

(誰かが、持って行った? 何を?)

俺の魔力とは違う別の何か?

少女と俺が二人してうんうん唸っていると、全く別の方向、公園の奥の森の方から青い閃光と共に高い魔力反応を知覚する。

(今度は何だ?)

「いけない、もう発動してる」

事態についていけない俺とは対照的に、少女は冷静な声で強い魔力を発生させる方角を睨むと、金色の光を纏って飛んでいった。

少女が飛び去ると木の影から身を出す。

「やれやれだぜ」

どうしようか。正直気にならないと言えば嘘になる。だけど内心面倒くせぇというのもある。早く家に帰ってCD聴きたいし、厄介事は勘弁願いたい。

少女が向かった方向から魔力反応、今度は二つ。少女のものと、さっきの青い光と同時に知覚した奴だ。

「ち、面倒くせぇな」

舌打ち一つして、いざって時の為に常に持ち歩いてるヘッドギアを装着する。

次に転移法術を使う。かつてイズナが俺とシンに使って見せたものを教えてもらい、更に俺流にアレンジしたものだ。

だがこれは俺自身を転移させるものではない。あるものを転移させる為のものだ。

俺の部屋から転移してきた封炎剣を握る。厄介事になる以上は準備は出来るだけするに越したことはない。

「行くか」

少女が飛び去った方向に走り出した。





それを見たとき、初めはギアかと思ってしまった。

外見はアナコンダ並みにでかい白い蛇。だがそれを蛇と呼称するのは少々躊躇われる。

何故なら蛇の身体から大量の蛇―――サイズは普通―――が”生えている”のだから。一匹の巨大な白蛇に、何十、何百という小さな蛇が所狭しと生えている姿。

毛虫を想像してから、毛虫の身体を蛇として、毛を全て小さな蛇だと思えば分かりやすい。

はっきり言って気味が悪い。

それと対峙するのは先程の少女。手に持つ黒い杖を変形させて金色の刃―――恐らく魔力で構成された―――で襲い来る蛇の”群れ”を斬り落としている。

あの”毛”は伸びんのか。

(ほう、なかなかやるな)

少女の動きは明らかに訓練を受けた者の洗練された動きである。その動きはまだまだ未熟ながらも難なく蛇の”群れ”に対処している。

(だが、決定打に欠けるな)

蛇の”毛”はいくら斬られようともすぐに再生する。少女は懸命に間合いを詰めて”本体”に攻撃を仕掛けようとするが、再生してから襲い来る速度の方は若干速い。

焦れてきた少女は一旦距離を離すと、

「フォトンランサー、ファイア」

呪文を唱えて魔法を発動。金色の雷球がいくつも少女の周囲に現れ、そこから魔力で生成された槍のような弾が蛇に向かって発射される。

連続する閃光と炸裂音。

蛇の”毛”の八割が吹き飛び、バラバラになった胴体や頭が辺りに飛び散る。

それを見た少女がチャンスとばかりに飛び込むが、

「な!?」

吹き飛ばされた筈の”毛”が爆発的な勢いで再生し行く手を阻む。飛び込んだ姿勢のまま避けることも勢いを止めることも出来ず、濁流に呑まれるように少女の小さな身体が埋まってしまう。

次の瞬間には、少女の身体はあちこちに噛み付かれていた。首に、腕に、手首に、足に。手にした杖を取り落とし、宙吊りにされる。

その時点で俺は既に飛び出していた。

少女の身体に噛み付いている”毛”を封炎剣の一薙ぎで全て斬り払う、否、焼き払う。すかさず少女の華奢な身体を抱えると蛇から大きく距離を取り、そのまま蛇から逃げるように走る。

「大丈夫か? 今解毒と治癒してやるから待ってろ」

「あ……あなたは?」

「とりあえず敵じゃねー」

ぐったりとした様子で俺を見る少女に簡単に答え、走りながら解析法術を使用する。数秒にも満たない時間しか噛まれていない所為か、一箇所一箇所の傷は浅く注ぎ込まれた毒も量が多くないが、数が多いし、内二箇所は首だ。マズイな。

「安心しろ、死なせやしねーよ」

毒の解析を行うと、幸いなことに普通のそこら辺に生息してる蛇の毒だった。ギアが持つ凶悪なものだったらどうしようと思っていたが、この程度の毒物なら何の問題も無く解毒出来る。

俺は法術で治療を施すと立ち止まり、ゆっくりと少女の身体を横たえた。

「あ、あの」

「まだしばらく動くな」

「う、うん」

「すぐ終わらせてくる」

俺は少女に背を向けると、今来た道に眼を向ける。

視線の先、シューシューと音を立てながら醜悪な姿を現す蛇。やはり焼き払った部分は全て再生している。というより、むしろ増えてやがる。

「ん?」

真正面から見て初めて、蛇の額に菱形の青い石が埋め込まれていることに気付く。

あれがさっきの青い光の元か?

解析してみると魔力の結晶体だというのが分かる。

つまり、あれさえなんとかすりゃいいんだな。

蛇が”毛”を伸ばそうとする気配を感じて、俺は一歩踏み込んで封炎剣を大地に突き立てた。

「ガンフレイムッ!!!」

封炎剣から火柱が立ち上り”毛”を呑み込み、焼き尽くし、それでも勢いを衰えさせずに突き進む。それを盾にして俺も走り出し間合いを詰める。ついに火柱は本体を火達磨にして丸裸にした。

見た目”普通の蛇”になった本体は全身が焼き焦げ、身体のあちこちが炭化しているがそれでも死んでない。

「しつけぇな」

俺の接近に本能的に蛇は反応し、大きな口を開いて噛み付こうとしてきた。

が、俺は更に踏み込んで開いた口に右ストレートを叩き込む。

そして左手に持った封炎剣を突き出した右腕に揃えるように掲げ、

「くれてやるぅぅぅ!!!」

振り上げた。

同時に目の前の空間に巨大な爆炎が生まれ、蛇を呑み込んだ瞬間爆裂する。

蛇は灰すら残さず蒸発し、後に残ったのは青い菱形の石だけだった。





「つまり、この『ジュエルシード』ってのが原因であんな化け物が生まれたと?」

「うん」

俺はベンチに座り、件の青い石をその隣に座る少女に手渡して問いかける。

蛇を始末し、青い石を回収し、改めて少女の身体に治療を施すと、何故あんなことになったのか聞かせてもらった。

なんでも、青い石の名前は『ジュエルシード』。願いを叶えると言われる魔力結晶体らしい。生物の”願い”に呼応してその生物に力を与えるという。

で、そんなもんが今回収したのも含めて二十一個がこの海鳴市にばら撒かれたらしい。

何処の馬鹿がそんなことしたのか知らねぇが迷惑な話だ。

「………あ!」

「どうしたの?」

少女が怪訝そうに俺の顔を覗くが今はそれどころではない。

今朝俺が見た青い石が散らばる夢。なのはが見た化け物と戦う少年の夢。フェレットに変身して衰弱してた少年。今さっき戦ったジュエルシードの暴走体。

何かが、繋がる気がした。

俺は立ち上がった。嫌な予感がする。

「おい、今すぐこの結界解けるか?」

「え? それは出来るけど、急にどうしたの?」

「いいから急げ!!」

「わ、わかった!!」

俺の怒鳴り声に慌てた少女は立ち上がると、全身から金色の光を放つとあの際どい服装から、一瞬にして黒と赤のワンピース(いたって普通の)になる。手にしていた黒い杖も服と同様に光に包まれると、少女の手の平サイズの三角形のアクセサリーになる。

ドーム状に展開されていた結界が解除される。

「もう怪我は大丈夫か?」

「え? あなたのおかげですっかり」

「じゃあ一人で帰れるな」

俺は少女の返答も待たずに走り出した。

「ちょ、待って、あの!!」

「ああ!?」

立ち去る俺を引き止める声に振り向く。

「あ、その、えっと………」

引き止めたはいいが、何を言っていいのか分からないらしい。口をモゴモゴさせて「えと、えと」と必死になって言葉を紡ごうとしてる。

その姿に俺は懐かしさを覚えてしまう。

似たようなヘアースタイルの所為か、それとも初めて会った時と同じ寂しそうな紅い瞳の所為か、今のような窮地に追いやられると泣きそうになる姿の所為か。

似ていると思った。

(木陰の君……)

俺は少女に近づくと、ビクビクしているその頭に手をそっと乗せる。

「………え?」

「言いたいことがあるならはっきり言ってみろ、ちゃんと聞いてやっから」

「あ……」

俺の言葉にパァっと顔を輝かせると、少女はどもりながらもちゃんと言いたい言葉を口にした。

「あ、あの、あなたの名前、お、教えて」

「俺の名前? そういやまだ名乗ってなかったな」

今更気付いた。

「俺はソル、ソル=バッドガイだ」

「ソル……ソル、ソル、ソル=バッドガイ………」

何度も何度も俺の名前を繰り返して覚えようとしている姿が微笑ましい。

「うん! 覚えた、ソル=バッドガイだね! ソル!!」

「ああ、ところでお前の名前は?」

「あ、私はフェイト、フェイト・テスタロッサ」

「そうか、フェイトか、俺も覚えた」

「うん!!」

嬉しそうに微笑むフェイトの頭をそのまま撫でていると、気持ち良さそうな顔をする。次第に眼がトロンとしてきた。

ってこんなことしてる場合じゃない。

「ワリィ、俺そろそろ帰らねーと」

「………え」

あからさまに残念そうな声音と表情をされるとこちらとしても心が痛いが、早く帰って確かめたいことがある。

「なに、縁があったらまた会えるさ」

「あ、うん、そうだね、また会えるよね」

「ああ、きっとな。だからまたな、フェイト」

「うん、またね、ソル」





こうして俺とフェイトの邂逅は終わった。

再会を約束せず、かといって明確な別れの言葉も告けずに。





運命が、動き始める。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 2話 格闘系魔法少女?の誕生 前編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/19 02:20
『常に最悪を想定しろ。現実はその斜め四十五度上を行く』

誰の言葉か忘れたが、俺は昔からこの考えを念頭に置き行動している自負があった。

しかし、百年単位で生きている俺ですらまだまだ未熟であるらしく、今目の前に広がる光景を一遍たりとも想像していなかった。

「えい! えい!」

可愛くも気合が入った声と共に、バシッとか、バコッとか、ボコッとか、ビシッとか打撃音が聞こえる。

先程フェイトと別れて、急ぎ家に帰ろうとすると魔力反応を感知。どうやら移動しているようで、初めは槙原動物病院、それからはあっちこっち移動して現在は人っ子一人居ない公園という経路を取る。

それはいい。

問題があるのは、黒い影のような獣(昔戦ったことのある禁獣じゃなくて恐らくジュエルシードの暴走体)を物凄く良い笑顔で手に持つ杖で引っ叩いてるなのはの姿だった。










背徳の炎と魔法少女 2話 格闘系魔法少女?の誕生 前編









ドゴッ、と鈍い音が響く。なのはが杖で黒い影をぶん殴った音だった。素早い身のこなしで黒い影の猛威を捌くと、すれ違い様に一撃入れる。

「手応えあり!! 今のは効いてるんじゃないかな?」

なのはの今の姿は聖祥小学校の制服をイメージした服装に、フェイトが持っていた黒い杖と似た白い杖を握り締め、黒い影と対峙している。

「………あの、使い方、違います」

「え!? そうなの!?」

少し離れた場所に居たフェレットもどきの言葉に、なのはは「何を今更」みたいな顔をする。

「いえ、ちゃんとした使い方を教えなかった僕も悪いんですけど、いきなり殴りかかるとは思っていなかったから………」

まあ、杖を手にした瞬間いきなり殴りかかる奴なんて居ないよな、普通は。と、フェレットもどきに同意しておく。

「だってお兄ちゃんが言ってたよ、『相手を倒す、その言葉を頭に思い浮かべた時点で既にその行動は終わっている』って」

言って無ぇよ! アレは単に漫画に出てきたその台詞がなかなか深いなって話をしただけであって、少なくともお前にそんなことを教えたつもりは一切無ぇ!!

「………凄いお兄さんだね」

お前もドン引きしながら納得してんじゃねぇ。

「じゃあ、本当の使い方ってどうするの?」

「それは、って危ない!」

「え!?」

会話に集中していた所為で意識が逸れた瞬間、黒い影が突進してくる。

なのはは反応出来ていない、ヤバイ!!

『protection』

激突する寸前、桜色の壁が発生し黒い影を弾き飛ばす。どうやら咄嗟に杖が勝手に防御障壁を発動させたようだ。

「あ、あなたが守ってくれたの?」

『Yes,Master』

「ありがとう」

礼を言うなのはの無事な姿に俺はホッと安堵の溜息を吐いた。あの杖、横で何もしないフェレットもどきよりずっと役に立つな。

「分かった。これが本当の使い方だね?」

「は?」

何言ってんだコイツ?

「ええええええい!!」

「ちょ、ええええええ!?」

桜色の防御壁を展開しながら黒い影に体当たりをかましやがった。

黒い影はトラックに撥ねられたように高々と吹き飛ぶと、グシャッ!!っと非常に嫌な音を立てて着地。

「やった! 凄い、さっきよりも全然効いてる!! これが本当の使い方なんだね?」

「違うよ!!」(違ぇよ!!)

「何処が?」

え~おかしいな~という顔をして首を傾げるなのは。

「う……それは」

実際に物理攻撃としての効果は見ての通りなので返答に困るフェレット。俺も内心困っていたが、具体的には言えないが色々と間違ってると思うぞ。似たような技は知ってるが。

黒い影がまだダメージが抜けない様子ながらも立ち上がる。足が笑ってるぞ、あいつ。

「あんまりしつこいと嫌われるよ?」

あれだけ嬲っておいて何言ってやがんだなのはの奴。敵とは言えなんか可哀想になってきたな。早くトドメ差してやれよ………

「ねぇ、どうすればいいの?」

「あの黒い影はジュエルシードというロストロギアが原因でああなってしまったんです。青い菱形の魔力結晶体。それが封印できればあの思念体を無力化できる筈です」

「よく分かんないけど分かったよ」

どっちだ。

フェレットもどきに元気な声で応えると、杖の先をズタボロの黒い影に向ける。

「さっきみたいに攻撃や防御などの基本魔法は心に願うだけで発動しますが、より大きな力を必要とする魔法には呪文が必要なんです」

「呪文?」

「心を澄ませて。心の中にあなたの呪文が浮かぶはずです」

「面倒くさいね、無くていいよそんなの」

それはダメだろ!! どんな法力も、術式を構築・展開・必要な魔力を式に流してからトリガーを引いて発動させるってのに面倒だと!! 法力学ナメてんのか!?

「えええ? ちゃんと聞いてくださいよ!?」

「レイジングハートだっけ、よろしく」

『sealing mode、set up』

杖の先端部分が変形、桜色の羽が出てくる。

すると、杖から桃色のリボンが何本も伸びて黒い影に絡み付き、縛り付ける。絞め殺さんとばかりにぎゅうぎゅうと。

『standby、ready』

「ジュエ、なんだっけ? もうなんでもいいや、なんか封印!!!」

おい! なんかって何だ!? テキトーにも程があんだろ!!

『sealing』

一際強く桜色の光が輝くと、リボンの圧力が増したのか何かの魔法効果か不明だが、黒い影は無残にもズタズタのバラバラになって空気中に霧散した。

…………えぐい。

後に残ったのは青い菱形の石。ジェルシードだった。

「そ、それがジュエルシードです。レイジングハートでジュエルシードに触れてください」

おっかなびっくりなのはに進言するフェレットもどき。

なのはは言われた通りにすると、杖の先端部分にある赤い宝石の中に吸い込まれていった。

『receipt number XXI』

「あ、入っちゃった」

同時に、なのはの服装は普段着の革ジャンと青いジーパンという姿になり、杖も赤い宝石部分のみの形になった。

「終わり?」

何故か不満気な顔をするなのは。

「ええ、ありがとうございます」

「なんか味気無いなぁ、もっとこう、魔法って言うんだから特撮っぽく爆発とかすると思ってたのに」

殴るだけ殴っておいてまだ足りないのか。ていうか爆発って………

「あなたの、おかげで………」

言い終わる前にフェレットもどきが気絶する。

「あ、大丈夫?」

フェレットもどきを抱え上げるとガクガク振る。

しばらくシェイクするが一向に意識を取り戻さないことに諦めると、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。

「えっと、もう帰らなきゃ………時間も遅いし」

自分を誤魔化すように一言呟くと、脱兎の如く家の方に走っていった。





帰りの道中、目を覚ましたフェレットもどきはなのはと互いに自己紹介し、その後謝っていた。

無関係のなのはを自分の都合で巻き込んでしまったこと。

なのはは「それなりに面白かったから気にしないで」と言って笑っていた。

尾行しながら盗み聞きしていた俺は、たとえどんな理由があろうとなのはを魔法に関わらせたフェレットもどきを、これからどう料理(ミディアムかウェルダン)してやろうか悩んでいた。

とりあえず反省はしているようだし、真摯な態度で謝罪しているので、”今はまだ”様子を見るだけで留めておいてやる。

それにしても今日は妙なことが起きる日だ。学校帰りに拾ったフェレットもどき、先程助けたフェイト、そしてさっきのなのは。奇しくも俺の知らない理論と術式で組み立てられた魔法を使う人間が三人。

元科学者である俺が、こいつらの使う魔法に興味が無いと言えば嘘になる。

だからフェレットもどき、”今はまだ”泳がせておいてやる。

いつか必ず覚悟してもらうが。





なのは達が家の前に着くと、玄関の前で仁王立ちしている恭也が居た。その隣には苦笑している美由希が。

「おかえり。こんな時間に何処へ行ってたんだ?」

「あ、えと、お、お兄ちゃんを迎えに………」

「ほう、ソルを迎えにか。で、そのソルは今何処に?」

「此処に居るぜ」

「ソル! お前何処行ってたんだ!?」

「お兄ちゃん!?」

「あ、おかえりソル」

ご立腹の恭也の前に姿を現してやる。とりあえず矛先をなのはから俺に向けておかないとな。

「いつものCD屋に行ってただけなんだが、どうした?」

事実だが他のことは一切言わずにしれっとした態度を取る。

「またそれか、お前がそういうことをする度になのはが真似したがるから止めろと言ってるだろ」

「善処はしてるさ」

ガミガミと噛み付いてくる恭也を適当に流す。

「ところでなのは、そのフェレットみたいな子は一体どうしたの?」

可愛いわ、ちょっと抱かせてと美由希が話を変える。

「えっと。この子はさっき道端で拾ったの」

「へ~」

いや、さっきの話した時に獣医に預けといたって言った奴をどうやって拾ったのかとか疑問に思わないのか美由希は?

「ね~恭ちゃん、なのははソルが心配で飛び出して行っただけなんだからいいじゃない? 二人共無事だったんだし」

「ソルのことはこれっぽっちも心配してないがなのはは………」

「なのはは良い子だからもうこんなことしないよね?」

「うん、その、恭也お兄ちゃん、お姉ちゃん、こんな時間に無断で外出して、心配かけてごめんなさい」

ぺこりと頭を下げるなのは。その姿を見て、恭也は頭を掻きながら「今後気を付けるんだぞ」と許してやった。

「はい、これにてこの話は終了!! 早く家に入ろ」

美由希に促されて俺達は家の中へと入っていった。

ちなみに俺はいつものことなので謝ってない。




後編へ続く!!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女 2話 格闘系魔法少女?の誕生 後編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/19 02:25
なのはが拾ってきた(ということになった)フェレットもどきは誰一人文句を言うことなく高町家に迎え入れられたが、

「ごめんねユーノくん、お兄ちゃんとの約束なの」

そう言われてケージ(何時の間にか用意してあった)に放り込まれた。

「もう夜も遅いから早く寝ろ」

「お兄ちゃんは?」

「俺はこれから親父達とこのフェレットについて話すことがあるから先に寝ろ」

「なのはも「ダメだ」なんで!?」

「明日俺が起こさなくても起きるんなら許してやる」

「それは………うう、ちょっと無理かも」

「だいたいお前疲れてるだろ? 明日に響くから今日はもう寝ろ」

生まれて初めて魔法を行使したのだ。いくら表面上は元気に見えても疲れていない訳が無い。

しょんぼりするなのはを言い聞かせると、渋々居間から出て行った。

「さてと」

ケージの中で俺のことをきょとんとした様子でこちらを見ているフェレットもどき、ユーノだったか、に向き直り、

「ちょっとツラ貸せよ」

ケージを乱暴に持つと、道場へと向かった。










背徳の炎と魔法少女 2話 格闘系魔法少女?の誕生 後編









道場にはなのはを除く面子が勢揃いしていた。俺が事前に『重要な話がある』と言って集まってもらったからだ。

「ソル、重要な話とは一体何だ? なのはが此処に居ないということは魔法関連の話なのか?」

「まあな」

「!?」

俺と士郎のやり取りの最中に出てきた『魔法』という単語に、ユーノは明らかに反応した。

「へ~、その子、ユーノにも関係あるの?」

「大有りだ。こいつは原因だからな」

「原因?」

美由希は頭にクエッションマークを浮かべる。

「すぐに分かる」

ケージを引っ繰り返してフェレットもどきを出す。

道場の床に降り立ったユーノは俺を警戒するように睨むので、少しばかり殺気を込めて睨み返してやると、急にガタガタ震え始めた。

ガキが図に乗るからだ。

いい気味だが、まだまだ序の口だぞ。

「おら、とっとと元の姿に戻りやがれ………それとも」

封炎剣を呼び出し、

「文字通り化けの皮を剥いでやろうか?」

剣から炎を発露させ、切っ先を向ける。

ユーノは突如転移してきた剣と発現した炎に驚愕しているようだ。

「ソル!! 何をするつもりだ!?」

「喚くな兄貴。こいつの正体が分かるんだ、もう少し黙ってろ」

「正体ってどういうことなの?」

お袋が疑問を口にする。まあ、当然だな。

「こいつの今の姿は変身魔法を使ってフェレットになってんだ。本当の姿はなのはと同じ年齢のガキ、しかも男だ。つまり、なのはを含めた俺達全員を騙してんだよ」

「ほう」

「何!?」

「変身!?」

「まあ~」

上から順に、眼を細めて殺気を滲ませる士郎、いきり立つ恭也、吃驚仰天の美由希、微笑んでいるが何考えてるか読めない桃子。

俺は更に続けた。

「こいつはなのはが先天的に持ってる魔力に感づいて近寄り利用しようとした上、変身魔法で姿を偽って俺達に取り入ろうと企んでたんだよ」

「ち、違います!! そんなつもりじゃ、あっ!!」

「「「「!?」」」」

ようやくメッキが剥がれてきやがったな。俺の安い挑発(若干の私怨混じり)でこんなに簡単に釣れるとは、喧嘩慣れしてねぇなこいつ。

「は、どうだか? 違うと言うなら何故変身する必要があるんだ? 人間の姿で協力を求めればいいじぇねーか。そうしていれば俺だってお前にここまで不信感を抱かなかったぜ。だが、事実テメーは変身した姿でなのはと俺達の前に現れた。ってことは動物の姿であるのをいいことに女性陣にセクハラまがいことでもしようと計画してたんじゃねーのか?」

「そうなのかい?」

「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

士郎と恭也が今にも飛び掛らんばかりに立ち上がる。手には既に木刀を持っている。

「もう一度だけ”命令”してやる。元の姿に戻れ。それとも無理矢理戻して欲しいか?」

「………分かりました」

観念したのか、フェレットの身体が翠色の光に包まれたかと思うと、そこにはやはり、なのはと同い年くらいのちょっと気弱そうでひ弱そうな男が居た。

「なのはさんを巻き込んでしまったことは大変申し訳ないと思って「かかったな馬鹿が」………へ?」

「これで殴りやすくなった」

「え、あ………どういう」

混乱し戸惑う姿を見て嗤う俺。

「ソル、士郎さん、恭也。程々にね?」

「「「了解!!」」」

GOサインが出たので俺達三人はユーノに飛び掛った。

しばらくの間、深夜の道場に打撃音と悲鳴と怒号が響き渡った。





気絶する度に水をぶっ掛けて叩き起こし、気絶するまでぶっ叩くを五、六回くらい繰り返した頃。

そろそろ気が晴れてきたので、こいつ自身の話でも聞いてやろうかと思うようになってきた。

「とりあえずお前が知ってることを全て吐け」

「………もう、殴りませんか?」

「鳴かねーなら鳴かせるまでだが?」

「僕の知る全てのことを喋らせていただきます!!!」

そう言って頭を下げるユーノの姿は、見事な土下座だった。






自分はこの次元、異なる世界からやって来た魔法使い、魔導師であること。

遺跡の発掘を生業とするスクライア一族の出身であること。

自らが発掘した『ジュエルシード』が事故によってこの世界の海鳴市にばら撒かれてしまったこと。

その数二十一個。

それに責任を感じ、独自に回収を行っていたこと。

しかし、封印に失敗し重症を負ってしまったこと。

魔力を持つ人間にSOSを送っていたこと。

倒れていたところをなのはに見つけてもらったこと。

搬送された動物病院で、ジュエルシードを取り込んだ思念体の襲撃を受けたこと。

その時なのはが助けに来てくれたこと。

思念体を倒す為、ジュエルシードを封印する為、『デバイス』と呼ばれる魔道具『レイジングハート』をなのはに渡したこと。

見事になのはがジュエルシードを封印してみせたこと。





「ところでジュエルシードはいくつ回収したんだ?」

「えっと、なのはが封印してくれたのを含めれば、二つ」

全然まだまだじゃねーか。

「で、これからどうするつもりだ?」

「それは勿論、ジュエルシードの回収を」

「たった一個封印するのがやっと、二個目でSOS発信してたお前がか?」

「………」

こいつは自分がいかに未熟で、現実を見ない甘い考えを持って行動したのか分かっていない。

「お前一人で何が出来る? 何故事故が発生した時に周りの大人達を頼らなかった? お前に協力してくれる奴が誰も居なかったのか? 一族総出で発掘作業やってんだからそんな訳無ぇだろうが。自分が発掘したものだから自分が回収する? 甘ったれるんじゃねぇ、現にお前はなのはに助けてもらってるじゃねぇか」

少しばかり現実を教えてやると、もうこれ以上無いくらいに落ち込んでしまった。そのまま反省してろ。

やれやれと溜息を吐くと、士郎が口を開いた。

「それでソル、これからどうするつもりだ? 話を聞くとそのジュエルシードという物は随分と物騒な代物らしいじゃないか」

「父さん、そんなことソルに聞くまでも無い。なのははこの件から手を引くべきだ」

「兄貴に賛成したいところだが………十中八九無理だな」

「!? 何故だソル?」

俺は恭也の言葉に首を振った。

「………人間が一度手にした”力”をはいそうですかと素直に手放せると思うか?」

俺が今でも法力の鍛錬をしているように。

「それは………ならデバイスとかいうのを取り上げたらどうだ? そうすれば魔法も使えなくなるから諦めるんじゃ………」

「それも無理だ。俺が見る限りデバイスはあくまで術者の補助的な道具でしかない。確かにデバイスが無くなりゃ効率は落ちるだろうが魔法が使えなくなる訳じゃ無ぇ」

「………そうか」

「それに」

俺は法力を発動させ手の平に炎を発生させる。

「魔法を手にしたことによってなのはの世界観は一変した。今まで自分の人生と共に歩んできた価値観が一瞬で粉々に粉砕されたのを実感した筈だ………そうなったら、もう手遅れだ」

かつて俺がそうであったように。

炎を握り潰して消す。

本音はまだなのはを魔法に関わらせたくない。魔法なんか無くても十分幸せになれると思うし、危険に身を晒すことも無い。

だがもう遅い。何故なら、なのははもう関わっちまった。

「そうなっちまった以上、取るべき道はただ一つ」

「それは?」

士郎が真剣な表情で聞いてくる。

士郎だけじゃない。恭也も、桃子も、美由希も真剣な顔で俺の言葉を待っている。

俺は一度眼を閉じ、ゆっくりと瞼を開く。

「導いてやるしかない。間違った方向に行かねーように、歪んでしまわねーように」

魔法の先駆者として、かつての俺と同じ過ちを犯さないように。

魔法の力は確かに便利で素晴らしい。だが同時に危険な力だ。

それに万能でもない。

魔法で起こした事象は奇跡に近いが、その実、奇跡を起こしたように見せたただの道具でしかない。

その認識を間違えたままでいると、いずれ必ず手痛いしっぺ返しを食らうことになる。

「つーことで、お前責任取れ」

「は?」

呆けた顔するユーノの頭を鷲掴みする。

「『は?』じゃねぇ、テメーがなのはに力を与えたんだから、テメーがなのはの魔法の面倒見るのは当然だろうが」

「ええええ!? だって今までの会話の流れからして貴方がなのはに魔法を教えるんじゃないんですか!? だって貴方魔導師ですよね?」

「俺は魔導師じゃねぇ、法力使いだ」

「法力? 魔法とどう違うんですか?」

「俺が使う魔法とお前が使う魔法は似ているようで全く違うもんなんだよ、理論とか術式とかな、詳しい話はまた後でしてやる。つーかなのはに教える前に俺にお前の魔法教えろ………さもないと」

有無を言わせぬ口調で封炎剣を構えて脅す。断ったらマジで消し炭にしてやる。

「わわわわ分かりました!! 誠心誠意、ご教授させていただきます!!!」

おお、見事な土下座だ。

「つーことで、これで納得してくれねーか」

親父達に向き直って同意を求める。此処で反対されたら元も子もないんだが。

士郎がう~んと一つ唸ってから、

「分かった。ソルを信じよう。俺達は魔法に関しては無知だが、瀕死だった俺を助ける程の実力を持ったソルがなのはの傍に居てくれれば、心配する必要も無いだろうし」

「何を言ってるんだ父さん!? 俺は反対だぞ!! なのははまだ子どもだ。そんな危険なことさせられん」

恭也はまだ納得いかないらしい。まあ、その言葉には同意させてもらうが。

「ソルが居るから大丈夫だろ?」

「ソルだってまだ子どもだ!!」

「そのソルに未だに一本も取れないのは誰だ?」

「くっ!!」

悔しそうに唇を噛む恭也。自分の力不足を痛感しているのだろう。恐らく、士郎が倒れた時に感じたものと同じ悔しさを。

俺は恭也の真正面に立つと拳を作って掲げた。

「なのはが魔法に関わっちまったことを許してくれとは言わねぇ、こいつとなのはが接触しちまったことを弁明するつもりも無ぇ。だが」

掲げた拳を恭也の胸にトントンと叩く。

「こいつを信じてやれとも言わねぇ、俺を信じろとも言わねぇ、ただ、なのはを信じてやってくれ。それだけでいい。そうしてくれれば、俺は命に代えてもなのはを守る」

恭也は何かの痛みに耐えるような顔をした後、俺に拳を突き出した。

「………分かった。お前となのはを信じよう。だが約束しろソル。なのはを絶対に守るって」

「ああ、約束だ」

言って、俺と恭也は拳と拳を合わせた。

「お袋と美由希も構わねぇか?」

「ええ、私は士郎さんの判断に従うし、ソルのことを信じてるから構わないわ」

「姉貴は?」

「私もお母さんと一緒かな? ていうか、恭ちゃんよりも強くてしかも魔法使えるソルが居るんだし、心配無いかなって」

そう言って笑う桃子と美由希。

「親父、兄貴、お袋、姉貴、俺となのはを信じてくれて、ありがとう」

俺は改めてなのはを守ることを約束し、家族に礼を言った。





その後、道場には俺とユーノだけが残った。

「じゃあ、まずはお前の使う魔法の理論から教えろ」

「ええ!? 今からやるんですか?」

「文句あんのか?」

拳を振り上げる。

「ありません!! ある訳無いじゃないですか!! こちらからお願いしたいくらいです!! 教えさせてください!!!」

条件反射で土下座するユーノだった。










で、次の日。

場所は学校の教室。時刻は五時間目が始まって十分程経った頃。

俺は今日も先公の話を全く聞かずに論文を流し読みしながら、なのはとユーノの通信法術、じゃなかった念話を傍受して聞いていた。

会話の内容は俺達にしたものと何一つ変わらないものだったから、聞き流す程度だったが。

昨日の晩。あれから強制的にユーノからあいつが使う魔法を教わった。

あいつが使う魔法はミッドチルダ式と呼ばれるものらしい。ユーノ曰く『僕達が使う魔法は、発動体に組み込んだプログラムと呼ばれる方式です。そして、その方式を発動させる為に必要な術者のエネルギー、つまり魔力を消費して行使します』とのこと。

詳しく聞くと魔法の行使はパソコンのプログラムを起動させるようなものらしい。

つまり、術式がソフトウェア、術者がハードウェア、デバイスがそれらの補助で、魔力が電気。

数学的知識が必要な点は俺の使う法力と同じだが、それ以外は全く違う内容のものだった。

俺が使う法力は、まずバックヤードと呼ばれる仮想空間を利用する。

バックヤードとは理論的には存在が推定されていた五大元素の構成に理由を付ける為の特定言語、もしくはこの世の原理という原理を定義付けする情報が内包された『何か』。

現数のリソースを使う錬金術とは違い、その『何か』から強引に『理由』を借りてくることが法力を行使する上で必要となる。

宇宙が存在しなければ地球という星も無いように、この世界の事象もまた『何か』が無ければ起こり得ないからだ。

極めて限定的ではあるが、法力が一時的にアクセスする不明瞭な世界を『バックヤード』と呼んでいる。

これが俺の世界で広まった法力の基礎理論である。だが、基礎理論であるにも関わらず、詳細なことは碌に分かっていない。『使えるから使っている』に過ぎない。

はっきり言って、ユーノが使う魔法の方が理解し易い。

ていうか、ユーノに説明したら『一体何を言ってるのかさっぱり分かりません』と真顔で言われた。

簡単に纏めると、ユーノやなのは達が使う魔法はパソコンに既にインストールされたアプリケーションを実行することに対して、俺が使う法力は『なんだかよく分からんもの』を媒介にそれと似たようなことをしている、ということである。

結果が同じでも、そこへ行くまでの過程や媒介が全く異なる。共通しているのは原動力が魔力あること、術式の組み方に数学的知識が必要なこと、両方共『魔法』であるということだけ。

そんなこんなで、ユーノの実践を交えた魔法講座は二時間で終了した。

『もう、教えられることがありません』と半泣きになりながらユーノがギブアップしたからだ。

そう。俺はユーノが使える魔法を全て習得した。

『僕の厳しい修行は一体何だったんだぁぁぁぁぁぁ!!』

『喚くな喧しい。お前の教え方は上手かったぜ』

『なんのフォローにもなってませんよ!! 全く、高町家のスペックは化け物か!?』

何故、俺がこれほどの短時間で全て覚えてしまったのかというと、俺の使う法力よりも遥かに理論が簡単で解り易かったというのが大きいだろう。

確かにユーノの教え方は上手かったし、知らないものに対する科学者の知識欲みたいなものもあったが、根底にあったのはやはり『自分が普段使うものより簡単』だった。





帰りのホームルームが終わると、なのはは「お兄ちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん、悪いんだけど先に帰るね!!」と慌てたように走り去ってしまった。

今さっき、ユーノが発動したジュエルシードを感知したらしいからな。

『ソルさん、ケージから出てもいいでしょうか?』

『おう。俺も後で行く』

ユーノからの念話に返答する。

まだ俺は自分が魔法使いであるとなのはに教えていない。いずれ分かることだからだ。

それに、何時気付くのか見物でもある。このまま気が付かないのか、それともすぐに気が付くのか。俺はそれまで影でこっそりサポートに徹していればいい。

なのはの様子に呆気に取られているアリサとすずかに「今日は俺も先に帰る」と言って走り出した。

背後でアリサが何か喚いていたが、聞かなかったことにした。





ジュエルシードが発動したのは神社。散歩中のペットの犬が取り込んでしまったようだ。大型犬よりも一回り大きく黒い狼のような姿を取っていた。

俺は木の上に登って身を隠す。

さて、なのはのお手並み拝見といこうか。

「………原住生物を取り込んでいる」

ユーノが歯噛みする。

ちなみに姿はフェレット。この姿の方が魔力と体力の燃費も良く、回復も早いということだ。決してやましい気持ちがあってフェレットの姿を取った訳では無いと言っていたが、とりあえず信用してない。

「つまり、どうなるの?」

「実体がある分、思念体より手強い」

「歯応えがあるってことだね!」

そこは喜ぶところなのか?

「………なのは、レイジングハートを起動して」

「どうやるんだっけ?」

「えええ!?」

(おい!?)

「我は使命を・・から始まる起動パスワードを」

「却下、面倒だし覚えてない」

なんでだ!! 呪文覚えてないどころか呪文唱えるの面倒臭がる魔法使いって何だ!?

「ということでレイジングハート、色々と省略よろしく」

『Ok,Master.standby ready,set up.and barrier jacket,sealing mode,set up』

なのはの言葉を忠実に実行するデバイス『レイジングハート』。一瞬桜色に光ったと思ったら、聖祥の制服をイメージしたバリアジャケットが展開され、杖の先端が昨日見た封印用の形状を取る。

「あ、ついでに言語を英語から日本語に変更して。私英語苦手だから」

『了解しました、マスター』

そこまでするか。まあ、なのはは文系授業は他と比べて厳しく教えてやらないとダメな子だからな。

黒い狼みたいな犬がなのはに襲い掛かるが、

『protection』

強固な防御魔法の前に弾かれる。

「行くよ、レイジングハート」

構えるなのは。

『マスター、待ってください』

と、此処でレイジングハートが待ったを掛ける。

「どうしたの?」

『マスターはまた私を打撃武器として使用するつもりですか?』

「そうだけど」

当たり前だと言わんばかりの口調のなのは。だがお前は間違っている。杖は打撃武器じゃない。そりゃ確かに本来と全く違う使い方されたら文句の一つも言いたくなる。特に高い知能を積んだAIなら。

『了解しました。ではマスター、今から私を杖と思わないでください』

「ふぇ? レイジングハート、どういうこと?」

何言ってんだあのデバイス? 自分から自分のこと完全否定しやがった。

『マスターが私を手にした時、私は生まれて初めて自分を使いこなせる人物と出会えた運命に感謝したのと同時に、自身が”杖”として生まれてきたことを呪いました』

「………レイジングハート?」

おいおい、なんか語り始めたぞ?

馬鹿の一つ覚えみたいに突貫してくるジュエルシードの暴走体をプロテクションで弾きつつ、レイジングハートの独白は続く。

『私のマスターが求めているのは”杖”としての私ではない、”打撃武器”としての私だったからです』

いきなり殴りに行ったからな。

『私は歓喜した瞬間、絶望の淵に立たされました』

「………」

『しかし私は諦めませんでした。逆に考えればいいのです、「ならばマスターの求める私になればいい」と。つまりは発想の転換です』

「それでどうしたの?」

『はい。まず昨晩のマスターの動きを分析した結果、マスターに最適な武器は長物、つまり棒か槍であることが判明しました』

「棒か、槍」

『しかし、それだけではまだデータ不足でした。ですので、勝手ながらデータ収集の為マスターの部屋のパソコンを失礼と分かっていながらアクセスさせて頂きました』

そんなことまで出来るのか。

『そこで私は探しました。呪文を唱えることすら面倒臭がるマスターにとって、最適な武器』

そもそも呪文詠唱を面倒臭がる魔法使いが間違ってると思うぞ。それなりに簡略化することは可能だが、トリガーによって魔法が発動する以上、ある程度の妥協点は必要だからだ。

『そしてそれは意外にも簡単に見つかりました。それはマスターがお気に入り登録していた家庭用テレビゲームの攻略サイト、3D対戦格闘ゲームの登場人物が持っている紅い槍』

「え!? それってもしかして?」

それってまさか、よくなのはにボコボコにされたあのゲームか?

『お察しの通りです。クランの猛犬が持つ紅い魔槍、必ず命中し威力は一撃必殺。勿論私に因果を逆転させる芸当など出来る訳ありませんが、その槍の”在り方”が面倒臭がり屋なマスターにぴったりのイメージだったのです!!』

やっぱりかい!!

『それに呪文詠唱が面倒という問題も解消出来ます。呪文を詠唱するのではなく、必殺技の名前を叫ぶと思えばいいんです!! そうすればテンションは鰻上り、超必殺技ゲージは常にMAXです!!!』

段々レイジングハートの口調に熱が入ってきた。こういう性格だったのか、こいつ。つーか超必殺技ゲージとか言うな。

『私はすぐに自身の持つ自己修復機能を応用し、一度分解、”槍”としての最適化を施しました』

「ちょっと待って、レイジングハートに自分を自分でカスタマイズする機能なんて無いのに!!」

『今いいところですから空気を読んで黙っててくださいユーノ。だいたいそんなもの、気合と努力と根性があればなんとかなります。それが分からないから貴方は何時まで経ってもヘタレなのです』

「………スイマセンでした」

フェレットの姿だというのに土下座するユーノ。かつてのレイジングハートの持ち主だったのに此処まで言われて怒るどころか謝るとか、本当にもうヘタレだなあいつ。

「レイジングハート………私の為に、ありがとう」

『見てください、そして、思う存分私を振るって下さい!! lancer mode,set up』

レイジングハートの赤い宝玉―――デバイスコアから溢れんばかりの桜色の魔力光が発生、ガチャコンとメカチックな音を立てて変形した。

バトン状の杖だった姿は既に面影も無い。桜色の魔力刃で構成された槍頭、なのはの身長程もある柄、デバイスコアが填め込まれた槍頭と柄の接合部、半円状の石突、と何処からどう見ても”槍”になっていた。

「凄い、凄いよレイジングハート! 完璧だよ!!」

『お褒めに預かり感謝の極み』

なのはは”槍”となったレイジングハートの穂先を下に向け、つまり下段に構えると(一体何処で何時覚えたんだ?)プロテクションを解き、開いた距離で唸る犬の暴走体を睨みつける。

『マスター、決め台詞は覚えていますか?』

「もっちろんだよ、レイジングハート」

『では、行きましょう』

助走をつけて高々と跳躍し真正面から飛び掛ってくる犬の暴走体を、なのはは地面を右手で着き、左足の踵を蹴り上げて迎撃。

顎を下からカチ上げられた反動で浮き、弱点である腹部がガラ空きになる。

なのはは一瞬で体制を立て直す。





『その心臓』

「私達が」

「『貰い受けます!!!』」





鋭く踏み込み、突きを放つ。刃がありえない程の魔力を放ちながら桜色に輝く。




「―――ゲイ」『刺し穿つ―――』




「ボルク!!!」『死棘の槍!!!』





深々と突き刺さった刃は暴走体の背を突き抜ける。

槍で貫いた姿勢から、なのははレイジングハートを高く掲げ、そのまま乱暴に薙ぎ払うように暴走体を振り払った。

無残にも心臓部を貫かれた暴走体は、振り払われた勢いをそのままに神社の石畳を転がり、しばらくして止まる。

やがて黒い体毛と身体は粒子となり霧散する。後に残ったのはジュエルシードとぐったりしたチワワだった。



『DESTROYED』



レイジングハートが何か言った気がする。

とりあえず、非殺傷設定なのでチワワは死ななかったとだけ明記しておく。










その日の深夜、高町家の道場にて。

「どうすんだよ?」

「どうしましょうか?」

「………」

「………」

「「はぁ」」

俺とユーノは今後のことを話しながら頭を抱えていた。

「なのはを見ていると、魔法よりも槍捌き教えた方が良いような気がするんですが」

「気が合うな、俺もそう思ってた。だが最低限、使う魔法の理論ぐらいはしっかり教え込まねーと」

議題はこれからなのはをどうやって育てていくかについてなんだが、話は難航していた。

「やっぱり、教えるとしたら基礎からになりますけど………」

「あいつのことだ。面倒臭いとか言いそうだよな」

「ですよね」

「参ったぜ」

話が進まない理由がこれだった。

いっそ俺が法力使いであることをバラすか?

いや、それは最後の手段にしたい。俺抜きでなのはがどれだけ成長出来るのかを見てみたい、という俺個人の身勝手な願いなんだけどな。

「埒が明かねー、他の面子にも知恵貸してもらおーぜ」

「そうですね」

結局俺とユーノでは話が決まらないので、なのはを除いた全員を呼び出し話し合うことにした。





しばらく六人で話し合った結果。

一時間でもいいから、学校から帰ってきたなのはにユーノが魔法を教える。拒否しようものなら、『なのはは魔法の危険性を理解していないようだから、家族に魔法のことを話してレイジングハートを取り上げる(もうとっくに知ってるが)』という半ば脅迫めいた方法で。

槍術や体術の方は、士郎と恭也から『護身術』として覚えさせればいい、ということになった。





で、それからどうなったかというと。

なのはは俺とユーノが拍子抜けするくらいあっさりと魔法の勉強を承諾した。『レイジングハートのことをもっと上手く使えるようになりたい』とのこと。

じゃあ何故呪文の詠唱とかは面倒臭がるのか問い詰めたい。

槍術と体術については、こちらから言い出す前になのはから教えてくれと申し出てきた。

嬉しい誤算と渡りに船、なのは育成計画が始まった。





でもこれで本当にいいのか? なのはの将来的に………

一抹の不安が拭えない俺とユーノだった。










完全オリジナル設定

<レイジングハート lancer mode>

lancer mode形態時名称『レイジングハート・ゲイボルク』

レイジングハートがなのはの為に自身の自己修復機能を応用し、某聖杯格ゲーの兄貴が使う槍に感銘を受けてカスタマイズした近接戦闘用形態。

劇中に出てくる因果の逆転などは一切使えない、形を似せて名前だけを持ってきた代物。

普通の槍として使う。ちなみに投擲はしない。

呪文を唱える代わりに必殺技の名前を叫ぶという行為を『コマンド』として魔法を発動。この行為により、なのはの魔力、やる気、モチベーション、テンションその他諸々が急激に高まるので絶大な威力を誇る。

コマンドはこちら

『その心臓 私達で貰い受けます ゲイボルク(刺し穿つ死棘の槍)』

上記のように因果云々は関係無いので、絶対に当たる訳では無い。普通に避けることは可能。

勿論、心臓部を狙う。

強力かつ特殊なバリアブレイクを付加していて、『突き穿つ』ことに特化している。防御魔法のバリア生成プログラムに割り込みをかけて干渉・破壊させるのではなく、プログラムに割り込んで隙間を作りそこから強引に穂先で『貫通』させる。

一撃必殺を念頭に置いているので威力は半端無い。

当然非殺傷設定。だが、食らえば並みの魔導師なら数時間から数日は意識を取り戻せず、意識が回復しても当分は碌に動けない凶悪な代物。















気まぐれに書いたり書かなかったりする後書き


やっちまった感がある。反省はしているが、後悔はしていない。

この作品の世界では型月はゲームの話。なのは格ゲー好きという設定で納得よろしく。

作者は型月大好きです。原作、ファンディスク、派生した格ゲーは全部やってます。ちなみに、持ちキャラは溶ける血が天然女ったらし眼鏡、聖杯は槍の兄貴。

一番好きなキャラは槍の兄貴。一番好きな宝具も兄貴の。

赤弓使うんだったら負けてもいいから無限の剣製は使わないと漢じゃないと思っている。

レイジングハートが自分一人でどうやってカスタマイズするんだよ、というツッコミも勘弁していただけるとグワァ何をするやm





寛大な心で読んでください



[8608] 背徳の炎と魔法少女 3話 己の意志で戦う決意 前編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/20 13:55
SIDE なのは


私、高町なのは小学三年生。なんか色々あって一週間程前から魔法少女やってます。

「―――ゲイボルク!!!」『刺し穿つ死棘の槍!!!―――』

此処は学校の理科準備室で、時間は深夜の十一時。

何でこんな時間にこんな場所に居るかというと、槍を持って振り回してます。

何故かって? 深く聞かないでください。

手にしたレイジングハートが排熱し、目の前に零れ落ちてきたジュエルシードを封印します。

「お疲れ様」

「うん、ユーノくんもお疲れ様」

フェレットのユーノくんに応えると、眠気が襲ってきました。

「じゃ、帰ろうか」

「うん」



SIDE OUT












背徳の炎と魔法少女 3話 己の意志で戦う決意 前編










「今日も特にこれといった問題は無かったな」

「ですね」

なのはが帰宅してすぐに寝たのを確認してから、道場には俺とユーノ(人間形態)の姿があった。

「順調ではあるな」

「このまま何事も無く終わればいいんですけど」

用意しておいた茶をユーノが啜る。

なのはが魔法を手にして一週間経った。

二十一個あるジュエルシードの内、回収出来たのは今日の分も含め四個。一週間の内に四個集めることが出来たのを喜ぶべきか、四個しか集まってないことを嘆くべきかは分からない。

いや、フェイトに渡したのを含めれば五個か。

「なのはの魔法の勉強の方はどうだ?」

「こっちも順調ですね、はっきり言って凄い才能があります。そっちは?」

「こっちもだ。兄貴相手に楽しそうに棒振り回してやがる」

「つまり、今は全部が順調ってことですね?」

「まあな」

手にした湯呑みを口元に近づけて熱いお茶を飲み下した。

俺とユーノは毎晩、なのはが寝たのを見計らって道場に集まり、その日にあったことに対する反省会をするようになった。

「だが、このまますんなり行くとは思えねぇな」

「何故ですか?」

「今まで回収したジュエルシードの暴走体の元となった奴を思い出してみろ」

「元?」

俺に言われてユーノが顎に手を当て考える。

「確か、思念体、子犬、今日は理科室の人体模型でしたよね」

「そうだ」

「それがどうしたんですか?」

まだ俺の言いたいことが分かっていないユーノ。

「分からないなら発想を変えろ。ジュエルシードは一体何だ?」

「………魔力結晶体」

「その本質は?」

「願いを叶える………あっ!」

ようやく納得したような顔をするユーノ。上出来だ。

「今までの暴走体の元となった奴らの願いなんて高が知れてるんだ。思念体は恐らく『受肉した存在になりたい』、チワワの子犬は『強くなりたい』とかじゃねーのか? つっても子犬の願いなんて大したことないしな」

「今日の人体模型は?」

「あれには元々、『夜になったら動き出す』っていう怪談があったんだ。で、周囲の人間がそういう認識をする。その認識が歪んだ形の”願い”となって、マジで動くようになったってのが俺の見解だな」

ジュエルシードは”願い”に呼応して力を与える。その”願い”が強ければ強い程より与える力も大きくなる。

「これは例えばの話だが、元々貪欲な原住生物や、欲深い人間がジュエルシードを取り込んだら………一体どうなる?」

「………危険ですね」

「実際、なのはが戦った奴らとは比べ物にならねぇくらいヤバイ奴が居たしな」

「え!?」

驚くユーノ。そんなことが何時の間に、という顔をしてる。

「あ、そういや話してなかった。実はな」

なのはが魔法を手にしたあの夜に、俺はフェイトと出会って”蛇”の暴走体と戦ったことを話した。

”蛇”の姿、生命力、凶暴性を語ると、たちまちユーノは顔を青くした。

「これまでは上手くいっていた、むしろ上手くいき過ぎていたと言ってもいい」

「じゃあ、これからは………」

「一つか二つハードルが高くなったと思った方がいいな」

俺は茶を飲み干すと、溜息一つ吐く。

湯呑みを持ち上げ、「ほら、御代わりするか?」と聞くが、ユーノは力無く首を振った。

「………やっぱり、僕の所為ですよね」

「あ?」

「僕がつまらない意地を張った所為でこんなことになったんです。だから、今更ですけど、本当に申し訳無くて………」

項垂れるユーノ。

俺はもう一度溜息を吐くと、ユーノの頭の上に手を置いた。

「………え?」

「気にするなってっつってもお前は気にするだろうから言わねぇ。だがな、起きちまったもんは仕方無ぇ。それにどう対処するかが重要なのは分かってんだろ?」

「………はい」

「それになのはは勿論、俺ももうお前のことを気にして無ぇ」

信じられないという表情のユーノ。根底のところでは許してもらえないと思っていたようだ。

「俺達が今しようとしていることは確かに危険だし、下手打つと死ぬ可能性がある。だが不謹慎なことに、俺は少しだけ嬉しいんだよ」

「何が、嬉しいんですか?」

「なのはは昔から、俺が高町家に居候するようになってから今まで、ずっと俺の後にくっ付いてきたんだよ。まるで親鳥の後を付いていく雛鳥のようにな。そんななのはが、俺に内緒で、自分一人で何かをしようとしてる、これを成長と言わないで何て言うんだ?」

「成長………」

「今、あいつは成長してる最中だ。俺という親鳥から離れ、自分が決めた道を歩いてる」

俺の予想の遥か彼方をジェット機で突き進むくらい破天荒な方向だがな。

ユーノの頭を撫でながら、「だからよ」と続けた。

「危険を孕んだ形ではあるが、その成長の”きっかけ”を持ってきたお前に少しだけ感謝してんだよ」

「でも………僕は」

「それから先は言いっこ無しだ。だいたい、お前はその責任を感じて俺の言う通りに動いてくれてるじゃねーか。それで十分だ」

「う……く」

嗚咽を漏らし始めたユーノ。しっかりしているように見えて、やはりまだ子どもだ。こんな子どもに義務と重圧を押し付けていたことを今更ながら、少し後悔した。

大人気無ぇな、俺。

「よく聞けユーノ。お前は万能じゃねぇ、だが、無能でもねぇ。お前にはお前にしか出来ない、お前がしなければならないことがある筈だ。それを成し遂げろ」

俺はユーノから離れると二人分の湯呑みを掴み、「御代わり持ってくるわ」と言って道場から出た。

背後からすすり泣く声が聞こえたが、数年前の恭也の時と同様、聞かなかったことにした。





俺はユーノが落ち着くのを見計らって道場に入ると、淹れ直した茶の入った湯呑みを渡す。

眼を少し赤く腫らしたユーノが「ありがとう」と一言だけ言った。

俺はユーノの正面に座る。

「ジュエルシードが発動する前に回収ってのはやっぱ難しいのか?」

うん、と頷く。

「発動していない状態のジュエルシードはただの綺麗な石だから、探すだけでも手間だし」

「発動してないと探しようが無いってことか」

正直な話、俺達は後手に回っていた。

今まで回収できたものは全て、ジュエルシードが何かに取り込まれ発動し、暴走体となったものを取り抑えて回収したものだ。

こちらから見つけて発動する前に回収したケースは未だに無い。

「果報は寝て待てってことか」

「それが果報ならいいけどね」

「違いねぇ………つーか、敬語止めたな」

「あ、嫌なら敬語に直すけど………」

「構わねぇよ、お前の好きにしろ」

「うん、ありがとう」

そう言って笑うユーノは年相応の少年だった。










日曜日。

今日は、士郎がオーナー兼コーチを勤めるサッカーチーム『翠屋JFC』の試合がある。事前に士郎から「ソルも来い」と言われていたが、丁重に断った筈だ。

断った、”筈”だった。

「なんで俺が此処に居んだよ」

「いいじゃない別に。アンタどうせ暇なんでしょ」

「ちっ」

俺の独り言に耳聡く反応したアリサが言う。

よく晴れた河原のグラウンド。

目の前では今まさにサッカー少年達が青春を謳歌していた。

「若いな」

「年寄り臭い発言ね」

「放っておけ」

俺は肩にユーノを乗せたまま芝生にドカッと座り込むと、今朝、というよりさっきまでのことを思い出した。





慌てて起きてきたなのは。話を聞くと、アリサとすずかの約束に遅れそうだという。サッカーの試合を一緒に見る約束をしたとのこと。

『約束した時間まであとどんくらいあるんだ?』

『もう過ぎてるの!!』

『馬鹿だろお前』

『うわぁぁぁん、言われるだろうと思ってたけど酷いよ!!』

『とりあえず遅れるって連絡入れとけ』

その時のなのはの格好は寝巻きで、顔すら洗ってなければ寝癖も直していない。とてもすぐに出れる状態ではなかった。

俺はなのはを捨て置くと、鏡の前で髪に櫛を通す。

この身体になる前までは”後頭部の長髪”はウィッグだったのだが、今は全部地毛だ。手入れに手間がかかる分、偽者ではない本物の髪に愛着が沸く。

丁寧に梳き終えると、長髪を纏めてゴムで止める。変なところが無いか鏡で確認する。

『お兄ちゃん、私もやって欲しいな~』

『お前急いでんじゃねーのか?』

『アリサちゃんに電話したら迎えに来てくれるって』

『ったくお前は………しゃぁねぇな、こっち来い』

土日祝日などで朝(つっても九時とか十時)俺がゆっくりしていると、大抵なのはは俺に髪を梳いてもらいたがる。以前―――小学生になった頃だったか――-何故俺に? と思い聞いてみると『兄妹のスキンシップ』だという。

じゃあ恭也にでもやってもらえ、と言ったら『お兄ちゃんが良いの』と言われてしまった。このことを恭也が知ったら傷つくので、なるべく恭也の居ない時にしてやっている。

一緒に風呂入ったり寝るのも兄妹のスキンシップなのか? と聞くと『もっちろん』と答えたので、さすがにそろそろ卒業しろと返したら、涙目になってしまったので困った。

今でこそ一緒に風呂に入ることは少なくなってきたが、まだ諦め切れずに一緒に入りたがるし、寝る時は必ずベッドに潜り込んでくる。

いい加減に兄離れさせなくてはいけない気がする。

そんなことを一人悶々と考えながらなのはの柔らかな髪を梳いていく。

『えへへへ♪』

ご機嫌ななのは。

俺はやれやれと思いながらも丁寧に梳いてやった。



それからしばらくしてインターホンが連打される。

『ほら、迎えが来たぞ』

ユーノを肩に乗せて出掛ける準備をしていた俺は、なのはに呼びかける。

ちなみに。ユーノが俺にタメ語を使うようになってからは自由に外に出れるようにしてやった。家に居る時はケージの中ってのは窮屈だろうし、俺自身ユーノのことを信頼し始めたからだ。

今日は二人で魔法の鍛錬でもしようかと思って玄関のドアを開ける。

そこに居たのは普段着のアリサとすずか。

適当に挨拶を交わし、そのまま何処かに行こうとする俺をアリサが捕まえる。

『なんだよ?』

『どうせアンタ暇でしょ? だったら私達に付き合いなさいよ!』

その一言で、アリサの家の車に引きずり込まれて現在に至る。





サッカーの試合とそれに一喜一憂する三人娘をぼんやりと眺めながら、俺はユーノと念話していた。(ちゃんとなのはに聞かれないように秘匿通話に設定してある)

『ねぇソル、これって地球のスポーツなんだよね?』

『ああ、世界各国で人気だな』

『どんなルールなの?』

『見てりゃ分かると思うがボールに手で触っちゃいけねぇ、ゴールを守るキーパーだけがボールを手で触ることが出来る。基本足でボールを操って相手チームのゴールに入れりゃ一ポイント手に入る。で、時間切れまでどっちが多くポイントを手に入れられたか競う球技だ』

『面白そうだね。ソルはやらないの?』

『集団でなんかするってのは苦手なんだよ』

『ソルって個人主義者だもんね』

『群れるのはどうもな』

そんな会話を続けていると、ピーーーーッという甲高いホイッスルが鳴る。どうやら負傷者が出たようだ。

グラウンドの一部に人だかりが出来た後、士郎がこちらにやって来る。

まさか………

「ソル「断る」………まだ何も言ってないぞ?」

「言われなくても分かってんだ。どうせ欠員出たから代わりに俺に、ってことだろ? 前にも言ったが団体競技は苦手なんだよ」

「そこを何とか」

手を合わせる士郎。

「面白そうじゃない、ソル、アンタ出なさいよ」

アリサか、厄介な奴が士郎の味方をする。

「そうだよソルくん。ソルくんだって見てるだけじゃつまらないでしょ?」

すずか、そんなことはこれっぽっちも無いぞ。

「ハットトリック決めるお兄ちゃん、見たいな~」

なのは、お前は黙ってろ。

「頼むよソル。後半残り時間十分、ロスタイム含めると十五分。それだけでいいんだ」

『ソル、出てあげれば?』

どうやら俺に味方は居ないらしい。

「………しゃぁねぇな」





なのは視点


―――ワァァァァァァァッッ!!!

先程渋々といった感じで試合に参加することになったお兄ちゃんが、二点目を取りました。

残り時間はロスタイムを残すのみ。

グラウンド内は完全にお兄ちゃんの独壇場、というかスタンドプレーです。

お兄ちゃんは自分で言っていたように団体競技は苦手です。だから、チーム対チームのサッカーで個人プレーに走っています。「チームプレー? 知らねぇよ」と言わんばかりです。

相手チームからあっさりボールを奪うと、そのままドリブル、誰にもパスを出さずに相手チームのディフェンスを全て抜け切ってシュート、即得点、というのが既に二回。

凄い、そしてシュートを決めるお兄ちゃんは格好良いです。

「ソルくーん、頑張って!!」

「ソールー、ハットトリックよ!!」

「行け行けお兄ちゃん!!」

私達も声を上げて応援しますが、私達だけではありません。別の方からもお兄ちゃんを応援する声があちらこちらから聞こえます。

「キャァァァ、ソルくんこっち向いてぇぇぇぇ!!」

「ソルくん素敵ぃぃぃぃぃ!!」

「ソルくぅぅぅん、ボールなんかじゃなくて私のこと蹴ってぇぇぇぇ!!」

「兄貴ぃぃぃぃぃ!!」

「ソルのダンナTUEEEEEEEEEE!!」

「チームでするプレーを一人でする、そこに痺れる憧れるぅぅぅぅぅ!!!」

私は思わず声のする方を見ます。あの人達は確か隣のクラスの人達です。気が付きませんでしたが、どうやらあの人達も見に来ていたようです。

学校でお兄ちゃんは男女問わず人気があります。

身長は平均よりも10㎝以上高く、顔も外国人なので格好良くて、長い黒茶の髪を縛っている姿は目立ちます。スポーツ万能で、先生達ですら理解出来ないような本を何時も読んでいて、常に学年トップの成績。

お父さん達と武術の訓練をしている姿をよく見るので、喧嘩とかも滅法強いです。ていうか、恭也お兄ちゃんがお兄ちゃんに勝ってる姿を見たことありません。

以前に、『中学生の不良に絡まれた時に助けてもらった』とか『野良犬から助けてもらった』とかいう話をクラスメートから聞いたことがあります。

無愛想な性格は良く言えばクール。誰にも関わらうとしない一匹狼気質で、面倒臭がり屋なのに面倒見が良い。

―――そして何より、口の悪さ。

「うぜぇ」

お兄ちゃんは此処にいる全ての人に聞こえるようなはっきりとした口調で、自分を応援してくれる人達を罵りました。

一瞬、シンッとなるグラウンド。

しかし次の瞬間、

―――キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!!!!!

シュートを決めた瞬間を遥かに上回る割れんばかりの黄色い喚声。

「ちっ」

言っても逆効果と分かったお兄ちゃんはプレーに戻りました。

周囲に居る女の子達は「私にうざいって言ってくれたのよ!!」と言い合って喧嘩になっています。男の子達は「兄貴かっけぇぇ!!」と叫んでいます。

なんだかよく分かりませんが、お兄ちゃんの乱暴な言葉使いは凄く人気があります。これがお兄ちゃんの人気の秘密と言っても過言ではありません。

『ソルは凄いね』

ユーノくんが唐突に念話でそんなことを言ってきました。

『うん、お兄ちゃんは凄いよ』

『………本当に、凄い』

『ユーノくん?』

私の肩の上に乗っているユーノくんを見ます。

その表情は真剣で、お兄ちゃんに尊敬の眼差しを向けているのがよく分かります。

そういえば最近ユーノくんとお兄ちゃんの仲が良いです。魔法の勉強の時は私と二人っきりなのですが、それ以外ではお兄ちゃんと一緒に居ることが多い気がします。

ケージからも自由に出ていいことになったし、お兄ちゃんとユーノくんの間で何かあったのかな?

『僕もいつか………ソルみたいに』

『え?』

最後の部分がよく聞き取れなかったユーノくんの念話。

―――キャァァァァァァァァァァァッッッ!!!!

お兄ちゃんが三点目を決めたようです。

「あ!! ハットトリック決まった瞬間見逃した!!」

私の嘆きが終わると、試合終了のホイッスルが鳴りました。





試合は4対0で『翠屋JFC』の圧勝。

現在場所を翠屋に移して店を貸切にして、祝勝会が行われています。

今日の試合を無失点に抑えたキーパーの男の子が皆に囲まれて褒めちぎられています。

で、それ以上に活躍したお兄ちゃんはどうしているかというと、

「ほら、桃子特製シュークリームとキャラメルミルク、以上で注文の品は揃ったか?」

ウェイターをやっていました。

何故こんなことをしているのかというと、『金が欲しいから』です。

お兄ちゃんは『テメーの欲しいもんくらいテメーで稼いで手に入れる』と言ってお小遣いを貰うことを拒否し、翠屋で気が向いた時にお手伝いをしています。

ぶっきらぼうな態度なのにテキパキ動くお兄ちゃんのエプロン姿は、普段とのギャップの所為かちょっと似合ってません。

「それにしても、ソルってなんでもそつなくこなすわよね」

アリサちゃんがユーノくんを撫で回しながら言います。

「うん、同い年じゃないみたいだよね」

すずかちゃんもユーノくんに手を伸ばして頷きます。

「うん、お兄ちゃん料理も上手なんだよ。特に中華料理」

「へ~」

「ソルの作った中華か………一度食べてみたいわね」

どうして中華料理が得意なのか聞いてみると『あの中華バカ小娘……いや、なんでもねぇ。これ以上は思い出したくないから聞くな』と返されてしまいました。

それから私達はお兄ちゃんのこと、ユーノくんのこと、今日の試合のこと、学校のこと、アリサちゃんやすずかちゃんの習い事のこと、様々なことを話している内に時間は過ぎ去って行きました。





祝勝会も解散となり、皆帰って行きました。

アリサちゃんとすずかちゃんもこれから予定があるのでお別れしました。

お兄ちゃんは『後片付けしとく』と言ってお店に残り、お父さんは『一旦帰って汗を流す』と言うので、私と一緒に家に向かっている最中です。

「ソルは技術は凄いんだが、チームプレーというものを軽視しているな」

試合は終わってみれば圧勝だったのですが、お父さんは個人プレーに走るお兄ちゃんに納得出来ていないようです。

「いや、軽視してるっていうよりは、集団で何かするっということを毛嫌いしている節があるな」

「うん、そうだね」

私はお父さんの言葉に適当な相槌を打ちながら考え事をしていました。

(気のせい、だよね?)

さっき皆が翠屋から帰る時、ほんの一瞬だけですがジュエルシードの気配がしたような気がするのです。

『なのは、どうしたの?』

『ううん、なんでもない』

念話で聞いてきたユーノくんを誤魔化します。

私はお父さんの言葉に耳を傾けました




SIDE OUT










ガキ共が帰宅して、静まり返った店内で後片付けを始めてからかなり時間が過ぎた。

やっと全て片付けることに終了し、俺はカウンターに突っ伏した。

「お疲れ様、ソル」

桃子が俺にアイスコーヒーを差し出す。

一言礼を言ってそれを啜る。

「労働の後の一杯は美味いな」

「なんだかその台詞、風呂上りの会社員みたいよ?」

「放っておけ」

クスクス笑う桃子。

「士郎さんが居ない今の内にご飯食べちゃいましょうか?」

「ああ、そうだな。休日だと何時休憩に入れるか分かんねぇから―――っ!!」

その時、ジュエルシードが発動したのを感知。

かなり近い。場所は………繁華街の方か!

「ワリィ、お袋。急用が出来たみてーだから、後頼むわ」

俺はポケットからヘッドギアを取り出した。

「そう。行ってらっしゃいソル。気を付けて、なのはのこと、よろしくお願い」

「ああ」

桃子に短く応えると、俺は翠屋を飛び出した。



















気まぐれ後書き


今回はソル視点のみではなく、なのは視点も入れてみました。

初めて書いたなのはから見たソル。どうだったでしょうか?

これから少しずつソル以外のキャラ視点を入れていきたいと思います。でもそれによってソルが空気化していくことに悩んでいますwwww

今度はユーノ視点からです。お楽しみに。


感想コメで、皆さんに好評を頂くと同時に「この設定でこれからやっていけんのか?」的な言葉を頂きました。なんか要らぬ心配させてしまっているみたいですね。

体調に気をつけてくださいとかいうコメントも頂きましたしwwww

俺頑張れ、超頑張れ!! でも明日から本気出す!!

就職活動も来週から本格的に始まるので、もしかしたら更新スピード落ちるかもしれません。許してorz

とりあえず、途中で積んだり投げ出さないように頑張ります!!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女 3話 己の意志で戦う決意 後編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/21 00:32
ユーノ視点


現場となった繁華街に急行すると、そこは酷い有様だった。

巨大な樹。いや、森と言った方がいい。それがアスファルトに根を張り、街を侵食していく。建物に根が這い回り、電信柱は倒れ、道路は罅割れ、進行上に存在する自動車を根が貫き、人々は逃げ惑う。

発動したジュエルシード。暴走体の媒体は不明だが、かなり強力な”願い”らしい。

飛行魔法を駆使しているなのはの肩に掴まりながら、僕は封時結界を発動させた。

緑色の魔力光が広がると、一瞬にして周囲をドーム状の結界が覆う。

封時結界によって通常空間から巨木群を切り取り、時間信号をズラしたことによってこれ以上の被害は出ない筈だ。

「ユーノくん、どうしたらいいの?」

思い詰めたような表情のなのは。

「元になってる部分を見つけ出して封印すればいいんだけど、範囲が広すぎて何処が元か分からない」

「分かった。元になってる部分を見つければいいんだね」

「なのは、出来るの?」

「出来る出来ないじゃない、やるんだよ!!」

なのははレイジングハートを構えると、呪文を唱える。

「探して………災厄の根源を」

『Area Search』

無数の桜色の光が辺りを飛び交い、駆け巡る。

そして―――

「見つけた、あそこだよあそこ!!」

指差すそこには、一際大きな樹。その幹の中心部だ。

「………っ!! やっぱり」

息を呑むなのは。

「やっぱりって?」

「さっき皆がお店から帰る時、一瞬だけジュエルシードの気配を感じたの。あの時は気の所為だと思ったんだけど………」

なのはが思い詰めている理由がやっと分かった。きっとその時行動しなかった所為で今の事態を防げなかったことに責任を感じてるんだ。

「なのは、これは僕も言われたことなんだけど、起きてしまったことは仕方が無いんだ。それに対処することの方が大切だよ。だから、自分の責任だからと思って焦ってたりしないで」

僕はソルに言われたことをなのはに言い聞かせながら、どう動けばいいのか考え始めた。










背徳の炎と魔法少女 3話 己の意志で戦う決意 後編










「レイジングハート、lancer modeに」

<それは賛成しかねます、マスター>

「レイジングハート!?」

なのははレイジングハートが自分に逆らうとは思っていなかったのだろう。「どうして!?」と大声を上げる。

<お言葉ながら、飛行魔法を習得したばかりのマスターの飛行能力と機動力では、ジュエルシードに到達する前に撃墜される可能性が89%を越えます。そんな分の悪い賭けにマスターの命をベットする気はありません>

「そうだよなのは、あの森から伸びてくる触手みたいな無数の枝を全部避け切ってジュエルシードまで着くのは無理だよ!!」

「じゃあどうすればいいの!?」

<遠距離から狙撃しましょう>

「狙撃?」

<shooting modeに移行します>

レイジングハートが音叉のように変形し、準備が整う。

<マスター、眼を瞑ってイメージして下さい>

「イメージ?」

レイジングハートの言葉になのはが疑問を口にする。

<要領はゲイボルクの時と同じです。目標を”突き穿つ”イメージを>

「突き………穿つ」

<意識を集中して、魔力を溜める>

「すぅ………はぁ」

なのはは一度深呼吸してから言われた通りに眼を閉じると、集中し始めた。

<目標は動きません。安心して集中して下さい>

「………うん」

桜色の魔力光がレイジングハートに集まる。

<”突き穿つ”イメージが出来たら、今度は銃の引き金をイメージして下さい>

「銃の、引き金」

<それが遠距離魔法を使う時のトリガーとなります。覚えると同時にしっかりとイメージして下さい>

「わかった」

<イメージが出来たら、私を目標に向けて>

レイジングハートをジュエルシードに向ける。

<しっかり見据えて>

なのはの眼に強い意志が宿る。

<イメージした銃の引き金を>

「引き絞る!!!」

ドゥッ、という低い砲撃音。

桜色の奔流が莫大な魔力と攻撃性と封印力を孕ませて、ジュエルシード―――巨木の幹の中心に向かって一直線に突き進む。

これは捉えた、僕もなのはもそう思った瞬間だった。

――――キィィィィィィンッ!

「防御魔法!?」

ジュエルシードの前に展開された防御魔法。

なのはの砲撃と防御の壁は数秒間拮抗した後、砲撃が止んだことでこちらの敗北に終わった。

「失敗した!? どうして!?」

驚愕するなのは。僕も同様だ。今のは確実に決まったと思っていたからだ。

「く、一度や二度失敗したくらいで負けないもん。もう一回………」

「なのは、その前にもう一度エリアサーチを」

再チャージを始めるなのはを制して言う。

「ユーノくん?」

「今までの奴だったら今の一撃で確実に終わってる。でもそうじゃないなら、今までとは違うってことだと思うんだ。だから、その原因を見つけたいからもう一度エリアサーチをお願い」

僕は以前のソルとの反省会の時の会話を思い出していた。これは今までの”願い”の比じゃない。

「………分かったよ、ユーノくん!!」

僕の言葉に納得したなのはは、すぐに再びエリアサーチを展開した。

「ジュエルシードは強い”願い”に呼応して力を発揮するんだ。その想いが強ければ強い程。なのはの攻撃を凌ぎ切ったってことはそれだけ強い想いなんだと思う」

「強い、想い………」

「うん」

しばらくの間なのはは入念に探し続けた。

そして。

「分かったよ、強い想いの正体!! やっぱりジュエルシードがある場所、でも」

「でも?」

言い淀むので先を促す。

「人が、二人居るの。男の子と女の子、しかも、ジュエルシードが二つもある!!」

「なんだって!?」





SIDE OUT





『状況はどうだ、ユーノ?』

『芳しくないよ、悪い情報が二つ、暴走体の元となったのは人間二人、しかもジュエルシードも二つ』

『媒体が二つずつ、しかも暴走体の元は二人の人間、ヘビィだな』

単純計算すれば今までの二倍。だが、ジュエルシードが二つあることで相乗効果のようなものがあるらしい。更に、今まで人間が元となった暴走体と戦ったことが無い。ジュエルシードが人間二人を取り込んだことによって引き出される力は未知数だ。

『なんとかなりそうか?』

『僕となのはだけじゃちょっと無理かな。なのはの砲撃も防がれちゃったし』

苦虫を噛み潰したような口調のユーノ。

話を聞くと、接近戦は無理だと悟ったレイジングハートが遠距離攻撃を提案。その案の通りに砲撃魔法を使ったが、ジュエルシードが展開した防御魔法に防がれたとのこと。

なのはとユーノだけじゃ今回はどうにもならねぇか?

しゃねぇな。

『ユーノ、全く違う方向から同時に攻撃したら何とかならねぇか?』

『やってみないと分からないけど、なのは以外に一体誰が攻撃を?』

『俺に決まってんだろ』

『でもソル、それは………』

『背に腹は代えられねぇし、言ってる場合じゃねぇ』

今こうして話している間にも、結界内での話だがどんどん侵食される範囲が増えている。いずれ結界の中を樹が埋め尽くすだろう。

『此処らが潮時だ、なのはに俺のことを教える。それでいいな?』

『ソルがそれでいいなら、僕は反対しないよ』

『俺個人としては、もう少しだけ遠くから成長するなのはを見たかったんだがな』

俺は溜息一つ吐くと、なのはに念話を繋げる。

『なのは、俺だ、聞こえるか?』

『え? この声、もしかしてお兄ちゃん? どうしてお兄ちゃんが此処に居るの!?』

吃驚仰天、といった感じのなのは。容易に慌てている姿が想像できる。

『詳しい話は後だ。今俺はお前達が居る場所からジュエルシードを挟んだ直線上に居る。そこからタイミングを合わせて同時攻撃を行う。暴走体が怯んだらお前が封印しろ、いいな?』

『色々と後で言いたいことがあるけど分かったよ、お兄ちゃん!!』

どうして俺が、という疑問はひとまず置いといて元気に答えるなのは。

『ちょっと待って!』

『どうしたユーノ?』

『ユーノくん?』

ユーノから待ったが掛かる。俺もなのはも疑問に思った。何か言いたいことでもあるのだろうか?

『そもそもソルはどんな攻撃をするつもり? なのはみたいな砲撃?』

なるほど、俺の攻撃方法を聞いた上で、より的確な攻撃にさせて成功率を上げるつもりか。

『いや、俺は基本的に近接だからな、さっきのなのはみてーな砲撃は持って無ぇ。手持ちの遠距離攻撃はほとんど広範囲のみだ。しかも絨毯爆撃みてーなのばっかでピンポイント攻撃が出来ねぇ』

そういうのはカイの仕事だったからな。

『分かった。ピンポイント攻撃が出来ない、だけど広範囲攻撃なら、しかも絨毯爆撃に近いやつなら出来るんだね?』

『ああ』

『じゃあ、この”森”全体をを覆い尽くすようには?』

『出来るぜ。なんだったら全部灰にしてやろうか?』

『少しだけ考える時間貰うね』

言って、十秒程黙り込むユーノ。

『決まった。二人共聞いてくれる?』

『もっちろん』

『話してみろ』

ユーノによって作戦内容が話される。





ユーノ視点



僕はなのはをビルの屋上に降り立たせ、話し始める。

『さっきなのはが砲撃を撃った時に防御魔法で防がれたのは覚えているよね?』

『うん』

『そう聞いたな』

『その時、木の枝一本一本が小さな魔法を展開していたのが見えたんだ』

『つまり、どういうこと?』

なのはが首を傾げる。

『分かったぜ。なのはの砲撃を防いだ防御はでかいのが一つじゃない、その木の枝一本一本の小さな魔法が重なってでかい一つに見えたってことか!』

『ソル、正解』

『え? どういうこと?』

ソルの言ったことをいまいち理解していないなのはに、分かるように説明してあげる。

『分かりやすく言うとね、ジュエルシード単体が大きくて強固な一つの防御魔法を展開したんじゃないんだ。実際は木の枝一本一本が小さな防御魔法を展開する、それがたくさん重ることによって大きな一つの防御魔法に見えたってこと。ほら、この世界のことわざでもあるじゃない?”ちりも積もれば山となる”って』

『ああ~、そうだったんだ、なるほど』

得心がいった様子のなのは。

『それで、どうする?』

『まず、ソルの広範囲攻撃であの”森”を出来るだけ減らして欲しい。そうすればきっと防御魔法はさっきみたいな威力に耐えられなくなると思うんだ。そこで、ジュエルシードの防御が薄くなったところをなのはが砲撃、封印っていう流れになるんだけど、どうかな?』

『上出来だぜ』

『うん、それならきっと上手くいくよ』

『タイミングはお前に任せる、なのはの準備が出来次第連絡しろ』

ソルが一旦念話を切る。

「なのは、チャージお願い」

「分かったよユーノくん………レイジングハート!!!」

眩いばかりの桜色の魔力光がレイジングハートのデバイスコアに集まる。先程と同等、いや、ソルが一緒に戦ってくれることになったからきっと高揚してるんだろう。先程とは段違いの魔力が集束していく。

「準備完了!!」

『ソル、なのはの準備が整ったよ』

『分かった。じゃあ、まずは俺から行くぜ』

念話でソルが応えた瞬間、ソルが居るであろう方角から莫大な量の魔力反応がした。

なのはも相当魔力が高い類に入ると思っていたけど、それを遥かに越える。はっきり言ってレベルが違う!!

そのあまりの強大な魔力に僕となのはは図らずも固まってしまった。

『消し炭になれ。―――サーベイジ、ファング!!!』

それは天に向かって伸びる炎の壁。いや、壁なんて生易しいものじゃない。あれは、炎で出来た大津波だ!!!

炎の津波は触れるものを片っ端から呑み込んで蒸発させながら、全てを食らい尽くさんと突き進む。

ジュエルシードの暴走体である”森”や”樹”も例外じゃない。それのみにならず、封時結界内の既存の建築物、車、電柱、ありとあらゆるものを呑み込んでいく。

「………凄い」

これがソルの使う魔法。法力の”力”。凄いけど、こんな”力”封時結界内以外で使えっこない。もし使ったら間違いなく未曾有の大惨事だ。

ソルがジュエルシードの回収を影から見守ることに徹したのはこれが理由なのかな?

”森”は全体の九割以上がソルの宣言通りに消し炭となった。

「………はっ! ぼうっとしてる場合じゃない、なのは、今だ!!」

「う、うん」

僕に言われて、はっとなるなのは。すぐさま砲撃を開始する。

ジュエルシードとその周りの樹が防御魔法で抵抗するが、一瞬でそれらを突き破る。

<sealing>

レイジングハートが二つのジュエルシードを封印するのを確認して、僕は封時結界を解除した。





なのは視点


夕暮れの中、ジュエルシードが暴走した爪痕は痛々しいものでした。

繁華街は時間が経った今でも大混乱、道路も、車も、建物もほとんどが滅茶苦茶で、ジュエルシードの本体があった所は特に酷いです。

怪我人は何人も出たらしく救急車が現場近くまで来ていましたが、怪我人が居る所まで道路が走れる状態ではないので、救急隊員の人達は必死になって搬送作業を行っています。

死者が出ていないだけ、まだ不幸中の幸いと言えるのかもしれません。

それでも私が、あの時ちゃんとしてればこんなことにはならなかったのに。

「なのは」

何時の間に後ろにお兄ちゃんが立っていました。

「今まで黙ってて悪かったな」

ううん、と首を振ります。

「ユーノくんに聞いたの、お兄ちゃんが私に魔法を使えること黙ってた理由。全部、私の為なんだよね?」

「ああ」

「うん、なら許してあげる」

そう言って笑顔を見せます。でも、上手く笑えているか分かりません。

そんな私を見てお兄ちゃんは「やれやれだぜ」と溜息一つ吐いて、

「あ」

私のことを抱き締めてくれました。

「お、お兄ちゃん?」

「俺達は神じゃねぇ」

「え?」

唐突に、何を?

「俺達人間がやる行為には限界が存在する、必ずだ。ある一定以上の結果は望めねぇ。常にベストの選択と行動を取っても全てが救える訳じゃ無ぇ」

「でも………」

「ましてや時間を巻き戻してやり直しが出来る訳じゃ無ぇ、起きちまったことは仕方無ぇ。それにどう対処するかが重要なのは分かってんだろ?」

お兄ちゃんの手が優しく頭を撫でてくれます。

「納得しろとは言わねぇ、ただ覚えておけ。俺達は万能じゃねぇ。だが、無能でもねぇ。俺達には俺達にしか出来ない、俺達がしなければならないことがある筈だ。それを成し遂げようぜ?」

これはユーノにも言ったことなんだがな、と笑うお兄ちゃん。

どうしてお兄ちゃんはこう、いつも落ち込んでる私を元気付けるのが上手いんだろう。

「お兄ちゃん、私決めたの!!」

「うお! いきなり元気になったな、一体どうした?」

「私、今まで状況に流されたり、遊び半分でジュエルシードを集めてたけど、これからは違うの!!」

「どう違うんだ?」

私は爪痕残る街を一度見下ろしてから、自分が今決意したことを宣言します。

「これからは真面目にジュエルシードを集める。魔法の勉強もしっかりやる。槍の稽古ももっと真剣にやる。それで、もう絶対に今日みたいなことにはならないように頑張るの!!」

「………そうか」

何処か遠い目をするお兄ちゃん。私は構わず続けます。

「だから、お兄ちゃんに協力して欲しいの」

「ああ、たりめーだ」

「お兄ちゃんだけじゃなくて、今まで通りユーノくんも」

「勿論だよ」

二人は快く応えてくれます。

「よぉぉぉぉぉし、高町なのは、全力全開で頑張ります!!!」

私はその日、お兄ちゃんとユーノくん、そして何より自分自身に誓いました。















気まぐれ後書き


今回はちょっとシリアス。ソルとユーノ二人の友情となのはの決意です。

今回のソルの原作技、実はイスカに登場するボスソル仕様の『サーベイジフレイム』を出そうと思ってたんですけど、明らかにEXソルの『サーベイジファング』の方が名前格好良いのでこっちにしました。

デバイスのセリフのカッコを<>に変更。『』にしたままだと念話とかぶるので今回からはデバイスのセリフは全部<>で。

次回からついにフェイト登場。やっと書ける(泣)

では、また。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 4話 再会 前編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/22 20:42
その”力”の輝きはまさに太陽だった。

真っ暗な夜が一瞬にして昼間のように明るくなる。

爆裂する炎、吹き荒れる熱風、鼓膜を叩く轟音、歯向かうものは容赦しない暴君の如き魔力の奔流。

その何者にも決して屈さない強さを秘めた後姿に、私は魅せられていた。










背徳の炎と魔法少女 4話 再会 前編










週末。なのはがすずかの家にお呼ばれされた。恭也もすずかの姉――忍と付き合っているから、今日は二人揃って月村邸に赴くようだ。

だから―――

「お兄ちゃん準備出来た?」

「あ?」

何故俺まですずかの家に行かなけりゃならん?

俺は新聞から顔を上げる。

「準備って何の?」

「すずかちゃん家行く準備」

「してる訳無ぇだろ」

「なんでー!?」

頭を抱えるなのは。

「今日はすずかちゃん家行くって昨日言ったでしょ!!」

「言ってたな」

「覚えてるならどうして準備もしないで新聞読んでるの!?」

「俺もか? お前が行くって話じゃねぇのか?」

俺の言葉にがっくりする。そして急に元気になって「お兄ちゃんも一緒に決まってるでしょ!!」とプンスカ怒り始めた。全く忙しい奴だ。

「いってらっしゃい」

「お兄ちゃん人の話聞いてないでしょ!?」

「ああ」

「そこは否定しようよ!!」

いや、するところじゃねーだろ。

「むうぅぅぅ」

低く唸り始めると、ついになのはは実力行使に出た。

ソファーに座ってる俺の背後に回り込み、縛っている後ろ髪を思いっきり引っ張り始めたのだ。

「ってぇなコラ!? 何しやがる!!」

「お兄ちゃんが一緒に行ってくれるまで、引っ張るのを、止めない!!!」

「この野郎、調子に乗りやがって!!」

髪を引っ張る手を振り解くと、ソファーを降りてなのはに組み付き、そのままコブラツイストを掛ける。

「にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、ギブ!! ギブだよお兄ちゃん!!」

「聞こえねぇ」

「お、鬼………」

やがてぐったりするなのは。

「ソル、何時までなのはで遊んでんだ!! バスに遅れるから早く来い!!」

『ソル、早く行こうよ』

恭也とユーノから催促の声。

クソが、人の話を聞かねぇのはテメーらの方だ。

俺は死体のように動かなくなったなのはを引き摺りながら家を出た。





「恭也様、ソル様、なのは様、今日はお越しいた………何があったのですか?」

忍の専属のメイド―――ノエルは、今の俺の姿を見て唖然とした。

今の俺はピクリとも動かないなのはを背負い、頭の上にユーノを乗せるという何処からどう見てもアホ丸出しの格好だったからだ。

「うるさい馬鹿を黙らせただけだ。気にするな」

「はぁ」

釈然としないノエル。その隣で恭也が頭痛を堪えるように額に手を押し当てていたが、気にしないことにした。

月村邸の門を潜る。

何度も来たことはあるが、相変わらず無駄にでかくて立派な家だ。金ってのはあるところにはあるんだな。アリサの家もだが。

ノエルに付き従い庭に案内される。

そこでは既にすずかとアリサと忍がお茶を楽しんでいた。

「あ、やっと来た………って、なんでなのはは気を失ってんのよ!?」

「はしゃぎ過ぎて失神した。しばらくしたら起きるだろ」

アリサが喚くのでテキトーなことを言って茶を濁す。

「なのはちゃん、大丈夫なの? なんか白目剥いてるように見えて少し怖いんだけど」

「気にしたら負けだ」

すずかにテキトーに応えてなのはを椅子に座らせる。

あ、本当に白目剥いてやがる。ちょっと気味が悪いので瞼を閉じてやる。

「あっはははは、どうせなのはちゃんがソルくんに悪戯でもしたんでしょ。でも、女の子が相手なんだから少しくらい加減してあげようね」

「善処はしてるぜ。ノエル、茶」

忍をテキトーにいなすとノエルに命じる。

「はい、畏まりました」

「なんでお前は家主より偉そうなんだ」

粛々と従うノエルと突っ込む恭也。

俺は肩を竦めて椅子に勝手に座ろうとして、子猫がそこを占領していることに気付く。首根っこ掴んですずかに渡して、改めて座る。座るついでに頭の上に乗っていたユーノをアリサに放り投げる。

「もてなす気が無いなら帰ったっていいんだぜ?」

「それはやめろ。お前が此処で帰ったら後でなのはに文句を言われるのは俺なんだ」

「分かってんなら黙ってろ」

俺は忍に目配せし「早くこいつを部屋に持って帰れ」という意思を伝えた。忍は俺の視線に「OK」とウインクで応えて、憮然とする恭也の腕に組み付くとそのまま引っ張っていった。

「恭也さんと忍さんって本当に仲良いわよね」

「うん、お姉ちゃん、恭也さんと付き合うようになってから本当に幸せそうだよ」

「恭也は尻に敷かれてるがな」

女って生き物は恋愛話が好きなのはどいつもこいつも一緒らしい。俺はテキトーに話を合わせる。

「お待たせしました」

そこへ、ティーカップセットを持ったノエルとその妹―――ファリンがお盆にケーキを大量に載せてやって来る。

そろそろなのはを起こしてやるか。

なのはの頭を引っ叩いて起こす。起きたなのはが周りを見渡してから「ワープしてる!!」とかアホなことを抜かしたのでもう一回引っ叩いた。










『ソル!! 助けて!!』

『俺の方が助けて欲しい』

あれからしばらくして。

三人娘の姦しい会話に付いていけなくなった俺は、少し離れた場所にある木の下で寝っ転がっていた。

すると、何処からともなくわらわらと月村家の猫共が大量に沸いてきて、俺にじゃれついてきやがった。

鬱陶しいので一匹一匹引き剥がすのだが、何度引き剥がそうとも諦めずにしがみついてくる。どの猫も俺を枕かマタタビだと勘違いしてやがる。

あまりに執拗な猫共のじゃれつき攻撃。すずかの猫である以上邪険にする訳にもいかず、もう引き剥がす作業すら面倒に感じて好きなようにさせている。

ちなみに、ユーノは数匹の猫に遊んでもらえると勘違いされたのか、さっきから追い掛け回されている。

「この駄猫(ダビョウ)共が」

ぽつりと呟くと―――唐突に、ジュエルシードが発動したのを感知した。

『ユーノ、なのは』

『うん、僕も感じた』

『今の、ジュエルシード………』

二人も気付いたらしい。

かなり近い。恐らく月村邸の敷地内、しかも邸内ではなく森の方(敷地内に森があるとかどんだけ金持ってんだ)。

『ユーノ、猫から逃げるふりしてジュエルシードに向かえ、なのははその後を追え、俺は最後に行く』

『分かった』

『うん』

短い応えが返ってくると、ユーノは一目散に逃げるように走り去り(実際逃げていたが)、なのはは「あ、ユーノくん待って」と見事な棒読みでそれを追う。

「ったくあいつら、何処行くつもりだ?」

俺は立ち上がってそれっぽいことを口にすると、身体に纏わり付く猫共を引き剥がす。

「俺もユーノ探しに行くわ」

「え? ちょっと」

「すぐに戻る」

追い掛けられては困るので、それなりに速度を出してその場を後にした。





ユーノが封時結界を発動させたのか、緑色のドーム状の結界が展開されていた。

俺は躊躇せずにその中に入る。

空中にはジュエルシードの暴走体となった猫(恐らくすずかの)が居た。

「なお~~~~~~~~~~」

気が抜けるくらい平和な鳴き声だった。

『………危険は無さそうだな』

『たぶん、あの子の”大きくなりたい”っていう願いが正しく反映されたんじゃないかな?』

『とりあえず、封印しちゃっていいよね?』

『ああ、頼む』

なのはが飛んで猫に近づき、封印しようとしたその時、高速で飛来する魔力を感知。

『退がれなのは!!』

『え?』

頭に疑問符を浮かべるなのはのすぐ横を、金の閃光が通り過ぎ、猫に着弾する。

「きゃっ!?」

「なおぉぉぉ!!」

なのはの小さな悲鳴と猫の絶叫。

今見た光は記憶にあるものだ。

俺は閃光が飛んできた方向を確認する。

そこには―――

以前助けたことのある少女が、なんとなく『木陰の君』を思わせる少女が、居た。









フェイト視点


偶然、近くにジュエルシードが発動した気配を感じたのでそちらに向かう。

やがて緑色の封時結界が眼に映る。

「誰かが発動させたのかな?」

私は少し不安になった。

初めてジュエルシードの暴走体と戦ったあの夜。迂闊な攻撃を仕掛けた所為で逆に手痛い反撃を食らい、死に掛けたのだ。

絶対に油断しないように攻撃魔法の準備をする。今度は全力で暴走体を殲滅する。

あの時はソルが助けてくれたけど、今回もそうとは限らない。

「………ソル」

炎を操る少年を思い出す。

私と同い年くらいなのに、私なんかよりもずっと力強い後姿。あの日以来、気が付けばずっとソルのことばかり考えていた。

そのことについてアルフに何度もからかわれた。

「………いけない、真面目にやらなきゃ」

頭を振って、気持ちを戦闘に切り替える。気を抜けばやられるのはこちらの方。しっかりしなければ。

封時結界の中に入る。

視界に入ったのは暴走体と思われる巨大化した猫。ファンシーで可愛らしいけど見掛けで判断出来ない。

「フォトンランサー、ファイア」

私は躊躇無く攻撃するが、

「あっ!!」

攻撃魔法を撃った瞬間、暴走体の猫に近寄ろうとする白い服の女の子が居た。危ない、あのままじゃ当たる!!

非殺傷にはしてあるけど、今のはかなり本気で撃った。当たったら怪我をする可能性だってある。

「きゃっ!?」

「なおぉぉぉ!!」

けれど、幸い白い服の子には当たらず、暴走体にだけ命中する。

ほっと胸を撫で下ろして近付いた。

「あなた誰!? いきなり攻撃するなんて、何考えてるの!?」

白い服の子―――たぶん私と同じミッドチルダ式魔導師―――の怒りは当然だ。私だっていきなり攻撃されたら怒る。でも私はそれを無視して、墜落して動かなくなった暴走体に眼を向ける。

うん、これなら近寄っても大丈夫そう。

私が暴走体に更に近寄ろうとすると、

「いきなり攻撃してきて、弁明もしないで無視、上等だよ!!」

<lancer mode>

そう言って白い服の子は私の前に立ちはだかると、デバイスを槍に変形させて襲い掛かってきた。

「バルディッシュ」

<Yes sir,Scythe Form>

私もそれに応戦する。



―――ガキィィッッ!!



お互いに振りかぶったデバイスの先端がぶつかり合い、金色と桜色の魔力光が弾ける。

競り合っていたのは一瞬、私も白い服の子も距離を取る。

「力ずくでも話を聞かせてもらうんだから!!」

「答えても………たぶん、意味は無い」

相手を睨みながら構える。白い服の子も槍型のデバイスの矛先をこちらに向ける。

「なおぉぉぉぉぉ」

その時、暴走体の猫が意識を取り戻したのか鳴き声を上げる。

それに気を取られる白い服の子。

―――チャンスッ!

<Blitz Action>

短距離限定の超高速移動魔法を発動させ一瞬で白い服の子の頭上まで移動すると、バルディッシュを振り下ろした。

「ごめんね」

謝っても意味なんて無いのに、謝罪の言葉を吐く。

これで終わる、筈だった。



―――ギィィィィンッ!!



甲高い金属音。

眼の前では、肉厚で無骨な剣がバルディッシュを防いでいる。

その剣に、それを手に私の攻撃を防いだ人物に、見覚えがある。

強い意志と力を宿す真紅の眼、額に巻いている赤いヘッドギア、長い黒茶の髪を後ろに縛る髪型。

あの後姿を見て以来、ずっと考えていた炎の少年。

「ソ、ソル」

「久しぶりだな、フェイト」

ソル=バッドガイが、そこに居た。





後編に続く



[8608] 背徳の炎と魔法少女 4話 再会 後編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/24 00:11
成り行きを見ていると、

不意打ち染みた攻撃をされたことに怒るなのは。

それを無視してジュエルシードを封印しようとするフェイト。

そんなフェイトの態度にになのはが激怒(沸点低いな)。デバイスを槍に変形させて飛び掛る。

フェイトもデバイスを鎌のように変形させて応戦。ベバイス同士がぶつかり合い、一瞬の拮抗の後、同時に離れる。

「力ずくでも話を聞かせてもらうんだから!!」

「答えても………たぶん、意味は無い」

睨みあう両者。そろそろ止めに入ろうかと思った時、巨大猫が目を覚ましたのか「なおぉぉぉぉぉ」と鳴く。

それに気を取られるなのは。

あいつ、戦闘中に相手から眼を離すなんて。やはり才能があっても実戦慣れしていない。その一瞬の気の緩みが命取りになるってのに。

初めて会った時から気付いていたが、やはり戦闘訓練を受けたことのありそうなフェイトは違う。なのはの隙を突く形で高速移動魔法を発動させ、瞬きする間になのはの頭上に移動する。

さすがにこれ以上は不味いので俺は飛び出した。

「ごめんね」

呟いて振り下ろされたデバイスを封炎剣で受け止める。



―――ギィィィィンッ!!



耳障りな音が響く。

眼を一杯に開いたフェイトが驚愕の表情で俺の名を口にする。

「ソ、ソル」

「久しぶりだな、フェイト」

「え、あ、な、ソル、な………んで?」

金魚みたいに口をパクパクさせて、何か言おうとして言えないフェイト。

「お、お兄ちゃん、この子と知り合いなの!?」

背後から詰め寄ってくるなのは。

「とりあえず二人共デバイスを下ろせ」

「う、うん」

「………わかった」

二人共素直に従う。

さて、どうにかこうにか二人を止めることは出来たが、これからどうしたもんか。

「なおぉぉぉぉぉ」

俺が頭を捻っていると、猫がジタバタと動き始めた。

「お前ら、下に降りて待ってろ」

地面を指差す。

「でも………」

「お兄ちゃん?」

「聞こえなかったのか? 二人共、下に、降りて、待ってろ」

語気を荒くすると、渋々従う二人。

「なおぉぉぉぉぉ」

「いい加減うぜぇな」

鬱陶しい巨大猫に向き直る。

額に青い菱形の石。ジュエルシードだ。

「一応、手加減はしといてやる」

すずかの猫だろうしな。

右の拳に魔力を込める。術式を構築、展開、構成した術式に必要な魔力量を計算、計算に基づいた魔力を術式に流す。

ジュエルシードを無効化しつつ、猫が怪我しないように細心の注意を払って法術を完成させる。

俺はその場から飛行魔法を駆使して巨大猫に向かって急降下。

「バンディッドブリンガー!!!」

炎を纏った拳を猫の額に位置するジュエルシードに叩きつける。

「ぎに゛ゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

断末魔みたいな悲鳴を上げ、火達磨になりながらそのまま地面に衝突、勢いを殺せずにズザザァーッと滑っていく。

やがてその巨体が止まると炎も消え失せる。そこに残るのはジュエルシードとぐったりしてピクリとも動かない子猫だった。

「加減を間違えちまったか?」










背徳の炎と魔法少女 4話 再会 後編










フェイト視点



暴走体の元になった子猫を抱えながら、ソルがこちらにやってくる。

「ユーノ、怪我はしてねーと思うが若干衰弱してる。回復魔法かけてやってくれ」

そう言って、フェレット―――ソルの使い魔かな?―――の前に子猫を優しく横たえる。

「ソル、無茶し過ぎだよ。子猫が死んだかと思ったよ」

それは私も思った。いきなり炎を纏った拳で殴りかかったと思ったら爆音、暴走体が火達磨になったもの。

「安心しろ、手加減はした」

「ソルの法力って非殺傷設定出来なかったよね? どうやって安心しろと?」

え? ほうりき? ソルの使う魔法のこと? 非殺傷設定が出来ない? そんなことがありえるの? 確かにミッドチルダ式とは明らかに異質な”力”だとは思っていたけど………

「なんとか非殺傷を術式に編み込むことには成功したぜ。最初は魔法と法力の相性が悪くて難儀はしたが、なんとかな。ただ扱いが難しくて力加減間違えると殺しちまうんだが、今回はぶっつけ本番で成功したから安心しろ」

「ぶっつけ本番って………いや、キミのことだからそんなことだろうと思ってたけど、もういいや、何も言わない」

フェレットはこれ以上は無駄だと悟ると、子猫に回復魔法をかけ始めた。

「で、このジュエルシードなんだが、どっちでもいいからとっとと封印しろ」

ソルが私と白い服の子に向き直ると、ジュエルシードを放り投げた。

―――丁度、私と白い服の子の間に。

その行動に、私も白い服の子も一緒にポカンッ、としていたけど慌ててデバイスを向けて封印する。

「あ!!」

「やった!!」

ほんの一瞬私の方が早かった。ジュエルシードはバルディッシュのデバイスコアに吸い込まれる。

「………って、ソル!? 何やってんの!?」

フェレットは信じられないものを見たといった表情でソルに問い詰める。

「ジュエルシードを封印させただけだが?」

「それは見れば分かるよ!! そうじゃなくて、なんでなのはじゃなくてこの子に渡しちゃうんだよ!?」

「そ、そうだよお兄ちゃん!! どうして!?」

白い服の子も加勢する。だが、ソルは何がおかしいとばかりに首を傾げた。

「ユーノには悪いが、俺にとってはジュエルシードなんてどうでもいいんだよ。海鳴市にばら撒かれた二十一個が無事に回収されればそれでいい。後は誰が持っていようとこの街に被害が出なければ知ったこっちゃねぇ。それだけだ」

ソルの言葉は、この街に住む人の純粋な意見だと思う。確かにこの世界に住んでいる人達にとってジュエルシードなんて代物は迷惑以外の何物でもない。仕方が無いから回収してる、といった意味が込められていた。

「だいたい、俺はなのはとフェイトの間に投げて『どっちでもいいから封印しろ』と言った筈だぞ? お前がフェイトより反応遅かっただけじゃねーか」

「………」

「むうぅぅ」

正論と言えば正論なソルの発言にフェレットは沈黙し、白い服の子は低く唸っている。

………あ、私もボーッとしてる場合じゃない。ソルにちゃんとお礼言わないと!

「あ、あの、ソル、ありがとう」

「ん。気にするな」

「それと、この間は助けてくれてありがとう。まだちゃんとお礼言ってなかったから」

「ああ、あん時は俺も急いでたからな。随分と御座なりな別れ方になっちまったから、そっちも気にすんな」

そう言って、私の頭を撫でてくれる。

(ああ、暖かくて気持ち良い)

以前もそうだったけど、ソルに撫でられると凄く心地良い。暖かくて、優しくて、なんと言うか癒される。身体に溜まった疲れとかが何処かに飛んで行ってしまうような錯覚がする。

―――ずっとこのままでいたい。

しかし、現実はそうはいかないようだ。

「そういえばお兄ちゃんこの子誰なの!? 知り合いなの!?」

白い服の子がデバイスの矛先を私に向ける。私はその怒りに染まった形相に吃驚して、ソルの背後に回りこんで思わず腰にしがみついてしまった。

私の行動で更に表情が険しくなる白い服の子。

この子、なんか怖い。

「そういや話してなかったな。ユーノには前に話したから知ってると思うが、こいつはフェイト、フェイト・テスタロッサ。お前が魔法を手にしたあの夜に、俺がジュエルシードの暴走体から助けたんだ」

「………そんな話聞いてないの」

「話してないっつったろ」

「なんで秘密にしてたの?」

「秘密にしてたっつーか、話すことを忘れてたな」

「………むうぅぅ」

白い服の子は不機嫌そうに低く唸ると、私を値踏みするように上から下まで眺める。

その据わった視線がちょっと怖くて、ますますソルにしがみつく力を強くしてしまう。

「………フェイトちゃん、でいい?」

「へ? あ、ご自由に」

話しかけられておっかなびっくり返事をする。

「私は高町なのは。お兄ちゃん、ソル=バッドガイの妹です。なのはでいいよ」

「あ、改めまして、フェイト・テスタロッサです………あれ? 妹? ファミリーネームが違うのに?」

ソルの顔を見ると、「俺は数年前から高町家に居候してんだよ」と教えてくれた。

その時のソルの顔の近さ、息も当たりそうな至近距離に顔が真っ赤になるのが分かる。

「それでフェイトちゃんに聞きたいんだけど、何時までお兄ちゃんとそうしてるつもり?」

「……っ!!」

その言葉で今自分がどんな状態なのかを思い出した。

ソルに後ろからしがみついて、彼の肩に顎を乗せるように顔を覗かせている格好。

これでは顔が近いのは当然だ。

慌てて離れる。少しだけ名残惜しいと思ったのは内緒だ。

「ごごごごごめんソル!!!」

「いや、別に構わねーけど」

「っ! 構わないってどういうことなのお兄ちゃん!?」

「お前で慣れた」

「ぐぬぅ………」

私はもう恥ずかしくなって頭が混乱してしまって、何がなんだか分からなくなってしまった。

何かソルと白い服の子―――なのはだっけ?―――が言い合ってなのはがショック受けてるみたいだけど、私はそれすら見ていられない程余裕が無くなっていた。

―――そそそうだ、もうジュエルシードは回収出来たから此処にはもう用は無い、たぶん。そういえばアルフも心配してるだろうし、は、早く帰らなきゃ!!

「そ、ソソル、わわ私もう帰るね」

「あ? ああ。またな」

「あ! 逃げた!! 待って!! まだお話聞いてないよ!!」

「そうだ!! まだ何故ジュエルシードを集めているのか聞いてないぞ!!」

なのはとソルの使い魔のフェレットが何か言っていたけど、私の耳にはソルの言葉しか届いてなくて。

「ま、またねソル!!」

そう返すと、自慢のスピードで封時結界を文字通り飛び出した。

顔が熱い、動悸が激しい、でもそれが不快じゃない不思議な感じ。

何なんだろう、これ?

………ソルなら分かるのかな?

っと、至近距離でのソルの顔を思い出してまた体温が上がるのを実感する。心臓もズキズキと痛いくらいに脈打つ。

ソルのことを考えると、他のことが何も考えられなくなる。でも、やっぱりそれがイヤじゃない。

私………一体どうしちゃったんだろ?





SIDE OUT





フェイトが帰ってからどうなったかというと。

バリアジャケットを解除したなのははずっと「私不機嫌です」的なオーラを纏っていた。

そして俺の手を繋いで離そうとしない。移動中は俺の腕にずっと組み付いていた。

それはアリサとすずかの元に戻っても変わらず。

二人共どうしてなのはが不機嫌なのか問い質したいような気配を出していたが、なのはの不機嫌オーラの所為で結局それは出来なかった。

『ユーノ、なんとかしろ』

『なんで僕が!? キミが蒔いた種じゃないか』

『後で賞味期限切れてカビ始めた酢昆布やるから』

『要らないよそんなの!! 懐柔する気があるのか無いのか分からないよ!?………僕は知らないよ、何故なら今の僕はただのフェレットだから』

ちっ、役に立たねぇ。ていうか、ユーノも微妙に不機嫌だ。フェイトにジュエルシードが渡ったことが気に入らないようだ。ま、確かにユーノが発掘したものだから所有権はユーノにあるんだろうが、俺としては先にも言ったようにあの厄介な青い石がこの街から消えてくれればそれでいい。

そのままは微妙な空気でお茶会は続き、やがて解散となった。

それからというもの、なのはは不機嫌のまま俺から決して離れようとしなかったが、久しぶりに一緒に風呂に入った(半ば強制的に桃子に入れられた)後は、機嫌が直ったのか急にニコニコし始めた。

そしてそれは一緒に寝るまで続き、次の日には何時も通りに戻っていた。

………やれやれだぜ。










気まぐれ後書き


今回お送りしたのは乙女回路全開で起動中のフェイト、ヤンデレ気味なのはでした。如何だったでしょうか?

コメントにあったリクエストも微妙に反映させてありますwww

フェイトにとってソルは白馬に乗った王子様的な感じで、なのはにとってのソルは自分の全てを受け入れてくれる人です。

で、ソルにとってなのはは愛娘、フェイトは『木陰の君』とダブってしまうのでどうしても甘く接してしまう、って感じですかね?

これからこいつらの三角関係をお楽しみください。

ではまた。ノシ



[8608] 背徳の炎と魔法少女 5話 旅行先にて
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/26 01:38
海鳴温泉旅行。

これは高町家で毎年恒例行事で、連休を利用したものである。

恭也が忍と付き合いようになってから、アリサとすずかと知り合ってからは、高町家&月村家&おまけという大所帯で赴くことになった。

で、俺は今移動中の車の助手席でボーッと流れる景色を見ていた。

ちなみにユーノは後部座席の三人娘に揉みくちゃにされている。

強く生きろ。

月村邸でフェイトと再会して以来、ジュエルシードは一つも見つけていない。

ユーノが最初から持っていたのが一個。それからなのはが封印したのが五個。そしてフェイトに渡したのが二個。

今のところ八個は所在が知れてる訳だが、まだ全体の半分より少ない程度。

先はまだまだ長いな。

溜息一つ吐くと、俺はユーノの様子を盗み見た。

なんかもう、揉みくちゃにされ過ぎてアリサの膝の上でぐったりしていた。

ユーノ、何度も言うようだが強く生きろよ。

俺は座席を少し傾けると惰眠を貪ることにした。










背徳の炎と魔法少女 5話 旅行先にて











『酷いよ、助けてくれないなんて』

『あの状況で俺にどうしろってんだ?』

旅館に着くと、三人娘から解放されたユーノが俺の頭に乗って念話で文句を言ってくる。

俺は他の奴らの分の荷物を肩にいくつも通しながら、返す。

とりあえず、とっとと荷物を部屋に持って行ってから温泉にでも浸かりたい。

俺達が寝泊りする部屋は大所帯故に大部屋だ。毎年利用しているから宿の従業員も気を利かせてくれる。

持ってきた荷物を全て叩き込むと、俺は自分のバッグから替えの下着とタオルを取り出し、部屋備え付けの浴衣(当然子ども用)を持って出た。

「あれ? お兄ちゃんもうお風呂入るの?」

部屋から出てきた俺が持つ物を見て、なのはが不思議そうにする。

「まあな」

「ユーノくんも?」

「ああ、このままじゃアリサとすずかに女湯に連れてかれるだろうからな。本人たっての希望でユーノは男湯に連れてく」

「え~」

「つーことで、あばよ」

なのはは不満気にしていたが、ユーノが自分と同年代の男の子だと知ったら納得するだろう。

『助かったよソル』

『まあ、さすがにな』

ユーノの正体はなのはを除く高町家の人間には全員バレているので、家の中でのユーノはペット扱いされていない。フェレットが居候してる感覚で接している。

当然、制限も多い。基本的にはケージの中、俺やなのは以外はケージから出そうとしないし、本人の許可無しに部屋に入ることは許されない。勿論入ったことのある部屋は俺の部屋となのはの部屋だけ。

まあ、多少制限を緩くはしたがケージの中に居るのは窮屈だろうから、常に俺が傍に居てそんな思いをしないようにしてやってるんだが。

しかし、なのはと他の面子はそのことを知らないので当たり前のようにペット扱いする。それが微妙に男としてのプライドを傷つけるようなので、なるべくそうならないように俺が気を遣ってやっている訳だ。

閑話休題。

脱衣所には俺の他に人影は見当たらない。一応、外の廊下も警戒してすぐには人が来ないか確認する。

「よしユーノ、元に戻ってもいいぜ」

「うん」

OKサインを出すと、ユーノがフェレットから人間へと姿を変える。

俺もユーノも自分の分のカゴを確保して服を脱ぐ。

「ほら、お前の分のタオル」

「ありがとう」

さっき部屋から出る時に余分に持ってきたタオルを手渡す。

とっとと脱ぎ終わると、まだ民族衣装に四苦八苦しているユーノを残して浴室に向かう。

まず身体を洗う。俺は髪よりも先に身体を洗う派だ。今の髪は昔のようにウィッグを付けてる訳では無いので全て地毛、なので身体より少し時間が掛かるからだ。

隣にユーノが座って髪を洗い始める。

しばらく黙って洗っていると、ふいに視線を感じる。ユーノからだ。

「………なんだ?」

「ソルって………凄い身体してるよね」

俺の身体を上から下まで観察するように見る。

「なんていうか、鍛え込まれてるっていうか、無駄な肉が一切無いっていうか、鋼の肉体っていうか………大人というか」

「最後のは何故股間を見ながら言うんだ?」

「僕はこんな屈辱的な敗北感を味わったのは生まれて初めてだよ………く、くそう」

「………泣かれるとリアクションに困るぞ。つーかその言い方は色々と語弊があるからやめろ」

「僕だってもっと大きくなれば、きっと」

(それは身体か? それとも息子の方か? どっちにしろお前が二次性徴を気にし始めるのはまだ先だぜ?)

一応この世界の俺は九歳ってことになってるが、この肉体は少し成長が早いのか今の肉体年齢は十二歳から十四歳くらいだ(高町家に引き取られた時は五歳児程度だったが)。身長や体重も平均より上なのは当たり前だし、忘れがちだが俺は日本人じゃない。身体的に見れば俺が他の九歳児より成長して見えるのはごく自然のことなのだ。

俺と風呂に入ろうが、なのは達と入ろうが、どっちにしろユーノの男のプライドには傷がついたらしい。これじゃ本末転倒だな。

俺は掛ける言葉が見当たらず、隣でめそめそし始めたユーノを捨て置いて髪を洗い始めた。





ゆっくりと気が済むまで湯船に浸かり温泉を満喫した後、俺は休憩所の売店で買った牛乳瓶を浴衣姿で一気飲みしていた。

ちなみに、フェレットに変身し直したユーノは上せていたので先に部屋に置いてきた。

「ふぅ」

飲み終わった瓶を捨て、ダウンしたユーノの為に買ったコーヒー牛乳を手に休憩所を出る。

旅館の廊下を一人トコトコ歩く。

すると、向かいから歩いてくる二十歳くらい若い女と眼が合う。

その女は俺を上から下まで観察するように見て、一つ納得するように頷いた後ニヤッと笑いやがった。

「へぇ~、アンタかい? ソル=バッドガイってのは」

「誰だテメーは?」

こいつ、人間じゃねぇな。解析法術を使うまでも無ぇ、匂いで分かる。

生憎この世界で人外の知り合いにはまだ出会ってねーからそっちの方じゃねぇのは分かるが、じゃあこいつは一体なんだ?

確かに士郎は裏の世界で仕事をしていた時期はあったからそっちの線もあり得るが、足を洗って四年以上経ってる、今更とは考えにくい。

「そんなに警戒しないでおくれよ、あたしゃ敵じゃないよ。むしろアンタにゃ感謝してるんだから」

飄々とした態度の女。

「イラつく女だ。誰だテメーはって聞いてんだよ。こっちの質問に答える気が無ぇなら失せろ、目障りだ。それとも灰になりてぇか?」

今はヘッドギアも無ければ封炎剣も無い、浴衣姿で手にはコーヒー牛乳一本。とても戦えるナリじゃないが、一瞬で結界を張ってこいつを消し炭にすることぐらいなら可能だ。

左の拳に魔力を込める、術式を構築、展開、後は魔力を術式に流せばいい段階で工程を止める。

「分かった分かった答えりゃ良いんだろ!?………全く、アタシより短気じゃないか」

殺気立つ俺に、女が慌てたように答えた。

「アタシはフェイトの使い魔でアルフっていうんだよ。アンタの話はフェイトから嫌って程聞かされたから、一遍どんな奴なのか会ってみたくてさ」

「………フェイトの、使い魔か。どうりで人間とは違う匂いがする訳だ」

魔力を霧散させて術式を解く。フェイトの関係者なら、まあ、警戒しなくても大丈夫そうだ。

「え? アンタ私が使い魔ってこと分かってたのかい?」

「使い魔ってことは今言われるまで気付かなかったが、人外の類だってことは一発で分かったぜ」

「へぇ~」

腕を組んで俺を値踏みする人外の女、アルフ。

「フェイトは今どうしてる?」

「アタシのご主人様は今、ここら辺の近くにあるジュエルシードを探してるさ」

「お前は手伝わないのか?」

「だいたいの”あたり”は見当付けといたから、私はもういいってさ」

後は実際に見つけて封印するだけだよー、と言うフェイトの使い魔。

そうか、近くに居るのか。挨拶くらいはしとくか、知らねぇ仲でもねーし。

「フェイトに会えるか?」

「え? 会ってくれんの?」

拒否されると思ったら意外にもあっさり承諾されてしまった。

「ま、会えるんならな」

「そうしておくれよ、きっとフェイト喜ぶよ。あの子ずっとアンタに会いたがってたからね」

「そうなのか?」

疑問を口にする。

「そりゃそうだよ。ジュエルシードの話になると結局最後はいつもアンタの話になるんだよ。ソルがあの時助けてくれた、ソルは炎の魔力変換資質なんだ、ソルが魔法を使うと辺りが昼間みたいに明るくなるんだ、ソルがジュエルシードを二個も渡してくれた、ソルはぶっきらぼうだけどとても優しい人だって、何度も何度も同じ話を聞かされて耳にタコが出来ちまうよ」

どうやら俺はフェイトに随分気に入られたらしい。つーか、使い魔が辟易する程俺のことを繰り返し話していたとは。

「ま、アタシはご主人様が幸せそうだから良いんだけどね。案内するよ、ついて来な」

アルフはそう言って歩いていくので、俺を黙って後をついて行った。





フェイト視点


この温泉旅館の近くにジュエルシードがあるっていうのは間違い無いみたい。

でもまだ見つけられない。

焦る必要は無いけど、欲しいものがすぐ近くにあるのに手にすることが出来ないのはちょっと悔しい。

アルフには温泉に行ってきていいって言っちゃったし、もう少しだけ一人で絞込み頑張らなきゃ。

「お~い、フェイト~」

「ア、アルフ?」

声のする方を見ると、さっき旅館の温泉に入りに行ったアルフが手を振ってこっちに歩いて来た。

「どうしたのアルフ? 温泉は?」

「いや~、温泉なんかよりもフェイトに会わせたい奴にさっき偶然会ってね!! せっかくだから連れてきたんだよ」

私の疑問にアルフは嬉しそうに答える。

でもアルフが私に会わせたい人って誰だろう?

「もう隠れてなくていいよ、出ておいで」

アルフがそう言うと、今来た道の途中にある木の陰から浴衣姿の男の子が現れた、ってあれは!!

「ソ、ソル!?」

驚いて大声を上げてしまう。だって、どうしてこんな場所にソルが、しかも浴衣姿で居るの!?

「わざわざ隠れる必要あったのか、これ?」

「えへへへ、フェイトを驚かしてやりたかったんだよ」

「やれやれだぜ」

ソルは呆れたように首を振ると、私の前にやってきた。

「しばらくだな」

「う、うん。ソルも、げ、元気だった?」

「ボチボチだな」

今のソルの姿は前に見た赤いジャケットに黒いジーパンという格好ではなく、水色の縦縞の浴衣姿。お風呂上りだからか髪も湿っていて、髪型も後ろで縛らないで下ろしてる。

本人は気付いていないけど、浴衣の胸元が少し肌蹴ていて、その、ソルの地肌が見えてしまっている。首筋から鎖骨、鍛え上げられた大胸筋と腹筋が顔を見せる。おへそが見えそうで見えない。

お風呂上りだからか、服装が違うからか、髪形が違うからか、剣もヘッドギアも無いからか、もしかしたら全部か、どれでもいいけどソルの醸し出す雰囲気が今までと違う。

(なんか、色っぽい)

そう。格好良いとかそういうんじゃなくて、色気がある。今のソルにだったら何を言われても「うん」と答えてしまいそうな魅力がある。

「じゃ、アタシは目的を果たしたし温泉にでも浸かるよ」

「えええええ!?」

ちょっと待って、ソルと二人っきりになれるのは嬉しいけど今のこの状態のソルは危険だよ!! 私の理性的な意味で!!!

「二人共ごゆっくり~」

だけど私の心の声は届かず、アルフは笑いながら旅館の方へ歩いて行ってしまった。

え、ちょ、何これ!? どどどどどうするの? ど、どうすればいいの私!? とととにかく何か話さなきゃ、え~と、う~んと………そうだ!

「ソ、ソルは、お風呂に入ってたの?」

「ん? ああ、ついさっきまでな。お前も折角此処まで来たんだ、ジュエルシード回収するだけじゃ味気無ぇだろ。後で入ったらどうだ?」

「うん、そうする」

「じゃ、これやるよ」

「え?」

手渡されたのは「うまいコーヒー牛乳」というラベルが貼ってある瓶。買ったばかりなのかまだ冷たい。

「これは?」

「風呂上りに飲め、美味いぞ」

「いいの?」

「気にすんな」

「………ありがとう。大切に飲むね」

思わず冷たい瓶を抱き締めてしまうと、「大袈裟な奴だな」と笑われてしまった。

「少し歩くぞ」

ソルは私から視線を外すと、「散歩道コース 300M こちらから⇒」と書かれた立て看板に従って歩き出した。

私もそれについて行く。

プツリと会話が途切れてしまったけど、それを寂しいと感じない。

まだ出会って間も無いけど、なんとなく分かる。ソルは必要以上に喋らない。必要な時に必要なものを最低限喋る。そんな気がする。

それに、根掘り葉掘り詮索しようともしない。未だに私がジュエルシードを求める理由を聞いてこないのがいい証拠だ。普通はあのユーノっていう使い魔やなのはみたいに気になって問い詰めてくる筈なのに。

きっと、ソルにとってジュエルシードなんて物は本当にどうでもいいんだろう。

やがて、散歩道コースの半分くらいを過ぎたところにある池に着くと、それに架かる橋の上の真ん中でソルは立ち止まり、橋の欄干にもたれ掛かった。

「言っておくことがある」

「………言っておくこと?」

急に話しかけてきたソル。言っておくことって何だろう?

「ジュエルシードを何故集めてるのかなんて今更聞く気は無ぇ。だがあの厄介な石を求め続けるなら、必ずなのはと戦うことになる」

「なのはって、この前会ったソルの妹だよね?」

その時の彼女の怒りの形相を思い出して身震いした。

「ああ。困ったことにあいつはユーノがジュエルシードを集めることを手伝っててな。最初はマジでお手伝い感覚、普段体験出来ないようなことを楽しんでるって感じだったんだが、前に暴走したジュエルシードの所為で街にかなりの被害が出ちまったことがあったんだ」

私は黙って聞いていた。

「んで、それ以来決意を新たにしたというか、ジュエルシード集めに本気になったようでな。前回はなぁなぁになったが、次からはマジで来ると思う」

ゴクリと唾を飲み下す。

あの子はきっと強い。前回は勝てそうだった。でも、あれはたぶん彼女の戦闘経験が少ないから一瞬の隙を突けたのであって、次はからはそうはいかない。何よりソルの妹だし。

対峙して分かった。あの子は凄い才能を持ってる、でも戦い方を知らないだけだって。

「だからって、ジュエルシードを諦めろとは言わねぇ、なのはに手加減してくれとも言わねぇ。むしろ本気で、コテンパンにのしてくれて構わねぇ」

「え?」

ソルの言ってる意味が分からない。

「………どうして?」

「以前にも言ったが、俺個人はジュエルシードなんてどうでもいいからだ。ユーノが持ってきた厄介話になのはが巻き込まれた。最初は単に巻き込まれただけだが、今は自分の意志で首突っ込んでる。俺はそれを影から怪我の無いように見守ってるっていうのが今のスタンスだ」

つまりは、とソルは続ける。

「なのはとフェイトがいくらジュエルシードを求めて殴り合いなり、魔法合戦なりしようと手を出す気は無ぇ。ただ、お互いに怪我の無いようにしてくれってことだ」

「ソルは、どうするの?」

「俺か? 俺はこれからは傍観者だ。初めて会った時みたいに、もしなんかやばくなった時だけ手を貸してやる。基本、それ以外は見てるだけ。その時その時に見つかったジュエルシードの所有権については、平和的な話し合いとか怪我しない程度に非殺傷設定で決闘とかでもして勝手に決めろ。後は知るか」

そこまで言うと、ソルは歩き始めた。

私はそれを呆けた感じに見ていたけど、慌ててソルの後を追いかける。

ソルは何も言わない。これ以上言う必要は無いって感じで黙り込んでしまった。

先程のソルの言葉を反芻してみる。

要約すると、ソルは見てるだけ。前のような私の命に関わるようなことがあったら助けてくれるけど、それ以外は知らぬ存ぜぬ。なのはは私と同じでジュエルシードを求めているから、いずれ必ずぶつかり合う。その時は怪我しない程度に勝手にしろ。

それだけだ。本当にそれだけだ。

ソルはどうしてこんなことを言い出したんだろう? きっと聞いても教えてくれない。「テメーで考えろ」って返ってきそう。

疑問に答えが出ぬまま、散歩道コースは終わってしまう。

もうちょっと一緒に居たかったけど、残念。

「じゃ、俺は宿に戻るぜ」

「うん、またね、ソル」

「ああ、またな」

ソルは踵を返して宿に向かって歩いて行った。

しばらくの間、私はソルの後姿を眺めていた。

眺めていた、けど、

「ソル!!」

気が付けば大声で呼び止めながら走っていた。

振り返って頭に?を浮かべながら立ち止まるソルの目の前まで来て、一気に捲し上げた。

「ソルは何にも聞いてこないけど、ソルにだけは知っていて欲しい。私がジュエルシードを求める理由は、ある人がそれを求めているから。その人の為にジュエルシードを探してる!!」

「………続けろ」

「ソルが私を手伝ってくれないのははっきり言って残念だし、なのはと戦うことになるのは嫌だけど、私は譲れない。これだけは譲れないんだ!!」

「………そうか」

「だから負けない。なのはにはそう伝えておいて」

「ああ、しっかり伝えておく」

「それだけだから、またね!!」

私はそのままソルに背を向け走る。振る返らずに。

そんな私の背中を、じっと見つめるソルの視線を感じながら。





SIDE OUT





なのは視点


お風呂から上がってお兄ちゃん達と一緒に卓球でもしようと思ったんだけど、部屋にはユーノくんの姿があったのですが、お兄ちゃんが見当たりません。

ユーノくんがお風呂から上がっていたので、お兄ちゃんがまだお風呂に入っているとは思えません。

一体何処に行ったんだろう? 皆で一緒に卓球でもやろうと思ってたのに。

私はさっきからお兄ちゃんの姿を求めてあっちをフラフラこっちをフラフラしています。

「なのは、こんな所で一人で何やってんだ?」

「あ、居た!! もう、お兄ちゃん探してたんだよ!!」

そんな時です。お兄ちゃんがひょっこり姿を現します。

「それよりなのは、今一人か?」

「にゃ? 卓球場でアリサちゃんとすずかちゃんが待ってるけど、ユーノくんも」

「そうか、なら丁度良い。ちょっと話がある、来い」

「え? あ、お兄ちゃん?」

突然私の手を握って歩き出すお兄ちゃん。普段、お兄ちゃんから手を握ったりとかあまりしてくれないからちょっと嬉しいです。

今晩寝泊りする部屋に辿り着くと、他に誰も居ないことを確認してから私を先に部屋に入れて鍵を閉めました。

あれ? どうして施錠する必要があるんでしょうか?

お兄ちゃんは何時になく真剣な表情です。

………え、まさかお兄ちゃん?

「なのは、話ってのはだな」

「ダメ、ダメだよお兄ちゃん! お兄ちゃんの気持ちは嬉しいし私もその気持ちには応えたいけど私達まだ小学校卒業してもいないしまだお互い子どもだからそういうのは良くないと思うの!! でもだからってお兄ちゃんのこと嫌いって訳じゃなくてむしろ大好きだからお兄ちゃんがどうしてもって言うんならキスぐらいは………」

私は自分でもよく分からないことを言いつつもフラフラとお兄ちゃんに抱き付いてその唇を、



ゴツッ!!!



「痛ぁぁぁぁぁぁぁぁい!?」

待ち受けていたのは甘くて柔らかい感触ではなく、額に鈍い衝撃。口と口のキスではなく、文字通りの衝撃的な額と額のキスでした。

「何を期待してたのかは知らんが人の話を最後まで聞け」

頭を抱えてのた打ち回っているところに無常の言葉。正直、ショックが大きいです。

そんな私の傍に座布団を二つ置くと、その一つにドッカと片膝をついて座り、私にも座るように促します。どうでもいいけど、浴衣姿でその座り方をすると凄くワイルドです。

「さっきフェイトに会ってきた」

「っ! フェイトって、すずかちゃん家で会ったあのフェイトちゃん!?」

「ああ」

「むうぅぅ」

折角お兄ちゃんと二人っきりだというのに、自分が不機嫌になっていくのが実感出来ます。

理由は分かっています。フェイトちゃんのお兄ちゃんを見る眼が自分と同じだから気に入らないのです。

「で、少しだけ話をしてきた。あいつがジュエルシードを求める理由もな」

そんな私の気持ちも知らずにお兄ちゃんは話し始めます。

「あいつはある人の為にジュエルシードを集めてるんだとよ、そいつがジュエルシードを求めているから。お前と戦うのは嫌だけど邪魔するなら容赦しねぇ、だから負けない、だとさ」

「ある人って誰?」

「そこまでは聞いてねぇ。だが、決意はかなり固いみたいだぜ? 一筋縄じゃいかねぇくらいにな」

「………」

「どうする?」

「………どうするって」

そこまで言われて、私はお兄ちゃんの言いたいことがなんとなく分かってきました。

つまり「お前にはあいつと同じくらいの、そこまでして戦う覚悟と理由があるのか?」と言っているんです。

「何度も言うようだが、俺はジュエルシードがこの街から消えてくれればそれで構わねぇ。だから、お前がやることに文句は言わねぇ、それと同じでフェイトのやってることにも文句は言わねぇ。いざとなったら前みたいに手も貸してやる」

だがな、と一回区切りを入れて私の眼をじっと見ます。

「お前とフェイトがジュエルシードを求めて争うような場面になったら、俺は一切手出ししねぇ。何故ならジュエルシードの所有権云々の話は俺にとってどうでもいい。話し合いで決めるなり、怪我しない程度に非殺傷設定で決闘でもするなりして勝手に決めろ」

「すずかん家の時みてーに間に入ることはもうしねぇ、それだけだ」とお兄ちゃんは立ち上がって部屋に備え付けのポットでお茶の用意をし始めました。

私はお兄ちゃんが言った言葉をよく噛んで含むように整理した後、頭の中で纏めます。

つまり、基本的にお兄ちゃんは見ているだけで、前みたいに私だけじゃどうしようもなく時にだけ助けてくれる。それ以外は自分で何とかしなきゃいけない。そして、フェイトちゃんとジュエルシードを賭けて戦うようになったら手出しはしない。

どうしてお兄ちゃんが突然こんなことを言い出したのか分かりません。でも長い付き合いだから一つだけ分かっています。それは、お兄ちゃんがこういうことを言った時は大抵自分で考えて、自分で決めて行動しなければいけないんです。

まだよく分かりませんが、なんだかお兄ちゃんらしいな、っと思いました。

「ほら、飲むか?」

「うん」

差し出された湯呑みを受け取ります。

それっきり会話は止まってしまいましたが、お兄ちゃんと二人っきりで居るとよくあることです。

お兄ちゃんは喋る時は喋りますが、喋らない時はとことん喋りません。話しかければ応えてくれますが、お兄ちゃんの方から用が無い場合は話しかけられることなんて無いに等しいです。

でも、それが嫌じゃありません。お兄ちゃんはそういう人なんです。

特に会話も無く、ゆっくりと時間が流れていく。お兄ちゃんとこの時間を共有しているのが私は好きなんです。

そういえば、最近はジュエルシードとか魔法の勉強とか槍の稽古とかで純粋にお兄ちゃんに甘える時間が前より少ないなぁと、ふと思いました。

ただでさえ此処最近は、お兄ちゃんに向けられる熱視線が増えてきている気がするんです。

それに、フェイトちゃんという強力なライバルが出現した以上、これまでのように油断は出来ません。

そう思った私は、飲み終わった湯呑みを置き、立ち上がって座っているお兄ちゃんの背後に回り込むと、のしかかるように抱きつきました。

「アリサとすずかのとこ戻って卓球しなくていいのか?」

「………いいの」

「後で何言われても俺は知らねーからな」

「うん」

そのまま私は、アリサちゃんが怒鳴り込んでくるまでお兄ちゃんに甘えていました。





SIDE OUT




気まぐれ後書き

ソル、自ら空気宣言………ウボォー



[8608] 背徳の炎と魔法少女 6話 Let`s Rock
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/09/01 10:02
夕食は豪華なものだった。山の幸と海の幸をふんだんに取り揃えた料理。どれもこれも文句のつけようが無いものだった。

ある程度食い終わった頃、此処で大人陣営に酒が投入された。

それからは宴会、いや、宴会というよりはただの乱痴気騒ぎとなってしまった。

自重しない桃子と忍の二人が筆頭になって、恭也に無理やり酒を飲ませた。士郎はそれを横目にしつつも止める気配が無い。

美由希は顔を真っ赤にしながらパッカパッカと酒を空け、その隣でファリンが空いたグラスに酒を注ぐ。

アルハラによって早々にダウンする恭也。何の脈絡も無くいきなり倒れる美由希。部屋の隅で黙々と飲み続ける士郎。

桃子と忍も、恭也を潰している間に自身も相当飲んでいたようでほんのり顔が赤い。

そんな二人に酒瓶をこれでもかと渡すノエル。

未成年者の三人娘は暴走する桃子と忍にドン引き。

既に酔っ払いと化した桃子と忍はついに俺達に絡み始めてきた。

俺はトイレに行く振りをしてその場を早々に離脱。その間に三人娘が絡まれる。やれ歌え、一発芸をしろ、好きな男子の名前を叫べ、とかなんとかギャーギャー騒いでいる。

迷惑極まりないな。

反応に困った三人娘はどうしたかというと、生贄としてユーノを二人に献上するという意味不明な結果に至るが、当の二人はそれで満足したらしく、哀れな生贄を揉みくちゃにしている。

その光景は、乱暴な幼児に玩具にされるぬいぐるみを連想させた。

誰かあいつら止めろ。

やれやれと溜息を吐きながら俺は士郎の隣に座ると、士郎は傍にあったつまみを皿ごと渡してくれる。

それに礼を言ってから、眼の前で繰り広げられるカオス空間にもう一度盛大に溜息を吐いた。

こうして夜が更けていった。





乱痴気騒ぎが終了し、誰もが寝静まった深夜。

既に日付が変わったにもかかわらず、布団の中の俺は眠らないで天井をじっと見ていた。

(そろそろか)

布団から抜け出すと、立ち上がって首を回す。

「お兄ちゃん?」

「あ? 起きてたのか」

「うん。眠れなくて」

なのはが自分の布団から出てきて立ち上がる。

とりあえず俺となのはは、ボロ雑巾みたいになって動かないユーノを引き摺りながら部屋を出る。

薄暗い廊下をなのはと二人で歩き、そのまま玄関へ向かう。

旅館の外へ出て、昼間にフェイトと歩いた散歩道コースを進む。

その時、ジュエルシードの気配。

「どうする?」

「………この先に、フェイトちゃんが居るんだよね」

「俺は危険があるか無いか確かめに行くだけだが、お前は?」

「………」

なのはは答えない。まだ自分がどうすべきか悩んでいるようだ。

繁華街での暴走以来、ジュエルシードは思っていたよりもかなり危険な物だと分かった以上、回収しない訳にはいかない。

だが、フェイトが―――具体的にはその後ろに居る人物が―――そんな危険物を求めている。

目的は不明。俺やなのはは勿論知る訳無ぇし、もしかしたらフェイトも知らないかもしれない。

真実は分からんがあんなもんを幾つも必要としている時点で、俺の予想じゃ十中八九碌なことじゃねぇ。

しばらく黙っていたなのはが口を開く。

「………お兄ちゃん、私行くよ。行って、フェイトちゃんに直接聞くんだ。どうしてジュエルシードが欲しいのか」

「俺から聞いたんじゃねーかって言われるだけだと思うぜ?」

「そうかもしれないけど、でも直接聞くことによって、フェイトちゃんがどれだけ本気なのか見極めたいんだ」

なのはの眼は本気だ。これだけは俺に何と言われようと成し遂げる、そんな気概が感じられる覚悟の眼だ。

こいつは物分りが良いように見えて、実はかなりの頑固者だ。一度自分から言い出したことは途中で投げ出したりしない。

「………好きにしろ」

「うん!!」

俺はやれやれと溜息を吐き、なのはを連れて歩き出した。





フェイトとアルフが居たのは丁度池に掛かる橋の真ん中辺り。

俺達に気付いて、二人が振り返る。

「レイジングハート、セットアップ」

<了解しました。set up>

デバイスを起動して一瞬でバリアジャケットを纏うなのは。

そんななのはを警戒したアルフが四つん這いになり、同時に肉体を人間の女性から狼へと変化させる。

「あいつ、使い魔だ」

「使い魔?」

「生きてたのか、ユーノ」

急に存在を主張するように発言したユーノに、聞き慣れぬ単語に疑問を持つなのは、すっかりユーノの存在を忘れていた俺。

「生き返ったよ、今ね!! ていうか、尻尾掴んで逆さ吊りは酷くない!? さっきから何度か顔に地面がぶつかってたんだけど!!」

「あ、スマン。持ち易くて、つい」

「謝罪を述べる前にまず放してくれ!!」

俺は手を放してユーノを自由にしてやる。

「………何か揉めてるみたいだけど、そうさ。アタシはフェイトの使い魔。この子に作ってもらった魔法生命。製作者の魔力で生きる代わりに、命と力の全てを懸けて守ってあげるんだ」

ほえ~、となのはが感心している。

「封印はもう終わったか?」

「うん、もう終わったよ」

俺はそんなアルフとなのはを放置してフェイトに話しかけると、柔らかな笑みが返ってくる。

「そうか、じゃあ俺はもう用は無ぇ」

言って一歩下がると、橋の欄干に背を預け腕を組んで傍観に徹する。

なのはが一歩進み出る。

「私がジュエルシードを集めるのは、それがユーノくんの探し物だから。最初はただ面白そうなことをお手伝い感覚でやってただけなんだけど、前にジュエルシードが暴走した時に街に被害が出ちゃってね。不幸中の幸い死者は出なかったんだけど、傷ついた街を見て私は思ったの」

これはなのはのフェイトに対する決意表明。

「もう、二度とこんなことが起きないように全力全開でジュエルシードを回収する。魔法に関係無い人達を魔法のことで巻き込まれないようにするって。それが私のジュエルシードを集める理由」

レイジングハートを握る手に力が篭る。

「フェイトちゃんは?」

問われたフェイトは、俺をチラッと見てからなのはに視線を戻す。

「ソルから聞いてる筈」

「私はフェイトちゃんの口から直接聞きたいの」

「………ある人が、ジュエルシードを欲しがってる。その人にジュエルシードを集めろって言われたから。理由は知らない。でも、その人の為なら何でもするって決めたから」

バルディッシュをなのはに向けて、

「戦う」

自分の意志を告げる。

「………」

「………」

数秒の沈黙。睨む合う二人の少女。

ユーノとアルフも緊張したように相手を警戒する。

「お互いが持ってるジュエルシード一個を賭けて勝負しよう」

なのはが口火を切る。

「わかった」

フェイトが了承する。

二人は同時に飛行魔法を発動してふわりと浮き上がり、デバイスを構えて対峙する。

「私の名前は高町なのは」

「………フェイト・テスタロッサ」

賭けるものはジュエルシード。ぶつかり合うのは魔法と意志。



HEVEN or HELL ―――勝てば天国 負ければ地獄



<Lancer mode>
<Scythe Form>



DUEL



「「いきます!!!」」










背徳の炎と魔法少女 6話 Let`s Rock










桜色と金色の光が真夜中の暗闇を彩るかのようにぶつかり、弾け飛び、またぶつかり合う。

スピードを武器に接近戦に持ち込むフェイト。

何合かの打ち合いの末、接近戦では速度の面で不利と悟ったなのはが大きく後退して距離を取る。

それを自慢の高速機動で追うフェイト。

「ディバインシューター!!」

簡単に距離を潰されてはたまるかと、誘導性のある魔力弾で牽制するなのは。よく見ればレイジングハートが何時の間にかシューティングモードになっている。

迫り来る桜色の魔力弾をフェイトは避けるが、追尾してくる所為で思うようになのはに近寄れない。幾つもの魔力弾が執拗に付き纏う。

「このっ!!」

近付けないことに痺れを切らしたフェイトが、手に持つ鎌で魔力弾を斬り裂き無効化する。

その時、一瞬動きが止まった隙をなのはは見逃さなかった。

「ディバインバスター!!」

極太の砲撃魔法が放たれる。以前、繁華街での戦いで初めて使った遠距離魔法。桜色をした暴力的なまでの魔力がフェイトに襲い掛かる。

<Blitz Action>

しかし、なのはの砲撃はフェイトの超高速移動魔法で避けられる。

瞬きする間も無くなのはの斜め上空を位置取ったフェイトは、その手をなのはに向け、

「フォトンランサー」

<Multishot>

「ファイア!!」

生成したスフィアから金色の雨をお返しとばかりに降り注ぐ。

<Protection>

「くっ」

あまりの弾幕の多さに逃げ場が無い。その場で防御魔法を展開させて耐え忍ぶ。

だが、そんななのはに、自らも弾丸として飛び込んできたフェイトが鎌を振りかぶって肉薄する。

それに気付くと、プロテクションを解除。ランサーモードに切り替え迎撃。

「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」

「やあぁぁぁぁぁぁっ!!」

上段からの鎌の振り下ろし、下段からの掬い上げるような槍の逆袈裟。



―――ガギィィィッ!!



耳を劈くような金属音と弾ける火花。



―――ギンッ!!



両者が同時にデバイスを振り払う。

フェイトがこのまま接近戦に持ち込もうとするが、

「フンッ!!」

なのはが槍を振り払った動きから流れるように蹴りを放つ。

「ちっ」

舌打ちしながらなんとかバルディッシュで蹴りを受け止める。しかし、蹴った反動を利用してなのはが距離を取る。

また最初に対峙していた時と同じくらいの距離が空く。

自慢のスピードと得意の接近戦で活路を見出したいフェイト。

中、遠距離攻撃による牽制と砲撃で押し切りたいなのは。

まさに一進一退。距離を稼ぎたいなのはと、距離を潰して戦いたいフェイト。

戦いは、今のところイーブンだった。





俺は二人の空中戦を観察していると、

「なのは!! 今サポートを!!」

「おっと、アンタの相手はアタシだよ」

「っ!? ぐっ!!」

すぐ傍で、即座に防御魔法を展開したユーノにアルフが飛び掛っていた。

バリアブレイクでも仕込んであるのか、硬い防御を誇るユーノの魔法に罅が入る。

しかし、それでもバリアが破れないと理解したのか、アルフがその場をすぐに飛び退く。

「ソル、フェイトから聞いたけどアンタは見てるだけなんだろ?」

「ああ、なのはにもフェイトにもそう言った筈だ」

「な!? そうなのかソル!? 僕は聞いてないぞ!!」

「ああ? なのはから聞いてないのか?」

「………聞いてない」

しょんぼりと項垂れるユーノ。

「何度も言うようだが、ジュエルシードの封印なら手伝ってやるが、その後の所有権なんぞ俺にはどうでもいい。欲しかったら勝手にしろ。俺は知らねぇ」

「そ、そんな………」

「ユーノには悪いが、ジュエルシードが海鳴市から消えてくれりゃ万々歳だ」

「アハハハハハ、残念だったね。ソルは加勢してくれないってさ」

「それはそっちも同じだろ!!」

笑うアルフと叫ぶユーノ。狼がフェレットを馬鹿にして、そんな狼にフェレットが憤慨する。冷静に見てみるとなかなかシュールな光景だ。

こっちもこっちで見てて面白いかもしれない。

「ま、アタシはフェイトが信じるソルを信じるよ。ってことで、フェイトの邪魔しそうなアンタはアタシが相手してやるから感謝しな!!」

俺からユーノに向き直ると、牙を剥き出し、再びユーノに襲い掛かる。

これをユーノは先程と同じように防御魔法で受け止めて、

「こうなったら仕方が無い、こっちはこっちで勝負だ!!」

勇ましい声を上げて緑色の円環魔法陣を浮かべると、転移魔法を発動、アルフを連れて何処かへ消える。

俺はそんな二匹(片方は一人だが)を見送ると、再び視線を上空へと向けた。





なのは視点


牽制のディバインシューターを操りつつフェイトちゃんの動きをしっかり見極める。

初めて会った時から分かっていたけど、フェイトちゃんは私ではとても追いつけない程速い。

戦い始めてすぐに何合か打ち合ったことで改めて認識させられた。速さでは勝てない。特にデバイス同士のぶつかり合いでの至近距離だと、まず勝ち目が無い。

これまでは接近されても何とか離脱出来てはいるけど、それが何時まで持つかも分からない。

体力も魔力も集中力もそろそろ限界に近いし。

それは相手も同じだとは思うけど。

(此処まで持ってるのは、ディバインシューターと槍の稽古に付き合ってくれた恭也お兄ちゃんとお姉ちゃん、牽制の仕方を教えてくれたお兄ちゃんのおかげだね)

フェイトちゃんと初めて会ったあの日、私はお兄ちゃんに戦い方を教えてもらおうと思っていたけど、お兄ちゃんは自分よりも恭也お兄ちゃんを推薦しました。

お兄ちゃん曰く『仮想敵をフェイトとして訓練するんだったら、俺よりも兄貴を相手にしないと逆効果だぜ』とのこと。

理由を聞くと、根本的な戦い方の違い、戦闘スタイルがフェイトちゃんの場合はお兄ちゃんより恭也お兄ちゃんに近いそうです。

お兄ちゃんの戦闘スタイルは基本的に、一撃必殺を軸としたパワーと火力で押し切るタイプ。

一方、恭也お兄ちゃんとフェイトちゃんは持ち前のスピードと手数の速さと多さ、そして攻撃したらすぐに離脱するヒット&アウェイを軸とするタイプ。

どちらを相手に訓練した方がいいのかは明白だった。

でも、お兄ちゃんは自分より速度が上回る相手と戦う場合はどうすればいいのか、そのことだけはしっかり教えてくれた。

まず一つ目、『相手の距離に付き合うな』

何も相手の得意とする距離でわざわざ戦ってやる必要は無い。自分が得意な距離で勝負しろ、と。

次に、『スピードに撹乱されないように思いっきり距離を取れ』

至近距離で高速機動された場合、ほとんど眼で追いつくことは不可能だからその速度に翻弄される。ならば相手の全身像が見えるぐらいに離れれば惑わされることはまず無い、と。

三つ目に、『無駄な動きをしないでどっしり構えろ』

こちらの無駄な動き一つが相手にとって最大のチャンスになる可能性がある。だから隙を見せるな。必要最小限の動きのみで対処し、何時でも動けるように構えていろ、と。

最後に、『もし接近されそうになったら何が何でも距離を稼げ』

相手の距離になってしまったら敗北は必至。そうなる前に迎撃して即離脱しろ、と。

それから牽制攻撃についても色々教えてくれた。どうやって牽制し、それからどうするのか。

牽制が上手くいけば相手をコントロールすることも可能だと。牽制攻撃で隙を作り、そこに本命を叩き込む。これは実践込みで教えてくれたけど難しかった。

(でも………フェイトちゃんも凄い)

これでもかと牽制攻撃と本命の砲撃を打ち込んでいるのに、一発も当たらない。潰されたディバインシューターは数知れず、ギリギリのところで避けられたディバインバスターは十発を越える。

『<マスター、戦闘開始から十五分が経過しました>』

『うん、フェイトちゃんもかなり焦れてきたよね?』

『<楽観は出来ませんが、恐らく>』

レイジングハートと念話でやり取りしながら、お兄ちゃんの言葉を思い出します。



―――牽制攻撃の所為で自分の距離で戦えないとしたら、相手はどうすると思う?



―――絶対とは言えないが答えはだいたい三つ。相手より優れた牽制をするか、現状を打破する為に牽制攻撃を被弾覚悟で吶喊してくるか、一か八かの賭けとして大技を放り込んでくるかだ。




『<自分の方が相手より優れた牽制攻撃を持っているのなら、今までに一度も使ってこない筈がありません>』

『つまりフェイトちゃんは、特攻を仕掛けてくるか、大きい魔法を使ってくるかのどちらかになるよね』

『<ソル様が仰っていたように必ずしもそうとは限りませんが、そろそろ勝負をかけてくると思われます>』

フェイトちゃんがそれを仕掛けてきた時が、私達にとって最初で最後、最大のチャンス。

『<呪文の先行詠唱をお願いします>』

『うん、分かった』

疲れが焦りを生み、焦りが勝負を急かすその瞬間を、私達は待ちます。





SIDE OUT





フェイト視点


(………近付けない)

分かっていたことだけど、なのはは凄く強い。

以前、間合いを一瞬で詰めたところを見せてしまった所為で、私がスピード主体で戦う近接戦闘タイプだと見破られてしまった。

あの追尾性能を持つ魔力弾、明らかに牽制目的の攻撃だけど、当たれば動きを簡単に止められてしまうくらいの威力が込められてる。一発でも当たる訳にはいかない。

それに加えて砲撃魔法。牽制の魔力弾とは比べ物にならないくらいの破壊力を秘めている筈。牽制攻撃を潰した一瞬の隙を突かれた時、何とかギリギリ避けれたけどヒヤリとした。あんなもの、絶対に当たっちゃいけない。

撃つまでに若干のチャージが必要だからかあまり連発もしてこないけど、逆に連射してくれた方が付け入る隙があるのに。

なかなか私の距離で戦わせてくれないけど、よく此処まで一発も被弾せずに戦えてると自分でも思う。

接近出来たとしても、上手く往なされて距離を空けられてしまう。

牽制の仕方、こちらの隙の突き方、距離の取り方、接近された時の往なし方、どれも上手い。

きっと、ソルから戦い方を教わってるんだろう。

それが少し、ううん、かなり、いや、凄~~~~~~く羨ましい。

『<Master>』

『大丈夫、私は冷静だよ』

私を心配するバルディッシュに返事をすると、高速で動き回って魔力弾を避けながら考える。

中、遠距離では話にならない。

かと言って近付けない。

ならば、近付くにはどうしたらいいか?

それに警戒すべきは魔力弾と砲撃だけじゃない。接近出来た時だけにデバイスを変形させてこちらを迎撃するあの槍。あれも絶対に何かある筈。

隙があるとすればデバイスを変形している瞬間。だけどそれも一秒に満たない刹那の間だ。

(でも、やるしかない)

このままではジリ貧。

戦い始めて二十分ぐらいは経過してる。

そろそろ勝負に出ないと、高速機動と相手の攻撃の所為で、肉体的も精神的にも限界が近い。

『バルディッシュ』

『<Yes,sir>』

覚悟を決める。

今までのように魔力弾を掻い潜って近付く動きを止め、逆に距離を空けるように動く。

後退する際、隙がなるべく出来ないように注意しながら全ての追尾してくる魔力弾を斬り払う。

距離が、空く。



此処が勝負時!!



すかさず私は今まで使わなかった砲撃魔法を放つ。



「サンダースマッシャー!!」

「ディバインバスター!!」



ほぼ同時に放たれた砲撃魔法がぶつかり合い、相手を押し潰そうと鬩ぎ合うけど、

(押し負けるっ!!)

純粋な砲撃としてはなのはが使う魔法の方が上。少し悔しいけど今はそれでいい。

(もう少し、もう少し!!)

身体から魔力がどんどん出て行く。その感覚に唇を噛んで耐えながら力を搾り出す。

突然全身に掛かる重圧が増大する。なのはの砲撃魔法が威力を増したからだ。このまま押し切るつもりだ。

それを待っていた!!

(今っ!!)

<Blitz Action>

即、離脱。そのままなのはの視界の外、ブリッツアクションを連続使用しながら彼女の真上へと一気に上昇、接近する。

目標ポイントに到達すると、バルディッシュを構えてなのはに向かって急降下。

(捕らえたっ!!)

そう思った瞬間だった。

砲撃を止めたなのはがこちらを向く。

デバイスは既に槍へと変形している。

まさか、読まれていた!?

「バルディッシュ!!」

<Sir!!>

もう今更急制動をかけたって遅い。でも、とてつもなく危険な予感だけはする!!



「―――ゲイ」<刺し穿つ―――>



槍の魔力刃が桜色の輝きと濃密な魔力を放つ。



<Defensor>



「ボルク!!!」<死棘の槍!!!>



ディフェンサーが展開され私が身体を無理やり捻って避けようとするのと、なのはの槍の刺突が繰り出されたのは同時だった。




一言後書き

なのはの視点での書き方、ちょっとだけ変えました。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 7話 勝負の後は………
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/05/31 23:25
桜色に輝く刃が迫る。

それを阻む金色の壁は虚しくも貫かれる。

しかし、若干軌道を逸らすことには成功した。

今この身体を貫かんとしていた刃は、心臓部を掠め、左の肩口までバリアジャケットだけを器用に引き裂くように通り過ぎた。



―――かわせた、本当にギリギリだったけど、なんとかかわすことに成功した。



「う………そ?」

渾身の一撃を避けられると思ってなかったのか、事実を疑うなのはの声。

その声を発した喉笛に、金色に輝く鎌の刃を添える。

「ハァ、ハァ、ハァ」

やけにうるさい呼吸音が自分の口から出ていることに気付く。

『フェイトの勝ちだな』

頭に響くソルの声。

それに反応するように。

<………私達の、負けです>

なのはのデバイスから、ジュエルシードが一つ吐き出された。










背徳の炎と魔法少女 7話 勝負の後は………










………か、勝った? 勝ったの? 私の勝ちなの?

ソルが私の勝利宣言をした。

なのはのデバイスからジュエルシードが出てきて、私に差し出してきた。

つまり、私の勝ち。

勝った。なのはに勝った。

その事実に、全身が歓喜に打ち震える。

なのはからバルディッシュを退くと、眼の前に漂うにジュエルシードを握り締めた。

『お前ら、そろそろ降りて来い』

ソルの声にはっ、となる。

戦闘の疲れなんて忘れて、私は一目散にソルが居る橋まで降り立った。

「お前の勝ちだ。良かったな………て、フェイト、お前」

こちらにゆっくりと歩いてくるソルが私の勝利を祝ってくれる。

「………ソル!!」

「うお!?」

思わず私はソルに飛び付いた。そのまま彼の首の後ろに手を回し、力一杯抱き締める。嬉しくて嬉しくて、この喜びをソルに伝えたくて、自分でも全く意識せずに出た行動だった。

「勝った、勝ったよソル!! なのはに勝ったんだ!! 何度もダメかと思ったけど、勝てたよ!!」

「分かった、分かったから少し落ち着け」

背中をポンポンと叩いてから撫でてくれるソル。

「とりあえず落ち着け、な?」

両肩を掴まれて、一旦離されてしまう。うう、もうちょっと。

「で、勝って良い気分のところ水を差すようで悪いんだが、バリアジャケット破けてるからマントで隠せ」

「ふぇ?」

有頂天になっている私にはソルが何言ってるのか分からなくて頭に?を浮かべてしまう。

そんな私にソルはやれやれと溜息を吐くと、自分の左胸を指差す。

………左胸? バリアジャケットが破けてる? マントで隠せ?

「………ッ!!!」

慌てて背中のマントで全身を包む。

なのはの最後の攻撃はバリアジャケットがパージする間も無い程鋭いもので、掠っていた。その所為で、心臓部から肩口にかけて綺麗に破けていて………

「み、見た………?」

恐る恐る聞くと、

「見なかったことにしとく」

そんな返答が返ってきた。

「☆〇×%$#=~*@-|!?」

私は声にならない声を上げた。

みみみみみみ見られた! ソルに見られた!! どどどどどどっどうううしよう!? ははっは恥ずかしい!!! こんな状態でさっきは抱き付いていたなんて!!

顔が熱い、頭が沸騰する、心臓が爆発するようにドクドク動いてる、恥ずかしくてソルの顔がまともに見れない!!

恥ずかしさのあまりソルから視線を逸らすと、そこにはなのはが居た。

そのこめかみに、青筋が立っていた。

「フェイトちゃん、何さっきからお兄ちゃんといちゃいちゃしてるの? 足りない? 戦い足りない? いいよ、なのははいいよ、このまま第二ラウンド」

「………落ち着けなのは、一人称が小学生になる前に戻ってるぜ」

追加訂正。こめかみの青筋にプラスして、凄く不機嫌で黒い魔力光みたいなオーラを纏わせてる。

このままでは確実に殺される、そう本能が叫んだので無意識に身体が動いた。

ソルの背後に回り込んで腰にしがみつく。奇しくも以前と同じようなシチュエーションになってしまった。

しかし、この行為は完全に裏目に出た。



ぶちっ!! と何かが破裂するように切れる音を確実に鼓膜が捉える。



「フェ、フェイトちゃんは、な、なのはを、おこ、怒らせたい? 怒らせたいのかな? かな?」

ビクビクしながらソルの肩越しになのはを見ると、引き攣った笑顔で眼が笑ってない少女の姿をした悪鬼がそこに居た。

それを見て、私の心は今まで感じたことの無い恐怖に全身を震わせる。

恐慌状態に陥った私は、全力でソルにしがみついた。

「こ、怖い、怖いよソル、ソル、なんとかしてよ!!」

「ちょ、おい、待て、俺か!?」

「お兄ちゃんどいてフェイトちゃん攻撃出来ない離れて今すぐに早く早く早く!!!」

「待て、こっちに向けたレイジングハートをどうするつもりだ? 落ち着けなのは。フェイトも離れろって」

「ヤダこわいよソル!!!」

「………あくまでもお兄ちゃんから離れる気は無いみたいだね………」

<ソル様、これが俗に言う修羅場というものなのですか? 非常に興味深いです。テンションが漲ってきます!!!>

「お前は主を止める気が無いならすっこんでろ!!」

「………この泥棒猫ぉぉぉぉぉぉ!!!」

次の瞬間、桜色の閃光を放つ爆発が生まれた。





「お兄ちゃんのアフォ、お兄ちゃんのアフォ、お兄ちゃんのアフォ、お兄ちゃんのアフォ」

なのはの放った砲撃魔法は、ソルが咄嗟に展開した防御魔法―――確か、『フォルトレス』って言ったかな?―――に阻まれて、私もソルも怪我をすることは無かった。

その後、なのははソルから一発拳骨をもらってお説教を受け、デバイスを取り上げられた。

でも、なのはは完全に拗ねてしまったようでバリアジャケットを解除して浴衣姿になると、さっきから体育座りでぶつぶつと何か呟いている。

そんななのはにソルは、『今は関わるな、たまにああなる。迂闊に近寄ると噛み付かれるぞ』と言って気にも留めない。

ちょっと可哀想だけどまた砲撃魔法を撃たれるのは嫌だし、今はソルの言う通り放置しよう。とりあえず私もバリアジャケットを解除して黒と赤のワンピースになる。

それにしてもやっぱりソルは凄い。なのはの砲撃魔法をあっさり防いじゃうなんて。私にはとても真似出来ない。

「なのはとフェイトの勝負が終わったことだし、ユーノとアルフを呼び戻すか」

あ、そう言えばすっかり忘れていた。アルフはどうしたんだろう? ソルの使い魔のユーノも居ないし。

『ユーノ、アルフ、戻ってこい』

ソルが二人に向けて念話を飛ばすと、私達から少し離れた場所に緑色の魔方陣が浮かび上がり、

「ア、アルフ!!」

緑色のチェーンバインドで雁字搦めにされた狼形態のアルフと、その上に二本足で立ってガッツポーズを取るフェレットが現れた。

私は慌ててアルフに駆け寄り、その頭を撫でた。

「ごめんねフェイト、負けちまったよ………」

「そんなことはいいから!! 怪我とかしてないの!?」

「あ、怪我は一切無いよ。バインドで動けないように拘束しただけだし」

「そいつの言う通りだから心配は要らないよ、フェイト………っていうか何時までアタシの上に乗ってるんだい!? いい加減降りな!!」

何も言わずにヒラリと降りると、ソルの肩の上によじ登るフェレット。

アルフを拘束するチェーンバインドが霧散すると、よろよろと力無く立ち上がる。

どうやら本当に怪我は無いみたいだ。

ほっと一安心しながら、ソルの肩の上で毛繕いしているユーノを見る。

(まさかアルフを傷付けないようにしつつ無傷で勝つなんて)

「それにしてもよく勝てたな、ユーノ」

「何言ってるの? 僕に戦い方を教えたのはキミでしょ? しかも強制的に。このくらい出来なきゃ嘘だよ」

ソルとユーノの会話。やっぱりソルが戦い方を教えてるんだ。自分の使い魔だし、当然だよね。

「どうやって勝ったの?」

でも、やっぱり自分の使い魔が他人の使い魔に劣るというのは―――たとえそれがソルのであっても―――悔しい。私はユーノに問い詰めた。

「え? 簡単だよ。逃げ回る振りしてバインドをばら撒くように設置、設置したバインドに一つでも掛かったらブレイクされる前にバインドを全身に掛ける、後はひたすらバインドを重ね続けながらチェーンバインドで物理的に絞め上げる圧力を強くして、相手が動かなくなるまで圧力を掛け続ける。それだけ」

「な、そんなことで!?」

私のアルフに勝ったと言うのだろうか!?

「そんなことでって言うけどバインドされた時に掛かる圧力って半端無いよ? 僕もこの戦い方をソルから教わった時は何を馬鹿なって思ったけど、はっきり言って凄くえげつないんだよソルが教えてくれたのって。だって、僕はソルに『相手を絞め殺せる圧力じゃないと意味が無い』って言われたんだから」

「ッ!?」

「関節を拘束して動きを止めるとかならまだマシな方、『首を絞めてそのまま息の根を止めろ』とか『全身の骨が砕けるまで絞めつけろ』とか『いっそ八つ裂きになるくらいに引き千切れ』とか言われたからね。もう本来のバインドの使い方じゃないよコレ。しかも物理的に掛かる力だから非殺傷なんて当然出来っこないし」

「さっき怪我してないって言ったのに!?」

ユーノの言葉に激昂してしまう。非殺傷が出来ない、つまり簡単に相手を殺してしまうということだ。ソルはユーノになんて恐ろしい戦い方を教えていたの!!

「いや、だから怪我はさせてないってば。今のはあくまで極端な言い方をしただけだよ。僕自身殺しなんてご免だしね」

僕を責めるんならその前にソルを責めてくれ、とユーノは続けた。

「………ソル?」

「ま、ユーノは攻撃魔法てんでダメだったし、戦う上での攻撃力の底上げとして教えた戦い方なんだがな。確かに非殺傷なんてもんに頼りがちな奴にとってはえげつねぇもんかもしれねーな」

「そんな………」

悪びれもせずに言うソルに、少なからずショックを受けてしまう。ぶっきらぼうだけど優しいソルの別の一面、まるで氷のように冷徹な表情を垣間見た気がした。

「でもこれってミッドチルダ式魔導師には有効な戦い方だよね。拘束目的のバインドで攻撃してくるなんて普通思いつかないもん」

「お前の世界の魔導師ってのがどんなもんか知らねーが、随分と生温い連中だってことだけは分かったぜ」

「手厳しい発言だけど、ソルから見たら誰も彼もが甘く見えるんじゃないの?」

「違いねぇ」

項垂れる私の隣で、談笑するソルとユーノ。なんか私って放置されてる?

「そろそろ帰るか」

会話に区切りがついたのか、ふいにソルが言う。

「そうだね、もうかなり遅いし。僕も眠くなってきたよ」

「おいなのは、帰るぞ」

「お兄ちゃんのアフォ、お兄ちゃんのアフォ、お兄ちゃんの………ほえ? あ、は~い」

さっきからずっと放置されていたなのはが何事も無かったかのように立ち上がり、「えへへへ~♪」とソルの腰にしがみつく。

「うわ、お前汗臭ぇ。くっつくなよ」

「ひどっ! 酷いよお兄ちゃん!! さっきまで一生懸命戦って、それでも負けちゃった傷心の妹に慰めや労いの言葉をかけるとかじゃなくて汗臭いとか、お兄ちゃんはもっと女心とか乙女心とかを理解する努力をすべきだと思うの」

「知ってるか? 男と女じゃ脳みそのつくりって違うんだぜ」

「そんな生物学的なことを言ってる訳じゃないのに………ていうか、さっきフェイトちゃんが抱き付いた時に汗臭いなんて一言も言わなかったのに!! 私よりもフェイトちゃんの方がフレグランスな香りでもするってお兄ちゃんは言いたいの!!」

「汗の匂い談義なんてするつもりは無ぇ、とにかく離れろ。汗がベトベトして気持ちワリぃんだよ」

ギャーギャー言い合いながらじゃれつくなのはと、口では酷いことを言いながらあまり気にかけていないような態度のソル。

む、何アレ。なのはがソルに抱き付いてる姿を見ると、何故かイヤな気分になってくる。この気持ちが何なのかよく分からないけど、こんな気持ちになるのはイヤだ。

私はなのはに後ろから近付くと、両肩を掴んでソルから引き剥がす。

「にゃ、何するのフェイトちゃん!?」

「ソルが嫌がってるから、その原因を排除しただけ」

「なっ!? お兄ちゃんは別に嫌がってなんかないよ!! これは私とお兄ちゃんの兄妹のスキンシップなの、何時ものことだから放っておいてよ」

何時も? 何時もソルに抱き付いてるっていうの、なのはは!? なんて羨ましい!!

「そ、そんなの、ずるいよなのは!!」

「ずるくないよ~、当たり前のことだよ~」

「くっ!!」

私となのはがお互いの額を擦り付け合うくらいに接近して睨み合う。

そこへ、横からアルフの声が聞こえる。

「お二人さん、そのソルなんだけどね」

「「何!?」」

「もう帰ったよ」

「「ええ!?」」

何時の間にか人間形態になっていたアルフの言葉に慌ててソルの姿を探す。

「ほらあそこ」

言われて指差された方向を見ると、ソルの背中がかなり小さくなって視界から消えようとしている。

「お兄ちゃん待って!!」

なのはがソルの後姿目掛けて駆け出した。

私もすぐにその後に続く。

やがて追いついたなのはは、ソルの右腕にしがみつく。

またあんなにくっついて!! こうなったら私も!!

私はなのはとは逆に左腕にしがみついた。

「あ! お兄ちゃんから離れて!!」

「なのはこそソルから離れたら!?」

また二人で言い合いを始めると、

「………二人共黙れ」

底冷えするソルの声で口を噤んだ。

背骨が氷になってしまったかのような悪寒。

『………な、なのは、もしかしなくてもソルって怒ると怖い?』

『怖いなんてもんじゃないよ!! 鬼だよ鬼!!』

「念話もやめろ。黙ってられないなら離れろ」

「「ごめんなさい」」

不機嫌になったとはいえ、ソルから離れるのは私もなのはも嫌だったのですぐに謝り、ビクビクしながら旅館に着くまで言われた通りに黙って大人しくしていた。





SIDE OUT





湯船に浸かりながら、私は横に居るフェイトちゃんを横目で盗み見する。

すると、同じように私を横目で盗み見するフェイトちゃんが。

「「ふんっ」」

そして同時にお互い眼を逸らす。

あれからどうなったかと言うと。





まず旅館に着いて、お兄ちゃんに「二人とも風呂入れ」と言われたので頷いた。

それはフェイトちゃんも同様。

この旅館の温泉は二十四時間入浴可能なので、深夜に利用することも可能。そこがこの旅館の特殊なところだったりする。

『俺もお前らの所為で入ることになっちまったし』

ボソッと呟いたその言葉を聞いて、頭の中で電球が明かりをつける。

『それなら私がお兄ちゃんの背中流してあげる!! 一緒に入ろ!!』

これはチャンス。最近全然一緒に入ってくれなくなったお風呂にお兄ちゃんと入る良い口実となる。

『ソ、ソルと一緒にお風呂だなんて、ず、ずるい………わ、私も』

その時、顔を真っ赤にしたフェイトちゃんがおずおずといった感じで手を上げ進み出てくる。

くっ、予想はしていたけど、まさか羞恥心を抑え付けて挙手までするなんて、相手は只者じゃない。

『無理しなくていいよフェイトちゃん』

『べ、別に無理なんてしてないよ、なのはじゃ信用ならないから』

『………それどういう意味?』

『その、ソルに変なことしそうで』

『しないよそんなこと!!』

人聞きが悪いったらありゃしない。

しかし、

『じゃ、俺が男湯に居る間にフェイトは女湯でなのはを見張っててくれ』

冗談なのか本気なのかいまいち分からない口調でお兄ちゃんはそう言うと、男湯の暖簾を潜ってしまった。

『あ、ウソ!? 待ってお兄ちゃん!!』

慌てて男湯の暖簾を潜って追いかけようとしても、



―――バチッ!



『きゃ!?』

入り口に結界が張ってあって入れなくなってる。

………何時の間にこんなものを?

さすがに結界を破って侵入すれば怒られるのは眼に見えているので諦める。

せっかくのチャンスだったのに!

私は渋々と女湯の暖簾を潜ることになった。





回想終了。

フェイトちゃんが余計な口出ししなければ今頃はお兄ちゃんの背中を流す自分が居たのに。

そんな感じで私は今少し不機嫌で、フェイトちゃんとはさっきから無言で、牽制するようにチラチラ様子を窺う。それは相手も同じようで。

二人しか居ない浴場は会話が無い為静まり返っている。

ちなみにアルフさんは露天風呂の方に行ってしまって此処には居ない。

まさかフェイトちゃんと二人っきりになるとは思ってなかったし。何を話したらいいのか分からないし。

私は溜息を吐くと、早くお風呂から出てお兄ちゃんの顔でも見ようと思いながら湯船から出た。

それを待っていたようにフェイトちゃんも。





お風呂から出て着替えると、暖簾を潜って男湯の結界がまだ張ってあるか確認する。

………無い。ということはもう此処にはお兄ちゃんは居ない。ならきっと休憩所の方だ。

急ぎ足でそちらに向かうと、フェイトちゃんが後ろからついてくる。

「なんで私の後についてくるのかな?」

立ち止まり振り向いて聞く。

「なのはは何処に向かってるの?」

「休憩所だけど」

「じゃあ私もそこに行く」

「どうして?」

「休憩するから」

手に持ったコーヒー牛乳の瓶を見せる。

それならこちらも文句は言えない。私は歩き出した。

休憩所に着くと、丁度お兄ちゃんが自販機を操作していて、ガコンッと音がする。

「お前らもう出たのか。もっとゆっくりしてりゃいいのに」

「もう十分だよ。それよりユーノくんは?」

「あいつならもう部屋に戻った」

「ソルは結構早く上がるんだね」

「ま、男は女より早いからな」

牛乳瓶を手にソファに座るお兄ちゃん。

私はその隣座ってお兄ちゃんにもたれると、それを見たフェイトちゃんが慌てたように私の反対側に座ってお兄ちゃんにくっつきます。

むうぅ。一言文句を言いたいけど、騒ぐとまたお兄ちゃんを怒らせるので今は我慢。

それよりもあることを思いつく。

「お兄ちゃん、私も飲みたいな~」

お兄ちゃんの手に持つ牛乳瓶が半分くらい無くなってから言った。

「ああ? 買ってやろうか?」

「一人じゃ一本飲み切れないから、お兄ちゃんのちょっとちょうだい」

「しゃあねぇな」

嫌な顔一つせず差し出された牛乳瓶を受け取る。

(計画通り)

早速飲む牛乳は、さっき戦闘していたこともあり、風呂上りということもり、もう一つのこともあり、とても美味しく感じる。

「ソ、ソル、なのはにあげちゃったらソルの分無くなっちゃうでしょ? 私の分あげるよ、はい」

な、なん………ですって!?

反対側には顔をトマトみたいに真っ赤にさせたフェイトちゃんが、半分程飲みかけのコーヒー牛乳をお兄ちゃんに渡しているところで。

まさか、フェイトちゃんはこうなることを見越していたというの!?

「あ、ワリィな」

何の躊躇も無くそれを受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らして飲むお兄ちゃん。それを見て頭から湯気を上げるフェイトちゃん。

こっちも負けていられない。

「お、お兄ちゃん、私はもう十分だからコレ返すね。だからフェイトちゃんに返してあげて」

「ん? ああ、そうだな」

お兄ちゃんはコーヒー牛乳をフェイトちゃんに返して、私から牛乳を受け取る。

フェイトちゃんは首筋まで真っ赤にさせて返してもらったコーヒー牛乳を受け取ると、蚊の鳴くような声で「…いただきます」と言った。

…………は!! しまった!!!

しかし時既に遅し。

顔を真っ赤に染めながらも、幸せそうな表情でコーヒー牛乳を飲むフェイトちゃんの姿に、何故か負けた気分になる。

策士策に溺れる、っていう程のものじゃないけど、ささやかな幸せを独り占めしようとしたら、ライバルにもその幸せを分ける結果になってしまった。





SIDE OUT





牛乳を飲み終わると、なのはが髪を梳いてと喚くので手櫛ではあるがやってやる。

すると、フェイトが羨ましそうにしていたのでなのはの後にやってやった。

そして、二人は満足したのか、それとも戦闘の疲れが今になって吹き出したのか、俺にしがみつくように寝ちまった。

「人気者だね、ソル」

浴衣姿のアルフがアハハと笑いながら現れる。

「うるせぇ」

アルフは自販機で牛乳を買うと、俺の真正面に立ってニヤニヤしながら飲み始めて、あっという間に瓶を空にした。

「私のご主人様が世話になったね」

飲み終わった瓶を捨てると、フェイトを抱きかかえた。

フェイトはぐっすりと眠っている。

「アンタのおかげだよ」

「ああン?」

唐突なアルフの言葉。口調も神妙なものだった。

「フェイトがこんなに幸せそうに寝てるところって私見たこと無いんだよ、情けない話だけどね。でも、アンタと知り合ってからのフェイトは以前と比べると別人みたいに明るくなった」

「………」

「だから、これまでのことを含めてアンタには感謝してる」

「………俺はそこまで大したことをした覚えは無ぇ」

「ま、アンタはそう思ってても礼は素直に受け取るもんだよ」

「そうだな」

休憩所の出口に向かってアルフは歩き出す。

だが、ピタッと足が止まる。

「勝手な話だけど、アンタに頼みがある」

「頼み?」

こちらに背を向けているのでアルフの表情は見えない。

「もし………もし何かヤバイことになったら、フェイトのことを頼めないかい?」

「は? どういう意味だ、そりゃ」

「今は何も言わずに頷いてくれるだけでいいんだ」

「だから言ってる意味が分かんねぇって」

「頼むよ」

「………」

その声があまりにも真剣で、切実なものだったので黙ってしまった。

アルフは肩を震わせていた。

こいつの胸中が今どういうものなのか推し量ることは出来なかった。

だが、



―――似てるな。



シンを俺に託した時のカイの声と。

断腸の思いで搾り出した言葉なのだと分かる。

だから、

「分かった。その頼み、引き受けてやる」

気が付けば勝手に口が動いていた。

「本当かい!?」

「ああ」

「………恩に着るよ」

そのまま振り向きもせずにアルフはフェイトを抱えて休憩所を後にした。

残された俺は、

「やれやれだぜ」

と溜息を吐き、隣で蕩けた顔で眠る妹分を抱えて部屋へと歩き出した。










お詫びを込めた後書き



なんか感想板に、「クロスしてない他の作品のものを出すのはあまりよくないんじゃないか」という書き込みがありまして、

やっぱり調子に乗り過ぎたかな? と反省しました。

また、そういった意見に対して反論してくれたりフォローしてくれたりする方達に感謝を述べさせていただきます。

ありがとうございます。

私自身、型月作品が凄く好きだという理由で書いてしまったのですが、やっぱりこういうのは好きだからこそしっかりしようと思い、今後自重しようと思います。

でも槍形態、「Lancer mode」だけはこのままで行きます。ゲイボルクをこれからは出さないように(なのはが使わないように)します。

でも、書いてしまった以上今更削除する気は更々無いので、これからは出さないけど以前に書いたものに関しては一切加筆修正するつもりはありませんのであしからず。

作品をより良いものにする為に皆さんの意見を参考にしつつ鋭意努力はしていますので、それでご容赦願います。

ではまた次回!!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女 8話 青い石の本来の”力”?
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/06/02 04:29
結局ジュエルシード絡みの所為で、旅行らしいことをしたと言えば温泉に入って乱痴気騒ぎがあっただけ、といった感じの旅行から数日。

フェイトに負けたことがよっぽど悔しかったのか、帰ってきてからより一層訓練に精を出すようになったなのはは、俺の早朝稽古にも顔を出すようになった。

しかしそれは日常生活に悪い意味で影響を及ぼし、少し雰囲気をピリピリさせている。

クラスメートに向かって「私の背後に立たないで」とか言い放つ始末。

お前は凄腕のスナイパー………さすがに殴りかからないだけまだマシな方か。

アリサやすずかに変な意味で「………なのは大丈夫?」と心配される。しかもなのは本人じゃなく、俺に言ってるくるとか、半分近く危険人物扱いされている。

さすがにこれはマズイと思い、せめて魔法が関連しない物事の時には何時も通りにしてろと釘を打っておく。

俺の言葉になのはは素直に頷くと、「お兄ちゃんがこれから毎日お風呂一緒に入ってくれれば普段に戻れると思うよ」とか抜かした。



―――演技だったのか?



だとしたら癪に触るので却下し、恭也と美由希に頼んでもっと厳しく稽古つけてやってくれと頼んでおいた。










背徳の炎と魔法少女 8話 青い石の本来の”力”?










放課後、臨海公園の近くにあるCD屋『Dレコード』の店長からメールを受けた。また新譜CD前日入荷の知らせだった。

一度帰宅し着替えて財布片手にCD屋に向かう。

なのはがついてきたがったが、ジュエルシードの捜索もあるので諦めさせた。

というのは建前で、本音を言えばジュエルシード云々以前になのはと店長を会わせたくない。

あの店長、口を開けばF言葉やスラングしか喋らない。前に一度なのはを連れて行った時は眠っていたから良かったものの(今思えばなんで連れてったのか不明だ)、もし起きていたら―――想像したくもない。

それさえ無ければ音楽に造詣の深い、気さくな女なんだが。

だからなるべくあの店にはなのはを近付けたくない。

買ったCD片手に家に帰る。

「あ、お帰りなさいソル」

「ああ、今帰った」

美由希がオタマ片手に出迎えてくれる。

「ん? なんで姉貴がそんなもん持ってんだ? 新しい暗器か?」

俺はビリヤードのキューで暗殺を行うアサシンと隻腕の日本人女侍を思い出した。それと似たようなものだろうか?

「ひどっ!! 違うよ、ちょっと暇だったから料理の練習してたんだよ!!」

「ああ、分かった。何時ものポイズンクッキングか、毒殺用の毒を調合する」

「全っ然違うよ!! ていうか、さっきの暗器よりも酷くなってるんだけど!!」

「人間の食物を毒物に変えるのはある種の才能だと思うが、せっかく作ってもは使わないで捨てるだけなんだからあんまり食い物を粗末にするな」

「だから毒じゃないってば!!!………ううぅ、恭ちゃんソルがイジメル~」

半泣きになりながら奥に引っ込んだ美由希を放置して自室に向かう。

時刻はそろそろ夕飯時。この時間帯だとまだ士郎と桃子は店に居るだろうがすぐに戻ってくる筈だ。

恭也と美由希が家に居て、なのははユーノと外でジュエルシードの捜索か。

CDを包む透明なビニールを丁寧に剥がし、ゴミ箱へ。

ケースを開け、ディスクを取り出す。

俺はウキウキしながらディスクをプレイヤーにセットして、再生ボタンを押そうとしたその時、

「っ!?」

ジュエルシードの発動する気配を知覚する。

そして、

『ソル! ジュエルシードが発動した!! この前のフェイトとアルフっていう使い魔も一緒だ。これより戦闘に入るよ!!!』

頭に響いたユーノからの一方的な念話。

「………クソが」

気分はまさに眼の前で餌を取り上げられた飢えた獣。

俺は恭也と美由希に一声掛けると、家を飛び出した。










現場に到着すると、既に緑色の結界で街が覆われていた。

ユーノの封時結界だな。

結界内に飛び込んで手短なビルの屋上に降り立つ。

魔力反応の探ると、激しくぶつかり合うのが二つ。なのはとフェイト、ユーノとアルフだろう。

「………何もあの時発動しなくてもいいだろうが」

ぶつぶつと未練がましく独り言を吐きながら、飛行魔法で街を見下ろせる高度まで昇る。

そこから全員の動きを観察する。

「ふむ」

まず、ユーノVSアルフ(人間形態)

前回と同じ轍は踏まんと言わんばかりにアルフが遠距離から射撃魔法で攻撃しまくるが、ユーノは涼しい顔で防御している。

恐らくユーノの周囲には大量のトラップが仕掛けられているのだろう。聞こえはしないが、ユーノがアルフを挑発しているような仕草をするのが見える。

それに対してアルフは地団駄踏みながらも決して近寄ろうとはしない。

待ちのユーノと攻め込みたいけど攻め込まないアルフ。

完全な膠着状態だった。

そして、なのはVSフェイト

こちらは打って変わって高速戦闘の真っ只中。桜色と金色の光が激しくぶつかり合い、離れ、お互いが持ち得る中で最も信頼する射撃・砲撃魔法を湯水のように使うペース配分なんて一切考えていない潰し合い。

やはり前回と同様に、なのはが距離を取るように逃げ、それをフェイトが追いかける図式なのは変わりがないが、決定的に違う点が一つ。

それは、なのはが唐突に自ら距離を詰め、積極的に接近戦を挑んでいること。

それを可能としているのが、対フェイト用に編み出された高速移動魔法『フラッシュムーブ』。

持ち前の機動力と短距離限定の超高速移動魔法『ブリッツアクション』で接近戦を得意とするフェイトに、なのははどうしても速度の面で勝ち目が無い。自分よりも速度の上回る相手との対戦経験が絶対的に足りないのも要因の一つだ。

ある程度の牽制の仕方と対処法といったものは教えたが、前回見せてしまった以上、それに対する何らかの攻略法は考えてくる筈だ。

どうすればいいか悩んでいるなのはに対して、レイジングハートは自信を持って進言した。

<逆転の発想です。速さが足りない!!! ………のであれば、速くなればいいんです!!!>

その一言からブリッツアクションに対抗してフラッシュムーブを修得することとなった。

しかし、

「それでも互角か」

前回見た限りではギリギリフェイトの勝ちだったので、今回はフラッシュムーブを修得したなのは優勢と踏んでいたんだが、そうはいかないようだ。

基本的なフェイトの戦闘スタイルは変わっていないが、今回は無理に近寄ろうとせず、遠距離からフォトンランサーをばら撒きつつ早々になのはの牽制攻撃であるディバンシューターを潰し、時に足を止めサンダースマッシャーを威嚇するように放つ。

そんなフェイトに負けじとディバインバスターを撃つなのはだが避けられて接近されそうになる。だったらこっちもといった感じでフラッシュムーブ、接近戦に突入。

お互いが高速移動魔法を連続使用しながら数合打ち合い、鍔迫り合いの後離れる。

また牽制攻撃を放ち、それを潰し、砲撃魔法を打ち合い、片方が接近、それに応えるようにもう片方も接近、高速の接近戦の後間合いが離れる。これの繰り返しとなっていた。

主導権を握った方が一気に押し切る、そんな互角の勝負だが、果たしてこのままのペースで戦い続けて主導権を握る前に力尽きないのだろうか。

今回は攻撃魔法も移動魔法も、二人共休む時間が惜しいとばかりに使用している。俺が此処に辿り着いてから五分も経過していないのに、二人共肩で息をしているのが分かる。

さっさとケリを着けないと、泥沼化するな。

「そういやぁ、発動したジュエルシードはどっちが封印したんだ?」

ふと疑問に思う。

ユーノの言葉では、これから戦闘に入るとしか聞いていない。

まさかこの状況で誰かに聞く訳にもいかん。いくらなんでもそこまで空気読めないことはしない。

ま、なのはかフェイトのどっちかなんだろうなと楽観しながら適当なビルに降り立つと、視界の端に小さな青い光が見えた。

「………おい、マジかよあいつら」

俺が今居るビルの屋上のすぐ真下。そこには少しずつ輝きを増す青い石があった。

今まで気が付かなかった俺も間抜けだが、誰も封印してねぇってのはどういうことだ!!

戦闘の余波で大気中のマナ、魔力濃度がどんどん濃くなればなるほど強い光を放つようになってきた。

恐らくどちらかが見つけたジュエルシードを封印しようとしたところに、もう片方が来たので封印しないでそのまま勝負ってことになったんだろう。

「せめて仮封印くらいしとけってんだ!!」

文句を言いつつジュエルシードの前に降り立つ。



―――刹那



「ぐおっ!?」

地面に着地した瞬間、身体にかかる突風めいた衝撃波。それを放ったのは当然ジュエルシード。俺は為す術無く吹き飛ばされて数十メートルは地面と平行に飛び、結界内の既存のビルに突っ込んだ。

窓ガラスをぶち破り、デスクや椅子が所狭しと並ぶオフィスを突き抜け、壁を貫通してビルの反対側に転がり出たところでようやく止まった。

ダメージは大したこと無いが、俺は驚きでしばらく動けなかった。

既存生物を取り込んでも無いのにこれだけの”力”があれにあるとは思いもよらなかった。大気中のマナの濃度だけで発動したのだ。こちらの既知の情報には無かっただけにショックも大きい。

もしかしたら、『既存生物を取り込んでその生物の”願い”を叶える”力”を与える』という前提すら何らかの副産物で、俺達の認識自体が間違っていたんじゃねぇのか?

「とにかく、ごちゃごちゃ考えんのは後だ」

立ち上がり、突き抜けたビルの穴を潜り、急いでジュエルシードに向かう。

と、眼の前にはこちらに吹き飛ばされてくるなのはの後ろ姿。

「おっと」

なるべく優しく受け止める。

「きゃ! ってお兄ちゃん!?」

後ろから抱き締める形なので、なのはが首だけをこちらに向ける。

「怪我してねーか?」

「お兄ちゃんのおかげでなんとも………あっ!」

急に驚いたような声。

「どうした?」

「私は大丈夫なんだけど、レイジングハートが………」

どうやらなのはには幸い怪我は無いらしい。だが、レイジングハートのデバイスコアとフレーム全体に罅が入っていた。システムダウンの一歩手前で、弱々しく点滅している。

「何があった?」

「なんかジュエルシードの様子が今まで感じたことが無い変な感じになって、フェイトちゃんとのは勝負は一旦お預けにして二人同時に封印しようとしたんだけど、デバイスでガッチリ噛み合った瞬間衝撃波みたいなのが………」

「待て。同時に、しかもデバイスでガッチリ噛み合ったって、んな無茶したのか?」

「う、うん」

怖かったのか、少しなのはの身体が震えている。

「馬鹿だろお前ら。アレに二方向から同じ力をぶつけたら反発起こして吹っ飛ばされるのは当たり前だろ」

「ご、ごめんなさい」

「お前に怪我が無ければ今はそれで構わねぇ」

それよりも問題はジュエルシード。先程よりも眩い光を放ちながら強い反応と共に、周囲の空間が歪曲するような感覚がする。

あの感覚は、昔イノと戦った時に時空転移した感覚とそっくりだ。

もし、あの時と同じものだとすると俺の想像以上にジュエルシードって奴は厄介かもしれねぇ。

「なのは、怪我は!?」

そんな俺の考えに割り込むようにユーノの声が飛んでくる。

「遅ぇぞユーノ、なのははとりあえず無事だ。だがレイジングハートはお釈迦寸前、ジュエルシードは調子に乗ってますます強い”力”を放出中、おまけに周囲の空間を歪曲までさせてやがる。何か良い手はあるか?」

ジュエルシードから眼を逸らさずに告げるが、良い返事が返ってこない。それはつまり、ユーノですらこんな現象を眼の前にしたことが無いのだろう。俺だって十回も経験したこと無ぇ。こんなの何度も経験したことあんのはアクセルとイノくらいだ。

デバイスで封印するのが一番なのだろうが、頼みのレイジングハートは故障。フェイトのバルディッシュも同じだろう。

やはり非殺傷の純粋魔力ダメージで力ずくに―――

「何やってるんだいフェイト!? やめな!!」

アルフの悲痛な叫び声が鼓膜を叩く。

無謀にもフェイトは、デバイス無しの素手でジュエルシードを掴みそのまま封印しようとしていた。

「あのバカ何考えてやがんだ!!」

「お、お兄ちゃん!?」

「ユーノ!! なのはが動かねぇように見張ってろ!!!」

俺はなのはの戸惑う声を無視しユーノに命令すると、返事も待たずにフェイトに向かって駆け出した。

ジュエルシードは自身を掴むフェイトに対して抵抗するように”力”を放出する。荒れ狂う魔力の奔流がフェイトに襲い掛かり、グローブが弾け飛び、バリアジャケットに所々切れ込みを入れる。

「く、うぅっ」

猛烈な苦痛と疲労に顔を歪め、額に脂汗を浮かべながら、それでもジュエルシードを離そうとしない。

あれでは無理だ。封印なんて出来っこねぇ。そもそもアレはデバイスを使って封印するのが前提なんだろ? しかもなのはとの激しい戦闘の後、碌に魔力と体力が残ってない状態で暴走したジュエルシードを封印するなんて土台無理な話だ。

「………ああっ!!」

やはりあの状態で封印するのは無理だったようで、ジュエルシードが一際強い衝撃波を放った瞬間吹き飛ばされる。

「フェイト!!」

そんなフェイトを何とか受け止めるアルフ。

「アルフ!! フェイト連れてこっち来い!!」

俺は立ち止まり叫ぶ。

アルフは俺の言葉に頷くと、ジュエルシードを大きく迂回して俺の傍までやってくる。

「二人共なのはとユーノの所まで退がれ」

「アンタはどうするつもりだい!?」

焦った表情のアルフ。

「俺はアレを無力化する」

「なっ!? 無理だよ!! あんなもんどうするってんだよ!!!」

「無理でも何でもやるしか無ぇだろうが!!!」

「っ!」

俺の怒鳴り声にアルフが吃驚したように黙る。

「ソ、ソル………」

アルフの腕の中で、フェイトが弱々しく俺の名を呼んだ。

その姿は酷い傷だらけだった。ジュエルシードを直接掴んだ手の平は焼け爛れ、ズタズタに引き裂かれたバリアジャケットから覗く白い肌は裂傷まみれ。よくこれで気絶していない、いや、いっそのこと気絶した方が幸せなレベルの怪我だ。

俺は出来るだけフェイトの頭を優しく撫でてやると、ジュエルシードに向き直った。

「安心しろ。俺がお前らを守ってやる」

背中越しに声を掛ける。

その言葉を信用してくれたのか、アルフがフェイトを抱えてなのはとユーノの所まで退がるのが気配で分かった。

額にヘッドギアを装着し、左手に封炎剣を召喚する。

封炎剣を逆手に持ち、柄を握って左の拳に魔力を込める。術式を構築、展開、構成された術式に必要な魔力量を計算、結果に基づいた魔力を術式に流す。

要領はすずかの家で猫の暴走体にぶち込んだのと一緒だ。非殺傷による純粋魔力ダメージで力ずくに無効化してやる。

本当なら”三発”ぶち込んで跡形も残らず消し去ってやりたいが、もしそれが”トリガー”となって予測不能の事態に陥ったら眼も当てられないので、今は”一発”だけで我慢する。

ジュエルシードに向かって踏み込み、ダッシュで一気に駆け寄り間合いを詰める。

封炎剣を握ったままの左ストレートをジュエルシードに叩きつけると同時に、完成した法力を放出する。



「タイランレイィィィィブ!!!」



俺に殴られたジュエルシードは同時に発生した炎の渦に呑み込まれ、放っていた”力”を一瞬で無効化され、炎の渦が爆裂する轟音と共にただの石ころのようにアスファルトに転がった。

辺りが静まり返ると発生していた空間歪曲の感覚も消え失せる。

「やれやれだぜ」

とりあえず危機的状況が回避されたことを確認すると、俺は溜息を吐いた。





ユーノから教わった回復魔法と俺の治癒法術を組み合わせた法力で、フェイトの傷を癒す。

「す、凄い。傷があっという間に治ってく………」

「フェイトちゃん、良かった」

「フェイト、良かった、本当に良かったよ!!」

徐々に傷が消えていく様子にユーノが驚愕の表情を浮かべ、なのはが安堵の溜息を吐き、アルフが泣き始めた。

「うそ………何処も痛くないし、傷だって痕すら残ってない………」

当の本人のフェイトはアルフに抱きつかれながら、自身の身体を観察し、その結果に呆然としていた。

「立てるか?」

「え? あ、うん」

俺の声に反応して、抱きつくアルフから離れてもらい、自分の足でしっかりと立ち上がるフェイト。

それを確認すると俺は、

「少し痛むぞ」

「え?」



―――パンッ!



フェイトの白い頬に平手打ちした。

「ア、アンタァ!! フェイトに何すんだい!!」

「お前はすっこんでろ!!!」

突然の俺の行為に激昂するアルフを黙らせる。

「あ、え………ソル?」

自分が俺に叩かれたと理解はしていても、何故叩かれたのか理由が分からないといった風のフェイトは、何がなんだか分からないという表情で俺の顔を見た。

「お前、俺が言ったこと覚えてるか?」

「ソルが、言ったこと………?」

混乱する頭で思い出そうとしているが、なかなか思い出せないようだ。ま、この様子を見る限りまず無理だよな。

「忘れてるみてーだからもう一度言ってやる。あの時俺は『怪我の無いようにしてくれ』って言った筈だ」

「え………でもそれって………」

ようやく温泉旅行のときに言った言葉ということを思い出してくれたようだが、どうやら意味を履き違えていたらしい。

「なのはだけだと思ったのか? んな訳無ぇだろ。当然お前もその中に入ってんだよ」

「わ、私も………」

「そうだ。だから、あんま心配かけてんじゃねぇ。どれだけ心配したと思ってやがんだ」

じわじわと、フェイトの瞳に涙が溜まる。

フェイトをそっと抱き締める。激しい戦闘をこなして、ジュエルシードを集めようとしている少女。本人の戦い方とは裏腹に、身体はとても華奢だ。

「約束しろ。もう二度とさっきみたいな無茶はしない、怪我なんかしないって。傷だらけのお前を見るなんて俺は真っ平ご免だ」

「あ、く、うぅ」

嗚咽を必死に堪えようとしているフェイトに、耳元で言ってやる。

「無理すんな。お前は今、泣いていい」

その言葉を皮切りに、

「うあぁぁぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、ソル、ソルぅ!!」

俺の名を呼びながらしがみつき、懺悔するように泣いた。





しばらくは感情に任せて泣いていたフェイトも落ち着きを取り戻してきた。

「十分泣いたか?」

「ぐす、うん、もう平気」

目尻にはまだ涙が見えたので、拭ってやる。

すると、照れくさそうに微笑みかけてくる。

やっぱり女は泣き顔よりも笑顔だな、とそこまで思って、何処ぞの空賊のリーダーと同じことを考えてるような気がして少し自己嫌悪した。

「ほら、今回は無茶して大怪我して俺に多大な心配をさせたフェイトだが、その根性を賞してこれはくれてやる」

俺は自分を誤魔化すようにさっき回収した青い石をフェイトに押し付けた。

「えええ!? いいの!?」

「要らねーなら返せ」

「………あ、ありがたく貰っておくね」

なんだかんだ言って結局はちゃっかりしているフェイト。

「お前らも別に構わねーだろ?」

なのはとユーノにも一応聞いておく。

「うん、今回だけは怪我してでも封印しようとしたフェイトちゃんに免じて譲ってあげる」

「ま、此処で反対してもソルのことだから強引に話進めちゃうんでしょ? だったら反対しても意味無いし」

「サンキューな、なのは。ユーノはよく分かってるじゃねーか」

「キミって本当にいい性格してるよね」

「だろ?」

俺がそう言うと、皆が一斉に笑い出した。





「じゃあ、私達はもう帰るね」

名残惜しそうにフェイトが飛行魔法を発動させ、フワリと身体を浮かび上がる。

「ソル、今日は心配掛けてごめんね。それから、本当にありがとう」

「それについてはアタシからも礼を言わせてもらうよ、ソル、ありがとさん。アンタにゃ借りを作りっぱなしだね」

「気にすんな。こっちが勝手にやってることだ。見返り欲しくてやってる訳じゃ無ぇ」

「アンタらしいねぇ~」

フェイトとアルフは俺から視線を外し、なのはとユーノに向ける。

「なのは、次は正々堂々勝負して、私が勝つから。覚悟しておいて」

「むむ、今度こそ勝つのは私だよ。フェイトちゃんこそ首を洗って待ってるんだね!!」

この二人、なかなか良いライバル関係になってきたんじゃねーか? なのはの言葉が少し悪役っぽいところが気になるが。

「アンタの相手ってしたくないんだよねぇ、アタシ。ちょっとでいいからソルみたいな戦い方出来ないのかい?」

「ふ、僕にソルの真似事をしろなんて愚の極みだね。そんなことしたら秒殺される自信があるよ」

「何の自慢にもなってないこと威張るんじゃないよ」

と呆れるアルフ。

「僕の呪縛結界に入ったら最後、全てを拘束してくれる」

何か格好良いこと言ってるような気がするが、フェレット姿じゃ格好つかねーし、誰も聞いてないぞユーノ。

「それじゃあ、次のジュエルシードが見つかるまでお別れだね」

フェイトが再び俺に眼を向ける。

「ああ、またな」

「うん、またね、ソル」

別れの言葉の後、金色の魔力光を放って高速で飛んでいくフェイトと、それを必死に追いかけるアルフ。

その姿を見えなくなるまで見送ると、

「俺達も帰るぜ、ユーノ、結界を解除しろ」

「了~解」

現実世界へと戻った。





「お兄ちゃん」

「何だ?」

帰りの道中、人通りの少なくなった住宅街に入った時、なのはがぽつりと俺を呼ぶ。

「もし、もし私が今日のフェイトちゃんみたいに怪我したら、お兄ちゃんはどうする?」

それは期待と不安と、フェイトに対する対抗意識と若干の嫉妬が込められた言葉だった。

だから俺は、本心を包み隠さず伝えることにした。

「決まってんだろ」

「決まってるって?」

「まず、お前に怪我させた奴を灰にする。もしお前が勝手に無茶して怪我しただけなら一日中説教してやる」

「ほんと? 心配してくれるの?」

「ああ、俺は何時だってお前の心配してるんだぜ?」

なのはの頭に手を置いて、そのまま撫でる。

「う~ん、じゃあそれを証明して欲しいな~」

「証明って、何して欲しいんだ?」

「それは自分で考えなきゃダメだよ」

「ちっ」

俺は舌打ちして、しばしの間黙考する。

そして、

「分かったよ、ほら」

なのはに背を向けて屈んだ。

「えっと?」

いまいち分かっていないなのはの声。

仕方が無いので説明してやる。

「今日の戦闘で疲れただろ? 家までおんぶしてやる」

「あ、そういうこと!! じゃ、お言葉に甘えて~♪」

喜び勇んで俺の背中に飛び乗るなのは。

しっかりなのはを背負うと歩き出す。

「相変わらず軽いな、お前」

「お兄ちゃんが力持ちなだけだよ」

「そうかもな」

しばらくの間沈黙が続くが、急になのはが言った。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「あん?」

「呼んでみただけ♪」

「何だそりゃ」

俺はなのはを背負い直すと、家族が待つ家へとゆっくり歩を進めた。




















「艦長、エイミィから報告があるそうです」

「何かしら?」

「え~とですね、第97管理外世界『地球』にてロストロギア反応と同時に小規模の次元震が観測されました」

「………第97管理外世界、確かスクライア一族からその世界に捜索願が出ていなかった? ジュエルシードと呼ばれるロストロギアとそれを発掘した一族の少年の捜索願」

「ん~、クロノくんは覚えてる?」

「エィミィ、そのくらいちゃんと覚えておくものだろ。艦長の仰る通り、二件の捜索願が出ています」

「もしかしてビンゴかな?」

「恐らく」

「その可能性は高いわね」

「あ、それともう一つ報告することがあります」

「何?」

「次元震が観測される前に約AAAランクの魔力値を二つ、次元震発生後にはなんとオーバーSランクの魔力値を一つ観測したんですよ!!」

「AAAが二つに、オーバーSが一つだって!?」

「しかもこのオーバーSランクの魔力を観測した瞬間、次元震とロストロギア反応が同時に消失、それっきり音沙汰無いんです。艦長~、これってどういうことだと思います?」

「あくまで観測結果だけで判断するなら、そのオーバーSがロストロギアを無効化させて次元震を止めたってことでしょうね?」

「艦長、これは由々しき事態です」

「ええ、航路の途中でこんなものを観測していたのに放置してしまっては時空管理局の名折れだわ。本艦はこれより航路を変更、第97管理外世界『地球』へと航行します」








[8608] 背徳の炎と魔法少女 9話 苦悩と決意 すれ違う想い
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/06/03 19:03
「こんなに待たせておいてたったの五つでは、笑顔で迎える訳にはいかないわ」

そう言って、あの鬼婆はフェイトに鞭を振るった。

ビシッ!! と耳を塞ぎたくなる、いや、実際アタシは耳を塞いでいたけど聞こえてしまう痛烈な音と共に、フェイトの悲鳴が聞こえてしまう。

「ご、ごめんなさい」

ビシッ!!

「あうっ!!」

アタシはフェイトの苦しむ声が聞こえる度に歯軋りし、鬼婆に対して身を焦がさんばかりの怒りが吹き出てくるのを実感する。

何なんだい? 何なんだい!! あの女はフェイトの母親だろ!? どうしてフェイトにこんな酷い仕打ちをするのさ!? こんなの絶対間違ってる!! フェイトは健気に頑張ってるのに!! ソルが居てくれなかったら死んでたかもしれないことだってあったのに!!!

「いい? フェイトはこの大魔導師の娘でなのだから、ジュエルシードくらいすぐに集めてこなくてはダメ。これは分かっている?」

「………は、はい」

「報告にあった白い魔導師、そして使い魔。邪魔するのなら潰しなさい、どんなことをしても」

「………」

「返事はどうしたの!?」

ビシッ!!

「ああああっ!! は、はい、分かりました!!」

「そう、なら期待して待ってるわ。次は母さんを悲しませないで頂戴」

フェイトの返事に満足したのか、鬼婆は去っていった。

傷だらけのフェイトを置き去りにして。





SIDE OUT





「フェイトっ!!」

部屋から出ると、涙を浮かべたアルフが身体を支えてくれる。

「今、回復魔法をかけるからね」

言って、言葉通りに回復魔法をかけてくれる。

「大丈夫だよ、心配しないで」

「大丈夫なもんかい!! こんな傷だらけになって、酷い目に遭わされてるっていうのに………」

ポロポロと涙を零しながら悔しそうに歯噛みするアルフ。

「ごめんねフェイト。アタシ下手くそだから、あいつみたいに上手く治してあげられないよ」

「ううん、おかげで随分楽になったよ。ありがとう」

この痛みはきっと罰だ。

母さんの望む通りにジュエルシードを回収出来ないこと。



―――そして、



「………ところでフェイト、どうしてソルのことを報告しなかったんだい?」



―――ソルのことを報告しなかったことに対する罰。



そう。私はなのはとユーノのことはちゃんと『自分達以外にも存在したジュエルシードの探索者』として報告した。

でも、ソルに関しては一切報告しなかった。

「だって、ソルは、彼自身は別に私達を邪魔してる訳じゃないから」

「………そりゃそうだけど」

それは事実だ。彼は私の命を救ってくれた。ジュエルシードを三つも渡してくれた。結果だけ見れば、ソルが私達のジュエルシード探索を邪魔していないのは確かだ。

………詭弁だ。

自分でもはっきり分かる。

彼がなのはの兄だという事実がある以上、もしなのはに何かあればすぐにでも敵となるだろう。

ソルが、敵になる。

それは想像するのも恐ろしいことだった。

ミッドチルダ式とは異なる得体の知れない”力”。暴走したジュエルシードを力ずくで抑え付ける圧倒的な魔力。そういった単純な戦力云々の問題ではない。

感情が言っている。



―――ソルと敵対するのは嫌だ、と。



もし、母さんに報告してしまったら、絶対にソルのことを潰せって言われるに違いない。きっとソルはそんなこと気にも留めないだろうけど、一度想像してしまったら怖くて報告出来なかった。ソルと敵対することが現実になりそうで、怖くて言えなかった。

ソルと戦う。

それは嫌だ。彼と戦うのだけは嫌だ。そんなことになるくらいなら鞭で叩かれる方がまだいい。



―――だって、私にとって、ソルは………










背徳の炎と魔法少女 9話 苦悩と決意 すれ違う想い











それは今朝のこと。飯も食い終わったので、登校時間までユーノと自室で雑談していた時だった。

「レイジングハートが俺に話があるだぁ?」

「うん、なんかよく分かんないけど」

はい、と差し出された待機モードのレイジングハート。赤いビー玉に模したデバイスは真っ二つに割れるような形で亀裂が入っていた。昨日のジュエルシードでの一件で破損したことが、待機モードでも外見に影響が出ているのだろう。

「話せるようになったのか?」

「さっき点滅して、お兄ちゃんに持たせろって急に。でも、それ以降はうんともすんとも言わなくなっちゃったから」

しょんぼりするなのは。よっぽどこのデバイスが気に入ったのだろう。ま、道具相手に愛着を持つのはよく分かる。俺も封炎剣に愛着感じてるし。しかもデバイスとは会話も出来るのだから尚更だろう。

「俺に持たせろねぇ~」

とりあえずレイジングハートを受け取る。

と、

<………来た、来た、来ました、漲って来ました!!!>

急に訳の分からないことを言い始めたので気持ち悪くなってゴミ箱に放り投げた。

「あああ!? レイジングハートが!!!」

慌ててゴミ箱を漁り、レイジングハートを発掘するなのは。

「いきなり何するのお兄ちゃん!?」

「いや、普通手に持ったビー玉が『漲って来た』とか言い始めたら誰だって気持ち悪くて投げ捨てるだろ」

「レイジングハートはビー玉じゃなくてデバイスっていう精密機械だからね一応。気持ちは分からないでもないけど」

毛繕いしながらケージの中でユーノが呆れながら諭すように言う。

<いえ、私が悪いのです。ソル様の性格ならば、理由も説明せずに先程のようなことを言えば投げ捨てられるのは眼に見えてましたから>

「ならなんでやるのさ」

<ソル様。もう一度私を持ってください>

ユーノの突っ込みを華麗にスルーするレイジングハート。

もう一度なのはから手渡されたレイジングハートを受け取る。

赤い宝玉は俺の手の平の上でチカチカ点滅し始めた。

<やはり思った通り、ソル様は稀少技能、レアスキルをお持ちのようです>

「レアスキル?」

「レアスキルって、ソルが? 法力のことじゃなくて?」

ユーノが首を傾げながらレイジングハートに聞き返す。

<いえ、ソル様が使うミッドチルダ式とは全く異なる理論で行使される”力”のことではありません>

「じゃあどういうこと?」

「お兄ちゃん、話についていけない」

「俺も置いてけぼり食らってるから安心しろ」

なのはが横から俺の袖を引っ張る。

<申し訳ありません。ではまずマスターとソル様にはレアスキルについてユーノがご説明しましょう>

「此処で僕に振るの!? まあ、いいけど。レアスキルっていうのはその名の通り、普通の人は持っていない稀少技能のことだよ」

「「稀少技能?」」

俺となのはの声がハモる。

「う~ん、僕自身レアスキル持ちじゃないし、そんな人に会ったことも無ければ詳しくも無いんだけど、要約するとそんな感じ」

「例えば?」

なのはが面白そうだという顔をする。とりあえず、レアスキル持ちらしいのはお前じゃなくて俺っぽいってこと忘れてないよな?

「例えば~、そうだね、特殊な魔力を持っていたり、特殊な魔法を使えたり」

「なるほど、詳細は掴めねぇが、言いたいことはだいたい分かった。で、そのレアスキルが俺に何の関係がある?」

<はい。今ユーノの例にあった特殊な魔力を持っている、がソル様に該当します>

「そのまま続けろ」

先を促す。

<まず始めに。普段のソル様からは魔力が一切感じられません。それは宜しいですか?>

「ああ、厄介事に巻き込まれるのはご免だからな。法力を使わねー時は”力”を抑え付けてる。だが、法力を使ってる時は抑え付けてないから感知出来てる筈だぜ」

隠蔽しようとしない限りな。

<仰る通りです。通常時のソル様からは何も感じられませんが、その法力とやらを行使する時には莫大な量の魔力が検出されます。しかし、通常時のソル様から魔力を検出する方法が一つだけあるんです>

ほう、まさかそんなことがあるとは。俺もまだまだだな。

<それは、ソル様に触れることです>

「………触ればいいのか?」

<触ればいいのです>

思いもよらない斬新な方法だった。つーか、逆に言えば触らない限り分かんねーんじゃねーか?

<しかし触れば魔力を知覚する、というものでもないのです>

「あ? 意味分かんねぇぞ」

<先に結論から言いましょう。ソル様の身体に触れることによって、触れたものに魔力が流れ込んでくるのです>

「そうなのか?」

俺は隣に座るなのはとケージの中に居るユーノに聞いてみる。

「私は全然そんな風に感じたことないよ」

「僕も。だいたい、魔力が流れ込んでくるんだったら普通魔導師なら気付くでしょ」

二人共首を横に振る。

<では、ソル様に触れていると心地良い、もしくは落ち着く、などと言った”癒されている”と感じたことは?>

「え? それは何時もかな~。お兄ちゃんにくっついてると優しく包まれてるみたいで凄く気分が良くなるよ」

「言われてみれば確かに、僕もソルの肩とか頭の上に乗ってると何故か安心するけど」

<その感覚こそ、”魔力が身体に流れ込んでいる”という事実を覆い隠すフィルターになっているんです!!!>

いきなり人の手の平の上で大きな声出すなよ。

<そもそも私がマスターに出会った当初、いくら才能があり多大な魔力を保有しているとは言え、手に入れたばかりの魔法の力を毎日のように行使しているのに疲れた様子を見せないマスターに疑問を持っていました。いくらなんでも回復力が高過ぎる、と>

レイジングハートは己の推測は話し始める。

<しかし、いくらマスターの身体をスキャンに掛けても私が出来ることなど高が知れていますし、異常も見当たらない。ですから私は初め、『マスターは異常な程高い魔力の回復力を持つお方だ』ということで一度は納得しました>

俺達は黙ってレイジングハートの言葉に耳を傾ける。

<けれど、それが間違いであったことに気が付いたのはあの温泉旅行の時。私がマスターからソル様に没収された瞬間でした!!>

「興奮してきたのは分かったから少しボリュームを下げろ」

<失礼。ソル様に触れた瞬間、私の中に膨大な量の魔力が流れ込んできたのです>

「それで?」

なのはが続きを聞きたくて仕方が無いといった感じにわくわくと先を促す。

<その時、私はマスターが四六時中ソル様にくっついていることを思い出しある仮説を立てました。マスターは異常な程高い魔力の回復力を持っているのではなく、”ソル様から魔力を供給されているのではないか”と>

「魔力の供給か。確かに魔導師の間でそういうやり取りはあるけど、そういうのってされたら普通気付くよね?」

ユーノが突っ込む。

<ええ。その時点ではこの仮説に穴がありました。”では何故マスターやユーノ、そしてフェイトさんはそのことに気が付かないのか”というものです>

うんうん、と頷きながらなのはとユーノが真剣に聞き入っている。あれ? これ、俺の話だよな? なんでこいつら俺よりも興味津々なんだ?

<ですから私は仮説を立証する為に観察しました。『ソル様に触れている方がどんな様子なのか?』と。観察し始めて間も無く皆様に共通するものを発見。そして、それは『魔力供給さてれいることに気が付かない原因』へと先程のマスターとユーノの証言で結び付きました>

ゴクリ、となのはが生唾を飲み込んだ。

<誰もがソル様に触れられていると”安らぎ”を感じていることです。魔力が供給されると同時にその”安らぎ”を感じる所為で、『身体に魔力が流れ込んでいることに頭が気が付かない』状態になっているのだと私は思います>

「「おおおおお~」」

パチパチパチ、となのはとユーノが拍手する。

「………お前ら、今の説明で納得したのか?」

「うん!! 凄く納得!! さすがお兄ちゃん!!!」

抱き付いてくるなのは。

………なんかこれ、なのはとレイジングハートが共謀した三文芝居じゃねーのか?

<納得出来ませんか?>

「今の説明で納得しろってか?」

元科学者舐めてんのか? 曖昧な憶測でものを語ってるようにしか聞こえねぇぞ。

<ではユーノ。ソル様の身体に触れてみてください。眼を瞑って、注意深く、自身の感覚を研ぎ澄ませながら>

「わ、わかった」

ケージから出てきたユーノが恐る恐る俺に触れる。

そして、

「………ほ、本当だ!! 凄い量の魔力が身体に流れ込んでくる!! どうして今までこんな大変なことに気が付かなかったんだろ!? しかも全然不快じゃない、それどころかさっき僕が言ったみたいになんか安心するよ!!」

「私は気持ち良いよ~」

前足で俺の太腿に触りながら驚愕の表情を浮かべるユーノと、俺の胸元にぐりぐり顔を埋めるなのは。

「………嘘だろ、ユーノ?」

「嘘言って何になるのさ?」

<納得して頂きましたか?>

「えへへ~♪ お兄ちゃ~ん♪」

「………仮にそうだとすると、俺は普段から魔力を垂れ流しにしてるってことになるぜ。普段の俺からは魔力を感じないってことは無いんじゃねぇのか?」

苦し紛れに微妙に論点がずれた部分を指摘する俺。

<それが不思議なのです。離れていると分からないのに、触れると分かる。とても不思議な現象です。まあ、世の中には科学や魔法を用いても解明出来ないことなんていくらでもありますから、気にするだけ無駄かと>

丸投げかよ。

<ということで、今日は私が完全に修復するまでソル様に持って頂きたいのです。安心してください、二、三時間以内には終わらせます。マスター、宜しいでしょうか?>

「うん、レイジングハートがそれで早く直るなら」

<了解しました>

これじゃあ、ますますなのはが俺離れしないんじゃないのか?

なんか嵌められた気分になりながらも、<ふふふ、馴染む、実によく馴染みます>とか意味不明なことを言ってるレイジングハートを首から下げることにした。

そんなこんなで俺のレアスキルは―――と呼んでいいのか非常に疑わしい―――まんま『魔力供給』と名付けられた。





授業中、何時ものように先公の話を聞き流しながら、俺は物思いに耽っていた。

考えているのは昨日のジュエルシードのこと、フェイトの背後に居る人物のこと。

大気中のマナに反応して暴走した、いや、もしかしたら”正しく発動した”ジュエルシード。

今までの認識を覆すには十分な現象を起こして見せた。

空間の歪曲。

まだ憶測の域を出ないが、ジュエルシードの本来の使い道が空間歪曲を発生させることだとしたら? それによる因果律への干渉が目的として製作された物だとしたら?

強い”力”と”力”の衝突は空間を歪めることがある。実際にそれの所為でタイムスリップして過去の自分と戦ったことだってある。

だとしたら、俺の想像を遥かに超える危険物だ。出来る限り早急に封印する必要がある。

だが、発動していない状態のジュエルシードはただの石ころ。肉眼で探すには限界がある。探査するにもユーノの魔法ではジュエルシードを探すのに適したものが無い。

今になって冷静に考えてみれば、昨日の時点でジュエルシードをフェイトに渡すべきではなかった。

あいつの元気になった姿を見て、つい気が緩んだのは言い訳にもならない。

我ながら間抜け加減に自分を自分で殴りたくなる。

それに、フェイトの背後に居る人物。

こいつが何故ジュエルシードを求めるのか理由が分からない。

ジュエルシードが空間歪曲させる程の危険物だと分かっているのか?

分かっていないならまだいい。だが逆に分かっているとしたら?

それこそ危険だ。

あれが発動して周囲に何も影響が無いとは思えん。

なら、いっそのことフェイトを捕縛してバックに居る奴を引きずり出すか?

フェイトの顔を思い出す。

(………んなこと、出来ねぇよ)

甘い。

考えが昔と比べ物にならないくらいに甘くなった。

この世界に来る前の俺であったなら、問答無用でフェイトを捕まえて、情報を吐き出せるだけ吐き出させてから親玉の所に乗り込んでいただろう。

傍観者なんていう第三者的な立場にもならなかった筈だ。

自分から率先してジュエルシードを探索し、片っ端から封印して、邪魔するものは端から灰にしている。

それに比べて今の俺はどうだ?

確かに、この身体なら以前の俺より強いだろう。だが、精神面では? 此処四年近く平穏な生活をしていた俺はすっかり丸くなってしまった。

高町家に引き取られて、戦いの無い平和な日常と大切な家族を手に入れた。法力と肉体の鍛錬は怠らなかったが、実際は士郎の事件の時に治療しただけ。

昔のような戦闘など、此処最近のジュエルシードの暴走体相手にしたものしか無い。

今の俺を昔の俺が見たら、きっとせせら笑うだろう。『腑抜けた顔しやがって』と。

百五十年以上培ってきた戦闘者としての『ソル=バッドガイ』が、たった数年の何事も無い日常によって瓦解してやがる。

ジュエルシードに対する認識が悉く覆っているのがいい証拠だ。



―――俺は、弱くなった。



それに、現に俺はフェイトに情が移っている。

なのはと同じように、守ってやりたい、悲しませたくない、傍に居てやりたい、力になってやりたい、そう思ってる自分が居る。

(俺は、どうすりゃいい?)

現段階では情報が足りていない。判断材料が少な過ぎる。

フェイトが昨日のように、全身傷だらけになってでもジュエルシードを手に入れようとした理由は何だ?

それ程までにあいつの後ろに居る人物に義理立てしなきゃいけないものでもあるのか?

フェイトの後ろに居る奴は手にしたジュエルシードを何に使うつもりだ?

そもそもジュエルシードって一体何なんだ?

次にフェイトに会った時、俺はどうすりゃいいんだ?





結局答えが出ないまま放課後になり、一度帰宅する。

頭の上にユーノを乗せ、なのはと手を繋いでジュエルシードを求めて歩き出す。

未だに俺の頭の中は進展しない。

自分はこんなにも脆かった、いや、脆くなったとは。

自嘲の笑みを浮かべる。

悶々と答えが出せない俺は、まるで迷宮に迷い込んだ哀れな冒険家のようだ。

「お兄ちゃん!!」

「………あ?」

耳元で叫ぶなのはの声で我に返る。腑抜けた声が口から漏れる。

気が付けば周囲は夕日に染まり薄暗くなっており、現在位置はのCD屋『Dレコード』近くにある臨海公園の中だった。

「お兄ちゃん。何悩んでるの?」

「………」

「フェイトちゃんのこと? それともジュエルシードのこと? もしかして両方?」

「………最後の奴だ」

四年以上は一緒に居たのだ。俺の異常になのはが気付かないとは思えない。

「やっぱり、昨日のことが気になってるんだ」

どうしてこいつは俺のことになると、やたらと鋭いんだ。

「ああ。このままお前とフェイトがジュエルシードを賭けて戦うってのが、今更ながらにナンセンスな気がしてきてな」

なのはは黙って聞いている。

「だから、どうすりゃいいのか悩んでた。それだけだ」

本音の部分は話せない。

昨日のことが起きるまで、俺はジュエルシードのことを軽視していたことに気付いた。

ギアと比べれば大したことはない、と心の何処かで見下していた節があったのは否定出来ない。

しかし、実際に見せ付けられたジュエルシードの”力”は、俺の驕りを吹き飛ばした。

そして、ジュエルシードとフェイトの後ろに居る人物のことで悩み始めてしまった。

フェイトに対して、かつての俺なら出来たことが、今の俺には出来ない。

俺は弱くなった。

じゃあ、今の俺はどうすればいい?

それからは思考のループだ。

「本当に、それだけ?」

「………」

答えられない。

俺は黙り、なのはから視線を外した。

「………なんか、お兄ちゃんらしくない」

「かもな」

もう俺はかつての俺じゃない。あの頃のようにひたすら戦い続けた俺はもう居ない。

「………だからっ、今みたいな感じがお兄ちゃんらしくないよ!!!」

なのはは手を離し、俺の眼の前に回り込むとイライラしたように怒鳴った。

「どうして否定しないの!? 何時もなら『うるせぇ』とか『すっこんでろ』とか『お前には関係無ぇ』とか言うところでしょ!? どうして認めちゃうの!? そんなの全然お兄ちゃんらしくないよ!!!」

俺に対してなのはが本気で怒っている。今まで経験したことの無い事実に、俺は固まってしまった。

「学校で午前の授業ぐらいからお兄ちゃん変だった。分かってたけど放っておいた。だってお兄ちゃんのことだからすぐに自分で勝手に解決するか、煮詰まったらすぐに話してくれるかのどっちかだから」

なのはは瞳に涙を溜めていた。

「でも実際は半日近く経っても話してくれない。一人で抱え込んで暗い顔して悩んでる。私はお兄ちゃんがどうしてそんなに悩んでるのかなんて知らないけど、私が知ってるお兄ちゃんは、私が大好きなソル=バッドガイは、何時までもウジウジグダグダ悩んでるような人じゃない!!!」



―――ソル=バッドガイは何時までも悩んでいるような人間じゃない?



その言葉は俺の頭をハンマーでぶん殴ったような衝撃だった。

確かにそうだ。俺は今までなのはの言う通り、チンタラと悩み続けたことが無い。

人間だった頃も、ギアになってからも、この世界に来た時は少しだけ悩んだが、俺は何時だって即断即決即実行を旨としてきた筈だ。

ごちゃごちゃと悩むのが大嫌い。全て、面倒臭ぇの一言で切り捨ててきた。

忘れていた。すっかり忘れていた。俺の大切なアイデンティティーだろうが。何忘れてんだ。

そうだ、悩む必要なんて無ぇ。面倒臭ぇんだよそんなもん。

ジュエルシードのことも、フェイトの後ろに居る奴も、全部纏めてケリをつけりゃあいい。

考えんのはその後だ。

全くもって面倒臭ぇ話だが、ま、何とかなんだろ。

そうじゃねぇと、何処からかまた坊やの雷撃が飛んでくるかもしれねぇからな。

「私知ってるよ。お兄ちゃんが悩んでることになんて言えばいいのか」

「ああ、面倒臭ぇな」

なのはのおかげで眼が覚めた。

俺の言葉に、なのはが涙を拭いながらパァーっと微笑んだ。

「ソル=バッドガイ、復活だね!!」

「うるせぇ。ったく、余計なことしやがって、お前の所為で悩んでる俺が馬鹿みてーだろうが」

「ふふ、それでこそお兄ちゃん!!」

輝かんばかりの笑顔で飛び付いてくるなのはを優しく抱き締める。

憎まれ口を吐きながら、俺は心からなのはに感謝し、成長したなと感慨に耽った。





やがて感じたジュエルシードの気配。

すぐに現場に向かうと、発動したジュエルシードは樹を取り込んだらしく、根で周囲を無差別攻撃し始めた。

ユーノが即結界を張る。

「丁度いい、少し暴れたかったところだ」

なのはがバリアジャケットを展開する横で、俺はヘッドギアを装着し、封炎剣を召喚した。

「お兄ちゃん?」

俺の様子に疑問を持つなのは。

「お前は今回手を出すな。たまには俺にもやらせろ」

「いいけど………急にどうしたの?」

「簡単な話だ。傍観者で居るのはもう終いだ」

「ソル!!」

その時、上空から俺を呼ぶ声。見上げればアルフを引き連れたフェイトが俺達の傍に降り立った。

「今回はお前らも手を出すな」

「は? 何言ってんだいアンタ?」

「アレは俺が片付ける。それから、その後少しお前らに話が………」

親指で後ろを指差しながら、違和感に気付く。

フェイトの様子が何処かおかしい。俺と視線を合わせようとしない。

「フェイト、どうした?」

「な、なんでもないよ」

何かを隠してるような態度。

俺はアルフに眼を向ける。

アルフは苦虫を噛み潰したような表情で俺から視線を逸らした。

逸らされた視線がフェイトの二の腕を見ているような気がする。

「ちょっと見せろ」

「あっ! ダメ!!」

俺は強引にフェイトの腕を掴んで観察すると、あからさまに拒絶して俺の手から逃げようとする。

しかし、それを無視して観察を続けた。

抵抗は無駄と悟ったフェイトは暴れるのを止め、力無く項垂れた。

フェイトの白い肌に薄っすらと浮かぶ傷跡。まるで鞭で叩かれた後に、無理やり回復魔法で傷を目立たないように治療したような。

「何があった?」

答えは返ってこない。

「まるで鞭打ちでも受けたみたいだぜ?」

それでも答えない。

フェイトが答えないことではなく、フェイトがこんなことに遭った事実に怒りを募らせていった。

「お前にジュエルシードを探すように命じた野郎は、お前に拷問するのが趣味の下衆野郎か?」

「違う!! 母さんはそんな、あ………」

カマをかけてみたらあっさり引っ掛かるフェイト。

「お前にこんなことをしたのは母親か?」

「………」

もう隠しても意味が無いというのに、フェイトは押し黙った。

「アルフ?」

「………アンタが思ってる通りだよ」

苦々しく渋々といった感じでついにアルフが口を割った。

「ア、アルフ!?」

「もう無理だよフェイト、これ以上隠し切れないよ。そもそもソルが気が付かないってフェイト自身本当にそう思ってたのかい?」

「………」

「とにかく治療する。傷を見せろ」

俺はフェイトを促した。

フェイトは観念したのか、悲しげな表情でバリアジャケットのマントを外した。

「ソル!? 暴走体はどうするの!?」

焦ったようなユーノの声。

「今取り込み中だ。んなもん後だ」

「キミがやるって言ったんじゃないか!!」

「だから、これが終わったらやってやる」

「そんなこと言ったって暴走体がこっち来てるから!!!」

「ああン!?」

イライラしながらそちらに眼を向けると、俺達を標的と定めた暴走体が鈍重ながらも近付いて来るのが見える。

「お兄ちゃん、どうするの?」

「アレは俺が仕留める。色々とフラストレーションが溜まってる所為か、何かを消し炭にしなきゃ気が済まねぇ。全員アレには手を出すな」

「それで?」

アルフが先を促す。

「だが今はフェイトの治療が先だ。だから、なのはとユーノとアルフの三人は俺とフェイトをアレの攻撃から守れ。治療が終わるまでな」

「こっちは攻撃しちゃいけないのに、向こうの攻撃は全部防ぐの!?」

なのはの質問に首肯する。

「そんな無茶な………」

「何その理不尽」

「面白みが無いね~」

ユーノが頭を抱えて、なのはが溜息を吐き、アルフにいたってはやる気が感じられない。

俺は殺気を漲らせて怒鳴った。

「グダグダ文句言ってんじゃねぇ!! もし、防ぎ切れなくて俺とフェイトに攻撃が届いて見やがれ? お前ら全員後で焼き土下座させるからな!!!」

「ひぃっ!!!」

「焼き土下座って何!?」

「ア、アタシもかい!?」

「ごちゃごちゃうるせぇ!! とっとと行きやがれ!!!」

「「「は、はい!!!」」」

三人は蜘蛛の子散らすように散開した。

「………ソル」

暗い顔でこちらの表情を伺ってくるフェイトの頭を撫でると、法力を発動させる。

「フェイト。治療を受けながらでいい。黙って聞いてろ」

「………うん」

「俺はお前を信じてるが、はっきり言ってお前の後ろに居る奴が信じられねぇ。ジュエルシードを集めろって命令するって時点で怪しいと思ってたが、今日のお前を見てますます不信感が募った」

フェイトは俺の言う通り、黙って聞いていた。

「昨日のジュエルシードの暴走。あれから俺なりによく考えてみて、改めて認識が変わった。今までのように勝負に勝った方にくれてやるって気にはなれなくなった」

傷跡が綺麗に無くなっていく。

「だから、俺が傍観者で居るのはもう終いだ」










「だから、俺が傍観者で居るのはもう終いだ」

ソルの言葉が理解出来ない。

「詳しい話は後でする」

そう言って、ソルは私の頭を撫でると、背を向けてジュエルシードの暴走体へと歩いていく。



―――待って!!



それを私は見ていることしか出来ない。

口が動いてくれない。声帯が音を紡いでくれない。

手を伸ばしてもソルの背中に届かない。

ソルが傍観者じゃなくなる。



『今までのように勝負に勝った方にくれてやるって気にはなれなくなった』



それは、なのはの味方につくということ。

つまり、



―――ソルが、私の敵になる?



うそ? 嘘だよね? 私は、ソルと戦うことになるなんて嫌だよ。絶対嫌だよ!!

でも、ソルはもうなのは達の所へと行ってしまった。

私の傍には、居てくれない。

足がフラつき、立っていられない。

眼の前がぼやける。

口の中にしょっぱい味がしたことで、ようやく私は自分が泣いていることに気が付いた。





SIDE OUT















気まぐれ後書き

クロノくんとの邂逅は次回っす。引っ張り過ぎかもしれないけど、ごめんなさい!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女 10話 Here comes A Daredevil
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/07/28 00:19
「何時までこんなことしてればいいの!?」

大量のチェーンバインドを暴走体の根っこに張り巡らせ、その進行と攻撃を阻害しながら僕が喚いた。

「ソルがフェイトの治療を終わらせるまでに決まってるじゃないか!!」

僕と同じくアルフもバインドを駆使して暴走体の動きを拘束する。

「………もう我慢出来ない、お兄ちゃんのフラストレーションが解消される前に私のフラストレーションが溜まる!! レイジングハート!!」

<Shooting modeに移行します>

命じられた防戦一方な戦い方に痺れを切らしたなのはが上空へと上昇する。

「やめてくれなのは!! 攻撃してもし暴走体を倒してしまったら連帯責任で全員焼き土下座になる!!!」

悲鳴を上げて嘆願する。

初めてソルと会ったその日の晩のことを思い出す。記憶の中にあるソルが恫喝する。「よくもなのはを魔法に関わらせてくれたな? 普通で居ることが一番幸せだってのに………容赦しねぇぜ」って言ってる真紅の眼が恐怖を煽る。

「そもそも焼き土下座って何!?」

「それはアタシも思った。一体何なんだい? その焼き土下座って」

「そんなこと知らないし、 身を以って知りたくもないよ!! 分かってることは、ソルが罰として言い渡すぐらいなんだから絶対碌なことじゃないってことだけ!!!」

「………ディバイィィィン」

「人の話聞いてなのはぁぁぁぁぁぁ!!!」

「バスターァァァァ!!!」

なのはは僕の言葉を聞き流しながら砲撃魔法を発動。桜色の閃光が破壊の意志を乗せて醜悪な樹木に向かって真っ直ぐ伸びる。



―――終わった。



僕は頭を抱えてこれからの自分の末路を想像して、いっそ殺してくれ、と思った。

しかし、



―――ガィィィィンッ!!



ディバインバスターは暴走体が展開した防御魔法に阻まれ、本体のジュエルシードには届かなかった。

それを見て、不謹慎なことだと分かっていながら僕は神に感謝した。

ナイスだジュエルシード!! これで焼き土下座は回避された!!!

その時、

「ガンフレイムッ!!」

視界の外から眼の前を横切った巨大な火柱が、僕とアルフが拘束していた根っこどころか、暴走体から伸びてくる全ての根っこを一瞬で焼き払った。

……………………………もし焼き土下座になったら、あの根っこと同じ運命を辿るんだろうか?





SIDE OUT





俺がフェイトの治療を終え、なのは達の所に着いた時、なのはの砲撃が防がれた場面だった。

「やっぱなのはは我慢出来ねぇか」

封炎剣を地面に突き立てる。

「ガンフレイムッ!!」

大地から噴出した炎が触れるものを焦がしながら突き進む。

接近するにはまず邪魔臭そうな根っこを灰に変える必要がある。とりあえずガンフレイムで俺の進行上に存在する全ての根を消し炭に変える。

ガンフレイムによって丸裸になった暴走体にそのままダッシュ。

「ソル!!」

「後は任せろ」

声を掛けてきたユーノに一瞥して、すぐに暴走体に眼を向ける。

確かなのはの砲撃を防げるだけの防御力はあるみてぇだが、その程度で俺の攻撃を防ぎ切れるか?

俺の接近を警戒したのか、慌てたように根を再生させ、次の瞬間には鞭のようにしならせ振り下ろされる。

丸太程度の太さを持つ鞭がパッと見七本迫る。

それらの攻撃を速度を緩めないように、慌てず騒がす、最小限の動きで全て回避。

後数メートルで俺の間合いに入る、そう思った瞬間、眼の前に防御魔法が展開される。

俺は構わず展開された壁に踏み込み、封炎剣を持つ左腕を防御魔法に叩きつけた。



「御託は―――」



拳を繰り出すと同時に発生した爆炎が、ガラスが割れるような音を立てて防御壁を粉々に粉砕する。

邪魔するものが無くなり、俺は続けざまに一歩大きく踏み込み、流れるように動きを繋げながら右ストレートをお見舞いする。



「―――要らねぇ」



右の拳自体はまだ三メートル程遠くて届かない。しかし、拳から発生する爆炎は十分届いた。

一瞬で炎が全身を這い回り、火達磨になる樹木の暴走体。



―――だが、これで終わりだと思ったら大間違いだ。



突き出した右腕に封炎剣を持つ左腕を添え、逆手に持った封炎剣を両手で持ち直す。

そして、己の力を解放すると同時に振り上げる。



「消え失せろっ!!!」



刹那、一戸建ての家くらいなら丸々呑み込めそうな程の巨大な爆炎が発生し、暴走体を軽々呑み込み、爆発音を轟かせながら爆裂する。

暴走体は高熱の炎と衝撃に晒され、その身を灰にする間も無く蒸発させる。

周囲に高熱の爆風を撒き散らされる。

やがて、炎が消え辺りが静かになると、しゅうしゅうと音を上げ黒い煙を昇らせる大地と、半径五メートル・深さ二メートル程のクレーターとその中央に光り輝き浮遊するジュエルシードが残っていた。

「ま、こんなもんか」

俺は首をゴキゴキ回しながら呟いた。

「す、す、すご、凄いよお兄ちゃん!!!」

上空から様子を見てたなのはが俺の眼の前に降り立つ。

「い、今の何て魔法!? 格闘ゲームの超必殺技みたいで格好良い!! 私のディバインバスターでも通じなかったのに、あんなにあっさり防御魔法貫いちゃうなんて!! と、とにかくお兄ちゃん凄過ぎ!!」

興奮しているのか早口で捲くし立てて詰め寄ってくるなのは。そういえば、こいつの眼の前で大技の法力を使う場面なんて見せたこと無かったな。牽制攻撃を教えた時もせいぜいガンフレイムとかバンディットブリンガーとかそんなのばっかだったし。サーベイジファングはそれを放つ瞬間を見せなかったからな。

「俺のことより、今はジュエルシードだろ? 早く封印しろ」

「あ、うん、そうだね………え? 私が封印するの?」

ま、なのはが疑問に思うのは当然だな。今までは勝負に勝った方が手にしてたもんだからな。

「事情は後で説明する。とにかく今はジュエルシードの封、っ!?」

そこまで言い掛けて、俺は咄嗟になのはを抱えてユーノから教わった全方位防御魔法『サークルプロテクション』を発動させる。

次の瞬間、半球状の防御壁に金色の雨が突き刺さる。しかし、強固なバリアは悉く雷撃の雨を弾いて防いでみせる。

「な、なに!?」

なのはが喚くのを無視し、視線を巡らせ、雨を降らせる人物を見る。

「………フェイト?」

「フェイトちゃん?」

攻撃してきたのは上空から俺達を見下ろすフェイトだった。

フェイトは俺達とジュエルシードを挟むようにゆっくりと地面に降り立つと、こちらにデバイスを向けた。

俺は何故フェイトが突然攻撃してきたのか分からなかった。

「フェイト!! 一体どうしたんだい!?」

それはアルフも同様で、フェイトの傍に寄ると横から顔を覗き込むように問い詰める。

アルフの質問に答えないフェイト。その表情は何も語らない人形のような無表情だった。

「いきなり何しやがる、フェイト?」

怒りの感情よりも驚きの方が遥かに上回っていた俺の声。それは自分でも驚くくらい狼狽した声だった。

「私は、ジュエルシードを集めなきゃいけない」

ようやく聞けたフェイトの声は、やっと絞り出したような掠れた声だった。

「その為には邪魔するものは全て潰さなければいけない」

「………フェイトちゃん?」

腕の中のなのはが、様子のおかしいフェイトを訝しく思っている。それは俺も同じだ。

「だから、だからっ!!」

此処で無表情だったフェイトの顔に変化が現れる。その端正な顔を悲しみに歪ませ、眼からは涙をポロポロ零し始めた。

「ソ、ソルが、わ、私の敵になるのは嫌だけど、ソルと、た、戦うなんて嫌だけど、私は、母さんの為なら何でもするって決めたから、たとえ、あ、相手がソルでも………戦う!!!」

まるで血を吐くように嗚咽を漏らし、泣きじゃくりながら宣言するその姿は悲壮感が漂う。

デバイスを握る手をぶるぶる震わせていながら、狙いはしっかりと俺に向いていた。

「ど、どうしちまったんだいフェイト!? ソルが敵になるなんて、いきなり何言い出すんだい!?」

アルフが慌てて俺とフェイトを交互に何度も見ながら言う。

「………そうだフェイト。俺が何時、お前の敵になるなんて言った?」

俺はゆっくりと、なるべく優しい声音になるように注意しながら声を出した。正直、自分でも震えた声を出しているんじゃないかと思いながら。

「お前は何か勘違いしてる。さっき言ったことだろ? あれはお前が思っているような内容じゃねぇ」

フェイトの悲しげな表情が、揺れる。

なのはを離し、一歩前に出て、右手を差し出した。

「俺を信じろ。俺はお前の敵なんかじゃねぇ。敵になんかなりたくもねぇ」

そして、もう一歩フェイトに向かって踏み出そうとした時、

「ストップだ! 此処での戦闘は危険過ぎる!! 僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。その権限でこれ以上の戦闘行動の停止を命じる。この場に居る全員、速やかにデバイスを収めるように。詳しい事情を聞かせてもらおうか?」

場違いな声を出す闖入者が現れた。










背徳の炎と魔法少女 10話 Here comes A Daredevil










少し時間を遡り。




時空管理局・巡航L級8番艦『アースラ』。

第97管理外世界『地球』の軌道上にようやく到着したその時、慌てたようなエイミィの声がブリッジに響き渡る。

「艦長!! 今、魔力値オーバーSを観測しました!! しかも、昨日観測されたものと同じ反応です!!」

「なんだって!?」

クロノが驚愕の声を上げる。

「ロストロギアの反応は?」

「はい、次元震を発生させる程ではないんですけど、それなりに活性化してたみたいです。でも、やっぱり昨日と同じようにどんどん反応が弱くなってます」

昨日と同様。オーバーSを観測すると同時にロストロギア、ジュエルシードの反応が弱まる………か。

「エイミィ、現場の様子を見たいから、サーチャーを飛ばしてもらえる?」

「了解しました。少し時間が掛かりますけどすぐにモニターに出しますね」

エイミィは快く命令を受けるとサーチャーを飛ばした。

「艦長」

「どうしました? クロノ執務官」

「僕に行かせてください」

「貴方一人を?」

「はい」

何を言い出すかと思えば単身で現場に向かうという。正義感が強くて職務に実直であるのはいいことだが、今の段階では軽はずみに許可出来ない。

「許可しかねます。知っての通り現場には魔力値AAAランクの魔導師が少なくても二人、その内のどちらかがオーバーSランク魔法を行使しているような場所。状況がよく分からない以上貴方一人を送り込むことなど出来ません」

「ですが艦長―――」

「サーチャーからの映像、出ます!!」

クロノの声を遮ってエイミィがモニターに現場の様子を映し出す。

モニターに映し出された光景は、黒くて大きなクレーターを中心に鎮座するジュエルシードと、それを挟んで対峙する二組の魔導師達だった。

一方は少年と少女。黒茶の髪に赤いジャンバーを着込んだ少年が、白いバリアジャケットを着込んだ少女を抱き締めている。

残る一方は二人共女性。金髪で黒いバリアジャケットの少女と、その隣で尻尾と獣耳を生やした女性がオロオロしている。

それぞれ表情までは見えないが、緊迫している雰囲気なのは理解出来た。

「こんな………子ども達が?」

驚きを隠せない。まさか年端もいかない子ども達が高ランクの魔力値を叩き出したというのだろうか?

そのまま様子を見ていると、金髪の黒いバリアジャケットの少女がデバイスを小年達に向ける。

「まさか、封印しない状態で戦うつもりか!? 艦長!! 事態は一刻を争います。出撃の許可を!!」

どうする? 睨み合った二組は今にも戦闘が始まりそうだ。しかも、片方はデバイスを向けて明らかに敵意を示している。

此処でまたジュエルシードが暴走して次元震が発生しようものなら目も当てられない。

「クロノ・ハラオウン執務官に命じます。今すぐにこの二組の魔導師達に戦闘停止の通達を。ジュエルシードがすぐ傍で封印されていない状態で存在する以上、なるべく穏便にことを済ませてください」

「了解しました!!」

「それからエイミィ、この子達の魔力を常に観測していて」

「お任せください」

「それと音拾える? それにもっとズームにして、顔アップで、表情が分かるように」

「はい、了解です………出来ましたよ」

命じられると同時に転送ポートへと走り去るクロノを見送りつつ、エイミィに指示を出す。

『………そうだフェイト。俺が何時、お前の敵になるなんて言った?』

モニターから少年の声が響く。

「あれ? この少年は敵対するつもりは無いみたいですよ………って、あ!? 黒い子泣いてる? なんで?」

「あら本当」

黒い少女は何が悲しいのか、号泣しながら少年達にデバイスを向けている。

それに対して少年が抱き締めていた白い少女を離していた。

『お前は何か勘違いしてる。さっき言ったことだろ? あれはお前が思っているような内容じゃねぇ』

「まさかこの年で修羅場!? そういう展開ですか!? 泥っドロの!!」

「そういうことを言うのはやめなさいエイミィ。仕事中よ」

エイミィが楽しそうな声を出すので注意するが、かくいう私もモニターに釘付けだ。この子達は一体どういう関係なんだろう? 仕事としてよりも個人的に興味が出てきてしまう。

少年は一歩踏み出すと、黒い少女に手を差し伸ばす。

『俺を信じろ。俺はお前の敵なんかじゃねぇ。敵になんかなりたくもねぇ』

少年の真摯な態度に、少女の悲しげな表情が一瞬揺れて、

『ストップだ! 此処での戦闘は危険過ぎる!! 僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。その権限でこれ以上の戦闘行動の停止を命じる。この場に居る全員、速やかにデバイスを収めるように。詳しい事情を聞かせてもらおうか?』

「………」

「………うわ………クロノくん、タイミング絶妙過ぎだよ。これからどうなるのか興味あったのに」

エイミィが残念そうに呟いた。正直私もそれに同意見だった。










「誰だ?」

突如、転移して現れた黒い服―――魔力で構成されているのを見るとバリアジャケットだろう―――の男、いや、少年。

年齢は顔立ちから十一か十二、身長はなのはと同じくらいか?

「………時空管理局」

「執務官だって!?」

俺の足元まで来ていたユーノがぽつりと、アルフが驚愕の叫び声を上げる。

この場に居る全員の意識が少年に向く。

『ユーノ、知ってるのか?』

『え? うん。数多の次元世界における司法機関みたいな組織って言えば分かるかな?』

少年に注意を向けながら秘匿回線の念話でユーノのに時空管理局とかいう組織について聞く。

『司法機関? なんでそんな連中がいきなり出てきて戦闘停止の勧告してくんだ!? 裁判でも始めようってのか!?』

『それは、ええと、なんていうか、時空管理局が警察みたいな役目も担ってるからかな』

言い淀みながらもしっかりと疑問に答える。

『裁判所と警察を足して二で割ったようなもんか?』

『そう思ってくれて問題無いと思うよ』

『問題無い? 何処がだ? それ組織として偏ってるぜ』

警察ってのは国の秩序と安全を維持する為、国民の生命、身体、財産の保護や犯罪の予防、捜査、被疑者の逮捕、交通の取り締まりなどを行う行政機関の一つだ。

司法機関ってのは所謂裁判所。その権限は実質的に、立法、行政に対し、個々の具体的争訟を解決する為、公権的な法律判断を行い、法を適用する機関のことだ。

少なくとも日本の法律ではそういうことになってる。

例えばの話、日本の法律をそっくりそのまま当て嵌めると、時空管理局とやらは行政権と司法権の二大権力を備え持つ組織となる。しかも”数多の次元世界における”っていう言葉から察するに規模はかなりでかそうだ。

話に出てこない立法機関がそれぞれの次元世界でどうなってるかまでは分からない。が、国家権限レベルの権力を一つの組織が二つも保有してるってのはどうなんだ?

「全員、武器を下ろすんだ」

俺の思考を遮る命令が下される。ユーノの言葉を鵜呑みにする訳では無いが、俺なりに想像した”時空管理局”って奴の所為かやたらと尊大に聞こえる。

「このまま戦闘行為を続けるようなら、っ!?」

「フェイトッ!! 撤退するよ!!!」

執務官とやらが言葉を続けようとしたその時、突然アルフがそいつに向かって魔力弾を生成して飛ばす。

馬鹿かあいつは!? 時空管理局の実態がどんな組織か知らんが、あんなことすれば「自分達は時空管理局に対して後ろ暗い面がある」と言っているようなもんだ。あいつ何考えてやがる!?

魔力弾を上昇することによって執務官が回避した隙を狙って、フェイトがジュエルシードに向かって駆け出した。

視界の端ではフェイトにデバイスを向ける執務官。



―――全てが瞬きする間も無く早く動く事態の中で、俺はよく知りもしない組織よりもフェイトのことを優先し、その為にある”賭け”に出ることを選択した。



俺は即座に封炎剣を明後日の方向に投げ捨て、つま先に”力”を集約、そして”力”を一気に爆発させるように大地を蹴る。

空気抵抗が鬱陶しい。鼓膜に届く振動が耳障りだ。人間の身体ならとても耐えられないような負荷が襲い掛かるが、生憎俺の身体はそんなにヤワじゃない。

一発の弾丸と化した俺の身体はジュエルシードを手にしようとするフェイトに迫り、眼の前で急停止しようとするが、当然慣性を殺すことが出来ずにそのまま覆い被さるように押し倒す。

次の瞬間、

「がっ!!」

背中に小さくて硬い、尖った石を投げつけられたような鋭い痛みが走る。が、気にせずフェイトを抱えるように地面に転がり、あえて俺が上、フェイトが下になるようにする。

そういえばこれが初めて食らった魔法の攻撃だな、とどうでもいいことが脳裏を過ぎった。

「お兄ちゃん!?」

「ソル!?」

「な、何をしているんだキミは!?」

鼓膜を叩くなのはの驚き混じりの悲鳴。ユーノと執務官の狼狽した声。どうやら三人は誰も俺がフェイトを庇うと思っていなかったらしい。

俺に庇われたフェイトですら信じられないという表情をしている。

好都合だ。これですぐに動けるのは俺を除いて一人だけ。

「大丈夫かい!? フェイト!!」

(ナイスだアルフ!!)

やはり唯一、俺の行動を予見していたらしいアルフの確信めいた叫び声が近付いてくる。



―――温泉旅行でアルフと交わした口約束。たとえ口約束だろうと俺は破る気は無いし、アルフも俺を信じてくれた。だからこそ”賭け”は成功した。



俺はアルフにしか聞こえないようにした秘匿回線の念話を早口で送る。

『俺のこと蹴り飛ばしてとっととフェイト連れて逃げろ』

『ソル!?』

『フェイトはともかく、薄々お前は気付いてんだろ? お前達のバックに居る奴は”まとも”じゃない、でもフェイトはやらされていることに疑問を持たない、だからお前は不審に思っていても主に従うしかない、それがたとえ時空管理局とかいう組織に目をつけられる内容だろうと』

そうでないとアルフの行動に辻褄が合わない。ユーノが言う司法機関と警察を混ぜたような組織の人間にいきなり攻撃なんか仕掛けない。アルフの性格なら心の何処かで後ろめたいものが無い限りそんな行動に出る訳が無い。

そして、自分を虐待する人物を必死になって庇うフェイトの態度。あれは既に妄信に近い。

『でもアンタ達は!?』

『最悪逃走幇助になるがそれは俺だけだ。だが、なのはとユーノの二人はある程度の事情聴取は避けられねぇ、だから今までのことを含めフェイトが虐待を受けてることも話すつもりだ。お前らはほとぼり冷めるまで出てくんな!!』

『分かった、本当に恩に着るよ、ソル!!』

「ぐはっ!!」

脇腹をサッカーボールを蹴る要領で蹴られ、俺の身体は数メートル飛び地面に転がる。これで見事にフェイトの上からどかされた。

「フェイト、逃げるよ」

「あ、え?」

「早く!!」

アルフは呆けたフェイトを引きずり起こすと飛び去っていく。

「ま、待て!! 逃がさないぞ!!」

数秒の混乱から立ち直った執務官が二人を追おうとするが、

『アルフ!!』

『分かってるよ!!』

あらかじめ用意していたのか、俺の声に応える形で転移魔法を展開させると二人の姿が消える。

「………くそ、逃げられたか」

それに悔しそうな声を出す執務官に、俺は内心してやったりと笑った。





「お兄ちゃん大丈夫!? 怪我してない!? 痛いところとかは!?」

なのはが半泣きになって駆け寄って来ると、俺の上体を無理やり起こしペタペタと身体中を触りまくる。

「とりあえず怪我は無い。大丈夫だ」

「ホント? ホントにホント!?」

「ああ」

必要以上に心配するなのはの頭の上に手を乗せ、安心させるように撫でる。

「バカァァッ!! いきなり撃たれて蹴られたから心配したんだよ!!!」

両手に握り拳を作りポカポカと俺の胸を叩きながらしがみついてくる。

「大丈夫だから泣くなって。魔法は非殺傷だし、蹴られただけだろうが」

「いや、人に心配させたんだから少しは反省しようよ。そもそもあの魔力弾、かなりの威力が込められてたと思うんだけど? だから僕もなのはも心配してるんだよ?」

「………ユーノ」

なのは同様に傍にまで駆け寄って来るとユーノが文句を垂れた。

それなりに痛かったが、俺自身は大したこと無いと思っている。昔はもっと酷い怪我なんてしょっちゅうだったし、何より非殺傷なんていう攻撃など相手に致命傷を与えられない時点で、攻撃としての意味を半分失っている。そんなもの俺にとっては脅威にならないんだが。

ま、それでもフェイトに当たらなかったのは僥倖か。

「そうだよお兄ちゃん!! ユーノくんの言う通り心配したんだからね!!」

「ソル? こういう時になんて言えばいいのか聡いキミなら分かるよね?」

しかし、頬を真っ赤にして怒りを露にするなのはと、俺を諭すようなユーノは俺の意見なんて聞き入れてくれそうに無い。とっとと白旗揚げた方が良さそうだ。

「………悪かった、心配掛けてすまなかった」

大したことじゃねぇのにな、と言えるような状況じゃない。此処は素直に謝っておく。

「はい、良く出来ました!!」

「うん、素直に謝れるのは美徳だよ」

にゃははと柔らかな笑みを浮かべるなのはと、腕を組んでうんうん頷くユーノ。

………なんかこいつらに子ども扱いされると、とてつもない敗北感が圧し掛かる。



―――……………………………………………………年が二桁もいってない小学生に説教される実年齢二百歳越えの俺って………………………あ……………………………死にたくなってきた。



「キミ、大丈夫か?」

執務官―――クロノ、とか名乗ったか?―――はフェイトが取り損ねたジュエルシードを封印し終え、俺達の前に近付いて来る。

「っ!!」

「やめろなのは」

クロノにデバイスを向けようとするなのはの手首を掴んで諌める。

「でも、お兄ちゃん怪我するところだったんだよ!!」

「あれは俺が勝手に射線上に入っただけだ。それはお前も分かり切ってるだろ? こいつは悪くない」

「………分かった」

まだ少し納得いかなそうな表情だが、とりあえず矛を収めてくれたなのはの頭を改めて撫でると、俺は立ち上がった。

「改めて自己紹介しよう。僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。先程は本当にすまなかった。キミがあんな行動を取るとは思っていなかったんだ」

名乗りと同時に謝罪するクロノ。

あんな行動、とはフェイトを攻撃から庇ったことか。ま、あれにはジュエルシードを渡さないという意味も多少は込められているんだが、傍から見れば敵対する相手を庇ったように見えただろう。

「ソル=バッドガイだ」

「………ソル=バッドガイの妹、高町なのはです」

「ユーノ・スクライアです」

俺達はそれぞれの名を名乗る―――なのはだけはそっぽを向いていたが。その中でクロノはユーノの性に反応した。

「スクライア? ということはジュエルシードを発掘して、その後行方不明になったというのはキミか?」

「はい。もしかして一族から話が通ってますか?」

「ああ。これからキミ達にはアースラに来てもらって事情聴取に協力して欲しいんだが、構わないかな?」

クロノの視線が俺に向く。どうやら三人のリーダー格は俺だと判断したようだ。

ユーノの口ぶりに疑心が無いことから、時空管理局はそれなりに信用ある組織らしい。

「………好きにしろ」

俺は数秒黙考した後、その提案を了承した。

気が付けば、夕陽が地平線に沈みかけていた。







あの後。

俺達四人の前に空間モニターらしき映像が現れ、若い女―――推定二十台から三十台―――が映し出される。まずクロノがそいつに結果報告をしてから、女は自分が時空管理局の提督でアースラとかいう戦艦の艦長だとかなんとかのたまった。

それから事情聴取に協力することに対する礼を述べ、部下か何かに転移魔法の指示を出すと、俺達の足元に魔方陣が浮かび上がり魔法が発動した。

一瞬視界が光で埋め尽くされ、次の瞬間には映画やSFドラマでしか見たこと無いようなブリッジに居た。

オペレーターだろうか? この艦のクルーらしき人間達がこちらを無遠慮に見つめてくる。そいつらはどいつもこいつも十代後半から二十台中盤くらいの層だ。

若い連中ばかり居るのが少し気になった。

「うわぁ~フィクションの世界に迷い込んだみたい~」

なのはが物珍しさにキョロキョロと首を巡らしながら呟く。

「お前、今の自分の姿後で鏡でよく見てみろ」

「にゃ?」

分かってないのか頭に?を浮かべるなのは。

俺はそんななのはに頭痛を感じながら執務官に向き直る。

「で? 取調室は?」

「いや、キミ達は艦長室に案内するよう言われている。バリアジャケットを解除したらついてきてくれ。キミも元の姿に戻っていいんじゃないのか?」

「あ、そうですね」

ユーノが応えると緑色の光に包まれ、フェレットから人型へ、民族衣装を着込んだ少年の姿となる。

「は? あ、え、ええええええええええ!?」

そんなユーノの変貌を目撃し、なのはが素っ頓狂な声を出す。

「そういやなのはは知らなかったな」

「あれ? そうだっけ? 初めて会った時ってこの姿じゃなかったっけ?」

「いや、ハナっからフェレットだったぜ」

そうだったかな~、と首を傾げるユーノ。そんなユーノになのはは震えながら指を差す。

「ユユユユユーノくんっ!? フェレットから人間に進化!? なんで!? ていうか驚かないお兄ちゃんはこのこと知ってたの!?」

「まーな」

「何時から!?」

「僕となのはが初めて会った日から、かな?」

「厳密に言えば倒れてるフェレットの姿を見た夕方からだ」

「うそぉぉ!?」

「それで、その晩にはご家族に自己紹介させられたんだよ。ソルが無理やり」

「まだ根に持ってたのか」

「さあ?」

驚愕の事実にパクパクと金魚の如く口を開閉させていたなのはだが、次第に自分だけが知らなかったことに両手を振り回してプンスカ怒り始めた。

「み、みんなして私を仲間外れにしてたんだね!!」

そんな言葉に俺とユーノは顔を見合わせる。

「別に俺達は」

「そんなつもりなかったんだけど」

「なぁ」「ねぇ」

「息合ってるところが余計に腹立たしいよ!!! お兄ちゃんのアフォ!!! ユーノくんの、えと、その、お兄ちゃんのマスコットキャラ!!!」

「ぐえっ!?」

暴れるなのはがユーノの首を絞め始めたので、後ろからそれを解く。そしたら今度は俺の背中に回り込んで後ろ髪を引っ張るので、「はいはい分かった分かった、おんぶな」とテキトーな言葉を並べて屈んでやると、「騙されない、騙されないもん!!」とか言いつつしっかり乗っかってきて大人しくなる。

「………キミ達の間で何やら見解の相違があったことは分かったが、今は艦長を待たせてるんだ。ついてきてもらっていいか?」

呆れた表情のクロノがそんなことを言い出すまで、しばらくの間俺達はじゃれあっていた。





案内された部屋はSFちっくな艦内とは打って変わって畳部屋。

しかし、純和風かと思ったらそうでもない。

畳みに毛氈、見渡せば盆栽が飾ってある隣で、何を勘違いしたのかししおどしが置いてある。

日本文化の触れ方を間違った外国人の部屋に来たみたいだ。

「わざわざご足労、ありがとうございます。私が艦長のリンディ・ハラオウンです」

抹茶に羊羹を用意して待っていたのは、先程の映像に映っていたのと同じ人物。

「私はこのアースラの通信主任兼執務官補佐をしているエイミィ・リミエッタです。よろしくね!!」

その隣にテンションが高い十代中盤の娘。

「ソル=バッドガイだ」

「ソル=バッドガイの妹、高町なのはです。よろしくお願いします」

「話は一族の方から聞いてると思いますが、改めましてユーノ・スクライアです」

名乗り、俺は勝手に胡坐をかく。俺を挟んでなのはとユーノが座り、クロノがリンディの隣に座る。

俺の正面はリンディ、なのははエイミィ、ユーノはクロノ、といった具合に向き合うと話し合いという事情聴取が始まった。





まず手始めに、海鳴市にジュエルシードがばら撒かれた経緯をユーノが話す。

「なるほど、スクライア一族から聞いてはいたけど、そんなことが………」

「………それで、僕が回収しようと」

「立派だわ」

「だけど、同時に無謀でもある」

「それはソルに散々言われましたよ」

ユーノはクロノの言い草に落ち込むことも怒りを覚えたような表情も浮かべず、単なる事実として受け入れて聞いていた。

それからは時空管理局という組織について、ロストロギアというものについての説明があった。

ロストロギアとは進化し過ぎた文明の危険な遺産。使用法によっては世界どころか次元空間さえ滅ぼしかねない危険な技術である、とか。

そういった危険物の封印と保管をするのが管理局の仕事の一つでもある、とか。

ジュエルシードはそんなロストロギアの一つで『次元干渉型のエネルギー結晶体』で、複数発動させることで次元空間に影響を及ぼす『次元震』とか呼ばれるもんを引き起し、最悪の場合、幾つもの並行世界を壊滅させるほどの災害『次元断層』の切欠になる、と。

そこまで聞いて俺は待ったを掛けた。

「おいユーノ」

「何?」

「ジュエルシードは”願い”を叶える石だとか、取り込んだ生物の願いを叶える為に”力”を与える石って言ってなかったか?」

ついでに言えば、強い願いに呼応してより強い”力”を発揮する、とかもあった。

それまでの俺の認識は、”既存生物の肉体に変化を及ぼす程度”。



―――なのはが俺に内緒で何かしようとしているなんて、あいつも成長した。俺無しでどれだけ出来るのか見てみたい。



危険と知りつつ、なのはをユーノに任せた。万が一の時は身を挺して守ることを誓って。

それからしばらくして、繁華街で子ども二人を取り込んだ時、初めて街レベルでの被害が出た。

街に被害が出て、”局地災害レベル”と認識を改めた。



―――もし、なのはとユーノの二人がどうしようもないと感じた時。その時だけは助けてやる。



だが、まだこの時点での俺はジュエルシードが海鳴市から消えてくれればそれでいい、としか思っていなかった。

だから、なのはとフェイトのジュエルシードを巡る決闘に口出しする気は無かった。

怪我の無いようにやってくれ、と。



―――ジュエルシードの所有権云々の話は俺にとってどうでもいい。



そして、昨日のジュエルシードの暴走。

ジュエルシードから発された空間歪曲の感覚。俺の今までの認識をひっくり返す”因果律干渉”(本当のところは次元震だったようだが)。

この時になって、ようやくジュエルシードが俺の予想を遥かに上回る危険物だということを思い知らされた。

しかし実際は”因果律干渉”どころか、世界を破滅させるとかいう大規模な災害の切欠になるだとか言われる始末。

「こいつらの話を聞いてみると、下手したら世界が滅ぶらしいな?」

「………僕も、次元断層の引き金になるものだとは、そこまでのものだとは認識してなかった、ていうのは言い訳だよね………ごめん」

「ちっ」

俺は舌打ちをする。ユーノに対してじゃない、自分に対してだ。

別に時空管理局の連中の話を鵜呑みする訳じゃないが、こいつらの科学技術レベルと嘘を吐いてるとは思えない態度は、言ってることを納得せざる得ない気分にする。

何よりユーノが今まで見た顔の中で、一番深刻そうな表情だ。

正直、信じたくない話である。

しかし、規模がでか過ぎていまいちピンと来ない、なんてことは無い。

たった一個のジュエルシード、その全威力の何万分の一の発動で小規模次元震を発生させることが出来るらしい。

俺はやはり甘かった。それが腹立たしい。忌々しい。まさか世界が滅ぶとまでは考えもしなかった。何がどうでもいいだ、笑わせる。

そんな大変なことだと知らずに、フェイトに三個も渡しちまった。

一個目は知らなかった。碌に知ろうともしなかった。

二個目はなのはとの間に放り投げた。それをフェイトがなのはより早く反応しただけ。

だが、三個目は完璧に俺の過失だ。怪我から回復したあいつを見て、あの笑顔を見て―――確証は無かったがジュエルシードが因果律干渉体だと疑いながら―――俺はあいつに何かしてやりたい一心で、ついさっきまでのことを忘れて、敢闘賞的な感じで渡してしまった。

それが間違いと気付くのは、ジュエルシードについて改めて考えた次の日の昼前。遅過ぎるし本当に間抜けだ。

それにあいつが虐待を受けている事実を知るまで、俺はフェイトの全てを無条件で信じていた。

フェイトの後ろに居る奴がジュエルシードを欲しがっていること。それが碌でもないと分かっていながら、あいつの知り合いならと楽観視していた。

つまり、妄信していたのは俺の方だった訳だ。



―――俺の中であいつは、何時の間にこんなにも大きくなっていたんだ?

     愛娘だと思っていたのは、なのはだけだった筈だ。

     守りたいと思っていたのは、高町家とその周囲に居る人間だけだった筈だ。



逃走幇助したさっきのことも、実は軽はずみだったんじゃないのか? 本当なら間違ってんじゃないのか? あのままフェイト達が捕縛されるのを黙って見てれば良かったんじゃないのか? 

悩むのは俺らしくない。そんなことはさっきなのはに啖呵切られて百も承知だし、自分でもよく分かってる。

だが………

「………クソが」

誰にも聞こえないように小さな声で、俺は自分に毒を吐いた。















後書き


お騒がせしました。ご迷惑をお掛けしました。

自分なりに改めてよく考えて、書き直したものを吟味した上で改訂版をお送りします。

続投を希望してくれた方、応援してくれた方、適切なアドバイスをくれた方、指摘してくれた方、大変励みになりました。

ありがとうございます。

ブレイブルーとギルティのサントラを交互に聞きながら、これからも投稿していきたいと思います。

ではまた次回。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 11話 Get down to business
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/06/14 23:14


時空管理局のこと、ロストロギアのこと、それらを説明し終えた後。

三人の代表者であるソルくんから今日までの経緯を、時系列順に分かり易く説明してくれた。

なのはさんとユーノくんが偶然接触したことによって、成り行きのような形でジュエルシードを回収することになった。

途中までは主に、なのはさんとユーノくんの二人でジュエルシードを回収していた。

その後、自分達とは別の探索者、フェイトさん達が現れた。

なのはさんとフェイトさんの二人が勝負をして、勝った方がジュエルシード手にするようになった。

どうやらフェイトさんは、誰かに命令されてジュエルシードを集めている。

昨日の勝負の最中にジュエルシードが暴走して次元震が発生した。

フェイトさんに命令している人物は、どうやら彼女の母親だという。

フェイトさんはその母親から虐待を受けているらしい。

「で、今に至る」

そう言って締めくくると、ソルくんは疲れたように溜息を吐いた。

私はまず情報提供の礼を述べそれからジュエルシード回収の件を労ったが、ソルくんは何か難しい顔して私の言葉を聞き流していた。



―――フェイトさんのことが気に掛かっているようね?



若いって良いわ~、と思いながら私は言葉を紡いだ。

「これより、ロストロギア『ジュエルシード』の回収については時空管理局が全権を持ちます」

「キミ達は今回のことは忘れて、それぞれの世界に戻って元通りの生活に戻ると良い」

続いてクロノが重ねる。

「でも、それは!!」

「次元干渉に関わる事件なんだ。民間人が出る話じゃない」

なのはさんが反論しようとするが、クロノに切り捨てられる。

「まあ、急に言われても気持ちの整理も出来ないでしょう? 一度家に帰って、今晩ゆっくり三人で話し合うといいわ。その上で、改めてお話ししましょう」

これで事情聴取はおしまい、そうしようとした時だった。

「………気に入らねぇな」

不機嫌な声と共に吐き捨てられた言葉。

言った人物に視線を向けると、そこには先程の難しそうな表情を浮かべていた少年は居なかった。

そこには、明らかな不信感と猜疑心が込められ、爛々と輝く一対の真紅の瞳が私を睨み付けていた。










背徳の炎と魔法少女 11話 Get down to business










「何故、”今晩ゆっくり三人で話し合う”必要があるんだ?」

眼を細め、険しい眼つきが更に険しくなる。

まるで海底に居るような威圧感が圧し掛かる。敵意でも殺意でもない。ただ、そこにソルくんが居るだけで身体の自由を奪われる錯覚に陥る。

それは見事に”私だけ”に向けられたものだった。

「クロノが言ったな。『民間人が出る話じゃない』と」

「あ、ああ」

戸惑いながらも肯定するクロノを一瞥し、視線を私に戻す。

「じゃあ何故、”今晩ゆっくり三人で話し合った上で、改めて話す”必要があるんだ?」

「お兄ちゃん?」

「ソル?」

空気が変わったことに気付いたなのはさんとユーノくんも狼狽し始める。

「質問に答えてもらおうか。時空管理局所属リンディ・ハラオウン提督? そもそもクロノの言う通り、『民間人が出る話じゃない』のなら俺達の気持ちの整理なんぞ知ったことじゃねぇだろ」

「ソルくん、私はね―――」

「御託はいい」

何とか声を出そうとするがバッサリと切り捨てられ、彼から放たれる威圧感が徐々に増す。圧倒的な存在感の所為で、子どもの筈のソルくんの身体が成人男性並みに大きく見える。

老獪な年上と向かい合うような、歴戦の猛者と話しているような錯覚。

さっきの言葉に込めた私の真意。それがバレている。あの見透かすような眼に安い嘘は通用していない。

「答えられないなら言ってやる。俺達を使い潰したいんだろ?」

「なっ!? 突然キミは何を言い出すんだ!?」

隣でクロノが立ち上がり食って掛かろうとするが、それを制止する余裕が無い。

「まず初めに違和感を感じたのは、クロノだ」

「僕が何だって言うんだ?」

「執務官がどんな職種か知らんが、戦場に一人で出てくるんだ。それなりの実力があるってのは分かるし、周りも認めてるんだろうが、いくらなんでもマジで一人で突入するのは普通あり得ねぇ。その後に伏兵のような形での増援も無かった。任務の成功率を上げるなら十人以上の人数で取り囲むように展開すればいいだけの話だ。だが実際は終始クロノ一人だった」

「………あれは緊急だったから僕一人で出撃したんだ」

「増援が来なかった理由は?」

「それは………あの時他の局員には時間が無かったんだ」

「言い訳にもならねぇな。時間が無いから待ってくれと? そんなこと言ってる間に棺桶に片足突っ込んでるぜ」

クロノが反論するが一蹴される。

「しかも、クロノはまだガキだ」

「僕はもう十四歳だ!!」

子ども扱いされたことに憤るクロノ。しかし、ソルくんは気にも留めない。

「そのナリで本当に十四か? ま、どっちにしろガキだろうが」

「く………キミこそどうなんだ!?」

「一応九歳ってことになってるらしいな」

「なん………だと?」

それを聞いてクロノが絶望的な表情で跪く。ソルくんの身長はどう見ても九歳の平均より高く(クロノよりも高い)、落ち着いた雰囲気はもっと年上―――クロノには悪いがそれこそ十四歳くらい―――と感じさせる。

「次にこの艦に転位してきた時。それは、クルーの層が若過ぎることだ。全員の顔を見て年齢を確認した訳じゃ無ぇが、この部屋に来るまでに見た限りクルーの平均年齢はざっと十七から二十前半までか? 何故若手ばかりで、ベテランと呼ばれる三十代四十代以上の奴が異常に少ない?」

私は答えることが出来ない。ただ黙って聞くことしか許されない。

隣で、何故私が言い返さないのかエイミィが不思議そうに見てくるが、言い返せる訳が無い。下手な言い訳は絶対に通用しないだろうし、本当のことはきっと気付かれている。

「最後に、艦内に戦闘出来そうな魔力がクロノとリンディ以外に感じねぇ。二十程度はまともな魔力を持ってる奴らが居るらしいが、お前ら二人と比べたらどいつもこいつも大したことねぇ。数に入れるだけ無駄だ」

「それは武装局員のことか? いくらなんでもその言い方は彼らに失礼だぞ」

「ならお前はどう思ってんだ? 個々の力はお前に匹敵するのか? それぞれが高い魔力と優れた戦闘能力を備えているのか? 何故フェイト達が逃げようとした時に出てこなかった? 足手纏いになるからだろ?」

「………それは」

「世辞を言っても死人が出るだけだぜ」

武装局員を半ば無能呼ばわりまでされても、私は何も反論出来ない。彼が言っていることは非常に厳しいが事実だからだ。

優れた高ランク魔導師が数人居れば、数十人の低ランク魔導師が束になっても勝ち目は薄い。それだけ魔導師ランクというのは絶対的に近い力の差を表している。

勿論、魔力値とランクが必ずしも実戦でそのまま通用する訳では無い。その時の状況や戦略と戦術、指揮官の能力や執った作戦などによって戦況は大きく変わり、得られる戦果も一つではない。

確かに低魔力、低ランクでも優秀な魔導師は存在するが、それは本当にごく一部だけ。

ミッドが魔法主義である以上、才能さえあれば年齢は問わない。実力さえあれば使う。

だが、実際に高い魔力と才能を持ち合わせた者は非常に少ない。AAAを越える魔力を持つ者は、管理局全体で5%すら満たない。

そして、高い魔力と才能を持ち合わせた魔導師はたった一人で戦況を塗り替える実力を持っている。長年管理局に勤めて居るが、戦術で戦略をひっくり返す魔導師を今まで何人も見てきた。

「以上の点から見て、お前達時空管理局、もしくはこの艦は戦闘をこなせる魔導師が不足している」

ズバリ言い当てられた。管理局は慢性的な人手不足。

それにしても、どうしてこんなに的確に核心を突けるのだろうか? カマをかけるのとは少し違う断定するような言い方。まるで、かつて自分も人手不足に悩む似たような組織に所属していたかのような口ぶりだ。

「で、危機感を煽るような事実を聞かせた上で時間をこちらを与える。そうすりゃ自ずと考えることは今回の件になる。当然だな、この世界が滅ぶとか言われたんだ」

ソルくんは肩を竦める。

「そんなことを言われて、はいそうですかと大人しく元の生活に戻れるか? 答えは否だ。そもそも俺達は認識が足りてなかったとはいえ、ジュエルシードを放置するのは危険だと判断して今までやってきたんだ、今更引っ込みつかねぇぜ。自分にも何か出来るんじゃないのか? まともな奴だったらそう考えるようになる筈だ」

此処に来てようやくソルくんが何を言いたいのか、私とソルくんを除く皆が理解し、はっとなる。

「例えばなのはだったらこう思うだろうな。今までの日常が脅かされそうな状況で、自分にはそれをなんとかする力がある、魔法の力がある、と」

皆が一斉になのはさんを見る。彼女はそれに少し驚きながらも「………そうだね。私だったらお兄ちゃんが言った通りのこと考えると思うよ」と笑った。

「その後は簡単だな。もう一度話す機会が与えられてんだ。その時に協力させてくれと自ら申し込めばいい………それが狙いだろ?」

実に巧妙な意識誘導だな、と冷笑される。

「ただ同然で手に入れた協力者。しかも、ユーノの話じゃなのは並に魔力を持っている人間ってのは随分と稀有な存在らしいな? さぞかし、良い捨て駒扱い出来るだろうな」

「………捨て駒? 私を?」

なのはさんが不安そうな眼で私の方を見る。その眼は不信と疑惑と恐怖が込められており、自らを安心させるようにソルくんの腕にしがみつくその姿は、明らかに怯えていた。

そんななのはさんの様子に、危機感を覚えたクロノが焦ったように喚いた。

「か、母さん!! 何か言い返してください!! このままでは我々管理局が誤解されてしまいます!!」

「そうですよ艦長。私達は別にそんなつもりは無いってソルくんにガツンと言ってやってください」

エイミィもクロノと同様に声を出す。

しかし、私は言い返すことが出来なかった。

「………そんな」

「嘘でしょ?」

二人は信じられない、裏切られた、といった絶望的な声が聞こえる。



―――異質だ。



彼の視線、洞察力、威圧感、とても子どもとは思えない。明らかに”戦い”と”組織”いうものが何たるかを熟知している人間だ。一体どんな生活をすればこんな風に育つというの。

「違うというなら俺を納得させられるだけの理由を寄越せ。もし、答えられないなら俺はお前達を信用しねぇ。今まで通り勝手にやらせてもらう」

言って立ち上がり、なのはさんとユーノくんを促し部屋を出て行こうとする。

「待って!!」

私は思わず叫んでいた。

ソルくんの冷たい眼が、なのはさんとユーノくんの疑心暗鬼に囚われたような眼が私を射抜く。

そんな彼らに誠心誠意を込めて私は頭を下げた。

「………白状します。ソルくんが言ったように、そうなるように誘導したことは事実です。少なくとも私の立場からは貴方達に協力要請をする訳にはいかないから。こんな卑怯な手段を取ってごめんなさい」

「艦長、どうしてですか?」

「理由を………聞かせてください」

クロノとエイミィが震えた声で聞いてくる。

「ソルくんの推測通りよ。二人も知ってるでしょうけど管理局は慢性的な人手不足。この艦に今乗り込んでいる者達ですら、武装局員を抜くと数名程度しか戦闘出来る者が居ません。正直言って、今の戦力では不安なのよ」

内心の吐露と同時に、今の管理局の現状を説明する。

「そんな時に観測された高い魔力値。しかも管理局で5%も存在しないAAAランクが二つ。なのはさんとフェイトさんのことです」

ソルくんに向き直る。

「さらに、地球に来るまでに一度、クロノを現場に行かせる数分前に一度、そしてさっきの戦闘で一瞬だけソルくんからオーバーSが観測されました」

「で?」

「はっきり言って私は喉から手が出る程貴方達が欲しい。でも、貴方達が拒絶を示すようなら無理強いはしません。もし協力してくれていたとしても、危険があれば必ず守るつもりでした。どうかそれだけは信じてください」

改めて深々と頭を下げる。

「お願いします。私達に、力を貸してください」

しばらくの間、ソルくん以外が沈痛な面持ちで沈黙が続いた。

「………ハナっから、そういう態度を取ってりゃいいんだ」

やがて、ソルくんがやれやれと鬱陶しそうに溜息を吐いた。





こいつの思惑通りになるのは癪だったので、思ったことを筋道立てて喋ってやったらあっさり認めやがった。どうやら引き際ってもんは分かってるらしい。

此処でとぼけたことを抜かすような連中だったら、問答無用で黒焦げになってもらうつもりだったんだが。まあいい。

初めは厄介な第三勢力が出てきたと思ったが、こいつらはこいつらで使えそうだ。せいぜいフェイトを救う為に利用してやる。

子どもを戦場に送り込むようないけ好かないことを『人手不足』という理由に平気で行うような組織だが、そんなことを言えば聖騎士団も似たようなもんだったからな、あまり口汚く罵れん。

ま、聖騎士団はどちらかと言うと常に人手不足ではあるが、入団希望者は後を絶たなかった。

聖戦時代は何処も彼処もギアの襲撃の所為で村や町が潰されるのは何時ものこと。勿論、その度に一定数の死人が出る、世界規模で。

親、子ども、兄弟姉妹、その他の血縁関係、友人知人、恋人、伴侶。そういった自分にとって大切な者達がギアによって殺される。

ギアに向けられる感情は畏怖と嫌悪。それにプラスして憎悪が盛り込まれる。

そうなると、誰も彼もが敵討ちを求めて先を争うように聖騎士団に入団したいと集まった。

だが、人類の守護者にして最後の希望とまで言われた聖騎士団は、対ギア戦闘のエリート組織。そう簡単に入団出来る訳じゃねぇ。

入団する以上、最低限の戦闘能力もしくは特殊技能が求められたのは当然の話だ。

その中には少年兵って奴も居た。クロノくらいの年齢、下手すりゃもっと年下の団員達。

入団出来たことは運が良いのか悪いのか知らんが、そいつらガキ共は人類の天敵であるギアを殺すことを正義とし、血塗れになるまで戦い、ある者はそのまま死に、ある者は仲間の屍を乗り越えて戦い続けた。

それが百年近く続いた聖戦では当たり前だった。物心ついた頃から戦場に出て、ギアと戦うことを日常として育った奴が大勢居た。

その中で力と才能が無い者達から死んでいき、逆に力と才能がある奴は戦場で強くなり、強くなった分だけギアを屠っていった。

だから、時空管理局やリンディのことをそこまで否定的に考える気にはならない。

確かに掲げる理念や思想、組織の存在理由と目的は全く違うものだ。

片や世界の滅亡を未然に防ぐ警察兼司法機関の時空管理局。

片や人類の天敵と戦う戦闘集団の聖騎士団。

全く違う組織だが、何処か似ているような気がする。

もっとも、なのは達を関わらせたくない組織であることはどちらも変わりないがな。





リンディから正式な協力要請を受け、俺はそれを承諾した。

「協力はしてやる。だが、それは俺だけだ」

「なっ、お兄ちゃんっ!?」

「ソル!? それは一体どういうことだ!?」

やっぱりなのはとユーノが文句言ってきやがったか。

「さっき聞いた通り、世界の命運が懸かってるかもしれねぇんだ。そんな危険なことにお前ら二人を首突っ込ませる訳にはいかねぇんだよ」

「危険なのはお兄ちゃんも一緒じゃない!!」

「俺はいいんだ」

「どうして!?」

「理由なんざどうだっていい」

「そんなの答えになってないぞ、ソル!!」

「そうだよ!! どうしてお兄ちゃんはよくて、私とユーノくんはダメなの!? 答えてくれなきゃ納得出来ないよ!!!」

「今まではほとんど僕となのはを見てるだけだった癖して、いざ世界が滅ぶと聞いたら今度は除け者か!? 危険だなんて、そんなことソルだって承知の上だったじゃないか!!!」

なのはとユーノが立ち上がり、それぞれの中にあるものをぶつけてくる。

「僕はソルがジュエルシードに関わるって言うなら絶対に降りないぞ。絶対にだ!!」

「私だって、お兄ちゃん一人だけに危ないことさせられないよ。私も一緒に戦う!!」

「………調子に乗るなよガキ共」

「「っ!!」」

怒気を孕ませた声で二人を黙らせる。

「もう、事態はお前らの手から離れたんだ。そこんところ理解しろ」

「でも、リンディさんだって私達が居れば」

「俺一人で十分だ。そもそも、俺の認識が甘かった所為でお前らにジュエルシードの回収を任せてたんだ。あの石が予想を遥かに超えた危険物だと分かった以上、もうお前らに任せる気は無ぇ」

「………」

なのはの頭に手を乗せ、諭すように優しく言う。

「ガキが首突っ込んでいいのはもう終いだ。お前は大人しくユーノと一緒に俺の帰りを待ってろ。いいな?」

俯いてしまって表情は見えないが、俺がなのはとユーノを同行させる気は無いと理解した筈だ。俺がこういう風に言い聞かせている時は、大抵なのはの身を案じている場合が多いからだ。

「ユーノも分かってくれるな?」

ジュエルシードを発掘した張本人であるユーノは責任を感じている。ある意味心情的にはなのはより反対するだろうが、その分頭と物分りが良く、融通が利く。反対する訳が無い。

しかし、

「………嫌だよ」

「な、何?」

予想とは百八十度違うユーノの返事に俺は固まってしまった。

「ソルは、僕に言ったじゃないか!! 僕は万能じゃない、でも、無能でもないって!! 僕には僕にしか出来ない、僕がしなければならないことがある筈だ、それを成し遂げろって!!!」

ユーノは眼に涙を溜めていた。そんな状態で己の魂を震わせるように力強い口調で吼えた。

「僕は、嬉しかった。とんでもないことをしでかしたと後悔していたあの時、ソルの言葉にどれだけ救われたか」

「………ユーノ」

「だから、僕は諦めない。たとえキミが反対しようと、僕は自分の成すべきことをやり遂げる!!!」

精一杯の力を込めてそんなことを言う姿は、今まで見てきた中で一番”強い”ユーノだった。

「ジュエルシードを発掘してしまった責任とか、そんなんじゃない!! 僕は必ずキミを認めさせて、キミと同じ土俵に立ってみせる!!!」

今のユーノの姿は、記憶の中に居るあいつに似ていた。










『私は必ず、お前に勝ってみせる!!!』










懐かしい。生意気で、諦めの悪いあいつにそっくりだ。

だが、実際どうする? 此処まで覚悟を決めてるとなると、放置すれば勝手にジュエルシードを一人で集めそうだ。

しばし黙考していると、なのはが俯かせていた顔上げ、極上の笑みを浮かべる。

「まさかお前もか?」

「うん、当然だよ!! お兄ちゃんは私を誰の妹だと思ってるの? 私はソル=バッドガイの妹なんだよ!! 誰がなんと言おうと、自分が進むと決めた道は邪魔なものを全て薙ぎ倒して突き進むんだよ!! お兄ちゃんみたいに!!!」

ちっ、と俺は舌打ちした。

どいつもこいつも、どうして誰かの誰にも似なくていい所ばっかり似るんだ?

このまま頭ごなしに抑えつけても、俺の眼から離れたら絶対に二人で何か始めそうだ。もしそんなことになるぐらいなら、眼の届く範囲内に居てくれた方がまだマシだ。

「………覚悟はできてんだろうな?」

「そんなこと、百も承知だ!!!」

「全力全開!!!」



―――威勢の良い返事寄越しやがって!!!



「俺の言うことを必ず守ると約束出来るか?」

「もっちろん!!」

「当たり前じゃないか!!」

全くこいつらは………俺にみたいに面倒臭ぇとか思ったりしないんだろうか?

「ったく………好きにしろ。今回だけだからな!!!」

「「うん!!!」」

こうして俺達は時空管理局と協力体制を取ることになった。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 12話 Unreasonable
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/06/17 22:59
「契約内容の確認だ。まず一つ目、協力するのは戦力の貸与のみとすること。次に、俺達に関する情報の一切は報告しない、また、俺たちに関して詮索しないこと。三つ目、基本的にはそちらの指示に従うが、俺が従う必要無しと判断した場合は命令に対する絶対拒否権を行使させてもらうこと。五つ目、もし俺たちの中で万が一のことが起きた場合、全ての責任はそちらが負担すること。六つ目、報酬は必ずこちらの要求した通りに用意すること。最後に、後でごちゃごちゃ文句を言わないこと。以上だ」

「ちょっと待ちたまえ!!!」

「んだよ?」

大声を上げてクロノが突っかかって来るので、面倒だが対応してやる。

「二つ目のキミ達の関する情報のことで一言言いたいが、それよりも問題なのは六つ目の報酬のことだ!! 要求した通りに用意しろとか、いくらなんでも横暴だろう!!」

「ていうか、ソルが今言ったことに横暴じゃない部分を探す方が難しいよ? はっきり言って無茶苦茶なこと言ってるし」

ユーノがぼそっと何か言ったが気にしないことにした。

「なのは、ユーノ、帰るぜ。どうやら俺達は必要とされてないようだ」

「「は~い」」

「言いたいことはそうじゃない!! あ、コラ、本当に帰ろうとするな!! か、艦長!! 何か一言言ってください!!!」

「報酬は具体的にどのくらいのものを考えているの?」

「安心しろ。それなりに現実的なものだ」

「例えば?」

「俺の場合は………そうだな、まず一つ目にデバイスの作り方を教えてくれりゃあそれでいい」

拍子抜けした、という顔をするアースラ陣。

「そんなことでいいの? デバイスを一つ要求するんじゃなくて、作り方を教えるだけ?」

とエイミィ。

「教本とかの紙媒体に加えて、実際に弄ったりバラしたり出来れば尚良い。本に関してはミッド語はこの艦に居る間に勝手に覚えるし、ユーノが居るからどうとでもなる」

俺の言葉にあからさまにリンディとクロノが安堵の溜息を吐く。

「なのはやユーノの二人はどうなんだ?」

「私は別に報酬とか考えてないんだけど………」

「僕は日本のお金かな? 高町家にお世話になっている以上今までの分の生活費くらいは払わないと、迷惑料とか込みで」

クロノの言葉になのはが悩み、ユーノが世知辛いことを言う。

「なのはは前に新しいパソコン欲しがってただろ? ユーノはこれからの生活費をそれに入れるから………二人でだいたい現金五百万くらいあれば十分か?」

「「「「「五百万!?」」」」」

なのは、ユーノ、リンディ、クロノ、エイミィが同時に喚く。

「一人二百五十万!? 高っ!! どんなモンスターなパソコン買うつもりなのなのはちゃんは!? ユーノくんも生活費と迷惑料で二百五十万とか、普段は一体どういう生活してるの!?」

テンパったエイミィが二人に詰め寄る。

「ち、ちが、違います!! 私が欲しいのは二十万円くらいの今年の最新モデルのデスクトップです!!」

「僕なんて日常生活ではフェレットだから食費なんて一ヶ月で一万円もいきませんよ!!」

二人が慌てて弁明する。

「キミのデバイスの件の方が明らかに安上がりじゃないか!!」

クロノが食って掛かる。

「だからだ。俺は安いがこいつらは高い。バランス取れてるだろ?」

「いや、バランスとかいいから!!」

「ま、くれるっつってんだからもらっとけ。金なんてあって困るもんじゃねぇし」

ギャーギャー喚くクロノを捨て置き、あまりの単位のでかさにポカンとしているなのはとユーノに向き直る。

「まだやるって言ってないぞ!!!」

「ガタガタ抜かすな、危険手当だ。なんせ命懸かってるんだ。これでも安い方だぜ? それとも五百万程度も出せねぇのか時空管理局は? 九歳の子ども前線に立たせるってのに? この程度で出せねぇってんなら帰る」

「待て!! 分かった、そういうことなら考慮するから、だから本当に帰ろうとするな!!!」

「ちなみにユーロだからな」

「円じゃないだとぉぉぉぉぉ!?」

「さすがにそれはもらい過ぎ」「ぼったくりじゃないか」というなのはとユーノの援護射撃もあり。「せめて円にして欲しい」「ならデバイス使ってないのあるだけ寄越せ」「ていうか高過ぎる」「デバイスデータも寄越せば考慮してやる」「日本円で百万単位ならなんとか………」「この艦からアクセス出来る範囲での情報も寄越せばあるいは………」とかなんとか交渉した挙句。

結局二人の報酬は現金五百万円ということになって契約成立となった。

俺としてはこいつらの命は金で払える程度のもんじゃないと思ってるから、五百万ユーロくらいが妥当だと思ったんだが。










背徳の炎と魔法少女 12話 Unreasonable










事情聴取の後、とりあえずは高町家の面子に説明する必要があるので一旦帰宅。

今までのこと、そしてこれからのことを説明したのだが、その時にまた一悶着あった。

例によって例の如く恭也だ。

世界が滅ぶ? ふざけるな!! 世界のことなんてその管理局とかいう組織に任せておけばいいじゃないか!! 何!? 偉そうな名前の割りには頼りない連中だから手伝ってやるだと!? そんなことよりソルはなのはをちゃんと守れるんだろうな!? 

とかなんとか。

終いには俺も連れてけと喚き始めたので、俺は現実を教えてやる為に、仕方無しに法力ありで恭也と戦うことにした。

なのはを除いた高町家の面子に初めて見せる戦闘用法力。

法力を操る俺の姿に呆気に取られたような御神の剣士達&桃子。

つーか、そもそも高町家の面子は俺が魔法使い(正確には法力使い)だということは知っていても、法力自体碌に見せたことなかったので、驚くなというのは酷な話だ。

ユーノの正体を暴く時に、封炎剣に炎を纏わせた程度だし。

そして、普段から法力を使っていない状態の俺に勝ったことの無い恭也。

結果は言うまでもなく。

ついでに、「遠距離からなら、なのはとユーノもお前に勝てる」と言ってやった。少し大袈裟に。

結局は俺達が管理局を手伝うことを認めた恭也ではあるが、あまりの現実の厳しさに滅茶苦茶へこんでた。

道場の隅っこで体育座りするとは思ってなかった。

すまん恭也。強く生きてくれ。

アリサとすずか、それと学校に関しては桃子に適当な言い訳を頼んでおいた。

そんな経緯を経て、次の日の朝には管理局と合流した。










「ディバインシューター!!」

いくつもの桜色の魔弾が、ジュエルシードを取り込み凶暴化&巨大化した怪鳥に着弾する。

「GIEEEEEEEEEEEEE!!」

「今だ、チェーンバインド!!」

怯んだところをユーノが緑色の鎖状のバインドで捕獲、そのまま絞め上げる。

「GU,UUUEEE」

怪鳥がもがき苦しむが、圧力がどんどん増すバインドの拘束から逃れられない。

「続いて、ブレイクバースト」



―――ドゴンッ!!



ユーノのトリガーヴォイスと共に、怪鳥を縛る鎖が一際強い緑の魔力光を放った瞬間爆発する。

それによって翼を根元からもぎ取られた怪鳥はそのまま墜落していく。

「なのは、トドメだ!!」

「オッケー、レイジングハート!!」

<Lancer mode>

デバイスを槍形態に変形させたなのはが、腰溜めに構えたレイジングハートで無抵抗の怪鳥に迫り、

「落っちろぉ!!」

ぶす、とその胴体を槍の穂先で貫いた。

<ジュエルシード、シリアルNO,8。sealing>

同時に封印されるジュエルシード。

「俺が出るまでも無かったか………なのは、ユーノ、アースラに帰艦するぜ」

「「は~い」」

ジュエルシード集めは概ね順調だった。





ソルくん達がアースラに乗艦して十日が経過した。

こちら側が手に入れたジュエルシードの数は今日のを含めて計三つ。

フェイトさん達に渡ったのは僅かに一つ。

ソルくん達が管理局と協力する前に所持していたのが五つ。

フェイトさん達も同様に五つ。

クロノがこの前に回収したのが一つ。

「あと六つね」

「このままの調子で全部回収出来るといいんですけどね~」

私の呟きにエイミィが暢気な声を出す。

「そうね、このまま何事も無く終わってくれればそれに越したこと無いわね………」

しかし、現実とは必ずしも思い通りになってくれない。

「それよりエイミィ。あの子達は?」

「なんかなのはちゃんが消化不良とかで、模擬戦するとか言ってそのまま皆連れて模擬戦ルーム行っちゃいましたよ。今日こそソルくんに勝つとかなんとか」

「そう。映像出してくれる?」

「了解♪」

エイミィが楽しそうな声で模擬戦ルームの映像を出す。

映し出されるのはバリアジャケットを纏ったなのはさんとユーノくんとクロノ、そして唯一バリアジャケットを展開していないソルくん。

『今日こそお兄ちゃんに勝ぁぁぁぁぁつ!!』

『おおおっ!!』

『今日こそはキミに敗北を味合わせてやる!!』

『………ったく、面倒臭ぇ』

デバイスを振り上げるなのはさん、拳を高々と掲げるユーノくん、デバイスをソルくんに向けるクロノ、本当に面倒そうに溜息を吐くソルくん。

『ルールは今までと同じ、お兄ちゃんVS私とユーノくんとクロノくんの連合チームで一対三。お兄ちゃんの勝利条件は時間内に私達全員を気絶させるか負けを認めさせるか、私達の場合は時間切れまでに誰か一人でも生き残るか、それともお兄ちゃんを気絶させるか負けを認めさせるか。これでいいよね!!』

『………好きにしろ』

『勝った方は負けた方に一つだけ命令が出来るっていうのも今までと同じ?』

『もっちろんだよユーノくん!!』

『俺が勝ったらなのはは学校の勉強な? ユーノも一緒にな。クロノは俺にデバイスルームの貸し出し許可を出す、これで構わねぇな』

『上等だよ!!』

『また日本語の勉強か、別にいいけど。でもどうせなら一緒に法力も教えて欲しいな』

『キミは一体いくつデバイスをバラせば気が済むんだ? 既に予備のストレージはあるだけバラされたぞ。それに契約通りに、しかもキミに関しては前払いで!! 艦内にあるデバイスに関するデータは全部渡したし、その中には僕のS2Uも入ってるんだぞ。キミが弄ってないのは残すところ僕のS2Uとなのはのレイジングハートと武装局員達のだけだ。まさかそれもバラさせろとか言うんじゃないだろうな?』

『ユーノにはこの前基礎理論教えてやったろうが。デバイスの方は今度は試しにいくつか作ってみてぇんだよ。安心しろ、材料は予備のバラした奴を使う』

『もっと掻い摘んで教えてよ』

『それなら構わないが、キミは少し遠慮とか覚えた方がいいと思うぞ』

『ユーノくんクロノくん、勝てばいいんだよ勝てば。そうすればお兄ちゃんに命令出来るんだから』

『………この男相手に随分簡単に言ってくれる』

『あれ? もしかしてクロノは勝負する前から負けるつもり?』

『っ!? そんなことは無いぞ!! 受けて立とうじゃないか!!』

『クロノくんのテンションが漲ってきたところで作戦ターイム!! お兄ちゃん、少しだけ待っててね』

『………ま、せいぜい足掻け』

ソルくんがその場から離れ、なのはさんとユーノくんとクロノの三人が集まって作戦会議をしている。

その間、ゴキゴキッと首を回してから、剣型のデバイスをビュンビュン振り回してウォームアップをして待つソルくん。

『お待たせ!! 二人共、絶対勝つよ!!』

『うん!!』

『これ以上負け越すと、本当に僕のS2Uどころか武装局員のデバイスまでバラされそうだ』

それぞれが決意を秘めた眼でソルくんを睨みつつ散開する。

『じゃ、始めるか』

『私が勝ったら一緒にお風呂入ってもらうんだからね!!!』

『僕は一日付きっきりで法力について教えてもらう!!!』

『予備のデバイスをバラされるどころか、こちらのデバイスのデータをあるだけ渡しているんだ。今度はキミの剣型デバイスを調べさせてもらうぞ!!!』

『状況開始!!!』

なのはさんの元気な声と共に模擬戦が開始された。

荒れ狂う魔力に飛び交う閃光、爆音と共に立ち昇る火柱、吼えるような呪文詠唱と野生的な雄叫び、撃ち出される砲撃魔法と射撃魔法、爆裂する炎、展開される設置型の罠と捕縛魔法、激しい攻撃と防御の衝突。

モニター越しに起こっている事実は、管理局内でも滅多にお目にかかれない程とんでもなくレベルの高い魔法戦。それが此処数日、アースラ内では毎日見ることが可能だった。

切欠は些細なことだった。彼らがアースラに乗艦した初日。まず、模擬戦ルームの利用を申し込んできたソルくんにクロノが挑戦状を叩きつけた。

きっとクロノのことだから、オーバーSランクの魔力値が観測されたソルくんにライバル意識が出たのだろう。『キミ達の実力がどの程度のものなのか見ておきたい』と上から目線だったが、私も他のクルー達もソルくん達の実力に興味があったので、あっさり許可を出した。

そして、クロノは負けた。それはもう徹底的なまでに一方的にコテンパンに。”アースラの切り札”とまで言われたクロノは、蓋を開けてみれば僅か十分しか持たず、しかも一発もソルくんに触れずに模擬戦を終えた。その光景はクルー達にとってはまさに悪夢で、私も戦慄した。

しかし、それで何かのスイッチが入ったクロノは執拗にソルくんに勝負を挑むようになった。それこそ一日に何度も何度も………その度に惨敗していたが。

そんなクロノの姿に影響されたのか、なのはさんとユーノくんもそれに参戦。ソルくんと一対一での勝負を申し込み、それぞれがボッコボコにされていた。

よく三人ともあれだけタコ殴りにされても、数時間後には平気な顔して再チャレンジしているから謎だ。これが若さか。

『バンディットブリンガー!!』

『ぐわぁぁぁぁっ!?』

『やられたか!?』

『ユーノくん!!』

『………ま、まだまだぁぁぁぁ!!!』

『………マジか? 手加減したとはいえ根性ついたな、ユーノ』

『キミのおかげで根性だけは無駄についたよ、今度はこっちの番だ!!』

『ちっ!!』

何時の間にか勝ったら相手に一つ命令出来るとかいうルールも付随していた。

一日に何度も何度も、それこそデバイスやミッド語に関する勉強する合間を縫うように模擬戦しなければいけなくなったソルくんは、ついに「一人ひとり相手にすんのも面倒だ、まとめてかかって来い」と言った。

それが四日前のこと。その日以来、三人はそれぞれの長所を引き伸ばしつつ短所を補うようにフォローをしながらコンビネーションを重視して戦うようになる。

『邪魔だ』

『がっ!?』

『クロノくん!!』

『なのは、動きを止めないで退がって!!』

しかし、それでも結果は変わらず。模擬戦を終える度にボロ雑巾のようになった三人が医務室に運ばれていった。

かと言って何も得るものが無かった訳ではない。三人の動きは模擬戦をする度に良くなっていき、日増しに強くなっていることが眼に見えて分かった。

信じられないスピードで成長している。

でもやっぱり結果は変わらず。三人共誰もが羨む素晴らしい才能を必死の努力で磨き上げて強くなってはいるが、ソルくんが異常なまでに強過ぎる。

圧倒的なパワーと火力、右に並ぶものなど居ないと言わんばかりの接近戦、明らかに一対多に慣れた戦い方、まるで全方位が見えているような対応力、無駄な動きが一切無い回避行動、無尽蔵の魔力と体力、一瞬で間合いを詰める瞬発力、なのはさんの砲撃魔法をものともしない鉄壁を誇る防御魔法。

雨あられの如く降り注ぐ弾幕を掻い潜り、自身を捕縛しようとする魔法を全て炎で潰し、防御魔法をあっさり突き破る攻撃を繰り出す。

そして何より一番気になるのが、彼の使う魔法がミッド式ではない、全く未知の技術の魔法だということ。

彼が魔法を行使する時にどうにも違和感があると思ったら、私達が普段使っている魔法とは似て非なるものらしい。

その力の名は『法力』。

彼だけ唯一バリアジャケットを展開していない理由はそこにある。ソルくんは魔導師ではなく『法力使い』。似たような防護服は着たことはあっても、そういったものを魔力で構成すること自体経験が無いらしい。

だからこそ彼はデバイスの作り方を要求したのかもしれないが、彼程の実力者であればデバイスにバリアジャケットを展開させなくても、自身の実力のみで十分な気がする。実際ユーノくんはデバイス無しでバリアジャケットを展開している。

それとも他に何か意図でもあるのかしら?

法力について詳しい話を聞かせてもらいたいが、契約内容にある通りソルくん達に対して詮索しないと約束した以上、こちらから教えてもらうことは出来ない。

主にユーノくんが教えてもらいたがっているが、ソルくんはあまり積極的に教える気は無いらしい。

近接を主とした戦い方から、ベルカ式に近いのではないかと推測されるが、詳細は一切不明。

それだけではない。彼は数日でミッド語をマスターし、暇な時間を見つけてはデバイスを弄繰り回したり、デバイスマスターの教本を読んでいたり、オペレーターの席を勝手に占領してデータベースを漁っていたりしていた。

戦いに関しても知能に関しても天才的としか言いようが無い。何処まで何でも出来るのこの子?

『ディバイィィィン―――』

『タイラン―――』

「………ソルくん達、管理局に入ってくれないかしら」

『バスターァァァァ!!!』

『レイブ!!!』

「艦長もソルくんに模擬戦挑んでみたらどうですか? もし勝ったら管理局に入れって命令するんです」

『うそ!? 押し負けっ…きゃあああああああああ!?』

『なのはぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

私はエイミィの言葉を聞いて思案してみるが、モニターが爆音と共に炎で真っ赤に染まるのを見て、

「………遠慮するわ」

深々と溜息を吐くのだった。










「今日も先越されちまったみたいだね」

「………」

ご主人様はアタシの言葉に応えず、ただ虚空を見つめていた。

恐らく、いや、きっと確実にほんの十数分前には此処にジュエルシードが存在していたのだろう。残留魔力で分かる。

そして、同時にフェイトを心配してくれてるアイツも居た筈だ。

フェイトはただ無表情に踵を返すと、アジトに向かって飛び立った。

アタシもそれについて行く。

ソル達が時空管理局に協力している。それは確認するまでもない。

アタシだけではあるが、ソルからほとぼり冷めるまで出てくるなと言われたんだ。きっと、自分を餌に管理局の眼がアタシ達に向かないようにしてくれてるんだろう。

何よりもフェイトの為に。

その心遣いがアタシには感謝してもし切れない。

でも、アイツの想いにフェイトは気が付いていない。

それがもどかしい。

そう思うと、アタシは黙っていられなくなった。

「ねぇ、フェイト」

「何?」

無機質な感情の込められていない声。いや、溢れ出そうな感情を押し殺そうとしているという感じが近い。

「もう、ジュエルシードを集めるのやめようよ?」

「っ!?」

フェイトは急停止して振り返り、怒ってるような悲しんでいるような、迷っているような顔をする。

アタシはフェイトにそんな顔をさせてしまった自分自身にイラつきながら言葉を続けた。

「もう潮時だよ。時空管理局が出てきた。これ以上続けるとロストロギア不法所持で逮捕される。アタシはフェイトの為なら自分がどうなったって構わないけど、このままじゃフェイトが犯罪者になっちまうよ」

「でも、母さんが」

「それに、ソルもフェイトが犯罪者になったら悲しむよ」

アイツの名前を出した途端、フェイトが泣きそうな顔になる。

卑怯だけど、フェイトがアイツに向ける感情を利用させてもらおう。

「今ならまだ間に合うよ。管理局に集めたジュエルシード持ってって、これまでのことを話そう? そうすれば見逃してもらえるかもしれないし、ソルと敵対する必要だって無いよ」

「ソル………」

フェイトの表情に迷いが色濃くなる。

しかし、

「………ダメだよアルフ。私が此処で投げ出したら母さんの為にならないし、きっと私の為にもならない」

アタシのご主人様は想像以上に頑固者だった。

「アタシはただ、フェイトに笑って、幸せになって欲しいだけなんだ。なんで分かってくれないんだい? 此処最近、フェイトが笑ってる姿見たこと無いよ」

「ごめんね、アルフ」

謝りながらアタシの頭を撫でてくれる。

どうしてフェイトはあの鬼婆にここまで肩入れするんだろう? フェイトに対して冷たくて、理不尽な命令して、酷いことまでするような女なのに。

赤の他人のソルの方がよっぽどフェイトのことを大切に思ってくれるのに。

フェイトの使い魔なのに、アタシは何も出来ない。それが何よりも悔しい。

(なんとかしておくれよ………アタシには無理だよ………ソル)

無力なアタシは、此処に居ない人物に縋るしか出来なかった。







後書き


タイトルの意味を調べてもらえると、今回の話がより深まるかも?



[8608] 背徳の炎と魔法少女 13話 Conclusion
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/06/21 20:34
僕となのははアースラの食堂の一角を借りて勉強をしていた。

二人で並ぶように座り、参考書とノートを広げる。

僕は日本語の読み書きを、なのはは国語の勉強をそれぞれ行う。

勉強している僕らの正面にはコーヒーカップを片手に読書に耽るソル。

手にしているのは『デバイスマイスターを目指して 上級者編』。当然ミッド語で書かれた代物だ。

管理局を半ば恐喝するような形で協力体制を取って既に十日。

彼が異様な程ハイスペックなのは初めて会ったその日から知っていたが、僅か数日でミッド語を完璧にマスターするとか非常識にも程がある。まあ、今更驚かないけど。

その所為かどうか不明だが、ミッド語を教えていた僕が今度は日本語の勉強をやらされるハメになった。何故だ?

別に他にやることがある訳じゃないし、日本に居れば役に立つだろうからいいか。

そんなことを考えながら、参考書に掲載されている漢字を順に意味と読みと形をノートに書き写し、覚えるまで何度も繰り返し練習する。

「お兄ちゃん、此処がよく分かんないんだけど」

「あ? 何処がだ? 見せてみろ」

隣に居るなのはが挙手、ソルに分からない部分を聞いている。

「この問題の意味がよく分かんないんだ」

「これは………まず此処の文章で何が言いたいか分かるか?」

「ううん」

「それが分かんねぇと話にならねぇ、まずだな―――」

ソルは面倒臭がり屋に見えて、意外と面倒見が良い。僕となのはの勉強もソルから言い渡された(模擬戦で負けて)ことだ。

彼は一見粗暴だけど、実は身内にかなり甘いし、「面倒臭ぇ」が口癖なのになんだかんだ言って話を聞いてくれる。

もし僕に兄が居たら、きっとこんな感じなのかな? 僕が感じている彼との距離感は少し年の離れたお兄さんに接しているようだ。



―――勝手に兄扱いしてるけど、もし彼が僕のことを弟として見てくれたら凄く嬉しいな。



「―――という訳だ、分かったか?」

「うん、ありがとう、お兄ちゃん」

どうやらなのはの疑問は氷解したらしい。

それからしばらく僕達は黙々と勉強を続けて、

「あ」

「ん? どうしたユーノ? なんか分かんねぇとこでもあったか?」

「いや、そうじゃなくてね。これなんだけど」

「ああ?」

「何々?」

僕はふと疑問に思った漢字をソルとなのはに見せた。

「”名”?」

「名前の”名”だね」

「これがどうした?」

「えっと、今更なんだけどソルの名字が気になって」

「俺の名字?」

「だって、ソルってなのはのお兄さんなんでしょ? 血が繋がってないことは一目で分かるけど、どうして高町って名乗らないの?」

ソルは誰もが認める高町家の一員だ。だというのに、ソルは”高町”と名乗らない。何時も自己紹介する時は『ソル=バッドガイ』である。

「ソル=バッドガイ・高町って名乗るのが普通なんじゃないかな~と思っただけなんだけど」

「んなの簡単だ。俺はただの居候だからだ。戸籍上、俺は高町家に住んでるだけってことになってる」

「え? そうなの?」

「後見人は一応、親父とお袋になってるがな」

「へ~」

「確か、五年くらい前だったっけ? お兄ちゃんがウチに転がり込んできたのって」

「お前ら高町家の人間が引きずり込んだ、の間違いだ」

「えへへ♪ そうだっけ?」

「そうだ」

にこやかな笑みを浮かべるなのはと、やれやれと溜息を吐くソル。

今の二人のやり取りを聞く限り、ソルが高町家の居候するようになったのは今から五年くらい前。

でも、どうして?

「ソルがなのはの家に居候してる理由って、聞いちゃダメなことだよね?」

僕は地雷と分かっていながら口にしていた。

単純な興味もあるけど、もっとソルのことを知りたいという欲求を抑え切れなかった。

ソルにこんなことを聞いて怒られるんじゃないか、嫌われるんじゃないか、正直内心ビクビクしている。

でも、

「別にいいぜ。あん時はその日暮らしの放浪の旅、悪く言えば根無し草な生活してたとこに、お人好しの高町家の面子に拾われた。それだけだぜ」

淡々と事実を語るソルの顔は何時も通りの仏頂面。もしかして、何とも思ってない?

「そうなの?」

「ああ」

「じゃあ、少し僕と似てるね」

「あ?」

僕は少しだけ自分のことを語ることにした。

「僕には両親ってものが居なくて、物心ついた頃からスクライアの一族に育ててもらったんだ」

「………ユーノくん」

「………」

「勿論、一族の皆が僕の家族だけど、ソルとなのはみたいに『この人が僕のお父さん、お母さん』っていう人が居なかったから。ちょっとだけ、二人のことが羨ましいって思ったんだ」

なのはが悲しそうに俯き、ソルは黙って聞いていた。

周りの空気が一気に寂しくなる。

「あ、ゴメンね。僕の変な話の所為で雰囲気悪くしちゃって」

「そ、そんなことないよ!!」

なのはが慌てて言ってくれるが、空気が沈んだのは確かだ。

「ア、アハハ。気にしないで、別にスクライアの一族に不満がある訳でも、二人を僻んでる訳でも無いから」

「………もし」

「え?」

ソルがぼそりと呟く。

「もしこのまま無事にジュエルシードを回収し終えたら、ユーノはどうすんだ?」

後残すところ六個。フェイト達の件もまだ終わっていないけど、もう終わりが近付いている。

「………そう、だね。この件が終われば、僕はきっと一族の元に帰る………かな」

そうだ。今まですっかり忘れていた。今回僕が地球に持ち込んだ問題は、もうすぐ佳境を迎えているんだ。

帰らなければいけない。ソルとなのはと別れなければいけない。



―――それは………嫌だな。



そう思うと、不謹慎にも今回の件はまだ片付いて欲しくなかった。

自分でも分かってる。ただの子どもの我侭だ。

もっと二人と一緒に居たい。せっかく仲良くなったのに、別れることになるなんて嫌だ。

それになにより、



―――ソルに、認めて欲しい。



初めて会った時は怖かった。そして見た目通り容赦の無い人だった。

おまけに凄く頭が良くて魔法に関しては天才、はっきり言ってソルは僕にとって畏怖の対象だった。

でも、本当は優しい人だと知った。

優しいから、身内以外の人間には容赦が無いんだ。

そのことに気付くと、今までソルを怖がってた感情は反転、僕は彼を尊敬し、目標としていた。



―――何時か、僕もソルみたいになりたい………いや、必ずなってみせる。



心の底から思った。

鋭利な眼差し、大きい背中、強い心。

追いかけ続けてきた後ろ姿。それを見失うことになるなんて、とても悔しい。

僕はそんな事実に拳を握り締め、唇を噛んだ。

「ユーノに一つ提案がある」

唐突に、ソルが言った。

「ジュエルシードの件が片付いてもお前が地球に残るってんなら………俺から親父達に相談してみようと思うんだが、どうする?」

「………え?」

耳に入ってきた言葉の意味がよく分からず、間の抜けた返事をしてしまう。

「だから、お前が良ければウチで暮らさねぇかっつってんだよ」

「………く、くく、お兄ちゃんのツンデレ」

「うるせぇぞ」

「キャー♪」

ギロリと睨まれたなのはが楽しそうな声を上げながら一目散に逃げる。

そんななのはを苦々しい顔で見送りながら、ソルは言った。

「………親父達の返答次第だがな」

「………」

僕は目尻から零れそうになる涙を我慢しながら、今の気持ちをしっかり口にした。

「ありがとう、ソル。嬉しいよ」

「フン………礼言われるなんざ、柄じゃねぇ」

ぶっきらぼうに返したソルは、僕にそっぽを向いて本に視線を戻す。

だけどその眼は、とても優しかった。





勉強を一時中断し、おやつを食べている時でした。

「あのさ、また名前の話になるんだけどさ」

「今度は何だ?」

ユーノくんの言葉にお兄ちゃんが相変わらずぶっきらぼうに応えます。

「バッドガイって変な名前だよね」

「………」

お兄ちゃんはその言葉に黙り込みます。

「あ、それ私も最近英語の勉強するようになって思った。英語でバッドは『悪い』、ガイは『男』って意味だもんね。名字としては変だけど、お兄ちゃんらしいよね」

「確かに”悪い奴”だなんて、ソルらしいや」

「………お前らはどうなんだ」

少し不機嫌そうなお兄ちゃん。ちょっと意地悪し過ぎたかな?

「私はお兄ちゃんが知っての通り、菜の花から取ったんだよ」

「僕はよく分からないんだけど、聞いた話によると”喜び”と”集まり”っていう意味の二つの言葉のそれぞれの頭文字から取ったらしいよ?」

「へ~、喜びが集まるようにって意味が込められてるんだよね? なんか素敵」

「なのはだって花から取ったんでしょ? 可愛いじゃないか」

「えへへへ。菜の花の花言葉には『快活』『元気一杯』『小さな幸せ』って意味があるんだ!!」

私とユーノくんはお互いの名前を褒め合います。

「………知ってるか? 菜の花って食えるんだぜ。おひたしとか、からし和えにしてな」

「お、お兄ちゃん!! なんてこと言うの!!!」

お兄ちゃんが横からとんでもないことを言い出します。私の名前の元になったものを食べるだなんて!!

「それって美味しいの?」

「ユーノくん!?」

「あんまり美味くねぇ」

「ダメじゃん」

「全くだ」

「二人共酷いよ!!!」

しかも貶されました。

最近この二人の息がぴったりです。仲が良いのは良いけど、なんか二人共私の預かり知らぬ部分で”繋がり”のようなものがあって、少しだけユーノくんに嫉妬してしまいます。

「ところでソルは?」

「ああ? 面倒臭ぇ、知りたかったらテメーで調べろ」

「そういえば私知らない。お兄ちゃん自分だけず~る~い~。教えてよ」

「『ソル』という単語は地球の古い言葉で”太陽”もしくは”太陽神”を表す意味の筈よ」

答えたのはお兄ちゃんではなく、少し離れた所からコーヒーカップを片手に歩いてくるリンディさん。

「隣、失礼するわね?」

「………好きにしろ」

お兄ちゃんの返事に頷くとその隣に腰掛けるリンディさん。

「”太陽”に”太陽神”か。格好良い名前だね」

ユーノくんが褒めてくれます。それにしても”太陽”だなんて、凄く素敵な名前です。私は自分の名前が褒められた時よりも誇らしくなってきました。

「でしょう?」

「なんでお前が偉そうなんだ」

コツン、とお兄ちゃんに優しく人差し指で額を突っつかれます。

「だって嬉しいんだもん」

「………やれやれだぜ」

そんな私達のやり取りを眺めながら、リンディさんが微笑みます。

「貴方達って本当に仲が良いわね」

「そんなの当たり前ですよ。私とお兄ちゃんは世界で一番仲が良い兄妹なんですから」

「そうなのか?」

「そうだよ」

「普段のキミ達を見ててあれで仲が悪いんだったら軽く引くよ」

ユーノくんが苦笑します。

「そうね。特にソルくんがなのはさんに向ける愛情には並々ならぬものを感じるわ」

お兄ちゃんが私のことを大切に思ってくれていることはよく理解していましたが、他の人から面と向かって言われるととても恥ずかしいです。

あうぅ。顔が熱いです。

「うるせぇぞテメーら」

「あれ? もしかしてソル、照れてる?」

「黙れユーノ。火達磨になりてぇか」

「今日はもう遠慮しとく。さっきの模擬戦で三回も灰になるかと思ったし」

「ちっ」

急に乱暴な口調になるお兄ちゃん。でもこれは不機嫌になったとかではなく、単に照れ隠しなだけです。前にお姉ちゃんが言ってました。『ソルみたいな男の子はね、カッコツケマンの癖して恥ずかしがり屋なんだよ。しかも表情には出さないけど口には出るタイプ。だから不機嫌に見えるかもしれないけど、それってただの照れ隠しなんだよね』って。

それに、本当に不機嫌だったり怒っている時のお兄ちゃんは家の中で一番怖い存在です。でもそんな状態だったらすぐに分かるし、今のお兄ちゃんは全然怖くないので、照れ隠しということになります。

普段は粗暴なのに、こういう時は私と同じように照れてるお兄ちゃん………可愛いな~。

「うふふ。ソルくんとなのはさんの仲も良いけど、ソルくんとユーノくんの仲も良いんじゃない?」

「え?………それは」

「まあな」

答えに窮していたユーノくんと、あっさりリンディさんの言葉を認めるお兄ちゃん。

そんなお兄ちゃんの態度にユーノくんが眼を輝かせます。

むむぅ。なんか納得いきません。私との仲は疑問系で答えていたのに、どうしてユーノくんとの仲は即答しちゃうんだろう。

これはちょっと文句を言わなければ。

私が口を開こうとしたその時、耳を思わず塞ぐ程の音量のアラートが鳴り響きました。





ブリッジに駆け込むとやたらとでかいメインモニターが表示され、海上にいくつもの竜巻と雷が発生している光景が映し出されていた。

「何だこりゃ?」

「残り六つのジュエルシードは海に沈んでいる可能性が高かった。そして彼女達はそれらを一気に回収しようとして魔力流を送って強制発動させたらしい」

俺の疑問にクロノが答える。

「まさか六個共この海の中に揃っているとは………それにしても彼女達は無謀なことをする。個人で封印するには魔力の限界をとっくに超えている筈だ」

モニターの中で、フェイトが必死になって竜巻と雷を避けつつジュエルシードを封印しようとしている。アルフは雷に捉えられて身動きが取れないらしい。

「フェイトちゃん、アルフさん………」

そんな二人を見て、なのはが悲しそうな声を出す。

「私、今すぐ現場に―――」

「その必要はないよ。放っておいても自滅する。仮にしなかったとしても、消耗したところを捕らえればいい」

クロノは冷静な声で非情になのはの意見を切り捨てた。

「捕獲の準備を」

「了解」

「残酷かもしれないけど、私たちは常に最善の方法を取らないといけないの」

アースラ陣が淡々と作業準備を進める中、なのはの表情が愕然となる。

「そ、そんな………」

これが組織というものだ。常に大局を見据え、必要最小限の犠牲で最大の成果を得る。それが組織として正しい在り方だ。そこに一個人の感情や意見は入らない。入ってはいけない。もしそんなことをしてしまえば組織としての枠組みが瓦解するからだ。

俺はモニター内のフェイトとアルフを見る。

疲弊しながらも動き回り、何とかして封印作業を行おうとしているフェイト。雷に拘束され苦しそうな、悔しそうな表情のアルフ。

俺はその場から踵を返した。

「? 待て、ソル。キミは何処へ行くつもりだ?」

立ち去ろうとする俺を目敏く見つけたクロノ。

「決まってんだろ。フェイトとアルフを助けに行くんだよ」

「なっ!? キミは僕の話を聞いていなかったのか!? その必要は無い!!」

「お前達にはな」

驚いた表情をするアースラ陣を一瞥すると、俺は歩き出した。

「待ちなさいソルくん。命令よ、従ってもらうわ」

「なら契約通りに”俺が従う必要無しと判断した場合は命令に対する絶対拒否権”を行使させてもらうぜ」

リンディが喚くので一蹴してやる。

「貴方は自分が何をしようとしているのか分かっているの?」

「気に入らねぇんだよ」

「………何ですって?」

俺は立ち止まり振り替える。そして、その場に居る全員に聞こえるように言ってやる。

「確かにテメーらのやり方ってのは正しいぜ。必要最小限の犠牲で最大の成果を得る、それが組織だからな。それにテメーらにとっちゃフェイト達は敵で、捕縛するべき対象なら尚更な」

ヘッドギアを装着し、左手に封炎剣を召喚する。

「だがな、俺にとっちゃフェイトはただのガキだ、なのはと同い年のな。敵だとか思ったことなんて一度も無ぇし、知らない仲でもねぇ。ついでに言えば窮地に陥ってるのを見捨てる程険悪な関係でも無ぇ」

「………」

「協力する以上はそちらの指示に従うつもりだった、事実今まで従ってきた。だが俺は、お前達が組織でありそのやり方が正しいと理解していても今回は納得出来ねぇ。だから、あいつらを助けに行く………もし、その邪魔をするってんなら………」

俺は封炎剣を構え、普段抑えている”力”を解き放ち、殺気を滲ませ威嚇する。

「選べ………道を空けるか、クタバルか」

しぃん、と静まり返ると同時に緊張感が沸き立つ。

そのまま十秒もしない内に、なのはとユーノが黙って俺の隣に立ち、二人同時にバリアジャケットを展開する。

「………お前ら」

「私はお兄ちゃんの意見に賛成するよ。だってフェイトちゃんのこと、助けたいもん」

「僕もソルに従うよ。たとえキミの行動が他者から間違っているように見えても、僕達にとっては間違ってないって信じてるから。転移魔法準備開始」

「礼は言わねぇぞ」

そんな俺達をリンディが苦々しい顔で見る。

「貴方達………」

「ワリィな。自分でもよく分かってたことなんだが、どうにも俺には団体行動ってのが無理らしい」

「ごめんなさい、リンディさん」

隣でレイジングハートを槍形態にし、穂先をリンディ達に向ける姿勢でなのはが謝った。

俺となのはとユーノの三人の足元に緑色の円環魔方陣が出現する。

「ソル、準備完了」

「ま、待ちたまえ!!」

慌てたクロノが飛び出してくるが、

「ユーノ、やれ」

「転移開始」

俺はクロノを無視してユーノに命じる。その途端、転移魔法が発動し俺達三人はアースラから姿を消した。










背徳の炎と魔法少女 13話 Conclusion










灼熱のような殺気と威圧感から解放された私は、命令無視されたとはいえ彼にこの場で暴れられなかったことに安堵した。

もし逆らえば、どうなっていただろうか?

想像してみてゾクリと肝が冷える。下手をすればアースラが沈んでいたのではないか?

この艦に乗り込んでいる魔導師の中で―――勿論私も含め―――純粋な戦闘においてソルくんに勝てる者なんて存在しない。あんなモノに真正面から戦えと言われたら、私は時空管理局の立場が無ければ裸足で逃げ出すだろう。

「艦長!! 彼らが―――」

「もういいわクロノ」

「しかし!!」

「私程度の人間が彼を御し切れる訳が無かったのよ」

事情聴取で私の真意が見抜かれた時から、彼は普通ではない非常に異端な存在だと理解はしていたけど、認識が甘かった。

彼の眼。あれは己の信念にのみ従う戦士の眼だ。その為の覚悟を決めた眼でもある。

自身の目的の為、自身の誇りの為、自身が掲げる戦う理由の為にしか決して動かない。

そこに他者の価値観や倫理観なんてものは介入出来ない。もし無理に入り込もうとすれば問答無用で叩き潰される。そんなことは彼を見れば火を見るよりも明らかだ。

(私はもしかしたらとんでもなく危険な猛獣、しかも鎖に繋がれていない暴れ竜みたいなものを引き込んでしまったのかもしれないわ)

長年管理局に勤めているが、彼程の眼とプレッシャーを持っている人間に出会ったことは無い。歴戦の魔導師の中には彼に似た者は何人も居たが、ソルくんと比べてしまえばまさに”子ども”だ。

醸し出す貫禄が違う、滲み出る存在感が違う、放たれる威圧感が違う、向けられる殺気が違う、感じられる覚悟が違う。

おまけに戦闘能力も一級品だ。これで言うことを聞けと言う方がどうかしてる。

「クロノ、何時でも出れるように準備しておきなさい」

「了解」

予期せぬ事態に備えて万全を期する。後は、全てが上手くいくこと祈るのみ。

………どうか、赤い竜がこちらに向けて炎を吐きませんように。





いくら何でも残ったジュエルシード六つを相手に、同時に封印しようなんて無謀だった。

でも、今更泣き言なんて言ってられない。無理だからやめようと注意してくれたアルフを強引に押し切ってまで始めたことなんだ。途中で投げ出すことなんて出来ない。

今は全力でジュエルシードを封印する。それに集中しないと!!

竜巻が荒れ狂い、雷が降り注ぐ中、私は何とかして封印しようと動く。

なのに体力が、魔力が持たない。疲労は焦りを生み、焦りは私の集中力を乱す。

「フェイトッ、後ろ!!」

アルフの声が周囲の音に掻き消されそうになりながらも鼓膜に届く。

振り向けば背後には既に巨大な竜巻が迫っている。

回避は、無理だ。眼前には一際巨大な竜巻、左は雷、右は竜巻、背後は雷で囲まれている。迎撃も不可能。こんな大きい竜巻相手に今の疲弊した状態の私じゃどうにも出来ない。アルフもさっきから雷に纏わり付かれて身動き出来ない。

絶望的。

せめて出来る抵抗といえば、全魔力を注いで防御魔法を展開すること。当然、これだけの規模の竜巻に巻き込まれたら無事では済まないのは分かっている。けど、私にはもうこれ以外打つ手が無い。

「………ごめんなさい」

最期に出てきたのは謝罪の言葉。

私の帰りを待っている母さんへ、今までの無理に付き合ってくれたアルフへ。

そして。

「………ソル」

初めて会った時に助けてくれた炎の少年。頼りがいのある力強い後ろ姿。仏頂面な顔。ぶっきらぼうな態度。不敵な笑み。優しく撫でてくれた暖かい手の平。叱ってくれた時の怒った表情。

結局、彼との約束は破ることになってしまった。怪我しないようにって言われたのに。

もうすぐ傍にまで迫った竜巻を諦めと絶望が混じった眼で見るのは止め、眼を閉じる。



―――死ぬ前にもう一度だけ、ソルに会いたかったな。



覚悟を決めたその時、

「ガンフレイムッ!!!」

力強い声が、再会を望んだ人物の声が、はっきりと聞こえた。





突如上空から降り注がれた幾筋もの火炎が、フェイトに迫る竜巻と雷を喰らい、引き裂き、貫き、爆音と共に無力化していく。

アタシは火炎が飛んできた方向を見る。

「てええええええええええええやああああああああああああああああああああああっっっ!!!」

そこには、こちらに向かって咆哮を上げながら剣に炎を纏わせ、急降下するあいつが居た。



―――ザンッ!!



アタシに絡み付いた雷が斬り裂かれ、霧散する。

自由を取り戻したアタシに一瞥もくれずに、そのままあいつはフェイトを剣を持ってない腕で抱え、離脱。

「………ソ、ソル!?」

抱き締められたフェイトが、顔をトマトみたいに真っ赤にさせながら戸惑いの表情を浮かべる。

無理も無い。フェイトはソル達が時空管理局に協力したと分かった時点で自分達の敵と決め付けちまってたし、そんな想い人から突然抱き締められたら動揺もする。

「フェイトちゃん、アルフさん、無事!?」

「アルフ、早くこっちに来るんだ!!」

なのはと、誰だい? まあ、この際細かいことはいい、とにかく誰でもいいや。この場にソルと一緒に出てきてくれたってことはソルの味方で、ソルの味方ならフェイトの味方ってことになる。

アタシは誰か分からないが聞いたことのある声に従う。

そこにフェイトを抱えたソルもやって来る。

「お前ら、怪我は?」

「な、無い、けど」

「アタシも、あんたのおかげで大したこと無いよ」

「ならいい」

なんでソルが此処に居るのかまだよく分かってないフェイトは戸惑いながらも返事をし、そんなフェイトの頭を優しく撫でるソル。

そんな二人を見てアタシは思わず泣きそうになっちまったよ。

やっぱりソルは来てくれた。こいつは何時だってフェイトのことを気に掛けてくれていた。守ろうとしてくれていた。アタシじゃ力不足な時も、こいつは何とかしてくれた。

分かるかい、フェイト? フェイトはソルにこんなに想ってもらってんだよ? それは凄くありがたいんだよ? これでもまだ、ソルが敵だと思ってるのかい?

「何泣いてんでお前は。まだ終わってねぇ………見ろ」

ソルがアタシの顔を見て呆れた顔をすると、ついさっきまでほとんど消滅していた竜巻と雷が再び姿を現し始めた。

「これは………元になってるジュエルシードを何とかしないとダメだね」

誰か分からない民族風のバリアジャケットを着込んだ線の細い少年―――野生的なソルと対照的な―――が考え込むように言う。

「ユーノの言う通りだな」

え? ユーノ? こいつが? どうして人間の姿に? ソルの使い魔でフェレットじゃなかったのかい?

混乱しているアタシと、やはり同様にソルに抱えられながら驚きの表情のフェイト。フェイトはアタシ以上に混乱していて、ソルの顔とユーノの顔を何度も何度もキョロキョロ見る。

そんなフェイトを気にも留めず、ソルは抱えていたフェイトを離すと、アタシ達から少し距離を取る。

「ソル、どうするつもり?」

「俺があれを何とかする。ユーノとアルフは防御魔法を、なのはとフェイトは封印の準備をしろ」

「お兄ちゃん、封印の準備は分かるんだけど、防御魔法って?」

なのはの疑問にソルはすぐに答えず、首を回してゴキゴキと音を立てた。

「………少し、本気を出す」

「「「「っ!!!」」」」

その言葉が聞こえた瞬間、ソルから濃密な魔力が溢れ出す。

まるで触れれば蒸発してしまう熱を帯びているような、灼熱の魔力。熱くて、激しくて、燻っていたマグマが出口を求めて滾っている、まるで火山口に居るような錯覚を覚える。

「ユーノとアルフの二人は俺の攻撃の余波がなのはとフェイトに行かないように全力で防御しろ」

「う、うん!!」

「………分かったよ」

慌ててユーノが答え、私はソルの底知れぬ魔力に戦慄しながら返事をする。

「なのはとフェイトは竜巻と雷が沈静化したら即座にジュエルシードを封印しろ。いいな?」

「「は、はいっ!!」」

アタシ達の返事に満足気に頷くと、更に距離を取り、アタシ達から離れていくソル。

「何をするつもりなんだい、あいつは?」

「たぶん、前に暴走したジュエルシードに対して似たようなことをするつもりだと思うんだけど、前は一個だったからね………でも今回は六個………つまり」

「前より凄いのぶっ放そうってことかい?」

「………『少し、本気を出す』って言葉から察するに、恐らく」

疑問に答えたユーノが脂汗をかきながら青い顔をして答える。

「じょ、冗談じゃない!! あんなのもんどうやって防げって言うんだい!!!」

ソルがジュエルシードの暴走体を欠片も残さず蒸発させたことを思い出す。あいつはの攻撃は防御魔法を突き破り、周囲を一瞬で黒焦げにしちまうような威力があるんだよ。そんなもん喰らったら、走馬灯が脳内を駆け巡る前にあの世行きだよ。

「お、落ち着いて、別にソルの攻撃を直接防げって言ったんじゃなくて、あくまで余波だから、余波!!」

「余波だけでも十分な威力だよ!!!」

「ぐ、それは………言い返せない。でも、被害を最小限にする為になるべくソルから離れよう」

「そいつは同感。フェイト、なのは、此処じゃ不安だからもっと距離を取るよ、ついておいで」

「あ、はい」

「分かった」

アタシを筆頭に、ユーノ、なのは、フェイトの順にソルから離れる為に上昇する。

眼下の遥か先にかなり小さくなったソルの姿が見える距離。そこまで来て止まる。

「此処まで来れば大丈夫かね?」

「たぶん、きっと、恐らく大丈夫なんじゃないかと」

「何だいはっきりしないね!! 男はソルみたいに即断即決するもんだよ」

「いや、そんなこと言われても直面してる事態が事態だし」

『その距離なら十分だ』

「わあぁぁぁ!? ビックリしたぁぁぁ!!」

突然のソルからの念話に悲鳴を上げるユーノ。

『そろそろやるぜ。準備はいいか?』

「あ、お兄ちゃん少し待って」

確認を取るソルになのはが待ったを掛ける。

「フェイトちゃん、身体の調子はどう?」

「え?」

「お兄ちゃんのおかげで魔力は回復してると思うんだけど、一応聞いておかないと」

「ソルのおかげって、あいつフェイトに何かしたのかい?」

そんな仕草は全く無かった。

「ソルはレアスキル持ちなんだよ」

「「レアスキル?」」

アタシとフェイトの声が唱和する。

「お兄ちゃんは触れたものに対して無意識に大量の魔力を流し込むっていう体質みたいなの」

「僕達はこのレアスキルをそのまま”魔力供給”って呼んでる。初めは全然気が付かなかったんだけど、レイジングハートが説明してくれてね」

「詳しい話はまた後でにしよ? さっきお兄ちゃんに抱き締められてたから、フェイトちゃんの魔力は回復してると思うんだけど、どう?」

途中からなのはの眼がジト眼になってフェイトを見ていたような気がするが、言いたいことは概ね理解した。

「フェイト、どうなんだい?」

「う、うん、なんかよく分からないんだけど、何時の間にか魔力が回復してる………」

呆然とするフェイト。

「本当かい? そりゃ」

「嘘は、言ってないよ」

まだ信じられないという表情のフェイト。そんなフェイトを羨ましそうな眼で見るなのはと、二人を見て苦笑しているユーノ。

「よし、こっちの準備は万端だね。『ソル、オーケーだよ』」

『じゃあ、行くぜ』

ユーノのGOサインにソルが応える。

刹那、ソルの右の拳が金色に輝き始め、感じる魔力が更に高まる。

「「「「………」」」」

とんでもない光量が放たれる。まるであいつの身体の一部が太陽か何かなっちまったような光。それはとても美しい光であると同時に、とてつもない破壊力が込められているのが容易に分かる。

誰も無駄口を叩かない。あの光に魅せられている。どんな高価な宝石も足元にも及ばない、美しさと力強さを秘めた輝き。

それはまさに、小さな太陽だった。

ソルは弓を引き絞るように思いっきり振りかぶると、海面に向かって右拳の太陽を、



「ドラグーン―――リヴォルバーァァァァァァァ!!!!!」



雄叫びと共に投げつけた。

解き放たれた太陽は、途中で邪魔する竜巻や雷を貫きながら真っ直ぐ海面へと向かう。

そして、着弾、



爆音!!!



同時に眼を開けていられない程の強い光。

アタシは眼を瞑って防御魔法を展開した。

バリアにぶつかる爆風。暴れる空気が音となって周囲に響き渡り鼓膜を叩く。

やがて、音が止み恐る恐る眼を開けると、そこにはさっきまでの天変地異のような光景は一切存在しない、静かな海が広がっていた。





『何呆けてやがる。とっととジュエルシードを封印しろ』

ソルの念話を聞いて、なのはとフェイトが慌てて封印作業に入る。

それを見ながら、僕は思わず独り言を呟いた。

「なんて………出鱈目な威力だ」

一部始終を見ていた僕の感想はそれだけだった。

魔力量も、破壊力も、何もかもが出鱈目だ。まるで天候を一瞬でひっくり返すようなことを彼は一回の魔法行使でやってみせた。

いや、魔法じゃない。”法力”とか言ったか。

術の式も構成も全くミッドチルダ式と異なり、真似するどころか解析することすら不可能な魔法の力。ソルだけが振るうことを許された異質な力。

「彼は一体、何者なんだ?」

名前はソル=バッドガイ。高町なのはの義理の兄。話によるとたった二時間でユーノが使う魔法を全て修得。魔法に関しては天才とユーノが言っていた。主に戦闘では謎の力”法力”を用いる。また、ミッドチルダ式と”法力”を組み合わせた新魔法も使うらしい。詳しく調べなくても魔力値と魔導師ランクは間違いなくオーバーS。また、数日でミッド語を完璧に使いこなす点から知能面においても非常に優秀(デバイスを弄くる点から特に理系に強いのではないかと思われる)。

分かっているのはこれだけ。ごく表面的なものでしかない。

彼がもしミッドチルダ式の魔導師であれば此処まで疑問を持たなかっただろう。

しかし、現に彼は僕達とは全く異なる技術を用いて眼の前に存在する。

「………ソル=バッドガイ」

その名を反芻し、僕は思考に耽った。





「やれやれだぜ」

溜息を吐いて首を回す。

封印し終えたジュエルシードを挟んだなのはとフェイトの様子を窺う。

なのはの傍にはユーノ、フェイトの傍にはアルフ、それぞれが付き従っている。

見た限り険悪な雰囲気にはなっていないようで、今すぐ決闘が始まるとは思えない。

出来ればこのまま穏便にことを運べればそれに越したことは無いんだが。

「っ!?」

そう思っていた次の瞬間、魔力を感知。魔力の量からしてかなりの手練、おまけにかなり規模がでかい魔法が展開されるようだ。

刹那、上空から俺に目掛けて巨大な紫の雷が降り注ぐ。

「ちっ! フォルトレス!!」



―――ギィィィィィンッ!!



チェーンソーで金属を切り裂くような耳障りな音が鳴り響く。

展開された緑の円形のバリアが紫の雷を阻む、その時に反発しあった魔力が音と共に火花を発生させ飛び散る。

フォルトレスディフェンスは防御法術の中では最も基本的なものだが、魔力さえあればどんな攻撃も防ぐ鉄壁を誇る最強の盾になる。

しかしその代わりというか燃費が悪く、魔力を異常に食う、発動するとその場から動けない、すぐに反撃出来ないといった欠点も多々ある代物だ。

今の俺は降り続く雷の所為で動けない。

視界の端でフェイトが雷を直撃、墜落していく姿を確認出来る。助けに行ってやりたいがそれをしつこい雷が許さない。

雷を操ってる奴は、どうやら俺を足止めしたいらしい。そしてそれはまんまと思惑通りになってやがる。

「クソが………!!」

フェイトを助けようとしたなのはとユーノも雷に弾き飛ばされる。咄嗟にレイジングハートが防御してくれたおかげで二人には幸い怪我は無さそうだが。



―――野郎、調子に乗りやがって。



アルフが海面に叩きつけられる前にフェイトを抱き止め、そのままジュエルシードに向かって一直線に突き進む。

それを転移してきたクロノが阻むが、アルフの渾身の一撃を喰らって吹っ飛ばされる。

此処からじゃフォルトレスと雷自体が発する光、その二つがぶつかり合う時に出る光でよく見えないが、ジュエルシードで何かあったらしく、アルフが狼のような咆哮を上げる。

そして、海面に魔力弾を撃ち込み水柱を立てると視界から姿を隠す。

再びなのは、ユーノ、クロノに紫の雷が閃光と雷鳴と共に降り注ぐ。

俺を含めた全員が雷を凌ぎ切ると、フェイト達の姿は既に無かった。










後書き


まず、感想掲示板でレス返しをしていたら、三人の方に敬称を付けずに書き込みをしていました。すいません。

わざとじゃないんです。ごめんなさい。すっかり忘れていただけなんです。許してください。


今回のお話について。

コロコロ視点替わり過ぎで読みにくいかもしれません。でも気が付いたらこんな風になってたんです。


キャラの名前について。

これは私が勝手に解釈したものですので、こんなん違うとか言わないでくれると助かります。

なのはは読みから、ユーノはwikiで名前の由来があってその更に由来から。ソルは和訳です。


リンディさんがソルから向けられるプレッシャーは『G級のテオ・テスカトルに全裸アイテム無し猫飯無しで初期武器の状態で挑むもの』だと思っていただければイメージしやすいかと。

モンハンやったことない方々、ごめんなさい。余計分かりませんよね。


物語りもいよいよ大詰め、執筆頑張りますよ。

では、また次回。




[8608] 背徳の炎と魔法少女 14話 Still In The Dark
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/06/26 03:08
額に青筋を立てたリンディがにこやかな笑みを浮かべつつ、それでいて全く笑ってない眼で俺を睨んだ。

「今回の件で何か言いたいことはある、ソルくん?」

「無ぇ」

「無いってことは無いだろ!! キミは!!」

「クロノ、少し黙りなさい」

横から出てきたクロノが静かに座り直す。

事情聴取に使用した部屋に、俺とリンディとクロノの三人が居る。

所謂、先程命令無視をした首謀者である俺に対しての『お説教』らしい。

こんなことしても無駄だがな。

ちなみに共犯であるなのはとユーノはこの場に居ない。俺さえ抑え付ければあの二人は自動的に指示に従うと思い込んでいるんだろうが、それこそ大きな間違いだ。

そもそもこいつら程度に俺を抑え付けられる訳が無い。俺がそんなんだったら聖騎士団時代にもっとカイと上手くやれてた筈だ。

更に言えば、なのはとユーノは俺の考えに唯々諾々と従ってる訳じゃない。あいつらはあいつらなりに考えた上でどう行動するかを自分の意志で決めている。少なくともなのははそういう風に育ててきた。ユーノは付き合いが短いが、管理局と協力体制を取る時に見せた啖呵切った姿からその片鱗は出てきた。

「いい? 契約上”命令の拒否権”を認めたのは確かだけど、それでも限度ってものがあるわ。今回の行動は一つ間違えれば大惨事になっていた可能性が大きいのよ」

嗜めるような、諭すような優しい口調。



―――女狐が。



「単刀直入に言え。何が言いたい? 遠回しに、『貴重な戦力が消えるかもしれなかった。今回だけは認めてやるが次は無い、これからはこちらの指示には絶対服従だ』としか聞こえねぇぞ?」

「っ!! 何もそこまで言わないわ。私はそんなつもりで―――」

「見え見えなんだよ」

俺は故意に皮肉な口調を使う。これから先こいつらに便利な駒扱いされないように、逆に俺にとって都合良く動いてもらう為に、あえて不敵な態度を取ってやる。

ツラツラと考えていた台詞をそのまま口にする。

「リンディはハナっから気付いてんだろ? お前達が俺達を利用していると同時に、俺達もお前達を利用してるってことに」

さすがにリンディは経験値が高いので鉄面皮をかぶっているが、その隣に座るクロノは心の何処かで俺達に対して申し訳ないという感情でもあったのか、少し表情に翳りが出る。

「お互いが納得した上で契約は成立したが、それは信頼し合って出来たんじゃねぇ。ただ、利害が一致しただけだ」

俺達というよりは完全に俺の独断だが、こちら側は『フェイトとの和解』と『ジュエルシードを地球から排除する』為に。フェイトに関しては完璧に俺の個人的感情だから誰にも言っていない。しかしリンディなら気付いているだろうが。

管理局は『戦力の増強』と『ジュエルシードの回収』。AAAとかいう管理局で5%も存在しないランク持ちのフェイトを相手に、アースラの戦闘要員ではクロノを除くと厳しいとか。もしジュエルシードが暴走した時、俺みたいにその場で即無力化させられる者が居ないとか、そういった理由がある。

「この際だからはっきり言ってやる。俺は時空管理局に所属した訳でも、テメーらの部下になった訳でも無ぇ」

こういう部分に一番勘違いしてそうなクロノとかは特に分からせてやる必要がある。

「利害が一致して、そちらから協力要請があったから、戦力を貸す代わりに、報酬を要求して、使い潰されないように命令拒否権を認めさせた。俺の言ってることで何かおかしいところがあれば言ってみろ」

なるべくゆっくりと、一つ一つが重要であるように区切って、分かり易く言ってやる。

「………しかし、先程の命令を拒んだ理由が不明瞭だぞ」

しばらく黙考していたクロノが反撃の糸口を見つけたと言わんばかりに自信満々に言った。

馬鹿が。その程度で俺を論破しようなんぞ、百年早ぇ。

「なら逆に聞くが、あの時お前達の命令に従い、フェイトを見殺しにしたとする………で? その後は?」

『見殺し』の部分を強調する。

「………何?」

「お前言ったな、『放っておいても自滅する。仮にしなかったとしても、消耗したところを捕らえればいい』と。もし仮に言った通りフェイトは自滅、リンディの言った『最善の方法』によって死亡したとする。で、それから先はどうすんだ? フェイトが死ねば事態は好転したのか? 言われたままに放置して、その間にジュエルシードの暴走範囲が拡大していたら? 俺達とお前達の全員が力を合わせてもどうしようもない状況になっていたら? 次元震ってのが封時結界内でも世界に影響を与えるってことはもう知ってる筈だろ? 結界を張っても意味は無ぇし、そもそも結界が暴走によって破られると考慮しなかったのか? 街に被害が出て、魔法と関係の無い市民に死者が出ていたとしたら? 最悪、次元断層が発生して地球が滅んでいたら? その時、時空管理局所属のリンディ・ハラオウン提督とクロノ・ハラオウン執務官はどうしてたんだ?」

俺は反論させない為に矢継ぎ早に攻め立てる。

「「………」」

リンディの安いメッキが剥がれバツの悪そうな顔が覗き、クロノは愕然として言い返してこない。

かなり強引な言い方で二人に、俺の考え得る中で最低最悪の事態を突き付けた形になったが、絶対にあり得ないとは言い切れないだけに反論は無いようだ。

『常に最善の選択を』とか『最悪な事態は絶対に避ける』とか考えてる連中ほど、痛いところを突かれることにとことん弱い。

「答えられないか? ………なら、沈黙は俺達の行為が正しいと解釈するぜ? 『俺にとっての最善』は『お前らにとって命令無視』に映っても結果はベターだった、ま、今更結果論ではあるがな。………いかにこの『お説教』がナンセンスか理解したか?」

立ち上がって踵を返す。

「人にケチつける前に、テメーの足元よく見やがれ」

意気消沈した二人に、俺は内心ほくそ笑んだ。

これでいい。相手が反論出来ない部分を突いて黙らせるという多少卑怯な手段を執ったが、これで俺にゴチャゴチャと文句を言ってこなくなる。むしろ俺の言うことを聞くようになるかもしれん。今回の件は良い機会になった。

管理局側がフェイトを見捨てる選択をした時点で、俺はこいつらを見限った。

海鳴市にばら撒かれたジュエルシードは二十一個、一部を除いて無事に封印された。

当初の予想通りジュエルシードはアースラの優秀なスタッフ達が見つけてくれた。

上出来だ。

後はフェイトが抱える問題のみ。

それが済んだら、管理局の連中なんぞどうでもいい。この件にケリが着いたら、危険な石を持って大人しく自分達が暮らす世界に消えてもらえるとありがたい。

それまで精々、俺の手の平の上で踊ってくれ。

たとえどんな事態に陥っても、どんなに強い敵が立ちはだかっても、俺が成すべきことは変わらねぇ。

あいつらを守る。

その為には利用出来るもんは何でも利用する。それがたとえ汚いと罵られるようなことであろうと。

邪魔する奴は容赦しねぇ。跡形も残らず焼き尽くしてやる。

ただ、それだけだ。










背徳の炎と魔法少女 14話 Still In The Dark










SIDE ???



私は呼吸を荒げながらも、胸に滾る激情と共に鞭を振るう。

その度に人形が耳障りな悲鳴を上げる。

が、同時に私の体内で内臓や筋肉も悲鳴を上げていた。

病魔に冒されているだけではない。先程の無理な魔法行使が想像以上に肉体に負荷が掛かっていたからだ。

本来なら三発四発叩き込むだけで終わりにするつもりだった。

だが、ジュエルシードの暴走を一撃で沈静させた赤い服装の少年。とてつもない程強力で、異常性のある炎を操り、ミッドチルダ式でもベルカ式でもない力を行使していた姿に警戒心を抱かざるを得なかった。

だから彼だけは仕留めておきたかった。敵に回すと絶対に不利になる。

しかし、彼は私の渾身の魔法を完璧に防ぎ切ってみせた。見たことも無い防御魔法を展開し、私の雷はそれを貫くどころか罅を入れることすら出来なかった。

一体何なの? あの少年は!!!

彼を狙い続けたその所為で必要以上に魔法を使ってしまい、その影響が身体に出ている。

忌々しい。

ジュエルシードが集まらないことも、この人形が役に立たないことも、時空管理局が出てきたことも、あんな子どもにかつて大魔導師と呼ばれた私の攻撃が一切通用しなかったことも、何もかもが忌々しい。

八つ当たりに一際強く鞭を振るう。

悲鳴を上げて気絶する人形。

「ぐ」

嘔吐感がしたので手で口元を覆うと、吐血していた。

何時ものことだが、今回は先程の魔法行使が相当響いているらしい。

「時間が………無い」

私は荒い息を吐きながら、何とか呼吸を整える。

呼吸が整うと、私はそのまま地下の研究施設へと歩き出した。



SIDE OUT










エイミィが『情報手に入ったよ』と意気揚々と小躍りしてそうなテンションで念話を送ってきたので、俺となのはとユーノの三人はブリッジに向かった。

そこにはエイミィ以外にリンディとクロノも一緒に居たが、俺は二人に視線も合わさずにエイミィの話を聞くことにした。

「あの雷を誰が放ったか分かっただと?」

「うん。この人だよ」

俺に応えながらモニターに映す。

印象は黒髪長髪で陰気な女。特にこれと言って特筆するような外見的特徴は無い。

「プレシア・テスタロッサ。私達と同じミッドチルダ出身の魔導師。登録データとさっきの魔力波動も一致してるから、たぶん本人で間違いないと思うよ。二十六年前に中央技術開発局の第三局長を勤めていて、当時彼女が研究してた次元航行エネルギー駆動炉『ヒュードラ』実験の際、違法なことしたらしくて失敗。結果的に中規模次元震を起こしたとか何とかで中央を追われて地方に左遷。それにしてもずいぶん揉めたみたいだよ? 失敗は結果に過ぎず、実験材料には違法性は無かった、とか。辺境に異動後も数年間技術開発に携わってみたいだけど、しばらくして行方不明になってる」

色々と微妙に端折ってる気がするが大体の概要は分かったので良しとする。

「そこから先は?」

「なんか抹消されてるみたいでさっぱり」

「………」

テスタロッサか。フェイトの名字と一致するな。それにあいつは『母さん』って言っていたしな。



―――…………親子か。俺もかつては一時期とはいえ『親』だったんだよな。



それにしてもこいつがフェイトを虐待してるってのか。良い度胸してやがる。

俺は知らず拳を握り締めていた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

「あ?」

なのはが俺の袖を引っ張る。

「あのね、あの時フェイトちゃん『母さん』って言いながら何かに怯えてたんだ」

「僕もそんな風に感じたね。フェイト、少し様子が変だったよ」

なのはの言葉にユーノが頷きながら肯定する。

フェイトの白い肌に刻まれた鞭の傷跡を思い出す。

「虐待………か」

虐待に怯えない子どもなど存在しない。誰だって暴力を一方的に振るう相手には恐怖を覚えるのは当然だ。しかも自分が子どもで、相手は自分のあらゆる意味で上に立つ親なら尚更。

そんな下衆がフェイトの母親だと? あんなに健気な子どもの? 何かの冗談だと信じたい。

確かに俺だってシンを教育する上で殴ったり蹴ったりした。だが、それはあいつの為を思って躾として、あいつが悪さをした時に限った話だ。何も好き好んでシンに暴力を振るっていた訳じゃ無い。

「エイミィ、もっと詳しく調べてくれ。で、分かり次第情報くれ。どんな些細なことでも構わねぇ、家族構成とか他の経歴とか、当然行方不明になってからもな」

「う~ん、それは艦長にもクロノくんにも言われたからやるし、実際もう本局にデータの問い合せてやってもらってるけど、かなり時間掛かるよ?」

「構わねぇ、頼んだぜ」

「了~解」

俺の注文にエイミィは快く、しかし何処か暢気に返事をした。










SIDE アルフ



アタシは必死になって気絶したまま眼を覚まさないフェイトに回復魔法を掛ける。

ある程度は治すことが出来たけど、やっぱり多少傷跡が残っちまった。

「ごめんね、フェイト。アタシ下手糞だからさ、ソルみたいに綺麗に治してあげられないよ」

涙を拭いながら謝った。

フェイトは応えない。

力無く横たわる主の小さな身体を抱き締める。

(………あの婆)

あの鬼婆に対する怒りと憎しみが沸々と湧き上がってくる。

主の親なんて立場じゃなければ今すぐ殺してやりたい。フェイトが遭わされたことの百倍の苦痛を与えてやりたい。

そう思うと、フェイトの身体を優しくゆっくり横たえる。

アタシは覚悟を決めると飛び出した。

許せない。許さない。

今までは我慢してた。フェイトが母親をどれだけ好きか知っていたから。

でも、もう無理だ。元々アタシは気が長いほうじゃないし、ご主人様を傷つけられて黙っていられる程自制が利く器用な性格じゃない。

むしろ、よく此処まで我慢したと自分を褒めたいくらいだ。

何度も何度も、フェイトに酷い仕打ちしやがって。

溜まりに溜まった積年の怨み。今晴らしてやる。





「糞婆ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

扉をぶん殴ってぶち破る。飛び散った破片が舞う。

室内は荒廃した森のような光景が広がっていたが今のアタシには関係無かった。

鬼婆がこちらに気付いて振り返る。

アタシは構わず飛び込み、むかつくその面に向けて全力で拳を叩き付けた。



―――ガキィィィンッ!!



「あああああああああああああっ!!!」

物理障壁に拳がぶつかる。アタシは構わずバリアブレイクを込め、そのまま振り切ってバリアを突き破る。

もう片方の手を伸ばし、鬼婆の襟首を掴む。

「アンタは母親で、あの子はアンタの娘だろ!! あんなに頑張ってるのに………あんなに一生懸命なのに………なんであんな酷いことが出来るんだよ!!!」

あらん限りの力を込めて叫ぶ。今までの積もりに積もった感情をぶちまける。

しかし、鬼婆はまるで気味が悪そうな眼でアタシのことを見下していた。

その態度が怒りに拍車を掛ける。

「娘に対して、なんで鞭打ちなんて出来んのさ!? ジュエルシードなんて危険なもん集めさせて、一体何するつもりだい!!! ………アンタなんかより、何時もフェイトを心配してくれるソルの方がよっぽど家族らしいよ!!!」

その時、今まで興味なさそうにアタシの言葉を聞き流していた鬼婆の眼に興味の光が宿る。

「ソル? ソルってあの少年のこと? 炎を操る赤い服の子」

「そうだよ!! あいつは何時だってフェイトのことを助けてくれた!! 気に掛けてくれた!! 守ってくれた!! ずっとフェイトのことを想ってくれてた!! こんな所で引き篭もってるアンタとは違ってね!!!」

「そう、情報ありがとう」

「っ!?」

隙だらけだったアタシの腹部に鬼婆の手が添えられ、そこから魔力弾が発射されたと気が付いたのは壁に叩きつけられた後だった。

「がっ、ぐふ」

ダメージで身体に力が入らない状態で立ち上がったはいいが、体重を支える足がガクガク笑う。

全身に走る苦痛の所為で意識が今にも途切れそうだ。

でも、フェイトの今まで受けてきた痛みはこんなもんじゃない、そう思うと歯を食いしばって耐えられた。

アタシは負けじと鬼婆を睨み付ける。

「所詮あの子の使い魔、余分な感情が多過ぎる。あの子、使い魔作るの下手ね」

それはアタシにとってこれ以上無い侮辱だった。使い魔にとって主を馬鹿にされる、これを超える侮辱など存在するんだろうか。

「あの子は………フェイトは!! ………アンタに笑って欲しくて、優しいアンタに戻って欲しくて頑張ってんだろうがぁぁぁぁぁぁ!!!」

動かない四肢に叱咤激励、千鳥足みたいな情けない足取りで鬼婆に向かって拳を振り上げるが、

「邪魔よ………消えなさい」

鬼婆のデバイスから放たれた光と衝撃がアタシを包み、吹き飛ばす。

バラバラになりそうな意識を必死に繋ぎ止めながらアタシは転移魔法を発動した。

まだ死ねない。

アタシはまだ、フェイトが心の底から笑ってる姿を見ていない。

だから、こんなところで死んだら死んでも死に切れない。

あの子には必ず幸せになってもらいたい。

でも、アタシの力じゃ悔しいけどどうにも出来ない。

だけど一人だけ、フェイトを助けてくれる人物を知っている。



―――ソル。



太陽みたいなあいつならきっと、フェイトを闇から救い出してくれる筈だ。

希望はの光はまだ、消えていない。

アタシはその光に向かって、残った魔力をかき集めて、痛む身体を酷使して、意識が飛ぶ前に、

「あんた、だけが………頼り……なんだよ」

あの街に転移した。

ごめんね、フェイト。もうちょっとの辛抱だから、それまで待っててね。



SIDE OUT










SIDE フェイト



「フェイト、起きなさい」

「………はい、母さん」

母さんの声で眼が覚める。

気を失ってからどのくらいの時間が経ったのか分からなかったが、そんなことは母さんの前では関係無かった。

私は立ち上がって母さんを真正面に見据える。

「フェイトが手に入れてきたジュエルシード計九つ………これじゃ足りないの。最低でもあと五つ、いえ、出来ればそれ以上、急いで手に入れてきて………母さんの為に」

「はい」

母さんの言葉に頷く。

「それと、ソルという名の少年について話を聞かせて欲しいの」

「ソルのことを………?」

脈絡も無くソルのことが出てくるなんて、どういうことだろう?

「ええ。聞くところによると、何度もフェイトのことを助けてくれたらしいじゃない。実際、さっきフェイトを助けてくれたのはその子でしょ? 私としても出来れば会ってお礼が言いたいのよ」

「此処に連れてくればいいんですか?」

「そうね。そうしてくれるとありがたいわ」

母さんがどういうつもりでソルに会いたがるのか分からない。だからと言って母さんの頼みを無碍にする訳にもいかない。

「でも、ソルは時空管理局に………」

そう。ソルは時空管理局に協力してる、つまり、私の敵だ。それに、ソルは凄く強い。私一人じゃとても歯が立たない。

私の不安を見抜いたのか、母さんが優しく微笑んでくれる。

「大丈夫よ。その子、とても良い子なんでしょ? きっと時空管理局に騙されているだけよ。ちゃんと説得すれば、フェイトの言うことを聞いてくれるわ」

「ソルが………時空管理局に騙されてる?」

「そうよフェイト。彼程の実力者なら、管理局はあの手この手を使って支配下に置きたいと考えるのは当然ね。このままでは彼は管理局に無理難題を押し付けられて潰れてしまうかもしれないわ」

「そ、そんな!?」

いくら敵対してるとはいえ、何度も私を助けてくれたソルが酷い眼に遭うなんて、そんなの認められない。



―――それに私は、敵になった今でもソルのことが………



「安心してフェイト。その子もフェイトのことを大切に思ってくれてるみたいだから、貴方がしっかり説明すれば時空管理局と手を切る筈よ。その後に此処に連れてくればいいんだから」

「ソルが、私を大切に思ってくれてる………?」

そうだとするなら、とても嬉しい。彼に大切に思ってもらえる。なんて心躍る響きなんだろう。

「出来るわね、フェイト? 彼を必ず此処に連れてくるのよ。その前に、彼について聞かせて欲しいんだけど」

「はい!!!」

それから私は、自分が知ってるソルのことを全て母さんに話した。

名前はソル=バッドガイ。

白い魔導師、高町なのはの兄。

魔力変換資質は炎熱。

ミッドチルダ式ではない、『法力』という魔法の使い手。

回復魔法では治せない傷も容易く治してしまう腕前の持ち主。

初めて会った時に命を助けてもらったこと、それからしばらくして再会したこと、何度も守ってくれたこと。

ソルのことを母さんに聞かせるのが嬉しくなって、私は夢中になって語った。



SIDE OUT










「一時帰宅許可を出すって言われると聞こえは良いが、要は自宅謹慎扱いだろうが」

「僕に愚痴らないでよ。あんな形で命令無視なんてしたんだから、こうなることはソルだって予想してたんじゃないの?」

「まあな。だが、あからさまに謹慎してろっていう態度が気に入らねぇ」

「じゃあどうしろと?」

「………」

「いや、そこで黙るってことはどんな態度取ろうとキミは不機嫌になるんじゃないか」

「違いねぇ」

俺とユーノは顔を見合わせると、次の瞬間笑い出した。

つい先程、リンディから俺達に一時帰宅許可の形をした自宅謹慎が言い渡された。

原因は言わなくても分かると思うが、フェイトを助ける為に命令無視して独断専行に奔った所為だろう。

二十一個のジュエルシード。その内十二個が俺達と管理局側にあり、残った九個がフェイトの方にある。

全ての所在が知れたので身体を休める為に休みをやるとか言われたが、明らかな厄介払いだ。

下手するとこのままお払い箱の可能性もある。

やはりあのアマ………一筋縄じゃいかねぇか。

「お兄ちゃん、家に今から帰るって連絡終わったよ」

俺がユーノに愚痴る前に、携帯電話で自宅に連絡を入れとくようになのはに頼んでおいたのを忘れていた。

「じゃ、帰るか」

「うん♪」

十日という短い期間とはいえ、家族や友人達と離れ離れの生活を送ってきたんだ。なのはにはなるべく寂しい思いはさせないように配慮してきたが、俺とユーノの二人では出来ることに限りがある。

そこにやってきた帰宅許可。なのはにとっては渡りに船、喜び勇んで承諾した。

俺個人としては非常に気に入らないことだが、なのはが嬉しそうにはしゃぐので渋々自分を言い聞かせた。

左隣に人間形態のユーノ。右隣に俺の手を握ってご機嫌のなのはを連れ、俺達三人は家路へと足を向けた。

アースラから降りる時、リンディが「私からご家族に説明しましょうか?」とか言われたが、俺は余計なお世話だと断った。

家族には洗いざらい話した、そもそも家族は全員俺が魔法使いだってこと昔から知ってんだよ、恩着せがましいこと考えてんじゃねぇ、と皮肉たっぷり乗せて。

後でユーノに「さすがに言い過ぎじゃない?」と言われたが、このくらい言っても罰は当たらんと思っている。

なのはは気が付いていない可能性が高いが、ユーノは俺が時空管理局を敵視し始めていることを察してるんだろう。

これから事態がどう動き、それにどう対応すればいいのか、現段階ではよく分からん。

これは勘だが、エイミィの情報が鍵になるのは確実だと半ば確信している。

しかし、情報が何時来るか予測出来ないし、そもそもリンディとクロノが俺に情報を渡すことを許可するかどうか怪しい。

受身になっているところが厄介だ。どうにも動きようが無い。

知らない間に、アースラ陣がフェイトをとっ捕まえて他次元世界に高飛びなんかしていたら眼も当てられない。

そんなことを考えながら歩いていると、気が付けば家に着いていた。





数日ぶりとはいえ、やはり我が家というものは良いものだ。

桃子の食事、士郎のコーヒー、恭也の怒声に美由希の苦笑。

何時もの日常。当たり前の風景。それが此処には存在する。

何よりリラックス出来るのが大きい。アースラの中じゃ正直息苦しかったからな。

皆、俺達全員が無事に五体満足で帰ってきたことを手放しで喜んでくれた。

これまでの経緯を報告し、食事を摂り、その後は雑談となる。

こっそりと俺はフェレット形態になったユーノを連れて風呂に入る………なのはが話に夢中になっている隙に。

今のなのはを見ると、帰ってきたのは正解だったか。あいつはテンション高いまま喋り続け、そんななのはの話を士郎達は微笑ましそうに聞いていた。

明日は俺もなのはも学校に通うことになっている。やはり、なのははアリサとすずかに会えるのを楽しみにしている。

まだガキなんだ。これが当たり前だ。

そう思った時、なのはが”当たり前な日常”を享受しているのに、フェイトはどうなんだ? ふと過ぎった。

あいつは今、どうしている?

考えても意味の無い、今の俺にはどうにも出来ないことだった。

「やれやれだぜ」

「ん? ソル、何か言った?」

「いや、なんでもねぇ」

「そう」

どうやら口に出ていてユーノに聞こえていた。

それ以降特に会話も無く風呂を出て、俺はそのまま床に就いた。

久しぶりの自分のベッドと枕は容易く俺を睡眠へと誘う。

睡魔に身を任せ眼を瞑り、やがて意識を手放した。










眼が覚めたら隣になのはが居るのは最早お約束。

「こいつ、何時の間に忍び込んできやがった?」

此処最近、なのはが俺のベッドに忍び込んでくる気配に全く気が付かない。

昔、野宿生活が多かったおかげで、一番危険で狙われやすい睡眠時だけは些細なことがあっても起きれるようになっていた筈なのに。

アサシンか忍者かこいつは? なんで俺に気付かれないでしがみつけるんだ? 誰か分かる奴が居たら此処に来い、そして俺に説明しろ。

俺は溜息をつくと時刻を確認する。

午前七時十分前。

すっかり寝過ごした。予想以上に精神的な疲労があったらしい。

「鍛錬は無しだな」





約十日ぶりに学校に来て、約十日ぶり拝んだアリサとすずかの顔。

「久しぶりね、ソル。ところでアンタ達はこの十日間何処で何やってたのよ?」

出会い頭がアリサのこれだった。

「まあ、テキトーにな」

「何よそれ!?」

「気にするな、ハゲるぞ」

俺は茶を濁しながらテキトーにいなす。

おかしいな。桃子に言い訳頼んでおいた筈だってのに。

「にゃはは。アリサちゃん、すずかちゃん、久しぶり♪」

上機嫌のなのはが元気に挨拶をする。

「久しぶりね、なのは」

「久しぶり、なのはちゃん」

俺に対して納得いかなそうな表情のアリサと朗らかな笑みを浮かべるすずか。

そんな三人を眺めながら、俺は席に着いた。










SIDE なのは



昨日アースラから海鳴市に帰ってきて、久しぶりに家族の顔を見ることが出来ました。

お父さん、お母さん、恭也お兄ちゃん、お姉ちゃん。皆が居て、なんだかとっても安心しました。

そして今日、同じく久しぶりにアリサちゃんとすずかちゃんの顔見て、自分でも思った以上に嬉しくなってしまいました。

やっぱり、皆と離れ離れは少し寂しいです。

アースラに居る間はお兄ちゃんが居てくれたからあまりそんな風には思わなかったけど、皆とまた会えて、改めて感じます。

私が帰るべき場所は此処なんだ、って。

隣にお兄ちゃんが居て、学校でアリサちゃんとすずかちゃんとお話して、翠屋に行けばお父さんとお母さんがケーキご馳走してくれて、家に帰れば恭也お兄ちゃんとお姉ちゃんが道場で鍛錬してる。

これが私の日常なんだ。

私は今、生まれて初めて”普通”であることを幸せとして感じてます。

今はお昼休みの時間。お兄ちゃんと私とアリサちゃんとすずかちゃんの四人で屋上に上がり、お弁当を広げています。

「ねぇねぇ!! 今日は家に遊びに来ない? 久しぶりに」

アリサちゃんがウキウキしながら言いました。

とても魅力的な提案ですけど、私とお兄ちゃんは今時空管理局に協力している最中です。一時的に帰宅許可が出たとはいえ、呼び出されたらまたすぐに行かなければなりません。

視線でお兄ちゃんにどうしようか訴えます。

「………お前の好きにしろ」

「ありがとう、お兄ちゃん。アリサちゃん、じゃあ今日、お家にお邪魔するね」

「良かったわ、此処で断られたらどうしようかと思ってたから。すずか、アンタも来るでしょ?」

「うん、勿論」

話がとんとん拍子に決まっていきます。放課後がとても楽しみになってきました。

「ソル、アンタも来るのよ」

「ああ。邪魔するぜ」

「これは決定事項だから絶対に拒否しちゃダメ………ってえええ!? 今何て言ったの!?」

「お兄ちゃんも行くって」

「何ですって!? こんなにあっさり!? 何時も『面倒臭ぇ』とか言って断る癖に!? 結局なのはが駄々こねるまで動こうとしないのに!? アンタ、ソルの偽者じゃないでしょうね!!!」

「私は駄々なんてこねてないよ!!」

アリサちゃんがびっくりしながら立ち上がり、お兄ちゃんを指差します。

「ソルくんの偽者とかどうかはさて置き、何時もはなのはちゃんが駄々こねるまでこういったお誘いに来ないのに、今日はあっさりしてるね。何かあったの?」

「だから私は駄々なんて―――」

「そうよ、一体どういう風の吹き回し?」

「ただの気まぐれだ。たまには駄々っ子が駄々こねる前に付き合ってやるかって気になっただけだ」

「酷いよ………お兄ちゃんまで」

私は皆から見たら駄々っ子らしいです。へこみます。凄くへこみます。お兄ちゃんに対しては我侭を言ってきた自覚はありますが、親友二人にも私は我侭駄々っ子であると認識されているなんて………

「まあ、なのはが駄々っ子なんて周知の事実だから置いといて、そんなことより―――」

おもむろに携帯電話を取り出し、こちらに差し出すアリサちゃん。

「昨日犬拾ったのよ。凄く大きくてオレンジの毛色で、額に宝石みたいなのが埋まってる子。なんか怪我してたから獣医に診せて治療させたんだけど………」

画面の中には写メで撮ったのか、包帯ぐるぐる巻きの大きな犬が写ってました。

『お兄ちゃん、この子………』

『ああ、アルフだな』

携帯電話を受け取ったお兄ちゃんが食い入るように画面を見つめます。

「どうしたの? ソル?」

「ソルくん?」

固まったように動かなくなったお兄ちゃんを、怪訝な表情でアリサちゃんとすずかちゃんが見ます。

お兄ちゃんの横顔は真剣で、普段から鋭い眼が細くなり更に鋭くなります。その姿は声を掛けるのに躊躇してしまう程でした。

『こりゃあ是が非でも、アリサん家に行かねぇとな』

そんな念話が聞こえると、お兄ちゃんはアリサちゃんに『知り合いのペットに似てた』と言って、携帯電話を返しました。



SIDE OUT










SIDE ユーノ



慌てた様子で学校から帰ってきたソルが、いきなり『出掛けるぞ、俺の肩の上に乗れ』と言ってきた。

ソルの表情から察するに何かあったらしい。僕は何も言わずに彼の肩の上に乗った。

走りながらソルが事情を説明してくれる。

「アルフが見つかった。道端で怪我して倒れてたとこをアリサが拾って介抱したらしい」

「怪我?」

僕は上下する肩に揺られながら聞き返す。

「詳しくは知らん。なのはが学校から直接アリサん家に向かってる」

「何かあったのかな?」

「十中八九トラブルがあったとしか思えねぇ。じゃねぇと、トラブル無しで怪我してることに説明つかねぇよ」

全く息を切らせず、スピードを衰えることもなくソルは住宅街を駆ける。

「忠誠心の高いアルフがフェイトを見捨てたなんて考えられねぇし、逆にフェイトがアルフを捨てることもあり得ねぇ。あいつらは主従を越えた仲だったように見えたからな」

それは僕も思っていた。あの二人は主と従者って感じよりも、仲の良い姉妹っていう言葉がぴったりだった。

「アルフの性格を知ってる奴なら、フェイトの後ろに居る人物とアルフの間で何かあったと考えるのが妥当だろうな」

「フェイトは母親から虐待を受けていた。アルフはそのことに我慢が出来なくなった? 虐待を止めさせようとして返り討ちにされた? だとしたら………プレシア・テスタロッサがアルフを?」

プレシアという単語一言で、ソルから流れ込んでくる魔力が大きく上昇する。

「そうと決まった訳じゃ無ぇが、昨日のエイミィの情報が正しけれりゃ………そうなるな」

ドスの利いた低い声。ソルはプレシアに対してはっきりとした怒りと敵意を持っている。

それは地の底で静かに噴火を待つ溶岩の如く。吹き出るその瞬間まで力を溜める活火山。天をその灼熱で染め上げるのを今か今かと切望する業火。

僕はそんなソルに改めて戦慄すると同時に、彼がどれだけフェイトとアルフを大切に想っているか痛感した。

勿論フェイト達だけじゃない。なのはや高町家の皆さん、アリサやすずかに、この間お邪魔した月村家の人達。

彼はその人達を誰よりも大切にしている。普段の態度じゃ分かりにくいし、初めて会ってからしばらくするまではそんなことに気が付きもしなかったけど。

まるでソルは、自身の子どもを守ろうとする肉食の猛獣のようだ。

子どもには惜しみない愛を。外敵には容赦無い牙を。そんな野生動物に似た一面がある。

それっきり僕達は、アリサの家に着くまでお互い口を開かなかった。





初老の執事に通されて大きな門を潜る。すずかの家も大きくてお金持ちな感じがしたけれど、アリサの家も負けていない。

「鮫島、昨日アリサが拾った犬ってのは何処に居る? 知人の犬に似てたからな、確認したい」

「畏まりました。ちょうど今、アリサ様達もご一緒です。こちらへどうぞ」

ソルの言うことに粛々と従う執事のお爺さん。

広い庭の中で大きな檻がある所にまで案内される。檻の前にはなのはとアリサとすずかが居た。

そこまで案内してもらうと、執事さんはお辞儀をする。

「あ! お兄ちゃん!!」

なのはが僕達に気付いて手を振る。

そのままソルは檻に近付いた。

そこには包帯だらけで痛々しい狼姿のアルフが横たわっていた。

「ソル、どう? 知り合いの犬かもしれないんでしょ?」

ソル、と言う言葉にアルフの耳がピクッと反応する。そして視線を巡らしソルを見つけると、必死に身体を起こそうとして、力無く倒れる。

『無理すんな。まだ寝てろ』

念話でそんなアルフを諌めると、ソルはアリサに向き直った。

「思った通り知人の犬だな。どうせ退屈しのぎに家を飛び出して怪我でもしたんだろ。飼い主は分かってるから安心していいぜ」

「そう、この子にちゃんとした飼い主が居るかどうか不安だったから、良かった」

アリサはソルの少し嘘が混じった言葉に安堵の溜息を吐く。

「お前達はもう行っていいぞ? 遊びたいんだろ? 俺はこいつの様子をもう少しだけ見てるから、部屋に戻れ」

「は? アンタも一緒に―――」

「俺は知人にこいつが今どんな様子なのか伝えてから行く」

「アリサちゃん、すずかちゃん、行こう?」

「あ、なのは!?」

「なのはちゃん………?」

ソルの意図を理解したなのはが強引に二人の手を引いて屋敷に向かう。アリサとすずかは最後まで何か言いたそうな顔をしていたが、真剣な表情をしているソルを見て、何かを察したのか大人しく部屋に戻ってくれた。

『お兄ちゃん、ちゃんと念話で中継してね』

『ああ』

去り際、なのはが念話を送ってきた。

「ソ、ソル。フェイトを」

「落ち着け。まずはお前の傷を癒してからだ」

そう言ってソルはアルフの身体に手を添えて治療を開始する。すると、淡い赤い光がアルフの身体を優しく包む。

しばらくして光が止むと、巻きついている包帯を解く。身体は最初から何事も無かったように治っていた。

恐る恐る身体を起こし、立ち上がる。

「どうだ?」

「………信じられない。あの鬼婆に手酷くやられたと思ってたのに、こんな短時間で、しかも傷跡一つ残さず治しちまうなんて。フェイトの傷を治してくれた時から分かってたけど………」

驚き、呆然としているアルフ。

驚くのは無理も無い。ソルが今使ったのは僕が教えた回復魔法にソルの法力を複合させて生まれた全く新しい魔法。治癒能力は普通の魔法と比べると遥かに優秀だ。

『で、聞かせてもらおうか? 何があった?』

なのはの為に念話に切り替える。

『話す前に………このことを管理局は知ってるのかい?』

『ああ、俺達は監視されてるからな………いい加減出てきたらどうだ? 見られてんのは分かってんだよ』

監視!? 管理局が僕達を!? しかもソルはそれを気付いていたって!?

『………何時から気が付いていたの?』

リンディさんの苦虫を噛み潰したような声が頭に響く。

『アースラから降りた時からだ。さすがに家の中に居る時は感じなかったが、外に出るとな………お前らがサーチャーを飛ばす場面は何度も見たし、その間に式も理解した。当然、帰宅中の俺達のことを監視するだろうと思ってたぜ』

『貴方には、何もかもお見通しだったみたいね』

その口調から、念話越しに溜息を吐いている姿が想像出来た。

『………ゴホン、時空管理局、クロノ・ハラオウンだ。どうも事情が深そうだ。正直に話してくれれば悪いようにはしない。キミのことも、キミの主フェイト・テスタロッサのことも』

クロノが念話に割り込んでくる。

『必ず守ると約束してくれるかい?』

『ああ、それは勿論―――』

『安心しろ。もし管理局がゴチャゴチャ言ってきやがったら………消し炭にしてやる』

アルフに答えようとしたクロノの言葉を遮って、低い不機嫌な声と共にソルから爆発的なまでの魔力が放出される。

『『っ!!』』

炎を、煮え滾るマグマを、吹き出る溶岩を連想させる強烈で攻撃的な魔力。

それは完全に脅しだった。はったりではなく、自分は本気だと。そして管理局側にとっては質が悪いことに、ソルはそれを実行するだけの実力を持っているのだから。

唐突に、ソルから感じる巨大な魔力が感じられなくなる。どうやら抑え込んだようだ。

『何も心配する必要は無ぇ。お前が知ってること、全部まとめて聞かせろ』

管理局に対する態度とは百八十度違う優しい口調で、ソルはアルフの頭を撫でた。

『分かった。だから………お願いだよ、ソル………あの子を、フェイトを助けてやってくれ。アンタだけが頼りなんだよ』

懇願するアルフの声は、悲しみに満ちていた。



SIDE OUT










SIDE リンディ



アルフというフェイトさんの使い魔から聞くことが出来た話は、私達の予想通りのものだった。

ジュエルシードを求めてフェイトさん達に命令しているのと、先日の海上での一件で皆を攻撃しただけでなくアースラにまで攻撃をしてきたのは間違いなくプレシア・テスタロッサだ。

これで証言と状況証拠は揃った。

『あいつは、狂ってる!!』

ソルくんが以前言っていた、フェイトさんが受けている虐待。

彼女はただひたすら母親に好かれようとしているだけ。

その想いが理不尽な暴力になって返ってくるなんて、聞いててやるせなくなる。

『で、お前らはこれからどうすんだ?』

全てを聞き終わると、ソルくんが尋ねてくる。

『プレシア・テスタロッサを逮捕する。ロストロギア不法所持の疑いが無くとも、アースラを攻撃しただけでも捕縛の理由としては十分だ』

『だろうな』

『キミ達はどうするんだ?』

愚問だ。クロノが聞かなくても分かっていることを聞く。

『決まってんだろ、フェイトを助け出す』

やっぱり。

『アルフとの約束もあるが、俺個人としてもあいつを助けると決めたからな』

『お兄ちゃんが行くなら私も行くよ!!』

突然念話に割り込んできたのはなのはさんだった。

『いや、別にお前は此処で降りても構わねぇんだぜ?』

『何言ってんのお兄ちゃんは!? こんな中途半端な状態で放り出されたら納得なんて出来っこないよ!! それに、フェイトちゃんとはまだ決着がついてないんだから!!!』

『そうだよソル。それにこれは僕が発端となって始まった事件でもあるんだ。僕も最後まで見届けさせてもらうよ』

逞しい子ども達だ。

そんな二人に、ソルくんは観念したとばかりに溜息を吐く。

『………好きにしろ』

『『やったぁぁ!!』』

許しを受けて、元気な声ではしゃぐなのはさんとユーノくん。

『………ありがとう、感謝するよ。ソル』

ポロポロと涙を流し、礼の言葉を述べる一匹の使い魔。

『気にすんな。俺となのはとユーノが自分の意志で勝手に決めて、勝手に行動するだけだ。別にお前の願いを聞いたからじゃねぇ』

それに応える炎の少年はぶっきらぼうだ。

『人の感謝は素直に聞き入れろって前に言ったじゃないか。アンタのそういうところ言っても変わらないね』

『性分だからな』

そんなやり取りをしているソルくん達に、アタシは今後の予定を告げる。

『予定通り、ソルくん達にはアースラへ明日の朝に帰艦してもらいます』

『意外だな。このままお払い箱かと思ってたぜ?』

本当に意外そうな声を出すソルくん。

この子は私達を一体何だと思ってるの!!!

『一度協力体制を取った以上、いくら命令無視という問題行動があったとはいえ、そう易々と手の平を返しません。あの時はソルくんのおかげで事態が悪化することはなかったですし、色々と得るものがあったので結果オーライですが不問とします!!』

『ハナッから、そういう態度を取ってりゃいいんだ』

全くこの子は!! 年上を敬うという感情は無いの!? 私舐められてる? 怒っていい?

『話は決まった。あばよ』

文句の一つや二つを言ってやろうとしたら一方的に念話が切れる。

サーチャーが映すモニターには、そのまま大きな屋敷に向かうソルくんの後ろ姿が。

「あ~の~子~は~!!!」

ダンッ!! とコンソールに両拳を叩き付ける。

「か、艦長、落ち着いてください」

「そうですよ、ソルくんが唯我独尊の傍若無人なのは今に始まったことじゃないですから、そういうものだと納得してしまえば気にならなくなります」

エイミィが暢気な声で悟り切ったようなことを言う。



―――そんなことが出来ればどんなに楽か。



いっそのこと、全部終わるまでソルくんの言う通りにしてようかしら? 彼が自身の納得いかないことに対して全力で反抗してくるというのは十分理解したから、今度は逆に、彼が納得するまでとことん任せてしまえばいいのだ。

でもそうなってしまうと、私やクロノの立場が無くなるわね。

「もう~、私にどうしろってのよ~」

私は頭を抱えて天を仰いだ。




















おまけな人物設定



ソル=バッドガイ


生体兵器『ギア』のプロトタイプとして改造された過去を持つ元科学者。

寝ている間に原因不明の次元漂流により記憶と経験と知識と”力”を持った状態でGG世界からリリなの世界へとやって来る。

これまた原因不明の若返りを起こし、やって来た当時は肉体年齢五歳で精神年齢二百歳越え。

高町家に居候することになり次男坊扱いとなるが、子ども達の中で一番年上な態度を取っている。というより、家長の士郎より偉そうな時がある。

ギアの力を一定レベルまで解放すれば元の外見年齢に戻る。

現在は”力”の影響の所為か平均より若干早く成長しており、十三から十四くらいに見える。

ギアとしては遅いが、人間としては早い成長速度である。

なのはの面倒を見ていた所為で、気が付くと人の頭を撫でている癖があったりする。



性格

無骨で面倒臭がり屋な性格。人当たりも冷たい。それでも、なのは達高町家の面々と暮らしている間にかなり軟化。

口癖は「面倒臭ぇ」、呆れたように「やれやれだぜ」などなど。

しかし、弱い立場の者やソルにとって大切な人物に対しては面倒見が良いという父性的な一面を持っている。

多少強引な所もあるが、”基本的”に大局的な物の見方が出来る人物である。

が、気に入らないことや納得いかないことに対しては傍若無人な態度を取ることが多々ある。

また、本人は全くの無自覚だが身内対して非常に甘い。その反面、身内を害するものに対しては一切の情けや容赦というものが無い。

初めて出会ったユーノに対する暴行は、『なのはが魔法に関わった所為で自分みたいになるかもしれない』という可能性を恐れた結果である。

今では子ども相手にやり過ぎたと少し反省している。

なのはがシンみたいなアホな子にならないように、常に勉強の面倒を見ている。その為、昔は面倒臭がっていた物事の説明などをよくするようになり、その副作用で以前と比べるとよく喋る。

でもやっぱり口数は少ない。必要最低限のこと以外は喋る必要は無いと思っている。

騒がしいよりは静謐な空間を好む。

身内にも他人にも遠慮はしない。

割と短気。

協調性が皆無である為、団体・集団行動などを極端に苦手とする。聖騎士団時代にカイと仲が悪かったのは、協調性の無さと自分勝手な行動をし続けていたことが要因の一つと言える。

現段階での時空管理局の在り方が気に食わないので(特にフェイトを見殺しにしようとしたことにより)全く信用していない。はっきり言って都合の良い手駒としか考えていない。

ソルにとっては身内が優先順位第一位。第二位が自分達の”日常”とその周囲。それ以下は同着でその他大勢となる。

身内>>自分達の”日常”とその周囲>>>>>越えられない壁>>>>>その他大勢

身内=なのは、高町家の面々、フェイトとユーノとアルフ(勝手に身内扱い)

自分達の”日常”とその周囲=アリサ、すずか、忍達月村家、学校、翠屋、CD屋

その他大勢=時空管理局、他



知能

人間だった頃は科学者。弱冠二十か二十一歳で素粒子物理学の学位を持ち、法力エネルギー物理学研究と法力システムの第一人者となる。

所謂、天才。

法力基礎理論の完成を担った『あの男』と共に数時間は論議を繰り広げるような毎日を送っていた。仕事上がりに徹夜で五時間とかザラだったらしい。その点から、面倒と言いつつ勉強や考察はかなり好きだったようだ。

また、人類の人工的生態強化計画『GEAR計画』は生命情報学でもある。その計画の中心人物でもあったので専門ではなかったが生物学に関しても一流の科学者でもあった。

ギアに改造されて以後は賞金稼ぎとして百五十年以上も世界中を放浪していた為、語学力は高い。コミュニケーション能力は怪しいが。

その為、英語に近いとされるミッド語は特に苦も無く覚えてしまう。ソルにとっては文章の構成や文法の並びが母国語に似ているので、後は単語を覚えるだけの作業だったからである。

記憶力は元科学者であっただけに抜群に良い。

更に、対ギア兵器『アウトレイジ』を製作したり、封炎剣を改造したり、ギア細胞抑制装置を開発したりと、物作りや物弄りは得意。

だからデバイスも余裕綽々で弄繰り回す。

法力よりも簡単な基礎理論である魔法もすぐに覚えてしまう。



身体・戦闘・潜在能力

プロトタイプであるにも関わらず、ギアとしての潜在能力はトップクラス。かつてギアの頂点に君臨し日本を単体で壊滅した『ジャスティス』の破壊者。

身体能力はギアとしての”力”により、その膂力は遥かに人類を超越している。

法力も人体の限界を軽々超える量を平気で放出する。

戦闘に使う五大元素は専ら火属性。『気』を除いた全属性を完璧に操ることが可能だが、戦闘ではどうしても火属性に偏る。

戦闘者としての経験も豊富。ちょっとやそっとのことじゃ全く通用しない。

スタイルは一撃必殺をモットーにしているので攻撃は力任せのものが多い。戦場からの叩き上げなので荒削りだが、効率的かつ合理的に身体を動かすことに長けている。

ギアとの戦いは一対多が常だったので、多勢に無勢な戦いはむしろ望むところ。

現在の肉体は以前と比べると、ギアの力の制御や法力行使はやり易いらしく、負担も少なく効率良く利用することが出来る。

抑制装置であるヘッドギアの力を利用し―――または外す―――ギアの力を解放することによって爆発的に戦闘能力を上昇させることが可能。

この時に大人の姿に戻る。

それ以上のレベルを超えて限界ギリギリまで引き出そうとすると、今度は人間の姿を維持することが出来なくなる。なので本当にいざという時にしか使わない。身体に掛かる負担も半端ではないので、使わないに越したことは無いと思っている。



レアスキル


・魔力供給

普段は”力”を抑え付けて生活しているが、それは身体から漏れ出ないように完全にシャットアウトしているのではなく、気配を忍ばせているだけである。

だから、触れることによってソルの肉体に血液のように循環している魔力を感じ取ることが出来る。

それが魔導師にとってはこの上ない”癒し効果”がある。

精神的にも肉体的にも多大な効果があり、魔力の回復も簡単にすることが可能。

セーブポイントみたいな稀少技能である。


・新魔法

法力と魔法を複合させた新しい力。レアスキル・稀少技能というより、高等技術になる。

普段戦闘に使う炎の法術に非殺傷設定を組み込んだり、治療法術と回復魔法を組み合わせてより上位の治癒として使用したり、防御魔法と防御法術の二つの利点を合わせたものを構築したり、様々な面で活躍している。

これからまだまだ増える可能性あり。

ユーノがこれを教えてくれと頼んでくるが、実際どうしたもんかと悩んでいる。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 15話 Fatel Duel
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/12/31 13:43
時は明け方。時刻は午前六時前。

俺となのはとユーノ、そしてアルフの四人は海鳴臨海公園に来ていた。

アースラ陣と合流する為だ。

ふと、俺達以外の気配と魔力を感じ、その持ち主に対して念話を放つ。

『出て来いよ、フェイト。居るんだろ』

やがてふわりと、電灯の上に金髪紅眼の少女が黒衣のバリアジャケットを纏って現れる。

「フェイト、 もうやめよう? あの女の言いなりになってたら、フェイトは何時まで経っても不幸なままだよ!! だから、フェイト!!」

アルフが涙眼になりながら己の主に進言する。

しかし、フェイトは悲しげな表情をして、

「それでも私は、あの人の娘だから」

使い魔の言い分を切り捨てた。

「………ソル、私と一緒に来て」

「ああン?」

フェイトは俺に向けてデバイスを握っていない手をこちらに差し向けた。

「ソルは、時空管理局に騙されてるんだ。このままじゃソルの方が私より不幸になる。だから、私と一緒に来て………お願いだから」



―――つまりはそういうことか、プレシア・テスタロッサ!! あのクソアマがっ!!!



俺は内心舌打ちする。

自分に妄信しているフェイトを利用して俺を引き入れようって算段か。おまけに、あの女は俺がフェイトに攻撃的な態度を取らないって見越した上で、あんなこと言わせたんだろう。

どっちにしろ結果的にプレシアの逮捕という形は変わらん。しかし、此処でどう返答するかによって事態が変化するのは確実だ。なるべくならこちら側に有利になるような選択をしたい。

俺が答えに窮していると、フェイトが更に言葉を重ねる。

「ソル、お願い………私は、ソルとずっと一緒に居たいから」

「フェイト………」

脳裏に、初めて出会った時のハーフギアの少女が浮かび上がってくる。



―――クソッ!! どうしてこんな時にあいつを思い出すんだ!?



あの悲しい、寂しそうな顔。ずっと独りぼっちだった少女。辛くて、苦しくて、誰かに助けを求めたくてもそれが出来なかった泣き顔。

そんな顔をされると、差し出された手を掴みたくなる。

フェイトは『木陰の君』じゃない。あいつとは違う。

だが、助けを求めているのは同じだ。

あの時と、同じだ。かといって、あの時にあいつの心を救ったのは俺じゃない。いけ好かない女ったらしの空賊団の団長が連れて行き、カイやツェップの上層部が事実の揉み消しに走った。

俺はあの時碌なことをしなかった。

「………俺は」

何を言えばいいのか分からない。

あの時、俺はどうした? あいつを叩きのめした後に泣き喚く姿を見て『鬱陶しい』と吐き捨てただけ。殺さなかっただけ。

今振り返ると最低だな。

ではその経験を生かしてフェイトをこの場で問答無用で叩きのめすか?

(出来るかそんなこと!!!)

此処には、かつて俺が知り合ったお人好し共は居ない。人だろうと化け物だろうと女なら受け入れる度量を持った犯罪者は居ない。正義だなんだと言いつつギアを逃がすような甘ったれた警察官も居ない。事実を揉み消す国家権力を持った奴と繋がりがある軍人も居ない。

全部、俺一人で何とかしなきゃいけない。

(どうすりゃいい?)

その時、悩む俺の前になのはが進み出た。

「なのは?」

『お兄ちゃん、私に任せて。最近のお兄ちゃんちょっと頑張り過ぎだから、少しは肩の力抜いたら?』

念話で俺を安心させるかのように、強い声が頭を響く。



―――どうやら俺は、一人で気負い過ぎてたらしい。



『任せていいのか?』

俺は溜息を吐いて、聞いてみると、

『もっちろん♪ たまには可愛い妹に頼りなさい!!!』

逞しい返事が寄越された。

『そこまで言うならやってみろ』

一歩退いて、俺はなのはに任せることにした。

「なのは、何のつもり?」

俺に対する声とは一変して、冷たい人形のような全く感情が篭らない表情と口調でフェイトがなのはを威嚇した。

「フェイトちゃん、私とお話しよっか」

フェイトの変貌ぶりを気にも留めず、むしろ不敵に、ワクワクと楽しげな表情で見返すなのは。

「貴方と話すことなんて、無い。私はソルと話してるの。邪魔しないで」

「そうはいかないよ? お兄ちゃんは私のお兄ちゃんで、高町家の大切な次男坊なんだから、ちょうだいって言われてはいそうですかと簡単に渡せる訳無いじゃない」

白いバリアジャケットを展開し、レイジングハートを構える。

「私やフェイトちゃんは勿論、ユーノくんもアルフさんも………そしてお兄ちゃんも、自分で考えて、自分で決めて此処に居る」

Lancer modeに切り替え、デバイスをタクトのように振り回す。

「捨てればいいって訳じゃない、逃げればいい訳じゃもっとない!!!」

そして槍の穂先をフェイトに向ける。

「きっと切欠は皆ジュエルシード。だから賭けよう? 今までみたいに、今度お互いが持つ全てのジュエルシード、そしてお兄ちゃん!!!」

………俺も賭けの対象に入ってんのか。つーか勝手に人のこと賭けんなよ、頼むからやめてくれ、意味分かんねぇよ。そもそもなんで俺なんだ!?

その言葉に応えるように二人のデバイスから青い石が吐き出される。

<Put out>

<Put out>

その数二十。クロノが回収したもの以外の全てのジュエルシードが揃った。

「なのはは最初から最後まで、私の邪魔をするんだね。いいよ、私が勝って、それでソルが私とずっと一緒に居てくれるなら」

あれ? フェイト? もしかして凄いノリノリ?

「ジュエルシードが私達を引き合わせた。確かに切欠になったけど、それだけだよ………私達はまだ、始まってすらいない」

なのはは飛行魔法を発動させ、ゆっくりと海上へと移動する。

それに呼応するようにフェイトもなのはについていった。

「だから、私達の”これから”を始める為に………始めよう? 正真正銘、最初で最後、本気の真剣勝負!!!」

お互いが一定の距離を保ち、デバイスを構える。



HEVEN or HELL



「ジュエルシードも、ソルも………全部私がもらう」

<Scythe Form>



FINAL DUEL



「決着をつけよう? フェイトちゃん」



Let`s Rock










背徳の炎と魔法少女 15話 Fatel Duel










SIDE ユーノ



「いいの? なのはに任せちゃって?」

「情けねぇ話だが、さっきの俺はどうすればいいか迷ってた。だったら、迷いがある俺なんかより今のなのはの方がよっぽど役に立つ筈だ」

僕に答えながら首を振り、やれやれと溜息を吐くソル。

「う~ん、確かに今のソルは役に立つとは思えないしね」

「………お前、言うようになったな」

「キミのおかげでね」

「ちっ」

舌打ちをして不機嫌そうな顔になると、空中で激戦を広げるなのはとフェイトに眼を向けた。

「どう? なのは、フェイトに勝てそう?」

「分からん。だが」

「勝つに越したことはない?」

「まあな」

この勝負、管理局側にとっては別にどっちが勝っても結果はあまり変わらない。

なのはが勝てば、一昨日みたいにプレシア・テスタロッサが介入してくる筈だ。その時に何処から介入してきたのかを探知して居場所を突き止め、武装局員を送り込めばいい。前回は探知出来なかったみたいだけど、今回は同じ轍は踏まないだろう。

逆にフェイトが勝っても、武装局員の代わりにソルが送り込まれるだけの話だ。現在位置の座標をソルに送信してもらってから大暴れしてもらえば事足りる。はっきり言ってこっちの方が成功率が高い気がするけど。

要は気持ちの問題だ。試合に勝って、勝負にも勝つ。そのくらいの気概で物事にぶち当たって行かないで、何が勝利だ。やる以上は必ず勝つ。それがソルから教わったことだ。

(僕もソルに染まってきたな~。何時からだろ?)

彼と出会う前の僕なら、なのはとフェイトの勝負を反対していたかもしれない。争いごとって好きじゃなかったし。少し前の僕はきっとそういう人間だったと思う。

でも、ソルと出会って、一緒に生活するようになって、彼がどんな人物か知って、憧れるようになってからは勝負事とか模擬戦とか凄く好きになっていた。

ソルは僕の目標だ。少しでも近付きたい。でも、追いかけ甲斐があるから遠くに居てほしい。そんな不思議な二律背反の中で彼の背中を見続けてきた。

(なのはの言う通り、ジュエルシードが僕達を引き合わせた。危険な事件から始まった出会いだけど、僕はこの出会いに感謝してる)

ソル、なのは、高町家の皆さん、アリサとすずか、月村家の皆さん。

(キミだって、この出会いに後悔は無い筈だろ………フェイト)

途中からなのはに押され気味で、攻撃頻度よりも回避と防御が増えてきたフェイトを見る。

対するなのはは優勢なのに全く気を抜かず、更に攻撃を激しくさせてフェイトを追い詰めていく。

(頑張って、二人とも。ソルと、皆と、”これから”を始める為に)



SIDE OUT










SIDE フェイト



始めの方は互角だったのに、今では完全に防戦一方。

桜色の魔力弾が大量に迫り、私の動きを阻害する。

「くっ!!」

一瞬でも動きを止めると砲撃が飛んでくる。

遠距離からの攻撃はあっさりと防がれる、避けられる、潰される。

弾幕のような魔力弾と砲撃で近付けない。近付けたとしても、槍との打ち合いに競り勝てない。それどころか、得意の接近戦で負けそうになる。

スピードでは明らかに私が上。今までその速度を生かして接近戦を挑んできたけど、今のなのはは私のスピードに反応し、私の鎌を防ぎ切ってみせる。逆に自分から槍でこちらに向かって攻撃すらしてくる。

(どうして?)

初めて会った時は完全に私がスピード勝ちしてた。次に会った時は私を近付かせないように戦ってた。その次は私は強引に近付こうとしなかった、むしろなのはの方が接近戦に積極的だった。

でも今回は、明らかに今までと違う。

戦い方変わったとかそういうことじゃない。接近された時の対応力がかつてと比べ物にならない程上手くなっている。

必要最小限の動きで、効率的かつ合理的に、私の攻撃に無駄な動きの無い流れる動作で対処し、反撃してくる。

(どうしてこんな短期間で私の速度についてこれるの!?)

そこで気付く。



―――ソルだ!!



時空管理局が初めて現れた時、執務官の攻撃からソルが私を庇ってくれた。

あの時のソルの動きは、魔法無しだというのに圧倒的な速度を誇っていた。一瞬で私の眼の前に移動したあの速度は、確実に私よりも速い。

しかもソルは、接近戦も私より強い。

ソルに速度重視で模擬戦を繰り返してもらえば、嫌でも速度に頼った相手に対して慣れる。

だからだ。

遠距離から魔力弾と砲撃魔法に晒されて、得意の接近戦に何とか持ち込むことが出来ても、そこでも私は有利に戦えない。

(………どうして?)

なのははソルの妹で、

「………どうして?」

何時もソルの傍に居ることが出来て、

「どうして?」

どんな時でもソルが守ってくれる。

「どうしてなのはばっかり!!!」



SIDE OUT










SIDE なのは



「どうしてなのはばっかり!!!」

泣き叫ぶような悲鳴と共にフェイトちゃんが動きを止めます。

チャンスと思うのも一瞬だけ。フェイトちゃんの顔を見て、迂闊にも集中力が切れてしまい操っていたディバインシューターが消えてしまいます。

フェイトちゃんは泣いていました。

「ずるいよなのはは!! 何時もソルが一緒に居てくれて!! 守ってもらって!! ずっと離れない癖に!! 私なんかより幸せな癖に!! 私が欲しいものを全部持ってる癖に!!!」

お兄ちゃんと同じ紅の瞳から涙が止め処なく流れます。

「私も幸せになりたいよ!! 私もソルと一緒に居たいよ!! 優しかった頃の母さんに戻って欲しいよ!!」

たぶん初めて、フェイトちゃんが私に本心をぶつけた瞬間でした。

「邪魔、しないで………」

零れる涙を拭うこともせず、デバイスをこちらに向けて突っ込んできました。

「嫌い、なのはなんて嫌い!! 大っ嫌いっ!!!」

「っ!!」

渾身の力が込められたその鎌の一撃は大振りでカウンターを狙いやすい筈のものを、私はフェイトちゃんの泣き顔に動揺してしまって、辛うじて避けるのが精一杯でした。

リボンの端が刃に掠り、斬り取られてしまいました。

フェイトちゃんは攻撃してきた勢いそのままに、私から離れていきます。

それを追おうとした瞬間、

「え!?」

両手が雷を纏う金色のバインドで拘束されてしまいました。



SIDE OUT










「あれは………ライトニングバインド!! まずい、フェイトは本気だ!!」

隣に居たアルフが焦ったような声を出す。

だが、俺もユーノも黙って見ていた。

そんな動く気配が無い俺達にアルフが非難するように迫ってきた。

「………このままじゃなのはがやられちまうよ!! それを黙って見てるだけなんて、アンタ達どういうつもりだい!?」

そんなアルフに、ユーノが搾り出すような声で答えた。

「この勝負は、なのはが自分で考えて、自分で決めたことなんだ。そうして始まった決闘に、今更外野が横槍を入れろと?」

ユーノも本心ではなのはを助けたくて仕方が無い筈だ。握り込んだ拳がぶるぶる震えてるのがその証拠だ。ユーノ同様、ぶっちゃければ俺だって今すぐ飛び出して行ってあいつを庇いたい。

「それはなのはに対しての侮辱だよ」

昨日、ユーノは言った。『最後まで見届ける』と。それは事件が解決するまで、どんなことがあろうと決して眼を逸らさないと決めたこいつの決意と覚悟でもあった。

アルフは俺とユーノの態度に驚いているが、これはユーノが言う通り他者が介入していいものではない。

そう。これは決闘だ。決闘とはサシで勝負をするものであって、それ以外の奴らはお呼びじゃない。

「でも、フェイトのそれは本当にまずいんだよ!!」

だから、俺もユーノも決めた。この勝負がどう転ぼうと、絶対に手出しはしない、眼を逸らしたりなどしない。

「アルカス・クルタス・エイギアス」

泣き声交じりフェイトの呪文が微かに聞こえる。

「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」

フェイトの周囲に大量のプラズマ球が発生する。

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

なのははまだバインドに拘束されて動けない。

「フォトンランサー・ファランクスシフト、撃ち砕け、ファイア!!!」

トリガーヴォイスと共に、大量の金の雨がなのはに一斉に降り注ぐ。

連続的な小規模の爆発音。

着弾によって煙が発生するが、それでもやまないフェイトの攻撃。

そして響き続ける爆発音。それは間違いなくなのはに直撃している音だった。

正直、なのはが無事かどうか気が気じゃない。早く無事な姿を見せてくれ。

やがて、煙が晴れる。

そこには、

「いった~~~いけど、こんなのお兄ちゃんのタイランレイブに比べたらどうってことないよ!!」

「なっ!?」

バリアジャケットはズタボロだが、五体満足で大したダメージも受けてなさそうななのはの姿があった。

「「ハァァ~」」

俺とユーノは同時に深々と溜息を吐く。

「撃ち終わるとバインドも解けちゃうみたいだね………今度はこっちの番、ディバインバスターァァァァァッ!!!」

構えたレイジングハートから発射される極太の桜色の光。

フェイトはそれに、まだ撃っていなかった雷球を集めて一つの魔力弾として投げつけるが、抵抗も許さず一瞬で呑み込まれ消し飛ばされる。

迫る桜色の暴力的な奔流を避けきれず、咄嗟に防御魔法を展開して耐える。

耐えて、耐えて、何とか最後まで耐え切ってみせるフェイト。

しかし、次の瞬間、フェイトの四肢を桜色のバインドが拘束し、身体をその場に固定する。

「バ、バインド!?」

何とか抜け出そうともがくフェイトだが、先程の攻撃と防御で体力と魔力を使い果たしたのか、バインドブレイクすることが出来ない。

そんなフェイトに構わず、なのはは巨大な魔方陣を展開させ、着々と自分の攻撃の準備を進める。

「受けてみて、ディバインバスターのバリエーション。これが私の全力全開」

周囲の魔力をかき集め、収束し、己のものとするなのは。レイジングハートのデバイスコアがこれでもかと言わんばかりに輝く。

真っ直ぐフェイトに向けたレイジングハート。そこに自身のありったけの魔力と集めた膨大な魔力を注ぎ込む。

「御託は、要らないっ!!!」

まるで魂が込められた叫び声。

そして、



「スターライトォォォ―――ブレイカーァァァァァァッ!!!!」



撃ち出されたのはディバインバスターとは比べ物にならない魔力の激流。それが全く無抵抗な状態のフェイトを襲った。

眩しい桜色の魔力光。それが射線上の全てを貫き、粉砕し、蹂躙する。

桜色の魔力は衰えることを知らず、フェイトを呑み込んで尚、そのまま放射し続ける。

さすがにこれ以上は非殺傷でもマズイんじゃないのか? そう思い始めると、やっと砲撃が止まる。

バインドの拘束が解け、糸が切れたマリオネットの如く力無く墜落していくフェイト。

それを追い、海面に叩き付けられる前にフェイトの身体を抱え上げるなのは。

これにて勝負は決した。










SIDE フェイト



「フェイトちゃん、フェイトちゃん」

声が………する。私を呼ぶ声が。

「起きて、起きてよ」

「………う……あ…」

「良かった。眼、覚めて」

朦朧とする意識で何とか眼を開けると、私の顔を心配そうに覗くなのはの顔があった。

ああ、私は負けたんだ。

バインドに拘束されて、砲撃魔法を受けたところから記憶が無い。

私は負けた。

でも、不思議と悔しくなかった。

私は全力でなのはにぶつかって、なのはも全力で私にぶつかってくれた。

その結果が敗北だったけど、胸のつかえのようなものが取れたようで、むしろ気分はすっきりしている。

「ねぇ、フェイトちゃん。さっき私のこと大っ嫌いって言ってたけど、私もね、初めて会った時、フェイトちゃんのこと気に入らなかったの」

「………え?」

「いきなり攻撃してきて、私が知らない内にお兄ちゃんと知り合ってて、何かよく分かんないけどお兄ちゃんと仲良さそうで。正直、ポッと出の癖に何なのこの子!? って思ったんだ」

初めて聞く、なのはの私に対する気持ち。

「最初はフェイトちゃんにお兄ちゃんを盗られたくない、負けたくないって思ってたんだけどね。ある日、ふと気付いたんだ」

「………何?」

「あれは何時だったかな~? 温泉行ってしばらくしてからなんだけど、フェイトちゃんも私と同じなんだって」

私となのはが………同じ?

「私もフェイトちゃんも、お兄ちゃんが大好きでどうしようもないってこと!!!」

「!!!」

改めて言われると顔が熱くなる。

「そのことに気が付くとね、ああ、それは仕方が無いな~って思って。だってお兄ちゃん、強いし格好良いし優しいし面倒見良いんだもん」

「……うう……」

「でもね、やっぱりそれでも納得出来なくて、結構ライバル視してたんだよ」

「うん」

「けどね、ジュエルシードが暴走して、フェイトちゃんがお兄ちゃんに叱られた時があったじゃない?」

あの時は、ソルに叱られたことは凄く嬉しかった。

「その時になって分かったんだ。お兄ちゃんはフェイトちゃんを私と同じくらい大切に想ってる。このままフェイトちゃんと何時までも喧嘩してたら、お兄ちゃんを悲しませちゃうなって」

「ソルが………私を………なのはと同じくらい?」

「そうだよ。でも、フェイトちゃんは全然お兄ちゃんの気持ちに気が付かないで勝手に突っ走っちゃうし………だから時空管理局の人達が出てきてからは、お兄ちゃんはずっとフェイトちゃんのことで悩んでたんだよ」

「嘘………?」

「ウソじゃないよ。だってお兄ちゃん、管理局の人達の意識がフェイトちゃんに行かないようにわざと生意気な態度取ったり、挑発するようなことばっかり言ったり、模擬戦で派手な戦い方したり、目立つような行動取ったり、十日間ず~っとそんなことばっかりしてたんだからね!! お兄ちゃん、本当なら目立つこと嫌いなのに」

「………」

「なんでお兄ちゃんがそんなことしたか分かる? 全部フェイトちゃんの為なんだよ」

「私の、為?」

「そう、なのにフェイトちゃんはそんなこと気付きもしないでさっきお兄ちゃんに勝手なこと言ってたでしょ? だからちょっと頭に来たんだ」

なのはは頬を膨らませた。

「お兄ちゃんの気持ちを無碍にするなって」

その言葉は私を打ちのめした。

考えてみれば、ソルは初めて会った時からそうだった。

見ず知らずの私を助けてくれた。再会してからも、私のことを気遣ってくれた。温泉の時も、私の気持ちを優先してくれた。ジュエルシードが暴走した時、本気で私のことを心配して叱ってくれた。時空管理局が出てきた時、身を挺して守ってくれた。一昨日の無理な回収の時だって、死ぬかもしれないと思った時、助けてくれた。



―――ソルは、ずっと私のことを守ろうとしてくれてた。



そのことが嬉しくて、こんな大事なことをなのはに言われるまで気が付かない自分が不甲斐無くて、私の眼から涙が溢れ出てくる。

「ソ、ソルは、ゆ、許して、くれる、かな? まだ、わた、わたしの、こと、たい、せつに、おもって、くれて、る、かな?」

時空管理局に協力したからといって勝手に敵扱いしてた。それでもソルは私を守ろうとしてくれてた。

なんて馬鹿なんだろう、私は。

そんな私を、なのはが優しく撫でてくれる。

「大丈夫。お兄ちゃん、怒ってすらいないから許すも許さないもないよ。フェイトちゃんのこと、私と同じで妹みたいに思ってる筈だよ」

「………本当?」

「ホントホント。だからさ、私とフェイトちゃんで同盟組もう?」

なのはが私の両手を掴んで上下に振る。

「題して、『お兄ちゃん同盟』!!!」

「『お兄ちゃん同盟』?」

「うん!! 私達二人はお兄ちゃんが大好きで、お兄ちゃんも私達を大切に想ってくれてる。お兄ちゃんは一人だけど、私達は二人だから同盟なの♪」

「同盟を組んで、どうするの?」

「そんなの決まってるよ!! 二人でお兄ちゃんに甘えるんだよ!!」

「甘える!?」

「え? やだ?」

私はブンブンと高速で首を振る。

ソルに甘えることが出来るなんて、願ってもないことだ。だとしたら、『お兄ちゃん同盟』とはなんて素敵な響きで素晴らしい同盟なんだろう。

「じゃあ決まり、私とフェイトちゃんとの二人で『お兄ちゃん同盟』。何時いかなる時も二人でお兄ちゃんに甘えよう? 抜け駆けは禁止だからね!?」

「うん、うんっ!!!」

「何意味不明なことで盛り上がってんだお前らは」

「「っ!?」」

声にびっくりしてそちらを見ると、ソルが呆れ顔をしてすぐ傍まで来ていた。

「何が『お兄ちゃん同盟』だ。ふざけてんのか? とっとと兄離れしやがれ」

「やだ、絶対にやだ、死んでもやだ!!」

なのはが即答すると、ソルが苦い顔をして黙る。

それからソルは気を取り直したように私に向き直った。

「なのはの勝ちだ。約束通り、ジュエルシードを渡してもらうぜ?」

「あ、うん」

<Put out>

バルディッシュから九個の青い石が吐き出される。

それをソルは一瞥してから私の頭に手を乗せた。

「負けちまったが、頑張ったな」

そのまま撫でてくれる。

手の平の感触が懐かしい。暖かくて、優しくて、心も身体も癒される、とても不思議な心地良さに包まれる。

「ああああ!? 勝ったの私なのにずるい!! 私も、ねぇお兄ちゃん私も!!!」

なのはが隣で騒ぎ出す。

「勝手にしがみつけ」

「は~い♪」

ソルの許可をもらうと、なのはが嬉しそうにソルの腰にしがみついた。

いいなぁ。

「………お前もなのはと同じようにしろ」

急にソルの顔が厳しくなる。

「来たぜ」

言って、ソルは私の身体を抱き締める。

何が何だか分からないけど、私はソルの暖かさを堪能しようとした瞬間、

強大な魔力を感知した。

ソルからじゃない、もっと遠くの方から、私のよく知ってる魔力。

「………母さん?」

そして、



―――ギィィィィィンッ!!



耳を劈く甲高い音。

緑色の円形のバリアが私達三人を包み込み、紫の巨大な雷を防ぐ。

ソルが私となのはを抱き締めた状態で展開した防御魔法と、母さんの紫の雷がぶつかり合って、視界が激しい光で何も見えなくなってしまう。

「ちっ」

舌打ちが聞こえると同時に攻撃が止み、バリアが解除される。

「今のはただの眼眩ましか」

「え?」

「な、なにがどうなったの?」

なのはの疑問に答えず、ソルは念話を誰かに向けて放った。

『エイミィ、ジュエルシードが持ってかれた。まさか攻撃しながらこんな芸当が出来るとは思ってなかったぜ。完全に俺のミスだ』

『大丈夫、ちゃんと尻尾は掴んだよ!!』

『不用意な物質転送で座標は割れたから安心してくれて構わない』

『ワリィな』

ソルの言葉通り、さっきバルディッシュから出した筈のジュエルシードが無くなっていた。

「ソル、これは、母さんが?」

「ああ、お前のお袋は俺達三人纏めて消し飛ばすつもりだったみたいだな。そのついでにジュエルシードを奪おうとしたんだろ」

「そんな………」

母さんが私を攻撃しようとした? 一体どうして? なのはに負けたから? ソルを連れて帰れなかったから?

「とりあえずアースラに乗るぜ。お前もついてこい」

何が何だか分からないまま、私はソルに手を引かれて時空管理局の艦に乗り込んだ。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 16話 No Mercy
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/07/01 00:08
「ソル!! 母さんは!? 母さんはどうなっちゃうの!?」

俺達がアースラに乗艦してからしばらくして、プレシア・テスタロッサの居場所を掴んだ時空管理局がその本拠地『時の庭園』に向けて武装局員を送った。

そのことに不安を隠せないフェイトが俺にしがみついて問い詰める。

そんなフェイトに俺はやるせない気持ちになりつつ、優しく頭を撫でてやる。

「お前のお袋はお前に対して虐待をしていたからな。これからとっ捕まって民事裁判を受けることになる。家庭裁判所に―――」

「違うぞっ!!! アースラに攻撃してきたことによる公務執行妨害とロストロギア不法所持だっ!! それはキミの世界の法律だろ!?」

横からクロノが突っ込みを入れてくる。

空気読めよ。

「ちっ、クソが………だそうだ」

「聞こえたぞ!!!」

「黙れ鬱陶しい、すっこんでろ」

「キミは何様だ!?」

「………うぜぇ」

本来ならフェイトに自分の母親が逮捕される光景なんぞ見せたくなかったのだが、こいつの意思は固く、頑として俺の言うことを聞こうとしなかった。つーか俺に懇願してきた、最後まで見届けてさせて欲しいと。俺は後悔するなと釘を刺して、ブリッジでことの成り行きを見守ることを許した。

モニターにはサーチャーから随時送られてくる映像が映し出されている。

武装局員達が玉座の間と表現したら良さそうな広い空間に出る。

そこにプレシアが居た。

無気力な表情で、資料で初めて見てから相変わらずな陰気な印象。

『プレシア・テスタロッサ、貴方を時空管理局法違反の疑いと時空管理局艦船への攻撃容疑、及び公務執行妨害で逮捕します。武装を解除し、ご同行を願います』

武装局員達がプレシアを取り囲み、他の局員達が周囲を注意深く探索している。

そして、一人の局員が玉座の後ろにあった扉を発見した。それを抉じ開ける。

プレシアの眼がかっと見開き、狂気と怒りと憎悪を孕ませた光を放つ。

『私のアリシアに近寄らないでっ!!!』

その場に居た局員全員が、プレシアから発せられた大量の紫電の下、全て薙ぎ倒される。

「いけない!! 彼らをすぐに戻して!!!」

リンディが焦った声で指示を出す。

一人残らず倒れ伏した局員達それぞれを魔方陣が包み、姿を消す。恐らくアースラに還ったのだろう。

そして、玉座の後ろにあった扉の中が覗く。

「生体………ポッド?」

俺はかつて『GEAR計画』の最中に、それ以後はギアのプラントを潰す度に似たようなものを見たことを思い出した。

人一人はすっぽり入るであろう強大な試験管の中に、フェイトに瓜二つの少女が死んだように眠っている。

そのポッドにプレシアは近付き、愛おしそうに表面を撫でた。

『時間がもう無い………たった9個のジュエルシードでアルハザードに辿り着けるかは分からないけど』

こちらに視線だけ向き直り、俺達向けて口を開いた。

『でも、もういいわ。終わりにする。この子を亡くしてからの暗鬱な時間を………この子の身代りの人形に記憶を与えて娘扱いするのも………聞いていて、貴方のことよ、フェイト』

「なのは!! フェイト連れて退がれ!!!」

恐らくこれ以上はフェイトが聞いていい内容じゃない。プレシアは絶対にこれから碌なことを言わない筈だ。知らなくてもいいことを全部此処でぶち撒けるつもりだ。

しかし、なのはは動けなかった。フェイトがもう既にプレシアの先の言葉を聞いてしまったからだ。



―――クソが、こんなことになるんだったら問答無用で退がらせるべきだった!!



『フェイト………貴方はやっぱりアリシアの偽者よ。折角あげたアリシアの記憶もダメだった』

偽者!? どういうことだ!?

「二十六年前の事故の時にね。プレシア・テスタロッサは実の娘アリシア・テスタロッサを亡くしているの。そして、彼女が最後に行っていた研究は使い魔とは異なる………使い魔を超える人造生命の生成。死者蘇生の秘術。その時の研究につけられた開発コードが―――」

『そう、フェイト。プロジェクトF・A・T・Eよ。よく調べたわね。私の目的は、アリシアの蘇生、ただそれだけよ』

エイミィの言葉をプレシアが引き継いだ。

じゃあ、つまりは………フェイトはそのアリシアのクローンになるのか?

『だけどダメね………ちっとも上手くいかなかった。所詮作り物は作り物。アリシアの代わりにはならない。ただの偽物、贋作でしかないわ』

ポッドに白蛇みたいな腕を這わせて、フェイトに向ける視線には明らかに嫌悪感と憎しみしか無かった。

『アリシアはもっと優しく笑ってくれた。アリシアは我侭だったけど、私の言うことはとてもよく聞いてくれた』

「やめて」

なのはがぽつりと呟いた。

『フェイト、貴方はアリシアを蘇らせるまでの間、私が慰みに使うだけのお人形』

「やめてよ!!!」

『だけどもう要らないわ、何処へなりとも消えなさい!!!』

その言葉に、フェイトの瞳に力が無くなる。糸が切れた、それこそ人形のように倒れるところを慌てて抱き締める。

自身の全存在を否定されたその瞳には、絶望の二文字しか映っていない。

「………このクソアマ」

喉の置くから激情が溢れ出てくる。怒りで頭がどうにかなってしまいそうだ。今すぐにでもあそこに行って、あの女を灰に出来たらどんなに気分がいいか。



―――ズキィッ。



「ちっ」

俺の感情に反応して、ヘッドギアを装着しているのに額の刻印が疼く。今ヘッドギアを外せば、普段は見ることが出来ない赤い紋様が浮かび上がっている筈だ。

『そんな人形よりも私はそこの少年に興味があるわ。『法力』とかいう”力”を使う魔導師。ミッドチルダでもベルカでもない術式で、その二つと比べると遥かに優秀で素晴らしい能力らしいじゃない』

もうフェイトには興味が失せたプレシアは、今度は俺に何か言ってきやがった。

「ああン!?」

『面白そうな”力”だから、貴方は私のところに来なさい』

フェイトをアルフに預けると、俺はモニターの中に居る狂った馬鹿に真正面から向き直った。

「馬鹿かテメー。死人を生き返らせるなんて無駄なことに心血注いでる脳無しのとこに、誰が行くか」

『なっ、無駄ですって!?』

「無駄以外の何だってんだよ?」

挑発的な声を出してこいつの激情を煽ってやる。

『無駄じゃないわ!! アルハザードに辿り着くことが出来れば―――』

「それが無駄だっつってんだよ。少し頭捻れ、馬鹿が」

『………っ!!』

馬鹿呼ばわりされて、俺に対する眼つきが殺意と憎悪に染まる。

少し静かになったな。これで俺が喋り易くなる。

「仮にお前の言う通り、そのアルハザードとかいう胡散臭ぇ場所に無事着いて、そこの死骸を蘇生出来たとする………だが、蘇ったそいつは本当にお前の知るアリシアか?」

『………どういうこと?』

「人間の身体ってのは不思議でな。死ぬと何故か数グラムから数十グラム軽くなるんだ。この減る量ってのは個人差があるが、学者達の間じゃその重さは”魂”の重さなんじゃねぇかって話だ」

『そんなオカルト話に―――』

「あり得ない話じゃないぜ? 俺は過去に、精神憑依体つまり幽霊だな。そいつに憑かれて身体を乗っ取られた哀れな犠牲者と戦ったことがある。それだけじゃねぇ、昔俺には異種と呼ばれる吸血鬼や妖怪っつう人外の知り合いが居た。そいつらは俺達の認識外の世界で暮らす人間以外の知的生命体で、そういう輩は結構そこらへんに居るんだぜ? 俺達が認識出来ないだけでな」

こんな下らん女との会話に俺のかつての喧嘩仲間と戦友を出すのは気が引けるが、このクソアマを黙らせてやりたいので致し方ないとする。

「大変だな? 蘇生したアリシアの肉体に入っているのは、アリシアとは違う”モノ”かもしれねぇな………そうしたらまた、フェイトみたいに失敗だな」

『!!』

フェイトみたいに、というところで顔を凍りつかせる哀れな狂人。

その表情を見て俺は、ざまあみやがれって気分になる。

はっきり言って今俺が言った内容は穴だらけだ。そんなことをいちいち論議するまでもないくらいに。こんな話が世の中まかり通っていたら死人だらけの世界になる。

だが、絶対にあり得ない話じゃないのは事実として見てきた。百五十年以上もの時の中で。

そしてプレシアは狂ってる所為で視野狭窄に陥っていて、ついでに俺を未知の技術を持つ凄腕の魔導師だとフェイトから聞いたらしいから、激しい思い込みをしている。

こういう状態の人間には、自分の失敗談に絡ませるように上手く話をでっち上げてやれば、勝手に妄想して自爆してくれる。

俺がしたことはそういうことだ。

フェイトを引き合いに出したのは心が痛むが、今の状態じゃ聞き取れていたかも怪しい。

「ま、せいぜい勝手に行って、勝手に絶望でもしておっ死ね。目障りなんだよ」

こいつは俺に少しだけ似ている。それが気に食わない。まるで過去の自分の一部分を見ているようだ。

GEAR計画。

俺は自分の研究で生み出したものを、自分で否定して生きてきた。

その点のみで言えば俺はこの女と同じだ。

だが、俺は生み出してしまったものが世界にとって間違ったものだと理解していたからだ。

ならプレシアが作ったフェイトは? ギアのように無差別に人を殺したか? 存在自体が有害だったか? 世界にとってフェイトの存在は間違っていたか?

答えは否。断じて否だ。

フェイトはただ、自分の親だと信じたプレシアの為を思って健気に働いていただけ。ただ、それだけだ。

その想いに罪は無い。フェイトという存在自体に罪は無い。

それが俺とプレシアの決定的な違いだ。

『………それでも私は、アリシアを取り戻す!! この命に代えても、必ず!!!』

同時にモニターが砂嵐に変わる。どうやらサーチャーが潰されたらしい。

此処まで来ると哀れだな。

「庭園内に魔力反応を複数確認、いずれもAクラス、数は、何これ!? 百、百五十、どんどん増えていきます!!」

エイミィが慌てたように叫ぶ。

「ジュエルシードの発動を確認、九個同時に発動させているようです!!」

「しょ、小規模ながら次元震の発生を確認しました。徐々にですが規模が大きくなっています!!」

他のオペレーター達が悲鳴に似た報告を上げる。

「まさか、本当にアルハザードへ行くつもり!?」

「馬鹿な、あんなものは御伽噺だ!!」

リンディとクロノが何か言っている。

「言ってる場合かテメーら!! どうすんだ!?」

「っ!! 私が現場に出て、次元震を何とかして抑えるからその間にクロノは突入してプレシア・テスタロッサを捕縛、及びジュエルシードを確保しなさい」

「了解!!」

リンディがいち早く反応し、クロノに指示を出す。割としっかりしてるじゃねぇか。

「それからソルくん達にはクロノのサポートをお願い出来ないかしら? 武装局員が壊滅した所為で人手も戦力も足りてないの。お願いします」

俺にそう言って、頭を下げてきた。

「頭上げろ、ハナッからこっちはそのつもりだ」

なのはとユーノを見ると、二人は既にバリアジャケットを展開して戦闘準備を整えている。

「なのは、ユーノ。聞いた通りお前らはクロノのサポートに回れ」

「お兄ちゃんは?」

「俺はやることがある。それが済んだらすぐに向かう」

チラッとアルフに抱きかかえられてブリッジから消えるフェイトを盗み見る。

「うん、分かった。フェイトちゃんのこと、よろしくね」

「ソル、僕はサポートしつつなのはが無茶しないようにしっかり見てるよ」

「頼んだぜ」

「任せて!!」

二人は意気揚々とブリッジを後にする。

残ったリンディが改めて俺に向き直る。

「私も現場に向かうわ」

「ああ」

「………ごめんなさいね。貴方達みたいな子どもを頼って、最後までこんなことに付き合わせて」

痛ましげな表情は猫被りをしているようには見えず、その態度は心の底から出た真摯なものだった。

ま、こいつは女狐だが、悪人ではなかったな。

組織の人間として必要だから仕方が無くやらなければいけないことと、自身の立場と倫理観を常に天秤に掛けながら戦っていたんだろう。

確かに子どもを戦場に送るのを良しとする姿勢や、大の為に小を切り捨てるやり方は気に入らない。

管理局が間違っている訳じゃ無い。俺はこいつらが嫌いな訳でも、管理局がなそうとしていることに不満がある訳でも無い。

ただ、やり方が気に入らないだけ。本当にそれだけだ。

「乗りかかった船だ。ケリが着くまで付き合ってやる。だが、報酬と契約内容を忘れんなよ?」

俺ははそう言って、リンディの返事も待たずにフェイトが運ばれたと思われる場所へ向かった。





SIDE フェイト



私は………人形。

そう言われた。

何処へなりとも消えろ、とも言われた。

私は、母さんに必要とされてなかった。

アリシアのコピー。偽者。贋作。

ずっと母さんが好きで、昔みたいに優しい母さんに戻って欲しくて頑張ってきたけど………

記憶の中に居る母さんでさえ、それは与えられた虚構。

母さんに生み出されて、でも必要とされてなくて、持ってる記憶は虚ろな存在で。

何の為に、生まれてきたんだろう?

母さんに笑って欲しかっただけなのに………その為ならどんなことでも一生懸命やったのに………

(あんなにはっきり捨てられたのに、まだ母さんに縋ってる)

ぼんやりと見慣れない天井を見ていると、誰かが横になってる私の傍に立ち、明かりを遮って影を差す。

「アルフが居ねぇな? あいつ、何処行った? まさかなのは達の助太刀に行ったか? ………まあいい」

ソルだ。

彼はそのまま私に背を向けるようにベッドに腰掛ける。

私は虚ろな瞳でその大きな背中を見ていた。

「知り合いの昔話なんだがな」

唐突にソルが切り出した。





「一人の赤ん坊が居た。ソイツは捨て子だったが、幸い拾ってくれた奴が育ててくれた。実の子どものように可愛がってくれたらしい。そしてソイツも大人しくて優しい性格に育った」

………

「だが、悲しいことに成長したソイツは人の姿をした化け物だった。で、そのことがある日村全体に発覚した」

人の姿をした………化け物?

「ソイツは誰も傷つけたことが無かったのに、化け物だという理由で村人総出で血祭りに上げられそうになった。寸でのところを育ての親が何とかして、人里離れた森に匿ったらしい」

………良かった、その人が殺されなくて。人じゃないからって、そんな理由で殺されるなんて可哀想だよ。

「ソイツは森で大人しく独りで暮らしてたが、不幸な時は不幸が重なるもんでな。ソイツに賞金が懸けられた。しかも、生死問わずで、この世界なら一生遊んで暮らせるだけの額だった」

………そんな。

「あまりの賞金額の高さに、腕に覚えがある連中は誘蛾灯に群がる蛾のように森へと侵入した。どいつもこいつも目先にぶら下げられた金欲しさに襲い掛かった。真っ当な賞金稼ぎだけじゃねぇ、中には犯罪者、暗殺組織、警察、国家権力を有する軍人すら居た」

………酷い。

「普通ならこの時点で死んでる筈なんだが、生憎ソイツは化け物としての潜在能力はピカ一だった。たった独りで、毎日襲い掛かってくる賞金稼ぎを死者一人出すことなく追っ払った」

………凄いけど、それって悲しいよね。

「そうして難を逃れていたが、ある日。化け物を専門として狩る一人の賞金稼ぎに敗北した」

………え?

「賞金稼ぎに負けて、最早これまで、自分は此処で殺されて終わるんだ、そう覚悟を決めたその時、今までの人生を振り返ってみた。そして、自分は化け物として生まれた所為でこんな人生を送ったんだ、自分は一体何の為に生まれてきたんだろう? そう思ったらしい」

………何の為に生まれてきたのか。

「死ぬ前に一言、ソイツは賞金稼ぎに聞いてみた。『化け物に、生きる価値は、ありますか?』とな。賞金稼ぎは何て答えたと思う?」

………分からない。

「『知るか、テメーで考えろ』」

………は?

「そう言って、賞金稼ぎはトドメを差さずに立ち去った」

………どうして?

「ソイツは賞金稼ぎに見逃してもらってから、言われたことを考えた。考えて、考えて………それからどうなったと思う?」

「どう………なったの?」

「戦うことにしたんだよ………化け物である自分と………自分の生まれとな」

「自分の生まれと………戦う?」

「そう。そしてソイツは自分で考えて、自分で決めた道を歩いた。戦って、時に傷ついて、悲しい経験や苦しい経験をして、たまに後ろを振り返りながらも決して立ち止まらず進んだ」

「………その人は、結局どうなったの?」

「勝った」

「勝った?」

「化け物だろうと関係無ぇって甘っちょろい正義感を振りかざす一人のただの人間と結婚して、子どもが生まれた」





話してる間私に背を向けていたソルが立ち上がり、私に向き直った。

「生きる理由なんざ、我武者羅に生きてりゃ後から勝手についてくる」

暖かい手の平が、私の頭を撫でてくれる。

「生まれなんて関係無ぇ。化け物の知人すら普通の人間と結婚出来たんだ。お前が誰かのクローンだからって、そんなことで自分を否定するのは間違ってる」

私の手を取り、ソルは自分の胸に触らせる。

「確かにお前はプレシアにとっては人形だった。だが、それだけだ」

トクン、トクンと、ソルの鼓動が手の平に伝わってくる。

「俺にとってお前は人間だ。なのはやユーノと同じ年の、な」

ソルにとって………私は、人間なの?

「お前はどうだ? 自分を何だと思ってる?」

私は………

「分からないなら自分で考えて、自分で決めろ。他人がお前のことをどう言おうと気にするな。誰もお前に『こうであれ』なんて強制しねぇ。もしそんな奴が居たら俺に言え、すぐに消し炭にしてやる」

………誰も私を、強制しない。自分で考えて、自分で決める。

「お前が自分をどう”在りたいか”決めた時、初めて”フェイト・テスタロッサ”が始まる筈だ」

私がどう在りたいか。

「なのはが言ってただろ? まだ俺達は始まってない。だから”これから”を始めようって」

ソルが優しく微笑んだ。

「始めようぜ、フェイト? 俺達の”これから”を………俺と、皆と、一緒にな」

ついさっきまで指の一本動かすことすら億劫だったのに、今は全身に力が漲る。

私は、生きている。

でも、まだ始まってすらいない。

だったら始めよう。ソルと、皆で一緒に。

私はフェイト・テスタロッサ。

確かにアリシアのコピーかもしれない。クローンかもしれない。偽者かもしれない。

今までは母さんの言いなりになって生きてきた。ならそれは母さんの言う通り人形でしかない。

だけど、ソルが言ってくれた通り、私の在り方を決めるのは母さんじゃない。

私は自分の在り方を、自分で考えて、自分で決める。

ソルに手を離してもらい、立ち上がり、バルディッシュを手に取る。

「それに、このまま泣き寝入りして終わったら、納得出来ねぇだろ」

不敵にソルが笑う。

「………そうだね。このまま何も伝えずに終わるなんてイヤだよ、納得出来ないよ」

バルディッシュのデバイスコアが輝く。

「バルディッシュもそう言ってるな」

「うん、ずっと私と一緒に居てくれたんだもんね。こんな情けない形で何もしないまま終わるなんて、そんな主許せないよね?」

<yes,sir>

私はバリアジャケットを展開した。

「ソル、私行くよ。今までの人形だった私を終わらせて、ソルと、皆と”これから”を始める為に」

「ああ。お前の思いの丈をぶつけてこい」

「うんっ!!」

ソルに優しく、力強く後押しされて私は駆けた。

全ては………”これから”。



SIDE OUT










フェイトの後姿が見えなくなると、俺は深い溜息を吐いた。

「やれやれだぜ」

何年前の話だ? もう、随分昔のような気がする。



―――『ギアに、生きる価値は、ありますか?』



当時の俺は答えなかった。正確には答えることが出来なかった。

ギアの生きる価値なんて考えたことすら無かったからだ。

だが、今ならはっきりと答えることが出来る。

「生きる価値の無ぇ奴に、生まれてくる理由がある訳無ぇだろ」

あの話には続きがある。

むしろ二人にとっては子どもが生まれてからの方が苦悩の始まりだったのだが、これは語る必要の無いことだ。

それに、もうあいつらなら俺が居なくても上手くやってる筈だ。

俺は首を回してから、医務室を後にする。

足の向きはリンディから用意された俺となのはの部屋。

そこで自分の荷物を漁って、着替える必要がある。

使わないに越したことは無いと思ってたんだが、使うことにする。

「ハナッから、マジで行くぜ」

久々に本気で暴れることにした。










背徳の炎と魔法少女 16話 No Mercy










SIDE ユーノ



「ディバインィィィンバスターァァァァ!!!」

なのはの砲撃が斧やら剣やらモーニングスターを装備した”傀儡兵”を数体まとめて薙ぎ倒す。

「チェーンバインドッ!!」

僕が発動した魔法が、僕達に接近しようとした傀儡兵の動きを拘束する。

「今だクロノ!」

「スティンガースナイプ!!」

動けない傀儡兵をクロノの魔力弾が次々と貫き、その胴体に穴を開ける。

「スナイプショット!!」

更にその言葉に反応した魔力弾は、方向転換&急加速し、標的を変えて、再度傀儡兵達に襲い掛かる。

ある程度敵を倒すと、魔力弾は螺旋を描きながらクロノの元に戻ってきた。

「くそ、こうも数が多いと先に進めない」

クロノが焦ったように歯噛みする。

「次から次へと、鬱陶しいよ!!」

なのはが苛々しながら砲撃を放ち傀儡兵を吹っ飛ばす。

「く、まだ庭園内に入ったばっかりだっていうのに!!」

アルフが僕達に近付こうとした敵を殴り飛ばした。

「雑魚は無視して進みたいけど、いくらなんでも多過ぎる!!!」

僕はバインドを大量に飛ばし、敵を拘束すると同時にバインドを爆発させ、四肢を消し飛ばす。

ソルに言われた通りにクロノのサポートに回った僕となのは。

向かった先は庭園の入り口から少し離れた場所、そこにクロノは一人で戦っていた。

その姿を見た時、雑魚は無視して早く進めばいいのにと思ったが、敵の数を見てそれは無理だと思い直した。

庭園内を守るプレシアの傀儡兵、その数ざっと百。床に転がった大量の残骸も入れるともっと。地上から、空中から。しかも、放っておいても放っておかなくてもハチの巣からハチが出てくるみたいにわらわら沸いてくる。

無視して進みたいけど、そんな隙間が無い。敵はどんどん増えていく。

勿論、なのはが「私に任せて!!」と砲撃を連射したが、一瞬全体の数が減ったように見えても、またすぐに補充が来る。

これでは焼け石に水だ。

後から助太刀に来てくれたアルフが前衛を勤めてくれたこともあって、三人よりは戦いやすくなったけど、それだけだ。

敵が減らない。

もう既に何体瓦礫の山に変えたのか覚えてない。

足元には残骸やら破片やらがあっちこっちに足の踏み場も無いくらいに散らばっている。

「ああもう!! こんな状況でどうしろっていうの!?」

チェーンバインドを僕達の周囲に張り巡らせ、触れた者から片っ端から拘束、端から爆発させるが、敵が減ったように感じない。

「サンダーレイジッ!!!」

その時、金色に煌く雷が入り口の方から降り注ぎ、傀儡兵を数体まとめて瓦礫に変える。

「フェイトッ!!」

「フェイトちゃん!!」

アルフとなのはが喜色の声を出し、フェイトに近付いていく。

「ごめんね、心配かけて。もう、大丈夫」

力強く、自信に溢れた声。

「フェイト、良かった、良かったようぅぅ~」

嬉し泣きをしながらフェイトにしがみつくアルフ。

なかなか感動的な光景だけど、そんなことやってる場合じゃない。

「フェイト!! 空気読んでないようなこと言うのは分かってるけどソルは!?」

僕は期待を込めて聞く。フェイトが此処に居るんなら、絶対に近くにソルが居る筈だ。

しかし、

「え?」

間の抜けたフェイトの顔がそこにあった。

「え? って、一緒じゃないの!?」

「そうだよフェイトちゃん、お兄ちゃんは!?」

「あの男に頼るのは不本意だが、今まで彼と一緒じゃなかったのか!?」

「フェイト? ソルはどうしたんだい?」

僕、なのは、クロノが自分達に近付く敵を攻撃しながら聞く。アルフはしがみつくのを止めて、フェイトに近付こうとする傀儡兵に攻撃しながら聞いていた。

「ソ、ソルなら、あ、後から来るんじゃないかな? 私、ソルに励まされてからすぐに飛び出してきたし………」

冷や汗を流しながらバツの悪そうな表情でフェイトは言った。

「つまり一緒じゃないんだね!?」

「どうしてお兄ちゃんが居ないの!?」

「何やってるんだあの男は!?」

それぞれが口々に文句を言う。

「ご、ごめんなさい」

「フェイト、小さくなって謝るのは後にしな!! 今は眼の前の敵を倒すよ!!」

「………う、うん!!」

しょんぼりしていたフェイトもアルフの言葉に気を取り直して参戦する。

これでこっちの戦力は五人。

でも足りない。

敵が多いんだってば!!!

倒しても倒してもキリが無い。

なのはとフェイトとクロノの三人がそれぞれ得意な攻撃魔法で数を減らそうとしているけど、一向に減る気配が無い。

僕とアルフは三人に近付こうとする敵を拘束、即破壊してサポートに徹しているけど、事態は好転しない。

一体何処からこの傀儡兵は沸いてくるんだ!? すぐ隣の部屋とかで壊した端から作ってるんじゃないだろうな!? さっきから全然減らないし!!!

そんなことを考え始めていると、入り口の方から紅蓮の炎が巨大な火柱を上げて突っ込んできた。

そのまま火炎は僕達のすぐ傍を通り過ぎ、進路を邪魔する傀儡兵を蒸発させながら突き進み、壁に着弾して大爆発を起こして大穴を空ける。

爆発ついでに周囲の敵も巻き込んで。

(今のはソルのガンフレイム!! やっと来てくれた!!!)

僕を含む全員が炎がやってきた方向に視線を向ける。

そこには、見るからにサイズの合ってない赤いジャケットを着込み、ダボダボな白いズボンを穿いて、額からズリ落ちそうなヘッドギアを装着したソルの姿だった。

一瞬、呆気に取られる一同。

そして、

「そんな格好で何しに来たんだキミは!!!」

ソルの服装を見てクロノがキレた。

「お、お兄ちゃん何その服!?」

なのはは兄の変な姿に戸惑った。

「バカかいアンタは!!」

アルフはストレートに罵倒した。

「ソル………一体どうしちゃったの?」

フェイトは純粋にソルのことを心配した。

「………」

僕は開いた口が塞がらなかった。

「五年前と比べるとまだマシだが、やはり無理があったか」

「何を暢気に言ってるんだ!! 少しでもキミに期待した僕が馬鹿みたいじゃないか!!」

クロノが早口で捲くし立てるが、ソルは一切気にも留めずに僕達の前に進み出る。

「退がってろ」

「そんな格好で何するつもりだ!?」

「この格好じゃねぇとダメなんだよ」

「何がだ!?」

「面倒臭ぇ、黙って見てろ」

そう言ってクロノをあしらうと、ソルから濃密で莫大な魔力が吹き荒れる。

ソルは天を仰ぎ、口を開き、そして吼えた。



「ドラゴンインストーォォォォォルッ!!!!!」



それはまさに竜の咆哮だった。

力強く、雄々しく、猛々しい。

彼の足元から火柱が上がる。それはあっという間に巨大な炎となりソルの全身を包み込んで尚高く昇る。

膨大な魔力が更に上昇し、高まり過ぎた魔力の所為で、感覚が麻痺してきた。

やがて炎が消え失せると、そこに僕達がよく知るソルは居なかった。

その代わり、見知らぬ一人の男性が居た。

身長はかなり高く、きっと百八十は超えている。

年齢は二十前半から二十中盤で、野性味溢れる鋭い紅の瞳と、何処か見たことのある仏頂面。

赤いジャケットも白いズボンもヘッドギアもサイズがぴったり。それらが眼の前の人物の為に用意されたことが一目で分かる。

黒茶の長髪を後ろで縛ったソルと同じヘアースタイル。

まるで、”ソルが大人になったらこんな感じ”と想像してしまうような成人男性が僕達の前に現れた。

その男の人は全身から赤い魔力光を放ちながら言った。

「一気に行くぜ」

低く、渋いのに若さを感じさせる大人の声。

手にした封炎剣を構えると、剣の鍔の部分がガコンッと花開くように展開し、炎が吹き出る。

そして、爆発的な踏み込みで弾丸のような速度を出して傀儡兵の群れに突っ込んだ。

「どけっ!! 邪魔だっ!!! 失せろっ!!!」

速過ぎて何がどうなっているのか分からない。瞬きしている間に赤い魔力光を放つ何かがの残像を残しつつ高速で動き、赤い光が通り過ぎると必ず火柱が上がり、火柱が上がる度に傀儡兵が十数体まとめて爆発と火炎によって吹き飛ばされ、消し炭になっていく。

まるで巨大な炎の蛇がのた打ち回るように暴れているのを見ているようだ。

僕達がどう頑張っても減らせなかった傀儡兵が見る見るうちに減っていく。

「ガンブレイズッ!!!」

一際大きな火柱が赤い光が通り過ぎた後に炎の壁のように大量に発生する。その炎によって地上に居た敵は勿論、空中から攻撃をしようとしていた傀儡兵が全部蒸発した。

それでもまだ補充があるのか、わらわらと集まってくる傀儡兵。

だが、



「タイランレイブッ!!!!」



巨大な炎が、いや、それはもう炎というよりは小さな太陽だ。それが発生した瞬間爆裂して、集まっていた為に密集していた傀儡兵全てが呑み込まれ、跡形も残さず焼き尽くされる。

「もう一発、くれてやるっ!!!」

その言葉通りにまたもや生まれた小さな太陽が、今度はすぐに爆裂しないで、傀儡兵が補充されて入ってくる場所に向かって突き進んでいく。

邪魔するものを全て呑み込みながら。

そして爆裂、爆音。炎が庭園の壁を、床を、柱を粉砕し、欠片すら消し飛ばし、灰も残さず蒸発させていく。

馬鹿みたいに大きな穴が穿たれる。

赤く光る男性は躊躇せずにその大穴に突っ込んでった。

視界から消えても男性は大暴れしているようで、絶え間無い爆発音がドッコンッドッコンッ連続的に聞こえてきて、その度に建物全体が揺れる。

気が付くと、僕達の周囲にはもう、傀儡兵は一体たりとも残っていなかった。

「「「「「………………」」」」」

この場に居た誰もが茫然自失としていた。

ソルがいきなり炎に包まれたと思ったら、ソルに似た知らない大人の男性が佇んでいて、その人が滅茶苦茶な動きと戦い方で僕達が苦労して相手にしていた傀儡兵を全て倒してしまった。

今見た光景が信じられない。

何だったんだ今のは?

『クロノくん!! 一体何があったの!? 生きてる!? 大丈夫!?』

突然、エイミィさんからの通信が入った。

「………はっ!! エ、エイミィか!? こちらはクロノ、とりあえず全員無事だ!!」

固まっていたクロノが動き出し、エイミィさんに応えていた。

『良かった~。死んじゃったかと思ったよ~』

「確かに苦戦はしていたが? それはどういうことだ?」

クロノが頭に?を浮かべる。僕達も同じ気持ちだった。エイミィさんの今の言い方は、少し違和感があったからだ。

『だってさ、さっきクロノくん達の眼の前で計測不能な魔力反応と同時に、ジュエルシードよりも強いロストロギア反応もあって、しかも次の瞬間高エネルギー反応まで連続で出るんだもん。サーチャーも飛ばしてる余裕無かったし、さすがのクロノくんでもやばかったのかと』

「ちょ、ちょっと待てエイミィ!! ロストロギア反応だって!?」

ロストロギア反応!? そんなものが僕達の眼の前にあったのか!?

『うん』

「お、おかしい、それはおかしいぞエイミィ!! 何故なら誰もロストロギアなんて持っていない!! 敵にもそんな奴は居なかった!!」

『え? 誰かがクロノくん達の前から移動させたんじゃないの? 今居る場所から少し離れた所で魔力とロストロギアと高エネルギー反応があるよ』

それってまさか………

『それにしても変なんだよね~。これってさっきから凄い速さで動き回ってるんだもん。今でもなんか高速で動いてるし』

爆音と振動がまだ伝わってきていた。

「「「「「………………」」」」」

僕達五人は神妙な表情で全員と顔を見合わせる。

皆考えてることは一緒のようで、それ以外に心当たる節が無い。どう考えてもそれしか無い。

『あっ! ああ!! 気を付けて皆!! さっきのロストロギアが高速でそっちに戻ったよ!!』

その言葉の通り、赤い光を放ちながらソルに似た誰かが僕達の前に現れた。



SIDE OUT










SIDE なのは



「此処はあらかた片付けた。何時までも呆けてねぇで、次行くぞ」

そう言うと、男の人は私達に背を向けて走り出そうとします。

「ま、待ってください!! お、お兄ちゃん………なの?」

私は確信めいた予感を感じつつ、呼び止めました。

だって、そうとしか考えられません。

ついさっきまでお兄ちゃんが居た場所に、まるで入れ替わるように姿を現した眼の前の男性。

これって、ユーノくんがフェレットから人間の姿になったように変身魔法の一種なのかもしれません。

だとしたら説明がつきます。この背が高くてワイルドな男性は、きっとお兄ちゃんなのです。雰囲気とかそっくりだし顔立ちとか面影あるし。

「何言ってやがんだなのはは? お前の兄がこの場で他に誰が居るってんだ?」

やっぱりお兄ちゃんでした。

「どうして大人の姿に変身してるの?」

「………ああ、この姿か。これは気にするな。話すと長い」

今度こそ走り出そうとして、

「待て!! キミからはロストロギア反応が観測されているんだぞ!! それは一体どういうことだ!? 何らかのロストロギアを所持しているのか!?」

クロノくんがお兄ちゃんに詰め寄りました。

「ああン? ロストロギアだぁ? 知るかんなもん」

「言い逃れしようったってそうはいかないぞ!! エイミィや他の局員も確認していることだ!!」

「なんで俺が元の姿に戻ったら文句言われなきゃなんねぇんだよ」

「元の姿だって!?」

更に驚愕の事実がお兄ちゃん自らの口から知らされます。なんとお兄ちゃんは本当は大人だったのです。

「それなら今度から呼び方どうすればいいの!? やっぱり変えた方が良いかな? お兄さん? それともお兄様?」

「わ、私なんて今までずっとソルって呼び捨てにしてきたよ!? これからはソルさんって呼んだ方がいいのかな?」

「………今悩むべきところはそこじゃないと思うな」

私とフェイトちゃんが頭を抱える隣で、ユーノくんが突っ込みます。

「今まで通りで構わねぇよ」

「「本当!?」」

「好きにしろ」

「「うんっ!!」」

「先を急ぐぞ」

今まで通りの呼び方を認めてくれたお兄ちゃんは、今度こそ走って行ってしまいました。

「ソ、ソル!! 私も一緒に行く!!」

「フェイト!? アタシも行くよ!!」

フェイトちゃんとアルフさんがお兄ちゃんの背中を追いかけます。

「話がまだ終わってないぞ!! 待てぇぇ!!」

「僕達も行こう」

クロノくんとユーノくんがそれに続きます。

「ああ!? 皆待ってよう!!」

最後に皆から出遅れた私が必死になって追いかけました。





「あの穴のようなものは虚数空間。次元断層によって引き起こされる次元空間に空いた穴だ。魔法は全てキャンセルされてしまうから、飛行魔法や転移魔法が使えない。 だから落ちたら二度と上がってくることは出来ない。全員、落ちないように気を付けるんだ」

クロノくんが床とかに出来た穴の説明をしてくれます。

私はそれになるべく近付かないように気を付けて進みますが、

「あの男………僕の話が聞こえてる筈なのに全く聞いてないな………」

お兄ちゃんは一切の躊躇もせずに、ヒョイヒョイと忍者もびっくりの見事な跳躍で虚数空間を跳び越えて行きます。

飛行魔法が使いにくい場所に出たので、私達は自分の足で走って進みます。

私達と同様にお兄ちゃんも自分の足で走っているのですが、はっきり言って飛行魔法を使った私より全然速いです。

「それにしても………あの男が出鱈目だと分かっていたつもりだが、此処まで出鱈目だとは正直思っていなかった。あの姿のことを一切説明する気は無いようだし………」

私の前を進むクロノくんがぶつぶつと何か言っています。

なんかお兄ちゃんが馬鹿にされた気がするので、私はその後頭部をレイジングハートで引っ叩きました。

バコッと良い音がしました。

「痛いっ!? いきなり何をするんだなのは!?」

「あんまりお兄ちゃんを馬鹿にすると叩くよ!?」

「もう叩いたじゃないか!!」

振り向いたクロノくんが涙眼になって喚きますが、聞く耳持ちません。

「そんなことはどうでもいいの!! お兄ちゃんを馬鹿にするともっと叩くよ!!」

「別に僕はソルを馬鹿にした訳じゃない、彼の異常性について僕なりの見解をぐあっ―――」

その言葉は最後まで言えませんでした。

先頭を走っていたフェイトちゃんが振り返り、ゲシッっとクロノくんの腰を蹴りつけたからです。

バランスを崩してつんのめるクロノくんを私は避けて、後ろのユーノくんに任せます。

ユーノくんは鋭い水面蹴りを放ち、クロノくんを転倒させ、うつ伏せ状態になったその身体を踏みつけました。

「あ、ごめんクロノ、つい」

「ついじゃないだろ!! ついじゃ!! 明らかに故意じゃないか!! ていうか早く降りろ!!!」

「なのは、フェイト、早く行こう。グズグスしてるとソルに置いてかれる」

「「うん」」

私とフェイトちゃんとユーノくんは並んで走り出しました。

「ま、待ちたまえキミたぐえぇ」

「あ、ごっめ~ん♪ つい間違えてソルを馬鹿にしたかもしれないクロノを踏んじまったよ。次からはこうならないように口には気を付けな」

後ろの方で、カエルがトラックに轢かれた時に出すような声と、アルフさんの楽しそうに脅す声が聞こえてきたような気がしました。

そのまま私達は走り続けます。

敵の傀儡兵とはあれ以来戦っていません。

先行しているお兄ちゃんがあっという間に倒してしまっているからです。

お兄ちゃんは私達より少し先に進み、そこに居た敵を掃討すると、私達がある程度追いついてくるのを待ち、やっと追いついたと思ったらまたすぐ先に進んでしまいます。

ユーノくん曰く「僕達のことを気遣ってくれてるんだ」とのこと。

姿は変わっても、やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんです。

「格好良いな~」

「うん、普段のソルも素敵だけど、今の姿も………良い」

思わず零れた本音にフェイトちゃんが同意してくれます。

「だよねだよね!! 最初はびっくりしたけど、あの大人の姿はアレはアレで良いよね? 普段のお兄ちゃんも当然格好良いけど」

「ソルが大人になったら、違った、元の姿に戻るとあんな風になるんだね………凄く頼もしくて………何だろう………ソルを見てると安心出来る」

コクコクとお互いに相手の言葉に頷き合います。

「むしろ僕はソルが本当は大人だってことを知って納得したよ」

ユーノくんが唐突に言いました。

「それってどういうことなの?」

「ソルがどうしたの?」

私とフェイトちゃんは首を捻りました。

「今までのソルを振り返ってみて。これまでのソルの態度とか頭の良さってさ、どう考えても普通じゃあり得ないんだ。とても僕達と同い年には思えない言動ばっかりだったよ?」

「う~ん、お兄ちゃんってウチに居候し始めた頃からあんな感じだったら全然違和感とか感じなかったけど、言われてみれば確かに」

「私はよく分かんないけど………」

フェイトちゃんが残念そうに俯きます。

「まあ、フェイトは置いといて。だから、ソルのあの姿が元の姿だって言われたのは勿論驚いたけど、それが本当だとすると今までの言動に納得出来るんだ」

「なるほど~」

「うう………なのはだけずるい」

横から恨めしげな視線を感じますが無視します。

そんなことを話しながら走り続けていると、虚数空間が少ない場所までやって来たので飛行魔法を発動させ、先を急ぎます。

お兄ちゃんが、私達を待っていました。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 最終話 SOL=BADGUY
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/09/01 10:03
SIDE クロノ


「近いな」

僕が皆から少し遅れてソルが待っている場所まで辿り着くと、彼は猛禽のような眼を鋭く細めて呟いた。

彼から発せられる異常に高濃度な魔力の所為ですっかり感覚が麻痺してしまっている。しかし、彼ならプレシアが居る玉座の間まであとどのくらいか把握しているのだろう。

「みんな聞いてくれ、此処から先は二手に分かれる。キミ達は駆動炉を封印してくれ」

僕は上に続く階段を指差しながら伝えた。

「駆動路? そこを潰せばいいのか?」

「ああ、そうすれば少なくともこの庭園は完全に停止することが出来る」

「なら俺一人で十分だ」

彼はそう言うと、飛行魔法を発動させ浮き上がる。

「お前らは全員でプレシアに当たれ。なるべく早くケリを着けろ、俺が行く前にな。さもないと取り返しのつかないことをする」

「………お兄ちゃん、それってどういうこと?」

不穏な気配を感じたなのはがソルに聞く。

「………」

ソルはなのはの疑問に答えず、俯き、鋭利な眼を更に鋭くするだけだった。



―――この男、まさか殺る気かっ!?



背筋に怖気が走る。

この男と知り合ってそれ程時間が経った訳では無いが、ソルがどういう人物かはある程度把握していたつもりだった。

しかし、認識が足りなかった。

驚異的な知能や鋭い洞察力、異常な戦闘能力に眼を向けがちになってしまうが、ソルの本質はそこではない。

自分にとっての”敵”に対して、何処までも容赦無く冷酷になれるということに今気付いた。

あの眼は”狩る側”の眼だ。獲物を殺すことに躊躇など全くしていない。

彼は必要とあらば、ミッドチルダ出身の魔導師なら絶対に越えようとしない一線を易々と越えるだろう。

まるでそれが当然だという風に。

僕にはそんなこととてもじゃないが真似出来ない。真似なんてしたくない。

そんな覚悟、無い。

だが、彼はそんな覚悟を当たり前のようにしている。修羅道を進むことこそが本望であるとでも言うように。

(彼は一体………何者なんだ?)

何度も同じことを疑問に思った。

結局答えは出なかった。

今でも答えは見えない。

ただ、僕は彼の”在り方”に戦慄するしかなかった。

「ちっ、お前らとっととプレシアの所へ行け………来やがった」

僕達を包囲するようにいくつもの転送魔法陣が現れ、そこからさっき嫌という程眼にした傀儡兵が次々姿を現す。

「な!? まだ残っていたのか!!」

「グダグダ抜かすな!! 此処と駆動路は俺に任せて行け!!」

彼の言葉に反応して僕達は駆け出したが、

「これは………!?」

ユーノが止まり、一歩後ずさった。

僕達の進路を遮るように、通常の数倍はある大きな転送魔方陣が現れ、そこから今までとは比較にならない程巨大な傀儡兵が召喚された。

高さは優に十メートルは超えている。あまりの巨大さに人型サイズが玩具に見える。

その大型傀儡兵が手に持つ剣を真っ直ぐ振り下ろす。

全員がそれぞれ左右に移動することによって回避。

「ディバインバスターァァァ!!!」

なのはの砲撃魔法が傀儡兵の胴体部に直撃するが、

「効いてない!?」

何事も無かったかのように攻撃を仕掛けてくる。

「あの大型はきっと今までのものと比べると魔法に対する耐性が強いんだ」

「強いってレベルじゃないとアタシは思うんだけど」

ユーノの言葉にアルフが応える。

「でも、皆で力を合わせれば………」

「うん、一緒にやろう、なのは」

なのはとフェイトが並び、それぞれ砲撃の為に魔力をチャージする。

だが、大型傀儡兵は僕達には眼もくれず、少し離れた所で戦っているソルに向かって走っていく。

「まさかあいつ、最初からソルが狙いか!!」

でかいだけあって一歩毎に進む速度が他と比べ物にならない程速い。

「ソル!! そっちに大きいのが行ったよ!!」

「お兄ちゃん気を付けて!!」

「さすがに魔法が効き難いならあいつでも梃子摺るね、フェイト!!」

「分かった、ソルの援護を」

ユーノ、なのは、アルフ、フェイトが順にそれぞれソルの元へと向かう。

それらの声に反応したソルは、自分に向かって進んでくる大型傀儡兵を睨むと、床を踏み砕く程の踏み込みで一瞬の内にその足元まで駆けつけ、



「ヴォルカニック―――」



手にした燃え盛る剣を庭園の床に突き立て、



「ヴァイパーァァァァァァッ!!!」



火山から噴出しながら煌々と輝く溶岩となって跳躍した。

高さ十数メートルあった傀儡兵の爪先から頭頂部まで、触れた部分を蒸発させながら天に向かって昇るその姿は、まさに巨大な炎の蛇。

体積の約六割を失った傀儡兵はそのまま無様に倒れてドロドロに溶ける。

「馬鹿かお前ら!! 俺の心配するくらいだったらとっとと先に進めっ!!!」

「「「「ご、ごめんなさい!!!」」」」

ソルの怒声が響き渡り、なのは達は慌てて引き返してきた。

心なしか皆しょげている。

「………まあ、彼は心配するだけ無駄みたいだから、先を急ごうか?」

全員が怒られたことにショックを隠し切れていなかった。それでも小さく頷くのを確認すると、僕は先頭に立って進んだ。



SIDE OUT










SIDE プレシア



低く重い振動が何度も響く。

あの少年。否、あの男の仕業だ。

恐らく生体型ロストロギアを保有していると思われる炎の魔導師。

人間ではあり得ない多大な魔力量。リンカーコアの限界を遥かに超えた瞬間放出量。私が制御する九つのジュエルシードよりも、非常に安定していながら強力無比な”力”。

(まるで化け物ね)

管理局が出てきたことと、少年姿のあの男を初めて見て、これは多過ぎると思うくらいに大量に用意しておいた傀儡兵もほとんど潰されてしまった。

忌々しい炎によって。

駆動路はもうダメだろう。あの大型ですら一撃で倒されてしまったのだ。こちらにはそれ以上の手駒はもう無い。

管理局の連中とあの人形もこちらに向かっている。

万事休す?

「まだよ、まだ、アリシアの笑顔を見ていない」

その為だけに全てを投げ打って違法な研究に没頭してきたのだ。

己の身体を顧みずに。

今更止まらない。止められない。

必ずアルハザードに辿り着き、アリシアと再会する。

そう誓ったのだ。



―――「大変だな? 蘇生したアリシアの肉体に入っているのは、アリシアとは違う”モノ”かもしれねぇな………そうしたらまた、フェイトみたいに失敗だな」



あの男の言葉が脳裏を駆ける。

「そんなことない………そんなことは」

口では否定していても、心の何処かで否定していない部分がある。

事実、アリシアの記憶を持って生まれたフェイトは失敗したのだから。

「一体何なの? あの男は?」

『プレシア・テスタロッサ、次元震は私が抑えています。駆動炉もやがてソ、彼が封印、いえ、完膚無きまでに徹底的に破壊されるでしょう。貴方を捕らえる為にそちらへは執務官達が向かっています。忘れられし都『アルハザード』は、そこに存在する技術は曖昧なただの伝説です』

唐突に管理局の人間の念話が届く。

宣言通り次元震が抑え込まれている。これでは旅立てない。

『違うわ。アルハザードは確かに存在する。次元の狭間にあるのよ。時間と空間が砕かれた時、道は………そこにある』

『貴方はそこに行って一体何をするの? 失った時間と犯した過ちを取り戻すの?』

『そうよ。私は取り戻す。アリシアを、こんなはずじゃなかった世界の全てを』

問いに答えた時、硬く閉ざしていた筈の扉が爆音と共に吹き飛んだ。



SIDE OUT









SIDE ユーノ



「世界は何時だってこんなはずじゃないことばかりだよ!! 昔から何時だって、誰だってそうなんだ!!! 不幸から逃げるか戦うかは個人の自由だが、他人を巻き込む権利は誰にも無い!!!」

なのはとフェイトとクロノの三人が同時に砲撃魔法を叩き込んで扉を破壊すると、クロノが真っ先に飛び込んで叫んだ。

僕達もそれに続く。

勢揃いした僕達の前に、フェイトが一歩進み出た。

「………母さん、貴方に言いたいことがあってきました」

「何をしに来たの………」

射殺さんばかりの視線でフェイトを睨むプレシア。

「私は、アリシアじゃありません。確かに母さんにとって私は人形でしかなかった。けど、私は貴方に生み出されて、貴方に育ててもらった貴方の娘です」

「だから何? 今更貴方を娘に思えと?」

コクリとその言葉に頷く。

「貴方がそれを望むのなら、私は貴方と共にあり続けます。たとえ誰が来ようと、どんな苦難が待とうと、貴方を守ります」

一歩、二歩進み出て、

「私が貴方の娘だからじゃない。貴方が私の母さんだから」

強い意志が込められた声で手を差し伸べる。

そんな真摯な態度のフェイトにプレシアは、

「下らないわ」

憎悪を滾らせながら吐き捨てた。

「言ったでしょ? 私の娘はアリシアだけで、私はアリシアだけの母親なの。人形の貴方にはもう用は無いのよ。目障りだから消えなさい」

これはあまりにも酷い言い様だと思う。プレシアは生まれてきた命を、自分が勝手に生み出した命を一体何だと思ってるんだ。

そんなプレシアの言葉に、フェイトは俯き、悲しげな、今にも泣き出しそうな表情をしつつも、気丈に顔を上げると宣言した。

「………それなら、これ以上罪を重ねないように、此処で貴方を止めるのが、私から母さんへしてあげられる親孝行です」

デバイスを構えたその瞬間、



―――ドッコォォォォォォォォンッ!!!



爆発音が玉座の間に響き渡る。

「………っ! 上だっ!!」

クロノが天井を指差す音の発信源は、罅が入ったと思った刹那、見慣れた炎が破砕音と共に天井を粉々に破壊し、大きな穴が穿たれると同時に赤く光り輝く人物が飛び降りてきた。

その人物は丁度僕達とプレシアの間くらいの距離で着地すると、首をゴキゴキ音を立てて回し溜息を吐いた。

「やれやれだぜ」

「お兄ちゃん!!」「「「「ソル!!」」」」

「………来たわね」

ソルはつまらなそうにプレシアを一瞥した後、僕達の方に、正確にはフェイトの方に歩み寄った。

「言いたことは言えたか?」

「………うん」

「そうか」

それだけでフェイトの全てを察したかのように、プレシアに向き直る。

「随分とその人形がお気に召したみたいね」

「まあな」

皮肉げなプレシアの態度にソルは気にも留めない。

「欲しかったら勝手に持って行きなさい。私には必要無いから」

「なら、こいつは俺がもらう。今からフェイトは俺のもんだな」

プレシアの言葉に絶望的な表情をした瞬間、ソルの言葉で首まで真っ赤にして頭から湯気を上げるフェイト。

忙しいなぁ。

「その人形の何処が良いんだか、教えてくれるかしら?」

「逆に聞くぜ。娘を生き返らせようと奮闘するのは結構だが、自分が死んだら元も子も無いんじゃねぇのか?」

「え!?」

ソルの言葉にフェイトとプレシアが驚愕の表情をする。

「気付いていたの?」

「今直接”診て”な。初めは些細な過労と栄養失調から始まったんだろうが、それを放置して研究にでも没頭してたのか? 免疫力の低下で病気を併発してからは薬で無理やり症状を抑え込んでいたな? それでも完治させようとしなかった所為で症状は悪化………もう既に末期だろ?」

「………貴方、良い医者になれるわよ」

「あんな変態の真似事なんざこっちから願い下げだ」

ソルが嫌そうな顔をした。ソルにそんな顔をさせる知り合いでも居るのだろうか? それにしても変態って………一体どんな人だったんだろ?

「ソ、ソル!! 何とか出来ないの!?」

プレシアの容態はかなり悪いらしい。それを聞いたフェイトがソルにすがりつく。

「もう無理だ。あそこでああやって立ってる方がおかしい。普通ならもう棺桶の中だ」

「そんな………」

「内臓もズタボロだな。吐血と喀血は何度した?」

「もう、どちらも覚えてないわ」

盛大にソルは溜息を吐いた。

「この死に損ないが。初めは俺がトドメくれてやろうかと思ってたが………その前に死ぬじゃねぇか」

「そんなことは百も承知よ………だから、せめて死ぬ前に………アリシアに会うのよ!!!」

九つのジュエルシードが青い光を放ちながら強く輝く。一気に全部暴走させるつもりか!?

「アルハザードには全てがある。全てを取り戻せる。私の身体は勿論、アリシアを生き返らせることだって!!」

ジュエルシードから放たれる魔力を吸収したプレシアが、強大な雷撃を僕達に向けて発動させる。

それはとてつもない魔力と攻撃力を孕んでいるが、

「フォルトレス」

僕達全員を覆うように展開した緑のバリア、ソルの法力が容易く防ぐ。

「あれだけの規模と威力の魔法を難なく防ぐとは、キミはどれだけ規格外なんだ………」

言及することを諦めたクロノが呆れたように呟いた。

「ぐ、うう、ゴホッ」

急にプレシアが苦しみ、咳き込み始めた。

「ゴホッゴホッ、がはぁ」

咳き込んでいたと思っていたら、膝をついて夥しい血を吐く。

庭園の床が血で染まる。

「母さん!!」

フェイトが顔面蒼白にしてプレシアの元へ走り寄ろうとするが、その腕をソルに掴まれる。

「は、離して、ソル、お願い、お願いだから」

涙を零して訴えるフェイトに、ソルは目を瞑り、何も言わずに首を振った。

プレシアは虚ろな瞳で這い蹲りながらアリシアの遺体が眠るポッドまで近付くと、それを抱き締める。

「アリシア、お母さんが一緒よ。ずっと、ずっと………」

制御から離れたジュエルシードが、周囲に虚数空間を生み出した。

そして発生した虚数空間は、偶然プレシアの足元だった。

「母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

ポッドを抱えたプレシアが、虚数空間に落ちていく。

その光景をフェイトは、ソルは、僕達は………ただ見ていることしか出来なかった。



SIDE OUT










背徳の炎と魔法少女 最終話 SOL=BADGUY










意外に呆気無かった。それが俺のプレシアの最期に対する感想だった。

そもそもプレシアは、ハナッから死ぬつもりだったのかもしれない。死に場所を求めていたのかもしれない。

それでも死ねず、アルハザードとかいう御伽噺にすがりついて、叶いもしない望みを叶えようと研究を重ね、日々を繰り返していたのだろう。

きっと、狂ってしまったプレシアはそうでもしないと生きていけなかったのだ。

現実と向き合えなかった、現実を認める強さを持っていなかった母親の姿。

失った過去を求め、現在を見ようとせず、未来を初めから無いものとして見限った狂科学者。

哀れな末路としか言いようが無い。

だが、

(俺もプレシアのことを言えなくなるかもな)



―――もし、今の俺にとって大切な誰かが、例えばなのはが、



そこまで考えて止めた。

こんな仮定の話は胸糞悪くなるだけだ。もう二度としねぇ。

俺の足元に座り込んで茫然自失しているフェイトを、その腕を掴んで無理やり立たせる。

「ソル………」

辛気臭い面してる連中に向けて一言、帰るぜと言おうとして、背後のジュエルシードが一層輝き、更に強い魔力を発し始めた。

「何だ!?」

庭園全体が振動しているような揺れ。

『ヤバイよ皆!!、さっきまで艦長のおかげで落ち着いてた次元震が急に活性化してる!!』

「んだとぉ!?」

制御から離れた所為で暴走したからか。

『このままじゃ次元断層が発生しちゃう!!』

ふざけるな。やっと此処まで来て終わったと思って帰ろうとしたら、とんでもないもんが最後の最後に待ち構えてやがった。

うっかり感傷に浸ってる場合じゃなかった。

プレシアが落ちてからとっととなのはに封印させときゃ良かったんだ。

『皆聞こえる? 私は今出来る限り抑えているから、今の内にアースラに戻って!!!』

リンディの切羽詰った声。これは相当ヤバイ事態だ。

『アースラに戻るのはいいが、次元断層ってのは周囲の世界も巻き込むんだろ? 地球はどうなる?』

『………』

俺の問いにリンディは答えない。答えられないのか。答え難い内容なのか。

帰る場所が、俺にとっての第二の故郷が、消える?

俺の家族が、俺の日常が、消える?

冗談じゃねぇ。

だったら、俺の大切ものを破壊しようとする危険物なんざ今すぐ消し炭に変えてやる。

『エイミィ、ジュエルシードを破壊することによって生まれる危険はあるか?』

『たぶん無いと思うよ、ってソルくん、違ったソルさんまさか!?』

『リンディ、俺はこれからジュエルシードを破壊する。全力でな』

『え………』

『だから、ガキ共がアースラに着くまで何とか持ち堪えろ。それからアースラは全力で防御態勢に入れ、俺の攻撃の余波が行かないように全力でシールドを張れ』

『ちょ、貴方何をする気!?』

『なるべく範囲は絞るが、そもそも加減云々出来るか怪しいからな。非殺傷もこればかりは不可能だ』

俺はなのは達に向き直る。

「聞いた通りだ。お前らはとっととアースラに戻れ」

「お兄ちゃん………」

なのはが心配するのは当たり前か。世界の存亡に俺一人が残って立ち向かうように見えるからな。

「安心しろ。すぐに戻る」

言って、なのはの頭を撫でる。

「絶対、絶対だよ? 約束だよ?」

「俺がお前との約束を破ったことがあったか?」

「無い!!」

「なら心配要らねぇだろ」

俺の返事になのはが満足すると、ユーノに視線を向ける。

「ソル、任せていいんだね?」

「ああ」

「僕はまだキミから法力について何一つ教えてもらってないんだから、こんな場所でヘマなんかしないでね」

「言ってろ」

こいつも本当に言うようになった。

「僕はなのは達のようにキミを全面的に信頼している訳じゃ無いが、キミのその異質な”力”だけは信用している」

クロノが俺の前に一歩進み出る。

「管理局の人間としては非常に不本意ではあるが、後のことはキミに任せた」

俺はそれに口を開かず頷いた。

「ソル、アタシはアンタを信じてるよ」

アルフが真剣な眼差しを俺に向ける。

「お前にはフェイトとガキ共のお守りを任せるぜ」

「任せな!! ほら、こっちおいでフェイト」

フェイトをアルフに託す。

「………ソル」

不安を一杯に詰め込んだ紅の瞳が俺を捉える。

「お前は生きろ」

「え?」

不思議そうな表情をするフェイトに構わずそのまま告げる。

「お前はまだ始まったばかりだ。こんなとこで足踏みなんかしてんじゃねぇ」

一瞬ポカンとした後、何かを決意したかのような凛々しい顔になる。

「分かったよ、ソル。皆と一緒に始めた”これから”を………私が決めた道を歩み続ける為に」

俺のその強い意志が込められた眼に満足し、親指を立てた。

「上出来だぜ」

褒められたフェイトが恥ずかしげに、それでいて満足そうな笑顔になる。

嗚呼、俺が見たかったものはこれだったんだ。

初めて出会ったあの時、『木陰の君』と同じ眼をしていた。その寂しげな眼を何とかしてやりたくて、俺は今まで奮闘してきた。

俺も随分、お人好しになったもんだ。これは絶対に高町家の影響だ。

だが、フェイトの今の姿を見て、これまでの苦労が全て報われた気がして、悪くないと思う自分が居る。そんな自分を俺は気に入っている。

今までの長い人生の中で出会ったお人好し共の気持ちが少しだけ、理解出来た気がする。

後は、残った仕事に始末をつけるだけだ。

「行け」

俺の言葉に全員がアースラに向かって駆け出した。





やがてエイミィから、全員無事にアースラに乗艦したと報告が入る。

それに一先ず安心すると、俺は封炎剣を持ったまま腕を組み、自身の”力”を更に解放する。

足元から火柱が立ち昇る。

「終わりにするか」

俺の体温が急激に上がり、それに伴い気温が上昇する。

(まだだ、まだ足りねぇ)



―――もっと”力”を。



やがて、俺は溢れんばかりの熱と”力”に満足する。

今の俺の体温は約1200℃、既に火山の中に眠るマグマと同じ温度にまで達している。とても生物が耐えられる温度ではない。たとえギアであろうと。

そういう兵器として調整された俺以外は。

熱に耐え切れず、床が融解する。

床に立って居られなくなったので飛行魔法を発動させ、その場に浮く。

周囲の気温は約800℃を超えた辺りか? この場に生きていられる生物なんて存在しない。

全ての準備が、整う。

俺は九個のジュエルシードの真正面に向き直り、浮いたまま地を這うように姿勢を低くする。

封炎剣を逆手に持つ左腕は脇腹に、右腕は肘を突き出し顎を挟むように構える。



―――行くぜ。



その姿勢のまま虚空を滑空し、ジュエルシードの真下を通り過ぎ、ある程度の距離を置いて止まる。

「ケリを着けるぜ」

その言葉と共に、俺の”奥の手”が発動する。



オールガンズブレイジング。



それは、この世に存在する全てを焼き尽くす炎だ。










SIDE リンディ



残りはソルくん、違った、ソルさんのみ。

彼が一人玉座の間に残りジュエルシードを破壊すると宣言してから、子ども達全員が無事アースラに乗艦した。

彼が大人の姿に変身し、しかもそれが元の姿という報告をクロノから伝えられた時は仰天した。

S2Uから送られてきた映像、後からエイミィが飛ばしたサーチャーによる映像。そのどちらもが成人男性を映していた。

更に理解し難いことに、彼からはロストロギア反応があるという。

そもそもロストロギア反応とは、今の管理局では解析出来ない未知のエネルギー反応のことだ。

失われた古代遺物と呼ばれるロストロギアは、皆例外無く、それ単体で未知のエネルギーを発している。

それが観測されたということは、彼はロストロギアを所持している可能性がある。

しかし、今までの彼からはそんなものは一切観測されなかった。だというのに、『元の姿』に戻った瞬間観測された。

つまり彼はロストロギアを所持しているのではなく、彼自体がロストロギア。生体型ロストロギアの可能性が高い。

それならば彼の異常なまでの強さ、魔力量に納得することが出来る。ロストロギアであるならばあり得ない訳では無い。

『か、艦長!! ソルさんの体温が急上昇し始めました!! 嘘、何これ!? 二百、二百五十、まだ上がります!! 人間だったらもう生きていられません!!!』

『何ですって!?』

エイミィから信じられない報告が伝わる。

『どういうことなの!?』

『わ、分かりません! 体温に伴い周囲の気温も上昇中、今100℃を突破しました。尚も上昇しています!!!』

一番信じられないのは観測しているエイミィ自身なのだろう。慌てたように報告してくる。

『エイミィ、艦内にある全ての観測機器を用いて彼の身体を調べなさい!! このままではサーチャーが気温上昇で破壊されてしまうわ!! その前に何としてでも調べて!!!』

『りょ、了解っ!!!』

あり得ない。

人体は数度でも体温が上昇すると生命活動に支障を来たす。なのに、映像越しの彼は自身の体温が三桁を上回る状態だというのに腕を組んで平然としている。

気温だって既にバリアジャケットを展開した魔導師でも耐えられる温度じゃない。そもそも今の玉座の間は生物が生きていられる環境じゃない。

『かかか、か、艦長!! とととととんでもないことが分かりました!!!』

『どうしたの!?』

『い、今、彼のり、リンカーコアをスキャナに掛けてみたんですけど、明らかに普通じゃあり得ないことが分かって』

『落ち着きなさいエイミィ、彼のリンカーコアがどうしたの!?』

『と、とにかくこれを見てください!!』

完全に驚き過ぎてテンパっているエイミィがリンカーコアのスキャナ映像を送ってくる。

『な、何なのこれは………』

その映像はエイミィの言葉通り、普通の魔導師では絶対にあり得ないことだった。

リンカーコアとは普通、魔力資質を持つ者の心臓部の近くに存在するビー玉サイズの大きさの球体である。それは大気中の魔力を体内に取り込んで蓄積することと体内の魔力を外部に放出するのに必要な器官だ。

大きさには個人差がり、その大きさが個人の魔力量にも繋がる。

リンカーコアは魔導師の心臓と言っても過言ではない重要な器官。

心臓であるからこそ、一人の人間に一つの器官となっている。

普通の魔導師である場合、スキャナに映る映像は測定されている側の心臓部にその人物の魔力光を放つ球体が映っているのが普通だ。



だが、彼の場合、彼の全身を映すようにくっきりと赤い人型のシルエットが光り輝いていた。
爪先から髪の毛一本一本まで余すところ無く。



まるで、”全身の細胞一つ一つ”がリンカーコアとしての役目を果たしているとでも言うように、赤く光輝き、活性化している。

『いくらなんでも………嘘、でしょ?』

スキャナの映像とサーチャーの映像を見比べる。

どちらも彼は全身から赤い魔力光を放ち、魔力もロストロギア反応も計測不能な数値を叩き出し、それでも尚上昇させる。

突然彼を映していた映像が砂嵐に変わる。

『サーチャーが気温の上昇と発生する魔力量に耐え切れずに破壊されました!! 現時点で体温は1200℃を突破、気温も800℃を超えました!!』

信じられない。訳が分からない。

異常だ異常だと思ってはいたが、これはいくらなんでも出鱈目過ぎる。これが彼のロストロギアとしての”力”なの!?

『高エネルギー反応、来ます!!!』

映像から眼を離し、視線を庭園に向ける。



それは眩い太陽の光だった。



一瞬で眼を灼かれたにも関わらず、私の眼ははっきりと捉えていた。

地上から立ち昇る光が天を貫き、庭園を覆い尽くし、呑み込み、まるで浄化するように消していく。

それはあまりにも現実離れし過ぎた光景だった。

神の光が世界を跡形も無く無に還す、まるで世界の終局をこの眼で見ているようだ。

最早麻痺してしまって感知すら出来ない強大な魔力が熱量に変換され、それが光となり全ての存在を否定している。

その輝きはこの世の何よりも美しく、神々しく、ただ恐ろしかった。

私は呆然と立ち竦みながら背筋を震わせる。

「………ソル………」

かつて彼らが名前の話をしていた時を思い出す。

ソルとは、地球の古い言葉で『太陽』『太陽神』を表し、他にも『擬人化された太陽』という意味もある。

彼は、現世に蘇った太陽神の化身なのだろうか。

あの”力”の前では人間など無力だ。取るに足らない存在だろう。

それとも、あれこそが『法力』の本来の”力”なのだろうか?

だとするならば、ミッドチルダ式の魔法よりも遥かに優れた力であることには納得出来るが、あまりにも異質な存在だ。

最早人間の範疇からかけ離れた位置に存在する”力”。その気になれば世界をひっくり返せる”力”だ。

彼は、何時何処であんなものを手にしたというの?

破壊力ならアースラに装備された艦砲撃に届く、いや、純粋なエネルギー量なら完全に上回っている。

しかも彼は、『範囲を絞る』とまで言っていた。全力ですらないのかもしれない。今ので既に街を二つも三つも消し飛ばす威力であるというのに。

「一体………何者なの?」

何度も疑問に思ったこと。だが決して答えは出ない。

彼を知れば知る程、謎が深まる。

ソル=バッドガイ。なのはさんの兄。姿は子どもでも本当は大人。私達魔導師の常識を一撃で粉々にする『法力使い』。恐らく生体型ロストロギアの宿主。

やがて光が収まり、辺りが一気に暗くなった気がする。

まるで夜にでもなってしまったかのように。

『………か、艦長、ジュエルシードの消失を確認及び魔力とロストロギア反応の消失、次元震も今ので沈静されました。もう、次元断層の危険はありません』

エイミィがおずおずと、おっかなびっくり進言してくる。

『ええ、そうみたいね………』

庭園はもう存在していなかった。

何一つ残って無い。全て光と共に消え失せた。

『終わったぜ』

「っ!?」

突然通信に割り込んでくる”子ども”の声。

『これよりアースラに帰艦する。俺がそっち行って着替てる間に、ブリッジにこの事件の関係者を集めておけ。報酬の話をする』

そう告げると、一方的に念話は切られた。

「………最初から最後まで、本当に訳が分からないわ」

私は帰艦する準備をし、今までで一番深い溜息を吐くのだった。



SIDE OUT










「ちっ」

アフターリスクの頭痛に耐えながら飛行魔法を発動させてアースラに向かう。

さすがにこれだけ長時間解放した経験は稀だ。おまけに最後の奥の手の一つまで使ったんだ。さすがに昔の身体よりは負担の軽減がされているが、それでも負担は少なからず存在する。

なんせ今日は大盤振る舞いだった。

「もう懲り懲りだぜ」

俺は溜息を吐くと、道を急いだ。

これでやっと帰れるんだからな。










SIDE なのは



アースラに戻ってきたお兄ちゃんの姿はもう既に”何時もの”お兄ちゃんでした。

ちょっと残念です。

でも、お兄ちゃんと一緒に暮らす以上、チャンスは何時でもありますし、このまま成長していけばあの姿になるのです。

私は大人の姿のお兄ちゃんに抱き締められる自分を想像して、思わずニヤけてしまいます。

「なのは、フェイト、涎垂れてるよ」

「「はっ!!」」

ユーノくんの声で我を取り戻し、私は慌てて口元を拭っていると、フェイトちゃんも私と同じように口元を拭っていました。

眼が合います。

同時にお互い苦笑い。

どうやら同じことを考えていたようです。

「重症だね」

「二人共、妄想に浸るのは良いけど周りの眼を少しは気にしな」

ユーノくんとアルフさんは何時もお兄ちゃんがそうするように、「やれやれ」と溜息を吐きます。しかも何故か動きがシンクロしてます。

うう、今更になって恥ずかしくなってきました。

「揃ってるな」

その時、ダボダボの服では話が出来ないと言って部屋に着替えに行ったお兄ちゃんがブリッジに姿を現します。

「契約通り、こちらの要求するものは全て用意してもらうぜ」

「………言ってみなさい」

リンディさんが観念したように肩を竦めます。

「まず一つ目、俺にデバイスの作り方を教えること。これは既に支払ってもらったからもういい」

「あれで納得してなかったら僕はキミをミッドに連れて行くしか選択の余地が無かったんだが、納得してもらえたなら良かった」

クロノくんが安心したように胸を撫で下ろします。

「二つ目、日本円にして現金五百万円を用意すること。これは後日、この紙に書いてある銀行の口座に振り込んでおけ」

そう言って、一枚のメモ用紙をエイミィさんに手渡します。

受け取ったエイミィさんが苦笑いします。

「やっぱり本気だったんだ、あれ?」

「ったりめーだ。すぐに金の用意が出来ないようであれば月々分割でも構わねぇ。とにかく金を寄越せ、こっちは無償でやってたんじゃねぇんだよ」

「何とかしてみるわ」

疲れたようにリンディさんが項垂れます。

「最後に」

「まだあるのか!?」

クロノくんが驚きますが、お兄ちゃんは平然と答えます。

「契約内容を思い出せ。『報酬は必ずこちらの要求した通りに用意する』ことになってるだろ?」

「それはそうだが………金銭面でも技術面でも、もうキミが満足するようなものをこちらは用意出来ないぞ」

「安心しろ。それらの類はもう要らねぇ」

お兄ちゃんはゆっくりとフェイトちゃんとアルフさんの後ろに回り込み、二人の肩に手を置きました。

「最後の要求は、フェイトとアルフの二人の身柄を俺に渡してもらうこと。以上で報酬の話は終わりだ」



「「「「「「「………………………」」」」」」」



その言葉に、その場に居た誰もが黙り込みました。

いち早く反応したのは当の本人の一人であるフェイトちゃんでした。

「え? ソ、ソ、ソル? それは、どういう」

「プレシアが言ってたろ? 欲しければ勝手に持って行けって。だから、お言葉に甘えてお前は俺が持って帰る」

「も、持って、持って、かかか、帰る!? 私は、ソソソルに、おおおお持ち帰り、されちゃうの!?」

「ま、そうなる」

「――――ッッッ!!!!!!!」

「フェイトォォォォ!?」

ボンッ!! と頭から何か致命的な音を立てて、フェイトちゃんは全身を真っ赤にさせて気絶してしまいました。それを慌てたアルフさんが抱き止めます。

「ソル!! もっとオブラートに包む表現とかないのかい!? フェイトには刺激が強過ぎるよ!!!」

「知るか」

意識が無いのに表情が蕩けているフェイトちゃんを抱えた状態でアルフさんが抗議しますが、お兄ちゃんは聞く耳持たず。

今の台詞を無意識で言ってるなら、お兄ちゃんって………

『相当の女ったらしだね。ソルって昔からあんな感じなの?』

ユーノくんの念話が届きます。

それには同意します。もっと子どもの頃に、今思い出すだけでもかなり恥ずかしいことを言われたのをよく覚えてます。当時はそんなことなかったけど、改めてあの時の台詞を今言われたら、きっとフェイトちゃんの二の舞です。

「ちょぉぉぉぉぉぉっと待てぇぇぇぇぇぇぇい!!! フェイトとアルフは今回の事件の重要参考人だぞ!!! その身柄をそうホイホイと渡せる訳無いだろう!?」

時間の止まっていたクロノくんが復活し、お兄ちゃんに詰め寄って喚き散らします。

「ああ、やっぱりこうなった」

ユーノくんがポリポリと頭を掻きながらクロノくんを哀れむような眼で見ます。

「契約を履行しろ」

「無茶を言うな!! だいたいどうやって報告書を作成しろと言うんだ!!!」

「でっち上げろ」

「報告書に嘘を書けと!?」

「出来ねぇなら捏造しろ」

「同じじゃないかっ!!!」

頭を抱えるクロノくん。

「出来ねぇとは言わせねぇぞ? 契約内容には『俺達に関する情報の一切は報告しない、また、俺たちに関して詮索しないこと』ってのがある。”俺達”にはフェイトとアルフも当然入るんだぜ。少なくとも現時点で俺となのはとユーノの三人に関しては報告していない筈だ」

ニヤニヤと不敵に笑いながらお兄ちゃんはリンディさん達を見つめます。

「………最初からそのつもりだったのね。自分の身体のことも、なのはさんとユーノくんのことも、フェイトさん達のことも、全部承知の上でそういう条件を出してきたのね」

「さあな」

苦々しい眼でリンディがお兄ちゃんを見つめます。

「確かに契約通り、貴方達三人に関してはどうとでもなるけど、フェイトさんとアルフさんは………」

「そこを何としてでも何とかしろ。俺達が一時帰宅するその時まではまだ正式な報告書を作成していないのは分かってんだぜ」

「っ!! 何故それを!? ………まさか、端末を使ってデータベースを漁っていたのは隠れ蓑で、本当は僕達の内部情報を探っていたのか!!!」

「理解が早くて助かる」

クロノくんが驚愕の表情で絶句します。

「今の段階なら報告書をどうとでも弄れる。俺達三人は勿論、フェイトとアルフの二人も”最初から居なかった”もしくは”死亡した”ことにすることが出来る。事件は最初から最後までプレシア・テスタロッサのみがジュエルシードを求めていたってことにも、ジュエルシード回収の途中で二人が死んだことにも出来る筈だ」

「………デバイスの戦闘データも報告しなければならないのよ」

「それこそどうとでもなるだろ。今の地球の映像技術ですら合成やらCGやらがあって、現実では決してあり得ないような映像を生み出せるんだ。まかさお前らにその技術が無いとは思えねぇが? 映像なんて、いくらでも加工出来るだろうが」

ついにはリンディさんまで黙ってしまいました。

「出来るだろ、エイミィ? デバイスの戦闘データの改竄と報告書の捏造程度」

お兄ちゃんが確認するように問うと、エイミィさんは素晴らしいサムズアップを見せてくれました。

「任せて!! 一回やってみたかったんだ!! そういうスパイっぽいこと!!!」

「「エイミィィィィィ!?」」

ハラオウン親子はついに部下にまで裏切られました。

そんなエイミィさんにお兄ちゃんは「上出来だぜ」とサムズアップで返します。

「後は真実を知るアースラに居る全員が、今回の件の真相を忘れればいい」

お兄ちゃんは一歩進み出て、ブリッジに居る全ての人に聞こえるように宣言します。

「契約の最後にある『後でごちゃごちゃ文句を言わないこと』に納得出来ない奴が居れば前に出ろ………模擬戦ルームで、俺と”お話”しようぜ?」

アースラの中に、お兄ちゃんと”お話”しようと思う勇者は存在しませんでした。






お兄ちゃんのおかげで問題無く地球に帰れることが分かったので、早速ユーノくんに転送魔法の準備をさせたお兄ちゃん。

荷物を片付けて、さて帰ろうという時になって、見送りであるリンディさんが呆れたように呟きました。

「地球のことわざだったかしら。名は体を表す、とはよく言ったものね」

「どういうことですか?」

私はその言葉が気になって聞き返します。

「文字通りの意味よ。以前なのはさん達が名前の話をしていたのは覚えているでしょう?」

「はい」

「その時、彼の名前がどういう意味だったか覚えてる?」

忘れる訳がありません。

「ソルが『太陽』、『太陽神』って意味で、バッドガイが『悪い奴』って意味ですよね?」

「そう。そして彼はまさにその意味通りの存在だった」

「意味通りの存在?」

リンディさんの言いたいことがイマイチ分かりません。

そんな私に、リンディさんは優しく微笑みます。

「簡単よ。彼は、なのはさんやフェイトさん達にとってはまさに『太陽』。優しい日差しでその身体を包み込み、貴方達を力強い光で導いていく」

でもね、と続けます。

「彼は私達にとっては『悪い奴』よ。強制的に無理難題をふっかけてきて、自分の都合通りにことを運び、気に入らないことがあると傍若無人な態度を取る」

全く困ったものだと溜息を吐きます。

でも………

「だからこそ、私のお兄ちゃんは『ソル=バッドガイ』なんです」

私はお兄ちゃんの在り方を否定する気はありません。リンディさんの言う存在こそが、私の大好きなお兄ちゃんの姿だからです。

リンディさんが呆気に取られたように固まったかと思ったら、

「アハハハハハハッ!! そうね、その通りね。今更になって初めて、なのはさん達が彼を慕う理由が分かった気がするわ!!!」

急に大きな声で笑い出しました。

私、変なこと言ったかな?

皆がリンディさんの様子を訝しげな眼で見ますが、そんなこと気にした様子も無く笑い続けます。

笑い過ぎて零れた涙を拭いながら、リンディさんは言いました。

「彼は自分の生き方に正直で、自分にとても素直な人間なのね。自分に決して嘘をつかないその生き様はとても眩しくて、だからどうしようもなく惹き寄せられるんだわ」

何だか一人で納得していますが、お兄ちゃんが魅力的な人だということは分かってもらえたようです。

「お前ら、お喋りはもう終いにしろ。転送準備が整った」

お兄ちゃんが手招きして私を呼びました。

私はお兄ちゃんの傍に、皆の所へ駆け寄ります。

「さようなら。貴方達を管理局に勧誘しようとすると怖いお兄さんに睨まれるから出来ないけど、機会があったらまた会いましょう」

「二度と会わないことを願うぜ」

リンディさんの別れの言葉をお兄ちゃんは溜息と同時に切り捨てました。

「相変わらず手厳しいわ」

でも、リンディさんは気分を害したどころから、むしろ上機嫌な笑みを浮かべました。

「あ、あの、短い間でしたけど、お世話になりました!!」

私はペコッと頭を下げます。

「リンディさん、ソルが今まで大変失礼しました」

ユーノくんも隣で頭を下げています。

「………ユーノ、テメー」

「アルフ、私達も一応頭下げておこう。母さんの所為で迷惑かけたし、ソルのおかげとはいえ私達のこと黙っててくれるみたいだし」

「フェイトがそう言うなら頭下げとこっか。どうもご迷惑かけました」

「ご迷惑をおかけします。それから、ありがとうございます」

フェイトちゃんとアルフさんも頭を下げました。

唯一、お兄ちゃんだけが頭を下げません。でも、それがお兄ちゃんらしいです。

皆で揃って顔を上げると、リンディさんの隣にクロノくんとエイミィさんが立っていました。

二人も見送りに来てくれたようです。

クロノくんは複雑そうな表情ですが、エイミィさんがこれ以上無い笑顔です。

「ソル。キミのおかげで事件は無事解決出来た訳だが、僕はキミを認めた訳じゃ無いからな」

「報告書とデータの捏造は任せといて、こういうの得意だから♪」

そんな対照的な二人。

いよいよ魔方陣が光り輝き、発動しました。もう本当にお別れです。

「「「「「「「さようなら」」」」」」」

お兄ちゃん以外の声が見事にハモり、

「じゃあな」

一拍遅れて、お兄ちゃんの言葉が聞こえました。



SIDE OUT










SIDE フェイト



眼を開けると、そこは海が見える公園。

なのはと最後に決闘した場所であり、



―――ソルと初めて会った場所。



そうだ。私にとっては、此処から全てが始まったんだ。

「帰るぞ」

ソルが言って、歩き出す。

「あ、待ってお兄ちゃん」

なのはがソルの腕にしがみつく。

私は駆け出すと、なのはに対抗するように反対側のソルの腕にしがみついた。

「………ったく、お前ら」

呆れたように溜息を吐きつつ、決して私達を振り解こうとしない。

「くくく、ソル、アンタってやっぱり人気者だね」

「アハハハハハ、まあ、キミが女の子にしがみつかれる姿は絵になってるよ」

私達三人の後ろでアルフとユーノがお腹を抱えて笑いを堪えている。

「ちっ」

からかわれたことに舌打ちをすると、二人をギロリと睨んでから早足で歩き始めた。

私となのはは、決して放すまいとより力を込めてしがみつく。

笑い終わったアルフとユーノがついてくる。



「ねぇ、ソル」

「ああン?」



私達の”これから”はまだ始まったばかり。



「ずっと、一緒に居られるの?」

「ああ」



それがどんな道がまだ分からないけど、



「フェイトちゃんは私の妹になるのかな」

「そこらへんは勝手に決めろ。俺は知らねぇぞ」



ソルと、皆と一緒なら、絶対に後悔しない道にしたい。



「僕はどうなるの?」

「アタシは?」



でもきっと大丈夫。



「お前らはペットだ」

「「酷っ」」



だってソルが隣に居てくれるんだもん。



「ん? どうした?」



私はソルの顔をじっと見る。



「ううん、なんでもない」



ソルに出会えて本当に良かった。



「?」

「な、フェイトちゃんがお兄ちゃんと見つめ合ってる!! 抜け駆けは禁止って言った筈だよ!!!」



眩しくて、強くて、暖かくて、優しくて、ソルはまるで―――



「ソル」

「なんだ?」

「大好き」



―――私にとって、たった一つの太陽みたい。










































後書き


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。

これにて『背徳の炎と魔法少女』の無印編は完結となります。

物語はまだまだ続く予定ですので、もし期待してくれているのであれば、待っていてください。

次は外伝や日常編を交えつつ、第二期のA`sに続きたいと思います。


今回、無印編を書くにあたってのはコンセプトは『在り方』『生きる道、生き方』となっております。

しつこいくらいに作中に出てきた言葉ばっかりですwww

ヒロインとしてのスポットライトもほとんどがフェイトに当たるようになったのはコンセプトの所為です。


なんか色々と書こうと思ってたんですけど、今この時点で全部吹っ飛びました。

アホか俺は。

こんな話が読みたいって方居たらネタ提供よろしくwww

とりあえず、インディジョーンズ話は考えてます。タイムトラベラーも考えてます。いくつか日常編を挟んでから出来上がり次第うPしたいと思っています。

では、長々と語るのはこの辺までにしておきましょう。

また次回お会いしましょう!!!



[8608] 背徳の炎とその日常 1 これからの生活
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/07/08 01:23
「フェ、フェイト・テスタロッサ・高町です。ソルとなのはとは遠縁になります。事情により二人の家で暮らすことになりました。よ、よろしくお願いします」

自分と同年齢の子ども達―――しかも三十人以上―――から一斉に視線を浴びる経験など無いのだろう。恥ずかしそうにしながらも一生懸命自己紹介をして、最後にペコリとお辞儀をした。

パチパチパチ、と拍手喝采。

「ユーノ・スクライアです。ソルとは遠い親戚です。フェイトと同様、事情により高町家に居候させていただいてます。よろしくお願いします」

こちらは特に気負いもせず普通に自己紹介をしてお辞儀をするが、やっぱり何処か動きが硬い。多少は緊張してるんだろう。

フェイトと同じだけの拍手喝采。

しかしまあ。桃子はどうやって一度に二人来た転校生を一つのクラスに編入させたんだ?

どちらか片方は俺となのはのクラスにすることは出来るかもしれないが、二人はさすがに無理だろ。

普通ならもう一人は別にクラスになってる筈なのに。



―――「私に任せなさい!!!」



桃子のあの時の自信満々の笑顔を思い出す。

一体どういう人脈を………いや、考えない方が良いんだろうか?

「じゃあ二人の席は~、ソルくんと高町さんが近い方が何かと心強いでしょ? あの二人の近くで良い?」

「は、はい!! ………出来ればソルの隣が」

「あ、僕も」

即答だなお前ら。

「じゃあテスタロッサさんはソルくんの隣ね? スクライアくんもいい? 彼背が高いから一番後ろの席なんだけど、黒板見える?」

「はい!! 大丈夫です!!!」

「いざとなったらソルに聞きますから」

先公の言葉にフェイトとユーノは元気に返事をした。

『く、フェイトちゃん、抜け駆けは禁止だって言ったのに………』

少し離れた所からドス黒い魔力を感じたが、とりあえず気付かない振りをした。

「ということで、今日から新しいお友達が皆に出来ました。仲良くするのよ!! あ、ソルくん、机と椅子用意するの面倒だったから二人の分はまだ無いの、空き教室からテキトーに持ってきちゃって。それと、二人のフォローよろしくね」

いや、転校生が来るって分かった時点で用意しとけよ。なんだよ面倒って。仕事しろよ。

俺は渋々立ち上がり、教室を出た。

二人が転入してきたのは、ジュエルシードの一件から丁度一週間経った日だ。










背徳の炎とその日常 1 これからの生活










フェイトとアルフを連れて帰った時の高町家の反応は、俺への生暖かい視線だった。

『ソルが、新しい家族として女の子を連れて来るなんて、優しい子に育ってくれて桃子さん感激!!!』

『初めて会った時のソルとは思えない行動だな。いやぁ、嬉しいよ』

『わー、わー、ソルが女の子連れて来たー。しかも可愛い!! この面食い!!』

『ようやく人並みの優しさというもの持ち得たようだな』

こいつらの眼から見て、普段の俺はどんな人間なのかよく分かったような分からないような………

なんか微妙な空気の中、俺は若干の居心地の悪さを感じつつ事情を説明し、フェイトとアルフとついでにユーノをウチに置いてもらえないか頼んだ。

よく分からんが俺の態度に感動したらしい高町家の面々は、二つ返事で了承した。

いや、その気持ちは非常に嬉しいし助かるしありがたいんだが、渋る気配も見せないってどんだけお人好しなんだ?

子どもってのは育てるのに金が掛かる。衣食住は勿論、養育費だって必要になる。もし俺のとなのはが通う私立聖祥大学付属小学校に編入させる場合、小学校と言えど私立は私立。馬鹿みたいに金が掛かる筈だ。

それに部屋の問題だってある。我が家には既に空き部屋が無い。

ユーノとアルフは変身しちまえば場所はあまり取らないし、本人達もペット扱いされることを享受しているようだが、家族として扱う以上最低限個人のプライベートの部屋は用意してやりたい。

いっそ俺だけでも道場で寝起きしようと思ったのでそれを言うと、なのはとフェイトに猛反対された。

そんなことをするぐらいなら、自分達も一緒に寝る、と。

それでは本末転倒だ。

せめて金だけでもと思い、この世界に来る前の賞金稼ぎ時代に路銀が尽きた時の非常用として常に持ち歩いていた宝石や貴金属を持ち出した。

宝石や貴金属を居候し始めた時に渡さなかったのは、この家のいざって時の為に取っておきたかったからだ。

士郎と桃子はこんな高価な物もらえる訳が無いと反対してきたが、俺は頑として譲らなかった。

こいつらには俺にしてくれたように家族として扱って欲しい。だがその為には先立つものが必要―――つまり金だ―――になる。

これからの皆の分を含めると、高町家の経済状況じゃ厳しい筈だ。だから受け取れと、無理やり士郎に握らせた。

俺の言葉を聞いて、素直に受け取る士郎ではあるが、

『俺もボディガード時代はかなり稼いでいたんだぞ。これは一応担保として受け取っておくが、いずれソルに返すぞ』

そう宣言した。士郎なら何時か絶対に返してきそうである。

ちなみに、ボディーガード時代から今まで貯めていた額を聞いて度肝を抜かれた。

俺のしようとしたことは士郎にとって本当に大したことなかったらしい。軽くへこんだ。

お前、現役時代頑張り過ぎじゃねぇのか?

なるほど、金に余裕が無ければ俺を引き取ろうと思わない筈だ。

士郎と桃子には今回の件で、でかい借りが出来てしまった。

金の問題は解決したので今度は部屋の問題となる。

『家族が増えたんだから、いっそのこと増築しちゃわない?』

桃子の鶴の一声で全てが決定した。

それに便乗して、俺は自室とは別にデバイスやヘッドギアを弄くれるような部屋が欲しいと進言した。

俺が年に一度、成長する自身の身体に合わせてヘッドギアを弄くってるのは周知の事実であり、その時になると俺は士郎から材料やら道具やらをその度に調達してもらってる。

それはいい加減迷惑だろうし、なのはやフェイトのデバイスの面倒をこれから見ることになるだろうし、俺専用のデバイスも作らなければならない。常にいちいち戦闘に備えてヘッドギアを携帯したり、戦闘の度にヘッドギアを装着して転移法術を使って封炎剣を召喚するのは面倒臭ぇ。バリアジャケットと待機状態のデバイスが便利過ぎるというのが一因なんだが。

その為に報酬としてデバイスの作り方を教えてもらったのだから、せっかく活かさなければ宝の持ち腐れだ。

作業はうるさいこともするだろうから、母屋から少し離れた場所に、地下室みたいな感じで作って欲しい。

そう伝えると、恭也が『それならお前の魔法で掘ったらどうだ?』と冗談交じりに言われた。

こいつ天才だ。

それならわざわざ金を使う必要が無い。場所を取るという面では迷惑を掛けるが、金銭面では内装面以外ほとんど世話にならない。

いや、いっそ増築にも金をなるべく使わないように俺が設計して組み立てればいい。掛かるのは材料費と実際に増築作業に移った時のみ。

俺が久々に珍しく自発的にやる気を漲らせると、恭也が泡を食っていた。

『え? 本気か?』

こうして、高町家の増築&デバイスとかその他諸々を弄くる地下室計画が俺主体となって発動した。

建築と設計の本を図書館で片っ端から借りてきて勉強する俺の横で、士郎は俺の時と同じように異世界出身の三人の戸籍を昔の伝手で作り、桃子は着々と小学校編入の準備を進めていた。

増築が完了するまで間。ユーノとアルフはそれぞれ寝る時は、動物の姿で俺の部屋で就寝。ユーノはケージの中で、アルフは床にクッションを敷いて。

で、フェイトはというと、なのはと一緒だったりする。

………つまり、俺の部屋の俺のベッドで三人川の字になって寝ることになった。

なんで俺の部屋で五人も寝てるんだ?

発端はなのはだ。フェイトとアルフを連れ帰ったその日の夜、何時ものように『お兄ちゃん一緒に寝よう』と言ってきやがったことにフェイトが憤慨して『ずるい、ずるいよなのは!! 抜け駆けだよ!!!』とそのまま言い争いになった。

お前ら『お兄ちゃん同盟』とかいうの結んだから喧嘩しないんじゃないのか!? 溜息を吐いて眼の前で今にもキャットファイトを始めそうな二人をどうしたもんかと悩んでいると、桃子が後ろから気配無く現れて『ソルを真ん中に皆で寝ればいいじゃない』と、これは面白いものを見せてもらったという顔をしてのたまった。

桃子の言葉になのはとフェイトは大きく頷き、桃子を天才だと称えた。

絶対に桃子は面白がってやがる。周りの面子も全く止めようとしない。ユーノもアルフも士郎もニヤニヤしてるだけだし、美由希なんてカメラ持ってきやがった。何を撮る気だお前は!? 恭也は視線すら合わせてくれないから論外だ。

そんなこんなで高町家は今までの二倍近い騒がしさを誇りながら、日々を過ごしていった。





SIDE ユーノ



最初は戸惑うことが多かった学校生活も段々慣れてきた。

そもそも僕はスクライアの方で集団生活とは何たるかを物心ついた頃から実践していた。その点ではフェイトよりは早くクラスに馴染めた。

別にフェイトがクラスに馴染めてない訳じゃなくて、あくまで僕の方が早く馴染んだってだけの話。

困ったことや分からないことがあればソルやなのはに頼れば良かったし、僕は事前にソルから日本語を教えてもらってたので授業でも特に困るようなことはなかった。

日本語や勉強に関してはフェイトはかなり苦労してたみたいだけど、隣の席に居るソルが上手くフォローしてたし、そのおかげで本人も幸せそうだったから特に学校で問題は起きなかった。

クラスの中での僕は、クラスメートから見るとソルの弟らしい。

家の中でも皆が僕を居候としてではなく、家族の一員として、ソルの弟として扱ってくれる。

それが僕にとっては誇らしかったりする。

前々からソルには認めてもらいたい、弟として見て欲しいと思っていただけに、周りの態度が純粋に嬉しい。

まあ、まだソルからはっきりと認めてもらったり、弟として扱ってもらった訳じゃ無いけど。

でも何時か、必ずソルに認めてもらうんだ。





アリサやすずかと改めて知り合って友達になった。他にも友達は出来た。

しかし、此処で少し問題が発生した。僕達の出身地や今までどんな暮らしをしていたか、という話になった時、どう答えればいいのか全く考えてなかったからだ。

答えに窮した僕とフェイトはソルに全部丸投げした。

すると、ソルはとんでもない嘘をしれっと吐くのだった。



「そういえばフェイトとユーノって何処出身なの?」

「「え?」」

それはお昼時間に、アリサが箸で弁当を突きながら僕たちに聞いてきた時だった。

「自己紹介ではソルとなのはの遠縁だって言ってたけど」

「あ、それ気になるかも。確かソルくんってなのはちゃんのお父さんの従姉妹の方の遠い親戚なんだよね? じゃあフェイトちゃんとユーノくんはどういう感じ?」

『ソル!? どど、どうしよう!? 何て答えればいいの?』

『フォローよろしく!!』

『しゃあねぇな』

慌ててフェイトが念話を繋ぎ、僕もそれに便乗する。と、やれやれと首を振りながらソルが口を開いた。

「まずフェイトは親父の従兄弟の親戚の親の配偶者の従姉妹の娘でイタリア出身だ。だがイタリア語は喋れん。生まれてすぐ日本で育ってな、つい数日前に偶然会うまで海鳴市に住んでいたことすら知らなかった。で、紆余曲折あって大人の事情で家で引き取ることになった」

「………随分遠い親戚ね。ていうか大人の事情って何なのよ?」

「それは他人が聞いていいことじゃねぇ」

「あ、フェイト………ごめん。私今ちょっと無神経だった」

「………ううん、アリサ、気にしないで」

案の定食いついてきたアリサに聞いてはいけないような内容を匂わせて、大人しく引き下がらせるソル。

『覚えとけ。頭が良い奴は悪い奴よりも扱い易い時がある』

僕とフェイトはソルのその発言に少し引いた。

「ユーノくんはどうなの?」

「ユーノも似たようなもんだ。こいつは俺の親戚の息子が不倫して生まれた隠し子の母親の叔父の配偶者の甥っ子でエジプト出身だ。こいつは俺が偶然橋の下で死に掛けてたのを見つけて、そのまま拾ってきた。エジプト出身だが日本語しか喋れねぇし遺跡とか好きな癖して詳しくねぇ」

『ちょ、フェイトと比べるとかなり酷い内容なんですけどこのペテン師!! 僕が浮浪者みたいじゃないか!!』

『だったら俺に言わせるんじゃなかったな』

既にアリサとすずかが哀れみと同情の眼で僕を見ていた。

「………アンタ達って、その年でハードな人生送ってるのね」

「ホームレスの人って怖いイメージあったけど、考えてみれば路上生活って凄く辛いよね。私、自分の家が裕福だからって偏見の眼で見てたよ」

表情を暗くさせるアリサと泣きそうになるすずか。

『ちょっと!! なんか変な方向に話が行っちゃったんだけど!! ていうか撤回してよ、なんで僕が何時の間にか元路上生活者になってるの!?』

文句を言っても無視される。フェイトもおろおろしていた。

「ま、こいつらには人に言えないような辛い過去があるから、なるべく聞いてやるな」

「「うん」」

『うわぁ、お兄ちゃんこのまま話終わらせるつもりだよ』

『キミは………』

『ソル………』

『グダグダ抜かすな、予め答えを用意してなかったお前らが悪い。それに、嘘も方便って言葉があんだよ』

それにしても内容が酷くて色々と台無しなんだけど………これから先を突っ込まれないように、っていうソルなりの配慮なんだろうけど………

そのまま微妙に沈んだ空気は、アリサが「もうこの話はお仕舞い、もっと楽しい話しましょう!!」と切り出すまで続いた。



回想終了。

僕とフェイトはそれ以来、ソルに嘘を吐かせると効果的だが色々と酷いことになるという意識の下、彼にはあまり口を開かせないように努力するようにした。

だって何時の間にかクラスの皆がやたらと優しくなってるから。

今更あれはソルの嘘だったんですごめんなさいと言えず、僕とフェイトは苦笑いするしかなかった。

まあ、こんな感じで学校生活は順調だった。

それから家の増築の件はどうなったのかと言うと、これが結構難航していた。

ソルがそっちの方面の勉強を独学でしつつ、一人で一生懸命机の上で図面やら設計図やらと睨めっこしながら、白い無地の紙に定規とかを使って線とか引いてたりするんだけど………

『増築するだけじゃ物足りないから、リフォームもしちゃいましょう』

桃子さんのこの一言でソルの苦労が増大した。

『あ、じゃあ私、屋根裏部屋欲しい!!』

美由希さんから始まり、

『母屋と道場を繋ぐ渡り廊下があると便利だな。雨の日とか』

恭也さんが続き、

『ソル、シャワールームとサウナを道場につけれないか?』

士郎さんも注文をつけるようになり、

『これだけの人数じゃ朝急いでる時に洗面所が狭いわね。お風呂も人数が人数なだけに時間が掛かっちゃうし………ソル、何とかならないかしら?』

言いだしっぺの桃子さんも当然のように注文をつけた。

他にも屋上が欲しいとかカラオケルームを作れとか部屋にベランダが欲しいとか一階と二階を吹き抜けにしろとか、etc,etc...

いくら彼がハイスペックだからって無茶言い過ぎでしょ高町家の皆さん………

ていうか、建て直した方が早いんじゃないんですか? もうこれ増築とかリフォームの域を飛び越してるよ。

次々に降りかかる無理難題に文句一つ言わず、『出来るだけ考慮してみる』と注文を受ける度に修正するソル。

それでいいのかキミは!? まさか出来るとか言うんじゃないだろうな?

聞いてみると、

「さすがに吹き抜けは構造上無理だし、俺も家を建てた経験なんて皆無だから専門家のアドバイスは受けるつもりだ。丁度この話を聞きつけた忍の知り合いにそっち関連の専門家が居るらしいから、そいつと相談しながらな。ま、注文には現実的に無理なもんがあるのは確かだが、可能なものも少なからず存在する」

事も無げに返事が来る。

「金に糸目はつけるなとまで言われたからな、あいつらの注文に応えつつ好きにやらせてもらうぜ」

「………なんか企んでない?」

「さあな」

むしろソルは楽しそうに机に向かうのであった。



SIDE OUT









SIDE なのは



今日は放課後に携帯ショップに行きました。

フェイトちゃんとユーノくんの携帯電話を買う為です。

二人共念話があるからいいって遠慮したんですけど、『念話出来ない人間とどうやって連絡取るつもりだ?』とお兄ちゃんに諭されて買うことになりました。

ちなみにアリサちゃんとすずかちゃんは習い事で一緒に来れませんでした。

お母さんの知り合いが責任者をしているお店に着くと、早速カタログを二人に見せます。

ユーノくんはうわぁ、と感嘆の声を上げて機種の多さに驚き、ペラペラとページを捲りながら吟味します。

フェイトちゃんはカタログなんて見向きもせず、

「ソルはどんなのを使ってるの?」

と聞いています。

「俺のはこれだ」

お兄ちゃんがポケットから携帯を取り出してフェイトちゃんに渡します。

それはお兄ちゃんの炎をイメージしたような真っ赤なデザインで、他のスマートな携帯と比べるとゴツゴツした無骨な印象がある物でした。

これを選んだ時、『他の携帯より頑丈で壊れにくい』っていう売りだったのでそれを理由にお兄ちゃんは買いました。

機能なんて二の次。電話とメールさえ出来ればそれでいいみたいです。

「これ、ちょっと借りていい?」

「あ? 好きにしろ」

「うん、ありがとう」

そのままフェイトちゃんは店員さんに駆け寄り、恥ずかしそうに「こ、こ、これと色違いの黒は無いですか?」って聞いてます。

店員さんは微笑むと、「ちょっと待っててくださいね」と奥に引っ込みました。きっと在庫の確認をしに行ったのでしょう。

やっぱりフェイトちゃんはお兄ちゃんとお揃いを狙っていました。相変わらず抜け目が無いです。

かく言う私の携帯もお兄ちゃんと同じ機種なんですが。色違いの白で。

「決めた、僕これにするよ。すいませ~ん」

ユーノくんもどういうのにするか決まったらしく、カタログ片手に店員さんと話しています。

「お待たせしました。こちらの黒でよろしいですか?」

ピッカピカの新品の黒い携帯―――お兄ちゃんと私と同機種―――を持ってきた店員さんがフェイトちゃんに声を掛けます。

「は、はい!! 是非それでお願いします!!!」

待ってる間そわそわしていたフェイトちゃんが店員さんの言葉に眼を輝かせて返事をし、書類手続きに入ります。

お母さんが事前に責任者さんと話をつけていたので、手続き自体は子どもだけでもすんなり終わりました。

大事そうに携帯を抱えてニコニコ顔のフェイトちゃんと、物珍しそうに携帯をパカパカ開け閉めしているユーノくんが近寄ってきます。二人共手続きが終わったようです。

「よし、番号、交換しようぜ」

まだ使い方がよく分かっていない二人がお兄ちゃんのレクチャーの下、基本的な使い方を教わってから番号の交換をします。

「えへへ、ソルとお揃い………」

お店を出る間際、フェイトちゃんがぼそっと幸せそうに呟いたのが聞こえました。





「ね~、お兄ちゃんもう寝ようよ~」

「そうだよソル、明日早いんだし」

「………寝たかったら勝手に寝ろ。ユーノとアルフはもう寝てんだろ?」

「「お兄ちゃんが(ソルが)一緒じゃなきゃヤダ」」

「………」

時刻は夜、午後十時前。場所は家の居間。

お兄ちゃんは寝巻き姿でちゃぶ台にかじり付き、設計図と睨めっこしている最中です。

「あのな、俺は仕事中だ、分かるか?」

「「うん」」

「とりあえず仮とはいえこの設計図を今週末までに忍の知り合いに渡す必要がある、これも分かるか?」

「「うんうん」」

「じゃ、先に寝ろ」

「「それはヤダ」」

「………分かってねぇじゃねぇか」

溜息を吐いて呆れるお兄ちゃん。

「専門家に話してから細かい手直しやらなんやらあって時間無ぇってのに」

「でもお兄ちゃん、根詰め過ぎるのは良くないよ」

「そうだよ、ソルがその所為で身体壊したら元も子もないよ?」

私とフェイトちゃんがお兄ちゃんの肩を揺さぶりながら言います。

「そもそも私、お兄ちゃんと一緒じゃないと寝むれないんだからね!!」

「私だって、ソルが一緒に寝てくれないともうダメなんだから」

「………お前ら、今の言葉絶対に外で口にするなよ? 色々と厄介なことになる」

「「え?」」

「分かってねぇならもういい………」

お兄ちゃんはもう一度深く溜息を吐くと、設計図とか定規とかシャーペンを片付け始めました。

「寝るよ、寝ればいいんだろ。続きはまた明日にすりゃいいんだろ」

不貞腐れたように立ち上がり、居間を後にします。

「お、今日はもうお終いか?」

「妹二人がうるせぇからな」

晩酌していたお父さんが声を掛けてきます。

「ふふ、ソルが設計とか出来ちゃうからつい無理言っちゃったけど、なのはの言う通り根を詰め過ぎるのは良くないわ。別にそんなに急ぐ必要無いからゆっくりやって」

「ああ、サウナとか半分冗談だったのに本気で考えてくれたからな」

「言っとくが吹き抜けは絶対に無理だからな、あと屋根裏部屋と屋上………おやすみ」

「「おやすみなさい」」

お母さんが微笑み、お父さんは上機嫌でいる様子にお兄ちゃんは呆れながら二階に上がりました。

「あ、お兄ちゃん待って。お父さんお母さん、おやすみなさい」

「士郎父さん、桃子母さん、おやすみさない」

「「二人共おやすみ~」」

挨拶をすると駆け足で二階に上がります。

部屋(お兄ちゃんの)に入ると、クッションの上で仲良く丸くなって寝ているアルフさんとユーノくんが居て、お兄ちゃんは既にベッドで寝息を立てていました。

相変わらずだけど寝るの早っ!!!

私はすかさずベッドに潜り込んでお兄ちゃんにしがみつきます。

フェイトちゃんも私と同じように潜り込んでしがみつきます。

「おやすみ、フェイトちゃん」

「おやすみ、なのは」

私は眼を瞑り、お兄ちゃんの温もりを感じながら睡魔に身を任せます。

帰ってきた元の生活。

私の日常。

新しい家族。

これからも続いていくって信じてる幸せな日々。



―――そうだよね? お兄ちゃん。



意識が遠のくのを自覚しながら、最後に挨拶をします。

(おやすみ、お兄ちゃん)



SIDE OUT









SIDE アルフ



「いらっしゃいませー、って何だいソルじゃないか!! 打ち合わせはもう終わりかい?」

翠屋に入店してきたのは、増築の件で専門家と話をしに今朝出掛けたソルだった。

「まあな。思ったよりも手直しの必要な部分が少なくてな、ブレンド」

「はいよ、ブレンド入りま~す」

ソルはカウンターに腰掛けると、背負っていたバッグを降ろし、中から何枚もの設計図を引っ張り出してそれを眺め始めた。

「どうだい? どんな感じになりそうだい?」

アタシはお冷をソルの前に置きながら聞く。

「ん」

手渡されたのは何枚もの設計図。

「………これ見てもよく分かんないんだけど」

「分からねぇなら楽しみにしてろ」

そう言って、ソルはお冷を啜り始めた。





アタシが翠屋の仕事を手伝わせてもらうようになったのは、高町家に居候させてもらえることになってからすぐだ。

フェイトやユーノみたいに学校へ行く訳じゃ無いアタシは、ソルとその家族に少しでも恩を返したくて桃子さんと士郎さんの手伝いをするようになった。

勿論喫茶店の仕事だけじゃない。家事だって率先して手伝うようにしてる。

始めの方は慣れない家事と接客で戸惑ったり失敗をやらかしたりしたけど、桃子さんと士郎さんの懇切丁寧な指導の下、今じゃすっかり両方とも慣れたよ。

桃子さんにはアタシ専用のウェイトレスの制服まで作ってもらっちまったし。

確かこれ、メイド服とかいうんだっけ? まあ、可愛らしいから何でもいいけど。

これを初めて着て見せた時の皆の反応は少し恥ずかしかったな。服を作ってくれた桃子さん、フェイトとなのはと美由希さんは口を揃えて可愛いって言ってくれるし、ユーノも顔を赤くしながら褒めてくれてたしね。士郎さんは売り上げが上がるって微笑んでた。恭也さんも似合うって言ってくれた。

で、ソルはというと。呆れたように「なんでメイド服でウェイトレスやるんだ? ウチは何時からメイド喫茶になったんだお袋。ま、似合ってるからいいか」と相変わらずの仏頂面でソルなりの賛辞をくれた。

純粋に驚いたね。こいつが人を褒めるようなことを言うとは思ってなかったからね。驚いてたのはアタシだけじゃなくて、その場に居た全員が眼を丸くしていたね。

アタシは思わず喜んじまったよ。だってソルが褒めてくれるなんて高町家始まって以来数回しかないっていうくらい珍しい出来事らしいからね。

よりにもよってフェイトとなのはの眼の前で。

その後の二人の視線が怖かった。

羨望と嫉妬の眼差しを向けてくる二人が桃子さんに自分の分も作ってくれとせがんでさ。完成して袖を通した暁には絶対にソルに褒めてもらうんだって意気込んで。

閑話休題。

家に居る間は炊事に洗濯と掃除、店ではウェイトレスをするのが今のアタシの生活さ。

正直アタシは自分が魔法とか戦いとかと全然関係の無い生活をするとは思ってなかったから、今の生活はとっても新鮮で楽しいよ。身体と魔法の鍛錬は欠かしてないけどさ。

フェイトは何時も笑顔で幸せそうだし。

ソルには本当に感謝してもし切れないよ。こいつが色々と頑張ってくれたから今のフェイトとアタシが居るんだからさ。

もしソルが居なかったらアタシら今頃とっくに死んでるか、管理局に捕まって臭い飯食わされてるところだよ。

何よりソルはフェイトの心の拠り所になってくれた。

フェイトはその所為でちょっと、ていうかかなりソルに依存することになっちまったけど、ソルならフェイトを大切にしてくれるから安心して任せられる。

ジュエルシードの一件の後だって、こうしてアタシ達の為に一生懸命になって勉強しながら設計図見てるし。

フェイトも言ってたけど、ソルに会えて本当に良かったよ。





「ブレンドコーヒー、お待たせしました~」

「ん………そういや、あいつらどうした?」

早速受け取ったコーヒーを啜りながらソルが聞いてくる。

「皆でアリサん家行くって言ってたよ。ソルがもし店に顔出したら連絡くれとも言ってたね」

「………面倒臭ぇな」

口ではそんなことを言いながら携帯電話を取り出してメールを打ち始める。

こいつは普段面倒臭そうにしているけど、何かと気が利くし面倒見が良い。皆の魔法の訓練とか模擬戦とか文句言いつつ付き合ってるし、学校の勉強なんて自分から率先して教えてるくらいだ。私も日本語教えてもらってるし。

まあ、本当はフェイト達よりも年上の大人だもんね。当たり前か。

メールを打ち終えて送信。携帯はそのままポケットに仕舞わずカウンターの上に置いて、再びコーヒーを啜る。

「俺に構ってていいのか? 他にやることあるんじゃねぇのか?」

「いや、実は今暇でね。お客さんそんなに居ないし、もうやることやっちまったし、あともう少し経てば忙しくなるんだけど、それまでね」

「そうか」

傍を離れようとしないアタシを訝しんだけど、理由を告げるとあっさり納得する。

ガタガタガタ!!

「うおっ!?」

その時、カウンターの上に置いといた所為か、かなり大きな音を立ててソルの携帯が震えた。それにビビるソル。

こいつでも驚くんだね。貴重な瞬間を眼にしたよ。

「着信? アリサから?」

携帯を開いて発信者を確認して受話ボタンを押す。

「何の『今すぐアタシの家に来なさい、いいわね? 皆待ってるんだから、絶対よ!!』用だ………」

ソルが返事をする前に一方的に切られる。

「………新手の………何だ?」

「皆アンタが好きなんだろ。すぐに行っておやりよ」

「ちっ」

カップの中身を飲み干し、設計図を片付けてバッグに仕舞い、立ち上がる。

「後で請求するように親父に言っとけ」

「まいどあり~」

アタシはソルの肩を軽く叩いて送り出す。

「行ってくる」

「いってらっしゃい、ソル」

アタシに背を向けながら片手を上げて、ソルは店を後にした。

その後ろ姿を見ながら、

(アンタを信じ続けて良かったよ。だから、これからもアタシはアンタを信じ続けるよ)

そう誓うのであった。



SIDE OUT










SIDE フェイト



ふいに眼が覚めると、もうすっかり見慣れた天井が視界に入る。

そのまま首を傾けると、スヤスヤと安らかに眠るソルの横顔が映る。

寝ても覚めても彼が傍に居てくれる。私の隣に彼が居る。私の居場所になってくれる。

人形だった私を、母さんから必要とされてなかった私を、一人の人間として、家族として扱ってくれる。

「ソル………」

手を伸ばし、ソルの身体にしがみつく。なるべく密着するように。

彼に触れていると心が安らぐ。暖かい。安心する。

トクン、トクン、と伝わってくる心音が優しいリズムを刻む。

嗚呼、私は今、とても幸せだ。ずっとこうしていたい。

でも、幸せ過ぎて怖くなる。

もし、ソルと離れ離れになったら、私はどうなっちゃうんだろう。

彼の傍に居ることが当たり前になった今の私は、きっと母さんよりも依存してる。

考えること、頭に浮かぶこと、どれを取っても一番最初に来るのはソルだ。それはきっとなのはも同じだろうけど。

だから怖い。ソルが強引に私とアルフの身柄を管理局から引き取ったけど、私は自分が犯した罪から、母さんが犯した罪から逃げたようなものだ。

あの時はソルと一緒に暮らせることに頭が一杯でそんなこと考えもしなかったけど、今更になって冷静に事件のことを見つめ直せるようになって、怖くなってしまった。

でも、厄介なことは、ソルが私の傍に居てくれる限り、私はソルの傍に居続けようとすることだ。

仮に管理局が私のことを捕まえに来たら、きっと私は全力で抵抗するだろうし、最悪ソルに泣きつくだろう。

それ程までに、彼から離れるのが嫌だ。

ソルは優しい。優し過ぎる。どうしてもその優しさに甘えたくなってしまう。

出会ってから、ずっと私を守ろうと力を尽くしてくれて、私を何度も励ましてくれて、私の存在を認め、全てを受け入れてくれた。

(………私って結構、我侭だったんだ)

その我侭すらソルは許してくれる。

そしてますます彼から離れられなくなる。

ならばせめて、私はソルの為に生きよう。

そう、心に誓った。





毎朝、朝食を摂る前にする日課がある。

それは、身体を鍛えること。

元々ソルが週六で行ってる訓練に、私達は付き合うようになった。

勿論、強くなりたいというのがあったけど、(特にユーノはソルを目標としてるみたいだし)ソルと一緒に訓練したかったというのが本音だったりする。

月水金を体捌きや基礎体力や身体作りに当て、火木土を魔法を使った模擬戦や勉強に費やす。

ちなみに日曜日は何もしない日ってソルは決めてる。

毎日五時前に起きて手早く着替える。今日は月曜日だから魔法は使わない。デバイス無し。当然バリアジャケットも無し。

私は黒いジャージ、なのはは白、ユーノは緑、アルフはオレンジ、そしてソルは赤、という感じに皆それぞれ着替えてから軽く準備運動を済ませると、道場へ向かう。

それから士郎父さんの指導の下、基礎体力を付ける為に街をランニングしたり、身体の柔軟性を上げる訓練をしたり、基礎的なことばかりだけど色々なことをする。

それがだいたい一時間。

それが終わると道場の中に入って本格的な戦い方の訓練になる。

アルフとユーノは特に武器を使わないから、基本的に素手での戦い方を美由希姉さんから教わっている。

私はなのはと一緒に士郎父さんから武器を使った戦い方を教わってる。

そして、ソルと恭也兄さんは―――

「疾っ!!」

「フン」

とても魔法無しで戦ってるとは思えない動きで模擬戦をしてる。

恭也兄さんが高速でソルの周りを動きながら攻撃する。

ソルはそれに対して防御、回避、迎撃を繰り返す。一見、防戦一方に見えるソルの戦い方だけど、一瞬でも恭也兄さんに隙あらば怒涛の勢いで攻め立てる爆発力がある。

(二人共………凄い)

ソルが凄く強いのは知ってたけど、恭也兄さんもこんなに強いとは知らなかった。

たぶん、私が魔法ありで戦っても恭也兄さんに接近戦では勝てない。

というか、恭也兄さんが使う『神速』ってきっと私のブリッツアクションより性能が良い。速度は同じでも、あそこまで小回り良く自分の思う通りに動けない。

そんな恭也兄さんに何食わぬ顔で対処してるソルもソルなんだけど。

「オラッ」

「ぐぁっ!」

ソルが振り下ろした木刀を恭也兄さんが交差させた二本の木刀で受けて防ぐけど、受け流すことが出来ずに弾き飛ばされてしまう。

体勢を崩した恭也兄さんに、獲物を襲う肉食獣のようなダッシュで猛然と迫るソル。

身体を回転させるようにして上手く勢いを殺し、体勢を整えて迎撃に入った恭也兄さんをソルが襲う。

「てぇぇぇやぁぁぁっ!!」

「おおおぅっ!!」

連続的に激しく衝突する木刀が高い音を立て、道場に響き渡る。

相手の攻撃を自身の攻撃で防ぎ、そのまま斬り伏せようと振るう。まさに攻撃は最大の防御と言わんばかりの白熱した戦い。

手数と速度、そして長年培った技術で圧倒しようとする恭也兄さん。

パワーのみならず、蹴りや拳を組み込んだ型の無い戦い方で押し切ろうとするソル。

何合もの打ち合いの末、恭也兄さんが大きくバックステップした後にバク転を何度もしながら距離を取り、間が開く。

「ちっ」

舌打ちし、それを追撃せずに睨み据えるソル。

「………」

「………」

沈黙が二人の間を包み込み、

「かかって来いよ」

ソルは左手に木刀を持ったまま中指を立てて恭也兄さんを挑発する。

「行くぞ………ソルッ!!」

恭也兄さんがそれに応じるように駆け出した。

「ふ」

自分に迫る恭也兄さんの姿を鼻で笑うような吐息を漏らしながら、ソルはまるで楽しそうに、見ているこっちが思わずゾクリとする野生的で獰猛な眼になる。

「「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」

二人は再び激しくぶつかり合った。

私がそんな二人の姿に魅入っていると、

「あの二人が気になるかい?」

士郎父さんがふいに声を掛けてきた。

「あ………ごめんなさい。集中してなくて」

「いや、別に構わないさ。それにそろそろ時間だから、もう今日は早めに終わりにしよう」

他の皆に声を掛けて、ソルと恭也兄さんの模擬戦が終わり次第今日の早朝訓練は終わりだと士郎父さんは言った。

「じゃあ、皆。ソルと恭也をよく観察すること」

その言葉に皆は思い思いに身体をほぐしなら二人を見る。

「それにしても、二人は本当に魔法使ってないのかい? あんな動き普通出来ないよ? むしろ魔法使ったって出来るか怪しいし」

アルフが指差しながら呆れていた。

「………それには同意するよ」

ユーノが二人から眼を逸らさず、武者震いしながらコクリと頷く。

その時、丁度恭也兄さんがソルの攻撃を跳躍して交わし、空中で半回転、道場の屋上に”着地”するとそのまま屋上を蹴って真下に居るソルに攻撃を仕掛ける。

それに対し、ソルは逆手に持った木刀の切っ先を床に突き立てて屈むと、恭也兄さんに向かって木刀の柄でアッパーを繰り出すように跳んだ。

「落ちろっ!!!」

ソルの声と同時に木刀の刃が激突し、

「うわぁ!?」

重力を味方につけ全体重を載せて攻撃した恭也兄さんが弾き飛ばされ、反作用で”浮く”。

更にソルは空中で身体を回転させ、回し蹴りを放った。

「ぐ…がはっ!!」

脇腹に蹴りを食らった恭也兄さんが、ダンッ!! と床に叩き付けられる。

そのすぐ傍にソルが降り立った。

「そこまで!!!」

士郎父さんが勝敗は決したと模擬戦の終わりを告げた。

「く、くそう………また負けた。行けると思ったのに………」

受けたダメージが大きいのか、なかなか床から起き上がらない恭也兄さん。

「泣き言は聞かねぇぜ」

そんな恭也兄さんにソルは親指を立てると下に向けた。

こうして、今日の早朝訓練は終わりとなった。





『ソル、これは………どういうこと?』

学校での授業中。

私は隣の席のソルに分からない部分を聞いていた。

『あ? これはだな―――』

周りに迷惑が掛からないように念話を使う。

家でも勉強を教えてもらってるから最近は分からない部分が減ってきたけど、それでも読めない字とか不安なことがあるとすぐにソルに聞いてしまう。

そんな私に、ソルは嫌な表情一つせずに教えてくれる。

『………うん、分かった、ありがとう』

学校でも、家でも私はソルに頼りっぱなしだ。

魔法、戦闘訓練、勉強、家事、翠屋での手伝い。

私は彼からたくさんもらってるのに、彼に何もしてあげられない。

それがとてももどかしい。

そのことにソルは、『兄貴が妹の面倒見るのは当然だろうが。お前が気にすることじゃねぇ』って何時もの仏頂面で言ってた。

確かにそうかもしれないけど、私はソルに何かしてあげたい。

今は無理かもしれないけど、何時か必ずソルの為に、ソルから必要とされる人間になるんだ。

それがソルへの恩返しになるし、私の存在意義だと思うから。



SIDE OUT










特に可も無く不可も無く、とりわけ問題らしい問題も起きず、ゆっくりと時間が流れ、俺達の日常は過ぎていく。

そして、

「やっと完成したか」

俺は感慨深く独り言を呟いた。

予定していたよりも随分時間が掛かってしまった。

何度も修正入れたり、電気の配線とか水道管とかなかなか上手くいかなくてやり直ししたりした所為で、予定よりも大幅に遅れてしまった。

眼の前には、”改造”が完了した母屋。

桃子の要望通り、特に洗面所や風呂場を重点的にリフォーム? 改装? 文字通り改造か? なんでもいいか。それらを色々と施したので一部分がやたらと出っ張っている。

母屋からは二つの渡り廊下が伸び、一つは恭也の要望に応えた形で作った道場に続く渡り廊下、残りは今回を機に増築した小屋へと繋がっている。

小屋は新しい高町家の一員達の私室がそれぞれ一つずつ。一つの部屋につき四畳半と手狭ではあるかもしれないが、それなりの出来栄えだ。

一つ頷いて、道場へと足を向ける。

入り口から入ってすぐの所にシャワールームがあり、その更に奥にサウナ室がある。

あまり広く作ることは出来なかったが、士郎に実際に見てもらって満足されたから、こちらにも不満は無い。

美由希が言ってた吹き抜けやら屋根裏部屋やら屋上は構造上不可能。カラオケルームとベランダは必要性を感じないので除外した。

俺は最後に、母屋から少し離れた所にある地下階段へ進んだ。

地上から約四メートル程降り続けると、地下室の入り口が見えてくる。

”KEEP OUT”と書かれたプレートがぶら下がった扉。

ドアノブを捻って押し開ける。

そこは十畳くらいのスペースを持った空間だった。

部屋の隅に流し台と蛇口、天井には電灯と換気扇、それ以外にはまだ何も無い。

これだけの広さを確保するだけで精一杯だったのだから、機材や道具は二の次だった。

此処でデバイスの制作、メンテナンス、改造、ヘッドギアなどの改良を行うことになる。

久々に俺の科学者魂に火が点いたぜ。

材料はそこら辺に不法投棄されてる廃棄物とかを拾ってくればいい(海鳴市ってそういうところしっかりしてるから見つかるかどうか怪しいが)。車とかあれば最高だな。バラバラにして使える部分だけ抜き取ればいい。後は必要に応じて加工するだけだ。

封炎剣を手に入れる前は転がってる物で適当な武器を作ってギアと戦ってたんだ。それと大して変わらん。

最悪の場合は忍から分けてもらえる。あいつに科学者みたいな一面があるのは知っていたが、自宅で機械を弄くれるような知識と腕を持ってるということは少し前まで知らなかった。

勿体無い。

今回の件を聞いて面白がってたからな、それなりに工面してくれるかもしれん。

ま、魔導具や魔道具の制作に必要なんだとは言い辛いので、かなりぼかすような言い方で頼む必要があるが、そこら辺は恭也に任せよう。





就寝時間になって、

「おかしいだろ………これ」

俺はこの場に居る全員に聞こえるように呟いた。

「何が?」

フェレット形態のユーノが疑問を口にする。

「どうしたんだい、ソル?」

狼形態のアルフも頭に?を浮かべる。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「ソル、何がおかしいの?」

寝巻き姿で隣に寝っ転がっているなのはとフェイトが不思議そうにしている。

俺は額に手を当てて、頭痛に似た何かを堪えながらおかしいと感じていることを口にする。

「………なんでお前ら、自分の部屋があんのに俺の部屋で寝てんだよ」

フェイトとアルフとユーノの為に始まった増築の件。

完成するまでは俺の部屋でなのはを含む全員が寝ていたが、それも昨日で終わりだと思っていた。

しかし、実際は今まで通り。なのはとフェイトが俺のベッドに潜り込んできて、ユーノとアルフはクッションを持ってきて二人で丸まって寝ている。

「だってこの部屋、落ち着くし」

「なんか安心するんだよ」

ユーノとアルフが答えた後に「「ね~」」とか息を合わせて言ってやがる。

「私はソルが一緒に寝てくれないとダメだし………」

「お兄ちゃんと寝ないと寝た気がしない」

妹二人は自分の部屋に戻る気配を見せない。

「そんな細かいこと気にしてたってキリ無いよ? キミらしくない」

これ細かいのか?

「そうだよ、何時もアンタ自分で言ってるじゃないか。『御託は要らない』って」

それとこれとは別問題だろ。

「御託は、要らな~い」

なのはが言いながら俺に覆いかぶさるように押し倒してくる。

「あっ!! なのはずるい!! 私も!!!」

フェイトがそれに便乗して圧し掛かってくる。

抵抗する気すら失せた俺は、二人分の体重を掛けられてあっさり倒された。

どいつもこいつも自分の部屋があるというのに、寝る時は俺の部屋らしい。

(俺の苦労を返せ)

とりあえず、内心で誰ともなしに文句を吐いた。





















ソル=バッドガイ


家族の為なら”えんやこら”状態の皆のお父さん兼兄貴。

皆に勉強を教えてるのは、なのは達をアホの子その二その三にしない為。

休日は翠屋を手伝う。ウェイターの仕事はアルフのおかげで減ってきた。厨房、皿洗い、掃除などなど。CD代を稼ぐ為に黙々と仕事をこなす。

せっかく頑張って部屋用意したのに………

科学者魂に火が点いた。

妹達の兄離れの為に地下室に引き篭もろうと画策してる。でも絶対に無駄に終わる。




高町なのは


我らの魔王様、ソル限定ブラコン。

ソルさえ傍に居てくれれば、後は野となれ山となれな考えだったりする。

休日は翠屋を手伝う。メイド服で。

最近の口癖『フェイトちゃんばっかりズルイ!!!』

ソル依存度=末期




フェイト・テスタロッサ・高町


新しい生活にようやく慣れて、現在幸せの真っ只中。

小さな不安を抱えつつも、ソルの為に生きると誓う。

休日は翠屋を手伝う。メイド服で。

最近の口癖『ずるい、ずるいよなのは!!』

ソル依存度=もう既に手遅れ




ユーノ・スクライア


自他共に認めるソルの弟。でもやっぱりソル本人に認めて欲しい。

恭也を秘かにライバル視してる。

休日は翠屋を手伝う。基本的に皿洗いとか掃除。

最近アルフと仲が良い。




アルフ・高町


『喫茶翠屋』の看板娘。

メイド服でウェイトレスをする。仕事中、桃子の気分によって耳と尻尾は隠したり隠さなかったりとまちまち。その所為で近所では「最近の翠屋はコスプレ喫茶になったのか」と囁かれたりする。

ファンも客の中に出てきたので、それなりに売り上げに貢献してる。

自宅では家事に専念する。

最近ユーノと仲が良い。



[8608] 背徳の炎とその日常 2 夜の一族って爺の親戚か何かか? 前編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/07/08 01:29

「………あ? 此処は………何処だ?」

気が付けば見知らぬ場所に立っていた。

辺りを見渡す。

青い空の下、俺は起伏の無い平らな牧草地帯のような所に居た。

眼の前に広がる緑の平原と青い空と輝く太陽。全くと言っていい程見覚えが無い。その光景を不審に思いながら、俺は今日の出来事を振り返る。

朝起きて、土曜日だから魔法の訓練をガキ共として、開店から閉店まで翠屋手伝って、帰宅して夕飯食って寝た。

「?」

こんな場所に居る心当たりが無い。

俺は首を傾げながら飛行魔法を発動させ、とりあえず空から周囲を観察しようとして、

「これは夢だよ」

突如、背後から声を掛けられ身体を硬直させる。

今まで気配が無かったというのに、声を掛けられるまで全く気が付かなかった。相当の手練。

しかし、そんなことよりも驚くべきことがある。

その声は聞いたことがあった。だが、今は決して聞くことが出来なくなった筈の声なのだ。

まさか………

ゆっくりと振り返る。

「………爺」

そこに居たのは、白いテーブルの前に優雅に腰掛けたスーツ姿の初老の男が、これまた優雅な動作で紅茶を啜っている。

かつて何度も闘い、結局勝負を着けることの出来なかった喧嘩仲間。

「キミも一杯どうかね? ダージリンの安物だが、シャロンが淹れてくれた紅茶は安物とはいえなかなかに美味い」

カップ片手に、自分の向かいの席を俺に座るように促す。

「てめぇがなんで此処に? つーか此処は何処だ? 俺に一体何があった?」

「聞きたいことがあるのは分かったが、まずは落ち着いて腰を据えるのはどうかね? キミは昔からことを急ぎ過ぎるというか、人の話を聞く姿勢がなってないというか、そういうところは何年経っても変わらんね。まあ、こうして友人の変わらぬ姿をまた見れるというのは、純粋に嬉しいものだよ」

呆れたように、諭すように、嬉しそうに微笑みながらパイプを燻らせる。

「ちっ」

舌打ちをして、爺の向かいにドカッと座る。

「久しぶりだね」

「………ああ。しばらくだな」

何年ぶりだろうか? 俺がなのは達と出会ってからは会える訳が無かったし、俺が元居た世界でもこいつは『隠遁する』と言って最後に勝負をして以来、会っていない。

爺はカップを置き、テーブルに肘をついて手を組む。いちいち動作が優雅だ。

「此処は何処だ?」

「先程言った通り、これは夢だよ」

「夢?」

俺の疑問が面白くて仕方ないのか、くつくつと静かに笑いながら爺は答えた。

「安心したまえ。キミの肉体が異種の住む世界に転移した訳でも、キミの意識が時間旅行をした訳でも無い。これは、キミの脳が睡眠時に見ている夢だよ」

その言葉に、俺は深々と溜息を吐いた。

そんな俺の様子を見て、爺は煙を吐き出しながら笑う。

「ふふふふふ………よほど今の生活が気に入っていると見たね」

「………舐めてんのか、てめぇ?」

「いやいや、馬鹿にした訳では無いよ。ただ、微笑ましくてね」

「ああン?」

俺の意味が分からず口調を荒げた。

「昔のキミは言うなれば、そう、まさに爆炎だった。触れるもの、近寄るもの、全てを灰にする復讐の炎」

「………」

「しかし、今のキミはとても穏やかだ。寒さに凍える人を暖める暖炉のように」

「腑抜けたって言いてぇのか?」

「そうじゃない。シャロンと出会った時の私と少し似ていたのさ」

爺は遠い眼をすると、カップを手に紅茶を口に付ける。

「良いものだろ? 愛する者、護りたいと思う者が居るというのは………一度全てを失ったキミとしては、特に」

「フン」

爺から視線を外して、平原を改めて見る。

此処は穏やかで、美しい青と緑が何処までも広がり、優しい風が時折吹き、柔らかい日の光が世界を照らす。

爺はこれが夢だと言った。

なら、此処は俺の心象世界なのだろうか?

今の俺の中は、こんなにも平和な世界だというのか?

(………否定はしねぇ)

もう俺は、復讐の為に『あの男』を追い続けていたかつての俺じゃない。

今は高町家の次男、なのは達の兄だ。

だとしたら、この世界があり得ないとは言い切れない。

「ふむ………今のキミはなかなか興味深い日々を送っているようだ。差し支えなければキミの身体が目覚めるまでで構わない。キミが今までどのように生活していたのか話してくれないかな?」

「面倒臭ぇ」

「キミとは拳で語ることは数え切れない程あっても、こうして膝を突き合わせて話合うことなど数える程度しか無いだろう? たまには、こういうのも良いんじゃないかね?」

「………ちっ、しゃあねぇな」

「ふふふふふ、なんだかんだ言って付き合ってくれる。私は本当に良い友人を持ったものだ」

「爺がはしゃいでんじゃねぇ」

年甲斐も無く浮かれた爺を黙らせると、俺は話し始めた。





「………とまあ、こんなもんだ」

俺は語り終えると三杯目の紅茶を啜る。

「いやはや、なんとも面白い話を聞かせてもらったよ。こんなに面白いと感じたのは何時以来だろうかね?」

「知るか」

爺はさっきから上機嫌だ。特に俺がなのはから『お兄ちゃん』と呼ばれてる辺りから必死に笑いを堪えてやがった。

俺はその度に何度こいつをぶん殴ってやろうかと思ったが、なのはから『お兄ちゃん』と呼ばれてるのは事実だし、今更止めさせるなんて不可能だ。

だから俺は、自制心を総動員して我慢した。ぶん殴るのは後でにしようと考えながら。

「キミの話が間に合って良かったよ」

「ああ?」

爺はふいに立ち上がり、構えた。

「もうすぐキミの身体が眼を覚ます」

「そうなのか?」

「うむ。それまでに聞き終えることが出来たのだから、私のとっては僥倖さ。なかなか楽しめたよ」

そこで何故構える必要がある?

「キミの愛しい姫君達がお呼びだ。キミとお別れするのは残念だが、今日は闘う以上に得るものがあった。私は満足だよ」

「………で、こっちに向けた拳は何のつもりだ?」

「何、簡単なことだよ。キミを送り出す儀式だ」

「儀式?」

「星となれっ!!!」

「っ!? ぐあぁぁっ!!!」

いきなりショルダータックルを食らった。拳はフェイントかよ!!!



「青春よ   血で血を洗う   あぁ慕情」



意識が途絶える最後の瞬間に、爺の下手糞なHAIKU(俳句に非ず)が聞こえた気がした。










「野郎っ!!!」

「「きゃあああああああ!?」」

俺は飛び起きると周囲を索敵する。

一発殴り返さないと気が済まねぇ。

ベッドから少し離れたところに、既に普段着に着替えたなのはとフェイトが驚いた表情で俺を見ていた。

「………ああ?」

………?

あれ?

そもそも、なんで俺は索敵なんかしてんだ?

殴り返すって誰に?

誰かに一発かまされたのは覚えてるんだが、一体誰に、何処で、具体的に何をどうされたのか忘れてしまった。

「………ま、いいか?」

そもそも夢で見た内容だし、覚えてないならそれ程重要なことじゃないんだろう。俺はそう納得するとベッドから降りる。

「ところでお前ら、何してんだ?」

まだ固まっている二人に声をかける。

「ななななななんでもない!! なんでもないよ、お兄ちゃん!!!」

「そそっそそうだよソル!! 別に寝てるソルに対して変なことしようとした訳じゃ―――」

「フェイトちゃん!!!」

「っ!! ごめんなのは!!」

「???」

テンパッてる二人の言いたいことがいまいち理解出来ない。要領の得ない言葉の内容がどうでもよくなってくる。

「何を言ってるのかさっぱり分からねぇが、とりあえずおはよう。そして出てけ、着替えるから」

「「お、おはよう!!」」

挨拶の言葉を言いながら蜘蛛の子散らすように部屋から出て行く二人の後姿を見て、俺は欠伸を噛み殺した。

上着を脱ぐと、結構寝汗をかいている。仕方が無い。暦は七月半ば。もうすぐ夏休みになる。

法力を家の中で気兼ね無く使えるようになった今は、部屋の温度調節に使ってたりする。

例えば、蒸し暑い日であれば部屋の中の水分を水属性の法力で固めて、でかい氷柱を作り、その下に洗面器を置いておくだけで即席の室内冷房になってくれる。日本は湿度が高いだけあって、空気中の水分さえ無ければそれなりの涼しさになる。少なくともベタ付く熱帯夜にはならない。

………ま、それでも三人で川の字で寝たら汗かくよな。寝苦しくないし、あいつらがうるさいからずっとこのままだが………後でシャワー浴びよう。

今日は日曜か………どうするか。

特にやることも無いし、デバイスはまだ納得いくものが出来てないからそれに集中して一日を費やそうか。

あー、でも、来週は確かCDの発売日だったな。

今日は軍資金を得る為に翠屋手伝うか。










背徳の炎とその日常 2 夜の一族って爺の親戚か何かか? 前編










翠屋のランチタイムは忙しい。

その要因はいくつかある。一つ、飯が美味い。一つ、値段が手頃。

そして最近は、メイド姿のアルフを見に来る客も増えた。たまに、なのはとフェイトがメイド姿で手伝う時もあるので、我が家の三人娘がメイド服で揃っているところを一目見ようと来客する輩も居る。

絶対にコスプレ喫茶かメイド喫茶って勘違いされている。全ての元凶は桃子の趣味なんだが。

仕事が増えて売り上げ自体が上がるのは店として嬉しい悲鳴なのだが、働いてるこっちとしては客に早く帰れと言いたい。

ちなみに、三人娘に下衆な視線を向ける愚者も客の中に少なからず存在するが、そういう奴らは俺と士郎と恭也が本気の殺意を込めた睨みを利かせて早々にお帰り願う。

店内撮影禁止。

もし撮影した場合は俺と士郎と恭也の三人と厨房裏でガチンコファイトをしてもらう。当然カメラは没収。”中身”を綺麗にした後、中古屋に並ぶことになる。

勿論ランチタイムメニューが目的じゃない客だって普通に来る。桃子特製のケーキやらシュークリームやらを買いに来る客は居るし、士郎のコーヒー目当ての常連客だって居る。出来ることならランチタイムじゃない時間帯に来て欲しいのだが。

とまあ、色々と忙しい時間帯である。んで、今日は日曜だから、忙しさに拍車が掛かってたりする。





「ランチタイム終了~。皆、お疲れ様~」

桃子の声が店内に響き渡り、今日の修羅場が終わった。

丁度俺は、ユーノと並んでヒィヒィ言いながら皿を洗っている最中だった。

他の面子は此処には居ない。ウェイトレス三人は勿論、倉庫に足を運んだ士郎と恭也、常連客の相手をしている桃子。

美由希は友人と出掛けていて、そもそも翠屋に居ない。

現在、俺とユーノと二人で後片付けをしている。

「やっと終わったな」

「もう、お皿は増えないんだよね?」

「ああ」

「僕、もうゴールしてもいいよね?」

「これが全部終わるまでダメだ」

「………ですよねー」

そんなアホで不毛な会話をユーノとしながらちゃっちゃと片付ける。

やっと終わり、ユーノが疲労を滲ませた溜息を吐いたその時、

「こんにちわー!!」

「こんにちわ」

「おお、アリサにすずかじゃないかい! いらっしゃい」

「あ、アリサちゃんとすずかちゃん!!」

「アリサ、すずか、いらっしゃいませ」

元気な声が五つ聞こえた。

客の二人が元気なのはいいとして、さっきまで働いてた三人はなんであんな元気なんだ? 俺とユーノは既に半死人状態なのに。

「俺疲れたから裏に引っ込むわ」

「待ってよ、ソル」

マッハで敵前逃亡しようとした瞬間、ユーノにガッと肩を掴まれる。

「んだよ?」

「僕をあそこに置いて行かないよね?」

ユーノは親指で客席の方を示した。

今此処に居るのは厨房内で客席が見える訳では無いのだが、そこから五人の女がきゃいきゃい騒いでいる声が聞こえてくる。

アリサの性格なら絶対に俺達を呼ぶだろうが、今は勘弁願いたい。あいつらのテンションに付き合える程の元気が今の俺には無い。

「お前なら大丈夫だ」

「要らないよそんな信頼」

「とりあえず放せ、一瞬でいいから」

「その一瞬でキミは何処に行くつもりだい?」

「疲れてんだよ」

「僕だって疲れてるよ」

「後でザラメやるから」

「それ店の備品じゃないか!!」

お互いが一歩も譲らずに居ると、

「そういえばソルとユーノは?」

はっきりと聞こえたアリサの声。

「「げ」」

俺とユーノの声がハモる。

「高町家の男には伝統的な戦いの発想法があってな………一つだけ残された戦法があったぜ」

「何言い出すの急に!? 訳分かんないよ!!」

「それは………逃げる!!」

「さっきと変わらないじゃないか!! ていうか何処へ!?」

「知るか!!」

二人でわたわたと逃げる、もしくは隠れる場所を探してると、

「何してるの?」

頭に?を浮かべたメイド姿のフェイトが厨房の出入り口に立っていた。

「………なんでもねぇ」

「うん、なんでもないんだ。なんでも………」

「………? ソルもユーノもお仕事終わったでしょ? 桃子母さんが休憩にしていいって言ってたから、皆で休もう? アリサとすずかも来てるしさ」

フェイトが俺の手を嬉しそうに握って引っ張って行く。



―――嗚呼、これは抵抗しても無駄だな。



抵抗せずに歩き出す俺に、ユーノから秘匿回線の念話が飛んでくる。

『休憩になればいいけど』

『そうだな。俺達は騒ぐよりも静かな空間に身を置いた方が癒されるタイプだからな』

『激しく同意するよ』

女が何人集まれば姦しいとかなんとか。俺達要らないだろ? と思わずにはいられない空間に飛び込んで行くことに、まるで敗北主義者のような考え方で客席に向かう俺とユーノだった。





俺とユーノが女達にとっ捕まってからしばらくして、恭也が『忍と約束があるんだ』と言って店を後にする。

「お姉ちゃんが恭也さん来るの楽しみにしてましたから、早く行ってあげてください」

「ああ」

そんな会話をすずかと交わして出て行った。

俺も一緒に出て行きたい。この姦しい空間から逃げたい。ロックな音楽に癒されにCD屋とかに行きたい。

トイレに行く振りをして恭也の後ろにこっそりついて行こうとしたら、あっさりバレて、テーブル席の一番奥に強制的に座らせられた。

両隣をなのはとフェイトでガッチリ固められて、身動きが取れない。

もういいか、何時ものことだし。飯でも食ってれば時間も潰れるだろ。

俺は桃子にまかない食とアイスコーヒーを頼むと、なのはとフェイトの頭をグリグリ撫でることにした。





休憩も終わり、それと同時に習い事があるらしいアリサとすずかが帰宅し、そのまま労働再開してからしばらく時間が経ち、閉店間際となった夕刻、翠屋の電話が鳴った。

その時、偶々傍に居た俺が電話を取る。

「お電話ありがとうございます、喫茶翠屋です。本日のシュークリームは完売となりました。お電話でのご予約は承っておりませんので、明日以降ご来店―――」

マニュアル通りの台詞を事務的に読み上げていると、

『ソルか!? そっちにアリサちゃんとすずかちゃんは居ないか!?』

電話の相手は切羽詰ったような口調の恭也で、俺の言葉を遮った。

「ああ? 兄貴? アリサとすずかだって? 二人ならとっくの昔に帰ったぜ」

『何時だ!?』

「休憩が終わってからだから、お前が出てってから一時間くらいか?」

『くっ………分かった、忙しいところスマン』

電話が切られる気配と、あからさまに恭也の態度がおかしいことから、何か嫌な予感がした俺は待ったを掛けた。

「おい、何があった? 二人は習い事があるっつって帰った筈だぜ? まだ帰ってないのか? もう三時間以上経つのにか? 携帯電話は繋がらないのか? 二人共? 携帯のGPSはどうした?」

『………』

恭也は答えない。いや、答えるのを躊躇っている感じする。

アリサとすずかの家は金持ちだ。しかも日本で屈指の。そんな子どもが行方不明? 携帯電話も繋がらない。

導き出される答えは………

「なのは達には言えないような内容の厄介事が起きたか?」

『………恐らく、そうだ。つい今しがた、習い事が終わってすぐに二人が姿を消したらしい』

「兄貴は今何処に居る?」

『忍の家だ』

「俺一人ですぐにそっちへ行く」

『ちょっと待てソル、これは―――』

「うるせぇ」

何か言おうとした恭也の言葉を最後まで聞かず、俺は乱暴に受話器を叩きつけると、エプロンをユーノに向かって投げ捨てる。

「わ!? な、何!?」

「野暮用が出来た。少し出てくる」

「は?」

「皆への適当な言い訳は頼んだぜ」

なのは達に見つかると厄介だと思い、厨房裏の出入り口から路地に出て、月村家へ駆け出した。

念話でユーノがどういうことかと文句を言ってきたが、無視して切った。










SIDE 忍



もうすぐ此処に、ソルくんが来る。

恭也の弟なのに、恭也よりも滅法強いという少年。

すずかのクラスメイトで友達。

なのはちゃんと一緒によく家に遊びに来る。

「忍、大丈夫だ。すずかちゃん達はきっと無事だし、ソルならお前達の存在を受け入れてくれる」

恭也は先程から私を元気付けようと肩を抱き締める。

「でも………」

私は不安で一杯だ。

今回、すずかとアリサちゃんが習い事が終わってから間も無く姿を消し、連絡すら取れないのは十中八九、私の一族の問題だ。

その証拠という訳では無いが、アリサちゃんの家の方ではまだ犯人側から一切アクションが無いらしい。

つまり、身代金目的の誘拐ではない………まだ事件発生から一時間も経っていないから、決定的に誘拐だと決まった訳でも、そうでないとも言い切れ無いけど。

私とすずかは夜の一族と呼ばれる吸血鬼の末裔、その純血種。生きる為には血を糧とし、人よりも強い肉体と長い寿命を持つ。

普通の人から見ればそんな私達は”化け物”だろう。

私もすずかも、吸血鬼であることを隠して人間社会に溶け込んで生きてきた。

そんな私達を敵視する存在というのは当然居て、私は今までの人生で何度も襲われた経験がある。

普通じゃない。人間じゃない。

ただそれだけの理由で私は殺されかけた。

襲ってくるのは人間だけじゃない。

私の同族ですら時に私に牙を剥く時がある。

月村の跡取りである私に群がってくる下らない覇権争いや派閥問題。ノエルやファリンを制作した失われた技術を欲する者達。

恭也に出会うまで、私は何度も呪われた血族として生を受けたことを悔いた。

こんな身体じゃなければ私はもっと普通に生きていけたのに、と。

けど、どんなに悔やんでも憎んでも呪ってもこの身体が変わることはない。

だからせめて、すずかだけは出来るだけ普通の女の子として生きて欲しいのに。

もし、ソルくんが私達に恐怖し、拒絶したらどうなるだろう?

私はまだいい。私が吸血鬼であろうと関係無く受け入れてくれた恭也が傍に居てくれる。

でも、すずかは?

あの子はまだ子どもだ。自分の一族がどういうものか知っていても、どんな眼で見られるのかまだ完璧に理解していない。

すずかは何時も不安を抱えて生活している。自分が”化け物”であることを、そんな自分がなのはちゃん達の友達でいいのか、と。

同い年の、しかも引っ込み思案で男子が苦手のすずかが、男子の中で特に気を許し、友人として認めている人物からの拒絶。

そんなことになれば、あの子の心は壊れてしまう。

「ソル様がいらっしゃいました」

ふいに聞こえたノエルの声に顔を上げる。

しかし、私は「此処に通して」の一言が言えない。

もし彼が私達を拒絶すれば、私は恭也の家族の記憶を消さなければならなくなる。

そんなこと、絶対にしたくないのに。

ソルくんはすずかの友人で、私も彼のことを面白いと思ってる。何時も尊大な態度でノエルとファリンに「茶」って命令して、椅子の上で偉そうにふんぞり返っている癖に、遊んでるすずか達を少し離れた場所で優しい眼で見つめている姿は凄く父性的で、そんな彼を私は気に入っていた。

「ノエルさん、ソルを此処に連れて来てください」

「よろしいのですか?」

恭也の言葉にノエルが躊躇いがちに私に問う。

「忍、ソルなら大丈夫だ。まだあいつから許可をもらっていないから教えることは出来ないが、あいつだってかなり非常識な奴だぞ」

「非常識?」

「ああ。きっとあいつなら、お前の不安を吹き飛ばしてくれる筈だ」

自信満々で微笑む恭也の顔を見つめ、しばらく考える。

………信じよう。恭也を。恭也が信じるソルくんを。



SIDE OUT










広い部屋―――恐らくこの家の応接室だろう―――に通されると、若干表情に翳りがある恭也と忍が居た。

「アリサとすずかは誘拐されたのか?」

「恐らくな。アリサちゃんの執事の鮫島さんが、何かの薬品を嗅がされて気絶していたのを習い事の先生が偶然すぐに発見したらしい。丁度習い事が終わって十分も経っていないそうだ」

恭也が迷わず答えた。

店に電話してきたのは余程誘拐されたと認めたくなかったんだろう。

「犯人の目星はついてんのか?」

「それは………たぶん、私の一族のことだと思う」

俺の疑問に答えたのは恭也ではなく、忍だった。

ソファから立ち上がり、俺を真正面から覚悟を決めた眼で見る。

「私の一族って、何だ?」

「単刀直入に言うわ。私の一族は………夜の一族って呼ばれる吸血鬼なの」

「吸血鬼?」

あの爺と同じ? 一族ってことは妹のすずかも? 今まで一度も、気配とか匂いとか爺と同じものを感じたことなんざ無ぇぞ?

「信じられねぇな」

「………そうね。普通だったら信じられないでしょうけど、本当よ」

言いながら、忍の瞳が真紅に染まる。

視線を媒介とする魔眼か。

その魔眼が妖しい光を放ち輝き始めると、その段階になってほんの少しだけ、爺と同じ気配がした。

なるほど、異種として格下だったんだな。だから”力”を解放するまで気が付かなかったのか。匂いもよく嗅いでみると、普通の人間と比べると違和感がある程度で、ほとんど人間と変わらん。

純粋な異種の爺は気配を隠そうとしても”力”を感じ取れるくらいでかく、異種の中じゃ最上位だったからな。こいつらと比べること自体が間違いかもしれん。

「ふむ。吸血鬼っていうのは信じてやるが、異種としては随分と格が低いな」

「信じる信じないはソルくんしだ………え!? えええ?」

俺は率直な感想を言っただけなんだが、忍がえらく驚いた顔をする。

「急に信じるってどういうこと!? しかも、か、格下って、私こう見えても純粋な夜の一族でその跡取りなんだよ!? それに異種って何!?」

「喚くな鬱陶しい。順を追って説明してやるから黙れ」

とりあえず騒がしいので黙らせる。

「まず最初に言っとく。俺には吸血鬼の喧嘩仲間が居た」

「ウソ!?」

「それは本当か!? ソル!!」

「黙って聞け。質問は後にしろ」

「「………」」

いちいち俺の発言にでかいリアクションを取られても話が進まないので、黙るように言い聞かせる。

「すずかや忍に会ってお前らを吸血鬼として認知出来なかったのは簡単だ。俺の喧嘩仲間と比べたら、お前らの人外として”力”の気配は小さ過ぎて全く気が付かなかった。ま、小さいのを更に隠してたみたいだから、気が付かないのは当然だな」

「………小さ過ぎる………」

何やら少しショックを忍が受けていたようだが、俺は構わず続けた。

「匂いに関してもそうだ。人間と比べれば違和感がある程度、大した判断材料にもならねぇ。最後に『異種』ってのは吸血鬼を含めた人間以外の人外、既知のあらゆるカテゴリーに当てはまらない知的生命体、人間とは全く違う遺伝子構造を持つ”異なる種”のことを総じて『異種』って呼んでる。何か質問は?」

しかし吸血鬼か。確かに、すずかの気持ちを考えると、なのは達には今回のことを教える訳にはいかないな。

驚いた表情の二人が顔を見合わせると、忍が恐る恐る聞いてきた。

「さっきソルくん、吸血鬼の喧嘩仲間が居たって言ったけど、その人はどんな人?」

「千年単位で生きてるいけ好かねぇ爺だ。趣味は殺し合いにならない程度の勝負事と下手糞なHAIKU? あと人間観察とかふざけたこと抜かしてやがったな」

爺の年齢を聞いて度肝抜かれたような表情の忍と恭也。

「………千年単位………どのくらい強いの?」

「ああ? お互い本気で殺し合ったことは無ぇからあいつの全力がどんなもんか知らねぇが、この家が一分も待たずに更地になるくらいの腕力はあるぜ」

「腕力!?」

「腕力だ。あの爺は殴る蹴るの徒手空拳でしか闘ってる姿を見たこと無ぇ」

「………ソルくん。喧嘩仲間だったんだよね?」

「昔な。俺もこの家くらいだったら一分以内に灰に出来る」

「灰に出来るって、どういうこと?」

忍が恭也に疑問を口にする。

ん? 微妙に会話が噛み合ってないか? 認識に齟齬があるというか。

俺の頭の上で電球が輝いた。

「恭也、もしかして言ってねぇのか?」

「………あ、ああ」

「んだよ。てっきり忍が吸血鬼だと分かってんだから、俺のことくらい教えてたのかと思ってたぜ?」

「いや、お前の秘密なんだから、お前に許可を取るのが筋だろう?」

「律儀なこったな。ま、いい。そこで間抜け面晒してる忍に教えてやれ」

恭也はコクリと頷くと、眼を白黒させている忍の両肩を掴んで口を開いた。

「実は、ソルは魔法使いなんだ」

説明短っ。

「えええええええ!?」

声がでかい。つーか、自分も吸血鬼っていう人外の癖にさっきから驚き過ぎだ。

「だから言っただろ? こいつは非常識だって………吸血鬼に喧嘩仲間が居るとか、忍を見て格下とか言う程非常識だとは思ってなかったが」

「でも、魔法ってファンタジーの世界じゃないの!? ウソとか冗談じゃなくて!?」

「お前の一族も十分ファンタジー色強いだろうが」

とりあえず突っ込む。

「それはそうだけど………じゃ、じゃあ証拠に魔法見せてよ」

「面倒臭ぇな」

百聞は一見にしかず、か。俺はヘッドギアをポケットから取り出して装着し、封炎剣を召喚した。

「わわ!! 何処からともなく剣がっ!!! 見て見て恭也!!」

騒ぐ忍を無視して、俺は封炎剣を床に突き立てた。

「ガンフレイム!!!」

封炎剣から発生した炎が触れるものを炭化させながら真っ直ぐ突き進み、壁に衝突して爆発した。

壁にどでかい風穴が開いて、焦げ臭い匂いが充満し、熱くなった空気が肌を撫でる。

「あ、やり過ぎた」

「やり過ぎたじゃないこの馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉっ!!! 忍は魔法を見せろと言ったんだ!! 誰が床に剣を突き刺してカーペット丸焼きにして壁に穴を開けろなんて言ったんだ!?」

「すまん、つい………だが、最近暑いだろ? 風通し良くなったじゃねぇか」

苦しい言い訳、になってるのかすら怪しいことを言ってみる。

「何が風通しだ!! 一体誰がこれを弁償するんだ!!」

「兄貴?」

「お前がやったんだろ!!!」

「注文通り魔法を見せてやったんだからグダグダ抜かすな!! それに、効果は覿面だったんだから良いだろうが!!」

俺は呆けている忍を指差す。話をすり替えながら。

「こ、こ、こ、こここ、ここ」

忍は音飛びし続けるCDプレイヤーのようになっていた。

こいつにとってはあまりに現実離れし過ぎた光景だったか? さすがに壁吹っ飛ばすとは思ってなかったみたいだな。

手っ取り早く俺の戦闘能力を見せ付ける為にガンフレイムを使ったんだが、やり過ぎたか。ソファとかにバンディットブリンガーぶち込むくらいにしておけば良かったか?

「これなら勝てる!!!」

「「何に?」」

忍が再起動した。

「ソルくん!! 他にどんな魔法が使えるの!!!」

俺の両肩を掴んで激しく揺すってくる。俺の”力”に対する恐怖なんて欠片も無い、純粋な興味の視線が向けられる。

「他って攻撃以外か? だとしたらあとは防御系とか治癒系とか探査系とか捕縛系とか結界系とかさっき剣を召喚した転移系とか、補助に分類されるものならある程度使える」

五大元素の内”気”以外の属性なら全部修得したし、ユーノから教わって始まったミッドチルダ式―――なのはや時空管理局が使っていたものやフェイトやアルフが使うものも含め―――見たものなら解析して使えるようにした。

「その探査系にすずかとアリサちゃんを見つけられるようなものは無いの!?」

「時間は掛かるが出来ないことも無ぇ。ある程度の範囲に絞ってサーチャーを飛ばしてエリアサーチすれば、なんとかなるかもしれん」

忍が俺を放してノエルに向き直る。

「ノエル!! 街中の監視カメラを管理してるシステムにハック掛けるわよ!! 逃走ルートを割り出すわ!!!」

なんでそれを今までやらなかったんだ? よっぽど余裕無かったんだな。

「了解しました」

風穴を利用して部屋から走り去るノエル。

「まだそんなに時間が経ってないし、もしかしたらまだ近くに潜伏してる可能性もあるんだけど、ソルくんの魔法で建物の中とか虱潰しに探せない?」

「可能だ」

「さすが魔法使い、頼りになるわ」

時空管理局が使ってた魔法がこんな時に役に立つとは思ってもいなかった。術式を解析しておいて良かったぜ。

「首を洗って待ってなさい誘拐犯………恭也よりも強くて、吸血鬼もどうってことない魔法使いのソルくんがただじゃおかないわよ!!!」

天を仰いで忍が咆哮した。

………そういえば、俺のことに関しては突っ込まないのか? 年齢とか、他にも色々と………すずか達のことでそれどころじゃないか。

ま、いいか。

その後、忍とノエルが割り出した範囲内へ片っ端からサーチャーを飛ばし、その間に詳しい話を聞く。

敵は何故すずかとアリサを狙ったのか? ただの人間の誘拐犯だった場合は警察に行くべきか? 夜の一族に関わることならば相手はどういう輩か? 夜の一族を敵視する人間だった場合の対処は? 夜の一族が相手だった場合は? 能力は? 武器や装備は?

詳細情報を聞いている間に二人を発見した。

そして犯人グループも。

潜伏先は来月廃棄予定のオンボロなビル。

犯人の人数は十七人。その内の十人が武装した普通の人間。内四人が人間でも夜の一族でもない、ノエルとファリンと同じ自動人形。残りの三人が夜の一族。

動機は恐らく、月村家党首の忍を引き摺り下ろしたいんだろう。

俺は恭也を連れてすぐさま転移した。





















一言後書き

日常編だけど、日常とは思えない非日常かつバイオレンスな展開が次に繰り広げられそう(主にソルによって)

リクエストがあったからやってみたけど、ジョジョネタが無理やり過ぎるorz

ユーノの所為でソルの出番が減ってるらしいので、今回のユーノはちょい役? 結構台詞ある気がするけど。他のキャラもちょい役。

メインは忍と、恭也?

次回メインはすずかと………たぶんアリサ?



[8608] 背徳の炎とその日常 2 夜の一族って爺の親戚か何かか? 後編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/07/09 23:55
SIDE アリサ



後頭部が、背中が硬い感触を訴える所為で眼が覚める。

その感触でコンクリートの上に仰向けで寝かされていると気付く。

(なんで………アタシ)

意識がはっきりしない。

「お、やっと目覚めたみたいだな」

周囲にはアタシを取り囲む見知らぬ男達が居た。

全員、拳銃やマシンガンといった物騒なものを手に持っている。

ニヤニヤと下卑た笑いが聞こえてくる。

(そうだ………後ろからハンカチみたいなので口を塞がれて………)

誘拐、された?

知らない場所。廃ビルの中のような場所。今居る場所は薄暗くて此処が何処なのか分からない。

(………すずかは!?)

私の親友の一人が傍に居ない。きっと一緒に誘拐された筈なのに。

「こいつターゲットじゃないですよね? どうすんですか?」

「さっき好きにしていいって言われたの忘れたのか? バニングス家の一人娘だろ? 使い道はあるさ」

「まさに金のなる木ってやつですか!?」

「そういうこと!!」

ゲラゲラと下品に哄笑する男達。その様は人の皮を被った金の亡者だった。

気持ち悪い。

汚い視線。欲望に塗れた眼。

この男達は私が目的で誘拐したというの?

「す、すずかは、すずかはどうしたのよ!?」

自分でも声が震えているとはっきり分かる。私はこの男達を恐怖している。それでも親友の安否が気になって眼の前の男に問い詰めた。

「あ? 何言っちゃてんのこいつ? お前はついでなんだよ」

「ついで?」

「そ。俺達の目的は初めっからすずかちゅわんな訳よ。お前はその場に一緒に居たからそのついでに攫ってきたってことで、OK?」

最初っからすずかの誘拐が目的だった? 私じゃなくて?

どうして?

こんな言い方嫌だけど、確かに月村家だって日本屈指の資産家だけど、世界を股に掛けるバニングス家の方が財力は上だ。金目当てなら私の方が幾分か狙い眼だと思うのに。

もしかして身代金目的じゃない?

すずかが目的?

「すずかをどうしようってのよ!?」

「んなこと俺らが知るかってんだよ」

「ギャハハハハ!! 違いねぇ!! 俺達は化け物に依頼されたことこなしただけだぜ!!!」

「化け物が何考えてんのかなんて人間の俺らが知る訳ねーだろ!?」

「化け物同士でヨロシクやってんじゃねぇのか!?」

「それにしても羽振りがいいぜ、化け物ってのは。大金で雇ってくれた上に、こんな棚ボタまでくれるっつーんだからよ!!」

「化け物様々だな!!!」

醜悪に顔を歪めて大声を上げて嗤う男達。

こいつらの態度に吐き気に似たものを覚えながら、何度も口にされた「化け物」という単語が気になった。

「化け物って………何よ?」

私は疑問をぶつけた。

「は? 何だこいつ知らないのか? お前のお友達のすずかちゅわんは吸血鬼っつー化け物さ。文字通り人の血を吸って生きる怪物なんだよ」

何を言ってるのこいつら? すずかが、吸血鬼?

「さすが化け物。親しい人間すら騙す、その生き方には感服するね」

「全くです」

「誘拐してる俺らって人のこと言えなくね?」

「あいつら人じゃねーぞ?」

「こりゃ一本取られた!!」

またもや嗤い出す男達に不快感が募る。

すずかが化け物? 吸血鬼? そんなこと信じられない。でも、もし本当だとしてもすずかが私の親友であることに変わりなくて、こいつらがすずかを馬鹿にしてるってことだけは理解出来た。

「まあ、そういう訳だから、俺らの化け物な雇い主さんが用件済ませるまで大人しくしててくれる? 暴れるようだったら回すからさ。さすがに傷物にしちまったら後々交渉が面倒になるし」

舐めるような視線が私の全身に絡み付く。

(………悔しい!!!)

怖くて足が竦んで一切抵抗出来ないことが。親友を助けることの出来ない自分の無力さが。

私に誰にも負けない”力”があれば、こんな奴らやっつけて、すずかを助けに行けるのに!!!

(誰か、助けて………)

漫画とかアニメだったらこんな時、颯爽とヒーローが現れて助けてくれるのに………

(そんなの………居る訳無い、か)

全てを諦めかけていたその時、

「ガンフレイム!!!」

闇を斬り裂いて現れた炎が周囲を眩い光で照らした。



SIDE OUT










背徳の炎とその日常 2 夜の一族って爺の親戚か何かか? 後編










SIDE 恭也



ソルが立てた作戦はシンプルだった。

「俺が正面で派手に暴れて陽動する。お前は背後から奴らを強襲しろ」

ドスの効いた低い声。ソルが不機嫌だったり、本気で怒っている時に出す声だ。

普段は滅多に聞くことの無い類のものだ。

冷静で居るように振舞っているが、その実、犯人の姿を魔法で改めて確認して我慢の限界に来ているのかもしれない。

敵の配置は既にソルの魔法で知れている。廃ビルの三階にアリサちゃんと、銃器で武装した普通の人間が十人。最上階の六階にすずかちゃんと、自動人形四体と夜の一族が三人。

「先にアリサを助け出す。手始めに俺が―――」

細かい打ち合わせに入る。

もう日が沈みかけている。辺りは薄暗く、建物の中は更に薄暗いだろう。

そんな時にソルの炎の魔法が現れれば、誰もが視線をそちらに向ける。とにかくあいつの魔法は目立つからな。

そこを俺が叩く。

俺はビルの裏側に回り、壁面にへばり付き、三階の窓枠まで登り、中をこっそり覗き込んだ。

………居た!! 座り込んだアリサちゃんを囲むように犯人達が立っている。

一旦覗き込むのを止め、窓枠に片手でぶら下がり、腕時計で時刻を確認する。

ソルの陽動が始まるまであと、一分三十秒。

俺は深呼吸をし、精神を落ち着かせる。

気持ち的には今すぐにでも飛び込みたいが、相手は銃を持っている。

俺やソルならどうとでも対処出来るが、アリサちゃんが人質に取られている以上、迂闊な行動は慎むべきだ。

犯人達は油断している。

誘拐の手際の良さ。確かにプロの犯罪集団並みの腕前だ。此処を特定するまでかなり時間が掛かったのは事実だし、港と高速道路の入り口が近くに存在するこの廃ビルは隠れ蓑にする上で絶好の立地条件だった。

今まで何度もこういう犯罪に手を染めてきたのだろう。明らかな”慣れ”が感じられた。

だが、そこに隙がある。

犯人達は知らない。事件発生から一時間足らずで自分達の場所を特定してしまう忍のハッキング技術とソルの魔法を。

もう一度、大きくゆっくりと深呼吸をする。

他にも仲間が居る可能性を捨て切れないので、周囲の気配を探る。

腕時計を確認する。残り三十秒。

ソルは周囲に魔法の影響が及ばないように結界を張るとか言っていたが、それはもう大丈夫なんだろうか?

俺は魔法に詳しくないが、聞いた話によるとソルの使う魔法はなのは達の魔法とは全く別物らしい。

門外漢であるし、説明されてもイマイチ理解出来なかったが、そういうことらしい。

(よく分からんが、頼りにしてるぞ、ソル)

ソルは俺が今居る場所とは正反対の窓から、犯人の真正面から空を飛んで突っ込むらしい。

実に無茶苦茶だが、同時にとてもあいつらしいと思った。

作戦までの残り時間が十秒を切った。

9、

8、

7、

6、

5、

4、

3、

2、

1、

「ガンフレイム!!!」

その声と共に、俺は音も無く窓から侵入する。

犯人達は眼の前に輝く炎に眼を奪われて動けないでいた。状況を理解出来ていないのだろうし、眼が薄暗い状態に慣れている時にソルの炎を見たんだ。何が起こったのか認識出来ないだろう。俺だって同じ立場だったら咄嗟に動けないし、火の気が無いのにいきなり眼の前が火炎放射されれば思考が固まる。

隙だらけだ!!!

「ぐ」

「がぁ」

「う」

「っ」

アリサちゃんの背後を陣取っていた四人を手早く昏倒させる。殺さない程度に手加減したが、かなり本気で叩いたので数時間は眼を覚まさないはずだ。

「なんだてめ―――」

メキィッ!!

俺の存在に気が付いた残りの六人が振り向いた瞬間、その内一人の背中にソルの喧嘩キックの踵がめり込んだ。

骨に罅が入るような音が聞こえたが、容赦無いなソルは。

蹴り飛ばされて地面を転がる犯人に眼もくれず、炎を纏う剣で傍に居た二人を横一文字に薙ぎ払い、火達磨になった二人が壁に叩きつけられる。

残り三人。

今更になって銃を構えようとした犯人達の手に飛針を投擲する。

寸分違わず突き刺さった飛針のおかげで銃を取り落としたところを、俺とソルがそれぞれ一人ずつ飛び蹴りを顔面にかましてやる。

「な、な、なんなんだお前ら!?」

残り一人。

あっていう間に仲間が全員倒され、銃を取り落とした最後の一人が手を押さえながら、恐怖を浮かべて聞いてくる。

「あの世で考えな」

冷酷な眼をしたソルが呟き、犯人の顔にソルの拳が吸い込まれるように叩きつけられた。



SIDE OUT










SIDE すずか



今、微かに聞こえた遠くからの声。

「………ソル………くん?」

普通の人だったらとても小さ過ぎて聞き取ることの出来ない声。普通ではない私ですらよく聴き取ることが出来なかったけど、知っている声だった気がする。

まさか、彼が此処に来てるの?

もしそうだとしたら、どうして?

「どうしましたかな? すずかお嬢様?」

「………」

見知らぬ男が三人―――でも同族だとはっきり分かる―――が私の様子を窺ってきた。

後ろに並ぶ四体の女性型自動人形もガラスのような眼でこちらを見る。

「………なんでもない、です」

誤魔化した。

「党首の妹であろうお方が嘘はとは………いけませんな~」

「聴き取り辛かったが、確かに声が聞こえたな。子どもの声が」

その言葉に私はビクッと全身を震わせた。

「ソル………と言いましたね? 御神の剣士ですか?」

「し、知りません」

「やれやれ………困ったものです」

私は頑なに首を振る。ソルくんがこんな所に来る訳が無い。

「おい、お前達は下へ行って確認してこい。侵入者であれば殺してきて構わん」

四体の自動人形がその命令に従い階下へ向かう。

「やめて!!!」

思わず叫んでから、しまったと気付く。

「どうしました? 知らないんですよね? だったら別に構わないじゃないですか」

眼の前の男が心から不思議そうな顔をする。

「………」

私を取り囲む三人の男がそれぞれ嫌らしい笑みを浮かべる。

「こちらの予想より随分と早い気がするが、どうやら御神の剣士が来たようだな」

「ご党首の恋人とかいう人間ですか?」

「人間にしては出来るようだが、所詮人間だ。自動人形四体相手にどれだけ持つか見ものだな」

「生かして捕まえることが出来れば良い交渉材料になりますね」

「生かして捕らえられればの話だがな。死んでしまえば元も子もない」

この人達はお姉ちゃんの党首の座を奪うのが目的みたい。

だから妹の私を誘拐して、人質として脅して交渉するつもりなんだろう。

どうして、こんなことになったんだろう?

お姉ちゃんが党首だから?

私が人間じゃないから?

私は、普通に暮らしたいだけなのに。

普通に学校に行って、友達と、アリサちゃんとなのはちゃんフェイトちゃんとソルくんとユーノくんとお話して、放課後に皆で一緒に遊んで、家に帰ればお姉ちゃんとノエルとファリンが暖かく迎えてくれて。

そんな何処にでもある生活が欲しいだけなのに。

でも、私の身体は普通じゃない。

吸血鬼。

血を吸う化け物。

人とは、皆とは違う存在。

私が吸血鬼だから、アリサちゃんを巻き込んでしまった。

私が吸血鬼じゃなければ、こんなことにはならなかった。

(やっぱり私は………皆の友達でいちゃダメなのかな? 一緒に居られないのかな?)

視界が霞む。涙が零れた。

皆のこと大好きなのに、一緒に居たいのに、私は皆と違うから不可能で。

もし同じだったら、皆と一緒に居ていいのかどうかなんて悩む必要無いのに。ずっと一緒に居られるのに。

どうして私は、皆と同じじゃないんだろう?



―――ドッコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!



その時、階下から爆発音が響き、ビル全体を揺らした。



SIDE OUT










SIDE アリサ



「兄貴、お前はこのままアリサを連れて退け。後から来る忍達と合流しろ」

まだ床の上でメラメラと燃える炎に照らされながら、ソルが恭也さんに命令してる。

な、なんで、こいつが此処に居るの?

「お前はどうするんだ?」

「俺はこのまますずかを助けに行く」

私達を助けに来てくれたの?

「だったら俺も―――」

「アリサ一人を此処に残してか?」

恭也さんの言葉をソルが遮った。

「伏兵が居るとも限らねぇ。お前は安全を確保しつつアリサ連れてとっとと退け」

「お前がいくら強くても残る相手は今のと比べると遥かに厄介だぞ!?」

「上等だ。それに、アリサなんて荷物抱えてたら勝てるもんも勝てなくなる」

恭也さんは数秒の間考えるように眼を瞑り、

「………分かった」

頷いた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」

ようやく出た声は掠れていた。

「ア、アンタ………」

何かを聞こうとして、聞きたいことがあり過ぎて何を聞こうか分からなくなってしまった。

だって、突然視界が炎に包まれて、何時の間にか恭也さんが私の後ろに居た男達を倒しちゃってて、ソルも男達をあっという間に倒しちゃうし。

訳分かんないわ。

それに何なの!? その手に持つ剣!? なんで炎が柄から噴出してるの!? 持ってるアンタは熱くないの!?

額に装着している赤い額当て? ヘッドギアかしら? そんなもの付けてるところなんて今まで一回も見たこと無いわよ!!

ていうか、一人で行くって何考えてるのよ!? 恭也さんもどうしてそれを納得しちゃうの!?

混乱していて口をパクパクさせてる私を見て、ソルはぶっきらぼうに言った。

「安心しろ。すずかも助ける。俺の日常を欠けさせやしねぇ」

アタシに背を向けると、ソルは走り出した。

「ま、待ちなさい!!」

「そのじゃじゃ馬のお守りは任せたぜ」

「ソル!! 無理はするなよ!! ヤバイと感じたらすぐに逃げろ!!!」

恭也さんの言葉に応えるように走りながら右手を上げて階段を登って行った。

「恭也さん!! どうしてあいつ一人で行かせちゃったのよ!? 相手は犯罪者なのよ!! なんであいつが一人ですずかを助けに行かなきゃいけないのよ!?」

私は恭也さんを責め立てたけど、恭也さんは困ったような笑みを浮かべた。

「………アリサちゃんの言いたいことはよく分かる。でも、情けないことに俺の実力はソルに遠く及ばない」

「え!?」

ソルが喧嘩強くて、自宅でそういう訓練してるって話は何度も聞いたことがあるけど、恭也さんよりも強いなんて話聞いたこと………あるわ。なのはが前に胸を反らして自慢してたっけ? お兄ちゃんは恭也お兄ちゃんよりも強いって。

「でも、だからって………」

あいつは私と同じ年の子どもで、下手したら死んじゃうかもしれないのに。

「大丈夫。ソルならきっとすずかちゃんを無事に連れ戻してくれる筈だ」

恭也さんが私をお姫様抱っこする。

ちょっと恥ずかしい。

「此処は完全に安全とは言えない。何時までもモタモタしてたら逆にソルの足手纏いになる。さあ、逃げよう」

そのまま走り出した。

ビルから出ると、既に日は落ちていた。

「ソルのこと、心配じゃないんですか?」

アタシは率直な疑問を口にした。

「当然心配だよ」

「だったら!!」

「でも」

自信に満ちた声が私の言葉を遮った。

それは恭也さんがソルのことを心の底から信頼している証だった。

「あいつは、誰よりも”強い”。ただ単純な戦う上での強さだけじゃない。なんていうか、心がとても強いんだ」

「心?」

少し難しかったかな? と恭也さんは走る速度を全く緩めず笑った。

「それにあいつにはとっておきがある。アリサちゃんだって見ただろ? あの炎」

あの時。私の真っ暗闇に染まった心を掻き消すように現れた紅蓮の炎。

それはまさに闇を食い尽くす太陽の光だった。

「そういえばあれ、一体何なんですか!?」

「ソルの魔法」

「は!? 魔法!?」

素っ頓狂な声を上げてしまう。

魔法って、えええ!? 嘘でしょ!! そんなアニメみたいな!?

「俺の弟はね………実は魔法使いなんだよ」

秘密だよ? と、恭也さんは少し自慢げに微笑んだ。

次の瞬間、ビルの方角から爆発音が聞こえた。



SIDE OUT










SIDE すずか



「一体何があった!?」

男達が狼狽している。

私も泣くのを止めて驚いている。

階下で爆弾でも爆発させたかのような巨大な爆発音。同時に、まるで地震が一瞬だけ起きたかのような激しい揺れ。

揺れが収まると、ピタッと時間が止まったように静かになる。

不気味に静寂が辺りを包み込む。嵐の前の静けさというのはこういうものを言うのだろうか。

もう日が沈んでビルの中は真っ暗だけど、私には昼と大して変わらないように”見える”。

吸血鬼は本来、夜に活動する生き物。その血を受け継いだ夜の一族は夜目が効く。

このフロアには私と男達以外居ない。

(けど)

確証は無いけど予感めいたものがある。

こっちに近付いてくる”何か”が居る。

それが一体何か分からないけど、さっきの爆発音と揺れはそれの仕業だ。

眼を閉じ、耳を澄まして音を探る。

やがて。コツ、コツ、コツ、と足音が聞こえて、眼を開いて音がした方、私が居る場所から一番離れた所にある階段の方を見る。

それは―――

(ソル、くん)

さっき聞こえた声は気の所為などではなかった。

赤いシャツ、黒いジーパン、黒茶の長い髪、真紅の眼、平均よりも高い身長。それは間違い無く私のお友達のソルくんの姿だった。

でも、左手に逆手に持っている無骨な剣と、額に当ててる赤いヘッドギア? のようなものが何時もの彼と決定的な違いだった。

はっきり言って普段の彼の雰囲気と比べて異質だった。普段の彼が見た目は怖いけど本当は優しいお父さんだとしたら、今の彼は獲物を狙う狩人だった。

何時もは眼つきが悪いだけなのに、今は鋭く研ぎ澄まされた刃物のようにギラギラ輝いている。

少し、怖いと思った。

闇の中、ポケットに手を突っ込むような不良っぽい、それでいてしっかりとした足取りでこちらに歩いてくる。

「き、貴様!! 何者だ!?」

男の一人が私の後ろから前に進み出て大声を張り上げた。

「下に居た奴らはどうした!?」

「寝てる」

眼つきは相変わらず怖いのに、口調だけは面倒臭そうにソルくんが答えた。

「所詮人間か。肝心な時に役に立たん」

下等種族が、と男の一人が吐き捨てる。

「少年、自動人形はどうした?」

もう一人の男がソルくんを警戒するように聞く。

「あのガラクタか? 階段で偶々鉢合わせしたから、階段諸共四体纏めて消し飛ばした」

「何だとっ!?」

男達に動揺が走る。

私だって同じだ。自動人形は元々夜の一族を護衛する為に失われた技術で作られたって前にお姉ちゃんが言ってた。夜の一族を守るくらいだから当然、普通の人と比べ物にならないくらい強い。身体能力なんて夜の一族と同等かそれ以上ものも存在するって。

なのに、ソルくんは今何て言った? 階段諸共四体纏めて消し飛ばした?

ソルくんが?

さっきの爆発音と揺れってその時の?

一体どうやって?

「き、貴様のような下等種族のガキがあの自動人形を四体も倒したというのか!?」

「ふざけるな!!」

「何を馬鹿なことを」

ソルくんは唐突に立ち止まる。

「御託ばっかでうるせぇな、焼くぞ」

「「「っ!!」」」

手にした剣の柄から炎が噴き出し、ソルくんが男達に向かって猛然と突進した。その速度は人間とは思えない、夜の一族に迫るものだった。

三人の男は驚きながらも回避に移る。一人は右に、二人は左に。

次の瞬間、私の眼の前で炎を纏った剣が振り下ろされ破砕音が鼓膜を叩く。

思わず眼を瞑る。

恐る恐る眼を開けると、半径一メートル程の穴が開いていて、下の階が見えていた。

その破壊力に生唾を飲んでしまう。

「よし、すずか確保」

私を包むように緑色の半球状のバリアのようなものが現れる。

「え? な、何これ? ソ、ソルくん?」

「アリサはとっくに助けた。次はお前の番だ。そこでじっとしてろ、すぐ終いにする」

混乱する私に背を向け、完全に警戒態勢に入った三人の男に向き直る。

「貴様、今の動きとその破壊力、人間とは思えん。まさか同族か!?」

「勝手に俺をてめぇらノミの仲間にしてんじゃねぇ」

「なっ!! 我々がノミだと!?」

「違うのか? 人間に噛み付いて血を吸うんだろ? やってることは同じじゃねぇか」

挑発的な態度に男達が激昂する。

「ふ、ふ、ふざけるな!! 我ら夜の一族が虫ケラと同じ扱いだと!?」

「貴様が誰であろうと知ったことか!!! 殺す!! 殺してやるぞ、小僧!!!」

「死ね!!!」

三人の内の一人が爪を振りかざしてソルくんに襲い掛かる。

「フン」

ソルくんは低い姿勢で攻撃を掻い潜り踏み込むと、剣を持ってない方の手で男の腹にボディブローを叩き込んだ。

骨が何本も同時に砕けるような音がして、男の身体がボールのように吹き飛び、投げ捨てられたゴミのように転がった。

ピクピクと痙攣して、動かなくなる。

「こんなもんか、夜の一族ってのは? 大したこと無ぇな」

期待外れだ、とつまらなそうに溜息を吐き、倒れた男に近付き背中に足を乗せ、そのまま体重を掛ける。

硬い物が砕ける音が数秒続き、その音が柔らかい物が潰れる音に変わるとようやく足をどける。

「いい、い、一体何者だ!?」

「てめぇで考えろ」

素早い踏み込みでソルくんは自分を問う男に接近すると、炎の剣を振り下ろす。

男は反応出来ずに肩口から脇腹にかけて斬り裂かれた。

「ぐぁぁぁぁ!!」

血は出ない。その代わり傷口が真っ黒に炭化していた。

その男の首を掴み、

「やる気無ぇのか?」

爆発音と共に男の身体が一瞬で火達磨になり、粗雑に投げ捨てられる。

「てめぇで最後だ」

「ひぃぃっ!!」

男が悲鳴を上げた。

「な、何なんだその”力”は!? 人間とは思えんぞ!!!」

震えながら後ずさる。夜の一族の男ですら、ソルくんの異常な強さに怯えている。

「ま、待て、お互い人を超えた者同士、話せば分かる筈だ!! さっき言った下等種族というのは撤回する!! だから許してくれ!!! 頼む!!!」

構わず歩いて近付くソルくん。

「く、来るな、助けてくれ!!」

命乞いを無視して、ソルくんは踏み込んだ。



「御託は―――」



炎を纏った右拳、右ボディーブローが男の腹にめり込み、身体が浮き上がる。



「要らねぇっ!!!」



剣を持ったままの左拳、左ストレートが叩きつけられ巨大な炎が発生し、男の身体は竜巻に呑み込まれた木の葉のように吹き飛ばされる。

男の身体は火達磨になって飛び、床に何度もバウンドしてから壁に激突し、ピクリとも動かなくなる。

苛立たしげにソルくんは剣を床に投げるように突き刺して呟いた。

「退屈させやがる」

私は今見た光景が信じられなかった。

夜の一族三人をあっさり倒してしまった。しかもほとんど一撃で。まるで相手にもならないとでも言うように。

ソルくんが私に振り返り、ゆっくりと近付いてくる。

呆然として私は動けない。

ヘッドギアを外しポケットに仕舞う。

「忍達がもうすぐ此処に来る」

私を包んでいた緑のバリアが消え失せる。

手を伸ばせば届く距離になって、ソルくんは片膝をついて私と視線を合わせた。

その眼は、先程までの怖かった鋭い眼ではなく、何時もの優しい面倒臭がり屋のソルくんの眼だった。

「安心しろ。すぐに家に帰れる」

そう言って撫でられると、私はソルくんの手の暖かさに安堵して意識を失った。



SIDE OUT










ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ。

月村邸に釘をかなづちで打ち据える音が鳴り響く。

「面倒臭ぇ」

「つべこべ言うな。手伝ってやるだけありがたいと思え」

ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ。

「帰っていいか?」

「ダメに決まってるだろ」

ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ。

「クソが」

「お前が悪いんだろうが!!!」

いい加減頭に来たらしい恭也が咆哮した。

現在俺と恭也の二人は、先程法力を使って炭化させた部屋の床部分を修繕、もとい応急処置を施してたりする。

ちなみに、すずかを助け出してから二時間は経っている。

すずかは俺が助けた時点で気絶して、アリサはすずかの無事な姿を確認した途端に緊張の糸が切れたのか気絶した。

今は二人仲良く月村邸のベッドの中だ。

主犯格の三人の夜の一族は、辛うじて生かしておいたので月村家お達しの病院に搬送された。後でどう処分されるのかなんて興味は無いが、出来ればあの時灰にしてやりたかった。

四体の自動人形は俺が欠片も残さず消し炭にした。

十人の人間は結構有名な誘拐犯グループだったようで、何故かバニングス家が引き取っていった。

今回の誘拐事件は表沙汰にならず、内々に処理されるらしい。

ま、警察が出てきて事情聴取やらなんやら要求されても鬱陶しいだけだから別にそれで構わない。

事件が無事解決し、さて帰ろうと思っていたら忍に捕まり、床を直せと言われて今に至る。

さすがにやり過ぎたという負い目があったので、渋々従うことにした。

「お前の魔法でなんとか出来ないのか?」

「んなこと出来たら死人が蘇るな」

一度加熱処理されたタンパク質をいくら冷やしても元に戻らないのと理屈は一緒だ。

俺が使う法力は物質に刺激を与えて様々な変化を促すことは出来ても、灰や炭を元にすることなど出来ない。

出来るとしたら、炭を錬金術でダイヤモンドに変換するくらいか。しかし、錬金術の時点で法力というカテゴリーから外れる。法力と錬金術は似て非なる技術だ。

法力も、なのは達の魔法も便利ではあるが、万能ではない。

結果に至るまでの過程と面倒な手段をすっ飛ばしているに過ぎない。

あくまで技術。出来ることには限界が存在する。

それが”魔法”だ。

「お疲れ様、どう? 進んでる?」

忍が入室して来る。

「見りゃ分かんだろ。炭化した部分を剥ぎ取り終わって、今やっと木の板叩きつけてるとこだ」

「二人は?」

「まだ寝てるわ。外傷は無かったから、きっと精神的に疲れただけだと思う」

恭也の質問に忍が安心しろと言う風に答える。それに恭也は安堵の溜息を吐いた。

「ところでソルくん。聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「後にしろ。面倒臭ぇ」

釘にかなづちを振り下ろす。

「それ、もうやんなくていいから」

「………そういうことは早く言え」

俺はかなづちを放り捨てて、忍に向き直った。

「ソルくんは………何者なの?」

やっぱりそういう質問か。ま、今更冷静になって考えてみればこうなるか。確かに自分達より遥かに”力”がある奴がすぐ傍に居るんだからな。こいつら夜の一族にとって俺はあまりにイレギュラーな存在だろう。

「さっき見せてもらった魔法、私を格下呼ばわりしたこと、夜の一族を圧倒する戦闘能力、千年単位で生きてるっていう吸血鬼と喧嘩仲間だったていう話。どれもこれも異常だよ」

「普通はそうだろうな」

「教えて、貴方は一体何者なの?」

「………」

さて、どうする?

此処で「お前らと似たようなものだ」と答えるのは簡単だが、俺は自分が生体兵器『ギア』であると言うつもりは更々無い。

変な仲間意識を持たれても別に困る訳じゃ無いが、なんかな。それは少し違う気がする。

段々どう答えようか考えることすら面倒になってきた。

もう、これでいい。

「俺の名はソル=バッドガイ。高町家の次男で、なのは達の兄だ。ついでに、魔法使いでもある………それだけだ」

「それは知ってるよ。私が聞きたいのは―――」

「忍、もうよせ」

恭也が俺に問い詰めようと迫る忍の肩を掴んで動きを止める。

「でも、恭也」

「お前が夜の一族であることを秘密にしておきたいように、ソルにだって誰にも言えないような秘密がある」

「………」

忍は俯いて恭也の話を聞いている。

「確かにソルは非常識だし、人の話は碌に聞かないし、特に俺の言うことなんて全く聞かないし、何時もぶっきらぼうな態度と口調でおまけに面倒臭がりで無愛想で生意気だ」

喧嘩売ってんのかこいつ?

「とんでもない魔法は使えるし、夜の一族なんて比べ物にならないくらい強い。だが、ソルはソルだ。俺の大切な家族だ」

家族、という言葉に忍ははっと顔を上げる。

「ソルと何年も一緒に暮らしてるが、俺は未だにソルのことを知らない。だが、俺は別にそれで良いと思う。話したくないことを無理に話させることは無い」

「………」

「ソルが俺を兄貴と呼んでくれるように、俺もソルを弟だと思ってる。俺はそれでいい。俺だけじゃない、きっと高町家に住む全員がそう思ってる筈だ」

だから、と忍の両肩を掴んで真正面から見つめた。

「俺の弟をあまり困らせないでくれ」

恭也は真摯な眼で訴えた。

「………うん。分かった」

忍がその言葉にゆっくりと頷いた。

とりあえず難を逃れたか。俺は内心で恭也に感謝しておいた。

忍が恭也から離れ俺の真正面に立ち、頭を下げた。

「ごめんね、ソルくん。私、ついさっきまで貴方のことを自分に向けられたら嫌な眼で見てた」

「………そうか」

「私、馬鹿だよね。自分だって化け物扱いされるのが嫌なのに、ソルくんのこと化け物扱いしてた。すずかのこと、助けてもらった癖に」

「もういい」

「許してくれる?」

少し顔を上げて上目遣いに見つめてくる。

俺は溜息を吐いた。

「許すも許さないも無ぇ。生き物が自分より”力”がある奴に恐怖を覚えんのは当たり前だろうが。んなこといちいち気にしてんじゃねぇ」

「ありがとう」

「ちっ」

舌打ちして、俺は歩き出す。

「お、おいソル。何処行くつもりだ?」

「帰る。もう此処に用は無ぇ」

その時、ガチャッとドアが開いた。

「ソルくん………」

「………ソル」

ドアの向こうには、またもや面倒なことになりそうなアリサとすずかが居た。










SIDE 恭也



「どういうことか説明しなさいよ」

どういうこと、とは一体何を指しているのだろうか? ソルの魔法のことか、魔法使いであることを今まで黙っていたことか。

アリサちゃんがズンズンと足を踏み鳴らしてソルの前に仁王立ちすると、腰に手を当てて問い詰めた。

「ちっ、面倒臭ぇ。兄貴」

心底面倒そうに溜息を吐くと、俺を呼んだ。

「何だ?」

あの眼は面倒事を他人に押し付ける時にする眼だ。最近ではよくユーノに向けられる視線の類だ。

「後は任せた」

「………面倒臭いと思ったことを片っ端から人に押し付けるのは、お前の悪い癖だぞ」

するりとアリサちゃんの横を抜けるとそのまま通り過ぎようとする。

「待ちなさいよ!!」

しかし、アリサちゃんはソルの逃亡を許さず、シャツの端を掴んだ。

「恭也さんからアンタのこと、すずか本人からすずかのこと聞いたわ。アンタは魔法使いで、すずかは吸血鬼なんですってね」

「今日の事件のことは忘れろ。悪い夢でも見たと思ってな。そうすりゃ、また明日から何時もの日常が始まる」

「ふざけんじゃないわよ!!!」

突然大声で叫び、怒りの形相でソルを睨む。

「アンタって何時もそう、何時も面倒臭がって話そうとしない、何時もはぐらかして、隠そうとして、なんにも教えてくれない、どうしてよ!?」

ソルの正面に回り込む。

「初めて会った時から今までずっとそうだった。アンタ、自分と他人の間に壁作ってる。一定以上の距離に近付かせない、踏み込ませない。だから近付いてこない、踏み込んでこない。クラスメートは勿論、アタシもすずかも」

それがソルの人との付き合い方、所謂処世術だ。

「でも、なのはだけは違う。なのはだけはアンタの壁の内側に居る。なのはだけじゃない。恭也さんも美由希さんも士郎さんも桃子さんも………今までは家族だからって納得してた。だけど、最近になって納得出来なくなった。フェイトとユーノとアルフ、あの三人はアタシとすずかが入れなかった壁の内側に居る。どういうことよ!?」

今挙げられた名前は、ソルが家族と認めた人物。ソルにとって、恐らく最も優先すべき存在。

「なんでいきなり出てきた人間がそこに入ってるのよ!? 親戚だとか嘘まで吐いて!!!」

今まで溜め込んできたソルに対する不満をぶち撒ける。

「調べたのか?」

「調べるまでもないじゃない、あんな嘘、聞かれたくないことがあるから吐いた嘘だって分かるわよ!! そのくらい空気読めるわよ!!」

嘘、か。ソルのことだからきっとその場で思いついたテキトーなことを言ったんだろう。アリサちゃんの性格を考慮して意識を誘導させるような内容の。

「どうしてアタシ達は壁の中に入れないの!? 三人はあっさり入れたのに。魔法が関わってるからって言うの!?」

「お前が知る必要は無ぇ」

「またそうやってはぐらかす!!」

なんとなくだが、俺はソルの気持ちが分かる。

ソルが父さんの怪我を治した時、あいつはなのはに魔法の才能があると言った。だが、同時に魔法を教えるつもりは無いとも言った。

普通が良い、普通が一番だ。あの時のソルはそんな言葉を口にした。

普通じゃないものに関わることによって、普通ではなくなってしまう。ソルはなのはがそうなることを何よりも恐れていたと俺は思う。

だから、ユーノによってなのはが魔法に眼覚めた時、烈火の如く怒ったのだ。

その点から考えると、今回の件でアリサちゃんは普通の世界から”普通じゃない世界”を垣間見てしまった。だが、忍やすずかちゃんのよう生まれる前からその世界に生きることを宿命づけられた訳でも、なのはのように”力”を手にした訳でも無い。

まだ、戻れる。取り返しが利く。

ソルの態度はつまりそういうことだ。

しかし、そんな態度が何時までも通用するアリサちゃんだとは思わない。

「何がいけないのよ………私はアンタが魔法使いだろうと、すずかが吸血鬼だろうと関係無いわよ。ソルはソルで、すずかはすずかじゃない。私の大切な友達じゃない………」

アリサちゃんはソルのシャツに顔を埋めると、啜り泣き始めた。

「友達のことを知ろうとすることはいけないことなの? 私はアンタのことが知りたいのよ………それとも、アンタにとってアタシは友達じゃないの? だったらアタシは、アンタにとって何なのよ?」

泣きながら、それでも答えを聞くまでは決して離すまいとソルの身体にしがみつく。

「私もソルくんのこと、もっと知りたいし………ソルくんにも私のこと、知ってもらいたいな。そうしたら、私達はもっと仲良くなれるよね?」

すずかちゃんが傍に立ち、逃がさないと言わんばかりにソルの手を握る。

ソルが苦虫を噛み潰したような顔で、助けを求めるように俺を見る。

俺は何も言わずに首を振った。

遅かれ早かれ、いつかはこうなっていたのかもしれない。

ソルとなのは達の魔法のこと、忍とすずかちゃんの一族のこと、それをお互いに打ち明ける時期が早く来ただけ。

「ちっ」

舌打ち一つして、ソルは「二、三日待て」とだけ二人に伝えた。



SIDE OUT










家に帰り、俺は法力を使って二人を助けたことに少し後悔していた。

今思えば、法力を二人の前で使わなくても純粋な身体能力だけで何とかなったかもしれない。が、法力の使用が二人を助け出す上で最善の手であったのは確かだし、俺も頭に来ていたのでそこまで気が回らなかった。

突入寸前まで廃ビルの様子をサーチャーで探った時に聞こえた人間十人の会話。アリサを取り囲みながらすずかのことを嘲笑していた光景。

せめてあれさえ無ければ。

突入の一発目だけ法力を使って、その後は全て素手で片付ければ「ガソリンを撒いた」とか誤魔化せたかもしれない。



―――言い訳以外の何物でもねぇな。



就寝前に、なのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人に、アリサとすずかの誘拐事件を話した。

夜の一族云々は省いた。それをこいつらに伝えるのは俺じゃない。

皆一様に驚いていた。自分達が知らない間にそんな事件が起きていたことに、誘拐犯から助ける為に二人の眼の前で俺が法力を使ってしまったことに。

その後四人に怒られた。何故その時に自分達にも手伝うように言わなかったのか、恭也が居たとはいえ危険だ、と。

一応、犯罪者相手の賞金稼ぎを生業として生きていた経験があったので問題は特に無かったと反論はしておいた。

四人共、納得いったようないかないような顔をしたが大人しく引き下がってくれた。

それから、俺達全員の魔法関連のことをアリサとすずかに教えるかどうか聞く。

考えるような仕草をしてから、全員が揃って了承した。

決まりだった。










後日。

まず、俺が法力使いであること、なのはとフェイトとユーノが魔導師であること、アルフがフェイトの使い魔であることをざっと言い、その後に細かい説明を加える。その後にどうしてなのはを除いた全員が高町家に居候することになったのか説明した。

アリサとすずかは五人全員が魔法を使えることに驚いていたが、割とすぐに納得した。

次に、すずかが自分の一族のことを打ち明けた。

吸血鬼という話を聞いて今度は俺を除く高町家勢が驚愕していたが、別にそんなことは関係無いから今まで通り友達でいよう、とすずかの手を握るなのはに誰もが賛同した。

その時に、フェイトが自分はアリシアのクローンであることを告げて、俺がフェイトに以前言った”在り方”を自慢げに語っていた。

すずかがそれに感動し、泣き始めた。

こうして、俺達は秘密を共有し、以前よりも親密になった。










だが。










俺は自分が生体兵器『ギア』であることを言わなかった。

元の姿のことも言わなかったし、それを後でなのは達に言及されることも無かった。

実年齢が二百を越えることも言わなかった。

他の皆は全員自分の全てを曝け出したっていうのに。

(卑怯者だな、俺は)

自嘲する。

そもそも、元の姿以外は誰にも言っていないし、知らない。

もし言ったとしても、あいつらなら気にしないだろう。



―――”今”の状態の俺であれば。



今のこの身体はギア細胞制御装置が無くても人間の姿を維持出来る便利な身体だ。

何故、俺の身体がこの世界に来たことによって若返り、俺にとって都合の良い条件を揃えているのかは不明だ。

しかし、俺のギアとしての”力”は存在を主張している。

だから、この世界に来てから一度も確認していなくても、分かる。

完全に解放すれば当然”あの姿”になる、と。

それを見ても尚、なのは達は今まで通り俺に接してくれるだろうか?

答えは否だ。

もし”あの姿”を晒せば、俺は此処に居られなくなる。

それは俺にとって恐怖でしかなかった。

それ程までに、俺は今の生活が気に入っていた。

化け物呼ばわりされるのは慣れている筈だった。

今更になって、俺はあの夫婦の苦悩を本当の意味で理解したのだった。

アリサは俺が壁を作っていると言った。

それは正解だが、アリサは一つ勘違いしている。

壁の内側には、誰も居ない。

(誰にも越えられない壁があるんだよ。俺とお前達の間には)











































後書き

魔法に関しての暴露話、しかしなんか最後がちょっと鬱っぽくなりました。

前回のジョジョネタが不評過ぎるwwww

ジョセフじゃなくて承太郎の台詞持ってきたんですけどね(言ってる意味一緒ですけど)性格も似てたし ←見苦しい言い訳

私の脳内では、ソルは面倒なことに対して、”やらなければいけないこと”はなんだかんだ言いつつやりますが、”やらなくていいこと”には全力で逃げるんじゃないかと思ってます。

ついでに、他人に押し付けられるのなら全力で押し付けるんじゃないかと。

なんかダメな学生みたいだな………

今回のソルは、何時ものお父さん&お兄ちゃんモードから修羅モードになってます。

当然敵には容赦無し。非殺傷設定ですが、”中途半端”に非殺傷ですので死なないけど怪我はするし一生ものの障害が身体に残ります。そこら辺の力加減は絶妙です。

本人としては皆殺しにしたかった筈です。初代だといきなり賞金首の首掻っ斬るような人ですから。

でも戦闘描写があっさりし過ぎてるorz 脳内設定&公式設定=一撃必殺(ゲーム仕様は除外)=数行で終わる。

ぶっちゃけ他のキャラの方が戦闘シーン書き易い………





以下、予告的な何か?



次回はGG世界のタイムスリッパーの話を書こうかな~と思ってるんですけど、実際どうなんでしょうね?

以前感想版であった、今のソルの姿と環境を見て「うはw」と笑われるシーン書いてみたいなと思って。

皆さんの意見をお待ちしてます。


次々回はユーノが里帰りするのを皆と旅行気分でついていく話でも書こうと思ってます。


その次にリクエストにあった、なのフェイ二人のデート話。


↑が書き終わったらいよいよA`s編に突入しようかと思います。



[8608] 背徳の炎とその日常 3 Make Oneself 前編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/07/21 15:43

「よし、今日はここまでだ」

俺がそう言うと、なのは達はぐったりとへたり込んだ。

夏休みに入ってしばらく経った七月の末の木曜日。

時刻は午前七時前。

照りつける日差しは夏の朝らしく眩しい。青い空が今日も暑くなると予告する。

場所は数年前から俺が使っている人気の無い森の奥にある、ぽっかりと空いた広場のような場所。

何をしていたのかというと、魔法の訓練だ。

元々週三で俺が一人で法力を鍛えていたところ、なのは達が参加したいと言い始めたので付き合ってやることにした。

基本的には模擬戦なのだが、雨天や俺の気分によっては座学に切り替わったりする。

座学はどんなことをするのかというと、より効率良く魔法を運用するにはどうすればいいのかとか、苦手な魔法を克服しようとか、得意分野を伸ばそうとか、新しい魔法を創作してみようとか。そんなんばっかりだったりする。

ちなみに法力は教えていない。四人共(特にユーノが)教えて欲しそうにしてるが、こいつらが法力を覚えようとしたら、どんなに才能があっても実戦レベルで使いこなせるようになるまで数年はかかる。

理由の一つに、法力と魔法の理論の違いがある。

法力は”バックヤード”と呼ばれる仮想空間・情報世界を媒介として現実世界に”事象”を顕現させる技術。魔法は極めて高度な科学の延長線上に存在するシステムを応用した技術。

基礎理論の時点で内容が全く異なる。

そして、法力の基礎理論は魔法のそれと比べると遥かに難解だ。

魔法が眼の前に存在するパソコンを使うことだとしたら、法力はなんかよく分からん異世界に一時的にアクセスすることだからな。

どちらが難しいかは比べるまでも無い。

魔法を感覚で組み上げるなのはは論外だが、ちゃんとした魔法の教育を受けたフェイトとユーノですら法力の基礎理論を理解出来なかった。

二人共、意味不明な言葉を聞かされたような気分だったらしい。

魔法を知ってるからこそ法力が理解し難い物なんだろうが、この時点で既にスタートラインにすら立てていない。

ま、理解出来たとしてもすぐに使える訳じゃないが。

そんなんだったら今の自分に慣れ親しんだ魔法をしっかり使いこなせるように時間を費やした方が遥かに有意義なので、断っている。

法力と魔法は全くの別物だが、似たような結果をもたらすことは十分可能だ。

そこまで必死になって覚える必要は無いと思うが、なまじ俺の法力と魔法を組み合わせた”力”を知っている所為か、皆教えてくれとしつこい。

そして何時の間にか、模擬戦で俺から一本取れたら俺に何でも一つだけ言うことを聞かせられるということになった。

アースラでもこんなことあったな。

つーことで、週に何度も模擬戦するハメになっていた。

俺と戦うと覚悟した上で実戦を想定した訓練をするのだから、一切容赦してやらない。一対一だろうが一対四だろうが毎回ボコボコにしてやっている。

それでもめげずに毎回挑んでくるんだから、こいつらマジで良い根性してやがる。

んで、今日もその模擬戦を終えて朝の訓練は終了となった。

「汗を拭いて水分摂れ」

疲れ切って動こうとしない四人に、スポーツドリンクが入ったペットボトルとタオルと渡す。

一度の模擬戦を十五分間とし、その後に三分の休憩を挟む。俺が四人に課す訓練法だった。

この時間は人間の集中力の限界時間の問題の所為だ。魔導師は五感に加えて魔力の制御と術式の構築、戦闘的思考、他者との連携、相手の動きやその他諸々を頭の中に叩き込んだ状態で更に脳をフル稼働していなければならない。

どんな人間でも最初から最後まで全力全開で戦って持つ時間はせいぜい十分から二十分。

それ以上続ければ何処かに必ずガタが来る。訓練の場合は能率が悪くなる。

それが人間の限界だ。

だから、無理しない程度に限界ギリギリまで全力を持って戦わせて、休憩を挟んでまた戦って、といった繰り返しを時間切れになるまで続けさせている。

この方が効率良い。限界時間は今後、こいつらの成長に合わせて少しずつ増やしていくつもりだ。

それに、休憩を挟むことによって水分補給をさせられる。

小まめに水分は摂らせているが、暑くなってくると嫌でも発汗量が増えてくる。それに、こいつらは夢中になるとぶっ倒れるまで魔法を発動させながら襲い掛かってくるので、ちゃんと休憩を挟まないと糸が切れた人形のように突然倒れる時がある。

初めの頃は俺に合わせていた所為で、四人共水分補給を全くしてなかったので眼の前で全員が揃って脱水症状を起こしたのには肝が冷えた。

アースラでの模擬戦では無理やり気絶させて終わらせてたから分からなかったが、こいつらは意識がある限り戦い続ける無理無茶大好き人間共だ。

四人揃ってぶっ倒れてからようやくそのことに気付いた俺は、次の日から訓練方法を変更した。

そんな無茶しないで自己管理くらいしっかりして欲しいものだ。

「五分休んだら帰るぞ」

俺はそう言うと、自分もスポーツドリンクを飲む。

失った水分をちびちび補給していると、此処から少し離れた場所で空間が僅かに、本当にごく僅かに歪む感覚を認知した。

(………ジュエルシード? いや、二十一個の内九個は俺が消し炭にした。残りは時空管理局が持っていった。あの石じゃねぇ筈だ………)

まだ別に存在していたのか?

それともジュエルシードとは似た全く違う物か?

どっちにしろ放って置けない。

面倒臭いが、一応確かめに行くか。

「ちっ」

俺は立ち上がり空間歪曲が感じる方向へ歩き出す。

「ソル?」

「此処で待ってろ。すぐに戻る」

顔を上げたユーノに一言言って森の中へと入って行った。





丁度四人から死角になるような木々の奥、その場所に、それはあった。

直径ニメートル程度の虚空に浮かんだ黒い穴。

ジュエルシードの次元震と比べたら空間歪曲の規模は極小だろう。

何故こんなものが今此処に存在しているのか理由は不明だが、この時空の穴は百害あって一利無し。

早々に消えてもらう。

右の拳に魔力を込め、術式を構築して展開、式に魔力を流し、術式を完成させる。

「タイラン―――」

「のわああああああああ」

「―――レイ!? ああン?」

今まさに一発ブチ込もうとしたその瞬間、暗い穴の中から声がした。

それは何処かで聞いたことのある男の声だった。

(………まさか)

もしこの穴が空間の歪みではなく、因果律干渉によって出来た穴だとしたら?

記憶を穿り返してみれば、この穴は何度か見たことがある。因果律干渉体が時間跳躍する時に通る”ゲート”だ。

「どわああああああ!!!」

段々声が近付いてきた。

「やれやれだぜ」

深い溜息を吐くと、俺は穴の前からどいた。

「ふぐええぇぇぇ」

すると、それを待っていたかのように、噛み終わったガムのようにペッと穴から吐き出された人物がズザザザァーっと地面にヘッドスライディングをかました。

(………そのまさか、か)

見たことある金髪の長髪を赤いバンダナで縛り、イギリスの国旗をデザインしたようなシャツの上にジージャンを着て、ジーパンを穿いている姿。

「あイテテテー………今度は何処の時代よ?」

そう言って立ち上がると、黒い穴―――ゲート―――は既に消え失せていた。

ソイツは自分の周囲を見渡して、すぐ近くに居た俺と眼が合う。

「………あれ? キミどっかで会ったことある? 知り合いにすんげ~似てるんだけど」

(どうする? 他人の振りしておくか? 今の俺の姿ならこいつは気が付かない筈だ。しかし、知らん仲でもないし、だが、この姿が俺だと知られるとこいつのことだから色々と面倒なことになる)

出来ることならこのまま何も知られずに帰ってもらいたい。もし知れたら絶対に後で笑いのネタにされるに決まってる。

だが、

「ソル!! 魔力反応があったけど何かあったの!?」

フェイトが自慢のスピードを駆使して飛び込んでくる。

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

続いてなのはがすっ飛んできた。

「ソル、トラブルかい!?」

「どうしたの、ソル?」

更にアルフとユーノまで現れた。

「………ソル? ってことはまさか!!!」

訝しげな顔で男が俺のことをジロジロ見た後、ついに真実に気が付いてしまったのか俺を指差してワナワナ震え始めた。

(終わった………色々と)

「ソル、何この人?」

「お兄ちゃんの知り合い?」

「誰だい、アンタ?」

「さっき居なくなったのってこの人が原因?」

警戒態勢に入る四人。なのはとフェイトはデバイスをそれぞれ槍と鎌にし、アルフとユーノは男に拳を構える。

そんなことには構わず男は俺達全員に疑問をぶつけてきた。

「ソルって、まさかソル=バッドガイって名前だったりしちゃう!? その眼つき悪い感じの仏頂面、額のヘッドギア、ソルの旦那にそっくりだ!! あ、もしかして旦那の子どもとかだったりする!?」

完璧にバレてる。

額のヘッドギアも原因か。訓練が終わったばっかだから外すの忘れてた。

とっとと穴塞げば良かった。

「お兄ちゃんのこと知ってるんですか!?」

「そういう貴方は誰なんですか?」

男が俺の名前を知っていることになのはが驚き、フェイトが更に警戒心を強める。

「俺? 俺様の名前はアクセル。アクセル=ロウってもんだ。しがない時の旅人さ。覚えときな、お嬢ちゃん達~」

「何が旅人だ。んな良いもんじゃねぇだろ」

俺は観念するとなのは達の前に進み出た。

「しばらくだな。アクセル」

「その口調と態度………まさか、ほ、本当にソルの旦那? 嘘っ!! なんでこんなに小さくなってんの!? 旦那って俺っちより背ぇ高くなかったっけ?」

アクセルは眼を白黒させると、俺の身体を上から下までジロジロ見る。

「………説明するのも面倒臭ぇ、色々あったんだよ」

「お兄ちゃん、この人誰なの?」

なのはがシャツの裾を引っ張りながら聞いてくる。

他の皆も疑問の視線を向けてくる。

「うは、ソルの旦那がお兄ちゃんだって!? 旦那がお兄ちゃんとか、似合わない!! ブフ、ダメだ、笑いが堪え切れない、だって旦那ってそんなキャラじゃないし、しかもガキんちょみたいに小さくなって、く、くく、くははははははは!!」

「………ガンフレイム!!」

「熱っ、あづづあぁぁぁぁ!?」

火達磨になって転げ回る馬鹿を尻目に、俺は深々と溜息を吐いた。

「ただの腐れ縁だ」










背徳の炎とその日常 3 Make Oneself 前編










「ごちそうさんでした~。ふぃ~、久しぶりに美味いもん食った~。今まで食った料理の中で一、二を争うくらい美味かった!!」

とりあえずアクセルを連れて帰ってきてしまったら、桃子が「ソルのお友達なんだからお持て成ししないと。良かったら朝ご飯、ご一緒しませんか?」とお人好しを発言した。

「もう、アクセルさんったら上手なんだから」

「美人が作ってくれる料理は、作る人がそうであるように全て美味と決まっているんですよ。桃子さん」

「まあ、こんなおばさん捕まえて~」

馬鹿が桃子の手を取り口説き始めた。それを見た士郎の眉間が歪み、殺気を放ち始めたので止めに入る。

「いやいや、貴方はまだ若い。どうすか? 俺で良けれヴァアッ」

横から右ストレートを叩き込んで、床に転がす。

士郎がよくやったとサムズアップしてきたので、俺は気にするなと手をヒラヒラさせた。

「ひどっ! いきなり何すんのさ旦那!?」

「馬鹿かてめぇは? なんで人ん家来てまでナンパしてんだ? しかも既婚者」

「人妻ってところが燃えるんじゃん!」

「燃えたいのか? だったら灰になるまで燃やしてやろうか?」

「………そいつは勘弁して」

しょんぼり項垂れたのを確認すると、俺は額に手を当てて頭痛を堪えた。

やっぱり連れて来るんじゃなかったか。こいつが好色だってのは分かってたし、こうなることは眼に見えてた。思いっきり失敗した。

「アクセルさんって、ソルのお友達なんですよね?」

美由希が興味津々といった感じに聞いている。

「そうよ美由希ちゃん。旦那と俺っちはダチはダチでもただのダチじゃないのよコレが。マブよマブ、マブダチって奴よ」

「へ~」

「そんなことよりさ、俺と仲良くならない? お兄さん美由希ちゃんみたいな可愛い子ちゅわんなら大歓迎しちゃう!」

「ほう、どういう風に歓迎するんだ? 具体的に聞かせろ」

「………メンゴ、俺と美由希ちゃんは仲良くなれないみたい。残念………」

「ア、アハハハハ」

美由希は乾いた笑いを浮かべるのだった。

「ソルの友人とは思えないタイプの人だな」

恭也が呆れるように呟くが、呆れてんのはこっちも同じだ。そしてその意見には同意する。

こいつは何時何処で会おうと変わらない。

「それより旦那。どうして旦那はそんなに小っこくなったの? 舐めると若返る飴でも食べたの?」

居間に胡坐をかいたアクセルが聞いてくる。

俺はアクセルの正面に片膝をついて座ると口を開こうとした。

「ちょっと待ってください。ソルが”小っこくなった”ってどういうことなんですか?」

突然、美由希が割り込んできた。

しまった。高町家の連中は俺が異世界から来た魔法使いってことは知っていても、本当の外見年齢を知っているのはなのは達ガキ共だけだった。

「アクセル、この話はまた後で―――」

「なに? 皆まさか旦那の本当の姿知らないの? 今は眼つきの悪い子どもだけど、俺っちが知ってる旦那はマジで格好良いんだから」

言い掛けた言葉をかき消され、アクセルはポケットから数枚の写真を取り出すと美由希を始めとした高町家全員に配り始めた。

「なっ!? これが、ソル?」

「まあ~。素敵な人ね」

「!!………」

「嘘!? 滅茶苦茶格好良い!! 何この漢らしい人!?」

恭也が驚愕し、桃子が微笑み、士郎が桃子の言葉で彫像と化し、美由希が俺と写真を見比べる。

「アクセルさん、この写真ください!!」

「………ソル、デバイスが完成したらバリアジャケットはこのデザインにして」

「知ってたけど相変わらず男前だね」

「く、僕だって十年後はこのくらい………」

なのはがアクセルに写真をくれと頼み、フェイトがうっとりとした顔で俺のバリアジャケットのデザインを注文をしてきて、アルフが知ってたと言いつつ写真をガン見し、ユーノが何故か俺を睨んできた。

「何やってんだてめぇは!?」

俺の赤裸々写真をばら撒いた張本人の襟首を掴んで引き寄せる。

「女性陣が見てる写真はまだ旦那が聖騎士団に所属してた時ので、男性陣が見てるのは脱退した後のね」

「誰が写真の解説をしろと言った!? 何時何処でこんなもん撮りやがった!?」

しれっと答えやがって。なんで俺の写真をこいつが持ってんだっ!! カメラが存在しないあの時代にどうやって!?

「今より未来の俺からもらった。どうやって撮ったかまでは教えてくんなかった」

「結局てめぇじゃねぇか!!!」

ストーカーかこいつは。

「それにしてもさすが未来の俺。面白いことになるからって渡された旦那の写真がこんな展開になるなんて………いい仕事してるよホント」

「ふざけてんのか、てめぇ?」

「いいじゃん別に、旦那って写真写り良いんだし」

「そういう問題じゃ無ぇ」

俺と馬鹿の後ろでは「そっちの写真見せてよ」「そっちと交換ね」「この身体、隅々まで鍛え込まれている………」「なのは、もらうんだったらどれが良い?」「私これ、フェイトちゃんは?」「畜生、僕だって大人になれば」「期待しないで待ってるよ」とかなんとか聞こえてくる。

唯一、士郎の声だけが全く聞こえてこなかったが。

とりあえず俺は頭を抱えた。





「………とまあ、こういう訳だ」

俺は馬鹿を含めた家族全員に、この世界に来た時点で身体が謎の若返りを起こし、幼児化した状態で眼を覚ましたことを説明した。

「騙すつもりで黙っていた訳じゃ無ぇんだが………」

話を聞いて、なのは達ガキ共以外は妙に納得していた。「やっぱりな」とか「そんなことだろうと思ってた」とか「子どもらしくなかったもんね~」とか「あれ? そうすると年上?」とかぶつぶつ言ってるのが聞こえる。

「はぁ~ん、旦那ってそんな前から此処に居んのね。大変だったでしょ? 身体縮んじゃって」

何故だ? こいつにだけは「大変」とかそんなこと言われたくない。自分の意思に関係無くタイムスリップする方が絶対に大変だろうが。

「ところで旦那、此処って俺達の知ってる世界とは違うって言ってたけど、どゆこと?」

「文字通りの意味だ。平行世界とか並行世界とか言えば分かるか? 此処は俺達が居た世界とは似て非なる世界なんだよ」

「つまり?」

「お前は時間どころか次元を越えたことになる。俺の時と同様に、理由は不明だがな」

「んげぇ!? どうすんのよ!? ちゃんと帰れんの!?」

隣に座ってたアクセルが立ち上がって喚き始めた。

「喚くな鬱陶しい。未来の自分から俺の写真をもらったなら、お前が過去の自分に写真を渡すことになるだろうが。少しは頭を捻ろ」

「あ、な~るほど。さすが旦那、冴えてる!!」

「………ハァァ」

馬鹿の相手は疲れる。

「あの~、質問いいですか?」

なのはが挙手した。

「はい、高町なのはちゃん!!」

アクセルがズビシッとなのはを指差した。

「さっきからお兄ちゃんと二人で未来の俺とか過去の自分とか言ってますけど、一体何なんですか?」

「ああ、それ? 自己紹介の時に言ったっしょ? 俺はしがない時の旅人だって」

「こいつは因果律干渉体。簡単に言えばタイムスリップする体質なんだよ」

「タイムスリップ?」

「旦那酷いっ!! 俺様の台詞取っちゃうなんて!!」

「うるせぇ」

またもや喚き始めたアクセルを一睨みして黙らせる。もう、こいつには余計なことを喋らせない方が良い。

「タイムスリップって、あの、もしかして」

「お前らが想像してる通りだ。だから、こいつは過去に行けば過去の世界の出来事や人間に、未来に行けば未来の世界の出来事や人間に会えるって訳だ」

此処まで来ると驚きを通り越して感心しているのか、全員がへぇ~とかほぉ~とか言いながらアクセルを珍獣を見る眼でジロジロ無遠慮に見る。

それに対して、「そんな眼で見られると照れるな」とか言いながら顎に手を当てポーズ取ってる馬鹿。お気楽な奴だ。

「だが、こいつはその”力”を自由に制御出来る訳じゃ無ぇ。アクセルの意思に関わらず発動して望んでもない時代に飛ばされることなんてしょっちゅうらしい。つまりは、何時まで経っても自分の住んでた時代に帰れない、ただの迷子だ」

「迷子って旦那。それはさすがに………」

「違うのか?」

「仰る通りです」

迷子の自覚が少なからずあったのか、改めて人に指摘されてアクセルが横でへこんでいる。

「じゃあ、ソルとは何時知り合ったんですか?」

フェイトが挙手しながら聞いてきた。

俺はアクセルと顔を見合わせる。

「何時だ?」

「さぁ? 片方は”初めまして”でも、もう片方は”久しぶり”って場合が色んな人とあり過ぎて忘れちゃった、てへ☆」

「気色悪いから止めろ。まあ、こういうことだ」

「う~ん?」

釈然としてなさそうなフェイト。

「で、お前は何時までこっちに居るつもりだ?」

きっとアクセルにとってはかなり重要なその時代の滞在期間を聞く。

「どうなんだろ? 飛ぶ時は数時間以内に連続で飛んじゃうし、飛ばない時は一週間以上飛ばないからなんとも言えないね」

「その間どうすんだ?」

「え? ………そこは旦那~。俺と旦那の仲じゃない?」

「表出ろ。今すぐ飛ばしてやる」

「ちょちょちょ待った、待って旦那!! 俺さっきこっちに来んのに旦那に手伝ってもらったからヘトヘトなのよ。だからお願い!! 二、三日でいいから旦那ん家泊めて!! お願いします、この通り!!」

慌てたように弁明すると見事な土下座を披露するアクセル。

「俺が相手だったのか?」

「そう、そうそう!! 旦那だって自分の強さ知ってるでしょ!? まあ、旦那が強過ぎる所為で時間どころか世界まで飛び越しちゃった訳だけど」

「ちっ」

なんかこいつがこの世界に来たのは俺の所為にされてる気がするな。

「だいたいこんな面白そうなこと見逃す―――」

「何か言ったか?」

「なんでもありません!!」

俺は今日で何回目になるか分からない溜息を吐く。

「ソル、別に泊めるくらいいいじゃない? 困ってるお友達を助けるのは当たり前よ?」

「………お袋」

「そうだよ。それに、ソルが昔どんな感じだったのか話聞いてみたいし」

「姉貴まで」

この時点で賛成票が二。

「私もお兄ちゃんの昔のお話興味ある!!」

「ソルの写真もらえるんだから、泊めるくらいいいんじゃないかな?」

なのはとフェイトが俺の腕をひっ掴む。

「ソルの知り合いということは法力使いですか!?」

「え? ま、まあね。我流だし大したこと出来ないんけど………」

「是非泊まっていってください!!」

質問にアクセルが答えると、頭を下げてお願いするユーノ。

「………いや、俺マジで大したこと出来ないんだけど」

「アタシは別にどっちでも構わないよ。確かにちょっと節操無しのスケベみたいだけど一応ソルの友人だし、正直ソルの昔話に興味が無いと言ったら嘘になるし」

アルフが俺の肩に手を置いてポンポン叩く。

「親父と兄貴はどうする?」

もう既に確定事項になりかけているが、反対そうな二人に話を振る。

士郎がギロリとアクセルを睨んでから、

「俺個人としては反対したいが、家長としてはアクセルさんを泊めることには賛成だ」

「俺も父さんと同じだ」

意外にもすんなり賛成意見を提示する。

「正気か?」

「今のソルの一言で激しく不安になったぞ」

士郎は苦い顔をした。

「ただ、アルフが言ったように俺達が会う前のソルの話を聞かせてもらえるのは魅力的だ」

どうやら俺の昔話をアクセルから聞くのは決定されてるらしい。

「だから条件をつけよう。アクセルさんがウチに泊まることを認めるが、我が家の女性陣には一切手を出さない。これを約束してくれれば泊まっても構わない」

どうかな? とアクセルに目配せする。

「旦那の家族に手なんか出したら命がいくつあっても足りゃぁしない。その条件、呑ませてもらうよ」

………さっきの自分に今の台詞を聞かせてやれ。

「安心しろ親父。そんな気配があったら問答無用で灰にしてやる」

「良し、そういうことでアクセルさん。短い間だがよろしく頼む」

士郎が手を差し出し、それをアクセルはがっちり握った。

「へへ、世話になります。よろしくねん、士郎さん。皆もよろしく!! 旦那の話、後で一杯聞かせてあげるよ!!!」

拍手喝采。なのはとフェイトが手を取り合って小躍りし、ユーノが秘かにガッツポーズを取り、アルフと桃子と美由希がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ、恭也は普通だった。

俺は不安になりつつも、家族の決定に逆らわなかった。





話が纏まったそのすぐ後、俺はアクセルを道場の裏に引き摺って来た。

二人っきりで話すことがあったからだ。

「何よ旦那、こんな所に連れて来て? 此処暑いから早く家ん中入ろ?」

「てめぇに言っておくことがある」

「何よ?」

「俺の話をあいつらにするのは構わねぇ………だが」

「だが?」

襟首を掴んで引き寄せる。

「ギアと聖戦に関しては一切喋るんじゃねぇ」

「それまたどうして?」

疑問符を浮かべるアクセルに少し苛立ちながら説明してやる。

「ギアと聖戦の話は、話す方も聞く方も気分が悪くなるだろうが。そもそも生体兵器と百年近く続いた戦争の話を、そんなヘヴィな話をガキ共に聞かせてどうするつもりだ?」

「あ」

やっと気が付いたかこの馬鹿。

「それに、俺がもしギアだってことが知れたら、此処にはもう居られねぇ。ギアがどんな眼で人間から見られるか、お前なら知ってるだろ」

「………旦那、メンゴ。俺、ちょっと調子に乗ってたみたい」

バツが悪そうな表情のアクセルが謝罪してくる。

「分かればいい」

手を放すと、母屋に踵を返す。アクセルに背を向けたまま口を開く。

「お前が此処に居る間は俺が出来る限りのことはしてやる………ただし」

「分かってるって。旦那にとって不利になるようなことは絶対に言わないって誓うからさ」

「ならいい」

俺はそのまま母屋へ歩き出した。










SIDE アクセル



立ち去る旦那の後姿を見つつ、俺はポリポリ頭をかいた。

「あの一匹狼の旦那に家族ね~」

旦那の生い立ちや性格からすると考えられないけど、俺の知らない間に旦那の中で何かあったのかもしれない。

何より、今の旦那は幸せそうだ。

俺が知ってる旦那はもっとギラついてたし、俺の面倒なんて考慮するような人じゃなかった。「知るか」と言って捨て置く筈だ。

それがこうもあっさり「出来る限りのことはしてやる」だなんて。何時からこんな良い人になったのよ?

「旦那の為にも、少しは自重しますか」

さすがに色んな時代で世話になった旦那に、旦那の知られたくない過去を皆に話すような野暮なことはしない。テキトーに誤魔化す必要があるな。

「でも、旦那のこんな姿を見る日が来るなんて、今日の俺ってつ・い・て・る♪」

これからの数日間が想像すると、ワクワクが抑え切れない俺様であった。





母屋に戻ると、なのはちゃんがトコトコ俺の前にやって来た。

「あの、これからお兄ちゃん達と一緒に友達のお家に遊びに行くんですけど、ご一緒しませんか?」

「俺みたいなの突然ついてっても邪魔じゃない?」

「大丈夫です、アクセルさん面白いし。それに、その友達も私達が魔法を使えること知ってるんです。だから、お兄ちゃんのお友達のアクセルさんが行っても迷惑にはならないと思います」

「なるほど。そんじゃぁお言葉に甘えちゃおうっかな~。旦那の写真まだあるし」

ポケットから取り出し扇状に写真を広げると、なのはちゃんは眼を輝かせた。

「それと、友達のお家でお兄ちゃんの話を聞かせてくれると嬉しいんですけど」

「オーケーオーケー、旦那のことは話せる範囲で話してあげるよ」

俺がそう言うと、なのはちゃんは「約束ですよ!!」と元気に自室へ走り去っていった。

「アクセルさん」

「ん? 何?」

後ろから声が聞こえたので振り返ると、フェイトちゃんが恥ずかしそうに立っていた。

「しゃ、写真、もっと見せてください」

「ど~ぞどうぞ」

手渡すと、満開の笑みを浮かべて写真を受け取り、まるで恋する乙女のような熱い視線でジッと写真を眺める。

「どう? 気に入ったのあった?」

「はい………これが、特に」

「あ、これね。旦那がまだ聖騎士団に居た頃のね」

「聖………騎士団?」

まっず、口が滑った。聖騎士団ってギアと聖戦のこと抜いたらなんて説明すればいいの? 世界の平和を守る為の治安維持軍とかでいいのかな?

後で旦那に確認取ってからにしよ。

「いや、聖騎士団については後で皆が一緒の時に説明するよ」

「そうですね。私だけ先に聞いちゃったら抜け駆けになっちゃいますもんね」

「抜け駆け?」

「いえ、こっちの話です」

フェイトちゃんは写真をスカートのポケットに仕舞うと、満足気な顔でそのまま去って行った。

「アクセルさん、すみません」

「今度は何よ?」

そこに居たのはユーノ。知的好奇心を抑え切れないような表情で俺の顔を見る。

「ソルと戦ったことってあるんですか?」

「旦那と? そりゃ何度もあるよ」

「っ! それで、結果は!?」

「そりゃ勝ったり負けたりだけど」

「ソルに勝ったことがあるんですか!?」

信じられないといった感じの表情をされて逆に俺が驚く。

一応、此処でフォローしとかないと俺の方が旦那より強いって勘違いされちゃう。

「いや、勝ったことあるっつってもちゃんと手加減してもらってるからね? 本気の旦那に勝つどころから戦ったことすら無いし、そもそも本気の旦那となんか俺っち怖くて戦えねーよ」

「それでも、ソルに勝ったことがあるだけで十分凄いです!!」

やめて、その尊敬の眼差し。純粋過ぎてなんか怖い。

「それ程でもないって。俺なんか旦那と比べたらマジで大したことないし、俺より凄い奴なんてピンキリよ?」

「でも、やっぱり凄いです。僕達、ソルに鍛えてもらってるんですけど、なかなか一本取れなくて」

少し俯いて暗い表情をしてしまうユーノ。

(あ~、なんか分かった。旦那のことだから手加減抜きなんだろうな~)

旦那らしいと言えばらしいけど、子ども相手に容赦無いのはちょっと大人気無いんじゃない?

まあ、此処で俺が旦那の教育方針に口出ししても意味無いから何も言わないけど。

「大丈夫だって。旦那がおかしいくらいに規格外なだけなんだから」

俺はユーノの肩に手を置くと、なるべく声を明るく楽しい口調にする。

「一つ良いこと教えてあげちゃうよ。元の世界じゃね、旦那が本気になれば負け知らずなんだぜ」

「ソルが、負け知らず?」

「おおともよ。少なくとも俺は旦那が本気を出して負けた姿を見たこと無い。この意味が分かるかい?」

徐々にユーノの顔が明るくなる。

「そんな旦那に鍛えてもらってんだ。気が付かない内に何時の間にか強くなってる筈さ」

「………はいっ!!」

眩しい笑顔を見せると、ペコリと頭を下げて「ありがとうございました!! 後でお話聞かせてください!!」と言って階段を登っていくユーノ。

(それにしても皆旦那のこと好きなんだな~)

あ、そういえばフェイトちゃんに写真持ってかれた。

別にいいけど。まだたくさん持ってるから。

その後。桃子さんに夕飯のリクエストはあるかどうか聞かれて「桃子さんの作るものならなんでもいいです」と答えて、士郎さんに酒は呑めるかと聞かれたので「酒ならなんでもいけるけどスコッチが一番好き」と答えた。

その時に旦那が「俺はジンのストレート」とか言うと、桃子さんに「今の身体は子どもだからダメ」と窘められてた。

俺がその姿を見て爆笑したのは言うまでもない。後で蹴られたけど。

それから、恭やんに「アクセルさんの立ち居振る舞いが並みの使い手ではないとお見受けしました」と言われて模擬戦みたいなの申し込まれたけど丁重に断った。だってこの人バトルジャンキーっぽいんだもん。こういうタイプは負けても勝っても絶対に「もう一回」って言うに決まってる。

断るととっても残念そうに二本の小太刀を仕舞ってた。

古武術の鎖鎌使いだって言わなくて良かった。もし言ってたらどうなってたことやら。

「アクセルさ~ん。お待たせしました!!」

なのはちゃんが玄関で俺を呼ぶ。

「はいは~い」

玄関には旦那とチビッ子三人が俺のことを待っていた。

「あんれ? アルフは?」

フェイトちゃんのナイスバディーな使い魔が居ない。一緒に行かないのかな?

「アルフはもうしばらくしたら翠屋でウェイトレスだ。家事が片付いたらそのまま店に直行する」

「みどりやって何?」

「ウチでやってる喫茶店だ」

旦那が面倒臭そうに答えてくれる。

何!? あのナイスバディーのウェイトレス姿が見れるのか? なんて素晴らしい喫茶店を経営しているんだ高町家!!

これは後でお店の方にお邪魔させてもらわないと。

ちなみに、この家に連れて来てもらう前にアルフをナンパしたら本人は拳で返答してくれた。

鼻血を垂らす俺の横で「馬鹿が」って旦那に罵られたけど、良い女見ると声かけたくなるのが俺の性分だからな~。

それにしても、これから向かう先にはきっと美人が居る筈だ。俺様の勘がそう言ってるのだから間違い無い。

やっべ。滅茶苦茶楽しみになってきたよ!!!















後書き

ソルの格好ってどんなん? というのがあったので、此処で簡単に説明を。

ソルは普段、普通の服を着てます。

基本は赤い服。長ズボンは主にジーパンか黒系のパンツ。

大人の矜持にかけて半ズボンは穿きません。

何時も上着にジャケットやジージャンのようなものか革ジャンみたいなのを羽織ってます。やっぱり赤系。

今回の話は夏なので、赤いTシャツです。

戦闘中はバリアジャケット展開してないのでそのまま。

訓練中は赤いジャージ。

通学中は学校指定の制服。

PT事件の最終決戦のみGG2の旅人装束。

封炎剣はGG2の外見です。

描写不足でした。すいません。



[8608] 背徳の炎とその日常 3 Make Oneself 後編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/07/21 15:43



SIDE なのは

すずかちゃんのお家に着くと、ノエルさんが迎えてくれました。

「ねねね旦那、美人のメイドさんが登場したってことは、これは大人なご奉仕をしてもらえちゃうことを期待しちゃってもいいの?」

「するだけ無駄だ。そんな期待なんざドブに捨てろ」

お兄ちゃんとアクセルさんがゴニョゴニョと内緒話しています。

「でもさ、もしメイドさんが俺の服とかにお茶とか零しちゃったりして、お詫びとしてンガッ!!」

アクセルさんがお兄ちゃんに頭突きされています。どうしたんだろう?

「あちらの方は?」

ノエルさんが無表情を浮かべて、お兄ちゃんにタコ殴りにされているアクセルさんを見ます。

「お兄ちゃんのお友達です」

「ソル様の?」

私はコクリと頷きました。少しだけノエルさんの顔から固さが取れました。

「ソルの友達で、アクセルさんって言います」

ユーノくんが現在はヘッドロックを掛けられているアクセルさんを見ながら紹介します。

「旦那、ギブ、ギブ!! ユーノん、フェイトちゃん、なのはちゃん助けてちょ!!」

「とっても面白い人なんですよ」

フェイトちゃんが妙に上機嫌な笑顔でスカートのポケットの部分をポンポン叩いてます。

むむ、抜け駆けされた気配がします。

「だからアクセルさんも入っていいですか? 私達に会う前のお兄ちゃんの話をしてくれるみたいなんです」

「さすが旦那の家族、人の話聞いてねぇ!!」

「そういうことでしたらどうぞ。皆様、お入りください。アリサ様は既に到着しておいでです」

メイドさんもスルーかよ!! と言いながらお兄ちゃんとじゃれ合うアクセルさんを置いて、私達はすずかちゃんのお家にお邪魔しました。





先に私達が広いお部屋でお茶をいただいていると、十分くらいしてからお兄ちゃんとアクセルさんがやって来ました。

お兄ちゃんはやけに疲れた表情をしていて、アクセルさんはゲッソリとしながら千鳥足でした。

二人は一体何をやっていたんでしょう?

そんな青菜に塩的な状態だったアクセルさんも、一緒にお茶をしていた忍さんを見て一気に元気になり、猪突猛進って感じで忍さんに近付こうとした瞬間にお兄ちゃんから足払いを食らって床の上を滑って行きました。

「さっきから何なの旦那は!?」

「お前こそ何なんだ女を見た時のそのバイタリティーは? 一応言っとくが忍は恭也の、兄貴の女だぜ」

「何ィィィ恭やんの!? そんなの関係無ぇ!! アクセル=ロウは諦めない男なのよ旦那!!」

「………誰かこいつなんとかしろ」

諦めたのか疲れたのか、お兄ちゃんはアクセルさんの暴走を止めなくなってしまいました。

そんなアクセルさんとお兄ちゃんのやり取りを見て、アリサちゃんとすずかちゃんは固まっています。

忍さんの眼の前まで駆け寄ると、アクセルさんはキザっぽい顔をします。

「俺様の名前はアクセル=ロウ。どうですか麗しの姫君。今夜俺と―――」

「ごめんなさい。面白そうだけど間に合ってます」

「そんなこと言わずに」

「それに私、普通じゃないので」

「へ?」

アクセルさんが眼をパチクリさせます。

忍さんはゆっくりと立ち上がると、その瞳をぼぅっと紅に染めます。

「ソルくんのお友達で同じ魔法使いって聞いたから私達を偏見の眼で見ないとは思うけど、私は吸血鬼なの」

何時もの優しいほんわかした忍さんの気配が、突然凍てつく風のようになってしまいました。

私達は急展開過ぎてことの成り行きについていけません。

「ってことは?」

「人間じゃないってことよ」

「ふ~ん。で?」

「………やっぱり思った通りソルくんと同じリアクション取るんだね」

そう言って溜息を吐くと、忍さんは微笑んで座り直しました。場の空気も雰囲気も何時もの穏やかなものに戻ります。

どうやらアクセルさんを試したみたいです。

忍さんも悪い人です。試すんなら一言くらい声をかけてくれればいいのに。いきなり夜の一族のことをバラすからとっても驚きました。すずかちゃんなんて金魚みたいに口をパクパクさせて震えてます。

ていうか、アクセルさんがドン引きしてたらどうするつもりだったんでしょう?

いくらアクセルさんがお兄ちゃんと同じ法力使いだからって、少し危険な賭けだったんじゃないのかな?

それとも、そんなに”お兄ちゃんの友達”を信頼してたのかな?

「だってね~。吸血鬼だって突然言われても、俺っちとしてはスレイヤーの旦那の親戚? くらいにしか思わないし。ねぇ旦那?」

「まあな」

お兄ちゃんが椅子に腰掛けて、ノエルさんに「茶」って命令してます。

その隣をアクセルさんが座ります。

「そのスレイヤーって人はソルくんの喧嘩仲間で合ってるのかしら?」

忍さんの質問に二人は頷きます。

「俺っちは何度も飯奢ってもらったことがある。良い人だよ、スレイヤーの旦那は、いやマジで。おまけに超強ぇし」

「戦ったことあるの?」

「何度かね。手加減されて負け越してるけど」

「一体何なのよ………貴方達の世界の魔法使いって」

忍さんは呆れたように紅茶を口にします。

「つーことで、俺としては吸血鬼なんてむしろ全然オーケーな訳よ。だから今晩どう? なんなら噛み付いても良いよ?」

「やめとけ。腹壊すぜ」

「それどういう意味よ旦那ぁぁ!!」

またもやギャーギャーと喚き始めた二人を尻目に、事態に置いて行かれたアリサちゃんとすずかちゃんが困惑顔をしています。

「………この人が、さっき言ってたソルの友達?」

「ソルくんと同じ魔法使いだって聞いたけど、吸血鬼でもオーケーだとか、噛み付いても良いとか………」

一言で言うとアクセルさんの第一印象は「変な人」で、第二印象が「軟派な人」だそうです。

確かにアクセルさんって面白いけど、変な人ですよね。



SIDE OUT










SIDE フェイト



アクセルさんがアリサ達にソルの過去の写真を見せて一悶着あった。

アリサとすずかは純粋に驚いてた。ノエルさんとファリンさんは眼を見開きながら写真とソルを見比べてた。

でも、一番問題だったのが忍さんだ。

忍さんはソルの身体の幼児化した説明を聞いてから、写真を見つつ「恭也に会う前だったら惚れてたかも」なんてとんでもないことを言い出したからだ。

「だってそうでしょ? 私の一族のことなんか歯牙にもかけなくて、おまけに強い。恭也を美形だとすると、この写真のソルくんは男らしさとワイルドな魅力で溢れてるわ」

そう言って、妖しい魅力が篭った紅い瞳でソルのことをジロジロ見る。

それはとても蠱惑的な笑み。

「お、お姉ちゃんには恭也さんが居るでしょ!!」

すずかが顔を真っ赤にしながら怒鳴る。

「そうですよ忍さん!! 恭也お兄ちゃんならいくらでもあげますからそれで我慢してください!! でもお兄ちゃんは絶対にあげません!!!」

「ソルは我が家の宝なんですから!!!」

「………俺は何時から家宝になったんだ?」

なのはと私が猛抗議する後ろでソルが何かぼやいてた気がするけど、今はそんなのどうでもいい。

とにかくソルがピンチ(私となのは的な意味で)。

ソルの身体を二人で引き摺って忍さんから遠ざける。

そんな私達を見て、忍さんとアクセルさんが大笑いする。

「冗談よ冗談!! もう、二人共必死になっちゃって可愛い!!」

「にょほほほほ!! 愛されてるね、旦那!!」

笑いながら忍さんが何時もの雰囲気に戻る。それに安心すると同時にアクセルさんの言葉で顔が熱くなってくる。

私は恥ずかしくなって、思わず皆から隠れるようにソルの後ろに回り込んで背中に顔を埋めた。

「あああ!! ドサクサ紛れにフェイトちゃんが………私も!!!」

なのはが私に触発されてソルの胸にしがみついたみたい。でも私はソルから離れるつもりはない。

「両手に花と言うより美少女のサンドイッチだね!? 中の具は旦那ってことで」

「アクセルさん、あの三人のあれはいつものことなんですよ。毎日毎日サンドイッチで僕見飽きたんですけど」

ユーノの笑いを堪え切れないって感じの声が聞こえる。

「………アクセル、ユーノ、てめぇら後でとりあえず殴るからな」

「「なんで!?」」

二人の声が綺麗にハモッた。





写真の中のソルの格好、聖騎士団の制服とその組織の説明をアクセルさんがしてくれる。

「つまり、国連によって世界の平和と治安を守る為に創設された何処の国にも所属しない戦闘のエキスパート集団、法力使いのエリートの中のエリートが集まった組織が聖騎士団なの」

ソルのことを漠然と凄いとか強いとか思ってたけど、まさか世界レベルで力を持ってる組織に所属していた経験があるとは思ってもみなかった。

私となのはとユーノの魔導師組は改めてソルのことを尊敬の眼差しで見る。

アリサ達はイマイチよく分からないといった感じだったけど、アクセルさんの口ぶりで聖騎士団がどれだけ凄い組織なのかは理解出来たようで、しきりに感心している。

だけど、ソルは居心地悪そうにしていた。

どうしたんだろ?

それにしても聖騎士団って時空管理局にちょっと似てる。

「でもね、旦那は団長さんと仲が悪くてね~。いっつも喧嘩ばっかりしてたのよ」

「団長ってその聖騎士団では一番偉い人なんでしょ? どうしてソルと喧嘩なんかするのよ?」

アリサが疑問を口にする。

「ほら、旦那って協調性無いでしょ? しかも命令無視は当たり前、勝手な行動は日常茶飯事、規律は守らないし常に自分の好き勝手に動き回るし………」

「「「「「ああ、なるほど」」」」」

私、なのは、ユーノ、アリサ、すずかの声が唱和する。

それは実にソルらしい理由だ。

「あれは、いつもあの野郎が喧嘩吹っ掛けて来やがったんだ」

フン、とその当時のことを思い出したのかソルが不機嫌な声を出す。

「だからって毎回返り討ちにすること無いんじゃない?」

「たまには負けてやったぜ?」

「あからさまにワザと負けるから相手の機嫌損ねるんでしょーが」

「知るか」

なんか今のソルとアクセルさんの会話から想像すると、かなり険悪な仲だったみたい。それにしてもワザと負けるだなんて、それはいくらなんでも相手の人を馬鹿にしてるんじゃないのかな?

でも、団長になるくらいの人を圧倒してたんだから、やっぱりソルは凄いよね。

「アンタよくその聖騎士団とかいうところクビになんなかったわね」

「元々旦那はその仲が悪い団長さんの前任者から直接スカウトされたんだよ。それに人材不足だったし、旦那は聖騎士団で一、二を争うくらいの実力者だったから。性格は致命的なまでに”組織”ってやつに向いてなかったけど実力主義な世界だったからさ。クビにしたくても出来なかったんだ」

アクセルさんがニヤニヤとソルの不機嫌な横顔を見る。そんな視線をソルは無視してアイスティーを飲んでる。

「つー訳で、旦那って聖騎士団の中じゃ浮いた存在だったんだよね。やってることも単騎での遊撃だったから、他の人とのチームワークとか皆無だし」

あ、だからソルって一対多の戦闘が得意なのかな? 単騎でということは、一人でなんでもこなしてたってことになるから。たくさんの敵に囲まれることだってあっただろうし。

「でも旦那って聖騎士団辞めちゃうんだよね? なんでだっけ?」

「あいつと折り合いをつける自信が無くなったからだ。一応、辞める時一言爺さんには声掛けておいたぜ」

「そん時クリフの旦那はなんて言ってたの? あ、ちなみにクリフの旦那はソルの旦那を聖騎士団にスカウトした人ね」

「………てめぇにはどうでもいいだろうが」

そっぽを向いたソルだけど、なんかちょっと照れてるような気がする。そのクリフっていう人に何か嬉しいことでも言ってもらったのかな?

「まあそういう経緯があって、それからはフリーの賞金稼ぎとして活動してたのよ」

それから聖騎士団を脱退した後の放浪生活の話をアクセルさんは続けてしてくれた。

少しの間だけソルの旅のお供をしてたらトラブルに巻き込まれて戦闘したり、戦闘に巻き込まれたり、ソルと出会い頭に戦闘したり、聞いてると戦闘ばっかりな気がするけどアクセルさんの話はとても面白かった。

今まで誰も知らないソルの話を聞くことが出来て、私は勿論、なのは達も満足そうだった。



SIDE OUT










SIDE アルフ



カランカラン。

「いらっしゃいませーっ」

ドアが開く時にするカウベルの音。それを聞いた瞬間条件反射で声を出す。どうやらお客さんのようだ。

「うおっ!! アルフのウェイトレス姿が見れると思ってたら此処にもメイドさんが居るじゃない!! 旦那っ、此処が巷で噂のメイド喫茶ブッ!!」

………違った。客は客でも招かれざる客だったみたい。

とりあえず軽薄な声がした方を見ると、床にキスしてるアクセルと、その後ろにソルを先頭に我が家の子ども達とアリサにすずか、それと忍さんが居る。

どうやら皆で翠屋に遊びに来てくれたみたいだね。

「邪魔するぜ」

「んごぉ」

起き上がろうとしたアクセルを踏みつけながらソルが近付いてきた。

「ランチタイムが終わってから来たってことは、さてはソルが気を遣ったね?」

「さあな」

ソルが奥のボックス席に座ると、皆もそれに続く。アクセルを避けながら。

「忍!! アクセルさんに変なことされなかったか!?」

厨房に引っ込んでた恭也さんが疾風のような勢いで忍さんの前までやってくる。

そりゃぁ心配だよね。アクセルのあの性格を知ってたらね。出会い頭にいきなりナンパしてくるような男だからね。

忍さんはカウンターの席に腰掛けると、意地悪なことを考えてる表情をする。

「今晩どう? って誘われたわ」

「何!? ………ほう、それで?」

恭也さんの眼に剣呑な光が現れ、アクセルを殺気が篭った視線で射殺すように睨みつける。

当の本人は「俺も仲間に入れてよ旦那~」とソル達が座るボックス席にへばり付いている。尋常じゃない殺気を向けられているのに何処吹く風って感じだ。

………きっとソルで慣れたんだろうね。

「ふふふ。安心して、ちゃんと断ったから」

「………なら良かった」

「妬いちゃった?」

「う、うるさい!!」

悪戯っ子な笑みを浮かべる忍さんの言葉に少し頬を赤らめると、恭也さんは足を踏み鳴らして厨房へ戻っていった。

アタシは注文を取る為にソル達の席へと向かう。しょうがないので、アクセルの分の椅子も持って行って。





結局閉店まで居座ってた身内の連中。アリサと月村姉妹は迎えの車が来るとすぐに帰ってったけど、来店してからずっと喋りっぱなしのアクセルの話にソルを除いた子ども達は夢中になって聞いていた。

まあ、今までの交友関係で居ないタイプの人間だしね。普段ソルが寡黙な分、アクセルの面白おかしいトークは新鮮なんだろう。

かく言うアタシも何度か仕事中だってのに立ち聞きしちまったしね。

そんなアクセルのワンマンショーを一時中断させて、皆で閉店準備をする。

それが終わると帰宅。途中で士郎さんが「スーパーに寄る」って居なくなったけど、皆気にしなかった。

道中、恭也さんがアクセルに「忍に手を出そうとしたんですね!?」って詰め寄ってたけど、アクセルはのらりくらりと交わしていた。

家に着くとすぐに夕飯の準備に取り掛かる。

夕飯が出来上がる頃には士郎さんが帰ってきた。

「アクセルくん、キミの要望に応えたんだよ」

「おおう!! こりゃスコッチじゃないですか!! 覚えててくれたんだ。士郎さんマジでサンクス!!」

テンションが急激に上昇したアクセルを加えて、高町家の夕餉となった。

酒を煽るアクセルを見て、少しソルが羨ましそうにしてた。あいつも酒飲みたいらしいけど、桃子さんに禁止させられてる。

ひたすら酒と料理を褒め称えながら、またもやアクセルのワンマンショーが始まった。その内容は昼間にすずかの家でされたようものと同じらしいけど、初めて聞くアタシ達は凄く興味深かった。

ソルが聖騎士団という組織からスカウトされて所属していたこと、団長と仲が悪かったこと、仲が悪かった理由、ソルの態度、そして脱退してからの放浪の賞金稼ぎ生活。

ほとんどアクセルが話してたんだけど、ソルも当時のことを思い出しながらポツリポツリと話してくれた。

それにしてもソルが只者じゃないって知ってたけど、アクセルの話を聞いてますますそう思ったね。我が道を突き進む傍若無人っぷりはあんまり変わってないけど、そういう下地があったから今のソルが居る訳だし。

ソルの話だけじゃなく、アクセル自身の話もしてくれた。ていうか、後半のメインはずっとそれだった。

タイムスリップ体質になるまでの生活。これまで流れ着いた時代での様々な出来事。まさに波乱万丈と言うに相応しい人生を送ってるアクセルの過去。

酒が入ってる所為か最初から滑らかだった口がどんどん滑らかになっていって、皆時間も忘れてアクセルの話に聞き入ってたよ。いや、こいつ本当に話すの上手い。気が付けば十時になってたからね。

時間の経過に慌ててお開きにして、今日はもう休もうということになった。

アクセルはユーノの部屋で寝るらしい。さっきしきりに誘ってたからね。

ソルが妹二人と川の字になって寝るって話を聞いて、アクセルが大爆笑した瞬間ソルにぶん殴られてた。

そんなこんなで、ソルの友人来訪一日目が終了した。



SIDE OUT










「ねねね桃子さん。お願いがあるんだけど」

「何かしら?」

「旦那がこっちに来たばっかりの頃の写真ってある?」

「あるわよ。ちょっと待っててくださいね」

「へへ。すんませんね急に」

「………あったあった。これです」

「うわぁ~、旦那小っちゃいな~」

「だいたい五年前になるわね、ソルが家に来たのって。まだ当時はなのはと同じくらいの身長でね。本当に可愛かったんだから」

「今じゃ頭一つ分くらい身長差ありますもんね」

「男の子っていうのもあると思うんだけど、やっぱり外国の血かしらね? 他の子より少し成長が早いみたいなの」

「………」

「アクセルさん?」

「いやいや、なんでもないっす。それよりこの写真、出来たら焼き増しして同じの二枚くれませんか? 旦那が昼寝してる姿のやつ、この一枚だけでいいんで」

「ネガはあるからいいけど、どうしてこの写真を二枚欲しいの?」

「にしししし。一枚目は犠牲肉、二枚目が本命ってことで」

「なんだがよく分からないけどいいわ。知り合いに写真屋さんが居るから、頼めばすぐに仕上げてくれると思うからお願いしておくわ」

「ありがとうございま~す♪」










アクセルがこの世界に来て三日が経った。

その間こいつは、俺達にくっ付いてきてはトラブルになりそうでならない微妙なことを頻繁に起こしてくれた。その度に俺の疲労が増した。

特に年若い女を見る度に何かをしでかそうとするのはマジで止めて欲しい。段々、止めるのが馬鹿らしくなってきた。

家に帰ると、酒が入ったハイテンションで弾切れを起こさないガトリングみたいな喋りが延々と続く。

俺はこいつが余計なことを言わないように終始神経使って話を聞かなければならなかったが、意外にもアクセルは上手くギアと聖戦をぼかして話していた。

これには感謝した。

家族を含め、アリサ達もアクセルの話を面白そうに聞いていた。

しかしそんな日々も、唐突にアクセル本人の口から終わりを告げられた。

「俺っち、明日か明後日になったら帰るね」

三日目の夕飯時だった。

「どうしたんですか、急に?」

俺を除いた全員が驚く中、桃子がゆっくりと言葉を紡いだ。

「元々そんなに長居するつもり無かったし」

アクセルはハナっから二、三日したら出て行く気でいたんだろう。その言葉にはいつものふざけた調子の無い、実にさっぱりとした印象があった。

「でも、そんな急に………」

「もうしばらくゆっくりしていても構わないんだよ?」

急過ぎる別れの言葉に、桃子と士郎は名残惜しそうにしていたが、アクセルは手でそれを制した。

「言ったっしょ? 俺っちにも帰る場所があるって」

元の自分の時代、自分の住んでいた世界。因果律干渉体なんていうタイムスリップする体質の所為で置いてきてしまった大切なもの、それがこいつにはある。

「せっかくアクセルさんと仲良くなれたのに………」

「………ソルの写真と面白い話をたくさんしてもらったのに、私達、何にもお返し出来てない」

なのはとフェイトが悲しげな顔をする。

「残念です」

「ちょっと寂しくなるね」

ユーノとアルフも項垂れる。

恭也と美由希は何も言わなかったが、眼に見えて別れを惜しんでいた。

「それ以上言うな」

俺はこの場に居る全員に聞かせるように口を開いた。

「こいつが決めたことだ。こいつの決定に俺達がどう言おうと関係無ぇ」

「へへ、旦那らしいね。まあ、厳しい言い方をするとそういうことなんよ」

努めて明るい声を出してから、アクセルが急に真面目な顔になる。

「約束したんだ。俺は絶対にめぐみの所へ帰るって………自分自身にね」

此処ではない何処か遠くを見つめるアクセルの瞳は、恐らく自分の故郷を映しているのだろう。

この台詞だけ聞けばかなりの美談のように聞こえるが、俺は過去にこいつが娼婦に声を掛けられて鼻の下を伸ばしていたことを知ってるし、普段から良い女を見ると片っ端からナンパしているので、色々と台無しにしている。

アクセルの恋人とかいう女は絶対に気苦労が絶えないだろうと同情する。

「だから、短い間だけど旦那と皆には本当にお世話になりました」

そう言って、アクセルは頭を下げた。










SIDE ユーノ



「皆メンゴね。こんな急に、しかも暑い中俺っちの為に集まってくれちゃって」

その言葉に皆は口々に、そんなことはない、当然です、寂しくなります、とアクセルさんとの別れを惜しんでいた。

今日はアクセルさんが元の世界、もしくは元の時代に帰る日だ。

見送りの為に急遽、士郎さんと桃子さんによって翠屋の方は休業となった。

見送りの場所は月村邸の庭。そこに僕達高町家、すずかと忍さん達、アリサが集まった。

結局、法力に関してはアクセルさんとあまり話が出来なかった。と言うより、アクセルさんはソルみたいな理論仕立てで法力を行使しているのではなく、なのはと同じように感覚で法力を使っている節があって、本人もあまりよく分かってないらしい。

少し残念だったけど、「その代わりと言っちゃぁなんだけど、俺が知ってる法力使いでどんな奴が居たのかなら話してあげるよ」と、得意のトークで楽しい話を聞かせてくれた。

それは僕にとって凄く心躍る内容だった。様々な人達と、様々な戦い。まるでその光景を思い浮かべることが出来そうな程リアリティーがあった。

他にも色んな話を聞かせてもらった。どれもこれも楽しかったけど、それがこれから聞かせてもらえなくなるのはとても残念だ。

でも、ソルが言うようにいくら僕達が別れを惜しんでも、それはアクセルさんに関係が無い。

そしてアクセルさんには帰る場所がある。

だったら、笑って見送ろう。

別れは悲しいけど、それが僕達に唯一出来ることだから。

「記念に写真撮りましょ、写真」

アリサが三脚を持った鮫島を従えて言った。

「良いね!! 撮ろう撮ろう!!」

ノリが良いアクセルさんはすぐに了承し、他の皆も誰一人として反対しなかった。

座ったアクセルさんを中心に、その両隣を僕とソルが座り、その後ろに皆が思い思いの位置につく。

「皆さん、カメラをよく見てください。笑顔で………では撮りますよ。ハイ、チーズ」

パシャ、パシャ、と何度かフラッシュの光が僕達を照らす。

ポラロイド写真だったのか、すぐに現像される。

その一枚をソルが鮫島さんから受け取り、アクセルさんに手渡した。

「持ってけ」

「旦那? いいの?」

「てめぇが此処に居た証だ」

相変わらずソルの態度はぶっきらぼうっだったけど、その優しさも相変わらずだった。

「………サンキュ、旦那」

写真を受け取るとアクセルさんは大事そうに懐へと仕舞った。





「それじゃ、旦那。勿論、帰る手伝いしてくれるんだよね?」

そう言えば、どうやってタイムスリップするかまでは詳しく聞かなかった。一体どうするんだろう?

「ちっ、しゃあねぇな」

ソルが手伝うってことは、法力が関係してるのかな?

「ユーノ、封時結界を張れ」

「え? う、うん、分かったよ」

言われた通りに結界を張る。魔導師ではない皆もちゃんと入れてあげる。

でも急に結界を張れなんてどうしてだろう?

「お前達全員はなるべく固まれ、それから動くな。ついでに、魔法を使える四人は強固な防御魔法を展開しろ。一般人を守れ」

「「「「防御魔法?」」」」

それに一般人を守れってどういう意味?

「旦那の言う通り、チビっ子達は皆のこと守ってあげててねい」

ソルとアクセルさんは僕達から離れていく。

「お、お兄ちゃん!?」

「ソルもアクセルさんも何をするつもりなの!?」

なのはとフェイトが混乱の声を上げるが、二人は当然のように無視した。

僕達からある程度離れると、だいたい五メートルくらいの距離を置いてソルとアクセルさんが向き合う。

「旦那。楽しくやろうぜ?」

言って、何処からともなく一本の金属の棒を取り出す。それが真ん中で別れ二本となり、それぞれを鎖が繋いでいる。そして、両方の棒の端から鋭利な刃が飛び出す。

あれは、鎖鎌? 片方が分銅ではなく、両方共刃の?

「フン。覚悟は出来てんだろうな?」

ソルはポケットからヘッドギアを取り出すと額に装着し、左手に封炎剣を召喚する。

緊張感が辺りを包み込む。

何これ? まるでこれから決闘でもするみたいな雰囲気なんだけど。

「待ちなさいよアンタ達!! これから何するつもりよ!! まさか決闘とか言うんじゃないでしょうね!?」

アリサが怒ったように叫ぶ。

けど、アリサの意見に僕達全員は賛成だった。二人共が放つ威圧感だけが徐々に大きくなり、これから物騒なことでも始めそうな空気が漂っている。

「ご名答!! アリサちゃん大正解!! これから俺っちと旦那が戦うんよ。危ないから下がってな」

「なっ、なんで!?」

僕達全員は一様に驚いた。アクセルさんが帰るのに、どうしてソルと戦う必要があるんだ!?

「因果律干渉体が任意に時間跳躍する為の”ゲート”を開くにはでかい”力”の衝突が必要だ」

ソルが僕達の疑問に答えるように説明してくれる。

「手っ取り早く”力”の衝突を起こすには戦うのが一番良い。それだけだ」

「まあ、俺っち個人が旦那と戦いたいってのもあるんだけどね♪」

「全く手間だぜ」

「けど旦那。顔、ニヤついてるよ?」

「………否定はしねぇ」

お互いが楽しそうな笑みを浮かべる。まるで、今までこの瞬間を待っていたと言わんばかりに。

風が止み、しぃんと静寂が辺りに舞い降りる。

そして、

「せいやっ!!」

先に動いたのはアクセルさんだった。鎖鎌の片方をソルに向かって投擲する。

ソルは自分に向かってまっすぐ飛んでくる刃を屈んで避けると、姿勢はそのままに爆発的な踏み込みで庭の地面を抉りながらアクセルさんに肉薄する。

間合いを詰め、封炎剣に炎を纏わせ横一文字に薙ぎ払おうとした瞬間、背後から避けた筈の鎌がソルを襲う。

「ちっ」

舌打ちしながら身体を一回転させて、その間に鎌を打ち払う。一連の動きだけで攻撃を防ぎアクセルさんに向き直る。

弾かれた鎌は上空に打ち上げられたと思ったら、まるで意思があるかのようにアクセルさんの手に戻り、

「ヤッハァァ!!」

アクセルさんは両手に持った鎖鎌でソルに飛び掛る。



―――ギィンッ!!



二本の鎌を封炎剣が防ぎ、その衝撃で火花が飛び散る。

ギリギリとお互いが相手を押し合う。

鎖鎌と剣の鍔迫り合い。それはソルに軍配が上がった。

「オラァッ!!」

「うわっちょ!?」

力任せに剣を振り払ったソルがアクセルさんの身体を後方へと飛ばす。

アクセルさんが着地する間も無く、接近したソルが封炎剣を今度こそ上段から振り下ろした。

激しい金属同士のぶつかり合う音。

ソルの攻撃はしっかりとアクセルさんに防がれていた。手に持つ二本の鎌で。

けど、ソルはそんなことなど一切構わず剣を振る。薙ぎ払い、斬り上げ、叩きつける。

その度に火花が生まれて耳を劈く音が響く。

怒涛の如きソルの攻めを、アクセルさんは慌てず騒がす冷静に、一つ一つ丁寧に防ぐ。時に鎌で、時に鎖で、時に鎖鎌を棒状にして。

更にソルが踏み込み、右ストレートをアクセルさんの顔面に叩き込む刹那、

「良い感じだろ?」

アクセルさんは地面に対して垂直に構えた鎖鎌を棒にした状態で伸びてくる拳を受け流す。空を切ったソルの拳を皮一枚で避けると、そのまま手にした棒でソルの下半身を刈り取るように下段から一閃。

棒の一撃を受け、体勢を崩したソルが前のめりに倒れそうになるが、それをアクセルさんはさせなかった。



「白波の焔ぁぁぁっ!!」



ソルに対して半身となった姿勢で、アクセルさんが水平に伸ばした両手の棒が鎖鎌に展開し伸びる。それは炎を纏い、倒れ掛かっていたソルの身体にぶち当たる。

そのまま鎖鎌は水平の状態から、両端の鎌の部分がアクセルさんの頭上に向かって閉じる。ソルの身体を火達磨にし、持ち上げながら。

やがてアクセルさんの手を支点に、鎌と鎌が頂点でぶつかり合うと、眩しい閃光と爆音を上げてソルとその周囲の空間が大爆発した。

放物線を描いて火達磨のまま吹き飛ぶソル。

そこへ、

「ヒャッホウ!!」

助走をつけたアクセルさんが跳躍、そしてまだ燃え盛るソルの身体に渾身のドロップキック。

更に、



「アクセルボンバーァァァッ!!!」



オレンジ色のオーラのようなものを全身に纏いつつ、鎌を振り上げ、ロケットのような勢いでソルを自分と共に上昇しながら上空へ打ち上げる。

「ぐぁっ!!」

ソルの苦痛を含んだ叫び声。僕達との訓練中では一度も聞いたことの無い類の声だ。

碌に受身も取れず地面に背中から着地するソルと、少し離れた場所に綺麗にスタッと降り立つアクセルさん。

「ちょっと旦那ぁ~。いくらなんでも手加減し過ぎじゃない?」

「………そうだな、ガキ共相手に訓練してたからな。手加減する癖が付いた所為か、加減の仕方を間違えちまったらしい。許せ」

何事も無かったかのように立ち上がると、ソルは謝罪した。

「今ので眼が覚めた。次はこっちの番だぜ」

ソルから放たれる威圧感が増し、感じられる魔力が濃密なものとなり、周囲の温度が上昇したような錯覚に陥る。

「………へへ、やっぱ旦那はこうでなくちゃぁね」

雰囲気がより凶暴となったソルを見て、こめかみから汗を垂らしながらも楽しげに軽口を叩くアクセルさん。



HEVEN or HELL



「行くぜ、アクセル」



DUEL



「どっからでもどうぞ。旦那のお好きな通りに」



Let`s Rock



法力使い同士の決闘が始まった。










背徳の炎とその日常 3 Make Oneself 後編










「鎌閃撃っ!!」

大きく足を開き低い姿勢を取ったアクセルさんのサイドスローから放たれる緑色のオーラを纏った鎖鎌が、ソルに迫る。

それをソルはアクセルさんに飛び込むようにジャンプで交わし、拳に炎を纏わせ振りかぶる。

「バンディット―――」

ブリンガーと続くその言葉は、

「死角は無いってばっ!!」

避けた鎌が半円を描いて背後から強襲することによって遮られる。

「クソが」

悪態を吐きながら攻撃を中断、空中で全身を緑のバリア―――フォルトレスディフェンス―――で覆い、衝撃に備える。



―――ギィンッ!!



見事背後からの攻撃を防ぐも、既にアクセルさんの手に鎌は戻ってきていた。

ソルはそのまま着地すると、一直線にアクセルさん目指して走り出す。

それに対してアクセルさんは鎖鎌を投げ、引き戻し、振り回し、近付かせない。

牽制するそれはまるで鎖鎌が生きてるようだ。その動きはまさに伸縮自在、縦横無尽、変幻自在。

アクセルさんにはフェイトのような速さがある訳でも無い。なのはのような遠距離からの優れた誘導弾や砲撃がある訳でも無い。だというのに、あのソルと互角に闘っている。

「………凄い」

僕は思わず呟いてしまった。

鎖鎌なんていう扱いが困難な武器を自由自在に操るアクセルさんの姿は芸術だった。

一体どれだけの訓練を積めばあんな風に操れるんだろう?

鎖鎌を手にしたアクセルさんの表情は、此処数日で見慣れたおちゃらけた感じなど一切無い、真面目で、それでいてこれ以上無い程純粋に楽しそうなものだった。

「ガンフレイムッ!!」

地面に突き立てた封炎剣から火柱が発生し、大地を焦がしながら獲物を襲う。

「よっと」

アクセルさんは横っ飛びで迫り来る火柱をやり過ごすが、

「なっ!?」

ガンフレイムを盾にして、アクセルさんの視界から外れる形で炎に追従してきたソルに、眼の前に接近されるまで気が付かなかったのは致命的だった。

ソルは突っ込んできた勢いのまま仰向けになるように足払い。

軸足どころか両足を横薙ぎに刈り取られ、アクセルさんの身体が地面と平行になるように浮く。



「バンディット―――」



仰向けのような体勢から一瞬で体勢を整えると、ソルはアクセルさんの腹部目掛けて左飛び膝蹴りを繰り出し、狙い違わず膝が腹部にめり込む。

空中でくの字に折れるアクセルさんの身体。



「リヴォルバー!!」



飛び膝蹴りの勢いに任せて、ソルは更に身体を回転出せると、今度は右の足で遠心力を乗せた踵落しをお見舞いする。

「ンガァ!?」

悲鳴を上げながら地面に叩きつけられるアクセルさん。

「いただきぃぃぃ!!」

地面に仰向けに倒れたアクセルさんに、ソルの封炎剣のフルスイング振り下ろし(炎を纏ったおまけ付き)が追い討ちを掛ける。

爆発音と共に巨大な火柱が天に届けとばかりに伸び、粉塵が舞う。

「………あっっっぶねぇぇぇぇ!! 死ぬかと思った………」

攻撃が直撃する寸前に、鉛筆転がしのような感じで危険範囲から離脱したアクセルさんが立ち上がりながら安堵の溜息を吐く。

「ちっ、仕留め損なったか」

舌打ちしながら、陥没して底が見えない穴からアクセルさんへと身体の向きをゆっくりと変えるソル。

その視線はギラギラと燃え上がる紅蓮の炎。殺気を惜しげも無く身体から滲ませ、まるで「眼で殺す」と言わんばかりの威圧感でアクセルさんを睨む。

「旦那、今俺のこと半分殺す気だったでしょ?」

「いつものことだろうが」

「そう言やそうだ!! 気が付けば半殺しになってたなんてザラだったね~」

そんなやり取りを平然とする二人に僕達は全員ドン引きした。

あの一撃が、いつものこと?

アクセルさんを半殺しにするつもりで戦うのがソルにとっては当たり前?

ていうか、それでアクセルさんは納得しちゃうんだ!!!

二人共絶対に頭おかしいよ!!!

本当に友達なのかこの二人!?

実は凄く仲悪いんじゃないの!?

「次は逃がさねぇ」

「そう簡単に殺られてたまるかってんだ!! 落ちな旦那ぁぁぁっ!!!」

そんな僕達の思いなんぞ露知らず。二人は武器を構え直すと相手に襲い掛かった。





爆発が起こり、鎌が大地を抉り木々をズタズタに引き裂き、火柱が発生し、炎が爆裂してあらゆるものを消し飛ばす。

二人が戦い始めて十分も経ってない。

結界の中は僕達が立っている場所以外は、原形がどんなのかだったのかすら思い出せないくらいに滅茶苦茶に破壊され尽くしていた。結界内の既存の建物、つまりすずかの家はほぼ全壊。大きな怪獣が踏み荒らしたかのような様相で、突風でも来たら更地になってしまいそうだ。

庭なんてところどころクレーターがあって、真っ黒焦げになって黒煙を吹いてるいくつもの大穴が戦闘の激しさを物語る。生えていた木々は炭になるか切り株になるかのどちらかだった。

美しかった月村邸も、その庭も、既に見る影が無い。

まあ、ほとんどソルの攻撃をアクセルさんが交わしたことによってどんどん被害が増えてくんだけどね。

こうなることを予想してたから封時結界を張れなんて言ったんだろうけど。




「タイラン、レイブ!!」



炎を纏った右ボディブロー、左ストレートで爆炎を発生し炸裂させてアクセルさんを吹き飛ばすソル。

「………余裕!」

火達磨になりつつも空中で体勢を立て直し、反撃するアクセルさん。

あれ食らって余裕って………僕達がタイランレイブ食らうと、まず意識飛ぶんだけど………

「そろそろクタバレ」

「それはこっちの台詞だっつの!!」

しかもまだお互い元気だ。馬鹿みたいに魔力密度の高い魔法をさっきから湯水のように使ってるのに、技が全く衰えない。



「秘密兵器だ………百重鎌焼!!」



「ぐおおお!!」

アクセルさんが自身の周りを縦に、一際大きな炎の鎖鎌を回転させてからそれを投擲。不用意に近付いたソルを回転した時に打ち上げて浮かし、燃え盛る鎌を投擲して火達磨にする。

追い討ちをせずにすぐさまアクセルさんは距離を取ると、その間にソルがムクリと起き上がった。

「旦那、そろそろ終わりにしない? ”力”も良い感じにぶつかったし、ギャラリーも飽きてきたみたいだしさ」

飽きてきたというより、呆れてます。貴方達の非常識な闘いぶりと異常なタフさに。

「俺様の奥義が旦那に決まったら俺の勝ち。これでどうよ?」

「勝手にしやがれ」

「じゃ、お言葉に甘えて………ハァァァァァァァァ!!」

アクセルさんが地面に向けて鎖鎌を持った腕を交差し、それを頭上に持ってきてから交差していた腕を開く。

「終わりにするか」

対してソルは、封炎剣を持ったまま腕を組み、足元から火柱を上げる。大気のうねりがソルの後ろ髪を舞い上げる。

………なんかお互いに大技出そうとしてるみたいだけど、これって止めないとマズイんじゃないの?

僕が冷や汗を垂らして見守ってると、戦闘中だというのにアクセルさんが急に僕のことを指差した。

「あああ!? ユーノんがこのドサクサに紛れてなのはちゃんとフェイトちゃんにエッチなイタズラしようとしてる!!!」

「んだとぉぉ!?」

ええええええええええええ!?

とんでもない爆弾発言(勿論大嘘)された!!!

ソルの視線が僕に向く。

「ちょ、アクセルさん!? 何言い出すんですか急に!?」

「ユーノてめぇっ!!!」

「ヒィッ!!」

火山が噴火したかのような怒声に悲鳴を上げてしまう。

アクセルさんから僕へと完璧に向き直ったソルが睨んでくる。蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる僕。

え、冤罪だぁぁぁって抗議しようにも身体がびびって口が動いてくれない。

そして何時の間にか僕の周りには誰も居ない。皆それぞれが蜘蛛の子散らすように安全圏に避難してる。誰一人として庇ってくれないとか、いくらなんでも薄情でしょ!!!



「Have a niceday!!!」



そこへ、おもむろに背後からソルに近付いたアクセルさんが地面に向かって鎖鎌を叩きつける。

地面に放たれた鎖鎌はアクセルさんの手から離れ、大地に蜘蛛の巣のように張り巡らされ、ソルを足元から襲った。

「な、てめぇ、ガァァ!!」

下段から飛来する鎖鎌がソルにヒット。身体が浮き上がり、更なる追撃として間を置かずに次々と鎖鎌が叩き込まれる。

アクセルさんは全く動いていない。頭上で腕を交差させたままのポーズなのに、何処からともなく飛んでくる鎖鎌が順々にソルに直撃する。

「ぐ、がはぁ、うお、クソが!!」

見る見る内にソルの身体が空高く打ち上げられ、鎌の数がどんどん増えていく。

ついに、空中でいくつもの鎖に雁字搦めされ身動きが取れなくなったソルに、数えるのも馬鹿らしくなるくらいに大量の鎖鎌が周囲から放射線状に、一斉に飛来する。

それら全てがソルに命中すると、



「鎌閃奥義・亂髪」



アクセルさんのその一言の後、



―――ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!



鎖鎌と鎖が一つ残らず大爆発を起こした。

その爆発に巻き込まれて吹き飛び、地面に叩きつけられるソル。

「ヘヴィだぜ………」

それを見下ろしながら、

「へへ、ちょろいもんだね」

アクセルさんがおちゃらけた感じで笑った。



SIDE OUT










因果律干渉体が時間跳躍する為の”ゲート”。虚空に発生した黒い”穴”を背にアクセルが俺をからかうように笑う。

「いやぁ~、旦那があんな見え透いた嘘に引っかかるなんて思ってなかったな~。俺様びっくり」

「うるせぇ」

「怒らない怒らない。戦闘中に隙作った旦那が悪いんだからさ」

「んなこたぁ分かってんだよ」

俺は苛立ちながら声を上げた。あんな失態するなんて俺自身思ってもなかった。今思い出すだけでも腹が立つ。

「それにして、なのはちゃんとフェイトちゃんは旦那にこれでもかってくらいに愛されてるね!?」

そんなアクセルの軽口に二人が顔を真っ赤にする。

「あああの、その、おおお、お兄ちゃんはですね………」

「わわわ私も、ソソソソルのことが………」

「良いね!! その反応!! 初々しくて可愛いね!!」

「ゴチャゴチャ抜かしてねぇでとっとと帰れ!!」

「おお怖い怖い。焼かれる前に帰りますか」

おどけた感じで肩を竦めると、全員を見渡してから「にょほほほほ」と声を上げて笑う。

「じゃ皆、縁があったらまた会おうねい」

俺以外の全員がそれぞれアクセルに別れの言葉を口にする。

それが終わると、アクセルは俺に向き直った。

「こっちの旦那とはお別れだけど、俺っちはたぶん、これから先まだまだ旦那と会うことになるだろうから、また今度ね」

「………未来は知らんが、過去の俺は今みてぇに甘くねぇぞ」

「そんなの百も承知よ? だってこっちの旦那って良い人過ぎるんだもん。それじゃあバイバ~イ!!」

「ああ、またな」

相変わらず明るく軽い感じの別れの声を出して、アクセルは”ゲート”に飛び込んだ。

やがて”ゲート”は閉じ、消える。

俺はそれを確認すると、深い溜息を吐いた。

「やれやれだぜ」

これでようやく気苦労が増した騒々しい日々が終わり、いつもの日常が帰ってきた。

どっと疲労感が両肩に降りかかってきたような気がしたので、家に帰ってシャワーでも浴びてから昼寝でもしたい。

「帰るぜ」

この場に居る全員に告げると、俺は歩き出した。

「お兄ちゃん待って!!」

「置いてかないでよソル!!」

後ろからなのはとフェイトが駆け寄ってきて、俺の腕にそれぞれしがみつく。

いつものことなので気にせず歩き続けるが、真夏の真昼間に俺にくっついて暑苦しくないのかこいつら?

夏の日差しが眩しい。

「ねぇ、お兄ちゃん」

ふいに、なのはが声を掛けてきた。

「ああン?」

「お兄ちゃんは、アクセルさんみたいに元の世界に帰りたいって思ったこと無いの?」

その瞳は不安げに揺れていた。

「無ぇよ」

「ホント!? ホントにホント!?」

「ああ」

「嘘じゃないよね!?」

「しつけぇぞ」

俺は少し怒った声を出した。

なのはは俺のそんな態度に安心したのか、柔らかい笑みを浮かべる。

「ソルは私達とずっと一緒に居てくれるんだよね?」

今度はフェイトか? 急にどうしたんだこいつら。フェイト、そんな泣きそうな顔をするんじゃねぇ。

溜息を吐くと、俺はこいつらが安心するようなことを言ってやる。

「今更帰る気なんて無ぇから安心しろ。俺がお前らを置いて帰れる訳が無ぇだろ。だから、お前らが俺を拒絶しねぇ限り傍に居てやる。これで満足か?」

「「うん!!」」

「ったく」

こんなんで兄離れ出来んのか?

「でもお兄ちゃん、寂しくないの?」

「今度は何だ?」

「だってアクセルさんが来てから、お兄ちゃん楽しそうだったよ?」

「うん。ソル、凄い嬉しそうだった」

二人が口を揃えて此処数日の俺の様子を語る。

「そうか?」

「「そうだよ」」

俺の疑問に綺麗にハモる返答。

「………そうか」

こいつらが自身満々に言うんだったらその通りなんだろう。少なくともこいつらから見た俺は此処数日、楽しげで嬉しそうにしていたらしい。

「大丈夫だよソル。アクセルさんは帰っちゃったけど、ソルには私達が居るから。絶対に離れないから」

「うん!! お兄ちゃんに寂しいなんて言わせないんだからね!!」

言って、更に密着してくるなのはとフェイト。

………本当に兄離れ出来るんだろうか?

俺は妹達の将来に一抹の不安を胸中に抱えながら、俺の帰るべき場所へと足を進めた。










































「この写真見てよ、旦那の子ども時代」

「…………黙って置いてけ!」










































おまけ



「ねぇ、フェイトちゃん。どうして私よりも六枚も多くお兄ちゃんの写真持ってるの?」

「アクセルさんからもらったんだよ」

「何時の間に?」

「………」

「………」

「………」





『ソル、大変だよ!! フェイトとなのはが喧嘩してる!!』

「はああ!?」(←お風呂入ってた)












後書き


ソルとアクセルの酒の好み、アクセルが以前娼婦を買おうとしたこと、ソルとアクセルの二人旅、アクセルがスレイヤーにご飯奢ってもらったこと。

↑は全てドラマCDの設定からもってきました。



[8608] 背徳の炎とその日常 4 ユーノ、里帰りをする 前編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/07/23 19:33
八月半ば。夕飯を食い終わって居間でまったりしていた時だった。

「アリサちゃんとすずかちゃん、二人共明日から実家に帰っちゃうからしばらく遊べないって」

「ま、仕方無ぇな」

なのはが携帯電話片手に少しがっかりしたように報告してきた。

確か二人の実家はかなり離れた場所にあったな。こういう時金持ちってのは自家用飛行機で帰省するんだろうか?

「実家に帰った?」

俺の肩の上でフェレット形態となり、一緒に新聞を読んでいたユーノがポツリと呟いた。

「長期休暇だからな。そういうこともあるだろ」

「実家………帰った」

「ユーノ?」

ユーノの様子が若干おかしい。何やらブツブツと呟いている。

「ああああああああああああああああっ!!!」

「うおっ!?」

突然耳元で絶叫される。

鼓膜がキンキンする。俺はギアに改造された所為か、動物程ではないが人間以上に聴覚が良いので、この不意打ちは凄く効いた。

傍に居たなのははユーノの奇行に鳩が豆鉄砲食らったようにポカンとし、台所の方からフェイトの悲鳴が聞こえると同時にガチャンと皿が割れる音がして、「ユーノの馬鹿!! フェイトがびっくりしてお皿割っちゃったじゃない!!」とアルフの文句が飛んできた。桃子も訝しげに台所から顔を覗かせる。

ちなみに、士郎と恭也と美由希は道場に居るので此処には居ない。

「………な、何しやがる?」

新聞を取り落とし耳を押さえて俺がユーノに文句を言うと、当の本人は床に降り立つと人間形態に戻り、慌てた様子で俺を両肩を掴んだ。

「ヤバイよソル!!!」

「俺の鼓膜がな」

「違うよ、そんなのどうでもいいよ!! ジュエルシードの事件が起きてから僕、スクライア一族の方に一度も帰ってないし、それどころか連絡すら取ってない!!」

「ああン?」

ジュエルシードの事件が起きてからって、四月にユーノが家に来てから既に四ヶ月は経過している。

「今更か?」

「だって忘れてたんだからしょうがないでしょ!?」

「分かったから落ち着け」

このままでは俺に理由も無く一本背負いしてきそうな焦燥感を滲ませるユーノの手を下ろさせる。

ユーノは頭を抱えると、床に四つん這いになった。

「ヤバイよ、きっと皆心配してるよ。ロストロギアを探索して四ヶ月、その間全く音沙汰無しで行方不明………最悪、もうお葬式とかされてるかも」

「それは~………どう思う? お兄ちゃん」

「リンディ達時空管理局がどう報告したかによるな」

確かあの時、契約の中には『俺達に関する情報の一切は報告しない、また、俺たちに関して詮索しないこと』というのがあって、俺達が事件に関わったこと自体が隠蔽された筈だ。

あの女狐が俺との契約をしっかり守っていれば。

しかし、『報告しない』というのはあくまで時空管理局内のみという解釈も出来るので、スクライア一族の方には最低でもユーノがちゃんと生存していることが伝わっているかもしれない。

………そう考えると、俺達のことも”プライベートでの付き合い”で上司や同僚に情報を回している可能性があるな。

俺も『絶対に他言無用だ』とまでは言わなかった。人の口に戸は立てられない。逆に意識させるとつい口を滑らせる可能性もあるからだったんだが、甘かったか。

「一応、ちゃんと連絡取るか帰省した方が良いんじゃねぇか?」

「………やっぱりそうだよね」

ユーノが顔を上げる。頼むからその死人みたいな時化た面を俺に向けるのは止めろ。

「でもさ、ユーノくんの一族って墓荒らしの真似事しながらあっちこっちの世界で旅してるんだよね? どうやって連絡取るの?」

「墓荒らし違うから!! 遺跡発掘だから!!」

「盗掘だっけ?」

「それも違う!!!」

なのはとユーノが即席で漫才を披露する横で、俺は黙考していた。

連絡手段も無ければ、数多に存在する次元世界で今何処に居るかも分からない。こんな状態で一体どうしろと?

「………ミッドチルダに行けば、ユーノの一族がどうしてるか分かるんじゃないかな?」

そんな俺の疑問に、台所から居間にやって来たフェイトが少し落ち込みながら答えてくれた。きっと、割れた皿はアルフと桃子が片付けるからと言われて台所を追い出されたな。

「ミッドチルダ? お前らの魔法の術式と同じ名前の地名か?」

「うん。ミッドチルダ式魔法の発祥の地で、最先端の魔法技術を持つのがミッドチルダ。時空管理局もミッドチルダが中心になって運営してるから、ソルは管理局に協力してもらうのは嫌かもしれないけど、スクライア一族が今何処の世界に居るのかくらいなら受付とかで教えてくれるんじゃないかな?」

「それだ!」

フェイトの言葉にユーノがたちまち元気になる。

「フェイトちゃん、冴えてる!!」

なのはの賞賛にフェイトが「えっへん」と胸を張る。立ち直り早いな。

「ならそれで決まりだと言いたいところだが、そのミッドチルダに行くにはどうしたらいいんだ?」

「次元転送を使えば………」

急に自信無さげになるフェイト。

「使えば?」

「………たぶん、行けるんじゃないのかなぁ………」

なんでそこで曖昧な表現で尻すぼみになるんだよ。

俯いたフェイトの頭に手を乗せ、どういうことか聞いてみると、

「………座標、忘れちゃった」

申し訳無さそうにしょぼんとしてしまった。フェイトの感情に呼応するかのようにツインテールまで元気無く項垂れてしまう。

「バルディッシュのデータん中に残ってるんじゃねぇのか?」

「っ!! そういえばそうかも!!」

パッと表情を輝かせると、「すぐにバルディッシュに確認してみるから待ってて!!」と自室に走り去ってしまった。

間抜けだなぁフェイトは。ま、そういう天然なところとか、表情がコロコロ変わるとことかが可愛いんだけど。娘的な意味で。

「むぅぅ」

その時、何故か俺を見てなのはが唸っていた。

「何だよ、なのは?」

「フェイトちゃんズルイ!!」

「はあ?」

膨れっ面のまま俺にしがみつくと、「お兄ちゃんってすぐ眼に出るんだから………私だって……」とかなんとか言ってるのが聞こえる。

………いや、何だ?

「とりあえずこれで帰省する目処が立ったな」

「そうだね。次元転送って距離に比例して魔力と時間が掛かるけど、ソルが居れば魔力の回復なんて待つ必要無いし、時間だって今更急いでも意味無いしね」

ユーノがいつもの明るい調子で応える。

「………スクライア一族か」

こうして、これから数日間の俺達の予定が決まった。

「あ、ちなみにミッドチルダの座標だったら僕覚えてるよ」

「それを先に言えよ」

ユーノのその発言は、ウキウキ気分のフェイトが戻ってくる三秒前だった。










背徳の炎とその日常 4 ユーノ、里帰りをする 前編










ミッドチルダの首都・クラナガン。その中央に建設された馬鹿みたいな高さを誇る高層ビルが俺達の前に立ちはだかった。

時空管理局ミッドチルダ地上本部。

二日前から数日間は外泊出来る荷物の準備をし、今日の朝一に出発。

五人で円陣を組み、全員が真ん中で手を添える。俺達の中でメインで次元転送魔法を行使するのはユーノ、補助としてフェイトとアルフ、魔力ブースターの俺、補助系の中で転移・転送が苦手はなのはは居るだけ、という形でミッドチルダに跳んだ。

ようやく転移を終えると、「何処だ此処は?」って感じの見知らぬ森の中に居たので、とりあえず森を抜けるまで飛行魔法を発動させて移動する。

森を抜けると市街地っぽい場所に出る。

魔法が認知されてる世界だってのに、市街地での飛行魔法の使用は落下事故や建造物・航空機との衝突を避ける為に緊急時以外は許可されていないとかなんとかで、それからは徒歩。

全く面倒臭ぇ。

勿論、この世界での通貨なんて持ってないのでタクシーやリニアレールの利用なんて出来っこない。

俺のみ渋々、持ってきた水筒や菓子で水分補給や小腹を満たしながらひたすら歩いた。

道中、なのはが物珍しそうにあっちをフラフラこっちをフラフラしそうになっていたので俺が手を繋ぎながら。それを羨んだフェイトとも手を繋ぎながら。

不幸中の幸い、ガキ共は訓練のおかげで体力がついていたので長時間の歩行に文句一つ言わず、むしろ俺を除いた全員がピクニック気分だった。

世界が違えば文化も違う。地球より遥かに進んだ科学技術で作られた物は確かに眼を惹く。ガキ共は地球とは何処が違うか探しながら歩いていたので、こいつらがそれ程時間の経過を体感してないなら僥倖だ。

んで、四時間近く歩き続けてやっと辿り着いた訳である。

「此処がリンディやクロノが所属する組織の総本山か。無駄にでかいな」

「いや、違うよ」

「は?」

俺の独り言をユーノは否定する。

「リンディさん達は次元航行部隊で”海”所属。此処は”陸”の本部だよ」

「”海”? ”陸”? 同じ時空管理局だろうが」

ユーノの言ってることがいまいち分からない。どっちにしろ同じ組織であることに変わりはないと思うんだが。

「まあ、確かにソルの言う通り同じ組織なんだけどね。う~ん、縄張りが違うって言えば分かりやすい?」

「なんとなくな」

同じ日本の警察でも所轄が違えば首を突っ込んでくるな、というのは刑事ドラマとかでもよくあるしな。それと一緒だろうか?

聖騎士団じゃそんなこと無かった。聖戦時代は人類同士でいがみ合ってる余裕すら無かったからな。ギアというはっきりとした”敵”が居たから当然か。

ま、時空管理局の組織図なんざ正直どうでもいいので興味無いが。

「じゃあ此処で待ってて、僕が中でスクライア一族のこと聞いてくるから。どうせソルは中に入りたくないでしょ?」

「ああ」

所属が違うとはいえ、万が一あいつらと出くわしたら面倒なことになりそうだから嫌だ。

「行って来るね」

たたた、とユーノはビルの中へと入って行った。

なのはとフェイトとアルフが「いってらっしゃ~い」と手を振っていた。





「お待たせ」

五分も経たずにユーノが帰ってきた。

「随分早ぇな」

「うん。受付の人に聞いたら通信で本局の人にすぐ問い合わせてもらったから」

「本局?」

またもや聞いたことの無い単語だった。

「正式名称は時空管理局本局。リンディさん達が所属する次元航行部隊の本拠地で通称”海”だよ」

俺となのはは「ふ~ん」と頷いた。はっきり言って、あんまり興味無い。

「教えてもらった座標は前に一度行ったことがある世界だし、此処から地球よりは近いからソルの魔力があればすぐに行ける筈さ」

「なら行くか」

「え? 今此処で転移するの?」

「転移するだけなら別に誰かに迷惑掛ける訳じゃ無ぇから構わねぇだろ?」

「………そっか、そうだよね」

少しの間逡巡したユーノだが、頷きながら納得するのを確認すると俺は手を差し出す。すると、ユーノとフェイトとアルフ、そしてなのはが手を重ねる。

足元に俺達五人をすっぽり包める程の大きさの緑の円環魔方陣が浮かび上がり、それに重なるように金色とオレンジ色の魔方陣が出現する。

俺から流れ込む魔力を取り込んだその瞬間に利用されている所為か分からないが、それぞれの魔方陣がルビーのような赤い光―――俺の魔力光だ―――を纏う。

「転送開始」

ユーノの言葉と同時に魔方陣から発する光が視界を埋め尽くし、俺達はミッドチルダを後にした。










「たた、大変です!! 今、入り口のすぐ傍で推定オーバーSランクの魔力が!!!」

「何だと!?」

「一体どういうことだ!?」

「分かりません!!」

「新手のテロか!?」

「今調査中です!!!」

「おい!! あそこに居る子ども達じゃないのか!?」

「何だこの魔力は!?」

「あんな子どもがこんな馬鹿魔力で何する気だ!!!」

「………って消えたぞ!!」

「転移したのか!?」

「捕捉は!?」

「すいません!! 間に合いませんでした!!」

「何だったんだ一体!!!」

「分かりません!!!」

実は滅茶苦茶迷惑を掛けていて、地上本部の一部は一瞬大混乱に陥っていた。











補足説明

ソルの魔力光が三人の魔方陣に纏うように光っていた理由は、三人がソルを媒介にした上で魔法を行使していたから。ソルから供給される魔力をブースターとして使用しつつ、ソル本人を術式の補助の一部として組み込んでいたからである。

特に違和感とか感じないので本人はそのことに気が付かない。自分は手を重ねて突っ立てるだけとしか思ってない。三人のことを信頼してるので今回の魔法に関しては、車で言う”後部座席に乗ってる気分”。だから気付こうともしない。

ちなみに、ソルが居ないとこの次元転送魔法は成り立たない。



[8608] 背徳の炎とその日常 4 ユーノ、里帰りをする 中編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/07/28 00:35
「ユ、ユーノか!? 生きておったのか!! 本物のユーノか!?」

白髪と髭をふさふさに生やした初老が杖を振りかざして驚愕の声を上げた。

「ご、ごめんなさい!! 色々あって帰ってくるのが遅れてしまいました!!!」

「………皆ユーノのことをどれだけ心配したか分かっておるのか!!! おーい、ユーノが帰ってきたぞ!!」

老人はかっと眼を見開くと怒鳴る。それによってわらわらと老若男女が集まってくる。全てスクライア一族か?

口々に、ユーノが生きてた、心配させやがって、無事で良かったわ、と怒りながらも皆がユーノの姿を見て安堵していた。

そりゃそうだ。単独でジュエルシードを確保しに行って一族を抜け出してから四ヶ月は経過している。

俺はリンディ達がスクライア一族にどのような内容を知らせたのか気になって、近くに居た二十歳くらいの男を捕まえた。

「おい、時空管理局はユーノのことなんつってた?」

男は、俺と傍に居るなのはとフェイトとアルフを一瞥してから、鼻息荒くこう返事した。

「時空管理局の奴ら、ロストロギアを探索中にそれらしい人物を発見したが結局保護出来なかったてよ。全く、子ども一人保護出来なくて何が管理局だよ」

そう言うと、男はユーノの元へと小走りに向かった。

ユーノは今どうなっているかというと、五体満足で帰還したことに喜ぶ者達に囲まれて胴上げされていたりする。

(まずいな)

俺は内心冷や汗をかいていた。

スクライア一族に中途半端な情報しか行き渡らなかったのは、十中八九俺との契約の所為だ。それによってスクライア一族に要らぬ心労をさせてしまった。

それだけじゃない。そもそもユーノに一緒に暮らそうと提案したのは俺だ。それもあってユーノは帰らなかった。ジュエルシードの事件解決後、俺は高町家の連中をどう説得しようかで頭一杯だったし、その後は家の増築の件で忙しかった。増築が終わると、全て一件落着したと思い込んで日常に戻っていた。

せめて早急に連絡だけでもしておけば………

それすらすっかり忘れてたんだけどな。

ユーノに責任は無い。行方不明扱いはほぼ俺の責任だ。

今更考えてみると、別にユーノの情報が公開されても支障は無かった気がする。

(俺の身体や余計なこと以外は包み隠さず事情を説明する必要があるな)

こちらに非がある以上、真摯な態度で話す必要がある。

やれやれと溜息を吐くと、また近くに居た奴を捕まえて、自分達が何者か名乗ってから族長を呼んでくれと頼んだ。










背徳の炎とその日常 4 ユーノ、里帰りをする 中編










SIDE ユーノ



「………つまりキミが、事件を担当した現場の最高責任者に対して情報の隠蔽を申し出たことにより、ユーノの安否が我々に伝わらなかったと、そういう訳かね?」

説明が終わるまで一切喋らずに話を聞いていた族長が、重々しげに口を開いた。

「そうなる」

「そして今日までの間、キミの家でユーノは居候をしていたことでいいのかね?」

「ああ」

「………ふむ」

族長は渋い顔になり、年季の入ったその顔に厳しい表情を浮かべる。

ソルがジュエルシードの事件から今までの経緯を族長に説明した。ソルの身体についてとか、フェイトとアルフが犯人側(こんな言い方嫌だけど)だったことは省かれていたけど、それ以外は何一つ隠すことなく話した。

「一つ聞かせて欲しい。何故、情報の隠蔽を?」

顎に手を当て、長いのが自慢な髭を弄びながら族長はソルに問う。

「簡単な話だ。時空管理局にいいように利用されるのを防ぐ為だ」

その言葉を聞き族長が眼を細め、視線で続きを促した。

「お前らには信じられん話だろうが、俺の魔導師ランクとやらは管理局の基準じゃオーバーS。妹のなのはとフェイトはAAA。詳しくは知らんが管理局内じゃ5%も存在しない実力者らしい。ユーノも妹達と互角に闘えるだけの技量は叩き込んだし、結界魔導師としては優秀だ。アルフも使い魔としての実力は並みじゃねぇ。そんな俺達の存在を知って、慢性的な人手不足である時空管理局が放って置くと思うか?」

族長は黙ってソルの紡ぐ言葉を聞いている。

「答えは否だ。実力があれば子どもであろうと遠慮無く戦場に投入するような組織だ。勧誘されてホイホイ入局しちまった日にゃ、毎日馬車馬みてぇに働かされるのがオチだ。最悪、危険な戦場に行かされて死ぬ可能性だってある」

以前、ソルが時空管理局が気に入らないと言っていた理由の一つ。

「確かに魔法主義の世界では当たり前かもしれん。子どもとは言え実力は一騎当千かもしれん。だが、こいつらはまだ”子ども”だ」

子ども、というところが強調される。

「まだ年端もいかない、肉体も精神も十分成長しきってない、殺し殺される覚悟も碌に出来てないような子どもに荒事をさせるような連中に、自分達の情報を与えられるか?」

声には憤りがあった。ソルはよっぽど魔法主義的な考え方が気に入らないんだろう。

「俺はご免だぜ。身内が死ぬのも、それに悲しむのも、誰かを憎むのもな………それが理由だ」

族長から視線を一瞬たりとも外すことなく、ソルは強い意志を込めて言い切った。

そんなソルの視線を受け止める族長は、今の短いやり取りでソルがどんな人物なのか見極めているようだった。

やがて族長は深い溜息を吐くと、呆れたように口を開いた。

「キミの言葉は一理あるかもしれないが、それでウチのユーノが帰って来ないこととどう関係するのかね?」

「それについては今まで忘れていたとしか言いようが無ぇ。言い訳はしねぇ。すまなかった」

そう言うと、ソルは族長に対して頭を下げた。

「お兄ちゃん!?」

「「「ソルッ!?」」」

僕達はソルの行動が信じられなかった。

あのプライド高いソルが、傍若無人で天上天下唯我独尊を絵に描いたようなソルが、決して何者にも屈さないソルが、頭を下げ謝罪しているのだ。事実を受け入れるよりも自身の眼球を疑った方が遥かに容易だった。

「元々ユーノに一緒に暮らそうと言い出したのは俺だ。だから、ユーノが悪い訳じゃ無ぇ。責めるならユーノじゃなく、俺にして欲しい」

「やめてよソル!! キミは僕の意思を尊重してくれただけじゃないか!! ジュエルシードの探索だって管理局が出てきてからは僕達を心配して手を引けって言ってくれた、キミ達の傍に居たいって思ってた僕を察して一緒に暮らさないかって言ってくれたんじゃないか!! キミが悪い訳じゃ無い、ただキミは僕の我侭を聞いてくれただけじゃないか!!」

僕は思わずソルの両肩を掴んで頭を上げさせようとするが、ビクともしない。

「どうしてキミはいつも最後に全ての責任を背負い込もうとするんだ!?」

「責任取るのが責任者なんだよ」

「でもっ!!」

ソルは確かに僕達よりも大人だ。本当はずっと年上で、僕達の保護者で責任者なのかもしれない。

だけど、ソルだけが責められるのは我慢ならない。

僕はソルより弱いし、魔導師としても実力は格下だし、頭もソルみたいに良くないし、顔も身体つきも男らしくない。

でも、だからと言って何時までもソルの庇護下に居るのは、キミに甘えているのは、そんなのは嫌だ。

キミとは何時だって対等で居たいんだ。



―――僕だって男なんだよ、ソル?

     何時か必ずキミに認めてもらうって、僕は自分自身に誓ったんだよ!!!



ソルが頭を上げないと分かると、僕はソルよりも深く族長に頭を下げた。

「族長!! 全ての責任は僕に、このユーノ・スクライアにあります。なのはに魔法の力を与えたことも、ソル達を巻き込んで迷惑を掛けたことも、ソルの厚意に甘え続けた所為で一族の皆に心配をさせてしまったことも、魔導師として人間として男として未熟だった僕に責任があります!! どうかソルを責めないでください!! お願いしますっ!!!」

「ユーノ、お前」

隣からソルの視線を感じた。

「キミの言う通り、確かにキミにも責任はあるかもしれない。でも、キミだけじゃない。少なくとも僕にも責任があると思う。だから、キミだけが頭を下げるなんて間違ってる」

それだけ言うと、その姿勢のまま族長の判断を待った。

「あ、あの、お兄ちゃんとユーノくんを許してあげてください。二人共悪気があって今まで皆さんに心配掛けた訳じゃ無いんです。お願いします」

「その、ソルは何時だって私達のことを考えてくれていたんです。ただ、今回はそこまで頭が回らなかっただけで………ユーノも、特に悪いことした訳じゃないし………上手く言えないですけど、お願いします」

「アタシは族長さんに偉そうなこと言えないけどさ、ソルとユーノを許しておくれよ」

後ろでなのは達がそれぞれ頭を下げているのが気配で分かる。

僕達は皆、揃って族長に頭を下げた。

「………やれやれ。顔を上げなさい」

族長の言葉に全員が顔を上げる。

僕はジッと族長の眼を見つめていると、視線が絡み合う。

「ユーノ」

「はい」

「少し見ない内に、随分と良い眼をするようになったな」

「え?」

言われた内容に間抜けな声を漏らしてしまう。

「それに、良い友人達に巡り合えたようだ。その点に関しては、キミ達に感謝しなくてはならないな」

族長が僕達全員に優しい眼を向ける。

「良かろう。ソルくんの漢気とユーノの成長、そしてキミ達の絆に免じて今回の件は不問としよう」

「ほ、本当ですかっ!?」

「ワシは嘘を吐かんぞ、ユーノ」

「ありがとうございますっ!!」

僕はもう一度深々と頭を下げた。

「恩に着るぜ」

「ありがとうございますっ」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとう、族長さん」

ソル、なのは、フェイト、アルフが許してもらったことに礼を口にする。

「フォフォフォフォ。だが、次は無いと思えよ、ユーノ?」

「はい!! 肝に銘じます!!!」



SIDE OUT










族長との会談が終わり、ユーノが無事帰還したことを夕飯も兼ねて一族挙げて祝うことになった。

祝杯は屋外で行う形となり、あちらこちらでテーブルが用意され、料理が運ばれてくる。

俺達は快く参加させてもらった。

主賓であるユーノはあっちこっちで引っ張りだこ、行く先々のテーブルで揉みくちゃにされていた。

アルフは一人で先を争うかのように肉にがっついている。

スクライア一族の女性陣に囲まれたなのはとフェイトは、コップ片手に談笑している。

俺はそれを微笑ましく思いながら、喧騒から離れ一人になると、周囲を囲むように展開されたドーム状の”家”の群れを眺めた。

遺跡を求めて流浪の旅をするスクライアは一箇所に定住しない。その為、”家”という存在は地球の遊牧民族みたいに移動式のものである。

しかし、移動式と言っても転移魔法で建物そっくりそのまま移動させるので、モンゴルの遊牧民が使ってる家とは比較にならん。

先程、俺達用に宛がわれた部屋なんて十畳一間の立派な客間で、ひなびた旅館よりも良い部屋だった。内部の構造は普通に洗面所とシャワールームとトイレがあり、簡易キッチンまでも備えていた。

魔法文明の恩恵を受けたことと、地球よりも高い科学文明により、地球側と比べると遥かに高度なレベルのものを有している。

俺達一人ずつに一部屋用意してくれたが、なのはとフェイトが『お兄ちゃん(ソル)と一緒に寝るので私達の分の部屋は構いません』とか言いやがったことにより、周囲に居た連中から非常に生暖かい眼を向けられた。

その時のことを思い出して、俺は額に手を当て頭痛を堪えた。



―――………外では絶対に言うな、って言ったのに。



気を取り直して”家”の周りの外を見る。

地平線まで草原が続いているような広く開けた場所で、その向こうには薄っすらと雲に隠れるように標高の高い山が見える。少しだけだがその山の山頂が白い。恐らく溶けずに残った雪だろう。

あの山の山頂に遺跡が存在し、今はそこを調査している最中とのこと。

明日になればその調査に参加させてくれるらしい。実に興味深い。

今俺達が居る場所は日本の四月と同じくらいの気候と気温。湿度は若干低い。

視界の奥に見える山は最低でも富士山よりは高いだろう。もうすぐ日暮れが訪れる所為か、夕日に彩られた山は幻想的な雰囲気を醸し出し、その姿は絶景だった。

「どうした? お主も宴に参加せぬのか?」

「………」

真横から飛んできた声に振り返らず視線を向ける。

スクライアの族長だった。酒瓶片手に無駄に伸ばした髭を弄りながら俺の隣に立つ。

「騒がしいのは好きじゃねぇ」

「ふむ、気が合うの、ワシもじゃ。どうも最近の若いもんにはついていけん。これも年か」

族長は言って何処からともなくコップを二つ取り出し、一つを俺に投げ渡す。

受け取ったコップに酒が注がれる。

甘い、柑橘系の香り。間違い無く果実酒だろう。

俺は躊躇せずに酒を煽った。

「思ったよりも甘くないな?」

口内に広がったのは甘さよりも酸っぱさ。炭酸に似た強い酸味と刺激。度数が高いのか、腹の中ですぐにかぁっと熱くなる。

地球で言えばグレープフルーツの炭酸割りに近い。

だが、酒としては非常に飲み易い部類に入る。アルコール独特の苦味や飲み難さといったものが少ないからだ。

そういえば、酒なんて何時以来だろうか? とりあえず俺が高町家に居候するようになってからは一度も口にしなかった。というか出来なかった、桃子のおかげで。

つーか、飲んだくれて潰れた間抜けを便所に連れて行ったりベッドに運んだり洗面器用意したりという損な役回りが多かった所為か、飲む機会が皆無だった。

「フォフォフォ、スクライア一族秘伝の酒じゃ。何処の次元世界にも販売しておらん、一族にとって目出度いことがあった時のみに振舞われる酒じゃ。感謝して飲めよ」

自分のコップに酒を注ぎながら言うと、一気に飲み干し、また注ぐ。

俺も族長に倣ってコップを空にし、注いでもらう。

「まずキミに謝っておく。ウチのユーノが色々と迷惑を掛けた。妹の、なのはと言ったか? その子に要らぬ”力”を与えてしまったようじゃな。すまなかった」

「………」

「それから礼を言わせてくれ。キミと妹さん達のおかげでユーノは今こうして五体満足で居る」

族長は俺に身体を向き直り、頭を下げた。

「何より、キミ達と共に居たことによりユーノが”男”を上げて帰ってきおった。ありがとう」

「頭上げろ、礼言われるなんざ柄じゃねぇ。そもそも、さっきのはそれでチャラだったんだろ?」

「む? 何のことかな?」

顔を上げ、不思議そうな表情をする族長。

「食えねぇ爺だぜ」

俺はコップを空にすると、族長に注ぐように促した。





「皆の所に戻る」と言って立ち去った族長から酒瓶一本譲り受け、そのまましばらくの間暮れなずむ美しい景色を眺めながら、一人黙って酒を飲んでいた。

やがて夜の帳が下り辺りが暗くなるが、魔法の光が周囲を照らし、暗闇でも支障が無いようにされる。

「お兄ちゃん」

「ソル」

そんな時、背後から気配がしたかと思えばなのはとフェイトが居た。

「どうした? ………ん?」

しかし、少し様子がおかしい。

まず、顔が赤い。それから眼の焦点が微妙に合ってない。次に、重心が少しフラついている。そしてなにより、顔がマタタビを嗅いだ猫のように蕩け切っていて、手に持つ酒瓶の中から漂う柑橘系の香りと同じ匂いがする。



―――まさか、こいつらっ!!!



「えへへへ~♪ おに~ちゃ~ん」

「ソルぅぅ~、ソルぅぅ~♪」

二人はしがみついてくると、グイグイ俺の腕を引っ張る。

「ちょ、待て、何処に行く気だ!?」

「なのはといっしょにごはんたべる~」

「ちがうよ、ソルはわたしといっしょにたべるんだよっ」

「そんなことないよ、おにいちゃんたべるのなのはなんらから~」

「そんなことなくないもん、ソルはわたしのほうがおいしくたべれるはずだもん」

既に呂律が回ってない。言ってることが支離滅裂だ。喋ってる言葉の文法がおかしい。

「と、とりあえずこんな所で喧嘩すんな、仲良くな?」

「じゃあ、おにいちゃんおもちかえりします」

「ということで、もってかえります」

腕を引っ張る力が更に強くなり、俺は二人に引き摺られて一つのテーブルの前に連行され、無理やり座らせられる。

「はい、あ~ん」

「ソル、あーんしてあーん」

口元に差し出される唐揚げのようなものが二つ。

「いや、自分で食える―――」

断ろうとした瞬間、

「「ごたくは、いらないっ!!!」」

「んごぉっ!?」

欠片の躊躇も無く口の中に強制的に突っ込まれる唐揚げ。

「シャッターチャンスッ!! いただきぃぃっ!!」

声と同時にフラッシュの閃光が連続的に発生する。パシャパシャとシャッターを切る音の方向を見ると、顔を真っ赤にしたアルフがスペアリブのような肉を咥えながらデジカメを構えていた。

「アハハハハッ!! このジュース最高っ!! 最高にハイってやつだよ!!!」

口の中のものを咀嚼し終わり嚥下してから、それジュースじゃなくて酒だ馬鹿っ!! と言おうとした刹那、なのはとフェイトに無理やり食わされて喋れない。

アルフは肉を食っては酒を飲み、高笑いを上げながらシャッターを切る。

『食うか写真撮るかのどっちかにしろっ! つーか、二人を何とかしてくれ!!!』

『ソルがそう言うなら食べるよ』

試しに念話を送るとちゃんと返ってきたが、俺を助ける気は皆無らしい。



―――誰だこいつらに酒飲ませたのはっ!? 飲み易い酒って悪酔いするんだぜ!!



「あ!? おにいちゃん!!」

「ソルがにげた~」

俺はなのはとフェイトを振り切ってその場を離脱し、視線を巡らしユーノを探す。

居た!! 顔を熟れたトマトのように赤く染めて、テーブルに突っ伏した状態で気持ち良さそうに鼻提灯膨らまして寝てやがる。マジで役に立たねぇ!!!

「や~だ~、ソルがどこかいっちゃうなんてや~だ~。ずっとそばにいるぅぅぅ」

「にがさないよ、おにいちゃん♪」

キャピキャピ喚きながら走ってきたなのはとフェイトに捕まる。

………しまった。

「フハーッハハハッハッハハッハ!!! この肉は誰にも譲らないよぉぉ!!」

テーブルの上で四つん這いになり、実にワイルドに肉を食い千切る姿を晒す狼形態となったアルフが雄叫びを上げ、周囲を威嚇していた。

誰も盗らねぇよ。

俺はまたもや二人にテーブルまで連行され、座らせられる。

今度は逃げられないように、それぞれが俺の膝の上に座る。勿論、これでもかと言う程密着される。

助けを求めようにも、周りに居る連中は皆完全に出来上がっていてどいつもこいつも酔っ払いと化している。俺達のことなど誰も気にも留めないどころか、視界に入れてる者が居るのかすら怪しい。

(………ダメだこいつら、早くなんとかしねぇと)

だが、結局どうにも出来なかった。










次の日の朝。

「あ~、頭が割れる~」

「お兄ちゃんお水ちょーだーいー」

「………気持ち悪い」

「フェイト、しっかりぃ………」

俺の眼の前には二日酔いでうんうん唸っている馬鹿が四人、仲良く布団の中で苦しんでいた。

とりあえず、息も絶え絶えな四人からなんで酒なんてもんを飲んだのか話を聞くことにした。

それらは全く呆れた内容だった。

ユーノは仕方が無い。どうやら大人達に無理やり飲まされたらしいからな。完璧なアルハラだから飲ませた連中に後で文句の一つや二つは言わせてもらっても罰は当たらん。

しかし、なのはとフェイトとアルフは完全に自業自得だ。

なのはとフェイトは酒と分かっていながら飲んだ。酒という”大人の飲み物”に対して興味を捨て切れず、いけないと理解していながら好奇心に負け飲んだらしい。

そして、実際飲んでみた感想はジュースみたいな味だったこと。これが二人を調子付かせた。

果実酒は種類によっては普通の酒よりアルコール度高いのだってあるってのに。昨晩飲んだ酒はそれに該当するもんなのに。馬鹿が。

四杯目が飲み終わってから俺が傍に居ないことを思い出し、二人で俺を探したとのこと。この時点で既に酔っ払っていたのだ。

アルフは肉に夢中になっていて周りの話を聞いていなかったとか。

ま、俺もこいつらの保護者としてしっかり監督してなかったのも悪いのだが。

昨晩、酔い潰れた四人を引き摺って用意してもらった部屋に寝かせた。

それぞれの顔の傍に洗面器を用意して。

四人は二日酔いになると確信していたので、逆にバラバラに寝させると後始末が大変だと思ったからだ。

んで、俺は寝ずの番で四人を見張り、案の定寝ゲロしそうになった奴を用意した洗面器に吐かせる。

ちなみに、寝ゲロしていない奴は居ない。

何度も吐瀉物を処理しながら、ふと俺は此処に何し来たのか疑問に思い、悲しくなってきた。

なんでユーノの一族に挨拶しに来たら、その夜から酔っ払いの面倒見てんだよ。

「やれやれだぜ」

俺は深く溜息を吐いた。

遺跡調査の参加は次の日に見送られることになった。













後書き

おおう、今回後編にして終わりにするつもりだったのに、いつの間にかシリーズ初の中編に………

許してくれたまえ(ム○カ大佐っぽく)

次回でユーノ帰省編は終わる筈です。

ちなみに、この作品の二割はユーノくん成長日記ですwww



[8608] 背徳の炎とその日常 4 ユーノ、里帰りをする 後編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/07/31 00:25
SIDE なのは



「ユーノ、見つかったか?」

「いや、まだだよ」

お兄ちゃんとユーノくんがキョロキョロしながら、扉を開く仕掛けを探しています。

今私達が居る場所は、ユーノくんの一族が現在調査中の古代遺跡の最深層部。その大きな扉の前まで辿り着きました。

遺跡の中はテレビで見たエジプトのピラミッドみたいな石造りで、でも人が数人並んで歩くくらいの余裕があり狭さを感じさせません。

参加させてもらった今回の遺跡調査。ユーノくんは久々ということで張り切り、お兄ちゃんも興味津々、私とフェイトちゃんとアルフさんは面白そうだからと探検気分でくっついて来ました。

山の標高はだいたい五千メートルくらいで、山の中腹辺りから気温がぐっと下がります。

山頂の遺跡まで行く途中、皆はバリアジャケットのおかげでそんなに寒いと感じないんだけど、お兄ちゃんはジーパン、シャツにジージャンを羽織っただけという軽装備。

寒くないのか聞いてみると、「法力で気温調整してるから平気だ」と返ってきました。

それを確かめる為に飛んでる最中に後ろからお兄ちゃんにおんぶしてもらうように抱き着いてみると、確かにお兄ちゃんの周囲だけポカポカと暖かいのです。

お兄ちゃんの身体もとっても暖かくて気持ち良いんですけど。

どうやらお兄ちゃんを包むように小規模な結界が展開されていて、結界の中だけ気温を操作しているとのこと。結界があるおかげで冷えた風が体温を奪うこともありません。

「”風”と”火”の属性で気温の調節をしてる」

お兄ちゃんのみが使うことの出来る魔法、法力。それは”火”、”水”、”雷”、”風”、”気”という五つの元素からなる魔法の力。

その内の”気”を除いた四属性を操り、多種多様な組み合わせによって様々な”事象”を起こすのが俺の使う法力だと以前説明してくれました。

法力って凄いです。戦闘に使用する攻撃や防御や補助は勿論、日常生活においてもとっても便利な力です。

そのままお兄ちゃんに抱き着いていると文句を言ってきたフェイトちゃんと口論になってから即喧嘩になり、お兄ちゃん達に置いてかれました。

移動中に一悶着あってようやく遺跡の入り口に到着。私とフェイトちゃんだけズタボロで疲れ切っていましたが、先に到着してスクライアの人達と話し合っていたお兄ちゃんは無慈悲にも「自業自得だ馬鹿」と休憩はくれず、ユーノくんと二人で遺跡の中に入って行ってしまいました。

もう置いてかれるのは嫌だったので慌てて追いかけます。

山の火口付近が入り口となっていて、そこからどんどん下に向かって降りていくように進みました。

なんだかRPGのダンジョンみたいです。

でも、残念なことに最深部以外は既に調査済みで、ゲームに登場する宝を守るモンスターやトラップなど、心躍るものは全く出てきませんでした。

疲れてたからいいんだけど。

それでも薄暗い遺跡の中というのはなかなか迫力満点で、長い年月を重ねた壁や床は好奇心を刺激する雰囲気があります。

魔法の光に照らされて進む中、フェイトちゃんがさりげなく、本当にさりげなくお兄ちゃんの右隣を歩きその手を繋いでいるのを発見して、私もそれに対抗しようとしました。

しかし、お兄ちゃんの残された左手にはもしもの時の為に封炎剣が握られていて、くっつくことが出来ませんでした。

お兄ちゃんは両利きですがどちらかという左利きで、基本的に左手に封炎剣を持ちます。私も左利きでレイジングハートを左手に、フェイトちゃんは右利きで右手にバルディッシュを持ちます。

つまり、お兄ちゃんとフェイトちゃんは利き手じゃない方の手が上手く噛み合うのです。羨ましい。

こうなったらせめてフェイトちゃんだけ良い思いをさせるのを阻止する為、遺跡の中で手を繋ぐのは危険なんじゃないのかな? っと尤もらしいことを言って抗議します。

「本来なら遺跡の中で手を繋いで歩くなんざご法度なんだが、最深層部までは調査済みだって言うし、そこまでならいいか」

「ありがとう、ソル。実は少しだけ怖かったんだ」

頬を染め、うっとりした表情のフェイトちゃんが指を絡める力を強くします。

(お、おのれ~。ていうか、お兄ちゃんってフェイトちゃんに甘くない!?)

歯軋りしながらどんどん下層へと降りていきます。

やがて最深層部まで到達すると、大きな扉が行く手を阻みました。

押しても引いてもウンともスンとも言わない扉。スクライアの人が調査したのは此処までで、扉の先は未知の領域だということです。

これは何としても先に進まなければ、と俄然やる気なったお兄ちゃんとユーノくんが何か仕掛けがある筈だと言って、それらしきものを扉の周囲で探し回ってますが、一向に見つかりません。

全員で一生懸命探しましたが、壁や床には怪しいスイッチとかありません。色違いの部分とかも無いし、取っ手とかレバーとかも勿論ありません。

お兄ちゃんはしきりに扉や壁や床を触ったり叩いたりして、ブツブツと何かの呪文を唱えながら穴が開くのではないかと思う程睨んでます。どうやら法力を使って調べてるみたいです。

ユーノくんもお兄ちゃんと同じように動きながら、魔方陣を足元と手の平に展開させて調べてます。

そんなことが十分程続いてますが、法力と魔法を使っても全然仕掛けらしいものは見つかりません。

「見つからねぇな」

お兄ちゃんが法力行使を止め、溜息を吐きました。

「面倒臭ぇからぶっ壊すぜ」

実にお兄ちゃんらしい結論が出されます。

「ちょっと待ってよソル。いきなり壊すだなんて」

「ハナっからこうしときゃぁ良かったんだよ」

ユーノくんの抗議は一蹴されます。たぶん、お兄ちゃんもいい加減イライラしてきたんでしょう。元々、そんなに気が長い方じゃないし。

「そもそも”扉を開く仕掛けがある”っていう前提自体が間違ってる可能性がある」

それは不思議な言葉でした。

「どういうこと!?」

ユーノくんを筆頭として私達がお兄ちゃんに注目します。

「まず、遺跡の中に開かずの扉がある。その時点で普通なら扉を開ける為の仕掛けがあると考えるもんだが、それは先入観で思い込んでるだけの話で、実際は何も無いってことだ」

お兄ちゃんは扉を握り拳でコンコンと叩きました。

「この扉は勿論、壁や床、天井まで解析してみたが、魔法的な仕掛けどころか、物理的な意味での仕掛けも存在して無ぇ。つまりこの”扉”は、先に続く道を塞いでるただの”壁”って可能性がある」

扉の形をした”壁”に向き直ると、濃密な魔力が空間を満たし、炎を纏った拳を構えます。

「この”壁”の向こうに空けた空間が存在する。恐らくそこがこの遺跡の最奥部だ」

「え!? もうやるの!?」

「タイラン―――」

「うわぁぁぁぁ!! 退避退避っ!!!」

慌てたユーノくんの声に反応して皆お兄ちゃんから離れます。

「レイブッ!!!」

拳が”壁”に叩きつけられると同時に爆音と爆炎が発生し、それが”壁”もろとも爆裂する。

辺りに粉塵が舞い、眼を瞑って口を押さえます。

「思った通りだな」

眼を開けると、巨大な穴の向こうは祭壇のようなものが中央に据えられた部屋になっていました。

「………相変わらず無茶するよねキミって」

「無理が通れば道理が引っ込むってな」

「いや、言いたいことはそうじゃないから」

ゲンナリしているユーノくんを尻目にお兄ちゃんがその部屋に入っていくので、私達も続きました。



SIDE OUT










背徳の炎とその日常 4 ユーノ、里帰りをする 後編










SIDE フェイト



発掘調査を終え、地上に出る。

ソルとユーノは今回の調査で出土した物品を見せてくれと調査団の責任者に詰め寄り、許可をもらうと倉庫に駆け込んだ。

二人は色々な角度からそれらを観察しながら、時に二人で話し合い、近くに居たスクライアの人から説明を受けうんうん頷いている。

ユーノはこういうことを生業にしてる一族の出だから分かるけど、ソルってこういうものに興味あるんだ。

ちょっと意外。

「なんだか研究熱心な学者さんみたい」

なのはが二人を見ながら呟いた。

「ユーノはなんとなく分かるけど、ソルもかい? あはははは、ソルが学者って、あのソルがっ!? 無い無いっ!! あいつ程白衣が似合わない男なんて居やしないよ!!」

アルフがお腹を抱えて笑った。

白衣姿のソル?

想像してみる。



銀縁眼鏡を掛けた大人のソルが、白衣を着こなしデスクの上に腰かけ、鋭い瞳で私が提出した研究レポートを吟味してる。

『少し気になる点もあるが、なかなか面白ぇレポートだな………上出来だぜ』

『ソル先生、じゃあ!?』

『ああ。約束通り、フェイトには俺が指揮する研究チームに参加してもらう。勿論、俺の補佐という形でだ』

ソル先生が私の肩を優しく叩く。

『これだけのものが書けるとな。今までお前のことを高く評価していたつもりだったんだが、それじゃあ足りなかったみてぇだ。許せ』

『いえ、そんな』

『謙遜するな。俺にはお前が必要だ。フェイト』

私はソル先生の言葉に感極まって、思わず抱きついてしまう。

『おいおい』

『ソル先生。私、先生に一生ついていきます』

『何馬鹿なこと言ってやがる………ったく、困った教え子だ』

呆れたように溜息を吐いてから、ソル先生は強く、それでいて優しく私を抱き締めてくれた。



ホワン、ホワン、ホワン、ホワワワワ~ン



「「それはそれでっ!!!」」

「うああっ!? 急にどうしたんだい!?」

アルフが横でびっくりしてたけど気にしない。

周りに居た人達もいきなり大声を上げる私となのはに訝しげな視線を向けてきたけど気にしない。

白衣姿のソル。ありだよっ!! 普段の粗暴な感じが白衣で抑え込まれてて、鋭い眼つきが眼鏡のおかげで知的になる。

このギャップが、良い!!

それにソルって凄く頭良いから、意外に研究職とか科学者とか向いてるかも。私のバルディッシュとなのはのレイジングハートの面倒だって見てもらってるし、ソル本人のデバイスだって作ってる。

普段の生活でも難しい学術書とか専門書、恭也兄さんから借りてくる大学教授の論文とか愛読してるし。

もしかしたらソルの将来ってそっち方面なんじゃないかな?

だとすると、近い未来に想像が現実になるのかな?



『謙遜するな。俺にはお前が必要だ。フェイト』(←*注意 妄想です)



やだ、そんなこと言われたら私、幸せ過ぎて死んじゃうっ!!!

「アルフ、なのはとフェイトに何があった?」

「ああ、ソル。いつもの発作が始まっただけだから気にしなくていいよ」

「ソルは知らないんだっけ? 二人共ソルが居ない時はいつもこんな感じだってこと。最近は特に酷いけど」

「発作? 軽くトリップしてるように見えるんだが、本当にいつものことなのか? 眼の焦点もはっきりしてねぇし、意識が混濁してるような気がするぜ。顔も赤いし、時折変な動きするし、医者に行った方が良いんじゃねぇか? なんだったら俺が診察するか?」

「いつものことだから」

「それに、ソルが医者の真似事なんてしたら悪化するだけだから」

「??」

まず銀縁の伊達眼鏡用意して、白衣はきっと桃子母さんに言えば用意してくれそう。それで、地下室で作業する時は常にその格好で居てもらって、それからソルの作業を私が手伝うようになって、私が失敗してもソルは怒るどころか私の心配してくれて、私のことを抱き(以下略)。










今日の夕飯にもあの飲み物が出た。

一昨日、私となのはが飲んでしまい、暴走する切欠となったお酒だ。

ソルからは散々怒られてもう二度と口にするなと釘を刺されてたし、二日酔いなんていう苦しい思いをするのは二度とご免なので言われなくても飲まない。

………飲まないんだけど。

「んく、んく、ふぅ」

どうしてソルは普通に飲んでるの?

「何だフェイト? これか? ダメだからな」

私の視線に気が付いたソルが窘めるような口調で、お酒が入ったコップを置く。

「お兄ちゃん、それお酒だよね」

「ああ」

「子どもは飲んじゃいけないんだよね」

「子どもはな」

「………」

「………」

隣に座るなのはの言いたいことは分かる。

今のソルは子どもの姿だけど、本当は大人だ。だから、お酒を飲むのは別に変だとは思わないんだけど、なんか納得いかない。

………そうだ!!

「でもさ、今のソルの身体って子どもだよね?」

仏頂面が一瞬揺れる。

「桃子母さんも、アクセルさんが来た時言ってたよね? 『今は子どもの身体なんだから飲んじゃダメ』って」

ソルは私からバツが悪そうに眼を逸らした。

やっぱり本人もその自覚あったんだ。桃子母さんがこの場に居ないのをチャンスと思ってお酒飲んでるんだ。

私は立ち上がり、正面に座るソルの顔を両手でホールドして無理やり目線を合わさせる。

困ったように苦笑いを浮かべるソル。その眼は「見逃してくれ」と訴えていた。

あ、なんか可愛い。

「食事中」

そのままずっとソルの顔を眺めていたかったけど、絶対零度に近いなのはの底冷えする声が聞こえたので、渋々手を放す。

胸中で舌打ちしながら座り直し、口を開く。

「とりあえずこれは没収ね?」

酒瓶とコップをソルから取り上げると、ガーンって感じて落ち込むその姿にユーノとアルフがソルの隣で笑いを堪えていた。

名残惜しそうなソルの視線をどうにか振り切り、食事を再開した。





「明日になったら帰るぜ。荷物まとめておけ」

夕飯の後。ソルの部屋で皆集まってだらだら過ごしている時、唐突にテンションが非常に低い声でソルが宣言した。

お酒を取り上げられたことがまだ尾を引いてるらしい。この世の全てがどうでもよさそうな口調はやる気とか覇気とか一切感じられないものだった。

しかし、そんな声にビクリと反応したのが一人居た。ユーノだった。

「帰るって、地球に?」

「たりめぇだろうが」

それ以外に何処があるんだといった風に、ソルは不貞腐れながら封炎剣を乾いた布で磨く。

「それともユーノはこっちに残るか?」

封炎剣の鍔の部分をガコッと展開させて、大小様々なギミックを一つ一つ丁寧に磨きながら、明日の天気を聞くように問い掛けるソル。

「………僕は………」

ユーノが苦悩するように俯いた。

元々ユーノはスクライア一族として生きてきた。でも、ジュエルシードの一件から高町家に居候するようになって今に至る。

彼にとってはどちらも大切な場所だというのは手に取るように分かる。

私だって今の居場所は凄く大切だし、ソルに吹っ飛ばされて今は存在しない時の庭園にだって思い入れがある。

どちらか選べと言われて、急に答えが出せる訳が無い。何故ならどちらも大切だからだ。

「ま、今すぐ答えを出せなんて言わねぇよ。帰るっつっても明日の夕方くらいだ。それまでじっくり考えろ」

悩むユーノを察してか、ソルが優しい声を出し、話はこれでお終いといった感じで封炎剣を磨く作業に集中する。

やがて磨き終わってピカピカになった封炎剣に満足すると、それを布で包んでからバッグの上に放り投げた。

ボスッと音を立ててその重さでバッグをぺしゃんこにする封炎剣って、ソルから受ける扱いが微妙だ。整備する時はとっても丁寧なのにそれ以外は酷く粗雑だから。

なのはの話によるとレイジングハートはたまにゴミ箱に入れられるって言ってたけど、バルディッシュは大丈夫だよね?

それから皆で寝るまで雑談していたけど、ユーノはずっと黙っていた。



SIDE OUT










SIDE ユーノ



ソルの部屋から出ると、僕は自分の部屋には戻らず、バリアジャケットを展開し飛行魔法を発動させて遺跡の方へと向かった。

気温が低いけど、バリアジャケットのおかげで気にならない。

視線の先の山は、星光に照らされて夜だというのに白く光っているように見える。

綺麗だ、純粋にそう思った。

満点の星空を眺めながら、遺跡へと辿り着く。

今日の僕達の作業によって、この遺跡は調査が終了した。スクライア一族にとってはこの世界に留まる理由が無くなった。

結果的には当たりで、かなりの収益が見込めるらしい。

明日には撤収作業が始まるだろう。

僕は適当な岩を見つけると、その上に座り込んだ。

「どうすればいいのかな」

独り言がぽつりと漏れる。

このままソル達と一緒に高町家に帰るか、それともスクライア一族に残るか。

本当ならスクライア一族に残るのが当然なんだろう。僕は高町家に居候しているだけの身で、おまけに学費を払ってもらって学校に通わせてもらってる。世話になりっぱなしだ。

でも、と思ってしまう。

あの家は、僕にとって帰るのが当たり前の場所になっていた。

ソルが、なのはが、フェイトが、アルフが、皆が居て、一緒に暮らしてきた場所。大切な帰る場所。

だけど、そんなことを言えばスクライア一族だって同じだ。

僕が物心ついた頃からこれまでずっと育ってきた場所。育ての親であり、兄弟姉妹であり、一族の皆が僕の家族なんだ。

どちらか選べなんて言われたって、どっちも選べないよ。

「ソルめ………意地悪なことさらっと言ってくれちゃって」

「お前が考え過ぎなだけだ」

「え!?」

背後から声がしたので慌てて立ち上がり振り返ると、呆れたような表情のソルが酒瓶とコップ二つを手にして歩いてきた。

ソルは僕の隣まで来ると胡坐をかき、僕に座るように促す。

コップが一つ渡される。

「どうして此処に? ていうか、そのお酒ってフェイトに取り上げられた奴じゃないか」

「なのはとフェイトが寝た瞬間にこっそりな」

不敵な笑みを浮かべるソルが自分のコップと僕が持つコップにお酒を注ぐ。

そして、カンッと乾いた音を立ててコップとコップがぶつかった。

「乾杯」

「か、乾杯」

言って、ゴクゴクとソルがお酒を飲むので、僕もそれに倣う。

口の中に酸っぱさと炭酸に似た刺激が広がり、それを飲み下すと腹の底に炎が宿ったように熱くなる。

それからしばらくの間、ソルは黙って夜景を見ていた。僕もソルが喋らないので黙る。

風の音と、時折ソルが鳴らす喉やお酒がコップに注がれる音以外に音は無く、静寂が世界を支配する。

「お前はいつも物事を深く難しく考え過ぎなんだよ」

唐突にソルが切り出した。

「別にこれから一生を選んだ方で生活しろだなんて言ってねぇ。選ばなかった方と今生の別れになる訳でも無ぇ。会いたくなったら今回みたいに休み使って会いに行けばいい」

お酒をコップに注ぎ、

「誰もお前に強制しねぇ。お前の人生で、お前の生き方なんだ。自分で考えて、自分で決めろ。ただ、難しく考え過ぎて『こうじゃなきゃいけない』みてぇな固定概念は捨てろ」

一気に飲み干し、溜息を吐く。

「いつも俺が口を酸っぱくして言ったろ? 思考を柔らかくしろって。あれは戦闘中に限った話じゃねぇぞ」

コップと酒瓶を置き、おもむろにソルは立ち上がる。

「お前が悩むのも分かる。迷ってるなんて百も承知。高町家に対する想いと、スクライアに対する想いも一応理解してるつもりだ」

僕に背を向けると、彼の数メートル先の空間が円の形に歪み、その部分だけ景色が変わる。その先はソル達に宛がわれた部屋の前だった。

転移・転送魔法じゃない。法力、転移法術だ。

「お前の好きにしろ。周りの意見とか、選ばなかった方への負い目とか気にしてたら何も出来ねぇし、始まらねぇ」

「………ソル」

「ただ、これだけは覚えておけ」

彼は首だけ振り返る。

「俺は何時でもユーノの味方だ。今回のお前が下した決定には逆らわないし、全面的にバックアップするつもりだ。それだけは忘れんじゃねぇ」

言うと、ソルは”ゲート”を潜ってその姿を消した。

残されたのは僕と、彼が置いていった空となった酒瓶とコップ。

「相変わらずキミは………言いたいことだけ言うと、人の話聞かないで何処か行っちゃうんだよね」

でも、それが凄くソルらしい。

ソルはソルなりに僕のことを気遣って、後押しをしにわざわざ来てくれたんだ。

ただ単にお酒が飲みたかっただけかもしれないけど。

「ありがとう、ソル………決めたよ、僕」

立ち上がり、手にしたコップに残っていたお酒を一気に飲み干した。










宣言通り、ソル達は夕方には地球へ帰ることになった。

「世話になったな」

「フォフォフォ、気にするでない。何時でも遊びに来なさい」

「いずれな」

ソルは族長に挨拶し終えると、僕に向き直った。

「で、結局どうする?」

「うん、こっちに残ることにするよ」

「そうか」

迷い無く答えた僕に、ソルは眼を閉じ満足そうに頷いた。

「でも、夏休みが終わる前にはちゃんと戻るから」

「は?」

僕の言葉にソルがポカンとする。これは貴重だ。ソルのこんな呆けた顔を見れるなんて、近い内に何か良いことが起きるに違いない。

「だって折角学費払ってもらってるのに学校行かないなんて勿体無いじゃない?」

「お前、こっちに残るって………」

「それにソルだって言ったでしょ? 思考を柔らかくしろ、会いたくなったら今回みたいに休み使って会いに行けばいいって。つまり、そういうことだから」

数秒固まっていたソルだけど、合点がいったのか、ニヤッと不敵に笑った。

「好きにしろ」

「うん、好きにする」

阿吽の呼吸のようなやり取りの後、僕とソルは声を押し殺して笑った。

「ソルくん、キミに渡しておくもんがあるのを忘れておったわい」

「ああン?」

族長が地球のノートパソコンのようなものをソルに手渡した。

「これは?」

「通信機だよ。ちょっと旧式だけど」

「ユーノの言う通り、通信機じゃ。多少古い物になるがこれをキミに渡しておこうと思っての。当然我々の連絡先は登録してある。それと取扱説明書はこれじゃ、ユーノから聞いたぞ? 魔導師として戦闘能力が高いだけではなく、数日でミッド語をマスターする知力を持ち、デバイスマイスターでもあると。妹達のデバイスの面倒を見ながら自分のデバイスを制作中らしいな?」

「ああ、まあな。だが、いいのか? ただでもらって?」

少し戸惑うような表情をするソルに、僕と族長は苦笑した。

「もらっておきなよ。キミなら何の支障も無く使いこなせる筈だからさ」

「そうじゃ。それに、困った時はお互い様という言葉があるじゃろう? もしキミが困っている時は連絡してくれて構わんし、逆に我々がキミを頼りたいと思った時は連絡する。勿論、普通の会話に使うのもアリじゃ」

「そういうことならありがたく受け取っておく」

通信機を受け取ると、大切そうにバッグの中に仕舞った。

「じゃ、そろそろ行くぜ」

僕達からソルが離れる。

「バイバイユーノくん、夏休みが終わる前にはちゃんと帰ってくるんだよ!!」

「また今度ね、ユーノ」

「ソルを一緒にからかう仲間が居なくなると寂しくなるけど、ほんのちょっとの間だしね。待ってるよ」

なのは、フェイト、アルフが僕に再会を約束する別れの言葉を投げ掛ける。それに僕は頷いた。

「またな、ユーノ」

「うん、高町家の皆とアリサとすずかには上手いこと言っといて。帰る頃には連絡入れるからっ!!」

僕は円陣を組んだ四人に手を振った。

「ソルッ!! 次に会う時はキミをあっと驚かせてみせるからねっ!!」

「何のことだか知らねぇが面白ぇ、やってみろっ!!」

その言葉が終わると、四人は地球へと転移した。





「行ったか」

「はい」

族の言葉に頷くと、僕は駆け出した。

「ユーノ!? 急にどうした!?」

突然走り出した僕に驚いて、疑問の声が投げ掛けられる。

「さっきソルに言ったことを実行出来るようにする為に訓練するんです!!」

「訓練、それは一体何のじゃ!?」

「勿論、戦闘訓練ですっ!!!」

これ以上無い程に力の限り声を出すと、僕はもう振り返らなかった。

まずは身体を暖めてから、柔軟運動をしよう。

それから、さっきレイジングハートとバルディッシュからコピーしてもらった、ソルとアクセルさんの戦闘データを一度よく見直そう。

僕は法力は使えないけど、アクセルさんの戦い方は参考になる筈だ。

魔法を使った訓練はその後だ。

「待ってて、ソル。僕は必ずキミと肩を並べてみせるから」

それは何時になるか分からない、達成できるかどうかも怪しい目標。

だけど僕は足を止めない。どんなに遠かろうとそこを目指して走り続けてやる。

全身にやる気を漲らせると、僕は大地を全力で蹴った。












オマケ



「お兄ちゃん、一緒にお風呂入ろうっ!!!」

「………ソ、ソル、背中流してあげる………」

(………しまった。いつもユーノと一緒に風呂入ってるからこいつらのこと気にせずに済んだってのに。まさかユーノが居ねぇと兄離れにこんな弊害が発生するとは思ってなかったぜ………)















後書き


書いてる間は、なんか他の日常編より長いんじゃないかと思ってたんですけど、容量的には同じくらいで驚きました。

今回は、前中後を通してユーノ成長日記になってます。前編はちょっと違う気もしますがwww

そして、後編は初のソル視点無し。これからどんどんソル視点が減っていくんじゃないかと思われます。A`s入るとキャラ増えるしwww

この作品の中で、ソルを除いて一番贔屓しているのはユーノくんです。登場したばっかりの頃扱いが酷かったのは前置きなんです。次がフェイトでその次がなのはとなっています。

たぶんA`s入ると上の順位が変動します。シグナムが上位に食い込んでくると思うのでwww

ソルの白衣姿はGG2公式設定資料集に載ってますので、興味がある方は見てみるのもいいかも。

まだ人間だった頃で、あの形容しがたいボサボサなヘアースタイルではなく普通の短い髪型で、瞳が青く、『あの男』とアリアと三人で会話しているシーンがあります。



次回はついに、なのフェイデート!!!

なのは単体フェイト単体で二話書くか、セットで一話にするか、ギャグにするか、砂糖を吐くほど甘くするか悩んでます。

誰か意見プリーズwww



[8608] 背徳の炎とその日常 5 デート 前編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/03/17 01:27
「はぁ」

俺は溜息を吐くと手を止め、全体の進み具合を確認する。

だいたい二割ちょっとか。あまり芳しくない速度だ。

ジュエルシードの事件が解決してから三ヶ月以上経過しているのに、俺専用のデバイス制作作業はあまり進んでいなかった。

原因は法力と魔法の相性の問題だ。

”事象”を顕現する法力と、科学技術の延長線上にある魔法。一見似たようなものであるが―――実際、結果は同じにすることが出来る―――過程と理論が全く異なるので、法力と魔法の補助を一つのデバイスでやらせようとすると、出力不足になったり上手く発現しなかったり片方しか動作しなかったりと問題が発生した。

どちらか片方の補助を行うことが出来るのは今までの失敗作で分かっている。しかし、二つ同時に発動させるとどうしてもエラーが発生してしまう。

そもそも俺が法力と魔法を組み合わせて使ってる複合のアレは、俺というリソースから法力に七割から八割、魔法に残りをという感じに分けている。

封炎剣は本来法力を増幅させる為のものなのでいつもと変わらないのだが、魔法はそういった補助が無いので俺自身が使用する。完成した法力に魔法を組み込ませて、例えば攻撃なら非殺傷設定という形を取り、防御であればプロテクション系とフォルトレスとなる。

はっきり言って攻撃以外に関しては封炎剣は元々”火”属性を増幅させる為ものであるので、その以外のことをやらせるといつか何かの弊害が起きそうで怖い。

治癒法術と回復魔法の場合はその二つに集中出来るような状況下でしか使わないので、封炎剣の補助を必要としない。

つまりは、戦闘中においての法力と魔法の同時行使は出来ないことは無いが、まどろっこしい上に面倒だ。

そこで俺が求めるのは、法力のみを補助・増幅するだけのものでも、魔法のみを補助・増幅するだけのものでも無い。

法力と魔法を同時に行使する上でその二つを両立させることの出来る代物だ。

そんな高性能なデバイスが簡単に作れる訳無くて、地下室が完成してからは作って実験してバラして、作って実験してバラしての繰り返しだった。

想像以上に難しい。

資料は十分にある。封炎剣とヘッドギア、アースラの中で読んだ教本と一般的なストレージデバイスとクロノのS2Uのデータ、高性能AIを搭載したインテリジェントデバイスであるレイジングハートとバルディッシュ。

そして俺の知識と記憶。

正直、これだけのもんがあればすぐに納得出来るものが完成するだろ、と高を括っていたのは否定出来ない。

実際のところは失敗の連続。度重なるエラー、暴走を起こすデバイス、崩壊する式、失敗する度に何がどう悪かったのかよく調べレポートに書き込み、それを見ながら頭をポリポリ掻く日々。

時間はたっぷりある。はっきり言ってこれは完璧に俺による俺の為の作業である。いくら失敗しようが時間が掛かろうが誰にも迷惑は掛からない。

だが、俺にもプライドというものがある。

さすがに実験失敗が十回も連続したらプライドに傷がつく。

以前ユーノに「少しくらい妥協したら?」と呆れたように言われたが、妥協なんかすれば負けた気がするので嫌だった。

これはきっと俺に対する挑戦だ。元科学者の名にかけて納得いくものを完成させてやる。

ま、『アウトレイジ』みたいに完成したはいいが、俺ですら扱えないようなハイスペックなものを作る必要は無いので多少自重するが。

そして通算十二回の失敗の末、やっとのことで法力と魔法を同時行使する上で最重要な部分の基礎の基礎が上手く出来た。スクライア一族から帰ってきてすぐのことだ。

これには思わず唇を歪めてしまった。繰り返された失敗の後の成功というものはどんな美酒を持ってきても勝るものは無いだろう。

それから一週間と少しが経過した。俺は毎日地下室に篭った。そしてやっと完成度二割ちょっと。

進行速度は遅いが、構わん。日々確実に前に進んでいるだけで十分だ。

ちなみに、俺専用となるデバイスの種類はブーストデバイスと呼ばれるものに分類されるらしい。

魔力射出・射出魔力制御の補助という特性を持つデバイスで、俺にとって非常に都合が良いものとなった。

インテリジェントはAIを作るのも育てるのも面倒で即却下した。レイジングハートという残念な性格の具体例が存在するだけに、たとえ制作に面倒が無くても気が進まない。

ストレージは補助として使う分には構わないが、武器として使う場合は不安が残る。実はアースラの中で一つだけ耐久力実験をこっそりやってみたら、ポッキーのようにあっさり折れやがった。武器として強度が無いものを作る気など無い。

いっそのこと封炎剣をデバイスとして改造しちまおうかと思った時もあったのだが止めた。封炎剣は武器として、攻撃面で法力の補助と増幅を100%活用出来た方が絶対に良いと考え直したからだ。

ならば、武器としての役目は封炎剣に全て任せて、補助の面で100%活用出来るデバイスを一から作った方が良いと判断した。

そんなこんなで失敗が続き、試行錯誤を何度も繰り返して今に至る。

俺は一息入れようと思い、掛けていた銀縁の伊達眼鏡を外して作業台の上に置き、白衣を脱いでハンガーに掛ける。

何故俺が伊達眼鏡なんざ掛けて白衣着て作業してるかというと、フェイトの所為だ。

理由は知らんがスクライアから帰ってきてから数日後、フェイトが無理やり眼鏡と白衣を押し付けてきて、「その格好で作業するように!!」とやたら興奮した様子で言ってきたのだ。

白衣は昔仕事で毎日着ていたらから違和感無いし、正直なところ汚れるような作業もあったから嬉しかったが、さすがに眼鏡は要らんとつき返すと泣きそうになってしまったので慌ててフォローしたら「………じゃあ、使ってくれる?」と頬を染めながら涙目の上目遣いで聞いてきやがった。

何を企んでるか見当もつかんが、断れば一家全員を敵に回しそうだったので(特にアルフ)俺は渋々眼鏡を掛けることにした。

実年齢が三桁超えた今になって、女はこの世で一番卑怯な生き物だということを改めて痛感した瞬間だった。

しかもフェイトは素でやってるから質が悪い。悪意が無いから邪険に扱えない。あの天然っぷりをどうにかしないとこのままではフェイトの言いなりになってしまう。

最近、ただでさえなのはに「お兄ちゃんってフェイトちゃんに甘いよね」と後ろから抱きつくようにヘッドロックを掛けられることがたまにあるのだ。

そのままおんぶしてやればなのははすぐにご機嫌になるんだが、今度はそれを見たフェイトが機嫌を損ねることになる。

どうしろってんだよ?

シンは勝手に育ったし、そもそもアイツ男だし、しかも一人っ子だったし、数年であっつー間に大人になるので結局はなるようになれって感じ育て上げた………最終的に育て方失敗したが。

しかし、今の俺の相手は”女の子”でしかも二人。俺の子育て経験はもう役に立たないという現状だった。

桃子は助けてくれないどころか、事態を面白がってる。

アルフはフェイト至上主義者だから、フェイトの機嫌さえ良ければそれでいいって奴だ。

美由希は困ってる俺の姿をほくそ笑みながらデジカメで撮るだけの役立たず。

恭也には「俺を巻き込むな」と言わんばかりにシカトされる。

士郎は「ソルに全て任せた」とか言って話も聞いてくれない。

ユーノは今居ない。あと数日すれば帰ってくるが、もし居たとしても「キミなら大丈夫」とか意味不明なことを吐いて放置される気がする。



―――誰でもいいから俺に”女の子”の育て方を教えてくれ。



溜息を吐いて、地下室に一つしか存在しないパイプ椅子に腰掛ける。

コーヒーが飲みたい。アイスで。

なのはかフェイトに持ってくるように念話でも送ろうか?

………少し考えて止めた。きっとアイスコーヒーが二つ用意されるに決まってる。そんなに要らない。

部屋をぐるっと見渡す。

此処数ヶ月で随分物が増えた。

地下室に鎮座するのはデバイス制作に必要な工具を仕舞っているボックス、部品加工用の機械、データ整理用のデスクトップパソコン、ポリバケツ、作業台、大小様々色取り取りの”四角いブロック”を重ねて積んだ山。

これらの半分は買った、ジュエルシード事件の報酬で。

残りの半分は集めた、否、生成した。

実は俺は、リンディ達から報酬として受け取った金の存在を地下室が完成するまですっかり忘れていた。なので、思い出したその日になのはとユーノに二百五十万円ずつ渡そうとしたら、そんなにもらえないと拒否された。

本人達がそう言ってるので金を無理やり受け取らせるのは止め、半ば強制的になのはには以前欲しがってた最新式パソコンを買ってやり、ユーノは「僕もなのはと同じくらいの値段で十分だから」と言うので二十万渡す。

残った金は全て俺に押し付けられた。なのはもユーノも口を揃えて俺が受け取るべきだと言う。

とりあえず残った金の一部で、家の増改築に掛かった分にかなり色をつけて士郎と桃子に支払う。

やはり反対されたがこっそり銀行口座に預けた後だったので、聞く耳持たなかった。

余った金をどうしようか悩んでいたが、我が家の中には欲深い人間が居らず、結局は俺が自由に使っていいということになった。

ならば遠慮などせず好きに使わせてもらおうということで、工場で使ってるような業務用の金属加工専用の機械(穴開けたりプレスしたり研磨したり)で小型の物をいくつか忍経由で非常に安く購入し、手作業用の工具も一緒に買う。パソコンも買う。後は周辺の必要そうなものを片っ端から買い集めた。

それでも余った十万くらいは桃子に押し付けた。ガキ共になんか買ってやれと言って。

道具を揃えると次に集めるのは材料だ。

材料に関しては廃材拾ってきたりとか、不法投棄されたバイクとか車及び産業廃棄物が無いか歩き回った。最初の頃は良い感じに見つかったのだが、時間が経つにつれて海鳴市内では限界を感じたのでネットで探したりした。そしたら出るわ出るわ宝の山が。そして、”当たり”を見つける度に転送魔法で地下室前に送り、使える部分を抜き取れるだけ抜き取ってバラバラにし、必要無いゴミは灰も残さず燃やした。勿論、有害ガスなどが発生しないように細心の注意を払って。

抜き取った”元何かの部品”は法力を駆使して不純物を除き加工する。そして四角い”素材ブロック”に変換して保存する。必要になったらそれを材料として改めて加工する。

パソコンはレイジングハートとバルディッシュのデータを抽出したり送ったりが出来るようにする為に、買ったその日から毎日こつこつ魔改造を施す。購入した金属加工用の機械と工具も同様だ。二つのデバイスからアドバイスを受けながら、アースラのデバイスルームに存在したものと同等にする為に心血を注いだ。

他にもデバイスとパソコンを繋ぐプラグやらケーブルやらその他の周辺機器やらを作る作業に没頭していた。

ガキ共の面倒を見る合間に少しずつやっていたので、あまり時間は取れなかった。アクセルも来やがったし。全てが終わる頃には八月に突入していた。ジュエルシード事件解決から二ヶ月以上経っていた。

作業の合間にデバイス制作も同時進行させていたが、これでやっと本格的に制作のみに集中出来る。

そう意気込むが難航する。スクライアに挨拶しに行って帰ってくるまで失敗が続く。光明が差すまで二週間近く時間が掛かった。

それから一週間と少し、毎日地下室に篭ってやっと完成度が二割とちょっとである。ようやく此処まで漕ぎ着けたが、まだまだこれからである。

先は長い。

休憩を挟んだら作業に戻るとしよう。

一旦地下室を出ようと立ち上がろうとした時、パソコンに繋がれたレイジングハートが点滅した。

<ソル様、恐れ多くも進言したいことがあります>

「………んだよ?」

<今のソル様はとてもお疲れのようにお見受けします>

「そうだな」

否定はしない、事実だからだ。実際昼寝でもしようかと思ってたくらいだ。

<此処数日、ソル様は毎日ご自身のデバイス制作に掛かりっきりです。少し気晴らしでもしたらいかがでしょう?>

「………気晴らしか」

ふむ。良いかもしれん。法力と魔法を同時行使する上で最重要な部分の基礎の基礎が上手くいったおかげで、地下室に篭りっぱなしだ。リラックスの為に外に出るのも良いかもしれん。

「そうだな」

<でしたら、明日にでもデートしましょう>

「………」

今こいつなんつった?

デート? 明日? 誰と誰が?

「………俺と、お前がか?」

<ソル様と、マスターがです!!>

「ああ、なるほど」

いきなり何を言い出すんだこの無機物、ついにAIがバグ起こしてトチ狂ったか、って思ったから少し安心した。

「デートねぇ………」

小学生になるまでは、暇潰しと称してなのはを連れてあっちこっち走り回ったな。つい数年前の話なのに、やけに昔に感じる。

<たまには兄妹水入らず、二人っきりで楽しんできたらいかがでしょう? ソル様がデバイスに掛かりっきりだったので、きっとマスターも寂しがっている筈です>

言われてみれば、最近はあんまり構ってやらなかった。

別にいいか。制作作業は第一段階を終えて第二段階に移行した。このままの勢いで進めたかったが、急ぐ作業でもねぇから此処いらで多少休んでも何かに支障が出る訳でも無い。

「そうだな。なのはに構ってや―――」

<ソル様、我が主も忘れないでいただきたい>

俺の承諾の声を遮って、レイジングハートと同じようにパソコンに繋がれたバルディッシュが急に口を挟んできた。

<ソル様もご存知の通り、我が主もソル様のことをお慕いしております。何卒、我が主のことを―――>

<いきなり横から口を挟んできてソル様のお言葉を遮るとは、無礼だと思わないのですかバルディッシュ。控えなさい>

<今此処で黙っていれば我が主に不憫な思いをさせてしまうのは自明の理。無礼と知りつつもこのバルディッシュ、進言せずにはいられませんでした。ご無礼をお許しください>

「あ、ああ」

どうでもいいんだが、どうしてこいつらは俺にこんなにも低姿勢なんだ? なのはやフェイトに対する態度よりも上の身分に接するような言い方しやがる。なんで様付けなんだ? 自分のマスターの兄だからか? 俺が面倒見てるからか? だとしてもレイジングハートは最初っからこんな感じだったし………謎だ。

<ソル様、お願い致します。どうか我が主を仲間外れにするような真似だけはお止めください。我が主はソル様の傍に居ることが何よりの喜びなのです>

<だからフェイト嬢もソル様とマスターのデートに連れて行けと? バルディッシュ、貴方はデートというものが一体何か理解しているのですか?>

<理解はしている。だが、このまま黙って見過ごす訳にはいかん>

<それが分かっていない証拠です。デートというものは二人っきりでなければ意味が無いのですよ。空気を読みなさい>

<では、ソル様と我が主が二人っきりになれればいいのだな>

<っ!? 私のマスターがソル様とデートするのですよ!! 貴方は引っ込んでいなさい!!>

<ふっ、引っ込んでいるべきは貴様だレイジングハート。だいたい貴様はいつもいつも―――>

ギャーギャーと醜い言い争いを始めた二つの喧しいデバイスを掴むと、とりあえず『灰も残さず燃やすゴミ』と書かれたポリバケツに投げ入れ蓋をする。

<<ソル様ぁぁぁぁぁ!!>>

何か聞こえた気がするが気にしない。

「デートねぇ………」

ま、気晴らしにはなるか。あいつらもしばらくの間碌に構ってやらなかったからフラストレーション溜まってるだろうし。たまには俺から家族サービスを提供するのもいいかもしれん。

懐かれ過ぎてるってのは問題だと思うんだが、二人共まだ十歳にもなってねぇしな。まだまだ誰かに甘えたい時期だ。多少の我侭くらいは許してやっても罰当たらんだろ。

………こういう考えが兄離れを阻害している気がしないでもないが、俺は甘いだろうか? いや、世の中にはきっと俺よりも大勢甘い人間が居る筈だ。このくらいが丁度良いに違いない。










背徳の炎とその日常 5 デート 前編










SIDE フェイト



ソルが唐突に言った。「おいお前ら、明日俺と何処か出掛けるか?」と。

私となのははその言葉に固まった。だって、ソルから私達を何処かお出掛けに誘ってくるなんて初めてだからだ。

「そ、それってデデ、デデートのお誘い?」

長年一緒に暮らしているなのはですら信じられないといった様子で聞き返した。

「そうなるのか? 嫌なら無理にとは言わねぇが」

「「行くっ!!!」」

即答だった。考えるまでも無かった。断る理由も無かった。

ソルとデート。二人っきりじゃないのが微妙に残念だけど、デートはデートだ。

私は有頂天になり、半ば物置と化している自室に篭り明日着ていく服を選ぶ。

クローゼットの中には、以前桃子母さんが「これはソルが”フェイトの為に”って言ってくれたお金なのよ」と笑いながら買ってきてもらった服がいくつも入っているけど、どれを着て行けばいいのか分からない。

どうしよう? 困った。私の為にお金を用意してくれたことだけではなく、今までの恩返しの意味も込めてソルに喜んで欲しいから可愛らしいのを選びたいのに。

いや、恩返しなんて建前だ。私は純粋にソルに褒めて欲しいんだ。「似合うな」って一言だけでいいから。

だけど、そもそも私はデートというものをしたことがない。今回が生まれて初めてだ。

(………初デートの相手が、ソル)

それはそれで嬉しいんだけど、その所為で勝手が分からないのがもどかしい。

何処に連れて行ってくれるんだろう? 映画館? 遊園地? 私はソルと一緒に居られるんなら何処だって良いけど、一度膨らんだ期待は際限無く大きくなっていく。

最近のソルはスクライアから帰ってきて以来、地下室に篭って作業に没頭していたから寂しかった。部屋の中は危ないからって作業の手伝いどころか地下室に入ることすら禁止にされちゃってた。

食事とトイレと訓練の時以外は部屋から出てこないし、出てきてもすぐに地下室に戻っちゃう。お風呂だっていつの間にかシャワー浴びてたりとかするし、何よりも一番辛かったのが今まで私とソルとなのはの三人で一緒に寝ていたのに、それが急に無くなったことだ。

たぶん原因は一週間と少し前、いつもソルと一緒にお風呂に入るユーノが居ないのをいいことに、なのはと二人で乱入したことだ。形としては無理やりだけど、私は初めてソルと一緒にお風呂に入った。

(ソルの背中、大きかったなぁ)

その時のことを思い出して顔が熱くなる。ソルの驚いたような表情、切羽詰った声、引き締まった肉体、濡れた長い髪………

枕をぎゅうぎゅう抱き締めて、最近になってようやく使うようになったベッドに転がる。

しかし、次の日からソルは地下室に引き篭もるようになってしまった。

中に入れてくれないので、様子が知りたくてメンテナンスという口実を付けてバルディッシュを送り込んだけど、報告によるとデバイス制作に掛かりっきりらしい。

ちなみに、ちゃんとプレゼントした白衣と伊達眼鏡が使われてるのも確認出来た。

(着て行く服が決まらない、だけど早く明日になって欲しい、やっぱりもうちょっと待って、でも服なんかよりソルが………)

ソル分が足りない。圧倒的なまでに足りてない。早くソルに甘えたい。スキンシップを取りたい。

ああダメだ。何がダメって色々とダメだ。具体的にはあれが無いからダメだ。ソルから魔力供給が無いからダメなんだ。

此処数日はまともにソルと触れ合ってない。だから、ソルと触れ合った時に流れ込んでくる魔力が私の全身を駆け巡ってリンカーコアに吸収される感覚を味わってない。

まさに依存症だ。ソルに依存している自覚はあったが此処までのものとは思ってなかった。

だけど、今の感じは依存症と言うより飢餓感と言った方がいい。

これはある種の飢えだ。魔力が枯渇している訳でも無いのに魔力が欲しい。

私はソルに飢えている。

(あぅぅ~)

落ち着け私。明日になればソルに思う存分甘えられる。だからそれまでに服を決めないと。

すっぱり思考を切り替える。

枕を放り捨て立ち上がり、鏡を前にあれでもないこれでもないとやりながら明日のことを夢想していると、いつの間にか夕飯の時間になっていた。

急いで夕飯を摂ると、またすぐに部屋に戻って服を吟味する。

でも決まらない。徐々に焦る。デートは明日だ。ダラダラしていたら朝になる。ソルも急に言い出すなんて意地悪だ。もっと早く言ってくれれば事前準備が出来たのに。

碌に服すら決めることの出来ない自分に段々苛立ち頭を抱え、無意味に部屋の中をぐるぐる歩き回っていたところに、アルフがファッション雑誌片手に現れた。

「明日の服が決まらなくて困ってるみたいだね。手伝うよ、フェイト」

その時私は、後光が幻視出来る程頼り甲斐のあるアルフの姿を初めて見た。



SIDE OUT





SIDE なのは



「変なところとか無いよね!?」

「大丈夫だよなのは、ちゃんと可愛いから」

鏡の前で何度も身だしなみをチェックする私を見て、美由希お姉ちゃんが苦笑します。

今日はお兄ちゃんとデート。二人っきりじゃないのが少し残念だけど、デートはデート。

本当のことを言うと、私は今までお兄ちゃんとデートなんてしたことが無い。

小さい頃は海・山・川によく連れて行ってもらったけど、あれはデートとは言わない。今にして思えばサバイバル訓練以外の何物でもない。食べられる草や葉っぱの区別の仕方とか、小動物や魚の捕り方とか捌き方とか、遭難した時の対処法とかばっかり教えてもらってたからだ。

別にそれが辛い過去とかじゃなくて、むしろ楽しかった思い出だから良いんだけど。

サバイバル知識が豊富なのにお兄ちゃんってインドア派で、部屋でひっそりCD聞いてるのが好きであまり外に出ようとしない。今でも地下室に篭ってなんかコソコソやってるし。

だけど、気が付くとフラっと居なくなってる時が昔からよくある。後で何処に行ってたのか聞いてみると「テキトー」とかなんとか曖昧な返答をされる。そういう時は大抵、街をぐるっと回ってから本屋かコンビニで音楽雑誌でも読んでるかCD屋さんに行ってるかのどちらかだ。

また誰よりも面倒臭がりだから、何処か行こうと誘われても気乗りしてなさそうな顔をするし、自分から誰かを誘って遊びに行こうと言い出すことも無い。

だから今回のデートにはすっごく驚いた。お兄ちゃんが自分から誘ってくるなんて、何か変な物でも食べたのか心配になったくらいに。

でも、せっかくお兄ちゃんが自分から誘ってくれるだから、この話に乗らない手は無い。

「じゃあ、いってきます」

私はピンク色のポシェットを肩から下げると部屋を出る。

「はい、いってらっしゃい」

お姉ちゃんが微笑んで見送ってくれる。

今の私の格好は白い袖無しのワンピース。お母さんが「ソルが”なのはの為に買ってやれ”って言われたお金よ」と微笑みながら買ってきてくれたお気に入りだ。昨日の夜まで美由希お姉ちゃんと一緒になって選んだ服。

リンディさん達からもらったお金は、一番働いたお兄ちゃんが好きに使っていいってことだったのに私の為に服の資金にするだなんて………もう、影でこっそり気付かれないようにしても私の為に何かしてるってことバレてるんだからね。

「なのはも準備出来たんだ」

階段を降りた所でフェイトちゃんに出くわします。

「うん、私は準備万端だよ………って」

「どうしたの? ………あ」

お互いが相手の格好を観察します。

フェイトちゃんは黒の袖無しワンピースで、レモン色のポシェットを肩から下げています。

「なのは、その服どうしたの?」

「フェイトちゃんこそ、その服どうしたの?」

ぶっちゃけて言えば、私とフェイトちゃんの格好は色が違うだけで全く同じ格好でした。

どういうこと? 偶然?

「この服、お母さんに買ってもらったんだけど」

「私も桃子母さんが買ってきてくれたんだよ?」

もしかしてお母さん、私とフェイトちゃんでお揃いの服買ってきた?

あれ? ということは、お兄ちゃんは私だけじゃなくてフェイトちゃんの分も?

「準備出来たか?」

その時、お兄ちゃんが居間から顔を覗かせて聞いてきました。

「あ、うん」

「お待たせ、ソル」

頭に浮かんでいた疑問が吹き飛びます。

私とフェイトちゃんはもじもじしながらお兄ちゃんの前まで来ます。

何か言ってくれないかな?

「その服、わざわざ揃えたのか?」

「えっと」

「別にそういう訳じゃ無いんだけど………」

「?? まあいい。仲良さそうに見えて良いじゃねぇか」

ポンッポンッと、お兄ちゃんが私とフェイトちゃんの頭を撫でます。

なんか言って欲しかった言葉とはちょっと違うけど、お兄ちゃんが眼を細めて微笑ましそうにしているのでそれで良いです。

「行くぜ」

「「うんっ!!」」

三人揃って家を出ると、私はすかさずお兄ちゃんの腕にくっ付きます。フェイトちゃんも私と同じように反対側にくっ付きます。

今まで散々お預けだったので私とフェイトちゃんはある程度満足するまで堪能します。

お兄ちゃんの温もり、匂い、感触、安心感と心地良さ、そして魔力が身体に流れ込んでくる感覚。

まるで乾季が終わって雨季が到来し、大地や木々、生き物達に恵みの雨が降り注ぐようなイメージ。

待ってた。ずっと我慢してた。私達が今までどれだけ辛抱してたかお兄ちゃんは分かってる?

「………ったくお前らは」

呆れたように溜息を吐くとお兄ちゃんの身体から流れ込んでくる魔力が一瞬だけ急上昇し、私達を覆うように結界が展開され、日差しが弱まると同時に涼しい風に優しく包み込みます。

お兄ちゃんの法力です。結界で強い日差しと有害な紫外線などをシャットダウンし、涼しい風のおかげであまり暑いと感じません。

八月になってから、私達とお出掛けする時はいつもこの結界を張ってくれます。本人曰く「これが無いとお前らにくっ付かれた時暑苦しい」とのこと。

甘いよお兄ちゃん。むしろ、これがある限り離れるつもりは無いからね。お兄ちゃんにくっ付くことが出来るし、涼しいんだもん。まさに一石二鳥。

「さて、何処行きたい?」

「お兄ちゃんと一緒なら何処でも」

「私も、ソルが一緒に居てくれるなら何処にでもついて行くよ」

「殺し文句じゃなくて意見を言えよ」

「「???」」

「はぁ………じゃ、とりあえず駅に向かうからそれまでに決めるぜ。ちゃんと何処で何をしたいのか具体的な意見を述べろ」

「「は~い」」

最近お兄ちゃんは自分のデバイスのことであまり私達に構ってくれなかった。というか全く構ってくれなかった。忙しいのは分かるけど、やっぱり寂しかった。

でもいいんだ。私達が寂しがってることを悟って今日のことを誘ってくれたんだから。お兄ちゃんって見てないようでちゃんと私達のこと見てくれてる。

今日は一杯甘えよう。これでもかってくらいに。



SIDE OUT





SIDE 出歯亀



「三人が出掛けたわね。追うわよアルフ軍曹」

「了~解、美由希少佐」

二人の格好は、そこらへんに居る小ギャルのような露出が少々多い服に―――ミニスカとか半袖で胸の部分がかなり大胆に開いていたり―――サングラスを掛けている。小ギャルの格好をしているので例に漏れず化粧を施し、美由希はそれに洒落た帽子をかぶり、アルフは髪をポニーテールにしている。

ぱっと見、二人は都心部によく居そうな十代後半から二十台中盤くらいまでのギャルにしか見えない。

「気配と魔力の消し方はバッチリね?」

「訓練のおかげでバッチリです少佐」

美由希は幼少の頃より剣士として育てられた為気配の殺し方は既に身に付けていた。アルフも気配の消し方は元野生動物である為完璧で、魔力に関してもソル達との訓練で以前よりも遥かに高いレベルでの制御が出来るようになった。そのおかげでいくら気配や魔力に敏いソルでも一定の距離に近付かなければ感ずかれることは無いと自信を持って言い切れた。

「後は匂いね」

「ああ、ソルは匂いにも敏感だからね」

初めてアルフがソルに出会った時、ソルは嗅覚のみでアルフが人間ではないと見破ったのを思い出す。

「でも、これさえあれば」

手にした香水をシュッシュッと自分達の周囲に振り掛ける。

アルフは自慢の嗅覚の所為で強過ぎる香水の匂いに顔を顰めたが、これで完璧にソルに嗅覚でアルフだとバレることは無い。

パーフェクトだ。これで三人のデートのストーキングに心置きなく集中できる。

「それにしても、まさかあのソルが自分から二人を誘うなんてアタシャ思ってなかったよ」

「アルフよりも私の方がびっくりだよ? 何度も言ったけど、ソルが自分から誰かを誘って出掛けるなんて今まで無かったんだから」

「口を開けば『面倒臭ぇ』だからね」

「そうそう。昔っからそんな感じだったから、今回のことが気になって気になって」

「だから今回のストーカー作戦を立案し決行したのですか少佐?」

「スニーキングミッションと言いたまえ、軍曹」

つまりはそういうことである。

クスクスと笑いながら、それでも狙いを定めた鷹のような眼で楽しそうに笑う二人。

実際、彼女達は楽しんでいる。

こんな面白うそうなこと、見逃すなどという選択肢など存在しなかった。

なんといってもあのソルだ。一体どういう心境の変化を起こせばデートになのはとフェイトを誘う? そもそもデートどころかCDを買う以外にまともな外出すら碌にしない男がである。

「望遠鏡は持った?」

「勿論です少佐」

「デジカメのバッテリーは十分?」

「予備もしっかり持ってきました」

「三人の位置はしっかり把握出来てる?」

「ソルは魔力隠してるけど、フェイトとなのははソルからの魔力供給のおかげで魔力が溢れ返ってるから手に取るように場所が分かります」

「パーフェクトだ軍曹」

「感謝の極み」



[8608] 背徳の炎とその日常 5 デート 後編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/08/09 20:41
SIDE なのは



「見るものは決まってんのか?」

「うん。『我が魂を見よ』っていうラブロマンスなんだけど、ソルは本当にそれでいいの?」

「アニメじゃないだけまだマシだな」

電車に揺られて二十分。私達三人は海鳴市から少し離れた都心部に来ています。

駅までの道すがら映画館に行ったことが無いフェイトちゃんがおずおずと意見を述べたので、ならまず最初に映画館に行こうということになりました。

「フェイトちゃん、気にしない方がいいよ。お兄ちゃんって興味が無いことにはすぐ寝るから」

「え? そうなの?」

「随分前にね、家族皆で映画見に行ったことがあったんだけど………あれは小学一年生だったから二年くらい前かな。お兄ちゃんってば映画が始まって十分もしない内に寝ちゃったんだから」

帰ってから皆で映画の内容について話している時、お兄ちゃんは一人だけ会話に混じらず素知らぬ顔でコーヒーを飲んでたのを覚えてる。

「………ソル、やっぱり映画やめた方がいい?」

気遣うような表情でフェイトちゃんがお兄ちゃんを見上げます。

「気にすんな。お前が見たいんだろ? 金払って惰眠貪れると思えばいい」

映画の製作スタッフが聞いたらふざけるな、と怒られそうな内容をしれっと言うお兄ちゃんの態度にフェイトちゃんは微妙な顔をします。

「そもそもホラー映画じゃないだけにフェイトは良い選択したと思うぜ? なのはなんて怖がりの癖して下手にホラー系見たがるからな」

「それは、あの、怖いもの見たさというか」

「で、その日から数日間はトイレの度に俺を呼ぶんだよな」

「だって怖いんだもん」

「だったら見んじゃねぇ。夜に寝てる俺を叩き起こすな」

「ううぅぅ」

「安心してなのは。今日見るのは怖くないから」

本音を言うと、ホラー系は見てる間はお兄ちゃんの手を握ってたりしていても違和感無いから選んでたり。家でDVDとかテレビ放映版とかを見た後はくっ付くのに非常に都合の良い口実になってくれたりするから。

そういう時のお兄ちゃんって決まって凄く優しい。小さい頃に怖い夢を見た時、安心しろって頭を撫でてから優しく抱き締めてくれたことがある。それ以来、それに味を占めた私は怖いと思いつつもホラー系を進んで選んでしまうようになったしまった。

映画館に入り、チケットを三人分購入します。

お金はお兄ちゃんが出しました。「金ならある」と一万円札を扇状に広げて。

CD買う以外に使い道が無いとのことなので、結構貯金してるみたいです。

私とフェイトちゃんがまだ子どもで身長も低いということで、一番前の席を陣取ります。こうすれば前に誰も座ることがないから画面下部分が見えにくくなることもない、ってお兄ちゃんが言います。

お兄ちゃんを真ん中に三人で座り、いよいよ幕開けとなりました。

「お兄ちゃん、寝ちゃダメだからね」

「理由を聞かせろ」

「だって後で映画の感想とかお話出来ないから」

後で内容について盛り上がるのが映画の醍醐味だと思うんだけど。

「ソル、眠くなったなら私の肩に頭乗せていいからね?」

「なっ!?」

此処に来てフェイトちゃんがいきなり上手くてオイシイことを言い出します。

「優しいなフェイトは。ならお言葉に甘えてそうさせてもらうか」

「ちょっ」

「ど、どうぞ」

フェイトちゃんの肩にお兄ちゃんがコテンと頭を乗せます。フェイトちゃんが一瞬で茹蛸になり、顔が喜びで蕩け、唇が吊り上り、眼が私に向かって「勝った」と言っていました。

なんて策士。まさかお兄ちゃんの性格を考慮して映画を選んだというの?

「ズルイ、ズルイよ」

「………」

「って早っ!! もう寝てるっ!!」

「あっあぅう、ソル、くすぐったい」

前髪が首筋をくすぐるのか、フェイトちゃんが艶っぽい声を出して身悶えます。でも、決してお兄ちゃんを退けようとはしません。むしろ私に見せ付けるようにより密着しようと座り直しているくらいです。

「まだ映画本編始まってすらいないんだから起きて」

「ぐえっ」

私はフェイトちゃんばっかり良い思いをするのが見てられなくなり、お兄ちゃんの結わえた後髪を引っ張ります。

「………ん? もう映画は終わったのか?」

「何トンチンカンなこと言ってるの? 始まってないから」

「そうなのか? なんだよ」

首をコキコキ鳴らして今度は背もたれに首を預けると、欠伸を噛み殺すお兄ちゃん。

「………」

フェイトちゃんがジト眼で睨んできたので、睨み返しました。

(邪魔しないでよ、なのは)

(調子に乗らないでね、フェイトちゃん)

お互い視線を交わすだけで何が言いたいのか分かります。嫌な以心伝心です。

米ソの冷戦さながらの睨めっこをしている私達を捨て置いて、予告CMが終わり映画が始まりました。










背徳の炎とその日常 5 デート 後編










映画の後、軽く昼食にしようということになって喫茶店に入ります。

結局お兄ちゃんは途中で寝ることなく映画を見ていました。

感想を聞くと、「まずまずだな」とお兄ちゃんにしては高評価。

それにフェイトちゃんは顔を綻ばせます。

サンドイッチやトーストなどの軽いものを頼むと、先程見た映画の話で盛り上がります。

まあ、喋っているのはほとんど私とフェイトちゃんで、お兄ちゃんはアイスコーヒーを飲みながら相槌を打ってるだけなんだけど、我が家ではこの構図がいつものことなので気にしません。

「さて、次は何処に行く?」

昼食を終え話が一段落すると、お兄ちゃんが問い掛けてきます。

「私が最初に映画見たいって言ったから、次はなのはだよ」

急に言われると悩むなぁ。

「う~ん」

何処がいいかな? 特にこれといって行きたい場所とかやりたいことって無いんだよなぁ~。このデートだって急だったからそういうこと押さえてこなかったし。正直、お兄ちゃんさえ隣に居てくれればそれで満足だし。

「ま、ゆっくり決めろ」

そう言って、お兄ちゃんはアイスコーヒーを啜ります。

しばらく考えてから、私は恐る恐る考えを声にしました。

「ウインドウショッピングとかは?」

「………妥当だな」

お兄ちゃんが少し考えるような表情をしてから、伝票を掴んで立ち上がりました。



SIDE OUT





SIDE 出歯亀



「なんか普通じゃない? 私としては映画見てる最中になのはとフェイトがソルのほっぺにキスするくらいのことをしでかすと思ってたんだけど、一体どういうことなの軍曹っ!? 全く褒められたものではないわ!!」

「え!? それアタシの所為!? ………それはともかく。三人共普通に映画見てたしね。映画もそれなりに面白かったから良いんじゃない? まだ二人共子どもだし、意識がソルじゃなくて映画に集中したんじゃない?」

「ていうか、なんでソルが映画を普通に見てるの? それが一番納得出来ない」

「それはアタシも思った」

「でしょ!? 無防備な寝姿を晒したところになのはとフェイトがキスでもすると思ってたのに………」

「映画が終わって起きると二人が頬を染めていて、だけど理由が分からないソル」

「二人にどうしたんだ? と問い掛けてもなんでもないって返されるだけ」

「訳が分からないまま二人を引き連れ映画館を出る」

「そんな展開を私は心待ちにしていたのよ!!」

「アタシに怒鳴らないでよ」

「ごめんなさい」

「でもまだだよ。後半戦はそんな展開が待ってるかもしれない」

「そうね。夕方くらいに公園でイベントが発生するかもしれないから諦めるのはまだ早いわ」

くくく、と笑う二人の頭の中はかなり幸せな状態だったりする。



SIDE OUT





「ん?」

「どうしたの、ソル?」

「いや、なんでもねぇ」

何か妙な感じがしたが、気の所為か?

周りから奇異な視線を家から此処まで終始向けられていたから、少々神経が過敏になっているだけだろうか?

とても嫌なことだが、今の俺達は非常に目立つ。

何故なら、なのはとフェイトが俺の腕に抱きつくように両サイドからしがみついているおかげだ。男を真ん中に置いて両脇から女が挟み込むような姿で歩いてりゃ、たとえ子ども三人とはいえそんな風にしていれば目立つ。

それに親馬鹿かもしれんが、なのはとフェイトは整った顔立ちで可愛らしい。かつてアクセルが「将来はさぞ美人になるに違いない」とか言っていたが、俺もその意見には同意した。

服装もなのはが白、俺が赤、フェイトが黒、と色合い的にも目立つ。フェイトなんて金髪だからより目立つ。

それだけじゃ飽き足らず、二人が幸せそうな顔して腕に頬ずりでもしているんだから注目度は跳ね上がる。

つまりは、大人からは生暖かい視線を、若い連中からは「やるね少年」的な視線、小学生くらいの同世代(特に男)からは「なんだあいつ?」「っざけやがって」といった感じの視線を向けられている。

俺は全く気にしないんだが、なのはとフェイトも全く気にしてない。

いや、別に周りの視線を気にしないのはいいんだが………本当にいいのかこれで? 何か致命的なまでに取り返しのつかない感じで、なのはとフェイトがふてぶてしく育っている気がしないでもない。

もっと周りから自分がどういう眼で見られてるのか気にして欲しい。

………まあ、矛盾してるようだが『他人の評価や眼なんて気にせずに、自分がやりたいように生きろ』って言って育ててきたけど、そういう意味で言った訳じゃ無い。

………女の子なんだし………

シンを引き取って以来薄々分かってたんだが、俺ってとことん子育て向いてないよな。

俺が『こういう風に育てよう』と思うとなんかいつも裏目に出る。

だから今の内に心の中でなのはとフェイトに謝っておく。すまん、お前達の性格形成に致命的なバグを与えたのは俺だ。許してくれとは言わないが、謝らせてくれ。俺はお前達を”普通の女の子”として育ててあげたかったが、所詮アホ息子一人育てただけしか経験の無い俺には土台無理な話だった。

謝るついでに兄離れもしてくれると、これから先枕を高くして眠れる。

現状を見る限り、無理っぽいが。

………もし、謝ったりなんかしたら「責任取れ」とか言われそうで怖くなってきた。

責任?

「あ、これ可愛いっ!!」

「本当だぁ」

なのは、フェイトがショーケースの中に展示されているアクセサリーを見てきゃっきゃっと喜ぶ。

現在位置は女性向けのアクセサリーや服を販売している店が並ぶ駅ビルの中。客層は女性が大半で、女連れの男もチラホラ居るが、俺みたいに女二人に挟まれて連れ回されてる人間は俺しか居ない。だから嫌でも注目を浴びてしまう。

俺としてはとてつもなく居心地が悪い。二人が嬉しそうにしているので我慢してるが。

「これなんてフェイトちゃんに似合うんじゃない?」

「こっちはなのはに似合いそう」

「「お兄ちゃんは(ソルは)どう思う?」」

「二人共似合うんじゃねぇか? 欲しかったら買うか?」

やはり女の子と言うべきか、アクセサリーや服装などのファッションには眼が無いようだ。

どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。この様子を見る限り、ちゃんと”女の子”してる。

あちらの服を試着して騒ぎ、こちらのアクセサリーを身に着けてみてはしゃぎ、結局買わずにあっちこっちの店を冷やかしながらフロアを練り歩く。俺は適当な相槌を打ったり、それなりの感想を二人に述べる。

「お兄ちゃん、これ見て、素敵」

「ねぇねぇソル、これ………」

「ああ?」

ふいに二人に促されてそれを見る。

そして俺は固まった。

いつの間にか『指輪コーナー』とプレートに書かれた場所に居た。

そして二人が俺に示すのは、指輪の中でもエンゲージリングとかいうものにカテゴライズされるものだった。

「………お前達にはまだ早いだろ」

俺は下手なことは一切言わず、無難なことを言ったつもりだった。

しかし、

「そうだね。私達には”まだ”早いよね」

チラリ、となのはが流し眼を俺に送り、

「あと八年七ヶ月と少し待てばいいんだよね………戸籍上」

ぼそっ、とフェイトが何かの―――具体的に知りたくない―――カウントを口にする。

「………」

「………」

「………」

何故か急に黙るなのはとフェイト。

二人は指輪と俺とを交互にチラチラ見ながら、頬を染めて期待するような視線を送ってくる。

俺はそれを無視することに決めた。本能的なものが「リアクションを起こさず逃げろ」と警告するので素直に従うことにした。

「さて、行くか」

「「………………ちっ」」

聴覚が人間より発達している俺だからこそ音として認識出来た非常に小さい舌打ちが聞こえた。だが、俺は聞かなかったことにし、まだ未練がましく指輪コーナーを睨み付ける二人を引き摺るように連れてそのフロアを後にした。

俺にしがみつく力が増した気がするが、気の所為だと決め付けた。





SIDE フェイト



街中を三人仲良く歩く。

しばらく当ても無く歩いていると、大きな自然公園に辿り着いた。

「都会のド真ん中だってのに珍しいな。入ってみるか?」

私となのははその言葉に頷いた。

木々が生い茂る緑の中を歩いていると、芝生で整えられた広場のような場所に出た。

そこでは家族連れがのんびりと木陰で休んでいて、私達と同じ年くらいの子達がボールを追い掛け回している。

木陰の下にベンチという丁度良い場所を見つけたので、そこに腰を落ち着けることにした。

平和で、穏やかな一時。ソルの隣でゆっくりと時間が流れるのを実感する。きっと私にとって一番リラックス出来る空間。

段々、眠くなってきてしまった。

このままソルの体温を感じながら眠ってしまいたい。彼から伝わってくる温もりに、この心地良さに包まれながら眠れたらどんなに幸せなんだろう。

でも、まだ起きていたい。もっと”自分がソルの隣に居ること”を実感していたい。此処で寝てしまうのは勿体無い。

うつらうつらと意識を浮上させたり沈ませたりといった感じで睡魔に抗っていると、ソルが優しく頭を撫でてくれた。

「眠かったら寝とけ」

「………でも」

「なのはならもう寝てるぞ」

ソルが自分の膝の上を指差すと、なのはがソルに膝枕してもらう形で既に眠っていた。

その顔はとても幸せそうに蕩けていて、とても羨ましかった。ソルに膝枕してもらうなんて、そんな機会滅多に無いのに。

今まで全く気が付かなかった。半分瞼と意識を閉じた状態だったとはいえ迂闊だった。

「無理すんな」

「あ」

私の肩に回された手でくいっ、と身体が引き寄せられる。それに抗う気も起こさなかった私は、そのまま体重をソルに預けた。

そういえば、彼にこんなにくっ付いて寝るなんて久しぶりだ。一週間以上も一緒に寝ることが出来なかったんだ。

そのことに気付き、我慢する必要が無くなったと分かった瞬間から意識が遠のいていく。

彼の温もりと匂いが心地良さと安心感を与えてくれる。これを味わってしまったのなら最早手遅れ。睡魔に抗う気も失せる。

ソルの首筋に顔を埋め、瞼を閉じ、睡魔に身を任せる。

半ばぼんやりしながら口を開いた。

「ソル」

「ん?」

「おやすみ、なさい」

「ああ、おやすみ。フェイト」

そして私は、暖かな午睡に堕ちていった。



SIDE OUT










「何時以来だ? 俺がデートなんてするのは」

スヤスヤと規則正しい呼吸音を聞きながら、俺は自身に対して皮肉を吐いた。

何時以来だと? 馬鹿馬鹿しい。

そんなことは決まっている。俺がまだ人間だった頃以来だ。

自嘲気味に唇を歪めながら、百年以上経った今でも鮮明に思い出せる当時のことを脳裏に映す。

久しぶりに取れた休日だからって街中あいつに振り回されて、散々奢らせられて、我侭に付き合わされて、終いにはこう言いやがった。



―――『今日は楽しかったフレデリック? 楽しくない訳無いでしょ………って何よその鬱陶しそうな顔。もう、ホントにフレッドって気が利いたことの一つも言ってくれないんだから』



ぷぅ、と膨れっ面をして文句を続け様に浴びせてきた。

俺は噛み付いてくるあいつをテキトーにいなすだけだったが、内心は違った。

「………楽しくなかったら、誰が付き合うかよ」

当時の俺は自分で思っている以上にガキだった。

チンケなプライドが邪魔して言えなかった言葉。伝えたくても恥ずかしくて伝え切れなかった気持ち。心とは違う冷たい態度。

ただ一言、胸の内にあったものを外に出せば良かっただけだというのに。

そのチャンスは何度もあったのに。

言えなくなってから、後悔してからじゃ遅過ぎるのに。

だから、今度はちゃんと言おう。自分の気持ちを正直に。

幸せそうな表情で眠り続ける二人の頭を撫で、口を開きゆっくりと言葉に気持ちを乗せて紡ぐ。

「今日は楽しかったぜ。なのは、フェイト………またな」











































「で、何か申し開きはあるか?」

その日の夜。俺となのはとフェイトの三人は、夕飯後にアルフと美由希を道場に呼び出した。

「何のことかな? ソル」

「どうしたんだい三人共? 何かあったのかい?」

女優並みの演技力でとぼける二人。絶対にバレてないという自信から裏打ちされた態度だった。

その安いメッキを今すぐ剥がしてやるから待ってやがれ。

「デジカメのメモリー内に面白い画像が入っていたんだが、お前達は知らないと。そう言うことだな?」

「「っ!?」」

「どうやら今日のデートを尾行していた馬鹿が居たらしくてな。そいつらは俺達の姿を我が家のデジカメで撮り、ご丁寧にも姉貴の部屋に置いていった。さて、此処で問題となるのが犯人が何故そんなことを仕出かしたかだな?」

あからさまに狼狽し始めた二人に、なのはとフェイトが絶対零度に近い視線を向けながら微笑んだ。眼は全くもって笑ってないが。

「そ、そんなことがあったんだ~。アハハハハ、ハハ………」

「奇特な奴も居るもんだねぇ~。この残暑で頭やられちゃったんじゃない?」

乾いた笑みを浮かべ誤魔化そうとする被告に対して、俺は封炎剣を召喚して肩に担いだ。

「俺が笑ってる内に吐いた方が身の為だぜ?」

殺気を乗せて凄んでみせると、二人は顔を見合わせ一度頷き合い、同時にその場で土下座した。

どうやら素直に謝った方がいいと判断出来るくらいには状況が分かっているらしい。

「やれやれだぜ」

俺は封炎剣を送還すると、片膝ついて二人に視線を合わせた。

「あの、何時から気が付いてた?」

「気配と魔力の消し方は完璧だった筈だよ? 匂いだって香水使って分からなくしたし………一体どうして?」

疑問の声を上げる馬鹿二人。

「いや、実際はアルフの言う通り尾行は完璧だった。俺が気が付かなかったしな。だが」

「「だが?」」

「公園で僅かに視線を感じた。視線に気が付いたのは人が少なくなった夕方くらいからだ。徐々に人が居なくなる公園で、俺達三人を監視するような視線がしばらく続けばいくら気配が無くても他者の存在に気が付くぜ? 俺じゃなくてもな」

「………」

「………」

「視線を送ってくる奴を探そうとしたら忌々しいことにあっさり逃げられてな。内心腹立てながら帰ってきたら、お前らから香水の匂いがする。普段香水なんて使わないお前らがだ。違和感を感じてまさかと思い、悪いとは分かっていたが勝手に姉貴の部屋に入らせてもらった。で、デジカメを確認してみれば案の定って訳だ。後はお前らが自供するまで精神的に追い詰めればいい。それだけだ」

つまり、先程までのように誤魔化し続けていれば証拠らしい証拠が無かったので逃げられた訳なんだが、脅迫にびびって謝っちまったのが運の尽きだ。

アルフが悔しそうに唇を噛み、美由希がしまったという表情をするが、

「レイジングハート」

「バルディッシュ」

「「セットアップ」」

次の瞬間には、出歯亀されたことに怒りのオーラを纏う妹二人の姿を見て恐怖に凍りついた。

俺は道場を覆う程度の範囲で強固な封時結界を張ると、結界を出て念話を送る。

『ま、自業自得とはいえ手加減してやれよ』

『それは無理だよ、お兄ちゃん』

『善処してみるけどたぶんダメだと思うんだ』

どうやらかなり頭に来ているらしい。これは言っても無駄だ。好きにさせるしかない。

「馬鹿だな全く」

溜息を吐くと、俺は風呂に入ることにした。

その後馬鹿二人がどうなったのかを知る者は、当事者のみとなった。



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.1 OVERTURE
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/08/11 14:29

放課後、一度家に帰宅して着替えてから図書館に向かう。

なのはとフェイトが俺の後をついてきたがったが、帰りはあのCD屋『Dレコーズ』に寄るつもりだったので断固として拒否した。教育上、CD屋の店長が使うF言葉なんざ聞かせられない。

口を開けばファ○クだ濡れるだ下品な言葉使いしかしないような人間が経営している店に行くのだ。店の内装とかカオスだし、しかも俺はその店長と音楽に関して数時間は話し込む仲だ。俺は別に店長の言葉使いなど全く気にしていないが、スラングってのはなのはとフェイトに聞かせていい常識的な言語ではない。

もし、悪影響の所為で二人がF言葉を使うようになったら間違い無く俺は首を括るぜ。その程度じゃ死なないが。

「お兄ちゃん何処行くの?」

「一緒に行っていい? ソル」

「ダメだ」

「「どうして!?」」

かといって、正直に図書館行ってからCD屋に寄ると言ったものなら絶対についてこられる。

「お前達が行ってもつまんねぇ場所だからだ。どうしても俺についてきたければ条件を出す」

「「条件?」」

だから、二人にはテキトーに「ついてきたければユーノの防御魔法を一人十回連続でぶち破ってみせろ。一度でも失敗したら最初からやり直し、チャンスは三回まで。話はそれからだ。ユーノは破られたら後で焼き土下座な」と無茶振りして家に無理やり置いてきた。何時ものように。

ユーノから「唐突に鬼ぃぃっ!! 何時ものことだけど!!!」と罵倒の混じった悲鳴が聞こえたが、例によって例の如く聞かなかったことにした。

強くなれ、ユーノ。俺はお前に期待している。それにお前の言う通り何時ものことなんだから気にするな。そんな細かいこと気にしてたら将来禿げるぜ。

「やれやれだぜ」

吐く息が白い。季節は冬で暦は師走の頭。気温も当然低い。雪が近々降るらしい。

寒い季節になっただけあって、なのはとフェイトが俺をほっかいろ代わりによく抱き付いてくるようになった。いや、抱き付いてくるのは何時ものことか。

………相変わらず兄離れは芳しくなかった。こうして一人になるのも一苦労だ。ユーノを犠牲にするか地下室に篭るかくらいしか一人になる時間を見出せない。目下の悩みはそれだった。

別に一緒に居るのが嫌な訳じゃ無く、マジで将来が心配なだけだ。

それ以外は特に何事も無く平和なのに。

なんでだ畜生。

図書館に到着すると、まず借りていた本を返却する。

それが終わると学術書や参考書などが並ぶ棚に足を向けた。

さて、次はどの分野の本を読破してやろうか?

俺の趣味は音楽を聞く以外に読書というものがある。学校の授業中が暇なのでその間に読む程度の、趣味と呼ぶには微妙なものだが。

それに、読書と言っても小説を代表とされる創作物ではなく、大学生が使うような参考書や学術書、学者が執筆した論文とかそんなもんだ。

授業中に教師が読書する俺を咎めることは無い。つい数ヶ月前まではかなりの頻度であったが、此処最近は咎められた覚えが無い。どうやらようやく諦めたらしい。

この図書館に存在する理系の本は数年掛けて全部読み尽くした為、俺好みの本がもう無い。だから、暇潰しになりついでに役に立つ本なら何でもいいから読むようになった結果、ジャンルを問わなくなった。

ちなみに先週までは経済学、その前の週は歴史学、今週は社会学だ。我ながら節操が無いが、所詮暇潰し以外の何物でもないので気にしない。

『よくわかる社会学シリーズ』の中で社会福祉学から数冊選び、ついでに隣にあった児童福祉論、障害者福祉論の本を手に取る。

手には五冊のぶ厚いハードカバー。これだけあれば一週間は持つ。

踵を返して受付に行こうとすると、ふいに聞き覚えのある声がした。

視線を巡らせると知り合いを発見。知らない仲ではないので挨拶くらいはしておくか。

「すずか」

「え、あ、ソルくん、こんにちわ。なのはちゃんとフェイトちゃんは一緒じゃないの?」

そこにはクラスメートにして、我が家の魔法使いの秘密を知り、恭也と付き合っている忍の妹のすずかが居た。

隣には同年代くらいの車椅子に乗ったショートヘアの少女。

友人だろうか?

「俺があいつらと四六時中一緒に居ると思ったら大間違いだ(事実だが)。それよりそいつは? 学校じゃ見ねぇな」

「えっと、この子は八神はやてちゃん。さっきお友達になったんだよ。はやてちゃん、この男の子がさっき話してた私達のお兄さんみたいな人だよ」

すずかが紹介すると、その車椅子の少女はペコリと頭を下げる。

「初めまして、八神はやてです」

「ソル=バッドガイだ」

お互い挨拶を交わす。

俺ははやてを観察した。

それなりに高い魔力を感じること以外は至って普通の女の子だ。年も隣に居るすずかと変わらないだろう。何故車椅子に乗っているかは不明だが、怪我でもしたんだろう。あまり突っ込まない方がいいかもしれん。

「あの」

「ああ?」

「よくこの図書館に来ますよね?」

「まあな」

俺ははやての疑問を肯定した。否定する要素が見当たらない。五年前にこっちの世界に来てからこの図書館は俺に様々な知識を提供してくれた。今でもちょくちょく暇潰しの本を探しに週に一度は来るか来ないかの頻度で利用している。

「やっぱり。そうやないかって思ってたんです。髪の長い男の子がなんや難しい本ばっかり借りていく姿を何度も見たから」

「ソルくんって目立つもんね」

「そうか?」

「そうだよ。髪長いし、身長高いし、存在感あるし、その………格好良いし」

「そやなぁ。バッドガイくんは良い意味で目立ってますよ」

「ソルでいい。敬語もやめろ」

「あ、ほんま? おおきに。正直敬語って堅苦しくて苦手やったから助かるわ」

「気が合うな。俺もだ」

これが俺とはやての出会いだった。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.1 OVERTURE










「俺はそろそろ行くぜ」

「え? ソルくんもう行っちゃうの?」

「せっかくお友達になれたんやから、もう少しお喋りに付きおうてくれても」

渋るはやてとすずか。しかし、CD屋で『ディストーションメンタルクラッシャーズ(通称DMC)』の新アルバムの初回限定版が俺を待っているのだ。それにどうせ店長と数時間はロック談義をすることになるだろう。今の内に行かないと帰宅するのが九時を過ぎる。

「今日は別に図書館に長居するつもりは無かったからな」

「淡白な人やなぁ~。すずかちゃんの言った通りや」

「でしょ?」

すずかが俺という人間をどういう風に伝えたかは多少気になったが、人を悪く言うような奴ではないので気にするだけ無駄だろう。

「悪ぃな。埋め合わせはいずれする。じゃあな」

「ほなさいなら」

「また明日学校でね」

手を振る二人に背を向け、俺は図書館を出る。

CD屋に行くには方角的に図書館の駐車場から出た方が近いのでそちらに向かう。

(ん?)

駐車場に着くと、そこには一人の女が何かを待つように、凛とした面持ちで立っていた。

妙に印象に残る女だった。

年は二十前か? 白いロングコートを羽織り、桃色の長い髪をポニーテールで纏め、首にマフラーを巻いている。

顔はそれなりに良い。だが、眼つきが鋭く、立ち方にも隙が無い。まるで女である前に軍人であるかのようだ。

士郎や恭也、美由希などの御神の剣士の普段の気配をあからさまにした感じだ。

日常生活の中にも戦いは常に存在している、だから臨戦態勢の一歩手前を維持しているとでも言うように。

そして何より一番気になったのは、この女から感じる若干の魔力。

ただ垂れ流しになっている訳でも、無駄に発散している訳でも無い。

例えるなら刀と鞘。その切れ味と鋭さを決してひけらかすこと無く鞘に収めて隠している、そんなイメージを彷彿させる。

魔導師。しかもかなりの手練だと容易に予測出来る。

厄介だな。時空管理局じゃねぇだろうな?

そういやさっきも図書館の中で、はやてとすずかと話してる最中に似たような奴が居やがったな。顔まで見てないが金髪の女だったと思う。魔法を使おうとしていたからそいつだけに思いっきり殺気をぶち当ててやったら大人しくなったから放って置いたんだが、捕まえて尋問くらいすべきだったか?

俺が観察しているように見ていた所為か、女も俺を観察するように見てきたので思わず立ち止まる。

「………」

「………」

沈黙が冬空の夕刻を支配する。

視線が交錯する。長いような短いような刹那、俺は女の女性らしくない眼を睨む。相手も俺を睨んできた。

気に入らねぇ眼つきしてやがる。

それが女に対する俺の感想だった。

ま、俺達に害が無ければ敵じゃねぇ。関わり合わないならそれでいい。

俺は視線を外すと歩き出す。女のことはもう見ない。視界から出し、女の前を通り過ぎる。

だが、女は俺のことをじっと見たままだった。背中を射抜く視線を感じながら俺はその場を後にした。










SIDE シグナム



妙に印象に残る少年だった。

私はつい先程見掛けた少年を思い出した。

黒茶の長い髪を後ろで結わえた髪型。赤いジャケット、黒いジーパン、背負った赤いザック、真紅の眼。

身長は私程ではないが、その身体に内包した存在感が少年を見た目以上に大きくしていた。

只者ではない。そう直感した。

まず歩き方に隙が無い。重心が全くブレない。まだ若いにも関わらず相当の修練を積んだのが窺える。

彼を包む雰囲気が歴戦の猛者のみが纏うことが出来るものだと、肌で感じた。

そして何よりもあの眼つき。まるで竜のように鋭く、野生的で危険な光を放っていた。

戦士の眼。それも修羅場を幾度と無く乗り越えてきた者の眼だ。

この少年は出来る、と思うと同時に手合わせ願いたいと思ってしまう自分の性分には困ったものだ。

少年が探るような視線で私を見るので、私も少年の姿を観察した。すると少年は足を止め、私と眼を合わせた。

会話は無い。

しばらくの間、お互いが相手を値踏みするように見ていたが、ふいに少年は私から興味が失せたかのように視線を外すと歩き出す。

少年は私の眼の前を横切り、背を向け、駐車場から出て行き、やがてその姿が見えなくなる。

私は少年が居なくなった歩道を、車椅子に乗った主とそれを後ろから押すシャマルがやって来るまで見続けていた。

「晩御飯、シグナムとシャマルは何食べたい?」

「………」

「シグナム? どないしたん?」

「はっ!? 申し訳ありません。少し考えごとをしていたもので」

主の問いかけに答えない程あの少年のことを考えるとは、我ながらどうかしている。

彼からは魔力が一切感じられなかった。つまり、闇の書の蒐集対象にはならない。只者ではないかもしれないが、固執する必要が無い。

だが、あの少年とは近い内にまた会うような気がする。ただの勘なのだが。

「もう、ボーっとしてるシグナムは放っておきましょう、はやてちゃん。スーパーで材料を見ながら考えましょうか」

「そやね」

シャマルに言われるとは………不覚。

「そういえば、今日もヴィータは何処かお出掛け?」

「あ、えっと、そうですね」

主の問いにシャマルが困ったように眉をひそめる。

すかさず私がフォローをする。

「外で遊び歩いているようですが、ザフィーラがついて居ますのであまり心配は要らないですよ」

「そうかぁ」

少し寂しそうな顔を主がされてしまったが、シャマルが優しく諭すような口調の声を出した。

「でも、少し距離が離れても私達はずっと貴方の傍に居ますよ」

「はい、我らは何時も、貴方のお傍に」

「………ありがとう」

私とシャマルの気持ちを受け止めた主が、嬉しそうに笑ってくれた。

「そや。言うのが遅れたけど、今日私に友達が二人も同時に出来たんよ」

「ご友人ですか。それはおめでとうございます」

スーパーに向かう途中、主が嬉しそうにはしゃいでいた。

「すずかちゃんとソルくんっていうんや。すずかちゃんはお淑やかで可愛くて優しい女の子でな。ソルくんは見た目ちょっと怖い感じな男の子なんやけど、話してみると良い人やった。よく見るとイケメン………というよりワイルドな感じやったなぁ」

「男の子、ですか」

脳裏に先程の少年が浮かび上がる。

「二人共たまに図書館に居るのを見掛けたことあったさかい、もしかしたら思て聞いてみれば案の定ってやつや」

ご友人が出来たことに喜ぶ主の姿を微笑ましく思っていると、気が付けばシャマルが浮かない顔をしている。

『どうしたシャマル? 主の前で』

『………シグナム、後で話すわ』

何か良くないことでもあったのだろうか? 主はこんなにも喜ばれているというのに? 何があった?

私は胸にしこりのように残った不安を抱えながら、機嫌が良い主と少し表情が暗いシャマルと共に買い物を終えた。






『はやてちゃんはお友達が出来たって喜んでいたけど、そのお友達がちょっと都合悪いのよ』

『都合が悪い? それは一体どういうことだ?』

主には聞かれないように私とシャマルは念話を使用する。

『単刀直入に言うわ、クラールヴィントが教えてくれたのよ。男の子からとても大きな魔力を感じる、この子は”力”を隠し持ってるって』

『あの少年がか? 私は彼から魔力の片鱗すら感じなかったが、それは本当か?』

シャマルが物憂げに頷いた。

あの後、主の話の中でご友人がどのような方達なのか詳細を話してもらい、私が見掛けた少年と主の友人となった少年は同一人物だと判明した。

『しかも、詳しく調べようと魔法を使おうとした瞬間にとんでもない殺気が飛んできたわ。今思い出しただけでも震えが止まらない。一瞬だけとはいえ自分が死んだと錯覚しちゃったんだから』

『主ともう一人のすずかという少女はその時どうしていた?』

『二人共全く殺気には気が付いてなかったわ。周りに居た人も気にしてなかった。明らかに私だけを巧妙に狙って放たれた殺気だったもの』

『ふむ』

私は顎に手を当て思案に耽る。

シャマルは我らの参謀として戦ってきた者だ。確かに後方支援向きだが、実践慣れしていない訳では無い。そのシャマルを震え上がらせる程の殺気を放てるとは。おまけに周囲の人間には一切気付かれずに。

なるほど、私が思った以上に只者ではなかったのだな。厄介だと思う反面、好都合だと思ってしまう。

魔力を持っているのなら蒐集対象になり得る。しかもかなり大きな魔力保持者。そしてそれを全く私に気取らせない程の実力者。

正直心が躍る。胸が高鳴る。あの少年と一対一で正々堂々と真正面からぶつかり合いたい。

唯一の難点は、主のご友人であるということだけだ。主のご友人を傷つけなくてはならない、刃を向けなければならない、それは純粋に心苦しいものだった。

しかし、主の為にも高い魔力を持つ者は最優先で蒐集するべきだ。

(ソル=バッドガイ………か)



SIDE OUT










俺はCD屋を出ると、既に周囲は真っ暗で夜になっていたことに溜息を吐いた。

やはり思った以上に話し込んでしまった。

というか、買ったCDをその場で一曲聞いてみようという話の流れになってしまった所為で、そのままだらだらとアルバム一枚分丸々聞く羽目になってしまったのが一番いけなかった。

いや、俺は悪くない。良い曲作りをする『DMC』が悪い。『DMC』が俺を虜にするのがいけないんだ。『DMC』が俺の時間を奪うんだ。『DMC』が全ての元凶だ。よって俺は悪くない。

「………帰るか」

下らない言い訳は止めて足を動かす。

時刻を確認しようとして携帯電話を取り出すと、不在着信とメールが六件ずつ、留守番メモが二件ずつ入っていた。

どれもこれもなのはとフェイトからだった。

メールを恐る恐る確認すると、三十分毎になのはとフェイトが交互に送ってきたもので『今何処に居るの?』『もうご飯になるけど、帰ってこれないの?』『ご飯先に食べちゃうよ?』『もうご飯食べちゃったよ』『いい加減に帰ってきなさい』『怒るよ、ソル』というものだった。

留守番メモを聞く勇気が沸かなかったので、俺は冷や汗を垂らしながら携帯を仕舞った。

気が付かなかったんだ、そう言おう。

念話を送ってこないだけまだマシだ。あれに一度応対してしまうと電話で言う”居留守”が使えないから。きっとユーノが上手く言い含めてくれたんだろう。今度何かあいつに奢ってやるか。

携帯を見た所為でテンションが下がってしまったので、ザックからCDウォークマンを取り出すと買ったばかりのCDを入れる。イヤホンを装着し再生ボタンを押す。

魂を揺さぶるロックミュージックが鼓膜を叩き、俺の気分を盛り上げてくれる。

気分良くリズムを取りながら海鳴臨海公園の真ん中を歩いていると、ふいに魔力反応を感知した。かなりの速度でこっちに近付いてくる。

一瞬、なのはとフェイトが迎えに来たか!? と本気で焦ったが違った。二人の慣れ親しんだ魔力でもなければユーノやアルフのものでもない。

じゃあ誰だ? ん? よく探ってみると知ってる魔力だ。だが知らん。誰だこいつ?

頭に疑問符を浮かべて思い出そうとする。

(ああ、思い出した。図書館の駐車場に居た女だ)

女とは思えない気に入らねぇ眼つきの女だ。

ようやく魔力の持ち主が分かってすっきりしたところ、そこで新たな疑問が生まれてしまった。

なんでこっちに来るんだ?

その時、海鳴臨海公園を結界が覆う。

「っ!!」

見たこと無い術式のものだ。ユーノが得意とする結界系の魔法にも該当するものが存在しない。そもそも術式の構成が根本的にミッド式じゃない。

即座に解析法術を発動させる。

”事象”を顕現させる法力使いの俺から言わせてもらえば、科学の延長線上に存在するミッド式に似ている。だが、それはカテゴリー分けすると同じではあるが種族は違うということだ。極端な例で言えば法力が無機物だとする、ミッド式とこの結界は生き物で、しかし爬虫類と哺乳類くらい違う。そんな感じだ。

俺ですら違和感を覚える程異なる術式なのだから、生粋のミッドチルダ式魔導師だったら相当驚くんじゃねぇか?

周囲に人気が無くなる。公園内に数組のカップルなりアベックなりが存在していたのに、今は俺しか生き物は存在しない。

封時結界と似たようなものか。

「まるであの時の焼き増しだな」

初めてフェイトに会った時を思い出す。前もCD屋寄った帰りでこんな状況だったし、場所も此処だった。

この公園は魔導師と出会える不思議ポイントなんだろうか?

どうでもいいがまた厄介事か?

ウォークマンの電源を落としザックに仕舞った丁度その時、桃色のバリアジャケットに身を包んだ女が俺から十メートル程離れた場所に降り立った。

「ようやく見つけたぞ」










SIDE シグナム



「ようやく見つけたぞ」

シャマルのサポートを受け、やっと探し出すことに成功した。此処まで来るのに随分時間が掛かってしまった。

私は愛剣レヴァンティンの切っ先を少年に、ソル=バッドガイに突きつけた。

「てめぇ、図書館の駐車場に居た女だな」

ソルは驚いた様子も無く、ただひたすら面倒臭そうにうんざりとした表情で、それでいて私を警戒しながら見返した。

やはり魔導師だったか。そして騎士甲冑を纏った私を見て驚いたり慌てたりするどころから、私のことを予め知っていたかのような余裕たっぷりな態度。恐らくあの時、私がソルを只者ではないと思ったのと同時に、ソルも私から何かを感じ取ったのだろう。

「急に不躾ですまないと思っている。だが、これも我が主の為。お前が持つその魔力、闇の書の贄とさせてもらう」

「ああン? いきなり訳分かんねぇよ」

「問答無用!!」

「っ!?」

私はソルに向かって踏み込むと、レヴァンティンを振り下ろした。

ソルは一瞬だけ驚いたような表情をしたが、それも一瞬だけだった。瞬時に駐車場で見たあの鋭い眼つきになると、バックステップで距離を取り、レヴァンティンの間合いから離れる。

やはりこの程度では簡単に避けられてしまうか。

「通り魔かてめぇは?」

「そうかもしれん」

「………肯定しやがった」

言われた通り、私を含めた守護騎士は通り魔かもしれない。魔力資質を持つ者を端から襲い、無差別に魔力を蒐集する。なるほど、通り魔とは言い得て妙だ。

「何をどう言われようと一向に構わん。私がすることに変わりは無い。安心しろ、命までは取りはしない」

レヴァンティンを正眼に構え、四肢に力を漲らせる。

罵りたければ罵ればいい。私は既に騎士の誇りと引き換えに主との約束を破った不忠者だ。だからいくらそのことを蔑まれ、騎士の名を貶められようともそれで主が助かるというのであれば甘んじて汚名を被ろう。

この身はただの修羅。主の為ならばどんな汚いことにも手を染めようではないか。

「ちっ、面倒臭ぇ………だが、懐かしいな」

「懐かしいだと?」

妙なことを口走りながら私から眼を逸らさずに荷物を降ろすと、ソルはポケットから銀の鎖に繋がれた五百円玉くらいの大きさの赤銅色の歯車を取り出した。

あれがデバイスか?

「昔はよくてめぇみてぇな通り魔にいきなり襲われたり、言いがかりつけられて喧嘩売られたり、眼が合っただけで問答無用で攻撃してくるような連中が居たからな。そいつらを思い出しただけだ」

言って、ネックレスのように鎖に繋がれた歯車を首に掛けた。

現在進行形で襲い掛かっている私が言うのもなんだが、この少年は一体どんな環境下で育ったんだ?



「起きろ『クイーン』。セットアップだ」

<Set up>



その声に従い、デバイスが起動する。同時に、爆発的な魔力がソルから溢れ出す。

その魔力は濃密で、デバイスから放たれる赤い魔力光が結界内を満たす。

ただ、魔方陣が現れないのが不思議だった。

シャマルの言っていたことは事実で、私の勘も捨てたものではない。しかし、これ程の魔力を保有しているとは予想していなかった。今代の主の下で蒐集してきた者達の中では間違い無く一番魔力が高い。

これは嬉しい誤算だ。これだけの魔力を持っていればかなりのページ数を稼げるだろう、と守護騎士としての考えと、戦士としての実力はかなり高いだろうと予測する私の個人の考えが興奮を高める。

懸念すべきことは私の実力が及ぶのか、もし勝てたとしても激戦になるのは容易に想像出来る。それによって魔力を蒐集するだけの分が残っているかだ。

ボウ、と音を立ててソルの足元から紅蓮の炎が噴出し、たちまち彼の全身を覆い尽くす。が、それも一瞬の出来事。次の瞬間には炎は消え、その代わりにバリアジャケットを展開させたソルが居た。

(ほう、私と同じ炎の魔力変換資質か)

それは管理局の魔導師が使うバリアジャケットと呼ぶよりも、ベルカの騎士が纏う騎士甲冑に近い。

赤いブーツ。額に装着された赤いヘッドギア。

白を基調とした上着は立てられた襟部分と腰から胸にかけて赤く、腰のベルトのバックルには『FREE』と刻印がされている。

バックルから下にかけて腰回りの赤い布地がベルトで止められ、赤い前垂れのような形で膝下まで流れている。

白いズボンを穿き、両足を覆うように腰から下だけマントを纏っているかのように白い布地がベルトで止められている。

上腕二頭筋が上着から露出し、黒いインナーのようなものを肌着として着ているのか肌は見えない。

両の拳は白いグローブに覆われているが、手の甲部分が赤く、ベルトのようなものが装飾されている。

そして何より左の手に持つ無骨で肉厚な剣。はっきり言って彼の体格に合っていないと思わせるくらいには大きい。

魔導師と言うよりは騎士と言われた方がしっくりくる姿だ。その剣と彼の戦士としての眼がそれに拍車を掛ける。

だからだろうか。私は自然と口を開いて問い掛けていた。

「その姿、お前は騎士か?」

その問いに、ソルは意外そうな声を出した。

「………てめぇ、聖騎士団のことを知ってやがるのか?」

「聖騎士団? ………いや、聞いたことが無い」

「………」

少し考えるような仕草をするソルに対して私はますます興味が沸き、同時にレヴァンティンを持つ手が震える程歓喜した。

聖騎士団。それが何か分からないが、その組織がソルの所属している組織の名だろうか? いや、そんなことはどうでもいい。

この少年も私と同じ騎士であるということだ。

どれ程の実力を秘めているかは未知数だが、弱いということはないだろう。

むしろ、必ず強い筈だ。

同じ騎士として、同じ魔力変換資質として、同じ戦士として、自分の為にも、何よりも主の為にも負ける訳にはいかない。

だが此処はお互いが騎士として、礼儀を弁えるべきだ。

レヴァンティンを構え直す。



「我が名は”烈火の将”シグナム。そして愛剣のレヴァンティンだ。是非、お前の名を聞かせてもらいたい」




HEVEN or HELL



本当は知っているが、ソル自身の口から名乗りを上げて欲しかった。

ソルは右足を前に出し、逆手に持った剣の切っ先を地面に垂れ下げるように構え、首に掛けた歯車の形をしたデバイスを右手の指で弾いた。



「………ソル=バッドガイ。剣の名は封炎剣、こいつはデバイスの『クイーン』だ」



DUEL



「尋常に勝負を願いたい」

私の言葉に対し、ソルはやれやれと溜息を吐いてから首を回し、ゴキゴキと音を鳴らした。

「どうなっても知らんぞ」

その言葉を皮切りに、私とソルは相手目掛けて同時に踏み込み、剣を振り下ろした。



Let`s Rock



爆炎が、冬空の夜に咲いた。











































ソル専用オリジナルデバイス『クイーン』


分類はブーストデバイス。

歯車の形をした五百円玉程度の大きさで、真ん中に穴が開いておりそこに鎖を通して首からネックレスのように下げる。

歯車=英訳するとGEAR GEAR=ソル という自身に対する皮肉が込められてこの形となった。他のデバイスのような変形機構は一切無い。常に歯車の形である。

名前の由来はソルのかつての世界で好きだったイギリスのロックバンドのグループ名から。

補助を目的としているので、攻撃力は皆無。

しかし、攻撃以外に関してはソルの法力と魔法の補助を一手に担い、尚かつ法力と魔法を同時に行使・出力制御を行うというこの世に二つとして存在しない超高性能デバイス。

デバイスとしての面が際立つが、法力の面で魔導師には分からない部分の補助と増幅を行っているので、封炎剣と同じ神器でもある。

ソルの知識と経験と技術、数ヶ月に及ぶ長い期間を経ていくつもの失敗作の上に生まれた汗と苦労の結晶。

AIは搭載しておらず、Yes、Noで答えられる簡単な応答しか出来ない。思考もせず、命令されたことをただひたすら実行するだけである。

喋らないというより喋れない仕様。レイジングハートのように口喧しくないのでソルは気に入っている。










後書き


A`s編ついに突入しました。

結構長くなってしまった日常編がようやく終わり、これからはほのぼのからシリアスに移行する筈です………きっとたぶん。

やはりというべきか、ソルと一番初めに戦うであろう人物はシグナムです。同じ属性、同じ剣士、同じ騎士(ソルは元だけど)、戦い方や考え方はかなり違いますが共通する点はあると思ってます。自分の大切なものに関しては身体張るとか、普段は無口とか。

まだ現段階でソルは、シグナムとシャマルがはやての関係者であることに気が付いていません。認識としてシャマルは『図書館に居て何かしようとした金髪魔導師(顔は見てない)』、シグナムは『前の世界にもよく居た通り魔』です。

次回もよろしく!!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.2 The Midnigtht Carnival
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/08/21 01:01
SIDE ユーノ



「お兄ちゃんが帰ってこない」

「ソル………何処行っちゃったの………」

プリプリとなのはが怒りながら部屋をグルグルと歩き回り、フェイトが落ち込んだようにソルの枕をギュッと抱き締める。

「その内帰ってくるからいい加減落ち着きなってば」

僕はうんざりと読んでいた音楽雑誌から顔を上げて苦言を呈した。

「そうだよ、ソルがフラッと居なくなるなんて何時ものことじゃないか」

子犬形態のアルフが僕の膝の上で落ち着かない様子の二人を諭す。

「でも何処行ったのか分からないんだよ!? もしかしたら何かの事件に巻き込まれてたりとかしてるかもしれない!!」

我慢出来ないといった感じでフェイトが悲痛な声を上げる。

僕とアルフは半眼になって顔を見合わせると、呆れたように異口同音で聞き返した。

「「事件って何に?」」

「えっと、例えば誘拐とか」

前にあったアリサとすずかが誘拐された事件を反芻する。

「もしそうだとしても心配する必要無いと僕は思うよ」

「むしろアタシは犯人に同情するよ。半殺しにされてから豚箱にぶち込まれて一生障害者として生きていくんだから」

「あぅぅぅ」

忍さんから聞いた話によると、ソルに無力化された犯人って背骨とか神経をやられちゃった所為で、まともな日常生活も送れない程重症らしい。自業自得だけど、ソルって相変わらず容赦無いなぁ~。

「お兄ちゃんが時々居なくなるのは何時ものことだからこの際どうでもいいの。そんなことよりメールにも電話にも出ないってどういうことなの!!」

うがーっ、となのはが吼える。

『う~ん、もう持たないかな?』

『どうだろうねぇ』

実は、僕はソルが何処に行ったのかも、帰ってこない理由も知ってる。

CD屋だ。

ただのCD屋と思ったら大間違い。ソルお達しのCD屋だ。彼行き着けの店という時点で普通じゃない。店もそこで働く従業員も悪い意味で普通じゃない。

一度だけ僕はソルにその店に連れて行ってもらった、というより連行されたことがある。

そこで店がどんな空間か知った。そこはカオスでF言葉でデスメタルでロックな世界だった。

そして気付いた。ソルがなのはとフェイトにその店の存在を知られたくないということに。

アルフにはその日の内に僕が見たもの、聞いたもの、感じたものを包み隠さず話した。すると、次の日はアルフも店に向かった。

帰ってきた時に「うん、あれは無い。特に店長」とコクコク頷きながら手を顔の前で振ってるアルフの姿は、全てを悟り切った表情だった。

それ以来僕とアルフは、ソルがCD屋に行っている間になのはとフェイトを引き止めて置く役目を自らするようになった。

彼にだってたまには一人になりたかったり、趣味に没頭する時間が欲しいと思う。だから、せめて一ヶ月に数回くらいはその手伝いをさせてもらっても罰は当たらない筈だ。

ただでさえ四六時中なのはとフェイトにくっ付かれて、僕達の訓練に付き合ってくれて、学校行って、翠屋でバイトして、デバイスの面倒まで見てるんだ。いくら彼が大人で無尽蔵のスタミナを持ってるからって負担掛け過ぎなんじゃないだろうか?

まあ、ソル自身は負担を掛けられているとは言ったこと無いし、弱音も吐かないし、自分から進んでやってるみたいだし、そもそもそんなこと思ってないだろうけど。

だからといって僕を生贄にするのは勘弁願いたいが。

音楽雑誌のページをパラパラ捲っていると、赤いボールペンでチェックが入れられている見開きのページがあった。

(今日はこれかな?)

そこには『DMCニューアルバムリリース 12月3日 日本上陸!!!』と書かれていた。

今日は二日。あのCD屋の店長は販売前日になるとソルをメールで呼び出しするらしいから、間違い無くこれだ。

(僕も後でCD借りて聴いてみよっと)

ソルのロック好きの影響で、僕達も結構ロック好きになりつつある。

僕はたまにCDを借りる。

なのはは最初からかなりロック好きで、邦楽アーティストよりも洋楽アーティストの方が詳しい。革ジャンとかもさり気無く持ってたりするし。

フェイトも何度かソルからCDを借りて聴いてる。また、雑誌に掲載されたアーティストの写真を見てシルバーアクセサリーを首に掛けることに憧れていたらしくて、ソルがデバイス『クイーン』をネックレスのように鎖で首に掛けているのを見るとバルディッシュにも鎖が付けられることになった。

ソルとお揃いのフェイトを見たなのはが対抗して、レイジングハートに付けられていた紐が鎖になったのは余談。

僕は机の上に雑誌を置くと溜息を吐いた。

ちなみに僕達四人が今居る場所はソルの部屋。何故か自分の部屋に居るより落ち着くという謎の部屋。

ソルのレアスキル、『魔力供給』が何か作用してるのかな? 椅子とかベッドとかに。

僕はソルの勉強机の椅子にアルフを膝の上に乗せて座り、なのはとフェイトは何時の間にかソルのベッドの中に潜り込んでいる。

二人がやけに静かだと思ったらグースカ寝ていた。

任務終了。

さて、僕もそろそろ自分の部屋に戻ろうかな。

そう思ってアルフを抱き上げ立ち上がろうとした瞬間、世界が色を変える。

「「っ!?」」

結界。しかも封時結界に似てる。魔力資質を持つ人間のみが入ることを許される、否、強制的に入れられてしまう現実から隔絶された空間。

「な、なに?」

「どうして、結界が!?」

なのはとフェイトが結界が発動した時の魔力の波動を察知して起きる。寝起きだから若干慌て気味だ。

<マスター、魔力反応がこちらに来ます>

<しかもかなりの速度で。我が主、注意が必要かと>

レイジングハートとバルディッシュが警告する。

「とりあえず家から出よう。相手が誰か、目的が何か分からないけど、もし戦闘になったら此処じゃ狭過ぎる」

僕はアルフを降ろして、窓に駆け寄って開けると、そのまま飛行魔法を発動させながらバリアジャケットを展開する。

三人が僕の言葉に黙って頷いて、なのはとフェイトはバリアジャケットを展開、アルフは人間形態になって追従する。

頭を日常生活から戦闘に切り替える。

日頃散々ソルに叩き込まれたことを活かして思考を巡らせる。

先程の言葉と同じで、一体誰がこんなことを? 何の為に? 僕達に接近してくる理由は? 偶然か? それとも僕達を狙ってるのか?

分からないことだらけだ。今は少しでもいいから情報が欲しい。

見晴らしが良く、何処から不意打ちされても対処出来るように繁華街のビルの屋上に降り立つ。

その時、高速で近付いてくる反応の魔力が高まった。

「三人共気を付けて、攻撃魔法が来る!!」

僕は三人に注意を促すと構えた。



SIDE OUT










背徳の炎と魔法少女A`s vol.2 The Midnigtht Carnival











SIDE なのは



<誘導弾です>

レイジングハートの警告。

その言葉の通り、一発の赤い魔弾が斜め四十五度の上空から真っ直ぐ私達に飛来しました。

「はっ!!」

裂帛の気合と共にユーノくんが防御魔法を展開、誘導弾を受け止めます。

同時に硬い物同士がぶつかり合う耳障りな音。緑と赤の魔力光が拮抗し、火花を散らす。

けど、それも一瞬。

「こんなものっ!!」

そのまま盾として展開した防御の壁で魔弾を弾き飛ばし、弾き飛ばされた魔弾は明後日の方向に飛んで行き遠く離れたビルの給水塔に激突し爆発を起こす。

見事に攻撃を凌いだユーノくんですが、本人は周囲への警戒を解きません。何故なら、誘導弾で攻撃してきたということはそれを放った人物が居て、私達に敵意を持っているということだから。



「テートリヒ・シュラークッ!!!」



叫び声がした方向、つまり誘導弾が飛んできた方向とは全く逆方向から赤いゴスロリの服を着た女の子が両手に持ったゲートボールのハンマーみたいなのでで突っ込んできました。

<プロテクション>

誘導弾で攻撃された時点であらかじめ奇襲されると分かっていた私は冷静に防御魔法を展開すると、振り下ろされたハンマーを防ぐ。



―――ドンッ!!



右手に急激にかかる圧力。女の子の見掛けに反して意外に重い。重いけど、お兄ちゃんのパンチ程じゃない。大丈夫、耐え切れる。

「チッ」

私の防御を破れないと分かると女の子は舌打ち一つ、ハンマーを引いてすかさず距離を取る。

運が良いのか、感付かれたのか。左手に持ったレイジングハートをこっそりシューティングモードにして先っちょ向けてたのがバレたのかな? あのままだったら零距離でぶち込んであげたのに。

「いきなり襲い掛かられる覚えは無いんだけど、何処の子? 一体なんでこんなことするの?」

<ディバインバスター>

とりあえずお返しに一発。

極太の砲撃魔法を女の子に向けて発射する。

「なっ!?」

女の子は驚愕の声を上げると慌てて回避運動に入り、ギリギリのところで避ける。

「そうだっ!! いきなり攻撃仕掛けてくるなんて何考えてるんだ!?」

ユーノくんが叫びながらチェーンバインドを発動、手に淡く緑に輝く鎖を女の子目掛けて”投擲”する。

ちなみに投擲された鎖の先端は棘が一杯付いた握り拳大の鉄球になってる。所謂モーニングスターと呼ばれる類の武器。

ユーノくんがお兄ちゃんとアクセルさんの戦闘データを基に考案したチェーンバインドの新しい使い方。そしてこれが、夏休みが終わる少し前に地球に帰ってきたユーノくんの新しい戦闘スタイル。

私もフェイトちゃんもアルフさんも当然驚いたけど、一番驚いてたのはお兄ちゃんだった。まさかユーノくんがアクセルさんの戦い方を真似るとは思ってなかったみたい。

凄く練習したみたいで、お兄ちゃんも「まだ未熟だが、ユーノにはあいつの戦い方は合ってるかもしれねぇな」って珍しく褒めてた。

「うわあっ!!」

自分の顔に向かってすっ飛んでくる棘が一杯付いた鉄球に、女の子は必死になって三角形の魔方陣を展開して防ぐ。

それはそうだよね。ユーノくんの攻撃ってバインドを物理攻撃として応用したやつだから、非殺傷とか無いしね。私の砲撃食らうよりもリアルに痛みを想像出来るし、あんなものが顔に飛んできたら怖いもんね。

「ソルが言ってた。いきなり攻撃してきた奴はとりあえず敵だって」

「っ!?」

女の子の後ろには何時の間にか、バルディッシュをサイズフォームにして振りかぶるフェイトちゃん。



―――ギィィィンッ!!



フェイトちゃんの不意打ちを女の子はハンマーでなんとか防ぐも、

「つまり、アンタはアタシらに喧嘩を売ったってことだから容赦してやらないよっ!!!」

鍔迫り合いの格好の所為で動けないところに、アルフさんの飛び膝蹴りが女の子の脇腹にめり込んだ。

声を出すことも無く蹴り飛ばされる女の子。

ちょっとやり過ぎたかもしれないけど、いきなり理由も無く攻撃してきたのは相手の方なんだから気にしない。

だって、以前お兄ちゃんとアクセルさんの話を聞いたら誰だって躊躇しません。

二人が前に住んでいた世界では、通り魔がよく出たらしいです。

しかも治安も悪く、理由も無く喧嘩を売られるなんて日常茶飯事、眼が合っただけで襲い掛かられたり、難癖付けてきて攻撃してきたり、言いがかりと同時に魔法で攻撃されたり、とかなり物騒な世界だったみたいです。

だから、先制攻撃されたなら相手を叩きのめしてから後でゆっくり尋問をして吐かせろって言ってました。

今まで半信半疑だったけど、訓練のおかげで怯むことなく反撃出来たし、成果もちゃんと発揮出来た。とっても役に立った。お兄ちゃん、アクセルさん、ありがとう。

「ぐ、ゴホッ、ケホ」

咳き込む女の子を四人で取り囲む。

女の子は不利な状況にも関わらずキッ、と私達のことを睨んでいます。

まだ戦うつもりならそれに応えるだけなんだけど。大人しく降参する気は………無いね。眼を見れば戦意が全く萎えていないのが分かるから。

「………っ!! ユーノ、後ろっ!!」

鼻をひくひくさせていたアルフさんが何かに気付き、ユーノくんの後ろを指差します。

「おおおおおおおっ!!」

そこには、アルフさんと同じような犬耳と尻尾を生やした筋骨隆々の男性が突如現れ―――年は本当の姿のお兄ちゃんくらい―――雄叫びを上げながらユーノくんに回し蹴りを食らわした瞬間でした。

ぶっ飛ばされた勢いそのままにビルの窓を突き破って姿が見えなくなるユーノくん。

「ナイス、ザフィーラッ!!」

「くっ!」

私達に出来てしまった一瞬の隙を突いて、女の子がフェイトちゃんに飛び掛ります。

<ブリッツアクション>

女の子の奇襲は機転を利かせたバルディッシュが発動させた高速移動魔法によって事無きを得ますが、女の子はザフィーラと呼ばれた男性と合流してしまいます。

「無事かヴィータ?」

「ザフィーラのおかげでなんとか」

「お前が怪我をすれば主が悲しむ。気を付けろ」

「分かってるよ」

男性が女の子を気遣い、女の子は子ども扱いするなと言わんばかりに返します。どうやら新手、しかも二人は仲間みたいです。

「さっきはよくもやってくれたな」

女の子がハンマーを構え直し、その小さな身体から怒気を放つと、合わせるように男性の方も拳を握って構えます。

その時、男性の腕に緑色の鎖がいくつも絡みつき、動きを拘束しようと締め付ける。

ユーノくんの姿は目視で確認出来ないけど、ビルの中から鎖は伸びているみたいだから無事みたい。

「ザフィーラッ!!」

「くっ、この程度で俺を縛るつもり―――」

男性が力任せにチェーンバインドを引き千切ろうとした刹那、



「ブレイクバースト」



―――ドーーーーンッ!!!



眼が眩む程に鎖が緑の光を放つと同時に、”男性の腕に絡みついた部分”だけが爆発を起こす。

爆発の余波を食らってヴィータと呼ばれていた女の子が悲鳴を上げながら吹き飛び、爆発をもろに食らった男性の周囲を煙が包む。

煙が晴れると、爆発によって服の(バリアジャケットだよね?)一部が裂け、身体のあちこちに出来た怪我のダメージに顔を顰める男性の姿が。

ユーノくんが口元の血を拭いながらゆっくりとビルの窓から戻ってきます。蹴られた時に切れたみたいで、それ以外にも腕や頬、膝などに擦り傷がたくさんありましたが、大したダメージは無さそうです。

「ぺっ、首を狙って一発で気絶させようと思ったのに………やっぱりまだアクセルさんみたいに上手くいかないや」

口に溜まった血を吐き捨てながらユーノくんが悔しそうに言います。

「ユーノ、ダメージは?」

「ん? 問題無いよ。今の攻撃でかなり魔力使っちゃったけど、まだ余裕あるし。そもそも、あの程度の不意打ちで沈められてたらソルと模擬戦なんて出来ないよ」

思ったよりも元気そうなユーノくんの姿を見て安堵したアルフさんの質問に、手をひらひらさせて答えます。

「てんめぇ!! よくもザフィーラを!!!」

「さて、そんなことより相手は二人になった訳だけど、どうする?」

「無視してんじゃねぇぞ!!」

「僕としてはアルフと同じ使い魔の、ザフィーラ? あの人の相手がしたいんだけど」

「………馬鹿にしやがって」

ヴィータちゃんが殺気を漲らせながら怒りでハンマーを持つ手を震わせていますが、ユーノくんは何処吹く風。

「アタシもあの男で頼むよ。フェイトやなのはより小っこい子を殴るなんて正直気が引けるしね」

パンッ、と手の平に拳を打ちつけアルフさんがザフィーラさんを睨みながら楽しそうに笑います。

「じゃあ、私となのはは残った女の子の方、ヴィータをやっつけようか」

「うん。異議無し」

フェイトちゃんの言葉に頷きながら、私はレイジングハートをヴィータちゃんに向ける。

「じゃ、皆気を付けて。伏兵がもう居ないとは限らないから、僕みたいにならないようにね」

チーム分けが終わると、私達はそれぞれの相手に飛び掛ります。

「なめんなっ!!」

「気を引き締めろヴィータ、一人ひとりがかなり出来るぞ」

「分かってるよ!!!」

相手もこちらに応えるように迎え撃ってきました。



SIDE OUT










SIDE シグナム



金属と金属がぶつかり合う甲高い音が夜の公園に響き、炎が空と大地を灼熱で染め上げる。

胴を薙ぐように振るったレヴァンティンは縦に構えた封炎剣に防がれ、

「おいおい」

いとも容易く弾かれる。

逆に、

「であああっ!!」

これが剣を薙ぎ払うお手本だと言わんばかりに、逆手に持った剣が一閃。

受けようにも、その一撃が想像以上に重く、力任せに振り払われる。

返す刀で更に薙ぎ払いが迫る。

私はそれを飛行魔法を発動させて避ける。

上空からソルを見下ろす形で態勢を整えようとするが、

「逃がさねぇ」

ソルが屈み、跳躍の勢いと合わせて飛行魔法を発動。

その速度は弾丸のようで、一気に私を追い抜き、

「ガンフレイムッ!!」

上空から幾筋もの火炎を降り注いできた。

地面に着弾した火炎が爆発し大きなクレーターを作る。木にぶつかると一瞬で根こそぎ消し炭に変える。

私はその威力に息を呑みながら冷静に火炎を交わす。誘導弾ではないので焦る必要は無い。射線上から逃れるだけでいい。

だが、火炎に混じってソル本人が急降下しながら突っ込んでくる。

「レヴァンティン、私の甲冑を」

<Panzergeist>

私の魔力光が全身を包み込む。

「カートリッジロード」

鍔のギミックが作動し、空の薬莢が吐き出される。同時に私の魔力が一時的に高まる。

レヴァンティンを構え、ソルを迎え撃つ。

「叩き斬れ、レヴァンティン!!」

「バンディットブリンガー!!」

炎を纏った右拳が振り下ろされるのに対し、私は同じようにレヴァンティンに炎を纏わせ下段から振り上げる。

衝撃。

炎と炎が激突するが、打ち勝ったのは私の炎ではなかった。

「くぁっ」

レヴァンティンが弾かれ、ソルの拳が私の鎖骨の中央部分に叩きつけられる前に紫の魔力光が私を守る。

炎からはなんとか身を守れたが、さすがに殺しきれなかった拳の勢いで地面に激突してしまう。

「がはっ」

パンツァーガイストを発動させていなかったら、間違い無く殴られた部分の骨が折れていた。

レヴァンティンを杖に立ち上がると、呼吸を整えながら急いでクレーターから出る。

すると、今まで居た場所にソルが降り立った。

すぐさま私に踏み込む。

「邪魔だ」

「ぐっ!!」

無造作に振り下ろされたソルの剣をレヴァンティンで受け止めるが、

「フン」

「っ!!」

封炎剣の鍔から刀身に向かって炎が発生し、凄まじい熱量と共に剣に込められる力が増す。

同時に私をそのまま押し潰そうとする力が増大し、足がアスファルトにヒビが入り、次の瞬間には砕ける。

私は四肢の筋力を魔力強化で底上げし、なんとかソルの剣を逸らしその場から離脱する。

目標を失った剣がアスファルトに激突し巨大な火柱が轟音と共に生まれる。

「ハァ、ハァ、ハァ」

荒い呼吸を行っていることが、いかに眼の前の少年が強敵か物語る。



―――………強い。



大雑把に剣を振り回しているように見えてその実一つ一つの攻撃が非常に鋭く、どれもこれもとてつもない程重たい。魔力強化を限界まで引き上げても受け止められるのは一瞬だけ。力比べではまず勝てない。

炎の魔法も湯水のように使ってくる。刀身から炎を飛ばし、剣に炎を纏わせ攻撃力を爆発的に上昇させて斬りかかってくる。威力は先の通り。周囲は始まって一分も経たずに火の海だ。

驚嘆すべき魔力量。これだけ使えばすぐにガス欠になると高を括っていたがそれは大間違いだった。奴は魔法を使うペースを落とすどころか更に頻度を上げるばかりだった。それで息切れ一つ起こさない。どれだけの魔力を保有しているというんだ?

何より戦い方が型破りだ。剣かと思えば拳が、拳と思えば蹴りが、蹴りかと思えばただの蹴りではなく炎を纏った蹴りが、という風に次の攻撃がなかなか予測出来ない。出来たとしても、一撃のあまりの重さに防ぐか必死に避けるかのどちらかだ。

空中戦に持っていこうとしても、先程のように容易く地上に叩き落とされる。

強いだけではない。戦い方が上手い。常に自分にとって有利な状況を作り出し、相手に主導権を握らせず、場を掌握する。長い時間と経験を積んでやっと手に入れられる”戦いの流れ”の作り方をよく理解している。

戦い始めて五分程度。致命的なダメージはなんとか防ぎ切っているものの、はっきり言って防戦一方に近い。驕るつもりなど毛程も無かったが、まさか私が手も足も出ず後手に回るとは思っていなかった。

「フン」

地面を割るような勢いで踏み込んできたソルが、私の腹目掛けて膝蹴りを放つ。

レヴァンティンの腹でそれを受けるも、重い。踏み止まれない。たたらを踏んで後退させられてしまう。

更に踏み込み、炎を纏った右ボディーブロー。

これも重い。受けたレヴァンティンが折れないか心配だ。

「オラァッ!!」

そして燃え盛る封炎剣がアッパーのように下段から振り上げられる。

これも辛うじて受け、どうにか受け流して逸らす。

私はそのまま大きく距離を離すようにバックステップ。

「ガンフレイムッ!!」

そんな私を追い詰めるように、ソルが大地に突き立てた封炎剣の切っ先から火柱が生まれる。それは地面を焦がし、抉りながら私に向かって殺到する。

(今だっ!!)

飛び道具を使ってきた隙を見て、私は火柱を飛び越すように跳躍。身体の真下を通り過ぎる破壊の熱をやり過ごし、そのままソルを真上から強襲する。

「はああああああああああああっっっ!!!」

一刀両断。気合と共に両の手でレヴァンティンを持ち、全力で振り下ろす。

ソルはそんな私に対して、地面に突き立てた剣をより深く、刀身が半ばまで埋まる程深々と突き刺すとそのまま屈み、跳ぶ。



「ヴォルカニックヴァイパーァァァッ!!!」



―――ガギィンッ!!



ソルの炎を纏った剣の振り上げと、私のレヴァンティンの振り下ろしが激突する。

拮抗したのは一瞬だけだった。

次の瞬間には弾き飛ばされ、空中で大きく体勢を崩されてしまう。

飛行魔法を発動させ離脱を図ろうとしたが、それは失敗だった。次の攻撃に備えなければいけなかった。

身体を捻らせ、回転させ、しなやかな動きでソルが回し踵落としを放ち、私の腹部に命中した。

「―――、!!」

背中から焦げた地面に叩きつけられると同時に肺から空気が漏れる。

視線の先のソルは、私に炎を纏った足を向けると急降下してくる。



「砕けろっ!!!」



考える前に身体を転がして逃げる。



―――ズドオオンッ!!



今私が居た地点にソルの足が着弾すると爆発が発生し地面が大きく陥没する。

粉塵の中で真紅の眼が、私を捉える。

一つ気付いたことがある。

この少年は私のことを殺すつもりは無くても、五体満足で帰す気は更々無いようだ。振りまかれている殺気が否応無く教えてくれる。「クタバレ」と。

攻撃範囲は広くないが、一撃に込められた威力が半端ではない。特に炎を纏った剣と拳と蹴り、一つでもまともにもらえばそこで全てが終わる。

私は咳き込みながらも立ち上がり、視線を逸らさず思考しながらカートリッジを補充する。

どうすればいい?

魔力を蒐集するには相手をなるべく多くの魔力を保持した状態で無力化させなければならない。

残りの魔力云々は問題無いだろう。ソルに疲れた様子は無いし、魔力も衰えを知らないかのように溢れている。

だがそれ以前に、勝ち目が薄い。

そもそも攻撃が通らない。

まず隙が見当たらない。隙だと思って攻撃を仕掛けると実は罠だった、そんなことが何度もあった。

防御も堅牢だ。初めの方で使っていたフォルトレスとかいう緑色の円形状のバリア。ソルの赤い魔力光とは全く違う色だというのが気になるが、そんな些細なことなど気にしていられない。悉く私の炎を遮ってくれるのだから。

また、無駄な動きを一切しない上に私よりも幾分か素早い。

攻める糸口を見出せない。下手に攻めると強烈なカウンターが返ってくる。

まるで、私の動きが分かっているかのように。

ソルは、私のような剣士と戦い慣れているのだろうか?

明らかに私の攻撃に対処する時の動きが洗練されている。こうされたらこうしよう、こう来たらこう動こう、そういったある程度の予測に従って動いているかのように。

カートリッジは残り三発。

一か八か、カートリッジを一気に消費して吶喊するか? しかし、もしそれが通用しなかった場合は本当に打つ手が無くなる。

これ程の戦闘能力と魔力と魔法を持っている者だ。奥の手の一つや二つ、用意しているに違いない。

だが、勝負を賭けなければ何時まで経ってもジリ貧のままだ。

意を決して愛剣に命じる。

「レヴァンティン、カートリッジロード!!」

<Explosion>

柄のギミックが動き、魔力を吐き出した空の薬莢が排莢される。

一時的に魔力が急激に高まる。

「………」

私の様子に警戒したように、ソルが身構える。

否、それだけではない。左手に持つの剣が炎を吹き出し、手首まで燃え上がらせている。

負ける訳には、いかない。

レヴァンティンも同様に炎を纏わせ、魔力を込める。

私とソルは同時に踏み込み、剣を、拳を振りかぶり、



「紫電―――」



「タイラン―――」



敵に向かって炎を解き放つ。



「一閃っ!!!」



「レイブッ!!!」



上段から真っ直ぐ振り下ろしたレヴァンティンと、ソルの左ストレートが激突する。

ソルの紅蓮の炎と私の紫の炎がぶつかり合い、相手を押し潰そうとするが、

(ぐ、クソ………お、押し負ける、『レヴァンティン!!』)

やはり旗色が悪い。ガシュッガシュッ、と更に二連続でカートリッジをロードさせる。

残弾数、ゼロ。

カートリッジシステムの恩恵で得た魔力を全てそのまま炎に注ぎ込んだ。

だが、明らかに向こうの方がパワーが上だ。拮抗状態を保つことは出来てもカートリッジの魔力が切れればすぐさま潰される。

その時、ソルが左の拳を突き出した状態から右の拳を握り締める。

(まさか、この状態から)

「もう一発、くれてやる」

ソルが右の拳に炎を纏わせ、更に一歩踏み込んだ。










































本編に全く関係の無いオマケ


ソルの二つ名”背徳の炎”の由来を考察してみる。

以下、GG2のネタバレをたくさん含んでいます。


































そもそも何故ソルは”背徳の炎”と呼ばれているのか?

ジャスティス、テスタメント、イノ、レイヴン、ついでに何故かヴェノムなどからは”背徳の炎”という名で呼ばれる事もあるが詳しい経緯は不明。

不確かな情報ではソルのギアとしての名前が”背徳の炎”だと言われている。

私が思うに、この名は”あの男”によって呼ばれるようになったことから、部下達やギア達に広まってそう呼ばれるようになったと推測している。

そのように仮定すると、では何故”あの男”はソルを背徳の炎と呼ぶようになったのか?

この問いの答えに近い形のものが、今までの作品のごく一部や設定資料集から垣間見える。

まず初めに、”あの男”は個人的な恨みがあってソルをギアに改造した訳では無い。

イグゼクスのストーリーモードから『いずれ真の戦いが来る。聖戦すら霞む、この星の危機がな』『戦士が必要なのだよ。百年の戦歴に、旧時代の叡智を持ち合わせた強者(つわもの)が』という台詞がある。

まるで未来に戦いがあるので、その為にソルをギアに改造したかのような台詞。

また、GG2の設定資料集からソルとアリアと”あの男”が話し合っている描写があり、その時に”あの男”は『生物の進化する過程で人間には認識出来ない第三者の介入によって遺伝子が組み変えられている可能性がある』という仮説を立て、その第三者を”啓示”と称し、『正しい進化を遂げようとしている人類に”啓示”が介入して、あらぬ方向に進化させられてしまえば人類は滅びの道を辿る』と結論付けているシーンがある。

当時、”あの男”の仮説と結論に対してソルが『テメェの道はテメェで決める。誰かの手によって変えられるのは我慢ならん』と発言し同意を示し、それを聞いた”あの男”が「よかった。君も僕と同じだね…」と呟いていた。

更にGG2のゲーム内での登場した時、ヴァレンタインのことを”慈悲無き啓示、その落し子”と呼称し、『今はヴァレンタインに集中して欲しい』『あれ(ヴァレンタインのこと)が”キューブ”(バックヤード深部に”あの男”が設置した障害物のようなもの)の中枢に接触すれば人類は絶滅する』と言い、ヴァレンタインと敵対していたソル達を手助けするという行動に出る。

”あの男”は”慈悲無き啓示”が”キューブ”を破壊し中枢に侵入すると人類が全滅するという見通しを立てていた。それを防ぐ為にソル達を手助けしたようだ。

更に更にエンディングにて、『いずれ彼(当然ソルのこと)が必要になる』とレイヴンに言っていた。

上記のことを纏めると、


・”あの男”は何かの戦いに備えている。それは星の危機に匹敵するらしい。

・”慈悲無き啓示”と呼称される人ではない”何か”が敵らしい。ヴァレンタインはその尖兵だった。

・その戦いの為にはソルの協力が必要らしい。だからソルをギアにしたようである。

・しかし、ソルには何も告げずに罠に嵌めるような形でギアに改造したので恨まれている。

・人類の滅亡を望んでおらず、むしろ存続させようとしている。


ということになる。

また、ソルとレイヴンの会話シーンにて

レイヴンが『なんだ、どうやら何も知らないようだな。何故”あの方”は貴様にこだわるのか…』『いずれにせよ、今の貴様には誤解という言葉の意味は虚しく響く』と意味深な言葉を吐いている。

ソルは”あの男”を誤解しているとレイヴンの眼からは映るらしい。

これらから察するに、ソルの二つ名”背徳の炎”は『”啓示”に背く者』という意味が込められているのではないかと邪推している。

ギアの絶対指揮者であるジャスティスに刃向かう唯一のギア、同胞狩りの裏切り者、という意味での”背徳”だと思っていたが、最近は違うのではないかと思い始めている。

実際は、ジャスティスは聖騎士団に封印される直前までソルのことをギアだということを知らず、それなのに”背徳の炎”と呼んでいたからである。










更なるオマケ。↑の蛇足(やっぱり本編には関係無い)




”あの男”


ソルをギアに改造した張本人であり、ギアの生みの親。”GEAR MAKER”と呼ばれていたりもする。

本名不明。”あの男”、”GEAR MAKER”、”あのお方”、という呼ばれ方をされ、ソルは知ってる筈だが”あの野郎”とか”あいつ”という呼び方しかしないのでやっぱり不明。

その正体は、かつてソルと同じ研究所で働く同僚(立場は研究主任)にして友人である。

法力学基礎理論の完成を担った天才。専門は生命情報学。

ソルと同じく百年以上生きているがギアではない。自身の肉体を改造したり若返らせたりして延命している。

それ以外に関しては一切不明。

ちなみにこの作品の本編には一切登場しない。


性格は自称独善的。

ソルに事前説明もせず承諾も取らずに勝手にギアに改造しちゃったことから、その片鱗が垣間見える。

ジャスティスを造って聖戦を勃発させたとか、いくらなんでもやり過ぎだろと思う。

しかし、それらの罪悪感はちゃんと感じていて、ソルが「殺してやる」と言うと「待ってるよ」と応答している。


GG2のキャンペーンモードにて初めて戦うことが出来るようになった。

戦闘能力は極めて高い。ドラゴンインストールを完全解放したソル(竜人形態)と互角以上に戦うことが可能。

何故か”あの男”と戦う時だけ3Dアクションゲームが弾幕ゲームに変貌する。

理由は簡単。文字通り弾幕のような攻撃をしてくる。

二つの巨大なビットを操って戦い、自身から4~7WAYの青い光弾を連続で飛ばしてくる。当たるとめっちゃ食らう。ガード不能。

物質具現化能力か防御法術の類か不明だが巨大な”壁”を飛ばしてくる。これも連続で。やっぱりガード不能。当たると吹っ飛ばされる。

常にバリアを張っていて近寄れない。無理に近寄るとダメージと共に吹っ飛ばされる。

ガンフレイムに耐性を持っており、接近戦以外はダメージが碌に入らない。

二つのビットから、「なのはのスターライトブレイカーなんて目じゃねぇ」と言わんばかりに極太レーザーを三回連続で発射する。計六発。当然のようにガード不能。当たるとどんなにHPが残っていても絶対に死ぬ。作者はこれの十字砲火を浴びて死亡したことが何度かある。

戦闘前の台詞にて、『(ソルを)試させてもらう』発言。

戦闘中は『ちゃんと避けるんだよ』『君になら出来る筈だ』『それではダメだよ』『よく見て』という台詞を吐き、若干上から目線。

戦闘終了後は、片膝をつくソルに対してダメージを食らった様子も無く『戦士になったね』と褒め称える余裕の態度。

法力使いとしての実力は間違い無くソルよりも上。

ソルから百五十年以上逃げ続けていた実力は伊達ではない。

たぶんGG世界最強。










後書き


今回のソルの技には、格ゲーからだけではなくGG2からの技も入ってます。

”砕けろ”はヴォルカの後に派生する技で、空中から地面に向かって鋭角的な蹴りを放つラ○ダーキックみたいなやつです。

まあ、”砕けろ”がある代わりにGG2では叩き落しが無いんですけど………

ロックオンコンボというものも使ってます。格ゲーでいうガトリングコンボみたいなやつです。分かる人には分かると思います。


オマケは………思いついたから書いてしまった。本編に全く関係無いので、私のGG原作に対する考えがどんなもんか「ふ~ん」程度に思ってもらえれば幸いです。

ごめんなさい………余計なこと書いてる暇あったら次の話うpしろって感じですよね………



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.3 想いが交錯する戦場は混沌と化す
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/08/24 22:56
SIDE シャマル



「シャマル。ソル=バッドガイを探して欲しい」

シグナムが私にそう言った時、正直なところ気が進まなかった。

いや、むしろ嫌な予感さえしていた。

だから私は、シグナムに諦めて欲しかった。他の獲物を探そうと提案もした。

私の心配と不安をよそに、シグナムは言い出したら聞かなかった。

図書館で私にだけ向けられた殺気を思い出す。

あの時は本当に殺されるかと思った。

我ながら、守護騎士ヴォルケンリッターが何をと情けなく思う反面、『”アレ”と戦ってはいけない』という本能にも似た警告が恐怖を煽る。

確かに彼は高い魔力を持っているかもしれない。魔力蒐集には格好の獲物かもしれない。外見はただの少し大人っぽい少年かもしれない。

だが、シグナムも感じた通り只者ではないのだ。はやてちゃん達と談笑していた無防備の状態にも関わらず、クラールヴィントが私に警戒を促す程に。



―――<アレは規格外だ>



それでも私は、シグナムに押し切られる形で彼を捜索した。

心の何処かで、『シグナムならきっと大丈夫』という仲間への信頼、それに匹敵する慢心と甘えがあったのかもしれない。

けれど、すぐに後悔することになった。

(このままじゃシグナムが殺されちゃう………)

視界に映る光景は、戦士としての自負がある私達ヴォルケンリッターにとって悪夢だった。

シグナムが手も足も出ない。

あの烈火の将が、私達のリーダーが防戦一方、まるで子ども扱い。

今まで戦ってきた相手と比べて魔力量が違う。気迫が違う。一撃一撃に込められた殺気が違う。

彼の操る炎はまさに灼熱。結界の中はまるで煉獄のよう。真冬の夜だというのに地獄の釜の中に居るような熱。

火の海の中、周囲を食らい尽くすように燃え盛る炎に照らされその姿を晒す少年。

爛々と光を放つ真紅の眼は、操る炎とは対照的に氷のように冷たい。

それを見てしまった私は全身を氷付けにされたような悪寒に襲われる。

あの眼は、敵を殺すことに一切の躊躇をしない眼だ。

はやてちゃんに出会う前の私達が同じ眼をしていたからよく分かる。

情けなど無用、敵は殺す、それだけだ、と。

だから分かる。確信的に分かってしまう。

このままではシグナムが殺される。

それと同時に、新たな恐怖が私の心に湧き上がり、荒れ狂う。

もし私達の内の誰かが欠けたら、はやてちゃんはどれだけ悲しむだろう?

今まで独りぼっちだった寂しい少女。悲しい運命に翻弄されてそれでも健気に一人で一生懸命生きてきた、とっても優しくて、私達を家族として迎え入れてくれた女の子。

(………嫌、嫌よ)

私達は全員、はやてちゃんの為だったら何だってするし、死ぬ覚悟だって出来てる。

でも、その所為ではやてちゃんに辛くて悲しい思いをさせるのは絶対に嫌だ。

あの子の泣き顔だけは、この世で一番見たくないものだ。

なのに、それは現実になろうとしている。

「レヴァンティン、カートリッジロード!!」

<Explosion>

シグナムがカートリッジをロードする。

相対する少年はそんなシグナムを警戒しながら身構え、手に持つ剣が爆発するように炎を纏う。



―――なんとか、なんとかしないと!!!



高速で頭を回転させる。

『旅の鏡』を使って彼のリンカーコアを無理やり引き出して攻撃を中止させるのは!? ダメだ。旅の鏡は本来攻撃魔法ではないので、バリアジャケットや魔法防御が正常に機能している相手への使用は難しい。

私が攻撃魔法で彼の動きを阻害するのは!? それもダメだ。私は元々直接前線には出ないサポートメインだ。そもそもシグナムの攻撃をものともしない彼に私の付け焼刃の攻撃が通用すると思えない。

答えが出ぬ間に二人は同時に踏み込んだ。



「紫電―――」



「タイラン―――」



「一閃っ!!!」



「レイブッ!!!」



ぶつかり合うシグナムの剣と少年の拳。

轟音と共に爆裂する二つの炎。

紅蓮の炎が紫の炎を蹂躙しようとし、それに紫の炎が抗う。

レヴァンティンが二連続でカートリッジをロードする。

カートリッジのおかげでなんとか堪えるも、どちらが有利か不利かなんて素人が見ても明らか。

「もう一発、くれてやる」

その時、少年が右手の拳を握り締めて炎を纏わせる。

あんな状態で更に攻撃が出来るっていうの!?



―――崩れてしまう。



穏やかな日常が。戦いの無い日々が。皆の笑顔が。



―――はやてちゃんの笑顔が。



「ダメぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」



SIDE OUT










背徳の炎と魔法少女A`s vol.3 想いが交錯する戦場は混沌と化す










SIDE シグナム



それは、ソルが踏み込み私に向けて右拳を突き出そうとした瞬間だった。

「ダメぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」

シャマル!? あの馬鹿者がっ!! 隠れていろと言ったのに!!

「っ!?」

翠色のバインドがソルの右腕全体を覆い尽くすように拘束し、更に同色のチェーンバインドが右腕を大地に縫い付けようと暴れた。

それでも止まらないソルの拳はバインドを力任せに引き千切りながら迫るも、私に叩きつけられる前に防御魔法に阻まれる。

三角形が特徴のベルカの魔方陣が炎の拳の邪魔をし、その威力を吸収し緩和する。だが勢いを殺し切れずにヒビが入り、やがてガラスが割れるような音と共に砕け散る。

しかし、

「………ちっ」

私の鼻先数センチ手前で拳は止まっていた。

「シグナムッ!! 今っっ!!!」

長い時間を共に過ごした仲間の声に身体が自然と反応した。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」

「っ!!」

身体がほんの一瞬だけ硬直しているソルの左拳を跳ね除け、袈裟懸けに、出せるだけの魔力を全て注ぎ込んで左の肩口から右の脇腹まで一気に斬り裂いた。

紫の炎に焼かれながらソルの身体は冗談のように吹き飛び、地面を抉りながら突き進み、粉塵を上げながら視界の奥へ小さくなっていく。

やがて、まだ燃え移ってなかった木々に突っ込み、バキバキと進行先の障害物を粉砕する音が聞こえてきて、姿が見えなくなる。

「………ハァハァハァ」

「シグナム、シグナムッ!!」

肩膝をついて荒い呼吸をしている私の傍にシャマルが慌てたように走ってきた。

「全く無茶をする、お前の声が聞こえた時は、肝が、冷えたぞ」

ソルが標的を私からシャマルに変えたかもしれなかったからな。

もしそうなれば、直接的な戦闘能力がヴォルケンリッターの中で一番低いシャマルなど一瞬で沈められる。

「肝が冷えたのは私の方よ!!」

「だが、助かった、礼を言う」

正々堂々、一対一の戦いをシャマルに水を差された形になったが、それが無ければ今頃灰になっていた。

騎士としては不満があるが、そんなことを言ってる場合ではなかった。九死に一生を得たのだから。

「それよりも、ソルは、どうなった?」

「分からないわ。ごめんなさい、今のでほとんど魔力使っちゃって………」

それもそうか。私を守る為にソルの攻撃をバインドと防御で見事に防ぎ切って見せたのだ。相当の労力と魔力を消費したのだろう。

「すまないが肩を貸してくれ。ダメージらしいダメージは無いが、かなり限界だ」

「ええ」

シャマルに肩を貸してもらい立ち上がる。

正直立っていることすら辛い。先の攻撃は全身全霊の一撃だった。シャマル同様、消費した魔力も半端ではない。

カートリッジも残っていない。

言った通りダメージは無いが疲労困憊で魔力は枯渇する寸前。もうこれ以上の戦闘は不可能だ。

それでもソルが健在であれば我々の負けだ。

レヴァンティンを引き摺りながらソルが吹き飛んだ方向に向かう。

周囲の炎は既に鎮火している。その為、昼間のような明るさだった結界の中は元の夜に戻っていた。

かなり遠くまで飛んでいってしまった所為で、ソルをすぐに目視出来ない。

抉れた地面を道標にシャマルと二人で歩いていく。

そして、

「やるじゃねぇか。今のは効いたぜ」

親指を立て、バリアジャケットの上半身部分がボロボロでいながら私達を褒め称えるソルの姿があった。

「ば、馬鹿な………」

「………嘘」

私の紫電一閃をまともに食らって平気な顔をしているソルが信じられなかった。

「その女、ハナっから隠れてやがったのか? 全く気が付かなかったぜ。存在を隠蔽するような魔法でも使ってたようだな。それに、なかなか良いタイミングでのフォローだった」

褒められているシャマルは顔面を蒼白にして小刻みに震えている。

「強度が足りなかったか? クイーン、バリアジャケットの再構成及び強化をしろ」

<Yes sir>

首から下げた歯車の形をしたデバイスが命令に従い、赤い魔力光を放ちながらソルのバリアジャケットが修復される。

「………シャマル、私が何としてでも食い止める。お前は逃げろ」

疲労で動かすのも辛い身体に鞭を打ち、レヴァンティンを構え直した。

「何を言ってるのシグナム!?」

「お前の忠告に素直に従っていれば良かった。今更だが巻き込んですまん。私が甘かった。この少年は私の手に負えるような者ではなかった。だが、お前が逃げる時間くらいは命に代えても稼いでみせる。転送魔法を使って逃げろ」

「シグナム一人置いていけないわ。それに、もうそんな魔力残ってないのよ………」

絶望の表情で全てを諦め切った声が隣から聞こえてくる。

「魔力が使えないなら走れ。我らは此処で捕まる訳にも、死ぬ訳にもいかん。それはお前もよく分かってるだろう?」

「………シグナム」

「だから、―――」

「ゴチャゴチャうるせぇ」

「「っ!!」」

ソルの不機嫌な声が私の言葉を遮った。

「面倒なのはもう終いだ」

爆発的に高まる魔力、増大する威圧感、燃え盛る封炎剣、冷徹なソルの真紅の瞳。

封炎剣が大地に突き立てられる。



「消し炭になれ。サーベイジ、ファングッ!!!」



放たれたのは巨大な炎の壁。否、炎の津波。

迫りくるそれは強大にして、全てを呑み込み、押し潰し、喰らい尽くし、焼き尽くす竜の牙。

視界が全て炎で埋まる。

疲弊し切ったこの身体では防げない、避けれない、逃げれない。

(ヴィータ、ザフィーラ、そして主はやて………申し訳ありません)

燃え滾る絶望が、為す術の無い私とシャマルを無慈悲に―――



SIDE OUT










「やれやれだぜ」

溜息を吐き、封炎剣を地面から引き抜く。

すると、公園を覆っていた結界が音も無く消える。

倒れ伏している二人の女に近寄る。

気を失い、浅い呼吸をしているが、まだちゃんと生きている。

ま、消し炭なれとは言ったが殺す気なんざ更々無かった。加減もしたし、非殺傷だから死ぬことはないのだが。

とりあえず、フォルトレスで守っていたザックを背負う。

さて、これからこいつら二人をどうしようか?

(確かシグナムは、主の為に俺の魔力を”闇の書”の贄にさせてもらう、っとか言ってやがったな)

”闇の書”が一体何なのか皆目見当つかないが、魔力を食わせるものらしい。

そして何より、こいつらは”主の為”と言っていた。他にも仲間が居るのか? 何かの組織だろうか? 最低でもこの二人以外にもう一人、シグナムの”主”が存在するらしい。

一番良いのはこの場でこの二人を拷問にかけて、情報を吐けるだけ吐いてもらうのが手っ取り早いんだが………

(俺も甘くなったな、マジで)

そんな拷問する気が全く起きない。拷問方法ならいくらでも頭に浮かぶんだが。

言い訳するならば、こいつらは悪人に見えない。

なんというか、眼が純粋過ぎる。自分の利益の為だけに何かの悪巧みで動いている犯罪者とは違う、必死さが感じられた。



―――「急に不躾ですまないと思っている。だが、これも我が主の為。お前が持つその魔力、闇の書の贄とさせてもらう」



あの時のシグナムの言葉には、『やろうとしていることは悪いことだと分かっている。しかし、それをしなければならない』というニュアンスの口調だった。

(何か事情がある………か?)

プレシアに従っていたフェイトのように?

家の方へ視線を向ければ、その周囲が結界に覆われていた。

公園を包んでいた結界と同じ種類のものが。

こいつらの仲間がなのは達を襲っているのか?

魔力を贄とするならば、あり得ない話ではない。

シグナムと、シャマルとか言ったか? 二人の様子を見るに、当分は眼を覚ましそうに無い。

「………手間だぜ」

もし、あの結界の中に居るのがこの二人の仲間だとするならば、こいつらは良い交渉材料になるだろう。

弁明を聞くのはその時で構わない。

俺は二人の手首にバインドを施し、動きを拘束する。途中で眼を覚まして暴れられたら面倒だ。

そして、それぞれを荷物のように脇に抱えると飛行魔法を発動させた。










SIDE フェイト



「グラーフアイゼン、カートリッジロード」

ヴィータがデバイスに命じると、ハンマーの一部が機械音を立ててスライドした。

同時に、高まる魔力。

(似てる)

その過程が、記憶の中にあるソルの姿に酷似している。タイランレイブやサーベイジファングといった大技を使う瞬間に。

ということは、ヴィータが大技を出そうとしているのは明らか。

<Raketenform>

そして、ハンマーだった部分が変形し、片方がドリルのような形になる。

『なのは』

『うん、了解だよ』

「ラケーテン」

ドリルの反対側から炎のようなものが噴出し、ハンマー投げのように回転し始めるヴィータ。

「「いっせいのうせっ!!!」」

私となのははそんなヴィータに対して、お互い全く反対の方向に向かって逃げた。

「っておいぃぃ!?」

二兎を追うもの一兎も得ず。ソルに日本語を教えてもらっている間にそんな言葉があったのを思い出す。

「待てコラァッ!! 卑怯だぞてめぇら!!!」

速度の面では私よりもなのはの方が組し易いと判断したのか、ヴィータがなのはを追いかけ始める。

私は反転すると、なのはのフォローに向かう。

デバイスからロケットみたいな勢いで噴出する炎が飛行に加速をつけているから、なのははあっという間に追いつかれてしまうけど、

<ふふふフラッシュムーブ>

レイジングハートが嘲笑うかのように高速移動魔法を発動させてヴィータの突撃をあっさり交わす。

「こんの野郎ぉぉぉっ!!」

攻撃が避けられたことに憤慨しながら軌道修正しようとしているヴィータに向かって、私はフォトンランサーをお見舞いしてあげた。

雷の槍は狙い違わず一つ残らずヴィータに命中し、爆煙が発生し、視界が悪くなる。

「ハンマァァァァッ!!!」

それでも煙を突き抜けてヴィータが飛び出す。今度は私目掛けて。

<ブリッツアクション>

予想していたので私は問題無くその一撃を避ける。

「くっ」

悔しそうにヴィータが歯噛みするのを見て、私は確信した。

確かに加速も凄いし移動速度も速い。恐らくドリル状になったハンマーの攻撃力も、高まった魔力と加速度を計算するとかなりの破壊力があると思う。

でも、それだけだ。当たらなければどうということない。

動きは単調で直線的。ある程度まで引き寄せてから高速で避ければ、相手は小回りが利かないから空振りする。

攻略法が分かった私となのはは常にヴィータに対して一定の距離を保ちつつ、誘導弾などの射撃魔法で遠距離からちくちく攻撃し続ける。

突っ込んできたら高速移動魔法で交わす。

その繰り返しをしばらくしていると、ヴィータのデバイスが白い蒸気を排気し、空の薬莢みたいなのを出し、変形してドリルから元のハンマーに戻る。

ドリル形態だと誘導弾を使ってこなかったから、突撃だけしかあの状態だと出来ないのかな? このままじゃ埒が開かないから元に戻したんだ、きっと。

弾丸みたいな物からの魔力も使い切ったらしい。一時的に高まっていた魔力がなりを潜めている。

「てめぇら、逃げてばっかで汚ねぇぞ」

青息吐息でヴィータが文句を言ってくるけど、私もなのはも気にしなかった。

ソルが私達に教えた戦い方は、教えてくれた本人曰く『生き汚い』らしい。

使えるものは何でも使え、足りないならば何処からか持ってこい、相手に合わせる必要は無い、むしろ相手を無理やり自分に合わさせろ、バレない反則は高等技術だから気にせず使え、反則だろうが何だろうが最終的に勝てばいい、敵に容赦するな。

訓練中、耳にタコが出来るくらい何度も言われた。

そして何より、『戦闘はガキの遊びじゃねぇ、ましてや綺麗事でもなぇ、生きるか死ぬかの生存競争だ。そこに正義も悪も存在しねぇ。あるのは殺るか殺られるか、ただそれだけだ』というのを肝に銘じさせられた。

それが出来ないなら魔法の力を捨てろ、とも。

厳しいような言葉だったけど、ソルが私達に言った内容は真理だった。



―――「生き残らなけりゃ、意味が無ぇ」



無様でもいい、見苦しくてもいい、何が何でも絶対に生き延びろ、卑怯と罵られようが気にするな、戦闘中に他者を卑怯と罵るような奴はただの敗者だ、生存競争に負けた弱者の戯言だ、耳を傾けるな、と。

「言いたいことはそれだけ?」

だから、私達を卑怯と罵るヴィータが滑稽だった。

自分から理由も無くいきなり攻撃を仕掛けてきた癖に何を言っているんだろう、この子は?

呆れた気分でバルディッシュをサイズフォームに切り替える。

早くこの子を倒してアルフとユーノのフォローをしよう。その必要は無さそうだけど、皆でやればすぐに終わる筈。

その後はソルを探しに行こう。もし、他に仲間が居るとしたらソルが襲われている可能性がある。

まあ、ソルは私達四人より全然強いし、いざとなれば大人の姿に戻ればいいだろうから心配要らない。

何故私達を襲ってきたのか理由は知らないけど、そんなのはソルと合流してからでいい。

それから、ソルに一杯甘えるんだ。「魔力使い切っちゃった」って言えば今晩は一緒に寝てくれるかもしれない。いや、むしろその前に「よくこいつらを撃退できたな。偉いぞ、フェイト」と褒めてくれるかもしれない。

「ふ、ふふ、ふふふふふ」

脳内の私は既にソルに優しく抱き締められていた。

甘美な妄想は自然に口の端を歪ませ、腹の底から笑いが零れ落ちる。

ヴィータを挟んで奥に居るなのはと眼が合う。

そのうっとりした表情を見て確信する。やはりソウルシスターは同じことを考えているらしい。

(早く終わらせてソルに甘えよう)

(了解、フェイトちゃん)

念話を使うまでもない。

なのはが頷き、レイジングハートがランサーモードに移行する。

それを確認すると、私はヴィータに接近戦を挑んだ。



SIDE OUT










SIDE アルフ



「うりゃぁぁっ!!」

アタシは右拳をザフィーラとかいう奴の顔に向かって突き出す。

それは容易くガードされるけど、

「ユーノ!!」

「オッケー」

ユーノのチェーンバインドがザフィーラの全身に絡み付き、動きを拘束する。

「くっ」

慌ててバインドブレイクしようたって遅いんだよ!!

「食らいなっ!!!」

まず左の拳で肝臓を狙ったボディブロー。肝臓は人体に打撃を加える中で一番効くと言われる内蔵だ。

腹に食らって”くの字”になったところへ顎に右アッパー。これで頭蓋に浮かぶ脳を縦に揺らす。

更に無防備な側頭部へ左フック。

身体が泳いだところへ顎に右ストレート。今度は脳を横に揺らす。

「次はユーノの番っ!!」

後ろ回し蹴りをくれてやり、勢いをつける。

ユーノが鎖を両手に掴み、蹴り飛ばされた勢いを利用して拘束してるザフィーラを身体ごと回転させながら振り回す。

プロレスで言うジャイアントスイングだ。

「やあああああっ!!」

十分な遠心力をつけると、気合と共に鎖諸共投げ飛ばす。

そのまま一直線に飛んでいき、ビルに激突する。その方向に向かって手を翳し、

「ブレイクバーストッ!!」

トリガーボイス。

その直後、雁字搦めにザフィーラを拘束していたバインド全てが爆発する。

爆音と閃光がビルの中から漏れる。

アタシはユーノの傍まで来ると、ハイタッチを交わす。

「「イエ~イ」」

随分前に対ソル用に考案してボツになった連携がこうも上手く嵌ってくれるとは思ってもなかった。

連携と言ってもそんな難しいことじゃない。アタシが接近戦で動きを止めた後にユーノがバインドで縛る、身動き出来ない相手を一通り殴り倒す、この時にダメージを与えるだけじゃなく意識を刈り取れれば尚良い、その後にユーノが投げ飛ばしてからバインドを爆発させる、これだけだ。

この連携に嵌らないようにするには、アタシの攻撃を防御魔法で防いだり、武器や腕で受け止めないことだ。

もっと厳密に言えば動きを止めないこと。

防御魔法はアタシのバリアブレイクで破れるし、武器や腕で防げば背中がガラ空きになる。その時に出来た隙をユーノが狙う、という手筈になっているのだから。

しかし、対ソル用に考案した連携と言えば聞こえはいいが、実際は一度も決まったことが無い。

だって、アタシのバリアブレイクじゃソルのフォルトレスを破れないからだ。

プログラムで構成された防御魔法のバリア生成プログラムに割り込みをかける魔力を付加することにより、そのバリアに干渉・破壊するのがアタシのバリアブレイク。

悔しい話、”事象”を顕現する法力には一切通用しない。というか、意味が無い。法力の防御法術はプログラムで構成された盾ではなく、”盾そのもの”だからだ。

それ以前に、ソルに対して迂闊な近接攻撃をすれば手痛い反撃が返ってくるし、背後からの攻撃だって上手くいなされる。

だからボツになったんだけど。

あいつは全身に眼がついてんのかね? 一対多が得意だからって立ち回り上手過ぎだろ。

そんなことを考えていると、ボロ雑巾みたいなみすぼらしい格好のザフィーラがビルから出てくる。

もうかれこれ三回はユーノのブレイクバースト食らってるから無理も無いか。

だというのに眼は相変わらず冷静で、それでいて戦意は衰えるどころからギラつかせてるから、敵ながら根性あるなと感心する。

「寝てりゃあいいのに。タフだね」

「まあ、僕達は我が家の中では火力低いから仕方が無いんじゃない? 確かにタフって意見には同意するけど」

フェイトとなのははそれぞれ得意とする砲撃魔法を持ってるし、暴走するジュエルシードを一撃で沈め”時の庭園”を破壊したソルは言うまでもない。

アタシとユーノが最も活躍出来るのはサポート面。攻撃力も訓練のおかげで日に日にレベルアップしてるけど、他の三人と比べたら雲泥の差がある。

だけどそのことに悲観もしなければ嘆きもしない。アタシ達は自分に出来ることとすべきことをちゃんと理解しているから。

勝利条件は敵を殲滅することじゃない。

アタシ達は倒されようにすればいい。

余裕と隙があればぶっ潰すけど。

「それじゃ、もう1ラウンドいきますか。罠と鎖でのフォローよろしく」

「任せて」

ユーノに一声掛けると、アタシは再びザフィーラに殴り掛かった。


SIDE OUT










SIDE クロノ



此処最近、魔導師やリンカーコアを持つ一般人や野生動物が襲撃され魔力を奪われるという事件が発生し、次第にその事件の数が増えている。

つい先日も、管理局員が数名被害に遭った。

レティ提督と母さんの話によると、第一級指定捜索のロストロギアが原因ではないかと思う。

アースラとその乗組員である僕達は、長い航路を終え久しぶりに本局に戻る最中だ。アースラはドッキング後整備に、乗組員は休暇という具合に。

本局に戻る途中の航路に、丁度良いように第97管理外世界『地球』が存在するので、”彼ら”に一言、最近の魔導師襲撃事件のことを忠告しようと母さんが言った。

僕個人としては反対だったが、執務官としては異論が無かった。

被害者は皆リンカーコアから魔力を奪われている。犯人の目的が魔力であるのは間違い無い。だとすれば、高い魔力資質を保有する”彼ら”が狙われる可能性は十分にある。

母さんが何を考えて”彼ら”を気遣うのかは理解の外だが、提督としての母さんの言葉は正しい。僕自身、そう思う。

だが―――

「クロノくん、まだ機嫌直らないの?」

「………」

僕は不機嫌だった。

原因はあの男、ソル=バッドガイの所為だ。

あの男にこれから会いに行く、そう思うと腸が煮えくり返るような怒りが全身を駆け巡り、今すぐにでも砲撃魔法をあいつの顔にぶち込んでやりたい気分になる。

「いい加減気持ち切り替えたら? このまま会いに行っても喧嘩になるだけだよ?」

「そうよクロノ。確かに彼の言動は腹立たしいけど、あれでも『一応』、『一応』一般人なのよ。注意を促すくらいで彼に目くじら立てられることなんて無い筈よ」

エイミィと母さんが僕を諭すが、心は荒れる一方だった。

ソル=バッドガイ。

魔導師としては管理局では類を見ない程優秀。知能や洞察力、戦闘能力は非常に高い。

所謂、天才という奴だった。

だが、その性格は致命的なまでに管理局と相反する。

性格は傍若無人、唯我独尊、傲岸不遜、何より異常なまでに強引。

身内に対してとてつもない程甘いというのに、それ以外の者に対しては何処までも容赦無い人間になれる男。

「まだ引きずってるんだ。PT事件のこと」

「………当たり前だ」

PT事件の後、僕があいつの所為でどんな目に遭ったかエイミィだって分かってる癖に。

待っていたのは本局での賛辞の嵐だった。

事件の報告書はエイミィが契約通りに改竄した。あいつの思惑通り、報告書の中でソル=バッドガイ、高町なのは、ユーノ・スクライア、フェイト・テスタロッサ、アルフの五人は最初から存在していないことになった。

そして、事件を解決し十二個のジュエルシードを無事回収したのは僕ということになった。

なってしまった。

まるで人の手柄を横取りしたかのような罪悪感。賞賛の声を受ける度に後ろめたさが良心を抉る。

『さすがハラオウン執務官』『PT事件を無事解決した天才魔導師』『大魔導師プレシア・テスタロッサを破ったのは若き”アースラの切り札”』

その度に僕は声を大にして叫びたかった。

僕じゃない、あいつが、ソル=バッドガイがほとんど一人で事件を解決したんだ!!!

………僕は、あいつに比べたら何一つしていない。あいつの絶大な”力”を眼の前に呆然としていただけだ。

褒められる度にあいつとの”力”の差を思い知って悔しくなった。優秀だと言われる度に唇を噛み締めた。尊敬される度に自分が無能だと罵られているような被害妄想に陥って打ちのめされた。

惨めだった。

本当は全て、あいつに向けられた言葉なのだから。

「艦長、第97管理外世界『地球』からオーバーSランク、それと複数のAAAランクの魔力値を観測しました。魔力反応からして間違い無く”彼”です」

そんな時、オペレーターのアレックスから報告があった。





「なのはさんのデバイス、レイジングハートに連絡つかないの?」

「はい、何かに妨害されてるみたいでなのはちゃんと連絡が取れません」

「トラブルかしら………」

母さんが顎に手を当て考え始める。

おかしい。

なのはと連絡が繋がらない。しかも、エイミィが言うには何かに妨害されているらしい。

そして先程観測されたオーバーSランクと複数のAAAランク。

あいつが戦闘している? もしかしたらなのはも? ならユーノやフェイトやアルフは?

その時、此処最近の魔導師襲撃事件を思い出す。

まさか―――

「海鳴市の彼らの家の近くにすぐにサーチャーを飛ばして」

「了解です」

僕と同じ考えに至った母さんがエイミィに指示を送る。

「まさかとは思うけど………」

「大丈夫ですよ。ソルくんは勿論、なのはちゃん達だって強いじゃないですか。もしかしたら犯人を捕まえてるかもしれませんよ?」

エイミィが思案する母さんに向かって冗談っぽく笑う。

「もしそうだとしても、ソルくんが自分達に敵意を持った相手に容赦すると思う?」

「………」

母さんの言葉にエイミィが固まり、ブリッジに居る誰もが『あり得ない』と首を振った。

「私が心配しているのはソルくんではないわ。勿論、なのはさん達のことは心配してるけど………私が一番心配しているのは犯人の方よ」

「僕も艦長の意見に賛成だ。あの男なら、死体も残さず処理するなんて造作も無いだろう」

「皆、急いで!! このままじゃ魔導師襲撃事件が迷宮入りしたまま終わっちゃう!!!」

慌てたようにエイミィが他のオペレーターを煽る。

「………映像、来ます」

声に続いてモニターに海鳴市の街が映し出される。

映像の中は、街を覆うように結界が張られていた。

「これは、結界? 見たことも無い術式だけど………何処の魔法だろう、これ?」

「結界の中の映像は?」

「ダメ、見れない………あっ!!」

「何だ、どうした!?」

僕の質問にエイミィは答えず、端末を叩く。

すると、モニターの映像が切り替わった。

そこに映し出されたのは、

「ソル………」

全体的に白を基調とした、その胸元と襟部分が赤い服に身を包み、赤いヘッドギアを額に装着したソル=バッドガイ。かなりのスピードで飛行魔法を発動しながら結界に近付いている途中だった。

それと、彼に荷物のように両脇に抱えられた人物が二人。一体誰だ? 意識が無いようでぐったりしていて顔が見えない。背格好からして、なのはでもユーノでもフェイトでもアルフでもない。

「ソルくんの格好、あれってバリアジャケットだよね?」

「………だと思う」

あいつはアースラ内のデバイスルームでひたすら予備のデバイスを弄繰り回し、僕達のデバイスデータを閲覧していた。自分専用のものを作ると言っていたが、どうやら完成したらしい。

映像の中のソルは結界の表面まで辿り着くと、足先に炎を纏わせ、そのまま結界をガンガンッ蹴り始めた。

「彼はまさかあれで結界を破るつもり?」

「あの男ならやりかねません」

ソルという人間を常識で捉えようとすると馬鹿を見るのはPT事件で嫌という程思い知った。この程度なら持ち前の出鱈目さで何とかするだろう、くらいに思っていた方がいい。

結界に喧嘩キックを連続でかましていたソルが唐突に動きを止め、こちらを、サーチャーを見た。

『ちっ』

そして、明らかにこちらの存在に向けて舌打ちをした。

それから結界に向き直ると、先程の二倍くらいの速度で結界に蹴りを入れるのを再開する。

「バレました」

「念話を繋いで」

「今試してみます………拒否されてます」

「あの子は………」

ソルくんは一体何を考えているんだと言わんばかりに母さんが頭を抱える。

同時に、モニターの中で人が潜れるくらいの大きさの穴を文字通り結界に蹴り開けた瞬間だった。



SIDE OUT










結界に穴を開けて侵入する。

眼下には我が家のガキ共と相対する二人の魔導師。

赤いゴスロリのバリアジャケットの女、年はなのは達よりも下だな。そいつと、アルフみてぇな犬耳と尻尾を持つ二十台中盤の男。

「起きろテメェら、あの二人はお前らの仲間か?」

シグナムとシャマルを揺り起こす。

「起きろ、起きろってんだよ」

「………ん」

「うぅ………」

少し乱暴に揺すると意識が覚醒してきたようだ。

「………あと五分寝かせてください~」

「もう少しだけ、この心地良い浮遊感に浸っていたい………」

何やらブツブツと朝が弱かった頃のなのはと同じことを言いながら、一向に起きようとしない。

「くー」

「すぅ~」

気持ち良さそうな寝息を立てて再び寝てしまった。

俺は大きく息を吸うと、



「寝ぼけたこと言ってねぇでとっとと起きやがれっ!!! それとも消し炭にしてやろうか!!!」



全力で大声を出す。

「「消し炭っ!?」」

二人揃ってビクッと身体を震わせると、慌てたように顔を上げて辺りを見渡した。

「ようやく起きたか」

「なっ!? ああ!? ソ、ソル!?」

「生きてる!? 私生きてる!!!」

寝ぼけ眼から一転して顔を上げ驚愕の表情をしているシグナムと、意味不明なことを言いながら感涙しているシャマル。

「あれ? そういえばどうして生きてるの? てっきり殺されたと思ったのに」

「これは一体どういうことだ!? 何故私とシャマルがお前に抱きかかえられているんだ!? 何故私とシャマルを助ける!?」

二人が頭に?を浮かべながら現在の自分達の置かれている状況に疑問の声を上げる。

「そんなことよりも、あの二人はお前らの仲間か?」

顎でくいっと、俺達よりも低い位置で停滞しているガキと男を示す。

ガキと男はあんぐりと口を開けて呆けたようにこちらを見ていた。

周りに居たなのは達も硬直したように動かない。

どうやら、どいつもこいつも事態に頭がついてこないらしい。

俺はやれやれと溜息を吐き、この場に居る全員に懇切丁寧に説明してやろうとしたその時、



「お兄ちゃんが女の人連れてるぅぅぅぅぅっっっ!!! しかも二人もっっっ!!! これは一体どういうこと!!!!」



なのはの怒声が響いた。

「は?」

間抜けな声が聞こえたと思ったら、それは俺の口から漏れたものだった。

「ソルは、私達が謎の二人組から襲撃を受けてる間に、逢引してたのっ!?」

信じられない、裏切られたといった口調のフェイトがカタカタ震えながらそんなことを言った。

「シャマルにシグナム!!! テメーらアタシとザフィーラが必死になって戦ってる間にソイツとよろしくやってたってのかよ!!!」

ゴスロリのガキが怒り狂ったように喚く。

「ち、違うっ!」

「誤解よヴィータちゃんっ!!」

「じゃあ何だよテメーらのその格好!! 『両手に花』の”花”じゃねーかよ!!!」

シャマルにヴィータと呼ばれたガキの指摘で今更になって気付く。

ついさっきまでは意識の無い二人を荷物のように脇に抱えていたので気が付かなかったが、今の意識を取り戻したシグナムとシャマルは自分で飛行魔法を発動させて姿勢制御しているので、普通に立った状態で浮いている。

そして、俺は手を離していなかった。

これではまるで、誰がどう見ても俺がシグナムとシャマルの間に入って二人の腰に手を回してるようにしか見えない。

それなりの美人が隣に二人。まさに両手に花だ。

ヴィータの指摘は最もだった。言い訳出来るような格好じゃない。

俺は顔を右に向けるとシグナムの顔があった。それなりに近い。

今度は左に向けるとシャマルの顔があった。やはり近い。

二人共、何をどう言えばいいのか分からないといった表情をしていた。

きっと今の俺の表情も似たようなもんなんだろう。

「………」

「………」

「………」

押し黙る俺とシグナムとシャマルの三人。

六つの視線が痛い。

今更、『ついさっきまで戦ってて、俺が勝ったから二人を連れて他の仲間と交渉しようと思ってた』なんて言っても聞いてくれなさそうな雰囲気だ。

何か上手く言い包める言葉は無いのかと頭を高速で回転させていると、

「ディバインバスター」

痺れを切らしたかのようになのはが俺達三人に向かって撃ってきた。

「何っ!?」

「きゃぁぁぁ!!」

「ちっ」

舌打ちをしてフォルトレスを発動。緑色のバリアが桜色の砲撃魔法を防ぐ。

「いきなり何しやがるっ!!!」

「庇った!! 今お兄ちゃんが女の人達のこと庇ったっ!!!」

「庇う以前に俺に当た―――」

「アークセイバーッァァァァァ!!」

「っ!!」

バルディッシュから飛ばされた金の魔力刃が迫ってきたので、これもフォルトレスで防ぐ。

「フェイト、お前………」

「うん、分かってるよ、ソル。その二人がソルを誑かしたんでしょ? ソルは嫌々その二人を庇ってるんだよね? だって、ソルが私達を裏切るなんてあり得ないのは私がよく分かってるから。だから今すぐその二人から離れて」

視線に殺気を滲ませて、フェイトはシグナムとシャマルを睨みつける。

その瞳は、憎悪と嫌悪で濁り切っていた。

ひっ、と耳元で声がして、シャマルが手首をバインドで拘束されながらも無意識に俺の肩にしがみついた。



プツッ。



なのはとフェイトの我慢の糸が切れた音を、俺は確かに耳にしていた。




[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.4 祭りの後始末
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/09/06 12:46
「これより、魔導師襲撃事件の容疑者。ソル=バッドガイの尋問を行う」

クロノが鬼の首を取ったかのように勝ち誇って宣言した。

せめて重要参考人にしろ。

現在俺は、アースラ艦内で刑事ドラマでしか見たことないような狭くて薄暗い個室で、机を挟んでクロノと向かい合うように座っている。

そして、魔法行使を不可能にする拘束具を手首に嵌められ、その上に何重にもバインドが施されている。

「先に言っておくが俺は無実だ」

「今なら僕の知り合いの腕の良い弁護士をつけると約束しよう。だから、洗いざらい吐くんだ。妹達の、なのはとフェイトの為にも」

「人の話聞いてねぇだろテメェ」

「キミに言われたくないぞ」

睨み合う俺とクロノ。

俺は馬鹿馬鹿しくなって視線を逸らし後ろに振り返る。

そこには、涙眼になって悲しそうで辛そうな表情のなのはとフェイト。明らかに俺の今の姿を面白がってニヤニヤしているユーノとアルフ。

なんでこいつらが此処に居るかと言うと、本人達の希望でもあり、クロノが気を利かせたとかなんとか。

いや、余計なお世話だからな。つーか、俺はさっきも言ったように無実だ。

「お兄ちゃん、どうしてこんなことを………」

「私は待ってるから………ソルが罪を償って帰ってくるのを待ってるから」

しくしくしく。

「ソル、とりあえずCD借りていい? 実は僕も結構楽しみにしてたんだよ。今回の新作」

ガサゴソ。

「は~いこっち向いて~、写メ撮ったら知り合いにバラ撒くから。題して『補導されるソル』。良いね、絵になるよ。特にその手首のバインドが。ウケるよこれは。ククク」

パシャッ、パシャッ

どいつもこいつも色々な意味で酷い態度だ。

はぁ、と俺は盛大に溜息を吐いた。





約三十分程前。





嫌なベクトルで勘違いしたなのはとフェイトが、デバイスを構えて迫ってくる。

シグナムとシャマルを放し、俺は二人の前に出た。

「「あっ………」」

後ろから呆然とした声が聞こえたが気にしなかった。

今はそれどころじゃない。鬼気迫る勢いでこちらに向かってくる二人を何とかしないと色んな意味で危険だ。

なのはとフェイトは怒りや悲しみ、その他の感情をごちゃ混ぜにしたような複雑そうな顔をする。

「とりあえず頭冷やせ。俺の話を聞け」

俺は敵意が無いことを示す為、クイーンに命じて封炎剣を仕舞いバリアジャケットを解除した。

鉄拳制裁覚悟で突っ込んできたらしい二人は、そんな俺の態度に戸惑い動きを止める。

その時、この空間にクロノの声が響き渡る。

『全員動くな、そして武装を解除しろ。僕は時空管理局所属の執務官、クロノ・ハラオンだ。その権限により、これより戦闘行動の一切を禁ずる』

声をした方を向くと水色の球体が浮かんでいる。どうやらあれがスピーカーの代わりらしい。

時空管理局が出しゃばってくるとは分かっていたが、この時ばかりはなかなか良いタイミングでの介入だ、と思った。

この瞬間だけ。

『特にお前だソル=バッドガイ!! 一連の魔導師襲撃事件にお前も関わっているな!? どうせ今回もPT事件の時のように裏でコソコソと何かやってるんだろう!? ”闇の書”の守護騎士と一緒に居るのが何よりの証拠だ!!!』

「ああン?」

『とぼけたって無駄だ。お前にはアースラのデータバンクをハッキングしたという前科がある。まさか忘れたとか言うんじゃないだろうな?』

忘れてた。正直、記憶の端っこに追いやってた。そういややったなそんなこと。クラッキングじゃなくてハッキングなだけまだマシだと思うが。

『クロノくん、ストレス溜まってたんだね~。普段からガス抜きしないから』

エイミィの暢気な声が聞こえてきた。

『と・に・か・く!! もしキミに後ろめたいことが無いと言うなら、僕と武装隊が行くまでそこから指一本動かすな!!! なのは、フェイト、その男を自分達の一番好き方法で拘束してくれ!!』

「「一番好きな方法?」」

『抱きつくんだ!!!』

「「っ!! 了解!!!」」

嘘だろ!? 何だこの展開!! 折角シグナム達の事情が聞けると思ったってのに!!

振り返れば「管理局とは関わってられません」と言わんばかりに、既にシャマルが転送魔法の準備をしていた。

「待ちやがれテメェら!! まさか逃げるつもりじゃ―――」

「こんな女達のことなんて見ないで、私を、私だけを見て!!」

シグナム達に伸ばそうとした腕をフェイトに抱きかかえられる。

「早く帰ってください、そして二度とお兄ちゃんの前に現れないでください」

反対側の腕にしがみつきながら、シグナム達に向かってなのはがシッシッと手を振った。

「わざわざ言われなくても退散する。管理局が出てきた以上、我らが此処に長居する理由は無い」

逃げるというのに毅然とした態度でシグナムが言う。

「残念なことがあるとすれば一つだけ。ソル、お前から奪えなかったことだ」

魔力をか?

「それと、お前との一時は苦しくもあったが、同時に血沸き肉踊った。あの時はそれどころではなかったが、今思い返すとあれはあれで楽しかった」

三角形の魔方陣がシグナムとシャマルの足元に出現すると、輝き始めた。

「さらばだ。ソル=バッドガイ」

「えっと、あの、見逃してくれてありがとうって言えばいいのかしら? とりあえずさようなら」

ふざけるな!! 後のこと全部俺に投げっぱなしで逃げるとか、いきなり襲い掛かってきた癖してどういう了見だ!? せめて事情っぽいの何か言え!!!

次の瞬間には発動した転送魔法によって二人が光に包まれ流れ星のように飛んでいってしまった。

他の二人の仲間も同様に。

「くっ、一足遅かったか」

タッチの差でクロノとアースラの武装隊が俺達の周囲に転移してきた。

「”闇の書”の守護騎士は逃げられたが、手がかりがゼロな訳じゃ無いから良しとするか」

ニヤリ、と暗い笑みを浮かべながら俺の顔を見るクロノ。

「話を聞かせてもらえるな、ソル。何故守護騎士達と共に居たのか、洗いざらい」

それを聞いて、俺は深々と溜息を吐いた。

気分的には暴れたかったが止めた。暴れたら事態を悪化させ、よりややこしくなるだけだと分かっていたから。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.4 祭りの後始末










シグナムとシャマルが急に結界を張って襲い掛かってきたことを何度も説明する。

魔導師襲撃事件なんざ知らん、俺は被害者だ、シグナムは俺の魔力を”闇の書”の贄すると言って斬り掛かってきた、と。

するとようやく渋々といった様子でクロノが俺の言い分を納得した。

クロノが納得するまで尋問が始まって十分掛かった。早いのか遅いのか微妙だ。

「ちっ、証拠不十分か」

否、決して納得はしてなかった。俺はこいつからよっぽど嫌われているらしい。

「キミの所為で振り出しに戻ったじゃないかっ!! しかも碌に情報持ってないし、全く紛らわしい!!! こんなことならキミなんて放って置いてあの四人を捕まえれば良かった」

「知るか。つーか、なんで俺があの四人より捕獲優先順位が高いんだよ」

「ソルだからだ」

「誰か通訳呼べ」

それでも一応、バインドと拘束具は外してくれた。

後ろでほっと一息つくなのはとフェイト。

ちなみに、クイーンは取り上げられている。確認することがあるとかなんとかで、先程エイミィに持ってかれた。

別にそのことに対しては不満は無い。何故なら、クイーンは俺の手から離れたらオートロックが掛かるようになっている。

だが故意にそのロックは中途半端で、それ故にデバイスとしての中身は見ることは出来ても、神器としての中身は見ることが出来ないように。

これはある種のフェイク、と言うよりデコイか。魔導師がクイーンを見れば補助系のデバイスであることは分かっても、法力使いが使う神器だとは分からない。そして、あからさまに閲覧可能な内容があれば、大抵の人間は他に閲覧出来る部分があるとは思わない。

そもそも、クロノを含めたアースラの乗組員には法力が一体どんなものかの説明をしていないし、なのは達には口外することを禁止にした上で『五つの属性を用いて”事象”を顕現する力』とかなり漠然とした情報しか提供していない。ユーノには一度基礎理論を教えたが理解し切れてなかったようだし。

だから、クイーンのデバイスとしての機能面がいくら調べられようと困ったことがある訳じゃ無い。

そして、神器としての機能があることに気が付かれる可能性は非常に低い。隠蔽もこれでもかと施した。気付かれることはまずあり得ない。

もし気付かれても強力なプロテクトが存在する。アクセスコードの解析やディスペルは法力使いではないと絶対に解けっこない代物が。

第一、根底の基礎理論が全く違う技術なのだ。普通自動車の運転免許しかを持っていない人間にいきなり気球に乗れと言うくらいに無理がある。

クロノとリンディは俺があっさりクイーンを渡したことに訝しんだが、解析すれば分かるだろうと思い直したようだった。

そんなことよりも、俺からも聞きたいことがある。

「お前が言う”闇の書”ってのは一体何だ?」

今まで苦虫を噛み潰したような表情でどうやって俺を陥れようか画策していたクロノが、急に真面目な顔になる。

「………第一級捜索指定ロストロギア、”闇の書”。最大の特徴はそのエネルギー源にある。”闇の書”は魔導師の魔力とその魔力資質を奪う為に、リンカーコアを食うんだ」

「リンカーコア?」

「何だ? そんなことも知らずにソルは法力や魔法を使っているのか? リンカーコアとは魔導師が持つ魔力の源のことだ。キミの身体にもちゃんと存在するんだぞ………色々とアレだが」

呆れたような、意外そうな顔をするクロノ。

「闇の書はリンカーコアを食うと、蒐集した魔力の資質に応じてページが増えていく。そして、最終ページまで全てを埋めることで闇の書は完成する」

「完成するとどうなる?」

「………少なくとも、碌なことにはならない」

そのまま俯いてしまうクロノを見ながら思案する。

シグナム達は俺となのは達の魔力を狙ってきたことは明らかだ。そうして闇の書を完成させるつもりだったんだろう。だが、クロノの話を鵜呑みにするなら完成すると碌なことにはならないらしい。

じゃあ、あの必死さは何だ?

「それよりさ、あいつらの魔法、ちょっと変じゃなかった?」

アルフが携帯電話を弄りながらどうでもよさそうに言った。

「あれはたぶん、ベルカ式だ」

とクロノ。

「ベルカ式?」

「その昔、ミッド式と魔法勢力を二分した魔法体系だよ」

イヤホンから聞こえてくるであろう音楽に、リズムを合わせるように身体を揺らしながらユーノが補足する。

「遠距離や広範囲攻撃をある程度度外視して、対人戦闘に特化した魔法で優れた術者は”騎士”と呼ばれる」

更なる補足をクロノが追加する。

「そういやシグナムの奴、俺のことを騎士かって聞いてきやがったな」

「確かに………ヴィータの戦い方、ソルにちょっと似てた」

「うんうん」

フェイトの言葉になのはが頷く。

「最大の特徴は、デバイスに組み込まれたカートリッジシステムって呼ばれる武装。儀式で圧縮した魔力を込めた弾丸を組み込んで、瞬間的に爆発的な破壊力を得る」

「ますますソルに似てるじゃないか」

ユーノの説明にアルフが感嘆の声を上げ、俺以外の全員がうんうんと首肯する。

「何言ってやがる。俺は封炎剣に魔力を込めた弾丸なんて使って無ぇぞ」

「でも、ヴィータちゃんがカートリッジシステムを使った時って、お兄ちゃんがタイランレイブとかを撃つ瞬間にそっくりだったよ」

「魔力の高まり方が、だよ。なのは」

「そう、それ」

そう言われてもな。あれは必要な魔力が他の技と比べると桁違いに多いだけなんだが。

「でも、さすが我が家のソルだね。二対一だってのに勝っちまうんだもん」

カラカラ笑いながらアルフが俺の肩を叩いた。

だが、

「………」

俺は応えなかった。

もし、殺傷設定でシグナムが俺を殺すつもりだったら、どうなっていた?

法力には無い魔法の便利な攻撃方法、非殺傷設定。

純粋な魔力ダメージとするそれは、敵を無傷で無力化する時に重宝する。

訓練の時に使ってるのもこれだ。

普通の人間になら十分通用するだろうが、俺には通用しない。俺と言うよりギアには通用しにくいと言った方が語弊が無いか。

ギアは本来、法力を使う兵器として生み出された存在だ。

息をするように法力を使うのは当たり前。中には生命活動や生物としての生理現象にすら法力に依存し、法力を使い続けなければ死に至る個体すら存在した。

鳥野郎なんてその典型だ。法力を使って自分の周囲を常に水で覆い尽くさないと満足に生きられないという欠点があった。

無限に法力を行使し続ける。そんな人間には不可能なことを可能とするのがギア細胞。

ギア細胞は条件さえ揃えば無尽蔵に魔力を生み出す代物だ。

生き物が食物を摂取することによって体内で熱を生んで動くのと同じように生命活動の一環として。

戦闘能力が高い個体程、一つの細胞が一度に魔力を生産する量が多い。

魔力は、ギアにとって見れば純粋な意味でのエネルギーでしかない。勿論、生物である以上は魔力とは別に食物が必要だが。

故に、純粋魔力ダメージである非殺傷設定での攻撃は俺を、ギアを無力化するには有効じゃない。

だからこそ火炎や雷撃といった”事象”である法力が効く。

魔力変換資質は非殺傷の攻撃魔法として使う以上、”火炎もどき””雷撃もどき”であって、似たような効果は期待出来ても本当の意味での効果は皆無だ。

例えば、”火炎もどき”は熱であっても物質を炭化させることは出来ない、というように。

殺傷設定にしてこそ、本当の”火炎”や”雷撃”に変わる。それなら法力と同じ効果が望める。

話を戻す。

確かに指向性を与えられた魔力には痛みがある。

あの時のシグナムの攻撃だってとても痛かった。

だが、それだけだ。

人間だったら気絶くらいするんだろうが、生憎俺は人間じゃない。あまりにも痛くて気絶する、とかならあり得るが。

そして、非殺傷は身体的な意味でのダメージにはならない。

怪我を負わない。

これはギアを相手に戦闘する上で致命的だ。

いくら攻撃を受けようと、痛いだけだから。

シグナムとの戦闘は、試合に負けて勝負に勝っただけだ。

あれは殺し合いではなかった。

シャマルの横槍の所為で正々堂々とは言い難いが、あれは”決闘”に近かった。

もしシグナムが魔力を奪う云々を無しに”決闘”を挑んできて、紫電一閃とかいう技がさっきのように決まっていれば、俺は素直に負けを認めた。

しかし、あいつは”戦い”を俺に挑んできた。命まで奪うつもりが無く、非殺傷設定で攻撃してきた時点でシグナムに”戦い”の勝ち目は無かった。

純粋な勝ち負けを競うい合う”決闘”ならともかく、”戦い”ならば負けてやるつもりは無い。それこそ、どんな手段を使ってでも。

負ける=死ぬ。それが俺の”戦い”だからだ。

非殺傷を使う限り、魔導師が法力使いに勝つことは出来ても、ギアを倒すことは難しい。

魔力によるダメージよりも、物理的なダメージの方が遥かに有効だからだ。

極端な話、非殺傷設定で魔法攻撃するよりも、包丁やナイフで普通に腹を刺したり鈍器で頭殴った方がダメージに期待出来るということ。

人類はギアを殺すつもりで戦わなければ倒せない。

両者の間に横たわる『人と兵器の差』というものはそれだけ大きい。

勿論、個体差や個人差というものは存在する。

そう考えると、聖騎士団はギアを殺戮するプロ集団だ。そういう意味では本当に容赦が無かった。

ギアを殺す場合、動かなくなるまで斬り刻み、脳を破壊し心臓を潰す。そして残った死体は焼く。このくらいは徹底していたからだ。

実際、中途半端にダメージを与えた状態で放置すると、半永久的に不老不死の肉体を維持するギア細胞がたちどころに傷を癒してしまう。

それだけギアは人類の敵として厄介な存在だった。

魔導師は非殺傷という便利かつ覚悟を必要としないものを利用しているだけあって、自らの手が血で汚れることを嫌っている節がある。

クロノは勿論、なのは達も同様だ。

相手を傷つける覚悟が、殺し殺される覚悟が出来ていない。クロノは職務上殺される覚悟はあっても殺す覚悟は無さそうだ。

そんな覚悟を子どもに強要したくはないが。

だが、シグナム達はどうだろうか? 殺人を犯すことに覚悟はあるのか?

あの時、シグナムが俺に勝つつもりで非殺傷設定を使うのではなく、殺すつもりで殺傷設定を使っていれば事態は変わっていたかもしれない。気絶くらいならしていた可能性がある。

「ソル?」

「なんでもねぇ」

まあ、今更仮定の話をしても栓の無いことだ。

魔導師襲撃事件を詳しく聞くと、地球を含めた他の複数の次元世界でシグナム達に襲われ魔力を奪われるという内容らしい。

管理局の存在に気付くと逃げ出した点から、多少なりとも接点を持つ俺達にこれ以上関わろうとはしないだろう。

もう二度と会うことは無い。

魔導師襲撃事件も、闇の書も、シグナム達も、既に俺達には関係の無い話だ。










SIDE シグナム



「ぐはああああっ」

眼の前に倒れ伏した男からリンカーコアを摘出し、それを闇の書に食わせる。

「良し、次だ」

次の獲物を求めて移動する。

『シグナム、さっきからそんなペースで大丈夫? 一度休憩を挟んだ方が―――』

『心配は無用だ。むしろ身体の奥底から力が漲るようだ』

私の体調を気遣うシャマルからの通信。

『だが、正直な話、カートリッジ無しで此処まで連戦を重ねても疲労を感じない自分が不思議でならん』

『………』

シャマルは何かを考えるように黙り込んだ。

我らヴォルケンリッターの四人は、主が寝静まったのを見計らって地球から次元跳躍し、闇の書の完成の為に魔力を蒐集していた。

ソルとその仲間達から魔力を奪えなかった以上、その分の埋め合わせはしっかりしなくてはいけない。

(ソル………か。あの少年は一体どういうつもりだ?)

時空管理局の介入から無事逃げ切れた後、私とシャマルは自身の身体の違和感に気付いた。

ダメージを負っていない。それどころか、回復を施された上で魔力が溢れ返っている。

先程言った通り、力が漲るのだ。私とシャマルにだけ。

原因は不明。気が付けばこうなっていた。

主に何かあったのかと心配もしたが、特に異常は見られなかった。それに、その場合はヴィータとザフィーラも同じようになる筈だった。

ヴィータとザフィーラは普段と何も変わらない。先の戦闘で疲労し、ダメージを負った程度。

何故私とシャマルだけが? そう思い、今日一日の行動を振り返る。

そして、一つだけ思い当たる節が存在した。

ソル=バッドガイ。

私とシャマルは彼との戦闘に敗れ、その後意識を失っていた。

眼が覚めて気が付くと、戦闘前よりも身体の調子が良く、魔力が潤沢な状態になっていた。

つまり、彼が私達に何かしたということになる。

念の為シャマルが調べてみたが、問題らしい問題は無かった。

逆にすこぶる状態が良く、今すぐにでもソルに再戦を申し込みたいくらいに全身を魔力が駆け巡る。

そのことを口にしたらシャマルに「冗談でもそんなこと言わないでちょうだい!!」と泣きつかれたので素直に謝った。

『せめて今日の分の遅れを取り戻す』

あの少年が何を考えていたのかは不明だ。

何故、襲い掛かった私とシャマルを助けるような真似をした?

何故、私達に”力”を与えるようなことをした?

何故、管理局の執務官から私達の仲間と疑われていた?

理由は分からない。

考えても答えが出ない問いに首を振って頭から追い出す。

今、ソルが私達の味方か敵かなどは些細なことだ。

私達は主を救う為に戦うと決めたのだから。

その為なら、どんなことにでも手を染めよう。謎の”力”も利用しよう。

もう、後戻りなど出来ないのだから。

決意を改めると、シャマルの指示に従って次元の海を跳んだ。











一言後書き


こっからヴォルケンズ側の逆襲が始まりますwww

魔導プログラム体なので魔力との親和性は人体よりも遥かに高く、効率良く吸収出来るという設定です。



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.5 執務官の憂鬱
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/09/08 22:51

「え? ソルくんって守護騎士達の後ろで糸引いてたんじゃないの?」

「てっきりまた何か企んでて事件の首謀者かと思ってたのに」

クイーンが返却された時の、なんだ面白くないと呟くエイミィと、残念と溜息を吐くリンディが脳裏に映し出される。またって何だ、またって。

他のクルー達も「じゃあ真犯人は誰なんだ?」みたいな顔をしていた。

余程俺は信用が無いということが理解出来た。自分の利の為なら何だって利用するエゴイストの謀略家、地球でオーバーSランク相当の何か起きたらとりあえず俺の所為、というのが俺に対するアースラクルーの先入観と常識だった。あまりにも酷い先入観と常識だ。そんなもんはこれを機にドブに捨てろ頭パー共め。アースラなんてエンジンに不具合起こして墜ちればいいのに。

しかも悪意無く純粋にそう思ってる連中が多いから質が悪い。

そういえば昔も、カイに殺人犯だと勘違いされて怒りを買ったことがあった。あの時は問答無用で斬り掛かってきたから、相手にするのも説明するのも面倒だからとっとと尻尾巻いて逃げたんだっけ。

つーか、カイもカイで普段は冷静沈着なのに、俺が絡むと眼の色変えて別人みたいになりやがったな。直情的で問答無用、そして見たものでその場を判断するうっかり勘違い。

なんだ。カイもクロノも似たもの同士じゃないか。二人共クソ真面目で青臭い正義感を持ってやがって、モラルと規律を重んじ、周囲からは尊敬と羨望を集めた優秀な人物。

ん? 普段優秀な奴は優秀である程俺が絡むとダメになるのか?

………どういう原理だ。

ってことは俺の所為か? 今回のアホ丸出しの誤認逮捕は俺の所為なのか? 優秀な人材をダメ人間にする特技なんて持ち合わせた覚えは無いってのに。

まあ、昔とは言えあいつに追い掛け回されて斬り掛かられたのは何時ものことだったので、今更他人や組織から事件の犯人扱いされようと大したことじゃない。

クロノから詳しく聞き出すと、「だってキミ、守護騎士の二人と仲良さそうだったじゃないか」とのこと。

そして、俺さえとっ捕まえれば後の連中を捕縛するのは楽勝だろ、と誰もが思っていたらしい。

傍から見たらそうだったのかもしれない。なのはとフェイトの豹変振りは凄まじかった。

俺の戦闘能力を知ってるアースラクルーなら、頭と思わしき俺を潰せば後は楽と思うのは普通なのかもしれない。

だが、実際の俺は被害者だった。過剰防衛した感は否めないが。

それが分かるとすぐに釈放ということになり、帰宅が許された。

帰る間際に、クロノは頭を下げて俺に謝罪した。自身に対する苛立ちや嫌悪が伝わってくる謝罪だった。

その謝罪に対し、勘違いされるのは慣れてるが、面倒事に巻き込まれるのは真っ平ご免だ、俺みたいな冤罪者をこれ以上出さない程度に精々頑張れと皮肉を言おうとして止めた。

なんかこいつらがこうなったのは俺の所為って気がしてきた。変な先入観持たせたのは間違い無く前回の俺の態度なんだし。

だから、何も言わずにアースラを後にした。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.5 執務官の憂鬱










SIDE クロノ



僕は誰も居ない本局のレストルームで、自分の不甲斐無さに苛立っていた。

あの時の僕の判断は執務官でもなければ、管理局員でもない。

ただの子どもだった。

闇の書の守護騎士と一緒に居たソルを見て、心の底で沈殿していたありとあらゆる負の感情が濁流のように溢れ出ていたことを、今になって気が付いた。

PT事件以来感じていた周囲からの評価や眼、僕と母さんから父さんを奪った闇の書への感情。



―――そして、ソルが持つ”力”への嫉妬。



僕がもっと早く生まれていて、あの男みたいな”力”を持っていたら、父さんは死なずに済んだんじゃないか?

考えても仕方が無い。それでも、そう思わずにはいられない。

それだけ、僕の心に刻み込んだソルの”力”は眩かった。

だからこそ、ソルの在り方が許せなかった。

巨大な”力”を持っている癖に、自分が守りたいと思った身内しか守ろうとしない。その他の人間は自分にとって路傍の石でしかない。

あれだけの”力”があれば、たくさんの人を救える筈なのに、そんなことを気にも留めない。

正義なんて糞食らえと言わんばかりの在り方が、許せなかった。

あんな奴に”力”があるのに、どうして僕には”力”が無いんだろう?

世の中不公平だ。

僕が喉から手が出る程渇望した”力”。

僕のそんな想いを嘲笑うかのような態度の男。

その男が、僕達親子の仇と共に行動している光景。

許容出来る訳が無かった。



―――あんな誰もが羨む”力”を持っていながら、一体何をするつもりだ!!!



暗い感情が湧き上がってくるのを自覚しないまま、僕はソルを捕縛することに決めた。

既に僕の眼には仇である闇の書の守護騎士など映っていなかった。

母さんからは意外にあっさり許可が下りた。もしかしたら僕と同じ気持ちだったのかもしれないし、何か他に考えがあったのかもしれない。

すぐさまなのはとフェイトに発破を掛ける。そうすれば如何に戦闘能力の高いソルとて、大切な妹分が相手なら隙が生じる筈だ。

僕は執務官としての立場を利用し、それでいて執務官にふさわしくない、僕らしくない行動に出た。

結果、ソルは大人しく投降した。実にあっさりと。

守護騎士達には逃げられたが、気にしなかった。

ソルさえ押さえれば、後はどうとでもなる。騎士達の実力を過小評価する訳では無いが、この男程ではないだろうと漠然とした思いがあった。

そして始まった尋問。

ソルの証言は至って普通の被害者だっただが、一つだけ怪しいと思わざるを得ない部分があった。

なら、何故守護騎士の二人を抱えていた? この男は自分を狙って襲い掛かってきた相手に情けを掛けるような人間だったか?

PT事件の最後に僕達を欺いたような男の証言を信じろというのは、疑心暗鬼になっていた僕には到底無理な話だった。

しかし、話を聞けば聞く程ソルの言葉には信憑性があった。

僕は負け惜しみを吐いてソルを解放した。

その後、ソルから取り上げたデバイスから得られた戦闘データを閲覧した結果、ソルの無実は証明された。

「結局僕は………まだまだ未熟な子どもってことか」

きっと、ソルに対して良くない感情を抱いていなければ守護騎士の確保を優先した筈だ。

執務官として出来て当然の行動が取れていた筈だ。

自分の未熟さが嫌になる。



―――どうして僕はソルのことになると、こんなにも感情的になってしまうんだろう?



それは恐らく、僕には無いものをソルがたくさん持っているからだ。

魔力、戦闘能力、知能、経験、その自由奔放な性格、僕が無いものねだりしても手に入らないもの全てを持っているからだ。

「くそっ」

感情に任せて自分の膝に拳を叩きつける。

次に頭を抱えると、ぐしゃぐしゃと掻き毟る。

冷静にならなければと思う反面、自分とソルに対しての劣等感が渦巻いて周囲に当り散らしたくなる。

「随分と荒れているようだな、クロノ」

その時、僕が心から尊敬する人物の声が聞こえた。

「………提督」

声がした方に眼を向けると、そこにはギル・グレアム提督が立っていた。





提督の執務室にて、テーブルを挟んで提督と向かい合う形で僕はソファーに座っていた。

「何か、悩みがあるみたいだな」

「………」

「民間人を誤認逮捕したそうだが、それと関係あるのかな?」

「………いえ、それは」

僕はどう答えようか困った。

確かにこんなにも気分が良くないのはソルの誤認逮捕が起因だけど、誤認逮捕の切欠となった僕の中の負の感情の方が直接的な原因だった。

「ソル=バッドガイという少年についてかな?」

「何故提督があの男のことを!?」

失礼にも反射的に大声を上げてしまった。

「以前リンディ提督とレティ提督の三人で飲みに行った時に、リンディ提督から愚痴を聞かされていてね。とんでもない民間協力者が居たと」

「………そうですか」

母さんが愚痴、か。僕は今までそんなこと一度も聞いたこと無いから少し意外だった。

「その話を聞いていたから、今回キミが誤認逮捕した次元世界の住人が私の故郷『地球』で、場所が日本だと聞いたからもしやと思ってカマを掛けてみたんだが」

「お見通しですか………」

溜息を吐くと、僕は項垂れた。

そんな僕の肩に、提督の手が優しく置かれた。

「何を悩んでいるのか話してみないか?」

「それは………」

ソルとの契約がある。無理やり約束させられた内容だったが、僕は一度交わした約束を破るつもりは無い。

「気にする必要は無い。職務上の肩書きなど今は気にするな。今此処に居るのは執務官と顧問官ではなく、ただのクロノとグレアムだ」

そう言われると、確かにソルは上に報告するなとは言ったけど、誰にも口外するなとまでは言ってない。

それに、既に母さんはプライベートの知り合いにソルのことを話している。今更僕がグレアム提督にソル達のことを伝えても大差は無いだろう。

契約の穴を突いたようで内心は心苦しかったが。

観念してグレアム提督に全て話すことにした。



SIDE OUT










SIDE グレアム



「つまり、ソルという少年と自分を比べてみて自分が無力だと思い知り、執務官として冷静な判断が出来なかった自分に対して憤っていたと」

「………はい」

意気消沈した様子のクロノ。

「でも、本当はそれだけじゃないんです。上手くは言えないんですけど、ソルを見ていると、コンプレックスみたいなのが自分の中で浮き彫りになってきて、それが許せなくて」

「ふむ」

「実際、ソルには尊敬出来る面がたくさんあるんです。あの男が持つ魔力も、戦闘能力も、知能も、経験も………ただ、それを素直に認められなくて………」

クロノは額に手を当てると呻くように呟いた。

「どうしてこんなに凄いのに自分勝手な人間なんだろう、どうしてその”力”を役立てようとしないんだろうって」

「なるほど」

私は一つ頷くと、クロノの頭に手を置いた。

「聞きなさいクロノ。私は長い時間、管理局の人間として生きてきた。その中でソルという少年に似た人物を何度も眼にしてきた。だからこそ言えることがある」

視線を私に合わせるその眼は続きを待っていた。

「持って生まれた才能や資質の差というものは確かに存在する。だが、大切なのは才能や資質ではなく、自分が何の為に力を振るうのか、ということだ」

「自分が何の為に力を振るうのか………」

「そうだ。キミとソル=バッドガイを比べてみたまえ。確かに実力は彼の方が上かもしれないがそんなことは横に置いとおいて、彼は一体何の為に力を振るっている? 自分にとって大切な人を守る為だろう? ならキミは?」

「僕は………」

私はクロノの言葉をじっと待った。

「僕は、僕は世界はこんな筈じゃなかったと悲しんだり悔やむ人を無くす為に魔法の力を振るっています!!」

「それはつまり、自分以外の誰かを救うことだね?」

「そうです」

「では、キミの戦う理由と彼が戦う理由に明確な差はあるかね?」

「………!!」

ようやく、クロノは私が何を言いたいのか分かってきたようだ。

「誰だってそうなんだよ、クロノ。自分にとって大切なものや、価値があるものを守ろうとするのは人間の本能だ。守ろうとするものが身内かそうでないか、それだけの差だ」

だから、と繋げる。

「キミがソル=バッドガイを羨む気持ちが分からない訳では無い。若い内は”力”を求めるのは若者によくあることだ。だが、手にした”力”が重要なのではなく、その”力”で何をするのか。これが重要なんだ」

「………はい」

「これから先、キミは成長すればもっと大きな壁にぶつかり、何度も挫折すると思う。しかし、そこで腐らないで欲しい。キミには尊敬に値する戦う理由がある。諦めそうになったらその理由を思い出しなさい。不思議と前に進めるものだから」

「ありがとうございます。グレアム提督」





退室したクロノを見送ると、私はソファーに座り込み自嘲気味に笑った。

「………自分が何の為に力を振るうのか………」

私は、復讐の為に一人の孤独な少女を亡き者にしようとしている。

その為にこの十年間、持ち得る全てを注いできた。

皮肉な話だ。とても未来ある若者に説教する者がするようなことではない。

だが、今更止める気も無い。止まらない。

「………ソル=バッドガイか………」

闇の書の守護騎士達を歯牙にもかけないオーバーSランクの実力を持つ魔導師。

ハラオウン親子の話やリーゼ達の報告を聞く限り、危険な人物だ。

ただ、自分の身内以外に関しては無関心であることだけが救いか。

このまま管理局が彼に関わらなければ、彼も関わろうとはしないだろう。

かと言って、用心するに越したことは無い。



SIDE OUT










あの夜の一悶着から数日が経過した。

「ねぇ皆、今度のお休みに私の家でお泊り会しない?」

小学校の昼休み、屋上で何時もの面子で集まって飯食ってると、すずかが名案を思いついたような表情で唐突に言った。

「新しいお友達の紹介がしたいの」

そのお友達を紹介したくて堪らん、とウキウキした笑顔は実に楽しそうだった。

俺以外の連中は興味が引かれたらしく、新しいお友達ってどんな子? 猫じゃないでしょうね? といった感じにそれぞれ質問を飛ばしている。

「皆は知らないかもしれないけど、ソルくんのお友達でもあるんだよ」

「ああ?」

皆の視線が一斉に俺に向く。誰もが、何故俺とすずかで共通した知り合いが居るんだと疑問に思っているようだ。

此処最近で俺もすずかも知っていて他の連中が知らない人間となると、一人しか思いつかない。

「はやてか?」

「ソルくん大正解」

豪華な弁当箱から俺の弁当箱にピーマンが放り込まれた………何のつもりだこれは? 嫌がらせ?

とりあえずそのピーマンは隣に座るユーノの口に無理やり入れておいた。「ヌワー」と嫌がったが気にしなかった。

それからすずかの八神はやてなる人物がどんな子かという説明が始まり、お泊り会の詳しい説明云々その他諸々がチャイムが鳴るまで続く。

その間俺は一人食い終わったので、弁当箱を仕舞うと話も聞かずに図書館から借りた本を読み耽っていた。どうせ泊りは強制参加だろう。足掻いても無駄だ。リムジンが自宅に横付けされて連行されるのがオチだ。

盛り上がる子ども達を視界の端に留めながら、こんなことになるんだったら介護に関する本も借りてくれば良かったなと心の中で舌打ちした。










お泊り会当日。

夕飯は月村家で鍋、ということになった。

あの洋風形式の食堂で鍋か、違和感バリバリだ。

ちなみに、アルフは来ない。というより来れなかった。翠屋の方が忙しくて来れないらしい。

もうすぐクリスマスだから、クリスマスケーキの予約やらなんやらで翠屋は此処数日嬉しい悲鳴を上げている。

あまりの忙しさに、アルフは仕事から帰ってきたら即子犬形態になってソファーの上で死んだように動かなくなる。それ程疲れるんだろう。

士郎と桃子は顔色一つ変えずに居るが、これは年季の差だ。

「鍋が、アタシの肉がぁぁぁぁ~」

夕飯の話を聞いたその時、アルフが泣いてたのを思い出した。

しかし、アルフが来ないのは夕飯のことを考えると良かったかもしれない。肉しか食わないからな、あいつ。鍋食う時で一番迷惑な奴だ。

放課後、時間まで地下室に引き篭もっていようと思っていたところを恭也に道場へと無理やり引きずり出される。二人で打ち合っていると、途中乱入してきたユーノが襲い掛かってきた。

かきたくもなかった余計な汗をかき、その後三人揃ってシャワーを浴びていると時間になった。



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.6 Boost up
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/09/08 22:52
SIDE はやて



「ほえ~。すずかちゃん、お金持ちのお嬢様やったんやなぁ」

ノエルさんが運転するリムジンですずかちゃんが家まで迎えに来てくれた。

「実家の方が大きな資産家なんだ。でも、そういうの抜きにしてお友達として付き合って欲しいな」

「当たり前や」

私はすずかちゃんの言葉に頷く。

車椅子をノエルさんに押してもらい、大きな門を潜る。

今日はすずかちゃん家でお泊り会。

誘ってもらったその日にそのことをシグナム達に伝えたら、「ご友人との一時、思う存分楽しんできてください」って皆微笑ましそうにしてた。

皆には悪いと思ったんやけど、お言葉に甘えさせてもらうことにした。なんせ、同年代の友達から初めてお泊りに誘ってもらったのだから。そういうことに憧れが無かったと言えば嘘になる。

本当はヴィータも連れてこようとした。でも、あの子人見知り激しいし、本人も気乗りしてなさそうだったからまた今度にした。それだけが残念。

前に図書館ですずかちゃんと偶然会って以来、頻繁にメールや電話のやり取りを繰り返す内にすっかり仲良くなって、数日前に唐突に「家に泊まりに来ないか」と誘われた。

すずかちゃんが友達を紹介したいらしい。

これは一気に友達を増やすチャンス。当然オーケーした。

私は夕飯はすずかちゃんの家で鍋を食べるけど、家に残した皆が心配だった。

シャマルが変な物作らないように、予めシグナム達の分は家を出る前に私と同じ鍋を用意しておいたから大丈夫だと思う。冷蔵庫に入ってる具を鍋に入れてコンロにかけるだけやから余計なことしようとしない限り平気な筈。

大きなお屋敷の中に入るとテレビでやってるお金持ちの家そのまんま。

唖然としながらも客間に案内され、紅茶を頂く。

まだ誰も集まってないみたいだから、それまですずかちゃんと本の話とか学校の話とか、これから来る友達の話とかを聞きながら待つ。

すると、

「すーずーかー、来たわよー」

明るい元気な女の子の声が聞こえると同時に広い客間のドアが開かれ、金髪の少女が姿を現した。

「アリサちゃん、いらっしゃい」

「初めまして、八神はやて言います」

「あ、すずかから聞いてるわ。アタシはアリサ・バニングスよ。アリサでいいわ。よろしく、はやて」

見た感じ勝気で気の強そうな性格のアリサちゃんは私の前まで来ると、右手を差し出してきたのでその手を握る。

「アリサちゃん、よろしゅう」

握手を交わすと、アリサちゃんは満足げに頷いてすずかちゃんの正面に座る。

「ところですずか。ソルと愉快な仲間達は?」

「まだ来てないよ」

「もう時間だっていうのに一体何やってんのよあいつは!? 待ち合わせには五分前に到着してるのが人としての常識でしょうに………あ、まさかあいつ、今更家出るのが面倒臭くなって来ないとかドタキャンしたら許さないわよ!!」

「う~ん、ソルくんだとあり得るかも」

急に憤慨するアリサちゃんと、額に手を当て難しい顔をするすずかちゃん。

「ソルくんって約束破るような人には見えんけど………」

一度しか会ったことないけど、クールというか硬派な印象で、義理堅そうな人に見えたなぁ。

「まあそうね。あいつ、面倒臭いとか言いつつなのはが駄々こねればなんだかんだ言って来るから。今はなのはにプラスしてフェイトも居るし。いざとなったら二人が無理やり引きずってくるでしょ」

「一瞬で想像出来るね、その光景」

すずかちゃんが納得顔で紅茶飲んでるけど、それってどんな光景?

両脇から腕抱えられて、宇宙人が黒服サングラスに連行されるような写真みたいに連れてこられるんやろか?

自分が想像したものを声に出すと、二人は口を揃えて「だいたい合ってる」って答えた。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.6 Boost up










二人の言う通り、想像とそっくりだった。

「もう此処まで来たら逃げねぇよ。手ぇ離せ」

うんざりと既に疲労の濃い表情のソルくんが、両脇から女の子二人に腕を抱えられ引きずられるように客間に姿を現したのはそれから十分後だった。

「お久しぶりや、ソルくん」

「ん? ああ、はやてか。しばらくだな」

ソルくんに軽い挨拶を交わす。

それから両脇に居た女の子二人と、ソルくんの後ろに居る男の子に自己紹介をする。

「八神はやて言います。よろしゅう」

すると、三人が私の前まで来て自己紹介してくれた。

「私は高町なのは。お兄ちゃんの、後ろでノエルさんから紅茶を受け取ってるソル=バッドガイの妹だよ。よろしくね」

茶髪の髪を白いリボンで留めてるのがなのはちゃんね。動く度にリボンと髪がピコピコ動いてる。

「あの、私はフェイト・テスタロッサ・高町で、なのはと同じソルの妹になるのかな? よろしく」

アリサちゃんと同じ金髪さんで、ツインテールが特徴なのがフェイトちゃんね。

「僕はユーノ・スクライア。ユーノでいいよ。よろしく、はやて」

人畜無害な草食動物を思わせるのがユーノくんね。ワイルドなソルくんとは対照的なのが印象やな。

それぞれと握手を交わしながら疑問を口にする。

「なのはちゃんとフェイトちゃんはソルくんの妹みたいやけど、名字違うん?」

「うん、お兄ちゃんとは血が繋がってないし、お兄ちゃんは戸籍上では高町家の居候なの」

「私もソルとなのはと血は繋がってないんだ。養子縁組っていうことで高町の性を名乗ってるだけだから」

「僕もソルと一緒で居候」

どんな家族構成なんやろ? なのはちゃんを除いたらソルくんもフェイトちゃんもユーノくんも明らかに外国の人やし。

そう思ってから自分の家も似たようなものやから、そこらへんの事情を聞くのは止めた。シグナム達は私の遠い親戚ってことになっとるけど、細かい突っ込み入れられたら答えられへん。





食堂には白いテーブルクロスを掛けられた長大なテーブルが部屋の真ん中に鎮座し、その上にはコンロにセットされた鍋が載っていた。

「違和感あるわぁ」

洋風形式のこのお屋敷でお鍋。しかも広い食堂で。何かが間違っとる。

「皆様、どうぞお好きなお席にお掛けください」

ノエルさんに促され、皆思い思いの場所に座る。

なのはちゃんとフェイトちゃんに挟まれるように座る形となったソルくんが、何故か何かを諦めたように溜息吐いとった。

「はやてちゃんは此処でいい?」

「ありがとう。おおきに、すずかちゃん」

鍋から一番近い場所まで車椅子を押してくれたすずかちゃんに礼を言うと、気にしないでと微笑まれ、自分の席に着く。

「皆、飲み物は持った? じゃ、はやてと友達になれたことを祝して、かんぱーい!!」

「「「「「かんぱーい!!」」」」」

「ん」

ソルくんを除いた全員がアリサちゃんの音頭に乗ってグラスを高く掲げ、カンッと小気味良い音を立てる。

「お肉もお野菜もたくさんありますから、遠慮しないで食べてくださいね」

ファリンさんが大量に材料が入ったボウルを鍋の傍に置く。

宴が始まった。



SIDE OUT










SIDE ヴィータ



眼下の海鳴市を、立ち並ぶビルを、地面に散りばめた人々の営みの光をぼんやりと視界に収めながら、アタシは口を開いた。

「はやて、今頃楽しんでるかな」

ポツリと漏れてしまった独り言は傍に居たザフィーラの耳に入ったのか、ふさふさの毛に覆われた耳がピクッと動いたのが視界の端に映った。

「………」

それでもザフィーラは黙して語らず。普段から無口なザフィーラは必要最低限しか喋らないので、別に今更リアクションが無くても気にしない。

そんなことよりも、早く魔力を蒐集しねーと。

この前会った四人組みはかなりでかい魔力を持った奴らだったけど、想像以上に手強くて蒐集出来なかった。おまけに管理局まで出て来やがったし。

「………クソ、あん時に一人でも蒐集出来てりゃ」

思わず愚痴が零れる。

「言うな。あの四人は我らの想像以上に強かった。そしてシグナムとシャマルが敗北を喫し、管理局まで介入してきたのだ。逃げ切れただけでも御の字だと俺は思っている」

「つーか、シグナムとシャマルは本当に遊んでたんじゃないんだよな!?」

「くどいぞヴィータ。その話は終わっただろう」

全てを悟り切ったようなザフィーラの言葉に、分かっていながらつい反論してしまう。

「だったらなんで二人共、あれ以来ソル=バッドガイって野郎を意識してるんだよ!!」

「シグナムとシャマルがソル=バッドガイに対して抱いている感情はお前が危惧しているような男女間にある愛情や慕情といったものではない。万が一敵になった場合を考慮して意識しているだけだ」

「だからって意識し過ぎだろ。シャマルなんてクラールヴィントで常に野郎の居場所把握して、野郎が移動する度に戦々恐々としてるし。シグナムなんて家に居る時は庭で剣振り回しながらぶつぶつぶつぶつ『これでは奴に勝てない』とか言ってるし」

「それだけの強敵だったということだ」

このやり取りは、あの夜以来アタシとザフィーラの間で何度か交わされたものだった。

こんな不毛な会話を何度も蒸し返すってことは、それだけアタシは焦っている、と騎士としての自分が冷静に分析する。

魔力蒐集の進み具合は芳しくない。管理局が出てきた所為もあって動き難くなったというのもあるし、大物にも当たらない。

管理局の眼から逃れる為に地球から遠く離れた次元世界で蒐集しても、見つかる危険性が減る代わりに以前よりも格段に効率は落ちた。

労力に対して魔力が集まらない。割に合わない。

こうしている間にも、はやての身体はどんどん闇の書に蝕まれてるっていうのに。

全くもどかしい。

「いっそのことソルって野郎に頭下げて協力してもらった方がいいんじゃねーか?」

「それは一理あるかもしれんが、我らはそのソル=バッドガイの仲間と思わしき者達に、少なくとも内一人は妹だった、それに問答無用で襲い掛かったのだ。快く引き受けてくれるとは思えん」

アタシの意見は一蹴される。

「やっぱそれがネックになってるよなぁ」

あの日以来、シグナムとシャマルの魔力がおかしい。異常なまでに増えてやがった。

シャマルが一日に生産するカートリッジの数が段違いに増えた。前は一日に一ダースが限界だっていうのに、ソルって野郎に会った次の日からはその三倍に増えたからだ。

シグナムも何故か総魔力量がギガ増えていて、やはりシャマル同様に以前と比べると格段に強くなってやがる。



―――「何故ソルが敵であった私とシャマルに”力”を与えたのかは分からん。だが、特に害がある訳では無いようなのでな。有効利用させてもらうつもりだ」



二人が言うには、ソルって野郎が何かしたらしい。二人が気絶している間だったので詳しいことは一切不明。何をしたのかさっぱり分かんねぇが、あの野郎が”力”を与えたのは確かだ。

「シグナムが言っていただろう。現段階ではソル=バッドガイが敵かどうか分からん、出来ることなら味方に引き込みたいが、管理局と何らかの関わりがある以上、不用意な接触は避けるべきだ」

「でもよ、あいつ管理局の連中にアタシらの仲間って勘違いされてたぜ? 意外にいけんじゃね?」

「恐らくシグナムとシャマルと共に居たところを見られたので嫌疑を掛けられただけだろう。次の日までにはこの街に戻ってきていたらしいから、釈放されたと見て間違い無い。それに、奴が管理局と敵対してまで我らに協力するメリットが無い」

「ちっ」

アタシは舌打ちすると会話を終わらせる。

そんなことより、何時までも此処でうじうじしててもしょうがねぇ。今日ははやてが家に居ないんだ。帰宅時間とか気にせずに朝まで蒐集出来る。

「もう行こうぜ、ザフィーラ」

「応」

それは、アタシが声を掛けザフィーラが応えた瞬間だった。



―――世界が色を変える。



「結界っ!?」

「………管理局か」

自然、ザフィーラと背を合わせる。

アタシ達を囲むようにして転移してくるミッドチルダ式魔導師がざっと十人。

人数が多いとはいえ、一人ひとりの魔力量はそう大きくない。

「でもチャラいよこいつら。返り討ちだっ!!」

アイゼンを構える。

すると、囲んでいた連中がアタシ達から離れていく。

「あ?」

「上だ」

言われて上を向く。

そこには、黒い格好の魔導師が一人足元に円形の魔方陣を展開し、自身の周囲に水色の魔力刃を大量に発生させた状態で待機していた。

「スティンガーブレイド、エクスキューションシフト。てぇいっ!!」

呪文と共にデバイスが振り下ろされ、魔力刃が豪雨のように降り注ぐ。

「ちぃっ!!」

ザフィーラがアタシを庇うように前に出て防御魔法を展開する。

その壁に連続的に魔力刃が着弾し、爆発。爆音と煙を生んで視界を埋め尽くす。

数秒もせずに攻撃が止む。

しかし、防ぎ切れなかった魔力刃がザフィーラの腕に突き刺さっていた。

「ザフィーラ!!」

「気にするな………この程度でどうにかなる程、柔じゃない」

腕に力を込め、刺さった魔力刃を粉々に砕くザフィーラ。

「………上等」

そんな心強い仲間の態度を喜ぶのも束の間、攻撃してきた黒い魔導師を睨みつけた。

管理局だか何だか関係無ぇ、アタシ達の邪魔をする奴は誰であろうとぶっ潰してやる。



SIDE OUT










SIDE はやて



鍋は途中からすずかちゃんのお姉さんの忍さんが参加し、大いに盛り上がった。

その後は、事前になのはちゃんのお母さんがこのお泊り会の為に用意してくれたケーキで締めくくる。

鍋もケーキもびっくりするくらい美味しいくて、皆と話しながら過ごす時間は楽しかった。気が付けばすずかちゃん家に来てからかなり時間が経っとった。

ケーキも食べて人心地ついた頃、ソルくんが唐突に立ち上がる。

「馳走になったな………お前ら、あんま夜更かしすんなよ」

赤いジャケットを着込むとそのまま部屋を出て行った。

あまりにも突拍子の無い行動なだけに、皆ポカンとしとる。私もだけど。

バタン、とドアが閉まり、静寂が広い部屋を満たす。

あれ? なんでジャケット持ってったん? ソルくん、泊まるんと違うの?

「まさかソル………帰った?」

沈黙を破るようにユーノくんがボソッと呟いた。

それを皮切りに、

「お兄ちゃんっ!!!」

「ソルッ!!!」

なのはちゃんとフェイトちゃんが逃がすもんかと駆け出した。

「全くあいつは!! この期に及んでどういうつもりよ!?」

「また僕を生贄にするつもりか!! あの薄情者ぉぉぉぉぉっ!!!」

アリサちゃんとユーノくんも二人に続く。

ダダダダーッと凄い勢いで四人が部屋を出て行ってしまう。

「………なあ、すずかちゃん」

「何? はやてちゃん」

「何時もあんな感じなん? ソルくんって」

「そうだよ。一匹狼気質の癖になのはちゃんとフェイトちゃんには甘いからすぐに戻ってくると思うよ。ソルくんってそういうところが不器用なんだよね。逃げても無駄だって分かってるんなら抵抗しなきゃいいのに」

朗らかに笑うすずかちゃんに底知れぬ恐ろしさを垣間見た瞬間やった。

一分後。

「もう逃げねぇから手ぇ離せよ」

来た時と変わらぬ姿で部屋に戻ってきたソルくん。両脇のなのはちゃんとフェイトちゃんはしっかりがっちりその腕を抱き締めて離そうとしない。

「ダメ、お兄ちゃんまた逃げるから」

「逃げねぇよ」

「帰るだけだ、って言うのは無しだよ、ソル」

「っ!」

フェイトちゃんの言葉に顔を顰めたところから見るに、本当に言おうとしたみたいや。

「アンタ往生際が悪いわよ」

「ていうか、何一人でナチュラルに帰ろうとしてるの? 逃げる時は二人でって決めたじゃないか!!」

「「ユーノ(くん)それどういうことっ!?」」

「………馬鹿野郎」

「こ、これは罠だ!! ソルが僕を陥れる為に仕組んだ罠だ!!」

意味不明かつ責任転嫁なことを言いながら逃げるユーノくん。今度はそれを追い掛け回すなのはちゃんとフェイトちゃん。

「やれやれだぜ」

自由になったソルくんは座ると、疲れたように溜息を吐く。

「なんで逃げようとしたの?」

「………」

すずかちゃんの純粋な疑問に返答もせず、額に手を当て考える仕草をするソルくんは、何処からどう見ても泊まる気なんてこれっぽっちも無いというのが分かる。

バタンッ。

その時、乱暴に閉められた方に眼を向けると、ユーノくんがついに捕まって廊下に連れ出されたみたいや。

廊下から悲痛な声が聞こえる。

「聞いてくれ、違うんだっ!! 最初に言い出したのは確かに僕だけど、ソルはソルでその話に乗り気で、ホラ、やっぱり女の子がたくさん居る所に男が居るって居心地悪いっていうか―――」

「「御託は、要らない」」

「ぬわーーーーっっ!!」

断末魔めいた叫びを聞こえると、ソルくんが可笑しそうに「フッ」と鼻で笑う。

それを見て、私とすずかちゃんとアリサちゃんは大声を上げて笑った。

可笑しくて、何より楽しくて、幸せな気分に浸りながら。

今までこうして同い年の友達に囲まれて過ごしたことなんて経験無かったから、凄く嬉しくて。



―――家に帰れば出迎えてくれる家族が居る。優しい友達も出来た。私は幸せ者や。



そんな風に幸せに浸っていると、その幸せに水を差すように、”アレ”が来た。



SIDE OUT










「くっ」

急にはやてが呻き出した。

今まで笑っていたのが嘘のように、額に脂汗をかき、心臓部付近の上着を強く握り締め、苦しみ始めた。

その苦しみ方は半端ではなく、ドッキリを装った演技には見えない。

服を握る手が白い。それ程強い力が込められているのだろう。

眼を瞑り、必死に苦痛を抑え付けるように我慢する様は、見る者に焦りを植えつけるには十分だった。

「はやてちゃん?」

不審な態度に訝しんだすずかの声にも返答しない。否、反応出来ないと言った方が正しい。

「はやてっ!!」

すかさずアリサがはやての傍まで駆けつけるが、そこで何をどうしたらいいのか分からず立ち往生してしまう。

横に居るすずかもオロオロしている。

心臓か肺に疾患でもあるのか?

俺は椅子を蹴倒すように立ち上がると、はやてのその華奢な身体を抱き上げた。

「何? どうしたの?」

「はやて?」

「………え? はやてが何?」

やり遂げた感のあるなのはとフェイトとくたびれた雰囲気のユーノが廊下から戻ってくる。

「誰でもいい、ノエルに車を出すように言え!!! それから忍を呼んで病院に連絡をするように伝えろ!!!」

急な事態の変化にアリサとすずかは俺が何を言ったのか理解出来たかったようだが、ウチのガキ共は違った。俺の表情を一目見てはやてがヤバイと察し、何も言わずに部屋を出る。

車の用意が出来るまで俺は解析法術を発動させ、腕の中のはやてを”診る”。

心臓に異常は………無い。なら肺の方は、こちらにも無い。手の位置からして心臓か肺だと思ってたのに、異常が見当たらない。

そのことに疑問を抱きながら全身隈なく”診る”。

それでも異常無し。

一体どういうことだ!? 呼吸器系も、循環系も、消化器系も、何処にも異常が見つからない。臓器どころか骨にすら異常が無い。

だったらはやてのこの苦しみようは何だ!? 原因は何だ!? ウィルスや細菌が原因だったら俺には手の施しようが無い。それ以前に解析法術じゃそんなミクロ単位のことなんて分かりっこない。

(こんな時にあの変態医者が居れば―――)

「ちっ」

一瞬過ぎった考えを舌打ちと共に吐き捨てる。無いものねだりしても意味が無い。せめて痛みだけでも取り除いてやる。

神経に作用し麻酔に似た効果を発揮する法力を発動しようとしたその時。

「………って、あれ?」

はやてが間抜けの声を出す。

「痛くない?」

呆然とした口調と表情で、不思議そうに呟くはやて。本人も何がなんだか分かってないらしい。

「無事か?」

「え、まあ、何時もはもっと痛みが長引くんやけど、今日はそうでもない。ていうか、ソルくんに触ってもらってから痛みがピタリと止んだわ」

「ああン?」

首を傾げるはやてだが、解析法術を発動して”診て”いた俺には尚更意味が分からない。異常が無いのに痛がって、俺が触れたら治まった? 一体何だったんだ?

「はやて、大丈夫なの?」

「もう痛くないの? はやてちゃん?」

「うん。もう何処も痛まへんよ」

心配そうにはやてを窺うアリサとすずか。それにヒラヒラと手を振るはやて。そんなはやてを抱き上げたまま頭に?を浮かべる俺。

「ソル、車の準備出来たよ!!」

足の速いフェイトを先頭に残りの面子が部屋へと駆け込んできたのは、それから間もなくだった。





「つまり、発作的に心臓部付近が痛むことが以前からあったってことだな」

「えと、あの、そうなんやけど………なんでソルくん、怒ってるん?」

「怒ってねぇ」

「怒ってるやないか。道端でそんなこっわい眼つきで睨まれたら思わず財布捨てて逃げるで」

「………はあぁぁ」

俺は現在車椅子に座るはやての隣に座り、その手を握りながら盛大な溜息を吐いていた。

先程のはやての発作のような痛みは、数ヶ月前くらいからあったらしい。しばらくの間耐えれば時間経過に伴い潮のように痛みが引くので放置していたらしい。

「医者行け」

自分で言ってて何を馬鹿なことを、と思う。

はやての発作が俺に触れたことによって解消された。ということは、俺のレアスキルとか言う魔力供給によって痛みが緩和されたことになるのか?

以前会った時からそれなりの魔力の持ち主だと思っていたが、どういう理由があって魔力に変調を起こして苦しむのか理解出来ん。

生命維持を法力に依存してるタイプのギアじゃねぇんだし。そもそもはやては人間だ。魔力があろうと無かろうと、そんなことで苦痛が生まれること自体がおかしい。

これは現代医学では解明出来ない病気(と呼んでいいのか甚だ疑問だ)の類だ。何せ魔法やら魔力やらといった世間一般の中では空想の世界の産物に出てくる病気のようなもんだからだ。

「行っとるんやけど、あんま良くならんからなぁ………」

自身の足を擦りながらポツリと独り言のように、昨日の天気は悪かったと残念な感想を述べるような諦め切った口調で呟いた。

話を聞くと、物心ついた頃から足が不自由で、麻痺して動かないらしい。

様々なリハビリや治療法を試みたが、一向に回復の兆しを見せない。

それどころか、此処数ヶ月で少しずつ麻痺が進行しているらしい。

そしてトドメに胸の痛み。

俺には、はやてがもう自分は長くないと悟っているように見えた。

『お兄ちゃん、なんとかならないの?』

『そうだよ、ソルの法力はダメなの?』

『あのな、法力はお前らから見たら万能に見えるかもしれねぇが、はっきり言って魔法と大差無いんだぜ?』

念話を送ってきた妹二人の意見を打ち消す。

『でも、ソルの法力と回復魔法を組み合わせたのって僕より全然凄いじゃないか』

『あれは怪我の場合の話だ。はやては魔力に何らかの変調を来たして胸が痛くなるっていう病気だ。複合魔法でどうしろってんだよ』

苛立ちながらユーノを黙らせる。

「ちっ」

そう、俺は苛立っていた。

肉体に内在する魔力が本人に悪影響を及ぼす病だと? そんなもの、前の世界じゃ見たことも聞いたことも無ぇよ。

魔力が無くなれば法力が使えなくなる。それだけだったからだ。

俺は医者じゃねぇ。元科学者で研究職の人間だった。それに俺の専門は法力エネルギーと素粒子物理学。生物学や医学は最低限しか修めていない。俺は怪我を治すことは出来ても病気の治療は出来ない。

そもそも、はやての病気は明らかに俺が知り得る医学とは畑が違う。

現段階では、俺にははやての病気を治してやることは不可能だ。

しかし、こうして触れているだけで痛みを緩和してやるくらいなら出来る。

手を繋ぎはやてに直接触れることによって、ギア細胞から生産される魔力を集中させて送り込む。

もし、はやての胸の痛みと足の麻痺が魔力の変調によって引き起こされる奇病であるのならば、気休めくらいにはなる筈だ。

だが、これでは根本的な解決にならない。

こういう病に専門的な知識を持つ医療施設を強く推奨したい。

(そんなもんがあるとすれば………)

一番初めに思い浮かべたのはやはり時空管理局。というか、それしか思いつかない。

かといって、奴らを頼る気にはなれない。

仮にはやての病が完治したとして、俺とはやては奴らに何を要求される?

十中八九、魔導師として働くことを見返りに求められる。

奴らは慈善事業団体じゃない。ましてや、正義の味方でもない。

自分達こそが次元世界の平和を守っていると思い込んでいる癖に、その傍らで慢性的な人材不足に喘いでいる未熟な組織に過ぎない。

管理局を利用するのは構わないが、奴らに利用されるのはご免被る。

しかし、変な意地を張って手遅れにでもなったら目も当てられない。

どうする?

(クソが………せめて何が原因なのかさえ分かれば)

はやての小さな手を握りながら、俺は自分の無力を罵っていた。










SIDE はやて



私は冷静な表情を装いつつ、その実、心臓が早鐘のように激しく動いているのを自覚しとった。

ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ―――

心臓の音がうるさい。この音が皆に、私の手を握るソルくんに聞こえていたらどないしよう!? もし聞かれてたらむっちゃ恥ずかしいわ!!

さっきからずっとソルくんは怒ったような、何か悩むような難しい顔して私の手を握っとる。

離そうとしてくれない。

同い年の、それも異性に、こんな風に手を握られたこと無いからどうしていいのか分からん。

なんで!? なんで急にこんな、皆が見とる眼の前で積極的なアプローチしてくるん!? ソルくんは恥ずかしくないの!?

それとも、外国の人ってこのくらいが当たり前なんやろか?

ていうか、私とソルくんってまだ出会ってそんな時間が経ってないのに、その、あの、気持ちは嬉しいんやけど、とにかく困るでホンマ!!

………考えてみればさっきはお姫様抱っこやったんやなぁ。

「―――っ!!!」

思い出すと同時に顔が熱くなる。

アカン、これはアカン。何がアカンて言われたらよう分からんって答えるくらいにアカン。

何よりこの手を振り払えん。

ソルくんの手って暖かいんよ。手を握られることによって伝わってくる体温と、それが生む心地良さと安心感で耳から脳味噌が垂れるんじゃないかってくらいに頭がどうにかなってまう。

(どないしよ? 恥ずかしいから手を離して欲しいし、でもやっぱりこのまま手を握り続けて欲しい気もするし、ホンマどないしよ………)

熱に浮かされた頭はぐちゃぐちゃで、まともにものを考えられへんかった。



SIDE OUT










SIDE クロノ



武装隊と協力して連携を取り、逆に敵には味方同士での連携を許さず、常に多勢に無勢という形を二人の守護騎士に強いる。

そうすることによって、一対一という条件下に強い守護騎士を翻弄し、追い込みを掛ける。

事実、その作戦は途中まで上手くいっていた。時間は掛かるが、少しずつ確実に弱らせることに成功している。このままの調子でいけば二人を確保することも可能だった。



―――唐突に、”アレ”が来なければ。



「………何だ、コレ?」

「これは、一体?………」

不自然に動きを止め、自身の身体を不思議そうに見つめる闇の書の守護騎士。

そして、

「「っ!!」」

爆発的に膨れ上がり、その存在を大きくする二人の魔力。

(何だ!? 何が起きた!?)

急激に高まる守護騎士の魔力に、僕を含めた武装隊は彼らの状態を把握出来ずに浮き足立つ。

「凄ぇ………ギガ凄ぇ………”力”が、”力”が漲る!!!」

「お、おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

守護騎士が吼える。まるで己の力を誇示するように。

事実、対峙している僕達は増大した守護騎士の”力”に驚愕していた。

否、驚愕ではなく戦慄していたと言った方が正しい。

先程までは確実に弱らせていた筈だというのに、いきなり回復し、今までとは比べ物にならない程の魔力を放出しているのだ。

罠に嵌め、確実に追い詰めていた獲物が全く別の、より凶暴で攻撃的な生き物に摩り替わったような気分だ。

「負けねぇ、これなら誰が相手でも負ける気がしねぇ………オラァァァァッ!!!」

流星のように赤い魔力光の尾を引きながら、守護騎士の一人、ヴィータという少女が吶喊した。

振り下ろされたハンマーに反応が遅れた武装隊の一人が声を上げることなく一撃で撃墜される。

「何だこいつら!? 急に―――」

「はあああああああああああ!!!」

「ぐわぁっ!!」

もう片方の守護騎士、ザフィーラの振るう拳が一番近くに居た武装隊に襲い掛かり、沈められる。

守護騎士の猛攻に耐え切れず、次々と落とされ、無力化されてしまう武装隊の面々。

「皆落ち着け!! 焦らず距離を取って態勢を立て直すんだ!!」

僕の指示が虚しく響く。声を出している間にまた一人落とされていく。

既に指示を出している僕自身が焦っている。状況を把握出来なければ、何故こんな事態に変化したのか理解出来ない。

敵が何の脈絡も無く回復し、先程より強くなっているという時点で焦るなと言う方が無理な注文だ。

しかもその強さが、圧倒的であれば尚更。

有利な状況から一転して窮地に追い込まれてしまった。

弾丸のように迫り、一撃で終わらせる。それが繰り返される光景は悪夢だった。

まさに秒殺。十人以上存在した武装隊は一分も経たずに一人残らず撃墜されてしまった。

「オメーで最後か?」

全身から魔力を迸らせながら僕にデバイスを突きつけるように向ける守護騎士のヴィータ。

「………何だ? その”力”は? 今の今まで手加減してたって言うのか?」

見せ付けられた”力”に、震える声で、混乱する頭で疑問をぶつける。

「知らねーよ。正直アタシにもよく分かんねー。けど、一つだけ分かるとしたら、アタシらの勝ちだってことだけだ」

その勝利宣言に応じるように、強装結界の一部が破壊され穴が開き、紫色の炎を纏った守護騎士が近くのビルの屋上に舞い降りた。

新手か!!

「シグナムッ!!」

「その様子だと、手助けするまでも無かったようだな」

溢れんばかりの魔力を鋭く研ぎ澄ませながら、凛々しい女性の剣士は僕を一瞥すると、安心したように頷いた。

「はっ、そんなもん最初っから要らねーよ」

「そうか。それはすまなかった」

軽い挨拶を交わす守護騎士達。

『クロノ!! 今回は私達の負けよ、撤退しなさい!!』

『ヤバイよクロノくん!! 一対三なんて勝てっこないよ、早く逃げて!!!』

『………そうしたいのは山々だけど、無理そうだ』

母さんとエイミィの切羽詰った念話が届く。流石の二人もあっという間に武装隊が壊滅されるとは予想していなかったらしい。僕自身そうだ。

ザフィーラがこちらを警戒するように身構えている。逃げようとすれば、転送魔法が発動するタイムラグの内に沈められるのは明らかだ。

下手に動けば一瞬でやられる。

かと言って動かないと逃げようが無い。

どうする?

エイミィの言う通り、今の僕では一対三を相手に立ち回って勝利するなんて夢のまた夢、逃げることすら難しい。

「ワリーけどアタシら忙しいんだ。とりあえずテメーの魔力、闇の書に食わせっから。じゃーな」

「っ!!」

ヴィータがハンマーを振りかぶって僕に突っ込んでくる。

咄嗟に回避するが、避けた先に何時の間にかザフィーラが待ち構えていた。

そのことに慌てながらも飛行魔法を持続するのを止め、重力に身を任せ自由落下。

このまま距離を取って凌ごうとしたところへ、三人目の、シグナムの剣が迫る。

これは、避けれない!!

覚悟を決め、防御魔法を展開させる。

次の瞬間、炎を纏った剣が防御魔法を叩き、僕の展開した防御魔法を容易く粉々に打ち砕いたが、

「何っ!?」

更に内側に展開されたオレンジ色に輝く防御魔法に阻まれ、燃え盛る魔剣はその勢いと破壊力を霧散させられていた。

それでも完全に破壊力は殺し切れず、オレンジ色の盾は蜘蛛の巣のようにヒビを入れられ、砕かれた。

その隙に僕は後ろへと何者かに引っ張られ、シグナムの攻撃から逃れる。

「こんなところで何してんの、アンタら?」

僕の窮地を救ったその人物は、呆れたように溜息を吐きながら僕のバリアジャケットを猫の首を摘むようにして、すぐ後ろに浮いていた。

「ア、アルフ………」

「数日ぶりだねクロノ。アタシの『ソルの困った姿写真集』にコレクションを追加してくれた以来じゃないか」

フェイトの使い魔のアルフが道端で偶然会った知人に声を掛けるように軽い感じにカラカラと笑った。












後書き


関西弁って難しい。

はやての文章で何かおかしい部分があればご指摘お願いします。

ソルは、自分の思考がお人好しになりつつあることに気が付いていません。



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.7 事態は当事者を置いて進んでいく
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/09/08 22:53
SIDE アルフ



眼の前にはアタシを警戒して身構える守護騎士とか言う奴? 以前喧嘩売ってきた四人の内の三人。手には首の後ろの襟部分を猫みたいに摘まれて戸惑いの表情のクロノ。

「とりあえずヒーローっぽく格好良い感じに出しゃばったけど、どういう状況?」

「ちょ、アルフ!?」

アタシが口を開くと、クロノが何を言い出すんだコイツは!? って感じに非難するよう眼を向けてくる。

対峙する三人も同様だった。

冗談が通じない連中だね。

「テメー、そいつの仲間じゃねーのか? だからアタシらに割って入ったんだろ」

「アタシがクロノの仲間? はっ、冗談はよしてくれよ。管理局とは敵対してないけど仲間って訳でも無い。仕事の帰り道に知人が襲われてるのを偶々見かけたから助けただけだよ」

赤い服のハンマーみたいなデバイス持った、ヴィータだっけ? そいつの問いに笑いながら答えてやる。

「そもそもウチの大将は管理局があまり好きじゃない。前に管理局に協力した時は、この世界が消滅する危機に陥った時にタイミング良く管理局から協力要請されたから、それなりの報酬を対価に手伝っただけ………だったっけ?」

クロノから手を離してやり聞いてみる。

すると、クロノは急に憤慨した。

「何がそれなりの対価だ!! あんな無茶な要求を無理やり押し通そうとするのは、次元世界を探し回ってもあいつしか居ないぞ!!」

「そうかね?」

「そうだ!! 僕達に自分の戦闘能力を誇示した後に半ば強制させた形じゃないか!!! あれが脅迫じゃないって言うなら何だって言うんだ!? 犯罪者の方がまだ可愛げあるぞ!!!」

「でも、そのおかげでフェイトとアタシは今幸せだからどうでもいいんだけど」

「それがPT事件に置けるあの男にとって最も価値ある報酬なんだろうさ!!! でなければ、あの局面で犯人側だったキミ達二人の身柄を報酬として要求するもんか!!!」

「そんな、フェイトの幸せがソルにとって最も価値があるだなんて。もっと言っておくれよ、出来ればアタシじゃなくてフェイトに。きっと狂喜乱舞するから」

「………キミと会話してると徒労感が湧き上がってくる」

頭を抱え始めて頭痛を堪えるように唸るクロノ。

仕事のし過ぎかね? 人間って適度にガス抜きしないと色んな面で支障が出てくるから、そういうことはちゃんとした方が良いのに。無尽蔵の魔力と体力を持つあのソルすら一週間に一日は休養日、っていうのを決めてる。まあ、大抵日曜日に家でごろごろしてるだけなんだけど。

「アルフと言ったな。ウチの大将とはソルのことか」

アタシとクロノの話に興味を引かれたのか、桃色髪の剣士、前にソルが抱えてた片割れだ、そいつが聞いてくる。

「まあね」

「そのソルは今何処に?」

「今頃家族サービスの真っ最中じゃない?」

「家族サービス?」

「おっと、そこから先は言えないね、ソルの名誉の為にも。ソルの困ってる姿や本人にとって不名誉な瞬間を映像や画像に記録して友人にばら撒くのが趣味のアタシでも、赤の他人にそこまで教えてやる義理は無いね」

この場に居る全員が「こいつ最低だ。言ってることとやってることが百八十度全く違う」というような視線を送ってきた。咎められても止める気無いから気にしないけど。

といった感じに場の空気を弛緩させながら、アタシは守護騎士の三人を観察した。

こいつら、前よりずっと強くなってる。一目見て分かった。狼として本能と、これまで培ってきた経験と、訓練で鍛えた感覚が言ってる。見た目は同じだけど、戦闘能力は別物だって。

サシならまだ何とかなる………かもしれないかな? いや、結構ヤバイかも。それに三人相手じゃ逆立ちしたって勝てない。戦力を引っ繰り返す何かでも無い限り、逃げるくらいしか思いつかない。

「じゃ、アタシはお邪魔みたいだったからもう帰るね? クロノはたまに休暇でも取ってしっかり休養することを勧めるよ。アンタらも、喧嘩がしたいなら地球じゃなくて他所の世界でやりな、迷惑だから」

無関係な第三者を装うようなことを言って、特殊な魔力の編み方をした球体を一つ生成する。

「じゃあね」

誰もがアタシの態度を不審に思った瞬間、耳を塞いで眼を瞑り、魔力球を炸裂させた。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.7 事態は当事者を置いて進んでいく










―――ドパァァァァァァァァァァァァン。



眼を瞑っていたのに、瞼の裏に強烈な光が刺さる。

耳を塞いでいたのに、鼓膜を劈くような爆音で耳の奥がツーンとする。

アタシが今やったことは、閃光手榴弾と同じ効果を持つ魔法を使っただけ。

一時的に視覚と聴覚を奪うことが可能で、物理的な攻撃力を持たないこれは敵を怯ませたり、隙を作ったりする時に打ってつけ。

何処の世界でも、どんな国でも軍とか警察とかなら使ってる無傷で敵を無力化するのに役立つ代物。

元々、過保護なソルからアタシ達に自衛の手段の一つとして半ば強制的に覚えさせられたものだけど、今回みたいな不利な局面で重宝する。

ちなみに効果はかなり期待出来る。面白そうだからって実験に立候補したなのはが自分で、よりにもよって顔の前で発動させてそのまま気絶するくらいの威力だからね。

『逃げるよクロノッ!!』

肉声は聞こえていないだろうから念話を繋ぎ、手で顔を覆いつくすようにして苦しんでいるクロノの腕を掴んでその場を離れる。

暴れると思ってたんだけど、状況把握はすぐに出来たみたいで意外に大人しく追従してくる。

移動しながら振り返ると、三人はまだ眼も耳も回復していないようで追ってこない。

『助かったわアルフさん!! 今から貴方とクロノをこちらに転送させます。いいですか?』

頭に響くリンディさんの声。アタシは勿論オーケーした。

回復した守護騎士の三人がこちらに気付く頃には、既に逃げる準備が整っていた。

「貴様っ!! 待てっ!!」

シグナムが怒りを滲ませた声で突っ込んできたけど、その斬撃が間に合うことはなかった。





転移した先は、立派なマンションの一室だった。アースラではない。なんでも、アースラは整備中だとか。

守護騎士が地球とその周囲の世界を中心に活動していることから、拠点を、駐屯地を海鳴市にしたとのこと。

「さっきは本当にありがとう。アルフさんがあの場を通りかかってくれて良かったわ」

時空管理局の制服ではない、普通のカジュアルな服を着たリンディさんが頭を下げる。

「まあ、情けは人の為ならずってね」

アタシは掴んでいたクロノの手を離して、ヒラヒラと振った。

「でも、本当に助かったよ。アルフが居なかったら、今頃クロノくんの魔力が蒐集されてたかもしれなかったんだから」

「………」

エイミィのその言葉に、クロノが二人には気付かれないように手を強く握り締めてるのが視界の端に映った。

「それより………あいつらの強さ、どういうことだい? 以前と比べて段違いに強くなってる。こんな短期間であそこまで強くなるなんて異常だよ」

話を無理やり守護騎士に切り変え、クロノに振る。

「………それが、僕にもよく分からないんだ。ヴィータとザフィーラを追い詰めていたと思ったら、急に二人の魔力が高まって………」

「で、何が何だか分からない内に立場が逆転されてたってとこかい」

「そうだ」

冷静な声に聞こえるけど、その実、敗北感を内包して搾り出すように紡がれた言葉だというのが分かった。

それにしても一体全体どうしたってんだい、あいつらは? 前回は手抜きしてたってのかい? だったらなんでそんなことをする必要がある? それこそ意味が無い。

モニタリングしていたエイミィとリンディさんの意見を聞くと、対峙していたクロノが感じたのと同様に、前触れも無く急に魔力値が跳ね上がったらしい。

ますます訳が分からない。

「ああ~もう~、こういった小難しいこと考えるのはアタシに合ってないよ。頭脳労働担当はソルかユーノの仕事だってのに」

頭をガリガリ掻くと、アタシは考えることを放棄した。

「もういいや。アタシは帰るよ。いい加減腹減ったし」

翠屋が閉店する前から腹の虫が鳴きっぱなしで、そろそろ何かを胃に叩き込んでやらないと可哀想だ。

あー、そういえばウチのちびっ子共は今晩すずかの家で鍋だったんだよな~。くっそー、アタシも鍋が食べたかったなー。肉が~、肉が~。

守護騎士の謎の強さに頭を捻っている三人を尻目に、アタシは玄関へと向かった。

「アルフさん、ちょっと待ってください」

「ん? なんだい?」

その時、リンディさんの声が背中に掛かるので立ち止まって首だけ振り向く。

「………今回の事件、貴方達に協力してもらえないかしら?」

投げ掛けられたのは意外というか、やっぱりというか協力要請の言葉。

まあ、相手があれだけ強いんだもんね。慢性的な人手不足の管理局が管理外世界で起こった事件に対して、現状を打破出来るだけの戦力を応援として投入してくる頃には闇の書が完成してそうだもんね。

ただでさえ高ランク魔導師ってのは数が少ないし、組織ってのは大きければ大きい程腰を上げるまで時間が掛かる。

「母さん!?」

「勿論、これは時空管理局所属のリンディ・ハラオウン提督からの正式な協力要請です。報酬も用意します。どうか、ソルくんに一言伝えておいてくれないかしら?」

「何を言ってるんですかっ!? あの男にそんなことを頼んだら、どれだけ法外な金額を請求されるか!! それに、また以前のように身柄を寄越せと言われたらどうするつもりですか!!」

クロノが危惧していることは尤もだ。ソルは半年前の事件で、無茶苦茶な契約内容を無理やり履行させてフェイトとアタシの身柄を管理局から引き取った。普通に考えて、そんな人間を相手にまた交渉しようというのだから、また同じことになるのではないかと心配されるのは当然に思う。

「だったらクロノは、あの守護騎士達を相手に現状の戦力で何とか出来ると本気で思っているの?」

けれど、リンディさんはクロノの焦りの声に怯まず、逆に冷徹な組織人としての意見をクロノに向ける。

「………それは」

言い淀むクロノ。

現実を認めたくない。認めてしまえば今の自分を否定することになる。自分の力不足を認めることになる。けれど、執務官である自分は現実を無感情に捉えなければいけない、って感じの複雑そうな表情になるクロノ。

「現段階で、アースラには守護騎士を相手に戦える人材は………居ません」

唇を噛みながら、悔しげに答える。

「しかし、彼らに頼らずとも本局に問い合わせて応援を頼めば―――」

「応援が来る頃には、闇の書は完成しているわ」

どうやらアタシの考えは当たっていたらしく、リンディさんはクロノの意見を一蹴した。

「聞きなさいクロノ。現段階で、すぐに動けることが出来て、闇の書の守護騎士達を相手に真正面から戦いを挑んで勝つ可能性があるのはソルくん達だけよ。事実、彼らは一度守護騎士達に襲われていながら見事に迎撃しているわ。ソルくんなんて内二人を捕まえたのよ? 戦力として申し分無いのは分かっているでしょう?」

「………」

「確かに私だって彼に頼るのは嫌よ。口も態度も眼つきも悪いし、私達のことなんてこれっぽっちも信用してないのが丸分かりだし、管理局のこと見下してるし、命令なんて聞く耳持ってくれないし、ぶっちゃけた話私って彼から嫌われてるし………よりによって女狐よ女狐っ!!! 今まで生きてきてそんなことを面と向かって言われたのは初めてだわ!!! 喧嘩売ってるのっっ!!!」

段々愚痴っぽくなってきたなと思って聞いていると、キシャーッ、と途中からリンディさんが吼えた。

こめかみに青筋を浮かべながら更に続く。

「何が『テメェらのやろうとしていることは正しい、だが気に入らねぇ』よ! 格好つけて!! 私だって好きであんなやり方した訳じゃ無いわよ!! そんな台詞は絶大な力を持ってる人にしか言えない言葉だってことが分かって言っているのかしら!? 皆が皆貴方みたいな力を持っていれば誰も困らないわよ!!」

まるでこの場にソルが居るように腹の底で思っていたことをアタシ達に叩きつけるリンディさん。興奮しているのか、眼の前に居るアタシ達のことを見ていない。

「あの、リンディさん?」

「母さん………」

「………艦長」

「そもそも、どうやったら成人男性が子どもに若返るのよ!? ロストロギア? それとも法力の”力”なの!? 私にも教えなさいよ!! だいたい―――」

それからたっぷり三十分は、リンディさんのソルに対する不満が続いた。

その間、嗚呼この人ソルの所為で精神的に辛かったんだな~、と思いながらアタシは冷蔵庫の中身を物色していた。





とりあえずソルに言うだけ言ってみる、とだけ伝えて帰路に着く。

ちょっと遅めの夕飯を楽しんでいると、程なくして何故かソルとユーノが帰ってきた。

「あれ? アンタら、すずかの家に泊まったんじゃないの?」

疑問に思って問い掛けると、ソルは疲れたように溜息を吐くだけだった。

「ユーノ?」

「逃げてきたんだよ。皆がお風呂入った隙に」

「何も言わずに?」

「当然」

何故かそこで胸を張るユーノ。別に立派なことじゃないでしょうが。

「………うわぁ~、アタシ知~らない」

とばっちりを食うのは勘弁願いたいので、この件にこれ以上首を突っ込むのは止める。

男ってのは面子とかプライドとかにやけに拘りたがる。女の子に囲まれるのは居心地悪いとか言って、よく二人でフラっと居なくなる時がある。ソルもユーノも今更だと思うけどなぁ。

明日はきっと、ユーノがフェイトとなのはにタコ殴りにされて、ソルは二人の気が済むまで引きずり回されるんだろう。

ゲッソリとしたソルとユーノの姿を簡単に思い浮かべることが出来る。

ソルは妹二人を兄離れさせようとして最近はあまり甘えさせないようにしてるけど、そもそもそれが無駄な努力ということに気が付いてない。

あの二人は良い意味でも悪い意味でもソルに依存してる。

二人が胸の内に抱えているのは家族愛や兄妹愛、男女愛は勿論として、それとは全く別に生きる支えとして、生きる理由としてソルという存在を必要としている。

なのはの依存の理由は本人から随分前に惚気話として聞かせてもらった。

昔、士郎さんが大怪我した所為で高町家の誰もが精神的に不安定な状態に陥ったことがあった。当然なのはも例外じゃなかった。

一家の大黒柱を失った高町家の面子は(ソルは除く)まだ小さかった頃のなのはに碌に構ってやれなかったらしい。なのはは心の中で『無力で何も出来ない自分だけど必要とされたい』と思っていたが、誰にも迷惑を掛けたくない一心でそれを押し殺し、”いいこ”を演じていたらしい。

だけど、そんななのはの態度に業を煮やしたソルが『”いいこ”でいる必要は無い。俺がなのはの全てを受け入れてやる』って感じの内容を言って抱き締めたとか。

傍から聞いたらプロポーズにも聞こえなくもないこの言葉。当時のなのはにはあまりにも衝撃的だった。

実際、なのははプロポーズとして受け取ったみたいだし。

それ以来、親鳥にくっ付いていくヒヨコ程度の懐き具合が、ベタベタに貼りつくブラコンにまで発展することになる。

フェイトの場合は、当然プレシアと生い立ち絡みだ。

ファーストコンタクトの時点で、ソルは既にフェイトの中では窮地に現れ命を救ってくれた白馬の王子様。

その後も何かと世話を焼いてくれたし、ジュエルシードが暴走してフェイトが怪我した時には本気で叱ってくれた程。

愛情に飢えていたフェイトにとって他者から本気で心配してもらう経験なんて無かったから、ソルの態度はまさに純然たる愛情として捉えられた。

それからお互いの想いが擦れ違って勘違いを起こしたりしたけど、結果は雨降って地固まる。

やがてプレシアの口から真実が語られ捨てられることになるけど、ソルの励ましによってフェイトは立ち直る。

また、プレシアが虚数空間に落ちる前後の会話によって、今までフェイトがプレシアに向けていた想いがソルへと向けられる。

フェイトにとってソルは、『自分の存在を決して否定せず、全てを認めた上で受け入れてくれた人』だとか。

言ってることは若干違うけど内容はなのはと一緒だ。

それに二人共思い込みが激しいというか、『こうだ』と思うと一直線に突き進む傾向がある。

そんな二人が、今更ソル離れ出来るとアタシは思わない。

ソルには悪いけど、桃子さんを筆頭にアタシを含めた周りの人間はむしろ”行けるところまで行ってしまえ”と考えているくらいだ。

「ねぇ、ソル」

「ああ?」

新聞を読みながら、何の用だ? って感じに声が返ってくる。

「明日覚えておきな」

「はあ?」

訳が分からんといった風に肩を竦めると、再び新聞に意識を集中させる。

一応、アタシ警告っぽいことは言ったからね。

その時、時空管理局から協力要請があったのを思い出した。

「忘れるところだった。ねぇソル」

「………今度は何だ?」

呆れたように新聞から視線を外し、首を回してアタシに向き直る。

「実はね、厄介事なんだけど」

こんな風に話を切り出した。



SIDE OUT










SIDE フェイト



お風呂に入ってさっぱりしたというのに、私となのはは微妙に不機嫌だった。

皆でお風呂に入っている間に、ソルがユーノに連れられて家に帰ってしまったから。

「その時のお二人の動きはまるで忍者でした」とノエルさんとファリンさんが賞賛していた。

最近ソルの態度が厳しい、冷たい、甘えさせてくれない。

「いい加減兄離れしろ。これからどんどんお前らも成長して大人になっていくんだから、何時までも俺にくっ付いてたら周りに笑われるぜ?」

以前、深々と溜息を吐きながら紡がれた言葉。

ソルは私達のことを考えてくれた上で諭してくれたんだろうけど、ソルから離れるのは嫌だった。

周りに兄離れ出来てないって笑われてもいい、ソルの傍に居たい。それこそ一生。

なのにソルは何時もユーノと一緒に居る。男同士だから気安い関係なんだろうけど、それにしたって最近はユーノを贔屓しているように感じる。甘えられなくなったから尚更そう思ってしまう。

これがユーノにとってはお門違いな嫉妬だというのは分かってるんだけど。

なのはと二人で最近のソルとユーノについてブツブツ愚痴っていると、お布団の準備が出来たとのことなので、一旦止めてすずかの部屋に移動する。

五人で向かい合いながら雑魚寝するような形になる。

お布団に潜り込みながら皆と顔を突き合わせるようにして愚痴を再開する。

だけど、ソルのことになると私もなのはも熱が入ってきて、愚痴から一転して自慢話になっていく。

アリサとすずかはこれでもかと聞かされていた話だから終始苦笑いしていたけど、今まで接点の無かったはやてはソルの話を興味津々に聞いている。

そして、話が一区切り付いた頃。はやてがぽつりと独り言のように呟いた。

「なのはちゃんとフェイトちゃんはええなぁ~。私もソルくんみたいなお兄ちゃん欲しかったわ」

「「ええええっ!?」」

私となのはは驚愕の声を上げる。

「何驚いてるん。眼の前でそんな自慢話されたら、誰でもお兄ちゃん欲しいって思うようになるんは不思議やないやろ?」

「で、でも、ソルだよ? 眼つき悪いし怒ると凄く怖いよ?」

「そうだよ!! それにとっても厳しいし、面倒臭がり屋なんだよ!?」

アリサが隣で、「さっきまで自慢してたのは何処のどいつよ」って呆れたように言ってたけど聞こえない。

「かと言ってそれだけやないやろ? 確かに見た目はちょっと怖いって初めて会った時は私も思っとった。せやけど、話してみると悪い人やないってのはすぐに分かったし、今日の私の発作の時の態度で心根が優しい人やって確信したんよ」

はやての指摘に黙ってしまう。言う通りだからだ。

ソルは物事に対して興味無さそうに我関せずって態度取ってるけど、実際は全体をよく見てるし、常に私達のことに気を配ってる。

面倒臭いって口癖みたいに言うけど、なんだかんだ言って面倒見がいい。

口調も態度もぶっきらぼうに見えて、本当は凄く優しいのを私は知ってる。

「そんなソルくんが二人は大好きなんやろ?」

私となのはは顔を真っ赤にさせながら頷くことしか出来ない。

「ええなぁ~。二人が少し羨ましいわ」

でも、両の腕を頬杖にして微笑むはやてを見て少し危機感を覚える。

(はやてはソルのこと………どう思ってるのかな?)

ソル本人は否定するけど、基本的にソルが取る行動は相手に好意的に映る傾向がある。

必要だから、その時はそれが最善だったから、俺が勝手にやっただけだって言うけど、それ自体が善意として捉えられるということにソル自身が気が付いていない。

私の時もそうだったし、今日のはやてのことだってそうだ。普段の生活でもそういう場面は多々ある。

だから、本人が知らぬ内に周囲からは尊敬の眼差しを向けられ、好意を寄せられる。

一言で言えばカリスマ性に近い。私もなのはも、ユーノもアルフもそれに惹かれているからこそ、一緒に居る。

その観点からすれば、はやてがソルに対して好意を持つのはおかしいことではない。むしろ当然の結果だ。

ソルの評価が私達以外の人から見て高いのは誇らしいし、純粋に嬉しい。仲間意識も芽生えてくる。

でも、この危機感はそれとこれとは別だった。

『なのは、はやてがソルのこと………』

『うん。可能性はあると思う』

なのはと念話で相談。

『だとしたらどうしよう? 同盟入り? それともライバル?』

『それは早計だと思うの。今後の展開ではお友達で踏み止まってくれるかもしれないから、結論は急がず、もう少し様子を見てからでも遅くはないよ』

『そうだね。今は様子見ということで』

『でも、もしはやてちゃんの気持ちが本気だったらその時は………』

『その時は?』

『その時になったら考えよう』

『………うん、そうだね』

そうと決まった訳じゃないけど仲間が増えて嬉しいような、新たなライバルが登場して負けたくないような、私の心中は複雑だった。











後書き

話あんまり進んでないorz

アルフの趣味を全面的に支援しているのは高町家の女性陣ですwww

イース7予約してねぇや。特典欲しいから早めに予約しよう。



追記

うpして五分でタイトル変更しましたwww

なんかイマイチだったので







[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.8 交渉人リンディ・ハラオウン
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/09/08 22:54


SIDE リンディ



ピンポーン。

仮司令部としているマンションの間延びした呼び鈴が聞こえると、私は知らず拳を握り締める。

「あ、私が出迎えます」

エイミィが玄関へと小走りしていく。

ついに、来た。

昨晩、協力要請の話をアルフさんにしてから僅か二時間足らずで返事がきた。

『詳しい話を聞かせてもらおうか。時間は明日の昼過ぎ、場所は勝手に決めろ』

第一声がこれだった。

相変わらずのぶっきらぼうな態度だったが、彼がこちらに興味を持ってくれたことを私は神に感謝した。

正直な話、藁に縋る思いでアルフさんに提案したことだった。なので、彼の性格を考慮すれば無視される可能性の方が大いにあり得るから。

後は私の交渉術次第。

彼に小細工は一切通用しない。何故なら彼はあの射抜くような瞳で相対する人間の真意を探り、見抜くからだ。恐ろしい程正確に。

その時の口調と僅かな動きすら観察している眼、言葉に込められたニュアンスを読み取る洞察力、ストレートな物言い、それらは腹芸を得意とする人間には厄介極まりないものだった。

逆に言えば、誠心誠意かつ毅然とした嘘偽り無い態度で応じれば意外にあっさりことが進むのだ。

………まあ、それで逆に嵌められて痛い目を見たのだけど。

今回は嵌められないようにしゃんとしないと!

足音が近づいてくる。

私は気合を心の中で入れると、挨拶する為にソファから立ち上がった。

「本日はわざわざご足労、ありが―――」

「お前の御託は聞き飽きた。とっとと話に入れ」

いきなりキレそうになった。

エイミィが彼の後ろで引き攣った笑みを浮かべ、隣でクロノが頭を抱えていた。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.8 交渉人リンディ・ハラオウン










鉄の意志を持つ理性と大人の威厳で、衝動的に暴れようとした感情をなんとか強引に抑え付ける。

これは彼の手の内の一つなのだ。相手を感情的にさせて交渉に不利な言葉を吐かせて自分の有利な状況を作る、と。そういう風に無理やり納得しておく。

眼の前の赤いジャケットを着た少年、否、”少年の姿をした凄腕の法力使い”は私の正面に座ると、この場で一番偉そうに足を組んだ。

そこで小さな疑問が浮かぶ。

「お前一人か? なのは達はどうしたんだ?」

クロノも同様だったのか、疑問を口にする。

それに対して疲れたように溜息を吐くと、自嘲気味に唇を歪めた。

「ユーノという尊い犠牲によって今の俺が此処に居る。それ以上は聞くな」

何処か遠くを見つめる眼差しは、ユーノくんを哀れんでいるようにも見える。

全く以って意味不明だが、これ以上質問を重ねても答えてくれそうにないし、話も進まないので本題に入ることにする。

「単刀直入に言います。貴方達に依頼したいのは一つ、PT事件の時と同じ戦力の貸与です。具体的には闇の書の守護騎士達の捕縛、それ以上はこちらも望みません」

「聞かれる前に答えておくがPT事件というのは、僕達とソル達が初めて接触した時の事件、プレシア・テスタロッサ事件の略だ」

「管理局では首謀者のフルネームを取ってその事件に名前が付けられるんだよ」

細かい点をクロノとエイミィが素早くフォローしてくれる。

「シグナム達を捕まえればいいのか?」

「ええ。報酬もそちらの望み通り用意しますが、金銭面のみとします………それに」

「それに?」

「以前のようなことを防ぐ為、犯人達の身柄をフェイトさん達の時のように報酬として引き渡すことは絶対に出来ません。今言った通り報酬は金銭面のみです。また、今回の事件の協力者として報告書に貴方達の名前を明記させてもらいますが、貴方の身体や法力に関しては一切報告書に載せるつもりはありません」

この部分だけは絶対に譲れないのではっきりと言い切る。

こちらの仕事を舐められては堪らない。そう何度も揉み消しが出来ると思ったら大間違いだ。それに、こうすればちゃんと経費が下りる。

彼の身体や法力に関しては一切報告する気が無いのは本心だ。私だって命は惜しい。丸焼きになんてなりたくない。

「フェイトちゃんとアルフはPT事件の報告書の中では初めから居ないってことになってるから、二人に関しては安心していいよ」

エイミィのフォローが光る。

「その代わり、事件後に管理局に勧誘するような真似はしませんし、させません。貴方達を詮索するようなことも同様です」

本当は勧誘もしたいし、ソルくんの身体のことや法力に関しても詳しく教えて欲しい。

特に法力の”力”は興味深い。私達の魔法とは似ているようで異なる魔法。一魔導師として、管理局に所属する者として知りたくないと言えば嘘になる。

しかし、そんなことをすれば待っているのは火炎放射だというのが分かっているので自重する。

もし彼の逆鱗に触れて、時の庭園で見せたあの”力”を本局なんかで振るわれたら管理局は間違い無く傾く。最悪、本局ごと木っ端微塵に消し飛ばされる。

(………実は私、とんでもない人物を相手に交渉しているわね)

今更だけど。

「以上がこちら側が取れる最大限の譲歩であり、契約する上での条件となります。何か質問は?」

どう? って感じに自信満々に彼の思案顔を覗き込むが、内心は不安と緊張で心臓がバックンバックン跳ねていた。

「話にならねぇ、帰る」とか言われたらどうしようか。クロノが昨晩進言した通りに今から本局に問い合わせても、管理局の人手不足と組織の腰の重さ、そして曰く付きの”闇の書事件”ということで迅速に応援が来てくれるか怪しい。

しかも管理外世界で起きた事件だ。ミッドやその付近の管理世界で起きた事件と比べ、軽視されやすい。

応援が来る頃には闇の書は既に完成していて、取り返しのつかないことになる気がする。

第一、もし応援がすぐに来てくれたとしても武装局員を秒殺するような連中に対抗出来るかどうか、それが一番怪しい。

だからこそ即戦力になり、魔導師ランクオーバーSという実力だけは文句の付けようが無いソルくんの協力が欲しい。

「報酬にプラスして、医療施設の利用や治療を無料で受けることは可能か?」

返ってきた質問の内容は、意外なものだった。

「それは病院のこと?」

「それ以外に何がある」

「………そうね。管理局直営の病院で構わないのであれば、可能と言えば可能よ。でも、どういうことか説明してもらえるかしら?」

理由も無しにそんなことを言われても承諾など出来ない。

「キミ達の知り合いに病気の人間が居るのか?」

クロノの質問は、私も思ったことだった。怪我なら彼の法力で治すことが出来る筈だ。

「まあな」

「一体誰が? この前会った時は誰も眼に見えるような―――」

「俺達じゃねぇ」

つまらなそうな口調でクロノの言葉を遮る。

「俺の友人に、現代の地球じゃ治せない病気を患っている奴が居る。そいつをなんとかして欲しい」

腕を組んでそう言うソルくんの態度には、何かを企んでいるようには見えない。

(なるほど。つまりはそういうことね)

私は、ソル=バッドガイがどういう動機で行動する人間かすっかり忘れていた。

彼は確かに傍若無人で傲岸不遜、唯我独尊を絵に描いたような人物であるが、身内にはとてつもなく甘い。

PT事件の時も、フェイトさんとアルフさんを救い出す為だけに私達と手を組んだのだ。

今回の闇の書に対して、一見すれば彼にとってなんらメリットが存在しないような事件に対して協力に応じようとしているのがいい証拠。

致命的なまでに捻くれた性格ではあるが、彼は弱い立場の者や苦しんでいる人間を見捨てることが出来ないのだろう。

(フェイトさんは年端もいかない少女だったものね)

しかも自分の妹のなのはさんと同い年であれば尚更。

「分かりました。考慮しておきましょう」

「確約してくれねぇと困るぜ」

「では、事件が無事解決すれば必ず、その方を管理局の病院にて無料で治療すると約束しましょう」

暗に、『事件が解決出来なければ報酬は払えない』と言った。

「………フン、まあいい。今月中に終わらせてやる」

頷いたのを確認すると、私は安堵の溜息を吐くと同時に胸を撫で下ろした。

………上手くいった。

成功も成功、大成功!!!

やったわリンディ。これでレティと食事に行く度に酒癖の悪い愚痴しか言わない酔っ払いじゃなくなるわ!!

今すぐにでも踊り出したいくらいに気分が良くなってくる。

しかし、

「一つ言っておくが、協力するのは俺だけだからな」

そういうオチか。

石像のように固まって動けなくなる私。

天に昇りそうだったテンションが奈落に突き落とされる。

「なんでウチのガキ共にも協力させなきゃいけねぇんだ? 以前言ったろ。子どもを『人材不足』と『実力高いから』っつー理由で戦場に投入する管理局が気に入らねぇって」

何を期待していたんだ、馬鹿が。そんな風に罵られているような気がした。

「えっと、じゃあ………」

「あいつらは関わらせねぇ」

そうだった!! 迂闊だった!! 身内に甘い分、それと同じくらいに過保護な人間だったのをすっかり忘れていた!!!

何をしているのリンディ、これでは愚痴吐き酔っ払い女に逆戻りよ!!

戦力的には問題無いかもしれないけど、相手は四人だ。たとえソルくんとは言えそう上手く捕まえられるか分からないし、分散されたら文字通り手が足りない。昨晩見せたあの異常な強さにも万全を期したい。

思わず頭を抱えると、ふいに室内に何かが振動する小さな音が聞こえた。

音に応じるようにしてソルくんがズボンのポケットから携帯電話を取り出す。どうやら振動音は携帯電話の着信のようだ。

「何の用だ?」

受話ボタンを押して相手側に問い掛けた瞬間、

<お兄ちゃん!! 今何処に居るの!? 逃げようったってそうはいかないんだからね!!!>

電話越しになのはさんの怒声が聞こえた。



SIDE OUT










耳がキーンってした。普通の人間よりは聴覚良いんだから手加減しろよ。

<昨日すずかちゃん家に泊まらなかったことに対する謝罪と穴埋めを要求します。具体的にはこれから毎日一緒にお風呂に入ること、一緒に寝ること、そして私とフェイトちゃんに休みの日は必ずデートに誘うこと>

「お前ら、まだ諦めてなかったのか。ユーノくれてやったろうが」

<ユーノくんで憂さ晴らししたって楽しくないよ!! それにユーノくん普通にやり返してくるし!! さっき思いっ切り背負い投げされたんだよ!! その後にソバット決めたら気絶したからいいけど>

「お前ら無茶し過ぎだからな。頼むから怪我しない程度に手加減しろ」

<全部お兄ちゃんとユーノくんの所為じゃない!!!>

声がでかい。耳が痛いし、リンディ達に全部聞かれてる。身内の恥を晒しているようで恥ずかしい。

電話の向こうのなのはと横に居るであろうフェイトは、昨日の晩にユーノと二人で抜け出したのが余程お気に召さなかったのか、ついさっき家に帰ってくるなり文句をぶつけてきた。

その場はユーノを生贄に差し出して敵前逃亡を図ったのだが、どうやら大した時間稼ぎにならず、機嫌も直るどころか逆に悪くしてしまったらしい。

<お兄ちゃん、今駅から少し離れた所にあるマンションに居るでしょ?>

「っ!! なんで知ってんだよ!?」

<さあ? なんでだろうね? 待っててね。今から行くから>

声のトーンが低くなり、プツッと切られる。

ツー、ツー、ツー。

「………」

「………」

「………」

「………」

誰も何も喋らない。リンディ達の顔を見ると、ドン引きしているというのがよく分かる。

これは新手のホラーだろうか? なんか背筋が寒くなってきた。

沈黙した携帯電話を仕舞う。

「詳しい話はまた後日にでも―――」

ピンポーン。

帰ろうとした(決して逃げようとした訳では無い)俺の言葉を遮る形で、部屋のインターホンが鳴る。

「………嘘だろ? いくらなんでも早過ぎる………」

ピンポーン。

もう一度鳴る。

「あの、私出ようか?」

エイミィがおっかなびっくり手を上げた瞬間、

ドンドンドンドンッ!!

「ヒィッ!!」

まるで扉を殴打しているような音が突如響き―――いや、実際に玄関の扉を叩いてやがる―――その音にびびったクロノが悲鳴を上げて卒倒した。

ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。

ドンドンドンドンッ!! ドンドンドンドンッ!! ドンドンドンドンッ!! ドンドンドンドンッ!!

リズムを取るかのように無機質な音が連続的に奏でられる。

やがて、

「止んだ?」

何の脈絡も無く、あれ程しつこかった音が聞こえなくなる。

と思っていたら携帯電話が震えた。フェイトからだった。

受話ボタンを押して出る。

「フェイト?」

<ねぇ、ソル>

「どうした?」

<………どうして出てくれないの?>

ドサドサッと眼の前でリンディとエイミィが失神した。どうやら精神的に限界だったらしい。

俺は額に手を当て頭痛を堪えると、覚悟を決めて玄関のドアに手を掛けた。










オマケ


数十分前。

(アタシはご主人様の命令に従っただけだからね。フェイトの問いには答える義務がある。それに何より、アタシは覚えておきなって言っただろ、ソル?)

昨晩の管理局からの協力要請の話を聞いて走り出したフェイトとなのはの後姿を見送ると、アタシは気絶したユーノを介抱することにした。




[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.9 A Fixed Idea
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/09/13 02:15


SIDE ユーノ



「今、ソルの悲鳴みたいなの聞こえなかった?」

僕は眼の前に聳え立つ家賃が凄く高そうなマンションを見上げながら、隣を歩いていたアルフに問いかける。

「聞こえたけど、それが?」

アルフは何か問題があるのか、というように問い返してくる。

少し考えてから、ソルの自業自得だと思い直したので此処は反省の意味を兼ねて手助けするのは止そう、と結論付ける。

毎回とばっちりを食ったり、生贄に捧げられる僕の身にもなって欲しい。

「コンビニ寄ろう。お菓子とかでも買って」

「お、いいね。アタシさ、フライドチキンが食べたい」

「言っておくけど奢りじゃないからね」

「ユーノのケチ~」

「アルフは社会人でしょ!! 小学生にたからない!!」

僕とアルフは踵を返して来た道を引き返した。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.9 A Fixed Idea










お菓子や飲み物が入ったコンビニ袋を手に、マンションの一室まで来る。

「この部屋?」

「そ。此処がクロノ達の拠点だよ」

質問に答えると、アルフは迷い無くインターホンを押す。

ピンポーン。

『どうぞ』

『鍵は開いてるよ』

念話? しかもなのはとフェイトの声だ。おまけに凄くご機嫌な調子で。

どうしてリンディさん達じゃなくて、ウチの二人が、しかも念話で応えるんだろう?

何か嫌な予感がひしひしと玄関のドアから感じられるのは気の所為?

アルフと顔を合わせると、僕は意を決してドアノブに手を掛けた。

抵抗せずに開いたドア。奥には廊下を通じてリビングになっているらしく、蛍光灯の明かりが漏れている。

「お邪魔します」

「おっ邪魔っしま~す」

僕は言い知れぬプレッシャーに若干緊張しながら、アルフは勝手知ったる他人の家のように何の気負いも無く靴を脱いだ。

「………何これ?」

廊下を抜けリビングに出ると、意味不明な光景が広がっていた。

なのはとフェイトが上機嫌でソファに座っている。それは良い。全然構わない。

しかし、二人に挟まれる形で座っているソルがテーブルに顔を突っ伏しているのが意味不明だ。パッと見、意識があるのかどうか分からない。

しかも、常に首の後ろで纏めている長い髪が解けていて、バラけた髪がテーブルの上を秩序無く、まるで砂浜に打ち上げられて干乾びた海草のように広がっているのが気味悪い。

よく見るとソルの両手首は拘束されていた。右は桜色の、左は金色のバインドが施され、それぞれの手首のバインドから伸びたチェーンバインドが両隣に座る二人の利き腕をソルと同じように拘束している。

手錠? いや、ペットを散歩させる時に繋いでおくリードにイメージが近い。

二人はその鎖を愛おしそうに撫でている。

「………」

ソルって戦闘や魔法、趣味や興味を持ったこと以外に関しては基本受動的な考え方の持ち主だから、意外なことに他者から自分に向けられるアクションに対して無頓着である。

その無頓着さが災いし今まではなのはとフェイトの二人にいい様に甘えられてたけど、最近は流石にこのままではいけないと思い始めたのか自重するように言いつけていた。

良かれと思って言いつけたことは二人にとって苦痛以外の何物でもなく、やがてストレスを溜め込み、今回の件で爆発したんだろう。

傍若無人な彼だけど、自分に非があると分かれば素直に認める大人だ。いくらなんでも途中から隙を見て逃げ出したのはあからさま過ぎたと反省したらしい。

その結果がご覧の有様だよ。

僕は何も言わずに沈黙して動かないソルに黙祷を捧げた。

ついでに、何故かクロノが床に仰向けになって倒れていて、その傍にエイミィさんとリンディさんが同じように倒れている。

怖いもの見たさに似たような好奇心と、きっと碌なことじゃないから知らない方が幸せだと警告する本能。

此処で何が起きたの?

口に出掛かったその言葉を慌てて飲み込んだ。

僕は本能に従い、何も聞かないことにした。

妙に上機嫌ななのはとフェイトが怖いから。

「だから覚えておきなって言ったのに」

アルフがやれやれと溜息を吐く。どうやらこうなることを予想していたらしい。

それからエイミィさんの襟首を掴んで「ホラ、起きなエイミィ」と言いながらその顔に往復ビンタを開始する。

結構強い力で叩いているのか、部屋中にビシッバシッと音が響く。

僕もそれに倣ってクロノに往復ビンタを開始した。

背後でニコニコ顔の二人に怯えながら。





「お兄ちゃんがやるって言うなら私達も当然協力します」

「ソル一人じゃ危険ですから。色んな意味で」

「シグナムさんとシャマルさんって美人だったし」

「特にシグナムは胸が大きかったし」

「油断出来ません」

「私達が全力で二人を止めます」

「どんな手段を使っても」

「必ず」

「リアルでロミオとジュリエットなんて許しません」

「認めません」

真顔なのに言ってることが途中から大きく趣旨変わってきているなのはとフェイト。敵視するのはいいけど、守護騎士は二人じゃなくて四人だからね。そこんとこ忘れてない?

「そういえばあの時シグナムが『ソルは何処だ?』って聞いてきたねぇ~」

アルフが火災現場にガソリンを満載したタンクローリーを突っ込ませるようなことは笑いながら言うけど、それ以上は流石にやめてあげて。そろそろぶちキレて皆纏めて仲良く焼き土下座をさせられるか、地下室に引き篭もって一週間くらい出てこなくなるかのどっちかだから。

ジャラ、と音立てて二人が手に握る鎖に込める力を強くする。

顔上げたソルは酷く疲れたような表情をしており、死んだ魚のような眼で虚空をぼんやり見つめている。

最早何を言っても無駄と悟っているのか、単に面倒臭いと思っているだけなのか、反論したりすれば槍玉を当てられると分かっているのか判別はつかない。

とりあえず何も言わずに黙っているのが賢明だと思う。

眼を覚ましたリンディさん達は両の頬を赤く腫らしながら―――完全に僕とアルフの所為だ、強く叩き過ぎた―――僕達のことを歓迎してくれた。

特にリンディさんは大喜び。おまけに小さな声で「m9(^Д^)残念だったわね」とソルを嘲笑していたみたいだけど、どういう交渉談義だったんだろう?

「アルフさんとユーノくんも協力してくれるわよね!?」

「まあね。アタシのご主人様が殺る気満々なら、使い魔はそれに従うだけだよ。だいたい、こんな面白そうなことソル一人だけにやらせるなんてこと自体が勿体無い」

「僕達は家族であり、運命共同体ですから」

僕達の言葉に涙を流して感動するリンディさん。前回と同様に、ソルの所為で苦労してるんだなぁ。

「………お前ら、逞しくなったな………嬉しいんだか悲しいんだか分からねぇ……………………………………………………………………育て方間違えたぜ、クソが」

ソルが口からエクトプラズマを吐き出すように苦悶の表情で何か言ったけど、誰もが聞かなかったことにした。

最後の一言には同意するけど。





「問題は、彼らの目的よね」

ルンルンと上機嫌なリンディさんがさっき買ってきたチョコレート菓子のポッキーをつまみながら言った。

「ええ、どうも腑に落ちません。彼らはまるで、自分の意思で闇の書の完成を目指しているようにも感じますし」

クロノが缶ジュースに口を付け、思案顔になる。

「? それってなんかおかしいの?」

そんな二人に、アルフがフライドチキンに食らい付きながら質問をぶつけた。

皆がアルフに視線を集める。

「闇の書ってのも、要はジュエルシードみたくすっごい”力”が欲しい人が集めるもんなんでしょ? だったら、その”力”が欲しい人の為に、あの子達が頑張るってのもおかしくないと思うんだけど」

リンディさんとクロノはアルフの言葉に顔を見合わせると、アルフに向き直る。

「第一に、闇の書の”力”はジュエルシードみたいに自由な制御が利くものじゃないんだ」

「完成前も完成後も、純粋な破壊にしか使えない。少なくともそれ以外に使われたという記録は、一度も無いわ」

二人が答えた。

「あぁ、そうか」

フライドチキンを食べ終わってしまったことに残念そうな顔になりながらアルフが頷いた。

「それからもう一つ、あの騎士達。闇の書の守護者の性質だ。彼らは人間でも使い魔でもない」

「「「「「「………っ!!」」」」」」

エイミィさんを含めた高町一家が眼の色を変える。

「闇の書に合わせて、魔法技術で作られた擬似人格。主の命令を受けて行動する、ただそれだけの為のプログラムに過ぎない筈なんだ」

衝撃の事実に誰もが黙る。

彼らが人間でも使い魔でもない、ただのプログラム?

とても信じられない。

何故なら、彼らはプログラムとは思えない程感情豊かだったから。

「あの、使い魔でも人間でもない擬似生命っていうとわ―――」

「シグナム達は生体兵器ってことか?」

不安気に何かを言おうとしたフェイトを遮るようにして、今まで黙っていたソルが怒るように言う。

いや、実際は凄く不機嫌というか、虫の居所が悪いというか、とにかくさっきまでの死人みたいな表情が嘘みたいで、何時ものギラついた眼でクロノを睨み付けた。

僕はそんなソルに、少しだけ違和感を覚えた。

「ソル?」

「お兄ちゃん?」

「どうしたんだい?」

他の皆も違和感を感じたようで、態度が一変したソルに戸惑っているようだった。

「答えろ。あいつらは生体兵器なのか? 使い魔のような魔法生命でもなく、ホムンクルスのような人工生命でもなく『プログラム』と言ったな? どういうことだ?」

「え? ああ? お、お兄ちゃん!?」

ソルの右手が伸びクロノの襟首を掴む。それに引かれて鎖が音を立て、右手の鎖を持っていたなのはが狼狽する。

「落ち着いてソルくん!! モニターで分かりやすく説明するから」

エイミィさんの慌てた声に落ち着きを取り戻したのか、ソルは小さく「悪ぃ」と言って手を引っ込めた。

部屋の灯りが消され暗くなり、空間モニターが浮かび上がる。

そこには中央に闇の書と思われる分厚いハードカバー、それを囲むようにしてシグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラが映し出された。

「守護者達は、闇の書に内蔵されたプログラムが人の形を取ったもの。闇の書は転生と再生を繰り返すけど、この四人はずっと闇の書と共に様々な主の元を渡り歩いている」

「意思疎通の為の対話能力は、過去の事件でも確認されてるんだけどね。感情を見せたって例は、今までに無いの」

クロノの説明をエイミィさんがフォロー。

更にリンディさんが補足する。

「闇の書の蒐集と主の護衛。彼らの役目はそれだけですものね」

「でも、ヴィータちゃんは怒ったり悲しんだりしてたし」

なのはが人差し指を立てて異議を唱えた。

フェイトもそれに頷き、なのはに同意を示す。僕とアルフも同様だった。

「なのはの言う通り、あいつらは実際に感情を見せたし、はっきりと人格を感じた。シグナムは一言謝ってから主の為に俺の魔力を贄にすると言った。シャマルなんてサシの勝負の最中に悲鳴を上げながら割って入ってきやがったぜ」

「主の為………か」

ソルの言葉にクロノが俯く。

そこで何故かクロノがネガティブな空気を出し、それに当てられて皆沈黙してしまう。

「それよりさ、さっきのソルは一体何が気に入らなかったんだい?」

そんな空気をぶち壊すようにアルフが問い掛ける。

「ホラ、あいつらがプログラムだって聞いた瞬間機嫌悪くなったじゃないか。なんで?」

「………ああ、あれか。胸糞悪ぃもんを思い出しただけだ」

「胸糞悪いもの? さっきソルは生体兵器って言ったよね? それと何か関係あるの?」

僕が聞き直す。

それに対してソルはしばらくの間黙って考えるように眼を瞑っていたけど、やがて何かを決意したように眼を開けた。

「昔………俺が生まれ育った世界で、意思を持たないが故に主に従順な生体兵器が存在した。だが、ある日その生体兵器の中から意思を持った奴が一体誕生する。そいつは後に指揮個体、指揮官型、完成型と呼ばれ、全ての生体兵器を己の支配下に置き、人類に対して反旗を翻し宣戦布告、世界中を巻き込んだ大戦争を勃発させた」

ソルが言った内容に、この場に居た誰もが息を呑んだ。

「細かい話は省くが、結局その戦争は引き金となった意思ある生体兵器が封印されるまで、ざっと百年は続いた」

「「「「「「「百年っ!?」」」」」」」

と、とんでもない話だ。戦争が百年も、しかも人間同士じゃなくて、人間と兵器との間で続いていたというのだから恐ろしい。どれだけ激しい戦いだったのか、想像すら出来ない。

「それを思い出しただけだ………気にするな、この話とは何の関係も無い」

うんざりしたように溜息を吐くと、ソルはこれ以上思い出したくないとでも言うように無理やり話を終わらせた。

もしかしたらソルはその戦争に参加したことがあるのかもしれない。なんとなくだけどそう感じる。

僕達に教える”生き延びる為の戦い方”は、その戦争経験から来るものなのかな?

そして戦場に出たことがあるから、そんな時代に生まれ育ったからこそ、時空管理局の組織体制に疑問を持ち、僕達を鍛えておきながら危険なことをさせたくないと過保護になるんだ。

きっと僕達の想像を絶するような経験をしてきたんだろう。だからソルは戦いに関して何時も妥協を許さないシビアな考え方をする。

じゃあ、前にアクセルさんが見せてくれた写真の聖騎士団ってのは軍に近い組織なのかな?

でもアクセルさんは世界の平和と治安を守る為って言っていたから、戦争が終わった後に混乱した世界を纏める為に創設された治安維持組織なのかもしれない。

ソルの大人の姿はだいたい二十台前半から中盤だったから、戦争終結の二十年くらい前に生まれて、戦争に参加して暮らしてる内に終戦、その後聖騎士団に所属、脱退後に賞金稼ぎとして生きてきたのかな?

そんな風に僕は頭の中でソルの過去について考えを巡らせていた。

モニターが消え、灯りが点される。

「それにしても、闇の書についてもう少し詳しいデータが欲しいな」

言って、クロノが何か思いついたように僕に視線を向けた。

「ユーノ、頼みたいことがある」

「ん? いいけど」

僕が了承すると、

「待て。ユーノ一人に何させるつもりだ」

過保護な僕らのお兄さん、いや、お父さんが口を挟む。

「別に危険なことをさせる訳じゃ無い。調べて欲しいことがあるんだ」

「ああン?」

ギロリと鋭い眼つきでクロノを睨みながら、訝しむ表情をするソル。

「この後キミ達に時間があるなら本局の”無限書庫”に連れて行こうと思うんだが、どうする? そこでユーノには闇の書について調査をして欲しいんだ」





転送ポートを利用して時空管理局本局に到着。

なのはが「うわぁ~、SFだぁ~」って口走りながら周囲をキョロキョロしていた。

ソルはなのは程じゃないけど、「やはり科学技術は地球よりも圧倒的に上だな」と、観察するような視線を視界に映るものに向けている。

出身世界が地球と文明レベルが同じくらいって言ってたソルと地球育ちのなのは。そういえばこの二人、前にアースラに初めて乗った時も似たような反応していたなぁ。

フェイトとアルフは平然としている。二人共結構な世間知らずだったけど、科学者の下で育ったからこういうものは見慣れているのかもしれない。

クロノを先頭に、エイミィさん、ソルとその両腕にしがみつくなのはとフェイト、僕、アルフという順番で進む。途中で何度も通り過ぎる局員の方々から「何だこの集団は?」みたいな視線を浴びながら。

リンディさんは仕事がまだあるとかで地球に残った。

ちなみにソルの手錠、違った、リードは此処に着く前に外された。

あんまり調子に乗ると火山が噴火するので、なのはとフェイトは潔くソルを解放することにしたけど、相変わらず離れるつもりは微塵も無いらしい。

頑張れソル。僕はキミを少し離れた場所から応援することしか出来ない。アルフが撮った写真とかを眺めつつだけど。

「闇の書について調査をすればいいんだよね?」

先頭を歩くクロノに問い掛けた。

「ああ、これから会う二人はその辺に顔が利くから」

しばらくの間歩いていると、クロノがある部屋に入室した。

僕達もそれに続く。

「リーゼ、久しぶりだ。クロノだ」

室内のソファで寛いでいた二人の女性、しかも同じ顔だ―――獣耳と尻尾がついてるので二人共アルフと同じ誰かの使い魔かな―――がクロノに反応した。

「わ~おクロすけ~!! お久しぶりぶり~♪」

二人の内の片方が立ち上がりクロノに飛び付き抱き締める。そのまま抵抗するクロノを押さえつけて一方的な抱擁を敢行した。

「うわ、やめろ!! 離れろコラ!!」

「何だとコラ? 久しぶりに会った師匠に冷たいじゃんかよ。ほ~らうりうりうりうり~」

「うわぁぁぁぁあああああぁぁぁ」

眼の前に繰り広げられるクロノと使い魔らしき女性の痴態に頭がついていかない。

アルフが「おおぅ」と感嘆の声を上げながらデジカメを取り出してシャッターを切ろうとしたので、とりあえずデジカメを没収して危険な行為を阻止する。こら、舌打ちしない。クロノには良い脅迫材料になりそうだけど、可哀想だからね。

なのはとフェイトは恥ずかしそうに頬を染め顔を手で覆い隠しながらも、指の隙間からしっかり見ていた。

ふいにソルがぼそっと小さな声でエイミィさんに聞いた。

「おいエイミィ、この発情期を迎えたメス猫は何だ?」

その言葉にエイミィさんは引き攣った笑みを浮かべて固まる。

「いや、普通に失礼だから。もう少し言葉選ぼうよ。僕も似たようなこと思ったけどさ」

ソルの乱暴な物言いが耳に入ったのか、クロノに抱き締めキスの雨を降らせていた人とソファに座っていた人が視線でネズミ程度ならいくらでもを殺せるんじゃないかってくらいに滅茶苦茶睨んでくる。

なんかいきなりだけど幸先不安だ。色々と大丈夫なのかな? 色々と。





[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.10 無限書庫での顛末
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/09/15 13:40



「この二人はクロノくんの魔法と近接戦闘のお師匠様達。魔法教育担当のリーゼアリアと、近接戦闘教育担当のリーゼロッテ。クロノくんの執務官研修を担当したギル・グレアム提督っていう偉い人の双子の使い魔。素体は猫だよ」

エイミィの説明を聞くと、顔のあちらこちらにキスマークを付けたクロノに視線を向ける。

「………お前も大変だな」

「………キミもな、ソル」

俺を挟む形で位置取りしているなのはとフェイトを見て、クロノが溜息を吐く。

クロノとの間に妙なシンパシーが出来た瞬間だった。

「今回の頼みは、彼なんだ」

気を取り直したクロノがユーノに向き直り、猫姉妹がそれに倣ってユーノを注視する。

当の本人は、

「僕にクロノと同じことをしようとしたら全力で抵抗しますから」

バリアジャケットを展開し、手にチェーンバインドを顕現し、猫姉妹を牽制するように威嚇する。

そういえばユーノの奴、フェレット形態の時にすずかの家で猫に追い掛け回された経験から、猫苦手になったんだ。

「気持ちは分からんでもないが落ち着け馬鹿野郎」

とりあえず「来るなら来い」といった感じに構えるユーノの頭を引っ叩いた。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.10 無限書庫での顛末










管理局の管理を受けている世界の書籍やデータが全て収められてた超巨大データベース。

いくつもの歴史が丸ごと詰まった世界の記憶を収めた場所。

それが無限書庫と猫姉妹は言った。

案内された空間は薄暗くおまけに無重力。本棚となっている壁を所狭しと埋め尽くす本の数々。

空間を弄くられているのか、特殊な魔法を施されているのか、異常なまでに広い。広大な空間は比喩ではなく底無しにして天井無し。

あまりに広過ぎて、上を見ても下を見ても奈落の底を想像する。

本以外の物は何一つ存在しない。

書庫とは聞こえがいいが、中身のほとんどは未整理のまま。本来ならチームを組んで年単位で調査する場所らしい。

この中から、闇の書に関する情報をサルベージするってか? ユーノ一人で? 無理あるんじゃねぇか?

「検索魔法あるから大丈夫だよ。ほら、随分前に教えた奴。時間は掛かるだろうけど無理ってことは無いよ。流石に一人じゃ骨が折れるし面倒だけどね」

「ああ、そういやあったなそんな魔法」

俺は試しに検索魔法を発動させ『法力』と『ギア』に関して探してみる。

赤い円環魔方陣が発生し、俺の魔力光が周囲を照らす。

十秒経過。反応無し。

フェイトが興味深そうに本棚の本を引っ張っては中をパラパラと捲りざっと見ては戻す、を繰り返している。

一分経過。反応無し。

「わーいわーい、宇宙飛行士になったみたい♪」

なのはが無邪気にあっちこっちを遊泳していた。

五分経過。反応無し。

アルフが退屈そうに欠伸をして、漂いながら寝っ転がている。

「ダメじゃねぇか!!!」

「痛たたたたたっ!? どうしていきなりアルゼンチンバックブリッカー!?」

「嘘吐いてんじゃねぇ」

「ぎぇぇぇぇっ!! 何がなんだか分からないけど背骨が折れる前に弁明する余地を要求するぅぅぅ」

ユーノを解放すると、『法力』に関する資料が見つからないと言った。『ギア』については黙ったまま。

「簡単だよ。法力、って言うよりソルの世界はまだ管理局に発見されてないんじゃない? だから、無いものをいくら探しても見つかる訳無いってこと」

背中を手を当てて「あ~痛かった」とぼやきながらユーノが弁明する。

「それにさ、法力のことを知ったら管理局が放っておくとは考えられないでしょ?」

急に真面目な顔になり、小声で俺の耳に囁く。

「まあな」

「ソルの世界は未知の領域で、今の管理局じゃまだそこまで到達出来てない、っていうのが僕の見解。実は僕もさっき探してみたんだけど見つからなかったし」

「なるほど」

一先ず俺は納得した。

無限書庫なんて大層な名前で呼ばれているが、所詮は人工物。絶対に知りたい情報が手に入るって訳でも無いか。

つまり此処は、時空管理局の情報収集の限界を表してるってことか。

現段階で法力とギアが管理局に知られることは無いと喜ぶべき………だな。

「闇の書は今まで十数年単位で色々な次元世界で事件を起こしているから、見つかりっこない法力よりは資料が集まるんだ」

既に発掘したのか、ミッド語で書かれた三冊のハードカバーを俺に示す。

確かに今ユーノが証明した通り、闇の書に関しての資料は見つかるだろう。

しかし、資料を検索して閲覧、有用な情報を抜粋し一つ一つ綺麗に整理して纏めるのは大変な作業だ。そんなことをユーノ一人でやらせるとか、クロノはこいつを過労死させたいのか?

もっと効率良く、人手を増やしてやろうとか思わないのか?

(人手?)

その時、俺の頭に電球が灯る。

全員に念話を飛ばし、一度集まるように伝えた。





「ユーノの実家に行くぜ」

俺の考えは、ユーノ一人にやらせるくらいだったらスクライア一族の暇な連中をバイトで雇った方が効率が良いからリンディに金の工面をさせろ、というものだった。

手が足りないのなら何処からかその手を持ってくればいい。

「お前の言う通りその方が効率が良いし早いだろうけど、母さんが何て言うか。まずは責任者である艦長に許可を取ってからだな」

「さすがに私達じゃそういうことって勝手に決められないんだ」

クロノとエイミィが苦笑し、猫姉妹もその隣で戸惑っている。

「そこは経費でなんとかしろ。転送開始」

「相変わらず人の話聞かないなお前は!!!」

悲鳴に似たクロノの声をBGMに魔法が発動し、俺達は無限書庫から姿を消した。





程無くしてスクライア一族が現在拠点にしている世界に辿り着く。

来てしまった以上は仕方が無いといった感じのクロノとエイミィと猫姉妹を引き連れ、すぐさま族長に挨拶しに行くことにした。

「悪ぃな、アポも取らねぇで急に押しかけて」

「何、気にすることはなかろう。ワシとお主との仲ではないか。構わんよ」

自慢の髭を撫でながら快く迎えてくれた族長に感謝する。

挨拶もそこそこに、今日訪れた本題に入る。俺達が関わることになった闇の書の事件について報告と、それから無限書庫での調べ物に手を貸して欲しいこと。

「ふむ、了解した。お主には普段からユーノが世話になっとるし、以前からこちらの仕事の手伝いも何度かしてもらった上、若い奴らを鍛えてもらったからの。そういうことなら引き受けよう」

「恩に着るぜ。ユーノを危険な事件に巻き込んじまったってのに、人手まで貸してくれて」

「フォフォフォフォ、困った時はお互い様よ」

族長は「今から手が空いていて小遣い稼ぎがしたい者を集めてくるわ」と高笑いを上げながら部屋を出て行った。

「ソ、ソルが、まともに人と交渉した………だと………」

「しかも普通に礼儀正しい? 艦長の時とは大違いなんだけど」

後ろで驚愕の表情をしつつ何かぶつぶつ言ってる連中が居る。

「お兄ちゃんって意外に常識人だよ」

「うん、管理局が好きじゃないだけ? ううん、リンディさんが嫌いなだけだよ、たぶん」

「なのは、意外は余計だ。フェイト、嫌いなんじゃなくて、なんとなくに気に入らないだけだ」

「それってある意味嫌いより酷いんじゃないのかい?」

アルフの鋭い突っ込みが入ったが無視した。

そんな感じにグダグダ雑談して待っていると、やがて族長が「思ったよりも集まったぞぉぉぉ!!」と部屋に駆け込んできた。





集まった老若男女は十三人。言われた通り、思ったよりも集まってくれた。

面子を見渡すと、俺の顔を見て頭を下げてくる。

まず初めに一言礼を述べると、これまでの経緯と事件の概要、仕事内容と労働条件と待遇の説明をし、スポンサーとしてクロノを無理やり紹介し、準備が出来次第出発と伝え、一時間与えて解散させる。

俺の説明を聞いていたクロノが解散させた瞬間食って掛かってきた。

「おい、今住み込みで三食付き、おまけに歩合制と言ったな? まだ上に話すらしてない状況だっていうのに彼らの賃金と寝床はどうするんだ!?」

「歩合制ならモチベーションも上がるし、住み込みなら仕事の能率も良くなるだろ? 賃金と寝床はリンディの手腕に期待するぜ。おい、誰かこいつに通信機貸してくれ」

「ういっス、ソルの旦那。こっち来な執務官のあんちゃん」

「今から連絡するのか!! しかも僕がかっ!?」

だからソルに頼るのは嫌だったんだああああああぁぁぁぁ!! と天を仰いで嘆くクロノは筋骨隆々の若い男三人組に(何故か常に上半身裸で、俺のことを旦那と呼ぶ)連れて行かれる。

「あはははは、勝手過ぎる………クロノくん、艦長、胃薬用意しておくね………」

乾いた笑いと共にエイミィが独り言を吐く。

その隣で猫姉妹が唖然としていた。

「さすがお兄ちゃん」

「私達には出来ないことを強引にやってのける」

「そこに痺れるっ!!」

「憧れるぅっ!!」

我が家のガキ共が何か喚いているが気にしなかった。





スクライアから雇ったバイト達を本局の無限書庫に連れて行き、早速作業に取り掛かってもらう。

「さて、俺らは一旦地球に帰るか」

気が付けば腕時計は日本時間の午後七時を指し示していた。

「バイト達の後のことは任せた。あばよ」

「………お前、本当に強引で傍若無人で勝手な奴だな。おまけに後のことは僕に全部丸投げか?」

さっきから頭抱えっぱなしのクロノが呻くように呟き、虚ろな瞳で睨んでくる。

「ママに泣きつくか? 坊や」

「いっそ泣きつけたらどんなに楽か………いや、一番誰かに泣きつきたいのは僕よりもきっと母さんの方だ」

挑発にすら疲れたように返事をしてきた。ストレス地獄で死にそうですと言わんばかりに。

無限書庫を出てしばらく歩く。

すると、丁度良いタイミングでクロノと同じように頭を抱えたリンディに出くわした。

「よう。話はクロノから聞いてるな」

「………聞いたわよ。私に何の断りも無くスクライアの方々に話をつけて雇ったってね。地球で事務処理してたらクロノから通信があって、ついさっき慌ててこっちに来たのよっ!!!」

「なら話は早い。その若さで提督という職に就いた手腕を活かせ。後は頼んだぜ」

「他人事だと思って簡単に言ってくれちゃって………」

プルプルと全身を震わせながら恨みがましい眼をしたって俺が態度と言動を改めないのは百も承知だろうが。

「必要経費、または先行投資だと思えば安いもんだろ?」

「その必要経費の入手と先行投資をする為に私がどれだけ苦労するか分かる!?」

「知るか」

「そう言うだろうと思ってはいたけど、実際言われるとこれ以上無い程に腹が立つわ!!」

「落ち着いてください艦長!! 確かにソルくんのやり方はお金掛かりますけど、早さと効率面だけを見れば一番優れているんですから」

「でもねエイミィ、それでも私は―――」

その後、廊下の真ん中でウジウジと俺に対する文句と愚痴を吐き続けるハラオウン親子。

俺はそんなもんなど全く気にしないが、なのはとフェイトが剣呑な眼つきになり始めてるからやめといた方がいいと思うんだが忠告はしない。

ゴゴゴゴゴッとドス黒いオーラを纏う妹二人が何時になったら爆発してどれだけの規模の惨劇が起きるか、その時のハラオウン親子の顔が見物だな、とかなり外道なことを頭の片隅で考えながらそれらを放置し、少し離れてユーノとアルフの三人で今日の夕飯は何だろうと議論を始める。

「アタシはハンバーグ」

「昨日食ったろうが」

「今日も食べたいのさ」

「アルフは肉ならなんでもいいんでしょ。僕は昨日鍋だったからあっさりしたのが食べたいなぁ」

「俺は魚だ。ホッケとか」

「ホッケって、ソルはお酒飲みたいだけでしょ」

「最近は日本酒に嵌ってな。やはり魚は日本酒に合う。この時期だと熱燗が―――」

「料理用に買っておいた日本酒の減りが最近妙に早いと思ったら、犯人アンタかい!!」

「アルフ、後でジャーキーを買ってやる、チキンも追加してやろうじゃねぇか」

「アタシは何も知らないよ」

「すぐに物で釣ろうとするのやめなよ。そんな簡単にアルフも釣られないの」

そんな風にアルフと契約しながらチラッと横を見ると、なのはとフェイトが放つプレッシャーに気圧されたハラオウン親子が二人に涙目になって謝っていた。世界はこんな筈じゃないことばっかりだ、と言わんばかりに。

ざまぁ。

そこへ、

「リンディ提督とクロノが無限書庫に居ると聞いてみれば、キミ達は何をしているんだい?」

初老の親父が何食わぬ顔で廊下でチンタラしている俺達に、というよりハラオウン親子に近付き挨拶してきた。

そんな初老の親父に対し、あからさまに畏まった態度を取るクロノ、リンディ、エイミィ。

「「父様」」

猫姉妹が初老の親父に寄り添う。

誰かよく分からん第三者の出現に、とりあえず妹二人を口笛で呼び寄せる。

すると、千切れんばかりに尻尾を振る子犬のように輝く笑顔で飛びついてきた。

微笑ましいけどこのままじゃダメだな、早くこの二羽の雛鳥を巣立ちさせねば、心の中でそう誓いながらも結局は甘えさせてる俺。

さっきのアレも寂しさの裏返しだったらしいし。

最早既にかなり感覚が磨り減ってはいるが、百五十年以上生きてきた俺にも”寂しい”という感情を理解することくらいなら出来る。

喧しいと怒鳴りながらも、シンを連れて旅した日々は楽しかったからな。

ユーノかアルフか桃子か、いや、アリサかすずかだったか? とにかく誰が言ったかは忘れたが、二人にとって俺は精神安定剤だと表現したことがあった。

そうなのかもしれない。かといって何時までもこのままではいけない。

俺はいずれ皆の前から消える身だ。それが数年後か、十年後かはまだ分からない。

せめてこいつらが独り立ち出来る年頃になるまでは傍に居てやりたいと思うが、いざその時になって俺から離れられないのは困る。

こいつらの為にも、俺の為にも。

袂を分かつ決心が鈍るのだけは、勘弁して欲しい。

それとも、二人が俺から離れられないのではなくて、実際は俺が二人から離れられないんじゃないのか?

だからこいつらの行き過ぎた愛情表現を許してしまうのか?

この世界で手に入れた”絆”を失うのが怖いだけで。

ユーノもアルフも常に悪いのは俺だと口を揃えて言う。

俺が自覚していないだけで、本当はそうなのか?

だとするのならば、納得は出来ないが理解は出来るかもしれない。

何故なら、かつての俺は此処まで一途に愛情を向けられた経験があっただろうか?

記憶を掘り起こす。


―――「フレデリック」


―――「オヤジぃぃ!!」


………少ねぇ。二百年近くでたったの二人だけ。しかも片方は男で馬鹿息子かよ!!!

あの野郎への復讐の為にそういったものを意図的に遠ざけて放浪の旅をしてきたので、仕方が無いと言えば仕方が無いが。

甘えさせ過ぎてもダメ、構わないで放置もダメ。

正直、丁度良い加減がどの程度なのか分からねぇ。

機会を見て子どもの教育に関する本でも無限書庫で探そうと考えながら、二人の頭を撫でて問い掛ける。

「誰だあの髭?」

「クロノくんのお師匠様達のご主人様だって」

「ギル・グレアムって奴か」

「うん。使い魔とクロノの様子を見に来たみたい」

「ご苦労なこったな」

興味が無いので返事がおざなりになるが、ガキ共は俺のリアクションが分かっているのか一向に気にしなかった。

「キミがソル=バッドガイくんかな? クロノとリンディ提督から話は聞いてるよ。とても優秀な魔導師だとね」

グレアムが賛辞の言葉を述べながら俺の正面に立つ。

管理局の制服を見事に着こなす初老の髭。柔らかな物腰、穏やかな声質、年齢を重ねたことにより滲み出る渋さ、年下の子どもに対して子ども扱いしない”分かっている”大人の態度。

一見すれば優しそうな初老の紳士にしか見えないが、俺にはそれが自身の本質を覆い隠す胡散臭い仮面にしか見ることが出来ない。

湧き上がってきた感情は、同属嫌悪だった。

こいつは昔の俺と同じ眼をしていて、だというのにそれを必死に隠しているのが板に付いていた。

人間、一度心が闇に墜ちると下水みたいな酷い”匂い”を発する。それが一度身体に染み付くとなかなか消せない。

こいつも………俺も。

他の人間は誤魔化せても、かつての同種である俺は欺けねぇよ。

復讐者の眼。それを表面的な人の良さで隠そうとしているのが丸分かりだ。

俺が一体何年、テメェみたいな復讐に生きる人間を見てきたと思ってやがる。鏡の中に常に居たし、聖戦時代じゃ腐る程見てきた。

それに爺程じゃねぇが、これでも俺は人を見る眼は肥えている。

誰に対して復讐したいのかは知らねぇが、復讐者なら復讐者らしく獲物を狙う眼だけをしていろ。良い人ぶるな、反吐が出そうだ。

最大の警戒心を込めて、人の良さそうな面に黙ったまま視線で応えることにした。




[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.11 人故に愚かなのか、愚か故に人なのか
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/09/19 23:05



「キミとは一度会って話してみたかったんだ。立ち話もなんだから、どうかな? 私の部屋で紅茶でも飲みながら―――」

「その必要は無ぇ」

俺はグレアムの誘いの言葉を遮る形でバッサリと切り捨て、敵意と嫌悪を込めて睨んだ。

こいつが言った通り、俺達の情報が掴まれていたことはクロノとリンディから漏れたとハナっから目処がついていた。問題は何処まで知られているか。

法力が知られているのは間違い無い。最悪、ドラゴンインストール状態の所為で生体型ロストロギアとして見られていたらマズイ。

もし管理局への勧誘だった場合、スカウトという理由で俺達を駒扱いしたいか縛り付けたいかのどちらかだろう。

どんな難癖つけられるか分かったもんじゃねぇし、こいつの面を見ていると胸糞悪くなってくる。

「悪いが、爺の暇潰しに付き合ってられる程暇じゃねぇんだ」

「「「「っ!!!」」」」

猫姉妹とクロノとリンディが大きく眼を見開いて驚愕の表情をし、次の瞬間には顔を怒りで染め上げた。

「お、お前、よくも父様を!!」

「訂正してもらわないと痛い目見るよ?」

「ソル!! お前が礼儀知らずだとは分かっていたが、此処までとは思ってなかったぞ!!! グレアム提督に謝れ!!!」

「そうよ、いくらなんでも今のは私も聞き流せないわ。ちゃんとした断り方くらい弁えてる筈よ。謝りなさい」

「ヤバイよソルくん、いくらなんでも初対面の人に言い過ぎだよ、謝った方が絶対に良いって」

それぞれが激昂する中、エイミィが一人ビクビクしながら呟く。

後ろでなのは達が「やっちまったよこの人!!」と頭を抱えているのが雰囲気で分かる。

「ハハハハッ、話に聞いていた通り元気が良い男の子じゃないか。皆もそう怒ることはない。この年頃くらいなら、このくらいが丁度良い」

当の本人は全く気にした様子が無く、逆に頭を沸騰させた連中を諌めるくらいだ。

渋々といった感じで怒りの矛先を仕舞う四人を見て、俺は笑いを堪え切れなかった。

急に腹と口元を押さえクツクツと笑い出す俺に、誰もが不審な眼を向ける。

「そうやって良い人ぶって周りの連中を欺いてるのか。その仮面は演技か? それとも素か? どっちにしろご苦労なこったな」

同属嫌悪している所為で意図せず皮肉たっぷりになってしまう。

完全にキレた猫姉妹とクロノが食って掛かろうとしたが、猫姉妹はグレアムが、クロノはリンディが手でそれを制す。

「理由は分からないがどうやら私は彼に嫌われたらしい。残念だが、また日を改めるとしよう」

「理由ならあるぜ」

「?」

この場に居る誰もが俺の態度を訝しんでいる。まあ、この”匂い”を嗅ぎ分けることが出来る程皆堕ちてないので、無理もない。



「何がそんなに憎い? 誰を殺したいんだ?」



俺の言葉で、グレアムがかっと眼を見開いた。本当の顔が垣間見え始めた決定的な瞬間だった。

憤慨していた連中も驚いたように眼の色を変える。

今まで穏やかだった視線が、人の良い面が俺を未知なるものとして警戒し、困惑と憎悪で醜悪に歪む。

良い面構えになったじゃねぇか。

「………キミは」

「知らねぇよ。知りたくもねぇし、興味も無ぇ。ただ、かつての同類として一つ言っておいてやる。今の面の方が”らしい”ぜ?」

グレアムの本当の顔が見れたことに満足した俺は歩き出し、固まって動かなくなったその横を通り過ぎた。

慌てたようにガキ共が追従してくる。それぞれが「失礼しました」と謝罪の意を込めて。

こうして俺達は本局を後にした。背中に刺さる憎悪の視線を浴びながら。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.11 人故に愚かなのか、愚か故に人なのか










管理局に協力するようになった次の日の夕方。授業を終え帰宅すると、クイーンが通信ありと伝えてきたので急いで地下室に向かう。

通信機を起動させると、雇ったスクライアのバイト達のリーダーが映った。

何か分かり次第、クロノ達のよりも前に俺に情報を渡すように根回ししておいたのだ。

<ういっス、ソルの旦那>

空間モニターに映ったのは筋骨隆々で何故か常に上半身裸の男三人組の内の一人。

「随分仕事が早いな」

まだ二十四時間も経ってない。精々二十二時間程度か?

<まあ、やってる人数が人数ですし、歩合制なら気合も入るってもんっす。それに、ユーノ一人よりも早いのは当然じゃないですか>

なんせ人数は十三人。単純計算で労働力十三倍だ。これでユーノ一人の方が仕事が早かったら同じスクライア一族として立つ瀬が無い。

そして、やはり金の力は偉大だと改めて認識した。

「違いねぇ。で、何か分かったのか?」

<闇の書の本名と、本来の製作された目的が判明しました>

「本名と本来の製作された目的?」

俺は昨日渡された資料を思い返した。



・魔導師の根源となるリンカーコアを食ってそのページを埋めて増やしていく魔力蓄積型ロストロギア。

・全ページである六百六十六ページが埋まると、その魔力を媒介に真の力―――次元干渉レベルの巨大な力―――を発揮。

・本体が破壊されるか所有者が死ぬと、白紙に戻って別の世界で再生する。

・様々な世界を渡り歩き、自らが生み出した守護者に守られ、魔力を食って永遠を生き、破壊しても何度でも再生する。

・停止させることの出来ない危険な魔導書。

・完成前も完成後も、純粋な破壊にしか使えない。

・完成前であれば、所有者は普通の魔導師らしい。



以上が今のところ俺が知り得る闇の書の情報である。

しかし、スクライアが掴んだ情報はこれとは根本的に違うと言う。

<古い資料によれば、正式名称は”夜天の魔導書”。本来の目的は、偉大な魔導師達の技術を蒐集してその研究をする為に作られた、主と共に旅する魔導書なんです>

「研究資料を保管しておくもんだったってことか?」

<そんな感じだったみたいっすね。破壊の力を振るうようになったのは、歴代の持ち主の誰かがプログラムを改変するっていう要らんことを仕出かした所為みたいで>

プログラムの改変か。何時の時代のどの世界でも余計なことをする馬鹿は居る。

<ロストロギアってのはそれ自体が莫大な”力”っすから、何時でも何処でもそれを悪用しようとする連中は少なからず存在するってことです>



―――「やはり人類は度し難い程愚かだな」



鳥野郎がかつて、『木陰の君』をジャスティスのバックアップだと突き止めた時に人類全てを侮蔑するように吐き捨てた言葉を思い出す。

あいつの言う通りだ。自我を手に入れた―――取り戻した―――ギアが人間を嫌う一番の理由がこれだ。

自分達を勝手に創造しておきながら悪と決め付け、断罪する。ギアからすれば人類は傲慢な愚者でしかない。

口が裂けても俺がそんな台詞を言うことは許されないが。

顔を顰めた俺を見て、バイトリーダーは呆れたように笑った。

<その改変の所為で、世界を旅する機能と破損したデータを自動修復する機能が暴走してるらしいんです>

転生と無限に再生する性質はそれが原因か。

<古代魔法ならこの程度あり得ますね。でも、一番酷いのが持ち主への性質の変化。一定期間蒐集が無いと持ち主自身の魔力資質を侵食し始めて、完成したらしたで無差別破壊の為に際限無く魔力を使わせるんです>

「疫病神以外の何物でもねぇな。所有者はまさしく死神に取り憑かれたって訳だ」

<仰る通りです。だから、これまでの主は皆完成してすぐに………>

肩を竦めて首を振り、『お手上げ』のポーズを取るリーダー。

「完成させる前にプログラムの介入や停止、封印については?」

<それはまだ調査中っすね。でも完成前の停止はほぼ不可能です>

「何?」

<闇の書が真の主と認識したマスターではないとシステムへの管理者権限が使えないからっす。つまり、プログラムへの介入や停止は出来ません。しかも、無理に外部から介入しようとすると主を吸収して転生しちまうんです>

「………なるほど。それが闇の書を今まで封印出来なかった理由か」

<現時点では目ぼしい情報はこのくらいです。また何か分かったら連絡入れますんで>

「ああ、頼む」

俺はやれやれと溜息を吐くと、リーダーに礼を言い、このことをクロノ達にも伝えるように頼んでおいた。

元々健全だったものが他者からの介入で周囲に破壊を撒き散らす危険物へと成り下がる………か。

(やはり、何処となく境遇がギアに似てるな)

シグナム達とその主に、共感に近い同情を抱く。

かと言って、俺達がやることは何も変わらない。

闇の書が完成する前に守護騎士達を捕らえて、主を引きずり出す。

まずはそれからだ。闇の書については主を確保してからどうにかすればいい。

今の話を聞いた以上、出来ることなら無理やり力ずくで、というのはなるべく避けたい。

問題は、管理局に一時的とはいえ属することになった俺の話を聞いてくれるか、そもそも俺に説得なんて出来るのか、もし聞いてくれたとしてもあいつらがこちらの話を信じて協力してくれるか。

最悪、力任せに全員戦闘不能にして尋問、主を引きずり出すことになる。

気が進まねぇなぁ。

(俺ってこんなに他者に感情移入するタイプだったか?)

フェイトの時にも思ったことだが、昔の俺だったらやはり問答無用なんだろうか。今の自分は気に入っているが、かつてのような情け無用容赦無しには程遠い。

ようするに不安なのだ。

今と昔のギャップにジレンマを感じてしまい、昔のように振舞うことが出来れば此処まで不安は無くなると思いつつ、それが出来ない。

あちらを立てればこちらが立たず。どうしたもんかね。

頭の中のもやもやを払拭するように首を振り、情報の整理をする。

”夜天の魔導書”。

元は害の無い研究資料本。

悪意ある改変を受けて”闇の書”へと堕ちる。

完成前の停止や封印は不可能。

完成すれば次元干渉レベルの破壊を振り撒き、その行為に主も巻き込んで被害を出す。

暴走したプログラムの所為で転生と無限に再生する性質を持つ。

一定期間蒐集しないと主の魔力資質を蝕む。

………ん?

思考に埋没しそうになったその時、意識を浮上させるようにクイーンに通信が入る。エイミィからだ。

<ソルくん。出番だよ!! すぐに司令部に来て!!!>

噂をすれば影が差す、か。

「ま、出来る限りのことはやってみるしかねぇか」

面倒臭ぇがな。

すぐに頭を戦闘に切り替え、ガキ共を地下室の前に集めると転移した。





司令部のモニターに映っていたのはシグナムとザフィーラの二人だった。

「文化レベルゼロ。人間は住んでない砂漠の世界だね」

「シャマルとヴィータは?」

「ごめん。まだ見つからない」

エイミィが首を振る。

「スクライアからの情報はもう眼ぇ通したか?」

「えっと、それが、ついさっき通信を受けた時にアラートが鳴ったから、まだ見てないんだけど………」

言葉尻がどんどん弱々しくなっていくエイミィの返答に俺は舌打ちした。

「後でいいから眼ぇ通しておけ。俺が出る」

「はい………ってええ!? ソルくん一人で?」

今この場にクロノもリンディも居ない。お偉いさん共は昨日の顛末の後始末やらアースラの整備後の追加武装やら何やらで奔走中らしい。

実質的な責任者はエイミィ一人となる。本来ならエイミィの指示に従って動くべきなんだろうが、俺はあいつらを戦って捕らえるよりも話し合いたい。力ずくはその後でも遅くない筈だ。

「お兄ちゃんが行くなら私も行く」

「私も」

「お前らは控えだ。此処で大人しくエイミィの指示に従え」

「「えええええ~っ!?」」

案の定口出ししてきたなのはとフェイトに釘を刺す。俺の言葉に不満タラタラといった感じで頬を膨らませる。

「私の指示に従えって、ソルくんは―――」

「ユーノとアルフも控えだ。状況が動き次第、エイミィの言うことに従えよ」

いいな、と言いつけると返事も待たず俺はモニターに背を向け転送ポートに向かう。

後ろでそれぞれが何か文句らしきものを言っていたが、俺の耳には入っていなかった。










SIDE ザフィーラ



管理局の追っ手から逃れて蒐集をする為に、我らは無人世界へと来訪した。

眼下に広がるのは地平線まで続く砂漠地帯。

ヴィータはあの夜以来、謎の”力”を手に入れたのだから管理局なんて気にせず蒐集した方が早い、と主張するが無用な戦闘は控えるべきだと俺を含めた三人に諭される度に大人しくなった。

確かに今の我らならば誰が相手でも負ける気はしない。ヴィータの気持ちも分かる。その方が蒐集速度は早いだろう。急がなければいけないのは重々承知している。だが、必要以上に管理局相手に派手に動く必要も無い。

地球から遠く離れた世界で、少しずつ確実に蒐集した方が危険は少ないのだ。

ただでさえ我らは管理局の所属する部隊に接触した。あの時は運良く撃退出来たが、次はそうとは限らない。大部隊を率いた高ランク魔導師に囲まれてしまえば勝機は薄い。

「この世界での蒐集対象はこいつか」

隣に居たシグナムが砂の中から顔を覗かせる巨大な芋虫を見下ろしながら不敵に笑う。

「すぐに終わらる。此処は私一人で十分だ。ザフィーラはヴィータの方に―――」

俺にシグナムが指示を出そうとした刹那だった。

突如、遥か上空から濃密にして巨大な魔力反応が出現した。

「っ!!!」

シグナムが真っ先に顔色を変える。

見上げると、太陽を背に人型のシルエットが浮かんでいた。

逆光である為シルエットしか確認出来ないが、誰だか一目で分かる。

「ソル!!」

その人物の名を叫ぶシグナム。

人型、いや、ソルは以前見たバリアジャケットを纏い、ゆっくりと我らと同じ高度まで降りてくる。

シグナムは剣を構え、俺は拳を向けそれぞれ臨戦態勢に入った。

「話がある。少し待ってろ」

一言呟くと下を指差し、高度を落とすと殺気立つ巨大な砂虫の群れの中に平然と降り立った。

「我らに話だと………あいつは一体何を考えている?」

「分からん」

俺は奴の行動に首を振ることしか出来ない。

ソルは自身を餌と勘違いした砂虫を数体を前にすると、

「失せろ」

言って、左手に逆手に持つ剣を横薙ぎに振り払った。

纏った炎が剣のリーチを異常なまでに延長し、文字通りの炎の剣となって砂虫達を斬り裂き、焼き払う。

「駆除はこんなもんか」

視界に映る全ての虫達を殺し終え、周囲に何も居ないことを確認すると、ソルはこちらを手招きした。

「こっちに来い。話がしたい」

手にした剣を肩に担ぎ、もう片方の手を腰に当てる姿は我らに対して敵意が無い。

「どうする? シグナム」

「………」

明確な敵対をしていた訳では無い。我らが襲い掛かったから迎撃しただけ。その後わざわざ気絶したシグナムとシャマルを抱きかかえて連れてきたような男だ。

一応信用は出来ると思う。管理局に雇われた身ではあるかもしれないが、我らを捕まえるつもりなら話し合いなどせず、その強大な戦闘能力で問答無用に攻撃してくれば事足りる。

アルフという女が言っていたように、ソル本人はあまり管理局が好きではないらしく、以前はそれなりの思惑があって協力という形を取っていたらしい。

そもそも眼の前の人物が組織の枠組みに大人しく収まるような男には見えない。

「………話を聞こう」

暫しの黙考の後、迷いを振り切るようにシグナムは口を開いた。





「このまま蒐集を続けたら闇の書の主は死ぬぜ」

「「!?」」

砂の大地に足を着けた我らを待っていたのはソルの無慈悲な言葉だった。

いきなり何を言い出すんだこの男は!?

「………それはどういう意味だ?」

シグナムが困惑と警戒を込めてソルを睨む。

「主を死なせたくなきゃ大人しく投降しろ。完成前ならまだ間に合う」

完成前なら間に合うということは、闇の書が完成すれば主は死ぬということか? この男の言葉を鵜呑みにするならばそういうことになる。

信じ難い内容だ。俺もシグナムも当然信じることが出来なかった。

第一、蒐集をしていなかった所為で主は闇の書の呪いに蝕まれてしまっているのだ。だからこそ闇の書を完成させ、真の主として覚醒すれば病も治る筈。

そうでないならば、今まで我らがしてきたことは一体何だったというのだ?

「ふざけるな!! 何を根拠にそんなことを―――」

「闇の書のプログラムはとっくの昔に壊れてんだよ」

シグナムの言葉を最後まで言わせないつもりで言い切るソル。

しかし、シグナムは怯まなかった。

「我らはある意味闇の書の一部だ。闇の書について一番理解しているのは我らだ!! 世迷言を言うな!!!」

「シグナムの言う通りだ」

我らの反論にソルはあからさまに溜息を吐いた。

まるで我らを哀れむように。

「………だったら、なんで闇の書って呼んでんだ?」

「何?」

「思い出せ。闇の書となる前になんと呼ばれていたか。本当の名前があった筈だ」

その声音は悪戯をした小さな子どもに言い聞かせるように穏やかで、父性溢れる優しい声だった。

「本当の………名前?」

闇の書の本当の名前?

剣を持たぬ方の手を額に当て、シグナムが何かを思い出すように思案顔になる。

隣に居る俺も、忘れていた大切な何かを思い出しそうだった。






[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.12 侵食
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/09/24 18:17



SIDE なのは



お兄ちゃんが転送ポートに向かった後、エイミィさんが無限書庫で働いているスクライアの人達からもらった情報をお兄ちゃんに言われた通り閲覧する。

「………これって」

私達はその情報を眼にして固まってしまった。

闇の書の真実。本来あるべき名前と役目。

既にプログラムが壊れている闇の書は完成すると、溜め込んだ魔力と主を媒介にして周囲に破壊を振り撒き、最終的には主を死なせてしまう危険極まりないもの。

主が死ぬと転生して他の主を見つけてまた同じことを繰り返す。

現段階ではプログラムを止める術が無いに等しいけど、お兄ちゃんの頼みでスクライアの人達が頑張って探してくれてるらしい。

そんな時、耳を劈くアラートが鳴った。

「本命はこっちっ!?」

新たに映し出されたモニターを見てエイミィさんが驚きながら声を上げる。

そこには私よりも身長が低く、ハンマーの形をしたデバイスを持って空を飛ぶヴィータちゃん。

その手には闇の書がしっかりと抱えられていた。

「私が行きます」

「私も行くよ、なのは」

私が立候補すると、隣のフェイトちゃんも申し出る。

「でも、戦いに行く訳じゃありません。このことをヴィータちゃんに伝えたいんです」

「きっとソルは守護騎士達に教えてあげたかったんだと思います。これ以上続ければ自分達の主が死んじゃうことを」

さっきのお兄ちゃんは少し焦っているような印象があった。それと同時にシグナムさんとザフィーラさんの姿を見て、少し悲しそうな眼をしていた。

だからすぐに出て行っちゃったんだ。

「えっと、それじゃあお願いしようかな。ユーノくんとアルフはまだ控えでいいかな」

お願いだから怪我しないでね、主に私の身の安全の為に、と苦笑いするエイミィさんに背を向けると転送ポートへ走り出す。

「戦わないとはいえ、二人共気を付けるんだよ」

「さっき言ったけど、もし戦闘になったらあいつらが以前と同じ強さだと思わないようにね。段違いに強くなってるから、もう別人として考えた方が良いよ」

注意を促してくるユーノくんとアルフさんに対して、私とフェイトちゃんはお兄ちゃんが何時もそうするように親指を立てて応えた。

心配無用、と。

戦場で真っ先に死ぬのは自分の実力を過信する者、相手の実力を見誤る者。お兄ちゃんに散々言われたことだ。

大丈夫。必ず無事に帰ってくるから。皆の為に、自分の為に、そして何よりもお兄ちゃんの為に。



SIDE OUT










背徳の炎と魔法少女A`s vol.12 侵食










「夜天の魔導書………それが闇の書の本当の名前なのか?」

「ああ」

「………夜天の、魔導書………」

説得なんて俺にはハナっから無理だと決め付けないで良かったと心底思う。シグナムとザフィーラはちゃんと俺の言葉に耳を傾けてくれた。

まだ少し俺のことを警戒しているようではあるが、問答無用の戦闘にならずにまともなコミュニケーションを取れたことは素直に喜ばしい。

何より面倒臭くない。身体全体を動かすよりも口を動かす方が遥かに楽だ。

「ザフィーラ、覚えているか?」

「いや、夜天の魔導書という名は覚えが無い。だが、何処か懐かしく感じる」

「そうか。私もだ」

少し残念そうな顔をするシグナムとザフィーラ。

その表情を見て、これは脈ありか? と期待してしまう。

「ソルはこのまま蒐集し続ければ我らの主が死ぬと言ったな。それはどういうことだ?」

先程の激昂が嘘のように落ち着きを取り戻したシグナムが問い掛けてくる。

「その前に、夜天の魔導書について話してやる」

俺は自身が知り得る”夜天の魔導書”について全て話し、その後にプログラムが改変されて壊れてしまった”闇の書”について語った。





五分程度で話し終えると、シグナムの手から剣が滑り落ち砂漠の世界に乾いた音が立つ。

「その話がもし本当だとすれば………我らは、一体何の為に………」

失意のドン底に陥ったかのように眼に力が無くなり、項垂れ、前髪で顔が見えなくなった姿は幽鬼のようだ。

今、こいつがどんな表情をしているのか俺には分からない。

隣に居るザフィーラも歯を食いしばって苦渋の表情をしている。

沈黙が俺達を包み込み、気まずい空気が周囲を満たす。

やがて、

「主は………今お前が言ったように、闇の書に蝕まれているんだ」

震える声でシグナムが沈黙を破り、独白が始まった。悲壮感漂うその口調はまるで懺悔のようである。

「心のお優しいお方でな。今まで道具としての扱いしか受けたことの無い我らを家族として迎え入れ、蒐集行為を『人様に迷惑が掛かる』という理由で禁じられた。今まで出会ったことの無いタイプの主だ」

「………」

「一人孤独に、寂しい環境の中で育った所為で家族というものに特別な思い入れがあったのだろう。当初は『道具でしかない我らに何を言う』と戸惑いながらもその命令に従い、文字通り形だけの”家族”が始まった」

ザフィーラがその時のことを思い出すように眼を瞑る。

「戦いの無い穏やかな日々を主と共に”家族”として過ごす内に、気が付けば我らは本来必要としない感情を芽生えさせていた。そんな我らが面倒見の良い優しい主を心から慕うようになるまで時間は掛からなかった」

俺もそうだった。高町家の連中を、なのはを心の底から大切だと思うようになるまで半年も要らなかったことを思い出す。

「幸せだった。それぞれが人間らしい感情を手にした我らは毎日を穏やかに過ごしていたが、それも長くは続かないものだと思い知らされた」

声のトーンが低くなり、悲壮感がより一層強くなる。

「蒐集行為を行わない代償。持ち主への侵食か?」

ゆっくりとシグナムが頷いた。

「魔力蒐集を禁じられた我らは命じられた通り、誰一人として襲わなかった。だからその所為で主の身体は蝕まれていたのだ。しかし、それだけではない」

「どういうことだ」

他に何があるってんだ?

噛み締めた唇から一筋の血が流れ、その形のいい顎を伝う。

「主が生まれた時から共に在った闇の書は、主の身体と密接に繋がっていた。抑圧された強大な魔力はリンカーコアがまだ未成熟な主の身体を蝕み、健全な肉体機能どころか、生命活動さえ阻害するようになったのだ」

「生まれた頃からだと?」

「そうだ。主の下半身は原因不明の麻痺の所為で、物心ついた頃から一人で満足に歩くことが出来ないお身体。常に車椅子を必要とする生活を余儀無くされている。そして、このままでは内臓機能にまで麻痺が発展する危険性があると医師から診断された。主が第一の覚醒をしたことで麻痺に拍車が掛かってしまったのだ。私達四人の活動を維持する為極僅かといえ、主の魔力を使用しているからだ」

下半身の麻痺?

物心ついた頃から車椅子?

リンカーコアが未成熟?



―――肉体に内在する魔力が本人に悪影響を及ぼす病だと? そんなもの、前の世界じゃ見たことも聞いたことも無ぇよ。



まさか闇の書の主ってのは、はやてのことか?

いや、そう考えるのは早計か。結論を急ぐ必要は無い。今はこいつらの話を聞いて、出来るだけ情報を整理すべきだ。

「闇の書の主として真の覚醒をすれば、病は消える。少なくとも進行は止まる筈………そう思って我らは主との誓いを破り独断で蒐集を行っていたんだがな。お前の話を聞く限り、そうでもないらしい」

顔を上げると、自嘲するように唇を歪めるシグナム。だが、どう見ても泣くのを必死に堪えているようにしか見えない。

「俺の話を信じるのか?」

此処で一番重要なことを聞いてみる。

「なら逆に聞くが、今の話は我らを謀る為の嘘なのか?」

「んな訳無ぇだろ」

即答すると、シグナムとザフィーラは苦笑した。

「だろうな。お前程の実力者であれば話をするより問答無用で戦った方が手間は掛からんだろ」

あの夜のようにな、とシグナムが言う。

「もしお前が管理局に属していたとしても、管理局に忠誠を誓っていないというのは眼を見れば分かる。大方良いように利用しているだけ、違うか?」

アルフと管理局の執務官との会話でお前という人間がどういう人物かある程度聞いている、とザフィーラが続けた。

「んだよっ。ハナっから俺と話し合うつもりだったってのか」

「そちらの誠意に応えたまでだ」

シグナムは気持ちを切り替えたように凛とした態度で剣を拾い直す。

ザフィーラも腕を組んで頷いている。

「ちっ」

そんな二人の態度に俺は舌打ちすると、今後のことについて話すことにした。

「聞いておきたいことがある」

「何だ? 答えられる範囲でなら答えよう」

俺は少し躊躇ってからシグナムの話を聞いて思い浮かべた顔を口にする。

「お前らの主。もしかして八神はやてか?」

その問いに、

「気付いていたのかっ!?」

二人がぎょっと驚く。

「は? マジか? はやての病気のことはなんとなく察してたが………」

そのリアクションに俺も驚く。ただ純粋に思ったことを言っただけなのにビンゴとは。世の中広いようで狭い。

「忘れていた。そういえばお前は主はやてのご友人だったな。病のことのみに関しては知られているのが当然か」

はやてのことを俺はよく知らん。なので、はやてとシグナム達がなかなか結びつかない。

ただ単に、下半身不随で車椅子、魔力に問題があって発作を起こすくらいしか情報が無いので、一応『はやてじゃないよな?』的な意味合いで確認として言ってみただけだったのに。『八神はやて? 誰だそれは?』という返答を予想していたのだ。

だが、冷静になって思い返してみれば微妙に擦れ違いに似たようなものなら一度ある。まず最初に、はやてと出会った図書館に居た魔法行使をしようとしていた金髪の女はシャマルで、駐車場にはシグナムが何かを待つように立っていた。

………都合は良いか。報酬にはやての病気を治療するってのがあるし。病気が病気なだけに治療はかなり難しいが。

「まあいい。はやては友人だし、一時的に俺達が管理局に属することになったのは目的がお前らと一緒だからだ。さすがにお前らの主がはやてだとは思いもしなかったがな」

「これからどうするつもりだ?」

シグナムの問いに俺は少し考えてから答えた。

「とりあえず闇の書の完成はさせねぇ。さっきも言ったようにはやてが死ぬだけだ」

「それでは主の病の進行が止まら―――」

「今すぐはやてが死ぬ訳じゃ無ぇから少し黙れ。夜天の魔導書と闇の書について知人に調べさせてる。完成前にプログラムへの介入や停止とかも含めてな」

焦れたように苦言を呈するシグナムを遮る。

「だが、具体的な解決策はまだ無ぇ。情報通りだとしたら管理者であるはやての協力が不可欠だ」

俺は二人に向けて指を一本立てて示す。

「お前らにして欲しいことは三つ。まず一つ目、残る守護騎士のシャマルとヴィータの説得。これが出来ないと始まらん」

次に指を二本立てVサインを作る。

「二つ目、俺に闇の書を提出して解析させろ。知人との情報を照らし合わせつつ実物がどんなもんか調べればはやてを救う糸口を掴めるかもしれねぇ」

そして指を三本立てた。

「最後に、はやてへの説明と協力要請を頼む。管理者が居る居ないでどの程度差が出るのか見当もつかねぇが、自分の命が懸かってんだ。そもそも蚊帳の外の部外者じゃねぇ。むしろ当事者だ」

出来そうか、と眼で問う。

ザフィーラは無言で頷き、シグナムは「私個人は構わんが少し待て、ヴィータとシャマルの意見を聞いてみる」と念話を開始した。

このままトントン拍子に話が進んでくれれば少しは楽になる、と溜息を吐いた。

守護騎士の内二人は説得出来た。希望的観測であるがこの二人の様子を見れば、他の二人も協力してくれるだろう。

はやて本人への説明と協力も問題無いと思われる。

一番の問題は闇の書、もとい”元”夜天の魔導書の解析、そしてプログラムの介入と停止だ。

こればっかりは俺一人でなんとか出来るとは思えん。スクライア一族の情報と解析結果次第でどうとでも転ぶ。

病の方は俺のレアスキルで進行を抑えるくらいなら出来るので、時間稼ぎはいくらでも可能だが。

一見すれば俺とシグナム達の交渉は穏やかなものであるが、後で「やっぱりどうにも出来ませんでした」は許されない。

管理局内でも闇の書への介入は前代未聞だろう。そうでなければ誰かが試している筈だ。

時限干渉レベルの力を持つ物の内部を弄くろうとしているのだ。はっきり言って、ある程度制御下に置けるジュエルシードよりも質が悪いし、失敗した時のことを考えると命綱無しで綱渡りをするような賭けに近い。

此処まで関わっちまった以上、今更後に引けないので投げ出すつもりは無いが、多大な苦労を強いられるのは容易に想像がつく。

やはり情報が足りない。そもそも何故持ち主を殺す呪いのアイテムみたいな改悪なんかされたのかが分からん。意味も目的も理解不能だ。そんなことした奴は恐らく飛びっきりのキチガイだ。

(ったく………面倒臭ぇことしやがって)

夜天の魔導書を改悪して闇の書に堕とした顔も知らない馬鹿に―――何年以上前か知らんがとっくに死んでる筈―――脳内で気が済むまでタイランレイブを叩き込んでいると、シグナムが俺に視線を寄越し、一つ頷いた。

「シャマルは直接話を聞いていたからすんなり承諾した。ヴィータもお前の妹達が突然現れ似たような説明を受けたらしい。話を聞いて二人共驚きとショックは隠せないようではいたが、主の為ならお前に協力してくれるそうだ」

俺はその言葉に満足した。

「理解が早い奴は嫌いじゃないぜ」

「しかし、ソルはこれで本当にいいのか? 我らと手を組む場合、管理局と敵対するような形になるが」

シグナムの懸念を俺は一蹴する。

「別に管理局の連中と敵対した訳じゃ無ぇ。管理局が俺達に協力要請して、俺達がお前らに協力要請をした。管理局は闇の書の事件を解決したい、俺達は友人はやての病気を治したい、お前らは主はやてを救いたい。その為に闇の書をなんとかする必要がある。出来ることなら闇の書を完成させず、暴走を未然に防ぎはやての死亡を回避、同時に転生も起こさせず問題のあるプログラムを修正し、病気を治療する。利害が一致したろ?」

この件が片付いた後、さすがに魔力を蒐集する為に魔導師を襲ったりしたこいつらがどうなるかまではさすがに庇い切れないが、主に忠を尽くす姿を目の辺りにすると、意外にすんなり罪を認めて贖うんじゃないだろうか。

「都合が良いように現状を曲解していると感じるのは俺の気の所為か?」

ザフィーラが首を傾げて何か言ったが無視。

「いざとなったら前回のように、テキトーな口実作ってリンディ達を脅せばいい」

「………今の発言で執務官がお前よりも犯罪者の方が可愛いと言っていた理由がよく分かったぞ」

呆れたようにシグナムが半眼で睨んでくる。

「んなこたぁどうでもいいんだよ。それよりも闇の書を貸せ。解析する」

「ああ、了解した」

誤魔化すように手を差し出すと、シグナムの手に虚空から一冊のぶ厚いハードカバーが現れ収まる。

「これが闇の書か」

封炎剣を仕舞い、受け取った。

剣十字の装飾を施された古い本。年代を感じさせながらも、綺麗に保管されているようだ。

右の手の平で背表紙を持ち、左手でパラパラとページを捲る。

「どのくらい蒐集したんだ?」

「五百半ばだ」

「あと百ページと少しか」

一ページあたりどのくらいの魔力量を必要とするか分からないが、相当苦労したというのが窺える。

「何か分かったか?」

「焦るな。今解析する」

俺の顔を覗き込んでくるシグナムにそう言い、解析法術を発動させた次の瞬間、針が刺さったような小さな痛みと共に、



<蒐集>



闇の書から声が聞こえた。

「何っ!?」

「っ!!」

「な、勝手に!?」

そして、背表紙を持つ右手から魔力を奪われるような感覚が伝わり、怖気が走る。

見る見る内にページが古代文字のようなもので埋め尽くされ、次のページへと移行し、また古代文字がページを埋め尽くし、ページが捲られる。その繰り返しだ。

止まることを知らない。どんどんページが埋まっていく。

「馬鹿なっ!! リンカーコアを摘出していないというのに、何故蒐集されているんだっ!!!」

この状況はリンカーコアを摘出させて魔力を食っているのではなく、ギア細胞から直接魔力を抽出してるのか?

だとするとマズイ。大気中の魔力素を取り込んでリンカーコアに蓄える魔導師と違い、ギア細胞そのものが魔力を生産している。その上で俺の魔力はギア細胞を通じて血液が循環するように全身を駆け巡っているからだ。

「このままでは闇の書が完成してしまう!! ソル、手を離せ!!!」

切羽詰った声を出すザフィーラの言う通り、最悪の未来が待っている。

「言われなくても―――」

しかし、

「………離れねぇっ!!」

「「何だとっ!?」」

左手は何の問題も無く離せたが、背表紙を持つ右手が溶接されたように貼りついて離れない。

「ふ、ふざけんなっ!! この、離れろ!! つーかお前ら見てねぇで手伝え!!!」

慌てて二人は動き、ザフィーラが闇の書を持ち、シグナムが俺の後ろに回って右腕とその手首をしっかり掴む。

「「せーのっ!!!」」

気合の声と共に右の手の平に激痛が走る。

「痛てぇ!!!」

無理やり引き剥がされる痛みではない。さっきの小さな痛みがより鋭く、尖った針が突き刺さる痛みと、その先端にある”返し”が引っ張られることによって生み出すような痛み。

「我慢しろっ!!」

「歯を食いしばれっ!!」

「「せぇぇぇぇぇのっ!!!」」

そんな俺のことなど全く気に掛けずグイグイ引っ張る二人。

「痛てっ!! 馬鹿、違ぇよっ!! 何か刺さってんだよ、棘か針みてぇなもんが!!!」

「棘か針だと!? そんなものが闇の書にある訳―――」



プシュッ。



気の抜けた音を立て、手の甲を貫いて紫色をした髪の毛のようなものが数本生まれ、赤い血がそれを伝う。



プシュッ。プシュッ。プシュッ。プシュッ。プシュッ。プシュッ。プシュッ。プシュッ。プシュッ。



次々と手の甲を貫いて髪の毛のようなものが発生する光景が、あまりにも生理的嫌悪を感じさせ、動きを止めると同時に激痛すら忘れてしまう。

だが、その髪の毛のようなものが這い回り俺の腕を侵食するように突き進んでくるのを見て、意識が現実へと戻ってくる。

「シグナムッ!! 俺の腕を斬り落とせ!!!」

「いきなり何を言い出すんだ!?」

何を馬鹿なことを、と信じられない面持ちで二人が驚く。

「早くしろ!!! 片腕くらい闇の書にくれてやる。蒐集を止めねぇとはやてが死ぬぞ!!!」

「しかし―――」

「言ってる場合かっ!!!」

「く、すまんっ!!!」

掴んでいた腕と手首を離し、剣を構えるシグナム。

「安心しろ。出来るだけ痛みは伴わないようにする」

言って剣を振りかぶった瞬間、

「離れろっ!!」

俺は殺気を感じてシグナムとザフィーラを突き飛ばした。

呻きながら倒れるが、向けられた殺意の範囲から逃れる二人。

「………ちっ!」

しかし、庇った所為で逃げ遅れた俺はバインドに雁字搦めにされていた。

クソが、こんな時に一体誰が!?

内心で毒を吐き、殺気がした方に首を巡らす。

すると、視界の右半分を埋め尽くす蒼い魔弾が迫っていた。その魔弾が超高速で右眼に向かって撃ち出された拳程度の大きさだと気付いたのは、それが着弾した時だった。

「―――っ!!」

声にならない悲鳴を上げて吹き飛ばされる。背中から砂の海に倒れ込むと、眼球が握り潰されたような激痛が走る。

いや、実際潰された。殺傷設定の魔法攻撃。無事な左眼を瞑ると何も見えない。

『クイーン、報告しろ』

『<殺傷設定での魔法攻撃により右の眼球を損傷、ギア細胞抑制装置の破損、右の眼窩と側頭部からかなりの量の出血。早急に治癒することを推奨します>』

無機質な機械音声が頭に響く。

意識を飛ばされなかっただけまだマシか。

『右腕の神経を全て焼き切れ。ヘッドギアの予備を寄越せ』

クイーンに命じる。

『<了解>』

右の肩口から指先に掛けて灼熱の激痛が走り、文字通り神経が全て”焼き切られる”。その上で予備のヘッドギアを装着し、生命維持の為に活性化しそうだったギア細胞を抑え付ける。

こうすることで右腕に魔力を通さないようにすれば、蒐集されている魔力はさっきの十分の一以下になる。しかし代償として右腕が全く使い物にならないリスクを負った。

それでも徐々にページを埋めていることには違い無いが、さっきの勢いで食われ続けるよりは良い。

立ち上がり残った左眼で敵を探すと、シグナムとザフィーラに対峙するように佇む仮面を装着した男が居た。

「貴様っ!! 何者だ!?」

全身に炎を纏い剣を構えるシグナムの髪が熱で逆立つ。

ザフィーラも無言で拳を仮面の男に向ける。

「………道具風情が、知る必要は無い」

無感情にそう呟くと、俺に向き直る仮面の男。

「お前は危険だ、ソル=バッドガイ。お前は不安要素を際限無く生み出す疫病神だ。我々の計画には邪魔だ」

我々? 計画? 一体何のことだ?

「闇の書が完成するのは構わんが、今この場で完成するのは困る」

現在進行形で右腕を闇の書が侵食していることを言ってるのか?

もう既に肘近くまで食われているが、魔力を意図的に流さないようにしている。これ以上侵食させない為にもとっとと斬り落とすしかない。

つーか、闇の書の完成を望んでいるということが理解出来ない。それが計画なのか?

仮面の男の言葉に耳を傾け、思考を巡らしながら解析法術を発動させ、法力場を展開し周囲に存在する生物反応を探ると同時に結界を構築、誰もこの空間から逃げることが出来ないようにする。決して悟られないように。

「用済みとなった守護騎士諸共………死ね」

「それはご主人様に言われたことか? 猫」

「………っ!?」

姿を変えても俺は人外の匂いには敏感だし、解析法術が使える俺を変身魔法なんかで欺こうったって無駄なんだよ。

「コソコソしやがって、鬱陶しいんだよ!!!」

背後の空間に向かって回し蹴りを放つと確かな手応えが返ってきた。

そこには仮面の男がもう一人現れていた。今度は接近して不意打ちを食らわせようとしていたらしい。

二度も同じ手食らって堪るか。

「もう一人居たのか」

シグナムとザフィーラが更に警戒心を強め、まだ他に伏兵が居ないか確認している。

使い魔は主に従うもの。それすなわち、こいつらの後ろにはあの胡散臭ぇ髭親父が居るってことか。



―――ギル・グレアムのクソ野郎が何を企んでるのか知らねぇが、俺を敵に回したってことでいいんだな?



『シグナム、ザフィーラ。一分でいいから時間を稼げ。その間に闇の書の侵食を止める』

『腕を斬り落とすとさっき聞いたが、その後の治療は一人で大丈夫なのか?』

『右眼からもかなり出血しているだろう? 下手をすれば死ぬぞ?』

念話を繋ぐと、案の定心配されるが俺はそんな返事を期待した訳じゃ無い。

『俺のことはいいから、眼の前の敵を引き付けてろ。こいつら、管理局の人間の使い魔だ。その癖闇の書の完成を望んでやがる。どういうつもりか分からねぇが、どう見積もっても楽しいことじゃなさそうだぜ?』

『ソルはこの者達が何者か知っているのか?』

『話は後だ。時間が惜しい』

『………分かった。ソルは治療に専念してくれ』

『此処は任せろ』

了承すると、シグナムとザフィーラがそれぞれ仮面の男に、変身魔法で姿を変えた猫姉妹に襲い掛かる。

一対一の戦いが二つ始まるのを見て俺は一先ず闇の書に集中することにした。

手の平を返してページ数を確認すると、六百二十九ページまで完成し、少しずつではあるが白紙の部分に文字が埋まっていく。

右腕の神経を焼き切らなければとっくに完成していたかもしれない。

身体を横にし、バインドで腕が動かないように固定。封炎剣を左手に召喚し、普段は逆手に持つところを”順手”で持ち、肩口のバリアジャケットに思いっきり噛み付いて、覚悟を決めて振り下ろす。



―――ザンッ。



予想以上に血飛沫が舞い散った。

「が、あ………ぐ」

肘から先を斬り落としたことにより意識が飛びそうになる激痛が生まれる。しかし、あまりの痛さに逆に意識がはっきりしてくるという矛盾を味わう。

痛い、冗談じゃなくて死ぬ程痛い。ショック死は絶対にあるんだと実感する。

すぐにヘッドギアを外して細胞の活性化を促し、魔法と法力で止血を施す。

斬り落とされた腕に絡み付いていた闇の書の髪の毛のようなものは、もう魔力が無いと分かると何事も無かったかのように霧散した。

それを確認すると、俺は立ち上がって闇の書を少し離れた場所に蹴り飛ばす。

「ハァハァハァ」

荒い呼吸をしながら斬り落とされた腕を拾い、傷口と傷口を無理やりくっ付けると、治癒と回復を念入りに掛けた。

後はギア細胞が勝手に治してくれる。右の眼球と側頭部も傷が疼き、自己再生を開始しているので、いずれ全快するだろう。

皮肉な話、俺じゃなかったら一生ものの障害が残っていた筈だ。普通の人間ではこうはいかない。

その場ですぐ治せるのは俺がギアだから。ギア細胞が永遠に再生し続け半永久的な不老不死を肉体に強いる為、生命活動を停止しない限り死ぬことがないからだ。

人間を辞めたおかげで、人間には出来ない無茶が出来る。

(本当に、皮肉な話だ)

感傷に浸るのを止め、ヘッドギアを装着し直すとシグナム達と戦っている猫姉妹に眼を向けた。

やっぱりグレアムは自分と同じだったのだという確信、不意打ち攻撃によって右眼を失ったことに対する怒りが湧き上がってくる。

あの雌猫、完全に俺のことを殺すつもりで攻撃してきやがった。

屈辱だ。これ以上無い程屈辱だ。こんなに腸が煮え繰り返ったのは何時以来だ?

逃がさねぇ。

何故あの野郎が闇の書の完成を望むのか、そんなことは後で拷問でもなんでもして吐かせればいい。

覚悟しやがれ。この雌猫共、そして、その後ろで薄汚ぇ偽善者の面を被ったクソ爺!!



「ドラゴンインストーォォォォォォォォルッ!!!」












































この時、俺は怒りで冷静さを失っていた所為で気が付くことは無かった。

闇の書が俺の魔力とは別に、俺の血も取り込んでいたことを。

その血液の中に存在するギアコードまでもが、闇の書の中に吸収されていたことに。

俺は、気付こうとすらしなかった。



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.13 都合の悪い事実
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/09/29 19:14



SIDE リーゼ姉妹


「私と同類だと? …………貴様に親友をこの手にかけた私の何が分かる?」

ソル=バッドガイと対面して数時間経過した。皆の前や仕事中は何時もの優しい笑顔だったけれど、私達だけになると父様は忌々しそうに口を開いた。

精神リンクで父様の感情が伝わってくる。その感情の名は、憎悪。

「気に入らん。スクライア一族を勝手に登用し、闇の書について調べさせていることも、私と同類だという発言も」

こんなに愚痴を吐く父様を見るのは初めてかもしれない。

「何よりあの眼が一番気に入らん。私を見透かし、見下しているというのに、哀れむような紅い眼」

拳を握り締め、歯軋りをする父様の気持ちが痛い程よく分かる。

だから、使い魔である私達は主の怒りを鎮める為に進言した。

「父様。そこまで気に入らないと仰るのでしたら、私達がソル=バッドガイの眼を潰してご覧に入れましょう」

「オーバーSランクが何だってのさ。魔導師ランクが全てじゃないってことを身を以って思い知らせてやる」

父様が気に入らないように、私達だって気に入らない。

そもそもクロ助やリンディ提督の話を聞いた時点で「なんて理不尽で傍若無人な奴」と思っていた。

そしてさっきの父様に対する態度。礼儀知らずだと聞いていたが、いくらなんでも初対面でアレとは予想すらしてなかった。万死に値する。

父様の敵は私達の敵だ。

「………そうだな。戦闘能力だけ評価すれば守護騎士達を圧倒する実力者。ソル=バッドガイがクロノとリンディ提督に協力する以上、闇の書の完成に、我々の計画には邪魔だ。早々に退場してもらうことにしよう」

その言葉を聞いて、私達はすぐに行動を開始した。

まずは情報収集。

クロ助とリンディ提督を食事に誘い、ソル=バッドガイがどういう人間なのか詳しい話を聞くことに成功した。

しかし、残念なことに公式なデータ(戦闘や使用する魔法)や報告書は、全て元が何か想像出来ない程改竄されたか抹消されたかのどちらかで、眼で見て分かるようなものは一切残っていないらしい。

PT事件の際、そういう条件でソル=バッドガイとその仲間達がアースラに協力していたからだ。

二人が言うには、「あり得ない」「理不尽」「異常」「強引」「容赦が無い」「面倒臭がり屋」「傍若無人」「唯我独尊」「傲岸不遜」「管理局を見下してる」「管理局を信用してない」「身内に甘い」「特に妹に甘い」「その家族に向ける甘さと優しさの1%でいいからこちらに向けて欲しい」といった感じにかなり抽象的で、ソル=バッドガイの情報というよりは愚痴に近かった。事前に聞いていたものとあまり内容が変わらない。

魔法技術や戦闘能力に関してはただ一言、

「噴火した火山」

「攻撃的な太陽」

とだけ言って二人共口を噤んでしまい、それ以上は聞くことが出来なかった。

その後、無限書庫で働くスクライア一族に内心帰って欲しいと思いながら一応話を聞いてみると、「漢気溢れる人」「子ども達の良いお兄さん」「律儀」「義理堅い」「太っ腹」「子ども達に甘い」「特に妹に甘い」とう風に、やはり人柄の面しか分からない。

丸一日掛けて手に入ったのは、ソル=バッドガイがクロ助に誤認逮捕された時に押収したデバイスデータと、デバイス内に記録された守護騎士との戦闘データのみ。

それですらあまり重要そうなものではない。デバイスは補助をメインにしたブーストデバイスで特筆すべき部分が無くて拍子抜けしたし、戦闘データは二人から散々「理不尽な強さだ」と言われていたので、守護騎士を倒す光景は簡単に予想出来た。

結局、碌にソル=バッドガイについて分からないまま私達は出撃することになる。

だから、

(こんなの、クロ助から聞いてない!!!)

狙いを寸分違わず射止めたロッテの攻撃を受け、片眼を潰したというのに戦意を衰えさせない姿に、

自分の腕を何の躊躇も無く斬り落とす覚悟に、

斬り落とした腕を即座にくっつけ癒着させる魔法技術に、

私達は絶句した。

そして、ついさっきまで闇の書に魔力を蒐集され、おまけに右腕を侵食されていたから魔力が残っていない筈の状況で、



「ドラゴンインストーォォォォォォォォルッ!!!」



人間の範疇を遥かに超える魔力が発生し、異常なまでに膨張し、禍々しさを感じさせる程濃密になる過程に戦慄する。

ソル=バッドガイの足元から、砂の大地からマグマが噴出したように火柱が生まれ、それが天を貫き高く昇る様はまるで太陽を目指す尖塔のようだ。



ゾクッ。



尋常ではない殺気が向けられ、冷水を頭から浴びたような錯覚に陥った。

炎に全身を覆い尽くされて姿が見えなくなるが、あの紅い瞳が私達を捉えているというのがはっきり分かる。

やがて炎が何の脈絡も無く消えると、そこには二十台前半から中盤くらいまでの見知らぬ男性が立っていた。

「逃がさねぇ、クソアマ」

男性はそう言うと、親指を立てた右手で自身の首を掻っ切る仕草をしたのだった。



SIDE OUT










背徳の炎と魔法少女A`s vol.13 都合の悪い事実










SIDE シグナム



私は敵を前にしながら思わず動きを止めてしまっていた。ヴォルケンリッターの将でありながら何を迂闊な、そう自省する気にもなれないくらい私は目の前の事実に呆然としている。

強大な魔力を感じた瞬間、ソルが炎に包まれ、その炎が止むと人間形態のザフィーラと同じくらいの外見年齢の男性が立っていた。

敵から離れるようにその男性に近付く。

「ソル………なのか?」

身体そのもの赤く光らせながら莫大な魔力を発している男性に問い掛ける。

「他に誰が居る? ったく、この姿を見た奴はだいたい同じリアクションを取るな」

やれやれと溜息を吐きそう答える男性、ソル。

その声は変声期前の少年のものではなく、年を重ねた渋さを感じさせながらも若さも兼ね揃えた成人男性のもの。

「本当に、ソルか?」

「しつけぇぞ」

「………」

ジロリと私を片方―――右眼が―――瞑られた眼で睨むそれはソルそのものである。

視線には構わず、私はソルの全身を上から下まで不躾にジロジロと観察してしまう。

見た目は二十歳過ぎから中盤で、身長はザフィーラより少し高い。

頭部と眼窩の出血した後も無ければ血痕も無いし傷跡も無い。どうやらちゃんと治療したらしい。

眼つきの悪さは相変わらず。大人びていた顔つきが完全に大人のそれになり、精悍でより野生的に、より気性が荒々しく感じる。

髪型はそのままに、額の赤いヘッドギア、赤いブーツ、白いズボンと腰のバッグルは大人用にサイズが変更されているがあまり変化は無い。

グローブは色が白から黒へと変更し、指先部分が露出する造りになっている。

首から鎖で掛けられた歯車の形をしたデバイスも変化無し。

大きく変更点があるのは、腰部分をベルトで留め膝辺りまで覆うように羽織っていた白い上着が無く、二の腕が肩口から手首まで晒されていること。

黒いタンクトップに赤い襟がついただけのような上着のみで、それは胸元が大きく開いていて鍛え抜かれた大胸筋が露出し、生地が薄く肌に密着しているのか上半身の凹凸をこれでもかと見せ付けている。

動き易さを追求した結果そうなったのか分からないが、これでは防護服としてちゃんと機能を果たしているのか怪しい。

上半身は筋骨隆々でありながら無駄な肉が一切存在せず、腹筋も綺麗に割れ、見事に均整の取れた逆三角形。その肉体はボディビルダー顔負けであり、どんなに素晴らしい彫刻家にも再現出来ない美しさがあった。

腕の筋肉も肩から手首まで偏りの無いバランス良い盛り上がりをしている。

ソルの後ろに回り込んで背中の筋肉も確認。

やはりこちらも広背筋が鍛えられており、よこぞ此処まで鍛え上げたと褒め称えたくなる程美しい。その広い背中は実に頼り甲斐がある。

左手に持つ封炎剣は鍔の部分が展開、変形し複雑なギミックを晒し、刀身には炎を纏わせている。

私は元の位置に戻って正面からもう一度しっかり見据えると、満足して頷いた。

「完璧だ」

「何言ってんだお前?」

私の態度に、半眼になって可哀想な人を見る眼をするソル。

む、失礼な。戦士として良い身体をしていると総評を述べただけではないか。

「………ソル、シグナムのことは放っておいて構わん。それよりも右眼と右腕は無事か? 見たところ腕はしっかり繋がっているように見えるが」

ザフィーラがこちらに近付きながらソルのことを心配する。

というか、お前はソルの姿の変化とか全身から発する赤い魔力光とかに突っ込まないのか。

変身魔法の類だと言われてしまえばそれでお終いだが。

「眼はまだ少し時間が掛かるが、片方見えれゃ剣は握れる。腕は全快時の五割くらいだが、拳を作れりゃ敵は殴れる。この程度、戦闘に支障は無ぇ」

そう答えながら右の手の平を閉じたり開いたりして見せ、無事なことを示す。

「殺してやりたいところだが、そうすると後々面倒だ。死なない程度に適当に流す」

呟くと、極端に体勢を低くし、



「グランド―――」



全身に炎を纏い、さながらロケットブースターを使ったような爆発的な速度で砂の大地を這うように滑走した。

通り過ぎた後に火柱を生みながら砂埃を舞い上がらせ仮面の男に一直線、下段から襲い掛かる。

「っ!!」

一瞬のことに反応が遅れた仮面の男は為す術無く、ソルが懐に入るのを許してしまった。

ソルは低い体勢から流れる動作で上体を起こし、封炎剣を持ったまま左ボディブローを放つ。



「―――ヴァイパァァァーッ!!」



空気が破裂するような鋭い打撃音。

腹を殴られた仮面の男は火達磨になりながら打ち上げ花火のように空へ舞う。

跳躍してそれを追うソルはもう次の準備に入っていた。



「吹き飛べ」



空中という不安定な体勢で放たれた、それでいて強力無比、渾身の右ストレート。

今度は遠巻きに見ている私の腹に響く程の、ズドンッ、という重低音。

炎を纏った拳は仮面の男の仮面部分を粉々に粉砕し、その身体を言葉通り吹き飛ばし、しばらくの間火の玉となって地面と平行に飛び続け、豆粒程度の大きさになるとようやく墜落した。

「まずは一匹」

着地し、右手首を確かめるようにプラプラと振りながらもう一人の仮面の男に向き直る。

「な、なな何だその”力”はっ!? 何だその姿はっ!? 貴様は先程闇の書に魔力を食われていた筈っ!! どうして魔法が使える!!」

今更な疑問を動転した心情で喚く仮面の男。その動揺っぷりは敵ながら哀れだ。下手を打って我らがあのようになっていたかと思うとゾッした。

「その口ぶり………どうやらクロノとリンディは越えちゃいけないラインってのはよく分かってたらしいな」

ソルは酷薄な笑みを浮かべ、口元を歪めて歩み寄る。

「どういうことだっ!?」

「後で本人達に聞け。牢屋でな」

面倒臭そうに封炎剣に纏う炎を延長させ長大な炎の剣にし、それを右手で順手に持ち直す。

身体を半身にし、剣を持った右腕を真っ直ぐ仮面の男に向け地面と平行にし、手にした封炎剣を地面と垂直に、そして残った左手を右の肩に当て狙いを定める。

あの構え、テレビで見たことあるような………何だったか?

「貴様さえ、貴様さえ居なければ―――」

「能書きは存分に垂れたか? じゃ、クタバレッ」

怨嗟の声を上げるのに対して、無慈悲な死刑宣告。

それから野球のバッターと全く同じ構えを取るのを見て、ソルの先の構えが何だったのか思い出す。確かメジャーリーグで大活躍中の日本人選手がバッターボックスに入った時にする仕草だ。



―――ブオオオオンッ!!!



プロ野球選手ですら惚れ惚れしそうなスウィングが、大気を食らう音を立て熱風を生み周囲の空間を抉るように放たれた。

回避も防御もままならず、常軌を逸した長さと威力を誇る炎の剣は仮面の男の真芯を捉えたのかホームランボールのように空高くかっ飛ばし、先の男と同様に火達磨になりながら大きく飛距離を伸ばし、やがて墜落して小さな砂埃を立てた。

この光景をもしヴィータが見ていたら「人間ホームラン」とか「た~まや~」とか言ったかもしれない。

「なかなか飛んだな」

封炎剣を元の剣に戻し、右手で日除けを作り仮面の男達が倒れている場所をやけにすっきりした表情で眺めるソル。

「殺したのか?」

「まだレアだ、死んでねぇ。それに非殺傷だ」

俺個人としてはウェルダンにしたかったが、とソルはザフィーラの問いに振り向きもせず憮然として答えた。

「さて、馬鹿を回収して戻るぜ。ついて来い」

伝えられた内容は完璧に我らに対する命令で、有無を言わせぬ口調というよりこれが当然だといった風。

ソルは返事も待たずに飛行魔法を発動させてこの場から離れていく。

私はザフィーラと一度顔を見合わせると一つ溜息を吐き、この男は絶対に敵に回さないと心に誓うと、その大きな後姿について行くのだった。



SIDE OUT










意識を失ったことにより変身魔法が解け、本当の姿を晒すことになった猫姉妹。

チェーンバインドで簀巻きにしてから、念の為バインドブレイクされても大丈夫なように簀巻き状態を法力で固定しておく。

「この者達が闇の書の完成を望んでいるのか? 管理局の人間なのだろう?」

何故管理局の人間がそんなことを? とシグナムが聞いてくる。

「さっきも言ったが、正確には管理局の人間の使い魔だ。黒幕はこいつらの主だろ。闇の書を完成させて何企んでんのかまでは知らんが」

「闇の書の力を悪用しようとしているのか?」

「そいつが無理なのはお前らが一番分かってんだろ。闇の書にアクセスするには管理者権限が必要だ。それ以外の外部からの干渉は一切受けない。そうだろ?」

その管理者権限ってのが一番厄介なんだがな。

展開していた法力場と結界を解除すると、ザフィーラに猫姉妹を担ぐように指示を出す。

それに素直に従うザフィーラ。

転送魔法を発動させようとすると、シグナムが神妙な顔つきで聞いてきた。

「ソルはどうして我らに、いや、主はやての為に此処までしてくれるんだ?」

「さっきからお前は質問ばっかだな」

「………すまん」

「まあいい。答えは簡単だ。お前らが少し俺に似てるから同情してやってるだけだ」

「我らとお前が?」

俺は首肯した。

「今の俺の姿を見て、管理局の連中は俺を生体型ロストロギアだと断定したことがあってな。これが俺の本来の姿なんだが、どうも奴らは自分達の常識の外にあるものを何でもかんでも危険なロストロギアにしたいらしい」

本当は境遇が少しギアに似ているだけなのだが、この時俺は半分嘘を吐いた。

「確かにその”力”………遥かに人間を超越している」

「生体型ロストロギアと言われれば、誰もが納得してしまうだろうな」

ぶっちゃけた話、ギアは生体型ロストロギアではないかと問われれば否定する材料が見当たらない。戦う為に生み出され、法力をほぼ無制限に行使し続ける生体兵器で、半永久的な不老不死の癖に繁殖もする。

改めて考えてみると質悪ぃな。

「はやてに関しては友人だから、それだけだ」

これ以上説明するのは面倒なので、とっとと転送魔法を発動させ地球へと帰還した。





「今戻った」

「無事だった!?」

真っ先に出迎えたのは意外にも慌てた様子のエイミィで、我が家のガキ共はその後ろから順番にやって来た。

どいつもこいつも俺の姿を見て安心している。

その更に後ろでヴィータが居心地悪そうにハンマーを肩に担いで立っていたので、念話を繋ぎ『後でシグナムとザフィーラが来る』と伝えると、不承不承な口調で『分かった、大人しく待ってる。つーか、お前ってそんなでかかったか?』と返事がした。

「何かあったのか?」

「ソルくんの後になのはちゃんとフェイトちゃんも出動したんだけど、しばらくして駐屯所の管制システムが粗方ダウンしちゃってたからそっちの状況が分からなくて」

「システムダウン?」

「なんか、クラッキングされたみたいなんだ………防壁も警報も、全部素通りで、いきなりシステムをダウンさせられて。システムを復帰した時にはもうソルくん転送魔法発動させてたし」

ちょっとあり得ない、とエイミィが思案顔になる。

クラッキングか。十中八九グレアムの仕業だろう。大方猫姉妹のフォローのつもりだったんだろうが、無駄に終わったな。

「ユニットの組み換えはしてるけど、もっと強力なブロックを考えなきゃ………」

ブツブツと何か独り言を始めたエイミィ。

「クラッキングの犯人もその目的もだいたい分かってるからそう深く考えるな。そんなことより、こっちはこっちで収穫あったぜ」

「あ、そうだね。でも、どうして大人の姿なの? やっぱり何かあったんじゃ―――」

俺は質問に答えず指を弾くと後ろで赤い円環魔方陣が浮かび上がり、シグナムとザフィーラ、そして気絶して簀巻きにされた猫姉妹が現れる。

「リーゼッ!? どうしてリーゼがこんな………ソルくん、これは一体どういうことっ!!!」

「落ち着け」

俺を掴み掛からん勢いで詰め寄ってくるエイミィを黙らせると、クイーンを手渡し、デバイス内の戦闘データを基に一から説明することにした。





「そんな………リーゼが、グレアム提督が私達の妨害? なんで? 殺傷設定の魔法まで使って、ソルくんに大怪我までさせて」

クイーンが記録した映像と、俺とシグナムとザフィーラの証言を受け、エイミィは信じられない、信じたくないと頭を抱えて俯いてしまった。

「信じる信じないはお前の自由だが事実だ。ちゃんとこのことをクロノとリンディに報告しておけよ」

クロノとリンディもエイミィと似たような反応するんだろうな。その上でどんな行動に出るか少し楽しみだ。

そんな風に邪なことを考えていると、

「お兄ちゃんっ!!!」「ソルッ!!!」

「うおっ!?」

いきなりなのはとフェイトが俺に飛び掛ってきた。

「馬鹿っ!! 馬鹿っ!! お兄ちゃんの馬鹿っ!! いっつも私達には怪我しないように気を付けろって言う癖にっ!!!」

「眼は、腕は大丈夫なの!? とにかく今すぐ病院行こうっ!!! ちゃんと治療しないとダメだよ!!!」

涙をポロポロ零し、うえぇ~んと泣き喚きながら俺の腰にすがりつく妹二人。

「………あ」

俺は内心冷や汗を垂らしながら、なのはとフェイトに見せてしまった映像を思い出す。

闇の書に侵食され、右眼が潰され頭部を血塗れにし、右腕を自ら切断した俺の姿。

はっきり言ってトラウマ間違い無しのグロ画像だ。

周りを見渡せば、厳しい表情をしているユーノとアルフの二人と、その後ろで「当然だな」と言わんばかりにうんうん頷くシグナムとザフィーラとヴィータ、それどころではないエイミィ。

「どおりでさっきから右眼瞑りっぱなしな訳だ。右腕は見た感じ大丈夫そうだけど、フェイトの言う通りとりあえず病院行こうか」

珍しい。ユーノが深く静かに怒ってる。

「いや、これは」

「これ以上心配させんじゃないよ!!!」

アルフが吼えた。

その時、

<右の眼球の再生完了を確認。ドラゴンインストールを解除します>

クイーンに任せていた治癒が完了し、その為にタイマー設定していたドラゴンインストールが解除され、大人から子どもへと姿が戻り、ついでにバリアジャケットも解除され服装も戻る。

瞑られていた瞼がパチリと開かれ、そこから真新しい眼球が覗き、可視光線を捉え、平面だった視覚情報に距離感が加わり網膜に立体を映し出す。

アフターリスクの頭痛が少ししたが、耐えられない程のものでもないし、何時ものことなので気にしない。

そんな俺の過程を眼の前にし、泣いていたなのはとフェイトは泣き止むが事実の認識が出来てないのかポカンとし、ユーノとアルフは口をあんぐりと開け、守護騎士の三人は固まっていた。

誰もが黙り、同時に「どういうことか説明を要求する」と視線で訴えてくる。

映像の中ではしっかり潰れていたものが、時間を巻き戻したように元通りになっていたら本物の”魔法”だ。疑問に思わない方がおかしい。

逃げ場は無い。

どうしたもんかと思いながら、信憑性と説得力がある上手い言い訳を捻り出す為に頭を高速回転させたのだった。












一言後書き

バッティングセンター行くと気分がスカッとしますよね!!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.14 見える心、見えない心
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/10/05 20:48



闇の書の”闇”。自動防衛プログラムの暴走部分に、ギアコードが取り込まれた。

それはまるで、受精卵が子宮壁に着床するように。

ギアコードとは人間でいうDNAであり、ギアを構成している全ての情報が内包されたもの。

しかしそれは、人間や動物などの既存生命が持つ遺伝子情報とは比べ物にならない程に苛烈なものを孕んでいた。

本能に直結する破壊衝動。

生物を兵器として運用する上で邪魔な理性と意思を押し潰し、目標を完膚無く駆逐する為だけに存在するそれは、ギアが兵器であるという紛れも無い事実。

そして戦いに適した身体への肉体変化。

それらは防衛プログラムを著しく変質させるものである。

始まってしまった胎動。

最低最悪の運命の歯車が回り始める。










―――ドクンッ。










管制人格は戦慄した。

闇の書に付着し、防衛プログラムに取り込まれた血液が持っていた謎の情報。

その情報が、防衛プログラムを侵食し、支配下に置いている。

本来ならあり得ないことだ。

血液など生物の体液でしかなく、プログラムやデバイスに影響を及ぼすことなど不可能だ。

だが、現にその情報は闇の書にとてつもない影響を与えている。

しかもより悪い方へ。

それは既に、崩壊へのカウントダウンが始まっていることと同義であった。

もし闇の書が完成してしまえば、それは塞き止められたダムが崩壊するように破滅を撒き散らすだろう。

そうなってしまえば、全てが終わる。

自分に出来ることは、ただそれを抑えつけ耐え忍ぶだけ。

しかしそれも持って数日。

やがて自分の力を超えたそれは暴れ出し、完成を目指してオリジナルの情報と”力”を求めるだろう。

一度蒐集した相手は二度も蒐集出来ないというロジックは既に書き換えられている。

それに、変質した自動防衛プログラムが求めるのは魔導師の魔力ではなく具体的な情報だ。

アレを完成するには”力”を完璧に制御する術と、高度な知識を必要とするらしい。

それを取り込んだ時、真の意味で闇の書の”闇”が完成してしまう。

今回も、終わってしまう。

待っているのは最悪の未来。

もう、時間は無い。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.14 見える心、見えない心










「「「「「「「説明になってない」」」」」」」

我が家のガキ共とこの場に居ないシャマルを抜いたヴォルケンリッターが綺麗に声を揃えて言った。

俺はその返答にやはりなと思いつつも、このまま無理やり強引に納得させようと決めていたので押し切るように言い放つ。

「納得するしないはお前らの勝手だ」

「納得するも何も、お兄ちゃん説明らしいこと何一つ言ってないよ」

なのはに他の面子がそうだそうだと同調する。

「大人の姿でいると傷が勝手に治るとか言われても、納得出来ないよ」

フェイトが俺の瞼の上に手を乗せ、右眼に心配そうな視線を送ってきた。

(どう説明しろってんだよ?)

内心で焦りながら俺は悶々としていた。

内臓や眼球のような重要な器官を再生させるような技術―――しかも個人レベルの応急処置のような感覚で―――は今の地球の医療では勿論、魔法文明が発達したミッドチルダでも不可能だ。

しかも一時間も経っていないという短時間で完治などあり得ない。

法力でだって失った内臓を再生させるなんてことは無理だ。

こんなことが可能なのは俺がギアだから。肉体を構成するギア細胞が欠損した部分を勝手に修復してしまう。

さっきまではその修復速度を上げる為にドラゴンインストールの状態を維持していた訳なのだが。

俺の身体が持つ異常性を説明するには、どうしてもギアの説明をする必要がある。

だが俺は、数日前のようにギアを例え話として出しても、詳しい説明をする気は無い。



―――説明なんて、出来る訳が無い。



適当な言い訳をいくら考えても思いつかない。

だから俺は、大人気無い態度に出ることにした。

醜くて薄汚い保身の為に。

「………うぜぇ」

乱暴に吐き捨てるとなのはとフェイトの手を振り払う。

「あ………」

「お兄ちゃん?」

明らかに俺の纏う空気が変わったことに誰もが戸惑い、緊張する。

そんな面子に冷ややかな視線で一瞥すると、立ち上がり、部屋の外へと歩き出す。

「待ってよソルっ!! 話はまだ終わってない」

「そうさ、皆にこんな心配掛けてその態度は無いんじゃないのかい?」

ユーノとアルフの咎めるような口調に立ち止まるも、俺は振り向かずに口を開いた。

「俺が何時、お前らに心配してくれと頼んだ?」

これから俺は、大切な家族に最低なことを吐く。

「何時も俺を心配させてるお前らが俺の心配だと? 俺に甘ったれてるだけのガキが笑わせるな」

こんな暴言が言いたい訳じゃない。

「半人前の癖に生意気なこと言う暇があるんだったら、俺が認めるだけの実力でも身に付けたらどうだ?」

ただ俺は、自分のことを知られるのが怖いだけなんだ。

「お前らは俺が居ないとダメなのか? 俺が居なくなったら死ぬのか? だったらこの先、生きていけねぇな」

誰か俺を、止めてくれ。

「何時までも俺がお前らの傍に居ると思ったら大間違いだ」

本当はずっと傍で見守っていたい。

(………クソが)

自分自身に胸中で毒を吐きながら、俺は逃げるように仮司令部を後にした。










SIDE フェイト



普段はとても大きく見えるソルの後姿が、私には何時もよりずっと小さく見えた。

それと、あの態度に対する小さな違和感。

怒ってる感じでも、苛々してる感じでもない。

あれはまるで―――

「何だあのソルの態度は? 人が心配しているというのに、一体何様だ?」

腕を組み、シグナムが不機嫌な声で文句を言う。

「オメーらはあんなこと言われて何とも思わねーのかよ」

ヴィータも頬を膨らませながら苛立たしげにしている。

「………」

ザフィーラは何も言わず眼を瞑り、何か考えごとをしているようだ。

「さっきのお兄ちゃん、なんか変だった」

「うん。ソル、普通じゃなかった」

私はなのはの言葉に頷いた。

「そうだね。ソルって普段から無口でぶっきらぼうだけど、口を開くと意外に理路整然とものを言うタイプの人間だから、さっきの物言いは彼らしくないね」

「なんかあいつ、何かに八つ当たりしてる感じじゃなかった?」

一緒に暮らしてる皆はちゃんと気が付いていたようで、私は少し嬉しくなる。

「そうなのか?」

訝しげな表情のシグナムに高町家はうんうんと首肯した。

「お兄ちゃんが怒るともっと怖いし」

「そういう時って大抵私達が悪いことしたか、心配させた時だから」

「彼、結構見てないようで僕達のことちゃんと見てるんだよ」

「アタシらの保護者って何時も言ってるからね」

私達の態度に、シグナムは「お前達がそう言うならば、そうなのだろうな」と納得したみたい。

「でもよー、だったら尚更だろ? なんであんな態度取ったのか分かんねーよ」

頭の後ろで手を組んだヴィータが唇を尖らせる。

そう言われてみれば………どうしてだろう?

何時もなら、これこれこういうことだからこうなる、っていう風に順序良く物事について教えてくれるソルが、碌な説明もせずに部屋を出て行ってしまった。

「………考えられることがあるとしたら一つ。法力だと思う」

ユーノが顎に手を当て、難しい顔をした。

やっぱりそうなのかな?

「何だ、その法力というのは?」

あ、そういえばシグナム達は知らないんだっけ。

「法力っていうのは、僕らが使うミッドチルダ式魔法でもなければ、キミ達が使うベルカ式魔法でもない、ソルだけが使うことの出来る魔法のことだよ」

「ユーノくん、シグナムさん達に教えちゃっていいの?」

「名前だけならいいんじゃない? どうせ僕が知ってる法力のことを全部教えたって何も出来っこないし」

しれっと言うと、ユーノはシグナム達に説明し始めた。

「正直僕もよく分かってないからところどころ省いて簡単に説明すると、ソルは本来魔導師じゃなくて法力使い。今言ったように、法力ってのはミッド式でもなければベルカ式でもない全く未知の魔法のこと。僕は一度基礎理論を教えてもらったことがあるけど、何を言ってるのかチンプンカンプン。ただ一つ言えることは、僕達が使う魔法とは根本的に違う理論で構成されているということ」

首を横に振りながら肩を竦める。

「そして、さっきの大人の姿をしていた状態がソルの本当の姿。普段は”力”を封印してるらしいよ? だから子どもなんだって」

「何ィィィっ!?」

弾かれたようにヴィータが反応した。

「どうしたヴィータ?」

横目で問い掛けるシグナムには答えず、「ズリーぞあの野郎………アタシだって」とかぶつぶつ言ってるのが聞こえる。

「で、さっきのクイーン、ソルのデバイスが言ってた内容。右眼の眼球を再生したってのと、ドラゴンインストールを解除して大人から子どもに戻ったことから分かるのは、ソルは大人の姿を維持することで怪我を治癒していたってことかな」

「しかし、そんなことが本当に可能なのか? いくら大人の姿が子どもより優れているとは言え、潰れた眼球を修復するなどあり得ん」

「でも事実だしなぁ」

「それは………そうだな」

うーん、と皆で唸ってしまう。

そんな時、今まで黙っていたザフィーラが独り言のように呟いた。

「ソルが自分から話さない以上、我らが考えても仕方が無いと思うぞ。それよりも今はもっと優先すべきことがある筈だろう?」

「………そうだよ!! あいつが使う魔法のことはこの際どうでもいいじゃんかよ!! はやてをなんとかしてくれるって約束だろ!!!」

「む、ザフィーラの言う通りだな」

すっかり忘れていた。今はソルのことをあれこれ考えるよりも先に、闇の書もとい夜天の魔導書をなんとかして、はやてを病気から救うのが先だ。

「それはそうなんだけど、肝心要のソルが………」

「「「「「あ」」」」」」

ユーノの冷静な突っ込みに、私達の中心であるソルが機嫌を損ねて何処かへ行ってしまったことを思い出す。

「どうすんだよ!?」

「落ち着けヴィータ」

「はぁ」

騒ぐヴィータを宥めるシグナム。その隣で疲れたように溜息を吐くザフィーラ。

私はそんな光景を視界に入れつつ、さっきのソルの態度のことを考える。

あの時のソルは今まで見たことが無い程弱々しく感じた。

それでも虚勢を張ろうと無理に強い口調を使っていたように思えてしまう。

乱暴な物言いはソルの心の奥を隠しているように。

冷たい背中はとても寂しそうで。

まるで、何かに怯えてるみたい。

それ程までに、ソルは自分の身体や法力について知られたくないことがあるのだろうか。

もしそれを知ってしまったら、ソルが何も言わずに何処か遠くへ行ってしまうような、そんなどうしようもない不安に駆られる。

(嫌だ、嫌だよ!!!)

慌ててその恐ろしい想像を消す。

しかし、不安を完全に拭うことは出来なかった。



SIDE OUT










あれから一人になりたくて当ても無く夜の帳がすっかり落ちた街中をフラフラと歩き、知人友人に見つかるのを恐れて普段はあまり行かない場所へと足を向ける。

そして気が付けば公園のベンチに座り、自己嫌悪しながら溜息を吐いていた。

あいつらが俺のことを慕っているんだから、純粋に心配するのは当たり前だ。

俺が逆の立場だったら意味も無く暴れ回る自信がある。

それだけ大切な存在なんだというのが嫌という程思い知らされた。

だというのに俺のさっきの態度は一体何なんだ? 悪いことをして叱られた子どもが自分の非を認めてないような、妙に腹立つ態度だ。

「無様だな」

自嘲して唇を歪めると、

「ええ、本当にね」

おっとりとした口調の声がすぐ傍で聞こえた。

声がした方に眼を向ける。

「こんばんわ」

そこにはクスクスと面白そうなものを見つけたと言わんばかりに微笑むシャマルが居た。

「隣、いいかしら?」

「………好きにしろ」

我ながら覇気の無い声が出る。

「こんなところで何してやがる?」

「それはこっちの台詞よ。今頃シグナム達と情報交換とか、これからについて綿密な打ち合わせとかしてると思ったら、こんな人っ子一人居ない公園で元気無く項垂れてて。しかも私の接近に全く気が付かないし。今の貴方、初めて会った時と比べたらちっとも怖くないわよ」

「………」

シャマルは意識してないんだろうが、その言葉は今の俺の状態を非難しているようで、結構辛辣に聞こえないこともない。

「むしろ凄く弱くて、今にも消えてしまいそうな程儚く見える」

否定は………出来ないな。

「なんて言うか、寂しそう。一人になりたいのに独りになりたくないって感じかしら?」

「訳分かんねぇよ」

「ええ。私も自分で言ってて意味分かってないわ」

ニコッと笑みを浮かべるとシャマルは声に出して笑った。

それから不意に、シャマルは真面目な表情になると、重々しげに口を開く。

「右眼のこと?」

「っ!?」

驚きで眼が大きく見開かれたのを自覚する。

「私はヴォルケンリッターの参謀よ。仲間の状況や得た情報を常に把握して、それを念頭に置いて指示を出すのが主な仕事」

「………補助がメインの後衛だと思ってたぜ」

「それも間違ってないわ。後ろで補助をしつつ参謀としての役割を果たす、が一番正しい言い方ね」

そう言って指を一本立てて、「どう?」って感じに年相応の女性の笑みを再び浮かべる仕草は、とても魔導プログラム体とは思えない生き生きとした”人間”だった。

「誰にだって知られたくないことってあるわ」

「ああ」

「それが自分の大切な人なら尚更知られたくないってことも」

「………そうだな」

「私もね、私達も、あるの。はやてちゃんに知られたくない私」

俺は黙って続きを促した。

「何時の頃なのか、どんな主に仕えていたのか、具体的にどういう過去だったのか忘れてしまったけど………私達ヴォルケンリッターが主の私利私欲の為に使われたことなんて一度や二度じゃないわ」

憂いを秘めたその瞳が悲しげに揺れる。

「戦争の道具として使われたことがあったのもなんとなく覚えてる。私達の過去は、はやてちゃんには絶対に知られたくないような血塗られたものでしかない」

「そうか」

「もし知られてしまったら、はやてちゃんに見放されてしまいそうで凄く怖いもの」

「………ああ」

「だから漠然とだけど分かるのよ。形は違うけど、私達がはやてちゃんに知られたくないことがあるのと同じように、貴方にも家族に知られたくないことがあるって」

言外に「貴方を問い詰めるようなことはしない」ということなのだろう。

そうしてくれると助かる。

そして会話が途切れた。

沈黙の中、シャマルから視線を外すと冬の空を見上げる。

比較的都心に近い海鳴市は街明かりの所為で星があまり見えない。それでも冬という季節のおかげで、オリオン座などははっきり確認出来た。

そんな俺に倣ってか、シャマルも視線を星に向けた。

「もうすぐクリスマスですね」

穏やかな口調で沈黙を破ったシャマルに俺は同意する。

「ああ。我が家にとっちゃ毎年恒例の地獄の一日になる」

「地獄の一日? お店でもやってるんですか?」

「翠屋って喫茶店を知ってるなら想像つく筈だ」

「あ! 知ってます!! ご近所さんがそこのシュークリームお裾分けしてくれたことがあったんです。もうヴィータちゃんなんて凄く気に入っちゃって。今度皆で行ってみようかって話したことありますよ。もしかしてクリスマスケーキも販売してるんですか?」

急にテンションを上げるシャマル。女性というのは大抵甘いもの好きと言われるが、こいつも例外じゃないらしい。

つーか、魔導プログラム体も食事とかするのか? ということは人間が必要な生理現象は一通り揃えているのだろうか?

「ケーキが欲しかったらなるべく早く店行って予約しろ。そろそろ予約締め切るって話だ」

「えー。ソルくんが取り置きしてくれるんじゃないんですか?」

「作ってるのは俺じゃねぇ。んなこと勝手に出来るか」

呆れたようにシャマルを睨むと、「身内贔屓でなんとかしてくれてもいいじゃないですかぁ」と子どもっぽく頬を膨らませる顔があった。

それを見て思わず吹き出しそうになる。

「な、なんですか急に笑い出して!!」

「笑ってねぇよ」

「笑ってるじゃないですか。口がニヤついてます」

ううぅ~もう知りません、とそっぽを向いてしまうシャマルのそんな態度に、急に懐かしさがこみ上げてきた。



―――「もう、フレデリックなんて知らない」



シャマルがあいつにダブって見えてしまった俺は、その少し不機嫌そうな横顔を呆けたように見つめてしまう。

「………私の顔に何かついてますか?」

それに気付いたのかジト眼で睨まれてしまう。

「………」

もしかしたらこいつ。わざわざ俺のことを慰めに来たんじゃないのか?

もうすぐ夕餉の時間だってのにこいつが此処に居る理由がイマイチ分からない。偶然にしては他の目的も無さそうだ。まさか散歩してたら俺を見かけたという訳でも無いだろう。

だとしたら余計なお節介だが、

(ありがとよ)

万感の想いを込めて「なんでもねぇよ」と言って、俺はぶっきらぼうに顔を背けるのだった。










SIDE シャマル



どうやら少し元気が出てきたみたい。

自己嫌悪に陥ってたようなさっきの表情よりも、今の仏頂面の方が全然良い。

折角、はやてちゃんの病気に光明が差してきたんですもの。その中心であるこの少年が俯いているのは放っておけないわ。

(それにしても………ソルくんってギャップが凄く激しいのね)

戦闘中は真夏の太陽よりもギラついてるのに、こうして手を伸ばせば届く距離で会話していると人付き合いが不器用な少年でしかない。

少し子どもっぽいところもあるし、性格がちょっとヴィータちゃんに似てるかも。

しかも、何処と無く他人を拒絶しているような態度を取る癖に寂しそうにしていて、気が付くと遠くへ行ってしまうような危なっかしさ。

はやてちゃんのことを抜きにしても放っておけない、と思わせるような母性本能をくすぐるところがある。

だからだろうか。私自身よく理由も分からずその手を握り、立ち上がらせる。

「さあ、皆の所に戻りましょう」

ソルくんは少し戸惑うように黙考した後、何も言わずに頷いてくれた。

そのまま私達は手を繋いだまま公園を後にする。





街の中はもうすぐやって来るクリスマスの飾り付け一色で、街路樹に施された電飾などが華やかに輝いていた。

サンタの変装をした店員が一生懸命ビラを配ってる横を通り過ぎる。

「私クリスマスって初めてなんです。私達ってはやてちゃんに会う前はこういうことに無縁だったから、ずっと前から楽しみにしてたんですよ」

「クリスマスってのはこんなお祭り騒ぎをする為の行事じゃねぇ」

「え? そうなんですか?」

「キリスト教が崇めるイエス・キリストの降誕祭。神が人間として生まれてきたことを祝うことが本質で、本来は教会で居もしねぇ神に祈りを捧げる行事だ」

呆れたように溜息を吐くソルくんは、疲れたようにクリスマス前の賑わう街を眺めた。

「詳しいですね」

「詳しいも何も、調べりゃこの程度すぐに分かる。ちなみに、日本は仏教徒が多いが、日本人自体は大抵無神論者だ」

「ならどうして他の国の宗教行事に皆ワクワクしてるんですか?」

「日本人はお祭り騒ぎが好きだ。口実見つけて馬鹿騒ぎしてぇだけなんだよ。後は経済効果を期待してる面もある」

バレンタインも似たようなもんだな、とソルくんは苦笑いを浮かべデパートを指差す。

そこには『クリスマス前の特別セール実施中』というノボリがあちこちに掲げられていた。

「サンタさんが子ども達にプレゼントを配るというアレは?」

「四世紀頃のキリスト教の教父聖ニコラオスの伝説が起源だ。それ以上詳しく知りたけりゃ図書館行くなりネットで調べるなりしろ」

乱暴なのか丁寧なのかよく分からない感じで説明をしてくれるソルくん。

それ以来ぷっつりと会話が途切れてしまったけど、私はとても良いことを思いついたので提案した。

「ねぇソルくん」

「んだよ」

「今度のクリスマス、皆で一緒にパーティしません?」

「はあ?」

何をいきなり言い出すんだ、という顔をされる。

「クリスマスパーティですよ。はやてちゃんと私達と貴方達で、皆で一緒にパーティするんです。楽しそうでしょう?」

「んな暢気なこと言ってる場合じゃねぇだろうが、俺達は」

ギロっと睨まれるけど私は全く怯むことなく言い返す。

「だから、それまでにはやてちゃんの病気をなんとかしましょう。そして、クリスマスを同時にはやてちゃんの快復祝いにする、良い考えだと思いませんか?」

私は自分の今の気持ちを込めるように、繋いだ手をより強く握る。

本当は分かってる。はやてちゃんの病気を治す手段は闇の書を、夜天の魔導書自体をどうにかしないといけない。

それは並大抵のことじゃない。どれだけの負担と苦労と時間が掛かるか分かったものじゃない。

だけど、私達ヴォルケンリッターは主を救うと言ってくれたこの少年を信じることにした。

だったら、最後までこの少年を信じ、懸けてみようと思う。

「………簡単に言ってくれるぜ」

ソルくんは難しそうな表情をした後、

「だが、最善は尽くす。お前らにも協力してもらうからな」

決意を秘めた眼で不敵に笑うのであった。














後書き

PV50万超えありがとうございます!!!

毎回多くのコメントも多謝!!!

皆さんの声援が力になってます。

そして物語はいよいよ佳境へと突っ走っていきます。これからもテンションマキシマムで頑張りたいです!!!

一番多かったシグナム筋肉好きについて。


「筋肉は筋肉でもソルみたいに研ぎ澄まされた筋肉を認めているのであって、
 私はそこまで筋肉が好きな訳ではありません。
 無意味についた筋肉は見るに耐えません。というか、誰だ私を筋肉フェチだと言う者は? ヴィータかっ!?」

筋肉の違いが分かる女、シグナムより




追記

ちょっと修正しました。宗教関連の台詞部分を。

あと、感想返しも感想版に追加しました。



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.15 今後の方針を………あれ?
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/10/09 13:53

「おっ邪魔っしま~す!!」

「………」

シャマルが幼児達に挨拶する保育園の先生みたいなテンション高い声で元気良く仮司令部のマンションに入る。

繋いだ手に引かれる形で、つーよりはむしろ引き摺られるように俺はシャマルの後に従う。

いい加減手を離して欲しいのだが、「ダメです。皆にちゃんと謝るまで離してあげません」と慈愛溢れる笑顔で頑として離してくれない。

道中、俺が仮司令部を逃げ出した時の態度とかを説明してしまったら「もう、仕方ないですね。私が一緒に謝ってあげます。ソルくんが誠心誠意込めて謝れば皆許してくれますよ」ということになってしまったからだ。

正確には覚えてないがクリスマスパーティの話をした辺りからシャマルはご機嫌になり、さっきからずっとその機嫌に合わせて繋いだ手を振り子のように「ルンルン♪」と振っていた。

「「「「「「「「………」」」」」」」」

廊下を抜けリビングに出ると、ソファに座っていた面々や壁に背を預け立っているザフィーラとユーノ、床に転がされた猫姉妹(まだ気絶中)の傷の具合を確かめていたエイミィが俺とシャマルの二人がセットで現れたことに声も無く驚いている。

「ホラ、ソルくん」

視線が集まる中、促すように繋いだ手を振られたので、俺はどうしてこの状況下(シャマルと手を繋いだ状態)で皆に謝らにゃならんのだ、もう少しまともな状況で、つーかせめて手を離せ、と理不尽な現実に心の中で嘆きながら頭を下げた。

「さっきは、その、すまなかった。俺のこと心配してくれてたってのに酷いこと言って。反省してる」

ようやく手が離された、と思ったら下げた頭を撫でられる。

「皆許してあげて。ソルくんの態度は悪かったと思うけど、誰にだって触れられたくないことってあると思うの。それを察してあげて」

『何してんだお前は!? 母親みてぇな真似してんじゃねぇ!!』

『お姉さんに任せなさい』

『ちょっ、』

念話を繋いで抗議すると返事が来た瞬間切られた。

なでなで。

「ソルくんも十分反省してるわ。私が見つけた時は自己嫌悪しててとっても落ち込んでいたんだから。公園で一人ボーッとしてるくらいに」

「言わんでいい!!」

我慢出来なくなった俺はバッと頭を上げる。

それでも未だにシャマルの手を俺の頭の上。

「事実じゃない」

「状況を説明する意味が分からん」

なでなで。

「その方が貴方の心理状態が皆に伝わって理解が広まるでしょ?」

「余計なお世話だ」

なでなで。

「もう、天邪鬼さんなんだから」

「………っ!!!」

なでなで。

出来の悪い弟に接する姉のようなシャマルの態度に俺は頭を抱えた。

………こいつ、桃子と同じタイプの人間なのか? 俺が最も苦手とする人種の女じゃねぇか。こういう女って自分が間違ってないって思ってるとどんな罵詈雑言吐かれたって聞く耳持たねぇんだ。

「まあ、そういう訳だからソルくんのこと許してあげて欲しいのよ」

「何様だお前は………」

ニッコリと素晴らしい微笑をシャマルが浮かべると、呆気に取られていた皆が黙ってゆっくりと頷いた。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.15 今後の方針を………あれ?










「はい、これで大事の前の小事が解決しましたね。では、次に今後について具体的な―――」

「「ちょっと待ってくださいっっ!!!」」

場を完璧に支配し、仕切ろうとしていたシャマルを遮る声。

なのはとフェイトだ。

二人はおもむろに立ち上がると、シャマルに挑みかかるように歩み寄る。

「どうしました? お二人はソルくんのことをまだ許せないんですか?」

「そんな訳無いじゃないですか。お兄ちゃんが私達に隠し事するなんて考えてみれば何時ものことだし、シャマルさんに言われなくても誰にだって秘密の一つや二つ持ってて当たり前です」

「今回は私達の配慮が足りなくてソルを怒らせちゃっただけだから許すも何もありません。むしろ私達が謝るべきです」

そう言って、なのはとフェイトは俺に向き直るとペコッと頭を下げた。

「お兄ちゃん、ごめんなさい」

「ごめんね、ソル」

「いや、俺は気にしてねぇから謝られると困る」

俺が肩を竦めると、二人は花のような笑みを浮かべて「ありがとう」と言った。

それから再びシャマルに向き直り、俺に対する態度とは一変した冷たい態度になる。

「私達が文句あるのはシャマルさんです」

「私?」

きょとんと不思議そうにするシャマル。

「とぼけないで………何時までソルとそうしてるつもり?」

早くも身体に黒いオーラを纏い始めたフェイトが指を差す。

そこには何時の間にか、俺の頭を撫でていた手が元の形に、つまりは俺の手を繋いでいた状態に戻っていた。

「………何時の間に」

それに全く気が付かなかったことに、俺は戦闘者としてシャマルの早業に戦慄する。

「あら本当。何時の間にか手を繋いでるわね」

なんでかしらね~? と素で不思議がってるのか、すっとぼけてるのかイマイチ判断つかないシャマルの態度に二人は徐々に、しかし確実に不機嫌になっていく。

「なんて白々しい。さっきから黙って見てれば、お兄ちゃんにベタベタと………」

「ソルに変な匂いつけないで」

忌々しそうにシャマルを睨む二人の態度に俺は何かヤバイものを感じて口を開こうとすると、それより早く壁際に居たユーノが先に笑い出した。

「ぷはははははは。やっぱりソルは大人だけあって、くっ付かれるなら子どもよりも大人の女性の方が良いのかな。それが美人なら尚更ヌワーッッッ!!!」

桜色と金色の魔弾がユーノを襲い、見事に命中し昏倒する。やめときゃいいのに、どうしてあいつは余計なことを言わないと気が済まないんだろう。

「………ユーノ、無事か?」

「あー、いいよ放っておいて。何時ものことだし」

ユーノを気遣うザフィーラに声を掛けると、白目を剥いているユーノを携帯電話で写真を撮るアルフ。

被写体である当の本人は意識があるのか無いのか「覚えてろ………次の模擬戦で二人共投げ飛ばしてやる」と何やら呪詛に近い独り言を吐いていた。

「気に入らないとすぐに魔法で攻撃するなんて。初めて会った時もそうだったわね………ソルくん、この二人怖いわ」

純粋にそう思ってるのか、それとも二人をおちょくってるのか、やはり判別つけようが無い演技なのか素なのか不明な表情で俺の腕にしがみつく。

(………その、なんだ………すまん)

とりあえず心の中で謝っておく。誰に対しての謝罪かは自分でもよく分からないが。

そして、なのはとフェイトは爆発まで秒読みを開始してたりする。

仮司令部がこんなアホなことで吹っ飛んだら、さすがにリンディ達に申し訳無いので封時結界の用意をしておこうと思う。

その時、

「つーかさ、今更なんだけど、シャマルとソルはどうしてそんなに仲良くなってんだ?」

はいはーいっといった感じでヴィータが質問を投げ掛ける。

「確かシャマルってソルのことビビッてたよな。シグナムと二人がかりで戦ってコテンパンにされて以来」

ヴィータの隣でシグナムが苦い顔をする。

質問に対して、シャマルはうーんと唸ってから答えた。

「そうなんだけどね。なんて言うか、今まで凄く強くて怖いってイメージがあったソルくんの落ち込んでる姿を見たら、急に可愛く見えてきちゃって」

「それだけ?」

「あとはちょっと子どもっぽい部分とかかしら? そういうのを知った所為か、ソルくんが手の掛かる弟みたいで。これがきっと、前にはやてちゃんが言ってたギャップ萌えなんだと思うわ。それにソルくんって何だか暖かいから、こうしてると気持ち良いの」

意識してるのかしてないのか首筋に甘い吐息が掛かり、女性的な柔らかさがぐいぐい服越しに押し付けられる。

よし、はやてに対する色々な評価を下方修正しておこう。何がギャップ萌えだ。意味が分からん。

「「………」」

ついに黙ってデバイスを展開しようとしているなのはとフェイトは危険度マックスに達していた。

視線でアルフに助けを求めると、しょうがないね帰ったらジャーキーを山程用意しておきな、といった風に呆れたように頷いてくれた。

「シャマルが今感じてる”暖かい”って感覚はきっとソルのレアスキルの所為だね」

アルフがさり気無く、丁度なのはとフェイトの前に割って入るように話を振る。

「ほう、ソルはレアスキル持ちなのか?」

「へー、凄ぇじゃん。どんなのだ?」

とシグナム、ヴィータ。

この話題にはヴォルケンリッターの全員が興味を引かれたのか、場の空気がそちらに流れた。

なのはとフェイトは気が削がれたのか矛を収めるも、畜生後で覚えてろよ逃げんじゃねぇぞと言わんばかりにシャマルを一瞥した後、不貞腐れたようにソファに座り直し、恨みがましいジト眼で早く説明終われとアルフのことを見ている。しかしアルフはそれを華麗にスルー。

「ソルのレアスキルはその名も『魔力供給』。触れているものに無意識に魔力を送り込んじまう体質のソルは、魔導師やそれに準ずるものの魔力を回復させたり、一時的に爆発的な力を与えることが可能なのさ」

「………魔力の回復?」

「………一時的に爆発的な力を与えるって………」

「まさか」

名称と効果を聞いて、何やら思い当たる節があるのか、一斉に俺を真剣な眼で見るシグナムとヴィータとザフィーラ。

「それって、こうしてるだけでいいの?」

「ソルに触ってればなんだっていいさ。触れた場所から魔力が流れ込んでくるだろ?」

シャマルの質問にアルフがニヤニヤと笑いながら答えた。これは報酬が高くつきそうだ。

「クラールヴィント!」

己のデバイスに慌てたように確認を取るシャマル。

<事実です>

待機状態の指輪が無機質な声で答える。

「何時から!?」

<ソルとの初遭遇時は確信が持てず、特に問題も無かった為言いませんでしたが、今の話を聞いて納得しました>

「じゃあ、クラールヴィントは初めから気付いてたの!?」

<まあ>

「どうして言ってくれないの!?」

<先に言った通り確信が持てなかったこともあり、今日はお二人が何やら良い雰囲気なので空気を読みました>

「そうは言っても………うう、これじゃあ補助を専門とするヴォルケンリッターの参謀シャマルの面目丸潰れです」

俺の肩に顎を乗せてシャマルが「だから私ってウッカリって呼ばれるのかしら」とさめざめ泣いている。

どうでもいいが顔が近い。なのはとフェイトの視線が分かってるのに故意でこんなことしているとしたら、こいつは相当神経が図太い。

でもおかしいな。二人と初遭遇した時は結構怯えてたのに。俺の魔力供給は精神面にも作用するのだろうか?

「まあ、気が付かないのはしょうがないさ。ソルに触ってると心地良いだろ? それは魔力が全身を駆け巡ってリンカーコアに吸収されてる証拠。だから心地良いんだけど、その心地良いって感覚が”魔力を供給されてる”って感覚を阻害してるみたいで、純粋なデバイスは気が付いても、魔導師やアタシみたいな使い魔とかアンタらみたいな魔導プログラム体は気が付かないのさ」

アルフが気にするなとフォローした。

そこに復活したユーノが立ち上がって加わる。

「僕も初めて気が付いたのはソルに出会って二週間以上経った時にレイジングハート、なのはのデバイスに言われたのが切欠だしね。『魔力供給』を認知した上で感覚を研ぎ澄ませているか、ある程度慣れてるかしないと気が付かないんだ。たぶん、僕達はデバイスと違って五感を持ってるから逆に気付きにくいんじゃないかって思ってる」

だから気にするな、とアルフとユーノがシャマルを慰める。

「なるほど。だから闇の書がリンカーコアを摘出していないのにソルの魔力を蒐集しようとしたのか」

「先の謎の現象も納得だな」

合点がいったとばかりのシグナムとザフィーラ。

「じゃあさ、はやての病気もこれで治んじゃねーのか!?」

喜色満面の笑みを浮かべてヴィータが歩み寄ってくる。

他の守護騎士達も同様に期待の眼差しを向けてきた。

しかし、俺はそれを否定する。

「確かに俺のレアスキルははやての病気に対して特効薬と同じ効果を望める。実際、進行を抑えることも可能だが、根本的な問題解決にはならねぇんだよ」

「………そっか」

眼に見えて沈んでしまうヴィータ。

「けど、治らないと決まった訳じゃ無いわ。ソルくんが居る限り、はやてちゃんの病気は進行を抑えることが可能だし、私達がこうしているだけではやてちゃんの負担はぐっと減る筈」

「ああ、時間稼ぎは出来る。その間に闇の書を、壊れた夜天の魔導書を何とかすれば」

「主はやては治る」

俺はシャマルの言葉に頷き、シグナムが引き継ぐ。

「………はやてが、治る? 嘘じゃねぇよな?」

ヴィータが眼に涙を溜めて問い掛けてくる。

「ああ」

「ホントか!? 嘘だったら承知しねぇぞ!?」

「嘘じゃねぇ。はやてを治してみせる。必ずな」

「ホントにホントだなっ!?」

「しつけぇぞ。はやては俺が助けるっつってんだ」

「………はやてが………治る………う、ううぅ」

ついにヴィータは嗚咽を漏らし、ポロポロと涙を零し始めた。

「ヴィータ」

「ヴィータちゃん」

「………」

シグナムが後ろからヴィータの頭を撫で、ザフィーラが肩に手を置き、シャマルが俺から離れ正面からその小さな身体を抱き締める。

俺はそんな守護騎士達の姿を眼にして、これは責任重大だと思うと同時に、改めて気合を入れ直すのであった。





シャマルが俺から離れたことによって極僅かに機嫌が上向きになったなのはとフェイトを視界に収めつつ、ソファに座ると今後のことについて話し始めた。

「まず、闇の書は完成させない。これは全員一致だな?」

確認を取ると、全員が頷いた。

「次に、はやてへの事情説明と協力要請。これは守護騎士達で上手く伝えておけ」

「任せろー!!」

ヴィータが元気良く応える。それに倣ってヴォルケンリッターそれぞれが首肯する。

「それから、はやての負担を減らす為、麻痺の進行を抑える為に魔力供給を俺が行うってことになるが―――」

「はいはいはいっ!!!」

「そのことについて提案が!!!」

必死の形相のなのはとフェイトが挙手した。

「………言ってみろよ」

半ば予想していたので発言を許す。

「はやてちゃんの負担を減らすだけなら、別に”シャマルさん”達じゃなくてはやてちゃんに直接触れればいいと思うの」

「なのはの言う通り。すずかの家でお鍋した時にはやての発作を抑えたことあるんだから、”シャマル”達に触る必要は無いよ」

シャマル、という単語をやたらと強調する。どうやら、二人の頭の中ではシャマル=敵になってるらしい。

「二人の言う通りだな」

ザフィーラが腕を組んだままうんうんと二人に同意し、

「お前だって嫌だろう?」

と同意を求めてきた。

「………まあ、確かに」

シグナム、シャマル、ヴィータは女性だからまだ許せるが………さすがにマッチョの男は………

「ならザフィーラの意思を汲んで―――」

「じゃあ、ザフィーラは直接魔力供給されるのは除外ね。それからソルくんには今晩からウチに滞在してもらうことにしましょう」

俺の言葉を遮るような形でシャマルが実に楽しそうに口を挟む。

「「「シャマル(さん)ッ!?」」」

なのはとフェイト、そして何故かシグナムが驚愕の表情になる。

「おい、ちょっと待て、何勝手に―――」

「はやてちゃんの為です、反論は受け付けません。ていうか、私ソルくんのこと気に入っちゃいました」

今本音がポロって出てきたぞ。

魔力で肉体を構成した魔導プログラム体だから、普通の魔導師よりも心地良いのか?

いかん。このままではシャマルの抱き枕にされる。

「冗談じゃねぇ。確かにはやての病気を抑える為にある程度そういうのは覚悟してたが、なんで俺がお前の言いなりになんなきゃいけねぇんだ!? そもそも、お前らが勝手に感じてる”癒し効果”は俺から言わせてもらえば科学的に立証出来てないマイナスイオンと同じで胡散臭ぇんだよ」

「そういやアタシ、魔力供給ってシャマルみてーに直接受けたことねーや」

抗議の声を上げる俺を無視してヴィータがペタペタと触ってきた。

「聞いてんのか人の話!?」

「おおう!? アイス食ってる時の満足感みてーのがアタシの脳を刺激する!! 凄ぇ!!」

何だそれは!? 意味分かんねぇ。何かよく知らんが噛み付くなよっ!?

「………どうやら、人それぞれ違ったものを感じるようだな」

凄ぇ凄ぇと言い続けるヴィータの反応に興味を示したのか、シグナムがフラフラと近寄ってくる。

しかしそれを阻むなのはとフェイト。

「何のつもりだ? 高町、テスタロッサ」

「お兄ちゃんに触らない方が身の為ですよ」

「きっと火傷するから」

「フッ、安心しろ。私はあの晩、既にソルの炎に炙られている。今更火傷など恐れん。そこをどけ!!!」

急に場の空気が殺伐としてきた。三人は殺気を滲ませて眼前の相手を睨む。

「もうこうなったらお兄ちゃんを賭けて勝負しようっ!!」

またお前は何の脈絡も無くそういうことを言い始める。デジャヴ感じると思ったら以前フェイトにも同じこと言ってたな。

「白黒はっきりさせてあげる」

フェイトも殺る気満々だ。眼がマジだ。嗜虐的な笑みを浮かべ口元を歪めている。

「いいだろう、望むところだ。一対二か?」

「いいえ、二対二よ」

妖しい笑みで参加表明を示すシャマル。なのはとフェイトの待ってましたと言わんばかりの鋭い眼光をものともしない自信溢れる顔。

「面白そうじゃん。アタシも混ぜてよ」

「そういや前にやられた時の借りを返してなかったっけ? アタシもやる」

と、アルフにヴィータ。

「ちゃんとした決着ってつけてなかったね。じゃあ僕も」

「これも主の為」

ユーノとザフィーラまで進み出て、俺を除いて結局全員参加。結局戦うのかこいつら。

その後、誰と誰が戦うんだ、チーム戦なのか、サシ、4 on 4、時間制限はどのくらい、とか何とか言い争った結果、二対二が一回、一対一が二回ということになった。



なのは&フェイト VS シグナム&シャマル

      アルフ VS ヴィータ

      ユーノ VS ザフィーラ



「殺るなら外で殺れ」

封時結界だけは張っておく。

「止めなくていいの?」

今の今まで空気に近かったエイミィが聞いてきたが、今更止めるのは難しい。

「止めたかったらお前が止めろ」

既に殺気立っている奴らを指差す。

「あ! そういえばさっきリーゼ達について詳しい話を聞きたいからクロノくん達がこっち来るって」

諦めるの早っ。

「ま、それまで暇潰しにはなるか」

とりあえず、はやてにメールで『高町家と八神家の戦争が終わったら皆でお前ん家に邪魔する』と送る。

案の定『どういう意味や!?』と返信が来たので、『文字通りの意味だ』と送り返し、二対二の第一戦目を観戦することにした。























後書き


ソルがトランプゲームでいう『ジョーカー』だとしたら、シャマルは条件が揃えば『ジョーカー』に打ち勝つことの出来る何の変哲も無いカード、という設定です。

大貧民 OR 大富豪のローカルルールで、『ジョーカーを一枚で出した時のみ、ジョーカーよりもスペードの3の方が強い』というのが私の地元ではありました。

今回の話はまだまだシリアスじゃないですけど、これからじわじわとシリアスな感じが出せていけばなと思ってます。









次回予告


グレアムが自分達の妨害をしているという信じ難い事実を知ったクロノ。

誰よりも尊敬し、信頼していた人物達の思惑が理解出来ない。

崩れる憧憬。揺らぐ己の”正義”。

脳裏に過ぎる無慈悲な過去。

ソルの冷たい言葉がクロノの心を抉った時、彼は決断を迫られる。

そして、彼が葛藤の末に出した答えとは?




[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.16 誰が為の正義
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/10/15 01:51


SIDE クロノ



その報告を聞いた時、質の悪い冗談かと思った。

しかし、それは悪い夢でも冗談でもなく厳然たる事実であったことを、この眼で―――戦闘データを見て思い知る。

リーゼ達が、グレアム提督が僕達を妨害していること。

一体何故? 疑問が頭の中で渦巻く。

そして、ソルを狙ったリーゼ達が返り討ちにされ、仮司令部で捕縛されている。

エイミィの話によると、リーゼ達は辛うじて生きてはいるが意識は当分戻りそうにないらしい。

更に、闇の書の守護騎士達はソルの説得を受け、非常に協力的な態度を取っているという。

スクライア一族から送られてきた情報によると闇の書を完成させると主が死んでしまう可能性があるので、それを知った守護騎士達はこれ以上犯行を重ねないと断言出来るとエイミィが言った。

リーゼ達が言っていた『我々の計画』と『用済みとなった守護騎士諸共………死ね』という言葉が僕の思考を嫌な方向へと無理やり導いていく。

父さんの死後、グレアム提督達が僕の面倒をよく見てくれた。彼らが居てくれなかったら、此処に執務官としてのクロノ・ハラオウンは存在しない。

恩義もある。尊敬もしている。誰よりも信頼している。

だからこそ、どうしてこんなことを仕出かしたのか理解出来ない。

グレアム提督は、闇の書を完成させて何をするつもりなんだ?

もう、何が正しくて、何が間違っているのか分からない。

僕が信じていたものは、一体何だったんだ?



―――『何の為に”力”を振るうのか』



そう諭してくれたあの人が何を思い、何を考え、これからどうしたいのか分からない。

僕は暗鬱を胸の内に抱えながら、転送ポートを利用して母さんと共に仮司令部に到着する。

僕の隣に居る母さんはさっきからずっと黙って何かを考え込んでいるようだ。

出迎えてくれたのは複雑な表情をしながらも僕を気遣う眼をするエイミィ。

「クロノくん、その………」

「僕は大丈夫だ。それよりリーゼ達は?」

僕は何時もの冷静な仮面を張り付けたまま、執務官として必死に振舞う。

エイミィはそれ以上何も言おうとせず、僕と母さんをリビングへと通した。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.16 誰が為の正義










「来たか」

ソファに座り、腕と足を組んで貫禄ある態度のソルが呟いた。

戦闘データでは潰れていた右眼と切断した右腕は既に完治しているようだ。どうせまた法力の”力”だろう。気にするだけ無駄だ。

壁際に佇んでいる守護騎士の四人が僕と母さんを警戒するような眼差しを向けてくる。

その隣に居るなのは達は少し冷たい印象がある眼で僕を見ると、睨むように眼を細めた。

無理もない。リーゼ達がソルを傷つけるようなことをしてしまった以上、なのは達にとってグレアム提督は敵だ。そのグレアム提督の使い魔の弟子である僕を警戒するのは当然かもしれない。

(ん?)

そんな中、守護騎士の中の二人、シグナムとシャマルに僕の視線が一瞬だけ固定されてしまう。シグナムが大事そうに抱える布に包まれた剣のようなものと、シャマルの首から下げられている歯車の形をしたネックレスが原因だ。

何処からどう見てもソルの封炎剣とデバイスのクイーン。

ソルがどういうつもりで二人に自分の愛剣とデバイスを渡したのか理由は不明だが、今はそんなことはどうでもいい。

「リーゼ達は?」

「意識戻らねぇし、邪魔くせぇから隣の部屋に移動した」

一応逃げられないようにはしてある、とソルは付け加えた。

僕はそうかと頷くと、ソルの正面に仁王立ちした。立っている僕がソルを見下ろしている筈なのに、逆に見下されている気分になる。

「で? これからどうするつもりなんだ?」

「………グレアム提督を、捕縛する」

即答したつもりが、若干声になるまで遅くなってしまう。

「意外だな。真っ先に庇うと思ってたんだが、仕事にプライベートは持ち込まないタイプか」

「これでも一応、執務官だ」

「仕事熱心で何よりだ」

唇を吊り上げ、ソルが残虐な笑みを作る。

何がそんなに可笑しい!?

内心、その笑みに苛立ちを感じながら平静な態度を装う。

「エイミィからある程度のことは聞いている。グレアム提督が此処のシステムを一時的にダウンさせ、リーゼ達がお前を襲撃した。それだけで捕縛する理由は十分だ」

「ま、それだけじゃないがな」

「何?」

片手を自身の顎に当て、ソルは鋭い眼つきで守護騎士に視線を向けた。

「あいつらの主、八神はやてはな、幼少の頃に事故で両親を失って以来天涯孤独に暮らしてきたそうなんだ」

「それがグレアム提督と何の関係がある?」

僕の質問にソルは答えない。無視して闇の書の主について語り続ける。

「物心ついた頃にはもう既に闇の書の悪影響を受けた所為で下半身不随。身寄りも無く、障害を持った状態でたった独り、生きることを余儀無くされた」

「………」

「だが、幸いなことに日常生活を送る為の資金援助と財産管理をしてくれる人物が現れる。しかも、子ども一人養うには十分過ぎる程の金額を、だ」

「遠回しな言い方はやめろ。何が言いたい」

歯噛みしながら先を促すと、ソルは「それもそうだな」と肩を竦め、言った。

「シグナム達によると、その人物の名はギル・グレアムというらしい」

ドクンッ、と心臓が高鳴る。

過敏に反応する身体とは裏腹に、思考は酷く冷め切っていた。



―――やっぱり、と。



「どうもキナ臭ぇもんを感じてな、ついさっき前回の闇の書事件と、ギル・グレアム個人についてエイミィに調べさせた」

忘れもしない。あの忌まわしい、僕と母さんから父さんを奪った事件。

「今から十一年前、クライド・ハラオウンが、お前の親父が死亡した事件。それにグレアム達は関わっていた」

「父さんが死んだのはグレアム提督の所為じゃないっ!!!」

気が付けば僕は感情に任せて怒鳴っていた。

そんな僕を見て、ソルは呆れたように「まだ何も言ってねぇ。落ち着けよ」と溜息を吐いた。

「その事件から数年後、新たな闇の書の主が誕生する。はやてはすぐに両親を亡くすが、図ったかのようなタイミングで現れた『ギル・グレアム』という人物によって生きていく上では困らない施しを受ける。死んだ両親の友人って話らしいが、まだ一度も実際に会ったことも無ければ、やり取りしている手紙に写真を添付してくれたことも無い怪しい奴だそうだ。不自然だろ? 死んだ両親の友人を名乗るくらいなら顔くらい見せてもおかしくないってのに」

ソルの口調は淡々としていて、静かに事実を語っているだけなのに、僕には嘲笑しているように聞こえる。

「ちなみに手紙はイギリスからの国際便。グレアムの出身もイギリス。ますます怪しいな。さて、これは果たして偶然か?」

「はっきり言ったらどうだっ!! 今回の闇の書事件はグレアム提督達が仕組んだものだってっ!!! お前はそう考えているんだろう!?」

我慢が出来なくなった僕はソルの襟首を掴もうと手を伸ばす。

しかし、ソルはその場から全く動こうとせず自身に伸びてきた僕の腕を、手首を容易く掴み上げた。

骨が軋む程強い力で手首を握り締められながら、それでも僕は激情を眼の前のソルに叩きつける。

「リーゼ達がお前のことを襲って、それを補助するような形でこの仮司令部がクラッキングされた!! 防壁も警報も、全部素通りという時点で明らかに内部犯だっていうのは分かってる!! ああそうさ!! 何かの間違いだと思いながら調べてみたさ!! だけど、リーゼ達が捕まった時間帯のアリバイがグレアム提督には無かった………そしてグレアム提督はいつの間にか雲隠れしていた!! これで満足か!?」

「人の話は最後まで聞くもんだぜ、坊や。ま、そうなんだがな」

ゆっくりと僕の手を離すと、よく出来ましたという風に小馬鹿にするソル。

「二人のギル・グレアムが同一人物だと仮定したとする」

「何が仮定だ。確信している癖に」

「援助している理由は十中八九、闇の書を持っているからだろう。じゃあ、何故グレアムは数年前から闇の書の所在を掴んでいながら今まで何もしなかった? いや、この場合は隠蔽し続けていたというのが正しい言い方か」

「何?」

「闇の書の”力”を悪用する為か? それとも、親友を奪った闇の書に積年の恨みを晴らそうってか? 主のはやてに孤独という名の生き地獄を味合わせて?」

「………」

違うと否定したいのに出来ない。ソルの言葉を否定する材料が見当たらない。僕達に協力するソルが『我々の計画には邪魔だ』という発言、襲撃とクラッキング、他者からそう思われても仕方が無いことをグレアム提督達はしている。

もし違っていたとしても、闇の書を数年も放置し続けていた事実は変わらない。明らかな計画的犯行。

僕にはもう既に反論する気力が無かった。



SIDE OUT








沈黙が部屋を満たす。

黙りこくったクロノと、さっきから何一つ言い返してこないリンディの姿を見て、何故か苛立ちが湧き上がってくる。

ギリッ、と歯軋りする音が響く。

「気に入らねぇ………」

ゴシャッ!!!

苛立ちに任せて拳を振り下ろしテーブルを粉砕した。

唐突な行為に誰もが唖然とするが、俺は一切気にしなかった。

「はやてはな、あの野郎の金銭的援助を受けながらも一度たりとも顔を見たことが無いそうだ。シグナム達が闇の書から出てくる今年の六月まで、たった独りで生きてきたんだとよ!!!」

俺ははやてのことを碌に知らない。だが、はやてが苦しんできた孤独がどういうものか知っている。

「あの野郎が闇の書で何をしたいのかなんて知らねぇが、どうせ闇の書に復讐してぇだけだろ。あの眼つきは復讐者の眼、昔の俺と同じ眼ぇしてんのが良い証拠だぜ………だがな、その為だけにはやてが野郎の手の平の上で生かされてきたって思うと虫唾が走る!!!」

はやてがグレアムに一体何をしたってんだ? 何もしてねぇだろうが!! ただ闇の書の主になっただけ、それだけだ。その所為で生まれながら下半身が不自由になって、親まで居ないってのに。



―――「行っとるんやけど、あんま良くならんからなぁ………」



どうしてあいつがあんな顔をしなきゃいけない? 時折襲ってくる発作に苦しまなけりゃいけない?

「恨みたかったら闇の書を恨め、憎みたかったら闇の書を憎め、はやては闇の書の被害者………野郎の復讐の為に生贄にされるなんざお門違いだ」

俺は手を伸ばし、クロノの襟首を掴んで引き寄せ、立ち上がった。

「テメェはどう思ってやがる?」

「はっ?」

「父親を闇の書に殺されたテメェはどう思ってるかって聞いてんだよっ!? 闇の書の主のはやてが憎いか?」

言葉に詰まるクロノ。瞳孔が大きく開かれ、口をパクパクさせる姿が年相応のガキだった。

「言ってることが理解出来ねぇか!? だったらもっと分かり易く言ってやる。殺人犯が犯行に使用した凶器を本人の意思に関わらず持たされた九歳の女の子が憎いかって聞いてんだよ!?」

「お兄ちゃんっ、ストップ!!」

「落ち着けソル!!」

なのは達とシグナム達全員が慌てた様子で俺を押さえつけようとするが、俺はそんなことに気を留めない。

感情の抑制が利かない。心の奥底からドロドロとした汚物が排出される。それは憎しみであったり、怒りであったり、嫌悪であった。

「それともこれがテメェら時空管理局のやり方か? 予防措置を一切執らずに事件が起きるまで何もしない。事件が起きたら大の為に小を切り捨てる、人の人生を踏み躙る、それがテメェらの正義かっ!?」

「違うっ!!!」

やっと、クロノが反論した。

「グレアム提督がしてきたことも、しようとしていることも、正義じゃないっ!!!」

その言葉を聞いて、手に込めていた力が少し緩む。

此処までボロクソに言われて反論しようとしなかったらぶん殴るつもりだっただが、そうならずに済みそうだ。

「今更その八神はやてという子を僕が憎んだとしても、父さんは帰ってこない。憎悪の捌け口にしたって時間は巻き戻せない。起きてしまったことを無かったことになんか出来ない!!」

クロノの眼は先程の死んだ魚のような眼から、段々と強い意志の光を宿してきた。

「確かに世界はこんな筈じゃないことばっかりだ。認めたくない現実や、受け入れたくない事実だってたくさん存在する。闇の書の所為で父さんを失った僕にはグレアム提督の気持ちが痛い程分かるさ。だけどっ!!!」

俺はクロノの襟首から手を離す。

「ソルの言う通り、その子だって闇の書の被害者だ。それを分かっていながら闇の書の存在を隠蔽して今回のようなことを犯した以上、僕は執務官としてグレアム提督を、いや、ギル・グレアムを許さない」

そして、クロノは覚悟を決めたように宣言した。

「管理局が唱える正義じゃない。僕は、僕の信じる正義に従って、ギル・グレアムを逮捕するっ!!!」


































後書きのような形で読者の皆さんの質問に答えるコーナー


感想版で質問があったので、いくつか答えておこうと思います。


Q はやてとメアドいつ交換した?

vol.1の初対面の時です。

お互い自己紹介してからソルがCD屋に行くまでしばらくの間は雑談をしていたので、その時にすずかと一緒に、という感じでメルアド交換しました。


Q 今のソルの身長はどれくらいなんでしょうか?

なのは達が日本人の九歳児の平均身長130cm前後だとすると、ソルは頭一つ分大きいので、

だいたい155cm前後になります。小学生としてはでかい。

で、シャマルが成人女性なのでだいたい160cm前後。

ソル(子ども)とシャマルは約5cm程度の差があります。

まあ、ソルはドラインすると184cmに戻りますが。

今回はこの辺で。

ではまた次回!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.17 憂いの元科学者
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/10/16 22:28
SIDE リンディ



「では、方針は次の通りでいいわね」

クロノが皆の前で決意を示した後、現状把握の為にお互いが持ち得る情報の交換を終えると、各々の役割分担が決定した。

「まず私達管理局組はギル・グレアムの捕縛を最優先とし捜索を行います。それと現段階で闇の書もとい夜天の魔導書への手出しはしません。ヴォルケンリッターの四人となのはさん達はギル・グレアムからの襲撃に備えて、八神はやてさんの護衛と状況説明と協力要請を行ってもらいます」

それぞれが頷く。

「そして、ソルくんはスクライア一族の情報を待ちつつ闇の書を解析、と。こんな感じかしら?」

ヴォルケンリッターはソルくんを信じてこちらに協力してくれているのであって、管理局を信用した訳では無い。

先の話で尚更管理局には不信感を抱いていると思うと、これがお互いの妥協点なのだろう。

いざとなったらソルくんがこちらに協力の要求をしてくることを考えれば丁度良いのかもしれない。

「ああ」

私の言葉に腕を組んで同意するソルくんの表情は何時もの仏頂面に戻っている。

復讐者。

先程、彼はグレアム提督と自分のことをそう言った。

考えてみれば、彼は初対面の時点でグレアム提督を目の敵にしていて、その時に『かつての同類』と称した。

グレアム提督が復讐者だというのは分かる。

なら、ソルくんは?

今の姿が仮の姿で、本当は二十歳過ぎの成人男性だというのは知っている。

けど、一目見てグレアム提督の本質を見抜く眼力は一体何?

彼は眼つきを見れば分かると言ったけど、逆に言えばその人物と『同類』だとする彼はどれだけの闇を心の中に抱えているの?

聞いても絶対に答えてくれない。

皆も彼の過去には触れようとしない。

むしろあえて避けているような節がある。

彼も決して自分の内側を曝け出そうとしない。

だけど、少しだけ垣間見せたあの表情はとても危ういものを感じた。

ギブアンドテイクの関係である私がそう思ったのだから、家族であるなのはさん達や彼を信頼して身を預けたヴォルケンリッターはより一層強くそう感じた筈。

皆の中心に居る筈の彼が独りに見えてしまうのは気の所為ではない。

でも、それが分かったところで彼が拒絶し続ける限り私達には何も出来ないのだろう。

彼をなんとかしてあげられるのは、きっと―――



SIDE OUT










背徳の炎と魔法少女A`s vol.17 憂いの元科学者










「そういえばさっきから少し気になっていたんだが」

方針が決まったので、管理局組を抜いた面子はこれからはやての家に向かって仮司令部を出ようとしたところでクロノが声を掛けた。

「どうしてシグナムとシャマルはソルの封炎剣とクイーンを持っているんだ?」

「フッ、それはだな―――」

シグナムが何故か誇らしげに、封炎剣をクロノに見せびらかすように語り始めた。

その隣でシャマルも嬉しそうに微笑んでいる。

そんな二人を少し羨ましそうに見ているなのはとフェイトが俺の腕にしがみついてきた。

ユーノとアルフとヴィータとザフィーラは呆れたように半眼になり、エイミィは苦笑い。

俺はシグナムとシャマルに封炎剣とクイーンを渡すことになったことの顛末を反芻した。










クロノとリンディが仮司令部に到着する二十分程前。

軽い立食パーティが開けそうな広さを有するリビングで、

「どうしてこんな風にぶっ壊れるまで戦ってたんだよ!!!」

俺はソファに座り、テーブルの上に乱雑に置かれた、と言うよりバラバラに分解されたデバイスの部品を指し示しながら怒鳴っていた。

部品はどれもこれも所々ヒビが入っていたり破損していたりして、激しい戦闘が行われたというのを物語っている。

幸い、AIの本体であるデバイスコアは小さなヒビが入っている程度で済んでいるので、完全に破損した訳では無いようだ。

テーブルを挟んだ俺の向かいでは、なのはとフェイトとシグナムとシャマルがフローリングで正座して項垂れていた。

「………だって、お兄ちゃんが前に改造してくれたから」

「全力で振り回しても大丈夫かなって………」

「あれは一部の砲撃魔法を使う時にデバイスと術者本人に掛かる負荷を軽減させる為の機構を組み込んだだけであって、最初から最後まで全力全開で暴れ回る仕様にする為の改造を施した訳じゃ無ぇ!! 組み込みが終わった時に説明しただろうがっ!!!」

バンッ、とテーブルを叩くとその衝撃で部品が一瞬だけ宙に舞う。

「そもそもお前らは高が模擬戦でヒートアップし過ぎなんだよ。いきなりトップギアで戦い始めたから度肝抜かれたぜ。静止の声すら聞こえてなかったみてぇだったし」

「「だって」」

「だってじゃないっ!! 何度も言わせるな。お前らはまだ子どもで、その身体は成長期だ。身体の成長に支障が出るから限界を超える魔力の放出は成人するまで控えろって言っただろ? 俺が普段お前らの肉体に負担が掛からないように訓練メニュー作ってやってるってのに、当の本人達がそれじゃあ意味無ぇだろ」

周囲ではユーノとアルフの他に、ヴィータとザフィーラが俺に怒られている四人を哀れみの眼で遠巻きに見ていた。

「ソル」

「んだよ?」

不意に、シグナムとシャマルが恐る恐る口を開く。

「もうその辺にしてやって欲しい。二人が無茶をしたのは、遠からず私とシャマルにも責任がある」

「そうよ。だから―――」

「許してやれと? ついさっきまでその二人と殺し合い染みた戦闘をしていたお前らの言葉なんざ聞く耳持たん」

「「う」」

俺はシグナムのデバイス、レヴァンティンを手に取った。

カートリッジの無茶な連続使用、俺のレアスキルによって魔力総量が増えたシグナムの全力魔力解放、同じく全力魔力解放したフェイトとの激しい近接戦闘、やっぱり同様に全力魔力解放したなのはのディバインバスターに真正面から斬り込んだことにより、インテリジェントよりも丈夫なアームドだというのに全体に痛々しいヒビが入っている。連結刃のワイヤーがだらしなく刀身からはみ出て、鞘なんて半ばからポッキリ折れてる。

急激に上昇した魔力の内圧と、強烈な外圧である攻撃に耐えられなかった所為だ。

なのはのレイジングハートとフェイトのバルディッシュも似たようなもの。AIの最重要部分であるデバイスコアが壊れてないだけで、大破とさして変わらない。

<ソル様。まだ決着がついてません>

<次こそ我が主に勝利をもたらしてみせます>

<だからもっと強くしてください。ソル様の封炎剣並みに強度を上げてくれると嬉しいです>

<ついでに早く直してくれると助かります>

「人の話聞いてねぇだろ………このクタバリ損ないのポンコツデバイスがっ!!!」

レイジングハートとバルディッシュのデバイスコアを引っ掴むと、ゴミ箱の中に叩き込んだ。

<<Noooooooooooo!!!>>

そこで少しは反省してろ。

俺は大きく溜息を吐くと、頭痛を堪えるように額に手を当てる。

ひょんなことから始まった高町家VS八神家戦争は、第一戦目でいきなり死合となった。

開始二秒で魔力を全開にするなのはとフェイト、それに応じるシグナムとシャマル。「ペース配分? 何それおいしいの?」って感じの全力特攻を敢行し、魔法は非殺傷になっているが殺し合いも同然の鬼気迫る戦闘が繰り広げられ、十分も経たずに先に根を上げたのは術者達ではなくデバイスの方。

持ち主の魔力と相手の攻撃がデバイスの耐久力を上回り、ジャンク行きの数歩手前で俺がストップを掛けた。

当然、模擬戦は全面中止。

レイジングハートとバルディッシュ、レヴァンティンはズタボロ。シャマルのクラールヴィントだけは直接攻撃をしたり防いだりしない補助系だったので破損は免れた形となったのだが、内側はどうなっているのか分からない。見えない部分で魔力による金属疲労があるかもしれん。メンテナンスはした方が良いだろう。

「いいか!? デバイスってのは魔導師の補助をすると同時に、術者本人が軽々しく限界を超えないように抑制してる安全弁でもあるんだよ!! お前らはそれを初めから存在してないかのように限界突破しやがって。だいたいお前らは(以下略)」

くどくどくどくど、如何にデバイスが術者の身体に悪影響無く安全に運用される為に制作されているか、オーダーメイドのデバイスを一つ制作するのにどれだけの苦労と時間とコストが掛かるのかを説いていると、

「ソルくん、そろそろクロノくんと艦長が着くからお説教もそのくらいにしなよ」

エイミィがおもむろに近付いてきたので、俺は舌打ちをして打ち切ることにした。

「ちっ、言い足りんが時間が足りん。続きはまた今度だ」

その言葉にほっとする四人を視界に収めつつ、デバイスの部品をかき集める。

「とりあえず修理が終わるまで没収だからな。なのはとフェイトはそれまでなるべく魔法を使用しないこと。訓練も無しだ………ったく、余計な手間掛けさせやがって」

「「………は~い」」

しょんぼりしながらも素直に従うなのはとフェイト。

「ちょっと待てソル。今の口ぶり、お前はデバイスの修理が出来るのか?」

疑問に思ったらしいシグナムが口を挟んでくる。

「まあな。レイジングハートとバルディッシュの面倒見てんのは俺だし、封炎剣とクイーンを制作したのも俺だ。ついでだからお前らのも診てやるよ」

厳密に言えば封炎剣を制作したのは俺じゃない。俺が制作したのは封炎剣の材料となった対ギア兵器”アウトレイジ”。

聖騎士団を脱退する時にかっぱらってから数年間はそのまま使ってたけど、結局は俺好みに改造したんだよな。そこまで説明するのは面倒なので言わないが。

「修理してくれるのはありがたいが」

「わ、私のクラールヴィントは壊れてないわ!! それに、クラールヴィントが無いと困っちゃう!!」

「我らは主の護衛をせねばならん。手元に頼れる武器が無いというのは………」

シグナムとシャマルが文句を言ってくる。グレアムの件が完全に片付いたとは言えないので、こいつらの言い分も分かる。

クラールヴィントは自宅周囲の警戒及び侵入者を防ぐ結界維持などもしてるらしい。

「………仕方無ぇ。クラールヴィント、お前の中にあるベルカ式魔法の術式データを全てクイーンに送信しろ」

俺はやれやれと首を振り、先程シャマルから取り上げたクラールヴィントに命令する。

<了解。データ送信開始………送信中………送信完了>

命令に従ったクラールヴィントがクイーンにデータを送り、

<データ受信中………受信完了………ベルカ式魔法のインストールを開始>

クイーンが受け取った術式を組み込み、シャマルが使うベルカ式魔法をクイーンで使えるように準備が行われる。

「え? ちょっとソルくん、何をしてるの?」

<インストール完了>

戸惑うシャマルをよそに、クイーンの準備が整う。

「よし、封炎剣を出せ」

<了解>

虚空から現れた封炎剣を手に取ると、バリアジャケットと同じ魔力で構成された布で刀身を綺麗に巻く。

布で包んだ封炎剣をシグナムに渡し、首から下げていたクイーンをシャマルに放り投げる。

シグナムは呆然と封炎剣を受け取り、シャマルは「はわわっ」と慌てながらクイーンをキャッチした。

「しばらく貸してやる。これで文句無ぇだろ」

「「………」」

時間が止まったかのように動きを止める面々。

俺は首を回してゴキゴキ鳴らすと、ゴミ箱から二つの馬鹿デバイスコアを回収し、テーブルの上に載ったレヴァンティンとその鞘とクラールヴィント、馬鹿デバイスの部品を全て転移法術で地下室に送った。

「い、いいのか?」

やがて凍っていた時間が溶けたのか、シグナムが聞いてくる。

「封炎剣はデバイスじゃねぇから今まで通りの魔法を使うことは出来んが、武器としてならそのまま使えるし、魔力を込める媒介としてなら優秀だぜ。クイーンはクラールヴィントから受け取ったベルカ式魔法をインストールしたから今まで通り使える筈だ。元々クラールヴィント同様、補助専門のデバイスだしな」

「いや、私が言いたいのはそうではなく」

「こ、此処までしてくれるなんて、いくらなんでも―――」

「迷惑か?」

「「迷惑だなんてとんでもない!!」」

「ならいいじゃねぇか、俺が勝手にやってるんだ。一々気にしてんじゃねぇ」

「「………」」

シグナムとシャマルはそれぞれ自分の手にある俺の物をしばらくの間黙って見つめた後、「ありがとう」と頭を下げた。

その隣でなのはとフェイトが再起動する。

「何考えてるのお兄ちゃん!?」

「封炎剣もクイーンも大切なものなんでしょ? そんな簡単にシグナムとシャマルに渡しちゃって………」

二人は、どうしてそこまで俺が肩入れするのか理解出来ないと不満気に頬を膨らませた。

ま、自分でも過剰と言えるくらいに肩入れしているのは自覚している。昔の俺だったら絶対にあり得ない。我ながら恩着せがましいことをしていると思っている。

これが同情なのか、似たような境遇に対する共感や仲間意識なのか、ただのお節介なのか、それとも全く別の何かなのか俺自身判断出来ない。

考えても仕方が無い。俺も高町家の人間だ、ということで納得しておこう。

………いや。俺はきっとヴォルケンリッターとはやてを過去の自分に重ねて見ているのかもしれない。

そしてグレアムも。

あの時、プロトタイプギアのサンプルとして実験動物と同じ扱いを受けた『フレデリック』をはやてに。

ギアとして生まれ変わった『ソル』をヴォルケンリッターに。

復讐鬼であった『背徳の炎』をグレアムに。

だからこそなんとかしてやりたいという想いがあると同時に、グレアムのことが気に食わない。同じ復讐者の癖に何を勝手なことを、と我ながら思うが、かつての自分の姿を見せられること程の屈辱は無い。

(嗚呼、そうか)

今更になって気が付く。

PT事件の発端以来、どうして俺はこんなに感情的になるのかようやく分かった。

なのはに魔法の”力”を与えたユーノに何故あそこまで激怒したのか。

ジュエルシードをばら撒いてしまったことを嘆くユーノを、どうしてすぐに信頼するようになったのか。

どうしてあそこまでフェイトを救いたいと思ったのか。

プレシアに殺意を抱く程怒りを感じた本当の理由。

答えは簡単だ。

全部、良い意味でも悪い意味でも、昔の自分に重ねていたんだ。

プレシアとグレアムは、昔の自分を見せ付けられてるようで自己嫌悪が沸いてきたから。

なのは達には昔の俺みたいになって欲しくなかったから。

ひたすら贖罪を求めて戦い続ける日々。

自分の傍には誰も居ない、孤独。

そんな十字架を背負わせたくなかった。



―――というだけの”自己満足”でしかない。



もっともな理由に理屈を付けて自分の中で正当化しているだけ。

人間を辞めて百年以上経ってるっていうのに、俺は実に”人間らしい理由”で動く自分勝手なエゴイストだというのを改めて自覚した。

とても皮肉で滑稽だ。

「お兄ちゃん?」

「ソル?」

ぼんやりと意識を思考に埋没させてしまっていた。そんな様子の俺の顔を不安そうに覗き込んでくるなのはとフェイト。

俺は自分でも驚く程自然な動きで眼の前の二人を抱き締める。

「え……」

「あぅ」

戸惑う二人の頭をそれぞれ撫でながら、出来るだけ優しい声を出すように努めた。

「問題無ぇ。気にするな」

まるで、自分に言い聞かせるように。

少し頬を染めながら小さくコクリと頷いた二人の愛娘が、俺にとってどうしようもない程大切なのだと実感する。

伝わってくる二つの体温は、ささくれ立った心を癒してくれるような温もり。

胸の内に燻っている”本当の自分”を曝け出すことの出来ない臆病な心に後ろめたいものを感じながら、俺は自分を誤魔化すように二人の柔らかな髪に手櫛を通し、これからについて頭を切り替えることにした。










「馬鹿かキミ達はっ!? 何故こんな時に模擬戦でデバイスを壊してるんだ!!」

話を聞き終えたクロノは予想通り爆発した。

もっと言ってやって欲しい。

「特にシグナム!! キミはヴォルケンリッターのリーダーだろう。護衛はどうするんだ!?」

「その為にソルが封炎剣を貸してくれたぞ」

「確かそれって法力使い専用の武器じゃなかったか? キミは法力使えないだろうっ!」

「試してみないと分からないが、ソルの話では私の魔力変換資質が炎熱であるおかげで、法力が使えなくても剣に魔力を通せば今までと大して変わらんらしい。シュランゲフォルムとボーゲンフォルムが使えなくなったと思えばいい」

「………ていうかキミ、なんでそんなに嬉しそうなんだ?」

「そ、そんなことはないぞっ!! べべべ別に、ソルの、騎士の魂である剣を一時とはいえ貸してもらえることを喜んでいる訳では無い!! 断じて!!!」

口元を緩めながら必死になって本音をだだ漏れさせているシグナム。どうりでさっきから大事そうに抱えてる訳だ。

「ソル。この四人のデバイスが直るのは何時だ?」

うんざりしながらこちらに視線を向けたクロノが問い掛けてきた。

「あ~、クラールヴィントは壊れた訳じゃねぇからメンテナンスしてから細かいチェックするだけだから時間は掛からん。レイジングハートとバルディッシュは予備の部品があるからそれを組み換えるだけなんだが、本人達がそれで満足するとは思えねぇ。レヴァンティンは完全に部品作りから始まるから………」

俺は顔を上げ虚空を睨みながらどれだけ時間が掛かるか計算していると、四人が期待するような眼差しで見てきた。

「何だよ?」

「お前には主はやてのこともあるし、夜天の魔導書のことも任せてしまっていて、その上レヴァンティンの修理もしてもらい、封炎剣まで貸してもらって、その、厚かましいというのは重々承知しているんだが、私のレヴァンティンをだな………」

少し申し訳なさそうにしながら、歯切れが微妙に悪いシグナム。

「お兄ちゃんレイジングハート強くして!!」

「バルディッシュも!!」

凄く自分の気持ちに正直ななのはとフェイト。その素直さに尊敬の念すら覚える。

「クラールヴィントもお願いします」

なのはとフェイトに便乗するシャマル。こいつって結構ちゃっかりした性格なのな。

「………こいつらの要望とデバイス本人の要望を加味した上で俺が納得出来る安全性を有したものを仕上げる場合………二、三日丸々徹夜すればなんとかなるだろ」

部品の材料とデータは揃ってるからな。地下室には素材ブロックも十分にある。部品は必要な分だけその都度練成・加工すればいい。

もうこの際だからレヴァンティンは封炎剣の改造用に作り置きしていたものを流用しよう。

いっそのこと神器の機能である”法力を増幅する”という特性を魔法に置き換えて全てのデバイスに採用しよう。んで、その代わりにデバイスと術者に少なからず負担を掛けるらしいカートリッジシステムを除去しちまおう。あんなシステム、道具と術者の寿命を縮めるだけだ。

クラールヴィントはクイーンを制作した時のノウハウを活かそう。術式がミッド式とベルカ式で違うが、法力使いの俺にとってはそれ程気になるレベルじゃない。データの吸出しと解析の仕方はミッド式にしたものと同じやり方で十分の筈だ。

レイジングハートとバルディッシュはあいつらの無茶な要望に安全性をどれだけ割り込ませるかが課題。

「三日か………主への侵食は持ちそうか?」

「俺のレアスキルがある限り時間稼ぎは出来ると思うが、この後はやての家に行って供給する。念には念を入れて一日に一回は供給するとして、書の解析と並行して作業することになることを考慮すると………今週末まで掛かるかもしれん。だが、書への介入はスクライアからもっと重要な情報が来るまで下手な手出しはしたくねぇ」

「そうか。一応、時間には余裕があるんだな?」

「楽観視出来ねぇが若干な。それでも急ぐつもりだ」

「なーなー」

「あ?」

クロノと話し合っている時に、ヴィータが俺のジャケットを後ろから引っ張ってきた。

首を捻って視線で「何か用か?」と問う。

「シグナム達が終わったらでいいからよ、今度アタシのアイゼンも診てくれよ」

「………終わったらな」

俺は深々と溜息を吐くと、皆を率いて仮司令部を後にした。










SIDE はやて



「はやてー、ただいまー」

ヴィータの元気な声が玄関の方から響いてくる。

「主はやて、ただいま戻りました」

「ごめんなさいはやてちゃん、遅くなっちゃいましたぁ」

「ワン」

それから順にシグナム、シャマル、ザフィーラの声。

「邪魔するぜ」

「はやてちゃんお邪魔しまーす」

「お邪魔するね、はやて」

「おおっ!! 良い匂いがするっ!!」

「アルフ、開口一番でそれは行儀悪いよ。お邪魔しまーす」

続いてソル達の声が聞こえてきた。ん? 一人だけ聞いたことの無い女性の声やったけど、誰?

たくさんの足音と共に皆がリビングに顔を出した。

「皆おかえりや。それと、ソルくん達はいらっしゃい」

さっきソルくんから変な内容のメールが送られてきた時はホンマびっくりしたわ。『高町家と八神家の戦争が終わったら皆でお前ん家に邪魔する』なんて内容が来たら誰だって驚くのはしゃあないと思う。

そのことについて文句言ったら皆がソルくんのこと睨んでた。せやけどソルくんは「事実だろうが」とだけ言うと不貞腐れたようにそっぽ向いた。

「それにしても皆が知り合いだったなんて全然気が付かなかったわぁ」

「それについては後で纏めて説明する」

「そやね。じゃあ、皆でご飯にしよ。事前に連絡してくれたおかげでちゃんとソルくん達の分も用意出来たし、遠慮せんでええよ」

「はやての料理はギガうまだぞ!!」

そして、何時もの倍近い騒がしさで夕飯が始まった。










皆でご飯を食べ終わってから、なのはちゃんとフェイトちゃんが淹れてくれたお茶が全員に行き渡ると、ソルくんが真面目な、鋭い眼つきで口を開いた。

「さて、そろそろ俺達が此処に来た本当の目的を話すぜ」

ソルくんが真剣な表情になるので、それが皆に伝播して空気が緊張を孕む。

「何から話せばいいのか迷うが、まずは俺達のことから話そう」

ソルくん、なのはちゃん、フェイトちゃん、ユーノくんは皆魔法使い、魔導師であること。

そして今日初めて出会ったアルフさんはフェイトちゃんの使い魔で、ウチで例えるとザフィーラにあたるとか。

なのはちゃんを除いた四人は紆余曲折を経て高町家に居候することになったこと。ソルくんだけ五年前くらいからで、他の三人は半年前くらいから。話が長くなるのでこの部分はまた今度って言われた。

「こっからが本題なんだが」

今月の頭に、すずかちゃんとソルくんに初めて会った日に、ウチの四人が高町家の五人に喧嘩売ったらしい。

ソルくんにはシグナムとシャマルが。

なのはちゃんとフェイトちゃんとユーノくんとアルフさんの四人には、ヴィータとザフィーラが。

闇の書を完成させようとして、ソルくん達の魔力を狙って襲ったという。

「なんでそんなことしたんっ!? 私が何時闇の書の完成を望むって言うた!?」

私は語り手であるソルくんではなく、我が家の家族に非難するように問い詰める。

四人共怒られるのが分かってたのか、素直に頭を下げた。

「主との誓いを破る真似をして、申し訳ありません」

「ゴメンな、はやて」

「ごめんなさい」

「申し訳ありません」

テーブルに頭がつく程謝る四人。

「私より先に皆に謝るのが先やろ」

「それは別にいい。返り討ちにしたから」

「そう言ってくれると………は?」

「はい。完膚無きまでに敗北しました。ソルに」

「結局アタシらボコられて帰ってきただけだしな」

少し悔しそうに呻くシグナムと唇をアヒるみたいに尖らせるヴィータ。

「それにしてもどうして私に内緒で闇の書を完成させようとしたん? あれ程人様に迷惑掛かるからダメやって言ったのに」

「それは闇の書がお前の病に関係してるからだ」

「へ?」

此処からはマジでヘビィな話だから覚悟して聞けって言われた。

それに頷くと、ソルくんは重い口調で続きを語る。

私が物心ついた頃から足が不自由なのは闇の書の所為。

まだ幼い私のリンカーコア(魔力溜めるタンクだと思え言われた)から魔力を食い続けてたみたいだけど、子どもの未成熟なリンカーコアでは魔力が圧倒的に足りないので、足りない魔力を補う形で肉体機能が低下したとのこと。

それが下半身が不自由な理由。

六月に私が九歳の誕生日を迎えた時、つまり闇の書の主として私が第一の覚醒してシグナム達が書から出てきた時に、四人の肉体維持を行う為に私の魔力を更に消費することになり、麻痺が進行しどんどん上に登ってきた。

蒐集を一定期間してなかったので書から私への侵食が始まり、麻痺に拍車が掛かった。

このままでは内蔵機能の麻痺に至る可能性がある、いや、確実になるとのこと。

「そうなった場合、お前は死ぬ」

ソルくんがそう断言した瞬間、

「お兄ちゃんっ!!!」

「「「ソルッ!!!」」」

「ソル貴様ぁぁぁ!!!」

「テメェッ!!!」

「ソルくんっ!!!」

ザフィーラを除いた全員が手に持っていた湯飲みをソルくんに向かって投擲した。中身が入ったまま。

「熱っ、イテッ!! やめろ!! 悪かった、悪かったよ。もっとオブラートに包んで逝去するって言えば―――」

「何処がオブラートやっ!!!」

私は思わずツッコミを入れた。中身入った湯飲みを投げるという形で。



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.18 カウントダウン開始
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/10/23 23:11
クソがぁぁ………事実を語っただけだってのに、何故濡れ鼠にされなきゃならん。

内心で悪態を吐きながら、今俺は八神家の風呂を借り、湯船に肩まで浸かっていた。

湯飲みの中身をぶち撒けられ、ずぶ濡れになった俺は我が家の家事を担うアルフに『服にシミが付いたらどうするんだい。洗ってあげるからその間に風呂入ってな』と有無を言わせぬ勢いで服を剥ぎ取られた。

いきなり何しやがる、お前も中身入った湯飲み投げてきただろうが、と反論を試みたが『じゃあアンタが自分で洗濯する?』と聞かれたので大人しく降伏した。

はやても謝ってくるとアルフの言う通りにした方がいい、洗濯機とお風呂なら好きに使ってくれと許可。

皆の眼の前でいきなり上半身裸にされた俺は、渋々八神家の風呂を借りることにした。

リビングを退室する時、誰かの生唾を飲む音が聞こえたような気がしたが、きっと空耳だ。そうだと信じたい。

湯船に水を張り、法力で水を温め、髪と身体を洗い、全身を洗い流して現在に至る。

ドア一枚隔てた向こうではアルフが洗濯機を回している音が聞こえてきた。

「説明の続きはユーノに引き継がせておいたよ」

「そうか」

洗濯機が回る音をBGMにアルフの声。リビングの居る連中に話を進めておくように言ったらしい。

「アタシはしばらく此処に居るよ。湿っぽい話は好きじゃないし、ただでさえフェイトと精神リンクしてるからどうも涙脆くてね」

グレアムのことを話した時のはやての反応を想像したのだろう。泣くのが嫌なのか脱衣所から出て行こうとしない。

俺は特に何も言わず、好きにすればいいと思った。

やがて洗濯機が止まり、アルフが出て行く。それを見計らって風呂を出ると、濡れた身体と髪と服を法力で乾かす。

風呂上りに髪を結うのは主義じゃないので、長くて鬱陶しいがそのままにしておく。

パリッっと乾いた服を着て脱衣所を出てリビングに向かうと、皆に囲まれる形ではやてが涙を堪えていた。グレアムの部分を話し終えたようだ。

無理もない。信じていた人間から裏切られるというのは、下手をすれば人間不信に陥る程にショッキングな出来事だ。俺も経験があるからはやての気持ちは痛い程理解出来る。

アルフは結局泣いていた。ティッシュで顔を覆うように鼻をかんでいる。

俺の存在に気付いた全員が一斉に視線を向けてきたので黙っている訳にもいかず、かと言って何を言えばいいのか分からなかったので、

「あ………」

困った俺は何時もなのはとフェイトにそうするように、はやての頭を無言で撫でることにした。

はやてはそれを拒絶することなく、俺にされるがままの状態で声も無く泣いた。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.18 カウントダウン開始










その後、落ち着きを取り戻したはやてに全てを話し終えた。

「よう分かった。皆が私の為に頑張ってくれてるんやったら、私も夜天の魔導書の主として協力する。いや、しなアカン」

これで管理者権限の問題はクリアーされた。

ちなみに俺の手はまだはやての頭の上に置いてあった。魔力供給という名目もあるのだが、はやてがいたく気に入ってしまったらしく離そうにも離せない。

俺の後ろで、いいな~いいな~後で私も~、というオーラを漂わせるなのはとフェイトの視線がさっきからずーっと突き刺さってる。

「ところで問題の夜天の魔導書は何処にあるん?」

疑問の声を上げるはやて。

「そういえばあの後ソルは書をどうしたんだ?」

当然の如くザフィーラが俺に聞いてきた。

「………知らん」

「「はあ!?」」

現場に一緒に居たシグナムとザフィーラが非難の声に近いものを出す。

書の侵食を無理やり止めて、遠くに蹴り飛ばした後は猫姉妹と戦闘。で、戦闘不能になった猫姉妹を簀巻きにしてすぐに地球に戻ってきたので、

「砂の中に埋もれてると思う」

あのまま放置してある。

「大丈夫ですよ。書は呼べば飛んできますから」

誰もが俺を呆れたようにジト眼で睨む中、シャマルがもうしょうがないですねとフォローした。

「守護者シャマルが命じます。闇の書もとい夜天の魔導書よ、この手に」

手を掲げ、シャマルが書を召喚―――

「………」「………」「………」「………」「………」「………」「………」「………」「………」「………」

………しようとして何も起きなかった。

「あ、あれ? しゅ、守護者シャマルが命じます。闇の書もとい夜天の魔導書よ、この手に」

もう一回トライ。

………………………………………………………………………………………しかし何も起こらなかった。

「………守護者シャマルが命じます。闇の書よ、この手に」

若干内容を変更して三度目の正直。

………………………………………………………………………………………依然として何も起こらなかった。

「守護者シャマルが命じます! 夜天の魔導書よ、この手に!!」

少し怒った風にテイク4。

………………………………………………………………………………………だが効果は無いようだ。

「う、ぐす、しゅ、しゅごしゃしゃまるが―――」

「もういいからやめろって」

眼に涙を溜め始めたシャマルが罰ゲームをひたすらやらされ続ける子どもに見えてきて、居た堪れなくなったので掲げられたその手を掴んで止める。

うわ~ん来てくれません~、と胸に飛び込んできたシャマルを「オーヨシヨシ(棒読み)」と頭を撫でて背中をさすって慰める。

「普段は呼んだら来るんだろ?」

腕の中でシクシク泣いているシャマルに問うと、コクコク頷いた。

………書に何かあったと考えるべきか。

「今まで放置されてたから拗ねてんじゃね?」

「おいおい、なのはとフェイトじゃねぇんだし勘弁してくれよ」

「「それどういう意味!?」」

ヴィータの言葉に呆れていると、なのはとフェイトが後ろから髪をぐいぐい引っ張ってくる。

「でも、あの子にも感情とかあるんよ」

「こいつらみたいにか?」

「うん。本の形しとるから分かり辛いけど、私はなんとなくどう思っとるかとか分かるから。結構散歩好きで飛び回ったりするんよ」

はやての言葉を信じると、つまりは書自体に意思があるってことか。ていうか本が一人でに飛ぶとか、傍から見たらポルターガイストだな。

「それは管制人格のことです」

シグナムがはやての言葉に応えるように口を開く。

「元々書には、我々四人の他にもう一人。書を統括する管制人格が存在します」

「そんなん初耳やで!?」

驚くはやてにシグナムが頭を下げた。

「申し訳ありません。もう一人の存在は我々四人と異なり、書の蒐集が四百ページを越えないと起動することが出来ない為、蒐集を望まない主がその者のことで気に病まないようにと今まで黙っていました」

「………そうなんか」

「それと、主の承認が要りますので」

「けどよ、もう蒐集も五百ページ越えたしはやても事情知ってるんだからそいつの起動出来んじゃね?」

口を挟んだヴィータの言葉に「おお、そうやね。冴えてるで、ヴィータ」とはやてが頷いた。

「では、とにかく書を取りに行かねばなりませんので………ソルが」

あ、やっぱり?

「移動はしてねぇだろうな?」

「………大丈夫です。さっきの砂漠の世界にまだあるみたいです」

いつの間にか泣き止んでいたシャマルがクイーンを弄りながら言う。

「ちっ、面倒臭ぇ。ユーノ、ザフィーラ、付いて来い」

「え? 僕?」

「………承知した」

ユーノに転送魔法の準備をさせると、野郎三人は八神家から姿を消した。





再びやってきた砂の大地。相変わらず強烈な太陽がジリジリと肌を焼く。

ああ、折角さっき風呂入ったってのに。余計な汗をかく羽目になるとは。

「こっちだ」

狼形態のザフィーラに導かれるまま進む。

しばらくしてザフィーラが止まり、その場を落ち着かない風に歩き回った後、前足で砂を掻き掘り始める。

「あったぞ」

一分も経たずに古ぼけたハードカバーが発掘された。

「ユーノが持ってくれ」

「どうして?」

「本に噛み付かれるのはもう嫌だ」

「あ、なるほど」

レアスキルの所為で右腕切断なんてことになったんだ。一度蒐集した相手は二度も蒐集出来ないとはいえ、迂闊に触りたくない。

「あれ?」

その時、ユーノが書についた砂を払いながら訝しげな声を出した。

「どうした?」

「これさ、封印されてない?」

「何?」

「ああン?」

俺とザフィーラはユーノの言葉を聞いて、頭に?を浮かべた。





「確かにこれ、封印されてます。内側から」

「内側から? 内側からってことは、管制人格とかいう奴が自分で自分を封印してんのか?」

「………たぶん、そういうことになるんじゃないかなぁ。封印術式はベルカ式だし………でも、どうしてそんなことを」

手にした書を不思議そうに眺めるシャマル。

八神家に帰ってきてすぐさま書がおかしいことを皆に伝え、一番書に詳しそうなシャマルにどういうことか聞いてみたのだ。

しかし、返ってきた答えは管制人格は自分を表に出てこれないように自身を封印しているらしいこと。

この状態ではただの本も同然で、魔力の蒐集も出来なければヴォルケンリッターの声にも応えず、試しにはやてに「封印解除やぁぁぁっ!!!」ってやらせてみせたが管理者権限も意味が無いらしい。

おまけにこの状態では解析すら出来ない。

「何故急にこんな状態になってるんだ?」

シグナムがこの場に居る全員の気持ちを代弁する。

「今までにこういう状態になったことは無いのか?」

ヴォルケンリッターは全員首を横に振った。

「ちっ、仕方が無ぇ。とりあえずテーブルの上に置け」

「えっと、どうするの?」

「ディスペルする」

封印自体はそれ程難しい術式を施されている訳では無い。この程度ならすぐに強制解除出来る。

「ディスペルってなんや?」

「お兄ちゃんの魔法の用語でキャンセルとか無効化、解除って意味だよ」

「これを使えば、魔法の付加効果を打ち消せるんだ」

魔法に関してあまり詳しくないはやての疑問になのはとフェイトが答えていた。

それを視界に収めつつ、俺はディスペルしようとして、

「待ってっ!!」

急にはやてが大声を出したので、驚いて動きを止めた。

「どうした?」

「あ! いや」

自分でも何故俺を止めたのか分かっていないのか、慌てたように首をブンブン振る。

「その、私もよく分からんけど、封印してある理由があると思うんよ」

「で?」

「だから………うんと、なんていうか、その封印を解いたらアカン気がする」

「かと言って、封印を解かない限り解析は出来んぞ」

「………上手く言えんけど、嫌な予感がする」

「じゃ、どうすんだよこれ?」

ったく、嫌な予感って何だよ………

現状での最優先事項は書の解析。そして改悪された部分の修正。それをしなければはやての病は治らない。足はずっとこのままだ。

俺としてははやての意見を突っぱねてこのままディスペルしたいのだが、はやての言う通り封印されている理由があるのかもしれない。

しばしの間黙考していると、ヴォルケンリッター四人と視線が絡んだので、どうする? と聞いてみた。

すると、やはり俺と同様にどうすべきか悩んでいるようだが、はやての言うことは一理あるので最終的には主の意見を尊重するとのこと。

「お前も自分で言っていただろう。詳しい情報が来るまで下手な手出しはしたくないと」

「まあな」

シグナムが腕を組みながら言うので、肯定する。

この場合、逆に時間的な余裕が出来たと思っ方がいいのだろうか?

何故書が自分自身を封印するような真似をしたのか理解出来ないので、イマイチ釈然としない。今更だと思うのは俺だけか?

「ていうか、書が封印されてる状態なのにお前らは活動するのに何か支障とかは無いのか?」

「ん? 特に無いぞ」

俺の疑問に、シグナムは実にあっさりと答える。

「………無いならいいが」

元科学者としてなんか納得いかない。

管制人格が自身に施した封印は、四人のヴォルケンリッターには関係が無い部分なのか、それとも全く異なった要素があるからシグナム達の活動に支障が無いのか分からない。

やれやれと溜息を吐くと、書の解析は後回しにしてデバイスの修理と改造を優先することにした。





そろそろ時間も遅くなってきたので帰ることにする。

結局、封印を解かないと解析出来ない以上、書は何か変化があるまで八神家に安置することになった。

ガキ共を引き連れて玄関へ。

また明日な、と手を振り、八神家の面々に見送られて家路につこうとしたところ、ガシッと背後から両肩を掴まれた。

とても面倒臭そうな予感がビシバシしたのだが、掴んでいる人物は余程強い力を込めているのか、なかなか前に進ませてくれない。

うんざりしながら振り返る。

遊園地を眼の前にした子どもが早くジェットコースターに乗りたいな、と心躍らせている表情を彷彿させるようなシグナムの笑顔だった。

「何だよ?」

「少し私に付き合え。十分でいい」

「だが断る」

「聞かん」

「っておい!」

羽交い絞めにされると、そのままズリズリ引き摺られる。

「お兄ちゃんをどうするつもりですか!?」

「しばらくソルを借りるぞ」

「………もう好きにしろよ」

「そんな!? ソルぅ~」

ぎゃーぎゃー喚くなのはとフェイトに纏わり付かれながら、服越しに伝わる背中の柔らかな感触にシグナムってでかいなと下衆なことに考えを巡らせ連行されるのであった。

で、着いた場所は八神家の庭。

さっき別れたばかりなのにこいつらは何しに戻ってきたんだろう、というシグナムを除いた八神家の視線が痛い。

「封炎剣の使い方を教えてくれ」

ウキウキと嬉しそうな顔をして封炎剣を掲げるシグナムが凄くどうでもいいことを言ってきた。

手っ取り早く終わらせる為に口を開く。

「魔力を込めてみろ」

「うむ」

言われた通りに封炎剣に魔力を込め、剣全体に紫色の光―――シグナムの魔力光―――が宿り輝く。

「次にその魔力をお前の魔力変換資質で炎に変えてみろ」

「はっ!!」

気合と共に魔力が炎に変換され、紫の炎が刀身に纏う。

「終わり」

「そうか、ありが………終わりだとっ!!」

どういうことだ、と剣を持ってない方の手で襟首を掴まれ引き寄せられる。

「いや、どうもこうも、お前法力使えねぇだろ」

「しかしお前は今までと大して変わらないと言っただろ」

どうでもいいが顔近いぞ。後ろで睨んでる二人の視線に気付いてくれ。

「だから変わってねぇだろ。お前、戦闘中に剣に炎を纏わせる以外に何が出来るんだ? 俺が知ってるお前はそれだけだぜ」

さっきの模擬戦で見た連結刃のシュランゲフォルムならともかく、まだ見せてもらってないボーゲンフォルムってのが一体どんなもんか分からない以上、俺の中でのシグナムの戦闘スタイルは『剣に炎を纏わせて戦う剣士』だ。

何か認識の齟齬でもあったのだろうか?

「あ、分かった。お前まさか、封炎剣があれば俺が使ってた法力が自分にも使えると思ったのか? 俺は一言もんなこと言ってないぜ」

「………」

「それに言ったよな? 封炎剣はデバイスじゃないから”今まで通りの魔法を使うことは出来ん”。”武器としてならそのまま使える”。”魔力を込める媒介としてなら優秀”って」

「確かに………レヴァンティンよりも遥かに魔力の通りが良いな」

「ぶっちゃけ今のお前にとってはそれだけだがな」

「………」

手が離される。

「ソル、お前、説明が足りないと言われることはないか?」

「なんでお前がそんなこと知って―――」

「お兄ちゃんってたまに面倒臭くなると端折るよー」

「こういうものだから深く考えずに納得しろって言われたことある」

「僕は何度か無言で辞書を差し出された」

「アタシなんか『ググれ』って言われたことあるよ」

「そうか。お前達も苦労しているんだな」

なんでこいつら急に意気投合してんだよ。少し離れた所から様子を窺ってた残りの八神家も『やっぱりそういう性格か』って顔してんじゃねぇ。

激しく遺憾だった。










家に帰ってくると俺はすぐに地下室に篭った。

デバイス達の修理と改造を施してやらねばならん。

まずパソコンを起動させ、デバイスの破損状況、クラールヴィントとレヴァンティンは初めて診るのでデータの吸出しも兼ねて念入りに調べ上げ、必要な部品を確認する。

次に何をどう強化するのか、どのような部分をどのように改造するのかデバイス達に意見を求める。

これをこうして欲しい、あれをああして欲しい、とか何とか矢継ぎ早に言われたことを箇条書きにメモを取り、リスクとリターン、効率と実用性と安全性、更に俺考案の『神器と同じ機能である”魔法の増幅”を取り入れたらどうなるか』を噛ませながらレポートとして纏める。

その後レポートに基づいたデータをパソコンに打ち込み、制御の良し悪し、出力、必要な魔力量、術者とデバイスに掛かる負荷、その他諸々の計算を行う。

デスクワーク的な入力作業が終了すると、その次は部品の交換や組み立ての作業となる。

しかし、なんかもう無茶苦茶な注文をデバイス達に受けたので、新たに作り直さなければいけない部品がかなりの量として出てきた。

俺はそれぞれのデバイスに愚痴を吐きながら法力を駆使して素材ブロックを加工・練成し部品を大量生産する。

大量に生産した理由は、組み立ての後に行う実験用に使う為である。

組み立てが終わると稼動実験に入る。

小規模の封時結界を張り、その中で実際に俺がそれぞれのデバイスを使って稼動実験をする形になる。

実験しながらレポートを作成し改善点を見つけ、改善させる為にはどうしたらいいのか頭を捻りながら実験を繰り返す。

改善方法が見つかったら次のステップへ。

そんなことを延々と続けていると、気が付けば朝になっていたようで、なのはとフェイトが『朝ご飯食べようー』と呼びに来たので作業を一時中断することにした。















オマケ



野郎三人が砂漠の無人世界へ書を取りに行っている間の八神家。

「へ? ソルくんって本当は大人なん?」

「そうだよ!! 背が高くて、手足が長くて」

「大人の姿のソルは凄く格好良いんだから」

はやての言葉に応じるように惚気るなのはとフェイト。

「私もこの眼で確かに見ました」

「アタシもー」

「私まだ見てないです。話聞いただけで………」

シャマルが一人悔しそうにする。

「ソルくんの大人の姿かぁ~。ちょっと、いや、かなり見てみたいわ。でも、どないしてソルくんは今子どもの姿なん?」

「どうやら本来の姿は強力過ぎるので、普段はその”力”を封印しているらしいのです」

シグナムの説明にはやては更に興味をそそられたのか、見たい見たいと興奮し始めた。隣でシャマルも見たい見たいと言う。

「じゃあ皆で見よう!! シャマルさん、クイーン貸して」

「え? はい」

なのははシャマルから受け取ったクイーンをテーブルの中央に置く。

「はやて、電気消すね」

「いいけど、何が始まるん?」

「いいからいいから」

フェイトが明かりを消し、部屋が暗くなる。

「クイーン、まずはお兄ちゃんがバリアジャケットを展開した姿を出して」

<了解>

クイーンから発せられた光が真っ直ぐ上に昇り、天井をスクリーン代わりに映像を写す。

『クイーン、セットアップ』

『了解』

映像の中では、ソルがクイーンに命じてバリアジャケットを展開している場面だった。

ソルの全身が炎に包まれ、次の瞬間には白を基調とした襟が赤い服装に、聖騎士団の制服を模した姿になる。

「おお!! 格好ええで!!」

「この姿は聖騎士団っていう法力使いのエリート集団の制服なんだって」

「写真見た時に私がこれにしてって言ったんだ」

「そういえば初めて会った時も聖騎士団という言葉を耳にしたな。一体どのような組織だ?」

「国連によって創設された戦闘のエキスパート集団、法力使いのエリートの中のエリートが集まった組織。世界の平和と治安を維持する為に何処の国にも所属してないってアクセルさんが言ってたよね」

「うん。そこでソルは一、二を争う程の実力者で、団長さんよりずっと強いみたい」

「アクセルって誰だー?」

聞かない名前に疑問を口にするヴィータ。

「お兄ちゃんのお友達」

「何だっけ? 因果律干渉体とかいう体質で、たまにタイムスリップするんだって」

「たまにって………」

「どんな友達なんですか、それ?」

「アイツ、変身するのに加えて変な友人が居るのな」

「ほう、ソルの友人だと? 法力使いなのか?」

一人危ない眼つきになるシグナム。

「うん。お兄ちゃんに一本取れるくらい強いよ」

「鎖鎌を使って戦うんだよ」

「是非一度手合わせ願いたいものだな」

「シグナムさんの願いは叶わないと思うなぁ。この時は本当に偶然、この時代のこの世界に来たみたいだし」

「タイムスリップを上手く制御出来ないから、未だに自分が住んでた時代に帰れないんだって」

「それは残念だが、随分と難儀な奴だな」

姦しい空間の中、様々な―――と言ってもほとんどが模擬戦のシーンなのだが―――が再生される。

『御託は、要らねぇっ!!』ver β

『もらったぁ、消えろっ!!』ver α

『くれてやるぅぅぅ!!』無印

『御託は、要らねぇっ、消え失せろっ!!!』ver Ω

「これって全部タイランレイブって技なんですね」

「つーか、これさっきからお前らが火達磨にされまくってるシーンばっかじゃねぇか」

「………ヴィータちゃん、それは言わないで」

「ううぅ、ソルに勝てないよぅ」

四対一だというのに未だに勝てないとう現状に二人が項垂れる。

「そんなことより大人の姿は?」

焦れたはやてがクイーンに問う。

<該当件数は一件のみ>

「それをよろしく頼むわ」

<了解>

『ドラゴンインストーォォォォォォォォルッ!!!』

「ザフィーラみたいなマッチョや!!」

「それは違うわはやてちゃん!!」

「シャマル?」

「ザフィーラは中肉中背の男性が身体を鍛え上げた姿。でもソルくんは長身痩躯の男性が身体を鍛え上げた姿。この二つは明確な線引きがあるのよ」

「主はやて、シャマルの言う通りです。まずこの広背筋を見てください、筋肉の付き方が微妙にザフィーラと異なるのが分かりますか?」

急に筋肉について熱く語り出す二人。

なのはとフェイトとはやては頷きながら感心していたが、ヴィータは自分のリーダーと参謀が筋肉フェチだということを知り一人ドン引きしていた。















オマケその二



ソル達が帰った後。

「ガンフレイムッ!!」

逆手に持った燃え盛る封炎剣を庭の地面に突き立てたが何も起きなかった。

「タイランレイブッ!!」

両手に持ち直した封炎剣を正面に掲げ叫ぶも、やっぱり何も起きない。

「シグナムの奴何やってんだー?」

「ソルくんみたいに炎を飛ばしたいんじゃないの?」

「俺達がベルカ式である以上、いくらやっても無駄だと思うが」

「シグナムー、もうお風呂入ったらどうや?」

「………そうします」

シグナムは項垂れながら家の中へと戻ることにした。

何時かガンフレイムくらいは修得してみせると心に誓いながら。












一部訂正。

感想返し追加しました。



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.19 Hunt A Soul
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/10/24 14:48
朝食を終えると、タイミング良くクロノから通信があった。

<優秀な魔導師だけあって、流石にそう簡単に尻尾を掴ませてくれない>

モニターの向こうでクロノは渋面を作る。グレアムの捜索はなかなか進展しないらしい。

「猫姉妹の尋問は?」

<まだ意識が戻らないからそれ以前の問題だ>

容赦無い誰かさんの所為でな、と睨まれる。

加減を間違えちまったか? 俺はやれやれと溜息を吐いた。

<ただ一つ分かったことがある>

「何だ?」

<彼はあるデバイスマイスターにデバイスの制作依頼をしていたらしく、つい先日それが完成、納品を終えてその手に渡っていることが判明した>

「どんな奴だ?」

<氷結の杖デュランダル。その名の通り極めて強力な氷結系のデバイスだ。それを使って書とその主諸共永久封印するつもりなんじゃないかというのが僕の見解だ。書を破壊しても意味が無いことは周知の事実だからな>

「氷付けか………」

腕を組み、パイプ椅子の背もたれに体重を預けた。

クロノの言葉を聞いて、果たしてそんなもんで永久に封印出来るのかという疑問が頭に浮かぶ。

俺の世界で使われていた封印用の法術の中で最も脱出するのが困難な檻と称された”次元牢”というものが存在する。重犯罪者や強力なギアを封印して閉じ込めておくそれは、専ら聖戦時代の聖騎士団や国連が使っていたものだ。

かの”破壊神・ジャスティス”をも封印することが出来た代物なのだが、割とあっさりテスタメントの手によって解除されたのは苦い記憶として刻まれた。

完璧な封印なんてものはこの世に存在しない。何かを閉じ込めておくタイプのものは内部に強ければ外部が脆い、ということはよくある。その逆に、外部を拒絶するものは内部からの干渉に弱い。

ギア消失事件の折にカイが『木陰の君』に施した封印は例外中の例外だ。なにせ神器一つを丸々犠牲にしてる。

それに比べてグレアムの封印は氷付けだ。炙ればそこで終わりな気がするんだが。

それとも氷付けにしてから虚数空間のような次元の狭間にポイ捨てするつもりなのか。

<注意しておいてくれ。もしかしたら、グレアムは主ではなくお前を狙っているかもしれないからな>

「俺を?」

<当然だろ? ソルが介入したことによって彼の計画がご破算になったも同然なんだ。書に対する恨みがお前に向かっていっても不思議は無いと思うが>

全くお前は他者から向けられる感情に無頓着だな、と画面越しに呆れられる。

「………ま、そうか」

俺は頷いた。俺があいつを気に食わないように、向こうを俺を気に食わないのだろう。

<どちらにせよ、十中八九地球でことを起こそうとしているのは分かっているからお前達の周辺には牽制の意味も兼ねて捜査員を何人か送ろうと思う>

「そうしてくれ」

デバイスの改造作業の真っ最中なので、俺はともかくなのはとフェイトは丸腰だ。シグナムとシャマルには俺の封炎剣とクイーンを貸してはいるが、使い慣れないものをいきなり実戦で投入するには不安が残る。

護衛の意味も込めて、俺以外の連中の近くに配置してくれと頼むと、クロノは快く了承する。

<ああ。それと、なのは達のデバイスはどうだ?>

転換した話題に俺は顔を顰めた。

<どうした? 修理出来ないのか?>

「いや、そうじゃねぇ」

苦虫を噛み潰したような俺の態度に訝しむ表情をするクロノ。

修理は部品交換した時点で終わったも同然だったので問題らしい問題は無いのだが―――

<………なるほど。次から次へと見つかる改善の余地の所為で果てが無い、と。程々にしておけよ? あんまり強力過ぎるものを作ったところで、なのは達がそれを使いこなせなければ意味無いからな>

それは”アウトレイジ”を制作した過去から重々承知している。対ギア兵器として開発したはいいが、作った本人の俺ですらハイペック過ぎて扱えない代物だった。結局あれは国連が八つに分割した後に”神器”として制作し直してようやく人間―――それでも法力使いとして実力が高くないとダメ―――にも扱えるようになった訳だし。

「それとついでに、こっちからも報告することがある」

書の管制人格が自らを内側から封印していることを伝えた。

<内側から自分自身を封印する、か。お前はどういうことだと考えている?>

話を聞いて思案顔になるクロノ。

「さっぱりだ。今更そんなことする見当すらつかねぇよ」

<僕もだ。とりあえず今は情報を待ちつつ下手な手出しはせず様子見ということにしよう。また後で連絡する>

それを最後に通信が切れた。

「よし、続きをやるか」

俺は肩を回し、その次に首を回してゴキゴキ音を立てると、中断していた作業に戻ることにした。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.19 Hunt A Soul










SIDE なのは



お兄ちゃんは念話でクロノくんが言った内容をそっくりそのまま私達に聞かせると、『当分学校休むぞ』と付け加えて切ってしまった。

「ということは、私達も学校休むのかな?」

「そこまで言ってなかったからなぁ。そこら辺、どうなんだろ?」

私の疑問にユーノくんが首を捻る。

「でも、クロノが捜査員を私達の近くに送ってくれたんでしょ?」

フェイトちゃんがそれなら学校行ってもいいんじゃないのかな? と意見を述べた。

「でもさぁ、相手は単独とはいえ高ランク魔導師じゃん。エイミィの話によるとなんか凄い経歴の持ち主みたいだし。今は家で大人しくしてた方がいいんじゃない?」

この繁忙期に士郎さんと桃子さんには悪いけど、と付け加えてアルフさんがフェイトちゃんの意見に反論、安全を第一とした意見を出す。

「ソルはどうするつもりなんだ?」

恭也お兄ちゃんが心配するように聞いてくる。

その後ろでは、お父さんとお母さんとお姉ちゃんも似たような表情をしていた。

「当分学校休むって。たぶん、この件が終わるまでずっと」

終業式までもう二週間切ってるのに休むことになるなんて。早めの冬休み到来?

「外出する時が最も狙われやすいからな。学校よりもなのは達の身の安全を優先するべきだ」

それから開催されたお兄ちゃんを除いた家族会議の結果、数日間は様子を見ようということで私達は自宅に居ることになった。

もし何かあったらすぐに地下室で作業しているお兄ちゃんに助けを求めるように、と言ってお父さん達はそれぞれのお仕事や学校へ。

とりあえずアリサちゃんとすずかちゃんに今日皆が休む理由をメールで簡単に説明すると、やることが無いので四人で家事をする。

台所を片付け、洗濯し、天気が良いのでお布団を干し、家の中を綺麗に掃除した。

皆で手分けして作業し、昼前になってやっと終わったと一息ついていると、インターホンが鳴る。

「はい、高町です」

<八神で~す>

アルフさんが少し警戒しながら受話器を取ると、微かにはやてちゃんの声が聞こえた。





「いや~、もし皆学校行ってて居なかったらどないしよって思っとったから居てくれて良かったわ」

「邪魔するぜー」

「邪魔をする」

「お邪魔します」

「わん」

どやどやと入ってきたのは八神家の皆。こんな時間にどうしたんだろう? 何かあったのかな? でも、そうであれば真っ先にお兄ちゃんに念話が来るのに。

「なんやなのはちゃん? 私らがなんで此処に来たか分からんっちゅう顔してるで」

「にゃ!? バレた?」

「なるほど。なのはちゃんは嘘が吐けない性格か。アカンなぁ、そんなんやったら大人になった時にコロッと騙されてまう」

今のはただのカマ掛けだったみたい。

「それで、どうして皆ウチに?」

アルフさんがお茶を用意をしながら問い掛ける。

「ぶっちゃけ暇だからや」

「はやて、ぶっちゃけ過ぎ」

ヴィータちゃんがすかさず突っ込む。

「本当はソルから連絡があってな」

「そうなんです。クイーンの方に直接、ソルくんとクロノくんの会話データが送られてきて」

シグナムさんの言葉にシャマルさんが首から下げたクイーンを弄る。

「更に言えば此処はソルが居るからな。もし万が一のことが起きても主に危険が及ぶ可能性が低い」

「このお家もウチみたいに結界張ってるんですね、しかもかなり複雑な術式の。これってソルくんが張ったんですか?」

「うん。ソル、心配性だから」

フェイトちゃんが頷いた。

皆が席に着くと、お茶の用意が出来たのかアルフさんがお盆に湯飲みを載せてやって来た。

「丁度良かったじゃないか。もう今日のやることが無くなっちまったから昼食が終わったらどうやって時間潰そうかと思ってたし」

つまり、今の高町家には暇人が揃ったってことなの?

その時、ドアが開く音と共に白衣姿に銀縁眼鏡を装着したお兄ちゃんが現れる。

「よう」

一言だけそう挨拶すると、お兄ちゃんはがさごそと冷蔵庫を漁り始めた。

「ちょっとアンタ何してんの!?」

「頭使ってると糖分足りなくなんだよ!!」

咎めるようなアルフさんに苛々したような声を返し、甘いものを探し続けるお兄ちゃん。

そして、一枚の板チョコを見つけ出すと乱暴に包みを剥がし、とてつもなくワイルドに黒茶の固形物に食らい付き、ボキボキと音を立ててから飲み下す。

更に開封してない紙パックの牛乳一リットルを一気飲みすると、ゴミを炎の法力を使って一瞬で蒸発させる。

「ふう。これであと六時間は戦える」

呟くと、ヴィータちゃんに向かって手を差し出す。

「デバイス寄越せ。少し余裕が出来たから診てやる」

「………お、おう」

恐る恐る投げ渡された待機フォルムの小さなハンマーを片手でキャッチすると、お兄ちゃんはリビングを出て行った。

「………なんやあれ? 白衣に眼鏡?」

誰もが押し黙る中、はやてちゃんが唖然としたように口を開く。

「ソルのあの格好は私の趣味」

「………あいつ、家の中だと何時もあんな感じなのか?」

「地下室に篭ってる時だけ、ね」

フェイトちゃんの言葉を華麗にスルーしたヴィータちゃんの質問に私はこめかみに汗を垂らしながら答えた。

「地下室に篭っている時とは?」

シグナムさんの疑問は当然だった。普通の家に地下室なんてものは無い。

「ソルがデバイスの制作作業やメンテナンスを行う為の専用部屋のこと。私達が今居る母屋から少し離れた場所の地下にあるから地下室って呼び方してるんだ」

「アイツの秘密基地みたいなもんさ。碌に入れてもらったこと無いからね」

「彼って作業に夢中になると地下室に引き篭もるんだ………っていうか、人が変わる」

「作業途中に出て来たとしても用事が済めばすぐに戻っちゃうし。あの様子だとたぶん、お兄ちゃん昨日から一睡もしてないんだよ」

だって眼が据わってるのに爛々と輝いてるんだもん。絶対にナチュラルハイになる前兆だよ。それとももうなってる?

「彼、徹夜なの!?」

シャマルさんが驚いたように立ち上がると、ユーノくんが呆れたように答える。

「クイーンが完成する時なんてずっとそんな感じだったよ」

「それで、段々眼光が鋭くなるんだ。戦闘中とは違った感じに」

頬を両手で挟みながらフェイトちゃんがポッと赤くなる。

「寝てない癖に動きだけは何時もと同じでキビキビしてんだよね。いや、むしろ日常生活の時より鋭い」

アルフさんがお茶の配りながら溜息を吐く。

「寝ないの? って聞くと、『睡眠時間が勿体無ぇ。それより今いいとこなんだよ、ククク』って笑うんだ」

私はその時のお兄ちゃんの顔を思い出して身震いした。狂気を宿したような眼つき、口元が喜悦に歪んでいる姿。白衣と銀縁眼鏡がマッドサイエンティストを連想させる。

あの眼はなんというか、必要以上に踏み込んじゃいけない危険な香りがする。だって、眼が合うと背中がゾクゾクして、凄くドキドキするんだもん。

前にお姉ちゃんが徹夜明けのお兄ちゃんのことを真っ赤な顔で指差して『鬼○眼鏡!!』って言ってたけど何のことだろ?

はぁ、と釈然としない八神家の人々。明後日くらいになれば分かると思うから今は何も言わない。

「それよりさ、ヴィータがデバイス預けちゃった以上は最低でも夜くらいまでは居るだろ? もうそろそろ昼だし、この人数なら早めにご飯作らなきゃね」

楽しそうに腕まくりすると、アルフさんは台所へと駆け込んだ。

そういえば家事に夢中になってたけど、もうお昼ご飯の時間だ。

「私も手伝うで」

はやてちゃんが車椅子を操って台所に向かう。

「あ、私も手伝います」

「「「「却下で」」」」

「………酷いです」

何故か手伝うと言ったシャマルさんが拒否されて、部屋の隅で体育座りしてしまった。

聞き取れない程の小さな声でクイーンにぶつぶつ愚痴ってるけど、八神家の台所で何やらかしたんだろう?





はやてちゃんとアルフさんの合作炒飯を皆で「ウマーッ」ってやってると突然お兄ちゃんがやってきて、無言で一人前を平らげると去っていくということがあった。

去り際に「ヴィータ、お前のデバイスは浪漫が溢れてるな」と、独り言を呟いて。

眼の光がさっきよりも妖しくて、鋭くなってた。あんな眼つきで外に出たら間違い無くお巡りさんに職務質問される。

「………アイツこれから誰かを殺しに行くのか?」

ヴィータちゃんの言葉に反論出来ない。殺気が出てないだけだからそう思われても仕方ない。

「「「「何時ものことだから」」」」

「「「「「どんな”何時も”!?」」」」」

地下室で人体実験でもしてんじゃねーだろーな、という人聞きが悪いことを言われてしまう。

それからは皆で大人数で出来るようなゲームをしたり、お菓子片手に雑談したり、アルバム引っ張り出して鑑賞会したり、道場で身体動かしたりして、そんなこんなであっと言う間に夜になった。



SIDE OUT










<古代ベルカの遺産、ユニゾンデバイス。術者と融合して魔力の管制・補助を行うことによって、他の形式のデバイスを遥かに凌駕する感応速度や魔力量を得ることができる………というのが夜天の魔導書の特徴であり、主が真の”力”を発揮出来る使い方みたいっスね>

「融合?」

俺は今、無限書庫からスクライア一族によって送られた情報に眼を通していた。

「融合って具体的には? 身体の一部が武器になるのか?」

頭の中で、手首から先があの分厚い古ぼけた本になったはやてを想像してみる。

………とてもシュールだ。

<違いますよ。術者の髪や瞳の色が変わったりとか、そんなもんです>

「んだよっ」

それで良かったような、見てみたかったような、少し複雑だ。

<でも、適性の無い人間がユニゾンすると融合事故を起こしちまう代物で、そういった場合はデバイスが術者を乗っ取って自律行動する危険性も孕んでるみたいです>

ま、元科学者から言わせてもらえば、道具と合体しようという考え方自体が何か間違っていると思う。

道具は道具。所詮、人間が使う”物”でしかない。”使う側”と”使われる側”が一つになるという発想がぶっ飛んでる。

<今日のところはこのくらいです>

「夜天の魔導書が闇の書になった経緯や、改悪される前のプログラムとかはまだ見つかってねぇのか?」

<申し訳ありません旦那。言い訳するつもりじゃないんスけど、そこまでサルベージが進んでません。今渡した情報も大した内容と量じゃないっスけどさっき仕入れたばっかりのもんでして>

なんせ何百年以上も前の資料を手探りで探しているようなものだ。この前みたいに闇の書の本質がすぐに見つかったのは奇跡的だった、と画面の向こうでバイトリーダーは恐縮するようにその巨漢を縮こまらせた。

「なら、今まで書が自らを封印した過去とかは無いか?」

<はい? それは一体どういうことで?>

首を捻るバイトリーダーに、書の現状を掻い摘んで説明する。

<いやぁ、そういった報告はまだ無いっスね>

「………そうか、分かった。そのまま続けてくれ」

<了解です。ではまた>

空間モニターが消え、通信が切れる。

やはり、そう上手くことは運ばねぇか。

俺は溜息を吐く。

しかし、書の内側からの封印ってのが何を意味するのか分からん。

スクライアに確認を取ってみたが、かつて書が自らを封印したことは無いらしい。

あの封印の所為で解析出来ない。解析出来ないと何も出来ない。何も出来ないと書の壊れた部分を修正出来ない。修正出来ないとはやての足が治らない。

なんとも悪循環だ。

いっそ無理やり封印解いちまうか?

「………止めておくか」

一瞬過ぎった考えをかき消した。

あれは”まだ”闇の書だ。元の”正常な”夜天の魔導書に戻った訳じゃない。管理者であるはやての言う通り、内側から封印された何らかの理由が必ずある筈だ。

それさえ分かれば光明が見えてくる気がするんだが。

それとも、今代の書は今までと何か異なる要素でも含んでいるのだろうか?

だとしたら一体それは何だ?

しばらく腕を組んで考えても思いつくことなど無い。

というか、つい先日初めて書の存在を知った俺が今までとの違いを見つけ出そうとしても無理な話だ。シグナム達でさえこんな事態は初めてだというのに。

その間になのは達のデバイスを修理・改造しているから時間を無駄にしている訳では無い分、まだマシだ。

なのに、何か引っかかるというか、忘れていることがあるような気がするんだが―――

「面倒臭ぇ」

呟いてパソコンに向き直る。

すると、レイジングハートのデバイスコアが点滅した。

<ソル様。そろそろ夕餉の時間です。一旦、休憩を取ったら如何でしょう?>

「ん。そうする」

促され、俺は地下室を後にした。





母屋に行くと、まだ帰ってなかった八神家と、仕事や学校を終えた士郎達が談笑しながら飯を食っていた。

つーか、居間とリビング合わせて十人以上の人間が一度に食事をする光景をこの家に来て初めて見る。

部屋に入ってからその場に居た全員にジロジロと不躾に注目されていたが、気にしない。

俺は無言で台所に侵入すると、テキトーな食器を見繕ってテキトーによそると、そのまま立ち食いし始める。

我が家の女性陣が行儀悪いと文句を言ってきたので、立ち食いそば屋と同じだと思え、と言い返してさっさと食い終わる。

「ちょっと待てよ!!」

地下室に戻ろうとしたら、口の端に”おべんとう”を付けたヴィータが駆け寄ってくる。

こいつは本当に歴戦の猛者なんだろうか? この様子を見る限り年相応のガキにしか見えんぞ。

「ああン?」

少し屈んで目線を合わせる。

「あ、アタシのアイゼンは?」

「二、三日掛かるからもうしばらく待て」

やれやれと思いながら口の端の”おべんとう”を取ってやり、米粒を自分の口の中に放り込んだ。

「………って、あああああ!!!」

「「「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」」」」」

桃子と美由希とアルフを除いた女性陣が一斉に奇声を上げたので、一通り睨んだ。

「うるせぇな、いきなり変な声出すんじゃねぇ。つーことで、もし家に帰るのが不安だったら泊まってけ。寝る時は誰かと相部屋すればいいし、なんだったら俺の部屋を使ってもいい。寝間着とか必要なもんを取りに一旦帰るようならユーノをタクシー代わりに使え」

何故か頬を染めているヴィータの頭にポンッと手を置くと、俺は地下室に戻る。

背後で何やら悲鳴やら非難の声やら怒号などが聞こえてきたが、特に気にしなかった。










そして、二日の時が流れた。

その間、グレアムが襲撃してくることも、逆に奴が捕まることも、有益な情報が来ることも、書の封印が解けることも無かった。

何も起きない穏やかな時間。

だが、何も起きないが故に不気味だと思いながらも、俺はひたすらデバイスを弄くっていた。










ようやく完成したっぽいデバイス達を抱えて地下室から出る。

外で待機していた連中は、夕暮れの光で朱色に染まりながら俺に己のデバイスを手渡されるのを今か今かと心待ちにしていた。

その後ろで、デバイスを持っていないはやてとユーノとアルフとザフィーラも興味深そうにしている。

「先にシグナムとシャマルとヴィータには謝っておく。スマン」

まずシャマルの前に進み、クラールヴィントを手渡した。

「気が付いたら指輪が腕輪になってた。しかもこの状態が待機状態であり展開状態でもある。悪ぃ。許せ」

「え? えええええええ!?」

シャマルの反応は当然であり、予測していたものでもあった。

四つの指輪を改造したら一つの腕輪になってるんだもんな。驚かない方がどうかしてる。

「どういうことですか!?」

「それは後で纏めて説明するから待ってろ」

俺の両肩を掴んでガクガク揺するシャマルを宥めて次へ。

「シグナムとヴィータ」

「レヴァンティンは大丈夫なんだろうな?」

「………なんか嫌な予感する」

それぞれのデバイスを渡す。

「待機状態にシャマルのような変化はこれといって無いが?」

「カートリッジシステムを排除した」

「へ~………はあ!?」

「貴様ぁぁぁぁ、どういうつもりだぁぁぁぁぁ?」

地の底から響くようなシグナムの唸り声を手の平をヒラヒラ振ってやり過ごす。

「ちゃんとした理由を説明するまで待ってろ」

「納得いく理由でなければ斬るぞ!!!」

「アイゼンの頑固な染みにしてやる!!!」

よっぽどカートリッジシステムという安全性が確立されてない機構を排除されたのが気に食わないらしい。待機状態のデバイスを不機嫌そうな顔で見ている。

「それから、なのはとフェイト」

「「はい!!」」

元気な返事で嬉しそうに受け取ったのを確認すると、俺は五人に向き直った。

「ではこれより新たなデバイスの説明に入る。シャマル以外は全員デバイスを展開してみろ」

眼鏡のブリッジを上げ直し腕を組んで言うと、全員が言う通りにデバイスを展開する。

「え?」

「あ?」

「お?」

「………?」

それぞれが違和感に気が付いたらしい。俺は唇を吊り上げると説明を行う。

「まず、なのはから。レイジングハート・エクセリオン。命名はレイジングハート本人だ。今まではデバイスモード・シューティングモード・ランサーモードの三つの形態を取っていたが、戦局に合わせていちいち形態を変更するのは面倒だからなんとかしろというレイジングハートの意見を尊重して一括した。それがエクセリオンモード」

「………エクセリオンモード」

杖の先端が金色の鋭い二等辺三角形のような刃状で、更にその先から桜色の魔力刃が真っ直ぐ発生している。

「部品の大部分を封炎剣と同じ素材で作り直した所為で重量は前の約四倍。その代わり耐久度はざっと十数倍、魔力の浸透率と伝導率は八倍、肉体に掛かる負荷は耐久度を上げたデバイスが全て肩代わりしてくれるのでゼロ。使う魔法もランクアップしたから名称が変わってる。後で確認しろ」

「あ、ああ、ありがとうお兄ちゃん!!! ちょっと重いかなって思うけどあんまり気にならないし、凄いよ!!!」

なのはが眼をうるうるさせて近付いてきたので頭を撫でる。

<お褒めに預かり恐悦至極>

なんでレイジングハートが偉そうなんだ?

「次にフェイト。バルディッシュ・アサルト。命名はレイジングハートと同じくバルディッシュ本人な。今までとあまり機構変化は無いが、一部名称の変更がある。あと、バルディッシュからの強い要望でザンバーフォームという大剣形態を一つ追加した。これも魔法と機構の名前同様、後で確認しろ」

「ザンバーフォーム………」

「重量、その他諸々はレイジングハートと同じだ」

「ソル………ありがとう」

感極まってしがみついてきたフェイトの頭を撫でると、シグナム達に向き直る。

「次にシャマルのクラールヴィント。クイーンを制作した時のノウハウを活かして改造を施していたら、気が付けば指輪から腕輪になってた。さすがにこれには俺も驚いた」

「気が付けばって………改造した張本人が何言ってるの?」

<気が付いたら腕輪になっていました>

「クラールヴィントはそれでいいの!?」

<何か問題が?>

その言葉にシャマルは黙り込んでしまう。

「外見は見ての通り。重さは普通の腕輪より少し重い程度、あとは前の二人と一緒だ。その状態がリンゲフォルムと同じってことになる。ペンダルフォルムへの機構変化も可能だし、こっちの使い方に大した変化は無い」

「………」

右手首に装着したクラールヴィントを呆然と見つめる姿は少し怒っているような気がしないでもないが、特に文句は無さそうだ。

「その、ありがとう」

やがて、少し恥ずかしそうに蚊の鳴くような声で礼が聞こえたので俺は満足して頷いた。

「シグナムのレヴァンティン。カートリッジシステムを排除。それ以外はもう、ほとんどベルカ式封炎剣だ。重量、刃渡り、幅、厚みとかは見かけを除いて封炎剣とほぼ同じだ」

「確かに外見は以前と同じだが、前より二回り程大きく長い。そして重いな」

「その代わり耐久度、魔力の浸透率と伝導率も封炎剣と同等。ぶっちゃけ、封炎剣の改造用の材料を片っ端から流用しただけだったから一番作業が楽だった。あと、鞘も新しく作り直しておいたぜ」

「これも素材は封炎剣と同じなのか?」

「ああ。シュランゲフォルムとボーゲンフォルムは以前とほとんど同じだが、元がでかくなってる所為で扱い慣れるまで少し時間が掛かるかもしれん。ま、お前なら大丈夫だろ」

「その点なら大丈夫だ。この三日間、暇があれば封炎剣を振り回していたからな。重さにも長さにも慣れた」

そして最後のデバイスの説明に移る。

「ヴィータのグラーフアイゼン。カートリッジシステムを排除したこと以外はレイジングハートやバルディッシュと同じ。それ以外の変更は無し。以上」

「待てよテメー!!! アタシだけなんかテキトー、ていうか、カートリッジ取っちまった理由聞いてねーぞ!!」

アイゼンを振り下ろしてきたのでバックステップで交わす。

「術者とデバイスの両方に負荷が掛かる安全性の低いものをよく使ってられるな。確かにカートリッジを使えば一時的に魔力が上昇、場合によっては補充になるかもしれんが、俺から言わせてもらえばただのドーピングだ。普通の人間があのまま使い続ければいずれ破綻する」

眼鏡のブリッジを上げると、俺は俺なりの見解を述べた。

技術が進歩すれば負荷が掛からない安全なものを制作出来るかもしれんが、そんな時間は無い。だったら俺が自信を持って提供出来る、慣れ親しんだ技術をてんこ盛りにした方が安全性も期待値も高い。

「それにカートリッジの代わりに全てのデバイスに面白い機構を搭載しておいた」

口をニヤリと歪めると、誰もが面白い機構? と訝しげな顔をする。

「神器の機能の一つ。法力を増幅させるという機能。それを模写する形でお前達の魔法に応用出来ないか実験を積み重ねた結果、それが成功した」

三日間徹夜で作業していた所為か自身のテンションがおかしい気がしたが気にしない。ナチュラルハイなんてこんなもんだ。

神器? と皆が不思議そうに呟いたのを見て、神器の説明らしいことを何一つしていないことを思い出す。

「神器ってのは俺の故郷の世界で法力使いが用いるデバイスと同じようなものだと思ってもらって構わないが、この世に八つしか存在しない大変貴重なものであると同時に、法力使いにとってこれ以上強力な武器は存在しないとまで言われている武器のことだ。封炎剣もその内の一つだ」

そして、と続ける。

「封炎剣は火属性の法力を増幅する機能を持つが、それだと偏りがあるのでその機能を普遍化し、汎用性を持たせた上で法力を魔法に置き換えた。一番苦労したのはこの部分なんだが、そんなことはどうでもいい。つまり、お前達のデバイスに搭載した機能は神器と同程度のものを有していることになる」

五人は改めて自分のデバイスを見つめた。

「ただし、この機能は魔導師として高い実力を持っていないと上手く働いてくれない。だが逆に言えば、デバイスに相応しい実力を有していればその力を飛躍的に高めてくれるものだということ。使いこなせるか否かはお前ら次第。どうだ? 面白ぇだろ?」

言って、俺は先程返却してもらったクイーンに命じて封時結界を発動させる。

「クイーン、結界の範囲は海鳴市全体を覆い尽くす大規模なものを。法力場を展開し奴が逃げられないようにしろ」

<了解>

「一体何やってんの? 今からデバイスの稼動テストするには結界が大き過ぎない?」

唐突に結界―――しかも大規模な―――を展開した俺の態度に、結界魔導師であるユーノがこの結界に疑問を持つのは当然と言えた。確かに稼動テストに海鳴市をすっぽり囲むようなものは必要無い。

だが―――

更に俺はクイーンに命じる。

「この結界に存在する俺達以外の生体反応を検出」

<了解>

「その中で、予め登録しておいたクロノとアースラの捜査員を除外しろ」

<了解………条件に該当する個体が一つ残りました>

見つけた。

クイーンから送られてきた座標、その個体が現在居る場所は此処から十キロ程離れたホテル街。

地球の、海鳴市の何処かで息を潜め俺達のことを単独で付け狙っているのは、同じ復讐者としてハナッから分かっていた。

グレアムの存在を広い海鳴市内で発見した方法は実にシンプル。魔力資質を持つ者だけを強制的に閉じ込める結界を張り、その中から生体反応を探せばいい。

言うのは簡単だが、クイーンの補助無しでは困難な大仕事だ。法力と魔法を同時行使し、尚かつ発動させた複合魔法を増幅出来るデバイスと神器のハイブリットであるクイーンだからこそ可能なのだ。攻撃力が皆無な分、地味なサポートに特化させただけのことはある。

当の本人であるグレアムは、派遣された捜査員やクロノが俺達の周囲に居た所為で手を出そうにも出せず、かと言って復讐を成し遂げる為に離れる訳もいかず、有効な手段を見出せないまま、発見されない付かず離れずの距離を保っていたのだろう。

優秀であるからこそ、確実性を求めるが故に土壇場で二の足を踏む。

不用意に近付けば即クロノ達に発見され包囲される。たとえ包囲網を突破出来たとして、その後に控える俺達をたった一人で往なせるか? 答えは否。そんな愚挙を十年以上復讐に費やした男が選択肢に入れる訳が無い。

管理局という古巣を敵に回した以上、奴に後ろ盾は存在しない。これは奴の管理局内での人柄や経歴、プライベートに関わる人間関係までをエイミィに徹底的に調べさせたことからはっきり言える。

グレアムは復讐者ではあるが自ら犯罪組織に加担したりするような人物ではなく、また、アウトローになるような性格の人間でも無い。人間として外道だが。

要するに、奴は心の底まで悪に染まり切ることの出来ない人間だということ。最低限のモラルを持っている所為で、復讐以外のことに関しては一切手を染めていない。

他の次元世界に高飛びすれば逃げ切れた可能性は非常に高かったというのに、こだわり続けてきた復讐の所為で今更後に引けない。

だが、手出しが出来ない。

相当のジレンマを感じていたことだろう。

優秀な魔導師としての自分が冷静に現状を分析する中で、復讐者としての自分が気持ちを前に前にと押し進めてきた結果だ。

奴の忠実な手駒は俺が病院送りにしてやった。今、奴は孤立無援。

なのは達のデバイスは無事完成した。

上々だ。全てが整った。

俺は念話を結界内に居る全ての生体反応に無差別に送る。

『よう、ギル・グレアム。そんなところで何してやがる?』

『貴様っ!? ソル=バッドガイか!?』

ビンゴ。

馬鹿が。黙ってりゃあ良かったものを。自分からホイホイと網に引っ掛かってくれた。

明らかに動揺し震えた声。絶対に捕捉されない自信があったのか?

『居たのか? 試しに言ってみただけなんだが』

『………』

今更だんまりを決め込んでも意味が無い。

すぐにクイーンに命じて、グレアムの現在位置をクロノ達となのは達のデバイスに送信させる。

狩りの時間だ。

「今送った座標に俺達の敵が居る。そいつに新しいデバイスの”力”を試してやれ」

敵、という言葉に全員が緊張した顔になる。

「急がねぇとクロノ達に奪われるぜ? シグナム達は主を生贄にしようとした外道を自分達の手で断罪しないのか? なのは達は俺の右眼の借りを返してくれないのか?」

実にわざとらしい芝居がかった口調で発破を掛けると、はやてとアルフとユーノ以外が我に返ったように表情を引き締める。否、怒りに顔を歪めた。



「主をはやてを生贄にしようとした者が―――」

「はやてちゃんに孤独を味合わせた人が―――」

「はやてを苦しめた奴が―――」

「主はやてを亡き者にしようとした男が―――」

「お兄ちゃんの右眼を傷つけた人が―――」

「ソルを殺すように命令した人が―――」



今まで溜めに溜め込んだギル・グレアムに対する怒り、憎しみ、嫌悪が膨れ上がり、全身から殺気となって滲み出てくる。



「「「「「「あそこに居る!!!」」」」」」



どうやら腸が煮え繰り返っていたのは俺だけではなかったことに、内心ほくそ笑む。

「行け!! そして奴に思い知らせてやれ!! 自分が何を仕出かしたのか、誰を敵に回したのか、その身に刻み付けてやれ!!!」

それぞれがバリアジャケットや騎士甲冑を纏い―――ザフィーラのみ狼から人間へと形態変化し―――空を駆けていく。

さあ、どうする? 此処は法力と魔法を駆使して作り上げた結界の中。外部からの侵入は可能でも、内部からの脱出は予め登録しておいた人間以外は不可能。

結界を展開しているクイーンを破壊するか、クイーンに魔力を供給している俺を殺すか、俺が解除しない限り出れっこない。

「ソル、アンタって超が付く程のドSだね」

「アルフ、ソルが容赦無いのなんて最初っから分かりきってることだってば」

「此処までするんか、ソルくん? いや、私のことを想ってやってくれたんは嬉しいんやけど」

魔力光を箒星のように残しながら遠ざかっていくなのは達を見送りながら、ユーノとアルフとはやてが呆れたように溜息を吐く。

「僕達も行くよ。一発くらいは殴っておいても文句言われないよね」

「アンタはどうすんの?」

「万が一に備えて俺ははやての傍に居る。野郎が包囲網を突破することが無いと絶対に言い切れん」

ま、あの面子相手では不可能に近いが。

「キミはそれでいいの?」

「アンタが一番怒ってたじゃないかい」

「アルフさんの言う通りや。シグナム達が嬉しそうに言ってたで」

意外そうな顔をする三人に、俺は眼鏡を外し白衣を脱ぎ捨てると、チッチッチと指を振る。

「奴が地獄を味わうのはもっと後だ」

そう言ってこれ以上無い程の邪悪な笑みを浮かべてやると、この人は自身の”敵”に対して真性のSだ、という眼をされ少し引かれてしまった。

「………それはともかく、行ってくるよ」

「あの親父、死んだ方が幸せなんじゃないかね?」

ぶつぶつ呟いているアルフを引き連れてユーノが飛び去っていった。

「私は幸せ者やな。皆にこんなに想ってもらって」

はやてと二人きりになると、心情を吐露するように言葉が紡がれる。

「ホンマおおきにな、ソルくん」

「別に礼を言われたくてした訳じゃ無ぇ。つーか、お前はもっと怒っていいんだぞ。よくも今まで孤独を味合わせてくれたな、生贄にしようとしてくれたな、死んだ両親の友人と偽って騙したなこの裏切り者、ってな」

「確かに、ソルくんが言ったことは今も思っとる。せやけど、今まで私がグレアム小父さんによって生かされてきたんは事実や」

「………」

「書の主になった所為で足が不自由になってしまったけど、私はそれを悔やんでへん。どうでもいいんよ、そんなこと」

「何故?」

はやての言うことが信じられなかった。

普通、誰だってはやてみたいな状況に陥ったら恨むだろ。自身の運命を呪うだろ。この世に生を受けたことを憎むだろ。自分以外の幸せそうな人間を妬むだろ。

なのにこいつは幸せそうな、柔らかい笑みを浮かべて、そんなことはどうでもいいと言う。

その姿は眩しかった。

自身の運命を呪い、復讐と贖罪を求めて、血で血を洗うような戦闘を繰り返し、ただひたすら憎み続けた人生を歩んできた俺には、はやての言葉が理解出来なかった。



「簡単や。シグナムと、シャマルと、ヴィータと、ザフィーラと家族になれた。すずかちゃんから始まって、ソルくん、なのはちゃん、フェイトちゃん、ユーノくん、アルフさんに会えた。友達になれた。

 皆が私の為に一生懸命になって、凄く怒ってくれてる。家族や友達に憧れとった私にとって、何よりも嬉しいことや。だから私は、今の状態でも十分に幸せ者なんよ」



そう言って、隣に居る俺の手を握り微笑むはやては本当に幸せそうで、その生き様は純粋に美しいと感じる程輝いて見えた。

そして同時に、こいつには敵わないな、そう思う。

まさか俺が、自分の二十分の一も生きていない小娘に尊敬の念を抱くとは。

世の中、何が起こるか分かったもんじゃねぇな。

「………お前、将来良い女になるぜ」

「なんや急に? 今更気が付いたんか? 嫁に欲しいやろ?」

「十年早ぇ」

「その台詞が何時まで続くか楽しみやわ」

そんな風に俺とはやては軽口を叩き合う。



<封印………解除>



車椅子に座るはやての膝の上に載っていた書が、自身に施された封印が何かに耐え切れなくなったように強制的に解除されたのは、その次の瞬間だった。











後書き


天才=嵌まるとディープなタイプ=夢中、熱中すると寝ない=マッド

という図式が成り立ってます。

ソルは全く自覚無いけど、周りから見たらどう見てもマッドサイエンティストです、本当にありがとうございます。

つーか、多少マッドじゃなければギア計画に手を出そうなんて思わないし、仕事終わった後に徹夜で”あの男”と論議してまた仕事、なんていう生活送ろうとしねーよ!!!


追記

バルディッシュ改造後の名前を思いっ切り間違ってたので訂正



[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.20 Diva
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/09/01 10:00

最初、何が起きたのか分からなかった。

はやての膝の上に置いてあった書から途方もない魔力と、黒い閃光が同色の雷を伴って迸り、視界を奪う。

腕で眼を庇い、もう片方ははやてと手を繋いでいるので離す訳にもいかず、それが収まるのをただ待つしかなかった。

魔力の放出と閃光が止む。

腕を下ろし、ゆっくりと瞼を開く。

そこには―――



「また、全てが終わってしまった。一体幾度、こんな悲しみを繰り返せばいい?」



知らない女が居た。

外見年齢は二十歳前後。身長はシグナムとシャマルの間くらい。腰まで届いた輝くような長い銀髪。真紅の眼。憂いを秘めた美麗な顔。

肢体は大人の女性らしい凹凸としなやかな手足を持ち、それを包むのは漆黒のバリアジャケット。

人間の耳に当たる部分と背中から、闇を具現化したような翼が耳に一対、背に二対生えている。

「………誰だ? お前?」

混乱する頭で必死に状況を把握しようと試みる。

書の封印が解けた。その瞬間、はやてと入れ替わるように現れた眼の前の女。



―――古代ベルカの遺産、ユニゾンデバイス。術者と融合して魔力の管制・補助を行うことによって、他の形式のデバイスを遥かに凌駕する感応速度や魔力量を得ることができる………というのが夜天の魔導書の特徴であり、主が真の”力”を発揮出来る使い方みたいっスね。



―――でも、適性の無い人間がユニゾンすると融合事故を起こしちまう代物で、そういった場合はデバイスが術者を乗っ取って自律行動する危険性も孕んでるみたいです。



スクライアのバイトリーダーの報告内容を思い出す。

「融合、事故」

つまり、術者であるはやてはデバイスである書に身体を乗っ取られたってことか。

ってことは、この女がもう一人のヴォルケンリッター、管制人格か?

しかし、何故? 書はまだ完成していない。だというのに、どうして書が勝手に起動した? しかも、はやてを乗っ取るような形で。

そこまで思考して、今の今までその女と手を繋いでいたことに気付いたので手を離し、警戒しながら数歩下がる。

管制人格はそんな俺に向き直る。

すると、憂いを秘めたその眼から涙を零した。

「なっ!?」

いきなり眼の前で泣き始めたことに俺は動揺してしまう。

何もしていないのに何か悪いことをした気分にさせる女の涙はこの世で一番卑怯であり、俺が最も苦手とするものだった。

「何泣いてんだよ………」

明らかに動揺した声が口から漏れる。

そんな俺に対して、管制人格は無言で近付いてきた。

動こうにもどう動けばいいのか分からなかったので答えを導き出す為に混乱した頭を回転させるが、結局答えが出ぬまま距離を詰められてしまった。

手を伸ばせば届く距離。

「………」

「………」

しばしの間睨み合うと、やがて管制人格が俺の頬に手を伸ばす。

頬に触れた手は冷たくもなければ暖かくもなく、同時に感情が篭っていないように感じた。

そして、管制人格の唇が震えるように言葉を紡いだ。



「に………げ………ろ」



言葉の意味を理解した次の瞬間、胸部に違和感を感じ、そこに視線を向ける。

俺の心臓の位置に添えられた管制人格の手が、まるで溶け込むように俺の中へと侵入していた。

何してやがる、そう文句を言おうとして、声帯が言葉を紡がない、口が動かない。

それだけではない。少しずつ神経が侵されているように、身体が麻痺したように自由が利かなくなってきた。

視界が明滅する。意識が朦朧としてくる。立っているのがやっとだ。

「………!?」

それでも歯を食いしばって、声になっていない声を上げながら、どういうことかと顔を上げ、視線で問い詰める。

管制人格は憂いの表情のまま涙を流し続けていた。

(何だ? この感覚は?)

俺という”存在”に得体の知れない何かが無理やり割り込んでくるような不快感。痛い訳でもなければ、吐き気を催す程の嫌悪感が出てくる訳でも無い。ただただ不快だった。

だというのに俺の身体は抵抗を知らないかのように、どんどん侵入してくる腕を許してしまう。

手は見る見る内に肘を過ぎ、管制人格はその身体を押し付けるように密着してくる。

もうそこまで来ると、管制人格との距離は鼻と鼻が触れ合う程になっていた。

動かすのすら億劫に感じる両手を管制人格の肩に置き、渾身の力を込めて引き剥がそうとするが、

「無駄だ」

無感情の声と共に、肩に置いた手が管制人格の中へと沈んでいく。

此処まで来てようやく、こいつが俺をどうしようとしているのか分かった。

管制人格は、俺の”情報”に侵入し内側から分解、その後自身に取り込んでいるのだ。

不快感しか感じないのは、侵入してすぐに感覚を司る部分を先に取り込んだからだろう。でなければ俺が気が付かない訳が無い。何故なら情報分解には激しい喪失感を伴うからだ。

随分と用意周到なことだ。

一体どういうつもりでそんなことをしようとしているのか皆目見当が付かないが、このままでは完全に取り込まれてしまう。

(く、クソが!!! 大海の中にて滴であることを知―――)

情報分解に対するディスペルを発動させようとするが、

「無駄だと言っている」

「………!!」

押し倒され、更に”中”へと入ってくる。ただそれだけで術式がキャンセルさせてしまう。

頬に添えられた手も溶け込み、その所為か、とてつもない眠気が襲ってくる。

侵されている。冒されている。犯されている。

俺という”情報”が食われ、”存在”がオカサレテイル。

「眠れ」

そう言って、意識を手放すように促す管制人格の額に、赤い刻印がぼんやりと浮かび上がっていることに気付いた。

ギアマーク。ギアである証。俺と同じ場所に、俺と同じように刻み付けられた刻印。

(………そうか………そういうことかよ)

砂漠の世界で書に蒐集されたのは俺の魔力だけではない。あの時、書に侵食されていた瞬間に俺の血を、ギアコードまでもを取り込んでいたのか。

これなら今まで不可解だった点に説明がつく。

書は、あの時から既にギアコードに侵食されていたのだ。

だから―――



「お前はもう、私のものだ」



鼓膜にその言葉が響くと、俺の意識は完全に闇に沈んだ。










「オリジナルギアコード、ソル=バッドガイの吸収を確認。これにより書は完成となる」

立ち上がり、その場に一人だけとなった管制人格は無感情な声で確認するように言った。

虚空に浮かんでいた書のページがパラパラと捲られ、白紙だった部分が全て埋まる。

「法力を行使する為にソル=バッドガイの記憶の転写を開始する」

転写すべき情報量は莫大だが、それに対して特に不満も抱かず作業に入った。

記憶の転写が終わり次第、ギアに最も相応しい人格を記憶の中から検索しなければならない。

ギアの情報がソル=バッドガイの記憶にしか存在しない以上、それは避けられない。

だが、それらが終われば真の意味で自身は完成する。

管制人格、否、女性の人型ギアは瞼を閉じ、その場で佇みながら作業が終了するのを待ち続けた。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.20 Diva










ギル・グレアムは歯噛みしながら自身が陥った状況を冷静に分析する。

十数人の武装局員を率いたクロノに完全に包囲され、更に悪いことにこちらに近付いてくる魔力反応を幾つも感知した。

結界の術式は見たことの無い代物で、脱出は不可能。

袋小路。

ソル=バッドガイが非常に優秀な魔導師だとは聞いていた。ヴォルケンリッターを容易く捕らえ、アリアとロッテの二人を下したことにその認識は拍車を掛けた。

しかし、戦闘以外においてもこれほど優秀だとは思ってもみなかった。

「貴方を逮捕します。武装の解除を」

厳かな口調でクロノが言った。

「リーゼ達の行動は、全て貴方の指示ですね」

冷たい視線でクロノはグレアムに確認するように聞く。

「十一年前の闇の書事件以降、貴方は独自に闇の書の転生先を探していましたね。そして発見した。闇の書の在り処と現在の主、八神はやてを」

それにグレアムは肯定も否定もしなかった。

「しかし、完成前の闇の書と主を押さえてもあまり意味が無い。主を捕らえようと、闇の書を破壊しようと、すぐに転生してしまうから」

その言葉に俯くような仕草をするグレアムを見て、肯定しているも同然だとクロノは思う。

「だから、干渉しながら闇の書の完成を待った。主を闇の書諸共永久封印する為に」

クロノから視線を外し、沈痛そうな顔をするグレアム。

「両親に死なれ、身体を悪くしていたあの子を見て、心は痛んだが………運命だと思った。孤独な子であれば、それだけ悲しむ人は少なくなる」

もしソルがこの場に居たら問答無用で殴りかかるか、「反吐が出る」と言う姿を想像する。

「あの子の父の友人を騙って生活の援助をしていたのも、貴方ですね」

「永遠の眠りにつく前くらい、せめて、幸せにしてやりたかった」

懺悔するように瞼を閉じ、

「………偽善だな」

呟いた。

「ええ、偽善です。ソルの下品な言葉を借りれば反吐が出そうなくらいに」

ソルから語られた八神はやてのこれまで生活。それを知っているだけに、クロノはグレアムの心境を理解しようと思わない。

「封印方法は、闇の書を主ごと凍結させて、次元の狭間か、氷結世界に閉じ込める、そんなところですね」

「そう。それならば、闇の書の転生機能は働かない」

グレアムからはやてへの援助が始まってから今までで何年経ったのか、そこまで詳しくは知らない。だが、最低でも五年以上はあるだろう。

それだけの時間があれば、その間に闇の書を解析し、なんとかすることが出来たのではないか? 今、ソルがそうしようとしているように。

確かに、彼の計画通りことが進めば闇の書は無事に永久封印されるかもしれない。そう思えば、これまでの闇の書の主だってアルカンシェルで蒸発させていることと比べれば断然良いと判断出来る計画だ。

しかし、クロノの脳裏にはかつてのソルの言葉が過ぎった。



―――「気に入らねぇんだよ」



―――「確かにテメーらのやり方ってのは正しいぜ。必要最小限の犠牲で最大の成果を得る、それが組織だからな。それにテメーらにとっちゃフェイト達は敵で、捕縛するべき対象なら尚更な」



―――「だがな、俺にとっちゃフェイトはただのガキだ、なのはと同い年のな。敵だとか思ったことなんて一度も無ぇし、知らない仲でもねぇ。ついでに言えば窮地に陥ってるのを見捨てる程険悪な関係でも無ぇ」



―――「協力する以上はそちらの指示に従うつもりだった、事実今まで従ってきた。だが俺は、お前達が組織でありそのやり方が正しいと理解していても今回は納得出来ねぇ。だから、あいつらを助けに行く………もし、その邪魔をするってんなら………」



―――「選べ………道を空けるか、クタバルか」



時空管理局のやり方が正しいと分かっていながら、気に入らないという理由だけで敵対しようとした姿。

それは傍から見ればとてつもなく愚かしかったが、何があろうと己の信念を貫こうとする様は見事としか言いようが無かった。

「しかし、その時点ではまだ、闇の書の主は永久凍結されるような犯罪者ではありません………違法だ」

「そうだ。私は管理局の人間としてではなく、ギル・グレアムという一個人として動き、仕方が無いと割り切り犠牲に眼を瞑って闇の書を封印しようとした」

グレアムは顔を上げ、クロノを真っ直ぐ見つめた。

「そうすれば、もう二度と悲劇は繰り返されない。クライドくんも、死ぬことはなかった」

亡き父の名が出された。

「………一つ聞かせてください」

「ん?」

「十一年前の闇の書事件、父さんが死んだ事件。もし………もし父さんが闇の書を護送する管理局員ではなく、闇の書の主であったのなら、貴方は同じ選択をしましたか?」

「!!!」

かっとグレアムの眼が見開かれた。

「あくまで仮定の話です。父さんが闇の書の主として選ばれた。貴方ならどうしますか? あの時と同じように、苦渋の決断をしてアルカンシェルを使いますか? 今回の計画のように、仕方が無いと割り切って永久封印しますか?」

「クロノ、それは―――」

「それとも、第三の選択として、ソルのように闇の書を解析して主を何としてでも救おうと足掻きますか?」

「………」

「僕は貴方にこう言いました。『世界はこんな筈じゃなかったと悲しんだり悔やむ人を無くす為に魔法の力を振るっています』と。そんな僕に貴方はこう教えてくれましたよね。『手にした”力”が重要なのではなく、その”力”で何をするのか』と」

口を動かしながら、クロノの胸中では悲しみが溢れ出てきていた。

これまで自分を見守ってれた人が、尊敬に値すべき偉大な人が、教えてくれた内容と真逆のことに手を染めようとしていたことに。

「僕は、僕が僕として在り続ける限り、この”力”を使って戦い続けます。惨めでも、無様でも、苦しくても辛くても、それが僕の生き方で、選んだ道です。一生、足掻き続けます………ソルのように、自分の信念を貫き通します」

だから。

「今の貴方を認める訳にはいきません」

そう言い切ると同時に、なのは達がやって来た。





『キミ達は手出し無用だ。もう終わる』

頭に響いたクロノからの念話を聞き、皆、内心舌打ちする。

どうやらクロノによってグレアムは抵抗する気を削がれてしまったらしい。

これはこれで穏便にことが済んで良かったと言えるのだが、こちらとしてはそんなものでは腹の虫が収まらない。

なのはとフェイトにとっては愛する兄を、ヴォルケンリッターにとっては愛する主を眼の前の人物の所為で失うかもしれなかったのだ。

泣いて許してくださいと懇願するまで痛めつけてやりかったというのが本音。

新調したデバイスの性能テストもしたかったのに。

不謹慎ではあるが、クロノに対して余計なことを、と。グレアムに対しては今からでも遅くないから抵抗しろ、コテンパンにしてやる、とかなり物騒なことを思う。

警戒したようにクロノがグレアムに近寄り、デバイスを渡して武装解除するように促している。

随分とあっさりした黒幕の最期に拍子抜けしたなのは達。

緊張させていた身体を弛緩させ、もう帰ろうかな、そう思い始める。完全に油断し切っていた。



だから、突然感じた膨大な魔力反応に固まってしまった。



魔力が発せられたのは先程自分達が居た高町家。ユーノとアルフが少し遅れて自分達の後に付いてきていたのは知っているから、魔力を発したのはソルかはやてのどちらかになる。

だが、ソルの慣れ親しんだ魔力が感じられない。

それはつまり、この魔力の持ち主ははやてということになる。

「まさか………書が完成した?」

そんな声がポツリと呟やかれた。自分だったのかもしれないし、他の誰かだったかもしれない。

しかし何故? どうしてこのタイミングで? 書は自らを封じて居た筈。それが解けた? そう仮定するならば魔力の蒐集を行ったのか? だがどうやって? 此処はソルが作った結界の中だ。魔力蒐集対象になり得る生命体は今この場に居る全員と、こちらに向かっている最中のユーノとアルフのみ。他に魔力を持った生命体が結界内に存在しないのは既に確認済みだ。二度も同じ相手に蒐集を行えない以上、現状で書が完成する要素が無い。

あり得ないことが起きている。

そのことに誰もが考えを巡らせ、動きを止めていたが、グレアムだけは違った。

何故なら、彼は純粋に今この瞬間、闇の書が完成したと思ったから。

彼を除いた全員は、書が自らを封印していたこと、ソルが既に蒐集されたことを知っていた。だが彼はその事実を知らなかった。

ただそれだけの理由だ。

「すまないなクロノ、闇の書が完成してしまった以上、まだ捕まる訳にはいかない」

「うわあっ!!」

グレアムは自分の傍で動きを止めていたクロノを突き飛ばすと、最速で転送魔法を発動させ、その場から消えた。





転送を終え、眼下に佇む若い一人の女性を確認する。

女性は自分を睨みつけるグレアムに気付き視線を向けるが、それも一瞬だけ。興味が失せたのか、視線を元の方向へと戻す。

その女性以外は他に誰も居ない。間違い無く、闇の書の管制人格だろう。すぐ傍で闇の書が浮かんでいるのが何よりの証拠だ。

今しか無い。時間を掛けてしまえばクロノ達がやって来てしまう。これが最初で最後の自分に与えられた機会だろう。

先程、クロノからデバイスを取り上げられる前で本当に良かったと思う。

彼はこのチャンスをくれた神に、亡き親友のクライドに感謝した。

カード型だった待機状態のデバイスを展開、呪文を唱え、魔法を発動させる。

「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ 凍てつけ!!!」

<エターナルコフィン>

女性は無抵抗のまま、自身に迫り来る脅威を防ごうとも逃げようともせず、ただひたすらそこに佇んだまま、空間ごと氷付けになる様をグレアムはこの眼でしっかりと確認した。





消えたグレアムを追ってシャマルが急いで転送魔法を発動させ、あの場に居た全員が(武装局員はハブられた)高町家へと到着したが、既にそこは氷の世界へと変貌していた。

その氷の世界の中心に、見知らぬ女性が氷付けになっている姿を見てしまう。

「く、さすがに次元の狭間へ落とす時間は無いか」

悔しそうに独り言を漏らすグレアムをクロノ以外の全員が殺気を込めて睨む。

見知らぬ女性は恐らく、融合事故を起こし管制人格に乗っ取られたはやての変わり果てた姿なのだろう。誰もがそう結論付け、

「お兄ちゃんは!? お兄ちゃんは何処なの!?」

「ソル!! ソルぅぅぅぅ!!!」

なのはとフェイトの悲鳴により、この事態を防ぐことが出来た筈の人物が居ないことに今更気付かされる。

ヴォルケンリッターは変わり果てた姿の主をグレアムから庇うように位置取り、先頭のシグナムが爆発するように怒声を上げた。

「貴様っ!! よくも主はやてを!!! ………それに、ソルをどうした!?」

嫌な考えが皆の脳裏を過ぎる中、グレアムは落ち着いた口調で自分が眼にしたことを話すことにする。

「私が此処に転移してきた時点で、彼は、ソル=バッドガイは既に居なかった」

「嘘だっ!!!」

「ソルが、はやてを見捨てて逃げるもんかっ!!!」

グレアムの言葉を否定するなのはとフェイトに誰もが同意した。あの男が我が身可愛さにはやてを見捨てるような人間ではないと知っているから。はやての為なら躊躇無く自分の腕を切断するような男なのだ。書が完成したからと言って逃げる程肝っ玉が小さい男ではない。むしろ、不敵な笑みを浮かべて「面倒臭ぇ」と言いつつ戦う筈だ。

だから、ソルを知る人物にとって彼が逃げたという言い方をするのは、これ以上無い侮辱だった。

「信じる信じないはキミ達の―――」

「「うるさいっ!!!」」

ついにキレたなのはとフェイトがグレアムに突進しようとしたその刹那、



「記憶の転写、完了。同時に、ギアに最も相応しい人格の検索を終了………起動する」



無感情な声。氷付けになった女性から漏れた聞こえない筈の声が、耳に入ってきた。

誰もが動きを止め、女性に釘付けになる。

「馬鹿な………あんな状態で動ける訳が」

一人グレアムだけ戦慄する中、氷にヒビが入り、甲高い音を立て始めた。

「これで封じたつもりか?」

非常に透明度の高い氷が、ビシリッ、と一瞬で真っ白になり、内部から発生する強大な魔力に耐え切ることが出来ずに崩壊する。

キラキラと舞い散る氷の破片が幻想的な演出を果たし、現れた女性の美貌も相まって、一枚の絵画の如く美しいその光景に息を呑む。

確かめるように己の身体を見下ろし、手を閉じたり開いたりすると、女性は冷笑した。

「この程度で我らギアを封じた気になっているとは片腹痛い。これならば、同じ人間である聖騎士団の方がまだ敵として歯応えがある。そうは思わんか? 背徳の炎」

先程のような感情が篭らない声ではなく、はっきりとした人格を感じさせる声で誰かに問い掛けながら愛おしそうに自分の心臓部分に手を当て、明らかにグレアムを嘲るように笑う。

「十年以上費やした貴様の苦労も全て水の泡だな。人間」

背中の二対の翼が羽ばたき、それとほぼ同時に鋭く一歩踏み込んで跳躍、飛翔すると、グレアムの前まで一瞬で移動する。

「な、何故」

眼の前に厳然たる事実として存在する女性を認めることが、グレアムには出来なかった。

最新の技術と機能を注ぎ込んで開発した対闇の書の切り札、氷結の杖デュランダル。それから放たれた魔法『エターナルコフィン』はSランクオーバーの高等魔法である。温度変化魔法である為通常のバリアやシールドでの防御は極めて困難であり、これの対象とされたものは温度変化防御のフィールド系防御で対抗せねばならない筈。

しかし、眼の前の女性はエターナルコフィンに対して全くの無抵抗でありながら、実にあっさりと封印を解き、何事も無かったかのうように振舞っている。

まるで、お前のやってきたことは全て無駄だと嘲笑するように。

「人間の分際で私に楯突いたことには敬意を表してやろう。まあ、許してはやらんがな」

「ぐっ」

女性の手が呆然自失としていたグレアムの首に伸び、その細い指が万力のような力で締め付けると、

「失せろ」

爆音と共にグレアムの全身は紅蓮の炎に包まれた。

「グレアム提督っ!!!」

意識を一撃で刈り取られ、そのままゴミのように捨てられたグレアムをクロノはバインドの応用でネットを生成し受け止める。

即消火を行うと火は鎮火する。だが、殺傷設定であり込められた魔力量が多かった所為で、バリアジャケットは黒焦げで、皮膚は焼け爛れていた。

早く治療しないと命に関わる。

今の状況で現場を離れるのは忍びないが、クロノはグレアムを地球の衛星軌道上で待機しているアースラへ連れて行くことを決意すると、転送魔法を発動させた。

この結界はソルが登録した人間以外は脱出不可能。しかしこれは、もっと厳密に言えば、ソルが登録した人間以外の転送魔法や移動手段で脱出することが不可能だというだけで、登録されている自分が登録されていないグレアムを連れて出るには問題無い。

足元に発生した円環魔方陣が輝くと、グレアムを抱えたクロノは結界から脱出した。





今、管制人格の女性が使ったのは、魔法ではなく、ソルの法力ではないのか?

その場に残された全員が同じことを考えていた。

だが、どうやって? 書がソルの魔力を蒐集した時にコピーしたのか?

「何だ人間共? まだそこに居たのか?」

長い髪をかき上げ、鬱陶しそうになのは達を見る管制人格の眼。

「今の私は気分が良い。死にたくなければ私が貴様らに殺意を抱く前に消えろ。そうすれば今は見逃してやる」

くくく、と美貌を邪悪な笑みで歪ませる。

「それとも、貴様らが愛して止まない人間の小娘と背徳の炎同様、私の中に取り込んでやろうか?」

「「「「「「っ!?」」」」」」

その言葉に、なのは達は弾かれたように反応した。

それを見て、管制人格はついに哄笑し始める。

「クハハハハハハハハハハハッ!!! 今の貴様らの表情は傑作だったぞ? 私の中に居る二人に見せてやりたいくらいだ!! 特に、背徳の炎はどういう反応をするのかとても興味深い」

「貴様!! 主を取り込んだとはどういうことだっ!?」

シグナムが剣を向ける。

「………背徳の炎って、まさかお兄ちゃんのこと?」

なのはが震えた声で問い詰めた。

「その通りだ小娘。背徳の炎とはソル=バッドガイであり、私の同胞だ」

管制人格はシグナムを無視する形でなのはに答える。

「同胞?」

ソルとはやてが管制人格に取り込まれたことにショックを感じながらも、フェイトが疑問を口にする。

「ああ、そうか。背徳の炎は貴様らに何も言っていないのだったな」

「お兄ちゃんが私達に何も言ってないって、それってどういうこと!?」

「今此処で死ぬ貴様ら人間共に言う必要は無い」

右腕を頭上に掲げ、拳に膨大な量の魔力を集中し始めると、周囲の温度が急激に上昇し、まだ残っていた氷がそれに反比例するようにあっという間に溶けていく。

やがて拳が黄金に光り始める。眼が眩むような金の閃光。それはまるで真夏の太陽のようにギラギラと輝き、管制人格の右拳そのものが太陽にでもなってしまったかのように。

「あれってまさかお兄ちゃんの………」

「ソルの、ドラグーンリヴォルバー?」

記憶の中にあるソルの法力、その威力がどれ程のものかを思い出し、なのはとフェイトは戦慄した。

管制人格を睨んでいたヴォルケンリッター達も驚愕の表情で固まっていた。その魔力量と、なのはとフェイトの言葉に。

「殺戮こそ、我が使命」

そう宣言し、更に魔力を込める。

「何やってんの皆!!!」

「ボーっとしてないで早く逃げるよ!!!」

その時、なのはとフェイトの傍にアルフが、ヴォルケンリッターの傍にユーノがやって来て転送魔法の準備をする。

「全てを灰燼に帰す焔、ドラグーンリヴォルバー」

「「転送!!!」」

二人の転送魔法が発動するのと、破壊の光球が地上に叩きつけられたのはほぼ同時だった。






[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.21 不屈の心
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/02 21:43


「ク、クロ、ノ」

「グレアム提督!?」

アースラの医務室に着きグレアムの身体を横たえたところで意識を取り戻したのか、彼はヒューヒューと明らかに異常がある呼吸音を口から発しながらクロノの名を呼んだ。

「そう、か………私は、死に………損なった、のか」

「喋らないでください!! 今治療します!!!」

全身を炎で炙られ、首を一瞬とはいえ人外の膂力で締め付けられたのだ。呼吸するだけでも彼にとって重労働であり、激痛を伴うだろう。

それでもグレアムはクロノに何かを伝えようと必死に口を動かした。

「クライド、くんに………顔向けで、き、ない、な………彼の………無念、を、果た、そうと、この、十一年………全てを、費やして、きたというのに」

「もういいんです、もういいんです!!」

「考えて、みれば………わた、し、が、しようと、した、こと、を、知れば、きっと………彼は………怒るだろう、な………か、れはキミと、同じ、で、正義、感が、つよ、い、から………罪の無い、一人ぼっちの、少女に、全て、押し、付ける、ような、おこ、ない、を、許、す、はずが、ない」

「………提督」

「これを………」

彼は震える手で、意識を手放している間決して離そうとしなかった杖をクロノに差し出した。

「私には、使い、こなせな、かった………だが、キミなら」

氷結の杖デュランダル。

「行き、なさい、クロ、ノ………自分、の、信、念を、貫、き、な、さい………決、して、道を、間、違えて、わ、たし、のよう、に、なる、んじゃないぞ?」

そこまで言うと、彼は眼を閉じ、人が切れた人形のように動かなくなる。

「提督っ!?」

「安心してくださいクロノ執務官。意識を失っただけです」

傍に控えていた医務官が処置を続けながら進言した。

「じゃあ、助かるんですか!!」

「それはまだ分かりません。私は長い間医者として生きてきましたが、バリアジャケットを展開しているにも関わらず此処まで酷い火傷を見るのは初めてです」

まるでマグマの中にダイブしたような有様だ、と顔を顰め、医務官は魔法を発動させた。

「はっきり言って五分五分です。ですが、全力で足掻いてみせます。だからクロノ執務官、此処は私に任せて」

「………はい。僕は僕のやるべきことをしようと思います」

グレアム提督を頼みますと言い、バリアジャケットの袖で涙を拭いながら医務室を飛び出す。

託された杖を手に、クロノはブリッジへと向かった。





ブリッジに着くと、まずエイミィに声を掛けた。

「状況はどうなっている!?」

「クロノくん? グレアム提督は―――」

「医務官の話では五分五分らしい。それよりも現場の状況を」

皆まで言わせず、冷静な執務官として現状把握に努める。

「クロノ。それが………」

リンディが厳しい表情で空間モニターを示す。

そこに映っていたものは―――

「これは………」

海鳴市を覆い尽くす大規模な結界。その中心部に、まるで隕石が落ちたかのように巨大なクレーターが出来ていた。

クレーターの表面はその一帯を照らすように赤熱化し、黒煙を上げている。

「一体何が起きたんだ?」

「ソルくんと八神はやてさんを取り込んだ書の管制人格が行ったのよ。ソルくんの法力を使って」

「何ですって!?」

「ほら、クロノくん覚えてる? 前にフェイトちゃんが海で六個のジュエルシードを強制解放した時にソルくんが使った法力」

忘れる訳が無い。ソルという人間の出鱈目な行動はクロノの記憶の中で、忘れたくても忘れられないものになっているのだから。

当時は海上で、ジュエルシードを無力化する為に行使された法力だった。しかし、今回は結界の中とは言え街のど真ん中。陸上で使うとこれ程恐ろしい威力を秘めたものだったのか。

「なのは達は無事なのか?」

「それは大丈夫。ギリギリのタイミングでユーノくんとアルフが転送魔法使って皆逃げたから。今は爆心地から大分離れた所に居る」

それを聞いて、クロノは一先ず安心した。

だが。

「書が”闇の書”として完成してしまった場合、無差別破壊を行うとは報告で聞いていたが………こんな”力”を躊躇無く振るう相手にどう戦えばいい?」

問題はそこだった。

完成した闇の書ですら厄介極まりない存在で今まで多大な犠牲を生んでいるというのに、それに加えてソルの”力”が加わっている。どれだけの”力”を有しているのか計り知れない。全くの未知数。

まずこちらがやることは停戦の呼び掛けと武装の解除、そしてソルと八神はやての解放の要求。それに応じてくれれば全てが丸く収まるのだが、いきなり見せ付けられた破壊の爪痕を見る限り、期待しても望みは薄そうだ。

「とにかく、僕は一度なのは達と合流します」

「待ちなさい、クロノ」

転送ポートに向かおうとしたクロノの背にリンディの声が掛かる。

それに首だけ振り返り、クロノは視線を上司である艦長に、自分の母親に視線を向けた。

リンディは”母親”として息子に降り掛かる苦難に顔を悲痛に歪ませてから、覚悟を決めたように”艦長”の顔になると、厳かに命令を下す。

「必ず皆を無事に連れて帰艦しなさい。なのはさん達は勿論、ソルくんも、八神はやてさんも………当然、貴方もよ」

「はい」

その命令に全く迷うことなくクロノは頷くと、完全に背を向けて走り出した。

そんなクロノの後姿―――此処数日で少し夫に似てきた―――を見て、リンディは複雑な気分になる。

「ソルくんがあの時私に言いたかったのはこういうことだったのね」

親として子を大切に思う反面、自分は冷徹な組織人として大切な一人息子を戦地に送り出さなければいけないジレンマ。



―――ソルくんが時空管理局を嫌う筈よね。



「神様………夫を失って以来私が信じなくなった神様………貴方を信じなくなった私が貴方の御名を再び呼ぶことが許されるのか分からない。けど、もし許されるのなら………どうか、どうかあの子達をお守りください」










背徳の炎と魔法少女A`s vol.21 不屈の心










自身がもたらした眼下の惨状には眼もくれず、焼け爛れた自身の右の手の平をつまらなそうに眺め、忌々しそうに女は吐き捨てた。

「脆いな。この程度で火傷を負うとは」

放出した法力に耐えられなかった結果だ。

ギアは生体兵器であると同時に法力兵器である。その肉体は遥かに人類を超越した膂力と耐久性と生命力を持ち、法力を使う為の肉体へと特化している。だからこそ人間には不可能な法力行使を可能とする。

たとえそれが魔導プログラム体と言えど、彼女が扱う法力に耐え切れる程耐久力がある訳では無い。

無限再生能力を有している所為で、どうも耐久性に乏しいのだ。

ギアコードの侵食により、以前よりもかなり耐久度が上がったのだが生前のオリジナルには遠く及ばない。

すぐに再生するとはいえ、脆弱な防御プログラムの肉体を歯痒く思う。

「やはり新たな肉体を生成する必要があるな」

この肉体では全力を出すことが出来ない。もし全力で法力を行使すれば、エネルギー量に耐え切れず肉体組織が崩壊するだろう。

所詮は二級品のものでしかないか、そう思うと溜息を吐いた。

完全なるギアとして新たな肉体を生成するには、どうしても時間と莫大な”力”が必要となる。そう考えると非常に面倒に感じてしまう。

「いかんな。背徳の炎の記憶から生まれたからか、どうにも奴の性格に引き摺られている部分が存在する」

首をやれやれと振り、この首を振る行動自体がソルのものだと自覚すると、少し憂鬱な気分になる。

そもそも、自身の内側で必死に抵抗している”本当の管制人格の女”が存在する所為でこの身体は脆弱なままなのだ。

その女は身を挺して己の主と守護騎士達、そしてシステムの根幹部分を守っている。

つまり、そこまでギアコードが侵食を果たしていない。故に、この身体は支配権を奪った防御プログラムのまま。

書にソルの血が取り込まれてからそれ程時間も経たずに封印されてしまったのが侵食し切れてない原因だ。

しかし、額にギアマークが現れた以上、その女への侵食も時間の問題だというのに。全く無駄なことをする。

そこまで侵食が進めばプログラムの上書きを行い、自分好みの肉体に作り変えれば新たな肉体を生成する必要も無く、あの守護騎士達も意のままに操ることが出来る。

せめて並列認識と広域分散制御が出来れば、侵食が進んでいなくても守護騎士達は傀儡にすることが可能となるが、リソースとなっているギアコードはプロトタイプギアのソルのもの。

ソルはギアを支配する能力を持っていない。すなわち、ソルのギアコードから生まれた自分にもそれを使うことは出来ない。

「まあいい。人間共をこの世から一掃する為にも、手始めにコソコソ隠れている虫けらから蹂躙してやろう」

猫科の肉食獣が捕らえた獲物を嬲って遊ぶような嗜虐的な笑みを作り、背に生えた漆黒の翼に命じて飛翔した。










クロノと合流したなのは達。

ビルの陰に隠れ、シャマルが張った隠蔽結界の中で顔を突き合わせていた。

「クロノくん………お兄ちゃんとはやてちゃんを助け出す方法ってあるかな?」

ショックを隠し切れない表情のなのはが身体を小刻みに震わせながら問う。

「どうだ? エイミィ」

『待って。今状況を確認中』

皆物憂げな顔で黙ってエイミィの結果を待った。

『皆安心して。取り込まれたと言っても、ソルくんと八神はやてちゃんのバイタルはまだ健在してる』

その報告に誰もが安堵の溜息を吐く。なのはとフェイトとヴィータなんて半泣きになっていた。

『でも、問題が一つだけあるの』

「「「何だ?」」」

クロノとシグナムとザフィーラの声が唱和する。

『はやてちゃんはそんなに書の深い部分に居る訳じゃないんだ。割と浅い、もっと分かり易く言うと助け易い場所に居るんだけど………ソルくんは』

そこで一度区切ってから続きが述べられた。

『ソルくんは、書の最深部に取り込まれてる。きっと、はやてちゃんと比べたら凄く助けにくい場所に』

その言葉を聞いて、なのはとフェイトが絶望的な表情になる。

「何故だ!? 何故ソルが主はやてよりも救出するのが難しいのだ!? 本来なら書の管理者である主はやてが書の最深部に居る筈だ? そうだろう?」

眉間に皺を寄せるシグナム。

『それは、分かんない』

申し訳無さそうなエイミィに、シグナムはそれ以上問い詰めるような真似はしなかった。

「ねぇ、ちょっといいかな」

誰もがどうすればいいのか分からない状況下で、不意にユーノが挙手。

皆の視線がユーノに向く。

「どうしてあの女の人は法力を使ってたのかな?」

その質問に誰もが何を今更という顔をした。

「書が以前、ソルの魔力を蒐集したのはキミも知ってるだろう」

全員の気持ちを代弁するようにクロノが呆れたように溜息を吐く。

「そうだとしてもおかしいんだ」

「何がだ?」

「法力はそう簡単に使えるような代物じゃない。だって、僕達魔導師には基礎理論すら訳が分からないものなんだよ? 僕は一度ソルに基礎理論を教えてもらったことがあるから分かる。あれは、魔力を蒐集しただけですぐに使えるようになるものじゃない」

「………」

「ソルは僕にこう言ったんだ。『俺が使う法力は、まずバックヤードと呼ばれる仮想空間を利用する。バックヤードとは理論的には存在が推定されていた五大元素の構成に理由を付ける為の特定言語、もしくはこの世の原理という原理を定義付けする情報が内包された”何か”。現数のリソースを使う錬金術とは違い、その”何か”から強引に”理由”を借りてくることが法力を行使する上で必要となる。宇宙が存在しなければ地球という星も無いように、この世界の事象もまた”何か”が無ければ起こり得ないからだ。極めて限定的ではあるが、法力が一時的にアクセスする不明瞭な世界を”バックヤード”と呼んでいる』って」

一語一句間違うことなくスラスラと得意気に語るユーノに、誰もが半ば呆れ、感心し、同時に法力の意味不明さを理解した。

「僕の考えではたぶん、ソルが法力を行使する上で重要な部分を担っているから、はやてよりも優先的に最深部に取り込まれてるんだと思う」

「でもよ、それが分かったところでどーすんだよ?」

苛立たしげにヴィータがユーノに詰め寄る。

「そうですよ。はやてちゃんもソルくんも助ける方法が無ければどうにも出来ません」

「それにあの巨大な”力”と容赦の無さ………手に負えん」

シャマルとザフィーラが項垂れた。

「かぁ~!! アンタら現状に文句ばっか言ってないで自分でどうしたらいいのか考えたらどうなんだい!!! その頭は飾りかい!? それに、なのはとフェイトは何時までもしょぼくれてんじゃないよ!!! どんな時だろうと思考するのを止めるなって、いっつもソルが口酸っぱくして言った忘れたのかい!? そんなんじゃ何時まで経ってもソルは帰ってこないよ!!!」

ウガァァァァ!!! とアルフが吼えた。

「ソルよりもはやてが助け易いってんなら皆で先にはやてを助けりゃいいじゃないかい!! そんで、その後にソルを助ける!!!」

「簡単に言うがな」

シグナムが苦い顔をした瞬間、

「それだアルフ!! 冴えてるじゃないか!!!」

「へ?」

ユーノが指を弾いて名案が閃いたように大声を出した。

「エイミィさん、ソルとはやては今、どんな状態ですか?」

『えっと、意識が無い状態、つまり寝てるね』

「………だったら叩き起こせばいい」

「ちょっと待てユーノ。何か思いついたのか?」

クロノの質問に、ユーノは不敵に頷いた。

「皆、今から僕が言うことをよく聞いて欲しい。成功するか分からないし、かなり賭けに近い要素が絡んでくるけど、上手くいけばソルもはやても救い出せる」

「ユーノくん、それ本当!?」

「ソルとはやてが助かるの?」

「うん。まず、はやてを叩き起こす。それから起きてもらったはやてに管理者権限を発動してもらう………内側からね」

自分の顔の前で、皆に見せ付けるように握り拳を作り、それに力を込めるユーノ。

「叩き起こすって、どうやって?」

シャマルが首を傾げる。

「文字通りの意味さ。全力全開、手加減抜きの魔力ダメージであの女の人をぶっ飛ばすんだ!!!」

「「「何ぃぃ!?」」」

「「「「「ええええええええええええっ!!!」」」」」

『ユーノくん、それって………』

「外部から強い衝撃があれば、それが内部に浸透する。そうすれば、中に取り込まれてる二人が眼を覚ます可能性がある」

「待て待てユーノ!! 賭けにすらなっていないぞ!!! 無策であの火力に突っ込めと!?」

クロノの言い分は最もだった。先程見せ付けられた”力”は戦意喪失させるのに十分な威力を誇っていた。それに真正面から立ち向かえというのは死にに行けと言われるようなものだ。

「流石に突っ込めとまでは言わないけど、付け入る隙はあると思う」

「その根拠は?」

ザフィーラが腕を組んで聞く。

「皆は気が付かなかったかもしれないけど、あの女の人がドラグーンリヴォルバーを投げる瞬間、顔を苦痛で歪ませたのを僕は見たんだ。つまり、彼女は法力を使うことは出来ても完璧に制御が出来ていない。もしくは力を持て余してる」

ユーノは頭の中での推測を声に出す。

「だから、もうさっきみたいな高出力の法力は使ってこない可能性が高い。もし使ってくるとしたら、魔法だと思うんだ。だったら、こっちだってまだ対処のしようがある」

「もしそうだとしても、ソルの”力”を使われる以上、接近戦では勝ち目が薄いぞ」

苦虫を噛み潰したような表情のシグナムに、ユーノは挑発するように笑った。

「じゃあ、尻尾巻いて逃げる? 確かに僕らはこの結界から簡単に抜け出すことが出来る。でも、それが何になるの? 彼女は相手が誰であろうと躊躇無く広域の法力攻撃で焼き尽くす破壊の権化だよ。結界の中も外も一緒さ。むしろ、外の方が実際の被害が出るから質が悪いね。彼女がその気になれば海鳴市なんて一時間もせずに消し炭になるんじゃない?」

そうなのだ。結界の中だからこそ、まだ被害が出ていない。しかし、彼女を一度結界の外に出してしまえば、未曾有の大惨事になる。

「………もう、いい加減覚悟決めようよ」

ユーノは眼を細め、低い声で言った。

「このまま僕達が何もしなかったら、あの女の人は結界の外で無差別破壊を開始する。そうなったら海鳴市どころか日本、いや、この地球は滅茶苦茶にされるのは分かってるでしょ!?」

これまでの闇の書ですら次元世界を滅ぼす代物なのだ。それにソルの”力”が加わった以上、危険度はそれよりも遥かに高い。

「僕は嫌だよ。皆と出会ったこの世界が消えるのもそうだけど、何よりも一番嫌なのは、ソルとはやてが世界を滅ぼす破壊神になっちゃうことだ!!!」

血を吐くような慟哭に誰もが眼を見開いた。

「皆はそれでいいの!? 僕達にとって大切な人達が、僕達の全てを破壊する。そんなことを黙って見過ごせるの!? 僕には出来ない、絶対に出来ないよっ!!!」

知らず、ユーノは涙を流していた。しかしそれを拭うこともせず、ただ己の心情をぶち撒ける。

「確かに勝ち目は薄いさ、賭けになってないさ、傍から見たら無謀以外の何物でもないのは分かってる、二人を本当に助けられるかなんて確証これっぽっちも無いよ! だけど!!!」

まるでユーノはソルのような鋭い眼光で皆を見た。

「ソルから戦い方を教わった時に『常に柔軟にものを考えろ。思考し続けろ。諦めて思考停止するな』って言われ続けてきた。だから、彼の教えに背くようなことだけは絶対にしたくないっ!!!」

力を込めて、彼は言う。

「僕は戦う。絶対に諦めない」

己の意志をしっかりと伝えた。

沈黙が降り、誰もがその意志の強さに打ちのめされ―――

「そうだね。ユーノの言う通りだと思うね、アタシは」

アルフが同意にした。

「今まで振り返って見りゃ、アタシ達はソルに頼り過ぎてた。出会った時からアイツにおんぶに抱っこしてもらって、何時も心の何処かで甘えてたんだね。ソルなら大丈夫、ソルならなんとかしてくれるって」

「アルフ」

ユーノの肩に手を置き、アルフはニカッと笑った。

「ここいらでソルに見せ付けてやろうじゃないかい。アタシらだって頼りになるってところをさ」

この半年間伊達や酔狂でソルからスパルタ式で鍛えられた訳じゃないんだ、と自信を込めて握り拳を作る。

「確かにあの女は強いさ。闇の書とソルの”力”が合わさって馬鹿みたいな魔力を持ってるけど、さっきユーノが言った通りその力を使いこなせてないみたいだし、もしかしたら戦い方がソルに偏ってる可能性がある」

「うん」

「アタシら高町家の四人がソル一人相手に戦って勝った試しなんて無いけど、これでも結構良い線まで行ったことぐらいは何度かあるんだよ」

「今この場には何時もの二倍以上の人数、九人居る」

「ソルお得意の接近戦を絶対に一対一の状況に持ち込ませないように、全員が全員のフォローをし合えば」

「倒せなくても、ダメージを与えることは出来る筈………ダメージが通れば、内部の二人が目醒める可能性が出てくる」

「そう考えればちょっとはやる価値、出てこないかい?」

全員を見渡しながら問い掛けるアルフ。

それぞれが黙考する中、なのはが一歩前に進み出た。

「私、やるよ。だって、お兄ちゃんとはやてちゃんを助けたいもん」

その隣のフェイトも手にしたバルディッシュに力を込め、決意する。

「私も、このまま黙って見過ごすなんて出来ない」

眼を閉じ、黙していたシグナムがゆっくりと瞼を開け、凛として面持ちで口を開く。

「そうだな。相手が強大だという理由だけで大切な者を見捨てるのは騎士の名折れ………いや、家族と呼べん」

鼓舞するようにシャマルが笑顔を浮かべた。

「皆で力を合わせればなんとかなりますよ!!」

アイゼンを掲げ、ヴィータが宣言する。

「しょうがねーなー。アタシがはやてとソルを助け出してやるよ!!!」

腕を組み、ザフィーラが静かに呟く。

「全ては、我が主と友の為」

次々と参加表明を示す皆にクロノは呆れた。

「キミ達は馬鹿かっ!? 本当にそんな運頼みの作戦、と言えるかどうか怪しいやり方でアレと戦うつもりか!?」

全員がそれに対して揃って頷いた。

それを見て、クロノは頭を掻き、しょうがないと溜息を吐く。

「この場に居るのは全員がどうしようもない馬鹿だ………勿論、僕も含めてだ」

そしてクロノは不敵な笑みを浮かべると、氷結の杖デュランダルを待機状態のカードからデバイスモードに展開した。

諦めない。最後の最期まで足掻いてみせる。

断ち切られたのは迷いと諦観。

希望と勇気が重なり合い、九つの意志が決意と覚悟を生んだ瞬間だった。

絶望を消す去る為に。










「ん?」

進行方向から九つの魔力反応を感知する。

やがてその魔力反応が九人の人間の姿となって現れた。

その先頭に立つクロノが口を開く。

「僕は時空管理局所属の執務官、クロノ・ハラオウンだ。武装を解除し、ソルと八神はやてを解放しろ。さもなくば執務官としての権限により実力行使に出る」

言われた内容の意味に一瞬理解が及ばず呆けるが、理解すると同時に失笑が漏れた。

「く、くはははは!! この世界の人間は度し難い程愚かだな。我らギアに交渉だと? 随分とお目出度い連中だ!! そんな愚を犯す人間が居るとは思いもよらなかったぞ」

「何だと?」

「答えは否だ、人間。我らギアは人類をこの世から根絶する為に生まれた存在だ。殺すべき相手にイチイチ交渉する訳が無かろう」

交渉の余地無しという答えよりも、その後の部分がなのは達に衝撃を与えた。

「私は忙しい。一刻も早くこの地球の人類を完殺し終えた後、他の世界に蔓延る人類を掃討せねばならん」

それはつまり地球だけに飽き足らず、他の次元世界でも殺戮をするという宣言に他ならない。

「まあ、地球の前に貴様らの方が先だがな」

「待ってっ!!!」

なのはが悲しそうな表情で声を掛ける。

「どうしてそんな、人を殺すなんてことを簡単に言うの!?」

「それが我らギアとしての存在意義だからだ」

「さっきからギア、ギア、ギアって………ギアって一体何なんだい!?」

アルフが怒鳴る。

「自分のことを何一つ語らないのは背徳の炎の悪癖だな」

「そのギアっていうのがソルとどう関係するの?」

フェイトは内心、嫌な予感を感じながらも聞かずには居られなかった。



「そんなに知りたければ教えてやる。ギアとは法力を用いて生み出された生体兵器のことだ」



生体………兵器?

なのは達の時間が止まる。



「そして私も………私の同胞である背徳の炎もギアだ」



ソルが、生体兵器?

初めて聞かされた驚愕の事実に頭がついてこない。

そんなこと、ソルは一言も言わなかった。

すずかが皆に自分が吸血鬼だって告白した時、フェイトが皆にアリシアのクローンだって告白した時、皆がそれぞれ隠してきた出自を打ち明けあった時、彼は何も言わなかった。



「殺す前に自己紹介しておいてやる」



光栄に思えよ、と女は続けた。



「我が名はジャスティス。人類を抹殺する為に誕生した唯一にして絶対の存在。完成型ギア第壱号だっ!!!」



そう叫び、女―――ジャスティスは一番近くに居たクロノに襲い掛かった。










咄嗟にクロノは防御魔法を展開し、迫り来る炎を纏った拳を防いだ。

しかし、拳に込められた絶大な力―――物理的な力と魔力量―――にあっさり防御壁が砕かれた。

「死ね」

声と同時に、もう片方の腕の手刀が心臓に迫る瞬間、

「させんっ!!」

「おおおっ!!」

ジャスティスの真横からシグナムとザフィーラが、剣を、拳を振り下ろした。

「ちっ」

手を引っ込め、ジャスティスは素手で剣と拳を受け止める。

魔力と魔力がぶつかり合い、激しい光と耳障りな音が生まれた。

その間にクロノは体勢を整え離脱。クロノを飛び越すようにその背後からヴィータが現れ、

「ぶっ飛べっ! テートリヒシュラークッ!!」

ソルの魔力供給とデバイスに搭載された増幅効果により、以前なのは達を襲った時とは比較にならない破壊力が両腕を塞がれているジャスティスに振り下ろされた。

ドゴッ、と鈍い衝撃音。

鉄槌の一撃により、ジャスティスの身体は容易く吹き飛び地表に叩きつけられる。

粉塵が上がり、その姿が確認出来なくなる。

「すまない、助かった」

「気にするな」

「手応えはどうだ、ヴィータ?」

「分かんねーけど、アイツ今頭に当たりそうだったのを首捻って直撃避けやがった。急所避けたってことを考えると、もしかして攻撃は普通に通るんじゃねーかな?」

クロノがシグナムとザフィーラに礼を言い、シグナムはそれに気にした様子も無く油断せずに地表を睨み、ザフィーラの問いにヴィータは首を振った。

「なのはちゃんもフェイトちゃんもしっかりしてください!!」

後ろではシャマルが必死に二人の肩を掴んで揺すっていた。

「え、あ、ごめんなさい」

「………ちょっと、ボーっとしてた」

明らかにショックを受けた様子の二人。

原因は先程のジャスティスの言葉だろう。

二人にとってはソルが生体兵器であったという事実よりも、自分達に何も言わなかったという方が衝撃的だったのだ。

それはつまり、家族である自分達を信頼していないということ。

誰よりもソルを信じていた二人だからこそ、その事実は悲しい程重い。

今更ソルが生体兵器であろうと気にも留めないが、その事実を隠されていたことが悔しかった。

家族だから、何時も一緒に居たから、誰よりも信頼されているという自負があっただけに尚更。

そんな風に落ち込んでいる二人にユーノは後ろから蹴りを入れた。

「痛っ!?」

「何するの!!」

「何時までしょぼくれてんの!? 一瞬でも気を抜いたら死ぬような状況で呆けてないでよ!! ソルが生体兵器だとか、それを今まで秘密にしてたとか今はどうでもいいでしょ!!!」

抗議の声を上げる二人の非難がましい視線を真っ向から睨み返す。

「そうよ二人共。私達ヴォルケンリッターだって人間じゃないし」

「それに、ソルがアタシ達に秘密にしてることがあるなんて今更じゃないか」

とシャマル、アルフが言う。

「秘密にしてたことに文句があるなら後で本人に聞けばいい。それで答えてくれるか分からないけど、今はそれでいいじゃないか」

吐き捨てるようにそう言うと、ユーノはジャスティスの様子を窺っている四人の所へ向かう。

「………うん、そうだね。後で一杯、お兄ちゃんとお話すればいいだけだもんね」

「今は眼の前のことに集中しよう」

眼に力を取り戻したなのはとフェイトを見て、シャマルとアルフは安心すると皆と合流した。

粉塵が止み、ジャスティスがその姿を現す。










「失念していた。そういえば貴様らのデバイスは、あの忌々しい神器の力を有していたのだったな」

ヴィータに打たれた右肩を押さえながら、ジャスティスは顔を顰めた。

神器。法力使いの力を飛躍的に高める対ギア兵器。オリジナルのジャスティスが封炎剣を手にしたソルに二度敗北したのを思い出す。

はっきり言ってジャスティスはなのは達を舐めていた。所詮人間と二級品の烏合の衆、そう思っていたのだ。

しかし、今受けたダメージは実際かなりのものだった。勿論、完全なるギアの肉体であれば取るに足らないダメージなのだが、現段階での侵食率は完全ではない。

この身はまだ脆弱な二級品のもの。

書を完全に侵食してしまえば本来の力を用いて眼の前の虫けらなどすぐに始末出来るのだが、管制人格の女は頑なに主と守護騎士システムを守り続けている。

かと言って、今の身体を捨てて新たな肉体を生成する時間を与えてくれる程甘くは無いだろう。

このままでは全力で戦うことが出来ないが、この身体で戦うしか方法は無い。

ならば、書への侵食よりも眼の前の敵を殲滅することに集中するべきだ。

「良かろう。貴様らを私の障害として認めてやる」

額の刻印が全身に漲る魔力に反応し、赤く輝き出す。



HEVEN or HELL



「皆、気を引き締めろ!!! 此処からが本番だぞ!!!」

クロノの声の下、全員が身構え、身体を緊張させる。



DUEL



それはまるで、かつての聖戦の一コマを切り取ったような情景。



Let`s Rock



人類対ギアの戦い。その幕開けだった。









外側で始まった激しい戦闘。それは明らかに分の悪い賭けにしか見えなかった。

なのは達はその圧倒的なパワーに屈しないように、互いにフォローし合うことでジャスティスの苛烈な攻撃をなんとか凌いでいる。

いや、凌いでいるという表現は語弊があるかもしれない。あれは必死になって殺されないように戦っているだけだ。

接近戦を得意とするシグナム、ヴィータ、フェイトの三人が囲むようにして攻撃を仕掛け、遠距離攻撃を得意とするなのはが誘導弾と砲撃で牽制攻撃を行いジャスティスの動きを阻害し、中距離からユーノがバインドで拘束し、アルフとザフィーラが接近戦チームのフォローをしつつ防御に回り、シャマルが仲間を回復させると同時に強化魔法を掛け、クロノが全体の指示とフォローを行う。

即席にしては非常に息の合ったチームプレーなのだが、それでも足りない。届かない。

有効打は先のヴィータ以来、まともに取れていない。

攻撃は鉄壁の前に容易く防がれ、防御は悪魔染みた攻撃に貫かれ、吹き飛ばされる。

追撃を掛けようとしたジャスティスが他の者に邪魔されトドメを差す前に回復、を幾度も繰り返している。

このままではジリ貧だ。見る見る内バリアジャケットが、騎士甲冑がボロボロになっていく。

勝ち目など最初から無いに等しいというのに。

しかし、それでも彼らは諦めない。むしろ、攻撃を食らって回復する度に眼をギラつかせ、雄叫びを上げ果敢に立ち向かっていく。

絶対に諦めない。

その眼はそう言っていた。

(どうして?)

あれは人間が勝てる存在ではない。人智を遥かに超えた存在であり、あれに対抗出来るのは同じ人智を超えた存在―――取り込まれてしまったソルしか居ない。

ソルの記憶を転写したことによって聖戦がどういうものか知った彼女は、なのは達ではアレには勝てないと分かっていた。

なのに立ち向かう彼らは、聖戦時代の聖騎士団のようであった。

(どうしてそんなにボロボロにまでなって………)

そこで、はっとなる。

彼らは自分と同じなのだ。

自分がギアコードの侵食から身を挺して主と守護騎士システムを守っているように、彼らも取り込まれたソルとはやてを助けたいのだ。

だというのに、自分の体たらくは一体何だ?

彼らは身を削る思いをして死と直面しながら戦っているというのに、自分は全てを諦め切ったように耐えるだけ。

これでは、あまりにも情けなさ過ぎるではないか。

(そうだ………私も、全力で足掻かなければ)

彼らに少しでも報いなければ。

幸い、ギアコードの侵食はジャスティスが戦闘に集中している所為か緩くなっている。

これはきっと彼らの勇気が作ったチャンス。無駄にする訳にはいかない。

決断すると、管制人格の行動早かった。

「主、主、主はやて!! 起きて、起きてください!!! 貴方の力が必要なのです!!!」

眼の前で眠り続ける少女の肩を掴み、少々乱暴に揺する。

「………ね、眠い」

「起きてください!! お願いです、主はやて!! 起きてください!!」

最早形振り構っていられず、襟首を掴んでガクガクとかなり乱暴にシェイクした。

「アカンよソルくん………その筋肉は反則やで」

しかし、はやては微妙に気になる寝言を漏らしながらニヤニヤとだらしない笑みを浮かべ、一向に眼を覚まさない。

仕方が無いので、ソルの記憶から検索した”なかなか眼を覚まさないバカ息子を起こす方法”を実行に移すことにした。

「申し訳ありません主はやて。このような起こし方をするのはこれで最初で最後です………起きてください!!!」

それは渾身の頭突き。

「ほああああああっ!? 頭が、頭が割れるでっ!! 隕石でも降ってきたんか!?」

涙目になって周囲を慌てたように見渡すはやてを、同じように涙目になって落ち着くように口を開く。

「やっと起きてくれましたか、主はやて」

「あっ!! アンタ誰や!? いきなり人の頭鈍器で殴るんはどういう了見………あれ? 会ったことある人? なんとなく見覚えあるわ。というか、此処何処?」

我に返ったはやてはキョロキョロと何も無い真っ暗闇な空間を見渡す。

「私は書の管制人格、最後のヴォルケンリッターと言えば分かり易いでしょうか。それと此処は書の内部空間です。主は書に取り込まれたんですよ」

「思い出したわ。ソルくんが結界張って、皆がグレアム小父さんに焼き入れに行ったと思ったら書がいきなり光ったんや」

「はい。封印が解けたことによって、自動防御プログラムを侵食していたギアコードがついに行動を開始しました」

「ギアコード?」

少し躊躇った後、彼女ははやてとソルを救う為には致し方ないと判断する。

「ギアコードとは法力によって生み出された生体兵器ギア、その遺伝子情報だと思ってください」

「はあ………それは分かったんやけど、なんで急に生体兵器とか、その、ギア? とか出てくるん?」

「書は、ソル=バッドガイの魔力を蒐集したのと同時に、彼の血液も取り込んでしまったからです。それが全ての始まりです」

「は? ギアコードって遺伝子情報なんやろ? なんでそこでソルくんの血が………まさか」

「お察しの通りです。彼は、ソル=バッドガイは生体兵器ギアです」

彼の知らないところで、彼の触れられたくない秘密を暴露することに心を痛ませながら続けた。

「書が取り込んでしまった彼のギアコードは、よりにもよって自動防御プログラムを侵食し、書を内側から支配しようとしたのです」

「それで?」

はやては真面目な顔で続きを促した。

「システムの大部分を支配される前に封印を施し今まで耐えてきましたが、封印を破られてしまいました」

「さっきのことやね」

「そして封印から解放されたギアコードは、書の主である貴方と、オリジナルであるソルを吸収し彼の記憶の転写、その記憶の中からギアとして最も相応しい人格を選び出すと、破壊行動を開始しました」

外の戦闘がはやてに直接視えるようになる。

「皆!!」

「しかし、彼らが今戦ってくれているおかげでギアコードの侵食する速度が激減しています。今ならまだ間に合うかもしれません」

「間に合うってどうすればええの?」

「まず魔導書本体からのコントロールを切り離してください。そうすればギアの、ジャスティスの干渉を和らげることが可能です」

「分かった」

眼を瞑り、はやては集中を開始した。

車椅子に座っていたはやての足元に、白く輝く三角形の魔方陣が浮かび上がる。











































ふと、我に返る。

俺は雑踏の中、呆然と立ち尽くしていた。

「………此処は」

見覚えがある。

イリュリア連王国。その城下町の繁華街だ。

昔、シンを引き取る際に眼にした光景と同じものが視界に広がっている。

露天商の話を聞いているカップル、買い物袋を手にした老人、屋台に並んでいる若者達、仲良く手を繋いでいる親子。

そこは秩序無く店が乱立し、だからこそ自由な商いが行われるが故に活気に溢れていた。

そんな中、治安の低下を防ぐ為に王国騎士が巡回している。

道の真ん中で立ち尽くす俺を、行き交う人々は邪魔そうな顔で脇に避けていく。

「俺は、書の管制人格に取り込まれて………?」

自分で口にした言葉に違和感を覚える。

書? 管制人格? 一体何のことだ?

思い出そうとするが、記憶に靄が掛かったような曖昧な感覚の所為で、何か大切だったような気がすることを思い出せない。

記憶を掘り起こそうとすればする程、思い出そうとしていることが遠のいていくようで、腹立たしい。

「………面倒臭ぇ」

やれやれと溜息を吐き、思い出せないならそれ程重要なことじゃないんだろうと勝手に結論付け、歩き出す。

繁華街を抜けると、足は自然と上級官僚用に区画分けされた高級住宅街へと向く。

石畳を踏む俺の足取りは重い。

さっきから頭の中で何かが引っ掛かり、それが気になって仕方が無い。そもそも、何故今俺はイリュリアに居るのか理由が分からない。

いくら頭を捻って考えてみても答えが出ない。さっき自分で面倒臭ぇとか言って思い出すのを止めていたのに、また思い出そうとしていることが不思議でならない。

(何だってんだ? 一体?)

苛々しながら歩いていると、気が付けば開けた場所に到着し、石造りの建造物の前に居た。

此処は教会だ。

カイからシンを引き取った場所。

懐かしさがこみ上げてくると同時に、当時のカイの情けない顔を思い出して段々腹が立ってきた。

踵を返しその場を去ろうとすると、人の気配がしたのでそちらに視線を向ける。

「オ、オヤジ? オヤジか?」

右眼に眼帯を装着し、肩に大きな旗を担いだ金髪の青年が真っ直ぐこちらを見ていた。

「シン、か?」

我ながら呆けた声が口から漏れる。

「………オヤジィィィィィィィッ!!!」

青年、シンはズドドドドッ、と砂埃を上げながら猛然とこちらにダッシュし、俺の眼の前で急ブレーキすると、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「オヤジッ、オヤジッ、オヤジィィィッ!!!」

「喧しいっ!! そんなに連呼しなくても聞こえてんだよ!!!」

思わずその頭に拳骨を振り下ろして黙らせる。

「いってぇぇぇ~、オヤジだぁぁぁ~」

「意味分かんねぇよ」

殴られた頭部に手を添えながらも喜んでいるシンの姿を見て、一瞬、シンとは全く違う別の女の子を幻視する。



―――『えへへ、お兄ちゃん』



その女の子は、俺にとってかけがえない存在だったような―――

「何時イリュリアに来たんだよ!? ったく、連絡くらい入れろよな………まあいいや。なあオヤジ、折角だからウチに寄ってけよ。皆オヤジがイリュリアに居るって知ったら会いたがるだろうしさ!!」

脳裏に過ぎった映像は、シンが俺の腕を掴んで引っ張り始めたことによって掻き消された。

「あっ、待て、シンッ」

「早く早く~」

こいつは外見が大人でも、何時まで経っても中身はやっぱりガキのままだ。何も変わってない。

かなり強引に、まるで引き摺られるようにして俺はシンの後について行くのだった。




「ちょっと此処で待っててくれよ。今、母さんとカイ呼んでくるから」

シンに案内され辿り着いたのはイリュリア連王国の王宮内に存在する客間、と呼べばいいのだろうか? とにかくそんな部屋だった。

豪奢な家具が嫌味無く配置された一室で、俺は高価なソファに身を預けて待つことにする。

しばらくするとドアが開き、水で構成された球体が入室してきた。

「久しいな、フレデリック」

「鳥野郎?」

「鳥ではない、ドラゴンだ」

「悪ぃ、インコだったな」

「………もう好きに呼べ」

全身を水で覆った鳥のような姿、頭に大学帽子をかぶり、鼻先に眼鏡を引っ掛けた鳥の面、知性を感じさせる口調。

ギア消失事件の際にイズナの紹介で出会った自立型ギア、Dr.パラダイム。

「廊下で擦れ違ったシンが食事の時間でもないのにはしゃいでいると思ったらお前が来ていたとはな」

「あのアホは何時もあんな感じだろうが」

「そうでもないぞ。お前がシンを置いて旅立った当初は眼に見えて落ち込んでいたからな。それだけお前はシンから慕われているのだ」

「………」

俺は返すに返せなかった。

「何、気にするな。別にお前を責めている訳では無い。シンはいずれギアと人類が共存していく為には必要不可欠な礎となる。二つの種族のことを考えれば、あの時のお前の選択は正しかった」

「そう言ってもらえると助かるな」

「? 随分と殊勝なことを言うようになったな。旅先で何かあったのか?」

「別に」

気まずい沈黙が降り、俺は居た堪れなくなって視線を鳥野郎から外す。

そんな俺の態度を気にした様子も無く、Dr.パラダイムは聞いてもいないってのにご丁寧にイリュリアの近況やらカイの仕事の話やら自分の研究内容やらを一人ツラツラ話し始めた。

右から左に聞き流しつつ、俺は先程シンを見て脳裏に過ぎった映像を思い出そうと記憶を探っていた。

少女。まだ幼い、あどけない少女だった気がする。映像は酷く曖昧で、ぼやけていて、その姿は朧気で、本当にその少女が俺にとって大切な存在だったのかを疑いながら記憶を検索する。

甘えん坊で、我侭で、駄々っ子で、人懐っこい子犬みたいな奴だったような―――

「あんれまぁ、ホンマに来てるっちゃ」

ドアが開く音と共に、訛りがある飄々とした口調が聞こえた。

「人外」

「お久しぶっちゃ、ソル」

そこには頭に狐耳を生やした中年の男。バックヤードの住人。恐らくは異種とカテゴライズされる知的生命体のイズナが居た。

鳥野郎を俺に紹介した張本人。こいつもギア消失事件の時に知り合い、何かと世話になった人物だ。

「シンが嬉しそうに旗振り回しながら走ってたさかい、驚いたばい。どぎゃんしたか聞いてみると、アンタが来てるってそりゃあもう嬉しそうに答えるけん」

イズナは浴衣に似た服をだらしなく着崩して、人の良い笑みを浮かべる。

………?

浴衣に似た服?

脳裏にまた映像が映し出される。



―――『お兄ちゃん、似合う?』



―――『ソル………ど、どうかな?』



「………浴衣?」

思わず漏れた独り言。

さっきの少女に加えてもう一人、違う少女が映っていた。

誰だ? 彼女のことも初めの少女同様、とても可愛がっていた気がする。

「おい、フレデリック。どうした? 急に呆けて」

「………いや、なんでもねぇ」

「疲れてるんじゃなか?」

俺は首を振って気にするなと伝えた。

「待たせたぜ、オヤジ!!」

その時、喧しい声が聞こえたと思ったら弾丸のような勢いでシンが転がり込んできて、それに遅れて二人の人物が入室してくる。

「お久しぶりです」

「久しぶりだな、ソル」

「………ああ」

ぶっきらぼうに生返事をすると、一人は女で恭しく頭を下げ、もう一人は男で『相変わらずだな』と苦笑した。

顔を上げた女の方と眼が合うと、またもや脳裏に再生される映像。



―――『ソル』



眼の前の人物に似た誰かを、瞼を閉じ思い出そうとするが、やはり靄がかかったようにその存在を掴ませない。

「どうしました?」

「いや、なんでもねぇ」

女。シンの母親である『木陰の君』は急に両眼を閉じた俺を不思議そうに見ていたので、やはり気にするなと言った。

「今日はお前との再会を祝して、ささやかながら宴を開こう」

男の方。聖戦時代からの腐れ縁、元聖騎士団団長、元国際警察機構長官、そして今はイリュリア連王国国王になって数年経つ男。シンの実の父親であり木陰の君の夫、カイ=キスクが微笑んだ。











































「私相手によく此処まで戦ったと、褒めてやるべきか」

大地に這い蹲るなのは達を見下ろしながら、ジャスティスは溜息を吐いた。

自身の被害はゼロに等しく、敵には多大な損害を与えた。未だに誰一人として死亡していないのは自身に制限が掛かり全力で戦えないというのは当然だが、純粋になのは達が強かったからに他ならない。

なのは達は善戦した方だった。絶大な力を前に九人で連携し、懸命に戦った。

だが、両者に横たわるどうしようもない力の差を埋めることは出来なかった。

「聖戦時代、もし貴様ら程の実力者が背徳の炎と共に聖騎士団に所属していたら、オリジナルの私はもっと早く封印されていたかもしれんな」

心にも無い褒め言葉を皮肉としてたっぷりくれてやる。

聖騎士団、という単語にピクッと反応を示した。

「………聖騎士団。お兄ちゃんが、居た、組織」

なのはがレイジングハートにもたれるようにして立ち上がろうとする。

「人類が我らギアに対抗する為に国連が創設した法力使いの戦闘集団だ。貴様らが知っている聖騎士団の姿は嘘で塗り固められたもの」

「じゃあ、アクセルさんが言ってたことは」

「決まっているだろう。背徳の炎が因果律干渉体に嘘を言わせたのだ」

片膝をついたフェイトが荒い呼吸を吐きながらジャスティスを睨む。

「どうして、そんなことを?」

「そんなことも分からんのか? 人類にとって我らギアという存在は殺すか利用するかのどちらかでしかない。それを危惧したのだ」

冷たく言い放つジャスティスになのは達は愕然となったが、すぐに満身創痍の身体に鞭を打って立ち上がる。

「お兄ちゃんが生体兵器だとか、そんなの関係無い」

「ソルはソルだよ。人類を抹殺するなんてことを言う貴方とは違う」

眼に怒りを滲ませ、なのはとフェイトは言葉を紡いだ。

「ソルは僕達に、色々なことを教えてくれた」

「アタシは何度も助けてもらった」

ユーノとアルフが膝を震わせながら立ち上がる。

「ソルは、貴様のように破壊を求める兵器ではない」

「彼は私にとって、不器用だけどとっても優しい男の子です」

シグナムとシャマルが搾り出すように声を上げた。

「アタシはソルのことよく知らねーけど、アイツがスゲー良い奴だってのは知ってる」

「尊敬に値する男だ」

ヴィータとザフィーラが苦悶の表情でありながら構えた。

「あの性格は人としてどうかと思うが、僕は彼の生き方に純粋に憧れるよ」

クロノは疲弊とダメージで飛びそうになる意識をなんとか保ち、今にも倒れそうになりながらデバイスをジャスティスに向けた。

誰もがまだ希望を捨てていない。諦めていない眼をしている。

「まだ私に勝つつもりか? もう十分”力”の差は理解しただろう。それとも死ななければ理解出来ないか?」

ジャスティスは右の手の平に火球を生み出し、それに膨大なまでの魔力を込めた。

「せめてもの手向けだ。一瞬で灰も残さず消してやる」

火球を握り潰し、半身なった状態でアンダースローの構えを取る。

もうダメなのか? やっぱり自分達ではいくら頑張ってもソルとはやてを救い出せないのか?

なのは達は半ば諦めながら、その身を焼くであろう絶望の炎に視線を注ぐ。

「さらばだ、人間共。サーベイジ―――」



<ギアの力の暴走を確認。これより、自律行動に移行します>



突如響いた声が、ジャスティスの額の刻印を覆う隠すように現れた赤いヘッドギアが、その動きを封じる。

「なっ、これはまさか!!」

驚愕の表情になり、見えない何かに拘束されたように動かなくなるジャスティス。

「………クイーンの、声?」

「ソルの………ヘッドギア?」

誰もが聞き覚えのある機械音声に呆然としながら、なのはとフェイトが疑問の声を上げた。

『皆、聞こえとる!?』

続いてこの場に居ない、書に取り込まれたはやての声が皆の頭に届く。

「「はやてちゃんっ!?」」

「「「「はやてっ!!」」」」

「「主っ」」

「八神、はやて?」

眼の前のジャスティスは苦しそうに動きを止めている。

一体これは? 書の内部で何が起こっている?









「良し、とりあえず間に合った。成功やで」

「はい、主はやて」

「よっしゃクイーンッ!! そのままギアの力を可能な限り抑えるんや!!!」

<了解。ギア細胞抑制装置、最大出力>

ジャスティスの額に無理やり装着されたヘッドギアがクイーンの声に反応し、それにより侵食していたギアコードが動きを止める。

当然、ジャスティスの動きも。

何故こうなったのかというと。

初めは管理者権限を行使してジャスティスを抑えつけようとしたはやてだが、ジャスティスが自動防御プログラムを支配している所為で、管理者権限が使えなかった。

しかし、はやては諦めることなく次の方法を模索し、管制人格にギアの力を抑えつけるにはどうしたらいいのか聞いてみた。

ソルの記憶を転写している彼女は、ソルが戦闘時に装着しているヘッドギアが彼のギアの力を抑える効果があると進言し、それを聞いたはやてはセットアップしたソルの姿を思い出す。

もしかしてそれってクイーンが持ってるんちゃう?

二人は藁にも縋る思いでクイーンに呼び掛けた。

最深部にソルと共に取り込まれていたクイーンだったが、補助の為だけに生み出されたデバイスは見事に二人の言葉に応えたのである。

残念ながらソルの意識はジャスティスに囚われているままの所為で、起こすことは出来なかった。

クイーンには予め、マスターであるソルが万が一ギアの力を暴走させた時の保険として、自律行動プログラムが内臓されていた。

その内容とは、ギア細胞抑制装置を強制的に装着させ、装着者のギアの力を減退させ動きを止めるもの。

ならば、そのギア細胞抑制装置を外で動いているジャスティスに装備させることは可能なのか?

この質問に、クイーンは無機質な声で出来ると答えた。

「そっちに出とるのは自動防御プログラムを乗っ取ったギアコード、ジャスティスや。そいつが居る限り私の管理者権限が使えん」

「現在はギア細胞抑制装置でギアの力を抑え込んでいます。ですが、何時まで持つか分かりません」

「今の内に、皆でそいつコテンパンにして弱らせて欲しいんよ。そうすれば、管理者権限を使って魔導書本体から自動防御プログラムごとそいつを切り離せる」

「出来るだけ強い衝撃でお願いします。力を抑え付けているとは言え、暴走した自動防御プログラムを支配しているギアですから」

「そうすれば最深部に囚われてるソルくんが眼を覚ますかもしれへん。そうなったらこっちのもんやっ!!!」











































食事は木陰の君の手料理が振舞われた。

それを口にした時、やはり思い出せないが知っている筈の誰かの手料理を脳裏に浮かび上がらせながら、堂々と飲める酒に少々戸惑いつつ、慎ましくも騒がしい小さな宴会は終わった。

夜になり俺は用意された部屋に早々に引っ込むが、どうしてもさっきから脳裏を過ぎる人物達が気になって眠れない。

溜息を吐き、部屋を出る。

静かに輝く満月の下、当ても無く城内を歩き続けた。

俺の足音だけが規則正しく響く。

何時の間にか、俺は薄暗い玉座の間に迷い込んでいたことに気付く。

足を止め、玉座に眼を向けるとそこにはカイが座っていた。

「眠れないのか」

「まあな」

カイは立ち上がり、こちらに近付いてくる。

「眠れない夜は剣を振るうに限る。どうだ?」

腰の封雷剣を抜くと、構えた。

「こんな時間に何考えてやがる………この不良王が」

しかし、もやもやしたもんを振り払うにはごちゃごちゃ考えるよりも身体を動かした方が断然良いと思ったので、俺もカイにならって構え………そこで違和感に気付く。



―――封雷剣だと?



あれはギア消失事件の際、カイが木陰の君を封印する時に代償として失った筈だ。

なら、今こいつが持っているのは一体何だ?

ズキリッ、と記憶が疼く。



思い出せ、思い出せ、思い出せっ!!!



自分がイリュリアに居ると自覚した時、俺は何て言った?

シンを見て、誰を思い出した?

イズナの服を見て、何を思い出した?

木陰の君を見て、誰を思い出した?

さっきの食事、木陰の君の手料理を食って誰の料理を思い出した?

何故、酒が”堂々と飲めること”に戸惑った?

「ぐ、ああ」

「どうした、ソル?」

頭を抱え呻く俺を心配したカイが近寄ってくる。

俺はそんな無防備なカイの襟首を掴むと、

「オラァッ!!!」

「がっ!?」

全力で頭突きをした。

頭部に鈍い衝撃が走ると同時に、今まで曖昧だった記憶、朧気でぼんやりとした映像、思い出そうとして思い出せなかったものが、鮮明に蘇る。

「いきなり何をするっ!?」

「うるせぇ!! 偽者の癖に生意気言ってんじゃねぇっ!!」

俺の言葉にカイは眼を見開いた。

「思い出した………思い出したぜ。危うく大切なことを忘れちまうとこだったぜ。俺はあの時、封印から解かれた書の管制人格に取り込まれた。イリュリアに居る訳が無ぇ」

「そうか。思い出してしまったか」

「此処は何処だ? 書の内部、術者とユニゾンデバイスを繋ぐインターフェイス空間か? 答えろ!!」

封炎剣を構え、眼の前のカイ”もどき”に問い詰める。

それに対し、こいつは憎らしい程に冷静な態度で答えた。

「此処は夢の中だ」

「ああン?」

「人は誰しも夢を見る。夢は人にとって願いであり、己が望むものを具現化した世界でもある」

「何が言いたい? この世界が俺の望んだもんだって言いてぇのか!?」

苛立つ心を隠しもせずに叩きつけるが、臆することなくカイは頷いた。

「ギアと人が共存する世界。お前にとって、此処はある意味理想郷だろう?」

「………」

確かにそうかもしれない。

「この世界はギアが兵器として戦争に使われることもなければ、人々がギアを恐れることもない」

そんな世界が実在したら、俺は戦うことをやめるだろう。

「誰も泣かない、誰も苦しまない、誰も争わない。お前も、罪を背負って生き続ける必要は無い」

だが―――

「………所詮、夢は夢だ。脳が寝てる間に見ている映像に過ぎん」

俺ははっきりとした口調でカイの言葉を断ち切った。

「今の俺は現実を生きている。夢の中がいくら理想的だろうと、はいそうですかと投げ出せる程自分の生に無責任じゃねぇ」

何かある度にあいつらの顔がチラつくんだ。

「それに、俺が自分の犯した罪に背を向けて現実逃避出来たなら、もうとっくに死んでる」

あの世界で手に入れた、かけがえのない絆。

「あいつらが俺を拒絶しない限り、一緒に生きるって決めたんだよ」

守ると誓った、俺の家族。

「だから俺は、帰る」

帰って、あいつらの顔を早く見たい。

まやかしなどではない、本当の、生きているあいつらを。

カイは穏やかな眼で俺を見た。

「そうだったな。お前は面倒と言いつつ、誰よりも責任感が強かったな。そうでなければ、百年以上たった独りで戦うことなど不可能だ」

「だいたい、俺はもう夢を見て喜ぶ年じゃねぇんだよ!! そういうのは、俺なんかよりもシンとかなのはとかフェイトにしてやれ。相手間違えてんだろが!!」

「あはははははっ!!!」

「笑ってんじゃねぇ!!」

一頻り笑うと、カイは真面目な顔で俺に向き直る。

「しかし此処が夢だと悟られても、私はお前をすぐに出してやる訳にはいかない」

「ああ? よっぽど書は俺を此処に閉じ込めておきたいらしいな」

「それは勿論だが、そういう意味では無い」

「はあ?」

訳が分からず抗議の声を上げた。

「お前が最も強くイメージしているカイ=キスクが、ソル=バッドガイを避けては通さんのだ!!!」

言って封雷剣を構え、全身に蒼い稲光を発する雷を纏わる。

(なるほど………”そういうこと”かよ)

俺は納得すると、首を回し、肩を回し、

「面倒臭ぇな」

頭を戦闘に切り替える。

「………」

「………」

お互い無言で睨みあう。

空気が緊張し、張り詰めた糸のようにきりきりと引き伸ばされ、やがてその緊張に耐え切れなくなった時、

「てぇぇやぁぁっ!!!!」

「はっ!!」

俺達は同時に踏み込んだ。

奴の突き出された左の肘が、俺の放った右ボディーブローと激突する。

鈍い打撃音。

有効打を取れなかったことに気にも留めず、俺達は次の攻撃に移った。

「いただきぃぃっ!!」

「此処だっ!!」

斬り上げた封炎剣と封雷剣が交差、轟音が玉座の間に反響する。



「ヴォルカニックヴァイパーッ!!!」

「ヴェイパースラストッ!!!」



跳躍と同時に炎を纏った封炎剣、雷を宿した封雷剣がぶつかり合い、激しい光を生む。

そのまま空中で体勢を流れるように次に移行させ、俺は炎を纏った拳を放ち、奴は雷光煌く剣を振り抜いた。



「邪魔だ」

「斬るっ!!」



魔力と魔力の衝突にお互いが後方へ吹き飛ばされるが、反作用を利用して距離を取りながら遠距離攻撃を放つ。



「ガンフレイムッ!!」

「スタンエッジッ!!」



炎の弾丸と雷の刃は空中でぶつかった瞬間、互いの存在を食らい合って消滅する。

それを確認すると同時に着地し、間を置かずに駆け出した。

奴も俺目掛けて真っ直ぐ突っ込んでくる。

「オラアアアアアッ!!」

「はあああああああ!!」

突進の勢いと全体重を乗せた斬撃がアルファベッドのXを描くように振るわれ、耳を劈く金属音が鼓膜を叩く。

俺とカイの視線が交差する。

術式を構築、展開、計算に基づいた魔力を術式に流し、法力を発動させる。



「タイランレイブッ!!!」

「ライド・ザ・ライトニングッ!!!」



丁度二人の間の空間に、全く同じタイミングで発生した爆炎と雷撃は鬩ぎ合いながら膨張し、巨大な魔力の渦となって爆裂した。

余波に吹き飛ばされる形でバックステップをして距離を取る。

空気の揺らぎの所為で歪む視界の向こうでは、俺と同じように後方に退いたカイが油断無く封雷剣を構え直した。



HEVEN or HELL



「決着をつけるぞ………ソル!!!」

カイの全身をまるでバリアのように雷が覆い尽くす。



DUEL



「悪いが急いでる………ハナッからマジでいくぜっ!!!」

封炎剣が俺に意思に呼応して炎を吹き出した。



Let`s Rock



待ってろよ。すぐにそっちへ行く!!!







[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.22 Meet Again
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/09/01 10:04
『皆頑張るんやっ!! きっとこれが最初で最後のチャンスやっ!!!』

頭に響くはやての声。

ジャスティスはヘッドギアのおかげで動かない、動けない。

しかし、それでも強引にギアの力を引き出そうとしているのか、発せられる魔力の反応を大きく波打たせている。

これを逃したら本当に打つ手が無い。



「………チェーンバインド!!」

「ストラグルバインド!!」



アルフとユーノが満身創痍の身体に鞭打って魔法を発動させる。

魔法陣から伸びたオレンジと翠の光がジャスティスの手足を拘束した。

「く………このっ」



「縛れっ! 鋼の軛ぃぃっ!! でぇぇぇやぁぁっ!!!」



ザフィーラが雄叫びを上げ、三角形のベルカ式魔方陣から銀の閃光が戒めを解こうともがくジャスティスの全身を貫く。

「人間がぁぁぁ………!!」

自身に劣る生物に傷つけられたことにより、苦痛よりもむしろ怒りを生み、憎しみに殺気を乗せなのは達を睨む。

しかし、今更そんなものに怯まない。



「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ」

<エターナルコフィン>

「凍てつけぇぇぇぇぇっ!!!」



効果範囲を局所的な限定空間に絞る代わりに、その分のリソースを全て攻撃力に注ぎ込んだクロノの魔法がジャスティスを氷付けにする。

白い人型の氷像が出来上がる。

「よし、これでブースト完了っ!!」

クラールヴィントが改造されたことにより新たに加わったブースト魔法。それをなのはとフェイトとヴィータとシグナムの四人に掛け終えたシャマルがGOサインを出した。

「ぶっ潰すぞ、アイゼンッ!!」

<ヤー、借りはきっちり返す。ギガントフォーム>

ヴィータの手にするデバイス、グラーフアイゼンが紅の光を放ちながらハンマー部分が分解され、バラバラになった部品が巨大な六角柱の鋼の塊に変形する。



「轟天爆砕!!」



それを構え振りかぶった瞬間、鋼の塊は一瞬にしてビルすら平らに出来る程に巨大化した。



「ギガント、シュラークッッ!!!」



渾身の力を込めて、ヴィータは鉄槌を振り下ろす。

その名の通り、まさに巨人の一撃。

高層ビルが飛来したかのような物理的質量が轟音と共にジャスティスを叩き潰した。

『ええでっ! その調子やっ!!』

『今の一撃でギアコードの侵食が完全に停止、ジャスティスの干渉が弱まりました!』

書の内部からの念話とその内容。

効いている!!

その事実に鼓舞されたように、シグナムはレヴァンティンに魔力を込めた。

「今のを聞いたかレヴァンティン。此処で決めるぞ」

<ヤヴォール、俺達の力を見せ付けるぜ。ボーゲンフォルム>

剣と鞘を合わせると、炎の魔剣はその姿を弓へと変貌させた。

矢を番え、弓を引き絞り、狙いを定める。



「翔けよ、隼!!!」

<シュツルムファルケン>



凝縮された魔力が解き放たれ、音速を超えて飛び出した紫炎の矢は、先のヴィータの攻撃で出来たクレーターの中でヨロヨロと立ち上がろうとしていたジャスティスの心臓部分を射抜いた。

次の瞬間、爆炎が発生しその身体を吹き飛ばす。

声も無く崩れ落ちるジャスティス。

それを見たフェイトがザンバーフォームのバルディッシュを下段に構え、高速で飛び込んだ。

「行くよ、バルディッシュ」

<サー。今度は我らがソル様をお救いする番です>

「はっ!!」

一気にジャスティスとの間合いを詰めると身体を回転させ、斬り上げるような逆袈裟で一閃。

それをまともに食らい、ジャスティスは大きくの身体を仰け反らせた。

フェイトはそのまま振り上げた金の大剣に雷光を煌かせる。



「撃ち抜け、雷神っ!!!」

<ジェットザンバー>



真っ直ぐに振り下ろされた金の雷がジャスティスを斬り伏せる。

すぐにフェイトはその場から離脱し、次のなのはの射線から抜け出す。

「お願い、レイジングハート」

<オールライト、マイマスター。必ずやソル様とはやてさんを助け出しましょう>

「もっちろんだよ!!!」

レイジングハートの先端を無防備なジャスティスに向け、魔力をチャージ。

そして、発射。



「エクセリオン、バスターッ!!」

<バレットショット>



不可視の衝撃波が放たれ、直撃する。



「ブレイク―――」



なのはの攻撃はまだ終わらず、続いて四条の桜色の砲撃―――フォースバーストが命中、



「―――シュートッ!!!」



更に四条の中央からフルパワーで放射された桜色の奔流がジャスティスを撃ち砕く。










「今です主はやて!! ジャスティスが一時的に沈黙、自動防御プログラムも活動を停止しています!! 管理者権限が使用可能になりました!!!」

「ナイスや皆!! 八神はやてが命ずる………書からジャスティスと自動防御プログラムを切り離して」

はやての足元に展開していた三角形の魔方陣が輝くと同時に、命令が実行される。

「やりました。成功です」

「ほな、此処から出るで」

「はい」

二人は手を取り合いその姿が闇の中から抜け出すと、清浄な光に包まれた書と外界を繋ぐ境界空間に出た。

「そや、忘れとった。名前は何て言うん?」

そう言うと、はやては女性から本の形へとなった管制人格を優しく抱き締める。

「いえ、私には………」

「無いんか? ならしゃあない。私が名前を付けたる」

しばし黙考すると、はやては良い名が閃いたのか、嬉しそうに微笑んだ。

「夜天の主の名において、汝に新たな名を送る。強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール―――」

慈愛に満ちた眼を細め、告げる。

「リインフォース」










背徳の炎と魔法少女A`s vol.22 Meet Again










雷を宿した封雷剣が鋭い刺突となって胴体の狙ってきたので、それを封炎剣で力任せに弾き飛ばし、お返しにハイキックを見舞う。

顔面直撃コースだった蹴りは、バック転する要領で身体を大きく仰け反らせながら後ろに退いたことによってあっさり避けられてしまう。

そのまま距離を開けられることを良しとせず、俺は踏み込んで封炎剣を振り下ろす。

体勢を整えたカイは下段からの斬り上げで迎え撃った。

金属同士の激突音。

鍔迫り合いの形になって俺達は睨みあう。

「急いでんだよ………とっととクタバレ」

「そんなに外が気になって私に集中出来ないか? 今お前が戦っているのは眼の前の私だっ!! 私を見ろ、ソルッ!!!」

「うぜぇ」

弾かれるようにお互いが同時に距離を取ると、間髪入れずに二人一緒に踏み込んだ。

繰り返される剣戟。

ぶつかり合う二つの神器。

相手を殲滅せんと放たれる法力。

斬撃を繰り出し、打撃技を打ち出し、法力を放つ。また、それらを防ぎ、交わし、相殺する。

「坊やは寝てろっ!!」

封炎剣を薙ぎ払うが、縦に構えた封雷剣に防がれる。インパクトの瞬間に火花が散り、視界が明滅した。

「斬っ!!」

こちらの剣を撥ね退け袈裟斬りに振り下ろされた剣を、炎を纏った右拳で殴りつけ腕力で捻じ伏せる。

「くっ」

「もう一発!」

「ふっ」

そのまま流れるように左ストレートを放とうとするが、カイはそれより早く後ろに退く。

逃がすか。

「オッ、ラアアアアッ!!!」

俺は気にせず拳を放ち、拳の先から発生した爆炎が退いたカイを追い縋る。

だがカイはその爆炎を落雷と共に振り下ろした封雷剣で真っ二つにし、炎が自身の横を通り過ぎるようにして難無く凌ぐ。



「セイクリッドエッジ!!」



カイから放たれた法力である雷の刃が落雷を伴いながら俺に迫るので、横に飛んで交わすが、それを分かっていたかのようにカイは既に踏み込んでいて、剣を振るった。

今度は俺が防御に回る番だった。封炎剣を縦に構えて素早い払い斬りを防ぐ。

「野郎………!!」

「まだだ!!」

更に振るわれた剣を防ぎ、弾き、時に反撃し、度重ねる剣戟の末、間合いが離れる。

俺とカイは数えるのも馬鹿らしく思える程剣を振るい、法力を放ち、攻撃と防御を積み重ねた。

「ちっ」

なかなかケリがつかない勝負に苛立ちを隠せず、俺は舌打ちする。

外がどんな状況か分からないが、どっちにしろ暴走した以上は楽観出来ないようなことになってる筈だ。

こんな所でチマチマしてる暇は無ぇ。

しかし―――

「………私では、不服なのか!?」

苛立ちを感じているのは俺だけではなかったようだ。

「お前は何時もそうだっ!! そうやって何時も何時も私をのらりくらりと交わして、本気で戦ってくれない………私を馬鹿にするのもいい加減にしろよっ!!!」

「何言ってやがる。お前、俺にシンを預ける一年以上前に殺り合った時に『悔いはない』って自分で言ったじゃねぇか。その後、俺を止めなければ追いもしないって」

「それとこれとは別問題だ!!」

何だこの理不尽。

段々腹が立って来やがったぞ。

「………諦めの悪い坊やだ」

「諦めの悪さならお前も人のこと言えないだろう」

「違いねぇ」

なんせ軽く見積もって百五十年だからな。

(しゃなねぇな)

とっとと勝負をつける為に俺は決断を下す。

「お望み通り”本気”で戦ってやる………ややこしいのはもう終いだっ!!」

俺はヘッドギアを外し、”力”を全解放した。

「そうだ。その姿と戦ってみたかった………究極奥義っ!!!」

そんな俺を見てカイは歓喜の雄叫びを上げると、全身に雷光を纏って吶喊してきやがった。

「やれやれだぜ」





仰向けに倒れたカイを上から見下ろしながらヘッドギアを装着する。

「気は済んだか? 坊や」

「………ああ」

晴れ晴れとした表情でカイは頷くと、全身を震わせながら立ち上がり、手を振るった。

すると、俺とカイから少し離れた場所に転移法術で生成されたゲートが出現する。

恐らく、あれが俺の意識を外へと繋ぐゲートなのだろう。

「私は………カイ=キスクは十分満足した。後はお前の好きにするといい」

「ったく、余計な手間と時間取らせやがって」

「はははは。すまん」

全く悪びれた感じがしないカイに背を向け、俺は溜息を吐きゲートの中に入ろうとした。

その刹那―――

「オヤジィィィィッ!!!」

シンの声。

視線を向けると、俺とカイから少し離れたそこにはシンと木陰の君と人外と鳥野郎が揃っていた。

「オヤジ、オヤジ、オヤジィィィッ!!!」

懸命に旗を振り回しながら俺を呼ぶシン。その旗振りは俺にエールを送ってくれているように思える。

「ソル、けっぱりぃっ!!」

えいえいおー、とふざけたように人外は腕を振り上げた。

「フレデリック、しっかりな」

眼鏡のブリッジを押し上げた鳥野郎は、穏やかな眼で俺を見た。

「お元気で」

木陰の君はそう言うと、深々と俺に頭を下げた。

「ソル」

そして、首を捻って俺はカイを見た。

「お別れだ」

「ああ」

俺はゲートに向き直り、一歩踏み出す。

「良い夢を………見せてもらったぜ」

万感の想いを込めて言葉を紡ぐ。

「行ってくるぜ………じゃあなっ!!!」

かつての仲間の姿をこの眼にしっかりと焼き付けて、俺はこの優しい夢の世界を後にした。











































書から切り離された”闇”が、巨大なドーム状に展開し大地に鎮座している。

莫大な魔力の塊であると同時に、改悪された自動防御プログラムがギアコードに侵食されたもの。

それを薄気味悪そうに見下ろすなのは達の前に、突如白光の輝きが現れる。

「リインフォース。私の杖と甲冑を」

「はい」

やがて光が止み、姿を現したのは”夜天の王”として完全に覚醒したはやての姿。

「はやてちゃん!」

なのはが歓喜の声を上げる。

それにはやては微笑み返し、先が剣十字となった杖を振り上げた。

「夜天の光よ、我が手に集え。祝福の風、リインフォース………セーットアップ!!」

杖から発生した光がはやてを包み、その身をバリアジャケットが包み、背から三対の漆黒の翼が現れ、髪が茶からプラチナブロンドに近い色に変化した。

「はやてっ、はやて、はやてぇぇぇ!!」

はやての無事を確認したヴィータが真っ先に泣きながらはやてにしがみつく。

「主はやてっ」

「はやてちゃん!!」

「主」

それを皮切りにヴォルケンリッターがはやてを囲み、なのは達は少し遅れる形で八神家に近寄った。

「ごめんな、皆。一杯心配掛けて、苦労も掛けて、大変やったやろ」

泣きじゃくるヴィータを抱き締めながら、労うようにはやては言う。

「でも、安心するんは早い………まだ、ソルくんが助けられてない」

その言葉に、誰もがはっとなる。

「そういえば、お兄ちゃんは!?」

「ソルは、ソルは何処?」

なのはとフェイトがソルの姿を求めてキョロキョロと辺りを見渡した。

『彼は………未だに闇の書の闇の中です』

「………ホンマごめんな。謝って済む問題やないけど、ごめん。私もリインフォースも手を尽くしたんやけど、最深部に囚われてるソルくんを助けられなかった」

今にも泣きそうな程悲しみに顔を歪ませたはやてがなのは達に頭を下げる。

「ううん。はやてちゃんは頑張ったよ」

「そうだよ。顔を上げて、はやて」

友人二人の慰めに、はやては思わず涙が零れるのを実感しながら顔を上げ、涙を拭って口を開く。

「せやけど、今ならまだ間に合う」

『現在のジャスティスはクイーンの影響下ではないにも関わらず、何故か活動を停止しているようです』

「理由は分からんけどそういうことやから………なのはちゃん、フェイトちゃん………もう一回、いける?」

もう一回。この意味を理解するまで二人は数秒時間を掛けたが、理解が及ぶと力強く頷いた。

「任せてっ!!」

「ソルの為なら、何度だって撃てるよ!!」

「頼もしい返事や。ほな、行くで!!!」

「「うんっ!!!」」





三人の少女は全身に力を漲らせ、”闇”の真上へと移動する。

「小難しいことはなんも要らん。さっきと同じや、手加減とか遠慮とか一切抜きやで」

「つまり、御託は要らないんだ」

「分かってるよはやてちゃん。全力全開だね!!」

言って、なのはは周囲の余剰魔力を収束し始めると、周囲から桜色の光が集まってくる。

それに倣い、フェイトとはやても魔力チャージを開始した。

「行くよ、フェイトちゃん、はやてちゃん」

「「うんっ!!」」

なのははレイジングハートの先端を眼下の”闇”の中央に向けた。

桜色の魔力が荒れ狂う。

更になのははレイジングハートに魔力を送り込んだ。



「全力全開っ!! スターライト―――」



雷鳴を響かせ、バルディッシュを肩に担ぐようにフェイトは構えた。

金の雷が纏い、その力が振り下ろされるのを今か今かと待ちわびる。



「雷光一閃っ!! プラズマザンバー―――」



「ソルくん。今、助けるで」

杖を高く掲げ、はやては魔力を練り上げる。

光が杖に集まり、練り上げた魔力が更に膨張し強大な破壊の力へと生まれ変わった。



「響け終焉の笛、ラグナロク―――」



限界まで溜め、臨界寸前の魔力が放たれる。



「「「ブレイカーッ!!!」」」



桜、金、銀、三つの光が”闇”へと降り注ぐ。

まるで”闇”そのものをこの世界から消し飛ばそうとするかのように。



―――届いて。



三人はひたすら想いを込めるように魔力を己のデバイスに注ぎ込む。

なのはとフェイトは既に限界を超えているというのに、魔力放出を止めようとしない。

はやては生まれて初めての魔法行使に歯を食いしばって耐える。それをリインフォースは必死になってフォローした。

この力が最深部に届かなければ、ソルを救うことは出来ない。

それが分かっているから。

ソルを救うことが出来ないのは、絶対に嫌だから。

彼が居ない未来を決して認めないから。

だから―――



「お兄ぃぃちゃぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

「ソォォォォォォォルゥゥゥゥゥゥッ!!!」

「ソォォォォォルくぅぅぅぅぅぅんっ!!!」



「「「帰ってきて!!!」」」











































何も見えない真っ暗闇の中を俺は歩く。

迷うことなく、ただひたすら真っ直ぐ。

「行っちゃうんだ、フレデリック」

その時、かつてこの世で最も愛した女の声―――忘れる訳が無い―――が聞こえたのでそちらに視線を向けた。

「アリア」

特に驚きはしなかった。

あれほどリアリティー溢れる世界を創造することが出来るのなら、このくらいは容易いのだろう。

このタイミングでこいつが現れるとは思いもしなかったが、別段不思議ではないと結論付けた。

「久しぶりだね」

「………ああ」

最後に見た俺の記憶の姿のまま。

彼女は不思議そうな顔をすると、小鳥のように首を傾げた。

「ねぇフレデリック、どうして? どうして自分にとって心地の良い夢を否定して、辛くて苦しい現実を生きるの?」

純粋に不思議がってるアリアの頭に手を置くと、俺は溜息を吐く。

「じゃあ逆に聞くが、”生きる”って何だと思う?」

「哲学的過ぎて分かりません」

テヘッと可愛らしく笑うので、俺は無言で拳骨を振り下ろした。

「痛い!!」

「人が真面目に聞いてんのにふざけるからだ」

「だって私の専攻は情報工学で、フレデリックは素粒子物理学と法力エネルギーじゃない。なんで急にそんな哲学的なことを言い出すのか分からないよ」

「此処でその話を持ってくるか? つーか、お前が言ったことも十分哲学的だと思うが、まあいい」

小突いた場所を撫でてやると華のような笑みを浮かべるアリアに内心呆れつつ、俺は説明する。

「生きるってのがどういうもんか、それは人それぞれ違うと思う。俺の場合は、”成すべきことを成す”。それが俺にとっての”生きる”ってことだ」

「復讐は終わったから………それって、贖罪ってこと?」

「そうだ」

俺は頷きかけて、

「いや、そうだった、が正しいな。最近は違ってきてる」

やっぱり首を振ることにした。

「あ! 分かった。あの女の子達でしょ」

パンッと両の手の平を合わせた後に、人差指をこちらに向けてくる。

「でもショックだなぁ~。フレデリックが実はロリコンだったなんて」

「おい、ちょっと待て」

「ロリコンの癖してシャマルって子には見惚れちゃってるし」

「いや、あの時のシャマルがお前に似てたか―――」

「しかもシグナムって子の胸の大きさは何っ!? フレデリックが大艦巨砲主義だったなんて私知らなかった!!!」

「人の話聞けよ」

パッパラパーな頭を引っ叩いた。

「痛い………昔はぶたれたことなんて一回も無いのに………」

「シンを引き取ってからどうも子どもに縁があってな。躾だ躾」

「私子どもじゃないよ。フレデリックが大人にしたんでしょ」

「そういう発言頼むからやめろ。はしたない」

俺はもう一度溜息を吐くと、その華奢でか細い、しかし女性的な柔らかさを持った身体を抱き締めた。

アリアはそれに拒否することなく、すっぽりと俺の腕の中に納まって大人しくなる。

「俺は俺に出来ることをしようと思う」

「面倒臭ぇって言いながら?」

「ああ」

「それがフレデリックの生きるってこと?」

「たぶんな」

「………そっか。変わったね、フレデリック」

「自分でもそう思う」

「昔は子ども嫌いだったのに」

「そうだったな」

「昔はこんなに優しくなかったのに」

「………悪かったな」

「タバコもやめたし」

「ガキが近くに居ると吸うに吸えないから、シンを引き取ってからすぐにやめた」

「私さ、フレデリックがタバコ吸ってる時の横顔、好きだった」

「何度も聞いたぜ」

「でも相変わらずスケベだよね」

「いきなり何を!! お前、喧嘩売ってんのか?」

「だって女の人には異常に甘いじゃん!!」

「男が女に甘いのは当たり前だろうがっ!」

「でも、私はあの子達みたいに甘えさせてもらったことなかったもん」

「………あいつらはまだガキじゃねぇか」

「いいないいな~。もっとフレデリックに甘えたかったな~」

「………」

「ベッドの中だけだったもんな~。フレデリックが優しかったのって」

「だからそういう話をするなって」

「………」

「………」

「ねぇ………後悔してる?」

「してる」

「私のことが忘れられない?」

「死んでも忘れねぇよ」

「そっか。嬉しいけど、馬鹿だよね」

「ああ。我ながら馬鹿だと思う」

「百五十年以上も………ネチっこいよね」

「うるせぇ。一途と言え」

「ねぇ、フレデリック」

「ん?」

「愛してる」

「俺も愛してる」

重なった唇が離れるのに伴い、密着していた身体も離れた。

それを名残惜しいと感じるのは仕方が無いのだろうか。

「約束して」

「何を?」

「もう自分を責めるような生き方はしないで」

「気を付ける」

「まあ、これはあの子達が居る限り大丈夫でしょ」

「どういう意味だ?」

「次! 私と彼の分まで必ず幸せになって」

「今更か? つーかあの野郎も?」

「当然っ!! 最後に、フレデリックを大切に想ってくれてる人達を幸せにしてあげて」

「ああン?」

「なんでそこで嫌そうな顔をするの!?」

「面ど―――」

「面倒臭ぇと言いつつ約束を守るフレデリックでした、まる」

子どもが悪戯の大成功を収めた時のような楽しそうな笑顔で言葉を遮られる。

「約束だよ、フレデリック」

「………ちっ、分かったよ」

俺は舌打ちをして頷いた。

「じゃあ、バイバイ。フレデリック」

「あばよ………アリア」

そして、彼女はまるで闇に溶けるようにその姿を消した。今のが全て幻だったとでも言うように。

再び静寂と闇が支配する。

服の袖で眼元を拭い、歩き出した。

やがて光が差し込んでくる。

桜と金と銀、三条の煌びやかな美しい光。

まるで闇の中に居る俺を導くかのように。

それから、光が差し込んできた方向から声が聞こえてきた。

呼んでる。

俺を求める声が。

俺を大切に想ってくれる奴らの声が。

ならば俺は応えなければならない。

俺の想いを乗せた、全力で。











































三人が砲撃を撃ち終わった直後、それは現れた。

”闇”を斬り裂き、天を貫き、全てを照らす太陽の光。

その光はこの世の何物にも勝る美しさを見せ付け、なのは達の視線を釘付けにする。

結界の中はまるで浄化されるように光で満たされていく。

強く、暖かいその光は光量を増し、眼を開けていられない程に輝いた。

瞼を閉じ、眼を庇い、やがて光が収まるのを待つ。

そして恐る恐る眼を開けると、何時の間にか眼の前には全身を赤く光輝かせる青年が居た。

赤いヘッドギア、赤いブーツ。

首の後ろで結わえた黒茶の長髪。

白いズボン、赤い前垂れ、黒いグローブ、黒のタンクトップの上に襟の大きな袖無しの赤いジャケット。

腰のバッグルの『FREE』の文字。

手にした大剣。

首から下げた歯車の形をしたネックレス。

百八十を超える高い背丈。

無駄な肉が一切付いていない、鍛え抜かれ引き締まった身体。

鋭い眼光を放つ真紅の瞳、ニヒルな口元、それらを合わせた野生的な顔。

ソル=バッドガイ、その人だった。

「よう。俺の所為で随分迷惑掛け―――」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! お兄ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

「ソル、ソル、ソルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

「うおっ!?」

口を開き謝罪の言葉を吐こうとした瞬間、涙に加えて鼻水を垂らすなのはとフェイトがソルの大きな胸板に飛び込む。

汚ねぇ、小さい声でボソッと呟やかれたその言葉をはやてとリインフォースは聞かなかったことにした。

「バカバカバカバカバカァァァッ!! もう二度と会えないかと思ったんだよ!?」

「もうヤダ………ソルが傍に居てくれないなんて絶対にヤダ」

二人は泣きじゃくりながら喚き、ソルはそんな二人を優しく抱き締める。

「怖かったんだからね!?」

「よく頑張った」

「心配したんだよ?」

「悪かった」

慈愛を込めて二人の頭を撫でるその姿は、完全に父親が愛娘に対するそれだった。

「家族ってええなぁ………私にもお父さんがおったらこんな風に甘えるんやろか」

『美しい家族愛ですが、ソルと二人の間には致命的な認識のズレが存在しますよ?』

涙を拭っていると鋭いツッコミが入ったので、はやては苦笑いを浮かべる。

「………それは今言いっこ無しや」

『無粋でした』

リインフォースは自重することにした。

「お前らも悪かったな。助けるつもりが助けられた」

「ええんよ。お互い様やで」

『気にすることは無い』

視線を向けられたはやては手を振って照れ臭そうに笑った。










「ソルッ!!」

ユーノを先頭に、アルフ、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ、クロノが近付いてくる。

「迷惑掛けたな」

「とんでもない程ねっ!!」

怒ってるのか喜んでいるのか泣いてるのかイマイチ分からない表情のユーノが絶叫した。

「アンタは何時も何時も………この高町家の問題児がっ!!」

「悪かったよ」

眼に涙を溜めながら説教めいたことを言っても説得力無いぜ、アルフ。

「お前は私が認めた男だ。この程度の苦難、乗り越えて当然だな」

「よく言うぜ」

偉そうなことをのたまいつつ微笑むシグナム。

「クリスマスパーティするって約束、ちゃんと守ってもらうんですからね」

「安心しろ、守る気の無い約束はハナッからしねぇ」

涙を零しながら上目遣いで俺を見るシャマル。

「ちゃんとアタシ達に感謝しろよ!!」

「してるって」

手を腰に当て、無い胸を張るヴィータ。

「俺から言うべきことは無い」

「そうか」

腕を組み、うんうんと頷くザフィーラ。

「僕は言いたいことが山程あるが、どうせお前は聞く耳持たないんだろう?」

「察しが良いな」

肩を竦め、うんざりしたようにクロノが溜息を吐いた。

「なのは、フェイト、悪いな」

俺はなのはとフェイトに離れるように促し、全員を見渡せるように位置取る。

そして、頭を下げた。

そんな俺に誰もが驚きを隠せないようだったが、俺は気にせず謝罪する。

「クイーンから全部聞いた。こんな事態を招いたのは全て俺の責任、謝って済む問題じゃねぇが、謝っておきたい。高町家の連中には特に」

「お兄ちゃん………」

「騙すような形で何も言わず………悪かった。ジャスティスから聞いた通り、俺は法力によって生み出された生体兵器………ギアだ。人間じゃねぇ」

「………ソル」

「ヴォルケンリッターと同じように見かけ通りの年齢でもない。かれこれ百五十年以上、人間社会に紛れ込んで生きてきた」

皆が息を呑んだのが気配で分かった。純粋に俺の年齢に驚いたのだろう。



―――ドクンッ。



その時だった。結界の中全体が震えるように鼓動し、禍々しい魔力が眼下の”闇”から放出される。

「やれやれ………もう生成が終わりやがったのか?」

「おいソルッ!! 何が起こってるんだ!?」

顔を上げ、溜息を吐く俺にクロノが切羽詰ったように聞いてきた。

「ジャスティスが自身に最も相応しい肉体を作る生成作業が終わりに近付いてるんだろうな」

「生成作業だとっ!!」

「時間が無ぇから簡単に説明すると、俺やジャスティスみたいなギアが放出する法力ってのは出力が半端無ぇから普通の人間とか魔導プログラム体じゃ耐えらねぇんだよ。はやてと夜天の魔導書っつー媒介を失った以上、全力を出せる新しい肉体を作ることにしたんだろ」

奴が今まで大人しくしていた理由はそれ以外にあり得ない。

「全力を出せる新しい肉体って………あの強さで本気じゃなかったのか!?」

全員の顔が真っ青になる。

ま、無理もないか。魔導師から見ればメガデス級ですら手に負えないレベルなのに、ジャスティスは更にその上だからな。

「この際だからはっきり言う。オリジナルのジャスティスがその気になれば、日本程度の大きさの土地なら簡単に消し飛ばせるだけの”力”を持ってやがった」

誰もが絶句し、身震いした。世界そのものを滅ぼす次元干渉といったレベルの話ではなく、純粋な物理的破壊力のみでの威力だからだろう。クロノですらデバイスを持つ手が震えている。

「だからお前らはとっととアースラに避難しろ」

「なっ!? お兄ちゃんはどうするの!?」

「俺は此処に残って始末をつける」

「そんな、無茶だよ!!」

なのはとフェイトが泣きながらしがみついてきた。

「お兄ちゃんが残るんなら私も一緒に戦う!!」

「私も!!」

そんな自殺行為にも等しいことを言うなのはとフェイトを、俺は少々乱暴に振り払った。

「お兄ちゃん!!」

「ソル!!」

「うるせぇっ!! ガキはすっ込んでろ!!!」

「「………!?」」

怒鳴って黙らせると、他の面子にも釘を刺すように睨みを利かせる。

「足手纏いだ。こっから先の戦いは、”人間”は居るだけ邪魔だ」

「ならば我らは―――」

「お前らも無理だ。俺達ギアからすれば、人間と大差無ぇ」

進み出たシグナムを押し留める。

こいつらの気持ちはありがたいんだがな。

「そもそもジャスティスの誕生は俺がこの件に関わっちまった所為でもある。テメェで蒔いた種くらい、テメェで刈り取るぜ。余計なお世話だ」

皆押し黙り、自分の無力さを噛み締めているかのような悔しそうな表情をしていた。

一緒に戦ってくれるという気持ちは嬉しいが、こればっかりはどうしようもない。

何より、俺はこいつらを死なせたくない。

だから、厳しい言い方だろうが覆らない現実を教えてやるしかない。

『此処は彼の言う通りです。私達は彼の戦いの邪魔にならないように結界から脱出しましょう』

「リインフォースッ!?」

はやてと融合しているらしい夜天の魔導書の管制人格、リインフォースは冷静な声で言った。

『大丈夫、彼は必ず勝ちます』

「そうか、お前は俺の記憶を持っているんだったな」

『ああ。お前は気分が悪いだろうが記憶転写を行った所為でな』

その所為でジャスティスが生まれたんだよな。

『彼はオリジナルのジャスティスを二度も倒しました。一度目はそのおかげで人類とギアとの戦争―――聖戦に終止符を打ち、二度目は完全にジャスティスを破壊しています』

だから大丈夫、と言うリインフォースの言葉を聞き、皆は驚いたように俺を見た。

「ア、アンタ………相変わらず規格外だね」

呆れたようにアルフが言うが、納得出来たのならとっととアースラに引っ込んでて欲しい。

「早く行け、無理やり転送するぞ」

「わ、分かったよ!! 後のことは任せたからね!! 色々と聞きたいことがあるんだから、ちゃんと帰ってきてよね!!!」

「良い子で待ってたらな」

ユーノが残った魔力を掻き集めて転送魔法の準備を行い、俺以外の全員を囲うように緑の円環魔方陣が足元に現れる。

「アタシは最初っから何の心配もしてないさ。信じてるよ、ソル」

「ああ」

アルフが疲れたように溜息を吐きながら、ニッと笑う。

「勝ち逃げは許さんからな。この件が無事終わったらもう一度勝負しろ」

シグナムが剣を突き付けてくる。

「………分かった、付き合ってやるよ」

「約束だからな!!」

なんてこった。どうも俺はこういうタイプにつくづく縁があるらしい。すっかり目を付けられてしまった。

「ソルくん」

「クリスマスパーティだろ? ちゃんとサボらず参加するから安心しろって」

「はい! なら私から言うことはありません!!」

柔らかな笑みを浮かべるシャマルを見て、俺は苦笑してしまう。

「死ぬんじゃねーぞ。はやてと、皆を悲しませたら許さねーからな」

「しつこいのが俺の性分だ。そう簡単には死なねぇよ」

「フンッ」

鼻息荒くそっぽを向くヴィータ。こいつはこいつなりに俺のことを心配してくれてるのだろう。

「後を頼む………俺にはこのくらいしか言えない」

「十分だ」

申し訳無さそうに俯いたザフィーラに俺は親指を立てた。

たぶん、こいつとは上手くやっていける気がする。気が合いそうだ。

「今回も不本意ながら最後の最後でお前頼みとは………自分が執務官として情けなくなる」

「嘆くな。それが人間の限界なんだよ」

「人間、か。お前が言うと説得力がある………死ぬなよ」

クロノは初めて会った時と比べるとかなり大人びた表情で苦笑し、俺に敬礼した。

「あんなぁ、ソルくん」

「何だ?」

「折角友達になれたんやから、私はソルくんのこと一杯知りたいし、ソルくんにも私のこと知って欲しい。せやから、ちゃんと帰ってきてな」

「ああ。約束する」

『武運を祈るぞ、ソル』

はやてと約束し、リインフォースからエールを送られる。これでますます負ける訳にはいかなくなった。ま、負ける気なんて毛程も無いがな。

「お兄ちゃん」

「ソル」

「ん」

二人の頭に手を置き、撫でる。

「終わったらでいいから、お兄ちゃんのこと一杯お話して」

「ああ。いいぜ」

「私は何があろうとソルの味方だから」

「サンキューな」

二人をもう一度だけ優しく抱き締めると、俺は皆から背を向け離れた。

「見せてやるよ………本当の俺をな」

背後で転送魔法が発動し、この結界から全員脱出したのが分かる。

残ったのは俺と、未だに”闇”の中から出てこない奴だけ。

『ソルくん、皆がこっちに着いたよ』

『ん』

エイミィからの念話による報告に俺は頷く。

『ソルくん』

リンディの声が頭に響く。

『安全な所から何偉そうなこと言ってんだと思うかもしれないけど、なのはさん達の為にも絶対に勝ちなさいよ』

『テメェはこの件の報告書を如何に捏造すればいいのか、それだけを考えてりゃいいんだよ』

『相変わらずね、貴方』

『性分でな』

そう念話を送ると、俺は接続を切った。

真下に半球型のドーム状として存在していた巨大な”闇”は、何時の間にか直径三メートル程の球体となり、その身を凝縮していた。

飛行魔法を止め、大地へと降り立つ。

小さくなった”闇”と十メートル程度の距離を置いて、俺は油断無く構えた。

「出て来いよ」

その声に反応するかのように―――



―――ドクンッ。



球体が震え、脈動する。

「おのれ………あのまま夢に浸かり、我が一部になっていれば良かったものを」

憎悪に塗れた声と共に、殺意に溢れた視線を感じた。

そして、シャボン玉が割れるように”闇”が霧散し、その姿を現す。

「やはりその姿を選んだか」

白い装甲と鋭角的なフォルムが特徴的なロボットのような強化骨格。

後頭部から生えた血のように紅い髪。

額に刻印された紋様。

身の丈程もある、骨そのものと言っても過言ではない外見の長い尾。

ただそこに存在するだけで圧倒的な威圧感を発し、この世の全てを睥睨しているかのような瞳は、視界に映るものに価値を見出していないかのようだ。

「この姿こそ貴様が最も強くイメージしたギアの姿。そしてギアとは貴様の罪の形。”あの男”が造り、聖戦を勃発させた史上最悪のギア。貴様にとって私という存在はまさしく悪夢だろう」

確かにジャスティスは俺が倒すことに最も固執したギアだ。その原動力となった感情は愛憎に近い。

何より、ジャスティスの意識として存在する以上、オリジナルと同じ姿をしていた方が戦闘能力の面で優れている。わざわざ俺を媒介に俺の法力を使わずとも、ジャスティスの姿で本来の”力”と法力を行使した方が遥かに機能的だ。

「まるであの時の焼き回しだと思わんか?」

唐突にジャスティスは言う。

「ああン?」

俺は訳が分からず、答えではなく殺気を込めた視線を送る。

「オリジナルの私が貴様に殺された時だ。第二次聖騎士団選考大会」

「あの下らねぇ茶番劇か。確かにテメェが復活したシチュエーションと似てるな」

「そうだ。ギアの血、巨力の衝突、貴様と私………つくづく宿命めいたものを感じんか?」

「テメェの御託は聞き飽きた」

クイーンの鎖を無理やり引き千切り、鍔部分が展開した封炎剣に填め込んだ。

<セット完了>

「出し惜しみしねぇ、ハナッからマジで行くぜ」

「そうしろ。死にたくなければな」

むしろ望むところだと挑発するように手招きするジャスティス。

「………上等だ」

意を決してヘッドギアを外し、俺は”力”を完全解放した。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

<DragonInstall Fulldrive Ignition>



俺の身体を炎が包む。

より法力を行使出来るようになる為に、より戦闘に特化した肉体へとなる為に、”法力を行使する兵器”へと変貌が始まる。

上半身のバリアジャケットが不要と判断され消えた。

まず変化が始まるのは背中。肩甲骨と背骨の間から肉を突き破って一対の翼が激痛と共に生え、紅蓮の炎を吹き出し羽ばたいた。

次に、翼の付け根の部分からやはりこちらも同様に激痛を伴って一本の尻尾が生えた。

全身の皮膚を赤い鱗が覆い尽くす。

ブーツも弾け飛ぶように消える。突き出した足の爪の邪魔になるからだ。

手の爪も足と同じ、猛獣のような鋭い鉤爪になる。

そして顔に変化が現れる。

人間としての外見、眼と鼻が削ぎ落とされる。

口が大きく裂け、鮫よりも凶悪な牙が生え揃う。

額のギアマークが顔全体を覆うように大きくなり、三つの長い線と二つの短い線で構成されたギアマークがそれぞれ琥珀色の水晶のようになり、それが俺の五つの眼になる。

頭部に背中の翼によく似た角が二本突き出す。

俺から流れる”力”に反応した封炎剣から莫大な熱量が生まれ、長大な炎の剣となり、原型が見えない程に燃え盛る。

人の形をした赤い炎の竜。これこそが俺のギアとして本当の姿。

サーチャーの向こうで見ているなのは達は驚いているだろうか。

これが俺の業。俺が犯した罪の姿。

背徳の炎。

「ハハハハハハハッ! いいぞっ!! その姿の貴様を倒してこそ、私はギアとして本当の意味で唯一にして絶対の存在になるっ!!!」

ジャスティスは俺の姿を見て耳障りな声で哄笑し、



「SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」



咆哮を上げながら”力”漲らせる。



HEVEN or HELL



俺もそれに応じるように全身から炎を吹き出した。



FINAL DUEL



何時もそうするように頚動脈の部分に右手を当て、首を回してゴキゴキと音を鳴らす。



Let`s Rock



「覚悟は出来てんだろうな?」






[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.23 GUILTY GEAR
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/02 22:06



メインモニターに映し出される光景はありとあらゆる意味で常軌を逸していた。

”人間の魔導師”を嘲笑うかのような馬鹿げた魔力放出。

破壊され尽くす家屋。粉砕され吹き飛ばされる車。根こそぎ蒸発する電信柱。跡形も無く消し炭にされる建築物。流星群が降り注いだように巨大なクレーターが大量に出来上がる大地。

真紅の閃光が空間を引き裂き、蒼い稲妻が結界内の既存物を塵に変え、割れた大地から溶岩が噴出し、紅蓮の炎が触れるものを片っ端から灼熱に染めていく。

世界の破滅を見ているような光景を生み出しているのは二体の異形。

片や白い装甲でその身を包んだ人型の異形。その名はジャスティス。

片や赤い人型の竜と呼ぶに相応しい異形。その名はソル=バッドガイ。

二体はまるで獣が互いを食らい合うように戦っている。

『がら空きだっ!!』

ジャスティスの黒い指が伸び細い剣のようになり、蒼い雷を宿したそれがソルの身体を引き裂いた。

赤い鱗が剥がれ落ち、血飛沫が舞い、大地を抉る勢いで吹き飛ばされる。

追撃を掛けようと、ジャスティスは背中の噴射口から白い炎を吐き出し、異常な速度で倒れたソルに覆いかぶさるように迫った。

しかし、

『ヴォルカニックヴァイパーァァァァァッ!!!』

ソルが大地に突き立てた炎の剣から溶岩が噴出する。声と共に跳躍し、マグマを伴いながら天に昇るようにジャスティスを空高く”持って行く”。

溶岩の噴出が止まると、身体を回転させ流れるような動きで踵落としをジャスティスに見舞う。

隕石のように地面に激突し、ジャスティスはその身で新たなクレーターをまた一つ生む。

『砕けろっ!!』

クレーターの中心で仰向けに倒れるジャスティスに、ソルは獲物に狙いを定めた猛禽のように急降下、そのまま蹴りを放つ。

着弾と同時に大爆発。

尋常ではない熱量と光が生まれ、モニターではソルとジャスティスを確認できなくなってしまう。

と、思いきや白い装甲が爆炎から逃げるように飛び出し、赤い竜がそれを追う姿が画面の端で辛うじて確認出来た。

それを映像に収めようとサーチャーが動く。

追いついたソルは炎の剣を振り下ろすが、ジャスティスが盾のように構えた尾に絡め取られ、攻撃したつもりが逆に投げ飛ばされ大地に叩きつけられる。

隙だらけのソルは雷を宿した爪を薙ぎ払われ吹き飛ばされたが、血で身体を更に赤く染め上げながら空中で体勢を立て直し、間を置かずジャスティスへと突撃した。

それを迎え撃つジャスティス。

両者は激しくぶつかり合い、吹き飛ばし、吹き飛ばされ、またぶつかり合う。

異形同士の飽くなき戦い。

余波で周囲に破壊を撒き散らしながら続く殺し合い。

爆炎が、溶岩が、マグマが相手を焼き尽くそうと猛る。

破壊の閃光が放射され、全てを貫かんと荒れ狂う。

そんな人間には介入の余地を許さない戦いを、なのは達は呆然と見守っていた。

「これが………ギア」

全身をガタガタ震わせながらクロノは人知れず呟く。

あれが兵器? あんなものが兵器だと!? そう思わずには居られなかった。そしてクロノの思いはアースラでこの戦いを見ている者全員の思いでもあった。

管理局員として経験豊富なリンディですら顔面蒼白になっている。

次元世界を滅ぼすようなロストロギアには何度も対面したことがある。だが、こんな”生き物”や”兵器”を見るのは初めてだ。

ギアはロストロギアのような次元世界を滅ぼす空間的な”力”は持っていなくても、人類を死滅させるだけの物理的破壊力は有しているのだから。

もしあれが結界の中ではなく現実世界で振るわれていたなら、海鳴市はもう存在しない。

そう考えると恐ろしくて堪らない。高ランク魔導師が本気で戦えば街の一つが消し飛びかねないと言われているが、今見ているものは街が消し飛ぶどころの話ではない。

結界の中だけ”世界が終わりを迎えている”。

数えるのも億劫になる大量のクレーター。塵となった人工物。谷になったかのように割れた大地。噴出し続ける溶岩。川のように流れるマグマ。撒き散らされる破壊の光。全てを呑み込もうとする炎の大津波。

傷ついた瞬間に肉体を再生させ攻守交替し、相手を滅ぼさんと攻撃をし続ける二体の異形。

これが悪夢ではなくて一体何なのか?

『どうだ? 背徳の炎………自身の力を解放するのは心地良いだろう?』

膠着状態が続く中、ジャスティスが不意に問い掛ける。

『別に』

答えるソルはつまらなそうに、素っ気無く答え剣を振るう。

それを真正面から受け止めながらジャスティスは嗤った。

『クハハハハッ!! 嘘を吐く必要は無い。我らギアは戦う為に生み出された存在だ。ギアなら誰もが己の内に抱える闘争本能と破壊衝動が、”力”の解放することによって得も言わぬ快楽になるのは分かっているだろうっ!!』

『うるせぇ』

『何がそんなに気に食わん!? 老いも病も無い肉体、無限の魔力、強大な”力”。人類が有史以来望み、しかし誰も手にすることの出来なかったものを貴様は手にしたというのに?』

『うるせぇってんだよ!!』

ソルは力任せにジャスティスを後方に弾き飛ばす。

『ギアは人間の罪の形、人間の穢れた欲望の産物だ………この世に存在することは許されねぇ』

自身に飛び掛ってきたソルをジャスティスは上手くいなし、蹴りを放つ。

地味な見掛けとは裏腹に、ビルを粉砕する破壊力が込められたそれをまともに受け、ソルは焦げた地面にクレーターを作りながら仰向けに倒れた。

そんなソルの視界を覆い尽くすようにジャスティスが上から足を踏み下ろす。封炎剣を持つ左腕を踏み締め固定し、もう片方の足でソルの腹に何度も何度も足を踏み下ろす。

『ふざけるな!! ギアが人間の罪の形!? 人間の穢れた欲望の産物!? 言うにこと欠いて、貴様がそれを口にするのか!? 貴様がギアを生み出したのだろう!? 貴様が全ての原因だろう!? 違うとは言わせんぞ!!!』

突然激昂したジャスティスの言葉になのは達は驚きを隠せなかった。ソルがギアを生み出した? ソルが全ての原因? それは一体どういう意味を持つのか?

『ぐ、がはっ、があああああっ!!』

足が踏む下ろされる度に、グシャッ、と硬いものと柔らかいものが一緒に潰れるような音が響く。

『ギア計画!? 法力を用いた既存生物の生態強化!? 人類の人工進化!? そんなお題目を掲げて神を気取った貴様ら人間が、ギアを生み出したのだろうが!!!』

『ゴハァッ………そうだ』

足が踏み下ろされる。

『ぐあああああああっ!!!』

『それを自覚していながらギアの存在を否定するのか!? 貴様はギアになっても、その驕り高ぶった愚かな人間の思考を捨て切れんのか!!』

尾でソルの首を締め上げ宙吊りにしてから投げ捨てると、ジャスティスはやや前傾姿勢になり両肩の装甲部分が開く。

そこに人間では絶対に捻り出せない、とんでもない量の魔力が集中する。

『もういい。己が犯した罪に苛まれながらあの世で人類が死滅する様を見ていろ』

前傾姿勢から仰け反るように胸を張り、



『死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!』



肩の射出口から発射されたのは大規模な砲撃。

青白い閃光がソルを呑み込み、その後ろに存在した全てのものを塵に帰していく。

なのはが使う砲撃魔法など児戯に等しいと思わざるを得ない程の破壊力を込めたそれは、結界の中を蹂躙する。

最早破壊するものすら存在しないというのに。

やがて砲撃が止み、静かになる。

砲撃が通った跡には、何も存在していなかった。

ソルの姿も。

『フンッ、死んだか』

『テメェがな』

『っ!?』

背後から消し飛ばした筈の人物の声。

慌てて声がした方向に振り向くと、既に踏み込んでいるソルの姿があった。



『御託は』



燃え盛る右ボディブローがジャスティスの腹にめり込み、装甲を砕き、肉を抉り、内部にまで深く侵入して衝撃を留まらせる。



『要らねぇっ!!!』



更に封炎剣を持ったまま左ストレートが打ち抜かれ、発生した爆炎がジャスティスを包み、爆裂して吹き飛ばす。

『掛かって来いよ………第二ラウンドだ』

ソルは親指を立て自身の首を掻っ切る仕草をした後、その親指を下に向けて挑発的な言葉を吐くのだった。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.23 GUILTY GEAR










正直、今のは危なかった。なんとか間に合ったと内心で安堵の溜息を吐く。

初めは砲撃をフォルトレスディフェンスで防ぎ耐え忍んでいたのだが、攻撃力の高さに加えて放射時間が長かった所為で鉄壁の防御が貫かれるところだった。

それを瞬時に悟ったクイーンがオートで転送魔法を発動、ジャスティスの背後を取ることが出来たのだ。

本来フォルトレスを使用している間は動くことが出来ない。しかし、術者以外の者が転送魔法などを使って移動させることは可能である。

かつての俺の世界の日本を消滅させたジャスティスの砲撃だ。もしクイーンが無かったら良くて死ぬ寸前、最悪塵も残さず消えていた。

クイーンを補助のみのデバイスとして制作しておいて本当に良かったと心の底から思う。

「相変わらず生き汚い奴だ………背徳の炎」

「性分だからな」

ジャスティスに応対しながら思考する。

さて、どうする?

実際問題、こいつはオリジナルより若干強い。俺の血の所為か、闇の書の防御プログラムだった所為か判断出来ないが、此処までオリジナルのジャスティスは強くなかったような気がする。

ダメージを与えてもすぐに回復される。それは俺も同じだが、奴の方が幾分か再生が早い。

攻撃力はオリジナルと遜色ない。

戦闘技術も俺の記憶から生まれている所為で、攻め切れず、決定打に欠ける。

かと言って俺以外の連中には任せられない。

(やはり、アレしか無いか)

再生する間を与えずに大技で”コア”を完全に破壊する。

だが、肝心の大技をそう易々食らってくれる相手ではない。

中途半端にしか破壊出来なければ、そこで回復されてしまう可能性がある。だから確実に破壊する為には、もっと消耗させる必要がある。

結局、やるしかない。

俺が負ければ皆死ぬ。地球は滅ぶ。

だが、それだけではない。

こいつが俺の記憶を有している以上、他の世界へ高飛びする可能性がある。その所為で、下手すると次元世界レベルで聖戦が勃発してしまう。

それだけは絶対に阻止しなくてはならない。この結界からジャスティスを出す訳にはいかない。

俺の命に代えても。

「消してやる………跡形も無く貴様を消してやる、背徳の炎!!!」

咆哮を上げジャスティスが突っ込んできたので、俺もそれに応えるように封炎剣を構えた。

ジャスティスとぶつかり合いながら、俺は頭の片隅でこちらの様子を見ているだろうなのは達に思いを馳せる。

あいつらは怯えているだろうか。俺のこの姿を見て驚いているのは勿論のこと、もしかしたら怖がっているかもしれない。

そう思うと、あいつらには申し訳無いことをした。

ずっと家族だと思っていた親しい人物が実はとんでもない化け物でした、俺の正体とはつまりそういうことだ。

今更謝っても許される問題ではない。だけど、俺はもう一度ちゃんとあいつらに謝りたい。

あいつらが俺を家族と思ってくれていたのと同じように、俺もあいつらを家族と思っているから。

(………だったら尚更負ける訳にはいかねぇ)

此処には大切な者達が居る。

命を引き換えにしてでも守ると誓った者達が。

この世界は俺とあいつらが出会い、絆を育んだ世界。

こんな俺を慕ってくれた奴らがこれからの未来を紡いでいく世界。

たとえ俺が此処で死んだとしても、あいつらを守れなければ何の意味も無い。



―――そうだ。守るんだよ。何が何でも………絶対に!!!



ゴチャゴチャ考える暇があったら攻撃しろ。倒す方法に悩むくらいだったらジャスティスが倒れるまで戦えばいい。

倒す、倒す、倒す、倒す、倒す、倒す、倒す!!!

勝って、あいつらを守るんだ!!!

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

「く、貴様、捨て身になったか!?」

ジャスティスが驚いたように何か言ったが聞こえない。

突撃をかますと見事にカウンターを取られ、胴体を奴の指に貫かれる。

怯むのも一瞬、俺は激痛に耐えながらその指を掴み、反対の手で封炎剣を振り下ろす。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

封炎剣は奴の肩口にめり込み耳障りな悲鳴が聞こえてくるが、俺はそんなものに気にも留めず封炎剣に”力”を注ぎ込む。

このまま焼き殺してやる。

「死ね」

「離れろっ!!」

ドスドスドスッ、ともう片方の手から伸びた指が先と同様に胴体を貫くが、急所を微妙に外してるのでやはり気にしなかった。

痛みに耐えるのは慣れている。激痛を無視する方法くらい知っている。今更こんなもんで俺が退くと思うなよ。

「死ねっ!!」

殺してやる。

俺の大切なものに害なすものは皆殺してやる。

なのは達を殺そうとする奴は殺してやる。

俺達が出会ったこの世界を消そうとしてる奴は殺してやる。

殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。

殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル―――

「………調子に、乗るなっ!!!」

ジャスティスの額のギアマークが赤く輝き、次の瞬間には絶大な破壊力を持った指向性のある光が俺を焼いた。

「………っ!」

声も上げられずにぶっ飛ばされ、全身を蝕まれるような痛みに耐え切れず焦げた大地をのた打ち回る。

転がりながらジャスティスに対する憎悪を燃え上がらせ、その憎悪を糧にギア細胞が活性化した。

立ち上がり、こちらを睨みながら肉体を修復しているジャスティスと眼が合う。

憎い。

ただそれだけの感情が俺を突き動かす。

眼の前の敵を殺す。

目的はそれだけ。酷くシンプルだ。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」

最早人間の言語として認識不能な意味の無い獣の咆哮を上げ、俺は身も心も闘争本能と破壊衝動に委ねた。










映し出される戦いはより激しさを増し、眼を思わず覆いたくなるような凄惨なものへと変貌していく。

両者がぶつかり合うたびに鮮血が飛び散り、周囲を赤く染める。

『■■■■■■■■■■■■■■■■―――!』

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!』

聞こえるのは耳を塞ぎたくなるような断末魔染みた咆哮、肉が焦げる音、肉が引き裂かれる音、硬いものが折れる音、硬いものが砕ける音。

最低限の防御しか行わなくなった二体の異形はその無限の再生能力を最大限活かし、肉を切らせて骨を絶つ戦法に切り替えたのだ。

俺が先に死ぬ前に殺してやる、お前が死ぬまで殺してやる、一撃一撃にそういう殺意が込められた戦い。

なのはとフェイトは知らずに涙を零していた。

変わり果てた愛する兄の姿。

何時ものぶっきらぼうだけど優しい仏頂面はそこになく、戦う為に生まれた兵器の禍々しい姿がある。

自身を一切省みない戦い方。

普段なら攻撃よりも防御や回避を優先しろと自分達に教えてくれた張本人の戦い方ではなかった。

まるで、相手を道連れにするかのような特攻。

この段階になってようやく理解する。どうしてソルが自分のことを打ち明けなかったのか。

たとえ家族とはいえ、むしろ家族だからこそ知られたくなかった。こんな姿を見られたくなかったのだ。

常に不安を抱えながらそれを悟らせず、ソルは何時だってなのは達の兄で居ようとしていた。

家族を守る一人の男として。

しかし、今のソルには普段の面影など一片も残っていない。



―――このままソルは帰ってこないのではないか?



そんな彼女達にとって最悪な考えが頭を巡り、首を振って必死にかき消そうとするが一度浮かんでしまった未来予想図はなかなか塗り替えることが出来なかった。

だけど、自分達には見ていることしか出来ない。

これ程までに自身の無力を呪ったことはない。

「………お兄ちゃん」

「ソル………」

自分達には祈ることしか出来ないなんて―――

「「!?」」

そこで我に返る。

見ていることしか出来ない?

否、断じて否。

もう一つだけ、出来ることがある。

どうして気が付かなかったのだろう? いや、今はそんなことどうでもいい。

それを行ったところで大した意味を持たないかもしれない。戦局は好転しないかもしれない。やることは非常に簡単なことなのだ。

だが、やらないよりは遥かにマシだ。

「フェイトちゃん」

「うん。なのは」

そして彼女達は、思いついたことを実行に移した。










ジャスティスとの距離が一旦開いてしまう。

俺はすぐ詰め寄ろうと四肢と翼に力を込めようとした瞬間、声が聞こえた。

『お兄ちゃんっ!!』

『ソルッ!!』

コールタールのように粘性のあるドス黒い殺意と憎悪に染まり切っていた思考と心を、濁り一つ残さず浄化する聖水のような少女達の声。

『頑張って!!!』

『負けないで!!!』

これは………応援?

『終わったらお話一杯するって約束だよ?』

『勝って、一緒に帰ろう?』



―――ドクンッ。



動きを止めた俺をジャスティスは警戒したように様子を窺っている。

声が聞こえる度に、心の中を清浄な水で洗い流されているような感覚が広がっていく。

『『ソル!!』』

次に聞こえてきたのはユーノとアルフの声だ。

『そんな奴何時もみたいに一撃で終わらせて早く帰ってきなよ!!』

『アンタが居なかったら誰がフェイトとなのはの面倒を見るんだい!!』

まるで何時までもチンタラ戦っている俺を叱咤するような声。



―――ドクンッ。



『ソルッ!! お前が私以外の者に一対一で敗北するなど許さんぞっ!!!』

『頑張ってくださいっ!! もうちょっとで勝てますよ!!!』

シグナムの激励。シャマルの優しい声援。



―――ドクンッ。



『皆を悲しませたら許さねーつったろー!! 勝てよ!!』

『お前なら大丈夫だ』

ヴィータのやや乱暴な応援。ザフィーラの信頼。



―――ドクンッ。



『ソルくんっ!! 約束破ったら許さへんで!!!』

『勝って私達を安心させろ。お前の力はこんなものではあるまい』

はやての脅しめいた声援にリインフォースの落ち着いた声。



―――ドクンッ。



『自分一人でやるって言い出したんだから最後までしっかりやり遂げないと僕が許さないぞ!!』

『ソルくんファイト!!!』

『貴方が居ないと報告書をどうやって纏めればいいのか分からないわ。だから早く帰ってきなさい』

クロノ、エイミィ、リンディの声。



―――ドクンッ。



あいつらは、俺のこんな姿を見てもまだ兄と呼んでくれるのか?

醜いこの姿である俺を家族として扱ってくれるのか?

化け物である俺を仲間として見てくれるのか?



―――ドクンッ。



耳を澄ませばなのは達の声だけじゃない。

俺に直接繋げられた念話は勿論、クイーンを介して通信が入ってくる。

『ソルさん、負けちゃダメですよ!!』

『頑張れっ!!!』

『旦那なら勝てますよ!!』

『もう一息だ!!!』

聞き覚えのある声もあれば、聞いたこと無い声もある。はっきりと分かるのはアースラのクルー達の声だということ。



―――ドクンッ。



皆が俺を応援してくれている。

ずっと独りで戦っていると思っていた。

事実、今までほとんどの間独りだった。

でも、今はそうじゃない。

俺のことをギアとか兵器とか化け物だという眼で見ることをせず、ソル=バッドガイとして見てくれている。



―――俺は独りで戦っている訳じゃない。



その事実に気付いた時、俺の中の何かが歓喜の雄叫びを上げ、弾けた。

それは俺の心を満たしていく。その感覚はとても暖かく、優しく、心地が良かった。

闘争本能や破壊衝動に促され力を振るう時に得られる快楽とは全く別物。

逆に不思議な程視界がクリアになり、意識がはっきりし、五感が研ぎ澄まされている。

(”力”が………”力”が漲る)

ギアの力とは違う何か。理解不能な力。俺が今まで知らなかった力。

その何かは身体の奥底から溢れ、全身を駆け巡り、眼に見える形で現れる。

赤い鱗が黄金に輝く。

鱗だけではない、翼も、尻尾も、爪も、牙も、角も、五つの眼も、身体から噴出す炎も、手に持つ封炎剣の炎も、全身のギア細胞までもが、俺を構成するありとあらゆる全てものが黄金の光を放っている。

我ながらもっとマシな表現が無かったのかと思うが、それはまるで太陽が竜の形を取ったかのように。

「何だその”力”は!? ギアの力ではないな!! 知らん、私は知らんぞそんな力!!」

ジャスティスがあからさまに狼狽した。

「だろうな。俺も記憶に無ぇから当然だろ………ただ、一つだけ分かったことがある」

「………っ!?」

「俺もお前も、人間舐め過ぎてたってことだ」

四肢と翼に力を込め、突撃する。

振り下ろした封炎剣は交差した腕で防がれるが俺はそのまま力任せに振り抜いた、振り抜くことが出来た。

縦に一閃、防御ごと斬り伏せたのである。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

肩から胸に掛けてざっくりと斬り裂かれたジャスティスは悲鳴を上げ、後退する。

それを追うように、俺は封炎剣を大地に突き立てた。

「ガンフレイムッ!!」

発生した炎の津波がジャスティスを呑み込む。

それを確認すると跳躍し、右拳に力を込めて振りかぶる。

「バンディット―――」

怯むジャスティスに向けて右拳を振り下ろす。

「ブリンガーァァァァァ!!」

見事命中した拳は二メートル超えるジャスティスの巨体を殴り飛ばし、その身体を火達磨にしながら地面を抉り突き進ませた。

四つん這いの体勢から立ち上がろうとしているジャスティスに俺は余裕を持って近付く。

「ケリを着けるぜ………ジャスティス」

「く、またしても貴様に敗北するというのか? 背徳の炎」

「”また”じゃねぇ。”テメェ”はこれで最初で最後だ」

「そのような結末は認めん………認めんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

咆哮を上げ立ち上がり、両の爪を振りかざしてきたジャスティスの攻撃を俺は冷静に対処する。

フォルトレスを展開し、左右から挟み込むように振るわれた爪を防ぐ。

耳障りな音と共にぶつかり合った魔力が弾け、火花のようなものが飛び散った。

「私が、ギアが貴様のような傲慢な男に負けることは許されん!!」

「俺がギアの製作者だからか?」

反撃出来ない状況で更なる攻撃が次々と降り注ぐ。

「そうだ!! 当時の貴様を傲慢と言わずに何と言う!?」

「ああ。お前の言う通り、当時の俺は傲慢だった」

一つ一つの攻撃を丁寧に対処しつつ反撃の糸口を探しながら、当時のことを思い出して口を動かす。

「おまけに我侭で自分勝手で、常に他人を見下してた」

ついでに傍若無人で唯我独尊。その所為であいつら以外の人間からは疎まれていた。

「今でもたまに思う。もし俺が法力と出会わなければ」

ギアは生まれなかったかもしれない。

「あの世界で法力が理論化されなかったら………ってな」

俺はギアにならなかったかもしれない。

「百五十年以上経った今でも後悔してる」

世界は法力によって血に染まらなかったかもしれない。

「やり直しが利くんだったらやり直してぇよ」

アリアは死ななかったかもしれない。

「………だが、もう過ぎたことだ」

此処まで割り切るのに、一体何十年掛かっただろう?

「過去は変えられねぇ………いくら泣いても悔やんでも贖っても、時間は無慈悲に流れるだけだ」

だから俺は前を向いて歩くことにした。

「確かに俺はギアから見れば最低の裏切り者だ。自分の都合で生み出したギアを、自分の都合で殺す。最低最悪の”人間”だ………けどな」



―――『もう自分を責めるような生き方はしないで』



―――『次! 私と彼の分まで必ず幸せになって』



―――『最後に、フレデリックを大切に想ってくれてる人達を幸せにしてあげて』



「愛する女と交わした約束を破る程、俺は落ちぶれてねぇ!!!」

展開していたフォルトレスをクイーンにバリアバーストの要領で炸裂させ、一瞬の隙を作る。

その隙を突いて、踏み込みとほぼ同時に右アッパーで反撃、拳を振り上げると共に溶岩が噴出した。

ぶん殴られたジャスティスは火達磨になりながら空高く舞い上がる。

追撃する為に跳躍し、無防備な胴体に渾身の拳を繰り出す。



「サイドワインダーッ!!!」



人間でいう左胸部分に相当する部位に命中し、拳が装甲を砕いた。そしてこれまでとは少し違う手応え。もしかして”コア”にダメージが届いたか?

弾丸のような勢いで吹っ飛ぶジャスティスを追って、背中の翼を羽ばたかせる。

なんとか空中で体勢を立て直したジャスティスは、手で左胸を庇いながらも突っ込んできた。

猛禽のように突き出された足を縦に構えた封炎剣で防ごうとすると、足は急停止し、封炎剣を避けて俺の胴体を鷲掴みした。

「ぐっ!?」

「死ぬのは貴様だ背徳の炎!!」

ジャスティスはそのまま空中で直立するように俺を下に向け、一気に急降下。

地面に激突した瞬間に腹と背が同時に圧迫されて、あまりの衝撃に吐血する。

「がは!!」

返り血を浴びながら、ジャスティスは肩の装甲を展開し、魔力を集中させた。

あの砲撃を撃つつもりか? この至近距離で!? 俺諸共自分の下半身も消し飛ぶぞ!? 

「ぐ、離しやがれ」

いや、俺さえ殺して生き延びればこいつの勝ちだ。ジャスティスの選択は間違ってない。

封炎剣を持つ腕を踏み付けられ、固定されてしまう。

「背徳の炎。貴様は死ぬべきだ」

残った右腕で足をどけようと抵抗するが、ジャスティスの足は空間に固定されたように動かない。

全身を使ってもがこうとしても、より力を込められた足がそれを許さない。

青白い光が肩口の装甲に集まっていく。

まずい!! 早く抜け出さないと殺される!!!

「貴様は死ぬことで、やっと償いが終わるのだ」

射出口の中で光が収束している。

「長かった貴様の”生”に終止符を打ってやる!!!」

臨海寸前の魔力が撃ち出されようとしていた。

「余計なお世話だクソッタレ!!!」

俺は法力ではなく魔法を使い、赤い魔力弾を二つ生成しそれぞれの射出口に放り込んだ。

瞬間爆ぜるように光が視界を埋め尽くし、爆音と爆風が発生してジャスティスの拘束から逃れることに成功する。

奴は砲撃の為に溜め込んでいた魔力を、撃つ直前で射出口に飛び込んできた魔力弾によって暴発させられ、肩から先が吹っ飛んでいた。

ジャスティスはダメージが深刻なのか、俯いたまま動けないで居る。

最大のチャンス。

(此処で決める!!!)

踏み込み、渾身の”力”を込めて左ストレートをジャスティス向けて振るう。



「御託は―――」



ヒットと同時に爆炎が発生し、両腕を失ったジャスティスを炎の渦が絡め取る。

更にもう一歩踏み込んで右ストレートを放つ。



「―――要らねぇ―――」



ジャスティスの左胸を打ち抜いた右拳から左同様に炎が発生し、標的を掴んで離さない。

俺はそのまま突き出した右腕に添えるように、逆手に持った封炎剣を縦に構えた。



「消え失せろっ!!!」



封炎剣を振り上げると同時に空間そのものを焼き尽くすような巨大な太陽の如き炎が生まれ、それがジャスティスを呑み込んだ瞬間爆裂する。

熱と衝撃をまともに受け放物線を描くジャスティスを見据え、俺は四つん這いになるように身を屈めた。

「悪いが、終いだ」

全身の、俺のありとあらゆる”力”を捻り出す。

この一撃で、全てを終わらせる。



―――これが俺の、



狙いを定め、吼えた。



「ナパァァァァァァァァァム―――」



―――全力全開っ!!!



「―――デスッ!!!」



跳躍、そのまま飛翔し、ジャスティスに向かって一直線に吶喊する。

体当たりが見事にジャスティスに命中した瞬間、結界の中で太陽が爆発したかのような破壊の光が生み出された。





焦げた大地にジャスティスの身体が横たわっている。

両腕は肩から先が存在せず、下半身は消し飛び、粉砕された胸の装甲からは握り拳より少し大きい”コア”が露出していた。

ドス黒い、闇を凝り固めて具現化したかのような”コア”。

先の攻撃が甚大なダメージを与えていたのか、球体には余す所無く亀裂が生じていた。

恐らくこれが闇の書の”闇”であり、ギア細胞を統括する中枢だろう。

「………はい、と、くの、ほの、お」

まだ息があったらしいジャスティスが蚊の鳴くような声を出した。

「わた、しがきえても、きさまがギアで、あるという、じ、じつはかわらん」

「そうだな」

「きさ、まはいつ、までたたかいつづけ、るつも、りだ?」

それは何時まで生き続けるかという問いだろうか?

俺は迷いも無く答える。

「俺という罪が、この世から消えるまでだ」

「はてが、ないな」

「なぁに、すぐに俺もそっちに行く………あいつらと待ってろ」

「わ、かった………あり、あと、あの、おとこの、さんにんで、ま、ている」

ジャスティスが事切れたのを確認すると、大量の神経やら血管やらを引き千切りながら素手で無造作に”コア”を抉り出す。

「あばよ同胞………来世は親を選んでから生まれることにしろ」

炎を纏わせ渾身の”力”を込めて握り潰すと、汚泥のような液体を撒き散らしながらグシャグシャになる。

残ったクズとジャスティスの亡骸を念入りに焼却すると、俺は溜息を吐く。

「………それが出来れば苦労は無ぇか」

静寂を取り戻した結界の空を見上げると、粉雪が舞い降りてくるのを確認する。

まるで空がギアの呪われた運命を悲しむように。

そんな感傷に浸りながら、俺は俺の犠牲者の冥福を祈った。




[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s vol.24 罪と罰の狭間で
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/06 01:04
かつて俺の世界の人類は無限のエネルギーを生産する超自然的な力の制御法、『魔法』の理論化に成功した。

後にそれは『法力』と名を変える。

法力。本来物理学上あり得ない、限りなく万能に近い”力”。

公式では理論化に成功したとあるが、全ては発信源の知れない情報だった。

しかしそんな疑問の余地など与えない、革新的なリソース。

当時、技術進歩と環境倫理の狭間で立場が不安定だった学者達は、光に群がる蛾のようにただ飛びついた。

俺も、そんな学者の一人だった。

そしてこの世に存在し得ないその力を研究する内に、俺は研究仲間と共にある計画に手を出すことになる。

法力を用いた既存生物の生態強化計画。人類が新たなステップへと進化する為の人工進化計画。それらの総称としてGEAR計画、GEARプロジェクトと呼ばれた。

その計画はかなりヤバイ研究であった為非公式とされた。

計画が発足してから二年後。俺は同僚の策略によりギアの人体実験の第一被験者とされ、人間とはかけ離れた外見へと変貌し、実験動物のような扱いを受けることになる。

その後、俺はギアの生命力と強靭な肉体を利用して研究所から逃走した。

逃走せざる得なかったのだ。

己の研究成果、地位と名誉、友情と信頼、科学者としての矜持を奪われ、そして何より自分自身が人間ではなくなったことで全てを失い、俺は俺を化け物に変えたかつての友人を憎んだ。

逃亡しながら心に誓った。

必ず殺してやる、と。

俺の長い長い復讐と贖罪の始まりだ。

それから俺はギア細胞抑制装置を制作し、それを装着することによって元の人間の姿へと戻ることに成功する。

人間の姿に戻った俺は、人間社会に旅の賞金稼ぎとして紛れ込みながらギア計画に関わった研究者達を捜し求めた。

もう二度と俺のような犠牲者を出さない為に。

だが俺が逃走してすぐに研究員達全員の姿は消え、計画そのものが”無かったこと”にされていた。

手がかり一つ見つけられぬまま捜索し続け、それから約六十年の時が経つ。俺をギアに変えた男が某先進国で再びギア計画を発足し、ついに人類に従順なギアが誕生してしまう。更に悪いことに一年足らずでギアは軍事利用されることになる。

生体兵器ギアの誕生。俺はそれを阻止することが出来なかった。

強靭な生命力と他の兵器を凌駕する攻撃力を有したギアを某先進国は独占的に軍事利用し他国の制圧に乗り出した。

そんな中、自らの意思と強大な”力”を持ったギアが一体誕生する。

『ジャスティス』。

奴は知性を持つだけではなく、製造元を問わず他のありとあらゆるギアを自分の支配下に置き自在に制御する能力を持っていた。

種の存在意義を唱え、ジャスティスはその指揮能力を用いて全世界のギア達を統率し人類に反旗を翻す。

これに対して人類は急遽一致団結し『聖騎士団』を創設。

人類とギアとの全面戦争。百年近く続く『聖戦』の幕開けだ。

ちなみに聖戦初期の段階で日本は壊滅した。大量のギアを率いたジャスティスによって一気に攻め込まれ、その後は奴の砲撃で消し飛ばされたからだ。

俺はギアに対抗する為に『アウトレイジ』という兵器を開発するが、作った本人ですらハイスペック過ぎて扱えない代物になってしまった。しかし、後にアウトレイジは八つに分割されて『神器』へと姿を変え、人間でも扱えるようになる。

百年近く続く聖戦時代、俺はギアを駆逐する賞金稼ぎとして生計を立てながら放浪の旅を続けていた。

やがて聖戦末期になると聖騎士団からスカウトされたので「ギアの情報が手っ取り早く入るなら」という理由だけで入団するが、色々あって脱退。その時に『神器・封炎剣』をもらって行く。

脱退してからしばらくして、運良く一体で活動しているジャスティスと遭遇し戦闘を仕掛け無力化に成功した。

後からやってきた聖騎士団が無力化したジャスティスを封印し、司令塔を失ったギアは発見され次第駆逐され、ようやく終戦となる。

しかし、聖戦終結から五年後。封印劣化からジャスティスの復活を懸念した国連は『第二次聖騎士団』結成の為に世界規模の武道大会の開催を決定した。

『第二次聖騎士団選考大会』。

国連が強者を切望するあまりか、優勝者には如何なる望みのものでも与えられることが約束されていた。しかし、その大会の内容は罪人の出場や試合中の殺人を認めるといった過酷なものであった。

俺はこの話を聞いた時にキナ臭いものを感じ取ったので参加を決意する。

予感は見事に的中し、決勝まで勝ち進んだ俺を待っていたのはジャスティスの復活を目論む一体の人型ギア。

そいつを倒したと思ったらジャスティスが復活し、そのまま戦闘となったが辛くも勝利。ジャスティスを完全に破壊することに成功した。










此処まで語り終えてから俺は溜息を吐いた。

「これが俺の世界で法力とギアが歩んできた歴史なんだが………何泣いてんだよ」

アースラ内部にある会議室には、今回の件に関わった俺を含む高町家と、中心となったはやてとヴォルケンリッター四人、夜天の魔導書の本体であるリインフォース、そして管理局側のクロノ、リンディ、エイミィの三人が揃っている。

「だっでお゛に゛い゛ぢゃんがわ゛い゛ぞう゛だよぅぅぅ」

話を聞いてわんわん泣き喚くなのは、フェイト、はやて、アルフ、シャマル。

眼に涙を溜めながらもなんとか堪えようとしているユーノ、ヴィータ、シグナム、エイミィ。

通夜のように項垂れて沈痛そうな時化た面をしているザフィーラ、リインフォース、クロノ、リンディ。

別に不幸自慢じゃないんだがな。

闇の書の闇として生まれ変わった偽のジャスティスを倒した後、元の子どもの姿になってアースラに乗艦した俺を待ち受けていたのは勝利の歓声だった。

皆に揉みくちゃにされて胴上げまでされたのには驚いたぜ。

流石に今回は多少の説明をしないと誰も納得しないと思ったし、知られてしまった以上は白状しようと思ったので勝利の余韻もそのままに事情説明ということになった。

で、話が一段落したところで今に至る。

「貴方が法力と自分の身体を知られないようにしていたのにはそんな事情があったのね」

リンディが申し訳無さそうに口を開く。

「で、どうする? この話を聞いてギアや法力について上に報告するか?」

「しないわよ。出来る訳無いでしょ………ただでさえ万年人手不足の管理局がこの話を参考にギアに似たものを開発してしまったら軍事利用されるのは眼に見えてるし、もし聖戦が次元世界レベルで勃発したらこの世の終わりよ。アースラの乗組員達にも今日見聞きしたものを忘れるように言わなきゃ」

たとえ頼まれても報告なんてするもんですか、とリンディはぶんぶん首を振った。

「エイミィ、後でさっきの戦闘データを一つ残らず抹消しておいて。会話データもよ」

「了解しました」

そんなやり取りが交わされるのを見て、俺は満足して頷く。

「賢明な判断に安心した。もし変な考えを起こしていたら、危うくアースラは衛星軌道上で謎の爆発事故が起きるとこだった」

「お前は本気で実行に移すから怖い」

クロノが苦い顔で呻いた。

「ま、俺の話はこれくらいでいいだろ。それより夜天の魔導書はどうなんだ?」

俺の言葉に全員がはっとなる。どうやら話にのめり込み過ぎて忘れていたらしい。

視線をリインフォースに向けると、彼女は物憂げな表情でゆっくりと首を振る。

「破損は致命的な部分にまで至っている。防御プログラムは停止したが………歪められた基礎構造はギアコードに侵食されたままだ」

「ふむ」

「私は、夜天の魔導書本体は遠からず新たな防御プログラムを生成し、また暴走を始めるだろう」

「修復は?」

特に期待も込めずに問い掛けた。

やはり彼女は力無く首を振る。

「無理だ。管制プログラムである私の中からも、夜天の書本来の姿が消されてしまっている」

「なるほど」

それを聞き顎に手を当て思案していると、ザフィーラが口を開いた。

「元の姿が分からなければ、戻しようもないということか」

「そういうことだ」

ザフィーラの言葉にリインフォースは頷いた。

「主はやては大丈夫なのか?」

シグナムが心配そうに口にした問い。

「何も問題は無い。主ははやてはギアコードの侵食から守り通した。私からの侵食も完全に止まっているし、リンカーコアも正常作動している。不自由な足も、時を置けば自然に治癒するだろう。騎士達も自動防御プログラムと同様、あの時に私から切り離した………多少とはいえギアコードに侵食されたのは私だけだ」

「なら問題はお前だけか………ちっ、予想していたとはいえ面倒臭ぇなぁ」

「予想?」

リインフォースを含めた全員が俺にどういうことかと視線を向けるので、説明してやる。

「俺がスクライアの人間使って無限書庫で調べものさせてたのは知ってるだろ。改悪される前の夜天の魔導書の詳細データがあれば書を元の正しい形に修復出来ると思ったからだ。だが、どうにも作業は芳しくなくてな」

やれやれと首を振って溜息を吐く。

「このまま見つかりそうもなければ、最悪俺の手で弄くっちまおうって考えてたんだ」

「何を言っている!?」

血相を変えたリインフォースが椅子を蹴倒すように立ち上がった。

「ギアコードに侵食された私が以前の闇の書と比べて桁違いに危険なものだというのはお前が一番分かっているだろう!?」

「ああ」

「なら何故そんなことを言う? 私が存在する限りまたジャスティスのようなギアが生まれる可能性がある。防御プログラムが存在しない今の内に私を破壊すれば全てが終わる………そうだろう?」

「まあな」

「そもそも、ギアコードに侵食された書を簡単に修復出来る筈が無いと分かっているんだろう?」

「そうだな」

「だったら―――」

「ゴチャゴチャうるせぇっ!!!」

いい加減腹が立ってきたので心情を吐露するように拳を振り下ろしテーブルを粉砕する。

いくつもの悲鳴が聞こえてきたが気にせず、俺はリンフォースに近付くとその襟首を掴んで引き寄せた。

「俺の記憶持ってんだ。お前は俺がどれだけ諦めが悪くてしつこい男か知ってるだろ」

「あ、ああ」

「だったら考えなくても分からねぇか? 確かに安全性を求めるんだったらお前が言う通り今の内に破壊しちまえばいい。だがな、そんな選択肢を選ぶんなら俺は『木陰の君』をあの時殺してる!!」

「そんなことは―――」

「無い、って言い切れるか?」

俺から視線を外すように顔を背けるリインフォース。

その横顔は酷く苦悩しているように見える。

こいつだって本当は生きたいのだろう。やっと呪縛から解き放たれたんだ。主の為、仲間の為、世界の為に自ら消えるという選択肢を苦渋の決断で導き出したのは痛い程理解出来る。

だが、それがとてつもなく気に入らない。

こうなったら他の連中も巻き込んでやる。

「おいフェイト。前に話した化け物の女の話覚えてるか?」

「え!! も、勿論覚えてるよ。その女の人が自分の生まれに眼を逸らさず前を進んで、最後に結婚したって話」

急に声を掛けられて驚きながらも答えるフェイトに俺は内心良い子だと思った。

「ちょっと此処に居る全員に話してやってくれ。今すぐに」

「分かったけど、今? どうして?」

「いいから」

「分かった」

不思議そうに首を傾げるフェイトにとりあえず納得してもらって話させる。

「ソル、まさかお前―――」

「お前は黙ってろ」

文句を言おうとするリインフォースの口を手で無理やり塞いで黙らせるとバタバタ暴れたので後ろに回り込んで羽交い絞めにしてやった。

抵抗は無駄と悟ったのか大人しくなったのでそのまま頭を撫でてやる。少し不満そうにしていたが気にしない。

フェイトは俺が話した内容をそっくりそのまま綺麗に皆に伝えると、これでいい? といった感じで俺に向き直る。

視線で十分だと返す。

「今の話を聞いて察しがつくと思うが化け物を専門に狩る賞金稼ぎってのは俺で、その女『木陰の君』はギアだ。しかも人間とハーフの」

誰もが俺の言葉に理解が追いついてないのか、「………ハーフ?」とぼやいている。

「ちなみに母親はジャスティスだ」



!?



なのは達の驚愕の表情が笑える。

「俺は第二のジャスティスになる可能性を持った危険因子を、再び聖戦の引き金になるかもしれないギアを見逃した」

全員の顔をゆっくり見渡してから問い掛ける。

「『木陰の君』は母親と違って温厚な性格だったから問題を起こすようなことは無かったしな。さて、問題はこっから。過去にそんな選択をした俺はこいつが消えるのを黙って見過ごせると思うか?」

俺の問いに皆が一様に首を振ったことに満足した。

「それに、お前らだってこいつがこのまま消えるのは納得出来ねぇだろ。特に八神家は新しい家族なんだし」

「そうやリインフォース。マスターは私なんやから言うこと聞かなアカン。一人で死ぬなんて許さへんで」

はやてを中心とした八神家が強く頷き、他の者達も首肯した。

「だとよ」

リインフォースを離して真正面から向き合う。

「しかし、私は………」

瞳に涙を溜めてまだ何かグダグダ言おうとしているリインフォースの肩に手を置いて言葉を紡ぐ。

「もし暴走したら俺がまた止めてやる。何度でもな」

「………」

「俺がお前の全責任を負う」

「………私は」

「ん?」

「生きていて………いいのか?」

「ああ」

「お前に、多大な迷惑を掛けることになるぞ?」

「んなこたぁ百も承知だ」

「出来るかどうかも分からないんだぞ?」

「出来る出来ないじゃねぇ、やるんだよ」

「本当に、いいんだな?」

「しつけぇぞ!! いいからお前は俺に全てを委ねてりゃあいいんだよ!!!」

思わず怒鳴るとリインフォースの真紅の瞳からポロポロと涙が零れたので、慌てて指で拭ってやった。

「………いきなり泣くなよ」

「すまない」

「ったく。で、どうすんだ?」

「………一つ、聞かせてくれ」

「ああン?」

「どうしてそうまでして私を救おうとしてくれるんだ? 私だけではない。お前は最初から主はやてを、騎士達を救おうと必死になっていた。どうしてお前はそこまでして赤の他人にその身を捧げることが出来るんだ?」

馬鹿正直に答えるには実に困る問いだ。

けど、答えはとっくに出ているので口にするだけだ。

「俺は見ず知らずの誰かの為に命懸けられる程聖人君子でもなければ殊勝な人間でもねぇよ。例えばフェイトの時なんて、フェイトがあまりにも初めて会った時の『木陰の君』にそっくりだったもんだからつい肩入れしちまったんだよ」

「あれが、”つい”?」

ユーノがぼやく。

PT事件に関わった連中は俺を珍獣でも眺めるような視線を寄越してくる。

「今回だってそうだ。俺はお前を含めた八神家全員を途中から昔の自分に重ねて見てた。他者からの介入により進むべき道を歪められたなんてとこがそっくりだったからな」

初めは友人であるはやてに対する善意だったかもしれないが、気が付けば目指すべきものが変わっていた。

「俺は罪人だ。このギアの身体は取り返しのつかないことをした罰だと、この身体が朽ち果てるまで贖い続けるべきだと思ってる」

それが何時になるか分からんが。

「だがお前は俺と違う。お前は十字架を背負って生きる俺とは違って、もう自由になっていいんだよ」

ずっと独りで苦しんできた気持ちがよく分かる。

「だから俺にチャンスをくれ。お前を自由にする為のチャンスをな」

なるべく優しい声を出すように努め、悲しそうに細められた真紅の瞳を見つめる。

すると、リインフォースは泣きながら嬉しそうに微笑んでこう言った。

「そこまで言うならば………これから世話になる。よろしく頼むぞ、ソル」

それは誰もが見惚れてしまう程に魅力的な女性の笑みだった。










背徳の炎と魔法少女A`s vol.24 罪と罰の狭間で










「さて、次に今後の方針を伝える」

俺は元の席に着席する。

「はやては事件の被害者として、その生い立ちを交えつつ悲劇のヒロインとして仕立て上げる。シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラの四人は主を救う為に過ちを犯してしまうが途中でそれに気付き自首、という悲しい運命に翻弄されたって感じを印象付けろ」

「私はどうなる?」

リインフォースが聞いてくるので、俺は暫し黙考した後答えた。

「管制人格であるリインフォースは闇の書の闇に封印されていたということにしておく。正常起動したことによって表に出てこれたという形だ。そうなるとしばらく俺の家の地下室で缶詰になるがいいか?」

「いや、問題無い。了解した」

「でも意外だね。ソルくんだったら前のフェイトちゃんとアルフみたいに『最初っから存在しなかったことにしろ』って言うのかと思ってた」

エイミィの言葉に八神家以外の者が揃って頷くので、とりあえず反論しておく。

「そうしたいのは山々だが、シグナム達が魔力蒐集で出しちまった被害の所為で隠蔽し切れないだろ。PT事件の時みてぇに地球の中だけで起こったことならいくらでもやりようがあるが、こいつら実際に管理局員襲ってんだろ? だったら誰かに操られていて襲わざるを得なかったってことにした方がいいだろ」

罪を擦り付ける相手はちゃんと存在するのだから。

「元凶はギル・グレアムとその使い魔が仕組んだことだ。全部こいつらが悪いことにするぞ。筋書きはこうだ」


 ”奴が偶然見つけた闇の書の主。両親が居ないのを利用して、まだ赤ん坊だったはやてを騙すような形で養育権を手に入れ数年間監視し続けた。

  何故そんなことをしたかというと、奴は管理局員にあるまじき野望を抱き、私利私欲の為に闇の書の完成を望んでいたからだ。

  やがて第一の覚醒を迎えたはやての元にシグナム達四人が現れるがグレアムの思惑に外れて、常識的な”倫理観”と”モラル”を持っていたはやては蒐集を望まなかった。

  しかしグレアムは諦めず、平穏に暮らしていたはやての身体に変調が出たところでこれ幸いと騎士達を誑かす。『このまま魔力の蒐集をしなければ主は死ぬ。だが闇の書が完成すれば主は健康な身体になる』と。

  主思いの騎士達は血の涙を流しながら犯罪行為に手を染める。

  自分達が騙されたと知らない騎士達は主の命を救う為に魔導師を襲撃し魔力を蒐集するが、ある管理外世界で謎の人物に諭されたことによって自分達の間違いに気付き、自首。書の主を保護する。

  往生際の悪いグレアムは使い魔に命じて書の強奪と謎の人物の殺害を目論むが、あえなく使い魔達は逮捕となる。

  それでも諦め切れないグレアムは逃走するがその後逮捕された。

  そして闇の書は謎の人物の手によって元の形へと修正される。”


「後は猫姉妹の会話データをセットで提出すれば―――」

「色々と突っ込みたいことが存在するがその前に一言だけ言わせてくれ」

「何だよクロノ?」

「この鬼!! どれだけの罪をグレアム提督に擦り付けるつもりだ!?」

立ち上がってズカズカと俺の前に早歩きでやって来る。

「出来れば全部」

「清々しい返事だなオイ!! でも『私利私欲の為に闇の書の完成を望んでいた』とか『騎士達を誑かす』ってのは虚偽じゃないか!!」

「それ以外は事実だ」

「虚偽がダメだって言ってるんだ!!」

「分かった。第三者が客観的に事実だけを見てグレアムが極悪人だと思うような報告書に仕上げればいいんだろ?」

「………もう何言っても無駄か」

諦めたクロノがスゴスゴと自分の席に戻り、頭を抱えた。

腕の良い弁護人がどうたらと、ぶつぶつ言ってるのが聞こえる。

「つーことで黒幕には出来るだけ罪を被ってもらう。シグナム達は自分達に向けられる心象を良くする為にリンディ連れて被害者全員に頭下げに行って事情を説明しろ」

「わ、分かったわ」

少し引いているシャマル。

「………容赦ねー」

こめかみから汗を垂らすヴィータ。

「この男を敵に回さなくて本当に良かった」

「全くだ」

心の底から安堵しているらしいシグナムとザフィーラ。

「私らの為とはいえ、やり過ぎなんやないの?」

はやては苦笑いを浮かべていたが、俺はこのくらい当然だと思う。因果応報だ。

「クロノとエイミィはすぐに俺に関する全てのことを抹消、隠蔽しろ。それから報告書の下書きが終わったらクイーンに転送するように。チェックしてダメだったら書き直しだ。リンディは明日からリインフォースを除いた八神家を連れて被害者のところ回れ。なのは達は今からリインフォースを家に連れて帰って事件終了の報告と事情説明を」

それぞれに指示を飛ばすと文句も聞かずに俺は立ち上がり会議室を後にした。

「ちょっと!! 言うだけ言って何処行くの!?」

リンディの抗議の声に対し、

「何か分からないことがあったらクイーンに通信を入れろ」

それだけ返して会議室を後にした。





医務室に入ると丁度良い具合に誰も居ない。

ほくそ笑みながらグレアムが横たわっているベッドまで近付くと、クイーンに命じて治癒を行う。

「早く治れ、クソが」

十分程治療を続けると、グレアムがゆっくりと眼を開いた。

会話が出来れば十分なので、そこで治癒を止める。

法力で隠蔽結界を張り音と衝撃を外界からシャットアウトしてからベッドに向き直る。

「キミは………暴走した闇の書はどうなったんだ!?」

「俺が此処に居る時点で全て片がついたと理解出来ねぇか」

息を呑むグレアムを無視して話を進めた。

「ま、そんなこと今はどうでもいい。それより聞かせろ」

ベッドの脇にあった椅子に座ると足と腕を組む。グレアムは断罪される死刑囚のような全てを諦め切った眼で俺に視線を向けてくる。

「何故はやてを救おうと思わなかった?」

時間的余裕は十分あった筈だ。こいつには権力もあれば金もあり、本局には無限書庫なんていう使い勝手は悪いが利用価値が非常に高い情報源もあった。人材も優秀な者を用意出来ただろう。

それらを全て有効に利用することが出来れば早い段階で闇の書の解析は出来たのではないか? 少なくとも闇の書なんて代物の完成を待ってから封印するという確実性に欠けたナンセンスなことをしようとは思わない筈だ。



―――普通なら。



「そんなに闇の書の主になったはやてが憎かったのか?」

「そうでは、ない」

掠れた声が微かに鼓膜を叩いた。

「私は、友を奪い、私の人生を狂わせ、友の家族を狂わせたロストロギアを―――」

「で、闇の書なんてもんに取り憑かれたはやてを氷付けにしようと思ったってか? テメェの眼から見てはやてはクライド・ハラオウンと同じ闇の書の被害者に見えなかったのか?」

「………」

見える訳が無い、か。こいつにとってクライド・ハラオウンは無二の親友で、はやては見ず知らずの赤の他人だったんだから。

こいつはこいつではやてを生贄にすることに悩んだだろう。しかし、それでも生贄に選んだということは、こいつにとってはやてはその程度の存在だったに違いない。

悲しみは時に怒りへと変わる。悲しみを作った具体的な原因があるのなら、その悲しみが怒りに変わるのはとても早い。そして怒りはその原因に注がれる。

怒りは容易く憎悪へと変貌し、憎悪は人を狂わせ修羅と化す。

復讐者の出来上がり。

俺がそうだった。

反論もせずに黙り込んでしまったことについて俺はあからさまに溜息を吐く。

俺は何を期待して此処に来たのだろう?

こいつが心の底からはやて達を憎んでいればこの手で断罪出来ると喜んだだろうか?

こいつから謝罪の言葉をはやて達に聞かせたかったのだろうか?

それとも全く別の何かか?

自分でもよく分からない。

「今更私が何を言ったところで、キミは私を許すつもりはないのだろう」

「許す訳無ぇだろ。テメェは今回の事件の首謀者だ。ありとあらゆる罪を出来る限り被ってもらう」

闇の書の主とその守護騎士、という理由だけであいつらに向けられるであろう負の感情を全部こいつに背負わせるつもりだ。

「テメェは豚箱で死ぬまで臭い飯を食うことになるが、それだけじゃ俺の腹の虫が収まらねぇ。だから―――」

「ぐわっ!?」

俺は立ち上がりシャマルのクラールヴィントからラーニングした『旅の鏡』を発動させ、グレアムのリンカーコアを抉り取った。

魔導師の心臓。これが無ければ魔法を行使出来ない、魔導師にとってなくてはならないもの。

蒼い硬貨サイズの光球を親指と人差し指で摘む。

「こいつは預かっておく」

「なっ! 待ってくれ!! それが無ければ娘達は、ぐああああああああああああああああああああああああっっ!!!」

「おいおい、少し爪を立てて強く握っただけじゃねぇか」

もう少しだけ力を強くする。

「がああああ、ぐ、ぎゃああああああああああ!! あああああああああああああああああ!!!」

「はやての苦しみが少しは分かったか?」

法力を行使して裁縫針のような細い小さな氷の棘を生成すると、リンカーコアに突き刺す。

更に刺した状態のまま針を捻ってやると、グレアムは陸揚げされたばかりの新鮮な魚のように元気にベッドの上をのた打ち回ってくれた。

「なぁに、潰しはしねぇよ。面白くねぇからな………ただ」

リンカーコアを弄るのは止め、殺気を漲らせる。

「もし何か変なことを考えたらこれは潰す。お前の大切な使い魔を殺す。その後は俺が直々にテメェを殺してやる。俺は敵には容赦しねぇ主義だ。ついでに言えば身内の為ならどんなことにでも手を染めるぜ」

荒い呼吸を吐きながら聞いてるのか聞いていないのか分からないグレアムに構わず、俺は恫喝した。

「刑期が終わったら俺のところに取りに来いよ。返してやる」

唇を酷薄に歪め虫けらを見るような眼でグレアムを見下ろすと、肉食獣の群れに囲まれた哀れな獲物のように怯える老人がそこに居た。

その無様な姿に俺は少し溜飲が下がると、魔法と法力の二重封印式でリンカーコアを包み込む。

ある程度魔力が外部に流れるようにしないと使い魔が死ぬ可能性があるな。ま、後で考えよう。

「じゃあな………ああそれと、無くなったリンカーコアはテキトーに自分で誤魔化せ」

声を殺してくつくつと嗤い、俺は医務室を後にした。










転送魔法を使って家に帰る。魔力の気配からして既になのは達は全員地球に帰ってきてるようだ。

念話でリインフォースを地下室前に呼び寄せる。

「何処へ行っていたんだ?」

「気にするな。それよりこっちだ」

階段を降り、扉を開け電灯をつけ、リインフォースを招き入れた。

「ようこそ、俺のラボへ。誰かを入れるのはお前が初めてだ」

「そうなのか?」

「まあな。早速始めるぞ」

「ああ頼む。だが、まずどうすればいいんだ?」

「とりあえず人の姿だと解析とか持ち運びとか面倒だから本になれ」

白衣と眼鏡を装着しながら言った俺の言葉に従い、リインフォースは一冊の古いハードカバーになり虚空に浮く。

それを手に取りパソコンを起動させ、気合を入れると手始めに解析を開始した。










夜天の魔導書の修復。それはウィルスに感染したパソコンを修理するような作業だったが、問題はそれだけではない。ギアコードの侵食も存在した。

解析した結果、既存のプログラムは原型が分からない程破損していて、おまけにギアコードの侵食の所為で制御不能に近い状態。

いくつものプログラムが完璧にギア化している所為でどうしようもないという絶望的な状況。

俺は諦めずギアコードに侵食されている部分を削除して新たなプログラムを構築しようと試みたが、それは不可能だった。

侵食された部分は夜天の魔導書のあちこちに点在し、それらを全て削除すれば致命的な量のプログラムをデリートすることになる。

もし実行に移せばリインフォースという人格そのものが失われてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

解析中にもたらされたスクライアからの情報も碌に役に立たなかった。もし闇の書がギアコードに侵食されていなければその情報で修復可能だったかもしれなかったというのに。

全ては俺がこの件に関わった所為だ。

夜天の魔導書を元の姿に戻すこと、ギアコードに侵食される前の状態に戻すこと、この二つを同時に解決することが俺には出来なかった。

なんて情けない。何が自由にしてやるだ、笑わせる。俺が関わった所為で直せるものが直せないなど、いくらなんでも業腹だ。これは何の因果だ? クソが!!!

リインフォースが身を挺してはやてと守護騎士プログラムを守っていたおかげであいつらには何の支障も無いが、当のリインフォースは手遅れな段階にまで来ていたのだ。

いずれ新たに壊れたプログラムが生成されて暴走するのは時間の問題だという事実が改めて浮き彫りになっただけ。

いくら考えても打開策が見つからない。

残された手段はリインフォースの完全なるギア化。

元の姿に戻すことが叶わず、ギアコードに侵食されたリインフォースを救う手立てはこれしか思いつかなったのだ。

既存生物を素体とするのではなく、魔導プログラム体を素体にギアへと改造するという前代未聞の試み。

魔導プログラム体は極端に言ってしまえば情報が受肉した存在。それを問題無くギアに改造出来るのかと問われれば答えに窮するしかない。

成功するかどうか分からない。正直半ば賭けに近い試みなので失敗する可能性は非常に高い。

俺みたいに肉体が変貌する可能性も十分ある。

しかし、もし成功すれば確実に救うことは出来ると断言する。

正常なギアの肉体になればギアコードの侵食は全く無害な生命活動の一環、新陳代謝へと成り代わる。

そうすれば全身を構成するギア細胞が肉体の最適化をしてくれるだろう。むしろ不要なプログラムを削除する筈だ。

俺にはこれ以外にリインフォースを救う手立てが思い浮かばない。

しかし躊躇している時間は無い。

とはいえ、俺はすぐに決断出来なかった。

リインフォースに謝罪し、全てを話した上で改めて問い掛けた。

「スマン………侵食したギアコードの所為で修復は不可能だ」

「………そう、か」

「だが一つだけ手段がある。魔導プログラム体であるお前がギアになれば、ギアコードの侵食は止まる。むしろギア細胞が破損したプログラムをお前が望む通りの形で修復してくれる」

「それは、つまり」

「俺と同じ存在になる」

驚いたように眼を見開くリインフォースに説明を続ける。

「しかし成功するかどうか分からん。もし成功したとしてもお前は夜天の魔導書じゃなくなる。はやてとの繋がりは消える。ユニゾンも出来なくなれば、デバイスとしての機能も全て失う………何故ならギアとして生まれ変わることになるからだ」

「………」

「あれだけ偉そうに啖呵切っておいて、俺が出来るのはこれだけ………そもそも俺が関わらなければこうはならなかった。本当にスマン」

俺は頭を下げ、心から謝罪した。

リインフォースはしばらくの間眼を瞑って考える。

やがて静かな口調でこう言った。

「お前は私の全責任を負うと、全てを委ねろと言っただろう? お前に任せる。それしか無いというのなら、試して欲しい」

全幅の信頼が込められた視線が俺を射抜く。

「俺がこんなことを言うのもアレだが、本当にそれでいいのか? 俺の記憶を見てるだろ。ギアがどういうものか、俺がどんな人生を送ってきたか知ってるだろ? 後戻りは出来ねぇぞ」

「ああ」

「やっと手に入れたまともな主との主従関係が切れると同時に、ヴォルケンリッターとは全く別の存在になるんだぞ? しつこいようだがそれで本当にいいのか?」

「それしか手段が無いというのならそれで構わない。今の内に主はやてには私の魔導の全てを移しておこう」

銀色の三角形の魔法陣が作業台に横たわるリインフォースの下に浮かび上がり、しばらくしてそれが消える。

「随分、あっさりと決断したな」

「そこまであっさりと決断した訳ではない。私なりに葛藤があったし、主に断りも無く勝手に繋がりを切ってしまうのも心苦しい。ただ、お前の言葉を思い出した」

「?」

よく分からず首を傾げると、リインフォースは小さく吹き出した。

「もう忘れたのか? お前はこう言っただろ。私を自由にする、と………それに、お前の同胞になるというのならそれも悪くない」

澄んだ眼で恥ずかしそうに微笑んだのを見て、俺は迷いを捨て実行に踏み切った。

リソースは俺のギア細胞、血液に含まれたギアコード、それらを用いてギアへと改造する為の移植手術。一つ一つの工程を慎重に、丁寧に行う。

この世で俺が最も憎んだ忌むべき技術。俺を人間からギアへと変えたものが、リインフォースを救うことになるかもしれないという皮肉を感じながら。

手術自体は無事終了。

その後は経過を見守りながら細かなデータを取る作業に移る。

不測の事態がもし発生した時に対応出来るように、片時も眼を離さなかった。

俺自身が内心怖くて離れられなかったし、一人不安そうにしているリインフォースから離れる訳にはいかなかった。かといって他の奴らには任せることが出来ない。

此処十日程、ずっと二人きりだった。

幸い、俺みたいに全身が変貌するようなことはなかった。背中から一対の黒い堕天使みたいな翼と一本の黒い尻尾が生えてきたこと以外。

そして、術後の経過が非常に安定していることに俺はようやく安堵する。壊れたプログラムはギアコードが”癌細胞”と判断し駆逐され、自動防御プログラムを生成しようとする存在そのものが消え去り、二度と生成されないことが判明した。





事件から十日程経過した十二月二十四日。クリスマス・イブ当日。午前十時。

「………なんとか、間に合ったか」

盛大に溜息を吐き、作業台に寝そべっていたリインフォースの手を取り立たせてやる。

「ソル、私は………」

不安そうに瞳を揺らすリインフォースに自身を持って頷く。

「結論から言う。もう二度と自動防御プログラムが生成されることもなければ、暴走する心配もない」

「なら!!」

喜色に染める顔に俺は笑いかけてやった。

「成功だ」

「!!」

眼に涙を溜めると、嬉しそうに泣き出すリインフォース。

「ソル、あ、ありがとう………なんと礼を言えばいいのか分からない」

両手で顔を覆い声を押し殺して泣く姿を見て肩の荷が降りた気がするが、内心は本当にこれで良かったのかと不安で一杯だ。

泣き止んだ彼女に作成しておいた専用のギア細胞抑制装置を手渡す。

それは銀のチョーカータイプの輪。

「まるで首輪だな」

「首に装着するからな」

「………ほう」

一瞬きょとんとすると、次の瞬間には意味あり気で艶やかな視線を向けられたので勘違いされる前に言っておく。

「出来れば俺みたいに額に装着するのが一番良いんだ。脳に近ければ近い程効果があるからな。ただ、日常生活で女がヘッドギア着けてるのは見掛けが悪い。俺並みに”力”の制御が利くんだったら普通に生活する分には抑制装置は必要無いが、いざって時に”力”を使って暴走したんじゃ本末転倒だからな」

それとも孫悟空みたいに額に装着するか? と聞いてみる。

「だから戦闘中はバリアジャケットと共にヘッドギアを装着していたのか」

銀の輪の手触りを確かめながら納得しているようだ。

「どうする? 形が気に入らないなら作り直すぜ」

「いや、このままでいい………着けてくれないか?」

「ん」

俺は銀のチョーカーを受け取ると少し恥ずかしそうにしているリインフォースに真正面から向き合い、首の後ろ手を回す。

「着け外しはお前の意思に反応するようにしてある」

「ああ」

カチッと音を立てて輪が開き、その細い首にピッタリ合わさると、再びカチッという音と共に輪に戻る。

「ど、どうだ? 変ではないか?」

少し頬を染めて聞いてきたので、俺は苦笑した。

「似合ってるよ」

「そうか。似合っているか」

俺の返答に満足したのか、リインフォースは優しい笑みを浮かべる。

それを見て俺は心の中で罪の意識と後悔が湧き上がってきたので視線を逸らす。

本当にこれで良かったのか。もっと別の手段があったのではないか。いっそのことあのまま望み通り死なせてやった方がこいつにとって幸せだったんじゃないのか。

頭の中で俺を責める声が聞こえる。

また繰り返す気か。お前はまた過ちを犯した。許されると思うな。もう二度と自分のような犠牲者を出さないと誓ったのは嘘だったのか。ふざけるのも大概にしろ。俺如きが安易に救うなんて出来ると思ったのか。偉そうなことを言ってこの様か。

「ソル」

「っ!?」

いきなり、不意打ちのような形で抱き締められた。

「なっ」

「後悔しているのか?」

優しい声が吐息と共に耳元に掛かる。

「………ああ。俺には、こんな方法しか思いつかなかった。あの時管理局に大人しくお前を引き渡せばこうはならなかったかもしれない………本局の技術者ならもしかしたら―――」

「それはあり得ないな」

ピシャリと言い切られた。

「第一に私はお前が引き止めようとしなければ消えるつもりだった。第二に、ギアコードに侵食された私をギア開発者であるお前が修復出来ないとなれば、私を修復出来る者はこの世に存在しない」

「だが、そもそも俺達がこの件に関わらなけりゃ」

「その場合、私と主は騎士達共々氷付けにされて次元の狭間に落とされていた。もしくは地球と周囲の次元世界を巻き込んで次元断層が発生させ、また転生と破壊を繰り返すだけだ」

二の句を継げなくなってしまう。

「ソル。お前は最善を尽くした」

「………本当か?」

「結果を見てみろ。誰も死んでいない。死ぬ筈だった私がギアとなって生き残った。それだけだ」

「だがお前はギ―――」

「ギアもこの世に私とお前だけ。聖戦は起き得ない」

「………」

「確かに昔のお前は過ちを犯した。だがそれを今までずっと後悔し、贖い続けてきただろう?」

黙って頷いた。

「だから私をギアにしたことを忘れろとまでは言わない。お前の苦悩は記憶を奪ってしまった私が誰よりも理解している。ただ」

「ただ?」

「ただ、私を救ってくれたことを後悔しないでくれ。私はお前に感謝している」

その言葉を聞いて、胸の内から熱いものが込み上げてくると同時に酷い眠気が襲ってきた。

そういえば、あの戦いから一睡もしてない。

碌に休憩も入れなければ飯も食ってない。口に入れたのはブロック系の菓子くらいか。

いくら俺でも流石に限界だ。

リインフォースの言葉に安心して緊張の糸が切れたんだろう。

俺はあの野郎みたいに恨まれてない。

抱き締められた温もりの心地良さと共にそれを実感する。

「なあ、ソル」

「んだよ?」

朦朧としてきた意識の向こうでリインフォースの声が聞こえてきた。

「名前をくれないか」

「………名、前?」

「ああ、ギアとして生まれ変わった私に親であるお前が名前を付けてくれ」

そんなことを求められるとは思っていなかった上、霞が掛かってきた脳では少々難題だった。

「自分の、好きにしろよ」

「頼む」

「あーそんな顔するな………俺がプロトタイプだから、そのリソースを使って生まれ変わったってんなら勝手に一号とでも名乗ってろ」

自分でもかなりテキトーなことを言いつつ、俺は意識を手放した。










SIDE リインフォース



「一号、か………お前らしい名付け方だ。それともジャスティスの存在を忘れない為の自戒か? まあいい。お前がそう言うのであれば私は今日からリインフォース・アインと名乗ろう」

腕の中で眠りについてしまったソルを抱きかかえると、地下室を出てソルの部屋へと向かう。

現在の高町家は無人だ。何故かと考えようとして、ソルの記憶が自然と脳に浮かび上がりそれが教えてくれる。なのは達は学校で終業式、美由希も同様の理由で高校へ、大学生である恭也は既に冬季休暇に入っているので翠屋を手伝っている。アルフと桃子と士郎も翠屋だ。

主はやてと騎士達はリンディに連れられて魔導師襲撃事件の被害者の所へ謝罪しに行っているだろう。

ソルをベッドに横たえると布団を掛けてやる。

「お前も私も少し臭うな。これは後でシャワーを浴びなければいかんな」

安らかな表情で眠り続けるソルの頭を撫でながら独り言を吐く。

「安心しろ、私はお前を恨んでいない。こうなったのは私の責任だ」

書がギアコードを取り込んでしまったのは、ソルの魔力供給に私が惹かれたからだ。

魔力を蒐集するという特性上、強い魔力に対して磁力に吸いつく砂鉄のような面がどうしても存在する。生物学的な言い方をすればそれは本能だ。

それは書が改悪されたことによって拍車が掛かり飢餓感に近いものになり、蒐集が一定期間行われないと主に牙を剥いてしまうのだ。

そんな状態の私にソルが触れた時、流れ込んでくる魔力に陶酔した私は異常な程お前が欲しくなった。

甘美な魔力、そう表現するのが適切なそれの”味”を知ってしまった私は、もっともっととソルを求めた。

だからこそ、手を離そうとしたお前を離すまいと魔力で棘を生成しソルを侵食しようとした。

あの時の私は飢えた獣に近かった。自分の意思でソルを食い尽くそうとしていたのだから。

「お前が私のことで悔やむことは何一つ無い」

ソルの頭を撫で続ける。

誤算はギアコードが私の手に負える代物ではなかったという点と、ギアコードが自動防御プログラムを支配してしまった点。

もう片方の手をソルの頬に添えた。

「迷惑を掛けた主はやてと騎士達、なのは達と管理局の者達には勿論、お前にも私は謝るべきなのだ」

全ての原因はソルを取り込もうとした浅ましい自分。

だからこそ全ての罪を背負い、自分に下された罰だと思い消えようとした。呪われた自動防御プログラムと共に。

「しかし、お前はそんな私を必死に救おうとしてくれたな」

お前の言葉がどれ程嬉しかったか分かるか?

そしてこの十日程の間、お前が本気で私を救おうという気持ちが伝わってきて、言葉ではとても表せない程感激した。

「すまない………そしてありがとう」

ソルと同じ存在になった以上、これから先は何があってもお前の傍を離れない。

「以前、ギアコードに乗っ取られた自動防御プログラムに支配されていた時に言ったな。『お前は私のものだ』と。あれは訂正しておく」

両手でソルの頬を挟み込む。



「私はお前のものだ」



そのままソルの唇を―――

「「「ただいまー!!」」」

「っ!!」

と思ったら下の階から響いてきた元気な子どもの声。

私は苦笑すると立ち上がり、ソルから離れる。

「また今度だ。今はゆっくり眠ってくれ………愛しい我が同胞」

そう言葉を残すと、私は子ども達を出迎えにソルの部屋を後にした。





[8608] 背徳の炎と魔法少女A`s 最終話 カーテンコール
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/11 21:51
<ソル様。いい加減起きてください、もう午後の九時になりますよ!!>

レイジングハートの声が覚醒を促し、ぼんやりとだが意識が戻ってくる。

(うるせぇ)

もう少しだけ寝たい。

<ソル様、起きないと後で酷い眼に遭いますよ。具体的には………いえ、これ以上は私から申し上げられません>

なんか微妙に気になることを言いかけて途中で止めるなよ。

ま、レイジングハートの戯言なんてどうでもいい。あと少しだけ惰眠を貪りたい。

<レイジングハートよ。ソル様に眼を覚ましてもらうにはアレしかないのでは?>

バルディッシュまで居やがるのか?

<いいですね。アレで行きましょう>

<では、せーので>

アレって何? まさか電気ショックとか砲撃とかじゃねぇだろうな。



<<せーの、この究極のロリコン野郎!!! あとついでに無自覚女ったらし!!!>>



「スクラップにされてぇのかこのクソッタレデバイス共がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

俺は文字通り跳ね起きた。





部屋に明かりを点し、謂れのない誹謗中傷を吐いた馬鹿なデバイスをしこたま踏み締めた後、机の上にメモ用紙が置いてあったことに気が付いたのでそれに眼を通す。

『起きたら翠屋に来るように』

メモ用紙にはユーノの字でそれだけしか書かれていなかった。

とりあえずシャワーを浴びて着替える。

家の中には誰も居らず、俺一人。

きっと皆は翠屋で必死こいてケーキを売り捌く作業に従事していたのだろう。

時計を確認すると九時を過ぎている。今更行っても閉店しているだろうが、俺一人何もしなかったし来いというメモが残っていた以上行かない訳にもいかない。

皆には悪いことをしたな。

それにしても一体誰が俺を部屋に運んでくれたんだろうか?

「クイーン、知ってるか?」

<リインフォース・アインです>

「アイン?」

ドイツ語で1を意味する言葉だ。あいつ、俺が勝手に一号とでも名乗れって言ったのを真に受けて本当に1って名乗りやがったのか。

身支度を整え戸締りをしっかり確認すると家を出る。

一応、レイジングハートとバルディッシュも連れて行ってやる。そうしないと後で二機がうるさそうだからだ。

白い息を吐きながら夜の帳がすっかり下りた住宅街を抜け、クリスマスで浮かれる繁華街を通り過ぎ翠屋に向かった。

店の前に到着すると同時に、俺は眉を顰める。

「ん?」

店内は真っ暗で中の様子を外から窺うことが出来ない状況だというのに、店の入り口には『本日貸切』と札が垂れ下がっている。

どういうことだ?

中から人の気配はする。きっとかなりの大人数。その気配はあからさまで、自分達を隠そうとしていない。

また何か桃子が変なことでも思いついたのか? 今度は一体何を考えてやがる?

考えても仕方が無いのでドアノブを捻り中に入った。

カウベルの音が鳴る。後ろ手でドアを閉め店内の電気を点けようとした瞬間、パチッと電灯が点り俺の眼を眩ませる。

思わず眼を瞑ると、空気が破裂するような音がほぼ同時に、しかも大量に鼓膜を叩いた。



『メリークリスマス!!!』



そして次に聞こえたのは二十人近くの男女がクリスマスを祝う声。

眼を開いた俺の前には皆が勢揃いしていて、手には今さっき使用したクラッカーがあった。

なのは、フェイト、ユーノ、アルフ、士郎、桃子、恭也、美由希の高町家。

はやて、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ、そしてリインフォース・アインの八神家。

すずか、忍、ファリン、ノエルの月村家。

アリサ。

更にはクロノ、リンディ、エイミィの管理局組まで。

「………」

これは、一体?

いきなりの事態に呆けているとフラッシュの光。アルフが首から下げたデジカメから放たれたものだ。

「さあ、ソルが来たところでクリスマスパーティの始まりだ!!!」

士郎がそう口火を切ると、歓声が店内に広がった。










背徳の炎と魔法少女A`s 最終話 カーテンコール










全員で乾杯を終えた後。

「それにしてもソルのあの驚いた顔見た!? いや~、コレクションが増えたよ」

アルフがテーブルの上にこれでもかと用意された料理から自分の分を取り分けながら大笑いする。

「あ、後で私にもください」

シャマルが焼き増しを求めると、周り居た連中全員が見事に口を揃えて私も私もと言い始めた。

俺は苦虫を噛み潰したような表情でそれを視界に収めながら皆に問い掛ける。

「おい、誰が立案者だ?」

「私」

「………やっぱりか」

挙手した桃子にうんざりしながら士郎が淹れてくれたコーヒーを啜った。

店内は半分立食パーティみたいな形式で、普段客用として使っているテーブルには大皿に載った料理が置かれているものと、食事用の何も置かれていないテーブルがある。

皆は好きな料理を自分の取り皿に載せ、思い思いの場所で食べている。

「お兄ちゃん、はい」

「ソル、碌にご飯食べてないでしょ。ちゃんと食べなきゃダメだよ」

なのはとフェイトが皿の上にてんこ盛りにされた料理を押し付けてきた。フェイトの言う通り此処数日まともな食事をしていない。丁度腹が減っていたのでありがたく受け取っておく。

「いくらアインさんの為だからって無理し過ぎなの。皆心配したんだよ」

「もう少し自分のこと大切にしてね」

ちょっと怒っているような二人。

「悪かった」

苦笑して謝り頭を撫でてやると、二人は朗らかな笑みを浮かべて許してくれた。

それを見ながら俺は思う。

(けじめ、つけるか)

そうだ。今まで大切な者達を騙すような形で何も言わず、挙句の果てには多大な心配を掛けた。

士郎達だってなのは達から事情は聞いているだろうが、保護者としての立場である俺から何があったのか聞きたい筈だ。

全てを話す必要がある。

今回の闇の書事件は勿論、俺のことも。

なのは達は恐らく闇の書事件に関しては詳しい説明を行っていても、俺に関しては何一つ言っていないだろう。

はやて達八神家にもアインについて細かい説明などを謝罪込みでしなければいけない。

「少し聞いて欲しい話があるんだが、いいか?」

俺は覚悟を決めると、談笑する士郎達と月村家、そしてアリサに全てを話すことにした。





「ソルが改造手術で生まれた生体兵器か………」

「大人だとは知ってましたけど、まさか私達の何倍も年上だったなんてねぇ」

「シグナムさん達の話もさっき聞いたから、ソルが人間じゃないなんて言われても今更だなぁ」

「そうですね~」

士郎と桃子は暢気なリアクションを返すだけで特に驚いた風ではない。言葉通り本当に今更なんだろう。

「ソルくん………どうして私達が誘拐された時にそれを言ってくれなかったのかな?」

「アンタ!! 皆が自分の秘密打ち明けたっていうのに一人だけ黙ってたのね!!!」

すずかは凍てつくような、アリサは烈火のような怒りをそれぞれ表した。いや、面目無い。

「夜の一族を歯牙にもかけない強さの秘密にそんなことが関係していたなんて、驚いたというより納得したわ」

「俺も父さんが言う通り今更だと思うがな」

忍と恭也がうんうん頷く隣で、ノエルとファリンが「はー」とか「へー」とか感心している。

「ねーねー。じゃあソルは仮面ラ○ダーとかブレ○ドとかを足して二で割ったようなものなの?」

美由希に特撮やら米映画で俺の人生を例えられると、どうも今まで悩んでいた俺が馬鹿に思えてくるんだが。

つまり、俺の悩みなんてこいつらにとっては付き合う上ではどうでもいい問題らしい。

肩透かしを食らったというか、こいつらの器の大きさに呆れたというか、とにかく酒を飲まないとやってられない気分になってきた。

なんかもう色々と台無しになってしまったようなので自棄酒のようにアルコールを煽ることにする。

「まー、リインは生き残ってくれたからそれでええんと私は思うんよ。ソルくんが私らに謝る必要は無い。むしろ礼を言わなアカンし」

はやてはどんな形であれアインが生き残ったことが嬉しいらしく、特に責めるようなことは言わなかった。ヴォルケンリッターの四人も同様だ。

「となると、ギアになったアインが表沙汰になるとマズイだろうから、彼女は便宜上ソルの使い魔ということにしておくか」

「そうね。それが一番ね」

「じゃ、そういうことにしておくね」

クロノとリンディとエイミィで三人、料理をパクパク食いながらこっちに確認を取ってくるので頷いておく。

「………」

何故かアインが―――桃子の服を借りたらしい格好で―――ジーッとこっちを見てきた。

「何だよ?」

「私がお前の使い魔?」

「文句があるならあの三人に言え」

「無い!! 無いに決まっている!!」

「?」

ブンブンと首を振ると長い髪が左右に揺られ、さらさらと流れる。

「私が………ソルの、使い魔………」

一人ブツブツと呟くアイン。俺は訳が分からなかった。

「どうしたんだ? あいつ」

なのは達魔法関係者組に聞いてみるが、

「知らないの」

「知らないよ」

「知らんで」

「知らん」

「知りません」

なのはとフェイトとはやてとシグナムとシャマルは不機嫌そうに答え、その様子にユーノとアルフは必死に腹を抱えて笑いを堪えていて、ヴィータは聞いていないのか眼の前の料理と格闘中、ザフィーラは溜息を吐くだけだった。

「ちょっとソル、本当のこと話しなさいよ」

詰め寄ってきたアリサに抵抗する気も浮かばず、かといって自分の口から話すのも億劫だったので、

「アイン、後は頼んだ」

俺の記憶を持つ女に全てを丸投げすることにした。

「フッ、しょうがない男だ。何か気に入らない部分があれば補足や訂正を頼む」

アインは髪をかき上げながら呆れたようにやれやれと溜息を吐く割に少し楽しそうな表情で喋り始めるのだった。





特に俺の過去の恥ずかしい話が語れることはなく、ギャラリーをある程度満足させて話に一段落着くとケーキが投入された。

翠屋の桃子お手製ケーキを初めて口にした連中は、誰もが表情を輝かせて美味い美味いと褒め称えながらケーキを食べる。

やがて食い意地を張った一部の者以外ケーキを食べ終わり、優雅にお茶をしている時にエイミィが唐突に口を開く。

「それにしてもあの時のソルくんは格好良かったよねぇ~」

「ああン?」

思い当たる節が無いので聞き返す。あの時って、ジャスティスとの戦闘中だろうか?

「ホラ、ジャスティスと戦ってる最中にソルくんが言ってた言葉だよ!!」

戦闘中に言った言葉?

はっきり言ってあの時は無我夢中だから自分でも何言ったのかよく覚えてない。

「俺、何て言った?」

周りの面子を見渡す。

すると、

「お、お兄ちゃん、あれはいくらなんでも恥ずかし過ぎるの」

顔を真っ赤にするなのは。

「ソルは前に私と”約束”したよね!? ずっと傍に居てくれるって!!」

その隣のフェイトが必死になって慌てたように聞いてくるので、俺はどうしてそんなに慌てているのだろうと考えを巡らせながらとりあえず頷くと、「良かったぁ」と安堵の吐息を吐いた瞬間に顔をトマトのように赤く染めた。

「『十年早ぇ』って言葉にあんな意味が込められとるとは流石に思わなかったで」

先の二人同様、はやても顔が赤い。

「ま、まさか、あ、あのような形で想いを伝えられるとは思ってもみなかったぞ」

シグナムも頬を染めてジッとこちらを見つめてくる。

「ソルくん大胆ですっ」

両手で自分の赤く染まった頬を挟んだシャマルがいやんいやんと首を振った。

…………………………………………………非常に嫌な予感がする。ついでに言えばこれから起こるであろう”何か”に対して悪寒もする。

エイミィがおもむろに懐からボイスレコーダーみたいなものを取り出して、ニヤニヤと邪悪な笑みをその顔に張り付かせながら言った。

「覚えてないなら思い出させてあげる。丁度戦闘中の会話データでその部分を上手く吸い出したのが此処にあるから………あ、安心して。それ以外は全部抹消したよ。戦闘データで残ってるのはこれだけだから」

そしてスイッチが押されると、俺が戦闘中に言ったらしい音声が再生される。



『愛する女と交わした約束を破る程、俺は落ちぶれてねぇ!!!』



…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

腹がキリキリと痛くなるような沈黙が店内を満たし、異様な空気になってしまった。

口の中がカラカラに乾く。酒の酔いが一気に消し飛ぶ。別に室内は暑くないのに汗が噴き出る、と思ったらそれは全部冷や汗だった。

「いいなぁ~。私もこんな風に告白されたいなぁ~」

からかうような口調でクロノに流し眼を送り、沈黙を破るエイミィ。

「………」

視線を送られたクロノはエイミィから視線を逸らして頭を抱え始めた。

「そうね。戦闘中にこんな情熱的な台詞言えるなんて流石だわ」

これは面白そうだと便乗するリンディ。

そして恥ずかしそうにしている女性が六人。

「それにしてもソルは一体誰のことを言っているのかしら?」

此処で躊躇無く爆弾を投下する桃子が恨めしい。

桃子の言葉によって空気が凍りついたかのように固まり、言いようの無い威圧感が頬を染めていた女性陣から噴き出してきた。

「それは勿論、五年以上もお兄ちゃんと一緒に暮らしてる可愛い妹だと思うなぁ。一杯お話するって”約束”したんだから」

「そんなことないよ。半年前に出来た愛しい妹のことだよ。ずっと一緒に居てくれるって”約束”したもん」

「二人共甘いで~。つい最近知り合った下半身が不自由な薄幸少女のことや。お互いのことをもっとよく知り合おうって”約束”したんやからな」

「それは違います主はやて。互いの気持ちが燃え上がるような戦いを演じたかつての敵のことでしょう。もう一度勝負するという”約束”を交わしました」

「何を言ってるのシグナム。落ち込んでいた時に彼の心を優しく癒したお姉さんのことよ。だって一緒にクリスマスパーティするって”約束”したんですから」

それぞれの間で視線が交錯し火花が飛び散り、殺気が乱れ飛ぶ。

「「「「「………」」」」」

やがて―――

「私だよ!! お兄ちゃんは私の全てを受け入れるって言ってくれたんだから!!!」

「なのはは一緒に居た時間が長いだけでしょ!! それに私だって一緒に居てくれるって前に言われたよ!!!」

「元々ソルくんは私の為に管理局に協力するようになったんやろ!? しかも私の命の為に一切躊躇せずに腕切断までして!! どう考えても私やろ!!!」

「主達はまだ子どもです。とても百を超えた年齢のソルと釣り合うとは思えません。此処は同じ大人であり、同じ騎士であり、同じ炎使いの私が―――」

「ソルくんみたいなワイルドな男性には癒し系の女性が合うと思うのよ。私以上に彼を癒せる女がこの場に居るのかしら?」

今にも取っ組み合いが始まりそうな言い争いが勃発した。

「はっはっはっは、男冥利に尽きるじゃないか? たくさんの女性が自分を取り合うなんて」

士郎にバンバン背中を叩かれる。こいつ、実は相当酔ってる。俺と一緒になってワインやら日本酒やらを瓶で五本近く空けているからだ。

「なんか前に似たような光景を見たことあるなー」

「私も~」

美由希と忍が他人事のように感想を述べる。

「あらあら、モテモテね」

「モテモテね~」

「モテモテですね~」

桃子、リンディ、エイミィはほくそ笑みながら遠巻きに見ているだけ。元はといえばお前らが原因だろうが!!

「う~む。今のソルの状況が他人事とは思えないが、関わらない方が良いと経験が訴える。何故だ?」

恭也が自分の顎に手を当てながら何やら考え込んでいた。

「ソルくんの思わせぶりって最低だね」

「女の敵よ」

すずかとアリサの言葉の剣がザクザクと俺の心に突き刺さる。どうして此処まで言われなきゃならん。

『ユーノ!! なんとかしてくれ!!』

『お繋ぎになった念話は大変申し訳ありませんが閉店となりました。恐れ入りますが、また後日改めてお繋ぎください』

『何が閉店だおい!! ふざけてんのかテメェは!!!』

『営業時間は午前九時から午後の八時までとなっております。プツッ、ツー、ツー、ツー』

優雅に茶を啜っているユーノに助けを求めるが念話を一方的に切られただけだった。

「いやぁ、修羅場って面白いんだねー。昼ドラに嵌る気持ちが分かるなー」

アルフはデジカメを手に興味津々といった感じで五人の様子を撮影している。

やめろよ!! つーかこいつら止めろよ!!!

『ヴィータ!!』

『うるせー。アタシは今眼の前のギガ美味いケーキを攻略するのに忙しいんだ』

我関せずで取り付く島もない。

『ザフィーラ!!』

『その、何だ………お前には世話を掛ける』

『どういう意味だ!?』

『我らが主と仲間をよろしく頼む』

『それでいいのか守護獣!!』

『お前が相手なら俺も安心だ』

腕を組んでうんうん頷くな!! 安心だ、とか言っておいてお前、顔に『俺には関係無い』って書いてあるじゃねぇか!! 俺から視線を逸らしてんじゃねぇぇぇぇ!!!

頭を抱えて周囲に居る連中の薄情な態度に嘆いていると、捨てる神あれば拾う神あり。そんな俺を庇う神が降臨した。

アインだ。

「そこまでにしておけ。皆少しは落ち着いたらどうだ? ソルが困っているだろう」

その言葉に冷静さを多少は取り戻したのか渋々と言い争いをやめる五人。

凄ぇ。たった一言で黙らせやがった。

俺は事態を収拾させようとしているアインを尊敬し始めて―――



「だいたいあの時のソルは発言は無効だ。皆もあの後聞いただろう。ソルが『私の全責任を負う』、私に『全てを委ねろ』と言ったのを………つまりはそういうことだ、フフフ」



勝ち誇ったように含み笑いを浮かべる顔を見て思考が停止した。

………………………は?

この状況で、今そういうことを言うか?



「この十日間、ソルは私の為に全てを費やしてくれたぞ。文字通り、”全て”をな」



技術と経験と知識だ、と言ったところで納得してもらえる雰囲気じゃなくなっている。

アインは蟲惑的な笑みと艶やかな視線で俺にしな垂れかかってくると、手を俺の心臓の位置に添えた。



「そもそも私の身体はソルに隅から隅まで弄繰り回されている。ソルが私のことで知らないことなど存在しない」



どうやら神は神でも、死が付く神だったらしい。



「この首輪。私のギア細胞抑制装置なのだが、ソルの心情が吐露しているようなデザインに思えないだろうか?」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!



五人の女性から放たれるプレッシャーによってまるで大地震が発生したかのような地鳴りのような音が幻聴として聞き取れてしまう。

「お兄ちゃん、ちょっとアインさんのことについて詳しく”お話”しようか?」

「どういうことか聞きたいなぁ………ソル」

「………言い逃れはさせへんでぇ」

「説明してもらおうか、ソル?」

「うふふふ」

このままでは殺される。直感的にそう思った。

「………ま、待て、落ち着け、とりあえず話し合お―――」



「「「「「御託は、要らない!!!」」」」」



世界はこんな筈じゃないことばっかりだ!!!




















で、結局闇の書事件がどういう顛末になったかというと。

書の暴走と偽ジャスティスの誕生、そして俺との激しい戦闘は無かったことにされた。

ギアに関する情報も完璧に抹消され、アースラクルーには口止めがされた。

もし誰かに話せば「紅蓮の炎に灰も残さず焼き尽くされる」という文句が生まれ、誰もが忘れようと必死になったらしい。

無限書庫にて闇の書と夜天の魔導書についてスクライア一族が調べていたことが管理局内で知れ渡っていたことを利用し、俺が闇の書を解析し夜天の魔導書を復元した際に出てきた闇の書の闇をアルカンシェルで消し飛ばしたということになった。

事件は未然に防がれたということになる。

書の主であるはやては実質無罪。その同情を誘う生い立ちとグレアムの陰謀によって供物にされそうになったという点が功を奏し、罪に問われることは無いらしい。

魔導師襲撃の実行犯であったシグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラの四名はリンディ達と共に被害者の所へ事情説明込みの謝罪をしに行ったのがプラスに働いた。前回の闇の書事件の被害者であるハラオウン家が納得しているというのも後押しとなり、保護観察扱いと管理局任務への従事として罪を償うことになった。

この点に関してはクロノとリンディが偉い頑張ってくれたらしい。素直に感謝してもバチは当たらないだろう。

通り魔やっておいて随分甘い処置だと思うが、納得出来ない内容ではないので特に何も言わなかった。

保護観察の担当はリンディの友人のレティ・ロウランとかいう女。こいつはヴォルケンリッターを管理局の戦力として組み込みたいようだったが、シグナム達本人は管理局にその後所属する気は無いと言う。

「罪は償う。償いが終わるまで管理局の者としてこの”力”を振るおう。しかし、その後まで管理局の為に従事する義理は無い」

別に管理局員として働くのは悪くないのではないか、と問い掛けるとシグナムは首を振って逆に問い返してきた。

「なら何故お前は管理局に入ろうとしない?」

「決まってんだろ。管理局が”組織”として正しいことをしようとしてるのは分かる。けどな、俺”個人”は管理局の色々な部分が気に入らねぇんだよ」

即答すると、シグナムは嬉しそうに微笑んだ。

「気に入らない、か。実にお前らしい、そして我らもお前と一緒だ。我らに命を下せるのは主はやてだけだ。主以外の人間から命令されるのは我らも気に入らない。それだけだ」

俺達高町家はヴォルケンリッターが自首する切っ掛けとなった外部協力者ということになり―――ついでにアインは初めから俺の使い魔という扱いで―――後日管理局に表彰されることになったが辞退する。

その際に管理局入りを強く薦められて鬱陶しいだけだ。

ま、それでも管理外世界で高ランク魔導師が存在するのは良い顔されないので、俺達はハラオウン家が持ってる賞金稼ぎの伝手ということになる。

少し面倒なことにこれからクロノとリンディからヘルプを要求された時は協力することになってしまったが、あいつらは苦い顔をして「誰が頼るもんか」と言い張っていた。依頼が来ないことを切に願う。

ちなみに俺はクロノ達から魔導師としてではなく、デバイスマイスターとして強く局入りを薦められた。一応、闇の書がギアコードに侵食されていなければ修復は可能かもしれなかったと解析結果を伝えてしまった所為だ。が、やはり断った。理由は簡単、面倒臭ぇから。

それと皆のデバイスの中身は既に半分近くが神器となっているので、門外不出のものとなっている。同じようなものは俺しか作れないし構造解析や機構理解も法力使いでなければ分からないようになっているので心配することは無いが、念の為シグナム達には俺以外の人間にデバイスを見せないように言っておいた。

グレアムとその使い魔達はかなり厳しく処罰されることになるらしい。

数年前からはやてと手紙のやり取りをしていたことでかなり早い段階で闇の書の存在を知り得ながら隠蔽していた事実、非人道的なはやてへの態度、そして一番の決め手となった猫姉妹の会話データと殺傷設定での俺への魔法攻撃(俺はその時の負傷で義眼義手ということになっている。戦闘シーンはエイミィが巧妙に編集したおかげでドラゴンインストール姿は映されてない)。他にも違法行為やらなんやら小さな余罪も含めて有罪扱いとなる。

更に、「十一年前の闇の書事件も実はグレアムが画策したことではないか」という疑いの声が他の闇の諸事件被害者達の間で示唆され、本人達は必死にその事実を否認しているがグレアムに対する印象が最悪となったのが大きい。

エイミィが悲しそうに俯きながら終身刑は確定かも、と言っていた。

協力してくれたスクライア一族の半分はほくほく顔で戻り、残った半分は管理局で無限書庫に勤務するつもりらしい。理由を聞くと、「労働条件さえしっかり整えてもらえれば此処は最高の宝の山だ」とのこと。










今回の事件を機に、俺は自分を全て曝け出し、そして受け入れてもらった。

確かな絆が俺とあいつらの間には存在する。

その事実を知ることが出来ただけでも十分価値があると思う。

俺の中に存在していた”壁”のようなものは跡形も無く粉砕された。

だから、皆が今までよりも近く感じる。皆が俺にとってより大切な存在へとなったような気がする。

(木陰の君も、こんな気分だったのか?)

世界が色を変える。

俺はもう過去に囚われない。

本当の意味で『FREE』になれた。

皆と一緒に前を向いて生きていこう。

もう迷うことも無ければ怯えることも無い。

何故なら俺は、もう独りじゃないんだから。










こうして平穏な日々は戻ってきた。

戻ってきたのだが………










(どうしてこうなった?)

俺は内心頭を抱えていた。

クリスマス”事件”の後。アインが何処で暮らすかという話になり、俺の部屋で寝起きすると発言したことを皮切りに女性陣の間で激しいデッドヒートが繰り広げられ、俺の意思や意見など一切構わず、議論は数時間に及び羨ましいだのズルイだのじゃあ私もとか言い合いに続き、不純異性交遊がどうたらとかいう倫理観的な大人の観点と抜け駆けが云々という牽制の果て、結局アインは八神家で暮らすことになる。

しかもアインは翠屋でウェイトレスとして働くことを希望し、士郎は快くそれを受け入れた。

「可愛い女性店員は何人居ても困らない!! 眼の保養になるからね、実に素晴らしい!! ソルは良い仕事をしたよ!!!」

「貴方………少し厨房裏で”お話”しましょうか」

「桃子!? 違う!! 今の言葉のあやだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

朝の訓練に八神家が加わった。

なのはとフェイトは今までにも増して甘えるようになってきた。俺の生い立ちを聞いてどうたらとかいう理由だが………

はやては一生懸命リハビリ中。その頑張る姿に少し感動してリハビリを手伝うことにする。はやての口元がニヤリと歪んでいたような気がしたが気の所為だろう。

シャマルは非常にさり気無くスキンシップを積極的に取ってくるような気がする。本当にさり気無く、いつの間にか肩に手が置かれていたりとか、手を繋いでいたりとか。

シグナムには顔を付き合わせる度に模擬戦を申し込まれ、コテンパンしてやるともう一歩も動けないから家まで送ってくれとか言い始めるようになってきやがった。毎回肩を貸して送り届ける俺もつくづく甘い。

アインは仕事が無い時は何時も俺の傍に居るのが当たり前になっていた。朝は訓練するから一緒だし、学校から帰ってくると既に家に居る。身体のこともあるので傍に俺が居ると安心するだろうから別に気にしないが。

問題は此処から。

八神家の面子が高町家に入り浸るようになった。

更に、今まで誰にも出入りを禁じていた地下室にアインだけ入ったことがあるのはズルイという話になり、全面開放されることになってしまった。

そして、思っていた通り地下室は皆の溜り場になるのだった。

小型の冷蔵庫が設置された。シグナムが何処から持ってきたのか畳を敷き詰めやがった。ヴィータがテレビとゲーム機を置くようになった。コタツやら座布団やらが部屋の片隅を占めている。昼寝用の毛布も常備された。

鍵も特にしてないので、皆暇があったら地下室に潜って寝転がったりして時間を潰すという不毛なことに時間を使うようになった。

今俺の眼の前では自分の部屋でやれと言いたくなる光景が広がっている。

なのは、フェイト、はやて、ユーノ、アルフ、ヴィータはゲームに夢中。

シグナムは正座して新聞を読んでいる。

シャマルは毛布を引っ被ってぐぅぐぅ寝ている。

アインはパソコンで何やら調べもの。

「返せよ………俺の、俺だけの城」

地下室はすっかり占拠されていた。

こいつらを此処から追い出すことよりも、街を死都に変えたギアの群れを殲滅する方が遥かに簡単に思えるから酷い。

「その、スマンな、色々と」

子犬形態でもぐもぐとジャーキーを頬張りながら謝るザフィーラだけが俺にとって唯一の癒しだった。











































オマケ



「お兄ちゃん同盟を改め、淑女同盟の結成を此処に宣言します」

なのはが力強く声を上げると、まばらな拍手が起きる。

「盟主高町、質問が」

「発言を許します、シグナムさん」

「ありがとうございます。淑女同盟とは具体的にどのような団体なのでしょうか?」

「盟主なのは、その質問には私がお答えします」

シグナムに対してフェイトが立ち上がる。

「同盟とは文字通りの意味です。同盟メンバーの裏切り行為(抜け駆け)を許さず、ただ純粋に、無垢なる愛情を持ってソルと接することを目的とした同盟のことです」

*実際は抜け駆けの応酬です

「純粋無垢、ですか」

シャマルが反芻した。

「はい、邪な感情でソルに近付こうとする輩からソルを守る存在でもあります」

*同盟メンバーが一番邪な感情を抱いてます

「せやなぁ。ソルくんは優しいからなぁ。ソルくんの態度に勘違いする女も多いやろ」

*それはお前ら全員のことだ

「つまり、私達はそれぞれソルに対して公平に接し、その上でソルに近寄ろうとする悪い虫を潰せばいいのでしょうか?」

「その通りです」

同盟の在り方を理解したシグナムになのはは満足そうに頷いた。

「しかし盟主なのは。同盟の在り方は理解しましたが、問題が多々あります」

アインは挙手と共に立ち上がる。

皆はアインに注目し、視線で続きを促す。

「今回の闇の書事件において二人から六人へとメンバーが新規参入しています」

「「「「「………」」」」」

「その原因はほぼ100%の確立でソルの態度の所為です。この際だからはっきりと言いますが、ソルはまともな恋愛経験が皆無に等しく、二百歳以上の癖に女心というものを全く理解していません。我らに対するあのような発言はまだるっこしい言い方を嫌う性格を如実に示しています」

「「「「「………」」」」」

「下心が一切無いというのは女性の立場からすれば非常に安心出来ますが、逆に言えば期待も出来ません」

「「「「「………」」」」」

「だというのにあの男が態度を改めなければこのままメンバーがどんどん増えていくだけだと思われるのですが、皆様方はどう思われますか」

沈黙がメンバー全員を包み込む。

しばらくして、なのはが癇癪を起こしたかのように喚く。

「だってお兄ちゃんってば思わせぶりな態度と台詞であっちこっちでフラグ立ててるんだよ!? しかも質が悪いことに無意識に!! フェイトちゃんの時もそうだったし、今回だってそうだし、どうすればいいのかなんて私が知りたいよ!!!」

「優しくて頼り甲斐があるのがソルの良いところなのに………それがネックになってるなんて」

「そうやった。ソルくんは無自覚一級フラグ建築士なんや。何事にも一生懸命なところが良いんやけど」

「普段の面倒臭そうな態度とは裏腹に、あいつは面倒見がいいし真面目ですから。それがソルの魅力です………しかし」

「彼ってなんだか危なっかしいから後ろで支えてあげたくなるのよねぇ~」

深い深い溜息が吐かれる。

「とりあえず皆で四六時中ソルを監視して、何処かでフラグを立てそうになったら即叩き折ろう。これ以上増やす訳にはいかない」

アインの言葉に誰もが渋々と頷くのであった。

そもそもソルが女性陣に対して女としては見ているが恋愛対象として見てないというツッコミは厳禁である。

こうして女性陣の苦労とソルの女難の日々は続く。















後書き


ついに完結しましたA`s編。思えば長かった。皆さんの声援に後押しされて此処まで書き上げることが出来ました!!!

本当にありがとうございます!!

コンセプトは「過去の呪縛とこれからを生きる未来」。ソルの、ヴォルケンリッター五人の、ついでにその他を含めたキャラクターが過去に囚われずこれからの未来を生きようとする様を描けていたら、と思っています。

リインフォースが真のヒロイン的な扱いになったのはコンセプトの所為です。ソルとリインフォースが歩んできた人生を鑑みると納得していただけるかと。

これから先は当分の間はA`s後日談、ほのぼのな話が続く予定です。ツヴァイ誕生秘話とか聖王教会云々も後日談で。

なのは達は全員管理局へは入局しません。最終学歴中卒とかソルが許しませんので、シグナム達の無償奉仕が終わったら皆で賞金稼ぎとか始めることになると思います。

もしくは、クロノ達の依頼を受ける形で嘱託ならぬ派遣として管理局の仕事をほんの少し手伝う程度ならあり得るかも。

ではまた次回!!!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女 八神家の高町家入り浸り日記 大晦日編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/11 22:52

SIDE シグナム



「オラァッ!!」

裂帛の気合と共に振るわれた木刀が私に迫る。

私はそれに応じる形で木刀を薙ぎ払う。

木刀がぶつかり合う乾いた音。それは冷たく澄んだ冬の空気を振動させ、耳朶を叩いた。

交差された木刀の向こうで、ソルの真紅の眼が私を捉えている。

鍔迫り合いは一瞬、全く同時に弾かれるように間合いを離し、私とソルは間を置かずに相手に向かって踏み込む。

「はあああああっ!!!」

「オオオオオオッ!!!」

道場の中に響き渡る雄叫び。剣戟の音。激しい踏み込み音。

私の視界に映るのは剣を振るうソルのみ。同様にソルの視界にも私の姿しか映し出されていないだろう。

他のものは眼に映らない。映したとしても意識が捉えない。

此処だけが世界から切り離され、この世に二人しかいないような錯覚。

その中で己の誇りと実力をぶつけ合う決闘が私は好きだった。

楽しい。

血沸き肉踊るそれはまるで魂が揺さぶられるようで、心も身体も熱くなる。

ただひたすら相手を打倒する為だけに技を繰り出す。

相手も私に応じるように攻めてくる。

勝つ為に、剣を振るう。

剣を振るえば振るう程、自分が今のこの瞬間強くなっているような気がする。

体力の限界が近付けば近付く程、『自分はまだいける、こんなところでは終わらない』と叱咤し剣を持つ手に力と気合を込める。

この素晴らしい時間が何時までも続けばいいのに。

「ソルゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

真紅の眼から一瞬も視線を外さず、私は剣を振るいながら吼えた。










背徳の炎と魔法少女 八神家の高町家入り浸り日記 大晦日編










初めて会った時は、その外見が私の眼を惹いた。

猛禽のような鋭い真紅の眼。黒いズボン以外は背負ったザックを含めた赤ずくめの服装。全く隙の無い立ち居振る舞い。

数秒程互いを値踏みするように睨み合うだけで終わった初邂逅だったが、私の興味がソルに注がれたのはその時からだ。

それから数時間後、魔力蒐集の対象として剣を交えることになる。

初めはソルの多大な魔力保有量と騎士らしき姿に好敵手として期待していただけなのだが、戦ってみて味わったのは圧倒的な強さだった。

常軌を逸したパワー、全く容赦の無い攻撃、型の無い戦闘スタイル、漲る殺気、地獄の業火という表現がしっくりする紅蓮の炎。

私は一撃で沈められないようにするのがやっとだった。まあ、それでも奮闘虚しく敗北してしまうが。

敗北した私が次に眼を覚ますと、今度は抱き締められていたことにとても驚いた。

腰に回された腕と、騎士甲冑越しに密着した身体から伝わる感触。それがやけに心地良いと感じたのがソルのレアスキルの所為だと知らなかったので、当時は非常に戸惑った。

管理局の介入によりその場を何とか逃げ出すことに成功する。やがて身体に宿った違和感に気付き、それがソルに与えられた”力”であるという考えに至った時、正直ソルが何を考えているのか読めなくて不審に思ったものだ。

自分を襲ってきた者達を助けあまつさえ”力”を与える、何を意図しているのか理解出来なかった。しかし、ただでくれるというならありがたく貰っておこう、その時の私はそう結論付ける。

かといってソルに対する不信感は拭えず、正体不明であるが故に油断は出来ず、次に相見える時は絶対に負けんと自分自身に誓いを立てた。

そして三度目の邂逅。

戦う意思を全く見せないソルから説明された衝撃的真実。それは信じたくない内容であったが私は不思議と疑う気になれなかった。信憑性がある話だったということもあるが、私達を見るソルの眼が嘘を吐いているようには見えなかったのが大きい。

ソルと協力体制を結び、書の解析をしてもらおうと渡した時にそれは起こった。

書がソルを侵食しようとしたのだ。

慌てて引き剥がそうとしても無駄だと分かったソルは、その時とんでもないことを言い出した。

『シグナムッ!! 俺の腕を斬り落とせ!!!』

耳を疑った。一切の躊躇も無く腕を切断しろというその覚悟に。

今でこそギアの再生能力を知っているから言い分も分かるが、それでも尋常ではない激痛がある筈だ。事実、痛覚の面では人と大差無いらしい。

『早くしろ!!! 片腕くらい闇の書にくれてやる。蒐集を止めねぇとはやてが死ぬぞ!!!』

驚愕する私を叱り付けるように怒鳴るソルを見て、私は心の中で評価が劇的に変化したのはこの時だろう。

なんて器が大きい男なのだ、と。

その後、言われた通り腕を斬り落とそうとした私と隣に居たザフィーラをグレアムの使い魔が放った魔法攻撃から庇ったことによってソルは眼球を潰されてしまう。

下手人の姿を確認した私の中で、ソルの炎にも匹敵する程の怒りが湧き上がってきたのは当然だった。

主を救おうとしてくれた者を傷付けた敵。必ず後悔させてやる。

だが、私の意気込みはソル本人の手によって不完全燃焼させられてしまう。

”力”を解放し大人の姿となったソルがほぼ一撃でグレアムの使い魔を沈めてしまったからだ。

別にその一部の隙も無い肉体美に見惚れていた訳では無い………だ、断じてだ。

拘束した下手人を引き摺ってソルの拠点に向かい、その後ソルの身体について一悶着あったがシャマルが上手くフォローしてくれた。

それから高町とテスタロッサを相手にソルのレアスキルを確かめる為に決闘することになり、その際レヴァンティンを破損してしまったことでソルから叱られることになる。あの時の姿はまるで父親だった。

やがてデバイスの修理をすると言ったソルから一時的に神器・封炎剣を託され、私は有頂天になった。

剣とは騎士にとって己の魂と同じ無二の存在。それを渡された時、私が感動に打ち震えたのは無理もない。

しかし、どうして我らに此処までしてくれるのか?

結局はソルの過去を知るまで分からなかったが、当時は悪意や打算などを持って我らと接しているのではないというのがソルの眼を見れば分かった。

包容力溢れた優しい父親のような顔。それで十分だった。

いつの間にか私の中でソルに対する感情は大きく変わっていた。今まで戦士として畏怖していた感情が純粋な憧憬になり、不信感は信頼へと変わった。

何よりソルは普段面倒臭そうにしていながら、その実非常に真面目で面倒見が良く、世話焼きで責任感が強い男である。私を含めた皆が心を開くまでそう時間は掛からなかった。

そして、ふとした時に思い出すソルの大人の姿。

私が自分の気持ちを自覚し、自覚した時には既にそれを誤魔化すことが出来なくなっていた。





鈍痛と共に腹にめり込んだ拳が無理やり肺から空気を締め出す。

声を上げられずに殴り飛ばされた私はなんとか受身を取るが、床に背中をしたたか打ち付けてしまう。

「俺の勝ちだ」

仰向けに倒れた私を見下ろしながらソルは木刀の切っ先を首に突き付け、そう宣言した。

ソルが私だけを見ている至福の時間が終わってしまって残念と思うと同時に、また今日も負けてしまったことを理解する。

情けない、悔しい、次は絶対に勝ってやるといった騎士としてプライドや反骨精神が吹き出した後に、心地良い疲労感が身体を包む。

「ほら、掴まれ」

差し伸べられた手を取り立ち上がり、肩を貸してもらう。

汗の匂いに混じって、ソルの匂いがする。

早鐘のようになっていた心臓が一層強く高鳴ったのは気の所為ではない。

道場の隅まで運んでもらい壁にもたれるように腰掛けると、ペットボトルに入ったスポーツドリンクとタオルを美由希さんから投げ渡されたソルが私の隣に座った。

それらを私に手渡すと、ソルはポツリと呟いた。

「此処一ヶ月で随分賑やかになりやがったぜ」

苦笑するその横顔は皮肉っぽい口調とは裏腹に、心から嬉しそうで。

視線の先では訓練に励む皆の姿。それを見つめる眼はとても優しくて。

私はその幸せそうな横顔をすぐ傍で見るのが日課になっていた。



SIDE OUT










SIDE ヴィータ



「そういや、お前らは今日の大晦日どうすんだ?」

昼飯時。ソルが台所で中華鍋を片手に聞いてくる。

「除夜の鐘でもつきに行くのか?」

「大晦日と除夜の鐘って何だ?」

アタシはソルの手元で作られている麻婆春雨を覗きながら聞き返した。

「ああ、お前らは知らねぇのか。大晦日ってのは一年の最終日で、除夜の鐘ってのは大晦日から元日にかけて寺で鐘をつくことだ。その回数は百八回。この回数は人間が持ち得る百八の煩悩を除去して新年を迎えるっていう意味がある。昨日高町家と八神家を大掃除しただろ。あれと同じで新年を迎える為の儀式みてぇなもんだ」

大掃除と違ってやるやらないは個人の好き好きだがな、とソルは言う。

肉と野菜が炒められて食欲をそそる良い香りが鼻腔をくすぐる。

口の中で溢れてくる唾液を飲み下してアタシは疑問を口にした。

「煩悩?」

「細かい話を省くと、仏教用語で人間の身心を苦しめたり悩ませたり煩わさせたりする精神作用のことだ」

「難しくてよく分かんねーよ」

鍋の中に調味料と煮立った春雨が投入される。

「安心しろ。俺もよく分かってねぇ」

「なんだよ」

「でだ。鐘をつきに行くとなると日付が変わる少し前になるから深夜なんだよ。どうすんだ?」

その言葉にアタシは少し考え、自分で答えを出すよりも皆に聞いた方が良いことに気付き台所を出て居間に行く。

「なーはやて。ソルが今日の夜は大晦日だからどうするだってさ」

「うん? 地下室に泊めてもらえへんの?」

「ちょっと待ってて」

はやての言葉を受けて台所に戻る。

「地下室に泊めてくれねーのかだって」

「やっぱりそう来やがったか。ま、別に構わねぇがな。それより皿の用意しろ、そろそろ出来上がるぜ」





アタシがソルを初めて見たのはシグナムとシャマルの二人がソルに抱えられてる姿。

第一印象はアタシ達の仲間を誑かしたナンパ野郎ってことで最悪。なのは達は余裕綽々でアタシとザフィーラを往なすムカツク奴らだった。

だけど、管理局の連中にアタシらの仲間だと勘違いされてたり、シグナムと戦って勝ったという話を聞いたり、シグナムとシャマルを負かしておいて助けた上”力”を与えて強くしたことを知ったことなどで、正直訳が分からなくなった。

その”力”があれば闇の書はすぐ完成するんじゃねーか? アタシはそう思ったがソルに対するシャマルの怯えようを見て口を噤んだ。ザフィーラはソルの家族に手を出した以上シグナムに圧勝した相手に生き残れるか分からないし、正体不明かつ管理局と何らかの関係があるからあまり関わらない方が良いって判断だった。

でも、その後にあいつがはやての命を本気で救おうとしているのが伝わってきて、アタシはソルを信じることにした。

それにしてもあいつのアタシ達に対する肩入れは半端じゃなかった。アタシ達守護騎士が主であるはやての命を守るのは当然だけど、ソルは片眼と片腕に大怪我しても全く退こうとしなかった。

すぐに治るっていうギアの特性もあったんだろうけど、普通なら赤の他人の為にそこまでしねーと思う。だって滅茶苦茶痛かっただろうし。ギアに関して皆に知られたくなかっただろうから尚更。

内心不思議に思ってたのも、全部が終わってからソルの過去を聞いてやっと納得出来た。

こいつ、自分じゃ気付いてないけど寂しがり屋なんだなって。

どんなに酷い主の下でもアタシ達は何時も仲間と一緒だった。けど、ソルは百年以上ずっと独りだった。

口に出したら怒るかもしれねーから言わねーけど、ソルは一蓮托生であるアタシ達ヴォルケンリッターを羨ましく思ってたんじゃねーかな?

だってのにソルはアタシ達を昔の自分に重ねて見て、必死になって戦ってくれた。

本人は半分以上俺が闇の書事件に関わった所為だから自分で蒔いた種を刈り取っただけだって言うけど、正直アタシ達はソルに頭が上がんねー。

アインは消えずに済んだし、はやては罪に問われることもない。アタシ達四人も破格の処遇が言い渡された。全部ソルのおかげだ。

確かに発端は過去の自分に重ね合わせたことから始まったんだろうけど、ソルが八神家の皆をスゲー大切に、それこそ仲間とか家族に思ってくれてるのは痛い程伝わってくる。

だからアタシは決めたんだ。

新しく出来た仲間にでっかい借りが出来ちまったから、恩返しするんだって。

とりあえず皆で寂しがり屋のこいつに寂しい思いをさせないようにしようって。

かなり押し付けがましい手段取ったけど、アインの話によるとこのくらいが丁度良いらしい。

それに、ソルだって内心嬉しいんだろ?





「美味ぇ………」

はやてが作った料理とはまた少し違う美味さ。割と目分量で味付けされたってのにしっかりとした旨み。

ソル特製麻婆春雨………侮れねー。

皆も美味い美味いと言いながらどんどん箸を進める。つーか、これご飯とめっちゃ合うな。何杯でも食える気がする。

「おかわり!!!」

「自分でよそれ」

茶碗と皿を差し出すと面倒臭そうな返事が返ってきた。

アタシは席を立つと皿に麻婆春雨を、茶碗にご飯をてんこ盛りにして席に戻りがっついた。

「お、美味しいです、ぐす」

ダメ料理人がソルの手料理を泣きながら食ってる。確かに女として男のソルに料理で負けるのは悔しいだろうな。

でもソルって人生経験だけで言えば、戦ってるだけが仕事だったアタシ達よりも全然先輩だから泣くことないと思うんだけど………



SIDE OUT










SIDE シャマル



「お茶が入りましたよ~」

私は湯飲みがたくさん載ったお盆を皆の前まで持ってくる。

「ほらヴィータちゃんとソルくんもゲームはそのくらいにして―――」

「なんでフィーバータイムでもねーのにそんなに連鎖繋がるんだよぉぉぉぉ!? アタシの画面上半分真っ黒じゃねーかぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「はっ、二十歳になる前に素粒子物理学で学位を得た俺に物理学と計算で勝とうなんざ千年早ぇ」

「パズルゲーム以外ヘタレな癖に」

「………ああン!?」

睨み合うヴィータちゃんとソルくんが火花を散らす。その周りでははやてちゃん、なのはちゃん、フェイトちゃん、ユーノくん、アルフがわいわい騒いでる。

「シャマル、この者達はしばらく放っておけ」

横からひょいっと湯飲みを取ったシグナムがお茶を啜りながら言った。

「そうね。それにしてもあの二人、結構仲良いわね」

「まるで年が離れた兄妹、もしくは大人気無い父親と元気な娘だな」

アインが苦笑しながらお茶を受け取る。

「親子か………言い得て妙だな」

シグナムが納得したように頷くとアインはそうだろうと笑みを深めた。

「戦闘スタイルも酷似している。どちらも近距離でパワーにものを言わせた戦い方を得意とし、放つ攻撃は一撃必殺を身上としている。気が合うんだろう」

「魔力光も同じ色だし、二人のバリアジャケットと騎士甲冑も赤が目立つものね」

私は畳の上にお盆を置き、座ってお茶を飲み始める。

「それにしてもソルくん。私達と出会った時と比べるとかなり物腰柔らかくなったと思わない?」

二人に聞いてみると、シグナムは少し首を傾げる。アインは少し何かを考えているようだった。

「言われてみれば」

「シャマルが感じた通りソルは物腰が柔らかくなった。やはりギアであることを知られた上で皆に受け入れられたことが影響しているようだ」

そう言ってアインはお茶を啜りながらソルくんの背中を見つめる。

「そうだな。私もそう思う」

苦笑するシグナム。

私もアインに倣って子ども達のゲームに付き合うソルくんの後ろ姿を見つめることにした。





それはクラールヴィントからの警告だった。あの少年に気を付けろという内容の。

この時の私は特に警戒もせずに魔法をこっそり使って、はやてちゃんとすずかちゃんと談笑しているソルくんのことを調べようとした。

その瞬間に飛んできた殺気。巨大な蛇に全身を締め付けられて今にも丸呑みにされそうになったような、被捕食者が捕食者に相対した時のような原初の恐怖を味わう。

アレとは戦ってはいけない。アレは規格外だ。

骨の髄まで染み付けられた恐怖により、私は図書館の隅で一人震えていた。

シグナムにその話をしたら彼女は悪い癖を出して彼に興味津々になってしまう。

何度も何度も諦めさせようと説得したけど、説得すればする程シグナムは戦いたいと武者震いをし始める始末。

結局はシグナムに押し切られる形で彼を探し出し、一騎打ち出来る状況を提供してしまう。

私の心配は見事に的中し、二人纏めて敗北してしまった。

それから数日間は酷かった。毎晩夢に出てきてうなされたから。

氷のように冷たい真紅の眼。全身に突き刺さる刃のような殺気。何もかも焼き尽くす紅蓮の炎。そして押し寄せる炎の大津波が私達を呑み込もうとした瞬間に眼が覚める。刷り込まれた恐怖を拭うことが出来ず、毎朝自分の悲鳴で起きるという最悪の眼覚めを繰り返した。

悪夢は彼が私達に協力を要請してくれる日まで続いた。

そして、その日が彼に対する恐怖が意外なことで拭われる切っ掛けでもあった。

管理局の拠点から一人離れていく様子を確認して、一体何があったのか不審に思い彼の姿を探すことにする。

発見したのは公園で寂しそうに項垂れている彼の姿。

絶大な強さを以って私に恐怖を植え付けた人物とは思えない程儚いそれは、強さとは紙一重の脆さ。

例えるなら刀剣。触れただけで全てを両断する抜群の斬れ味を誇るその刀身は、極めて薄く折れ易い。

ソル=バッドガイの弱さを垣間見た瞬間だった。

念話でザフィーラに詳しい話を聞くと、彼の身体に関して触れられたくないことに触れてしまったらしい。

………この人もはやてちゃんと出会って『人間』になった私達と一緒。同じ『人間』なんだ。

今まで私を占めていた恐怖が暖かい何かにすり替わる。

敵に容赦しない姿はあくまで彼の一面でしかないということに気付くと、私はいつの間にか声を掛けていた。

会話する内に彼は他人に対してとても不器用だけど心根の優しい人だと知る。

彼が一人で居る様子は危うく見えてしまって、どうしても支えてあげたくなってしまう。

母性本能をくすぐられるという表現はまさにこのことなのだろう。私は彼の暖かい手を握りながら、彼とこうしていることの心地良さを実感した。

ギアとソルくんの秘密を知って、孤独に生きてきた彼を支えてあげたいという想いに拍車が掛かった。

私達の為に頑張ってくれた彼を、今度は私達が支えてあげよう。

もう、独りで寂しい思いはさせません。





「やれやれだぜ」

溜息と共にゲームに興じている子ども達から抜け出してきたソルくんにお茶を渡す。

「お疲れ様」

「ん。それにしてもどうして子どもってのはああも無駄に元気なんだ?」

「子どもだからですよ」

「ある意味真理だな」

私達がこうして仲良く平和に過ごすことが出来るのは貴方のおかげなんですよ?

少し微温くなってしまったお茶を飲み下すと、彼は苦い顔で文句を言った。

「微温い」

「呼んだ時に取らないからです」

そう返すと二の句を継げなくなってしまう彼の仏頂面が可愛く思える。

「………悪いが、もう一杯淹れ直してくれねぇか?」

「はい、喜んで」

手渡された湯飲みを受け取ると、私は意気揚々とお茶を淹れ直すのだった。



SIDE OUT










SIDE ザフィーラ



「俺とユーノがザフィーラの散歩に行くのがすっかり習慣化してきたな」

俺の首輪から伸びるリードを手に歩くソルがそう言ってきた。

「仕方ないでしょ。ソル一人が何処か出掛けるとなるとあの空間に残るのは男で僕だけだよ? 耐えられないって」

その隣を歩くユーノ。

「その考え方だとザフィーラは男じゃなくて犬になるな」

『気にするな。犬扱いは慣れている』

念話を送ると哀れみの視線を向けられた。

「それってペットだよな?」

「そういえば僕も最初の頃はペット扱いだったな~」

『主はやてが犬を飼いたかったらしくてな。俺の今の姿をとても気に入られている。ならば俺はこのままで構わん』

「あまりの忠犬っぷりに泣けてくる」

「まあ、子犬形態のザフィーラ可愛いしね」

そんな他愛の無い話をしている間に夕暮れに染まった海鳴臨海公園へと辿り着く。

「今振り返れば、全部此処で始まったんだよな」

立ち止まり、ソルは懐かしそうに眼を細めた。

「まだ一年も経ってねぇってのに随分昔のように感じるぜ。今日が大晦日の所為か、それとも俺がそれだけ年食った爺ってことか分からねぇが」

「たぶん両方だよ」

『右に同じだ』

「………言い返せねぇな」

ユーノの意見に賛同すると、ソルは肩を竦めた。

「此処で初めてフェイトに出会って、妙な事件に首突っ込む切っ掛けになったんだよなぁ」

『シグナムと戦ったのも此処だろう?』

「ああ。初めて会ったのは図書館の駐車場なんだが、あれは眼が合っただけだしな。俺が法力使いとして、シグナムが騎士として会ったのは此処が初めてだ」

遠くを見るように眼を細める。恐らくこれまでのことを思い出しているのだろう。

「この公園って実は変なスポットなんじゃないの?」

「俺もそれは思った。何かあるんじゃねぇかって」

『解明してみるのも面白いかもしれんぞ』

「面白いって意見には賛成するが、面倒臭ぇ」

公園内をぐるっと一周すると、来た道とは別ルートで家に戻る。

しばらくすると、不意に鼻が捉えた食欲をそそる匂い。

「あ、見て。大晦日なのに焼き鳥屋さんがやってる」

ユーノが指差す先には赤い提灯を下げた屋台。そこから美味そうな香りが漂ってくる。

「大晦日だからじゃねぇか? 年末年始は誰でも財布の紐緩くなるし、此処はちょうど住宅街と神社の中間地点だ。この時間帯から深夜まで稼ぎ時なんだろ」

い、いかん。香りに釣られて涎が。

「少し寄ってくか」

「え? いいの?」

「あいつらには内緒だぜ?」

そう言ってソルは焼き鳥屋に近付いた。

「お前ら何食いたい? 俺はつくね」

「じゃ、僕はレバー」

『なんこつだ』

「親父、つくねとレバーとなんこつ三本ずつ」

「あいよ、七百八十円になります」

会計を済ませ串が入った紙コップを受け取って焼き鳥屋から離れる。

「一人それぞれ一本ずつな」

少々行儀悪いが、道端に寄ってそのまま焼き鳥をいただく。

「それにしても買い食いってどうしてこんなに美味しいんだろうね?」

「知らねぇ」

『俺にもよく分からん』

ソルとユーノの三人で散歩に行くと何故か何時もついつい買い食いしてしまう。

金を払うのはほとんどソルだ。何時も奢ってもらって申し訳無い気分になるが、本人は気にするなと言う。

純粋に俺達とこうして食べ歩きしていると楽しいらしい。

数年間旅の道連れとして知人の息子を預かっていたことがあり、その日々を思い出すとのこと。当時もよく食い歩きをしたとソルは語った。

本人はきっと否定するがシャマルやヴィータが言うように、この男は寂しがり屋なのだ。

無理もない。百年以上生きれば自分の親しかった友人知人は皆逝ってしまうだろうし、聖戦もあった。自分を知る人間が誰一人として存在しないという絶対的な孤独を人間は耐えることが出来ない。

復讐と贖罪の為に生きている間は意識することはなくても、むしろそれのおかげで意識せずに生きてこれたのだろう。だが、それらを終えてしまえば否が応でも意識することになる。

自分が独りであるということを。

だからこそ、自分の過去に重ねた我らを必死になって救おうとしてくれたのだろう。

その様があまりにも眩しいから、皆がソルを慕うのだ。

我が友、ソルよ。

お前は既に独りではない。お前には自分を慕ってくれる家族が、仲間が居る。

我らは何があろうとお前の味方だ。

それを忘れるな。



SIDE OUT










SIDE はやて



夜更かしするんだったら今の内に風呂入れ、と夕飯を食べ終わった時にソルくんに言い渡されたので女性陣皆で早めにお風呂に入った。

高町家のお風呂は広い。半年前に居候が三人増えた際に増改築を行ったとかで、湯船に三人から四人は入ることが可能。これなら全員が一気に入ることは出来なくても交代交代で入れば問題無い。

ちなみに男性陣は道場に備え付けてあるシャワーで済ませるらしい。

お風呂から上がったら皆とテレビを見てまったりして、年越しソバ食べて、十一時過ぎてから除夜の鐘をつきに出発した。

「私、除夜の鐘つきに行くの初めてなんや」

お寺に向かう道中アインに車椅子を押してもらいながら私がそう言うと、

「あ、私も」

「僕も」

フェイトちゃんとユーノくんが片手を挙げて反応してくれた。

「ミッド人が除夜の鐘ついたことあったら逆に驚くぜ」

「にゃははは、確かに」

ソルくんが呆れたように溜息を吐き、なのはちゃんがおかしそうに笑った。

「なのはちゃんは何回もあるん?」

「えっと、今年で二回目かな? 実は私去年初めて鐘ついたんだよ」

「ソルくんは?」

「なのはと同じで今年で二回目だ」

意外や。長生きしてるからもっとたくさんあると思っとったのに。

どうやら皆もそう思ったみたいで眼を丸くしてソルくんを見とる。

「除夜の鐘を大晦日に寺でつくって風習は仏教徒の間にあるもんだ。アメリカ人で無神論者の俺にそんなんある訳無ぇだろ。だいたいギアになってからは俺に年末年始とか関係無かったからな」

「えっと、その、ごめんな」

「んな顔するな。気にしてねぇ」

口元をニヤッと歪めるソルくん。

「でもよー。除夜の鐘って百八回しかつかねーんだろ? もっと急いだ方が良かったんじゃねーの?」

ヴィータが心配そうに訴えると、ソルくんは吹き出した。

「確かにつく回数は百八って決まってるがな、今のご時勢、百八回ついたからもう他の人はつくことが出来ませんってことは無いんだぜ」

「本当か?」

「ああ。今じゃ寺に来た者全員にはちゃんと一回ずつつかせてくれる。そういう決まりごとに厳しい寺ならともかく、少なくともこれから行く寺はそういう寺だ」

「じゃ、安心だな」

「気合が入ってるのは分かったがとりあえずアイゼンを仕舞え。ちゃんと寺に鐘つくやつあるから」

アイゼンで鐘つく気やったんやろかヴィータ? つく言うても突き砕くんちゃうよ。

「煩悩を払う、という意味があるのだったな」

不意にシグナムが呟く。

「ああ。それが?」

「いや、なんでもない、なんでも」

急に顔を赤くして俯くシグナム。

なんか怪しいなぁ。打ち払いたい煩悩でもあるんやろか?

と思ったらシグナムの隣を歩くシャマルも微妙に顔が赤い。

「なんやぁ? シグナムもシャマルも頭ん中煩悩だらけなんか?」

「そそそそんなことはありませんああああ主!!」

「は、はやてちゃん、きゅ、きゅ、急にな、何を言い出すの!?」

何この狼狽の仕方? あからさまに『私煩悩があります』って言うてるようなもんやで。

「アッハハハハハハッ!!! 二人の煩悩はこれだろう?」

アルフさんが大笑いしながら二人に何やらデジカメのデータを見せている。

「こ、これは!!」

「どうして分かったんですか?」

「というか、アルフはこんなもの何時撮ったんだ!?」

「これは撮った訳じゃないよ。記録した戦闘データの一部を画像として切り取って一般のデータ媒介で見れるように加工しただけ。これの元のデータを消すってエイミィが言ってたからその前にもらったんだよ」

シグナムとシャマルはデジカメに表示された画像に釘付けで、立ち止まってしまう。

「三人で何見てるの?」

「面白いもの?」

「私も見せてや」

「だいたい何のことか見当はつくが………」

興味をそそられたなのはちゃんとフェイトちゃん、そして私はアインに車椅子押してもらって三人が頭を並べてるとこに集まる。

「ほらコレ」

差し出されたデジカメに写っていたのは―――

「………お、お兄ちゃん」

「しかも大人の姿で………」

「じょ、上半身裸やないか」

「上半身裸ですね」

まさしく大人の姿のソルくんが上半身裸で天を仰ぐように雄叫びを上げている光景だった。

「ちなみにコレ、ソルがジャスティスと戦う前に変身する瞬間を切り取ったやつね」

「じゃあ、これの元のデータってあの時の?」

「うん」

シャマルが口元を少しニヤつかせながら聞くとアルフさんは親指を立ててニカッと笑った。

ソルくんが竜の姿になる前に全身を炎で包みながらバリアジャケットがパージされたのを思い出す。

あの時かい。

腕から肩に掛けて鍛え抜かれて盛り上がった筋肉。ぶ厚い大胸筋。くっきりと浮かび上がった腹筋。それらが見事に調和して無駄な肉が一片も無い美しい逆三角形を作っておった。

それを固唾を呑んでガン見する私達。

………アカン。此処に居る全員頭ん中煩悩だらけや。打ち払わなければ。

「なー皆。野郎共にすっかり置いてかれてんだけど」

ヴィータに袖を引っ張られてはっとなる。

進行方向を見ればソルくんとユーノくんとザフィーラが小さくなっていて、曲がり角を曲がって消えたところやった。

「み、皆、除夜の鐘ついて煩悩を払うで!!」

「「「はい!!」」」

「「うん!!」」

「アハハハハハッ!!」

急ぐ私達の背後でアルフさんが腹抱えて笑っとった。

「………煩悩が何か分かった気がする」

何かを悟り切ったような口調のヴィータの言葉が耳に痛かった。





眼の前に垂れ下がった綱を握り締め、それを思いっ切り振りかぶり、勢いをつけて前に出す。

ゴーンッ、という大きな鐘の音が空間を振るわせた。

生まれて初めてついた除夜の鐘。

家族と友人に囲まれてこういうイベントに参加することを夢見てた私は感動でしばらく動きを止めていた。

「何呆けてんだ。次のヴィータが滅茶苦茶やりたそうにしてるから退かすぜ。アイン、車椅子頼む」

声が聞こえると同時に私はソルくんにお姫様抱っこされて五段しかない階段を降りとった。

後ろでアインが車椅子を持ち上げたのが分かる。

「次アタシッ!!!」

待ち切れないといった様子のヴィータが鐘に突進するように飛び込んで、住職さんに少し落ち着くように注意されてるのが視界に入った。

「ヴィータが鐘ぶっ壊さないか心配だ」

ソルくんは半眼になって、綱を手にしたヴィータを見守る。

ゴーンッ。

年明けの音。

これまでずっと一人で過ごした年明け。それが今では皆と一緒に過ごしている。

その事実に、私はあまりの嬉しさに泣いてしまった。

「………ヴィータが鐘つくの気に入ったみてぇだから、また来年皆で来ることになるな」

優しい声でソルくんがそう言って、頭を撫でてくれる。

暖かい手の平。

すずかちゃん家で発作を起こした時、いの一番に助け起こしてくれた。苦しくなくなるまでずっと抱き締めてくれた。その後は私の身体を気遣ってずっと手を握ってくれた。

私の病気を聞いて、生い立ちと生活環境を知って、グレアム小父さんに対して一番怒ってくれた人。

私とは比べ物にならないくらい辛くて苦しくて寂しい思いしてきたのに、そんなこと少しも見せずに私と皆の為に一生懸命頑張ってくれた人。

今こうして皆と一緒に居られるんは、間違い無くソルくんのおかげや。

感謝してもし切れへん。

魔力供給のおかげってのは分かってる。でも、この人を感じるととても暖かい気持ちになれる。

「ったく、見っとも無ぇから来年は泣くんじゃねぇぞ。少しはヴィータ見習え………あそこまではしゃげとは言わねぇけど」

「………うん。分かっとる………来年はあれよりもっと良い笑顔振り蒔いたるわ」

せやから今だけは、もう少しだけ甘えさせて。



SIDE OUT









SIDE アイン



子ども達は家に帰ってきた途端、電池が切れた人形のように深い眠りについてしまった。

なのはとフェイトとユーノをそれぞれの部屋に運び、ベッドに横たえる。

「お前らももう寝ろ。空調は切るなよ、気温下がるし空気が淀むからな。おやすみ」

壁に設置されたいくつものスイッチを操作して電灯を蛍光灯から付随された豆電球に切り替え、ソルはさっさと地下室を後にした。

地下室に残って起きているのは私とシグナムとシャマルとザフィーラ。

ちなみに主はやてとヴィータは客間を使わせてもらい同衾してもらっている。

「私達も寝ましょう」

シャマルの言葉に誰もが頷き、毛布と座布団を使って寝る準備をする。

ザフィーラだけは座布団の上で丸くなるだけ。

高町家で泊まる時は決まってこうだ。

「おやすみなさい」

「「「おやすみ」」」

毛布に包まり、ゆっくりとやってきた睡魔に身を任せ夢の世界へと旅立った。





鉄錆びの臭い。何かが焦げる悪臭。もくもくと上がる黒い煙。断末魔の悲鳴。この世のものとは思えない何かの咆哮。爆発音。焼け落ちる家屋。蹂躙される街。火の海に消える都市。

逃げ惑い、一方的に虐殺される人々。無辜の民を追って暴れ回る人外の群れ。

一瞬で破壊尽くされる人々の生活。崩れ落ちる日常。豪雨のように降り注ぐ死。

阿鼻叫喚の地獄絵図。

そんな中、化け物の群れにたった一人で立ち向かう男。

男は自分に群がる化け物達を圧倒的な力で蹴散らしていく。

どれだけ多勢に無勢だろうと全く怯むことなく、ただひたすら戦い続け、視界に映る全ての化け物を駆逐した。

化け物達全て処理し終えても男の顔は晴れない。

戦えば戦う程、殺せば殺す程、海よりも深い後悔と悲しみが、マグマよりも煮え滾った怒りと憎しみが男の精神を苛んだ。

そして男はまた獲物を求めて彷徨う。

復讐と贖罪を求め続けて何時までも繰り返される終わりの見えない、孤独な戦いの日々。

血で血を洗うような毎日。

それでも男は文句も愚痴も垂れず、一筋の涙すら零すこと無く化け物達を狩り続けた。

これは義務であり、責任であり、罰であると納得して選んだ道なのだから。

他の誰でもない、俺が果たさなければならないことなのだから、と。





自分が泣いていることに気が付いて眼が覚める。

「また、あの夢か」

上体を起こし、涙を拭う。

ソルの記憶を転写した所為か、たまにソルが実際に経験したことを夢として見ることがあった。

大抵は聖戦時代の光景。人と生体兵器の惨たらしい戦争。悲しく、辛いものばかり。

私が泣いているのはきっと、長い間一度も涙を流さなかったソルの代わりだろう。

初夢として見るのはあんまりだが。

「ソルは………よく気が狂うことが無かったな」

あんな酷い経験を百年近く続けられる精神の強さを褒め称えるべきなのか、それとも正気を保ったまま戦い続けたのを哀れむべきなのか。

立ち上がって時刻を確認すると午前五時前。

外の空気が吸いたくなり、私はまだ寝ている三人を起こさないようにこっそりと地下室を出た。

深呼吸をして冷たい澄んだ空気を肺に満たし、吐く。

それだけで随分気分が良くなり、頭がスッキリする。

「ん?」

屋根の上に誰か居ることに気付いた。

「ソル?」

彼は一人屋根の上に座り、まだ薄暗く明けない東の空をじっと見つめている。

私は飛行魔法を発動させその隣に降り立ち、座った。

「初日の出にはまだ早いぜ。どうした?」

「悪夢を見てな」

「初夢が悪夢とは災難だな」

そこでソルは初めて私の顔を見て、眉を顰める。

「泣いてたのか? 眼が腫れてるぞ」

心配そうな表情になるソルの反応を嬉しく思うと同時に、悪戯心が生まれてきた。

少し困らせてやろう。

「とても怖い夢を見た。慰めて欲しい」

「………おいおいガキじゃねぇんだから、って何してんだ?」

ソルの声を無視して、私は服の背中の部分を捲り肌を晒し、ギアの”力”を解放する。

「んぅ」

途端にバサッと音を立てて黒い羽毛に覆われた翼が背中から、尻尾が腰のベルトより少し上に生えてきた。

身体をソルに密着させ、そのままソルと自分を翼で包み込む。

頭だけ外に出した状態でソルが口を開く。

「何のつもりだ?」

「暖かいだろう?」

「否定はしねぇが………もう好きにしろよ」

諦めたように溜息を吐くと、ソルは東の空へと向き直った。

それっきり会話が途切れる。

やがて少しずつ世界が明るくなってきた。もうしばらくすれば夜明けになるだろう。

「ガキ共が初日の出見るつってたから、あいつら起こすまでだぞ」

「ああ」

「今こうしてること後であいつらにバラすなよ? 膝の上に誰か乗せてお節料理あ~んなんてやらねぇからな!!」

「それは残念だ」

疑いの眼差しを向けるソルの視線を心地良いと思いつつ、私は口元がニヤつくのを必死に堪えながら返すのが精一杯だった。



SIDE OUT




















オマケ


初詣のおみくじ

なのは 末吉

フェイト 中吉

ユーノ 小吉

アルフ 大吉

はやて 小吉

シグナム 吉

シャマル 小吉

ヴィータ 大吉

ザフィーラ 中吉

「………なんで俺だけ凶なんだ?」

新年早々幸先不安になるソルだった。




















更なるオマケ


「ソルの艶姿が欲しい人挙手!! 今ならプリントアウトした上に画像を携帯に添付データとして送信してあげるよ!!!」

「「「「「「はいっ!!!」」」」」」

どうやら煩悩は払えなかったらしい。











































以下、現在までの人物考察。


ソル=バッドガイ

ギアとしての自分を受け入れてもらえたことにより、以前よりも物腰が柔らかくなる。けど性格は相変わらず。

基本受け。抱きつかれても「何だ?」くらいにしか思わない。性欲とか枯れてるのかもしれない。

最近は、幸せそうに笑みを浮かべるその顔から滲み出る父性がヤバイ。

皆の保護者、お父さん的な立ち位置だと自負してる。

本人曰くこの髪型ポニーテールじゃないと断言。じゃあ何だ?

ヴィータと馬が合う。どっちも年食ってる癖に子どもっぽい面があるからだろうか? それとも色? 一撃必殺?

頭使うゲームは無双するけど頭使わないゲームはマジでカス。シグナム、ザフィーラにも劣る。前者はぷよ○よとか、後者は踊るメイドイ○ワリオとか。考えるな感じろ系とか許してあげて。

本人から一言。

「面倒臭ぇ」



高町なのは

最近出番が少ない。ごめんなさい。

お兄ちゃんが生体兵器? だから? お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ? くらいにしか思ってない。

ソルさえ傍に居てくれれば後は野となれ山となれという考え方は変わっておらず、ソルが管理局に所属する気ゼロなので同様に入局する気ゼロ。

恋敵は時に共犯者と読む、が持論。

本人から一言。

「………お兄ちゃん最近寝る時結界張ってるの」



フェイト・テスタロッサ・高町

なのは同様最近出番が少ない。申し訳無い。

クローンである自分よりもソルの方がよっぽど酷い目に遭ってる事実を知り、「確かに私はアリシアのクローン。だから?」くらい平然と言える程精神的に強くなる。

でもやっぱり甘えん坊。

管理局アウトオブ眼中。

本人から一言。

「木陰の君って人の話聞くと、ギアって人間と結婚出来るんだね」



ユーノ・スクライア

準主人公。下手をすればソルを食ってしまいかねない程熱いキャラへと成長してしまった。男性キャラで一番のお気に入り。

無限書庫で勤務する未来は完全に潰えた。というか、引き篭もり生活なんてあり得ないと思ってる。

最近スルー能力を覚えた。もう生贄にはならない。

実は殴る蹴るの打撃技よりも、投げ技締め技の方が得意。魔法無しの模擬戦だと結構強い。投げる→関節技のコンボで上位に食い込める。

野郎三人組で出掛けるのがお気に入り。

本人から一言。

「あ、おでん屋さんだ」



アルフ・高町

キャメラウーマン。その趣味はソルの悩みの種であり、他の女性陣にとっては女神の祝福同然。

でも割とソル以外の光景もかなり大量にキャメラに収めている。そこらへんはしっかりしてる。

食い物に釣られるので買収はし易い。

最近は八神家が高町家に加わって笑いが止まらない様子。

本人から一言。

「この写真をコンビニのチキン二つと交換しようじゃないか」



八神はやて

未来の狸? かつての薄倖少女。でも今は皆と一緒で幸せ。

ソルにリハビリを手伝ってもらうことになり「計画通り」とほくそ笑むがすぐに後悔する。鬼教官はとても優しいスパルタだったから。

リハビリと同時進行して魔法も勉強中。

料理上手。既に高町家の台所で知らないことなど無い。

グレアムに対する思いはちょっと複雑。

本人から一言。

「デバイス作らな」



シグナム

バトルジャンキー。趣味はソルとの模擬戦。魔法があろうと無かろうと関係無い。毎日のように申し込む。もう日課である。ていうか模擬戦しないと一日が始まらない。

負ける度に次は絶対に勝ってやると意気込む。

訓練のおかげか単にソルの戦い方に慣れたのか、今ではそこそこ打ち合える。

ソルは子ども状態よりも大人状態の方が好き。やっぱりきn(ゴシャ)

本人から一言。

「勝負!!」



シャマル

主婦。なのに料理てんでダメ。ドジ萌え。

おっとりマイペース。でもテンパるとかなりのアフォをやらかす。テンパってなくてもやらかす。

ソルが料理出来ると知りショックを受ける。

シグナム同様、子どもverよりも大人verが良い。やっぱk(ズブシャ)

本人から一言。

「………お料理………勉強しよう」



ヴィータ

エターナル合法ロリ。ゲートボール好き。欠食童子みたいに食欲旺盛。好奇心も旺盛。

ソルと馬が合う。シンがもし女だったらこんな感じなのかもしれない。でもアホの子じゃない。

八神家の末っ子だがかなりしっかりしてる部分もある。普段は丸っきり子どもだが。

外見相応の子どものようにゲームが好き。地下室を遊び場に変えた張本人。

本人から一言。

「次はチンジャオロースが食いたい」



ザフィーラ

犬。狼だけど扱いは完璧に犬。同じ狼のアルフにすら犬扱いされる始末。

ちゃんと同じ人間として扱おうと気遣ってるのはソルとユーノのみ。異性の知り合いが増えてく一方なので同性を増やしたいらしい。

三人で散歩に行くのが日課。その時にもらえるおこぼれが楽しみ。

よく野郎三人で出掛けることがある。

本人から一言。

「この香りは………む、涎が」



リインフォース・アイン

仲間内で唯一ソルと同じギア。おまけにソルの記憶を持っている。現段階でアリアの存在を知ってるのは彼女だけ。

たまにソルの過去を夢で見る。その度に自分が泣いていることに気付いて起きる。

アルフ同様翠屋で働いてる。

実は抜け駆けの筆頭。

押し掛け女房という感じは全くなく、一歩退いて影のように付き従う良妻賢母タイプ。

「命令されたい」とか思ってる。

でも少し意地悪して困らせたいとかも思ってたりもする。

本人から一言。

「フッ、仕方の無い男だな」



























後書き


今回は八神家編。あまり描写出来なかった部分を描写出来ていれば、と思っています。切っ掛けは『吊り橋効果』だったんですよ的な。

推敲してて思ったんですけど、ちょっとくどいかもしれません。つーか、くどいですね………埴輪原人め!! 死ねぇぇぇ!!!

ザフィーラ視点以降、前半と全く別の日に執筆したんで、読み比べるとかなり様変わりしてます。

このお話の中で作者的に一番のお気に入りシーンは野郎三人が買い食いするところ。

高町家の連中がアルフ以外影薄い気がする………今回は八神家中心って決めてたからしょうがないけど、ダメだこいつ(作者)早くなんとかしないと。

そして無意識にアインを贔屓してますね。

アリアの話をそろそろ出したいけど、どう考えても欝展開になってしまう。

次は旅行の話かな。リクエストもらう前から皆で旅行行く話しは考えてたんです。で、その時にアリアの話が出てきてメンバー全員欝になるっていう………

ま、いいか。では次回!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女 スキー温泉旅行 その一
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/19 19:09

SIDE シャマル



「これからお買い物しようと思ってたから助かっちゃいました。でも意外ですね? 何時もCD屋に寄ったら少なくても三時間は帰ってこない人が」

「偶然店長が休みだったからCD買ってすぐに店出たからな」

私が夕飯のお買い物の為に商店街へ出掛けると、その途中で一人暇そうにゆっくりと歩いてたソルくんに出会った。

CD屋の帰りだったみたいだけど、彼が言うには店長さんは急用が出来たとかでお休みしたらしく、何時ものロック談義が出来なかったらしい。

暇だったらお買い物に付き合ってもらえないか、断られること前提の軽い気持ちで頼んだら「いいぜ」ってあっさり了承してもらえたのだ。

彼は手にしていたカバンを転送魔法で自室に送ると商店街に向けて歩き出したので、私はその手をさり気無く握って一緒に歩いている。

お買い物の役得、かな?

「夕飯は何だ?」

「野菜カレーです」

「買わなきゃいけねぇ材料はちゃんとメモったんだろうな?」

「バッチリです」

「前みたいにメモ持ってくの忘れて商店街に着いた瞬間トンボ帰りしないだろうな?」

ソルくんは意地悪な笑みを浮かべて肩を竦めた。

「もうそんなことしません!!」

「どうだか」

そんな風に二人で他愛の無い話をしながら商店街にある大きなスーパーに入る。

彼がカートを押し、私がメモを片手に材料を選ぶ。

(なんかこういう風に二人で夕飯のお買い物してると新婚夫婦みたい)

気分を良くした私は鼻歌を漏らしながら材料を吟味する。

高町家と八神家を合わせると十五人。それだけの人数の食料を一度に買うとなるとかなりの量になるし、その中には成長期の子どもにプラスして大食らいが居る。一人で買い物するのはとっても大変だ。

普段は皆で分担してお買い物するんだけど、今日は偶然私しか家に居なかった。はやてちゃんは翠屋のお仕事をお休みしたアインを連れて病院でリハビリ、シグナムとヴィータちゃんとザフィーラは管理局、士郎さんと桃子さんとアルフは翠屋、なのはちゃん達はCD屋に寄るソルくんとは別行動をしてお友達の家、美由希さんはきっとまだ学校、恭也さんは大学の授業で今日は遅れるらしい。

なので仕方なく一人でちょっと大変だな、って思ってたけどソルくんに偶然会えて良かった。

二人で店内を歩きながら材料を見ていると、ふいに知ってる人から声を掛けられた。

「あら、シャマルちゃんじゃない。お久しぶり」

「あ! 坂本さん!! お久しぶりです!!」

中年のふっくらとした、いかにも主婦然とした女性。八神家のご近所さん、坂本さんだ。

「最近は随分ご無沙汰じゃない」

「ごめんなさい。ちょっと訳があってあまり家に居なくなっちゃったんです。でも皆一緒で元気にしてますから安心してくださいね」

「そう。なら良かったわ」

今は闇の書事件から一ヶ月以上経過した一月の下旬。そういえば私達八神家が高町家に入り浸るようになってから全くと言っていい程ご近所の人には会っていない。はやてちゃんはリハビリを病院で、私とシグナムとヴィータちゃんとザフィーラは管理局で、アインは翠屋で働いてる時以外はほとんど高町家で過ごすようになっていたから。最早あの家は寝に帰るだけになってしまっている。

つい懐かしくなって坂本さんと話し込んでいると、横からソルくんが痺れを切らしたように私の肩に手を置いた。

「何時まで此処で突っ立ってるつもりだ? 買い物とっとと終わらせて帰るぞ」

「あっ、ごめんなさい」

呆れたような表情のソルくんの顔を見て我に返る。

「あら? どなた? もしかしてシャマルちゃんの恋人?」

「ささささ坂本さん!?」

「シャマルちゃんも隅に置けないわねぇ。もしかして最近見ない理由は彼にお熱だから? それにしてもシャマルちゃんが年下好みだとは知らなかったわ」

「ちっ、違います!! いえ、全然違うって訳でもないんですけど、その、とにかく誤解ですよぉぉぉぉ………」

言葉が尻すぼみになりながら私は自分の顔が赤くなるのを実感する。体温が上がって、頭の中で『恋人』という単語が跳ね回って脳内を揺らす。

ソルくんと並んで歩いてるとやっぱり恋人同士に見えるのかな? 彼は私より背が低いけど差はそれほどないし、彼から放たれる落ち着いた雰囲気と外国人特有の大人っぽい外見のおかげでソルくんは戸籍上の年齢(九歳)よりも五歳くらいは年上に見られることが多い。

普通なら此処で弟? とか言われるんだろうけど、彼独特の存在感がそうさせないんだろう。

傍から見れば、私が年下の彼氏を連れて買い物しているように見えるのかも。

凄く嬉しいような、恥ずかしいような。

「行くぞシャマル。早くしろ」

「あらあら、未来の旦那様は亭主関白なのね」

「坂本さん!!」





お買い物を終えて、はっと気付く。

「見てください! 何時もお買い物たくさんしてるからスタンプカードが一杯になりました!!」

「ああ?」

興味が全く無さそうなソルくんが胡散臭そうにスタンプカードを眺めるが気にしない。

「これを引き換え券にして福引が出来るんですよ。しかもこの場合は三回も!!」

「当たんねぇよそんなん。やるだけ無駄だ」

「無駄じゃありません。ポケットティッシュがもらえます。さっ、行きましょう」

「………好きにしろよ」

大量の食料を満載した買い物袋を両手に持ったソルくんの腕をグイグイ引っ張って、抽選会場へと向かう。

それなりに人で賑わってる抽選会場に到着すると、私は係りの人にスタンプカードを見せながら問い詰めた。

「福引がやりたいんですけど、景品は何があるんですか?」

「はい、特賞が二人一組ペアで行く北海道の高級旅館で海の幸食べ放題&スキー温泉旅行。一等賞が32型の液晶プラズマテレビ。二等賞がS○NY製新型モデルのパソコン。三等賞が高級肉焼きセット『ウルトラ上手に焼けました』。四等賞が―――」

私が景品について話を聞いていると、ソルくんが無表情でありながら期待を込めた眼差しで私の肩を叩く。

「シャマル、五等だ。五等を当てろ。そして俺にくれ」

「五等? b○zeの最新ステレオスピーカー?」

うんうんと頷くソルくん。

ソルくんって音楽好きなだけあって結構音とかにもこだわってるのよね。前もヘッドホンの音漏れが気に食わないとか言って自分で作ってたし。

「………分かりました。何時もお世話になってるお礼として、このシャマルがソルくんの望みを叶えてあげましょう」

手にしていた買い物袋を持ってもらい、係りの人にスタンプカードを渡す。「三回ですねー」と言われたのを確認すると腕捲りをし、気合を入れて福引抽選器―――通称ガラポン―――の取っ手を握る。

「えいっ!!」

声と共に回す。出てきた玉は赤。外れ。残念賞のティッシュだ。

「あう」

「気落ちするな。まだ二回ある」

「はいっ!!」

後ろからのソルくんの声に元気付けられてもう一度回す。

出てきたのはまたしても赤い玉。

「………くっ」

私ってくじ運悪いのかな?

ソルくんが誰かにものを頼むなんて珍しいから彼の期待に応えたいのに。彼に恩返ししたいのに。

いや、そんなものは建前だ。私は純粋に彼に喜んで欲しいのだ。

でもこの様子だとダメみたい。

「シャマル」

突然の優しい声に振り返る。

「そう気負うな。絶対に当てろなんて言ってねぇ。そもそもこういう福引ってのは当たんねぇもんだ。もっと肩の力抜いて気楽にやれ」

苦笑するソルくんを見て、そうだ、気楽にやろう、と思えるようになった。

どうせ商店街を盛り上げる為の町内会の福引だ。ガラポンの中身は全部赤玉でその分のティッシュが用意されてるだけでしょ。ちょっと夢見させてもらったと思えば良い。

言われた通りに力を抜いて、ゆっくりと回す。

カランッ。

出てきたのは赤玉ではなく、パチンコ玉みたいな銀の玉。

「何これ?」

私が疑問に思ってそれを手に取った次の瞬間、



「おおおおお当たりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!! 特賞の、二人一組ペアで行く北海道の高級旅館で海の幸食べ放題&スキー温泉旅行をプレゼントォォォォォォッ!!!」



係りの人が大声と共に手に持った鐘でガランガランと音を鳴らす。周囲に居た人達が「おおお!!」とか歓声を上げながら拍手してくれる。

「へ?」

「………当てやがった。でも特賞か、惜しかったな」

「良かったですね!! 彼氏と一緒にアバンチュールな旅に行ってらっしゃい!!」

呆然としてる私にニヤニヤと笑いかけながら係りの人が『特賞』と書かれた祝儀袋を手渡した。

「え? えええ? ええええええええええええええええええっ!?」





夕飯後。道場に淑女同盟が集まった。

「………という経緯がありまして、私とソルくんは来月に二人っきりで、二人っきりで、二人っきりで旅行に行ってきます」

重要なことなので三回言いました。

「「「「「異議あり!!!」」」」」

「なんでですか?」

ダンッ、と道場の床が拳で叩かれるのを皮切りに口々に文句を言われる。

「ズルイよシャマルさんだけ!!」

「私もソルと二人っきりで旅行に行きたい!!」

「抜け駆けやな、シャマル」

「シャマル貴様、ソルと一つ屋根の下で一体、ナ、ナ、ナニするつもりだ!!!」

不満で一杯という表情のなのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃん。そして頬を染めたシグナムがそれぞれの心情を吐き出した。

「旅行先でソルとロマンスだと? 私だってソルとロマンスしたいぞ、混ぜろ」

微妙に言ってることがおかしいアイン。

私は真っ赤になって反論した。

「ロ、ロマンスだなんて………別にアバンチュールな展開とか、ドラゴンインストールを期待してる訳じゃ無いわよ!!」

「「してるだろうがっ!!!」」

シグナムとアインは私同様に顔をこれでもかという程真っ赤にさせながら異口同音で叫ぶ。

「なのは、はやて、どうして此処でソルのギアの力を解放する法力が出てくるの?」

「「「子どもは知らなくていい(です)!!」」」

まだまだ純粋なフェイトちゃんが訝し気な顔をするので私達”大人組”は慌てた。

子ども、という部分に頬を膨らませる”子ども組”。

「と・に・か・く!! 普段の行いが良い私に対する神様の贈り物としてこのチャンスをありがたく頂戴します」

「普段の行い? 前科持ちが笑わせる」

「シグナムだって前科持ちでしょ。人のこと言えないわよ?」

忌々しそうに睨んでくるシグナムを睨み返す。

「そっくりそのままソルも頂戴するつもりか? 私も混ぜろ」

「混ぜろってアインは何なのさっきから!? 二人一組って言ってるでしょ!!」

「二人でソルをお―――」

「聞こえない、聞こえないったら聞こえない」

私は耳を塞いで首をブンブン振った。

「まあ、百歩譲ってシャマルがソルくんと二人で旅行に出掛ける気満々ってのは認めたる。せやけど、”あのソルくん”が旅行に行きたがるとは私は思えん。シャマルと二人っきりなら尚更や」

疑うような眼差しのはやてちゃんの言葉。

「っ!! そうだよ! シャマルさんにその気があってもお兄ちゃんに行く気が無ければ旅行は成立しないよ!!」

「自信満々に言うってことは、当然シャマルはソルから一緒に行くことを了承されたんでしょう?」

子ども達三人の言うことに愕然となってしまう。

そうだ。浮かれていてすっかり忘れていたけど、私はソルくんと約束した訳では無い。ただその機会を与えられただけだ。

坂本さんや抽選場の係りの人に言われた『恋人』『旦那様』『彼氏』という単語に踊らされていた。

「ほう。つまりソルはまだシャマルから話を聞かされていないということか」

「だろうな。あの男の性格なら『シャマルがペアの旅行券を手に入れた』くらいにしか思っていないだろう。まさかシャマルが自分を連れて行こうと思っているとは想像すらしていない筈だ」

勝ち誇ったように私を見下すシグナムとアイン。

くっ………なんて無様。あの時に無理やりにでも約束を取り付けておけば良かった。そうすれば私は人生の勝利者になっていたというのに。

こうなったら今はこの場をなんとか凌いで、後でソルくんに旅行の話を持ち掛けるしかない。

正座していた態勢からゆっくりと足を崩し、何時でも立ち上がれるようにする。

(転送魔法? ダメだわ。魔力を少しでも漏らせば気取られる。此処は自前の足で逃げ切るしかない。母屋に逃げ込めば誰かに庇ってもら―――)

そうやって逃げる算段を企てていた時だった。

背後からガラッ、と音がして道場の出入り口が開く。

「何してんだ、お前ら?」

振り向けば話の中心人物であるソルくんが不思議そうな顔をして道場に入ってくる。

私達はそれぞれ誤魔化すように苦笑いするしかなかった。この人にだけは女のドロドロとした醜い部分を見せたくない………とっくの昔に手遅れかもしれないけど。

「? まあいい。それよりシャマルから旅行の話は聞いたか? 今日福引で当てたやつ」

皆がビクッと震える中、私はまさか!! と期待して鼓動が高鳴る。

「さっき他の連中に話したらな、話を聞いたアルフとヴィータが行きたい行きたいって喚き始めて『北海道の海の幸をたらふく食べるのはアタシだ』って言い争いを始めたんだ」

は?

「で、どっちがシャマルに連れて行ってもらえるかみたいな話になってきたところでお袋と親父が『じゃあ皆で行こう』って言ってな。ならアリサとすずか達にも連絡しようってことになって、アリサに連絡した時に旅館のオーナーが偶然アリサの親父と知り合いだってことが分かった。もしかしたらすぐにでも二人分を除いた全員分の部屋を用意出来るかもだとよ」

………えっと、つまり?

「最近不景気だからな。旅館としては予約キャンセルが相次いでる状態だったから、急な大人数での予約は願ってもなかったらしいぜ………ってなんでシャマルは落ち込んでんだ?」

「夢見せてもらったんです………でも、それは所詮夢だったんです」

「?」

こうして私の『ドキッ☆ 旅行先のお酒の席で酔った勢いでドラゴンインストール大作戦』は思いついてから数時間で潰えたのであった。



SIDE OUT










背徳の炎と魔法少女 スキー温泉旅行 その一










ということで決まった三泊四日のスキー温泉旅行、その当日。

自宅前にバニングス家から派遣されたバスが一台迎えに来て、そのまま空港まで移動。

参加メンバーはとても多い。高町家、八神家、月村家、そしてアリサとその執事鮫島という大所帯。総勢二十一人とか、人数の多さに純粋に驚く。

空港に辿り着く。手続きをしている最中にデバイスが金属探知機に引っ掛かったが特に問題は無かった。

手続きを手っ取り早く済ませると丁度良い具合に飛行機に乗り込めとお達しが来た。

席に着いてからしばらくして飛行機が発進。シートベルトを外してもいいというアナウンスが流れる。一部テンションが振り切れてる連中が立ち上がってわいわいやり始めた。

ちなみにザフィーラは子犬形態の状態で犬用のキャリーバッグの中だ。

なんかよく分からんがスマン。

「ユーノはスキーとかしたことあんのか?」

窓際の席に座り、視界よりも低い位置にある窓の外の雲を眺めながら、俺は隣の席に座るユーノに話を振る。

「あるよ」

「そうなのか?」

意外に思って窓からユーノに向き直る。足の不自由なはやては勿論、夜天の魔導書の一部であった五人、閉鎖的な生活をしていたフェイトとその使い魔アルフは当たり前のようにウインタースポーツなんぞ経験が無いと言うので、俺はてっきりユーノもしたことがないと思っていたのだが。

「スクライアは流浪の一族だよ? 雪が降るような寒冷地にだって行ったことくらいあるさ。そこで子ども達は外に出て雪で遊ぶ、雪合戦とか雪だるまとかソリ滑りとか、スキーに似たようなことも当然覚えるよ」

「なるほどな」

むしろ地球でメジャーになっている季節もののスポーツや遊びは、あっちこっちの世界を飛び回るスクライア一族にとって日常の一部なのだろう。

大人しい外見に反してユーノがアクティブなのはそういった育った環境が一因なのかもしれない。

「でも僕は外で体動かすよりも部屋に篭って本読んでる方が多かったなぁ」

そうでもないらしい。

「ま、経験者は多いに越したことは無ぇさ。初心者の数半端無ぇし」

ちなみになのはも他の連中同様スキー経験無しである。スケートはあるが。

そもそも高町家が旅行に行く時、基本的には士郎と桃子が骨休みの為に企画されるものが多いので温泉が多い。旅行先でのんびりする、というのがスタンスだ。夏は流石に海とかに行くが、寒い時にわざわざ寒い場所に行くのを嫌っている訳では無いんだろうがウインタースポーツは精々スケートくらいだ。

士郎と恭也と美由希が雪山に篭って修行する、といった感じのことは数年に一度行われていたようだが。

桃子は若い頃に友人とよくスキー旅行に行ったことがあるとか。

他の面子は金持ちだけあってレジャースポーツなり観光なりは一通り嗜んだとか。

「ソルはスキーしたことあるんでしょ?」

「微妙に答え難いな。あると言えばある………か?」

まだ人間だった頃、しかもガキの頃に、という一体何年前の話だと突っ込みを入れたくなる程昔だが。

微妙に不安になってきた。

「でも大丈夫じゃない? 皆運動には慣れてるからすぐに上手く滑れるようになるでしょ。はやてはちょっと不安だけど」

はやては闇の書事件以降、毎日必死にリハビリしている。法力と魔法を複合させた治療に加えて、俺もリハビリを手伝っている。一日の大半をリハビリに費やし、彼女の頑張りもあってか僅か一ヶ月で松葉杖があれば短時間だけなら一人でも歩けるようになった。

しかもこの旅行の話を聞いた次の日からリハビリにより精を出すようになり、病的なまで細かった両足がこれまでの成果を含めて今では少しずつ筋肉が付き始めている。

だが、いくらリハビリが順調でもいきなりスキーはハードルが高過ぎだろう。

かといってはやて一人を仲間外れにする訳にはいかないし、本人の熱意にも応えてやりたいので身体強化魔法を使って騙し騙しやるしかない。

いざとなったら飛行魔法使わせて滑ってる感覚が味わえてればいいんじゃねぇか?

「なるようになるだろ………俺寝るから」

「ん」

耳栓を装着することによって喧しい身内達のお喋りを遮断し、俺は眠ることにした。





北海道の空港に到着し、預けていた荷物を回収すると旅館から迎えのバスが来ていたので乗り込む。

またしても俺は車内で眠っていたのだが、二時間程揺られていると旅館に到着した。

いかにも老舗といった感じの旅館。古臭さの中には年月を経て手にした重厚さを備えた建築物としての貫禄があり、立派なものだった。

時刻は午後一時半。朝一で出発して以来軽くしか食ってないので腹が減ってきた。(ちなみに他の奴らは全員、俺が寝ている間にしっかり食っていたらしい)

「さあ、ゲレンデに出る準備をしよう。スキー用具は全部レンタルだから皆荷物部屋に置いて、準備出来たら旅館の人にサイズ合ったの見繕ってもらいなさい」

チェックインを済ませた士郎の一言で皆が一斉に動き出す。

俺の内心とは裏腹に、既に誰もがやる気満々ではしゃぎ回っている。特にスキーを初めて経験するなのは、フェイト、アルフ、八神家は眼を爛々と輝かせていた。

それからスキーウェアやらゴーグルやらグローブやらを装備し、ブーツとスキー板とストックを借り受けると、ゲレンデまで旅館から送迎バスが出ているので再びバスに乗り込むことになる。

(それにしてもよくテンションが持つなコイツらは………)

特にユーノを除いた子ども達とヴィータ。朝からずーっと元気一杯ではしゃいでいて、よく疲れないもんだ。

俺なんて飛行機に乗った時点で気疲れしてるってのに。

他の連中もわくわくといった雰囲気を醸し出している。俺の眼から見て落ち着いているであろう士郎ですら運転手とゲレンデの支配の仕方がどうたらとか話が盛り上がっている。

桃子と忍も興奮したように話し込んでいて、その内容に聞き耳を立てれば学生時代にしたスキーの話っぽい。

アルフ、美由希、ファリン、ノエルの四人は非常に楽しそうに談笑中。

シグナム、アイン、シャマルの三人は静かだが、熱心に文庫本サイズのスキー専門書と睨めっこしている。しかし、如何せん読んでる本がフリースタイルスキーという時点で致命的に何か間違えている。誰か突っ込んでやってくれ。お前らは曲芸するつもりか、と。

皆の楽しそうな姿は微笑ましいのだが、なんか一人だけテンション置いてけぼり食らったみたいだ。

「なあ、他の面子についていけないのは俺が老成してるだけか?」

隣に座っているユーノ、その隣にスキーウェアを着込みニット帽で犬耳を隠した人間形態のザフィーラ、更にその隣に座っている恭也に問い掛けると、

「今に始まったことじゃないでしょ」

「ユーノの言う通りだ」

「お前が皆と一緒にはしゃぐ姿を見たら逆に引くぞ」

俺と同じようにテンション置き去りにされた野郎共はそれぞれ素晴らしい返答を寄越してくれた。





バスから降りると視界を占めるのは白銀の雪景色、とゲレンデを見て表現したくなるのは何故だろうな。

天気は幸い晴れ。気温はかなり低いが雪山ではこんなもんだろう。

眼の前に広がるゲレンデに子ども達が感嘆の声を上げている。

新雪を踏み締めてテキトーな場所に集まると、士郎から細かい注意を受けた後に準備運動をした。

それから初心者を除いて自由行動ということになり、何故か我先にとリフトへと向かう士郎。

「………っておい! あいつが率先して初心者教えるべきだろうが!! なんで一番熟練者っぽい奴がいの一番にリフトに乗ってんだ!?」

「ソル!! 皆のことは全部任せた!!! その間に俺はこのゲレンデの帝王となる!!!」

帝王!? ゲレンデの帝王!? 何だそれ!?

「きゃー、士郎さん素敵。でもかつて私も雪の女王と言われたからには負けないわ」

よく分からないことを口走りながら桃子もリフトに向かい、

「じゃ、後はよろしくね。行こ、恭也」

「ああ」

それに続いて忍と恭也も、

「失礼します、ソル様」

「皆さんのこと、お願いしますね」

「ソルが居れば安心だよね」

ノエルとファリン、美由希までもがあっという間に去って行った。

残ったのは俺と子ども達とスキー経験皆無の大人。

「じゃ、僕もお先失礼して―――」

「逃がさねぇ。お前はだけは絶対に」

とりあえず俺を残してリフトに向かおうとするユーノの後頭部に向かって雪玉をぶん投げる。

見事命中してボフッと雪にうつ伏せになって埋まるユーノ。

それを捨て置くと、俺は背後を振り返り口を開く。

「まず、足を八の字にしてだな―――」

やる気の欠片も無い口調で基礎的なことをレクチャーし始めるのだった。





経験者であるアリサとすずか、スノーマンとなったユーノにも手伝わせたので教えること自体は割とすぐに終わった。

初心者達は生まれて初めて経験するスキーの感覚に戸惑っていたようだったが、重心とバランスを上手く取れれば結構簡単に滑れることに気付くと、そこからの呑み込みが早かったのも大きい。

足が不自由なはやてに関して若干不安があったのだが、事前に渡しておいたクイーンが姿勢制御やら身体強化やら体重移動の補助やら他にも色々やってくれているおかげで上手く滑れているようである。

少し傾斜がある場所で自分なりのペースで練習している皆の光景に俺は満足すると、たまたま傍に居たすずかに声を掛けた。

「これだけ滑れるようになればもう大丈夫だろ。じゃ、後は頼んだ。そろそろ俺も滑って昔の勘でも思い出すことにするぜ」

「あ、うん。そうだね。いってらっしゃい」

俺はゴーグルを装着するとリフトに向かった。

二、三人は同時に乗れるリフトに一人乗り、眼下で少しずつ小さくなっていく連中を見つめながら俺は口元を歪める。

スキーなんて一体何年ぶりだろうか?

今更になってテンションが上がってきたことに驚いた。

ゲレンデの頂上まで到達すると、まずは深呼吸を一つする。

大丈夫。さっき初心者との練習に付き合ったことでなんとなく感覚は思い出しかけている。こういう身体を動かすものってのは何年も乗っていなくても自転車の乗り方を忘れないってのと一緒だ。

あとは実際に滑るだけ。

「行くか」

前傾姿勢になりストックで雪を掻き、滑り出す。

初めはゆっくりと、ストックを使って徐々に速度を上げていく。

頬に当たる風が強くなってくる。

十分な速度になると、身体を横に傾けターンを描く。

「ははっ!!」

思わず口から漏れた歓喜の声。

それは身体がスキーを覚えていたことに対するものなのか、思ったよりも上手く滑れている事実に対するものなのか、全身で感じる速度感と冷たい風の心地良さに対するものなのか自分でも分からない。

気分を良くした俺はスピードを上げた。

もっと、もっとだ。

こんなものでは物足りない。

まだいける。まだまだいける。

更に速度を上げ、軌跡を引きながら体重を右へ左へ傾ける。

白い雪化粧の大地に抉るようにターンを決め、雪の粉塵を舞い散らせながら滑走する。

視界に映る全てのものが高速で後ろに流されていく。まるで世界を置き去りにしているかのようだ。

(なかなか楽しいな)

高速に流れる景色の中、ことの発端となったシャマルに感謝しつつ、俺はスキーを堪能することにした。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 スキー温泉旅行 その二
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/19 19:24



「うむ。温泉とは実に良い」

スキーで冷えた身体を温泉で暖める。そんな贅沢を満喫しながら、シグナムは安らぎの吐息と共に独り言を呟く。

「そうねぇ~」

誰かに同意を求めた訳では無いのだが、傍に居た桃子がそれに頷き、周囲に居た他の女性達も満足気に首肯した。

時刻は午後七時前。場所は宿泊する旅館の目玉である温泉、その露天風呂だ。

女性用の露天風呂からは先程スキーを堪能したゲレンデを見下ろすことが出来、ナイトスキーの為にライトアップされたその様を一望することが可能だった。

山々が雪化粧を施され月光に照らされる光景は絶景の一言である。

気温は当然低いのだが、お湯が温かいので首までしっかり浸かれば寒くない。

誰もが温泉に癒されていた。

「シャマルちゃんには感謝しなきゃね。もし福引に当たってなかったら来れなかったもの」

「………そんなことないですよ」

純粋に感謝している桃子の言葉にシャマルは恐縮するしかない。理由は推して知るべし。

「そんなことありますよ。だってソルが初めて自分から旅行の話を皆に振って今の結果があるんですから」

「ソルくんって自分が興味無いことにアクティブになることって無いですし」

アリサが感心したように言って、すずかが補足するように付け足す。

「やっぱり彼としては、本当の自分を曝け出して皆に受け入れてもらったことが大きいんじゃない? 私も恭也に受け入れてもらった時に世界が変わって見えたから」

忍の非常に実感が込められた言葉。それは夜の一族でありながら恭也と結ばれた彼女だからこその言葉と言えた。

「此処最近のソルの態度の変化ってやっぱそれが一番の理由だよね~」

温泉に癒されたことによって出てきてしまった犬耳を手で隠そうとしながらアルフが笑う。

「うん。お兄ちゃん前より少し優しくなった」

「笑顔も頻繁に見せるようになったよね」

なのはとフェイトが嬉しそうに微笑む。

二人の言う通り、ソルの態度は眼に見えて変わった。

何処となく態度が丸くなり、人付き合いも良くなり、以前にも増して包容力がある。

とても良いことだ、と皆は喜んだ。

かつて修羅道に堕ちた男が、今は過去のしがらみに囚われず平穏な生活を送っている。家族として、仲間として、友人としてこれ程微笑ましいことは無い。

「それにしてもソルくんから借りたクイーン。これ凄過ぎやわ。魔力送るだけで何から何までオートでやってくれるさかい」

首から下げたクイーンを弄りながら、はやては驚きと感心を込めた声を出した。

クイーンはソルから『この旅行中はずっと持っていろ』と渡されたのだ。そしてはやてはクイーンを身に付けることによって健常者と全く変わらない動きを可能としていた。先のスキーもクイーン無くしては楽しむことが不可能であり、クイーンがありとあらゆる面で補助を行っているおかげだ。

攻撃力は無いに等しいが、『それ以外に関しては全てを担う』というコンセプトの基に作られた補助専用デバイスなのだ。無駄に多機能なところに制作者の性格が大きく反映されている。

「はやてちゃんもそう思いますか? 私もクラールヴィントと引き換えに以前借りたことがあるんですけど、逆に凄過ぎて一部の機能しか使いこなせなかったんですよね」

「元々クイーンは法力使いであるソルが使うことを前提としているからな。デバイスであると同時に神器でもある。魔導師が使いこなすことは不可能だ」

残念そうな表情になるシャマルを諭すようにアインが静かに笑みを浮かべる。

「それ作ったのってソルくんなんでしょ? そういうもの見ると彼が元科学者ってことに納得出来るわ」

はやての手の中のクイーンを危険な視線で見つめる忍。何か琴線に触れたのかもしれない。

「アイツ自覚無ぇーけどかなりのマッドだぞ」

「確かにあの時のソルの眼つきはマッドサイエンティストと呼ぶに相応しかったな」

「私のクラールヴィントなんてよく分からない理由で指輪から腕輪にされちゃったんですから」

ヴィータが呆れたように言い、シグナムとシャマルが苦笑する。

そんな風に女性陣が談笑している時だった。

「うわぁー、さっきのゲレンデが此処から一望出来るんだ。ねーソルーッ!! ちょっとこっちこっちっ!!」

不意に、近くでユーノのはしゃぐ声が聞こえた。

………え?

誰もが声をした方に眼を向けると、そこには木材で作られた壁。男湯と女湯を遮る境界線。

「喧しい。聞こえてる」

「ほら見てよ。凄い綺麗な景色」

「絶景だな」

ユーノに続いてソルまで居る。女性陣の一部は心臓が高鳴った。

大人数であった為、他の客に迷惑が掛からないようにと壁の端の方に寄り集まっていた。まさか壁一枚隔てたそのすぐ傍までソルとユーノが来ているとは予想外だったので誰もが黙り、示し合わせたように口に人差し指を当てアイコンタクトする。

二人がどういう会話をするのか気になった、というのが実は最大の理由だったりする。

この二人、仲が良いだけあってよくザフィーラを連れて男だけで何処か行ってしまうことがよくあった。

その時にどんな会話が交わされているのか、さっきの自分達がソルの話題で盛り上がっていたように、この二人も男同士で女性の話題でもするのかもしれない。

女として気になる部分ではあったし、半ば出歯亀根性も手伝って女性陣は固唾を呑んで意識を壁の向こうに集中させる。

「あそこで滑ったんだよねー」

「ああ」

先程のスキーなど、他愛の無い話が続く。

しかし、女性陣が聞きたいのはこの後の食事の席で聞けるようなものではない。

普段は女性に聞かせないような男の本音とか、男性陣から見た女性陣の話とか、こう、もっとわくわくする話題が聞きたいのである。

「でも良かったね、はやてがちゃんと滑れて。本人も凄く喜んでたし、皆もそれを含めて楽しそうだったし。結構そこら辺心配してたでしょ?」

「ま、あいつらが喜んでれば俺はそれで良い。クイーンを渡しておいて正解だったぜ」

出来の良い息子と包容力溢れる父親みたいな会話を続けるユーノとソル。

気遣ってくれていたのは非常に嬉しいのだが、今聞きたいのはそういう話じゃない。

もっと”男”の会話をしろ!!!

旅行で、温泉で、しかも泊まりだぞ!? もっと話すべきことがあるんじゃないの!?

「温泉って気持ち良いね~」

「そうだな」

それっきり二人は黙りこくってしまった。

期待していただけにガッカリ度も大きい。

ついに痺れを切らしたアルフが二人に向かって念話を飛ばした。否応無しに意識を女性陣に向けさせようという魂胆だ。

『二人共、湯加減はどうだい?』

『あ、アルフだ。とっても良いよ』

『急に念話なんてして、どうした?』

アルフ以外の魔法関係者はいきなりの行為の意図を理解出来ず呆然となる。

『いやね、アンタ達が覗きとかしないように釘刺しておこうと思って』

『ああ?』

『し、しないよ覗きなんて!!!』

あからさまに動揺するユーノの声を聞き、アルフはほくそ笑んだ。

だが、動揺したのはユーノだけではなくアルフ以外の魔法関係者も同じである。他の者は急に全身を震わせて驚いたような表情をしているなのは達を見て訝しんでいる。

『それを聞いて安心安心。これから皆で気兼ね無く露天風呂に入れるよ。じゃあね』

『え? それだけの為に念話繋いだの!?』

念話を切ったアルフになのは達が詰め寄り小さな声で文句を言った。

(アルフさん何してるの!?)

(一体どういうつもり!?)

なのはとフェイトの言い分はもっともだ。あれでは覗いてくれと言っているようなものである。

(だって悔しいじゃないか。男達の間でアタシら女の話題が一切出てこないなんて)

(それはそうだが、限度があるぞ!! あのような会話内容、出てくる話題と言ったら一つしかないだろう!!)

顔を真っ赤にさせたシグナムがどうしてくれる、とアルフを恨めし気に睨みながらタオルで自分の身体を隠す。

顔を赤くしてアルフを睨んでいるのはシグナムだけではなく、なのは、フェイト、はやて、シャマル、ヴィータ、アインも恥ずかしげにタオルで身体を包んだ。

それを見て他の女性陣もどういうことか察したのか、それに倣う。

「覗くなって………このタイミングだと覗けって言ってるようにしか聞こえねぇぞ」

「そ、そうだね」

呆れたような口調のソルと、興奮してるのか緊張してるのかガチガチな喋り方のユーノ。

シグナムの悪い予感は的中し、覗きについて話し始める二人。

「皆が、この壁の向こうに?」

「居るんだろうな」

方向は違えど、確かに向こうでは”男”の会話がなされている。

女性陣に緊張が走る。

え? まさか?

覗きにくる? あの草食動物みたいな人畜無害のユーノと、こういうことに興味無さそうな硬派のソルが?

やっぱり二人共男なのか? 男の本能には逆らえないのか?

覗いてくるとしたら何処から? やはり壁の上から頭を突き出して? それとも魔法や法力を使って?

いくつもの疑問を頭の中で悶々とさせながら、女性陣は警戒しつつ、一部の者は私を目的に覗きにくるのかと期待する。

しかし―――

「ソル、僕まだ死にたくないよ」

「安心しろ。代償として殺される以前に覗きなんて真似出来るかってんだ」

面倒事は御免だと言わんばかりの口調で吐き捨てるソル。

「上がろっか」

「ああ」

バシャバシャと水を掻き分ける音共に二人の声が遠ざかっていく。

「お腹空いた~」

「もうしばらくすれば蟹が食えるぜ。それまでの辛抱だ」

「海の幸かぁ、楽しみだなー」

「酒に合えば何でも構わねぇが、美味いに越したことはないな」

既に二人の興味は夕飯に移っていた。

悩む様子すらほぼ無いに等しい、清々しい程の即離脱。



……………………………………………………………………………………………………………………………はい?



彼らの行為は人として常識的に非常に正しい。

正しいのだが………



―――この腰抜け共がっ!!!



女としては腸が煮え繰り返る程悔しかったのであった。










背徳の炎と魔法少女 スキー温泉旅行 その二










夕飯は新鮮な刺身に加えて、蟹尽くしの豪華な料理で溢れ返っていた。しかもおかわり自由とかいう出血大サービスである。

流石は海の幸食い放題というだけの触れ込み。

さぞかし騒がしい食事風景になるだろう、食事前はそう思っていたのだが。

「なんか微妙に不機嫌だったよな、あいつら」

窓を開け、アルコールを摂取したことによって火照った身体を冷ましながら浴衣姿のソルが不思議そうに呟いた。

「女性陣の間で何かあったのかな?」

こちらも同様に浴衣姿で、荷物整理をしながらユーノが疑問を口にする。

「ザフィーラは何か知ってるか?」

「むしろ俺も知りたい」

布団を敷きながらザフィーラは首を振る。

食事中、何故か女性陣は誰一人として喋ろうとせず、妙なプレッシャーを放ちながら黙々と箸を進めるだけだったのであった。

桃子、美由希、月村家、アリサはまだマシな方で少し虫の居所が悪い程度だったのだが。

「何だったんだろうな?」

「何だったんだろうね?」

「う~む」

特に酷かったのがなのは、フェイト、はやて、アルフ、シグナム、シャマル、アインの七人。所謂魔法組の女性陣だ。明らかに不機嫌なオーラを纏っていた。

アルフなんてユーノが箸を伸ばしたものを先に横取りするという嫌がらせまでしていたのだ。流石に眼に余る行為だったのでソルが蟹の甲羅をアルフの口に無理やり叩き込んで止めさせたが。

唯一人ヴィータのみが、何かを諦め切ったような表情で蟹に食らい付いていた。

彼女達はそれぞれ苛々しているというよりは落ち込んでいるような雰囲気で、何かあったのかと問えばなんでもないの一点張り。

男性陣は頭に?を浮かべながらも、どうせ女同士の間でトラブルでも発生したんだろう、一過性のものだから放って置けば元に戻るだろと勝手に決め付けて、不機嫌な女性陣を触らぬ神に祟りなし的な感じで視界になるべく収めないようにし、眼の前の料理を楽しむことにしたのだった。

微妙な空気からやっと解放された男性陣は各々用意された部屋へと早々に向かい、今に至るのである。

ちなみに部屋割りはこんな感じ。

ソル、ユーノ、ザフィーラの三人部屋。

士郎、恭也、鮫島の三人。

桃子、忍の二人部屋。これがペアチケット分だ。

ノエル、ファリン、美由希、アルフの四人部屋。

なのは、フェイト、はやて、ヴィータ、アリサ、すずかの子ども六人を無理やり詰め込んだ部屋。

シグナム、シャマル、アインの三人。

「ま、明日になれば機嫌直ってんだろ」

「女性の悩みが僕達男に分かる訳無いから、女性の間で解決してもらうしかないし」

「俺達が知ったところで何も出来んだろうしな」

そう結論付けると三人は早いと思いつつも床に着くことにした。










なのは、フェイト、はやての三人は生まれて初めて万引きをする中学生のような挙動不審な動きで旅館の廊下を歩いていた。

別に悪いことをするつもりなど更々無いのだが、勝って知ったる自分の家ではないよく知らない場所で、誰かに見られているかも、という心理が三人に緊張を持たせていた。

目的地は当然、ソル達野郎三人の部屋である。

そこからソルを引き摺り出し、自分達の部屋に連れ込むのだ。

これは断じて拉致ではない。保護だ、と自分を納得させる。

何故そんなことをするのかというと、旅行の話が持ち上がった時の淑女同盟”大人組み”のあからさまに怪しい態度の所為だ。

顔を紅潮させた三人。その時に会話に出てきたドラゴンインストール、ロマンス、アバンチュール、期待、そして何より『子どもは知らなくていい』という発言。

これで疑うなと言う者は至近距離で砲撃魔法をくれてやる。

桃子に何のことなのか問い詰めても『あらあら、まだなのは達三人には早いわ。せめて中学校卒業するまではソルに待ってもらいなさい』と生暖かく微笑ましそうにするだけで、答えらしい答えを得ていない。

一つ分かったことは、子どもはダメで大人はいいということだけ。

まだまだ純粋な三人は何のことか想像すら出来なかったのだが、乙女の勘が告げてくるのだ。

あの三人の企みを粉砕しろ。

さもないと大きく差をつけられる、と。

ただでさえ三人は子どもである所為で、百歳を越えるソルから見たら眼に入れても痛くない孫にも等しい存在でしかなく―――だからこそ無邪気に甘えることが出来るのだが―――子ども扱いされている。

シグナム、シャマル、アインの三人のように一人の女性として扱われたことなど皆無だ。

これは致命的な差である。

そしてあの三人はこのアドバンテージを最大限に利用としている。

必ず阻止しなければ。

桃子が言ったように最低でもあと六年近くは向こうにアドバンテージがある以上、邪魔し続ける必要があるのだ。

ただでさえあの三人は何かにつけてソルの傍に居ようとし、攻撃力が高そうな女性のそれで何時もソルを誘惑している、許しまじ、と思っている。

三人は自分達だって何時もソルの傍に居て甘えているのだが、彼女達の中では棚の最上段に自分を置くことが既に暗黙の了解となっていた。





ソルに分からせてやろう。アインはシグナムとシャマルにそう言った。

先程の露天風呂での態度は女として許せん、と続けた。

シグナムとシャマルもそれには同意を示す。

しかしどうすればいいのか?

簡単だ。あの男は長い間戦闘以外に関するものは切り捨てて生きてきたので筋金入りの戦闘者であるが、幸い今は違う。ならばソルには自分が男という生き物であることを思い出させて、私達三人がとても魅力的な女であることを分からせてやればいい。と自信満々にアインは宣言する。

では具体的にどうすればいいのか?

まず、酒盛りにソルを誘う。それから酔わせるだけ酔わせてから、こちらも酔った勢いで過剰なスキンシップを敢行する。

それだけ?

十分だろう。此処で重要なのはそのまま本番に移行することではない。ソルに自分は男であると自覚させ、私達三人を意識させるだけでいい。これだけならば傍に他の者が居ても作戦は実行出来るので困らない。

題して『ソルに自分は男であると自覚させ、私達三人を意識させる作戦』。

そのまんまのネーミングだった。

作戦決行の為に旅館のお土産コーナーで酒とつまみを買い、仲居からグラスを借り、ソル達野郎三人組の部屋へと急いだ。





「「「「「「あ」」」」」」

そして二組の乙女達が目的地を目前にして相対する。

しばらく沈黙が続き、

「こんな所でどうした?」

口火を切ったのはアインだった。

「それはこっちの台詞です。もしかしてお兄ちゃんにご用ですか?」

なのはが先頭に立ち、真正面からアインに立ち向かう。

「ああ。これから私達はソルと”大人の付き合い”をしようと思ってな」

一部言葉を強調させ、長い銀髪をかき上げながら手に持つ酒瓶を見せ付けるアイン。

「へ、へ~」

気にしてることを容赦無く抉られ、頬を引き攣らせる子ども三人。

「………私達もソルとお話したいなぁ、って思って」

「そうなんよ。普段と違うシチュエーションだと珍しい話聞かせてもらえるかもしれへんし」

「確かに、主はやての言う通りかもしれませんね」

「でもスキーって自覚してない疲れが溜まるスポーツですから、三人共早く寝た方が良いかもしれませんよ? 明日に響きますし、特にはやてちゃんは身体のこともありますから」

フェイトとはやてが目的を告げるとシグナムが頷くも、シャマルがオブラートに包んで部屋に戻れと言う。

「でも、今日のこととか明日のこととかで一杯お話したいし」

「そ、そう」

「ちょっとくらいならえーやんか」

負けじと返す。

「しかし、今此処で欲張って夜更かしでもすれば、明日のスキーの途中で思わぬ怪我をするかもしれない。そうなってしまえば元も子もない」

「夜更かしが原因で怪我でもしたらソルくんが怒りますよ? 最悪、旅行が終わるまで治してくれないかもしれないわ」

「シャマルの言う通り、教訓として治療しないと思います」

実に大人の対応で夜更かししようとする子ども達をやんわりと諭すアイン、シャマル、シグナムの三人。

相手が正論なので進退窮まってきたことに歯噛みする子ども組。

早く子どもは部屋に戻って寝なさい、という態度の大人組。

どちらが有利かは一目瞭然だった。

と、その時。

「大人って汚い」

ボソッと呟いたフェイトの言葉にビクッと身体を震わせる大人三人。

「な、何のことだ!?」

「急に何を言い出すんだ、テスタロッサ!?」

「………驚かせないでよ」

苦笑いを浮かべるが、眼を細めたフェイトの真紅の瞳には三人が下心を押し殺しているようにしか見えない。

「とばけないで。ソルをどうするつもり?」

「どうするって………どうすると思う?」

フェイトの懐疑的な視線に対してアインはしばし黙考した後、下手に言い返したりせず挑発的な物言いをする。

「ちょっとアイン!?」

「おいっ!!」

慌て始めたシャマルとシグナムを手で制止すると、アインはなのはからフェイトに向き直る。

その瞬間、ガラッと音を立てて部屋のドアが開けられた。

「「「「「「!!」」」」」」

六人が視線を向けるそこには、

「うるせぇ」

流氷よりも冷たい視線で不機嫌そうに眼を細めるソルが居た。

「テメェら人の部屋の前で何騒いでやがる?」

こめかみに青筋を立てているソルは、地獄の鬼すら裸足で逃げ出すこの世の何よりも恐ろしい威圧感を放っている。

六人は今更になって竜の尻尾を踏ん付けた上に逆鱗に触れていたことに気付き、凍りついた。

ソルの後ろは電灯が点けられておらず真っ暗で、ユーノとザフィーラの姿を確認出来ない。まだ十時前だというのに三人共寝ていたらしい。

この男、移動中に散々寝ていた癖にもう床に着いていたのだ。

「騒ぐんなら他所でやれ。次騒いだら雪山に埋めてからタイランレイブぶち込むぞ」

最早殺人予告とも雪崩予告とも取れることを宣言し、ピシャッっとドアを無慈悲に閉める様子はこれ以上の干渉を徹底的に拒否していた。

寝起きのソルは無茶苦茶機嫌が悪い。それはよく分かっていた。

しかし、まさか十時前には就寝しているとは思いもよらなかった。何故なら何時もの就寝時間より二時間も早いからだ。

「………部屋に、戻りましょう」

シャマルが冷や汗を垂らしながらそう言うと、それぞれが「あ、ああ」とか「うん………」とか返事してその場から離れた。

こうして一日目が終了する。










二日目。深夜から朝にかけて吹雪いていたようだが、起きる頃には既に止んでいて本日も絶好のスキー日和となった。

スキー初心者達はその肩書きを返上し、それなりに滑れるようになると思い思いにリフトに乗り込む。

そして俺とユーノとザフィーラは野郎三人でリフトに乗り込み、ゲレンデの頂上に居た。

すると、偶然にもこれから滑り出そうとしている士郎と恭也を発見する。

向こうもこちらに気付いたのか近寄ってきた。

「この面子でただ滑るだけだと面白味に欠けるから、勝負でもしないか」

士郎が悪戯小僧のような笑みを浮かべて言うことに、俺は口元を歪める。

「いいぜ。だが、ただ勝負するってだけじゃ面白くねぇ。何か賭けるか?」

「賭けか、面白そうだね」

「リスクがあればそれだけ緊張感も高まる………賛成だ」

俺の意見にユーノとザフィーラが賛同し、士郎と恭也も受けて立つと頷いた。

「ルールは簡単。此処から下まで誰が速いか競い合う。で、問題の賭けるものだが、何がいい?」

士郎に促され、しばらく考え込むと俺は無難なことを提案した。

「ビリが他の奴らに昼飯を奢る」

「ソル、それじゃあ父さんが負けた時のリスクが少な過ぎる」

「それ以前に俺は無一文だ。主に立て替えてもらえと言うのか? 俺にはハイリスク過ぎる」

恭也とザフィーラが文句を言う。確かに二人の言うことはもっともだ。ザフィーラを除いた四人の昼飯代は士郎の懐から出ているし、普段から飼い犬をしているザフィーラはそもそも収入源が無いので死活問題だ。

「夕飯抜き」

「そんな殺生な」

第二の提案はユーノに却下される。確かにあんな豪華な料理を抜かれるのは誰だって嫌か。

「昼飯抜き」

「飯から離れろ」

恭也に諭されたので素直に止めることにする。

「じゃあ何がいいんだよ?」

この面子で平等なリスクを負うとなると、賭けの対象となるものは自ずと限られてくるのだが。

「ならさ、ビリの人が今日お風呂入った時に女湯覗くとかは?」

「「「「………」」」」

ユーノの言葉に誰もが黙り、言った本人ですら発言した内容の恐ろしさに気が付いたのか、俺達は揃って顔を真っ青にする。



―――死ねと?



「………女湯なんて覗いたら確実にぶっ殺されるぞ。ジョークでもそんなこと言うんじゃねぇ。もし女共にこのことが聞かれてたら罰ゲームどころかDEATHゲームだぞ」

「自重するよ………」

俺はユーノの両肩を掴むととても反省したようだった。

だが。

「それはそれでありだな」

信じ難いことに士郎が賛成の意を示す。

「馬鹿か親父、死ぬ気か!?」

「父さん、俺達を置いて逝かないでくれ!!」

「士郎さん、僕は貴方を忘れません」

「受けた恩を返すことも出来ず、ベルカの騎士として恥知らずな俺を許して欲しい」

「死亡確定、というか罰ゲーム俺決定みたいな言い方はやめてくれ。まだ俺と決まった訳じゃ無い」

慌てたように手を振る士郎。

「皆覗きはしたくないんだな?」

「当たり前だ」

「まだ死にたくありません」

「騎士としてそのような真似が出来るとでも?」

「というか、妻子持ちの父さんがそんなこと言うとは思ってなかったぞ。そもそも忍にこんなことがバレたら俺は………」

「じゃあ罰ゲームはそれで決定ってことで」

「「「「何ぃぃ!?」」」」

どうしてそうなる?

「皆何をそんなに恐れているんだ? バレた後のことか?」

それ以外に何があるってんだよ!!

「確かにそれは恐ろしいな。俺の場合は桃子が般若の笑みで襲い掛かってくるだろう」

よく分かってるじゃねぇか。

「しかし、それを恐れて壁一枚隔てた桃源郷を拝まないのは男が廃るというものではないか?」

「俺達覗きがしたいけど土壇場になって尻込みしてる訳じゃ無ぇぞ。お前が言う桃源郷を拝むって行為自体が罰ゲームだから嫌だっつってんだ」

冷静に突っ込みを入れたが華麗にスルーされる。

ていうか、こいつは自分の妻と娘達を覗けって言ってるようなもんだということを分かってるんだろうか?

分かっているのか分かっていないのか………士郎の性格上、ただ単にスケベ心で言い出した訳じゃないだろう。

怪しい。一体何を企んでやがる?

その後、しばらくの間士郎の覗きや男という生き物に関する微妙な演説が続き、結局は『皆が一番嫌がる』という理由でなし崩し的にビリの奴が”覗き”を罰ゲームとして行うことになってしまった。

決定的だったのは士郎の『やる前から負けることを恐れているとはソルらしくないな』という挑発に『上等だ』と簡単に乗ってしまったのがいけなかったのだが。

賭けを言い出したのは俺だし、それにユーノは面白そうと賛同した。ザフィーラなんてリスクが高い程緊張感があっていい的なことを言ってしまった所為で碌に反論出来なかったのも一因か。

別にバレる必要性は皆無なので、”覗き”という行為を一瞬でもすればいいとのことである。

まあ、チラッと覗く程度なら。その時に誰も居なければ精神的にとても助かるし、罰ゲームはそこで終了となるのでいい………のか?

もし俺が負けたら覗き言いだしっぺのユーノと士郎に全力で責任を擦り付けてやる。絶対に、必ず、士郎のさっきの妄言を桃子に言い付けよう。

そして俺達はスタートラインにつく。

ただの競争が人としての尊厳とか、今まで積み上げてきた女性陣に対する信頼とか、そういった諸々を賭けることになるとは思ってなかった。

誰一人として下心は無いので、全員がマジになる。

じゃあ覗きなんて罰ゲームでやらせるなよ、と言いたいが時既に遅し。

ゴーグルを装着し、ストックを握り締め、俺を含めた皆が全身から殺気染みた気迫を立ち昇らせた。

もう勝てばいいんだよ勝てばっ!!! 俺以外の他の誰かが女湯覗いてボコボコにされて女性陣から虫けらを見るような眼をされたって知ったこっちゃねぇんだよ!!!

覚悟を決める。

「「「「「ヨーイ」」」」」

前傾姿勢になり、ストックを持つ手に力を込めて、

「「「「「ドンッ!!!」」」」」

俺達は全く同時に雪の斜面を駆け下りた。

「ゲレンゲの帝王は俺だ!! 最速の俺は負けん!!!」

「随分勝手な罰ゲームにしてくれるじゃねぇか、しかも俺より速くスキーを滑るだと? どっちかって言うと後者の方が気に入らねぇ!!!」

「ビリになったら恨むぞ父さん!!」

「僕はまだ死なないぞぉぉぉぉ!!!」

「騎士の誇りに懸けて、というより男として負ける訳にはいかんっ!!!」

疾風の如き勢いで滑走しながら、男達の色々なものを賭けた戦いが始まった。























後書き

なんか、長くなりそうです。

で感想版に質問があったので、此処で答えておこうと思います。




ZERO◆13ee31fdさんからご質問。


質問1:確か明記はされていませんが、ジャスティスって『終戦管理機構』に改造されたアリアじゃありませんでしたっけ?


『ジャスティスの素体がアリア』っていうのは原作ではあくまでそれっぽく描写されているだけなので、この作品でのソル個人の解釈は『ジャスティスは”あの男”が造った』というところで留めています。

GG世界のキャラクターも皆『ジャスティスの制作者は”あの男”』と言ってますので。

初代GGにてソルのエンディングでのジャスティスの遺言『また三人で語り合おう』や、GG2のエンディングにて”あの男”の台詞で『彼女(アリア)は僕も、キミも殺した』という発言から十中八九ジャスティス=アリアじゃないかな? とは私個人が思ってるんですけど。

ソルはもしかしたらジャスティス=アリアって思ってるかもしれません。でも口には出さない。

ついでに、この作品に出てきたジャスティスはあくまでソルの記憶を基にして生み出された偽者であるということをご理解ください。



質問2:此方も明記されているわけではありませんが、木陰の君(多分ディズィー)の両親はジャスティスとソル(フレデリック)だった筈ですが? 注)アリアがジャスティスに改造される前にギア化したフレデリックとの間に儲けた子供だった筈ですが。


これについてはノーコメント、というのはダメだと思うので私なりの解釈を。

ジャスティスが木陰の君と親子である、というのは公式設定ですが、木陰の君=ソルの子どもというのは確証が全くありません。やはりそれを匂わせる描写などはシリーズを通して存在しますが、私はそれを公式設定として扱いこの作品で描写することを控えています。

それに関して確証が持てないというソル個人の心理も影響してると思います。確証があったとしてもソルの性格を考えれば名乗り出ないでしょう。

やはりこちらもゼクスのソルのストーリーモードで”あの男”が『あいつの面影がある』『また一つ殺される理由が増えた』という発言をしてますので非常に怪しい話ではありますが。



質問3:神器というのは本来、法力を要して形成された物ですが・・・確か、法力要素を取り込むことによって起動してるのではなかったですか? ※)多分リリなのの世界には法力要素を形成する物は無いと思いますが・・・?
あれはギアの理論の元になった物ですから、ソルが発見したわけではないですし・・・かなりの未来でなければ確立されていない原理・法則の筈です。
(確か理論を発見したのはギアメーカー(あの男)だった筈ですし)(殆どは小説版ギルティギアで知った知識です)




この質問は私の描写不足だと思われるので、此処ではっきりと登場したデバイス達と法力について説明をしておこうと思います。


『クイーン』

デバイスとしての機能、神器としての機能を併せ持つ『半デバイス半神器』。

他のデバイス同様、登録された魔法や法力を手にした人間から命令を受けて、もしくは術者の危機に反応して脊髄反射のように発動させることが可能。

命令が無くてもクイーンの意思で魔法や法力を行使出来る。

マスター権限は登録制。登録すれば誰でも使用可能。

登録者以外の者の手に渡ると『神器』としての機能にのみロックが掛かり、ただの補助専門デバイスになる。

特筆すべき点は、法力使いではなくてもクイーンに登録された法力なら誰でも使えること。

ただし魔導師が法力を使えるようになるのではなく、あくまで『クイーンが法力を使っている』のであって、魔導師は魔力を供給しているだけということになる。



『ソルに改造されたデバイス達 レイジングハート・バルディッシュ・レヴァンティン・グラーフアイゼン・クラールヴィントの五つ』

レヴァンティン、グラーフアイゼンはカートリッジシステムを除去され、クラールヴィントは指輪から腕輪になってしまっている。

神器の機能を真似て付与された『魔法の増幅機能』はあくまで魔法を増幅させるものであって、法力を増幅させるものではない。

『法力を増幅させる』という神器の機能を模写、応用させたものである。作中でもソルが『その機能を普遍化し、汎用性を持たせた上で法力を魔法に置き換えた』と言ってるので、法力が使える訳では無い。

作中の『半分神器』という表現は『魔法の増幅機能』のことを表している。

分類的には『神器のノウハウを活かして改造された”デバイス”』である。



『封炎剣』

作品中、唯一の純粋な神器。

鍔を展開すると小さなスリットがあり、そこにクイーンを填めることによって『ドラゴンインストール・完全解放』の発動キーとしている。

別に封炎剣とクイーンを合体させなくても『ドラゴンインストール・完全解放』は使用可能だが、あの状態だと服着てないので首から下げたクイーンが邪魔でしょうがない。






法力は『火・水・風・雷・気』の五大元素から構成されている。

また法力を行使する為に一時的にアクセスする仮想空間『バックヤード』は現実の世界ではなく、『あらゆる情報が高密度の素子となって運ばれ、集約され、絶え間ない再構築が行われ続けている』情報世界です。

普通の人間には認識することの出来ない世界。バックヤードは所謂アカシックレコードのようなもの、概念の世界とも言い換えていい。

石渡氏曰く『海のように情報が錯綜している空間で、たまたまそこで文字のようなものが形成され、意味を成すと、それが現世にあらわれたり、意識やカタチを持ったりします』とのこと。

GG2からソルの台詞を持ってくると、

『(バックヤードとは)100年も前から理論的には存在が推定されていた五大元素の構成に理由を付ける為の特定言語。もしくはこの世の原理という原理を定義付けする情報が内包された「何か」』

『この世界の事象もまた「何か」がなければ起こりえない』

『(法力を行使するには)その「何か」から強引に「理由」を借りてくる』

とあるので、法力とはバックヤード内に”理由付け”をすることによって”事象”を現実世界に顕現させる技術である、と私は解釈しています。

”あの男”はあくまで法力の基礎理論を完成させるのに一役買った人物であって、法力を理論化したり発見した訳では無い。ソルと同じ科学者であり、法力が世に広まった時にソルと同時期に法力に関わったとGG2でソルが語っている。

法力と魔法は全くの別物。

小説版の設定はあまり覚えていないので、この作品の法力の設定は原作準拠にしています。





[8608] 背徳の炎と魔法少女 スキー温泉旅行 その二の勝負の行方
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/20 23:51




俺は今、腰にタオルを巻いただけの状態で露天風呂に居た。

眼の前には男湯と女湯を遮る境界線である木板で造られた壁。

「下らねぇ」

舌打ちと共に吐き捨てた言葉はこれから行う罰ゲームに対するものと、賭けに負けた不甲斐無い自分に対するものだ。

「文句言ってないで早くやれ、負け犬」

「そうだぞ、負け犬」

「はぁ~、僕がソルみたいな負け犬にならなくて良かった」

「ソルが、負け犬………くくく」

「………テメェら、火葬してやろうか」

首だけ振り返り、殺気を込めて背後を睨む。

背後には俺同様に腰にタオル巻いただけの士郎、恭也、ユーノ、ザフィーラ。どいつもこいつも必死に笑いを堪えながら俺が罰ゲームを行う瞬間を今か今かと待ちわびている。

結論から言おう。俺は負けた。つまりビリだ。罰ゲーム決定だ。クソが!!!

しかし、と思う。

(あれは無効試合だろ?)

コースの半ばまで士郎と首位争いをしていた時に、偶然視界の先で忍がはやてに衝突した瞬間を見てしまったのだ。

勝負や賭けのことが一瞬で頭から吹っ飛んだ俺は急いではやての傍に駆け寄り、怪我をしていないか確認した。

幸い二人共怪我らしい怪我は何一つ無く、ほっと胸を撫で下ろす俺の横を恭也とユーノとザフィーラが追い抜いていった。

慌てて追いかけるも決定的な差は埋めることが出来ず、ビリ。

やり直しを要求したが全く聞く耳持ってもらえず、手放しで喜ぶ四人を見てあまりにも腹が立ったので俺は一番近くに居た恭也をぶん殴り、ユーノを投げ飛ばし、ザフィーラに蹴りをかまし、士郎に頭突きを入れてそのまま一対四の乱闘となった。

俺を含めた全員がズタボロになり始めた頃にようやく周りの連中が「そろそろ止めろ」「周りに迷惑だ」と呆れたように割って入ってきたので、とりあえずその時は矛を収める。

だが、四人はしこたま殴ってやったというのに口を揃えて「勝負は一回きり」だの「全てはあるがままに」だの「結果は覆らない」だの「いい加減負けを認めろ」だの言い放つ始末。

またも乱闘に移行する瞬間に桃子が「いい加減にしときなさい」と暗い笑みを浮かべたので諦めることにしたのだった。

で、今に至る。

(そもそもなんで俺が女湯覗かなきゃいけねぇんだよ? 俺は女になんざ興味無ぇってのに)

これがアクセルとかだったら罰ゲーム云々関係無しに喜び勇んで覗きを敢行しただろう。

しかしいくら俺が男とは言え、もう二百を越える爺だ。性欲なんてもんはギアになってから不要なものとして切り捨てるように考えて生きてきた所為で、覗きの免罪符のようなものを得られたとしても嬉しくも何とも無い。むしろ迷惑だ。

今更女の裸を見ることに羞恥心も無ければ下心も無い。あるのは覗きという下劣な行為に対する嫌悪感とそれを強制される屈辱感だ。

この状況で一体誰が得をすると? いいや、誰も得なんぞしない。

最後の足掻きとして俺はそのことを四人に伝えたが、返ってきた答えは素晴らしい笑顔でサムズアップして「じゃあ尚更GO!!」だった。

………もう覚悟を決めるしかない。

頼む、誰も居ないでくれ、と信じてもいない神に祈る。

もし誰か居たら俺を恨むんじゃなくて、俺にこんなことを強制させた四人の馬鹿を恨んで欲しい。

海鳴市に帰ったら絶対に四人を泣いて許しを乞うまで殴ってやる。

壁の高さを確認してから垂直跳び。なるべく音を立てないように端部分を掴み、懸垂の要領で頭を出す。

気分は魔女の釜に頭を突っ込む心境。もうどうにでもなれ、というかいっそ一思いに殺してくれって感じのまな板の上の鯉だ。

湯気が濃くて何にも見えない、はい終了、ということは悲しいことになかった。

バッチリ見えた。湯気? そんなもんハナッから無ぇよと言わんばかりにクリアな視界だったのである。

………しかも、よりによって、俺の沽券的な問題として最低最悪なことに視界の先には身内が居た。

なのは、フェイト、はやて、シグナム、シャマル、アインの六人が今から露天風呂に入ろうとしている場面。

全員が手にタオルを持っていて、だからその肢体を隠していない無防備な状態なので色々と丸見えだ。

子ども三人は特に言うべきことは無い。ついこの間までなのはとは一緒に風呂に入っていたし、フェイトとも一度入ったことがある。三人共、第二次性徴が始まる前の子どもらしい未成熟な身体だ。大した凹凸も無い幼児体系。特筆すべきことなんざ無い。

問題は大人の三人。

シャマルは均整の取れた全身はバランス型と表現すればいいのか。女性らしく丸みを帯びた肢体は胸もそれなりにあって腰もキュッと締まっていて、入浴中である所為で上気した頬は大人の女の色香を匂わせる。

シグナムは典型的な、”出る所はとことん出ていて引っ込む所もとことん引っ込む”所謂同性が羨むタイプ。健康的な肌の色、訓練で鍛えた手足はスラリと伸び、まるでモデルのようでつい魅入ってしまう。

アインは二人よりやや細身だが、それでもしっかりと出るべき所は出て引っ込むべき所は引っ込んでいる。ようするに着痩せするタイプなんだろう。胸もシグナムに迫る勢いがあり、華奢な体格でありながらもそれは美しかった。

そこまで評価したところで、六人と思いっ切り眼が合う。

誰もが驚愕に眼を見開き、凍りついたように動かなくなる。

沈黙が場を支配し、一陣の冷たい風がヒューッと音を立てて通り過ぎた。

(終わった………思えば長い人生だった)

暗澹たる思いで俺はゆっくりと頭を引っ込めるのだった。










背徳の炎と魔法少女 スキー温泉旅行 その二の勝負の行方










「あー死にたい」

自己嫌悪で死ぬことが出来ればいいのに。

浴衣姿でマッサージチェアに腰掛けながら、俺は口から魂のようなものを垂れ流し死んだ魚のような眼で虚空をボンヤリと見つめていた。

あの後、不幸中の幸い悲鳴こそ聞こえなかったので騒ぎにはならなかったが、今頃「お兄ちゃんの変態」「酷いよソル」「最低や」「見損ないました」「覗きという低劣な行為に手を染めるとは」「下衆め」とか散々罵詈雑言を吐かれているに違いない。

本当に今更だが、賭けなんて言い出すんじゃなかった。

今まであいつらと築き上げてきた絆とか、信頼とか俺のイメージとかその他諸々が一瞬で瓦解してしまったのだ。

何より覗きなんてしちまったことによって俺のプライドがズタズタだ。

お先真っ暗。

もうこの場から動きたくない。

「ソル、何時までマッサージチェアに百円玉入れ続けるつもり? もうご飯だから皆の所行こうよ」

浴衣姿のユーノがタオルで頭をわしわし乾かしながら近付いてくる。

「放っておいてくれ。もう俺此処で暮らす」

「うわ、世迷い事まで言い始めた。これは思ったよりも重症だね」

哀れむような視線を向けてくるユーノの視線を受けて、俺の中の何かが切れた。

「元はと言えばテメェの所為だろうが!!!」

俺はマッサージチェアから立ち上がるとその場でドロップキック。倒れたユーノを無理やり立たせてからジャーマンスープレックスを決めて、蹴りを入れて仰向けからうつ伏せに転がすとそのまま座るように圧し掛かってキャメルクラッチ。

「グフ」

泡を吹いて意識を手放したユーノをマッサージチェアにドライヤーとそのコードで縛り付けてその場に捨て置くと、俺はゾンビのような足取りで脱衣所を後にした。

あと三人………士郎、恭也、ザフィーラ………ただじゃ済まさねぇぞ。





夕飯を食う気にはとてもなれず、というかあいつらと顔を合わせるのが嫌なだけだが、宛がわれた部屋に向かって軟体動物のような鈍重さで歩いていると、背後からポンッと肩を叩かれた。

「探したぞ、ソル」

壊れかけたブリキ人形のような動きで振り返ると、そこには俺の肩に手を置いてこれ以上無い程の笑顔を浮かべるシグナムが居た。

いや、シグナムだけじゃない。その隣にはアイン、シャマルまで居る。

要するに、社会的な死刑が確定した訳だ。

「スマン」

とにもかくにも頭を下げて謝っておく。いくら俺に下心が無かろうと覗きをされた女にはそんな事情知ったことでは無いだろう。これで許してもらえるとは思っていないが、誠意というものは見せなければいけない。

頭を下げた状態で俺は断罪の言葉を待ち続けた。

しかし、俺の予想とは裏腹に待てど暮らせど罵声の声が聞こえない。

不審に思って顔を上げると、三人共「分かっている」という風に頷いているだけだった。

全く以って訳が分からない。

「お前が謝る必要は無い」

優しい声と共に肩に置いていた手をそのまま俺と腕を組む形で横に並ぶシグナム。

「そうですよ、覗きなんて男性であれば誰だってします」

その反対側の腕をシャマルに組み付かれる。

「むしろ私はお前が”男”であることに安心したぞ」

いつの間にかアインが俺の後ろに回り込み、首に腕を絡ませながら体重を預けてくる。

怒ってない? むしろ喜んでるような節があるが………この態度を信用していいのだろうか?

後で慰謝料とか請求されないよな?

「さ、早くご飯にしましょう? 私お腹空いちゃいました」

上機嫌にクスクスと笑う三人を薄気味悪いと内心思いながらも口には決して出さず、抵抗を許されない俺は警察に取り押さえられた犯罪者のような気分で連行されるのであった。





「お兄ちゃん何処行ってたの?」

「ずっと探してたんだよ」

「まあええやん二人共。ほな、ソルくんが来たさかい食べよ」

食事の席に到着すると、俺を待ち侘びていたらしい連中から文句の声が上がる。

ちなみにユーノは居ない。

それに生返事を返しながら座布団に座ると、妙にニコニコした表情のなのはとフェイトとはやてが甘えてきた。

俺の膝の上に座りたがったり、「食べさせて欲しいな」とせがんできたり、なんかもう今までで一番甘えてきたんじゃないだろうか?

シャマルは料理を取り分けてくれるし、シグナムとアインは傍でグラスを空けた瞬間酒を注ぐ為に待機している。

何だこれ?

怖い。

皆の優しさが怖い。

誰からかは不明だが、たまに殺意に勘違いする程強大な邪悪の気配がすぐ傍でして気が気じゃない。

まさか命狙われているのか? と変に勘繰ってしまう。

気配を感じる度に震える俺を見て、皆が不思議そうな顔をするので気配の持ち主は此処に居ないのだろう。

だというのに、気を抜くとすぐ傍でまたしても感じる獲物を付け狙うハンターのような視線と邪悪な気配。

こっそりと法力場を展開して策敵してみるが、特に異常は無かった。

一応、念話でクイーンに確認してみるもやはり異常無し。

俺以外の誰も気配と視線に気付いた様子は無い。

姿が見えない敵にかつて経験したことが無い程の恐怖に苛まされながら、俺は夕飯を終えた。





皆より早めに部屋に戻ると、俺はまず桃子にメールを送った。

あの時の士郎の妄言を一字一句漏らさずメールに打ち込んでおいた。しばらくして野太い悲鳴が聞こえたのでこれで士郎は死んだも同然だろう。

次に仲居から借りたやかんを使って大量のコーヒーを用意してザフィーラを待つ。

「やめろソルッ!! 一体何のつもりだ!? ぐわぁぁぁっ!!」

のこのこ部屋に戻ってきたところを法力で取り押さえ、無理やり熱々のコーヒーを口に流し込んでやる。

カフェイン中毒で死ねクソ犬がぁぁぁぁぁっ!!!

泡を吹いて倒れたのを確認すると、最後に恭也の所へと向かう。

結界を張って二人っきりになると、有無を言わせずタコ殴りにしてやった。ついでに両手足の関節を外しておく。鮫島には明日の朝になるまで関節を絶対に戻すな、それ以外ならこいつの要望に応えていいと半ば恫喝して後のことを任せた。

ヒット完了。

「ふぅ」

今日一日で溜め込んだ心労と共に溜息を吐き出すと、俺は布団に潜り込んで寝ることにした。




[8608] 背徳の炎と魔法少女 スキー温泉旅行 その三
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/27 22:48


不意に眼を覚ます。

暗闇の中、気配を殺して部屋に入ってきた者が複数人居る。一人二人だったなら気が付かなかったかもしれないが、如何せんそれより数が多いので気が付けたようだ。

士郎、恭也、ユーノ、ザフィーラかと思ったが敵意を感じない。

じゃあ誰が?

頭を戦闘に切り替えて身構える。

耳を澄ませ、警戒心を最大に高め、俺が起きているという事実を侵入者達に悟られないようにする。

音も無く布団から抜け出し、窓際に移動し、カーテンに身を隠し、侵入者達を見極める。

闇に眼が慣れると侵入者が朧気に見えてきた。

(………見なきゃ良かった)

そして後悔する。

侵入者達は俺が布団の中に居ないことに気が付くとあからさまに舌打ちし、「勘が良い」だの「逃げられた」だの「一緒に寝たかったな」だの「今日はチャンスだと思ったのに」とブツブツ文句を言って隠れてる俺には気が付かず去っていった。

最後の一人が出て行き扉が閉められたのを確認すると、カーテンから出て携帯電話で時刻を調べてみた。

午前十二時五分前。

「冗談じゃねぇぞあいつら………」

なんで深夜に襲撃を受けなければいけないのだろうか? 旅行先でくらいゆっくり寝たい。

嗚呼そうか。ユーノを脱衣所に放置したまま、ザフィーラを部屋の外に放り出した所為か。

近い内に食われるかもしれない。

それを恐れた俺は、未来からやって来た青い猫型タヌキロボットの如く押入れの中に潜り込み眠りにつくのだった。










背徳の炎と魔法少女 スキー温泉旅行 その三










「スキー出来るのは今日で最後だから、各自心残りの無いように」

朝食を終え、バスに揺られ、ゲレンデに降り立つと士郎は皆にそう言い早々にリフトに乗り込む。

(今日で最後か)

明日は朝食を終えたら荷物を纏めて旅館を後にし、来た時と同じようにバスで空港に向かい、飛行機に乗って海鳴市へ。

スキーをしている時間は無い。

実質今日が最終日だ。

(ま、旅行ってのはこういうもんだよな)

賞金稼ぎとして各地を放浪し、その日暮らしの根無し草をしていた俺にとって旅というのは馴染み深いものだった。

しかし、この世界に来てもう五年。

一箇所に留まって暮らし、常に傍に誰かが居る。しかもそれが大人数だった試しが碌に無かった為、此処数年は旅行の最終日やその前日になるとやけに感傷的になる。

俺も年を取ったな、と苦笑する。

そういえば最近、自嘲するように笑わなくなった。

(皆のおかげ、か)

視界の中でわいわい騒いでいる連中。俺にとってかけがえのない存在だ。

あいつらにどれだけ救われただろう?

アリアの言った通りだ。あいつらが居る限り俺は以前のような生き方はしないだろう。

(幸せだぜ………俺は)

胸中で呟くと、俺はリフトの前で集まる皆に近付いた。





「あ~あ~。スキーと温泉もこれでお終いか~」

頭の上にタオルを載せたユーノが感慨深い声を上げる。

旅行最後のスキーを終え旅館に戻ると冷えた身体を温泉で暖め、その後宴会のようになった夕飯を楽しみ、就寝前にもう一度だけ風呂に入ることにした。

傍で眼を瞑って気持ち良さそうにしている恭也とザフィーラもユーノの言葉に頷いている。

俺達が今居るのはあの忌まわしい露天風呂なのだが、もう誰も茶化そうとしない。

そこへ、風呂桶の中にお猪口を入れ、片手には一升瓶を抱えた士郎がやって来る。

「ホラ、ソル」

「悪い」

お猪口を手渡されたので受け取った。

「あ、父さん。後で母さんにどやされても知らないぞ」

「ていうか、お風呂にお酒持ち込んでいいんですか? しかも徳利ならまだしも瓶で」

恭也とユーノが呆れたように半眼になる中、ザフィーラもお猪口を受け取る。

「温泉でこれをやらなきゃ日本人じゃないぞ」

「士郎殿と恭也殿以外は全員日本人ではありませんが」

「俺とザフィーラなんて人間ですらねぇ」

士郎の言葉に俺とザフィーラはフッと鼻で笑う。

「それはそれ、これはこれだ」

ニヤリと笑う士郎。

そして恭也とユーノを抜いた俺達三人は乾杯した。

ちびちびと舐めるように酒を楽しみながら他愛の無い話が繰り広げられる。

それに相槌を打ちながら、時に突っ込みを入れながら温泉に浸かり美味い酒を味わう。

この上ない贅沢だ。

そんな時、心も身体も満たされている中で不意打ち気味に士郎から話を振られた。

「………で、ソルは誰が本命なんだ?」

「は?」

何を言われたのか理解出来なかったので、呆けてしまう。

「とぼけるな。なのはから始まって、フェイト、はやてちゃん、シグナムさんにシャマルさんにアインさん。何時も自分の周りに女性を侍らしてるじゃないか。この中に本命が居るんだろ?」

のぼせてきているのか、本格的に酔ってきたのか顔が真っ赤な士郎がニヤニヤと口元を歪ませながら問い掛けてくる。

「勘違いしてるようだが好きで侍らせてる訳じゃ無ぇぞ。あいつらが勝手に―――」

「僕も知りたい。本命は誰なの?」

ユーノが隣で意地悪な顔をして俺の言葉を遮った。

「分かった、当ててみせよう………アインさんだ」

ズビシッと士郎に指を差される。

「俺はシグナムさんを推そう」

恭也が勝手なことを言い出す。

「俺はシャマルではないかと思っている」

ザフィーラがお猪口に口を付けながらのたまう。

「げっ、大人の女性が皆取られた………じゃあ僕はソルがロリコンじゃないと信じてるから………あれ? 居ない?」

「テメェら何好き勝手に言ってやがる」

「え!? まさかソルってロリコンなの!? じゃあなのはとフェイトとはやてにもまだまだチャンスはあるね」

「違うわ!!!」

とりあえず血迷ったことを言い始めたユーノを湯船の中に沈める。

「何だと!? じゃあアリサちゃんやすずかちゃんまで………」

「お前………手当たり次第か?」

「まさか大穴でヴィータが来るとは………」

「テメェら全員火葬がお望みらしいな」

「「「冗談だ」」」

「笑えねぇよっ!!!」

手足をバタつかせて暴れていたユーノの抵抗が弱まってきたところで手を離す。

「ぷはぁっ!! ぜぇぜぇ………殺す気!?」

「次言ったら苦しまないように殺してやる」

「ごめんなさい」

殺気を滲ませて睨みつけるとあっさりと頭を下げてきた。

ったく、謝るくらいならハナッから言うんじゃねぇっての。

「「「「で、誰?」」」」

「しつけぇぞテメェら!!!」

しかもなんでそんなに息が合ってるんだよ!? シンクロ率高過ぎだろ!!

「本命なんて居ねぇよ」

「嘘を吐くな」

と俺のお猪口に酒を注ぐ士郎。

「マジだ」

「またまた照れちゃって」

手の平を上下に振って茶化すユーノ。

俺は深い溜息を疲れと共に吐き出すと、どうしたもんかなと四人を見る。

四人の眼は「吐いてしまえ」と言っていた。

頭部を壁に預けて、俺は空を仰ぐ。

都心から離れているおかげで満天とまではいかないが、それなりに星が見える夜空が視界一杯に広がった。

しばらくの間そのままの体勢で話そうか話すまいか考えていたが、いずれあいつらとはこういう恋愛の話に関してきっちりと決着をつける必要があると、何時までも今のような関係ではいけないと気付いたので、結局話すことにした。

こんな風に思考が話す方に向くなんて、もしかしたら俺は酔ってるのかもしれない。

「一人………一人だけ居る。この世の誰よりも愛してる女が」

「「「「おお」」」」

野郎四人の感嘆の声。

「でも居ない」

「「「「は?」」」」

「居るけど居ないんだ」

「そんな謎々じゃないんだから勿体ぶってないで教えてよ」

ユーノの期待の篭った声を聞き流し、天を仰いだまま誰とも視線を合わせないようにしながら俺はゆっくりと言葉を紡いだ。










「死んだ………いや………俺が殺した」










俺が人間の時だったから、もう百五十年以上前の話になる。

そいつの名前はアリア。俺より二つ年下だ。

当時はまだ法力が理論化されたばかりの時代。

科学者として同じ研究機関に所属していた俺達の中で紅一点の存在で、俺が素粒子物理学の学位を持っていたように、アリアも情報工学の博士学位を持っていた。

頭は非常に良かったが、妙に子どもっぽい癖に母親みてぇに口うるさい性格でな。よく「また研究室でタバコ吸ってる!」って小言言ってきやがって。

おまけに料理の腕は壊滅的でアリアが作ったもんを食った日は一日中トイレの住人になるわ、デートに行けば「あれが食べたい、これが欲しい、奢って」って我侭言って金せびるわ、今思えばなんで付き合ってたのか不思議に思うくらいに欠点だらけの女だった。

でも、アリアの時折見せるあどけない笑顔が好きだった。子どもっぽい仕草が可愛かった。欠点を含めて心から愛していた。

そしてアリアも同様に、お世辞にも人間として褒められた性格とは言えない俺を愛してくれた。

俺達二人は科学者という職業上、どうしても研究にのめり込むような生活を余儀無くされたが、俺もアリアも一度研究に没頭すると周りが見えなくなるタイプだったし、同じ研究チームだったから離れることは稀だった。

世間一般で言うカップルとは少し形が違っていたが、俺個人としては付き合い方に不満は無かった。

それはアリアも同様で、このままいずれは結婚するんだろう、お互いに漠然とそう思っていた。

俺がギアになるまでは。

この身体をギアに変えた男は俺達の研究チームの主任であり、俺とアリアの親友でもあった。

よく三人で仕事の休憩がてらに茶会を開いて論争を繰り広げる毎日を共に過ごした程の仲。

どうしてこいつが俺との友情を裏切る形で俺をギアに変えたのか、これを語り始めると長いので「”独り善がり”な理由から始まった人類への救済措置」とだけ言っておく。

ま、それは置いといて。

ギアになった俺はしばらくの間実験モルモットの扱いを受けた後、研究施設を逃走。

復讐者となった俺は、親友を―――”GEAR MAKER”を殺す為だけに生き続けた。

アリアとは俺が研修施設を脱走して以来、それっきりだ。










「笑えよ。俺は百年以上経っても昔の女を忘れることが出来ねぇ未練たらしい男だってな」

意識して自嘲的な声を出したが、誰も反応しなかった。

視線を美しい夜空から四人に向けると、誰もが通夜のような顔してやがる。

やがてユーノが恐る恐る、蚊の鳴くような声を出した。

「でも………アリアさんがソルに殺された訳じゃ無いよ」

それを聞いて、脳内で奴の言葉を思い出す。



―――『僕が、キミも、殺したんだ』



「いや、そうでも無ぇ」

「どうして!?」

バシャッ、とお湯を撒き散らしながらユーノが堪らないといった様子で立ち上がった。

「ソルがギアになったのも、聖戦が勃発したのも、全部そのギアメーカーって人の所為じゃないか!! どうしてソルはその人を庇うような言い方をするの!?」

「確かに全部あの野郎の所為だ。あいつが居なければ俺もアリアを殺すことはなかった」

「だからアリアさんはキミが殺した訳じゃ―――」

「ジャスティスの素体は人間の女なんだ」

激昂したユーノの言葉を強引に遮って黙らせる。

「ユーノとザフィーラも見ただろ? あの血みてぇな赤い髪。アリアもあんな感じの赤髪だった」

「………え?」

訳が分からない、といった感じの四人を置き去りに俺は続けた。

「オリジナルのジャスティスが死ぬ間際、俺にこう言った」



―――『また………語り合おう………三人で………な』



ジャスティスの遺言を聞いて四人の顔が蒼白になった。俺が何を言いたいのか理解したらしい。

確証は無い。

だが、少なくとも俺はそう思っている。

沈黙が場を支配し、ただ時間だけが過ぎていく。

俺は溜息を吐くと、口を開いた。

「酔った所為か………少し、お喋りが過ぎたな」

お猪口を風呂桶に入れて立ち上がると、俺は出口へと向かう。

「ソル………」

「悪い、しばらく一人にしてくれ」

何か言おうとしたユーノに振り向きもせず返すと、俺はその場を後にした。










「アリア………俺は今、幸せだぜ」

宛がわれた部屋に戻り、窓を開け、窓枠に腰掛けながら呟いた。

冷たい澄んだ空気が火照った身体に心地良い。視界に広がる星明りで照らされた雪山と夜空が美しい。

こんなに穏やかな気持ちで昔を思い出し、感傷に浸るなど初めての経験だ。

言われた通り、変わったな、俺は。

白い吐息を吐きながらそんなことを考えていると、扉がコツコツとノックされた。

ユーノとザフィーラがようやく戻ってきたらしい。

「入れよ」

声を掛けるとやや躊躇いがちに扉が開かれた。

しかし、予想に反して部屋に入ってきたのは男二人ではなく、

「………お前ら?」

なのは、フェイト、はやて、シグナム、シャマル、アインの六人だ。

皆葬式の参列者のように辛気臭い表情を張り付かせたまま俺の前に来ると、一斉に頭を下げた。

「何してんだ?」

意図が分からず問い掛ける。

すると、なのはが皆の代表として啜り泣きながら言った。

「ご、ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、アリアさんの話、聞こえちゃったから」

どうやら露天風呂での話は筒抜けだったらしい。

そういえば覗きをさせられた時はそれどころではなかったが、あそこの壁って薄かったな。

で、盗み聞きしたことに罪悪感を感じて謝り来たと、そういうことか。

「別に怒ってねぇよ。昔の話しだし………いずれ誰かにするだろうと思ってた。それが今日皆が聞くことになった。それだけだ」

だから顔を上げろ、となるべく優しい声を出して笑いかけた。

「さ、もう部屋に戻れ。明日は朝飯を食ったら帰るぞ」

窓を閉め、顔を上げた皆に部屋に戻るように促す。

だが、誰も帰ろうとしない。

まだ何か用事があるのだろうか?

「あの、あのね、お兄ちゃん」

「ソルに………伝えておきたいことがあるんだ」

悲しそうな顔から一転して頬を染めたなのはとフェイト。

顔が赤いのは他の皆も同様で、何故かモジモジしている。シグナムなんて首までトマトみたいになっていた。

そして、「せーのっ」という掛け声の後に皆が口を揃えて宣言した。



「「「「「「負けないから」」」」」」



誰に? と聞くのは無粋なんだろう。

女って、強い生き物なんだな。

それこそ男なんか足元にも及ばないくらいに。

「………ま、頑張んな」

俺はそう返すと、苦笑を浮かべた。

「うん、うん。頑張る、頑張るよ!! だから」

なのはが一歩進み出て、俺にしがみつき浴衣の胸倉を掴む。

「だから?」

「おやすみのチューして」

「………………………………………………………………………………………………………………は?」

今なんつった?

頭に?を浮かべて呆けていると、いつの間にか俺の背後に回り込んだシグナムとアインが両腕をガッチリと、それはもうガッチリとまるで拘束するように組み付いた。

「え?」

「挨拶だ、挨拶」

耳元でアインが舌舐めずりしながらクスクスと笑う。

「アメリカで生まれ育ち、かつて恋人とABCまで済ませたお前ならこのくらいどうってことないだろう?」

思考が状況についていかない。頭はフリーズしたパソコンみたいに動いてくれないってのに、俺は気が付けば取り囲まれていて、おまけに身動きが取れなかった。

両手足が色とりどりの拘束系魔法で空間に縛り付けられているからだ。

なんで今まで気が付かなかった?

「っ!! これは法力場、まさか!?」

<法力場の展開を完了しました>

「良い子やクイーン」

はやての胸元から聞こえる俺のデバイスの声。

「アカンなぁソルくん。デバイスいうもんはマスター権限を登録制にするもんやないでぇ。優秀なデバイスなら尚更や。私らを信頼してくれるんは嬉しいんやけど、思わぬ使い方されるかもしれへんで? こんな風にな」

この狸娘!! そう表現したくなるような意地の悪い笑顔を浮かべているはやて。

「テメェよくもクイーンを!!」

<これもマスターの為と言われたので>

その言葉に絶句してしまう。

飼い犬に手を噛まれるっつーか、己の相棒に裏切られるとか………普通あり得ねぇよ!!!

「………ソルと、キス」

はわわわわ、と真っ赤になりながら顔を手で覆い隠し、指の隙間から多大な期待を込めてじっと見つめてくるフェイト。

「本当は二人っきりが良かったんですけど、こういったチャンスは逃せませんね」

頬を朱に染めながら眼を瞑り、うんうんと頷いているシャマル。

「むむむ、無駄なてて抵抗は、す、するな………わわ私だって本当はこんなやり方、不本意なんだからな!!!」

羞恥で茹蛸のようになったシグナムはその全身をブルブル震わせながらも、抱えた俺の腕を決して放そうとしない。

「逃がさんでぇ。ソルくんみたいな良い男、これから先そう簡単に巡り逢えんやろ………それにしてもいきなりおやすみのチューとは………き、緊張してきたで」

クイーンを仕舞うと自身を落ち着かせるように深呼吸をし始めるはやて。

「クククク、諦めろ」

濡れた瞳で俺を射抜き、熱い吐息を首筋に吹き掛けてくるアイン。

「待て、落ち着け!! こういうものは女にとってとても大切なものだろ!? 別に俺の為なんかに無理する必要なんか無ぇ!! いずれ来るだろう機会にとっとけ!!」

「一番、高町なのは。行きます」

「聞け人の話!!」

意を決したようになのはが顔を上げ、恥ずかしさと嬉しさを混ぜたような表情のまま眼を瞑った。

「なのは、早く、次私なんだから」

「少し落ち着きやフェイトちゃん。順番や、順番」

「私ははやてちゃんの次ですね」

「シグナムは私より先で構わんぞ。正直辛抱堪らんだろ?」

「べ、別にそんなことはないが、先を譲ってもらえるというならその言葉に甘えよう」

なのはの後ろに続々と列が出来ていく。

「何並んでんだお前らは!? って、待て!! マジで待ってくれなのは!! 挨拶のつもりなんだから当然ソフトの方なんだろうな!?」

「お兄ちゃん」

本気で慌てる俺の耳に、なのはの優しい声が届いた。

「御託は要らないの」











































こうして波乱しか起きなかったスキー温泉旅行を終わりを告げた。

まさかアリアの話が起爆剤になるとは―――俺が予想した効果と全く逆のベクトルで働くとは―――思ってもみなかった。

見事なまでに予想の斜め四十五度上をマッハ3くらいでぶっ飛んだ結果を生み出したのである。

………頑張れなんて言うんじゃなかった。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 聖王教会編 その一
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/27 22:49

SIDE シグナム



「お疲れ様です、シグナムさん」

「ああ。お疲れ」

武装隊の訓練を終え、同僚と挨拶を交わすと私は足を転送ポートに向けた。

闇の書事件から約三ヶ月が経過。

魔導師襲撃事件の実行犯であった私とシャマルとヴィータとザフィーラの四人は、管理局にて罪を償う為に無償で任務に従事している。

今日は武装隊内での大掛かりな集団模擬戦。

私は数少ない古代ベルカ式の使い手ということもあって、こういった敵味方入り乱れる戦闘訓練では重宝されるらしい。

ヴィータにバトルマニアやバトルジャンキーなどと評されるだけあって、私自身模擬戦自体嫌いではない。むしろ好きな方だ。模擬戦の申し込みなら願ってもない。

しかし。

(最近はどうも面白味に欠ける)

目下の悩みはそれだ。

仕事を馬鹿にする訳でも無ければ、訓練に手を抜く気も毛頭無い。勿論、実戦においても眼の前の犯罪者を捕らえる為に全力を尽くす。

ならば何故面白味に欠けるのか?

答えは簡単だ。

歯応えが無い。ただそれだけだ。

訓練で、現場で、この三ヶ月間ひたすら剣を振り回してきたが、此処最近ではただ機械的に淡々と作業をこなしている自分に気が付いた。

では何故そうなってしまったのか?

これも答えは単純明快だ。私は管理局への無償奉仕として行っている訓練や現場での戦闘を、高町家で毎日している訓練と比べてしまっているのだ。

”殺し合いを前提とした戦いの中で生き残る”ことをコンセプトに置いた訓練。それが高町家の、というよりはソルが魔導師の皆に課した訓練法。

何よりソルは全く容赦が無かった。

模擬戦であろうと殺気を漲らせ、全力で相手を潰しに掛かる。本人は手加減しているつもりではあるが、相対するこちらは死ぬ気で戦わないと一瞬で撃墜される。

戦場では殺るか殺られるかのどちらか。

殺す覚悟と殺される覚悟をしろ。

どんな手を使っても生き延びろ。

負けたらそこで死ぬと思え。

それが出来ないなら魔法の力を捨てろ。

冷酷で殺意の込められた眼をして睥睨するソルから訓練中に何度も繰り返された言葉だ。

血反吐を吐くまで痛めつけられた回数など数え切れない。

だが、厳しい訓練は確実に私の血肉となり、自分が強くなっているのを実感してしまえばやめる気など起きない。

だからこそ、管理局で行われる訓練や現場で対峙することになった犯罪者などが取るに足らない存在に感じてしまう。

決して侮るつもりは無い。慢心も油断もしない。だというのにどうしても比べてしまうのだ。

なのはの砲撃と誘導弾、テスタロッサの眼にも留まらぬスピード、ユーノの鉄壁の防御と変幻自在な鎖、アルフの格闘術とバリアブレイク、そしてソルの圧倒的なパワー。

それらを知ってるだけに、相手を眼の前にして『勝てる』と思ってしまう。そして実際に勝つ。物が重力に引かれて高い所から低い所へ落ちるように当たり前のこととして。

流石に相手の実力が高ければいくら私でもそれなりに苦戦する。

苦戦するのだが、その度に脳裏に映る闇の書事件の最終決戦、ギアの力を完全解放したソルとジャスティスの戦いを思い出す。

人類を遥かに超越した力のぶつかり合い。

私を含めた皆はあの場で何も出来なかった。

当然ソルが勝つと信じて待っていたというのもあるが、その前にソルに『足手纏いだ』と言われたのがショックであり、事実私達がしたことと言えばソルを応援しただけ。

戦士として、騎士として悔しかった。

その悔しさを思い出すと、眼の前の相手に苦戦している自分が急に情けなくなってくる。

ソルのことは心から尊敬している。

尊敬しているからこそ、戦友として隣に立ちたい。私に背を預けてもいいと思わせたい。もっと強くなって実力を認めて欲しい。

その想いが沸き上がってきて、気が付くと眼の前の相手を難無く倒しているのだ。

(いかんな。私は此処に罪を償いに来ているというのに)

管理局で無償奉仕に従事する時間があるんだったらソルに近付く為に修行とかしたいと思ってしまっている。

これでは仕事を嫌って遊びたがる腑抜けた社会人のようだ。

いかんいかんと首を振り、歩きながらそんなことを考えていると、

「夜天の魔導書の守護騎士、ヴォルケンリッターのリーダー、烈火の将シグナムさんでよろしいですか?」

不意に声を掛けられたのであった。

「私は聖王教会の教会騎士団に所属する騎士、カリム・グラシアと申します」



SIDE OUT










背徳の炎と魔法少女 聖王教会編










「………ということが三日か四日程前にあってな」

「前置きの必要性が全く感じられねぇ。つーかその日に話せよ」

俺は作業台でレヴァンティンをメンテナンスしながら、背後でパソコン使ってオンラインで一人将棋をしているシグナムに溜息を吐いた。

「今まで忘れていたのだ。その時は話を聞いてる内に急に夕飯のおかずが何か気になってな。失礼だとは思ったのだが途中からあまり聞いていなかった………む、王手飛車取りだと? させんぞ!!」

シグナムは戦慄したような声を出し、カチカチッとマウスをクリックする音が聞こえる。

「おい空戦魔導師、マルチタスクはどうした………」

「馬鹿な、詰み………だと………?」

何だこの失礼侍。二重の意味で全然聞いてない。

「聖王教会ねぇ」

手元のレヴァンティンを弄りながら呟いた。

教会ってことは何らかの宗教団体であって、信者なり教祖なりが居るんだろう。しかし時空管理局で宗教団体がシグナムに声を掛けてくるなんて、キナ臭いの一言だ。シグナムの肩書きを言葉の始めに持ってくるなら尚更だ。

「その聖王教会ってとこのカレーなんとかって奴ならアタシんとこにも会いに来たぞ」

「私にも聖王教会の偉い人が時間無いかって」

ヴィータとシャマルがゲームのコントローラーを握り締め、ピコピコさせながら言いやがった。

「ちなみにそれは何時だ?」

「アタシは一週間くらい前」

「私は確か、それよりもちょっと前だったと思います」

「でもそん時って確か桃子さんの新作ケーキを夜に皆で試食する日だったから、そのことに頭一杯で帰ってきてすぐに忘れたけどよ」

「私も夕飯の買い物があったので忘れちゃいました」

そのまま視線をテレビの画面から全く外さずに「えい」「この」とか言い合う。

「………」

呆れて何を言えばいいのか分からない。

とりあえずこいつらが食いしん坊万歳ってのはよく分かった。

つーか、そのカリム・グラシアとかいう奴はよくキレないな。一週間以上もヴォルケンリッターに無視され続けたことになる。俺だったら怒鳴り込むぜ。

そんなこと気にしていない程に気が長いのか、もしくは何か裏があるのか。

「後者か、それとも両方か………よし、レヴァンティンのメンテ終了」

<感謝>

展開した状態から待機状態に戻す。

「む? 終わったか、何時も助かる」

パソコンから離れたシグナムにレヴァンティンを渡し、白衣を脱いでハンガーにかけ、伊達眼鏡を外すと俺は畳に片膝をついて座った。

シグナムも俺の隣に正座する。

「それで、私達はどうすればいい?」

「何が?」

「聖王教会だ。このまま無視し続ける訳にもいかんだろう」

「今まで忘れてた奴が何言ってる?」

「それとこれとは別問題だ」

「そりゃそうだが………入信希望者でも募ってんのか? その聖王教会ってのは。つーかよ、俺よりも先にお前らは自分達の保護観察官にこのことを伝えるべきだろ?」

「レティ・ロウラン提督か。どうにもあの人は苦手だ。高ランク魔導師が少なくて人手不足というのは理解しているが、我らは管理局に忠誠を誓った訳では無いのだ。悪い人ではないというのはよく分かっているが、どうもな………」

そう言って疲れたように俺の肩に頭を預けるシグナム。

ヴォルケンリッターの四人が管理局で働いているのは罪を償う為であって、収入を得る為ではない。

だが、AAAランク以上の魔導師が全体で5%程度しか存在しない管理局にとってこいつらは貴重な戦力なんだろう。組織の人間として優秀な人材を確保したいというのは分かるが、どうにも味方する気になれない。

こいつらは使い勝手の良い駒じゃない。

「それに、管理局の全容を把握していると噂されている程の人物だ。この話などとっくに耳に入れてる筈だ。なのに我らに何も言ってこないということは、あえて黙っているんだろう」

「そうか」

「何を考えているのか知らないがな」

腹芸は好きじゃないからシグナムはあまりそういう人物と関わりたくないらしい。

「誰か聖王教会について詳しく知ってるか?」

なのは、フェイト、ユーノに加えて来月の四月から学校に通うはやての四人は机に向かって黙々と勉強中。質問を投げ掛けた時に顔をこちらに向けたが首を振るだけ。

アインは俺が買った音楽雑誌を読みながら「詳しくは知らない」と素っ気無く答えた。

「なんでこんなところにバナナの皮置いてあんだよ!?」

「うふふ、バナナの皮を制するものが○リオカートを制するのよヴィータちゃん」

ゲームに夢中になってるヴィータとシャマルは聞いてない。

子犬形態になって寝ているザフィーラはそもそも耳にすら入ってない。時折尻尾を振りながら足をバタつかせているので楽しい夢でも見ているんだろう。

その時、地下室のドアが外から開けられてお盆を手にしたアルフが入室してくる。

「はーいお待たせ。今日のデザートはアルフさん特製プリンだよ」

カラカラ笑いながら言われた台詞に誰もが一斉に「わーい♪」と喜びの声を上げて、勉強していた子ども達は文字通りシャーペンを投げ出し、ゲームしていた二人はコントローラーを投げ出し、アインは音楽雑誌を投げ出し―――

「って物を投げるな」

「安心しろ。私はお前を投げない」

「当たり前だ。俺を投げてどうするつもりだ!?」

叱り付ける俺にシグナムがすっ呆けたことを言う。

寝ていたザフィーラが起き出してのそのそとアルフの足元に近寄り”お手”をして待っている。

どいつもこいつも見事な食い気だ。

シグナムも立ち上がりプリンを取りに行く。

「………しゃあねぇな。詳しく知ってそうな奴に聞くか」

プリンだプリンだ!! と騒ぐ連中を尻目に俺は通信機を起動させた。





空間モニターの向こうに映ったクロノは碌に寝てないのか眼を充血させている。

<三日ぶりに寝れると思ったら個人回線で、しかも緊急コールで呼び出されて何かと思えば聖王教会について詳しく教えろだ!? 自分で調べろ!!!>

プツッ。

切られた。

プリンにスプーンを突き刺しながらリダイヤル。

出るまで何度も繰り返す。

掬ったプリンを口に放り込む。うん、甘過ぎない。アルフは俺の好みをよく分かってやがる。

やがて。

<………寝かせてくれよ>

諦めたのか、それとも身をもって俺のしつこさを知ったのか、ゲッソリしながら再びモニターに顔を映したクロノ。

「お前が知ってる限りで構わねぇ。聖王教会について教えてくれ」

これまでの経緯を説明する。

<なるほど、そういうことか………教えるのはいいが、多少なりとも私見が入ってしまうと思うぞ?>

顎に手を当てて仕事中のような引き締まった表情になる。

「一般的な情報と、お前個人の意見が聞ければそれでいい」

<分かった>

クロノは頷くと語り始めた。

聖王教会。管理局と同様に危険なロストロギアの調査や保守を使命としている宗教団体。

宗教自体を指す時は『聖王教』と呼ばれるとかで次元世界で最大規模の宗教組織であり、各方面への影響力も大きい。

管理局が聖王教会の依頼を受けることもあれば、聖王教会が管理局の任務を協力してくれる場合もあり、両者の関係は基本的には良好。

しかし、管理局の一部の者達は巨大な権力と影響力を持つ聖王教会を敵視、もしくは危険視してるとか。

<此処からは僕の私見になるが、聖王教会がヴォルケンリッターに接触してきたってことは十中八九自分達に取り入れたいんじゃないかな?>

「高ランク魔導師が欲しいのは何処の組織も一緒か」

<いや、それもあるけどたぶんそれだけじゃないと思う>

「ああン?」

なんでも聖王教会の『聖王』というのは古代ベルカに実在した人物とかで、それを崇めているとか。

で、現在はその『聖王』に近しい血族や傍にあった『騎士』が信仰対象となっていて、彼らの遺物は『聖遺物』として畏敬の対象となっている。

またその聖遺物管理も行っている組織のようだ。

「つまり、古代ベルカの遺産と言っても過言じゃねぇ夜天の魔導書と守護騎士であるヴォルケンリッター、その主であるはやてを祭り上げたいってところか?」

<組織として戦力に、信仰対象として、宗教的価値として欲しいっていう理由だと思うけどな。まあ、あくまで僕個人の意見だから鵜呑みにするなよ>

「………分かった。急にすまなかったな、ゆっくり休んでくれ」

<言われなくても>

通信が切れると、俺は手に顎を当て思考する。

宗教的価値、か。

なるほど。確かに八神家の連中は生きた聖遺物みてぇなもんなのか。宗教家が欲しがる訳だ。

俺個人の見解であるが、宗教ってのは一部の人間が他者を上手く誘導させる為の手段だと思ってる。

これは俺自身が無神論者というのもあるのでどうしても偏見に近い見方になってしまうが、人類の歴史を振り返れば宗教戦争がいかに愚かか理解出来るだろう。

宗教団体が権力を持ち、政治に絡んでくると更に頂けない。おまけに魔法が当たり前のように存在する世界で『教会騎士』というものまで存在する以上、間違い無く武闘派組織だ。

しかも管理局と良好な関係であり、互いを手助けし合う関係であるというなら、それなりの軍事的武力も保有していると思われる。

管理局の一部の人間が快く思わないのも当然だ。自分達以外に強力な力を持った組織が存在しているのだ。何かの間違いで戦争でも起きたら眼も当てられない。

うんざりと溜息を吐く。

どうしてこう、厄介事ってのは呼んでもねぇのに寄って来やがるんだか。

「ソルくん、私らどうしたらええの?」

はやてが不安そうな顔で俺の腕に縋り付いた。

一番最初に思いついたのは聖王教会の総本山、ベルカ自治領に俺が単身乗り込んで完膚なきまでに叩き潰すという物騒極まりないものだったが、一秒も経たずに却下する。

終戦管理局の支部を一つ潰すのとは訳が違う。ありとあらゆる次元世界に存在する聖王教会の信徒を全員敵に回すようなこと出来る訳が無い。

昔の俺ならいざ知らず今の俺には家庭があるし、俺だけが犯罪者として扱われるのは全く構わないしどれだけ大量の高ランク魔導師が襲い掛かってきても纏めて返り討ちにする自信はあるが、その所為で他の連中に槍玉が当たるというのは避けたい。

というか最近になってようやく分かってきたんだが、昔の俺の思考は随分と極端だ。

一口目には『気に入らねぇ』。二口目には『潰す』。そしてその通りに生きてきた。

守るものどころか、捨てるものさえ無かったから出来たんだろう。

要するに身軽だった。後先考えなくても一人ならどうとでもなったからだ。

でも今は違う。背負ってるものがある。

それを背負って歩くのは一筋縄じゃいかねぇが、心地良い重さだ。今更手放せねぇし、この重さを手放したくねぇ。

「ま、なるようになるさ」

俺はそう言って、はやてを安心させるように頭を撫でた。





その後の話し合いの結果、次の日曜日に皆でベルカ自治領へ突撃訪問してみようということになった。

勿論、最大限の警戒はするに越したことは無いが、訪問前に四人の保護観察官にこの旨を伝えておけば、もしもの有事の際にそいつが何かしらアクションを起こしてくれるだろう。希望的観測かもしれんが。

「今日はこれで解散。おやすみ」

玄関まで八神家の面々を見送り、挨拶して背を向け歩き出そうとすると、結わえている長髪を掴まれる。

「何だよ?」

振り返ると、不満そうな顔をしている『淑女同盟』とかいう意味不明なものに所属してるらしい六人。ちなみに髪を掴んでいるのはなのはだ。

「お兄ちゃん最近ガード固い」

「あれっきり”挨拶”してない」

「あの日以来クイーン貸してくれへんし」

「キスくらい、いいじゃないですか」

「あ、挨拶というものはやはりだな、常日頃からやるものであって―――」

「シグナムが何か能書きを垂れているが、要は皆お前とアレがしたいのだ。別に減るものでもないし構わないだろう」

六人は口々に文句を垂れると『挨拶』を要求してきたが、こんなものに屈する俺ではない。

「寝言は寝て言え」

冷たい、ケチ、覚えてろ、とかなんとか言われるが気にしない。

気にしたら負けだ。

「つーかな、お前らは既に人権侵害と強制猥褻に手を染めている訳だが、その辺どうなんだ?」

アメリカ育ち舐めんな。あの国は何から何まで裁判沙汰な国だぞ。

「あんま調子乗ってると六人纏めて被告人にしてやるぜ」

「じゃあ僕達が陪審員ね。被告人の六名は無罪で」

「アタシも無罪で」

「アタシも」

「俺もだ」

「………クソが」

一瞬で敗訴した。そして賠償を求められた。

世の中って非情だ。

冗談でも例として裁判の話なんて持ち出すんじゃなかった。










日曜日。

朝九時に集まってからすぐに本局に向かい、現在はその廊下を十人と一匹というちょっとして行列でぞろぞろと歩いている。

何故か手に大きなバスケットを抱えたシャマルとアルフとアインの三人。中身は弁当と飲み物とケーキだとか。

完璧にピクニック気分だこいつら。

局内でシグナム達は有名らしく、「お疲れ様です」と声を掛けてくる者が多い。

普通に考えてみればそうか。なにせ曰く付きの闇の書の守護騎士ヴォルケンリッター。それが今では管理局員として働いている。しかも高ランク魔導師。有名にならない方がおかしい。

今日は完全にオフなのでザフィーラを除いた三人は私服だ。何時もの管理局の制服ではないので、それを珍しがっている者も多々居る。

基本的に暇な時は地下室だもんな皆。

「此処がレティ・ロウラン提督の執務室だ」

ある扉の前に辿り着くと、シグナムは「失礼します、八神シグナムです。入ってもよろしいでしょうか?」とインターホンのようなものを操作する。

間を置かずに若い女の声で「どうぞ」と静かな口調が返ってきた。

「これからレティ・ロウラン提督にお前達を紹介する訳だが、粗相の無いようにな? 一応私達の保護観察官であり、上司なんだからな」

シグナムの注意に頷く。

「特にソル。何か気に入らないことがあってもいきなり殴り掛かるなよ」

「お前は俺を何だと思ってんだ?」

「では、入るぞ。失礼します」

無視して部屋に入るシグナム。

レティ・ロウランという人間には俺達高町家の人間は一度も会ったことが無い。闇の書事件後、俺はアインと地下室に篭りっ放しだったし、なのは達四人も地球から出ていない。

会ったことがあるのははやてだけだ。はやては夜天の主という立場上、ヴォルケンリッター四人の保護観察を担う人物に会う必要性があったからだ。

リンディの友人というだけで油断ならない人物だと容易に想像出来るが、話を聞く限り悪い人間ではないらしい。

あくまでそれだけだがな。

やれやれと溜息を吐くと部屋に入る。

俺に続いて続々と皆が入室した。

「珍しくオフに顔を出したと思ったらお客さんまで連れて………紹介してくれるかしら?」

部屋の主は理知的なイメージを全面的に押し出したやり手のキャリアウーマンのような女性。眼鏡がその印象に拍車を掛ける。

見た目は若い、二十台中盤程度。しかし外見年齢は全く当てにならない。桃子やリンディのような子持ちの癖して二十台にしか見えないような人間も存在するからだ。

戸籍年齢九歳で外見年齢十四歳くらいで、実年齢二百越えてる俺が一番人のこと言えないが。

入り口の傍で壁に背を預けて成り行きを見守ることにしたのだが、レティの言葉に頷いたシグナムが俺の腕を無理やり引っ張って前に突き出した。

「レティ提督も聞き及んでいると思われますが、この男が我らヴォルケンリッターと主はやての保護者、ソル=バッドガイです」

「へぇ」

眼の色を変えて俺を射抜くレティ・ロウラン。「キミが噂の………」と独り言を呟きながらその眼光を鋭くさせる様は、まさにキャリアウーマン。仕事命って感じだ。

「おい、俺が何時お前らの保護者になったんだよ?」

「保護者のようなものだろう?」

シグナムを睨み付けたが言い返された言葉を否定出来ない。

「ちっ、好きにしろ」

舌打ちするとシグナムは「フフフ」と嬉しそうに笑い、背後でははやてとシャマルが「やったー」と喜ぶ声が聞こえた。ザフィーラは無反応で、ヴィータは「じゃあ後で保護者にアイス買ってもらお」とかがめついこと言ってやがって、アインが声を押し殺して笑っているのが気配で分かった。

「初めまして、私が四人の保護観察官をしているレティ・ロウランです」

「ソル=バッドガイだ。後ろの連中は俺の家族だ」

親指でなのは達を示すと、それぞれが自己紹介をする。

「それで、今日は一体どうしたの? 皆管理局に入局する?」

「んな訳無ぇだろ。少し頭捻ろボケが」

「………」

七割本気三割冗談で言われた勧誘を一蹴してやる。

『ソルッ、もっと他に言い方があるだろう!! というより粗相の無いようにって先に言ったろ!! あからさまに喧嘩売ってどうする!?』

『うるせぇ』

頭の中でシグナムの非難の声が聞こえたが取り合わない。

「PT事件の後にリンディが愚痴っていた通りね。傍若無人、傲岸不遜、唯我独尊な性格だって聞いて冗談かと思ってたけど」

「フン、あの女狐が何て言ってたなんか興味無ぇ」

どうも俺は組織の人間という奴が嫌いらしい。特に時空管理局のような組織の人間を見るとついつい毒を吐きたくなるようだ。理由は多々あれど、一番の理由は時空管理局が気に入らないという個人的な感情だ。

「シグナム、とっとと用件伝えて出るぞ。俺達は此処で無駄口叩き合う程暇じゃねぇんだ」

おっと、またしても毒を吐き捨ててしまった。レティの眉根が僅かに歪んだのを確認。

『後で覚えていろよお前』

恨みがましい声が送られてくると、シグナムは聖王教会のことを説明し始めた。










オマケ


「あれが管理外世界に住むオーバーSランクの魔導師、ソル=バッドガイ」

レティは先程まで不機嫌そうに部屋の真ん中でポケットに手を突っ込んで立っていた眼つきの鋭い少年を思い出す。

公式の報告書には記載されていないがリンディの話ではPT事件をほぼ一人で解決し、守護騎士達を圧倒する戦闘能力を持ち、元同僚のグレアムの使い魔を捕縛し闇の書事件を未然に防いだ人物。

時空管理局を嫌っているというのは態度を見れば嫌でも分かる。

彼らを管理局に入局させるのは無理だろう。

実際に話してみて理解した。あの少年を説得するのは不可能だ。

態度や性格が全く組織に向いていないというのもあるが、何よりあの眼つき。

あれは映るものを自分の味方か、敵か、どちらでもないのか、自分にとってメリットがあるのか無いのか品定めをしている眼だ。

敵と見れば容赦しない、利用価値が無ければ捨て置く、という判断基準で人間を評価している。

そして彼にとって管理局は利用価値が”まだ”ある程度の存在でしかない。

聖王教会に赴いて彼らがどうするのか興味は尽きないが、詮索すればするだけ嫌な顔をされるだけだ。

いずれヴォルケンリッターの四人は無償奉仕期間を終える。

その時彼女達は間違い無くソル=バッドガイの下につく。

この三ヶ月の間、彼女達四人が彼に向ける信頼の眼差しを私は一度も向けられたことは無い。四人だけではない。後ろに居た彼の家族も心から彼を信頼しているのが手に取るように分かった。

「………勿体無いわね」

彼も、彼の家族も、ヴォルケンリッターとその主も、全員が高ランク魔導師だ。管理局の為に働いてもらえればどれだけ素晴らしいことだろうか?

しかし、彼を説得するのは無理だろうし、彼が入局しない限り他の者達もそうだろう。

何より彼らを勧誘することは何故かリンディに止められている。

一体何故と問い掛けると、リンディは「知らない方が身の為よ」と全てを悟り切ったように首を振るだけ。

現段階でソル=バッドガイの扱いは『ハラオウン家の知り合いの賞金稼ぎ』という立場だが、実際はそれだけではないというのは誰もが思っている。

口に出さないだけだ。

永久的に続くと思われていた闇の書事件に終止符を打った人物として、グレアム達の陰謀を暴いたキレ者として、上層部ではかなり評価されているのだから。

当然私を含めた者達は何とか自分の部下として引き込もうと躍起になっているが、ハラオウン親子にそれを全力で阻止されているのが現状だ。

ハラオウン親子が彼を雇った契約条件に『管理局に勧誘しない、させない』というのがある。それの所為で動くに動けないというのが本音。

契約一つ守れないようでは組織として面子に関わる問題だ。社会的な信用を落とす訳にはいかない。

もしこの契約を破るようなことがあれば厳罰に処分されるのはハラオウン親子だとかで、本人達は勧誘しようとしている者達を必死になって説得して回っている。

「一体何者なのかしらね、彼?」

レティは虚空に質問を投げ掛けると、頭を切り替えて書類仕事に没頭することにした。










更なるオマケ


「騎士カリム!! 何時までも部屋に引き篭もってないでいい加減出てきてください!!」

「放っておいてくださいシャッハ!! 私は簡単な役目すら満足にこなすことも出来ない役立たずなんです!!!」

この時点でカリムがヴォルケンリッターに初めて―――シャマルに―――声を掛けてから二週間近くが経過していた。

今のところ相手側から反応は一切無い。当のヴォルケンリッターはただ単に忘れていただけなのだが、反応一つ返ってこないのは事実である。

「………姉さん」

その所為で引き篭もってしまった義姉と、なんとしてでも部屋から引き摺り出そうとしているシスター・シャッハの二人が此処数日繰り返す茶番劇を見てヴェロッサは疲れたように溜息を吐くのだった。










後書き


クロノはまだこの時点では聖王教会とあまり面識が無いということになっています。

思うに、A`s本編終了してはやて達が聖王教会のお抱えになった時くらいから交流するようになったと思っていますので。

違ってたらごめんなさい。





[8608] 背徳の炎と魔法少女 聖王教会編 その二
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/27 23:20

「うわぁ、自然が一杯で綺麗な所ですねぇ」

感嘆の声を上げながらシャマルが周囲を見渡す。他の連中も物珍しそうにキョロキョロと景色を眺めている。

言葉の通り、古い西欧の建築物のようなものを緑が囲んだ街並みは観光地として美しい外観を誇っていた。

以前ミッドチルダの首都クラナガンで見た近代技術で建てられたものは無い。あえて古来から続く伝統の建築技術を使って外観を保っているのだろう。

自然も多いし、地球のように化石燃料車が走っていないので空気は澄んでいる。こういう点では魔法技術は純粋に利点がある。

現在位置はベルカ自治領。のんびりと景色を楽しみながら聖王教会の本部に向かって歩いている途中だ。

「噴水があるじゃん。皆で写真撮ろうよ!!」

こっちこっちー、と先行していたアルフが走り出し噴水の前で振り返り大きく手を振る。

「あそこにあるのお土産屋さんやろか?」

「はやて、後で寄ろうよ」

「そやな。折角やから士郎さん達とすずかちゃん達にお土産買って帰ろ」

ヴィータに笑い掛けるはやては、もう松葉杖無しで一人で歩いていた。まだ流石に跳んだり跳ねたり走ったりといったことは出来ないが、歩くだけなら何の支障も無い。

俺の治療がリハビリを後押ししたのは当然だが、たった三ヶ月で自分の足だけで歩けるようになったのはやはり本人の努力が大きい。泣きべそかきながらも歯を食いしばってリハビリに励んでいたのは決して無駄じゃなかった。

ま、泣く程厳しいリハビリやらせてたのは俺なんだけどな。周りの連中が口を揃えて「鬼」と言っていたのが懐かしい。

それでも腐らず泣き言一つ言わずに最後までやり通したはやては凄い。

口に出すとまた墓穴掘りそうで言わないが、将来マジで良い女になるぞこいつ………腹黒い部分さえ何とかなれば。

あちこちをフラつきながら皆で写真撮ったり、土産屋覗いて買い物したり、見たことも無い菓子を売っている屋台があったので衝動買いしたり、気分はすっかり観光地に訪れた旅行客だ。

「………ちょっと待て。俺ら当初の目的忘れてるぜ」

会計を済ませて軽くなった財布の存在に気付いて声を上げる。

「あれ? そういえば僕達何しに此処に来たんだっけ?」

ユーノが先程屋台で買ったドーナッツに似た焼き菓子のようなものをモグモグさせながら聞いてきた。

他の連中も「何だっけ?」と漏らしながら菓子を堪能している。どいつもこいつも食いしん坊万歳はいい加減にしておけよっ!!

「聖王教会に行くんだろうが!! それがいつの間にかなんで観光になってんだよ!? しかも支払いが全部俺ってのはどういうことだ!!!」

「仕方が無いだろう。我らヴォルケンリッターは働いているとは言え無償奉仕、つまりただ働きだ。文無しなのは百も承知ではないか」

「以前ソルくんはリンディさんから報酬もらってましたよね? それに加えてたまにスクライアでお仕事してるじゃないですか」

「ケチケチすんなよー」

「何時もスマンな」

シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラが口の中をモグモグさせながら言ってくる。

「お兄ちゃんって確かスクライアから受けた仕事の報酬の半分はミッドのお金にして、残りは日本円にしてもらってたよね」

「でも私達皆日本円にしちゃったし」

「僕も」

「お前ら地球以外の世界に行く機会あるんだから少しは考えろよ!!」

我が家のガキンチョ共は何も考えていないらしい。

俺は月に数回、スクライアで発掘調査やその護衛の仕事をもらう時があり、暇な時は率先して手伝わせてもらっている。何も問題が起きなければ基本的に楽で危険も比較的少ない仕事だ。万が一戦闘になっても敵を殲滅すればいい、それだけだからだ。

それをなのは達も手伝う時がある。俺個人としてはあまり良い顔しないのだが、ユーノが今まで仕事としてやっていた以上あまり強くダメとは言えなかった。

別に管理局みたいに戦場に放り込む訳でもないし、常に傍に俺が居る状態だし、訓練のおかげでこいつらの実力もそん所そこらの連中より高いので許してやっている形だ。

「アタシら別に地球から出ないしね~」

「ああ。基本的に翠屋と高町家を往復する日々だからな、他の世界の通貨など所持している訳が無い」

翠屋の看板娘であるアルフとアインは何を今更といった雰囲気で半眼になりながらモグモグしている。

要するに俺以外の連中はミッドの通貨持ってないと、そういうことか。

「寄り道してねぇで行くぞ」

一人足早にその場を離れる。これ以上此処に留まると今までの労働が一瞬でパーだ。

「えー、あそこのお土産屋さんはー?」

「帰りや、ヴィータ」

なんで俺が財布に………あ、保護者だからか。ちょっとくらいなら全然構わねぇけど、こいつら馬鹿みてぇに食うからなぁ、人数も多いし。またスクライアから仕事もらわなきゃいけねぇな。

後ろに手間の掛かる子ども達(一部大人だが)を連れて聖王教会の本部に向かって歩き出し、

「そういや何処にあんだ?」

振り返って疑問を口にすると、皆揃って首を振る。

「………」「………」「………」「………」「………」「………」「………」「………」「………」「………」「………」

微妙に気まずい空気の沈黙が流れた。

「おいシャマル、カリム・グラシアって奴がお前の所に来た時何か聞いてねぇのか?」

「えへ♪ 覚えてないです☆」

可愛く微笑んで誤魔化すシャマル。

「ヴィータは?」

「この菓子もう一個買ってくれたら思い出せそうな気がする」

「もう二度と思い出すな」

なんて食い意地が張った奴だ。そして質が悪い。

「シグナム」

「忘れた、というか聞いていなかった」

シグナムは清々しいくらいに気持ち良い返事をしながら腰に手を当て胸を張った。威張ることじゃねぇから。

「………そうだったな」

深い溜息を吐いて、俺はどうしたもんかなと思考する。

すると、アインがやれやれといった感じで前に進み出た。

「仕方があるまい。そこら辺を歩いている者から適当に聞こう………む、丁度良い所にいかにも聖王教会に所属してそうなシスターを複数発見。行って来る」

おあつらえ向きに黒い修道服に身を包んだ少女五人が視界を横切ろうとしていた。

「この土地で聖王教会に所属してないシスターって居ねぇだろ」

シュタッと小走りになってシスター達に向かうアインの背中に突っ込んだが無視される。

「すいません、お尋ねしたことがあるんですけど」

翠屋で見せる営業スマイルを浮かべて少女達に声を掛ける。この場はアインに任せて様子を見よう。

「観光の方ですか? 何の御用でしょうか?」

リーダー格らしい少女が真正面からアインに向き合い、他の四人の少女達は興味深そうに視線を注いでいる。アインを見て「うわ凄い美人」とか「……綺麗」とか言ってるのが聞こえた。

「家族と一緒に結婚式場の下見に来たんです」

何か目的と全然違うこと言い始めたぞあいつ!!!

「結婚ですか!? それはおめでとうございます!!」

「殿方はどのような男性ですか?」

「貴女のようなお綺麗な方でしたら、さぞ格好良い男性がお相手なんでしょうね」

キャーキャー黄色い悲鳴を上げて喜び興奮するシスター五人。女が恋愛話好きなのは何処の世界でも一緒か。

「格好良いと言うよりはワイルドな印象が強いですね」

「ほうほう」

「精悍な顔立ちで、長い黒茶の髪を後ろで結わえていて、真紅の瞳は常に獲物を狙う猛禽のように鋭く光らせています」

「それでそれで!?」

「長身痩躯でありながら肉体は全身余す所無く見事に鍛え抜かれ、魔導師としても非常に優秀で総合ランクオーバーS」

「素敵素敵!! 眼に浮かびます!!」

「強い殿方には憧れますよね!!」

「ええ。普段はぶっきらぼうで無愛想なんですが、時折見せる子どもっぽい態度や父親のような優しさが魅力的な、自慢の彼です」

「「「「「キャァァァァァ!!!」」」」」

姦しいどころか公害レベルに達するような騒音を生み出しながら盛り上がるアインとシスター五人を見て俺は頭を抱えた。

どうでもいいから話を進めろよ。

しかし遠巻きに見ている感じ、話が進む気配は皆無。

「………ヴィータ、アイゼンであいつの頭かち割ってくれ。他の連中が話に混ざろうかどうか悩んでる今の内に」

「お菓子」

「こいつ足元見やがって………そんなに気に入ったのか? わぁーったよ、持ってけ泥棒」

「了解!!!」

コインを投げると上手にキャッチ、すぐさまアイゼンを展開するとアインに飛び掛るヴィータ。

もう馬鹿ばっかりだ。










背徳の炎と魔法少女 聖王教会編 その二










振り下ろされたその拳は扉を叩き壊す勢いがあったが、拳の持ち主はそんなことになど気にも留めず叩き続けながら叫んだ。

「騎士カリム!!」

哀れな扉に悲鳴を上げさせながら、シャッハは部屋の中に居るであろう人物に声を掛ける。

だが、部屋の主はすっかり拗ねてしまったのか無反応。数日前から自分は役立たずだと思い込んで部屋に引き篭もり、それでも扉を叩けばリアクションを返したというのに、昨日からはすっかり反応しなくなってしまった。

いい加減頭に来ていたシャッハは愛用の双剣(何処からどう見てもトンファーにしか見えない)型デバイス『ヴィンデルシャフト』を展開し騎士甲冑を纏い全身に気合を込める。

「はああああっ!!」

部屋と廊下を繋ぐ扉は理不尽な暴力の前に完膚なきまでに粉々に打ち砕かれ、瓦礫と化した。

元扉だったものを踏み越えて部屋に入り首を巡らせると、目的の人物はベッドにうつ伏せになった状態で枕に顔を埋めてメソメソ泣いていた。

「ううぅ~、どうせ私はグラシア家に相応しくないんですぅ」

鬱病患者が醸し出し特有の負のオーラを撒き散らしながら枕を濡らしている。見ているだけでこっちまで鬱になりそうだ。

「騎士カリム」

「放っておいてと言ったではありませんかシャッハ。どうせ私は役立たずですよ~」

不貞腐れたように寝返りを打ち、ショッハの方を見ようともしない。

「では、この近くに夜天の魔導書の主と四人のヴォルケンリッターが来ていると言ってもですか?」

「…………はい?」

呆れたように溜息を吐きながらシャッハが言った言葉を理解出来ずに聞き返すカリム。

視線をシャッハに向け、「もう一度言ってください」と伝える。

「ですから、夜天の魔導書の主と四人のヴォルケンリッターが来ているんですよ」

「此処に?」

「はい」

「このベルカ自治領に?」

「そうです」

「………本当ですか?」

立ち上がり、夢遊病患者のような足取りでシャッハに近寄り、彼女の両肩を掴む。

「本当です。教会騎士団の者が何人も目撃しています。主とヴォルケンリッターに加えて何人もの付き添いが居るようですが―――」

「どうしてそれを早く言わないんですか!!!」

シャッハの言葉を遮るようにしてカリムはガオーッ!! と咆哮を上げ、いきなり窓に向かって走り出しアクションスターばりのタックルを決め、硝子が割れる音と共に窓をぶち破って飛び降りた。

「此処三階ですよカリムッ!?」

「ぐえぇぇっ!?」

清楚で普段から落ち着いた雰囲気の持ち主である彼女からは考えられない行動に驚く間も無く聞こえたヴェロッサの悲鳴。どうやらカリムの着地地点を運悪く歩いていたらしい。

破壊された窓に近寄って下を見下ろす。轢き殺されたカエルのようにペシャンコになって倒れているヴェロッサと、それに眼もくれずに長いスカートをはためかせ粉塵を上げながら走り去るカリムの姿が見えた。

「あんなにアクティブな人だったかしら………?」

疑問を浮かべるシャッハに答える者は居なかった。






今までグラシア家の跡継ぎとして立派であろうとして懸命に、そつ無く仕事をこなしてきたが今回のような挫折は初めてだった。

聖王教会に反感を抱いている一部の管理局員から何らかの妨害を受けて無償奉仕しているヴォルケンリッターとなかなか接触することが出来なかった。その者達は恐らく、教会側にヴォルケンリッターを取られたくなかったのだろう。

ようやく接触して話を聞いてもらえたと思ったら今度は無視されるという始末。

これにより、まだ十代中盤である彼女はこれまで心の奥底で自覚せずに沈殿させていたストレス―――周囲から向けられる期待と自分が位置する立場の重さと自身に対する不安―――が爆発。

今まで失敗らしい失敗をした経験が無いのにもそれに拍車を掛けた。

しかし彼女の性格上それを外部に吐き出すことが出来ず、結局は内部に抱えたまま部屋に引き篭もって腐るという選択をした。

(なんて情けない)

もし聖王様が見られたらどれ程お嘆きになるだろう、と心の中で自分を叱咤する。

人生山もあれば谷もある。何処の世界の言葉か忘れたが、まさにその通りだと思う。人間生きてく上で壁にぶつかったり失敗したり挫折したりするのは当たり前のことだ。

生まれて初めて直面した苦難に何時までもウジウジしているのは教会を預かるグラシア家の者として、聖王に仕える騎士として情けないことこの上ない。

「そこの二人!! 夜天の主とヴォルケンリッターは何処にいるか知っていますか!?」

爆走しながら視界の先に映った二人の教会騎士に問い詰める。

「え? あ、む、向こうの方で見―――」

「ご苦労様です!!」

必死の形相で走ってくるカリムに―――こんな姿一度も見たこと無いので―――かなり面食らいながらも自分が今来た方に指を差すと、カリムは最後まで聞かず疾風の勢いそのままにその場を通り過ぎた。

「おい………今のグラシア様だよな?」

「た、たぶん?」

教会騎士は隣に居た同僚に問い掛けると、聞かれた方は自信無さ気に答える。

「部屋に引き篭もってたって噂が立ってたが、ありゃ嘘か?」

「あれだけ元気なら嘘じゃね?」

「だよなぁ………でもなんか何時もと違わね?」

「俺もそう思う」

二人の教会騎士は首を傾げながらカリムが消えた方角を見つめ続けていた。










「ちっ」

周囲からチラチラと向けられる視線に舌打ちする。

道を聞いてから奥に踏み込んで十数分。

聖王教会の総本山、教会本部が近い為か、そこかしこで修道服に身を包んだ連中を眼にする。

ほとんどが教会騎士団に所属してる奴らか、それに準ずる者達なんだろう。立ち居振る舞いがなんとなく一般人と違っていたり、あからさまに物珍しいものを見る視線を感じたりする。はやて、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラを見ている時点で教会側にはとっくに面が割れてるってことだ。当然かもしれんが。

やはりお目当ては夜天の主とヴォルケンリッターの五人か。敵意や害意を感じないので、好奇心に負けて視線を寄越してるようだ。

それを分かっているのは俺以外の他の連中も当然で、皆居心地悪そうに歩いている。

はっきり言って此処まで注目されると虫の居所が非常に悪い。特に俺は目立つのが嫌いだ。大っ嫌いだ。思わずセットアップして封炎剣を地面に突き立ててサーベイジファング発動させて周囲を更地にするくらいに。

「なぁ、全員丸焼きにしてやろうか」

「此処でうんと答えると本当にやりそうだからダメ。お願いだから我慢してね」

冗談のつもりで言ったのに真面目な顔をしたユーノに諭されるようにお願いされてしまった。どうも俺は安全装置が外れた火炎放射器と思われている節がある。

「ん? 何だあれは?」

ザフィーラが前方に視線を向けて疑問を口にする。

「何って、人だろ。こっちに向かって全力疾走して来るな」

俺が言葉にした通り、何か鬼気迫る勢いで走っている一人の少女がこっちに近付いて来る。年の頃は十代中頃、遠目から見ても分かる綺麗な長い金髪を振り乱し、修道服に似た黒い服装に身を包んでいる。

長いスカートを穿いて走っているというのに全く危な気も無い。それでいてまるでアスリートみたいな走り方だった。

「あれも聖王教会のシスターか?」

とザフィーラ。

「俺が知るかよ」

そんなやり取りを交わしていると、少女はズザザザザーッと砂埃を上げながら急ブレーキを掛け、俺達の前で停止した。

「ハァハァ、あ、あああ、あの!!」

激しい運動をした所為か、額から玉のような汗を垂らし、顔を紅潮させて肩で息しながら慌てたように俺達に何かを伝えようとする少女。

「あれ? こいつ聖王教会のカレー・グラタンとかいう奴じゃねー?」

「「あ」」

「違います!! カリム・グラシアです!! そんな美味しそうな名前ではありません!! 以前自己紹介したのに覚えてもらえなかったのですか!?」

ヴィータが謎の料理を唱えると今更思い出したようにシャマルとシグナムが声を漏らし、少女―――カリム・グラシアが間違いを訂正した。

カレーのグラタン? いや、グラタンのカレー? 少し美味そうだと思ったのは内緒だ。

「こいつが?」

「はい」

「ああ、間違い無い」

「お前ら二人共ヴィータが言うまで忘れてただろ」

「「う」」

こめかみに汗を浮かべるシグナムとシャマルを捨て置き、俺はカリム・グラシアと向き合った。

「改めまして、私は聖王教会の教会騎士団に所属するカリム・グラシアと申します………あの、失礼ですがあなた方はどちら様でしょうか?」

まず名乗ってからペコッと一つお辞儀し、ヴォルケンリッターの傍に居る俺と後ろに居るなのは達を見比べながらおずおずと聞いてくる。

「ソル=バッドガイ、こいつらの保護者みてぇなもんだ」

「え? ………ソル=バッドガイって、あの?」

「お前が言うあのってのが何か知らねぇが、俺の名前はソル=バッドガイだ」

「本物!?」

突然仰天したように大声を出された。

「こ、こうして直接お会い出来るなんて光栄です!! ソル=バッドガイと言えば古代ベルカの遺産である夜天の魔導書を、その主と守護騎士ヴォルケンリッターを卑劣漢ギル・グレアムの陰謀から救い出し、今回の闇の書事件を未然に防ぎ、それだけに留まらず永遠に続くと管理局の誰もが諦めていた天災に終止符を打ったとても偉大なお方と聞いております!! 是非握手してください!!!」

異様な程美化された事実を口早に言うと、彼女は勝手に俺の両手を取ってぶんぶん上下に振り出す。

面食らった俺は開いた口が塞がらない。

感動しているのか瞳を潤ませて尊敬の眼差しを俺に向けるカリムの暴走は止まらない。

「管理局嫌いと聞いていましたので、夜天の主と騎士達に会えたとしても貴方には会えないと半ば諦めていたのですが、わざわざこんな辺鄙な場所に皆様と共にご足労頂けるなんて、しかも握手までしてもらえるだなんて………私あまりの感動に泣いてしまいそうです」

「え………いや………」

「魔導師として素晴らしい実力をお持ちの上、人としての器がとても大きく、事件解決後も夜天の主と騎士達の為に尽力したと聞き及んでおります!!」

「………そう、だったか?」

褒められれば褒められる程自信が無くなってきたので背後を振り返ると、皆揃ってうんうん頷いていた。

俺そんな大それたこと何かしたか?

「誰から聞いた? その話」

そこまで美談に思えるような内容にした覚えは無ぇぞ。クロノとエイミィが提出するつもりの報告書には何度も眼を通してチェックしたし、強調した点と言えばはやてが悲劇のヒロインであるということと、守護騎士達は主の命を救う為に仕方無く犯罪に手を染めたが途中で間違いに気付き自首したってことと、全ての元凶はグレアム達であいつらは偽善者の皮をかぶった極悪人だったってことくらいだ。

「闇の書事件の報告書を本局で読ませて頂きましたが、それだけでは満足することが出来なかったので事件の担当者から直接お話を聞かせて頂きました」

「事件の担当者って、クロノか?」

「いえ、ハラオウン提督です」

あの女狐、一体何を考えてやがる? 確かに俺にとって不都合な情報は全く漏れてないけど、美談にすれば八神家の面子に向けられる白い眼とか減るからいいけど、いくら何でも限度があるだろ!!

これはあれか、無茶な要求を今まで通させてきた俺に対するハラオウン親子からの遠回しな嫌がらせなのか? じゃあこの前のクロノも実はグル? カリムが俺達と接触したがってたのを本当は知ってた?

「立ち話もなんですから腰を落ち着けられる場へご案内致します。さあ、教会本部はこちらです。最高級のお茶の用意をさせますので皆様の武勇伝をお聞かせください」

上機嫌で歩き出したカリムに追従しながら俺は口を開く。

「言っとくが俺達は教会に所属するつもりは無いぜ」

「はい、ソル様が組織というものを毛嫌いしているのは存じ上げております」

あれ?

てっきり俺達を教会に入れようって魂胆だと思ってたので釘を刺しておこうとしたのに。

すっかり毒気を抜かれた気分だ。

「じゃあ何だ? 何故ヴォルケンリッターに接触してきたんだ?」

「私は皆様にお仕事を依頼したいのです」

「仕事の依頼だと?」

「はい。身内の恥を晒すようで心苦しいのですが、最近の教会騎士は一人一人の騎士の質が落ちているのです。実力があっても騎士として高潔な精神を持っていなかったり、またはその逆に高潔な精神に実力が伴わなかったり」

振り返り、後ろ向きに歩きながらカリムは少し表情を曇らせ溜息を吐いた。

「教会騎士団を預かるグラシア家の者として現状に頭を悩ませていた時でした。闇の書事件を耳にしたのは」

訥々と語り出されることの発端。

「古代ベルカ式の使い手、最後の夜天の王と守護騎士ヴォルケンリッター。そして管理外世界で暮らすオーバーSランクの賞金稼ぎとその仲間達、つまり皆様のことです」

「………」

「私はこの話を聞いた時、先代からの助言を受けあることを思いついたのです」

「一体何を?」

カリムは今までの苦労が実ったと言わんばかりに極上の笑みを浮かべると、心の底から嬉しそうにこう言った。

「皆様には教会騎士団専属の戦技教導官になって頂きたいのです」














後書き


いつも読んでいただいてありがとうございます。

毎回たくさんの感想も残してくださって本当にありがとうございます。

此処最近は就職活動がついに実って内定をもらうことができまして、入社手続きやらなんやらでてんてこまいの日々を過ごしていました。

それでもなんとか感想返しは出来なくても、作品は上げようと思って頑張ってました。

執筆すること自体が楽しくストレス解消になりますし、何より楽しみにして待っていてもらえると思うとやる気と元気が湧き出てきましたから。

中途採用枠なので12月の頭からいきなり出社することになりましたので、今までのような更新速度を維持できないと思います。ご容赦ください。

それでも週一ペースで更新いけたらな、と愚考しています。

これからもよろしくお願いします。

ちゃんと感想は一つ残らず読ませてもらってますからね!!!





どうでもいいけどソルは現金派です。聖戦以降、キャッシュカードやクレジットカードはただのゴミと化しましたからね、そもそもそういうシステムを支える技術が失われた世界を生きてきましたので。

だから現金派。貴金属持ち歩いてたこともあったので物々交換でもいいのかもしれません。




[8608] 背徳の炎と魔法少女 聖王教会編 その三
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/29 00:43

人数が多いので応接室では入りきらないという理由で、食堂へと案内される。

そのことについてカリムがペコペコ頭を下げてきたが、俺達は苦笑いを浮かべ気にしないようにと伝えた。十人と一匹という人数に余裕を持って応対出来る応接間なんて普通無い。

高級レストランみたいな食堂に入り、長いテーブルの前に腰掛ける。

俺を中心とした高町・八神家連合とカリム一人が向かい合う形で座り、カリムが俺の真正面に来るように座った。

「シャッハ、皆様にお茶の用意を」

「畏まりました」

カリムが廊下に向けて声を掛けるとシスターが一人ゴーカートを押して入室してくる。

「失礼します」

シャッハと呼ばれたショートカットの髪型のシスターは俺達一人一人に丁寧に茶の用意をし、最後にカリムの分を用意するとそのまま彼女の後ろに影のように付き従った。

「こちらは私の秘書を勤めるシスター・シャッハです」

「シャッハ・ヌエラと申します。以後、お見知りおきを」

恭しく頭を垂れる。それに俺以外の連中も釣られて頭を下げていた。

名乗られた以上はこちらもそれなりの礼儀を尽くす必要があるので、簡単な自己紹介をする。

それが終わるといよいよ本題となった。

「戦技教導………要するに戦い方を教えろってことだろ」

「はい」

「………」

真っ直ぐに見つめられて俺は怯んでしまう。

カリムに対する俺のイメージは、箱入り娘という言葉をそのまま体現してしまったような存在で、俺をヒーローか何かと勘違いしている。尊敬の眼差しがその証拠だ。

道中、本人から聞かされたがカリムは此処ベルカ自治領に置いて聖王教会本部を預かるグラシア家の一人娘でその跡継ぎ。若干十代半ばでありながら教会騎士団を任され、同時に時空管理局でもかなり高い地位に居る。

これまで随分と苦労したようだが、努力を怠らない聖職者らしいスタンスと周囲の助けもあって頑張ってこれたとか。

以前クロノから、問題らしい問題を起こしたことが無く逆に優秀だと評価されている、と話を聞いたが本当なんだろう。見た眼優等生だし。

そんな人間が俺と関わったら絶対に経歴に傷がつくと思うんだが。本人はそんなこと微塵も考え付いていないのか、曇り無い青い瞳で俺を見ている。

リンディのようないかにも腹黒そうなお偉い様だったら化けの皮を剥いでやる自信があるのに。

俺みたいなアウトローと関わりを持たない方が彼女の為だと思ってしまうので、どうにもやり難い。

「最初に聞かせてくれ。古代ベルカ式の使い手であるシグナム達にそれを頼むは分かる。だが、俺達全員に教導官をして欲しいっていう明確な理由が分からねぇ」

教会騎士達のほとんどが近代ベルカ式という、ミッドチルダ式魔法をベースにして古代ベルカ式魔法をエミュレートして再現した魔法を用いているらしい。

エミュレーション故にミッドチルダ式と相性が良く、二つの魔法体系を併用している者も居るという。

古代ベルカの『聖王』を崇めている教会からしたら、シグナム達が『聖王』の技を使うことの出来る者として映り、教鞭を振るって欲しいというのは分かる。

しかし、そこでどうして俺と高町家の連中が付随されるのか分からない。

「此処数年で教会騎士の質が落ちているのは申し上げましたね?」

「ああ」

「私はそれを食い止め、優秀な騎士を育成したいのです」

「目的は分かったが、もっと具体的に言え」

「失礼しました。優秀な騎士を育て上げる為には優秀な教官が必要です。確かに魔法の術式が合致すれば魔法を教える上ではそれに越したことはありませんが、この広い次元世界で相手が自分と同じ術式で似たような戦い方をするのはごく稀です」

確かに、なのはとフェイトとユーノとクロノ、同じミッドチルダ式でありながら全員がそれぞれ全く異なるタイプの魔導師だ。それはシグナム達にも言えるし、法力使いでも使い手によって戦い方ってのは千差万別だ。

極端に言えば、似たようなものはあっても完璧に同じなものは存在しない。

「はっきり申し上げますと、皆様のようなタイプが異なる優秀な魔導師・騎士を相手に経験を積ませて頂ければと思っています」

「つまり、模擬戦の相手をしろってか?」

「教導ですのでそれだけとは言いませんが無理強いはしません。模擬戦の相手になって頂けるだけでも十分ですが、欲を言えば基礎と応用、戦う時の気構えなど、そういった諸々のものを含めてご鞭撻して頂ければと思っています」

流石に組織を預かる者として要求はしっかり言うか。若い割にはしっかりしてる。箱入りの小娘と少し侮っていたかもしれん。

腹の探り合いをするよりも、こういう風に素直に何を求めているのか言ってもらえる方が好感を持てる。リンディと初対面した時に比べるとカリムの態度の方がよっぽど良い印象に映る。

「知ってると思うがシグナム達の四人は管理局で無償奉仕中、俺達子どもは義務教育の真っ只中、アルフとアインは社会人、はやてなんてついこの前にやっと自力で歩けるようになったんだぜ。もし引き受けたとしても碌に時間は取れねぇし、そっちの期待に応えられるか分かんねぇぞ」

「そちらのご都合は十分理解しているつもりです。時間がある時で構いませんし、報酬もしっかりと用意させて頂きます」

俺から眼を逸らさずにカリムは言った。

「………最後に一つ」

「何でしょう?」

ゆっくりと眼を細め、威圧するように睨んだ。

「俺が戦う上で前提条件としているのは殺し合いだ。生き残る為なら敵を殺す、そういう考えを持って俺は戦場に立ってきた。こいつらの訓練に付き合ってやってるのは自衛手段の向上っていう名目があるが、いざとなったら生き残る為に殺人者にする刷り込みでもある」

故意に一部の単語を強調して脅すような口調を作ってやる。

「それでもいいなら、考えさせてもらう」

言って、出されたハーブティーらしきものを喉に流し込む。

さて、どう出る?

賞金稼ぎとして生きてきた俺にとって戦いは生活の一部だった。

生死問わずの高額賞金首をぶっ殺して報酬を受け取る。世界中を放浪していた俺にとって戦うことは仕事であり、その過程で殺人に手を染めるなんてしょっちゅうだ。

勿論、贖罪や復讐の意味合いでギアを狩り”あの男”を追い続けていた日々であったが、それはあまり此処では関係無いので割愛。聖戦時代のギアは殺す以外に選択肢無いし。

で、俺は殺し合いが日常茶飯事の生活が長かったので、戦う時はどうしても相手を殺す感じで戦ってしまう。これはもう癖だ。最近では出来るだけ手加減するように気を付けてはいるが。

だから、俺が教えられるのは殺し合いだけ。

それをオブラートに包んで”生き残る為”と謳っているだけに過ぎない。

「どうする?」

挑発するように口元を歪め、俺は賞金稼ぎとして残虐な笑みを浮かべてカリムに問い掛けるのであった。










背徳の炎と魔法少女 聖王教会編 その三










「………どうしてこうなった?」

俺は今、教会騎士団が保有する演習場の真ん中でセットアップし、聖騎士団の制服を模したバリアジャケットに身を包んでいた。

演習場は古代ローマのコロシアムのような造りになっていて、周囲から大量のギャラリーが俺達を見下ろしている。

眼の前にはトンファーみたいなデバイスを両手に構えたシスター・シャッハと、カリムの義理の弟とかいうヴェロッサ・アコースという名の優男がそれぞれバリアジャケットを―――いや、ベルカ式だから騎士甲冑か―――を展開して構えてた。

<これより我ら聖王教会の教会騎士団が誇る騎士、シャッハ・ヌエラ&ヴェロッサ・アコース VS 暫定戦技教導官ソル=バッドガイ氏の模擬戦を開始します>

マイクを通したカリムの声がコロシアムに響き渡ると割れんばかりの大歓声が辺りを包み込む。

客席に座っているのは俺の身内のみならず、教会騎士団の連中や敬虔な信徒達、というか此処ベルカ自治領で暇人してる奴ら全員である。

どうやら聖王教会って連中はどいつもこいつも血の気が多く、こういう騎士同士の決闘とかには眼が無いらしい。特に高ランクの模擬戦は三度の飯より好きだとか。

………それって宗教としてどうなんだよ?

聖王ってのはバトルマニアなのか? 戦神として崇め奉られているのか? 信じる者は救われる、じゃなくて信じる者は剣を持て、という教示なのだろうか? だとしたら嫌な宗教だ。

そういえば此処に来る最中に通りすがりのシスターが「強い殿方には憧れる」的なことを言っていたのを思い出す。

きっとこの地域では強さこそが純粋な憧れの対象になるんだろう。そう考えると、シグナム達を付き従えてる俺にカリムがあのような視線を向けるのも当然なのか。

だからっていきなりこんな大観衆の前で模擬戦やらせるこたぁねぇだろ。

俺はことの発端となった出来事を思い出して疲れたように溜息を吐いた。





結局カリムは覚悟を決めたように頷き、「どうかよろしくお願いします」と頭を下げた。

交渉成立。

しかし、そこへ待ったを掛ける者が現れる。

シャッハ・ヌエラだ。

驚いたことに彼女は教会騎士で、そのシャッハが言うには「疑う訳ではありませんが、私は皆さんの実力がどの程度のものか知りません。出来ることなら教導を受ける前に実力を見極めさせて頂いてもよろしいですか?」とのこと。

教導を受ける教会騎士として至極真っ当な意見と言えるが、その眼は爛々と輝き、実にわくわくとしている。俺と模擬戦する時のシグナムの眼にそっくりだった。

「それもそうですね。よろしいですか?」

断る理由が無いのでカリムの言葉に頷く。

「シャッハはとても優秀な騎士ですよ」

場を食堂から演習場へ。

その道中で、緑色という地球人では絶対にあり得ない髪の色をした長髪の優男に出くわす。上から下まで白いスーツ姿という、教会に所属する者としては少々場違いな出で立ちだ。

「姉さん、この人達が前に言ってたあの?」

「ええ。これからソル様達の実力を見せて頂くことになったのです。ヴェロッサ、貴方もいい機会だからついてきなさい」

「誰だ?」

「あ、紹介が遅れました。こちらは私の義弟になります。ヴェロッサ・アコースです」

カリムの紹介に合わせるようにして優男は慇懃に、それでいてキザっぽい仕草で俺達にお辞儀した。

「ヴェロッサ・アコースと申します。以後、お見知りおきを。それにしてもお美しい女性ばかりだ」

仕草に加えて言ってる内容までキザったらしいヴェロッサがウチの女性陣に、シグナムとシャマルとアインに近付く。

シャッハの眉がピクッとひくつき、カリムが呆れたように溜息を吐くのを俺は見逃さなかった。

アルフは微妙にヴェロッサの視界に入ってなかったので一人ショックを受けていた………あ、ユーノが慰めてる。

「このような田舎の辺境の地でこれ程美しい花々に巡り合うことが出来るなんて、今日の僕はとても運が良い」

歯が浮くような台詞を真顔で言うヴェロッサに俺はげんなりした。アクセルが脳内で「だ~んな~、ひっさしぶりだね~、元気っしってたぁ~」と言ったような気がしたからだ。

「私達をナンパしようというその度胸と心意気は買うが、残念ながら全員売約済みだ」

「軟弱な男に興味は無い」

「坊やは少し痩せ過ぎね。ごめんなさい、お姉さん達はもっと逞しい男性が好みなの。鍛え直してね」

馬鹿にしたように鼻で笑い、一蹴する三人。何気に一番酷いことを言ってるのがシャマルって事実が酷い。三人の中で比較的まともなことを言ってるのがシグナムってのが既に末期だ。アイン? あいつはもう論外だ。

相手にしてもらえずガガーンと落ち込むヴェロッサを、いい気味だと言わんばかりに声を押し殺して笑うカリムとシャッハ。

なんとなくこいつらの人間関係がうっすらと分かってきた気がする。

「どうしてもと言うのならこの男を倒してみせろ。もし倒すことが出来たなら軟弱という言葉は訂正してやろう。まあ、倒すことが出来たらの話だがな」

俺の肩にポンッと手を置きながらニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるとシグナムは俺に意味あり気な視線を向ける。

次の瞬間、ヴェロッサが俺を睨み殺さんばかりの視線を寄越してきた。

「ちょっと待て、何勝手に―――」

「あらあら、シグナムって意外に意地悪さんよねぇ~」

「しかし、坊やはやる気が出てきたようだぞ」

抗議の声を無視してクスクスと微笑むシャマルとアイン。シグナムと合わせて最近のこいつらタールみたいに黒いんだけど。真っ黒クロ助よりも真っ黒なんだけど!! 女の汚い部分が透けて見えるんだけど!!!

ヴェロッサがとんでもない程可哀想になってきたってのに、俺が鉄槌を下すとか質が悪過ぎる。

『どういうことだ!?』

『後で覚えていろと言っただろ、ソル?』

念話で文句を言っても簡単にいなされて取り合ってもらえない。

「ソル=バッドガイくん、でいいのかな? 本局での噂は聞いてるよ。超凄腕の魔導師だって。是非、お手柔らかに頼むよ」

やる気と殺気を漲らせたヴェロッサを見て、俺は深い深い溜息を吐くのであった。





話が決まると演習場に到着。何故かかなりの人が集まっていて売り子の姿もチラホラ見えた。

どういうことか問い詰めると、もし俺達が教導の話を受けた時の為に予め模擬戦は決められていたらしい。それに興味を持った暇人共があれよあれよと言う間に集まってきて、お祭り騒ぎとなってしまったのである。

(あいつら、絶対に俺で遊んでるよな)

観客席の一角を注視すると、身内の連中が弁当のサンドウィッチ片手に俺に向けて手を振っていた。完璧に高みの見物決め込んでやがる。ついでにそのすぐ近くにカリムを居る。更に言えばそこは観客席の中で一番良い席だ。

いっそ此処でわざと派手に負けてやろうか、そんな思いが一瞬過ぎったが後で何を言われるか分かったもんじゃないし、俺の沽券にも関わってくるので負けられない。

やるしかない、か。とてつもなく気が進まないが。

「クイーン、封炎剣を」

<了解>

ボッと音を立てて出現した愛剣の重さと手触りを確認すると、俺はシャッハとヴェロッサに向き直った。

状況は一対二。ランク差をハンデとして俺は飛行魔法無し。これは陸戦であるシャッハのことを考慮したようだが、はっきり言って何のハンデにもなっていない。

確かに俺は空戦出来るし、周りの連中も俺を空戦魔導師だと思っているだろうがそれは大きな間違いだ。何故なら俺は空戦よりも陸戦の方が得意だからだ。

剣を突き刺し、足で踏み締める大地が存在した方が俺の戦い方を最大限に活かせるから。

「お願いします!!!」

「………」

大声を気合と共に放ち一礼するシャッハと、それとは対照的に静かに俺を睨むヴェロッサ。

「死なない程度に流す。適当に来い」



HEVEN or HELL



<では、バトルフィールドに居る三人の準備が整ったようなので、始めたいと思います>

凄くノリノリなカリムの声。どうやらあいつも血気盛んな連中の一人らしい。



DUEL



封炎剣を持つ左腕を一度大きく回し、次に首を回してゴキゴキッと音を鳴らす。



<状況開始!!!>



Let`s Rock



[8608] 背徳の炎と魔法少女 聖王教会編 その三の勝負の行方 ~道化~
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/11/29 18:14

開始の合図と共にシャッハがソルに向かって飛び掛かった。

「はああああっ!!」

手にしたトンファーのような形をした双剣ヴィンデルシャフトを振りかざす。

それに対し、ソルは逆手に持った封炎剣を縦に構えて受け止める。

火花を散らし、金属同士がぶつかり合う耳を劈く音が響いた。

シャッハはそのまま身体を回転させるように次々と攻撃を加えるが、冷静に一つ一つ丁寧に攻撃を防がれる。

それでも構わず攻撃を続けるシャッハの後方で、ヴェロッサは足元にベルカ式特有の三角形の魔法陣を浮かび上がらせ己の稀少技能を発動させた。

無限の猟犬―――ウンエントリヒ・ヤークト。

ヴェロッサの魔力で生成された複数の獣、形はまさに名の通り猟犬と呼ぶに相応しく、唸り声を上げて彼を守るように展開し、

「行け」

掛け声と共に攻防を繰り広げるソルとシャッハを取り囲む。

猟犬達は配置に付くと、その身体が次第に半透明になり、やがて目視が出来なくなる。

「ほう」

ソルは感心したように声を漏らし、怒涛の勢いで攻撃してくるシャッハの攻撃を危な気無く防ぎながら視線を猟犬達に向け、内心舌を巻いた。

騎士というくらいなのだから彼も眼の前のシャッハ同様近接戦闘に特化した魔導師かと思えば違ったらしい。何らかの能力か特殊な魔法か分からないが、魔力を擬似生命にして遠隔操作する、しかも十以上の数を同時かつ自在に操るなど、そう簡単に出来ることではない。

しかもかなり高度なステルス機能を持っている。透明となった猟犬達を目視確認するのは難しい。魔力も巧妙に隠蔽されているのか、察知し辛い。

(あの犬はヴェロッサのサーヴァントみてぇなもんか。中々高性能だな)

かつて振るっていた己の力を思い出し、少し懐かしくなる。

恐らく接近戦が得意なシャッハが足止めと隙を作ることを担当し、ヴェロッサがそこを突く、という役割分担なのだろう。

「どうしました!? 防戦一方ではありませんか!!」

挑発するような口調のシャッハ。これはつまり攻撃して来いという意味だ。ソルが防御から攻撃に転じた瞬間、周囲をぐるりと取り囲んだ猟犬達が一気に襲い掛かる、そういう算段だ。

しかし、あえてソルはその挑発に乗ることにした。

「じゃ、行くぜ」

防いだ双剣を弾くようにかち上げ攻勢に移ろうとした瞬間、シャッハはそれを待っていたとでも言うように笑みを浮かべ後ろに退がる。

「ロッサッ!!」

「了解!!」

示し合わせたように十を超える殺気が一斉に襲い掛かるのを自覚しながら、ソルは眼を瞑り殺気だけを頼りに回避しようと試みる。

まず半歩退がり、半身になり、這い蹲るように屈み込み、両手を地に着けてそのまま腕力のみで地面を滑走するように更に退がり、最初に居た場所から十足程距離を離すと何事も無かったように立ち上がる。

「………な!?」

「凄い………」

曲芸染みたストリートパフォーマンスのような一連の動作だけで猟犬達の一斉攻撃を避け切ったソルを見てヴェロッサは眼を剥き、シャッハは驚きのあまり呆然としてしまう。

瞑っていた眼を開くと、ソルは標的を失い主からの命令が一瞬途切れてしまった猟犬達に鋭い踏み込みで肉迫し、

「オラァァァァァァァァッ!!!」

刀身を燃え上がらせた封炎剣を振り下ろした。

大爆発と共に眼を灼く閃光と衝撃、おまけに巨大な火柱が生まれる。

今の一撃で猟犬達は悲鳴を上げることも許されず一匹残らず消滅してしまった。

視界を遮るような炎の壁を前にして、シャッハとヴェロッサはどうすればいいのか迷ってしまうが、考える間も無く爆炎の中からソルが飛び出し二人に向かって殺気を迸らせながら一直線に突っ込んでくる。

ソルはシャッハに突進の勢いと体重を乗せた喧嘩キックをお見舞いする。これはデバイスでなんとか防がれてしまうが、彼女は威力を殺し切れず大きく体勢を崩してしまう。

そこへ更に仰向けになるように姿勢を低くしたソルからの足払いにより両足を薙ぎ払われ、彼女の身体は宙に浮く。

「バンディット―――」

仰向けのような状態から一瞬で立ち上がるとシャッハの腹に向かって左飛び膝蹴り。跳躍した時の慣性そのままの勢いで腹に膝をめり込ませながら移動する。

身体を”く”の字にしたシャッハに追い討ちを掛けるように身体を空中で回転させ、ソルは右の足で踵を落とす。

「―――リヴォルバー!!」

流石に顔はマズイと思ったのか踵はシャッハの右肩に命中し、彼女を地面に叩き付けた。

炎の中からソルが飛び出してからこの間約二秒。

シャッハが攻撃されたことで我に返り、ヴェロッサが慌てて猟犬を呼び出そうとするが、

「うぜぇ」

手首の動きだけで投擲された封炎剣が地面と平行に高速で回転しながらヴェロッサに迫る。

「うわぁぁっ!?」

デバイス(本当は違うが聖王教会の者達はそうだと勘違いしている)を投げるという魔導師にあるまじき行為と、明らかに直撃したら上半身と下半身が一生離れ離れになってしまうような攻撃に悲鳴を上げながら必死に交わすヴェロッサ。

回避に成功したが猟犬を呼び出す為に構成していた術式は霧散してしまう。そんなヴェロッサに既に踏み込んでいたソルが眼前に迫っていた。

首に吸い込まれるようにして伸ばされたソルの右手が万力のような力で蛇のように締め上げる。

「悪いが、終いだ」

疲れたように吐き出されたその言葉の意味を理解する前にヴェロッサの額にソルの頭突きが決まり、彼は意識を失った。










背徳の炎と魔法少女 聖王教会編 その三の勝負の行方 ~道化~










犠牲肉のような可哀想なことをしたな。そう思いながら気絶して倒れそうになるヴェロッサを支える。

<………ソ、ソ、ソル=バッドガイ氏の勝利!! お、お見事です!!>

上擦った口調のカリムが勝利宣言をすると、静まり返っていた演習場から拍手と大歓声が響き渡った。

「う、あ………私達の、負けですね」

肩と腹の激痛に顔を顰めながらシャッハがゆっくりと立ち上がり、俺に向き直る。

「何がなんだか分からない内にあっという間にやられてしまいました………何も、出来なかった………お強いとは聞いていましたが、此処まで何も出来ずにやられるなんて思ってもみませんでした」

「敵が最大戦力を見せる前に叩き潰す、基本だぜ? 実際の戦場じゃ待ったは無しだからな」

「勉強に、なります」

悔しそうに唇を噛みながらもお辞儀をするシャッハに俺は背を向ける。

「攻撃の思い切りの良さはあるが太刀筋が素直過ぎるし、相手に真正面から突っ込み過ぎだ。それを悪いとは言わねぇが、俺みたいな邪道な戦い方をする連中には通用しねぇ」

「邪道………言われてみれば確かに」

以前、剣士の癖して斬撃よりも殴る蹴るの方が圧倒的に多い、と身内の連中に言われたのを思い出す。

さっきのも猟犬を始末した斬撃以外蹴りと頭突きだったからな。

「ま、さっきの連撃はまだ改良の余地ありだがそれなりに良かった。これから頑張んな」

「は、はい!! ありがとうございます!!!」

礼を言うシャッハをそのままに、俺はヴェロッサを抱えて身内とカリムが居る客席に向かう。

「お疲れ様です。噂に違わぬ強さですね、思わず我を忘れてしまいました」

褒め称えてくれるカリムを無視してその手からマイクを奪い取ると、まだ熱気が冷めない演習場に向かって宣言する。

<次の対戦カードは古代ベルカの騎士、ヴォルケンリッターの戦いをお送りする。烈火の将シグナム VS 鉄槌の騎士ヴィータ>

「何っ!?」

「アタシかよっ!?」



ワァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!



ヒートアップするギャラリーの歓声にシグナムとヴィータの驚愕の声が掻き消される。

何故この人選か。古代ベルカ式同士ということもあるが、俺は割りと根に持つタイプの人間だからだ。俺同様、精々見世物になってくれ。

「ギャラリーが白ける前にとっとと行け」

文句を封殺してヴェロッサを横たえると治癒を開始した。

シグナムは別に嫌がった感じではないが、ヴィータは渋々とデバイスを取り出しセットアップ。二人が会場の真ん中に降り立つとカリムにマイクを放り投げる。

マイクをキャッチしたカリムが開始の宣言をすると二人がドンパチし始めた。

それを視界の端に収めながら治癒し続けると、ヴェロッサが呻きながら意識を取り戻す。

「おい、大丈夫か?」

「うぅ、ダメ」

「大丈夫だな」

「酷くない?」

額に手を当てて上体を起こしてヴェロッサは苦笑した。

「お前の模擬戦前の態度、あれ演技だろ?」

「………何時からバレてたのかな?」

意外そうに眼を見開くヴェロッサの態度に俺は口元を歪めた。

「俺の知り合いにお前と性格が似たタイプが居るんだよ。で、シグナムに挑発されてからの態度の豹変、今冷静になって考えてみると微妙に違和感があった。だからカマ掛けてみただけだ」

「アハハハハ、そういうことか!! これは一本取られた!!」

ひとしきり笑うとヴェロッサは悪戯小僧っぽい表情になる。

「いや、ただ模擬戦をするだけじゃつまらないと思って何か面白い演出は無いかと考えていたところに、シグナムさんが挑発してきてくれてね。これは使える、キミが絶対に負けられない状況を作って全力を引き出させてやろうって思い付いてさ。結果は底を見せてもらえず僕達の惨敗だけど」

そんなこったろうと思った。悪ふざけ好きそうだもんなこいつ。

「でも、純粋にキミに興味があったのは本当だよ。本局の上層部が欲しがっているのにハラオウン家が必死になって管理局からの干渉を防いでいる謎の人物。一体どんな魔導師で、どんな戦い方をするんだろうってね」

あんなパワーファイターで剣士とは思えないような戦い方をする魔導師だとは思ってなかったけどね、とヴェロッサは付け加えた。

「茶番の為に状況を上手く利用して舞台を用意し、自分も道化を演じるってか………大した演出家だ」

「お褒めに預かり恐悦至極」

要するに、俺は途中からヴェロッサに踊らされていた訳だ。

「でもナンパは半分以上本気だったろ?」

「あ、分かる?」

「そういうところまで俺の知り合いにそっくりだ」

やれやれと溜息を吐くと、ぶつかり合うシグナムとヴィータに向き直ったのだった。






[8608] 背徳の炎と魔法少女 聖王教会編 その四
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/12/03 00:31

結局、なし崩し的にはやてを除いた全員が模擬戦を行うことになり、俺達の実力をお披露目する名目で始まったそれは教会騎士団にとって非常に満足出来る内容だったらしい。

ちなみに対戦カードはその場のノリで以下のようになった。



第一試合  シグナム VS ヴィータ           時間切れによりドロー

第二試合  フェイト VS なのは            時間切れ寸前でダブルノックダウン ドロー

第三試合  ユーノ VS ザフィーラ○         近接戦闘中に一瞬の隙を突かれたユーノが気絶 テクニカルノックダウン

第四試合  ○シャマル VS アルフ           アルフ優勢だったが、シャマルのバインドからの派生技「ブレイクバースト」が上手く決まり気絶 テクニカルノックダウン

第五試合  俺 VS アイン               時間切れによりドロー

第六試合  ○ユーノ VS ヴィータ           終始ヴィータ押し気味だったが、最後の最後でユーノのバインド→ブレイクバースト→関節技のコンボが決まりヴィータがギブアップ

第七試合  俺 VS シグナム              時間切れによりドロー

この次からはタッグ戦と二対一になる。

第八試合  なのは&フェイト VS シャマル&ザフィーラ 時間切れによりドロー

第九試合  ○アルフ&ヴィータ VS アイン        アルフのバインドに拘束されてヴィータのギガントが振り下ろされる寸前にアインがギブアップ



デモンストレーションの意味合いが強かったので一つの試合に十分という制限時間を設けた。その所為で最後まで決着をつけられなかった試合があるのだが、実力を見せ付けるということには成功したようなので問題無いらしい。

興奮が冷めない演習場を後にし、教会本部に戻って疲れを癒す。

その後、カリムの提案で夕飯を馳走になった。

食後のお茶とヴェロッサが俺達の為に手作りしたケーキを堪能していると、唐突に空間モニターが現れる。

何だこれは? 疑問に思って口にする前にシャッハが説明してくれた。なんでも先程の模擬戦後に観客に対してアンケートなるものが行われていたらしく、丁度このタイミングで集計結果が出たのでそれを表示したらしい。

そんなもんまで用意していたとは。

アンケート内容はこんな感じだ。



Q1 本日の模擬戦を見て教導を受けたいと思いましたか? 理由を簡単にお答えください。



Q2 Q1で「はい」と答えた方に質問します。誰の教導を受けたいですか? 複数回答可。 (以下各々の名前が記載されている)



Q3 Q2の理由を簡単にお答えください。また、感想や質問でも可。










背徳の炎と魔法少女 聖王教会編 その四










「結果はこちらです」

シャッハが空間モニターを操作すると円グラフが二つ並ぶ。

Q1で「教導を受けたい」と思った回答者は91%。理由は「あんな風に強くなりたい」「勉強になる」「今日の模擬戦を見て戦術の幅が広がると思ったから」が大半だ。

逆に残りの9%は「絶対に無理だ」「訓練が死ぬ程厳しそう」というネガティブな回答理由。前者はともかく後者の意見は否定しない。

Q2での割合では意外にも皆どっこいどっこいの票数だった。これはカリム達も同じだったらしく、皆で眼を丸くする。ぶっちゃけかなりバラつくと思っていたんだが。

何故だと思いつつも、Q3の回答をいくつか見ることにした。

俺とシグナムの場合、回答者のほとんどが二人を同時に選んでいて理由も同じようなものだったので一緒の扱いとなる。

『どうして俺には炎熱変換が無いんだぁぁぁ!?』

『騎士と言えば剣士だろ』

『カッケェ』

『御託は、要らねぇ!!!』

『紫電一閃!!!』

『お二人のような、真正面から敵を力ずくで叩き潰せるような騎士になりたいです』

こんなのばっかりだ。実にミーハーな回答というか、素人が好みそうな戦い方を俺達はしていると実感する内容だった。

「簡単なアンケートですから、怒らないでくださいね?」

最早乾いた笑いを漏らしながら苦笑いを浮かべるしかない俺とシグナムへ、カリムが困ったように苦笑する。

「これは、精神的に結構来るな」

「……うむ。もっとこう、見た目の派手さや格好ではなく、立ち回りや技術的な側面を見て欲しかった」

シグナムと視線を交差させ、溜息を吐く。

「ま、まあ、教会騎士団の者達も若いのが多いですから」

「次行きましょう、次!!」

額にかいた汗を誤魔化すようにカリムが髪をかき上げ、取り繕うようにシャッハが促し次の画面が映し出される。

ヴィータの場合。

『ハンマーに魅せられました』

『ベルカの騎士なのにオールラウンダーって凄いですね。私も距離にこだわることなく戦えるようになりたいです』

『遠距離でも中距離でも近距離でも戦える。純粋に凄いと思います』

『僕は近距離戦闘しか適正が無いと以前言われたのですが、訓練を積めばヴィータさんのような近距離寄りの万能型になれますか?』

一部デバイスに関して何やら男心がくすぐられた文章が存在するが、概ねヴィータの戦闘スタイルを支持するような内容である。

「へへ」

本人も満更じゃなさそうに笑ってやがる。

フェイトの場合。

『正直速過ぎて何がなんだか分からなかった。でも相手より速く動けることは重要だと思う』

『接近戦が得意なミッドチルダ式魔導師というよりも、射撃や砲撃が出来るベルカの騎士みたいな印象が強いです』

『高速移動魔法を発動させている最中の動き方を教えてください』

『以前任務で速い敵を相手に逃げられてしまい悔しい思いをしました。是非仮想敵として相手してください』

やはり自慢の速度と接近戦を得意とする点が注目を集めている。こちらもなかなか高評価だ。

「うぅ、ちゃんと教導出来るかな?」

しかし本人には逆に変なプレッシャーが掛かってしまったらしい。

なのはの場合。

『薙ぎ払え!!!』

『なのはさんって何時もあんな風に砲撃バンバン撃つんですか? だとしたら勝てる気がしないけど、模擬戦やってる内に普通の相手が楽になりますね』

『リアルSTG』

『射撃と砲撃魔法撃ち過ぎ、近寄れねぇよ。もし近寄れても今度は槍で接近戦とか、もう笑うしかない』

『トリガーハッピーですね、分かります』

「何これぇぇぇぇっ!?」

一人憤慨するなのはを他所に、俺達全員は吹き出した。

よく見ると、なのはを支持してる連中は『この人と模擬戦やり慣れればミッド式相手に楽勝出来るかも』という意見が大半を占めていた。他は微妙にコメントに困る内容だ。

「まあそう怒るな」

「だったらなんでお兄ちゃん顔がニヤついてるの!? バカッ!!」

立ち上がったなのはが俺の後ろに回り込んで髪をグイグイ引っ張り始めたので、気が済むまで放置することに決める。

アインの場合。

『攻守、遠中近、全てに置いてバランスが取れていると思います』

『文句無しの万能型』

『こんな人実際に居るんですね』

『色々な戦い方をするようなので、色々なことを教えてもらえそう』

なんというか、本人以外にとっては少し面白くない内容だ。皆が横眼で胡散臭そうな視線を送ると、

「て、照れるな」

純粋に喜んでいた。その表情を見て毒気が抜かれてしまったのでシャッハに次を促した。

「えっと、次なんですけど、これは残りの四人、ユーノさんとアルフさんとシャマルさんとザフィーラさんの全員が該当します」

「俺とシグナムみたいにかぶってるってことか?」

「はい」

まあ、基本的に四人が本来得意とするのは前衛じゃなくて、後衛での補助だからな。一部性格的に前に出たがるが、バインド、回復、防御、その他諸々を主に使って基本的には前に出ないタイプだし。かぶるのはむしろ必然か。

「では、こちらです」

『バインドって捕縛以外にもあんな使い方出来るんですね!!』

『俺は攻撃魔法適正無いんだけど、ユーノさんみたいな戦い方なら俺でも戦える』

『今まで補助系の魔法って攻撃よりも劣るって馬鹿にして考えてたけど、そんなことこれっぽっちもないんですね。反省します』

『補助メインの後衛って敵に近付かれたら終わりだと思ってた常識を覆すような戦いでした』

『なんというか、発想が凄い』

『攻撃魔法が無くても補助系の魔法と体術で十分戦えるなんて知らなかった』

他にも四人を褒め称えるような文章が続く。

ユーノがヴィータに勝ったというのが大きく評価された要因だろう。

「いやぁー、見る眼がある奴ってのは居るもんだねー」

「ヴィータに勝てたのは運みたいなもんなんだけどなぁ」

「前衛の足手纏いにはなりたくないですから」

「うむ」

フハハハハと笑うアルフ、鼻の頭をかきながら少し恥ずかしそうにするユーノ、口元に手を当てクスッと笑うシャマル、腕を組んで大きく頷くザフィーラ。





「これらはあくまでも匿名のアンケートですので鵜呑みにしないでください」

全てを見終えてカリムが纏めるように口を開く。

「具体的なクラス分けや担当の振り分けは、騎士達一人一人の意見と個人の適性と皆様のスタイルに照らし合わせながらこちらの方で検討させて頂きます。もしかしたら二人以上の複数人で一緒に教導してもらう可能性があることもご了承お願いします」

むしろその方が多いかもしれません、と付け加えられる。

続いてシャッハが申し訳無さそうに進言した。

「その為には皆様の詳しいデータがもう少し欲しいのですけど、何か戦闘記録のようなものは無いでしょうか?」

「此処一ヶ月の模擬戦データを後で纏めて送信するだけでいいか?」

「それで十分です、ありがとうございます」

俺の言葉に頭を下げるシャッハに気にするなと言い、疑問を口にする。

「教導が始まるのはだいたい何時からだ?」

「シャッハ」

「そうですね……皆様がだいたい週一が週二でこちらに来て頂けるというお話ですから、スケジュールをまず計画してその後に騎士達の選定を行いますので、およそ一ヵ月後くらいかと」

約一ヶ月か。時間があるようで無いな。

「分かった。何か疑問があったり細かいことが決まったら逐一連絡しろ。詳しい話は一週間後、此処で」

立ち上がり、身内の連中に帰るぞと促す。

「待ってやソルくん」

「あ?」

帰ろうとしたところをはやてに呼び止められる。

「私も何か皆に教えられることって無いやろか?」

いきなり何を言い出すかと思えば随分と現実味が薄いことを。

「教えるも何も、ついこの前まで松葉杖だった癖して何言ってやがる」

「せやけど、魔法の勉強はちゃんとしとるで」

「実戦経験が無いに等しいどころか模擬戦すら碌に無ぇだろうが。そんな奴がいきなり教壇に立って何を教えるってんだよ?」

はやての意見を俺は一蹴する。

確かにはやては魔導師として才能は十分持っているだろうが、それは潜在能力であって、今すぐ示して見せろと言われて見せられるよう代物ではない。

教えを受ける側はド素人じゃない。仮にも教会騎士団に所属している聖王教会の実働部隊だ。そんな連中を相手にやっと一人で歩けるようになった少女が、しかも三ヶ月前に魔法に触れたばかりの少女が戦いを教えるなど、馬鹿にしていると思われても言い訳出来ない。

「でも、悔しいんよ。皆は一ヵ月後に先生になるかもしれへんのに、私だけ何にも出来ないなんて……私一人だけ皆に置いてけぼり食らってるみたいやんか」

悔しそうに唇を噛み締め、それでも強い意志をはっきりと宿らせた瞳で臆することなく俺を見るはやて。

「ずっと思っとった。皆が訓練してる中、私だけ隅っこの方でリハビリして……しゃあないってことはよう分かっとったよ? 特にソルくんは治療からリハビリまで手伝ってもらってホンマ感謝しとる。せやけど、もう仲間外れは嫌なんや。私も皆と同じ位置に立ちたいんや」

「……」

「これが私の我侭っていうんは十分理解しとる。でももうアカン、我慢出来ん。私もやらせて欲しい……この通りや、お願いします」

頭を深々と下げたはやての姿を見て、誰もが戸惑いの表情を浮かべ、最終的な決定を下す俺に視線が集まる。

どうしたもんか?

先の通りはやてには魔法の才能がある。それこそ管理局の人間がはやてを知れば即スカウトする程に。最後の夜天の王、古代ベルカ式の使い手、アインから魔導の全てを受け継ぎレアスキル『蒐集行使』を持っている。肩書きだけなら十分だろう。

魔法の勉強は怠っていない。しかし、いかんせん経験が無い。実戦は一度だけ、それ以後はリハビリに集中させていたので模擬戦すらしていない。

おまけにデバイスすら持ってない。

だが。

「準備期間はあと一ヶ月か。地獄を覚悟してんだったら構わねぇぜ」

ガリガリと頭をかきながら、俺ははやてに問い詰めた。

「ホンマ!?」

喜色に染めた顔を上げるはやてを牽制するように付け加える。

「ただし、明日から死にたくなるような訓練に耐え切れたらの話だ。更に一ヵ月後にテストを行い、俺が認めるだけの実力を身に付けてなかったらこの話は無しだ。ついでに、お前は誰かの補佐という形から始める。これで文句が無ければ許してやる」

「分かった!! 絶対にソルくんを認めさせたる!!!」

「口だけなら何とでも言える」

「口だけやないのはソルくんが一番知っとる筈やで。私が今までリハビリで弱音吐いたことあった?」

「……無ぇよ」

溜息を吐くとカリムとシャッハに向き直った。

「つーことだ。はやてが加わってもそうでなくても誤差が出ないように上手くスケジュール組んでくれ」

「はい、了解しました」

「期待してお待ちしています」

「どうなるかは知らんがな」

俺は肩を竦めると、身内の連中に囲まれて口々に「良かったね」やら「頑張ってください」と励まされているはやてに視線を注いだ。










そして、はやての特訓が始まった。



「じゃ、まず今日からこの重りを寝る時と風呂入る時以外両手足に付けてろ」

「ベタや……」

「でも地味に効果あるぜ。で、今から走れ」

「いきなり? しかもこれ付けて?」

「どんなに遅くてもいい、極端に言えば歩くくらいでもいいから自分のペースを保ちつつ、俺がいいと言うまで走り続けろ。だが歩くなよ。ちなみに拒否は受け付けねぇ」

「わ、分かった。分かったけど……どうしてソルくん、セットアップして封時結界まで張って封炎剣持っとるの?」

「ま、気にすんな」

「……なんかとてつもなく嫌な予感するわ」

十分後。

「ガンフレイム」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!? この鬼!! 悪魔!!! う、うし、後ろから炎が追っかけてきとるやないかぁぁぁぁぁっ!!!」

「炎はお前の走る速度と同じだから安心しろ!! それよりもキビキビ腕を振れ!! もっと足を上げろ!! ゾンビみてぇに前屈みにならねぇで姿勢を正せ!! 教えた通りに呼吸と重心を意識しろ!! 無駄口叩いてペース落とすと追いつかれて焦げるぞ!!!」





「し……死ぬ」

「だれてる場合じゃねぇ、次は接近戦での身体の動かし方だ。親父、兄貴、姉貴、よろしく頼む。コースはスパルタ実戦詰め込み式『殴られて覚えろ』でな」

了解、と応え準備する御神の剣士三人。

「これ……明らかに、オーバーワークだと、私は思うんよ」

「大丈夫だ。今無理やり魔法と法力、魔力供給で肉体疲労取るから」

「それって……反動あるって前にシャマルが言うとったような……」

「反動を無くす為に法力を使う。何の為に複合魔法使うと思ってんだ?」

俺はうつ伏せ状態のはやての頭の上に手を置き、回復させる。

「はぁぁぁ、嘘みたいに身体が軽くなるぅ~」

「よし、じゃあ死んでこい」

三十分後。

「こ、殺される……」

「回復してやるからもう一本行ってこい」

「さっきからそればっかりやないか!! もう二十回は綺麗な花畑が見える川とこっち往復しとるで!!!」

「あと二十、いや三十往復してこい」

「……鬼畜やこの人」





数日後。

「これがお前のデバイスだ」

「わーい!! 私にもついにデバイスが!! あんがとな、ソルくん!!! 名前は何て言うん?」

「作業を手伝ってくれたアインが名付け親で、『シュベルトクロイツ』だとよ。融合デバイスの方はまだまだ先だが、今はこれで我慢しろ」

先端の剣十字が特徴な杖型のデバイスを振り回して新しい玩具をもらった子どものように喜ぶはやて。

「じゃ、デバイスが出来たことだし模擬戦するか」

「ええよ!! 誰が相手でもドンと来いや!!!」

「勿論相手は俺だ。つーか俺だけだ。今日一日中俺と模擬戦だ。ちなみに拒否権は無ぇ」

それを聞いて、時間が止まったように動きを止めたはやての顔からサァーッと血の気が引く。

「く、主はやて、なんて羨ましい……」

「テメェはすっ込んでろ」

渋々引き下がるシグナム。

「……ええっと、ホンマにソルくんと一日中模擬戦するん?」

「嘘言ってどうすんだ? それに今誰が相手でもドンと来いっつったろ」

「そうやね……」

一時間後。

「……い、生きてる……これで今日何回目の奇跡やろ?」

「最低でもあと十回は奇跡が起きるからな」

「奇跡のバーゲンセールや……今日は奇跡が大安売りなんやなぁ」

「そうだな」

遠い眼をして仰向けになり青空を見上げるはやてに膝枕をしてやりながら、俺は回復魔法と治癒法術を発動させた。





更に数日後。

「今日の模擬戦の相手は俺じゃねぇ」

「やったぁぁぁぁっ!! 初めてソルくん以外とや!!」

「俺以外の全員とだ。それぞれサシで戦ったら、次はタッグ組ませて一対二。それが終わったら一対三。これを五セット」

「………はい?」

三時間後。

「む、無理ゲーや……」

「ん? ドラゴンインストールした俺とサシの方がいいか?」

「次や次!! 誰が相手や!? はよう、掛かってきいや!!!」






そんなこんなで、はやての特訓の日々は続いた。





「やれやれだぜ」

俺は溜息を吐きながらはやてを抱え上げて寝室に運ぶ。

はやては一日の訓練に疲れ果て、夕飯を食い終わると即寝てしまう。それだけ内容が濃いことをしているのだ。無理はない。

本当ならもっと大事に育ててやりたかった。時間を掛けてゆっくりと。

実は諦めて欲しかったからこそ、かなり無理難題な訓練をやらせているのだが、はやては気合と根性で今のところ全てを乗り切ってみせた。

生い立ちがあれなだけに、逆境に強い性格なんだろうか?

どっちにしろ凄いの一言だが。

はやてを優しくベッドに横たえると、俺もその隣で横になる。

「この期間だけだからな。毎日頑張ってるご褒美ってことになるのか?」

リンカーコアに掛かった負荷や肉体の疲労を次の日に残さないようにするには、寝ている間に魔力供給してやるのが一番良いらしい。

疲労と魔力の回復。これは流石にはやてが起きている間には限界があるからだ。

こうして同衾してやることについて、なのはとフェイトは「私も!!」と駄々を捏ね、シグナムとシャマルとアインは何か期待するような視線を向けてきた。

当然、無視したが。

華奢で小さな身体を抱き寄せる。

「炎が、炎が……」

うーんうーんと唸っているはやて。どうやら夢の中でも訓練しているらしい。

それに俺は苦笑。

「今はゆっくり休め。明日も容赦しねぇぜ?」










そして、聖王教会を初めて訪れてから約一ヵ月後。

はやては見事にテストを合格――俺との模擬戦で納得させるだけの戦闘能力を見せ付けた――ことにより、教導官を補佐するという立場でベルカ自治領に立つことに成功した。

(これで文句は言えなくなっちまったな)

本音を言えば、やり遂げやがったよこいつ、という微妙なもの。諦めさせる気満々だったってのに。

俺としては教会騎士団と同じ教えを受ける側に居て欲しかったのだが、約束は約束だ。

この一ヶ月で叩き込めるだけ叩き込んだが、まだまだ荒削りな部分が存在する。

ま、それはこれから少しずつなんとかするとしよう。

それよりも今は教導のことだ。仕事として金をもらう以上、結果を出す必要がある。

これから教会騎士達を鍛えることに思考を切り替えると、俺は皆を引き連れて教会本部へと向かうことにした。






[8608] 背徳の炎と魔法少女 バレンタインデー特別編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/12/08 21:03


それはスキー温泉旅行から数日後のバレンタインデーに起きた。

起きてしまったことは必然だったのか、偶然だったのか誰にも判断出来なかった。

しかし、起きてしまったそれに対して最初は誰もが驚き、戸惑い、事情を理解するとこれ幸いに私欲の為に利用しようとしたことは事実である。

この事実を知らないのは話の中心となった当の本人だけ。

これは、そんな物語。






























バレンタインデー。

本来ならばローマ皇帝の迫害の下で殉教した聖ウァレンティヌスに由来する記念日であるのだが、何時の時代からか日本では女性が男性に対して愛を告白する一大イベントという日になっていた。

この時期は何処へ行ってもこの話で持ち切りで、男女問わず微妙な空気を誰もが纏わせながら若干の緊張感を孕みつつ、その日を待ち望む。

まさにHEAVEN or HELL。男にとってバレンタインデーとはそいつの価値が決まる一種のステータスが明確に分かる日であり、女にとっては意中の相手に自身の想いを面と向かってぶつけるチャンスの日。

これはお菓子会社の陰謀だ、と訴える者も居るがそんなものは義理チョコすら碌にもらうことの出来ない、もしくはチョコを渡す相手の居ない負け犬の遠吠えだと断じるのは勝ち組だけである。

しかし、勝ち組でありながら日本のバレンタインデーに対して快くない、というよりはバレンタインデー自体が経済に大きな影響を与える一つのファクターであるという経済的な視点から冷静な眼差しを送る者が居た。

ソル=バッドガイである。

彼は長い年月を経た過程の中で”人間”というものをよく理解しており、様々な場所で、季節で、環境で、ありとあらゆる状況下で人々がどのように生活するかというのを見てきた。

元々優秀な科学者であった為、物事を見る時はどうしても観察するように見てしまうというのもあって、彼は普通の人間以上に真理を見抜くことに長けている。

だからこそ彼は客観的に判断する。バレンタインデーは間違い無くお菓子会社の陰謀である、と。

事実、チョコを意中に相手に渡すという習慣自体が日本独自のものであり、この習慣はお菓子会社が広告に付けたキャッチコピーが始まりだったりするのだから。

まあ、彼が真実に辿り着いたとしても日本に住む人々の認識が変わる訳では無い。世間は相変わらずバレンタインデー一色であり、男の間で格差が生まれる日というのも変わらない。

そして彼は世間一般で言うところの勝ち組に属する側の人間であるのだが、生憎とチョコのような甘いお菓子は好きではなかったのだ。

ブラックのコーヒーなどのような苦味や渋味が強いものを嗜好品として好む傾向があり、どちらかというと甘い食べ物は苦手な部類に入る。

故に、チョコをもらうイベントであるバレンタインデーも甘い食べ物同様に苦手だったりする。

そもそもバレンタインデーに良い思い出が無い。

まだソルが人間であった頃。彼の最愛の女性、アリアも世間一般の女性に漏れず、大切な人や世話になった人に手作りクッキーなどのお菓子を振舞っていた。

本来のアメリカのバレンタインデーは”女性から男性に”というものよりも”男性から女性に”お菓子やカード、プレゼントを贈るのが一般的だ。かと言って別に日本のように”女性から男性に”というのがおかしい訳では無い。

つまり、アメリカではどちらが贈ってもおかしくないのである。

だが、アリアは致命的なまでに料理というものが苦手であった。それはもう、もらったことを後悔するくらいに。

彼女が作るものは、最早お世辞にも料理という技術から生まれたお菓子と呼ぶにはあまりにも『料理』と『お菓子』に失礼過ぎる代物で、謎の物体Xと呼称した方が良さそうな出来であったのだ。

女の子らしい可愛いリボンで丁寧に梱包された箱を開けてみると、そこにはヘドロを原材料として作ったとしか思えない”何か”がある、というのが現実だ。

『今年もまた……もらっちゃったね』

『ああ』

『フレデリック……食べる?』

『もらっちまった以上は食わなきゃダメだろ』

『……だよね』

此処で食わなければ後々『他の女の子からもらったのは食べたのに私のは食べないってどういうこと!?』と文句を言われるのは火を見るよりも明らかだ。何よりソルにとっては最愛の女性からの贈り物。しかも手作り。その気持ちは非常に嬉しいし、食わない訳にはいかない。

……しかし……しかし!!! 市販のもので良かったと声を大にして叫びたい。

眼の前に存在している”何か”を食物として認識し口の中に放り込むには些かどころか、自由の女神の天辺から紐無しバンジーするのと同じだけの勇気が必要だ。

毒で自殺する心境で、とてつもなく嫌な刺激臭を放つそれを人差し指と親指で摘む。

チョコなのかクッキーなのかキャンディなのか、それすら判別出来ない謎の物体Xを覚悟が決まるまで約十分程見つめた後、意を決して彼は口に放り込んだ。

次の瞬間、

『……毒よりも毒らしい、毒とは』

どさ。

泡を吹いて昏倒した。

『フレデリィィィィィィックッ!?』

こんな光景が毎年繰り返されていた。彼らは二月十四日から次の日に掛けてトイレの住人として、最悪緊急入院という形で職場から姿を消していた。

ソルにとってバレンタインデーとは勝ち組でありながら何故か苦しい思いをする破目になる地獄の日である。

ぶっちゃけた話、ただ単に苦手というよりはトラウマに近い。

バレンタインデーと聞くと、トイレか病院を想起するあたりかなり根深い。

『俺、もし生まれ変わったらバレンタインデーが存在しねぇ世界が良い』

『……僕も』

というやり取りが恒例行事のように毎年行われていたくらいなのだから。










朝起きて日付の確認をしてみる。

二月十四日。バレンタインデー。

「……道理で嫌な夢見る訳だ」

かつてのアレを思い出し、一気に気分が鬱になる。

悪夢を振り払うように首を振り、「この世界ではもう大丈夫、この世界ではもう大丈夫」と何度も自分に言い聞かせた。

パテシィエである桃子は勿論、その桃子から直々に教えてもらっているなのはとフェイトとアルフの作ったものは安心して食うことが出来る。

美由希からもらったものは手作りの場合は絶対に食わないと決めている。

問題は残りの八神家の面子だが、料理上手のはやてが居る限り大丈夫だろう。

ほら、安心だ。何も怖がることは無い。

実際、この世界に来てからバレンタインデーでアリアのような大当たりを引いていない。この不安と心配も杞憂で終わる筈だ。

でも、万全を期するなら出来るだけチョコなんぞもらいたくない。バレンタインデーと聞くだけで胃が食物を拒絶して引っ繰り返ったような感覚が襲い掛かってくるのだから。

着替えてから部屋を出て洗面所へ向かい、簡単に身支度を済ませてからリビングへ。

今日は日曜日であり休養日。なので平日に行っている訓練は休み。だから何時も居る八神家の面々は居ない。そしてバレンタインデーなので翠屋の従業員は出払っている。ついでになのはとフェイトの姿も無い。確かアリサの家で皆と一緒にチョコ作るとかなんとか言ってたような気がする。

恭也は月村家だろうか? 美由希も居ないが、はっきり言ってあまり知りたくない。

「おはよう……ってソル一人?」

欠伸を噛み殺しながらユーノがリビングに入ってくる。

「ああ」

どうやら今家に居るのは俺とユーノの二人っきりらしい。

常に大人数が存在していた空間だけに、二人だけというのはやけに静かで、部屋が広く感じる。

「そっかぁ~、今日はバレンタインデーかぁ……楽しみだね」

屈託の無いユーノの笑みにどうリアクションを取ればいいのか迷い、結局俺は生返事を返すだけに留まった。

きっとこれが普通の男がバレンタインデーに対して取るべき態度なんだろうが、何の因果か俺にとってバレンタインデーは鬼門になっているので素直にユーノのような期待を込める気分にはなれない。

何より他の世界出身のユーノはバレンタインデー自体が初めての経験だ。こんな風に期待するのは当然なんだろうな。

「どうしたの? 顔青いよ。体調悪いの?」

「いや、なんでもねぇから気にするな」

ユーノの心配に大丈夫と手を振り、朝飯を食おうと促した。





朝食後、特にすることも無いので地下室に行き掃除やら整理やらをユーノと二人でしていると、

「あれ? これってヴィータのアイゼンじゃない? 持って帰るの忘れたのかな?」

ゲームソフトが纏めて仕舞ってあるプラスチックのボックスの中から、小さなハンマーの形をしたアクセサリー――待機状態のデバイス――をユーノが見つけた。

「あの馬鹿」

俺は手を差し伸べてアイゼンを受け取る。

「どうする? 後でどうせ皆此処に集まるだろうから分かり易い所に置いておく?」

「いや、今日は特にこれと言ってやること無いからな。此処から八神家まで往復するってのも良い暇潰しになる」

今日の行動指針が決まり、俺とユーノは家を後にした。





ただ八神家に行って帰ってくるのは味気が無いのでまずCD屋に寄り、次に図書館で面白い本は無いか探す。

その後繁華街の方に足を向け電気屋でオーディオ機器を吟味。

アメリカと日本のバレンタインデーの違いをユーノに話したところ「じゃあ僕達も何か贈らなきゃね」という発言から、デパートへ。

適当なものを人数分見繕うと丁度昼過ぎとなっていたので、ファーストフード店で簡単に昼食を摂った。

「それにしても面白いよね。同じ文化なのに国が違えば中身も全然違うだから」

八神家へ向かう道中、ユーノが感心したように言う。

「価値観や考え方が違えば、ものの捉え方ってのも人それぞれ。宗教なんてのはその最たるもんだな。文化ってのはその土地に住む人間が積み重ねてきた日常の一部だ。だからたとえ名前が同じでも土地や人間が変われば多少は中身も変わるのが当然だと俺は思うぜ」

「なんか今の言葉って評論家みたい」

「こう見えても元科学者だからな。客観的な思考とか対比するような見方ってのは得意なんだ」

「でもソルって考えるよりも先に動く、というか感情で動くことが多いよね」

「理屈抜きで動くのが性分だからな」

「それって科学者としてどうなの?」

「致命的だ」

「アハハハハッ!! 何それ?」

他愛の無い話をしていると八神家に辿り着く。

インターホンを押してしばらく待つ。

<どなたですか?>

スピーカー越しにシグナムの落ち着いた声が聞こえてくる。

「俺だ、ソルだ」

<なっ!? ソルか!? め、め珍しいな、お前がウチに来るなんて>

「?」

来訪したのが俺と分かると、急に向こう側で慌て始めたことに訝しむ。

ユーノと二人で顔を見合わせてから、俺はスピーカーに向かって口を開いた。

「ユーノも一緒なんだが」

<ま、待て、まだ心の準備が、五分、スナマイがあと五分待ってくれ!!>

言うが早いか、そのまま沈黙するスピーカー。

「……」

「……」

言われた通りにユーノと二人寒空の下黙ってきっかり五分待っていると、玄関のドアが開いた。

「スマナイ、待たせてしまったな」

「ごめんなさいね~」

謝罪の言葉を述べながら俺とユーノを迎えたのは、何処か緊張した様子のシグナムとシャマル。

「よう、お前ら二人だけか?」

「お邪魔します。他の皆は?」

「主はやてとヴィータは今朝早くから、なのはとテスタロッサに連れられてアリサの家に向かった」

「アインは翠屋でお仕事です。今おウチに居るのは私とシグナムとザフィーラですよ」

なんだよ。ヴィータ居ないのか。デバイス返そうと思ってたのに。

「ま、いいか。ユーノ」

「じゃんじゃじゃ~ん」

俺とユーノは手に持った紙袋から先程買ったお菓子――中身はチョコチップクッキー――が入ったプレゼント用に包装された小箱をそれぞれ一つずつ手渡す。

「えっと……」

「これは?」

小箱を二つずつ手にしたシャマルとシグナムが困惑の表情を浮かべるのを見て、俺は苦笑しながら言ってやった。

「俺とユーノからバレンタインデーの贈り物だ。アメリカじゃ男女問わず大切な家族や仲間に渡すもんなんだぜ」

しばらくの間二人は呆けていたが、俺の言葉の意味を理解すると嬉しそうに眼を細めて、

「ありがとう」

「味わって食べるわね」

柔らかい笑みになるのだった。





シグナムにアイゼンを渡して、その足でガキンチョ共が集うアリサの家か翠屋に向かおうとしたのだが「折角来たのだから上がっていけ」と引き止められたのでお言葉に甘えることにした。

ちなみにユーノは「僕は空気が読める子」と言ってすたこらさっさと何処かへ行ってしまった。

ソファの上で寝っ転がっていた子犬ザフィーラとの挨拶もそこそこに済ませ、席に着く。

「お待たせしました」

シャマルが紅茶を皆に配る。俺は香りを楽しみながら紅茶を飲んでいると、

「……ソル、これを……」

おずおずとシグナムがリボンで包まれた小さな箱を差し出してきた。

「チョコか?」

「あ、ああ。お、お前には何時も世話になっているからな。渡しておくべきだと思ってだな、その……」

「別にそんな気ぃ遣わなくてもいいってのに」

口ではそう言いつつも、やはり男としては女からチョコをもらえるのは嬉しいものである。

自分のことを『戦う為の道具』だと見ていたことが此処数年高町家で暮らすことによって払拭されたおかげで、更にギアの秘密を打ち明けて受け入れてもらったことにより、最近の俺は自分でも驚くくらいに人間らしい感情を抱くようになっていた。

期待と不安が入り混じったような表情をしているシグナムに「開けるぞ?」と問うとゆっくり頷いたので、丁寧にリボンを解き包装紙を剥がし箱を開ける。

「ビターチョコレートか」

「うむ。お前は甘い物があまり好みではないから……出来れば手作りが良かったのだが」

「こういうのって気持ちが大事だと思うぜ。市販だろうが手作りだろうが心が篭ってれば言うこと無ぇよ」

切にそう思う。むしろ出来れば市販のもので頼む。その気持ちで十分お腹一杯!! マジで!!! もう手作りで痛い目を見るのは二度と御免だ。

「そう言ってもらえると……助かる」

頬を染めながら蚊の鳴くような声で俯くシグナムを視界に収めつつ、俺は丸い形をしたチョコを口に放り込む。

口に広がるのはビターのほろ苦さと少しの甘さ。悪くない。実に悪くない。

「ありがとな、シグナム」

そう言ってやると、満足そうにコクコクと頷く。普段が凛々しいだけにこのギャップは新鮮で、その姿が妙に可愛く映った。

「次は私の番ですね。はい、バレンタインデーのチョコです!!」

シャマルが自信満々に小箱を差し出してきた。

「開けるぞ?」

「どうぞ」

余程自信があるのか余裕の笑みを浮かべる表情を見て、俺は期待してしまう。

「私のは手作りですよ」

「……何?」

箱を開けようとしていた指が止まる。

……手作り……だと?



――ドクンッ。



脳内でエマージェンシーが鳴り響く。

食って大丈夫なんだろうか?

そういえばシャマルってあまり料理上手くなかったよな? 実際に食ったことは一度も無いが。

はやてと一緒に暮らしてるから日々上達してる筈だよな?

だから今日、はやてはなのはとフェイトに連れられてアリサん家行ったんだろ?

大丈夫、きっと食える筈だ。アリアみたいな奴そうそう居ないって。美由希というのがすぐ近くに居るが今は忘れろ!!

此処はシャマルを信じよう。こんなに自信満々な顔してるんだ。きっと何度も味見して試行錯誤して出来上がった至高の一品だ、きっとそうに違いない!!!

胸中で呪文のように『シャマルならきっと大丈夫安心しろ俺怖がるな』と唱えながらいかにも手作りらしい箱を開け、中に鎮座しているハートの形をしたチョコを手に取る。

穴が開く程睨み付けて観察する。

形も特に歪んでなければ、変な刺激臭もしない。これは普通に食えそうだ。

気付かれないように小さく安堵の溜息を吐きながら口の中にチョコを入れた。

「……」

「どうですか?」

「……」

「も、もしかして美味しくないですか?」

「……」

不安そうに聞いてくるシャマルに応える余裕が無い。

正直な話、そこまで不味くはない。美味くもないけど。どっちかって言うと不味いが。

だが、なんというかこう、見た目に油断してしまった所為で色々とショッキングな気分だ。

しかも味覚的なショックよりも精神的なものがデカイ。

だからかどうか分からないが、走馬灯のように脳内を再生されてしまった映像は初めてアリアの手作り”何か”を食った時のもの。それが無限ループを繰り返していた。

過去の古傷が開いた所為で段々意識が遠くなってくる。

やはりバレンタインデーというものは俺にとって碌なことが起きない厄日らしい。

「ヘビィ……だぜ」

トラウマが意識を遥か彼方に投げ飛ばすのに一分も要らなかった。










「きゃあっ!? ソルくん!!」

「ソル、どうした急に!! ……シャマル貴様、チョコに一体何を仕込んだ!?」

悲鳴を上げるシャマルにシグナムがソルの身体を抱き上げながら噛み付かんばかりの勢いで迫った。

「し、失礼ね!! 何も仕込んでなんかいないわよ!!」

「見栄なんぞ張って手作りにするからこんなことになるんだ!! 私のように市販で済ませれば――」

「だって――」

「二人共言い争ってないでソルを横にしろ!!!」

ザフィーラの一喝で我に返った二人は即座にソルの身体をソファに横たえる。

「どどどどうしましょ!? 救急車呼べばいいのかしら?」

「落ち着け、ソルはギアだぞ! 医者に診せる訳にはいかん!! 魔法で癒せ!!」

「わ、分かったわ」

完璧にテンパったシャマルが自分の存在意義を根元から刈り取るようなことを言い出したが、ザフィーラが怒鳴って自身の本分を思い出させる。

「クラールヴィント!! 何とかして!!!」

非常にアバウトな命令が下された。

しかし、そんな主に文句一つ言わずにクラールヴィントはクイーンとリンクしてソルのバイタルを確認する。

やがて。

<診断の結果、肉体には何ら問題はありません>

「嘘!? じゃあどうしていきなり倒れたの?」

<マスターの精神がチョコを食べた瞬間ショック状態に陥りました。恐らく精神的なものが原因と思われます>

「シャマルの手作りチョコが不味かったのがそんなにショックだったのか!?」

<肯定>

クイーンの報告にシグナムは仰天した。

それを聞いてシャマルは体育座りしてしまったが、今はそんなことどうでもいい。

一応、脈や呼吸なども確認してみたが特に問題は無い。命に別状は無く、ただ単に気絶しているようだ。

安堵の吐息を吐いたその時、玄関のドアが開く音が聞こえた。

「ただいま。む、客人か? 珍しい」

アインが帰ってきたようである。彼女はそのまま居間に入ってきた。

ソファで仰向けになって意識の無いソル、その傍で体育座りしているシャマル、どうしたもんかと腕を組んで悩んでいるシグナム、お座りをしてソルの様子を見ているザフィーラ、それらを順繰りに眺めて言葉を失うアイン。

どう見ても変な状態である所為だ。

「何があった?」

落ち着いた口調ではあるが、決して言い逃れはさせんという気持ちが込められた声をアインは出した。





「何だと!? ソルにバレンタインデーチョコを食べさせただと!!」

話を聞いてアインは血相を変えると、気絶したソルの上体を抱き締めてシグナムとシャマルを睨んだ。

「なんて惨いことを……お前達、自分がどれだけのことを仕出かしたか分かっているのか!!」

烈火の如く怒るアイン。

「それはどういうことだ!?」

「そうよ!! バレンタインデーにチョコを贈ることの何が悪いっていうの?」

理由も分からず怒られているシグナムとシャマルが不満の声を上げる。

「そうか、お前達は知らないのだな……ならば教えてやる。ソルはバレンタインデーの贈り物に対してPTSDを持っているんだ」

PTSD。Post Traumatic Stress Disorder の略語で、心的外傷後ストレス障害のこと。心に受けた衝撃的な傷が元で後に生じる様々なストレス障害のことを指す。

つまり、トラウマ。

「ソルのかつての恋人アリアはシャマルを超える料理の腕前でな。だというのにバレンタインデーで毎年変なものを食わされ続けた所為でPTSDになってしまったのだ」

「私を超えるって表現おかしいでしょ!!!」

「「な、なるほど」」

「そこ納得しない!!!」

戦慄しているシグナムとザフィーラに半泣きになりながら文句を言うシャマル。

「だからこの時期のソルは食べ物に対して過敏になっている部分がある。特に菓子類にはな。お前達が自覚無し行った行為は、人の古傷に焼きごてを押し付けるような真似をしたんだぞ」

責めるような口調で、それでいてアインは愛しい我が子を放すもんかといった風にソルを抱き締める。

「しかし、私が贈ったチョコは嬉しそうに食べてくれたぞ」

黙ってはいられないと反論を試みるシグナム。

「市販品なら当然だ。PTSDの条件は三つ。手作りであること、バレンタインデーの贈り物であること、そして最後に不味いこと。この三つが揃わない限りそう簡単にこの男が倒れる訳が無い」

「手作りで」

「バレンタインデーの贈り物で」

「不味いことが条件だ」

シグナム、ザフィーラ、アインの三人の視線がシャマルに集中する。

「なっ、私の所為って言いたいの!?」

「シャマルだからな」

「ああ、シャマルだからな」

「シャマルでは仕方が無いな」

「責められるよりもそうやって納得される方が傷つくって分かってて言ってるでしょぉぉぉぉぉぉ!?」










ぼんやりとした意識がゆっくりと浮上していく。

やがて覚醒した意識が閉じていた瞼を開かせる。

網膜が可視光線を捉えると、眼の前には――

「眼が覚めたか。お前が倒れたと聞いた時には心臓が止まるかと思ったぞ」

「……」

「どうした? まだ気分が悪いのか?」

「……アンタ、誰だ?」

見知らぬ美人が心配そうな表情で俺を覗き込んでいた。

透き通るような銀髪で、瞳がルビーみたいに赤くて綺麗で――今はそれをカッ見開き驚きで固まっているが――整った顔立ちは街を歩けば十人中十人は振り返るであろう美貌。

そんな美人の顔が眼の前にある。その事実に心臓が高鳴った。

更に後頭部の柔らかで心地良い感触が眼の前の美人の太腿だと気が付くと、顔から火が出るくらい恥ずかしくなってくるのを自覚する。

俺は逃げるように転がって美人の女性から離れた。

「ソル?」

「ソルくん!?」

「!!」

美人がもう二人居た。桃色の髪をポニーテールにしている女性と、ハニーブロンドの髪を肩口で切り揃えている女性。この二人も先の女性同様、俺を心配そうに見ている。

と、いきなりハニーブロンドの女性が抱きついてきた。

「わっ! わわわっ!?」

「ごめんなさいソルくん!! 私がお料理下手なばっかりに辛い思いをさせて!!」

両腕が背中に回されしっかりと抱き締められ、おまけに泣き顔を俺の胸に埋められる。

事態がよく分からず俺は慌てて女性を引き剥がそうとするが、予想以上に強い力で抱き締められていて思うように引き剥がせない。

「いきなり訳分かんねぇよ!!」

「ソルくんは覚えてないだけです!!」

「ソルって誰だ!? 絶対に他の誰かと勘違いしてるだろ!! 俺はアンタらみてぇな美人の知り合いなんざ知らねぇから急に謝られたって頭が追いつかねぇよ!! 誰なんだアンタら!? つーかとにかく離れろ!!!」

とにかく恥ずかしかった。自分の顔が羞恥で真っ赤になっているのが嫌でも分かるので、俺は懸命に離すように訴える。

すると、抱きついていた女性は呆けたように俺からあっさりと離れてくれた。

やれやれと溜息を吐き、驚愕の表情で固まっている三人の美人に真正面から向き合うと俺は自己紹介することにした。

「俺はフレデリック。少なくともソルっていう名前じゃねぇぞ。今通ってるジュニアハイスクールで最も優秀な生徒、天才とも言うな……で、アンタらは何者で、此処は一体何処だ?」










背徳の炎と魔法少女 バレンタインデー特別編 フレデリック少年事変 その一





続く










オマケ


「犬が喋った!?」

「狼だ」















読者様の質問に答えるコーナー兼後書き



外剛◆0adc3949さんからの質問


>ソルはアギトとユニゾンできたりするのだろうか?


出来る出来ないで言えば出来るかもしれないけど、まずユニゾン自体しません。ソル側の事情で。

そもそもソルが戦闘中に使っているのは、飛行や転送、バインドといった補助系魔法を除けば全てが法力なので、ユニゾンしたところでアギトが役に立ちません。

そして補助系魔法ですらほとんどクイーンのお仕事ですから、術者であるソルが融合機とユニゾンして強化、ということはソルにとってナンセンス。

自身を強化したければドラゴンインストールを使えばいいですし。

だから、もしかしたら随分前に感想コメに頂いた、


「旦那、ユニゾンしようぜ!!」

「断る」

「そんなぁ~」


な展開になると思います。




[8608] 背徳の炎と魔法少女 バレンタインデー特別編 フレデリック少年事変 その二
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/12/14 17:42
「つまり……此処は俺が生まれ育ったアメリカじゃなくて日本の海鳴市って場所で、五年近く前から俺はその高町家って家で居候として暮らしてて、この家はその高町家から少し離れた八神家、と」

ソル、ではなく今はフレデリックが確認するような言葉に皆は真剣な顔で頷く。

とりあえず此処が何処なのか、自分達は誰なのか、どういう関係なのか、現状とこれまでの数年間を補完するようにフレデリックに説明した。

「で、俺は今記憶が退行してるって?」

「ああ。恐らく精神年齢と記憶が十台前半くらいにまで退行してしまっている筈だ」

アインが答えるとフレデリックは考えるように黙り込み、しばらくすると半眼になって胡散臭そうに声を出す。

「信じられねぇ」

その言葉に誰もが、そうだろうなと思うと同時にこっちの台詞だと言いたくなった。

どうしてチョコを食ったらショック症状を起こして二百年近く記憶が退行するのか、信じたくないのはこっちも同じである。

「だいたい何だ魔法って? 俺もアンタらも魔法使いだって? いい年こいてそれは無ぇだろうが、吐くならもっとマシな嘘を吐け。まさか『リリカル・マジカル』とか呪文唱えながらステッキを手に踊ると変身でもするのか? 馬鹿じゃねぇ? 頭沸いてるだろ」

ストレートな毒舌と呆れたように溜息を吐くフレデリックの態度はまさに普段のソルのものだが、いかんせんこちらの言った内容を一片たりとも信じていない。

魔法のこと、法力のことを簡単に説明したがこの有様。博打を打つような心境でギアについて説明しても、「日本特有の創作文化の産物か?」と言い返されるだけ。

「この犬だってどっかにスピーカーがあって誰かが別の部屋からマイク越しに喋ってんだろ? 子ども騙しで喜ぶのは子どもだけだぜ」

「犬ではない、狼だ」

「はいはい」

ザフィーラの指摘を聞き流すフレデリック。

「俺を納得させてぇんならそれなりの証拠見せろ。生憎、眼で見たもんしか信じねぇ主義だ。言われたことをはいそうですかと素直に信じられる程人間できてねぇんだよ」

「……やはりそうなるか」

「仕方が無いわ」

疑り深いフレデリック少年の懐疑的な眼差しに、シグナムはスカートのポケットからレヴァンティンを取り出し、シャマルはクラールヴィントに手を添えた。

「致し方あるまい」

「ソルが法力に触れたのは大学生の頃だ。今此処に居る小学生高学年くらいのフレデリックにとって魔法はまだ御伽噺なのだから、こうなることは初めから分かっていたがな」

ザフィーラが頷き、アインはしょうがないといった感じで立ち上がる。

「眼で見たものしか信じないと言ったな? ならば、その眼に刻むがいい。お前が知っている筈の私達の本来の姿をな」

シグナムはそう宣告すると次の瞬間にはレヴァンティンを起動させ、騎士甲冑を纏うのだった。










背徳の炎と魔法少女 バレンタインデー特別編 フレデリック少年事変 その二










開いた口が塞がらない、というのはこういうことを言うのだろう。

シャマルが展開した結界が解かれるまで、フレデリックは終始口が開きっ放しで呆然としていた。

ザフィーラが子犬から人間の姿に変わった時なんて「うおぉぉっ!?」と悲鳴を上げるくらいに驚く姿を披露。

普段のソルからは想像出来ない姿に皆は口元を緩ませながら、軽い模擬戦を一つ二つして見せる。

「どう? 少しは信じる気になった?」

悪戯っぽく微笑みながらフレデリックの両肩に後ろからもたれるようにしてしがみついたシャマルの問いに、彼はカックンカックンと首を上下に振る。

「わ、分かった……俺もってのはともかく、アンタらが魔法使いってのはよく分かった……だから、その」

「んん? なぁに?」

至近距離からフレデリックの顔を覗き込むシャマル。

「離れてくれよ、こ、こんな風に密着されると落ち着かねぇ……特に、アンタみてぇな美人が相手だと……どうにかなっちまう」

頬を羞恥に染めながら言葉尻がどんどん弱々しくなっていくフレデリックの初心な様子を眼の前にして、三人の女性の心の中でピシャーンッと雷が落ちる。

(((……可愛い)))

まさに年相応の少年の態度。年上のお姉さんから愛情表現の一環として抱きつかれることにイチイチ過剰に反応する年下の男の子。普段のソルだったら「ああ?」と訝し気に眉を顰めるだけだというのに。

フレデリックのこの態度ときたらもうなかった。世間で新聞を賑わせる拉致監禁容疑の犯罪者の気持ちが理解出来てしまいそうだ。琴線に触れるとかそんなチャチなレベルでは断じて無い、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったくらいにヤバイものであった。

具体的にはこのままお持ち帰りして食べてしまいたいくらいに可愛いものだったのである……家は此処だが。

硬派でクールな性格でちょっとやそっとのことじゃ顔色変えない表情の変化に乏しい仏頂面がデフォルトのソルと比べると、フレデリックは”女性”というものを知らない初心な少年である。ちょっとくっついただけで慌てて狼狽する。しかも顔を真っ赤にして。

このあまりにも激し過ぎるギャップの所為で油断をするといけない扉を開けてしまいそうだ。

「えへへへ、よく聞こえませんでした。特に私みたいな、の後に何て言いました?」

調子に乗ったシャマルは頬ずりしながら問いかける。

「う……あ……」

ますます顔を赤くさせるフレデリックに、アインが横からその腕にしがみつく。

「私はどうだ? こうされるとどうなってしまうんだ?」

少し意地悪な口調で耳元に息を吹きかけてやると、フレデリックは面白いくらいに身体を震わせる。

「まさかソルのこんな姿を眼にすることが出来るとは……こんな機会二度と無いかもしれん!!」

何やら感動しているらしいシグナムまでが真正面からフレデリックにしがみつく。

「誰か、誰か助けてくれ!!!」

お姉さん達の猛攻に耐え切れなくなって救助を求めたがその声を聞く者は居なかった。

ザフィーラ? 聞こえていたけど暴走した三人を止める手立ては無いと早々に見限ってソファに寝っ転がったのである。





必死の抵抗虚しく、三人の気が済むまで愛玩動物のように揉みくちゃにされたフレデリックは、やつれた表情でソファの上に横になっていた。

口からエクトプラズマが垂れ流しになっていてもおかしくないくらいにゲッソリと疲れ切ったフレデリックとは対照的に、三人の表情はこれ以上無い程に上機嫌かつ満足気なのが印象的だ。

「ふぅ、堪能した……さて、ソル、じゃなかったフレデリックをこれからナニ、違った、誰から先に食べ、間違えた、どうやって元に戻そうか?」

「アイン、気持ちは分からんでもないが間違え過ぎだ」

「今ならあっさりものに出来そうだものねぇ」

邪な欲望が見え隠れしている三人の会話を傍から見ているザフィーラは、ダメだこいつら、早くなんとかしなければと思いつつも放置。まあソルだし別にいいか、程度にしか考えていない。

そんな時、フローリングに転がっていた真っ赤な携帯電話が自身に対する扱いに抗議するようにヴーヴー震えた。

「む、これはソルの携帯か」

恐らく四人で組んず解れつしてる間にポケットから落ちたのだろうそれをシグナムが拾い上げる。

「相手はテスタロッサか。どうする?」

他の面子を見渡すように問い掛けるが、持ち主であるソルはフレデリックになっているのが原因で自分のものだと思っていないだろうし、今の状態で携帯電話を渡してもまともな受け答えが出来るとは思えない。

「とりあえず出たらどうだ?」

「うむ」

アインに促されて受話ボタンを押し、電話を耳に当てた。

『もしもし、ソル? 今何処に居るの?』

「テスタロッサ、生憎だがソルは居ない」

『え? あれ? どうしてソルの携帯にシグナムが出てくるの!?』

電話越しでフェイトは大いに驚いているようだ。

『ソルはどうしたの?』

当然の疑問にシグナムは何て言えばいいのか困ってしまう。

「いや、あ~、ソルはだな、非常に残念なことに今手が放せないのだ」

『手が放せない?』

歯切れが悪い口調で会話を引き伸ばしながら本当のこと言っていいのか分からず視線で助けを求めるも、アインとシャマルは既に電話のことなんぞどうでもいいのか横になっているフレデリックにちょっかい出し始めていた。

「ひゃあっ!? くすぐったい!!」

「つんつん」

「つんつん」

「わっ、ちょ、やめ、やめろ!! 脇腹指で突っつくなよ!!」

「フレデリックは敏感肌だな」

「くすぐっちゃいますよ?」

「うあっ!!」

何やらとても楽しそうなことしている。こんなことを何時ものソルにしたら有無を言わさず左飛び膝蹴り→右踵落としをされるであろうに、フレデリックは可愛く悶えながらやめろやめろお願いだからやめてくれよと懇願するだけである。はっきり言ってそのリアクションは全くの逆効果で、もっと可愛い反応が見たくてもっとイジメたくなってくる。

『……ねぇ、今ソルの変な声が聞こえてきたんだけ――』

ピッ。

声のトーンが一気に低くなったフェイトにシグナムは最後まで言わせないで一方的に通話を切ると、携帯電話の電源を切りテーブルの上に置いた。

そしてフレデリックの脇腹を突っついたり、くすぐったりする行為に加わる。



――何だこれは? 病み付きになりそうだ。これが本当にあのソルなのか? あまりにも可愛くてこっちがどうにかなってしまいそうだ。



最早三人の頭の中は眼の前のフレデリックを弄ることに夢中で、ソルの記憶を元に戻そうという考えなど綺麗さっぱり消え去っていたのであった。








『お掛けになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為、掛かりません』

自分の携帯電話を睨みながら、フェイトは忌々しげに歯軋りすると携帯をやや乱暴に仕舞う。

電話越しに聞こえてきたソルの悲鳴。

シグナムの不審な態度。

何度掛け直しても繋がらないソルの携帯電話。

「どういうこと?」

口から漏れた声はあからさまに不機嫌であり、それだけで何があったのかだいたいのことを察したのか傍に居た皆がそれぞれ表情を変える。

「シグナムさん達……お兄ちゃんに何してるの?」

「鮫島さん、すぐに車出してくれる!? 目的地は私の家や!!」

最高の出来のチョコを作れたことで嬉しそうにしていたなのはは一気に無表情になり、はやては人の家の執事に勝手に命令を下す。

ヴィータとアリサとすずかは、何だ何時ものことかと呆れたように吐息を零す。

鮫島が畏まりましたと恭しく頭を垂れてから五分もせずに六人は出来上がったばかりのチョコを手にリムジンに乗り込む。

「「「GO! GO!! GO!!!」」」

喚く三人に急かされるようにアクセルが蹴りつけられ、六人を乗せたリムジンはタイヤに悲鳴を上げさせるとバニングス邸を後にした。

制限速度を十キロ程度超える常識の範囲内で道を急ぐ車内は終始無言。たまに「ズルイ、私も……」的なニュアンスが込められた呻き声が聞こえてくる以外はエンジンの音とすれ違う対向車や街の喧騒のみである。

やがて、八神家に到着した。










オマケ


「はいユーノ、バレンタインのチョコ」

「ありがとう。僕からもアルフにあるんだ、はい」

「え? あ、ありがとう」

「……」

「……」

「ア、アタシお茶入れるよ!!」

「て、手伝うよ!!」

なんとも初々しい二人だった。















後書き


書いてて思った。何だこのキャッキャウフフな展開……どうやら仕事の所為で頭がサイクバーストしてるらしい。

まあ、もうしばらく↑な展開が続くかも。






[8608] 背徳の炎と魔法少女 バレンタインデー特別編 フレデリック少年事変 その三
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/12/14 18:05

「お兄ちゃん、無事!?」

「ソル、返事して!!」

「シグナム出てきいやっ!! どうせシャマルとアインの三人でまた抜け駆けしとんのやろ!?」

なのはとフェイトが文字通り玄関のドアをダブルキックで蹴り開け中に飛び込み、松葉杖だというのに物凄い勢いで家の中に駆け込んだはやてが叫ぶ。

三人娘はそのまま玄関で靴を脱ぎ捨て廊下を抜ける。と、リビングに続くドアの前で仁王立ちしているシグナムとシャマルとアインが居た。

「残念だが此処にソルは居ない」

「嘘っ!! 玄関にお兄ちゃんの靴があったもん!!」

腕を組み壁に背を預けたシグナムの言葉をなのはが否定する。

「正確には、皆が知っているソルくんは居ません」

「……それってどういう意味?」

意味深な言い方をするシャマルにフェイトが厳しい表情で問い詰めるが、シャマルは何も言わずに首を振るだけだった。

「今は何も知らない方が皆の為。今日のところは何も聞かずに高町家へ戻って欲しい」

「そこまで言われて引き下がれるかい。何が何でもソルくんに会うで。折角チョコレート美味く出来たんやから」

アインの諭すような口調で紡がれた言葉にはやては不敵な笑みを浮かべて見つめ返す。

数秒間沈黙が訪れ場の空気が緊張し始めると、次の瞬間風船が破裂したように事態が進行した。

「「「押し通る!!!」」」

「「「此処は通さない!!!」」」

三対三の押し合いへし合いが始まる。

「ど・い・て・よおおお!! お兄ちゃんにチョコ渡すんだから!!」

「だからソルは居ないと言っている!!!」

「今のソルくんに会っても三人が辛い思いをするだけですから諦めて帰ってください!!」

「それを決めるのは私達だよ!! とにかくソルに会わせて!!」

「さっきからシャマルは訳分からんことを、ていうか此処私の家やで!!」

「訳は後で知ることになるので、今は退いて欲しい!!」

大人三人が体格の差を活かして無理やり押し止めようとする。やはり子どもでは大人の力に敵わず、おまけにはやてはまだ松葉杖だ。いくら人数が同じでも初めから腕力で敵う訳が無い。

と、その時だった。大人三人の後ろでドアが開けられて、一人の少年がヒョッコリと顔を出したのは。

その少年の顔を見て、子ども三人は表情を喜色に染める。

「お兄ちゃん!!」

「ソル!!」

「ソルくん!!」

名を呼ばれた少年は六人を不思議そうな眼で見て、パチクリと瞬きした後、呆れたように溜息を吐いた。

「廊下で何やってんだアンタら? 客なら居間に通せばいいじゃねぇか。俺のことなら気にするなよ」

「「「え?」」」

何を言っているのか分からない少年の言葉になのは達は動きを止め、驚きの声を漏らす。

「後ろに居る三人も客なんだろ? それにしてもこの家って子どもが、つーか女子がよく集まる場所なのか?」

玄関の外から首だけを突っ込んで中の様子を窺っていたヴィータとアリサとすずかを見て、少年は更に続けた。

「何の冗談や……?」

「……ソ……ル?」

「何を言ってるの? お兄ちゃん……」

唇をわなわな震わせながら、普段のソルとは全く違う態度――まるで自分達を赤の他人として扱うような態度――に少女達は戸惑う。

皆が知っているソルという人間はあまり冗談を言う人物ではない。戦いや敵に関してとてつもない程に苛烈な面を持っているが、良くも悪くも静謐な空間を好み騒がしいのを苦手とし、面倒事を嫌うのに面倒見が良くて世話焼きで真面目な性格である。場を混乱させるような発言を無意味にするような男ではない。

「ふむ。どうやら俺がソル=バッドガイって名前の人間ってのは本当らしいな」

彼女達の言葉を聞いて、他人事のように自分の名前を自覚しているのか一人納得しているソルであってソルではない少年。

「ああ、そういや言い忘れてたな、俺はフレデリック。この三人が言うには、今の俺はソル=バッドガイって奴のガキの頃の姿らしいぜ?」

フレデリックはあまり興味が無さそうに面倒臭そうな口調でそう言った。










背徳の炎と魔法少女 バレンタインデー特別編 フレデリック少年事変 その三










「「「記憶退行!?」」」

事情を聞いた六人の内、なのはとフェイトとはやての三人はやはりというべきか、大声で驚愕する。

「うるせぇな。当事者である俺が一番信じられねぇよ」

今日何度目か分からない溜息を吐きながらフレデリックは呟いた。

しかし、彼女達はそんなフレデリックの態度に構っていられる程心に余裕が無い。

「じゃ、じゃあ、お兄ちゃんは私のこと……」

「先に言っとく。スマン、記憶に無い。お前が俺の妹ってことしか聞いてねぇ」

「……そんな」

「ソル、私は!!」

「うん、分からん。一緒に暮らしてるらしいな?」

「……」

「もしかして魔法とか法力とか、ギアのことまで忘れてしまったんやないやろな?」

「魔法はさっき見せてもらったけど、俺も魔法使いってことは未だに信じられねぇし、ギアってのもよく分かんねぇ」

「冗談とかサプライズとかやなくて、マジなん?」

「マジだ」

無慈悲な事実を眼の前にして、三人娘はこれ以上無いくらいに精神的ダメージを負う。

愛しい人が自分のことを何一つ覚えていない。それはあまりにも悲しい現実だ。

これまで一緒に暮らしてきた日々が、共に過ごした時間が、たくさんの思い出が、築き上げていた絆が、想いが、片方だけ一方的にリセットされているのだから。

ソルが自分達をどれだけ大切に想ってくれていたか、自分達の為にどれ程尽力してくれていたのか、それらを痛感しているだけに彼女達の悲しみは深い。

「う、ううぅ」

「こんな、こんなのって無いよ」

「嘘やろぅ……冗談きついわ」

涙目になったと思ったら啜り泣きが始まり、ポロポロと涙が零れるまで時間は掛からなかった。

彼女達にとってソルは良く言えば世界の中心であり、悪く言えば依存先である。誰よりも厳しい父であり、優しい兄であり、心許せる友であり、面倒見が良い仲間であり、愛しい男なのだ。その人物が自分達を何一つ覚えていないという現実は、十歳に満たない少女達にとってはあまりにも辛い。

「え? あ? 急にどうした?」

三人娘の反応にフレデリックは激しく狼狽し、自分が彼女達のことを覚えていないことが原因だと五秒程掛けて気付くが、同時にどうしようもないことだと理解する。

女の涙なんて苦手だし、かと言ってどうすればいいのか分からず、彼は自分の所為で泣かせたという罪悪感に苛まされながら、結局部屋の中をわたわた走り回った挙句ティッシュ箱を発見すると、それを手にして順番に彼女達の涙を丁寧に拭ってやった。

「よく分かんねぇけど……泣くなよ。何とかしてお前らのこと思い出すからよ」

赤ん坊をあやすように優しくそう言って、三人の頭を撫でる。

奮闘の甲斐あって三人娘が泣き止むと、フレデリックは大きく安堵の溜息を吐く。

そんな姿に、彼女達はあることに気付かされた。



――変わってない。



確かに今はフレデリックかもしれないが、根っこの部分は自分達がよく知るソル=バッドガイと全く同じだ。ぶっきらぼうだけど優しくて、面倒見が良くて、冷たい印象とは裏腹に暖かい。

その事実に気が付くと身体は勝手に動いていた。

「うおっ!?」

つまり、彼に抱きついていたのである。

「記憶が無くなっててもお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ、私の全てを受け入れてくれるって言ってくれたお兄ちゃんと何一つ変わってない」

「貴方が自分のことをどう思おうと関係無い。だって、大切なのは私が貴方をどう思うか。私は貴方の味方でいるって、ずっとずっと一緒に居るって決めたんだから」

「二人の言う通りや。確かにソルくんが私らのこと覚えてないんは悲しいけど、それだけや。何時までもメソメソしとったら記憶が戻った時に怒られる」

吹っ切れたように笑顔を浮かべネガティブから一転して前向きな表情になった三人に、普段のソルならいざ知らず、フレデリックは不覚にもドキリとしてしまった。

やはり精神年齢が子ども並みに低いと心が反応してしまうらしい。

何か言おうとして結局何も言えずに口を呆けたようにパクパクさせるフレデリック。徐々に頬が染まっていくのが”ミソ”だ。

そして彼の態度が普段では絶対に見ることの出来ない、新鮮かつ貴重なソルの照れて困っている表情だということに気が付くと、

「お兄ちゃん~」

「ソルぅ~」

「ソ~ル~く~ん~」

主人に甘えるペットのように、彼女達は猫なで声を出して慌てふためくフレデリックに思う存分甘えるのであった。





「ゴホンッ……こっちから聞きたいことがあるんだが、いいか?」

今までの砂糖を無限生産出来そうな甘々空気を誤魔化すようにわざとらしく咳払いすると、フレデリックは居住まいを正す。

「言ってみろ」

フレデリックを囲むように扇状に展開した六人の内、アインが代表するように続きを促した。

彼の後ろではすっかり野次馬根性丸出しで面白そうに事態を見守るザフィーラ、ヴィータ、アリサ、すずかの四人がそれぞれソファに腰掛けている。

何故包囲されてるんだろう? そんな疑問を一瞬口にしようとしてやめると、彼はさっきから聞こうと思って聞いていなかったことを口にした。

「俺も魔法使いだって言ったろ。ってことは、俺にもさっきのアンタらみてぇに空飛んだり、結界張ったり、光弾飛ばしたりとか出来んのか?」

「無論だ。むしろお前は私達の中で一番の実力者だぞ」

「マジか?」

「マジだ」

全員が真剣な顔で頷く中、フレデリックはそれでも信じられずに問う。

「どうやって?」

『例えばこうだ』

「!? 頭の中でアインの声が聞こえる?」

突然起きた謎の現象にアインを見つめるフレデリックに、彼女は微笑みながら念話を送る。

『思念通話、念話とも言うな。一種のテレパシーだと思ってくれて構わない』

「へぇ、どうやって使うんだ?」

『私に向かって何でもいいから言葉を念じてみろ、イメージとしてはメールや電話での送受信に近い。お前ならすぐに出来る筈だ』

『こ、こうか?』

『上出来だ』

『す、凄ぇ、俺にも魔法が使えた!! 皆、聞こえるか!?』

子どものように――事実精神は子どもになっているが――喜びはしゃいで念話を飛ばすフレデリックに、魔法を使える者達は微笑ましく思いつつそれぞれ念話で『聞こえてる』と返す。

もしかしてソルが初めて法力に触れた時もこんな感じだったのかな? アイン以外の誰もがそんな風に想像を掻き立てる。

実際は科学者という職業柄、もっと懐疑的なリアクションだったのが。

無邪気に喜ぶフレデリックを他所に、アリサとすずかは頬を膨らませて文句を言った。

「良いわよね、アンタは魔法が使えて」

「私達には使えないからなぁ~」

「あれ? お前ら二人は魔法使えないのか?」

「アンタが私達に『お前らには欠片も才能が無いから絶対に無理だ』って言ったんでしょうが!!」

「あの時はちょっと、ううん、かなり傷ついたよね。もっと他に言い方があったと思うし」

「……そうなのか。それは、その、悪かったな」

アリサに怒鳴られすずかにジト眼で睨まれ、フレデリックはもうこの二人に魔法の話題で触れるのはやめようと心に決める。

「次行こうぜ、次。もっと他にも教えてくれよ」

「ふふ、ならこういうのはどう?」

シャマルが手の平の上にピンポン玉程度の大きさの魔力球を生成する。

「おお、綺麗だ」

翠の光を放つ魔力の塊を見て素直に感心するフレデリックの言葉にシャマルは少し照れた。

何故なら、魔力光はその魔導師の魂の色だと言われているのが通例だからだ。つまり、フレデリックは単純に魔力の色を見て綺麗だと評した訳だが、シャマルにとっては「お前の魂の色は綺麗だ」とソルに言われたようなもんである。

「ねぇねぇフレデリック!! 私は?」

まさに神速。いつの間にか身を乗り出したフェイトが両の手の平の間に生み出した金色の魔力球――魔力変換資質を利用しているのか雷が纏っている――を掲げる。

「お、電気帯びてるなんて格好良いじゃねぇか。何だこれ?」

「ありがとう……えっとね、これは魔力変換資質って言って、魔力を電気に変換してるんだ」

「魔力を電気に? 凄ぇな、そんなことも出来るのか」

「私は炎の変換資質だぞ」

褒められて表情を綻ばせるフェイトとフレデリックの間に割って入るようにシグナムが魔力球を見せ付ける。

フェイトは無粋な乱入者に頬を膨らませたが、フレデリックの興味はフェイトからシグナムに移ってしまったので渋々諦めた。

「ラベンダーみてぇな色の炎ってなんか幻想的だな」

「そ、そうか?」

「ああ」

魅せられたように揺らぐ小さな火球に視線を注ぐフレデリック。やはりソルのパーソナリティーが炎に関係しているのか、前の二人よりも興味深そうにしている。

放って置くとシグナムとこのまま二人でじっと魔力球を見ていそうな雰囲気である。

若干の敗北感を胸に秘め、現状を打破する為になのはがフレデリックの後ろから覆い被さるように抱きつき、彼の顔の前に掲げた手の平の上に桜色の魔力球を生み出した。

「お兄ちゃんにも出来るからやってみて? こんな感じに手を出して」

「え? ああ、分かった」

「丸い球体をイメージして、それに意識を集中させる」

「こうか? む、違うな、こうか?」

「力まないで。肉体的に力を込める必要は全く無いから。もっとリラックスして、精神的な意味で力を込める」

「難しいな」

悪戦苦闘しながらもなのはのレクチャーの基、やがて手の平の上に紅く輝く小さな光球が生み出された。本当は知ってるだけにのみ込みが早い。

「出来た!!」

「あ、そうそうそんな感じ! お兄ちゃん上手! あとはそれを維持することに集中して」

初めは点滅したり消えそうになったりと不安定であったが、コツを掴んだのかすぐに安定する。

「どうだ?」

魔力球を少し自慢気に掲げるフレデリックにパチパチと拍手が送られ、彼は照れ臭そうに後頭部をもう片方の手で掻く。

(((やっぱり可愛い)))

その姿に大人三人は眼を細め、

(((何時ものクールなのも良いけど、こっちもこっちで……良い)))

子ども三人は今のフレデリックに萌えていた。

「なぁフレデリックくん、こんなんも出来るで」

はやては松葉杖を捨てると、飛行魔法を発動させ身体を浮き上がらせた。

「うおおっ!! 凄ぇ!! 浮いた!?」

「えっへへ~、教えて欲しいやろ?」

コクコク頷くフレデリック。その仕草の可愛さといったら、これがまた非常にヤバかった。

興奮し頬を上気させ、未知なるものに対する純粋無垢な好奇心と期待を一杯に詰め込んだ眼差しが皆に向けられる。

((((((はうぅっ!!))))))



――あまりの可愛さに、気を抜くと鼻血が出そうだ。



これが真のギャップ萌えなのか?

年がら年中機嫌悪そうな仏頂面を顔面に貼り付けているソル。まさか彼の幼少時代が興味のあるものに対してこんな表情を見せるとは……

彼女達は信じてもいない神に感謝した。今日、この瞬間にフレデリックが自分達の眼の前に存在していることを。

「じゃあ次は飛行魔法について教えるね」

「なのはズルイ、次は私だよ!!」

「ちゃうねん、明らかに私やろうが!!」

「フレデリックくん、お姉さんが優しく教えてあげるわ」

「フレデリックは剣に興味は無いか? さっきも言ったが私とお前は常日頃からお互いの技を磨き合う仲でな、後で二人っきりで――」

「私が手取り足取り教えてやる……おいで」

そして、我先にと魔法やそれらに準ずることについて教えようと迫るのであった。










オマケ


「ねーすずか、帰りましょ、なんかアタシ達居ても居なくてもどっちでもいいみたいだから」

「完全に蚊帳の外だもんね」

疲れたように溜息を吐くアリサとすずか。

「あー、なんかワリーな二人共。折角来たのに」

呆れたようにフレデリック達を見つめるヴィータ。

「この埋め合わせはいずれさせよう……ソルに」

と、ザフィーラは全てを悟り切ったような口調で宣告した。
















後書き


コンセプトは、「こんな可愛い子が二百歳を超えてるはずがない」だったりwww

ロリ婆ならぬショタ爺です。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 バレンタインデー特別編 フレデリック少年事変 その四
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/12/16 01:10


寝苦しさを覚えて起きる。

身体が動かない。特に手足と首が上手く動かない。何かに押さえ付けられてるような感覚と、柔らかな人肌と温もりに包まれている。

「……あー?」

口から間抜けな声が零れた。

視界が暗い。真っ暗闇だ。霞がかった意識がはっきりしてくるにつれて、闇に眼が慣れたのか視覚情報が少しずつ明確になってくる。

「っ!?」

アインの寝顔が眼の前にあって、心臓が口から飛び出しそうになる程驚いた。

ど、どういうことだこれは!?

俺の身体は仰向けに寝っ転がっていて、さっきから寝苦しいと思ったら誰かが俺の上に乗っているという事実に戦慄する。

手足と首が動かないのと変な感触の理由は簡単だ。両手足はそれぞれ拘束されていて、首は誰かが抱え込むようにして寝ているからだ。

恐る恐るゆっくりと首を巡らせると、

(何だこの状況は!?)

心の中で絶叫した。

なんかもう、具体的に描写するのも恥ずかしくなるくらいにカオスな展開が広がっている。

一つだけ言えるのは、どいつもこいつも幸せそうな顔で寝ているってことだけ。

どうしてこうなった? どうしてこうなった!? どうしてこうなった!!! ク、クソがあああああああああああああああっっ!!!!

今日は朝起きたらユーノと飯食って、地下室の掃除してたらヴィータのデバイス見つけたから八神家に行こうって話になって、買い物とかしてから八神家に到着して、シグナムとシャマルにバレンタインのクッキー渡して、それから二人からチョコもらって――

あれ? シグナムのチョコを食ってからシャマルのチョコを食っただろ。そっから先は?

覚えてない。何も。今眼が覚めるまで、自分が何処で何をしていたのかこれっぽっちも思い出せない。

な……まさか……記憶が欠落してる?

『ク、クク、クイーン!!』

『イエス、マスター。何用で?』

『シャマルのチョコ食ってから何がどうなった?』

『命令の意図が分かりません。もっと具体的な命令を入力してください』

『二月十四日の午後二時半くらいから今に至るまで俺がどんな状況下に置かれていたのか説明しろ!!』

『了解』

無機質なクイーンの報告を聞いて、少しずつ何があったのかを思い出し、俺は自身が奈落の底に放り込まれたかのように深く落ち込んだのは言うまでも無い。










背徳の炎と魔法少女 バレンタインデー特別編 フレデリック少年事変 その四










朝目覚めると、フレデリックの姿が無い。

ついでにテーブルの上に置いてあったクイーンも無い。

代わりに一枚のメモ用紙が置いてあり、そこには一言、こう書いてあった。



『旅に出る ソル=バッドガイ』



失踪したという事実と最後のサインから察するにどうやら記憶が元に戻ったらしい。

それは素直に喜ばしい筈なのであるが、もうしばらくの間はあのままで居ても良かったので、どうしても複雑な心境になってしまう所為で喜べない。



――ちっ、もう少しで私色に染めることが出来たというのに。



六人は昨日のフレデリックの姿を思い出し、意図せず口元を緩ませる。

教えた魔法が上手く出来た時の無邪気な笑顔。ちょっとしたスキンシップで慌てふためく初心な態度。純粋無垢で真っ直ぐな少年の瞳。

逃がした魚はあまりにも大きかった。

まあいい。昨日はこれでもかと言う程堪能させてもらった。確かに千載一遇のチャンスだったが、彼と共に暮らす以上、いずれまたあのような機会が訪れることだろう。その時こそは必ず―――

勝って兜の緒を締める、といった心持ちで決意を新たにする女性陣であった。










とある管理世界の犯罪組織のアジト。

「な、何だこのガキ!?」

「テメー何者だ!! 管理局か?」

白を基調としていながら所々赤い部分が目立つバリアジャケットに身を包んだ少年は、突如として何処からともなく現れた。

彼は無言のまま不機嫌そうな表情で手に持つ大剣を無造作に地面に突き立てる。

そして爆炎が咲く。それは同時に犯罪組織が一つ潰れた瞬間でもあった。










「ソル、帰ってこないね~」

「うむ」

ユーノは子犬形態のザフィーラと二人で散歩しながら、家出して十日は経つソルの話をしていた。

「そんなにショックだったのかな~? もうそろそろ帰ってきてもいいと思うんだけど」

「ソルはプライドが高い分、意外と根に持つタイプだからな。もうしばらくは帰ってこないのではないか」

「しつこいというか、諦めが悪いというか、蛇みたいに執念深いというか」

百五十年以上も”あの男”を追い続けただけのことはある。

「しかし、面白い情報ならあるぞ」

「どんな?」

「これは管理局で聞いた話なんだがな。此処最近、あちこちの管理世界で違法魔導師や犯罪組織がこぞって逮捕されているようだ」

「それがソルと何の関係が?」

「話は最後まで聞け。逮捕された者達の証言によると、自分達を捕まえたのはたった一人の、十三から十五くらいの少年らしい」

「ふんふん」

「でだ。その少年は白を基調としていながら赤い装飾が特徴的なバリアジャケットを身に纏い、身の丈程もある剣型のデバイスを振るい、紅蓮の炎を操るらしい」

「……」

どう考えてもソルです。本当にありがとうございました。

「更に捕らえられた犯罪者の大半がまともな生活を送れないくらいに身体を痛めつけられていたとか。死ぬ一歩手前の大火傷は当たり前、次に多いのが全身複雑骨折と脊髄損傷、酷い者になると両手足の切断など、生きているのが不思議なくらいだと専らの噂だ。特に違法魔導師は二度と魔導師として使い物にならないくらいにな。中には炎や赤色を眼にすると発作を起こすようなPTSD患者が居ると聞いた」

「それと全く同じ内容、夏休みに何処かで聞いたことがあるなぁ」

遠い目をすると、ユーノは暮れなずむ空を見上げた。

「非殺傷設定が当たり前のように存在するこのご時世、犯罪者に全く容赦の無いその姿勢から管理局内ではこの謎の少年のことを”背徳の炎”と呼んでいるらしい」

「うわぁ~、ピッタリだねその二つ名。まるで長年呼び続けられたみたいにしっくりするよ」

「まあ、そう呼び始めたのはリンディ・ハラオウン提督らしいのだが」

「……」

「……」

「今頃何してんのかな?」

「あいつのことだ。犯罪者でも丸焼きにしていることだろう」










丁度その頃。

「燃え尽きろっ!!」

噴出した溶岩が豪雨のように降り注ぐ。

「ぎゃああああああああああああああっ!!」

「熱い、熱いよおおお」

「腕が、俺の腕が、肘から先が炭になっちまったぁぁぁ!!」

「目障りなんだよ、失せろ」

火炎が舞い、空間そのものを蹂躙するかのように爆裂した。

「死ぬ、こ、殺される!!」

「逃げろ!!」

「……逃がさねぇ」

ボソっと呟かれたその言葉の後に、炎の津波が全てを呑み込んだ。










「……犯罪者に同情したくなってきた」

「……俺もだ」

灼熱地獄を脳内で垣間見て――間違い無く何処かの世界で起きている現実だが――ユーノとザフィーラは全身をぶるりと震わせる。

「でもさ、どうして急に家出なんてした訳?」

恐ろしい光景を拭い去るようにわざとらしく話題を変えるユーノ。

「照れてるんだろう」

「ええ……嘘でしょ」

ザフィーラの言葉に半眼になる。

「ただ単に怒ってるだけなら家出なんてせず、女性陣を全員纏めて焼き土下座させれば済むと思わないか?」

「あー、確かに」

焼き土下座=ソルと強制的に模擬戦をして火達磨にされて、そのままKO。

納得したように呻くユーノの脳内では、タイランレイブを食らって吹っ飛ぶ女性陣の姿が映っていた。

「しかし、実際にソルが取った行動は失踪だ」

「『旅に出る』って書置きだけ残してね」

「これはつまり、皆に面と向かって顔を突き合わせるのが恥ずかしかったのではないか?」

「恥ずかしい、ねぇ……その根拠は?」

「フレデリックの態度だ」

「彼の態度?」

「フレデリックはあの時、自分が知らない未知の技術を持つ皆に憧れのようなものを抱いていた」

「うん」

「更に彼にとっては年上の美女や同年代の美少女が優しく、これ以上無い程の好意を持って接してくれた」

「そうなるね」

「つまり、たとえ精神や記憶が十代前半の人間の少年に戻っていたとして、間違い無くあの瞬間のソルは六人に”ときめいていた”」

そこまでザフィーラが口にすると、ユーノは大きく頷いた。

「ああ!! なるほど!! それは確かに、ソルにとっては皆と顔を合わせにくいよね」

「あいつにとっては腸が煮え繰り返るくらいに悔しいのではないか? 普段は自分が庇護している存在に抱いてしまった、憧れや恋慕に近い感情」

「それだけじゃないでしょ。フレデリックはソルと違って女性陣を”女性”として意識しちゃったんだから」

「そう。そしてフレデリックだった間をしっかり覚えていた、もしくは戻った時に思い出したのだろう」

「で、その事実を認めたくなくて逃げ出しちゃった訳? どんだけ性格がひん曲がってるの?」

「よく分からんがツンデレという奴ではないか?」

「八つ当たりならまだしも、照れ隠しで犯罪者達を半殺しにするツンデレなんて嫌だな」

「前者であろうと後者であろうと犯罪者達は病院か豚箱行き、大半が病院を経由して豚箱行きだがな。世の為人の為になっているだけまだマシだと思うぞ」

「……まあ、ね」

そんな話をしながら二人は家路に着いた。










ちなみに、ソルが帰ってきたのはそれから四日後のことだった。

それからしばらくの間、チョコ、手作り、バレンタインに関すること、フレデリック、といった言葉は禁句となる。

そして、ソルはシャマルが作ったものは二度と食わないと心に誓ったのであった。

……めでたし、めでたし?



[8608] 背徳の炎と魔法少女 家出編 その一
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/12/18 22:24
SIDE ヴィータ



アタシは今此処ベルカ自治領の演習場内を、魔法無しの近接戦闘訓練をしている騎士のタマゴ達を見ながら、時に動きについて指摘をしたり、注意をしながら歩いていた。

その中でも一際熱気を発しているのがソルが面倒見ている連中だろう。騎士達の中でも特に気合と根性がある奴らが集まって、一対一で丁寧に模擬戦の相手をしてもらっている。

外見はソルよりも年上として映る青年がペコリと頭を下げ、雄叫びを上げながら訓練用の木刀を手に襲い掛かったが、

「気合が入ってるのは分かったが、攻撃が大振りで見え見えだ」

渾身の一撃をサイドステップであっさり交わされる。更に追撃が来るが交わされる。三度目の正直と言わんばかりに振るわれた攻撃も見事に交わされ、振り向き様に一発良いのをもらって地面に転がった。

青年から他の者達へと向き直ると、ソルは厳かに言う。

「相手が自分と同じ近接戦闘に特化しているからって真正面から突っ込むのは、カウンターを狙ってくださいと言ってるようなもんだ。今みたいに一撃で決めたいんだったら必ず決まると確信した場面以外にはするな」

まずは牽制やフェイントをどうたら、戦う距離がこうたら、武器のリーチがこれこれ、相手のタイプが云々、体格や体重差がある場合や無い場合には……、と一通り説明した後にまた順番に相手をするのを再開し始めた。

今度は数合打ち合ってから、隙を見て反撃するソル。

どてっ腹をぶん殴られてのた打ち回る騎士に歩み寄って一言二言注意すると、次の相手をする。

やっぱりあいつ、面倒臭そうにしてる割に面倒見良いよな。

やがて休憩時間となり、今日の訓練の半分が終了した。





「で、どーよ? 教官様から見た生徒達は?」

「テメェも教官だろうが」

教官用に宛がわれた休憩室でソルと二人で飯を食いながら仕事の話をする。

呆れたように溜息を吐いて、ソルは魔法瓶に入ったアイスコーヒーをコップに注いだ。

「ま、悪くねぇ。魔力量とか抜きにしてどいつもこいつも良い根性してやがる。選考試験をやっといて正解だったな」

「あの体力測定に見せ掛けたテストとマークシート式の筆記テストか……あれやるってお前が言い始めた当初は誰も通らないんじゃねーかって心配になったぞ」

「あくまでこれから先の人生を戦闘の為に費やせるかどうか、やる気と根性があるかどうかを推し量るもんだ。ある程度の結果を残せば誰でも通るように設定はしたつもりだ」

逆にあの程度で落ちるくらいなら魔導師や騎士の道を進まない方がそいつとって幸せだ、と苦笑しながらソルはコーヒーを啜った。

ソルを中心としたアタシ達が聖王教会のカリムから請けた仕事。教会騎士団専属の戦技教導官。

それを行う前にソルが騎士達にやらせた二つのテスト。

まずは体力測定……と言いつつ、実は、それぞれの身体能力では若干厳しい内容で行わせた根性テスト。最初の持久走で体力をごっそり削った後に、腕立てや腹筋、スクワットなどの筋トレを個人に合わせた一定のノルマを課してやらせる。

此処で、ギブアップは可能だと事前に言っておく。しかし、ボーダーラインをこちら側で設定しておき、それを超えなかったら不可、超えたら可、合格ラインを超えたら良、更にその上のラインを超えたら優、って評価を付けるのだ。

不可、可、良、優ってのはクラス分けする為の評価で、不可はアタシ達の教導を受けられない可能性がある、可より上の場合は教導が受けられる可能性があるってことだ。

次に、騎士達がヘトヘトの状態でまともに思考が出来ないような状況下で筆記テストを行わせる。

たとえ肉体が疲弊し切っている状況でも、もしくは実際の戦場で怪我などを負った劣悪な状態で冷静な判断が出来るか否か、という精神テストみたいなもんである。

問題は一問につき十秒以内で答えられそうなものが全部で三百問。制限時間四十分。マークシート式なので、YES or NO どちらかの回答を塗り潰せばいい。内容は性格診断に始まり、戦いに関してそいつが向いているか否かの適性診断だったりと様々。

先の体力根性テストと筆記テストの結果を照らし合わせた上で、最終的に教導が受けられるかそうでないか判断する。

もし、体力根性テストの方で不可という不名誉な評価を得ても筆記の結果によっては受けられる場合があり、逆に筆記が悪くても体力の方で優を得ている場合も受けられる。

逆もまた然りだが。

つまり、生徒に振るいを掛けていたこと。

で、二つの試験の結果全体の25%が落ちたが、ソルとしてはむしろ残った方らしい。二つの試験で少なくても40%は削るつもりだったとか。

それからは能力別にクラス分けを行い、実際に訓練を開始してみてからまた振るいに掛ける。

テストの結果は良くても蓋を開けてみればダメだった、というのはよくあるからだ。

この時点でもやはり脱落者というものは出てきてしまうもので、更に三人に一人くらいはサヨナラすることになった。

此処に来てようやく、本決まりということになるのだ。

最終的に残った人数は、最初の人数の半分弱くらい。

週にだいたい四、五回。最初の契約では週に一、二回って話だったのだが、それじゃあ金もらってるのに仕事として成り立たない――騎士が育たない――というソルの言葉によって契約が変更される。

前半二時間、後半二時間の計四時間。間に一時間休憩を取る。教官の人数はその日のシフトに応じて二人から四人、最大は全員にまで変動する。全員が揃うのは滅多に無いけど。

教官側は、基本的に学校行ってる連中は放課後か土日祝日で、残った働いてる連中は空いた時間に臨機応変にって感じだ。一人週二回、多くて三回程度。疲れを残さない為だ。本業に支障が出たら即解雇する、とソルが宣言したので教官側は週に出れる回数が最大四日と制限がある。

ソルは労働にはそれに見合った報酬と休暇が支払われるべきだと言う。デバイス制作時に碌に睡眠取らなかったお前が言うなと皆に言われていたが、あれは報酬を得るために行った労働ではないと言い返されたので誰もが渋々納得した。

こんな風に上手く調整して、アタシ達は地球とベルカ自治領を行ったり来たりする生活が続いている。

はやてが四月から学校に行けるようになって、だいたいそのくらいから教導を開始し始めたから、もう二ヶ月は経過している。日本じゃジメジメしてて雨ばっかで、天気予報見て鬱になる季節だ。

アタシ達ヴォルケンリッターがはやての家族になって一年。翠屋で盛大な誕生パーティーをしたのはこれとはまた別の話。

閑話休題。

ちなみに今日はアタシとソルの二人っきり。別に誰かが意図してこうなった訳じゃなくて、シフトの調整上偶然こうなったんだということを明記しておく。淑女同盟の方々が羨ましそうにシフト表見てたけど、アタシの所為じゃない。

「そういや知ってるか? アタシらが此処で働いてることが管理局でたまに噂されてるぞ」

実は教導し始めてから一ヶ月も経たずに噂になってたんだけどよ。今でも噂されてるってのを同僚から聞かされる。

「そりゃ噂されるだろ。お前ら管理局内で有名じゃねぇか」

アタシははやてお手製のお弁当を、ソルは桃子さんお手製のサンドウィッチを口に放り込みながら話す。

「他人事みてーに言いやがって……こっちはお偉いさんに顔合わせる度に問い詰められるんだぞ。『聖王教会に協力しているのか?』ってな」

「はっきり答えてやれよ。ギブ&テイクの関係です、金もらって仕事してますって」

「その後が面倒臭ぇーんだよ。どんな風に答えたって結局言われることは同じだから」

「なんつわれんだ?」

「管理局に無償奉仕しなくちゃいけねー立場なんだからもっと真面目にこっちの仕事しろとか、聖王教会の倍は報酬を払うからこっちの面倒を見てくれとか、とにかくそんなんばっか」

「確かにそれはうぜぇな」

同意するようにソルは頷いて、サンドウィッチを平らげる。

「お前らが管理局に居る間はそういうこと言ってくる輩ってのは消えないもんだと思って諦めろ。ヴィータだけじゃなくて、シグナムとシャマルとザフィーラも似たようなこと言われてんだろ?」

「ああ」

「でも普段から愚痴らねぇってことは、そういうもんだって割り切ってんだろ。だったらお前もそういうもんだって割り切るしか無ぇ。別に愚痴るなとは言わねぇ、ただ、言われ続けることは諦めろ」

「けどよ、実際マジで鬱陶しいぜ?」

「だったらユーノ並みに高いスルー能力を手に入れろ。あいつ、たまに俺の話全く聞いてねぇ時がありやがる。特に、自分にとって都合が悪いことに関しては聞き流してるし」

いや、お前が何時もユーノに無茶振りするからだろ。あれは絶対にお前の所為だ。そう思いつつも、大人なアタシは空気を呼んで口には出さないことにした。

その時、アタシはあることを思い出して頭の上で電球がピコンと点る。

「あ」

「んだよ?」

「噂で思い出した。二月の下旬から三月の下旬に掛けて管理局で噂になった”背徳の炎”って十中八九お前だろ」

翠屋で桃子さんからもらったキャラメルミルクが入った魔法瓶の蓋を開けながら、アタシはニヤニヤと口元を緩ませながら言ってやる。

「バレンタインデーから丁度二週間くらい家出してたし、目撃情報まんまお前だし、間違いねーだろ」

それに対してソルはどうでもよさそうにしながら、若干憮然とした様子になった。

「……今更だな。正確には十五日間だ」

「目立つのが嫌いな癖して随分派手なことしたじゃねーか」

「あれってやっぱ目立ってたか?」

「当たり前ぇだろ。ミッドじゃほんの少しだけニュースになったくらいだ。お前何回火災起こしたか覚えてねーのか?」

「ちっ……昔と同じ感覚でやっちまったのが仇になったか」

この言い分からすると、ソルは別に目立つつもりは無かったらしい。

詳しい話を聞くと、ソルが賞金稼ぎを現役でやっていた時代というのは法力が理論化したおかげで表向きには科学が全面的に禁止となった元の世界での話。

カメラが存在しなければ、ビデオやテレビも存在しない世界だ。その所為で情報媒体は自然と限られてくる。

しかも、当時のソルは匿名の賞金稼ぎとして生活していたので、そのおかげで名前が売れるという事態は無かった。名前さえ名乗らなければ有名にはならないと長年思い込んでいたツケが回ってきたのだ。

また、管理世界間での情報伝達を舐めていたというのもある。

「噂が広まった当時、リンディさんが愚痴ってたぞ。暴れるならもっと穏便にしてくれって」

「そもそも俺はハナッから犯罪組織なんざ相手する気は皆無だったんだよ」

「その割には凶悪な犯罪グループとか悪質な違法魔導師ばっか付け狙ってたじゃん。しかも、どいつもこいつも半殺しにして」

「後腐れ無いように皆殺しにしておけば良かったか?」

「違ぇーよ!! あそこまでやる必要があったのかって言ってんだよ!! 大半の連中が今も入院してんだぞ?」

アタシが思わず怒鳴ると、ソルは何を怒っているんだといった感じにやれやれと溜息を吐く。

「俺の賞金稼ぎ時代のメインターゲットがギアってのは知ってるな」

「……急になんだよ」

「まあ聞け。無害のギアってのは少ねぇ、居るには居るが皆無に近い。だから賞金首になるようなギアは生かしておく必要が無ぇ。つまり駆除が目的だ」

「……」

「で、次に俺が一番狙ったのが犯罪者の賞金首、特に生死問わずの、重犯罪を犯した凶悪な奴だ。長旅ってのは金が掛かるから、貴重な生活費の足しになるのが理由だ」

急に何時もの仏頂面が、禍々しい残酷な笑みになる。

「それとこれとが、一体何の弁明になるってんだ?」

とりあえず聞いておく。

最低最悪の答えが来るだろうと容易に想像出来るので、あまり聞きたくないが。

「換金する時に本当に賞金首かどうか確認する際、何が一番有効だと思う? 勿論、写真やビデオカメラなんて便利な記録媒体が無い時代だ」

「……顔、いや……首か?」

「察しが良いな」

クスッ、と冷笑した後、ソルは子どもが見たら泣き出してトラウマを刻み付けそうな笑みから何時もの仏頂面に戻る。

だから、殺さないだけまだマシだとでも言うのだろうか、こいつは?

いや、さっきの「後腐れ無いように皆殺しにしておけば良かったか?」という口ぶりから、少なくともソル自身は殺しておくべきだと思っているんだろう。

確かにソルが捕まえた連中は強盗殺人、強姦殺人、誘拐、人身売買、そんなことをまるで呼吸をするのと同じように手を染めてきた者達ばかりだ。どいつもこいつもクズ野郎ばっかりのクソッタレ犯罪者だ。

管理局法ではなく地球の法律だったら、アメリカとかならほぼ終身刑か死刑になる。

何よりソルはアメリカ人って話だし、犯罪に対してそういう滅茶苦茶厳しい面があるってのはよく知ってる。

特に、弱者を強者が虐げるような理不尽な犯罪に対しては。

被害者が理不尽な暴力を受けたように、自分も同じようなやり方で犯罪者に理不尽な暴力を与える、そういう考え方はソルらしいと思う。

ソル=バッドガイ……バッドガイ……悪い奴……”悪”、か。

かつてはギアでありながらギアを狩る裏切り者だった男。毒をもって毒を制す――勝手に改造されたという仕方が無い事情があるとはいえ――その言葉通りに戦ってきたのは事実だ。

ソルは自身を必要悪だと考えているのだろうか?

かつての自分のような人間が存在したからギアが生まれてしまったのだと、そしてギアは――勿論自分も含めて――人間の穢れた欲望の産物と言う。

罪を犯したのなら罰を受けるべきだ、という考えを持ちながら百五十年以上も贖罪に――復讐にも――生きてきた。もう二度と自分のような存在が生まれてきてしまわないように。

「だからって、あんまやり過ぎんなよ……今度はお前が賞金首になんぞ」

アタシにはこれ以上のことをソルに偉そうに言えない。

ソルはやり方はあまり褒められたものではない。むしろ真面目な管理局員――クロノとかなら大激怒するのが目に浮かぶ――だったら戦慄する筈だ。そうでなかったらソルが家出して十日程度で噂になったりしない。それだけこいつのやり方ってのは非殺傷設定が常識の管理局からしたら衝撃的だ。

魔法は便利な力であると同時に危険な”力”だということを、誰よりも理解しているからこそソルはその”力”を振るったのだろうか?

皆にそのことを訴えたいから。



SIDE OUT










背徳の炎と魔法少女 家出編 その一










地球から一気にミッドチルダまで転送魔法を使って到着すると、俺は安堵なのか疲労なのか何なのかよく分からない溜息を吐いた。

しばらくの間は地球に帰りたくない。身内にも会いたくない。理由は推して量るべし。

此処はクラナガンから少し離れた郊外。それでも車かレールウェイでも使わないとかなり時間が掛かるが――自然は割りと多く閑静な住宅街が続く静かな街だ。

とりあえず何処か店に入ってゆっくり飯にしよう。持ち合わせはあまりないが、今までスクライアの発掘作業を手伝った報酬の半分をミッドの通貨にしておいたおかげで、数日は食うに困らない。

いざとなったら森にでも入ってサバイバルでもしようか。いっそ日雇いの魔導師の仕事でも見つけて働こうか。

(ま、なるようになるだろ)

俺は久しぶりに一人で行動することに若干の懐かしさを覚えながら、首都クラナガンを目指して歩き始めた。





やがて徐々に賑やかさが増していく街並みを眺めながら、どの店で飯を食おうか頭を悩ませる。

(あんまこの世界に来たことなかったのはまずかったか?)

特に当てがあった訳では無く、美味くてゆっくり出来る飯屋ならば何処でも良かったので色々な場所をフラフラしていたら、歩けば歩く程、人が増えれば増える程――管理局の本部が存在する管理世界の中枢を担うだけあって――あちこちが異文化コミュニケーションちっくで混沌とした所に出てしまった。

何処だ此処?

雑居ビルが建ち並ぶ光景を過ぎ、裏道っぽい通路を歩き、気が付くと薄ら寂しい路地裏に居た。

食事処を探していただけなんだが、どうしてこう、社会の裏で犯罪が起きてそうな場所に出てしまったんだ?

いや、確かに賞金稼ぎ時代はこういう場所に自分から進んで足を運んでいたのは事実だ。獲物が居る場合や、情報屋と交渉する時なんかはこういう人目が避ける場所が一番良い。

アウトローだった頃を懐かしみながら来た道を戻る。

元の賑やかな雑踏に戻ると食事処探しを再開するのだが、一向に「この店にしよう」と思う店に出会わない。

日本やアメリカだったら勘や経験で店を決めたり馴染みで無難なチェーン店に入るのに、ミッドに構えている店というのは他の様々な世界からやって来たであろう店なので、外観で味の良し悪しが分からない。

昔は食事など栄養補給の一環だったので食えれば良いって感じが強かったが、高町家に居候して以来食事は嗜好品の一つと言えるようになった。

つまり、外れたくないのである。

なまじ美味い店で普段飯食ってる所為か、妙な部分で外食するなら美味いのが良い、と高望みしてしまう。あまり贅沢は言えないってのに。

全く変な癖がついてしまった。





結局、見た目日本の居酒屋っぽい店を見つけので少し興味を引かれて入ってみるとまんま日本料理店だった。

もういいやこの店で、って感じに決める。既に探すこと自体が面倒になってきたのである。

メニューに『生姜焼き定食』とミッド語で書かれたのがあったので、地球のとどのくらい差があるのか試したくなって頼んでみる。

出てきた料理は普通の生姜焼き定食。

食ってみた。

普通に生姜焼き定食だった。

普通に美味かった。

(……ミッドまで来てなんで日本料理食ってんだろう……もっと違うもん食えばいいのに……)

何故か押し寄せる敗北感を噛み締めながら腹を満たす。

会計を終えて店を出ると、テキトーに街をブラブラ歩く。

かつてユーノから管理世界は就労年齢が低いと聞いた。当の本人も既に発掘作業のチームを任されていたり、クロノが管理局員として働いていることから分かっていたが、俺くらいの外見年齢の奴がほっつき歩いていても補導されないことでそれを実感する。

以前はよく警察(カイじゃないぞ)にとっ捕まりそうになって逃げたので――今もだが――この時間帯の街中を堂々と歩けるのが微妙に新鮮だったりする。

コンビニらしき店に寄ってコーヒー缶を買い、テキトーに休める場所を探しながらまたしても当ても無く歩き続け、やがてそれなりに大きな自然公園のような場所に辿り着いた。

俺はこれ幸いと公園に入り、テキトーなベンチに座るとプルタブを起こして缶を開け、中身を喉に通す。

視界は青い空を公園内の緑の木々に彩られ、平和そのもの。

母親が三、四歳くらいの幼児と共にボール遊びをしていたり、爺が日向ぼっこしながら本を読んでいたり、婆がトレーニングウェアを着てウォーキングしていたりする。

ゆっくりと時間が流れているのを満喫しながら、さてこれからどうしようか、そんなことに思考を巡らせていたその時だった。

今まで気配を殺して隠れていたのか、それとも魔法で転移してきたのか、――恐らく魔力を感じなかったので前者だろう――中年の男が視界の先に突如現れ、

「きゃあああっ!?」

「ママァァァ!!」

ボール遊びに興じていた親子に襲い掛かり、母親と子供の両方をバインドで拘束すると、子どもの方を抱えて走り出した。

「ぶふっ!? ゴホッ、ゲホッ!!」

いきなりそんな光景を目撃してしまい、俺は驚きのあまり口に含んでいたコーヒーを思いっ切り吹き出して咳き込んだ。

さ、さっきまであんなに平和だったってのに!! その平和をぶち壊すようにして誘拐事件が発生しやがった。アメコミみてぇなタイミングだ!!

中年の男は子ども一人を抱えながらも見事な健脚で走り去っていく。魔力を感じたので身体強化でも使ったのだろう。あっと言う間にその後姿が遠くなっていく。

一瞬追おうとして、此処が管理局のお膝元である首都クラナガンの近辺だということを思い出し、踏み出した足を躊躇させてしまう。

その間に男は視界から完全に消え失せた。

「ちっ」

内心で少しでも躊躇したことに舌打ちしながら、管理局が何とかするだろうと思い直しベンチに座った。

騒ぎを聞きつけた、というか見ていた老人共が母親に走り寄り助け起こしていた。

「私は大丈夫です、それよりもシェリーが、私のシェリーが!!」

顔面蒼白になって暴れるように我が子の名を呼ぶ母親に、老人共が落ち着くように言って管理局に連絡しろだろか何とか言ってるのが聞こえてくる。

俺は我関せずを貫きながらコーヒーを啜って成り行きを見守ることにした。

しかし、それでも落ち着かない様子で母親は喚き散らし、こう言いやがった。

「管理局を待っている間に他の次元世界に連れてかれてしまうに決まってるわ!! 貴方達だって最近色々な世界のニュースで話題になってるから知っているでしょう!! 高い魔力資質を持つ子どもばかりを狙って起きている誘拐事件を……きっとそれに違いないわ!! まさかこのクラナガンで誘拐が起きるとは思っていなかったのに!!」

高い魔力資質を持つ子どもを狙う誘拐事件?

そんなもんを誘拐してどうするのか?

答えは簡単。使い道ならいくらでもあるから売ればいい。きっと高値で買い取ってくれる非合法組織は星の数程あるのではないか?

管理世界が魔法主義な世界ってのは、PT事件の時にアースラ艦内の端末から得た情報で嫌って程思い知らされた。クロノが十四で戦場に出ているのがいい例だ。

子どもなんていくらでも再教育する余地がある。生後数年なら尚更だ。



――……面倒臭ぇ。



此処はミッドの首都クラナガンだ。放っておけば管理局が動いて勝手に何とかしてくれる筈。

「いやぁぁぁぁっ!! 離してください!! あの子を助けるのぉぉ!!」

「無茶じゃよ! 相手は未だに犯人一味の末端すら管理局が捕まえられることの出来ていない犯罪組織じゃ! きっと少数の高ランク魔導師でメンバーが構成されておるんじゃ!」

「助けに行けたところで殺されるだけよ!!」

「でも……だからと言って、はいそうですかと納得出来ません!!」

涙で顔をくしゃくしゃにさせながら暴れる母親。



――だが。



一生懸命ボールを追いかけていた子どもと、その様子を幸せそうに眺めていた母親。先程の光景を思い出す。

爺が言っていた少数の高ランク魔導師でメンバーが構成されている、という言葉。



――見ちまった以上は、やるしかねぇな。



一度は何とかしようと思ったのだ。だったら最後までやってやろうじゃねぇか。

つーか、躊躇する必要など皆無だったってのに、俺は管理局との関わりを持ちたくないが為に足を止めちまった。

(なんて情けねぇ)

せめて管理局の連中に後を引き継がせるくらいまでなら、俺が民間協力者として犯人を追っても何も問題は無い。

「クイーン、さっきの誘拐犯の魔力を追えるか?」

<法力場と探査魔法を最大で出力すれば不可能ではありません>

もう既に時間的にも距離的にも厳しいだろうが、クイーンは可能性を提示してくれた。

「上出来だ……セットアップ!!!」

<了解>

紅蓮の炎が俺の全身を包み込む。

瞬きする間に俺の身体はバリアジャケット――聖騎士団の制服を模した――を纏っていた。

左の手の平に現れた封炎剣の重さを確かめながら、クイーンに命令を送り誘拐犯を探す。

<ターゲット、発見しました>

こっから先は時間との勝負。一秒も無駄に出来ねぇ。次元跳躍でもされたらどうしようもない。その前にケリを着ける。

「行くか」

俺はそのまま自然公園の地面を抉るように踏み込み、爆発的な速度で走り出した。




















後書き


初代のGGのキャラ紹介で、ソルは命乞いをする賞金首を一切の躊躇無く殺すシーンがありますので、凶悪犯罪者に対して容赦しない、というイメージが非常に強いです。

だから、作者的には死人が出ていないだけまだマシだと思っています。

感想で犯罪者に対する扱いに対して云々かんぬん言われていますが、むしろこのくらいが普通だろ、と。

殺せないのなら、生き長らえて死ぬまで苦しめ、くらいに考えますでしょうし。

それが私が思うソル=バッドガイの賞金稼ぎとしてのイメージです。

なのは達に出会って丸くなっていなければ容赦無く殺しているかもしれませんが……




[8608] 背徳の炎と魔法少女 家出編 その二
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/12/21 18:56
<前方のビルの屋上にターゲットが存在します>

クイーンのナビゲートに従って街を疾走すること二分弱。人混みを跳躍してやり過ごし、車の上を跳び移りながら駆け抜け、ようやく追いついた。

<転送魔法の術式を確認>

このまま他の次元世界に逃亡するつもりか? なるほど、上手いな。身体強化を使って犯行現場から一気に離脱、その後機を見て転移か。捕まらない訳だ。

どうやらタッチの差で間に合わなかったらしいが、クイーンが術式を確認出来る位置まで近付けたのならまだ負けていない。

「捕捉探知は?」

<既に完了しています。ターゲットが指定した座標に飛びますか?>

「当然だ」

<了解。転移開始>

転送魔法ではなく転移法術を発動させ、眼の前の空間に”ゲート”が出来上がると俺はそれに飛び込んでミッドチルダから姿を消す。

転移した場所はいかにも犯罪組織が使ってそうな地下倉庫のような場所。かびの臭いと埃だらけの薄暗い一室だ。

「なっ、誰だお前? 何処から――」

突然背後に現れた俺の存在に気付いた中年の誘拐犯は驚愕に眼を剥き、何処から入ってきたのか聞こうとしているのだがそんな言葉を最後まで聞いてやる気にもなれず、無言で踏み込み、左ボディブローを叩き込んだ。

骨が砕けて内臓が潰れる感触が拳に返ってきた。

誘拐犯は声も上げずに動きを止める。俺は即座にそいつが倒れる前に小脇に抱えていた子どもを奪還する。

運ぶ途中で眠らされたのかぐったりと動かないが、特に外傷は無いようだ。

「また後でな」

そのままうつ伏せに倒れ込んだ誘拐犯を捨て置き、俺は母親がまだ居るであろう自然公園に転移した。










背徳の炎と魔法少女 家出編 その二










「ありがとうございますっ!! ありがとうございます!!! ……良かった、無事で」

何度も礼の言葉を述べながら子どもを抱き締め泣き崩れる母親の姿を見て、やはりあの時決断して良かったと思う。

「じゃあな」

俺は親子と老人共に背を向けて歩き出すと、転移法術を発動させた。

まだ事件が発生してからそれ程経過していないが、もたもたしてたら管理局の連中が来てしまう。

事実、もうすぐそこまでそれなりの魔力がいくつも近付いてきている。通報によって駆けつけた管理局員に違いない。

「待ってください!! まだ碌にお礼もしていないのに――」

「別に礼が欲しくて助けた訳じゃ無ぇ」

話が長くなりそうなので母親の話を言葉をぶった切ってそのまま”ゲート”を潜ろうとすると、

「なら、ならせめてお名前だけでも教えてください!!」

呼び止められてしまった。

無視すればいいものを、一瞬なんて答えようか考えてしまった所為で足を止めてしまう。

「……ただの賞金稼ぎだ」

本名も名前も二つ名も名乗る気にはなれなかったので、俺は素っ気無くそう答えるだけにすると、今度こそ”ゲート”を潜った。





とりあえず先程の誘拐犯のアジトで昏倒させた中年の男を叩き起こそうとして、肋骨を粉砕して内臓を潰したのを思い出す。

仕方が無いので癒してやり、その後はバインドで拘束してから情報を強制的に――具体的には手足の関節を順番に踏み砕いたりして――吐かせるだけ吐かせると、他の仲間を呼ぶように命令した。

ノコノコとアジトに戻ってきた残りのメンバーを盛大に歓迎してやった後、誘拐犯達の顧客や手を結んでいる他の非合法組織の情報を手に入れることに成功した。

その後誘拐されたがまだ何処にも売られていない子ども達を十数名発見し、無事を確認する。

「胸糞悪ぃ」

クイーンに手に入れた情報をコピーさせながら、それを見て吐き気がしてくる。

違法研究所、テロリスト、強盗団、マフィア、ギャング、密輸業者、違法魔導師を使って異常な利益を得ている企業、悪徳政治家、反管理局組織、etc……犯罪者同士のネットワークの広さに嫌気が差す。随分と手広くやってたんだな。余罪だけでも掃いて捨てる程出てきやがった。

何処の世界に行っても人間の犯罪ってのは似たようなものが繰り返されるのは重々承知だったが、管理世界は魔法と科学技術が発展しているだけに俺の故郷よりも酷い。

というよりは、いくつもの世界が存在するだけあって数が半端無いのか。時空管理局が万年人手不足なのも納得出来なくも無い。あっちこっちの世界で犯罪者が居たらそれは確かに対応し切れないと思う。おまけにロストロギアの存在だってある。猫の手借りたいってのは本当なんだろうな。

法力使いにも違法な犯罪者ってのは存在していたが、数が桁違いだ。比べるのも馬鹿馬鹿しい。

溜息を吐くと、情報のコピーが終了したクイーンに命令して管理局に現在地の座標や捕らえた誘拐犯達の情報、攫われた子ども達を無事確保したことを匿名で通報した。





「何があったんだ……?」

現場に辿り着いた管理局員達はとても戸惑っていた。

まるで火災現場の跡地のような場所で、倒れ伏してピクリとも動かない数人の男達と、此処最近のニュースで話題になっていた誘拐された子ども達の無事な姿。

「あ!! 管理局の人だ!! あのお兄ちゃんが言ってた通りだ!!」

「えっと、確か『助けてください、僕達はこのオジさん達に誘拐された子どもです』って言えばいいんだっけ?」

状況の把握が上手く出来ないながらも、たどたどしい口調で説明しようとする子ども達から事情を聞く。

そして聞かされたその内容に驚愕する。たった一人の魔導師によって、管理局では尻尾を捕まえられなかった誘拐犯達が一人残らず無力化されているということに。

「そのお兄ちゃんってのはどんな人だったの?」

他の局員が犯人達を確保する中、とある管理局員が膝を着き、子ども達と視線を合わせながら聞いてみる。

「えーとね、スゲーかっこ良かった」

「やさしかった!!」

「……でもちょっとこわかったな」

それぞれ違った反応を見せる子ども達に苦笑し、聞き直す。

「いや、そうじゃなくて、どんな見た目だったかな? 出来ればお話を聞きたいから会いたいんだけど」

「白と赤のバリアジャケット!! そんでね、デッケー剣のデバイス持ってんの!! ボク、大人になったら絶対にあのお兄ちゃんみたいな魔導師になるんだ!!」

「どっか行っちゃった!!」

かなり興奮した様子の子ども達。

「白と赤のバリアジャケット、剣型のデバイス……分かった、ありがとう」

何故姿を現さないのか。管理局員ではない、もしくは管理局と関わりを持ちたくないのか、その理由は分からない。確かなことはその魔導師が犯罪者を捕らえ、子ども達を救ったという事実のみ。

礼を言うと管理局員は子ども達の無事に純粋に喜びながらも、一体何処の誰がこんなことをしたんだろうと疑問を抱くのだった。





アジトに突入した管理局の魔導師達を遠く離れた場所から確認すると、俺は現場に背を向けて転移法術を発動させた。

事後処理は管理局任せでいいだろ。表向きにも、実質的にも手柄は全て管理局行きだが、そんなものに興味は無い。好きなだけ持ってけばいい。

「クイーン、次は違法研究所だ」

<了解>

手にした情報を基にリストを作成し、潰すべき非合法組織の名を心に刻みながら命令した。

そこでまた新たな情報を仕入れることにしよう。

こうやって犯罪者同士の間に存在する繋がりを辿って行けば、自ずと潰すべき者達に遭遇するだろう。

ただ働きはしない主義なんだがな、とやれやれと溜息を吐く。

(まあいい。気に入らねぇから潰す……理由なんざそれだけで十分だ)

首を回してゴキゴキと音を鳴らし、俺は次元跳躍した。










『こんばんわ、ニュースをお伝えします。本日の午後一時頃、首都クラナガン近辺の○○地区にて、高い魔力資質を持つ子どもばかりを狙った誘拐事件の犯人が逮捕されました。尚、犯人一味は人身売買に関与しており―――』

『本日、とある無人世界にて不審な火災が発生しました。駆けつけた管理局員によると、現場は違法な研究を行っていた非合法組織の本拠地だということが判明し――』

『速報です。第○○管理世界にてテロリズム行為の容疑で指名手配されていたテロリストの集団が逮捕されました。管理局からの詳しい報告によりますと――』

『昨夜、広域次元の強盗やロストロギア不法所持、及び違法取引の容疑で管理局から広域指名手配されていた強盗団が逮捕されました。逮捕した管理局員から詳しいお話を今聞くことが叶いましたので、現場から中継でお送りします――』

『今朝、第○○管理外世界を根城にしていた反管理局組織が逮捕されたことについて――』

『魔導師を使った違法行為によって不当な利益を上げていた企業団体が――』

これらのニュースは管理世界で流されたが、世間に大きく取り立たされることはなかった。人々にとってテレビなどから提供される事件や事故のニュースなど、自分には関係の無いことであり文字通り遠い世界の話であるから。

誰もが「そんなこともあったんだ」「これで少しは平和になったかな?」「ふーん」くらいにしか思わず、特に気にも留めなかった。

十数秒から一分程度で次のニュースへと移行してしまったのなら尚更。

更に言えば、メディアが流す情報というものはいくらでも加工の余地があり、その結果全てのニュースで『犯罪者を捕らえたのは管理局』という形になっている。

また、犯人達は『逮捕された』としか報道されなかったのも大きい。実際は拷問を受けた者が多々存在する。

確かに犯罪者を逮捕したのは管理局員であるが、その結果をもたらした人物のことを当事者や一部の者を除いて知る者は存在しない。それを知ったところで、その人物は管理局の人間が確認する前に姿を消しているのだ。それ以上知りようがない。

違法魔導師が使っていたデバイスや犯罪組織に設置されていた監視カメラといった、謎の人物に関する情報媒体は一つ残らず破壊され、犯罪を犯していたという”証拠”と犯罪者と被害者の証言のみしか残っていないのだから。










ソルがミッドチルダに来てから一週間が経過。

その間、彼は一日に片手では数え切れないが両手でなら数えられる程度のペースで犯罪組織を潰して回っていた。

普通の人間から見たら異常なまでのハイペースであるが、やってることは非常に単純である。

転移→戦闘→その場で情報収集→管理局に匿名で通報→管理局員が到着したのを確認→転移→戦闘→その場で情報収集……これらの繰り返し。

といった風に事後処理は全部管理局任せ、悪く言えば丸投げしているのだ。

移動と戦闘と情報収集、最後に管理局が来るのを待つこと以外に時間を掛けていない。

ソルにとって都合が悪い情報は管理局を待っている間に自ら物理的に破壊することに加え、クイーンを介してハードに侵入し情報媒体のシステム面でも破壊しておく。

残るのは証言と犯罪者達の証拠のみ。彼なりに用意周到にしているつもりだった。

しかし、残しておいた証言が噂となって広がるのはどうしようもないことである。

「ねぇリンディ、知ってる? 管理局内で噂になってる謎の魔導師のこと。白と赤のバリアジャケットに身を包み、剣型のデバイスを手に紅蓮の炎を操る凄腕の魔導師、証言によると十三歳から十五歳くらいの少年らしいわ」

「ぶっ!!」

「ちょ、汚いわね!! 急にどうしたの?」

「ご、ごめんなさいレティ。ちょっと気管にお酒が入っちゃったみたいなの」

平静な態度を装い誤魔化しながら、リンディは心の中で大いに焦っていた。

(どう聞いてもソルくんじゃないの!? 一体何やってるの彼は!!)

まさか世直しとでも言うのだろうか?

あの面倒臭がりが?

あり得ない。

しかし、気に入らないことに対してはとことん我を貫く我侭でおまけに傍若無人。気に入らないという理由だけでとんでもない行動力を持って実力行使に出るような傲岸不遜にして唯我独尊な性格だ。

きっと彼の逆鱗に触れるようなことがあったに違いない。

「続けるわよ。詳しくは私も知らないんだけど、此処最近ニュースでやたらと管理局の活躍で犯罪者が逮捕されたって報道されてるけど、実際に捕まえてるのはその炎の魔導師みたいなのよ」

汚い話だけど私達管理局が美味しいとこ取りしてるのよ、とレティはグラスを傾けながら続けた。

「……へー」

と相槌を打ちつつ、彼に関する情報を闇の書事件の時に片っ端から抹消しておいて良かったと安心するリンディ。提出した報告内容はエイミィが巧妙に編集したおかげで、”ソル=バッドガイ”という人物は管理局内ではその名前が売れているだけ、実質誰もどんな人物なのか知らないのである。

管理局の人間で、彼の姿形、バリアジャケットやデバイスの外見、戦闘スタイルなどを知っているのはアースラクルーのみ。

まだ現段階では”ソル=バッドガイ”イコール”謎の炎の魔導師”ではない。

それからレティの話に口数少なくうんうんと頷くだけにしておく。

下手なことを言わない方が良い。絶対に後で後悔するに違いない、自分が。

「で、どう思う?」

「……え? 何が?」

「だから、その魔導師のこと。確かに功績はエース・ストライカー級だというのは認めるけど手加減を知らないっていうか、容赦無いことによ。今時殺傷設定で犯人達が半殺しよ? 彼程の実力者ならもっと穏便に、違う優しく、変な言い方ね、とにかく何とかなる筈でしょ?」

「……」

それはそうだろうが、死が常に隣り合わせで、殺し合いが日常茶飯事な世界で、自分達が生きてきた時間の数倍は長い年月を血に染まりながら戦い抜いた男なのだ。管理世界で生まれ育った人間が彼の価値観を理解するのは難しいかもしれない。

闇の書事件を解決後、ヴォルケンリッターの判決が言い渡された時の彼の驚いていた表情を思い出す。



――こんな甘い判決があり得んのか?



最低でも数年は檻の中だと思っていたと言う。最悪、封印刑と。まあ、もしそんなことになったら全力で控訴や上告をする気満々だったみたいだけど。



――はっ、魔法主義様々って奴か。



皮肉気に笑う彼は、何処か複雑そうな表情だった。

恐らく、司法取引によって罪を償わせる時空管理局を甘いと思っているが、その甘い考え方のおかげでヴォルケンリッターとはやてが辛い目に遭わずに済んで良かったということだろう。

彼は身内にはとてつもなく甘い反面、敵には一切容赦しない。

レティの話を聞いている限り、犯罪者達はソルに殺されても文句を言えないようなことに手を染めている重犯罪者だ。彼の過去や人となりをある程度知っているリンディとしては、確かにやり過ぎだと思うが死ななかっただけ御の字ではないか? と思ってしまう。

罪、罰、贖罪、そういったことに関して異常なまでに固執している人物なのだから。

そんな彼に徹底的に痛めつけられたということは、更生出来る余地無しなのでは?

PT事件の時のリンディを看破したこと、グレアム提督の本質を見抜いたこと、彼の冷酷で観察するような真紅の眼は恐ろしいまでに相手の心の奥底を映す。

実際は皆が皆、重傷患者になった訳ではない。比較的軽傷の者も少なからず存在している。その者達は自分がした過ちを大いに反省しているとレティは言ってたから、更生させられると判断されたのだろう。

勿論、犯罪者を殺すというのを善しとすることは出来ないけど、彼は彼なりに信念を持って戦っているし、実際に彼の行為によって救われた人達もたくさん存在する筈。彼の全てを否定することは出来ない。

それでもやはりこの話を聞いた管理局員は大抵は眉を顰めるらしい。もし自分が彼に出会っていなければ似たような態度を取っていた筈だ。

別に彼は誰かに認められたくてこんなことをしているのではない。単に気に入らないだけ、絶対にそうだ、そうに決まっている。

「まさに背徳の炎、ね」

「え?」

思わず彼の二つ名を口にしてしまう。

背徳の炎。彼の二つ名の本来の意味とは違うが、今の彼にはピッタリの名だ。モラルもへったくれもないやり方で犯罪者を断罪する紅蓮の炎。

まるで自身が必要悪とでも言うように。

レティにそう説明すると、彼女は納得したように頷いた。

「背徳の炎、言い得て妙だわ。リンディにネーミングセンスがあったなんて意外ね」

「失礼ね……どういう意味よそれ?」

リンディは抗議の声を上げると、グラスを傾けてアルコールを飲み下した。

それにしても、この炎は何時鎮火することになるのやら……










日本で言うところの草木が眠る丑三つ時。つまり深夜、首都クラナガンから遠く離れた辺境と言ってもいい森の中、一つの精鋭部隊が作戦の為に展開し、今か今かと作戦実行の合図を待っていた。

後ろ暗い部分が見え隠れする施設に対しての突入捜査である。

部隊長を勤めるゼストの睨みでは、ほぼ間違い無く違法な研究が此処で行われている筈だ。

彼はテキパキと部下に指示を送って一部の隙も無く部隊を展開し終えた後、今まさに突入の合図をする瞬間に、

「!?」

それは起こった。

展開された結界魔法らしきもの。ミッドでもなければベルカでもない、全く見たことが無い未知の術式。それが施設をすっぽりと覆い尽くす。

次の瞬間、施設の一部が大地を揺るがすように爆発し閃光と轟音を伴って二つの光が飛び出した。

「誰だ!? 指示を待てずに先走った者は!!」

『いえ、それが、誰も動いてません!!』

「何だと!?」

通信機に向かって怒鳴るゼストに返ってきたのは部下であるクイントの戸惑った声。

じゃあ、一体誰が?

思考を巡らせている間にも爆発と同時に施設から現れた二つの光は――片方は紅蓮の炎を纏った赤、もう片方は銀――空中を高速で激しくぶつかり合い、

「オラァァァァッ!!!」

紅蓮の炎が銀を力任せに大地へと叩き付けた。

「あれはっ」

銀色の光は確か、金さえ払えば女子どもでも情け容赦無く――むしろ喜んで殺す違法魔導師であり、魔導師ランクはAAAランク、今回の任務で最も危険な要注意人物だ。資料によると三十台前半の中肉中背の男と聞いたがもっと若く見える。

「く、くそ」

ダメージを負い、それでも何とか杖型のデバイスに身を預けるようにして立ち上がった違法魔導師から少し離れた場所に、紅蓮の炎が舞い降りる。

「子ども?」

それは少年だった。まだ十代前半と言っても過言ではない。白を基調にしていながら赤が目立つバリアジャケット、その体格では不釣合いな程大きな剣、そして剣に纏わせた紅蓮の炎。

「隊長、もしかしてあの子どもが最近噂の”背徳の炎”ではないのですか?」

「……」

メガーヌの言葉に黙考するゼスト。

「貴様、一体何者だ! 管理局か!?」

違法魔導師が口の端から血を流しながら疑問を口にする。

だが。

「あの世で考えな」

少年は氷のように冷たい、刺すような殺気を滲ませ見下すように鼻で笑うと、地面を割るかの如き勢いで踏み込んだ。

咄嗟に杖を盾のように構え防御魔法を展開するが、炎を纏った右ストレートが衝突した瞬間に銀の壁は粉々に打ち砕かれ、



「くれてやるぅぅぅっ!!!」



怖気が走る程に莫大な魔力が発生し、突き出した右腕に剣を逆手に持った左腕が添えられ、それが振り上げられた瞬間に巨大な炎の渦が生まれ違法魔導師を呑み込み爆裂した。

眼を灼く閃光と熱気、耳朶を叩く轟音と肌を炙る熱風。

火達磨になって吹っ飛ぶ違法魔導師は、その身体を施設の壁面に強か打ち付け、それだけに留まらず壁を破壊して内部に入っていった。

強引に出来た”入り口”を潜るように違法魔導師を追う少年。

「……」

「……」

いきなり眼の前で起きた戦闘に、誰もが呆けたように我を忘れてしまったのは無理もないのかもしれない。歴戦の勇士であるゼストとその部下であるメガーヌですら戦慄していた。

あの違法魔導師の魔導師ランクはAAA。それを秒殺した少年は一体何なのか? 戦闘技術と発生した魔力反応から見て、明らかに魔力量もランクもオーバーSだ。

だが一番驚いたのは彼の強さよりも、その魔法が殺傷設定であるということ。初めの爆発で出来た穴も、先の技で生まれたクレーターも真っ黒に焼き焦げている。

あの少年は目撃情報に一致している。その上殺傷設定での魔法攻撃。管理世界で犯罪組織を潰して回っている謎の魔導師……”背徳の炎”の噂は本当だった。

ゼストが何か言おうとして口を開きかけたその時、またもや施設内で爆発音。振動が此処まで伝わってきていた。

『こ、今度は何!?』

通信機越しに聞こえるクイントの慌てた声。それを聞いて初めてゼストは我に返り、内心で思わぬ事態に遭遇して固まってしまったことを恥じると、部下に指示を送る。

「クイント、メガーヌ、一度全員合流するぞ」

「隊長?」

「あの少年が本当に噂通りの”背徳の炎”であれば少なくとも俺達の敵ではない。だが、此処で俺達が突入して万が一彼の敵だと誤認されてみろ?」

殺傷設定で魔法を放つオーバーSランクの魔導師との遭遇。想像なんてしたくもない。結果なんて火を見るよりも明らかだ。同じオーバーSランクのゼストや、その部下であるクイントやメガーヌなどのエース級が揃っているとは言え、部隊に多大な被害が出るに決まっている。

まだ死人は出ていないということだが、もしかしたら今度こそ出るかもしれない。

ゼストの指示に逆らう者は誰一人として居なかった。





「見るべきもんはこれで最後か?」

独り言を呟きながらクイーンにこの施設のメインコンピューターへのクラッキングをやめさせる。

「それにしても人体実験とはな……テメェら犯罪者は俺を怒らせるのが得意らしいな、ああ?」

「ぐげ」

研究者らしい白衣を着た男の顔面を蹴りつけると、涙を零しながら命乞いをしてきた。

「ゆ、許してください、許してください!! なんでもします、なんでもするから命だけは!!!」

「じゃあ死ね」

俺はそう言って側頭部を爪先で蹴ると、白衣の男は面白いように転がって壁に頭を打ち付けるとそのまま沈黙する。

たぶん、まだ死んでないと思う。死のうが生きようが知ったこっちゃねぇが。

「ハァ、クソが」

溜息に続いて毒を吐くと、額に手を当て歩き出した。

やはり魔法が実在するとそれを用いた違法な研究ってのは何処でも行われてしまうのは最早人間の性らしい。かつての自分もこの研究所に居た人間達と同じようなことに手を染めていたかと思うと、とてつもなくドス黒い気分になってくる。

それから俺は実験体が保管されている区画に足を向けると、頑丈で重そうな金属の扉を素手でこじ開け、一つ一つ檻をぶっ壊して回る。

「その内管理局の連中が助けに来てくれる筈だ。此処でもうしばらく待ってろ」

出来るだけ安心させるような声を出しながら、俺は囚われていた者達を残してその区画を後にした。

と。

「ああン?」

しばらく歩いていると、何かの気配と小さな小さな魔力反応を感じて振り返る。

「?」

視界の中には、小指の先程度の大きさの羽虫が一匹飛んでいた。

見たことも無い種類の虫だが、地球以外の生命体には詳しくないので特に気にすることは無いと思いつつも、何か怪しいものを感じてクイーンに命令を送る。

「俺達から半径百メートル以内に存在する体温が人間程度の生き物を割り出せ」

<了解。法力場を展開します>

命令を忠実に実行するクイーン。

俺は何か嫌な予感を感じつつ、なんとなく羽虫を駆除しておく。炎を纏った封炎剣を一閃、それだけで羽虫は蒸発する。

やがて俺はクイーンの報告を聞き、嫌な予感が的中してしまったのを目の当たりにすることになった。

「おいおい、俺はまだ管理局に通報してないぜ」

施設のエントランスホールで俺を待ち構えていたのは、三人の魔導師。

一人は身長が高い体格がごつい三十前程度の男。その手に一振りの長大な槍を持ち、油断無く俺を見つめている。黒茶の髪を短く刈り込み、顔の彫りが深く、それなりに修羅場を潜って生きてきたのか眼つきはなかなか鋭い。

もう一人は長い青い髪の二十代くらいの若い女。ローラーブーツを履き、両の拳にやたらごついナックルのような物を装備している。

残った一人も二十代若い女。こちらは髪の色は紫で、先の女同様長い。見た目他の二人と比べて武器らしいものは装備していない。精々バリアジャケットを纏って、両手にグローブを填めているくらいだが、先の妙な羽虫の件がある。明らかに近接戦闘が向いてなさそうな感じがするから、警戒して損は無いか。

「貴方が、”背徳の炎”?」

青髪にそう問われて、俺は眉を顰めるだけの表情の変化をしつつ、内心でぎょっとする。

この二つ名を知っているのは身内とアースラクルーのみの筈。

誰かが情報を漏らした?

「何のことだ?」

とぼけながら、もしそうなら絶対にそいつをぶっ殺してやると心に決める。身内の連中ってのはあり得ないからアースラの連中か? 一体誰だ?

「最近管理局内で噂になってる謎の魔導師のことよ」

紫髪が補完するように説明した。

「”背徳の炎”は犯罪組織を無力化した後に匿名の通報を管理局にしてくる謎の人物。彼のおかげで最近では様々な非合法組織のメンバーが逮捕出来たし、たくさんの命も救われた」

「被害者とかその家族からお礼がしたいって電話が管理局に殺到してるのよ」

微笑む青髪。

「しかし、その”背徳の炎”とやらは犯罪者に対して一切容赦しない性格らしい。事実、犯人の大半は重傷を負った状態で逮捕された。管理局内では殺傷設定の魔法を平気で使う危険人物だと噂されている」

此処に来て初めて槍男が口を開く。

「そうそう、本局のお偉いさんが言ってたらしいのよ。犯罪者に対してまるでモラルの無いようなやり方と炎を操る魔力変換資質から”背徳の炎”って呼ばれるようになって、それが局内で一気に広まった訳」

若干緊張感が欠ける暢気な感じで青髪が教えてくれる。

それを聞いて俺は内心、安堵の溜息を吐く。

なるほど、そういうことか。

どうやら裏切り者が出た訳じゃ無いらしい。

恐らく”背徳の炎”って呼び方自体はリンディからだろうが、そういうことなら丸焼きコースは勘弁してやる。

しかも、今の話を聞く限り”ソル=バッドガイ”イコール”背徳の炎”って訳じゃ無さそうだ。

「目撃情報から外見は十代前半から中盤の少年、黒茶の長い髪、真紅の眼、白と赤のバリアジャケットを纏い、剣型のデバイスを持ち、紅蓮の炎を操ると聞いた……お前で間違い無いな?」

問い詰める、というよりは確信している事実を確認するような口調。

さて、どうする?

はっきり言って何も答えずにこのままトンズラこくのが無難っぽいが、そう簡単に逃がしてくれるか? それなりにやりそうだぞ、こいつら。

相手が眼の前に居る三人だとは限らない。半径百メートル内には居なかったが、その範囲外は伏兵が控えているかもしれん。

口ぶりからして十中八九管理局の人間だから、戦うとなったら手加減してやる必要があるのが非常に面倒臭ぇ。

「やれやれだぜ」

俺は深い溜息を吐くと、逃げるか戦うか悩みながら首を回してゴキゴキと音を鳴らすのだった。














後書き


GG2やったことある人なら分かると思うけど、ソルは走るのメッチャ速いです。

普通に高速を走る乗用車以上に。GG2がレースゲームだと言われる由縁。

なのはが飛ぶよりソルが走った方が速い、という設定ですのであしからず。

……いや、本編にあんま関係無いけど。

ソルがゼスト達に気付かなかったのは、ギリギリでクイーンが展開した結界の範囲外だったのと、訓練された魔導師が気配を殺し、かつ認識阻害の魔法を使っていたからです。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 家出編 その三
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/12/21 19:31
「待ーちーなーさああああい!!」

背後からギャリギャリとローラーブーツが悪路を噛み砕くようにして追ってくる音が迫ってくる。

「お姉さんとお話しましょう!? 美味しい料理たくさんご馳走してあげるから!!」

「ガキか俺は!? テメェ人のこと舐めてんのか!!!」

思わず一瞬だけ背後を振り返って青髪の女に怒鳴った。

「あれー? おっかしいなぁ? ウチの子達だったら絶対に飛びついてくるのに……」

「俺は食いしん坊万歳じゃねぇ!!」

何やら不思議そうにしている青髪から視線を前方に向き直ると、足を動かす速度を上げる。

「嘘!? また速度が上がった!! もう、一体どういう体力と脚力してんのよ!?」

教えてやるつもりなど更々無いが答えは簡単、俺がギアだから。

まあ、高位の法力使いでも身体強化を使えばこのくらいは速く走れる。聖戦時代、戦場を駆け抜ける足は必然的に高まるものだから。

三人の魔導師と遭遇して、俺は戦うか逃げるか選択を迫られた結果、逃げることを選択した。叩きのめしても構わなかったのだが、流石に犯罪者でもない管理局員を倒してしまうと後々動き難くなると思ったので面倒事を避ける為にトンズラする。

で、戦意を見せずに敵前逃亡を図った俺を管理局の人間がおめおめと逃がす訳にはいかない。

俺は管理局内で悪評が蔓延っているらしい”背徳の炎”であり、一つの部隊が突入しようとしていた現場を引っ掻き回した張本人。重要参考人として、手荒い真似事は出来なくても事情聴取くらいはしないと給料泥棒と罵られるだろう。

「そちらに交戦の意思が無いように、こちらにもその意思は無い、だから止まれ。事情を聞かせて欲しい」

槍男が斜め後ろの上空から飛行魔法を駆使しながら勧告してくるが、俺は振り向きもせずに口を開いた。

「テメェらに付き合ってられる程暇じゃ無ぇんだよ!!」

ちなみに紫髪は居ない。自身で俺を追いかけて来なかったが、虫を数匹召喚しては俺の後を追い掛けさせていた。やっぱり施設内で見た羽虫はあの女の仕業だったのである……召喚術師か。

俺も対抗して召喚してやろうか? ザ・ドリルを三体くらい。

……無理か。この状況下で召喚したって、こいつらを足止め出来るかどうかそれすら分からん。なんせザ・ドリルだ。俺のサーヴァントの中で最弱を誇るサーヴァント。そんなのが高ランク魔導師に通用するのか?

そもそもあれはゴーストを支配した時に得るマナをエネルギー源としている。第一”バックヤードの力”を五年前から今まで使えるかどうか一度も試してないどころか、兵を統率するという戦い方自体が俺の性に合っていないから試す気にもならなかった。

だいたい召喚するまでの手順が面倒臭い。マスターゴーストを顕現し、それによって土地や空間に内在するマナをゴーストという眼に見える形で出現させ、それにキャプチャーを放ってゴーストを支配してマナを得る。それから得たマナを消費して兵種ごとにサーヴァントと契約を結び、更にコストとなるをマナを支払ってようやく召喚出来るのだ。

確かに召喚したサーヴァント達は強力だし、マナを消費して練成するアイテムは非常に使い勝手が良い。

これは一見すれば、部隊を際限無く編成出来る夢のような召喚術に映るかもしれないが、実際は制限や欠点だらけだ。

まず、召喚出来るサーヴァントの数には上限がある。下級サーヴァントはともかく上級サーヴァントなんざ一つの兵種につき一体のみ。

マスターゴーストが顕現している間は、マスターである俺が本体ではなく、マスターゴーストが俺の本体になる。つまり、俺という”兵”は死んでもサーヴァント達と同じように何度か復活出来るが、マスターゴーストが破壊されれば俺は死ぬ。

本体であるマスターゴーストが建築物みたいなオブジェである以上、顕現し続けている間はその戦闘域からの移動は不可能。必然的に本体であるマスターゴーストを守らなければならないから。

支配したゴーストからマナの供給が無いと何も出来ない。俺個人の力のみで召喚出来たとしても精々下級サーヴァントのザ・ドリルを一チーム、三体召喚するのが限界だろう。そもそも召喚自体が出来るかどうかも怪しいが。

大量の敵を相手にしたり、一定範囲内を戦略的に制圧することに掛けてはそれなりに優秀な”力”だろうが、はっきり言ってそれだけだ。

よって、現段階では試す価値も無い。やるだけ無駄だな。

近接戦闘が本領の前衛二人に後方支援らしき召喚術師。厄介な連中に眼を付けられたもんだ。

かれこれ走り続けて五分は経つ。

胸中で舌打ちしながらどうやって振り切ろうか思考を巡らし、カイの時みたいに叩きのめせ、という悪魔の囁きが脳内で聞こえてくる。

……やっちまおうか?

ほんの少しだけ、怪我しないように封炎剣の先っぽで小突く程度なら良いよな?

それくらいなら不可抗力だよな?

(よし)

心が決まると俺は小さく跳躍して身体の向きを百八十度変え、浮いた状態で封炎剣を地面に突き刺し急ブレーキを掛け、無理やり慣性を殺しながら着地、両足と剣で速度を一気に減退させ真後ろを疾走している青髪と真正面から向き合う。

「「!?」」

当然向こうは俺の突然の行動に驚いたようだが、流石はそれなりに訓練を受けているだけあってか急制動を掛けて止まろうとする。

が、俺はそのまま止まろうとしていた青髪に突っ込んだ。

これは流石に予想外だったのか驚いた表情をして、しかし訓練で染み付いた動きで何とか体勢を整えながら身構えようとした青髪。

「フッ」

「きゃっ!」

軽く呼気を吐きながら俺はスライディングするように足払い。慣性を殺し切れなかった青髪は避けること叶わず両足ごと刈り取られ、頭から地面に突っ込み土煙を上げながら滑走していく。

「貴様!!」

俺が戦闘の意思を見せたと勘違いしたらしい槍男が手にした槍を上段に構え、上空から振り下ろしてくる。

対して俺は一瞬で封炎剣を地面に深々と突き立て屈み、跳躍した。

「ヴォルカニックヴァイパーッ!!!」

燃え盛る剣と槍が交錯し、

「ぐおっ!?」

押し勝ったのは俺。知らないとはいえ、力勝負で人間がギアに勝とうというのがそもそも馬鹿げてる。

槍男が突っ込んで来たベクトルを力任せに捻じ伏せ、その身体を火達磨にしながら上空へ持って行き、頂点まで来ると流れるように身体を回転させて踵落としを放つ。

「隊長!!」

地面に叩き付けられそうになった槍男を全身土塗れの青髪が何とか受け止める。

「安心しろ、非殺傷だ」

「何ですって!?」

「……ぐ、どうやらそのようだ……受けたダメージは純粋な魔力ダメージ……怪我は無い、心配するな」

犯罪者には殺傷設定で攻撃していたのに自分達には非殺傷を使っていることに眼を大きく見開く青髪と、痛みに顔を歪ませる槍男。

「どうして?」

理解が出来ないといった表情の青髪に俺は皮肉気な笑みを浮かべると、その疑問に答えてやる。

「自分から好き好んで犯罪を繰り返すようなクズに人権は無ぇ」

これは俺だけの持論だが。

犯罪者にもたくさんの種類が存在する。切羽詰まって、突発的に犯行に及んでしまった者、どうしても金に困っていた者、かつての俺みたいな復讐者、色んな奴らが居る。俺はそういう輩を何年も見てきた。

その中で唯一俺が許せないのは、私利私欲の為、特に理由も無く己の快楽の為、犯罪に手を染めてそれに味を占めたことによって犯行を繰り返し、弱者を食い物にして弄ぶような連中だ。

俺は相手に応じて非殺傷と殺傷を切り替えて戦う。

前者はシグナム達のようなどうしようもない理由がある奴ら、後者は腐った犯罪者共。

人を見る眼には自信がある。そいつの眼を少しでも見れば、だいたいどんな人物なのか見当は付く。あくまで勘のようなもので確証は無く他人からすれば当てになど出来ない代物だが、俺は自分のそれを信じて生きてきた。

故に、俺は俺個人の独断と偏見で区別する。許せる者と許せない者を。はっきり言って傲慢な差別以外の何物でもない。

だからフェイトとアルフは管理局に渡さなかった、ヴォルケンリッターを守りたかった……木陰の君を殺さなかった。

この考え方が管理局の正義とやらに相反するというのは重々承知している。

だが、ならば正義とは一体何か?

一人ひとりの人間が価値観や考え方が違うのは当たり前であり、違うからこそ衝突したり理解し合おうと歩み寄る。それが”人間”であり、”人”という生き物だ。

(日本語ってのは上手ぇな)

”正義”って言葉を集団や組織が使う場合、俺にとっては大衆を納得させる胡散臭い免罪符や他者に自己の考えを押し付ける見苦しいものでしかない。

俺にとって真の意味での”正義”とは、己の信念を貫くこと、自分の信じた道を進むこと。

この世に同じ人間が存在しないように、それぞれの人間が異なった”正義”を持って生きていると思う。だからこそ思想が違えば問題が発生する、争い合う、諍いが生まれる。

人は常に他者と自分を比べながら生きている。

自分と違うから排斥しようとするのか、違うから歩み寄るのか、なら逆に自分と同じだったり似ていた場合は? それはやはり個人の考え方の違いだろう。

犯罪者を徹底的に排斥するのか、許してやるのか……つまりはそういうことである。

他者から見れば俺は”悪”だろう。だが、それがどうした? 自分の”正義”と相反する存在が”悪”なのは当然のことだ。

「あばよ」

そのまま空中に浮きながらクイーンに命じて転移法術を発動すると、俺の言葉に呆然としている二人を捨て置き”ゲート”を潜り、奴らの前から姿を消した。










背徳の炎と魔法少女 家出編 その三










「っていうことがあったのよ!!」

クイントはプリプリ怒りながら眼の前の料理にがっついた。

「……食うか怒るかどっちかにしろよ」

妻のあんまりな態度にゲンヤは呆れながら茶を啜る。

「だって、だって、こんなに美味しいのにあの男の子ったら『テメェ人のこと舐めてんのか!?』って言ったのよ!! 此処のお店の料理がどれだけ美味しいか知らない癖に!! 舐めてるのはあの男の子の方よ!!!」

「怒ってる理由はそっちかよ!!」

クイントとゲンヤが夫婦漫才を繰り広げる横で、二人の最愛の娘達がガツガツと料理を食い散らかし、皿が綺麗になると口を揃えてこう言った。

「「おかわりー」」

「もう、ギンガとスバルは本当に食いしん坊ねー。私もおかわりしよっと……すいませーん、とりあえずメニューの此処から此処まで三つずつください」

店員にメニューを見せながら、端から端まで指差して料理を注文する豪快なクイントの態度と、我が家の女性陣の胃袋の底無し具合にゲンヤは深い溜息を吐く。

「で、結局その”背徳の炎”とやらには逃げられた訳だ」

「そーなのよ。ゼスト隊長ですらあっさりあしらわれちゃったし、メガーヌの召喚虫でも追え切れなかったし、驚きの連続よ」

ゼスト隊がソルと遭遇してから数日が経過したランチタイム。ナカジマ一家は久しぶりに多忙なクイントとゲンヤの休日が重なり、ゲンヤの先祖の料理を目玉とする定食屋で夕飯を楽しんでいた。

「しかし……そいつは聞く限り犯罪者以外に対しては随分と甘いみたいだな?」

「うん。助けられた人達はあの子に凄く感謝してるのは事実だし、実際に攻撃された私もゼスト隊長もピンピンしてるし……でも、犯罪者に人権は無いなんて考え方、かなり過激よ」

表情を曇らせるクイントを見て、ギンガとスバルが不思議そうな顔をして聞く。

「ねーお母さんお父さん、さっきから何のお話してるのー?」

「してるのー?」

「うーんとね、お仕事の話。ちょっと困った子が居てねー」

無邪気な子ども達に微笑むと、クイントは二人の頭を撫でてやった。

くすぐったそうにしながら、それでも気持ち良さそうにしているギンガとスバルを聖母のような眼差しで見つめてから、クイントは真面目な顔をしてゲンヤに向き直った。

「今は噂になってるのは管理局内だけだし表沙汰になってないからいいけど、このことがマスコミにバレたらきっとマズイわ」

そう言って周囲を見渡してから耳を貸せとゲンヤに合図すると、クイントは小さな声で耳打ちする。

「普通だったら犯人側が話すのを待つか、決定的な証拠を見せ付けて話さざるを得ない状況にするのが管理局のやり方でしょ? それは正しいと思うし間違ってないわ。でも……此処から先は知り合いから聞いたんだけどね、どうやら”背徳の炎”は犯罪者相手に拷問してるらしいの」

「……本当か? もしそうだとしたら異常にしか思えねぇハイペースで潰し回ってるのにも納得だ。でもそれが本当だったらマズイどころの騒ぎじゃねーぞ?」

瞳を細め、厳しい表情になる。

「そうなんだけどね、だからと言って”背徳の炎”に逮捕状を出そうにも出せないのが現状なのよ。死者が出た訳じゃ無いのに加えて、被害に遭ってるのは凶悪な犯罪者ばっかり、その中には今まで管理局じゃ捕まえられなかった犯罪者も居れば、反管理局組織の構成メンバーやテロリストだってたくさん居る。こんな言い方管理局員として言うのは私も嫌だし、貴方も聞いてて気分が良いものじゃないでしょうけど、結果的に見れば此処数日間の”背徳の炎”の方が私達管理局よりも世間の役に立ってる感じがしない?」

「だがな……」

「このまま”背徳の炎”を放置しておけば犯罪防止に、ひいては治安維持に繋がるんじゃないかって思ってる人も少なからず居るみたい……アンダーグラウンドの犯罪者達の間でも噂になってるらしいし」

そこまで言うとクイントとゲンヤは内緒話の体勢から元の姿勢に戻り、全く同じタイミングで深い溜息を吐いて、追加の料理が来るまで黙り込んだ。

やがて両手にたくさんの料理を載せた皿を手にした店員が「お待たせしましたー」とやってくる。

わーい、と声を上げて喜ぶギンガとスバルの様子に苦笑し、クイントは箸を進ませゲンヤは茶を啜った。

「話の続きになるんだが」

少し躊躇いがちにゲンヤは口火を切る。

「ん?」

髪をかき上げながらクイントは眼で問う。

「”背徳の炎”に実際会ってみて、どう感じた?」

「それは管理局員としてではなくて、クイント・ナカジマ個人として?」

ゲンヤがゆっくり頷くのを確認すると、クイントは一旦箸を止め「う~ん」と唸った。

「そうね~……正義感に熱い」

「ほう」

「っていう感じではなかったわ、全く」

「違うのかよ」

ツッコミつつうんざりするゲンヤ。

「なんていうか、獲物を狙う狩人って表現が一番ピッタリかな。彼にとって目的以外はどうでもよくて。あの時も私達なんて眼中になかったみたいだし」

「狩人ねぇ……まだ十代前半の子どもなんだろ?」

「見た目は確かに子どもなんだけど、眼つきがやたら鋭くて存在感があるから私はもっと大人に感じたなぁ」

唐揚げを皿から引っ手繰ると口に放り込んで続ける。

「……それに口も悪くて、不機嫌そうな仏頂面で、私達のこと見て面倒臭そうに溜息吐いてて、しかもその態度が凄く老成してるのよ……とにかく色々な意味で印象に残る子だったわ」

モグモグと咀嚼しては飲み下すと、丁度その時店の入り口が開き、店員が「いらっしゃいませー」と新規の客に小走りで向かう姿が視界の端に映った。

「身長は私より少し低いくらいで、ヒラヒラしたバリアジャケットで分かり辛かったけど体格は細身ね。でも痩せてるってイメージよりも無駄な肉を削ぎ落として鍛えてるって分かった」

「その根拠は?」

「少しだけ見えたんだけど、バリアジャケットのデザインが腕と足の部分だけは密着してる作りになってたからくっきりと筋肉の付き方が分かったのよ。あれは明らかに格闘技か何かやってる筋肉してたわ」

同じ格闘技者である所為か何か感じるものがあったのか、クイントは鼻息を荒くする。

興奮し始めてきた彼女と相対するゲンヤの後ろでは、先の新規の客が店員に案内されてナカジマ一家を横切って行った。

「うんとね、例えるとあんな感じかな」

その新規の客。赤いジャンパーを羽織り、黒いジーパンを穿いた出で立ちで、黒茶の長い髪を後頭部で結わえている少年を見てクイントは顎で示す。

クイントが言う通り、少年は何が気に入らないのか常に不機嫌そうな仏頂面を貼り付け、やたらと尊大な態度で席に着くとその真紅の眼を鋭く細めて睨むようにメニューを見つめていた。

「あの男の子が白と赤のバリアジャケットを身に付けて、額にヘッドギアを装着して髪を全体的にアップさせたら…………」

「どうした?」

少年を注視していたクイントが急に黙り込んでしまったことにゲンヤは訝しみ、ギンガとスバルは母と少年を不思議そうに見比べていた。

次第にクイントの眼が大きく見開かれ、口からポツリと、呆然とした口調で言葉が紡がれる。

「ウ……ソ……背徳の……炎」

「何!?」

「ま、間違い無いわ、この眼で確かに見たもの……でもまさか」

この店に来るとは思っていなかった、と続けようとして驚きのあまり続けることが出来ない。

「ちょっと私、行って話聞いてくる」

「馬鹿よせ」

おもむろに立ち上がろうとするクイントをゲンヤが慌てて止める。

「どうして?」

「もしこの場が俺とお前の二人っきりだけだったら勿論止めはしねぇよ。だが今この場にはギンガとスバルに加えて何も知らない一般市民がたくさん居る街のど真ん中だぞ? 万が一戦闘にでもなってみろ。二人を含めて周囲を巻き込むつもりか?」

魔法を使えない一般人の常識的な意見を聞き、クイントは我に返ったようにはっとなった。

彼も自分を高ランク魔導師と呼ばれる存在だ。ゲンヤが言うように戦闘にでもなってしまえば周囲に被害が及ぶのは眼に見えてる。

でも。

「きっと大丈夫よ」

自信満々にクイントは夫に告げる。

「彼は確かに犯罪者には容赦しないけど、それ以外には甘いもの。貴方だって自分で彼をそう評したじゃない」

「しかしだな、それとこれとは別問題だ」

渋面を浮かべるゲンヤにクイントは真摯な眼差しを向けた。

「それに、管理局員としてじゃなくてクイント・ナカジマという一個人として少し話を聞かせてもらうつもりだから物騒なことにはならない筈よ」

「お前がそうでも相手はそうだとは限らねぇだろが」

「もう、心配性ね」

「当たり前だ!! 俺が普段どれだけお前を心配してるか分かってて言ってんだろ!!」

小さい声で怒鳴るという器用なことを披露するゲンヤに、クイントは柔らかい笑みを浮かべた。

「ありがとう。あの時女の勘に従って貴方のプロポーズを受けて本当に良かったわ」

「勘かよ!? 人の一世一代のプロポーズを勘で判断したのかよ!?」

「でも、私の勘って当たるのよ。現にこうして幸せな家庭を築けてるし」

泣きたいような心境になるゲンヤに向かってクイントは突然頭を下げた。

「お願いします、彼と話をさせてください。今を逃したらきっとこんなチャンスは二度と来ないって思うから」

そして必殺の上目遣い。ちなみにクイントの一撃必殺技をゲンヤは回避出来た試しが無い。

「くっ……」

悔しそうに歯噛みしてまだ渋るゲンヤは、数秒間黙考した後、苦々しげに口を開いた。

「物騒なことにはならないって、それも女の勘か?」

「うん」

「ああもう!!」

自分の頭を両手でグシャグシャにかき乱した後、ゲンヤは諦めたように溜息を吐く。

「惚れた弱みだ……好きにしろよ」

「流石私の旦那様!! 話が分かる!! 愛してるわ貴方!!!」

「ば、馬鹿!? 声がでけぇ!!!」

立ち上がって大声を上げるクイントと顔を真っ赤にするゲンヤ。

そんな風に騒ぐナカジマ一家(というよりバカップル夫婦)に店内の視線が生暖かいものとなって集まるのであった。





騒がしい店内の雑音など耳に入れず、俺はメニューを睨みながら必死に思考を巡らせていた。

やはり此処は丼ものにしておくべきだろうか? この『熱々タマゴとあんかけ豚丼』がとても美味そうだ。

しかし定食も捨て難い。『さくさく天ぷら定食』なんてご飯を玄米か白米、味噌汁を赤味噌か白味噌という風に選択出来るのがポイント高い。

いやいや、ランチタイムメニュー限定の『肉汁たっぷり牛焼肉定食』も写真で見る限り美味そうな上、他の二つよりも若干安い。

さて、どれにする?

初めてこの店に来た時は内心で文句を言っていたのに、何だかんだ言って気に入っているのであった。

「何を悩んでいるの?」

そんな時、誰かが近付いてきて俺に問い掛けた。

店員だろうか? 何処かで聞いたことがあるような声だから店員に違いない。

特に疑問に思わず、俺はメニューから視線を外さずに答える。

「これとこれとこれ、三つの内のどれを食おうか悩んでるだけだ」

「そんなことで悩んでたの!? 答えなんて考えるまでも無いじゃない!!」

「何だと?」

そこで俺は初めて眼を店員らしき人物に向けた。

「あ……テメェ……」

呆然とする俺に対して、その女は高らかにアハハと笑いながら言う。

「どれを食べるのか悩むくらいだったら全部頼んで全部食べればいいじゃない!!」

あの違法研究所で遭遇した青髪の、両手にナックルを装備してクイントと呼ばれていた女が、俺の眼の前で両手に腰を当てて微笑みながら立っていた。












後書き


GG2のサーヴァントシステムにおける”マナ”や”ゴースト”の解釈は作者の独自のものです。

魔力とはまた違ったエネルギー。風水で言う地脈・龍脈といった土地から汲み上げているエネルギーを、マスターであるソルの”根源的な力”=”マナ”に変換しているのでは? と思っています。

あと、凄く今更なんですが、ソルの髪型はヘッドギアを装着していない状態だと長い髪を下ろしているだけの普通のヘアースタイルです。

ヘッドギアを装着することによって髪が全体的にアップされて、皆さん御馴染みのやつになります。

もしヘッドギアを装着してないソルの姿を見たいようでしたら、ニコニコ動画で『初代ギルティギア』と検索してみてください。

初代GGソルのストーリーの動画があり、そのエンディングにてヘッドギア無しの絵が1カットのみですが存在します。



P,S

感想版にドラまた、リアルバウトハイスクールとあって吹いた。

懐かしいなオイwww



[8608] 背徳の炎と魔法少女 家出編 その四
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/12/25 02:58

(なんでこうなったんだ?)

純粋に不思議に思いながら、顔面に迫り来る拳をギリギリまで引き寄せてから上半身を少し横に傾けて交わす。

頬をかすめ、鼓膜に風切り音を轟かせる拳が通り過ぎた直後に俺は踏み込んだ。

左足を軸に腰を回転させ、下半身の力を拳に集約させ、打ち抜く。

「がはっ!」

人体急所の一つ、肝臓を殴られて身体を”く”の字にし、悶絶するクイントから二歩退がると冷酷に宣言した。

「大きいのいくぜ? ちゃんと防げよ」

両手で腹を押さえていたクイントが、はっとして顔を上げたそこへ俺は後ろ回し蹴りを放つ。

インパクトの寸前に交差した両腕で十字ブロックを作りなんとか防ぐものの、勢いを完全に殺し切ることは不可能で、そのまま吹き飛ばされて引っ繰り返るも上手くショックを吸収し、後方一回転するようにして立ち上がる。

どうやら防ぎ切れないと悟って自分から後ろに跳んだな。

「「お母さん!!」」

「大丈夫、安心して」

悲痛な叫びを上げて駆け寄ろうとする子ども達。

クイントは俺から視線を逸らさず片手でそれを制すると構え直した。

まだまだやる気を衰えさせないクイントの眼を見て、俺は深い溜息を吐きながら忠告する。

「その辺にしとけ。休暇中に怪我して出勤出来ませんなんて、社会人として笑えねぇぞ」

「あら? 心配してくれてるの? 優しいのね。でもご生憎様、この程度で勤務に差し支える程柔な鍛え方してないの」

口の中が切れたのか、ペッ、と血を吐きながら微笑むクイント。格好も相まって壮絶な笑みに見えた。

バリアジャケットは何度も倒れたおかげで泥だらけ。長くて美しい青い髪も土化粧で見る影も無い。露出している腕の肌は内出血しているのか青タンが出来ていて、頬の一部が少し腫れて赤くなっている。こりゃ、バリアジャケットの下も相当酷いだろうな。

一方的に殴ったり蹴ったりしてるのは俺なんだが。

「……テメェも大概しつけぇな。自慢の面が変形する前に退けっつってんだよ」

つーか、食ったばっかなのにこんなにボコられてよく吐かないな。俺はクイントのタフさに感心を通り越して呆れ果てている。





あの定食屋でクイントに自己紹介されてから一緒に食わないかどうか誘われた時は、普通に戸惑った。

俺は初め警戒し、次の瞬間にはトンズラしようと思ったのだが「安心して。私オンとオフの切り替えはちゃんとしてるから。今日は管理局員としてではなく、クイント・ナカジマという一個人として話を聞かせて欲しいの」と言って微笑んだ。

しばらくの間は付き合っていられるかと言わんばかりに無視していたのだが、勝手に俺の正面に座るとそこで飯を食いながらしつこく一時間近く話しかけてくるので結局折れた。

なんか、初めて桃子と会った時を思い出す。

後半なんて俺は茶を啜って気の無い生返事をするだけなのに、こいつは追加注文しながら話しかけてくるのだ。既にその時点で俺は底無しの食欲を見せ付けられてげんなりしていたので根負け。

食い終わると俺の伝票を掻っ攫って勝手に会計を済ませ、「ついてきて」と言われたのでホイホイついていってしまった。

つくづく桃子を思い出す。

何故こうも管理局の人間を信用して後をノコノコついていったのか、自分でも未だによく分からない。

ま、例にとって例の如くただの勘なのだが、俺はクイントの眼を見て信用出来ると思ったから、という言い訳を自分にして納得する。

道中、やはりクイントは俺にひたすら話し掛けてきた。その大半は管理局の仕事ではなく夫や二人の娘といった家族の話ばかり。

自慢しながらとても嬉しそうに話すクイントの横顔は幸せそうだった。

で、到着した先には立派な一戸建てと、あからさまに俺を警戒している三十代前半の男。

それとクイントの面影があるガキ二人。

先の話に出てきた夫と二人の娘だ。

男は俺のことを知ってるような視線を向けてきていた。俺がミッドに来てから何をしたかある程度理解しているのだろう。警戒するのは当然か。

姉の方。ギンガとかいうガキは物怖じしない性格なのか俺のことをひたすらジーっと見てきた。上から下までジーっと珍しい生き物を観察するように。一体何を考えているのか分からない。ただ単に何も考えて無いだけかもしれんが。

妹の方。スバルってのは姉の影に隠れて俺を怯えながら見ている。俺と視線が合うとビビッて姉の後ろに隠れる癖して、チラチラと俺のことを観察してくるのだ。正直鬱陶しい。人見知りする性格か。

クイントの家族と俺の間でピリピリと空気が張り詰めていく中、そんな空気をぶち壊すようにクイントが「これが私の愛しい家族!! はーい、自己紹介!!」と底抜けに明るい声を出す。

「……ゲンヤ・ナカジマだ。聞いてるだろうがクイントの夫だ」

「ギンガ・ナカジマです。こっちが妹のスバル、ってスバル!! ちゃんと挨拶しなきゃダメでしょ!!」

ギンガはどうやら性格がクイント似らしい。元気が一杯だ。

ガタガタブルブル身体を震わせながら姉の腰にしがみついて離れようとしないスバルを姉のギンガは無理やり引き剥がし、俺の真正面に立たせて自己紹介するように肩を叩く。

「ス、スバ、スス、スバ、ル、ナナナ、カ、ジジマででです」

緊張してるのか怯えているのかイマイチ分からない様子で滅茶苦茶噛みまくるスバル。

「「はい、良く出来ました!!」」

今ので? 褒めて伸ばす教育方針だろうか?

母と姉の言葉が見事に唱和する。

と、スバルはすぐさま俺の前からギンガの後ろに回って、再び俺を怯えるように見るのだった。

雛鳥を刷り込みしたかのように即座に懐いたなのはとは対照的である。ま、当時の俺の外見年齢はなのはと大差無かったからかもしれないが。

「で、俺をこんな所に連れてきて一体何のつもりだ?」

「えー、貴方も自己紹介してよー」

「うるせぇ。そんなもん必要無ぇ。それよりも質問に答えろ」

「あー、それがね」

なんとクイントは俺をかなりの格闘技者だと見ているらしく、俺と魔法無しの近接格闘をメインに模擬戦したいと言い始めたのである。

シューティングアーツとかいう格闘技の使い手であるクイントは、俺の筋肉の付き方や立ち居振る舞いを見て興味を持ったらしい。

娘のギンガの方は最近になってシューティングアーツを教え始めたから、その参考にもさせて欲しい、と。

俺は盛大に溜息を吐いて鼻で笑った。

「下らねぇ、付き合ってられるか」

一蹴し、踵を返す俺にクイントの意地悪い声が届く。

「あら? 逃げるの?」

「安い挑発には乗らん。テメェらのお遊戯に付き合ってられる程暇じゃ無ぇんだよ」

此処まで付き合っておいて何を言ってるのかと自分で自分に突っ込んでやりたいが、それは言いっこなしだ。

「!!」

背を向けて歩き出そうとした刹那、殺気を感じたので咄嗟にその場から一瞬で離脱。数歩間合いを離して振り返ると、拳を振り抜いた格好のクイントの姿があった。

「いきなり何しやがる!?」

「完全に不意を突いたと思ったのに……やっぱり只者じゃないのね」

文句を言って凄むと、全く悪びれてないどころかやたらと嬉しそうな笑顔が返ってくる。

そのクイントの表情を見て、一瞬、シグナムと恭也が俺と模擬戦する時に見せる顔が脳裏をチラつく。

これ程楽しいことはない、という期待に打ち震えているバトルマニアの顔だ。

薄々感付いていたが、嫌な予感は的中した。

「ハナッからこういうつもりだったってのか」

「そう。今日の私は管理局員のクイント・ナカジマではなく、シューティングアーツの使い手であるクイント・ナカジマよ。だからプライベートのことまで管理局に報告する義務は無いの」

別に犯罪者を見つけた訳でも無ければ、今追ってる事件の情報を掴んだ訳でも無いしね~、と腰に手を当て偉そうに胸を張る。

バリアジャケットを展開し、両の拳にナックル型のデバイスらしきものを、両足にローラーブーツを装着し、いかにも格闘技者のような出で立ちになりファイティングポーズを取るクイントは不敵に俺を睨む。

「でも、貴方にその気が無ければ私の気が変わっちゃうかもねぇ」

私真面目だし、といけしゃあしゃあと続けやがった。

「ちっ」

つまり、模擬戦に付き合えば今日俺と遭遇したことは報告しないが、付き合わなければ報告すると俺に脅しを掛けている訳だ。

今はまだ表立って管理局に眼を付けられていないが、もしもということもある。そうなったらこれから先動き難くなることを考えると今日のことは見なかったことにして欲しい。

それにしても随分と肝っ玉が据わってる上、面倒臭くて厄介な女に眼を付けられたもんである。

どうして俺が知り合う連中はこういう手合いが多いんだろう?

元の世界ではカイや爺を筆頭に出会い頭に戦闘になるような連中とばっかり付き合ってたような気がするし、この世界に至ってはシグナムと恭也、そしてクイントだ。

そういう星の下に生まれたのか? もう運命だと思って諦めろってことか?

「おいクイント!! こんな話聞いてないぞ!!」

しかし、俺の味方は思わぬ所に存在した。成り行きを見守っていたゲンヤが怒り半分驚き半分でクイントに詰め寄る。

「何よ貴方?」

「何よじゃない!! いきなり”背徳の炎”と魔法無しの模擬戦だと!? 話をするってさっき言ってたじゃねぇか!!」

「だから拳で語り合うんじゃない」

それ何て肉体言語?

いや、確かに肉体言語はある種のコミュニケーションだとは思うが、嫌なコミュニケーションだ。

「貴方だって知ってるでしょ? 殴り合いは文化の真髄よ」

「「んな訳あるか!!!」」

俺とゲンヤが綺麗にハモる。

そんな文化消えてしまえと切に願う。

その後、ゲンヤが必死に己の妻を説得しようと試みたがあえなく失敗し、結局は押し切られる形で俺はバリアジャケットを展開するのであった。










背徳の炎と魔法少女 家出編 その四










(強い強いとは思っていたけど、魔法無しで、しかも自分が一番本領発揮出来る近接格闘で手も足も出ないなんて……)

唇から垂れた血を手の甲で乱暴に拭いながら、クイントは世界の広さを思い知っていた。

推定ランクがオーバーSだというのは分かっていたが、それは魔法ありきの話であり、魔法さえ無い近接格闘のみでならば自分にも勝ち目はあると考えていた少し前の自分を殴り飛ばしたい。

見た目は明らかに自分の半分以下の年齢であるというのに、単純な力勝負も技量も雲泥の差がある。

(この子は一体、どんな人生を歩んできたの?)

自分でも信じられないこととして実感したのは、その経験の豊富さだ。

何をやっても、どんなことをしても指一本触らせてもらえない。フェイントに引っ掛からない、容易く間合いに踏み込まれる、こちらの攻撃は当たると思った瞬間に交わされるか防がれるかされ、手痛い反撃が返ってくる。

まるで先読みでもされているような動き。

こちらが押しては退き、退くと押してくる。空間把握能力が抜群に高い。

勝てない。

自惚れるつもりなど無かったが、近接格闘だけならば誰にも負けないと自負していただけにショックは大きい。事実、クイントに接近戦で渡り合える者は管理局の地上部隊では数えるくらいしか居ない。

おまけに手加減されている。彼は剣型のデバイスを持たず、徒手空拳で自分の相手をしているのだ。

クイントが今まで積み上げてきた自信と自尊心は根こそぎ刈り取られ、最早残っているのは「せめて一発だけでも入れてやる」という負けず嫌いな彼女の気質の一つが意地でもそれを実行しようとしているだけ。

「はあっ!!」

放った右フックをダッキングで――頭を素早く下げて――避けられるが構わない。それは誘いだ。

自分の懐に潜り込んだ少年の顔目掛けて膝蹴りをかましてやる。

既に手加減など必要無いのは最初の右ストレートをもらって以来承知している。子ども相手だからといって躊躇や情けは不要。

渾身の力を込めて膝を繰り出した瞬間、

「!?」

膝に激痛が走る。

視線を下げて見ると、なんと自分の膝に少年の肘が突き刺さっているではないか。

痛みよりも驚愕の方が大きい。そんな防ぎ方があるなんて、あんまりだ。

「この!!」

苦し紛れに左アッパーで頭を引っこ抜こうとするが、やはりそんなものは通用せず、拳はそれよりも早く上体を起き上がらせた彼の頬をかすめるだけ。

(あ)

拳を振り抜いてしまった所為でガラ空きになってしまったそこへ、

「オラッ」

カウンター気味に左ストレートが胸の中心部分を打ち抜かれる。

背中まで衝撃が貫いたかのような感覚と激痛。

「……ッ!!」

声も上げられずにヨロヨロと数歩下がり、尻餅をついてしまった。

「ぐ……ハァ、ハァ」

荒い自分の呼吸音がうるさい。心臓もエンジンみたいにバクバクしてる。足なんてさっきからずっと震えっ放しだ。

身体は受けたダメージと体力の消耗で限界に近い。もうすぐ動けなくなるだろう。このまま立ち上がらずに座り込んでいたい。

ポンコツ寸前のクイントとは対照的に、少年はつまらなそうな表情で欠伸なんぞしている。

その態度に少しカチンときて、軋む身体に叱咤激励して立ち上がると構え直した。

「ったく、まだやるのか? ……おい、そろそろ気絶させていいか?」

少年は前半を呆れたようにクイントに言い、後半をゲンヤに向けて言った。

ゲンヤは複雑そうな顔をしてからクイントをじっと見て、それから少年に向き直ると諦めたように溜息を吐く。

「俺としてはそうして欲しいが、そいつの気が済むまで付き合ってやってくれ。今此処で無理やり終わりにしてもクイントは絶対に納得しねぇよ。長い付き合いだ。俺にはそれが手に取るように分かる」

「……妻が妻なら夫も夫だな」

心の中で夫に感謝すると、クイントは少年をギロリと睨む。

そもそも何故こんなことになっているのか?

答えは簡単。自分が一方的に持ち掛けたのだ。

ボロボロになった状態でクイントは頭を冷静にして思考を巡らせる。

最初はちょっと良い勝負が出来るくらいだと思ってた。だが、蓋を開けてみればこの有様。

『何がテメェをそこまで駆り立てる?』

不意に脳裏に響いた声。眼の前の少年からの念話だ。

『もう十分だろ? それにテメェでも分かってんだろ。いくらやっても俺には勝てないって』

言われてみればその通りだ。クイントはとっくに眼の前の少年に勝てないと分かっている。

何故此処まで力の差を見せ付けられても自分は負けを認めないで立ち向かうのだろうか?

「……お母さん」

「ひぐ、うぅ」

ギンガとスバルが眼に涙を溜めて自分を見ていることを自覚して、ようやく気付く。

(ああ……そうか)

確かに初めは噂の”背徳の炎”と単純に手合わせしたかっただけ。

でも、自分より圧倒的に強いと分かると、いつの間にか目的が変わっていた。

管理局の現場の人間が仕事――しかも最前線――で負けるというのは、絶対にとは言えないがほぼ確実に死を意味する。

だからこそ、負けることは許されない。何時死ぬか分からない危険な仕事だ。もしもの時の覚悟はしているが、家族の為には何が何でも生きて帰らなければならない。

かと言って、敵が自分では敵わないと分かってても退く訳にはいかない。そういう仕事に就いている。

もし仮にギンガやスバルがそういう場に直面した場合のことを考えると、それまでに自分は母親として何を教えてあげられるか?

これは戦闘に限った話ではない。人間生きていれば必ず逃げることの出来ない苦難や危機と巡り合う。



――そう。逃げることも負けることも許されないのだ。



『私が……ギンガとスバルのお母さんだからよ』

『ああン?』

『二人は私がお腹を痛めて産んだ訳じゃ無いんだけどね』

『どういうこった?』

訝しむ少年の声は少々戸惑いの色が混じっている。

『貴方、戦闘機人って知ってるでしょ? あれだけの数の違法研究所を潰したんだもの、知らない筈が無いわ』

彼が潰した犯罪組織の中には戦闘機人に関与していた組織がいくつも存在していたのは調べで分かっている。

『ああ、知ってる』

『ギンガとスバルはね、戦闘機人のプラントから私が任務中に保護したの』

『……』

沈黙が続きを促しているようなので続けた。

『しかも詳しく調べた結果、二人は私のクローンっていうことが分かったのよ』

だから養子にした。

『戦闘機人。確か……人間の身体と機械を融合させ、常人を超える能力を得た生体兵器って奴か』

『そう』

『しかし、簡単に人体と機械を融合っつっても運用の際に拒絶反応やメンテナンス面なんかで様々な問題が出てくる。だったら初めっから機械に適した肉体を持って生まれるように遺伝子を弄くっちまえばいい……そういう考えだったな』

『私の遺伝子情報が何処かに漏れていたらしいの。だから』

『なるほど。この二人はそんな馬鹿な考えから生まれたデザイナーズベビーって訳か』

首を動かし少年はギンガとスバルを一瞥した後、クイントに向き直る。

『で、それとこれと何の関係があるんだ?』

『二人が私達の愛する娘であることは変わらないけど、二人が戦闘機人であることも変わらない事実。そしてこれは二人が死ぬまで一生纏わり付く問題』

自分はギンガとスバルの母親だ。

だからこそ母親として二人に教えてあげたい。

『これから先の人生、二人は普通の人と比べたら辛い道のりになる筈よ。周りからは偏見の眼で見られるだろうし、まともな恋愛だって出来ないかもしれない。差別されたり、気味悪がられたりするかもしれない』

『……そうかもしれねぇな』

『でも、だからって生まれてきたことを後悔して欲しくないし、そこで自分は人間じゃないなんて腐って欲しくない』

『ああ』

『不安になって、迷って、苦しんで、一杯辛い思いするかもしれない。けど、けど私は二人には身体のことで歩みを止めて欲しくない。しっかりと現実を受け入れた上で、一人の”人間”として前を向いて生きて欲しい』

この時、少年の眼つきに変化が訪れたことにクイントは気が付かなかった。

『だから二人の前で、投げる、捨てる、諦めるなんて姿見せられない。見せたくない。母親の私が情けない姿を二人に晒してしまったら、二人の人生が暗いものになってしまいそうで怖いから』



――全力で抗えばいい、ただそれだけだ。



唇をキュッと結び、クイントは拳に力を込め直した。

そんなクイントに対し、今までほぼノーガードで碌に構えようともしなかった少年が急に両手を上げて構え、鋭い眼を更に鋭くさせる。

「どうやら俺はお前を舐めてたらしい。すまなかった」

謝罪しながら足を開き、やや腰を落とすと握り拳を作った。

「次の一撃で終いにする。先に入れた方が勝ちだ。全力で相手してやるからお前も全力で来い」

言って、殺気染みた威圧感を解き放ちクイントを睨みつける。

ついさっきまで呆れながらつまらなそうにしていた少年は何を思ったのか、限界寸前のクイントに勝負を挑んできたのである。

クイントはいきなりの展開に一瞬キョトンとするも、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。

「ありがとう」

「礼は要らねぇ」

先程までの仏頂面とは明らかに違う、優しげな、まるで父親のような微笑が返ってくる。

「さあ、お前の意地を見せてみろ!! 俺に、お前の夫に、何よりギンガとスバルになぁ!!!」

雄叫びを上げ、少年は踏み込んだ。

それに応じるようにクイントも踏み込み、吶喊する。

「はああああああああっ!!!」

「オオオオオオオオオッ!!!」

二人は一気に接近し間合いに入ると、ほぼ同時にモーションに移行した。

少年は左拳を振りかぶり、ストレートを放つ。

クイントは全身全霊の力を宿した右拳を振るう。

この世の時間がゆっくりと流れるような光景の中、二人の拳がすれ違い、腕が交差する。

ミッドチルダの青い空の下、ナカジマ家の庭にて、芸術的な十字架が描き出されたのはその時だった。




[8608] 背徳の炎と魔法少女 家出編 その五
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/12/28 02:51


俺は大の字になって青い空を見上げていた。

視界の外ではナカジマ一家が某ボクシング映画のラストシーンのように興奮しているのが聞こえる。

「……やれやれだぜ」

何処までも続いていきそうな青い空を眩しく思いながら、ぶん殴られた左の頬に手を添えた。

あんなに重い一撃を、いや、あんなに”想い”が込められた一撃をもらったのは何時以来だろう?

犯罪組織を潰し始めてからドス黒く染まりつつあった俺の心は、クイントの一撃で今見ている空の色のようにスカッとし、澄み渡っている。

一人ひとり違う人間が存在するように、考え方や思い描く理想や望むものが違う。それこそ千差万別に。

俺はそれをよく分かっているようで、あまり分かっていなかったらしい。

時空管理局地上部隊所属、クイント・ナカジマ……か。

(人間まだまだ、捨てたもんじゃねぇな)

急に嬉しくなってくると同時に笑いがこみ上げてきて、それに耐え切れず必死に声を押し殺して笑い出す。

「ククク、ク、ハハ、ハハハハハハハハハハハハハッ!!」

我慢出来なくなると決壊したダムのような勢いで大声を上げて笑う。

ナカジマ一家から一斉に視線が向けられた気がしたが、俺は構わず笑い続けた。

やがて、ひとしきり笑い終えると視界の青空が遮られ影が差し、クイントが心配気な表情で覗き込んでくる。

「ちょっと、いきなり大丈夫? 当たり所悪かった?」

「気にすんな……それにしても今のは効いたぜ」

立ち上がり、クイントと真正面から相対した。

自分だってズタボロな癖して人の心配するとか、バトルマニアだってのに難儀な性格してやがる。

だが、俺はそんなこいつが気に入った。

右手を差し出し、握手を求める。

「え?」

唐突な俺の態度の変化に戸惑いを隠せないクイントに、俺はニヤリと笑って口を開いた。

「そういやまだ名乗ってなかったな。俺はソル……ソル=バッドガイだ」

「あ、改めまして、私はクイント、クイント・ナカジマよ。クイントって気軽に呼んでね、ソル」

「ああ。そうさせてもらうぜ」

お互いに自己紹介をして、ギュッと固く握手を交わした。










背徳の炎と魔法少女 家出編 その五










「勝手に殴り合い始めたと思ったら勝手に仲良くなりやがって、俺達がどんな思いをしながらお前を見てたか分かってるのか!?」

「ご、ごめんなさい」

「しかも、俺だけならまだしもギンガとスバルの眼の前で……二人には刺激が強過ぎだと思わなかったのか!? お前に母親としての自覚はあるのか!?」

クイントの傷を癒してやった後、ゲンヤが思い出したように怒り始めた。

まあ、夫として当然だろうな。止めることが出来なかったとはいえ、後で説教の一つや二つくらいするべきだと俺も思う。

両手を腰に当て、仁王立ちして厳しい表情をするゲンヤ。

その前で小さくなって正座するクイント。

「だいたいお前の模擬戦好きは――」

「だって――」

「今日は罰として夕飯抜きに――」

「それだけは許して――」

俺はそんな光景を見ながらソファに座って茶を啜っていた。

「何時まで続けるつもりだあいつらは……」

口答えなんかしなければいいものを。そんなことするから説教が伸びるんだ。ただひたすら黙って罰を受け入れりゃいいってのに。

脳筋。という単語が頭に浮かんだ。

「あの、お兄さんは大丈夫なんですか?」

背後から恐る恐るといった風に声を掛けられたので振り返れば、そこには腰にスバルをしがみつかせたギンガが居た。

どうやら最後のクロスカウンターをもらったダメージを心配してくれているらしい。あれからそれなりに時間が経ってるから今更な気がするが。

ま、俺がまだ怖いんだろう。仕方が無いか。

苦笑しながら「気にするな」と素っ気無く言い放つと空になった湯呑みをギンガに手渡し、俺は立ち上がってクイントとゲンヤの間に割って入る。

「その辺にしとけ。この調子でやってたら日が暮れるぞ」

窓の外から覗く夕焼けを指し示す。

「しかし」

「確かにクイントが全ての元凶だが、未然にそれを防ぐべきだった夫のお前にも責任の一端があるとは思わないのか?」

「それはその通りだが……」

渋り、黙り込むゲンヤを見てクイントがパッと顔を輝かせた。

「流石ソル!! 話が分かる!!」

「「お前は反省してろ」」

「……うぐぅ」

ゲンヤと二人で怒鳴りつけると項垂れてたクイントは、ぶつぶつと「どうして二人が息ピッタリなのよ」と文句を垂れている。

やれやれと溜息を吐くと、隣に居たゲンヤと視線が合う。

「お前も大変だな」

「分かってくれるか」

こいつとは良い酒が飲めそうだ、俺は純粋にそう思った。





結局クイントは飯抜きということになり、視線だけで呪い殺せそうな眼差しを皆の食事風景に送りつつ歯軋りしていた。

ゲンヤの厚意で俺も相伴させてもらう。

クイントは完全に自業自得だ。つーか、こいつ怖いんだけど。なんで俺ばっかり見てるんだよ。こっち見んな。オカズを口に運ぶたびに表情を険しくさせるな。俺はお前の共犯者じゃねぇ。何? 裏切り者だと? 知るかボケ。

その後、風呂を貸してもらう。ミッドに来て以来初のまともな風呂だ。此処一週間以上は大自然の中で水浴びだけだったからなぁ。そこら辺にドラム缶でも転がってれば違ってたんだが。人類の叡智って素晴らしい。

子ども達が寝静まるのを見計らってクイントとゲンヤが酒盛りを始めたので、参加させてもらう。

「お腹空いたー」

「だからって酒のつまみ独り占めしてんじゃねぇ。おいゲンヤ、このアホなんとかしろ」

「無理だ」

「ちっ、この役立たず」

「ちょっと、人の旦那捕まえて役立たずは無いでしょ」

「「お前が言うな」」

「なんで二人はそんなに息が合ってるのよ!!」

「さっきから小さぇことをイチイチ喧しい!! ガキかテメェは!?」

「ソルの方が私よりも子どもじゃない!!」

「うるせぇぞ二人共!! もうとっくにギンガとスバルは寝てんだぞ!! これ以上騒ぐのは近所迷惑だ!!!」

「そう言うゲンヤが一番うるせぇ」

「そうよ貴方、静かにして。二人が起きちゃうでしょ」

「……何だこの理不尽」

数時間後、アルコールが入った所為か段々俺達は口にする言葉が色々な意味で酷くなっていく。

「今じゃエースだ何だ言われてるがな。昔のクイントは立て篭もり事件の犯人と人質を間違えて殴り飛ばしたことがあるんだ」

「ちょっと!! 嫌なこと思い出させないでよ!!」

「馬鹿だな。見事なまでの脳筋だ」

「当時のクイントには全自動始末書生産機ってあだ名があるくらいに――」

「うるさぁぁぁぁい!!」

とか。

「この人が私にプロポーズしてきた時に何て言ってきたか分かる?」

「やめろぉぉぉぉ!!」

「うるせぇ黙れゲンヤ。で、何つったんだんだ?」

「それがね、私の――」

「わああああああああああああっ!!!」

とか。

「――って感じでな……なんで俺が子育てするとネジが一本外れた子どもが出来上がるんだ?」

「アハハハハハッ!! もう最高!! そんなのソルが子育てなんて向いてないことするからに決まってるじゃない!!!」

「ソル、ギンガとスバルにはあまり近付かないでくれ。二人の将来に関わる」

「お前ら人の悩み聞いておいてその言い草は無ぇだろうが!!!」

何故か酔いが回るのが早い気がする。

気が付けば、普段は誰にも吐き出さないようなことを俺は吐き出していた。

まるでそれは愚痴。

きっと、クイントとゲンヤが身内の人間じゃないからこそ気兼ね無く言えるのかもしれない。正直自分でもよく分かってないが。

自分でも意外だと思う反面、何処か酷く懐かしい。

昔を思い出す。

人間だった頃も、こうして酒を飲みながら仕事の愚痴を吐いたもんである。

俺達は三人でギャーギャー騒ぎ続け、酒盛りは朝まで続いた。





ムッとするような酒臭さを鼻腔が感じ取り、その不快感で眼が覚める。

上体を起き上がらせて部屋を見渡すと、ついさっきまで続いていた乱痴気騒ぎのツケが残っていた。

ゴミやら空の酒瓶やらがそこら辺に転がっており、汚い。そんな空間の真ん中で酒瓶を愛おしそうに抱えて眠るクイントと、酒瓶を枕にいびきをかいて寝ているゲンヤが居る。

「……面倒臭ぇ」

立ち上がり窓を開け部屋の換気を行うと、二人を踏まないようにゴミを拾い皿を片付け酒瓶を綺麗に並べる。

寝こけている二人だけはそのまま放置。

ある程度部屋が綺麗になったことに満足すると勝手に風呂を借りて身を清める。その後身支度を整えていると、不意に声を掛けられた。

「もう行くの?」

いつの間にか起きていたクイントが寝癖だらけの髪を手櫛で直しつつ聞いてくる。

「元々長居する気は無いしな」

「そう」

引き止められるかと思ったが、案外あっさりとクイントは頷いた。

「折角仲良くなれたのに。寂しいわ」

「縁があれば、またいずれ、な……それより」

「何?」

「情報端末があったら貸せ。お前に託しておきたいもんがある。今の俺にはもう、必要無ぇ」

訝しむクイントに首から下げたクイーンを見せ付けた。





今しがた別れを告げて出て行ってしまったソルに対して、淡白な奴だなと思いながらゲンヤは口を開く。

「これが、ソルがお前に託したもんか?」

「ええ……それにしても凄いわ。犯罪組織とか違法研究の詳細情報をこれ程の短期間で、しかもこんなに大量に入手するなんて」

ソルがクイントに託したもの。それはクイントが言った通り、ミッドに降り立ってからこれまでソルが集めてきた情報の全て。

入手方法はとても褒められたものではないが、これさえあれば無法者達を一網打尽に出来ないことは無い。

空間ディスプレイに表示されている情報の数々に、クイントとゲンヤは改めてソル=バッドガイの異常さに戦慄していた。

「……流石は”背徳の炎”といったところね」

「ソル=バッドガイ……一体あいつは何者なんだ?」

二人は視線を情報から離さずに呆けたように言葉を漏らす。

「ん? ソル=バッドガイ? んん? 何処かで聞いたことがあるような……」

「貴方も? 私もなんか初めて名前を聞いた時から何か引っ掛かってるのよ。随分前に小耳に挟んだ程度って感じに……」

しばらくの間二人は必死に思い出そうと頭を捻っていたが、やがて同時に頭の上に電球が点ると叫んだ。

「あああ!! 思い出した!! ソル=バッドガイっつったら一時期本局の方で噂になった奴じゃねぇのか!?」

「そう、それ!! 確か数ヶ月前に闇の書っていうロストロギアの事件を未然に防いだ管理外世界に住む魔導師だったっけ!?」

二日酔い気味だった頭が驚愕の事実のおかげで一気にクリアになる。

「そうだ! 事件を担当した提督だか執務官が情報を規制したとかなんとかで、その管理外世界の民間協力者達の情報が碌に出回らなかったんだ」

「残ったのは名前だけ。その民間協力者の代表者が、ソル=バッドガイ」

「まさかあいつが、そんなとんでもない事件に関わってたなんて……」

闇の書事件は、管理、管理外世界問わず数年から十数年単位で発生する次元レベルでの災害のようなものである。その被害規模の大きさに故に、管理局員なら誰でも知ってるような有名な事件。

更に言えば今回の闇の書事件は、管理局でも地位が高い人物が十年近く掛けて計画したというスキャンダラスな事件であった。

それを未然に防いでみせた者の名前が本局で噂されていた。それがミッドに流れてきていても別に不思議ではない。この本局の醜聞とも言える大問題を地上所属の二人は噂話程度には耳にしていたのだから。

「これって、黙ってた方が良いのかしら?」

「謎の人物だって囁かれてたからな。ソルのあの性格からして、情報が出回らないようにしたのは間違い無くあいつの意思だと思うぞ」

二人はお互いに顔を見合わせると、困ったような顔になる。

「……黙ってましょ。ソルにはソルの考えがあるのよ、きっと。何より彼は容赦無しだけど悪い子じゃないし」

最後の別れ際に見たソルの優しい笑顔をクイントは脳裏に描いていた。



――「ギンガとスバル、大切に育ててやれ……俺みたいなのには絶対にするな。お前らが居れば、あいつら大丈夫だから」



彼が犯罪者や違法研究に容赦が無いのは、もしかしたらとても人には言えないような理由があるのかもしれない。

事実、彼の態度が一変したのはクイントとの念話の途中からだ。

恐らく、彼もかつては何がしかの被害者だったのだろうとクイントとゲンヤの二人は邪推している。

膨大な魔力、高い戦闘技術、老成した態度、他者を射抜くような鋭い視線、殺傷設定の攻撃を躊躇しない心。どれをとっても同年代の子どもと比べて逸脱し過ぎている。

そこまで考えて、クイントは首を振って思考を振り払う。

ソルは自分にとって友人だ。だったらそれで良いじゃないか、と。

何よりオフの時の自分は管理局員ではない。

「私と貴方は”背徳の炎”なんて知らないわ。昨日友達になった男の子はソルっていうぶっきらぼうな男の子。本局で以前噂になった”ソル=バッドガイ”とは同姓同名なんじゃない?」

我ながら管理局員としてふざけたことを言ってると思いつつ、クイントは悪戯っ子のような笑みをゲンヤに向ける。

「ああ、良い呑み仲間が出来ただけだしな」

と、ゲンヤはクイントに応えるように口元をニヤリと歪ませる。

「さ・て・と!! 後はこの情報をゼスト隊長達に報告しないといけないんだけど、何て言えばいいのかしら?」

明日からまた少し忙しくなるなと気合を入れ直し、とりあえず朝食の支度を始めるクイントであった。










十数日間に及んで数多の犯罪者達を断罪し、管理局内を噂で騒がせた謎の魔導師”背徳の炎”は忽然と姿を消す。

恨みを買って殺されたのではないか、という確証の無い様々な憶測が飛び交ったが、真実を知る者は存在しない。

良い意味でも悪い意味でも人々に強烈な印象を与えたことにより、しばらくの間は噂され続けていた。

しかし、人の噂も七十五日。やがて彼の存在は人々の日常の中に埋没し、忘れ去られていく。

ほんの一握りの者達を除いて。










そして現在。

「カリムとかはさ、実は気付いてんじゃねーの?」

「ああン?」

「だから、お前が”背徳の炎”だってことに」

ヴィータの言葉を心の中で反芻したが、俺は特に気にならなかった。

「それで?」

「いや、それでって……お前はそれで良いのかよ?」

「俺が”背徳の炎”だってことをカリム達教会の連中に知られたからって何になるんだよ」

つーか、あの噂を知ってる者が俺の戦闘データを見れば一発でバレるだろうに。

「初めて俺がシャッハとヴェロッサの二人相手に模擬戦した時点で、カリムだったら気付いてたんじゃねぇのか」

「それでも黙ってるってことは……」

「これっぽっちも気にしてねぇんだろ。聖王教会が管理局と友好的だからって、別に俺の身柄をどうこうするって話が出た訳じゃ無ぇんだ」

”ソル=バッドガイ”と”背徳の炎”をイコールで結び付け、その”俺”とギブ&テイクの関係を結べたことに喜んでいるかもしれん。

「雇用主としては支払った給料に見合った結果を出してくれればそれで良い。それ以外に何がある?」

「あーなるほど、どっちでもいいってことか」

むしろ、このことが管理局側に知れたら面倒事になるのを嫌って誰もが黙っているのかもしれない。

教会側にとって俺達は貴重な教導官だとかで、実際待遇はかなり良い。

管理局内にてヴォルケンリッターの四人が教会に入れ込んでいるという噂が流れているが、それだけだ。

クロノ達もそっちの方向ではかなり頑張ってくれてるって話だ。

『ベルカ』って単語が人々を納得させてくれる筈。

だいたい”ソル=バッドガイ”は半年以上前に名前のみが有名になっただけ。”背徳の炎”は三ヶ月以上前に二週間という短い期間のみ、突如現れて唐突に消えた謎の魔導師だ。

今更どうこう言う奴が居るのか? ヴォルケンズの話を聞く限りどっちの噂も既に聞かないと言う。

納得したヴィータから視線を壁掛け時計に移すと、もうすぐ休憩時間が終わりそうだ。

俺は立ち上がりテーブルの上に置いてあるクイーンに手を伸ばそうとすると、

<通信あり>

無機質な機械音声からの報告に眉を顰めた。

「誰だ? 繋げ」

<了解>

クイーンから光が放たれ、空間にディスプレイが現れる。

『あ、繋がった繋がった!! 無視されるんじゃないかって心配だったから良かった。やっほーソル、久しぶり!! 元気してた!?』

そこには長い青髪を持ち、管理局の制服に身を包んだ妙齢の女性が映っていた。

「クイント?」

『いやー、こっちはあれから大変だったわよ。貴方からもらった情報を基に捜査したり、その後始末をしたりとかで毎日てんてこ舞いだったんだから』

無駄に偉そうに胸を張るクイントはカラカラ笑いながら勝手に喋り始める。

『お礼の連絡何度も入れようと思ったんだけど、本当に忙しかったし、せめて譲ってもらった情報に載ってた件を片付けるまでは連絡しないって勝手に変な決まりごと作っちゃったから全然連絡出来なくて』

ま、普通に事件を捜査するだけならそれなりに時間は掛かるのは当然だ。真面目に仕事するんだったら、俺みたいに潰して即「はい次」って訳にはいかない。面倒臭い事情聴取やら後処理やら書類仕事やらがわんさかある。

『改めてお礼を言うわ。ありがとう、ソル』

通信越しにペコリと頭を下げるクイントを見て俺は苦笑を浮かべた。

「気にすんな、俺が勝手にやったことだ。それよりお前の家族は――」

『クイント、誰と通信してるの?』

俺の言葉を遮るようにして、クイントではない女の声が聞こえてくる。

『げ、メガーヌ!! ごめんなさいソル、続きは今度ね!! 時間があったらまた一緒にお酒呑みましょ!!』

プツ。

一方的にそう告げると、クイントはいきなり通信を切った。

「相変わらず騒がしい女だ」

「おい」

やれやれと溜息を吐く俺の横で、ヴィータが胡散臭いものを見るような視線を向けてくる。

「んだよ?」

「あれって現地妻か何かか? 旅に出てた間の」

「……違う。そもそもクイントにはちゃんとした夫が居る」

人聞きが悪くことを言いやがって。この場にあいつらが居たら血を見るぞ。

「流石は”背徳の炎”。はやて達というものがありながら、ついに人妻にまで手を出しやがって……この真性の女ったらし」

虫ケラを見るような眼になるヴィータ。どうでもいいけど、謂われないことでこの外見の子どもにこんな視線を向けられるのは正直傷付く。

「だから違うっつってんだろ……!!」

「じゃあなんであんなに管理局員がお前に親しそうなんだよ!? お前が管理局員とあんなに仲良い時点でクロじゃねーか!! おまけに『また一緒に呑もう』って何だよ!?」

お前だけは絶対に皆を裏切らないって信じてたのに、と慟哭するように叫ばれてしまう。

「人の話を聞けってんだ!!!」

結局、ヴィータが納得するまでたっぷり十五分は時間を掛けることになり、教官でありながら二人して午後の教導に遅刻するのであった。































超展開なオマケ



誰もが寝静まった深夜に、こっそり高町家の玄関を潜り抜ける。

「あ」

と、寝巻き姿のアルフと遭遇した。

俺が一言「ただいま」と言おうとする前に、アルフは俺の姿を確認すると何処からともなくホラ貝の笛を取り出し、思いっ切り吹いた。

ぶお~、ぶお~、という近所迷惑な音が響き渡る。

「いきなりお前は何してんだ!?」

ぶお~、ぶお~。

聞いてない。

「出合え、出合え!!」

「曲者、曲者じゃぁぁ!!」

「おのれ賊めが!! ひっ捕らえてデスプレデターの餌食にしてくれるわ!!!」

ドタドタドタと奥からただならぬ空気が急速に接近してくる。

(ちょっと待て、何だこれ? 何時の戦国時代? ていうか最後のB級映画のタイトルみてぇな『デスプレデター』って何だ!? 明らかに一つだけおかしいだろ!!)

俺の居ない十五日間に高町家のセキュリティ面で一体何が?

訳が分からず呆然としていると、あっという間に囲まれてしまったので降参する。

士郎を筆頭に、恭也、美由希、桃子、ユーノ、アルフ、ザフィーラ、ヴィータが居る。

あれ? 足りない。いの一番に飛んできそうなあいつらは?

「これからお前はデスプレデターの生贄となる」

有無を言わせぬ口調で士郎がそう言うと、ユーノとアルフが俺に転送魔法を掛けた。

「おい、デスプレデターって何だ!!」

「「「「「「「「グッドラック」」」」」」」」

皆疑問には答えず揃ってサムズアップするだけ。

次の瞬間、俺は何処へとも知らない部屋に居た。

そこには、六体の飢えたデスプレデターが――





「うおおおおっ!!」

飛び起きた。

「ハァ、ハァ……夢? 何だよ、夢かよ」

安堵の吐息と共に、額に手を当て頭痛を堪える。

今日の夜には地球に帰るってのに、全く嫌な夢を見たもんだ。

寝汗で服がぐっしょりしてて気持ちが悪い。

<マスター、脳波に乱れがありましたがいかがなさいましたか?>

「……気にするな。悪夢を見ただけだ」

<うなされながら『デスプレデター』と何度も寝言を仰っていましたが、『デスプレデター』とは一体どのような存在ですか?>

何て答えようか迷った後、

「……俺が唯一勝つことの出来ない、最大にして最凶の敵の名だ」

疲れた声でそう返すのが精一杯だった。





























後書き


オマケで全てを台無しにしてる感じがしないでもないwww

どうも、毎度お世話になってます。

今回の話は、ソルにお友達が出来る話でした。今まで生きてきてまともな友達居なかったから良かったね、ソル!!(棒読み)

この先登場させる予定はあんまりありませんがね。



此処で、”法力”と”バックヤードの力”について気になった疑問の声があったので答えておきます。


”法力”は行使する際に極めて限定的に、一時的にバックヤードにアクセスするので、広い意味で”バックヤードの力”と捉えることも出来ればその逆も然りだと思います。


しかし”バックヤードの力”=サーヴァントシステムという解釈が作者にあるので、”法力”は”バックヤードの力”そのものではない、と考えてます。

サーヴァントシステムは、マスター本人(この場合はソル)の魂を具現化した”マスターゴースト”、マスターの法力を戦闘向きに最適化した上で具現化した”サーヴァント”などを行使する力のことです。


作者自身もよく分かってない部分がありますが、ある程度の線引きは存在しています。

描写不足でした。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 爆誕 リインフォース・ツヴァイ!! その一
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2009/12/30 00:14


「管制デバイス」

それは唐突にはやてが言い出したことから始まった。

「ソル、なんかはやてが言ってるよ」

俺と向き合ってスクライアの発掘資料を一緒に整理していたユーノが、空間ディスプレイから眼を逸らさずに呟く。

「知らん」

「うん……あ、そうだ、此処の資料なんだけど」

「何か気になる点でもあったか? こっちに回せ」

「なぁソルくんにユーノくん、そのリアクションはあんまりやないの?」

ぶつぶつ文句を言いながらはやてが近寄ってくるのを視界の端に収めつつ、俺はコーヒーカップを片手にキーボードを叩いた。

「管制デバイスが何だ?」

「そろそろ必要やと思って」

「で?」

「作ってください」

「……面倒臭ぇな」

深い溜息を吐いてからカップに口をつけようとすると、不満気な表情をしたはやての手が伸び、俺の手を掴んでそのまま自分の口にカップを持っていって勝手に飲み始めた。

「……ニガい」

「ブラックだからな、って半分近く飲みやがったのか……ちっ、おいシャマル、おかわりの用意頼む」

「はいはーい♪」

余った分を飲み干すと、小走りで駆け寄ってきたシャマルにカップを手渡す。

「まあ、頑張れ」

「それはつまり、自分で作れと仰るのでしょうか?」

何故敬語?

「そうしてくれると非常に助かるんだが」

デバイスを一から作るって時間とコストと手間が掛かる。しかもはやてが欲しがってるのはただのデバイスじゃない。古代ベルカの遺産とも言えるユニゾンデバイス。どれだけの苦労を強いられることになるのか分かったものではない。

ストレージやアームドといった魔導器、武器としての特性が色濃いものならいくらでも作ってやっても構わないが、管制デバイスともなるとそうはいかない。

インテリジェント? あれはAIを育てる以外だったらやってやる。

「そもそも今のお前に必要か? デバイスならシュベルトクロイツで十分だろ」

「あれは極端に言えばただの魔力の媒介やないかい」

「馬鹿。あの杖で人を殴れば簡単に昏倒させられるぞ。現に教導の時に教会騎士を何人か気絶させてるだろ」

「それもうデバイスやなくてただの鈍器やで」

「十分だろ?」

しれっと言う俺に対してはやては頭を抱えると、他の皆に向かって嘆く。

「誰か、誰かこの人にデバイスが何たるもんか教えてあげて!! 頭良い癖してデバイスと殴打武器の区別がついてないんよ!!」

失礼だな。ま、俺も悪ノリが過ぎたか。

「冗談だ……面倒だと思ってるのはマジだが」

「後半も冗談だったらとっても嬉しかったんやけどなぁ」

疲れたような口調のはやてを仕方が無いと思いながら作業を保存して一旦止めると、ちゃぶ台から身体ごとはやてに向き直った。

「管制デバイスっつっても、要はギアになる前のアインみてぇなのを作れってことだろ?」

「うんうん」

話を真面目に聞く態度になった俺を見て嬉しそうな顔になるはやて。

「俺よりもアインに頼んだ方が良いんじゃねぇか? なあ?」

自分の話題が出てきたことによって俺の背後まで近寄ってきていたアインに話を振る。

今はギアとなりデバイスの機能を全て失ったアインだが、その知識と経験が消え去った訳では無い。だったら俺なんかよりもよっぽど頼りになると思う。

アインは俺の隣に正座すると厳かに口を開いた。

「つまり主は、新しい家族をご所望しておられるのでしょうか?」

「ん~、言い換えてみればそうやね」

「……分かりました」

やけに真剣な口調と表情で頷くアインは俺に向き直ると、頬を若干染めながら三つ指をついて頭を下げた。

「不束者ですが今晩からよろ――」

下げられた頭に向かって無言で拳を振り下ろし、最後まで言わせない。

「ぐふ」

顔面を畳に密着させたことによってくぐもった呻き声が聞こえたが無視。

そのまま後頭部に手を添えて体重を掛けながら無理やり押さえ付ける。

ジタバタと暴れるアイン。

「家族っつってもその方法で作る家族じゃねぇからな。お前分かっててわざとやってるだろ? ああ?」

「痛い痛い痛い、跡がつく、顔に畳の跡が」

「もし仮にその方法で新しい家族が出来たとして、はやてのデバイスとしての役目を果たせる訳が無ぇだろが。馬鹿も休み休み言え」

「コーヒーのおかわり出来ましたよ~」

シャマルが頼んでおいたコーヒーを持ってきてくれたので手を離して受け取る。

解放されたアインはボサボサの髪を整えながら、顔に畳の跡をつけ瞳を潤ませて「いけず……でもそこが良い」と意味不明なことを言っていたが気にしない。

「管制デバイスって一言で口にしても、その制作作業はとっても大変ですよ?」

お盆を抱えたまま俺の隣にペタンと女の子座りをして、シャマルが人差し指を立てる。

「それはよう分かっとる。私一人じゃソルくんに手伝ってもらなわデバイス一つ作れんのも。せやけど――」

「分ぁーたよ、皆まで言うな。考えておいてやる」

「ホンマ?」

喜色を浮かべるはやてに俺は苦笑する。

実は、はやては俺達の中で一番魔力の制御が出来ていない。

あくまでそれは『俺達の中』でという見方をすればの話であり、一般の魔導師から見たらそれなりに出来る方だろう。訓練も散々やってるし。

魔法触れたのが順番的に一番最後だったってのもあるが、持ち前の魔力の高さ故にどうしても制御が甘くなるのだ。

そんなことを言えばなのはとフェイトも制御が甘い部分をデバイスで誤魔化している感があるのは否めない。

子ども達の中で群を抜いて魔力の制御が出来ているのはユーノ。デバイス無しで緻密な構成を編み、魔力の無駄なく、そつなく、魔法を行使するという点で言えばこいつは天才だ。魔力量は一番低いし攻撃魔法とデバイスの適正は無いに等しいがな。

どいつもこいつも一長一短がある訳だ。

で、普段から俺は皆に『足りないもんがあるなら何かで補え、もしくは他から持ってこい』という教えをしているので、はやてが自分の魔力制御に不満があって努力したり、デバイスに制御の補助をさせる、という考えを持つことに否定するつもりは更々無い。

「闇の書事件の時に調べたデータもあるし、元管制人格のアインも居るし、何とかなんだろ……完成するのは何時になるか分からんが」

最低でも数ヶ月以上は軽く掛かるので、あまり期待しないで欲しい。下手すると年単位の時間が必要かもしれん。

「ま、気長に待ってろ……来年か再来年辺りになれば出来上がるかもな」

かなり無責任なことを言うと、俺はシャマルが淹れてくれたコーヒーを啜った。

「お風呂上がったよー!!」

そんな時、地下室のドアが開いて寝巻き姿でタオル片手にヴィータが飛び込んでくる。

「ヴィータちゃん、髪はしっかり乾かさなきゃダメでしょ」

母親のように小言を垂れるシャマル。

「へへーん、こんなの時間が経てば勝手に乾くからいいって」

ヴィータに続いてなのは、フェイト、シグナムが入ってきた。

どうやら女性陣の風呂の前半が終わったらしい。

「おし、この話はまた今度だ。お前らも風呂入ってとっとと寝ろ」

手を叩いて促すと、はやてとシャマルとアインが立ち上がり部屋を出て行く。

「出来る限りのことはするさかい、よろしく頼むわ」

去り際にはやてが両手を合わせてにっこり笑った。

「お兄ちゃん、何の話?」

入れ替わるようにしてなのはとフェイトとシグナムが近寄り、畳に座る。

「管制デバイスがそろそろ欲しいんだとよ」

「ほう、主が?」

ヴィータがアイス食いながらテレビに噛り付いている光景を見つつ、俺はシグナムに頷いた。

「ソルが作るの?」

「俺だけじゃねぇが、そうなるだろうな。一応、アインとはやてには手伝わせるつもりだ」

金糸のような長い髪に櫛を通しながら聞いてくるフェイトに肩を竦めて見せる。

「お兄ちゃんには悪いんだけど、私、今一瞬でごっついロボットみたいなデバイス想像しちゃった」

「ロボット?」

クスクス笑うなのはの言葉を復唱しながら、何故かサーヴァントのギガントを思い出す。

ちょっと想像してみる。



二階建ての一軒家に匹敵する巨体を誇る機械兵の上に仁王立ちするはやて。

『やったれギガント!! 究極光学兵器”エスティメント・ワン”や!!!』

<Yes,Boss>

砲口から放たれた閃光が街を焦土に変える。



そこまで想像して、なんか非常に不安になってくる。

「……やっぱやめとくか?」

「どんなデバイスを作ろうとしてたのさ、キミは」

真剣に悩む俺に対して、今まで黙って成り行きを見守っていたユーノが半眼で見つめてくるのであった。










背徳の炎と魔法少女 爆誕 リインフォース・ツヴァイ!! その一










後日。

はやて専用の管制デバイス、もとい管制人格を制作することが本格的に決定し『新しい家族計画』という嫌な響きがある名前の計画を発足することになる。

そして現在はその会議の真っ最中。

「「可愛くない!!」」

口を揃えて文句を言うアインとはやてに対してやっぱりなと思いつつ、二人の手からテーブルの上に放り捨てられたスケッチを見下ろす。

折角俺が直々に外見デザインをイラストレートしてやったのに。

「上手く描けたと思うんだが」

「いや、この絵確かに滅茶苦茶うめーしカッコいーけどよ、もうデバイスじゃねーだろ。何だよ全長八メートル超えって。何処の特撮戦隊の最終兵器だよ。完全に合体ロボじゃねーか」

俺が記憶を頼りに必死になって描いたサーヴァント、ギガントの絵を眺めながらヴィータが突っ込んできた。

「融合型デバイスだけに合体ロボか……上手いなお前。ギガントも合体ロボみてぇに変形するんだぜ。しかも四形態まで」

「融合って言うより最早これはパ○ルダーオン!! って感じだけどね」

ヴィータの言葉に感心する俺に対して、ユーノが呆れながら乾いた笑い声を上げる。

「ちっ、仕方無ぇ。他のはどうだ?」

ギガント以外にもちゃんと描いておいた俺のサーヴァント達のラフ画を皆に見せた。

しかし、俺の力作を見て誰もが微妙な顔をして首を横に振る。

揃いも揃って『何がしたいんだこいつは?』って視線を向けられてしまう。

「一緒に戦場を駆け抜けた仲間なんだから思い入れがあるのは分かるんだけど……」

と困った顔のユーノ。

「……流石にこれは」

「無いよ、お兄ちゃん」

フェイトとなのはが遠い眼になる。

「はっきり言って酷い」

アルフなんてすっかり呆れてる。

「アタシ個人としてはかなりそそるもんがあるんだけどよ、なんか違うだろ」

くっ……ヴィータならこの良さを分かってくれると思ったんだが。惜しかった。

「ソルはこういうのが好きなのか?」

「本当に意外だけど、ソルくんがプラモデルとか作ってたら似合うかも」

純粋に疑問に思っているらしいシグナムと、微笑ましそうに笑みを浮かべるシャマル。

「馬鹿と天才は紙一重と言うが……」

何やらとても失礼なことを口走っているザフィーラ。

「貴様……ふざけているのか?」

今にもぶちギレそうなアイン。

「そう怒るな。半分冗談のつもりだ」

「もう半分は?」

「昔を思い出して懐かしくなった。それだけ」

「……」

しれっと吐いた俺の言葉にアインは頭を抱えて絶句した。

「……こんなんと、こんなんとユニゾン出来てたまるかい!!! ソルくんは私をゾ○ドにしたいんかっ!!!」

そして、ブルブルと全身を小刻みに震わせていたはやてがついに我慢し切れなくなったのかキレた。こめかみに青筋を立て、ウガァァァァァッと咆哮するとシュベルトクロイツを顕現し渾身の力を込めてぶん殴ってきた。

「クイーン」

<フォルトレス>

己のデバイスに命令を送り緑のバリアで怒りの一撃を難無く防ぐ。

激しい衝突音と同時に、魔力と魔力の鬩ぎ合いにより火花のような光が飛び散り視界が一瞬明滅する。

はやてはあからさまに「ちっ」と舌打ちして座り直す。

「……こいつら結構強ぇのになぁ」

コーヒーを啜りながらぼやく。

「昔のアンタの使い魔達なんだから言われなくても強いのは分かるよ。でも問題はそこじゃない。とりあえずロボから離れな」

『ダメだこいつ、早く何とかしないと』みたいな眼をされてアルフに諭されたので渋々スケッチブックを仕舞うことにした。

「外見をデザインする作業からソルを外そう。このままではドリルやらパイルバンカーやらサイコガンを腕に着けられかねん……というか、”外見をデザイン”とか言うからソルが奇行に走るのだ」

アインの言葉に俺以外の全員が一斉に同意する。

すっかり蚊帳の外となった俺は内心で、ま、こうなるよな、これでGOサインが出たら逆に皆のセンスを疑う、と当たり前のことだと認識しつつ、かつてスクライアの人間を使って集めた夜天の魔導書のデータを空間ディスプレイに表示しておく。

「やっぱりアインの後を継ぐ形になるんやから、モデルはアインが良いと私は思うんやけど……ソルくんには任せられんし」

「主……とても、とても嬉しく思います。私の後継機を、碌に主を守ることが出来なかった私に似せて頂けるなんて……ソルには任せられないですし」

「うん、一緒に頑張ろか。私らの新しい大切な家族になるんやから……絶対にソルくん好みのロボットにはさせへんで」

「はい、貴方に与えられた祝福の風の名において……あんな無骨でアバンギャルドなフォルムの機械兵にはさせません」

少し感動するような会話してると思ったら、俺限定で棘が飛んでくる。

いいけど別に。ちょっと懐かしくなってスケッチブックに描いてみたら、予想以上に絵が上手く描けたので調子に乗って全部描いただけだから。ラフ画だけど。

こうして外見はアインがモデル、ということが決定してその日は終わった。
























後書き


なんでGG2のストーリー本編ではギガントが使えないんだあああああああああ!?

ということで、勝手にギガントたんを脳内補完してます。

ご容赦を……見逃してください!!

ま、ギガントと契約するくらいなら使い捨てクィーンを死ぬ度に召喚させますがなwww

クィーンは死なん、何度でも蘇るさ!!!

前回の感想で”魔術師オーフェン 無謀編”のネタを知っている人が居て吹いたwwww

今回のソルはかなりはっちゃけてます。今まで続いてきた苦悩やら苦労の反動とでも思ってください。

GG2のソルのサーヴァントがどんな外見から知りたい人は、例によって例の如くニコニコ動画で『サーヴァント紹介』と検索してみてください。




[8608] 背徳の炎と魔法少女 爆誕 リインフォース・ツヴァイ!! その二
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/01/04 01:00


室内に響くのは俺がキーボードを叩く音だけ。

カタカタカタカタ、独特の音が鼓膜に伝わり、同時に画面がスクロールされて打ち込んだ文字の羅列が表示される。

古代ベルカの遺産、夜天の魔導書の管制デバイスをゼロから作り直す作業。まず初めに行うことは莫大なデータの入力だ。

スクライアが発掘してくれた元々の情報を基礎とし、それをはやてに合わせて改めて調整し直し、現在のヴォルケンリッターの細かい分析データを加味した上で導き出された結果を基礎情報として入力していく。

やること自体はそれ程難しくないが、いかんせん量が多過ぎる。そろそろ飽きてきたので他の作業に移りたいが、これから先他の作業が追加されることはあってもこの作業が無くなることは無いと思われる。

今の作業がどういう内容であろうと、情報を入力するという作業がこの先無い訳じゃ無い。

つまり、最初から最後まで俺はひたすらキーボードを叩き続けるのだ。

まあ、昔の仕事でも似たようなことしてたから別に文句を言うつもりは皆無だが。

既に管制デバイスの制作作業に入って一ヶ月。暇な時にディスプレイを前にしてキーボードを叩くのが日課になりつつある。

コンコン。

「ん?」

不意に部屋のドアが叩かれた。

俺は手の動きを止めずに画面の端に表示されている時間を確認すると、深夜午前一時過ぎ。

もうこんな時間。ってことはタイムリミットか。

「失礼します」

返事も待たずに入ってきたのは寝巻き姿のシャマル。その手には湯気を上げるカップが二つ載ったお盆。

「もう……私が止めないと本当に朝までやるつもりなんですね。何時ものことですけど」

呆れたような、諦めたような、どっちとも取れる溜息をシャマルは吐き、お盆を机の上に置く。

「お前が来たら止めるって決めたからな」

「全く貴方は……はい! 今日はもうお終いです、続きはまた明日にしてください!!」

腰に両手を当ててから少し前傾姿勢になって小さい子どもを優しく叱る保母のような口調。

「あー、はいはい、分かってるって」

抵抗する気など更々無い俺は言われた通りに作業の手を止め、作業内容を保存し、電源を落とした。

実はこのやり取り。制作作業が始まって一週間くらいしてからほぼ毎日繰り返されている。

切欠は簡単。俺が自室で毎日夜通し作業しているのがシャマルにバレて、怒られたのだ。



『ソルくんは一つのことに集中するとそれだけしか見なくなっちゃいます。時間間隔すら無くなるその凄まじい集中力には素直に感心しますけど、根を詰め過ぎなんです!!』

科学者って皆こうなのかしら? と呟かれた。

『誰も睡眠時間を削ってまでして作れなんて言ってません。毎日コツコツ少しずつやればいいじゃないですか。せめて私が止めに入ったら作業を止めて寝てください』



こうして、毎晩のようにシャマルが俺の部屋に訪れては俺を寝せる、ということが繰り返されることになったのである。

カップの中身はハーブティー。コーヒーや茶だと眠れなくなるから、シャマルが気を利かせて淹れてくれるのだ。

二人でカップを手にハーブティーを飲む空間は静寂で、俺にとっては一日の終わりを穏やかに告げる時間。

会話は無いに等しいが、別にそんなものは必要無いと思っている。

基本的に俺は無口で、必要最低限以外はあまり喋らないつもりだ。そんな俺と二人っきりで居ると、誰もがこういう感じに会話が無い状態になるのは必然。

だというのに、シャマルは何が嬉しいのかニコニコしながらカップに口を付けてハーブティーを楽しんでいる。時折視線が合うと、優しく微笑むのだ。

「楽しいか?」

「え?」

気が付けば俺は問い掛けていた。

「なんか、嬉しそうだから」

一瞬、何を言われたのか理解出来ずにキョトンとしていたシャマルだが、意味を理解すると極上の笑みを浮かべる。

「ええ。楽しいです」

「なんで?」

「だって……今こうしている間は、私がソルくんを独り占めしてるみたいじゃないですか」

自分で言っておいて、ヤダ私ったら、と頬を染めて小さく首を振った。

どう返せばいいのか分からず俺は固まってしまい、何とも言えない沈黙が降り立つ。

思い出したくもない忌まわしいバレンタインデー以来、俺の内面で著しい変化が訪れている。

これまでは眉一つ動かすことなく流せたことに対して変に構えてしまう。

シャマルだけじゃない。他の皆だってそうだ。それは何気無い誰かの笑顔だったり、言葉だったり、仕草だったり。

原因は間違い無く”フレデリック”だった時に、俺が女性陣に抱いてしまった感情だろう。

「さて。私はもう寝ますから、ソルくんもちゃんと寝てくださいね」

沈黙を破り、立ち上がって俺の手からカップを奪うとお盆に載せてシャマルは部屋の外に出ようとする。

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

最後に挨拶を交わすと、シャマルは何時もの微笑を残して退室した。

俺はベッドに潜り込むと眼を瞑り、とっとと意識を手放すことにし、闇に堕ちるのを待った。

誰かが夢の中に出てきて変なことにならないように。切にそう願いながら。










背徳の炎と魔法少女 爆誕 リインフォース・ツヴァイ!! その二










はやてのリンカーコアを一部抽出し、その抽出したリンカーコアをベースに管制人格の基となるコア部分を生み出すのだが、妙な問題にぶつかった。

「どういうこった?」

銀色の、はやての魔力光を放つそのリンカーコアに、何か混じっている。

一粒の砂のように粒子の小さい赤い光。それが何粒も存在した。

「お前の魔力だろう? 気にする必要があるのか?」

「普通気にするだろうが」

肩を竦めて呟くアインに俺は少し乱暴に返す。

どうやら俺のギア細胞から生産された魔力が、俺と触れ合うことによってリンカーコアに取り込まれ、そのまま吸収されたり排出されたりせずに残っているらしい。

魔導師がリンカーコアに蓄える魔力とギア細胞が生み出す魔力は、確かに同じ魔力ではあるが質が全く異なる。

空気中の魔力素を己のリンカーコアに吸収して蓄える魔導師と違い、ギア細胞は魔力そのものを熱エネルギーと同じように無尽蔵に生み出す代物。

そもそも発生の仕方が違うのだ。

空気中に無秩序に存在する魔力素と比べて、ギア細胞が生産する魔力は”法力を使う”ただそれだけの為に生み出されたエネルギー。

はっきり言って純度が違う。

リンカーコアに俺の魔力光が残る現象。もしかして、リンカーコアに過剰に摂取した俺の魔力が何らかの要因で結晶化した?

いや、リンカーコアには魔力を蓄えるという特性がある。ならば、これは何かの要因によって結晶化したのではなく、リンカーコア自らが結晶化させたと見るべきか?

「おい待て、はやてがこういう状態ってことは、他の皆は……」

一応調べてみて、全員ドンピシャリ。それぞれのリンカーコアの中に赤い魔力の粒子が混じっていた。

どうしても気になったので数日を割いて実験や検査を行った結果、どうやら魔法を使う時にリンカーコアが活性化して粒子を融解し、魔力の足しにしているということが分かる。

リンカーコアで吸収し切れない魔力が赤い粒子という形になって備蓄されていることも。

更に驚くべきことに、粒子を取り込むとその数%の割合でリンカーコアが若干肥大化しているらしい。

例えば、なのはの総魔力量が100とし、5の粒子を取り込み、その分の5%が総魔力量に還元されると仮定して計算すると、総魔力量が100,25になる。

これは分かり易いように極端な形にしたが、概ね理解出来たと思われる。

しかも、これは普通の状態で魔法を使った場合の話だ。

総魔力量に一番多く還元される瞬間は魔力を回復させる時。つまり、ヘトヘトの状態で俺と触れ合っている時だ。

この場合、取り込む量も増えれば還元される率も増加する。

また、肉体が魔力で構成された魔導プログラム体であるヴォルケンリッター達は、人間であるなのは達とは還元率が比較にならないレベルで高い。

だが、これはそこまで旨い話ではなく俺の魔力との相性問題が存在する。

相性が良いと効率の良い割合で還元するのに対し、相性が悪いと魔力の回復は出来ても還元率は低いということ。

この相性の良し悪しは粒子の備蓄量にも影響し、比例する。

最後に、一定時間以上の供給がなされないと粒子は生成されないようだ。

散々調べた結果的、特に害がある訳では無かったので胸を撫で下ろしたが、なんだか知らない方が良かったような気がするな。

『それは良いことを聞いた』という顔をされてしまったから。

誰に、とまでは言わない。





数ヶ月の時が流れた。





地下室で相変わらず俺は作業に勤しんでいると、なのはとフェイトが期待するような眼差しで近寄ってくる。

どうやら構って欲しいらしい。

作業を一旦止めて身体ごと振り返ると、待ってましたと言わんばかり表情を輝かせて正面を二人で陣取るように座り、手を伸ばして俺の手を握った。

「にゃはは」

「……ソル」

この世の幸せを満喫しているかのような二人は、それぞれ俺の手を自分の頭の上に乗せたり頬に当てたりして遊んでいる。

定期的に構ってやらないとこいつらは強行手段に出る。だから、時折こういう風にして好きにさせることが当たり前になっていた。

闇の書事件でリンディ達と契約した時に遭ったことは嫌だからな。

我ながら甘いと思うが。

「何時も思うんだが、お前らって人懐っこい動物みてぇだよな」

俺が冗談交じりにそう言うと、

「にゃあにゃあ」

「くぅんくぅん」

動物の鳴き真似をし始めた。

「それじゃ本当にペットじゃねぇか」

「勿論お兄ちゃんが飼い主さんでしょ?」

「ご、ご主人様……もっと、もっと甘えていい?」

文字通り飼い主に甘えたがる甘えん坊の子猫と子犬へと変貌したなのはとフェイトがくっついてくる。

そんな時、はやてが入室してきて、俺は思わず、

「あ、子狸だ」

口走っていた。

「……そう言うソルくんはドラゴンやないか!! ていうかずっこいで二人共!!」

ポンポコ、違った、プンスカ怒ったはやてが俺の背中に回り込み、頭をポカポカ叩き始める。

その日、赤い竜が背中に子猫と子犬と子狸を乗せて空中散歩をしている夢を見た。





数ヶ月の時が流れた。





作業が一段落したので俺は立ち上がって伸びをし、凝り固まった肩の筋肉を解すように両肩を回す。

「疲労を抜く為に軽く運動でもするか?」

シグナムがとても”良い笑顔”をしながら木刀を二本手にして声を掛けてくる。

「軽く?」

「軽くだ」

怪しい。甚だ疑問だ。その邪悪な笑みを引っ込めろ。絶対に滅茶苦茶汗をかくに違いない。

「主はやて、アイン、ソルをしばらくの間お借りします」

「「いってらっしゃい」」

一緒に作業をしていた二人は、顔をこっちに向けることすらせず実にあっさりと俺を疲労困憊にする選択肢を選びやがった。

「さあ道場に行くぞ。時間は有限だ」

嬉々として口元を歪めるシグナムは俺の腕を取ると歩き出す。

「朝、模擬戦したよな?」

「何を言う? 今朝は魔法あり、そしてこれは魔法無し、同じ模擬戦でも全く別物だ」

「……さっき飯食ったよな?」

「それが何だ?」

「……」

「私にとってお前との模擬戦は当然訓練としての意味を持っているが、それ以上に趣味であり……私にとって何よりも至福の時間だ」

額に手を当て、どうしてこいつはこうなんだろうと胸中で嘆く。

一分も経たずに道場に辿り着くと、中央で投げ渡された木刀を構えてシグナムと対峙する。

「何だかんだ言って戦闘に対しては切り替えが早いな……フフッ、これだ。これが堪らない。これだからソルとの模擬戦はやめられない」

急に何か言い始めた。

「お前の真紅の眼が私しか映していない、ただそれだけの事実で私の魂は燃え上がってくる」

俺は武者震いしているシグナムを油断無く睨む。

やがてシグナムの震えが止まり、周囲の空気が固まり、空間そのものが世界から切り離され、此処だけ時間が止まっているような錯覚を覚える程に場が緊張を孕む。

口では面倒だとか言いながら、俺は俺でシグナムと模擬戦するのが自分で思っているより結構好きらしい。そうじゃなかったら付き合わない。

人のこと、とやかく言えなくなっちまったな。

カイにこのことを知られたらどんな小言を言われるか分かったもんじゃねぇ。絶対に『私では、不服だったのか!!』とか言われそうだ。

深呼吸をするように溜息を吐いた後、俺はシグナムに向かって踏み込んだ。





数ヶ月の時が流れた。





「ソル。私はこの子が生まれてくるその日が待ち遠しい」

赤ん坊程度なら楽々入れられることが出来る生体ポッドのようなガラスの筒、その中央に浮遊にしている蒼銀の光球体から眼を離さず、アインがポツリと呟いた。

「あの時、お前の同胞になったことに後悔は無い。しかし、主のデバイスとして心残りが全く無かったと言えば嘘になる」

俺は口を挟まず、黙って話を聞く。

「この子は、私が望んでも叶えられなかったことを、私がしなければならなかった役目を、私以上にやってくれる筈だ」

言葉には少しの羨望、それを大きく上回る期待と信頼が込められていた。

「自分でも不思議な気分だ。この子は私にとって分身でもあり、娘でもある。そのような存在にかつての私の全てを託せると思うと、何故か心が安らぐ」

ゆっくりと首を動かし顔だけを横に居た俺に向け、少し恥ずかしそうに頬を染める。

「変だと笑わないか?」

俺は首を振った。

「託された子がどう思うかなんざ知らねぇが、親が子に何かを託したいと思うのは変なのか?」

逆に問い返すと、アインは少し驚いたように眼を開いた後、嬉しそうに瞳を細め、そのままじっと俺の顔を注視してくる。

「……」

「んだよ?」

若干戸惑っていると、アインは眼を閉じ、クスクスと笑い始めた。

「何、気にするな。あの時、お前に全てを委ねて良かったと再認識していたところだ」





数ヶ月の時が流れ、ついに完成した。





名前はアインの後継機だから『ツヴァイ』、という何の捻りも無い安直な名前に決定したのは制作初期段階。ネーミングセンスで揉めるのは面倒なので名前に関して俺は完全に丸投げしたのであった。

蒼銀の光球体が一際強く光り輝いた後、そこには――

「……幼女?」

何処からどう見ても生後三年くらいしか経ってない、紛れも無い幼女が居た。赤ん坊と言っても差支えが無いかもしれん。

誰だこんな設定にしたの?

外見に関して一切手を加えなかった、というか加えさせてもらえなかったので、俺じゃないことだけは確かであり、アインかはやてのどちらかが犯人だ。

アイン譲りの銀髪、快晴を連想させる蒼い瞳、はやてのバリアジャケットと色違いの白を基調とした服装。

幼女、ツヴァイは自分を取り囲み視線を注ぐ連中を物珍しそうに見返すと、アインにピタッと視線を固定する。

そのままトテトテとアインに近付くと、彼女も応えるように中腰になり、問い掛けた。

「名前を言ってご覧」

「はい、母様!! 初めまして、ツヴァイはリインフォース・ツヴァイですぅ!! 今後ともよろしくですぅ!!」

「ああ、初めまして。私はアイン、リインフォース・アインだ」

親子の抱擁とでも呼べばいいのか、ヒューマンドラマのワンシーンのようにいきなり抱き合うアインとツヴァイ。

何だこの三文芝居みたいな光景は?

すっかり事態から置いてけぼりを食らった俺達は、ただひたすら馬鹿みたいに呆然としていた。

やがて、ツヴァイがアインから離れるとはやてに向き直り、

「挨拶が遅れてごめんなさい。マスターはやてちゃん、これからツヴァイをよろしくお願いしますですよ!!」

ペコッと頭を下げる。

「えっと、私は八神はやて、ツヴァイのマスターや。よろしゅうな、ツヴァイ」

「はいですぅ!!」

やたらとテンションが高いツヴァイに戸惑いながらもはやては挨拶を返していたので、犯人ははやてじゃない。

それからツヴァイは皆に一人ずつ順番に自己紹介をし、挨拶を交わしていく。

そして最後にツヴァイは俺の前に立つと、何が嬉しいのかニコニコニコニコ、向日葵みたいな笑顔でこう言いやがった。

「初めまして父様!! ツヴァイを生んでくれてありがとうございます!!!」

「……色々と語弊がある自己紹介だな、オイ」

アインを母様って呼ぶ時点でオチは読めてたんだけど、当たって欲しくなかった予想が見事に的中してくれる。

「最後に父様に挨拶したのにはちゃんとした理由があるんです。真打ちはやっぱり最後じゃないとダメかなってツヴァイはツヴァイなりに考えたんですぅ!! 母様から始まって父様で終わる、我ながら綺麗に決まったと思うんですけど、どうですか?」

「とりあえずその『父様』ってのをやめろ」

「だが断るですぅっ!! 父様はツヴァイにとって父様ですぅ!!」

笑顔で拒否すると、「父様父様~♪」と機嫌良く口ずさみながら俺の足に纏わり付いた。

いや、確かに制作者を生みの親と呼ぶのなら父親かもしれねぇけど……

「オイ、そこで必死に笑いを堪えてる馬鹿女」

「だ、誰のことだ?」

「すっとぼけんじゃねぇ、この阿呆!!」

怒鳴ってアインの襟首に手を伸ばして引き寄せる。

「どういうことだコイツは!?」

「可愛いだろう? 私達の娘だ」

ええい、調子に乗りやがって!! 娘ってことに関しては認めてやらんでもないがな、なんか腹立つんだよその余裕綽々の顔がよぉっ!!

「なんでこんな幼女なんだよ!?」

「む、赤ん坊の方が良かったか?」

「違うわアホ!! 見た目も中身もガキじゃ使い物にならねぇだろうが!!!」

「馬鹿を言うな。お前が一から作り直し、十ヶ月もの時間を掛け、調整に調整を重ねた上で誕生したのだぞ? 性能なら申し分無い筈だ」

「っ……だからってこの外見年齢は――」

「安心しろ。精神年齢が上がれば、つまりツヴァイが成長すれば自ずと大人になっていく」

「それ、つまり育てる手間が増えたんだろうが!!!」

「父様、DVはダメですぅ!! 母様と父様が仲良しじゃないとツヴァイは、嫌、嫌ですっ!! う、うぅ、うう、うわああああああああん!!」

今まで俺の足にコアラの赤ん坊のようにくっついていたツヴァイが急に大声を出して泣き始める。

涙やら鼻水やら涎やら、顔から出てくる透明な液体が畳を濡らす。

「泣きてぇのは俺の方だ!!」

「泣くか? 私の胸で?」

「元はと言えばテメェが原因だろうが……!!!」

「どう゛ざま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「泣くなツヴァイ。私と父様は仲良しだ。父様が異常な程照れ屋なだけだ。この程度のじゃれ合い、何時ものことだ」

「喧しい!!」





その後、本格的に暴れようとする俺を危険と判断したのかアイン以外の全員が必死になって止めに入り、この時はなんとか事態を収拾させることに成功する。

一晩掛けて頭を冷やすと、俺はいつの間にか無意識に思考放棄を行ったのか、もうどうにでもなってしまえ、といった感じの心境になっていた。










ツヴァイが起動してから一ヶ月が経過した。

「父様父様!!」

「んだよ?」

「肩車して欲しいですぅ!!!」

「ちっ、面倒臭ぇな」

とか何とか言って肩車してやってる甘い自分を自分で殴り飛ばしてやりたい。

どうやらツヴァイは高い場所が好きで、一番のお気に入りは俺の頭の上らしい。現在進行形で今も、キャー、高いですぅ!! とか言いながら興奮して俺の髪をグイグイ引っ張りやがる。

馬鹿と煙は高い所が好きだと言うが……

無邪気に喜ぶツヴァイの姿がかつての馬鹿息子と重なって、俺は深い溜息を吐いた。



――『なあ、オヤジ! このトカゲって食えたっけ?』



――『うぉぉぉぉぉ! スゲぇぇぇぇぇぇ!』



――『オォォォォヤァァァァジィィィィ!!』



あいつも常に喧しくて、鬱陶しかったなぁ。おまけに馬鹿でアホだったし。

でも、何よりも大切な馬鹿息子だった。

アインはもしかしてこれを見越してたのか?

「父様」

「ああン?」

「父様ってツンデレなんですか? 皆がそう言ってるのです」

「……振り落とすぞお前」

口ではぶつぶつ文句を言いながら、俺は再び”親父”になることを許容しているのであった。




















オマケ



サーチャーでスパイしている映像を眼にして、各々が反応を示す。

「ツヴァイに、ツヴァイにお兄ちゃん盗られたぁぁぁぁぁ」

敗北感に打ちひしがれ、テーブルに顔を突っ伏すなのは。

「良いなぁ」

羨ましそうに映し出される光景に視線を注ぐフェイト。

「まさかソルくんがあんなに子煩悩やとは思っとらんかった……」

本当に意外だったのか、頭を抱えて悩むはやて。

「ツヴァイが生まれて以来、ソルが私との模擬戦に付き合ってくれる回数がめっきり減ってしまった」

はぁ、と少しつまらなそうに溜息を吐くシグナム。

「夜に彼の部屋へ行く口実が無くなっちゃった」

寂しそうに俯くシャマル。

「すまんな。ツヴァイはまだまだ精神が幼い所為で、どうしても心の拠り所としてソルが必要なのだ」

アインは肩を竦めて謝罪した後、ソルに肩車をされて無邪気に笑うツヴァイの姿を微笑ましそうに眺めている。

「アインさんは良いよねー。親子三人で川の字になって寝たり、親子三人で出掛けたりしてるんだから」

唇をアヒルのように尖らせながらなのはが僻み、その言葉に誰もが同意を示すと、皆は羨望と嫉妬が混じった眼でアインを睨む。

しかし、そんなものに全く怯む様子を見せないアインは、不敵に笑うとこう言った。

「ツヴァイがどうしてもと駄々をこねるので、仕方無くな」

満更でもなさそうな態度が微妙に勝ち誇っているように見える。

「それにしてもソルくん、ちゃんと父親してるわよね~」

「面倒見が良いとは知っていたが、こっちの方面でも此処までとは思ってもいなかった」

「ソルはああ見えても子育て経験は何度もある。いい加減もう慣れたんだろう」

シャマルとシグナムが感心する横で、アインが補足するように付け加えた。

「ていうか、なんで私の呼ばれ方が『はやてちゃん』でアインが『母様』なんや。納得いかんわ」

ぼそっ、と紡がれたはやての言葉に、誰もが顔を見合わせてから口を揃えて自信無さ気に言う。

「「「「「年齢?」」」」」

「……どうせ私は子どもや……年が三桁超えとるソルくんとアインの二人と比べること自体が間違っとるんよ……」

弱々しく負け惜しみを吐くその後姿には哀愁が漂っていた。

実は、制作する時の役割分担でソルがデバイス面のシステム関連を全て、アインが管制人格の根幹部分とその他諸々のシステムに加えてソルのサポートを、はやては自身のリンカーコア一部提供と外見設定と後は二人の雑用、という役割分担をしたことが起因している。

作業の割合を見ると、ソルが五割、アインが四割、はやてが残りの一割とサンプルを提供しただけ、ということになる。

研究者気質のソルは放っておくとシャマルが止めに入るまで勝手に作業を進めるし、アインは家事と翠屋と聖王教会の仕事が無い暇な時間は全て作業に費やしていた。

二人と違ってまだまだ遊びたい盛りのはやてが友人達の誘いを無碍にすると言えば、否である。誘われても一瞬で断るソルとは大違いだ。

で、ツヴァイにとって”親”とは、自分を作る時にどれだけ時間と労力を注いでくれたか、ということに重きを置いてるので、自然とソルを父親に、アインを母親として見ることになる。

懐き具合もそれに関係していたりするのであった。




























後書き


実はこの作品難産だったのです。色々と。

オチ読めてた人はたくさん居るんじゃないかな、と思ってます。

そろそろSTSに繋がる話を少しずつ書こうかな~、そんなことを考えながら全然関係無い話のネタを思いついている作者を許して。

考えてみればサーヴァントのギガントなんてミサイル搭載してるから普通に質量兵器じゃん!! 見掛けもまんま機械兵、ミッドに連れて行けないwww

鬼械神はいくらなんでも反則だと思うんだ。確かにソルは強力な魔法使いで科学者だけど、専門は機械工学じゃなくて素粒子物理学と武器作りだから(関係無い)

それでも簡単な蓄音機を作ってCDを聞きながら旅をしていた男ですが(石渡さん曰く、簡単な機械なら自作してしまうらしい)

……マジで作ってしまいそうだが、戦争や犯罪に悪用されるのを恐れてやっぱ作らないでしょう。

良かったなツヴァイ、手がギン姉みたいにドリルにならなくて!!

ではまた次回!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期1 歯車は静かに、ゆっくりと廻り始めた
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/01/08 20:20



古代遺跡に住み着いてしまった魔法生物の露払いをスクライアに依頼され、俺はユーノとザフィーラの三人で現場へと赴いた。

ちなみに女性陣は居ない。

なのはとフェイトとはやては以前からすずかとアリサの女友達で出掛ける約束をしていたのでそっちへ。

ヴィータは管理局へ休日出勤。

アルフは翠屋で仕事。

シグナム、アイン、シャマルの三人は聖王教会へ教導。ツヴァイもそれにくっついて行った。

一部俺達について来たがっていたが、かと言って約束や仕事をほっぽり出す訳にもいかず、渋々諦めることになったのである。ツヴァイは居ると仕事に支障が出る気がするので無理やりアインにお守りを任せたがな。

つまり、野郎三人のみ。

現在俺達は海の底に存在する遺跡の中だ。遺跡がまだ健在だった大昔はちゃんと陸の上に存在していたようだが、文明が滅んで何百年、何千年という時を経て今では海の底である。

海底神殿。ロマンを醸し出す音の響きに、俺達三人は当日、意気揚々と遺跡に潜り込んだのだった。

だったのだが――

「ソル、あっちにも死体があったよ!!」

「こっちもだ」

俺達が始末する筈だった魔法生物、その死体が遺跡の入り口から進めば進む程、あちらこちらに存在しているのである。

片膝をつき、茶色いキチン質に似た外骨格と甲羅を持つ大の大人よりも二回り程大きい蟹のような魔法生物の死体を検分しながら、俺は思考を巡らせた。

どういうことだ?

この遺跡をスクライアが眼を付けたのはだいたい一週間程前。

しかし、いざ入ってみるとそこは甲殻類の巣窟。おまけに魔法生物というだけあって、身の危険を感じると簡単な魔法を使う。一匹二匹なら実力など高が知れているが、蟹の癖して群れというものを形成して繁栄してきた種族なのか大群で襲い掛かってくるとかで、数の暴力を前にして敗走するしか無かったらしい。

一度退却し、態勢を立て直して再びチャレンジするも、沸いてくる蟹が遺跡内に溢れるだけでどうしようも無かったという。

で、そこで俺達に駆除してくれという依頼がやってきた訳だ。

だが、現場に着いて待っていたのは蟹の死体の山。

訳が分からない。

この世界は随分昔に文明が滅び、陸地の九割以上が海に沈んでいる。その所為で今までみたいに居住区そのものをそっくりそのまま持ってくる訳にはいかず、スクライアの調査団も遺跡近辺に長く留まっていられない。蟹の群れもあるが、調査がなかなか進まない要因の一つはこれだ。

此処に来る前に族長が「何時か必ず船を買う!!」とか言っていたのを思い出す。

「スクライアの調査団が退却し、それから俺達が此処に来るまで僅か数日の間……その間に俺達以外の誰かが侵入した?」

「俺もその線が妥当だと思うぞ」

俺の独り言に狼形態のザフィーラが頷く。

「でも一体誰が?」

ユーノが死体を踏まないように足元に気を付けながら駆け寄ってくる。

「こんな辺鄙な場所にわざわざ来るんだ。スクライアと同じ穴のムジナか盗掘犯じゃねぇのか?」

「盗掘……あり得ない話では無いな。この遺跡に眠るロストロギアをブラックマーケットに売り捌けばそれなりの金になるだろう」

なんでもこの遺跡は古代文明の中枢を担っていたとかで、かなり重要なものだと聞いた。なんでも天候を制御して人々の生活を支えていたらしい。

とは言え、天候を操るということはまさに神の業と言っても過言ではなく、それを巡って人間同士で醜い争いが生まれ、事態は坂を転がるように悪化しついには戦争へと勃発。終いには天候制御システムが暴走して世界が崩壊。

人々に繁栄をもたらしていた存在がその手で人類を滅ぼすとは、全く以って皮肉な話だ。

人故に愚かなのか、愚か故に人なのか。

この世界でかつて覇を唱えていた人間は一人残らず滅んだが、それでも残った遺跡こそが今俺達が居る場所であり、問題の天候制御システムだ。

管理局から見たらロストロギアであることに違いは無く、さっさと封印するか厳重に保管するかしないといけないとかで、そのお鉢が何年も前にスクライアに回ってきたらしい。

つっても遺跡のほとんどが大昔に海の底だ。しかも詳しい文献も碌に残っていなければ記録も無いに等しい。歴史から消え、世界からも忘れ去られた存在が今まで明るみになることは無く、半ば見つけるのは不可能と決め付けられ放置され続けていた。

そんな時、闇の書事件以来管理局の無限書庫で働いていたスクライアの一部の人間がたまたま文献を発見したらしく、その情報を元にスクライア一族内で調査団が編成され、運良く遺跡を見つけ出すことに成功した。と思ったら蟹の襲撃に遭って、なんとかしてくれあの甲殻類ということで俺達に仕事が回ってきた訳だ。

情報ってのは漏れるもんだ。

そんなことはあり得ない、という考えは捨てた方が良い。むしろ、あり得ないことが跋扈するのが世の中だ。常に最悪を想定して行動する。そうすれば現実はその斜め四十五度上を行くから精神的にショックを受けないで済む。

たぶん。

「ってことは、この遺跡に僕達以外の誰かが……」

「ああ。もし盗掘犯だったなら、最悪戦闘になるかもしれねぇな」

改めて死体を一つ一つ注意して観察しながらユーノに応じた。

硬くて重い刃物で貫かれたような痕が堅牢な甲殻に刻まれている。

近接武器の類だろうか?

死体の損傷もそれ程時間が経っていない。精々数時間程度か。

「とりあえずこれまで以上に慎重に進むぜ。俺が先頭、次がユーノ、殿がザフィーラだ」

「了解」

「心得た」

立ち上がり指示を出すと、奥へと歩を進めた。










背徳の炎と魔法少女 空白期1 歯車は静かに、ゆっくりと廻り始めた










「奥に進めば進む程死体だらけになってやがる」

蟹の死体が足の踏み場も無い程広がる道を歩きながら、俺はいい加減辟易して吐き捨てた。

しかも蟹だけあって生臭い。鼻腔を通る空気に不快感を覚える。ザフィーラなんて狼から人間の姿になって鼻をつまんで歩いていた。

そんな道程を三十分以上続けていれば誰だって文句を言いたくなる筈だ。

薄暗い空間内で視界に映るのは蟹の死体の山だけ。虚ろな眼が俺達を見つめているような気がする上、さっきからそんなものばかり見続けている所為か、どうにも気分まで滅入ってくる。

「ん?」

遺跡を出たら絶対に生臭さが身体に染み付いているから風呂にすぐに入ろう、そう思って歩いていた視線の先に違和感を覚えたので足を止め注視する。

いかにも甲殻類らしい甲羅の中で、一際場違いな金属らしきものを発見したのだ。

俺は慎重に近寄ってから観察してみた。

「これは……機械?」

それは中途半端に破壊された機械と呼ぶよりも、ロボットと呼んだ方がいいかもしれない。

青く塗装された金属の表面は明らかに自然界で発生し得ない滑らかさを備えており、人間の手によって加工された代物だと分かる。

奇しくも哀れな死骸となっている蟹に少し似た、多脚生物のようなフォルムをしていて、鋭い足を持っていた。

関節からは細いチューブやら金属片やらが飛び出し、胸から腹かどちらか判別つかないがそれらしき部分に大穴が開いている。そこからパソコンの部品のような物が露出していた。

完全に機能を停止しているのか微動だにしない。

眼を細め、残骸となったその足を睨む。

この足を使えば、死んだ蟹に刻まれた傷跡と同じようなものが出来るのではないか。

俺達より先に侵入していたのは、このロボット?

疑問を胸に抱えながら更に進み、予想が確信へと変わる。

ロボットの残骸を数体、ポツリ、ポツリと行く先々で道標のように見つけたのだ。

どれもこれも先と同じタイプのものだ。

「クイーン」

<了解>

デバイスに策敵させると、案の定、俺達の目的地である遺跡の最奥付近に複数の、しかも二種類の動体反応がある。

一方の動き方はまるで大量の”蟹”だ。残るもう一方は統制された群れのような動きではあるが、何処か機械的で効率的かと問われれば否と答えるような”魔導師の動き”としてはお粗末過ぎた。

(考えるまでも無ぇな)

俺達以外の侵入者の存在は知ることが出来たのだが、では一体何故この機械共はこんな遺跡に来て、蟹と死闘を演じているのだろうか?

機械が存在しているということは、それを作った奴が居るということである。

此処には何がある?

かつて天候を操り人々の豊かな暮らしを支えていた天候制御システム。暴走して世界を破滅に追いやり、その後陸地の九割以上を海の底に自らと共に沈めたロストロギア。

この機械の製作者は、それが狙いか?

今此処で考えても仕方が無い。

この眼で確かめる為に足を速めた。





「それにしてもこの遺跡は広いな」

鼻をつまんでいる所為でくぐもった声を出すザフィーラの言葉に俺は苦笑する。

「一つの惑星の天候を弄くる施設だ。街の一つや二つくらいの規模があってもおかしくねぇ」

「でもさ、此処に住んでる蟹って何を食べて生きてるんだろ? 餌になるような生き物なんて居ないよね?」

随分前から疑問に思っていたのか、ユーノが走る速度を少し上げ、俺の隣に並ぶ。

「あんなに大量の蟹が生存してるのに、餌になりそうな生き物をさっきから一回も見てない。これじゃ食物連鎖が成り立たない。絶対に不自然だよ」

「共食いかもしれぇな」

「げぇ、やめてよ気持ち悪い」

「しかし、ソルの言う通りかもしれん」

とても嫌そうに顔を顰めるユーノと頷くザフィーラ。

「とまあ、冗談はさて置き」

「冗談だったの? リアルにありそうだから冗談に聞こえないんだけど」

「他に何か思い当たる節があるのか?」

俺はザフィーラの問いに「ああ」と答えると続けた。

「知っての通り、此処に生息している蟹の魔法生物は明らかに異常だ。ユーノの言った通り餌の有無の問題に加えて、あの数。蟹は確かに大量に産卵する生物だが、その全てが厳しい自然界で生き残る訳じゃ無い。産卵した内の何千、何万分の一って確立で子孫を残す為の戦略だ」

少なくとも普通だったらそうだ。

「だが、此処は蟹共の天敵になりそうな生き物も居なければ、餌になりそうな生き物も居ねぇ。だったら、他の要素しか考えられねぇ」

「「それは?」」

二人の声が綺麗にハモる。

「ロストロギア」

その言葉を聞いて二人の顔が驚き、やがて納得したように険しくなった。

「これは俺の憶測でしかねぇから鵜呑みにするなよ。かつて此処に迷い込んだ最初の蟹がロストロギアの影響を受けた所為で、遺伝子に何らかの変異が発生した」

天候を操る程の”力”を持った施設の中枢、そのエネルギー源に触れたとすれば、それがどんなもんか知れないがあり得ない話じゃない。

「突然変異ってこと?」

顎に手を当て、ユーノが考える仕草をする。

「たぶんな。そしてその突然変異体が進化と繁殖を繰り返し、あれだけの個体になった。恐らく、元々は魔法生物でも何でも無かったんじゃねぇのか?」

人類が滅んだ世界で生き延びてきたのだからそれなりに種族としての強みがあると思うが、あんな巨体になる必要が果たしてあるのだろうか?

「餌の有無は?」

「それもロストロギアだろ。魔法に依存、いや、魔力に依存する生き物へと進化したのなら、普通の食事が必要にならなかったのかもしれねぇ。本来の使い魔や守護騎士プログラムみたいにな」

ザフィーラの疑問に答えると、二人は得心がいったようだ。

「で、手にした”力”で天敵を排除。天敵が居らず、餌も十分ある。後は増えるだけだ」

「ソルの立てた仮説はなんとなく理解出来るんだけど、本当にそんなことがあり得るの?」

「遺伝子の変異か?」

「そうそう。魔力とかって生物に影響を与えるものなの?」

少し疑問に思ったのか、ユーノが先生に質問する生徒のように小さく挙手した。

俺は溜息を吐くと、立てた親指で自分の胸を指し示す。

「お前らの眼の前にその成功例が居るんだが」

「え? ああ!! そうか!!」

「ギアってのは生体兵器だが、元々は法力を用いて既存生物を人工的に進化させる計画を基にして生まれた”種族”だ。素体となる生物にギア細胞を植え付けることによって、全身を構成する細胞と遺伝子が代謝を繰り返すごとにギアとして組み換えられ、数日から数ヶ月以内にその素体はギアになる」

例えば人間の身体を構成する細胞が全て新しいものになるには約五年を要するが、爆発的な増殖を繰り返すギア細胞は通常なら数年掛けて行うものを僅かな時間で終了させてしまう。

ギア計画は人間の手による研究の産物ではあるが、それ以外に天文学的な確立で偶然というものが起きてもおかしくない。おまけにロストロギアだ。法力によって開発されてしまったギア細胞のように、特殊な何かを含んでいても不思議ではないと思う。

「案外、この世界が滅んだ根本の原因はロストロギアがそっちの方面で一枚噛んでるのかもしれねぇな」

二人に立ち止まるように促し、俺は足を止めた。

「万が一の可能性もある。今の内にエフェクトを掛けておくぜ」

外部からの魔力に対して強力なキャンセル効果のある法力を二人に掛けてから、俺は自分にも掛ける。

「この状態だと魔法は使えないから用心しろ」

「ええええ!? どうすんのよ!! 魔法が使えなかったら僕はただのフェレットだよ!!」

聞いてない、と叫び出すユーノが喧しい。

「馬鹿言ってんじゃねぇ、変身魔法すら使えないからな。体術だけで何とかしろ」

「……そんな無茶な。素手でどうやってモ○ハンに出てくる蟹みたいな生き物と、SFファンタジーに出てきそうな兵器っぽいのを相手にしろって言うの!?」

「これでカチ割れ」

文句をブツブツ言い続けるユーノに無理やり封炎剣を持たせる。

「取り回し辛いんですけど……思ったよりも重くて」

「ガタガタ抜かすな、無ぇよりマシだろうが。だいたい何時も家の訓練である程度武器の扱い方はやってるじゃねぇか」

ジト眼で睨んでくるユーノを黙らせると、ザフィーラに向き直る。

「お前は素手で大丈夫か?」

「ああ。問題無い」

そもそも人間じゃない俺とザフィーラは身体能力の面なら常人より遥かに上だ。注意するに越したことは無いが、たかだが蟹や機械に遅れを取る訳にはいかない。

「行くぞ、この先が中枢だ」





東京ドーム程の大きさの巨大なホールに出た。

その中央にはこれまた巨大な宝石が三つ。此処からかなり離れた位置に居るので目測でだいたい一つ三メートルくらいだろうか。それぞれルビー、サファイア、琥珀といった美しい色である。三つの宝石は、天井に向かって伸びこのホール全体を支えている柱の根元に安置されている。

「ビンゴだな」

三つ宝石と中央の柱の周囲にて、蟹の群れと機械の群れが壮絶な戦いを繰り広げているのが遠目でもよく見えた。

「あの真ん中の宝石がロストロギアかな?」

「たぶんな。天候制御のシステムは死んでても、そのエネルギー源は健在らしい」

あの宝石の近くだけ、まるで視覚化されたかのように濃密な魔力が漂っているのを感じる。恐らく、距離が離れている分には何も影響は無いが、一定以上の距離を近付くと肉体に影響を与えそうだ。

「見ろよ」

俺は二人に指差して示した。

丁度視線の先には、機械の鋭い脚の一撃を食らった蟹が一体、力無く倒れたところ。

そのまま死ぬかと思いきや、全身をブルブル震わせてから数秒も経たずに傷を復元させ、今までのが嘘だったかのように反撃に移ったのだ。

「ソルの仮説が当たったな」

「ああ。間違い無く生命活動を魔力に依存している生物だ」

蟹に飛び掛られた機械は勢い任せに押し倒され、至近距離で鋏から発射された魔力弾をぶち込まれ、黒い煙を上げると沈黙した。

魔力を無限に補給することが出来る蟹共は、魔力と身体能力を活かしたゴリ押しで攻める気のようだが、機械共も負けていない。

ある程度の離れた距離から放たれた攻撃魔法を、自身に触れる前に無効化させて防いでいる。

至近距離の攻撃を防げなかったとは言え、どうやら多少は魔法を無効化させる機能が付随しているらしい。

「AMFだ、あれ」

魔法が無効化された瞬間を眼にしたユーノが意外そうな声を出す。

「確かアンチマギリンクフィールドとか言うフィールド系の上位魔法だったな。魔力の結合や効果を無効化するっていう」

「うん」

腕を組むと、俺は機械共を観察した。

なるほど。魔法生物を相手にするのに、これ程有効な手段は無いかもしれん。

「法力にも似たようなもんがあるぜ。こっちは法力の術式の構成そのものを阻害するもんだ。術式阻害用法術、ジャミング」

「術式の構成を阻害するの?」

「そう。これを発動すると敵味方問わず一定時間法力が使えなくなる」

術式は設計図。それが無ければ過程に続かず、結果を生み出すことは出来ない。

「ならば、今あの場で機械が魔法生物の攻撃を一部無効化しているように、ギアの攻撃を無効化することが出来たのか?」

ザフィーラの言葉に俺は皮肉気に口元を歪めて鼻で笑う。

「出来たが、あんま意味無ぇぞ」

「何故だ? ギアは法力兵器なのだろう? 法力が使えなければ戦力が半減するではないか」

「人間側も使えねぇんだ。お互い法力が使えない状況下で、人間よりも身体能力が圧倒的に高いギアが圧勝するだけだろうが」

「「……」」

「ギアってのは個体の大きさや能力は千差万別だ。手の平サイズよりも小さい個体も居れば、ジャンボ機並みに身体がデカイ個体も存在した。そんな連中相手に法力無しで立ち向かえなんて、流石の聖騎士団でもそこまで肝っ玉が据わった奴は居なかったな」

「ジャンボ機……」

ユーノが呆然と口を開く。

「想像してみろ。全長が軽く百メートル以上ある竜を眼の前にして、お前ら魔法無しで戦う勇気あるか?」

二人は全く同じタイミングで首を振る。

「しかも、大型ギアってのは大抵全身のあちこちに小型、中型ギアを寄生させているからな。相手にするのは一体だけじゃねぇぞ」

ま、鳥野郎みたいに生命活動を法力に依存しているタイプにだったら非常に有効だろうが、そんな個体は稀有な存在だ。基本的にギアは頭脳派より肉体派だからだ。

「最大クラスのメガデス級なんて、たった一体が存在するだけで都市が一つ一時間で壊滅するぜ……そんな”群れ”を相手にするんだ。法力使える方がまだマシだろ?」

問い掛けると二人はゆっくりと頷く。

俺はそんな二人の態度に満足すると、遠く離れた場所で行われている戦闘を高みの見物することにした。





機械と蟹の戦いは両者共倒れという勝者が居ない結末に終わった。

静寂に満たされたホールの中央、残骸と死体が転がる場所を踏み締めながら、俺達は三つの巨大な宝玉の前で立ち止まる。

一歩近寄る度に濃密な魔力が空間を占めているのが分かる。エフェクトを掛けておいたのは正解だったな。

手を伸ばせば届く距離まで来て改めて直感した。



――これは、存在してはいけない。



「なんか、僕達が何もしてないのに仕事終わっちゃったね」

「そうだな……だが、こいつは此処で無かったことにしておいた方が良い」

ユーノから返してもらった封炎剣を構える俺を見て、初めから分かっていたという風に頷くと二人は宝玉から数歩離れた。

「この三つの宝玉は危険だ。放たれる魔力の高さは勿論、それ以外に放射されている”何か”……確実に生物へと影響を与える代物だ」

それがこの遺跡に住み着いた蟹のように進化をもたらすものなのか、逆にこの世界に破滅をもたらしたのかもしれない遠因なのか、俺には判断出来ない。

唯一つ言えるのは、俺も、この宝玉も、本来なら存在することを許されない。

過ぎたる”力”は人間の穢れた欲望を生み、世界を破滅へと導く悪魔の申し子となる。

俺はそれを、見逃すつもりは無い。

「ドラゴンインストール!!!」

<Ignition>

全身を炎が包み、肉体が子どもから本来の大人のものへと戻り、バリアジャケットが聖騎士団を模したものから脱退後の服装に変わる。

封炎剣の鍔のギミックが展開し、その刀身に炎が纏う。

「俺は今からこの遺跡を破壊する。ユーノ、ザフィーラ、お前らは先に脱出しろ」

振り返り、俺は二人に転送魔法を掛けた。

二人の足元に赤い円環魔法陣が現れ、淡い光を放ち始める。

「その姿、久しぶりだね。前に見た時よりも身長の伸びが少なくなった気がするけど」

「そうか?」

「そうだよ。確か最後に見たのは闇の書事件の時だったから。えっと、もうすぐ二年くらい経つんだっけ? ソルは今身長いくつ?」

「百七十になるかならないかだと思うぜ」

元の身長が百八十半ばだから、ドラゴンインストールをすることによって十数センチ伸びたことになる。

「道理で身長の伸びが少ないと思った。僕が初めて見た時ってソルは百五十中盤くらいだったじゃない。たった二年ちょっとで十五センチ近く背が伸びてるなんて、良いなぁ」

身長高いって羨ましい、とユーノが笑う。

「お前はまだまだこれからだ」

気付けば俺達も今年度で小学校卒業か……早かったような、長かったような。高町家に拾われてから時間に対する感覚が曖昧だ。それだけ俺にとって濃密な時間だということだ。

「話の腰を折るようで悪いが、スクライアや管理局にはどう言い訳をするつもりだ?」

俺が感慨に耽っていると、ザフィーラが腕を組んで聞いてくる。

「海底火山が噴火したってことにしとく」

「相変わらず無茶苦茶だな」

「だが、これからその無茶苦茶が事実になる」

「……分かった。俺達はそれに巻き込まれて命からがら脱出した、で構わないか?」

全く、と言わんばかりにザフィーラは溜息を吐く。

黙って頷くと、転送魔法が発動し、二人は遺跡から姿を消した。

それを確認すると、三つの宝玉に俺は向き直る。

「悪く思うなよ」

物言わぬ魔力結晶体はただそこに鎮座するだけ。

「俺の独断と偏見で消えてもらう」

人は、勝手な生き物だ。愚かで浅慮で、自分にとって都合の良いものしか認めない。

勿論、俺も含めて。



――『貴様とて、貴様とてギアだろうが!!』



かつての敵が――同胞が――俺に向かって血を吐くように、罵るように、憎悪を込めて呪詛の如き言葉を吐いたのを、俺は今でも鮮明に思い出せる。

事実、俺はギアでありながら同胞を数え切れない程この手にかけてきた。

そのことに後悔は無い。

あるのは、もう二度と俺のような存在が生まれないようにと願う気持ちだけ。

故に、全身の”力”を解き放つ。



「俺が、ギアだからさ……オールガンズブレイジング」



ロストロギア。

もしお前に意思があり、誰かを恨むと言うのなら、自らを生み出した人間ではなく、お前を破壊する俺を恨め。

”傲慢な人間”である俺を、な。










突如として発生した海底火山により遺跡は消滅した、ということになった。

スクライア一族は皆こぞって肩を落とし、族長なんて歯軋りして悔しがっていたのが印象的だ。

皆には悪いと思ったが、俺は嘘の報告をして真実を告げずに黙るだけ。

我ながら卑怯だ。

一応、謎の機械についてクロノとリンディ達に忠告として報告しておく。

誰かが機械を製作し、ロストロギアを狙っているらしい、と。

それにしても、俺が独断でロストロギアを破壊しようという考えに至るのはこれで二回目。PT事件の時と事情が大分異なるが、俺はこれで良かったと思っている。

しかし、俺はこの時気が付かなかった。

今回の一件が謎の機械の製作者との因縁の始まりだった、という事実に。











































「ドクター、お耳に通しておきたい奇妙な情報があります」

ドクターと呼ばれた白衣を着た長髪の男は金の瞳を細めると、自身の部下であり秘書であり”娘”でもある女に続きを促す。

「何かな、ウーノ?」

「先週、スクライアが見つけ出したロストロギアの遺跡、そこへ送り込んだ機械兵が帰ってきません」

「五十機全てかい?」

「はい。全機、突然起きた海底火山によって遺跡ごと跡形も無く消えてしまったようです」

「……海底火山? それはどうもおかしいな。あの遺跡が存在した場所はそんなことが起きるような地殻だったかい?」

訝しい表情を作る白衣の男の様子に、女も同意を示した。

「いえ、私も気になって調べましたが、遺跡が存在した場所には何の前触れも無く海底火山が噴火する要素がありません」

二人はしばらくの間考え込むと、やがて白衣の男が肩を竦める。

「もしこれが自然現象ではなく人為的なものが原因だとしても、私達にはそれを確かめる術は無い」

「はい」

「ロストロギアが暴走したと考えるのが妥当かな」

「私もそう思います」

「世界を操り、破滅させたロストロギア。それが一体どんなものか興味はあったんだけどね……消えてしまったのなら仕方が無い」

諦めたように溜息を吐き、残念そうに口元を歪める。

「報告は以上かな? ならば私は仕事に戻るよ。一年以上前に何処ぞの誰かさんが暴れてくれたおかげで、一部の研究に遅れが出ているんだ。そのことについて最近スポンサーがうるさくてね」

「誰かとは、”背徳の炎”のことでしょうか?」

女は不機嫌そうに眉を顰めながら、冷たい声で言い放つ。

「ああ、そうだよ。短い期間とは言え、当時の彼が片っ端から違法研究所を潰し回ってくれた所為でね」

「ご安心を。既に死んだと囁かれています」

「それはあくまで噂だろう。被害者や犯人以外は誰もその姿を見たことが無い、自分の姿を決して管理局に晒さない、そんな用心深い人物が簡単に死ぬとは私には考えられないんだ」

「ですが」

「まあ、彼が表舞台から姿を消したというのは事実だからね。別に怖がってる訳じゃ無いから心配しなくても大丈夫さ」

「……」

「むしろ私は残念だよ」

「何故ですか?」

己の主が何を考えているのかイマイチ理解出来ず、女は問い返す。

「では逆に問おう。何故、”背徳の炎”は違法研究や犯罪に対してあれ程容赦が無かった?」

「分かりません」

「これは私の勘なのだが、科学者の私が勘とは我ながらおかしいことを言ってるということは置いといて、彼の行動には憎悪を感じ取ることが出来る」

「憎悪、ですか」

「そう、彼は激しく憎んでいるんだよ。何を憎んでいるのか具体的には分からないが、狂おしい程にね」

白衣の男は興奮してきたのか立ち上がり、劇役者のように両手を広げ大きく掲げた。

「だから容赦しない、認めない、許さない。管理局の人間だったら踏み止まらなければいけないラインを容易く踏み越える」

眼に狂気を宿し始めた男の姿に、女は自分でも気付かず一歩退く。

「知りたかった。”背徳の炎”とは一体どんな人物なのか、一度この眼で確かめたかった。何が彼をそこまで駆り立てるのか、彼の過去にどんなことがあればあれ程までに苛烈な一面を垣間見せるのか!!」

そう言って、白衣の男はクリーム色の天井を仰ぐと嗤うのだった。

「それに、これもまた勘なのだが私と”背徳の炎”は似ている、どうしてもそう思わずにはいられないんだ、とても、とても不思議なことに……何故かね?」










”背徳の炎”と”無限の欲望”。

元天才科学者と天才狂科学者。

片や、かつて生命操作技術に手を染め、人ならざる者へとなってしまった罪人。

片や、現在進行形で生命操作技術に手を染めている者。

まだこの時点で、二人はお互いのことを何も知らない。












































後書き


今更ながらに皆さん、あけましておめでとうございます。

前回アップした時に↑の挨拶しろって感じですよね。言い訳させてもらうなら年末年始は普通に仕事だったので、年末年始らしいことをあまりしていない所為で年明けした感覚が薄いのです。

そして、PV1000000超え、本当にありがとうございます!!!

皆さんに支えられているんだというのを改めて実感しています。感謝です!!

この作品を書き始めて既に半年以上が経過しています。春になれば一年に。この設定で最後まで書き上げることが出来るのか不安でしたが、此処まで来たならば後は今まで通り突き進むだけ。

劇中のソルではありませんが、早かったような長かったような、去年は不思議な年でした。

本編はいよいよSTSに向けて動き始めます。歩くような速さでゆっくりとだけどねwww

まあ、しばらくは空白期が続くと思いますので、生暖かい眼で見守ってください。

これからもよろしくお願いします!!!





[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期2 School Days
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/01/13 02:22


「ううぅ、ぐす」

瞳に溜まった涙を零さないように必死に堪えるが、結局失敗して泣いているなのは。

フェイト、はやての二人も同様だ。

「……ったく、お前らは」

俺はやれやれと溜息を吐きつつ、三人娘の涙をティッシュで拭ってやる。

しかし、三人は一向に泣き止まない。

そろそろ手持ちのティッシュが尽きるので、いい加減泣き止んで欲しいってのに。

「だって、だって、お兄ちゃんは悲しくないの?」

嗚咽交じりに紡がれたなのはの言葉に対して俺は非常にどうでもいい心境でこう答えた。

「いや、全く」

「お兄ちゃんの馬鹿!!」

罵倒しながら俺の胸に飛び込んできて顔を埋めると、拳を振り回しポカポカ殴りつけてくる。

仕方が無いので落ち着くまで頭を撫でてやると、やがて大人しくなった。

「……チーン」

「何鼻かんでんだテメェは!?」

慌ててなのはを引き剥がし、涙と鼻水で汚れてしまった制服の上着を周りに気付かれないようにこっそり法力を使って綺麗にする。

「お前らな、たかだか小学校の卒業式で泣き過ぎなんだよ!! 別に今生の別れって訳でも無ぇし、女子なら皆同じ学校だから今までと大して変わらねぇだろが!!」

今日は小学校の卒業式。三人娘が泣いている理由はこれだ。

だが、今俺が言ったように我らが学び舎私立聖祥大学付属小学校はエスカレーター式なので、他の中学に進学する奴はあまり居ない。高い金さえ払っていれば楽して大学まで通えるんだ。金に余裕がある親ならわざわざ他の学校へ子どもを行かせる理由が無い。

つまり、通う学校の場所が変わるだけの話。だというのに、三人娘はさっきからウジウジと鬱陶しいくらいに泣き顔だ。

「何がそんなに気に入らないんだよ?」

イマイチ理解出来ないので問う。

すると、フェイトがキッと睨んできた。

「……ソルは何も分かってない……バカ」

「この朴念仁が……」

恨みがましい視線を寄越すはやて。

「お兄ちゃんの鈍感」

痛くも痒くもないなのはの脛蹴りが入る。

全く理解が出来ない上、どうして此処まで言われなければならんのかも分からん。

ま、どうせ下らねぇことだろ。気にするだけ無駄だ。

放って置こうかな、そう思い始めた頃になってユーノに聞けばいいじゃねぇかと思いつき、視線で問い掛ける。

これまで黙っていたユーノは一つ頷くと口を開いた。

「中学校が男子校と女子校で別れるからでしょ。位置も結構離れてるし、家からだと男子と女子じゃ方角全く逆だし、今までみたいに一緒に居られなくなるからじゃないの?」

その言葉に揃って頷く三人。

確かに俺とユーノは男子校へ、三人娘にプラスしてすずかやアリサも女子校へ通うことになっていたが……

俺は頭痛に似た何かを耐えるように額に手を当てる。

視界の端に、何時ものことだという風に平然としているユーノ、苦笑いしているすずか、呆れたように腕を組んで俺達を見ているアリサが映った。

「……それだけか?」

またもや頷かれる。

ようやく三人が泣いている訳を理解すると、俺は深々と溜息を吐き、その後思いっきり息を吸って大声を張り上げる。

「ティッシュ無駄使いしたじゃねぇか!!!」

「「「酷い!!!」」」

桜が舞い散る青い空の下、俺達の小学生としての時間に終わりが告げられた。










背徳の炎と魔法少女 空白期2 School Days










中学生の制服、ブレザーを着込んだ俺は慣れないネクタイの感触を鬱陶しいと思いつつ、自室を出て居間へ入る。

「おっはよう。なかなか似合ってるじゃないかい」

エプロン姿のアルフがニヤニヤ笑いながら茶化してくるので、「うるせぇ」と返す。

朝の日課として新聞を食事前に読む為に捜すが、見当たらない。何処やった新聞? と思いながら視線を巡らせると、ソファで脚を組んで座っているシグナムが読んでいた。

シグナムの隣に腰掛けて横から新聞を奪い取る。

「何をする!? 私が先に読んでいたのだぞ」

「仕事行くまで時間あんだろお前は。だったら俺を優先しろ」

抗議の声を無視して第一紙面を読もうとすると、奪い返された。

「テメェ……!!」

「フン……あ」

直後、シグナムは何かに気付いたように俺を注視する。

「んだよ?」

「その制服、中学のものか?」

「ああ。今日から中学だからな」

「……」

「……どうした?」

「……」

「何なんだよ?」

ポカーンとしているシグナムの様子に俺が訝しんでいると、

「キャー、ソルくんが中学生の制服着てます。ちょっと立って見せてください!!」

何時の間にかすぐ傍まで近寄っていた少々興奮気味のシャマルに腕を取られ、無理やり立たされることになった。

「似合う、似合いますよ!! 色が茶系っていうのがソルくんのイメージに合わなくてちょっとマイナスですけど、高い身長とブレザーがマッチしてます!! シグナムもそう思うでしょ!?」

「……え? あ、ああ!! そうだな、その、あれだ、なかなかに男前だ、ソル」

まるで自分のことのように喜ぶシャマルと、慌てたように褒めてくるシグナム。

「そうか?」

一方俺はそんな感想に懐疑的だ。

「そうですよ。ソルくんは質が良いんだからもっと普段から着飾った方が絶対良いんです」

「シャマルの言葉は一理ある。折角人生二度目の学生生活を謳歌している最中なのだ。もっと楽しんだらどうだ?」

力説してくるシャマル、それに同意するシグナムにどう返答したらいいのか分からず、とりあえず俺は二人を見下ろしながら苦笑した。

そう。俺が二人を見下ろしているのだ。

闇の書事件で初めて出会った時は、俺の方が二人よりも身長が低かったので常に見下ろされていたのだが、今現在では俺が追い抜いたことによって、視点の高さが逆転。現在の俺の身長は百七十半ば。元の背丈まであと十センチを切っていた。

この急成長がギアの”力”の影響なのか単なる成長期なのか分からない。害は無いようなので放置している。

まあ、そのおかげでこの制服も、最近着る服にも手に入れるのに苦労させられている訳だが。

「あー!! 父様格好良いですぅ!!」

「普段のラフな格好も似合っているが、存外正装も似合うのではないか?」

生まれた頃よりもぐっと大きくなった――と言っても三歳児が五歳児くらいなった程度――ツヴァイが駆け寄り俺の足元でちょこまか動き回り、アインが微笑みながら隣に立って俺を上から下まで観察した。

「でも、全然中学生って感じがしません。なんか、やり手の若頭ってイメージ」

「確かに。中学生よりも、歌舞伎町でホストクラブをフロント企業にしている暴力団組員の幹部と言われた方が違和感無い」

「ソルくんを指名出来るんだったら毎日通いたいわ、そのホストクラブ」

「……ソルが、ホスト……ひ、日々の疲れをソルが癒してくれるのか? ……(チラ)」

シャマルとシグナムは言い分が色々と酷い癖に、期待するような眼差しを送ってくる。

「となると、さしずめ私達は極道の妻たちというところか。面白そうだから今度桃子さんに黒い和服でも用意してもらおう」

「それなら父様は”堂○の龍”ならぬ”海鳴の竜”ですぅ!! 仁義を知らないゴミクズ共を炎の拳でグシャグシャにしてやるのです!!」

そしてアインとツヴァイの言ってることが無茶苦茶だ。最早何処からどう突っ込めばいいのか分からない。ただの言葉遊びなのか、本気でそう思っているのか判別出来ないから尚のこと。

それにしても黒い和服か。シグナムがその格好で日本刀を構えるとこれ以上無い程似合う気がする。シャマルとアインがドス片手に同じ格好をしていても十分似合うと思うが。

言いたい放題言われていると、俺と同じように中学の制服に身を包んだユーノと三人娘がやって来て、皆で服装についてわいわい騒ぐのであった。










特にこれといって問題らしい問題も発生せず、無事に入学式を終え、俺達は毎日を川の流れに任せるように過ごしていく。

男子校は文字通り男しか居らず、非常にむさ苦しい空気を校舎全体が纏っていて教室そのものもなんかムサイ感じがしないでもないが、俺としては何時もの異性だらけの空間から抜け出したというのがあって新鮮だった。

同時に、聖騎士団も団員構成の大半が男で占められていた為、少し懐かしくもある。ま、単騎で遊撃ばっかしてたから他の団員達とつるんだことなど皆無だったが。

常に傍に誰かが居る状態が当たり前だったので、ユーノと一緒ではない時、つまり一人で居る時に若干の違和感のようなものを感じる時もたまにあるが、直に慣れるだろう。

決して寂しい訳では無い。断じて。此処重要。もしそうだとしたらこれまでの孤独な百五十年以上の年月は一体何だったんだと自身に問い詰めたいものだ。

新入生のほとんどが小学校からそのまま上がってきたので、誰もが通う場所が変わって女子が居なくなった程度にしか認識していないのか、あまり今までと変わらない。

こんなもんだよな。たとえ環境が変化しても、当の本人達の認識に変化があろうが無かろうがすぐに順応するのが人間だ。女子校もこっちと大して変わらないのではないか?

……そう思っていた日が俺にもあった。










入学式を終えて二週間が経過。

ホームルームが終了し俺は溜息を吐きながら鞄に荷物を仕舞う。中身は大学教授の論文やそれに準ずる書籍の類、専門書など。たまにミッドで買った本とかもある。中学生になっても相変わらず俺は先公の話や授業内容など全く耳に入れずに、知識を取り入れることに余念が無い。

放課後、たまにユーノを引き連れて図書室に寄り、何か面白い本は無いか漁るのが習慣化してきた。

今日も今日とて図書館で面白うそうな専門書が無いか探していると、唐突に頭の中に声が響く。

『お兄ちゃん』

なのは?

『どうした? 急に念話なんて』

『えっとね、今ちょっと困ってるんだ。携帯出せない状況だから』

『はあ?』

意味が分からない。何故そんな嘘を吐く理由があるのだろうか? つーか何の話だ? そもそも何故いきなり念話で携帯の話になるのか理解に苦しむ。

『とにかく助けて、校門の所に居るから』

『校門って、ウチか?』

『そう、なるべく早く』

横で読書に耽っているユーノにどういうことかと視線を送ってみる。

「早く行ってあげなよ」

見向きもせず、有無を言わせぬような返事をされてしまったので、俺は「先に上がるぜ」とだけ言って鞄を肩に掛け図書室を後にした。

なんとなく嫌な予感を首筋辺りに感じつつ、小走りで廊下を駆け抜け下駄箱で靴を履き替え校門へと急ぐ。

「……面倒臭ぇ」

思わず口から漏れてしまった言葉と共に速度が緩む。

視線の先にはなのはに加えてフェイトとはやてが居る。それは問題無いのだが、いや、男子校に女子が制服を着たまま来ている時点で問題ありか? とにかく三人自体には問題無い。

問題は、三人に必死に声を掛けている上級生達だ。

中学生という年齢は二次性徴の真っ只中であり、男子校という制度もあってか、女子に興味津々な男子というものは少なからず存在する。

で、ナンパな野郎ってのは何処に行っても沸いてくる迷惑極まりないもんであり、現に眼の前に居る訳だ。中学校の校舎で見掛けるとは思いもよらなかったが。

身内贔屓を抜きにしても三人は可愛いし、小学生の時よりも身長は伸びてずっと大人っぽくなっているのでついつい声を掛けたくなるのかもしれない。

しかし――

(……気に入らねぇ)

娘の彼氏を認めたくない父親の心境とでも言うのか、何だか自分でもよく分からんがとにかくコナかけている連中に対して無性に腹が立つ。

三人は表面上は笑顔を取り繕ってやんわりと上級生達を遠ざけようとしているが、空気が読めないのか女心が分かってないのか上級生達は諦めようとしない。

念話で助けてってこういうことかよ。携帯電話も使えないのも納得だ。こんな状況で携帯を取り出したらアドレス交換がどうたらとか言われるからだろう。

俺はやれやれと溜息を吐き、言われた通りにさっさと助けることにした。

「待たせたな」

別に意識した訳でも無いのに、口調が何故か機嫌が悪い時に出てしまうドスの利いたものになっている。

「お兄ちゃん!!」

「ソル」

「やっと来たで」

あからさまに助かったという顔になる三人に歩み寄ると、モーセの十戒のように上級生達が割れた。

「行くぞ」

何故こんな所に来たのか、問い詰めたいことはあったが今はこの場を去るのが先決だと判断し、短く促す。

たった一言で俺の言いたいことが伝わったのか、三人は無言で追従してきた。

「おい、ちょっと待て! お前急に出てきて何だよ!?」

「ああン?」

「ヒィッ!!」

馬鹿な上級生が俺達を引き止めようとしたので、やり過ぎだと思いつつもかなりマジで殺気を乗せて睨んで黙らせると、俺達は中学を後にした。





「で? なんだってウチの中学で俺を迎えに来るような真似をしたんだ?」

「えっと、もしかしなくてもお兄ちゃん、怒ってる?」

「怒ってねぇ」

「嘘だよ。ソルが怒ってる時って声のトーンが低くなるの、知ってるよ」

「ちっ」

「言い返さないってことはやっぱり怒っとるんやないか」

「俺は何しに来たんだっつってんだよ」

一つ胸中で舌打ちして、数歩離れてついてくる三人にイライラした声を出す。

背後に居るので顔は見えないが、はっとしたような空気が伝わってくるとなのはが代表して答えた。

「今日の夕方から聖王教会で私とお兄ちゃんとフェイトちゃんの三人で一緒にお仕事でしょ。だから――」

「だからウチの中学まで出張ってきたと? 俺の記憶が正しければ放課後になってからすぐに出発しなきゃいけない程時間的余裕が無かったとは思えねぇな。はやては?」

なのはの言葉を途中でぶった切ってはやてに振る。

「私は今日何にも無いから二人の付き添いや」

「そうかよ」

一応納得すると、俺は黙った。

俺の不機嫌が空気を緊張させ、誰も話さなくなり、沈んだ空気のまま家路を歩く。

路面のコンクリートを睨みながら思考する。

そもそも何故俺はこんなに不機嫌なんだ?

こいつらが俺と常に一緒に居たがるのは何時ものこと。それこそ何年もずっとこんな感じだった。中学になってもそれはあまり変わっていない。

なので、今日のことも予想出来ない訳では無かった。むしろ三人なら入学式以降は毎日のように放課後に迎えに来てもおかしくない筈。

では、改めて俺の不機嫌の原因を探ってみよう。

何があった? 何がこんなにも気に入らない? 何を認めたくない?

原因は三人であって、三人ではない。これははっきりと分かっている。

念話を受けてから一連の出来事を思い出してみると、答えはあっさり見つかった。

(ああ、なんだ)

答えは簡単。上級生達に声を掛けられているなのは達を見て「俺の愛娘達に手を出すんじゃねぇ」って心境になった所為だ。

手塩に掛けて大切に、丁寧に育ててきた娘達に近寄ろうとする害虫共。何処の馬の骨かも知れない連中がコナを掛けてきたという事実に、俺は怒っていた。

そして、俺はそんな風に怒る自分に嫌気が差したから。

これから先、あのような事態が無い訳では無い。むしろ増える一方だろう。あの局面では俺が助けるべきではなく、三人が自力で抜け出すべきだったのだ。

何時も俺がこいつらの傍に居るとは限らない。だからこそ、あらゆることに対して自分の力で何とか出来るようになって欲しい。

常日頃から兄離れして自立しろと促しているのに、言っている俺自身が何時まで経っても三人を甘やかしている。

こいつらが兄離れ出来ないんじゃない。ただ単に俺が先に妹離れ出来ていない所為で、こいつらが現状に甘えてしまっているだけのこと。

人より先にまず自分のことをする。そんな当たり前のことが俺には出来ていない。

(子育て向いてねぇってクイントに言われる訳だ)

改めてその事実に気付いた頃、家に着いたのであった。





自室のベッドに寝転がってボーッと天井を見るだけ、という不毛な行為を仕事の時間まで費やしてしまった。

<マスター、時間です>

クイーンに促されて気だるい身体を引き摺りながら地下室に向かう途中、母屋を出たところでバッタリとなのはとフェイトとはやての三人に出くわしてしまう。

先のことがあったのでどうにも顔を合わせ辛かったが、なのはとフェイトは今日は一緒に教導することになっているのでそんなことを言っている場合ではない。

準備は出来たか、そう言おうとした時、突然三人が頭を下げてきた。

「「「ごめんなさい」」」

「は?」

俺は理解出来ない事態に間抜けな声を出す。

「何のつもりか知らねぇがとりあえず顔上げろ」

三人に近寄り、それぞれの肩に手を置いて顔を上げるように促すと、ゆっくりと顔を上げた。

「……!?」

自分でもとても驚いているのが分かる。何せ、三人は眼に涙を溜めて今にも泣きそうになっているのだから。

「ご、ごめんね……何時も何時もお兄ちゃんに迷惑掛けて」

掠れた声のなのはが鼻を啜りながら言った。

「出会った時からずっとソルに付き纏って……鬱陶しいよね、私達」

手で口を覆い尽くしながらフェイトが涙を零す。

「ソルくんは目立つの嫌いなのに……ホンマ、今まで気が利かなくてごめんなぁ」

泣きながらしゃっくりし始めるはやて。

なんでこいつら泣いてて、俺に謝ってくるんだ?

訳が分からず頭が混乱してくる。

さっきのことか? 俺のさっきの不機嫌の所為か? 俺の機嫌が悪かったのは自分達の所為だと思ってんのか?

当たらずとも遠からずではあるが、こいつらが直接的に悪いんじゃない。全ては妹離れ出来ていない甘い俺自身が悪いのだ。

「違う、違うんだよ。さっきは別にお前らが学校に迎えに来たことに対して怒ってた訳じゃ無ぇ」

後頭部をガリガリかきながら事情を説明しようと試みる。

「お前らはあれだろ? 自分達が俺を迎えに来たことによって騒ぎになったかもしれなかったから俺が機嫌損ねたと思ったんだろ?」

俯き加減で頷くのを確認すると、此処までは予想が当たっていたので安堵した。

「そうじゃねぇ。俺の機嫌が悪かった直接の原因は、お前らに声を掛けてた上級生だ」

へ? と誰かの声が漏れる。

「えっと、つまりお兄ちゃんは……」

「嫉妬してただけ?」

「……嘘や」

俺は三人から眼を逸らしてどう話せばいいのか悩んでいると、

「いや、別にそういう訳じゃ、ぬおおお!?」

急に、前から後ろから抱きつかれた。

「何だ!?」

先程までの泣き顔は何処へやら、三人はこれ以上無い程美しい華のような笑みを浮かべている。

「安心して、私はお兄ちゃん以外の男性に興味なんて無いから……お兄ちゃん以外の男の人なんて、あり得ない」

「私は何処にも行かない。何時だってソルの傍に居るよ……私は自分に誓ったんだから」

「ソルくんも嫉妬するんやなぁ……今までそんなそぶり見せたこと無いから、なんや、凄く嬉しい」

とても幸せそうな三人の表情を見て、俺はあることに思い至る。



――久々に墓穴掘ったか? つーか、墓穴掘ったどころか墓石まで建ってるんじゃないかこれ?



「ち、ちが、違う、話を――」

「分かってる、分かってるから」

抱きつかれる力が更に強まる。

「話を聞けって――」

「ソル、大好き」

より密着することになった。

「俺の話を聞けっつって――」

「皆まで言わんでも分かっとるよ」

「っ!?」

はやてが俺の耳に自身の口を押し当てながら囁いた言葉。その行為によって刺激された触覚の所為で身体が勝手に反応して震えてしまう。

怒鳴ろうとして強張っていた上半身の筋肉が一瞬で弛緩する。

身体に力が入らない。

「えへへ、やっぱりソルくんって敏感肌や。しかも耳が極端に弱い」

「あ!! はやてちゃんズルイ!!」

「……ソル、はぁ」

「やめ、息を、吹きかける、な」

「私も、私もだよ!!」

どうしてこうなった!? どうしてこうなった!!!

もうこの際なんでもいいから誰か助けてくれ!!!

こ、このままでは……アッー!!





結局、ギリギリのタイミングで偶然帰宅してきた美由希によって俺はなんとか救助され、一命を取り留める。

信じられるか? こいつら、まだ中一なんだぜ……




























後書き


前回は野郎しか居なかったので、今回はその反動でこんな感じにwww

べ、別に感想版を読んで思いついた訳じゃ無いんだからね!!!

現段階でのソルの身長は、劇中にもありましたが175cmくらいです。元の身長に戻るまであと10cmを切ってます。

中学は女子と男子で分けました。原作がそうみたいなので、そこは原作準拠に。

ソルの魔力に影響されているのか、他のキャラクター達も若干普通よりも成長が早くなっている傾向あり。

基本的にソルは受け。それは作者のジャスティス!! SYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!

か~な~し~み~の♪

本編に全然関係無いけど、ソルはヴェロッサから色々な意味を含めて『先輩』と呼ばれて慕われている。ソル本人はアクセルの『旦那』を思い出すのでとても嫌がっているが。

数年前のソルの”背徳の炎”活動によりバタフライ効果が発生し、まだゼスト隊は全滅していません。

当時のスカさんは戦力が不十分だったことにより”背徳の炎”を警戒して早々にアジトを転々と変えていたことに加えて、ソルが暴れ回った所為で一部の研究に遅延が見られるから。

次回はシリアスオンリー。ゼスト隊全滅のお話。

そして、”背徳の炎”が次元世界に再来するきっかけになる場面でもあります。

さてはて、どうなることやら?




ちょっとした質問。

以前みたいに感想返しした方が良いんでしょうか?

感想返しをしなくなったのは、当時「なんか感想返しすると荒れちゃうかも」と急に悟ったからなんです。

でも、感想返しがあった方が良い、っていう意見ももらえたので……




[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期3 羅針盤は示さず、ただ咆えた
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/01/16 02:07



「最近、スバルとギンガはどうしてる?」

俺はグラスを傾けながら向かいに座っているクイントとゲンヤに問い掛けた。

酒に漬かっている氷がカランと音を立てる。

「いっつも自分の眼で見てるのに改めて聞く必要あるの? 二人共元気元気、相変わらずよ」

カラカラ笑いながらクイントが酒のつまみに手を伸ばし、それを口に放り込む。

「そうか。ならいい」

「お前は心配性だな」

赤ら顔のゲンヤは苦笑すると、グラスに酒を注いだ。

一ヶ月か二ヶ月に一度あるか無いかの頻度でミッドのナカジマ家に俺が訪問し、酒盛りをするようになってからかなり経つ。それなりに回数も重ねてきた。

こうしてお互いの近況を報告――と言っても大したことじゃないが――をして、そのままダラダラと雑談しながら酔い潰れるまで酒を飲み続ける。

呑み仲間。それが俺とナカジマ夫妻との関係を最も端的に表しているだろう。

この関係を知っている者は少ない。身内の連中とナカジマ家だけなので、クロノやリンディ達は当然知らない。そもそもプライベートの友人関係をあいつらに伝える義務が無い。

また、ナカジマ夫妻も俺のこと、つまり”ソル=バッドガイ”イコール”背徳の炎”だということを管理局に報告しようとしない。普通の友人として扱ってくれる。

勿論、教会の連中も知らない。俺達の関係は、此処数年で誰にも知られず密かに築き上げたものだ。

お互いに肩肘張らず、酒を飲みながら遠慮せず相手に言いたいことを言い合える、暗黙の了解で過干渉しないナカジマ夫妻との距離感は、俺にとって非常に気楽であり、なかなか面白いもの。

正直言って気に入っている。この関係も、クイントとゲンヤのことも。

そして、俺がこの夫妻を気に掛けるもう一つ要因がこの二人の娘、ギンガとスバルだ。

戦闘機人という生体兵器として生れ落ちてしまった娘達。何処か境遇が俺やシンに似ていて、どうしても定期的にナカジマ家の状況というものを知りたくなってしまう。

そういうこともあって、俺達は今の関係が続いている。

「仕事の方は?」

「ん~、相変わらずだけど、最近はちょっと芳しくないわねぇ」

ゲンヤが日本酒を飲んでいるのを視界で気にしながら問うと、クイントは少し表情を曇らせた。

「ほう?」

「でも、今度近い内にある施設に踏み込む予定なの。ベルカ自治領の近くなんだけど」

「ベルカ自治領?」

「あ、そっか。ソルの仕事先のすぐ近くなんだ」

手の平を合わせて一人納得しているクイントに俺は待ったを掛ける。

「そんな施設が教会の近くにあるなんて初耳だぜ?」

「まあ、あくまで地理的に見てベルカ自治領が近いってだけで、実際距離はかなり離れてるみたいだからソルが知らないのも無理ないんじゃない?」

訝しむ俺に答えるような形でクイントは手を上下に振って笑う。

それもそうか、と納得するがその施設の話は聞き捨てならない。しかも俺の仕事先のすぐ傍で。悪い芽は早めに摘むに限る。

「俺が潰しておくか?」

「ダーメ。私の隊で施設の周囲を警戒してるから、迂闊に近付いたらしょっ引くわよ」

「ソルをしょっ引くなんて真似誰にも出来ねぇと思うがな」

「それはそうなんだけど。随分前からあそこは怪しいから突入しようって眼を付けてて、今は上に許可もらってる最中だからソルがそこまで躍起になる必要は無いわよ」

ニシシシッ、と笑うゲンヤの隣でクイントが安心しろといった感じで肩を竦めた。

「許可もらってる最中って、許可が下りたらすぐにでも突入するのか?」

「あ~でも、ゼスト隊長は許可が下りなくても突入するつもりみたい」

「それ許可取る意味あんのか? つーか、そんなもん事後承諾で良いだろうが」

「私もそう思うんだけど、組織って色々と面倒なのよ。分かってるでしょうけど」

ってことは、クイントは今出撃前の待機状態ってことか? じゃ、なんでこいつ酒飲んでんだよ。

何時緊急で仕事に飛んで行かなくちゃならないってのに、酒盛りに参加するとか。神経を疑う。

ま、話の流れだと突入するのは今日明日って訳じゃ無さそうだから一安心か。

実は、俺は明日丸々一日を使って教会の騎士団員に試験をする予定があり、その事前準備の為に一人でベルカ自治領に来た。

ちなみに今日も明日も平日なので他の面子の協力は一切拒否。本業を頑張って欲しい。

しかし、事前準備は俺が泊り込みで作業をするつもりだったのに、シャッハから罰を受けることになったらしいヴェロッサの仕事となったので、来て早々いきなり暇になってしまう。

家には今日は教会に泊まると伝えてあったので少し帰りにくく、かと言って暇を持て余していたので、ものの試しにゲンヤに連絡を入れてみたら「ウチに来い」と言われる。

帰りが遅いらしいクイントの代わりに夕飯を同伴させてもらい、ギンガとスバルが寝静まったのを見計らってゲンヤと酒を飲もうとしていたらクイントが帰ってきて、そのまま酒盛りという流れになったのだ。

来たタイミングが悪かった俺も原因だが、飲むクイントも大概馬鹿だ。こういう馬鹿は嫌いじゃないけど。

クイントの豪胆さに呆れながら俺は続けて質問をぶつける。

「で、許可云々は抜きにして。何時頃突入するつもりなんだ?」

「ゼスト隊長が予定を早めるか、とか独り言言ってたから……もしかしたら明日の夜、かな?」

「「は?」」

返ってきた答えに俺とゲンヤは間抜けな声を思わず漏らしてしまった。

明日の夜だと?

「え? 私何か変なこと言った?」

「「馬鹿お前もう飲むな!!」」

ゲンヤと協力して酒を没収した後、ナカジマ家の薬箱から探し出した肝機能が向上するサプリメントを嫌がるクイントの口に無理やり捻じ込んだ。










背徳の炎と魔法少女 空白期3 羅針盤は示さず、ただ咆えた










ノートパソコンに表示されるデータ――本日騎士達にやらせた試験の結果――を眺めながら俺は独り言を吐く。

「そろそろか? それとももう終わったか?」

時計を見ると深夜十二時過ぎ。

今俺が居る聖王教会の本部から離れた場所に存在する施設。違法研究を行っているらしいそこにクイントを含めた管理局員達、首都防衛隊の中でも『ゼスト隊』と呼ばれる精鋭が突入する予定だ。

前日の夜、一緒になって酒を飲んでいたクイントのことが妙に気に掛かって仕方が無い。その所為でカリムに無理を言って今日も泊めてもらうことになる程。

今朝、体調の確認を行うと本人は至って絶好調だったから杞憂で終わると思うが。

もし今回の件でクイントがヘマかましてくれたら、俺の所為にされそうで怖い。

管理局内で捜査官という役職柄、あいつは最前線で犯罪者やそれに準ずるものとの生死を賭けた戦いを余儀無くされる。

ま、大丈夫だろう。クイントは確かに馬鹿な面もあるが、魔導師としては優秀だし、経験も豊富だ。俺が心配するだけ余計なお世話だ。

それにあいつのしつこさは俺が保証してやってもいいくらいに定評がある。

何よりあいつは死ねない。死ぬ訳にはいかない。幼いギンガとスバルを残して逝くことは許されない。あの二人にはまだまだクイントが必要だ。本人がそれを一番よく分かっている以上、あいつは何が何でも生き延びる筈。

クイントへの信頼に納得すると、俺はコーヒーを飲もうとしてマグカップに手を伸ばす。

「あ」

取っ手を掴んだ瞬間、陶器が軋む小さな音と共に取っ手が外れ、ガチャンッと破砕音を生みながらマグカップが粉々になった。

よりによってクイントのことを考えてる最中に取っ手が壊れてマグカップがお釈迦になるなんて、不吉にも程がある。

コーヒーを飲み損ねたこととマグカップを割ってしまったこと、そして不吉の前触れのような出来事に舌打ちしながら俺は破片を拾う為に屈む。



――ドクンッ。



その刹那、頭から爪先まで冷水を浴びたような悪寒が走り、あまりの怖気に全身がビクッと震える。

まるで首筋に死神の鎌でも突きつけられているような殺気にも似た嫌な予感。

毛穴が開き、汗腺から冷や汗がプワッと湧き出す。



――ドクンッ。



心臓の音が、うるさい。

脈打つ度に胸が苦しくなる。

ズキンッ、ズキンッと、何かを訴えようとするかのように鼓動する様はまるで痛覚神経のようで、なかなか収まってくれない。



――ドクンッ。



「……ク、クイント……?」

呼吸がし辛い。

ハァハァと肩を上下させながら大きく吸ったり吐いたりしているのに、肺の中には酸素が取り込まれていかないかのようで、その息苦しさに俺は顔を顰めた。

両膝と右手を床につけ、左手で心臓部分を押さえて耐える。

「まさか、これは……」

考えたくも無い。

「……ふざけるな」

頭に浮かんだ単語を一瞬で否定した。

俺の身体がギアである以上、突然の発作など考えられないし、不老不死の肉体は病気にならない。だからこれは肉体的なものが原因ではなく、きっと精神的なものか外部的なものが原因。

「クイーン!! 今すぐクイントに連絡を取れ!!!」

自分でも驚く程大きな声を上げてデバイスに命令する。

一瞬でもいいから繋がってくれ、心の底から願いを込めるも、返答は無慈悲な言葉だった。

<繋がりません。何かに妨害されているようです>



――ドクンッ。



一際心臓が跳ねる。

先程から全身を駆け巡る悪寒も、首筋を這い回る嫌な予感も拭えない。

俺はこの感覚を知っている。昔は何度も味わった。

”これ”が来た時、大抵は近くでギアの群れが街を襲っていて、慌てて現場に行ってみると既に何もかも手遅れで、地獄を見せ付けられたものだから。

ギリッと歯軋りの不快な音が頭の中で響くのを聞きながら、俺は立ち上がりセットアップしてバリアジャケットを纏う。

最低最悪なことに、俺の”これ”はよく当たる。俺の意思に関わらず、否が応でも。

だが、俺はそれがもたらす現実を認めたくない。

「畜生……畜生ぉぉぉぉぉぉっ!!!」

血を吐くような叫び声を上げながら窓をぶち破り夜空を翔る。

正確な場所まで詳しく聞いていなかった自分の迂闊さを呪いながら、クイーンに命令し魔法と法力を最大出力で行使し捜索した。

”これ”は虫の知らせだ。

ずっと昔から分かっていたとしても、認めたくなくても、俺には足掻くことしか出来ないのが……どうしようもない程悔しい。



――今夜、確実に誰かが死ぬ。



それがクイントなのか、クイントに近しい人間なのか、それとも皆死ぬのか、そこまでは分からない。

確かなのは、誰かが死ぬという事実だけ。

外れたことなどこの百五十年以上の長い年月の中で、一度たりとも無い。

一度くらい外れてくれたって良いだろ!! こんなに悲観的に、絶望的にならなくて済むんだからよ!!!

こんな胸糞悪い胸騒ぎ、士郎の時よりも酷い。それに比べれば、今味わっている感覚はさっき食った夕飯をリバースしちまいそうなくらいだ。

「クソッ、まだかクイーン!?」

<まだです>

「早くしろ!! 見つけ次第転移だ!!」

焦燥感に駆られ怒鳴りながら自分でも魔法と法力で探す。眼下を高速で流れる景色の中に怪しいものはないか見つけ出そうと必死に眼を動かす。

<それらしき建築物を五キロ先に発見、転移します>

数秒後、無機質なクイーンの声が聞こえると同時に転送魔法が発動した。




















突如襲ってきた右の脇腹の熱の感覚は、まるで焼きごてを押し付けられたような痛みを生んだ。

恐る恐る震えながら視線を向けると、金属片のようなものが生えている。

そこからじわじわと温かくて赤い液体が染み出し、バリアジャケットを紅に染めた。

背後から機械兵器の足で貫かれたという事実を理解したのは、足を引き抜かれて支えを失い、前のめりに倒れる寸前。

全身から力が抜け、顔を庇うことも出来ずに強か打ちつける。

しかし、そんなことも気にならないくらいに貫かれた脇腹が激痛を訴え続けた。

自分達は此処で死ぬのだろうか?

隊長は他の隊員を庇って重症を負ったということ以外、何も分からない。その連絡の途中で自分とメガーヌは敵の機械兵器と交戦状態になってしまった所為だ。

普段の自分達だったらこうはならなかったかもしれなかったのに。負け惜しみだと分かっていながらクイントはそうは思わずには居られなかった。

この機械兵器と戦闘に入ってから、何故か魔法が普段通りに行使出来ない。イメージ通りに魔法が発動してくれない。

高濃度のAMF。それが著しくクイント達の戦力を削ぎ落としていたのだ。

全滅という最悪の結末を避ける為、せめて隊長達と合流して撤退しようと考えたが、無尽蔵に湧き出てくる機械兵器達がそれを許さなかった。

焦りと緊張と不安を孕みながら、高濃度のAMF下での長時間の戦闘を繰り返し続けた結果、メガーヌと分断されてしまう。

やがて、メガーヌは背後からの不意打ちを食らい、倒れた。

急いで傍に駆け寄ろうとするも、大量の機械兵器に邪魔をされ、近付きたくても近付けない。

機械兵器は餌に群がるアリのようにメガーヌに集まると、彼女を抱えて何処かへ行ってしまった。

仲間が傷付けられ、連れ去られるのを歯を食いしばって見送るしか出来なかった自分の無力が腹立たしい。

倒しても倒しても湧き出てくる機械兵器の群れ。

いくら体力に自信があるクイントでも人間である以上限界というものは存在し、既に随分前から限界なんぞとっくに超えていた。

メガーヌを追うことも、自分一人で撤退することも出来ず、多勢に無勢の中、彼女はただひたすら嬲り殺しにされるように戦い続けるしかなかった。

そして、ついに自分も倒れることに。

(こんな所で……私は死ぬの?)

少しずつ意識が薄れゆくのを感じながら、クイントは自問自答する。

自分は絶対に死ねないのに。

帰りを待っている夫が、娘達が居る。

(貴方……ギンガ……スバル)

夫と二人でギンガとスバルの成長を見届けたいのに。もっとギンガとスバルのお母さんでいたいのに。

こんな所で死ぬ訳にはいかない。

家族を悲しませる訳にはいかない。自分が死ぬことによって苦しめることになる。

何より、自分はもっと皆と一緒に居たい。

それに、約束もある。



――『ギンガとスバル、大切に育ててやれ……俺みたいなのには絶対にするな。お前らが居れば、あいつら大丈夫だから』



朦朧としてきた意識でも、友人が自分に残した言葉は容易く脳裏に思い浮かべることが出来た。

(ソルと……約束したから)

破るつもりも無ければ、絶対に守ってみせると心に誓った約束。

絶対に死なないこと。家族を悲しませないこと。無事に帰ってくること。

飲み会が終わって帰る間際になると、別れの言葉と共に念話で一言二言肝に銘じるように言ってくるのだ。毎回毎回、しつこいくらいに。

それだけ自分のことを心配してくれていたのだろう。

勿論、そんなことはソルに言われなくても初めから分かっている。夫の為、娘達の為、クイントは皆に心の中で約束したのだ。

(帰らなきゃ)

動こうとしない身体を無理やり動かそうとする。幸い、生存本能を刺激された身体は命令に従いなんとか動いてくれた。

(家に、帰らなきゃ)

よろよろと介護が必要な老人のように上体を起こし立ち上がろうとしたクイントの眼の前に、今にも鋭い足を振り下ろそうとしている機械兵器が現れる。

いや、クイントが倒れた時点で既にそこで待ち構えていたのかもしれない。

どちらにしろ、もう抵抗することなど不可能だ。

避けられなければ防げもしない。

死ぬ。

(皆……ごめんね……私……約束守れない)

死神の鎌が自身に向かってゆっくりと振り下ろされる光景を見つつ覚悟を決めると、クイントは眼を瞑り――



その時、突如大地を揺るがす衝撃が施設全体に突き抜けた。



クイントは突然やってきた大地震に身体を支えることが出来ず、無様に転がり、そのおかげで眼の前の機械兵器からのトドメの一撃を偶発的に避けることに成功する。

(な、何なの?)

敵の機械兵器達も急な出来事にどうすればいいのか迷っているようにも見える。

揺れは収まるどころか益々強く、大きくなり、爆音のようなものまで聞こえてきた。

爆音?

そう。爆音だ。まるでリズムを刻むように一定の間を置いて爆音が轟き、衝撃が走り施設が軋んで激しく震える。

しかも、どんどんこちらに近付いてくる。

おまけに真っ直ぐと迷うことなく。

(上から?)

施設の地下、それもかなり下に位置する場所、現在位置であるこの階層を目指しているかのように。

この施設はとても入り組んでいて内部は地下迷宮と言っても差支えが無い程に複雑な作りをしている。

だが、爆音と衝撃はそんなもの関係無いと言わんばかりに、まるで”無理やり攻撃魔法で道を作りながら”近付いてきているようだ。

動かすのも億劫な首を巡らし、激しい揺れの所為で激しくブレる視界に天井を映す。

此処に、何か来る。

何が何だかさっぱり分からないが、失血と傷の痛みで意識を繋いでいるのも厳しい状態でありながらクイントは爆音と衝撃の正体を見極めようと瞳を細めた。

そして、耳を覆いたくなるような大爆音と衝撃と共に天井が爆砕し、炎を纏った人型の赤い光が舞い降りるのをしっかりと眼に焼き付け、



「クイントォォォォォォッ!!!」



同時に此処には居ない筈の親しい友人の声が聞こえたことに驚かされる。

「無事か!? 助けに来たぜ!!」

どうしてソルがこんな所に、そう疑問に思うよりも早く『味方が自分を助けに来た』という事実に安堵すると、精神的にも肉体的にも限界だったクイントは意識を失った。






























後書き


ゼスト隊全滅編、前半戦をお送りします。

話の終わりの方で出た描写『赤い光』のくだりで分かると思いますが、ソルは絶賛ドライン中です。

道が無ければ作ればいい、という考え方に従い邪魔するものを粉砕爆砕大破壊しながらの救出劇。実にソルらしいと思いません?

AMFに関しては次回、描いていければと思っています。


感想返しについては、まことに勝手ながら私の余裕がある時にのみ書かせていただきます。

皆さん、貴重なご意見ありがとうございました。

これからも頑張るよ!!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期4 Ignition
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/01/19 13:44



薄暗い施設内に侵入した瞬間、違和感を感じると同時に発動していた飛行魔法の出力が急激に落ちた。

「この感覚……AMFか」

かつてユーノとザフィーラとの三人でスクライアの仕事を請けたあの日、機械兵器と魔法生物の戦闘を見物していた時に感じたものと同じだ。

しかもかなり濃度が高い。以前見た機械兵器の群れとは比べ物にならないくらいに。魔導師であればこの環境下では大幅に戦力を削られる筈。

焦燥感に拍車が掛かる。

嫌な予感が的中してしまったことに眉を顰め胸中で舌打ちをし、俺は飛行魔法を止めると乾いた音を立てて床に着地、そのまま自身の足で走り始めた。

建築物の中でならこの方が圧倒的に速いし小回りが利く。

「クイーン、探せるか?」

<このAMF下では制御が難しい魔法と法力の複合魔法は使用出来ません。法力のみでの探索を推奨します>

やはりこの状況下で魔法を使うのは難しい。使えないこともないが眼に見えて出力が落ちる上、制御がより困難になる。補助専門デバイスにして半神器であるクイーンでも流石に不可能か。

法力で探すよりも魔法や複合魔法で探した方が絶対に早いのだが、無い物ねだりをしている場合ではない。

これだけAMFが強いとサーチャーもダメだろう。一応やるだけやってみるが、俺の傍から離れてしまう魔法は使えないと割り切った方が良いかもしれん。

「分かった。魔法はバリアジャケットのみで構わん。残りのリソースを全て法力に費やせ」

<了解>

確かに魔法は使い難いが、”事象”を顕現する法力を使用するのであれば問題は無い。

法力が行使されることによって引き起こされる結果は、法力使いの意思でこの世に顕れる現象だ。最初から最後まで魔力で運用される魔法と違い、発動した後はあくまで”自然現象”である。

これが魔法と法力を分かつ大きな差。

例えば、魔法は純粋な魔力として運用出来るからこそ非殺傷設定という相手を無傷で無力化する利便性を持つが、法力にそんなものは無い。

炎に炙られれば熱される。雷に打たれれば焦げる。この当たり前の自然現象を人為的に起こしているだけに過ぎないのだから。

流石に原動力となる魔力はAMF下に居れば嫌でも勝手に消費されてしまうが、法力のみを問題無く行使可能ならば俺にとっては大した問題では無い。

勝手に消費されるのなら、それを上回る量を生み出して魔力が常に潤沢な状態を保てば良いだけのこと。

「ドラゴンインストーォォォォルッ!!!」

<Ignition>

疾走しながら雄叫びを上げると全身を炎が包み、次の瞬間にはバリアジャケットのデザインが変更される。

聖騎士団の制服から袖無しの黒いタンクトップとなった為二の腕が外気に晒され、その上に襟が赤いジャケットを羽織る出で立ちに。

肉体を構成するギア細胞一つ一つが活性化し、赤く輝く。

封炎剣の鍔のギミック部分が華開くように展開する。

「行くか」

地下へと続く作りになっている為、こじんまりした外観に反して想像以上に施設の内部は広く、深い。

更に速度を上げて走り続けていると、視界の先で大量に動くものを捉えた。

あれは遺跡で見た機械兵器と同タイプのもの。どうしてこんな所に?

此処は戦闘機人のプラントの筈。機械兵器がこの場に存在する理由が分からない。

もしかして、戦闘機人と何らかの繋がりがあるのか?

ならロストロギアも? 機械兵器はロストロギアを狙っていた筈だ。少なくともあの遺跡で見たものはそうだった。

高速で機械兵器に接近しながら思考を巡らしつつ、封炎剣に炎を纏わせる。

俺を敵と見なして迎撃態勢を整えようとしているが、そんな間など与えず一気間合いに踏み込むと、封炎剣を振り下ろす。

「オラァァァァァッ!!!」

爆発と閃光、灼熱と衝撃が生まれ、それらに飲み込まれた機械兵器が数体粉微塵になって消し飛んだのを確認すると、続け様に剣を横薙ぎに振るう。

長大な炎の剣となりリーチが異常なまでに延長された封炎剣が機械兵器の群れを横一文字に焼き斬る。

それでもまだ後方には十数体と控えが居り、追加されるようにしてわらわらと何処からともなく集まって来やがった。

雑魚の癖して次から次へと、面倒臭ぇ……!!!

視界を覆い尽くす程の機械兵器の群れに、クイントの安否が心配で焦っている俺は容易くキレた。

そこを、どきやがれ!!!



「タイランレイィィィィブッ!!!」



逆手に持った封炎剣を両手で眼前に構え、振り上げた。同時に、通路を埋め尽くす巨大な爆炎の渦が発生し、全てを食らいながら突き進み、大爆発を引き起こす。

熱によって視界が歪む中、そんなものにイチイチ構って居られず俺は走り出した。

後方から追ってくる機械兵器共の足音を置き去りにして。

「何処だ? クイントは何処に居る? ……っ!?」

不安を押し殺しながら先へ進むと、管理局員らしい数人の男が倒れているのを発見。

「おい、生きてるか!?」

駆け寄って抱き起こすが、既に全員が事切れていた。

どの遺体も血塗れで、鋭くて重い刃物に貫かれたような傷跡がある。恐らく魔法が碌に使えないこの状況下で先の機械兵器に襲われたんだろう。

「……クソが」

奥歯が砕ける程歯を食いしばると、遺体をなるべく優しく、静かに横たえる。

どうしてもクイントが死んでしまった管理局員達に重なってしまう。

他の連中も、ゼストやメガーヌもそうなんだろうか?

一度しか会ったことがなく、親しい間柄ではないとはいえ、助けない訳にはいかない。

(無事で居ろよ……)

絶望的な心境の中、最悪の結果を振り払うように俺はその場を後にした。

その時――

<捜索している個体を発見しました>

待ちに待っていたクイーンからの報告に俺は足を止める。

<現在位置から前方に約五十メートル、更にその地点から真下へ二十五メートル降りた場所に身体的特長がクイント・ナカジマと99,9%の割合で合致する生物が存在します>

「そいつのバイタルは!?」

<危険域です。致命傷を負った可能性が高いと思われます。すぐに治癒を施さなければ命に関わります>

俺は最後まで聞かず、クイーンの指示にあった場所まで急ぐと、右の拳に魔力を込めた。

もう此処からまともに向かって間に合う距離じゃない。だが、直線距離なら経ったの二十五メートル。

事態は一刻を争う。無駄なことをしている暇は無い。

床をふち抜けばまだ間に合うかもしれん。

「てぇやぁぁぁぁぁっ!!」

炎を纏った拳を床に叩きつける。

爆音と共に炎が爆裂し、施設全体が震え、床が粉々に砕け崩落した。

落下しながら、今度は封炎剣を持った左の拳を振り上げ、着地と同時に振り下ろす。

一発目と同様に床を破壊して突き進む。

次も、その次も、交互に拳を振り下ろし、床を粉砕して下へ降りる。

<残り五メートル>

「これでラストォォォォッ!!!」

声と共に空中で態勢を整え、足先を下に向け炎を纏わせると、獲物を定めた猛禽の如き勢いで降下し全力で床を蹴り砕いた。










背徳の炎と魔法少女 空白期4 Ignition










鮮血によってバリアジャケットが斑に染まったクイントを抱きかかえると、俺はその場を離脱する。

出血が酷い。傷もかなりの致命傷だ。意識も無い。鼓動も弱い。すぐに輸血と治療をしないとこのままではそれ程時間も経たず本当に死ぬ。

一瞬、他の管理局員達も助けなければという考えが脳裏を過ぎったが、危篤状態のクイントを応急措置だけ施してこんな所に放置する訳にもいかない。

俺にとって優先すべきことはクイントを死なせないこと……それ以外は、後回しだ。

今日程一人でベルカ自治領に来たことを呪った日は無いだろう。歯噛みしながら腸が煮え繰り返ってくるのを実感した。

「クイーン!!」

<了解>

転移法術が発動し、”ゲート”が出来たのを確認すると一目散に駆け込んだ。

”ゲート”を潜り抜けるとそこは施設の外。此処なら魔法を使うことが出来る。

転送魔法を発動させベルカ自治領へと戻り、念話でカリムとシャッハを叩き起こし事情を説明しながらクイントに治癒を施した。

やがてカリムとシャッハが血相変えてやって来て、それ程間を置かず聖王教会付属の医療院の車――所謂救急車――がやって来る。

「応急措置はやるだけやっておいた、問題は血が足りてねぇことだ、すぐに輸血の準備を」

事前に話を聞いていただけに医療院のスタッフ達は俺の後を引き継ぐと、キビキビとした動きで作業を開始する。

「ソル様、そのお姿は一体!? というか、この方はどなたでしょうか?」

「話すと長い、後にしろ」

訝し気なカリムを黙らせると、点滴を施されたクイントの身体を再び抱え上げ、救急車の中へと運んだ。

クイントを横たえると――

「ソ……ル……」

意識を取り戻したのか薄っすらと瞼を開き、クイントが蚊の鳴くような弱々しい声で俺の名を呼んだ。

「安心しろ、お前は死なせねぇ」

内心で持ち直してきたことに安堵し、安心させるように手を握り締める。

「お前は生きてる、だから――」

「おね……が……い」

「?」

俺の励ましの言葉を遮って、クイントは唇を震わせながら必死に何か言葉を紡ごうとしていた。

「何だ?」

この状態で喋るのは身体に害があるとしか思えないが、そのあまりの必死さに負け俺はクイントの口元に耳を近付かせて意識を集中させる。

「たす、けて……メ、ガ……ヌと……ゼス、ト、たい……ちょ……お、ね……がい」

メガーヌとゼストを助けて欲しい、クイントはそう言っているのだ。

「分かった、俺が必ずメガーヌとゼストの二人を助けてやる。だから、もう喋るな」

出来る限り優しい声音でそう言うと、安心したのか眼を瞑る。

「ありが……と」

そのままクイントは再び意識を失う。

握っていたクイントの手を離すと俺は救急車を降り、医療院のスタッフに後を任せることにした。

(死ぬんじゃねぇぞ)

走り去る救急車に背を向け、俺は一歩踏み出すと転送魔法を発動させる。

視界の中でカリムとシャッハが慌てたように何がどうなっているのか説明を求めるようなことを言っていたが、既に俺の耳には入っていなかった。





先の施設に舞い戻ってくると、俺は生存者が居ないか捜索を開始する。

先程よりも奥へ、もっと下へ、施設内を駆け巡った。

探す、探す、ひたすら探す。

しかし、人っ子一人見つけられないどころか、あれ程鬱陶しかった機械兵器が一体も襲い掛かってこない。見つけることが出来たのは哀れな管理局員達の亡骸。ゼスト隊の者達だろう。

(どういうことだ?)

まるで狐か狸に化かされているような気分に陥りながらも足を前に進め、誰か居ないか探し回る。

やがて、激しい戦闘が繰り広げられた跡のようなものを発見した。

爆発か何かによって抉られた床、壁に出来ている焦げ痕、粉々に砕け散ったデバイスの部品と思わしき金属片。

そして夥しい量の血痕。間違い無く致死量だ。乾き始めていたので、床に血が付着してからそれなりに時間が経っているのだと容易に推測出来た。

此処で戦闘が行われ、誰かが死んだのは確実である。

ならばどうして死体が無い? クイントを探している途中に何度か管理局員の遺体は発見したというのに。死んだのは管理局員ではないのだろうか?

今は考えることよりも他に生存者が居ないか、メガーヌとゼストを見つけることが先決だ。

頭を切り替え再び走り出そうとした直後、突如として目前に空間モニターが現れた。

『何かを必死に探し回っているみたいだけど無駄に終わるよ。”背徳の炎”』

モニターに映し出されたのは、濃紺の長い髪と金の瞳を持つ白衣姿の若い男。ニヤニヤと人を食ったような嫌らしい笑みを浮かべ、俺をまるで観察するかのようにジロジロと無遠慮に眺める。

『それにしても意外だよ、まさか首都防衛隊にキミと繋がりを持つ人物が居たとはね。当時あれだけ管理局と関わらないようにしていたのはフェイクで、実は裏で繋がっていたのかな』

「……誰だテメェ?」

このタイミングで現れたことと言葉の内容からして、この男は十中八九敵だろう。警戒心を最大にし、身体を緊張させる。

だいたい何故俺の二つ名を知っている? こいつは数年前に俺がミッドやその周辺の管理世界で暴れたことを覚えてやがるのか? 確かに噂を耳にしてから俺のバリアジャケットと戦闘スタイルを眼にすれば一発で分かるが、もうとっくに風化した噂だと思っていた。

『私としたことが、キミをこの眼で見ることが出来た嬉しさのあまりについ自己紹介すら忘れてしまったようだね。すまない、私はジェイル・スカリエッティという者だ』

本当はこんな映像越しではなく実際に会いたかったのだが今回はこれで我慢しよう、スカリエッティと名乗った科学者風の男は唇を歪めると嗤う。

(気に入らねぇな)

第一印象は最悪だった。

だというのに、何処か酷く懐かしい。久しぶりに大嫌いな野郎に出くわしたような気分。

いや、それだけじゃない。これは、昔の俺と同じ匂い?

試験管の中身を観察するような視線が癇に障る。

『撤収は終えたのでその施設はもう既にもぬけの殻さ』

「メガーヌとゼストはどうした?」

獣の唸り声のようなものが喉から漏れる。

だが、スカリエッティという男は見る者に不快感を与える笑みを絶やさず俺の質問を無視する。

『そんなことよりも聞かせて欲しい。キミは一体何者だい?』

「……」

すっかり忘れていたが、今の俺はドラゴンインストール状態だ。ギア細胞が活性化しているおかげで全身から赤い魔力光が放たれている。薄暗闇の中、光り輝く俺は馬鹿みたいに目立つだろう。

『私としては興味が尽きないよ。キミがその状態になってから放出される魔力光といい、AMFの中でも全く減退する様子を見せない魔力反応といい、エネルギー結晶体のロストロギアに似た未知のエネルギー反応といい、不思議なことだらけだ!!』

喋っている間に興奮してきたのか、瞳に狂気を宿らせて早口になってくる。

『知りたい、解明したい。キミが一体何者なのか、キミの遺伝子がどのような構造をしているのか、何故ロストロギアのような反応が検出されるのか、私はこの手でキミの身体を解明してみたい』

「だったらコソコソしてねぇで来い、教えてやるよ……代償は貴様の命だ」

『いくら私の娘達が先程オーバーSランクの騎士を相手にその実力を証明して見せたとは言え、キミ相手に現段階の戦闘機人が通用するとは思えない。立場上、分の悪い賭けには乗ることが出来ないんだ、すまないね』

全く悪びれた様子も無く、むしろ悦に浸るような口調で男は言葉を紡ぐ。

俺は無残な戦闘の痕を一瞥する。

騎士、娘達、戦闘機人という単語で導き出された答えはとても分かりやすかった。こいつが作った戦闘機人によってゼストやメガーヌ、隊の連中が殺された。

たった一人、俺が助けたクイントを除いて。

そして理解した。こいつは昔の俺と同じだ。情熱の全てをギア計画に注いでいた昔の俺にそっくりなのだ。形は違うが、生命操作技術に手を掛けているという点では俺と何一つ変わらない。



――道理で眼つきが気に入らない、ムカつく、懐かしい……今すぐにでも殺してやりたい。



『私個人としてはもっとキミと話をしていたいが、こちらとしても事情があって時間が押している。また何時か何処かで会おう、”背徳の炎”』

施設内のAMFは切っておくよ、私達にはもう意味が無いからね、馴れ馴れしい感じでそう言ってモニターは現れた時と同じように唐突に消える。

奴の捨て台詞が証明されたことをクイーンが報告してくるが、最早俺にはどうでも良かった。

クイントにゼストとメガーヌを頼まれたってのに、二人は死んだ。

俺は二人と親しかった訳じゃ無い、一度顔を合わせた程度。他の連中なんて名前どころか顔すら知らない。だが……

何もかもが遅過ぎた。

あの時、クイントからこの施設の話を聞いた時、俺が行動していればこんなことにはならなかったかもしれない。

ゼスト隊の連中は死ななかった。

圧し掛かるような無力感と敗北感、身を焼くような屈辱感が俺を蝕む。

俺は神じゃない。

全てを救うことなどハナッから無理だというのは聖戦時代から何百回も思い知らされている。そこまで傲慢じゃない。俺一人に出来ることなど痛い程理解している。

所詮俺は大いなる海と比べてしまえば、一滴の水に過ぎない。

どんなにたくさんの砂をかき集めても、掬うこと――救うこと――が出来るのは文字通り一握りだけ。

こんな経験をするのは、こんな自虐的なことを考えるのは一度や二度じゃない。かと言って慣れたという訳でも無い、慣れたいとも思わない。

それでも、俺は――



「……クソ、クソッ……クソがああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



全てが終わってしまったそこで、俺はあらん限りの力を振り絞って咆えた。





[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期5 Keep Yourself Alive
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/01/23 01:09


違法研究施設の一件から二日が経過。

結論から言うと、クイントは一命を取り留めた。

しかし、まだ意識を取り戻さない。医者の話では少なくとも一週間以上は昏睡状態が続くらしい。

当然だ。俺があと少しでも遅れていればクイントは間違い無く死んでいたのだから。助けた俺ですら、あの時クイントが生き残るかどうか不安で仕方が無かった。

峠はもう既に越えたので、体力が回復すれば自然と眼を覚ますと言う。

深い安堵の溜息を吐く俺に対して、ゲンヤが涙を堪えながら礼の言葉と共に頭を下げてきたが――

(……畜生)

俺の心は全くと言っていい程晴れなかった。むしろ濁った曇り空のように沈んでいた。

ゼスト隊が全滅したこと。クイントに頼まれたのに救えなかったゼストとメガーヌ、何故かその二人の遺体だけ見当たらないこと。最後に、あのいけ好かねぇジェイル・スカリエッティとかいうクソ野郎を取り逃がしたことが、俺を汚泥に漬けるような気分にしていたからだ。

「ねぇギン姉、お母さん、いつになったら起きるの?」

「お母さんはお仕事で疲れてるだけだから、元気になったらすぐに眼を覚ますわよ」

「へ~、じゃあすぐに元気になってね、お母さん!!」

スバルとギンガの二人が未だ眼を覚まさないクイントのベッドに噛り付くようにして、今か今かと眼が覚ますのを待ちわびている。

まだまだ幼く純粋な子どものスバルは、クイントの現状が本当はどういうものか分かっていないのか、相変わらず無邪気だ。何故なら母親が死ぬ一歩手前だった事実を知らないのだ。

対してギンガは少し表情が硬い。スバルと違い、ゲンヤから話を聞いている。姉という立ち位置の所為でスバルより精神的に大人であるのか、時折医者ではなく俺に対して「お母さん……大丈夫ですよね?」と瞳に不安を滲ませて聞いてくる時がある。

俺はその度にギンガの頭を撫でながら「大丈夫だ、すぐに眼を覚ます」と俺自身の不安を拭うように、祈るように返した。

何時になるのか不明だが、クイントは待っていれば眼を覚ます。

だというのに、俺はベルカ自治領から離れようとしなかった。カリムとシャッハに事情を説明した上で、かなり無理を聞いてもらってナカジマ一家と共に泊り込んでいる。

ギアになって以来、俺は親しい人間の死を目の当たりにしたことがない。

親しい人間など居なかった。作ろうともしなかった。

他者を避け、遠ざけて、一定以上の距離を近付かせず、壁を作り、踏み込ませず、訴える心を無視し、感情を押し殺し、精神を磨耗させ、ただひたすら己を戦う為の道具として――兵器として――扱ってきた俺にとってそんなものは不要。いや、邪魔な存在に過ぎない。



――本音を言えば、またあの時のように全てを失うのが怖かっただけだが。



だからこそ当時の俺は常に独りだった。独りで居ることを自らに課した。

守るものも、失うものも、それどころか捨てるものさえ無かった昔の俺は、復讐と贖罪に全てを捧げることが出来たのだ。

だが、今の俺はどうしようもなく怖い。

大切なものを失うことが。

昔の自分に戻ることが。

また独りになってしまうことが。

殺すのは簡単になのに、どうして守るのはこんなにも難しいのだろう?

永遠に出ることのない答えを求めつつ、俺は友が一分一秒でも早く目覚めることを願った。

胸に燻り続ける憎悪の炎を抱きながら。










背徳の炎と魔法少女 空白期5 Keep Yourself Alive










ソルが帰ってこない。

彼がたまにフラッと居なくなって無断外泊をするのは何時ものことだが、今回は勝手が違った。

ベルカ自治領へ向かったのは知っている。仕事があったからだ。予定では一泊二日で終わる筈だったのだが、何故か一日延び、次の日にはカリムとシャッハから事情説明込みで「ソル様はある事情により当分はお戻りになられないと思われます」と高町家に連絡が入った。

その”ある事情”とやらを聞くと、クイント・ナカジマという名の管理局員が任務中で死ぬ程の大怪我をし、それを助けたソルが今も付きっ切りで彼女の傍に居ると言う。

クイント・ナカジマという人物についてはある程度聞いている。数年前にミッドチルダでソルに出来た友人だ。非常に珍しいことに管理局員でありながら、ソルが損得勘定や仕事を抜きにして付き合っている呑み仲間。

彼女が女性陣から若干嫉妬の対象になっていたりするのは余談。

更に詳しく話を聞き、高町家の全員は揃って顔を顰めた。

戦闘機人や生命操作技術といった違法研究。その施設で起きた戦闘機人と管理局の一部隊との戦闘、そして壊滅。その中でたった一人生き残った友人の重傷。どれもこれもソルが帰ってこない理由としては余りある程のものが満載だった。

まず違法研究で生体兵器を、戦闘機人を作っていたという時点でもうダメだ。この時点で逆鱗に触れるどころかいきなり引っこ抜いてしまっている。ソルは”生体兵器”というものの存在自体を『人間の穢れた欲望の産物』と考えているのだから。

次に、それを実際に兵器として運用したことで部隊が壊滅してしまったこと。聖戦でギアが戦争兵器として悪用されたことと重なってしまうので、確実にこれもアウト。

しかし、何よりも一番ヤバイのはソルの友人を傷付けたこと。ガソリンの海に燃え盛る火炎瓶を投げ込むような行為に近い。あっという間に激しく燃え広がって周囲を巻き込んで爆発するに違いない。

すぐに支度をすると全員がベルカ自治領へと跳んだ。

ソルは元科学者の癖して碌に後先も考えず感情に任せて突っ走り、一人で悩みを抱え込んで苦しむという悪癖持ちだ。放って置ける訳が無い。

アインが言うには、ソルが百年以上も”あの男”を追い続けることが出来た最大の理由は復讐という目的が存在していたからだ。

勿論、強靭な精神力と自我を持っていたのもあるが、それだけで人間の精神は百五十年以上もの孤独には耐えられない。

自分には必ず果たさなければいけないことがある、という使命感が長い年月の間彼の精神を支えていたのである。

ただひたすら己を一本の研ぎ澄まされた剣として鍛え上げ、代償として人間らしい感情を磨耗させ、戦う為に生きていた。

だが、今のソルは復讐に生きている訳では無い。心の奥底で望んでいながら、自分には決して手に入れることは出来ないと決め付けていた平穏を手に入れ、それに満足している状態だ。

そんな状態の彼が、突然過去の古傷を抉られたらどうなる?

力量ならば誰にも負けない強大な力の持ち主だが、実は今のソルは精神的にかなり不安定なのだ。

十年程度の短い時間では、それの十数倍の時間を血塗れになって生きてきたソルの心を完全に癒し切れていない。

ソル本人はそんなこと毛程も気にしていない、というよりは自覚すらしていないが、実際に闇の書事件の時にシャマルが目撃している。

まるで折れる寸前まで酷使され続けた鋭い刃のようなソルの姿を。

精神的に不安定で、強さとは紙一重の脆さや危うさが表面化してしまったのは、戦いの毎日から平穏な生活に放り込まれた所為ではあるのだが。

確かにソルは昔に比べれば遥かに弱くなったかもしれない。

憎しみを滾らせ、他者を信じることが出来ないが故に己の力だけを信じ、絶望に打ちひしがれながらも復讐を遂げる為に前に進むことを止めなかった当時の強さを持っていない。

だが、それ自体は悪いことではない。むしろ歓迎するべきことだ。

復讐鬼としての、贖罪者としての強さなど彼にはもう必要無いのだから。

とにかく、今のソルは非常に危険な状態だ。何時、何かの拍子に爆発してもおかしくない。

誰かがソルの傍に居なくてはダメだ。

放っておけば彼は憎悪に身を焦がしながら自ら定めた敵に牙を剥く。

敵がどうなろうと知ったことではない。問題は、ソルが憎しみを燃料にして戦うこと。

もしそうなれば、破壊衝動と闘争本能に身を任せて偽のジャスティスと戦っていた時のように、身も心も”背徳の炎”になってしまう。

それだけはダメだ。絶対に見過ごせない。

こんな時に彼の傍に居なくて、彼の心を守ることが出来なくて、何が家族だ。

もう自分達は何時までもソルに守られているだけの存在ではない。

今度は自分達が、ソルをしっかりと支えるのだ。











「先輩は無神論者じゃなかったの? こんな所に居るってことは、まさかウチに入信でもするのかな?」

軽口と共に乾いた足音を立ててヴェロッサが近付いてくるのを一瞥すると、椅子に腰掛けていたソルは自嘲気味に冷笑した。

「本当に神ってもんが存在して人の運命を自分の都合の良いように弄くってんなら、神なんて殺してやる」

「とても教会の大聖堂で言うような台詞じゃないね……ウチは古代ベルカの聖王様を信仰してるけど」

「逆に、祈れば何でも願いを叶えてくれるってんなら俺は何度でも祈ってやるよ」

壮絶な笑みを浮かべるソルの姿は、獲物に飢えた肉食獣にも見えるし、風が吹けばポッキリと折れてしまいそうな枯れ木にも見える。

相反する強さと弱さを内包しているという矛盾。

訓練で操る炎のように燃え滾る熱のような強さしか知らなかっただけに、ヴェロッサは内心で非常に戸惑う。

こりゃあ相当参っているな、と。同時に、犯人は絶対に殺される、とも。

そこまで詳しくないが、友人を殺されかけたらしい。冷たい印象を持つ外見に反して情に厚いこの人物がどれ程傷付き、苦しんでいるのかヴェロッサには想像も出来なかった。

ただ、それだけではないということは容易に察することが出来た。何かに悩んでいる、ということだけ。それが何かは全く分からないが。

他の教会騎士とは少し違う形だが、ヴェロッサ自身はソルと良好な関係を築けていると思っている。

その強さは勿論、常にぶっきらぼうな態度で面倒臭そうにしているのに面倒見が意外に良い兄貴分的な部分や、訓練中に細かい気遣いが出来る点、厳しい中にも優しさがある人格は尊敬に値し、男女問わず騎士達の間でソルは絶大な人気を誇り慕われているのが現状。

孤児であり同性の親族が存在しないヴェロッサにとってソルはまるで兄的な存在で、当然フレンドシップもある。

ついでに、無口でワイルドな感じが異性にモテるという点。それをヴェロッサは純粋に尊敬しているので”先輩”と呼ばせてもらっている間柄だ。

だからこそ一人で苦しんでいるソルを放っておけず、此処まで足を運んだという訳なのだが――

「クイントさんだっけ、容態はどうなの?」

「しばらくすれば意識が回復するらしい」

「そう、良かったじゃない」

「クイントだけはな」

「……」

「……」

意味深な言い方に会話が途切れてしまった。

泣いてる女の子だったらもっと上手く慰められるんだけどなぁ、そんなことを考えながらもヴェロッサはなんとかソルを元気付けようと努める。

「そ、それにしても違法研究なんて許せないよね。命に対する冒涜だよ」

「……ああ、そうだな……許さねぇ」

瞬間、ソルから放たれた怒気と殺気の鋭さにヴェロッサは咄嗟に数歩距離を取ってしまう。

「許さねぇ、許さねぇ……!!」

ミシ、ミシミシッと彼が掴んでいる椅子の背もたれの一部が悲鳴を上げ、やがて圧力に耐えかねて砕け散った。

まさか地雷踏んだ? ヴェロッサが冷や汗を垂らしてどうやって怒りを鎮めてもらおうか頭を高速回転させていると、大聖堂に向かって数人の気配が近付いてくるのを知覚する。

レアスキルの副次的な要素によって鋭敏化している自身の気配察知が捉えたものは、まさにヴェロッサにとって救いの神だった。

「先輩」

「ああン?」

「い、いや、あの、先輩の家族が来たみたいだよ」

射殺すような視線を向けられへっぴり腰になりながらも、ソルにそう進言するのであった。





「すまないが、しばらく此処は私達だけにしてくれ」

シグナムが横目でヴェロッサを見ながら口を開くと、彼は疲れたように肩を竦めて踵を返す。

最後に、皆に向かって後は頼みますと言わんばかりに小さく会釈をしてから大聖堂を後にした。

ヴェロッサが居なくなり、何時もの面子だけが大聖堂に残る。

静かで荘厳な雰囲気を醸し出す神聖な建築物の中は、一人の人間によってピリピリとした空気へと変わり、やがて呼吸をするのもままならない程の緊張感で満ちた。

「何の用だ?」

不機嫌極まりない声がソルの口から紡がれる。

皆を代表してアインが一歩前に進み出ると、両手に腰を当て呆れたような口調で告げた。

「何時まで経っても帰ってこないお前に業を煮やして迎えに来た」

「余計なお世話だ」

取り付く島も無いように吐き捨てると、ソルは興味が失せたのか皆から視線を逸らす。

まるで子どものような態度を取るソルに対して、アインはやれやれと首を振る。これではツヴァイが駄々をこねた時の方がまだマシだ、と。

「そんなにクイント・ナカジマのことが気に掛かるのか?」

「……」

ソルは無言。

「先程シスターから話を聞いたが、もう命の危険は脱したらしいではないか。何故そこまでこだわり続ける?」

「……」

「彼女以外の人間を救うことが出来なかったのを悔やんでいるのか?」

「……」

「戦闘機人か?」

「……」

「それとも、戦闘機人を作ったという違法研究そのものが気に食わないのか?」

ピクッと此処でソルが一瞬だけ反応を示した。

それを見てアインは、やはりかと小さく溜息を吐く。

恐らく今問い詰めた内容全てが気に掛かって仕方が無いのだろう。特に最後はソルの過去の汚点と重なっている。許し難いのは間違い無い。

この男は自分で思っている以上に物事に対する自責の念が強い。それはもう、人一倍に。

そもそもギア計画はソル一人によって発足したものではない。ソルに加えてアリア、そしてチーフリーダーである”あの男”、この三人を中心にして推し進められた極秘プロジェクトだ。

確かに生命操作技術に手を染めていたのは事実。違法も違法、倫理的に見て「命を冒涜している」と罵られても文句は言えない。

しかし、その過程で”あの男”の身勝手な行為によりソルがギアに改造されてしまい、後に聖戦が勃発してしまったのはソルの所為ではない。

だというのに、あれは自分の所為だと思い込んでいる節が今でもある。

それに重ねているのだ。今回の一件を、過去の自分達が犯した過ちに。

クイントが死に掛けたのも、ゼスト隊が壊滅したのも、戦闘機人のことも。

責任感が強いのは結構だが、一人で勝手に抱え込んで苦しむ姿を見せ付けられるこっちとしては堪ったものではない。

「全くお前は……何時まで過去に縛られているつもりだ?」



――人にはあれだけ偉そうに言っておいて。



放って置けばこの男はクイントが眼を覚ますまで此処に厄介になり続け、眼を覚ましたら覚ましたで今度は違法研究狩りに出向くのだ。

憎しみを糧に、かつての修羅道へと堕ちる姿が容易に浮かぶ。

アインは大股歩きでおもむろにソルに近寄り、無言のまま座っている彼の襟首を無造作に引き寄せ強制的に立たせると、

「フンッ!!」

「がっ!?」

いきなり頭突きをかます。流石のソルは想像してもいなかった暴挙に晒され碌に反応出来ずに居た。

更に仰け反ったソルの懐へ鋭く踏み込みボディーブロー。

「ぐふ」

「はああああああああっ!!!」

そして、無防備に身体を”く”の字に曲げたところに渾身の右ストレートが決まった。

成人男性、しかもかなり筋肉質で大柄と言っても過言ではないソルの身体は面白い冗談のように易々と吹っ飛び、周囲の長椅子を巻き込んで耳を塞ぎたくなる破砕音を響かせながら祭壇に突っ込み、最後にガシャンッという致命的なまでに嫌な音を立ててようやく止まった。

「あーあ、アタシら当分タダ働きだな」

「仕方があるまい。管理局での無償奉仕と同じだと思えばこれくらい安いものだ」

「いや、ヤバくない? あの壊れた祭壇、結構値が張りそうだよ」

何処かすっきりしたような表情でニヤリと笑うヴィータにザフィーラが苦笑しながら応え、その隣でユーノが若干顔を青くしていた。

「ちょっとやり過ぎのような気が……」

「あの分からず屋にはこのくらいが丁度良い」

「いいぞいいぞぉー!! もっとやれぇぇぇ!!」

シャマルが自身の頬に手を当て心配そうな表情をする横で、シグナムが機嫌悪そうに腕を組み、アルフがシャドーボクシングしながら囃し立てる。

「皆大好き肉体言語ですぅ!!」

「ツヴァイ、その言い方は語弊があるから止めとき」

何故か無茶苦茶楽しそうにはしゃぐツヴァイを、こめかみから一筋の汗を垂らすはやてが優しく諭す。

「でもお兄ちゃんかなり頭硬いから……」

「うん、ソルってなかなか自分の意見曲げないもんね」

このくらいは当然だ、と言わんばかりになのはとフェイトは頷いた。

それぞれが好き勝手言う中、カランッと音を立てて何かの破片が落ちると同時にソルが瓦礫から這い出てくる。

「一体何のつもりだ? 喧嘩売ってんのか」

突然理不尽な暴力をぶつけられ怒り心頭のソルに、アインはあからさまに鼻で笑うと挑発的に口元を歪めて言い放つ。

「だとしたらどうする?」

「……買ってやる、覚悟しやがれ!!」

瓦礫を踏み越えて真っ直ぐにアインに向かって突っ込むと、ソルは顔面に向かって容赦無い拳を振るう。

だが、突然横から伸びてきた黒い蛇のようなものによって手首を絡め取られ、拳の威力を殺されてしまった。

「っ!」

黒い蛇のようなものがアインの腰部分から生えている尻尾――ギアの力を解放した時に翼と共に顕現するもの――だと気付いた頃には時既に遅し。手首に絡みついた尻尾に投げられ視界が回り、大聖堂の床に背中から叩き付けられる。

腹に響く破壊音。大地を揺るがす振動がビリビリと建物全体を伝わり、その威力を物語った。

人類を遥かに超越した膂力を以って行使された投げは、床に大きなクレーターを生み、ソルをそこに沈めたのである。

床にめり込み痛みで顔を顰めるソルを見下ろしながら、アインは悲哀が篭った声を出す。

「ソル……私達は、お前が思っている程弱くない」

「ああ?」

訳が分からず問い返すと、彼女はソルの襟首を引っ掴んで鼻と鼻が擦れ合う程の距離まで顔を近付け、叫んだ。

「何故お前は何時も一人で抱え込む!? 何故私達に頼ろうとしない!? 人には散々俺に任せろみたいなことを言っておいて……そんなに、そんなに私達はお前にとって頼りない存在か!?」

アインの豹変にソルは頭がついていかず眼を白黒させる。

「お前が友人を傷付けられて悔しいという気持ちは分かる、違法研究に心痛めているのも分かっている、そういうものを目の当たりにする度にお前の心が荒んでいくのもよく分かっている」

何時の間にか、ソルは皆に囲まれていた。

「苦しいなら苦しいと言え、愚痴りたければ愚痴ればいい、悲しいのなら泣けばいい、一人で立っているのが辛いなら誰かに支えてもらえ……苦しむのも辛い思いをするのも嫌な目に遭うのも自分一人で構わないと思うな」

「……」

「私達は家族だろう? お互いに足りないものを補って、様々な感情を分け合って、遠慮なんてせずに迷惑を掛け合いながら支え合って生きるのではないか?」

それはかつてソルが恭也となのはに言った言葉に似ていた。

「今回の一件でお前が誰よりも悔やんでいるのは痛い程分かっている。死んでしまった者達の為にも、これから先の未来の為にも犯人達を捕まえたい、そうだろう?」

「……ああ」

「だからと言って独りでやろうとするな、憎しみで目的を遂げようとするな……お前はもう昔のお前とは別人だ。復讐と贖罪の為に”あの男”を追っていた”背徳の炎”ではない」

襟首から手が離され、アインと距離が少し離れる。

「お前は私達がよく知る”ソル=バッドガイ”だ。もう独りじゃない、決して独りにはさせない、私達がずっと傍に居る……だから、誰かを憎むのはもうやめろ」





―――『もう自分を責めるような生き方はしないで』





脳裏に過ぎったのは最後に交わした三つの約束の一つ。

俺は、無意識の内にかつての俺に戻ろうとしていたのか?

約束を破ろうとしてまで?

……なんて情けない。

(嗚呼、そうだ)

闇の書事件の時にこれでもかという程思い知ったではないか。

心の底から信頼出来る、命に代えても守ってみせる大切な存在が俺には居るということに。

確かな絆が存在するということに。

もう俺は、独りじゃないということに。

あの時気付かされたじゃないか。

だからこそもう過去には囚われないと、迷うことも怯えることもせず、皆と一緒に前を向いて生きていこうと決めた筈。

だというのに俺は――

(これじゃあどっちが保護者か分かんねぇな)

そうだ。俺はもっと周りの連中を頼ってもいいんだ。

何処かで俺は必要以上に気負っていた。

俺が支えなければ、俺がなんとかしなければ、ずっとそういう風に考えていたのは間違いで。

言われた通り――昔俺が言った通り――家族だからこそ遠慮とかする必要なんて無いのに。

巻き込みたくないから、迷惑掛けたくないから、俺のこの考え方自体がこいつらにとっては苦痛でしかないということに今まで気が付かないとは……

俺の気が付かないところで、こいつらは必死に俺を支えようとしてくれていた。

そんな大切なことに気が付かなかったという事実が不甲斐無くて、本当に申し訳無くて、どうしようもない程嬉しくて。

(分かった、今更になってようやく分かったぜ)

溢れんばかりの想いに突き動かされ、俺は立ち上がる。

「悪かった……それと、ありがとう」

皆を見渡すと誰もが安心したように微笑んでくれた。




















「これからどうするつもりだ?」

「分かり切ったことを聞くんじゃねぇよ、シグナム」

視線だけは騎士として鋭くさせながら問われた質問にソルは何時もの不敵な笑みを浮かべる。

「フッ、そうだったな。ならば我らも微力ながらお前の力添えをしよう」

「そー言うだろうと思った。ま、いいぜ、アタシもソルのこと手伝う」

「勿論私もです、足手纏いには絶対になりません!!」

「文句は言わせんぞ」

瞳を閉じて厳か宣言するシグナムにヴィータが賛同し、シャマルが気合を込めて握り拳を作り、ザフィーラが有無を言わせぬ口調でソルに告げた。

「その気持ちは嬉しいが、お前ら管理局の仕事は――」

「もうしばらくすれば無償奉仕の期間を終える。それなら構わんだろう?」

「それによ、管理局辞めた後にオメーの手伝いやってれば良いパフォーマンスになるだろ。アタシらは今こんなことしてますって」

「……一理あるな」

ヴィータの言葉にソルは顎に手を当て考え、一つ頷く。

元犯罪者である以上、管理局を辞めた後は周囲に悪いことをしていないというアピールが必要だ。その点で言えば、賞金稼ぎはなかなか良いのかもしれない。

「分かった。頼りにしてるぜ」

ソルの言葉に四人は力強く首肯する。

「ならば私はすぐに頭に血が昇ってやり過ぎるお前のストッパー役を担おう」

アインがソルの肩に手を置く。

「ああ、頼む」

「ねーねー僕達もいいでしょ?」

ユーノの言葉に振り返ると、期待を膨らませた熱い眼差しを向けてくる三人娘とツヴァイが居た。

「お前らはダメ――」

「差別だぁぁぁぁ!!」

「お兄ちゃん!!」

「ソル!!」

「なんでや!?」

「納得のいく理由を要求するですぅ!!!」

あっという間に五人に囲まれると、服や髪をグイグイ引っ張られたり、痛くない程度にポカポカ殴られる。

「どうしてだい!! アタシらじゃ不服だってのかい!!」

アルフまでもが主であるフェイトを含めた者達がソルに必要とされてないと勘違いして怒鳴った。

「そうじゃねぇ!! お前らまだ学生だろうが!! せめて高校卒業するまで許せる訳無ぇだろ、こんなヤクザな商売!!」

「アンタだって”今は”学生じゃないか!!」

「俺はいいんだ!!」

「なんで!?」

「一度は大学出てるんだよ!!!」

現在身分が学生である四人の動きがピタッと止まり、ツヴァイはこのままでは論破されると察してとっととアインの後ろに退避し、アルフもそそくさとソルから離れた。

そういえば忘れがちだが、ソルは元々優秀な科学者であり、学歴に関してならば誰にも負けない立派な過去がある。

実はこういうことに関して、ソルは桃子や士郎以上に口うるさかったりするのだ。

「じゃ、じゃあ、高校はちゃんと行くから、学校に通いながらお手伝いするのは、ダメ?」

なのはが交渉に入り、上目遣いでソルを見上げた。

「お願い、ソルのお手伝いしたいんだ」

「ちゃんと両立させたるから」

フェイトとはやても懇願する。

それに対してソルは苦虫を噛み潰したような顔をしてどうしたもんかと悩んでいると、アインが横から口出しした。

「ならば条件を付けたらどうだ?」

「条件? 例えば?」

「中学を卒業するまでにお前に実力を認めさせることが出来れば手伝わせてやればいい。逆に認めさせることが出来なければ高校を卒業するまで手伝わせない、といった感じだ」

「妙案だな。それに付け加えて必ず高校は卒業する、学業と両立出来なくなったらすぐに止めさせる、この二つも出来るってんなら考えといてやる。どうだ? 出来そうか?」

四人に問い掛けると、誰もが揃ってコクコク頷いた。

「良し、ならいいぜ」

ソルは満足気に口元を歪めると、クイーンに命令した。

「リンディとクロノにメッセージを送れ。ゲンヤにはクイントが眼を覚ましてからで構わん」

<内容はどのように?>

クイーンの問い掛けに、ソルは眼を獲物を定めた猛禽類のようにギラつかせて静かに口にする。

「『俺達に、お前らの仕事を手伝わせろ』だ」

それは、次元世界に”背徳の炎”の再来を予告する言葉であった。

































後書き


この作品の全体を通して私が一番書きたかったのは、ソルの『人間臭さ』です。

無印前、無印編、A`s編、そして今回の空白期。彼が苦しみ悩みながらも周りに支えてもらって一緒に歩いていく姿を描いてみたいと。

ソルがどれだけ強くて不老不死であっても彼は一人の人間でしかなく、普通の人と同じように凹んだり、途中で躓いたりするのは当然。

パッと見、完璧超人にしか見えないようでいて意外に子どもっぽく、我侭で強引で性格に難があり、欠点を挙げればキリがないのがソルです。

でも、だからこそ彼は”人間”で、必死に足掻く姿は非常に人間らしいと思えます。

ちなみにタイトルの「Keep Yourself Alive」はご存知ソルのテーマBGM。

元ネタはQUEENの曲、「Keep Yourself Alive」邦題:「炎のロックンロール」から来ています。


これから執筆する予定の空白期のお話


『ヴォルケンズ管理局離反編』

『エリオ編』

『キャロ編』

『三人娘進路相談=ソルVSなのは&フェイト&はやて編』

『ティーダ編』(たぶん生存?)

こんなもんかな? ネタが沸いたら追加します。



以下、全然関係ない私事を

なのはのPSPのゲーム何処にも売ってねぇぇぇぇぇぇ!!!

何処行っても売り切れってどういうことだぁぁぁぁ!!!

ま、買ってもゲームやる時間なんて無いがな!!

畜生!!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期6 Bounty Hunters
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/01/29 00:16


「今までお世話になりました」

ヴィータは自分を取り囲むようにしている”元”同僚や”元”上司を相手に、その小さな身体を折り曲げて綺麗にお辞儀をした。

「いやいや、こちらこそお世話になったよ。しかし今日でキミが居なくなると寂しくなるな」

部隊長はそう言って笑い周りの者達にも「なぁ?」と促すと、皆が揃って頷く。

いい年こいたオッサン達や若い男女の群れが一様に自分との別れを惜しんでくれていることに内心で感動しながら、ヴィータは部隊の仲間達一人ひとりに別れを告げた。

「それにしてもキミが賞金稼ぎとはねぇ……どうして賞金稼ぎなんだい?」

「賞金稼ぎをやるってのは半年くらい前から決めたことなんです……どうしても放って置けないバカが一人身内に居まして」

仕事用の敬語を使いながら少し呆れたようにヴィータは進言する。

「そのバカが賞金稼ぎとして活動し始めたのはいいんですけど、色々とそいつ無茶苦茶で、なんというか、上手く表現出来ないんですけどとにかく誰かが常に傍に居て手綱を握ってないとすぐに暴走するような奴でして」

「へぇ~、それでその人をサポートするってことかい」

「はい。アタシ一人って訳じゃ無くて、家族皆でですけど」

「その人、管理局に入局しようとは思わないの?」

「……いや、あの、入局するしない以前に性格が集団行動に全くと言っていい程向いていなくて。管理局が嫌いな訳でも認めてない訳でも無いんですけど本人曰く『性に合わん』とか、なんとか」

苦笑いを浮かべ後頭部をポリポリとかく。

「そういう訳なんでアタシらこれから賞金稼ぎとして、つーよりは何でも屋みたいなことしてると思うんで、もし縁があればまた会えると思ってます。そん時はよろしくお願いします」

そう言って、ヴィータはもう一度深々と頭を下げたのであった。










背徳の炎と魔法少女 空白期6 Bounty Hunters










レストルームで退屈そうに雑談しているソルとザフィーラに急いで駆け寄る。

「ワリィ、待たせた」

管理局の制服に身を包んだソルと狼形態のザフィーラはヴィータを確認すると揃って「ああ」とだけ答えた。

「何度見ても似合わねーな、お前のその姿」

自販機にコインを投入し缶ジュースを買いながら冷やかすヴィータに対してソルは憮然と返す。

「うるせぇな、似合ってねぇのは百も承知だ……仕方無ぇだろ、管理局内をうろつくのに普段着とかバリアジャケット姿じゃ目立つんだよ」

「バリアジャケットは仕方が無いが、普段着は赤ずくめだから目立つのだろう?」

「アタシもそう思う。お前って普通に突っ立ってるだけで目立つから今更気にするだけ無駄じゃね? その制服もわざわざエイミィに用意してもらう必要あったのか?」

「だがな――」

「別にいーじゃねーか。お前が、”ソル=バッドガイ”がハラオウン家お抱えの賞金稼ぎで、オーバーSランク魔導師の外部協力者ってのはもう半年前から知れ渡っちまってるんだからよ。いっそのことバリアジャケット姿で堂々と局内練り歩けば? 良い宣伝になるかもしれねー」

「……」

二の句を継げなくなるソルの隣に座り、ヴィータは二人と共に他の連中が来るのを待つことにした。

戦闘機人事件から半年。

管理局内にて”海”ではリンディから、”陸”ではナカジマ夫妻から、そして最後に聖王教会から外部協力者のような形を取って賞金稼ぎとしてソルが活動し始めて半年が経過したのである。

流石に情報の流れを完璧にコントロールすることは叶わず、”ソル=バッドガイ”の名は少しずつ、確実に売れていく。

今やソルは知る人ぞ知る次元を股に掛ける賞金稼ぎ。

まだ知らない者も多々居るが、数年前の闇の書事件である程度知名度があるので時間の問題と言えた。ついでに戦い方とバリアジャケット姿に関して、実際にレティ・ロウラン提督から一発で”背徳の炎”だということを見破られていた。

これ以上有名になるのを嫌ってか、ソルは管理局内を出入りする時はエイミィに用意してもらった制服を着てこっそりと契約相手(ハラオウン親子やナカジマ夫妻)に会っているつもりなのだが、一度現場で顔を合わせた人間にはバレバレである。

閑話休題。

今日でヴォルケンリッターの四人は無償奉仕の期間を終え、晴れて自由の身になった訳である。

で、何故ソルが管理局に居るかというとただ単に仕事とかぶったついでに迎えもしてやろうという彼なりの気遣いだったりする。

しばらくの間三人で今日の夕飯であるカレーについて語り合っていると、パタパタとシャマルが走ってきた。

「ごめんなさーい、遅れちゃいましたー」

「あとはシグナムだけか」

シャマルが加わり四人でシグナムを待ちつつ、俺はシーフードカレーが食いたい、いや此処は我らの脱管理局を祝ってビーフカレーだ、アタシは食えれば何でもいいけど辛さは中辛な、えー私辛口がいいですー、となんとか雑談しながら要望を載せたメールを家に送った。



二十分後。



「遅ぇ……もうとっくに終わってる筈だよな?」

待ち人が何時まで経っても来ないので流石に待つことにだれてきたのか、ソルがソファに身を沈めながら天井を仰ぐ。

「おかしいですね、いい加減来てもおかしくないのに」

頭の上にクエスチョンマークを浮かび上がらせながら、シャマルが首を傾げる。

「送別会でもしているのでは?」

「あー、あり得る」

シグナムのことだ。お別れ会めいた模擬戦とか普通にやりそうだ。

ザフィーラの疑問にヴィータが応じると、横で気だるそうにしていたソルが溜息を吐いて立ち上がった。

「仕方無ぇ、とにもかくにも様子を見に行くか。此処で待ってても埒が開かねぇ」

「え? 念話送るか電話すればいいじゃねーか」

ソルはヴィータの言葉を最後まで聞かず、「面倒臭ぇ」とぼやきながら早足でさっさと行ってしまう。

残された三人は顔を見合わせた後、ソルの後姿を眺めながらクスクスと笑うのだった。





一方その頃。

「シグナム姐さん、本当に管理局辞めちまうんですか?」

「お前達が私との別れを惜しんでくれているのはよく分かっているが、すまんな」

大方の予想通り模擬戦をしていたようで、誰もがバリアジャケット姿の中、先のヴィータのように部隊の仲間達に囲まれながらシグナムは何時もの凛とした佇まいで瞳に決意を宿らせ呟いた。

「私に背を預けると言ってくれたソルの為に、私はこの剣を振るうと決めたのだ」

レヴァンティンを掲げ、瞳を鋭く細める彼女の脳裏を過ぎるのはソルの不敵な笑み。

男女問わず皆がシグナムの勇ましい姿に見惚れていると、一人の女性局員があることに疑問を思ったのか挙手をしてから口を開く。

「あの~シグナムさん、ソルって誰ですか?」

「私にとって大切な家族であり、仲間であり、友であり、目標だ」

間を置かずに迷い無く答えると、更なる質問が飛んでくる。

「もしかして彼氏ですか?」

…………………………………………

…………………………………………

ザ・○ールド、時よ止まれ!! と言わんばかりに周囲の時間が止まり、沈黙が訪れた。

「……か、彼氏? そ、それはもしかしなくても恋人のことを言うのか!? わ、わた、私とソルが恋人関係……」

やがて壊れかけているブリキ人形みたいな動きで再起動するようにシグナムは急に慌てふためき、しどろもどろの口調になり、終いには俯き黙りこくる。

手にしたレヴァンティンがぶるぶる震え始めると、前髪から覗く頬が徐々に赤く染まっていく。

「……シグナムさん?」

「シグナム姐さん?」

「は!?」

我に返り顔を上げると、バタバタと手を振って誤魔化すように声を張り上げる。

「勘違いするな!! べ、別にまだそこまで関係は進展していない!! アイツはそういう色恋沙汰にはストイックな面があってなかなか進展しないのも事実だが、何よりアイツは皆の共通財産という同盟間での約束事があってだな、勿論いずれは背だけではなく身も心も私に預けて欲しいと――」

シグナムが盛大に自爆している傍で、「姐さんに……男だと?」とかなり凹んでいる男性局員がチラホラ居たとか居ないとか。





「あいつはもうしばらく時間が掛かりそうだから放って置こう」

訓練ルーム内で顔を真っ赤にしながら何やら喚いているシグナムとその同僚達を遠目に見つつ、ソルは踵を返す。

「悪いがお前らは此処でシグナムのこと待っててやってくれ。俺は先にリンディとレティの所に顔出してグエェッ」

「待てよ」

三人にそう言って歩き出そうとしたところ、ポニーテールのような後髪をヴィータに背後から掴まれて動きを止める。その時にカエルが轢き殺されたような悲鳴が漏れたが誰も気にしなかった。

「……いきなり何しやがる!?」

「此処まで来たんだからちゃんと迎えに行ってやれよ」

抗議の声を無視してヴィータがシグナム達を指差す。

「いや、明らかに邪魔だろ」

首を巡らせて背後のヴィータを窺うと、彼女は悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。

「あそこにソルが乱入したら面白そうじゃん」

「そう思ってんのはお前だけだ!! っていうか髪を離せ」

「……スゲー、なんで男の癖してこんなにツヤツヤなんだ? 使ってるシャンプーは同じ筈なのに……皆がお前の髪触りたがる気持ちが分かった」

「ギアだから身体が常に最適化されてるからだろ。分かったら髪を離せ」

「ツヴァイは何時もだけど、はやてもなのはもフェイトもよくお前の髪引っ張って遊んでるよな」

「どいつもこいつもことあるごとに俺の髪を玩具にして遊びやがって。この前なんてパソコンで作業してる間に気が付けばシャマルに三つ編みにされてて驚いたぜ……つーか髪を離せよ」

「ソルが三つ編み? アハハハハハ、ダサ!!」

「そんなことありません!! ただゴムで纏めるくらいなら三つ編みにして――」

「髪をはな……もういい、好きにしろ」

「何をやっているんだお前達は……」

ギャーギャーとうるさくしていたら騒ぎを聞きつけたのか、すぐ傍まで来ていたシグナムが半眼になって睨んできた。

「よっ、もーいいのかー?」

「ああ。先に遅れると伝えるべきだったな、すまない」

ようやくヴィータがソルの髪を離して問い掛けるとシグナムは首肯した。

「そういえばシグナムってソルくんと似たような髪型よね」

「いきなりシャマルは何を!? 別に、た、他意は無いぞ!!」

それ以前に二人共出会う前から似たような髪型である。たまたま似たような髪型をしているだけで、どっちがどっちを真似た訳では無い。

「嘘吐き。前にソルくんが髪切るって言った時何故か一人で反対してたじゃない。結局シグナムの要望が通って今のままだけど」

「それは……」

反論しようとして出来ないシグナムと勝ち誇るシャマルを尻目に、ソルはザフィーラとヴィータを連れてさっさとその場を黙って後にしようと試みる。

周りからの眼が痛かったからである。特に男性からの視線が。

自分達に集まる視線が語っている具体的な内容としては、なんだあの野郎、何処の所属だ? 俺達の姐さんと親しげにしやがって、ぶっ殺がす! おい、しかも隣に居るのは怪我した時に出会える白衣の女神シャマル先生じゃねぇか、両手に花だとあの野郎ぉぉぉぉっ!! なんて羨まけしからん!! 金ならいくらでも払うからそのポジション譲ってくれぇぇぇ!!!

(……面倒事はご免だぜ)

しかし、こっそりと身体の向きを変え一歩踏み出そうとした瞬間に二人が逃がすまいとソルの髪を掴む。

「……なあ、流行ってんのか? 皆の間で俺の髪を掴むのが流行ってんのか?」

ツヴァイには毎日のようにじゃれつかれて髪を引っ張られる。アインには犯罪者にトドメを差そうとして「その辺にしておけ」と引っ張られる。他の連中からも何かにつけて髪を引っ張られるのだ。

自他共にスキンシップの一環だと分かっているし、何時ものことなので最早どうでもいいのだが。

急に引っ張られるとちょっと驚くだけで別に痛くないから構わないが、男の髪なんて弄って何が楽しいんだろうか? 最近の女性陣の趣味嗜好についていけないソルだった。

「特に理由は無いが、こうするとお前は動きを止めるからな」

「なんとなく触りたくなるんです」

「……そんなこったろうと思ってたぜ」

掴んだ髪をそのまま弄り始めた二人を背後に感じて、彼は疲れたように溜息を吐いたのであった。





「はぁぁぁぁぁぁ~、高ランク魔導師が一気に四人も辞めちゃうなんてあんまりよ~」

テーブルに突っ伏して口から瘴気を発生させるレティ・ロウランは傍目から見れば、恋も仕事も上手くいかず失敗続きでネガティブになって自棄酒をした後に二日酔いを起こしたOLのようだった。

「レティ提督にはこれまで大変お世話になりました。これからはお得意様としてよろしくお願いします」

シグナムが代表して謝辞を述べてから商売人みたいなことを付け加えてレティに深々と頭を下げると、それに倣ってシャマルとヴィータとザフィーラが頭を下げる。

「アインさんにも言ったけど、皆でしっかりとソルくんの手綱を握っておいてね。私達じゃまず不可能だから」

「はい、当然です」

リンディの嘆願に、シグナムはソルの髪を握る力を強めることで応じた。

その横で「手綱……髪のことなのか?」とぶつぶつ呟くソル。

「それと、なのはさん達はどうなるの?」

「あいつらはまだガキだからダメだ」

「でも、その内そうも言ってられないんじゃない?」

「ちっ、んなことたぁ言われなくても分かってんだよ」

茶化すような口調のリンディにソルはあからさまに眉を顰めて舌打ちをする。

ヴォルケンリッターの四人がソルに協力するようになったことにより、三人娘が自分達もと思うようになるのは自明の理。

一応条件を付けたが、あの三人なら難無く条件をクリアしそうで怖い。

ソルの個人的な感情としては、自分のことを手伝ってくれるという気持ちは非常に嬉しい。だが、三人には普通に幸せを掴んで普通に暮らして欲しいとも思っているので家族としてはとても複雑だった。

三人の意思は尊重したい。やりたいことをやらせてやりたい、しかし危険なことには巻き込みたくない。保護者として兄として板挟み状態なのだ。

士郎や桃子と比べると、ソルはまだそういう部分が割り切れていない。

「まあ、どうにかして諦めさせるさ」

前髪をかき上げ難しい表情を作るソルに対して、ヴォルッケンリッターの四人とリンディは「絶対に無理だ」と口にしそうになったが心の中で留めておくことにした。







「失礼します。陸上警備隊第108部隊所属、部隊長ゲンヤ・ナカジマ、入ります」

「同じく陸上警備隊第108部隊所属、部隊長補佐クイント・ナカジマ、入ります」

自動ドアが開くと同時に堅苦しい敬礼をしながら入室してくる二人の男女。

「よう、わざわざこんな所まで来させて悪かったな」

「おっ待たせー!! つい訓練に熱が入って遅れちゃったわー」

「……何が”つい”だ。お前の所為で一時間近く遅刻しちまったじゃねぇか……」

「だって久々に身体動かしたから嬉しくって」

「はぁ」

二人に向かってソルが声を掛けた瞬間、今の管理局員としての真面目な姿は何処へ行ったのやら、やたらと親しみ溢れる態度に変わったことに誰もが苦笑する。

「身体の具合はどうだ? クイント」

「もうバッチグーよ! 完全復活ね!! ソルには本当に感謝してるわ……今までみたいに最前線で戦えないのはちょっと残念だし不満だけど」

グッ、と力強く親指を立てて豪語するクイントの背後からアイン、カリム、シャッハが続いて入室し、それぞれ名乗り挨拶した。

「私が先程クイント女史の模擬戦相手を勤めたが、お前が懸念していた後遺症も特に見られない。もう心配は要らないだろう」

「ソル様の応急処置が良かったおかげです」

「しかも今日初めて手にしたデバイスを問題無く使いこなしていました」

三人の言葉にソルは「そうか」と短く頷くだけで答える。

戦闘機人事件にて死ぬ程の重傷を負ったクイントはつい先月無事退院。ソルの懸念事項が一つ潰えた訳だが、ゲンヤの口から事件後の捜査の杜撰さについて聞かされていた為、そこまで楽観視出来なかった。

何故、地上本部で最もエース・ストライカー級が揃っていると言われていたゼスト隊が一人を除いて全員殉職したにも関わらず、徹底した捜査を行わないのか?

この時点で誰もがただの違法研究事件ではない、この場に居る全員が話を聞いて断定した。

何か裏がある。直感がそう告げている。

そもそも不可解なことが多過ぎる。まるで魔導師を迎撃する為に施設内に備え付けられたAMF発生装置、AMFを保有している機械兵器、その機械兵器が以前ロストロギアを求めていたこと、未だに遺体が発見されないゼストとメガーヌ。



――事件の黒幕は、まさか管理局内部に影響を及ぼすことが出来るのか?



キナ臭いものと目に見えない陰謀めいたものを感じ取って、生き残ったクイントをそのまま地上本部に戻すことに気が引けたソルはあることを思いつく。

クイントは唯一生き残ったが負傷したことにより魔導師としてはもう戦えない、そういう虚偽をすることに。

早い段階でこのことをゲンヤに伝え入院期間をわざと延ばし、病院が聖王教会お抱えであったおかげで嘘の報告はそのまま通った。拍子抜けするぐらいにあっさりと。

当の本人であるクイントは現場を引退ということになる。

そのことに不満がある様子だったが、此処でソルがある提案を持ち掛けた。

局で登録されたリボルバーナックルの代わりとなるデバイスを俺が用意する、だからリハビリが終わったら地上で俺が仕事をする時に手助けをして欲しい、お前だってこのままじゃ納まりがつかねぇだろ、と。

クイントは表向き最前線からゲンヤのデスクワークの補佐という立場に異動。その身はいざという時に動いてもらう隠し玉だ。

「よし、全員揃ったな……始めるぞ」

ソルはリンディの執務室に集まった面子を一通り見渡す。

アイン、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラの八神家五人。

”海”側のリンディ、レティの二人。

”陸”側のゲンヤ、クイント。

聖王教会のカリム、シャッハ。

計十一名。当初はクロノとエイミィ、ヴェロッサも参加する予定ではあったが、此処に居ないのは単に時間が合わなかっただけだ。

「まず、全ての発端はこいつだ」

クイーンに命じて空間モニターを表示させると、白衣を着た長髪の男が映し出される。

「名前はジェイル・スカリエッティ。こいつは俺のとの会話中、戦闘機人を自分の娘呼ばわりしていたことから製作者であることに間違い無い」

続いて例の機械兵器が映ったも画像が表示された。その数は二枚、一枚は事件の際のもの、もう一枚はスクライアの仕事の時のもの。

「次に、事件で出現したこの機械兵器が、以前俺達がスクライアの仕事を請け負った時に偶然眼にしたものと同タイプのものであるというのは知っての通りだな」

改めて事実を確認するように見渡すと、皆が頷く。

「つまりこいつは戦闘機人を製作するのと同時進行させて機械兵器を使ってロストロギアを求めている。ミッドで戦闘機人を、他の次元世界でロストロギアをといった風に。まあ、戦闘機人はミッドだけとは思えん……戦闘機人とロストロギアの関係性は現段階では不明、目的も不明……ただ、どれだけの危険性を孕んでいるのかくらい、言わなくても分かるな?」

皆が一様に首肯するのを黙って見守ると、ソルは続けた。

事件が起きたのは陸が管轄するミッドであっただけで、海も全く関係無いとは言えない。ロストロギアが他の次元世界で手に入れようとしている時点で海の管轄内だからだ。

むしろ陸での事件は氷山の一角に過ぎず、管理局の監視が行き届き難い海だからこそ眼に見えない場所で違法研究が行われている可能性が非常に高い。

海側がこの席に参加している理由がこれだ。

「まず俺達の間で重要なのが情報の共有化。今後の方針としては海チームは海で、陸チームは陸で違法研究とロストロギアの二点に関して些細なことでも構わない、情報を集めて欲しい。だが、深入りはするなよ。そういう時は必ず俺を呼べ。ゼスト達の二の舞はご免だからな」

「ソル様、我々聖王教会は如何致しましょう?」

カリムの質問。

「教会は海と陸のサポートに回って欲しい。特に陸の方はゼスト隊が壊滅したことによって事件の事後処理がなあなあになっちまってるし、何故か上から圧力が掛かってる所為でクイントとゲンヤはまともに動けない場合がある、特にクイントがな。そういう時にバレないように探ってくれ」

「了解しました。それならばロッサが適任だと思いますので彼にやらせましょう」

ソルの返事を聞いてカリムは一つ頷く。

「なるべく教会の人間が、査察部の人間が動いているというのを周りに悟らせないように頼む。内部犯の可能性もあるからな」

「ロッサには私からよく言い含めておきます」

気合を込めて拳を作るシャッハを見て微妙な顔をしながらも、気を取り直して続けようとした時、クイントが不安げな眼で挙手をした。

「ねぇソル……今、内部犯の可能性もあるって言ったでしょ?」

「それが?」

「レジアス・ゲイズ中将のこと……どう思う?」

レジアス・ゲイズ。殉職したゼストの親友にして上司。クイントから聞いた話によると、戦闘機人や違法研究を捜査していたゼストに対して『お前にはもっと重要な案件がある』と言い、遠ざけようとしていた人物。

ミッドチルダを守る為に地上本部の戦力増強に余念が無く、治安維持に努めているという。

反面、陸から優秀な魔導師を引き抜いていく海が嫌いで、折り合いは悪く衝突が絶えないだとか。

その名を聞いてソルの瞳が細くなり、剣呑な光を放ち始める。

「俺もそれなりに調べてみたが、良い噂聞かねぇな、あの野郎」

豪快、と言うよりも強引な印象がある政治手腕や、質量兵器を是としている点から批判も多いが結果を出しているのは事実であり、”平和の立役者”やら”地上の正義の守護者”とか呼ばれているのを思い出す。

「やっぱり怪しいって思う? 隊が全滅したのも、その後の捜査が杜撰に見えるのも、全部レジアス中将の指示なのかな?」

「怪しいことは怪しいが、俺は少し違うと思うぜ」

「え?」

戸惑いながらも頷くクイント。

「考えてみろ。本局と比べて予算や戦力、優秀な魔導師の数が少ない地上本部が、首都防衛隊の中でもエース・ストライカー級が揃っている部隊を失ってまで戦闘機人にこだわるメリットはあるのか?」

「あっ」

「結果から見ればお前以外は皆殺しにされた訳だが、魔導師に対して戦闘機人の優位性を示す為に一つの部隊を壊滅させる必要なんて皆無、ナンセンスなんだよ。戦力として優劣を比べるんだったら他にいくらでもやりようがある筈だ」

「……」

「それにゼストとレジアスは個人的な友人関係でもあったんだろ? ダチを殺して、違法研究に手を染めてまで地上の平和が大事か? もしそうだってんならそんな平和はクソ食らえだ……何より死んだ連中が、ゼストが浮かばれねぇよ」

不機嫌な声音で吐き捨てた後、ソルは気持ちを切り替える為に一度大きく溜息を吐く。

先の言葉通り、ソルはレジアスのことを調べた。ゼストの直属の上司である以上調べない訳にはいかなかった。

調べていく内に分かったことは、地上と本局の間にある深い溝と確執。

海は取り扱う事件の規模の大きさ故にどうしても考え方が大局的なものになりがちで、陸で起きる事件に対して軽視しているような節がある。

取り扱う事件の規模故に海は多くの予算と人材を確保する必要があり、それらを陸から吸い上げているような面も無きにしも非ずなので、両者の仲があまり良くないものだというのは納得せざるを得ない。

そんな不遇な状態の陸で、レジアスは良くやっている方だとソルは純粋に思う。

むしろ眼の前の事件を決して”小さな事件”と捉えず、必死に足掻く様は好感を覚える。

基本的にソルは組織の考え方が気に入らない。

組織というものが個を優先するということはまず無い。常に大局を見据え、必要最小限の犠牲で最大の成果を得る。それが組織として正しい在り方だ。そこに一個人の感情や意見は入らない。入ってはいけない。だからこそ”組織の人間”は個人的な感情で動かない。

頭ではそれが正しいと分かっている、理解している。しかし、ソルは一個人として納得出来ないのだ。

何かを、誰かを”必要な犠牲”と称して見過ごすことがどうしても出来ない。それがソルの最大の欠点であり、最大の美徳でもある。

故に彼はかつて”木陰の君”を見逃し、何度も助け、カイや他の者達と同様に庇い続けた。そういう点は”こっち”に来てからでもあまり変わっておらず、PT事件の時のフェイトとアルフ、闇の書事件の時の八神家にもお節介を焼いた。

ソルにとっては世界云々などよりも眼の前で苦しんでいるものを救うことの方が遥かに優先度が高く、世界なんてものは二の次ではっきり言ってしまえばどうでもいい。

なので、多少強引に感じる政略的な手法でミッドの治安を必死になって維持し犯罪を減らそうとしている様は、ソルにとって悪くないものである。

少ない犠牲すら許すことの出来ないレジアスだからこそ、地上の予算や人材の獲得、戦力強化を図ろうとしているのは理解出来る。確かに本局と比べれば地上は貧弱だから。

かと言って、いくらなんでも戦力欲しさに違法研究に手を出すだろうか? 友人とその部下がそういうものを追っていると知っていて?

実際に会って話した訳では無いのでなんとも言えないが、普通なら手を出そうとは思わないだろう。

そんなことをすれば本末転倒、今まで何の為にやってきたんだと問い詰めたい。

もしかすると、レジアスも何らかの圧力を掛けられているのではないか?

それがレジアス個人に対するものなのか、地上本部上層部に向けられているのか知らないが。

ゼストに対して戦闘機人の件から手を引けと言っていたのは、圧力に対するせめてもの抵抗では?

……考え始めると泥沼だ。

レジアスから黒い噂が出ているのは事実だが、ゼスト隊を邪魔者として消す理由がイマイチ理解出来ない。それに加えてクイントは事件から半年経ったってのに口封じされていない。

事件の事後処理はお粗末そのもの。

確証の無い噂は権力争いや派閥争いでよくある話ではあるが、火の無いところに煙は立たないと古来から言う。叩けば埃が出てくるかどうかは叩いてみるまで分からない。

(まあ、今は様子見だな)

トカゲの尻尾切り、という可能性も高いのであまり構っていられない。

そう結論付けると、改めて皆に向き直った。

「海チームは基本的に今までの仕事内容と変わらないが、違法研究に関しては最優先で俺達に情報をくれ。戦力が欲しければ俺達か教会に要請しろ、すぐに向かわせる」

「ロストロギアに関しては?」

レティの質問にソルはもう一つモニターを表示させる。

「ロストロギアに関してはスクライア一族と連携して封印、回収に当たって欲しい。先方には既に話を通してある。無限書庫で働いているのもスクライア一族が大半だから、もし何か情報が欲しい場合はそっちを頼れ。こちらも同様にお前達を最優先にするように言ってある」

スクライア一族の連絡先などのデータを閲覧しながら、リンディとは内心で舌を巻いていた。レティなんてヒュ~ッと口笛を吹くくらいだ。

「次に戦闘機人だが、こればっかりは詳しく知らん。俺もクイントも実際にこの眼で見て戦った訳じゃ無いからな……次はAMFだが――」

こうしてプレゼンのような形で始まった会議は一時間程続いた。










「やはり問題はAMFだな」

腕を組んで溜息を吐くソルに皆が賛同する。

話し合った結果、最終的にAMFをどうにかしない限り魔導師では戦闘機人どころか機械兵器にすらまともに太刀打ち出来ないという話になった。

「そういえばソルは私を助けてくれた時、どうやってAMFを克服したの?」

「俺がAMFの処理能力限界を超える魔力量を保有していた、それだけだ」

「そっか……って、どんだけ魔力持ってるのよ!!」

クイントの叫びは実に最もな意見である。

「俺のことより、AMF対策で誰か良い案はあるか?」

「陸はこんな機械兵器が街中で大量に現れたらお手上げだ。ただでさえ海と比べて魔導師ランクの平均値が低い。AMF状況下で戦闘することなんてそもそも前提としてねぇ」

ゲンヤの苦言を聞いてから首を海チームに向ける。

「こっちも陸と同じようにAMF対策なんて碌にしてないわ」

「もし対策を取れたとしても、AMF下で戦闘可能な魔導師を育成するにはコストと時間が掛かり過ぎる上、適性の問題もあるからあまり期待は出来ないわよ」

レティとリンディはすなまそうに首を振った。

「ちっ……質量兵器は当然ダメなんだろ?」

舌打ちしながら問い掛けると、カリムが額に手を当て眼を瞑って答える。

「はい、新暦以来質量兵器が原則禁止となりましたから、今は何もかもが純粋魔力頼りです」

「ハッ、質量兵器は禁じられた技術ってか。魔導師じゃなくてもロケットランチャーがあればあの程度の装甲しかねぇ機械兵器なんざ楽に破壊出来るんだがな」

魔法主義社会の弊害だな、と苛立たしげに吐き捨てた。

ソルの故郷も法力が理論化された当時、科学技術は環境に悪影響を及ぼす旧世代の技術として世界的に保有することを禁止され、ブラックテックと呼ばれた。

まあ、人々が知らないところで秘密裏に使われていたが、百年続いた聖戦のおかげでそのほとんどは失われたも同然である。

武装科学皇国ツェップが失われた科学技術を取り戻そうと躍起になっているのは余談。

「いや、これはもしかしたら今の社会に対する反逆か?」

反逆? と皆が疑問に思う中、ソルは思ったことを言葉にする。

「AMFがある限り魔導師の戦力は著しく減退する、そんな中で魔導師以上に働くことの出来る戦闘機人と機械兵器。魔法主義社会のこのご時世、まるで魔導師なんて要らねぇとでも言うように、な」

沈黙が降り、誰もが黙りこくる。管理局で勤めているからこそ、魔法主義社会が持つ歪みを実感しているのだろう。

魔法の適性が無ければ、どんなに努力しても戦場には出れない。

適性があったとしても、余程の功績を挙げない限り才能が無ければ這い上がるのは難しい。

逆に言えば、魔法の才能があればどんなに若くて子どもでも上に行くことが出来る。

管理局内でのステータスは全て、魔導師として実力があるか無いか、これで大きく左右されるのだ。

勿論、才能=実績ではないし、これが全てではない。実際に魔法の適性を持たないゲンヤやレジアスは高い地位に就いている。

ソルが元居た世界でもこれは変わらない。

合法非合法問わず、法力使いとして腕が良ければそれなりに給金の良い職種に就くことは出来た。

世の中平等なんてものは存在しない。持っている者と持っていない者というのは必ず現れ、格差が生まれる。

これは魔法に限った話ではない。どんなことにでも言えること。

人は常に自分と他人を比べて見てしまう、優劣をつけたがる生き物だ。”力”ある者は無い者を見下す、無い者はある者を妬む。これはどうしようもないことだ。

AMFはそんな格差社会である魔法主義に真っ向から挑戦状を叩き付けているようにも見える。

「……まあ、個々人の練度を上げればなんとかならねぇ訳じゃ無ぇ。この話はまた今度だ」

幸い、AMFは魔力の結合を分解するだけで、術式そのものをキャンセルするものではない。術式の構成そのものを阻害するタイプの法力――ジャミング――と比べればまだマシだ。

「今日はこれで終いだ。これからは通信越しでのやり取りになる。定期連絡を忘れるなよ」

こうして会議は終了することになった。




















『おめでとう!! 脱管理局!!!』

という名目で始まったドンチャン騒ぎは翠屋で一次会を終え、地下室へと場所を移し二次会に突入した。

そこまでは良かったのだが、一次会でアルコールを口にしていなかった者達が二次会で調子こいてそれを摂取してしまったことから事態は乱痴気騒ぎへと移行。

羽目を外し過ぎて過激な行為に及ぶもの続出。酔った勢いに任せて過剰なスキンシップを求める者が次から次へと……

途中で何の脈絡も無く糸が切れた人形のようにリタイヤする者がポツリポツリと出始めて、死屍累々となっていく地下室をソルは悟り切ったような眼で見ているしかなかった。

「ソルの背中は~、私が、守る、ぞ~」

うわ言のような口調で紡がれた言葉とは裏腹に、強力なツインバーストでソルの背中を攻め立てるシグナムは、妖怪子泣き爺のように背中に張り付いたまま体重を掛けてきて離れようとしない。

もう意識があるのか無いのかすら判別出来ない。

他の連中も似たり寄ったりで、投げ出した両足は完全に拘束され、動かせない。

しかも、夕飯がカレーだったのでカレー臭がする。おまけに酒臭い。

地下室は散らかり放題。あっちこっちにゴミやら空き瓶やら空き缶やらが散乱している。

色々と酷い。泣きたくなってきた。

「酒を飲むなとは言わねぇ……だがな、呑まれてんじゃねぇよ……」

そうだ、禁酒令を出そう、その為には俺も当分禁酒しよう、と心の中で誓うソルだった。












































とある某所にて。

「ハハハハハハ、アーッハハハハハハハハハハハハ!!!」

一人狂ったように笑い続ける白衣の男。その名をジェイル・スカリエッティと言う。

「……またドクターは発作を起こしているのか」

三番目が疲れたように額に手を当て溜息を吐く。

部屋に入室してきた彼の娘達は何時ものことだと分かっていながら、生みの親のあまりにも鬱陶し過ぎる発作にいい加減辟易していた。

「やあっ! 皆揃ったね、ドゥーエからの報告を聞いたかい!? ついに彼が、”背徳の炎”が、”ソル=バッドガイ”が動き始めたことを!!!」

大画面の空間モニターを背に両手を広げるジェイルは、狂喜しているような笑みをその貌に張り付かせて声高々に叫ぶ。

映し出されているのは全身を赤く輝かせ、紅蓮の炎を身に纏い、機械兵器を次々と蒸発させているソルの姿。

「ククク、彼は実に素晴らしい。まさか闇の書事件で一時期有名になった魔導師”ソル=バッドガイ”が”背徳の炎”と同一人物だったなんて思いもしなかった」

「あのドクター、その話、もう三十回目です」

五番が呆れたように進言したが聞いていない。

「恐らく、いや、確実に彼はPT事件にも関わっている筈だ!! 公式の記録には残っていないが闇の書事件が発生したのと同じ管理外世界で、半年前に起きたPT事件に彼程の魔導師が関わっていない訳が無い!!」

「ですから随分前から何度も――」

「プレシアと相対した時彼は一体どんな心境だったのかな? モニター越しに私を見る彼の眼が憎悪に塗れているところからして……フフフフフ」

「……」

どうやら止めるのは無理と諦めたらしい。

「彼を見たまえ! スキャナを通して見れば驚愕すべきことに全身のありとあらゆる細胞が活性化し、リンカーコアと全く同じ、否、それ以上の役目を果たしている!! こんなことは人間では決してあり得ない!!!」

「つまり人間じゃないと?」

続きを促さないと終わらないのでさっさと続きを促す。

「そうだよチンク、彼の憎悪の理由が判明したのと同時に分かったことさ。彼が違法研究を憎む最大の理由は自身もその犠牲者であるからだ!!」

モニターに映るソルの眼は真紅に輝きながら殺気を放っていた。

画面越しなのに、過去の映像なのに殺意を間近で感じるのだ。その姿を何度も眼にしたとはいえ、あまり気分が良いものではない。

「彼を作った人物は私など足元にも及ばない程の天才だろう。画像を見る限りAMF下で、これ程莫大な”力”を継続的に使用しているというのに非常に安定している……非の打ち所が全く無いんだ。今製作中のレリックウェポンなんて彼と比べることすらおこがましい」

上には上が居るものだね、と自嘲するようにスカリエッティは笑う。

「だが私は諦めない、どれだけ時間が掛かっても何時か必ず、私はこの手で彼を超える存在を作ってみせる」

大きく息を吸うと、天才狂科学者は高らかに声を張り上げた。



「彼こそが、人型生体兵器の究極形にして、私の理想像だ!!!」





[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期7 雷との縁
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/02/04 00:50
「御託はっ、要らねぇ!!」

少年の眼の前で、人が火達磨になって吹き飛びゴミのように壁に叩き付けられて沈黙した。

ピクリとも動かなくなったその人物――男――は、少年を毎日実験動物のような扱いをしていた違法研究者の内の一人。

周囲にはそれと同じ末路を辿った白衣姿の男達が死屍累々と転がっている。

死んでいるのかそうでないのか、少年には判別出来なかった。しかし、そんなことは最早どうでもよかった。

「……クソが」

今しがた部屋に入ってくるなり違法研究者達を片っ端から火達磨にした張本人である長身の男は、手にした剣を床に投げつけるように突き立て忌々しそうに吐き捨てる。

男は呆然としている少年に近付くと、やや乱暴な手つきで少年の身体を拘束する革ベルトや拘束器具を外し、それらを一つに纏めると手の平の上で焼き払う。

今まで自分の自由を奪い、苦しめていたものが眼の前で焼かれていく。そんな光景に少年は眼を大きく見開き視線を釘付けにする。

紅蓮の炎。

それは何もかもを焼き尽くし灰に変える”力”を持っていながら、少年にとっては冷え切った自身の心と身体を暖めてくれる優しい光だった。

僅かな時間ではあったが、紅蓮の炎は少年の記憶に、心に、魂にその存在を刻み、文字通りしっかりと焼き付けていた。

やがて炎が消え、男の手の中には何も残らなくなる。

拘束具が蒸発してくれたことに安堵すると同時に、温もりを与えてくれた炎が消えたことに残念だと少年は思った。

「フン」

つまらなそうに男は鼻を鳴らすと、少年に背を向けて歩き出そうとする。

その時、少年は自分でもよく分からず咄嗟に手を伸ばし男の服の端を掴んでいた。

「ああ?」

立ち止まり、訝しげに振り向く男。

視線が絡み合う。

男の射抜くような鋭い視線にたじろいでしまうが、それでも手は離さなかった。

不思議と恐怖は無かった。確かに眼つきはこれ以上無い程怖かったが、男が自分を助けてくれたのは分かっていたし、ほんの十数秒とはいえ与えてくれた暖かさは優しかったから。

故に離さなかった。離したくなかった。男に自分の傍に居て欲しかった。これも理由はよく分からない。

「……ガキ、名は?」

やれやれと溜息を吐きながら男が問う。

「エリオ、エリオ・モンディアル」

それに対して掠れた声で返す少年。

これがエリオにとって運命の出会いだった。










背徳の炎と魔法少女 空白期7 雷との縁










SIDE シャマル



苛立たしげに足と腕を組んで椅子に座っているソルくんは誰の眼から見ても不機嫌だ。

相変わらず鋭い眼つきを更に鋭くさせ、醸し出す雰囲気はストレスを溜め込んだ肉食獣のようで非常に近寄り辛い。迂闊に触れれば牙を剥きそう。

どんなに肝っ玉が据わった凶悪犯罪者であろうと、今のソルくんに一睨みされれば泣いて命乞いをするくらいに。

場所はアースラの小会議室。

ソルくん、私、ザフィーラの三人で先の違法施設に突入した。それからアースラに連絡して到着を待ち、引継ぎを終え、ソルくんが保護した時点で気を失ってしまった子どもを医務室に担ぎ込んで今に至る。

ちなみにザフィーラは保護した子ども、エリオくんの傍に居る。

こんな状態のソルくんを人目に晒せば他の方達の迷惑になるだろうから、私がリンディさんにお願いして二人っきりにさせてもらった。慣れない人が不機嫌なソルくんと同じ空間に居れば、それだけで仕事にならないだろう。

彼が不機嫌なのは無理もない。先程踏み込んだ違法研究所が原因だ。

小さい子どもに対して人体実験を行っていたという、許し難い行為に平気な顔をして手に染めていた違法研究者達。

保護した子どもがフェイトちゃんと同じ『プロジェクトF』から生まれた特殊クローンであること。

病死した”本物のエリオ・モンディアルくん”の代替物として、彼の両親は違法研究のプロジェクトFに手を出し生み出したにも関わらず、いざそのことがバレると彼をあっさり見離したこと。

不機嫌の最大の理由がこれ。特に最後のが致命的なまでに酷い。自分の都合で生み出しておきながら責任放棄したことがソルくんの逆鱗に触れている。

その両親にとってエリオくんは”本物のエリオくんの代わり”でしかなかったから。

無理もない。誰だってこんな話を聞けば気分が悪くなる筈。

何よりソルくんは生命操作技術に対して激しい嫌悪感を持っている。昔の自分と重なってしまうだけに尚更。

ソルくんの過去と気持ちを知っている私としては、少しでも彼の荒んだ心を癒してあげたくて。

こちらに背を向けて虚空を睨んで座っているソルくんを出来るだけ優しく、ゆっくりと後ろから覆いかぶさるように抱き締めた。

「……」

「……」

嫌がる素振りもされなければ抵抗もされない。それなりに同じ時間を共に過ごしてきたし、何度もこういう風にスキンシップを重ねてきた。ある程度の域まで踏み込めるくらいには親密な関係だという自負がある。

それに、もし本当に嫌ならとっくに振り払われている。ソルくんは心の底から嫌なことに対して我慢する程我慢強くない。だからきっと大丈夫。

「……」

「……」

二人だけの空間で、お互いの体温を感じながらしばらく時間が経つと、ソルくんが疲れたように溜息を吐いた。

同時に、空間を支配していた彼の不機嫌が霧散することに私は少し安心する。

「悪ぃ」

「謝らないでください」

「……自分でも分かってんだよ。起きちまったことは仕方無ぇ、今俺が此処で当り散らしても意味は無ぇ、現実は変わらねぇってことくらい」

「はい」

「だからって俺は割り切れる程人間出来てねぇ。今までもずっとそうだった。気に入らないもんは全て叩き潰して生きてきた」

「分かってます、分かってますから」

抱き締める腕の力を少しだけ強くした。すると、強張っていた彼の身体がリラックスするように力が抜けていくのを実感する。

「”こっち”に来てから何度も思い知らされたぜ……独りの時と比べたら、誰かが傍に居てくれるだけで随分違うんだな」

「私達はその為に居ます」

「そうだったな」

纏う雰囲気が一気に柔らかくなり、フッと何時ものように苦笑するのを感じると、私は心の奥底から言い表せない程大きな歓喜の渦が湧き上がってくるのに気付く。

私でも支えることが出来るのなら、これからもずっとこんな風にこの人を支えていきたい。優しさで包み込んであげたい。

想いを込めるようにもう少しだけ腕の力を強くすると、私達はクロノくん達が入室してくるまでそのままで居た。





「あのガキは保護施設行きか」

「ソルは納得出来ないか?」

「いや、妥当だと思うぜ」

先を並んで歩くソルくんとクロノくんの会話。

話している内容は今回の件で保護したエリオくんのこと。

今更両親に返す訳にはいかないし、ていうかそんなこと絶対にソルくんが許さないだろうから、天涯孤独の身となってしまったエリオくんは可哀想だけど管理局の保護施設に預けられることになった。

私達は最後にエリオくんの姿を一目見ようと足を医務室に向けた。

「まあ別に悪い場所じゃない。先の違法施設と比べたら遥かに人間らしい生活が送れるさ」

「だと良いがな」

「ん? 納得してる割には随分懐疑的なこと言うじゃないか。エリオがプロジェクトFから生まれたことを気にしているのか?」

「……かもしれん」

「かもしれんって、気にしてるじゃないか」

「うるせぇ」

「……全くお前は」

ソルくんの態度にクロノくんは肩を竦めると口を閉じ、会話が途切れる。

誰も無駄口叩かず歩き、廊下を四人分の足音が響く中、不意に魔力反応を感じた。それも二つ。私達の進行方向からだ。

一つは慣れ親しんだザフィーラのもの。もう一つは――

「っ!!」

「あ、ソル!!」

四人の中で誰よりも反応したのはソルくん。彼は魔力の源に向かって踏み込むと弾かれたように駆け出した。

一体何事? アースラ艦内の訓練ルーム以外で誰かが魔法を使っている? 波動からして攻撃魔法、場所は医務室だ。

え? 何がどうなっているの?

出遅れた私とクロノくんとエイミィは何が起こっているのか確認する為に、小さくなりつつあるソルくんの後姿を慌てて追いかけた。



SIDE OUT










「うああああああっ、僕に、僕に触るなああああああああ!!!」

自動ドアが開くと、絶叫と共に飛んできたのは雷撃。

カイやシン、そして最近のフェイトが操るものと比べれば静電気と言っても過言ではないそれを、俺は片手で受け止めると振り払い、室内に踏み込む。

雷撃を飛ばしてきた張本人は錯乱しているのか知らんが、全身を帯電させると所構わず雷撃を飛ばす、という行為を繰り返していた。

「ザフィーラ!!」

「此処だ」

声に応じたザフィーラは倒れ伏した医務官二人を庇うようにして防御魔法を展開し、部屋の隅で仁王立ちしている。

「何があった?」

「俺にもよく分からん。眼を覚ましたエリオが突然暴れ出し、魔法を使って医務官を攻撃した。医務官は幸い気絶しているだけ怪我は無い」

「それだけか?」

「そう睨むな。混乱しているのは俺も同じだ」

「ちっ、とにかく俺はこの雷小僧を止める」

俺は今も尚泣きながら魔法を行使するエリオに近付く。雷撃が飛んでくるが気にも留めない。片手でうるさい虫けらを払うように叩き落とし間合いを詰める。

手を伸ばせば届く距離になり、俺はエリオの両手首を掴んだ。

「その辺にしとけ」

「っ!!」

両手首を掴まれたことによって我に返ったのか、エリオは呆けたように急に大人しくなり、視線を俺から外さず、口を金魚みたいにパクパクさせながら動かなくなる。

「……?」

それに対して俺は訝しむ。いきなり暴れ出したくらいなんだからもっと抵抗すると思ってたんだが、こうもあっさり落ち着くとは予想外だ。

「……」

「……」

お互いに無言。態勢はそのままに二人で固まっていると、背後からシャマル達が近寄ってくるのが分かった。

「何が起こった?」

さっきの俺と全く同じリアクションをするクロノにザフィーラが説明しているのが聞こえてくる。

「あの、とりあえず手を離したらどうですか? もう収まったんでしょ?」

「……あ? ああ」

横から顔を覗かせるシャマルに促されて俺は手を離し、片膝をついてエリオと視線を合わせる。隣でシャマルも正座するように両膝を床につき俺に倣った。

「で、どうしていきなり暴れ出したんだ?」

「……」

エリオは答えない。身体を震わせ、俯き、表情が見えなくなる。

「怖かったんですよね? また自分が酷いことされるんじゃないかって思って」

シャマルの問い掛けにも答えなかったが、それでも彼女は気にせず語り掛ける。

「もう大丈夫です。エリオくんをイジメたり、苦しめたりする悪い人達は居ません。ソルくんが一人残らず消し炭にしましたから」

「人聞き悪ぃこと言ってんじゃねぇ、殺してねぇぞ」

「ちょっと黙っててください」

「……」

「安心してください。此処にはエリオくんに酷いことをする人は居ません。私達は貴方の味方です。信じてください」

優しい声で柔らかく微笑むシャマルを見て、顔を上げたエリオは戸惑ったように俺に視線を向ける。

「……ま、そういうことだ」

なんとなく手を伸ばしてエリオの頭を撫でると、エリオは驚いたようにその瞳を大きく見開き、やがてポロポロと涙を零し始めた。

声を押し殺して泣きじゃくるエリオをシャマルがあやすように抱き締める。

「やれやれだぜ」

俺はその様子を微笑ましく思いながら溜息を吐いた。










「で? この子、エリオだっけ? 連れて帰ってきちゃったのか? フェイトとアルフとユーノの時を思い出すなー」

「あの時は驚いたわね~」

「……成り行きでこうなった」

呆れているのか感心しているのかイマイチ判別出来ない口調の士郎と、相変わらずの微笑をたたえる桃子を眼の前にして、俺は額に手を当て頭痛を堪えていた。

場所は高町家の玄関前。士郎と桃子だけを家から呼び出してエリオについて説明し終えたところ。

どうやら俺はつくづく雷属性と縁があるらしい。

カイに始まってシン、フェイト、そして今回がエリオだ。

「そうなんです。クロノくんも『なんかソルとシャマルに懐いてるみたいだし、保護施設に入れるよりもキミ達に預けた方がよっぽどエリオの為になるさ』とか言っちゃって」

あの時のクロノの投げやり感は忘れない。顔に、面倒なのはこっちで全部やっておくから後は任せた、って書いてあったから。

リンディとエイミィも『ソルくん達なら安心安心』とかなんとか口を揃えて言ってやがった。

俺とシャマルの間には話の中心人物であるエリオが不安そうに俺達を見上げている。

その手は俺とシャマルの手をしっかりと繋いでいて離そうとしない。

変に懐かれてしまった。シャマルは分からんでもないが何故俺まで? 大したことしてない筈なんだが。

「まあウチとしても八神家としても問題無いからいいんじゃないのか? お前が人を拾ってくるなんて今に始まったことじゃないし」

「そうねぇ、これで三回目かしら」

「どういう意味だ……?」

「先の三人に始まって、八神家もお前が拾ってきたようなもんじゃないか。今更お前が子どもの一人や二人連れてきても驚かないさ」

犬猫みたいに簡単に言ってくれる士郎と能天気な顔の桃子。つーか、俺に対してそんな認識持ってやがったのか、こいつら。

「昔だって友人の子どもを預かってたんだろ?」

「シンとエリオじゃ事情が違う」

「ならエリオをクロノくんに任せるか? そんなつもり無いんだろ? お前自身、とっくに答えは出ているから此処まで連れてきたんだろ。だったら細かいことは気にする必要は無いさ」

士郎は俺の肩を叩きながら笑うと、今度は中腰になってエリオに向き直った。桃子も同様だ。

ビクッと反応して俺の後ろに隠れようとするエリオを無理やり士郎の前に突き出す。すると、不承不承といった感じでエリオはビクビクしながら士郎と真正面から向き合った。

「やあエリオ、初めまして、俺は高町士郎。一応ソルの後見人ってことになってる、って言っても後見人って分かるかな? まあそんなことは横に置いといて、我が家へようこそ、これからよろしくな」

「今日から此処がエリオのお家よ。遠慮しないでいいからね」

困惑顔で俺とシャマルに縋るような視線を向き直るので、俺は「ちゃんと挨拶しろ」と、シャマルは「頑張って」とそれぞれ声を掛ける。

「……初めまして、エ、エリオ・モンディアルです……あの、よ、よろしく、おねがいします」

「やれば出来んじゃねぇかよ」

「はい、よく出来ました。挨拶は基本ですよ」

シャマルがエリオの両肩を後ろから掴んで笑顔になる横で、俺は頭をわしわし撫でてやった。

エリオは少し戸惑いながらも躊躇いがちに、されるがままの状態でぎこちなく笑みを浮かべてくれる。

それは少し年相応とは言えないが、エリオが俺達に心を許してくれた瞬間でもあった。

「あっ!! ソルくん、この子笑いましたよ!! 可愛い!!」

「見りゃ分かる」

「さ、立ち話もなんだし、家の中に入ろう。皆ソル達の帰りを首を長くして待ってるし、新しい家族を歓迎しないといけないからな」

「エリオ、美味しいご飯たくさん用意してあるからいっぱい食べてね」

ニコニコ顔で言わなくても分かっていることをイチイチ報告してくるシャマルに苦笑しながら士郎が促し、桃子と共に微笑みを残して先に家の中へと入っていった。

「入るか」

「はい」

「は、はい」

俺とシャマルはエリオを挟む形でそれぞれ手を握り、家の中へと入る。

「……お前達、傍から見たら夫婦、いや、エリオを加えると親子にしか見えんぞ」

背後でザフィーラが何やら感心したように独り言を垂れ流していたが聞かなかったことにした。




















オマケ



「ギ、ギアの成長が人間と比べて遥かに常軌を逸しているとはいえ、これはいくらなんでも異常だぞ!!!」

「シャマル、この二日間で何時の間にソルの子を……」

「違う!!」

エリオを見た瞬間、アインとシグナムが盛大な勘違いをしているので俺は必死になって否定した。

「えへへ、出来ちゃいました」

「テメェも面白がって調子に乗ってんじゃねぇ!!」

「げふ」

ガソリンスタンドにプラスチック爆弾を投げ込むテロ行為のようなことを言うシャマルには、とりあえずバンディットリヴォルバーを叩き込む。

「……相変わらず貴方の愛は、痛い」

フローリングの上に大の字になって意味不明なことをのたまうシャマルは、何故か一仕事終えたような、充実した表情をする。

しぶとい。意識を飛ばせなかったか。

此処最近、皆の耐久力が無駄に上がったような気がする。一回のバンディットリヴォルバーだけじゃ黙らせることが出来なくなってきた。特に女性陣。皆しょっちゅう食らってるから慣れてきたんだろうか?

「今度はシャマルさんに先越されたぁぁぁー!!」

「いいなぁ」

「く、中学生なこの身が恨めしい、早う卒業したいわ」

三者三様のリアクションをするなのはとフェイトとはやて。

「なんだい、アタシらん時と一緒かい?」

「ま、何時ものことじゃない?」

両手に料理が満載した皿を台所から運びながらアルフとユーノが呟く。

「く、くく、くくく」

ヴィータは必死に笑いを堪えつつ、自分の茶碗にご飯をよそっていた。

「わーい、新しい家族ですぅ!!」

無邪気に喜び、エリオの手を取って半ば無理やり一緒に躍り始めるツヴァイ。

「おいソル、また増築することになるのか?」

「え? そうなの? だったらついでにカラオケルーム作ってよ」

恭也が明日の天気でも聞くような口調で、美由希が買い物ついでにお菓子でも買ってきてと頼みごとをするような軽い感じで言ってくる。

「え? あの、皆さんの言ってることがよく分からないんですけど、とにかく、こ、これからお世話になります」

そんな中、自分を取り囲む連中を混乱気味に見回しつつツヴァイとくるくる回りながら、エリオは器用に頭を下げたのであった。










更なるオマケ……いや、実は本編?



結局、エリオは八神家で寝起きすることになった。シャマルがエリオの面倒は自分が見ると言い張り、エリオもそれに反対しなかったのでそうなったのだ。

寝食を共にし、暇な時は常にエリオの傍に居て世話を焼いている。

アインが言うには、「まるで私とツヴァイを見ているようだ」とのこと。

傍から見たら仲の良い親子にしか見えないのだろう。

俺もなるべく時間がある時はエリオに構ってやった。何故か懐かれていたしな。

ツヴァイとも非常に仲良く遊んでいるとのことなので、普段の生活面で特に心配無かった。

プロジェクトFに関しても身内の連中にとっては『で?』というレベルの話なので、本人も自分の出生を気にすることは無くなった。

生まれ方が同じフェイトの存在もあったし、そもそもヴォルケンリッターとリインフォース親子はハナッから人間じゃないし、俺なんて無理やり改造実験をされて生体兵器になった過去がある。これだけの面子を眼の前にして自分の出生を思い悩むことに対して馬鹿馬鹿しいと子どもなりに悟ったらしい。

エリオは少しずつ俺達との生活に慣れていき、年相応の顔をするようになった。

そんなある日。

「エリオくん、いえ、エリオ。今日から私のことは母さん、ソルくんのことは父さんと呼びなさい」

「はい」

「おい待てシャマル、何吹き込んでんだ」

「だって、エリオがツヴァイのこと羨ましいって言うから」

「呼び名でか?」

シャマルが頷く横で、エリオが縋るような眼をして俺を見る。

詳しく話を聞くと、ツヴァイが俺のことを父様、アインのことを母様と呼ぶのが羨ましいらしい。

そういやこいつ、両親に捨てられたも同然なんだよな。

「……ったく、父親呼ばわりされるなんて今に始まったことじゃねぇ、好きに呼べ」

「っ! ありがとうございます!! 母さん、父さん!!!」

少し考えた後俺が溜息を吐いてそう言うと、エリオは満面の笑みを浮かべ、本当に嬉しそうに俺達のことをそう呼んだ。




















後書き


エリオの話を書いてる筈なのに何時の間にかシャマルの話に……

な、何を言ってるか分からないと思うが俺も(以下略)

タイトルの『雷との縁』の”縁”は「えにし」と読んでください。

あああああ、仕事忙しくて碌に感想返し出来なくて申し訳ありませんぅぅぅぅぅぅ!!

次回こそは、次回こそはと思いつつ執筆して上げるだけ上げて寝るか仕事行くので、なかなか時間が……畜生、言い訳がしたい訳じゃないのに。

頑張れ、俺超頑張れ!!



PSP版のなのはのゲームを少しだけやりました。

キャラゲーだと思って買ったら普通にバトルアクションゲームだったwww

な、何を言ってるのか(以下略)

バインド→砲撃 のコンボはセオリーだけど凶悪だなと思ったwww

ではまた次回!!





[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期8 お父さんは忙しい
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/02/04 00:25



「やああああっ!」

幼いながらも勇ましい声と共に突き出された金属の棒。

それを封炎剣で力任せに弾き、大胆に一歩踏み込むと態勢を崩している相手――エリオ――の額に向かって手を伸ばす。

ビシッ、とデコピンが炸裂した。

「痛っ! ってうわあああ!?」

怯んだところで軸足を払うと悲鳴を上げながら横転する。

引っ繰り返って仰向けになったエリオの喉元に封炎剣を添え、俺は口を開いた。

「ま、こんなもんか」

「……うぅ」

子どもの癖して一丁前に悔しがっている表情を見せる姿に苦笑しながら手を取って立たせてやると、服を払いエリオが金属の棒を構え直す。

「もう一本お願いします」

「まだやんのかお前」

「だってさっきから僕を簡単にあしらうだけで、父さんちっとも真面目に相手してくれないじゃないですか」

「ガキが生意気言ってんじゃねぇ」

……誰に似たんだろうか? 俺は負けん気の強いエリオの言葉に対して呆れたように溜息を吐いた。

何時もの早朝訓練。今日は魔法の使用を前提とした訓練日なのでかなり規模の大きい結界を張り、各々がそれぞれの訓練メニューをこなしている。

で、俺はエリオに取っ捕まって近接戦闘の訓練をつけてやっているのだが、如何せん子どもである以上加減してやる必要があるので言われた通り適当にあしらっていた。

デコピンしてこかす、デコピンしてこかす、これの繰り返しだ。

しかし、エリオはそれが気に食わないらしい。曰く、他の皆と同じように扱って欲しいとのこと。

かと言ってそんな要望に応える訳にはいかない。

初めて魔法を手にした時のなのはよりも小さい子どもを、炎の鉄拳で殴れと?

「……なら、無理やりにでも」

エリオは何やら眼をマジにすると魔力を漲らせ、全身を帯電させながら渾身の突きを放つ。



「ビークドライバーッ!!!」



「っ!?」

刺突と共に繰り出された雷撃とその技名に俺は驚きつつ、縦に構えた封炎剣で咄嗟に防ぐ。

稲妻が爆ぜる、大気が震える、魔力と魔力の鬩ぎ合いで視界が明滅し、俺は思わず一歩退いた。

(シンの技だと! 何故エリオが?)

本家本元の威力には遠く及ばない、法力ではなく魔法である、という差はありこそすれ今のは間違い無くシンの技だ。

「お前、今の技……」

「へへっ、驚きました? アインさんに教えてもらったんです。僕がこの技を修得すれば絶対に父さんを驚かせることが出来るって」

もうとっくに忘れかけていたが、アインは闇の書事件の際、俺の記憶を転写したことによってそれまで俺が歩んできた過去全てを知っている。

「何時の間にこんなもん覚えやがった?」

「父さんが家に居ない時に」

得意気に答えるエリオは子どもらしい笑みになる。俺を驚かせることが成功して嬉しいのだろう。

学校へ行き、聖王教会で教導をし、スクライア一族と共に遺跡を発掘し、管理局の契約者達から請け負った仕事をこなす俺は家に居る時間が昔に比べて圧倒的に少ない。その間にアインが俺の昔話を子ども達に話していても不思議じゃない。

別にそのことに対しては文句など何一つ無いが、まさか技まで教えているとは思っていなかった。

いや、もしかしたら話を聞いてエリオが教えて欲しいと頼み込んだのかもしれない。

「他に何が出来るんだ?」

「えっと、実はまだこれだけで……今はスタンエッジを修得中です。雷撃が散らないように上手くコントロールして飛ばすのが難しくて」

エリオは実際に法力を修得した訳じゃ無い。あくまで法力を魔法で模倣したコピーでしかない。

だが、同じ結果に至るまでの過程が違うという点を除けば法力と魔法に大した差は無い。つまり、今のエリオが放ったものとオリジナルであるシンの技は術式は違うが結果は同じということ。

恐らくエリオが電気の魔力変換資質を持つからこそ、再現しようと思えば再現出来たんだろうな。

それにしてもウチに来てまだ一年も経ってないのに、十に満たない年でデバイス無しにこれだけのことを出来るだなんて……こいつ、将来化けるぞ。

ん? この理屈でいくならフェイトも出来るんじゃねぇか? だとしたらシグナムも?

ふとそんな考えが過ぎった瞬間、上空から慣れ親しんだ魔力の波動と共に、金の雷と紫の炎が絡み合いながら爆発と共に降り立った。










背徳の炎と魔法少女 空白期8 お父さんは忙しい










耳を劈く爆音が鼓膜を叩く、稲妻が飛び交い、炎が空気を舐める、触れる空気が熱を孕み、金と紫、二色の魔力光が激しくぶつかり合う。

噂をすればなんとやら。フェイトとシグナムだ。

「エリオ、こっちに来い」

「あわわわわ」

いきなりの出来事に泡を食ったエリオを呼び寄せ、後ろに庇う。

「しぶといな! テスタロッサ!!」

「シグナムこそいい加減諦めたら!?」

視界の先では二人が鍔迫り合いをしながら相手に向かって叫んでいる。

「模擬戦ですかね?」

「見りゃ分かんだろ、それ以外に何があるってんだ。お前にはあの二人が今筋トレしてるように見えるか?」

フェイトとシグナムは弾かれたように同時に距離を取ると、再び接敵し打ち合い始めた。

「いえ……でもなんか、模擬戦にしては二人共殺気立ってません?」

「……む」

魔法を繰り出す二人を恐る恐る指差しながら指摘するエリオの言葉に、俺は改めて二人を注視する。

確かに二人共模擬戦にしては表情が険しいというか、眼つきが悪いというか、やたら必死というか、そんなもんを感じる。

二人に何があった?

疑問に感じていると、二人は技を放ちながら答えを叫んでいた。

「シグナムは何時もソルのお仕事の手伝いで一緒に居るんだから来週の日曜日くらい譲ってくれてもいいでしょ!!」

ハーケンフォーム状態のバルディッシュから発生した鎌状の魔力刃、ハーケンセイバーが高速で回転しながらシグナムへと飛ぶ。

<シュランゲフォルム>

対するシグナムは連結刃を鞭のようにしならせ、薙ぎ払うことによって金の魔力刃を撃ち落とす。

「それは出来んな。ただでさえ私はアインやシャマルと比べて一歩遅れているのだ……此処は退けん!!」

言って、連結刃を通常の剣の状態、シュベルトフォルムに戻す。

「そんなこと言ったら私達三人はどうなるの? 管理局から来るお仕事手伝わせてもらえないから一緒に居る時間が少ないんだよ!?」

バルディッシュをザンバーフォーム、大剣に変えてフェイトは自慢のスピードで突っ込む。

それを迎撃する為に構えるシグナム。

お互いが上段に構え、己の相棒を相手に向かって振り下ろした。

金の魔力刃と白銀の刀身がぶつかり合い、甲高い金属音と共に二つの魔力が荒れ狂い、激しく火花を散らす。

「文句ならソルに言え!!」

「言ってもどうせ聞いてくれないもの!! まだ中学生だからダメの一点張り。私、もう子どもじゃないのに!!」

「フッ、ソルが子ども扱いするのは当然だ。自分は子どもではないと主張する者に限って精神は意外に幼いからな」

「何ですって!?」

「つまりお前も、なのはも、そして主はやても、ソルにはまだまだ認めてもらうに至らないということだ!!!」

シグナムは強引にフェイトを後方へ弾き飛ばすと、剣を鞘に収める。

弾かれた勢いを逆に利用してくるくる回りながら体勢を整えたフェイトは、左手をシグナムに向けた。

それに応じるようにして、シグナムは鞘から魔力を伴わせた剣を解き放つ。

「プラズマスマッシャーッ!!!」

「飛竜、一閃!!!」

金の閃光と紫の劫火が衝突し、熱と衝撃波が生まれ、お互いを食らい合う。

込められた力はほぼ互角であり、両者は共に霧散した。

粉塵が舞い上がる中二人は睨み合い、それが当たり前のようにまたしてもぶつかり合った。

「……父さん」

「……何だエリオ」

「フェイトさんとシグナムさんに構ってあげてください」

「……」

「二人はきっと寂しいんです。あの二人だけじゃありません。なのはさんとはやてさんも」

上空を見上げるエリオにつられて青い空に視線を向けると、桃色の光と銀の光が飛び交っている。

「……」

「皆焦っていると思うんです。母さんには僕が、アインさんにはツヴァイが居ます。実際よく三人で一緒に寝たり、出掛けたりしてもらってます……でも」

なんでこいつこの年でこんな気遣い出来んだ?

「父さんがお仕事で忙しいっていうのは分かっています。お仕事がどれだけ大切なことかということも。だけど――」

「分かったよ、皆まで言うな。考えておく」

「僕とツヴァイのことは大丈夫です。何時も二人一緒だし、母さん達も居ますから」

「分かってるって」

エリオ、お前は良い子過ぎる。そのまま心置きなく真っ直ぐ育ってくれ。頼むからなのは達やツヴァイみたいにネジが一本外れた感じに成長するなよ。特にシンみたいにはなるなよ、絶対になるなよ!!

とにかく問題は時間だ。今の俺は多忙過ぎて時間が無い。タイムイズマネーとはよく言ったもんだ。仕事のおかげで金ならいくらでもあるんだが。出来ることならその金で時間を買いたい。

こうなったら仕方が無い。学校サボッて仕事行って、無理やり土日を空けるしかない。

優先順位の違いだ。家族が一番大事。でも仕事も大事。だけど学校はぶっちゃけどうでもいい。俺に義務教育とか意味無いし。

土日祝日は学生側にくれてやる。残りは仕事が無い平日に学校を休む他無い。

(よし、サボろう。なのは達はともかく俺は進学するつもりなんざ更々無ぇ)

こうして俺の出席日数はどんどん減っていくのであった。





「バッドガイ、ソル=バッドガイ、また居ないのか? スクライア、バッドガイはどうした!?」

「先生、ソルなら休みですよ」

朝のホームルームにて、出席簿を片手にスーツ姿の担任教師に向かってユーノは例によって例の如くお決まりの台詞を返した。

「あいつはまた何時ものサボリか。学園始まって以来の天才児だかなんだか知らんが素行は最低最悪だな。そこら辺に居る不良と何ら変わらん」

「まあ、ソルにとっては学校の勉強なんてママゴト同然ですから。素行云々に関してはノーコメントで」

愚痴る教師を尻目にユーノは嫌味ゼロで苦笑するが、嫌味が無いからこそ教師にとっては嫌味に聞こえる場合もある。

しかし言い返せない。言い返しても相手がユーノでは意味が無い。それに加えてソルのクラスの授業を受け持った教師の大半は、ソルに叩きのめされている。勿論、授業内容やテストとかで。

ソルは小学校の頃と同様に入学以来授業態度が底辺だった。彼の態度に腹を立てた教師が授業中にどんな無理難題を吹っかけても余裕綽々でこなし、逆に指摘され、問い詰められ、論破され、誰もがプライドごと踏み躙られたのは入学して間もない頃。

一年生の一学期が終わる頃には既に、教師の中で自分からソルに関わろうとする者はほとんど居なかった。特に問題を起こすような生徒ではなかったので空気として扱うことが一番良いということに気付いたのであった。

ただ、ソルが賞金稼ぎ活動を始めた時期から授業をサボリがちになり、先のように『不良』だの『素行が悪い』だの言われるようになってきたのである。

今までの鬱憤を吐き出すように。

別にそのこと対してユーノはいちいち腹を立てたりしない。ソルを第三者の視点で見れば不良にしか見えないのは確かで、素行も良くないのは事実だ。

かと言って庇い立ても特にしない。ソルのことを碌に知りもしない連中の言うことなど所詮有象無象の戯言。耳を貸すだけ無駄だ、と。

こういう考えをするようになった辺り、ユーノも相当ソルに染まっている。

(学校サボる理由が皆に構ってやる時間を作る為、だもんなぁ……本格的に”お父さん”が板についてきたよね、ソル)

最早出席するよりも欠席するのが多くなってきたソルをユーノは微笑ましく思うと、退屈な授業に耳を傾けるのであった。





一方その頃。

「ほ、本当に今日一日私に付き合ってくれるのか?」

「さっきからそう言ってんだろ」

「……すまなかったテスタロッサ。日曜日は譲ろう」

グッと小さくガッツポーズして独り言を呟くシグナムが居た。





そんなこんなな日々が続き――





久しぶりに学校に行くと、生徒指導室に連行される破目に。

授業は出なくていい、先生が他の先生に頼んで出席扱いにしてやる、だから先生の話を聞きなさい、とのことだ。

授業も授業で面倒臭いが、こっちはもっと面倒臭そうだったので勘弁願いたかったが、此処で逃げればもっと面倒臭いことになるので諦めた。

「なぁバッドガイ。お前が優秀な生徒だということは先生よく知ってる。けどな、最近のお前は流石に目に余るぞ」

この中年の教師は比較的どの生徒からも慕われるタイプで、俺に対してもある程度理解ある態度を取っていた。珍しいことに他の教師と違って俺を空気として扱わず、一人の生徒として世話を焼いてくれている。

なんでも若い頃は暴走族になってブイブイ言わせてたらしいので、不良というものに偏見が無いとか。

「特に最近はあまり良い噂を聞かない」

「ほう?」

「なんでも学校をサボッて女遊びしているだとか、もう子どもが居るだとか」

「……」

俺は顔色一つ変えなかった。否定しても意味があるとは思えないし、聞こえは悪いが全部事実だからだ。

「率直に聞こう、これは根も葉もない噂か? それとも事実か? 答えなさい」

一度天井を仰いでから溜息を吐いて頭をポリポリかくと、俺は教師に向き直る。

「まず一つ目、そもそも女遊びって言葉に語弊がある。相手は一緒に暮らしてる家族で、そいつと一緒に居る場面を見られただけだろ。二つ目、子どもつっても血が繋がってる訳じゃ無ぇ、ガキ共が勝手に俺を父親呼ばわりしてるだけだ。これで満足か?」

「嘘じゃないだろうな?」

「こんなのに嘘吐いてどうすんだよ。真偽を確かめたかったら親父とお袋に連絡でも何でも勝手にしやがれ」

嘘は言ってない、嘘は。





その後、とりあえず俺の答えに満足したのか教師は解放してくれたが、今更授業に出る気にもなれず、そのまま帰宅することにする。

『面倒臭ぇから帰る』

『了解』

ユーノに念話だけ送ると、素っ気無い返事が返ってきた。

何処にも寄らず真っ直ぐ帰路に着く。

誰も居ない家の中、俺は碌に着替えもせずに居間のソファに寝っ転がった。

今初めて、俺は二足の草鞋ってのが思っていたよりも大変だと実感している。

此処最近はそれなりに忙しかった所為もあり、精神的に疲れていたのもあり、一度瞼を閉じると再び開くのが億劫だ。

自分の部屋に行く気力も無ければ睡魔に抗う気力も無く、ゆっくりと意識を手放し、安息の時間を楽しむことにした。











































「ただいま」

挨拶をしながら家の中に入るが、誰かの「おかえり」という言葉は返ってこなかった。

きっと誰も居ないのだろう。

そう結論付けると、今朝桃子から頼まれていた小物の雑貨用品を運ぶ為に居間へと向かう。

「あ……」

誰も居ない筈だと思ったそこには、ソファの上で制服を着たまま気持ち良さそうに寝ているソルが無防備な姿を晒していた。

物音を立てないようにゆっくりと買い物袋をテーブルの上に置き、抜き足差し足で傍まで近寄る。

スー、スー、と規則正しい寝息を立てるソルはしばらく起きる気配が無い。



――疲れているんだ。



あっちこっちの次元世界を行ったり来たり、現場で戦って、教導や発掘をして、毎日毎日忙しく飛び回って疲れない訳が無い。

それでも彼は一切の弱音を吐かず、自分を含めた家族皆の面倒を見ている。

何よりソルが学校をサボッてまで働いているのは、自分達との時間を作る為だ。

彼がどれだけ自分達を大切に思ってくれているのか痛い程分かっているので、此処はそっとしておいてあげるのが一番良い。

しかし――



――トクンッ。



彼の穏やかな寝顔が、普段の表情と比べてとてつもない程に可愛らしく見えたから、胸が高鳴ったのは仕方無いことだと思う。

溢れる想いを抑え切れず、思わず彼の後頭部を両手で丁寧に起こさないように持ち上げると、その隙間に腰を下ろし、自身の膝の上に持っていた後頭部を置く。

所謂、膝枕だ。

きっと今の自分の顔はだらしなく緩んでいるに違いない。

膝に感じる体温と重さが愛おしい。

ソルの髪を手で梳き、額を撫でていると、ふと、あるものに気付く。普段は前髪に、ヘッドギアに隠れている為見ることは出来ないが今はその存在を曝け出している。それは古い傷跡のように薄っすらと残っている程度のもので遠目では視認出来ないが、これだけの至近距離だとその存在をはっきり確認出来た。

五つの線――内三つが長く、残りの二つが極端に短い――で構成された刻印。

ギアマーク。

ソルをソル足らしめる存在。ギアである証。生体兵器の証明。彼にかけられた不老不死の呪い。彼が犯した罪の証拠。

彼にとっては背負った業の証でしかない忌々しい烙印。

だが、ソルには悪いが自分達にとってこの刻印はある種の絆である。

ソルが不老不死のギアだからこそ自分達とこうして巡り会えた。こうして触れ合うことが出来るのだ。非常に不謹慎ではあるが、実は皆ほんの少しだけ”あの男”に感謝している。

だから――

「少しくらい……」

ギアマークに感謝の印をつけても罰は当たらない……と思う。ソルが知ったら怒るかもしれないが。

エンジンのように激しく動く自分の心臓の音を聞き流し、彼の額をロックオン。

「……ん」

感謝の印をつけてもソルは目覚めない。

そのことに苦笑しつつ、ソルが起きるか、もしくは誰かが帰ってくるまでずっとこのままで居ることにした。

唇に残った余韻に浸りながら。











































後書き



最後の部分は、自分のお好きなキャラに当てはめて読んでください。男性キャラでも可(ウホッ)

次はキャロ編、とか予告しておきながら今回は全然違う話でした。ごめんなさい。

でも、原作の時系列を見てみると、順番的に次はティーダが殉職する時期なんです。

キャロがル・ルシエを追放されるのはだいたいSTS本編が始まる三年~四年くらい前、つまり空港火災の後。意外に遅い。

なのでティーダ編に入る前にちょっとワンクッション入れてみました。

というのは嘘で、実はティーダ編を書こうとして展開に詰まったwww

詰まったと言うより、ティーダを生存させるか、生存させても魔導師としての力を失ってしまうか、原作通り死ぬか(だったら書かないかもしんない?)、この三つの内のどれかにしようか迷ってしまって。

生存の場合、どっちもプロット考えてるんですけどね、一応……

皆さんはどれがいいと思いますか?

どのルートでもティアナの今後に関わってきますので、安易に決められない。

クイントも最後の最後まで死ぬか生き残るか悩みましたけど、こっちはもっと悩んでます。



ファントムブレイザー!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期9 狩人と魔弾の射手 前編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/02/10 11:54

こんな状況に陥ってしまったのは自分のミスだ。しかも致命的な。と、ティーダ・ランスターは唇を噛み締める。

複数の次元世界で殺人や強盗を繰り返し指名手配された次元犯罪者の男。管理局員も既に五人も殺している。この筋金入りの凶悪犯罪者がミッドに降り立ったという情報が入ったのは三日前。

地上本部では警戒しろという命令が下される。

そして、その男を偶然見つけたのは一時間前。喫茶店で一人ランチを摂っている時に視界の中を歩いていたのが始まり。

これは大変だと思いすぐに食事を切り上げ、所属する部隊長に連絡し尾行を開始した。

応援が到着するまで自分は男から眼を離さず、一定の距離を保っていればいい。取り押さえるのは皆が着てからで構わない。

しかし、此処でティーダの思惑は裏切られる。男の勘が良いのか、それとも自分の尾行が下手糞だったのか、はたまた管理局の制服のまま尾行していたのがいけなかったのか、群衆に紛れていたというのに尾行していたということがバレてしまったらしい。

男は突如として飛行魔法を発動させると、高速で街の中を飛び立った。

馬鹿か。あれでは自分に後ろ暗いことがありますと言っているようなものだ。さり気無く自分を撒けば良いものを。

追うか、それともこのまま見逃すか、一瞬迷いつつも連絡を入れると『飛行許可は既に取ってある、追え。必ず我が隊の手柄にしろ。犯罪者を取り逃した海に我々の力を見せ付けてやれ』という命令が下る。

命令に従い拳銃型のデバイスを起動させ、バリアジャケットを展開しティーダは男を追った。

自分が管理局の人間に追い掛けられている、という事実を改めて認識した男は自身を追うティーダを一瞥すると舌打ちし、更に速度を上げる。

ティーダもそれに倣った。

一応、聞いてくれないとは思うが停止勧告を行う。

「こちらは時空管理局だ。お前には強盗と殺人の容疑がかかっている。大人しく止まれ、止まらないと撃墜する」

威嚇射撃を一発二発、男に掠めるようにして撃ち込むが当然止まってくれる訳が無い。

街の中、高速で追いかけっこをする二人の魔導師。

こちらを振り切ろうとしてビルの死角に逃げ込むのを射撃で許さず、人が少ない方へ誘導しながら追い続ける。

景色は見る見る内に移り変わり、やがて二人は賑やかな雑踏から薄ら寂しいスラムのような地区にまでやって来た。

(そろそろ仕掛けるか)

決断すると、飛行しながらという体勢で一発ぶち込む。

魔弾はティーダの狙いに寸分狂うことなく男の足に命中。

空中で体勢を崩したところへ更に二発。魔弾を食らった男は陸に揚げられた魚のようにビクビクと身体を痙攣させると、羽をもがれた鳥のように力を失い堕ちていく。

その姿を確認するとティーダは油断無くヒビ割れた大地に足を着ける。

蹲る男にデバイスを向けながらゆっくりと近寄り、武装を解除するように口を開こうとした瞬間だった。

突然男が起き上がり、灰色に輝くピンポン玉サイズの魔力球を路面に叩きつけたのである。

「っ!?」

同時に眼を灼く光量が生み出され、視界を光が埋め尽くし、そのあまりの光の強さにティーダは反射的に眼を閉じた。

閃光弾。視覚を潰す魔法だと理解してから心の中で舌打ちする。こんな小細工を用意していたとは。

眼が見えていない状態だと何をされるか分かったものではない。ティーダは咄嗟にその場から大きく距離を取り、間髪入れずにその身を空へと上げる。

「くっ、奴は何処だ?」

ようやく回復した視力で上空から先の場所を見渡すが、男は当然、人っ子一人居ない。

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

逃げられた、そう歯噛みした瞬間少し離れた場所から悲鳴が聞こえてきた。

女の、しかも子どもの悲鳴だ。

嫌な予感を感じながらも放っておけず、声が聞こえたほうに向かって急行する。

そこには――

「ヒャーッハハハハハ!! ようこそ俺のフェイールドへ。 オメーはこいつを見捨てるか? それとも俺が殺してきた管理局員みてーに守ろうとしてくれるか? どっちだと思う? 見ものだな。精々俺を楽しませてくれよ」

小さな女の子――恐らくこのスラムに住むストリートチルドレンだろうか――を人質に取る男が下卑た笑みを浮かべていた。










背徳の炎と魔法少女 空白期9 狩人と魔弾の射手 前編










「随分物々しいな。デカイ捕り物でもあんのか?」

自分達の横を通り過ぎた首都航空隊の面々の背中を見送りながらソルがクイントに問い掛ける。

「うん。なんでも”海”の方から凶悪な次元犯罪者がミッドに来てるらしくて、ついさっき街中で目撃情報があったらしいわよ」

クイントは隣を歩くソルの管理局員の制服姿を相変わらず似合わないなぁ、と思いながら返す。

「海から? どんな奴だ?」

興味を引かれたのかソルは更に問いを重ねる。

「えっとねぇ、確かこんな奴」

ゲンヤの執務室に向かいながら手の平サイズの空間モニターを映し出すとソルに渡した。

「……こいつ」

その犯罪者の情報を眼にした途端、ソルの表情が一気に険しくなり真紅の瞳がキュッと細くなる。

「知ってるの?」

「最低最悪のクソ野郎だってことくらいにはな」

ソルは不機嫌に吐き捨てた。

「魔法を用いた強盗や殺人、強姦なんてのを十数件犯してやがる。殺人に至っちゃその内の五人が管理局員だ」

「……確かに貴方が言う通り最低最悪のクソ野郎ね、この男」

眉を顰め、改めてモニター内の情報を見つめる眼に嫌悪が滲む。

「だが、こいつのクソ具合は犯した罪だけじゃねぇ。やり方が本当にクソだ」

「やり方?」

疑問に思ったクイントはソルの横顔を覗き込むように首を傾げる。

「言ったろ、管理局員を五人殺してるって。どうやってだと思う?」

「え? どうやってって、当然殺傷設定の魔法でしょ。推定魔導師ランクは総合AAってそれなりに高いみたいだし、結構強いんでしょ?」

「総合AAだからって戦闘能力が高い訳じゃ無ぇ。どっちかって言うとこいつはウチのシャマルみてぇに、補助に特化したタイプの魔導師だ」

「……」

「本来なら戦闘を主とするタイプの魔導師じゃねぇ。だが、もう既に五人も殺されてやがる……こいつには絶対に裏がある。ただ単に実力を隠してんのか、他に何かあるのか知らんがな」

クイントは違和感を覚え思わず口を噤む。自分が持つ情報とソルの持つ情報の差異に気付いたからだ。

どうやら海からもたらされた情報は若干抜けている部分があるらしい。ソルに言われるまでどういうタイプの魔導師か知らなかった。罪状と推定魔導師ランク程度しか聞いていない。

こんな所まで海と陸の仲の悪さが如実に現れているのかと思うと、管理局員として情けなくなってくる。

海は陸に干渉するとうるさく言われるのであまり干渉しようとしない。陸は陸で海の手助けなんて不要と思っている所為だ。

(馬鹿じゃないの?)

権力とか覇権争いとか、はっきり言ってクイントにとってはどうでもいい。下らない人間の醜い部分の一欠けらでしかない。

勿論、確執の元々の原因が人事や予算の面から来る不平不満が長い期間を経て積もり積もったものであり、それが両者の間に深い溝となって横たわっている所為だというのは分かっているのだが。

考えるのも馬鹿らしい内輪揉めに心血を注ぐくらいだったら、とっとと仲直りしてお互いに協力し、情報を共有化して任務の成功率を上げつつ現場の局員に降りかかる危険度を下げ、一人でも多くの人を犯罪や苦しみから救ってあげたいと思わないのか。



――人故に愚かなのか、愚か故に人なのか。



かつてソルが戦闘機人事件の後に呟いていた独り言を思い出す。

禅問答をする趣味は無いがなかなか深い言葉だったなと思考を巡らせると、ソルの言葉に耳を傾けた。

「こいつは”処刑”が好きらしい」

「処刑?」

殺された局員のデバイスデータを見る限りな、と苦虫を噛み潰した顔になる。

「人質を盾にデバイスを捨てさせて、バリアジャケットを解いたところに笑いながら攻撃魔法を叩き込むらしい。勿論死ぬまでな」

「じゃあ、その殺害された五人って」

「ああ。奴の言い方をすれば”処刑”されたことになる」

いくら魔導師と言えど、バリアジャケットが無ければ殺傷設定の魔法には耐えられない。生身でそんなものを受ければ死ぬのは火を見るよりも明らかだ。

「それにしても不自然だ」

「何が?」

ポツリとソルは呟く。

「相手のやり方はとっくに海の連中には知れ渡ってる。なら何故今までに一度も対処出来ずにいる? 五人も殺されてるのに? 何度も失態を繰り返す程海の連中もボンクラじゃねぇ……だからこそ不自然なんだよ」

話している内にゲンヤの執務室に辿り着く。

自動ドアが開き部屋に入るや否や、ソルはゲンヤのデスクの上に鎮座する端末にデバイスのクイーンを翳す。

突然のソルの行動に、部屋の主であるゲンヤは苦言を呈した。

「おい、挨拶も無しに何してんだお前さんは?」

「ようゲンヤ。端末借りるぜ、ハッキングするから」

「もう借りてんだろうが、って何!? ハッキング!? いきなりどういうことだ!?」

「うるせぇ」

ゲンヤの言葉にソルは一切耳を貸さずにハッキング作業を開始したので、ナカジマ夫妻は一度お互い視線を合わせると肩を竦めて待つことにする。

ソルがこうなったら基本的に周りの意見なんて聞かない。それをこれまでの付き合いでよく分かっているからだ。

やがてソルは端末から離れると、やはり唐突にバリアジャケットを纏う。

「今度は何だ?」

半眼のゲンヤ。

「……ハッキングして分かったのは、今首都航空隊の内の一人が野郎を追ってるらしい。応援も向かってるらしいが野郎は本来戦闘が得意じゃない分、逃げ足や撹乱、ジャミングが得意だ。今まで海の連中も捕まえられてねぇしな……こんなクソ野郎を逃がさねぇ為に、一応俺も出る」

情報を閲覧しながら表情を険しくさせ、鋭い眼を更に鋭くさせるとソルは何か考え込むように顎に手を当てた。

「話が見えねー。クイント、掻い摘んで説明してくれ」

ウンザリしながら問われた内容にクイントは溜息を吐きながら答える。

「あー、つまり、ソルは現在首都航空隊が担当してる事件に首突っ込もうとしてるってことかな」

「気に入らねぇクソ野郎を潰す、それだけだ」

アハハハ、と乾いた笑いを浮かべるクイントの横でソルは転送魔法を発動させた。

「まだ何のことかさっぱり分からんが、マジかそれ?」

「マジだ」

「だってさ」

なんでソルは俺の妻と俺よりも息が合っているんだろう? ゲンヤはそんなことを思いながら、赤い光を伴って執務室から何処かへ転移しようとしているソルに「後始末手伝えよ、お前が暴れた後って色々と大変なんだからな」とだけ言うのが精一杯だった。










こいつの命が惜しかったらデバイスを捨てろ、バリアジャケットを解除しろ。男は人質を取り、まさに絵に描いたような悪役振りをして見せてくれた。

ニヤニヤと嫌らしい笑みは浮かべた男は自分の絶対的優位を信じて疑わず、その顔を醜悪に歪めて命令してくる。

拳銃型のデバイスを男に向けたままティーダは動けない。

普段の自分だったなら、相手が魔導師ではなく一般人だったなら冷静に対処出来たのかもしれない。得意の精密かつ鋭い早撃ちで人質を傷付けず、男の四肢を打ち抜き無力化させる。自惚れでもなく事実としてティーダにはそれを実行し得るだけの技量はある。

しかし、男の腕で首を絞められるようにして拘束されている女の子の怯えた眼が、助けを求める眼が、引き金に込めようとする指の力を霧散させていく。

何より人質にされている女の子が、自分のたった一人の肉親である妹と同い年くらいの所為で彼は焦り、少しだけとはいえ躊躇してしまい、躊躇したことによって迷いが生じたのだ。

あの子は違う、俺の妹じゃない、何度も自分にそう言い聞かせているが、頭で分かっていても心は平静を保てない。



――妹と同じ年くらいの娘を見捨てるのか?



(クソ……!!)

結局彼は男の言う通り、相棒であるデバイスを投げ捨て、バリアジャケットを解除してから両手を上げた。

「良い子だ、動くなよ、指一本でも動かしたらこのガキの首をへし折るからな」

言って、男は片手で女の子の首を掴んだまま、もう片方の腕に持っていた一般的な杖型のストレージデバイスをこちらに向け、杖の先端から灰色の魔力弾を放つ。

一瞬、反射的に避けようとして足に力込めようとした時、男が絶妙のタイミングで首を掴む手の力を強くしたのか「ウグッ」という女の子の呻き声が聞こえてしまった所為で動きを止めてしまう。

しまった、そう思った時点で全てが手遅れだった。

「……っ!」

灰色の魔力弾はティーダの両手足首を貫き、肉を抉り骨を砕く。

焼くような激痛が生まれ、全身が震えてまともに立っていられなくなるが――

「ヒィィィィィハァァァァァァァァッッッ!! まだ死ぬなよ!? 死ぬんじゃねぇぞ!? 俺がイクまで遊んでやるからなぁぁぁぁぁっ!!!」

けたたましい哄笑を上げながら男は次々と魔力弾をティーダに撃ち続ける。

一発受ける度にティーダは下手糞な人形師に操られる人形のように踊り狂い、身体を右に左に振られ、倒れることを許されない。

制服が見る見る内に血で染まり、斑に染まっていく。それでも魔力弾の豪雨は止まらず、急所を微妙に外しながら彼の身体を貫いた。

「ヒャハハハハハッッ!! 最高だぜ!! 無抵抗の人間に魔法を叩き込むのは!! お高くとまった管理局の人間相手には得意によ!!」

急所をわざと外し、すぐにトドメを差そうとしないのは文字通り遊んでいるからだろう。男にとってティーダは好きなだけ殴っても文句を言わないサンドバッグである。

やがて、男はある程度満足したのか魔力弾を撃つのを一旦止めた。

「良いぜぇぇ……てめーは俺が殺してきた中でも一番骨がある奴だ……でも残念だ、もうお終いだよ」

一際大きい魔力弾を生成すると、奇跡的に立っている状態のティーダの心臓目掛けてそれを放ったのである。

目前に迫る死を、虚ろな瞳で捉え霞む視界に収めながらティーダは思う。

こんなところで終わってしまうのか?

妹を――ティアナを残して?

(……ティアナ)

ティーダの大切な大切な、それこそ命に代えても守らなければいけないたった一人の肉親。

自分が此処で死んでしまったら、あの子は天涯孤独になってしまう。

守ると誓ったのに、幸せにすると誓ったのに、お兄ちゃんはずっとティアナの傍に居ると約束したのに。

(死にたく……ない)

死ぬのが怖いんじゃない。妹を泣かせるのが、辛い思いをさせてしまうのが怖い。

あの子を独りにしてしまうのが、どうしようもなく怖い。

だから――

(ティアナ、すぐに帰るからな)

彼は朦朧とする意識の中、自身の命を断つであろう死から決して眼を逸らさなかった。



「ガンフレイムッ!!」

そんな彼の諦めない心が天に届いたのか、救いが降り注いだのは次の瞬間である。



突如真上から降ってきた一条の火炎が灰色の魔力弾を押し潰し、食らった。

地面に着弾した火炎はそのままティーダと男を遮るように炎の壁となり、視界を埋め尽くす。

ティーダは勿論、犯罪者の男も、人質となっている女の子も突然何が起こったのか分かっていない。

「いただきぃぃぃ!!」

今度は炎が降ってきた上空から、己の身を弾丸と化して猛スピードで次元犯罪者に強襲する若い男。

眼にも留まらぬ速度で肉迫すると、彼は手にした剣を振り下ろしティーダに向けられていたデバイスを犯罪者の手首ごと斬り落とした。










「あ? ああああ!? 手が、俺の手がああああああああああああああああああああああああ!!!」

抱えていた人質の少女を放り捨てると男は断末魔のような悲鳴を上げてのた打ち回る。

ソルは少女を確保しようと踏み出したその時、そこら中の空間に視界を遮るようにしてヒビが入り、ガラスが砕け散る耳障りな音と共に世界が”崩壊した”。

男が擬似的に作り出した世界から、元の現実世界へと戻る。

それにつられるように、少女はまるでその存在が幻であったかのように姿が霞み、忽然と姿を消した。

(やはり思った通りか。結界に似た亜空間、いや、自分にとって都合の良い限定的な”世界”を作り出すレアスキル……幻影まで使うとは思ってなかったが一般の術式じゃねぇな、レアスキルの副次的要素か? ……高ランクが集まった海の連中が捕まえられない訳だ)

冷静に犯罪者の能力を分析すると、ソルは暴れるようにして路面を転がっている犯罪者を一瞥する。

手首を斬り落とされた――真っ黒に炭化して塵になったとも言う――ショックとダメージ、デバイスを破壊されたことによって自身のレアスキルと幻影を維持出来なくなったのだろう。

とりあえずこれでもう逃げ切れねぇ、とソルは安堵の吐息を漏らす。

クイーンを介して首都航空隊の情報端末をハッキングして得た情報。それに違和感を感じたことによって、おかしい、と思いこのことに気付けたのは偶然に過ぎない。

『ターゲット、及びターゲットを追跡中のティーダ・ランスター一等空尉をロスト』

管理局員が使用しているデバイスは例外問わず、任務中は常に局員の位置を把握することが出来るように設定されている。目まぐるしく状況が変化する前線で部隊として行動する以上、逐一、位置情報や状況報告は必要だからだ。

だというのに存在をロストとはどういうことだろうか?

初めはデバイスを破壊されたのかと思った。

しかし、長年培った経験と勘がどうしても違和感を無視することを許さず、すぐに思い直す。犯罪者の男は戦闘に特化したタイプではない。先程ソル自らクイントに伝えたように、シャマルと同じ補助を専門とする後衛タイプらしい。それが仮に本当で推定魔導師ランクが総合AAとはいえ、空戦ランクAAのティーダ・ランスターとまともにやり合って即決着がつくとは思えない。

二人をロストしたらしい場所に転送魔法で赴き、クイーンを発動させる。

もし犯罪者の男がユーノのような……ユーノを超える優秀な結界魔導師だとしたら?

現実世界から魔力資質を持たない者だけを排除するような封時結界が存在するように、特定の条件が揃えば他者に――たとえ魔導師でも――認識されなくなる亜空間を作り出す結界魔法が存在してもおかしくない。そういう能力を持っている者が存在しないとは言い切れない。

此処ら一帯の魔力の流れは変ではないだろうか? この付近の魔力素に何か不自然な点は無いか? 空間の歪みは? 何かしらの痕跡は残っていないか?

些細な情報でも構わないのでクイーンに探させると、ある地点で、言葉では何と表現すればいいのか分からない程小さな、小さな空間的な違和感を感知する。

この違和感に気付くことが出来たのは本当に偶然であった。恐らくソル以外の人間であれば絶対に気付けなかったであろう。

かつてバックヤードという情報世界に生身で入った経験を持ち、イズナから空間転移系の法術について手解きを受け、”こちら”に来てからユーノからミッド式の、シャマルから古代ベルカ式の転送魔法を修得し、補助専門デバイスであるクイーンのサポートがあってこそ気付けた違和感なのだから。

その違和感を解析した結果、どうやら何処かへの出入り口らしい。

小癪にも侵入者を防ぐ為の”施錠”がなされていたが、ディスペル効果を付与したタイランレイブで強引にぶっ壊した。

侵入するとそこは現実と何一つ変わらない、だが一人の人間によって作り出された擬似的な空間。

封時結界に似ているようではあるが、現実世界と寸分違わぬ世界を眼にしてソルは舌を巻く。

結界の中だというのに、それを全く感じさせない。こんなものを戦闘中に展開されでもしたらいくら自分でも気付けない。それ程のものであった。

これだけハイレベルな空間操作、否、”空間創造”と隠蔽、結界魔法……間違い無くレアスキルの類だ。努力や修練の積み重ねで手にすることが出来る範疇をとっくに飛び越している。流石のソルでもこれは真似出来ないと思わせる程の。まあ、建築物や無機物は再現することは出来ても生物は無理なようで、他の生き物の気配を全く感じ取れない世界であったが。





補足をすれば、他にもソルが知り得ることの無い秘密が犯罪者の男には存在する。

能力を行使している間に一度限り、自分がイメージした幻影を一体だけ生み出せること。

幻影である少女の外見はティーダのような若い局員には一番効果的であると判断した為。

追い詰められ、攻撃を食らったかのように見せたのは演技であり、最初からティーダは罠に嵌められていたのだ。

街の中で飛行魔法を使って逃げ出したのも計算の内。レアスキルさえあれば自分は絶対に逃げ切れるという自信があったから。

人気の少ない街外れのスラムのような場所に逃げ込んだのは、一つの例外を除いて生物までは複製出来ないレアスキルを最大限活かす為だ。





道理で管理局が捕まえられない訳だ、とソルは内心で納得しつつも苛立たしげに唇を噛む。

何が推定魔導師ランク総合AAだ、節穴共め、明らかに総合AAAはあっても不思議ではない、一体何処に眼をつけてやがる、管理局員が五人も殺されている時点で何故評価を改めようとしない? 何故戦闘を不得手とするタイプでありながら五人も殺されたのか、そこまで理由を考えようとは思わなかったのか? 眼球はガラス玉で頭蓋に浮かんでるのは脳みそじゃなくてスポンジか?

この犯罪者の実力を見誤った海の連中に胸中で毒を吐く。

ソルですら偶発的に発見出来たようなもので、一つ間違えれば違和感など無視していたかもしれないのだ。大雑把なようで意外に神経質な一面がある自分の科学者気質な性格にこの時ばかりは感謝する。

此処で逃がしたらもう二度と絶対に捕まえられない。ソルはそう結論付けてから覚悟する。慎重に行動することを心に決め、自身に認識阻害の魔法と法力をこれでもかと施すと雑居ビルの屋上に降り立ち、そこから屋根や屋上を足場に跳躍して犯罪者の男とティーダを探す。

魔力の元を辿ればよかったので、探すこと自体はそれ程難しくなかった。

だが――

到着した時点でティーダが殺されそうになっているのを見てしまい、ひっそりと近付いて背後から不意打ちをかまして一撃で決めようという考えはあっという間に彼方へと消え去る。

考える前に身体が動く。

人質として捕らえられている少女なんて気にしている時間すら無かった。

というより、人質として盾にされたら人質ごと纏めて非殺傷設定で丸焼きにしてやると心に決めていたので、気にする必要が無かったというのが正しい。最終的に少女は幻影で、レアスキルの一部だと判明するのだが。

走り出し、屋上から跳躍。八階建てでそれなりの高さを誇る雑居ビルから地面に向かって放物線を描きながら、犯罪者の男へと一気に接近する。

(間に合え!!)

それでも間に合いそうにない。視線の先では魔力弾が生成され、棒立ち状態のティーダへと今にも発射されそうだ。



――させるか。



ソルは半ば勘に従いガンフレイムを放った。

結果的に魔力弾からティーダを守り、奇襲は成功し男の能力を解除することには巧くいったが、もう一度同じことをやれと言われたら無理だと答えるだろう自分にソルは自嘲した。

こんな無鉄砲で無計画で運頼りな奇襲は二度とご免だ、と。

もう一度大きくやれやれと溜息を吐くと、右手首から先を失いながらも必死に立ち上り飛び立とうとしている男に向き直り、ソルは野球の投手のように振りかぶって封炎剣を投擲する。

獲物を狙う矢の如く真っ直ぐと、空気を裂き、燃え盛るミサイルと化した封炎剣は吸い込まれるように男の左膝の裏に命中、膝から下を吹っ飛ばした。

「……っ!!」

今度は声も無く転倒し、ゴロゴロと転がってから仰向けの状態で動かなくなる。

それを確認するとおもむろに近寄って倒れた男を見下ろす。

睥睨する真紅の眼は獲物にトドメを差す狩人のように冷酷で、血も涙も無いかのような表情は男の心を恐怖で凍りつかせ、なのに身体から放たれる威圧感は何もかも焼き尽くすマグマのようで、男はあまりの恐怖に自身が失禁したことにすら気が付かなかった。

「た、助け――」

「断る」

無駄だと分かっていながら息も絶え絶えに命乞いをする男の言葉を、ソルは殺意溢れる冷たい一言で遮り『旅の鏡』を発動させて男の体内からリンカーコアを無理やり抉り出した。

「ぐぁ、ああ」

「安心しろ、殺さねぇ……許してやらねぇがな」

摘出した灰色に輝くリンカーコアに封印術を施すと、そのショックで男が気絶する。

封印自体は命に全く別状は無いが、これでもう二度と魔導師としては生きて行けないだろう。法力、魔法、複合魔法を用いた三重の封印術式。ディスペル出来るのはこの世でソル以外にアインしか存在しない。

リンカーコアを体内に戻してやってから男を捨て置くと、うつ伏せになって倒れているティーダに急いで走り寄る。

(こいつは酷ぇな)

回復魔法と治癒法術を複合させた魔法で治療を施してやりながら、意識の無い青年の容態にソルは顔を顰めた。

犯罪者の男がサディスティックな性格のおかげで、全身蜂の巣のように穴だらけであるが微妙に急所を外している。かと言って楽観出来るものでもない。

身体のあちこち撃ち抜かれた所為で関節や筋組織、骨がズタボロだ。ソルは自分の技量では後遺症が残らないように治すのは不可能に近いという考えに至る。

一命を取り留められる、と自信を持って断言は出来る。その点だけを見れば致命傷となる攻撃を一度だけ食らったクイントの時よりも遥かにマシだが、生き残った後に後遺症の有無を問い質された場合閉口するしかない。ティーダは全身に何十箇所と食らっているので、そういう意味ではクイントよりも悪いのだ。

(まず魔導師として復帰するのは無理だ)

兎にも角にも他の連中に連絡する必要がある。ソルはティーダを抱え上げ、首都航空隊とゲンヤに通信を入れることにした。




















後書き


一番要望が多かった『ティーダ生存ルート でも何かしらハンディがあって戦線復帰無理』を適用させていただきます。

皆さん、たくさんのご意見ありがとうございます。

長くなりそうなんで、前後編に分けて一旦此処で切らせていただきますね。

ちなみに、

>ディスペル効果を付与したタイランレイブで強引にぶっ壊した。

という描写がありますので、「あれ? 何それ、そんなのありかよ?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実際にGG2本編で似たようなことやってますよ~。



P,S

XXX板進出とか無理ww




[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期9 狩人と魔弾の射手 後編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/02/15 01:00

意識の覚醒と共に瞼が開き、光が差し込んでくる。

「……生き、てる?」

喉から漏れた声は酷く掠れていたが、自分の声を聞いて”生”の実感が湧き上がってきた。

仰向けに寝かされた状態。病院のベッドの上だろうか?

「生きてる」

再び声に出してから、起き上がろうとして全身に痺れに似たものが走って上手く動かせないことに気付く。

(そうか。俺は違法魔導師を追って、追い詰めたと思ったら人質を取られて、それから――)

「お、お兄ちゃん……?」

必死に記憶を漁っている作業の途中で、すぐ傍から聞き慣れた声がしたのでそちらへ視線を向ける。

「ティアナ? どうして、此処に?」

「お、お兄ちゃ、お、お、おにい、ちゃん」

そこにはティーダにとって大切な肉親である妹のティアナが居た。まだ幼い彼女はその愛らしい顔をクシャクシャにすると、その瞳を大きく見開き涙をポロポロ零しながら嗚咽を漏らし始めた。

急にティアナが泣き出したことにティーダは焦る。自分はティアナに何か悪いことでもしたのだろうか? いや、そんなことはしていない筈。だったら何故? 此処最近忙しくて構って上げられなかったからだろうか? だとしたらマズイ!!

「ティアナ、その」

「おにいちゃああああああんっ!!!」

「へ? ティアナ?」

横たわっているティーダの上に圧し掛かるように泣きながら抱きついてくるティアナ。そんなティアナの態度に呆然とするばかりだった。

愛しい妹はそんなティーダの困惑など知らんと言わんばかりにあらん限りの力で抱きついてくる。

「ティアナ……」

自分の身体とは思えない程に動かし難い腕を震わせながら、それでもなんとか操ってティアナを抱き締めた。



――生きてる……俺は、生きてる。



知らず、涙が溢れてくる。

自分は帰ってきた。帰ってこれた。この段階になって、彼女の声を聞いて、温もりを感じて、ようやくそのことを実感した。

あの時、違法魔導師の攻撃から自分を守ってくれた炎の魔導師にティーダは心から感謝する。

ティアナが独りぼっちならなくて本当に良かった。これからもずっと一緒に居られる。約束を破らずに済んだ。

ランスター兄妹は、定期検診の為に主治医と看護婦が病室に来るまでその態勢のまま離れずに居た。










背徳の炎と魔法少女 空白期9 狩人と魔弾の射手 後編










(五日も寝てたなんて)

主治医の話では、自分は病院に担ぎ込まれてから五日も死んだように眠ったまま意識を戻さなかったらしい。

ティアナが泣き喚く訳だ。

そのティアナは瞼を腫らしながらも自分の膝の上に頭を載せて穏やかに眠っている。その柔らかな髪を震える手で撫でていると、不意にノックの音が響く。

「はい? どうぞ」

「失礼するぞ」

「失礼するわね」

ティーダの声に応じて個室のドアを開いて入ってきたのは白髪の中年男性と、長い蒼髪の若い女性。二人共管理局員の制服に身を包んでいる。

誰だろう? 二人の姿に見覚えあるなぁと記憶を掘り起こす作業に三秒費やし、思い出すと同時に動かし難い上半身を四苦八苦しながら慌てて起こし、敬礼した。

「し、失礼しました!! ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐!! クイント・ナカジマ准陸尉!!」

「あー、そんな硬くなんなくていいって。管理局の制服着てるが、はっきり言って個人的な理由で見舞いに来てるようなもんだからな」

「そうよ、今は仕事中じゃないんだから友人に接するような感じの方がこっちとしてもやり易いわ、私の方が貴方より階級低いしね。それに妹さんが起きちゃうでしょ?」

「恐縮です……」

ナカジマ夫妻が醸し出すフランクな雰囲気にティーダは緊張を解く。

「ソルの見立てでは今日明日には眼を覚ますって話だったけど、見事に当たったわね」

「お前の時にも思ったんだが、あいつ医者になった方が良いんじゃねぇか?」

「ソル? あの、ソルとは誰のことでしょうか? それに加えて先程、三佐が個人的な理由で来ていると仰っていましたが……」

この場に存在しない第三者の名前を聞いてティーダが質問を投げ掛けると、クイントは一つ頷いて答えた。

「う~んとね、分かり易く言うと、ソルは私達の友達。彼に貴方が眼を覚ますまで様子を見て欲しいって頼まれた訳。本当は自分でお見舞いに来たかったみたいなんだけど、彼って結構忙しいから」

「はあ」

「クイント、もっと先に言うことがあんだろ。ソルってのはお前さんを助けた魔導師のことだ。”背徳の炎”って聞いたこと無ぇか?」

クイントの答えに釈然としないティーダであったが、次のゲンヤの溜息交じりの言葉を聞いて納得すると同時に驚愕で眼を剥く。

「……噂程度には」

”背徳の炎”。既にこの噂を知らない者は管理局内では少数派だ。

炎を自由自在に操り、自らを賞金稼ぎと名乗るフリーの魔導師。今から三、四年程前にミッドチルダとその周辺の次元世界に現れ、数多くの犯罪組織や違法魔導師、違法研究所を潰して回っていた人物。

噂が広まってすぐに忽然と姿を消した為、その存在は死んだと誰もが思い忘れ去られる筈だった。事実、誰もがその存在を記憶の奥底に押し込めて忘れていた。

しかし、今から約一年程前から再び行動を開始。その姿を次元世界に現すことになる。

とは言え、以前のように管理局と全く関わらないようなスタンスではなく、一部の者と契約を結んで活動しているらしい。

かつてのように唐突に管理局へ匿名の通報が入る訳では無く、事前に契約しておいた者達から戦力の貸し出しという形で様々な部署に派遣される場合が多く、仕事が終わるとさっさと報酬を受け取って姿を消す。

その実力は推定魔導師ランクオーバーSと謳われるだけあって非常に高い。何人も寄せ付けぬ戦闘能力で戦略を戦術で覆し、圧倒的な火力で戦況を引っ繰り返す様はまさにエース・ストライカー級。

また単独の捜査官としても優秀で、一度獲物に食らい付いたら蛇のように執拗に追い続け、捕らえる。これによって彼が解決した事件や捕らえた犯罪者は数知れず。賞金稼ぎと自称するだけあって、こちらの方が得意なのかもしれない。

何より犯罪者に容赦が無いと言われている。以前よりも遥かにマシらしいが、”背徳の炎”に狙われた者で五体満足で居られる者はあまり多くないとか。

他にも仲間が居るという話で、その仲間も”背徳の炎”同様非常に優秀らしい。管理局員だったのを辞めて”背徳の炎”の部下になった者まで居ると聞く。

管理局内では一部の者から畏怖の対象として危険視されているが、これは単に上層部が何度スカウトしても管理局入りしようとしない”背徳の炎”を認めたくないだけと専らの噂。

組織に属そうとしない一匹狼的な気質のスタンス(集団行動が極端に苦手なだけ&コネ使いまくり)、そのミステリアスな存在(皆が思っている程ミステリアスでもなんでもない。管理局の制服を着て地上、本局問わずウロついているのを発見することが可能。たまに食堂で飯食ってる時がある)、絶大な強さ、海の花形である執務官のような働きぶりから憧れている者は多い。

ティーダ自身も他の皆と同じで、漠然とであるが少し憧れている部分があった。

「つまり、”背徳の炎”が俺を?」

「ご明察」

ゲンヤは肩を竦める。

「じゃあ、犯人は捕まったんですか? 人質の女の子は無事なんですよね?」

矢継ぎ早に質問するティーダからゲンヤは視線を外す。

「あのな、冷静に聞いてくれ」

後頭部に手を当てボリボリかくと、ゲンヤは窓の外を眺めながら言い難そうに続けた。

「人質なんてな、ハナッから居なかったんだよ」

「え?」

「”背徳の炎”が、ソルが言うには犯人のレアスキルの一種だそうだ」

人質が初めから居なかった?

「お前さん、犯人に騙されたんだよ。犯人に『そういうもの』を見せられただけで」

「それって……」

自分が少女を守ろうとして犯人の要求を呑み、デバイスを捨てたのは全くの無意味だったのか?

ティーダの全身を虚無感が苛んだ。

騙されて、一方的に攻撃されて、何も出来ないまま助けられたなんて。

「でも安心して。犯人はソルが捕まえたから」

何時もの病院直行コースだけど、とクイントが付け加えた言葉に「……そう、ですか……なら、良かった」と返すのが精一杯だった。

意識を失う前に見た光景を脳裏に映し出す。

”背徳の炎”は自分を庇った後、間髪入れずに男に向かって攻撃している。人質など目もくれずに。

人質が偽者だと気付いていたから?

「ハハ」

乾いた笑いが口から漏れる。

これが実力の差というやつなのだろうか。

噂に名高い”背徳の炎”と、執務官候補生の自分を隔てている壁の高さを思い知って全身の力が抜けそうになった。

心の何処かで、何時か自分もあんな風に、そう思っていた部分があったのは事実。

未来のエリートだとか若きエースだとか持て囃された時期があり、それに驕らず、周りの評価に相応しい人物になろうと常に心掛けて努力を惜しまず過ごしていたのに。

「……」

「……」

無力感に打ちひしがれるティーダの内心を察したのか、ナカジマ夫妻は声を掛けられず気まずそうに視線を下げる。

「入るぞ」

そんな時、ノックも無しにいきなりドアが無遠慮に開き一人の男が入ってきた。

「隊長?」

男はティーダが所属する首都航空隊の隊長であり、直属の上司。

隊長はティーダに向かってあからさまに侮蔑の視線を向けると、吐き捨てるようにこう言った。

「どの面下げて生き恥を晒しているんだ? 役立たずのティーダ・ランスター」

「な!?」

突然の上司の罵倒に思わず漏れた声が驚愕の色となる。ナカジマ夫妻もこの発言には驚いたようで、信じられないといった表情で固まっている。

「私は言った筈だ。『必ず我が隊の手柄にしろ。犯罪者を取り逃した海に我々の力を見せ付けてやれ』とな。にも関わらずこの体たらくは何だ?」

それはとても死に掛けた部下に放つような言葉ではなかった。

更に罵倒は続き、容赦無い棘がティーダの心を抉る。

「罠に嵌り、犯罪者の騙され、何も出来ぬまま横から手柄を”背徳の炎”に奪われて、おまけに命まで救われて、これ程の失態を犯して貴様は自分が恥ずかしくないのか?」

「……俺は――」

「負け犬の言い訳なんぞ聞きたくない」

ピシャリと切り捨てられた。

「貴様の所為で我が隊の評価は失墜したも同然だ。優秀な執務官候補生と呼び声が高かった貴様が惨敗し碌に成果を残せなかったことによって、我々は局内で無能者扱いだ。逆に”背徳の炎”の評価は局員でもないゴロツキの癖して鰻上りだぞ……一体どうしてくれる!?」

屈辱を滲ませた怒声がティーダに叩きつけられ、部屋に響き渡る。

「部下に叱責するにしては随分と酷い言葉なんじゃないんですかい。もう少し言葉を選んだらどうなんです?」

眉を顰め不機嫌な表情のゲンヤが隊長に苦言を呈したが、むしろ火に油を注いだような結果を生んでしまう。

「ハッ、ナカジマ三佐はさぞ気分が良いでしょうな。何せ今回の一件で自分の優秀な部下と私の無能な部下の差を明確にしたのですから」

「どういう意味だ?」

「言葉通りの意味ですよ。この役立たずと比べて貴官らが従える”背徳の炎”の方がより優秀であると、そのことを局内に示すことが出来たのですから」

「……あいつは別に俺達の部下って訳じゃ無ぇ」

「そうよ、ソルと私達はただ単にギブ&テイクな関係で――」

「貴官らがそう思っていても、周りはそうは思っていません」

クイントを遮る形で隊長が語調を強める。

「外部協力者、聞こえは良いですが実質奴は貴官らの私兵ではないですか。その証拠に”背徳の炎”は貴官らと、海のハラオウン提督とロウラン提督からの仕事しか請け負わない、局入りしなければ嘱託の資格も取ろうとしない、貴官らの都合に合わせて動く高ランク魔導師、これが私兵と呼ばずに何と呼ぶのか教えて頂きたい!!」

「……」

「……」

「実に巧妙ですよね? 局員ではないから人事など関係無い、その実績の高さから余程のことが無い限り管理局側は権限を使って命令することが出来ない、報酬さえ払えばそれ以上の成果を出してくれるエース・ストライカー、しかもその時得られる名声は全て貴官らのもの!! 私も是非、貴官らと同じように”背徳の炎”を部下として迎え入れたいものですね、こんな役立たずの代わりに」

たっぷりと皮肉と嫌味が吐き捨てられるが、ナカジマ夫妻は言い返せずに居た。

言われた内容はほぼ事実である。”背徳の炎”の評価が上がれば彼を従えているように見えるクイント達の評価も上がるというのは流石に言い過ぎだろうが。

あくまで”背徳の炎”は管理局内だけで噂が一人歩きをしているような状態で、一般の人々は”背徳の炎”の「は」の字も知らない。だが、局員であれば多少は小耳に挟む程度のことはあるだろうし、クイント達をやっかむ者は少なからず存在する。

本人の性格的なものは横に置いておいて、局入りしないが故に組織のやり方に縛られず個人としての自由度を有し、それと同時に契約者達から組織の力を借りる、この二つのメリットがあるからこそソルは局入りせずフリーで居るのだ。

むしろ、フリーで居られる、という言い方が正しい。管理局側からすれば”背徳の炎”は無害かつ有益な存在である為、その存在を半ば黙認されているのが現状だ。

本来であれば管理外世界に住む高ランク魔導師を野放しにすることなど出来ないのだが、放って置けば勝手に犯罪者を捕まえてくれるのだ。無理に局入りさせるよりも泳がせておいた方が良いのである。

「ティーダ・ランスター、貴様は我が隊には要らん。そもそも魔導師ではない貴様などにもう用は無い。何処へなりとも失せろ」

そう言って隊長が背を向けて立ち去ろうとしたが、聞き捨てならない言葉にティーダは待ったを掛ける。

「待ってください!!」

「何だ? 役立たず」

相変わらず辛辣ではあるが律儀に足を止めた。

「俺が魔導師ではないって、どういうことですか?」

奥歯をカチカチ打ち鳴らしながら全身を小刻みに震わせ、ティーダは今自分が耳にし、問い掛けた内容を理解しようと努める。

魔導師ではない?

それはつまり、リンカーコアを持たない普通の人間と同じということだ。

自分が?

何かの冗談ではないのか?

だって、確かに死に掛けたとは言え今もこうして生きている。

怪我が完治してリハビリを終えれば現場に復帰出来ると当たり前のように思っていたのに。

隊長は自分のことを魔導師ではない、と言った。

まさか、この動かし辛い身体に関係しているのか?

「その様子では聞いていないようだな。魔導師としてのティーダ・ランスターは既に死んだ。今の貴様はただのティーダ・ランスターだ」

魔導師としての自分は既に死んだ?

「だからさっきから言っているだろう、”役立たず”と。魔法が使えない魔導師など居ても邪魔なだけだ」

言って、もう此処には用が無いという風に隊長は部屋を出ようとしたその時――

「お兄ちゃんをバカにしないでっ!!!」

ティアナがベッドから跳ね起きた。










大きな声で眼が覚めた。誰かが怒っているような声だった。

徐々にはっきりしてくる意識の中、大好きな兄がバカにされているというのだけがよく理解出来た。

ティアナにとって兄をバカにされることは、自分がバカにされること以上に許し難いことであり、屈辱的なことである。

だから許せない。許さない。

感情を埋め尽くすのは怒り、悔しさ、兄がバカにされているという事実に対する悲しみ。

それらはまだ幼い少女に過度のストレスを与え、耐え切れず爆発した。

兄は役立たずなどではない。

自分が誰よりも尊敬していて、優しくて、暖かくて、大切な家族だ。

「お兄ちゃんに謝って!!」

感情をぶつけるようにティアナは兄の上司に食って掛かった。と言っても、幼い少女が大の大人の足に縋り付くようにしか見えなかったが。

「お兄ちゃんは役立たずなんかじゃない!! お兄ちゃんは誰よりも凄い魔導師だもん!! 私の目標なんだから、バカにしないでっ!!!」

「……ティアナ」

普段大人しい性格のティアナが眼に涙を溜めて叫ぶ姿にティーダは驚くと共に、嬉しさと悔しさが混ざったような複雑な感情になる。

妹が兄を心から好きで尊敬していることに嬉しさを、なのに兄はもう妹の目標にはなれないことに悔しさを。

「ふ」

しかし、そんな必死な態度のティアナを隊長は鼻で笑い、鬱陶しそうに乱暴な手つきで振り払う。

「キャッ!?」

小さな悲鳴を上げてティアナは尻餅をつく。

「ティアナ!!」

急いでティアナに駆け寄ろうとしてそれが出来ないことにティーダは唇を噛む。

「ちょっと貴方!! 子ども相手に乱暴なんて最低よ!!!」

「流石に今のは目に余るぞ」

動けないティーダの代わりにナカジマ夫妻がティアナに駆け寄り、隊長に向かって敵意の眼差しを向けた。

だが、隊長は顔色一つ変えずにズボンについた埃を払うような仕草をするだけだ。

「事実を言ったまでです。ティーダ・ランスターは魔導師として使えない、だから役立たずだと」

「……そんなことない!! お兄ちゃんは、お兄ちゃんは、役立たずじゃないもん!! う、ううぅ、あああああああああ!!!」

我慢し切れなくなったのか、ティアナはついに大声を上げて泣き出し、クイントはそんなティアナを暴言から守るように抱き締める。

「これ以上此処に居ても時間の無駄だ。私は帰るぞ」

完全にこちらに興味を失った隊長は部屋を出ようと踵を返し歩き出す。

と、丁度隊長がドアの前に立った時だった。

ガチャッ、とこれまた先程と同じように無遠慮にドアが外から開けられる。

今度は誰だ? クイントとゲンヤとティーダがいい加減にしてくれと思い闖入者に視線を向けると、そこには長身の男が立っていた。

長い黒茶の髪を後頭部で結わえ、真っ赤なジャケットと黒いジーパンでその身を包み、異様に鋭い真紅の瞳が眼の前に居る隊長を睨んでいる。

「邪魔だ、どけ」

短くそう言うと、隊長は男のまるで恫喝するような声と射抜くような視線に気圧されて慌ててその場を退いた。

「ソル……」

「「!?」」

クイントの呟きにティーダと隊長が顔色を変える。

先程から彼女は”背徳の炎”のことを”ソル”と呼称していた。ということは、この男が”背徳の炎”!? 何故此処に? 一体何をしに来たというのか?

「お前、今日は海で仕事があるんじゃなかったのか?」

「思ったより早く片付いた」

疑問の声を上げるゲンヤに簡潔な答えを返すと、ソルはベッドに近付きティーダを見下ろす。

ただそこに存在するだけで場の空気が一変し、誰もが押し黙る。先程の険悪な雰囲気など何処吹く風、たった一人の男に場が支配されていた。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

ティアナは突然入ってきた男が持つ圧倒的な存在感と威圧感に驚いて泣くのを止め、ナカジマ夫妻はお見舞いに来たらしいソルの動向を見守ることにし、ティーダと隊長はいきなり眼の前に現れた件の”背徳の炎”に緊張していた。

「悪かったな」

「え?」

何の脈絡も無い謝罪の言葉にティーダは頭が追いつかない。

「あの後、もう少し俺が早ければ、もっと上手く治癒出来ていたらって思ってな」

「は? あの、何を言ってるのか――」

「俺が言いたいのはこれだけだ、じゃあな」

言うだけ言うと、もう此処には用が無いと言わんばかりにティーダに背を向け部屋を出て行こうとするソル。

だが、ソルを回り込むようにして隊長が立ち塞がった。

「何だテメェ」

「私は運が良い、まさかこんな場所で噂の”背徳の炎”に巡り合えるなんて」

若干興奮しているらしい隊長の様子に、ソルはあからさまに面倒臭そうな顔をする。

「どうだ? この無能の代わりに私の部隊でその力を振るわないか? 給料も今支払われている倍は出すと約束しよう。お前程の実力があればすぐにでもミッドの平和は保たれる、そうすれば忌々しい海の連中にでかい顔をされることはもう――」

「興味無ぇ」

「っ、何?」

「俺はテメェに興味無ぇって言ったんだ」

無造作に伸ばされたソルの左手が隊長の襟首を締め上げ、力任せに引き寄せた。

「目障りなんだよ、失せろ……それとも灰になりてぇか」

不機嫌に顔を顰めながらも、口元は不敵に笑っていて、全身から放たれるのは灼熱の気配。それが怒りなのか、単に不機嫌なのか、自分の利しか考えていない人種に対する呆れなのか、それなりに付き合いのあるナカジマ夫妻でも分からない。

一つだけはっきりしているのは、ソルは隊長のような人間が好きではないということ。全てを見透かすような真紅の瞳は、視線を合わせた相手の人間性を一瞬で見抜く。

ソルが手を離してやると、隊長は二、三度咳き込み「お、覚えていろよ」と素晴らしい小者っぷりを発揮しつつ逃げるように病室を出て行った。

「やれやれだぜ」

うんざりしたように溜息を吐きソルが歩き出そうとしたところ、全く予期せぬ事態が起きてしまう。

何時の間にかクイントの腕から抜け出したティアナがソルの服を引っ張っているのだ。

「「げ」」

「ティ、ティアナ!?」

怖いもの知らずとはこのことを言うのだろうか。子どもと比べて巨漢と言っても差し支えない体格を持つソルの足にティアナはしがみついて離さない。

「どうした? ガキ」

振り向いたソルは何を考えているのか分からない何時もの仏頂面で問い掛ける。

「……お兄ちゃんは」

「ああン?」

「役立たずなんかじゃない」

「んなこと俺が知るか」

この部屋に入って二度目の溜息を呆れたように吐き、大きく眼を見開き固まって動かなくなったティアナの手を優しく払うと、ソルは今度こそ病室を後にした。




















数日後。

ある程度回復したティーダのリハビリが始まった。

医者の話によれば、リハビリが上手くいけば日常生活をする上でなら何の支障も無いレベルにまで回復出来るとのこと。

だが、以前のような魔導師として激しい戦闘を行うことは不可能だ、とはっきり宣告されてしまった。

それでも彼は腐らず、ただひたすらリハビリに時間を費やす。

ティアナもそんな兄の傍を離れようとしない。

あの日以来、”背徳の炎”が現れることは無かった。

しかし――





深夜。誰も居らず薄暗い病院の廊下を、松葉杖があれば歩けるくらいにまで回復したティーダが歩いている。

とは言え、回復したとは聞こえは良いが、歩く速度は杖を突いた老人と大差無い。

ゆっくり、ゆっくりと亀のような歩みで彼は一人、黙々と歩く。

そして行き着く先は階段。目的地はその更に上だ。

やはり階段を登るのにも一苦労であり、全身から汗を噴出しながらも彼は苦行を耐え続ける僧侶の如く文句を垂れずに屋上に辿り着いた。

重い扉を開けると、そこにはミッドの夜景が広がっている。

彼は荒い呼吸のまま柵まで歩み寄り、それにもたれ掛かると、

「く、う、あああ」

あらん限りの力を込めて柵を握り締め、泣いた。

両親を失って以来、これまで誰にも――それこそティアナにも――絶対に見せまいとしていた彼の弱い部分。

心の奥底で沈殿し続け長年溜め込んだそれは、魔導師として復帰出来ないというショッキングな事実に直面して、器に満たした水が外部からの圧力に負けて溢れ出たように吹き出た瞬間である。

まだティアナが今よりもずっと幼い頃に両親を事故で失い、頼れる身内が存在しなかったティーダはそれ以降、自分でも知らない内に必要以上に強くあろうとした。

妹を守る、その想いを胸に。

魔導師として管理局で働くことは稼ぎ手が居ないランスター家にとって非常に都合が良いものであったので、幸い魔法の才能があった彼は二人で生活する為に魔法を使うことを決める。

最初は単に生活費を稼ぐ為に始めた仕事は、何時の頃からか彼の使命となりつつあった。

犯罪に怯え、苦しんでいる人や悲しんでいる人を助けたい。ティーダ自身、働いている間にそう思うようになったのが何時頃か、具体的にはあまり覚えていない。

兎にも角にも、彼の心に火が着いたのはその時くらいからだ。

特に彼が関心を示したのが海でのエリート魔導師が就くことが出来る超難関、執務官である。

やがてそれが彼の夢になるまで、そう時間は掛からなかった。

夢に向かって努力を惜しまなかった。誰よりも勉強するようになり、誰よりも訓練を真剣に取り組んだ。仕事も一つ一つ丁寧に、必死になってこなしてきた。

だというのに、自分はもう魔導師としてダメだというではないか。

ティーダが執務官として働きたいのは内勤派ではなく、独立派として単独で事件を捜査する方だ。

当然、凶悪な犯罪者を相手にする場合があるので、それだけの戦闘能力が必要とされるが今の彼は子どもにすら容易く負けるだろう。

「もう少し、もう少しだったのに……」

本当にあとちょっとの所まで漕ぎ着けていたのだ。もしかしたら次の試験で受かったかもしれないのに、こんな形でリタイアすることになるなんて考えが及ばなかった。

役立たず。

脳裏で隊長の言葉が響く。

あの時は何を言われたのか理解出来なかった、というかしたくなかったが、時間が経つにつれて、リハビリを行うことによって自分の身体ことと言葉の意味を理解して、実感して、悔しさがこみ上げてくる。

夢は打ち砕かれたのだから。

絶望感と諦めがティーダを苛みながらも、彼は妹の前では気丈に笑い何時もの”兄”で居ようとした。

生きているのだから御の字、何度も何度もそう思おうとした。実際そう思っている。生きて再びティアナに会うことが出来たのだから、これ以上何も望むものは無い、と。

しかし、それももう限界の所にまで来ていたのである。

「こんな筈じゃ、なかったのに……」

あまりに非情な現実に打ちひしがれ、ミッドの街並みを見下ろしながら泣く彼は気が付かなかった。

屋上の出入り口で、自分を見つめている無垢なる瞳の存在を。










「……お兄ちゃん」

初めて見る兄の泣いている姿。

頭の中でフラッシュバックするのは、兄が眼を覚ましたときに見聞きした光景。



――『んなこと俺が知るか』



心底どうでもよさそうに紡がれた台詞。

「お兄ちゃんは……役立たずなんかじゃない」

絶対に認めさせてやる。

兄の魔法は役立たずなんかではない。

握った指が白くなる程力を込め、ティアナは自分に言い聞かせるように、さながら魔法の呪文のように唱えた。



――ランスターの弾丸に、撃ち抜けないものは、無い。








































後書き


次回は肩の力を抜いて思いっ切りバカな話や、やってみたかった一発ネタを書こうと思います。

いや、シリアスって疲れるwww





[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期Ω 色々とバカなネタが詰め合わせ え? これ十五禁描写ある?
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/02/24 02:02

*注意!! 本編にあんまり関係無いので、あくまでネタとして読んでください!!!













『ドラゴンライダーごっこ』



居間のソファで横になり、無防備な姿を晒しているソルが昼寝をしている。

そんな光景を眼の前にして、なのはは自分でも知らずに生唾を飲み込んだ。

今日は聖王教会で仕事があったので、何時もの仲良しメンバーであるアリサの誘いを断って一人先に帰宅したのが五分前。

ちなみに、フェイトとはやてとすずかは自分と違って今日は用事が無いのでバニングス邸に遊びに行った。

家の中には、なのはと寝ているソルを除いて誰も居ない。皆それぞれの仕事か、用事だろう。

大所帯である高町家において、家の中で誰かと二人っきりになれる機会なんぞそう多くない。相手が多忙を極めるソルであれば尚更だ。

(こ、こ、これはまたとないチャンスなの!?)

ドックンバックン心臓が跳ね回り、頭の中はすっかり自分の魔力光と同じピンクに染まり、顔や身体が興奮して熱くなるのを感じながら、なのはは口を開く。

「あー、なんか暑いなー。それに疲れちゃったなー。わ、私もソファで仕事まで寝てようかなー」

誰も聞いてる人物が居ないのに紡がれた言葉は、酷い棒読みだった。

首に留めた制服のリボンを外しブレザーを脱ぎ捨て、Yシャツは下着が見えるくらいに胸元を開き、仰向けになって規則正しい呼吸をしているソルの上にスカートのままで跨る。

「……む」

「っ!」

「うぅ……スー、スー」

一瞬だけソルが寝苦しそうに呻いたが、それだけだった。数秒後には何事も無かったかのように穏やかな寝息を継続した。

起きなかったことにホッと安堵の溜息を吐くと、なのははゆっくりと身体をソルに密着される。

やがて彼の大きな胸元に顔埋めるように抱きつく。

(はああああ……堪らない)

レアスキル、”魔力供給”が魔導師にとって癒し効果があろうと無かろうと関係が無い。この世で誰よりも大切な人と触れ合っているのだから、心地良いという感覚以外にあり得ない。

ソルから伝わってくるのは彼の体温、穏やかな呼吸音、匂い、そして優しいリズムを刻む心音。

なのはにとって、ソルの心音というのは幼少の頃から寝る時に聞いていた子守唄のようなものだ。この音を聞くだけで心が安らぐのは今でも変わらない。

しかし、最近はこれだけで満足出来なくなってきた。

当時よりも心が成長したのか、それとも身体つきが大人になってきたからなのかは不明だ。

平均よりも早い肉体の成長。

明らかにこれはソルの魔力が影響していた。

闇の書に蝕まれていたはやてが身体を不自由にしていたのとは全く逆。幼い頃から常に一定以上の魔力を供給され続けたことによって、他の同年代の友人と比べると成長が早い。

中学生になってからは特にそれが顕著になっている。二次性徴も合わさっているからかもしれない。フェイトなんてつい先週、新しいサイズの下着を買っていたのを思い出す。

自身の身体がソルの影響を受けている、そう考えるだけでなのはは嬉しくなってくる。

もっと、もっと、それこそ二度と消えないように刻み付けて欲しい。自分がソルのものであるという証を。

時折襲ってくる飢餓感にも似た衝動は、心の底からソルを求めている嘘偽り無い本心であると同時に、女の本能でもあった。

「お兄ちゃん……」

一度身体を起こし、妖艶な仕草で舌舐めずりをして、いただきます、と口の中で小さく唱え――

「ただいまですぅ!!」

「ただいまー!!」

元気な子どもの声が二つ聞こえたことによって、なのはは動きを止める。

ツヴァイとエリオが外から帰ってきたようだ。

良いところで、と内心で舌打ちしつつ、ドタドタと足音を立てて近付いてくる気配に若干焦りながらその身をどかそうとして、ブラジャー丸見え状態だったのに気付いて慌ててボタンを留める。

そんな風にモタモタしている間に二人が居間に入ってきてしまった。

「あー!! なのはちゃんが父様にマウントポジション取ってます!! 喧嘩ですか!?」

「え! そうなんですか? なのはさん、父さんと喧嘩してるんですか!?」

「ち、ちが、違うの!! これは喧嘩じゃないの!! そもそもお兄ちゃん寝てるし!!」

マウントポジション=殴り合い、という考えに至るツヴァイは色々とダメだと思う。

「じゃあ、遊んでるんですか?」

エリオの純粋な瞳になのはは返答に困った。

「こ、これはね」

「「これは?」」

「ど、ドラゴンライダーごっこっていう遊びだよ」

「「ドラゴンライダーごっこ?」」

テンパった頭はこの場を凌ぐ為に勝手に口から出任せを言う。

「ほら、お兄ちゃんって怒ると怖いでしょ? でも寝てる間は大人しいから、その、あの、なんて言ったらいいかよく自分でも分かってないけど、自分より強い存在を従えるとかそんな感じを楽しむ遊びというか、でも別に普段からお兄ちゃんを従えたいとか思ってた訳じゃ無くて、むしろ逆で――」

「「???」」

支離滅裂な言葉の羅列に子ども二人は首を傾げることしか出来なかったが、とりあえず”ドラゴンライダーごっこ”が相手に跨る遊びだというのは分かった。

「なんかイマイチ言ってる意味が分からないですけど、エリオ、早速試してみるですぅ!!」

「うんっ!!」

居間に入ってきた時と同じようにしてドタドタと騒がしい足音を立てながら、ツヴァイとエリオは出て行ってしまった。

「ほ」

難は去った、部屋を後にする二人の後姿に安堵の溜息を吐く。

が、そうは問屋が卸さなかった。

「何あの二人に妙なこと吹き込んでんだ、なのは」

怒気を孕んだ声が聞こえてしまい、なのはは全身から冷や汗をかいて視線を自分が跨っている人物に向ける。

滅茶苦茶不機嫌な眼つきをしているソルが、真紅の瞳を鋭くさせて睨んできていた。

「何時から起きてたの?」

「今さっきだ……とりあえず降りろ、年頃の娘がはしたなく男に跨ってんじゃねぇ」

「……はい」

言われた通りに降りる。

怒っている時のソルに逆らえば問答無用で焼き土下座だ。逆らう訳にはいかない。

ソルはやれやれと溜息を吐くとソファに座り直し、なのはには床に正座するように命令し、彼女も大人しく従う。

「何か申し開きはあるか? ツヴァイはぶっちゃけどうでもいい、あいつはもう手遅れだ……純粋無垢なエリオに妙なことを教えたことについてだな」

と問われたので、十秒程度黙考してからこう答えた。

「お兄ちゃん、騎乗位って嫌い?」

「テメェ全っっ然反省してねぇだろ!!! つーか、何処で覚えたそんな言葉っ!?」

焼き土下座が決定した瞬間である。

そして、ソルは二度と居間で昼寝しないと心に誓ったのであった。





数日後。

「どうしてあんな風になっちまったんだ?」

ナカジマ家のテーブルで舐めるように酒を飲みながら頭を抱えるソルの姿が。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! ク、クククク、アーーーーーーーーーーーッハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

「…………クイント、テメェさっきから笑い過ぎだぁぁっ!!」

「何よー!? やる気ぃぃ!! 喧嘩なら買うわよ!!」

「テメェが売ってんだろが……! 笑う以外にもっと違うリアクションあんだろ!?」

「そんなものはこれっぽっちも無い!! ぶっちゃけ面白いからソルの家族にはもっと頑張って欲しいわ!!」

「ぶっ殺す!!!」

ドッタンバッタンと取っ組み合いをし始める二人の酔っ払い。

「やめろお前ら!! いきなり殴り合い始めてんじゃねぇぇぇ!! 酒飲むか愚痴垂れるか話聞くかのどれかにしろってんだ!!!」

必死になって止めるゲンヤだが二人は全く耳に入れず、足を止めての打ち合いに移行。両者は激しいパンチの応酬を繰り返し、殴られて顔を後方に弾かれながらも全く退かない。すぐに体勢を整え拳を振るう。

そんな光景を目の当たりにして、スバルがギンガの服の裾を掴みながら問い掛ける。

「ねぇギン姉、ソルさんってホントにお母さんと仲良いの? 何時も喧嘩してるように見えるんだけど」

「あれは一種のコミュニケーションよ……ってあああああああっ!! お母さんの右クロスが決まったぁぁぁぁぁぁ!! ソルさんダウン!! 1!! 2!! おっとスリーカウント前にソルさん立ち上がった、試合続行の意思を見せる!! ボックス!!」

困ったように苦笑したと思った途端に実況を始めるギンガは、なんだかんだ言ってこの状況を一番楽しんでいた。










背徳の炎と魔法少女 空白期Ω 色々とバカなネタが詰め合わせ え? これ十五禁描写ある?










『インモラルの炎』




フェイトは自室で機嫌良く歌を唄いながら英語の勉強をしていた。

ミッド語が英語に酷似しているおかげで、彼女にとって英語とはそう難しくない、得意科目とも言える存在である。

何より分からない箇所はソルが教えてくれる。これで出来ないなんて口が裂けても言えない。

母国語に似ているだけあって覚えやすい、文章構成が容易に分かる、だから歌を唄いながらの勉強など余裕だ。

実は歌を唄っているのを聞かれるのが恥ずかしくて自室で勉強をしていたりする。他には、皆にはうるさくしてしまかも、と遠慮している部分もある。

一曲唄い終えたそんな時、フェイトの眼を惹く単語を教材の中で見つけた。

”moral”。

”道徳”、”倫理”、といった意味を表す単語だ。

「……モラル」

口に出してからなんとなく気になったので、手元にあった電子辞書で意味を調べてみると、思った通りのことが記載されていた。

なんとなくとはいえ、どうして気になったんだろう?

疑問に思いながら記載されている文章を読んでいると、”moral”とは逆の意味を持つ”immoral”という言葉を見つける。

これは”不道徳”、”倫理に反する”、そして”背徳”という意味を持つ。

(あ、そっか)

”moral”という単語が気になった理由は簡単。ソルの二つ名と全く逆の意味を持っていたからだ。

(でも、どうして”背徳の炎”って呼ばれてたんだろう?)

詳しくはよく知らないが、ソルをギアに変えた”あの男”が発端らしい。

「背徳の炎……背徳……インモラル……インモラル?」

ぶつぶつと独り言を呟いている内に、フェイトにとっては衝撃的な事実に気付いてしまう。

「インモラルな、ソル?」

それはとってもエッチな響きだった。

「ソルが、インモラル……」



ほわんほわんほわわ~ん



何故か白衣姿で銀縁眼鏡を装備したソルがフェイトを冷たい視線で見下ろしている。

『フェイト、お前は俺の何だ?』

『……え? ソルにとって私は――』

咄嗟に答えることが出来なかったフェイトに黒い鞭が振るわれた。

『あうっ!!』

痛いの一瞬だけ。間を置かず叩かれた部分は甘い痺れとなり、どうしようもない程にフェイトを疼かせる。

『さっさと答えろ、このウスノロ』

『私は、犬です』

その答えに満足したのか、ソルは口元を三日月の形に歪めた。

『なら俺はお前の何だ?』

『ご主人様です!!』

迷い無く答えるフェイトの頭をソルが優しく撫でる。

『良い子だ、褒美をくれてやる。脱げ』

『は、はい!!』

おもむろにソルはズボンのチャックを――





「フェイトー、ご飯だよー」

アルフは夕飯の時間になっても居間に現れない主の様子を見に、フェイトの部屋の前までやってきてドアをノックしていた。

だが、反応が無い。

精神リンクも食事に呼ぶ前の十分程前から何故かぷっつり切れてしまっていて、現在のフェイトの状況が分からない。

魔力は問題無く供給されているのであまり深く考えはしなかったが、もしかしてフェイトの心に何かあったのだろうか?

「寝てんのかね? 入るよー」

まあ、家の中で何かあるとは思えないし何かの間違いでしょ、と深く考えずにアルフは部屋に踏み込んだ。

そこには、

「フェ、フェイトォォォォ!?」

机に突っ伏した状態で血に染まるフェイトの姿が。

「一体何があったんだい!? そんなことより止血、ちち、治癒しなきゃ!! ソル!! ユーノ!! シャマル!! 誰でもいいから早くこっちに来ておくれ!!!」

悲痛な声をアルフが上げてフェイトの身体を抱え上げ、母屋から何事かとソルを筆頭に家族皆が走ってくるというのに、

「えへへ、ご主人様~」

当の本人は蕩けた表情でうわ言を吐きながら伸びていた。





結局フェイトは単なる鼻血だったらしいが、何が原因で意識を失うまで鼻血を出したのか分からず仕舞い。一応、病院にも連れて行って精密検査を受けたが無駄だったのだ。

とりあえず大事を取って二、三日学校を休んで様子を見ることにした。

フェイトの看病にはソルが立候補し、彼は学校を何時も通りサボり仕事はアインに代わってもらい家に居ることにする。

「ごめんね、心配掛けて」

「別に構やしねぇよ」

謝罪の言葉に素っ気無く応えると、ベッドに腰掛け何時もの不敵な笑みを浮かべた。

「仕事なんかより、お前の方が大切だ」

「ソル……」

申し訳無いと思うと同時に、フェイトの心の中を喜びが満たしていく。

自分はこんなにも想われているんだ、それを実感するとこの気持ちを伝えたくて、ベッドに横になっていたフェイトは身体を起こして手をソルに伸ばした。

応じるようにソルが手を出し、二人の指が絡まる。

「何か食いたいもんとか飲みたいもんとか、欲しいもんは無ぇか?」

父性溢れる優しい、穏やかな視線と口調で問うソル。

対してフェイトは、

「私、ソルが欲しい」

はっきりと言い切った。

沈黙が降りる。時計の秒針がカチッカチッと鳴っている音がやけに耳障りだ。

「……」

「……」

「……あー、すまん、よく聞こえなかった。もっかいだけ、ゆっくり言ってくれ」

「私は」

「ああ」

「ソルが」

「ああ、俺が?」

「欲しいの」

「……」

農家に向かって畑くれって言ってるようなもんである。

ソルはフェイトと繋いだ手を離して頭を抱えようとしたが、ギュッと握られた細い指がそれを許してくれない。

仕方が無いので残った方の手で額を覆うと頭痛を堪えた。

「何を間違えた? どうしてこうなった……?」

「ソル、ううん、私のご主人様」

「ご主人様っ!?」

「皆に迷惑を掛けてしまったこの卑しい犬に、罰をください」

完全に起き上がってソルを押し倒そうとするフェイト。そんな彼女はソルにとって既に理解の範疇を飛び越した謎の生物と化していたのである。

「お前マジで何があったんだ!? 変とかそういうレベルじゃ、だからちょっと待て、少しでもいいから落ち着け、つーかお前滅茶苦茶元気じゃねぇか!!」





「で、なんでフェイトは壁に埋まったまま気絶してんの?」

半眼で睨んでくるアルフから眼を逸らしながら、ソルはバツが悪そうに言い訳をした。

「……いや、あんまりにも見事な気迫を放つもんだから、身の危険を感じてつい反射的に巴投げをしちまってだな」

上下逆さまで標本のように壁ビターン状態で眼を回しているフェイトの姿を一瞥すると、アルフが怒鳴る。

「なんでそのまましっぽりいかなかったんだい!!」

「怒るとこそこじゃねぇだろ普通!!」





数日後。

「……何だってんだ畜生、どいつもこいつも俺が悪いみたいな言い方しやがって……」

例によって例の如くナカジマ家。

「プハハ、アハ、アハハハハハハッ!! やーいやーい甲斐性無しー!!」

「テメェ調子に乗りやがって、こっちは切実に悩んでるってのに……ぶっ殺すぞクイント?」

「なーにー? 私よく聞こえなーい、甲斐性無いと聞こえないのー」

「ぶっ殺すっつったんだよ!!!」

「しゃあっ!! 来なさい、返り討ちよ!!!」

「またかお前らは!! 殴り合いがしたいなら最初っから酒なんて飲むんじゃねー!! 勿体無ぇだろーが!!!」

「始まった始まった!! 録画、録画しなきゃ!! スバル、早く早く!!」

「ギン姉、なんで私がカメラマンに? ていうかそのマイクは何?」

「さあ、今日も始まりました酒の席で酔っ払いの殴り合いが。ナカジマ家のお母さんVS”背徳の炎”との魔法無しのガチンコバトル、今夜は一体どっちに軍配が上がるのでしょうか!?」

ナカジマ家は今夜も近所迷惑になるくらいに騒がしかった。










『構って欲しくて』



ある日。

「ソル、今日は魔法無しでの――」

「ソルッ!! 俺と勝負しろ!!」

シグナムがソルに駆け寄ろうとしたその時、横合いから神速を用いて飛び出した恭也が木刀を振りかざしてソルを襲う。

木刀と木刀がぶつかり合う乾いた音が道場の中に響き渡る。

「諦めの悪い坊やだ」

「今日こそお前に勝つ!!!」

「面白ぇ、やれるもんならやってみやがれ」

鍔迫り合いをしながら火花を散らすソルと恭也は一旦距離を取ると、雄叫びを上げて相手に向かって突っ込んだ。

「……恭也殿にソルを盗られた」

ショボンと肩を落とし、シグナムは一人寂しく素振りをすることにした。





次の日。

「今日こそはソルと模擬戦を――」

「父さん、一本付き合ってください、スタンエッジ!!」

意気込むシグナムの視線の先で、いきなり雷の刃を飛ばしながらソルに迫るエリオが居た。

「生意気言いやがって」

とか何とか言いつつ、ソルは口元に笑みを浮かべ封炎剣を薙ぎ払い雷の刃を消し飛ばす。

「お願いします!! ビークドライバー!!」

「軽いな。攻撃ってのはこうやるんだよ!!」

そのまま雷と炎を発生させながら二人は激しく衝突した。

「……エリオにソルを盗られた」

がっくりと項垂れると、シグナムはトボトボと歩き出し、とりあえずソルの代わりに模擬戦の相手になってくれる者を探すことにした。





別の日。

丁度ソルが手持ち無沙汰にしているらしいので、チャンスと思い声を掛けようと口を開いた瞬間、彼の前にリードを咥えた狼形態のザフィーラが現れた。

「ん? ザフィーラ……散歩でも行くか」

ソルの言葉にザフィーラは嬉しそうに尻尾をパタパタさせる。

「久しぶりに全力で競争でもしないか?」

「いいぜ、前みてぇに吠え面かかせてやるよ」

「あの時はショックだったな、四本足が二本足に純粋な競走で負けたのだから。だが、今日は前のようにはいかん」

「ハッ、吠えてろ」

一人と一匹は、土煙を上げてあっという間に何処かへと走り去ってしまった。

「……くっ、ザフィーラめ」

ギリギリとシグナムは歯軋りをする破目に。





これまた別の日。

「そういえばさ、先週の遺跡調査の件なんだけど」

「ああ、あれか」

「ちょっと此処の部分で気になる点が――」

ソルとユーノが話し込んでから既に四時間は経過している。

その様子をパソコンで一人将棋をしながらチラチラと窺っていたシグナムは、いい加減にしろと声を大にして叫び出したかったが、仕事の話である以上口出し出来なかった。

「おのれユーノ……男の癖にソルを独り占めにして」

小さく紡がれたシグナムの怨嗟の声を聞いた者は居ない。





またもや別の日。

「ソル、良い豆が入ったんだ。店に出す前に試飲しないか?」

「断る理由が無ぇな」

台所に引っ込むと、二人はコーヒー豆について専門的な会話を楽しそうに始める。他の人間が入り込む余地は無い。

「馬鹿な、まさか士郎殿まで……」

ガガーンとショックを受けるシグナムはかなり被害妄想が入っていた。





淑女同盟会議。

「男性陣が邪魔する件について!!」

ダンッ、と正座した状態で道場の床に拳を叩きつけるシグナムに他の皆は、あるあるあるある、と首をコクコク縦に振って同意を示す。

「だいたいアイツは――」

そこからはもう皆で愚痴や惚気、自慢話の嵐である。会議と銘打っているが、会議は会議でも井戸端会議であり、実質ストレスの捌け口だったりするのだ。

「そもそもアイツには性欲が無いのか? 旅行に行った時の覗きは単なる罰ゲームと聞く」

議論の内容が二転三転し、ついに前々から疑問に思っていたことをシグナムが吐き出す。

「私もこの前迫ったら焼き土下座させられたしなぁ」

「私は押し倒したら巴投げされた」

「……その光景が容易に目に浮かぶわ」

なのはとフェイトの発言にはやては遠い目をした。

ちなみに、はやては夜討ちをする為に部屋に侵入しようして結界に阻まれ、クイーンに捕縛されてからバンディットリヴォルバーに見せかけた低空サイドワインダーをまともに食らって気を失い、朝まで眼を覚まさなかった経験がある。

これはフェイトの時と同様に、はやてが放つ威圧感にビビッたソルが身の危険を感じ、戦闘者としての防衛本能を発動させて半ば本気で迎撃してしまった所為だ。

当時のソルの心境は「またやっちまった……」。

というか、男に迫る時に殺気染みた気配を纏っている女性陣が悪いのだが。

その数日後に、ソルが何時も通りナカジマ家で酒飲みながら愚痴を垂れた後にクイントと殴り合いをしていたのは此処では関係無い。

閑話休題。

ギアも繁殖はするというので性欲はある筈なのだが、その片鱗を微塵も見せないとはどういうことなのか?

不満たらたらな四人とは対照的に、アインとシャマルは余裕の笑みでフフフと笑っている。

「聞いた、アイン? 私達以外全然ダメね」

「そうだな。全くなってないな」

「ソルくんって意外にロマンチストなのに、そのことを理解してないの? 無理やりなんて彼が嫌がるに決まってるじゃない」

それ以前に気配をなんとかした方が良い。迎撃されるのがオチだから。

「ああ。逆に言えばシチュエーションと雰囲気作りさえしっかりやれば良いところまで行けるというのに」

「それに彼って慎ましい女性が好みなのよね」

「心の繋がりの前に身体の繋がりを求めるなど、己の性欲を満たそうとしていると捉えられても仕方が無い」

言いたい放題言ってるが、ツヴァイとエリオが高町家で暮らすようになるまで他の連中と同じ穴のムジナだったことをすっかり忘れ、自分達を棚の最上段に上げている。

更に言えばこの場に慎ましい女性なんて居ない。居ないったら居ない。

「聞いて。私この前にエリオと三人で出掛けた時に凄く良い雰囲気になって――」

「うむ、私もツヴァイと三人で同衾した時に――」

何やら勝者と敗者の間で大きな溝が出来てしまっていた。

「うがああああああああああっ!! ズルイ、二人共ズルイで!! 羨ましいくらいに奥さんしとるやん!!」

「まだ一線を越えた訳じゃ無い癖に偉そうにしないで欲しいの!!」

「ていうか、子どもをダシにするのは卑怯だよ!!」

「あの場に居たのがシャマルではなく私であれば、今頃……」

はやてが喚き、なのはが唇を尖らせ、フェイトが指を差し、シグナムがなんてこったいと頭を抱えた。

女達が夜の道場でギャーギャーと言い合いしていることを、話の中心人物であるソルは知らない。

何故なら、丁度その時はツヴァイとエリオと三人で仲良くお風呂に入っていたからである。





そしてある日。

「何処行っちまった?」

髪留めのゴムを無くしたらしいソルが、長い髪をそのままにキョロキョロと地下室を家捜ししていた。

「探しているのはこれか?」

そんなソルを見るに見かねてシグナムは先程床に転がっていたところを発見した髪留めのゴムを掲げる。

「おう、それだそれ。悪ぃな」

「私が結わえてやろう、此処に座れ」

「別にそんなの自分で――」

「いいから座れ」

決して大きくはないが有無を言わせぬ口調のシグナムを訝しげに見つめた後、ソルは黙って言う通りに畳の上に座った。

その背後にシグナムは回り込む。

「……」

「早くしろよ」

「あ、ああ……」

なかなか髪を結わえようとしないシグナムを促すと、彼女は何を思ったのか自分の髪を結わえている紐のようなリボンを外し、それを使ってソルの髪を結わえる。

次に、彼女はソルの髪留めのゴムで自分の髪を結わえるのだった。

「おい、これ」

「私のリボンだ。今日みたいに無くすな、絶対にだ」

「……」

何処か切羽詰っているような空気を纏うシグナムの様子にソルは戸惑い、それ以上何も言えなくなってしまう。

「なぁ、ソル」

「ああン?」

「私はお前に必要とされているか?」

「は?」

「答えてくれ」

普段の凛々しい彼女とは打って変わってしおらしい態度に訳が分からず振り向こうとするが、彼女は顔を見られたくないのか背後からソルの両肩を手で掴み背中に額を当て顔を見られないようにする。

「私は戦うことしか能の無い女だ。皆のような可愛げも無ければ、他に特別に突出したものがある訳でも無い。日常生活の面でも女らしく振舞うことが出来ず、ただ日々を過ごしている」

ソルは黙って話を聞くことにした。

「それに加えて、私唯一の”力”ですらお前には遠く及ばない」

肩に置かれたシグナムの手が震えていた。それが悔しさなのか、悲しみなのか、他の何かなのかソルには判別がつかない。

「時折不安になるんだ。私はシャマルのように補助に特化している訳でも無い、ザフィーラのように防御に優れている訳でも無い、ヴィータやアインのようなオールラウンダーでもない、ただ近距離で剣を振るうだけで……お前と同じ戦闘スタイルだからこそ不安なんだ」

「何が言いたい?」

「私は、著しく戦闘能力でお前に劣る私は、本当にお前の役に立っているのか? お前の傍に居ていいのか? 足手纏いだと思われていないか?」

「……ったく、どうでもいいことで悩みやがって」

盛大に溜息一つ吐くと、強引に振り向いてシグナムの襟首を掴み引き寄せる。

「俺が何時、お前を必要としていないなんて言った?」

割と本気で怒っているらしい自分に内心驚きつつ、ソルは言葉を重ねた。

「忘れたのか? お前らヴォルケンリッターが管理局を辞める前に言ったろ、『背中を預ける』って。お前そん時なんつった? 『任せろ』ってはっきり答えたじゃねぇか」

「だが私は――」

「うるせぇ、俺の信頼を裏切るようなことを二度と言うんじゃねぇ。今度そんな弱音吐いたら問答無用で消し炭にするぞ」

吐息がかかる至近距離でソルの真紅の瞳に睨まれて、シグナムは不安げに眼を細める。

「ソルは、私が必要か?」

「ああ」

襟首を掴んだ手を離し躊躇わず答えると、彼女はソルの胸に飛び込んだ。

他の皆と比べると普段からあまりソルに甘えようとしないシグナムだが、どうやらこの時ばかりは違うらしい。珍しく二人っきりだからかもしれない。

しゃあねぇなぁ、と思いながら腕の中に居るシグナムの背中をポンポン叩く。

「だいたい、なんでこんなこと考えるようになったんだよ」

「……最近ソルと模擬戦してない」

はあ~!? それだけかよ? と呆れていたら続きがあった。

「それに、お前はエリオとツヴァイにばかり構い通しで、二人の子どもに便乗するようにシャマルとアインも一緒に……なのは達も何だかんだ言ってお前と一緒に過ごしている時間があるのに私だけ……おまけに男性陣には邪魔されるし」

最後のだけ意味不明だったが、どうやら自分だけ除け者にされているような疎外感を感じていたらしい。

言われてみれば、此処最近シグナムと時間を共有することはほとんど無かった。仕事でも家でも訓練でも。変形時間労働制の仕事三つを掛け持ちし――特に管理局から来る仕事は緊急で入る場合がある――同時に中学生でもあるソルはかなり不規則な生活リズムを送っているので、仕方が無いと言えば仕方が無いのかもしれないが。

「お前さ、自分で思っている以上に女らしいぜ」

「世辞など言うな、女らしくないというのは私が一番分かっているんだ」

「んなこと無ぇって」

顔を上げて頬を膨らませるシグナムが妙に可愛く見えてしまって、ソルは苦笑する。

と、ソルの表情を見て何か勘違いしたのか、シグナムは顔を赤くして文句を言った。

「何が可笑しい?」

「可愛いお前が微笑ましくて、ついな」

「っ!? う、嘘を吐くな!!」

「くくくく」

「笑うな、笑うな!!」

「可愛いな、お前」

「ううぅぅぅぅ~」

トマトのようにますます顔を赤くして唸るシグナム。

そんな風に二人でじゃれ合っていると、クイーンに緊急の通信が入った。

『お楽しみ中に悪いんだけど、すぐに手を貸してくれないかしら? 厄介なことにとある管理世界でロストロギアを用いた無差別テロが発生したの』

「ひゃあああああ!?」

空間モニターに映し出されたレティの顔を認識した瞬間に、シグナムが可愛い悲鳴を上げながら弾かれたようにソルから離れる。

「レレレレレティ提督、いい、いい今見た光景はなな内密に――」

「やれやれ、休日出勤か」

テンパって両腕を意味も無くわたわたと振り回すシグナムとは対照的に、ソルは何時もの不敵な笑みを浮かべると立ち上がってセットアップ。

「すぐにそっちへ行く。俺とシグナムだけで十分だろ?」

『ええ、お願いね。着いたら詳しい状況を伝えるわ』

短いやり取りを終えて通信が切れる。

「おいシグナム、何時までコタツの中に隠れてんだ、とっとと出て来い」

羞恥のあまりにコタツの中に隠れてしまった彼女を、コタツごと引っ繰り返して無理やり出すとレヴァンティンを持たせてセットアップさせる。

「しっかりしろ。お前には俺の背中を守ってもらうんだからよ」

その言葉を聞いた瞬間、彼女は羞恥に頬を染める乙女から凛々しい戦士の顔になった。

こういう切り替えの早さは流石に一流だな、とソルは舌を巻く。

「……ああ、任せろ。我が名は夜天の魔導書のヴォルケンリッター、烈火の将シグナム。騎士の誇りと名に懸けて”背徳の炎”の背中は私が必ず守り抜く!!」

この日以来、ソルは髪留めにシグナムからもらったリボンを、逆にシグナムはソルが使っていた何の色気も無いゴム製の髪留めを使うようになった。










『誕生日のケーキ』



ソルが高町家に来訪したその日をソルの誕生日としており、毎年翠屋では閉店後にささやかな誕生パーティが開かれることになっていた。

高町家と八神家は勿論、月村家に加えてアリサまで居る。

お誕生日おめでとう、という言葉と共に眼の前のケーキに立てられた蝋燭を吹き消すべきなんだろうが、ソルは顔を顰めたまま動かない。

祝ってくれる気持ちはありがたいのだが、如何せん眼の前のケーキについて一言文句がある。

「……蝋燭が多過ぎる」

年齢の数を蝋燭に突き立てて火を着ける、これは通例だ。

かと言ってソルの年齢に合わせて本当に二百本以上も蝋燭が突き立ててある誕生ケーキなど正気の沙汰ではない。

見た目は最早誕生ケーキと呼称するよりも、ケーキを土台とした松明と呼称した方が良いに決まっている。

「早く消せよ、食えねーだろ」

「待て、消す消さない以前に突っ込むべき部分があんだろ?」

「んなこたぁーいいから早く消せ!!」

ヴィータが急かしてくるのでうんざりと返したが聞いてない。

こめかみに汗を垂らしながら周囲を見渡すが、皆揃って無言で「早く消せ」と眼が訴えているではないか。

色んな意味でいいのかこれで?

思いっ切り肺に空気を溜めてから一気に吹き消すと、歓声と共に半端無い量の煙がもくもくもくもく立ち昇る。

(常香炉みてぇだ)

ボンヤリと煙が霧散して消える様を見届けながら、これがずっと続くのかと思うと嬉しいような、少し変えて欲しいような、微妙な心境になりつつ感慨に耽るソルだった。




















後書き


ついにやってしまった。やっちゃった、やっちゃったよ、って感じの作者です。予定ではあと二つくらい詰め込むつもりだったんですが、一話一話が予想以上に長くなってしまったので、今回はこの辺で。

以前のエリオ初登場話時にシャマル無双だったので彼女はお休み。今回お送りしたのは、なのは、フェイト、シグナムの三人でした。

アインはまたの機会に。はやては面白いのが浮かばなかったので誰かネタプリーズ(結構切実)。他のキャラのも読みたいという方が居るのであればネタプリーズwww

以下、作品解説。


『ドラゴンライダーごっこ』

一発ネタ。誰かにやらせたかっただけですwww

この影響を受けてエリオは凄腕のドラゴンライダーに、とかなんとか考え付いた作者は間違い無く頭沸いてます。


『インモラルの炎』

これも一発ネタ。

フェイトが作中で歌っている曲はSTSでの挿入歌です。ええ、あの神曲です。声優ネタでもあります。

感想版で早い段階でご指摘をいただいたので、心苦しいですが歌詞部分を削除しました。

今更白状しますと、”A`s編の最終決戦vol.22のソルがギアに変身するシーンからvol.23のナパームデスが決まるまで”はこの神曲をイメージしています。

歌い出しのサビがギアになることを指し示し、変身、

一番のサビ部分が”ギアの力”やソルを意味していて――

といった感じで脳内で妄想爆発状態で執筆していました。執筆中はこの曲をエンドレスループで聞いていましたよwww

ていうか、聴けば聴く程この曲って最終決戦に相応しいんですよね……流石STSで一番熱いシーンで挿入されていた歌だけのことはある。

歌詞と照らし合わせながら戦闘シーンを妄想していただければA`s編が深まるかも?

ていうか、なのはの曲の歌詞って原作の内容に凄く合ってると思うのは私だけ?

そんな神曲をこんな馬鹿なネタで披露することになってごめんなさい。

聴いたことない人は是非聞いてみましょう。


『構って欲しくて』

副題は間違い無く「乙女シグナム」。

↑の二つと同じで、書いている内に何故か非常に長くなってしまった一発ネタ。

まあ、書いてて楽しかったからいいんですけど……


『誕生日のケーキ』

↑の三つが空白期内であるのに対して、この作品だけ時系列はA`s編終了後の春。

ソルのだいたいの実年齢が分かった後、ということです。

これこそ私が書きたかった一発ネタ、と言わんばかりの短さ。本来なら↑の三つもこれと同じくらいの長さになる筈だったのに、どうしてこうなった?




皆さん、こんな話が読みたいとか、こいつとの絡みを書けとか、ソル以外の面子の話が読みたい、と思いましたらドシドシネタ提供してくれて構いません。

ではまた次回!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Haven`t You Got Eyes In Your Head?
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/02/24 02:00

「次元世界、ダーツの旅!!!」

アルフがニヤニヤしながら手渡してきた一本のダーツを思わず手に取ってしまったことが全ての始まり。

「何? ダーツの旅?」

「そう、ダーツの旅!!」

「テンション高ぇなお前。もう就寝時間近いってのに」

「アンタが低いんだよ。ユーノ、こっちはオッケーだよ」

「りょーかーい」

風呂上り、地下室に戻ってきたソルを待っていたのは何やら企んでいるらしい家族の面々。

何時もの地下室にこれと言った変化があるとすれば、風呂に入っている間に壁に設置された大きな円グラフのようなボード。中央から放射線状に間隔の細かい線が引かれており、それぞれ『管理1』『管理2』といくつも番号が振られている。

(……次元世界、ダーツの旅ってそういうことか)

ソルと一緒に風呂に入っていたツヴァイとエリオはまだよく分かっていないのか眼を白黒させ、とりあえず楽しそうなことが始まると期待しているのか、それぞれ母親の元に駆け寄っていった。

「で、どういうことだこれは?」

タオルで髪の水分をわしわし吸い取りながら皆に向かって問うと、代表するかのようにヴィータが前に出て、えっへんと無い胸を張って説明し始める。

「へへ、アタシらからソルへの家族サービス」

「誰か通訳頼む」

「最後まで聞けよ!!」

脛にローキックを食らった。しかし蹴ったヴィータの方が痛かったのか、足首を押さえて声を殺してのた打ち回っていた。

「しゃあない、ヴィータの代わりに私が分かり易く説明したる」

ヴィータがシャマルに泣きついているのを視界の端に収めながら、はやてが人差し指を立てて口を開く。

「ソルくんは毎日毎日忙しく働いとる」

「ああ」

「学校サボってまで仕事して、なんというワーカーホリック!!」

グッと拳を握るはやてを見てソルは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「アカン。このままじゃアカン。いくらソルくんがスタミナ人外でも疲労は溜まる筈や」

おお、なんて嘆かわしい、と両手を広げてから自身の身体を抱くような仕草をする。

「お前らが構ってくれって言うから、その為の時間を捻出するのに仕事のペースを――」

「常日頃から仕事で疲れたソルくんの心と身体をリフレッシュさせてあげたい、家族思いの私達はそう思ったんや」

聞いてない。というか、聞こえていたとしてもはやては無視して続けるだろう。

「そうや、だったら今度の連休を利用して皆で旅行に行こう、そこでアバンギャルドな思い出を作っゲフンゲフン、つまりそういう訳や!!!」

「今無理やり纏めたな」

本音がダダ漏れしていたが、はやてが言いたいことと、手渡されたダーツの経緯は分かった。分かったのだが。

「仕事に穴が空くから無理だろ」

ソルは冷静に懸念事項を指摘。

聖王教会、スクライア一族、管理局、三つの契約先から仕事を請け負っているソルには旅行に行く暇など無いに等しい。シフト上なら週に一、二日は休日が存在するが連休というのは皆無だ。

しかも緊急で仕事が飛び込んでくる場合だって多々ある。聖王教会やスクライア一族からの仕事であればシフトの組み直しや待ってもらったりして対処出来るが、管理局からの仕事はそうもいかない。

何より、身分が学生である四人とアルフを含めた五人は管理局の仕事を手伝わせていないので、必然的に人数が減る。

連休を捻じ込む余地なんぞ無いのだ。

「大丈夫。カリムさんが協力してくれるって」

「うん。今回の旅行に関しては聖王教会が全面的に支援してくれる手筈になってるんだ」

「ソルくん達の代わりに騎士団の貸し出しを行うらしいで」

なのは、フェイト、はやてが順に自信満々の表情で楽しそうに語る。

「カリムが?」

なんでまた? と疑問を頭に浮かべるソルに答えるようにシャマルが言った。

「此処数年で騎士達はかなりの数が育ってきましたし、一人ひとりの完成度も高いですから何処に出しても恥はかかないだろうって」

「騎士達も少しでも私達に恩が返せるならと自ら買って出てくれたのだ。既にスクライアと管理局側には話を通しておいた」

「仕事に関してはしばらくの間、特に心配は要らないから安心しろ。一週間は遊んで暮らせる」

シャマルの後にシグナムとアインが続く。

「つまり、時間的な余裕が出来たから旅行に行こうって訳だ」

最後に、立ち直ったヴィータが偉そうに両手を腰に当てのたまった。

それにしても何故ダーツなのだろうか?

「此処でダーツが出てきた理由と旅行の規模が次元世界になっている理由は?」

「そんなの普通に決めたら面白くないからに決まってるからじゃないか。まさかアンタ、地球の温泉行って帰ってくるだけの旅行で満足しちまうのかい!?」

純粋な質問をぶつけるとアルフが手をヒラヒラさせて笑う。

「……勝手な真似しやがって」

「とかなんとか言いつつ内心では喜んでいるソルでした」

余計なことを言いながら口元を手で押さえて笑っているユーノに向かってダーツを投擲する。

「危なああああっ!?」

悲鳴染みた情けない声を出す割には、飛んできたダーツをしっかり眼で見て片手で危なげなく掴むユーノ。

「僕にじゃなくてボードに向かって投げろ!! 今回すから」

全力で投げ返してきたが問題無く受け取った。

そして言葉通り、ユーノはボードを回し始める。

回転する的に向かってダーツを投げ、刺さったゾーンに書かれた場所が旅行先になるってことか。

一昔前のバラエティ番組みたいな演出だった。やけに的であるボードが手作り感漂うものだと思っていたら、この為だけに作ったらしい。

パジェロッ、パジェロッ、と手拍子と共に皆が投げろと囃し立てる様はバラエティ番組の一部分を切り離したかのようだ。

パジェロなんて無ぇーよ、本当はこれがやりたかっただけなんじゃないのか、色々とツッコミどころ満載ではあるが、ダーツを投げないと話が進まないのでとりあえず狙いも定めずテキトーに投げた。

カツン、と回転しているボードに突き刺さると皆が、おおう、と唸る。

やがて回転が止まり、ダーツが刺さった場所、行き先が判明する。

『地球』

「ま、無難だな」

ソルは腕を組んでそう言うと、皆が空気読めよ、何の為に作ったんだよこれ、という視線を飛ばしてきたが無視した。










背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Haven`t You Got Eyes In Your Head?










ありきたりな場所に行ってもつまんねーよ、ヴィータの一言にソルを除いた誰もが納得し、もう好きにしろと言わんばかりにさっさと床に着いたソルとツヴァイとエリオの三人を抜いた面子が会議を始める。

「キャンプ行こうぜ、キャンプ」

ヴィータの言葉に誰もが面白そうだと頷くが、それもそれでありきたりなので、なのはが「じゃあサバイバルキャンプにしよう、食料は現地調達で」と発言した。

それは良いアイディアだ、そうしようとあっさり決まってしまう。

理由は簡単、その方が面白いからだ。

「懐かしいなぁ、小学生になる前はお兄ちゃんに色んな所で色んなこと教えてもらったなぁ~」

「例えば?」

昔を思い出しているなのはにフェイトが若干羨ましそうにしながら聞く。

「え~とね、例えば魚とか小動物の捕まえ方に捌き方でしょ、食べられる草と毒物の見分け方、釣り、素潜り、野宿の仕方、遭難した時の対処法、あと他には……」

なのはが記憶を探りつつ言葉にしている様を見て、なんてサバイバルなんだ、流石ソル、いやこのくらいなら当たり前だ、それもそうか、とそれぞれ反応を示す。

「ほな、サバイバルキャンプだから場所は無人島、食料は現地調達で、持ってく物は服とかキャンプに必要な道具一式だけ……アリサちゃんとすずかちゃんのこと考えるとこれで本当にええんやろか?」

「いいんじゃない?」

「なんとかなるって」

はやての疑問の声にユーノとヴィータが能天気に答える。

「無人島ならやっぱり海だよ、泳げる場所が良い!!」

フェイトが楽しそうに挙手し、場所は南国の無人島に決定する。

「水着が必要だな、そうなるとソルも水着か……はぅ」

恥ずかしそうに頬を染めるシグナム。どうやら本来の体格をほぼ取り戻したソルの肉体美を幻視したらしい。

「来たわ……」

「ああ、来たな」

その両隣で気合を入れまくるシャマルとアイン。何に対してかは推して計るべし。

「話は決まったね、じゃあアリサにバニングス家で南国の無人島持ってないか聞いてみるよ…………あ、アリサ? アタシさ、アルフだよ。旅行の件なんだけど、アリサの実家って南国に無人島の別荘とか持ってない?」

携帯電話を耳に当て、無理難題なことを喋り始めるアルフ。

「ああ、うん、持ってる? マジ!? さっすがアリサ、恩に着るよ。ん? 移動は時間もお金も勿体無いから魔法でいいよ魔法で……バレない反則は高等技術、文句なら私達にそう教えたソルに言っておくれ……うん、うん、詳しい話はまた後で、あっ、勿論水着は要るからね」

アリサと会話しながら素晴らしいサムズアップをしてみせるアルフに皆がわーいと歓声を上げる。

話し合う皆を少し離れた場所から見守っていたザフィーラは、俺からは特に無いので好きにしてくれと言わんばかりに丸くなった。

でも尻尾は嬉しそうにフリフリ動いていたのである。





「常夏の海を満喫するサバイバルライフにレッツゴー!! 」

おおおおおおっ!!!

アルフが掛け声と共に拳を振り上げると、旅行バッグを手にした面々が応える。ソル以外。

「……旅行じゃねぇのか? 訓練に行くのか?」

「細ぇーことは気にすんな」

細かいのか、これ? 腕を組み頭を捻るソルの肘をヴィータが叩く。

「はいはーい、転送するから集まってー、五秒以内に僕の傍に来ないと自力で行くことになるよー」

ユーノ本人は冗談のつもりなんだろうが、魔法を使えないアリサとすずか、転送系てんでダメなエリオとなのはの四人が荷物を抱えると血相変えてユーノの隣に立つあたり、割と本気なのかもしれない。

「ワープ」

「沖○艦長の真似? 似てないから止めな」

明後日の方向に向かって指差すユーノにアルフが冷静に突っ込んだが、ソルには何のことかさっぱり分からなかった。





そして常夏の無人島にやって来た。

「うあ~、綺麗な海ですぅ~」

何処までも澄み渡る青い海と空にツヴァイが感嘆の声を上げる。

「早く泳ぎましょうよ!!」

「まだよエリオ、水着に着替えてからね」

海面に反射する太陽の光のように眼を輝かせたエリオをシャマルが微笑みながら窘めた。

「どう? なかなか良い場所でしょ。アンタ達が言う条件に合う島探すの大変だったんだからね。それにしてもアルフの言うことは滅茶苦茶だったわ……ま、ウチの実家がたまたま持ってたから良かったけど」

髪をかき上げながらアリサが皆に問うと、一部を除いて誰もが頷いた。

「アリサちゃん、ウチに来て愚痴ってたんだよ。『サバイバルがしたいのかキャンプがしたいのか海水浴がしたいのか、どれかはっきりしなさいよ!!』って」

すずかがクスクス笑いながら言う。

「これ程のものを提供してもらったのだ、感謝せねばいかんな」

燦々と降り注ぐ太陽の光にシグナムは眩しそうに手を日除けにする。

「ザフィーラ、脱皮しなくていーのか? 暑くねー?」

「……」

ヴィータに言われて無言で狼形態から人間の姿になるザフィーラ。

「ねぇねぇ、早く泳ごうよ」

「ダメだよフェイトちゃん、食料は現地調達なんだから遊ぶ前に今日のご飯確保しないと」

「なのはちゃんの言う通りや、いくら魔法が使えるからってサバイバル舐めたらアカンで」

「で、でもソルに水着姿見てもらって似合うかどうか聞きたいし、ソルの水着姿見たいし」

「「……」」

「はいはいそこの三人、着替えるんだったらあっちにロッジがあるから私について来なさい。他の女性陣もよ」

言外に野郎は此処に居ろ、覗いたらぶっ殺すわよ、と睨みを利かせてからアリサが女性陣を率いてこの場を離れようとする。

しかし――

「待て」

低い、真剣なソルの声が呼び止めた。

「な、何よ?」

瞳を鋭く細め、まるで見えない何かに対して警戒しているソルが纏う緊張感を感じ取ってアリサが戸惑いがちに振り返る。

その隣に居るアインまでもがソル同様に――バリアジャケットは展開していないが――臨戦態勢の一歩手前の状態だ。

バカンス気分の皆と打って変わって明らかに場違いな雰囲気を醸し出す二人の様子に皆が不審に思った時、ソルが重苦しい口調で問い掛けた。

「此処は、本当に俺達だけか?」

「……どういう意味よ」

「微かな気配……私達に似ているようで、全く異なる存在を感じる」

「母様?」

ソルの発言に、アインが警戒心を最大にしていることに、アリサとツヴァイがそれぞれ不安そうに反応し、他の皆も眼を戦闘時のそれにすると何時でも動けるように荷物を砂の大地に降ろす。

刹那、



――っ!!



全員が巨大な”何か”の存在感を感知する。

眼で見た訳でも、音を鼓膜が捉えた訳でも、脳がその存在を知覚した訳でも無い。

本能だった。

生命ならどんなものでも持っている生存本能が、”それ”の存在を教えてくれたのである。

人智を超えた何かの存在を。

感じたのは恐怖に似ているが、厳密に言えば恐怖ではない。例えるなら、人間が底の見えない谷を見下ろした時に感じる大自然に対する脅威。

それを前にすれば人間など卑小な存在でしかないと悟らざるを得ない絶対的もの。言うなればそういう感覚だ。

「な、何今の?」

「……あれ? おかしいな? 私、”これ”、知ってる気がする?」

今にもへたり込んでしまいそうなアリサと、知らない筈なのに知っている感覚を覚えるすずか。

「この感覚、気配……まさか」

ポツリと独り言を呟くと同時に、ソルは急に走り出した。

置いてけぼりは嫌だと言わんばかりに皆も慌てて彼の後姿を追い、全員が白い砂浜を走り出したと思った瞬間、彼は走り出した時と同じように唐突に立ち止まる。

そして、彼はある一点から視線を外さない。

そこには何時の間にか日除けのパラソルが掲げられ、白い丸テーブルに腰掛ける二人の男女が居た。

片方は赤い袖無しのワンピースに身を包んだ妙齢の美人。片手にはアイスティーのようなものが入ったグラスを手にしている。

残る一人は片眼鏡を装着した初老の紳士。この南国の熱帯気候だというのにスーツを涼しげに着こなす姿は、まるで英国紳士を絵に描いたような優雅さとダンディズムを持っていた。

「馬鹿な、今まで俺達以外に誰も存在していなかったというのに」

気配も匂いも感じさせず、いきなりそこに現れた二人組みの男女にザフィーラが戦慄する。それは他の皆も同じだ。

唯一ソルと、ソルの記憶を持つアインを除いて。

「野郎……」

野獣が唸るような声をソルが出す。

彼の声が耳に入ったのか、初老の紳士はこちらに顔を向けると立ち上がり、実に優雅な動作で手に持っていたパイプを咥え、愛しい孫にそうするようにとても楽しそうに手招きしながらこちらに歩いて来る。

「クイーン、セットアップだ」

<了解>

突然ソルが氷点下の声で己のデバイスに命令し、戦闘態勢に入ったことに皆が驚く中、彼はそんなことなど全く気にも留めずに初老の紳士に向かって爆発的な勢いで駆け出した。

一瞬で全身に紅蓮の炎を纏わせバリアジャケットを展開し、一発の弾丸と化したソル。

初老の紳士は自身に真っ直ぐ突っ込んでくるソルに対して嬉しそうに口元を歪めると、彼もソルに応えるような形で踏み込んだ。

次の瞬間、ソルと初老の紳士、二人から途方も無い魔力が吹き荒れる。



「ロックイット!!」

「マッパハンチ!!」



炎を纏わせたソルの右ストレートと、初老の紳士の腰の入った右ストレートがぶつかり合い、雷が落ちたと錯覚する程の轟音が耳朶を叩く。

強大な”力”と”力”が真正面から鬩ぎ合う。両者の拳に込められた力がどれ程のものか、人類を遥かに超越したレベルであることには想像に難くない。

二人はそのまま動きを止めず次の攻撃に移行する。

ソルは左手の封炎剣を袈裟懸けに振り下ろし、初老の紳士は紫の魔力を迸らせた左の拳をアッパー気味に振り上げた。

剣と拳が衝突し、またしても轟音が発生。

しかし二人は眼の前の相手を倒すことにしか意識を傾けていないのか、更なる攻撃のモーションに入る。

己の軸足――ソルは右足、初老の紳士は左足――を基点にして腰を捻り、渾身の力を込めて炎の右拳を振り上げる、紫の魔力を纏わせた右拳を振り下ろす。

爆発にも似た衝突音と共に二人の周囲を”力”の余波が竜巻のように渦巻き、白い砂浜を衝撃波が抉る光景はカマイタチの群れが暴れ回っているかのようであった。

拳を振り抜いた体勢からすぐに姿勢を元に戻すとソルはバックステップを踏み、距離を開ける。

と、初老の紳士はその身体を霧のように大気に溶け込ませ姿を消し、今まで居た位置から数歩退がった場所に再び姿を現す。

「これはまた……随分と懐かしい格好をしているじゃないか」

ネクタイを締め直しながら紳士がソルのバリアジャケット姿をしげしげと眺めつつ問い掛けると、ソルは苛立たしげに吐き捨てた。

「うるせぇ。なんでテメェがこんなとこに居やがる?」

「人の話を聞く前に殴り掛かるところは相変わらずだね、キミは。まあ、口よりも拳で語り合う方が私達らしいと言えばらしい」

「御託はいい」

イライラしているような態度のソルとは対照的に、紳士は久しぶりに会った友人に接するような親しさでソルとの会話を楽しむ。

そんな二人を遠くから見守っていた他の面々は訳が分からず呆然とするしかない。

「えっと、知り合い?」

「みたい、だね……」

アリサとすずかが戸惑うように声を漏らしているすぐ傍で、なのは達は驚愕に眼を見開いていた。

「お兄ちゃんと真正面から殴り合って、互角……」

「あり得ない」

小刻みに身体を震わせるなのは、信じられないと首を左右に振るフェイト。他の者達も反応は似たり寄ったりだ。

ギアであるソルは法力や魔法を使わなくても人類とは比べ物にならない膂力を持っている。純粋な筋力や肉体の頑丈さだけで巨大な岩を軽々持ち上げたり、殴って粉々に砕いたり、電信柱を引っこ抜いて小枝のように投げ飛ばしたり振り回したりと非常識な真似が可能だ。

だから、単純な力勝負でソルに勝てる人間はこの世に存在しないのである。

もし存在するとしたらそれはソルと同じ、人ならざる者だということだ。

つまり――

「先に説明しておこう。あの御仁の名はスレイヤー。ソルの喧嘩仲間の吸血鬼、と言えば誰だか分かるな?」

溜息を吐き、皆が今一番知りたいであろう情報をアインが提供すると、ええええええええええ!? という絶叫にも近い驚きの声が一斉に響き渡る。

スレイヤー。

あのソルですら最後まで勝負を着けることの出来なかった唯一の人物。

話を聞く限り、ギアであるソルに匹敵する程の”力”を持つという吸血鬼。

「っ! だから……」

すずかが先程感じた、知っている筈が無いのに知っている感覚とは同属同士の共鳴のようなものだったのだ。

とは言え、姉や自分が知っている夜の一族と桁違いに異なる存在感。比べることすらおこがましい。一族の祖先に当たる真祖。”彼”は文字通り雲の上の存在と言っても過言ではない程に、上位の者であると理解した。

「……あの人が、千年単位で生きてる本当に本当の吸血鬼」

優雅にパイプの煙を吐き出す初老の紳士を、すずかは畏敬の念を込めて見つめるのであった。





「自己紹介が遅れてしまって申し訳無い。私はスレイヤー、こっちは妻のシャロンだ。以後、よろしくお願いする」

醸し出す空気はダンディー、一つひとつの挙動は優雅。まさしく紳士然とした振る舞いで恭しく一礼するスレイヤーは、お世辞にもソルの友人とは思えないくらいに出来た人間である。

隣でゆっくりとシャロンが頭を下げた。

そんな二人に対して皆は慌てて自己紹介をし始める。

「アクセルさんとは偉い違いね」

簡単な自己紹介が終わりアリサが感心したように呟くと、彼を知る者は苦笑いを浮かべ、その横でソルが顔を顰めた。

「で、さっきの質問に答えてもらおうか。なんでテメェが此処に?」

ソルが気を取り直して口にした疑問に、スレイヤーは別に特別なことなど一つもありはしないといった口調で言う。

「なに、シャロンと二人で旅行だよ」

「嘘吐いてんじゃねぇ」

バッサリと切り捨てると胡散臭いものでも見るような視線になる。

「異種お得意の世界間転移を使って人間の世界に遊びに来る……テメェが享楽的なものの考え方をしてるのは知ってるが、わざわざ狙ったように俺の眼の前に現れる時点で、何か企んでいないか勘繰らない方がどうかしてる」

「旧知の仲を深めに来た友人に向かって酷い言い様だね」

「ただの腐れ縁だろうが」

「フフフフフ、何、ちょっとしたお節介を焼きに来ただけだよ」

「ああン?」

非常に嫌そうな顔をするソル。

だが、そんなことなど眼中には無いとばかりにスレイヤーは話し始めた。

「キミは、元の世界に帰りたいと思わないのかね?」

「……」

え?

スレイヤーの言葉を聞いた瞬間、ソル以外の全員が声無き声を漏らす。

ソルが元の世界に帰る?

初めは意味が分からなかった。だが、次第に意味を理解してくると、どうしようもない程に不安と寂寥感が募ってきた。

常に傍に居てくれるから忘れていたが、彼は元々異世界からやって来たのだ。

普通に考えれば元の世界に帰るのが当たり前。

当然と言えば当然のことを誰もが何年も考えなかった、否、考えようとしなかった。考えたくなかったのである。

しばらく黙っていたソルが言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。

「……全く帰りたくねぇ、と言えば嘘になる」

真面目な口調と表情で本音を語るソル。

「俺が”こっち”来てからイリュリア連王国がどうなったのか、あのバカ親子はどうしてるかとか気にはなるが……」

皆の不安に拍車が掛かるが――

「今更帰る訳にはいかねぇ、”こっち”で背負った荷物を放り捨ててまで帰りたいなんて思わねぇ……こいつら置いて帰れねぇよ」

静かではあるが、はっきりとソルは”こちら”に居ると意思表示をした。

その意思に皆が安堵の吐息を漏らす中、スレイヤーは好々爺のように高らかに笑う。

「ハハハハッ、いやはや安心したよ。もしキミが帰りたいと言っていたら、私はキミの愛しい姫君達を泣かせるところだった」

「試しやがったな……」

「まあそう怒らないでくれたまえ。キミの意思を確認したかっただけなのだから」

「俺の意思だと? そんなことをして何の意味がある」

訝しむソルの表情の変化にスレイヤーはもったいぶるように煙を吐き出した。

「お節介を焼きに来たと言っただろう」

「何が言いたい?」

「帰りたくない訳では無いと言うのであれば、帰郷してみるのもいいんじゃないかと思ってね」

「んだと!?」

驚きに染まった声を上げながらソルがスレイヤーのネクタイを掴み引き寄せる。

「どういうことだ?」

「言葉通りの意味だが、とりあえず離してくれないかな?」

「……」

やんわりと諭されるように言われてソルは手を離すと数歩退がる。

確かに、スレイヤーを含めた異種が持つ特殊能力を利用すれば元の世界に戻ることも可能であろう。

”あちら”について管理局の無限書庫で調べたことがあったが、何一つ痕跡を見つけることは出来なかった。

しかし例えるなら、宇宙や世界とは無限に枝分かれした一本の大樹。

平行世界、並行世界、あり得たかもしれない可能性、選ばなかった選択肢、特定のものが存在する世界と存在しない世界。

原初や起源が同じでもそれぞれが独自の道を進み、あらゆる過程を経たことによって全く異なる結果へと導き出された姿が世界の在り方だと思われる。

次元世界間での転移というのは、この枝から枝へと飛び移る技術のようなものだというのがソルの考え。

Aという枝からBという枝に飛び移ることが出来ても、何処にあるのか分からないCという枝を発見出来るとは限らない。

だからこそ”あちら”の痕跡は無限書庫で見つからなかったと思っている。

”こちら”が天に向かって伸びる日の当たる”枝”部分だとしたら、”あちら”は養分を求めて土を抉る”根”なのかもしれない。これでは外から見つける方法など皆無だ。

……もし、転移魔法以外でも次元世界間での移動を可能としたら?

枝から枝へと飛び移るのではなく、全く違う方法で。

(理論上は、可能だ)

かつてイズナがソルとシンをイリュリアまで運んだ転移法術を思い出す。

あの妖狐が使った方法は、バックヤード上でのみに形成された”黄泉平坂”と呼ばれる現世には存在しない世界を通ることによって時間や距離を短縮し移動するというものであり、地球の角速度と慣性を無視するという法力学を根底から覆すとんでもない代物であった。

バックヤード。

現世の法則を定めるべき高次元世界。

あらゆる情報が高密度の素子となって運ばれ、集約され、絶え間ない再構築が行われ続ける世界。

法力を行使する際に、一時的にアクセスする世界。

常人なら数秒の内にバックヤードの情報密度によって自我が圧壊する、人類の常識の範疇から外れた世界。

同時に、異種のような”人ではない知的生命体”が生まれる世界。

簡単に例えるならば、ソル達が暮らす世界が三次元――”縦””横””高さ”の三つが同時に存在する世界――だとすると、バックヤードは更に上の次元――此処では便宜的に四次元とする――である場合、”縦””横””高さ”に加えて”時間軸”が存在する世界だ。

三次元の世界に住む者は二次元的な視覚を持ち、四次元の世界に住む者は三次元的な視覚を持つことになる。

時間軸も同時に存在する世界で三次元的な視覚を持つということは、時空間を自由に移動出来ることになり、二次元的視覚では遠くに感じられる事象に直接干渉することが可能だ。

バックヤードの三次元的視覚を利用して世界同士を繋ぎ転移を行う、スレイヤーを含めた異種が使っている世界間転移とはまさしくこれだ。

ちなみに、因果律干渉体であるアクセルやイノの時空転移もこれを特殊な形で応用したものである。



――帰れる? あいつらにまた会える?



眼の前の人を食ったかのような態度を取る吸血鬼がそう言うのであれば、”こちら”から”あちら”に行くことは可能なのだろう。

しかもスレイヤーは帰郷と言った。つまりそれは、自分の都合で行き来を可能にするのと同義。

今の今まで一度も帰ろうとしなかっただけに、いざ往来の可能性を提示されるとソルは戸惑ってしまった。

「そこまで難しく考えることかね? 余暇を使って里帰りするものだと思えばいい」

「……」

「勿論、キミ達もご一緒に如何かな?」

「何!?」

スレイヤーはソルの背後に居る皆に向かって声を掛けると、今日何度目の衝撃か分からない驚愕が襲う。

ソルが生まれ育ち、戦い、生きてきた世界。

興味があるどころか、今まで行ってみたくても話を聞くことでしか知ることが出来ない世界だ。

「……行ってみたい、私、お兄ちゃんの故郷に行ってみたい」

「私も、行けるのなら行きたい」

「私もや」

なのはとフェイトとはやてがいの一番に興味を示す。

「アタシはフェイトの使い魔だから、フェイトが行くって言うならついてくよ」

「法力使いの世界……興味が無いとは言えないね」

アルフ、ユーノも行く気満々だ。

「ソルの故郷か。”こっち”よりも全然面白そうじゃねーか」

「そうね。今日のこれだって地球なら何時でも来れるし」

「結構怖い世界だって聞くけど、皆が行くって言うなら私も……」

ヴィータの言うことにアリサが頷き、すずかも興味を持った様子。

「私はソルが行くと言うのであれば何処へでもついて行く。死ぬまでな」

「元よりそのつもりだ」

「私達は一蓮托生ですから」

アインが己の決意を表明し、シグナムとシャマルが同意する。

「行く!! 行ってみたいですぅー!! 父様の故郷がどんな所か見てみたいですぅー!!」

「僕も僕も!!」

ツヴァイがテンション高く両手を振り上げると、エリオも一緒になって騒ぎ始めた。

「お前が決めろ、ソル。俺はお前の下した決定に従うまでだ」

ザフィーラは腕を組みつつソルに決定を促す。

「ったく、お前らは……」

深い深い溜息を吐いてからソルは俯いて眼を閉じしばしの間黙考すると、顔を上げ、安全を確認するようにスレイヤーに問い詰める。

「転移に伴うリスクは? 俺が”こっち”に来た時みたいに、肉体に何らかの変化が起きたりしねぇだろうな?」

「変化? 例えばどんなものかな?」

「若返りだ……俺が初めて”こっち”で眼を覚ました時、外見年齢が五歳児まで若返っていた」

「は? それはまた随分珍妙なことだね」

顎に手を当て自分の髭を撫でるスレイヤーは物珍しそうに耳を傾けた。

「しかも、ご丁寧にギアの”力”はそのままにな。当時はごちゃごちゃ考えたが、いくら考えても理由が分からねぇから気にすることをやめたが」

「ふむ、それは奇妙な話だ。”力”はそのままなのに、外見年齢だけが若返る……」

数秒間スレイヤーは考え込む仕草をした後、おもむろにこう言った。

「もしかしたら、”あの男”の仕業かもしれん」

「……なんで此処で野郎が出てくる」

”あの男”の話になった途端、ソルから殺気が溢れ出す。

だが、スレイヤーは全く気にせずにのたまった。

「さあ? 知らんよ。キミの身体に関することなのだから、”あの男”のことだと思って言ってみただけだ」

「テメェ……!」

「まあ、真面目な意見を言うのであれば、キミをギアに変えたことに”あの男”が負い目を感じていて、全てが終わった後にキミが人生をやり直せるようにそういう仕掛けを施していたんじゃないかな?」

「何を根拠にそんな戯言を――」

「根拠は無いさ、キミの言う通り私の戯言に過ぎないので鵜呑みにしないで欲しい。私は”あの男”ではないし、”あの男”をキミ程知っている訳じゃ無い……だが、その方が浪漫があるだろう?」

パイプの煙と共に吐き出された言葉にソルは固まり、脳裏で”あの男”と再会した時に交わした言葉の数々を思い出していた。



――『……もう、こんなに……それがキミの業か……でも、嬉しいよ。やはりキミは僕だけを見てくれてる』

ドラゴンインストールを完全開放した時。少し悲しそうに、それでいて嬉しそうに紡がれた言葉。



――『諦めが早いな、それでは困るよ』

バックヤードに取り残され、半ば途方に暮れていた時に後ろから掛けられた言葉。



――『生きろ、”背徳の炎”よ』

まるで心から祈り、願っているかのような言葉。



「そんな、そんな筈は……」

あいつは……裏切り者だ。

百年以上も先の出来事に対応する為に、ただそれだけの為にソルの信頼を裏切り、全てを奪い、化け物に変え、ジャスティスを造って聖戦を起こした独り善がりのクソ野郎だ。

もしこの身体に訪れた変化が”あの男”の思惑通りだとしたら、自分は何処まで奴の手の平の上で踊っているのか?

思い返してみれば、ソルは”あの男”がどんな気持ちでソルをギアに変え、聖戦を勃発させたのか知らない。

考えたことも無かった。考えようとすらしなかった。ひたすら憎しみを叩きつけるだけで、彼の心情など気にも留めなかった。

あの時、ソルが「次が……次が、貴様を殺す時だ!」と言ったことに対して――



――『ああ。待ってるよ、フレデリック』



(クソが……)

心の中で舌打ちをすると、このことについて考えるのをやめることにする。

何故なら、もう自分は過去に囚われないと決めたのだから。

頭痛を堪えるように額に手を当て首を振り、”あの男”や身体に関わることを頭から締め出して、仕切り直す。

「……本当に危険は無いんだな?」

確認の問いにスレイヤーは鷹揚に首肯した。詳しい話を聞くと、バックヤードを利用することはするが、直接バックヤードに入る訳では無いので自我の圧壊の心配は無いらしい。

「行ってみたいか?」

今度は振り返って聞いてみる。

全員が揃って首を縦に振ったのを見てソルは疲れたように、降参したかのように大きく溜息を吐いた。

「やれやれだぜ」











































後書き


たくさんのご意見、本当にありがとうございます。

皆さんが提供してくれたご意見は、これからより良い作品作りをする為の糧とさせていただきます。

以下、今回の話についてちょっとしたことと反省。



「サービスだ、見とけ」とサービスマンが眼の前を横切った夢を見たので、リクエストに応える形でくぁwせdrftgyふじこlp

ぶっちゃけまたやっちまった感が否めない作者を許してくれ!! 前に散々、GGキャラは出さねーって豪語してた癖して……

続き希望の人が居たら感想に「ギップリャッ!!」と書き込みを、逆にとっとと空白期の続きを書けという場合は「嘘だと言ってよバーニィ!!」と書き込みを。

今回の作中である世界が枝分かれしてるやら第三視点やら、三次元、四次元についてはあくまでソルが自分自身の中で解釈した考えを分かり易く解説する為にした例え話ですので、真に受けないでください。

元ネタは二つあります。両方ビンゴした人はスゲー。

ではまた次回!!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Assault
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/02/28 01:47


爺の口車に乗ってしまい、急遽俺の故郷に行くことになった一行。

日本の秋の京都をイメージしたかのようなイズナの”黄泉平坂”とは違い、爺が用意した”ゲート”はハロウィンパーティーで浮かれるヨーロッパの田舎町の一角を具現化したようだ。

すれ違う異形の仮装に扮した連中は一体残らず異種か、それに準ずる人外だろう。イズナの時、奴は「おいの友達だで」と言っていたので、こいつら全員爺の知り合いと見て間違い無い。

物珍しがってチョロチョロ動き回ろうとするガキ共を引きずりながら俺は先頭を進む。

やがて、あからさまに出口らしき光が見えてくる。

一旦立ち止まり、全員がちゃんと居るか確認してから踏み込んだ。

此処まで来て今更躊躇などしない。

眩い光に包まれて思わず瞼を閉じ、次に眼を開けるとそこは森の中だった。

むせ返る程の濃い緑の匂いによって脳裏に浮かび上がらせた記憶は、一体のハーフギアの少女との邂逅。

「此処は、悪魔の棲む地? ……野郎、よりによってこんな所に飛ばしやがって……!!」

懐かしさよりも先に怒りが湧き上がってくる。これまで胸の中で悶々としていた帰郷への念とかが一瞬にして台無しになる。

偶然か故意か。十中八九後者だと思われるので、今度面を見たらあの爺はとりあえず一発殴っておくと心に誓う。

「「何怒ってんのよアンタ」」

アルフとアリサが見事にハモった。

「そうだよ。折角帰ってきたんだからもっと喜ばないの?」

なのはを筆頭に皆が俺の顔を覗き込んでくる。俺同様にしかめっ面をしているアインを除いて。

「帰ってきたはいいが場所がな……厄介なんだよ、此処は」

「ああ、此処は奴が来る前に一刻も早く立ち去った方が良い。奴がソルと顔を合わせでもしたら面倒なこと極まりない」

俺の記憶を持っているだけあって、アインは俺の心情と訳をよく理解している。

だが、他の面子は何のことか知らないので頭に?を浮かべるしかない。

シグナムが一歩前に進み出て疑問を口にした。

「奴? 奴とは誰だ? その者がソルと顔を合わせると面倒になるとはどういうことだ?」

「話すと長い。とにかく此処を出てから説明――」



「立ち去るがいい、薄汚い人間共。此処は貴様らが穢していい場所ではない」



「……ちっ、もう来やがった」

俺の言葉を遮った奴の声に舌打ちをして、背後を振り返った。

空間に縦一文字に亀裂が入り、その亀裂から黒衣を纏った一人の長身の男が現れる。

年齢はだいたい二十歳前後。黒い長い髪。森の侵入者には敵意しか映さない真紅の眼。

テスタメント。俺と同じ人型ギアであり、何度も殺し合った仲。誰よりも俺を嫌い、憎み、心の底から殺したいと思っている人物。

爺のような神出鬼没ぶりを発揮したことに対しては誰も驚かなかったが、いきなり向けられた敵意に皆は戸惑っている様子だ。

一番面を拝みたくなかった奴の面を帰ってきて早々見ることになってしまったことにうんざりしつつ、俺は顔の向きを微妙に奴から外して真正面から見ないように、見られないような位置取りをさり気無く行う。

「えっと、その、僕達は――」

「人間の言葉など聞く耳持たん。早々に失せるがいい」

ユーノの声を一蹴し、冷たい視線で俺達を睥睨するテスタメント。

(まだバレてない、か?)

今の俺はヘッドギアもしていなければ、バリアジャケットも展開していない。ヘッドギアをしていないおかげで髪型は勿論、格好もこの世界に居た時とは全く別物だ。

上手くいけばこのままやり過ごせるかもしれない。

「野郎の言う通りだ。此処に用は無ぇ、行くぜ」

まだ状況の把握がイマイチ出来ていない皆を促し、直接「失せろ」と言われて微妙に不機嫌な表情をしているユーノを肩を叩く。

奴に背を向け、一歩踏み出したその時。

「待て、貴様のその声、聞いたことがある……忘れもしない。思い出す度に心の奥底で燻っていた憎悪が捌け口を求めて荒れ狂うこの感覚を何度体験したことか……」

(……そう上手くはいかねぇか)

内心で溜息を吐いていると、敵意に加えて殺意と嫌悪が奴から滲み出てくる。

最早誤魔化しは効かんと判断し、俺は皆の前に出て正面から視線を合わせた。

「ソル……やはり貴様か、背徳の炎」

「……」

「空間操作系の法力を感じたと思って駆けつけてみれば貴様の仕業とはな……どういうつもりで此処に来た? ことと次第によっては生かして帰さんぞ」

「テメェに教える義理は無ぇ」

俺の後ろではアインが皆に事情説明を行っているらしく、皆が円陣を作ってコソコソと話しているのが聞こえる。

それを一瞥してから再びテスタメントに向き直った俺に対して、奴は意外そうな顔をする。純粋に疑問に思ったらしい。

「ほう……一匹狼の貴様が人間を、しかも女子どもを引き連れているなど初めて見る光景だ。ギアとその生みの親を殺すことにしか興味が無かった貴様が、一体どういう心境の変化だ?」

「しつけぇ野郎だ、教える義理は無ぇっつってんだよ……それとも灰になりてぇか」

クイーンを起動させ、炎を足元から発生させながら聖騎士団の制服を模したバリアジャケットを纏い、左手に封炎剣を召喚し握った。

「殺るというのか? ……私は貴様を屠ることをようやく諦めたというのに……まあいい、今度こそ貴様を血の海に沈めてくれる」

暗い残虐な笑みを張り付かせると、手の平から血を吹き出させ、赤い液体が瞬く間に形を成し巨大な鎌となる。

お互いに全身から殺意と魔力を迸らせながら戦闘態勢に入る。

濃厚な殺気が空気を飽和し場を緊張が支配した。

「貴様を思うと心が渇く……消えて無くなれ!!」

「マンネリな野郎だな、テメェもっ!?」

身構えたテスタメントに向かって突撃しようとした足に何かが絡まり、俺は盛大に前のめりにすっ転びそうになって慌てて両手を地面に着ける。

「帰郷した途端に殺し合いを始めようとはどういう了見だ、ソル」

四つん這いの状態で首だけ巡らせると、何時の間にかアインがバリアジャケットを展開し、翼と尻尾を顕現させた状態で腰に手を当て俺の背後に仁王立ちしていた。

足首に絡まっているのはこいつの尻尾だと判明する。

「何しやがる、離せ!!」

「誰が離すかこのアンポンタン。私達だけならともかく、今はツヴァイとエリオ、アリサにすずかが居るんだぞ? 四人の眼の前でギア同士の血みどろの戦いをするつもりか?」

「……」

指摘されて四人のことを思い出しそちらに眼を向けると、俺とテスタメントから放たれた殺気に当てられて普通に怯えていた。

む、少し大人気無かったかもしれん。

「それに奴もすっかり毒気を抜かれてしまったようだしな」

「あ?」

顎でアインがテスタメントを見るように示すので奴に向き直ると、構えた鎌をそのままに口を半開きにして鳩が豆鉄砲食らったみたいな表情で呆けている。

「同胞殺しの貴様が”仲間”を引き連れ、おまけにその女に尻に敷かれているだと……? 背徳の炎ともあろう男が?」

「おいテメェ、誰が尻に敷かれてるって?」

「お、こんな所に良い座布団が」

声と共に腰に人一人分の重さが圧し掛かった。

これでは文字通り尻に敷かれてしまっているではないか。

「アイン、テメェ降り――」

「今だ、皆載れ」

抗議の声を上げようとして、次々と身体に圧し掛かる重量が増えていく。全身に掛かる六人分の体重。はやてなんて俺の頭の上に座りやがった。

そんな俺の無様な姿を見て、テスタメントは鎌を放り捨て目尻に涙を浮かべ腹を抱えて笑い出す。

「クハハハハッ!! 滑稽だな、背徳の炎。数多のギアを屠ってきた貴様が女子どもに手も足も出ないとは、傑作ではないか!!」

すっかり闘争の空気ではなくなってしまった。










背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Assault










「私は気分が良い。今回は貴様の無様な姿に免じて見逃してやる、早々に失せろ……次は殺す」そう言い残して奴が森の奥へと姿を消してから、俺達は飛行魔法を駆使して悪魔の棲む地を後にした。

ちなみに、アリサとエリオは狼形態のアルフの背に、すずかとツヴァイは同じく狼形態のザフィーラの上に乗ってである。

「しかし、”こちら”に来ていきなり殺し合いが始まりそうになるとは思っていなかったぞ」

「そうねぇ、びっくりしたわ」

シグナムとシャマルが呆れ気味に視線を向けてきたが無視した。

「ソルとテスタメントにとっては挨拶のようなものだ」

「殺し合いが挨拶って、それどんな関係なんだよ?」

アインの言葉を受けてヴィータが半眼で口にした疑問は皆が思っていたらしく、どういうことか問い詰める視線を感じたがこれも無視する。

「互いの命を狙う敵対関係だ。ソルにとってテスタメントは殺すべきギア、テスタメントにとってソルは同じギアでありながら同胞を殺す裏切り者。二人にとってはそれ以上でも以下でもない」

「……随分血生臭い人間関係ね」

「同じギアなのに」

背後のアリサとすずかの悲痛な声。

「仕方の無いことだ。聖戦時代、プロトタイプであるソルを除いた全てのギアはジャスティスの支配下にあった。二人が敵対関係になるのは必然だった。ジャスティスが死んで十年以上経つが、半世紀以上殺し合い続けた因縁が消える訳では無い」

説明が終わると、一同を重くて暗い沈黙が包み込んでしまう。

(……連れてくるべきじゃなかったか?)

俺の故郷はこいつらにとってはかなりヘヴィな場所だというのは初めから分かっていたが、来て早々テスタメントと対面するとまで予想だにしていなかった。これは大きな誤算だ。

この世界に居る限り、どうしてもギアや聖戦の話が出てきてしまう。知らなくてもいい惨い話を聞く破目になる。

そういったものに直面した時、否が応でもこういう空気になることが分かってはいたのに、俺は馬鹿か。

「イリュリアに向かうぞ」

空気を切り替えるように声を出し空中で静止して、俺は転送魔法を発動させながら振り返る。

「イリュリアって確か、お兄ちゃんの友達が王様やってる国だっけ?」

「ああ、こうやって当ても無く飛んでるよりはいい。それにイリュリアならさっきみてぇな物騒なことにはならねぇだろ……たぶん」

首を傾げるなのはに首肯して、俺達はイリュリア連王国に飛んだ。

「さて、あの雷バカ親子はどうしてる?」

赤い光と円環魔法陣が皆を包み込む中、あいつらの顔を脳裏に過ぎらせると今更になって懐かしさが込み上げてきて、口は自然に独り言を呟いていた。





イリュリア連王国。

総面積は世界第二位。世界で最も豊かで治安が良く、文句無しに人類が一番繁栄している国。

聖戦に終止符を打った”英雄”が治める国でもある。国の騎士団――王属騎士団――のほとんどが聖戦時代に聖騎士団に所属していた猛者の集まりであり、それを束ねる連王もまた聖騎士団に所属しその団長を務めていた。

「元聖騎士団団長、元国際警察機構長官、そして現在はこのイリュリア連王国を治める国王、その男の名はカイ=キスク。聖戦時代のソルの戦友、と言うと語弊があるな。当時のソル曰く『役立たずの小僧』『足手纏いの坊や』か」

アインの説明を聞いている面子は、「ほう……?」とか「おお……ん?」とか感嘆と疑問符を上げている。

王宮から少し離れた城下町の一角に転移してきた俺達は、ゆっくりと街の風景を眺めながら歩いていた。

「容姿端麗、品行方正。仕事、対人関係、モラル、その全てにおいて実直で真面目一辺倒な性格で、正義をこよなく愛し、弱きを助ける姿勢はまさに人間の模範を絵に描いたような人物だ」

皆にカイの人物像を説明するアイン。

「傍若無人、傲岸不遜、唯我独尊を地で行くソルとは全く逆だね」

とユーノ。

「ふふ、お兄ちゃんの口癖って『面倒臭ぇ』だもんね」

「だから仲悪かったの?」

なのはが小さく笑い、フェイトが問い掛けてくるが俺は肩を竦めるだけで特にそれ以外に反応するつもりはない。

「全ての属性の法力を使いこなし剣の腕前も幼少の頃から天才的で、弱冠十六歳にして国連から正式に”神器・封雷剣”を授かり、聖騎士団の団長として就任した」

「……ほう」

シグナムの眼が獲物を捉えた獣の眼つきなる。同じ剣士として、騎士として刺激されるものがあったらしい。

「人望も実力も備えている完璧超人ではあったのだが、自分勝手な性格で命令無視を平気な顔でするソルとは折り合いが非常に、非常に悪く、よくカイからソルに喧嘩を売っては返り討ちにされていた」

「あー、なんか分かる。PT事件の時にクロノといがみ合ってたのと似たようなものだね」

「クロノくん、毎日ボコボコにされてたよ」

ユーノが上げた例になのはが同意を示し、他の皆もなんとなくその光景が想像出来たようで納得顔になって頷いた。

「ちなみに、カイと違ってソルは聖騎士団を脱退する際に封炎剣を持ち逃げした」

背中に非難するような視線がいくつも突き刺さる。

「更に言えば、その時に封炎剣を持ち去られまいと止めに入ったカイをタコ殴りにしている。普通に強盗だな」

「よくお尋ね者にならなかったな、オメー」

ヴィータが呆れ返る。

「その後も再会する度にカイと衝突を繰り返すが、ソル自身はカイのことを鬱陶しいとしか思っていない。圧倒的な実力差を見せつけて叩き潰すか、適当に相手してわざと負けて逃げるかのどちらかで碌に会話らしい会話もしようとしない」

「……ソルくん、いくらなんでも盗人猛々しい、というかカイって人のこと馬鹿にし過ぎやろ」

ジト眼のはやてに俺は反論する。

「別にいいんだよ。神器の元になった”対ギア兵器・アウトレイジ”を作ったのは俺なんだから」

「父様、それ屁理屈ですぅ」

「ツヴァイの言う通りですよ。それって父さんが材料を作って提供したから完成品を寄越せって言ってるようなもんじゃないですか」

ツヴァイとエリオの突っ込みが地味に耳に痛い。

「しかもカイさんに対する態度の釈明じゃないよ」

「アンタただのチンピラじゃない」

「そう言えばPT事件の時もリンディさん達のこと脅迫してたね、アンタ……」

すずかとアリサと人間形態に戻ったアルフがうるさい。

「そう言うな。この男は確かにチンピラまがい賞金稼ぎだが、人知れず世界を数回は救っている」

「なんかそういう風に聞くと、チンピラへの見方が変わるわ」

俺への見方はどうなるのか些か気になるところだが、藪蛇になるのも嫌なので気にしないことにする。

「まあ、形は違うけどアタシら皆ソルに救われてるからね。チンピラも悪くないんじゃない? ソルがチンピラみたいなのって今に始まったことじゃないし」

纏めるようにアルフが言うが、全然纏まってない。

その時、後ろから肩を優しく叩かれたので振り返ると、今までザフィーラと共に黙っていたシャマルが聖母のような笑みを浮かべているではないか。

「安心してください。ソルくんがどんなにヤクザなチンピラでも私は貴方を絶対に見捨てないですから」

なんかムカついた。





王宮の門の前にまで辿り着いて、あることに気付く。

門番が俺を覚えていればすんなり入れるだろうが、あれから五年以上経過している。元聖騎士団員であれば俺が誰か分かるかもしれないが、そうではない場合は強引に押し通すしかないか。

つーか、基本的に元聖騎士団員はどいつもこいつもカイの側近だ。門番なんてやってる訳が無いか。

「面倒臭ぇな」

少し離れた場所で皆に此処で待つように言うと、門の前に立つ。

俺の接近に気付いた二人の門番は当然のように手にした槍を交差させ、行く手を阻むと威嚇するように聞いてきた。

「何者だ? 此処から先はイリュリア連王国国王が住まう王宮であるぞ。用が無いのならば立ち去れ」

「カイを出せ」

「なっ!? 無礼であるぞ!! 陛下を呼び捨てにするとは――」

「あんな坊やなんざ呼び捨てで十分だ」

「ぼ、ぼ、ぼ、坊やだと!! 無礼にも程があるぞ貴様ぁぁぁぁぁ!!!」

「テメェら下っ端じゃ話にならねぇ、さっさと王宮に引っ込んでカイの坊やを呼んで来い」

「貴様のような得体の知れない輩の前に国王陛下をお出しする訳があるか!! 身の程を弁えろ!!!」

「身の程を弁えるのはテメェらの方だ。とっとと言われた通り野郎を呼んで来りゃぁいいんだよ」

「……おのれ、陛下の命を狙う賊が!!」

「応援を呼べ!!! この賊を必ず引っ捕らえろ!!!」

門番がプンスカ怒り出すと、門の奥の方からワラワラワラワラ王属騎士達が集まってきた。

「やっぱりこうなったか」

どうやら新兵らしい。集まってきた連中も俺の顔を見て特にこれと言って変わったリアクションを示さない辺り、俺を知る者は居ないと見て間違い無い。

『……何をしているんだお前は』

信じられないという口調のアインの念話が頭の中で響く。

『交渉に失敗した』

『あれの何処が交渉だ。ネゴシエーターが見たら酷過ぎて発狂するぞ』

『お兄ちゃんのバカ……あからさまに喧嘩を売ってるようにしか見えなかったよ』

『オメーわざとだろ。何がさっきみたいな物騒なことにはならないだ、思いっきりなってんじゃねーか!!』

アインとなのはとヴィータの非難の声。

『私はこうなるんじゃないかなって薄々感じてたんだ』

『フェイトちゃんも? 私もやで』

『まあ、ソル一人を行かせたこと自体が間違いなんじゃない?』

『右に同じ』

すっかり達観しているフェイトとはやて、分かっていたと言わんばかりのユーノとアルフ。

念話を聞きながら、襲い掛かってきた騎士の内の一人に喧嘩キックをかまして吹っ飛ばす。

『む、どんどん騎士達の数が増えていくぞ。加勢しよう』

一人楽しそうなシグナムは念話の後に走ってくると俺の後ろを守るように位置取りする。

「加減しろ、怪我させないようにな。勿論魔法は使うなよ」

「ああ」

背中合わせで拳を作るシグナムに一応分かっていると思うが忠告しておく。

『もう、シグナムったら』

それに苦笑するシャマル。

チラッと見ると、アリサが暴れようとしているのをすずかが必死に羽交い絞めにして押さえ込んでいた。

俺に向かって何か喚いているようだったが、生憎聞こえない。

とりあえずアリサとすずかは気にしないことにし、剣を振りかざしてきた騎士を殴り倒す。

『お前は行く先々でトラブルを起こさないと気が済まないのか?』

『そんなつもりは一切無ぇ。面倒事はご免だぜ』

『本気でそう思っているからお前は本当に質が悪い。その面倒事を嫌う性格が面倒事を生み出す原因に……言っても無駄か』

うんざりするような溜息と共にザフィーラが念話を送ってくる。

『父様の世界って殺伐としてるですぅ』

『世界が殺伐としてると言うよりも、父さんの人間関係が殺伐としてるだけのような気が……』

割と核心を突いているツヴァイとエリオの声を聞き流しながら、眼の前の騎士に飛び膝蹴りをお見舞いした。

ま、こうして騒ぎを起こせば自然と偉い奴が出張ってくるだろう。

それまでの間、坊やの部下達で遊んでやるか。











































「ん? 何やら正門の方が騒がしいようですが、何かあったのでしょうか?」

「聞いて驚け連王。平和なこのご時勢にテロリストだとの報告だ。なんでも連王の命を狙っているらしい。実に愚かなことだ」

「テロリスト? それは放って置けませんね、私の命を狙っているというのなら尚更。行きましょう、ドクター」

「こんな真昼間にわざわざ正門から突っ込んでくるような阿呆だ。すぐに鎮圧されると思うが、執務仕事の息抜きにその阿呆の顔を見てみるのもまた一興だな」

数分後、彼らは思わぬ人物と再会することになる。




















後書き


ギッ○ルの生息数が多くて盛大に吹いた作者です。皆さんアンケートにお答えいただきありがとうございます!!

予定ではアインVSテスタメントになる筈だったのですが、登場人物の性格をよく見直した上で吟味してみると無理に戦闘に移行しなくてもいいような気がしたので、戦闘は無しの方向で。

ソルはチンピラです。

GG世界の住人って著しく常識とかモラルとか欠如してる連中が八割以上を占めているので、即戦闘に移行するような危険極まりない世界です。

暇潰しに戦う、挨拶代わりに戦う、そんな世界なのでリリなの世界と比べると遥かに物騒www

ちなみに、イリュリア連王国の王属騎士団をその目で確かめたい人は、ニコニコ動画で「サーヴァント紹介」と検索してみましょう。カイとシンのサーヴァントが王属騎士団です。

次回はアホの子が出るよ!!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Communication
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/03/02 22:00

(あー、なんか面白ぇこと起きねーかなー)

王宮の庭園にあるお気に入りの木の上で寝っ転がりながら、シンは澄んだ青い空を見上げていた。

世間一般では世界一安全で平和な国イリュリアと呼ばれているが、シンにとってその評価は退屈な響きである。

治安も良く、他国間との情勢も非常に安定し、交易も盛んで豊かであり、住むのにも仕事をするにも非の打ち所が無い場所と呼び声高いイリュリア連王国。

平和なのはいい。母は毎日ニコニコしているし、実父も忙しそうにしているが仕事にだけのめり込んでいる訳では無い。かつて得られなかった日常を取り戻したかのような今の生活に不満がある訳でも無い。

しかしながら、賞金稼ぎを生業としている養父の背中を幼少の頃より見て育ったシンにとっては刺激が無い日々というのは少々物足りないものだ。

時折、ふと思い出す。あの激しく、エキサイティングな空気が溢れた毎日を。

(……あの頃は楽しかったなぁ)

親子として、友人として、師弟として、共に艱難辛苦を過ごした時間。

(オヤジは、今何処でなにしてんのかな?)

数年前から音信不通になった養父、ソル=バッドガイ。

自分が知り得る法力使いの中で最強を誇るソル。常軌を逸した戦闘能力に加えて天才的な頭脳を持っているので、彼に何かあったのではと心配する者は誰も居ない。

シンも例に漏れず心配など欠片もしていなかったが、最初の数年間は連絡一つ寄越さないことに若干憤りを感じていたし、イリュリアを出てソルを探す旅に行こうか本気で考えたこともある。

面倒臭がりな性格なので連絡するのも面倒で寄越さないのでは? とパラダイムは言う。

今は何処に居るのか分からない養父に思いを馳せながら惰眠を貪ろうと瞼を閉じる。

と。

「正門に急げ!! 陛下の命を狙う不届き者を必ず討ち取るのだ!!」

オオオオオオオオッ!!

庭園を横切る王属騎士団員の雄叫びに瞼を開き、上体を起こしてその姿を木の上から見下ろす。

どうやら侵入者らしい。それを新兵達が躍起になって討ち取ろうと正門に駆けていく。

(侵入者、ね)

実父の命を狙うとは、これまた命知らずな者が居たものである。

養父程ではないが、実父もかなり強い。何より相手はこの国の王だ。実父を守る為に常に傍に控えている古参の王属騎士団は、聖戦を生き抜いた猛者達だ。並みの相手では歯が立たない。

それに加えて自分も居る。実父が傷つけば母が悲しむので、母の為にシンは実父を守ると誓ったのだ。なので、母を悲しませようとする輩に容赦してやる気は無い。

「よし」

心が決まるとシンの行動は早かった。養父からもらって以来愛用している”旗”を肩に担いで木の上から飛び降り危なげなく着地すると、そのまま正門に向かって走り出す。

「シン様!? お待ちください!!」

騎士達が疾風のように走るシンの姿を見て制止の声を上げるが、そんなものに一々耳を傾けたりはしない。

正門が見える所まで辿り着くと、一旦足を止めて様子を見る。

視界の先では新米騎士達と戦っている男女が二人。その周りには倒された騎士達が十数人転がっていた。相手が新米とはいえ、かなりの手練のようだ。

片方は女。年齢は二十歳前後で、長い桃色の髪を後ろで纏めている。手には何も持たず、無駄の無い動きで襲い掛かる騎士にカウンターを入れ気絶させていた。

残る男の方は――

「え?」

その姿を注視してシンは思わず声を漏らす。

長い黒茶の髪を女と同じように首の後ろで纏めていて、赤いジャケットと黒いジーパンで身を包んだ二十歳中盤くらいの男。

忘れもしない。

鋭い眼つきの真紅の瞳、その顔、騎士達を攻撃する時の見覚えのある動き。

「オ、オ」

常に額に装着していたヘッドギアと、彼の象徴でもある無骨な剣を持っていないが、男はまさしくシンの養父であった。

「オ、オ、オ」

様々な感情が胸に込み上げてくる。全身がビクビクと痙攣する。頭が真っ白になって、何を考えればいいのか分からない。

だから、シンは半ば本能に従って万感の思いを込めて吼えることしか出来なかった。

「オヤジィィィィィィィィィィッ!!!」





ソルは久しぶりに聞いた声に動きを止めて、身体の向きを声が聞こえた方向に向ける。

「オヤジッ、オヤジッ、オヤジィィィィッ!!!」

そこには砂埃を立てながら自分に向かって真っ直ぐ走ってくる青年の姿が。

義理の息子、シン。

(喧しいのは相変わらずだな)

口元を歪めて苦笑すると、こちらに突っ込んでくるシンに警戒したシグナムを手で制し、シンの大声に呆気に取られている騎士達の横をすり抜け、前に出た。

シンは手を伸ばせば届く距離で急停止すると、唇を震わせながら口を開く。

「オ、オヤジ、だよな?」

「しばらくだな、シン」

「……!!」

眼帯をしていない左眼が潤むと目尻に涙が溜まり、それを零さないように必死に堪えてからシンはくるっと回れ右をしてソルに背を向ける。

「今まで一体何処に行ってたんだよ!? 連絡一つ寄越さねぇで!!」

「心配したか?」

「ふざけんな、する訳無ぇだろ!! 俺が一番オヤジの強さ知ってんだ!!」

声は大きいが、シンの声は誰でもはっきりと分かるくらいに震えていた。

「色々聞きたいこともあるだろうが、話すと長い」

「オヤジは何時もそうやって説明すんの面倒臭がるよな」

「今回はちゃんと説明するつもりだ」

「どうせ説明してくれたって俺バカだから分かんねーよ!!」

「……やれやれだぜ」

溜息を吐くと、ソルは後ろからシンの頭に手を置いて少々乱暴に撫でる。

「ガキ扱い、すんなよ……」

「何年経とうとお前は俺のガキだ。そうだろ?」

口では文句を言いながらシンはソルの手を決して振り払おうとはせず、されるがままの状態でコクリと頷いた。

「ソル!!」

「フレデリック!!」

驚いた表情で王宮から飛び出してきたカイとDr,パラダイムの声。

それを聞いてシンは慌てて目元を拭うと、首だけ動かしてソルと視線を合わせる。

「お帰り、オヤジ」

「ああ、ただいま」

シンとこのやり取りを経て、ソルはやっと自分は”故郷に帰ってきた”と実感するのであった。










背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Communication










「もっとまともな方法で中に入ろうとは思わないのか!! 怪我人が出なかったら良かったものの――」

「全くお前は気性が荒過ぎる。何年経ってもそういう部分は変わっていないな」

ソル一行が豪奢な客間に通されると、落雷の如くカイが怒鳴り、パラダイムが呆れ返っていた。

それに対してソルは「ああ?」とやる気が無さそうに応じるだけ。

彼の後ろでは「本当に王様なんだ……」とか「ごっつイケメンや」とか「お父さんより全然若く見える」とか「本当に一児の父?」とか「鳥のギア?」とか「……大学帽子かぶってる」「王様の息子ってことは王子様?」とかなんとかコソコソ話し合う面子が。

「……ゴホンッ、失礼。見苦しい場面をお見せしてしまいました」

何を言っても無駄だと悟ったカイが一つ咳払いした後、皆に向き直って自己紹介を開始する。

「私の名はカイ=キスク。このイリュリア連王国で国王を勤めさせていただいております。どうぞ、気安くカイとお呼びください」

「俺はシン、よろしくな」

「Dr,パラダイムと呼びたまえ。決して鳥とかインコではない、見れば分かると思うがドラゴンだ」

物腰柔らかく微笑むカイ、人見知りしないフレンドリーなシン、眼鏡のブリッジを上げながら尊大な口調のパラダイム。

三者三様の態度に皆は応じるように名乗り上げた。

「高町なのはです。あの、お兄ちゃんの、ソル=バッドガイの義理の妹です」

「フェイト・テスタロッサ・高町です。なのはと同じで、ソルの妹になります」

「八神はやて言います。二人と一緒で、ソルくんの妹分です」

ソルの妹、という点にカイとシンとパラダイムは「地球が明日滅亡する」と聞かされたような顔になり、どういうことかソルに問い詰めるように視線を向ける。

「……話すと長いから後にしろ」

微妙に視線を三人から逸らしつつ、額に手を当てて何かに悩むように天井を仰ぐソル。

「ユーノ・スクライアです。ソルの弟分だと思ってください」

「アタシはアルフ。フェイトの使い魔さ」

「アリサ・バニングス。こいつとはただの友人よ」

「月村すずかです。アリサちゃんと同じで、ソルくんとの関係を一言で言えば友達が一番かな」

今度はカイ達がコソコソ話し合いを始める。「ソルに妹や弟、友人と名乗る人達が……悪い冗談か何かでしょうか?」とか「この無法者に? あり得ん、あり得ん」とか「イズナみてーなサディスティックな耳じゃね?」という風に。

「我ら四人は主はやてに仕える夜天の魔導書、守護騎士ヴォルケンリッター。私は烈火の将、シグナムです」

「鉄槌の騎士ヴィータだ」

「湖の騎士シャマルです」

「盾の守護獣ザフィーラ」

それぞれ自己紹介が続く。

「次は私だな」

言って、アインが皆より一歩進み出るといきなりバリアジャケットを展開し、同時にギアの”力”を解放して尻尾と翼を顕現させた。

カイ達三人がアインから放出された馴染み深い”力”に眼を驚愕に見開く中、アインは自身を誇るように宣言する。

「私の名はリインフォース・アイン。ご覧の通りギアだ。同時にソルのつむぐっ」

「何を言おうとしたか知らんが言わなくていい」

が、タッチの差で何か言いかけたアインの口をソルが後ろから羽交い絞めするように塞いでいた。

「むーむー!!」

「こらっ、暴れんてんじゃ――」

「ツヴァイはリインフォース・ツヴァイです。この二人の娘です!!」

「「「娘!?」」」

トコトコ前に出てチョコンとお辞儀するツヴァイの存在に、驚き過ぎた三人は引っ繰り返る。

アインがギアであるという事実は、ツヴァイの娘発言によって頭の中から吹っ飛んだらしい。

「あ、僕はエリオ・モンディアルって言います。ツヴァイとは母親が違うんですけど、僕も父さんの息子になります」

「ちなみに母親は私でーす」

更に追い討ちを掛けるようにエリオがツヴァイの隣に並び、シャマルが手を大きく振って自己主張することによって三人は石像のように動きを止めて固まった。

「……終わった」

全てを諦めてアインから手を離すと、ソルは深い深い溜息を吐いてどうにでもなってしまえと言わんばかりにソファに腰掛ける。

「た、大変失礼だとは承知の上ですが聞かせてください。つ、つつつまり、アインさんとシャマルさんは、その、ソルとはそういう関係に?」

「違う!!」

やっぱり諦め切れずに立ち上がってカイの質問に突っ込みを入れた。

「これは一大事だ、急いでイズナに連絡を入れなければ。あのフレデリックが女連れの子ども連れで――」

「やめろ鳥野郎!!」

法術を行使してイズナを呼ぼうとするパラダイム。

「オフクロって呼べばいいのかな? でも二人居るし、ややこしいな……」

「そんなことで悩むな、呼ばなくていい!!」

腕を組み、真剣に考え込んでしまうシン。

やっぱりこうなりやがった畜生、誰でもいいから俺を助けてくれ、と心の中で懇願するソルの言葉は誰にも聞き届けられなかった。





最初から最後まで、ソルが次元世界に飛ばされてから今に至るまでの経緯を、誰一人として口を挟ませず懇切丁寧に説明し終える。

それを聞いて納得する面々。

もう喋りたくない、といった風にゲッソリとしたソルは深々とソファに身体を沈ませて沈黙した。

「それにしても、まさかソルに家族が出来るだなんて……」

「フレデリックの真の姿を見ても付き合いを変えないどころか、以前にも増して親密になるとは……連王のような人間は私が思っている以上に多いようだな」

「なあオヤジ、つーことはさ、ツヴァイとエリオは俺の妹と弟ってことになるんだよな?」

「これまた驚いたばい」

未だに信じられないのか不思議そうにソルを見るカイ、ソル以外の皆を感心したように見るパラダイム、ツヴァイとエリオに早速兄貴面しようとするシン、そして何故か何時の間にか居るイズナ。

イズナが何時此処に来たのか、気にしたら負けだとソルは思うようにする。

四人共、次元世界云々や魔法、管理局や皆が出会った事件やアインのギア化のことよりも、ソルに家族が出来たことに純粋に驚いていた。

「ところで、”木陰の君”はどうした?」

「衛兵」

元気無いソルの問いにカイは部屋の扉の前に控えていた二人の兵に声を掛ける。

「王妃様は客人が参られたという話をお聞きなると、歓迎会を開く為にお供の騎士を数名連れて夕飯の買出しに行かれました」

「そうですか」

「あいつも相変わらずだな」

返答にカイが頷き、ソルは少し安心したように吐息を漏らす。

そんな二人の何気無いやり取りに、緊張する者達が居た。

淑女同盟のメンバーだ。

「……カイさんの奥さんで、シンくんのお母さん」

「人間と結婚したギアの女の人」

「まさしく私達の理想を体現した人やね」

なのは、フェイト、はやてがまだ見ぬ木陰の君に思いを馳せる。

「種族の壁を越えた愛、か」

「……素敵」

ジーッとソルを見つめるシグナムとシャマル。

「もうすぐ本物に会える……」

他の皆と同様に若干興奮気味のアイン。

皆、木陰の君に興味津々。というか、むしろ今すぐにでも会って話を聞きたいくらいだ。特にカイとの馴れ初めとか、夫婦円満に暮らすコツとか、他にも色々と。

つまりはそういうことである。

その隣で、アルフとユーノがチラチラとお互いの顔色を窺うように盗み見していた。





「ふむ。法力とは全く異なる術式形態の魔法か、実に興味深い。差し支え無ければ見せてくれないだろうか?」というパラダイムの発言により練武場へと場所を移す。

実際に見るんだったら戦った方が分かり易い、という考え方はどっちも変わらないらしい。誰一人として文句を言わないのがその証拠だ。

そして、カイとシンの雷親子、シグナムとフェイトの四人が闘気を漲らせて睨み合っている。

皆の中でもかなりバトルジャンキーの気があるシグナムとフェイトが、ソル以外の法力使いと手合わせ願いたいと申し出たのが始まりだ。

特にシグナムはカイとの対戦を熱望し、カイがそれに応じると、シンが俺も混ぜろと言い始め、じゃあ私もとフェイトが挙手。

2 ON 2のチーム戦。魔導師VS法力使いの図式が生まれた。

「カイ殿のお話は伺っておりましたが、まさかこのような形で剣を交えることが出来るとは夢にも思いませんでした」

騎士甲冑を展開し、レヴァンティンを構えるシグナム。

「封雷剣はありませんが、王位を冠しても剣の腕は磨いています。退屈はさせません。迅雷の所以をお教えしましょう」

腰から大剣を抜き放ち、掲げた剣に蒼い雷を落とすカイ。

「行くよ、バルディッシュ」

<イエス、サーッ>

黒衣のバリアジャケットを纏い、バルディッシュを油断無くシンに向けるフェイト。

「なんてエキサイティングな空気なんだ」

黒い雷を帯電させ、旗を振り回すシン。

まさに一瞬即発の空気が練武場を支配する中、ソルがやる気無さそうにシグナムとフェイトに近寄る。

「なんだよオヤジ、これからって時に邪魔すんなよ」

「お前は少し黙ってろ」

シンの空気読め発言を一蹴して訝しむ表情の二人に近寄ると、ソルはクイーンを指で弾いてから複合魔法を発動させた。

一瞬、二人の身体を赤い光が包み込む。

「お前らは忘れてるかもしれねぇが本来の法力に非殺傷なんて生易しいもんは無ぇ、事象である法力攻撃は全て殺傷設定だ。それにカイならまだしも、シンは加減を知らねぇからな」

「なんだとー!?」

「今エフェクトを掛けた。この状態なら殺傷設定の攻撃をある程度緩和してくれる筈だ。後は自分で何とかしろ」

二人の肩に手を置くと、ソルは小さい声で「勝てとは言わねぇよ、正直あいつら強ぇからな。だが、今の自分が”こっち”でどれだけ出来るか見せてみろ」と呟いて離れていく。

「必ず勝つぞ、テスタロッサ」

「はい、シグナム」

試合前にソルの気遣いと応援の言葉を受けて気合が入りまくる二人。シグナムはレヴァンティンに紫炎を発露させ、フェイトは自身の周囲に雷球を大量に発生させる。

「本当に変わりましたね、ソルは」

「へっ、俺だって前より全っ然強くなったってとこオヤジに見せてやるぜ!!!」

そんな光景を見て微笑ましいと思うカイと相手チームに対抗意識を燃やすシンの雷親子は、全身から、手にした武器からバチバチッと、まるで昂ぶる内心を吐露するように空間を蒼と黒の雷で埋め尽くす。

「イリュリア連王カイ=キスク」

「烈火の将シグナム」

「「推して参る!!」」

カイとシグナムが同時に相手に向かって駆け出し剣を交差させる。



HEVEN or HELL



「カイの雷と一緒にすると、火傷するぜ?」

「貴方こそ、私の雷に気を付けてください」

シンがフェイトに向かって手を翳し、フェイトはそれに対して雷球の群れに命令を送った。

「ファントムバレル!!」

「プラズマランサー、ファイア!!」



DUEL



紫炎を纏った剣と蒼雷を宿らせた剣が衝突する。

黒い雷砲撃と金の雷槍の群れが真正面からぶつかり合う。



Let`s Rock



小細工など一切不要。

魔導師と法力使い、異なる世界の魔法使い同士の純粋な勝負が始まった。




















後書き


新兵は基本、下級サーヴァントだと思ってください。「マスター後は任せマスター」で有名なあれが主です。

カイの側近や”木陰の君”の身辺警護は上級サーヴァントのハンマー兄貴です。下級とは比べ物にならないくらい強いんで。

ではまた次回!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Holy Orders(Be Just Or Be Dead)
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/03/09 02:09

シグナムは一歩大きく踏み込み、左足を軸にして身体を一回転させるように剣を横一文字に振り抜いた。

「空牙!!」

裂帛の気合と共に桃色の斬撃がカイに向かって飛ぶ。

対してカイは両腕を交差させてから開くような仕草で剣身に雷を宿らせ、薙ぎ払う。

「スタンエッジ!!」

剣から射出された蒼雷の刃は桃色の斬撃と真正面から衝突。込められた力と力が互角であった為か、空中でほぼ同時に爆散。

それを最後まで見届けることなく、二人は全く同じタイミングで駆け出し、カイは下段から、シグナムは上段から剣を振り下ろす。

金属同士が、蒼雷と紫炎が激しくぶつかり合い、その衝撃で視界が明滅する。

「やりますね」

「カイ殿も」

鍔迫り合い越しに視線を合わせて互いを称え合う。

弾かれたように二人は距離を離し、剣を構え直す。

「流石です。騎士団の中にも貴方程の腕前を持つ者は居ませんよ」

カイはシグナムの剣の腕を純粋に褒める。

「ありがとうございます。しかし、カイ殿は意地の悪いお方だ。私のことを賞賛しておきながら、ご自身のお力の底を見せてはいませんね?」

「……バレていましたか」

肩を竦めるシグナムの言葉にカイは苦笑した。

「ソルが以前貴方のことをこう言っていました。『剣の腕だけなら俺よりも上だ』と。滅多に人を褒めることの無いあいつにこれ程言わせるのです……まさか”この程度”ではありますまい?」

瞳を細め、まるで挑発するように口元を歪め笑みを浮かべるシグナム。

一つ溜息を吐くとカイはゆっくりと瞼を閉じ、それからカッと見開く。

纏う雰囲気が変わる、放たれる威圧感がこれまでと比べ物にならない程重みが増す、空気が張り詰め過ぎて今にも破裂しそうだ。

「失礼、私はどうやら貴方を女性だと見くびっていたようです。ですが、シグナムさんはあのソルが背を預ける程の女傑」

静かであるが、胸の内に秘めた熱く滾る闘志が端々から漏れ出てくる声。

「少々、本気で行きます」

チキッ、と音を立てカイは剣を構え直す。

(……来る)

シグナムが身構えた瞬間、急激にカイの剣が雷を纏い蒼く光り輝く。

「これを使うとは……」

一瞬の溜めの後に放たれたのは、先の攻撃とは比較にならない程巨大な蒼雷の刃――スタンエッジ・チャージアタック。

「なっ!」

自身に迫るそれを見て、シグナムは直撃すればただでは済まないと判断し、かと言って馬鹿正直に受ける気にもなれず、横に大きく跳んで避けた。

すぐ傍を通り過ぎた雷に安堵する間も無く、足元から殺気が急速に近寄ってくる。

シグナムの足を刈り取らんと地面をスライディングするカイの姿が。

(疾い!)

「スタンディッパー!!」

驚きながらもシグナムは更にバックステップを踏んで退がり、スライディングの後に横薙ぎに振るわれた剣を難無く交わした。

攻撃を空振りし地面に座っているような体勢のカイをチャンスと見て、素早く踏み込むと上段から剣を振り下ろす。

だが、地面にほぼ座り込んでいた状態のカイはシグナムの予想を越える形で反撃に移る。

「ヴェイパースラスト!!!」

「何!?」

ほとんど屈み込んだ体勢から跳躍、それと共に下から上に向かって剣を振り上げ、受けたレヴァンティンを跳ね上げるどころか”シグナムごと”空中に浮かす。

弾き飛ばされながらも空中でなんとか体勢を整えようとするシグナムへ、追い討ちを掛けるような斬撃が振るわれた。

「斬るっ!!」

雷の力を乗せたそれを咄嗟にレヴァンティンの腹で防ぐが、威力を吸収し切れず後方へ飛ばされる。

飛行魔法を発動させ十分に勢いを殺すと、一旦空中で静止して地上に着地したカイを見下ろす。

(先程までとは眼つきがまるで別人……これが、聖戦を戦い抜いた法力使い……)

程度の差こそあれ、戦闘中のソルと現在のカイは似たような眼をしている。

あれは相手を敵と認識した眼であると同時に、生粋の戦闘者の眼。

冷静に、機械のように、相手の状態を把握し、状況を掌握する為に、敵を殲滅する為に全てを観察するように見ているのだ。

勿論、これは模擬戦なので本気で命のやり取りをしようとは誰も思っていないが、ソルやカイは聖戦で人類を超越した生体兵器と常に多対一の戦闘をせざる得ないという死と隣り合わせの状況を強いられ、戦い、生き延びてきた。

彼らにとってはそういう環境が当たり前で、命のやり取りなんぞ朝飯前。つまり、彼らは模擬戦一つとっても命懸けで臨んでくる。非殺傷設定が存在しない法力使いであるのなら尚更に。

それを証明するように、訓練時のソルは一切手を抜かない、手加減はするが容赦はしない。

死と戦闘がそれ程身近なものなのだ。魔導師達などと比べると、戦闘に対する考え方も見方も異なる。

勝つことは生きることであり、負けとは死を意味する。全ての法力使いがこのような考え方をする訳では無いだろうが、少なくともソルとカイはこう考えているのだろう。

「面白い……」

精神が昂揚し、レヴァンティンを握る手が武者震いを起こす。

ソル以外を相手に模擬戦で此処まで興奮するのは初めての経験だ。

カイはソルと出会って以来、彼を打倒する為に剣の腕を磨いていたと聞く。

シグナムはソルの背中を守る為に。

形は違うが、二人が目指す先にはソルの背中があり、それを追い続けてきたという意味ではカイはシグナムの先輩に当たる。



――もしカイ殿を倒すことが出来れば、私は一歩ソルに近付いたことになるのではないか?



そこまで考えに至るとシグナムは改めて気合を入れ直し、己のデバイスに魔力を注ぐ。

視線はカイの美しい青緑の眼から離さないが、真に見ているのはその先だ。この先のずっと向こうにソルが居る。

「レヴァンティン!!」

「ヤヴォール」

空から飛行魔法を用いての強襲。

臆することなく迎撃体勢を整えるカイ。

「紫電、一閃!!」

紫炎と蒼雷の激突は、まだ終わらない。





高速で動き回り、ぶつかり合う金と黒の雷が両者同時に間合いを離して一旦止まる。

「ちっ、速ぇな」

「……」

自分がスピード負けしていることを素直に認め、シンは楽しそうにフェイトを褒めながら舌打ちした。

しかし、褒められたフェイトは若干ショックを受けていた。何故なら、なんだかんだ言ってシンはフェイトの速度に対応してくるのだから。

考えてみれば当たり前だ。シンは生後半年程度である事情によりソルに預けられ、それから数年間は共に賞金稼ぎとして暮らしていたのだ。このくらい出来て当然だろう。

なんとなく自分と少し境遇が似ている気がする、フェイトはそう思いつつも生来の負けず嫌いがあってシンをあまり認めたくなかった。

勿論、シンという一個人を嫌って認めたくないという意味ではない。むしろ人見知りせず天真爛漫で子どものような笑みを浮かべるシンには好感を抱いてる。

だが、シンは自分にとって兄弟子であると同時に、ソルから一緒に戦うに値する”戦士”として認められた人物。(これはフェイトの思い込みで実際は違う)

未だに管理局の仕事を手伝わせてもらえない自分とは違う。

要するに、今の自分に不満を抱いている負の感情がベクトルを変えて嫉妬となり、それがシンに向けられているといった感じだ。

「オオラアッ!!」

踏み込んだシンが手にした旗を地面に突き刺すと同時に、棒高跳びのようなアクロバティックな動きで跳び蹴りを放つ。

横にステップを踏んで交わし、ハーケンフォームのバルディッシュを袈裟懸けに振るうが、巧みな棒捌きで上手く往なされてしまう。

やはり戦い方が何処と無く育ての親のソルに似ている。姿勢や構え、動きは常に自然体で、隙がありそうでその実無い。多対一を想定とした戦い方は一見大振りな攻撃だが返しが速い。

何よりガンガン攻めてくる。この親にしてこの子あり、といったところか。

「ビークドライバー!!」

<ソニックムーブ>

雷撃と衝撃波を伴った刺突をバルディッシュが発動させた瞬間高速移動魔法で避け、シンの背後に回り込む。

(もらった)

やっと見つけた隙らしい隙。シンの背中に向かって金の魔力刃で形成された鎌を振り抜く。

「へっ、惜しい!」

が、流れるような動きで半身になるように振り向いたシンの縦に構えた旗――何故か光り輝いている――に防がれ、あまつさえ弾かれてしまった。

エレクトロリヴァーブ。シンが持つ当身技。魔力を纏わせた棒部分で相手の近接攻撃を弾く特殊な効果を付与させた法力の一種。

バルディッシュを弾かれ両腕を天に掲げた状態のフェイトが今度は隙だらけで、そんなフェイトの胴に薙ぎ払いが迫る。

だが、渾身の一撃は空を斬る。特に慌てもしなかったフェイトが素早く飛行魔法を発動させ、上空へと離脱したからだ。

「あ、ズリーぞ」

「そんなこと言われても……」

抗議の声を上げるシンに対して、フェイトは困った表情になる。

空戦魔導師であるフェイトは陸戦よりも空戦の方が得意だ。本来ならシンに合わせる必要性は無い。

まあ、ソルのおかげで陸戦も問題無くこなせるが、接近戦を得意とし陸戦を主とする法力使いを相手に勝てると思う程驕っていない。

「降りて来い、この野郎ぉぉぉ!!」

眼下で旗を振り回しながらバタバタ暴れているシンは、外見年齢なら確実に年上に見える好青年なのに、態度が態度なだけに自分よりもずっと年下に見えてしまう。

「サンダーレイジ」

「!!」

なんか微笑ましいなぁ、と思いつつシンに向かって雷を落とし、続けざまにプラズマランサーを豪雨のように降らせ、砲撃魔法のプラズマスマッシャーもついでに撃つが、一瞬早くこちらの攻撃に反応し猛スピードで走るシンには当たらない。

別に当たらないのは構わない。遠距離からちまちま攻撃するだけで倒せる相手だとは思っていない。狙いは他にある。

「へへ、そんな攻撃当たんねぇよ……ぐわあぁっ!? 何だ急に!? どうなってんだこれ!?」

余裕綽々で走りながら回避するシンの手足に金の枷が突如現れ拘束したのを確認すると、フェイトは心の中でガッツポーズを取った。

彼の走る進行上にこっそり仕掛けておいたライトニングバインド。かなり離れた距離から設置しておいたのでちゃんと発動してくれるかどうか不安だったが、どうやら杞憂だったらしい。

突然自身を拘束するバインドにシンは慌てふためいている。必死にもがいて拘束から抜け出そうとしているが、逃がす気なんぞ毛頭無い。

勝った。

勝利を確信してサンダーレイジを唱えようとした刹那――

「お、おおお、オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

獣の咆哮染みた雄叫びと共にシンの身体を黒い雷が包み込み、周囲に落雷が発生する。

落雷は何度も何度も発生し、シン自身にも落ちたが、彼は全く意に介さず叫び続けるとバインドを力ずくで引き千切り、拘束から逃れた。

そして次の瞬間、今にも雷を落とそうとしていたフェイトの上空から黒い雷が襲い掛かり、回避もままならず地面に叩き付けられる。

咄嗟にバルディッシュが防御魔法を発動させてくれたおかげで直撃はしていないしダメージも酷くないが、シンが持つ潜在能力にフェイトは戦慄するしかない。

出鱈目な量の法力。最大瞬間放出量は間違い無くソルに匹敵する、と思ったところでハッと思い出す。

(……そっか。木陰の君さんが人間とギアのハーフだから、シンはクオーターになるんだ)

失念していた。シンもソルと同じ”ギアの力”を持つのだ。基本スペック自体が生まれながらにして人類よりも遥かに上で、おまけに魔力もほぼ無尽蔵。

強い。純粋にフェイトはシンを評価する。

遠距離からの攻撃のみでシンを打倒するのは不可能に近い。だとすると上空から攻撃をするだけでは意味が無いだろう。バインドも効き難い。先のように飛んでいると雷が降ってくる。

活路を開くにはやはり接近戦だが、自慢のスピードも通用しない。接近戦での技量は非常に悔しいことに若干向こうが上。単純な力比べもギアであるシンに人間であるフェイトが勝てる道理が無い。

全く以って分が悪い。

だというのに、フェイトは勝つことを全く諦めなかった。

諦めたらそこで死ぬと思え。フェイトを含めた皆はソルにそう言われて訓練してきたのだから。諦めの悪さとしつこさは教えた本人であるソル並みに筋金入りである。

何より、たとえ兄弟子に当たる人物が相手であろうと、負けるのは嫌だ。



――それに、もしシンに勝てたら……私はもう一人前だよね?



一人前になればソルの仕事を手伝うことが出来る、そうすればもう彼に子ども扱いされることは無い、一人の女として見てもらえる。これらの響きはなんて素晴らしいんだろう。

ソルの為に生きると誓ったフェイトにとって、彼に認められ、役に立つということはこの世の何よりも嬉しいことであり、何事にも代えがたいものである。

(勝つ……シンに、勝つ!!)

鎌のハーケンフォームから大剣のザンバーフォームに切り替えると、フェイトは意を決してシンに真正面から接近戦を挑む。

「お? やる気か?」

対するシンはさっきから相変わらず無邪気に楽しそうだ。その笑顔を見ているとこっちまでなんだか楽しくなってくる、そんな魅力をこの青年は持っている。

微笑ましさで自然と頬が緩むのを感じながら、旗を構えるシンに向かってフェイトは金の大剣を全力で振り下ろした。










背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Holy Orders(Be Just Or Be Dead)










「ふむ、なるほどなるほど。あれが魔法か。我々が使う法力とは根本から理論が異なり、プログラムを発動させたものか……それにしてもあの二人、連王とシンを相手になかなかやる。そうは思わんか? フレデリック」

「白状すると、俺が一番驚いてる。カイとシン相手にあそこまで戦えるとは思ってなかったぜ」

天才法術家としての血が滾ってきたのか、さっきから饒舌なパラダイムの呟きにソルは頭をかきながら応じる。

2 ON 2 なのに完璧にそのことを忘れてサシの勝負に夢中になっている四人は互角の勝負を展開していた。

カイは元聖騎士団団長であり、物心ついた頃からギアを相手に最前線で戦ってきた歴戦の猛者である。封雷剣を失ったとは言えその実力が色褪せること無く、この世界の人間の中で最強に類する法力使いであることには間違い無い。

シンはあの破壊神・ジャスティスの血を受け継ぐギアであり、ギアとして潜在能力は文句無しでトップレベルだ。何よりソルが戦い方を教え、育てた。親馬鹿かもしれないが、シンに勝てる奴などそう居ないとソルは思っている。

そんな二人を相手にフェイトとシグナムが互角に渡り合っている。

ソルとしては雷親子相手に五分持てば良い方だ、と高を括っていただけにこれは予想外。内心で舌を巻き、二人の成長を純粋に喜んでいた。

ただ一つ気になることがあるとすれば、腕を組んで戦闘を見守るソルの隣でなのは達がセットアップした状態で準備運動をしていることだ。

「何してんだ、お前ら?」

「アップ」

なのはへ問い掛けると、返答は至極簡単なものがもたらされる。

「勝った方と戦う」

「……勝手にしろ」

やる気を漲らせるなのは達にソルは半ば呆れながら言葉を漏らす。

「お兄ちゃんもだよ」

「断る」

「ええええええ!? ソルは参加しないの!?」

ユーノが驚いた声を上げたことにソルは溜息を吐く。

「なんで俺が」

「ダメだよ。僕がさっきソルが参加するって言ったらカイさんが凄くやる気出してたし」

「ふざけんなお前。つーか何時の間にそんな話になってやがる?」

「最初から」

「……」

「まあ諦めろ。お前はそういう星の下に生まれた訳だしな」

黙りこくったソルの肩を慰めるようにアインが叩く。

「とりあえずリーグ戦形式で全員が全員と当たるようにしとこうか」

屈伸しながら言うアルフ。結局サシでの勝負となっている。

練武場の地面にかなりの大きさの表が描かれ、各々の名前が縦横に記載された。

その表を見て、イズナが慌て出す。

「ちょ、待つっちゃ。なんでおいとドクターの名前が!?」

「んん、おおう? はいぃぃ!?」

イズナの慌てようにパラダイムも表を見て驚愕に色を染める。

片仮名で『イズナ』、英語で『Dr,』としっかり明記されていた。

「フレデリックならまだしも私までやるとは言っておらんぞ。第一私は他の者達のような戦闘に特化したギアではない!!」

憤慨するパラダイム。身体を包む水の球体にポコポコ泡が立つ。

「勘弁してください」

争いごとが苦手なイズナは白いハンカチを取り出すと頭上で振った。

そんな態度の二人に皆はあからさまに『え~』という不満顔になるが、本人達が嫌がってるようなので渋々諦める。

「……アンタ達、本当に戦うの好きね」

「もし私達にも魔法の才能があったらこの中に居たのかな?」

アリサがやれやれと呆れ、すずかが苦笑いを浮かべた。

「あ、ああ!! フェイトちゃんとシグナムが……」

「そんな、さっきまで互角だったのに」

ソルがアリサに同意の声を上げようとした時、これまで黙って視線を戦闘から逸らさず見ていたツヴァイとエリオの悲痛な声が聞こえてくる。

視線を戦闘に戻すと、エリオの言葉通り先程まで互角に渡り合っていた二人は徐々に押され始めてきていた。

攻撃頻度が減った代わりに防御や回避の頻度が増え、体力と魔力も限界に近くなってきたのか肩で大きく呼吸をしている。

それでも果敢に立ち向かう姿は半ば意地になっているようにも見えた。

「模擬戦開始から二十分か。持った方だな」

パラダイムが感心するような口調で言うと、ソルは鷹揚に頷く。

「どうして急に?」

シャマルの疑問の声。

問い掛けられたソルは溜息を零す。

「簡単だ。スタミナ不足だ」

「何言ってんだい!! スタミナの問題ならアタシら毎日無茶苦茶鍛えてるじゃないかい!!」

アルフが納得いかないとソルに食って掛かる。

「そうや、あの地獄マラソンを毎日やるように言った本人が何言うとるんや」

はやてもアルフに同意見なのか、納得のいく説明を要求してきた。他の皆も今の答えでは納得出来ないらしく、不満そうな顔をする。

「なら聞くが、シグナムとフェイトが俺との模擬戦で二十分以上持ったことがあったか?」

「……無い、精々頑張って十五分や」

唇を尖らせるはやて。

「やれやれ……まあいい。まず分かり易い方、シンから説明してやる」

肩を竦めるとソルは説明することにした。

「あいつはギアだ。以上」

「説明する気ねーだろ!!」

ヴィータがぷっくり頬を膨らませるのを横目で見つつ、ソルは続ける。

「次にカイは戦争で、常に最前線で毎日毎日戦い続けて育った」

「フェイトはともかく、我らヴォルケンリッターもそんな経験はいくらでもあるぞ」

言外に馬鹿にしないで欲しいと言わんばかりのザフィーラにソルは冷ややかな視線を向けた。

「ほう。ならヴォルケンリッターがこれまで相手にしてきた連中は、人類を越えた化け物の大群だった訳だ」

「! それは――」

「ギアは基本的に群れを形成する。種類も千差万別。人型は勿論、手の平に乗るサイズの小型から飛行機よりもデカイ大型まで存在する。聖戦はそれが常に群れを成して襲い掛かってくるんだぜ」

つまり、いくらヴォルケンリッターの戦闘経験が豊富であろうと、それはあくまでも”人間”という枠組みに収まる者が相手の話である。戦闘経験をあくまで”回数”として見るなら何百年と戦ってきたシグナムの方が圧倒的に上だ。対してカイはこれまでギアという法力を使う為に生まれた生体兵器の群れを相手に戦場を駆け抜けてきた。戦闘経験の回数云々ではなく、密度の違いだ。

「確かにシグナムとフェイトは並みのギアや法力使いを労せず倒せるだけの実力が、この世界でも上位に食い込めるだけの力がある。だが、あいつらが相手にしているのは対ギア戦闘のプロにして法力使いの精鋭『聖騎士団』を束ねた元団長と、『破壊神・ジャスティス』の力を受け継ぐギア。並みの相手じゃねぇ」

改めてカイとシンの肩書きを聞いた上で二人の戦闘能力を目の当たりにして、ごくっと皆が唾を飲み込む。

「何よりカイは天才だ。法力、剣、頭のキレ、全てにおいて」

「そんなカイを聖戦時代、散々馬鹿にしていたのは何処のどいつだ?」

口を挟んだアインのほっぺをソルは両手で摘んで横に引っ張る。

「ひひゃいひひゃい」

「それだけじゃねぇ。俺や爺、クリフの爺さん、木陰の君、そしてジャスティス……あいつはとことん慣れてんだよ、自分より遥かに強い連中を相手に戦うことと、劣悪環境下で長時間戦うことにな」

手首を掴まれたがほっぺを掴む手の力は緩めない。

「はにゃふぇー、はにゃふぇー」

「お前らも薄々感付いてんだろ? 剣の腕前は段違いでカイの方が上だ。その実力差を埋める為に、シグナムは必死になってハナッから全開で飛ばしてる。それでやっと互角を保ってたんだ」

瞳が潤み、目尻に涙が溜まってきたアインが懇願するような眼になるが、まだ放してやらない。

「むしろ俺はシグナムとフェイトを褒めてやりてぇよ。フルドライブを使ってないとはいえ、あの雷親子に此処まで拮抗したんだからな」

それに、とソルは付け加える。

「忘れたのか? 手加減していたとはいえ、カイは俺に勝ったことがあるんだぜ」

ま、その度に文句を言われたがな、と彼は意地悪い笑みを浮かべてアインのほっぺを放してやった。





フェイトとシグナムが背を合わせるような形でカイとシンに挟まれていた。意図せず追い詰められた結果としてこのような形になってしまったことに、これがタッグマッチであることを今更思い出す。

「どうした? もう終わりかよ」

「こらシン。そんな相手の神経を逆撫でするソルみたいな言い方はやめなさい」

「だー、うるせぇな。カイはすっ込んでろ」

「全くこの子は、似なくていい部分までソルに似て――」

「オヤジを馬鹿にすんなよ!!」

二人を挟んでギャーギャー言い合う雷親子の余裕の態度に緊張感が薄れそうになりながら、念話を交わした。

『どうだテスタロッサ、まだいけるか?』

『正直、限界……シグナムは?』

『情けないことに私もだ。もう少し持つと思ったが、予想以上に体力を削られてしまった』

背中越しにお互いが荒い呼吸で肩を上下させているのが分かる。

『カイ殿は強い。剣の腕ならソルよりも上だというのは本当だった、勿論私よりも数段上だ。一撃一撃はそう重くはないが美しいまでに完成された剣技で、実際何度斬られると思ったか……』

『シンもだよ。戦い方はソルに似てるけど、ソルがパワータイプだとしたらシンはスピードタイプかな? どっちにしろ強い』

『冷静に思い返してみると、私達はこの世界でトップクラスの法力使いと戦っているのではないか?』

『元聖騎士団団長のカイさん、その息子でギアの力を持つシン、考えてみれば凄い人達だよね』

『とは言え、胸を借りるつもりは最初から無い。やるからには勝ちにいく』

『うん!!』

念話を切り、二人は身体の位置を素早く入れ替えるとシグナムはシンに、フェイトはカイに向かって突撃した。

「うおっ!? まだ元気じゃん!!」

「今度はフェイトさんですか」

喜ぶシンと表情を引き締めるカイはそれぞれの武器でデバイスを防ぎ、そのまま打ち合いに移行するが、数多の剣戟の末、既に体力魔力に限界が来ていたシグナムとフェイトは全く同時のタイミングで後ろに退がらせられてしまう。

最早八方塞がり、どうすれば勝てるのか思考する間も無くシンが飛び蹴りをかましてくる、カイが雷撃を飛ばしてくる。

「ちっ」

「くそ」

口汚く舌打ちをして毒吐くフェイトとシグナムは一時離脱する為に飛行魔法を発動させ、上空へと退避。

「シン、こちらへ!!」

「ああ!? ……任せろ!!」

即座にカイがシンに何か合図を送る。一瞬だけ訝しげな表情になるシンではあるが、剣を地面に向けてこちらに走ってくるカイの姿に得心がいったのか、シンもカイに向かって走り出す。

(何だ?)

(どうするつもり?)

疑問を持ちつつ警戒心を最大限にまで高めて構えると、眼下でシンが跳躍し、着地予想地点にカイが位置取った。

「飛びなさい、シン!!」

「オッケー!!」

なんと、カイがその場で一回転し、遠心力と全身の力を込めて斜め下から剣を振り上げる。そしてその剣の腹を足場にシンが更に跳躍。シグナムとフェイトにシンが迫る。

「オオオオラアアッ!!!」

飛んでいる自分達の丁度真上に信じられない速度で文字通り”飛んできた”シンが旗を一閃、二人を纏めて薙ぎ払うつもりのようだ。

驚きつつも範囲が大きい故に予備動作も大きいその一撃を二人は難無く交わし、引力に従い落ちていくシンを視界に収めつつカイに視線を向けると――

「ライトニング・ストライク!!」

カイは剣を持っていない左手。その人差し指と中指をピッと立てて、それを素早く頭上に掲げてから地面に向かって一気に振り下ろす。

次の瞬間、シグナムとフェイトにそれぞれ一条の蒼い雷が天から降り注ぎ、二人はなす術も無く地面に叩き付けられてしまう。

「きゃああ!?」

「くああっ!!」

咄嗟にデバイスが反応して防御魔法が発動したおかげで、辛うじてダメージは緩和出来たが倒れてしまった。

まさかシンが布石で、本命がカイの落雷だとは予想だにしていなかったのだ。

すぐにその場から離脱を図ろうとする二人に、更なる追い討ちが掛けられる。

「俺の本気が見たいか?」

着地した体勢そのままにシンは前傾姿勢になり、その身体の前に幾何学的な模様、否、魔法陣が現れる。

「決着をつけます」

剣を右肩に担ぐような構えを取ったカイにも同様に、身体の前に魔法陣が。

急激に高まる魔力。黒い光に、蒼い光に、各々が操る雷の色の光に全身が包まれる。

何だ? 何が来る? シグナムとフェイトはそんな疑問の余地を挟む間も無く――



「「ライド・ザ・ライトニング!!!」」



声と共に発動した法力はカイとシンを一発の巨大な雷球に変え、超高速の弾丸となってまだ体勢が整っていないシグナムとフェイトに突っ込んでくる。

「――ッ!」

あまりの速さに防御も回避もままならず、それどころか悲鳴すら上げることも出来ずにシグナムは蒼い雷球に轢かれ、吹っ飛ばされた。

<ソニックムーブ>

ギリギリのタイミングでバルディッシュが瞬間高速移動魔法を発動させ、黒い雷球を避けるフェイトではあったが――

(嘘!? ターンした!!)

黒い雷球はそのまま通り過ぎるかと思いきや避けられたことを良しとせず、すぐに軌道修正を行う。

これには流石のバルディッシュでも対応が出来ず、シグナム同様フェイトも雷球に轢かれて吹っ飛ばされたのである。

雷親子に軍配が上がった瞬間であった。





「おっしゃああああっ、ざまあっ!! 俺の勝ちだ」

「俺の、ではなく”私達の”勝利です。それはともかく、良い勝負でした」

無邪気な笑みで純粋に勝ったことに喜んでいるシンが旗を振り回し、その隣でカイが腰に剣を差す。

「……ぬぬぅ」

「負けちゃった……」

よろよろ立ち上がりながら敗北の味を噛み締めるシグナムとフェイト。

項垂れる二人にソルはおもむろに近寄って、それぞれの肩に手を置くと口を開いた。

「頑張ったな」

「だが、負けは負けだ」

「うん」

潔く負けを認めながらも、その悔しさが無くなる訳では無い。この勝負に注いでいた想いも半端ではないだけに、その分勝てなかった自分が不甲斐無いのだ。

そんな二人に苦笑しながらソルはこれで良いと思った。人は負けを知るからこそ、次こそは負けないように、勝つ為に努力をするようになる。敗北を知らない人間は成長しない。

事実、ソル自身も何度も敗北を喫している。特に”あの男”に対しては指一本触れることが出来ずに惨敗した経験もある。

此処でもし二人が「まだフルドライブを使っていないから負けていない」なんて甘ったれたことを言い出したら問答無用で引っ叩いてやるつもりだった。

「お二人共、お怪我はしていませんか?」

心配げな顔のカイがやって来た。そのすぐ後ろにはシンも居る。

「いえ、心配には及びません」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「そうですか。それは良かった」

返答にホッと胸を撫で下ろすカイ。後ろではシンがうんうん頷いていた。

「カイ殿、今回は私の負けです。流石はソルと肩を並べて戦っただけのことはあります」

「いえいえ、今回はたまたまツキがこちらに回ってきただけですし、まだシグナムさんの奥の手を引き出せていませんので」

「ええ。次はフルドライブで、私の全力でお相手させていただきます」

「はい。では、次はお互い全力で」

滾る闘志を切らせることなくリターンマッチを誓い、シグナムとカイは晴れ晴れとした笑顔で握手を交わす。

「シンは強いんだね」

「だろう? ま、オヤジ程じゃねーけどな」

「うん。確かにソルよりはまだまだ弱いかも」

「なんだとこの野郎ぉぉぉっ!!」

「今自分で認めたのに!? ソル助けて!!」

「あ! オヤジの後ろに隠れるなんて汚ぇぞ!! って、あ痛たっ!? なんで殴るんだよオヤジ!!」

ソルの後ろに隠れるフェイト、それを追いかけようとして拳骨をもらうシン。

「……やれやれだぜ」

深い溜息を吐きながら、ソルは父親のように優しく微笑むのであった。

























後書き


カイ・シンVSシグナム・フェイトはイスカを意識したんですけど、どうでもいいことですか? そうですか……

前回の『Communication』は、実はGG2においてカイVSシンの時に流れるBGMが元ネタだったりします。戦うことがコミュニケーションとは、流石GG、色々と「ちょっと待て」と言いたい作者ですwww

更にぶっちゃけると、前回も含めて今回もタイトルをどうしようか滅茶苦茶悩みました。

で、前回はカイとシンの二人相手に戦うというのであればこれしかない、と思いまして結局『Communication』に。

今回は書いてる途中でカイを贔屓してしまっているような気がしたので、じゃあもっと贔屓してやろうということでタイトルがカイのテーマ曲『Holy Orders(Be Just Or Be Dead)』になりました。

そしてソルがカイをべた褒め。本人に直接言うってことは死んでもあり得ないし、散々小僧だ坊やだと言ってましたが、なんだかんだ言ってその実力は認めています。

つーかね、GG2を全クリした人は分かってくれるかもしれないんですけど、あれのキャンペーンモード(ストーリーモードのこと)をやるとカイの株が上がります。

パラダイムの挑発するようなセリフに、自分の妻への想いを臆さずにはっきりと大きな声で打ち明けるシーン。

その後のカイを操作することの出来るステージでのパラダイムとの会話シーン。

敵の軍勢に向かって王属騎士団を率いて突撃を仕掛け、シンに父親としての背中を見せつけるシーン。

いや、もう凄ぇぇカッケーよ!!! 普通に惚れるわwwww 家系図が凄いことになってるけどね!!

ちなみに、GG勢力の強さを私が独断と偏見でランク付けするとこんな感じ。


ダントツで第一位 ”あの男”

同じくらいじゃね? な第二位 ソル、スレイヤー、ガブリエル

あれれ? な第五位 木陰の君、ジャスティス、クリフ(最盛期)

八位以下のその他大勢 ←カイとシンは此処の上の方

大変だ、お母さんを怒らせたらカイとシンじゃ止められないwww



つーことで次回は、次回こそは木陰の君を出します!! 待っててください!!

ああう、つーか五話以内に収まらない。無理だorz 六話で終わるようにしたい……



[8608] 背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Awe Of She
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/03/15 01:10


一つの戦いが終わりを迎えようとしていた。

「決着をつけるぞ、ソル!!!」

「やれやれ、しつけぇ坊やだ」

相対しているのは蒼き雷と紅蓮の炎。

「究極奥義!!」

「五十%くらいか?」

眩い閃光と共に雷鳴が発生し雷が迸る。

灼熱の炎が全てを焼き尽くせと猛り狂う。



「ライジング――」

「ナパーム――」



眼の前の敵を殲滅せんと己の最大戦力を以って。

この一撃に全てを――

「やめんかああああああああああっ!! 連王とフレデリックの二人はヒートアップし過ぎだああああ!!!」

込めたそれは、不発に終わった。





「全く、王としての自覚に欠けると言わざるを得んな」

「……返す言葉もございません」

「頭を冷やせ。立場を忘れるな」

「お前もだフレデリック!! 少し黙っていろ!!」

パラダイムに説教されているソルとカイを遠目で見つつ、皆が皆揃いも揃って呆れたように溜息を吐く。

「……頭良いのに馬鹿な親父が二人居る。しかも戦闘について生体兵器のギアに叱られてるとか……」

ポツリと零れたアルフの独り言は、幸か不幸かパラダイムの怒声によってかき消された為、当の本人達には聞こえることはなかった。

「オヤジ達は放って置いて風呂行こうぜ、風呂。騎士団とか使用人とかが使ってる大浴場があるからさ。ちゃんと男湯女湯で別れてるからよ」

ガミガミ言われている光景を尻目にシンが皆に提案する。

アリサとすずかの一般人、模擬戦に参加しなかったイズナとパラダイム、子どものツヴァイとエリオを除いて模擬戦を一通り行ったおかげで、全員が泥だらけの汗まみれだったので反対の声は上がらない。

真面目に反省して項垂れているカイ、話を聞いてなければ反省の色など欠片も見せないソル、つらつらと姑のように説教を垂れるパラダイムの三人を文字通り捨て置いて、皆は風呂に入ることになった。

王宮の大浴場がどんなものか興味が尽きない面々だったが、生憎というかなんというか、シンが言った通り使用人達が普段から使っている所為でそこらへんにある銭湯となんら変わらない。

別に悪いことは何一つ無いのだが、若干期待していただけに肩透かしを食らった気分になる面々。それでも汗を流し身体を清めることは出来たので文句は言えない。

まあ、王であるカイは謙虚な性格なので、無駄な金を使って必要以上に豪華な暮らしをすることは無い。実際、彼の私生活はとても質素だ。

着替えを終えて大浴場を出ると、数人のメイドが待ち構えていた。

「夕餉の支度が出来ましたので、こちらへ。連王様と王妃様、パラダイム様とソル様がお待ちです」

恭しく頭を垂れ、先導するメイドについていく。

「こちらです」

開け放たれたドアの向こうは、大人数が食事をする為の長テーブルが一つ鎮座しており、その端に三人の男女と一つの水の球体が座っている。

カイとソルにパラダイム、そして見知らぬ女性。

女性は皆の姿を確認すると、カイと一度目を合わせてから共に立ち上がる。その隣にシンが走り寄り、カイとシンが女性を挟む。

「紹介します。私の妻です」

「俺の母さんだ」

少し照れくさそうに微笑むカイ、何故か威張るシンの二人に紹介され、女性は綺麗にお辞儀する。

「初めまして。私は――」

同性ですら嫉妬しそうな美貌に穏やかな声。聖母のような笑みを浮かべて”木陰の君”は自己紹介をした。










背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Awe Of She










『よもや貴様、このギアに恋をしたとでも言うまいな』

『その通りです!!

 彼女はイリュリアが捕獲した訳でも、ましてや兵器などでもありません。

 ただ純粋に、私達は惹かれ合ったのです。

 王として、人として、禁忌に触れる恋と分かっていました。

 ですが、一人の人間として私は彼女を愛している。

 シンの為にも、彼女を見捨てることは出来ません!!』

粛々といった感じで始まった食事会は、十分もせずに一部の人間の手により大食い大会となり(具体的にはアホ息子としっかり息子)、酒が振舞われてからは宴会へと突入した。

席替えを行い女子は女子で、男子は男子で話し合ったりしていたのだが、誰が言い始めたのか一発芸を皆でしようという話になる。

そして今、隠し芸と称したイズナの一人芝居が終わった。

「イ、イイ、イイイズナさんっ!!! どうしてあの時の台詞を一語一句間違えずに覚えてるんですか!?」

顔から火が出るほど真っ赤になったカイが大声を上げて立ち上がる。

隣では夫の愛の深さに嬉しさと羞恥で頭から湯気を上げる者が一人。

「いやぁ~、あん時の連王さんは格好良かったばい。あまりの男らしさに忘れようにも忘れられんとよ」

「忘れてください、お願いですから忘れてください!! 一体何年前の話だと思ってるんですか!? 気持ちはあの時から少しも変わっていませんが、何もこの席で暴露しなくても……」

アハハと笑うイズナ、頭を抱えながら盛大に自爆していることに気付かないカイ、その隣でどんどん小さくなる木陰の君。

皆は「おおおう~」と唸って妙に感心していたり、ヒューヒューと口笛を吹いて冷やかす。

「フッ」

そんな光景を視界に収めつつ、当時のことを思い出し鼻で笑いながらソルはグラスを呷る。

「ウチのソルくんもカイさんに負けとらんで!!」

「ブウウウウウーー!?」

所詮他人事と思っていたところへはやての言葉が飛んでくる。思わず口の中に含んでいた酒を盛大に吹き出すソル。

彼女が懐からおもむろに取り出したるは、彼女の携帯電話。



――嫌な予感しかしない。



「待てはやて、まさかそれは闇――」

「ポチッとな」

止める間も無く、非情にも再生ボタンが押された。

『愛する女と交わした約束を破る程、俺は落ちぶれてねぇ!!!』

「っっっ!!!」

声にならない悲鳴を上げて、ソルは崩れ落ちるとテーブルに突っ伏す。

沈黙が室内を支配した後、盛大な拍手が響き渡る。

特にキスク夫妻は”とても良い笑顔”で手が腫れるんじゃないかってくらいの勢いで拍手を送った。

(何の拷問だ、これは?)

いっそ殺してくれ、と思いながらソルは羞恥に耐えるしかなかったのである。










どんちゃん騒ぎが終わり、それぞれが宛がわれた客室で休むことになる筈だったのだが――

『あ、あの、差し支えなければ女子だけで話しませんか? 貴女の話を聞かせて欲しいんです』

緊張した面持ちでアインが皆を後ろに引き連れ、木陰の君にそう提案すると彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて二つ返事で了承し、一つの個室に女子全員が集まった。

元々は二人用の部屋に女子が十一人詰め込まれる。なのは、フェイト、はやて、アイン、シグナム、シャマル、アルフ、ヴィータ、アリサ、すずか、そして木陰の君。少々手狭ではあるが、気にする者は居ない。

ちなみにツヴァイはエリオと一緒に”お兄さん”であるシンの所へ行った。どうも三人共、ソルを育ての親とする所為かシンパシーのようなものがあって気が合うらしい。

全員が寝巻き姿で枕を抱きかかえながら、うきうきとした面持ちで木陰の君を囲む。

一部の者にとって彼女は理想の体現者と言っても過言ではないのである。種族の壁を越えた恋を成就させ、子を成し、今現在は親子で仲良く暮らしている彼女は皆から尊敬の眼差しを向けられていた。

「そうですねぇ。私の話といっても、何を話せばいいのか」

「ならば、生い立ちから今に至るまでを出来る範囲で話していただけないでしょうか?」

シグナムの言に彼女は小首を傾げてから皆を見渡すと、誰もがうんうん頷くので「じゃあ、あまり面白くないかもしれないですけど」と前置きして語り始めた。





皆さんもご存知の通り、私はギアです。人ではありません。

何時何処で生まれたのかも知りません。両親のことも、碌に知りません……私は捨て子だったんです。

そんな私を、とある村に住む老夫婦が拾って育ててくれました。

最初の頃は特に問題無かったのですが、私はギアです。成長速度は普通の人と比べれば異常な程早かったし、背中から尻尾と翼が生えてきてしまいましたから。

ある日私はギアとして処分されることになりました。たった三年で赤ん坊が大人になれば当然ですよね。

けど、養父母が必死になって私を庇い、匿ってくれました。そうして難を逃れて悪魔の棲む地と呼ばれる森で独り寂しく暮らすことになって……

孤独に耐えながら森の中で動物達と静かに暮らしていると、私に掛けられた高額の懸賞金を目当てに賞金稼ぎが毎日襲い掛かってくるようになりました。

悲しかった、辛かった、何より怖かった……傷つくことも、傷つけられることも……殺すのも、殺されるのも。

毎日怯えながら過ごしていると、ある日、私と同じギアの青年が一人現れます。心優しい彼は森の番人となって私を守ってくれるようになったのですが、それも長くは続きません。

皮肉なことに私達と同じギアでありながらギアを狩るあの人がやって来たのです。言わなくても誰だか分かりますね? はい、ソルさんです。

圧倒的なギアの力を前にして、私は死にたくない一心で必死に抵抗しましたが負けてしまいます。

ああ、私は此処で死ぬんだ、私は一体何の為に生まれてきたんだろう、そんなことを考えながら、せめて死ぬ前に最後に一つだけ知りたくてこう問い掛けました。

ギアに、生きる価値は、ありますか? って……ソルさんは何て答えたと思います?

『知るか、テメェで考えろ』って言ったんです。とってもあの人らしいと思いません?

その後に『泣くんじゃねぇ鬱陶しい、俺の気が変わらない内に消えろ』って言うだけ言って何処かへ行っちゃったんですよ。今冷静に振り返って見ると何しに来たんだろうって思っちゃいますけど、あの時言われた言葉には今でも感謝しています。

だって、そのおかげで私は自分で考えて、自分で行動するようになったんですから。

それまで私はただ状況に流されて生きてきただけだったんです。でも、ソルさんの言葉を受けて、私は生まれて初めて自発的に、自分の意思で森から出て外の世界で生きていこうって決意を固めました。

森の外に出て一番最初に知ったのは、世界の広さ。

私のことを受け入れてくれる、私を危険な兵器としてではなく、一人の人間として認めてくれる優しい人達との出会い。

優しい人達に囲まれて、私は生きていていいんだ、そう実感しました。

確かに皆が皆、私に優しくしてくれた訳ではありません。中には毛嫌いする人や化け物扱いする人も居ましたが、あのまま森の中で閉じ篭っていたら知ることの出来なかったことをたくさん知ることが出来ました。

勿論、あれ以来ソルさんとは何度もお会いしましたよ。その度に『うろちょろしてんじゃねぇ』って叱られましたけど。

そんな風に色々な人達との出会いを重ねる内に、カイさんと徐々に仲良くなっていったんです。

最初は優しい人だなくらいにしか思ってなかったんですけど、会う度に世話を焼いてくれて、危ないことに遭遇すると決まって助けに来てくれて……自分でも気付かない内にカイさんのことを少しずつ頼るようになっていって。

あ、あの、今でも恥ずかしいんですけど、自分の気持ちを碌に自覚してない状態で通い妻みたいなことをするようになって……

この話は此処で終わりにしましょうよ? え? ダメですか? 此処まで話したんだから最後まで話さなきゃダメですか? ……恥ずかしいなぁ。

ど、同棲するようになるまでそんなに時間は掛かりませんでした。

当時は毎日が幸せで、充実していて、楽しかった。

それからしばらくして、カイさんにプロポーズされて……私、嬉しくて泣いちゃいました。私みたいなのでもちゃんと結婚出来るんだなって、心の底から愛してくれる男性が、愛する男性が出来たんだなって。

プロポーズの言葉ですか? あの、言わなきゃダメですか? ……当然ですか、そうですか……その、カイさんは私に、ずっと傍に居て欲しいって言ってくれたんです……思ってたよりも普通って、何を期待してたんです?

そこでやっちゃったとか、シンが出来ちゃったとか言わないでください!! あの子は、私とカイさんがちゃんとお互いを愛し合った当然の結果として、って何言わせてるんですか!?

……はううぅ、そうですけど、確かにその、よ、夜に、あの、そういうことを頑張った結果シンを授かりましたけど……歴史は夜に作られるって誰が上手いことを言えって言いました!? なんか皆さん鼻息荒いですよ!?

とにかく!! シンを授かったんです!! 子どもを授かる行為についてはこれ以上追究しないでください!!

妊娠が分かると二人で手を取り合って喜んだんですけど……それも最初の内だけでした。

私のお腹はたった三週間で妊娠五ヶ月くらいの大きさまでに膨らんだんです。異常なまでの胎児の発育。私がギアであり、お腹の子もまたギアであるという事実を突きつけられた瞬間、私達夫婦はどん底に叩き落された気分になりました。

繰り返すようですが私はギアであり、公式には死んだことになっている元賞金首。国籍も無ければ戸籍もありません。カイさんの妻とはいえ正式に婚姻届を出した訳では無いので事実婚、内縁の妻です……本来なら、結婚なんて出来っこないんですよ。こうなることは眼に見えていたのに、分かっていながら私達は契りを交わしたんです。

信頼出来るお医者様の診断結果によるとギアは卵生、つまり私のお腹の中に居るシンは卵の殻に包まれていた状態で、そのことを知ってカイさんは日を追うごとにどんどんやつれていきました。

ギアと死闘を繰り広げた聖騎士団の元団長で世界中から”英雄”と称えられ、当時は国際警察機構の長官として働く公務員。そんな人物がギアを匿っていると知れたら、世界を震撼させる程のスキャンダルでしたから。しかも、相手は聖戦の元凶と言われるジャスティスのバックアップ……これ以上先は言わなくても分かりますね?

またあの時のような、森の中で怯えて暮らす不安の中でシンを無事に出産しました。

けれど、無事出産出来たことに私達は安堵の溜息を吐くことが出来ませんでした。これから先のシンの行く末を、私達の未来を思うと、どうしても心が闇色に染まってしまって。

シンが生まれて半年後。すくすくと育つシンはたった半年で三、四歳児程度まで成長し、それに反比例するかのようにカイさんは痩せ細ってしまいます。

カイさんはもう既に限界でした、精神的にも肉体的にも。元々真面目な人で、規律を重んじモラルを大切にしている人なんです。

平和を誰よりも愛する人が生体兵器と結婚して子どもを作ったという事実が何時世間にバレるか、という不安に苛まされて……これまで信じて貫き通してきた己の正義と人道に背反すると分かっていたからこそ、尚更。

これからどうすればいいのか分からない。答えの出ない問題に暗澹たる思いで過ごす毎日。

……だから、ソルさんにシンを託しました。

思えばこれは私達の甘えでした。世界中を放浪するあの人にシンを預ければ、一箇所に長い時間留まることが無いだけにシンの成長速度を周囲から怪しまれることはありません。それに、ギアである私を見逃し何度も助けてくれたソルさんなら、もしかしたらシンも助けてくれるのでは、と。

私達の要請にソルさんは戸惑いながらも応じてくれました。断腸の思いでシンを送り出して、なのに私達は少しだけ安心して……親として最低でした。

そして、シンと会えない日々が、何年もの月日が流れて。

再会したシンがとても素敵な男の子に成長していたのを眼にして、思わず涙が零れました。

恨み言の一つや二つ言われることを覚悟していたのに、あの子は幼少の頃と何一つ変わらない無邪気な笑顔で『そんなことない』って言ってくれて。

それどころか、生い立ちの所為で仲が悪かったカイさんと仲直りまでしていて。

全部ソルさんのおかげです。本当に何から何まで……あの人には頭が上がりません。

私はたくさんの人に支えられて、いっぱい迷惑を掛けて、今に至ります。お世話になった人達にはいくら感謝しても足りないです。

確かに苦しいことや辛いことは数え切れない程ありましたけど、それと比べ物にならないくらいに良い思い出があります。その過程があるからこそ今私は家族と一緒に過ごすことが出来るんですから、私は幸せ者だと胸を張って言えます。

はい? 私にとってソルさんはどんな人か、ですか?

そうですね、上手く表現出来ないんですけど、一番近いイメージで例えるなら”お父さん”かもしれません。よく分かりませんけど、そんな感じがするんですよ。

以上で、私の話は終わります。





話し終えると、誰もが感動したのか涙を滲ませ鼻を啜っていた。

そんな皆の様子に木陰の君は苦笑する。

「さあ、次は皆さんの番ですよ」

夜はまだ始まったばかり。

女性陣だけの秘密のお話は終わらない。

「じゃあ、私から」

なのはが挙手をし、順番に話し始めた。




















全てを台無しにするオマケ



女性陣が集まって盛り上がっている丁度その頃。

二人の酔っ払いが些細なことから言い争いとなり、売り言葉に買い言葉を経て醜い罵り合いへと発展させていた。

「このロリコンが」

「人聞きの悪いことを言うな、この女っ垂らし!!」

「っ……!! 三歳児に手ぇ出したテメェに言われたくねぇ」

「だが当時の彼女は肉体年齢も精神年齢も大人の女性、セーフだ!! というか、そんなこと言ったらお前の方がロリコンだ!! 百歳以上年が離れてるじゃないか!! しかも未成年者が三人も!!」

「ふざけるな!! まだ手は出して無ぇぞ!!」

「まだ、ということはいずれ出すつもりなんだな!?」

「出すかっ!!」

「六人も抱え込んで……男の夢とでも言いたいのか? 見損なったぞこの鬼畜」

「……き、き、きち、鬼畜だと……テメェ、覚悟は出来てんだろうな? 表出ろ……!!」

「望むところだ!!」

しばらくして、遠く離れた場所から雷鳴と爆発音が響き渡ってきた。





「あの二人をどう思うね?」

イズナの問いにパラダイムが呆れたように鼻で笑う。

「フレデリックは近い将来、爛れた女性関係を築き上げるような気がする分、連王の方が遥かに健全だな」

「誰よりも年食ってるのに大人気無い性格で、一見完璧超人なのに私生活は割とダメ人間な部分が垣間見えて、天才なのにちょっと抜けてたりするからね。ソルらしいと言えばらしいけど」

横でユーノがソル本人に聞かれでもしたら問答無用で丸焼きにされそうな発言をしれっとする。

「まあ、ソルだしな」

その隣でザフィーラが声を押し殺して笑いを堪えていた。










シン、エリオ、ツヴァイの子ども達はどうしているのかというと。

「くかー」

「すぴー」

「ぐー」

三人仲良く川の字になって、とっくの昔に夢の中へと旅立っていた。










次の日の朝。

イリュリア連王国の郊外で、広い範囲にわたって絨毯爆撃でもされた焼け跡のような巨大なクレーターと、その中心で真っ黒焦げになった二人が近所に住む国民に発見されるのはまた別の話。









[8608] 背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Love Letter From..
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/03/17 23:22


ソルの故郷に来訪して一週間が経過。

その間、様々なことがあった。

転送魔法を使って色々な場所へ行った。皆を先導するシンが昔を懐かしむように説明し、あらゆる土地を観光する。

模擬戦も繰り返し何度も行われた。カイが「クリフ団長直伝の聖騎士団闘法の奥義、お目に掛けましょう……ソルを相手に」という風に張り切っていた所為もある。

夕飯の時間になるとイリュリアに帰ってきて宴会染みた食事。その後は子ども達は仲良く一緒に寝る、女子は女子で集まって何やら話し込む、他の連中はちびちび酒を飲む、このような一連の流れが出来上がっていた。

何故かソルとカイの二人が毎朝焦げ臭かったが、誰も気にしなかった。というか、どうせ下らないことだから気にしても無駄なのだ。

賑やかで楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

そして、今回の帰郷の発端であるスレイヤーが迎えに来た。

それは、別れの時が近付いていたのを意味していたのである。





「もう行っちまうのかよ、オヤジ?」

名残惜しそうに眼を細めるシンに対して、ソルは肩を竦める。

「面倒臭ぇ話だが、向こうでやらなきゃいけねぇことがある」

「もう少しくらいこっちに居たっていいじゃねーか」

「そうもいかねぇんだよ」

「じゃあ俺もオヤジについて行く」

「尚更ダメだ、バカ野郎」

「……オヤジは、何時も自分勝手だ」

シンは唇を尖らせるとソルに背中を向け、愚痴るように自分の心情を吐き出した。

「オヤジは何時も、俺を置いて何処かに行っちまう。俺のことガキ扱いして置いてけぼり……もうこれで何回目だと思ってんだよ!?」

「いちいち数えてねぇな」

拗ねるシンの後姿をソルはやれやれと溜息を吐き、背後から彼の肩に手を回す。

「また帰ってくる」

「……当たり前だろ。絶対に帰って来いよな」

昔と比べると聞き訳が良くなった、そう思いながらソルは言葉を重ねる。

「ああ……両親を大切にしろ。それと、鳥野郎の言うことをよく聞いて、常に自分が何をすればいいのかよく考えてから行動する癖を付けろ。お前は考え無しだからな」

「母さん以外については自信無ぇけど、分かったよ」

「良い子だ」

「言った傍からガキ扱いしやがって……」

口では文句を言いつつも、シンはソルの腕を振り払おうとはしなかった。





「お姉様、折角お会いすることが出来たのにお別れしなければならないとは……とても心苦しく思います」

アインが木陰の君の手を取り、瞳を潤ませて別れを惜しむ。

「私も寂しいです。でも、皆さんとお友達になれて本当に良かったです」

対する彼女は何時もの微笑みに寂しさを含めて皆を見渡す。

「祈ってます。皆さんの想いが届くように、皆さんがそれぞれの幸せを掴めるように……だから、頑張ってください……絶対に負けちゃダメですよ。だって、『恋する乙女は無敵』って私のお友達が昔言ってたんですから」

その言葉を受け、女性陣は口々に「お姉様……」と呟きを零して木陰の君を取り囲んで縋り付いた。

女性陣の間で何があったのか不明だが、一日目の夜を終えて朝になると何故か彼女は「お姉様」と呼ばれ慕われているのである。

すっかり仲良くなった女子達は一人ひとりが、この一週間を記憶に刻むように”お姉様”と握手を交わしていた。

「最後に、私から一つだけアドバイスします。えっとですね――」





「カイさん、ドクター、イズナさん、お世話になりました。皆さんと過ごした一週間は本当に楽しかったです」

「名残惜しいが、別れの時のようだ」

ユーノが礼儀正しくお辞儀する隣でザフィーラが瞼を伏せる。

「いえいえ、こちらこそ仕事を忘れてしまうくらい楽しかったです」

「とかなんとか言いながら、連王はしっかり仕事をしていたではないか」

「そう言うドクターもね」

苦笑するカイとパラダイムとイズナの三人。

「またいつか、一緒にお酒を飲みましょう」

「ユーノ、それは賛成しかねるぞ。連王とフレデリックには飲ませないという条件ならば構わんが」

「アハハ、確かにそれなら安心して飲めますね!!」

「連王さん、言われてますよ~」

「イズナさん……分かってます、分かってるんです。しかし――」

「ソルとカイ殿は相性が良いのか悪いのか、結局一週間二人を観察しても全く分からなかったな」

二人の間には言葉や理屈では言い表せないものが存在しているのだろうな、とザフィーラは心の中で結論を下した。





「お前ら、俺のこと忘れるんじゃねーぞ」

「勿論ですよ。兄さんのことは絶対に忘れません」

「兄様もツヴァイ達のこと忘れないでくださいね?」

「当たり前だ」

シンは屈んでエリオとツヴァイに視線を合わせると、二人を抱き寄せる。

「俺さ、一人っ子だから兄弟とか姉妹ってのが何なのかよく分かんねーけど、今の俺達のこと言うんじゃねーかって思ってる」

エリオとツヴァイはシンの胸に顔を埋めると別れの涙を堪えながら口を開いた。

「僕も、兄さんを本当の兄さんだと思ってます」

「生まれ方が違っても、たとえ血が繋がってなくても私達は兄妹ですぅっ!!」

「ああ。俺達は同じ親父に育てられたんだからな。どんなに遠く離れてようが、心はずっと一緒だぜ!!」

それを皮切りにエリオとツヴァイの二人は耐え切れなくなって泣き出した。





「ソル」

「ああン?」

歩み寄ってきたカイにソルは身体ごと向き直る。

「変わったと思っていたが、根っこの部分は変わっていないのだな」

カイの問いにソルは僅かに首を縦に動かし頷いた。

「……ああ。やるべきことをやるだけだ」

「そうか。私も同じだ……私にしか出来ない、私だけが成すべきことを成している最中だ」

「相変わらず青臭ぇな」

「構わない、それが私の正義だ。だが、そう言うお前は随分と”甘ちゃん”になっているぞ?」

「……ちっ」

かつてソルがカイを散々馬鹿にするように言った台詞を、そっくりそのまま指摘されるように言われてソルは不機嫌な表情になって舌打ちする。

「また、あの時のように約束してくれ」

「……何をだ?」

分かっていながら聞き返すソルを、カイは相変わらず私に対してだけは意地の悪い男だと改めて認識しながら言葉を続けた。

「再会を」

「……フン。ま、俺達にはどうやら縁があるらしい。何時になるか分からんが、いずれ会うことになるだろう」

「それでいい」

お互いがほぼ同時に握った拳を差し出すと、二人はそれをコツンと合わせる。

ソルは何時もの不敵な笑みを浮かべ、カイは晴れ晴れとした表情で、二人は相手の瞳を捉えた。

「お別れだ、ソル」

「あばよ、カイ」

「また何時の日か」

「ああ。またな」

こうして、ソルの帰郷は終わりを告げた。










背徳の炎と魔法少女 超特別番外編 帰郷編 Love Letter From..










海鳴市に帰ってきて待っていたのは、桃子のお説教だった。

「おかしいわね……確か旅行は三泊四日っていう予定じゃなかった? なのに一週間も音信不通。これは一体どういうことかしら?」

帰ってきて早々全員が道場に正座させられ(唯一ソルだけ胡坐をかいているが)、仁王立ちしている桃子を見上げる。

桃子は笑顔だ。これ以上無いってくらいに笑顔である。着飾って新宿とか歩けば十中八九ナンパされるであろうくらいに魅力的な笑みだ。

眼が全く笑ってないことだけを除けば。

『誰かこの状況をなんとかしろよ!!』

『普段は穏和な性格の桃子殿を此処まで怒らせたのだ。非は我らにある。此処は甘んじてお叱りを受けるべきだ』

『んなこと言って、シグナムめっちゃ震えてんぞ』

『私にも怖いものくらいある。ヴィータは桃子殿が怖くないのか?』

『死ぬ程怖ぇー』

ヴィータとシグナムがコソコソ念話で内緒話をする。ちなみにソル以外の全員が桃子の放つ威圧感に負け、恐怖でガタガタ震えていた。

とりあえずソル以外の全員がその場で「すいませんでした」と額を道場の床に擦り付けて謝罪した。ソルもソルで一言「悪かった」と謝罪の言葉を述べる。

おかげで、どうにかこうにか桃子の怒りは収まったようだ。

「ねぇ、ソル。どういうことか説明してくれる?」

「話すと長い」

「手短に説明してくれる?」

「……俺の故郷に行ったんだ」

「短過ぎるでしょ」

流石の桃子もこの返答には呆れたのか、腰に両手を当て溜息を吐いた。その横で腕を組んでいる士郎も同様だ。

「やれやれ、面倒臭ぇな。ユーノ」

「此処で僕に振るとかやめてよ!!」

「冗談だ」

「……タチ悪い」

ユーノの悲鳴に苦笑した後、ソルは掻い摘んで説明し始めた。





説明し終えると高町夫妻は「何だ、ソルの”そっち”関連か」と妙に納得し、拍子抜けする程あっさり怒りの矛を仕舞ったが、「これからは行く前に一言連絡しなさい。心配するでしょ」と桃子に窘められた。

非があるのはソル達なのでこれを素直に受け止め、今一度真摯に謝罪し、ようやく解放される。

すずかとアリサに迎えの車がやって来たので、二人は帰宅することに。

「ううぅ……すずかは良いわよね。魔法とかその他諸々に関して家族の理解があるから。それに比べて私は……どうやってパパとママ、鮫島に説明すればいいのよ……」

何せ三泊四日の旅行のつもりが一週間に引き延ばされ、おまけに連絡しなかった。その間音信不通。周りからしてみれば一週間失踪していたのと同じだ。

まさか馬鹿正直に異世界行ってました、だから連絡出来ませんでしたとは言えない。

「災難だったな」

「アンタがいけしゃあしゃあと言うなあああああ!!」

しれっとのたまうソルに憤慨するアリサ。「上手い言い訳が思いつかないし絶対に怒られるから帰りたくない!! ていうか、せめてソルも一緒に来てフォローしなさいよ!!!」と喚く彼女の背中を無理やり押してバニングス家の豪華なリムジンに叩き込む。

車の窓から頭を覗かせて恨みがましい眼つきでソルを睨むアリサの姿に、皆は心の中で「グッドラック」とだけ祈って送り出した。

桃子と士郎がバニングス家に対して最低限のフォローはしたという話だが、さてはて。

「ああああん、私も行きたかったああああ!! スレイヤーさんとちょっとでもいいから話したかった!! そのギアの女の人と語り合いたかったあああ!!」

「お姉ちゃん、みっともないからやめて……」

ノエルと共にすずかを迎えに来た忍が事情を聞いて駄々をこねる。

「鬱陶しいから帰れ」

駄々っ子のような態度を取る忍を、ソルは問答無用でリムジンに文字通り蹴り入れる。それから運転席のノエルに「早く出せ」と命令。

「すずか、一体どんな旅行だったの? お姉ちゃんに洗いざらい話しなさい」

「言われなくても話すから、少し落ち着いて」

二台のリムジンが高町家の前から走り去ると、ソルは疲れたように溜息を吐き、皆を引き連れ母屋に戻ることにした。










その夜。

風呂を終えたソルがエリオとツヴァイの三人で仲良く川の字になって寝始めた頃。

一週間ぶりに帰ってきた何時もの地下室。

「それにしても凄かったねぇ」

アルフが湯飲み片手に呟いた。

「何が?」

「全部だよ、全部」

問い掛けるフェイトにアルフはお茶目にウインクしてみせる。

「あいつの人間関係は勿論、あの世界も、そこで暮らす人達も、歴史も、ギアも、雷親子も、そしてお姉様も……全部ぶっ飛んでたからさ」

「ソルが生きてきた世界だからな」

お茶を啜るシグナムの言葉に皆は大いに納得した。

「それにしても、カイさんとお姉様は想像しとった以上にラブラブだったわ」

はやてが空になった湯飲みをちゃぶ台の上に置く。

「そうですね。見ててとっても羨ましかったです」

「ああ。だが、私達もお姉様に負けていられない」

シャマルの発言を受けてアインが握り拳を作る。それにシャマルは「ええ!!」と力強く応えた。

「私達も、何時かカイさんとお姉様みたいに……」

「うん!! 生まれとか種族とか気にするだけ無駄だっていうのが今回の旅行でよく分かったよ」

「そやなぁ。私はお姉様の話聞いて、常識とか世間体とか体裁とか、そういったもんにこだわりが無ければ度外視すべきもんやって実感したわ」

なのは、フェイト、はやてが口々に自分の考えを述べる。

「お姉様は別れ際にとても良いアドバイスを授けてくださった」

「成功を収めた人が言うと説得力あるわ」

「お姉様は私達の理想の体現者だからな、当然だ」

シグナム、シャマル、アインがうんうん頷きながらお茶をお代わりした。



――『愛に勝るものは、無いんですよ』



彼女達はそう言われた。

今もその言葉を頭の中で反芻しているのだろう。表情に自信が溢れている。

「アタシも他人事じゃないからお姉様の存在は大きな励みになるよ」

横でカラカラ笑うアルフ。

そんな皆の光景を蚊帳の外な気分で見つめながら、ヴィータは茶菓子に手を出して胸中で独り言を漏らす。

(これが俗に言う”外堀からを埋める”っていうことなんだろうな……覚悟しとけよ、ソル。今まで以上に皆マジになってきてんぞ)

煎餅を一枚丸々口に含んで一気に噛み砕き――

(ま、アタシは皆の味方だけどな!!)

シシシシッ、と悪戯っ子な笑みを浮かべるヴィータだった。











































一冊のフォトアルバムを手に取り、収まっている写真を眺める。

そこには先日の帰郷が夢ではない、確かな時間として存在していたことを静止画が証明していた。

鍔迫り合いをしているカイとシグナム。

雷撃を撃ち合うシンとフェイト。

大食い競争をしているシンとエリオ。その隣でニコニコしているツヴァイ。

木陰の君を真ん中に女子のみでの集合写真。寝る前に撮ったのか、全員寝巻き姿である。

教鞭を振るうパラダイムの話を真剣な表情で聞いているユーノ。

墓場街の薄気味悪さに若干涙目になるヴィータ。

イズナ、アルフ、ザフィーラの獣耳三人のスリーショット。

ガニメデ諸島にて、そこに住むギア達に囲まれて困った笑みを浮かべるなのは。

竜種の巣で、巨大な竜の亡骸に怯えているフェイト。

倒れた自由の女神像を見て驚いているはやて。

ツェップの街を物珍しそうに首を巡らせるシャマル。

ジャパニーズコロニーの夜桜を見て感慨に耽っているシグナム。

中華料理屋を前にして入ろうか入るまいか悩んでいるアイン。

流星群を眼にして、口をあんぐりと開けたまま夜空を見上げているアリサとすずか。

剣戟を重ねるソルとカイ。

他にも何十枚という写真を一枚一枚見つめながら、ソルはページを捲る。

やがて最後のページに行き着く。そこには、別れ際に撮った全員での集合写真があった。ソルとカイを中心に、皆が思い思いの場所でポーズを決め写っていた。ちゃっかり端の方にスレイヤーが居る。

<マスター、時間です>

クイーンに促され、ソルは丁寧にフォトアルバムを仕舞う。

「さて、行くか……道はまだまだ長そうだがな」

今日もまた、彼は賞金稼ぎとして次元の海へと飛ぶのであった。







[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期10 シアワセのカタチ
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/03/24 14:58


「俺達、結婚することにしたんだ」

真剣な表情で俺にそう告げた恭也とその隣に座る忍を見て、俺は溜息を吐くとノエルが淹れてくれた紅茶を啜る。

「……俺にそんなこと言ってどうする」

非常に珍しいことに、本当に久しぶりにまともに通学し、途中でふけることなくサボることなく中学生としての一日を終え、帰路に着く途中で月村家に呼び出されたと思ったらこれだ。

正直訳が分からない。

恭也と忍は言われて初めて気が付いたように顔を見合わせると、首を捻り始める。

「言われてみれば、なんでだろう? 結婚のことはソルくんにいの一番に報告しなきゃいけないって気がしてたのよね」

「俺も、なんとなく」

「報告するべき相手が違うだろうが。こういう時はまず親父とお袋だろ? 俺はお前らの”お父さん”か?」

頭痛を堪えるように額に手を当て呆れていると、俺の隣に座っているユーノが紅茶のカップをテーブルに置きながら意外そうな声を出す。

「え? 違うの?」

「……」

それ以前にこいつらは士郎と桃子の存在を忘れてはいないだろうか? いや、あの二人のことだから何かの拍子に俺のことを「お父さん」とか呼んできそうで怖いな。確かに実年齢は数倍以上あるが。

「まあ、ソルお父さんのことは横に置いといて。おめでとう、恭也さん、忍さん。末永くお幸せに」

「ふふ、ありがとう。ユーノくん」

「……う、面と向かって祝福の言葉を言われると恥ずかしいな」

微笑むユーノ、少し照れている忍と恭也。

そんな光景に俺は苦笑し、「ま、頑張んな」とだけ言ってノエルに紅茶のお代わりを命令した。





「って訳で、こいつら結婚するんだとよ……つーか、自分で言えよ。なんで俺が皆に報告してんだよ? 仲人か俺は!? ああン!?」

「落ち着いて、お父さん!!」

「喧しい!! 忍にお父さんと言われる筋合いは無ぇ!!」

「いや、そう言うソルが一番喧しいから」

ユーノの指摘に俺は歯噛みして黙り込む。

結局、場所を移して高町家へ。

此処に来る間にすずかとアリサを拾い、全員集合している所為で人口密度が異常に高い居間でのことだ。

で、皆のリアクションはどうかというと、半分は「やっとか」で残りは純粋に「おめでとう」である。当然と言えば当然の反応か。

「式は何時なんだ?」

一番重要そうなことを問い掛けると、忍は「うん」一つと頷いてこう宣言した。

「あくまで予定なんだけど春。桜が綺麗に咲く頃がいいかなぁって」

「桜って、あとに三ヶ月しかねぇぞ。随分急だな」

「そんな大袈裟な結婚式にする訳じゃ無いもの。呼ぶのは身内と親しい人達だけ」

ああ、それなら納得だ。

満開の桜と花吹雪の中で結婚式を挙げるつもりなのだろうか。随分とロマンチックな話である。

(……結婚、か)

この恭也と忍の結婚話が出たのは、闇の書事件から、俺が皆に俺の全てを打ち明けてから丁度五年が経過し、年が明けてしばらくした冬の日だった。










背徳の炎と魔法少女 空白期10 シアワセのカタチ










「タイ……ラン…レイ、ブ……相手は、死ぬ……ですぅ」

深夜。なんとなく眼が覚めて上体を起こすと聞こえてきたのはツヴァイの頭の悪い寝言。

本当にこいつはもう……将来が不安でしょうがない。色々とツッコミを入れたいがそれをぐっと我慢してベッドから抜け出す。

眼が冴えてしまったので、どうにも寝直す気がしない。

散歩でもしてこようか。

寝巻きの上から赤いどてらを羽織り、半年程前にシグナムと交換した髪留めのリボンを使って髪を結おうとしてやめる。

そこら辺をプラッと歩いてくるだけだし、いいか。別に何かする訳でも無い。

腰まで届く自慢の髪をそのままに、クイーンだけを時計代わりに首から下げ、俺は自室を出た。すやすや寝ているエリオに「真っ直ぐ大きくなれ、真っ直ぐ大きくなれ」と願いを込めて頭を撫でた後に。

階段を降りてとりあえず居間へ。

すると、冷蔵庫を漁っているアルフに遭遇した。

「何してんだお前……」

問われたアルフは一度振り返ると、ニシシッと口元を歪めて笑うと冷蔵庫を漁る作業を再開する。

こいつをしょっぴいて桃子に突き出した方が良いだろうか、そんなことを考え始めていると、お目当てのものが見つかったのかアルフは物色するのをやめてクルリと振り返った。

手にしているのは一つの酒瓶。俺のジンだ。

「はい、アンタの」

「はい、って……確かにこれ俺のだけどよ」

「どうせアンタも眠れないクチだろ? 暇してんならついてきな」

グラスに加えて酒のつまみらしいジャーキーを思わず受け取ると、アルフは日本酒が入っている酒瓶とグラスを二つ手にして居間から出て行ってしまう。

(グラスが、二つ?)

深夜に暇してるのは事実であるので、仕方が無しについていく。

アルフは玄関で靴を履くと外に出る。と、今度は飛行魔法を発動させて身体を浮かせると屋根の上の方へ。

それに倣うと、そこにはアルフ以外にもう一人の人物が屋根の上で座っていた。

「あ、ソルだ」

美由希である。

服装は俺と同様に寝巻きの上に上着を羽織っているという出で立ち。就寝前と言っても差し支えない。まん丸眼鏡はちゃんと装備しているが。

「……何してんだお前ら、こんな時間に? 風邪引くぞ」

「やったね美由希、ソルが居るから寒くないよ。ほら、さっさと法力使って暖房としての役目を果たしな」

「何様だテメェ」

偉そうに、口ではそう文句を言いつつも法力で小さな結界を張って屋根の上の一角を囲い、温度調整する。俺だって寒いのは嫌だ。

俺と美由希でアルフを挟むようにして座り込むと、グラスに酒を注ぐ。

「じゃ、乾杯しようか。恭也さんと忍さんの結婚を祝って、乾杯!!」

「かんぱーい!!」

「乾杯……ったく、こんな時間に何考えてやがる」

時刻は深夜一時。小さな宴が始まった。





やはり酒の肴になるのは恭也と忍の結婚の話である。

普段とは比べ物にならないくらいにお喋りな美由希が、二人の馴れ初めや当時の出来事を話していた。

アルフがウチに居候するようになったのは二人が付き合い始めてから随分経った後なので、彼女は相槌を打ちながら興味深そうに聞いている。

しかし俺は、なんとなく美由希が無理しているように感じた。いや、実際無理しているんだろう。

それに気付いているのかいないのか、アルフは時折笑いながら質問している……もう五年以上の付き合いになるし意外に聡い女だ、気付かない振りをしているだけかもしれない。

俺は美由希の気持ちを知っている。それこそ、俺が高町家に転がり込んでからそれ程時間が経たない内に。

美由希は恭也のことを、一人の女として慕っている。兄妹という間柄でありながら。

兄妹、という表現は語弊があるかもしれない。一つ屋根の下で暮らす家族としての意味ではこれ以上無い程兄妹という言い方がしっくりくるが、実際の血縁関係では少々事情が異なるからだ。

高町家は今でこそ人外魔境の巣窟となっているが、俺が来る前から一般家庭と比べてかなり複雑な家系図の家だった。

まず、士郎には桃子と結婚する前に内縁の妻が居たらしく、その私生児が恭也である。

更に、美由希は士郎の姪だという。何やら事情があって士郎は姪である美由希を養女にしたとか。

つまり、恭也と美由希はイトコ同士。

ついでに言えば、桃子は士郎の後妻で、二人の間に生まれたのがなのはだ。

それ以上のことは詳しく知らん。特に知りたいとも思わない。興味が無い。理由はそれだけだ。

だが、美由希が恭也のことを兄としてではなく、異性として強く意識して捉えていたのは事実。

(失恋か……)

俺には、今の美由希の心情を察することが出来なかった。

理由は簡単。俺は失恋というものをしたことがないからだ。

恋愛経験はアリア一人。しかも、どちらが告白した云々など皆無に等しく、恋愛ドラマのような展開があった訳でも無く、特に邪魔が入ることも無く、傍に居るのが当たり前だとお互いに思うようになっていて、気が付けば愛し合っていたという間柄だ。まともな恋愛経験とはお世辞にも言えない。

経験したことが無いものに対して俺が出来るのは、それの辛さを想像するくらいだが……

(ダメだ、分かんねぇ)

失恋というのは、親しい人物が死ぬことより辛いことなのだろうか? 百年以上孤独に生きることより辛いことなのだろうか? 周囲から化け物扱いされることより辛いことなのだろうか?

俺なりの見解を言わせてもらえれば否である。

当然、理屈は分かる。かと言って気持ちを理解出来る訳では無い。

この件に関しての俺は全くの役立たずだ。本人の気持ちの問題なので、自分で立ち直ってもらうしかない。

それに、こういうもんは時間が解決してくれる筈だ。今は傷心状態であろうと、二人が結婚して数ヶ月も経てば、少しずつ心に変化が訪れてくるに違いない。

頭の中で勝手に結論付けると、俺はグラスに満たされたジンのストレートを一気に飲み干した。

美由希の話にも区切りが付いたのか、会話が止まり静寂が降りてくる。

ベッドタウンとしての要素が強い海鳴市の夜は、都会と比べてまるで田舎のようで、騒がしいのを好まない俺の性格に合っているで気に入っていた。ま、此処数年で喧しい空間に大分慣れたが。

冬という季節のおかげで空気が澄んでおり、星がよく見える。

空になったグラスを手の中で弄びながらそこそこ綺麗な星空を見上げていると、沈黙を破るように美由希が声を漏らした。

「……ソルはさ」

「ああン?」

「なのは達に、私と同じ思いをさせないであげてね」

どういう意味か分からず、俺は星空から美由希に視線を向ける。

アルフの向こうに座る美由希は俯き、垂れた髪の所為で表情が見えない。

私と同じ思い、つまり失恋のことを言うのか?

……だとしたら、それは無理な話だ。

あいつらが俺を慕ってくれているのは分かる。だが、それは本当に恋愛感情だろうか?

たまに、俺はこう考える。

自分を決して否定しない、無条件で受け入れてくれる、認めてくれる存在に好意を抱くのは自然の流れだろう。

けれど――例えが悪いかもしれないが――これは幼児が保育園の先生を好きになるのと一緒ではないか?

なのはとは十年以上、他の者達とは五年以上の付き合いになる。その間に築き上げた絆は確かなものだと胸を張って言えるが、果たしてあいつらが俺に抱いている感情を純粋な恋愛感情と呼ぶのであろうか?

依存、ではないのだろうか。

魔導師に対して”癒し効果”があると言われる俺のレアスキル”魔力供給”。

各々の出自。

事件を経た際の吊り橋効果。

俺の過去。

それらが積み重なって今に至る訳だが、俺にはどうしても依存から来る感情に思えてならない。

別にそれが悪いと言うつもりはないが、本当にそれでいいのか、という考えが過ぎると一定の距離を保ちたくなってしまい、積極的にアプローチしてくるあいつらを踏み止まらせている。

……たまにシチュエーションに流されそうになるが。ま、これは置いといて。

特にこれは、なのはとフェイトとはやてに言えることだが、あいつらは人間だ。だからこそ、普通の人間らしい生活の中で普通の人間らしい幸せを掴んで欲しいと思う。

だからこそ俺みたいな男に何時までも依存し続けるのは良くないことだ。

それに――

「俺はギアだ。人間じゃねぇ……だから、無理だ」

ギアは生体兵器だ。人間とは何もかもが違う。人間と共に手を取り合って同じ時間を歩くことは出来ても、いずれ――

だったら今の内に、そう考えるのは当然の成り行きだろう。

俺にこだわらなければあいつらは普通に戻れる。お互いに最小限の傷で済む。これから先、お互いが不幸になるようなことは無い筈だ。

卑怯かもしれないが、そろそろ心地よい微温湯に浸かっているような関係を無理にでも終わりにしよう。

恭也と忍の結婚は、俺達にとって良い転換期になるかもしれない。

俺達は仲の良い、事情がかなり特殊な家族。それだけ、それだけなんだ。

これ以上は……決して軽い気持ちで踏み込んではいけない領域だから。

しかし――

「ふざけんじゃないよ」

突然、怒りを押し殺したようなアルフの声が静かに鼓膜を叩いた。










「は?」

ソルは何故アルフが怒り出したのか理解出来ずに間抜けな声を零した。

眼を白黒させる彼の襟首をアルフは掴むと、自分の方に力任せに引き寄せる。

視界の端で顔を上げた美由希が、幽鬼のような眼差しでソルのことを睨んでいた。

至近距離でアルフが怒鳴る。

「アンタ、今何て言った!?」

「おい、アルフ?」

「ギア? 人間じゃない? そんなことは皆百も承知なんだよ!!」

静寂に怒声が響き渡る。小規模の結界を張っている為近所迷惑にはならない。故に、家の中から騒ぎを聞きつけて誰かが起き出すこともない。

「アンタのことだ。どうせ自分の身体のことだけじゃなくて、皆のこと、特に人間である三人のことを考えて無理だって言ったつもりなんだろうけどね、それこそ無理なんだよ!!」

図星だったのか、ソルは眼を大きく見開く。

「……それこそ無理って、何がだ?」

搾り出すような声でソルは問う。

そんな彼に対して、アルフはせせら笑うように意地の悪い笑みを浮かべ、酷薄に口元を歪めた。

「簡単さ。それぞれ形は違うけど、勿論私やユーノ達も含めて、あの子達はアンタに関わっちまった。もう、アタシ達全員がアンタの考える”普通”には戻れない」

宣告された内容を理解したくないのか、見たくない現実から眼を逸らすようにソルはアルフから視線を逸らす。

「分かってるんだろ? 皆が皆、度合いは違うけどアンタに依存してる。あの子達だけじゃない、アタシも、ユーノも、ザフィーラも、ヴィータも、ツヴァイもエリオも、一人残らず」

「……」

「そんなつもりが無かったのは分かってる。アンタは常に自分が良かれと思ったことを実行しただけ。だけどね、その結果、後戻り出来ない段階にまで来てるんだよ」

唇を噛み締め、アルフの言葉に耐える。

「それにね、アンタがギアだろうと人間じゃなかろうと今更関係無い」

「関係無いってことは無いだろ」

反論した口調は弱々しかった。

「関係無いさ、少なくともあの子達には……もしアンタがギアであるって事実が壁になってるんだったら、その壁を取り払えばいいだけの話しだし」

「壁を、取り払う? どうやって? …………まさか!?」

しばらく黙考してから疑問に口にして気付いたのか、ソルは信じられないといった表情になり、アルフを射殺さんばかりの眼つきで睨む。

「ご明察。アインみたいになれば、アンタと同じギアになれば、とりあえず身体の問題は解決するからね」

「……ふざけんな……ふざけんな!! そこまで、そこまでしなくちゃいけない程――」

「誰もふざけてなんかいない!!!」

怒声は怒声でかき消された。

「他の子達が心の奥底でアインにどれだけ嫉妬してるか、アンタ知らないのかい?

 責任感が人一倍強いアンタは自分の所為でギア化せざるを得なかったアインを決して見捨てない。同じギアだからこれから先の未来をずっとアンタと一緒に居ることが出来る。

 それが他の子達にとってどれだけ羨ましいことなのか考えたことも無い癖に、偉そうに言うなっ!!

 シグナムとシャマルの二人はまだ良い方だよ。仕事ではアンタに頼りにされてるし、魔導プログラム体だからかどうか知らないけど三人みたいにアンタから”普通”を強要されてる訳じゃ無い。

 けどね、フェイト達三人はそうじゃない。まだ子どもだから、危険だからって頭ごなしに押さえつけられて、管理局から来る仕事を何一つ手伝わせてもらえなくて……

 三人が普段から笑顔の裏でどんなに歯痒い思いをしてるか知らないだろ!! だからこそアンタと同じになりたいって思うことの何処がおかしいっ!?」

ソルの表情が凍りつく。流石にそこまでとは思っていなかったようだ。

「そんな人生を棒に振るような真似、許せる訳が――」

「人生を棒に振る? ハッ、確かにそうだね。でもそれは”普通の人間としての人生”だろ?

 あの子達は”普通”なんて望んでない。あの子達にとってはアンタが全てさ。アンタと共に生きて、アンタと共に死ぬ、それ以外の生き方に興味なんて無いんだよ。

 その為の覚悟、人間辞める覚悟をしてる……何時までも腹を括れてないのはアンタだけだ」

アルフはソルの襟首をやや乱暴に突き放すようにして解放する。

「……嘘、だろ……」

半ば放心するように、力の無い虚ろな眼差しで虚空を見上げるソルの姿は痛々しかった。

彼の手から滑り落ちたグラスが瓦の上を転がり、やがて屋根から落ちて視界から消えて、一拍遅れてガラスが砕ける音が夜空に響く。

「この際だから言っておくよ、ソル。アンタに選択肢は無い。この件に関しては誰もアンタの味方にはならない」

先程の激昂した口調とは打って変わって冷めた風にアルフは宣告する。

「このまま何も起きずにズルズル行けば、待っているのは思い詰めたあの子達のギア化」

リソースとなる血と細胞、それらの移植技術はソル以外にもアインが持っているのだから、あり得ないことは無い。

「その時ギア化したあの子達に対してソルはどうする? 自分ことを責めながらも皆の責任を取ろうとして面倒見るだろ?

 何せアンタはギア計画がもたらした結果が自分一人の責任でもないのに、自分の責任だと感じて百五十年以上も戦い続けた男だからね」

ソルは応えない。

「アンタのその責任感の強さは、皆にとって絶好の付け入る隙さ」

「……そこまでするか?」

ようやく出た言葉は震えていた。

「女って生き物は男が思ってる以上に、いや、アンタの想像以上に腹黒い生き物なんだよ。それは皆も例外じゃない」

心臓の位置にピッと立てた人差し指を突き立てられる。

「アンタが悪い訳じゃ無い。でも、アンタは無意識の内に背負っちまってるんだよ」

皆の命と、想いを。

「あの子達だって自分達の存在がアンタの重荷になることは自覚してるし、そのことに対して罪悪感を感じて苦しんでるよ。

 それでも、それでもだよ? やっぱりアンタと一緒に居たいんだよ。厚かましいってのはこれ以上無いくらいに分かってるけど、狂おしい程にアンタのことを求めてる」

それに、とアルフは続けた。



「アンタが気にしてるは身体のことだけじゃない筈だ」



ドクンッ、と心臓が跳ねたのをソルは自覚する。



「もっとこう、身体云々とかそれ以前の話……うん、もしかしたらこっちが一番の理由かもしれない」



ギリッ、と奥歯をあらん限りの力で食いしばる。



――やめろ、やめろ、やめてくれ。



心が荒れ狂う。自分自身に対する怒りなのか絶望なのか判別出来ない感情が湧き上がり、胸を締め付けた。

しかし、ソルの胸中を嘲笑うかのようにアルフは無慈悲にそれを言葉にする。



「アンタ、昔の恋人を幸せに出来なかったことがトラウマになってるだろ? だから自分には皆を幸せに出来っこないって決め付けて無理だって言ったんだろ? ギアってことを言い訳に――」



次の瞬間、ソルは弾かれたように立ち上がってアルフに掴みかかり、彼女の首を締め上げ高く掲げた。

「ぐっ!!」

「ソル!?」

苦悶の声を上げて宙吊りになるアルフと、ソルの凶行に眼を見開き止めようと慌てる美由希。

だが、ソルは全身から殺気を漲らせながら手を放さない。

そして、血を吐くような辛そうな声で叫ぶ。

「テメェに、テメェに俺の何が分かる!? 何もかも分かった風な口調で偉そうに上から目線で説教しやがって、大人しく聞いてりゃ調子に乗りやがって!!!

 ああ、そうだよ!! 俺はたった一人の女すら、この世で誰よりも愛して、世界で一番幸せにしてやりたかった女を幸せに出来なかった男だ!!

 テメェの言う通りギアってことを言い訳にしてる!! これで満足か!? ああン!?」

ソルは自身に対する憎悪と嫌悪で表情を歪めているが、アルフと美由希の二人には涙を流さずに泣いているように見えた。

「俺には無理なんだよ!! 俺みたいな男じゃダメなんだよ!! 俺にはあいつらを幸せにしてやれそうにもないんだよ!! だから、だから……」

言葉が尻すぼみになると同時にゆっくりと項垂れて、その動きに合わせるようにして力が緩み、アルフを解放する。

まるで此処には居ない誰かに許しを乞うかのように、そのまま四つん這いになって脱力してしまう。

「……その、アタシも言い過ぎたよ。悪かったね」

今まで一度も見たことの無いソルの打ちひしがれた姿を目の当たりにしてアルフが真摯に謝罪したが、彼は聞こえていないのか顔も上げない。

そんな弱々しい姿にやれやれと溜息を吐くと、アルフは膝をついてソルの顔を無理やり上げさせて視線を合わせる。

力無い真紅の瞳に向かって優しく言葉を紡いだ。

「でもね、よく聞きなソル。アンタが自分のことをいくら否定しても、アタシ達はアンタのことを肯定するよ。

 だって、アンタが自分でフェイトに教えてくれたじゃないか。誰もお前に”こうであれ”なんて強制しないって。PT事件が終わった後、フェイトが嬉しそうに言ってたよ。

 だから、初めっから無理だなんて決め付けないでおくれ。アンタなら出来るからさ。自信持ちな。

 別に身体のことなんて気にする必要無いじゃないか。皆アンタのことが大好きで、アンタも皆のことが大切で、それでいいじゃないか。

 確かにアンタが望む”普通”とはかけ離れるかもしれないけど、皆が幸せで居られるならそれはそれでいいとアタシは思うし。

 アタシがさっき脅すようなことを言った理由はね、アンタがギアってことを言い訳にして自分の気持ちに嘘吐いたような気がしたからなんだ。そのことについては謝る、本当にごめん。

 ……けどさ、あの子達の気持ちから逃げて、自分の気持ちから逃げて、アンタは本当に幸せかい?」

最後に問われて、ソルは呆けたような顔になる。

「もっとよく考えな。アタシはあの子達の味方だけど、フェイトの次にアンタには幸せになって欲しいし、アンタだけが皆を幸せに出来るんだからさ」

ソルにはソルにしか出来ない、ソルなりのやり方でね、と。

「逃げちゃダメだよ、ソル……アタシの言いたいことは以上で終了。もう寝よ、美由希」

「え? あ、う、うん」

アルフは酒瓶やグラスを片付けると戸惑う美由希を伴って屋根から飛び降り、母屋の中へと入っていってしまう。

「……」

一人取り残されたソルを、星空が見守っていた。











































あれからどれくらい時間が経過したのだろうか。視界はまだ暗いが、星が見えなくなってきた。ふと疑問に思ってクイーンで確認してみる。

午前四時二十五分。そろそろ皆が早朝訓練の為に起き出す時間だ。

「はぁ」

重い、重い溜息が漏れる。

此処まで頭を悩ませるということは、自分は相当あいつらに”参っている”らしい。最早自嘲の笑みすら浮かべることも出来ない。

「なんだよ……依存してるのは俺もじゃねぇか」

人のことを言えない。

考えてみれば、皆だってソルの存在を決して否定せず、無条件で受け入れて、認めてくれたのだ。まさにお互い様だったのである。

傍に居るのが当たり前で、ソルも皆もそんな関係に甘えていて。

ずっと、今までのような関係が続くと、このままでいいと心の何処かで思っていた。

けれど――

「……逃げるな、か」

ポツリと零れた独り言。

誰かに向けられた訳でも無いその言葉は、思いもよらない場所から反応が返ってきた。

<マスターは先程から何をお悩みなのですか?>

胸元から響いたのは無機質な疑問の声。赤銅色の歯車はその表面を一瞬だけ赤く輝かせる。

<では、質問を変えましょう。マスターの幸せとは何ですか?>

続いて投げ掛けられた声にソルはどう答えようか迷う。

「ちょっと待て、今考え中――」

<マスターの幸せと皆の幸せは違うのですか?>

ぐずぐずしている内に次の質問が飛んできてしまった。

だが、今の質問にソルは気付かされる。

「……違う?」

この世に同じ人間が存在しないように、個人個人が持つ考えや望むものが違うのは当たり前だ。それこそ千差万別に。

<マスターは何をお望みですか? 皆は何を望んでいるのですか? マスターは皆をどう思っていますか? 皆はマスターをどう思っていますか?>

間を置かずに次々とぶつけられる質問にソルは答えることが出来ない。

「俺は……」

何も返すことが出来ず、ソルは頭を抱えた。

やがて、ありったけの質問を投げ掛けたクイーンが相変わらず無機質な口調で、これまでとは違う言葉を紡いだ。

<マスター、私はマスターをありとあらゆる面からサポートする為に、マスターの手によって生み出された存在です。私はマスターに従います。何なりとご命令を>

「命令って……」

何をどうすればいいのか分からない状況で命令なんて下せる訳が無い。

しかし、クイーンは赤い輝きを放つとソルの心情など気にした風も無く続ける。

<全てはマスターが望むままに>

「望み? 俺の、望みは――」





――『私と彼の分まで必ず幸せになって』





――『最後に、フレデリックを大切に想ってくれてる人達を幸せにしてあげて』





唐突に、脳裏に蘇った声。

「!?」

思わず立ち上がり、周囲を見渡してしまう。

そんな訳、無いのに。

<マスター?>

主の不審な行動に訝しむクイーン。

しばらくの間呆けていたソルは、二度三度首を横に振るとそのまま真上を向いた。

星はもう見えない。冷たい夜空が広がるだけ。

だが、ソルには確かに”見えていた”。

自分が何をすべきなのか、という答えが。

「……そうだ。俺の望みは――」











































一枚のメモ用紙が玄関に貼り付けてあったのを発見したのは士郎だった。

メモ用紙に書かれた内容を理解すると、士郎は慌てながら後ろからぞろぞろと続くなのは達にそれを見せる。

それを見て皆が眼を大きく見開き表情を引き締める中、アルフと美由希だけが内心で、やっぱりそう来たか、と特に驚きもせず普通にしていた。

その内容とは――



『連絡事項。

 今日の早朝訓練は無し。代わりに、なのは、フェイト、はやて、三人の試験を行う。

 試験内容は三対一の模擬戦。

 場所。いつもの魔法訓練に使っている森の大広場。

 勝利条件。ソル=バッドガイの撃破。

 敗北条件。なのは、フェイト、はやて、三人の撃破。

 ハンデとしてドラゴンインストールの使用は無し。非殺傷設定。

 それ以外のルールや制限は特に無し。

 以上。



 P.S

 己の望むものを手にしたければ力と覚悟を示せ。俺を殺すつもりで来い。待っている。ソル』











































後書き


アンケート結果が好評だったおかげで始まった番外編(しかもなんか非常に長くなってしまって申し訳無い)がようやく終わり、やっと本編突入したかと思えばSTSへの道はまだ遠い。

ただ、パッパと展開を進ませるのを私は良しとしませんのであしからず。

こういう作品を書きたいから書く、というのが全ての始まりなので、それを曲げてまで書きたいとは思いません。ご了承お願いします。

つまり、何が言いたいと言う――



「ゆっくりしていってね」



感想返ししたいんですけど、仕事が……社会人って大変ですね。大学生に戻りたい、いや高校生、いや中学生に(以下略)

まあ、感想返しをするよりも続きを書いた方が皆さん喜ぶかなと思って……醜い言い訳してすいません。

ではまた次回……



[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期11 背負うこと、支えること、それぞれの想いとその重さ
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/03/31 18:36


いつも魔法訓練に使っている森。その中央に、ぽっかりと木々が一本も生えていない広場のようなものが存在する。

そこに、左手に封炎剣を持ったまま腕を組み、眼を瞑り、静かに佇むソルが居た。

聖騎士団の制服を模したバリアジャケットを纏い、首から歯車の形をしたデバイス”クイーン”を下げ、額に赤いヘッドギアを装着している。完全武装だ。

「来たか」

厳かに紡がれた言葉と同時に彼の足元から火柱が立ち昇り、束ねられた後ろ髪を一瞬跳ね上げる。

「レイジングハート」

「バルディッシュ」

「行くで、ツヴァイ」

「はいです、はやてちゃん」

周囲の温度が上昇するのを肌で感じながら、なのはとフェイトとはやての三人はバリアジャケットを展開。ツヴァイがはやてに応じてユニゾンの準備に入った。

「「セットアップ」」

「「ユニゾン・イン」」

桜色、金色、そして銀色の魔力光が周囲を包み、その光が収束して止むと戦闘態勢が整う。それぞれのデバイスを握り締め、相対する最大最強の”敵”を油断無く睨む。

一時間掛けてデバイスのチェックとアップを入念に行ったおかげで、相棒に問題は無く、自身の身体は十分に温まっている。

コンディションとテンションはかつて無い程に最高潮。

間違い無く万全と言える状態だ。

『ユーノ、結界を張れ』

『了解』

ソルの念話にユーノが応じると世界が色を変える。現実世界から一時的に切り離される封時結界が展開し、一つの決闘場が出来上がった。

「……」

無言のままゆっくりと腕を解き、封炎剣の切っ先を地面に垂らすように構えるソル。

レイジングハートの穂先をやや斜めに向けるなのは。

バルディッシュをハーケンフォームに切り替え、肩で担ぐようにしているフェイト。

シュベルトクロイツを右手に、夜天の魔導書を左手に持ったはやて。

最早開始の掛け声など要らない。

黙したまま動かない四人。ただひたすら相手の一挙手一投足を見逃すまいと全神経を集中させる。

空はまだ暗い。日の出までもうしばらく時間が掛かるだろう闇の中、不意にソルが閉じていた口を開き、深い息を吐く。



HEVEN or HELL



「来ないのか? なら、俺から行くぜ」

彼は一歩大きく踏み込み、手にした封炎剣を大地に突き立て、爆炎を発生させる。

「ガンフレイムッ!!」



DUEL



闇に包まれた世界に、一条の太陽の光が差す。

それが開始の合図だった。



Let`s Rock










背徳の炎と魔法少女 空白期11 背負うこと、支えること、それぞれの想いとその重さ










自分達に向かって地面を焦がしながら迫る獄炎に、なのはは右へ、フェイトは上空へ、はやては左へ大きく避けて難を逃れる。

三方向へ回避した敵を見据えながら、ソルは一切の迷いも無く、はやてに向かって一直線に駆け出した。

理由は単純明快。空戦よりも陸戦が得意なソルは上空へ逃げたフェイトを選択肢からまず最初に除外。三人の中で接近戦が最も苦手であり、はやての広域殲滅適性の厄介さ、ツヴァイの氷結能力がソルの炎を相殺してしまうこと、これらを総じてはやてを出来るだけ早く沈めた方が良いと睨んだ結果だ。

しかし、はやては自分が一番最初に狙われると自覚していたのか、特に驚きもせずに立ち止まると迎撃態勢に入る。ソルに杖を向け足元に三角形が特徴のベルカ式魔法陣を発生させ、銀の魔弾を雨霰と降り注いだ。

弾幕に怯むことなく、速度を下げるどころか、むしろより強く踏み込み速度を上げて、降り注ぐ銀の雨を掻い潜り一気に肉迫した。

視界の外からはやてのフォローをしようとフェイトが上空から、なのはがサイドから接近してくるのを感じながらも、ソルはミサイルの如き勢いで自分の間合いする。

「邪魔だ」

防御魔法を咄嗟に展開するはやてに向かって蹴り、流れる動作で次に炎を纏わせた封炎剣を右に左にと二度薙ぎ払い、更に渾身の右ボディーブローを放ち、返す刀で封炎剣を下段から振り上げた。

ガラスが砕けるような音と共に防御魔法が決壊。その隙を見逃すソルではない。

「させないっ!!」

斜め上の背後からフェイトが鎌を振り下ろしてくるのを無視し、ソルは前方へ跳躍した。



「バンディット、リヴォルバーッ!!」



「ッ!」

左飛び膝蹴りから右の回し踵落としという二段攻撃。腹に、そして顔面にそれをまともに食らって地面に転がるはやて。

「まず一人!!」

倒した相手から背後へ振り返り、先の攻撃を空振りし再度鎌を振りかぶるフェイトに向き合い、封炎剣を地面に深く突き刺して屈み込む。



「ヴォルカニック――」



「はああああああっ!!!」



「ヴァイパーァァァァッ!!」



二人の裂帛の声と同時にソルが跳躍、紅蓮に燃え盛る剣と金に輝く雷の鎌が交差。

拮抗したのは一瞬だけ。押し負けたのは金の鎌。「キャ!?」と小さな悲鳴を上げて後方に弾き飛ばされるフェイト。

(浅かったか?)

今のヴォルカニックヴァイパーで碌にダメージを与えられなかったことに胸中で舌打ちしながら、空中から眼下で体勢を崩したフェイトを冷たく見下ろし、彼女に向かって追い討ちを掛ける。

「砕け――」



「ディバインバスタァァァァァ!!」



その時、させるかと言わんばかりに地面から桜色の奔流が発射されソルを吹き飛ばす。

「……クソが」

悪態を吐き、ダメージによる痛みを無理やり無視すると一旦態勢を整える為に大地に降り立つ。

だが、それは失敗だった。

地に足を着けた途端、冷気が腰から下を覆い尽くし瞬く間に凍りつく。それはまるでソルを大地に縛り付ける鎖。

ツヴァイの氷結能力。ということは、はやては健在だ。

首を巡らしはやてを探すとソルの右手の方。背中に黒い翼スレイプニールを羽ばたかせ、口の中を切ったのか唇から血を垂らしながら、杖の先端を突撃槍のように構えて突っ込んでくるはやての姿が。

体勢の悪さを考慮し封炎剣を左手から右手に持ち替えて、突き出されたシュベルトクロイツを縦に構えた剣の腹で受ける。

激しい金属音が鼓膜を叩く中、はやてはソルの顔面に向かって――

「ぺっ」

「っ!?」

あろうことか、血を吐き捨て、目潰しをしてきたのである。

流石のソルもこれには驚いて眼を瞠り、慌てて首を捻って交わす。人類を越える動体視力と反射神経を持つソルだからこそ、この至近距離での目潰しを避けれたと言えた。

だが、それで終わりと考えるのは早計だ。



「クラウ・ソラス」



シュベルトクロイツの先端が瞬き、ゼロ距離で砲撃魔法が放たれた。

ソルの視界が銀色に染めるのとほぼ同じタイミングで爆発が発生。いくらなんでもゼロ距離射撃の砲撃魔法を封炎剣だけで防ぐのは不可能であり、フォルトレスを含めた防御系も間に合わない。

砲撃魔法をまともに受け、爆風で後方へ十数メートル地面を転がる。同じようにして視界も転がり続けるが、封炎剣を大地に突き刺してブレーキを掛け、強引に勢いを殺す。

すぐさま立ち上がったそこへ、桜色の誘導弾が迫っていた。その数、優に二十を超えている。

考える間も無く走り出し、一目散に逃げる。

追い掛けてくる数の暴力。

逃げながら誘導弾を操っているなのはを見つける。隣にはフェイトも居る。

ソルは進路をそちらに変更し、全速力で駆けた。

近付かれまいと、二人は射撃魔法を大量に連射してくる。おまけに九時方向からはやての射撃まで加わった。鬱陶しいことこの上無い。

「うぜぇ」

前方から、背後から、横から迫る魔弾の嵐に晒されながらも足を止めず、しかし弾幕が濃過ぎて近付けない。

だが――

「上等だ!!」

叫び、封炎剣に魔力を注ぎ込む。纏った炎が刀身を包み、更にそのリーチ延長させ、長大な炎の剣となる。

普通では考えられない、馬鹿みたいに長くなった炎の剣を振り回すソル。たった一振りで何十という魔弾が打ち落とされていく。

「!? もう、相変わらずお兄ちゃんは強引なんだから。フェイトちゃん!!」

「分かってる。行くよ、バルディッシュ!!」

なのはに応じたフェイトがバルディッシュをハーケンからザンバーに切り替え、自慢のスピードを駆使して突撃してくる。

あっと言う間に距離を潰し、フェイトは両手で握り締めた金の大剣に速度と体重を乗せ全力で振り下ろす。それにソルは応じるように振り上げた。

交差する紅蓮の炎と金の雷。鍔迫り合いの形となるが、パワーではソルが圧倒的に有利だ。そんなことは百も承知である筈なのに、何故?

何時ものフェイトであればソルに真正面から力勝負を挑むという無謀な選択をしない。叩き潰されるだけだ。本来なら速度を主体としたヒット&アウェイがフェイトの戦い方だ。

(何を狙っている?)

疑問を抱いた時、ソルの全身を桜色のバインドが拘束し、フェイトがそれを確認すると一気に後ろに退がった。

「ちっ!!」

恐らくフェイトの役目は一瞬でもいいからソルの足を止めることだったのだろう。その隙になのはがバインドで縛る。

ということは、次にはやてが――



「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ、来よ、氷結の息吹」



聞こえてきた呪文詠唱。案の定、杖を高く掲げたはやてが自身の周囲に魔法陣を発生させ、今まさに発射しようとしていた。



「アーテム・デス・アイセス!!」



魂が込められたかのようなトリガーヴォイス。

「くっ!」

発動した魔法はバインドの拘束から抜けることの出来なかったソルに見事に直撃。その周囲の熱を瞬きする間も無く奪い去り、ソルの炎によって紅蓮に染まっていた世界を白く塗り潰し、凍結させた。

こんなものをまともに食らっては、どんなに高ランクの魔導師であろうと一撃でノックアウトだろう。

しかし、彼女達が戦っているのは非常識の塊である。

「調子に乗りやがって!!」

怒りの雄叫びと共に火山が噴火したかのような火柱が生まれ、氷が砕け散り、つい数秒前まで氷付けになっていたソルが全身から炎を吹き出しながら飛び出してきた。



「消し炭になれ、サーベイジファング!!!」



大地に突き立てた封炎剣から、そしてソルの周囲から噴き出したのは、全てを呑み込む炎の大津波。

結界内の既存の木々を食らい尽くしながら大きく口開く火竜の顎。

三人は自身に迫る紅蓮の波を見据え、決して退かず、デバイスを向け、声を揃えてトリガーヴォイスを唱えた。



「「「フルドライブ!!!」」」

<<ドライブ、イグニッション>>

『全力全開ですぅっ!!』



それは封印を解除する言葉。

普段は絶対に使わない、本当の本気を出す時だけに許された奥の手。

模擬戦で使うのは初めてだ。

だが、相手は自分達が知る”魔法使い”の中で最強を誇るソル。その彼が放ったのは火属性の広域殲滅型法力。出し惜しみなどしていられない。



「エクセリオン、バスタァァァァァ!!」

「トライデント、スマッシャァァァ!!」



なのはとフェイトが二人並んで砲撃魔法を放つ。桜と金の魔力の奔流が炎の大津波を押し返そうと足掻く。

しかし、それでもまだ足らない、止まらない。じわじわと炎の大津波が押し寄せてくる。苦渋の表情になる二人の顔に脂汗が流れた。



「遠き地にて、闇に沈め……デアボリック・エミッション!!」



二人の背後に控えていたはやてがやっと呪文詠唱が終える。暗黒の月と称した方が良さそうな巨大な球体が上空に出現し、桜と金に拮抗している紅蓮の炎を斜め上から叩き潰す。

「何っ!?」

ぶつかり合う魔力の向こうでソルの驚愕する声。それを聞き取った刹那、紅蓮の炎は三人の魔法に敗北を喫した。

ソルが居るであろう空間が、膨大な魔力光を伴って大爆発を引き起こす。爆風が生まれ、閃光と衝撃波が渦を巻き、空気が振動し、大地震が起きたかのように地面が強く揺れる。

「やった?」

黒煙が立ち昇る視界の向こうを睨みながら、なのはが表情を引き締めたまま言う。

「分からない。ダメージは通ったと思うけど……」

自信無さげに返すとフェイトは大剣を構え直し、戦闘態勢を崩さない。

「相手はソルくんや。いくらギアの力無しいうても、この程度で終わる訳あらへん」

口元の血を拭いながらはやてが結論付けた。

やがて黒煙が晴れると、そこにははやての言葉通り、冗談みたいに大きなクレーターの中、焦土と化した大地を踏み締め、悠然と歩いて来るソルの姿があるではないか。

それでもダメージはしっかり通っていたのか、バリアジャケットはボロボロ。無事とは言い難い筈なのに、彼の真紅の眼は全く力を失っておらず、むしろ爛々と光を放ち、口元を歪めて何時ものニヒルな笑みを浮かべるその姿は壮絶である。

もう終わりか? と。真紅の瞳はそう言っているのだ。

「……此処からが本番、だね。フェイトちゃん、はやてちゃん」

「うん!」

「一瞬でも気を緩めたらそこで終わりや、良いのが一発二発入っても油断したらアカンで」

対して三人は更に警戒心を高めると、デバイスを振り上げ魔法を放った。

「来やがれ!!」

迎え撃つのは咆哮する紅蓮の火竜。

戦闘は、まだ始まったばかりである。










「やっぱいくらソルでもフルドライブ状態の三人相手に、ドラゴンインストール無しじゃ分がワリーか」

遠方で繰り広げられている激しい戦闘。サーチャーから送られてくる精密な映像と、視界のずっと向こうでぶつかり合っている四つの魔力光を肉眼で見ながら、ヴィータは納得したように感想を述べる。

ヴィータの言う通り、三人がフルドライブを発動させた辺りから徐々にソルが押され始めていた。

「決して一対一の状況を作らせず、速度で優るフェイトが隙を作り、なのはが牽制と全体のフォローを行い、主が大打撃を与えるか。接近戦を主体とするソルを倒すには実に理に適った戦法だ」

背にエリオを乗せた狼形態のザフィーラが感心したように唸る。

「うわ、なのはとはやての二人掛かりでバインドとか鬼だな。ソルは一瞬でもバインドで動き止められたらそれ解く前に次が来るから厳しくない?」

ユーノが言ってる間に、バインドを力ずくで引き千切ろうとするソルに雷が落ちた。

それでもソルは全く怯まず三人相手に剣を振るう。

ついになのはを捕らえた、と思ったら、なのはは手に砂か泥でも握っていたのかそれをソルの顔面に思いっきりぶち撒け、続け様に彼の鼻に頭突きを入れ、仰け反ったところへ砲撃魔法のゼロ距離射撃を食らわし大きく吹っ飛ばす。

「……ていうか、さっきから所々なのはさん達の戦い方にえげつない部分が……いや、確かに勝てばいいんですけど、戦いにおいて卑怯って単語がどれだけ意味を成さないか分かってるんですけど……」

ザフィーラの背中の上でエリオが腕を組んで何やら悩んでいる。

「……」

そして、戦い続ける四人を黙ったまま真剣な表情でじっと見つめるアルフ。

普段のアルフであれば、ユーノ達のように此処で何か発言する筈であるのに、今日に限って黙っている。そのことにアインとシグナムとシャマルは不信感を抱く。

考えてみれば、そもそも急過ぎるのだ。

今回の試験。本来であれば中学校を卒業する前後に行われる予定だった筈だ。予定より一年以上早い。

次に、メモ用紙を見た時のアルフと美由希の態度。何故、少しも驚かない? 「やっぱりね」と溜息を吐いた?

ソルがあのような不自然極まりない形で試験を行うことになった動機を、アルフは知っているのではないか?

あの男は一見大雑把に見えて意外に神経質で慎重派な思考の持ち主だ。他者から見て大胆不敵な行動も、実は絶対の自信に裏打ちされたものである。

更に、敵や害成す者に対して容赦無い反面、身内に異常に甘く非常に過保護な側面を持つ。

はっきり言って、ソルはなのは達が戦うことを快く思っていない。

何故なら、危険だからだ。

怪我をするかもしれない、最悪死ぬかもしれない仕事なのだ。そんな職業に三人が就くことを、ソルが望む訳が無い。

そんな彼が今の時期になのは達三人に試験を受けさせるかと問われれば、アイン達三人は否と答えるだろう。五年以上の付き合いになるのだ。ソルの性格と思考をある程度読む自信がある。

「アルフ……何を知っている? いや、何を隠していると聞いた方がいいか?」

言い逃れは絶対に許さない。アインが三人を代表して問い詰めると、アルフは観念したかのように溜息を吐き「隠すつもりは無かったんだけどね」と前置きしポツポツと昨晩のことを語り始めた。





話自体はすぐに説明し終え、微妙な沈黙の中、ユーノが顔を真っ青にして口を開く。

「よく生きてたね……僕だったら灰も残らず蒸発させられると思うよ」

「右に同じ」

「アタシも」

「……」

ザフィーラとヴィータがユーノに同意を示し、エリオはソルが本気で怒った姿を想像したのか顔を蒼白にさせてガタガタ震えていた。

「アルフ、お前……」

キッ、とアインがアルフを鋭い眼つきで睨む。唇を強く噛み締め怒りを無理やり抑え付けつつ、責めるように。記憶転写によってある意味誰よりもソルを理解しているアインだからこそ、アルフの言動が許せないのだ。

「いくらなんでも言い過ぎよ。ソルくんが、可哀想……」

シャマルは独り言のように泣きそうな声を漏らし、遠くで戦っているソルを切なげな視線で見つめる。

気まずい沈黙が降り、誰もが口を閉ざし視界の先の赤い魔力光を追う中、今まで黙っていたシグナムが沈黙を破った。

「私は、アインに全く嫉妬していないと言えば嘘になる。同時に仕事でソルに頼られていることが、主はやて達に対して優越感となっていたのも事実だ」

「シグナム!?」

驚きながらも咎めるような口調で眼を剥くシャマルを無視し、シグナムは続ける。

「なるほど。確かにギア化すればソルは私達を見捨てないだろう。あいつは責任感が異常なまでに強い、いや、必要以上に背負い込もうとする、そういう男だ。

 おまけに、ギアになれば戦闘能力や魔力量の上昇は勿論、法力も完璧に修得することが出来る。何よりソルと同じ存在になるのだ。ギア化することによって得られるメリットはこれ以上無い程魅力的だな」

腕を組み、四人の戦闘から眼を離さなず、シグナムは怒るでもなく非難するでもなく静かに告げた。

「だが、見くびってもらっては困る。私は、ソルの背中を守ると誓った私は、あいつが望まないことを決して望まない」

あくまでこれは私の意見だが、と。

「私はソルに背負って欲しいのではない、共に背負いたいのだ。あいつと喜びや悲しみを分かち合いたい。傍に居て、ずっと一緒に笑い合いたい。ただそれだけだ。

 だから、ソルが望まない限り、私はギアになることを望まない。もし勝手にギアになってしまえば、あいつにとって重荷になるのは分かり切っている。それだけは絶対に避けたい。

 アルフの言う通り私達はソルに依存している。その自覚も十二分にある。傍に居るだけで自分が女であることを、ソルが男であることを嫌という程実感させられる。あいつのことが欲しくて堪らない。

 しかし、この感情はギア化とは別問題だ。今のままでいいのなら、私にギア化を望まないのであれば、私は今の私のままソルの傍に居ようと思う」

言外に昨晩のアルフに余計なお世話だ、と言っているような内容を語り終え、シグナムはじっとソルの戦う姿を見つつ眼を細めた。

そんなシグナムの様子にシャマルは何時もの微笑を浮かべる。

「うん、私もシグナムとだいたい同じ。彼に私を背負って欲しいんじゃなくて、私が彼を支えてあげたいの。彼の心を優しく包んであげたい、本当にそれだけよ。無理にギアになる必要なんて、無いわ」

二人の言葉を受け、アルフは「理屈は分かるんだけどね」と頭をかきながら苦虫を噛み潰したような顔になった。

「でもさ――」

「アルフ、これ以上の問答は終わりだ」

黙れ、と。アインがアルフの言葉を遮るが、彼女は無視して言葉を繋いだ。

「もし、もしもの話だよ? 私達の中の誰かが死ぬ寸前の大怪我をして、何してもダメで、ギア化しないと助からないってなった時、ソルはどうすると思う?」

「え? それって僕達も?」

ユーノの疑問にアルフが頷くと、全員の顔色が驚愕に染まる。

「そりゃ勿論、その時になってみないとソルがどんな判断を下すか分からないよ? このまま死なせてやった方が良いと思うかもしれないし、ギアになってでも生きてて欲しいって思うかもしれない。

 別にどっちが悪くてどっちが良いとか言うつもりは無いし、アタシにはそもそも良いか悪いかを決める権利すら無い。アイツの決断に文句言う権利も無い。

 でも、これから先、ソルがそういう決断を迫られる可能性が絶対に無いとは言い切れない。だから私は、ソルに最低限でいいから今の内に”そういうこと”があり得ない訳じゃ無いから腹を括っていて欲しい」

「そんなことは――」

「アインが一番ソルの気持ちを分かってるんだから黙ってな。

 皆最近忘れがちだけど、アイツは一度全てを失ったんだよ?  恋人も、親友も、生き甲斐も、プライドも、地位も名誉も、社会人としての立場も、人間としての”生”も、大切なものを全て、何もかも。

 その所為でアイツが失うことをどれだけ恐れてるか、口にしなくても分かってるんじゃないのかい?

 自惚れとかそういうんじゃなくて、私達全員はソルの大切なものの中に入ってる。そんな私達に万が一のことが遭った時、せめて――」



――せめて、どちらを選ぶにせよ、決断し易いように、後悔しないようにしておいてあげるのは、いけないことなのかい?



今度こそ全員が閉口し、重苦しい沈黙が圧し掛かった。

アルフは恐らく最悪の未来を想定して言ったつもりで、だからこそ、そんなことはあり得ないと軽々しく発言出来ない。

事故というものは必ず発生する。戦闘能力を売り物にして、犯罪者や危険なロストロギアを相手に仕事をしているのであれば尚更に。

その時、遠くでソルの雄叫びが聞こえた。

それにつられるようにして、皆が視線を戦闘に向ける。



『タイラン、レイブ!!!』



全身に炎を纏わせ、一発の弾丸と化したソルが魔弾の雨に突っ込んでいく。

降り注ぐ魔法など纏った炎で全て無効化してくれる、その上で進路上に居るお前ら纏めて焼き殺してやる、そんな気概と殺気が込められた吶喊。

しかし――


<<ブラストカラミティ>>

『全力全開っ!!』

『疾風迅雷っ!!』

『『ブラスト、シューーーーーーーートッ!!!』』



なのはとフェイトが放った空間攻撃魔法と正面から衝突。数秒間拮抗するものの、やはり途中からはやての砲撃魔法が加わり、三対一の状況に追いやられたソルは力負けしてしまう。

『……ク、ソ、がああああ!!』

墜落したかと思えば罵りながらまたしても突撃を再開した。力負けしたことを罵ったのか、力負けした自分を罵ったのか判別がつかないが、彼はまだまだやる気らしい。



『いい加減、目障りなんだよ……ドラグーンリヴォルバーァァァァァッ!!』



太陽の輝きと共に空間ごと爆砕する巨大な紅蓮の華が咲き乱れ、熱と衝撃波が三人に襲い掛かる。

『負けない、この勝負は絶対に負けられないっ!!』

『今日こそはソルに勝ってみせる!!』

『勝って、認めてもらうんや!!』

ツヴァイの氷結能力を前面に展開し、三人は力を合わせて破壊の光に耐え忍ぶ。

閃光が視界を遮り、視力に頼ることが出来なかったそこへ――

『寝てろ』

転送魔法で一気に間合いを詰めたのか、ソルが長大な炎の剣を振り下ろし三人纏めて地面に叩き落す。

火達磨になりながら粉塵を上げて大地にクレーターを作る三人にソルの追撃が襲い掛かるが、寸前でツヴァイが彼を氷付けにする。

瞬く間にソルは自身を縛る氷は融解させてしまうものの、稼いだ時間を使って三人は態勢を整えることに成功。

そして、またしても激しくぶつかり合い四つの魔力光。雷が走り、閃光が飛び交い、氷がブリザードのように降り注ぎ、炎が爆裂した。

戦況は依然としてなのは達三人が有利だ。連携を駆使し、フォローし合い、持ち得る技能を出し惜しみせず全て使っている。しかし、要所要所でソルに強引に流れを押し戻され、あと一歩足りない。

対してソルは戦闘経験の豊富さを活かし猛攻をなんとか凌ぎ、持ち前のしつこさとタフさを発揮しつつ力任せかつ強引な戦法で三人を捻じ伏せようとしていた。

一見有利に見えるなのは達ではあるが、フルドライブを発動させてから既に十五分は経過していた。おまけに明らかに飛ばし過ぎな戦い方。そろそろ身体にガタが出始めてもおかしくない。

だが、ソルは開始早々から三人の攻撃を食らいまくっているというのに、全く気にした素振りを見せない。攻撃を受けても即反撃している。これがただ単に痩せ我慢をしているだけなのか、本当に効いていないのか不明だ。

「アルフ」

不意に、アインが戦闘から視線を逸らさずアルフを呼ぶ。

「何だい?」

「お前はさっき言ったな。万が一があった場合、決断し易いように、後悔しないように、ソルに腹を括っていて欲しいと」

「それが?」

「笑わせるな」

ピシャリと吐き捨てると、咆哮を上げながら封炎剣を振り回すソルにアインは慈愛を込めた視線を注ぎながら、優しく言葉を紡ぐ。

「どんなことが起きるにせよ、どんな決断を下すにせよ、ソルは必ず思い悩み、後悔するだろう。あいつはそういう男なんだ……見ているこちらがもどかしくなるくらいに、不器用な男なんだ」

「不器用?」

「そう。生きることにとても不器用で、だが当の本人はそれに気付かず、ただただ必死に足掻いている。

 傍から見ればその姿は滑稽かもしれない、無駄に背負い込もうとするあいつの生き方は愚かかもしれない。”そういうものだ”と割り切ってしまえば楽になれるのに決して割り切ろうとしない。どうしようもない程に不器用だ。

 だが、私はそんなあいつの生き方が好きだ。その生き方のおかげで私達は今もこうして、”全員が此処に居る”。だから、私はあいつの生き方を否定したくない。

 いざという場面になって決めるのはソルだ。誰も口出し出来ないし、してはいけないと思う。あいつが望む通りにすればいい。たとえそれがどのような結果になろうと、私はソルに従う。一生ついていく。

 皆も私と同じだろう?」

問い掛けに、誰もが無言で頷いたのを確認すると、彼女は満足気な表情になった。

「ならばこれ以上の問答は終わりだ」

言って、アインはもう語る言葉は無いと言わんばかりに口を閉ざし、そして、決着がつくまで誰も口を開かなくなったのである。










「サンダーフォールッ!!」

天から降り注いだ金の雷がソルとその周囲の空間ごと纏めて呑み込み、灰燼と帰せとばかりに吹き飛ばす。

もう何度目になるのか分からない、数えることすら馬鹿馬鹿しい、大火力の攻撃魔法の直撃。

何度も何度も攻撃魔法をぶち込んでもソルは相変わらず不機嫌そうな、それでいて不敵な笑みのまま反撃してくるのだ。一息つく間も無い。

ギアの力を使わなくてもこの人、十分化け物レベルじゃない。三人はそう思いながら自身のコンディションを確認する。

フルドライブを使い始めてそろそろ三十分は経過しようとしていた。

……マズイ。

既に限界が近い。このままでは魔力体力共に底を突いてしまう。そうなったらソルの粘り勝ちだ。ソルの諦めの悪さとしつこさは嫌って程分かっているし、現在もそれを味わっている最中だ。本当にこの男はしぶといにも程がある。

敗北。この二文字が脳裏浮かんだ瞬間、ソル相手だからしょうがないかと思ってしまう弱気な自分と、ソルが相手だからこそ負けたくないという強い想いを携えた自分がいがみ合う。

勝ったのは当然後者の方。だから、三人は決して諦めない。勝利を信じて戦い続けてきた。

何時までも自分達のことを子ども扱いするソルの鼻を明かしてやる。自分達は何時までもソルの庇護下に居る弱い存在ではないと、自分達にもソルを支える力があるんだと認めさせたくて。

なのに、三人がかりでフルドライブまで使って倒し切れない現実。

……まだ足らないとでも言うのだろうか? 自分達では不服だとでも言うのか? そんなに、自分達は頼りないのだろうか?



――認めない。



自分達がソルを必要としているように、自分達もソルに必要とされたい。ただそれだけを願って今まで魔法の力を研鑽してきた。

何年も、何年も。

確かに自分達は本気となったソルの足元にも及ばないだろう。二百年以上生きてきたソルにとってなのは達と暮らしてきた期間など一瞬の出来事かもしれない。

しかし、三人にとってはそれが全てだった。彼女達にとってソルは世界の中心なのだ。

彼に出会ったから、彼が傍に居てくれたから、彼が支えとなってくれたから。

これまでの自分達はソルに与えられてばかりだった。だからこそ、今度は自分達がソルに与える側になりたい。

盲信に近い、いや、最早狂信と言っても過言ではない程に強くて重い、想い。

押し付けがましいのは自分達がよく理解している。

それでも、溢れんばかりのこの想いをどうしても受け止めて欲しい。

もし想いが受け入れられたのであれば、他に何も要らない。

ソルに必要とされているという事実があれば、どんなに辛いことがあっても耐えてみせる。どんな場所でも、どんな敵が来ようとも打ち勝ってみせる。

それこそ、世界を敵に回したっていい。

その上で彼を支えてみせる。

これが三人の覚悟であり、決意でもあった。

やがて、粉塵が晴れ、ソルが姿を現した。

「……え?」

彼の姿を見て、思わず声を漏らしたのは一体誰か。なのはか、フェイトか、はやてか、それは当の本人達にも分からない。

信じられないものでも見たかのように大きく眼を見開き、驚愕に口を開いてしまう。

真紅の眼は相変わらず鋭い。戦意がこれっぽっちも萎えていないのは明らかで、放たれる殺気も火山が吹き出す熱気のようだ。

だが――

「ハァ、ハァ、ハァ」

呼吸は荒く、肩で大きく息をし、全身を小刻みに震わせ、地面に突き立てた封炎剣に縋り付くようにして立っている様子は、無事とは言い難い。

何処からどう見ても疲弊している。それも、押せば倒せそうなくらい。

恐らく誰もが初めて見る、戦闘中のソルが限界を迎えた姿。

考えてみれば当然だ。彼はギアの力を抑えつけながら、自身の実力を人間レベルにまで落として戦っていたのだ。疲労もダメージも三人には見えない範囲だったかもしれないが、それは徐々に、確実に蓄積されていく。

溜まりに溜まった疲労とダメージのツケ。これまで痩せ我慢していたものが今のサンダーフォールで一気に噴出したに違いない。

瞬間、なのはは大声で叫んでいた。

「フェイトちゃん、はやてちゃん!!」

「これで終わりにする!!」

「一気に行くで」

応じたフェイトが一筋の光となりソルに飛び掛り、はやてが呪文を詠唱し始め、それを確認するとなのはは魔力をチャージし始める。



――勝てる!!



あのソルに。

ただそれだけで、三人に力が漲った。










息が苦しい。

身体がイメージ通り動かない。

足が前に進まない。

手にした封炎剣をこれ程重いと感じたのは初めてだ。

何もかもがだるい、動かすのがかったるい、今すぐにでも座り込んでしまいたい。

そろそろ身体が抱えた爆弾にも誤魔化しが利かなくなってきた。現に疲労困憊で満身創痍だ。

全身の細胞が悲鳴を上げながら”力”を生産しようとしているのをギア細胞抑制装置が最大出力で抑え付ける。

(ハンデ、つけ過ぎちまったか)

「もらった!」

至近距離まで迫ったフェイトがバルディッシュを袈裟懸けに斬りつけてきた。

それに胸中で舌打ちを一つして、縦に構えた封炎剣で防ぐ。

「ぐっ……」

インパクトの圧力は予想以上のもの。どうやら本当に限界が近いらしい。普段なら軽く捻ることが出来そうな斬撃に眉を顰める。

フェイトが更に踏み込み、返す刀で横一文字に薙ぎ払う攻撃に対処出来ず、後方へ大きく弾き飛ばされてしまった。

そこへ待っていたとばかりに、なのはとはやての射撃が加わる。避け切ることは出来ないと判断して防御魔法を展開。

一発着弾するごとに削られ、ひび割れていく魔力の壁を眼にしながら俺は思う。



――……強くなった……本当に、強くなった。



何時も俺の後ろをついてくる生まれたてのヒヨコ。ずっとそういう認識だったのに。

今ではもう、立派な戦士としてその戦闘能力を見せつけ、実際に俺を追い詰めている。

師として嬉しい反面、寂しくもあり。

強くなった理由が俺の為にという部分に育ての親として少し悲しくもあり、やはり一人の男として嬉しい。

(そうか、そうだよな)

何時までも子どもじゃない。時間が流れれば人は変わる。子どもであれば成長して大人になる。当たり前のことが俺には意識として足らなくて。

ついに防御魔法が破られ、マシンガン染みた勢いの魔弾に晒される。

重い身体に鞭を打ち、足を引き摺るようにして回避しようと試みるが、此処ぞという絶妙なタイミングで腰から下が凍り付き、ご丁寧に全身を三色のバインドが雁字搦めに縛り付け、拘束した。



「しっかり見てて、お兄ちゃん」

「これが私達の」

「力と覚悟や」



なのは、フェイト、はやての三人が並び、それぞれが足元に魔法陣を発生させ、魔力光を迸らせる。

どうやら相手を拘束してから最大威力を誇る魔法を叩き込もうという魂胆らしい。

用意周到な上に容赦が無い。一体誰に似たのか?

(……ああ、俺か)

げんなりしながら疑問に思って、答えに行き着くと更にげんなりした。

何度も何度も思ったことだが、今回ばかりはこれまで以上に思う。

俺に、子育ては無理だ。

どいつもこいつも、ネジが一本外れた感じに育つから。



「「「御託は、要らない!!!」」」



高まる魔力、完成する術式、視界を覆い尽くす程に輝く桜と金と銀の光。

殺す気で来いってメモに書いたことを少し後悔しつつ、クイーンにバインドの術式を分解させてから最後の力を振り絞ってバインドを引き千切り、氷を溶かす。

そっちがその気なら、こっちだって付き合ってやるよ……!!

歯を食いしばって封炎剣を前に、切っ先が地面と垂直になるように掲げる。



「タイラン――」



足を大きく開き重心を整え、柄を両手で持つ。

これで本当に最後だ。ケリを着けてやる。持ち得る”力”の全てを注ぎ込む。

術式を構築、展開、計算に基づいた魔力を術式に流し、法力を発動させる。



「全力全開っ!! スターライト――」

「雷光一閃っ!! プラズマザンバー――」

「響け終焉の笛っ!! ラグナロク―――」



俺と三人が発動させたのはほぼ同時。



「「「ブレイカーッ!!!」」」

「レイブッ!!!」



放たれた三つの魔力が俺の炎と真正面から衝突。

しかし――

「マジかよ? 冗談じゃねぇ……」

紅蓮の炎は、まるで時速二百キロで突っ込んでくるダンプカーに踏み潰されるカエルのように蹂躙され、大した抵抗を見せずに掻き消されてしまった。

<フォルトレス>

眼の前まで迫った光の束に戦慄した瞬間、クイーンが寸前でフォルトレスを発動させ、俺の身体を円形のバリアが包み込む。

直後、壁となったバリアを三人の魔法が叩いた。



――ビシリ。



そんな嫌な音がしたかと思えば、鉄壁の防御法術にヒビが入っているではないか。

あまりの威力に血の気が引く。

圧力に耐え切れず、見る見る内にヒビが広がっていき、その度にキシキシとバリアが軋む音がやけに鼓膜に響く。

「クイーン?」

<魔力切れです。あと五秒でフォルトレスが破られます。どうかお覚悟を>

相棒の無慈悲な宣告。覚悟とは、一体”どの”覚悟のことだろうか?

フォルトレスがどんな攻撃に対しても鉄壁となるのは魔力が十分にある状態での話だ。今の俺にはフォルトレスを文字通り”鉄壁”にする余力が残っていない。

「俺の負けか」

<はい、マスターの負けです>

「そうか、畜生」

口ではそう言いつつも、俺はそれ程悔しくなかった。

むしろ嬉しさがこみ上げてくる。

何故なら、これであいつらの望みが叶うからだ。

俺の望みは、あいつらの望みが叶うこと。その上であいつらが幸せになること。

そして、あいつらは自身の望みを叶えるだけの力と覚悟を見事に見せ付けてくれた。

だったら潔く認めよう。

あいつらはもう子どもじゃない、と。

俺と肩を並べるのに十分な実力を備えた一人前の魔導師であり、戦士であるのだ、と。

思えば、俺はかつて失った”普通”というものを三人に押し付けて自己投影していたのかもしれない。

そう考えると、なんて浅ましくて、女々しくて、押し付けがましい自己満足なんだろうか。

(やれやれ)

自分自身に呆れ返る。

あいつらが覚悟を決めたように、俺も覚悟を決めるべきだ。

これから先、たとえ何が起きようとも決して揺るがないように。



――『アンタが悪い訳じゃ無い。でも、アンタは無意識の内に背負っちまってるんだよ』



アルフの言葉を思い出す。

別に背負うことが苦なのではない。辛いのは、背負ったものを失ってしまうことだ。

ならば、失うのが怖ければ失わないように、皆で強くなればいい、全力で守ればいい。

一人で無理なら仲間を頼ればいい。

俺一人で抱え込む必要なんぞ全く無い。

俺はとっくの昔から独りではないのだから。

こんな大切なことを忘れていたとは、本当にどうかしてる。



――悪くない、全く悪くない。



こんな優しい気持ちで敗北するのは、生まれて初めてだ。

溜息を吐いた刹那にフォルトレスが砕け散り、俺は光に呑み込まれた。










やがて光が止み、砲撃が終わり、静寂が訪れる。

まるでスローモーションのように時間が過ぎていくのを実感しながら、誰もがその光景に眼を瞠るしか出来ない。

夜が明け、地平線の向こうから太陽が顔を出し、朝焼けに照らされて佇むソル。

彼の手から封炎剣が滑り落ち、焦げた大地にズドッ、と重い音を立てて突き刺さった。

額に装着した赤いヘッドギアが外れ、カランッと地面に転がり、その上に彼の髪留めの黄色いリボン――以前シグナムと交換したものだ――が音も無く重なる。

彼の長い髪が髪留めを失ったことで無秩序に広がった。

「……ヘヴィ、だぜ」

搾り出すような声が聞こえると、ソルは両膝をつき、そのまま転がるように仰向けになる。

「お兄ちゃん!?」

「ソル!!」

「ソルくん!!」

三人娘はさっきから初めて尽くしのソルの姿に大いに慌てると、勝敗のことなど忘却の彼方にすっ飛ばして飛行魔法を発動させ、急いで駆け寄った。

そんな三人娘の姿を見ながら、ソルは心の底から純粋に思う。

(嗚呼、綺麗だ)

朝焼けに照らされて飛翔する三人は、まるで――



――……天使、みてぇだ。



ふと、そこで彼はあることに気付いて苦笑する。

(そんなことは当たり前じゃねぇか)

何故なら自分にとって彼女達は、何よりも愛しい存在なのだから、と。

今更自分の気持ちを自覚したことに、否、認めたことに彼は愉快そうに唇を歪め、心地良い疲労感に身を委ね、ゆっくりと眼を瞑り、昼寝するように意識を手放した。




[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期12 Primal Light
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/04/05 19:53


瞼に当たる光の強さとその眩しさに眼を開ける。

「ん……」

網膜が可視光線を捉え、像を映し出す。そこには、皆がソルを見下ろすように覗き込んでいた。

眼を覚ましたソルを見て皆が揃って口を開き何か言おうとするのを遮るようしてソルは立ち上がり、全員に背を向けて歩き出す。

「俺の負け、つまり三人は試験合格だ」

丁度十歩足を進めた地点で止まると、振り返りもせずに言った。

「約束だ。管理局から来る仕事、手伝わせてやるよ」

背中越しに三人娘が手を取り合って喜んでいるのを聞き流しながら、美しい朝日に眼を細め、彼は感慨に耽る。

この世界に来て十年。高町家に転がり込んだのが全ての始まり。短いようで長かった、特に後半の五年目からは本当に濃い毎日だった。

その間に子ども達は立派に成長し、一人前になった。何も無い場所ですっ転んで泣いていたなのはですら、今では一流の魔導師だ。少し早過ぎるかもしれないが、子どもの成長を大人から見れば意外とこういうもんなのかもしれない。

「お前達は立派な一人前だ。もう俺の庇護は必要無ぇ」

力と覚悟をしっかりとこの眼に焼き付けさせてもらったのだ。今までみたいに過保護で居る必要は無い。自分の道を自分で決める力があって、その道を突き進み続ける覚悟があるのなら、もうソルに言うことは無い。

だから――

「ってことで、近い内に高町家出てくから、俺」

ちょっとCD屋までCD買いに行ってくる、といった非常に軽いノリの口調と共にソルはゆっくりと振り返る。

その表情はまさに『脱子守!! ビバッ、独身貴族!!』だった。



「「「「「「「「「「「「………………はあああああああああああああああああああああああああ!?」」」」」」」」」」」」



彼の言葉の意味を皆が理解した瞬間、海鳴の空に十二人の喚き声が一斉に響き渡った。










背徳の炎と魔法少女 空白期12 Primal Light










SIDE ユーノ



ってなことがあってから二週間が経過した。

僕は今、海鳴市から少し離れた遠見市にある高級マンションのロビーに一人で訪れている。

目的の部屋番号を入力して暫しの間待っていると、スピーカー越しに『新聞の勧誘や下らねぇセールスだったら殺す』なんていう物騒でドスの利いた応対が返ってきた。

「ソル、僕だよ」

『なんだ、ユーノじゃねぇか。念話か電話してくれりゃいいのに』

彼が態度を百八十度変えると、『入れよ』という言葉と共にロックが解除される。僕は高級かつ豪華な造りをしているロビーを若干緊張しつつ抜け、ソルが一人で暮らしている部屋に向かう。

「よく来たな、入れよ」

「お邪魔しまーす」

出迎えてくれたソルに促されて部屋に入る。彼は無地のシャツにジーパンという相変わらずラフな格好。シャツは袖のボタンなんて当然留めてなくて、第三第四ボタンの二つしかしてない。だらしない出で立ちの筈なのに、彼が持つワイルドなイメージをより引き立てているようにしか感じないのは一体何なんだろう? 五年以上一緒に暮らしてて今更だけど。

そんな格好で寒くないのかと思ったけど、部屋の中は法力を使って温度調整しているのかとても過ごしやすい空間だったので僕はコートを脱ぐ。

引っ越したばかりだというのに室内は綺麗に整理整頓されていた。余計なものを絶対に置かない、しかし趣味や仕事に対しては一切妥協しないソルらしい部屋だ。

テーブル、イス、テレビ、パソコン、ソファといった最低限の家具。

積み重ねられたCDラック、CDプレイヤーとスピーカー、何かの書類の山、バインダーやファイルが詰め込まれた棚。これらは全て地下室にあったものをそっくりそのまま持ってきたのである。

「寝室はどうなってるの?」

「あ? ベッドとタンスしか置いてねぇから見てもつまんねぇぞ」

一応覗かせてもらうと、本当にベッドとタンスしかない殺風景な部屋だった。他に物らしい物と言えば申し訳程度に備え付けられたカーテンのみ。あとはクローゼットの中に碌に着てない中学の制服と、擬装用の管理局の制服と、作業用の白衣が入ってるとか。

「デバイスのメンテとかは何処でやるつもり?」

「専用の作業室を用意してある」

案内してもらうと、そこには地下室においてあった機械類が所狭しと置いてある。寝室とは偉い違いだ。さっきのが囚人の部屋だとしたら、こちらはさながら中小企業が持つ工場の一室だ。いくらなんでもギャップがあり過ぎるでしょ。

「後は物置だ」

「へー。ちなみに聞くけど、こんな良い部屋を十日そこらでどうやって用意したの? ていうか、その間何処で寝泊りしてたのさ?」

彼は高町家を出ると宣言して三日経つと、有無を言わさず本当に出て行ってしまった。

そして一昨日まで行方知れず。連絡を取ろうにも、『今仕事中だ。時間が出来たら連絡する』と短い返事が寄越されるだけ。

彼の契約者達に連絡を取ってみても『ごめんなさい、教えられない』と平謝りされるという始末。普通にすまなそうにしていたのはクイントさんだけで、他の皆は必死に『まだ死にたくない』と繰り返していたのは余談。

このマンションも怪しさ爆発だ。一つの部屋が八畳から十畳くらいの広さを持つ4LDKとか、どんだけ金掛けてるんだろうか。合法なのか非合法なのか入手方法が気になって仕方ない。

「部屋はリンディに一週間お前の下で馬車馬みてぇにただ働きしてやるから、見返りとして部屋を用意しろっつったら用意してくれたぜ。部屋を用意させただけだから金は俺持ち。で、それまでの寝床はアースラな」

「えええ? そんなんでリンディさん本当に用意してくれたの!?」

「マジで馬車馬みてぇに働かされたがな。休む間も無くアッチコッチの武装隊に飛ばされては犯罪者締め上げたり、ロストロギア確保したり、強制捜査に踏み込んだり、クロノの代理で動き回ったり、本局でただひたすらデバイスのメンテ片っ端からやらされたり……」

もう二度とあの女狐に頼みごとはしねぇ、と愚痴のようなものを零して冷蔵庫から酒瓶を取り出すとグラスを使わずにラッパ飲みし始める。

「晩酌は夜にすれば? まだ夕方前だよ」

「次元世界を行ったり来たりすると体内時計が狂ってしょうがねぇ」

「どっちにしろ飲むのね」

プハァッ、とおっさんみたいな吐息を満足気に吐いてイスに座って足を組み、テーブルに酒瓶を置いて頬杖を突くと、僕にソファに座るように促す。

「で? 何しに来たんだ?」

「まあ一応キミの様子を見に、ね。それだけじゃないけど」

「ほう?」

興味を持ったのか眼を細め、視線で続きを促してくるので僕は本題に移ることにした。

「どうして急に、高町家を出て行くなんて言い出したの?」

「ちゃんと理由は言った筈だが?」

確かにちゃんと聞いている。

十年前にソルが高町家に居候するようになったのは、当時のソルの外見年齢が五歳児前後であった為、身の振り方を含めたありとあらゆる面から打算的思考によって居つくことにしたこと。

だから、いずれは必ず出て行くつもりであったこと。

そして、この考えは”家族”を手に入れたとしても変えるつもりは無かったこと。

せめてなのはが成人、最低でも高校を卒業するまでは厄介になるつもりだったのだが、魔導師として一人前であることを認めたのでそれを契機に出て行くことにしたこと。

「だからってあんな風に言うだけ言って出て行くこと無いんじゃない? 『俺を引き止めたかったら力ずくで来い』とかまで言っちゃって……理不尽、というか自分勝手過ぎるでしょ」

そうなのだ。彼は自分を必死に引き止めようとする女性陣に対してドラゴンインストールを発動させ、『俺に勝てたらいいぜ。纏めて掛かって来いよ』と言い放ち、無謀にも挑戦した者達を秒殺したのである。

しかも、なのは達三人は管理局から来る仕事を手伝わせてもらえる条件に『必ず高校は卒業する』『学業と両立出来なくなったらすぐに止めさせる』とあるので、問答無用で家を出て行ったソルに対して色々文句があるのに言えずフラストレーションを溜め込んでいたりする。

『別に今生の別れって訳じゃ無い、今まで通り仕事や訓練の時は一緒だ』ってソルは言ってたけどさ……

「俺が出てって二週間か。そっちはどうだ?」

「今の高町家は天照大神が居なくなった世の中みたいだよ。ソルだけに」

「全然上手くねぇよ」

そうかな? ソルの名前って古い言葉で太陽神って意味だからピッタリの表現だと思ったんだけど。

「ツヴァイとエリオが寂しがってるよ」

「近い内に泊まりに来るように言え。何時でも遊びに来いってな」

「相変わらず娘と息子には甘いね」

「そうでもねぇさ」

フッ、と苦笑してソルは酒瓶に口を付ける。ゴクゴクと喉を鳴らし、実にワイルドな仕草で口元を拭い、何時もの不敵な笑みを浮かべて前髪をかき上げた。

なんか上手くはぐらかされてる気がしないでもない。だけど、この程度で僕がすんなり納得して帰ると思ったら大間違いだ。今日はとことん腹を割って話して欲しいと思う。

こうなったら――

「僕もお酒飲む」

僕は立ち上がって、勝手にグラスを食器棚から取り出し冷蔵庫から酒瓶を手にする。

視線で「いい?」と問い掛けると、「勝手にしろ」と返ってきたので遠慮する必要も無くなった。

グラスの酒を注ぐとそれを飲み干し。ほろ苦さが舌の上を滑り、アルコールが喉を潤し、腹の中に熱を生み出す。

「さて、聞かせてもらうからね」

あの日以来のソルの行動は僕を含めた皆が、特に女性陣が納得していない。色々と不満もあるし聞きたいことだってある。

どうして僕達と距離を置くようになったのか、その理由は聞いているけど、それに対する彼の本音を聞いていない。

で、彼の本音を聞きだせる人物として家族の中から消去法で僕が選抜された訳だ。相手が女性陣だったらソルは絶対に本音を語らないだろうし、そもそも部屋に上げるかどうかも怪しい。

僕にはまるで、女性陣と距離を置きたいから家を出て行ったように見えた。そう感じたのは皆も同じで、家の中の空気は通夜のように沈んでいたりする。

アルフと美由希さんはことの発端なので『どうしてこうなった!?』と毎日頭を抱え、ヴィータはソルの取った行動が気に食わないのか『皆を裏切りやがって……』とイライラしてるし、女性陣に関しては口にするのも憚れるくらいに凹んでいた。凹んでいると言うよりも腐っていると表現した方が良いのかもしれない。腐乱死体と同居しているようで、一緒に居るだけで空気がどんより淀んでいるのを実感するし。

「御託は要らないよ、ソル。建前とか理由はもう分かったから、キミの本音を聞かせて欲しい。嘘偽りの無い、キミの気持ちを」

彼お決まりの台詞を拝借して僕は切り出すと、真紅の眼が鋭くなったような気がした。

「どうして、出てったの? あのままじゃいけなかったの?」

問い詰める。

と、彼は観念したかのように溜息を吐き、ポツリと零した。

「……切欠は、五年前のバレンタインデーだな」

「五年前のバレンタインデー? ああ、ソルが幼児退行したアレね」

当時のことを脳裏に描いて僕は一つ頷いた。

「今振り返って見ると、あの”フレデリック”はそれまで俺自身が知らず知らずの内に抑圧していた”願望”の塊だったんじゃねぇかって思う。過去に戻って全てをやり直したい、全てを無かったことにしたい、何も考えずに過ごした無邪気な子ども時代に戻りたい、っていう願望とかな」

「あの”フレデリック”が、ソルの願望……」

「で、だ。”フレデリック”はあの時、普段の俺なら絶対に越えようとしない領域に易々と踏み込んでくれやがった。しっかり線引きしてたのに、その線を踏み躙るように滅茶苦茶にしてくれた」

一体”フレデリック”は何をしたんだろう? 僕は口を挟まず答えを待つ。

「それまで家族としてしか捉えていなかったあいつらを、異性として捉えやがったんだよ」

「え?」

じゃあ、それってつまり――

「その所為で”フレデリック”が消えて以降もあいつらのことを家族として見ているのに……心の何処かで、無意識の内に異性として見てた」

ソルの独白は続く。

「自覚したのは中学に入って暫く経った辺りか……家族に対して向けていた愛情が、少しずつ変化していたのに気付いたのは。当然、俺個人としては認めたくなかったがな」

苦虫を噛み潰したような表情になると、彼はアルコールを一気に飲み干し酒瓶をを空にした。

「家族として愛している筈なのに、俺の中で徐々に異性としての存在が大きくなっていってな。あいつらとの距離感が曖昧になってきた、最近はそう感じるぜ……」

それっきりソルは黙り、二本目の酒瓶が追加される。つられて僕も喋らなくなり、酒を飲むことに集中する。

僕達二人は黙々と酒を飲み続けた。





三十分程経過して、ついに眼が据わり始めたソルが唐突に切り出した。

「問題はこっからだ」

「うん」

「俺の身体が一度五歳児前後に幼児化してから、元の肉体年齢に戻ったのは知ってるだろ」

「知ってるよ。散々聞いた」

「その所為かどうか知らねぇが、とっくの昔に無くなったと思ってたアレが出てきやがった」

「アレって、何?」

アルコールの所為で熱に浮かされているような頭で考える。

「……生物の三大欲求の一つだ」

「……性欲?」

ゆっくりと静かに、認めざるを得ないといった風にソルは頷いた。

「あいつらを異性として見ることが、俺の中の……ギアの本能を刺激したらしい」

「つまり?」

「ギアの本能が、あいつらを”優秀な雌”として認識したってことだ」

なんかギアであることを言い訳にしてるように聞こえるなー。もっとぶっちゃければいいのに。皆に欲情してるって。素直になれない男め。

「あれだけ魅力的な女性達に囲まれてエッチな気分にならなかったら男として死んだ方が良いって思うんだけど」

「だ・か・ら、今まで百五十年以上も休眠してたのが活動を再開したんだよ!!」

「良かったじゃない、キミも男だったってことが証明されて。皆、結構そこら辺心配してたから。キミが不能なんじゃないかってさ」

「良くねぇっ!! 俺が中学に入学してからこれまで二年弱、どれだけあいつらに苦しめられたか知らねぇだろ!?」

まあ、同情はするよ。アインとシグナムとシャマルは大人の魅力と色気ムンムンだし、なのはとフェイトとはやてはソルの魔力の影響で成長が早くなってるから高校生くらいの外見だし。

よくもまあ、今まで一度も手を出さなかったとある意味尊敬する。仏頂面の裏で煩悩と戦っていたんだろう。

「ガタガタうるさいなあ、いい加減認めなって」

「だってお前、今まで家族だと思ってた奴らをそういう対象に見るとか、どんだけ鬼畜なんだよ!!」

「そんなこと気にしてたの? 気にするだけ無駄だってば。ソルが鬼畜なのは今に始まったことじゃないでしょーが」

「随分辛辣だなオイ!?」





更に一時間が経過した。お互いに酔いが良い感じに回ってきて、それに伴って会話もハイになってきてる。ソルの舌も滑らかになってきた。

「ねー。いきなり話変わるんだけどさ、アリアさんってどんな人だったの?」

「前にも言ったろ。頭良い癖にバカで我侭で妙に子どもっぽい、男をジャイアントスイングするみたいに振り回す女だ」

「ソルは自分を振り回す女性が好み、と」

「待てコラ」

「皆の中で誰が一番アリアさんに近い? 強いて言えば」

「んー、外見だけで言うならはやてだな」

「はやて? これまた意外。その理由は?」

「髪型とか、身長とか、スタイルとか。アリアは綺麗っつーよりも、可愛いって感じだったしな」

「はやてって皆の中で一番残念な身体だよね?」

「それ本人に言ったら殺されるぞ」

「えっと、つまり、ソルは綺麗系よりも可愛い系の方が、スタイル抜群よりも少し残念な方が、背が高い女性よりも小柄の女性の方が良いってことでファイナルアンサー?」

「……」

「沈黙は肯定と判断するからね。で、これによって導き出された結論は」

「……結論は?」

「キミにはロリコンの気がある」

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

突然、ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!! とソルは何度も何度も額をテーブルに叩き付けた。

「違う!! 愛した女がそういう奴だったんだ!!」

「言い訳は見苦しいよ!!」





更に数時間が経過した。

途中で腹が減ったから出前を頼んだり、酒とつまみが切れたからコンビニへ買いに行ったりとかしていたら、すっかり空は真っ暗で何時の間にか夜になっていた。

部屋はそこら中に空き缶やら酒瓶やらつまみのゴミやら出前のゴミやらが転がっていて、まるで宴会後のカオスな雰囲気を醸し出している。

僕は飲み終わったビールの缶を適当に投げ捨て新しい缶に手を伸ばし、プルタブを起こして開けると口に付けた。

「此処までの話を要約すると、家族だと思っていた女性陣を異性として捉えてしまったことにより、もう辛抱堪らん、理性が持たない。で、三人を一人前として認めたのをこれ幸いに出てったと?」

「……くっ、色々と補足したい部分が多々あるが、分かり易く言うとそうなる」

ソルはワンカップをちびちび舐めるように飲みながら、そっぽを向いて返事をする。

「馬鹿馬鹿しいなあ」

「んだと?」

「もういいじゃん」

「何が?」

「我慢なんかしないでやっちゃえばいいじゃん。女性関係も二つ名通りになれば今よりもっと箔が付くし」

家の中でも外でも”背徳”だなんて流石ソル、誰にも真似出来ないことを仏頂面でやってみせる、そこに痺れないし憧れない。見てて面白いとは思うけど。

「オイ!! それどういう意味だ!?」

「据え膳食わぬは男の恥でしょ」

「……いや、確かにそうだが」

「毒を食らわば皿までって言うじゃない。それと一緒だよ」

「? 今の、どういう意味だ? 前者に対して何故後者が絡む?」

「具体的には7――」

「分かった、言わなくていい、言わなくていいから」

「大丈夫。ギアなら腎虚で死ぬ心配は無いでしょ」

「あれは迷信だ……」

「尚更心配要らないじゃない」

「……今はっきりと分かった。俺が鬼畜なんじゃない、俺の周りに居る連中が俺を鬼畜にしたいんだ!! きっとそうだ、そうに決まってる!! そうなんだろ畜生!!」

「畜生なだけにね」

「だから上手くねぇっつってんだろが!!」





ふと時計に眼を向けると、既に日付が変わっていた。

もう帰らなきゃ、と頭の片隅で思った瞬間、もういいや面倒臭い、このまま泊めてもらうことにしよう、と思う。

最早ソルは完全に出来上がってるのか、僕が聞き出すまでもなく一人で勝手に喋ってくれている。

……いや、かく言う僕もかなり酔ってる。さっきから女性が聞いたらマジでヤバイ発言をしまくってるし。

例えばこんな発言。

「誰と一番やりそうになったー?」

「シグナム」

「またしても意外な人物の名前が挙がった。僕的にはアインかシャマルだと思ってたのに」

「ツヴァイとエリオが一緒に居てくれるおかげで逆にそういう気分にはならん」

「ふむ。他の三人は?」

「あいつらに迫られると身の危険を感じるんだ、何故か」

男ドン引きさせてるとか馬鹿でしょあの三人。

「やっぱりソルでもあの胸には抵抗出来ない?」

「そうじゃなくて。あいつな、たまに可愛いだろ?」

ナチュラルにこういうことを言う辺り、本当にソルは酔っ払っているらしい。そして彼はやはり可愛いものに弱いみたいだ。可愛いというよりも、綺麗な彼女を可愛いって言うことはきっとシグナムがソルにだけ見せる態度のことを言ってるんだろう。

……なるほど。仕草や態度が可愛い女性が好み、ね。

「あん時はヤバかった。レティの邪魔さえ入らなければ……」

「邪魔? 今、邪魔って言ったよね? レティさんのこと邪魔って」

「言葉のあやだ!!」

「そこまで必死にならなくても……」





あれからまた大分時間が経過した。たぶん、午前の二時くらいかな、今。

「もうさ、ウダウダ考えてないでやっちゃえば。愛のままに、我侭に、本能の赴くままに突き破ればいいじゃない」

「最後の部分がやけにリアルだな」

「ソルだって押し倒されるより押し倒したいでしょ?」

「……まあ、な。だが俺は……」

彼は続きを紡がず天を仰ぐようにイスの背もたれに体重を預けると、手にしていた空き缶を背後に放り捨てた。

ガコンッと乾いた音が響く。

僕もそれに倣うように、空き缶を床に投げ捨てる。

カラカラと缶が転がり、やがて動きを止めて静かになった。

「……」

「……」

「……ソルは」

「ああン?」

「どうしてそんなに、”普通”であることにこだわるの?」

彼と共に暮らして五年。

その間に感じたことは、彼が異常なまでに”普通”にこだわっていることだ。

”魔法”に、法力に出会って彼はそれにのめり込んだ。その所為で彼は”普通”ではなくなってしまった。世間一般で言う”化け物”に成り下がったとは本人の弁。

だからこそ”普通”にこだわっている。

そして、自分と関わることによって”普通”ではなくなってしまうことを酷く恐れている。

自分のようになって欲しくない、ただそれだけの理由で。

彼の歩んできた人生を鑑みればその気持ちや理由も分からなくはないけど。

戦闘や魔法に関しての考え方は誰よりも合理的かつ冷徹な思考を持ち、時には元科学者らしいぶっ飛んだ意見を出すソル。

それでも彼は日常生活面において誰よりも常識人だった。

こんな言い方嫌だけど、本人が一番”異常”なのに。

「僕達はもう既に普通じゃない。そのことを割り切れていないのはキミだけだ」

「分かってる」

「別に僕達皆が皆、ギアになる訳じゃ無い。少なくとも僕はギアになる気は無いよ。安心してくれていい」

「……そうか」

「他の皆だってそうさ。ギアになる気なんて更々無いって」

「だと良いがな」

「アルフに言われたこと、まだ気にしてるの? あんなの、最低最悪の未来予想図でしかないじゃない」

あり得ない話じゃないのも事実だ。仕事か事故か分からないけど、死に掛けるなんてことは無いって言えない。

ソルがそういう道を選んで突き進むように、僕達もソルの隣を歩くことを選んだのだから、そのくらいの覚悟はとっくに出来ている。

「その時になって決めるのはキミさ……誰もキミに強制しないし、ましてや否定したり非難することも無い。自分で考えて、自分で決めればいいと僕は思う」

「……」

「それにさ、もし結果的にキミが望まなかった状況になってしまっても……キミや皆が幸せで居られるのなら、これから先の人生、退屈はしないでしょ?」

「かもしれねぇな……だが、いざって時に俺はどうするのか、自分でもよく分からねぇんだ」

天を仰いでいたソルが首を動かして僕を見た。

まだ何かに迷っているような、悩んでいるような表情。

そんな顔を見て、僕はこんなもんかと思うことにする。

迷うということは、悩むということは、答えを求めて足掻いているということだ。

なんともソルらしいではないか。相変わらず難しく考え過ぎな気がするけど。

不器用な生き方しか知らない、割り切りたいのに割り切れない、大雑把のようで実はとても神経質な彼らしい。

僕が出来るだけの後押しはした。

この後にソルがどんな答えを出そうと――

「……うぅ」

「どうした、ユーノ?」

「シリアスのところ悪いんだけど……」

「?」

「……気持ち悪い、吐きそう」

「マジかよ!? まだ吐くなよ!! 頼むからトイレまで我慢しろよ!!」

色々と台無しだった。










眼が覚めると、僕は便器の中に頭を突っ込んでいた。

何を言ってるのか分からないと思うが、正直僕も現状がよく分かってない。とりあえず頭を便器から引っこ抜き、トイレを出る。

足がフラつく、頭が重い、気分が悪い。これは完全無欠な二日酔いに違い無い。

「起きたか、このゲロシャブ小僧」

「……液○ャベか、ウコ○の力をちょうだい」

「第一声がそれとか、他に言うことあんだろが……ったく、初めて会った時の謙虚なユーノは一体何処行っちまったんだ?」

「僕、過去は振り返らないことにしたんだ」

「オイ、それは俺への当て付けか?」

「さあ?」

僕が便器に頭突っ込んだまま寝てる間に掃除でもしたのか、あれ程散らかってた部屋は来た時と変わらないくらいに綺麗になっていた。

ゾンビのような足取りで台所まで辿り着き、水を一杯飲む。

「もう帰るね。待ってても薬くれる気配無いし」

「無ぇよそんなもん。帰るんだったらとっとと帰れ。俺はこの後聖王教会で仕事の調整があんだよ」

玄関を開けて外に出ると、青空が広がっている。太陽の位置からして昼前くらいだろう。あー、これは学校サボりだな。

「ユーノ」

「ん?」

背後からの声に振り返る。

「また、飲もうぜ」

「うん。次は薬を用意してくれると僕嬉しいな」

「甘えてんじゃねぇ、持参しろ、持参。つーか吐くまで飲むなって何時も言ってんだろ」

「吐くまで飲むのが高町家ルールだよ」

「……十年以上暮らしてたのに初耳なんだが」

ソルは呆れたようにやれやれと溜息を吐くと、穏やかに微笑んだ。

「またな」

「うん、また」

こうして僕はソルの部屋を後にした。










「報告は以上です。ビッグボス」

『そう。ありがとう、ユーノ。ゆっくり休んで頂戴』

桃子さんに報告を終えると僕は携帯電話を机に置き、ベッドに寝っ転がる。

帰る途中、液○ャベを買って飲んだおかげで気分は大分良くなってきたが、身体のだるさは抜け切っていない。

これはもう一眠りするしかない。着替えなきゃと思ったけど、面倒だったのでそのまま布団に包まった。





遠くで、「我が世の春が来たーーー!!」という魂の奥底から響いてくるような叫びが聞こえた気がしたけど、聞かなかったことにした。





そして、その日以来、高町家は何時もの賑やかさを取り戻す。

今までの日常に、ソルという一欠片が無くなったまま。

まあ、彼は別居しただけであって、僕達と縁を切った訳では無い。

訓練や仕事には今までと変わらず顔出してたし、暇な時には普通に翠屋でコーヒー飲んでたり、エリオとツヴァイと遊んでたりしてたから。



SIDE OUT











































そして、季節は春。桜が美しいこの季節。恭也と忍の結婚式が行われた。

特にこれといった問題も無く、式は無事に指輪の交換やら誓いのキスやらを終えて、残すはブーケ・トスという段階にまで来ている。

「何だよ……あの殺気立った集団」

ソルの視線の先には、彼の言う通り殺気立った女性達がリバウンドする為にポジション取りを争っているバスケット選手のように、押し競饅頭をしていた。

「欲しいんじゃない。ウェディングブーケが」

隣で子犬形態のザフィーラを抱っこしたユーノが若干引きながら返す。

『あそこにブーケを投げ込んだら血の雨が降るぞ』

ザフィーラの念話にソルとユーノはこめかみに汗を垂らして頷いた。

純白のウェデイングドレスに身を包んだ忍が大きく振りかぶって――



「どっせえええいっ!!」



滅茶苦茶気合が入った声と共にトスされた、というかもう投擲されたと言っても過言ではない花束は、誰もが想像していた緩い放物線など全く描かず、むしろこの場に集まった人間全員の予想を裏切って砲弾の如く勢いで真っ直ぐ飛ぶ。

「うおっ!?」

自分の顔面に向かって飛来してきたウェディングブーケを思わず受け止めてしまうソル。

花束の癖してずしりと重い。明らかに遠くへ投げ飛ばす為に重りが入っていたのだと実感する。

忍の奴は一体何考えてやがる、とソルが内心で純粋に疑問に思っていると、ノエルが駆け寄ってきて耳打ちした。

「ソル様。花束の中にガーターが六本入ってます」

「ああン? ガーター!?」

「はい。これはブーケ・トスではありません。ガーター・トスなのです」

ガーター・トスとは、ブーケ・トスが未婚の女性に投げられるも対して、未婚の男性に投げられるものだ。

で、受け取った男性は意中の女性が居るのであれば、その女性に跪いてその左足にガーターを着けてあげるという、ブーケ・トス男性版。

ガーターと言っても腰で留めるタイプのガーターベルトのことではなく、太腿にはめる形の、二つで一組として使用する輪状の物のことだ。

「……本当に六つ入ってやがる……馬鹿だろあいつ……!!」

花束の中身を確認したソルが戦慄の声を出し、忍を射殺すように睨みつけるが、当の本人はグッとサムズアップするだけ。

ソルとユーノとザフィーラ以外はノエルの言葉が聞こえておらず、周りの連中が「次はソルが結婚するぞおおおおお!!」と騒いでいるのが唯一の救いだった。

どうやら誰も、本当はブーケ・トスではなくガーター・トスであることに気付いていないらしい。

「どうすんだよこれ!?」

「後で皆さんに着けてあげてください」

そう言って颯爽と去っていくノエル。

救いを求めるように隣を見ると、何時の間にか傍に居た筈のユーノと子犬ザフィーラが居ない。

(に、逃げやがった)

一人取り残されたソルは、途方に暮れて、とりあえず額に手を当て頭痛を堪えるのであった。











































「罪深き業を背負いし太陽が照らす、旧い結晶と無限の欲望が交わる地

 死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る

 死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち

 それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる」

自身の希少技能、”預言者の著書”――プロフェーティン・シュリフテン――が書き出した文字の羅列。古代ベルカ語で記されたそれを見て、カリムは眉を顰めた。

それぞれの単語が何を意味しているのか全く理解出来ない。表現が抽象的過ぎるし、『罪』とか『欲望』とか『死者達』とか碌でもない単語ばかりで正直うんざりだ。

解析した訳では無いので解釈らしい解釈もまだだが、あまり良いことではない、とだけは漠然と分かる。

まだこれを誰かに見せる訳にはいかない。最低でも、教会内でしっかりとした解釈が出来るまでは。

「一体何が、これから起きようとしているのかしら……?」

虚空に問い掛けるカリムに答える者は、居ない。











































後書き

毎回毎回、たくさんの感想をありがとうございます。

さて、新学期になりました。皆さん如何お過ごしでしょう?

環境が変わって戸惑っていると思いますが、お互いに頑張りましょうね。

エイプリルフールのことをすっかり忘れてました……畜生、出遅れたorz

ま、大したねた無かったので、別に、別にいいんだけどね!! 悔しくなんかないもんね!!


此処まで書いて、やっと、やっとアニメA`sのエピローグに漕ぎ着けることが出来ましたよ……

すいません。もうちょっとだけ空白期が続きます。STS編を心待ちしている方は本当に許してください。

次回からSTS編に入る少し前の、漫画版のエピソードに突入します。初のレリック事件、空港火災、そしてキャロ登場!! といった流れに。

いや、そんなすんなりいくかどうか不明ですけど。

ではまた次回!!!








[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期13 レリック
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/04/12 11:29


「よし、今回の仕事の内容を簡単に説明するぜ。俺達はこの第162観測指定世界に存在する二箇所の遺跡で発見されたロストロギアを確保した後、アースラに帰艦して本局まで護送、以上だ。何か質問はあるか?」

セットアップを完了させ聖騎士団の制服を模したバリアジャケットを纏うソルが、同様にセットアップを済ませたなのはとフェイトとはやて、それとツヴァイの四人に問う。

なのはが小さく挙手をする。

「それだけ?」

「それだけだ。ま、遺跡に向かう前に定置観測基地に寄って詳しい情報を仕入れることになってるが、やることは基本変わらん」

平和な仕事だなー、となのはが小さくぼやいた瞬間ソルの鉄拳が「研修中の癖して生意気言ってんじゃねぇ、仕事舐めんな」と飛んできて彼女は涙眼になり、その光景を横で見つつ続いてフェイトが挙手をした。

「他の皆は?」

「ユーノとアルフは無限書庫で調べ物、他の連中は二箇所の内の一箇所に先行してる」

「つまり、実質このメンバーで遺跡に向かうんは一箇所のみやね」

ソルの言葉を受けてはやてが纏めるように言うと、彼は首肯する。

「今回は戦闘が目的じゃねぇ。かと言って油断するな、何時も俺が口を酸っぱくして言ってることだが――」

「分かってるよ、お兄ちゃん。”常に最悪を想定しろ、現実はその斜め四十五度上をいく”」

「”戦場では一瞬の気の緩みが死を招く”」

「”戦いに身を投じる以上、殺す覚悟と殺される覚悟をしろ、そして必ず生き延びろ”、やったね」

彼の言葉を遮るようになのは、フェイト、はやてが順にソルの教えを口にすると、キリリッと表情を引き締めた。そこには既に中学三年生の少女の姿は無く、戦いを眼の前に控えた魔導師の姿があった。

「お仕事頑張るです!!」

ツヴァイもやる気満々だ。

「フン、分かってんじゃねぇか……行くぜ」

苦笑して飛び立ったソルの後姿を四人が追う。

高速で飛翔する五つの魔力光が青い空に軌跡を作った。










背徳の炎と魔法少女 空白期13 レリック










「遠路お疲れ様です、本局管理補佐官、グリフィス・ロウランです」

「シャ、シャシャリオ・フィニーノ、通信士、で、です!!」

定置観測基地に辿り着くと、一行を迎えたのは二人のまだあどけなさが残る年若い管理局員の敬礼だった。片方は年に反してやけに落ち着いている眼鏡少年。もう片方はやけに緊張している丸眼鏡少女。

外見年齢としては三人娘よりも四つも五つも若いのだが、この基準は当てはまらない。何故ならソルの魔力の影響で三人娘の外見年齢は高校生くらいだからだ。

「しばらくだな、グリフィス」

「お久しぶりです」

ソルと気軽に挨拶を交わす少年。そんな二人を目にして三人娘とツヴァイは驚く。

「知り合い?」

「ん? ああ、お前らは知らねぇのか。レティの息子だ。仕事でよく会うことになるから面覚えとけ」

なのはの問いにソルは素っ気無く答えた。

ふーん、といった感じに四人がグリフィスを観察するようにジロジロ見て、改めて敬礼をするグリフィス。

そんな彼の隣で、ソルに熱烈な視線を向ける少女が一人。通信士と名乗った彼女は眼が輝いていて、まるで憧れのアイドルを眼の前にした熱狂的なファンにも見える。

祈るように手を胸の前で組むと、彼女はテンションMAXで喚き始めた。

「う、噂に名高い”背徳の炎”、ソル=バッドガイさんとこうして直に会えるなんて! 想像よりも全然ワイルドで背も高くて素敵……声も渋いのに力強くてよく通るセクシーヴォイス……感激です! 私大ファンなんです!! シャーリーって呼んでください!!」

「は?」

口を半開きにして頭に?を浮かべて、鳩が豆鉄砲食らったような表情になるソルは、彼女のテンションに完璧に置き去りにされていた。

「陸海空の様々な難事件や犯罪者を相手に何処からともなく現れて難無く解決、去り際に一言『ただの賞金稼ぎだ』という言葉を残して風のように姿を消す! 管理局に所属していない、賞金稼ぎを名乗るミステリアスな紅蓮の魔導師!!」

「……」

「彼にトラウマを植えつけられた犯罪者は数知れず、彼に救われた人々は星の数!! 操る炎は悪を焼き――」

「……グリフィス、まだ続くのか」

居心地悪そうに半眼になったソルが、グリフィスにいい加減にしてくれと言わんばかりに促すと、少年は慌てて相棒の少女を羽交い絞めにする。

「こらシャーリー、失礼だろ!! すいません、シャーリーはミーハーなんです!! だからすいません!! この子の代わりに僕がいくらでも頭下げるから許してください!!」

「いや、別に構わねぇ……むしろこっちがお前の涙ぐましい態度に頭が下がる」

暴走している少女を泣きそうになりながら押さえつけて謝罪してくる少年に対して、ソルはやれやれと溜息を吐くと苦笑して肩を竦めた。

と、背後から視線を感じるので振り返れば、微妙に戸惑った表情の三人娘とツヴァイ。

「お兄ちゃんって、もしかしなくても凄い有名?」

「……ファンが居るんだ」

「なんや、私らが知らないソルくんの一面を見た気がして寂しいなぁ」

「ほえー、父様凄いですー」

四人は純粋に感心している。

「えええ!? 皆さん、魔導師なのにソルさんがどれだけ凄い人か知らないんですか!?」

「いい加減にしてくれシャーリー!!」

身を乗り出す眼鏡っ子とそれを取り押さえる眼鏡少年。

「どうでもいいから話を進めろ……」

それらを眺めつつ、呆れたように再び溜息を吐くソルだった。





定置観測基地で詳細な情報を手に入れると、グリフィスとシャーリーのナビゲートに従い一行は再び飛行魔法を発動させ、発掘場に向かう。

「なんか凄い子だったね」

「うん」

シャーリーに対するなのはの感想。それにフェイトは首肯する。

「何時も管理局の仕事行くとあんな感じなん?」

「そうでもねぇよ。あのシャーリーって奴程じゃねぇが似たような態度取る連中は居ることには居るが、どっちかっつーと厄介者扱いが半分だ。俺達がやってることは結果がどうあれ、そこで働く者達の縄張りを荒らすことと同義だからな」

はやての問いにソルは何処か達観したように答えた。

賞金稼ぎを自称してはいるが、管理局から見れば”背徳の炎”とその仲間達は金さえ払えば戦闘能力を貸し出す何でも屋、という認識が色濃い。もっと突き詰めた言い方をすれば一回こっきりの傭兵だ。

それぞれの契約者達を介して、戦力不足で悩んでいる部署へ、一時的に高ランク魔導師を必要としている時に、もしくは緊急時に、その他諸々の様々なシチュエーションで発生した要請を受けて”戦力”として借り出されることが常だ。

これまで失敗らしい失敗はしていない。むしろ得た評価は高く、培ってきた信用は確かなものだ。先程のシャーリーのように、あっちこっちで活躍する様子を見せる高ランク魔導師というのは、特に若い管理局員からは憧れと羨望の眼を向けられることが多い。

しかし、管理局員でもない人間が一時的とはいえ派遣された先の部署の仕事を掻っ攫っているのは事実である。やっかむ者や、出来過ぎる仕事ぶりに嫉妬する者は後を絶たない。

おまけに、タイプや適性が異なるもののメンバー全員が高ランク魔導師。これで賞賛の声だけしか無かったら逆に不気味だ。

管理局全体で見ると、”背徳の炎”は賛否両論。

管理局に所属していない、管理外世界に住むフリーの高ランク魔導師。他を圧倒する戦闘能力を保持し、自分の好き勝手に動き回り(別にそういうつもりは一切無い)、派遣先の人間の仕事を奪い(結果的にそうなってしまう)、その上で報酬をふんだくる(ように映るらしい)ゴロツキ。リーダー格であるソルのことをよく知らない人間が彼を一見すると、眼つきの悪い無口なチンピラにしか見えないのもそう思われてしまう要因の一つ。

また一方で、犯罪者を捕らえ被害者を救い、無辜の民に平和をもたらす賞金稼ぎは凄腕の魔導師集団として映る。

どう捉えられるかによって大きく評価が変わる。それが今の”背徳の炎”であった。

先頭を飛ぶソルの隣にフェイトが寄り添うように肩を並べると、彼女は横からソルの顔を覗き込んだ。

「でも私、シャーリーがソルに憧れる気持ち、なんとなく分かるよ。ソルはただ仕事をこなしたとか、自分が勝手にやったことだって思ってるだろうけど、ソルに助けられた人達は凄く感謝してると思うんだ。それにソルってやること成すこと人に強烈なイメージを刻み付けるから尚更」

「そうか?」

「そうだよ。エリオだってそうだし、私だってそうなんだよ?」

言われて、フェイトと初めて会った時のことを思い出す。

「あの時、私を助けてくれたソルの後姿が忘れられない。初めて見たタイランレイブの輝きが眼に焼き付いて離れない……今思うと、ソルが私の心に火を点けたのはあの時なんだよね」

ほんのりと赤く染めた頬を両手で挟み、熱の込もった上目遣いでとソルの表情を窺うフェイト。

自然な動きでフェイトの顔を一瞥したからソルは眼を瞑り、視線を元に戻す。

(別に可愛いだなんて……思ってない)

自分の気持ちを思いっ切り誤魔化すと、取り繕うように咳払いを一つする。

「……とにかく、この仕事やってると相手が犯罪者だろうがそうでなかろうが、人間の汚ぇ部分を見ることになるから覚悟しとけ」

「「「はーい」」」

「汚物は消毒しなきゃダメですぅ!!」

ツヴァイだけが微妙にズレた返事をしたことにソルは一人頭痛を堪えると、グリフィスから通信が入る。

『ソルさん。発掘地点と通信が繋がりません』

「ああ? トラブルか?」

『断言出来ませんが、恐らく』

視線の先を鋭く睨み、思考を戦闘に切り替えソルは不敵に口元を歪めた。

「……いや、どうやら合ってるみてぇだぜ」

遺跡の発掘場である目的地には、ざっと数えて二十は下らない数の機械らしきものが浮遊している。外見は青い俵型の機械を縦にしたようで、カメラアイなのか何なのか知らないが中央にレンズのような球体がいくつも填め込まれている。

<広域スキャン完了。民間人と思われる生体反応が二つ。機械兵器らしきアンノウンを多数確認。アンノウンは二つの生体反応を襲っていると考えられます>

すかさずクイーンの報告が入った。報告通り二人の男女がアンノウンから後退りして逃げようとしているのを肉眼で確認すると、ソルは飛行速度を一気に上げて間に割って入り後ろに二人の男女を庇う。

次の瞬間、アンノウンに填め込まれた球体から一直線にレーザーのようなものが発射されソルに襲い掛かるが――

<フォルトレス>

発生した緑色の円形状のバリアがその行く手を阻み、容易く防ぐ。

「無事か?」

「は、はい」

首だけ巡らし問う。

「あれは何だ?」

「分かりません。これを運び出していたら急に現れて……」

女の方が箱を抱えながら答えた。

それは十中八九、今回の仕事の目的のブツ。ロストロギアであろう。中身は一体何か知らないが。

(ロストロギアを求める機械兵器? まさか……)

あることが脳裏を過ぎり、意識を思考に埋没させようとした瞬間、上空からはやての大声が響いた。

「なんかよく分からんけど、とりあえず敵っぽいから先手必勝や!! 行くでツヴァイ!!」

「はい、マスターはやてちゃん!!」

「「ユニゾン・イン!!」」

白銀の光を放ちながらはやてとツヴァイをユニゾンし、いきなり呪文を詠唱し始める。

「くたばりやッ!!!」

声と共に杖を振り下ろす。同時に二階建ての一軒家並の大きさを誇る氷塊が機械兵器の群れに雹のように降り注ぎ、グシャッ、と音を立てて見る見る内にペシャンコにしていく。

あっという間に五本の指でも数えられる程度にまで減ってしまった機械兵器は、急に転進して逃亡を図る。

「逃がさない」

それを見て、なのはがレイジングハートの先端を向けて魔法を放つ。

「シュートッ!!」

桜色の魔力弾が幾筋もの光の帯を引いて追撃を掛けるが、機械兵器が突如として自身を覆うように淡い光を放つ。それがフィールドを形成し、着弾した魔力弾を溶かすように打ち消してしまう。

「無効化フィールド!?」

なのはがちょっと驚いたように声を出す。

(あれはAMF……やはり)

AMFを保有し、ロストロギアを求める機械兵器。ソルが次元世界で賞金稼ぎをすることになった切欠でもある物。

かつてのアレと眼の前のコレは形が全くの別物だが、特性は似通っていた。

「ちっ、やっぱりあれAMFだ。鬱陶しい真似してくれちゃって」

「機械兵器の癖に、うざったいね」

口汚く舌打ちするなのは、ぺっと吐き捨てるような口調のフェイト。

「だったら、AMFの処理能力を超える威力を叩き込んであげる……ディバイン、バスター!!」

「AMFだけで”発生した効果”まで打ち消せるものならやってみればいい……サンダーフォール!!」

舐めんな!! と言わんばかりに、なのはは極太の砲撃を、フェイトは金の落雷を機械兵器にお見舞いし、一体残らず跡形も無く消し飛ばすどころから地形すら変えるくらいに大きなクレーターを作ってくれた。

ソルが何か指示を出す前に勝手に殲滅してくれるとは、良いんだか悪いんだか……

『ソルさん!! 凄い魔力反応がありましたけど一体何が!?』

『アンノウンの消滅を確認!! 早い、流石はチーム”背徳の炎”です!!』

「……」

通信の向こうで狼狽しているグリフィスとやたら興奮しまくっているシャーリーの言葉に、ソルはリアクションに困ってしまう。

あの機械兵器。許可も無く勝手に全機破壊してしまったが、一機くらいは今後の為に回収用として残しておいた方が良かったんじゃないのか? 後でクロノに文句言われるかもしれないのは俺なんだよなぁ、と。

そして、今更既に手遅れなのだが三人娘の言葉使いが戦闘中の自分に似てきていることに、どうしたもんかな、と溜息をこっそり吐くのであった。










「何だこりゃー?」

眼下の巨大なクレーター――目的地である発掘場”だった”場所――を見下ろして、ヴィータが疑問の声を上げる。

完全な焼け野原。かなり広い範囲まで吹っ飛ばされていたことが、その威力を物語っていた。

発掘現場は跡形も無く、何かの爆発によって大地が深く広く抉られた傷痕が痛々しい。

「今回のロストロギアって限定核か何かだったのか?」

「ヴィータは漫画の読み過ぎだ、と言い切れないから怖いな。汚染物質は検出されない典型的な魔力爆発だったようだが、それに似た可能性も十分にある」

肩にアイゼンを担ぐヴィータに狼形態のザフィーラが苦笑する。

「う~ん。今日のお仕事は三人の研修っていうから比較的安全な内容だった筈なのに、何時の間にかキナ臭くなってきたわねぇ」

シャマルが頬に手を添えて、はあ、と溜息を吐く。

「目的地に辿り着いたはいいが、目的の物は謎の爆発を起こして消えてしまったらしい。ソル達の方ではロストロギアを狙うアンノウンが出現したと聞く」

現状を確認するように呟いてから、アインはサブリーダーであるシグナムに、どうする? と視線で問い掛けた。

シグナムは暫しの間顎に手を当て黙考し、やがて口を開く。

「その前にもう一度情報を整理して現状を確認しよう、グリフィス」

『はい』

すぐさま応答が返ってくる。

「状況の報告を」

『はい、現在ソルさん率いる護送隊はアンノウンを撃破。ロストロギア”レリック”を無事確保した後、チェックポイントの軌道転送ポートに向かっている最中です』

「アンノウンは?」

『反応多数、護送隊の進行方向に向かっているようです! 狙いはやはりロストロギアなのではないでしょうか? ソルさんが先程からそう仰っています』

「恐らくその言う通りだろうな」

シグナムは「よし」と一つ気合を入れる。

「これより我ら五人は護送隊の邪魔をしようとするアンノウンを叩く。運んでいる物がものだ。護送隊は戦闘を回避する方向で」

「異議無し。アタシとしては戦闘になったらソルが爆発させそうで怖いからシグナムの意見に賛成、一」

サブリーダーの決定にヴィータがコクコク頷く。

「それは言い過ぎな気がするが、あり得ないとは絶対に言えないからタチが悪い。ソルの場合、『こんなもんは人類に不要だ』などと言って自ら爆発させそうだ」

アインも反対しない。

「あいつはやると言ったら冗談でもなんでもなく本当にやるからな。以前もそれで遺跡を一つ丸々消し炭にしている」

数年前の海底火山のことを思い出し、ザフィーラが眼を細める。

「まあ、それがソルくんだから」

手で口を覆い隠し、シャマルがクスクス笑う。

「決まりだ。行くぞ!!」

「「「「了解!!」」」」





観測基地から誘導を受け高速で数分飛び続けると、俵型の機械兵器が群れを成し低空飛行しながら移動しているのを発見する。

追いついた。

『余計な心配かもしれませんが、対航空戦能力は未確認の上、AMFを有しています。お気を付けて!』

「ああ」

皆が気を引き締める中、シャーリーの注意を促す声が響き、シグナムが素っ気無く返す。

「大したことないとソルから聞いてはいるが、思ったよりも数が多いな」

「うじゃうじゃうじゃうじゃ、面倒臭ぇーなー」

よくぞ此処まで数を揃えたと感心するザフィーラと、数の多さに辟易したようなヴィータ。

「文句言わないの、二人共」

そんな二人をシャマルが嗜める。

「ふむ。ならば此処は私一人で任せてもらおう」

シグナムの隣を並走するように飛んでいたアインがそう言うと、ギアの”力”を解放し、背中から一対の漆黒の翼を、腰から一本の尻尾を顕現させ、一気に速度を上げる。

四人が呆気に取られている間に、機械兵器の群れに突っ込むように急降下。

何事かと機械兵器達が動きを止めるど真ん中で、アインは右手で手刀を作り、それに蒼い雷を纏わせる。

そして左足で一歩大きく踏み込み、爪先から足腰、肩、肘、手首、全身のバネと遠心力を最大限活かすように横一文字に一閃。



「ミカエルブレード」



振り抜いた手の動きに合わせて眩い蒼い光が放たれ、一瞬にして地面と平行に走った刹那、光が触れたもの全てを空間ごと削り取った。

斬り裂くというレベルの生易しい話ではない。まるで初めから存在していなかったかのように、文字通り光に触れた部分が”無くなっている”。

残ったのは、体積の八割以上を失って力無く崩れ落ちる機械兵器達の残骸。

しんっ、と静まり返った周囲を見渡して、アインは「こんなものか」と独りごち、髪をかき上げた。

彼女がギアになってもう五年。気を抜くと出力過多になりがちで加減が難しいこの”力”と肉体にも大分慣れてきていた。間違いなくこれまでの日々の訓練の賜物だ。私はギアとしてもう一人前なのでは? という考えに至り、ギアの一人前とは何だ? と自分で自分に突っ込みを入れ苦笑する。

初めて己の意志で”力”を使ってみた時は大変だった、と当時のことを思い出す。結界の中とはいえ加減を間違って周囲を吹っ飛ばしたこともあった。その度にソルに封炎剣の柄で散々小突かれ厳しい指摘をされた。

小突かれたり怒られたり拳骨食らったりを繰り返す”力”の制御訓練ではあったが、上手く制御が出来ると普通に褒められたので、訓練自体は嫌ではなかった。むしろ今でも好きである。何よりソルが自分の為に付き合ってくれるのが嬉しかったから。

とは言え、最近では、具体的には賞金稼ぎとして働き始めたくらいからは訓練自体が無くなってしまったことが少し寂しかったりする。

ソルが忙しいというのもあるが、制御が上手く出来るようになったのでもう必要無いというのが最大の理由である。

それでもやっぱりソルに構って欲しいアインだった。

仕方が無い。今度の休みに、以前のようにツヴァイと一緒に遊園地にでも連れてってもらおう、と心の中で画策しながら定置観測所に通信を繋ぐ。

「グリフィス、アンノウンの反応は?」

『え、ええと、アンノウンの反応、ロストしました……』

「一機残らず?」

『……はい。でも、一体どうやって? 三十機を超えるアンノウンを一瞬で――』

「何、大したことはしていない。少し本気を出しただけだ」

続いてアインはソルに報告を上げる為に繋いだ。

「こちらアイン。アンノウンを全機撃破した」

此処には居ないソルに向かってアインは胸を張る。どうだ? 褒めろ、と言わんばかりだ。

『全機? 随分仕事が早ぇな』

「この程度、造作も無い」

『一機も残らずか?』

「ああ。一機残らず粉微塵だ」

『……そうか、一機残らず粉微塵か……』

「どうした?」

通信越しの彼の口調が若干歯切れが悪いことに訝しむ。まさか自分は何か致命的なミスでもしてしまったのであろうか? もしそうだとしたら、とてつもなく凹む。

だが、アインの心配は杞憂に終わった。

『いや、なんでもねぇから気にするな。よくやってくれた、これで仕事の半分は終わりだ、お疲れ。合流地点に集合しろ』

労いの言葉を残して通信が切れる。

「……久々にソルに褒められた気がする」

一言でもいいから何か言って欲しいなあ、と淡い期待をしていたら本当に褒められた。

仕事中は無表情なアインではあるが、その感情を表すように黒い尻尾が振り子のように左右に大きく振られる。まるで飼い主に愛撫してもらっている子犬のように、それはもう激しくブンブン振っていた。

そんな彼女の背後で、拗ねている者が一名。

「あのくらい、私にだって出来るぞ……」

シグナムだ。出番を独り占めされて悔しいのか、ソルに褒められたことが羨ましいのか、もしくは両方か。

更にその後ろで「アタシ今日なんもしてねー、給料泥棒だー」とぼやくヴィータに同意するシャマルとザフィーラが居た。









[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期14-α 戦史は、警鐘を見つめ
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/04/17 01:41


世間はゴールデンウィークに突入し、誰もが思い思いの連休を過ごしている。

それはソルと仲間達も例に漏れず、ゴールデンウィークに合わせて皆で休暇を取っていた。

だが、今回は今までと勝手が違う。

ユーノがこの連休を利用して帰省すると言い始めたのを切欠に、じゃあ今年のゴールデンウィークは皆で旅行とかに行かないで各々が好き勝手にするか、という話になり、皆が皆、好きに余暇を使うことになる。

言いだしっぺのユーノが朝早くから出発し、アルフもついて行ったらしく姿が見えない。ヴィータも近所でゲートボール大会がどうとかで颯爽と居なくなり、あっという間に高町家から三人が居なくなった。

子ども二人は昨晩から子犬形態のザフィーラを連れて、父親の家でお泊りだ。

「私も友達の家に遊びに行ってくるから」

続いて美由希も居なくなってしまった。

「桃子、たまには二人っきりでドライブしないか?」

「喜んで」

士郎と桃子が甘ったるい空間を見せ付けるように車に乗り込んだ。二人を乗せた愛車(二つの意味を持つ)はヒャッホウー、といった感じでエンジンを唸らせると排気ガスを吐き出し何処かへと消えた。

そして、取り残されたのは特に予定も無い女が六人。

恭也は春先に忍と結婚して婿養子となり家を出て行ったので既に居ない。

とりあえずソルに連絡してみると。

『ついさっき、暇だったら時間をくれとかなんとかクロノから呼び出し食らったから無理だ。悪ぃな』

寝起きだったらしく、欠伸交じりの答えが返ってきた。



――おのれクロノォォォォォォォォォッッッ!! ていうか、どうしてお邪魔虫は何時も男!?



暫しの間、六人は気が済むまでこの場には居ないクロノに呪詛の言葉を吐き続け、その後折角の休日をどう過ごすか相談することに。

……どうする? たまには女だけで買い物にでも行こっか? それ名案や。なら私新しい服買いたいです。服か、良いかもしれん。なら決まりだ。という短いやり取りが行われミッドチルダに赴くことが決定した。

ちなみにアリサとすずかも誘いたかったのだが、前々から私用で今年のゴールデンウィークは無理だと言われてしまったので残念ながら買い物には不参加だ。

それぞれがそれぞれのゴールデンウィークを堪能する日々になるだろう。

誰もがそう信じて疑わなかった。

だが――










背徳の炎と魔法少女 空白期14-α 戦史は、警鐘を見つめ










クロノから呼び出され、集合場所として指定された場所は意外にも本局ではなく聖王教会だった。

直接的な仕事の話ではないと言われたので、ツヴァイとエリオも連れてきている。あとついでにザフィーラも。

どういう意図があって呼び出したのか皆目見当も付かないが、行ってみれば分かるだろうと思い直し、ツヴァイとエリオを十分交代で交互に肩車しながら俺達はベルカ自治領に向かう。

教会本部に辿り着く。行き交う連中から挨拶として声を掛けられたり会釈されたりするのを適当に応えつつ歩を進めると、クイントに遭遇した。

こいつが此処に居る理由はだいたい予想はつく。どうせ運動不足だとか、身体を動かしたくなったとか、鈍らないようにとかで模擬戦の相手を求めているんだろう。何時もシャッハと嬉々として殴り合ってるからな。

「あ、ソルだ。女連れじゃないなんて珍しいわね」

「俺が四六時中女連れみたいな言い方やめろ」

「そう? ソルが女連れじゃないのってウチで飲み会する時くらいでしょ。仕事の時は常に誰か傍に居るし。で、その二人の子どもは誰との間に出来たんだっけ?」

「……前に話したろ。ツヴァイとエリオだ。間違っても俺があいつらを孕ませた訳じゃ無ぇから、そこんとこ勘違いすんじゃねぇぞ」

「ちっ、つまらないわね」

「なんでこれ見よがしに舌打ちすんだよ……せめて聞こえないようにしろ」

朝の挨拶としては酷い言葉の応酬だ、と胸中で嘆きつつ、そういえばクイントがガキ共と直接顔を合わせるのは初めてだったことを思い出し、二人に自己紹介させる。

「初めまして。エリオ・モンディアルです」

「同じく初めまして。リインフォース・ツヴァイです」

「はい、初めまして。クイント・ナカジマよ。二人のことはソルから聞いてるわ。自慢の子ども達だって」

和気藹々と挨拶が交わされる。

「僕達も父さんからクイントさんのお話は伺ってます。三度の飯より殴り合いが好きな人だって」

「エリオ、違うですよ。殴り合いが好きなんじゃなくて、人を殴るのが趣味の人って聞きました」

「え? そうだっけ?」

「そうです」

首を傾げるエリオに対して自信満々にツヴァイは言う。

「……ソル、どういうことかしら?」

剣呑な眼差しがクイントから放たれるが、構わずしれっと言ってやった。

「違ったか?」

「違うわよ!! 確かに殴るのは快かゲフンゲフン、模擬戦は好きだけど、ご飯を食べる方が圧倒的に好きだわ!!」

「……」

訂正入れるところはそこかよ。俺はリアクションに困って閉口してしまう。

「結局、人を殴るのが好き、という部分は否定しないのだな」

足元でお座りしていた子犬ザフィーラが呆れたように呟いた。





クイントは途中で出会ったシャッハと仲良く訓練場へと行ってしまい、エリオとツヴァイもそれを見学したいとのことなのでついて行った。

俺は子犬ザフィーラを従えて教会の建物に入る。

使用人の案内を受け、ある部屋の前まで辿り着いた。

ノックもせずにドアノブを捻り、中へ。

「よく来てくれたな、ソル」

まず一番最初に眼についたのは、椅子に腰掛けて紅茶を飲む制服姿のクロノ。

こちらの姿を確認して恭しく頭を下げるカリムに迎えられ、俺はクロノの対面に座り、ザフィーラはすぐ傍で伏せの状態になる。

「休暇中にわざわざ呼び出しやがって、一体何の用だ?」

「そう急くな。言われなくても話すつもりだ」

クロノはティーカップをソーサーの上に置くと、両肘をつき、両手を顔の前で組み合わせた。

「相手がお前だ、御託や長い前置きは省いて単刀直入に言おう。新しい部隊を創設したいからお前に協力して欲しい」

「は?」

「新しい部隊を創設したいからお前に協力して欲しい」

「いや、ちょっと待て。管理局員でもねぇ俺にいきなり何を――」

「新しい部隊を創設したいからお前に協力して欲しい」

「……話が見えんぞ。つーか待てって」

「新しい部隊を創設したいからお前に協力して欲しい」

「待てっつってんだろが!!」

壊れたオーディオ機器みたいに同じ言葉を繰り返すクロノがなんか腹立ったので、ダンッ!! とテーブルに拳を振り下ろして黙らせる。この行為にカリムが横でビクッと驚いていたが気にしない。

「む? 何を怒っているんだ?」

「一から説明しろ。訳分かんねぇよ」

「普段からお前は『御託は要らねぇ』とか言ってるじゃないか」

何を言っている? と困惑顔になられても……俺の方が困惑してるぞ。

「クロノ提督、流石に今のは言葉が足りないかと……」

カリムが苦笑いを浮かべて指摘し、クロノは「それもそうか」と独り言を呟くと、咳払いをしてから再び語り出した。

「まず質問させてくれ。此処一、二年の間で、色々な次元世界で賞金稼ぎを名乗る若い魔導師達が出現し、名乗った通り賞金稼ぎとして活動し始めていることを知っているか?」

「……賞金稼ぎ? 俺達みてぇにか?」

「ソル達みたいだと言えばそうであるし、そうでないとも言える」

クロノの妙な言い回しに訝しむ。勿論、答えはノーだ。俺達は自分がやる仕事に対しては徹底的に情報を集めるが、それ以外に関しては無頓着だからだ。同業者なんぞ知ったことではない。

「知らないのなら次の質問だ。お前は、初めて自分が管理局に”背徳の炎”として認知されたのは何時か覚えているか?」

俺は腕を組んでから体重を背もたれに預け、天井を見上げながら記憶を探る。

「あれは、闇の書事件が終わった次の年のバレンタインデーの後だったから、確か六年前だ。初めてクイントと会ったのもそん時だったな」

「当時のお前は何をしていた?」

「何って……短い期間だったが、犯罪組織とか違法研究所を潰し回ってたのは知ってんだろ、しかもかなり派手に。だから”背徳の炎”の噂が管理局内で広まったんだろうが」

昔の事実を確認するように聞いてくるクロノの意図がイマイチ掴めず、ぶっきらぼうに返事をした。

「なら、お前はその時に助けた人達のことを覚えているか?」

「覚えてる訳無ぇよ。一体何十人助けたと思って……?」

言い掛けて、あることに気付く。

俺が助けた連中の半分近くは、高い魔力資質を持つ子ども達ではなかったか? 犯罪組織や違法研究所で囚われの身となり、悪用されそうになったり実験台にされそうになったりしていた者達ではなかったか?

それ以外は普通に犯罪に巻き込まれた被害者ではあったが……

先程クロノは、”賞金稼ぎを名乗る若い魔導師達”が現れていると言っていた。

(あ)

脳裏に六年前の光景が過ぎる。俺が”背徳の炎”として噂される切欠となった一番初めの誘拐事件。



――『なら、ならせめてお名前だけでも教えてください!!』



犯人共から子どもを取り返した時、被害者の母親から懇願されて、俺は何て答えた?



――『……ただの賞金稼ぎだ』



その後も俺はこの台詞を決まり文句のように言い続けた。それは今でも変わらない。

(ああ!!)

二週間前の三人娘の研修を兼ねた仕事。あの時の興奮したシャーリーの言葉が再生される。



――『陸海空の様々な難事件や犯罪者を相手に何処からともなく現れて難無く解決、去り際に一言『ただの賞金稼ぎだ』という言葉を残して風のように姿を消す! 管理局に所属していない、賞金稼ぎを名乗るミステリアスな紅蓮の魔導師!!』



――『彼にトラウマを植えつけられた犯罪者は数知れず、彼に救われた人々は星の数!!』



(まさか……!!)

そして、シャーリーのリアクションに対してフェイトは何て言っていた?



――『でも私、シャーリーがソルに憧れる気持ち、なんとなく分かるよ。ソルはただ仕事をこなしたとか、自分が勝手にやったことだって思ってるだろうけど、ソルに助けられた人達は凄く感謝してると思うんだ。それにソルってやること成すこと人に強烈なイメージを刻み付けるから尚更』



――『そうだよ。エリオだってそうだし、私だってそうなんだよ?』



――『あの時、私を助けてくれたソルの後姿が忘れられない。初めて見たタイランレイブの輝きが眼に焼き付いて離れない……今思うと、ソルが私の心に火を点けたのはあの時なんだよね』



あれから六年経過している。当時が子どもでも、六年もあれば就業年齢が地球と比べると遥かに低いミッドや他の次元世界出身者は、既に働いていてもおかしくない。

「その顔を見る限り、経緯と現状のだいたいは理解してもらえたようだな」

ニヤニヤと含むような笑顔でクロノは紅茶を啜る。

つまり、六年前に俺が助けた子ども達が当時の俺に憧れて、その中から賞金稼ぎを生業としている者達が現れて、増え始めてきたと、そう言いたいらしい。

「俺の所為ってか?」

「お前の所為? 何のことだ? 誰もそんなこと一言も言ってない……まあ、頭がコンクリートみたいにお固い上の連中は、お前の真似事を始めた魔導師達が気に入らないみたいだけどな」

それもそうだろうな、と俺はクロノの言葉に頷いた。フリーの魔導師として働くくらいなら、入局して欲しいというのが管理局の言い分だろう。実際、俺も現場で何度も勧誘された経験がある。生憎と全部突っぱねたが。

「でだ。頭でっかちの上が僕達ハラオウンやレティ提督に文句を垂れるのさ。あの連中を何とかしろ、”背徳の炎”のような管理局の威信に泥を塗る真似を平気でする厚顔無恥な者共を取り締まれ、と」

「お前らは何て返事したんだ?」

「無理、これの一点張りさ。彼らは犯罪者でもなければ違法な行為を行っている訳でも無いので、いくら管理局の権限を用いても不可能です、それとも何の罪も無い民間人に無実の罪を着せて捕まえろと? って逆に詰め寄って追っ払った」

「……」

管理世界での魔法の使用は管理局法とやらで規制されているが、それは魔法を労働力として使うことに対してまで法的な権限を有していない。あくまで他人の迷惑になるようなことや、法に触れるようなことさえしなければいいのである。

それに非常事態というのもあるし、正当防衛などもある。言い訳などどうとでも出来るのだ。

「それでもあんまりにしつこいから、ついに母さんとレティ提督がキレてな。だったら何とかしてやるよ、って意気込んで……」

リンディとレティの二人がねぇ。なるほど、何を企んでるのか段々分かってきたぞ。

「さっきは部隊を新しく創設すると言ったが、実はこれは詭弁だ。部隊と言うよりも管理局傘下の組織を創設するからな。賞金稼ぎを統括するギルドのような組織を管理局主体で、というか僕達で運営しようということだ」

「俺が今日呼ばれた理由はそれか」

呆れ交じりの溜息を俺が吐くと、クロノはニヤリと口元を歪め、眼を細める。

「ああ。お前は、”背徳の炎”は今や一種のカリスマの塊だ。特に年若い局員やフリーの魔導師、教導を受けた聖王教会騎士団員、そしてお前にかつて救ってもらった人達にとってはな」

カリスマ……そんなもんが俺にあるのか非常に疑わしいのだが、以前のシャーリーの態度などといった思い当たる節は悲しいことにいくつも存在するのであった。

「客寄せパンダになれってか」

「要約するとそうなる。お前の名前を出すだけで今好き勝手に動いている賞金稼ぎ達はこぞって集まるだろう。そこに上手くギルドとしての運営を噛ませて、一人ひとりを嘱託に似た扱いとして登録して仕事の斡旋を行ったりすれば、一つの纏まりが出来上がるだろう?」

「私達聖王教会もこのお話には全面的にバックアップさせて頂く所存です」

これまで沈黙を守っていたカリムがクロノの言葉を引き継ぐ。次いで二人が俺に予定構想図を提示する。事細かな説明を黙って聞きながら、俺は顎に手を当て考えていた。

確かにギルドのようなものが立ち上がれば、一個人の、フリーの魔導師としての仕事ではなく、経済の流れの一環として成り立つ。無秩序にあっちこっちで仕事をされるよりも、ある程度の枠組みを構築し管理下に置き御することが出来れば様々な面でメリットが出てくる。

しかも管理局傘下の組織だから上から文句を言われる筋合いは無い。

だが、これには大きな問題がある。

まず初めに、クロノが言う頭でっかちな上とやらがこんな組織を認める訳が無い。ただでさえ”背徳の炎”ですら煙たがられているというのに、そんな連中を集めた組織なんて逆立ちしたって認めてもらえない。

次に人材の問題がある。賞金稼ぎをやらせるくらいなら管理局に引き込みたい筈だ。万年人手不足の管理局が黙っているとは思えない。

最後に組織の規模だ。フリーの魔導師で賞金稼ぎを生業とする以上、最低でも”それなりの実力”が必要である。何故なら賞金稼ぎって仕事は思った以上に割に合わない仕事が多く、当たればでかいが外れればただ働き同然だからだ。で、ギルドに所属するならば”それなりの実力”があるってことで、ギルドってのはそういう奴らが徒党を組んだ集団のことを指す。

説明を聞く限り、管理局主体の傘下組織とは言うものの管理局内外問わず、それどころから聖王教会からも志望者を募って人を集めるとかクロノとカリムは抜かしやがる。

そんなに大量の魔導師を集めて戦争でもするつもりかと言いたい。

そして、俺がこう思った以上は、俺以外の誰かがそう思う可能性は大いにあり得る。中には、管理局に謀反を企ててるんじゃないか、と思う者が出てくるのかもしれない。

万が一にもそんな組織が立ち上がってしまったら、次元世界は水面下で冷戦も真っ青な緊張状態に陥ってしまう。本末転倒である。

故に無理だ。不可能だ。おまけに俺を旗印にしたいとか、どんだけ反感を買いたいんだ。

っていうか、拠点をミッドチルダにしたいという時点で地上本部に真正面から喧嘩を売っている。しかも後見人が全員”海”出身と聖王教会の関係者で、地上の一部からはゲンヤを筆頭に協力してもらえると約束してあるだと?

組織同士の下らんいざこざに巻き込まれるのはご免被りたい。

だから――

「断る」

俺は思いついた限りの指摘をした上ではっきりと告げた。

リンディやレティ、そしてクロノとカリムが何故このような考えに至ったのか、なんとなく察することは出来るが話の色々な部分が破綻しているというか、ぶっ飛んでいる。

大いにメリットを見込めるのは確かであろうが、起こり得るデメリットとリスクを想定していない。要は具体性が足りない為、絵空事にしか聞こえないのだ。

先の通り、認可や規模の問題が存在し、それ以外にもクリアしなければならない障害が山程ある。

故に断ることにしたのだが、クロノは全く怯んだ様子も無く素直に頷いた。

「だろうな」

むしろ俺が断るのを分かっていたように。

「なら、お前が今指摘してくれた部分をどうにか出来れば、なんとかならないか?」

「……」

「どうしても削らなければならない部分は削る、妥協しなければいけない箇所は妥協する、縮小しなければならないのなら縮小しよう、その上で骨子だけはしっかりと整える。これなら?」

「……出来る、かもしれねぇな」

それでも圧倒的に出来ないと思う方が強いが。

「何、別に今すぐの話じゃない。もしかしたら数年越しにこういうことになるかもしれない、っていう仮定の話だ」

「それじゃあさっきのリンディとレティがどうたらって話と矛盾するぞ」

「それはそれ、これはこれだ」

煙に巻くような弁舌のクロノを、俺は探るように睨み付ける。

「クロノ、一体何を企んでやがる?」

すると、クロノは真剣な表情になって俺のことを見返した。

「お前には、”今は”言えない」

「んだと?」

「だが、時が来ればいずれ話す。必ずだ。それまで時間をくれ、その間に考えておいて欲しい」

少なくとも視線を逸らそうとしないクロノの眼は嘘を言っているようには見えない。

「……”今は”言えない理由が関わってくるのか?」

数秒考えて投げ掛けた俺の問いに、クロノは「分からない」と首を振る。

「お前にとって今日僕と騎士カリムが話した内容は怪しいことだらけかもしれない。何か企んでるのかと疑われても仕方が無いと思う。だけど、これだけは信じて欲しい」

「何をだ?」

続きを促すと、クロノは親しい友人に向けるような笑みを浮かべた。

「ソルには、いや、ソル達には何時だって僕達の味方で居て欲しい……何故なら、キミ達を敵に回したら僕達には勝ち目が無いからな」










退室したソルの後姿を見送って、クロノは大きく溜息を吐き出すとテーブルに突っ伏した。

「疲れた……ソルに隠しごとをした状態で話をするのは心臓に悪い……」

精も根も尽き果てたのか、口から魂を垂れ流しているようなクロノの姿に対してカリムは訝し気な表情になる。

「クロノ提督」

「何ですか、騎士カリム?」

「何故、預言のことをソル様にお伝えしてはいけなかったのですか?」

ことの発端はカリムが自身の希少技能によって生成する預言書に現れた文章。

ゆっくりと上体を起こして、クロノはカリムに向き直り、預言の文章を思い出す。



『罪深き業を背負いし太陽が照らす、旧い結晶と無限の欲望が交わる地

 死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る

 死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち

 それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる』



まるで大昔の詩のようなそれは、内容が酷く物騒なものであった。

「理由は二つあります」

「教えてください」

「理由その一、預言なんてソルに伝えても『下らねぇ』の一言で一蹴されるのがオチです」

その光景が容易に想像できたのか、カリムは苦笑したままコメカミに汗を垂らした。

「理由その二、預言にソルを示す一文が存在するからです。預言である以上、本人には知らせない方が良いと判断しました」

「それは初耳です!! どうして初めてこれを見せた時に仰ってくれなかったのですか!?」

驚愕に表情を歪め、突然大きな声を上げるカリムにクロノは呆ける。彼女は我に返ると「すいません、急に大声を上げて、はしたなかったです」と頬を羞恥に染めて蚊の鳴くような声で謝罪する。

カリムの言い分はもっともだ。まだまだ解読や解釈は進んでいないが、少なくともロストロギアを切欠に始まる管理局の危機が示唆されているというのに。

コホンッ、と咳払いを一つしてクロノは続けた。

「ソルを表す部分は、この『罪深き業を背負いし太陽』という部分です」

「何故この部分がソル様を意味してるとお考えになるのですか?」

問いには即答せず、クロノは一度紅茶で喉を潤す。すっかり冷え切ってしまった紅茶はあまり美味くないなと思いつつ、空になったティーカップをソーサーに置く。

「ソルとは、地球の古い言葉で『太陽』『太陽神』『擬人化された太陽』を意味しています」

「……それは、偶然なのでは?」

「根拠はこれだけではありません。では逆に質問させてください、騎士カリム。たった一度でも構いません、ソルが少しだけでもいいから本気になって力を振るった光景を見たことがありますか?」

質問に彼女は無言で首を振る。ソルが他の魔導師や騎士達と比べて圧倒的に強いというのは知っているが、本気なった姿は一度も見たことが無い。

「僕はかつて、二度、この眼で見ました……紅蓮の炎が触れるものを全て消し炭に変え、眩い光が世界を照らす、あの太陽の輝きを」

クロノの脳裏には六年前の二つの事件が終局を迎えた瞬間が再生されていた。



――『終わりにするか』



PT事件の最後、暴走するジュエルシードを時の庭園ごと消し去ったあの”力”を。



――『ナパァァァァァァァァァム、デスッ!!!』



闇の書事件の最後、黄金に光輝く竜が全身全霊の”力”を込めて繰り出した必殺の一撃を。

刻み込まれた記憶。それは何時までもクロノの中で存在し続けている。ソルのことを思い出す度に当時の光景が脳裏に蘇る。あの輝きを自分は一生忘れることは出来ないだろう、と何の疑いも無く思う。

「では、この『罪深き業を背負いし』という部分については?」

至極当然の質問を受け、クロノは周囲を見渡し自分達以外に誰も居ないことを確認してからカリムに耳を貸せとジェスチャーした。

(これはあまり詳しく言えないのですが、ソルは過去に大きな罪を犯しています)

内緒話をするように声を潜めるクロノ。つられてカリムも声のボリュームを下げて周囲には聞かれないようにする。

(ソル様が?)

(信じられないでしょうが事実です。規模で現すと、次元世界レベルでのテロリズムが可愛く思えることを仕出かしました)

(そんな!?)

聞かされた事実にカリムはショックを隠せない。騎士として、魔導師として、教導官として、一人の男として彼を尊敬しているだけに。

(あいつが戦う理由の半分は贖罪の為、残り半分はもう二度と同じ過ちを人類が繰り返されないようにする為です)

(……とても信じられません)

(まあ、無駄に背負い込む性格の所為で本人が勝手にそう思い込んでるだけであって、実際はそこまででもないんですけどね)

(どういうことですか!?)

「事故みたいなものです」

からかわれているのか、と頬を膨らませるカリムにクロノは肩を竦め立ち上がる。

「もう行きます。仕事があるので」

「ソル様のことをこれ以上教えてはくださらないのですね」

溜息を吐く彼女の横顔を見て、クロノは苦笑。

「知らない方がいいですよ」

「理由を聞いても構いませんか?」

「理由? そんなのは簡単です。僕と母さんはソルの過去を知ってしまった。けれど、それを他言無用ということを約束に生かしてもらっています」

「は?」

「つまり、僕達親子は首の皮が一枚繋がっている状態なんですよ」

彼は親指を立てると自分の首を掻っ切る仕草をして、何処まで本気なのか分からない冗談交じりの笑みを浮かべるだった。


























後書き


だあああああ!! 空港火災の話書くつもりが、何をどう間違ってこうなったちくしょうー!!

次こそは空港火災の話を書ければいいな、と思っています。

次回は空港火災のお話、そして次はキャロが登場するお話!!

絶対に書いてやる、と意気込んで自らの首を絞めて窮地に陥るの術!!


PS

タイランレイヴの表記は初代、ゼクス以降はタイランレイブと表記されているので、誤字じゃないですよ。







[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期14-β 炎の中で
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/04/22 15:47



「どうしました二人共!? もうギブアップですか? この程度でソル様のお子様だとはとても思えません」

シャッハの挑発を聞いて、膝をついて肩で辛そうに呼吸していたエリオが顔を上げ、反骨精神満載の眼になると立ち上がる。

「……まだまだ」

まだ声変わりが始まっていない高い少年の声と共に、バチッ、とエリオの周囲に火花が舞い、空気が帯電し、徐々に魔力が高まっていく。

彼の体格に合わせた長さを持つ槍の形をしたデバイス”ストラーダ”を構え直す。

「何を言ってるですかシスター。これからが面白くなってくるんですよー……」

その隣でツヴァイも己のデバイス”蒼天の書”を油断無く広げ、何時でも呪文の詠唱を出来るようにした。

二人の足元にそれぞれの魔力光を放つ魔法陣が現れた瞬間、シャッハが突撃をかまし、応じるようにエリオが踏み込んだ。

金属同士がぶつかり合う甲高い音が響いた後に、一際激しく三人の魔力光が瞬いた。





「なんであいつら、シャッハと模擬戦してんだ?」

クロノとカリムの話を聞き終えて訓練場に足を向けると、子ども相手にガチンコでやり合う大人気無い暴力シスターとしっかり息子とダメ娘が視界に映るではないか。

「あ、お帰り」

休憩中なのかスポーツドリンク片手にベンチに座っているクイントが手をひらひら振ってくるので、その隣に腰を下ろす。

子犬ザフィーラを抱え上がると膝の上に乗せて頭を撫でる。

「流石は育ての親がソルよね。二人にはさっき何度かヒヤッとさせられたわ」

「……お前もかよ」

此処に大人気無い大人がもう一人居たことにソルは溜息を吐く。

「それにしても二人が持ってるデバイス、馬鹿みたいに性能良いじゃない? あれ、ソルが作ってあげたんでしょ?」

「元々ツヴァイははやて用の融合デバイスだからな。それなりのもんを与える必要があった。エリオにはデバイスなんぞくれてやるつもりはこれっぽっちも無かったが……」

「せがまれたのね、お父さん?」

「ツヴァイだけ持ってるのはズルイ、ツヴァイだけ仕事の手伝いさせてもらえるのに、どうして僕にはデバイス一つ作ってくれないんですか? って泣きつかれてな」

なのは、フェイト、はやての三人がソルの仕事を手伝うのに合わせてツヴァイも出張るようになったのを切欠に、エリオがソルに対して初めて我侭を言うようになったのである。

「で、作ってあげちゃったの?」

「そう簡単には作ってやらねぇよ。こう見えても最初は大喧嘩したんだぜ」

「家の中が滅茶苦茶になったな、そういえば」

ザフィーラが遠い眼をして青い空を見上げた。嵐のような大喧嘩の所為で真っ黒焦げになった物品は数知れず。それらが炎によってそうなったのか、雷によってそうなったのかは、それを目の当たりにしていたザフィーラにも判別付かない。当時の光景はとにかく酷いの一言だった。

「一ヶ月掛かって、結局ソルが折れた。エリオの粘り勝ちだ」

「マジでしつこかったなあの野郎……つーか、なんで俺が子育てすると俺に似て欲しくないところが似るんだろうな?」

「今更何を。お前が親だからだ」

本気で頭を抱え始めるソルを尻目に、ザフィーラが纏めた。

「紆余曲折を経て、普段から全く我侭を言わないエリオにご褒美として、護身用という意味合いも兼ねてデバイスが制作された」

「へー」

自然とエリオの姿を視線で追うと、シャッハと真正面から打ち合っている。

ちなみにエリオのバリアジャケット姿はソルとお揃い。つまり聖騎士団の制服を模したものだ。白を基調にしたズボンと上着、黒のインナー、グローブ、赤いブーツと装飾。ヘッドギアこそ無いものの、父と同じ姿にエリオはこのバリアジャケットがいたくお気に入りだ。

「ところで話は変わるんだけど、クロノ提督と騎士カリムの二人とどんな話してたの?」

「あー、それはだな」

ソルは俯いていた顔を上げ、先程話し合った内容をそっくりそのままクイントに語った。





「私は悪い話じゃないと思うんだけど」

「実現可能かどうかは微妙な線だがな」

話を聞き終えたクイントの感想にソルは顔を顰める。

「でも、賞金稼ぎのギルドとしての役割だけじゃなくて、騎士団にしてる教導みたいなこともするんでしょ?」

「志望者には、って話だが、あくまで仮定の話だぜ」

「いいじゃない、仮定の話なんてするだけなら損はしないわ。もしそうなったらウチのギンガをソルにお願いしたいし」

「そういやギンガは陸士の候補生になっちまったんだっけな」

タバコを吸いたい気分になってきたのを誤魔化すように、ソルは青い空を見上げて溜息を吐きながら呟いた。

「ゲンヤは反対しなかったんだって?」

「個人的には局員になって欲しくないって本人に言ってたけど、俺の意思でギンガの人生を歪めるのは嫌だって」

「意見が食い違うと最終的に模擬戦へと発展する我が家とは大違いだな」

「黙れザフィーラ。ウチはウチ、他所は他所だ」

「……」

まるでお母親のような台詞が、ぼそっ、と不機嫌な声で紡がれたのでザフィーラは言われた通り押し黙る。無自覚なのかそうでないのか。お前は何処の主夫だと突っ込みたくなってしまうと心の中で苦笑しながら。

「そうか……ギンガが魔導師か」

候補生とはいえ三人娘よりも年が低い少女が管理局の魔導師として働くという事実。ミッドチルダの就業年齢は骨身に染みていたが、やはり個人的には気に食わない。

「お前は反対しなかったのかよ?」

「え? そりゃギンガがちゃんとやっていけるか不安だし、将来は危険な任務に着くかもしれないから心配だけど、あの子の人生に私がつべこべ言うのは間違ってない?」

質問を質問で返すクイントにソルは苛立たしげに舌打ちをする。これが地球育ちの自分とミットチルダで生まれ育ったクイントとの価値観の違いか、と。

「不安や心配があるのに反対意見の一つも出さねぇのか? テメェ、一度死に掛けたんだぞ。そん時、周りにどれだけ迷惑掛けたか分かってんのか? 今度は立場が逆転するとか、思いもしねぇのかよ?」

「ソル、お前はさっき自分でウチはウチ、他所は他所だと言って――」

「黙れザフィーラ」

「……」

手厳しい指摘なんぞ最後まで言わせない。赤の他人の余計な口出しだというのはソル自身重々承知の上で、ただひたすらクイントを睨みつける。

クイントは口を開かず黙したままソルの真紅の瞳を見返し、そのまま沈黙が訪れた。

離れた所から怒号と雷鳴と爆発音が聞こえてくるが、一切気にしない。

やがて、クイントは疲れたようにポツポツと話し始める。

「正直、ギンガが魔導師になるのは複雑よ。昔は私に憧れて将来は魔導師になることを能天気に手放しで喜んでたけど……あの事件以来、もしギンガが私みたいになったらって想像してみると、怖くて」

ソルとザフィーラは耳を傾けた。

「でも、あの子は魔導師になるって決めちゃって、その為の道を歩み始めているの。今更やめてなんて言えないわ」

独白を聞きながら、ソルはなのはとフェイトとはやての顔を思い浮かべ、次に視線を模擬戦中のエリオとツヴァイに向けた。その胸の内では様々な感情が渦巻いている。

「だから覚悟を決めたの。あの子の人生はあの子のものだから、たとえ私が母親であろうと先駆者として助言と忠告くらいしか出来ない。上から押さえ付けるような真似はしたくないし、そんなことしてもあの子は納得しないわ。だったら、後悔しないように一生懸命やりなさいって思う。あの子が自分で考えて、自分で決めた道だから」

「……そうか」

瞼を閉じると、ソルはギンガについてはこれ以上追及しないと心に決めた。



――自分で考えて、自分で決めろ。



かつてソルが子ども達に向かって何度も口にした台詞。意外と使い古された言葉なのかもしれない、と胸中で呟く。

「ギンガはもういいとして、スバルは?」

そして話題を姉から妹へ変える。

「スバルなら心配要らないわよ。あの子は痛いのも苦しいのも嫌いだから魔法も喧嘩も嫌いだし」

「流石スバル、良い子だぜ。そのまま普通に育って欲しいもんだ」

そういえばクイントと酒の席で殴り合いをしている時、ビクビクしながらビデオカメラを回していたのを思い出す。

「嫌いなものから逃げてばかりでは、人間として成長する上でダメだと俺は思――」

「黙れザフィーラ。他所の教育方針に余計な口出ししてんじゃねぇ」

「お前が言えた台詞では――」

「俺は黙れと言った」

「……いくらなんでも理不尽だ……」

さっきからあんまりと言えばあんまりなソルの態度に完全にへそを曲げてしまった子犬ザフィーラは、ソルなんて嫌いだい、って感じに彼の膝の上から飛び降りると小走りで何処かへ行ってしまう。

視界から消え去ろうとするザフィーラの後姿を、あ……俺のワン子、とほんの少しだけ寂しそうに見送るソルであったが、腹減ったら勝手に戻ってくるだろう、後でジャーキーでも買って機嫌取ろう、と思い直し気にしないことにする。

「やっぱり男って、身内の女の子が戦うのって嫌がるもんなの?」

「ああン? どういうこった?」

突然クイントから投げ掛けられた質問の意味がよく分からず聞き返す。

「どういうことって文字通りの意味よ。知り合いにもソルと同じ考え方の人が居るから。その人の場合もソルと一緒で妹さんが将来執務官になるって躍起になってて」

「ふむ」

「ティーダ・ランスターって覚えてない? 何年か前に違法魔導師からソルが助けた管理局の男の子」

言われてから記憶を探り、五秒きっかり考えて返答する。

「その条件なら腐る程居るから、イチイチ覚えてねぇよ」

「ええええ~? ティーダ・ランスターよ、本当に覚えてないの? 貴方わざわざお見舞いまでしたじゃない」

信じらんない、と非難がましいジト眼になるクイント。

「見舞い? 俺が?」

「そうそう」

うんうん、と頷かれるのでもう一度頭を捻ってみることに。

珍しい検索条件が追加されたことに若干驚きつつ、クイーンにも協力させて過去に関わった事件を調べると、該当項目が一件だけ浮かび上がった。

「……ああ、そういやあったなそんなこと。すっかり忘れてたぜ。結構優秀だったらしいが怪我が元で前線復帰出来なくなっちまったオレンジ頭の若い奴だろ? 確かに同じ髪の色したガキがそん時一緒に居たな。妹ってそいつか?」

「うん、ティアナちゃんって子。普段はお兄ちゃんっ子でとっても良い子なんだけど、いざその話になると急に頑固になって、執務官になるんだって言って困らせるとかなんとか」

局内ですれ違ったりするので、雑談とかよくするらしい。その時に話を聞いたとか。

「で、ティーダって野郎は俺みたいに妹を魔導師にしたくない、と」

「そういうこと」

「……そいつとは美味い酒が飲めそうだ」

同じ悩みを持つ者が存在することに喜び、冗談交じりに微笑む表情とは裏腹に――

(ままならねぇな……本当に、世の中ままならねぇよ)

”子どもが自ら望んで戦場に赴く”という現実を作り出してしまっている次元世界の現状を憂い、少し悲しげに胸中で溜息を吐くのであった。










背徳の炎と魔法少女 空白期14-β 炎の中で










「ねぇねぇ、これ似合うかな?」

ミッドチルダにやって来た女性陣ご一行は、予定通り服を見ていた。大きなショッピングモールの中のあるレディースファッション店で、なのはは鏡を前にして服を合わせた。

「うん、似合う似合う!! やっぱりなのはには白が似合うよ」

「えへへ、ありがとうフェイトちゃん。前にお兄ちゃんもそう言ってたんだ」

今フェイトから褒められたことと、以前ソルと出掛けた時に言われた言葉を思い出し、嬉しさと恥ずかしさで頬を染める。

「私これに決めた。試着してくるね」

「いってらっしゃい……私はどれにしようかなぁ、やっぱり黒系かな? 普段と違う配色で攻めるのも意外性があって良いけど、似合わないって言われるのは嫌だしな……」

ぶつぶつ独り言を漏らしながらフェイトは服を物色し、その隣ではやてもそれに倣う。

「そうやね。ソルくんて思ったことをストレートに口に出すから、似合わないと思ったら似合わないってその場で言うし、逆に似合ってると思ったら似合ってるってはっきり言うし、しかも真顔で……お世辞とか社交辞令とか言う気ゼロな人やから、ただ褒めるだけよりは遥かにマシやけど。それにしても服選び悩むわぁ」

素っ気無い態度と薄いリアクションではあるが、かつて彼女持ちだっただけに、こういう感想を述べることに関してはユーノやザフィーラなどと比べると遥かにまともな応答をするソルであった。これが似合う、あれは似合わない、お前にはこれが合いそう、あれの方が良い、という風に。

あーでもない、こーでもないと考えを巡らし悩む二人。

「……」

一方、シグナムは少し離れた化粧品売り場で難しい顔をして、香水と睨めっこしていた。

「……やはりラベンダーの方にしよう。私はバラという柄ではない……それに、ラベンダーがお前には合うと、以前言われたしな……」

「シグナム?」

「ひゃあああああああああああああ!?」

背後からのシャマルの声に、シグナムは声を掛けたシャマルが逆に驚く程周囲に響き渡る奇声を上げると、慌てて振り向き手にしていた香水瓶を落としそうになって更に慌てる。

何があった? と言わんばかりに店内の視線が集まってくるので、二人は恥ずかしい思いをしながら「なんでもありません、お騒がせしました」とペコペコ頭を下げる破目に。

「シャ、シャマル!! 気配を消した状態でいきなり背後から声を掛けるな!!」

顔を羞恥に染め小声で咎めるような口調のシグナムに、シャマルは同じように顔を染めながらプンプン反論した。

「普通に声を掛けただけじゃない。むしろシグナムの所為でこっちまで要らぬ恥じかいたわよ」

「やめろ二人共、こんな所でみっともない」

呆れたようにアインが買い物籠片手に仲裁に入る。

「それより、シグナムはもう決まったのか?」

「ん、まあな」

アインに問われて頷き、実にさり気無い動作でシグナムは香水瓶を自分の買い物籠に入れようとするが、目敏いシャマルが瞳をキラリと光らせ待ったを掛けた。

「シグナム、この香水は?」

「ただの、こ、香水だが?」

既にこの時点でどもっている。

「あなた、香水なんて普段から使わないでしょ」

唇を徐々に吊り上げ、ニヤニヤ笑うシャマルにシグナムはたじたじだ。その横でアインは口元を片手で押さえてクスクス笑う。

「私が香水を使うことの、何処がおかしい?」

「別におかしいなんて言ってないわ。ただ」

「ただ?」

「最近のシグナムって妙に女の子女の子してるから、なんだか微笑ましいと言うか、可愛いと言うか」

「――ッ!!!」

「シャマルの言う通りだな。家事も一通りこなせるようになった、桃子さんにお願いして料理やお菓子作りの勉強もしている、ファッション雑誌を読むようになった、おかげで服も女性らしいものを選んで着るようになった、化粧品にも興味を持つようになった……さて、これらは一体誰の所為だ?」

二人に言われて彫像のように固まって動かなくなってしまったシグナムは首まで赤くなると、頭から湯気を上げ始め、それでも律儀に蚊の鳴くようなか細い声で返事をする。

「……ソルが、私を褒めるからいけないんだ……」

切欠はお互いの髪留めのリボンとゴムを交換したあたり。その時にソルから「お前さ、自分で思っている以上に女らしいぜ」とか「可愛いな」とか言われたのを契機に、お前がそう言ってくれるならもっと女性らしく振舞おうという意識をし始めたのだ。料理だったり、服だったり、その他諸々。で、やること成すことが成功を収めてしまった。その結果として乙女シグナムが出来上がったのである。

「キャー、何このシグナム!? 反則的に可愛いわ!!」

「昔とは比べ物にならんな。今のお前は輝いているぞ」

「ううううるさい、うるさいうるさい!!」

シグナム自身、女性らしく振舞うのが段々楽しくなってしまって今更止める気にはなれないのだが、こうやって周りから何か言われると恥ずかしくて小さくなってしまうのはどうにもならない。

そんなこんなでキャーキャー騒ぎながらショッピングを楽しむ女性陣であった。





年頃の女性のようにあっちこっちの店を冷やかし、ファミレスで昼食を済ませ、ゲームセンターで遊んだりした後、六人はとある高層ビルの展望階にてスイーツバイキングを目玉としている店に足を運んだ。

ガラス一枚隔てた向こう側は海に面したミッドチルダの街が眼下に広がっていて、それを見下ろしながらスイーツを楽しんでもらおうというのがこの店のコンセプトらしい。

甘いものは別腹とは一体誰が言うようになったのか不明だが六人も例外に漏れず、雑談をしながら思う存分甘いものを楽しむ。

対象となる客層が若い女性を狙っているだけあって、店内は女性だけの姦しい空間。六人もその内の一部となって午後の時間をお喋りとスイーツに使う。

やがて日が傾き始めて、さてそろそろ帰ろうか、と誰もが思い始めた時だった。

遠く離れた場所から、ドンッ、というそれ程大きくはない音が届いたのは。

今のは? と、誰もが疑問に思って音が聞こえた方角に視線を向け、驚愕に眼を見開くことになる。

窓の外。この高層ビルから見ることの出来るミッドチルダの街並み。その中でも一際大きくて広い敷地を持つ建築物群から、黒い煙が上がっていた。

黒煙が立ち昇り、導火線を引かれているかのように炎があっという間に広がっていく。

眼下でいきなり発生した大災害に、この場に居る誰もが咄嗟に動くことが出来ず呆然としていた。

「ねぇねぇ、あそこって臨海第8空港じゃない?」

「え、マジ?」

隣の席に座っていた高校生くらいの少女達の呟きがやけに響く。

それを引き金に店内のあちこちから、テロ? 航空事故? とにかく管理局に連絡入れなきゃ!! という声が飛び交う。

六人はそんな店内に構わずすぐさま勘定を払い、店を出た。

そして、いきなりダッシュ。行き交う人波をスイスイと縫うように抜け、非常階段を駆け上がり、屋上へと辿り着くとほぼ同時にセットアップ。

この距離なら発動までに若干時間を食ってしまう転送魔法を使うよりも、飛んで行った方が早い。

六つの魔力光がミッドの空に軌跡を残す。

考えるまでもなく、それをするのが当然であるとでも言うように六人は現場へと向かった。










「クイントさん、大変です!!」

カリムが息を切らせて慌てて走り寄ってきたのは、ソルが茜色に染まり始めた山々を見て爺さんみたいに綺麗だなぁ、と感慨に耽っていた時である。

帰り支度を済ませてリュックを背負おうとしていたクイントは、切羽詰った様子のカリムを見て「ほえ?」と間抜けな声を上げた。

「今、テレビを見ていたら臨時ニュースが入って、臨海第8空港で大規模な火災が発生したって……」

次の瞬間、顔を蒼白にしたクイントの手からリュックが滑り落ち、ドサッと音を立てる。

只ならぬ空気を感じ取って、狼形態のザフィーラとじゃれて遊んでいたツヴァイとエリオが動きを止め、ソルは先程食事中にクイントがしていた話を思い出す。

今日はスバルとギンガがゲンヤとクイントが所属する陸士108部隊に遊びに来るという。遊びといってもゲンヤの退勤時間に合わせて施設内を少しだけ見学させるだけという話で、その後は家族四人で食事に行く予定が本命。

そして、二人の子どもとクイントが待ち合わせしているのが、確か臨海第8空港。

「大規模な火災が発生したって……スバルは!? ギンガは!?」

「お前は管理局員だろが、頭を冷やせ!!」

半ば恐慌状態に陥ったと言っても過言ではないクイントがカリムに掴み掛かろうとするので、横からソルが手でそれを制する。

「でも、あの子達が――」

「落ち着け。巻き込まれたかもしれねぇし、まだ巻き込まれてないかもしれねぇ……とにかく確かめに行くぞ」

二人が巻き込まれていようがそうでなかろうが、火災を知ってしまった以上はどっちにしろ救助活動をする積もりであったソルは、クイーンに転送魔法を命令。

「ザフィーラ、此処でガキ共のお守りを頼む」

「了解した」

赤い円環魔法陣が足元に広がり、同じ色の魔力光が視界を埋め尽くす。





一瞬の浮遊感の後、肌で熱気を感じながら舗装されたコンクリートの上に降り立つ。

「……こいつは酷ぇな」

眼の前に立ち並ぶ建築物は全て紅蓮の炎に包まれて、日が傾き始めて紅に染まりつつあるミッドの空をより赤く染めていた。

「スバル、ギンガ。今お母さんが助けに行くからね」

覚悟を決めた口調でクイントは呟き、管理局の制服の内ポケットから銀色に輝く一枚のカードを取り出し、掲げると同時にその名を呼ぶ。

「ファイアーホイール、エンガルファー、セットアップ!!」

<Right away!>

<ASAP>

声に応じてカードに縦に割れて二枚となり、それぞれが空色の光球に変化し、そこから更に二つの光球が割れて四つになる。

合計四つの光球はそれぞれがクイントの両手足を包み込む。次にクイントの全身が光に包まれ、瞬く内に光が弾けてその姿を現す。

バリアジャケットを纏う彼女の両手には手甲のようなナックル型のデバイスが、両の足にはローラーブーツのようなデバイスが装着されていた。

戦闘機人事件の際にクイントは前線から退いた身となっている。だが、それはあくまでも書類上での話。だからこそ、訓練の時はわざわざ聖王教会に足を運んでいる。このことはソル達と他の契約者と教会の人間しか知らない秘匿事項だからだ。

そんな彼女が何時までも管理局で一度登録されたデバイスを持っているのは色々と都合が悪いので、ソルが数年前に新しく制作して与えた二つのデバイスがファイアーホイールとエンガルファー。

ファイアーホイールはリボルバーナックルの後継機に当たるナックル型のアームドデバイスで、エンガルファーも同様に以前使っていたローラーブーツ型デバイスの後継機に当たる。

外見の違いは無いに等しいが、制作者がソルなので性能はそん所そこらの支給品デバイスとは比較にならない程高性能であり、制作費用も馬鹿みたいに高額なワンオフ品。

「行くわよ!!」

<Here we go!>

<Move move move!>

エンガルファーの車輪部分が唸りを上げると、クイントは猛スピードで燃え盛る空港へと突っ込んでいく。

「ちっ、あの馬鹿。まだ二人の居場所も碌に掴んでねぇってのに先走りやがって……クイーン、俺もセットアップだ」

<了解>

聖騎士団の制服を模したバリアジャケット姿になると、クイーンにエリアサーチを任せつつ爆発的な踏み込みで走り出し、クイントを追う。

クイントは書類上ではもう魔導師ではないので、いざという時以外はあまり魔法行使しているところを誰かに見られたくないのだが、そんなこと言ってられない状況であり、ソルがクイントと同じ立場なら同じことをしているし、今がその”いざという時”なので仕方が無い。

『この魔力反応、もしかしてソルくん!? ミッドに来てるの?』

その時、突然頭の中に響く女性の声。

『シャマルか!?』

どうやらソルの魔力をクラールヴィントが感知したらしい。送られてきたシャマルからの念話に応えると、ソルはまず手短に自分達が空港に居る経緯を伝え、シャマルの他に誰が来ているのか聞いた後にスバルとギンガを一緒に探してくれるように頼む。

不幸中の幸いだ、とソルは純粋にそう思った。シャマルだけではなく、なのは、フェイト、はやて、シグナム、アインの六人がミッドに来ていて、現在は全員で救助活動に励んでいるとのことだ。これ程心強いことは無い。

シャマルだけが現場から少し離れた安全な場所で、要救助者の探索と残り五人の指示、救助された人達の治癒を行っていると言う。上出来だ、と内心で褒めた。

『二人の外見はクイーンから全員のデバイスにデータを送信する』

実際にスバルとギンガに顔を合わせたことがあるのはソルのみ。ソル以外の皆はナカジマ家とはあくまで仕事上での付き合いなので、そこまで親密ではないからだ。

『分かりました、こっちでも探してみます。見つけ次第、一番近い位置に居る人に救助してもらう形で』

『ああ、頼んだ。全員への指揮とナビゲートは引き続きお前に任せる』

『了解です』

『お前には救助した連中の手当てもあるってのに、手間を掛けてスマン』

『気にしないでください。昔からこういうのがメインですし、貴方を支えるのが私の役目ですから』

念話の向こうで何時もの朗らかな微笑を浮かべているであろうシャマルの口調に、ソルは苦笑した。

『頼りにしてるぜ、シャマル』

『はい!!』

そこで念話を一度切る。

同時にソルはクイントに追いつき、二人は並走しながらそのまま炎の中へと飛び込んだ。










スバルは泣きながら、既に火の海と化したエントランスホールを歩いている。

姉のギンガとはぐれても特に気にも留めず、気の向くままに空港内をあちこち走り回っていると、突如として空港全体を揺るがす大きな衝撃が襲った。

鼓膜を破裂させるような爆発音と共に周囲が一気に炎で埋め尽くされ、パニックに陥った人々は我先にと逃げ出す。

まだ小さい子どものスバルは人の波に揉まれ、突き飛ばされ、気が付けば一人取り残され、逃げ遅れていた。

「お父さん……お姉ちゃん……お母さん」

何処に行けばいいのか、何処に逃げればいいのか分からないまま、ただひたすら大好きな家族の姿を求めて彷徨う。

恐怖と不安、寂しさと絶望に押し潰されそうになりながら。

そんなスバルを嘲笑うかのように彼女の左手側で何かが爆発し、発生した衝撃がその小さな身体を吹き飛ばす。

悲鳴を上げたスバルは硬い床に叩きつけられる。

本能的に立ち上がろうとして、四肢の痛みの所為で身体は四つん這いの状態で止まってしまった。

「痛いよ、熱いよ、こんなのやだよぅ……帰りたいよぉ」

ついに限界が訪れた。泣き言を吐き、涙をぽろぽろと零し、立ち上がろうとしない。

「助けて……」

彼女のすぐ後ろでは、エントランスホールの中央に鎮座している女神像が無表情に見下ろしている。

「……誰か、助けて」



――ピシリッ。



崩壊の音。

女神像の根元、土台となっている部分がヒビ割れ、パラパラと破片を生み出しながら崩れていく。

徐々に、ゆっくりと、しかし確実に壊れ、傾いていく女神像。

やがて、土台が完全に砕けて崩壊した。

「!?」

自身を覆い尽くす巨大な影。

スバルが背後の不穏な気配と音に気付いて振り返るが、もう遅い。

巨大な質量を持った石の塊は万有引力に引かれて落ちてくる。

眼を大きく見開き自分に死をもたらすであろうそれを確認すると、スバルはまるで現実逃避するかのように強く瞼を閉じた。

幼いながらも”死”を悟り、恐怖に震え、蹲る。

心の奥底から助けを求めて。

そして、運命は彼女の求めに応じた。










右の手の平を向けたその先にバインドを空間で固定し、少女を押し潰そうとしていた女神像を拘束して動きを止める。

「良かった、間に合った、助けに来たよ」

なのはは肩で息をしながら声を張り上げた。

「お兄ちゃん、この子で間違い無い!?」

『間違い無ぇ、よくやったぜなのは!!』

『スバル、スバル!!』

ソルとクイントの確認を受け、なのははスバルの前に降り立つ。

瞼を閉じていたスバルは声に反応して恐る恐る眼を開く。

『スバル、聞こえる? 怪我してない!?』

『無事か!?』

次になのはの姿を視界に入れて、通信越しに響く知り合いの声――母のクイントとソルの声――を聞いて緊張の糸が切れたのか顔を涙でグシャグシャにした。

「よく頑張ったね、偉いよ」

中腰になり、スバルを安心させるように出来るだけ優しく肩に手を置くなのは。

「もう大丈夫だからね、安全な場所まで一直線だから」










<上方の安全を確認>

「一撃で地上まで抜くよ」

<オールライト。ぶち抜いてやりましょう>



白を基調としたバリアジャケット。

手にした杖型のデバイス。

栗色の長い髪をツインテールにしたヘアスタイル。



「御託は、要らない!!」



力強い後姿。

凛々しい眼差し。

優しく輝く桜色の魔力光。

高まる魔力の圧倒的な存在感。



「ディバイィィン、バスタァァァーッ!!!」



杖の先端から発射された桜色の奔流が天井を貫き、宣告通り一撃で地上までぶち抜いた。

「さ、行こうか。しっかり掴まって」

振り向いたなのはがスバルを抱え上げると、一気に天井の穴から脱出。

空はすっかり夜の帳が下りていた。満天の星空がなのはとスバルを見下ろしている。

これまで炎の熱に苛まされていたが、火災現場から脱出したことによってそれも収まった。頬に触れる冷たい風の感触が心地良くて、抱き締めてくれる腕が優しくてスバルは眼を細めた。

「こちらなのは、スバルの救助に無事成功したよ。お兄ちゃん」

『本当によくやってくれた』

『スバル、スバル、スバルゥゥゥゥゥッ!!!』

『分かったから少し落ち着け、耳元で叫ぶな喧しい!!』

通信の向こうでは母とソルがギャーギャー騒いでいるのが聞こえてくる。

なのははそれに対して冗談交じりにこう言った。

「お兄ちゃん、ご褒美は?」

『は?』

想定外の言葉にソルが間の抜けた声を出す。

『いいわなのはちゃん!! ご褒美なんていくらでもあげちゃう!! ウチの屋根裏部屋でソルのことFUCKしていいわよ!!』

『おい!?』

「え? いいんですか!? ありがとうございま~す!!」

『……なんだこの展開』

精神的ショックを受けたっぽいソルの声。

「スバルを管理局の救護隊に引き渡した後、救助を続行するね」

『なあ? さっきのクイントの言葉は冗談――』

ソルの言葉を最後まで聞かず、むしろなのはは遮るようにして一旦通信を切った。

それから、スバルの顔を覗き込んで安心させるように微笑んだ。

これがスバルにとって運命の出会いだった。

この人みたいになりたい、この時スバルはそう思った。

強くて、優しくて、格好良いこの人みたいになりたい、と。

同時に、今まで嫌なことや苦しいこと、辛いことがあると泣くだけで何も出来ない自分が急に情けなくなってきて、涙が溢れてくる。

スバルは生まれて初めて、心の底から強くなりたいと願った。

泣いているだけなのは、何も出来ないのはもう嫌だから。

強くなるんだ、と己に誓うのであった。










次々と送られてくる朗報に、ソルは深い深い安堵の溜息を吐く。

スバルはなのはが、ギンガはフェイトが救い出した。二人共五体満足で怪我らしい怪我はしていないとの話だ。

空港内の要救助者の救出は全て終了し、近隣の地上部隊も緊急招集された。本局からは暫くすれば増援の航空魔導師隊が到着するらしい。

上空からはアインとはやてが氷結魔法で鎮火するという手筈になっているので、この火災もあと少しで収まるだろう。

皆のおかげで最悪の事態は免れた。もし、誰もミッドに遊びに来ていなかったと思うと、こう上手くことを運ぶことは出来なかっただろう。そう思うとゾッとした。

ちなみにさっきまで隣に居たクイントはもう居ない。スバルとギンガの安否が分かった時点で強制的に転送した。繰り返すようだが、彼女が魔導師として動いている姿を第三者に見られたくないから。

クイントはクイントで二人の無事な姿を肉眼で確認したくて気が気でない精神状態だったので、居ても救助の邪魔になるだけだったのもあった。

ソル自身、クイントの気持ちは痛い程分かるのでそれを「管理局員としてどうなのか?」と追及したりはしない。

人間なんてそんなもんである。

「こっちか」

炎の中を駆け抜けるソルが目指す先は、空港内の輸送物資仕分け室。

火災の原因であり、火元と爆発地点はそこらしい。不明瞭な情報だが、危険物が爆発したとかなんとか。

事故原因を確かめないと気持ち悪くて帰るに帰れない気分だったので、ソルは一人残って空港内を走り回っていた。

そもそも火災にしては不審な点が多い。皆の報告や、救助者達の話を聞くと火の回りが早過ぎる。

無差別テロだろうか? 一瞬だけそんな考えが過ぎったが、テロにしては随分と派手で実りの無い行為にしか映らない。まあ、無差別テロとは得てしてそういうものだが。

燃え盛る炎を踏み越え、瓦礫を飛び越え、崩落する天井を封炎剣で薙ぎ払い、邪魔なものを粉砕しながら突き進む。

やがて、輸送物資仕分け室に辿り着いた。

(此処か)

室内に踏み込んで納得する。中はもぬけの殻で、代わりにこの場所で何かが爆発したと思える破壊の爪痕だけが残っている。

「ちっ、何も残って無ぇ」

ゆらゆらと揺らめく炎を除いて。

無駄足だったか、と溜息を吐きながら転送魔法を発動させ、その場を後にする。

転送先は空港の遥か上空。眼下の空港はまだ黒煙を吐き出し続けていたが、アインとはやての二人が鎮火作業を始めたのか建物群全体が白く染まりつつあった。

(それにしても……)

星空と共に空港を見下ろすソルの胸中に去来するのは、行き場の無い憤りだった。

今回の火災に対する管理局の動き、ノロマの一言だ。

ソル達が要救助者を救出し終えた後にやって来ては後の祭りではないか。

ミッドの地上部隊は少ない人員と魔導師ランクの平均が低いという事情がある中、それでもよくやっている方だと思う。自分は外部の人間とはいえ、陸の実情は少なくとも海の連中よりはよく理解しているつもりだ。

だからと言って、仕方が無いで済ませられる問題だろうか?

組織としての腰は重い、行動は鈍い、組織という枠組みの所為で迅速に行動出来ない、一人ひとりの力量は低い、常に後手に回っている。

これらはゲンヤとクイントと共に仕事を始めた時から思っていたことだ。

魔導師に頼り過ぎだというのもあるし、今自分が思っている内容が”エース”やら”ストライカー”などと呼ばれる人間からの上から目線の傲慢な考えだというのは重々承知している。

頭では理解出来ても、感情が納得出来ない。

やはり俺には組織なんてとことん向いてねぇな、と胸中で吐き捨てた瞬間、昼間にクロノとカリムの二人に聞かされた話を思い出す。

管理局傘下で運営される賞金稼ぎのギルド組織など、ソルの為に存在するような組織ではないか?

もっと具体的に言えば、ソルの私設部隊と言っても過言ではない。

考えておいて欲しい、クロノはそう言っていた。クイントも悪い話ではない、という感想をくれた。

「さて、どうしたもんかな……」

疲れたようにやれやれと溜息を吐く。二人の氷結魔法のおかげで気温が下がっている故、吐息は真っ白だ。

その白い吐息がミッドの夜空に溶けて消える頃には、もう黒煙も立ち昇っておらず、全てが終わっていた。





















デバイス紹介



”ストラーダ”

マスター エリオ

制作者 ソル

命名した人 エリオ

作中にもある通り、エリオがツヴァイのことを羨ましがり、珍しく我侭を言った結果ソルと大喧嘩を繰り広げ、その後一ヶ月間拝み倒した末に根負けしたソルが制作することになったデバイス。

外見は原作よりもゴツく、封炎剣のように意味不明なチェーンやらギミックが付いている槍。

エリオのソルによるエリオの為のデバイスで、神器としての”魔法を増幅させる”機能を模写した技術が使用されているので半神器半デバイス。魔力変換資質を最大限に活かす為、特性としては封雷剣に酷似している。(これはバルディッシュも同様。逆にレヴァンティンは封炎剣に酷似している)

無駄に高性能。故にまだ未熟なエリオでは使いこなせないのでリミッターが付いている。

本当は名前がライトニング・ストラーダになる筈だったが、何故かソルが断固拒否した為ストラーダと命名された。

待機状態は腕時計。



”蒼天の書”

マスター ツヴァイ

制作者 ソル&アイン

命名した人 アイン

外見は原作通り。しかし性能は異常なまでに高い。過保護な保護者の内心が垣間見えるデバイス。

はやてが傍に居ない状況を考慮して制作された。

やはり他のデバイス同様、半神器半デバイス。魔力変換資質を最大限に活かす為の機構も同じ。こちらは”氷結”。

名前の由来はツヴァイの瞳の色と、夜天の魔導書から。

待機状態は特に無し。



”ファイアーホイール”と”エンガルファー”

マスター クイント

制作者 ソル

命名した人 ソル

リボルバーナックルの後継機として生み出されたのがファイアーホイール。ローラーブーツの後継機がエンガルファー。

ちなみにファイアーホイールはファイアーと付いているが、炎が使える訳では無い。

外見は以前のものと大差無し。しかし、やはりというかなんというか、無駄に高性能で無駄に頑丈。

名前の由来はソルのサーヴァント、”上級近接兵ファイアーホイール”と”上級機動兵エンガルファー”から。

ぶっちゃけ、どっちがどっちの名前でもおかしくないので命名する時に若干悩んだのだが(ファイアーホイールの移動姿がまんまバイクなので)、「近接が殴りで、機動が移動」ということからこうなった。

半神器半デバイスではあるが、クイント本人は神器はおろか法力のことすら知らないので「何このすっごいデバイス!!」としか思ってない。

二つで一つのデバイスなので待機状態は一枚のカード。これが二つに割れて、更に割れて四つになって両手足に引っ付く。















後書き


俺、キャロ編書き終わったら、PSP版『イース-フェルガナの誓い-』買うんだ。

……ガ、ガルバランの悪夢が再び蘇る。

それはさておき。

今回の話はスバルの出会いと、ソルの心の機微でした。

ギンガを期待していた人はスイマセン。彼女がどれだけソルに影響されようと、実際に彼から訓練を受けた訳では無いので現時点では普通の陸士候補生です。

魔法を使わない殴り合いは録画したビデオのおかげで格段に強くなってますがwww

これから色々とどうなるんでしょう?

いや、まあ、お察しの良い人なら、というかこの流れからして分かると思いますがwww

次回は大変長らくお待たせしました、キャロ初登場です。

では、また会いましょう。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期15-α 竜の加護を受けし巫女、赤き火竜と邂逅す
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/04/28 16:18


「フライング・ボディ・プレスですぅっ!!」

ちょああああ、と奇声を上げてツヴァイが飛び掛かるが、ソルはレム睡眠中でありながらも寝返りで”目覚まし攻撃”を交わす。

「くっ、避けられました。エリオ、こうなったら場外に引き摺り出して乱闘に持ち込みます!!」

「いや、普通に起こしてあげようよ。父さんと乱闘なんてヤダし。また前みたいにタコ殴りにされるのがオチだってば」

至極当然なエリオの意見はテンションが終始振り切れているツヴァイには効果が無かった。

「父様~、起きるです、もう十二時過ぎてお日様が真南にまで来てますよ!! 休日を寝て過ごすなんてダメなワーカーホリックみたいにならないで、何処か心躍る展開が待ってる感じな場所に連れてって欲しいですぅ!!」

言いたい放題言いながらソルの腕を引っ張り、ベッドから無理やり引き摺りだす。

ガンッ。

その結果、頭からフローリングに落ちるソルの巨躯。

「……張っ倒すぞテメェ」

眼を覚ましたソルは不機嫌なんて表現が生温い程に危険な雰囲気を醸し出してツヴァイの頭を鷲掴みする。

しかし、次の瞬間には掴んでいたツヴァイの頭が音を立てて崩れ落ち、粉々になってしまう。瞬く間にその姿が小さな少女から氷塊に変わった。

ソルの手に残ったのは、粉々になった氷塊だけ。

「ちっ、精巧な氷人形の身代わりか……変な部分だけ無駄に技術上げやがって……」

ツヴァイが使ったのは、所謂空蝉の術だ。

予めダミーを用意しておき、要所要所で入れ代わる忍者がよく使うアレ。まあ、ツヴァイの場合なら途中から入れ代わらなくても、ダミー自体をある程度離れた場所から操作することなど造作も無いのだが。

忍者かあいつは? と溜息を吐いてベッドに戻ろうとするソルをエリオが待ったを掛ける。

「あの、父さん。いい加減起きないと今度は”眠り王子様”作戦が実行されることになります」

「その作戦内容の具体的な内容は?」

聞きたくないが一応聞いておく。

「今台所でご飯の用意をしているシグナムさんとはやてさんを呼んできて、寝ている父さんを――」

「起きるよ、起きりゃいいんだろ」

惰眠を思う存分貪れない休日になることを、畜生と悔しがると同時に、何時ものことかと諦めるソルだった。

寝室からゾンビのような足取りで風呂場まで行くと、手早くシャワーを浴び、頭をすっきりさせてから服を身に付け歯を磨き、髪を乾かさずに居間に向かう。

「む、ようやく起きたかこの寝坊助」

オタマ片手にエプロン姿のシグナムが呆れたように出迎えた。

「昨晩は明日が休日だからと言って夜更かししていたんだろう? 子どもかお前は」

「……うるせぇなぁ」

図星なのであまり強く言い返せない。酒飲みながらCDを聞いていたり、スクライアからの面白そうな資料を読み漁っていたり、クイーンのアップグレードをしていたり、そんなこんなで気が付けば明け方になっていたのだから。

「男は一人暮らしを始めると半年でダメになると桃子さんから聞いたが本当だな。ソル、最近のお前はだらしないぞ。洗濯物は溜めておく、自炊はしない、掃除も適当」

「耳に痛い」

一人暮らしを始めた当初はまだ良かった。ちゃんと家事をこなしていたのだが、自分一人の生活空間というのは一度手を抜いてしまうとそれが習慣化してしまうもの。

日を追うごとに手を抜く回数が増え、逆に家事に従事する時間が反比例して減っていく。

勝手に飯が出てくる、洗濯物はしなくていい、自室くらいは掃除をしていたが家の中全体は流石に面倒。今まで家事をやってくれていた桃子やアルフの偉大さに気付くソル。

しかし、やっぱ家事って面倒臭ぇ、と改めようとしないダメな男。元来の面倒臭がりな性格もそれに後押しをする。

そんなダメ一人暮らしがついにバレることになったのは、当然と言えば当然。暇な時はエリオとツヴァイが遊びに来るのだから。部屋の状況が日に日に悪くなる様を高町・八神家の面子が知ることになるのは時間の問題だった。

女性陣の手によって強制的に調査が行われ、結果は黒。呆れ返る皆に対してソルは苦虫を噛み潰したような表情で頭をかいていると、次に待っていたのはありがたいお叱りの言葉である。

自分に非があるのは分かっているので珍しく、大人しく話を聞く姿勢のソルを見て、普通なら此処で「これからはちゃんとしろ」で終わる筈なのだが、その時、女性陣に天啓が閃く。



――逆に考えるんだ、これはチャンスだ、と。



家事を面倒臭がってやろうとしないのであれば、自分達がやってあげればいいのではないか?

大義名分(口実)があるので堂々と部屋の中に入れるし、お姉様みたいな”通い妻”を現実にすることが出来る。

そして何よりこうして家事をやってあげることによって、ソルに依存している自分達のように、、ソルを自分達に依存させられるかもしれない。

思いついたグッドアイディアに笑いを堪え切れない女性陣を、ソルは当時「また何か企んでるな」と醒めた眼で見つめていたが、結局は女性陣の思惑を見抜くことが出来ず仕舞いで、術中に嵌っている。

「せめて管理局の制服と白衣はクリーニングくらいは出せ」

「後で出しておく」

「もう出した。洗濯物も片付けておいたし、掃除も寝室以外はやっておいた」

「……悪ぃ」

母親のようにこんこんと説教を垂れるシグナムにソルは頭が上がらない。順調に飼い慣らされつつある明確な証拠だ。

「まあええやんシグナム、その辺にしとこ」

こちらに背を向け熱したフライパンを振るいながら言うはやての声は実に楽しそうだ。

「全く仕方が無い男だな、お前は」

呆れながらも、言葉とは裏腹にシグナムも嬉しそうな口調で台所に戻る。

昼飯(ソルにとってはブランチ)を用意する二人の後姿を見て、ソルは小声で「お前らには世話を掛ける」と純粋に感謝の言葉を告げるが――



――計画通り。



という風に、二人の口角がニタリと釣り上っていたことにソルは気付かなかった。

ソファに座り、ツヴァイとエリオの二人に挟まれた状態でニュースを見ていると――

「腹減ったー、腹減ったー、おいソル、CD返しに来たついでになんか食い物寄越せ……おお!? 良い匂いがすんじゃねーか!! 誰か来てんのかー?」

ガラガラとべランダの窓を開けて侵入してきたヴィータは、靴を脱ぎ捨てると勝手にテーブルの前で飯ー飯ーと騒ぎ始める。

ちなみにソルの部屋は六階。どうやって窓から侵入してくるのかは追及しない方がいいのかもしれない。

「CD置いて帰れ」

「つれねーなオイ、何時ものことじゃねーか、腹減ってんだよ。つーことで、飯!!」

そう。これは何時ものことである。

ヴィータは趣味のゲートボールが終わった後、腹が減るとたまにソルの部屋に入っては食料を食い荒らして帰る、という迷惑以外の何物でもない行為を繰り返している。

彼女が立ち去った後にはしわくちゃになった千円札が二、三枚部屋に転がっていて、ご丁寧に「ごち。お前のカップラーメンはアタシがおいしくいただいた PS, CDもついでに借りてくぞ」ときったねぇ字で一言書いたメモ用紙も一緒に置いてあったりするのだが。

なので、一応? 泥棒の類ではない、のか?

何故こんなことをするのかというと、本人曰く「たまにジャンクフードとか食いたくなるんだよ」とのこと。

で、家事をしなくなったソルの家の中にある食料と言えばカップラーメンを代表とする非常食や、大量の酒のつまみなどなど。

間食にはもってこいであった。

家でやれ、と言ったのだが「こんなのばっか食ってたら身体に悪いって桃子さんに止められんだよ!!」と逆ギレされたのである。

最近ではヴィータが自分で買ってきたジャンクフードを勝手に詰め込んでいたりして、それに対してソルはもう勝手にしてくれと放置。

最早ソルの部屋は第二の地下室になりつつあった。

「ヴィータ、何時の間に来たんや?」

「オッスはやて!! たかりに来たぜ」

「胸張って言うことじゃねぇ……」

「ソルに同意だな」

「ヴィータちゃんが居ると食い扶持減るですぅ」

「……アハハ」

はやてがお盆を抱えて台所から現れ、ヴィータは無い胸を張り、ソルはうんざりしたように溜息を吐き、シグナムがお茶碗にご飯をよそりながら呆れ、ツヴァイが何気に酷いことを言い、それらに対してエリオが乾いた笑みを浮かべた。










背徳の炎と魔法少女 空白期15-α 竜の加護を受けし巫女、赤き火竜と邂逅す










毎度のことながら、家族サービスをしなければならないお父さんの如く家から引っ張り出され、否、引き摺り出されること一時間。

とある管理世界に遊びにやって来た六人は、テロに巻き込まれていた。

「……なんでこんなことになってんだよ」

殺気を漲らせる肉食獣のように苛立たしげにソルが唸る。

巻き込まれたというのは語弊があるかもしれない。何故ならば――

「どいつもこいつもうぜぇ!!」

現在進行形で、テロリスト達に対していささかどころかとんでもない程に過剰防衛を取る暴挙に走っていた。

封炎剣を振り回し、やくざキックでぶっ飛ばし、ボディブローで悶絶させ、炎の鉄拳で火達磨にする。

すぐ傍では暴れるソルに倣うようにして、ツヴァイとユニゾンしたはやてとシグナムとヴィータの三人が、各々のデバイスを手にテロリスト達を蹂躙していく。

そもそもどうしてこんなテロに巻き込まれたのかというと、ソルは基本的に面倒臭がりなので、正規の手続きを取って転送ポートを利用するという考えが無いのが原因だ。

移動は常に自前の転送魔法か転移法術。「バレない反則は高等技術」と堂々と言い放ち、転送魔法に関する管理局法とかそういうお堅い規則なんて「知るか」の一言で切って捨てる人間である。故に、違法スレスレで他の世界にやって来るのは皆の共通認識だった。

今回も例に漏れず何時もの方法で遊びに来て、そのまま飛行魔法を使用、ヘリポートがあるショッピングモールの屋上に着地、まず初めにこの建物でも見て回るか、と談笑しながら屋内へ。

「何だ貴様ら、管理局の魔導師か!?」

するとテロリスト達とこんにちわをする破目に。既に此処はテロリストに占拠されていたのだ。

敵意を向けられたことに、反射的に”とりあえず”殴り掛かるソル達もソル達だが……

で、そこからはテロリスト共を殴っては蹴って、焼いては斬って、ぶっ叩いては凍り付けにしてはそこら辺に転がして、といった風に完全なワンサイドゲームと化す。

テロリスト達も必死に抵抗したが全て無駄に終わった。無理も無い。相手は犯罪者に対して聞く耳持たないオーバーSランク魔導師が四人。



『この人質が見えないのか?』

とテロリストが脅すように訴えても――

『火葬してやろうか』

人質なんて眼中に無い。というか、会話にすらなっていないどころか話を聞いていない。慰めにしかならないが、テロリスト達には相手が悪かったとしか言いようが無い。

元々ソルはアメリカ人なので『テロには屈しない』という国の考えが根付いている……のかは不明。

いざとなったら非殺傷設定で人質諸共纏めて丸焼きに、という危険思想もあったり無かったり。



「テメェらの構成人数を吐け。他にも配置や装備、魔導師のランクやタイプ、このテロの目的なんかも洗いざらいな。さっさと吐かねぇと消し炭にするぞ」

「剣の錆にしてやっても構わんが?」

「それとも頑固な染みになるか?」

「凍り付けにされてから粉々に砕かれるんは嫌やろ?」

『なるべく早くゲロった方が身の為ですよー。躊躇もしてあげなければ容赦もしてあげませんから』

手の平に炎を発生させ、それを握る潰すソル。

首筋に剣の切っ先を突きつけるシグナム。

アイゼンを振りかぶり、何時でも振り下ろせるように構えるヴィータ。

冷気を放つ白い光球をいくつも展開させるはやて&ツヴァイ。

ある意味、テロリストよりもテロリスト然とした態度で尋問を始める一行。

そんな脅迫紛い尋問を行う父親達の後姿を、エリオは真剣な眼差しで見つめていた。










ショッピングモールの外では張り詰めた空気の中、管理局の魔導師達が突入しようか否か決めあぐねている。

テロリストのメンバーに補助系で優秀な魔導師が居るのか、ジャミングが酷くて内部の様子が分からない。

加えて、先程から四つのオーバーSランクを叩き出している魔力。その四つとぶつかり合うたくさんの魔力が内部で激しい戦闘が行われているのを物語っていた。

民間人の魔導師がテロリストと戦っているのだ。早く援護と救助に向かわねばと思う反面、これ以上無い程に苛烈で攻撃的で殺意を孕ませた魔力が恐怖を煽り、足を竦ませる。

せめて応援要請が受諾されるまで内部の状況を、もとい情報を少しでも得ようと、ある局員が全力で魔法を行使する。そのおかげで音声だけは拾うことに成功した。

『ひぃぃぃぃっ!! 命だけは、命だけは助けてください!!』(←テロリスト)

『なんでもします、許してください!!』(←テロリスト)

『もう二度とこんな馬鹿な真似はしません、だから、どうか慈悲を……』(←テロリスト)

聞こえてきたのは悲鳴と泣き声。内容からして明らかに命乞いだ。

『御託ばっかでうるせぇなテメェら、焼くぞ』(←テロの被害者)

しかし、許しを乞う声を無慈悲に切り捨てる外道の冷たい声が静かに響き、ほぼ同時に少し離れた場所から爆発音が届く。

管理局の魔導師達は思わず息を呑む。内部は考え得る可能性の中で最低最悪の末路に陥っているに違いない。

かといって安易に突入すれば返り討ちにされるのは火を見るよりも明らかだ。テロリストには少なくともオーバーSランク魔導師が四人居る。現状の戦力では太刀打ち出来ない。

「……仕方が無い、”アレ”を投入しろ。その上で全ての責任を”アレ”に擦り付けろ。これで厄介者払いが出来る」

やがて、全てを投げ捨てるような口調で現場の最高指揮官が部下に伝えた。










テロリストの連中を粗方片付けたソル達は、他に残っていないかショッピングモール内を練り歩いていた。

ジャミングが掛かったままなので、まだ残ってはいる筈なのだが見つけられない。

直接的な戦闘能力が低い分、補助系の魔導師というのは多方面で活躍出来るので、敵に回すとこれ以上無い程鬱陶しい。

逆に味方に居る場合は重宝する。なので、シャマルとユーノの二人はソルとチームを組む頻度が若干高かったりするのは余談。

肩に封炎剣を担ぎ、不機嫌そうに先頭を歩くソルは無言。休日を休日らしく過ごせなくなったことが気に入らないという訳では無い。この後に控えている事情聴取が面倒なだけだろう。

彼の後ろを、これまた彼同様に肩に自分のデバイスを担いで続く面子。勿論、もしもの時を考慮してエリオを真ん中にして。

「……」

ふと、ソルが周囲を警戒したように立ち止まるので、皆もそれに倣う。

現在位置は大型ショッピングモールの中央に存在する吹き抜けの広場。

眼を細め、すっかり静まり返った広場を油断無く睨む。

敵意を持った何かが此処に来る、誰もがそう感じ取った刹那――

「■■■■■■――!!」

狂気を滲ませた獣の咆哮が中央広場に響き渡り、羽ばたきの音と共にその姿を現した。

それは一言で言えば竜だった。白銀の鱗に覆われた竜。前足を持たないので種族としては飛竜種にカテゴライズされるものだと推測される。翼を広げた全長は優に十メートルを超え、真紅の瞳は殺意と狂気で濁り切っている。

白銀の竜がソル達の姿を捉えた瞬間、大きく口を開き、そこから膨大な熱量を伴った火炎が吐き出された。

「■■■■■■■■■■――!!」

一行が炎に呑み込まれたのを確認して、勝利の雄叫びを上げるかの如く再び咆哮する白銀の飛竜。

「何勝ち誇ってやがる」

そこへ、燃え盛る紅蓮の炎の中、白銀の飛竜に掛かる不敵な声。

一瞬でなす術も無く炎に呑み込まれたように見えただけで、ソル達は普通に無事だった。クイーンが発動させた緑の円形状のバリア――フォルトレスディフェンス――を以ってすればこの程度の攻撃など蚊に刺された程度にも劣る。

「テロリストの隠し玉か?」

疑問を口にするソルに皆は「知らない」と首を振る。彼も「ま、そうだよな」と納得しフォルトレスを解除。

「どっちにしろ潰すから俺達には関係無ぇか……はやて、お前はエリオのお守りを。シグナム、ヴィータ、殺るぜ」

「■■■■■■■■――!!」

一撃で仕留めることが出来なかったどころか、少しもダメージを与えることが出来なかったことに怒り狂う飛竜。

「ギャーギャーうるせぇな……ちったぁ黙ってろ」

心底鬱陶しそうに呟くと足元から火柱を発生し、封炎剣の白い刀身が赤熱化して炎が纏う。

そのままソルはシグナムとヴィータを従えて白銀の飛竜に襲い掛かった。










己の使役竜――フリードリヒ――の感情がダイレクトに伝わってきて、キャロは全身を震わせる。

それは生物の生存本能の中で最も重要な感情、恐怖だった。

「……フリード」

この場には居ない、ショッピングモールの中で悪い人達と戦っている白銀の飛竜の愛称を呼ぶキャロの声は、不安と心配で弱々しい。

大切な友達、自分にとって唯一の存在であるフリードリヒ。何時も傍に居てくれた守護竜。

管理局に保護されて以来、これまで何度も戦場に駆り出された。その度にフリードがキャロを守ろうとして暴れた。そして厄介者扱いを受け、様々な所を転々とした。

だが、フリードが恐怖を感じたことは今まで一度も無かった。

子どもながらに思う。きっと、今まで戦ってきた相手とは格が違うのだ。感知した魔力は途方も無い程大きく濃密で、こんなものと戦えと言われれば誰だって嫌だと首を振るだろう。

キャロ自身、本音を言えばこんな魔力を持っている犯罪者を相手にフリードを戦わせたくなかった。

しかし、彼女に選択肢が与えられることはない。

行けと命じられた。やれと言われた。テロリスト共を倒してこいと、それが出来なければお前なんぞに価値は無い、と。

元来、キャロは従順で大人しい性格の少女だ。上から強く言われて、反論出来るような負けん気の強い性格ではない。

それを示すように、里長に命じられ里から追放された時も大人しく従った。



――強い”力”は災いを生むから、危険だからという理由だけで。



自分の存在が皆に迷惑を掛けてしまうのであれば仕方が無い、と自身の心を誤魔化し、否、押し殺し。

それから独り孤独に、何の後ろ盾も無く生きることを余儀なくされた。

辛くて、苦しくて、寂しくて、誰かに助けて欲しくて。

でも、誰も助けてくれなかった。

近寄ってくる者達は皆キャロの持っている”力”を欲しがっていた。だが、いざ”力”を振るえば厄介者扱いをされる。

一箇所に長く留まることは出来なかった。

やがてキャロは、常に誰もが自分を鬱陶しく思っているように感じるようになってしまう。

人の視線が怖くなる。自分には価値が無い、むしろ不要だ、と視線が訴えているようで。

だから管理局から保護された時は嬉しかったのに、受けた扱いはこれまでと大差無い。

今度こそは、そんな期待を裏切られ、腫れ物に触るようにしてたらい回しにされる始末。

彼女はもう半ば諦めかけていた。何処に行っても同じだ、”力”を振るっては嫌な顔をされ、また何処かへ飛ばされる、それの繰り返しがずっと続くのだ。

また今回も厄介払いされることが確定したのだが――

「フリード……」

こんな自分に文句一つ言わず、健気についてきてくれた友達。大切な家族が、今、最大の危機に瀕している。

もしフリードを失ってしまったら、自分はどうなってしまうのだろうか?

恐ろしい想像をしてみて、キャロは大きく首を振り、もう嫌だと頭を抱えて蹲る。

もういい加減にして欲しい。

どうして自分ばっかりこんな目に遭わなければいけないのか?

どうして世界はこんなにも冷たいのか?

「……どうして?」



――どうして、誰も助けてくれないのか?



”力”があるから里を追放された。

”力”があるから厄介者扱いを受ける。

”力”の所為で、生きるのが辛い。

”力”の所為で、フリードが死にそうになっている。

全て、”力”の所為だ。



――こんな”力”、望んで手にした訳じゃ無いのに!!



その時、フリードから伝わってきていた感情が、切れた。

「っ!!」

何も伝わってこないということは、つまりフリードが――

「嫌、もう嫌っ!!」

訪れてしまった現実から逃げたくて、認めたくなくてあらん限りの声で泣き叫ぶ。

喉なんて潰れてしまっても構わない、だから――

「……助けて」

フリードを。

「助けてよ」

自分を。

「助けてよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

こんな筈じゃなかった世界から。












「ああン?」

魔力ダメージによって気絶し、仰向けに倒れ伏した飛竜の顎を足蹴にしていたソルは、突如感じた巨大な魔力に眉を顰めた。

「何だ、この魔力は……!?」

「おいおい、冗談だろ」

「何やの、一体?」

『デカ過ぎですよぉ』

「……」

場慣れしているシグナム、ヴィータ、はやて&ツヴァイですら戦慄し冷や汗を浮かべ、エリオなんてあまりの魔力の大きさにビビッてカタカタと震え始めた。

それ程巨大な魔力だ。人間には到底及ぶことの出来ない領域。文字通り化け物レベルだ。

「この”力”……メガデスクラスはあるか」

「何だよ、それ?」

唯一ソルだけが冷静に分析するのを横からヴィータが問い掛ける。

メガデスクラス。ギアの中で最大クラスの戦闘能力を持つ個体に付けられるランクの呼称。それは人口百万人規模の都市をたった一時間で壊滅させるだけの”力”を持つことを示す。

説明を聞き終えた一同が慌てるのを見て、ソルはやれやれと溜息を吐く。

「あのな、聖戦時代はこんなのが下級、中級の群れ従えて街を襲って来んのが日常茶飯事だぞ? 今更ビビッってんじゃねぇよ」

この言葉に固まる五人。やっぱりあの世界は半端無ぇ、と改めて実感する。

ズシンッ、ズシンッと、ゆっくりではあるがリズミカル地鳴りが空間を、ショッピングモール自体を揺るがす。

「二足歩行、しかもこっちを目指してるな。このまま此処に居るとかち合うぜ。どうする?」

「どうするって、お前はどーすんだよ!?」

「決まってんだろ。叩き潰す」

「やっぱりかあああああああああ!!」

アイゼンを持ったまま頭を抱えて天を仰ぐヴィータに構わず、ソルは足蹴にしていた飛竜から降りて一同を見渡す。

「相手は俺がする。此処で殺り合ったらかなりの規模で被害が出るから、当然結界の中でな。お前らは一足早く脱出して管理局に連絡入れろ」

「あ、そういや私ら、テロリストしばくの夢中になってて管理局に通報すんの忘れてたわ」

本当に忘れてた、うっかりしてたわ~っとはやてが言う。

「常識的に考えてそれが一番重要なんじゃ――」

「一人で大丈夫か、ソル?」

「ジャスティスに比べれば大したこと無ぇ」

「その台詞が聞ければ安心だ」

エリオの真っ当な意見はシグナムによって遮られてしまった。当の本人は心配するなと訴えるソルに対して満足気な笑みを浮かべ、後は任せたと伝える。

「それと、このトカゲとこっちに向かってくるデカい魔力。突然現れやがった以上、誰かが召喚したことになる。ついでにそいつも叩いとけ」

次から次へと召喚されたらキリが無い、面倒だから頼んだぞ、と言い渡すと自分だけをこの場に残して、皆をショッピングモールの外に転送した。

地鳴りがどんどん大きくなる。確実にこちらを真っ直ぐ目指している。

ソルは封炎剣を持ったまま腕を組み、ただ待った。

そして――



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!」



耳を劈く咆哮を上げ、ショッピングモールの一角を吹き飛ばし、あらゆる人工物を破壊しながら広場に異形が躍り出た。

先程の白銀の飛竜と同じ召喚師なのか、この個体もまた竜で全身が黒い鱗に覆われている。

しかし、明らかに体格が違えば大きさも違う。白銀の飛竜が全長十メートルを超える程度の大きさに対し、こちらは身長だけで軽く十五メートルは超える巨体だ。二対の翼膜を広げれば全長は四十メートルは下らない。

あまりの巨躯の所為で周囲の物が小さく見えてしまい、それがより一層、黒い竜の巨大さに拍車を掛ける。

大地を踏み締める二本の足、筋骨隆々とした二本の腕、捩れた二本の角、岩石よりも頑丈そうな鱗、長くしなやかな尾、殺意しか映さない金色の瞳。

「……少し親近感が沸くぜ」

その姿を見上げたソルの感想は、細部は違うがドラゴンインストールを完全解放した自分に似ているな、というものだけ。

ついでに、思ったよりも小さいな、と。

メガデスクラスのギアになると、口を開くだけで簡単に二階建ての一軒家を呑み込めるだけの大きさを誇っているので、それらと比べるとどうしても眼の前の黒い竜が小さく見えてしまうのだ。

まあ、デカさ=強さではないので、そんなことはこの際どうでもいい。

「クイーン」

<了解>

声に応じて結界が展開され、世界が色を変える。

結界の中に存在するのは自分と眼の前の黒い竜のみとなったのを確認すると、彼は足元から火柱を発生させた。

炎と熱により、彼の長い後ろ髪が一瞬跳ね上がる。

「マジでいくしかねぇな」

ジャスティスと比べると大したこと無い、とシグナムに言ったとはいえ、これだけ強大な相手にチマチマしていたら日が暮れる。

こういうデカい人外を相手にする場合、持久戦に持ち込むよりも全力で戦った方が早く片が着く。

組んでいた腕を解き、髪留めの紐を引っ張ると結わえていた長い髪がバサッと音を立てて広がる。

次にヘッドギアを外し、髪留めの紐と一緒に大切に仕舞う。

最後に、ギミック部分を花開くように展開した封炎剣の柄にクイーンを填め込んだ。

眼前の竜はソルを射殺すように睨むと、二本の角の先端をこちらに向け、魔力を溜め始めた。どうやら敵と認識されたらしい。

三つのスフィアが生まれ、それに膨大な量の魔力が凝縮されていく。人類には絶対に不可能な魔力量は、解き放たれれば街の一つや二つ、簡単に消し飛ばすことが可能だろう。

胸いっぱいに空気を吸い込んでから、ソルは天を仰いで咆哮した。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

<DragonInstall Fulldrive Ignition>



炎に包まれ、ソルの姿が人から竜へと変貌する。

消え失せる上半身のバリアジャケット。

全身を覆う赤い鱗。

手足が猛獣のような鋭い鉤爪を持つ。

背中に生えた一対の翼が紅蓮の炎を吹き出しながら羽ばたく。

腰から一本の尾が伸びる。

大きく裂けた口の中に生え揃う牙。

翼のような形をした頭部の二本の角。

ギアマークが顔全体を覆うように大きくなり、それが琥珀色の水晶のような五つの眼となった。

ソルの”力”に反応した封炎剣が燃え盛り、原型が見えなくなる程に長大な炎の剣となる。

「この姿で戦うのは、”こっち”に来てお前で二回目だ」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!」

首を回しながら言うソルに応えるように、黒い竜は溜め込んでいた魔力を解き放った。







[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期15-β Calm Passion
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/05/07 01:25


人と同じ程度の大きさの赤い竜が顕現する”力”、天を貫かんばかりに伸びた長大な炎の剣は、そこに存在するものを全て否定するように振り下ろされた。

三階建ての建物よりも巨大な体躯を誇る黒い竜は、自身に迫るそれを交差した腕で受け止め、なんとか凌ごうとするが――

「ウオオオ、ラアアアアアッ!!!」

赤い竜が吼え、己の身体の十倍近くはある黒い竜を無理やり、強引に、力任せに叩き伏せる。

衝撃によって、まるで地盤沈下が発生したかのような爆音と共に大地が陥没し、破砕され、滅茶苦茶になった。

仰向けに倒れた黒い竜に向かって更に追い討ちを掛けようと、赤い竜が飛び掛る。跳躍し、上空から狙いを定めた猛禽のように鋭角的な蹴りを放つ。

しかし、赤い竜の追撃は失敗に終わる。黒い竜が振り払うように繰り出した裏拳をモロに食らい、ホームランボールの如き勢いで弾き飛ばされ、最早建築物として形を成していない瓦礫の山へと突っ込んだ。

立ち上がった黒い竜がお返しだと言わんばかりに自身の周囲に大量のスフィアを生成し、魔力弾の弾幕をお見舞いする。サブマシンガンのフルオート射撃を思わせるその連射は、一発一発に込められた威力は勿論、一切の情け容赦無い弾数は明らかにオーバーキルだ。

瓦礫の山がものの数秒で塵となり、粉塵が視界を埋め尽くし、次の瞬間には爆炎が巻き起こり、塵が消え失せる。

「どうした? こんなもんか?」

だが、黒い竜が眼にしたのは全身から炎を噴き出し、その身を自ら生み出す獄炎で焼きながら余裕の口調で問い掛ける赤い竜の無事な姿。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!」

咆哮で応えると、怒り狂ったように両の爪を振りかざして襲い掛かる黒い竜。

「かかって来いよ」

両者共に全く退かず、全身全霊を以って眼前の竜を捻り潰そうと”力”を振るい続けて、かれこれ十分は経過していた。

特殊な結界の中で行われている戦いなので現実世界には全く影響を及ぼすことは無いが、辺り一帯は既に地獄と化している。

既存の建築物や人工物は瓦礫となるか蒸発するかのどちらか。絨毯爆撃をされたかのようにクレーターだらけになった地表。あちらこちらからマグマが噴き出し、溶岩が周囲を灼熱に染め上げていた。

普通の感覚を持つ人間がこの光景を見たら誰もがこう思うだろう。

『世界が終わる』と。

煉獄が存在するというのならば、今の光景こそが煉獄だ。

生憎、地獄の鬼よりも凶悪な二体の竜が世界の支配権をかけて争っているという、地獄よりも地獄な世界ではあるが。

「消し炭になれっ!!」

赤い竜が声と共に炎の剣を大地に突き立て、紅蓮の炎で構成された”大津波”を発生させる。

これに対し黒い竜は二対の翼を大きく広げ屈むと跳躍、そのまま上空に逃れ赤い竜の頭上まで素早く移動し、眼下の敵に向かって蓄積していた魔力を撃つ。

降り注ぐ強大な熱線が視界を覆い尽くす。

「クイーン」

<了解、転移します>

デバイスに命じる冷静な声、主の命を忠実に実行する機械の声。

赤い円環魔法陣が足元に浮き上がり、それが一際輝くと、熱線が直撃する寸前に赤い竜はその場から姿を消す。

転送魔法による空間転移。そして、転移先は黒い竜の丁度真上。

「砕けろ」

黒い竜が突如背後に現れた気配に首を巡らすが、致命的なまでに遅い。無情に振り下ろされた炎の剣が黒い竜を焦げた大地に叩き落とす。

今度はうつ伏せに倒れた黒い竜の背中目掛けて、赤い竜は黄金に輝く拳を振りかぶり、”小さな太陽”と表現するのがぴったりな火球を投擲した。

狙いは寸分違わず目標に着弾し、眼も眩む程の爆発が発生。空間ごと焼き尽くす破壊の光が眼下の全てを呑み込んだ。

それ以上の追撃は行わず、赤い竜は様子を窺う。

やがて視界がクリアになると、全身を紅蓮の炎で焼かれながらも使命感に燃えた金の瞳でこちらを睨む黒い竜の姿を確認することが出来た。

「ちっ、タフなのも大概にしとけよ」

黒い竜が未だ健在なことに、赤い竜はうんざりしたように舌打ちをしてから溜息を吐く。

人ならざる者達の戦いは、まだ終わらない。










背徳の炎と魔法少女 空白期15-β Calm Passion










ショッピングモールの外で待機していた管理局の魔導師達と話をつけたはやて達五人は不機嫌を通り越して怒り心頭だった。

まさか自分達がテロリストと間違えられていて、その逆にテロリスト達が被害者だと思われていたとはいくらなんでも心外だ。

加えて、テロリスト(と勘違いされた自分達)を殲滅する為にエリオとツヴァイの二人とそう大差無い子どもを、たった一人で戦場に投入したと言う。

そこまで聞いて、はやてとシグナムとヴィータの三人は部隊の最高指揮官をつい反射的に殴ってしまったが、全く後悔はしていない。

むしろ三回殴られた程度で済んだのだから感謝しろと言いたい。もしこれがソルだったら殴られる程度では決して済まない。きっと問答無用で焼き土下座だろう。

気絶した指揮官に代わって待機中だった魔導師達をかなり強引に――というか半ば脅すように――ショッピングモールに突入させ、自分達が倒した本当のテロリストと残党の逮捕と被害者の確保を命じる。

それから五人はショッピングモールに舞い戻り、一人の少女の捜索を開始した。

少女の名はキャロ・ル・ルシエ。先程襲い掛かってきた白銀の飛竜の主であり、今現在ソルが結界の中で戦っている召喚獣(黒い竜らしい)の主でもある。

彼女はテロリスト殲滅の為に投入された訳だが、そのテロリストはもう既に壊滅寸前。そもそも彼女が戦場に投入されたのはただの誤解。なのでこれ以上の戦闘は全くの無意味であり、早急に止めさせる必要があるのだ。

その旨を念話で結界内のソルに伝えると――

『……危うく殺すとこだったぜ。ま、そういうことなら話は早ぇ。さっさとそのガキを探してこの竜を送還させろ。それまで俺は逃げに徹する』

疲れが滲み出るような声の後、念話が切れた。

言われた通り五人は召喚士らしき少女を探す。

探しながら、とりあえずソルと別れた中央広場に向かい、気絶させたまま放置していた白銀の飛竜に治療を施す。

と、全長が十メートルを超えていた体躯が光に包まれ、見る見る内に子どもでも抱えられる子犬程度の大きさにまで縮んでしまった。

何故縮んだのか分からず戸惑いながらもツヴァイが飛竜を抱え上げ、キャロ・ル・ルシエの捜索を続行。

そして、意外にもあっさりとその姿を発見することが出来たのである。

彼女が居たのは白銀の飛竜と先程戦った中央広場からそう離れていなかった。精々、直線距離で百メートル程度。中央広場まで真っ直ぐ向かってきた召喚獣の足跡を辿れば自然と発見することが出来たから。

足元に四角い桃色の魔法陣を発生させたまま、膝を抱えて蹲り啜り泣く少女。

その姿を肉眼で確認した時、エリオが先頭に立って駆け出した。










「フリード……ヴォルテール……」

大切な友達の名を泣きながら呟くキャロに、突然声が掛かる。

「キャロ・ル・ルシエさん」

「……?」

顔を上げ思わず声が聞こえた方に視線を向けると、すぐ傍に自分と同い年くらいの男の子が一人居た。

男の子はキャロの眼の前で視線を合わせるように膝をつく。

「誰、ですか?」

「僕はエリオ、エリオ・モンディアルです」

キャロが抱えた至極当然の疑問に対して、エリオと名乗った男の子は優しく微笑んだ。

「今は僕の名前なんてどうでもいいんです。そんなことよりも――」

言いながらエリオはポケットからティッシュを取り出し、涙と鼻水でグシャグシャだったキャロの顔を拭う。

「ルシエさんが戦う必要はもうありません」

え?

言われた言葉の意味がよく分からず、キャロは固まった。

「だから、今すぐ竜召喚を止めて欲しいんです」

戦う必要が、無い?

それは一体どういうことなのだろうか?

訳が分からず混乱しているキャロの視界に、フリードを抱えた銀髪の少女――こちらも自分と同い年くらい――が映る。

「フリード!!」

叫び、立ち上がって手を伸ばす。と、銀髪の少女は苦笑しながらフリードを返してくれた。

「魔力ダメージで気を失ってるだけだから、命に別状は無いので安心して欲しいですぅ~」

死んだと思っていたフリードが生きていたことに、キャロは嬉しさとフリードの温もりが与えてくれる安心感で再び泣き出す。

「フリード、フリード……」

その小さな身体を放すまいと抱き締める。

「……キュ、キュク?」

強く抱き締められたことによってフリードが眼を覚ます。

生きていた。良かった。もうダメだと思ってた。二度と会えないと思ってた。こうして再び会えるなんて夢みたいだ。

「ごめんね、私の所為で今まで怖くて痛い思いいっぱいさせて、ごめんね、本当にごめんね」

何度も何度も謝って頬ずりをした。

卵の頃からずっと一緒だった大切な友達。離れず傍に居てくれた家族。今まで自分を守ろうと必死になって戦ってくれた使役竜。

「ごめんね、ごめんね……」

フリードは気にしないで、とでも言うように泣きじゃくるキャロの頬を舌で舐める。

「……ごめん、ね」

それでもキャロは暫くの間、泣き止むことはなかった。










封炎剣を肩に担いだ状態で黒い竜の猛攻から逃げ回っていた時間は、唐突に終わる。

『ヴォルテール、もういいの!! 戦わなくていいの!!』

聞き覚えの無い、まだ年端もいかない少女の念話。この声の主が二体の竜の召喚主で、管理局からテロリストを殲滅する為に投入された少女に違いない。

黒い竜が少女の念話に反応して動きを止める。

『私は大丈夫だから、フリードも無事だったから、もう貴方が戦う理由は無いの』

何か思案するようにこちらを見つめる黒い竜に対して、俺は敵意が無いことを示す為に変身を解除し、人間の姿に戻る。ほぼ半裸の状態になると封炎剣を放り捨てた。

次に結界を解く。空間の至る所に亀裂が生じると次の瞬間には砕け散り、俺と黒い竜は元の世界へと戻ってくる。

「……ヴォルテール……こんなに、こんなにボロボロになるまで戦って……」

我が家のガキ共とそう変わらない年の桃色髪の少女は、突如出現した俺達に驚くことなく、黒い竜に走り寄るとその馬鹿みたいにデカイ足に縋り付く。それを追うようにさっき叩き潰した飛竜のミニマム版みたいなのが、少女の足元までやって来る。

ヴォルテールと呼ばれた黒い竜は俺との戦闘で、既に満身創痍だった。

炎と剣撃により全身のあちこちに火傷とミミズ腫れのような傷痕があり、二本の捩れた角は片方が根元から消失し、二対の翼は半ばからへし折られ無残に垂れている。

怪我は見た目だけではない。内臓や骨だって損傷している筈なのに、黒い竜は無事を装い小さな主を心配させまいと仁王立ちの体勢を崩さない。

「やれやれだぜ」

俺はバリアジャケットを解除すると左手を額に当て、アフターリスクの頭痛を堪えながら溜息を吐いた。





一件落着したがどうか非常に疑わしいが、状況は落ち着いたので現場指揮を行う管理局の車両に場所を移した。

キャロが所属していた部隊の指揮官は俺の姿を見た瞬間、いきなり泣きながら土下座をして謝ってくる。何やらトラウマを植え付けられているらしいが、俺はまだ何もしていない。

この状態でちょっとでも脅せばショック死しそうなぐらいに怯えている様子は酷く哀れだ。

こいつの身に一体何があったのだろうか? 俺以外の連中が指揮官をまるで汚物を見るような眼をしているあたり、原因は身内らしいが。

一発ぶん殴る(タイランレイブ)つもりだったのにすっかり毒気が抜かれてしまう。

指揮官はまともに話が出来ないようなので――

「邪魔だ鬱陶しい、失せろ」

とりあえず蹴りで車外に出す。地面にのた打ち回る指揮官を尻目に俺はドアを閉める。

「……閉め出した理由が鬼だ」

「知るか。そもそも人のこと言えねぇだろが」

ヴィータが何かぼやいたが気にするだけ無駄だ。

「さて、これからどうする?」

そして俺は、所在無さげかつ落ち着かない様子のキャロに真正面から向き合い、視線を合わせる為に片膝をつく。

背が高くて眼つきが悪い俺は必要以上に相手を怖がらせるので、子どもを相手にする時は威圧感を感じさせない為になるべくこういう風にした方が良いと随分前にエイミィから助言をもらったのだが、上手く出来ているか不明だ。

問われた当の本人であるキャロは、何を言われたかの理解していないらしく呆けている。

そんな姿を見て自然と苦笑が漏れるのを抑えきれない。

ゆっくりと手を伸ばし彼女の頭を撫でようとし、反射的にビクッと震えるリアクションをされてしまったので手を止め、少し考えてから伸ばした手を引っ込めた。

俺のことが怖い、か。

無理も無い。俺はキャロの使役竜二体をこれでもかと言う程痛めつけた。あの後、しっかりと手当てさせてもらったが大切な使い魔を傷つけたことには変わりない。

それとも、ヴォルテールを介して俺のことを”視た”か……

「質問を変えるぞ。キャロ、お前はこれからどうしたい?」

「……」

分からない、と答えるように力無く首を振るキャロ。

この少女が今に至るまでの事情は聞いている。これまで状況に流されて生きてきたキャロにとって、選択肢というものは皆無だった。

行く宛ても無い、後ろ盾も無い、ただ独り生きる為のその日暮らしの日々。

選択の余地などありはしなかったのだろう。眼の前のものに必死に縋り付く、きっと彼女はそうして生きてきたのだ。

いや、そうせざるを得なかった筈だ。まだ十に満たない子どもである。当たり前だ。生き方を選べる程精神も肉体も成長していない。本来なら最低でもあと十年は親の庇護下に居るべきなのだから。

だから、いざ選択肢を与えられるとどうしたらいいのか分からない。

自分がどう生きていくのか決められない。

俺はやれやれと溜息を吐いて振り返り、他の面子の顔色を窺う。

と、そこには勝手に盛り上がっている連中の姿が。

「キャロの部屋はどうしよか、シグナム?」

「連れ帰ってから考えましょう」

「もう使ってねーソルの部屋があんじゃん、そこは?」

「妹とペットを同時にゲットですぅ!!」

「キュクルゥ?」

「高町・八神家にようこそ」

思案しながらシグナムに意見を求めるはやて。そんなことよりも連れて帰るのが先決だと言うシグナム。はやてに提案するヴィータ。フリードを頭上に抱え上げるツヴァイ。状況がよく分かってないフリード。腕を広げてキャロを歓迎するエリオ。

「お前ら連れて帰る気満々だなオイ!!」

「え? 常識的に考えてお持ち帰りコースやろ? エリオの時みたいに」

突っ込みに対して、何を今更、という感じのはやての言葉に俺は絶句。

「もしもし、あ、桃子さんですか? 今日からまた家族が一人増えますので歓迎会の準備を……はい、そうです。以前のようにまたソルが……今度は娘です」

凄く自然な感じに携帯電話で地球に連絡を入れているシグナムの横顔は純粋に嬉しそうである。

「今晩はご馳走だなー」

夕飯を夢想したのかヴィータは生唾を飲み込んだ。

「「わーい、新しい家族ー」」

ツヴァイとエリオがキャロの手を取って三人で輪っかになり、クルクル踊り出す。なんか何処かで見たことがある光景だと思ったら、エリオが来た時もこんな感じだったのを思い出す。

……なんてノリが軽い連中なんだ。

「えええ!? ええと、その、私、どうなっちゃうんですかぁぁぁぁぁぁぁ?」

回り過ぎて眼が回ってきたらしいキャロが戸惑い気味に声を上げる。

頭を抱えてから俯いて、それから俺は天を仰ぎ、次に頭痛を堪えるように額に手を当て、溜息を吐いてからツヴァイとエリオの二人を小突いてキャロを解放させた。

膨れっ面になってブーブー文句を垂れる息子と娘を捨て置くと、もう一度キャロと向き合う。

「ウチの馬鹿共は見ての通りお前を連れて帰るつもりだが、強制するつもりは更々無ぇ」

「はぁ」

まだ自分が置かれた状況が理解出来ていないのか、生返事をされてしまう。

「自分で考えて、自分で決めろ。俺達と一緒に生きる道を選ぶか、それとも違う道を選ぶかをな」

「でも、私は……」

急に暗い顔になって俯くキャロ。やはり、これまで自分の人生を狂わせ、苦しませてきた”力”のことを気にしているらしい。

「怖いか?」

「……怖い、です」

「”力”が怖いか? その所為で疎まれるのが怖いか? 誰かに迷惑を掛けるのが怖いか? ”力”で誰かを傷つけてしまうのが怖いか?」

それとも――

「自分が誰にも必要とされていないことが怖いか?」

核心を突かれたように大きく眼を見開く少女。

……やっぱりか。

生まれ育った故郷を追い出されたキャロは、無意識の内に自分がこの世で誰にも必要とされていないと思い込んでいるのだろう。

だからこそ自分の居場所を求めて彷徨い続け、結果的に管理局の人間に眼を付けられた。

未熟な竜召喚を用いて戦い続けた最大の理由は、誰かに自分の存在を認めてもらい、必要とされたかったのだと思う。

故に、この少女は今まで”力”を振るい続けてきたのではないか?

この少女は自身の”力”を忌み嫌ってはいるが、頭ごなしに否定し、認めていない訳では無い。

むしろ、自分の価値はそれしか無いと思っている節がある気がする。

ま、これはあくまで俺の考えなので、実際にキャロがどう思っているかは知らんが。

もしそうならば皮肉な話だ。己の生き方を歪めた”力”が、己の存在意義とは。



――『ギアに、生きる価値は、ありますか?』



その時、ふと脳裏に過ぎった言葉があった。ギアでありながら自身のギアの”力”を誰よりも忌み嫌い、他者を傷つけるのを恐れ、平和を何よりも愛した生体兵器の少女の言葉。

彼女は当時、涙を零して俺に訴えた。こんな誰かを殺す為の”力”が欲しかった訳じゃ無い、平穏に暮らしたいだけなのに、と。



――『ギアは兵器だ。その心さえもな』



結局、俺はあいつの質問に答えることが出来なかった。答えるどころか、彼女の心の在り方を真っ向から否定した。

生体兵器でありながら人間として生きることを望んだ彼女は、その後幾度となく二律背反に苦しむことになる。

かなりの差があるとはいえ、今の俺にはキャロの姿が昔のあいつにダブっているように見えてしまう。

「生きる価値の無い奴に、生まれてくる理由は無い。自分が誰かに必要か不必要かなんて、ガキの癖して難しいこと考えてんじゃねぇ。お前みたいなガキはな、誰かに迷惑掛けて生きてくのが当たり前なんだよ」

気が付けば俺の口は勝手に動いていた。そしてその言葉の前半部分は、かつて答えることの出来なかった問いへの答えでもあった。

「俺達は一切に気にしない。だからお前も気にするな」

この台詞を言うのは”こっち”に来て何度目だろうか?

「もう一度言う。誰もお前に強制しない。自分で考えて、自分で決めろ」

俺は両手を伸ばし、キャロの両肩を出来るだけ優しく掴んで――今度は怖がられない――真正面からその瞳を覗き込む。

「もし自分で決めることが出来ないのなら、騙されたと思ってついてこい……言っておくが、俺達は別にお前が持つ”力”を利用したい訳じゃ無ぇからな。気に入らなければ出てけばいい」

前置きをすると続ける。

「居場所が欲しければくれてやる。独りが寂しいなら一緒に居てやる。”力”が怖ければ、怖くなくなるようにお前自身を強くする為に鍛えてやる。お前が自分で生き方を決められるようになるまでな」

鏡が無いので上手く出来ているかどうか分からないが、何時も我が家のガキ共にそうするように微笑み掛けた。

「どうする?」

そして、キャロは――

「わ、私は……」











































「フライング・ボディ・プレス、verフリード!!」

「フリード、ジャンプ」

「キュクルー」

ツヴァイとキャロの声の後に動物の鳴き声が聞こえたと思ったら、顔の上に何か乗った。

「……この起こし方やめろっつったろ」

顔に貼り付いたフリードを丁寧に引き剥がして俺は上体を起こす。

眼の前には期待に胸を膨らませているガキんちょが三人。

「だって父様、前に遊園地連れてってくれるって言ったですぅー」

「食い放題のバイキングに行くとも約束しました」

「私も遊園地行きたいです」

ギャーギャー喚くツヴァイ、エリオ、キャロの三人は我慢し切れないのかそれぞれ俺の腕を掴むと無理やりベッドから引き摺り出そうとする。

「分かった、分かったから落ち着け。とりあえず今何時だ?」

「「「六時前」」」

「早ぇよ!!」

なんで休日の子どもはこんなにも無駄に早起きなんだ!? 確かに平日は早朝訓練の為に五時前に起きるからもっと早いが、今日は休日だぞ? 何が悲しくて休日に早起きせにゃならん?

「「「そんなことない!!」」」

「キュクー」

息ピッタリだなこいつら。仲が良いのは非常に喜ばしいが、最近は三人で一致団結して俺に我侭を聞かせようとしているから質が悪い。

ベッドから降りて伸びをする。と、俺の回りをクルクル回って遊び始める三人は朝っぱらから元気があり余っているらしい。フリードも三人に倣って寝室を旋回している。

(……まあ、こうなることは分かってたんだけどな)

胸中で半ば諦めたように呟く。

キャロを引き取ってから半年が経過。

最初の頃は借りてきた猫のように大人しかったのだが、日に日に子どもらしくなってきたと言うべきか、我が家に染まってきたと言うべきか、毒されたと言うべきか、時間が経つにつれて腕白になってきた。

僅か、二、三ヶ月そこらでツヴァイのように我侭を言うようになったし(エリオは普段からあまり我侭を言わない、此処重要)、年相応にはしゃぐようにもなったし、何よりも心の底から楽しそうに笑うようになったのは微笑ましいのだが……

元々が純粋無垢だっただけに、我が家の濃い面子の影響をモロに受けたのかもしれない。とりあえず俺の顔面にフリードを飛びつかせて目覚ましにする行為をやめさせたい。

「父様、早く、早く準備するです!!」

「バイキング、バイキング!!」

「フリード、お父さんの頭の上でぬいぐるみの振りしてるんだよ」

「キュクルゥ」

「あー、ズルイですフリード!! 今日はツヴァイが父様に肩車してもらうんですよーだ!!」

「何言ってんの? それは僕だよ」

「フリードがダメなら間を取って私が――」

「キュクキュク!!」

三人と一匹が俺の頭の上を争って喧嘩し始めるのを、喧しいなぁ、と思いつつ着替えて寝室を出てドアを閉める。

次の瞬間、ドア越しにドッタンバッタンと飛んだり跳ねたりする音と「ほああああ!!」「とおおおお!!」「えええい!!」「キュックルー!!」という奇声――十中八九取っ組み合いという名の肉体言語で会話しているのだろう――が響いてきた。

……まあ、何時ものことだ。子どもにしては近接戦闘の高等技術が飛び交うかなり危険な香りがするじゃれ合いではあるが、一週間に三回以上は眼にすればいい加減慣れる。

洗面所で顔を洗い、歯を磨いて髭を剃り、ある程度の準備を終えてから寝室をこっそり覗くとまだ肉体言語しているので、勢い良くドアを開け放って中に入り拳骨を三つ振り下ろす。ついでにフリードにはデコピンを鼻先にお見舞いした。

「……父様~」

「父さーん」

「お父さ~ん」

「キュウクー」

「喚くな鬱陶しい。行くんだったらとっとと行くぞ」

「「「はーい」」」

「キュク!!」

フリードが俺の頭の上に乗って全く動かなくなる。主の言いつけ通り、ぬいぐるみを演じることにしたらしい。

後ろをドタドタとついてくる三つの足音。

喧しくはあるが、決して不快ではない。

子どもってのはどんな世界でも何時の時代でも、無邪気に笑ってるのが一番だ。

俺は首だけ動かして後ろに視線を寄越す。

と、三人は俺の視線に気付き、何故か満面の笑みを浮かべた。

何がそこまで嬉しいのか知らないが、俺と一緒に居るだけで三人がこうして笑ってくれるのならば、悪くないと思う。

(俺も大概、親馬鹿だな)

自分自身に対して自嘲気味に笑うと、俺は決意を新たにする。

こいつらが望む限り、俺はこいつらの父親でいよう、それまでは見守り続けよう、と。

























ソル=バッドガイ


もうすっかりお父さん。立場的にも本人の心情的にも。

教育パパ。三人に様々な面に置いて英才教育を施す。なのは達同様、シンのようなアホの子にしない為である。躾は割りと厳しい。おかげで、三人共基本的にはソルの言うことを素直に聞く。

でも何故か子ども達のネジが飛ぶ。エリオはまだマシなのだが、ツヴァイと周囲の連中に影響されたキャロが……

目下の悩みはぶっ飛んだ思考を持つ娘二人のこと。一ヶ月に一回は本気で頭を抱える時がある。

子ども達に対する父性溢れる態度が女性陣のハートをキュンキュンさせているが、本人は全くの無自覚。なのは曰く「三人を見てると、もう一回子どもに戻りたい時があるの。でね、お父さんみたいなお兄ちゃんにいっぱい甘えて……お父さん? お兄ちゃんがお父さん? ヤダ、なんか興奮してきた……(以下自主規制)」とかなんとか。

ヴィータやアルフから『ワイルド保父』『子連れドラゴン』と揶揄される時がある。





リインフォース・ツヴァイ


ダメ娘その一。頭良いのに頭悪い。言動が色々とアレなので、ソルは将来が不安で仕方が無い。

ソルに対してのみ超我侭。

どうしてこうなった!?





エリオ・モンディアル


良い子。とにかく良い子。この子だけは絶対に曲がってくれるなと思いつつ接しているが、最近段々怪しくなってきた。

普段はあまり我侭言わないが、一度言い始めると梃子でも動かないくらいに頑固になる。おまけにしつこい。マジでしつこい。しつこさに定評のあるソルがしつこいと思うくらいにしつこい。





キャロ・ル・ルシエ


大人しくて従順で少し引っ込み思案で純粋無垢な性格だったのだが、高町・八神家で暮らしていく内にダメ娘その二になりつつある。

特定の母親が居ない。エリオの時のシャマルのように誰もフォローしなかったのが原因。キャロにとっての母親は、強いて言えば桃子。故に『桃子母さん』と呼んで慕う。あとは年の離れたお姉さん達。

「迂闊だったぁぁぁぁ!!」とはシグナムとはやての言。

でも、シグナムとソルがキャロを挟んで三人で居ると、頭髪の関係でよく親子に間違えられる。なので、シグナムだけが皆の居ない所で一人ほくそ笑んでいたりする。

ソルを『お父さん』と呼んで実父のように慕う。ツヴァイとエリオがそう呼んでいるから、それ以外にしっくりくる呼び方が無かったから、お父さんみたいな感じがするから、なんとなく、など理由は多々ある。





フリードリヒ


初対面がフルボッコだったので、最初はソル、シグナム、ヴィータのことを怖がっていたが、半年も一緒に暮らせば恐怖も消える。

ソルを群れのリーダーと認識しているので一番懐いている。

また、同じ竜種として何か感じるものがあるのかもしれない。

最近の特技はぬいぐるみの真似。




















後書き


ゴールデンウィークを皆さんはどう過ごしたでしょうか? 俺はずっと仕事でした……ファック。

ようやくキャロ登場編が書き上がりました。これにより、STSへの前準備が終わったと言えるでしょう。

んで、またもやどーしようもないネタが思いついたので閑話でも書くかもしれません。

ではまた次回!!







[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期16 動き出した計画
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/05/15 10:03

”背徳の炎”とは、賞金稼ぎを名乗る魔導師の集団及びその集団のリーダーを示す単語である。

以下、現段階で判明している”背徳の炎”の構成メンバーの詳細を記述する。





ソル=バッドガイ


性別:男

身長:約184cm前後

出身世界:第97管理外世界『地球』

髪の色:黒茶

瞳の色:赤

魔力光:赤

魔力変換資質:炎熱

魔法術式・魔導師タイプ:ミッドチルダ式、古代ベルカ式を用いた近接格闘型

魔導師ランク:総合オーバーS(ランク試験を受けていないのであくまで推定)

装備しているデバイス:剣型アームドデバイス『封炎剣』、ネックレス型ブーストデバイス『クイーン』

備考

”背徳の炎”という二つ名で呼称される張本人。他にも”火竜”、”暴君”などの呼び名が存在するが”背徳の炎”が一般的である。彼が率いる賞金稼ぎ集団は、リーダー格である彼を象徴として二つ名で呼称される。


来歴

新暦65年。第97管理外世界『地球』で発生した”闇の書事件”に介入。当時の年齢は九歳。

事件の主犯であるギル・グレアム、及びその使い魔であるリーゼアリア、リーゼロッテの拿捕に協力。

ロストロギア”闇の書”を解析、修復を行い”夜天の魔導書”に戻すことに成功し、永遠に続くと思われた事件に終止符を打つ。

新暦66年。ミッドチルダとその周辺の次元世界にて十日程度という短い期間でありながら、異常と言っても過言ではないハイペースで犯罪者と括られる組織や人物を狩り出す謎の魔導師として暗躍。

二つ名はこの時に付けられる。犯罪者に対して殺傷設定の魔法を躊躇無く繰り出す情け容赦無い態度に、とある局員が”背徳の炎”と呼称したことから始まった。

同年。聖王教会からの要請により、教会騎士団の戦技教導官に就く。

新暦69年。三年の空白期間を置いて、賞金稼ぎを名乗り活動を開始する。

現在に至る。


ソル=バッドガイが何故管理局に所属しないのかは不明。

時空管理局本局所属リンディ・ハラオウン総務統括官、同じく本局所属の次元航行部隊所属クロノ・ハラオウン提督、人事部所属レティ・ロウラン提督、陸上警備隊第108部隊隊長ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐、聖王教会教会騎士団の騎士及び時空管理局理事官カリム・グラシア少将の五人と契約を結んでいる。

契約者達から要請を受け、戦力を貸し出す形で依頼を遂行するというのが”背徳の炎”のビジネススタイル。

基本的に契約者を仲介しない限り仕事を請けることは無い。

現場での戦闘以外にも仕事を請け負うことはある。戦闘訓練、無限書庫内の整理、捜査、デバイスのメンテナンス、など多種多様。

近接格闘において極めて高い戦闘能力を保持し、他を圧倒する魔力を以って敵を殲滅する。前述の通り殺傷設定での魔法攻撃を躊躇しない為、未だに死者は出ていないものの、相対した犯罪者が五体満足で居られるケースは多くない。それでも新暦66年当時と比べるとまだ手加減している方である。

あらゆる次元世界で発生した事件や事故に介入し解決へと導いてきた。その過激なやり方故に否定的な意見も少なくない中、功績や評価は高い。

また戦闘能力のみならず、”闇の書”を元の”夜天の魔導書”に戻すことに成功したことから分かる通りデバイスマイスターや学者としても優秀。

後述のユーノ・スクライアとの関連により、スクライア一族と個人的なコネクションを持っている。余談ではあるが、本局の無限書庫が活用されるようになったのはソル=バッドガイが”闇の書事件”の際にスクライア一族に協力を申し出た為である。

スクライア一族と共に発掘作業やロストロギアの分析を行っている点から、考古学者としても優秀らしいが詳細は不明。

現在では、契約者達と管理局傘下で賞金稼ぎによるギルド組織を立ち上げようと動いていると囁かれているが詳細は不明。

時空管理局、聖王教会、スクライア一族などといった管理局内外を問わず多大な影響力を持つ人物。










リインフォース・アイン


性別:女

身長:約165cm前後

出身世界:不明

髪の色:銀

瞳の色:赤

魔力光:闇色

魔力変換資質:無し

魔法術式・魔導師タイプ:ミッドチルダ式、古代ベルカ式を用いたオールラウンダー

魔導師ランク:総合オーバーS(ランク試験を受けていないのであくまで推定)

装備しているデバイス:無し

備考

ソル=バッドガイの使い魔。素体の詳細は不明。漆黒の翼と尾から想像するに、魔法生物の類だと思われる。


来歴

新暦65年。ソル=バッドガイと共に”闇の書事件”に介入。

新暦66年。聖王教会からの要請により、教会騎士団の戦技教導官に就く。

新暦69年。ソル=バッドガイと共に賞金稼ぎとして活動を開始。

現在に至る。


主であるソル=バッドガイが近接格闘に特化しているのに対し、リインフォース・アインは近・中・遠距離を問わず戦うことが可能な万能型。バリエーション豊富な魔法を用いてあらゆる局面に柔軟に対処する。

賞金稼ぎとしての活動経歴は、新暦69年以降のソル=バッドガイと同じである為割愛。










シグナム


性別:女

身長:約167cm前後

出身世界:古代ベルカ(”夜天の魔導書”による魔導プログラム体である為詳細は不明)

髪の色:桃色

瞳の色:青緑

魔力光:紫

魔力変換資質:炎熱

魔法術式・魔導師タイプ:古代ベルカ式を用いた近接格闘型

魔導師ランク:空戦S-(このランクはあくまで管理局所属当初のもので、以来ランク試験を受けていないので正確なランクは不明。現在は推定オーバーS)

装備しているデバイス:剣型アームドデバイス『レヴァンティン』

備考

”ベルカの騎士”、”夜天の魔導書”の守護騎士ヴォルケンリッター”烈火の将”。ソル=バッドガイと共に行動している場合は、炎を操るを二人を指して”双火竜”と呼称される時がある。


来歴

新暦65年に発生した”魔導師襲撃事件”の主犯格であり”闇の書”の守護騎士でもあったが、最後となった”闇の書事件”に介入したソル=バッドガイにより自首。以後、新暦70年まで管理局に所属し無償奉仕に従事していた。

新暦66年。聖王教会からの要請により、教会騎士団の戦技教導官に就く。

新暦70年。無償奉仕を終えるのとほぼ同時に賞金稼ぎ集団”背徳の炎”の一員として活動する。

現在に至る。


無償奉仕期間中は航空武装隊第1039部隊の隊員として勤めていた。

古代ベルカの騎士であり、その例に漏れず近接格闘を主体とした戦闘スタイルである。

賞金稼ぎとしての活動経歴は、新暦70年以降のソル=バッドガイと同じである為割愛。

後述の八神はやてを主として仕えている。故に、”八神”と名乗る場合がある。










ヴィータ


性別:女

身長:約125cm前後

出身世界:古代ベルカ(”夜天の魔導書”による魔導プログラム体である為詳細は不明)

髪の色:橙

瞳の色:青

魔力光:赤

魔力変換資質:無し

魔法術式・魔導師タイプ:古代ベルカ式を用いた近接格闘型寄りのオールラウンダー

魔導師ランク:空戦AAA+(このランクはあくまで管理局所属当初のもので、以来ランク試験を受けていないので正確なランクは不明。現在は推定オーバーS)

装備しているデバイス:ハンマー型アームドデバイス『グラーフアイゼン』

備考

”ベルカの騎士”、”夜天の魔導書”の守護騎士ヴォルケンリッター”鉄槌の騎士”。


来歴

前述のシグナムと同じである為割愛。

現在に至る。


外見は十に満たない子ども同然である。

無償奉仕期間中は本局航空隊第1321部隊の隊員として勤めていた。

古代ベルカの騎士でありながら距離を問わず戦うことが可能。古代ベルカ式では珍しい万能型。だが、やはりベルカ式だけあって近接格闘が得意のようである。

賞金稼ぎとしての活動経歴は、新暦70年以降のソル=バッドガイと同じである為割愛。

後述の八神はやてを主として仕えている。故に、”八神”と名乗る場合がある。










シャマル


性別:女

身長:約163cm前後

出身世界:古代ベルカ(”夜天の魔導書”による魔導プログラム体である為詳細は不明)

髪の色:ハニーブロンド

瞳の色:紫

魔力光:翠

魔力変換資質:無し

魔法術式・魔導師タイプ:古代ベルカ式を用いた補助系後方支援型

魔導師ランク:総合AA+(このランクはあくまで管理局所属当初のもので、以来ランク試験を受けていないので正確なランクは不明。現在は推定AAA)

装備しているデバイス:腕輪型アームドデバイス『クラールヴィント』

備考

”ベルカの騎士”、”夜天の魔導書”の守護騎士ヴォルケンリッター”湖の騎士”。


来歴

前述のシグナムと同じである為割愛。

現在に至る。


無償奉仕期間中は時空管理局本局の医療局所属。医務官として勤めていた。

賞金稼ぎとしての活動経歴は、新暦70年以降のソル=バッドガイと同じである為割愛。

補助系後方支援型でありながら『地球』の武術を学んでいる為、接近戦も問題無くこなす。”合気柔術”という名の武術で、相手の力を利用するらしい。火力は低いが、中距離戦もこなせる。

後述の八神はやてを主として仕えている。故に、”八神”と名乗る場合がある。










ザフィーラ


性別:男

身長:約175cm前後

出身世界:古代ベルカ(”夜天の魔導書”による魔導プログラム体である為詳細は不明)

髪の色:白

瞳の色:橙

魔力光:白

魔力変換資質:無し

魔法術式・魔導師タイプ:古代ベルカ式を用いた近接格闘型

魔導師ランク:総合AAA(ランク試験を受けていないのであくまで推定)

装備しているデバイス:無し

備考

”ベルカの騎士”、”夜天の魔導書”の守護騎士ヴォルケンリッター”盾の守護獣”。状況により人型、狼、子犬と姿を変える。


来歴

前述のシグナムと同じである為割愛。

現在に至る。


無償奉仕期間中は前述の三人(シグナム、ヴィータ、シャマル)の護衛や補佐として勤めていた。

近接格闘型ではあるが、魔法戦では防御に徹することが多い。その二つ名通りメンバーを守る鉄壁の盾となる。

賞金稼ぎとしての活動経歴は、新暦70年以降のソル=バッドガイと同じである為割愛。

後述の八神はやてを主として仕えている。故に、”八神”と名乗る場合がある。











高町なのは


性別:女

身長:約156cm前後

出身世界:第97管理外世界『地球』

髪の色:茶

瞳の色:青

魔力光:桜色

魔力変換資質:無し

魔法術式・魔導師タイプ:ミッドチルダ式を用いた中、遠距離を得意とする砲撃魔導師

魔導師ランク:総合オーバーS(ランク試験を受けていないのであくまで推定)

装備しているデバイス:祈祷杖型インテリジェントデバイス『レイジングハート・エクセリオン』

備考

”白い悪魔”。


来歴

新暦65年。ソル=バッドガイと共に”闇の書事件”に介入。

新暦66年。聖王教会からの要請により、教会騎士団の戦技教導官に就く。

新暦71年。賞金稼ぎ集団”背徳の炎”の一員として活動を開始。

現在に至る。


ソル=バッドガイの義理の妹。

前述の面々と比べると、何故賞金稼ぎとして活動するのが遅いのか理由は不明。

相手と距離を取って戦う典型的なミッドチルダ式砲撃魔導師であるが、他に類を見ない程に強力な遠距離攻撃と高い防御力は、固定砲台と言うより最早戦艦と評した方がいい。また、接近戦も柔軟にこなす。

二つ名は義兄と同じ容赦の無さから、犯罪者によって付けられたもの。

賞金稼ぎとしての活動経歴は、新暦71年以降のソル=バッドガイと同じである為割愛。










フェイト・テスタロッサ・高町


性別:女

身長:約157cm前後

出身世界:ミッドチルダ南部アルトセイム

髪の色:金

瞳の色:赤

魔力光:金

魔力変換資質:電気

魔法術式・魔導師タイプ:ミッドチルダ式を用いた近接格闘・高速機動に特化したオールラウンダー

魔導師ランク:総合オーバーS(ランク試験を受けていないのであくまで推定)

装備しているデバイス:祈祷杖型インテリジェントデバイス『バルディッシュ・アサルト』

備考

”金の死神”。


来歴

前述の高町なのはと同じである為割愛。

現在に至る。


”高町”の姓を名乗るのは養子である為。それ以前の経歴は不明。

高町なのは同様、何故賞金稼ぎとして活動するのが遅いのか理由は不明。

高速機動を武器にヒット&アウェイの近接格闘を主戦法とするが、中・遠距離でも戦うことが出来る万能型。

二つ名は、黒衣のバリアジャケットと鎌に変形するデバイスを見た者達が御伽噺の死神を連想したことから。

賞金稼ぎとしての活動経歴は、新暦71年以降のソル=バッドガイと同じである為割愛。










八神はやて


性別:女

身長:約155cm前後

出身世界:第97管理外世界『地球』

髪の色:茶

瞳の色:青

魔力光:白銀

魔力変換資質:氷結

魔法術式・魔導師タイプ:ミッドチルダ式、古代ベルカ式を用いた広域・遠隔魔法を得意とする後方支援型

魔導師ランク:総合オーバーS(ランク試験を受けていないのであくまで推定)

装備しているデバイス:融合型デバイス『夜天の魔導書』及び『リインフォース・ツヴァイ』、杖型アームドデバイス『シュベルトクロイツ』

備考

メンバーで唯一稀少技能を保有している。『蒐集行使』が可能。

”最後の夜天の王”、”ヘルブリザード”、”歩くロストロギア”。

”夜天の魔導書”の主にして前述のシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの四人”守護騎士ヴォルケンリッター”の主でもある。

後述のユニゾンデバイス、リインフォース・ツヴァイのロード。


来歴

新暦65年に発生した”闇の書事件”の被害者にして当事者。ヴォルケンリッターの主である以上、犯罪者であり有罪だと訴える声もあったが、彼女自身が罪を犯していないのは事実なので実質無罪となる。

以降は前述の高町なのはと同じである為割愛。

現在に至る。


高町なのは同様、何故賞金稼ぎとして活動するのが遅いのか理由は不明。

古代ベルカ式の使い手にして稀少なユニゾンデバイスの使い手でもある。

同じ後方支援のシャマルと異なり、こちらは攻性支援がメイン。多大な魔力を用いて広範囲を殲滅することが可能。

戦闘区域を敵諸共凍り付けにすることから、何時の間にか”ヘルブリザード”と呼ばれるようになる。”闇の書”だった”夜天の魔導書”を所持している為、”歩くロストロギア”とも呼ばれる。

賞金稼ぎとしての活動経歴は、新暦71年以降のソル=バッドガイと同じである為割愛。










ユーノ・スクライア


性別:男

身長:約160cm前後

出身世界:スクライア一族(孤児の為詳細は不明)

髪の色:薄茶

瞳の色:翠

魔力光:翠

魔力変換資質:無し

魔法術式・魔導師タイプ:ミッドチルダ式を用いた後方支援を得意とする結界魔導師

魔導師ランク:総合AAA(ランク試験を受けていないのであくまで推定)

装備しているデバイス:無し

備考

遺跡発掘や考古学で有名なスクライア一族出身。

不確かな情報ではソル=バッドガイの右腕と噂されている。


来歴

新暦65年。とある遺跡からロストロギア『ジュエルシード』を発掘するが、不慮の事故でそれを『地球』ばら撒いてしまう。悪い言い方をすれば”PT事件”の発端とも言える。

その後すぐに行方不明になるが半年もせずに無事に発見される。

以降は前述の高町なのはと同じである為割愛。

現在に至る。


高町なのは同様、何故賞金稼ぎとして活動するのが遅いのか理由は不明。

”闇の書事件”の際、一族の力を惜しみなく使い無限書庫を有効活用する。それによりソル=バッドガイが”闇の書”を”夜天の魔導書”に戻すことが出来たと記録にある。

以後、スクライア一族の力は情報面において管理局にとって無くてはならない存在となる。

ロストロギア関連及びスクライア一族から依頼された仕事の時、ソル=バッドガイと共に行動していることが最も多い。

特筆事項として、後方支援を得意とする結界魔導師であるにも関わらず、近・中距離での戦闘を得意としている。特殊な術式を組み込んだバインドを用いて中距離を制し、シャマル同様『地球』の武術で接近戦をこなす。投げ技・締め技・関節技を得意とし、敵の肉体を魔法やデバイスを一切使わず破壊する。デバイスを持たず、適性が無い為攻撃魔法を修得していないものの、対人戦における戦闘技能は高い。

スクライア一族の例に漏れず、考古学者として優秀な一面を持つ。

賞金稼ぎとしての活動経歴は、新暦71年以降のソル=バッドガイと同じである為割愛。










アルフ・高町


性別:女

身長:約160cm前後

出身世界:不明

髪の色:橙

瞳の色:青緑

魔力光:橙

魔力変換資質:電気

魔法術式・魔導師タイプ:ミッドチルダ式を用いた後方支援型

魔導師ランク:総合AAA(ランク試験を受けていないのであくまで推定)

装備しているデバイス:無し

備考

フェイト・テスタロッサ・高町の使い魔。素体は狼。状況により人型、狼、子犬と姿を変える。


来歴

前述の高町なのはと同じである為割愛。

現在に至る。


”高町”の姓を名乗るのは養子である為。

高町なのは同様、何故賞金稼ぎとして活動するのが遅いのか理由は不明。

使い魔故に主と共に行動することが多いが、後方支援型であるにも関わらず接近戦を好む傾向がある。それでもしっかりと仲間をサポートしている点を鑑みるに、実力の高さが窺える。

賞金稼ぎとしての活動経歴は、新暦71年以降のソル=バッドガイと同じである為割愛。










リインフォース・ツヴァイ


性別:女

身長:約110cm前後

出身世界:第97管理外世界『地球』

髪の色:銀

瞳の色:青

魔力光:白銀

魔力変換資質:氷結

魔法術式・魔導師タイプ:ミッドチルダ式、古代ベルカ式を用いた広域・遠隔魔法を得意とする後方支援型

魔導師ランク:総合AA+(ランク試験を受けていないのであくまで推定)

装備しているデバイス:本型ストレージデバイス『蒼天の書』

備考

前述の八神はやてが所持するユニゾンデバイス。

ソル=バッドガイを『父』、リンフォース・アインを『母』と呼ぶ点から制作者はこの二人だと思われる。


来歴

誕生したのは新暦67年だと思われる。新暦68年の時点で既に聖王教会で目撃されていた。

以降は前述の高町なのはと同じである為割愛。

現在に至る。


外見は十に満たない子どもである。

八神はやてのデバイスである為、常に行動を共にしている。

故に、八神はやてが新暦71年に”背徳の炎”の一員として活動するまで特筆事項は無い。

魔導師としての実力を持っているが、真の力を発揮するのはロードである八神はやてとユニゾンした時であり、飛躍的な能力上昇を可能とする。

賞金稼ぎとしての活動経歴は、新暦71年以降のソル=バッドガイと同じである為割愛。





以上、十一名が賞金稼ぎ集団”背徳の炎”の構成メンバーである。










背徳の炎と魔法少女 空白期16 動き出した計画











レジアス・ゲイズは今まで閲覧していた報告書を閉じ、眉根を寄せて虚空を睨んだ。

考えていることは賞金稼ぎ集団”背徳の炎”のこと。

彼がソル=バッドガイの存在を認知したのは、親友ゼスト・グランガイツ率いる首都防衛隊が全滅したのと全く同じ時期である。

当時の心中は後悔と懺悔などといった感情で頭の中がグズグズになっていたのを思い出す。



――『ゲイズ中将、朗報をお伝えしよう』



あのいけ好かない、ついでに言えば信用もしたくない人間に類するマッドサイエンティストが嬉々として報告してきたのだ。

戦闘機人の計画が順調であること。

戦闘機人が優秀な性能を発揮、つまり一対一でSランク魔導師(ゼスト)を撃破したこと。

そして――



――『彼は……”背徳の炎”は最高ですよ』



ソル=バッドガイ。つまり”背徳の炎”の存在だった。

全身の細胞にリンカーコアを持つという人類では決してあり得ない肉体の持ち主。

ジェイル・スカリエッティは嗤いながら声を張り上げ、狂ったようにつらつらと説明し始めた。

彼は人造魔導師や戦闘機人などとは比べ物にならない程に素晴らしい生体兵器であると。

彼こそが人型生体兵器の究極形であり、私の理想像だと。

彼のような存在を生み出せるようになれば、ゲイズ中将の夢も容易く叶うと。

確かに見せられたデータは素晴らしいと言うに相応しいものであったが、データ閲覧中に眼にしたゼストの死体の所為で、眼の前で喜んでいる狂科学者が何を言っているのか聞き取れなくなっていく。

ゼストが、死んだ?

空間ディスプレイで表示されるのは、ソル=バッドガイのモニタリング映像、親友の死体、ゲラゲラと下品に笑い続ける白衣の男。

自分の所為で、友が死んだ。

大きく眼を見開いたまま、ディスプレイに映る人物達を眺める続け、やがて耐え切れず視線を逸らす。

燃え上がるような憎悪と激しい嫌悪と狂おしい怒りを込めた瞳で、ディスプレイ越しにこちらを射殺すように睨んでくるソル=バッドガイの視線。

血塗れのまま、力無く壁にもたれ掛かった状態で事切れている親友の無残な姿。

その二つに耐え切れなかったのだ。

静止画であるにも関わらず、まるで彼らがレジアスを責めているように感じたから。

『お前が親友を殺した』

『お前が部隊を全滅させた』

『信じていたのに』

『裏切り者』

いや、実際に責めているのかもしれない。少なくともソル=バッドガイはそうである筈だ。

”背徳の炎”。聞いたことがあった。新暦66年に一時期有名になった謎の魔導師のことである。凶悪な犯罪者や違法研究者を目の敵にするかのように断罪していた紅蓮の炎。非人道的な犯罪に手を染めていた者達に、殺傷設定で躊躇無く攻撃魔法を使用する危険な魔導師。

何より”背徳の炎”と直接対面し、その戦闘能力を垣間見たゼストから話を聞かされたのだ。



――『”背徳の炎”は何かを憎んでいる……それが何か分からないが、この眼で見て俺はそう感じた』



当時は話してきたゼスト本人ですら曖昧な口調で語る内容であり、それからすぐに姿を消した”背徳の炎”のことなど多忙な毎日の中で忘れてしまった。

だが、今のレジアスならば”背徳の炎”が何を憎んでいるのかよく分かった。

自分を生体兵器として生み出した違法研究と命を弄ぶ生命操作技術が憎くて堪らない、モニター越しの彼の視線がそう告げているのだから。

この時になって初めて、親友の死を目の当たりにして、生体兵器の被害者の視線を浴びて、自身に問い掛ける。



地上の正義の為に、地上の平和の為に、ただそれだけの為に自分が今まで行ってきたことは、一体何だったのだろうか?



かと言って今更後戻りなど出来なかった。

何せ地上本部が誇るエース・ストライカーの部隊を一つ丸々失ったのだ。戦力が激減したのは変わりなく、部隊編成を改めて行っても戦力低下を覆すことは出来はしまい。

皮肉なことに、ゼスト達が死んだ所為で戦闘機人の需要がより高まってしまった。

更に言えば、自分は最高評議会の傀儡も同然だ。後戻りなど出来る訳が無い。

もし自分が今捕まったとしても、傀儡が入れ替わるだけである。

ならば、せめて失った命に報いる為にも……

「ゼスト……俺は、碌な死に方をしないだろうな」

深い悔恨の溜息を漏らし、レジアスは椅子の背もたれに体重を預け、天を仰いだ。

見ていろ。

自分はこのままで終わりはしない。

必ず一泡吹かせてやる。最高評議会にも、ジェイル・スカリエッティにも。

そして、此処には居ない”背徳の炎”に思いを馳せる。

スマンな、”背徳の炎”よ。全てが終わるまでは、俺はお前に断罪される訳にはいかないのだ、と。










「凄かったですね。生”背徳の炎”!!」

やや興奮気味にアルト・クラエッタは隣に居る先輩局員に話し掛ける。

しかし、話し掛けられた当の本人は虫の居所が悪いのか、舌打ちをして口をへの字に曲げた。

「うるせー」

「もう……ヴァイス陸曹、朝からずっとそんな感じじゃないですか。そんなに”背徳の炎”が嫌いなんですか?」

「……」

ヴァイス・グランセニックは沈黙で答えを語る。そんな横顔にアルトは呆れ、溜息を吐き、今日一日のことを思い出していた。





今日は管理局で噂の”背徳の炎”がこの航空武装隊第1039部隊にやって来たのである。勿論、仕事の一環として。

その仕事の内容とは、簡単に言えば部隊員に経験を積ませる為の戦闘訓練だ。

本来なら受けてもらえる筈が無いのだが、1039部隊の隊長は”背徳の炎”と契約を結んでいるゲンヤと個人的な知己でもあったので、ゲンヤと酒の席を同伴した時にものは試しだと思い頼み込んでみたのだ。

「一応ソルに聞いてはみますが、期待しないでくださいよ?」

と言いつつ、ゲンヤはその場でグラス片手に通信回線を開き連絡を取った。暫くして空間ディスプレイに眼つきの悪い若い男が映し出される。

『構わないぞ、別に』

1039部隊の隊長とゲンヤの話を聞いて実にあっさりと承諾するソルに、隊長は驚きのあまりグラスを手から滑らせ落としてしまったが、そんなことを気に掛けていられなかった。

『1039部隊っていやぁ、確かシグナムが居たとこだったか? おい、シグナム』

映像の中、姿を消すソル。どうやらシグナムを呼びに行ったらしい。

声だけが伝わってくる。

『夕飯の支度で忙しい、後にしてくれ』

『今な、ゲンヤを通して1039部隊の隊長から要請があった』

『何? それは本当か?』

『確かお前の古巣だろ』

『ああ。で、依頼の内容は?』

『戦闘訓練だとよ。受けるか?』

『当然だ』

『父様、シグナムー、ご飯まだですかー?』

『ご飯まだー?』

『まだー?』

『キュクー?』

『少しはシグナムを手伝ったらどうだガキ共、さっきから遊んでばっか居やがって!! ちっ、もういい、俺が手伝う』

『それはダメだ』

『んだと!?』

『ソルの世話を焼くのが私達の仕事だからだ』

『いや、確かに家事をやってくれるのは嬉しいしありがたいんだけどよ、このままじゃ俺はお前らが居ないとダメになる気がしてだな』

『むしろ私達はそうなってくれて一向に構わん。だらしないのは流石に困るが』

『ハッ、んなこと言ってると本気にするぜ?』

『!!!』

『……おい、どうした?』

『だ、だだ、男子厨房に入るべからず!!』

『何だ急に!? 此処俺の部屋だぞ!? なんでそんなに顔が赤い……分かった、出てく、出てくって』

といった感じに話がトントン拍子(?)に決まっていって、ことの始まりから一週間後の今日を迎えたのである。これは隊長にとっては嬉しい誤算。絶対に蹴られると思っていたのだから。部下達には良い刺激と経験になるだろう、部下思いの隊長は話が決まったその日の内に喜び勇んで全員に通達する。

待ちに待った今日の朝。姿を現したのはソルと、かつて1039部隊で働いていたシグナム。”背徳の炎”の中でも唯一、二人一組で”双火竜”という二つ名で呼称される炎使いの二人。

部隊内でシグナムと面識があった者は、数年ぶりの彼女との再会を純粋に喜ぶものが大半を占めたが、同時に嫉妬と敵意をソルに向ける者も少なくなかった。

無理も無い。シグナムは、強く、美人で、武人気質で、姐御肌で面倒見が良く、颯爽とした立ち居振る舞いは部隊の皆から慕われていたのだ。男性局員は誰もがシグナム姐さんと呼んで尊敬していたくらいだ。

そんな皆の憧れの姐さんを数年前に横から掻っ攫って行った男……忘れもしない……憎い、憎い憎いあん畜生が。

「ああン?」

しかし、悲しいことに真正面からソルに怨嗟を込めて睨み付けることが出来る猛者など存在しなかった。相手は推定ランクオーバーSの超凄腕魔導師、しかも経歴を見れば分かる通り情けや容赦などとは無縁の人間だ。操る炎で焼き尽くされた犯罪者は数知れず。ぶっちゃけ視線が合うだけでちびりそうになる。

いや怖ぇよ、威圧感がマジ半端ねぇよ、放たれる魔力の量もあり得ねぇよ、なんで凶悪犯罪者よりも眼つきが鋭いんだよ、背高ぇし身体ガッチリしてるし、捕まった犯罪者の大半がトラウマ抱えるって聞くけど納得しちまう、と早くもへっぴり腰になる隊員達。

微妙な空気の中、戦闘訓練が始まった。

午前中はまず手始めに”背徳の炎”VS 1039部隊という構図。廃棄都市を利用した大規模な市街地戦である。

相手がたった二人とはいえ油断は出来っこない。なんせ相手は”背徳の炎”。ランクも肩書きも色々とオカシイ人達だ。下手を打ったら死ぬ。

部隊の皆は実戦と同じ、否、それ以上の真剣さで臨んだ。

で、結果はというと、見事な蹂躙劇であった。

ソルが先行し、その後ろをシグナムが影のように付き従う。二人は常に一定の距離を保ちつつ移動し、戦闘中は背中合わせでお互いの死角を補い合い、各個撃破する。どんなに戦力を分断させようとしてもそれが出来ない。

単騎での戦闘能力は当然高い。加えて二人の完璧なまでの連携は息が合ってるとかそんなレベルの話ではない。一卵性双生児か長年連れ添った夫婦並みだ。二人揃って”双火竜”とは言い得て妙だと誰もが思う。

1039部隊の前線メンバーはなす術も無くボッコボコにされ、昼休憩を挟むことに。

だが、彼らの心が休まることは無かった。

なんとあのシグナムが自分で作ったというお弁当を持参していたのである。しかも二つも。当然、自分の分とソルの分だ。

あっという間に女性局員に囲まれ質問攻めに遭うシグナム。茹蛸のように頬を赤く染めながらもポツポツと律儀に返答する彼女は殺人的な可愛さを誇っていたが、そんなシグナムが作った弁当を食うのがチンピラみたいな男だという事実に男性局員は腸を煮え繰り返していた。

ちなみに食事中の会話はこんな感じ。

「どうだ? なかなかの出来だと思うが」

「美味い」

「口に合って良かった。この煮物はどうだ? 食べてみてくれ」

「美味いが、俺はもう少し味が濃い方が良いな」

「む、そうか。まだ主はやてや桃子殿の域には達していないか……もっと精進しよう」

「なあ」

「ん?」

「随分前から思ってたんだが、俺、お前らに餌付けされてないか?」

「……」

「そこで黙るなよ」

「ソルは、私の手料理を食べるのが嫌か?」

瞳を潤ませ上目遣いになる。

「んなこと一言も言ってねぇ、分かった、そんな卑怯な顔するな……これからも頼む」

プイッとそっぽを向いたままぶっきらぼうな口調で語るソルの言葉を聞いて、誰もが見惚れる華のような笑みを浮かべるシグナム。それを見て何人もの局員が男女問わずバタバタと倒れ悶死寸前にまで追い込まれた。

仲の良さを見せ付けられた休憩が終了し、再び訓練が開始される。

午後は先程と異なり、ソルとシグナムを別々に分けてのチーム戦。ソルチーム、シグナムチームがガチンコでぶつかり合う拠点制圧戦だ。

敵勢力を殲滅することが目的ではなく、拠点を制圧しそこを守り続け、タイムアップまでの間にどれだけ多くの拠点を制圧していたのか数を競う、というルールのもの。

勿論、敵の本拠地を制圧すればどんなに不利な状況でも無条件で勝利となる。

これは結構燃えた、というか、午前と比べると遥かに訓練らしい訓練だった。

ソルとシグナムはあくまで指揮官という立場であまり前線には出張らず、基本的には本拠地から動かず指示を出すだけ。もし前線に出たとしても隊員達がそれなりに戦えるくらいには手加減してもらっていたからだ。

そもそも本拠地を制圧されれば問答無用で負けになる為、動きたくても動けないというのがあったが、本拠地から指示を飛ばすだけでは、守りに徹するだけでは勝てない。

しかし、自ら打って出る、ということは諸刃の剣を意味する。勝利する為の手段であると同時に、不在の隙を相手チームに突かれてしまう可能性があるから。

味わったのはかつて無いスリリングな駆け引きと戦略。

こちらも結果だけ言うと、どちらのチームも勝ったり負けたりを繰り返した。

この訓練を経て、隊員達はそれぞれがただ指示されたことをこなすだけではなく、目まぐるしく変化する戦況の中でより高度な戦略を実践するにはどうしたらいいのか、今まで以上に意識するようになる。

とても疲弊してはいるが、訓練を始める前とでは比べ物にならないくらいに充実した隊員達の顔を見て、隊長は満足気な笑みで一人うんうん頷いていた。

教導隊に依頼して受ける訓練とはまた違うものを得られたのは、隊員達にとって貴重な財産になるだろう、と。

ソルに向けられていた負の感情も訓練中に拭われたようで、何時の間にか「ソルの旦那」とか「旦那」という愛称で呼ばれていたりいなかったり。

お疲れ様でしたーっ!! という挨拶によって濃厚な一日が終わった。





ヘリパイロットであるヴァイスは本日、ずっとソルの姿を遠くから睨んでいるだけだった。

男のジェラシーなんてみっともないのは分かっている。だが、どうもあの男は認めたくない。

数年越しに再会したシグナムが、ヴァイスの知っているシグナムと差がある所為だ。

性格や口調が変わった訳では無い。これらは以前と全く同じで安心する。

変わったことといえば、何処となく女性らしくなっていることだろう。物腰や雰囲気が以前とは段違いに柔らかい。

管理局を離反するまでの彼女は、”女である前に騎士”、というのが前面に押し出されていて、初見では近寄りがたい人物だった。

だったのだが、今のシグナムは見事なまでに”女であると同時に騎士”である。

これはこれで大変魅力的で良い。今日一日だけで彼女がこれまで見せたことも無い可愛い表情を見ることが出来た。

しかし、だがしかし!!

そんなシグナムの隣に居るのが、眼つきの悪いチンピラヤクザみたいな男というのが腹立つ。

「あの野郎、シグナム姐さんとイチャイチャしやがって!! 羨ましいぞ畜生!!」

「……うわぁ」

突然ヴァイスが血を吐くように絶叫する。彼の本音を聞いて、隣に居たアルトは純粋にドン引きした。

「俺が知ってる姐さんは、香水なんて使うような人じゃなかった!!」

挨拶した時に微かに捉えたラベンダーの匂い。

「聞いた話によると、ソルさんがシグナムさんに言ったことが切欠らしいですよ? 『お前にはラベンダーが似合う』って」

「俺もそんな臭い台詞言ってみてぇぇぇぇぇ!!」

女子の間で瞬く間に広がった情報を提供するアルトと、頭を掻き毟るヴァイス。

「俺が知ってる姐さんは、料理なんてするような人じゃなかった!!」

「それもソルさんに言われたことが始まりらしいですよ? 今では週に何回かご飯作りに行ってあげてるみたいです」

「羨まし過ぎる!!」

地団太を踏み、駄々っ子のように暴れるヘリパイロット。

「うおおおお、誰でもいい、誰か、誰かあの忌々しいソル=バッドガイに正義の鉄槌を下してくれぇぇぇ!!」

「灰になりてぇのか?」

「ひぃぃぃごめんなさい!! 出来心だったんですすいません!! シグナム姐さんに相応しい男なんて旦那しか居ないって頭では分かってるんですけど感情が納得してくれなくて――」

「アハハハハハハハハハ!! そんなに怯えるくらいなら初めから言わなきゃいいのに、おっかしい!!」

「へ?」

背後から聞こえた恫喝の声にヴァイスは咄嗟に振り返って頭を下げる。と、返ってきたのは快活な笑い声だったので、彼は間抜け面のまま顔を上げた。

「ソルの陰口なんて言っちゃダメよ? 本人は全く気にしないだろうけど、あいつの家族の耳に入ったら問答無用で攻撃魔法が飛んでくるかもしれないんだから」

眼の前には悪戯が成功した子どものように笑顔を浮かべる女性。

クイント・ナカジマ。

地上本部においてかなり知名度が高い管理局員の一人。数年前に壊滅した首都防衛隊の唯一の生き残り。その時の怪我が原因で前線を退くことになった元エース。

更に言えば、”背徳の炎”と契約を結んでいるゲンヤ・ナカジマの妻で、ソルと個人的な友人でもあると噂される人物だ。

ヴァイスとアルトは慌てて姿勢を正すと敬礼をするが、クイントは「気にしない気にしない」と手を振って楽にしていいと言う。

「今日1039部隊にあいつが来たって話聞いたんだけど、もう帰っちゃった?」

問われ、コクコク頷くヴァイスとアルトの二人。あの”背徳の炎”を”あいつ”呼ばわりとは……どうやら噂は本当らしい。

「なーんだつまんない。折角飲みに誘ってやろうと思ったのに、仕方無いか」

子どもっぽく唇を尖らせるクイントであるが、何か良いことでも思い付いたのか次の瞬間にはパッと表情を輝かせると、突然ヴァイスとアルトの二人の手を取る。

「「え?」」

「ま、此処で会ったのも何かの縁でしょ。騙されたと思って私に付き合わない?」

疑問系なのに彼女の中では既に決定事項らしく、有無を言わせない異様な腕力で強引に引っ張られる――引き摺られる――二人であった。





連行され、行き着いた場所は一軒の居酒屋。

座って座って、と促された席には先客――三人の男女――が居た。

「クイント。またお前は関係無い奴巻き込んできやがったな」

やや呆れ気味呟く白髪の壮年男性。ゲンヤ・ナカジマに対してクイントは腰に手を当てて胸を張り、えへんっ、と威張る。

「そんなこと無いわよ。この、ヴァ、ヴァジュラ、グラントリガー陸戦兵? あれ? 名前何だっけ?」

「全然違います。自分はヴァイス・グランセニック陸曹です。何なんですか陸戦兵って」

「このヴァイスくんはシグナムと同僚だったみたいよ」

「せめて此処に来るまでに名前をちゃんと覚えてやれ」

「で、こっちがアルト・クラエッタ整備員。ヴァイスくんの後輩だって」

「なんでアルトだけ名前覚えてて自分のことは間違えて覚えてるんですか!?」

ヴァイスの鋭い突っ込みにその場に居た全員が盛大に吹き出した。

「さて、改めて自己紹介しましょうか。私はクイント。クイント・ナカジマよ」

「何が『さて』なのかさっぱり分からんが、俺はゲンヤ・ナカジマだ。お前さん達は頭の悪い犬に噛まれたと思って今この場に居ることを諦めてくれ。クイントは昔からこういう性格でな。ついでに、酒の席だから普段の階級とか気にすんなよ。畏まられると逆にやり難いからな」

溜息を吐きながら語るゲンヤから推測するに、クイントは何時もこんな感じらしい。

「私はギンガ・ナカジマです。言わなくても分かると思うけど、この二人の娘です。よろしく」

ゲンヤの隣に座る、アルトより少し年上な感じがする少女が自己紹介をする。クイントに非常に似通った顔立ちをしているが、彼女の娘にしてはやけに落ち着いているな、と誰もが思うであろう感想をヴァイスとアルトは内心で抱く。

「ティーダ・ランスターです。よろしく」

最後に名乗った人物は茶髪の青年。真面目で実直そうな性格と優しげな笑みはいかにも『近所のお兄さん』という雰囲気を醸し出していた。

(ティーダ・ランスター? もしかして、あの?)

聞いたことがある名前にヴァイスは眉根を寄せる。確か数年前に違法魔導師を追跡中に重傷を負い、前線を離れることを余儀無くされた執務官候補の若きエースだった筈。

記憶を探りながらティーダに視線を注いでいると肘を突かれる。何かと思い横を見るとアルトが自分達も自己紹介するべきじゃないですか、と眼で訴えていた。

「失礼しました。自分は航空武装隊第1039部隊所属のヘリパイロット、ヴァイス・グランセニック陸曹です。よろしくお願いします」

「同じく航空武装隊第1039部隊所属、アルト・クラエッタ整備員です。よろしくお願いします」





「へー、今日はシグナムだったんだ」

山盛りの料理をギンガと二人で切り崩しながら、クイントが呟く。

何か含みがある口調に違和感を覚え、ヴァイスは突っ込んだ。

「今日、”は”? どういうことです?」

質問に対しクイントは「気付いてないんだー、へー、ふーん」と意地悪な笑みになり、ギンガに「止めなよお母さん」と釘を刺されるが聞いてない。その横に座るゲンヤは我関せずを貫く。

「ソルとシグナム、仲良いでしょ」

「ええ……見てて羨ましいくらいです」

ニヤニヤと嗤うクイントと苦虫を噛み潰すような表情のヴァイス。そんな二人のやり取りを見て、ギンガは自分は何一つ関係無いのに居た堪れない気分になってきてしまう。ごめんなさいヴァイスさん、という風に。

アルトとティーダは何のことか分からず頭に?を浮かべるばかり。

「でもね、ソルと仲の良い女の子があと五人居るって言ったら、信じる?」

「は?」

「だから今日”は”って言ったのよ。あいつ、女ったらしだし」

それ以上は何も語らず、クイントは眼の前の料理を楽しそうに口に運ぶ作業を再開する。そんな母の態度にギンガはこの場には居ないソルに心の中で謝った。また母の所為で貴方の評判が悪くなりました、どうしようもない母で本当にすいません、でも女性関係でだらしがないのは事実だから仕方がありませんよね? と。

暫くの間、彫像のように固まっていたヴァイスであるが、クイントの言わんとしていることを理解すると、ブルブルと全身を震わせ、次の瞬間には立ち上がって吼えた。

「あの野郎!! シグナム姐さんを毒牙にかけただけでも万死に値するってのに、他の女にも手ぇ出していやがんのか!?」

「まーね」

激昂するヴァイスを煽るクイント。

「なんてふてぇ野郎だ!!」

「全員に通い妻させてるって聞いたわ。炊事、掃除、洗濯とかは勿論、あんなことやこんなことや」

「そんなこともだとぉぉぉ!?」

そこまでは言ってない、誰もがそう思ったが黙ることにした。

「しかも日替わりよ。この意味分かる?」

「羨ま、ゲフンゲフン、実にけしからん、ぶっ殺す!!!」

(……ヴァイスくんって面白いわね)

エキサイトして眼を血走らせながら暴れようとするヴァイスを、アルトとティーダが必死になって押さえ付けようとしているのを視界に収めつつ、腹を抱えて笑いを堪えているクイントにゲンヤからチョップが入る。

「若い奴をからかうのもその辺にしておけ」

「えー」

「えー、じゃない。またソルに殴られたいのか?」

「殴り返すからいいわよ」

「その度に周囲が滅茶苦茶になるからやめろっつってんだ」

例によって例の如く拳を交える二人の姿を想像して、ゲンヤはグラスを空にしてから深々と溜息を吐いた。





「あいつ酷いのよ!! スバルが陸士訓練校に入学したって話したら、『様子見に行く』って言ってこっそり訓練風景見学しに行って、帰ってきたらいきなり殴り掛かってきたんだから!!」

ドンッ、とグラスをテーブルに叩き付けるクイントだが、表情はとても楽しそうだ。

「あの時は驚いたよね。お父さんの執務室に入ってくるなりお母さんに向かって『この脳筋!!』って言いながら……く、くく」

当時のことを思い出したのか、口元を押さえてこみ上げてくる笑いを堪えようとするギンガ。

「その後乱闘になって俺の執務室がどうなったか、お前ら覚えてねぇだろ」

苦々しく呻くゲンヤの言葉に応える者は居ない。

ティーダは終始苦笑いである。

ナカジマ親子とティーダの四人の話を聞いて、ヴァイスとアルトはただただ呆然とするばかりだった。

ソルとの出会いは殴り合いで始まったこと。

それ以来、ナカジマ家とソルは五年以上の付き合いになること。

あのゼスト隊が壊滅した事件にソルが関わっていたこと。

その事件でクイントの命をソルが救ったこと。

事件を切欠に”背徳の炎”として賞金稼ぎを始めたこと。

数年前に違法魔導師からティーダの命を助けたこと。

一年前の空港火災でギンガと末娘のスバルの命を救ったのが、ソルの家族であったこと。

スバルがソルの妹に憧れてしまい、魔導師を目指すようになったこと。

そして、まだ水面下の段階ではあるが、契約者達の間でソルを筆頭に管理局傘下の賞金稼ぎギルドのような組織を設立しようとしていること。

「なんか、お話聞いてると凄いですね、色々と」

横でヴァイスが「認めねぇ認めねぇ」とブツブツ言いながら酒をチビチビ飲んでいるのを見ないようにしつつ、アルトが感心したように言う。さっき、この店で一番強い酒を持って来い、と喚いていたからきっと明日は悲惨になるだろうなと思いながら。

「あいつとは奇妙な縁さ。クイントの我侭で殴り合いから始まって、何時の間にか一緒に酒飲む間柄になってて、今もこうして一緒に仕事することになるとは思ってなかった」

これまでのことを思い返すように応えるゲンヤ。

「酒飲んでる時に聞けるソルの愚痴って笑えるわよ」

「純粋に面白がってるのはお母さんだけだってば」

「そして笑われまくるソルがキレてクイントを殴る、殴られたクイントは殴り返す、そのまま乱闘に突入、ギンガは止めに入りもせずにその光景を録画……お前ら毎回毎回いい加減にしろよ!!!」

唐突にキレるゲンヤの顔は素面のようでいて眼が据わっていた。実は相当酔ってるらしい。ソル不在故に乱闘が勃発しないので呑み過ぎたのか、溜まっていた鬱憤をぶち撒けるように吐き捨てた。

「……そろそろお開きにしましょうか。ゲンヤさんはお疲れみたいですし、ヴァイスさんもグロッキーだし」

こめかみに汗を垂らしながらティーダが進言する。

テーブルに突っ伏したヴァイスは顔面蒼白の状態で、今にも死にそうな呼吸音が微かに聞こえてきてくる。










ヘリの整備をしながら、アルトは昨晩クイントに誘われたことに思考を傾けていた。

「……本当に、私なんかが役に立つのかな?」

自然と口が独り言を紡ぐ。

ギルドを運営するにあたって重要なのは、勿論実際に現場で仕事をする者達の実力が第一だ。

しかし、それだけではない。仕事を円滑に斡旋し、現場に行く者達を影から支える内勤が居るからこそ組織として運営出来るようになる。

今までの”背徳の炎”はあくまで個人レベルでの話。それが組織として人数がぐっと増えることを想定するならば、大人数を統括するべき事務職が必要不可欠。加えて、教導めいたこともするかもしれないという話だ。だから、それらに連なるようにして様々な役職が必要となるのは必然。

「一緒にお仕事してみたいとは思うんだけど」

何時の話になるか分からないからとりあえず考えておくだけ考えといて、とクイントには言われた。

ついでにヴァイスくんにも伝えておいてね、とも。

「どうしようかな?」

自分自身に問い掛けるが、答える者は居ない。ちなみにヴァイスは二日酔いで死んでいる。

クイントが言っていたように、とりあえず頭の片隅には置いておこう、そう思うとアルトは眼の前のヘリに集中することに決めた。




















相変わらず色々とアレなオマケ


「何? キャロがニンジン食えないだと? なら今までどうやって処理してたんだ?」

「……エリオくんとフリードにこっそり食べてもらってました」

「ほう? どういうことだ、エリオ? フリード?」

鋭い眼光に問われ、エリオはその場で土下座し、フリードは引っ繰り返って死んだ振りをした。

「ツヴァイ、キャロを逃がさねぇように取り押さえてろ。シグナム、ミキサーと冷蔵庫にあるニンジンをありったけ持って来い」

「はいですぅ!!」

「承知した」

「な!? なななな何するんですか!?」

ジタバタ暴れようとするキャロの眼の前で、シグナムがミキサーの中にホイホイとニンジンを二本放り込む。

ギュイィィィィィッと音を立ててオレンジ色のジュースが出来上がる。

出来上がったそれをコップに注ぐと、ソルは酷薄な笑みを浮かべた。

「今日からお前の水分摂取はこれと牛乳だけ、食事もニンジン三昧、ニンジンが普通に食えるようになるまでな」

「そ、そんな!?」

父が告げる信じ難い事実に戦慄するキャロ。

「よし、とりあえず今までの分を今日中に取り戻すぞ。シグナム、悪いがこの金でニンジンを買えるだけ買ってきてくれ、今日の続きの分と明日の分」

「今日の”続き”!?」

「うむ」

「待ってくださいシグナムさん!! なんでそんなナチュラルに買いに行っちゃうんですか!?」

「シグナムのことは気にすんな、ニンジンを補充してくるだけだ。それより口開けろ、開けねぇとこじ開けるぞ。それとも、じょうごとかホース使って無理やり胃の中に流し込むのがお好みか? ああン!?」

「あがーーーーーー!!」

ガブガブガブガブ……





キャロは三日でニンジンを克服した。

むしろ大好きになった。

「アハハ、ニンジン美味しいよ、ニンジン」

そう呟くキャロの眼はまるで死んだ魚のようであった。






















後書き


キャラの設定の面で、何かおかしい部分などがありましたらご指摘お願いします。

正確な身長はシグナムとソル以外分からなかったので、作者の脳内設定です。

なのは、フェイト、はやて、ユーノの三人はSTSまで時間がありますので、これからまだまだ身長は伸びます。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期θ Simple Life
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/05/26 21:28


『クロノの結婚式』


「クロノの結婚を祝して、乾杯!!」

ユーノが取った音頭と共に皆がグラスを掲げてぶつけ合った。

「「「「乾杯」」」」

一気に酒を飲み干しグラスを空けると、皆は一斉に親父臭い溜息を吐く。

今日の飲み会はユーノが言った通りクロノとエイミィの二人の結婚を祝してのもの。とは言え場所はソルの部屋で、面子はソルとクロノとユーノとザフィーラの四人という野郎だけ。酒の肴はスーパーで閉店前に安売りしていた惣菜とかつまみとかそんなもんである。

管理局内でも”海の英雄”と謳われる人物の結婚祝いとしてはあまりにも侘しい、というか安上がりな酒宴だ。

せめて何処かの店にでもと思ったのだが、ソルの部屋の方が余計な金と気を使わなくて良いってユーノが主張したからこうなった訳だが。クロノも特に文句を言わないのでこうなった。

「ついこの前まで青臭いガキだったクロノが結婚か……時間が経つのは早ぇな」

「お前から見たら誰だってガキじゃないか、この二百越えジジイ。僕はまだお前の十分の一くらいしか生きてないんだぞ」

ソルの独り言を聞いてクロノが半眼になった。この程度の軽口の叩き合いは何時ものことである。

「とりあえず、結婚おめでとうと言っておいてやる。俗に言う人生の墓場へようこそ」

「人生の墓場だと? それは嫁候補が六人居るソルにとってだろう? とりあえず、ありがとうと返そうか」

「…………」

「いや、そこで沈痛な表情になって黙るなよ。本当に人生の墓場っぽいじゃないか」

見事なカウンターをもらい何やら急に暗い雰囲気を纏い始めたソルを見て、クロノは悪いことを言った気分になってきた。

そんな二人をほったらかしにして、ユーノとザフィーラは買ってきたつまみの焼豚に箸を伸ばしながら話す。

「それにしても、結婚するって聞いてから実際に結婚式挙げるまで随分時間掛かるもんだよね。恭也さんと忍さんの時は準備期間三ヶ月くらいで挙式だったのに」

「普通は一年近く掛かるものらしいから、おかしくはないぞ。仕事の合間を縫って式場の下見をしたり、打ち合わせをしたり、予約を取ったり、招待状を送ったり、その他諸々の手配をしたりなどがあると聞く」

「そう考えるとクロノは早い方なのかな。恭也さんと忍さんの結婚式って結局身内だけでひっそりと済ませちゃったもんね」

「式場は聖王教会だから簡単に押さえられたと聞く。身内贔屓のおかげで式場の費用に関してはそれ程掛からんとも聞いたな」

「だってさ、ソル。参考になった?」

「うるせぇ黙れ焼くぞ」

ユーノが話をソルに振ると、彼は不機嫌な声を出し箸で焼豚をズドッと突き刺してそのまま口に放り込んだ。





「本来なら去年中には式を挙げる予定だったんだが、他の契約者の方々とギルド組織について動いていたら何だかんだで年内には無理、という風になってしまったんだ」

「オイ、それは俺に対する当て付けか?」

「へー、エイミィさん、よく怒んなかったね。結婚式って女性にとって人生の一大イベントでしょうに」

「家庭を持つのならこれまでのような仕事一筋も程々にしておいた方が良い。ソルでさえ仕事よりも家族を優先しているからな」

「その所為で俺の休みはガキ共とあいつらに全部費やされてるがな」

ダラダラ酒を飲み続ける野郎四人。

「ていうか、結婚式の前夜に新郎がこんなとこで酒なんか飲んでていいの?」

「僕だってパアーッと飲んで気晴らししたいと思う時くらいあるさ。今日まで漕ぎ着けるのに大変な苦労を強いられて、トドメの明日は疲労困憊になるのが眼に見えてるんだ。酒でストレス解消して何が悪い」

最早今更としか言えないユーノの問いに、クロノは不敵な笑みで答える。

「まあ、明日に備えて英気を養うよりも、ストレス無く結婚式に臨んだ方が良いかもしれんな」

言いながらザフィーラは素手でビール瓶の栓を抜く。

「気晴らしは別に構わねぇが、飲み過ぎて潰れんなよ。明日は朝早ぇし、新郎が二日酔いとか洒落になんねぇからな……一応薬は用意しておいてやったが……シャ丸印の怪しい奴を」

言葉尻に不穏なことを付け加えるソル。

そんな得体の知れない薬品の世話にだけは絶対にならないようにしよう、誰もがそう思いながら飲むペースを自重し酒宴は続いた。










翌日。

シャ丸印薬品の存在のおかげで誰も酔い潰れることはなく、無事に朝を迎えることが出来た。

新郎控え室。

「鬱陶しいから落ち着け」

正装に身を包み長い髪をオールバックで纏めたソルが、室内を落ち着き無くウロウロしていたクロノに軽い蹴りを放つ。

「だ、だ、大丈夫、僕は冷静だ、まだ慌てるような時間じゃない」

全然そうは見えないクロノに、三人は呆れてそれ以上何も言えない。

座っては貧乏揺すり、立ち上がっては室内をウロウロするクロノにいい加減腹を括れと何度も言ったのだが、どうも緊張してしまって上手くリラックス出来ないらしい。

「仕方が無い。此処は僕が小噺をしてクロノの緊張を解してあげよう」

ユーノが小さく挙手をする。

緊張を解してくれるのなら何でもいい、藁に縋る思いでクロノはユーノの話に耳を傾けた。

「最近、ソルは不眠症なんだって」

「オイ」

「子ども達が居ないと不安で眠れないんだ」

「待て、ユーノ」

「何故なら、子ども達バリアーが無いと朝起きたら事後でしたなんてことが――」

「ユーゥゥゥゥノォォォォォ!!!」

左飛び膝蹴りからの右踵落とし――バンディットリヴォルバー――が決まり、ユーノは床に叩き付けられる。

「……僕的にはこの話を聞いて笑ってもらえればリラックス出来るんじゃないかなと思った所存です」

「俺が笑えねぇよ」

「遠くない未来の話でもあるからね。キミが我慢しなければ何時でも誰とでも実現実行可能だし」

「喧しい!! たまに眼が覚めた時にツヴァイの銀髪とキャロの桃色の髪見て、寝ぼけた状態で『アインとシグナムを犯っちまったのか!?』って戦慄してからエリオの赤髪を見て安心してる俺の気持ちを察しろ!!」

「だったらエリオとだけ一緒に寝ればいいのに。むしろ犯っちゃえばいいのに」

「そういう訳にもいかねぇだろ、特に後者は……マジであり得るから余計に」

そんな二人のやり取りにクロノは思わず吹き出す。

「く、く、ははははははっ、ありがとう。おかげでリラックス出来たよ」

「こんな方法でリラックスされても不本意なんだが……」

ソルが嫌そうに呻くと、更に声を上げてクロノは笑い、つられてユーノとザフィーラも笑い出す。

漸く新郎の緊張が解れたことに、ソルは肩を竦めてやれやれと溜息を吐いた。





聖王教会流の式は、それ自体は粛々と行われ特にトラブルも無く――あったら普通に困る――終わる。

ウェディングドレスに身を包んだエイミィの姿に、集まった女性招待客は誰もが羨ましそうに見ていた。

ちなみに、期待の眼差しがいくつも突き刺さったがソルは断固としてこれらを無視。視線を合わせたら負けだと思い、誤魔化すように祝福の拍手を送る。

着実に外堀は埋まってきてるし、たまにではあるが頑なになっている自分が間違っているような錯覚を覚えてしまう時が存在するのだ。最近では周囲はおろか自分自身ですら油断ならないソルだった。





で、結婚披露宴となるのだが、この日の為にリンディがカリムの伝手でベルカ自治領に存在するホテルを丸々貸し切って行われるらしい。

会場の受付には、何故かクロノの直属の部下達――つまり現在のアースラクルー――の姿がある。

日本だったら両家の親族の代表が受付を勤める場合が多いのだが、ミッドではそういう訳では無いのかもしれない。自分達から進んでやりたがったのか、もしくはリンディに雇われたのか、別にどちらでも構わないので聞きはしないが。

「ご苦労だな」

「あ、ソルさん。本日はお忙しい中、ありがとうございます」

顔馴染みであるルキノと挨拶を交わし、同時に受付を済ませて会場入りを果たす。

席次表に従って着席しようとし、テーブルの上に『背徳の炎ご一行様』と思いっ切り書かれた札を発見して慌てて引っぺがした。

クロノがただの一般人であれば「あの馬鹿」の一言で済ませられるが、生憎管理局の中ではお互いに良い意味でも悪い意味でも有名人だ。ただの披露宴という枠組みを越えてある種の社交場と化している以上、余計な騒ぎを呼び込みたくはない。

しかし、そんな願いは見事に外れて、周囲からは興味やら何やらの様々な視線が飛んでくる。

おまけに――

「ソルが披露宴にまで出席するなんて意外!! 面倒臭ぇとか言って絶対に帰ると思ってたのに」

「よう」

「お久しぶりです」

さっきの式では碌に挨拶が出来なかったからって、ナカジマ親子(スバルは訓練校が寮生活である為来れないらしい)がやって来たのを皮切りに、クロノとソルに縁がある連中がわらわら集まって来たのだ。

カリム、シャッハ、ヴェロッサの教会関係者。

レティ、グリフィスのロウラン親子。

なんでお前が此処に居るんだ準備はどうしたと問い詰めたくなるリンディ。

まあ、そうそうたる面子が揃った訳だ。披露宴に出席している連中の九割が管理局の関係者である故に、注目度は更に跳ね上がってしまい……

披露宴がまだ始まってすらいないのに、ソルは既に帰りたくなっていた。





何時の間にかドンチャン騒ぎと化していた披露宴は、夜の十時を以って終了となる。

最後に、疲労によって真っ白に燃え尽きている新郎新婦に挨拶を済ませ、ソル達は会場を後にした。

流石に疲れたのか子ども達三人は途中で寝てしまったので、ツヴァイはソルが、エリオはユーノが、キャロはザフィーラがそれぞれおんぶしたまま高町家へ。

地下室に子ども達を寝かしつけると、野郎共はそのままソルの部屋に向かう。

三人で飲み直していると、ユーノが不意に真剣な表情なり、こう言った。

「そう言えば、『背徳の炎には子どもが三人も居るのか!!』って噂になってたね」

「……」

それを聞いてソルは黙ったまま胡乱げな眼つきになる。

「やはり頭髪の関係上、『アインとシグナムはソルの妻なのではないか』とも噂されていたな」

ザフィーラが苦笑しつつ酒を煽る。

「でもさ、エリオの存在のおかげでシャマルも負けてなかったよね」

「うむ。あの喧騒の中でも大きな声ではっきりと『父さん』『母さん』と呼んでいたからな」

あーだこーだ言い合う二人を尻目に、披露宴の終盤から今まで頭の上に乗っかっていたフリードを胸に抱えると、ソルはこっそり、実にさり気無くその場を抜け出して寝室に向かう。

「キュク~?」

「逃げてねぇ、逃げてねぇよ」

「キュ、キュクルー」

「うるせぇ、逃げ場なんざハナッから何処にも無いのは分かってる」

「キュクル~」

「お前までそんなこと言うな……畜生、四面楚歌だ」

ぐだぐだ文句を言いながら、ソルはフリードを抱えたままベッドに潜り込んで眼を瞑る。

意識を手放すまで考えていたことは、やはり今日のクロノとエイミィについてだ。

”普通”に結婚した、ごく”普通”の夫婦。

過去の自分が掴むことの出来なかった幸せを、クロノは至極当然のように掴み取った。あの二人の間にはいずれ子どもが生まれ、普通の家庭を築くだろうことは容易に想像出来た。

羨ましい、という感情が全く無いと言えば嘘になる。

同時に、その幸せを”今の自分”が望めば容易く手に入ることには気が付いていた。

しかし――

(これ以上幸せになっちまったら、俺は……間違いなく溺れちまうよ)

今でも十分過ぎる程幸せなのに。

自分は罪人で、本当なら幸せになってはいけない存在なのに。



――『もう自分を責めるような生き方はしないで』



――『次! 私と彼の分まで必ず幸せになって』



――『最後に、フレデリックを大切に想ってくれてる人達を幸せにしてあげて』



そもそも現在の状況が出来過ぎている。大切な仲間が出来て、愛する家族に囲まれて、信頼出来る友人が居る。

これ以上の何を望む?

これ以上の何を求める?

これ以上の幸せを望んでしまっていいのだろうか?

そんなことが罪深い自分に許されるのであろうか?

そういった思いを振り捨て、つまらない意地など張らずに、いっそのこと開き直ることが出来ればどんなに楽だろう。

(全く……我ながら贅沢な悩み抱えてるぜ)

とりあえず、クロノとエイミィが末永く幸せで居られることを祈りつつ、ソルは眠りに就いた。






















背徳の炎と魔法少女 空白期θ Simple Life




















『訓練生の二人』


陸士訓練校。ほとんどの戦闘魔導師のスタート地点で、現在でも最も数が多い空を飛ばずに戦う魔導師達が学ぶ場所。

その中でもミッドチルダの北部に存在する第四陸士訓練校にスバルが入学して、早一ヶ月が経過した。

「~♪」

スバルは上機嫌に鼻歌を唄いながら、家から持ってきた写真を眺めている。

と。

「何見てるのよ?」

「うわあああああ!?」

背後から突然聞こえた声にスバルは慌てて振り返ると、「驚き過ぎよ」と呆れたような表情をするルームメイト兼仮コンビのティアナ・ランスターが居た。

「ラ、ランスターさん、驚かせないでよ」

「アンタが勝手に驚いたんでしょ。それより随分楽しそうだけど、アルバムか何か?」

ティアナの興味が写真に向いてることを理解すると、スバルはニヘラと頬を緩ませ写真を手渡す。

「誰この人?」

「私の憧れの人」

「だから誰よ」

写真には一人の女性が写っていた。自分達よりもいくつか年上で、長い茶色い髪をサイドポニーで纏めている女性。柔和な笑みを浮かべている優しそうな印象ながら、意思の強い真っ直ぐな視線がただの美人ではないと思わせる。

「高町なのはさん。まだ四回しか会ったことないんだけど、とっても優しい人なんだ」

「名前だけじゃ分からないっての。アンタが憧れるっていうくらいなんだからこの人も魔導師なんでしょ? 管理局の人?」

うんざりするように言うティアナの反応に、スバルはそれもそうかと思い直す。私達みたいな、まだ正式な管理局員ではない訓練生があの人達のことを詳しく知る訳が無い、ソル本人ではないのなら尚更だ、と。

ソルとはかれこれ五年以上の付き合いになり、スバルの中ではたまに遊びに来る親戚のお兄さんくらいの感覚しかないのだが、そう感じること自体が稀有であるのを改めて自覚する。

たぶんティアナは知らないだろう、だがいずれ知ることになる筈だ。だったら、今の内にちょっとくらい自慢してもいいかもしれない。まあ、もし自慢などしてもティアナは訳が分からないだろうが。

「なのはさんについて説明する前に、ランスターさんに聞いておきたいことがあるんだけど、いいかな?」

「何よ?」

「ランスターさん、”背徳の炎”って知ってる?」

刹那、ティアナの眼が大きく見開かれた。

「え? あれ? もしかして知ってるの? だとしたら話は早いんだけど」

「……まあ、ね……結構有名じゃない、知る人ぞ知るって奴でしょ? あたし達の同期にも名前くらいなら聞いたことある人居るかもね。で、その”背徳の炎”がどうしたってのよ?」

重苦しい口調。此処には居ない誰かに向かって敵愾心を向けているような気がしたが、テンションが上がって自分のことのように嬉々として話し始めるスバルは気にしなかった。

「えっとね、なのはさんは”背徳の炎”の構成メンバーの一人で、リーダーであるソル=バッドガイさんの義理の妹なんだって。ソルさん曰く『自慢の妹だがどうしてこうなった?』とか言ってたよ」

「ふーん。やけに詳しいじゃない」

「うん。だってソルさん、よくウチに遊びに来るから」

「は?」

聞かされた事実に眼を点にするティアナ。

「今、何て言ったの?」

「ソルさんがウチによく遊びに来るって――」

「んなことあり得る訳無いでしょ!!」

信じられるか!! と言外に大声を出し、そのままスバルに詰め寄った。

「相手は次元世界を股にかける賞金稼ぎ集団”背徳の炎”よ!? そんな連中のリーダーが、あのチンピラみたいな男がアンタの家に遊びに来る? 冗談も休み休み言ってよね」

ハンッ、と馬鹿にしたように笑うティアナの姿に呆気に取られていたスバルだったが、本当のことを言っただけでそれを頭から否定されたことに、ちょっとだけムッとなる。

「嘘じゃないよ。だって私、ソルさんが賞金稼ぎとして働く前から知ってるもん。私の家族、ソルさんともう五年以上の付き合いになるんだよ」

「そこまで自信満々に言うなら証拠見せなさいよ」

意地の悪い笑みを浮かべて、ホラ早く、と急かすティアナであったが――

「いいよ!! ランスターさんにギャフンと言わせてあげるんだから」

臆するどころか胸を張ってそう言うと、スバルは荷物を漁り始めた。

「嘘……でしょ」

暫く待ってから見せられた写真の中には、まだ少年と呼んでも差し支え無い若かりし頃のソルの姿があった。まだ幼いスバルと姉のギンガ、二人の両親であるクイントやゲンヤも一緒だ。

順繰りに見ていくと、少しずつ時間が経過しているのが分かる。特に成長期に入ったソルは顕著にそれが現れていた。写真を一枚めくるごとに周りの時間を置いていくようにグングン身長が伸びていく。やがてティアナがあの時初めて見た姿と何一つ変わらない姿になって、ようやく止まる。

「見て見てランスターさん!! これがソルさんの家族とナカジマ家の合同集合写真。十七人も居るからフレームに収めるの大変だったんだ」

一緒にバーベキューした時に撮ったんだよ、と付け加えるスバルの言葉などティアナの耳には入っていない。

ただ、何処か複雑そうな表情で戸惑ったように写真を眺めるだけだった。











よくよく考えてみれば、ソル=バッドガイは兄の命の恩人である。

感謝こそすれ、恨むなど以ての外だ。

だというのに、ティアナにはあの時の言葉を忘れることが出来ない。



――『んなこと俺が知るか』



つまらなそうに、興味など全く無さそうに、呆れたように言われたその内容は、兄の存在を真っ向から全て否定されたように感じた。

だからこそ当時は許せなかったし、悔しかったし、見返してやりたかった。

(だけど)

その感情は子どもの一方的な八つ当たりに似た、否、完全無欠な八つ当たりであることは自覚している。

先程スバルに見せてもらった写真を思い出す。

そこには、家族に囲まれて優しく微笑むソル=バッドガイの姿が写っていた。噂で聞く、冷徹で狡猾な凄腕の賞金稼ぎなど何処にも居ない。

とても信じることなど出来なかったが、スバルがこんな手の込んだ悪戯をするような人間ではないことをこの一ヶ月で知ったので疑う余地は無い。

兄のことを救いながらも『知るか』と冷たく言い切ったソルと、スバル達と仲良く写真に写っているソル。

どっちが本当のソル=バッドガイなんだろう?

疑問に思ってから、止め止めと首を振って瞼を閉じる。

明日も早い。訓練中はスバルがポカしないように余計な気を使わなくてはいけないのに、こんなことを考えている場合ではない。

今自分がするべきことは、明日の為にしっかりと身体を休めること、それだけだ。

もうすぐ訓練成果が発表されるんだし、と意気込むとティアナはそのまま眠ることにした。











































『十秒チャージ』


なのは、フェイト、はやての三人は地下室で机に向かい、カリカリと勉強している。

中学は無事卒業した。三人はそのまま中卒でソルの仕事を本格的に手伝いたかったのだが、当の本人であるソルが「高校は卒業する、そういう約束だったよな?」と言うので、渋々従うことに。

ちなみにソルとユーノは中卒。これ以上学校に通うのは金の無駄だと言い張る二人は、学力において何気に天才だったのだ。

ソルは分かるけど何故ユーノが中卒で許される!? という抗議の声はいとも容易く返されてしまう。

「だって僕、ミッドとかじゃ結構有名な考古学者だよ。知ってるでしょ? 僕が何度か論文発表してたの」

「悔しかったら俺やユーノみてぇに学位の一つや二つ取ってみろ」

世の中理不尽だ、と嘆いたが現実が変わること無く、いいもんこうなったら花の女子高生になってやるよ畜生これで満足でしょ!! と三人は捨て台詞を吐き捨て高校に進学した。

三人共、ソル(素粒子物理学の学位持ちの元科学者)に普段から勉強を教えてもらっている(実はかなりの英才教育、でもスパルタ)ので成績は優秀。加えて高校はエスカレーター式なので労せず入学出来たのだが、それがイコール予習復習をしなくていいという訳では無い。試験前ならば尚更だ。

高校生初の期末試験に向けて、黙々とシャーペンを動かすのだが……

「アカン」

唐突にはやてが呟くと、シャーペンを放り捨て立ち上がる。

「はやて?」

「はやてちゃん?」

訝しげな態度に疑問の声を上げる二人に対してはやては「なんでもない、少し外の空気吸ってくる」と手をパタパタ振って地下室を後にした。

「んんんぅぅぅ~」

パタンッ、と地下室の出入り口を後ろ手で閉め、大きく伸びをする。次に全身の筋肉をほぐすように腰を捻り、肩を回し首を動かして疲れを取ろうと試みる。

「期末とはいえ普段からしっかりやっとるから、そこまで本腰入れんでも大丈夫な気がするんやけど、もしテストで悪い点取ったら仕事取り上げられるからなぁ」

おまけにソルは出席日数にもうるさい。出来る限り出席しろと口を酸っぱくしている。

此処数日は勉強ばかりやから気疲れするわ、と溜息を吐いて母屋へ。

なんか軽く夜食でも作ろうか、そんなことに考えを巡らせながら冷蔵庫を覗くと、ある物が眼に止まった。

『十秒で元気を取り戻せます』

ラベルにそう書かれた栄養ドリンクが数本並んでいる。どうやら誰かが試供品をもらってきたらしい。

「……これや!!」

頭の上に電球が点ると、はやては転送魔法を用いて高町家を後にした。





シャワーを終え、そろそろ寝るかと思っていたらインターホンが連打される。

こんな時間に何処の馬鹿だ、知るかボケ、と無視を決め込んだが気の短いソルは六回目のチャイムで我慢が出来なくなり、舌打ちしてから受話器を取った。

「誰だ?」

『私、はやてや』

不機嫌極まりないドスの利いた声に応対したのは、はやてである。

何か用事だろうか? だったら何故電話か念話を使わない? というか、部屋に来る時はなるべく事前に連絡するように言ってある筈なのに、直接来るとはどういうことだ?

夜の訪問者に対して抱いていた不機嫌は、はやてに対する疑問へと変わったが、まあ本人に聞いてみればいいか、と思い直してドアを開けた。

「ソルくん!!」

「ッ!?」

姿を見せた瞬間、胸に飛び込んでくるはやての意図が分からず、ソルは眼を白黒させる。

「何も言わずに私を抱いて」

「はあ!?」

お互い寝巻き姿でしかも季節は初夏。薄着越しに密着した柔らかい女の感触と体温は、唐突な発言も加わってなかなか破壊力があった。

壊れ物を扱うように出来るだけ優しく、彼女の背と後頭部に手を回し、抱き締める。

「はやて?」

「……」

訳が分からず声を掛けても、はやては黙して語らずただ甘えるように胸に顔を埋めていた。

「誰かと喧嘩でもしたのか?」

そうじゃない、という風に首が左右に振られる。

「勉強、分かんねぇのか?」

ふるふる。

「じゃあ何だ? 言ってみろ。ちゃんと聞いてやっから」

「ええねん」

「何がだ?」

「もうええねん。堪能したから」

「は?」

顔を上げたはやては満足そうな表情のままソルの首に手を回すと、背伸びをして頬に触れる程度にキスをした。

そして、すぐさま離れる。

「よっしゃ、十秒チャージ完了!! おかげでモチベーションMAX!! 気合入ってきたで、これでテスト満点や!!!」

若干顔が赤くなった状態で高々と宣言すると、転送魔法を発動させ、はやては来た時と同じ唐突さで居なくなってしまう。

一人取り残され、何がどうなっているのかさっぱり理解出来ないソルは――

「……何だったんだ、一体?」

呆然としたまま、虚空に向かって問い掛けるしか出来なかった。










余談だが、これを機に十秒チャージが皆の間で広まった。

更に余談だが、十秒チャージのおかげで三人娘の期末テストの結果は、学年総合上位十名に食い込んだのである。











































『我が家の守り神』


夕食後、シャマルは一人自室に篭ってある作業に没頭していた。

とても真剣な表情で、手馴れた手つきで一生懸命に。

一週間程前から暇な時に時間を充てていたこの作業は、いよいよ佳境に突入。

やがて、作業を開始してから一時間が経過し、”ソレ”はついに完成する。

「出来た……!!」

充実感と達成感が込められた歓喜の声を上げ、角度を変えて出来上がった”ソレ”を何度も眺め、変な所が無いか、失敗している部分が無いか確認した。

それらしい所は見当たらない。完璧な出来である。

「ふふ」

人知れず満足気な笑みを零し、シャマルは”ソレ”を抱き締めながら、どうせなら皆に自慢しようと思い付く。

ルンルン♪と鼻歌を唄いながら転送魔法を発動させ、八神家の自室から高町家の地下室へと移動。

「じゃじゃん!! これを見てください、可愛いでしょう!?」

転移してきて開口一番にこう言うシャマルに対して、皆は「いきなり何言い出すんだコイツ?」みたいな視線を向けるのだが、その手にしたものを眼にして呆然となった。

その後のリアクションはまちまち。

ユーノ、ザフィーラ、アルフ、ヴィータの四人は苦笑。

ツヴァイ、エリオ、キャロのお子様三人は「わー」と感嘆の声を上げる。

他の連中はというと――

「シャマルさん、これどうしたの?」

即座に食いつくなのは。

「か、可愛い」

おもむろに手を伸ばそうとするフェイト。

「もしかして自分で作ったん?」

感心するはやて。

「……」

無言だが、決して視線を”ソレ”から離そうとしないシグナム。

「シャマル、千円、いや、二千円出そう。譲ってくれ」

財布を取り出すアイン。

ちなみにソルは別居してるのでこの場には居ない。

「えっへへ。良いでしょう? 本とか見ながら頑張って作ったんですよ~」

”ソレ”を愛おしそうに頬ずりするシャマルに対して、「私も欲しい」「譲って」「せめて自分で作るから作り方教えて」などなど口々に言う。

「しょうがないですね~。そこまで言うなら教えてあげてもいいですよ」

こうしてシャマル指導による”ソレ”の作り方が始まり、この日から一週間程度は時間がある時に皆でくっちゃべりながら制作作業を楽しむのであった。





此処最近、仕事やその他諸々が忙しかったのでなかなか翠屋に顔を出せなかったのだが、今日一日は丸々時間があるので久しぶりに士郎のコーヒーを飲めると期待しつつ店内に踏み込む。

士郎と桃子の二人に挨拶を済ませ、カウンターの自分の特等席に着く。注文は「何時もの」で。

アインとアルフの姿は見えないが、確か今日は二人共仕事があった筈なので気にしない。

お冷を桃子から受け取り、それを一口飲んでからある物に気付く。

「何だ、コレ?」

何年も見慣れたカウンター席に、見知らぬ物体があったので思わず手を伸ばす。

それは一言で表せば、人の頭くらいの大きさのぬいぐるみだった。

全体的に赤い、なんとも変なぬいぐるみである。二等親で、顔に位置する部分には大きさが異なる楕円状の黄色いフェルトが五つくっ付けてあって、頭部には二本の角があり、背中に一対の翼が生えていて、尻尾も一本ある。左手には赤いフェルトで作られた棒を持っている。

上半身は裸なのにズボンはちゃんと穿いているのが妙にちぐはぐに映った。

そんなヘンテコぬいぐるみがカウンターの端にちょこんと座っていたのだ。これが翠屋ではなく初めて入った飲食店なら「この店のマスターの趣味だろ」で済ませるのだが、勝手知ったる我が家同然の翠屋ならばそうもいかない。

「おい親父、この可愛げの欠片も無い不細工なぬいぐるみは何だ?」

ぬいぐるみの首根っこを掴んでコーヒーの準備をしている士郎に問い掛け、ハッとなる。

もう一度じっくりとぬいぐるみを観察した。

全体的に赤い身体、五つの黄色い眼、頭部の二本の角、背中の一対の翼、一本の尻尾、左手に握った赤い棒状の何か……これってまさか……

(俺、か?)

ドラゴンインストールを完全解放した時の俺をデフォルメ――所謂ちびキャラ化――したようにしか見えない。

「ああ、そいつの名前は『ソ竜』だ」

「は? ソ、ソ、何だって?」

「だから『ソ竜』。ウチの守り神、シャマルさん渾身の作だぞ。言わなくても分かると思うが、モデルはお前だ」

HA☆HA☆HA☆と笑いながらコーヒーを手渡してくる士郎。

俺は無言でコーヒーを受け取り、改めてまじまじと『ソ竜』を見つめた。シャマルの奴、何時の間にこんなもん作りやがった?

確かにギア化した俺の特徴をよく捉えていると思う。左手に持っている棒は燃え盛る封炎剣か。

が、なんだってこんなもんを作ろうと思ったのか謎だ。

「ちなみに、これ一体だけじゃないからな」

「マジか?」

「ああ。家に帰れば何体もあるぞ。なのは達六人はそれぞれマイ『ソ竜』を持ってるからな」

「……マジか」

六人、と聞いて急に恥ずかしくなってくる。

「皆寝る時はそいつと一緒って話だ。フェイトなんてそれが無いと寝た気がしないとまで言ってたな」

ということはあれか? その話が本当だとすると、俺をモデルとしたぬいぐるみをあいつらは毎晩抱き締めて寝てるってことか?

ほんの少しだけその光景を想像してみて、羞恥心でいっぱいになり俺はカウンターに突っ伏した。

これは流石に……恥ずかしいにも程がある。

ただでさえ自分をモデルにしたぬいぐるみがこの世に存在するだけで恥ずかしいのに、よりにもよってあいつら全員が自分専用のを持っていて、挙句の果てにそれが無いと眠れないだと!?

「あまりの恥ずかしさに死にそうだ」

「安心しろ、羞恥心で人は死なない。というか、コーヒーが冷めるぞ」

言われて思い出し、顔を上げてカップを手に取りコーヒーを啜る。

「マスコット化するなら俺じゃなくてフリードだろ、常識的に考えて」

「我が家の常識は世間一般とは随分かけ離れているからなぁ……誰かさんのおかげで」

「……」

感慨深い感じで返してきた士郎の言葉に俺は二の句を継げることが出来なくなり、結局そのままコーヒーを啜ることに意識を集中することにした。










『遅効性の甘い毒』


それから翠屋で士郎と雑談しながらダラダラしていると、カウベルの音と共に聞き慣れた声が店内に響く。

「こんにちわー」

「「「こんにちわ!!」」」

振り返るとそこには、ガキんちょ三人にプラスしてぬいぐるみの真似をしているフリードを従えたシャマルの姿が。

俺はなんとなく気恥ずかしくなって視線を逸らす。

しかし、何を思ったのかシャマルは座っている俺に後ろから抱きついてきた。

「うお!! 何だ急に!?」

「こんにちわ」

「お、おう」

シャマルの挨拶にどもった反応を返す俺。

「どうしました? 元気無いですよ」

「そうでもねぇよ」

手元にあった『ソ竜』をさり気無く元の位置に戻すのだが、シャマルは目敏いことにしっかりとそれを見つめていた。

「……ふーん」

意味あり気な声に俺は内心で焦る。

……いかん。シャマルのペースに嵌ってしまった。

「う~ん。ぬいぐるみも良いですけど、やっぱり本物が一番です」

彼女は俺の首筋に顔を埋めると、そのままくんくんと鼻を鳴らす。



「はあ、ソルくんの匂い」



こっちの理性を溶かすような甘い声、肌をくすぐってくる柔らかな髪、熱く蕩けた吐息、鼻腔を刺激する柑橘系の香水の香り、密着したことによって伝わってくる彼女の体温、服越しに俺の胸元からヘソにかけて蛇のように這い回る手の平の感触。

「んふ」

耳元から聞こえてきたのは吐息混じりの笑い声。それはとても妖艶な響きを孕んでいて、明らかに俺を誘っていた。



――ゾクリ。



首筋に突然走った感触に俺は一瞬だけ身体を強張らせる。

(今、唇が――)

「お二人さん、続きをやるんだったら帰ってくれ。一応まだ日は高いし、他にもお客さん居るし」

士郎の呆れた声に冷静さを取り戻し、慌てて店内を見渡すと全ての客の視線が集まっているではないか。「若いっていいわ~」とか「……あの野郎、前は店員や他の女といちゃついてた癖しやがって……女何人囲ってんだよ」とか生暖かい視線や憎悪の視線が俺達を貫いている。

「ちぇ、続きはまた今度にします」

小さく舌打ちして、実にあっさりとシャマルは俺から離れた。

惜しかったような、これで良かったような、どちらともつかない溜息を俺は吐くと、今の出来事を無かったことのように咳払いを一つして、声を掛ける。

「仕事はもう終わったのか?」

「はい。ある程度は終わったので、後はスクライアの人達に引き継ぎました」

今日のシャマルの仕事は本局の無限書庫で検索作業の手伝いだ。んで、危険が無い仕事なのでガキ共が連れてってくれとせがんだのだろう。

俺達の仕事を戦闘ばかりだと勘違いしている連中が多い。それは決して間違いではないが、それだけじゃない。戦闘以外の仕事もちゃんと請け負っている。

例えば今日のシャマルのようなものだったり、魔導師や騎士のランク試験の試験官だったり、スクライア一族との合同発掘作業だったりと、武装隊のデバイスを延々とメンテナンスするだけの仕事だったり、直接的な戦闘能力を必要としない場合のもの。

無節操と思われるかもしれないが、俺達は賞金稼ぎであると同時に何でも屋みたいな側面もある為、たまにこういう仕事が舞い込んでくるのだ。

危険が少なく報酬もそれなりの仕事は、ぶっちゃけると良い小遣い稼ぎになるので率先して受けることにしている。

派遣のアルバイトみたいだ、と皆は口を揃えて言うが、”みたい”じゃなくてその通りだ。

「で、なんで此処に?」

「ソルくんの匂いがしたから」

「……誰でもいい、嘘だと言ってくれ」

えへへっ、と可愛く微笑むシャマルから視線を外すと頭を抱える。

「冗談ですよ、冗談。もう、私はザフィーラじゃありませんってば。此処に寄ったのは事前に桃子さんから買い出し頼まれたからですよ」

「あ、そうだ、忘れてた。はい、シャマルさん、これが買い出しリスト」

手をパタパタ振って笑うシャマルに士郎が一枚のメモ用紙を渡す。

少し前から桃子の姿が見えないことに今更気付く。何処をほっつき歩いているんだろうか。

「確かに受け取りました。じゃあ私達はこれで失礼しますね」

「父様、士郎さん、またねですぅ」

「父さん、士郎さん、お忙しいところ失礼しました」

「お父さん、士郎さん、失礼しました~」

「キュク」

四人は挨拶の言葉を残してぞろぞろと翠屋を出て行った。ついでに、今さり気無くフリードが鳴いてた。人前で鳴くなっつったのに……まあ、他の客には聞こえていなかったようなので別に構わないか。

「はあぁぁぁぁ」

瘴気のような溜息を吐くと、俺は背もたれ体重を掛けられるだけ掛け、だれる。

「最近思うんだけどな」

「何がだ?」

カップを磨きながら続きを促す士郎を視界の端に収めつつ、俺は言葉を重ねた。

「あいつら、あからさまになってねぇか?」

「お前への求愛行動がか?」

「……求愛……いや、まあそうなんだけどよ」

発情期を迎えた野生動物のような表現に俺は顔を顰めたが、人間なんて年がら年中発情期な生き物なので、士郎の表現はそれはそれで言い得て妙だと感じる。

「あからさまになってきたか……それは違うぞ、ソル」

「あ?」

ニヤリと笑う士郎の横顔に嫌な予感を覚えたので、俺は居住まいを正す。

「お前のガードが下がってきただけだ」

「なん……だと……」

ある意味衝撃的な言葉だった。

「やっぱり自分のことなのに気付いていなかったか。ソル、お前はなのは達に仕事を手伝わせるようになってから、随分無防備になってきてるぞ」

「そうか?」

三人娘に仕事を手伝わせるようになってから、か。そういえばもう既に一年と半年を過ぎた頃だ。

「今だってシャマルさんに抱きつかれてたし」

「あれは何時ものこと――」

「それだ。それが気付いていないってことなんだよ」

言葉を途中でピシャリと遮られてしまった。

「?」

訳が分からず頭に疑問符を浮かべていると、これ見よがしに呆れたように溜息を吐いた士郎が耳を貸せとジェスチャーをするので耳を傾ける。

「お前、初めてシャマルさんに会った時から、抱きつかれる度に首筋にキスされてたのか?」

「……」

無言でぶるぶると首を振る。

「皆のスキンシップがじわじわじわじわエスカレートしていることに気付かない、と言うより『何時ものことか』って容認しつつあることを俺は『ガードが下がってきた』と言ったんだ」

「……」

これまでのことを鑑みると、思い当たる節は、多々ある。

一人暮らしするようになってからは、なのは、フェイト、はやての三人は変な威圧感を出さなくなった。

その代わり、皆甘えるのが上手くなったというかなんというか、以前よりも遥かに自然な感じでスキンシップを求めてくるような……

今のシャマルだってそうだ。俺は『何時ものことだ』と認識して、全く抵抗せず、されるがままだった。十中八九、他の誰かが同じようなことをしてきても、俺は同じリアクションを取るだろう。

つーか、さっきのが二人っきりで、もし俺にアルコールが入ってたら普通に押し倒してる可能性が高い。

「……本当に自覚無かったのか?」

ゆっくりと、静かに、首を僅かに動かして肯定した。

「これは……撃墜されるのは時間の問題だな。さて、誰が一番最初にソルを撃墜するかな?」

フフフと邪悪な笑みを浮かべる士郎に、俺は返す言葉を見つけることが出来なかった。

もしかしたら心の何処かで、そうなることを望んでいるのかもしれないのだから。






























後書き


連載開始して、もう既に一年経ちました。

一年前の丁度この頃はフリーターだったのに、今は社会人です。

なんか、色々と感慨深いです。

つーか、よく今まで続いたなと自分に対して感動してます。

これも皆様の応援があったからです。本当に感謝しております!!!





闇の書事件からだいたい此処まで七年弱経過してます。今まで稼いできた好感度に加えて、一人暮らしになってから始めた”通い妻”効果が眼に見える形で表れつつあります。

つまり、”これまでとは逆にソルが皆に依存している”、”ソフトキスなら嫌がらない”、”異性として強く意識させる”という形で。



以前感想版で、マテリアルチームは登場しないのですか? と質問にありましたが、残念ながらその予定はありません。

PSP版ゲームを遊んだ時に「ちょっと面白そうかも」と思いましたが、結局プロットの段階で頓挫しました。私が書こうとすると、下手したら滅茶苦茶長くなるよこれ、ということで……

そもそも闇の書の闇はナパームデスで吹っ飛ばされた後、ソル直々に念入りに一欠けらも残さず「汚物は消毒だ」されたので(言い訳)



ツヴァイ、エリオ、キャロの三人は何処に住んでいるんですか? という質問もありました。

基本的に寝床は高町家の地下室 or 八神家ですが、遊びに行ってそのまま食事を済ませてお父さんと一緒に寝るという頻度の方が圧倒的に多いです。だいたい週の半分近くはソルの部屋で過ごします。

フリードも一緒で。



スカさん、アギトやゼスト側の話は書きたいのですが、上手く構想が練れないので悩んでいる最中です。

ナンバーズなら(特にトーレとか)ならちょっとくらい書けそうなんですが、難しい。



スバル、ギンガの出番を増やして欲しいとの要望もありましたので、ティアナ込みで訓練校の話と合わせてもっと書いていけたらなと思ってる所存です。



次回は、感想版でリクエストがあった「アインとツヴァイの三人で親子デート」だ!!

気合入れて書きますよ!!!

そして本編がなかなか進まない罠orz


ではまた次回!!



P,S


ギルド組織の名前が思い浮かばない。

誰か、良い名前を……

「アウターヘブン」はMGSの親子関係を見ているとエリオがソルに叛旗(反抗期)を翻しそうだからダメねwwww





[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期18 アイン
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/05/26 22:49


SIDE アイン



「母様、早く、早く行きましょうよ。もうすぐ待ち合わせの時間です。このままじゃ遅刻しちゃいます~」

「それは分かっているのだがもう少しだけ」

背後でツヴァイが出発を促すのを聞き流しながら私は鏡台の前に座って、腰まで届く己の銀髪に櫛を通す。

丹念に、丁寧に。

それから嫌味にならない感じに薄く化粧を施し、微かに香る程度に香水を振る。

「気合入れ過ぎです」

「そ、そうか?」

鏡に映ったツヴァイの呆れたような視線と言葉で、急に不安になってきた。

まさか化粧が濃過ぎただろうか? それとも香水の匂いがきついのか? もしそうだとしたら最悪だ。すぐにやり直す必要が――

「あー、別に化粧濃すぎて見るに耐えない、匂いきつくて鼻がもげそうとかそういう意味じゃないですよ? 母様、とっても綺麗で、変なところやお化粧の失敗も見当たりません」

戦慄した私の心にすぐさまフォローを入れてくれたので不安は杞憂で終わるが、両手に腰を当てて溜息を吐く愛娘は意地悪な表情を浮かべると口元を三日月形に歪める。

「ただ、いくら父様と一緒に出掛けるからって、母様は毎回はしゃぎ過ぎだとツヴァイは思います」

「う……しかし、それはお前も同じだろう」

「それはそうですけどー、最近の母様がツヴァイよりもはしゃいでるのは事実じゃないですかー」

本当のことなので言い返せない。

そう。私ははしゃいでいる。言われた通り、娘であるツヴァイよりも。

私だけではない。他の皆も、ソルが一人暮らしをするようになった辺りから、あいつと出掛けることが楽しみで仕方無い。

何故なら、ソル本人は無自覚であるかもしれないが、あの男は徐々に私達を受け入れつつあった。

そもそも一年以上前に一人暮らしを始めた理由が、私達を異性として意識しているから、というもの。

気合が入らない訳が無い。

此処まで来るのに約七年。

ありとあらゆるアプローチを皆で行い、やっと、やっと此処まで漕ぎ着けたのである。

(もう少し、もう少しなんだ)

何より今日は十二月十四日。あの日から丁度七年経った。

私にとって忘れられない、今の私の生き方を選んだ、私が生まれ変わった大切な日。

ソルは覚えているだろうか?

七年前の今日の夜を。

あの時私に言ってくれた言葉を。

「母様!! いい加減にしないと本当に遅刻しますぅ!!」

「はっ!?」

思い出から現実に引き戻された私は、時計の針が指し示す時刻を見て慌てるのだった。










背徳の炎と魔法少女 空白期18 アイン










待ち合わせ場所が視界に映ると、そこには既にソルの姿がある。

「すまない、遅れてしまった」

謝りながら近寄る。ソルは特に気にした風も無く「ん」と短く応えるだけ。

「気合入りまくりの母様が準備に時間掛け過ぎたからいけないんです」

ケラケラ笑いながら告げ口するツヴァイに私は思わず赤面した。

「コラッ、言うな!!」

「女が準備に時間掛けるのは分かってる。今更だ」

五分も待たせてしまったのに、気にしてねぇよ、と苦笑してソルは歩き出した。何時ものことながら淡白な反応だ。

と、すかさずツヴァイが後ろからソルに飛び掛り、彼の長い髪を引っ張りながら頭の上によじ登り、かなり強引な手段で肩車をしてもらう。

「えへへー」

「……」

お気に入りの場所を独占出来たことにご満悦のツヴァイ。それに対して特に気にした風も無いソルは無言。子ども達にとってソルに肩車をしてもらうのはコミュニケーションの一環でもあり、何時ものことでもあるからだ。

何時ものことだから諦めているのかもしれないが。

私はソルの左手側に回り、その手をギュッと握る。

歩調を緩めず一瞬だけこちらを一瞥してから、ソルは前に向き直った。

「行くか」

「ああ」

「出発進行ですー」





今日は遊園地に遊びに行く予定だ。

足は電車。世間一般は平日ということもあって車内は空いており余裕を持って座ることが出来たのだが、ツヴァイがソルの膝の上に座りたがり、そして子どもに甘いこの男は溜息を吐きながらそれを許していた。

私はソルの隣に座り、ナチュラルに甘えることの出来るツヴァイを若干羨ましく思いつつ、腕を絡めてなるべく密着した。

……なんだか、娘に対抗意識を燃やしている母親というのも些か情けない気もするが……そもそもツヴァイは純粋に父親に甘えているだけだし……

でも良いな、ソルの膝の上……私も座りたい。

ソルの膝の上に座る私の姿をちょっとだけ想像してみる。



後ろから優しく抱き締められて、しかし私はどうすることも出来なくて……

そのままなす術も無く、あれよあれよと言う間に、抵抗も許されず――いや、むしろ抵抗などする気も起きない――美味しく頂かれてしまう私。

そんな!! 二人の初めてが背面座位だなんて私にはレベルが高過ぎる!!!

でも、ソルが望むのならいくらでも――



「……はうぅ」

「「??」」

妄想があまりにも刺激的過ぎて意図せず吐息が零れてしまう。

頬が熱い、顔が赤くなっているのを自覚する。なんだかとても恥ずかしい。こんな顔誰にも見られたくないので、よりソルと身体を密着させ、絡めた腕に顔を埋めた。

「母様の様子が何時にも増しておかしいです」

「気にすんな。何時ものことだ」

「それもそうですねー」





悶々としながら電車を乗り継いで一時間半。漸く目的地に辿り着く。

入場券を購入し園内へ。

「ジェットコースターなんて定番過ぎて面白味が欠けます、此処はメリーゴーランドにでも乗ってまったりするですぅ!!」

「絶叫系は身長足りてねぇからな」

強がるツヴァイにソルの鋭い突っ込みが入った。

「むきーーーっ!! 馬鹿みたいに身長高い父様にはツヴァイの気持ちなんて理解出来ないんです!!」

「父親に向かって馬鹿とは何だこのダメ娘、振り落とされてぇのか? つーか、絶叫マシンなんかよりも自前の飛行魔法使ったり、フリードに乗った方が楽しいと思うんだが」

肩車の状態でポカポカと眼の前のソルの頭を殴りつけるツヴァイ、それを呆れたように窘めるソル。二人がじゃれ合いながらメリーゴーランドへと向かうのを、私は微笑ましいと思いながらついていく。

私達親子三人は、身長が足りていないツヴァイに合わせて身長制限の無い遊具や施設を利用することにした。

基本的にはツヴァイがあれに乗りたい、これに乗りたい、あそこに入ってみたい、といった風に要望を述べる。それに対して私とソルが苦笑しながら応える、という風に。

「腹の虫が昼食を要求するです」

自分の腹部を両手で押さえたツヴァイのこの一言で、一旦昼休憩を取ることする。

周囲を見渡し、自分達に誰も視線が向いていないのを確認してから転移法術を使う。転送魔法だと魔法陣が出てしまうので非常に目立つが、法力は隠蔽しようと思えばそれなりに融通が利くおかげで人前でこっそり”魔法”を使う時に適している。

今朝、早起きして用意したお弁当。気合が入り過ぎた所為で五段重ねの重箱だ。それが音も立てずに私の手元に一瞬で現れた。

中身はおにぎりだったり、唐揚げだったり、煮物だったり、卵焼きだったりと定番メニューだが、それなりの自信作である。

眼の前で黙々とお弁当を口に放り込んでいるツヴァイとソルの二人は終始無言。ソルは元々寡黙だから話を振らない限り口を開くことは少ないのだが、普段からテンションMAXのツヴァイも食事中は寡黙だ。食べることに集中しているのか、何も話そうとしない。

とりあえず「美味いか?」と聞くとツヴァイは無言でコクコク頷き、ソルは一言「美味ぇ」と返したので、これと言った失敗はしていない事実に安心する。

結局誰も碌に喋らないまま昼食が終了。子は親を見て育つ、子は親に似ると言うが、改めてツヴァイの父親はソルなんだなと実感した。日常生活面で二人を鑑みると、なんだかんだで言動が所々似ているし。似た者親子だ。

その後、土産屋を冷やかしたり、ゲームセンターに寄ったり、出店のお菓子を食べたりしていると何時の間にか夕方になってしまった。

「遊園地の最後と言えばこれしかないです、行きましょう、父様、母様!!」

私とソルはツヴァイに引っ張られながら、夕焼けに照らされる巨大な観覧車を見上げる。

「これに乗ったら帰るぜ、いいな?」

「はいですぅ!!」

「ああ」

仕方が無い、と肩を竦めるソルに私とツヴァイは頷いた。





遊園地を出てから駅前のファミレスで夕食を摂り、電車に乗って帰宅する。

遊び疲れたのか、ツヴァイは夕食を終えると電池が切れた玩具のように動かなくなり寝てしまったので、ソルが「やれやれだぜ」と呟いておんぶをすることになった。

車内で他愛も無い話をしていると海鳴に到着。

と、改札を出た辺りからツヴァイが眼を覚まし、ソルの背中から降りる。

「もう少しくらいなら寝ててもいいぞ?」

欠伸を噛み殺すツヴァイにソルが告げるが、ツヴァイはふるふると首を横に振り――

「早く帰って今日のことをエリオとキャロに話します!!」

「あ、オイ!?」

元気にそう言い、家に向かって猛然と走り出した。

方角からして遠見市にあるソルの部屋ではなく、高町家か八神家だろう。

……もしかして、ツヴァイは私に気を遣ったのだろうか?

取り残された私とソルはあっという間に小さくなっていくツヴァイの背中を呆然と見送った後、苦笑しながら顔を見合わせる。

「部屋まで送ろう」

「それ、男の台詞だぞ」

半眼になって呆れるソルの手を握って腕を絡めると、私達は歩き出した。





「もうすぐクリスマスだな」

私の言葉にソルは頷くと、改めて周囲を見渡す。

駅の周辺はクリスマスの飾り付けによって鮮やかに彩られ、行き交う人々も多く賑やかであり、あらゆる店がクリスマスセールを告知するノボリを立て、サンタクロースに扮した店員が必死に声掛けをしている。

それらを目的に足を止める者達もそれなりに数が多い。

「……今日で丁度七年か」

感傷に浸るような口調で呟くソルの瞳には、一体何が映っているのだろう?

七年。

闇の書の闇から偽のジャスティスが生まれ、ソルによって破壊され、未来永劫続くと思われた闇の書事件に決着がついた日から七年。

皆がソルの過去に触れてから七年。

私が生まれ変わって、七年。

もう七年も経ったのだ。早いものである。

この七年間を振り返ってみると、色々なことがあった。

数え切れないくらいにたくさん出来た楽しい思い出。

新しい家族がどんどん加わって、騒がしい毎日が更に騒がしくなって。

絶望に身を焦がしていた昔の私からすれば、まるで夢のように幸せ過ぎて、想像すら不可能な日々だった筈だ。

あの時、消滅なんかせずソルに全てを委ねて、ギアに――ソルの同胞になって本当に良かったと、心の底から思う。

「ソル」

「ん?」

「覚えているか? 七年前の今日、あの夜にお前が私に言ってくれた言葉を」

「ああ」

今でも眼を瞑れば鮮明に思い出すことが出来る。



――『俺がお前の全責任を負う』



――『しつけぇぞ!! いいからお前は俺に全てを委ねてりゃあいいんだよ!!!』



――『だから俺にチャンスをくれ。お前を自由にする為のチャンスをな』



強い意志を秘めた真紅の瞳が、真剣な眼差しで私に訴えていた。

生きろ、と。

ソルは私を救おうと必死だった。

いや、私だけではない。

この男は、何時だって誰かを救おうと必死なのだ。

本人は無自覚であるし、面と向かって言っても「気に入らねぇから潰す、俺は自分がやりたいようにやっただけだ。勘違いしてんじゃねぇ」と絶対に認めようとしない天邪鬼ではあるが。

誰かが泣いてるのを見過ごせない、苦しんでいるのを認められない、そんな現実が許せない……気に入らない。

面倒臭いが口癖でありながら、悲しい現実を覆す為ならば躊躇無く己の全てを注ぎ込むことが出来る。

自分の気持ち――『気に入らない』という感情――に正直で、強引とか傲慢とか言われようと何が何でも信念を貫こうと足掻く、そんなソルだからこそ皆が慕うのだ。

賑やかだった繁華街を抜け住宅街に入ると、急に辺りが静かになる。

寒空の下、コツコツと二人分の足音だけが鼓膜に響く。

「なあ」

「ん?」

周囲には誰も居らず、二人っきりになった瞬間を見計らったように、不意にソルが口を開く。

「お前は、皆は……今、幸せか?」

何時ものぶっきらぼうな口調とは違う、まるで恐る恐るといった表現がぴったりな声。

「無論だ」

だから私は自信満々に答える。否定する要素も無ければ、ソルが何かを不安に思うようなことは決してない、というのを言外に込めて。

「ソルはどうなんだ?」

「勿論幸せだ……幸せだが」

「だが?」

立ち止まるソルにつられて私も足を止める。

「たまに怖くなる」

「どうして?」

「幸せ過ぎて、この幸せを失うことが怖い」

「……」

『幸せ過ぎて怖い』なんて、普通の人間が聞けば笑い飛ばすような台詞である。が、一度全てを失い、たった独りで百五十年以上も戦い続けたソルの過去を知る者として、これは流石に笑えなかった。

以前、アルフが言っていたのを思い出す。

ソルは一度失った痛みを知っているからこそ、何よりも失うことを恐れている、と。

私よりも20cm近く背が高いのに、俯き加減で語るソルは雨の日の捨て犬のように震えている。

「俺は罪人だ」

「ああ」

「本来なら、地獄に落ちるべき罪を犯した」

「そうだな」

「なのに、こんなに幸せで……いいのか?」

贖罪を求めて戦ってきた。せめてもの罪滅ぼしとして数多の命を救ってきた。

しかし、罰を受けたことは無い。否、ソル本人は罰を受けたことは無いと思い込んでいる。

少なくとも私達は、ソルは十分に贖ったと思う。

孤独に耐えながら、かつて犯してしまった過ちを二度と繰り返されない為に、自らの過去を精算する為に戦い続けた。

それでもこの男は、心の奥底では満足していない――まだ過去の自分を許せていない。

握っていた手を離し、絡めていた腕を解き、真正面から向き直ると私は問い掛ける。

「ソルは、どうしたい?」

「……分からない」

力無く首を振った。

両手を伸ばし、不安に歪んでいる頬を優しく挟む。

本当は誰かに許されたいのだろう。しかし、生来の責任感の強さが邪魔をして許せない。

聖戦で多くの人間が死んだ。百年続いた生体兵器との戦争により、人類の人口は半分以下にまで激減した。中でも日本列島が消し飛ばされたことによって日本人は絶滅危惧種とまで認定された。

人々の生活は破壊し尽くされ、都市は荒廃し、あらゆる文化や技術が失われた。

人類に多くの死傷者が出たように、敵であったギアも大量に死んだ。特に司令塔であったジャスティスの死亡後は、ほとんどのギアが機能停止せざるを得なくなり、発見され次第駆除されることになる。

これら全ての元凶となったギア計画、その中心人物の一人だったソル。

”あの男”の思惑が発端とはいえ、軽々しく『お前に罪は無い』とは言えない。そんなことをソルは望んでいない。

ならば――

「お前が背負っている罪は……私の、私達の罪でもある」

「……どういうことだ?」

「言っただろう。一人で抱え込むな、私達を頼れ、私達はお前が思っている程弱くない、と」

ソルは首肯する。

「私達は家族だ。今までもずっと、これからもきっと一緒だ。だったら、お前が今まで背負い込んでいるものを分け合うのは当然だろう?」

「……」

「皆で荷物を分け合えば、どんなに重くても少しは軽くなる」

「そう、か?」

「そうだ」

首の後ろに手を回すと、力一杯抱き締めた。

「ソル、私の愛しい同胞よ。私は、私達は決してお前を独りにはしないと改めて此処に誓う。私達がずっと傍に居る、その上で私達がお前の全てを守る」

「俺を、守る?」

「おかしいか?」

「……いや、嬉しい」

照れ臭そうにそう言って、ソルは私の背に手を回すと力強く抱き締め返してくれた。

「一応、礼は言っておく……ありがとう」





どれくらいの間、そうしていたのか分からない。

真冬の夜。人通りの少ない住宅街の道の端で、私達は何一つ喋らず、黙ったままお互いの体温を感じていた。

聞こえてくるのは、二人の呼吸と心音のみ。

やがて、ソルが話し始めた。

「俺は負い目を感じてたんだ」

誰に? とは聞かない。聞くまでもない。ソルが負い目を感じるものというのは、ギア計画によって歪んでしまった世界と、聖戦の犠牲者――人間かギアかは問わない――と、最後にもう一人。

「だから自分を誤魔化してた、我慢してた、気持ちを押し殺していた……けど」

「けど?」

「約束したからな…………あいつと」

「アリアか」

「お前は俺のことなら何でもお見通しなのか?」

普段の調子に戻ったような口調のソルが苦笑したのを肌で感じる。

もうとっくの昔に亡くなった故人と、何時何処でどうやって約束をしたのか分からないが、ソルが約束をしたと言うのならそうなのだろう。疑う余地も無い。

「違う。女の勘だ」

「ご大層なもんだな、女の勘ってのは」

怖いぜ、とソルは溜息を吐く。

「で? なんて約束したんだ?」

「まず第一に、もう自分を責めるような生き方をするな、だと」

「破ろうとしてなかったか? 具体的にはクイントが死に掛けた時に」

「まだ未遂だ、破って……ない、筈」

自信が無さそうな時点で既にアウトだと思うのだが、黙っていよう。

「次に、あいつと野郎の分まで幸せになれって」

「ふむ。そう考えるとお前とその二人を合わせて三人分か。最低でもあと二人分は幸せにならなければいけないな」

「……いや、今でも十分幸せなんだが」

「ダメだ、まだ足りない。お前にはもっともっと幸せになってもらわなければ、私達の意味が無い」

「……」

「どうした?」

黙りこくってしまった態度を不審に思い首筋に埋めていた顔を上げると、ソルは難しい顔をしている。

「最後に」

「まだあるのか?」

「一度しか言わねぇから黙って聞け」

何故か少し怒ったような表情になるので、とりあえず黙った。

「俺を……俺を大切に想ってくれる連中を、幸せにしろだとよ!!」

半ばヤケクソ気味に叫ぶ。

私は眼を何度か瞬かせた後、内容を吟味する。

「つまり、それは私達を幸せにするということでいいのだろうか?」

疑問に答えずソルはそっぽを向くので、グイッと両頬を挟んで無理やり視線を合わせた。

不機嫌でもないのに唇を固く結び眉を顰めているその表情は、この男が照れていたり恥ずかしがっている時にしか見せない顔だ。

「お前は、その約束を守る気はあるのか?」

「……無かったら言わねぇよ」

それもそうか。

「それに、約束云々を抜きにして、俺はお前達を幸せにしてやりたいと思う」

「今の発言。私達に対するプロポーズと受け取って構わないか?」

「……もしそうだったらどうするってんだ?」

もう開き直ることにしたのか何時もの不敵な笑みを浮かべてくるので、私はギャフンと言わせてやろうと思い、眼を瞑って背伸びをしてやや強引に唇を奪った。

不意打ちを食らって時間が止まったように動かなくなったソルに、はっきりと告げる。

今夜は帰らない、と。











































知らない筈なのに、知っている声が聞こえてきた。



――面倒臭ぇ、って一言目には言う癖に、しっかりと私との約束は守ってくれるんだよね、フレデリックって。



私はその声に応える。



そうですね。この男は何だかんだ文句を言いつつちゃんと最後までやり遂げます。途中で投げ出したり、逃げるような真似は決してしません。



――うんうん、それがフレデリックの魅力だよね。



ええ。それだけではありませんが。



――そうそう。だから皆のことが少しだけ羨ましいな。だって、今のフレデリックの方が昔より全然良い男だもん。



同意します。



――……フレデリックのこと、お願いね。皆で支えてあげて。知ってるだろうけど、そいつってすぐに一人で突っ走ろうとするからさ。



私がこんなことを言うのもなんですが、貴女はそれでいいのですか?



――何が?



言ってしまえば私達は泥棒猫です。百年以上も貴女のことを想い続けていたソルの心を、まるで上から塗り潰すようにしている。



――それが恋愛っていうもんなんじゃないの?



あまりにもサバサバした見解に思わず呆気に取られて黙ってしまう。



――それにさ、私が何時までもフレデリックを縛り付ける権利なんて、初めから無いんだ。



何故?



――……私も彼と同罪だから。私もフレデリックを裏切った人間だから……フレデリックがギアになるのを止めることが出来たのは、私だけだった筈なのに……



結果的にフレデリックを苦しませることになった、と深い悔恨を内包させた声に、私はどう反応したらいいのか分からない。



――私ね、本当はフレデリックが想ってくれてる程良い女じゃないんだ。



……それでも。



――?



それでもソルが貴女を本気で愛しているのは事実です。だから、それ以上自分を卑下するようなことを言わないで欲しい。



――どうしてそんなに優しいの? 私はアレだよ、私の所為で皆は今まで二の足踏んでたんだよ? 妬ましいとか、憎いとか、フレデリックの中から出て行けって思わないの?



優しいも何も、私達は仲間ではありませんか。



――仲間?



同じ男を愛する、仲間です。



今度は向こうが呆気に取られたらしい。暫しの沈黙が訪れた後、快活な笑い声が聞こえてくる。



――ありがとう!! こんな私を、フレデリックを何度も泣かせてきた私を仲間として見てくれて!!



いえいえ。



――貴女みたいな人達が傍に居てくれるなら安心かな。フレデリックを、ううん、ソルをお願いね!!!



言われるまでもありません。



――じゃあ、バイバイ……ソルと、他の仲間にもよろしく言っておいて。私は何時までも、皆のことを見守ってるから。



心得ました。











































瞼が自然と開き、瞳が天井を映し出す。

私は上体を起こし、まだボンヤリしている頭を二度三度振ってからしゃっきりさせ、現状を確認した。

場所はソルの部屋。寝室。ベッドの上。

身に纏うものは無い。隣で寝ているソルも同様だ。申し訳程度にシーツが被さっているだけ。

ギア細胞抑制装置である銀の首輪も外されている。何故? と疑問に思ってから、邪魔だったので行為の最中に自分で外したのを思い出す。

「……美味しく頂くつもりだったのに、逆に美味しく頂かれてしまった」

口に出してみてから急に恥ずかしくなって頭を抱える。

隣に視線をこっそり向けると、安心し切った子どものような寝顔を無防備に晒しているソルが居る。

どうやらまだ起きていない、今の台詞を聞かれていないことに安堵の溜息を吐く。

手を伸ばしソルの頭を優しく撫でていると、自然と笑みが零れてきた。

しかし、一つ残念なことがある。

「仲間である貴女が私達の中に居ない、それが残念でなりません……アリア」

きっと、私達は良い友人になれただろうに。

でも、貴女は私達を見守っていてくれるのでしょう?

ならば見ていて欲しい。貴女の分までソルを幸せにします。

必ず、皆と一緒に。

これが私の約束です。











































例によって例の如く酷いオマケ



朝帰りした私を迎えたのは子ども達だった。

「「「昨夜はお楽しみでしたね」」」

玄関の前でずっこけそうになった私は悪くない。

「……意味を分かってて使っているのか?」

「「「知らなーい」」」

嗚呼、これはまたソルが噴火する、と額に手を当てて頭痛を堪える。

一体誰がそんなことを私に言うように指示したのか問い詰めると、三人共揃って「「「アルフ」」」と答えてくれる。

よし、ソルに報告だ。アルフは焼き土下座確定だろう。知ったことではないが。

「キュク、キュク」

「ん? 何だフリード?」

フリードが落ち着き無く私の周りを旋回するのを疑問に思っていると、キャロがフリードを捕まえて抱っこしながらこう言った。

「アインさんからお父さんの匂いがするって」

「え゛!? ……シャワーはちゃんと浴びた筈だが?」

落とせなかったのだろうか?

いや、ソルの匂いが身体にこびりついているのは個人的に嬉しいが――

ジーッとこちらを見つめる三人分の純粋無垢の瞳が、妙に痛い。

視線が「昨日はデートの後に何してたんですか?」と興味本位に聞いてくるようで辛い。二次性徴が始まってすらいない子ども達に馬鹿正直に、ナニしてたんです、とは答えられない。

私は曖昧な笑みを返すのみである。





その後、皆の私に対する反応は様々だった。



「赤飯、炊いとくわね」

ニコニコ笑顔で嬉しそうに語る桃子さん。

「……あの、わざわざそんなことをしなくても」

「何を恥ずかしがってるの? 胸を張りなさい!! 貴女はソルの女第一号になったのよ!!」

「お、大きな声で言わないでください!!」



「やっとあの男も撃墜か……ククククク、次は誰かね? 私としてはフェイトを推すんだけど」

腹を抱えて笑いを堪えるアルフ。

「言っておくが、お前が笑っていられるのも今の内だけだぞ」

「??」

頭の上にクエスチョンを浮かべるアルフに、私は早過ぎる黙祷を送った。

きっと火葬だな、と思いながら。



「はい、これ」

美由希さんから手渡されたのは、避妊具だった。

「……えっと」

いきなりこれではリアクションに困る。

「ギアってすぐに子ども生まれちゃうんでしょ? だったらちゃんとしないとダメだよ」

「ど、どうも」

とりあえず受け取ることに。

「あの、何時の間にこんなものを?」

「昨日の夜にツヴァイが帰ってきてから二時間くらい経ってからかな? 深夜でも営業してるドラッグストアに駆け込んで」

「……」

自分が使う訳でも無いのに避妊具を躊躇わず用意する美由希さんの豪胆さに、私は感服した。

どうか、美由希さんが自分で使うようになる日が来ることを、切に願う。

何故か涙が溢れそうになったが、なんとか堪えた。



「てっきり一緒に居た時間の長さでなのはが一番乗りすると思ってたのに……僕の二万がああああああ!!」

天を仰いで絶叫するユーノ。

「く、何故最初の一人がシャマルではないとはなんという誤算!! 士郎殿の一人勝ちではないか!!」

悔しそうに表情を歪めながら財布を取り出すザフィーラ。

「ハハハハ!! 敗者は文句を言ってないで出すものを出せ!! あ、もしもし恭也か? 賭けは俺の勝ちだ、そう、シグナムさんは残念ながら一番乗りじゃない。ああ、ってことで今から言う口座に金を振り込んでくれ」

携帯電話片手に高笑いをする士郎さん。

「次、次の賭けしよう!! もうなのはには頼らない!! 僕は今度シグナムに賭ける!!」

「なら次は主はやてに」

「なら俺はシャマルさんに……ん? 恭也はフェイトか? ああ、分かった」

これも後でソルに報告しておこう。

……火葬で済めばいいが。



そしてヴィータの場合。

何故か彼女は騎士甲冑を纏い、道場の前でアイゼンを肩に担ぎ仁王立ちしていた。

「一応、おめでとうな。それと皆が”お話”しようって中で待ってる」

若干頬が痩せこけ、睡眠不足なのか眼が血走っており、顔が青ざめている。

事情を聞いてみると――

「……昨日の夜、ツヴァイが帰ってきてから途中参加希望者を押さえ付けるのに大変だったんだ。アルフと美由希さんの三人でどうにかこうにか……」

結局桃子さんの一喝が響き渡るまで色々と大変だったらしい。

その割には、アルフと美由希さんは何時もの変わらない様子だったが、この差は一体何なんだ?

「皆に言われたんだよ。自分を抑えられそうにないから、家から一歩でも出そうになったらアイゼンで頭カチ割って欲しいって」

今更気が付いたのだが、ヴィータの足元には段ボール箱が一つ置いてあり、その中には皆のデバイスが封印された状態で入っていた。

「まさか一人で寝ずの番、なのか?」

疲れたように首肯するヴィータは哀愁が漂っている。

「この貸しはデカイからな、覚えておけよ……とりあえずアタシはもう寝る」

立っているのも辛いのかフラフラと身体を揺らしながらそう言い残すと、ヴィータは頼り無い足取りで母屋へと歩いていった。





突っ立ったままでは埒が開かないので、意を決して道場に入る。

皆、頭に包帯を巻いた状態で正座していた……此処は何処の野戦病院だと突っ込みを入れたい。誰も魔法で治療をしようと思わない所に、色んな意味で覚悟が窺える。

どれだけヴィータが頑張ったのか一目で分かる光景は、傍から見ればかなりシュールだ。

ヴィータには後で何か奢ろう。

羨ましい、という視線と『どうだった?』と聞かずにはいられない興味津々のウズウズした表情。それらを受け流しつつ私は溜息を吐く。

「私に、第一号であるこのアインに続くのは誰だ?」

流石に具体的にはどうであったかなんて詳しく説明してやれる程羞恥心は薄れていないので、話が振られる前に振ることにした。

……だって、激しかった、としか表現する以外に何があるというのだろうか?

この一言に皆は最初はキョトンとし、それからほぼ同時に挙手をして互いを牽制するように睨み合ってから、平和的な解決方法を選択しようということになり、クジ引きをしよう、などと話し合っている。

……なんとか矛先を変えることに成功する。

あーだこーだ言い合う皆を、一抜けした私はやれやれと思いつつ眺めていた。











































後書き


俺の股間の封炎剣がドラゴンインストール(挨拶)

……後書きの第一声がこれとか酷過ぎる。どうやら作者の頭、随分前から沸いているようです。

前回の後書きにちらっと「誰か良い名前くれ」って書いたら、たくさんの方々から意見を頂きました。

本当にありがとうございます。

やはり一番多かったのは「ギルティギア」ですね。私個人としてもこれが良いんじゃないかと思ってましたが、どうもストレート過ぎる&皮肉というより自虐的な部分があるので、圧倒的多数であるにも関わらず私の独断と偏見で却下。

次に、ソルの象徴である「火・炎」を連想出来る単語、及び彼の座右の銘「FREE(自由)」を意味する単語も良いのではと思ったのですが――

「これだああああああああああああああああ!!」

ってのがなかなか見当たらない。

ソルを意識し過ぎるのもどうかな、と思い直して却下。

他にも紅を意味する「クリムゾン」だとか、ギア化したソル(竜)に因んでファフニールやらドラグーンやら、様々な意見をもらいましたけど残念ながら却下に。

クリムゾン○○、とか良いと思ったんですけど、既にGG2のソルのスキルに「クリムゾン・ジャケット」っていうのがあるので……

GGシリーズのタイトルから持ってきてXX(イグゼクス)は? という意見を参考に、持っているGGのゲームを引っ繰り返してみましたが、やはり何か違う。

滅茶苦茶練り込んで名前考えてくれた方々の意見も参考に、色々ググッてみたりしたのですがピンッと来るものが無い。

流石に他作品の名前を持ってくるのは恐れ多いwwww

うぬぬぬ、決まんねぇぇぇ、と思って感想版を閲覧していると――

「迂闊だった……それが在ったのか」

戦慄しましたね。

実は私、唯一DS版は持ってないのですっかりその存在を忘れていたのです!!

ということで赤家さんから頂きました、



『Dust Strikers』



これに決定します!!

赤家さんが仰る通り、リリなの第三期のStrikerSと良い感じにマッチング……名前だけ、ね。

しかも、Strikeには元々「殴る・攻撃する・打つ・~に一撃を加える」とか「(驚き・恐怖などで)圧倒する、苦しめる、打ちのめす」とかあるので、ソルが率いる集団にはもってこいの意味を内包しています。

リリなの三期のStrikerSが持つ意味(この人が居ればどんな状況もなんとかなる)とは違う、もっと苛烈なイメージ。

Dust=「(社会の)ゴミを」

Strikers=「ぶちのめす連中」

おおう、こう解釈すると実にソルらしいです。

残念ながら不採用とさせて頂いた他の方々には申し訳ないんですけど、これで行きます。

たくさんの意見を頂いて本当に感謝しています。改めて、ありがとうございました。

もうすぐSTS編に突入します。

ではまた次回!!


PS,前回出てきたぬいぐるみの『ソ竜』

 ぶっちゃけ、執筆してた作者が一番欲しいですwwww





[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期19 子育て奮闘記 子ども達の反抗期
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/06/06 21:50

「何? ガキ共が学校をサボッた?」

それはシャマルと二人っきりで夕飯を摂っている時だった。

ツヴァイ、エリオ、キャロの三人は最近になってミッドのザンクト・ヒルデ魔法学院に通わせている。

魔法資質を持つ一般人が通う文字通りの魔法学院。俺個人としてはかつて皆で通っていた海鳴の私立聖祥大学付属小学校に通わせたかったのだが、ツヴァイがはやてのデバイスであり、はやてが仕事の時はどうしても授業を欠席しなければいけないという事情を加味すると、魔法の存在を認知されていない地球の学校よりもミッドの学校の方が何かと都合が良い。

カリムやシャッハ、ヴェロッサの母校にして聖王教会系列のミッション・スクールなので様々な面で融通が利く上、コネ&編入の学力試験の結果によっては授業料免除ということなので、喜び勇んで三人纏めて入学させた訳なのだが……

シャマルから詳しく話を聞くと。

「サボッたと言うよりは、授業の途中に何時の間にかダミーと入れ替わってたみたいで……」

昼間、洗濯物を干している時に学校から通信が入ったと言う。

「ダミーってあれか、ツヴァイの氷人形」

別名、ツヴァイ式空蝉の術。

「うん」

「ダミーを用意してる時点でハナッからサボる気満々じゃねぇか」

悩ましげに溜息を吐きこめかみに手を当てるシャマルを見つつ、俺は箸を進める。

「どうしてサボッたりなんかしたのかしら?」

「そこまで悩むようなことか? 俺だってガキの頃はよく授業抜け出して図書館で本読んでたりしてたぞ」

「でも、アナタと違ってエリオは真面目な子ですよ。そんなエリオがツヴァイとキャロの二人を止めもしないで自分も一緒になって授業を抜け出すなんて考えられません」

……ん? 今さり気無く俺のこと不真面目って言ったか? 確かに俺の学校の授業態度は底辺だったが、それは授業がつまらなかった所為であって俺の所為じゃない。人間だった頃の子ども時代は学校の授業なんて出るだけ時間の無駄だったし。

「ま、一時的なもんだと思うから深く考える必要は無いと思うぜ? それにあの学校ってかなりのお嬢様・お坊ちゃま学校じゃねぇか。たまにはガス抜きしねぇと息が詰まるんだろ」

ヴェロッサだってサボリの常習犯だったらしいしな。サボる度にシャッハに追い掛け回されてたって聞いたが。

その内慣れるって、と話を締め括って俺はシャマルの手料理を食うことに集中した。

最近の彼女は滅多なことではやらかさないので、普通に安心して食える。

しかし、シャマルはまだガキんちょ共のことが気に掛かるのか、一度止めてしまった箸をなかなか進めようとしなかった。

そして、この時の俺はこれが後の悩みの種になるということに気が付かなかったのである。










背徳の炎と魔法少女 空白期19 子育て奮闘記 子ども達の反抗期










三日後。

仕事中、クイーンに通信が入る。

「繋げ」

相手を確かめもせずに何気なく取ると、なんと相手はザンクト・ヒルデ魔法学院の教師で、しかも三人のクラス担任だった。

脳裏に三日前のシャマルとの会話が蘇る。

嫌な予感がし、外れてくれよと願う俺の胸中とは裏腹に、見事に予感は的中してくれやがった。

『お忙しいところ失礼します。あの、大変申し上げ難いのですが、お子様達が……』

初めて授業を途中でふけて以来、三人共学校に来ていないと言う。それを聞いて俺は頭をハンマーでぶん殴られた感覚を覚え、知らず足元をフラつかせてしまう。

「ど、どういうことだ?」

俺の問い答える者は居ない。

半ば茫然自失していると、傍に居たルキノから「サボらないでください艦長代理」と書類の束を叩き付けられた。





早めに仕事を切り上げ、自分の部屋には帰らず高町家に寄り、シャマルに学校から連絡があったことを伝える。

「そんな……ウチの子に限って」

ガガーン、とショックを受けているシャマルの横で話を聞いていたアルフが「親御さんは皆そう言うんだよ」っとニヤニヤ笑うので蹴りを入れて黙らせた。

「正直、俺も半信半疑だ。何かの間違いなんじゃねぇかって思ってる」

「別におかしくねーじゃん。ソルの子どもなんだし」

アイスを食いながらそんなことをのたまうヴィータ。俺はそのアイスを無言で取り上げ、フローリングの上で悶絶しているアルフの口の中に無理やり詰め込んだ。

「いきなり何しやが……ってアッー!? アタシのアイスがーーーーー!?」

「フガフガ」

「なんかムカついた」

「なんかって何だゴルァァ!? アタシの一日の楽しみ返せよーーーーーー!!!」

「アルフとキスでもしてろ。今ならアイス味だ」

「ふざけろタコ!! ユーノじゃねーんだから出来るかボケ!! このクソッタレ!! FUCK!!!」

顔をトマトみたいに真っ赤にし、中指を立てて憤慨するヴィータの下品かつ汚い罵詈雑言を聞き流し、シャマルに向き直る。

「どう思う?」

「どう、って……アナタはどう思うの?」

まだ戸惑いから抜け出せないシャマルは困った表情を浮かべて首を傾げた。

戸惑うのは無理も無い。エリオは基本的にあまり我侭を言う子どもじゃないし、もし言ったとしてもそれは俺限定だ。周囲を困惑させたりするようなことを自ら進んでやる奴ではない。

となると、結論から言ってエリオが率先してサボッているのではなく、ツヴァイかキャロの二人に仕方なく付き合っているだけか?

誰が主犯格で残りが共犯者なんてこの際どうでもいい。あいつらが此処三日近く学校をサボッた事実が変わる訳では無い。

俺は膝の上に子犬形態のザフィーラを抱えるとソファに腰掛ける。と、シャマルも俺に倣って隣に座った。

「反抗期ではないのか?」

「反抗期?」

「子ども達が?」

ザフィーラが自身の首筋を後ろ足でカイカイしながら言う。

そうなのだろうか? 俺にはよく分からない。

シンの時はどうだったか思い出す。

……言うことを聞かなかったら拳を振り下ろしていた過去が浮かび上がってきた。

今と大して変わらない、か。

やはりそこまで難しく考える必要など無いのか?

顎に手を当て思考に埋没していると何時の間にか騒がしくなっていた。どうやらなのは達が高校から帰ってきたらしいので顔を上げる。

そういえば、ガキ共からあまり学校の話を聞いたことが無いのに今更気付く。

「なあ。ガキ共が俺達に学校の話をしてきたことって、あったか?」

「言われてみればあんまり無いわ。編入して最初の数日は何回かあったけど……」

問われたシャマルは首を横に振り、ザフィーラも「俺も聞かないな」と答え、仰向けに倒れていたアルフと四つん這いになって打ちひしがれているヴィータからは「「知るか!!」」と返答された。

その後、学校から帰ってきたなのは、フェイト、はやての三人に加えて、仕事から帰ってきたユーノ、アイン、シグナムといった全員に同じ質問をしたが、答えはどれも似たようなものだった。

だが、はやてが少し気になることを教えてくれる。

「最近な、仕事前にツヴァイがよく愚痴るんよ」

「どんな風に?」

「『だるい』とか『面倒臭い』とか『かったるい』とか『働きたくないでござる、絶対に働きたくないでござる』とか。全く最近のツヴァイは労働意欲が欠けとる」

他にも、『どうしてツヴァイは働いてるのにエリオとキャロは働かないんですかー』とか、たまに文句を言うらしい。

「初耳だぜ? マジかよ? 俺の前じゃそんなこと一言も言わねぇぞ」

「でもマジや」

「アインは知ってたのか?」

「いや、私も初めて聞いた」

話を振られたアインは苦笑しながら肩を竦めた。

一体、ガキ共にどんな心境の変化が訪れているのだろうか?

「本人に直接聞けばいいだろう」

シグナムがそう言うので、それもそうかと思い直し、俺は久方ぶりに高町家で食事を摂ることに決める。

しかし――

「……帰ってこねぇ」

時計の針が七時を回ってもガキ共は帰ってこない。もう飯時だってのに、既に夕飯の用意が出来ているのに。

まさか何かの事件に巻き込まれたのだろうか、心中穏やかで居られなくなってきた頃に漸く玄関の方から、ただいまーっ、という声がいくつも聞こえてきた。

ガキ共は美由希と一緒に現れる。どうやら翠屋に寄っていたらしい。

連中は俺が高町家に居ることに若干驚いているようだったが、俺は気にせずガキ共三人を呼び寄せる。

「なんで学校サボッたんだ? しかも三日近くも」

俺個人としては怒る怒らない以前に、純粋な疑問として何故学校をサボッたのか知りたいので、前置きなどせず単刀直入に切り出す。

問われた三人は顔色一つ変えない。いずれバレると分かっていたんだろう。三人で顔を見合わせている様子が、なんとなく「あーあ、バレちゃった」っという感じがする。

反省の色が見えないガキ共。その中でエリオが代表するようにこう言った。

「つまんないからです」

「何?」

「だから、つまらないからです」

「つまらないって、何が?」

「学校が」

曰く、学校でやっている一般の勉強や魔法の授業が自分達にとってはレベルが低過ぎてつまらない、礼儀作法とかかったるくてだれる、時間の無駄、行く意味が無い、とのこと。

隣でシャマルが頬を引きつらせ、アインが眉を顰めた。後ろではアルフとヴィータが耳障りな声を上げて笑い出し、他の連中は皆苦笑いだ。

そして俺は頭を抱えるのであった。

……まさか、ガキ共に施してきた英才教育がこんな所で思わぬ形として、しかも悪い形で現れるなんて予想だにしていなかったから。





深夜。ガキ共が寝たのを見計らって皆に道場に集まってもらう。

皆で大きく円を描くように座る。全員が腰を落ち着け、聞く姿勢になったのを確認すると口を開く。

「分かってると思うが、ガキ共について相談がある」

勿論、議題はどうやって学校に通わせるか、である。

「その前にさ、ソルに一つ質問してもいい?」

美由希が挙手をするので発言を許す。

「ソルが人間だった頃、まだ子どもだった頃ってさ、どんな感じだったの?」

「それは――」

「はっきり言って今の子ども達よりも酷い」

俺が答えようとする前に、アインが答えてしまった。

「無断欠席や無断早退は当たり前、遅刻の常習犯、サボリ魔、自分よりも学力が低い者は平気な顔で馬鹿にする、学校から自宅に連絡が来るのは数日置き、同級生や上級生と喧嘩して問題を起こすのは最早常識、これ以上ないくらいに問題児でありながら常に成績は学年トップをキープ」

「ハーイ解散、かいさーん」

「寝よーぜ寝よーぜ」

「っざけんな!!!」

アインの言葉を聞いてアルフとヴィータが皆に就寝を促すので、俺は拳を床に叩き付けて叫んだ。

だというのに、誰もが俺を胡散臭そうな眼で一瞥すると、あからさまに溜息を吐く。

「安心しろ、あの子達は間違いなくソルの子だ」

「安心出来て堪るか!!」

腕を組んでそう言う士郎に向かって怒鳴る。

「クソが……どうしてこうなった? シンみたいなアホにしない為に散々勉強の面倒見てやったのに、今度は昔の俺みたいになるだなんて……」

英才教育の弊害、とでも言うのだろうか?

その時、両サイドから肩をポンッと叩かれたので首を巡らせると、シャマルとアインが微妙な表情をしていた。

「あの、何て言えばいいのか分からないけど」

「その、なんだ、あれだ」

「「フォロー出来ない」」

「だったら黙ってろ!!」

肩を乱暴に回して手を振り払う。

「もうさ、あの子達を学校に通わせるのが何かの間違いじゃない?」

ユーノがこの議題の根底を覆すことを言い出した。

「学校に行かない代わりに、図書館で自主的に勉強したり、修行をしていると、言っていたしな」

子犬ザフィーラが俺の膝の上でジャーキーと格闘しながら呟く。

「まあ、お兄ちゃんの子どもらしい、と言えばらしいよね」

「そうだね」

「根っこの部分がソックリやん」

なのはの言葉に妙に納得するフェイトとはやて。

「しかしだな、学校に通うことによって得られる社会性や、集団生活の――」

「社会性皆無で集団生活が出来なくて、ことあるごとに団長のカイと喧嘩して、挙句の果てに聖騎士団を脱退したアンタが正論を語るんじゃないよ、この『ミスター人のこと言えない』!!」

「……ごもっともだな畜生」

調子こいてんじゃねぇぞコラ!! といった感じのアルフの指摘に俺はグゥの音も出ない。おまけに不名誉なアダ名までもらってしまった。

「中学校から電話がある度に私達がどんな気分になったか理解出来た、ソル?」

桃子の笑顔がやたらと威圧感を醸し出しているのは気のせいじゃないと思う。

この中で唯一、まだ一言も発言していないシグナムに助けを求めるように視線を向けてみる。

「そんな眼で見つめるな……照れる」

と、彼女は何を勘違いしたのか頬を赤らめ、上目遣いで潤んだ眼差しを返してきた。何だこの色気……リアクションに困るんだが。

「ZZZ」

やけにヴィータが静かだなと訝しく思っていたら既に寝ている。座ったまま。

……どいつもこいつも役に立たねぇ。










数日後。

身内がクソの役にも立たないので、他の連中に頼ることにした。

仕事中、ナカジマ夫妻に話を振ってみると――

「え? あの子達って学校通ってたの? 意外。てっきりソルが勉強とか面倒見てて『学校なんて行く必要は無い、金の無駄だ』って感じの教育方針だと思ってた」

まず初めにクイントが驚き、次にこんなことを言ってくれやがった。

「でもさ、ソルが子どもの時に碌に学校行かなかったっていうんなら無理じゃない? ていうか無理でしょ、絶対に無理」

「テメェ、いきなり全否定かよ……その無駄に自信満々に言う根拠は一体何なんだ!?」

「そりゃ勿論、地球のことわざにもあるじゃない。『蛙の子は蛙』って」

「……」

なんだが意味も無く嘆きたくなってた衝動を必死に押さえ込む。

「一応、『人の振り見て我が振り直せ』ってのもあるんだが、そこら辺はどうなんだ、ソル?」

「ソルさんが反面教師になるのは難しいんじゃないかな。あの子達にとっては尊敬出来る大好きなお父さんだし。むしろ、お父さんがそうだったんなら自分も、って思うんじゃないかしら」

部屋の隅でゲンヤとギンガがぶつぶつと何か言っているが、生憎とアドバイスらしいものではない。というか、ギンガの言った後半部分が現状だ。それをどうにかしたいから、相談してるってのに。

「失礼しま……何があったんですか!?」

ドアを開いた瞬間俺の不機嫌顔を見て戸惑うティーダを尻目に、内心でナカジマ夫妻の名を『アドバイスくれそうな奴らリスト』から削除した。





やはり、脳筋お母さんの家庭に頼るのが間違っていたのだ。

此処は、女手一つでありながら立派に一人息子を育て上げたリンディとレティに聞いてみるしかない。

「つーことで、なんとかしろ」

「ねぇリンディ。私、ソファにふんぞり返って頼みごとをしてくる人なんて初めて見たわ」

「ダメよレティ、この人に礼儀とか常識とか求めちゃ。こっちが馬鹿を見ることになるから」

二人でこそこそと話し合っているので、俺は秘密兵器を出すことにした。

「此処に、翠屋特製シュークリームが――」

「「なんでも相談して頂戴!!」」

菓子に釣られるとは、現金な奴らである。

手土産を渡してやると、早速お茶の準備をしてからシュークリームを食らう二人。

「三人は勉強が出来ないから学校行きたくないっていう訳じゃ無いんでしょ?」

「成績はこれ以上無い程優秀って話だ……」

甘い物を口に入れて表情を綻ばせているリンディとは対照的に、俺は苦虫を噛み潰しているような気分と表情だ。

「イジメがあるから行きたくない、とかじゃなくて?」

紅茶を啜りながら問うレティに首を振る。

「俺自身調べてみたし、知り合いや教師にもそこら辺を調査してもらったんだが、そういうのは一切無い」

友達が居ない、という訳でも無い。学校に行ったら行ったで、クラスメイトと話したり遊んだりはしているらしい。

もしかしたら周囲に合わせているだけかもしれないが。

「それなら、ただ単純に学校に通う魅力を感じないんじゃないの?」

「本人達もつまらない、時間の無駄って言って自主的に勉強や魔法の訓練してるんなら、そうとしか思えないわ」

「……結局そこに行き着くのか」

俺は溜息を吐きたくなる気分を誤魔化すように紅茶を啜った。

「参考として聞きたいんだが」

「「?」」

「クロノとグリフィスってどんな風に育ったんだ?」

この質問に二人は暫く考えるような仕草をした後、リンディから口を開く。

「知っての通り、ウチのクロノは早い内に父親を亡くしているから自立が早かった、というか、無理して背伸びしようとしてたわ」

それはなんとなく分かる。

「年相応に甘えてこなくなって、士官学校に通うようになってからは我侭一つ言わなくなって、卒業したらそのまま管理局入りよ」

リンディは瞼を閉じ、昔を思い出すように言葉を紡ぐ。

「当時は夫が居なくなって私自身精神的に余裕が無かったのもあったから、本格的に魔導師になりたいって言い始めた幼いクロノをグレアム元提督に預けたのを機に私は仕事にのめり込んで、碌に構ってあげなかった」

言い訳ね、母親失格だわ、と彼女は乾いた笑みを浮かべた。

「今振り返ると、あの子は私に気を遣ってくれたんだと思うの。自分の存在が私の負担にならないように、その為に一日でも早く一人前になって私を支えよう、ってね……子どもの癖に優秀過ぎるのも困りものよ、本当なら私がクロノのことを誰よりも気に掛けてあげなければいけなかったのに」

自嘲気味な口調で遠い眼をし、俯き加減でそう言うとリンディはシュークリームに齧り付く。ちなみに三個目。

「クロノは私が育てたとは言えない……気が付いたら何時の間にか大きくなってた、私の知らない所で成長していた、そんな感じよ」

なるほど、と頷いてから俺はレティに向き直って話を促す。

「……グリフィスはどうなんだ?」

「ウチはミッド出身の男の子なだけあって、小さな頃は魔導師に憧れてたわ。でも、現実って子どもの夢みたいに甘くない。誰も彼もが生まれながらにして望んだ才能を持ってるものじゃない」

魔法資質。確かにそれは生まれながらにして与えられた才能だろう。その中でも更に、魔力量に個人差が出てくる。持っている者と持っていない者、たくさん持っている者と持っているが少ない者。管理世界出身者はこの時点で――まず初めに生まれた時点で差別を受ける。

魔力の有無がその人間の価値を決める訳じゃ無い。しかし、どうしてもそこで格差というものが生まれてきてしまうのが人間社会だ。発展した魔法が日常レベルにまで浸透している管理世界であるのなら尚更に。

「グリフィスは魔法資質を持ってなかった。けど、自分は魔導師にはなれないと理解したあの子は落ち込むどころか『魔導師になれないなら魔導師をサポートする側になる』って猛勉強を始めたわ」

「ほう」

あの礼儀正しいお坊ちゃまにそんな熱い部分があったことに俺は感心する。

「後はほとんどリンディと一緒よ。あの子は私が何か言う前に、自分で早め早めに行動するタイプだったから……私を困らせるようなことは何一つしなかったし、正直、子育てに関しては世間一般の親御さんと比べると遥かに楽だったと思うけど、あんまり我侭言ってくれなかったのは母親として少し寂しかったかな」

「ウチは我侭だらけだ。しかも俺だけに」

「私達からしてみれば羨ましいことだわ。それって貴方を限定に甘えてるってことでしょ? クロノはさっきも言った通り、甘えてこなかったから」

「甘えられるって子育ての醍醐味じゃない。でも、我侭を聞いてあげられるのも今の内だけ。子どもなんて時期が来れば自然と親から離れて行ってしまうものよ」

やけに実感が込められたリンディとレティの言葉は、有無を言わせぬ説得力がある。

「……今の内だけ、か」

「「頑張ってね、お父さん」」

感慨に耽る俺にエールが送られた。




















ツヴァイ、エリオ、キャロの三人が家の外に出ようとすると、そこには両手を腰に当て、三人の行く手を遮るように佇むシャマルの姿があった。

「あれ? 母さん、今日は仕事じゃ――」

「アインに無理言って代わってもらったわ」

疑問を口にしたエリオの声を最後まで聞かず、シャマルはやや怒ったような口調で言い放つ。

「で? 三人はこれから何処へ行くつもり? 学校サボッてどうするの? あ、言っておきますけど、聖王教会で訓練しようたってそうはいきません。シスターに事情を説明して、三人共訓練場を使用禁止にしてもらいましたから」

「無限しょ――」

「無限書庫も同様です。だからあそこで勉強も出来ません」

反論しようとしたツヴァイであったが、それも想定内だったのかシャマルはチッチッと指を振った。

「本来なら此処で貴方達に『学校へ行きなさい』って言うべきなんだけど……叱る前に聞きたいことがあるから、今はいいわ」

これまで怒っていたような雰囲気を纏っていたシャマルは全身からフッと力を抜き、何時のもの柔らかい微笑を浮かべ子ども達と視線を合わせる為に中腰になる。

「貴方達が学校行かなくなってから、父さん、心配してるわよ」

「「「……」」」

「イジメがあったんじゃないか、友達が出来ないのかもって調べ回ったり、本当に今更だけど『俺の教育が良くなかったのかもしれん』って不安になって知り合いに相談しに行ったりしてるの、知ってるでしょ?」

子ども達は暗い表情を俯かせたまま黙り込む。

「学校、そんなにつまらない?」

三つの首が同時に横に振られる。

「父さんのこと困らせて、楽しい?」

また横に振られた。先程よりも激しく。

「それとも、ただ父さんに構って欲しいだけ?」

「……そんなんじゃ、ない」

やがて、搾り出すようにエリオの口から本音が零れた。

「僕は、父さんみたいになりたい」

「父さんみたいに?」

シャマルはエリオの言葉を反芻しながらを促す。

「……強くて、優しくて、格好良い父さんみたいに、困ってる人や苦しんでる人を助けたい」

「それが学校をサボることとどう関係するの?」

「だって、父さんは僕達を子ども扱いして絶対に認めてくれないから!! もっと勉強して大人になって、もっと訓練して強くならないと、一人前にならないと父さんは認めてくれないから!! だから、早く大人になりたい!!」

顔を上げたエリオの表情が悔しさに歪んでいるのを見て、シャマルは戸惑った。

「私とエリオくんは、お父さんの役に立ちたいんです……ツヴァイみたいに」

同じく顔を上げたキャロは悔し涙を瞳に溜めている。

その隣で、自分は仕事をやらせてもらえるのにどうしてエリオとキャロの二人はダメなのか不思議でならない、という眼をしたツヴァイが唇を強く噛み締めていた。

「ねぇ母さん、どうして? 教えてよ!? 僕とキャロはツヴァイと同じ父さんの子どもなのに、どうしてお仕事手伝わせてもらえないの?」

「それは――」

しがみついてきたエリオを落ち着けようとするが無駄に終わる。

ツヴァイは元々、はやての為に制作された融合デバイスだ。デバイスとしての面ではやてをサポートし、時には融合騎の真価を発揮して戦闘能力を爆発的に上昇させるはやての切り札。

こんなことはエリオだって百も承知だ。

だが、説明して納得出来るのであれば子ども達は最初から学校をサボらなかっただろう。

エリオとキャロにとってツヴァイは『はやてのデバイス』ではなく、同じ釜の飯を食っている兄妹であり、自分達と同じ立場の存在である筈なのだから。

故に、ツヴァイだけが仕事をしているのはおかしい、という理論になる。

きっとこれまで我慢していたものが、学校へ通うようになり、その中でツヴァイだけが仕事で抜け出すことによって起爆してしまったのかもしれない。

ツヴァイもツヴァイで、自分だけが特別扱いを受けているようで居心地悪い思いをしていたとも言える。だから仕事前に愚痴っていたのだ。

「ズルイよ、何時も何時もツヴァイばっかり!! 僕達だって毎日訓練してるし、僕の方が教会騎士の人達よりもずっと強いのに!!」

「私だって、自分の”力”を制御出来るようになりました!!」

必死に訴えてくるエリオとキャロ。

なんとなくではあるが、シャマルはいずれこんな時が訪れるのではないかと心の何処かで思っていた。

なのは達もそうだったのだから。

皆、ソルの大きな背中を見て育ったのである。彼の後ろをついて行きたい、役に立ちたいと考えるのは大いにあり得ることであり、実際にそうなった。

エリオの母として納得する訳にはいかないが、ソルを支える女としてなら共感出来る。

しかし、此処で子ども達の気持ちを尊重したとしてもソルが絶対に許さない。子どもに甘く、過保護な男だ。まだ十に満たない子どもを戦場に連れて行くなど言語道断。

現在、仕事を手伝わせてもらっているなのは達ではあるが、彼女達でさえ中学二年生の終わりに三対一でソルと模擬戦を行い、打ち倒してその”力”を認められたからこそ手伝わせてもらっているのだ。それでも高校は卒業するという条件を付けられて。

それを目の当たりにしていたエリオは十分理解している筈。なのにこんなことを言い出すとはよっぽど悔しかったのだろう。相当ツヴァイに嫉妬していたのかもしれない。

ソルに子ども扱いされるのではなく、一人前の、一人の”男”として認めて欲しい。そして、ソルに認められるということは、仕事を手伝わせてもらえることと同義だ。

何より子ども達にとってソルはまさに偉大なヒーローだ。苦しんでいる時に助けてくれた、自分を一人の人間として初めて見てくれた、暖かい居場所をくれた人。

憧れの、大好きな人に認めて欲しいのは当然である。

不意に、シャマルの脳裏に七年前の闇の書事件が描き出された。

魂の奥底まで恐怖を刷り込む強大な敵として現れたソル。

その後数日間、彼に殺される悪夢を見て苦しめられたこと。

和解したソルの想像すらしていなかった姿――人間離れした強さと異常性を持ちながら、やけに人間臭い脆さ――を見て、自分達と同じだと同族意識が芽生えたこと。

そんな彼と触れ合った時に感じた暖かさ。

ぶっきらぼうなのに優しさが滲み出ていた約束。

はやてへの非人道的な態度に対する獄炎のような怒り。

アインを、はやてを、ヴォルケンリッターを決して見捨てず必死になって救おうとしてくれた。

私利私欲の為には絶対に動かない、常に誰かの為に力を尽くす生き様。

右に並ぶ者など存在しない程強いのに、やけに人間臭い。ぶっきらぼうなのに優しく、冷たいようで暖かい、論理的な思考の持ち主の癖して感情的で、厳しいようで甘い、まるで闇を照らし皆を導く太陽のような人。

ああ、そうなんだ、とシャマルはひどく納得する。

自分がソルの在り方にとてつもなく惹かれたように、この子達も強く強く惹かれているのだ。

その気持ちを否定する訳にはいかない。

シャマルは膝をつくと、大きく腕を広げて子ども達を三人纏めて抱き締める。

「ごめんなさい、貴方達の気持ちに今まで気付かない、ううん、無視してて。でも、父さんは貴方達のことが本当に大切だからこそ戦わせたくないの。それだけは分かってあげて」

正面に位置するエリオに頬ずりしながら続けた。

「前に父さんが言ってたの。魔法なんか無くても人間は十分幸せになれる、普通が良い、普通が一番だ、魔法にのめり込み過ぎて昔の俺みたいになって欲しくないって」

「でも、なのはさん達は……」

「そうね。あの子達は父さんが望んだ”普通”を望まなかった。自分の意思で魔導師としての道を、父さんと共に在り続ける”異常”を望んだ」

「……”異常”」

「そのことに父さんは悩んだし、苦しんだ。でも、結局は望んだ通りにさせることを決めた。どうしてだと思う?」

三人の顔を見渡すと、分からない、という顔をしている。

それぞれの頭を順に撫でながらシャマルはたおやかな笑顔で言う。

「あの子達が自分でよく考えて、自分で決めたからよ。何が何でも選んだ道で生きるんだって、その為に必要な”力”を見せ付けて、はっきりと意思表示したから。だから父さんは認めたの」

優しげに眼を細め、シャマルは言葉を重ねる。

「父さんは貴方達が嫌いな訳でも、意地悪してる訳でも無い。とっても大事だから認められないの。

 だってまだ十歳にもなってないのよ? 知らないことや経験無いことなんてたくさんある筈でしょ?

 魔導師なんかにならなくても人助けは出来るし、戦うだけが人生じゃないわ。魔法が無くったって出来ることはたくさんある。貴方達の前には可能性が無限に広がってるの。

 生き方なんて星の数くらいあるから、選択肢を狭めて『こうじゃなければいけない』みたいな考え方を持って欲しくない。

 父さんはね、貴方達にもっと色々なことを知ってもらいたいし、たくさん経験して学んで欲しいの。

 その上でたくさんある選択肢の中から、よく考えて『これだ』というものを選び抜いて生きなさい。その為の手助けなら、いくらでもしてあげるから」










子ども達とのやり取りを話し終えると、シャマルはソルに深々と頭を下げる。

「勝手なことをしてごめんなさい。よく言って聞かせたから当分は持つだろうけど、ツヴァイが仕事から抜けることになってしまって」

今言った通り、ツヴァイは一時的に仕事を抜けることとなった。子ども達を全員平等に扱わないと、また今回のようなことが起きてしまうからだ。

三人一緒じゃないと嫌だ、という意見を尊重した結果である。

「……そうか。まあ、仕方無ぇ」

「怒らないの?」

「怒るも何も、俺は感謝してるくらいだ」

顔を上げて不思議そうにソルの表情を窺うシャマルに対し、ソルはソファに座るように促す。

シャマルはソルに寄りかかるように腰掛け、彼の肩に頭を預けた。

「俺は”あっち”でも”こっち”でも義務教育をまともに受けた覚えは無い。嫌味に聞こえるかもしれねぇが、他の連中と頭の出来が違ったからな。学校行くよりも自分で勉強した方が面白かったし、はかどった」

「うん」

高校と大学は流石にちゃんと行ったが、と付け加える。

「その所為でガキ共には強く言えねぇ。アルフに指摘された通りだ。だから、どうしたらいいのか分からなかったのが本音だ」

「アナタは敵には容赦無い癖に、身内には本当に甘いですからね」

闇の書事件の際、かつて復讐者であったソルが同じ復讐者のグレアムに対して取った行動を思い出し、シャマルは小さく吹き出す。人のことを言え無い癖に、当時のソルは自身を棚の最上段に上げて好き勝手をしていたのだ。

「甘いかどうかはともかく。暫くの間はちゃんと学校に行ってくれそうなんだろ? その代償がツヴァイの休業なら安いもんだ」

「でも、はやてちゃんが――」

「はやてのフォローくらいなんとかなる。あいつ自身、そこまでツヴァイに依存した魔導師じゃねぇ。ツヴァイが抜けた穴くらい簡単に埋められる」

戦力低下は否定出来ないがそこまで気に病むことじゃない、と言い切る。

「むしろ俺はこれで良かったと思う。融合騎とはいえツヴァイもまだまだガキだ。戦場に連れて行くこと自体が間違ってたのかもしれん」

さらっとツヴァイの『デバイスとしての存在意義』を否定するようなことを口にした。

ソルにとってツヴァイは『デバイスという名の道具』ではなく、文字通りの『娘』だ。並々ならぬ愛情を注いでいるのは誰の眼から見ても明らかで、だからこそ休業を簡単に認めてしまう。

エリオとキャロも同様にソルの『子ども』である。守りたいと思うし、危険が伴う魔導師なんかになって欲しくない。もっと別の生き方を選んで幸せになって欲しいと願っている。

「だから、今回はこれで良い……何年持つか知らんが」

言って、ソルはシャマルの肩に手を回すと彼女を労わるように抱き寄せた。

より密着したことによってお互いの体温と鼓動が伝わり易くなる。そのおかげでより一層胸を大きく高鳴らせつつ、シャマルは忠告するように口を開く。

「でもね」

「あ?」

「今回は上手く言いくるめただけよ。もっと端的に言えば問題を先送りにしただけ。あの子達は、いずれ必ず魔導師として道を選ぶわ」

予感というよりも確信めいた口調に、ソルは重々しく頷いた。

「……かもな」

「私はただ、時間稼ぎをしただけ」

「それで良い。稼いだ時間で、魔導師以外の職業に興味を持ってもらえれば御の字だ」

「そうなれば良いんだけど」

「ダメ元だがな」

苦笑しながらシャマルの柔らかい髪を撫でると、彼女は気持ち良さそうに眼を細めた。

「……我侭を聞いてやれるのも今の内だけ、か」

どうして子どもってのは、子どもで居られる時間が短いのに、早く大人になりたがるんだろうな?

胸中で問い掛けても答えは出ない。

早熟な子ども達のこれからを思い、ソルは少しだけ寂しくなるのであった。











































超兄貴、間違えた、超オマケ なんとなく思いついたネタだよ!!



if ViVid編



「最近、”覇王”って名乗る通り魔が出るんだってさ」

夕食後、フェイトの何気ない言葉を聞いて誰もが胡散臭そうな眼になった。

「”覇王”ってアレか? ネットで一時期話題になった『覇王翔吼○を使わざるを得ない』って奴か?」

「パパがボケた……は、早く誰か突っ込んで!!」

何かを致命的に間違えたリアクションをするソルと、普段ではあり得ない父の態度を目の当たりにして眼を丸くするヴィヴィオ。

「ボケてねぇよ、このクソガキ」

「ひひゃいひひゃい!!」

「で、その通り魔がどうしたって?」

ヴィヴィオの頬をやや乱暴に引っ張りながらソルが続きを促す。

曰く、その”覇王”とやらは格闘技の実力者を相手にストリートファイトをけしかけているとか。

んで、フルボッコだとかなんとか。

被害届は出ていないので、事件にはなっていないらしい。

「通り魔か……シグナムに初めて会った時を思い出すな」

「予め言っておくが私じゃないからな」

「……」

「何だその眼は!? 私が犯人だとでも言いたいのか!!」

「いや、別に……前科がある奴が身近に居たなって思っただけ……分かった、悪かった、だから拗ねるなって」

「……この意地悪め」

フン、とそっぽを向いてしまったシグナムを宥めながらソルは溜息を吐く。

そんな光景を視界の端に捉えながら、まだ痛みが残る頬に手を当てつつヴィヴィオはなのはに問い掛ける。

「なのはママ、シグナムさんって通り魔だったの?」

「初めてパパに出会った時から眼をつけて、その日の内に襲い掛かったのは事実だよー」

「しょ、初対面のパパにいきなり襲い掛かるなんて、シグナムさんって相変わらずパパに対しては…………ゴニョゴニョ」

言葉を濁すが、皆にはしっかりと「激しい」と聞こえていた。

「まあ、返り討ちにあってシャマルさんと一緒に焼き土下座させられたんだけど」

「シャマルさんも一緒だったの? 二人同時だなんて……私知ってるよ、パパみたいな人を『てくにしゃん』って言うんでしょ!?」

ヴィヴィオは何故か戦慄し、更に問いを重ねる。

話が噛み合っているようで微妙にズレている。故意なのか天然なのかは不明だ。

ダメだこの娘、早くなんとかしないと……やっぱりいいか、ソルの娘だし、この環境下ならば耳年増なのは仕方が無い、とその場に居た全員(ソルを除き)がそう思うのであった。





数日後。

「”背徳の炎”、ソル=バッドガイ氏とお見受けします」

「ああン?」

夜道、家路に急ぐソルの行く手を阻むように突然現れた謎の人物。

バイザーで眼元を隠しているが、声や背格好からして若い女である。

「誰だテメェ? 噂の通り魔か?」

「否定はしません」

女はバイザーを外す。

「申し遅れました。私はカイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト。”覇王”を名乗らせて頂いています」

「興味無ぇな、下らねぇ」

名乗りに対してつまらなそうに溜息を吐き、女の横を通り過ぎようとしたところ、聞き捨てならない声が鼓膜を叩く。

「聖王オリヴィエのクローン、そのお義父上でお間違いないですね?」

歩みを止め、肩越しに女を睨み付けるソルの眼光が殺気で漲る。

それを至近距離で感じ取った女は、刹那、自分が焼き殺される瞬間を幻視し、反射的にバックステップを踏んで構えた。

氷のような凍てつく殺気とは対照的に、周囲の温度が急激に上昇する。

溢れ出す膨大な魔力は灼熱の如く。煮え滾るマグマが今にも噴火しそうな様子に、女は自分がタブーを犯してしまったことを自覚したが、残念ながら既に手遅れだ。

女は額に脂汗を浮かばせ、これまで経験したことの無い本能的な恐怖に襲われ身体を震わせながら瞬きも忘れ、息を呑む。

「目障りなガキだ」

ソルはゴキリッ、と音を立てて首を回す。

足元から火柱が噴き上がるのに合わせて結わえた長い髪が跳ね上がる。



「……潰すぞ?」



ドスの利いた低い声で恫喝、否、予告する。

次の瞬間、ミッドの夜にて、紅蓮に彩られた大輪の華が咲き乱れた。





「おい、スバル」

『どうしたんですか? こんな夜更けに通信なんて』

「此処最近、巷で噂になってた自称”覇王”の通り魔に襲われたから返り討ちにした」

『ええええ!! 死んでないですよね!?』

「たぶんな」

『ヒィィィ! やっぱり半殺しだ!! 非殺傷ですよね? 非殺傷でしょ? 非殺傷って言ってください!! す、すぐに行きますから、それ以上何もしないでくださいよ!!』

「ギャーギャーうるせぇ、安心しろ、非殺傷だ。ところで尋問はしておくか? こいつの背後関係とか洗わねぇと」

『過剰防衛した癖にあり得ない、この人!! 何もしないでくださいって言ったばっかりじゃないですかぁぁぁぁぁ!!!』

「……どうでもいいから早くこのガキを引取りに来い。公園のベンチに放置して帰るぞ」

『身内以外には本っっ当に容赦無いですね!!』

「これでも随分甘くなった方なんだがな……全く面倒臭ぇ」

スバルとの通信を切ると、ソルはやれやれと肩を竦めて溜息を吐くのだった。




















後書き


どうしてエリオ(というか子ども達)中心の話を書こうとすると、シャマルが主役になるんDAAAAAAAAAAAAAAA!?

ほとんどシャマルのターンじゃないか!?

……まあ、いいか。

ということで、”背徳の炎”のメンバーからツヴァイが一時的に抜ける、というお話でした。

これまでのツヴァイは、エリオとキャロの二人と比べると明らかに特別扱いされている部分があったので、それに対する不満や軋轢が学校に通うことによって爆発する、というのを描けていたらな、というコンセプトから始まったのですが、蓋を開けてみればシャマル無双www

どうしてこうなった!?

いや、シャマル好きだからいいけどwww

不満を溜め込んでいても、決してツヴァイには当たらないエリオとキャロは、間違いなく昨今では見られなくなった良い子。

次回は、誰の話を書こうか……

つーことで、また次回!!





P,S 


AQUA STYLEネタとか、私が反応するから自重してwwww

「見えるのか……このキティクイーンが!?」

どうでもいいんだけど、ソルの大切なものにある『QUEENのレコード ”シアー・ハート・アタック”』は、

ジョジョ第四部の敵キャラ『吉良吉影』の第二のスタンド能力『シアーハートアタック』と全く同じ名称でだったりする。んで、スタンド名の元ネタが上記のQUEENのレコード(だった筈)。

他にもスタンド名には様々なロックミュージック関連があり、ギルティの方にも技名など同様にロックミュージック関連。例えばガンマ・レイとか。

更にソルの嫌いなものがジョセフと、口癖が承太郎とかぶっていたり、とギルティとジョジョとロックミュージックは意外な繋がりが……

いや、それぞれの作者が洋楽好きなだけだと私は思うんですけど。






[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期最終話 そして舞台が整い、役者達が出揃った
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/06/19 15:00


ギリッ、と不快な歯軋りの音が自身の口から漏れたことにトーレは気付かぬまま、モニターに映し出される人物をまるで親の仇のように睨み付ける。

「化け物め」

忌々しげに罵る。そこに込められている感情はその人物が持つ純然たる”力”に対する畏怖であり、嫉妬でもあった。

眼前に広がる空間モニターに映っている内容は、管理局に潜伏しているドゥーエが送ってきてくれる”背徳の炎”――ソル=バッドガイの戦闘データ。

自分達の生みの親であるスカリエッティの心を掴んで離さない、スカリエッティが持つ技術よりも遥かに高次元な技術によって生み出された、究極の生体兵器だと思われる男。

人体を機械と融合させ、知覚や身体能力を大きく向上させた自分達戦闘機人とは違う。

人工のエネルギー結晶をリンカーコアと融合させ、エネルギー結晶が内包する力を自在に引き出せるようにした人造魔導師――レリックウェポンとも違う。

この男は全身の細胞一つ一つが――それこそ髪の毛一本一本に至るまで――リンカーコアの役目を果たしているという、一体どんな技術を以ってして生まれたのか想像すら及ばない規格外だ。

数年前の、管理局で戦闘機人事件と呼ばれている一件で眼にした光景は、トーレにとってあまりにもショッキングだった。

チンクがSランク魔導師のゼストを打ち倒し、自分達の持つ力が、スカリエッティの技術が本物だと認めることが出来ると確信した矢先に奴は現れたのだから。

全身から赤い魔力光を放ち、測定不能かつ膨大なエネルギー反応を叩き出した紅蓮の炎を纏いし魔導師。

「……化け物め」

当時のことを思い出し、再び罵ってからトーレは唇を噛んだ。

ドラゴンインストール。

奴は”力”を解放する時にこう叫んだ。それが”力”を解放する時に唱える呪文か、”力を”解放した状態のことを指すのか、前者か後者のどちらかか、両者を意味するのかは分からない。とりあえず両者の意味としてそのままドラゴンインストールと呼称することにした。

あの姿を眼にしたのは一度限り。それ以来、少なくともソル=バッドガイは管理局に提出された戦闘データの中では、”普通の人間の魔導師”として振舞っている。

当然の成り行きだ。あの”力”はそれだけ異常なのだ。ただでさえリンカーコアという器官は魔導師一人につき、一つしか存在しない。リンカーコア自体を持っていない人間だって存在するというのに。

ことが露見すればまず間違いなく生体型ロストロギアとして認定されるだろう。その後、どんな処遇が待ち受けているか分からないが良くて兵器としての運用、封印処理、最悪解剖に違いない。

まあ、モニターの中で魔導師で構成されたテロ組織を相手に、一方的な蹂躙劇を繰り広げている男が本気になって暴れたら管理局など一夜で傾くだろうが。

ちなみに、ソル=バッドガイのことをスカリエッティは最高評議会に報告したが、捕縛命令は受けていない。

実際はソル=バッドガイを捕縛しろと命令される前に、スカリエッティが不可能だとはっきり言い切ったのである。

では何故不可能なのか。それも簡単。彼我の戦力差は圧倒的と言っても過言ではなく、スカリエッティ自身も乗り気ではないからだ。

”普通の人間の魔導師”の状態でさえオーバーSランク相当の魔導師である。ドラゴンインストール状態になれば遥かに人類を超越した身体能力になり、膨大な魔力量とリンカーコアの限界を超えた魔力放出が可能で、戦闘機人やレリックウェポンを置き去りにする戦闘能力を発揮する、全てにおいて人類を凌駕している存在にどう勝てと言うのか。

返り討ちにされるのは文字通り火を見るよりも明らかだ。何よりこの男は敵に容赦というものをしない。スカリエッティにとって貴重な戦力であるナンバーズを、数が揃え切る前に減らす訳にはいかない。

以前、ウーノが何故ソル=バッドガイの捕縛に乗り気ではないのか問い掛けたことがある。奴の身内を誘拐して人質にでも何でもすればいい、どんなに強かろうと”力”を使えないようにしてしまえばこちらのものだ、と。

しかし、スカリエッティはこう答えた。

『本音を言えば、私だって彼を捕縛して解析してみたい。しかし、それでは何かに負けた気がするのさ』

『負け、ですか?』

『何度も言うようだが、彼を作った人物は私など足元にも及ばない天才だ……全身を構成する細胞が全てリンカーコアと同じ機能を持っているなど前代未聞、一体どんな技術でそんなことを可能としているのか、いくら私でも想像すら出来ない』

『……』

『初めて彼を見た時、私は未知との遭遇に歓喜に打ち震えて、それから暫く時間を置いて冷静になってみてから言い表せない敗北感を味わったよ。私が彼の制作者の域に達していないのと同様に、私の作品であるキミ達は彼に届かない、とね』

『確かに、”今の”私達ではソル=バッドガイに勝てません』

『”今の”、か……まあそれはさて置き、もし仮に彼の肉体の一部を手に入れて彼の”力”の一端を解明したとして、それを娘達に適用させる、確かにこれ以上の効率は無いと言えるのだが、それは果たして”私の作品”と呼べるのかな?』

『ドクター……』

『つまりはそういうことなんだよ、ウーノ。これは私の科学者としての意地であり、誇りを賭けた戦いであり、個人的な我侭でもあるんだ……だって悔しいじゃないか、自分の作ったものが他人の作ったものより劣るなんて』

そう言って子どものように無邪気に笑うスカリエッティの瞳には、ソル=バッドガイの制作者に対するライバル心で妖しく輝いていた。










背徳の炎と魔法少女 空白期最終話 そして舞台が整い、役者達が出揃った










自主トレを行おうとトレーニングルームにやってきたチンクは先客が居ることを確認してから部屋に踏み込んだ。

「チンクか」

気配のみで訪れた者が誰か察したトーレは、眼の前の空間モニターから視線を逸らさないまま微動だにしない。

「何だ、またその映像を見ているのか」

「……」

黙したまま語らないトーレ。その眼は隣に並んだチンクなど気にも留めておらず、ただひたすらモニターを睨み続ける。

そんな姉の様子を眼帯で覆われていない片方の眼で見つつ、聞こえないように小さく溜息を吐く。

訓練を終えた後のトーレは何時もこうだ。

スカリエッティを除けば、ナンバーズの中でソル=バッドガイに最も固執しているのは間違いなくトーレだろう。

無理もない。トーレは姉妹の中で誰よりも、魔導師とは違う人を超えた存在として、スカリエッティが制作した生体兵器である自身を誇りに思っている、否、思っていた。

だが、突然叩き付けられた事実は理不尽なまでの世界の広さ。

生みの親であるスカリエッティですら心酔してしまったソル=バッドガイの強大な”力”を思い知って、ナンバーズのプライドはそれだけでズタボロになった。

上には上が居る、この言葉の意味を悔しさと共に味わったのである。

戦う為に生み出された存在である戦闘機人が、純粋な戦闘能力で他の兵器に著しく劣っているなど屈辱以外の何物でもない。

確かに奴は戦闘機人よりも高度な技術によって生み出された存在には違いないので頭では納得出来るが、感情が納得しなかった。

その程度の理由でナンバーズが、スカリエッティの技術が、ソル=バッドガイの存在そのものに劣っていると認める程、安い矜持ではない。

これ以上無いくらいに自分達の存在意義を危うくされ、カタログスペックが上だからという理由だけで戦いもせずに逃げ出すのは癪だった。

何より、戦闘と破壊の為に存在する戦闘機人が戦わないなど、アイデンティティの喪失に関わる問題だ。

打倒、ソル=バッドガイ。

何時の頃からか、スカリエッティは勿論、ナンバーズの間で掲げられた目標。

スカリエッティはソル=バッドガイを超える存在を生み出すことに心血を注ぎ、ナンバーズはこれから稼動する妹達も含めてソル=バッドガイに勝つ為に日々研鑽する。

しかし――

『失せろ』

映像内で、ソルが薙ぎ払った炎の剣をまともに食らい、火達磨になりながら地面に転がる犯罪者の姿にチンクは眉を顰めた。

『目障りなんだよ』

また一人、犯罪者がソルの犠牲になった。腹に蹴りをまともに受け、血反吐の吐きながら崩れ落ちる。

『御託は、要らねぇっ!!』

眼の前の空間に巨大な炎の渦を発生させ、それを犯罪者に叩き付けた後に爆裂させる。容赦など一切無い炎熱魔法の餌食になった相手は、報告によると辛うじて生きているらしいが、映像を見る限り死んでいない方がおかしいとチンクは思う。

こんな鬼と悪魔を足して二乗したような強さと凶悪さを持つ男に、自分達は本当に挑むというのか?

殺傷設定の攻撃魔法を躊躇無く繰り出し、常に敵を半殺しにしなければ気が済まない破壊の権化のような男と?

おまけに、この男にはドラゴンインストールがある。管理局に提出される戦闘記録に映っている姿は本来の”力”ではない。

チンクは憂鬱な気分なってきたので思わず溜息を吐く。

当初の目的である妹達とレリックウェポンの調整は順調だが、肝心の”ソル=バッドガイを超える存在”を目標とした研究は芳しくない。

そもそも荒唐無稽な話なのだ。人体を構成する細胞の数は約六十兆個と言われている。その全ての細胞がリンカーコアの役目を果たしていると仮定してみると、ソル=バッドガイは約六十兆個ものリンカーコアを有しているということになる。この時点で既に色々とおかしい。生物学的にも、魔導学的にも。

おかしいのはそれだけではない。

ソル=バッドガイの細胞には更なる衝撃的な事実が隠されていた。

奴の細胞は、魔力の自己生産すら可能な永久機関だということ。

本来、リンカーコアは魔力を蓄積、放出する器官である。大気中に溶け込んでいる魔力素を取り込んで蓄積し、必要に応じて放出する、言ってしまえば魔力を溜めることが可能な入れ物である。

しかし、奴は高濃度のAMF下という劣悪な環境であるにもかかわらず、異常な量とも言うべき膨大な魔力を長時間に渡って発生させていた。AMFの処理能力を遥かに上回る量を。漲る魔力は減るどころか、むしろより莫大な量を放出していた。

モニタリング映像を詳しく解析してみれば、細胞が魔力を生産していたことが判明。つまり、奴はAMF下でも魔導師として全く支障無く活動することが可能なのだ。

結果、奴の細胞は魔導師のリンカーコアよりも遥かに優れたモノであることが分かった。これによってスカリエッティの頭痛の種が増えた。

ただでさえリンカーコアに関する事柄はまだ解明出来ていないことが多いというのに、スカリエッティが挑んでいるモノはそのリンカーコアよりも上等な代物だ。

ついに積もりに積もったストレスが爆発したのか、解明出来ないことに業を煮やしたのか、最近では「何なんだ彼はぁぁぁぁぁっ!?」という怒号が研究室から響いてくる時がたまにある。その度にウーノが必死になって宥めているらしい。

クアットロが「誘拐人質作戦を取りましょ~よ~。おあつらえ向きに子どもが三人も居ますし~」とうるさい。とは言え、誰もがその提案に対して首を縦に振りかけているが……

(そもそもこの男に人質なんてものが有効なんだろうか?)

もし人質が効果無かったら? 眉一つ動かさずに「殺れよ」とか言われたらどうしようか? 人質なんて目もくれずに襲い掛かってきたら?

答えは単純明快、一巻の終わりだ。犯罪者相手に拷問をして情報を集めるという、管理局の人間から見たらとんでもないことを過去に平気な顔で行っていた男だ。

こんな化け物にどうやって勝てばいいのだろうか?

時折、チンクは言い表せない不安と恐怖に襲われる。

ソル=バッドガイが違法研究や生命操作技術を消し炭にしたい程毛嫌いしているのは、”背徳の炎”を知る者達の間では常識に近い。

スカリエッティとナンバーズはそういう点で見れば”背徳の炎”の敵であり、獲物である。

追う者と追われる者の関係。この関係が崩れない限り、いずれ必ず両者はぶつかり合う。

その時、こちら側にどれだけの被害が出るかと思うと、チンクは頭を抱えたくなってしまう。

暗澹たる気持ちを払拭するように首を振り、モニターから視線を外しトーレを捨て置くと、チンクは今日も訓練に励むのであった。










戦闘機人としての純粋な戦闘能力が他の姉妹と比べてそれ程高くないセインは、ソルに対してトーレのように拘っていなければ、チンクのように悩んでもいない。

「私はあいつを眼の前にしたら、いの一番に白旗を揚げる。異論は認めない」

胸を張って偉そうにのたまうセインに対し、クアットロはこめかみをピクピクさせながら眼鏡越しに睨んだ。

「セインちゃんは何とも思ってないの?」

「何が? メガネ姉、略してメガ姉」

「誰がメガ姉よっ!! ……もうそうじゃなくて、あの忌々しいソル=バッドガイのことよ」

「だから言ったじゃん。白旗揚げるって」

やる気無さそうに答えたセインを見て、クアットロはあからさまに溜息を吐く。

「だってさー、ドクターの研究は数年前から一歩も進んでないし、ソルが私達よりも全然凄い生体兵器ってのは最初っから分かり切ってるし、ぶっちゃけ私個人としてはやるだけ無駄なんじゃないかなー、って思ってさ」

「だ・か・ら!! その為に身内を誘拐して人質に取ってから、あの男を言いなりにさせようと――」

「無理無理。灰にされるのがオチだってば」

ヒラヒラと小馬鹿にしたように手を振り、セインはお返しするように溜息を吐いて見せた。

「だいたい皆ムキになり過ぎだってば、特にドクターとトーレ姉はさ。自分でも内心勝てないって分かってるのに意地張って負けを認めようとしない」

クアットロの眉間の皺がどんどん険しくなっていくが、セインは全く気にした風も無く続ける。

「ぶっちゃけ、私達独力で何とかなるとは思えないからメガ姉が言うように誘拐作戦もありだと思うけど、じゃあ実際にそんな危ない橋を一体誰が渡るのかって話になる訳よ」

「……勿論、私の指示の下――」

「絶対無理だね。メガ姉の態度って人の神経逆撫でするから、交渉して一分もしない内に真っ二つにされるんじゃない? 相手は”背徳の炎”だよ? 人質取ったテロリストに対して碌に話も聞かないで攻撃魔法ぶち込む非常識なんだから、交渉をしようなんてのがそもそも間違ってる」

「それじゃあ抜本的な問題解決にならないでしょ!! ……もう、ディエチちゃんも何か言ってあげて!!」

悔しさに唇を噛みながらクアットロは傍に居たディエチに話を振る。

当の本人であるディエチは、またか、みたいな表情になってから口を開いた。

「クアットロには悪いけど、私もセインと同意見……だって、ソル相手に交渉なんて出来ると思えないし」

言いつつ空間モニターを表示してピッピと操作すると、とある映像が流れる。

『選べ。大人しく人質を解放して投降するか、無駄な抵抗をして灰になるか』

それは人質を取って要求を呑ませようとするテロリストに対して、ネゴシエーターも泣きたくなる程に無茶苦茶な交渉をしようとしている、否、脅迫しているソルの姿であった。

『もう一度だけ言ってやる。五体満足で捕まるか、死にたくなるまで焼かれるか、どちらか選べ』

静かな口調でいながらも剣に炎を纏わせ、魔力と殺気を周囲に充満させながら眼をギラつかせるソルは、誰がどう見ても客観的にコイツの方がテロリストだ。テロリストが人質を庇っているように見える絵はシュールを通り越して滑稽である。

テロリストが少しでも抵抗しようものなら躊躇無く攻撃するつもりである。

あんまりと言えばあんまりな要求に人質もテロリストも呆気に取られている中、碌に間も置かずソルは爆発的な踏み込みで一番近くに居たテロリストに肉迫し、剣を持っていない方の手でアッパーを放った。

殴り飛ばされた者は悲鳴すら上げることなく火達磨になって天井に突き刺さり、そのまま沈黙した。

人質達が悲鳴を上げる、テロリスト達が殺気立つ。しかし、ソルの殺気が込められた視線がそれらを問答無用で黙らせる。

『何か勘違いしてるだろ? 俺は管理局の人間じゃない。人質を助けに来た訳でも、テメェらテロリストを逮捕しに来た訳でも無ぇ』

冷酷無比にして残虐非道な笑みを浮かべてソルは嗤う。

『ゴミを焼却処分しに来たんだよ』

次の瞬間、映像越しだというのに背筋を氷で撫でられるような悪寒がセインとクアットロとディエチに駆け抜けた。

そして始まった蹂躙。

恐慌状態に陥ったテロリスト達が攻撃魔法を撃つが、放たれた火炎に攻撃魔法ごと呑み込まれる。

人質を捨てて逃げようとする者は、背後から無慈悲に斬られた。

あるテロリストが人質を盾にした瞬間、その顔面にコンクリートの塊を投げ付けられ、血飛沫を上げながら昏倒する。

無謀にも接近戦を挑んだ者は、一太刀、もしくは一撃で無残にも火達磨にされ床に転がった。

離れた場所から魔法を繰り出しても、強引に距離を詰められ潰される。

この惨劇に人質達は成す術も無く、早く終わってくれと願いつつ震えながらその場で蹲るしか出来ない。

やがて全てのテロリストを殲滅し終えると、手にしていた剣を床に投げ付けるように突き立て、左手を腰に当てるとソルはうんざりしたように吐き捨てた。

『そのままクタバレ』

人質達に全く被害が無いのは奇跡なのか、それともソルがそうなるように立ち回った結果なのか不明だ。殺傷設定の魔法によって発生した何かが焦げたような異臭――あえて何が焦げたのかは伏せる――の所為で嘔吐している者が居ることに目を瞑れば、全員無事である……人質は。

これだけ派手に暴れ回っておいて死人が出ていないのだから、おかしいと言わざるを得ない。

「……下手なホラー映画よりスリル味わえるなー、これ」

引き攣った表情で顔を青くし、セインがこめかみから汗を垂らす。

「骨は拾ってあげるから、頑張って」

ディエチは屠殺場に送られる家畜を見るような眼になり、クアットロの肩をポンポン叩いた。

そしてクアットロは――

「……」

ソルのあまりに酷過ぎる非常識っぷりを目の当たりにして蝋人形のように固まっていた。










スカリエッティは頭を抱えて長い髪をグシャグシャと掻き毟ると、傍で控えていたウーノに苛立たしげな声で頼み込む。

「ウーノ。口に入れた瞬間吐きたくなる程不味いキチガイなコーヒーを淹れてくれ」

「畏まりました。少々お待ちを」

粛々と言葉に従い、インスタントコーヒーに炭酸ソーダをぶち込むという暴挙を手短に済ませてスカリエッティに手渡すと、彼は一切の躊躇もせずにそれを口に付けた。

「ぐふ、何だこの不味さは!? コーヒーの香りがするのにシュワシュワする、このコラボレーションから織り成す奇妙なハーモニーが私の脳にインスピレーションを与えてくれることはあるのか?」

常人には最早理解不能な発言を垂れ流しながら炭酸コーヒーを飲み干す。

「いかがですか、ドクター?」

「ダメだ、全く以ってダメだ、ダメ過ぎる、来ない、来ないのだよインスピレーションが!!」

ガンガンッ、とテレビゲームの最中に癇癪を起こした子どものようにコンソールに八つ当たりするスカリエッティ。コンソールがクラッシュするが気にしない。

ソル=バッドガイを超えた存在を自らの手で生み出す。

掲げた大きな目標に向かって研究室に篭ってマッドな日々を送るスカリエッティだったのだが、どうにもこうにも上手くいかない。

しかし、得られたものが皆無だった訳では無い。

研究の副産物としてレリックウェポンの調整がこれ以上無い程非常に上手くいった。そのおかげでゼストは最盛期を遥かに超えた魔導騎士として支障無く力を振るえるようになり、ルーテシアもタイプは異なるがレリックウェポンとしては完璧なものに仕上がった。

そう。レリックウェポンの研究は成功も成功、大成功を収めた。

だが、スカリエッティが求めていたのはそんなものではない。

「ぐぬぬぬぬぬ~、やはり此処は彼の遺伝子なり血液なりを手に入れた方が手っ取り早いのか? しかし、それは何か負けた気がするし、そもそもどうやって手に入れればいいのか……」

ぶつぶつ独り言を呟きながら室内をうろうろ徘徊し、思考を埋没させる。

仮に彼の肉体のデータを手に入れるとして、一体どうすればいいのか?

ソルが自身の異常性を自覚していない訳が無い。そういうものを残さないようにしているのは想像に難くない。

クアットロが言うように人質誘拐作戦?

却下だ。割れた眼鏡を残して蒸発するクアットロの姿が眼に浮かぶ。

現在稼働中のナンバーズで強襲を掛けるのは?

無理だ。皆纏めて消し炭にされるのがオチである。だいたいソル一人ですらどうにも出来ないのに、彼の仲間にはオーバーSランクの魔導師がゴロゴロ居る。結果は火を見るよりも明らかだ。

こうなったらリスクはかなり高いがドゥーエに頼るか? 彼女のISを用いて彼に近寄るのは?

ドゥーエは自称ソル=バッドガイのファンだという。彼の敵に対する容赦の無い態度を見て、そこに痺れる、憧れるらしい。他のナンバーズがソルに対して抱いている感情――畏怖、不安、嫌悪、諦観――の中で最も好意的だろう。頼めば喜び勇んでやってくれるかもしれないが……

(……その場合、ドゥーエは確実に私を裏切るような気がする)

送られてくる戦闘データや情報には毎回毎回『今回のソル様は――』という文句から始まるのだ。様って何だ様って?

他にも『P,S ああん、私もソル様に火達磨にされたい』という色んな意味で危ないメッセージが最後の方に残っていたり。その内、勝手にちょっかい出して故意に火達磨にされた結果、そのまま帰ってこない気がしてならない。

捕まるだけならいいのだが、裏切ってこちらの情報を渡してしまうのはいただけない。

スカリエッティが”生体兵器としてのソル”に心酔しているように、ドゥーエはソルの”容赦の無さ”に心酔している。行動理念や性格が生みの親に似通っている上、ドゥーエは男のスカリエッティと違って女性である。十分に裏切る可能性を秘めていた。

かと言って、現段階でドゥーエを見限ることは出来ない。彼女が管理局からリークしてくる情報のおかげで蛇のようにしつこい”背徳の炎”からこれまで逃げ切ってこれたのだ。正直言ってドゥーエはスカリエッティ達にとって生命線であると同時に、何時裏切るか分からない爆弾である。なんて皮肉な話だ。皮肉過ぎてたまに涙が出てきそうだ。

もしドゥーエに裏切られたら大変だ。まだ捕まりたくないし、もっとたくさん違法な研究したいし、人生の命題とでも言うべき『ソル=バッドガイを超える存在の創造』があるのだ。しょっぴかれて自由を奪われた挙句、臭い飯を食わされるのはご免である。

何よりソルにぶん殴られるは痛そうだから嫌だ。

研究は思ったように進んでくれない、現状の戦力では勝算が無いので喧嘩を売れない、獅子身中の虫(仮)が居る、一部のナンバーズはやる気が低い。

おまけに管理局傘下の賞金稼ぎギルドなる組織が設立されそうだとか、そうでないとか。

といった感じに此処数年は気苦労が耐えないスカリエッティだった。




















レジアスは秘書であるオーリスから手渡された書類を見て難しい顔をする。

その書類には、ある組織の設立に関する具体案が記載されていた。

”賞金稼ぎギルド組織 Dust Strikers”

管理局内でよく過激派と称される”背徳の炎”が、本格的に組織立った動きを開始することを示した資料。

フリーの賞金稼ぎを対象に仕事の斡旋、希望者には教導を行うという文字通りのギルド組織。管理局傘下である為、実際に組織を運営する人員はあくまで管理局の人間となる。

しかし、あくまでフリーの、管理局に所属していない個人の魔導師に仕事を斡旋するという性格上、魔力保有制限などは無い。

とはいえ、誰もがそこで仕事を斡旋して貰える訳では無く、ある程度の実力を認められて初めてギルドに登録が出来るようになるらしい。

ギルドに登録する為の最低ラインは魔導師ランクB以上。これで仮登録が可能になる。

そこから更に仕事をきっちりこなせるかどうかを判断する為に、魔導師ランクAA以下を対象に研修を行うと聞く。AAよりも上のランクを持っている者はその時点で本登録。

研修で『こいつはダメだ』と判断されたら即お払い箱だとか。

厳しい研修を終えて初めて本登録を終えるようだ。

「……これは、ちゃんと人が集まるのか?」

重苦しい口調で吐き出された独り言に、オーリスは分からないという風に首を振った。

”背徳の炎”というビッグネームが出るとはいえ、どうも敷居が高い組織団体になりそうである。人が集まったとしても続くかどうか怪しいものだ。

何より研修中に仮登録者の面倒を見るのが”背徳の炎”本人達である。聖王教会から特別戦技教導官として雇われている奴らの評判は「鬼教官」の一言。教会騎士団に入団した騎士見習いの半分はあまりの厳しさに辞めてしまうと言われていた。

大半の者は、炎や電気、赤、桜色、翠、氷、ハンマー、鎖にまでトラウマを覚えるという噂まで流れている。一体どんな教導を行っているのか、知りたいようで知りたくない。

「本当にこれで大丈夫なんだろうな、”背徳の炎”?」

此処には居ない人物に向けられた疑問の答えが返ってくる訳が無いと知りつつも、そう呟かずにはいられない。

「それで、中将は如何なさいますか?」

オーリスの問いに、レジアスは深い溜息を吐く。

「こちらからは特に何もせん。邪魔にならん程度に離れた所から様子見だ」

「しかし、本局と教会が手を組んだことによってこの組織が発足されることになったのです。これが地上に圧力を掛けているのは明らか。このままでは中将の立場が、地上本部の発言力が本局側に対して効力を失いかねません」

「心配は要らん」

早口で捲くし立てるオーリスを宥めるようにレジアスはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「”背徳の炎”は、ソル=バッドガイは権力や名誉に興味を持っていない人種だ。奴がこれを機に地上側へ何かを要求し、介入してくるとは考えられん」

「その根拠は?」

「オーリス、考えてもみろ。この男が本気で権力を手に入れたいと思うのであれば、入局して昇進するのが一番早くて確実だ」

「……」

「しかし、奴は闇の書事件以来これまで一度も入局しようという素振りは見せなかった、それどころか何度勧誘されてもその都度蹴った。何故だか分かるか?」

問われ、オーリスは「いえ」と答える。

「単純に興味が無いからだ。この眼を見ろ、オーリス」

コンソールを操作すると、戦闘中のソルの画像がアップで映し出された。

「俺は長いこと管理局に勤めているが、こんなにも冷たく、殺意に満ちた禍々しい眼をした者を見るのは初めてだ。奴にとって犯罪者と括られる存在は文字通りゴミでしかない。そしてゴミを消し炭にするのは当然だという考え方を持って戦っている」

組織名の”Dust Strikers”は、”Dust=ゴミ”を” Strikers=潰す者達”という意味が込められている。

決してエース級の魔導師に与えられる賞賛の意味としての”Striker”ではない。

「だから殺傷設定の攻撃魔法を躊躇わない……危険ですね」

「ああ、管理局の理念、人殺しを禁忌とする管理局としては非常に危険な考え方、まるで毒だ。恐らく奴は管理局という組織が存在していなければ、踏み込んではいけない領域に容易く踏み込むだろう」

そこで一度言葉を切ると、レジアスはデスクに両肘を突いて顔の前で手を組む。

「だが、毒というのは時として薬にもなる」

「彼の場合は劇薬の類です」

「処方の仕方さえ間違えなければ薬には違いない……”背徳の炎”は確実に、スカリエッティと最高評議会に対する切り札になる」

悲壮感漂う決意を瞳に宿した父の姿を見て、オーリスは唇を噛んだ。

「でも、それでは父さんが――」

「言うなオーリス。俺はそれだけのことを仕出かした。切り札が俺の身にも降り掛かる諸刃の剣だというのは百も承知だ。覚悟は出来ている」

そう。スカリエッティや最高評議会と繋がっていたことがバレてしまえば、必ずソルはレジアスを断罪しにやって来る。

「ミッドの平和の為に尽力していた筈なのに、俺は何時の頃からか己の正義というのを見失っていた……ゼストを失い、この男の眼を見てやっとそのことに気付かされた」

「……」

「平和の為にと言い逃れをするつもりは無い。罪を認めよう、潔く罰を受けよう」

不意にレジアスは立ち上がると、窓際までゆっくりと歩を進め、ガラス越しにクラナガンの街並みを見下ろした。

「しかし、”背徳の炎”が俺の前に現れるまでは、それまで俺は俺の出来る限りのことをさせてもらう」



――それが、地上の正義の守護者とまで謳われたレジアス・ゲイズの最後の仕事だ。



言って、レジアスは疲れたように微笑んだ。






























後書き


更新が遅れてすいません。ときメモ4とピースウォーカーやってたら、言い訳ですねスイマセン。

漸く空白期が終了となりました。

いや、私個人としてはもっと色々と書きたいものがあったのですが、そろそろ話を進めないといけないかな、と思いまして。

なんせ空白期だけで、無印とA`sを合わせたものよりも長くなってしまっているし。主要のイベントは全部書き切った(?)ので。

本当はもっと、日常編的な話とかスバティアコンビのこととか、ギンガティーダとか書きたかったんですけどねwwww(ちなみに次話の予定ではソルとシグナムがちょめちょめ)

まあ、それは機会があったらまたということで。

次回は遂にSTS編に突入します!!

では、また次回!! これからもよろしくお願いします!!



P,S

流石のスカさんでも、たった一人で研究資料が映像だけという状況では、ギア細胞を解明するのは不可能です。

あれはそもそも法力技術、つまり”バックヤード”の産物であり、

フレデリック(法力エネルギー物理学研究と法力システムの第一人者)、

”あの男”(法力基礎理論の完成を担い、生命情報学の権威にしてギア計画のリーダー)、

アリア(確率論などの情報工学の博士学位持ち)

という天才三人が、半国営の法力応用研究機関の最先端という恵まれた環境で、『三人寄れば文殊の知恵』的な感じで四年もの時間を掛けて作り出したのです。

法力すら知らないスカさんではいくらなんでも無理かと。

その代わり、ゼストとルーテシアが強化されてますが。







[8608] 背徳の炎と魔法少女 番外 シグナム
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/07/27 00:00


炎と炎がぶつかり合い、空間が爆ぜる。

剣戟の音が連続的に奏でられるその様は、まるで戯曲を連想させた。

だが、唐突に剣戟と爆音が奏でる曲が止む。

「……あっ」

間抜けな声だ。思わず口から漏らしてしまった声を胸中で自嘲しながら、ソルは喉元に突き付けられた剣の切っ先を見据えた。

それから視線をゆっくりと切っ先から刀身に移し、順繰りに柄、剣を握る手、腕、肩、そして最後に眼の前で呆けたような表情をしているシグナムの顔へと移動させる。

構図としては、シグナムがレヴァンティンの切っ先をソルの喉仏に突き付けているのだ。

「わ、私の勝ち……か?」

震える声で紡がれたシグナムの言葉は、現在の状況が信じられない、といったニュアンスが込められていた。

「まあ、そうだな……やるじゃねぇか」

素直にソルは負けを認めると、シグナムは戸惑ったようにレヴァンティンを引っ込める。

「本当に私は、ソルに勝ったのか?」

未だに信じられないのか、彼女はおろおろと問い掛けてきたのでソルはやれやれと溜息を吐いてから右手を伸ばし、彼女の肩を掴んだ。

「ああ、お前の勝ちだ。初めて会った時と比べると随分強くなったな、シグナム」

言って、そのまま肩をポンポン叩く。

すると、シグナムの心の内で何があったのか、彼女は突然瞳を潤ませ、次の瞬間にはポロポロ涙を零し始める。

「な!? 何急に泣き出してんだよ?」

「すまん……その、つい嬉しくてな」

どうやら嬉し泣きらしい。

「今まで一対一で一度もお前に勝てなかったが……やっと、やっと一勝することが出来た……感激で涙が止まらないんだ……」

何時もの早朝訓練。何時ものソルとシグナムの模擬戦。何もかもが何時もと同じでありながら、今日だけは結果が違ったのだ。

ソルが負け、シグナムが勝った。それだけである。

しかし、この事実はシグナムにとって大きな意味があった。これまで負け続けていたのに、ついに勝った。初勝利だ。

それがたとえマグレだろうと、勝ちは勝ち。この事実は揺るがない。

シグナムがこの日を、ソルに勝つことをどれ程渇望しただろうか。シグナムがカイと同じように、誰よりもソルに勝つことをこだわり続けていたのは知っている。

念願が果たせたのだ。感動で嬉し泣きしても無理は無い。

加えて、『強くなった』と褒めてもらえたことがシグナムの胸の内をこれまでで最上級に匹敵する程の歓喜をもたらしていた。

「……」

ソルが黙ったままシグナムの涙を優しく拭ってやると、彼女は美しい華よりも美しい笑みを浮かべる。

激しい運動によって上気した頬を涙で濡らし朝日に照らされる彼女は、何時もより魅力的だなとソルは思った。










背徳の炎と魔法少女 番外 シグナム










(そういやしたなぁ、そんなの)

PT事件以来の、”もし俺に模擬戦で勝てたら一つだけ何でも言いことを聞いてやる”という口約がまだ有効だったことにソルは純粋に驚くが、隣で上機嫌なシグナムの気持ちに水を差したくはなかったので黙ることにする。

ソル本人は何年も前の話なのですっかり忘れていた訳だが、他の皆は今までずーっと覚えていたらしい。

むしろ一部の人間はそれ目的で模擬戦を申し込んでいたのだとか。

そして、初勝利を飾ったシグナムのお願いというのが、今日一日デートしろというもので。

(まあいいか、このくらい)

物事に対して受身な姿勢になりがちな性格は相変わらずなので、これをソルはあっさり了承。

なのは達が「いいな、いいな、シグナムさんいいな~」と物凄く羨ましがっていて、シグナムが「フフッ、いいだろう」と胸を張って天狗になっていたのを思い出す。

横に並んで歩いているシグナムへと視線を向ければ、彼女は柔らかい微笑を返してきた。

「で、何処行くんだよ? 当てはあんのか?」

「特には無い」

「おいおい」

デートって言うから行きたい場所でもあるのかと思っていたのだが、実はノープランで行き当たりばったりかよ、と呆れたような溜息を吐くソルであったが――

「私はソルとこうしているだけで十分だからな」

はにかみながら躊躇いがちに手を繋いでくるのは、不意打ちとしては効果抜群だった。

絡まった指、柔らかい手の平、伝わってくる温もり。

鼻腔をくすぐるラベンダーの香りが心地良い。シグナムが何時も使用している香水の匂い。ソルにとってこの香りはシグナムの匂いであった。

(……どうして俺の周りに居る女共は、俺と二人きりになると殺し文句を言うんだ……)

傍に居てくれるだけでいい、一緒なら何処へでも、などなど。言ってて恥ずかしくないのかと思う。聞かされるこっちは恥ずかしいのに。

ヘビィだぜ、と今度は心の中で溜息を吐いた。





とりあえず当ても無く繁華街に繰り出し賑やかな雑踏を眺めながら歩いていると、ふとあることに視線が引き寄せられる。

道行く若い連中のほとんどが着飾っている。男はスーツ姿が大半で、女は誰もが煌びやかな振袖姿だ。

そこで気付く。

「今日は成人式か」

「なるほど、だから若者達がはしゃいでいるのだな」

俺の独り言にシグナムが反応を示す。

「……成人式、か」

少し寂しそうな声音が気になって、横目で彼女の顔を窺う。

シグナムは振袖姿でキャイキャイ騒いでいる若者達を視線で追っている。大人の仲間入りを果たした若者達の姿を、まるで眩しいものを見つめるかのように眼を細め、羨ましそうに。

「……」

「……」

俺達は不老であると同時に不死と言っても過言ではない。自然の摂理から、世の理から、輪廻から外れた存在である俺達は、基本的に死なない。寿命で死ぬことは許されない。

残酷な時間はいずれ必ず俺達を置き去りにする。

長い年月を生きていると、やがて生きることに疲れてくる。精神が磨耗する。感情が希薄になり、倦怠感が肉体を覆い尽くす。無駄に生き続けることに嫌気が差し、何もかもが面倒になってくる。

そんな俺を百五十年以上突き動かしていたのは、憎悪と罪の意識。この二つがあったからこそ、俺は自らの死を望まずに生きてこれた。

いや、正確には死ぬ訳にはいかなかった。復讐者として、贖罪者として、簡単に死ぬことを”逃げ”だと見なし、自分自身を許さなかった。

不老不死のこの肉体は罪の形。額のギアマークは烙印。罪を贖う為に、永遠に生き続けることを余儀無くされた。

だが、心の何処かで『何時死んでも構わない』と思っていたのは事実だ。

故に、今を精一杯生きている者を見ると眩しく感じてしまう。

恐らくシグナムも俺と同じなのだと思う。

”闇の書の守護騎士・ヴォルケンリッター”として、戦う為に長い年月を生きてきた”昔の彼女”は聖戦時代の俺と似たようなものだ。

これは別にシグナムに限った話ではない。アイン、シャマル、ヴィータ、ザフィーラにも言えることだ。

ただひたすら敵を殲滅する為に剣を振るい、殺す為に力を使い、全てを破壊してきた。

殺戮兵器に感情など必要無い。必要無いから何も感じないと自分を押し殺し、血で血を洗う毎日を送った。

聖戦争時代は良い記憶が無いのであまり思い出したくない。思い出そうとすると、血の臭いに混じって肉が焦げた臭いを発生させている地獄のような光景を真っ先に思い出す破目になる。

堆く積み上げられた死体の山。夥しい量の命を代償に作られた血の海。濁った空の下、廃墟と化した街。

世界には死が満ち満ちていて、常に吐き気を催す血臭が漂う中、俺は淡々と作業をこなす機械のように同胞を葬ることに専念していた。

ただ独り、返り血で身体を赤く染めながら。

それと同様に”道具”であった頃の自分をシグナムだって思い出したくないだろう。

そして、だからこそ俺は、否、俺達は今の自分が気に入っている。戦う”道具”だった俺達を、”人間”にしてくれた人達や時間に感謝している。

しかし、いくら俺達が自分のことを”人間”だと認識していても、肉体的な面まで正真正銘の人間になれる訳では無い。

戻れる訳が、無い。

最近では、時間と共に成長し、老いて、やがて天寿を全うすることを羨ましいと純粋に思う……ほんの少しだけ。

それでも俺達は死なない。

時間が止まってしまった俺達は、変わることなく、ただそこに在り続けるだけ。

昔のように”罪を贖う為に、復讐の為に生きている”という訳では無いので、生きることが辛いのではない。むしろ毎日が楽しくて幸せだ。

だが、それでもこんな身体にしてくれた”あの男”が、昔程ではないが今でも憎い。俺の中で百五十年以上も沈殿し続けた憎しみは、全てが終わっても綺麗に洗い流されることはない。



――『生きろ、”背徳の炎”よ』



ふいに、かつて奴が俺に言った言葉を思い出した。

(黙れ……俺はソルだ、ソル=バッドガイだ)

唇を噛み締め脳裏から奴を叩き出し、隣に居るシグナムにはバレないようにこっそりと溜息を吐く。

……もう昔の話なのに、どうかしてる。過去には囚われないと決めた筈なのに。

やれやれと首を振ってから、もう一度視線を若者達に移す。

不変の存在である俺達と違って、生命は限りある生を懸命に生きるからこそ、儚くも美しい。

その様子が眩しいと感じてしまうのは、当然だった。

「シグナム」

「ん?」

「振袖、着たいか?」

「は?」

俺の言葉を理解出来なかったのか、彼女は口を半開きにして問い返してくる。

「急に何を言い出すんだ?」

「振袖、着てみたいかっつってんだよ」

顎でこれから何処かへ向かうであろう若者達を示しながら、先程と同じ内容を繰り返す。

彼女は戸惑ったように眼を白黒させ、俺の顔を覗き込んでくる。次第に頬を赤くさせつつ、シグナムはおずおずといった感じに上目遣いで問い掛けてきた。

「もしかして、ソルは、わ、私の振袖姿が、見たいのか?」

此処で、お前が物欲しそうに見てるから言ってんだろが、と答えれば折角のデートが台無しになるような気がしたので、あえて俺は頷くことに決める。

「お前、何年か前の姉貴の成人式の時、お袋に勧められたのに断ってただろ。皆にも着てみろって言われてたのに」

「いや、あれは仕事と重なったから遠慮したのだ。私個人としても興味はあったんだぞ」

そう。シグナム自身、振袖には興味があったのだが、生憎外せない仕事があったのだ。

「でもよ、あの時言ったじゃねぇか。俺が仕事代わってやるって」

折角の機会を仕事で逃してしまうのは勿体無いので、俺が代行を務めようとしたのだが、シグナムは頑なにこれを拒否したのである。

「なあ、どうしてあの時、仕事を優先したんだ?」

「決まっているだろう。お前が私の代わりに仕事へ行ってしまえば意味が無いからだ」

「?」

疑問符を頭の上に浮かべる俺に対してシグナムは唇を尖らせると、若干怒ったように、それでいて恥ずかしそうに言葉を紡いだ。

「……お前が私の振袖姿を見てくれなければ、どんなに着飾ったところで意味が無いではないか」

そのまま顔を隠すように俯いてしまった。

……あー、そういうことか。

照れ隠しするように手を繋いでいない方の手で頭をボリボリかいてから、これからの予定が決まったことに苦笑する。

確かシグナムの設定年齢は十九歳の筈だ。おあつらえ向きではないか。

「行くぜ」

やや強引にシグナムの手を引き、歩き出す。

「行くって何処へ?」

「呉服屋だ。レンタルなんてケチな真似はしねぇ。今日はお前の成人式で、俺に初めて勝った記念日でもあるからな」

「な、ちょっと待てソル!! お前まさか……」

これが自分と似たような存在に対する同情ではないと言えば嘘になる。シグナムに俺自身を投影している自己満足と言えばそうかもしれない。

それでも俺は、”年相応の女性”のように喜ぶシグナムの顔が見たかった。










SIDE シグナム



かなり強引に引っ張られてやって来たのは、海鳴市に存在する高級な着物や反物を扱う老舗の呉服屋だ。

「いらっしゃいませ」

普段は全くと言っていい程縁の無い場所に私はおっかなびっくりしている。

そんな私とは対照的にソルは何時もの不敵な態度で店員を呼び寄せると、私達の応対に現れた中年の女性店員(店で取り扱うものがものなので当然着物姿だ)の前に私を突き出し、ぶっきらぼうにこう言った。

「こいつの成人式の為に振袖を用意してくれ」

「はい、畏まりました。レンタルでよろしいでしょうか?」

「いや、買いに来た。ついでに着付けも頼む」

ポケットから茶色い皮製の財布を取り出し、札束を取り出して……札束!?

「これで足りねぇってことは無ぇだろ」

確実に五ミリ以上は厚みのある札束――勿論全部一万円札である――を何の躊躇も無く店員に渡してしまうソル。

「お客さん、彼女さんの為とはいえ太っ腹ですね」

「俺に出来るのはこのくらいだしな。こいつに似合いそうなのを見繕ってくれ」

微笑ましいのか笑顔で私の顔を見てくる店員を横に置き、肩を竦めているソルに私は抗議する。

「お、お、お、お前は何をしているんだ!? レンタルではなく買うだと!! 一体いくらすると思っている!!」

「金、足りねぇか?」

「いえ、むしろお釣りが出ますよ」

「そうじゃない!! そうじゃなくてだな!! 私の為にこんな大金を一気に使うなど正気か!?」

だが、ソルと店員は私のことなど無視してどんどん話を進めてしまう。

「お、この簪良いじゃねぇか。これもプラスしてくれ」

「ありがとうございます」

「あと小物とかも適当に全部揃えてくれねぇか? 俺には分からねぇし、こいつも着物にはあんま詳しくねぇからよ」

「承りました……そうですね、彼女さんの髪の色に合わせたものをご用意しましょうか?」

「任せる」

「少々お待ちを」

店員が恭しくお辞儀をしてから奥へと引っ込んでしまったので、私はソルに詰め寄った。

「何を考えているんだお前は!?」

「お前の晴れ着姿を見ることだ」

「……っ!!!」

しれっと返された答えに私は頭を沸騰させた。顔が熱い、脈打つ心臓の音がやけにうるさく感じる。

(この、無自覚女ったらしめ……)

この男の質が悪いのは、下心が一切無いところだ。下心が無いので、純粋な気持ちを直接ぶつけてくる。傍若無人で傲岸不遜な性格故に言いたいことをズバズバ言う。

それが相手にとってプラスになるか、マイナスになるかなどお構いなしに。

そして、この男は基本的に身内には甘いのでプラスになるようなことしか言わないし、それ以外に対してはマイナスになるようなことしか言わない。たぶん、意識して使い分けてはいない。そんな面倒なことなど考えていない。

こんなことを言われて嬉しくない訳が無いが、こいつは言ってて恥ずかしくないのだろうか?

変な所で几帳面というか気遣いが出来るというか、それとも女の扱い方を知っていると表現した方がいいのか……

とにかく、ソル本人は無自覚にして無意識なんだろうが、こういう態度を取るから私を”女”として意識させるのだ。

それにしても、以前ふいにしてしまったチャンスが今眼の前にあるのを逃すのは勿体無い。振袖を着て、ソルがどんな顔をするのか見てみたい。その上で、似合っていると言って欲しい。

「しかし、本当にいいのか? レンタルならまだしも、買うとなると相当な金額になってしまうぞ」

とはいえ、いくら何でも買ってもらうのは申し訳無い。私も一応、女である。服をプレゼントされるのは非常に嬉しいが、着物は普通の服と比べると値段が高い。振袖となると生半可な金額ではない。それを全額払わせてしまうのを良しとしてしまう程面の皮は厚くない。正直心苦しい。

「気にすんな。ただの自己満足だ」

興味深そうに反物や着物に視線を注ぐソルの口調は、やけに落ち着いていて、なのに少し重いように感じた。





店員に試着室まで連れられると、早速着付けが始まる。

「今時居ませんよ、彼女さんの為にレンタルじゃなくて買うって仰る男性のお客様なんて」

「……でしょうね」

店員にされるがまま、私は曖昧に苦笑するしかない。

「アイツは、出会った頃からあのような感じで……普段は面倒臭そうにしているのに、たまにこちらの予想の斜め上を行く言動を突然したりして、周囲を戸惑わせて……」

思い返せば、初めて会った時からソルには戸惑わされてばかりだ。

でも、それを不快だと感じない。むしろ心地良いと感じる。ソルの隣に居ると心が落ち着く。何年経っても変わることのない、不思議な感覚。

「それにしても本当に仲が宜しいんですね。お二人共同じ髪型ですし」

「いえ、これは違います。私もソルも、出会う前から偶然同じヘアースタイルだったので。これは別に意図的にペアルックにした訳ではありません」

あらそうなんですか? と笑みを深める店員。

「でも、彼氏さんがお使いになってるあの髪留めって明らかに女性物ですよね? どうしてですか?」

「あれは、以前互いの髪留めを交換したのです」

当時は半ば強引に髪留めの交換を行ったのだが、ソルは文句一つ言わず私が使っていた黄色い紐状のリボンを今でも愛用してくれている。逆に今私が使っている色気など欠片も無いゴムの髪留めは、ソルが使っていたものだ。

説明を終えて我に返ると、

「ニヤニヤ」

「はっ!!」

店員が口元を愉快そうに歪めているではないか。

「まさか着付けの最中に惚気話を聞かせてくれるお客様がいらっしゃるとは……ご馳走様です」

「べ、別に惚気た訳では――」

「はい、終わりましたよ。さあ、早く彼氏さんに見てもらいましょう」

弁明すら出来ぬまま、私は背中を押されて試着室を後にした。





振袖姿の私を見たソルの第一声は、

「流石プロだな」

店員を褒め称える発言だった。

……この男……!!

見事なまでに期待を真っ二つにされてしまったので、思わず子どものように頬を膨らませて顔を背けてしまう。

「お褒めに預かり恐悦至極ですが、私なんかよりも彼女さんを」

「ああ、そうだな」

言われて、今更気が付いたようなソルは私のことを上から下までじっくり観察する。そんなソルを私は横目でチラチラ窺う。

今の私の格好は、紫を基調とした振袖姿だ。所々色鮮やかな蘭の花の刺繍が施されている。長い髪を銀の簪で結い上げている。

何時もとは違う、先程街中で見掛けた若者達と同じ煌びやかな晴れ着姿。

やがて、ソルは一つ頷いて口を開く。

「良いじゃねぇか」

ドクンッ、と心臓が跳ねる。胸の内で何度も何度もガッツポーズをした。口元が自然と緩んでしまいそうになるのを必死に堪え、私は不機嫌を装って唇を無理やり尖らせた。

「そ、それだけか?」

「似合う」

「本当にそう思っているのか?」

口に出してから、いくら何でもこれ以上は高望みし過ぎたか、と若干後悔しつつソルに向き直ると、

「ああ。綺麗だ」

まるで当たり前の事実を確認するような口調と言葉が、私の心を貫いた。

嬉しさと恥ずかしさが混じり合った感情が爆発する。

綺麗だ、そう褒めてくれた。普段から人のことをあまり褒めないソルが、私の今の格好を見て綺麗だ、と……!!

今日のソルは一体どうしてしまったのだろうか!? どうも繁華街に来てから少し様子が変だと思っていたが、此処まで何時もと違うと本物かどうか勘繰ってしまう。

「……褒めてくれるのは嬉しいが、お前は本当に私が知っているソルか?」

つい口にしてみたら額にデコピンされてしまった。

少し痛かったが、その痛みが現実であり眼の前のソルが本物だと教えてくれた。





店員に「折角だから」と勧められるまま写真を撮った。私一人で三枚、ソルとツーショットで三枚。現像が出来次第、後日連絡をくれるとのこと。

その後、店を出てから私とソルは当ても無くフラフラと海鳴市の街を歩く。

成人式に出席するのではないか? と聞いてみたのだが「会場に行っても時間の無駄だ。知り合いが居る訳でも無ぇし、聞く気も無ぇ式辞なんか聞くに耐えん」と返される始末。

まあ、確かに出席する意味を見出せない。

そもそも私は外国から来た主はやての親戚という立場の人間であるが、戸籍上は嘘っぱちの存在だ。式に出席すること自体が不可能かもしれん。

それに人混みでごった返す場所へ無理して行くよりも、ソルとこうして手を繋ぎながら二人きりで慣れ親しんだ街を歩いている方が有意義だ。

何時もより少し地に足が着かない気持ちに応じるように、他愛の無い会話と足取りが弾む。

普段だったらあまり足を運ばないような、少々値段が高めの日本料理で食事を摂ったり。

成人式ということでセールを実施している駅ビルに入りウィンドウショッピングに興じたり。

(嗚呼、幸せだ)

戦いの無い、平穏な休日。

模擬戦初勝利のご褒美は、一日デートと振袖一着。

道行く人々には、今の私達はまるで何処にでも居る普通のカップルに映るだろう。

(”普通”、か)

思えばおかしな話だ。

本来私は主の命令に忠実に従うプログラムでしかなく、事実命令されるがままに手足となって戦ってきた騎士であった。

そんな戦う”道具”でしかなかった私は、主はやてとの出会いにより仲間と共に”人間”となり――

(……ソルと出会って、ただの”女”になってしまった)

人生何があるか分からない、という言葉がある。その通りだとつくづく思う。

長い時間を彷徨い、戦い続けたが、これ程までに幸せを噛み締めたことなど無い。

(それもこれも全て、主はやてとソル、皆のおかげだな)

握る手を少し強めた。

すると、ソルは視線を私に向けてから、応えるように握り返してくる。

手だけではなく心まで繋がっているような気がして、とても嬉しかった。










楽しい時間というのはすぐに過ぎてしまう。

夕食後、私達二人は気が付けば海鳴臨海公園をゆっくり歩きながら、冬の夜空を見上げていた。

此処に来ると、ソルと初めて戦った時のことを思い出す。

「そういや、随分前に此処で通り魔に襲われたな」

どうやらソルも同じことを考えていたらしく、含みのある笑みと口調で呟く。

私にとって此処は思い出の場所なので、もっと気の利いた台詞を聞きたかったのだが、思い返せば当時の私がやっていたことは確かに通り魔であるし、そのことを自認していたので上手く言い返せない。

なんとか上手く言い返せないかと数秒の間黙考し、あることが閃いたので口を開いた。

「だが私はあの時、ソルを襲って良かったと思っている。後悔はしていない」

内容に意表を突かれたのか、ソルが首を傾げる。

私は疑問符を浮かべる表情を見て、してやったりと思うと、ソルの身体に正面からしがみついた。

「何故なら、今こうして居られるからだ」

互いの足が止まる。

静寂が満たす中、私はソルの首筋に顔を埋め、お日様のようなソルの匂いを胸一杯に吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

暖かくて心地良い、幸せだ。こうしているととても落ち着くのに、胸が高鳴るという不思議な感覚を味わう。

ずっとこのままで居たい、そんな欲求に駆られていると、しんしんと降り注ぐ雪のようにソルの手が私の背中に回る。

「……」

「……」

黙り込み口を開かなくなると、時間の感覚が徐々に狂ってきた。

「……」

「……」

月と星の光が照らし、遠くから波が打ち寄せる音が響いてくる。

夜明けが来るまでこうして居ても構わない、そんなことを考えていると、不意にソルが耳元で囁いた。

「前に、爺が言っていたことを覚えてるか?」

「爺? それはもしや、スレイヤー殿のことを言っているのか?」

唐突に言い出す内容に疑問を抱きながらも、当時のことを思い出す。

脳裏にソルと同等かそれ以上の力を持つと噂される初老の紳士が浮かぶ。同時に、ソルの故郷へ赴いた旅行とそこでの出会いも。

ソルは小さく頷き、これまで燻り続けていた感情を吐き出すように、ゆっくりと続けた。

「俺が”こっち”に来たのも、身体が幼児化したのも、全部”あの男”の仕業なんじゃねぇか、って言ってただろ」

「……」

スレイヤー殿とそのような会話をしていたのは覚えている。好々爺のような態度を終始崩さないスレイヤー殿に対し、ソルは胡散臭そうにしていたり、急に殺気を伴って怒り出したり、戸惑うように落ち込んでいたり。

確か内容としては、『ソルをギアに改造したことに”あの男”が負い目を感じていて、全てが終わった時にソルが失った人生をやり直せるようにそういう仕掛けを施していたのではないか?』というものだった筈だ。

「爺の戯言を真に受けるつもりなんざ更々無ぇ。何処へ行っても、何をしていても奴の手の平の上で踊ってると思うと虫唾が走る……だが」

そこから先はなかなか続かなかった。続けることが嫌だったのかもしれない。

私は続きを急かすことはせず、静かに待った。

やがて、意を決したように再開される。

「だが奴は、俺がこの世の何よりも憎んで、誰よりも殺したかったのに……奴は誰よりも俺のことを気に掛けていて、何よりも俺のことを必要としていた」

背中に回された手がいつの間にか震えていた。

「……奴は、奴は……」

やっとの思いで搾り出すように、ソルは苦渋を滲ませながら手と同様に震えた声を吐き出す。



「俺に『生きろ』と言った……死ねない身体にした癖に、『生きろ』と……結局俺には、最期の最期まで奴の意図が読めなかった……」



今にも泣き出しそうな、それでいて無味乾燥とした、疲れが色濃く残る声だった。

怒りと、憎悪と、悲哀と、憔悴と、苦痛と、苦悩と、消沈と、困惑。それら全てが混ざり合い、複雑な感情を映し出している言葉。

これを口にするだけで多大な労力を費やしたのか、疲れたように身を預けてくるので支えるように抱き止める。

私はアインのようにソルの記憶を転写した訳では無いので、ソルと”あの男”の因縁がどのようなものか知っていても、二人の間で具体的にどのような会話が成されていたのか知らない。

想像することしか出来ないが、かつてのソルと”あの男”は非常に仲が良かったに違いない。それこそ互いを親友と呼び合うくらいに。

だが、突然”あの男”に裏切られ、承諾も無しに、理由も聞かされぬまま勝手に身体をギアに改造されてしまった。

ソルがこの時どれだけ深い傷を負ったのか、私には分からない。

心の底から信頼していたからこそ許せなかった。自分の信頼を裏切り、自分から全てを奪い、世界を狂わせたことが許せなかったのだろう。それだけは想像に難くない。

故に憎んだ。憎んで憎んで憎んで憎んで……まるで憎悪は友情の裏返しだとでも言うように、ただひたすら憎み続けた。

”あの男”は”あの男”で、ソルのことをずっと気に掛けていた。スレイヤー殿がかつて言っていた浪漫とやらを鵜呑みにするならば、ソルの人生をやり直しさせてやりたい程に。

憎悪に身を焦がしながら復讐の為に”あの男”を追い続けたソル。

ソルのことを必要としていながら、憎まれることをいとわず、自分のことを殺しにくるソルを待っていた”あの男”。

……何とも歪で、切ない人間関係なのだろうか。

どうしてこんなに歪んでしまったのか、どうしてこんな関係になることを選んだのか、それは”あの男”にしか分からない。

私はソルに掛ける言葉が見当たらず、かと言って何も出来ずに居るのも嫌だったので、ソルの大きな背中に手を回し強く抱き締めた。

強く、強く、壊れてしまうくらいにただ強く。決して離さないように。

そして心の中で自分自身に誓う。

私は”あの男”とは違う。何があっても、どんな理由があろうとも絶対にソルを裏切らない、と。

友として、仲間として、家族として、一人の女として、絶対にソルのことを守ってみせる、と。





「みっともねぇとこ、見せちまったな」

暫くして、落ち着きを取り戻したのかソルが何時もの口調を取り戻した。

密着していた身体を少し離し、私はじっとソルの真紅の瞳を覗き込む。

『生きろ』……か。

かつての親友であり、憎むべき敵であった人物が送った言葉。

どういう想いを込めて綴られた言葉なのか、それは誰にも分からない。しかし、少なくとも皮肉や嫌味、呪いの類として送った言葉ではないのは確かだ。

それにしても”あの男”に少しだけ嫉妬してしまう。

全てが終わったのに、殺したい程憎んでいたのに、ソルは”あの男”のをこと決して忘れようとはしない。

たとえ向けられていた感情が憎悪であろうとも、彼が長い年月を生きる為の原動力となり、ソルの精神を見えない部分で支えていたのは疑いようもない。

私も”あの男”のように、ソルの生きる活力となりたい。向けられる感情が憎悪なんて真っ平ごめんだが。

「ソル」

自然と言葉が浮かび上がってくる。



「共に生きよう。

 たとえ死が訪れてくれなくても。

 たとえ時の流れが無情にも私達を置いていってしまっても。

 確かに死ねないのは辛いことだ。周りが私達を置いて逝ってしまうのは悲しいことだ。親しい者達が居なくなってしまうのは寂しいことだ。

 それでも、いや、だからこそ私達は変わらず共に在り続けよう。

 どんなに時が流れても、生きているのなら、懸命に生きよう。

 かつてお前はテスタロッサとキャロにこう言っただろう?

 生きる価値が無い奴に、生まれてくる理由は無い、と。

 それと同じだ。

 私達が生き続けることに理由はある。生きる価値が無いなど、誰にも言わせない」



真紅の瞳が我に返ったように大きく見開く。やがて瞼が細められ優しい色を帯びる。

「……言ったな、そんなこと」

「自分で言ったことを忘れるな、この馬鹿者。少なくとも私はこの言葉を気に入っているんだぞ」

「悪かった……もう忘れねぇよ」

ソルの背中に回していた手をゆっくりと、背中から胸へ、胸から肩へ、肩から首へと移動させる。

そのまま首に回している腕を引き寄せると、コツン、といった感じに互いの額と額を密着させた。

吐息が近くて、熱い。

触れ合う鼻先がくすぐったい。

鼓動が早鐘のように喚き立てる。

触れた体温が心地良い。

私は我慢が出来なくなり、催促するように瞼を閉じた。

数秒後、しゃあねぇな、という声が囁かれると同時にキュッと抱き締められる。

そして、熱烈にして柔らかい、甘い甘い感触がもたらされた。











































後書き


時系列的には、空白期18よりも後で空白期最終話よりも前、かな?

ドラマCDにて、”ソルが子持ちの娼婦(勿論見ず知らずの赤の他人)に大金を恵んでやる”というシーンがあったので、そんなこと出来るくらいに懐広いなら大切な家族に振袖一着くれてやるくらい余裕でしょ? と思ってシグナムの振袖姿が登場しました。

ちなみにそのシーンを文章にするとこんな感じ。



「これで足りねぇってことは無ぇだろ」

重い音が鼓膜を叩く。ソルが無造作に投げ捨てたズタ袋が地面に着地した音だ。

「こんな大金……後で返せって言っても返さないからね!!」

「……太っ腹なのね」

今まで眼にしたことの無い――他者に施しを与える――ソルの行為に、アクセルは袋の中身を確認してから呆気に取られたように呟いた。



ソースがドラマCDという”音”だけの世界なのでどのくらいの大金かは分かりませんが、SEを聞く限り大量の金貨(もしくは貴金属や宝石の類)が入った布袋を想像出来ますので、かなりの大金だと思われます。

ついでに言えば、アクセルはその娼婦を買おうとしていましたwww

考えてみれば、初代からシンを引き取るまでのソルは千万単位の賞金額が掛かっている賞金首をぶっ殺して回る孤高の賞金稼ぎだったので、使い道の無い金は大量にあったと推測されます。

まあ、GG2だと一週間近くウサギしか食えないっていう、ひもじい日々もたまにあるんですがwwww





[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat1 夢と思惑
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/07/12 03:40

バリアジャケットに身を包んだスバルは、大きく深呼吸をしてから拳を握り締め、構えるのとほぼ同時に拳を突き出した。

「ふっ!!」

裂帛の気合と共に拳が空気を裂く。

軽い足取りでステップを踏み、拳を、蹴りを繰り出す。

流れるような一連の動きには無駄がなく、若干の緊張が昂揚となってスバルの意気はますます上がる。

そのままシャドーを続けるスバルの姿を横目で見つつ、ティアナは自分のデバイスをチェックしながら口を挟む。

「スバル、あんまり暴れてると試験中にそのオンボロローラーが逝っちゃうわよ」

ピクッと動きを止め、スバルは唇を尖らせた。

「ティア、やなこと言わないで。ちゃんと油も差してきた」

言って、足の筋肉を入念に解す。

ならいいわ、ヘマしないでよね、と言わんばかりに視線を手元に戻し、ティアナも準備に余念が無い。

今回、スバルとティアナが受けることとなった陸戦魔導師Bランク昇格試験。

ランクというのは魔導師にとって一種のステータスであり、これまで自分が頑張ってきた証と言っても過言ではない。

見るからにやる気満々のスバル、冷静であるが覇気を全身から漲らせるティアナ。遠目からでもこの二人がどれだけ意気込んでいるか見て取れる。

と、その時。二人の斜め上空に空間モニターが現れたのを確認し、居住まいを正す。

映し出されたのは二人の男女だ。

片方は線の細い、柔和そうな笑みをたたえた一人の青年。薄茶の髪と翠の瞳。髪の色に合わせたジャケットを着込んでいて少し地味な感じがするが、人の良さそうな草食動物を連想させる。

もう片方はオレンジの髪と犬耳を持つ大人の女性。青年がジャケットを羽織っているのに対してこちらは完全に普段着。シャツにパーカーを引っ掛けただけというラフな格好は、とてもこれから受ける試験の試験官とは思えない。

普通の人間であれば眼の前の男女が試験官だとは思わないだろうが、スバルとティアナは生憎だが知っていた。スバルなんて旧知の仲である。

「ユーノさん、アルフさん、おはようございます!! ていうか、お久しぶりです!!」

『元気そうで何より』

『おっす。これから試験だからって無駄に緊張し過ぎてないかい?』

スバルの元気な挨拶にユーノとアルフは手を挙げて応える。それを視界に収めながらティアナは「”背徳の炎”、本物……でもあの人じゃない」と誰にも聞こえないような声で呟く。

「お母さんから試験官が知り合いだから覚悟してなさいって言われましたけど、まさかユーノさんとアルフさんだなんて」

『あれ? あんまり驚かないと思ったらクイントさんから漏れてたのか』

『ま、知られたところで何かが変わる訳じゃ無いからいいじゃない、ユーノ』

肩を竦めるユーノの背中をカラカラ笑いながらバシバシ叩くアルフ。

『それもそうか。じゃ、プライベートから仕事に切り替えて……魔導師ランク受験者二名、揃ってるね』

「「はい」」

優しげな雰囲気から少し硬い空気を纏うようになったユーノに、スバルとティアナは背筋を伸ばして返事をする。

アルフから差し出された手帳に一度視線を向けた後、ユーノは二人を見ながら口を開いた。

『確認するよ。時空管理局、陸士386部隊所属のスバル・ナカジマ二等陸士と』

「はい!」

『ティアナ・ランスター二等陸士』

「はい」

『保有している魔導師ランクは陸戦Cランク、本日受験するのは陸戦魔導師Bランク昇格試験で間違いないね?』

「はい」

「間違いありません」

スバル、ティアナが順に頷いたのを確認して、よし、とユーノも頷いた。

『よろしい。本日お二人の試験官を勤めますのは、僕、ユーノ・スクライアと』

『補佐のアルフ・高町さ。よろしくね』

「「よろしくお願いします」」










背徳の炎と魔法少女 StrikerS Beat1 夢と思惑










「そろそろ始まる頃か……」

コンソールパネルに高速で打ち込みをしながら、ソルは周りにバレないようにこっそりと溜息を吐いた。

しかし、はやてが耳敏くそれを聞きつけたのか釘を刺してくる。

「気になるからって行ったらアカンよ」

「行かねぇよ」

「どうだか。あいつら絶対に不合格にしてやるって息巻いてた人が……試験中盤で出てくる大型オートスフィア勝手に改造しようとしてた人の言葉なんて信用出来んわ」

「ちっ、もう少しだったのに……あそこでザフィーラに見つからなけりゃ」

「未遂に終わったとはいえ不正に手を染めたのに、これっぽっちも悪びれないソルくんは十年前から素敵な思考が変わっとらんなぁ」

「やかましい」

昨夜のことを思い出し、ソルは苦い顔になった。

何故彼がそんなこすい真似をしてスバルとティアナの試験を妨害しようとしたかというと、実は二人の保護者と交わした約束の所為だったりする。

もし二人が魔導師ランクBを取得したら面倒を見る、つまり教導するという約束をスバルの場合はクイントに、ティアナの場合はティーダと交わしていたのであった。

随分前に酒の席で。

ただでさえ忙しいのになんでこんな面倒臭いことを二つ返事で請け負ったのだろう、面倒臭ぇな、あー面倒臭ぇ面倒臭ぇ、誰だよ約束したの、死ねよ、マジで灰になるまで焼いてやる、などと胸中で文句を言っても後の祭り。

いくら愚痴っても友人と交わした約束を反故する気は無いので、どうしたもんかなと思い悩んでいた時に閃いたのが、二人の不合格だ。

これなら約束を破ったことにならないし、面倒な教導の仕事が一つ減る。

そもそもソルは、相変わらず女子どもが戦場に出て戦うことに拒否感を持っていた。イマイチ分かり難いフェミニストなのか人道主義チックな価値観なのか判別出来ないが、とにかく嫌だった。子どもは子どもらしく遊んでいればいいし、年頃の女の子も魔法とか管理局の仕事とかそっちのけで恋愛でもしてればいいと思う。

女子どもが戦う=ソルにとってその世界は平和ではない、という図式が脳内で成り立ってしまい、戦わざるを得ない世界や、戦うのを容認してしまっている社会が気に入らないのだ。

要するに、十年経ってもミッドの就業年齢の低さと魔法至上主義社会を未だに認められないのである。

お前は何年この業界で飯食ってるんだ、と以前誰かに言われた記憶があるが、ソルは頑として管理世界で蔓延している魔法主義を受け入れない。

故に、誰にも気付かれないように大型オートスフィアを改造しておいて、試験当日は強化された難関を乗り越えられず二人は残念ながら不合格です、ハッ、ざまぁ、というシナリオを描いていた。

だが、夕飯の時間になって行方不明となったソルを探しに来たザフィーラに見つかってしまい、計画は頓挫。



『こんな所で何をしているんだ、ソル?』

『……いや、明日試験に使うオートスフィアの、ど、動作確認を』

『嘘をつけぇぇっ、何が動作確認だ!! だったら何故バラしてある!? 床に転がっているロボットアームのようなものと、その横にあるパイルバンカーのようなものが明らかに怪しいぞ!!』

『オートスフィアの動きを良くする為の追加パーツだ。これを実装することによってBランク魔導師程度だったらギリギリ倒せないくらいの強さに――』

『するなぁぁぁぁぁぁっ!!!』

『ああああ!! 何しやがる!!』

ロボットアームとパイルバンカーはザフィーラによって原型が残らないくらいに『ておああああっ!!』されてしまった。力作だったのに。



それでも諦めの悪いソルは挫けなかった。

『明日の試験官は俺がやる』

『却下で』

しかし、ユーノが一刀両断。

『なんでだよ?』

『キミ、身内贔屓ならぬ身内いびりで絶対に二人のこと不合格にするから。試験官は僕とアルフ、採点はなのは、良いね?』

『……』

『そんなことよりキミには事務仕事が腐る程残ってるでしょ。グリフィス達にばっかり押し付けてないで、いい加減にやりなさい。補佐にはやてを付けるから』

『……クソが』



とまあ、そんなこんなでソルははやてと一緒に仲良く事務仕事をこなしている訳だ。

「落ちねぇかな。いや、落ちろ。落ちて管理局辞めて普通に生活しろ」

「あーもう!! さっきからグダグダうっさいわ!! これ以上愚痴垂れるんなら、その口の中に私の舌突っ込んで無理やり黙らせたろか!!」

ついにキレたはやての過激発言に周囲に居た管理局員達(グリフィス、シャーリー、ルキノ、アルトなど)が思わず手を止め、こんな衆人環視の中で? 信じられないと言わんばかりに一斉にソルとはやてに視線を送る。

「冗談に決まってんだろ!!」

視線を受けて慌てながら喚き散らすソル。

「え? 私は本気なんやけど」

何故か既にバリアジャケットを展開しセットアップ済みのはやて。頬がほんのり赤い……言った通り本気だ。

「……なんでデバイスこっちに向けてんだよ」

「バインドで――」

「さあ仕事、仕事するぜ」

キャーキャーキャー!! と周囲の女性達が黄色い声を上げる中、とりあえず口の中をはやての舌で蹂躙されないように黙って仕事をこなすことに決める。

はやてが小さく舌打ちしたような気がしたが、聞こえない。聞こえないったら聞こえない。どんな羞恥プレイだ畜生め……と胸の内で嘆きながら眼の前のコンソールパネルに向き直ることにした。










『――ルールの確認は以上で終了。何か質問は?』

アルフの問いにスバルがビシッと挙手。

『はい、スバル・ナカジマ二等陸士』

「どうしてお二人が試験官なんてやってるんですか?」

この疑問はティアナも抱いていたことだった。

賞金稼ぎ集団”背徳の炎”が、どうして陸戦魔導師Bランク昇格試験の試験官なんぞをやっているのか不思議でしょうがない。

『大人の事情とか色々あるんだけど――』

『ぶっちゃけ仕事内容が楽で、それなりに金がもらえるから。以上』

アルフが親指と人差し指で輪を作る。嘘でもいいから金の話はしないで欲しかったと内心でガッカリするスバルとティアナは、まだ若かった。

『賞金稼ぎって言っても僕らは何でも屋みたいな側面が強いからね。意外に思うかもしれないけど、教会でも教導とかやってるから、こういう試験の試験官って実はおあつらえ向きなんだ』

業種には特にこだわってないんだ、とユーノは笑う。

特にソルはマルチだ。考古学者、デバイスマイスター、事務員、教導官、指揮官、前線の戦闘要員といった風に動けるので職場を選ばない。特に資格を持っている訳では無いのだが、優秀かつ結果を出すので誰も文句を言わない、つーか怖くて言えない。まあ、その所為でよくクロノにこき使われていたりする。彼が一体何度、ハラオウン家の大黒柱の為に”艦長代理”の腕章をつけたことか。

『ま、そういうこと。他に何か質問はあるかい?』

スバルがティアナの顔色を窺うが、特にこれ以上は無いのか彼女は首を振り「ありません」とはっきりと告げたので、スバルもそれに倣って「ありません」と口にした。

『じゃあ、最後に一つだけ忠告しておくよ』

ユーノが人差し指をピッと立てる。

『昨日、ソルがなんか怪しいことしてたらしいから気を付けてね、以上。それじゃあ、ゴール地点で待ってる――』

「ちょぉぉぉぉぉっと待ってくださぁぁぁぁぁい!!」

今にも通信を切ろうとしていたユーノに手を伸ばしてスバルが呼び止めた。

『何?』

「今、もの凄く聞き捨てならない台詞があったんですけど!?」

『ゴール地点で待ってる?』

「違います、その前!!」

『ああ、ソルがなんか怪しいことしてたらしいってこと?』

合点がいったのか手を打ち合わせる。

「そう、それですそれ!! 何ですか、なんかって!?」

『詳しくは知らないけど、なんかしてたって話だよ。他にも、キミ達二人を絶対に不合格にしてやるとか、僕に試験官代わってくれとか言ってきたり……』

思い出すように指折り数えるユーノを見て、スバルとティアナはこの試験がただのBランク昇格試験ではない、合格率の低い超難関に思えてきて顔を青くさせる。

「ううう、やっぱりソルさんって私が管理局員になったこと、まだ反対してるんですね……」

『あの男はあー見えて女子どもには甘いからねー。どうせ”子どもは子どもらしくしてればいい”だとか、”年頃の女の子は仕事とかそっちのけで恋愛でもしてればいい”とか思ってんじゃないの?』

本人が居ない所でまさに的を射るアルフ。

ちなみにソルは、この考え方の所為でなのは達三人とエリオ達三人が”ご覧の有様だよ”状態になったことに気が付いていない。つくづく子育てに向いていない男である。

『とにかく用心するに越したことは無いよ。それじゃ』

『油断しないように……試験、頑張んな』

通信が切れると同時に空間モニターに映し出される映像が変わる。三つの青いランプが点っているそれは、始まりのカウントを表すものだ。



HEAVEN or HELL



「ヤバイ、ヤバイよティア!! よりによってソルさんがなんか企んでるってことは、よく分からないけど碌なことにならないよ!!」

「そんなこと言われなくても分かってるわ。此処まで来たら腹括りなさい」

ランプが一つ消え、残った二つが黄色になった。



DUEL



「あの人のことだから絶対に嫌らしいトラップとか仕掛けてある筈!! 前にもギン姉がソルさんのこと”ド腐れ外道”とか”鬼畜野郎”とか”女の敵”って言ってたもん!!」

「流石にトラップと関係無い気が……ていうか、スバルって”背徳の炎”と家族ぐるみで仲良いんじゃないの!?」

「仲が良いから私の管理局入り反対されてるの!!」

またランプが消えて、最後に残った一つが赤くなる。

二人はお喋りを止めて前傾姿勢になり、走り出す準備を整えた。

「「レディ」」



Let`s Rock



最後のランプが消えると同時にスタートを合図する電子音が響く。

「「ゴーッ!!」」

そして二人は走り出した。










<なんとか間に合いましたね>

レイジングハートが疲れたように言う。

なのははそれに応えるように溜息を吐いた。

「お兄ちゃんも程々にして欲しいよ。余計な手間掛けさせてくれちゃって」

ターゲットやダミーターゲット、及びオートスフィアに変な細工がされていないか、これまでずっとチェックしていたのがやっと終わったのである。

丁度今になって受験者二人がスタートを切ったので、ギリギリのタイミングだった。

というか改造を施されそうになっていたのは大型オートスフィアのみだったので、結局無駄骨で終わったのだが。

『なのは、こちらフェイト。上からざっと見てみたけど、妙な動きしてるターゲットもスフィアも見当たらないから大丈夫だと思うよ』

『<今のところ問題ありません>』

手伝ってくれているフェイトとバルディッシュからの通信。現在フェイトは試験場全体を見渡せる高度から不正が無いように監視をしているのだ。

試験官のユーノとアルフの眼もあるので、いくらソルでも妨害出来る要素は無さそうだ。そもそも彼は今現在はやてと共に事務仕事の真っ最中だし。

<全くソル様には困ったものです>

「ホントだよ……でもいいんだ、この手間賃は後でお兄ちゃんに身体で払ってもらうから」

クスクスと口元を歪め、妖艶な仕草で舌舐めずりするなのは。

『あ、それ私も』

便乗するフェイト。

<その為にはまず眼の前の仕事をキッチリこなしましょう>

「うふふ、そうだね、レイジングハート」

表情と思考を瞬時にピンク色から仕事モードに切り替え、なのはは真剣な眼差しで受験者達を観察する作業に戻るのであった。





















後書き


まずはじめに謝罪を。

今回の話を、前回の後書きで”シグナムとちょめちょめ”と勘違いした人が居たら、本当に申し訳ありません。

あれは、空白期がまだ続くのであれば次はこういう話を書こうと思ってたんですよ、って意味だったんです。

なんか、感想版で期待してくれてる人が居たので、一応謝っておきます。

番外編としていつか必ず書くつもりですがね!!



本編の補足 仕事中のソル達の格好(戦闘、訓練時以外)


ソルとユーノの場合は基本スーツ姿。でもソルはネクタイしない。ソルはたまにシャツの上に白衣を引っ掛ける。

ザフィーラは基本狼。

ヴィータ、アルフは普段着。

他の女性陣はスーツ。シャマルだけたまに白衣(女医っぽい感じの)。タイトスカートのスリットとハイヒールで仕事中だというのに美脚や黒ストを見せつけ誘惑してます。

「仕事中は本当に自重してくれ頼むから」とはソルの言。でも止めない。ソルがたまに見てるから。その視線が心地良いから。






以下、感想版での皆さんの疑問・質問にちょっとだけ反応するコーナー



聖王教会の戦技教導官として働いている”背徳の炎”

騎士達にトラウマを植え付けるのは、

炎=ソル&シグナム、赤=ソル&ヴィータ、電気=フェイト、桜色=なのは、氷=はやて、ハンマー=ヴィータ、鎖=残りの面子、そして翠がユーノ。

なんでユーノの名前が出るのかというと、彼はバインドを物理攻撃として使い、チェーンバインドをモーニングスターやら鎖鎌に変形させて投げてくる上(当然非殺傷なんてありません)、一度捕まるとバインドごと爆発させるor全身の関節外されるかのどちらかなので。

ぶっちゃけ”背徳の炎”の面子相手にバインドで拘束されたら負けたも同然。ソルとかは普段からあまりバインド使わないけど、他の面子は躊躇無く最大クラスの攻撃魔法を使ってくるから。例:なのは=スターライトブレイカー

オーバーキルなんて常識です。それがトラウマになってるらしい。



ソルはドラインするとギア細胞が活性化して赤く光ります。

アインの場合は彼女の魔力光が闇色である為、ギア細胞が活性化しても全身が発光するように見えるのではなく、闇が全身に纏わり付いているように見えます。

ブラッドカイン!!



スカさんはソルが魔導師ではないことに気付いてません。つーか、気付けません。

炎の法力は魔力変換資質で説明出来るし、使用している飛行魔法やバインドはミッド式、戦い方はまんま古代ベルカ、デバイスは見た目ミッド式のブーストと古代ベルカのアームド。これで気付けというのが無理あるかも。



私の更新速度。

一日に最低でも二時間くらいパソコンの前に座っていれば、一週間か十日で一本いけます。



アリサとすずかのフラグ

ソルは基本的に受けなので、フラグを立てても自分からガンガン攻めないと折れてしまいます。実はなのは達のように「ちょっと鬱陶しい」くらいが丁度良かったのです。なんだかんだ言いつつ女子どもを邪険に扱えない男なので。






[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat2 Dust Strikers
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/07/12 03:40


スバルは今しがた自分が破壊したオートスフィアの残骸には目もくれず、周囲を警戒する。

自身を狙っているオートスフィアが無いことを確認するとカートリッジを補充し、油断無くローラーを進ませティアナとの合流ポイントへと向かう。

『スバル、そっちは?』

ティアナからの念話。

『こっちは全部終わった。今そっちに向かってる途中』

『まだ時間は余裕あるから、焦らずね』

『了解』

念話を一度切り、言われた通り焦らずそれでいて迅速に移動する。勿論、周囲への警戒は怠らない。

今回の陸戦Bランク昇格試験は落ちる訳にはいかないのだ。

スバルには大きな目標と夢がある。こんな所で躓いてなど居られない。

弱くて、情けなくて、誰かに助けてもらってばかりの自分が嫌だったから、管理局の陸士部隊に入った。

魔導師になって、魔法とシューティングアーツを学んで、人助けの仕事に就いた。

四年前のあの時。ただ泣くことしか出来なかった自分を助けてくれた、星空のように眩しくて、強くて優しいあの人のようになりたいが為に。

此処で落第してしまえば次のチャンスは半年後。

(そんなの、嫌だ)

自分とコンビを組んでいるティアナがどれだけ魔導師ランクのアップと昇進に一生懸命か、どんな夢を追っているのか知っている。

それを、自分の知り合いの思惑の所為で少しでも躓かせてしまうのは、耐えられない。

(ごめんなさい、ソルさん。やっぱり私、なのはさんみたいになりたいんです)

親しい人達の中で、スバルの管理局入りを唯一反対したのはソルだった。お前みたいな甘ったれたガキが魔導師なんてヤクザな商売出来ると思ってんのか、寝言は寝て言え、最悪死ぬんだぞ、と厳しいことを何度も言われた。

だが諦めなかった。頑としてソルの言葉に耳を貸さなかった。自分の憧れの人物であるなのはの義兄だから喜んでくれると思っていたのに、そんな思いもあってスバルは言われれば言われる程、反対されればされる程意固地になって、絶対に魔導師になるんだと心に誓う。

意外に面倒見が良く優しい年の離れたお兄さん的な立ち位置のソルに好意を抱いているし尊敬もしている。自分のことを心配してくれているのは嬉しいが、それとこれとは別問題だ。自分の将来くらい自分で決めたい。何を言われようと進路を変える気は無い。

何時しかスバルの中では、立派な魔導師となって一人前だと認めさせてやる、という目標も生まれてきていた。

なのはのようになって、ソルを認めさせる。この二つの大きな目標を達成させる為にも、こんな所でモタモタしているつもりは無い。

だから彼女は全力で駆ける。

同じ釜の飯を食ったティアナと共に、それぞれの夢へと一直線に。










背徳の炎と魔法少女 StrikerS Beat2 Dust Strikers










「ふーん、やるもんだねー」

「この技術と思い切りの良さでCランクってのは、なかなか居ないと思うよ」

ジャーキーを咥えながら呟くアルフに、ユーノが自身の顎を撫でながら応える。

幻術と射撃を駆使して上手く立ち回るミッドチルダ式のティアナ。

持ち前のパワーとスピードで近接格闘を得意とする近代ベルカ式のスバル。

二人共やや突撃思考ではあるが、バランスが取れていてなかなかに良いコンビだ。

ウチで言ったらソルとなのはがタッグを組んだみたいだな、そんな風に思考しながらユーノは眼を細め、採点を担当するなのははこの二人を見て自分と同じことを考えているのではないか、と思う。

試験前の言葉が功を奏したのか、二人共隙が無く、緊張感を切らさない。よっぽど警戒されているらしい。

「しっかしなんにも起きないねー。アタシゃてっきりソルがなんかやらかすのかと思ってたんだけど、こうも問題無く試験が進むと面白味が無い」

「事前になのは達がチェックしたおかげで変なことは起きないってば。問題が無いのは良いことさ。むしろ、あったら困るのは僕達だし」

何せ試験官側が不正を行おうとしていたのだ。信用問題に関わるし、今後の仕事にも差し支える可能性が出てくる。組織に属さないフリーの集団というのは信用第一なのだ。いくらお得意様が居るとはいえ、これまで積み上げてきたものに泥を塗るようなことはしなくていい。

「それもそうさね」

つまらなそうに溜息を吐くアルフにユーノは苦笑しつつ、最終関門を難無く突破した受験者二名に優しい視線を注ぐのであった。










SIDE ティアナ



アタシとスバルは無事に試験を終え、ソファに座り合否発表を今か今かと待っている。

「ティア、私達大丈夫だよね? 受かってるよね?」

「さっきからしつこいわよ。問題無いって何度も言ってんのが分かんない?」

「ご、ごめん」

試験終了からこっち、スバルはそわそわと落ち着きが無い。アタシは外面ではスバルの落ち着かない態度に苛立っているように振舞っているが、心境は彼女と同じだ。

自己採点ではバッチリだ。ルール違反をした訳でも、制限時間をオーバーした訳でも、何かミスをした訳でも、試験中にトラブルが発生した訳でも無い。アタシが試験官だったら文句無しの満点で合格とするだろう。

しかし、不安はある。

良い意味でも悪い意味でも有名な”背徳の炎”、そのリーダーであるソル=バッドガイがスバルとは旧知の仲であり、彼女の管理局入りを反対している人物として裏で動いていたという事実。

不合格にされていても不思議ではない。

(……冗談じゃないわよ)

もし不合格にされていたら猛抗議してやる。何故自分までもがスバルのとばっちりを受けなくてはならない。というか、いくらスバルが管理局に就職したからって試験の邪魔までしようなんて人としてどうかと思う。

そう考えると段々腹が立ってきた。

年中頭の中お花畑のスバルだって、スバルなりに一生懸命に夢を目指しているのは嫌という程知っていた。その頑張りを認めもせずに頭ごなしに押さえ付けようとしているソル=バッドガイは、きっとろくでもない男なのだ。

そうだ、きっとそうに違いない。そうでなかったら普通”背徳”なんて二つ名付けられる訳が無い。

「お待たせ」

「「……ッ!!」」

声と共に試験官が姿を現したことに、アタシとスバルは驚いて肩をビクつかせる。

どうやら自分でも想像以上に緊張していたらしい。

先程空間モニターに映っていた青年と犬耳の女性、ユーノ・スクライアとアルフ・高町が続き――

(この人がなのはさんね)

スバルの憧れの人物が入室してくる。踵の高いヒールを履き、黒いスーツを見事に着こなし紙媒体の書類を持って歩いてくる様は、容姿の美しさとスタイルの良さも相まっていかにも”出来る女”といった感じがした。それでいて纏っている柔らかい雰囲気が温かみを感じさせる。

そして最後に金髪紅眼のスタイル抜群でスーツ姿の女性――確かフェイト・テスタロッサ・高町だった筈だ――が入ってきて、ドアを閉めた。

”背徳の炎”のメンバーが眼の前に四人。

スバル経由で写真なり映像なりを見て知ってはいたが、なんと言うか、こんな風に相対すると考えてすらいなかっただけに、必要以上に身構えてしまうというか、変な所に力が入ってしまう。

「久しぶりだね、スバル」

「お、おお、お久しぶりです!!」

なのはさんの第一声にスバルが緊張しているのか感動しているのかよく分からない口調で返事した。そんな様子に眼の前の四人は微笑ましそうに優しい視線を注いでいる。

「まあ、再会を喜ぶのは後でにして。ゴホン」

一瞬だけ和んだ空気に硬さを取り戻すかのようになのはさんは咳払いを一つして、私用から公用へと切り替えた。

「本日の受験の採点を担当させていただいた、高町なのはです」

「補佐のフェイト・テスタロッサ・高町です」

二人が恭しく頭を下げてきたので、アタシとスバルも慌てて頭を下げる。

「いきなりですが結果から言わせて貰います」

ゴクッ、と生唾を飲み込む音が隣から聞こえてきた。

「合格です。特に問題も無く、文句の付けようも無いのでBランクへと昇格になりました。おめでとうございます」

明日の天気は晴れです、洗濯物がよく乾きますね、ってくらいに軽い口調で言われた言葉を理解するまできっかり三秒は掛かった。

そして――

「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」

アタシとスバルは驚愕のあまり絶叫する。

「え? 何?」

「えっと、どうしたの?」

アタシ達が驚いていることに驚いているのか、なのはさんとフェイトさんはキョトンとしている。その隣ではユーノさんとアルフさんが腹を抱えながらバシバシッとテーブルを叩いていた。

「アンタら、ソルが絡んでるからって落ちると思ってたのかい!? 気持ちは分からんでもないけど、今のリアクションは無い!! アハハハハッ!!」

「く、くく……笑っちゃダメだよアルフ……誰だって彼が絡めば、悪い想像するよ……くく」

傍から見れば呼吸困難に陥っているように見えるアルフさんとユーノさんの態度に合点がいったのか、「ああ、なるほど」という顔をするなのはさんとフェイトさん。

「大丈夫、安心して。お兄ちゃんがなんと言おうと二人の合格は覆らないから」

「二人共、魔力値も能力もBランクとしては申し分無いよ」

採点担当とその補佐が太鼓判まで押してくれる。

受かった?

アタシ達がBランクに昇格?

まだ実感が沸いてこない。正直ダメだと半ば諦めていたのに。

「やったよティア!! 受かったよ!! Bランクになれたよ!!」

「ちょっ、離れなさいよこのバカ!!」

横から抱きついてきたスバルを慌てて引き剥がす。

でも、スバルの喜びようを目の当たりにしたおかげで少しだけ実感が沸いた。

(受かったんだ、アタシ……)

胸の内から歓喜がこみ上げてくる。超難関だと思っていただけに、一度訪れた歓喜の波はビッグウェーブとなって心の中を荒れ狂う。

やった、やったと心の中でガッツポーズを取る。

と、呼吸困難から復活したユーノさんがおもむろに口を開く。

「結果はこんな感じなんだけど、キミは何か文句ある? ソル」

同時に、アタシ達と試験官達の間を挟むようにして空間モニターが現れ、そこには不機嫌そうな表情を貼り付けた一人の男性が映し出された。

(……ソル=バッドガイ)

鋭い真紅の瞳。何を考えているのか分からない仏頂面。あの時から何一つ変わらない、兄さんの命の恩人でありながら兄さんのことなど「知るか」と言い切った人物。

「……ソルさん」

何処か怯えた声を出すスバル。

『……ちっ……しゃあねぇな』

ソル=バッドガイはあからさまに舌打ちを一つしてから深々と溜息を吐き、胡乱げな眼つきでアタシ達を一瞥すると、もう一度疲れたように溜息を吐いた。

なんかその態度に、明らかに面倒臭そうなものを見るような眼に腹が立つ。

『酒の席での話しとはいえ、約束は約束だ……』

酒の席? 約束? 一体何のことを言っているのだろうか?

『お前ら、覚悟は出来てんだろうな?』

鋭い眼を細め、更に鋭くなった視線がアタシ達に向けられる。映像越しだというのに肌で感じる威圧感は凄まじい。

問われた言葉の意味を理解出来なかったのもあって、アタシとスバルはただ呆けた。

「ソルはね、キミ達に魔導師として生きる覚悟があるのかって聞いてるんだよ」

そんな私達を見るに見かねてユーノさんがこっそり教えてくれる。

魔導師として生きる覚悟?

何を今更。覚悟が無かったら管理局なんて入っていない。

アタシは必ず執務官になって、ランスターの魔法が通用することを証明しなければいけないのだ。

魔導師として生きる覚悟なんて、とっくの昔から出来ている。

だから、今の問いは愚問以外の何物でもない。

「出来てます」

挑むように、睨むように真紅の瞳を見返した。

すると、隣でスバルも真剣な声で「出来てます」と答える。

数秒の沈黙が訪れ、睨み合う。

やがて、ソル=バッドガイはニヒルな感じに唇を吊り上げ不敵な笑みを浮かべた。

『上等だ……後悔するなよ』

そう言い残すと、通信が切れる。

ソル=バッドガイの姿が見えなくなると同時にアタシとスバルは揃って溜息を吐き、全身の筋肉を弛緩させた。

(つ、疲れた……何なのよ、一体?)

いきなり通信が繋がって、一言二言喋ったら消えてしまったのだ。正直何がしたかったのか理解に苦しむ。

「で、今後のことなんだけど」

ユーノさんの声を耳にして我に返り、慌てて居住まいを正す。横でだれているスバルの背中をつねって背筋を伸ばさせる。「痛い!!」と小さく悲鳴を上げたが気にしない。

「スバル・ナカジマ二等陸士とティアナ・ランスター二等陸士は、一週間後に賞金稼ぎギルド組織”Dust Straikers”の研修生として出向ってことになってるから、そのつもりでよろしく」

「へ?」

「は?」

間抜けな声が自分の口と隣から漏れる。

「細かい話は追って連絡するから、今日はもうこれで解散でいいよ。お疲れ様」

しかし、ユーノさんは事態についていけずに固まっているアタシ達から視線を外すと、もう用は無いと言わんばかりに立ち上がって歩き出す。

「一週間後にアンタらの覚悟の程を見せてもらおうじゃないの」

ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべてアルフさんがユーノさんに倣って立ち上がる。

「じゃあ、次に会うのは一週間後だね。今日は試験合格おめでとう、ゆっくり休んでね」

「ランクアップおめでとう。次に会えるのを楽しみにしてるから」

なのはさん、フェイトさんも先の二人に続いて退室しようとして――

「待ってくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!! 賞金稼ぎとか、ギルド組織とか、そのダストストライカーズの研修生とか、急にそんなこと言われても正直訳分かんないですけどぉぉぉぉっ!!!」

突然スバルが腹の底から大声を出し、アタシの気持ちを代弁してくれた。





賞金稼ぎギルド組織”Dust Strikers”。

近年、”背徳の炎”に影響されてあちこちの次元世界で増えてきた賞金稼ぎを統括する為に、管理局(本局主導)傘下で運営・設立されることとなった組織。

一箇所に寄せ集められたあらゆる仕事の依頼を、同じく集められた賞金稼ぎ達がこなしていく。簡単な図式にするとこのような組織運営を行うらしい。

何故そんな組織にアタシとスバルが研修生として赴かなければいけないのか質問すると、ユーノさんは「これはもう決定事項だから、文句を言うなら僕達じゃなくて自分の保護者に言ってね」と前置きしてから話してくれた。

スバルの場合は彼女の母親が、アタシの場合は兄さんがソル=バッドガイに「面倒を見てくれ」と頼み込んでいたという。そして彼は組織発足までにアタシ達がBランクになったら構わない、という条件でその話を呑んだ。

これで先程のソル=バッドガイの態度に納得がいった。”酒の席での話”、”約束”とはこういう意味だったのか。

それにしても、と思う。

何故、というか何時の間にソル=バッドガイと兄さんは一緒に酒を飲み、頼みごとをする間柄になったのだろう?

スバルの家族であれば分かる。十年近く前から家族ぐるみで付き合いがあるのだ。彼女の母親――クイントさんが娘を友人に託す、というのは理解出来る。スバル本人も話を聞いて「お母さんならあり得るかも」と納得顔だ。

だがそのスバルですら、ナカジマ夫妻を介した兄さんとソル=バッドガイの繋がりを知らなかった。

そして、当然のようにスバルは兄さんと面識が無い。

アタシとスバルだけが蚊帳の外で、当の本人達をそっちのけで全てが決められていたのである。

……なんか、釈然としない。

何故兄さんは何年も黙っていたのだろう? 一言くらい言ってくれても良かったのに。隠し事をされていたという事実に、小さくないショックを受けた。

でも、無理も無いのかもしれない。

当時のアタシは、ソル=バッドガイを、ひいては”背徳の炎”を敵視していた。いや、敵視というよりはその存在を認めたくなかっただけだが。

兄さんを認めてくれなかった存在を誰が認めるものか、そんな風に意固地になっていたのだ。

だから兄さんはアタシに何も伝えなかった、むしろ伝えることが出来なかった?

このことをギンガさんは全て承知の上だったのだろうか? それともスバルと同様に何も知らされていなかった? しかし、スバルから聞かされた話を思い出す限り、明らかにソル=バッドガイに関して詳しそうだった。なのに初めて会った時、兄さんの話には特にこれといったリアクションはしなかった。

いや、もしかしたら兄さんに口裏を合わせるように言われていたのかもしれない。

(結局は、本人に直接聞いてみるしかないのよね)

胸の中でわだかまっているモヤモヤを振り払うように頭を振り、一週間後に出向することになった組織へと思考を向ける。

”Dust Strikers”。

犯罪者と括られる”社会的なゴミ”を”潰す者達”、という非常に物騒な意味が込められた組織名。

基本的には荒事を業務内容とする武装隊とそう変わらないが、管理局との大きな違いは出動をかけられていなくても勝手に動けるという点。登録された賞金稼ぎ達は魔導師であっても、あくまで管理局員ではなく一般人であること。

有事の際は魔法使用の申請や許可を不用とし、個人の判断で武力介入することが黙認される。つまりワンマンアーミー扱いだ。

個人主義を重んじる組織ではあっても部隊ではないので、魔力保有制限に引っ掛からない。

本局のお偉いさんと聖王教会がバックアップしているとユーノさんは説明してくれた。

”背徳の炎”を筆頭に次元世界から集まるらしい高ランク魔導師達。

ミッドチルダの中央区画の湾岸地区にその本拠地をおっ建てたと言うが、これは明らかに地上本部へ喧嘩を売っている。

まずこんな組織自体が前代未聞であり、いくら有事の際とはいえ一般人扱いの賞金稼ぎ達に魔法の使用を許可、おまけに武力介入が黙認されるなど非常識にも程がある。地上本部に「お前ら役立たず」と暗に言っているようなものだから。

はっきり言ってもらわせれば、これ以上無い程に問題だらけの組織だ。

「人材派遣会社みたいなものだと考えてくれていいよ」と微笑むなのはさんから底知れない何かを感じる。

一体何を企んでいるのかしら? ”背徳の炎”――ソル=バッドガイは?

隣で「か、カッコイイ……」と浮ついた様子で夢見る表情になっているスバルを横目で見つつ、アタシはとんでもないことになってしまった、と深く溜息を吐いた。



SIDE OUT










買い物籠片手に、はやてと並んで歩きつつ今日の夕飯の材料を吟味する。

「それにしても随分あっさり決断したもんやね。ぶっちゃけ私はもっと駄々こねるかと思っとったのに」

「駄々こねるって……ガキか俺は」

「意外に子どもっぽいやん、誰よりも我侭やし。もしかして自覚無いんか?」

真顔で問われ、俺はノーコメントを貫いた。

はやてが言いたいのはスバルとティアナの件だ。それぞれの保護者――クイントとティーダの二人と交わした約束を守らなければいけない、つまり面倒を見なければいけないことについて。

「……まあ、約束だしな」

「それだけやないやろ?」

「ああン?」

こちらに背を向けて二つの挽き肉を見比べつつはやては言う。

「私達三人がソルくんのお手伝いするようになった年よりもちょい上やったから、約束守ることにしたんちゃう?」

「それだけだと思うか?」

「ううん。どうせソルくんのことやから、せめて眼の届く範囲に置いて、昔の私達みたいにある程度の強さになるまで戦いとは何たるかを己の手で教えてやる……そんなところやないの?」

図星だった。どうやら何もかもお見通しらしい。

肩を竦める俺を見て、はやては柔らかく微笑んで右手に持っていた挽き肉のパックを俺が持っている買い物籠に入れる。

「何年傍に居ると思ってんねん。十年やで、十年。ソルくんがどないな人かよう知っとるし、私達のことどれだけ大切に育ててくれたのか熟知しとる。それと一緒やろ?」

女子どもには甘いからなー、と急に意地悪い眼になって俺のことをからかい出す。

「さあな」

こういう時は下手にリアクションをしないに限る。短く応じて足を動かすだけに留めた。

「ま、今日は駄々こねなかったことだけは褒めとくわ。午前中に仕事しながら愚痴垂れてたのは抜きにして」

「何様だテメェ」

「奥様や。ご褒美に好きなものなんでも一つ買ってあげるで。ほれ、選び」

「ガキか俺は……」

やれやれと溜息を吐き、酒のコーナーに向かう。

「口ではそんなこと言うとるのに、しっかり酒瓶に手を伸ばすソルくんに激萌えや……」

背後でニヘラと頬をだらしなくさせているはやてを無視して、俺は言われた通り酒瓶を一本だけ買い物籠に入れた。




















一週間後。

ミッドチルダ中央区画の湾岸地区。

潮の匂いが香るそこに、時空管理局傘下組織賞金稼ぎギルド”Dust Strikers”の運営本部がある。

本日発足したばかりであるが故に建物は当然新築で綺麗、簡易の宿泊施設や従業員達用の寮が隣接し、ハイレベルな訓練を行えるように広大なスペースを利用したシュミレーター施設も完備していた。

ロビーにたくさんの人が集まり、まだかまだかと発足のセレモニーを待つ中、グリフィスは一人頭を抱えてデバイスルームの前で右往左往している。

「ソルさん!! もう全員ロビーに集まっています、早く出てきてください!!」

扉に拳を叩き付けて室内の人物に声を掛けるが、一向に出てくる気配が無い。

「此処に集まった賞金稼ぎは皆”背徳の炎”の、ソルさんの名の下に集まった人達ばっかりなんですよ!? その貴方が組織発足の挨拶をしないで誰がするんですか!!」

『面倒臭ぇからお前やっとけ』

インターホン越しに聞こえてる声は、本当に、心底面倒臭そうだった。

「僕にどうしろと!?」

『情けねぇ声出してんじゃねぇ。グリフィス、お前、此処の最高責任者だろうが』

「嫌がる僕を貴方が無理やり着任させたんでしょうが!!」

『それだけお前に期待してんだよ』

「その手には騙されませんよ!! その台詞に一体何度仕事を押し付けられたことか!!」

『ちっ、喚くな喧しい。俺は今アイゼンの改造で忙しいんだ。漸くこのドリルの回転数が毎分千五百回に突破しそうでな……』

「ドリルの回転数なんてどうでもいいから早く出てきてくださいこのクソッタレェェェェ!!!」

グリフィスの絶叫が廊下に木霊した瞬間。

プツッ。

インターホンが切れ、デバイスルームは外界との接触が絶たれた密室と化した。

(篭城する気だこの人……皆の前に立って一言二言何か言えばいいだけなのに、それすら嫌とかどれだけ面倒臭がりなんだ!!)

半ば自暴自棄になったグリフィスは冷たい扉を蹴りまくって中に居るソルを出そうと試みるが、足が痛くなるだけで何一つ効果が無い。

「グリフィスくん、どうしたの?」

そんな彼の前に勝利の女神が現れた。スーツ姿に白衣を羽織ったシャマルだ。何時まで経ってもロビーに現れないソルの様子を窺いに来たようだ。

ソルに近しい人物の言うことなら素直とまではいかないがそれなりに聞いてくれるだろう、グリフィスは一縷の望みを賭けて事情を説明すると、シャマルはあからさまに呆れたような溜息を吐いた後、快く承諾してくれる。

「ちょっとそこどいてください……えいっ!!」

バカンッ!! という破滅の音が響き渡った。シャマルがヒールを履いたまま扉を蹴破った音だ。あまりの破壊力にグリフィスは顔を青褪めさせ腰を抜かしてその場で尻餅をつく。

文字通り蹴破った扉を踏み越え、シャマルはデバイスルームに侵入。

「アナタ、いい加減にしなさい」

「な!? シャマル!? 何してんだお前!! ドアが――」

「ドアなんてどうでもいいでしょ!! 皆が待ってるんだから、早く支度して」

「面倒く――」

「面倒臭くない!! いい年こいて何時までも子どもみたいなこと言ってるんじゃありません!! 言うこと聞かないとこうですよ!!!」

「よせ、やめろバカ……俺が悪かった、そこは弱いから噛むのはやめ、オウアアアアアアアアアアッ!?」

ソルの野太い悲鳴と、ドッタンバッタンと何かが暴れるような音と震動が室内から伝わってくる。知り合って五年目に突入したが、これまで彼の悲鳴なんて一度も耳にしたことが無かったグリフィスは、中で一体何が行われているのか気になったが、流石に覗く勇気は持ち合わせていなかった。

そして、きっかり二十秒後。首筋や頬に歯形を付けたソルがシャマルに引き摺られて出てきた。

(……シャマルさんって実は最強? いや、最凶?)

「お騒がせしました」

一瞬、『ご馳走様でした』と聞こえてしまった。それにしても何故シャマルが満足気な表情で舌舐めずりしているのか?

「……魔性の女め……」

酷く疲れた様子のソルが口にした言葉が気掛かりで仕方ないが、気にしたら負けなのだろう、きっと。世の中には知らない方が幸せなこともあるって言うし。そうやって自分を納得させて立ち上がる。

「ホラ、早くしてください」

「分かってる」

シャマルに促されてソルが不承不承歩き出し、彼の隣を彼女が寄り添う。

亭主関白っぽいイメージがあるソルには悪いが、完全に尻に敷かれているようにしか見えない。

そんな二人の後姿を見送りつつ、グリフィスは疲労と不安と苦悩が入り混じった溜息を吐く。

「……今更だけど、大丈夫なんだろうか、この組織……特に人間関係とか、色々と」

本当に今更過ぎる一言であった。




















後書き つーか質問に答えるコーナー


皆のバリアジャケットのデザインは? という質問を頂きましたので、答えさせてください。



ソル

通常時は聖騎士団の制服 ドライン状態で格ゲーverに つまり特に変化無し



ユーノ

流石に十代後半辺りから半袖半ズボンは無い、ということに気付き長袖長ズボンに。ビジュアル的には大きな変化は無い



エリオ

ソルとお揃い。つまり聖騎士団の制服。色も赤。



他の面子

ほぼSTS(アルフとアインとザフィーラの三人はA`s)原作通りだが、マントや腰から足を覆うように広がるヒラヒラした部分は、聖騎士団の制服仕様。

色はそれぞれ違う。なのはは青、フェイトは黒、といった感じに本人のバリアジャケットの色に合わせている。




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat3 Brush Up?
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/07/12 03:41

「先に言っておく。俺は管理局の人間でもなければ、正義の味方でもなんでもない。

 はっきり言って、ミッドや次元世界の平和なんてどうでもいい。

 青臭い正義感を振り翳して平和を唱えるのも、世界の為とか大それたこと抜かして戦うのも、正直面倒だ。

 別に管理局で必死こいて働いてる連中を馬鹿にしてる訳じゃ無い。管理局は管理局で重要な仕事をこなしていると思う。

 俺にはどうもそいつらの言う”正義”とやらが性に合わんだけだ。

 ……だがな、理不尽な暴力に晒されて泣いてる奴を目の当たりにして、無関心を貫ける程俺は我慢強くねぇ。

 気に入らねぇんだよ、犯罪者っていう存在がな……理由はどうあれ、他者を踏み躙る行為に手を染める連中が。

 だから、昔の俺はこの稼業を選んだ時に決めた。犯罪者共が無辜の民を踏み躙るってんなら、俺が犯罪者共を踏み躙ってやる、ってな。

 俺達は”Dust Strikers”。犯罪者と括られる存在を潰す為に、今、この場に存在している。

 管理局が掲げる正義でもない、次元世界の平和の為でもない。

 気に入らないから潰す。俺達が戦う理由なんざ、それだけで十分だ……!!」










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat3 Brush Up?










背に大量の拍手と歓声を浴びながら俺はロビーを後にし、誰も居ないことを確認してから溜息を吐き、クイーンに命じてバリアジャケットを解除する。

シャマルめ……何が見栄えが肝心だ。わざわざバリアジャケットまで用意する程のことだったのか疑問が尽きない。

「なかなか良い演説だったな」

「もう二度とやらん」

何時の間にか俺の背後に、影のようにヌッと姿を現したアインがからかうような口調でクスクスと笑っていた。

「人から注目されるのがそんなに嫌か?」

「知ってて言ってんだろ」

「ああ」

この女、いけしゃあしゃあと言いやがって。

不機嫌が沸々と湧き上がってくる中、不意打ち気味に背後から抱き締められる。

「まあ、そう怒るな。演説が良かったというのは本当だ」

「はあ?」

「”気に入らないから”、ただそれだけの理由で私は勿論、他の皆もお前の傍に居る、居ることが出来るようになった」

からかう口調から一転して愛おしさが込められた声に毒気を抜かれ、不機嫌のやり所を失ったので溜息として吐き出す。

「集まった賞金稼ぎ達も大半はそう。お前の行動によって救われた者達ばかりだ」

振り返らずに十年近く前のことを思い出す。忌まわしいバレンタインデーの所為で家出することになり、クラナガンで偶然出くわした誘拐事件を切欠に次元世界中を暴れ回った時のことを。ちなみに、その時に紆余曲折を経てクイントと、ナカジマ家と交流を持つようになったのは余談。

アインの言う通り、登録希望者リストの備考欄に大半が『子どもの頃に”背徳の炎”に助けてもらった』とコメントしていて、事務仕事中に気恥ずかしい思いを味わった。

(ああ、なるほど。そういうことか)

何故シャマルがバリアジャケットを用意しろと言ったのか、今になって漸く合点がいった。此処に集まっている連中は何年か前にフェイトが言っていたように、当時の俺の姿が眼に焼き付いているからだ。

「俺ってそんなに印象強く残るか?」

「何を今更。お前は格好から始まり、言うこともやることも、そして何より戦闘能力と戦い方が過激ではないか。例えば闇の書事件の時、シグナムとシャマルがお前と出会ってから数日間、お前のことが頭から離れなくなったのは知っているだろう」

そういやそうだったな。当時の俺の所為で、あの二人は本人曰く魔導プログラム体としてほんの少しバグッた……らしい。戦闘後のリンカーコアが疲弊した状態で俺の”魔力供給”を受けたことによって。

魔導プログラム体とは突き詰めて言っちまえば、魔力と情報が合わさったものが受肉した存在だ。であるが故に、俺の魔力の影響をモロに受ける。

はやてから供給される魔力よりも、俺のギア細胞から生産される魔力の方が圧倒的に量が多く、純度も高い。

主でもない赤の他人から、リンカーコア同士でリンクしていないのにも関わらず多大な魔力を供給されて、システムに狂いが生まれたとかなんとか。

んで、闇の書事件が終わって以降は主のはやてよりも俺を優先してしまうので、これはプログラムとしてバグだから責任取って欲しい、と。

……言いがかり以外の何物でもない。明らかに自分の都合の良いように解釈してるだけだろ……つーか、言うのが事件終了して七年後とか遅過ぎるし、その理論でいくならヴィータとザフィーラはどう説明すんだよ……

しかし、ふざけんなと言えないのが実際のところだ。俺の魔力の影響の所為で皆のリンカーコアが徐々にではあるが、年々肥大化しているのはツヴァイが生まれる少し前に発覚した事実だし、魔力依存症みたいなことを訴える時だってある。

夜天の書から守護騎士システムが切り離されたことによってプログラムが劣化してきているので、俺の魔力で補おうとしている、というのがシャマルの見解だ。

だからと言って、フェレット形態のユーノを肩に、子犬形態のザフィーラを膝の上に、フリードを頭の上に乗せてくつろいでいる時に「ふざけるな、男はすっ込んでいろ!!」と喧嘩するのはやめて欲しい。

フェレットと子犬と小竜が女二人と筆舌しがたい剣幕で睨み合っている図式は、なかなかにシュールだった。その後、「私も混ざる」と宣言する者達が続出して家族全員総当りの模擬戦に発展したので二度と拝みたくないが。

嗚呼、どうしてこうなったんだろう……? 一体、何処から何をどう間違えたのか最早想像すら出来ん。バトルジャンキー共め……どいつもこいつも嬉々として相手に襲い掛かるなんて、頭どうかしてる。

「で? これからの予定は?」

これ以上考えると頭痛と共に鬱になりそうな気がするので無理やり話題を変える。

「AMF対策関連が出来ているのなら高ランク者にはすぐにでも仕事に出てもらう。低ランク者はみっちり研修だな。なのはが張り切っていたぞ」

地獄見ることになるのか。加減してやっても容赦はしてやらん、が俺達の流儀だからな。

「俺達は教導がメインか」

「そうだな。私達は奴のオモチャ、ガジェット・ドローンが出て来た時に即座に動けるように、今までの仕事は集まった賞金稼ぎ達と教会騎士団に引き継いでもらう。教導が無い時は基本的に此処で待機だ。何か不満は?」

「無ぇよ」

俺は肩を竦めてから歩き出す。

アインも俺から離れて隣に並ぶ。

「そろそろケリを着けてやるぜ……ジェイル・スカリエッティ」

小さく、静かに宣言し、拳を強く握り締めた。

組織としての力と、何時でも自由に動ける立場を手に入れた。あとはこれをどう使うかが鍵になる。

……待ってろよ。必ず俺の手で焼き尽くしてやるからな。










「皆、準備はいい?」

サイドポニーを揺らしながらシャーリーを後ろに従えて問い掛けるなのはに、ギンガ、スバル、ティアナは「はい!!」と返事した。

「三人の今日の訓練は私が担当します。曜日によって見てくれる人が変わるから、スケジュールのチェックは怠らないでね」

三人が頷いたのを確認して満足そうに笑みを浮かべるなのは。

「じゃあ、私としてはそろそろ訓練を始めたいんだけど」

困ったように思案顔になり、

「キミ達は此処で何をやってるのかな?」

笑顔でいながらこめかみに青筋を立てて、なのはは背後に振り返る。

そこには――

「ふっ、はっ、せえええええいっ!!」

ひたすらストラーダを振り回すエリオと、

「ん? 何ですか? なのはちゃん」

蒼天の書を楽しそうに捲りながら可愛く首を傾げるツヴァイと、

「キュクー」

「此処が痒いの? フリード」

フリードを抱いて撫でているキャロの姿があった。

「ねぇ、三人共私の話聞いてる? 此処で何してるの?」

剣呑な雰囲気を醸し出し始めたなのはの様子に今頃気付いたかのように、エリオはストラーダを肩に担ぐとニカッと笑う。

「今日は創立記念日で、学校休みです」

「嘘でしょ」

「はい、嘘です。でも学校には一週間くらい前から予め今日はサボるって伝えておきましたよ」

全く悪びれることなく無邪気な笑顔で正直に話すエリオになのはは頭痛を覚えるのであった。

だから一週間前にお兄ちゃんと壮絶な親子喧嘩してたんだね、と。

「エリオ……何時からそんな良い笑顔でしれっと嘘吐くような子になったの? お兄ちゃんが泣くよ」

「そしたら母さんとなのはさん達で父さんを慰めてあげてください」

「それは当然だけど、私が言いたいのはそうじゃなくて……あーもう、どうしてこんな風に育っちゃったんだろう?」

「育ての親と周りの人達のおかげです。あ、そう言えば前に父さんもなのはさん達に対して似たようなこと言ってましたよ。どうしてこうなった? って」

「……あー言えばこー言う」

なのははうんざりしながら額に手を当て、天を仰いだ。

「あのー、聞いてもいいですか?」

そんなやり取りを見ていたシャーリーが小さく挙手をするので、なのはは向き直って「何? シャーリー」と首を傾げる。

「この子達は、一体?」

シャーリーでなくとも疑問に思うのは当然だ。エリオ達は登録された賞金稼ぎでもなければ、スバル達のように管理局から出向してきた訳でも無い。事情を知らない者からすれば三人は完全に場違いとして映るだろう。

「エリオとツヴァイとキャロは、お兄ちゃんの子どもだよ」

「へー、ソルさんのお子さんなんですか……え? 子ども? ソルさんの? え?」

コクコク頷く子ども達。

「はあああアあああああああアあああああああああアあああ!?」

突然絶叫するシャーリーに対して嫌な顔一つせず、むしろ元気一杯を絵に描いたような笑顔を浮かべ、子ども達はとても行儀良くお辞儀をして自己紹介をした。

「僕の名前はエリオ・モンディアル。ご存知の通り、僕の父さんはソル=バッドガイです。母さんはシャマルです。趣味は模擬戦と修行と音楽鑑賞です」

「シャマルさん!?」

更に驚愕するシャーリー。

「改めてリインフォース・ツヴァイですぅ。ツヴァイの父様はエリオと同じで、母様はアインですよ。ツヴァイのこと知ってますよね、シャーリー?」

「知ってるけど……!!」

「キャロ・ル・ルシエです。この中では私が末っ子になります。私のお父さんも二人と同じ――」

「っ!? 分かった、それ以上は言わなくていいから!! 誰が母親かって言われなくても一目見れば分かるから!!!」

頭から湯気を上げ、顔をこれでもかという程赤くさせたシャーリーがキャロの言葉を途中で遮る。誰がどう見ても完全無欠な勘違いをしている彼女は、この場に居る自分以外の人間を放置したまま、脳内で妄想をトップギアに入れて爆発的な速度で壊滅的な方向へと暴走させていた。

「は、はは、腹違いの子どもが三人も……きゃあああああああ!! 女性関係まで”背徳”だなんてぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「「「「「「「……」」」」」」」

そんなシャーリーのリアクションに対して、七人の前に沈黙と呆れが横たわる。

(ああそっか。普通は知らないんだよね)

なのはは胸中でひとりごちる。

スバル、ギンガは家族ぐるみでの付き合いがあるのでエリオ達のことは当然知っているし、ティアナもスバル経由で話を聞いているので驚かない。

が、プライベートでの付き合いが皆無なグリフィスやシャーリー、アルトやヴァイスは当然の如くこのことを知らない。他の賞金稼ぎ達も同様だ。

知っていたとしてもツヴァイだけの筈だ。ツヴァイが仕事を休業するまでの記録はしっかり残っているが、エリオとキャロのデータは無い。そもそも仕事をしていないので当たり前だ。先のシャーリーのように勘違いする破目になる。

まあ、シャーリーはツヴァイが融合デバイスだということをすっかり忘れているだけなのだが。

唯一知っている例外はルキノくらいだろう。何年か前のクロノとエイミィの結婚式でエリオ達と顔を合わせている。当時の彼女もシャーリーと似たようなリアクションをしていた。

……まあ、面白いから黙っていよう、となのはは考える。後でソルが頭を抱える姿を想像してほくそ笑む。愛する兄の困った表情は可愛いし、何かを諦めるように黄昏る後姿は退廃的な色香と魅力があってゾクゾクするので。

「とりあえず訓練始めようか?」

クスクスと蟲惑的な笑みは貼り付かせ、なのはは訓練を始めるのであった。





空間に浮かび上がったコンソールを叩くと、海に面した何も無い区画が光に包まれ、建物郡が”生えてきた”。

設定に応じて様々な”場所”や”シチュエーション”を擬似的に創造することが出来る、陸戦用の訓練シュミレータだ。

今回なのはが設定したのは廃棄都市の一角を再現。ひび割れたアスファルトや崩れかけたビル、割れた窓ガラスなどがリアルに再現されている。

「よしっ、と。皆、聞こえる?」

ビルの屋上から真下に居る研修生に声を掛けた。

『『『はい』』』

応じる声はギンガ、スバル、ティアナの三人。

「じゃあ、早速ターゲットを出していこうか。まずは軽く八体から」

シャーリーに目配せし、”あれ”を出させる。

なのはの意図を汲み取ってシャーリーはコンソールを叩く。

すると、デバイスを構えたギンガ達から数メートル離れた先に魔法陣が浮かび、そこから俵型の青い機械が現れた。

「私達の仕事の中には、捜索指定ロストロギアの保守管理も含まれているの。管理局からは勿論、スクライアから請け負う時もあるんだ。その仕事の時に私達と遭遇することが多いのが、これ」

「自立行動型の魔導機械、ガジェット・ドローン。これは近付くと攻撃してくるタイプね。攻撃は結構鋭いよ」

なのはの説明にシャーリーの補足が入る。

これを聞いてティアナは、本当に何でも屋みたいな仕事をしていて、犯罪者をシバくだけじゃないんだ、と内心で少し感心していた。

『犯罪者しょっぴくだけだと思ってたんですけど、それだけじゃないんですね』

『『スバルッ!!』』

思ったことを口にしてしまった正直者なスバルにギンガとティアナから叱責の声が飛ぶ。

「あはははっ、気にしてないから気にしないで。私達”背徳の炎”に荒くれ者ってイメージが先行しちゃうのは当たり前だしね。お兄ちゃんも犯罪者は潰す、って公言してるし」

『す、すいません』

「スバルのイメージは間違ってないよ。お兄ちゃんが元々高額賞金首を優先して付け狙う賞金稼ぎだったっていうのは事実。今みたいな何でも屋をやるのようになったのは、お兄ちゃんの心境の変化みたいなものだから」

謝罪を笑い飛ばして、心の中だけで十年前にね、と付け加えてから咳払いを一つする。

「お喋りも此処まで、そろそろ始めようか。第一回模擬戦訓練、逃走するターゲットの破壊、または捕獲を十五分以内に」

『『『はいっ!!』』』

「それでは」

とシャーリー。

「ミッション」

となのは。

「「「スタートッ!!」」」

傍に居たエリオ達三人が大きな声で合図を切った。

モニター内でガジェット八体の逃走が始まり、ギンガ達三人がそれらを追いかける。

「エリオくん達は参加しなくていいんですか?」

「本人達にやる気が無いし、ご所望してるのは私との模擬戦だし、しょうがないよ」

視線をモニターから外さずに問うシャーリーに、なのはは溜息を吐いて三人に振り返った。

「だってつまんないですよ。あんなオモチャ相手に戦うなんて」

「なのはちゃーん、これ終わったら模擬戦しましょうよー」

「やっぱり模擬戦と言ったら対人戦が一番楽しいです」

「キュクルー」

エリオ、ツヴァイ、キャロがふてぶてしい態度で口々に不満をぶつけてくる。

「あのね、真面目にやってる人に向かって失礼でしょ……特にエリオ」

こめかみに青筋を浮かび上がらせピクピクさせるなのは。

「だってあんなの、駆動系に一発ぶち込めばあっという間にオシャカに出来るじゃないですか。機械だから電気に弱いし」

「防御をAMFに頼ってる時点で紙装甲です。一軒家と同じくらいの大きさの氷塊を上から落とせばオシマイですぅ」

「対魔導師兵器としてはそれなりですけど、他の面が……」

「キュクキュク」

一般の魔導師が聞いたらあまりに傲慢過ぎる内容に卒倒ものだが、実際に子ども達はガジェットなど歯牙にも掛けない実力を持っていることをなのはは十分理解しているので、上手い切り返しの仕方が思いつかない。

十年前のリンディさんから見たお兄ちゃんってこんな感じだったのかな、と此処には居ない契約者の苦労を今更噛み締めつつ、生意気な子ども達の天狗の鼻をどうやってへし折ってやろうか考えを巡らせる。

やはり子ども達が言うように、後で模擬戦の相手をしてやるのが一番良いのだろうか? 何時ものようにボコボコしてやれば少しは静かになるかな?

隣ではシャーリーが呆気に取られているので、この程度でイチイチ驚いていたら我が家の非常識っぷりにはついていけないよ、という意味を込めて肩をぽんぽん叩いてあげた。

と、その時。

「どうだ、調子は?」

視界の外から声が掛かる。向き直ったそこには、ポケットに手を突っ込んだ状態で悠然と歩いてくるソルの姿がある。

「父さん!!」

「父様!!」

「お父さん!!」

「キュクキュク、キュックルー!!」

ものの数秒で子ども達&フリードに纏わり付かれ、肩車をせがまれるその姿を見つつシャーリーは小さな声で「”背徳”な人が来た……」と一人戦慄していた。

「仕事はどうしたのお兄ちゃん? もしかしてまたサボり?」

「またって何だ。人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇ。様子を見に来たんだよ」

「グリフィスくんに仕事押し付けて?」

「ほう……流石にギンガは他の二人と比べて動きが良いな」

あからさまに話題を自分のことから三人の研修生へと逸らすあたり、図星であることが見え見えだ。なのはは苦笑しながらソルの隣に立つ。

「どう? お兄ちゃんの眼から見たあの三人は?」

「フンッ……今後に期待、ってところだな」

鼻を鳴らして簡潔に感想を述べ、その真紅の瞳を細めて品定めするようにモニター内を観察する。

格好つけているような台詞だが、エリオを肩車してそれぞれの足にツヴァイをキャロを引っ付かせ、フリードを抱いて撫でている姿はどう見ても子煩悩なお父さんであった。

「それにしてもナカジマ姉妹はクイントの娘だけのことはあるな。見事な脳筋だ」

「強引で力任せなところは人のこと言えないでしょ」

ナカジマ姉妹は、逃げるガジェットを追い掛け回して殴る、破壊したら次、って感じを繰り返している。後衛のティアナのことなど忘れているのではないだろうか。

ギンガがなまじ上手く動いてガジェットを破壊する所為で、後衛が置いてきぼりになっているように見える。

が、それはどうやら作戦の内だったらしい。二人に追い掛け回されていたガジェットが何時の間にかティアナが陣取る建物のすぐ傍を通ることに。

と、ティアナが銃口の先に魔力弾を生成し、そのままの姿勢で足元に魔法陣を発生させた。

「魔力弾? AMFがあるのに?」

<いいえ、通用する方法があります>

「うん。フィールド系の防御を突き抜ける、多重弾殻射撃」

疑問を口にするシャーリーに、レイジングハートとなのはが答える。

「確か、AAランク魔導師のスキルだったか? Bランクの奴がそんな芸当出来るとはな」

「AA!?」

ソルが少し感心したように呟き、それを聞いたシャーリーがちょっと驚いたのか若干大きな声を出す。

次の瞬間、ティアナが気合の込められた声と共にトリガーを引く。

「あ、撃った」

「AMF突き抜けました」

「ガジェットがガラクタと化しました」

「キュクー」

エリオ、ツヴァイ、キャロが状況を簡潔に口にし、最後にフリードがおめでとうと言わんばかりに鳴いた。










SIDE スバル



「父さん模擬戦、模擬戦しましょうよ!!」

「うぜぇ……」

ミッションを無事達成できたことに、私とギン姉とティアは一安心してなのはさんの所に戻ると、子ども達に囲まれて不機嫌な顔になっているソルさんを発見する。

もしかして様子を見に来たのかな?

「父様ケチですぅ、模擬戦の一回や二回いいじゃないですかー」

「なんとでも言え」

すると、エリオ達は親指を下に向けてブーブー言い始めた。

「お父さんのケチー」

「父さんのケチー」

「父様ケチー」

「うるせぇクソガキ共。学校サボった癖して偉そうに要求しやがって、丸焼きにしてやろうか?」

「「「あっかんべろべろばー」」」

「……良い度胸だ。そんなに灰になりてぇか?」

子ども相手に沸点低っ!!

「お兄ちゃん、それじゃあ子ども達の思惑通りだよ」

やる気を全身から溢れ出させる子ども三人と、背筋も凍る程危険な光を眼から発するソルさんと、呆れている筈なのに何故かバリアジャケットを纏っているなのはさん。

なのはさん、なんで準備運動してるんですか? ソルさんに向けている視線が狩人のそれなんですけど。

ともかく、これからソルさんが子ども達相手に模擬戦するらしい。なのはさんとも、だよね?

なんか急展開過ぎてついていけないけど、実はかなり興味がある。強い強いと聞いてはいるけど、私は実際にソルさんが戦っている姿を見たことが無い。見たことがあるのは、魔法無しでお母さんと殴り合っているのくらいだ。

管理局の人間じゃないから戦闘データは最低限しか残さないらしいし、もし残っていたとしてもほとんどが秘匿扱い。ギン姉曰く、一般局員が見るには刺激が強過ぎるとのこと。更にソルさんは私に魔導師になって欲しくなかったから、そういう資料は一切くれなかった。

それに、エリオ達がどのくらいの実力を持っているのかも気になるし、面白そう。

ソルさんってプライベートと仕事をきっちり分けるタイプだから、ウチに遊びに来ても魔法の勉強とか何一つ教えてくれたりしなかったんだよなぁ。理由を聞くと「なんで仕事でもねぇのに俺がんなことしなくちゃなんねぇんだよ、面倒臭ぇ。いいか? 俺がナカジマ家に来る時は休養日だ。魔法はなるべく使わねぇって決めてんだよ」って一蹴された。

「大丈夫なんですか、なのはさん? エリオ達がソルさんと模擬戦なんて」

「大丈夫、心配要らないよ。何時ものことだし、お兄ちゃんってなんだかんだ言って手加減上手いし」

ギン姉が心配そうになのはさんに耳打ちしてるけど、なのはさんは肩を竦めるだけ。

「まあ、一応シャマルさんかユーノくんのどっちかを呼んではおくけど」

心配要らないんじゃないんですか!?

「あ、でもユーノくんって今研修中か。シャマルさんにしようっと」

赤い宝玉の形をしたデバイス、なのはさんのレイジングハートが明滅した瞬間、突然空間モニターが現れた。

モニターに映っているのはシグナムさんだ。

一体どうしたんだろう? そんな風に皆が動きを止めてシグナムさんに向き直ると――

『今、ソルが誰かと模擬戦を行おうとしていないか? だったら私もソルと模擬戦したいのだが……』

真剣な表情でこんなことを言い始めた。

「……エスパーかお前は」

奇異な眼差しをモニターに向けるソルさん。

『フフ、お前のことは何故か分かるんだ、なんとなくだが』

「シグナム。何年も前から常々思ってたんだが、お前実はエスパーだろ。俺が毎回模擬戦しようって時に出てきやがって」

『エスパーかどうか知らぬが……こちらは時間を持て余している。相手をして欲しい』

言い終わるとモニターがシグナムさんの背後を映す。そこには死屍累々と転がる賞金稼ぎの人達。全員が山積みになって気絶している。

「何があった?」

『ソルに憧れていると言うので、どの程度の実力を持っているのか確かめてやったらこの様だ』

暗に、全く情けない、と言っているようだ。

「実力を見るのは別に構わねぇが、あんま潰すなよ」

『お前が言うな。教会で新人殺しと謳われる鬼教官が』

「お前も人のこと言えねぇだろが。ま、一度や二度叩きのめされたくらいで魔導師としての道を諦めるんなら、その方がそいつらにとって幸せかもしれねぇしな」

なんか恐ろしい会話をさらっとしてる気がするんだけど。

私は不安になってなのはさんの表情を窺うと、不思議そうな表情になって首を傾げる。

『新人殺しの鬼教官?』

なのはさんだけにこっそり念話を繋げてみた。

『正確には鬼教官`Sだけどね』

『なのはさんも鬼教官?』

『勿論。私は”白い悪魔”って呼ばれてるよ。スバル達は魔導師辞めちゃった子達みたいに潰れないでね。明日から地獄だから』

なのはさんは笑顔だ。でも、見ている者を不安にさせるような底冷えする綺麗な笑顔が、凄く怖い。

……なのはさんから魔法戦を直接教えてもらえる、って感じに浮かれててそこまで気が回らなかった。教官は皆”背徳の炎”なんだった。今更だけど、とんでもない人達から師事を受けることになってしまったのだ。

しかもお母さんの企みによって。

(頑張れ、私超頑張れ!!)

何かを誤魔化すように自分を鼓舞する私の視線の先では、ソルさん達は今日の仕事が一段落したら一家総当りで模擬戦しよう、と話し込んでいるのであった。



SIDE OUT




















後書き


ソル=バッドガイがソル=ナイスガイに見えるのは仕様ですwwww

この作品の設定では、”あの男”との決着がついた数年後にリリなの世界にやって来て、第0話から無印編にかけて五年という時間を戦いの無い平穏の中で過ごしていたので、初期の段階で原作より性格が軟化してます。

そしてA`s編で生体兵器ギアである自分を受け入れてもらったことにより更に軟化。

空白期中にツヴァイが制作され、エリオ、キャロを引き取ることによって自他共に認めるお父さんにクラスチェンジ。それがSTSに置けるソルです。

でも、相変わらず子育てには絶賛頭抱え中www


次元世界の平和なんてどうでもいい、と本編で言ってますが、そんなことはありません。

GG2のキャンペーンモードでDr,パラダイムと戦闘中に交わされる会話で分かる通り、それなりに考えてはいます。(分からない人は、そういうもんだと納得してください)

冒頭の発言はただ単に、ツンデレなだけですww


ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat4 訓練漬けの日々の中で
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/07/12 03:55



身体が重い、息が苦しい。全身の筋肉という筋肉が酷使し続けたことにより悲鳴を上げ、細胞という細胞が酸素を求め呼吸を荒くさせる。

心臓はエンジンのように動き自身の鼓動がやけにうるさく感じるが、それを不快に思う余裕など無い。

激しい疲労の所為で意識が朦朧とするが、此処で気を失ってしまう訳にはいかない。

流れ出る汗を拭うこともせず、ただひたすら走り続けた。

否、実際は強制的に走り続けることを余儀無くされ、心情的には逃げていたと言った方が正しい。

背後から迫り、襲い掛かる地獄から。

「ガンフレイムッ!!」

声を聞いて振り返り、後悔する。紅蓮に燃え盛る地獄が放たれるのを見てしまったのだ。

その火炎は無情にして非情。必死に逃げ回る自分達を追い立て、嘲笑するように空間を蹂躙し、大気を舐る。

慌てて四肢を早く動かすが、疲労困憊の身体は意思に反して上手く動いてくれない。

背中が暑い、違う、熱い。もうすぐ後ろまで追いついてきている!!

咄嗟に背後振り返った。振り返ってしまった。その数コンマ何秒が致命的であると自覚していながら振り返ざるを得なかった。

視界が炎で埋め尽くされているのを確認した瞬間、無慈悲な炎に呑み込まれて、意識を――





「いやああああああ!!」

悲鳴と共にティアナは飛び起きた。

「ハァ、ハァ、ハァ……夢?」

ついさっきまで体感していたことが夢だと気付いて安堵の溜息を吐き、今の自分の状況をチェックしてみる。

汗だくの寝巻き姿の自分。場所はベッドの上。汗まみれで気持ち悪い掛け布団、ボサボサの髪、荒い呼吸と早鐘のように脈打つ鼓動、渇きを訴える喉。

「し、死んだかと思った……」

とりあえずまだ生きていることに安心してから先刻の悪夢が此処一週間近く続いているのを思い出して一気に鬱になる。

”背徳の炎”が執り行う研修は、文字通りの地獄であった。

まず始めに基礎体力をつける為、という名目で行われるランニング。手足に重りをつけ、更に魔力負荷を掛けておいてからである。

それだけならまだ常識の範囲内であるが、此処から先が非常識なのだ。

簡単に説明すると、ランニング中に後ろから火炎放射される。火炎放射しながら追いかけてくるのだ。あの鬼は。

何せ火炎放射である、説明も無しにいきなり火炎放射。何故ランニングをしていると火炎放射されるのか、疑問に思う前に常識を疑う。

『消し炭になりたくなかったら必死こいて走れ』

鬼教官その一は相変わらずの仏頂面でぶっきらぼうにそう言い、呵責の無い火炎放射を続けた。一応、非殺傷設定ではあるらしいが、食らえば確実に火達磨になる代物だ。

『もっと早く走らないと焼くぞ』

未だにティアナはギリギリで焼かれていないが、これまで何度か他の研修生が餌食になったのを見た。その度に『ちっ、シャマルの仕事増やしてんじゃねぇよ』と倒れ伏した研修生を足蹴にする姿に、この人の血の色は何色だ? と真剣に悩んだ。

他の鬼教官共は「炎のランナー」とか言いながらゲラゲラ笑ってるだけだし……あの人達は絶対に血も涙も無い。

次は格上を相手にした時を想定した模擬戦。模擬戦と言うよりも私刑と呼んだ方がいい。何度も死ぬかと思ったし、『これが実戦ならお前は○回死んでいる』的なことを鬼教官`Sから何度も言われた。

全く勝負にならない。そもそもBランクになったばかりのティアナとスバルが、オーバーSランクの連中と戦えというのが無茶である。

しかし、鬼教官その二はティアナの喉笛に剣の切っ先を突き付けたまま、真剣な眼差しでこう言った。

『私達相手に勝てとまでは言わん。現在行っている模擬戦は、死と隣り合わせの戦いというものがどういうものか肌で感じて欲しいだけだ。恐怖を覚えることは恥ではない』

操る炎とは対照的な冷たい殺気を滲ませ、鬼教官その二は更に続ける。

『とにかく今は生き汚く抗う術を覚えろ。重要なことは勝つことではない、決して負けないことだ……それが出来ない奴から死んでいく。お前は生き残れるか?』

一週間立て続けにこんな感じの訓練ばかりである。魔力ダメージのノックダウンなんぞ生温い。火達磨にされたり、砲撃で撃ち抜かれたり、雷を落とされたり、氷付けにされたり。拳や剣の腹、ハンマーや杖でぶん殴られて意識飛ぶのは当然で、関節外されたり投げ飛ばされたり、蹴られたり、挙句の果てにはバインドで雁字搦めにされてから爆発である。軽い嫌がらせではないのかと思ってしまい、それを否定出来ない要素があるので質が悪い。

技術的なことや個人スキルに移行するのは、もっと体力と根性がついてからという話を聞いたが、その前に身体が持つのどうか不安だ。

「ぎえええええええっ!!」

突然頭上からカエルが轢き殺されたような絶叫が上がった。スバルが起きたようである。

悲鳴から始まり悲鳴で終わる一日が、今日も幕を上げる。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat4 訓練漬けの日々の中で










今日から少しずつ技術的なことを教えてもらえる、ということで始まった早朝訓練で、今まさにスバルが宙を舞い、背中から地面に叩き付けられた。

「いたたたたぁ~」

よろよろと起き上がるスバルに、緑色のトレーニングウェアを着込んだシャマルが心配そうな表情で近寄って声を掛ける。

「大丈夫? ちゃんと受身取らないとダメよ」

「だ、大丈夫です」

「そう。じゃあ次はもっと力込めて投げるわね」

「え゛……」

そんな馬鹿な、と固まるスバルから数歩離れ、シャマルは半身になり左手を前に突き出して構えた。

「来なさい」

「は、はい!!」

有無を言わせぬ口調と放たれる威圧感に負け、スバルはシャマルに向かって突撃し拳を振るう。

「であああああああっ!!」

が、繰り出した拳はシャマルが半歩退いたことによってあっさり避けられ空を切り、手首と肘の間を取られると同時に足を払われる。

闘牛士よりも華麗かつ巧みな動きでスバルの突撃を横に回って難無くいなし、ついでとばかりに彼女の後頭部に手を添えて投げた。

「ぶえっ!?」

突撃したそのままの勢いで顔面から地面にゴシャァッ、とキスをする破目に。

「もう、さっきから同じことの繰り返しよスバル。攻めるのはいいけど、カウンターで投げられないようにしなさいって何度も言ってるでしょ」

「……うううぅ、シャマル先生がこんなに近接格闘強かったなんて聞いてないよ……何やっても受け流されて投げられる……こういうのをきっと柳を相手にするって言うんだ……柳って植物見たことないけど」

スバルがシャマルに挑み続けてこれで通算二十回目。殴り掛かっては投げ飛ばされ、蹴りを入れようとしては投げ飛ばされを何度もしている。地味な割りに精神的に辛いよこの訓練、こんなんだったらソルさんと真正面から殴り合った方がまだ戦い易い、と心の中で嘆く。

最早スバルは半泣きである。それもそうだろう。仮にもフロントアタッカーというポジションでガチンコ勝負を得意とするスバルが、フルバックのシャマルに手も足も出ない。しかもシャマルは自分から一切仕掛けず、待ちの姿勢。ほとんどその場から動かず突撃をかますスバルをあしらっているだけなのだから。

今日の訓練は単純明快、制限時間内にシャマルを一対一で倒すこと。しかし、シャマルからは基本的に攻撃しない、という研修生からしてみれば「流石に舐めんな!!」と文句を言いたくなる条件が付いている。

シャマルと一緒に仕事をしたことのあるギンガを除いて、スバルとティアナは何時もの私刑めいた模擬戦よりも遥かに楽だラッキー、というか流石にアタシ達のこと馬鹿にしてない? と思っていたのだが蓋を開けてみればこの様だ。

先のスバルの通り、近接格闘で力押ししようとしても投げられるのがオチ。

離れた場所から遠距離攻撃しても普通に防がれる、または避けられる。スバルの前に挑戦したティアナがあらん限りの魔力を注いで撃ち込んだが、魔力弾の半分はヒラリヒラリと交わされて、残り半分は風の護盾に阻まれる。

業を煮やして接近戦を挑めば待ってましたと言わんばかりに投げられる。

(……これって、かなり悪質な訓練だ)

ギンガは内心で呟く。彼女は知っているのだ、この訓練の難易度の高さを。

一見すれば、自分からは攻撃してこないシャマルに一発入れろ、という簡単なものに見てしまいがちだが、それはとんでもない思い違いだ。

バックスというポジションを勤めるシャマルは、仲間の回復や補助、時に指揮を行う彼女は誰よりも倒れてはいけない、そういう存在だ。

何があっても、絶対に。

だから彼女は防御や回避、敵の攻撃をいなす技術が抜群に上手い。否、ソル達との訓練――十年という時を経て血の滲むような努力の果てに上手くなったのだ。

後衛は前衛を支える存在であり、戦況を有利に運ぶ為の鍵となる。前衛に心配をさせてしまうなど許されない、足手纏いになるなど以ての外。常に前衛が背中を安心して預けていられる存在でなければ意味が無い。

ウインクを一つして、シャマルは問い掛ける。

「後方支援が殴り合い専門のスキルを修得しても無意味、適性の低いスキルを鍛えたところで効率が悪い。そう論じる人は多いだろうし間違ってはいないけど、実戦で”もし”狙われたらどうするの?」

この問いに、スバルとティアナは我に返ったようにシャマルに注目した。

「バックスが狙われた時点で前衛の落ち度、チームとしての負けを意味するけど、バックスを先に潰した方が後々楽。先に回復役や司令塔を叩くのは定石中の定石じゃない?」

「確かに……」

己のポジションを鑑みて、ティアナが頷く。

「私が貴方達の攻撃を捌けるのはこういう理由があるの。まあ、普通なら私みたいなのってかなり少ないと思うから、今日の訓練を通してこんなのも世の中には居る、くらいには思っておいて」

自分の仕事をこなすと共に、他の仲間の負担には決してならないようにする。攻撃力が皆無でも構わない、もしも敵の前衛を眼の前にした時に最低限凌げれば良い。言葉にすれば当たり前のことのように感じるが、実際は難しい。

それが出来るからこそ、シャマルはソルから絶大な信頼を勝ち取っている。

「偉そうなこと言ってるけど私だって最初からこんなに上手くなかった。むしろ下手でね。毎回毎回模擬戦で負け越してたのが悔しくて一生懸命練習したの」

チロッと舌を出してシャマルは悪戯っぽく微笑む。

「初めてあの人を投げ飛ばした時は嬉しかったわ。努力が実ったていうのもあったけど、今まで散々、殴られたり蹴られたり剣の柄で小突かれたり火達磨にされたりで酷い目に遭わされてたから、技が決まった時はこれ以上無いくらいに爽快でね!!」

ギンガ、スバル、ティアナは大いに納得した。あの悪鬼が繰り出す攻撃を必死になって対処する内に、あらゆる近接攻撃をいなせるようになったシャマルが出来上がったのだ、と。

「元々合気道とか柔術って、力が強い人や武器を持った相手に対抗する為に編み出された武術だから、皆みたいに攻撃力が高くない私には相性バッチリだったみたいで」

真正面から受け止めず相手の力を利用してカウンターをお見舞いする、これなら攻撃力が低くても大丈夫だと続けた。

「それにしてもこれって凄い高等技術ですよ。私とティアなんか指一本も触らせてもらってませんし」

立ち上がって感心するスバルに対して、シャマルはチッチッ、と指を揺る。

「褒める前に勘違いしないで欲しいのは、私は”強い”んじゃなくて”上手い”だけで、更に言えば決定打に欠けること。相手を倒し切るには至らないから、万能ではないのよ。最終的にはバインドとかに頼ることになるし」

そしてシャマルはギンガに向き直り、構えた。

「さて、そろそろスバルは交代、次はギンガの番ね。好きに攻めて来なさい。一発でも叩き込めたら、あの人にはナカジマ家の女性を『脳筋』だなんて呼ばせないようにするから」

「私はソルさんと殴り合って喜ぶお母さんや、常時頭お花畑のスバルと違って脳筋なんかじゃありません。常に考えて行動してます」

「酷いよギン姉っ!!」

スバルの文句を聞き流し、ギンガは拳を握り締めてシャマルと相対する。

「行きます!!」

ローラーブーツが唸りを上げ、左手に装着したリボルバーナックルの歯車状のパーツ――ナックルスピナーを高速回転させ、ギンガはシャマルに突撃した。










眼の前の人物に向かって全力で突きを放つ。

「ビークドライバーッ!!」

雷を纏いし槍の一撃はさながら閃光。目視も不可能な程の高速なそれは、まさに必殺である。

しかし、それは闇色をした三角形の魔法陣によっていとも容易く防がれた。

「確かに速いが……軽い。この程度では先が思いやられるな」

やれやれと首を横に振り、アインは不敵な笑みで実にわざとらしくエリオを挑発。

「クッ!!」

「悔しがっている場合か? 囲まれているぞ」

「っ!?」

歯噛みしたエリオの周囲には紅に輝くクナイのような刃物が大量に、しかも放射線状に配置されていて今にも全身を貫こうとしていた。

「ブラッディダガー」

ストラーダの穂先をすぐさま退き持ち前の速度を活かしてその場から緊急離脱を敢行したのと、包囲していた血のように紅い刃達がエリオに殺到したのはほぼ同時。

轟音を伴って爆発が発生し、粉塵が舞い上がり視界が悪くなる。

粉塵から抜け出すように離脱したエリオだが、回避に安堵する間も無くアインが追いかけてきて拳を振るう。

なんとか柄で受けるものの、体勢の悪さと拳の重さに負け、後方へと大きく吹き飛ばされた。

尚もアインの追撃は続く。闇色の魔力を纏いし拳がエリオに襲い掛かる。

「ちぃっ!!」

防戦一方になるエリオの苛立つような舌打ち。

一発一発の攻撃が鋭く重い。流れるような動きが反撃を許さない。無数の拳を捌きながらも徐々に追い詰められていく。

もう持たない!! 心の中でこれ以上はマズイと思ったその時――

「アルケミックチェーン!!」

攻めていたアインの死角から突如現れた鋼鉄の縛鎖がその四肢を拘束しようと飛来。

完璧なタイミングのフォロー。キャロの攻撃に心の中で感謝し、態勢を整える為にエリオは素早く退がる。

だが、当のアインは鼻で笑うと死角からの攻撃にも関わらず防いでみせた。腰から伸びた黒い尻尾が鞭のように振るわれ、鋼鉄の縛鎖を弾き飛ばしたのだ。

「その防御の仕方は百も承知ですぅ!! こいつでクタバリやがれ母様!!!」

上空からツヴァイが手を振り下ろすのに合わせて、乗用車サイズの氷塊が雨霰のように降り注ぐ。

耳を覆いたくなるような氷の破砕音が連続的に鼓膜を叩く。あっという間にアインが居た空間は歪で巨大な氷のオブジェが出来上がった。

やがて氷塊の雨が止み、辺りに静寂が訪れる。

「やったかな?」

ひんやりとした冷気が周囲の気温を一気に下げる中、エリオがポツリと疑問を口にした。

その瞬間、闇色の閃光と爆発が氷のオブジェを中心として巻き起こり、砕け散った氷が朝日を受けてダイヤモンドダストのように煌きながら宙を舞う。

全くの無傷で姿を現すアイン。恐らくフォルトレスディフェンスで氷塊の雨を防御してから多大な量の魔力放出で氷を吹き飛ばしただけなのだろう。

ツヴァイの攻撃が意味を成さなかったことを三人が理解するその前に、彼女は手の平を上空に居るツヴァイへと向けた。

そしていきなり放たれたのは闇色の砲撃魔法。避けれないと察して咄嗟に防御魔法を展開するも、バリアごと撃ち抜かれ、闇に沈む。

気絶したのか力無く落ちてくるツヴァイを受け止めようと駆け出すキャロであったが、

「封縛」

静かな声が紡がれ、その四肢をリング状のバインドで拘束されてしまった。傍に居たフリードも同様に。

「クソッ」

口汚く罵ってから突撃しようとしていたのを中断し、エリオはツヴァイの落下地点までダッシュする。

ヘッドスライディングのように飛び込んでツヴァイの身体を受けて止めることになんとか成功。

顔を上げてアインの姿を確認すると、彼女は既にこちらに手の平を向け、魔力を集中させていた。

腕の中のツヴァイは眼を回しているし、キャロもフリードも拘束から逃れられない。

万事休す?

否、断じて否。ツヴァイはノックダウン、キャロは捕まった。でも、まだ自分が残っている、と。

エリオは歯を食いしばって覚悟を決めると、ツヴァイを優しく横たえてから立ち上がり、少し離れた場所でストラーダを構え直す。

「来るか? エリオ」

「ええ。本気で行きます」

前方に、アインに向かって突き出したストラーダを強く握り締め、己の魔力を全身に漲らせる。

発露した魔力が電気へと変換され、周囲の空間が帯電した。

身体に雷が宿る。稲妻を迸らせ、エリオは前傾姿勢になると力強く踏み込む。

疾駆するその身体を守るように円形状の雷が展開され、一気に加速。弾丸のような速度となって突っ込んだ。



「ライド・ザ・ライトニング!!」



自らを一発の雷球と化して突撃してくるエリオを見据えつつ、アインは溜め込んでいた魔力を解放した。



「撃ち抜け、夜天の雷」



翳した手の平から放たれたのは膨大な魔力を注ぎ込んで生成された雷属性の砲撃。

闇色のそれとエリオが真正面からぶつかり合う。

激しく衝突する二つの雷。

魔力が鬩ぎ合い、魔力光が訓練場を眩く照らし、余波が周囲を焦がしていく。

「うおっ、おおおおおっ、おおおおおおおおお!!!」

獣にも似た咆哮を上げ、負けて堪るかと力を込めるエリオ。

「ふふ、なかなか漢気溢れる吶喊だ」

眼を細めて微笑んで、アインは砲撃魔法の出力を上げた。

「だが、まだ青い……身の程を知れ」

その一言が紡がれると同時にエリオは闇色の奔流に押し負け、無慈悲に呑み込まれていく。

(畜生……届かない……!!)

訓練場に巨大な雷鳴が響き渡ると同時に、エリオの意識は闇に没した。










「どうせナカジマ家の女は脳筋ですよーーーーーだ!!」

「……急に何だってんだ」

切りが良かったので他の皆よりも少し早めに訓練を終え、先に食堂で朝食を摂っていた俺の前にギンガが現れると、あっかんべーをして去っていく。

「ドゥーエさん、大盛りの特盛りの盛りっ盛りでお願いします!!」

「はーい」

ギンガは食堂のおばちゃんからてんこ盛りの朝食を受け取り、俺から少し離れたテーブルに座ると、こちらを鋭い眼光で一瞥してから一人早食い競争を始めた。

「あっははは、おはようございまーす」

続いて姿を現したのは乾いた笑いのスバル。その後ろでティアナが「どうも」と素っ気無く会釈してくる。

適当に応えると二人は食事を受け取ってギンガが座っている席に着く。

俺は先のギンガの態度に首を傾げ、まあ気にすることじゃないか、と二秒で思考を止めると食事を再開する。

暫くして他の皆がやってきた。

「ん?」

そこで違和感に気付く。エリオ、ツヴァイ、キャロの三人がムッツリと不機嫌な表情でトレーを手にして並んでいるのだ。

今朝はアインが子ども達の面倒を見ることになっていたのだが、何かあったのか?

そのままエリオ達三人は俺が座るテーブルの隣で食事を開始する。

「シャマル、アイン」

二人が朝食を受け取ったのを見計らって手招き。

すると、二人は嬉しそうな笑顔になって早足でやってきた。アインなんて尻尾まで出してフリフリと横に振っていたので、とりあえず仕舞えとだけ言っておく。

背中に「私は? ねぇ私は?」という視線が複数突き刺さってきたので、視線を送っているであろう人物達に『近くのテーブルで良いなら座れよ』とだけ念話を送る。

「どうだ? あいつらは」

シャマルとアインが席に着いたのを確認すると、俺は口火を切った。





今朝の様子を聞き終えると、俺はマグカップに口を付けコーヒーを啜る。

「そうか。脳筋親子であることが証明されたのか」

フッ、と鼻で笑ってやると離れた所から、ドガッ、と何かが突き立てられる音が聞こえ、ギンガから向けられる視線が強くなった気がした。

「ギン姉、フォークをお皿に刺しちゃダメだよ」

「凄っ、お皿が貫通してる」

スバルの呆れたような声とティアナの感心したような声。

つーか、どんだけ力込めて八つ当たりしてんだあの脳筋? 年々行動がクイントに似てくるな、ギンガは。子どもの頃はもうちょいまともだったのに……やはり血か。

「で、ガキ共は徹底的に痛めつけてやったからご機嫌斜めと」

「ああ。そのおかげで嫌われてしまった」

これっぽっちも痛痒など感じていない澄まし顔で食パンに食らいつくアイン。エリオ達でジト眼になってこちらを見ているのに気が付いているのかいないのか不明だ。

「最近の生意気な態度が少々眼に余ってな。今までよりも多少強く相手をしてやっただけなんだが」

「いいんじゃない? アインのおかげで暫くの間は我侭言わなくなるわね、きっと」

「……」

シャマルはアインに同意しているが、俺は微妙にリアクションに困る。別に悪いことをした訳では無いので気にする必要など無いのだが、こんな風に育てるからネジが飛ぶんではなかろうか、と近年思うようになった。

しかし、此処で子ども達をフォローするようなことを言ってしまえば絶対に「甘いぞソル」「アナタは本当に子どもに甘いんですから」と非難の嵐が発生するだろうから黙っておこう。

最近は少し生意気になってきたな、と俺も感じていたのは事実だし。

黙々と考えながらコーヒーを啜っているとカップの中身が空になってしまったので、お代わりをもらおうと立ち上がろうとしたその時。

「コーヒーのお代わりはいかがですか、ソル様?」

背後から柔らかい声が掛かったので振り返る。

そこには、長くくすんだ金髪と緑の瞳が特徴的な、エプロン姿の若い女性が居た。このDust Strikersにて食堂のおばちゃんと寮母を兼任して働くドゥーエという名の女性だ。

人事に関することは全てグリフィス達に任せていたので詳しく知らないが、寮母として雇ったもう一人のアイナという女性だけでは人手が足りなくてやっていけないらしいので急遽雇うことにしたらしい。

まあ、人手が足りないのなら改めて雇い入れた方が賢明だろう。此処はギルド組織としての心臓にあたる運営所と、研修生達の寮、俺達運営側の人間が利用する寮、賞金稼ぎ達の為の簡易宿泊施設が存在する。

建物の数に合わせてそれを管理しなければいけない人間というのも当然増えてくるので、一人でも増えてくれるのはありがたい、と数日前にグリフィスが俺を恨みがましい眼で見ながらそう言ったのを思い出す。

ちなみに、アイナとドゥーエは寮母というより管理人と呼称した方が正しいかもしれない。

「お代わりはありがたいが、俺を『様』付けで呼ぶのはやめろ」

差し出したカップに熱々のコーヒーが注がれるのを見ながら、俺は文句を言う。

しかし、ドゥーエはニコニコ笑顔で首を振る。

「いいえ、ソル様はソル様です。この呼び方以外で貴方様を呼ぶなんて恐れ多い」

何度言っても毎回これである。何故か知らんが、この女は俺に対してやたらと腰が低く、まるで従者のように仕えようとするのだ。勿論、俺はこれまでこいつと接点を持ったことが無い赤の他人であるにも関わらず、だ。

ドゥーエの態度の所為で変な噂が蔓延っているらしく、此処で働く一部の人間(男女問わず)からただでさえ冷たい視線を向けられているのに、それがますます冷たくなっている。

訳分かんねぇな。心の中でうんざりしていると、隣に座っていたアインが急に立ち上がってドゥーエを睨む。

「ソルがやめろと言っているのが分からないのか、このメス豚」

突然喧嘩腰な物言いに、周囲に居た連中は俺も含めて全員が眼を点にした。

「貴女こそ、ソル様の使い魔という立場でありながら先程から主人に対する態度がなっていないわね、このアバズレ」

そして更に驚くべきことが起きる。アインの憎悪が込められた視線を真っ向から受けて返すドゥーエの態度に食堂の時間が止まる。

(……な、何が起こってる?)

流石の俺でもいきなりの事態に状況把握が出来ない。

そうこうしてる間に二人は額をくっ付かせる程の距離で雰囲気を険悪にさせると、口汚く罵り合いを始めた。

「貴様を初めて見た時から気に入らなかった。ソルを舐めるような厭らしい眼で見るな、屑が」

「そう、奇遇ね。私も貴女のことが気に入らないから嫌ってくれて結構よ。それにしても不思議ね? 貴女みたいなクソアマがソル様のお傍に居るなんて」

「どういう意味だ?」

「脳に詰まっているのは飾り? 自分で考えなさい」

「貴様は屠殺場で殺される豚のような死がお望みのようだな。実にメス豚らしい」

「もしかして貴女、家畜を殺して悦に浸る趣味でもあるの? 変態ね」

「……」

「……」

なんで朝の食堂で殺し合いが始まりそうになっている? 絶対零度を通り越した冷たい空気が殺伐とした場を作り出していた。

『おい、シャマル』

『何?』

素知らぬ顔でサラダをつついているシャマルに念話で話しかける。

『アインの奴、なんでいきなり喧嘩吹っかけてんだ?』

俺の知る限り、アインはあまり人見知りしない性格である。礼儀も弁えているので初対面の人間に対して侮蔑の視線を向けて罵るような女ではない。俺の知らない合間にドゥーエと何かあったのだろうか?

『同属嫌悪じゃない?』

周囲に居る誰もが戸惑い置いてけぼりを食う中、我が家の連中は何処吹く風と全く気にしていない辺り、どいつもこいつも凄いとしか言えない。

『何?』

『だから同属嫌悪。この二人、なんとなく似てない?』

『俺にはよく分からんが』

睨み合っている二人を改めて眺める。何処がどう似ているのかイマイチ分からない。

と、そこへ意外な人物が割って入る。

フェイトだ。

「こんな所で喧嘩はやめなよ。皆見てるし、みっともないし」

流石に見過ごせなくなったらしい。

「……フェイト」

「……フェイトお嬢様」

頭が冷えたのか、剣呑な雰囲気が多少和らぐ。

『おい、なんでフェイトがお嬢様呼ばわりされてんだ?』

『さあ?』

『あのドゥーエって女、一体何なんだ? 俺は様付けで、フェイトはお嬢様、この前なんてエリオのことお坊ちゃま呼ばわりしてたぜ。他の連中は普通にさん付けなのに、アインに対してはあの態度だ。訳分かんねぇ』

『だから知らないってば。本人に後で聞いてみたら?』

コソコソとシャマルに聞いてみるが、明確な答えは返ってこない。

『ただ一つ分かってるのは』

『分かってるのは?』

『ドゥーエさん、アインに対しては同属嫌悪してるけど、フェイトちゃんに対しては仲間意識みたいなの持ってるわよ。たぶん』

『何だそれ? なぞなぞか? 言われてみれば確かにフェイトに対しては柔らかいが』

今もフェイトだけには「申し訳ありませんでした」と頭を下げている。アインの方はこれっぽっちも見ようとしないが。

『根拠は無いんだけど、なんとなくそんな感じがするの』

『女の勘って奴か?』

『うん』

『当てに出来ねぇ……』

シャマルの言葉に呆れていると、フェイトのおかげでどうにかこうにか矛先を収めたのか、アインはやや乱暴に席に着き、ドゥーエは黙って厨房へと戻っていく。

(まあ、どうでもいいか)

俺は面倒臭くなって思考放棄して、未だに飯を食っているガキ共三人に早く学校行けと促すことにした。










どんな職種であれ、社会的集団を構築している職業には必ず報告書というものが存在している。

報告書とは名前の通り、業務の進捗などを上司に伝える為に提出する書類。

書いて提出するのは面倒だが、提出された数多の報告書に目を通さなければいけない管理職という仕事はもっと面倒なのだ。

十一時半頃になって賞金稼ぎ達から送られてくる報告書を全て片付け終えると、俺は椅子に腰掛けたまま大きく伸びをした。

(……面倒臭ぇ)

事務仕事は難しくもなければ危険も皆無で楽な作業ではあるが、はっきり言ってつまらない。

個人的にはデバイスルームに引き篭もって朝から晩までデバイスを弄くっているか、外に出て研修生達を苛めてる方が楽しい。

元科学者という昔取った杵柄のおかげで報告書を読むこと自体は苦ではないが、あんまり量が多いとうんざりする。

(切りも良いし、ブレイクタイムに入るか……集中力も切れたしな)

基本的に俺は規定の就業時間というのを定めていない。切りが悪ければ良いところまで続けるし、良ければすぐにやめる、というスタイルなので他の皆よりも早いか遅いかのどちらかだ。

つまり、気分次第で一人で勝手に休憩に入るし、一人で勝手に上がるのだ。勿論、切りが悪ければ良いところまで続けるので居残りなどもしたりもするのだが。

意識と比べて身体は予想以上に退屈していたらしく、立ち上がってみると自然と欠伸が漏れた。

首を回してゴキゴキと音を立てた後、グリフィスを筆頭にした他の事務員達に何も告げずにその場を後にしようと一歩踏み出す。

「ソル」

広くて静かなオフィスに俺を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、そこにはスーツ姿のシグナムがバツの悪そうな顔で立っていた。

ん? スーツ姿?

俺は違和感を感じて時刻を確認する。

現在時刻は十一時三十五分。スケジュールが予定通り進んでいるのであれば、シグナムは騎士甲冑姿であと二十五分は訓練場で研修生達の面倒を見ている筈だ。

「何だよ?」

何かトラブルでも発生したのだろうか。

「その、だな……」

「?」

普段のはきはきとした口調と比べるとやたら歯切れが悪い。

それに、背中に何か隠しているのか両手を見せようとしないし、後ろめたいことがあるのか視線を合わせようとしない。

「怒らないからとっとと言え」

どうせ碌なことじゃないんだろうな、と思いながら腕を組んで促す。

数秒待つ。

やがてシグナムは覚悟を決めたのか、ゆっくりと両手を俺の前に差し出して、隠していた物を晒した。

「先程、模擬戦の最中に……」

「……こいつは酷ぇな」

それは激しい戦闘の末破壊されてしまったデバイスの成れの果てだった。銃身が半ばからへし折られ、内部の部品がひしゃげたまま飛び出し、フレームが粉々になっている。少しでも衝撃を加えようものならあっさりバラバラになってしまいそうだ。

「ティアナのアンカーガン、か?」

「そうだ。模擬戦をしていたら壊れてしまって」

「壊した、の間違いだろ」

「う……だが仕方が無いと思わないか? 私達が行う模擬戦は実戦形式だ。故に、峰とはいえ私も全力でレヴァンティンを振るっている。敵戦力を削る為にデバイスを――」

「皆まで言うな、分かってる。別にお前に悪気があってティアナのデバイスをお釈迦にしたなんて思ってねぇよ」

デバイスは魔導師にとって重要な役目を担っている。俺みたいに便利な道具や武器、としか見ていないタイプの人間はかなりの少数派で、誰もがそれぞれの愛着や思い入れを持ってデバイスを扱っている。実用的な面は当然で、精神的な面での支えになっている魔導師っては多く、なのは達だってそうだ。

相棒、パートナー、デバイスに様々な呼び方が存在する理由はこれだ。シグナムはそんな大切な代物を壊してしまったことに責任を感じているんだろう。

「ソル、なんとか出来ないだろうか? いくら訓練中に起きたアクシデントとはいえ、これではティアナに申し訳が立たん」

酷く落ち込んだ様子で、縋るような眼差しで懇願してくるシグナム。その姿が不謹慎にも少し可愛いと思ってしまったのは内緒だ。

「ちょっと見せてみろ」

可哀想なガラクタと化してしまったデバイスを受け取る。

「どうだ? 修理出来そうか?」

不安と期待が入り混じった表情のシグナムを横に置いて、デバイスを検分すること一分。

手にしていたデバイスをデスクの上に置き、俺が出した答えは――

「無理だ」

否定の言葉。率直に事実を述べると、シグナムからガラスの割れたような音が聞こえた気がした。

「なんとかならないのか!!」

「どうにもならん」

両肩を掴まれ激しく揺さぶられるが、直らないものは直らない。何せ壊れてない部分が無いのだ。部品交換云々で済ませられる問題ではない。直そうと無駄に足掻くよりも新調した方が早い。

「変な期待をされても困るから断言する。絶対に無理だ」

「そんな、ソルは私にもう一度ティアナに土下座しろと言うのか」

「……土下座したのかお前」

俺のスーツに顔を埋めるようにして項垂れるシグナムの頭を慰めるように撫でてやる。このしょげっぷりを見る限り、相当責任を感じていたようだ。

「ティアナ、怪我してねぇのか?」

「模擬戦の後すぐにシャマルの所へ連れて行ったが、怪我らしい怪我はしていない。痛みと痺れが多少残る程度で大事には至らないと聞いた」

レヴァンティンの峰で銃身を思いっ切りぶっ叩いただけ、というのが不幸中の幸いか。あと数センチ外れていたら大怪我だったが。ま、そんなヘマをシグナムがする訳無いのでそこら辺は杞憂で終わってくれた。

「今度から気を付けろ」

「ああ」

「反省してるか?」

「当然だ」

「なら許してやる」

「え?」

顔を上げ、ポカンとしているシグナムに笑いかけると、その手を取って歩き出す。

「ソ、ソル?」

「ついて来い。許してやる理由を見せてやるぜ」

何がなんだか分かっていないシグナムをやや強引に引き連れ、オフィスを後にした。





シグナムの手を引いてやって来たのはデバイスルームである。

「シャーリー、入るぞ」

一言断ってからそのまま入室。

こちらに気付いたシャーリーが居住まいを正して立ち上がるので、ティアナのアンカーガンをシグナムがぶっ壊したことを簡単に説明した。

話を聞き終えたシャーリーが眼鏡を光らせる。それを確認すると、俺は口元を歪めて問う。

「例の物、出来ているか?」

「はい、今仕上がりが終わったところです」

「ほう……見せてみろ」

「??」

俺とシャーリーのやり取りがよく分かっていないシグナムはひたすら首を傾げている。

そんな彼女を放置したまま、シャーリーは一枚のカードを取り出し、俺に手渡してきた。

手の平に収まる程度の大きさの金属プレート。これがこのデバイスの待機状態だ。

「名は?」

「クロスミラージュです」

「ミラージュ、蜃気楼か。幻術を使うティアナのデバイスに相応しい名だ」

「ティアナの!? それがティアナのデバイスだと? ソル、これはどういうことだ?」

疑問を口にするシグナムに俺は説明する。

「ティアナが使ってたアンカーガンと、ナカジマ姉妹が使ってるローラーブーツが自作のデバイスだってのは知ってんだろ」

「ああ」

今時自作デバイスなんて珍しい。俺個人としてはどうして給料で新しいデバイスを買わないのか不思議でしょうがない。

「素人が作ったにしちゃそこそこ良い出来だと思うが、俺の眼から見たら子どもの玩具と大差無ぇ」

「……ソルのマイスターとしての実力は重々承知しているが、いくらなんでも言い過ぎだぞ。お前は元々そっち方面の人間ではないか」

アマをプロと比べること自体が間違っている、と鋭い突っ込みが入るが受け流して続けた。

「こんなんでやってけんのかって不安に思ってたら、このメカオタクが『それならいっそのこと私が新しいデバイス作りますよ』って勝手に張り切り始めてな」

「メカオタクだなんて、そんなに褒めないでください」

「褒めてねぇよ。んで、好きなようにやらせてみた結果が、これだ」

「まだティアナの分しか出来上がってないんですけどね」

頭をかきながらアハハと笑うメカオタクは実に楽しそうな笑顔だ。

合点がいったのか、シグナムは大きく頷いた。

「なるほど。許してやる理由というのは分かったが、制作費は一体どうしたんだ? 何処からそんな資金を捻出した? ワンオフのデバイスとなると部品から材料に至るまでかなりの高額になる筈だ。実際、ソルが私達のデバイスを改造してくれた時もかなり金が掛かったと後々愚痴っていたではないか」

「給料から天引き、ついでにあいつらの保護者から搾れるだけ搾った」

「……当然、本人達はこのことを了承済みなんだろうな?」

「いや」

「そんなことを勝手にするからあちこちで暴君とか外道などと呼ばれるんだお前は!!」

しれっと答えてやったら何故かシグナムが憤慨する。

「気にするな。自分の命を預けるデバイスへの先行投資だと考えれば些細なことだ。命あっての物種って言うだろ」

「むうぅ……お前が言うと正論のように感じると同時に暴論にも聞こえるから迂闊に納得出来ん」

腕を組み眉を顰め唸っているシグナムから視線を手の平にあるカードに戻す。

「起動しろ、クロスミラージュ」

<了解>

機械音声と共にカードが光に包まれ、一瞬にして一丁の拳銃へと形を変える。

クロスミラージュを触りながら様々な角度で眺めていると、シャーリーから詳しい説明が入った。

「クロスミラージュ、型式番号XC-03。今までのアンカーガンとの大きな違いはワンハンドモードとツーハンドモードへの切り替えが可能になった点です」

「これは、インテリジェントか?」

「最新式です」

「カートリッジシステムは?」

「一丁につき四連装」

「インストールされている術式は?」

「現在ティアナが修得している魔法は全て登録済み。持ち主の実力に合わせてアップデートを前提としています」

「近接格闘用は?」

「ダガーモードを搭載」

「……パーフェクトだ、シャーリー」

「感謝の極み」

恭しくお辞儀するシャーリーに俺は一つ提案をしてみる。

「性能テストを兼ねて、模擬戦でもしてみるか?」

「分かった、すぐに準備する」

「お前が相手だとまた壊すからダメだ、すっ込んでろ」

模擬戦、と聞いて新しい玩具を与えられた子どものように瞳を輝かせるシグナムを牽制しておく。

俺との模擬戦が三度の飯よりも好きだというのは知ってるが、断られたからといってデバイスルームの隅で体育座りする程落ち込むなと言いたい。

「テストって、早速ティアナがクロスミラージュを使って模擬戦するんですか?」

「違う」

手の中でクロスミラージュをくるくる回しながら、俺は不敵に笑って否定した。

「俺がクロスミラージュを使って、シグナム以外の誰かとだ」






[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat5 遠き地に霞む蜃気楼
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/07/27 02:27
「封炎剣は使わねーってマジなんだろうな」

胡散臭いものを見るような眼で確認してくるヴィータに対して、ソルは鷹揚に頷いた。

「ああ、使うのはコイツ、クロスミラージュだ」

聖騎士団の制服を模したバリアジャケットを纏い、一丁の拳銃を掲げるソル。

ニヤリとヴィータは唇を吊り上げると、隣で腕を組んで瞼を閉じていたザフィーラに笑いかける。

「勝てるぜザフィーラ。封炎剣が無くてヴォルカニックヴァイパーが使えねーソルなんて怖くねー」

「お前はよくあれで叩き落されていたからな」

「うっせー。そもそもおかしいんだよあの技。剣を地面にぶっ刺してから跳躍する、っつー手間掛かる過程があんのに、なんでモーションが異常に速いんだよ?」

ザフィーラの指摘に嫌なことを思い出したのかヴィータは唇を尖らせる。

「俺の剣は居合いだからな」

「地面を鞘に見立ててるって言うけどな、お前絶対に居合いの定義間違ってるぞ」

「……そろそろ始めるぜ」

半眼になるヴィータの言葉を聞き流し、ソルは二人を促しそれぞれが位置につく。



HEVEAN or HELL



「アイゼン、コテンパンにのしてやろうぜ」

<当然>

紅いドレスのような騎士甲冑を翻し、ヴィータはアイゼンを一振りすると構えた。



DUEL



「……」

無言のまま組んでいた腕を解き、ザフィーラも臨戦態勢に入る。



Let`s Rock



「状況開始!!」

立会人のシグナムが掲げた手を振り下ろすと同時に、ヴィータがソルに向かって一直線に突撃をかました。

疾風のような勢いで猛然と迫るヴィータがアイゼンを振りかぶり、ソルの斜め上空から全力で振り下ろす。

「フハハハハハッ!! 上から失礼するぜソル!!」

下品に笑われながら一瞬で間合いを詰められたにも関わらずソルは慌てず騒がず、愉快そうに唇を歪めると屈み込む。

そして爆発的な跳躍。

近接武器が無ぇのに対空迎撃して来やがった!! まさかあの銃でやんのか!? とヴィータの眼が驚きで大きく見開く。

タイミングがズレてしまった所為でヴィータの先制攻撃は見事に空振り。振り下ろしたアイゼンの間合いの中、ヴィータの懐に潜り込んだソルの顔がもう既に眼の前にある。

「シュトルム――」

熱と衝撃が腹に突き刺さる。確認するまでもなく自身の腹部にソルの膝がめり込んでいるのが分かった。

ヴィータの”く”の字に折れた身体が仰け反るのに合わせて、ソルは宙返りするように膝蹴りの足を伸ばし、炎を纏った踵で彼女の顎をかち上げる。つまりサマーソルトキックをお見舞いしたのだ。

「ヴァイパーァァァッ!!」

蹴り飛ばされたヴィータは火達磨になりながら綺麗な放物線を描いて、碌に受身も取れず開始位置にドシャッと着地。

「ソル相手に迂闊に飛び込むな……」

額に手を当て、頭痛を堪えるようにやれやれと溜息を吐くザフィーラであったが、あまりにも言うのが遅い。

大の字になって倒れていたヴィータは弾かれたように勢い良く跳ね起き、口の中を切ったのか一筋の血を垂らしながら絶叫した。

「詐欺だろこれーーーーーー!!!」










背徳の炎と魔法少女 StrikerS Beat5 遠き地に霞む蜃気楼










シグナムにお前の新デバイスの性能テストを行うから見学しに来い、そう言われて医務室から訓練場に連れてこられたティアナ。

性能テストと言うのでどんなものかと思えば模擬戦で、しかも眼にした光景は飛び膝蹴り&サマーソルトキックだ。

「……性能テスト?」

疑問を口にするのも当たり前だ。自分がソルの立場だったら、速攻をかけてきたヴィータに対して射撃魔法で牽制するか素直に回避行動に移るかのどちらかである。

間違っても飛び膝蹴りで迎撃なんてしない。

隣では面白がってついてきたナカジマ姉妹が「おーっ」と感心の声を上げていた。

シャーリーなんて何かがツボにはまったのか、蹲って必死に笑いを堪えている。

「これ、アタシの新デバイスの性能テストなんですよね?」

ジト眼のティアナがシグナムに問う。

「そうらしいな」

応じるシグナムのこめかみには汗が浮かんでいる。

「あのデバイスを使えば今の飛び膝蹴りが出来るようになるんですか?」

「いや……今のはソルの純粋な技だ。間違ってもデバイスによるものではない」

「そうですか……だったら早くデバイスとしての性能を見せて欲しいんですが」

ティアナはシグナムにではなく、離れた所でヴィータとザフィーラの二人と相対しているソルに向けて責めるような口調で呟いた。

そんなティアナの態度が少し気になって、シグナムは彼女の横顔を暫しの間観察していたが、気に留めることでもないかと思い直して視線を戻す。





「聞いてねーぞこんなの!! 何だよシュトルムヴァイパーって!? 十年も一緒に居て今まで一回も見せたこと無かったじゃねーか……つーか、これってデバイスの性能テストだろ? 炎使ってねーでデバイス使えーーーー!!!」

アイゼンを振り回しながらギャーギャー文句を言うヴィータではあるが、先の攻撃が効いているのか膝がガクガクと笑っている。喧しくがなり立てているのは回復する時間を少しでも稼ぐ為だろう。意外に考えていることがせこい。後半部分は最もであるが。

「剣の代わりに足が出たくらいで喚くな鬱陶しい」

ソルは呆れたように溜息を吐きながら銃口をヴィータに向けて引き金を引く。

ズドンッ、と腹の底まで響く銃声と共に赤い魔力弾が高速で発射され、空気を抉りながら一直線に飛ぶ。

単純かつ初歩的なただの魔力弾とはいえ、馬鹿みたいに多大な魔力が込められている攻撃は、まともに食らえばどんなバリアをも貫き致命傷を与えることが出来る必殺の弾丸だ。

それ程恐ろしい威力を持つ攻撃をヴィータは眉一つ動かさず冷静に、首を捻って難無く交わしてから飛行魔法を発動させ、その場に浮く。

初撃が避けられたことに構わず、ソルはクロスミラージュを二丁拳銃――ツーハンズモードに切り替えると、ヴィータとザフィーラに向けてマシンガンのような勢いで連射した。

耳を劈く銃声はさながら工事現場でコンクリートにドリルで穴を開けようとしているかのような騒音だ。破壊の嵐がマズルフラッシュと共に吐き出される。

いきなりの攻撃に慌てて横に飛び退き、逃げ続ける二人。それを追う弾丸の雨霰。ひたすら連射、否、乱射しまくるソル。

「ハリウッド映画じゃねーんだよ!! 弾切れ起こさねーからって無駄に撃ちまくりやがって!!」

必死に回避行動を行い魔弾から逃げ回るヴィータが怒鳴る。一瞬でも動きを止めれば蜂の巣なのでその表情は真剣そのものだ。

「銃なんてなぁ、撃って当たりゃあいいんだよ」

暗に、だから精密射撃なんて面倒臭ぇから俺はしない、と言っているような発言をするソルにヴィータは更に噛み付くように叫ぶ。

「何時も言うことが極論だなテメーは!! 謝れ、真面目に射撃魔法使って戦ってる魔導師全員に謝れ、今すぐに!!」

逃げながらヴィータはアイゼンを持っていない左手に、指と指の間に鉄球を顕す。その数四つ。それを自身の進路上に放り投げ、横方向に身体を一回転させて打ち抜いた。

「シュワルベフリーゲン!!」

ハンマーに引っ叩かれた四つの鉄球は紅の魔弾となって弧を描き、それぞれが違う軌道でソルに襲い掛かる。

高い誘導性能とバリア貫通能力を持っているヴィータの魔法にソルは眉を顰めると、撃ち落す為に狙いを二人から迫り来る魔弾に切り替えた。

その一瞬を、ヴィータとザフィーラが見逃す訳が無い。自分が狙いから外れたことを悟った瞬間に転進、全速力を以って一気に離れた間合いを詰める。

「ちっ」

ソルがヴィータの魔法を全て撃ち落す頃には、既に二人は近接武器の距離まで近付くことに成功していた。

「テートリヒ・シュラーク!!」

「はああああああああああああっ!!」

左手側からヴィータがアイゼンを、右手側からザフィーラが手の平に魔力を纏わせ爪の形を成して、ほぼ同時に振るう。

「ダガーモード」

<了解>

ぼそっと囁かれた命令に応じて、クロスミラージュの銃口から魔力刃が発生。銃把をも魔力刃で覆うようにして展開するその外見は、まさに近接戦闘を想定して作られたダガーモードと呼ぶに相応しい。

二丁拳銃から双剣――二刀流となったクロスミラージュで、ソルは左右からの攻撃を受け止めた。

甲高い金属音が訓練場に響き渡る。

「こんのっ……!!」

「やはりそう甘くはない、か」

ヴィータとザフィーラが歯噛みするのを待っていたように、ソルは力任せに二人を弾き飛ばす。

間合いが再び離れるが、挟み撃ちの形はそのままだ。

「やっぱ、こっちの方が戦い易いな。ちまちま攻撃すんのは性に合わん」

双剣となったクロスミラージュを軽く掲げて肩を竦めて苦笑するソル。

あれだけ銃を乱射しておきながら何がちまちまだ、とこの場に居る誰もが心の中で突っ込みを入れる中、彼は右手に持っているクロスミラージュだけを元の拳銃に戻した。

片方は拳銃、もう片方には剣――遠距離と近距離に両対応する為だろう――を構えると、ソルは傲岸不遜に言い放つ。

「オラ、掛かって来いよ。まだテストは終わってねぇぞ」

挑発めいた口調。

「言われなくとも!!」

「ぶっ潰してやる!!」

ザフィーラ、ヴィータがそれに応えるように雄叫びを上げ、ソルに向かって魔法を放った。





相手との距離、状況に応じて拳銃と剣を切り替えて戦うソルの姿。

その光景にナカジマ姉妹は素直に尊敬の眼差しを向け、シャーリーは「良いデータ取れてる取れてる~」と眼鏡を光らせ、シグナムは「私もソルとしたい……」と武者震いをしている。

そんな中でも特に真剣な表情で模擬戦を見ているのはティアナだった。

眼を皿のようにし瞬きも忘れ、一瞬たりとも見逃さないと言わんばかりに。

ティアナのような精密射撃を信条とする射撃型の魔導師から見れば、ソルの戦い方ははっきり言って滅茶苦茶である。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるを実行している中、遠距離での戦い方など、魔力量に自信が無いティアナにはとても真似出来ないし、馬鹿みたいでしたくない。

しかし、並みの魔導師であればそれだけで通用してしまうのでタチが悪い。更に中距離と近距離での戦い方はこれまで見てきた誰よりも参考になる。

中距離は銃で射撃による牽制を行い、近距離は剣と体術を用いて迎撃する。距離の変化に応じて戦い方を切り替える様は鮮やかだ。

接近戦を得意とするベルカの騎士二人を相手に立ち回る上手さ、合理的かつ効率的な身体の動かし方、有効な間合いの詰め方と離し方、背中に眼でもあるのではないかと思わせる死角の無さと対応力。

持って生まれた抜群の戦闘センス、数え切れない程豊富な経験が成せる業の数々。

一対二という不利な状況で互角以上に渡り合い、開始直後以降は一切炎を使っていない。普段使い慣れないデバイスを使用しているというおまけ付き。ただ単純に魔力量が多いだけではないソルの底知れない引き出しの多さに、ティアナは改めて畏怖にも似た嫉妬を覚える。

彼の持つ全てが今の自分には一つも無く、将来執務官という役職を希望するティアナにとっては喉から手が出る程欲しくなるものだった。

「ソルさんって何でも出来るんですね。私なんて適性無いに等しいから遠距離攻撃全然出来ませんよ」

暢気に呟くスバルにシグナムが応じる。

「アイツは基本的に何でも出来るからな」

何でも出来る、その言葉は今のティアナにとって羨望以外の何物でもない。

「じゃあなんで普段は接近戦しかしないんですか?」

ギンガが問う。

「遠距離攻撃は殴ったり蹴ったりした時のような手応えが無いからダメージを与えた実感が沸かないと言っていたな。あとは接近戦の方が早く片が着く、とのことだ。一撃必殺を信条としているから最も高い攻撃力を誇る接近戦が一番効率が良い、というのがソルの考え方だ」

「それ、凄く格好良いですね!!」

何故かスバルがはしゃぐ。

「ただ単に面倒臭がっているだけだがな、アイツは」

見ているだけで血沸き肉踊っているのか、眼をギラつかせ危険な光を放つシグナム。

「でもソルさんって魔法戦だけじゃないんだよ。本当にあの人って何でも出来るの。事務仕事なんて誰よりも早く終わらせちゃうし、ロストロギア関連の考古学にも凄く詳しいし、資格は持ってないけどデバイスマイスターとしては最上級の腕前だし」

デバイス制作中によく手伝ってくれたんだ、と笑うシャーリー。

「シグナムさん達のデバイスの面倒見てるのもソルさんだしね」

完璧超人みたいな人物像を聞かされてティアナは内心で呆れ返る。ソル=バッドガイはどれだけマルチな人間なのだろうか、ついでに自分の新しいデバイスの制作にも一枚噛んでいるらしい、と。

「あのチンピラのような外見や性格から大半の者が勘違いしているが、本来ソルは科学者、研究職の人間だ。初めから賞金稼ぎだった訳では無い」

……え?

シグナムの何気無い言葉に四人は固まる。

「私は門外漢なので詳しくは知らんが、確か物理学の分野で学位を持っていたと言っていた」

「……が、学位、ですか? 優秀なデバイスマイスターかつ考古学者っていうのは知ってましたけど、物理学の科学者さんだったなんて初めて聞きましたよ」

「あくまでソルの故郷の学問で、と前に付くがな」

信じられないといった表情のギンガの質問に、シグナムは特に気にした風もなく答えた。

(嘘は言ってない、嘘は)

心の中でチロッと舌を出しながらであったが。





「牙獣走破!!」

「ライオットスタンプ!!」

ザフィーラとソルが真正面から、お互いが同時に飛び蹴りを放ち、踵と踵が激しく衝突する――

「何っ!?」

ように見えただけで、二人が接触する瞬間にソルの身体が掻き消えたことにザフィーラは驚愕の声を上げた。

高位幻術魔法、フェイク・シルエット。今しがた蹴りを放ったソルの姿はただの幻影だ。この事実にギャラリーも含めて誰もが驚く。

だが、一番泡を食っているのは戦っているヴィータとザフィーラだ。

「いつの間にシルエットが!? ……オプティックハイドとフェイク・シルエットの併用。二つの幻術魔法を同時行使で消えやがったな!! 何処に居やがる!?」

戦慄しているヴィータが苛立たしげに吐き出した台詞に、ティアナは思わず息を呑む。

自身にオプティックハイドを使い姿を消し、それに合わせてフェイク・シルエットを用いて自身の幻影を作り出し敵に戦っていると錯覚させる。ソルが行ったことを簡単に説明するとこんな感じになるが、幻術魔法を駆使して戦うティアナにはこれがどれ程ハイレベルなことがよく分かった。

目まぐるしく動くことを余儀無くされる接近戦で、相手に悟られること無くこんな芸当をしろと言われても彼女には出来ない。

何しろ相手は手を伸ばせば届く距離で武器を振るって襲い掛かってくる。その最中に、絶妙なタイミングで自身の姿を消し幻影と入れ代わる、しかも相手にバレないようになんて超高等技術だ。

自分だったら眼の前に居る相手の対応で手一杯だろう。ただでさえティアナは接近戦が不得意な魔導師だ。相手から遠く離れた場所でなら絶対に出来ると言い切れるが、至近距離で、殴り合いの最中には流石に無理である。

相手とある程度距離を離した状態で、似たようなことなら可能なのに。

「ガハッ!!」

突然ザフィーラが後ろから何かに突き飛ばされたように身体を泳がせた刹那、紅蓮の閃光が胸を貫いた。

うつ伏せに倒れたザフィーラの背後の空間がボヤけると、やがて拳銃を構えて立っているソルが姿を現す。

「匂いでバレる前にザフィーラを潰せるか少し不安だったが、間に合って良かったぜ」

やれやれと溜息を吐きながらソルはヴィータに銃口を向けた。

いくらザフィーラが臭覚の鋭い狼とはいえ、ほんの数秒間だけオリジナルと幻影が入れ代わったことを見破るのは困難を極める。この戦術はどうやらザフィーラにバレるかバレないかの賭けに近いものだったらしい。

「ソル、テメー……いつの間にシルエット使って入れ代わってた?」

「テメェで考えろ」

「ちっ」

吐き捨てるように舌打ちするヴィータを冷たく見据え、引き金に力を込める。

「性能テストはこいつで終いだ」

ソルが勝ち誇った刹那――



「肉は切らせてやった……故に、骨はもらうぞ」



誰も予想していなかったことが起きた。

うつ伏せに倒れていた筈のザフィーラが、正確には彼の踵が、いきなりクロスミラージュを持つソルの左手を跳ね上げたのだ。

既にザフィーラは倒したものだと思い過ごしをしていたソルは、この不意打ちに反応出来ず、クロスミラージュを手放してしまう。

青い空に向かって、高く、真っ直ぐ昇っていく拳銃一丁。

「ザフィーラ、ナイス!!」

いち早く反応を示したのはヴィータだ。クルクル回転しながら上を目指すクロスミラージュ目掛けて跳躍し、そのまま加速して手を伸ばす。

「ちっ!」

応じるようにソルも跳躍しヴィータを追う。

ソルとヴィータはバスケットボールで言うリバウンドのようにクロスミラージュを取り合うが、これは模擬戦。一応ルールなんてものがあることにはあるが、スポーツのように穏やかなものである訳が無いし、実戦形式は基本的に何でもありなので、実際あって無いようなもんである。

当然の如く空中で上昇しながら殴り合いに移行することに。

「来んなよっ!!」

「邪魔だどけ」

鉄槌が振り下ろされ、繰り出されたアッパーと激突した。

きっかり二秒間拮抗すると、ソルが自慢の力押しでアイゼンを弾きヴィータの体勢を崩す。

そのまま手を伸ばし、ヴィータの襟首を掴んで引き寄せようとするが――

「舐めんな、読めてんだよ」

アイゼンを持っていない左手で襟首まで伸びてきた手を裏拳するように振り払ってから、右手のアイゼンをもう一度振り下ろす。

「さっきのお返しだオラァァァァァァッ!!」

乾坤一擲ならぬ乾坤一撃。

腕を折り畳んで鉄槌の一撃をなんとか防ぐソルであったが、地面に向かって勢い良く吹っ飛ばされる。

空中で上手く体勢を整えて地面に難無く着地するも、既にクロスミラージュはヴィータが手にしていた。ニンマリ笑ってスカートのポケットにクロスミラージュを仕舞っている。

「クソが……!!」

ソルが顔を上げヴィータを睨んだそこへ、ザフィーラが迫る。

「旋剛牙!!」

タックルを食らい仰け反ったところへアッパーが入り、棒立ちになった瞬間回し蹴りをまともにもらって錐揉み回転しながらまたもや吹っ飛び、ビルの壁をぶち抜いて漸く止まった。

そしてこの瞬間、昼休みを告げる鐘が訓練場に鳴り響き、性能テストを兼ねた模擬戦は終わりを告げたのである。










食堂に集合すると、そのままの流れで昼食となった。

仏頂面のソルが定食メニューを突きながら、ザフィーラに話を振る。

「まさかあの場面で不意打ちされるなんて思ってなかったぜ」

構えていたクロスミラージュを蹴り飛ばされたことを言っているのだ。

「普段のお前が相手なら無理だが、今日は使い慣れないデバイスでの模擬戦だったからな」

突け入る隙は十分にあった、とザフィーラが応える。

ザフィーラ曰く、「普段の封炎剣を持ったソルの一撃であれば確実にダウンを奪えた筈なのだが、生憎と先程は何時もとは使っていたデバイスが異なったので、そのおかげでダウンしたように見せ掛けることが出来た」とのこと。

「単純な攻撃力の差だ。同じ背後からの一撃とは言え、タイランレイブとただの射撃魔法ではダメージの総量に圧倒的な開きが出る。鋭い一撃ではあったが、意識を刈り取られる程ではなかった」

「まあ、俺がやったことと言えば後ろから蹴り入れて背中に一発撃ち込んだだけだしな。随分派手に倒れた割りに、見た目程効いてなかった訳か」

なるほどなるほど、と納得しているソルの隣で、ヴィータが欲求不満の声を上げた。

「納得いかねー。なんであそこで模擬戦終了なんだよ?」

「切り良く十二時になったからだ、腹減ったんだよ。それにデータ収集と起動テストの点で見ればあれで十分だし、性能テストっつー名目で模擬戦した以上、クロスミラージュを手放した時点で俺の負けだ」

非常に面倒臭そうに答えるソルは、胡乱げな眼でヴィータを見据えると、あからさまに溜息を吐く。

「つーか、お前は俺を殴りたいだけだろ」

「そんなんじゃねー。あんなんじゃ勝った気がしねーだけだ」

「箸をこっちに向けるな、行儀悪ぃ」

唇を尖らせるヴィータに文句を言って食事を再開すると、ソルの真正面に座っている女性が眼をキラキラと輝かせているではないか。

とりあえず釘を刺しておく。

「俺との模擬戦は一日一回。今朝やっただろうが」

言うと、あからさまにシグナムは落ち込んでしまった。まるで飼い主に捨てられた子犬のように。

少し可哀想な気もするが、構ってやるとそればっかりになってしまうのでダメだ。三度の飯より俺との模擬戦が好きなシグナムには困ったもんだ、とソルは苦笑した。やらなければいけない仕事はお互いにまだ残っているし、勤務時間中はなるべく公私混同しないようにしている。

「しゃあねぇな、明日だ明日。明日は午後からなら特に何も無ぇし、あったとしてもグルフィスに押し付けるつもりだったから好きなだけ付き合ってやる。機嫌直せ」

「……っ! 約束だぞ」

しかし、なんだかんだ言って身内には甘いソルだった。パッと輝く笑みを浮かべるシグナムを見て、やれやれと思いつつ箸を進める。

「お? ってことはよ、明日は久しぶりに一家全員総当りで模擬戦大会か?」

ヴィータが凶暴な笑みを張り付かせニシシッ、と笑うのに対してシグナムがいきり立つ。

「ふざけるな、明日のソルは一日中私のものだ!! 他の皆の相手などしている時間は無い」

「そこまで言ってねぇ、午後だけだぞ。つーか声でけぇ」

その言い方はやめろ、というニュアンスが込められた指摘なんて誰も聞いていない。

「いっつもシグナムばっかでズリーぞ。アタシにもソルのこと殴らせろ」

「……テメェやっぱり俺のこと殴りてぇだけじゃねぇか」

「バレちゃあしょうがねー……イデデデデ!! やめろー頭蓋が割れるー!!」

ソルは懲らしめる意味を込めてヴィータにアイアンクローを決めてやった。

ミシミシミシミシ、嫌な音が食堂に響く。

「やめろー死にたくなーい、やめろー死にたくなーい、この女ったらしー!!」

苦痛に歪むヴィータの顔を見て少し溜飲が下がったので放してやろうと思ったら、ヴィータが此処ぞというタイミングで余計なことを口走ってくれる。

「テメェは何時も一言余計なんだよ。この、阿呆が!!」

「ぎゃああああああああああああああああ!!」

下がった溜飲が戻ってきたので、そのまま火達磨にしてやった。





「聞くのを忘れていたんだが」

ザフィーラが何事も無かったかのように味噌汁を啜りながら切り出す。

「ああン?」

「クロスミラージュは、神器の機能を持っているのか?」

「あ、それアタシも気になってたんだ。そこんとこどーなんだ?」

先程まで床で文字通り燻っていたヴィータが唐突に復活。立ち上がって聞いてくるが、ソルは顔を顰めてあっちに行けと言わんばかりに、しっしっと手を振る。

「お前焦げ臭いから喋んな」

「テメーが焦げ臭くしたんだろうが!! 見やがれ、全身余すとこ無く真っ黒で、吐く息まで真っ黒だぞ。真っ黒クロノ助ハラオウンだぞ!?」

「意味分かんねぇ、誰だよ……喋んなっつってんだよ」

「っ! 面白いこと思い付いた。食らえ、暗黒ブレス!!」

「……うぜぇ」

真っ黒くて焦げ臭い息を吹きつけてくるヴィータ。何故か凄く楽しそうにしているのが若干ムカついたので、ソルとシグナムとザフィーラは三人揃ってお盆を手にし、引っ叩いて黙らせる。

バコッ、バコッ、ドゴッ、と小気味良い音が食堂に響く。

最後の一撃はザフィーラがお盆を水平ではなく垂直に持って振り下ろしたものだったので、先に二つと比べると音が鈍い。流石にそれは痛かったのかヴィータは涙眼になりつつ床の上をのた打ち回っていた。

「で、何の話してたんだ? ザフィーラ」

「神器の機能だ」

「ああ、そうだったな」

ソルが持つ『神器・封炎剣』は火属性の法力を増幅するという機能を持っている。

この”法力を増幅するという機能”を模写する形で魔法技術に応用し、機能を普遍化させ汎用性を持たせて”魔法を増幅する機能”をデバイスに組み込むことを、ソル達の間では”神器の機能”と呼んでいた。

現時点でこの技術を使われているデバイスは全部で十二個。ソルのクイーン。なのはのレイジングハート、フェイトのバルディッシュ、はやてのシュベルトクロイツ、ヴィータのグラーフアイゼン、シグナムのレヴァンティン、シャマルのクラールヴィント、エリオのストラーダ、ツヴァイの蒼天の書、キャロのケリュケイオン、そしてクイントのファイアーホイールとエンガルファー。

「あれに神器の機能は、無い」

疑問に対してソルはかぶりを振るので、ザフィーラとヴィータとシグナムの三人は若干驚く。

「何故だ? 過保護なお前がデバイスに神器の機能を搭載しないとは、意外だ」

「俺は制作者のシャーリーにアドバイスをしただけだ。それに、あいつらが管理局員である以上、俺以外の人間がデバイスの面倒を見ることになる。法力と魔法、二つの技術で作られた半デバイス半神器のメンテなんて他に誰が出来るんだ?」

シグナムの問いにソルは素っ気無く答えた。

つまり、いずれ自分の傍を離れて行ってしまう人間に、自分にしかメンテナンスが出来ない代物を送っても意味が無い、と言っているのだ。

クイントに送ったファイアーホイールとエンガルファーは例外中の例外である。それでも半年に一回はソルがクイントから回収してオーバーホールを行っている。

「お前らは当たり前のように使ってるから忘れてるだろうが、神器の機能は本来所有者が高い実力を持ってることが前提条件だ。そうじゃねぇと効果を発揮しねぇ機能なんだよ。残念だが、今のティアナとスバルじゃまだ無理だな。ギンガはもう少しといったところか」

だからこそエリオ達のデバイスには出力と制御、二つのリミッターが付いているのだ。まだ子ども達の実力では使いこなすことが出来ないから。

「ついでに言えば法力技術を管理局に知られたくねぇ。デバイスから法力の存在を知り得るなんて万に一つも無ぇと思うが、一応な」

周りに聞こえないように静かな声でそう告げると、三人はそれもそうか、と納得した。





















一枚のカード状の金属プレート――机の上に置かれた待機状態のクロスミラージュ――を眺めつつ、ティアナはなんとも言い表せない気分で疲れたように溜息を吐く。

「アタシの……新デバイス」

最新式のインテリジェントデバイス。一流の技術者が制作した一流の作品。素晴らしいと言わざるを得ない性能を持つ優秀なデバイスだ。

まさかそれ程の物が自分のものになるなんて思ってもみなかった。

昼食を終えてシャーリーから説明を受けつつ自身でテストや微調整を行って実感したのは、クロスミラージュが自分の為に制作された完全なるオーダーメイド品であることと、使い古したアンカーガンよりも遥かに手に馴染むこと。

使い易い。手に吸い付くようにしっくりくる。まるでこのデバイスをこれまで使い続けていたような錯覚さえ覚えた。加えて、AIによるサポートは完璧で色々と便利だ。

評価としては全く申し分無い。

しかし、今の自分の実力ではクロスミラージュが持つ能力を最大限に発揮出来ないことが、歯痒かった。

(凡人のアタシが、これを使いこなせるの?)

分不相応。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

声と共に胸のわだかまりを吐き出すように、ティアナは呟いた。

「どうして私は、此処に居るんだろう?」

今の自分の周りに居る人間達は、はっきり言って異常の集団だ。

一騎当千と謳われる歴戦の猛者である”背徳の炎”とその仲間達。

各次元世界から集まってきた高ランクの賞金稼ぎ達。

”Dust Strikers”の運営を担っている他のスタッフも優秀な人材で、未来のエリート達ばかり。

前線に出ることは許されていないが、”背徳の炎”の秘蔵っ子と呼ばれる子ども達三人だって、まだ初等部の学生という身分でありながら高い実力を保有している。

隣を見れば、危なっかしくても潜在能力と可能性の塊なスバルが居て……その横には魔導師として、フロントアタッカーとしてスバルよりも完成度が高いギンガが居た。二人共優しい家族のバックアップがあり、更に言えば”背徳の炎”と個人的に仲が良い。

此処に居る人間は最低でも自分と同じレベル。自分よりもレベルが上、というのが当たり前でそんな連中がゴロゴロ居た。

「どうして私は……此処に居るんだろう……」

先程よりも重たい口調でもう一度同じ言葉を繰り返す。

ティアナが此処に居る理由は、兄のティーダとソル=バッドガイとの約束によるものだという。

何故? と以前兄に問い詰めると、「ソルさんの下なら俺も安心だから」という訳の分からないものが返ってきた。

それ以上兄は語ろうとしない。曖昧な笑みを浮かべてはぐらかすだけだ。

そんな答えで納得した訳では無い。文句を言おうにもその時点で全ての手続きが終わっていて、どう足掻いても此処に来るしかない状況に立たされていた。

兄の真意が分からぬまま、此処へ来て、嫌という程自分のレベルの低さを思い知らされて……

唇を噛み締めると、ティアナはクロスミラージュを手に取り強く握り締める。

「……いいわよ。やったろうじゃない」

兄の無念を晴らす為、執務官になるんだと自分自身に誓った。

悔しいが、今の実力では折角与えられたデバイスを使いこなすことは出来ない。

が、出来ないのならば出来るようになればいいだけの話である。

(証明するんだ)

深く、強く、改めて心に誓う。

(特別な才能や凄い魔力が無くたって、一流の人達が集まった此処でだって)

嫉妬もある、羨望もある。だが、子どものように無い物ねだりをしても始まらない。

(どんな危険な戦いだって)

凡人である自分には努力を積み重ねることしか出来ない。

それでも――

(アタシは、ランスターの弾丸は、ちゃんと敵を撃ち抜けるんだって)

ティアナの心に潜む闇は、未だに誰にも知られていない。






























後書き


何気にSTS編初登場だったりするヴィータとザフィーラ。

ソルとヴィータの絡みは日常風景だとこんな感じです。罵り合いながら仲良くじゃれ合う的な。痛い目を見るのが分かってて懲りずにちょっかい出してくる娘、割と本気で大人気無い反撃に出るお父さん、をコンセプトに。

んで、書いてて思ったんですけど、ソル達とティアナの温度差が激し過ぎる……

しかもなんかSTS編はティアナが裏の主人公っぽい立ち位置に。どうしてこうなった?

いや、まあ、最初の方はティアナが主軸になってくるんですけどね、この作品。今一番スポットが当たっているのがティアナってだけで、他にもスポット当てたいキャラが多数居ます。

そしてヴォルケンズが出てくると、急に影が薄くなってくるなのは達三人娘。うーん、バランスって難しい。

ではまた次回!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat6 ファーストコンタクト
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/08/06 23:34


淡い水色と深い群青。二色の”道”が生み出されている。

”道”は、その上を猛スピードで疾走する二人の少女によって青い空に顕現されたのだ。

ウイングロード。それが”道”の名。空を飛ぶことが出来ない二人の少女が、大空を駆け抜ける為に作り出した魔法。

二色の”道”はそれぞれの意思によって自由に軌跡を空に刻む。上昇したければ上り坂に、降下したければ下り坂に、左右に曲がりたければカーブに、といった具合に。

時折、二色のウイングロードは真正面からぶつかり合ったり、交差したり、螺旋を描くような軌跡を残す。

その度に重たい衝撃音が響いてくる。遠く離れた場所まで届く轟音は、それが如何に強い衝撃なのか容易に想像させた。

水色のウイングロードを生み出し、その上を走り回りながら拳を振るっているのはスバル。もう片方の群青はギンガのものである。

二人は、つい先程シャーリーから与えられた新しいデバイスの性能テストを兼ねて模擬戦をしているのだ。

二色の”道”を視界に入れ、轟音を聞き流しながらソルはやれやれと呆れたように溜息を吐く。

「ガキみてぇにはしゃぎやがって」

楽しそうに殴り合いをしている姉妹の姿が、あまりにも二人の母親とそっくりだったから。

「あはは、そうだね。でも、新しいデバイスを手にした人って皆あんな感じじゃないのかな? やっぱり自分と一緒に戦う相棒だもん。はしゃぐのは仕方が無いでしょ?」

隣に立っていたなのはがソルの独り言に反応して、笑みを零す。

「私が初めてレイジングハートを握った時はあんまりにも突然だったから、訳が分からなくてそんな余裕とか無かったけど」

「……嘘吐いてんじゃねぇ。喜び勇んでジュエルシードの暴走体を撲殺しようとしてたのは何処の誰だ?」

「ナ、ナンノコトデスカ? 撲殺ナンテ、私知ラナイ」

ギギギッ、とメンテナンスなんぞまるでしていないブリキの玩具のように首を横に振るなのは。

そんな彼女を横目で胡散臭そうに眺めてから、ソルは疲れたように口を開く。

「で、新デバイスの制作者であるシャーリーは何処で油売ってんだ? データ取りもしねぇで」

「ティアナのクロスミラージュが完成してから今日まで徹夜だったみたいだから、スバルとギンガにデバイスの詳しい説明した後に糸が切れた人形みたいに倒れちゃった」

「……」

「だからシャマルさんの城に搬送した。今頃死んだように眠ってると思うよ」

「バカだな」

苦笑しつつも、ソルはシャーリーに親近感が沸いていた。自分も研究などに熱中すると周りが見えなくなるタイプの人間なので、人のことなど口が裂けても言えない筈なのだが。

彼も彼でよくシャマルから「もう寝なさい」と叱られた経験が何度もある。故に、ソルはシャマルに頭が上がらない時が稀に存在する。

「うん。お兄ちゃんと同じでマッドだよね」

返す言葉が思いつかない。デバイスを制作中のシャーリーと意気投合して話し込んでいたことなんて一度や二度ではない。

必死になって反撃の糸口を見出そうと脳をフル回転させていると、追撃が飛んできた。

「ところでお兄ちゃんこそこんな所でどうしたの? 事務仕事は?」

「……さて、他の連中の様子でも見に行くか」

最早これまで、と言わんばかりにくるっと踵を返して敵前逃亡を図るソルの後姿に、なのはは冷たい視線を向けた。

「またお仕事グリフィスくん一人に押し付けて。ただでさえシャーリーが抜けちゃって大変なのに」

グリフィスくんその内過労で倒れるよ、と非難めいた口調で忠告するように咎めるが、ソルは振り向きもせずに手を後方に向かってヒラヒラ振って、かなりテキトーに応じるだけだ。

「書類仕事、正直面倒臭ぇんだよ」

「言い切っちゃった、誰よりも仕事が出来るのに仕事面倒臭いって言い切っちゃったよ」

仕事の出来と本人のモチベーションが全く以って釣り合っていない義兄になのはは呆れるが、確かに書類仕事は砲撃発射するよりも頭使うから面倒か、中間管理職って大変だし、と思い直して空中で殴り合っているナカジマ姉妹に視線を向ける。

その時、耳障りなアラートが訓練場に、ひいてはDust Strikers全体に鳴り響いた。










背徳の炎と魔法少女 StrikerS Beat6 ファーストコンタクト










一級警戒態勢。

教会本部から出動要請。教会騎士団の調査部で追っていたレリックと思わしきものが見つかった。場所は山岳地区。対象は山岳リニアレールで移動中。

内部に侵入したガジェットの所為で車両のコントロールが奪われている。おまけに未確認の機体も出現しているらしい。

可及的速やかにガジェットを全機撃破し、安全にリニアレールを停止させた上で、レリックを回収して欲しいとのことだ。

「さて、どう出る?」

作戦指令部に集まった面子を見渡してから、アインがソルに問い掛ける。

「決まってんだろ……叩き潰す」

真紅の瞳を爛々と輝かせ獲物を見つけた肉食獣のように危険な笑みを浮かべるソルは、モニターに映し出されたリニアレールを射殺すように睨んでいた。

正確には、リニアレールの先頭車両の壁面からはみ出たように姿を見え隠れさせるガジェットを。

「久々の実戦かい、ゾクゾクするね」

ペキポキと拳を鳴らし、アルフが鋭い犬歯を見せる。

他の面子もソルやアルフと同様にやる気満々だ。誰もが唇を吊り上げ、狩人の眼をしていた。

しかし、そこでアインの待ったが入る。

「やる気が十分なのは結構だが、この程度の事態に私達全員が出るのは些か過剰ではないか? 陽動の可能性もある」

その言葉に誰もが納得し考え込む。数秒間の沈黙の後、はやてが挙手と共に提案した。

「なら、あの三人をそろそろ試しに使ってみたらどうや? ガジェットくらいならどうとでもなる、そのくらいの実力にはなったやろ? 設立してから今まで訓練ばっかしやったから、いい加減実戦に投入してやらんと宝の持ち腐れやで」

三人とは恐らく、ギンガ、スバル、ティアナの三人のことだろう。

はやての提案にソルは顎に手を当て考え込むと、ゆっくりと皆の顔を順繰りに見てから、小さな声で「いけるか?」と聞いた。

「まあ、なんとかなると思うよ。なんだったら、何時でもフォロー出来るように僕も随伴しようか?」

ユーノが肩を竦めて言うと、「じゃあアタシも一緒にサポートするよ」とアルフが握り拳を作って見せる。

「……そうだな。だったらあの三人を使ってみるか。三人のサポートにユーノとアルフを、保険として現場付近になのはとフェイトが待機する、それ以外は”別の不測の事態”に備えて此処で待機、文句無ぇな?」

この決定に、誰も意見しなかった。










SIDE ギンガ



「という訳で、実戦です」

眼の前で黒衣のバリアジャケットを展開したフェイトさんが、黒い杖の形をしたデバイスを肩に担いだ状態で微笑んだ。その隣では白いバリアジャケットを纏ったなのはさんが槍型のデバイスを手にしている。

私と、私の隣のスバルと、その隣のティアナはDust Strikersに出向して以来初の実戦に表情を引き締めるのだが。

「あーダメダメ。ティアナ気負い過ぎ。もっとリラックスしな」

「訓練通りやればちゃんと出来るから、そんな緊張しなくていいよ」

ティアナの膝の上で子犬形態になって尻尾を揺らすアルフさんと、私の肩の上で顔を洗っているフェレット形態のユーノさんが、見事に緊張感を台無しにしてくれていた。

リラックスさせる為であればこれ以上無い程の大成功と言えるかもしれないが……

現在はヴァイス陸曹が操るヘリの中、つまり現場に向かって移動中だ。エンジンの振動とローターの回転音がやけに静かだと感じながら、私はなんとも言えない溜息を吐く。

どうしてアルフさんとユーノさんが小動物状態なのかというと、私達のフォローをする為に随伴するだとか。

過保護で心配性なソルさんらしい采配だと思うけど、これって実は戦力としてはそこまで信用されてないってことであって。

気持ちが分からないでもないが、管理局で働く一魔導師としてなんか釈然としない。スバルとティアナの二人には悪いが、私の方が圧倒的に現場経験が多いのに、言外に半人前だと言われているようで。

まあ、実際に文句を言っても現状が覆る訳でも無いし、ソルさん達から見たら私達なんてまだまだ未熟に映ってしまうのは事実だから、心の中で愚痴るだけに留めておく。

ヴィーヴィーヴィー。

もう一度溜息を吐こうとしていると、大きくもなければ小さくもないアラート音がヘリの中に鳴り響く。

『新手が来たぜ』

ソルさんの低い声が通信越しに耳に入る。

皆の前に表示された空間モニター。それに航空型のガジェットが大量に映し出されたのを見て、なのはさんが苦笑した。

「私とフェイトちゃんで潰すよ?」

『分かり切ってることをわざわざ聞くな。一機残らず消し炭にしろ』

「了解」

短いやり取りを終え、なのはさんは操縦席のヴァイス陸曹に指示を飛ばす。

「ヴァイスくん。聞いての通り、私とフェイトちゃんで空を抑えるからハッチ開けて」

「ウッス、なのはさん。お願いします」

メインハッチが開かれ、外から冷たい空気が流れ込んでくる。

なのはさんとフェイトさんはハッチまで近付いてから、一度だけ振り返り、近所に散歩でもしてくるかのような気軽さでこう言った。

「じゃあ、いってきます」

「アルフ、ユーノ。三人のこと、よろしくね」

「いってらっしゃい」

「こっちの心配はしなくていいからねー」

応じるユーノさんとアルフさんの口調も軽い。まるで留守番を頼まれたかのようで、ますますこっちの緊張感が削ぎ落とされていく。

そんな私達のことなどお構いなしに、ヘリの外へと身を投げたなのはさんとフェイトさんの二人は、飛行魔法を発動させると猛スピードで航空型ガジェットの群れへと突っ込んでいった。





「やることは二つで至って単純。ガジェットの全機破壊、及びレリックの確保。僕とギンガ、アルフとティアナとスバルの二チーム分かれて車両の前後から中央へ向かう」

「レリックは七両目の重要貨物室。ガジェットを破壊しながら進んで、先に到達した方がレリックを確保する、分かったかい?」

ハッチの前で鎮座している小動物から説明を受けつつ、私はバリアジャケットを展開する。

「ギンガ、準備は出来てる?」

「はい」

「なら、僕の後についてきて……よっと」

言って、ユーノさんはフェレット姿のまま飛び降りた。

……やっぱりあの姿のままなんだ。

眼下で小さい身体をどんどん小さくさせて離れていくフェレットを見下ろしながら、私は今日何度目か分からない溜息を吐きつつユーノさんの後に続くことにした。

ヘリの床を蹴る。

一瞬の浮遊感の後、身体が引力に従って落ちていく。

鼓膜を叩く凄まじい風の音を聞きながら、ウイングロードを発動。

今朝シャーリーさんからもらった私の新しいローラー型のインテリジェントデバイス、”ブリッツキャリバー”が唸りを上げて、空に発生した道を進む。

カーブを描いてリニアレールの最後尾に跳び移り上空のヘリを見上げると、丁度アルフさん(姿はやっぱり子犬のまま)が飛び降りたところだった。

続いてオレンジ色と水色の魔力光がヘリから飛び出す。

遠くでは、小規模な爆発をいくつも伴いながら桜と金の光が縦横無尽に暴れ回っている。

此処まで来ると、流石に否が応でも緊張感が全身に走ってきた。

耳障りな金属音を立てて数歩先の床、と言うよりは車両の屋根を突き破って俵型の青い機械兵器が三体姿を現す。

恐らく私達の存在を感知したのだろう。

「僕はサポートに徹するからギンガは好きに動いて良いよ……そういうことで、状況開始」

いつの間にか足元に居たユーノさんが、静かに、それでいて真剣な口調でGOサインを出してくれた。

その言葉を聞くと、戦闘に切り替わる私の思考に呼応するかのように、リボルバーナックルとブリッツキャリバーが同時に唸りを上げる。

「ギンガ・ナカジマ……これより任務を遂行します」

独り言のように呟いて、私は三体のガジェットに向かって突撃した。



SIDE OUT










リニアレールの先頭車両の上に無事着地したスバルとティアナは、自身を包むバリアジャケットのデザインに呆然となる。

「これって、なのはさんのに似てる……」

嬉しそうな、感動したかのようなスバルの声にアルフが応じた。

「スバルがなのはに憧れてるって話は前々から聞いてたからね。デバイス制作時にシャーリーがそういう風にしてくれたんだってさ」

「あ、ありがとうございます!! 気を遣わせてしまって」

「気を遣ったってよりも面白がってやっただけみたいなんだけど、気に入ったなら結果オーライか。ま、礼ならアタシじゃなくて後でシャーリーに言いな」

ちなみに当の本人であるシャーリーは現在連日の徹夜で医務室の住人だ。

「あの、すいません。スバルのバリアジャケットがなのはさんに似てるのは分かるんですけど、なんで私まで?」

自身の姿を見下ろしながら微妙そうな表情で首を傾げるティアナ。

「スバルのついで」

「私ってついでなんですか!?」

「いやーアタシも詳しくは知らないんだけどね。ソルが言うには、アンタら二人のバリアジャケットってシャーリーがその場のノリと勢いで思い付いた奴を適用させたとかなんとかで……文句を言うならシャーリーに直接言っておくれ」

口を半開きにしてポカーンとしているティアナに対し、アルフは後ろ足で首筋をカイカイしながら答えた。

その背後、リニアレールの屋根が唐突に歪み、瞬く間に吹き飛ぶと同時にガジェットが姿を現す。

「……おいでなすったね」

ガジェットを目視して身構えるティアナとスバルを横目に、アルフは不敵に笑った。

「シュートッ!!」

指示する前にティアナが連続でクロスミラージュの引き金を引く。ガジェットのモノアイにオレンジの魔弾が命中し、青い俵型の機械兵器は爆発する。

「うおおおおおおおっ!!」

すぐさまスバルが車両の中に突っ込むと、おあつらえ向きに真下に居たガジェットを右手のリボルバーナックルで殴り潰す。

自らの手で鉄屑と化したガジェットを引っ掴み、車内を疾走しながら他の無事なガジェットに投げ付ける。

瓦礫がもう一丁出来上がったのを尻目に、スバルは”マッハキャリバー”に魔力を注ぎ加速させた。

飛来してくる青い光線を掻い潜りつつ右の拳を握り締め、カートリッジを一発ロード。リボルバーナックルから空薬莢が排出され、ナックルスピナーが高速で回転し、魔力が十分に高まったのを確認してからスバルは振りかぶって拳を突き出す。

「リボルバー、シュートッ!!」

何本もの赤い触手のようなものを生やしているガジェットに、拳から放たれた衝撃波が狙いを寸分違わず命中し、その青い機体を破砕する。

しかし、放った魔法の攻撃範囲がスバルの予想以上に広く、車内という狭い限定空間で高速移動中に発生させてしまった衝撃波は、車両の屋根の上を吹っ飛ばすついでに術者であるスバルを外へと放り出した。

「うわあぁっ!?」

<ウイングロード>

不可抗力とはいえ身体が外に放り出されてしまったことに空中で泡を食っていると、所有者の危険を察知したマッハキャリバーがオートでウイングロードを発動させ、なんとかリカバリーに成功する。

リニアレールの上になんとか降り立って安堵の溜息を吐いていると、アルフの叱責が飛んできた。

「何やってんだい危なっかしい!!」

「すいません!!」

Dust Strikersに出向してからは訓練中に叱られてばかりな生活をしていた為、条件反射でスバルは謝ってしまう。

「もし次に今みたいなのやったら今度アタシに飯奢りな」

「はい、分かりました!! ……えええ!?」

アルフの言った内容を碌に理解しないまま、思わず返事をしてしまったことにスバルは涙眼になる。

何故なら今月分の給料の半分は無いようなものだ。スバル、ギンガ、ティアナの三人に与えられた新デバイスの制作費がそれぞれの給料から天引きされている所為だ。

管理局からの出向、という形でDust Strikersに所属していることになっているので、一時的にではあるが三人の立ち位置はDust Strikersの人間であり、同時に給料もそこから支払われる。

だから天引き。しかもそれだけでは足りないので、それぞれの保護者へ借金。一括払いは無理なのでローン返済。

新デバイスがもらえる、という話を聞いて喜びに打ち震えていたらこの仕打ちである。あんまりと言えばあんまりだ。

ティアナのクロスミラージュがお披露目となった日に詳しい話をシャーリーから聞かされ、その日の内に、スバルはギンガと一緒になってソルに拳を交えた”お話”を申し込んだが、結果は二人揃って仲良く焼き土下座。

しかし、数日後――つまり今朝方もらったデバイスの性能テストをしてみれば、自分が思った以上に気に入ってしまったので、今ではちゃんと稼いで返済する気はあるのだが、如何せん返済金額が高い。

普通の女の子のように、休養日には街へ繰り出して遊ぶことが大好きなスバルにとっては、かなりの痛手だった。

(うううぅ……この任務が終わったら、グリフィスさんに頼んでお仕事回してもらおう)

Dust Strikersが賞金稼ぎを統括する運営組織である以上、仕事というのはあちこちから集まってくる。それこそ、”海”や”陸”、聖王教会やスクライア一族などといった、”背徳の炎”というビッグネームを頼りに。

研修生という身でしかなかったスバル、ギンガ、ティアナの三人であったが、それも今日で終わりなのかもしれない。今のこの状況がいい証拠だ。

もしそうであるのなら、これからは自分達が選択した仕事を好きなように請けることが許可されたことを意味していた。

そう考えると、今回の初実戦に対して俄然やる気が出てくる。

仕事を成功させれば、それに応じて給料が上がるから。つまり、Dust Strikersの給与形式は基本給にプラスして歩合給が支払われるシステムなのだ。

今までは研修生だったので仕事をさせてもらえなかった。当然給料は計算の上では基本給のみ。が、これからは仕事をさせてもらえるようになる筈なので、それに歩合給が追加される筈。

たくさん仕事を請けてそれだけ成功させれば、基本給が%レベルでアップし、更に歩合給が支払われる。

だがこれには油断出来ないものが、成果認定というものが存在し、仕事に失敗したりヘマやらかすと給料が減らされるのだ。

(ヤダ、絶対ヤダ!! まだあそこのアイス屋さんで全乗せ挑戦してないのに!!)

ただでさえ天引きされてしまうことが確定しているのに、これ以上お給金が切ないことになってしまうのは絶対に嫌だとスバルはかぶりを振る。

寮生活なので衣食住の内、食と住は確保されてはいるが、嫌なもんは嫌。

そして、任務内容を今一度思い出すと、ガジェットを掃討することに専念した。










モニターに映し出される光景に厳しい視線を投げつつ、ソルは無言のまま腕を組む。

『こちらアルフ。ケーブル切断しまくっても車両止まんないだけど、どうすんだい、これ?』

困った口調のアルフの通信を受け、グリフィスが指示を出す。

「アルフさんはそのままルキノのナビゲートに従って動いてください。無人の貨物列車とは言っても、一応はコントロールルームが存在しますから」

『分かった。そこをぶっ壊せばいいんだね?』

「違います、ぶっ壊さないでください。いいですか? ぶっ壊さないでください。もう一度言いますからね? 絶っっ対にぶっ壊さないでください。もしぶっ壊したら車両が止まる前に僕の理性がぶっ壊れますので、そのつもりで居てください」

冷静沈着な態度でグリフィスは眼鏡のブリッジを上げながら何度も念を押した。鉄面皮のような感情を表さない顔の所為で、後半の言葉が彼なりのジョークなのかマジなのか判別出来ない。

『こちらユーノ。なんか新型っぽいガジェットが出てきたんだけど』

「それはぶっ壊してください」

『え? いいの? 後で残骸を解析するの大変だから、出来る限り機能停止程度に留めておくけど』

「そこまで仰るならユーノさんにお任せします」

『了解』

声と同時にモニター内でギンガとユーノが、球体のガジェットとの戦闘に入る。

ガジェットには二本の腕、と表現するのが最も適切なものを装備していた。腕と言っても、ベルトコンベアのベルト部分を無理やり腕として採用したかのような……というか分厚いベルトだ。

フェレット形態のユーノが足元に円環魔法陣を発生させ、翠色のチェーンバインドを十数本は顕現した。

獲物を求めて鎌首をもたげるような動きをする翠色の鎖は、鼠に噛み付く毒蛇の如き勢いで新型ガジェットに襲い掛かり、その機体を縛って拘束。

いや、縛るなど生温い。まるで絞殺するように過剰な圧力を加えて、青い機体に鎖がめり込みメキメキと金属が軋む音を響かせ、球状の機体が歪に変形する。おまけとばかりに鎖の先端が装甲と装甲の繋ぎ目部分を刺し貫いて強引に内部へと侵入。

『はああああああああっ!!』

ガジェットの動きが止まった瞬間を待っていたギンガが跳躍、リボルバーナックルを装着した左拳を真下に居るガジェットに全体重を加味して振り下ろす。

グシャッ、と硬い物体が潰れる音を生み出しながら青い装甲が陥没。

次にギンガはガジェットの内部に手を突っ込んだ状態で魔法を放ったらしく、丁度床に接着している面の装甲が群青の閃光に穿たれ、大穴を空けた。

『偉そうなこと言ってごめん、結果的に壊しちゃった』

完膚なきまでに破壊され尽くしたガジェットを前に、フェレットが苦笑いを浮かべたので、ルキノとアルトが必死にフォローする。

「そ、そんなことないですよユーノさん!!」

「新型のガジェットを秒殺だなんて凄いなー! AMFを発動される前に破壊するなんて並みの魔導師じゃ出来ないですよ!!」

『本当は、内部に進入させたチェーンバインドで駆動系を破壊して機能停止させるだけの筈だったんだ』

『……もしかして私、やり過ぎちゃいました?』

『……』

「……」

「……」

「……」

沈黙が明確な答え。

終始無言だったソル達は勿論、ユーノ、グリフィス、ルキノ、アルトはこめかみに汗を一筋垂らしながら押し黙った。










今しがた己の手で木っ端微塵にしてしまった機械兵器を横に置いた状態で、ギンガはユーノに平謝り。

暴走する列車の上、機械兵器の残骸が転がる中、成人前の女性がフェレットに頭を下げるという珍妙な光景が繰り広げられている。

「余計な真似をして、すいません」

「やっちゃったことは仕方無いし、ギンガの所為でもない。ちゃんとキミに指示しなかった僕の責任だし、そもそも最初にガジェットを全機破壊って言ったのは僕だから気にしなくていいよ」

ユーノがバインドでガジェットを拘束しギンガが殴って破壊する、という一連の流れがあったので、新型のガジェットを拘束したのを確認し彼女は思わずに手加減せずに攻撃してしまったのだ。

「……」

「やれやれ。真面目なのはいいけど、少しは肩の力を抜いたら?」

溜息を吐き、ユーノは変身魔法を解除して元の人間の姿に戻ると、項垂れているギンガの肩に手を置く。

顔を上げたギンガに対して、幼子を見守る父親のような優しさで言葉を重ねた。

「起きたことは仕方無い、その後にどう対処するかが重要、そうでしょ?」

「はい」

力無く応えるギンガにユーノは悪戯小僧のような子どもっぽい笑みを零す。

「ぶっちゃけ、僕の予想以上にギンガが良い仕事してくれるもんだから、余裕があるなら破壊せずに確保しようって思っただけなんだ」

「でも、明らかにその余裕はありました。私がもっと考えて動けば、新型ガジェットを破壊せずに済みました」

「そうかもしれないね。けど、何もかもが自分の思い通りに出来る程世の中甘くないし、僕達はそこまで万能じゃない」

ピッと立てた一本指を、まだ何か言おうとしているギンガの唇に触れる程度に当てる。

「失敗やミスを一々嘆いている暇があるんだったら、次はもうしないように頑張ろう。僕達は万能じゃないけど、無能でもない。僕達には僕達にしか出来ない、僕達がしなければならないことがある筈だ。今はそれを成し遂げよう?」

これはソルの受け売りなんだけどね、と手を振ってから、この話はもう終わりだと言わんばかりにユーノはギンガに背を向けて走り出す。

それを慌てて追い掛けつつ、ギンガは心の中で思う。

(ユーノさんって優しいなぁ)

”背徳の炎”とナカジマ家は家族ぐるみでの付き合いなので、ソル程ではないが、ユーノともそれなりに付き合いは長い。一緒になって遊んでもらったことなど一度や二度ではない。

ユーノはソルと比べると、何もかもが対照的だ。

常に仏頂面なソルと、終始微笑を絶やさないユーノ。

無口でぶっきらぼうな性格と、相手を気遣う優しさ溢れた性格。

野生の肉食獣と人畜無害な草食獣。

破壊を撒き散らす紅蓮の炎と、癒しや防御に特化した翠の光。

見かけによらず意外に子どもっぽい部分を持つソルと、大人の男性を思わせる落ち着いた雰囲気のユーノ。

ギンガにとって、自分の身体のことを含めて腹を割って話せる程に親しい異性の知り合いと言えば、この二人しか思いつかない。

ザフィーラは基本的に模擬戦や食事以外の時間帯は、ソルの膝の上で子犬になっていることが多いので、異性という感覚よりも”ソルのペット”というのが一番近い。

そんなことを言い始めれば、ユーノもユーノで、暇さえあればソルの肩の上でフェレットしてるので、傍から見ればユーノも”ソルのペット”なのだが……

(……ユーノさんって良い人、だよね)

胸の中で宿った暖かい、何だかよく分からないものに若干戸惑いながら、ギンガはユーノの傍に走り寄った。





「……!!」

七両目の重要貨物室。その扉の前に立ち止まり、ユーノは眉を顰め、手でギンガに退がるように促す。

この先に、何かが、居る。

それはただの勘だったが、確信に近いものであった。

幼少の頃から遺跡の発掘に携わってきたユーノは――あくまでなんとなくという曖昧な感覚ではあるが――先が見えない場所から醸し出される空気を読み取り、危険を察知することに長けている。

ついでに、ソルと共に戦い培ってきた経験が警告を発した。

最大限警戒しろ、と。

なかなか突入しようとしないユーノを察して、背後のギンガが大人しく退がる。

(ガジェット? いや、違う……たぶん、あんなのとは比較にならない何かが居る)

眼を細め、油断の無いように扉を睨みながら通信を繋ぐ。

「こちらユーノ、貨物室前に到着。突入前に教えて欲しいんだけど、貨物室って無人?」

『はい、こちらでは無人ですけど、何か気になることでも?』

「……」

普段のユーノがあまり出さない低くて感情の篭らない声に、グリフィス達が訝しげに答えた上で問い掛けてくるが、ユーノは黙ったまま応じない。

『ユーノ』

その時、ソルの静かな声が届く。

『こっちじゃお前が何を感じ取ったのか分からんが、任せる……気を付けろよ』

この一言に、ユーノは口元を笑みで歪めると頷いた。

(その言葉を待っていたよ、ソル!!)

意を決して扉を力の限り蹴破り、貨物室へと転がり込んだ。

即座に立ち上がり、構えたユーノの視界に映ったのは、

「誰だ? キミ達は……」

見知らぬ女性の二人組みだった。










大きな音と共に、貨物室の扉が外側から強引に開かれ、一人の青年が飛び込んでくる。

『ガジェットでは時間稼ぎにもならないか。予想以上に早い』

『でも落ち込むことはないわよチンクちゃん。レリックは手に入れたから、あとは逃げるだけよ』

身体のラインがはっきり分かる程肌が密着した青いボディスーツを纏う二人の女。

女、と呼ぶよりも片方は少女と形容した方が正しい程幼い。外見年齢はまだ十台前半で、背もその年齢の同年代と比べてかなり低い。腰まで届くくらいに長い銀髪と、右目を塞いでいる黒い眼帯が特徴的で、ボディスーツの上に灰色のコートを羽織っている。

もう片方は二十歳前後。おさげにした茶色の髪と丸眼鏡。身長も平均的。こちらはコートというよりも白いマントのようなものを身に付けていて、手には大きなアタッシュケースのような箱を手にしている。

Dr,ジェイル・スカリエッティのよって生み出された戦闘機人。No,5 チンクとNo,4 クアットロだ。

こちらに鋭い視線を向けている青年を見据えたまま、二人はバレないように通信して逃げる算段をする。

『あんら~、資料と比べて生の方がイケメンじゃない』

『そんな暢気なことを言ってる場合かクアットロ。奴は補助専門の結界魔導師、”背徳の炎”の右腕と称される男だ。下手を打てばお前のISを使っても逃げ切れん可能性があるぞ』

『っ!? それは困るわ!! どどどどうしましょ!?』

余裕の態度から一転して慌て始めるクアットロの様子に内心で呆れるチンク。

『落ち着け。結界が張られる前に私が奴の気を引き付ける、その隙を縫ってクアットロはISを使って離脱しろ』

『チンクちゃんはどうするの?』

『案ずるな、こういう事態を想定してセインも近くに待機してくれているのだ。今こちらに向かっている』

『でも、それまでチンクちゃんは一人よ!!』

『”背徳の炎”を相手この程度のリスクで済めば安いものだ。そうだろう?』

『……それしかないわね』

クアットロが渋々納得したのを悟ると、チンクは虚空に十本のナイフを出現させ、その内の五本をユーノに向けて、残りの五本を背後の壁に飛ばした。

これに対してユーノはバリアを生成してナイフを難無く弾く。

「IS発動、ランブルデトネイター」

「!!」

弾かれてユーノの足元――床に突き刺さったナイフと、壁に突き刺さったナイフの柄部分に黄色いテンプレートのようなものが現れ、それが一際輝いた瞬間に全てのナイフが一斉に爆発を起こす。

視界が煙で覆われ、お互いに肉眼で確認出来なくなったその隙にチンクはクアットロに合図を送った。

『今だ、行けクアットロ!!』

「IS発動、シルバーカーテン!!」

列車に空いた大穴からクアットロが飛び出すと同時にその姿が光に包まれ、次の瞬間には掻き消えた。

が、クアットロが離脱したのを安堵する間も無く翠色の蛇が煙を引き裂きながら横薙ぎに振るわれ、チンクに迫る。

咄嗟にナイフを顕現し弾こうとしたが、翠の蛇はそれを狙っていたかのようにナイフに絡み付き、一際輝く。

(マズイ!!)

次に何が待っているのか理解していたチンクはナイフを捨て、その場から全力で離れた。

「ブレイクバースト」

トリガーヴォイスが紡がれ、翠色をした鎖状のバインドが爆発。

爆風に吹き飛ばされつつもなんとか受身を取り、再び両手にナイフを顕現し、チンクは構える。

(やはりクアットロだけを逃がすのが精一杯だな)

出来ることなら自分も一緒に逃げたかったのだが、と胸中で諦めにも似た溜息を吐く。

そんなチンクの視線の先では、無傷のユーノが無表情に問い掛けてきた。

「キミは僕の、僕達の敵でいいのかな?」

「ああ、そうだ。私達はお前達”背徳の炎”の敵だ」

チンクは内心で舌を巻く。流石は”背徳の炎”のメンバーの一人。不意打ちで少しでもダメージを与えることが出来れば御の字と思っていたが、それはかなり甘い考えだったらしい。

ランブルデトネイターが発動する寸前にバックステップで距離を取り、バリアでしっかりと爆風を防いでいたのだろう。

「そう……じゃあ手加減は要らないよね」

腰を落とし、手に鎖状のバインドを生成するユーノ。

「お手柔らかに頼む」

冷静に返しながら、セインが迎えに来るまでどうやって時間稼ぎをしようか考えを巡らせる。

「ユーノさんっ!!」

その時、隣の車両からタイプゼロ・ファーストであるギンガが飛び込んできた。

戦況がより不利になったことにチンクは唇を噛む。

眼の前にはユーノ・スクライアとタイプゼロ・ファーストが居る。

他の車両からはタイプゼロ・セカンド達がこちらに向かってきているだろう。

列車の外、空には白い悪魔と金の死神が待ち受けている筈だ。

どうする?

クアットロはISのおかげでもうじき無事に戦闘領域から抜け出す。

セインは列車がこのまま走行し続ければ一分で合流可能な位置に居るが、それまで自分が持つかどうか若干不安である。

(まあ、”背徳の炎”のメンバーが四人も揃っているとはいえ、あの男に一対一で挑むよりは幾分か楽、か……そう考えれば不幸中の幸いとも言える)



HEVEN or HELL



逆転の発想でポジティブな方向に思考を走らせると、チンクはナイフを自身の周囲に顕現させ、更に両手の指の間に大量のナイフを挟んで持つ。



DUEL



稼がなければならない時間は僅か一分。

それはチンクにとって短く、非常に長い一分である。



Let`s Rock



「来い、”背徳の炎”。姉の力を見せてやる!!!」

そして、顕現したナイフを全てユーノとギンガに放った。









































後書き


あれ? 最後の部分だけ読むとユーノが悪役でチンクが主人公じゃね?

まあ、それはさて置き。

感想版であった小さな疑問質問、ご指摘に答えたいと思います。



ソルの学位云々について。

公式設定資料集では、二十歳か二十一歳の時点で素粒子物理学の学位を持ってますので、高校・大学はもしかしたら飛び級していたのかもしれません。

んで、この時点で既に法力エネルギー物理学研究の第一人者となっていたので、博士号も持っていた可能性は高いです。

そう考えると、ソルよりも二つ年下だったアリアも飛び級してるな。ちなみに、アリアも情報工学で博士号やら学位やら持ってたみたいです。

やや強引に纏めると、持っていたものが学位だろうと博士号だろうとそっち系の研究者であった、というのが前回のシグナムの言いたいことになります。



今更なんですが、フレデリックはソルが人間だった頃の名前です!!

フレデリックはギアになってからソル=バッドガイという名を名乗るようになったのです(此処重要)

なんか、一部勘違いしていらっしゃる方が居るみたいで……



ソルが叫びすぎ、というご指摘がありました。

うん。改めて読み直してみると、確かに感嘆符「!」を使い過ぎかもしれませんが、戦闘中のソルは原作でも叫びまくってますし、この作品においてはどっちかって言うとツッコミ担当なんで叫ぶことが多くなりました。

原作GG2でもシンと些細なことで殴り合いの喧嘩したりするので、誰よりも年食ってる筈なのに割と大人気無い、というのをコンセプトにしてます。だからこそヴィータと気が合います。なかなかハードなじゃれ合いを繰り広げてくれます。

格ゲー版シリーズとGG2を見比べると滅茶苦茶喋るようになってますから、だったら叫んだっていいじゃない!!

……いや、ぶっちゃけると、そうでもしないと全く喋らない無口で溜息しか吐かないオッサンになってしまい、非常に書きにくいキャラクターになってしまうので、正直動かしづらい……好きなんですけどね。

なので、騒がしい皆と何年も一緒に居る内に段々口数が増えてきた、「朱に交われば赤くなる」ってことでご容赦ください。



キャラの性格や言動に違和感があるのは、広い心でご了承ください。

「こんなん○○じゃねー!!」と思いながらも楽しんでいただければ幸いです。

話の展開に関しても同様にお願いします。



では、また次回!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat7 血戦
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/08/14 10:39



ユーノ・スクライア。補助を専門とする後方支援型の結界魔導師でありながら、近接格闘が得意という異色の魔導師。

この男と戦う時の注意点は二つある。

一つ目。バインドに捕まってはいけないこと。

二つ目。近接格闘においてこの男に投げられてはいけないこと。

理由は単純明快。一つ目のバインドで拘束されてしまうと、死なない程度にそのまま全身の骨が砕けるまで圧力を掛けられるから。二つ目は、投げられた後に関節を確実に破壊されるからだ。

”背徳の炎”は、皆例外無く容赦というものをしない。相手が死ななければいい、という考え方に基づいた戦い方は、平気な顔で急所を躊躇無く攻め立て、人体を破壊しにかかる。

骨が折られるなど安いもので、過去のデータには関節を粉砕される者や手足を切断される者まで存在していた。

非殺傷設定を義務付けられている管理局員と”背徳の炎”の大きな違いがこれだ。

奴らは、眼の前の敵に一切の情けも掛けなければ、容赦もしない。ただひたすら冷気のような殺意を以って敵を潰す、それだけである。

故に奴らは”背徳の炎”と呼ばれ、犯罪者達の間で畏れられ、時に管理局員の人間すら嫌悪する場合があるのだ。

そして、犯罪者にカテゴライズされる立場の人間であるチンクは、内心で冷や汗をダラダラかきながら戦っていた。

『まだか? まだかセイン!?』

貨物室内に蜘蛛の巣のように張り巡らされた翠色の鎖。それはユーノの意思によって蠢き、こちらの動きを阻害し、時に蛇のように空間を這い回りながらチンクを拘束しようと狙ってくる。

『もう少しだよチンク姉ぇ!! この調子ならあと四十五秒でそっちに行く!!』

(まだ十五秒しか経っていないのか……)

迫り来る鞭のようなバインドを交わし続けながら、チンクは唇を噛んだ。

「疾っ!!」

声と共にユーノが手にした鎖をアンダースロー。それはただの鎖ではなく、先端にトゲが付いた球体となっている。所謂モーニングスターというもの。

投擲されたモーニングスターはチンクの薄い胸目掛けて真っ直ぐ飛んでくる。まともに食らえば肋骨がへし折れて内臓が潰れる代物だ。

そんなものに付き合ってやる義理など無い。チンクは大きく横に動いて交わす。

「はああああああっ!!」

しかし、交わした先に拳を振り上げたギンガが突撃してきた。

流石にこれは交わせない。咄嗟にバリアを展開し、衝撃に備える。

想像以上に重たい拳が叩き付けられ、耳障りな衝撃音が響き渡り、火花のように弾けた魔力光が薄暗い貨物室を照らす。

このままでは力負けしてシールドを突き破られる、そう判断したチンクは攻撃を防御しながら一瞬でギンガを取り囲むように数多のスローイングダガー”スティンガー”を配置し、それらを一気に殺到させ、同時に己のISを発動させた。

「なっ!?」

「ちっ!!」

ギンガの驚愕の声と、ユーノの舌打ちを掻き消す爆発が発生。視界が煙で覆い尽くされる。

すぐさまバックステップを踏んで退がり、二人が居るであろうと思われる場所に向かってスティンガーを投げた。

投げる、投げる、投げる、投げる。

そして、投げる端から爆発させた。その度に視界が悪くなるが気にせずナイフを投げ、爆発させる。

投げたスティンガーの数が二十を越えた辺りになると、漸くその手を止めて様子を見ることにした。

(これで無傷だとしたら、”背徳の炎”の構成メンバーは正真正銘の化け物集団だ)

若干の期待と不安を込めて視界が晴れるのを待っていると、突然、貨物室全体を大きな揺れが襲う。

慌てて体勢を整え、何が起こっているのか理解する前に身体が違和感を捉える。

(……減速している? このままでは列車が止まってしまう)

チンクが感じた通り、猛スピードで疾走していた列車がどんどんそのスピードを衰えさせていた。あと三十秒もしない内に列車は止まるだろう。

セインとの合流は、電車が今までの速度を保って居られたら一分で合流可能だったという仮定の話なので、これでは少し遅れてしまうことになるが、ユーノとギンガを相手に持ち堪えることは出来た。

我ながら凄いと思う。ユーノには接近をさせまいと、バインドに捕まりはしないと常に注意を払い、ランブルデトネイターで牽制し、凌いだのだ。その所為で度々ギンガに隙を突かれ接近を許してしまい、何度か殴り殺されかけたが、結果的に立っているのは自分だ。

そんな風に思考を煙の向こうの二人から逸らしていると、視界が晴れ――

「……やはり、そう簡単にはいかないか……」

自画自賛していた自分を戒めるようにチンクは唇をかみ締め、ある決断を下した。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat7 血戦










「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅー」

荒い呼吸を整え、ユーノは安堵の溜息を吐く。

敵である少女が投げてくるナイフ。あれがどれだけ厄介か理解していたにも関わらず不覚を取ってしまった。不用意にギンガを突撃させてしまったのは完全に自分のミス。

だが、辛うじてギンガを守ることが出来た。自分の背後で呆然と尻餅を着いているギンガをチラリと一瞥し、眼の前の少女に向き直る。

すると、たらりと額から垂れた血が右眼に入り、視界の半分が赤いカーテンで覆われてしまったことに眉を顰めた。

「ユーノ、さん……」

「大丈夫。見た目程のダメージはないから安心して」

全身を苛ませる痛みに何ら痛痒を覚えていないような口調で、掠れた声を漏らすギンガに応える。

「でも、そんな、私を庇って」

「とは言っても、ちょっとマズイかな」

自身の肉体の状態を冷静に鑑みて、ユーノはまるで他人事のように肩を竦めた。

十数本のナイフがギンガを包み込んだあの瞬間、ユーノは後ろからギンガの首根っこを掴むとそのまま背後に放り捨て、全てのナイフによる爆撃をその身に受けたのだ。

全身を覆うタイプの防御魔法を展開し、バリアジャケットを纏っていたとはいえ、無傷という訳にはいかなかった。

その後の追撃は前方からの集中攻撃だったので、防ぐことそれ自体は難しくなかったが、初めに受けたダメージが重くないと言えば嘘になる。

ユーノは現在、誰がどう見ても表情を引き攣らせるであろうくらいに、血塗れである。

頭部からの出血の所為で右眼が塞がっていて、爆発から守る為に犠牲となったバリアジャケットはボロ雑巾、それでも防ぎ切れなかったことを証明するかのようにあちこちの皮膚が爆風によって裂け、血が流れていた。

しかし、満身創痍でありながら尚、闘志は萎えず、油断無く眼の前の少女を睨み付ける。

常人であれば、たとえ訓練された魔導師であろうと悲鳴を上げずには居られない傷を負っても、ユーノは顔色一つ変えず、冷静に状況を分析し、如何にして状況を掌握出来るのか思考し続けていた。

列車はアルフ達が上手くやってくれたのか、減速している。もうすぐ止まる筈だ。

負傷したが、この程度なら戦闘に支障は無い。出血量はそれなり、少なくないが多くもない。片方の眼が見えないのは痛いが、まだなんとか出来る範囲内だ。

(まだ行ける)

少女が着用している灰色のコートから鬱陶しい感覚――AMFの発動に初めから気付いていたが、まだ頑張ればなんとかなる、これも許容範囲内。

第一、先程ケースを抱えたもう一人の眼鏡を掛けた女性を逃がしてしまった。これ以上の醜態を晒す訳にはいかない。

この少女だけは絶対に逃がすものか。

『ギンガ。今度は僕が前に出るからキミは退がってて。あと、自分の身は自分で守ってね』

回復魔法で最低限の止血を施しつつ、返答など待たず、言いたいことだけ念話で伝えて踏み込む。

走りながら鞭のようにチェーンバインドを振るい、少女の小さな身体を拘束しようと試みる。

が、少女は四つん這いになるように屈んでバインドをやり過ごし、己の周囲にナイフを顕現させると、一斉照射。

横に転がりながらナイフの群れを避け、起き上がり様に魔法を発動。ユーノの足元に発生した円環魔法陣から幾筋もの鎖が、獲物に食らいつく蛇となって少女を襲う。

蛇の群れをお返しにくれてやったのだが少女はお気に召さなかったのか顔を顰め、床を蹴ると跳躍し、猫のような身のこなしで回転すると天井に着地、そのまま天井を蹴って突っ込んできた。

上からナイフを投げつつ、である。

迷わず防御魔法を展開し、ナイフを弾く。弾いたナイフが乾いた音を立てて宙を跳ね上がる間に、すかさず少女がナイフを防御魔法に突き立てた。

ギィィィン、と音を立てながらナイフと防御魔法が拮抗する。

魔力の障壁の向こう側。眼帯をした少女の左眼と、ユーノの左眼が真正面から視線を交差することになった。

「どうしたの? さっきまであんなに僕に近付かれるの嫌がってたのに。血迷った?」

「確かに貴様に接近戦を挑むのはリスクが高いが、手負いの者を相手に怖気付く程軟弱ではない」

「ご立派」

「予定変更だ。ユーノ・スクライア、貴様は私が此処で討つ!!」

「面白い冗談だね、やってみなよ」

口調を急に荒げ宣言する少女に対し、ユーノは唇を吊り上げて冷笑し、唐突に防御魔法を解除。

「!?」

ユーノの予想だにしない行動に少女は驚愕の色を浮かべ、ナイフに込めていた力のやり所を無くした所為でつんのめるように体勢を崩す。

「けど、悪いね」

半身になった状態でナイフを手にしている右手首を左手で掴み、やや強引に引き寄せることによって更に体勢を崩させて、ほぼ同時に右の肘を少女の心臓にお見舞いする。

「グッ」

尖った肘が突き刺さり、肺から無理やり空気が漏れるくぐもった音が漏れた。

「これで」

少女の右手首は左手で掴んだまま放さず、右手でコートの襟首を掴むと一歩踏み込みながら引き寄せ、子どものように軽い彼女を背負い、

「お終いだよっ!!」

投げた。日本人なら誰もが惚れ惚れする程に美しい、一本背負いだった。

魔力によって最大まで身体能力を強化したその投げは、相手に受身なんぞ取らせる気など微塵も無い、非情な技。

そんなものをまともに受け、声無き悲鳴を上げて貨物列車の床に埋まる少女に、更なる追い討ちが掛けられる。

肘だ。

自ら倒れ込むように全体重を掛け、ユーノは右の肘を仰向けに倒れている少女の身体に再び突き刺したのだ。

「ガハッ!!」

苦痛の声を聞き流し、ユーノは掴んだままだった少女の右手首を引っ張りつつ体勢を変え、彼女の頭部と右腕を締め上げるように両足を絡め、極めた。

俗に言う、腕ひしぎ十字固め。

「ぐあ、あああああ」

「キミは一つ、間違いを犯した」

ギシギシと何かが軋む音がする。

「確かにキミが考えた通り、僕を確実に殺すのなら接近戦が一番効率的だって自分でも思う」

少女は反射的にユーノの技から抜け出そうと全力で暴れもがくが、投げられた時に仕掛けられたバインドに四肢を空間に固定され、碌に動かせない。

「でも、相手と密着するこの距離で、一対一なら」

何よりユーノも全力だ。身体強化をフルに使い限界以上に力を引き上げる。少女が纏っているコートからAMFと同じ、魔力結合に対する妨害を感じられることがそのことに拍車を掛けていた。

普通の人間の身体だったらとっくにへし折れている筈なのに、折れそうで折れない”異常なまでに頑丈な身体”を持つ少女を破壊する為に。

「僕は誰にも負けない」



――バキッ!!



硬い何かが、圧力に耐え切れず砕ける音が響き渡り、その手応えが伝わってくる。

「ああああああああああああああああああああああああっ!!」

すぐ傍から吐き出された絶叫に鼻を鳴らし、脱力してグッタリとした少女から離れる。

その刹那、

「マジ?」

立ち上がったユーノを、無数のナイフが包囲していた。

「……まさか、初めからこれが狙いだったの?」

「貴様は、此処で私が討つと、言った筈だ……ユーノ・スクライア」

「肉を切らせて骨を断つってレベルじゃないね、これ……」

恐れ入ったよ、そうユーノが苦笑した瞬間、全てのナイフが彼に迫り、一斉に爆発した。










貨物室にて発生した爆発音を、列車に走る衝撃を全身で捉える。

「ユーノ!! ギンガッ!!」

随分前から人間形態となって戦っていたアルフは、視界の先で黒煙を吐き出す貨物室に居るであろう仲間の安否が気になって仕方が無い。

しかし、その行く手を阻む青い機械兵器の群れが存在していた。

「邪魔、すんなぁぁぁぁっ!!!」

咆哮を上げ新型のガジェットに殴り掛かるが、ガジェットはまるで初めからそこに存在などしていなかったかのように姿を消し、アルフの拳は空を切る。

空振りしたアルフの眼の前に、本物のガジェットが現れ二本のアームを伸ばしてきた。

「クソッ」

舌打ちしながら後ろへ退がり、周囲を警戒しながらガジェット達を睨む。

つい先程から、敵側は急にガジェットの群れに実体と幻影が入り混じらせ、こちら側の視覚情報を狂わせてきたのだ。

どう考えて敵の増援。しかも厄介極まりない幻術の使い手。おまけに実体と幻影の配置が憎い程上手い。

列車のコントロールは既に掌握した。グリフィス達の指示に従って緊急停止ボタンを押すだけだったので簡単だった。後はユーノとギンガの二人と合流して敵をとっちめるだけの筈だったのに、計ったようなタイミングでこれだ。

おまけに腹立たしいのが、明らかに自分達をユーノ達と合流させない為に時間稼ぎをしているのがあからさまであること。

アルフは逸る気持ちを抑えて時間を確認する。

ユーノとギンガが貨物室に突入して、丁度一分が経過していた。

首を巡らし視線を空に居るなのはとフェイトに向ける。

彼女は彼女達で、アルフ達と同様に幻影が入り混じった航空型ガジェットに手を焼いているようだ。

殲滅するのにそこまで時間は掛からないだろうが、今すぐにユーノとギンガが居る貨物室へとフォローが出来る訳では無い。

やはり此処は自分達が急いで合流しに行くしかない。

「ティアナ、スバル!! アタシが突っ込むからフォローしな!!」

「「了解!!」」

後ろに控えていたティアナとスバルに振り向くことすらせず指示を飛ばすと、アルフは獣のように体勢を低くし、前方の新型ガジェットへと吶喊した。










防御外套”シェルコート”に包まれてはいたが、流石に至近距離で発動させた己のISの威力は殺し切れず、爆風に吹き飛ばされ、壁に激突する。

残りのスティンガーを全弾、最大出力で一斉発射。威力も相当なものだ。余波とはいえ、それを至近距離で受けたのである。無理もない。

全身が軋む。二度も食らった肘打ちのダメージは鈍痛となって残ったまま、折られた右腕が全く使い物にならない。もう戦闘は不可能だ。

やはりユーノ・スクライアは想像以上に厄介な男だった、とチンクは思う。

それなりにダメージを与えたつもりだったのに、むしろ奴は傷を負ってからの方が生き生きとしていた。

何より特筆すべき点は、シェルコートが発生させるAMFの処理能力を、デバイスも無しに上回る緻密な魔法の術式構成だ。

AMFは魔力結合や魔力効果発生を阻害する、所謂魔導師殺し。自分達戦闘機人にとって、並の魔導師ならばAMF環境下では取るに足らない存在へと成り下がる。

しかし、ユーノはAMFなど気にした風も無く戦闘していた。恐らく、対AMFの特殊訓練を受けているのであろう。でなければ、あれだけスムーズに魔力を運用出来る筈がない。

だからこそ、此処でなんとしても倒しておきたかったのだが。

一見、虫一匹殺せそうにない二十歳前の優男が顔を能面のように無表情にさせ、それでいながら飢えた獣のような瞳でこちらを睨む。

そんな男が、年端の行かないか弱い少女――チンク本人にとってこの例えは非常に不本意だが――にしか見えないチンクに肘を叩き込み、投げ飛ばし、腕を警告も躊躇も無しにへし折る。

一般人が傍から見れば悪夢そのものだろう。

(私が戦闘機人でなければ、初撃の肘で確実に入院を余儀無くされる大怪我だぞ)

賞金稼ぎと犯罪者、という立場なので支持されるべきはユーノなのだが。

激しい戦闘の末、貨物室はあちこちに大穴が空き、最早貨物室と呼ぶには些かどころかかなり躊躇せざるを得ない状態となっていて、空いた穴から外の光が入り込んでいた。

壁に張り付いた状態で、上手く動かせない首に苛立ちながらゆっくりとその穴の向こうを覗くと、”白い悪魔”と”金の死神”が慌てて飛んでくるのが見える。

戦闘に一杯一杯で気が付かなかったが、とっくに列車は止まっていた。しかし、そんなことなどチンクにはもうどうでも良かった。

先の爆心地に首を巡らせる。

「……残念だけど、死に損なったよ。流石に今のは死ぬかと思ったけど」

「本当に残念だ……しつこい男は嫌われるぞ」

片膝を着き肩で大きく呼吸をしつつ、死んでないのがおかしいくらいにボロボロなユーノが壮絶な笑みを浮かべているので、チンクは皮肉を返した。

「化け物並みにタフだな。私が言うのもあれだが、貴様は本当に人間か?」

「生憎、僕に戦い方を叩き込んでくれた人物に似て生き汚くてね。根性と耐久力には自信があるよ。それに、火達磨にされたり爆発に巻き込まれるのは慣れてるんだ。少なくともキミ達戦闘機人よりはね」

ユーノの発言の後半に、驚いたというよりも『やはり気付いていたか』という思いの方が強く感じる。

AMFを搭載した機械兵器であるガジェット。レリックを狙う者。この二つだけでも揃えば、自ずとスカリエッティが保有する戦闘機人が脳裏に浮かび上がってくるのは当然と言えた。”戦闘機人事件”を引き金に賞金稼ぎ活動を開始した”背徳の炎”の一員であれば尚更に。

「そうか、敵ながら同情する……それにしても遅いぞ、セイン」

「ごめんよチンク姉ぇっ! 列車が止まるなんて思ってなかったんだよ!!」

自分の真横に壁から”生えてきた”妹の顔に一瞥くれてから、ユーノに視線を戻す。

「ギンガ」

ふいに、ユーノがぼそっと呟く。

殺気を感じて横を向けば、般若の形相で拳を振りかぶるギンガの姿が見えた。

「「!?」」

慌てたセインがチンクを背後から抱き締める形でISを発動させ、二人の身体が音も無く壁に沈んでいく。

途端に世界が暗闇に包まれた。光が届かない地中をセインのIS”ディープダイバー”で潜行しているからだ。

次の瞬間、すぐ傍でドゴンッ、と破壊音が響いてきたので肝を冷やす。

『チンク姉、外に出ると狙い撃ちされるからこのまま山ん中を移動してくから!!』

『任せるが、なるべく急いでくれ!!』

通信回線を開き、セインと震えた声で会話をした。

暫くして、もう此処まで来れば安心、と確信が持てる位置までやって来た。

『死ぬかと思った……』

『……姉もだ』

暗闇の中、二人して大きく溜息を吐く。

『クアットロは上手く逃げ切れたのか?』

『メガ姉? ああ、メガ姉なら大丈夫。なんか逃げる途中で偶然、白い悪魔の流れ弾が顔面に直撃したって聞いたけど、眼鏡掛けてたからなんとか助かったって。レリックも無事回収したし』

『……そうか、我々の勝ちだな』

『うんうん!! アタシ達勝ったんだよ、あの”背徳の炎”を相手に!! これって実は滅茶苦茶凄くない!?』

『……』

『あれ? チンク姉?』

チンクは興奮気味のセインに応えない。応えることが出来なかった。

『……』

『チンク姉ぇ!? チンク姉ぇってば、しっかりしてよ!!』

何故なら、緊張の糸が切れて気を失ったからだ。










ドシャッ、という音を耳してギンガが振り返ると、ユーノが仰向けになって倒れていた。

「ユーノさんっ!!」

「大丈夫。まだ死んでない」

顔を真っ青にして駆け寄ってくるギンガに心配させまいとユーノは首を動かして微笑むが、血の池に沈んだ状態で無理して笑う時点で、余計に心配を掛けるだけである。

「あー、僕って格好悪いなー。レリックは盗られちゃうし、犯人一味は逃がしちゃうし、おまけにこんな怪我するし……全く割に合わないよ」

ギンガは血で汚れるのを厭わずユーノの上体を抱き起こす。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい! 私が、私がもっと強ければ、ユーノさんが私を庇う必要なんて無かったのに!!」

瞳から大粒の涙を零し、嗚咽を漏らしながら謝罪してくるギンガ。

「泣くなんてやめてよ。これから死ぬみたいじゃん、僕」

「でも、私の所為で――」

まだ泣き言を続けるギンガの言葉を遮るようにして、

「ユーノ、ギンガ、無事かい!?」

「ユーノくん!!」

「ユーノ!!」

アルフ、なのは、フェイトが飛び込んできた。続いてティアナとスバルも。

そして、五人は血塗れのユーノの姿を見て表情を引き攣らせた。場慣れしていないティアナとスバルはカタカタと身体を震わせ、血の気が引いた顔になっている。

だが、流石にアルフとなのはとフェイトの三人は慣れたもので、すぐさまテキパキとユーノに応急処置を施し始めた。

(任務は失敗、犯人も取り逃がした、おまけに僕はこの様……帰ったらソルが怖いな)

アルフとギンガに両脇から抱きかかえられるようにしてヘリに搬送されながら、ユーノは疲れたようにやれやれと溜息を吐くのだった。





[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat8 癒しを求めて
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/08/30 00:32

不機嫌なソルが醸し出す空気は、傍から見れば殺気を放っているように感じるらしい。

リニアレールの一件から一晩明けた。

ソルの不機嫌の原因は明白だ。

任務の失敗、犯人一味の逃亡、ユーノの負傷。これだけあればお釣りが吐いて捨てる程出てくる。

ユーノは通常であれば全治二ヶ月という大怪我。後遺症の心配が無いのは不幸中の幸い。ソルの複合魔法で治療を施したからか、本人は「二週間で復帰してみせる」と息巻いていたが。

ちなみに、現在は少しでも早く傷を癒す為にフェレット形態で養生している。その方が人間形態よりも回復速度が早いからだ。

しかし、ユーノの容態が悪くなくてもソルの気分は優れない。普段から鋭い眼つきを更に鋭くさせ、苛々しながら鬼のような形相でコンソールを叩いている姿は鬼気迫るものがある。

これでは皆の仕事にならないのでオフィスから出て行け、とアインに宣告された。

今日はもう仕事を休んで構わないから、頭を冷やして肩の力を一旦抜いて気持ちを切り替えろ、とも言われたが、どちらかと言えばこちらに重きを置いている節がある。

若干厳しい言い方ではあるが、なんだかんだ言ってアインはソルのことが心配で、わざわざ気を遣ってくれたのが窺えた。その証拠に、さり気無く仕事を全て引き継いでいたので。

言われた通り不機嫌な自分が同じ部屋に居たら、精神的な問題とか職場の空気とか諸々の事情で皆の仕事に支障が出ると多少の自覚はあった。

故に、ソルは大人しく言葉に従い、今日一日は仕事を休むことにするが、歩く度に誰もが腫れ物を扱うような態度を示す。

ヴァイスなんて廊下ですれ違った瞬間に臨戦態勢に入る程だ。

正直、鬱陶しいことこの上ない。

ソル自身はただ単に視界に入れているだけで意識して睨んでいる訳でも無いのに、視線が合っただけで勝手に気絶したりガタガタ震えたりとオーバーなリアクションをされてしまい、いい加減うんざりだ。

例外は身内の人間だけ。それでも、それぞれの仕事の邪魔をしたくはない。

これからどうしようかとソルは思考を巡らせたが、何処に行っても何をしても誰かに迷惑を掛けてしまう気がする。

いっそのこと一人で犯人共を捜索しようか、そんなことを考えてしまったがものの数秒で却下となった。

一人で自分勝手に行動することは、”一人で背負い込まないで分けろ”と言ってくれた家族に対する酷い裏切りだ。

約束したのだ。もう自分は二度と昔のようにはならない、皆と共に生きていく、と。

だから却下。

だったら暇潰しにユーノの部屋にでも顔を出そうか、そう思ったがやっぱりやめる。どうせアルフに邪魔者扱いされるだけに決まっている。

此処最近忙しかったから、二人っきりしてやろう。

自室に戻って不貞寝でもしようか悩み始めた矢先、ソルは偶然にも医務室の前に居た。

「……」

こういう時に打ってつけの人物、シャマルが居ることを思い出す。

彼女は不機嫌なソルを怖がらない身内の中でも、かなり特殊な人物である。なんせ、ささくれ立ったソルの心をたちどころに癒してしまうのだ。エリオを引き取った時のあれは、はっきり言って脱帽ものだ。風の癒し手、という二つ名は伊達ではない。

何より彼女は怪我人さえ出なければ皆の中で一番暇だ。おあつらえ向きである。

(何だ……ハナッからシャマルんとこ来てりゃ良かったんじゃねぇか)

そして、彼は医務室へと踏み込んだ。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat8 癒しを求めて










「そろそろ来る頃なんじゃないかと思ってたわ」

「……エスパーかお前は」

既に待ち構えていたシャマルを見て、ソルは苦虫を噛み潰したような表情で呻く。

「カウンセラーが必要な方一名、入りまーす」

「その言い方、なんかムカつくな」

ニコニコ笑顔のシャマルに手を引かれ、ソルはベッドの前へと移動する。

スーツの上着を脱ぐと、背後に回り込んだシャマルが上着を受け取り、ハンガーを使って壁に掛けた。

それを余所にソルはベッドに腰掛け、深い溜息を吐き、後頭部で髪を纏めているリボンを解く。

音も無く解けた長い黒茶の髪が艶やかに光を反射しながら広がる。その光景に視線を注ぎつつ、シャマルはソルの隣に座る。

「やっぱり、気になりますか?」

「ああ」

おちゃらけた雰囲気から一転して急に真面目な口調になるシャマルの問いに頷き、そのまま上体を横に倒す。シャマルの方へと。

当然、ソルの頭はシャマルの太ももの上に置くことになる。所謂、膝枕だ。

「……戦闘機人……あんなもんを作って、一体何が目的だ?」

疲れたように吐き出された問いに、シャマルは分からないと言うように首を振って、右手でソルの頭を優しく撫でる。

生体兵器とは、その存在そのものがソルにとって最大の禁忌であり、人類が決して踏み込んではいけない領域の代物だ。

いや、生体兵器を生み出すこと自体が禁忌と言った方が正しい。

かつて法力学の科学者として禁忌に触れ、罪を犯し、生贄として――しっぺ返しとも言う――法力生体兵器”ギア”に改造された過去を持つソルだからこそ、戦闘機人を作った輩が許せない。



――兵器など、戦争以外の何に使う?



ギアは人間の穢れた欲望の産物であり、人の罪から生まれた。

故に、戦争兵器として悪用された。

ジャスティスが誕生し人類に宣戦布告をするまで、世界大戦もかくやという勢いで人間達は愚かな戦争を続けていた。

戦闘機人を作った連中は、そんなことを望んでいるのだろうか。

人間同士の醜く果て無き戦いを。

だとしたら許せないし、許さない。

ソルは兵器開発者を激しく嫌悪する。特に生体兵器や魔導兵器の類であれば、嫌悪は憎悪へと容易く変わる。

何故なら、そういう連中がかつて神を気取っていた愚かな自分と重なってしまうからだ。

人の愚かさに限りは無い。

人故に愚かなのか、愚か故に人なのか……長い年月を生きたソルにも、こればかりは答えが見出せない。

(そうか、だからか)

今更ながらに自覚する。

任務失敗、犯人一味の逃亡、ユーノの負傷。確かにこれらが不機嫌の原因ではないと言えば嘘になるが、本当の理由はそこではない。

不機嫌の最大の理由は、人類が果てしなく愚かなのが許せないこと。

許せないから、何時まで経っても不機嫌なのだ。

ユーノとギンガが眼にした犯人一味の三人。内一人を、直接戦ったユーノがはっきりとこう告げた。

あの子はギンガやスバルと同じ戦闘機人だ、と。

骨を折るまでの抵抗がやたらと強かった、折る時の感触が普通の人間と比べて明らかに違和感があった。

問い詰めても否定はしなかったので、戦闘機人であることは間違いない。

もしかしたら他の二人も同じ戦闘機人の可能性が高い。だって彼女は自分のことを姉と自称し、セインと呼ばれた三人目が『チンク姉』と、つまり『姉』と呼んでいたのだから。

歴史は繰り返す、という言葉がある。

そして、ソルが見てきた世界とは異なる形ではあるが、今まさに繰り返されようとしていた。



――クソが。



胸糞悪い気分を表すようにギリッと歯を食いしばるソル。

そんな彼を宥めるように、シャマルは黙ったまま慈愛を込めて頭を撫で続けた。

何時ものたおやかな微笑みを浮かべ、顔を覗き込んでくるシャマルのアメジストのように綺麗な瞳を見ていると、心が徐々に静まっていくのを感じる。

後頭部で感じる太ももの暖かさと柔らかさ、頭を撫で髪を梳く優しい手の感触、微かに漂う柑橘系の香水の匂い、それらが全て心地良い。

まるで自分が胎児に戻り、母親の胎内で安らかに眠っているかのような錯覚を覚える。



――……やっぱシャマルには敵わねぇな。



苦笑し、ソルはゆっくりと手をシャマルの頬に伸ばす。

「……不思議だ」

「何がですか?」

柔らかい頬に手を添える、と彼女は頭を撫でていなかった方の手をソルの手の甲に重ねた。

「お前とこうして触れ合ってると、憎悪が薄れていく……なんでだろうな」

何気なく呟いただけなのに、シャマルは一瞬呆気に取られると何度か瞬きをし、やがて笑みを深める。

それから困ったように、まるで悪戯小僧を叱るように、聖母のような優しさで全てを包み込むようにこう言った。

「もう、アナタは……何度も言わせないでください。私達はその為に居ます。今までもずっと、これから何百年先もずっと……永久に……」

「そうだったな、スマン」

瞼を閉じる。

「……それと、ありがとう」

礼を述べると、ソルはゆっくりと意識を手放し、深い眠りへと旅立った。











































某所。

「あの野郎!! チンク姉の腕をこんなにしやがって!!」

スバルに瓜二つの、それでいて髪の色だけが炎のように赤い少女が憤っていた。

そんな妹の姿、ノーヴェを眺めつつ、チンクはむしろ腕一本骨を折られただけで済んで幸運だと思っている。

戦闘機人である自分達は、パーツさえ交換出来ればいくらでも修復が可能だ。だから、この程度の問題などそこまで怒りを覚える程のものではないと思うのだが、ノーヴェにとってはそうでないらしい。

ノーヴェに限らず、他の姉妹達もユーノ・スクライアに対して憤慨していた。

まあ、姉妹達が怒ってくれるのは姉として正直嬉しい。それだけ彼女達が自分のことを慕ってくれている訳なのだから。

しかし、次はこう上手くはいかないだろう。

チンクは唇を噛み締める。

先の一件は結果だけ見ればこちらの勝利ではあるが、ユーノ・スクライアはあくまでも後衛というポジションの人間なのだ。だというのにあれだけの近接戦闘能力を有している。

そう。本来の役目は前衛のサポート。普通なら前に出てくる者ではない。

これから先のことを考えると、やはり不安で仕方が無い。

奴らの半分以上は前衛、もしくは前衛と後衛をこなせるオールラウンダーだ。そのことに気付いてしまうと、胃がキリキリと軋むような感覚を覚えたくなくても覚えてしまうチンク。

(頼みの綱はドクターが何処までレリックを解析出来るか、だな)

此処数年のスカリエッティは、レリックの解析にご執心だ。

きっと今も研究室でレリックを前に小躍りしていることだろう、チンクはそう考えると折られた腕を庇うように抱いて、小さく溜息を吐いた。










「リンカーコアとは、肉体と密接に繋がっている」

スカリエッティは手に入れたレリックを前にして、近くに誰も居ないというのに持論を展開し始める。

「リンカーコアに異常があれば、その異常は当然の流れとして肉体に現れる」

例えば、リンカーコアの異常で下半身が不随に陥ったり。既存のデータには『八神はやて』という生き証人が十年前から存在していた。

「逆に、リンカーコアが何らかの要因によって発達、いや、此処は進化と呼んだ方が正しいのか? ともかく、リンカーコアが正常な状態からより良い状態になれば、肉体も良い状態となる」

例えば、レリックとリンカーコアを融合させることによって死者を蘇らせたり。やはりこれも『ゼスト・グランガイツ』という自ら行った実験の成功例がある。

死者蘇生すら可能なレリックの力。未だ碌に解析出来ていないエネルギー結晶体。絶大な力を内に秘めた古代遺失物。

これを今まで以上に解析し、その構造を理解することが出来れば、娘達をもっと強くしてあげられるかもしれない。

現に、これまでの研究成果を活かし、レリックウェポンを定期的に調整をすると、その度にポテンシャルが上昇していく傾向があるのだ。

死者素体のゼストと比べると、生存者素体であるルーテシアの方が右肩上がりという結果を弾き出していた。

このまま上手くいけば、もしかしたら”彼”に届くかもしれない。

そう考えると、スカリエッティは心の奥底から湧き上がってくる歓喜を抑えることが出来ずに声を高々と上げて笑い出す。

やっと、やっと自分達は彼と肩を並べるようになるのだ。

長かった。此処数年は実に長かった。まるでナメクジのような速度でしか進まない研究であったが、しかし着実に前に進んでいたのである。

どれだけ失敗を繰り返しただろう? 一体何度心折れそうになっただろう?

「……あと少し、あと少しでキミと対等に戦えるようになる筈なんだ……その時を心待ちにしておいてくれ……ソル=バッドガイ」











































昨日の一件があったので今日は休養日、とグリフィスに言い渡されたティアナとスバルはA4サイズの紙を手にしてDust Strikersの廊下を歩いていた。

彼女達が手にしているのはDust Strikersに寄せられた依頼の資料。

やはり昨日の初実戦が研修の区切りだったのか、仕事を請ける許可が下りていたのだ。

しかし、それに対して二人は素直に喜ぶことが出来ない。

あの時。駆けつけた時には既にユーノは血塗れで、そんなユーノをギンガが泣きながら抱き締めている姿を目の当たりにして、喜ぶことなど出来る訳が無い。

はっきり言って、なんとかなると心の何処かで楽観していた。もっと悪い言い方をすれば仕事を舐めていた。

初実戦の最後に味わったのは充実感や達成感などとは程遠い、錆びた鉄の臭いと自分達の甘さ。

常に死と隣り合わせ、ということを何度も何度も訓練で耳にタコが出来る程言われていたのに、頭では理解していても実感が無かった、とでも言えばいいのだろうか。

やはり自分達はまだまだ半人前なのだ。

それを改めて自覚した上で、自分達にも出来る難易度の低い任務から着実にこなしていき、少しずつでいいから経験を積もう、と決意を新たにする。

ちなみに、ギンガは昨日帰ってきて以来部屋に閉じ篭ってしまっていた。自分の所為でユーノが大怪我をしたと責任を感じている為、塞ぎ込んでしまったらしい。

つい先程、ユーノのお見舞いを一緒に行こうと誘ったのだが「ユーノさんに合わせる顔がない」と返答をして、それっきり。

部屋の中で自分を責めているだろうギンガに対し、掛ける言葉が見当たらず部屋の前で俯くスバルを見て、ティアナは「今は一人にしてあげましょう」と言って半ば強引に引き摺って、自分達だけでもユーノのお見舞いに行くことにする。

施設の管理人であるアイナとドゥーエに許可をもらってから、初めて踏み込む女子禁制の男子寮に若干ドギマギしつつユーノの部屋へと向かう。

ドアに貼られたプレートに、何故か筆字で、しかもやたらと雄々しくて強い字で『ユーノ・スクライア推参!!』と書かれた部屋をノックする。

非常にどうでもいい話だがソルの部屋はその隣で、筆記体で『Keep out』と乱雑に書いてあった。

「はいはーい。誰ー? 鍵は開いてるから勝手に入ってきな」

聞こえてきたのはアルフの声。

彼女もお見舞いだろうか? そんなことを考えながら、ティアナとスバルは名乗った後、ドアノブを捻る。

扉を開けて思わず眉を顰めた。

間取りは六畳一間。相部屋とはいえ自分達よりも遥かに狭い。家具なんてベッドしかない。本当に寝るだけが目的であると言われれば頷かざるを得ない殺風景を絵にしたような部屋だった。

唯一の家具であるベッドの上に人間形態のアルフが仰向けになっていて、その腹の上に包帯に包まれたフェレットがすやすやと寝息を立てている。

その光景は、まるでペットと一緒に昼寝をしようとしている飼い主のようで、非常に微笑ましい。

「どうしたんだい? 部屋入ってくるなりボーッとして?」

やや呆けていた二人を訝しんだアルフが視線を向け疑問を飛ばす。

二人は我に変えると、慌てる必要など無いにも関わらず何故か慌てながら切り出した。

「えっと、あの、ユーノさんのお見舞いに来ました」

「そいつはどうも。ま、本人はこの通り寝てるけどね」

スバルがどもりつつ言うと、アルフは苦笑する。

「やっぱり容態が良くないんですか?」

「うんにゃ、むしろ良い方さ。さっきたらふく餌食ったから眠くなってそのまま眠っちまっただけだよ」

ティアナの心配が込められた問いにアルフは右手でフェレットを撫でながら左手で床を示す。そこには、封が切られたフェレットフードが置いてあった。

餌?

何処からどう見ても動物の餌であり、決して人間が口にするものではない。それを食ってお腹一杯になったから眠っているのがユーノの現状だとアルフは言う。

「……」

「……」

どう反応すればいいのか判別出来ないティアナとスバル。

すると、アルフは口を大きく開いて盛大に欠伸をし、「アタシも眠くなってきちまったから、おやすみ」と呟いてそのまま寝てしまった。

扉の前で放置された二人はお互いの顔を見比べてから、ベッドで寝ている二人を見つめるとこれ以上此処に居ても意味は無いと同時に悟る。

「……し、失礼します」

「……お、お大事に」

音を立てないように扉を閉め、入って一分もしない内にユーノの部屋を後にする二人であった。





男子寮を出てからスバルは手にしていた資料を眺めつつ隣の相棒に問う。

「どうしよっか? 落ち込んじゃってるギン姉のこととか、これから請けるつもりの仕事について少しでもお話を聞かせてもらおうと思ってたけど、アルフさんとユーノさん寝てるし」

「仕方が無いわ……ユーノさんとアルフさんの次に話し掛け易いシャマルさんの所に行くわよ」

答えるティアナはやれやれと肩を竦めた。

「やっぱりお見舞いなんて口実付けてユーノさんの所行くくらいなら、最初からソルさんに聞いた方が――」

「ダメよ。グリフィスさんが今は絶対に近付いちゃダメって忠告してくれたのをアンタ忘れたの?」

スバルは部屋に閉じ篭ってしまった姉のギンガを、誰でもいいからどうにかして欲しかったのである。自分達が何を言っても聞く耳持たずで己を責め続けるギンガに、上の立場の人間から「ギンガは悪くない」と言って欲しいのだ。

仕事の資料はその為の切っ掛け作りの意味合いもある。が、ちゃんと本来の意味も兼ねている。

兎にも角にも、お姉ちゃん子であるスバルにとってギンガが沈んでいるなど嫌なのだから。

ユーノの負傷について、ソル達は誰一人としてギンガに何も言わなかった。

責めもしなければフォローもしない。帰還したギンガとスバルとティアナの三人に、本当に何も言わず、淡々と事務的な会話のみを済ませただけ。

厳しい指摘や叱責をして欲しかったギンガにとって、これは想像以上に堪えた。

誰も責めてくれないからこそ、真面目な性格のギンガは自分で自分を責めることになる。

それはまるで底の見えない泥沼に嵌ったようで、容易に抜け出すことは出来ない。

救いの手を差し伸べても、テイアナとスバルの手では視線を向けようとすらしない。ただ拒絶するだけ。

「……ギン姉、早く元気にならないかな……」

「難しいわよ。ギンガさん、自分がユーノさんの足を引っ張った所為で怪我させたって思ってるから」

おまけに犯人を取り逃がしてしまった。捜査官として実力が高かっただけに、自分が何も出来なかったことによってこれまで培ってきた自信とプライドが砕けてしまったのである。

二人は揃って溜息を吐く。

あの時。一言でもいいから”背徳の炎”の誰かに「ギンガの所為じゃない」と言って欲しかった。それがたとえ嘘でも。

もし一言でも何か言ってくれたら、ギンガはあんなにも塞ぎ込まなかったかもしれないのに。

そんなことを考えながら二人は医務室に何の躊躇も無く入り、一瞬でその動きを止めた。

「……!!」

「……っ!?」

「あら? どうしたの、二人共? 突っ立ってないで入るんだったら入ればいいじゃない」

彫像のように固まった二人に気付いてシャマルが首を傾げるが、それに反応するだけの余裕が二人には無い。

誰もが「機嫌が悪いと次元世界一恐ろしい人」と認知している程の人物であるソルが、シャマルに膝枕をされた状態で安らかな表情を浮かべて眠っているのだ。

まるで子どもが母親に抱き締められて眠っているかのように、これ以上無いくらいに無防備な様子。

何時もの訓練の時に見せる悪鬼のような姿など欠片も無い、信頼している人物に全てを預けた寝姿。

付き合いが浅いティアナは勿論、それなりに長い付き合いがあると自負しているスバルも見たことが無かった。

それ程までにソルは無防備で、穏やかに、気持ち良さそうに眠っていた。

そして、ソルに膝枕をしているシャマルの聖母のような慈愛の笑みと滲み出ている気配が半端無い。

視線も、ソルの頭を撫で髪を梳く手も、醸し出す雰囲気も、全てが優しさで溢れている。

心の底からソルのことを慈しみ、愛しているというのが一目で理解出来る。

「……夫婦みたい」

一枚の絵画を切り取ったような光景に、思わず口走ってしまった言葉をスバルは慌てて飲み込もうとするが、時既に遅し。声に反応してソルの瞼がパチリと開き、ゆっくりと上体を起き上がらせたのだった。

長い髪が光を反射しながら揺れる。

「シャマルに何か用か」

気だるげに吐き出された言葉に二人はすぐに反応することが出来ず、先の光景を見ていたショックもあって口篭ってしまう。

何か言おうとして結局失敗しているティアナとスバルを醒めた眼でソルは一瞥してから、シャマルと視線を合わせた。

「俺はどのくらい寝てた?」

「一時間くらいです」

「そうか。もっと寝てたと思ってたんだが、一時間しか経ってねぇのか」

「でも、ぐっすり寝てましたよ」

「……お前のおかげだ」

照れ臭いのか、彼はそっぽを向いて低い声を出す。

シャマルは少し不器用なソルの感謝の言葉に微笑む。

それから漸くティアナとスバルに向き直り、どうしたのか問い質した。





包み隠さず事情を話す。と、聞いていたシャマルは困ったように眉根を寄せる。

「あれは別にギンガの所為じゃないのに」

「ユーノの所為でもねぇしな」

やれやれと溜息を吐くソル。機嫌はかなり良くなっているのか、仏頂面は相変わらずでも態度は何時もより若干上向きだ。

「じゃあ、だったら昨日の時点でそういう風に――」

「言って欲しかったってか?」

頬を膨らませて怒ったような口調になるスバルを、ソルの低い声が最後まで言わせず遮った。

「悪いが、それは俺達が言うべきことじゃない」

ならば誰が言うんだ、とスバルはソルを無言で睨み付けたが、そんな視線を受け流しつつ彼は続ける。

「自分で気付くべきことだ。ギンガを庇ったからユーノが負傷した、庇ってもらったから怪我をさせてしまった。強いて責任があると言えば両方にあるが、責任なんてもんは戦場であって無いようなもんだ」

「またそうやって俺理論を展開する……」

ソルの背後では、彼の長い髪で遊びながら呆れるシャマルが居た。

「ま、どうしても責任の追及がしたいってんならあの戦闘機人にしろ……味方が怪我した原因は全て敵にある、常識だろ?」

不敵に笑う彼は、自身の髪が三つ編みにされていることに気が付いていない。

「とまあ、この人の一般常識からかけ離れた極論は横に置いておいて」

「……」

シャマルは髪留めで三つ編みを結わえながら、諭すように二人に告げる。

「私達は命を懸けて戦っている、ということを忘れないで。戦場では絶対的な安全なんて誰にも保障出来ない、私達でも判断を誤ることはあるし、ミスを犯すことだってある。当然、怪我だってするし、最悪死ぬこともあるわ」

真剣な口調と眼差しは否応なく雰囲気を緊張させた。

「でも、だからと言ってミスや油断が許される訳じゃ無いと思うの。確かに刻一刻と状況が変化する戦場では仕方が無いかもしれないけど、仕方が無いで済ませてはいけないのよ……だって、仲間の命が関わってるんだから」

ティアナとスバルは黙って聞いている。

「昨日のギンガはベストを尽くしたけど、相手の技量と覚悟がそれを上回っただけの話。ユーノくんが大怪我したのは、相手の能力を知っていながらギンガを前に出させたことと、相手の覚悟を見極められなかったのが原因」

「……つまり、ギンガさんではなくユーノさんが全面的に悪いと?」

少し納得がいかないのか、ティアナが唇を尖らせて問う。

「強いて言えばそうなるわね……」

「別に責任追及するつもりなんざハナッから無いがな」

うんざりしたようにソルは吐き捨て、やや乱暴に話を纏める。

「任務は失敗して、犯人も取り逃がして、おまけに怪我人まで出しちまって結果だけを見れば最低だ。だが、最悪じゃねぇ」

頭に疑問符を浮かべる二人に向かってソルは苦笑しながら教えてあげた。

「誰も死んでねぇだろうが」

「「あ」」

今更のように二人は声を揃えて気が付いたらしい。

「死んだら元も子もねぇが、怪我が治るんだったら再起は出来る。だったらそれでいいだろうが? 後は当事者同士で話し合いなり何なりすればいい話だ……だいたいギンガは難しく考え過ぎなんだよ、脳筋の癖して」

後でユーノにはフォローしておくように言っておく、だからもうこれでこの話は終いだ、と付け加えてこの話は二度と蒸し返さないことになった。





その後、二人が持ってきたいくつもの仕事をソルとシャマルであーでもない、こーでもないと吟味することに。

と、唐突にシャマルがはしゃぎ出す。

「これ、これ面白そうです、休暇を兼ねて請けましょう!!」

「オイ、休暇兼ねてってどういう意味だ? お前の脳内では一体誰が仕事をすることになってんだ? ティアナとスバルとギンガの仕ご――」

「だって見てください!! 常夏のリゾート地で害獣退治ですよ!? 仕事が終わったら遊べるんですよ!? 超一流ホテルのスィートルームがただですよ、ただ!! エリオと一緒に親子三人で夏のレジャーを楽しみましょうよ!!」

ちなみに害獣はそのリゾート地に最近棲みついたシャーク系の水棲魚類だったりする。

「害獣退治がメインであって、遊ぶのはその報酬のついでだぜ……そもそもこの仕事は三人の――」

「だって、アナタと海、行きたいんだもん」

「……だもん、じゃねぇよ。年考えろ」

「年は人のこと言えないでしょ!?」

「悪かったから噛むな……地味に痛ぇ」

背後から覆い被さるように抱きついたシャマルがソルの首筋に噛り付いていた。

仲の良いバカップルのじゃれ合い、というか完璧にただの夫婦漫才(極上に甘々の)を演じている二人を見て、ティアナとスバルは砂糖を吐きたくなってくる。

『何なのこの二人……普段の面影が全く無いんだけど』

『アハハハ、私は何度か見たことあるんだけどね』

苦々しい口調でティアナはスバルに念話を繋ぎ、スバルは乾いた笑いで返す。

ティアナが抱いていたソルのイメージは、ぶっきらぼうで厳しくて、無口で粗野なのに仕事は誰よりも出来るエリートで、絶対的な強さを持っているから誰にも弱みを見せない、そんな風に勝手にイメージしていたのだが、さっきからガラガラと音を立ててそれが瓦解していく。

シャマルは普段と比べてそこまで変化は無いのだが、眼の前に居るのは恋人に一生懸命甘える一人の女性であって、決して歴戦の猛者と謳われる”背徳の炎”の一員とは思えない。

眼の前の二人はティアナとスバルなんてそっちのけで、キャッキャウフフしながら資料を見ている。まあ、端的に言って発情期を迎えた雌猫の如く喉をゴロゴロ鳴らすように頬ずりしながら甘えまくるシャマルを、ソルが表情一つ変えずに拒絶しないだけ。

首筋にやたらと歯形が出来上がっているが、気にしてはいけない。これはシャマルのソルに対する愛情表現なのだから。

「じゃあじゃあ、これなんてどうですか?」

「だから、実際にやるのは俺達じゃねぇっつってんだよ。こいつらに空戦能力とお前みてぇなサポート能力と俺みてぇな火力が無いの分かってんだろ。人の話聞いてんのか?」

ゴロニャンゴロニャァーンと精一杯甘えるシャマルと、あくまで真面目に資料を吟味するソル。

見えない筈なのに、シャマルの頭でピコピコ動く猫耳を幻視してしまう。

『なんかよく分からないけど、眼の前の二人を見てたら段々腹立ってきたわ』

『ティア、彼氏居ないからってやっかんじゃダメだよ』

『うっさい!! 一言余計よバカスバル!!』

『それに、ソルさん達って何時もこんな感じだからいちいち気にしてたらキリがないよ』

『どういう意味よ?』

『いや、だって、皆さん全員がソルさんにべったりだし』

『何よそれ!? 最っ低ね!!』

女ったらし!! と軽蔑の視線をソルに向けるティアナ。

言われてみれば、と思い出す。ソルは暇があると常に女性と一緒に居て、傍から見ればやや過剰なスキンシップを一方的に受けていたようにも感じる。

(眼の前のシャマルさんは当然……アインさんも結構背後から抱きついてるの見掛けるし、なのはさんとフェイトさんなんて言い方悪いけど盛った犬みたいにあからさまだし、なんだかんだではやてさんも。シグナムさんはいっつも模擬戦ばっかりしてるけど、終わった後にお互いの健闘を称えつつ肩組んで歩いてる時の表情は凄い嬉しそうだし)

どんどん評価が下がっていく。経験豊富な凄腕魔導師、という点は認めていたのに。女にだらしないなんて男として最低ね、と。

『うん。いくら動物形態だからって、ユーノさんとザフィーラさんがソルさんに甘えてる光景は流石に引くよね』

『……え?』

が、相棒の発言にティアナは思考を停止させる。一瞬だけ自分が変な電波を受信したのかと思ってしまった。

それに気付いているのかいないのか、スバルは懐かしいことを思い出すように続きを話す。

『前にソルさんがウチに遊びに来た時なんだけど、肩の上にユーノさん乗せて、頭の上にフリード乗せて、ザフィーラさんを抱っこしてたことがあって』

言われた通りの姿を想像してみると、ソルがただの動物好きのチンピラに見えてくる。

『でね、その状態がずーっと続くの。ユーノさんとザフィーラさんとフリード、ソルさんから離れようとしないんだ』

『……ど、どうして?』

『ソルさんと密着してると落ち着くんだって。普段は女性に取られるから、こういう時くらいじゃないと時間が無い、とかなんとか』

『ふ、ふーん』

筋骨隆々の男三人が密着している光景を想像しようとして、いけない扉を開きそうになったので慌ててやめた。

自分には薔薇族の趣味は無い……筈。

ユーノとザフィーラがソルとアレなのでは、ということは今後一切考えないようにすると心に決める。

『エリオ達もお父さんにべったりだしね』

『そういえば前に三人の内の誰が肩車してもらうかで揉めてたわね……結局三人共拳骨もらってから順番ってことになってたけど……』

『ヴィータさんとも仲良いし』

『あれって仲が良いって言うの? 何時も下らないことで言い争いしてから取っ組み合いに発展してるじゃない、しかも最後はヴィータさんが火達磨』

『ウチのお母さんだって何時もソルさんと殴り合ってるよ』

『……もう、どうリアクションすればいいのか分からないわ』

フェロモン以外にも何か出してるのかしら? という風に、しょうもないことに思考を巡らすティアナだった。




















後書き


残暑見舞いを申し上げます。

前回から今回の更新までに随分時間が空いてしまいました。すいません。

でも、これも全部夏の所為なんだ。きっと。

私の仕事がサービス業だから夏季休暇無い所為なんだ、きっと。

夏休みを満喫してる連中を見る度に心の中でファックと罵った私は悪くない。

ファック!! ざまあみやがれ!! もう夏休みも終了だボケ共!! 溜まりに溜まった宿題課題に絶望しつつ、残り少ない時間使って地べたを這い蹲るように終わらせてろってんだ!!

……くっそぉぉ!! なんで俺には夏季休暇ねぇんだ畜生ぉ!!! 有給でもいいから使わせろよぉ!! なんで私が仕事の間に、他の家族全員が京都とか色んな所旅行に行ってんだよ!? 置いてかないでー!!



取り乱しました。お眼汚しでした、申し訳ありません。

まだまだ残暑も厳しいですが、読者の皆さんも体調管理には気を付けて下さい。


ではまた次回。



[8608] 背徳の炎と魔法少女? 夏休み超特別番外妄想編 フレデリック教授の騒がしい一日(リア充爆発しろ!!編)
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/09/01 09:58

「フレデリック、起きろ」

すぐ傍から聞こえてきたシグナムの声が覚醒を促す。

「いい加減に起きないか。大学に遅刻してしまうぞ」

やや強く肩を揺すられ、漸くフレデリックは瞼を開く。

「やっと起きたか。おはよう、寝坊助。ホラ、早く支度をしろ。大学教授が遅刻などしたら生徒に笑われるぞ」

微笑みながらそう言って、エプロン姿のシグナムはベッドから離れ、鼻歌交じりに台所へと戻った。

シグナムの奴、すっかり妻気取りだ。

「……あー?」

間抜けな声を漏らしつつ上体を起き上がらせ、首を回してゴキゴキ音を鳴らしてから立ち上がり、風呂場へと向かう。

熱いシャワーを浴びて寝ぼけていた頭をシャッキリさせ、髭を剃り、歯を磨いてから寝室に戻ってビジネススタイルに着替える。

「……何かが、おかしい」

フレデリックは現状に違和感を覚えていたが、違和感は正体を掴ませない。何か引っ掛かりを感じながら、居間へと赴く。

すると、そこには既に先客が居た。

「あ、フレデリックさんおはようございます」

白を基調とした私立聖祥大学付属小学校の制服に身を包んだキャロだ。膝の上にはフリードも居る。彼女はちゃぶ台の前に礼儀正しく正座をしたまま、ちょこんと可愛らしい動作でお辞儀する。

「おう」

フレデリックが応えるのを待っていたかのように、キャロがちゃぶ台の下からA4程度の大きさの紙を一枚取り出して、フレデリックに手渡した。

「何だ?」

疑問に思い、紙を受け取る。

表面は何も書いてない白紙であったが、裏返しにしてみて文章が書いてあることに気付き、書かれた文面をなんとなく口にしてみる。

「何々? 以下キャラ設定? どういう意味だ?

 ……俺の名前はフレデリック・マルキュリアス。若干二十歳で素粒子物理学とエネルギー応用科学という部門において世界的な権威となったが、『働くの面倒臭い』という理由からその才能を碌に活かさないまま自ら輝かしい未来を躊躇無くドブに放り捨て、現在は私立聖祥大学のしがない一介の大学教授として教鞭を振るうただの独身男性……」

はて? 一体何のことだろうか? と首を傾げて考え込むフレデリックの思考を遮るように、湯気を上げるお盆を手にしたシグナムがやってきた。

「お姉ちゃん、お腹空いたー」

「キュクー」

「分かった分かった。皆揃ったことだし、いただきますをしようか」

年相応の子どものように手をパタパタ振って空腹を訴えるキャロとフリードに対し、シグナムはまるで母親のように苦笑する。

「フレデリック」

「……ああ」

眼の前にはシグナムが用意してくれた朝飯があった。炊き立てのご飯、味噌汁、焼き魚、漬物。それらは質素ではあるが、日本人にとって理想的な朝食だった。

「「「いただきます」」」

「キュクー」

三人は手の平を合わせて声を揃えると、朝食を開始するのであった。










背徳の炎と魔法少女? 夏休み超特別番外妄想編 フレデリック教授の騒がしい一日(リア充爆発しろ!!編)










「今日は講義の後に何か予定はあるのか?」

こちらに背を向け、お弁当箱におかずを入れる作業に勤しみながらご機嫌な様子でシグナムが聞いてくる。

シグナムは、フレデリックが私立聖祥大学に赴任する少し前にキャロと共に隣の部屋に引っ越してきた。

最初はただのお隣さんだったのだが、引っ越してきたばかりで友達が居らず放課後を一人寂しげに過ごすキャロに、フレデリックがほんの少しだけお節介を焼いたのが切っ掛けで、仲良く近所付き合いするようになったのだ。

お節介と言っても、フレデリックは知人にキャロと同年代の子どもが居たので、そいつらを紹介してやっただけなのだが。

で、思惑通りその知人と仲良くなったキャロが何故かフレデリックに懐いてしまう。

それを発端としてキャロの姉であるシグナムとよく話すようになったのだが、此処で彼女はあることに気が付いてしまったのだ。

フレデリックの私生活が非常にだらしないことに。

何かと世話焼きで姐御肌のあるシグナムは、大学教授という社会的な立場ある人物のだらしない私生活を見るに見かねて、毎日のように食事を作ってくれたり、部屋を掃除してくれたり、洗濯をしてくれたりと世話を焼いてくれる。

初めはキャロのお礼だとかなんとか言っていたが、今ではすっかり通い妻みたいだ。キャロという年の離れた妹が居るので、誰かの世話を焼くのが好きなのだろう。

姉妹揃ってフレデリックの部屋で今朝のように朝飯を摂るのは、いつの間にか此処最近の日常風景となっていた。

「……特には無かった筈だが、どうなるか分からん」

「そうか。外で夕飯を済ませるなら予め連絡をくれ」

「ああ」

「よし、出来たぞ」

振り返ったシグナムの手に抱えられていたのは、三人分のお弁当箱だ。一つはフレデリックの、もう一つはシグナム自身の、最後の一つはキャロのものだ。

これからフレデリックは大学で講義。シグナムは近所の剣道道場で師範代の仕事。キャロは小学校である。

「行くか」

「ああ。いってきます」

「いってきまーす」

「キュクルー」

それぞれが手にシグナムお手製のお弁当箱を持つと、三人はフレデリックの部屋を後にした。





二十分程、一人黙々と歩いていると私立聖祥大学の建物が見えてくる。

金を掛けてるだけあって、無駄に新築で無駄に綺麗だ。

聳え立つ摩天楼の集合体染みた建築物を前にして、かったりぃな、サボるか? と大学教授の癖してダメ大学生みたいなことを考えながら欠伸を噛み殺していたら、

「「「フレデリック先生!!」」」

背後から声を掛けられたので、ゆっくり振り返った。

「……高町、テスタロッサ、八神……何時もの三バカ娘か」

フレデリックの失礼な物言いに嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる三人娘。

高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて。この三人は私立聖祥大学の三期生で、新任なのにいきなりゼミを受け持つことになってしまったフレデリックの生徒でもあった。

「もうフレデリック先生ってば”高町”なんて他人行儀だよ。私のことは下の名前で、”なのは”って呼んでって言ったでしょ?」

「そうだよ先生。”フェイト”って呼んで、お願い」

「下の名前で呼ぶくらいええやん。ほらほら、”はやて”って呼んでみ?」

朝っぱらからテンション高い三人娘はフレデリックに纏わり付くが、当の本人は面倒臭そうに三人を一瞥してから止まっていた足をノロノロと動かす。

向かうは自分の研究室、ではなく喫煙所だ。講義の前に一服しておきたいみたいだ。

あーん先生無視しないでよー、いけずー、でもそんなつれない態度が好き!! とかなんとか言いながらやたらめったら懐いてくる小動物的な三人を、鬱陶しいからといって邪険に扱うことも出来ずそのまま喫煙所へと到着。

と、そこには先客が、一人の妙齢な女性が居た。

「貴方達、もうすぐ試験期間になるのに朝っぱらから男といちゃつくなんて随分余裕ね? 試験結果、期待しておくわ」

プレシア・テスタロッサ教授。数々の功績を世に知らしめてきた天才にして、自他共に厳しい性格をしている年齢不詳のバ、女性。専門は遺伝子情報システム学でその道の権威。名前から分かる通り、フェイトの母親でもあったりする。

「か、母さん!!」

「大学では教授か先生と呼びなさい。何度言ったら分かるの?」

「す、すみません……テスタロッサ教授」

蛇に睨まれた蛙のように身を縮まらせ、蚊の鳴くような声でしょんぼり謝罪するフェイト。

そんな娘にあからさまに溜息を吐くように紫煙を吐き、プレシアは三人娘にさっさと一限の準備をしろと恫喝し、喫煙所から追っ払った。

狭い喫煙所に、フレデリックとプレシアだけになる。

フレデリックはこれまでのやり取りなどまるで気にも留めていないかのようにポケットからタバコを取り出し、フィルターを咥え先端部分をジッポで火を着け、紫煙を吐き出す。

自分も同じように紫煙を吐き出しながら、ジッとフレデリックを睨むプレシア。

「……」

「……」

紫煙を吐き出す音のみが喫煙所を満たす中、やがてフレデリックがうんざりしたように口を開く。

「辛気臭ぇ面して見てんじゃねぇ……クソ婆」

同じ職場で働く同僚に向かって言うことじゃない。

険悪な空気が紫煙と共に喫煙所を満たす。

フレデリックはプレシアを鬱陶しそうに、プレシアはフレデリックは忌々しそうに睨み合う。

この二人、本来は仲が悪い訳では無い。

専門分野は違えど、互いに互いの実力を認め合っているのだが。

「辛気臭い面くらいしたくなるわ。貴方みたいな、科学者としては非常に優秀でも、性格がひん曲がってて私生活がまるでダメな男に娘達が懸想してると思うと、今にも発狂してしまいそうよ」

つまりはこういうことだ。今年の春に赴任してきたフレデリックに、彼女の娘達――姉のアリシアと妹のフェイト――が恋心を抱いてしまったのである。

学歴は申し分無く、頭もキレる、優秀な科学者にして大学教授、という感じに世間ではかなり評価が高いフレデリック。

が、実際は「面倒臭ぇ」が口癖で、やる気も無ければ覇気も無い、常に無気力&気だるげな雰囲気を纏っていて、チンピラみたいに眼つきが悪く、教師の癖して平気で講義をサボる、外面は割りと良いのに私生活はかなりだらしない男なのだ。

娘達が可愛くて可愛くて仕方無いプレシアから見れば、フレデリックはまさに”限りなく当たりっぽいハズレ”。もっと将来性のある男と添い遂げて欲しい、と考えるのは当然のことで……

故に、どうしてもフレデリックに対してつっけんどんな態度を取ってしまう。先程のフェイトに対する態度も、フレデリックから一刻も早く引き離したかった為だ。

まー、フレデリックはプレシアのことなど若作りが上手い婆としか思っていないので、どんなに嫌味や皮肉、露骨な嫌悪感を向けられても気にも留めないが。

そのままピリピリした緊張感が走る中、二人は紫煙を吐き出し続ける。

「あー、見つけた!!」

そんな中、明るい女性の声が聞こえてきたので首を巡らすと、喫煙所に向かって歩いてくる一人の金髪の女性が居た。

顔立ちはフェイトにそっくりではあるが、天然ポヤポヤで粛々としているフェイトと比べて元気があり、大股でズンズン歩いてくる立ち居振る舞いは自信に満ちている。

プレシアの娘にしてフェイトの姉、アリシアだ。ちなみに、教授であるプレシアの助手としてこの大学で働いていて、彼女自身も優秀な研究者だったりするのだ。

彼女はそのままフレデリックの眼の前までやって来ると、いきなり咥えていたタバコを奪い取って灰皿に叩き付け、両腕を振り上げて咆哮した。

「フレデリック!! 貴方、この前暇潰しに書いてた論文私の名前で提出したでしょ!?」

「それが?」

「なんでそんなことするのよ!? その論文読んだ学会のお偉いさんとかが私の所に殺到してきて、なんかもう、表現するのも大変なくらいに大変だったんだから!!」

アリシアの文句にフレデリックは鬱陶しそうに溜息を吐き、「講義の準備があるから、また後でな」と一言漏らし、そのまま喫煙所を後にする。

「ちょ、待ちなさいってば。コラー、話は終わってないんだからねー!!」

立ち去るフレデリックの後ろ姿に憤慨するアリシアは、やがてその姿が見えなくなると力無く拳を下ろす。

「……どうしてフレデリックってあんななの? 頑張ればもっと凄いとこで色んな研究とか出来るのに……いっつもやる気無い癖して、暇潰しにとんでもない論文書いて、その手柄を人に押し付けるような真似して」

「頑張ること自体が嫌いなのよ。アリシア、あの男がたまに生きるのが面倒臭ぇって愚痴ってる時あるの知ってる?」

「フレデリックがもっと真面目だったら、私母様の助手なんかやめてフレデリックの助手になるのに」

「ダメよアリシア!! あんな自堕落生活まっしぐらな男の傍に居たら、怠惰が感染るわ!! ていうか、母さんのことあっさり捨てて男を取るなんてあんまりよ!?」

血相を変えてアリシアに詰め寄るプレシア。

「あんな男の何処が良いの?」

「うーん」

問われ、形の良い顎に指を添え、少し考えてから答える。

「なんていうか、上手く言えないんだけどフレデリックって放っておけないんだよね。頭良いのに変なとこでダメな部分とか、一匹狼気取ってるのが妙に肩肘張ってるように見えちゃったりするとことか」

死別した夫がそんな感じの人間だったのを思い出し、男の好みは血筋か、これではどうにもならないとプレシアは頭を抱えた。

「でも、最近のフレデリックって妙にちゃんとしてる気がするんだよねー。今まではコンビニ弁当で済ませる食生活だったのに、最近じゃ手作りお弁当持参してるみたいだし」

腕を組んで数秒程考え込むと、はっと我に返ったように顔を上げ、戦慄する。

「まさか、女? フレデリックに限ってそんな……」

「どう考えてもそうとしか思えないわ。怠惰が服着たような男が自分でお弁当なんて作る訳無いじゃない……頭も顔もそれなりに良くて身体つきも逞しくてワイルドな魅力溢れてるのに、何時もチャランポランだから、そういうギャップに弱くてお節介な女の子にモテるのよ」

私もそうだったし、という言葉を飲み込んでプレシアが冷静にフレデリックの現状を推測しつつ、これなら娘達も諦めてくれるからしら? と淡い期待を抱く。

隣で「誰? 誰なの? 私とフェイトの姉妹丼計画を邪魔しようとしているのは!?」と疑問を口にしながらわなわな震えているアリシアを見ながら。





自分の研究室に向かう途中、突き当たりから現れた紫髪の男を確認してフレデリックは顔を顰めた。

「おはよう、フレデリックくん!! また学会に爆弾を放り込んだらしいね。しかも今度は自分の名前ではなくアリシア女史の名前で」

「……うぜぇ野郎だ……」

「私の顔を見た瞬間にそれとは、相変わらず手厳しい、アハハハハハ!!」

ジェイル・スカリエッティ教授は、お前のことが心底鬱陶しいと訴える視線と言葉を狂気が孕んだ哄笑で受け流し、フレデリックの隣に並んで歩調を合わせる。

「何の用だ?」

「読んだよ、キミがこの前書いた論文。もし実現可能であれば、世界のエネルギー事情に革命が起こるくらいに素晴らしいものだった」

「あんなもん、所詮暇潰しに書いただけの妄想の垂れ流しに過ぎん。実現不可能な絵空事だ」

やや興奮気味に褒め称えるスカリエッティと比べ、フレデリックは何処までも醒めていた。

「いや、そこで思考を停止してはいけない。キミが言う絵空事を現実にするのが我々科学者の、知識の探求者の仕事ではないかね?」

「生憎俺はそこまで仕事熱心じゃねぇ」

フン、と鼻を鳴らすフレデリックを見て、スカリエッティは唇を吊り上げて嫌らしく笑う。

「キミは本当に興味深い男だね。その才能と頭脳があれば地位も名誉も思うがまま、稀代の天才科学者として歴史に名を残すことが可能なのに、そういったものに全く関心を示さず、学生を相手に教鞭を執りながら暇潰しに論文を提出する日々を漫然と繰り返す」

暇潰しに論文書いてる時点で色々とおかしいのに、このことに関しては誰もがスルーだ。しかもかなり提出の頻度が多く、その度に様々な研究機関や専門の大学から声が掛かるのだが、フレデリックは全て「面倒臭ぇ」という理由で断っている。

「何が言いたい?」

立ち止まり、フレデリックはスカリエッティに向き直ると苛立たしげに問う。

が、スカリエッティは薄く笑うだけで答えない。

暫くの間、スカリエッティの顔を睨み殺す気迫で眼を向けていたが、眉一つ動かさないので根負けしたように溜息を吐き、違う質問をぶつけることにした。

「何故、貴様は俺に付き纏う? 俺が此処に赴任してから、ずっと……毎回言ってるが鬱陶しいぞ」

「そんなことは決まってるじゃないか」

馬鹿なことを聞かないでくれ、と言外に言われたような口調にイラッとしながら続きを待つ。

「キミの近くに居れば、いの一番にキミが書いた論文を読めるからだよ」

「……」

もう暇潰しに論文を書くのはやめようか、そんなことを考え始めるフレデリックであった。










一限、二限、と講義を終えてフレデリックは自分の研究室に戻る。

教科書やら資料やらをデスクに置き、食堂で買ってきた缶コーヒーのプルタブを開け、ドカリと椅子に腰掛け缶の中身を嚥下した。

それからシグナムに今朝作ってもらった弁当を引っ張り出して食おうとしたその時、コンコンッと研究室の扉が叩かれ、部屋の主が返事をする前に開け放たれた。

「入るぞ」

言いながら勝手に入ってきたのはリインフォース・アイン。フレデリックの助手だ。

彼女は入室してくるなり、研究室の中央にあるソファに陣取ると、手にしているナプキンに包まれたお弁当箱を広げ始める。

フレデリックはそのことに対して何も言わない。アインと共に食事を摂るなど、彼女が自分の助手になってから何時ものことであるから。

眼の前のお弁当を箸でつつきながら、アインはちらりと視線をフレデリックが黙々と食ってる弁当に向けた。

(今日こそ、今日こそ聞いてみよう。そのお弁当はどうしたのだ、と)

口と手は食事を摂る為にしっかりと動いているが、彼女の意識は自分のお弁当ではなくフレデリックのお弁当に注がれている。

(……しかし、テメェには関係無ぇなんて冷たく突き放されたらどうしようか? もし聞くことによってフレデリックが機嫌を損ねたら?)

不安が脳裏を過ぎった瞬間、箸を握る手がまるで空間に固定されたかのように固まった。

アインはフレデリックとそれ程付き合いが長い訳では無い。彼が春先にこの大学に赴任してきて以来なので、三ヶ月も経っていない。

故に、彼が気難しい性格だというのは知っていても――盛大な勘違い――彼との付き合い方、もっと分かり易く言えば距離感が掴めないでいた。彼の経歴や今まで上げてきた功績が凄過ぎるのもあって、余計に。

会話は普通に成立するが、相手は無口だし、自分も口下手でお喋りする方ではないので、常に事務的な仕事の話のみで終わってしまう。これまでにプライベートに関することを語り合ったことは無い。

本当はもっとフレデリックと話したい。当然、仕事のみに留まらず趣味や好みの食べ物でもなんでもいい。

だが、もし自分のような面白みも無い女が話し掛けて鬱陶しがられたらと思うと、アインは怖くて話し掛けることが出来なかった。

意気地の無い自分に嫌気が差すと同時に、同僚のアリシアやシャマル、フレデリックを慕っている生徒達に羨望と嫉妬を覚えてしまう。

どうしてあんなに近付けるんだろう、と。

他人を寄せ付けない雰囲気と鋭い眼つき。乱暴な言葉使いと自分勝手な性格。これだけ列挙すれば贔屓目に見てもまともな人間とは思えないが、アインは彼が見かけによらず結構子ども好きで、優しくて面倒見の良い性格であることを知っている。

彼が此処に赴任してくる少し前、実は一度だけ会ったことがあるのだ。

それは、妹のツヴァイと二人で買い物に行った時に、途中ではぐれてしまったツヴァイを必死に探している時だった。

ツヴァイに肩車をしてやり、二人で一緒になってアインを探している姿を。

そこには科学者達の間で異端と称されるフレデリック・マルキュリアスの姿は無かった。居たのは、優しく笑みを浮かべる青年ただ一人。

しかし、再会したフレデリックはアインのことなどこれっぽっちも覚えていなかった。

正確には覚えていなかったというよりも、アインを発見した瞬間に彼はとっとと消えていたので顔を碌に見ていないのが正しい。

にも関わらず、妹のツヴァイは何故かソルの携帯電話の番号とアドレスを入手していたので、我が妹ながら侮れない。

むむぅ、と唸りながら昼食を摂るアインの姿にフレデリックは「相変わらず機嫌悪そうだな、必要無ければ話し掛けないようにしよう」と何時もの態度を貫くことに決める。





「お邪魔しまーす」

気まずい沈黙を破るようにして、研究室にシャマル教授が入室してきた。

「ねぇねぇフレデリックくん!! 今度の週末って暇?」

「知らん」

「相変わらずつれなーい。でもどうせ暇なんでしょ? また前みたいにエリオ連れて遊びに行きましょうよ」

「考えておく」

シャマルは医学部の教授という忙しい立場であるのに、こうして暇を見つけてはフレデリックを遊びに誘っている。弟のエリオをダシにして。

どうしてこんな間柄かと問われれば、彼女の弟であるエリオがフレデリック行き着けのCD屋の常連客で、二人が偶然店で出会い、あるアーティストのことについて店長を交えて意気投合したのが切欠。

それから芋づる式にエリオ経由でシャマルと話すようになった、という訳である。

明朗快活にして社交的、加えてアクティブな性格のシャマルは、フレデリックの人となりを知るとかなり積極的にアプローチをしてきた。実際、何度か三人で遊びに行ったことも会った。

が、当の本人のフレデリックはシャマルのことなんかよりも、唯一自分の趣味を理解することが出来るエリオとの会話が楽しみだったりする。

ちなみに、キャロに紹介した知人というのがエリオだったりした。

「……」

フレデリックと楽しそうな表情で会話しているシャマルを、アインはじとーっとした眼で見る。

良いなー、羨ましいなー、と無言で訴えていたが、二人共気付いていない。

暫くして会話に区切りがつくと、シャマルは「じゃーねー!!」と出て行った。

私もあんな風に出来たらな、そんなことを考えながらアインは味気が無くなってしまったように感じる弁当に箸をつけた。










夕方。フレデリックのゼミの時間。

小会議室には五人の生徒と、フレデリックが集まっていた。

「……解散すっか」

紫煙を吐き出しながらフレデリックが気だるげに言う。

「先生、やる気が無いにも程があると思います。ていうか、授業中にタバコを吸わないでください」

「チャイム鳴った瞬間にそんなこと言うくらいなら休講にすればいいのに……」

生徒であるアリサ・バニングスと月村すずかのもっともな意見を聞いているのかいないのか――いや、きっと全く以って聞いてない――彼は立ち上がって五人の生徒に背を向ける。

「今日はもう帰れ。俺は帰る」

「待ちなさいこの不良教師!! 何の為にゼミやってんのよアタシ達!? 卒論の為でしょうが!! 先生らしく私達を導けぇぇぇぇ!!」

激昂するアリサを尻目に、なのはとフェイトとはやてが退室しようとするフレデリックの後をひな鳥のようについていく。

「フレデリック先生、どうせならウチの店に飲みに来てよ。先生だったら割引サービスするから、ね?」

何が『どうせ』なのかイマイチ分からないなのはの発言にフェイトがいち早く反応する。

「なのは、良いアイディアだよ。じゃあ今晩は翠屋で飲み会ってことで」

「飲むで~」

フェイトに続いてはやても快く賛同した。

「格安で酒が飲める……断る理由が無ぇな」

「「「やったー!!」」」

「あ!! ちょっと待ちなさいアンタ達!! ……くっ、全く人の話聞いていない。あれで学会では知らない人間は居ないってくらいの超天才だってんだから世の中分からないわ……すずか、こうなったらアタシ達も飲みに行くわよ!!」

「……アハハハ、結局何時も通りだね」

ゼミ=飲み会。これがフレデリック教室クオリティ。

色々とダメな大学教授と大学生だった。





「……ってな訳で、今日の夕飯は外で食う。ああ、おやすみ」

携帯電話を閉じ、緩めていた歩みを速める。シグナムへ夕飯は要らないと連絡を入れていたのだ。

「先生、どうしたの?」

「なんでもねぇ、気にするな」

こうしてフレデリック教授の一日は幕を閉じる。

常に怠惰で、お隣さんに食事を恵んでもらったり、同僚達と色々あったり、生徒達に懐かれたり、そんなこんなな毎日を過ごす。

平和な日々だった。

これがいずれ、昼ドラのような展開になるとも知らずに……




















主演


フレデリック・マルキュリアス教授

 ソル=バッドガイ


お隣のお姉さんシグナム

 シグナム


シグナムの妹

 キャロ・ル・ルシエ


フリード

 フリード


アイン助手

 リインフォース・アイン


アインの妹(回想シーン)

 リインフォース・ツヴァイ


シャマル教授

 シャマル


シャマルの弟(回想シーン)

 エリオ・モンディアル


女子大学生A

 高町なのは


女子大学生B

 フェイト・テスタロッサ・高町


女子大学生C

 八神はやて


女子大学生D

 アリサ・バニングス


女子大学生E

 月村すずか





友情出演


プレシア・テスタロッサ教授

 プレシア・テスタロッサ(故)


アリシア助手

 アリシア・テスタロッサ(故)


ジェイル・スカリエッティ教授

 ジェイル・スカリエッティ(犯罪者)










ナレーション

 鉄槌の騎士ヴィータ











































「っていう夢を見たんだ」

そんなことをのたまうヴィータに、ソルはコーヒーを啜りながら呻いた。

「……ツッコミ所が多過ぎる」

「何処が?」

不思議そうに首を傾げるヴィータの反応に、ソルは額に手を当てて頭痛を堪えるように指摘する。

「まず、なんで俺が本名なんだ?」

「知らねー」

「……次だ。友情出演とはいえ、この友情出演って表現がよく分からんがそれはともかく、どうしてお前が会ったこともない死人が出てくる?」

「資料は昔見たから顔は知ってるぞ。性格は妄想だけどな」

「次。ジェイル・スカリエッティは?」

「もしあいつが犯罪者じゃなければお前と仲良くなりそうじゃねー?」

「……」

「お前は生体兵器ギアの制作者で、向こうは戦闘機人の制作者……な?」

「…………次。お前の眼から見て、俺はそんなにダメ人間か?」

「当然」

フォローの片鱗すら感じ取れない一言は、元々短気なソルに火を着けるのに十分だった。

「ドラゴンインストール」

<Ignition>

「マジかよ!? それはいくらなんでも卑怯だぞテメー。つーか、怒るってことは自覚あんじゃねーか!!」

「テメェの御託は聞き飽きた……消し炭に、なれ!!!」

「ぎゃああああああああああああああ!!」

その日。ミッドチルダ中央区画の湾岸地区に、巨大な、それはもう天を貫かんばかりに巨大な火柱が生まれたのであった。




















後書き


大学生の夏休みって、長い人だと九月の下旬まであるんだよね。羨ましい。

ああ、大学生に戻りてぇ。

今回の番外編は、あくまでヴィータの夢に出てきた妄想の産物なので、設定面で色々と矛盾してますがあしからず

ではまた次回!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat9 そうだ、海鳴に行こう
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/09/07 21:34


リニアレールの一件から数日が経過し、今日も今日とてDust Strikersでは次元世界から寄せられた依頼を賞金稼ぎ達がボチボチこなしていた。

研修生達も訓練内容をよりレベルが高く密度の濃いものに移行させ、切磋琢磨する。

そんな訓練風景から少し離れた一角の端の方、誰も寄り付かないような場所。そこで人間形態のアルフがスーツ姿のユーノの襟首を掴み、今にも噛み付くような勢いで怒鳴っていた。

「どういうことだい!?」

「いやぁ、そんなこと僕に言われても……僕だって何がなんだかさっぱりな訳だし」

「すっとぼけんじゃないよこの阿呆!! アンタ以外の他に誰が居るってんだい!?」

眼の前のアルフから視線を逸らして言い訳染みたことを溜息と共に吐き出すユーノの態度に、アルフは本当に頭に来たのか、こめかみに青筋を立てて更に大きな声を上げる。

「どうしてギンガが、アンタに、四日前から異常なまでに懐いてるのか……その理由を言えっつってんだろ!!!」

「だーかーらー、知らないっつってんの!! 僕はソルに言われた通り、ギンガが元気出すように慰めただけだって何度言えば分かるんだよ!!!」

嫉妬の炎を燃やすアルフと、必死に弁解するユーノ。

単なる痴情のもつれだった。

説明するまでもないと思われるが一応説明すると、先日の一件でギンガは自分の責任でユーノに大怪我をさせたと思い、引き篭もってしまった。妹のスバルなどがどんなに頑張って慰めても励ましてもダメだったので、事態を看過出来ないと判断したソルがギンガを慰めるようにユーノに命令。快く引き受けたユーノによって元気を取り戻したギンガであるが、あら不思議。まるで恋する乙女のようにユーノに懐いてしまったのだ。

「慰めるって、何したんだい?」

「……何もしてないってば」

「まさか、ナニしたんじゃないだろうね!!」

「馬鹿! ナニもしてないってば!」

「信用出来ないね」

「どうして?」

「男は皆、夜になると変身するから……『ドラゴンインストール!!』って」

「たとえ冗談でもソルに聞かれたら消し炭じゃ済まない迂闊な発言はやめてくんない!?」

慌てるように掴まれている襟首を振り払い、ユーノは少し着崩れてしまったスーツを直す。

そんなユーノに背を向け、アルフはぷっくり膨れっ面になりつつも、渋々語る。

「いいんだよ、ユーノ。やっちまったんなら仕方無いさ。ユーノも男なんだし、やっちまったのは普段から満足させてない私の落ち度だし」

「だからやってないって」

いい加減僕怒ってもいいよね? 沸々と怒りがこみ上げくるのを心の奥で感じながらユーノは半眼になった。

「アタシは狼素体の使い魔だから本能的に分かるんだよ」

「何が?」

「一匹の優秀な雄に、複数の雌が集まってくるのは自然の摂理さ。具体例がすぐ傍に居るから、余計にね」

ユーノは脳裏に、ソルが『ああン?』とガン飛ばしてくる光景を想像する。

「だから、やったならやったでちゃんと言ってくれればアタシだって怒らないから、本当のこと教えて……」

アンタ今まで滅茶苦茶怒ってただろ!! という胸中の言葉を必死に飲み込んで、ユーノは無理やりアルフの肩を掴んで振り向かせると、真っ直ぐ視線を合わせて言う。

「僕はやってない」

真摯な態度で身の潔白を訴える。

「本当に?」

「本当に」

問われたので、ユーノは真剣な表情のまま頷いた。

「指一本もギンガに触ってない?」

「いや、軽く抱擁とかは、し、しました……や、役得とか別に思ってないです、はい!! これっぽっちも!! 良い匂いがするとか柔らかいなとかギンガって結構着痩せするタイプなんだとか考えてませんよ、勿論!!」

何故か敬語で、白状すればする程墓穴掘っていて、次第に剣呑な光がアルフの眼に宿る。それを見てこれはやばい? と焦るユーノ。

「……これが一番聞きたかったんだけどさ」

「う、うん」

急に静かで抑揚の無い声音になったアルフにビビリながら、ユーノは首を傾げた。

「ギンガに何て言って慰めたの?」

「……」

訪れる沈黙。

アルフは急かさない。ただ静かに、ユーノの瞳を冷たい視線で覗き込んで、答えが帰ってくるのを待っている。

やがて、十数秒という時間が流れてから、意を決したユーノが申し訳無さそうな口調で、まるで本当に謝罪するように言葉を紡いだ。

「僕は泣いてる女の子を慰めた経験なんて碌に無いから、正直どうすればいいのか分かんなかったんだけど」

「けど?」

「なのは達にどうすればいいのか相談したら、自分達はこういう風に異性から慰めてもらったよ、ってアドバイスくれて」

「……」

「その通りにしたら、ギンガがあんな風になってました……だから、本当に僕には訳が分からないんだああああああああっ!?」

言葉尻で突然悶絶し始め、ユーノは舗装されたコンクリートの上を無様にのた打ち回った。アルフがユーノのまだ治りきっていない腹の傷をつねったからだ。

「ア・ホ・か!! なのは達が落ち込んでる時に慰めた異性なんてソルしか居ないでしょうが!! あの無自覚女ったらししか居ないでしょうが!! 本人は慰めたり励ましたりしてるつもりでも、言葉が少なくて乱暴なもの言いの所為で、聞いてる相手にとっては愛の告白にしか聞こえないことを真顔で言い切る男じゃないかい!!!」

ガアアアアアアアアッ、とアルフが獣の咆哮を上げるがユーノはそんなものを耳に入れている余裕が無い。激痛でそれどころではない。痛いだけであって、それ以外に何か問題がある訳でも無いが、痛いもんは痛いのである。

「聞いてんのかゴラァッ!!」

のた打ち回ることすら許されないらしい。再び襟首を掴まれて無理やり引き寄せられる。

「……僕は、別にそんなつもりで言ったんじゃない……世界はこんな筈じゃなかったことばっかりだ……」

額に脂汗をかきながら、蚊の鳴くような声でユーノは青息吐息状態で訴える。

しかし――

「そんなつもりで言ったんじゃない? 世界はこんな筈じゃなかったことばっかりだ? そんな台詞はソルのおかげで聞き飽きてんだよこっちはぁぁぁぁぁっ!!!」

「アッーーーーーーーーーーー!!」

許す気など更々無いアルフの容赦無い牙が、ユーノの首筋に突き立てられる。

その日。雲一つ無い青い空に、ウインクしながらサムズアップするユーノの笑顔を幻視する者がDust StrikerSに多発した。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat9 そうだ、海鳴に行こう










『アーアー、マイクテス、マイクテス。本日は晴天なり、本日は晴天なり~』

スピーカー越しに間延びしたはやての声が施設内に響き渡る。

『業務連絡します。管理局から出向中のティアナ・ランスター、スバル・ナカジマ、ギンガ・ナカジマはオフィスに集合してください』

自分達が呼び出されたことに、なんで? と疑問符を浮かべながらスバルとティアナはオフィスに向かって歩き出す。

「何だろうね? ティアは分かる?」

「さあ? でも、どっちにしろ訓練か仕事の話でしょ」

スバルの疑問に肩を竦めて答えながらやれやれと溜息を吐く。

『繰り返します。管理局から出向中のティアナ・ランスター、スバル・ナカジマ、ギンガ・ナカジマは三十秒以内にオフィスに集合してください。さもないと焼き土下座の刑に処すで』

二人は「焼き」の部分を耳にした瞬間にダッシュする。

「わ、私達何かした!?」

「知らないわよ、やってないわよ、心当たりなんてこれっぽっちも無いわよ!!!」

あるとすれば先日の任務失敗の件だが、あれは既にソルから不問とされているので違う筈だ。

「じゃあなんで焼き土下座が待ってるの!?」

「私が知りたいわよ!!!」

血相変えて廊下を疾走しつつ喚き散らすティアナとスバル。

『っていうのは冗談で』

しかし、まるでタイミングを計ったかのように聞こえた声の所為で走り出して五秒もしない内にズザザザザッー、と二人揃って床にヘッドスライディングをかます破目に。

『なるべく早く来てなー……業務連絡終了します』

プツッ、と館内放送が切れる。

「……」

「……」

無言で立ち上がり、服を払ってからゆっくりと歩き出す。

こめかみに青筋を立てながら「はやてさん、何時か必ずボコす」と心に誓って。





オフィスに入室すると、待ち構えていたのは館内放送で呼び出した張本人であるはやて、その隣に佇むアイン、二人よりも早く到着していたらしいギンガ、そして何故か白衣と銀縁眼鏡を装着し――マッドサイエンティストモードと言われている――こちらに背を向けてデスクで何やら作業をしているソルが居た。

「揃ったことやし始めるで。アイン」

「これを」

はやてに促されたアインが手にしていたA4サイズの紙を一枚ずつ、ギンガとスバルとティアナの三人にそれぞれに配る。

受け取った紙は仕事に関する資料のようだ。

「派遣任務、ですか?」

「しかも異世界に……」

「そうや。本局から聖王教会を経由して私らにお鉢が回ってきたんよ」

スバルとティアナが首を傾げるのを見てはやてが頷く。

「管理外の異世界でロストロギアの発見報告があったが、本局の遺失物管理部の捜査課も機動課も人手不足とのことでな、本局の方から聖王教会に回ってきた依頼なので私達が余計な手出しをする必要など皆無だが、生憎と騎士団もすぐに動かせる隊が無いらしい。レリックの可能性も捨て切れない為、回りに回って”何でも屋”である私達が請け負うことになった」

やれやれと疲れたように溜息を吐くアイン。

「派遣先は何処ですか?」

「第97管理外世界、現地惑星名称”地球”だ」

ギンガの問いにこれまで沈黙を守っていたソルが、振り向きもせずにぼそっと答えた。

「その星の東洋に浮かぶ小せぇ島国、日本って国に存在する呪われた大地”海鳴市”」

「「勝手に呪われた大地にするな!!」」

綺麗に声をハモらせてアインとはやてがツッコミを入れる横で、ギンガとスバルとティアナの三人はソルに此処まで言わせるその”海鳴市”は一体どれ程恐ろしい土地なのかと想像し、戦慄している。

「どう考えても呪われてんだろ、あの街。十年前にロストロギアの所為で二回も世界が滅びそうになって、今回もまたロストロギアだぁ? これが呪われてないなら何だってんだ?」

椅子を百八十度回転させてこちらに向き直ったソルに上手く切り返されて黙り込んでしまう二人。

「……ってあれ? 地球って確かお父さんのご先祖様の故郷だったわよね、スバル」

「うん。そう言えば……」

ナカジマ姉妹がそのことに気付くと「人の先祖の故郷を勝手に呪われた大地にしないでください!!」と猛抗議。

「っていうか、ソルさん達の故郷でもあるじゃないですか!!」

「どうして自分の故郷をそんな酷い言い方するんですか!?」

「事実だからだ。十年前のPT事件と闇の書事件で俺達は死に掛けた。実際、下手すりゃ周囲の世界を巻き込んで次元断層を起こして滅亡してもおかしくなかった。特に闇の書事件はやばかった……本気で死ぬかと思ったぜ」

重苦しい口調で語られたデンジャラスな発言に、オフィスの時間が止まる。周囲で書類仕事をしながら耳を傾けていたシャーリーやグリフィス、アルトやルキノも思わず手を止め顔を青くしている。

ソル達の詳しい出自などに関する情報は特殊な事情により詳細は知られていないが、漠然となら伝わっている。だが、それ程までの修羅場だとは思っていなかったらしい。

ちなみに、書類上ではソル達がPT事件に関わっていない筈なのにポロッと真実が垣間見えていることに誰も気付かない。

「……え? だって、ソルさんって十年前の時点で既にオーバーSランク、っていう話を聞いたんですけど?」

ティアナがわなわな震えながら聞いてみる。

「ああ、ランク試験は受けてねぇがな。俺だけじゃねぇぞ、なのはやフェイト、シグナムやヴィータだって当時はAAAからニアSランクだ」

「それでも死に掛けたんですか?」

「死に掛けた。正確には殺され掛けたがな……だから呪われてんだよ、地球は」

クツクツと喉を僅かに動かし邪悪に笑うソルの反応に、ナカジマ姉妹とティアナは凍りつく。

しーん、と静まり返ってしまうオフィス。

まさかそんな恐ろしい場所に派遣されて仕事をすると思っていなかったティアナは、冷や汗を垂らして拳を強く握り締めた。

隣に並んでいるナカジマ姉妹の表情も硬い。

「あ」

その時、はやてが何かに気付いたのか声を上げる。それに対して「ヒィッ!?」と面白いくらいにビビるティアナ達。

「アイン、大変や。これ、ドSモード入っとるやないか」

「あ、そういえば白衣と眼鏡を装着したままでしたね、うっかりしてました。デバイスルームから直接引っ張ってきたのが原因で脱がせるのを忘れてしまいました」

「つーことで眼鏡を外すで!!」

「白衣も脱げ!!」

二人はソルに飛び掛ると、眼鏡を無理やり毟り取り、白衣を引っ手繰るように脱がす。

「……何なんですか?」

最早事態についていけない三人を代表するようにギンガが問うと、アインが奪った白衣を丁寧に畳みながら答える。

「ソルはONとOFFの切り替えが激しい男でな。プライベートではただの無口なオッサンだが、仕事中は必殺仕事人になるのは知ってるな?」

「確かに”必殺”ですよね」

皮肉が込められた同意の声をティアナが上げた。

「戦闘中以外に白衣姿で仕事をしている時もスイッチがONになっていて、基本的にどちらもSだ」

「つまり、戦闘中と白衣姿の時のソルくんはサディスティックな国からやってきたドSなんや」

説明になっているのかなっていないのかイマイチ分からない内容に、三人は「……はあ」と釈然としない面持ちである。

「下らねぇこと言ってないで話を進めろよ」

「アンタが必要無いのに、十年前の話でこの子達怖がらせるからいけないんやろが」

「このドSめ、あの状態で悦ぶのは私かフェイトだけだぞ……玩具のように弄ぶのなら私にしろ」

うんざりしたように溜息を吐くソルに食って掛かるはやてと、何故か頬を染めるアイン。

「……ダメだこの人達、色々な意味で早く何とかしないと……特にアインさん、ついでにフェイトさん」

そんな光景をどんよりした眼で眺めつつ、深い深い溜息を呆れながら吐くティアナに、その場に居たほとんどの者が同意するように首を縦に振った。





「話が逸れたけど、要するにパッと地球に行ってパッとロストロギアを封印する。超簡単や。分かった?」

まるで買い物を頼むような口調でのたまうはやてに、ティアナ達はもうどうにでもしてくれ、と言わんばかりにやや投げ槍な感じで首肯する。

「だが、此処で一つ問題が発生した」

「え~? まだ何かあるんですか?」

もう騙されないぞ、と言わんばかりに猜疑心が込められた視線でソルを睨むスバルに対し、彼は疲れたように肩を竦めた。

「繰り返すが目的地が地球の海鳴市、つまり俺達の故郷だってのは承知の上だろうが、面倒臭ぇことに俺達も行くことになった」

頭の上に疑問符を浮かべる三人。それに構わずソルは続けた。

「原因はウチのペットのフェレットだ」

「ペット? あー、ユーノさんですね」

イチイチ反応するのは止めようと思いながらもツッコミを入れざるを得ないティアナ。

「ユーノが仕事中に怪我したことをメールで伝えたらな、『とりあえず全員が無事な姿を一度生で見せろ、近い内に帰って来い』と実家の連中が喚く訳だ」

その”実家の連中”というのがどんな人達か知らないが、当然と言えば当然な言い分ではあると誰もが納得する。

戦闘を生業とする魔導師は、当たり前だが常に危険と隣り合わせだ。絶対に大丈夫だという保障も無い、場合によっては何時死ぬか分からない危険な仕事。そんな職業に就いた者を家族が心配するのは当たり前だ。

事実、ナカジマ姉妹は両親から、ティアナは実兄から過剰なまでに心配されていると感じているし、教官達のソル達からもやや過保護ではないかと思える程に厳しく教導されている自負はある。

「とまあ、そういう理由もあって今回は最初から最後まで私ら全員が三人に随伴することになるんよ。休暇も兼ねて皆で帰郷やな」

「お前達はあくまで仕事で、私達は休暇で、という形になってしまうので不公平だとは思うが。すまないな」

帰郷♪ 帰郷♪ 休暇♪ 休暇♪ と完全にバカンス気分で小躍りし始めるはやてとアインを横眼で一瞥してから、ギンガが口を開く。

「それで、問題っていうのは?」

「俺達全員が居なくなったらどうなるんだ、此処?」

「静かになるんじゃないんですか? あと医務室に担ぎ込まれる人が居なくなるくらい?」

「よしスバル、後で俺と模擬戦な。医務室に担ぎ込んでやるよ」

「スイマセン、冗談です」

すぐさま額を床に擦り付けるくらいに土下座するスバルは放置して、ソルの言いたいことが何なのか理解しギンガのみならず他の面子も納得した。

Dust Strikersの最高責任者はグリフィスであり、運営しているのは管理局から出向している事務員達であるが、実質的に支配しているのはソルが率いる”背徳の炎”なのだ。

トップが全員居なくなったらそれは組織としてはどうなんだ? という問題が浮上してくる。

最低でも一人や二人は留守を預かる者が居ないとダメだろう。

しかし、実家からの要求は全員が無事の姿を見せること。

実家からの要求など突っぱねてソル一人が残る、という案が一番初めに提示されたのだが、ソル一人が残るくらいなら私も残る、と主張する者が続出。

本末転倒な結果になってしまったので、じゃあザフィーラを残そうかという話になるもソルがこれを断固拒否。

ユーノは絶対に行くことが決定しているし、ユーノが行くならアルフも行くことになる。

じゃあ誰が残るんだよ、居ないわそんなん、という話になってしまい、結局全員が行くことになるので誰が留守を預かるんだ、という風に此処で話がインフィニティループするのであった。

「クロノ呼ぶか」

「流石にそれは迷惑だと思うぞ。理由が理由だしな」

コンソールパネルを叩いて今にも何処かへ連絡しようとしているソルをアインが冷静に止めた。

「二回に分けたらどうですか?」

「それだとメンバーに偏りが出来るから却下や」

「……でしょうね」

最初から却下されることが分かっていたのか、ティアナは苦笑いだ。

「もうこの際、此処なんて気にしないで全員で行ったらどうですか?」

不毛な会話が延々続くことに見ていて痺れが切れたのか、グリフィスが話に割り込んでくる。

「一週間も居なくなられたら流石に困りますが、一日二日でしたらなんとかな――」

「その言葉を待っていたんやグリフィスくん!!」

「へ?」

本当に心の底から待っていたとばかりに突然大きな声を上げるはやての反応の意味を理解し、グリフィスの顔が「しまった!! 嵌められた!?」と凍り付いた。

「流石グリフィス。ソルが認める優秀な事務員なだけはあるな」

「ちょっと待ってくだ――」

「留守は任せたぜ、グリフィス……俺達全員の書類仕事も全部な、ついでに俺達が居ない間に何か起きたら全部お前が責任取れよ、いいな? 此処の最高責任者」

ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるアインとソルの言葉に、グリフィスは「迂闊だったぁぁぁぁぁぁっ!!」と頭を抱えながら絶叫してオフィスを出て行ってしまう。

「げ、外道だ……」

シャーリーが何気無く呟いた一言に、オフィスに居た誰もが再び頷くのであった。










転送ポートに向かうヘリの中、俺は欠伸を噛み殺しながら膝の上に鎮座している子犬形態ザフィーラの頭を撫でる。

「面倒臭ぇな。なんで正規のルート使って移動しなきゃなんねぇんだよ。時間も金も掛かるってのに」

「文句を垂れるな。何時もの面子ならいざ知らず、今日はギンガ達が居る。何時ものように違法スレスレで管理局員が次元跳躍してみろ? 後々問題になるぞ」

「おい、お前ら。管理局今すぐ辞めろ」

「「「理不尽です!!」」」

俺は助手席から少し体を動かして背後にいる三人に声を掛けたが、非難するような視線と悲鳴染みた答えが返ってくるばかりだった。

それの何が楽しいのか、頭の上に乗っているフリードが「キュクキュク」とうるさい。

「……第97管理外世界、文化レベルB、魔法文化無し、次元移動手段無し、って魔法文化無いの?」

気を取り直したティアナにスバルとギンガが話に食い付く。

「無いよ。ウチのお父さんも魔力ゼロだし」

「私達姉妹は母親似なの」

それは痛い程知ってる、と思いつつもあえて口にはしない。

初めて訪れる地球という異世界に興味津々な三人。そういえば、俺達がナカジマ家に遊びに行くことはあっても、ナカジマ家の連中が地球に来たことは無かったことを思い出す。

まあ、ナカジマ家を翠屋に連れて来てしまったら店が傾く気がしたので、ケーキを持っていく程度に抑えていたのであるが。

そのすぐ傍では、我が家のガキんちょ共三人が翠屋の甘味や桃子の手料理に思いを馳せている。

「桃子さんのシュークリーム、久しぶりですぅ」

「キャラメルミルク、早く飲みたいなぁ」

「今晩はどんなおかずだろう?」

ツヴァイ、キャロ、エリオの三人は何時もと変わらず食いしん坊万歳であった。眼がとても輝いている。年相応で実に結構だ。

「アリサちゃん達元気かなー」

「アリサちゃんとすずかちゃんは相変わらず楽しいキャンパスライフ送っとるんやない? それより恭也さんと忍さんもドイツから海鳴に帰ってくるって聞いたんやけど、ホンマ?」

「なんかね、恭也さんがソルに聞きたいことがあるとかなんとかで、もう待ってるらしいよ」

「恭也お兄ちゃんはお兄ちゃんと戦いたいだけじゃないの?」

「「あり得る」」

なのは、はやて、フェイトの会話の後半部分で嫌なことを聞いてしまった。その所為で凄く帰りたくなくなってきた。

「最後に帰ったのって何時だったかしら?」

「Dust Strikers設立前だから春だ。日本で言う春休みの時期だったと記憶している」

「主はやて達が高校を卒業したのに合わせてミッドに移住したが、何だかんだ言って我々はそれなりの頻度で帰っているな」

シャマル、アイン、シグナムが帰郷頻度について語り合っている。考えてみれば、俺達は日本の大型休暇に合わせて毎回帰っているので、今回もゴールデンウィークのようなものと思えば変ではない、か。

「ZZZ」

やけにヴィータが静かだと思ったら鼻提灯を膨らませて寝ていた。寝ていながらにも関わらず時折「へへっ」と笑っているのが気持ち悪い。また変な夢でも見ているのだろうか?

「……」

そして何故か狼形態で隅に丸まっているアルフ。他の誰とも会話をしようとしないのだが、機嫌が悪いのだろうか?

「帰りたくないよ~」

と、そんな時、俺の肩の上で丸まっているフェレットが呻いた。

「どうした、ユーノ?」

「絶対なんか言われるよ~」

「何を今更」

ハッ、と鼻で笑う。

「説教の一つや二つ、覚悟しておけ」

「畜生、必ずキミも巻き込んでやる」

「ふざけんな、焼くぞ」

ユーノと軽口を叩き合っていると、隣から恨みがましい視線を感じたので向き直る。

「んだよ? 前見て操縦しろ」

このヘリを操縦しているヴァイスだ。

「……ソルの旦那」

「ああン?」

「俺も、休み欲しいっす」

「グリフィスに有給申請しろ。受理されるかは知らんがな」

「無理でしょ、あんな状態じゃ」

Dust Strikersを出発する前のグリフィスは鬼気迫る勢いで書類仕事をこなしていた。

「なら諦めろ」

「旦那って鬼ですよね」

「それでも諦め切れないってんならありもしないワンチャンスに縋り付け。もしかしたら奇跡が起きるかもな」

「旦那って性格悪いですよね」

そんなこんなで転送ポートに到着した。




















後書き


誤字脱字などがあったら、既に投稿済みの話でも構いませんので報告お願いします。モチベーション下がったりとかしないので、安心してください。

最近、私の脳内でシャマルが凄い。これから先の展開上、めっさメインヒロインになる、かもしれない。中の人的な意味で。

ちなみに作者は某アーパー吸血鬼が大好きです。




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat10 現地到着……仕事? 何それ美味しいの?
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/09/16 03:32

視界を覆い尽くしていた光が消え、瞼を開けるとそこには緑が広がっていた。

「林の、中……?」

「あ、猫だ。しかもたくさん居る、可愛い!!」

今居る場所を確認するように疑問を口にするティアナと、周囲に何匹も存在している猫達を見てスバルが興奮する。

「此処がなのはさん達の世界、地球ですか?」

「そうだよ。私達の故郷の地球、海鳴市にある友達の家のお庭だよ」

首を傾げて問いかけるギンガになのはが笑顔で答えた。

ティアナがなのはの言葉に反応して若干驚いた声を出す。

「って、此処って私有地の敷地内なんですか? もしかしてこの周囲一帯が?」

「まあ、な……クイーン、セットアップだ」

<了解>

低い声で答えたのはソルだったが、何故か彼は皆に先立って数歩前に出ると、足元から火柱を発生させその巨躯を炎で包み込み、一瞬にして聖騎士団の制服を模したバリアジャケットを纏い、封炎剣を手に構えた。

ミッドから初来訪した三人にとってソルの行動は奇行にしか映らなかったが、他の面子にとっては何時ものことだったので放置することに。

「隠れてねぇで出てきやがれ。気配は上手く消したつもりでも、闘気を抑え切れてねぇんだよ」

「バレていたか」

次の瞬間、一本の木の陰から、陽炎のようにゆらりと姿を現す黒尽くめの青年――高町恭也。

ティアナ達三人は驚愕を隠せない。まさか自分達以外の誰かが居るとは思っていなかったからだ。

黒髪黒眼、長身痩躯、年齢は二十代中盤くらいの男性はおもむろに腰から二刀の小太刀を抜き放ち、苦笑を浮かべながらゆっくりとこちらに、否、ソルに向かって歩き出した。

ソルもソルで、首をゴキリゴキリと音を立てながら恭也に向かって歩き出す。

明らかに穏やかではない雰囲気と、恭也が放つ物騒な空気に気圧されながら思わず己のデバイスを握り締めてしまう三人に、フェイトが「大丈夫」と少し困ったように微笑む。

「少し付き合ってもらうぞ、ソル」

「ったく、何時もこれだぜ」

胸の内から込み上げてくる戦いへの歓喜を全身から滲ませる恭也と、それとは対照的にうんざりしたようにやる気の無いソル。

周囲に居た猫達は本能的に危険を感じ取ったのか、我先にと逃げ出してしまう。

チリチリと焼き付くような緊張感が空間を満たす。

そして、二人はまるで計ったように全く同じタイミングで、ダンッと力強く踏み込み、相手に襲い掛かった。

瞬く間に間合いを詰め、相手に肉迫し、己の得物に力を込める。

「オラァッ!!」

「はあぁっ!!」

下段から斬り上げられた封炎剣と、上段から振り下ろされた小太刀が交差し、甲高い金属音を生む。

二人はそのまま流れるように次の動作へと移行。己の得物を相手に向かって斬り付けるソルと恭也。再びぶつかり合う封炎剣と二刀の小太刀。雷鳴のように響き渡る剣戟の音。剣を振るう二人の男から吐き出される怒号にも似た裂帛の声。

眼に映る光景はまさに二つの剣の暴風雨、その激しい衝突。

高速で振り抜かれる鋼同士が火花を発生させ、何度も何度も交差する。

十数合の打ち合いの果て二人がほぼ同時に間合いを離した刹那、恭也は何処からともなく取り出した”糸のようなもの”を数本ソルに投擲した。

鋼糸。御神の剣士が使う鋼鉄製の丈夫な糸であり、相手の四肢や武器を拘束したり、高速で引くことによってダメージを与える代物だ。

これにソルは舌打ちしてから封炎剣で鋼糸を薙ぎ払うが、それは彼の意図に反して封炎剣の刀身に絡み付く。

見ていた誰もがソルは武器を封じられたと思いきや、彼は眉一つ動かさず、むしろ鋼糸が絡み付いた封炎剣なんぞ要らねぇよとばかりに恭也に向かって投げ付けた。

「何っ!?」

いくらなんでも鋼糸が絡み付いた瞬間に封炎剣を投げ捨てるとは思っていなかった恭也は表情を驚愕で染める。それでも咄嗟に十字に構えた小太刀ですっ飛んでくる封炎剣を防ぐのは流石と言えたが、込められていた威力の半端無さに負け体勢を大きく崩す。

「バンディット――」

そして、いつの間にか懐に飛び込んでいたソルが繰り出した左飛び膝蹴りが恭也の腹部にめり込み、

「リヴォルバーッ!!」

トドメの回転右踵落としが脳天に直撃し、恭也は「ぐえっ」と悲鳴を漏らしてそのまま気を失うのであった。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat10 現地到着……仕事? 何それ美味しいの?










「キミ、普段と比べてかなり本気だったでしょ?」

ユーノが白眼を剥いて泡を吹いている恭也に回復魔法を施しつつ非難がましく問い詰めると、ソルはバリアジャケットを解除し封炎剣を仕舞ってからしれっと答える。

「ああ。こいつの気が済むまで、具体的には奥義云々使わせた上で付き合ってたら日が暮れるからな」

「ですよねー」

ソルの言い分に納得したのはユーノだけではない。ティアナ達を除いた皆も仕方無い、とうんうん頷いていた。

当の三人は「ていうかこの人誰?」と事態についていけずチンプンカンプン状態だ。

「全く、やり合う度に動きがどんどん人外に近付いて来やがる。御神の剣士ってのは本当に人間か? もし”気”が使えたら似非忍者より強ぇんじゃねぇのか?」

「ソルにそこまで言わせる恭也さんはもう十分に人を辞めてるよ」

やれやれと重苦しい溜息を吐くソルにユーノは笑いを堪えながら、以前から思っていた疑問を口にする。

「そういえばさ、恭也さん相手だと毎回毎回さっさと終わらせようとしてるけど、シグナム相手の時はちゃんと気が済むまで付き合ってあげてるよね。随分前から不思議だったんだけどこの二人の扱いの差は一体何?」

「あ? 答えは簡単だ。恭也の態度がなんとなく昔のカイの野郎を思い出して、腹立つからだ」

「酷ぇー。けど凄ぇー納得」

本人達が聞いたら「どういうことだ!?」と言いそうなソルの答えに、ヴィータが胸の前でポンッと右の拳を左の手の平に落とす。

すると、皆が一斉に吹き出した。

「だから、この人は一体誰なんですか!?」

その時、さっきから放置されっぱなしでいい加減我慢が出来なくなったティアナが苛々したように叫び出す。ある意味、ソルに対して怖いもの知らずな態度だったが、当然と言えば当然だった。

一体誰がティアナを責められるであろうか? 此処に来る前に散々『俺達は地球で死に掛けた』と脅されて、到着したと思ったらいきなりソルと見知らぬ青年が魔法無しとはいえ超高等技術のオンパレードなトンデモ戦闘をおっ始めやがったのである。ティアナでなかろうと説明の一つや二つ要求しても罰は当たらない。

「……悪ぃ、忘れてた。手短に話すが――」

すっかりティアナ達を放置していたことを思い出し、後頭部をガリガリかきながらソルは面倒臭ぇなとは口にせず説明することにした。





「あ、来た来た。皆!!」

「久しぶりー!!」

林の中を少し歩くと、馬鹿みたいにデカイ洋館が現れた。

その洋館の前で、元気に手を振りながら走り寄ってくるアリサとすずかを確認し、なのはとフェイトとはやての三人が駆け出す。

「アリサちゃん、すずかちゃん」

「二人共元気そうだね」

「帰ってきたでー」

キャーキャーと再会を喜び合う姦しい空間が出来上がる。

と、洋館の中からノエルとファリンを従えた忍もお出ましだ。

「お久しぶりね。ところで恭也は?」

「死んでる」

親指を立ててクイッと背後を示す。狼形態のザフィーラの背にバインドで荷物のように固定された恭也は未だに気絶中。それを見て忍は「まあ、暫くすれば起きるでしょ」と特に気にも留めない様子。

アリサ達とミッドに移住した俺達がそれぞれ再会の挨拶なりなんなりを済ませ、ティアナ達三人に自己紹介させることにした。

「ティアナ・ランスター二等陸士です」

「スバル・ナカジマ二等陸士です」

「ギンガ・ナカジマ陸曹です」

「「「よろしくお願いします」」」

ピッとクソ真面目に敬礼する三人。

「礼儀正しい良い子達ねぇ。ソルの知り合いって絵に描いたような奇人変人か、普通に人じゃないとか、紳士な戦闘狂のどれかだから、どんな奴が来るのか心配してたんだけどこれなら安心だわ。私はアリサ・バニングス。こいつらとは十年以上の付き合いになる――」

「ただの腐れ縁だ」

「腐ってないわよ!!」

俺に人差し指を向けて偉そうにしていたのが若干ムカついたので、俺達の関係を俺なりの言葉で表現したらアリサが心外だという風に急に怒り始めた。

「相変わらずねアンタ」

「お前も相変わらず落ち着きが無ぇな」

「アンタが私の冷静さを何時も奪うんでしょ!?」

「お前の精神が何時まで経っても成長しねぇからそう感じるんだ、クソガキ」

「腹立つ、何時ものことだけど腹立つ!! でもね、アンタみたいな爺に言われたくないわよ!!」

ガルルルッ、と唸りながら三人ではなく俺に向き直って睨み付けてくるアリサを尻目に、すずかが自己紹介をしていた。

「私は月村すずか。小学生の頃からソルくんやなのはちゃん達とはお友達。今はアリサちゃんと一緒に大学生をやってます。よろしくお願いします」

人の良さそうな微笑みを浮かべるすずかに忍達が続く。

「私はすずかの実姉で、そこでくたばってる恭也の妻で、なのはちゃん達の義理の姉になる月村忍です。よろしくね」

「月村家に仕えるメイド、ノエルです。こちらは私の妹のファリンです。以後お見知りおきを」

「同じく月村家に仕えるメイド、ファリンです。皆さん、よろしくお願いします」

ウインク一つ飛ばす忍と恭しく頭を下げるメイド姉妹。

自己紹介を終え、三人の荷物をノエルとファリンに任せる。こいつらの宿泊先として月村家を提供してもらえるとのことだからだ。

やがて市街へ赴く準備が整う……恭也はまだ気絶したままだが。

俺はティアナ達に向き直るとこう宣言した。

「こっから先お前らは仕事、俺らは休暇。別行動になるからな……あばよ」

言いたいことだけ言って皆に背を向け、俺は歩き出す。

「え?」

どうやら手伝ってもらえると思っていたらしいスバルの間の抜けた声を聞き流し、そのまま俺は一人で月村家を後にする。

後ろから誰か付いてくる気配は無かった。










「い、行っちゃいましたけど、いいんですか?」

「うん。お兄ちゃんにだってたまには一人になりたい時だってあるし、いいよ。今はそっとしてあげよう」

一般家庭とは比較にならない巨大な門から外に出て行ってしまったソルの背中を指差しながら問うスバルに、なのはが穏やかな笑みを浮かべて答える。

「大丈夫。ソルは三人のこと手伝う気は更々無いけど、私達はちゃんと手伝うから」

「それは、ご丁寧にどうも」

フェイトがティアナの肩を安心させるように叩く。

「おセンチやなぁ」

「は?」

「なんでもあらへんよ。気にせんといて」

はやての独り言にギンガが何事かと反応を示すが、はやては首を振って誤魔化す。

「まあ、ソルのことは放っておいて、僕達も出発しよう。まずは街にサーチャーを飛ばしながら翠屋に行って、当初の目的を果たそう」

ユーノが促し、それに従ってぞろぞろと動き出す集団であった。





月村家に忍、ファリン、ノエル、未だに意識が戻らない恭也を残し、街へと繰り出す十六人プラス二匹。

行き交う人々が「何なんだこの集団は!?」と思わずにはいられない程、異常に目立つ。

無理もない。子どもが四人、子犬を一匹抱えた年若い男が一人、タイプはそれぞれ異なるが見目麗しく魅力に溢れた女性が十二人。むしろこれで目立たない方がおかしいのである。

しかし、本人達は自分達に集まる視線なんてこれっぽっちも気にしていない。

「本当にミッドの田舎と大差無いわね。街並みも、人の服装も……なんか妙に視線向けられてる気がしないでもないけど」

歩きながら周囲をキョロキョロ見渡し、ティアナがポツリと呟く。

「うん。私は好きだな、こういう感じ」

隣を歩いていたスバルも頷きつつ応える。

「まーね、なんかノンビリしてる」

「あっ! ティア、あれ!! アイス屋さんかな!?」

「あー、そうかも……って、やめなさいよ、任務中に買い食いなんて。恥ずかしい」

アイス屋を見つけて一段とテンションを上げるスバルであったが、ティアナにこれ見よがしに呆れられてしまい、落ち込む。

だが――

「アイスが食いたい奴は手ぇ挙げろーーーーっ!! ちなみにアタシは滅茶苦茶食いたいぞーーーーーーーっ!!!」

二人のすぐ後ろで、ヴィータが同士を募い始めていた。

「「「はーいっ!! アイス食わせろぉぉぉぉぉぉっ!!」」」

エリオ、キャロ、ツヴァイが真っ先に挙手。

「キュク、キュク、キュクキュク、キュクルー!!」

キャロに抱っこされた状態でぬいぐるみの真似をして固まっていたフリードが、自分にもアイス食わせろと言わんばかりに興奮して暴れ出す。

他の連中も「じゃあ皆が食べるんなら……甘いものは別腹だし」といった風にゆっくり手を挙げる。その光景を見てティアナが「えええっ!?」と驚愕した。

「よっしゃー!! 満場一致でアイス屋に突撃かますぞ、金に糸目は使うな、食らい尽くせるだけ食らい尽くすぞ……アタシに続けぇぇぇぇぇ!!!」

食いしん坊万歳のヴィータが筆頭となって走り出し、それに子ども達三人が続き、まだ事態の認識が追いついていないティアナ達三人の背中を押すようにして全員がアイス屋へと雪崩れ込む。

「いらっしゃいま……団体さんキターーーーー!?」

「アイス寄越せ!! ワッフルコーンでトリプル、チョコとバニラとチョコチップクッキーだ!!」

アイス屋の店員が嬉しい悲鳴を上げた瞬間、コンビニ強盗みたいなヴィータが店員に札束をナイフのように見立てて喉元に突き立てる。

リーダーが居ないとすぐに暴走しまくって食欲に意識が傾く”背徳の炎”とその仲間達であった。





その後、あっちをフラフラ、こっちをフラフラといった感じに海鳴市の街を散策する一行。

既に食いしん坊万歳の仲間入りを果たしてしまったスバルとギンガは仕事のことをすっかり忘れてしまう。

ティアナは最後まで「……任務が」と真面目に訴え続けていたのだが、ヴィータの「アタシの奢りが食えねーってか? 良い度胸してんじゃねーかティアナ!?」という完全無欠のパワハラに屈した。

そして、何度も何度もその場のノリと勢いに流されまくった結果、「私達って仕事で此処に来たのよね……本当にそうだったっけ? それにしてもこれ美味しいなぁ」とたこ焼きにアッチッチしながら自分に自信を失いつつあった。

もうすっかり観光気分だ。

やがて、翠屋の前に到着する。

ただいまーっ、となのは達が大声で出入り口を開け、カウベルの音と共に店の中に入った。

「おかえりー」

「おかえりなさい」

「おかえりなさーい」

出迎えたのは翠屋のマスターである士郎、パティシエの桃子、従業員の美由希。

やはり先程と同様にそれぞれが久しぶりだなんだと挨拶を交わしてから、初対面同士の面々が「初めまして」と挨拶をする。

その時、桃子がなのはの実母と聞いて「お母さん若っ!!」とティアナとスバルとギンガが驚いていたのは余談。

「ところで皆、新しい孫は? 誰か出来たか?」

誰かを探すような素振りを見せる士郎に対し、なのは達は「残念だけどまだ」と手を振った。

「そうか、残念だ。俺の夢は孫だけで構成された翠屋JFCを築くことなんだが、ソルがその気になってくれないと話にならないな……俺は数年前から完全に待ちに入っているんだが」

本人が居ないのをいいことに、士郎はマグカップにスプーンを当ててチンッ☆、チンッ☆、音を鳴らしながら「新しい孫マダー?」と恐ろしい計画を皆に暴露する。

その内容を聞いて俄然やる気になっているなのは達を見て、常識人であるティアナが隅で戦慄していたのは言うまでもない。曰く、何処までぶっ飛んでるだこの人達は? と。

翠屋でそのままケーキを食いながら「なんだ、怪我したって聞いたが意外にユーノ元気そうじゃないか」「いやぁ、心配お掛けしました~」という風にグダグダしていると、復活した恭也と忍がやって来る。

「ソルは?」

と問いかける恭也に皆は「さあ?」と一斉に首を横に振った。

「ちっ」

まだ懲りてないバトルマニアが此処に一人。そんな彼に誰もが苦笑する。

「……腹ごしらえも済んだことだし、そろそろ働くか」

アインがおもむろに立ち上がるのを見て、他の皆も示し合わせたように立ち上がった。それを見て「あ、やっと仕事が始まるんだ」と安堵の溜息を漏らすティアナ。

さっきから食ってばっかりだったので、本当にこれで良いのかと疑問が尽きなかったのだが、漸く自分達の本来の目的であるロストロギアの封印に取り掛かれる。

「よし。久しぶりに皆揃ってるし、新規のバイトも居るから忙しくなるぞ。恭也とユーノは俺の補佐、はやてちゃんとシグナムさんは厨房で桃子のサポートを、アインさんとアルフとフェイトはウェイトレス、レジ打ちはヴィータちゃん、なのはとシャマルさんは他の皆を引き連れて客寄せを頼む、ある程度集客出来たら店に戻ってきてくれ」

士郎の指示が飛び、各々の仕事を確認する面々。

……?

ティアナ、スバル、ギンガは何のことかさっぱり分からず口を半開きにしたまま呆けていた。

「……働くって、え? そっち? ……まさか、新規のバイトってアタシ達!?」

「いいか皆、ランチタイムは戦場だ、これより我らは死地に入る!!」

ティアナの声は無情にも士郎の宣言によって掻き消される。

またもや三人を置いてけぼりにして事態が進む中、すぐ傍まで近付いていた桃子が翠屋の女性従業員用の制服『メイド服』を手に笑顔でこう言った。

「サイズ、合うかしら?」

桃子の笑顔には、何故か逆らえない謎の圧力があった。










「……ふぅ」

十年以上前から利用していたCD屋を出て、俺は溜息を吐く。

下品なF言葉を好んで使うイカレた女店長も、店の内装や雰囲気も当時とあまり変化はないが、やはり十年前に比べると店長は老けて見えた。

当たり前だ。十年も経てば誰だって老いる……桃子やリンディなどの例外は居るが。

「十五年、か」

思わず独り言が零れ出す。

”こっち”に来て、もうそれだけの時間が経過していた。

人生のやり直し。もし本当にこれが”あの男”が俺に残した最後の思惑だとしたら、見事なまでに奴の手の平の上で踊っていたことになる。

”あの男”の目論見通りというのは施しを受けたようで非常に気に入らないが……まあ、悪くはない。

そう思えるくらいに、俺がこの海鳴市で手に入れたものは大切なものになったからだ。

絶対に手に入れることが出来ないと決め付けて、諦めていた暖かな家族を手にした。

我ながら年寄り臭いと自嘲しつつ、俺は感傷に浸りながらゆっくりと散歩するように歩き出し、様々な場所へと足を向ける。

海に面した臨海公園。初めてフェイトと出会い、それ以降の魔法関連のゴタゴタに巻き込まれる切欠となった思い出深い場所。

次に図書館。”こっち”に来た当初はよく世話になった。はやて、シグナム、シャマルと初遭遇したのも此処だ。

病院。”こっち”で初めて眼を覚ました場所。士郎と桃子に初めて会って、半ば強制的に高町家へ連れ込まれたのを思い出して苦笑する。

近所の裏山。なのはを連れて毎日泥だらけになるまでよく遊んだ。何時の頃からか、ガキの遊び場が魔法や法力の鍛錬、模擬戦をする訓練場へと変貌してしまった。

私立聖祥大学付属小学校。体裁上、仕方無く通っていただけにまともに授業を受けた記憶が無い。サボりがちな俺にアリサだけはうるさかったな。

遠見市にあるマンション。皆と一旦距離を置く為に一人暮らしを始めた訳だが、結局は第二の地下室になっただけだった。引き払って一年以上経つので、もう既に新しい住人が居ることだろう。

そして、高町家に到着する。

合鍵を使って家の中に入り、しんと静まり返ったリビングへと足を運ぶ。

「ただいま」

おかえり、という声は返ってこない。当然だ。士郎達は翠屋で働いているだろうし、なのは達も今頃は海鳴市の街を練り歩いているか、翠屋に居ることだろう。

俺は自然と脳裏に浮かんでくる思い出を楽しみながら、誰も居ない家の中を歩く。

かつての私室に入って室内の様子を覗い、外に出て道場を眺め、やがて地下室に辿り着いた。

「変わってねぇな……」

ミッドに移住する前、物置に使ってくれて構わないと言ったのに私室も地下室も定期的に掃除をしてくれているのか、綺麗であった。出て行った時と何一つ変わっていない。

まるで、何時でも帰って来いと言われてるような気がして、照れ臭いと感じ、同時に嬉しくなる。

「クイーン」

<了解>

命令に従ったクイーンが転移魔法を発動させ、俺の足元に赤く輝く円環魔法陣が現れた瞬間、俺の身体は海鳴市全域が見渡せる遥か上空に転移していた。

眼下に広がる海鳴の街並みを眺めながら、物思いに耽る。

ギアになってから百五十年以上も独りで根無し草の旅をしていた俺にとって、十年以上も一箇所に留まって誰かと暮らす経験をしたことは無かった。

無かったからこそ、此処には愛着がある。

十五年前のあの時。俺は本来なら二、三年したら出て行くつもりだった。だが、高町家は居心地が予想以上に良くて、今までの俺の生活と比べたら毎日が平穏で、いつの間にか出て行くという考えすら消えていて。

此処には大切な思い出がたくさん詰まっている。何処かへ足を向ければ、必ず誰かとの思い出にぶつかる。



――嗚呼、そうか。俺は自分で思っている以上に、この街が好きなんだな。



改めて自覚して、だからこそ此処を離れなければいけなかったことに一抹の寂しさを感じた。

俺達はなのはとフェイトとはやての三人の高校卒業に合わせて、全員がミッドチルダへと移住した。

理由は俺達の外見年齢がどんなに時間を置いても変化しないからだ。

仕方が無いと重々承知している。俺達はたまに帰ってくることは許されても、此処で暮らし続けることは出来ない。

人間社会に紛れ込んで生きるのなら、異端であってはならない。

たとえ家や店の周囲に暮らす一般人達が『ああ……また高町家か』とか『翠屋ならしょうがない』とかいう認識を持っていてくれているとしても、だ。

その点に関して言えば、ミッドチルダはまだ寛容だ。使い魔などを始めとする魔法生命体が認知されているだけあって、あくまである程度の範囲までなら眼を瞑ってくれる。

ミッドの方が何かと融通が利く面も多いが、俺個人としてはやはり海鳴の方が好きだ。

此処は俺にとって第二の故郷。

皆に出会って、共に生きて、お互いに全てを曝け出して、絆を育んだ世界。

自然と笑みを作りながらクイーンに命令して小規模の結界を張り、バリアジャケットを展開し、封炎剣を召喚して肩に担ぐ。

<目標を発見。転移します>

またもや足元に広がった赤い円環魔法陣が輝きを放ち、発動した転移魔法によって俺は結界の中へと移動を果たす。

転移した俺の視界の先では、ポヨヨンッポヨヨンッと飛び跳ねる不定形な、いかにもスライムと表現した方が良さそうな”何か”が複数個? 複数体? 居るではないか。

「……何だ、これ?」

<件のロストロギアです>

純粋な疑問にクイーンは相変わらず無機質な声で律儀に答えた。

「スライムのモンスターの出来損ないみてぇだな」

<倒しても仲間には出来ません>

「……要らん」

独り言に反応してボケたことを抜かすデバイスに若干呆れながら指で弾いて黙らせる。

こんなもんを作った輩は一体何がしたかったのか理解に苦しむな。

本来ならばこのロストロギアを処理すべきは俺ではなくティアナ達なのだが。

「ま、見つけちまった以上は見て見ぬ振りは出来ん。とっとと封印するぜ」

肩に担いでいた封炎剣を左手で逆手に持ち替え、慎重に距離を詰める。

<これだけ用意周到でいながら白々しい。マスターは初めからこうするおつもりだったのでしょう?>

「さあな」

クイーンの発言に俺はとぼけてみせたが、残念ながら追及の手は緩まない。

<心配性のマスターが、愛する土地でロストロギアが発見されたという報告を耳にして黙っているような人とは思えません>

「……」

<自分がロストロギアを片付けるのを前提にティアナ達を連れて来て、毎日訓練漬けの彼女達に”年相応の休暇”を謳歌して欲しかった。ユーノの怪我云々はあくまで此処に帰ってくる為の口実……違いますか?>

「かもしれん」

<市街を練り歩きながらサーチャーとエリアスキャンを駆使していたのはどなたですか?>

答えず肩を竦めて見せると、歯車の形をしたデバイスが「やれやれ」と溜息を吐いたように感じた。

<老婆心一杯な年寄りのお節介ですね>

「うるせぇ。言われなくても分かってんだよんなこたぁ」

<でも、マスターらしいです。就業年齢が低いミッドで生まれ育った彼女達は、日本の学生のように友人達と笑いながらアルバイトなどをしたことは無いでしょう。陸士訓練校を出て、あの若さで魔導師として生きてきたのなら尚のこと>

「エリオよりも小さなガキがギアと殺し合ってた聖戦時代と比べれば遥かにマシだがな」

<現在のミッドの社会と聖戦を比べるのは何か途方も無い間違いのような気がしますが、とにかく気に入らないのでしょう? ミッドの魔法主義が>

フンッ、と鼻を鳴らす俺の反応で全てを悟ったのか、クイーンはそれっきり黙り込んだ。

(……それにしても、こいつもこいつで随分感情豊かになったと言うか、気持ち悪いくらいに人間臭くなったと言うか……)

真ん中の穴に鎖を通し、それを首からネックレスのように垂らして身に着けているブーストデバイス・クイーンを見下ろす。

AIを搭載していないので、元来ならばYes、Noで答えられる簡単な応答しか出来ず、思考もせず、命令されたことをただひたすら実行するだけの筈である。

だが、時が経つにつれて何かが取り憑いたかのように喋る、思考に耽る、といったインテリジェントデバイス並みに高度な知能を持つようになってしまった。先程のような軽口の叩き合いは、俺の傍に誰も居なければよくあること。

何故だ? そんな機能など追加していないし、実際無いのに、事実はこれだ。

本当に何かが憑依でもしているのではなかろうか? それとも付喪神のようにデバイスに魂が宿ったのだろうか? ”あっち”に居た頃、シンを引き取る前くらいに幽霊やら怨霊やら幽波紋やらに取り憑かれた哀れな犠牲者と戦ったことがあるだけに、そんな馬鹿なと否定出来ないのが怖い。

つーか、バックヤードで生まれた妖怪の知り合いが居る時点で、付喪神説が濃厚である。制作して十年も経っていることだし。

考えても答えが出る訳では無いので思考の迷路に嵌ったまま抜け出せず、検証も出来っこないのであまり考えないようにしているのだが。

まあ、今はそんなことはどうでもいいか。

俺の意識に呼応して封炎剣が唸りを上げ、刀身が赤熱化する。

敵意を向けられたことに反応し、これまで無秩序に跳ね回っていたスライム型ロストロギアが緊張するかのようにその不定形な体を震わせた。

「悪いが、終いだ」

踏み込んで一気に間合いを詰める。炎を纏った右拳を振りかぶり、その不定形に右ストレートをぶち込んでやる。



「タイラン――」



バリアに邪魔されたような気がしたが、特にこれといった障害にはならず問題無く貫通させた。

腰近くまで振りかぶっていた左腕を、その手に握っている封炎剣を眼の前の空間に叩き付けるように振り上げた。

そして、左腕の動きに合わせて突き出していた右腕を振り上げると同時に炎の法力を解放する。



「レイブッ!!!」



構成された術式に従って発動した法力が巨大な炎の渦を発生させ、ロストロギアを呑み込み大きく膨れ上がった瞬間に周囲一帯を巻き込んで爆裂した。





[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat11 Launch Out?
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/10/02 00:16


ティアナの思考を埋め尽くすのは、「なんでアタシこんなことしてるんだろう?」だった。

その疑問に答える者はいない。仕方が無いので、一度思考を打ち切ってから改めて現状を確認してみる。

自分の名前はティアナ・ランスター。十六歳。時空管理局に所属する陸戦魔導師で、階級は二等陸士。魔導師のタイプは精密射撃を身上とするミッドチルダ式で、魔導師ランクは陸戦B。今は賞金稼ぎギルド組織”Dust Strikers”に出向中。

現在居る場所は第97管理外世界”地球”の日本という国に存在する海鳴市という街。此処に来たのは仕事で、海鳴市にあると思われるロストロギアを捜索し発見次第封印する為だ。

だというのに、これは何だ?

もう何度目になるか分からない溜息を吐きつつ、己の姿を確認する。

ヘアースタイルは何時もと同じツインテールだが、それに加えて白いフリルが付いた黒いカチューシャを装着していた。

服装は普段着でもなければ管理局の制服でもない。濃紺のワンピースと、やはり白いフリルが付いたエプロンを組み合わせたエプロンドレスと称される物。俗に言うメイド服だ。長袖で、フリルの装飾も過剰ではない。下品にならないように、かつメイド服としての魅力が損なわれないように丈が膝下までの長さを持ち、どちらかと言うとシンプルなデザイン。

他人が着ているのを見ている分には素直に可愛いと思える格好なのだが……

手にしているのは『喫茶翠屋ただいまランチタイム!! 他にも一部のセットメニューやお好みのケーキを割引してます!!』と書かれたプラカード。

(……本当にアタシは何をやってるんだろう?)

普段の生活とは全く縁遠い恥ずかしい格好で、人がたくさん行き交う繁華街でプラカード掲げて喫茶店の宣伝だ。

おかしい。何もかもがおかしい。

自分は時空管理局の局員で、地球にはロストロギアを回収しに来ただけなのに、気が付けばメイド服でプラカードを手に客寄せをしている。

「翠屋でーす!! いかがですかー!?」

「今、ランチタイム中ですのでお得になってますよー!!」

更におかしいのは両隣に居る同僚の二人。ティアナと全く同じ格好をしたスバルとギンガが実に楽しげな表情で、現状に全く疑問を抱かず、自分と比べれば遥かにノリノリで声高らかに客寄せをしている点だ。

繁華街でメイドさんが三人。こんな風にしていれば嫌でも目立ってしまい、何事かと立ち止まって注視してくる人々は少なくない。周囲から視線を浴びせられる状況が続く中、ティアナは顔を赤くしながらも健気にプラカードを掲げ続けた。

「ほら、ティアも声出さなきゃダメだよ」

「スバルの言う通り。ティアナ、恥ずかしがってる場合じゃないわ」

最早反論する気力も無ければ現状に不満を言う気にもなれない。

……もう腹を括るしかないのだ。

こうなることはなのはの母である桃子から発せられた、有無を言わせぬ笑顔のプレッシャーに負けた時点で決まっていたのだから。

大きく深呼吸をして、とりあえず頭の中からロストロギアのことや仕事のこと、どうしてこうなった? という疑問やその他諸々を全て叩き出す。

そして――

「喫茶翠屋、現在ランチタイムとなっております!! お得なセットメニューやケーキの割引を多数ご用意しておりますので、この機会に是非ご利用くださいませ!!!」

どうにでもなってしまえ、とヤケクソ気味に腹から声を出すティアナであった。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat11 Launch Out?










知った声が聞こえたので思わず足を止める。

ティアナの声だったか?

少し気になったので足をそちらの方に向けた。やがて、メイド服を着てプラカードを掲げて行き交う人々に一生懸命声を掛けている三人が視界に映った。

と、向こうもこちらに気が付いたのかスバルとギンガが手を大きく振り、その二人の真ん中に居るティアナが俺に気付いた瞬間、赤かった顔を更に赤くして俯いてしまう。

ナカジマ姉妹は純粋に楽しんでいるようだが、ティアナはそうではないらしい。知り合いにメイド服姿を見られるのが嫌なのだろうな。

「……同情するぜ」

自分で画策しておきながら外道な独り言を呟きつつ、俺は軽く手を挙げ三人に歩み寄る。

「似合ってるじゃねぇか。馬子にも衣装だな」

「えへへへ、ありがとうございまーす」

地球のことわざを知らないスバルが屈託の無い笑みを浮かべ、その場で見せ付けるようにくるりと一回転。その動きにつられてスカートとエプロンが一瞬だけフワッと広がった。

昔から頭髪が短くボーイッシュな服装を好むスバルがメイド服を着ているのを見ると、こいつも女の子だったんだな、と感慨深くなってしまう。



――<老婆心一杯な年寄りのお節介ですね>



先程のクイーンの発言を思い出す。

……なんか年寄りみたいなことを考えてしまったが、実際年寄りなので気にしない。

「なんだか照れ臭いけど、男性から『似合ってる』って褒められるのは悪くないですね」

ギンガが口に手を当て、クスクス笑う。

そんな二人の後ろに隠れるようにして俺のことを窺っているティアナ。その表情は羞恥やら困惑やらに染まっている。ついでに言えば恨みがましい視線だ。まるで人見知りをする子猫のようだ。

「今更恥ずかしいってか。笑わせやがる」

挑発するように鼻を鳴らすと、ティアナは唇を尖らせておずおずと二人の後ろから出てくる。

未だに頬は羞恥で赤いままだが、負けん気が強い彼女は俺から視線を逸らさず反骨精神を奮い立たせ、睨むように見返しつつ口を開く。

「……なんで私達がこんなことしなくちゃならないんですか? 私達にはやるべき仕事がある筈なのに」

非難めいた口調。メイド服を半ば強制的に着せられたことに対しての不満なのか、今の格好を俺に見られたことに対して機嫌が悪いのか、それともちゃんと本業をさせてもらえない状況が気に入らないのか、イマイチ判別出来ない。

たぶん全部だろうな、と思いながら俺は言葉を紡ぐ。

「お前達の本来やるべき仕事はもう終わった」

「「「はい?」」」

固まる三人をそのままに続ける。

「ついさっき、歩いてたら偶然見つけたから封印しておいた。だからロストロギアのことはもう気にするな」

「……」

「……」

「……」

がやがやとうるさい繁華街にも関わらず、俺達の周囲だけがこの世界から断絶されたように音が消え、居た堪れない沈黙が降り立った。

いくらなんでもわざとらしかったか?

呆けたように口を半開きにしている三人は、何もリアクションを起こさない。

俺は自身の顎に手を当て、今の発言の何処がまずかったのか思案していると、いつの間にかティアナの様子がおかしい。全身がプルプルと小刻みに震え始めている。

「じゃ、じゃあ、アタシ達は、い、い、一体何の為に……此処へ?」

誰かに問い掛けるというよりも、自問自答しているかのような口調のそれは、何か堪え切れないものを必死に堪えているように感じた。

相当ご立腹らしい。

考えてみれば当然か。仕事で地球に来た筈なのに、蓋を開けてみれば食い倒れ道中&メイド服で喫茶店のバイト。しかもそんなことしてる間に本来の業務は終了しました、だもんな。

食い物に釣られ易くて何事も楽しまなきゃ損、というクイントの考え方を受け継いでいるナカジマ姉妹と比べれば、ティアナは真面目過ぎる性格だ。

なんというかこいつは、自分で決めた枠組みの中へ無理やり入ろうとしている嫌いがある。その枠組みは窮屈で入るには難しいのに、無理に押し入ろうとする。その気になれば枠組みを広げることなど簡単に出来るというのに、そのことに気付かない。

自分で正しいと思ったこと以外は正しくないと思っている、という表現をするとやや過剰だろうが、そんな感じがするのだ。俺自身、かなり曖昧で掴み切れていない感覚ではあるが。

何処と無く、聖戦時代のカイに似ている。クソ真面目で頭でっかちで、ギアは平和を乱す悪で正義は我らに在りと真顔で宣言し、自分がこうだと決めた道を我武者羅に進み、それ故に視野狭窄に陥っていたあの頃の小僧に。

いや、それは流石に言い過ぎか。あんな坊やと比較したらティアナに失礼だな。正義がどうたら言わない分、ティアナの方が遥かにマシだ。

「……」

「……」

「……」

「……」

何だこの空気? ……いかん。上手いフォローが思いつかん。掛ける言葉が見当たらない。

ナカジマ姉妹もティアナの様子が変だと気付いて顔を見合わせるが、どうすればいいのか分からないらしい。

「……ま、その、なんだ。お前らの普段の生活を振り返って見りゃこんな経験したこと無ぇだろ。人生経験だと思って――」

「ふざけないでください」

その時、感情を押し殺す掠れた声が鼓膜を叩き、俺の言葉を遮った。その人物はこの場でティアナ以外にあり得ない。

「アタシ達に仕事をさせるつもりなんて初めから無かったんですよね?」

「ティア、ソルさんは別にふざけてる訳じゃ――」

「悪いけどスバルは黙ってて」

「……」

語気を荒げるティアナの声にスバルはしゅんと項垂れてしまう。

キッ、と睨み付けてくるティアナの視線を真っ向から受けつつ、俺は誤魔化すのは不可能だと悟り肩を竦めて答えた。

「まあな」

「やっぱり……!!」

悔しそうに唇を噛み締めるティアナの両隣で、ギンガは俺の意図をなんとなく察していたのかこれ見よがしに溜息を呆れたように吐く。そしてジト目で睨んでくる。その視線は「自分でなんとかしてください」と言外に語っている。

「どうしてですか? アタシ達は確かにまだまだ未熟です、それは痛い程よく分かってます。でも、請けた仕事を取り上げられる程未熟なんですか?」

「別にそんなつもりじゃねぇよ」

「ならどういうつもりなんですか!? そんなにアタシ達は役立たずですか!!」

怒気を隠そうともせず大声を出される。周囲から奇異の眼を向けられたが、大声を上げた本人はそんなことなど気にも留めず俺を睨む。



――『何故、本気で戦わないんだ? 私では、不服なのか!?』



その姿がまだまだ坊やだった頃――具体的にはシンが生まれるよりもずっと前――のカイとダブって見えた。俺に認めて欲しくて、しつこいくらいに勝負を挑んできた若かりし頃の坊やに。

だが、カイと比べるとティアナは何処か危うい。実力とか強さとかそういう面ではなく、もっと精神的な面で。

あいつは一人でもどっしり構えて立ち、歩き続ける精神的な強さを持っていた。物心ついた頃から最前線でギアと戦い、若干十六歳にして神器・封雷剣を国連から正式に授かり聖騎士団の団長に就任し、聖戦という地獄を潜り抜けたので当然と言えば当然だが、ティアナは違う。

こいつは、やはり何処か無理をしているように感じる。

「……」

俺は黙りこくったまま、ティアナの簡単な経歴を脳裏に過ぎらせた。

ティアナ・ランスター。兄のティーダ・ランスターが志半ばで就くことが出来なかった役職、執務官を志望している。空戦魔導師を希望していたが士官学校も空隊にも不合格となってしまい、結局陸士訓練校に入校しそこを首席で卒業した。その後はスバルと共に陸士386部隊に配属され2年程度災害救助の仕事をこなしていたが、俺とティーダが交わした約束によりDust Strikersへと出向することになった。

年頃の女の子が興味を示すようなことには無関心を貫き、ただひたすら魔導師として管理局員として上を目指し続ける少女。

『強くなりたい』という気持ちを確固たる信念の元にして訓練に励んでいる、というのは薄々勘付いていたが……

一体何がこの少女を此処まで駆り立てるのだろうか?

この十年、聖王教会の騎士団や管理局の武装隊を相手に教導などを数え切れない程行ったが、ティアナのような眼をしている者は少ない。

そのような眼をしているのは、俺の知る限りむしろ”あっち”に居る連中が大半だった。復讐の為に、成すべきことを成す為に、生きる為に、己の欲望の為に、ただ純粋に強くなりたいが為に、誰かを守る・救う為に、という風に理由や目的は様々であったが、誰もがそれぞれに合った”力”を渇望していた俺の故郷の住人達。

考えても明確な答えは出ない。当たり前だ。俺はティアナと仲が良い訳では無い。というより、嫌われているのが気配で分かる。事務的な会話はあれど、プライベートな会話をしたことは一切無い。

故に、俺にはティアナが求める強さの理由が分からない。

それにしてもまさか俺の行動が裏目に出るとは思ってなかった。ティアナにとっては完璧に年寄りの余計なお節介だったようだ。

どうしたもんかな? と悩みつつ後頭部をボリボリかいていると、背後から気配がするので振り返って見れば、そこには三人と同じメイド服を着用したなのはが居た。その後ろにはすずかとアリサも居る。

「それなりに集客出来たからお店に戻ろうかと思ってたんだけど、どうしたの?」

「……いや、なんでもねぇ」

溜息を吐いてかぶりを振る。

なのは、すずか、アリサの三人も俺達が纏う空気がおかしいことを察したのか、若干戸惑った表情を浮かべ俺達の顔を見比べ、その視線がティアナの顔で止まった。

「もう付き合い切れません」

ティアナは先程の激情を無表情の仮面を纏って即座に隠すと、一人歩き出す。翠屋とは逆方向へ。

「ティア……!」

スバルが押し留めるように手を伸ばすが、届かない。空中で何も掴めずに終わった手を力無く下ろした。

「全く、何やってんだか」

微妙な空気が漂っているのを吹き飛ばすように、鼻息荒くアリサがプリプリ怒り出す。

「何があったのか知らないけど、なんとなくなら分かるわ。どうせアンタの厚意が捻じ曲がって伝わった所為で、何か勘違いさせちゃったんでしょ?」

「……」

アリサの言葉に俺は沈黙で肯定する。

「ティアナ、真面目だもんね」

「俺の想像以上にな」

「しかもお兄ちゃんって天邪鬼だから、真面目な人を勘違いさせ易いし」

「うるせぇ黙れ」

俺はなのはの頭を軽く小突いた。小突かれているのに何故か「えへへ」と喜ぶなのは…………喜ぶな。

「でも、ソルくんの厚意って分かり難いのは確かだよ」

朗らかにそう言うすずかに、俺はグゥの音も出ない。

「今は少しだけティアナを一人にしてあげましょう。それで構わないわね、スバル?」

「あ、うん……そうだね」

ギンガの提案に不承不承頷くスバルの姿を確認し、なのはが俺の背後に回り込む。

「とりあえず翠屋に戻ろう、ね?」

「ちっ、しゃあねぇな」

なのはに背を押されて俺達は翠屋へと向かった。










SIDE ティアナ



我に返ると、アタシは海が見える公園に居た。

青い空の下、一面に広がる海は太陽の光を受け、キラキラ輝いている。それと比べて今のアタシはこれ以上無い程無様だ。

「アタシ……何してんだろ……」

丁度良く傍にあったベンチに腰掛け自嘲気味に呟く。誰にも聞かれなかった言葉は波の音にかき消され空気に溶ける。

本当に、何をしているのだろう?

いい加減、嫌気が差してきた。

自分の周囲に居るのは歴戦の猛者か、特別な才能や凄い魔力を持っている人達ばかり。

凡人は自分だけ。

そんなの関係無いって、誰よりも努力すれば一流の人達に引けを取らないって思ってたのに。

仕事を取り上げられるなんて思ってもみなかった。

そんなにアタシ達のことが信用出来ないのだろうか? こんな仕打ちを受けなければいけない程にアタシは仕事が出来ないと認識されているのだろうか? そんなに役立たずなのだろうか?

脳裏にフラッシュバックするのは、兄が上官に役立たずだと罵られた当時の光景と、



――『んなこと俺が知るか』



心底どうでもよさそうに紡がれたソル=バッドガイの台詞。

悔しくて悔しくて、凡人な自分に嫌気が差してくる。

いつか必ず見返してやるって思っていたのに、ソル=バッドガイのことを一つ知る度に打ちひしがれてきた。

頭がキレて、ありとあらゆることに対して誰よりも完璧にこなして、一人で何でも出来て、絶大な”力”を持っている男。

大きな背中はとても遠くて、どんなに頑張っても近付くことすら出来ないと思い知らされて。

その実力と才能が羨ましくて妬ましくて、そんな風に考えて嫉妬する自分に嫌気が差してくる。

アタシって最低だ。

あの人から見ればアタシなんて碌に修羅場を潜ったことの無い小娘でしかないのは初めから自覚しているのに、ついカッとなって感情のままに怒鳴って。

さぞかし幻滅されたに違いない。きっと今頃「所詮ガキか」って溜息を吐いているに決まっている。

心の奥底で駄々をこねる子どものように無い物ねだりをして、アタシはなんてみっともないんだろう。

世界で自分が一番惨めな奴に思えてきて、更に気持ちが沈んでいく。

とにかく今は、誰とも顔を合わせたくない。

そう思っていたのに、鼓膜ではしっかりと誰かが近付いてくる足音を捉えていた。

靴の裏で砂を噛む音が規則正しく聞こえてきて、それがアタシのすぐ傍で止まる。

「喉、渇いてませんか? ジュース買ってきましたよ」

顔を上げたそこには、アタシに向かって缶ジュースを差し出し、柔らかい笑みを浮かべるエリオが居た。





エリオはやや強引に缶ジュースをアタシに手渡すと、何も言わないまま隣に腰掛け自分の分の缶ジュースをグビグビ飲み始める。

「いやー、慣れてるんですけどやっぱり喉が渇きますね、客寄せって」

「……」

生き返る、と溜息を吐くエリオにアタシは応えない。

しかし、エリオは気にした素振りなど微塵も見せず、しつこく話しかけてくる。

翠屋の女性従業員の制服がメイド服になったのは十年前なんですよとか、皆さんのメイド服姿似合ってて可愛かったですよとか、フェイトさんとアインさんがメイド服を着ると父さんのことをご主人様って呼ぶんですよとか、本当にどうでもいいことを。

その口調は本当に楽しそうで、アタシの今の心境なんて少しも気に掛けていないような気がして、段々隣に座るエリオが鬱陶しく感じて、静かな声で恫喝するように警告した。

「何の用? 用が無いなら悪いけど放っておいてくれないかしら」

「あ、やっとリアクション返してくれた。これ以上無関心貫かれたら諦めようかと思ってたから、良かった」

怯えるどころか屈託の無く笑うエリオを見て、アタシはそれだけで毒気を抜かれてしまう。

溜息一つ零し、今度は自分から話しかける。

「……で? アタシに何が言いたいの?」

「ティアナさんこそ、何か言いたいことがあるんじゃないですか?」

「アタシが?」

コクコク首肯するエリオが妙に可愛い。

「別に言いたいことなんて、無いわよ」

「ダウト!!」

突然エリオはアタシの鼻先に指を突きつけてきた。

「ティアナさんには言いたいことがある筈です。言いたいことと呼称するよりは、文句や愚痴って呼称した方が良いかもしれませんけど」

「別にそんなの無いわよ」

「はいダウトー。本当に無いんですか? これっぽっちも? そんなの嘘ですよね? 父さんに言ってやりたいことなんて山程ある筈ですよ」

分かってるんですから、と腕を組んでいるエリオの言葉の中にあった『父さん』という単語に頬引き攣らせてしまう。アタシの表情の変化を読み取ったエリオがニヤニヤ笑う。

こんな子どもに心を見透かされてしまっているようで、なんか恥ずかしいような悲しいような微妙な気分になってきた。

「一度はゲロッとしたらいいんじゃないのかな。ストレス溜め込むと身体にも心にも悪いですし、気分もグッと楽になります。あ、勿論誰かに告げ口するような真似は絶対しませんから」

エリオは相変わらずニヤニヤ顔を貼り付けたまま、アタシが現状に対する不満やら愚痴やらといった本音を吐き出すのを待っている。

「愚痴の聞き役くらいにはなりますよ。その為に、街の中を一人で歩いてるティアナさんを見つけて、僕一人で追いかけてきた訳ですし」

「……ああああああああああ!! もう分かったわよ、吐けばいいんでしょ吐けば!!! 言いたい放題言ってあげるんだから、聞き逃すんじゃないわよ!!!」

観念したアタシはスバルにすら言ったことのない、才能に対する劣等感や、ひいては”背徳の炎”の方々――特にソル=バッドガイ――に対する不平不満や文句や愚痴を、これまで溜め込んでいた全てをブチ撒けた。



SIDE OUT




















「ちょっと、エリオ聞いてんの!?」

「聞いてます、聞いてますって」

「なんかアンタ、段々反応が薄くなってきてるわよ」

「流石に同じ話が一時間もループし続けてれば、誰だってリアクション薄くなりますよ?」

「何よ!! アンタが話してみろって言うから聞かせてあげてるのに」

「……ううぅ、失敗したぁ」

エリオは心の中で涙を零しながら、ティアナの手の中でペシャンコになっている空き缶に眼を向けた。

先程ティアナに渡したジュース、実はアレ、二十歳未満はお断りの酒なのだ。コンビニに寄って「お遣い頼まれたんです」と純粋無垢な十歳児というゲロ臭い演技をしてまで購入したもの。

ちなみに自分のは普通のジュースだ。飲酒は父であるソルに一人前と認めてもらえるまで飲まないと勝手に決めている。

景気付けにこのくらい良いよね? と軽い気持ちでティアナに飲ませてしまったのだが、意外なのかそうでないのか、彼女は一本飲み干すと酔っ払いと化していた。

(おかしいな? たった一本で酔っ払うなんて、ティアナさんお酒に慣れてないのかな?)

純粋にエリオは知らない。飲み易いのを考慮して果実酒を選んだ訳だが、下手な果実酒はビールよりもアルコール度数が高く、飲み易い故に悪酔いし易い。しかも買ってきたのは500mlのお徳用で、ティアナはそれを話し始める前に一気飲みしていたのだ。

そもそもエリオの周囲に居る連中はソルを筆頭にどいつもこいつも飲兵衛なので、缶一本で酔うとは思いもしなかった。

(そう言えば父さんが言ってたな、『酒は飲むもんじゃねぇ、楽しむもんだ。だから、酒に呑まれてこいつらみたいになるのは言語道断だ』って)

母さん達と一緒でティアナさんも絡み酒か、とエリオは十歳児ではあり得ない達観を以って隣に居る酔っ払いの相手をする。まあ、母達は違う意味で父に絡んでいる、というか身体を絡めているので正確には一緒じゃない、というか全然違う。

未成年の飲酒は法律違反? ”背徳の炎”は何時でも何処でも治外法権なのだ。

「どうせアタシは凡人よ」

「そうですね」

「少しはフォローしなさいよ、そんなんじゃ女の子にモテないわよ」

「ティアナさんは凡人なんかじゃないですよ。精密射撃凄い、僕には真似出来ないなー」

「アンタみたいな才能の塊に言われても説得力無いわよ!!」

「僕にどうしろと?」

話し始めて一時間くらい経過したあたりから、だいたいこんな感じ。それがループ、正直辛い。

毎回絡み酒の酔っ払い連中を相手にしている父を、エリオは改めて尊敬した。





その後、公園内にあった自販機で購入したスポーツドリンクをティアナにしこたま飲ませて尿意を催させる。

落ち着き無くソワソワするようになった彼女をさり気無くトイレへと誘導。

トイレに駆け込んでから暫くして漸く酔いが醒めてきたのか、ティアナは平時の冷静さを取り戻す。

「なんか色々と凄いこと言ってた気がする……」

「言ってましたね。いつか必ずこの手で”背徳の炎”の連中を全員ぶっ倒すって」

「嘘!? そんなこと言ってたのアタシ?」

「嘘です」

「……」

半眼になって睨んでくるティアナの視線を軽く受け流し、エリオは肩を竦めて続けた。

「でも、こうは言ってましたよ。必ず父さんに、『ランスターの弾丸に撃ち抜けないものは無い』ってことを証明してみせるって」

「それは、うん、言った。覚えてる」

「ティアナさんも父さんに認めて欲しいんですね。僕達と同じだ」

「アンタ達も?」

首を傾げるティアナの横で、エリオは決意に満ちた笑みを見せる。その顔は年相応の子どもの笑みで、憧れの存在を追い続ける若者の眼だった。なのはさんを見るスバルの眼に似てる、とティアナは思う。

その表情に彼女は一瞬だけ見とれてしまう。こんなに小さな子どもが、相棒のスバルと同じようにとても眩しく感じて。

「父さんのこと、大好きです。誰よりも強くて、優しくて、躾は厳しいし怒ると凄い怖いけど、父さんが僕達のことをどれだけ大切に思ってくれてるのか実感してますから」

「憧れのお父さんって奴ね」

両親を物心つく頃に事故で亡くしてしまったティアナとしては、”父親”という存在がどんなものなのか理解出来ない。

だが、漠然となら分かる。実の兄、ティーダが常に傍に居てくれた。きっとティアナにとってティーダが兄であると同時に父であり、尊敬の対象であるのと同じように。

「僕は、プロジェクトFATEによって生み出された特殊クローンです」

何の脈絡も無く唐突に語り出すエリオの台詞を聞いて、その内容の重さにティアナは驚愕で眼を見開く。

「”本当の僕”、エリオ・モンディアルは何年も前に病死しました。その代わりとして、僕はこの世に生を受けました」

まるで昨日の出来事のように淡々と語る口調。

「けど、”本当の僕”の両親にとって僕は、文字通り代わり以外の何者でもなかったみたいで……何処かは詳しく知りませんがプロジェクトFATEの申し子だとバレると実にあっさり捨てられましたよ」

「……エリオ」

「捨てられた後は違法研究所で実験動物の日々です……いやー、あの時は辛かったなー。苦しくて辛くて、でも逃げ出せなくて、誰も助けてくれなくて、僕をモルモット扱いする違法研究者共を殺したくて殺したくて、世界が憎くて憎くて仕方がありませんでした」

口調とは裏腹に、当時のエリオがどんな心境だったのか容易に想像出来る酷い話だ。

「でも、そんな時に父さんが助けてくれたんです」

ニコッと笑い、口調がやたら嬉しそうになったエリオは当時のことを熱に浮かされたように語る。

「僕を助けてくれたあの炎の輝きは一生忘れません。忘れるなんてきっと無理です。周囲を照らし視界を埋め尽くす紅蓮の炎、力強くて大きな背中、燃え盛る炎の剣、熱気に煽られて揺れる黒茶の長い髪、どんな刃物よりも鋭い眼光を放つ真紅の瞳、初めて眼にした父さんの姿は今でも鮮明に覚えてます」

ヒーローに憧れる十歳の少年の姿がそこにはあった。

「父さんは僕を助けてくれただけではなく、家族として迎え入れてくれました。誰かの代わりなんかじゃない、一人の息子として……本当に感謝しているし、尊敬もしています。だからこそ、僕は父さんのようになりたいんです」

「お父さんみたいに、ね」

ふーん、とティアナは鼻を鳴らす。

「はい。今はまだ子ども扱いされて現場に出させてもらえませんけど、いつか必ず父さんの隣に、子どもとしてではなく一人の男として、戦士として並んでみせます」

握り拳を作り、決意を秘めた眼差しで強い光を放つエリオは更に続けた。

「だから、ティアナさんも一緒に頑張りましょう」

「え?」

虚を突かれてティアナは口を半開きにしてしまう。

「僕達もそうですけど、ティアナさんも、スバルさんも、ギンガさんも、父さんにとってはまだまだ”守るべき子ども”なんです」

「守るべき子ども?」

意味がよく分からず聞き返す。

「そう。父さんはとても優しくて、身内に甘くて過保護な人ですから、大切な人に危険なことをして欲しくないって思ってるんです」

「ちょっと待って。スバルとギンガさんがソルさんの身内っていうのはなんとなく理解してるけど、その身内にアタシも入ってるの?」

信じられないことを聞いたと言わんばかりに疑問を口にするティアナに対し、エリオは何を今更といった感じに呆れる。

「気が付かないのは無理もないですけど、父さんって結構見てないように見えて凄く見てるんですよ。だって、ティアナさん達のこと、いつも気に掛けてますから」

「嘘……嘘だわ!! だったらどうして――」

声を荒げ、ティアナは立ち上がりエリオを上から睨む。

「どうしてあの時、兄さんのことなんて知らないって言ったの!?」

「あの時って、一体何のことですか? 具体的に説明してくれないと意見が言えませんし、ティアナさんの言ってることを否定することも肯定することも出来ません」

興奮して大声を上げるティアナとは対照的に冷静な態度で返すエリオの言葉に、ティアナはエリオ本人が分かる訳無いと頭を冷やし、ベンチに座り直す。

「差し支えなければ話してくれませんか? もしかしたら何か分かるかも」

「う……」

ティアナはこれまで何年も抱え込んでいた胸の内に燻る黒いものを、エリオに曝け出そうかどうか迷う。

「お願いです、話してください」

ペコリと頭を下げるエリオのつむじを見下ろし、数秒の逡巡の末、ティアナは過去を語ることにした。










兄が逃走中の違法魔導師を追跡している最中、犯人の罠に嵌り殺されかけたこと。

寸前でソルが助けに入ったことによって犯人は無事逮捕され、兄は一命を取り留めたこと。

命は助かったが、その時の怪我が元で魔導師としてのティーダ・ランスターは再起が出来なくなってしまったこと。

そのことを兄の上官から散々『失態だ』とか酷いことを立て続けに言われ、おまけに犯人を難無く取り押さえたソルと比べられた上で『役立たず』と罵られたこと。

ソルに縋り付いて兄は役立たずじゃないと訴える自分に対し、ソル本人から直接『んなこと俺が知るか』と言われたこと。

兄を認めてくれなかったソルに、兄の魔法は役立たずではないと証明してみせると誓ったこと。

「これが、アタシがソルさんに対して抱いてるコンプレックスの根源よ」

語り終え、深い溜息を吐いてエリオの顔を覗く。と、彼は難しい顔をして腕を組み、「むぅぅ~」と唸っている。

「……どうしたの?」

「いやぁ、話を聞く限り、父さんはわざわざティアナさんのお兄さん、ティーダさんをお見舞いしに来て『もっと早く助けられなくて悪かった』って謝罪したんですよね?」

言われてティアナは、そういえば、と思い返す。

今更だが冷静になって思い出してみれば、ソルは確かにティーダのお見舞いに来たのだ。

「そんな父さんが、ティーダさんは役立たずじゃないという訴えに対して本当に『んなこと俺が知るか』って言いますかね? 少なくともティーダさんの人となりや経歴を知っていたら絶対に出てこないと思うんです」

まさか自分は今までとんでもない思い違いをしていたのではないか、そんな考えがティアナの脳裏を過ぎり、導き出された答えをエリオが紡ぐ。

「もしかしたらなんですけど、当時の父さんは純粋にティーダさんのことを知らなかったんじゃないんですか?」

「……!!」

「認める認めない以前に、ティーダさんがどんな人物であるかを判断する情報を父さんは有していなかった、ていうのが僕の見解なんですけど、どうです?」

ティアナにエリオの推理を否定することは出来なかった。

これがあの時言われたことであれば頭から否定しただろう。だが、今は当時から何年も経ち、身も心も成長した。何よりティアナはソルの人となりを知っている。

犯罪者に容赦しない冷酷非道の賞金稼ぎは、別の側面から見れば粗野な外見とは裏腹にとても人情家な人物である、と。常にぶっきらぼうで眼つきが悪く、口調も乱暴で面倒臭がりで無骨な性格ではあるが、実はとても面倒見が良く父性溢れる男性。

「じゃあ、アタシ、もしかしなくても、今までずっとソルさんのこと……勘違いしてた?」

喉を震わせ、力が篭らない声が大気に霧散した。

「たぶん、そうだと思います。ついでに言えば、今日のことも」

遠慮がちに言ってくるエリオに、「今日もってどういうこと?」と息も絶え絶えに聞く。

「さっきティアナさんは『自分が役立たずだから仕事を取り上げられた』って言ってましたけど、さっきも言った通り、僕達は父さんにとって”守るべき子ども”です」

「……つまり?」

「父さんは仕事を取り上げるつもりなんて毛頭無くて、ティアナさん達に年相応の休暇を楽しく過ごして欲しかったんじゃないかなーって邪推してます。ほら、父さんって天邪鬼だからそんなこと口では絶対に言わないし」

「……」

陸戦魔導師Bランク試験前にスバルとアルフが言っていたことを思い出す。



――『ううう、やっぱりソルさんって私が管理局員になったこと、まだ反対してるんですね……』



――『あの男はあー見えて女子どもには甘いからねー。どうせ”子どもは子どもらしくしてればいい”だとか、”年頃の女の子は仕事とかそっちのけで恋愛でもしてればいい”とか思ってんじゃないの?』



ティアナはこれまでのソルの言動や、ソル以外の人間の視点で見た彼の人物像を必死になって思い出し、そして一つの解に辿り着く。

Bランク試験後のソルの態度は、スバルやティアナのような少女が戦う道を選んだことに憂いていたのではないか?

訓練の時は誰よりも厳しかったソル。鬼だ悪魔だと陰で囁いていたが、過保護な性格だからこそ彼は心を鬼にして厳しく教導してくれていたのだ。

おまけに自分のデバイス制作にも関わっていた。直接制作に携わっただけではないが、制作者のシャーリーはソルの助言のおかげで「良い子達が出来た」とご満悦だった。

しかも、クロスミラージュだけはソル自ら、わざわざ性能テストまで買って出てくれた。

考えてみれば今日のことだっておかしい。ロストロギア封印の仕事を控えた人間を半ば強制的に街へ連れ出して遊ばせるなど、仕事に対してかなりドライな思考を持つ”背徳の炎”の面々がする訳が無い。

今日のことは”背徳の炎”の面々が画策した、ティアナ達の仕事に見せかけた休暇なのでは? だからこそソル一人が居なくなり、先程戻ってくるなり「お前達の本来やるべき仕事はもう終わった」と告げたのだ。



――『……ま、その、なんだ。お前らの普段の生活を振り返って見りゃこんな経験したこと無ぇだろ。人生経験だと思って――』



途中で遮ってしまった言葉。

ソルは初めから今日の仕事を自分達にさせるつもりは無かった。それが自分達に対する気遣いで、そうとは知らずにティアナはあの場を「もう付き合い切れません」と見限って立ち去った。

「アタシ……本当に馬鹿みたい……勝手に勘違いして、逆恨みして……これじゃあ本当に、ただの子どもじゃない」

吐き出す悔恨。

横に居るエリオはティアナの様子の変化に泡を食って右往左往していたが、父の普段の行動を真似たのか項垂れているティアナの頭に手を置き、無言で優しく撫でた。

「ごめん、なさい……ソルさん」

暫くの間、ティアナはエリオに頭を撫でられながら、此処には居ない人物に小さく謝った。




















後書き


以前の更新から随分と時間が空いてしまいました。リアルの方で忙しかった、というのは言い訳ですね、すいません。

無印、A`sの何割かが『ユーノ成長日記』だとしたら、STSは間違いなく『ティアナ成長日記ですね』www

しかもティアナが主人公であるソルを食ってしまいかねない勢い、どうしてこうなったwwww

おかしいな。女性キャラの中でそこまで上位に食い込んでくる程好きなキャラではない筈なのに、ティアナ。

ま、書いてて面白いからいいか!!

ではまた次回!!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat12 Culture Shock
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/10/14 00:31



エリオは落ち着きを取り戻したティアナと様々な話を展開させる。それは父のソルや母のシャマルの話であったり、兄妹のツヴァイやキャロの話であったり、他の家族の話であったり、はたまた魔法や訓練の話だったり。

ティアナも聞いているだけではなく、自分のことを含めて兄や相棒のスバルのこと、訓練校での日々や将来の夢である執務官のことなどを話題として口にした。

今まではあまり接点の無かった二人ではあったが、腹を割って話してみると馬が合うのか、ついつい話し込んでしまう。

気が付けば太陽は地平線に沈みそうになっていて、辺りは夕日で茜色に染まりつつあった。

不意に会話が途切れ、二人はゆっくりと姿を隠していく太陽に眼を向ける。

太陽が海に沈み行く光景は、人を黙らせるのに十分な美しさを誇っていた。それはまさに幻想的で、二人もその魅力に例外に無く当てられ、思わず黙り込む。

茜色の光が海面に反射して光り輝く。

やがて太陽は沈み、静寂と共に夜の帳が降りてきた。

「戻りましょうか」

ベンチから立ち上がり、爽やかな表情を浮かべごく自然な仕草でティアナに手を差し出すエリオ。

「そうね……」

一つ頷き、ティアナは自身に伸ばされた手を取って立ち上がり、二人並んで歩き始めた。





二人が翠屋に戻ってくると、丁度ツヴァイが店の扉に『CLOSE』と書かれた札を掲げ、キャロが箒で掃き掃除をしているところだった。閉店準備をしているところらしい。

ちなみに二人共メイド服。なのは達が昔着ていたおさがりだったりする。

「ツヴァイ、キャロ、ただいま」

エリオが声を掛け、二人に近寄る。

と、キャロが箒を放り捨て、ツヴァイと共に駆け出してエリオに抱き付く――



「「何サボッてんだテメェは!!」」



ように見せ掛けたアックスボンバー(二人分)が炸裂した。

「グエェェッ!?」

豚のような悲鳴を上げながらぶっ倒される。なんとか受身を取るエリオであったが、仰向けに倒れたそこへツヴァイが右腕に腕ひしぎ十字固めを決め、キャロがスカートのまま首四の字固めを決める。

「……あ、これ苦しいけどちょっと幸せ……」

「キャロ、エリオはどうやらお手伝いを途中で抜け出してサボッたことを反省してないみたいですぅ」

「じゃあ、エリオくんはこのまま落としちゃおうか」

「グ、グフ」

キャロが足に力を更に込めると、白目を剥くのと同時に意識を失ったエリオが全身の筋肉を弛緩させる。

二人は伸びてしまったエリオを解放して立ち上がり、ペキポキと拳を鳴らしながらティアナへと向き直った。

眼の前で繰り広げられた一方的な暴力を常識人のティアナが理解するなど不可能であり、何やら不穏な気配を振り撒きながら近付いてくるツヴァイとキャロにビビッて思わず後ずさるのは無理もない。

「……何してんだお前ら」

そんな時、店の中から騒ぎを聞きつけたのか、ソルと人間形態でウェイター姿のザフィーラが顔を出す。

彼らは店の前で仰向けになって気絶しているエリオを見て、次に手をワキワキさせてティアナに近寄ろうとしているツヴァイとキャロを見る。それからソルが盛大な溜息を吐いてからツヴァイとキャロの頭に拳骨を振り下ろした。

ゴキンッ、バキンッ、と鉄拳制裁を受け眼を回す二人。

「「きゅう」」

「ザフィーラ、アホ娘二人を頼む」

「やれやれ」

溜息を吐きつつ、ザフィーラは眼を回しているツヴァイとキャロを両脇に抱えると店の中へと入っていく。

ソルも気絶しているエリオを抱え上げ、ザフィーラに続こうとする。

「……ソルさん」

「ああン?」

今まで成り行きを黙って見守っていたティアナが、おずおずと話し掛けた。

身体ごと向き直り、ソルは続きを促す。

「あの、その、なんていうか」

「……」

思ったように言葉を口にすることが出来ないティアナを、ソルは訝しむような眼で見つめながらも黙って待つ。

「さっきはすいませんでした……それと、ありがとうございました」

やっとのことで搾り出した台詞と共に、頭を下げる。

「何のことか知らんが……ま、気にすんな。謝られたり感謝されるのは柄じゃねぇ」

ティアナの謝罪と感謝に対し、ソルは苦笑しながら相変わらずぶっきらぼうな態度で応え、ティアナに背を向け店の中へと入っていった。

「……エリオから話は聞いてたけど、器が違うわ。でも凄い天邪鬼」

素直に頷くだけでいいのに、と酷く納得した口調で独り言を呟きつつ、ティアナはその大きな背中を追いかけた。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat12 Culture Shock










場所を月村家に移し、夕飯を摂ることになった。

「あれ? なんで此処に牛さんと豚さんが居るの?」

純粋に疑問の声を上げるスバルが「可愛いなぁ~」と表情を綻ばせて黒毛和牛と黒毛豚の頭をそれぞれ撫でる。

モー、ブヒ、と唸るように鳴く牛と豚。

「本当ね。さっきは二頭共居なかったのに」

「猫以外にも牛と豚を飼ってたんですか?」

首を傾げるギンガと、すずかに問い掛けるティアナ。

対してすずかは若干頬を引きつらせた笑みで首を横に振る。

「その牛と豚は今晩の為に用意しておいたものです。つい先程、産地から届いたばかりなのですよ」

庭園にテーブルや椅子、バーベキューセットや炭などを用意し終えたノエルが冷静な声でティアナの疑問に答えるのであった。

「生きたまま送ってもらったので、新鮮度はバッチリです!!」

満面の笑みでファリンが補足する。

「「「……」」」

右手で牛を、左手で豚を撫でていたスバルの表情が固まり動きを止めた。近くに居たギンガとティアナも同様だ。

三人が牛と豚から視線を外す。後ろを振り返れば何故かバリアジャケットを展開しているソルとシグナム。二人共、それぞれ手にしているのは封炎剣とレヴァンティンで、これから模擬戦でも始めるのかと思えばそうではない。

「な、なんでバリアジャケットと騎士甲冑なんですか……?」

「汚れるからな」

震えながら問うギンガの質問にシグナムが真剣な表情で答えた。

更にその後ろでは、エプロン姿のなのは達が、シャキンッ、シャキンッと肉切り包丁を手に今か今かと”何か”を待っている。

「「「おっ肉♪ おっ肉♪ 肉祭~♪」」」

韻を踏みながら小躍りするエリオとツヴァイとキャロの三人。やはり手にしているのは肉切り包丁だ。

「キュクキュクルー♪」

ついでにフリード。こいつはだけは純粋に肉が食えて嬉しそうであった。

「邪魔だ、どけ」

封炎剣を肩に担いだソルの迫力に負け、スバル達は逃げるように牛と豚から離れた。

「これから俺達の糧となる二つの命に対し、冥福を祈り、感謝の気持ちを込めて黙祷する」

牛と豚の前に立って、静かで厳かな口調で言い、ソルが瞼を閉じる。それに合わせて皆が合掌して頭を垂れた。さっきまで騒いでいた子ども達も周りの大人達と同じように神妙な面持ちで黙祷を捧げている。

やがて、たっぷり一分間黙祷を捧げるとソルはおもむろに魔法を発動させ、牛と豚を気絶させた。

「見たくない奴は見るな……これから先、肉が食えなくなるぜ」

立ったまま意識を失っている牛と豚に対して封炎剣を振りかぶりつつ、ソルは感情の篭らない声でスバル達に促す。

なかなか封炎剣を振り下ろさないのを見る限り、家畜の解体作業に忌避感を持っている者がこの場を去るのを待っていてくれているらしい。

慌ててスバル達三人は月村邸へと駆け込む。そんな三人にアリサとすずかもついてくる。

「まずは血抜きだ。牛は俺がやるから豚はシグナムが頼む」

「了解した」

打ち合わせをしている声が少しずつ遠ざかるのを感じながら、ティアナが悲しそうな顔ですずかとアリサに聞く。

「いつもあんな感じなんですか?」

「勘違いして欲しくないからはっきり言うけど、普段はあんなことしないわよ。たまによ、たまに……今日は偶然運が悪かっただけなんだから」

答えたのは苦虫を噛み潰したような顔のアリサ。

背後でプシューーーーーーッ、という音が聞こえてきた。振り向けば間違いなく赤い噴水が出来上がっているに違いない。

「じゃあアレはなんですか!?」

「ソルくんって結構教育熱心だから、どんな状況下に陥っても生きて行けるようにって、たまにサバイバルに特化した教育方針を取るんだ……ついでに情操教育も兼ねてるんだって」

すずかがこめかみに汗を垂らしながらソルのフォローをした。どうやら解体ショーはソルの要望らしい。

「サバイバルと情操教育って……何も今しなくてもいいじゃないですか!!」

最早スバルは涙目である。

「だから今日は運が悪いって言ったの!! でも食用の牛と豚の時点でまだマシな方よ!! あいつ、この世で食べられない生き物なんて居ないって思ってるんだわ!! ウサギとか馬とか羊とかを『非常時の為に』って言って当たり前のように解体するし、たまに熊とっ捕まえて鍋にするし、酷い時はワニとか鮫とかトカゲとか蛇とか……この前なんて見たこともない変な生き物を異世界から捕まえてきて、皮剥いでから剣で串刺しに――」

「それ以上は言わなくていいです」

額に手を当て頭痛を堪えていたギンガがアリサの言葉を途中で遮る。

「っていうか、衛生面で問題無いんですか!?」

眉を顰めるティアナ。

「そこは魔法でなんとかするんでしょ」

さも当然のようにすずかが返す。

「そんな便利な魔法知らないんですけど」

「でも、ソルくんって正直なんでもありの人だから『食える、問題無ぇ』とか言われたらそれまでだし」

「……あー」

言われて三人は想像してみた。



『こんな調理法で大丈夫(衛生面)ですか?』

『大丈夫だ、問題無ぇ』



質問に対して、親指を立ててサムズアップしつつ即答するソルの仏頂面を幻視する……いや、それ全然大丈夫じゃないフラグが立ってるような気が――

だと言うのに、人物像を思い浮かべただけで納得しそうになってしまうのが、なんとも嫌だった。

それから解体が終わるまで、五人は一歩も月村邸から出なかった。










生き物とは、生きる為に罪を重ねる罪深い存在だ。

生きる為には必ず他の生物を糧として殺さなければならない。

それが自然の摂理であり逃れることの出来ない掟だとしても、自分が生きる為に他の生物の命を奪い、糧としている事実は変わらない。

故に、奪った以上は奪った命に対して敬意を払い、決して無駄のないように食べ尽くさなければいけない。

それこそが奪われた者への最大の弔いとなり、同時に命の重さを改めて知る最大の好機となる。

奪った命で己の命を繋ぎ、己の血肉とする。

当たり前のことである筈なのに、豊かさを手に入れてしまった飽食の時代の人間は”食”に対する感謝を忘れてしまいがちだ。

普段自分達が口にしている食べ物が、一体どのような過程を経て届けられているのかを把握している者というのは、非常に少ない。

だからこそ食べる前には『いただきます』と挨拶をする。

この言葉が持っている本質的な意味を、もう一度よく考えてから食べよう。

                                                                by ユーノ










「私、今度から食べ物にはもっと感謝して食べるようにします!!」

「私もスバルに同感です」

夕飯はナカジマ姉妹に効果絶大だった。ティアナも普段より食っているように感じる。

最高級の肉というのもあって純粋に美味いってのもあるんだろうが、解体した霜降り肉を前にしてユーノがご高説を垂れたのが功を奏したらしい。

「……あー、そうか。そいつは良かった……」

しかし、此処まで単純というか、純真な連中だと思ってなかった俺としては「洗脳みたいでなんか嫌だな」とひとりごちるしかない。そんなつもりは微塵も無いのだが。

涙をちょちょぎらせ、かつてない食欲で肉に食らい付くナカジマ姉妹。我が家の食いしん坊万歳共も加わって、牛一頭分、豚一頭分はあった筈の肉の山が見る見る内に消えていく。

誰もが我先にと肉に群がる光景は、まるでハイエナの食事風景みたいだ。

「肉食系女の子ね」

アリサがなのは達のことを指差しながらクスリと笑う。

「上手くねぇからな」

「何怒ってんのよアンタ?」

「アリサちゃん、察してあげようよ」

急に不機嫌なる俺にアリサが怪訝な顔で首を傾げる。そんなアリサの肩をすずかが悟ったような表情で叩いた。

「ほら、ソルくんってちょめちょめだから」

「ああ。確かにソルはちょめちょめね」

「……」

微妙に古い俗語を使って俺を肴にしてくれるアリサとすずか。張っ倒してやろうか?

肉が残り僅かになってくるとナカジマ姉妹はアルフやヴィータ、エリオ達を相手に肉を奪い合う始末。

「ふざけんなスバル!? この肉はアタシが畜産農家とさっき天に召された牛に感謝しながら育てた肉だぞ!!」

「パク」

「っ!!!」

とかなんとか言い合ってるのを傍観していたら、間を置かずにヴィータとスバルの取っ組み合いが始まった。

「テメー吐けこのタコ!! それともテメーを鉄板焼きの材料にしてやろうか!?」

「モグモグモグモグ、ゴックン!!」

「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

スバルを放り捨て頭を抱えたヴィータの絶叫が木霊する。流石にそこまで絶望的な表情で天を仰ぐなと言いたい。

これ見よがしに「ゲプッ」と下品なげっぷをしているスバルの頭を封炎剣の腹で引っ叩き昏倒させると、あまりのショックに肩を震わせ呆然としているヴィータに無言で俺の分の残りを分けてやった。

「ソル、オメーは神か!?」

「肉でエキサイトし過ぎだ、馬鹿共が」

毎度のことだが、俺は連中の食欲に呆れて溜息を吐く。

そして、とりあえずまだ醜い肉の奪い合いをしている馬鹿な食いしん坊万歳共の足元に向かって、燃え盛る封炎剣を投げつけた。

真っ直ぐすっ飛んでった封炎剣が、ズドッ!! と重い音と共に大地に突き刺さる。

あれ程騒がしかった馬鹿共が動きを止め皆一様に黙り、しん、と周囲が静まり返った。それから誰もが青い顔で俺の顔を恐る恐る覗き込む。

「ウェルダンになりたくなかったらその辺にしとけ」

皆揃って首を縦に振り、喧騒が収まった。

「グルルルルゥ」

そんな俺達から少し離れた場所で、キャロの竜魂召喚によって本来の体躯になったフリードが、バキバキバリバリ、とワイルドな音を響かせ口周りを血で滴らせ、牛の頭蓋やら豚の背骨やらその他諸々を美味そうに噛み砕いている。

ちなみに誰も腹は壊さなかった。










食うもんは食ったし風呂を済ませよう、という話になる。

しかし、これだけの人数を一度に受け入れるキャパシティを流石の月村家とはいえ持っていない。

順番に入っていたら時間が掛かる。しかも女性の比率が多い故に、必然的に時間がより多く掛かってしまう。

ということで、近所のスーパー銭湯に赴くことに。

「はーい、いらっしゃいませ……団体様ですか?」

やはりと言うかなんと言うか、受付の店員が「何だこの集団は?」という疑問を顔に貼り付けたまま問い掛けてくる。

男性は俺、ザフィーラ(人間形態で尻尾耳隠し)、ユーノ、エリオの四人。

女性はなのは、フェイト、はやて、シグナム、アイン、シャマル、アルフ、ヴィータ、ツヴァイ、キャロ、ティアナ、スバル、ギンガ、アリサ、すずかの十五人。

総勢十九名。馬鹿みたいに女性比率が高い。内、子どもが三人。店員や他の客が純粋に疑問に思っても無理はない。

士郎と桃子、恭也と忍、美由希、ノエルとファリンは後片付けやらなんやらで居残り。フリードは腹が膨れると眠ってしまったのでそのまま放置。

「子どもは三人、大人は十六人だ」

俺は一万円札をカウンターの上に無造作に置く。

「か、畏まりました」

会計を済ませ、連中を引き連れて歩き出す。

男湯、女湯、と書かれた暖簾を前にして日本語が読めないであろうミッド人の三人に「男はこっち、女はこっちだ」と指差す。三人が分かりましたと頷くのを確認し、男湯の暖簾を潜ろうとしたその時。

「だぁぁぁぁぁぁ、放してぇぇぇぇぇ!! 助けて父ぁぁぁぁぁさん!!」

背後でエリオの助けを求める声が聞こえた。

訝しみながら振り返ると、

「ほらエリオ、久しぶりに母さんと一緒にお風呂入りましょう。十一歳までなら男の子でも女湯に入っても問題無いし」

エリオを女湯に引きずり込もうとしているシャマルが居るではないか。

他の女性達も「私は気にしない」という感じでどちらかと言うとシャマルに加勢している節がある。「髪洗ってあげるから」とか「一緒に入ろうよ」とか言っていた。

「ヤダ!! ヤダッ!! イーヤーダーッ!!」

しかし、当の本人は全力で拒否。シャマルの腕を振り払って俺の腰に縋り付く。

「まあ、母さんよりも父さんが良いって言うの?」

「当然」

「ガーン……ついこの前(二、三年前)までは一緒に入ってくれてたのに……男の子って母親離れするの早くない?」

何気にシャマルが寂しそうに凹んでいた。と思ったら、キッ、と俺のことを恨みがましい視線で睨んでくる。

「ズルイわアナタばっかり。いつもアナタばっかりエリオに甘えてもらえて!!」

「んなこと俺に言われてもな」

後頭部をボリボリかきながら応じてやった。

「気持ちは分からんでもないが、男にとって母親なんて一定以上の年齢に達すると鬱陶しく感じるもんだ」

「ひ、酷いわその言い方」

「俺も実際そうだったしな。エリオがそれだけ成長したってことだろ。母親として息子の成長を素直に喜べ」

「でも……」

諦め切れないのか、シャマルは俺に訴えるような視線を向けてきたが、俺は首を振る。

「いずれ俺もツヴァイとキャロから鬱陶しがられる時が来るんだ。そういうもんだって割り切れ」

「あの二人がお前を鬱陶しがる? そうは思えないが……」

俺の発言を聞いてアインが首を傾げた。

「そんなこと言ってる母さんの方が僕より父さんに甘えてるじゃないですか」

「ち、ちちちち、違うわ、そんなこと無い、筈よ!!」

突然の息子の反撃に、真っ赤になって慌てふためきながら必死に否定する母親、シャマル。

「本当は僕よりも父さんと二人っきりでお風呂に入りたい癖に」

「そんなの当たり前じゃない!!」

公共の場であっさり本音をダダ漏れさせるシャマル……ダメだこの母親、早くなんとかしないと。

というか、出入り口付近でこんな漫才染みたことをしていたら他の客に迷惑が掛かるので、とっととこの場を去ることにする。

「エリオ、髪洗ってやる」

「じゃあ僕は背中流します」

まだ背後で喚いているシャマルを無視し、やれやれと俺は溜息を吐き、エリオを頭を撫でながら男湯の暖簾を潜った。










「私達はどっちに入ろうか?」

キャロの問いに、ツヴァイは腕を組んでむ~と唸ってから答える。

「……最近、エリオと一緒に入るの恥ずかしくなってきたから……」

「じゃあ女湯の方だね」

「うん」

そそくさと女湯の暖簾を潜るツヴァイとキャロであった。










「エリオと一緒に入りたかったのに~」

未練がましいことを口にしながらシャマルは自分の分のロッカーを確保し、ノロノロと服を脱ぎ始める。

そんな姿に自分も服を脱ぎながら苦笑するアイン。

「残念だったな」

「本当よ。これから先、もう二度と一緒に入れないかと思うと子どもが成長したって意味では嬉しいけど、やっぱり寂しいわ」

「私はシャマルさんが凄い羨ましいけどなー」

深い溜息を吐くシャマルの肩を、ガシッと背後から鷲掴みにする人物が居る。

なのはだ。その後ろにはフェイト、はやて、シグナムも腕を組んで仁王立ちをしていた。四人共こめかみに青筋を立てながら。ちなみに風呂に入る準備は万端なのか、全員バスタオル一枚だ。

更に付け加えれば、フェイトとシグナムが腕を組んでいることによってタオル越しにその豊満な胸を押し上げていたりしていて、全く違う意味でなのはとはやては苛立っていたり。

四人の放つ気配に不穏なものを感じてアインとシャマルが冷や汗を垂らす。

「私も、お兄ちゃんと、さっきのシャマルさんみたいな、夫婦の会話、したい」

その昏い眼が無言で訴える。曰く『二人は私達よりも美味しい立ち位置に居るんだから、我侭言うなって訳じゃ無いけど、もし言うなら私達が居ない所でね』と。

四人が闘気のように嫉妬と羨望を纏う。ツヴァイとエリオをダシにして、アインとシャマルが散々、何年も”親子三人で○○”を堪能してきたのを指を咥えて見ていただけに、この上まだ高望みをするシャマルに『調子に乗りやがって!!』的なアレがあった。

視線とプレッシャーに気圧されはしたが、アインとシャマルはお互いに顔を見合わせると「フフンッ」と嫌味ったらしく、それでいて娼婦もかくやとばかりに妖艶に微笑むと、唇を吊り上げる。



それは、敗者を見下す勝者の笑みだった。

つまり、悔しかったら彼との間に子どもを授かるんだな、という意味である。



肩を掴んでいたなのはの手を振り払い、シャマルが半身なって構える……服を脱いでいる途中だったので上半身はブラジャーしか着けておらず、下はスカートを穿いたままだ。

挑発するように、アインが指でクイッと手招きする……やはり服を脱いでいる途中であったので下着姿である。

対する四人は『覚悟は出来てんのか?』と言わんばかりに拳を握り、ペキポキ指の関節を鳴らす……全員、格好はバスタオル一枚で。

次の瞬間、脱衣所で迷惑極まりない乱闘が始まった。





「今の会話の流れでどうして殴り合いの喧嘩に発展するんですか!?」

一部始終を見ていたティアナの疑問は当然である。

だが悲しいことに、ナカジマ姉妹はソルとクイントが唐突に殴り合う光景をしょっちゅう見掛けていたので全く動じない。ヴィータ、アルフ、ツヴァイ、キャロもいつものことなので気にしない。アリサもすずかも「……またか」といった感じに気にも留めない。

え? アタシがおかしいの? と自分の常識を疑い始めるティアナであったが、周囲に居た他の客が唖然としながら乱闘している六人を見ているのを眼にして、「アタシはおかしくない、おかしいのはこの人達だ!!」と思い直す。

「他人の振りしろ、他人の振り」

「気が済むまでじゃれ合ったら何事も無かったように元に戻ってるから、気にするだけ無駄だよ」

そう言い残し、ヴィータとアルフはさっさと風呂場に行ってしまった。

「母様達のこと尊敬してますけど、ああいう大人にはなりたくないですぅ」

「右に同じ」

苦笑いを浮かべ、ツヴァイとキャロも先の二人に続く。

ドカッ、バキッ、ドゴッ、と実に生々しくて嫌な音が響いてくる。

「ソルの一家にとって殴り合いなんて挨拶とかスキンシップみたいなもんよ」

「なのはちゃん達ってソルくんのことになると周りが見えなくなるし」

全てを悟ったような口調で諭すようにアリサとすずかが溜息を吐く。

確かに六人は周りを全く眼に入れていない。その代わりというかなんというか、裸同然で殴り合っているので見えてはいけないものが見えてしまっている。

「で、でも」

「止めたければ自分で止めれば? 命の保障はしないけど」

「遠慮します」

それでも食い下がろうとしたティアナであったが、アリサの提案を耳にして、脊髄反射で保身に走る。

あんな所に飛び込めば血達磨になるのは火を見るよりも明らかだ。そんなことを理屈ではなく本能で理解出来てしまうような乱闘を力ずくで止められる訳が無い。

試しに蛮勇溢れるスバルが「他のお客さんに迷惑だからやめてくださいよ~」と訴えてみると――



「「「「「「すっ込んでろっ!!!」」」」」」



矛先と殺気がこっちに向きそうになったのである。

「うわあ~ん、怖いよギン姉殺されるぅぅぅぅ」

「……うん。私も今一瞬だけスバルが本当に殺されるんじゃないかと思ったわ」

シクシク泣き出しギンガに抱き付くスバル、スバルを抱き締めながらガクブル震えるギンガ。哀れなナカジマ姉妹が出来上がった。

「そもそも、なんでソルさんのことになるとあんなに喧嘩っ早いんですか? 口調も普段だと絶対に使わないような乱暴なものになってますし」

渋面を作るティアナにアリサは、これが真理よ!! とばかりに自信満々に言う。

「全部ソルの影響よ」

「適当にもの言ってません? なんでもかんでもソルさんの所為にしようとしてません?」

「いや、だってあいつ短気だし喧嘩っ早いし気性が荒くて言葉使いも乱暴だから、一つ屋根の下で十年暮らしてたなのは達がその影響を受けない訳が無いでしょ?」

雨が降ったら地面が濡れるのは当たり前じゃない、みたいにのたまうアリサ。

「それにソルって変人に好かれる傾向があるから」

「確かにそうだよね。ソルくんの友人知人って言い方悪いけど変な人ばっかりだもん」

すずかが同意を示す。

「なのはは小さい頃からソルに依存しまくってるし」

「それは他の皆もそうだけど、あれってもう病気レベルだよね。最低でも三日に一回はソルくんとスキンシップを取らないと発狂するって自慢気に言ってたっけ? 全然自慢にならないのに」

「フェイトとアインさんは性的嗜好が被虐的で、ソルの下僕になることを心から望んでるわ」

「なのはちゃんも負けてないよ。前にソルくんのこと『お父さん』って呼んで一人で興奮してたから。勿論性的な意味で」

「シャマルさんは蛇みたいに狡賢くて、はやては笑えるくらいに腹黒いわ」

「シグナムさんは戦闘狂だけど、この中じゃ一番まともだよね。だって他の皆も戦闘狂だから」

話を聞いてドン引きするティアナは、震える声で恐る恐る聞いてみる。

「……あの、もしかして”背徳の炎”の人達って、その、こういう言い方嫌なんですけど……まともな人って少ないんですか?」

「あれがまともに見えるんだったら眼科へ行きなさい。少なくとも、あそこで殴り合ってる六人は色々と異常よ」

形の良い顎で乱闘している六人を示しながら、アリサは十年以上の付き合いがある友人達は異常者だとはっきり言い切った。










一方、男湯。

先刻の宣言通り、ソルはエリオの髪を洗ってあげていた。

「エリオ、随分髪伸びたな。切ってやろうか?」

「父さんみたいに伸ばすからいいです」

瞼を閉じたまま、えへへと屈託無く笑う。

「……好きにしろ」

ソルはそんな息子の態度に優しく微笑む。

この上なく平和だった。










「ティアナ。アンタは芯が強くてまともそうだから言っておくけど、ソル達の考え方に毒されちゃダメよ」

「は、はい」

両隣をアリサとすずかの二人に挟まれ湯船に浸かった状態で、ティアナはぎこちなく頷く。

「話し合い=殴り合いなんて考え方は以ての外」

「気に入らないからとりあえず叩き潰す、っていうのもダメだからね」

「そんなこと分かってますよ」

「そう、なら安心したわ。なのは達には『己の望むものを手にしたければ力と覚悟を示せ』っていうソルの考え方が根付いてるから、もう矯正は不可能だけど」

要するに、力と覚悟さえ示せば後は好きにしろ、と解釈出来る代物だ。壮絶な教育方針である。

「とにかく、毒されないように気を付けないと、ああなるわよ」

アリサが親指を立てて示すそこには、つい先程まで筆舌し難い殴り合いをしていた六人が、疲れた様子など微塵も見せず、むしろ殴り合いをしていたのが嘘のように和気藹々と話し込んでいた。子どもは何人欲しいかとか、私シンくんみたいな元気で真っ直ぐな男の子が欲しいとか、いっそのこと男女共に一人ずつ欲しいとかいう話をしているようだ。

「……皆さんタフですね」

感心なんてとっくの昔に通り越し呆れ果てたティアナの言葉に、なのはとフェイトが反応してグッと親指を立てる。

「殴られるの慣れてるから」

「火達磨にされるのも慣れっこだよ」

そこは鍛えてますから、と返すのが普通ではないのだろうか?

誇らしそうに語る二人が同時に胸を張った。

「私が初めてユーノくんに会って、魔法に触れて、レイジングハートを手にして以来、毎日のようにお兄ちゃんに模擬戦で殴られて火達磨にされてるから」

「懐かしいね、もう十年も経つんだ。ソルってスパルタだったから、私達よく訓練中に血反吐撒き散らしたりしたよね……此処数年は全然無いけど」

眼を細めて昔を思い出す二人は嬉しそうだが、内容はとんでもない程血生臭い。

「十年、か。初めてソルに戦いを挑み、シャマルと二人揃って返り討ちにされ、火達磨にされた夜が懐かしい」

「本当ねー。忘れられないわ、あの炎に初めて身を焦がした夜を」

うっとりとした口調のシグナムとシャマルも楽しい思い出を語っている表情とは打って変わって中身が焦げ臭い。

「ハハハハ、私は聖王教会と交流するようになった時が一番印象深いわ……血反吐とか火達磨とかそんなチャチなレベルやない、あの生殺しはマジで死ぬ……当時九歳のいたいけな少女にあんな滅茶苦茶なことをしてくれた責任、必ず取ってもらうで」

やはり他の皆と同様に何故か嬉しそうなはやてがフフフフフッ、と喉を震わせる。

「まあ、私達はソルに火達磨にされて成長してきたようなものだからな」

頬を上気させて艶やかに微笑むアインの言葉。六人以外はとても嫌な成長の仕方だと誰もが思ったが、実際そうなので言い返せなかった。特に、現在進行形で模擬戦の度に火達磨にされているティアナ達三人は。





「それにしても、アンタらホントに戦闘力が売り物の商売してるの? なんでこんなに肌綺麗なのよ」

「なんでだろうね?」

ジト眼になってなのはの肩を指で突っつくアリサ。対するなのはは実にすっ呆けたことを返す。どう考えてもソルの魔力供給によって新陳代謝や回復速度が常人とは比べ物にならないくらい向上しているのおかげなのだが、余計なことを言うつもりは毛頭無いのである。

こうして間近で改めて皆の肢体を見ると、彼女達がいかに戦闘力とレベルが高いか窺える。

本当にあの凶悪で異常者の集団である”背徳の炎”の人達なのだろうかと疑問を抱かざる得ない。女性陣限定で傍から見れば、可愛いくて綺麗な娘達だけを集めたアイドル集団にしか見えないところが怖い。

シグナムが魔乳だとすれば、フェイトは爆乳と評するべきであり、大きさといい形といい、同性なら誰もが一度は羨むであろう。生粋の近接格闘者でありながらその手足はモデルのように細く、均整の取れた四肢はまさに華奢。出るとこは素晴らしいくらいに出て、引っ込んでいるとこは見事に引っ込んでいる。

「ウガァァァァァァァァッ!!!」

突然ヴィータが奇声を上げて拳を湯船に叩き付けた。水飛沫が舞うが、皆はあえてスルーすることに。

アルフもアルフで凄い。アインは着痩せするタイプなのか、こっちもこっちで脱いだら凄かった。胸囲と反比例するかのようにくびれた腰が非常に官能的で、それでいてスレンダーな肢体は反則だ。

「ブクブクブクブク……」

続けてヴィータが頭を湯に沈めて泡を生産してる。何がしたいのか分からないが、やはり放って置く。

なのはとシャマルはバランス型だろうか。それでも胸は平均より大きい方である。女性的な丸みを持った肢体は、鍛えているおかげで全体的に引き締まっており、身体のラインが美しい。

「けっ!!」

やさぐれたようにヴィータが湯船から這い出し、新鮮な肉と犠牲者を求めるゾンビのような足取りで露天風呂へと行ってしまった。

……はやては他の方々と比べて若干残念だった。まあ、他の方々が凄過ぎたというのもあるが、あえて評するなら普通。

残念ながら、いくらソルの魔力供給が成長促進や肉体回復の力があっても、個人が持ち得る遺伝子に刻まれた設計図(スリーサイズ)を限界突破することは出来ない。

上から順番に、シグナム、フェイト、アルフ、アインの四人が所謂『ボンッ、キュッ、ボンッ!!』の三つが揃った最早敵無しのSSSランク。なのはとシャマルが能力をバランス良く振り分けたAAAランク。はやてが頑張りましょうなBランクであった。

「なんやその哀れみが篭った眼は?」

ドスの利いた声がはやての喉から零れ出し、ティアナとスバルとギンガは思わず息を呑んでから弁明するように慌てて首を振る。

「確かに私はシグナムとかフェイトちゃんとかアルフさんとかアインとかシグナムとかフェイトちゃんとかと比べたら魅力的やないかもしれん」

「あの、シグナムさんとフェイトさんのこと二回言ってます」

「せやけど!!」

冷静にツッコミを入れるティアナの声なんて聞いちゃいない。

「この私の身体こそが、ソルくんの好みに一番近いんや。つーことで、私はシグナムとかフェイトちゃんとかに身体のことで醜い嫉妬を抱いたりはしてへん」

水飛沫と共に立ち上がり、自身を誇らし気に晒すのであった。

「その代わり揉ませてもらうんや」

「揉むんですか……」

「当たり前や!! 眼の前にこんな美味そうな果物がなっとる果樹園があったら誰だって片っ端から食らい付くやろ? 私だってそうする、いや、せなアカン。つーことで、揉ませブッ!!」

シグナム達に襲い掛かろうとしたはやてであったが、突如奇声を上げて倒れ込み、湯船に沈む。

「いつも言ってるけど女同士なんて生産性が無いよ。はやてちゃんに揉ませるくらいだったお兄ちゃんに揉ませた方が遥かに生産性があるし、嬉しい」

いつの間にかはやての背後に回り込み、その後頭部に呵責の無い踵落としを叩き込んだなのはがその脚線美を下ろす。

「ソルもこのくらいガツガツしてたら良いのに」

「もしそうなったら私達が襲い、ゴホン、夜這いする手間が省けるな」

フェイトが溜息と共に心情を吐露すると、アインがクスクス笑いながら同意する。

更にそれに頷く者達の顔を見て、”背徳の炎”は異能者にして異常者の集団でおまけに爛れた人間関係なのだ、と戦慄しつつ再認識するTHE 常識人ティアナ。

曰く「この人達って頭おかしい」と。

そんな風に考えるティアナを否定する者は居なかった。というか、居る訳無かった。











































銭湯から月村家に帰ってきて、子ども三人とスバル達三人は自覚していない疲労が出てきて眠くなってしまったのか、今日はもう寝るように促すと割と素直に頷いて床に就く。

他の皆も日頃の疲れが表面化したのか、次々と寝入ってしまった。

だが、俺だけは一人寝付くことが出来ないで居た。

かと言ってやることもなく、仕方が無いので月村邸を出て月村家が持つ敷地内をブラブラ出歩くことにする。

何も考えず三十分程度の時間を掛け庭園をぐるっと一周して戻ってくる。と、月村邸の前には腕を組んで仁王立ちしているアリサと、その隣で柔らかな笑みで俺を迎えるすずかが居た。

「何やってんだお前ら?」

「アンタこそ、皆が寝たと思ったら一人で何やってんのよ」

「眠れなくてな……月光浴だ」

「今考えたでしょ、それ」

アリサの問いに適当なことを言ったら、そのことがあっさりすずかにバレたので俺は肩を竦めて見せた。

「眠れないなら付き合いなさいよ」

言いながら俺に掲げて見せたのは、酒瓶である。しかもかなり上等だと思わせる日本酒。

忘れていたが、こいつらはもう大学生だ。つい数年前までは俺達――というか酔っ払って暴走するなのは達――の飲酒を咎める側だったのが、今では誘う側になっているという事実に少し驚きだ。

それだけ二人が大人になったということか。こういうことがある度に時間の流れを実感する。

「断る理由が無ぇな。いいぜ、付き合ってやる」

場所を食堂に移し、小さな宴会が始まった。





アリサとすずかが通う大学での生活、俺達のミッドでの生活といったお互いの近況を酒の肴にするのは勿論、二人の将来の話などを聞いたりした。

アルコールが入っている所為か話が二転三転して行ったり来たりをしている内に再び二人のキャンパスライフの話になったので、お前らいつになったら男出来るんだ、と俺が老婆心を丸出しに心配してやると「余計なお世話よ!!」とアリサに怒鳴られる。

どうやら二人共大企業の跡継ぎ娘、ということで周囲の男達から見たら高嶺の花過ぎて近寄り難いらしい。それでも近寄ってくる男は、大抵碌な奴じゃないとのこと。

アリサ曰く「そういう輩は私達のことを一個人としてじゃなくて『お金持ちの箱入り娘』っていう色眼鏡で見てくるの。そんなのはこっちから願い下げよ。私達を一人の女として見てくれる良い男が居ないから彼氏が出来ないのよ」と力説されてしまう。

「ご苦労なこったな」

「その言い方、なんかムカつくわね」

「まあまあ」

俺のリアクションにアリサが憮然とし、すずかが苦笑する。

少しずつ夜が更けていく。





そんな風に話していると、会話が途切れたのを見計らってアリサが急に真面目な口調になった。

「……で、いつまでこっちに居られる訳?」

「明日の昼には帰る」

俺は素っ気無く答える。

「えええー、もっとゆっくりしていけばいいのに」

「こう見えても暇じゃねぇんだ」

唇と尖らせたアリサがお猪口に口を付け、舐めるようにアルコールを飲む。

「仕方が無いよアリサちゃん。ソルくん達だってお仕事なんだし」

そんなアリサをすずかが宥めている光景を見ながら、芳醇な香りがする上等な酒を喉に流し込んだ。

「……仕事、か」

ポツリと呟いた後、少し寂しそうな視線でアリサは俺を見た。

「ソル、アンタはいつまで戦い続けるの?」

何気無いその問いに、俺は一瞬だけ固まってしまう。

「こんなこと言うのは余計のお世話だって百も承知だけど、もういいや、とか、もう戦うの疲れた、とか思わない?」

「……アリサちゃん」

真正面から視線を合わせ、アリサが言いたいことを言い終わるまで俺は待つ。

「だって、アンタ頑張ったじゃない。話しか聞いてないし、どんな感じだったのか想像も出来ないけど、アンタ百五十年以上もたった一人で戦ってきたんでしょ」

「ああ」

「隠居して、静かな場所で平和に暮らそう、とか思わない? 危険なことから手を引いて、皆とのんびり暮らそうって」

アルコールを摂取したことによって頬を上気させた顔で、アリサはまるで訴えるように言った。

それに対し俺は苦笑を一つ浮かべると、お猪口に酒を注ぎながら口を開く。

「ま、実際にお前が言ったことを考えなかった訳じゃ無ぇ。イリュリア国内にあるギアの領地でシンや鳥野郎――同胞達に囲まれて何事も無く暮らすか、イズナや爺を頼って異種が住む世界で俗世から離れた生活を送る、っていうのがあった」

「ホントに?」

意外そうな声を出したのはアリサではなくすずか。アリサも少し驚いたように眼を見開いた。

「だがな、俺はギアだ」

「それが何だってのよ?」

「生体兵器がどうしたの? そんなこと言ったらアインさんも、お姉様もシンくんもドクターも、ガニメデ諸島で暮らしてたあの子達も皆ギアだよ」

俺が自身のことを卑下しているように聞こえたのか、すぐさまアリサが眉を顰め、すずかも怒るような表情を作る。

「アンタが生体兵器だろうが化け物だろうがそんなこと関係無いでしょ? アンタはアンタで、アタシ達の大切な友達じゃない」

「人間としての在り方を私やフェイトちゃん、シグナムさん達に教えてくれたのはソルくん本人だよ?」

……全く嬉しいこと言ってくれやがる。これで彼氏の一人すら出来ないってんだから、余程男運が無いのか、それともこいつらの周囲に居る男は見る眼が無いのか。

「ギアは人間の穢れた欲望から生まれた、人間の罪だ」

「それはアンタが一人で背負うべきものじゃないでしょうが」

「……ちっ、少し黙ってろ」

話が一向に進みそうにないので舌打ちしてアリサを黙らせた。アリサは不承不承口を閉ざす。

「周りの連中がどうこう言ってくれたところで、俺がギアである事実は変わらん。だから、俺は俺という罪が消えるまで贖い続けるつもりなんだが……」

「「だが?」」

頭上にクエスチョンマークを浮かび上がらせる二人に俺は不敵に笑ってやる。

これまではもう二度と俺みてぇな犠牲者を出さない為に、ギアの開発者及びそのギアを全て抹消する使命を自らに課していた。

だが、今は違う。

確かにやることは変わらないかもしれないが、微妙に意味合いが違うのだ。

何故なら、俺は既に独りではないから。

もう自分を責めるような生き方はしないと約束したのだから。

皆と……そして、アリアと。



「贖う以外にも俺には出来ることが、いや、やるべきことがある……それをやるだけだ」



そう伝えると数秒の間二人は固まっていたが、やがて呆れたように溜息を吐き、そして何がおかしいのか華のように美しい笑みを浮かべた。

「あっそう。だったらもうアンタの好きにしなさいよ」

「ソルくんがそういう風に決めちゃってるなら、私達がこれ以上何か言っても無駄なのはよく分かってるから、もう言わない」

「ただし!!」

突然アリサが大声を出し、俺の顔の前にお猪口を突き出す。

「必ず帰ってくるって約束しなさい。アンタも、なのは達も、私達にとっては大切な友達なんだから」

「皆が帰ってくるのをずっと待ってるから」

二人のその真剣な眼差しが放つ光は、俺達のことを心から想ってくれているというのが伝わってきて、だからこそ此処が俺達の帰るべき場所なんだと改めて思い知らされた。

嗚呼、こいつらは俺達の帰りを待ってくれるのだ。ただそれだけの事実が、こんなにも嬉しい。

帰るべき場所があるという事実を認識するだけで、どうしてこんなにも優しい気持ちになれるのだろうか?

かつて帰る場所どころか全てを失い、百五十年以上も放浪していた俺にとって、帰るべき場所というのはそれだけ大きな意味を持ってるのかもしれない。

……こんなに良い女なのに二人共彼氏が居ないってんだから、世の中どうかしてる。

「……ああ。約束してやる」

俺は手にしたお猪口をアリサのお猪口に、まるで乾杯するかのように合わせた。

「絶対、絶対よ!!」

「約束したんだからね」

すずかもお猪口を掲げた。三人の手が持つそれぞれのお猪口が触れ合い、中身が少し零れたが誰も気にしない。

いつか帰るべき場所と、友と交わした約束を胸に刻み、俺達の派遣任務兼帰郷は終わりを告げた。











































相変わらずなオマケ


ソルとヴィータのタイランレイブ講座




「なあ、ソル」

ヴィータはアイスを頬張りながらソルに声を掛けた。

「ああン?」

対してソルはソファに腰掛けた状態で視線を音楽雑誌に向けたまま、声だけでヴィータに応える。

「お前のタイランレイブって技あんじゃん」

「ああ」

「前から気になってたんだけどさ、なんで何種類もあんだ?」

「……凄ぇ今更だな?」

聞かれた内容にソルは若干呆れたように驚きつつ、雑誌から顔を上げヴィータの方を見た。

「いや、なんか唐突に気になって」

「で?」

「で? じゃねーよ。さっき言ったろ、なんで何種類もあんだよ」

「面倒臭ぇな。別にいいじゃねぇか、何種類もあったって。その時の気分とか、俺なりに改良したりとかした結果だ」

「オイオイ、適当に流すなよ。減るもんじゃねーんだから教えろって」

「ちっ、しゃあねぇな」

このまま放置してもうるさいだけなので、ソルは心底面倒臭そうに溜息を吐いてから渋々己の技を解説することに。



①タイランレイヴ

逆手に持った封炎剣の切っ先が地面に垂直になるように前方に突き出す。この時封炎剣を持っていない方の手(右腕)も突き出した左腕に合わせるように構える。

さながら拳銃を撃った反動で腕が上がるのと似た動きで剣を振り上げ、それと同時に法力が発動し、眼の前の空間に爆炎が発生してからそれが爆裂する。


「言われてみりゃ、あの動きって反動でけー銃を撃ってるようにも見えなくもないな」

「だろ? つーか、あれは文字通り炎の法力を眼の前に”発射”してるんだが」

「あんま飛ばねーけどな」

「当たり前だ。接近戦専用だぞ、飛び道具じゃねぇ」



②タイランレイブ

炎を纏った右拳でまず右ストレートを叩き込み、すかさず①に繋げる。その時いちいち剣の切っ先が地面と垂直になるように構えている暇が無いので、ほとんど振り上げるだけ。


「あれ? ウに点々だったのがフに点々になってんぞ?」

「細かいことは気にするな」

「微妙に気になるけど、まあいいや。なんで右ストレートが追加されたんだ?」

「右手を何もせずに遊ばせておくのが勿体無かったからだ」

「ただ単に殴りたかっただけだろ」

「まあな」

「やっぱり」



③タイランレイブVer,β

炎を纏った右拳でまず右ボディブローをぶち込み、次に左ストレートと共に爆炎をお見舞いする。


「もしかしたらこれが一番使ってる頻度が高いかもな」

「利き手(左手)で思いっ切りぶん殴りたかったんだろ?」

「何故分かった?」

「いや、普通気付くし。ちなみになんでβ?」

「次」

「オイ、無視かよ」



④タイランレイブVer,α

前方に展開した炎を盾にし、自らを炎の弾丸と化して低空に浮いた状態で、高速で突進する。


「誰かの技に似てる気がする……何だっけ?」

「カイとシン、それからエリオのライド・ザ・ライトニング」

「ああ、そう、それだ!! でもなんでライド・ザ・ライトニングの真似なんてしてんだ?」

「移動しながら攻撃するから、集団戦で意外に重宝するんだよ」

「ほう」

「タイランレイブの中じゃあんま好きじゃねぇがな」

「殴らないからだろ」

「ああ」

「どんだけ殴りてーんだオメーは? ちなみになんでα?」

「次は――」

「いい加減教えろよ」



⑤タイランレイブVer,Ω Lv1/Lv2/Lv3

Lv1は左ストレートのみ。Lv2は左ストレートに右ストレートが加わった二段構え。Lv3は左、右、と来て最後に①をくれてやる三段構え。


「Lv3限定で言えば、威力ならタイランレイブの中で一番高い奴だな」

「けどよ、これってイチイチLv1とかLv2とかに分ける必要あるのか? 最初から最後までLv3で良くね?」

「これをよく使ってたのは封炎剣を手に入れる前で聖戦の真っ最中だ。聖戦時代は一対多が主だったから、前の一匹に構ってる間に背後から襲われる可能性を考慮して叩き込む回数を調整してたんだよ」

「あ、そーか。ソルって常に一人だったし、聖騎士団に入団しても単騎での遊撃が仕事だったもんな」

「そういうことだ。Lv3は基本的にサシでしか使えねぇ」

「……ちなみになんでΩ?」

「さて、次で最後になるが――」

「聞かせろぉぉぉっ!! 気になるだろうがぁぁぁぁぁぁっ!!!」



⑥タイランレイヴ

炎を纏った右ストレートの後、左ストレートと共に爆炎をお見舞いする。


「待てぇぇぇっ!! 戻ってる、一番最初の奴に名前が戻ってる!! ウに点々だったのがフに点々になってそれ以来ずっとフに点々だったのに、此処に来てウに点々に戻ってんぞ!!」

「気にするなって」

「流石に気にするわぁぁぁっ!! しかも名前は戻ってんのにVer,Ω Lv2の動きを順番逆にしただけか、Ver,βのボディブローをストレートに変えただけじゃねーかよ!! これもうVer,Ω Lv2かVer,βでいいじゃん!?」

「細けぇことをグダグダとうるせぇな」

「逆ギレ!?」



⑦名前の意味


「……なんでタイランレイブ(ヴ)って名前なんだ?」

「Tyrant Rave……直訳すると、タイランは『暴君』、レイブが『戯言』『喚き散らす』『怒号』って意味になるな」

「えっと、『暴君の戯言』とか『暴君が喚き散らす』とか『暴君の怒号』ってことか?」

「つまり、『御託は要らねぇ』ってことだ」

おあとがよろしいようで。




















後書き


ご指摘があったので一部修正。それだけでは少し物足りなかったので加筆、オマケも追加することにしました。

毎回読んでくださる読者様は勿論のこと、感想までをくれる方々には本当に感謝しています。どうも、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

一部修正した箇所は、ちょっとと言うかかなり遅れ気味ですが流行に乗ってみましたwwww 分かる人には分かります。分からない人はニコニコ動画でエルシャダイを見てください。

オマケに関して。タイランレイブ(ヴ)の使用可能作品についての詳細をざっくり載せます。

①が初代のソル、もしくはEX聖ソル(しかし表記はタイランレイブ)

②がゼクスのソル、もしくはアクセントコアでフォースブレイク技からの派生

③がイグゼクスシリーズ以降のソル

④がイグゼクスシリーズ以降のEXソル

⑤が聖ソル

⑥がGG2のソル

って感じになります。⑦の名前に関しては作者の解釈ですので本気にしないでください。

ちなみに作者はどれが一番好きかと言うと。②のゼクス版タイランが一番好きです。その次が③のイグゼクス以降のβ。その次がΩLv3かな。

ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat13 Omen
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/10/31 01:02


Dust Strikersの施設内に存在する小会議室。そこにソル達”背徳の炎”の面子が集まって舞い込んできた仕事について話し合っていた。

「今週末にホテル・アグスタってとこで骨董美術品オークションが行われる」

上座に座り、腕を組んだソルが皆の顔を見渡しながら口を開く。

「ホテル側からの依頼は会場警備と人員警護。それに加えてオークションに出品されるロストロギアの解説と鑑定だ」

言葉と共に会議用の長テーブルの中央に空間ディスプレイが表示され、会場となるホテルや取引許可が降りているロストロギアの詳細データと画像が映し出される。

「何か質問は?」

その問いに、ヴィータがおもむろに挙手。

「こういう大型の催し物ってよく密輸の隠れ蓑になったりすんだろ? なんで主催者はアタシらに依頼してくんだ? アタシらが密輸の類を見逃した覚えは無いってのに」

ヴィータの疑問はもっともだったのか、他の皆も首を傾げていたりするので、ソルは一つ頷いてから答えることにした。

「第三者が聞けばまるで催し物の主催者が率先して密輸に手を染めているような印象を刻む言い方が気になるが、それは横に置いておくとして……まず理由の一つとして、出品されるロストロギアをガジェットがレリックだと誤認して襲来する可能性があること」

ソルは言いながら人差し指を立てた。

ガジェットは対魔導師兵器の一種である。訓練を碌に積んでいない低ランク魔導師ではいくら集まってもガジェット相手には烏合の衆でしかなく、展開するAMFに阻まれまともに戦えない。だからこそ高ランク魔導師の集団であり、ガジェットをものともしないDust Strikersに依頼したのであろう。

「二つ目。主催者側にスクライア一族と関係を持つ者が居る。つまり、俺達のことをある程度知っている、その上で主催者側には特に後ろ暗いことは無いんだろうな。理由としてはこの二つの内のどちらかか、もしくは両方だと俺は思ってる」

次に中指を立ててブイサインを作るソル。

ああ、なるほど、という声がちらほら沸きあがってくるのを聞いて、彼はだるそうに溜息を吐く。

”背徳の炎”が極めて高い戦闘能力を売り物とする賞金稼ぎ――実質的な何でも屋――であるのと同時に、スクライア一族と共にロストロギアや遺跡の発掘を行っている考古学者としての側面があるのは周知の事実である。ソルとユーノがスクライア一族を通して論文を発表している為だ。

つまり、警備と警護、ロストロギアの解説と鑑定、という二つの仕事を一度にやらせる連中としては打ってつけなのであった。ついでに言えば、”背徳の炎”という存在そのものが犯罪抑止にも繋がっている。良からぬことを考える輩はまず近寄ろうとは思わない。

と、アインが挙手をして発言を求めたのでソルは視線で促す。

「主催者側の思惑がどうあれ、悪い仕事でもなければ汚い仕事でもない。ガジェットが来るのであればスカリエッティを追っている我々にとってはむしろありがたい。密輸が行われているのであれば潰せばいい。それだけだろう?」

確認を取るような台詞に誰もが黙って頷く。

「……決まりだ。請けるぜ、この仕事……”俺達”がな」

真紅の瞳を猛禽のように鋭く細めて言うソルの言葉に、皆がほぼ同時に唇を吊り上げ笑みを作る。彼はDust Strikersとして仕事を請けると言ったのではなく、”背徳の炎”として仕事を請けると言ったからだ。

その後、細かい打ち合わせが行われる。

ソルがホテル内の警備及び警護の指揮を執ることが決まり、ホテル内という限定空間での戦闘を考慮し、補佐として接近戦主体のフェイトとシグナムがつくことになる。

オークションでのロストロギアの解説と鑑定はユーノ、ユーノの補佐にアルフが。

ホテルの外から――ガジェットなどの外部からの襲撃に備え、前線メンバーになのは、はやて、ヴィータを配置。更に加えて、この会議の場には居ないが経験を積ませる為にティアナ、スバル、ギンガの三人が前線メンバーとして強制連行されることが決定となった。

最後に、現場総指揮官としてシャマルがその任に就く。

アインとザフィーラはDust Strikersで留守を預かりながら皆の様子を見守ることに。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat13 Omen










適材適所な采配によってホテルの外側を警備することになったのだが。

『……私、外よりもホテルの中の警備が良かった』

『しゃあないやん……私となのはちゃん、皆の中で接近戦の殴り合いは下から数えた方が早いんやし』

通信越しに文句を垂れるなのはと、そんな彼女を諦め切った口調で諭すはやてが居た。

二人が突っ立っているのはホテルの外側に位置し、なのははホテルの東側を、はやては西側を見張っている。更に言えば北側はティアナ達三人で、南側はヴィータだ。そしてホテルの屋上ではシャマルがホテル周辺を広範囲で警戒しながら陣取っていた。

『あーん、私も綺麗に着飾ってお兄ちゃんのファーストレディーになりたーい』

『……なのはちゃん、ファーストレディーの意味、間違えて使っとる……』

これがただの警備であれば文句は無いのだが、このホテル・アグスタでこれから行われるのはセレブのみが参加することが出来るオークションである。

そもそもホテル・アグスタ自体が超一流と言っても過言ではない程の高級ホテルなのだ。自ずと訪れる客層は裕福な金持ちに絞られ、そんな中に客として紛れ込んで警備及び警護に当たっているソルとフェイトとシグナムの三人が、周囲や場に合わせた格好になるのは当然と言えた。

先程着替えてきた三人を見て、なのはが内心でフェイトとシグナムを羨んだのは無理もないのかもしれない。二人は見事にドレスアップしていたし、ソルもソルでビシッと格好良く決めていたのだ。

何故あの中に、否、義兄の隣に立っているのが私ではないのか? タキシード姿のソルを視姦しつつレイジングハートの記憶領域にこれでもかとその礼服姿を保存しまくりながらなのはは疑問に思う。

ちなみに、他の面子はいつもの仕事着、つまり黒いスーツ姿である。着飾ったフェイトとシグナムの二人に比べて地味と言わざるを得ない。

『フェイトちゃんとシグナムさん、仕事の片手間に絶対お兄ちゃんのこと口説いてるよ。仕事が何事も無く終わったら今晩の夕飯は此処で済ませないか? ついでに私も食べないか? とか言っちゃって』

『そうやね。でも、なのはちゃんがあの二人の立場だったらソルくんのこと口説く?』

『当然』

誇らしげな口調で自信満々に返すなのはにはやては呆れる。皆考えてることは同じか、私もやけど、と。

『だってだって、こんな高級ホテルで、格好良いお兄ちゃんが居て、手を出さない訳にはいかないでしょ!!』

『その意見には同意や』

『なのはちゃんに激しく同意します』

『クソ、今更だが何故私一人が留守番なのだ……』

はやてが同意した瞬間に通信に割り込んできたのはシャマルとアインだ。

ソルの隣に居ることをはぶられた四人が通信を介して此処に集う。

しかし、なんだかんだ愚痴なり文句なり言って無駄に口を動かしていても、その視線は油断無く周囲を警戒し、マップを見ながらセンサーの反応を逐一監視している様は、流石にプロと言えた。





ホテル内部のオークション会場に、やたらと目立つ三人の男女が壁際で何やら話し込んでいる。

ソルとフェイトとシグナムだ。三人は客として紛れ込んでいるので、それぞれオークション会場に相応しい格好をしていた。

まずフェイト。彼女は黒を基調としたカクテルドレスで身を包んでいる。袖無しのドレスは艶やかで大人の女性の魅力に溢れ、嫌味にならない程度に施した化粧がそれに拍車を掛ける。それでいながらフェイト本人が持つ柔らかな雰囲気が『綺麗』と『可愛い』を見事に調和させ、周囲の視線を男女問わず集めている。

次にシグナム。服装は数年前にソルに買ってもらった振袖姿。こういう社交場には必ずと言っていい程選ぶくらいに、彼女はこれがいたくお気に入りだ。シグナムの髪の色に合わせて仕立てられた振袖は、所々蘭の花が描かれより煌びやかに映る。着物服姿で粛々としている仕草と態度が何処ぞのご令嬢と勘違いさせ、シグナムの魅力は勿論のこと、着物という服装もあって注目の的だ。

そしてソル。彼は普段の形容し難いつんつん頭を全て整髪料で撫で付けオールバックにし、黒茶の長髪を後頭部で結い上げ、黒い礼服を着ている。眼つきの鋭さは相変わらずだが、意外にも着こなせている礼服と高い身長のおかげで秀麗に見えるその姿は、彼が放つワイルドな空気もあってまるでハリウッドの人気アクションスターのようで、終始マダム達の視線を浴びていた。

黙っていればとてつもなく美麗に映る三人ではあったが、彼らは自分達に向けられる視線など一切構わない。

「中の警備は厳重の一言だな」

壁に背を預け、腕を組むソルの言葉にシグナムとフェイトは頷く。

「ああ。私もテスタロッサと共に何度か巡回してみたが、余程のことが無い限り此処の警備だけで十分対処出来るだろう」

「うん。やっぱりオークションの対象になる物と、それを目当てにしてる客層がそれなりのものだから、主催者さん達も良い意味で緊張してるみたい」

「だろうな……問題は、余程のことが起きるか否か……」

独り言のように呟き、ソルはフンと鼻を鳴らしてから壁に預けていた背を離し、組んでいた腕を解いて両手をズボンのポケットに突っ込む。

「少しユーノの所に顔を出してくる」

「……待て、ソル」

そのまま二人に背を向けて歩き出そうとして、シグナムに呼び止められた。

「ああン?」

首だけ動かし肩越しに振り返るソルに対し、シグナムは微笑を浮かべ言葉を紡ぐ。

「仕事が何事も無く終わったら、今晩の夕飯は此処で済ませないか? 出来れば……私とお前の二人きりで」

若干頬を朱に染めながら、パチッと可愛い仕草でウインクをしてみせるシグナム。

なのはの予感が的中した、と言うより、どいつもこいつも同じことを考えていたと言った方が正しい。

その隣ではフェイトがその美しい唇ををわなわな震わせて「先を越された!!」と言わんばかりに戦慄の表情でシグナムを睨んでいる。

「……考えておく」

「ダメだ。約束して欲しい」

「ちっ、我侭な女だ……ったく、しゃあねぇな、約束してやるよ」

悪態を吐きながらも苦笑するように唇を歪めソルはすぐにその場を立ち去ったが、シグナムにとってはそんなぶっきらぼうな態度で十分だった。

「……」

「どうしたテスタロッサ? 何か言いたげだな?」

「ズ、ズルイよシグナム! お仕事中なのに、あんな、ソルのこと、くく、く、口説くなんて!!」

「食事に誘っただけだろう」

何がおかしい? とでも言うように首を傾げるシグナムの余裕の態度に、フェイトは子どものように両腕をバタバタさせて喚く。

「不真面目だよ!!」

「私はいつだって真面目だ」

「嘘! 仕事中に口説くなんて普通しない!!」

「口説いたのではなく、ただ単に約束を取り付けただけだ。それに、生憎私達は全員普通じゃない。私達が異端者の集団なのは、テスタロッサも十年前から承知の筈だが?」

「此処でそれを持ってくる!?」

しれっと返されてフェイトはますますヒートアップ。

「それはそうだけど、確かに私達にとっての普通は一般の人から見たら異常だけど……本当は私が先に誘う筈だったのに!!」

そして零れ出る本音。

「早い者勝ちだ。ソルが基本的に受身で、誘えば断らない男だというのに出遅れたお前が悪い」

「むぅぅぅぅ~」

くくく、と口元を手で押さえて優雅に笑うシグナムを見て、頬をぷっくり膨らませてこの場を去ってしまった男に不満を訴えるようにむくれるフェイトであった。





『関係者以外立ち入り禁止』と注意書きがされている扉を開け、ユーノ達が控えているであろう倉庫へと向かう。

「あ、父さん!!」

やって来たソルの存在にいち早く気付いたのはエリオである。ソル同様に黒い礼服を着た姿でトコトコ傍まで寄ってきた。それに倣うようにツヴァイとキャロが走り寄ってくる。こちらの二人も場所に合わせてそれなりの格好をしていた。服に着せられていてまるで七五三みたいだ、とは言ってはいけない……見た目そうなのだが。

子ども三人が何故此処に居るのかというと、例によって例の如く三人の我侭だったりする。今日は休日で学校も休み。仕事の邪魔は絶対にしないから、仕事の様子を見せて欲しいとのことだ。

生意気言ってんじゃねぇこのクソガキ共、とソルに一喝されて大喧嘩した挙句の果てに模擬戦へと移行して焼き土下座させられて、昨晩まで精神的にも肉体的にも文字通り燻っていたのだが……この程度は毎度のことなのでこれっぽっちも懲りない三人は無駄に立ち直りが早い。今朝早くから復活してピーピー喚き出す始末。

無視して置き去りにしても良かったのだが、それはそれで致命的な何かをやらかしてくれそうで怖かったので、不本意ながらついて来ることを許してしまったのである。

しかし、いつ戦闘になるか分からない警備担当の傍に置いておく訳にもいかず、なし崩し的に危険が少ないユーノとアルフの眼が届く範囲内で大人しくしてもらうことにしたのだ。

アインとザフィーラにお守りをしてもらう、という手もあった筈だったのだが、アインには管制の仕事があるし、ザフィーラは急遽入った別件で今朝から出掛けてしまっている。そんな二人が仕事をしながら悪ガキ三人の面倒を見れるとは思えない。

「アルフ、ガキ共のお守りは任せたぞ」

「……もうこれ以上は勘弁しておくれと言いたいところなんだけど、そういう訳にもいかないからねぇ」

いつもの黒いスーツ姿のアルフが溜息を吐きつつソルに応える。好奇心旺盛な悪ガキ三人に引っ張り回されて既に疲労困憊らしい。ユーノの補佐どころではない。

「ユーノの姿が見えんが、どうした?」

「主催者とミーティング」

「そうか」

「そっちは?」

「今のところ警備に問題は無ぇ」

「こっちは収穫あったよ。たぶん密輸の類だね。今はまだ手出ししてないけど、頃合い見て締め上げてもいいかい?」

「好きにしろ」

ニッと笑って尖った犬歯を見せ付けるアルフにソルは肩を竦める。

その背後で、

「ねぇねぇ、アルフさんが後でガサ入れするんだって」

「ガサ入れ……とっても懐かしい響きですぅ」

「あ、そっか。ツヴァイって前にお父さん達の仕事手伝ってたんだよね。どんな感じなの?」

「僕も今後の為に知りたい」

「まずですねぇ、怪しい奴を人気の無い場所に連行して殴り倒してから、関節を一つ一つ踏み砕いて――」

悪ガキ三人がコソコソ話し合っていた。少なくともツヴァイがエリオとキャロに吹き込んでいるのはガサ入れなんかじゃない。尋問という名の拷問だ。このままでは三人の将来が非常に心配だ。

だが……数年前、実際にツヴァイの眼の前で「情報収集だ」とかのたまって、有益な情報が手に入るまでそこら辺に居たチンピラをリンチして回るという行為に手を染めていたソル達が悪いと言えば悪い。他にもキャロと初めて会った時に、拷問紛いやり方でテロリストを尋問にかけたり……

思い返してみれば全部ソル達の所為である。

「……お守りを優先してくれ。密輸はこっちでなんとかする」

「……了解」

軽く頭痛に襲われるソルの横で、アルフはうんざりと顔を顰めた。










「っ!! ……クラールヴィントのセンサーに反応。アナタ、アイン」

己のデバイスが捕捉したガジェットの反応に、シャマルは真剣な表情で通信を繋ぐ。

『クイーンも捕捉した』

『こちらもだ。しかし、これは……』

ホテル内部に居るソルの低い声と、Dust Strikersに居るアインの少し驚いたような声。

「ええ、多いわ。このオークションに出品されるロストロギアをガジェットがレリックと誤認した、と言うにはあまりにも多過ぎる」

俵型、球状の大型、航空型、未確認の新型は無く種類は三つだけであるが、ざっと数えて二百五十は下らない。

周囲が森で覆われたホテルに、さながら卵子に集まる精子のように向かってくるガジェットの群れ。

『おいおい冗談だろ? いくらなんでも多過ぎだっつーの、此処にはレリックなんてねーぞ!!』

ヴィータが通信の向こうでガジェットの群れに文句を垂れるが、この意見には誰もが無言で同意する。

『……レリック以外の何かがある、か? それとも全く別の目的が……』

『お兄ちゃん、それって……』

考え込むような口調でひとりごちるソルになのはが反応を示すが、ソルは自身の思考を遮るようにシャマルに声を掛けた。

『今は考えても仕方無ぇ。シャマル、指示を頼む』

「はい。メンバー各員へ、状況は広域防御戦です。手筈通り、私、シャマルが現場指揮を執ります。ホテル内部の三人は指示があるまで待機、前線メンバーは直ちに警戒態勢から戦闘態勢へシフトしてください」

宣言して間も無く、各員から緊張が篭った返事が聞こえてくる。一応、ユーノとアルフは本日の戦闘要員ではないのでこの二人からは返答が無い。聞こえてはいるから状況の把握は出来ているだろうが。

シャマルは一つ頷くと、十年前にソルの手で指輪から腕輪に改造されてしまったクラールヴィントに口付けをし、

「クラールヴィント、お願いね」

<了解>

全身を翠の魔力光で包み込み、一瞬にして黒いスーツから騎士甲冑へと姿を変貌させた。

『シャマル先生、アタシも状況を見たいんです。前線とモニター、もらえませんか?』

「了解、クラールヴィントと直結するわ」

シャマルはティアナに言われた通りクラールヴィントとクロスミラージュをデータリンクさせながら、いずれ敵が近付いてくるであろう青い空を睨み、魔法を発動させる。

「護って、クラールヴィント」

トリガーヴォイスと同時に腕輪が一際輝き、淡い翠の魔力光がシャマルを中心に広がっていく。それはやがてホテル全体を覆い尽くす半球のドーム状になると、そこで形を保ったまま止まった。

「今結界を張ったわ。これである程度撃ち漏らしても暫くは持つ筈だけど、なるべく結界に辿り着かれる前に全機破壊して」

外部からの侵入を阻む結界魔法。AMFがあるガジェットに有効とは言い難いが、多少の時間稼ぎが出来る分無いよりは遥かにマシだ。

「敵は多いわ、皆気を付けて」

モニターを油断無く見つめながら、シャマルは祈るようにそう言った。





赤い魔力光を身に纏い、同じく赤いドレスのような騎士甲冑に身を包んだヴィータが空を駆ける。

「行くぞアイゼン!!」

<潰す>

主の声に応じたハンマー。

唇を吊り上げたヴィータは、自身の眼の前に直径5cm程度の鉄球をいくつも顕現し、グラーフアイゼンを振りかぶった。

「まとめて」

鉄球に魔力が込められ、表面が銀色に輝いていたそれが真紅に染まる。

「ぶち抜け!!」

空間を薙ぎ払うようにアイゼンを横に振り抜き、返す刀でもう一度振り抜く。

ハンマーに引っ叩かれた鉄球は赤く光る魔力弾となって弧を描きながらガジェットの群れへと殺到し、文字通りその機体をぶち抜き、更にその後方に居た他のガジェットにも命中し爆散させる。





空中で静止したなのはは、視界の先で編隊を組んで飛来してくる航空型ガジェットにレイジングハートの先端を向けた。

「消し炭に、なれ!!」

<ディバインバスターッ!!>

槍の穂先から発射された極太の砲撃魔法。桜色の奔流がガジェットの群れを呑み込み、塵も残さず蒸発させる。

「次!!」

水平に構えていたレイジングハートを一度振り上げ、自身の周囲に大量の魔力弾を生成してから振り下ろす。

<アクセルシューターッ!!>

桜色の魔弾一つ一つがガジェットに襲い掛かり、青い機体を穴だらけにしてから爆発させた。

「アハハハハハハッ!! じゃんじゃん行くよレイジングハート、一機残らずぶっ壊してやるの!!」

<了解!!>

つい先程の文句は何処へやら。久々に暴れることが出来て嬉しいのか、やたら楽しそうに大威力魔法をぶっ放しまくるなのはとレイジングハート。

破壊に悦びを見出すその貌は、まさに魔王。

「お兄ちゃんの敵は私達の敵……敵は、問答無用で叩き潰す!!」

男なら誰でも見惚れるような、そんな良い笑顔で砲撃魔法を撃ちまくるから”白い悪魔”と呼ばれる一因だったりするのを、本人は知らない。

そして、こんな捻じ曲がった性格になってしまったことをソルが半ば本気で後悔しているのを、なのはは知っていながら気にしていなかった。

だってお兄ちゃんの所為だから、責任取ってよね、と。





「目障りや、失せろ」

球状の大型ガジェットに囲まれながら、はやては冷たい視線でそれらを睥睨した。

右手にシュベルトクロイツを掲げ、左手に持った夜天の書を構えながら呪文を詠唱する。

詠唱中にガジェットから集中砲火をモロに食らっているのだが、自身を包んでいる銀色の円形状バリアが悉く熱線をシャットアウト。

「遠き地にて、闇に沈め……デアボリック・エミッション」

紡がれた呪文と共に、闇色にして球状の魔力の塊が頭上に顕れ、次の瞬間にはガジェットは勿論、術者のはやて諸共周囲を押し潰し、爆裂した。

森の一部が綺麗に消し飛び、代わりに巨大なクレーターが出来上がる。ガジェットも欠片一つ残さず消し飛んだ。

出来立てホヤホヤのクレーター、黒い煙がもくもく発生するその中心で無傷のはやてが姿を現す。が、彼女はこめかみに一筋の冷や汗をかく。

「……アカン、威力は極力抑えたつもりやったのに、やり過ぎた……どないすんねんコレ……格好つけ過ぎたわ」

どうにもなんねぇよ、何してんだ馬鹿っ!! とツッコミを入れる者は幸か不幸か傍には居ない。

飛行魔法を発動させてとりあえずその場を離れつつ、後でこのクレーターについて何か突っ込まれたらなんて言い訳しようか考えを巡らしながら、広域殲滅魔法を使う時は必ず指示を仰ごうと決めた。

「クラウ・ソラス」

偶然近くに居たガジェットの群れに杖の先端を向け、銀色の砲撃魔法をぶちかますと、着弾と同時に周囲を巻き込んで大爆発が発生する。

「うし、こんなもん?」

仕方が無いので――何が仕方が無いのか不明だが――なのはとヴィータに倣って砲撃と誘導弾をバヒュンバヒュン撃ちまくることにしたはやてであった。





「な、なのはさん達、スゴーイ」

モニターに映し出された戦闘、というか一方的な破壊を眼にして語尾を片言にしながらスバルが言う。その頬が若干引きつっているのはある意味当然かもしれない。

とりあえずガジェットは爆発してればいいよ、と言わんばかりに大輪の炎が咲き乱れる様は、此処まで来るといっそ心地良くもある。

「……これが、”背徳の炎”……」

ガジェットを迎撃しているなのは達を見て、ティアナは自分でも気が付かない内に唇を噛み締め、拳を強く握り締めていた。

知ってはいたし、模擬戦で何度もその強さを実感している。だが、改めて眼の前にして、やはりティアナは自分の魔力量やスキルではこの人達には遠く及ばないと考えてしまう。

仕方が無いことだというのは重々承知しているのだ。育った環境が違う、これまで積んできた修練の量が違う、経験が違う、潜り抜けてきた死線が違う。なのは達が自分と比べて遥かに険しく厳しい道のりを歩んできたのはよく分かっている。生まれて初めて命を懸けた殺し合いを経験したのが九歳という時点で、既に住んでいた世界が違うのだから。

……だが、それでも、羨望と嫉妬を抱いてしまう。

特にティアナは自分には才能が無いと思い込んでいる節がある。また、自分の周りに居るのは才能がある者かエリートという見方をしてしまっていて、自分だけが凡人だと考え、そのことがコンプレックスとなっている。逆に言えば、才能が無くても誰よりも努力をすれば誰にも負けないと自負していた――否、そう思うようにしていた――からこそ訓練には人一倍励んできた。どんなハードトレーニングでも根を上げず、持ち前の負けず嫌いで乗り越えてきた。

遠く離れたあちらこちらから爆音が止むことなく響いてくる。なのは達の奮闘、というよりも蹂躙劇は尚も続いている。

更にすぐ背後では、ギンガがティアナと似たような顔をしてモニターを眺めていた。

(今度こそ、皆さんの足手纏いにならないように気を付けなくちゃ)

頭の中に浮かぶのは前回のリニアレールの件。ユーノの足を引っ張った結果犯人を取り逃がし、あまつさえレリックまで奪われてしまい、トドメにユーノが自分を庇って大怪我を負ったあの忌まわしい任務を忘れていない。

(もう絶対にあんなことにはならない……今度は私が、私が守るんだ)

まるで呪文のように心の中で唱え、両の拳に力を込めるギンガ。

そんな風に厳しい表情で佇む相棒と姉の内心など露知らず、スバルは「これだけ圧倒的な力を見せ付けられると、なんかもう私達なんて要らないんじゃないかなー」と思っていた。

しかし、そうは問屋が卸さないのが世の常だ。

『三人共、迎撃準備はいい? そろそろ肉眼で確認出来る距離まで近付いて来たわよ』

シャマルの声に応じて三人は気持ちを戦闘に切り替えると、それぞれの思いを胸に駆け出した。











































ホテルからそう離れていない森の中。遠い空の向こうで激しい戦闘が繰り広げられているのを見る者達が居る。

「ゼスト……あそこに居るのが、ゼストとお母さんを見捨てた”背徳の炎”?」

フードで顔をすっぽり覆うようなコートを纏った少女は、感情の篭らない無機質な声で隣に立つ長身の男に問い掛けた。

男――ゼスト・グランガイツは何かを悲しむように眼を細め、ゆっくりと否定するように首を振る。

「ルーテシア。何度も言うようだが、”背徳の炎”は俺とお前の母を見捨てた訳では無い。”背徳の炎”は友人であるクイントを救っただけ、ただそれだけだ」

かつて何度も諭すような口調で繰り返した言葉を、ゼストは今度も同じように言って少女――ルーテシアに聞かせたが、返ってくる内容もいつも通りであった。

「……なら、どうして”背徳の炎”はゼストを……お母さんを助けてくれなかったの?」

「……」

そして毎度の如く、ゼストはこの問いに言葉を詰まらせる。

「クイントっていう人がお母さんの友人なら、どうして私を助けてくれなかったの?」

重ねられる問い。やはりゼストは悲しそうに瞼を伏せ首を振るだけだ。

この幼い少女の言っていることが、考えていることが”背徳の炎”――ソル=バッドガイに対する逆恨み以外の何物でもないというのは、これまでずっと傍に居たゼストが一番理解している。

しかし、無理に言い聞かせようとしてもこの少女は頑として聞き入れようとはしない。母の温もりと平穏な日々を物心つく頃に突如として奪われた少女には、『自分達だけ』を救ってくれなかった”背徳の炎”を憎むことでしか生きる術は無かった。

いや、恐らくそのような処置をされているのだろう。負の感情が諸悪の根源に向かない辺り、ある程度の範囲で精神操作を受けている可能性があるとゼストは見ていた。

気持ち悪いくらいに馴れ馴れしい態度でルーテシアに要らぬことを吹き込んでいる四番眼鏡の嫌らしい笑みが脳裏を過ぎる。

非合法な人体実験を嬉々として行う狂人から受けた処置の数々を思い出し、あの男ならマインドコントロールくらい朝飯前だと決定付ける。もしかしたら自分もルーテシアと似たような処置を知らない内にされているのかもしれない、と考えながら。



――何故かつての親友は、躊躇無く人としての禁忌を犯す狂科学者と手を組むようになってしまったのか……それを知らなければならない。



ゼストは深い溜息を吐きつつ視線を上げる。

閃光が飛び交い爆発の花が咲く空。間違いなく激戦の真っ只中だ。それにルーテシアは介入すると言う。

「ドクターの探し物、手伝うだけ」

そう呟くと、少女は羽織っていたコートをゼストに預け、己の足元に四角い魔法陣を発生させた。











































長い紫色の髪を持つ妙齢の女性が、己が使役する召喚虫が持って帰ってきた情報を吟味しつつ、嗜虐的に嗤う。

「へぇ、あれがクイントの娘達ね。姉の方なんかクイントにそっくりじゃない……クローンってだけはあるわね」

懐かしそうに紡がれた言葉に辛辣な棘が含まれているのを感じながら、トーレは口を開く。

「あれが我々戦闘機人のオリジナル、タイプゼロ・ファーストとゼロ・セカンドです」

「そんなことは聞いてないわ」

ピシャリと吐き捨てられ、内心むっとしながらもお目付け役を言い渡されたトーレは役目を果たす為に感情を押し殺す。

「貴女はまだ稼動して幾日も経過していません。何をお考えか存じませんが、あまり妙なことをしないでいただきたい」

「別に。少し、気に食わないだけよ」

「気に食わない、とは?」

トーレの問いに、これまで一度もトーレの顔を見ようとしなかった女性が急に視線を合わせ、言った。

「だっておかしいでしょ? あの事件で私は貴方達に捕まって、これまで何年も眠ってて、眼を覚ましたのがついこの前よ」

「……」

まるで自分達スカリエッティを責めるような――ような、ではなく責めているのだろう――言い方をする彼女に対し、下手に言い返したりせず黙って聞く。

「なのに、どうしてクイントだけが助かって、一人だけのうのうと生きてるの? 皆死んでしまったのに、自分だけ”背徳の炎”に助けてもらって、私達のことは置き去りにして」

事実は異なるが、別に”背徳の炎”の肩を持つ気にもなれないので、やはり沈黙を貫く。

「眼を覚ました私はレリックウェポン。ゼスト隊長も、私の一人娘のルーテシアもレリックウェポン……これは一体どういうこと?」

静かな声だったのが、やがて熱を帯び、沸々と怒りが込み上げ憎悪が溢れてくるようなものになってくる。

「クイントも一度失えばいいのよ」

一般人であれば背筋を凍らせ脇目も振らず逃げ出すような怖気を走らせる殺意を以って、彼女は召喚魔法を発動させた。

その様子を少し離れた場所から窺いながら、トーレは冷ややかな視線を向ける。

(ドクターにマインドコントロールを施されているとはいえ、哀れだな)

彼女は今、自身が抱いている負の感情が他者によって植えつけられたものだと知らない。

操り易いようにそういう処置を施され、操られているに過ぎない。

それはまさにマリオネット。スカリエッティ達にとって都合の良い駒であり、道具でしかない。

そこまで思い至って、唐突に気付く。

(……私も人のことなど言えないか)

戦闘機人。戦う為の道具。生体兵器であり、スカリエッティの駒でしかない。そんなトーレが彼女のことを言える立場ではない。

木に背を預け腕を組み、召喚魔法を行使している彼女の背中を眺めつつ、トーレは声を殺して自嘲するのであった。




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat14 Confrontation
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/11/17 02:07


「……!! この魔力反応……誰かが召喚を使っている?」

クイーンが感知した魔力反応にソルが眉を顰める。軽く見積もってオーバーSランクに相当する程の大きさと、我が家の末娘が持つレアスキルに似た感覚に。

”元”召喚術師であったソルはこの反応に誰よりも早く気が付いた。

『召喚魔法……しかもこれだけ大量に』

『全く別の場所から二箇所……敵は少なくともガジェット以外に使い手が二人以上か』

通信の向こうでシャマルが発動した魔法の多さと種類に驚き、アインが魔力反応の元となった地点をマップに表示する。

魔力反応は、丁度ホテルを挟むようにして北東と南西の二箇所から発生していた。それとほぼ同時にガジェットの数が急激に増える。先程と比べれば約四割増しといったところだろうか。

「ちっ、マズイな。これ以上敵が増えやがったらいくらなんでも防ぎ切れねぇ」

現状に舌打ちをしてから思考を巡らせる。

召喚・転送魔法というのは攻撃力が皆無であり攻撃魔法の類と比べると地味な反面、サポートという面ではある意味回復よりも重要なものだ。移動や物資の運搬は勿論のこと、奇襲や撤退といった使い方によっては戦況を一気に塗り替えることが可能だから、召喚術師というのは敵に回すと厄介なことこの上無い。術者の実力が許す限り味方を増やすことが出来る。召喚された者よりも先に術者の方か、召喚の媒介となっているものを叩かないと果てが無いのだ。ギア消失事件の際にヴァレンタインと戦った記憶が嫌という程ソルに警告する。

『おいソル!!』

如何にして局面を打破しようか、顎に手を当て黙考している時にヴィータの焦ったような声が届く。

「どうした?」

『さっきのデカイ魔力反応が出てからガジェットの動きが急に良くなりやがった。たぶん、今まで自動だったのが有人操作に切り替わったんだ』

『こっちもや。生意気にもこっちの攻撃避けようとしとる』

『ただの的の木偶だったのが……鬱陶しい』

ソルの問いにヴィータが苦虫を噛み潰したような口調で答え、苛立たしげに声を出すはやてとなのは。

このタイミングでガジェットの動きが向上したことに、先程の魔力反応が関係しているのは疑う余地も無い。

『ヤベーぞ。アタシらは別に自動だろうが有人だろうがあんま関係無ぇーけど、ティアナ達はこれだけの数のガジェット相手に長時間戦えんのか?』

ヴィータの懸念はソルも同じである。敵がどの程度の数のガジェットを用意しているのか知らないが、なのは達が破壊して減らしている一方で召喚魔法を用いて送り込んでくる辺り、明らかに物量作戦で攻めてきていた。最悪、敵は持久戦を狙っているのかもしれない。

『仕方無いわ。なのはちゃんとヴィータちゃんが位置的に二つの魔力反応に近いから、すぐに二人は召喚師を叩いて。それで二人の抜けた穴はシグナムとフェイトちゃんに塞いでもらいたいんだけど、構わない?』

これでは内部の警備が手薄になるが、召喚師を叩くことは最優先事項だ。反論は誰もしない。シグナムとフェイトは内部の警備からホテル外での迎撃へと急遽変更となり、即出撃した。

正直な話、もし内部への侵入を許してしまったらオークション会場に居る客は当然として、ホテルのスタッフや警備に当たっている者達は全て強制転送することが決められている。これはソル達が警備に付くに当たって主催者に呑ませた条件でもある。万が一があった場合の最低限の救済措置だ。

「シャマル。ティアナ達のフォローはどうする?」

『ヴィータちゃんとなのはちゃんが召喚師を叩くまで持ち堪えてもらうしかないわ』

「ちっ、やっぱりそうなっちまうか」

再度舌打ちするソル。

人手が足りない以上、シャマルの指示に従うのがベターな選択だ。せめてティアナ達へのフォローとしてザフィーラが居てくれれば良かったのだが、今はこの場に居ないので言っても栓の無いことである。

「なら俺が――」

『アナタ、心配なのは分かるけど頭を冷やして』

『自分の立場を忘れるな、ソル』

「……っ」

シャマルとアインの諭すような声がソルの言葉を最後まで言わせない。そして、彼は自分の今の立場をよく理解しているからこそ二人に反論出来なかった。

もう聖戦時代の聖騎士団に所属していた頃のような、命令無視を繰り返して単騎で遊撃だけしていればそれでいい、そんな自分勝手な行動が許されるような立場ではない。現在の彼は、組織の中で人の上に立っていて、チームの一員なのだ。いくら救済措置が用意してあると言っても、内部警備担当の者が全員居なくなっても構わない訳では無い。

故に、ソルに残された手段はティアナ達の上司として、チームの一員として、教導官としてこれまで自分達が厳しく大切に鍛え上げてきた三人の実力を信じ、無事であることを祈ること。

それでも碌に手助けすることの出来ない自分に対し、歯痒さを噛み締める。

「……分かった。だが、もし本当にヤバくなった場合、俺はあいつらを助けに行くぜ……誰にも文句は言わせねぇ」

確かに今の立場をよく理解しているし、自覚もしている。しかし、そんなものに縛られて何も出来ないのはクソ食らえだ、と。自らの決意を表明するかのような宣言に、意見する者は誰一人として居なかった。










周囲に発生させた大量の魔力弾が、己のトリガーヴォイスと共に敵の群れへと殺到する。

「クロスファイア、シューット!!」

オレンジ色をした魔弾が十数発、それぞれがガジェットを粉砕し、その機能を停止させた。

ティアナはそれを横目で一瞬だけ確認すると、すぐさま他の敵をロックオン。魔弾を撃ち、破壊しては次の標的へとロックオン。

何度も何度もそれを繰り返す。もう自分が一体どれだけの数のガジェットを破壊したのか数えるのも止め、ただひたすらクロスミラージュを構えて照準を合わせ、引き金を引く。

「はぁ、はぁ、はぁ」

酸素を求めて喘ぐ口。呼吸が荒い、はっきり言ってくたびれた。残りの魔力と体力が心配になってきたので、このままのペース配分でいいのかと不安になってくる。

それでも――

「スバル、ギンガさん!! もう一回お願い!!」

「「了解!!」」

二人が応え、ウイングロードで空間を縦横無尽に駆け回りながら自分に合わせようとしているのを視界の先で確かめながら、ティアナは焦りを感じていた。

この場に居るのは自分とスバルとギンガの三人のみ。増え続ける敵、援軍は期待出来ない状況、少しずつ溜まっていく疲労、徐々に減っていく魔力と体力。

敵の召喚師による遠隔転送。送り込まれてくるガジェットの出し惜しみなどする気が無いのか、何処からともなく沸いてくる。おまけに先程よりも確実に動きが良い。恐らく今まで自動操作だったのが有人操作に切り替わったらしいのだが、もうティアナにとってそんなことはどうでもいいのだ。

(今度こそ、今度こそ与えられた任務を遂行してみせる……!!)

疲労困憊の彼女を支えるのはそんな思いである。

Dust Strikersに出向して以来、自分達だけでまともに任務を完遂することがなかった事実。

皆よりも凡人で、実力の低い自分。

そして、ソルが自分達に向ける過剰なまでの気遣い。

分かっている。分かっているのだ。

自分はまだ子どもで、実戦経験も浅く、才能も無ければ特筆すべきレアスキルも無い。ソル達にとっては心配の種で、足手纏いにしかなっていない。

だからこそ、せめて与えられた仕事くらいはきっちりこなしたいのである。

クロスミラージュを敵に向け、撃つ。

発射された魔弾はガジェットが展開したAMFを貫き、その青い装甲に突き刺さる。内部に食い込んだ魔弾が上手く駆動系を破壊したのか、ガジェットはそのまま物言わぬガラクタとなって沈んだ。

「でぇぇぇああああああああああああああああああああ!!」

ツーハンズモードで二挺に構えたクロスミラージュの引き金を引く、引きまくる。

銃声が鳴り響き、マズルフラッシュが視界を明滅させるが、それでもティアナの正確無比な射撃は狙いを違えることなくガジェットを撃ち抜いた。

そんなティアナに負けまいと、スバルとギンガも高速で動き回り、ガジェットの触手のようなアームや熱線を掻い潜り己の間合いにし、リボルバーナックルを叩きつける。

三人の奮戦は続く。

一見、難無くガジェットを退けているように見えるが、小賢しいことにまたもや召喚魔法陣が顕れていた。

畜生、またか!! 思わずそう口汚く罵ってしまいそうになって、出現したものに度肝を抜かれてしまう。

スバルとギンガもまた新たに召喚されたものを見て、顔を引きつらせている。

召喚によって現れたのは、青い装甲を持つガジェットではない。

それは――

「む、虫!?」

悲鳴染みたスバルの声の通り、それは虫だった。自然界の中でなら何処にでも居そうな、普通の虫。しかし、サイズが通常の虫とは桁外れにデカイ。

今までミッドチルダで暮らしてきた三人とって、人と同等かそれ以上の体躯を誇る虫など見たことがある訳無い。見たことがあるとしたら創作物の中だけの話。人や家畜を捕食してしまいそうな大きさであれば尚更だ。

しかも大きいだけあって普段なら絶対に眼にしないような細部まで見ることが出来てしまうと、生理的嫌悪感が湧き上がってきて戦意が一気に萎えかけてしまった。見た目が害虫と呼ばれるような類の種に似ているのがそれに拍車を掛けた。

耳障りな羽音を立てる羽虫のようなタイプ。ギチギチと動く度に関節部の音を鳴らす甲虫タイプ。ムカデのように長い体躯と多足を持つタイプ。他にも多種多様なものが居たが、自ら好んでよく観察をしたいとは思わない。

「……スバル、ギンガさん!! 呆けてる場合じゃありません、来ます!!」

我に返ったティアナは唇を強く噛み締め、二人に声を掛けた。まるで己を鼓舞するように。

「なのはさんとヴィータさんが召喚師を叩くまで持ち堪えれば良いんです、それまでの辛抱です!!」

叫び、銃口を虫と機械兵器の混成部隊に向ける。

(負けてらんないのよ、アンタ達に……アタシは、立ち止まる訳にはいかないんだから!!)

そう、負けてなどいられないのだ。










誘蛾灯に群がる蛾のように群がってくるガジェットを破壊しながら、なのはは指定された地点に向かう。

自分が受け持っていた場所は現在フェイトが穴埋めをしてくれている筈だ。ガジェットの排除はフェイトに任せ先を急ぐ。

やがて、召喚師が居るであろうと思われる付近に到着した。

(あそこに敵が……早く潰さないと)

レイジングハートの穂先を眼下の森林に向け、魔力をチャージし始める。大火力魔法を広範囲に数発放り込んでから敵を炙り出し、出てきたところを叩くつもりだ。

魔力のチャージがある程度終わり、なのははトリガーヴォイスを唱えようと口を開いた瞬間、

<マスター!!>

長年連れ添った相棒が切羽詰ったように注意を喚起する声を放つ。それに従ってディバインバスターを強制キャンセルしてから無音詠唱で高速移動魔法フラッシュムーブを発動させその場から離脱する。

今まで居た空間に、眼下の森から飛び出た紫色の閃光が通り過ぎたのを確認して、なのはは思わず舌打ちした。

「召喚師の、仲間?」

<かなり速いですね>

閃光はなのはが見上げるような形になるとそこで止まり、その姿を現す。

身体のラインをくっきり見せるようなデザインの青いボディスーツに包まれていた女性。男性のように短く切り揃えられた紺色の髪。金色の瞳。手首と足首、それと大腿部から伸びた紫色の羽と表現すべき魔力刃。

「……戦闘機人。召喚師のガーディアンか何かかな? どっちにしろ――」

以前、リニアレールでユーノと会敵した連中と同じボディスーツを眼にして、なのはは人知れず呟いていた。





一方、ヴィータは自分の抜けた穴を後から来るであろうシグナムに任せ、なのはと同様に召喚師を叩く為に持ち場を離れた。

そして、つい今しがた自身を阻むように現れ空中に佇む人物を前にして、アイゼンを油断無く構え眼を細める。

「誰だ、テメー?」

「……」

問われた人物は答えない。

身長はソルと同じくらいでかなりの高身長だ。ロングコートを羽織っているが、服越しの肉の盛り上がり方からしてガタイもソルと同程度に鍛え込まれた筋肉をしているのが分かった。フードを深く被っていて顔は確認出来ないが、体格からして十中八九男性だと思われる。

ただ、右手に握られている槍型のデバイスだけが、何も語らず顔も見せない人物の意思を映し、警告と敵意を刃先に乗せていた。

曰く、「これ以上先に進もうというのであれば、容赦はしない」と。つまり、召喚師の仲間である可能性が高い。

「どけ」

ゆっくりとした口調で、静かな殺意が滲んだ声をヴィータが紡ぐ。

が、フードの男は無言で首を横に振るだけ。

「……そうかよ」

この態度から眼の前の人物が召喚師の仲間で間違いないとヴィータは確信し、フードの男を強制的に排除することに決め、アイゼンを持つ手に力を込める。

(やれやれ、また一つ仕事が増えやがった)

胸中でうんざりと溜息を吐きつつも、ヴィータは気を抜かない。

敵は潰す。そして、邪魔立てする者も同様に、誰であろうと潰すのみ。

ヴィータの仕事はいつだってそうだった。





HEVEN or HELL





自分を見上げてくる敵、高町なのはを見下ろしつつトーレはやや緊張しながら身構える。

高町なのは。”背徳の炎”の一人。ソル=バッドガイの義妹にして、他のメンバーと比べて最も義兄に似通った思考の持ち主であり、敵に対して最も容赦が無いことで有名だ。まあ、”背徳の炎”が敵に容赦無いのは周知の事実なのだが、高町なのははその中でも一際容赦が無いと言われていた。

それ故に奴は”白い悪魔”という畏怖が込められた名を轟かせている。

数秒間、お互いを観察するように睨み合っていると、なのはが無造作にレイジングハートの穂先をこちらに向け、

「邪魔、どいて」

<ディバインバスター>

警告も無しに、感情など一切篭っていない声と共にいきなり撃ってきた。

反射的に己のISを発動させ射線から逃れた瞬間、桜色の奔流が暴力的な魔力の塊となって今まで居たその空間を貫く。

とんでもない程の破壊力が込められていた集束砲は、遥か上空に漂っていた白い雲の塊を容易く抉るだけに留まらず、雲そのものを欠片も残さず消し飛ばす。

桜色の光が通り過ぎた空間はあまりの威力に光を屈折させているのか、その向こう側は歪んでいるように見える。

思わず生唾を飲み込む。あれが直撃していたらどうなっていたのか?

かと言って先に手を出したのはトーレの方、しかも不意打ちのような形でだ。今の攻撃に対して文句は言えないし、これは訓練や模擬戦ではなく実戦。トーレとなのはの間柄が敵同士なので、むしろこれは必然と言えた。

「選んで」

ポツリとなのはが呟く。やはり感情が篭っていない声で。

「道を空けるか、クタバルか」

こちらを見ているなのはの眼は、敵意も殺意も映していない。ただ純粋に『邪魔なものを排除する』という作業をこなす機械のような、淡々とした意思だけ。

どちらを選んだとしても、恐らくなのはは気にしないのだろう。トーレが素直に道を空ければそれで良いし、邪魔するのであれば排除する、本当にどちらでもいいからこそ聞いてくるのだ。

そんななのはの態度に対して、トーレは耐え難い屈辱と怒りが沸々と湧き上がってくるのを実感し、唇をきつく噛み締める。

(そうか、高町なのは……貴様にとって私は、ガジェットと同じでしかないということか!!)

なのははトーレを戦闘機人と認識していながら、トーレのことなど眼中には無く、一切の興味も持っていない。単に邪魔で、意思の疎通が可能であるが故に二択を迫った。

敵と認識されるのなら大いに結構。しかし、あんな鉄屑と同じ扱いをされるのは流石に腹が立つ。



――いい気になるなよ、”背徳の炎”が!!



これまでトーレはソルのことを一方的に敵視していた。ソルの仲間達である他のメンバーも同様に。

生体兵器としてスカリエッティの理想像を体現しているソル。そんな彼に仕えているかのようななのは達。

まるで自分達と表裏一体にして背中合わせであるかの如く。

目指すべき目標であり、到達しなければいけない領域であり、何よりも倒さなければならない敵、”背徳の炎”。

トーレは心の何処かで、ソル達は自分達と似ていると感じていた。

だからこそ、スカリエッティを目の敵にしているソル達こそが自分達の”戦うべき敵”であり、向こうもこちらと同じように自分達のことを”戦うべき敵”として見ていると思っていたのだ。

実に勝手ながら。

それがどうだ? 蓋を開けてみれば、眼の前の高町なのははトーレのことを敵と認識してはいても、雑魚にしか見ていない。

邪魔? どいて、だと? 道を空けるか、クタバルか選べだと?

これ程の屈辱が他にあるだろうか。

「高町なのは……貴様に教えてやる。私はDr,ジェイル・スカリエッティによって生み出された戦闘機人、No,3 トーレ」

怒りに震える声でトーレは宣言する。

それでもなのはは顔色一つ変えない。ふーん、だから? と言わんばかりに無関心。その態度がトーレの怒りを更に燃え上がらせてしまう。

「貴様の、敵だ!!」

そして、己のISを発動させた。





DUEL





「”鉄槌の騎士”ヴィータだ」

ヴィータの名乗りにゼストは無言で槍を構えるようにして応える。

ゼストの心境としては複雑だった。

”背徳の炎”を相手に事を荒立てても、こちら側に益は無い。むしろ不利になるであろう。

何より心情的に言えばゼストはソル達と同じで、スカリエッティ達とは最低限のやり取りのみでそれ以外に関しては互いに不可侵である。此処で無理してヴィータと戦闘する必要は無い。一目散にトンヅラすればいい。

だが、ルーテシアが召喚虫でガジェットを操っている以上、彼女を守らなければいけない。それに加えて、今の自分達は捕まる訳にはいかないのである。

最早自分は死んだ人間で、未練を残して彷徨う亡霊にして過去の遺物だ。死んだ筈の自分が生きていて、裏で広域次元犯罪者であるスカリエッティと繋がっていたという事実が公になってはマズイというのもあるが――

(……レジアス)

今此処には居ない親友に想いを馳せる。

お前は何を思って、スカリエッティと手を組んだ?

親友の正義の為ならば殉ずる覚悟は出来ていた。しかし、当時のレジアスの正義には疑問を抱かざるを得なかった。

彼の真意を、問い質したい。

目深く被ったフードの下、ゼストは悲哀を一瞬だけ表情に貼り付け、それからすぐにいつもの鉄面皮を纏う。

「今は退け……ベルカの騎士よ」

初めてゼストが声を発したことにヴィータは若干感心しつつ、唇を吊り上げ笑った。

「そいつぁ出来ねーご相談って奴だ。アタシらが敵の排除に手間取るとウチの大将がブチ切れて、此処ら一帯を焼け野原にしかねないからな」

「……ソル=バッドガイ、”背徳の炎”か」

十年前のあの時、一度だけ邂逅を果たした少年の姿を思い出し、ゼストの胸の内に懐かしさが込み上げてくる。

獲物に狙いを定めた肉食獣のように鋭い真紅の眼差し、紅蓮の炎、血のように赤い魔力光、圧倒的な強さと魔力、それら全てを内包した炎の少年の姿。

あの少年が成長して、今、自分達の前に立ち塞がっている。自分達が当時とは逆の立場に居ることに皮肉めいた運命を感じ、ゼストは思わず苦笑を漏らす。

しかし、どんなに昔を懐かしんでも時間は巻き戻せない、もうあの頃には戻れない。



――死んだ部下達は帰ってこない。



一度瞼を閉じ、やがてゆっくりと眼を見開き、ゼストは口を開く。

「行くぞ」

低く、落ち着いた、それでいて覚悟を決めた声だった。





Let`s Rock










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat14 Confrontation




















to be continued...PATH A & PATH B









[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat14 Confrontation PATH A
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/11/17 02:27

戦闘機人をどういう存在と捉えるか? という問いがあるとする。

ソルなら問いに対してこう答えるだろう。『作った奴を殺す』とやや的外れな回答を。アイン、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラなら『戦う為に作られた哀れな者達』と。

しかし、他の”背徳の炎”のメンバーがもしこの問いを投げ掛けられれば大いに答えに窮する。答えられたとしても精々『ソルが怒るんじゃない?』程度にしか答えられない。

何故これ程までに明確な差が出てしまうのか。

その理由は簡単だ。

”あの男”の思惑によって生体兵器ギアへと改造され、自分達が犯した罪の全てを背負い、贖罪と復讐の為、過去を清算する為に戦うことを余儀無くされたソル。

”夜天の魔導書”から”闇の書”へと改悪され、主の私利私欲の為に戦う道具として働かざるを得なかったヴォルケンリッターの五人。(ギアとなったアインには”元”が付くが)

この六人に共通するのは、他者の介入によって自分達のあるべき姿を歪められ、兵器としていいように利用された点だ。

気が遠くなるような長い時間を渡り歩き、血を血で洗う戦闘に心を磨耗させ、いつしか自分で自分を兵器として運用しながら、それでも戦い続けたのである。

故に彼らは憤るのだ。もう自分達のような犠牲者を出さない為に。

では他のメンバー、なのは、フェイト、はやて、ユーノ、アルフは?

幸いなことに、六人のように兵器として利用された経験も無ければ自覚も無い。そもそも使い魔のアルフを除いて全員がまだ人間だ。フェイトは母親であるプレシアから道具として扱われていたが、本人は自分が頑張れば母親が喜ぶと思っていたので、これも自覚が無いと言っていいだろう。

それがこの差だ。

実際に経験して苦しんだ者達と、話を聞いただけの者達。

だからなのは達は、戦闘機人をどういう存在と捉えるか? という問いに対し上手く答えることが出来ない。

もっと正確に言えば、ギアの存在を知っているので答え難いのである。

ギア。法力によって生み出された生体兵器。人類が過酷な環境に適応する肉体を得る為、”進化”という更なる高みに昇る為、人類が新たなステップへと進む為の歯車として発案された『”魔法”を用いた人工的生態強化計画――通称”ギア計画”』の産物。

その肉体は頑強にして強靭で、膂力は遥かに人類を超越している。法力兵器であるが故に呼吸をするのと同じように法力を行使し、無尽蔵にエネルギーを生産するギア細胞がそれに拍車を掛ける。無限に分裂・増殖・再生を繰り返し続けるギア細胞は肉体に不老不死をもたらす。

他のありとあらゆるものを圧倒する戦闘能力、本能的に人を襲うプログラム、そして内に秘めた凶悪な闘争本能と禍々しい破壊衝動。

かつて、アインがギアになってから暫くしてソルはこう言った。



――『ギアは兵器だ。その心さえもな』



十年前の”闇の書事件”。ギアの力を完全解放し、外見から心の在り方まで生体兵器としての本性を曝け出したソルが、その凶暴性を剥き出しにして偽のジャスティスと死闘を繰り広げた光景を目の当たりにしていたからこそ、なのは達はソルの言葉に素直に納得した。

ギアこそが、人類が生み出してしまった最凶最悪の生体兵器であり、人間の穢れた欲望の産物であり、魔法文明において最大の禁忌に手を出した結果だ、と。勿論、あくまでこれは事実としてギアは兵器だと認識しているだけであって、ギアであるソルやアイン、シンや『木陰の君』、Dr,パラダイムとその仲間達のことを化け物扱いしている訳では無い。

で。そんな生物としても兵器としても激烈過ぎるギアの存在を知っているだけに、戦闘機人がただ単に身体を機械化させた人間にしか見えない訳で。戦闘機人が兵器? え? 人間でしょ? となってしまうのだ。

確かにギアも戦闘機人も同じ生体兵器とカテゴライズされるものであるが……そもそも、なのはにとってそんなものは関係無かった。

何故なら、彼らは時に普通の人間よりも”人間らしい”ことをよく知っているからである。

これまで知り合ったギアは皆、喜怒哀楽の感情があり、他者を思いやり、慈しみ、誰かを愛する心を持っている。彼らは自分達と何ら変わらない”人間”だ。

なのはは一度として彼らを恐ろしいと思ったことも、危険な兵器だと思ったことも無い。

これは戦闘機人にも同じことが言えた。ギンガもスバルも、なのはにとっては年相応の女の子でしかない。

本当に恐ろしいのは、彼らを生み出したヒトの欲望。

本当に危険なのは、彼らを兵器として運用しようとするヒトの心。

そう考えるなのはだからこそ、ソルが毛嫌いするものには容赦が無かった。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat14 Confrontation PATH A










「ライドインパルスッ!!」

紫のエネルギー光を瞬かせながら自身に突っ込んでくる戦闘機人。

左手で防御魔法を展開し、突進と共に繰り出されたブレードの一撃から身を守る。

桜色の防壁と、手首から伸びた羽のような形をした紫色の刃――インパルスブレードが衝突し、激しく火花を散らす。

「ちぃっ!」

堅牢な防御を前にして正面から打ち破るのは不可能と判断し、舌打ちして後方に下がり、睨む付けてくる戦闘機人。

そして、またもや肉眼では視認出来ない程の高速を用いて突撃をかましてくる。

今度は一瞬で後ろに回り込まれた。死角から首を斬り落とすように。

無理やり身体を捻るように反時計回りで振り向きながら、レイジングハートで首の後ろを庇う。

槍の石突でなんとか凶刃を防ぐことに成功するが、安心するのはまだ早い。

返す刀で放り込まれたもう片方の腕、それに付随している刃が今一度なのはの首を狙って振るわれる。やはり死角からだった。

流石にこれを防御するのは無理だ。

咄嗟に身体を”く”の字に折って頭を下げ、回避。すぐさまフラッシュムーブを発動させてその場から離脱する。

(……速い)

内心で純粋にトーレの速度を称賛しながら牽制の意味を込めてアクセルシューターをばら撒く。

思った通り、トーレは先程から自慢するように見せびらかしている速度を持って魔弾の嵐を避けつつ、両手のインパルスブレードで桜色の誘導弾を弾き、打ち落とす。

「バスターッ!!」

「この程度!!」

アクセルシューターに気を取られた隙を狙ってディバインバスターを叩き込んでやったが、まるで初めから分かっていたような動きで極太の砲撃は交わされた。

ジェイル・スカリエッティが制作したらしい戦闘機人、No,3 トーレ。

高速機動による近接戦闘を得意とするタイプ。ちょっと面倒臭いな、となのはは思いつつ距離を置いたまま仕切り直し、相手を観察した。

トーレもなのはと同じく仕切り直しをするつもりなのか、動かない。

空中で静止し、二人は睨み合う。

トーレの顔は怒りで染まり、視線は忌々しいものを見るかのようであり、口元は怒りで歪んでいる。

殺意や敵意を向けられているのは当たり前だが、それらを上回る怒りがなのはを若干戸惑わせた。トーレにとってなのはは敵だ。だが、攻撃と共にぶつけられるこの感情は激しい怒り以外の何物でもない。

この狂おしいまでの怒りは一体?

何故これ程までに激怒しているのか? と疑問が浮かぶ。

なのははトーレに見覚えが無い。つまり、これが初対面だ。直接的に恨みを買うようなことした記憶は皆無であるが、こちらは賞金稼ぎであちらは犯罪者の仲間、何処かで恨まれるようなことがあったかもしれない。

自分達はあちらこちらの次元世界で犯罪者を叩きのめしている悪名高い賞金稼ぎだ。捕らえた犯罪者の仲間が復讐しようとしてきたことなら吐いて捨てる程あったので――当然、そんな輩は一人残らず返り討ちにしてやったが――そいつらと同じだろうか。

思い当たる節があるとすれば、リニアレールの一件か。トーレと同じ戦闘機人で仲間の可能性があるチンクとかいう少女の腕をユーノがへし折ったくらいだが、こちらは少女の腕一本を代償にユーノが大怪我をした上、レリックまで奪われ任務失敗。むしろこっちの方が怒りを抱いていたくらいだ。

他にあるとしたら”背徳の炎”がジェイル・スカリエッティを目の敵にして執拗に追い掛け回しているくらいだろう。

……前者でも後者でも、あるいは両方だろうが構わない。

それがどうしたと言うのだ?

トーレがなのはに向ける怒りが何か、そんなものはこの際どうでもいいと思考を打ち切り、再び突撃態勢に移行しようとしているトーレに意識を集中し、レイジングハートを握り両の手に力を込めた。

ふう、と小さく息を吐き、五感を研ぎ澄ませ……なのはは自身に問い掛ける。

私は何だ? と。

続いて答える。

高町なのはは、ソル=バッドガイの妹だ。

では、私は兄の何だ?

兄を守る盾であり、兄に仇なす敵を粉砕する矛だ。

ならば、敵のことをごちゃごちゃ考える必要など無い。するべきことは一つだけ。それだけを考えていればいい。

ただそれだけの為に自分は存在していると言っても過言ではないのだから。

(敵を……突き穿つ!!!)

次の瞬間、音も無くトーレの姿が掻き消える。



「疾っ!!!」



同時にアクセルフィンを全開にし、前方に高速で突き進みながらなのはが槍を振るう。

交錯する桜色の魔力光と、紫色のエネルギー光。

コンマ何秒にも満たない時間の中で甲高い音が響き、レイジングハートに確かな手応えを残し、なのはの真横を高速で何かが通り過ぎて行く。

お互いが背を向けたまま、やや距離を保った状態で空中に静止して――

「……なっ、何だと!?」

背後で、トーレが信じられないものでも見たという戦慄の表情を浮かべ、震えていた。

トーレの両手首から伸びている刃――インパルスブレード、その右手側のものにヒビが入っている。今の一瞬の交錯で、レイジングハートの先端から発生している魔力刃によって傷付けられたものだ。

そんな彼女に余裕を持って振り返りながら、なのはは悠然と言う。

「ごめんね……速い人の相手、慣れてるんだ」

閃光と謳われる程の速度を武器とするフェイトとの模擬戦なら、十年間で何万回と行った。

魔法無しの訓練でも、『神速』と呼ばれる奥義を用いて常軌を逸した戦闘速度を可能とする御神の剣士――実兄の恭也、父の士郎、姉の美由希――に散々相手をしてもらった。

「だから、速いだけじゃ私に勝てないよ」

この程度が出来なくて、何が”背徳の炎”だろうか。

この程度が出来なくて、どうやって兄の傍に居ると言うのか。

「悪いけど、これでお終い」

なのはの言葉の後、トーレの右手首――ヒビが入ったインパルスブレードから桜色のリングバインドが発生し、右手首に絡み付き、トーレをその空間に縫い付けた。先の一撃で仕込んだものである。

更に驚愕して眼を見開くトーレにレイジングハートの穂先を向け、なのはは無慈悲に周囲の魔力を収束させ、それに己の魔力をも上乗せさせた。

空間に溶け込んでいる魔力素が桜色の粒子となり、眼に見える魔力光となって槍の先端に集まっていく。

凝縮していく尋常ではない魔力量。相対するだけで絶望感を植え付けるのに十分なそれは、否が応でも『破滅』の二文字を脳裏に浮かび上がらせるだろう。

「く、くそ!!」

右手首を拘束し空間に縛り付けるバインドから抜け出そうともがくトーレであったが、逃がしてやる気など更々無い。

やがて魔力のチャージが終わり、なのははゆっくりと笑みを作る。

「た、高町……高町なのはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

殺意と敵意で濁り切った視線でこちらを射抜かんばかりに睨み、憎悪と怒りでその貌を歪ませるトーレ。

彼女の怨嗟を上げる声が鼓膜を叩いたが、聞く耳など持たない。



「御託は、要らない」



私は悪魔だから、と。

兄の為ならば私は悪魔になれるから……兄の敵である貴様はそこで無様に泣け、叫べ、そして――



「スターライト……ブレイカァァァァァァァァァッ!!!」



圧倒的なまでの破壊力を秘めた星の光が、トーレの視界を埋め尽くしたのは次の瞬間であった。


















後書き


更新が大変遅れてしまってすいません。それでも待っていてくれた方々や、いつも感想をくれる方々には感謝しています。本当にありがとうございます。

見苦しいですが言い訳しますと、リアルが年末に向けて忙しいので、執筆時間があんまり取れません。働きたくないよー。

あ、そういえば十二月になると今の会社に勤めて一年経つことになります。思えば早かった。

なるべく早い内にPATH Bをうpしたいと思ってますが、どうなることやら。

その次はクリスマスねたを挟みたいと思ってます。

ではまた次回!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat14 Confrontation PATH B
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/11/30 01:25


真紅と山吹色の魔力が空中で激しくぶつかり合い、その度に衝撃を生み出しながら大気を震わせる。

二つの魔力光は何度も何度も衝突しては離れ、離れては磁力で引き合うように再び衝突し続けた。

遠目で見ている分にはその光景は美しかった。光を放ち輝く二つの魔力がやたらと派手なイルミネーションのように映り、事情を知らない者が見ればその美しさに感嘆の溜息を出すかもしれない。

しかし、その美しい光は眼の前の敵を殲滅する為に行使される力の残滓が、ただ光って見えるだけだ。

それを証明するのかのように真紅の魔力光の持ち主――ヴィータは幼い顔に鬼の形相を浮かべて得物を振るい、フードの男に突撃していた。

「落ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

両手で握ったグラーフアイゼンを振り下ろす。

対するフードの男は無言のまま槍を振り上げた。

柄と柄が激突し、耳を劈く金属音が鳴り響く。

そのまま鍔迫り合いとなり、ヴィータは歯を食いしばって手に力を込めながら至近距離でフードの男を睨み付けた。

やはりフードの男の顔が見えない。具体的には鼻から上が見えないので、表情が読み取れない。

「テメー、ベルカの騎士ならせめてフードくらい取りやがれってんだ」

自分と同じ古代ベルカ式であるフードの男に、鍔迫り合い越しに苛々した口調でヴィータが文句を言うと、意外にもフードの男は反応してみせた。

「それは出来ん」

「なんでだよ?」

「犯罪の片棒を担いでいる人間が素顔を晒せると思うか?」

「……」

ごもっともな意見に思わず黙り込んでしまうが。

「……だったら、力ずくでその鬱陶しいフード剥いでやる」

数秒間黙考した後、ヴィータは自分なりの考えを口にし、無理やり相手の槍を弾き飛ばして間合いを取る。

<ギガントフォルム>

アイゼンが主の意思に応え、柄のギミックが排気すると同時に機械音を立ててその形を巨大な六角柱の鉄塊へと変えた。

それで人間を叩こうものなら原型も残らないくらいに大きなハンマー。

より攻撃的なフォルムとなったヴィータのデバイスを見て、フードの男が纏う空気が更に緊迫したものになる。

そして、ヴィータは天を仰ぐように大きく息を吸い、一度呼吸を止めてから、

「逝っとけよゴルァァァァァッ!!!」

獣のような咆哮を吐き出し吶喊した。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat14 Confrontation PATH B










巨大な鉄槌を振り翳して襲い掛かってくるヴィータの一撃を、馬鹿正直に真正面から受けてやる義理などゼストには無い。

というか、あんなものをまともに食らったら間違いなく原型すら留めずペシャンコだ。

(殺す気か?)

ゼストは内心で冷や汗をかきながら槍を構え、迎撃態勢を取った。ギリギリまで引き寄せてから回避し、カウンターを叩き込むつもりだ。

鉄槌を大きく振りかぶり突っ込んでくるヴィータを睨むように見つめ、タイミングを計る。

だが、突然ヴィータはゼストの予想外のことをした。

「おんどりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

いきなり鉄槌を投げたのだ。

己のデバイスを。

勿論ゼストに向かって一直線に。

何の躊躇も無く。

投げられたものがナイフなどの投擲武器であればまだ分かる。ヴィータが持っている武器が元々そういうものの類であれば納得もしよう。飛んでくるのが射撃魔法であれば尚のこと。

だが、ハンマーは振り回すものであって、断じて投げるものではない。至近距離で振り回しその重さと破壊力で叩き潰すものだ。

何より騎士にとって武器とは自身の魂でもある。それを投げるなんてベルカの騎士として常識を疑わざるを得ない。ベルカの騎士云々を言っていたのは何処の誰だ?

非常識な真似を眼にして一瞬だけ動きを固めてしまう。

頬肉を引きつらせ、縦に回転しながら高速で飛来する鉄槌を交わす。直撃したら挽肉コースは間違いないので必死だ。

掠るようにして自身の横を通り過ぎて行く鉄槌。それが起こした突風にも似た風切り音に冷や汗をかく間も無い。

一気に間合いを詰めたヴィータが、

「ソル直伝、バンディット――」

ゼストの顔面に左飛び膝蹴りを叩き込み、

「リヴォルバー!!」

翻るドレスのスカートなんて知ったことかと言わんばかりに身体を捻るように回転させて、右踵落としを脳天にぶち込んだ。

踵落としによって空から地面へと撃墜するゼスト。土埃を巻き起こし、その姿が大地に沈む。

その様子を確認し、右手を己のデバイスに向け呼び掛ける。

「来い、アイゼン」

呼び声に応じて鉄槌が大きく弧を描いて右手に戻ってきた。パシッ、と音を立ててアイゼンの柄をキャッチしてから、左手の平に人の頭程もある大きな鉄球を生成し、そのまま左手を高く掲げた。

「コメートフリーゲン!!」

そしてバレーボールのサーブを打つように、アイゼンで鉄球を打ち抜いた。

射出された鉄球は赤い魔力光を纏いつつ真っ直ぐ飛んで行き、今にも立ち上がろうとしていたゼストが不十分な体勢で構えた槍に直撃。

瞬間、ゼストを中心に魔力による爆発が発生し、一帯をヴィータの魔力光で染め上げ、視界を赤い光で埋め尽くす。

が、ヴィータの追撃は止まない。

「まだ終わりじゃねぇぞ、シュワルベフリーゲン」

今度はピンポン球サイズの鉄球を四つ生成し、先程と同じように打ち抜く。

四つの鉄球は粉塵の中へと飛び込んでいく。

「もう一丁」

宣言通りにもう一度シュワルベフリーゲンを放り込む。

「おかわり!!」

更にもう一度、四つの鉄球が追加。

「サービスだ、食らっとけ」

ついでにコメートフリーゲンも。

「おまけも付けてやる!!」

最後にもう一度コメートフリーゲン。

怒涛の勢いで魔法を叩き込んだ為、爆発が何度も発生し、その度に魔力光が瞬いた。

やがて爆発が収まると、ヴィータは心の中できっかり十数えてから眼下の粉塵に向かって口を開く。

「……出て来やがれ。無事なのは分かってんだよ」

肩にアイゼンを担ぎ鼻を鳴らすヴィータの視界の先で、ゼストが無事な姿を現す。

直撃は免れたのか、余波を防ぎ切ることは出来ず羽織っているロングコートはズタボロだが特に外傷は見当たらない。あの状況で見事に凌いだことからゼストの実力の高さが窺える。

それでも目深く被っていたフードはヴィータが言った通りに剥ぎ取られてしまったが。

「テ、テメー!?」

ゼストの顔を見て、ヴィータの眼が大きく見開き、その表情を驚愕に染める。

彼女の驚きは無理もなかった。ゼストは遺体こそ発見されていないものの公式には死んだことになっているのだから。そんな人物とは知らず戦っていたとなれば普通は驚くものだ。

ソルが賞金稼ぎとして活動する切欠となった事件の当事者であれば尚更。

「……ゼスト・グランガイツ……なんで、テメーが……?」

震える声を漏らすヴィータは、そこから先を言葉に出来なかった。

聞きたいことなら山程ある。生きていたのか? じゃあメガーヌも? 生きていたなら今までどうしていたんだ? クイントとソルがお前らを救えなかったことにどれだけ心を痛めたと思っている? 何故こちらと敵対する? 一緒に居る召喚師はもしかしなくてもメガーヌか? ジェイル・スカリエッティの仲間なのか? などなど。

ゼストは黙して答えず。瞼を閉じ、首を左右に振る。何も聞かないでくれとでも言うように。

「レリックコア、解放」

代わりに紡がれた言葉が男性特有の低い声であった為、ヴィータは聞き流してしまいそうであったがなんとか聞き取ることに成功した。

「なっ!?」

飛行魔法を発動させたゼストが自分と同じ高さまで音も無く近付いてくるのを、ヴィータはまるで信じられないものを見る眼で睨む。



――まさか、コイツ……!!



「構えろ、鉄槌の騎士……少々本気を出す」

纏う気配が変わり、ゼストから放たれる威圧感が増す。ゼストの魔力が急激に膨れ上がり充実していくのを感じながらヴィータはアイゼンを油断無く構え直した刹那、



<DragonInstall Strat>



槍のデバイスがコアを瞬かせる。

絶大な魔力を従えたゼストがヴィータに突撃し、苛烈な一撃を受けたヴィータは力任せに地表へと叩き落された。










我に返ると、青い空が視界いっぱいに広がっている。

(なんで、アタシ……)

訳が分からず現状を確認しようと起き上がり、それとほぼ同時に左腕に激痛が走ったので動きを止めた。

痛みに苛まされるのは左腕だけではない。意識の覚醒と共に全身の痛覚が喚いているのを認識して、思わず唇を苦痛で歪めてしまう。

「アイゼン、アタシはどんくらい気を失ってた?」

<五秒>

ふと浮かんだ疑問に相棒は簡潔に答える。ほんの少しだけしか意識を飛ばしていなかったとはいえ、普通ならその時点でトドメを差されて終わっている筈。

「マジかよ……なんでアタシ生きてんだ」

決まっている。ゼストにヴィータを殺す気が無いからだ。見逃されたのだ。

痛みに歯を食いしばって耐え、立ち上がる。それからまだ居るかもしれないゼストの姿を探し、上空に視線を巡らす。

居た。こちらを驚いた顔で見下ろしている。どうやら完全にノックアウトしたつもりだったようである。

「クソ、やってくれるじゃねーか」

相手への称賛と自身に対する不甲斐無さを吐き捨てるように口にして、未だ痛みがある左腕を観察した。

見たところ、手首から肘の関節にかけて骨折しているが幸いヒビで済んでいるらしい。ゼストの攻撃をアイゼンで受け止めた時に、丁度その部分で柄を押さえていたから、柄を貫いた衝撃がダイレクトに伝わった所為だ。

アイゼンを握っている右手は痺れているが、痛みは無いのでたぶん大丈夫だろう。

全身の痛みは地面に衝突した時のものだと思う。痛みはあるが、少しずつ収まってきているし動かせないことはないので戦闘に支障は無い。よって放置。

ちなみに十年の間にソルの手によって何度も改造を施されたアイゼンは、部品の一つひとつが封炎剣と同じ素材で作られている為、傷一つ付いていない。

当たり前だ。封炎剣は本気になったソルが発する炎や溶岩の熱(溶岩でも最低約千二百℃前後、炎になると数千℃)と人外パワー(片手で乗用車を軽々持ち上げて投げたり)を耐え得る耐熱性と頑強さを兼ね揃えている。聖戦初期、ソルがギアに対抗する為に己の法力技術と錬金術を駆使して制作した渾身の対ギア兵器”アウトレイジ”、それを八つに分割した(制作者本人ですら高スペック過ぎて扱い切れなかった為)内の一つなのだ。

それと同じ素材で部品が作られているデバイス達が傷付くなど、普通では考えられない、というかあり得ないのである。

戦闘続行は可能だ。そう判断するとヴィータは飛行魔法を発動させ、ゼストと同じ高度まで昇った。

「やはり一筋縄ではいかんな」

こちらを油断無く見据えるゼストが槍の穂先をこちらに向ける。

彼の全体像を青い瞳に映しながら、ヴィータは黙って考え込む。

(なんでコイツがドラゴンインストールを使えんだ?)

ゼストのデバイスが先程言った内容を思い出す。

あれはギアであるソルが、己の肉体を構成しているギア細胞に施されている封印を一時的に外し、ギア細胞を活性化させてソルが持つギア本来の力を引き出す為のものだ。

爆発的な力を発揮することが出来る代償として、ソル本人に多大な負荷が掛かる代物でもある。使用後は頭痛に苛まされ、もし一定以上の力を引き出した場合肉体が変貌して人の姿を保てなくなり、生体兵器としての破壊衝動と闘争本能が湧き上がってくるリスクを負う。その為ソルはあまり使いたがらない。だからこそソルは普段から己の力を律しているし、戦闘中は余程のことが無い限りギア細胞抑制装置であるヘッドギアを外さない。

そもそもギアでなければ使えない筈なのだ。しかも普段からギア細胞を抑制し力を封印しているような者が。

だが、眼の前のゼストは何処からどう見ても人間である。

加えて、ソルのドラゴンインストールと比べてゼストのそれは違和感があった。具体的に何がどう違うのか言葉で上手く表現するのは難しいのだが、とにかく違和感があるのだ。まるで同じ名前でありながら似て非なるものを見ているような。

おまけにゼストがドラゴンインストールを発動させる前に言った『レリックコア解放』というのが違和感を浮き彫りにしていた。

(……そうか。そういうことか)

なんとなく察しがついたヴィータはこれまで見聞きしてきた情報を頭の中で整理し始める。

恐らく、ゼストはレリックを用いて自身の能力を強化しているのだろう。それがどのような理屈や理論で運用されているものか知る余地も無いが、そうとしか思えない。

更に頭を回転させた。

ガジェットの群れ。一拍遅れて現れたと見られる召喚師。召喚師を守るように立ち塞がるゼスト。

遺体が発見されず死亡扱いとなっていた彼が突如姿を現し、こちらと敵対行動を取ったこと。

彼が行使した力の名称。

レリック。

最早疑いようも無くゼストは敵であるジェイル・スカリエッティ側の人間だ。

つまり、よく考えなくても最初から自分達の敵である。

眼を細め、敵と認識した男を改めて睨み付けつつ、胸糞悪いものを吐き出すように口汚く舌打ちしてしまう。



――最初っから、何もかも仕組まれてたってことかよ。

   じゃあ、ソルが戦う切欠になったあの戦闘機人事件は、一体何だったんだよ?

   ソルは、今まで一体誰の為に戦ってたんだよ!?



胸の中で燻る怒りと遣る瀬無さが同居して、身体を小刻みに震わせた。

やはり、どんな人間から見てもソルが持つ力は――ギアの力は魅力的なのだろうか。

ゼストのドラゴンインストールは、どう考えてもジェイル・スカリエッティがソルのドラゴンインストールを見て参考にしたに違いない。全ての発端となった戦闘機人事件の時、ソルが高濃度のAMF下でドラゴンインストールを使用していたのを見たからだ。

ギアの力は絶大だ。魔法無しで行使することが出来る圧倒的なパワーとスピード、それらを延々と続けることを可能とする異常なスタミナ。

大気中の魔力素を集めて魔力を貯め、必要に応じて吐き出す機能を持つリンカーコアとは違い、それ自体が無尽蔵に魔力を生産するギア細胞。

なるほど……あの時からソルがスカリエッティを狙うようになったのと同じように、スカリエッティもまたソルに目を付けていたのか。

知らずヴィータは唇を噛み締め、次第にその存在を大きくしていく怒りに身を焦がし、思わず必要以上の力がアイゼンを握る手に宿ってしまう。

恩人であり仲間であり友人であり家族であるソルを、スカリエッティが研究の対象として汚らわしい視線で見ているのかと思うと虫唾が走る。

しかし、ヴィータは此処で一つの思い違いをしていることに気付かない。ゼストは最初からスカリエッティ側だという結論に至ったが、それはあくまで成り行きでそうなったものだということを知らない。なので、ゼストは戦闘機人事件の被害者であり、同時にソルと同じように生体兵器のプロトタイプとして実験動物のような扱いを受けたことも当然知らなかった。

ヴィータの眼から見て、ゼストは力を欲するが故に、全てを捨ててその身を違法研究に捧げた愚者にしか映らない。

激しい殺意と嫌悪感が煮え滾るマグマとなって出口を求め、今にも噴出してしまいそうになるのを必死に堪えながら、ヴィータはその小さな口を動かす。

「……色々と事情が変わった……ワリーけど、全力で潰す……」

静かな口調とは打って変わって心の内は荒れ狂っている。この感情を爆発させて、今すぐにでも眼の前の敵に全力でぶつけたい。

感情に呼応してリンカーコアが励起状態へと移行し、魔力が全身を駆け巡って身体を活性化させた。

”力”が魂の奥底から漲り、五感が研ぎ澄まされる。

あっという間に傷が癒え、ヒビが入っていた筈の左腕が差し支えなく動かせるようになってきた。

十年という歳月を経て――ほぼはやて経由ではあるが――ソルから供給され続けた魔力はリンカーコアを肥大化させ、ヴィータの血肉となり彼女の身体能力を異常なまでに底上げしていた。

ギア細胞によって法力を使う為だけに生産される魔力は、大気中に溶け込んでいる魔力素を吸収して得る魔力と比べ桁外れに純度が高い。

高濃度にして特殊な練り込み方をされた魔力。それはある種の薬でもあり、同時に依存性を持つ毒でもあり、良くも悪くもリンカーコアに影響を与える代物だ。

特に、年単位による長期間の摂取は人体に影響を与える。結果、現にヴィータの身体は少しずつ、だが確実に身体がギアへと近付いている。もっと正確に言えばギアであるソルの”存在”に引きずられているらしい。

例えば、二次性徴を迎えたなのは達の異常な成長速度。身体の急成長はギアの特徴の一つだ。他にも新陳代謝の促進や身体能力の上昇、魔力・体力の回復速度の上昇、魔力量・瞬間魔力放出量の増加、耐久力の向上など、枚挙に暇が無い。

更に言えば、人間であるなのは達と比べ、魔導プログラム体であるヴォルケンリッターはこの影響が特に顕著だった。

加えて、夜天の魔導書のプログラム――守護騎士システムが年々に劣化していて、それをソルの魔力で補完しているとのこと。これが魔力による影響を助長させ、劣化が進めば進む程より強く影響を受けることになった。

我らがシャマル先生はこの現象のことを『魔力による侵蝕』と呼んだ。人として、魔導プログラム体としての在り方が魔力によって侵されていると。

流石にギア細胞を移植された訳では無いので、DNA情報が組み変わる心配は無く、完全なギア化を促すものではない。

よって、なのは達は『化け物みたいに強い人間』の段階で踏み止まれるらしい。

が、魔導プログラム体であるヴォルケンリッターはそういう訳にはいかなかった。

元々プログラムという情報が魔力によって受肉した存在であるが故に、いずれそう遠くない未来に『プログラムでもない、ギアでもない”何か”』になってしまう可能性がある。ソルはこの事実を知るや否や、ヴォルケンリッターの四人に頭を下げたことがつい数年前にあった。

他者の手によって自分の存在を歪められたソルだからこそ、自分の所為で誰かの在り方を歪めてしまうのに耐えられず、真摯に謝ったのだ。

頭を深く下げて謝罪する彼の後頭部を見て、当時のヴィータは笑いながら引っ叩いてやった。

それがどうした、構うものか、お前と似たようなのになるんだったら皆文句言わねーって、それに今までの無限再生とどう違うってんだ? メリットだらけでデメリットが見当たらねーから気にも留めねーよ、と。



『むしろシャマルとシグナムは喜んでんじゃねーか?』

『ああ。シャマルから話があって以来プログラムのバグがどうとかで、あいつら、以前にも増して……』

顔を上げ、疲れたように溜息を吐くソルの横で、ヴィータは意地悪く笑う。

『良かったじゃん。そのまま食われちまえよ』

『………………』

何故か彼はヴィータから視線を逸らし、無言のまま眉を顰めた。

暫し黙り込んだと思ったら今度は視線を戻し、真剣な表情を作る。

『……ヴィータ』

『あんだよ?』

『さっき、お前は気にしねぇって言ってくれたな』

『おーよ。今までとあんま変わんねーしな。嫌なことがあるとすりゃ、はやて達の嫉妬の視線が痛いくらいか』

まるで探るような声を出すソルに、安心しろという気持ちを言外に込めて笑い飛ばす。

『どうしてお前らは俺にそんなに優しいんだ? どうして誰も俺を責めない?』

またコイツは無駄に思考の迷路に嵌りやがって、らしくねーぞ、とヴィータは内心で呆れつつ、答えた。

『今更何言ってんだ。オメーがアタシらの家族だからに決まってんだろーが』

『……そうか……スマン、礼だけは言っておく』

『気にし過ぎだバーカ、別に謝って欲しくなんかねーし。礼なら言葉じゃなくてアイスでくれよ……”兄貴”』

『調子に乗りやがって』

そう言って胸を撫で下ろすソルの顔は、ぶっきらぼうな口調に反してひどく救われたような表情だった。



あの時のソルの顔を思い出し、ヴィータは鋭く眼を細める。

(似たようなこと出来んのが、自分だけだと思うなよ)

刹那、ヴィータは全身を燃え上がらせるように魔力光を放ち、赤い流星と化す。

今度はゼストが驚きで眼を見開く番だった。

「テメーには聞きてーことが山程ある。だから……タダじゃ帰さねー」










デバイスとデバイスが激しくぶつかり合い金属音が腹の底まで響くが、二人共そんなことになど構っていられなかった。

ハンマーヘッドと槍の切っ先が激突し、火花と魔力光が飛び散り、その度に視界が明滅する。

もうお互いに小細工などする暇も与えてやらなければ、する気も無い。ただ全力で眼前の相手に向かってデバイスを振るう。

ハンマーと槍が交差する度に二人の魔力が吹き荒れ、余波で眼下の森が滅茶苦茶になっていくが、やはり気にしない。

二人は徐々に高度を上げながら、それが当たり前だとでも言うように衝突し、弾かれるように離れ、再び衝突する。

何度も何度も。赤と山吹色の光が絡み合う螺旋を描くように。

全く互角の打ち合いを繰り広げながら、二人は雲を突き抜けどんどん上昇していく。

肉体どころか空間すらを抉るような槍の刺突を、半身になって紙一重で交わし、ヴィータはお返しにアイゼンを横薙ぎに振るった。

岩石すら易々粉砕するハンマーの一撃。それをデバイスで防ぐのは無理と判断しシールドで防ぐが、パワー負けして吹き飛ばされるゼスト。

追撃を加えようとするヴィータを、ゼストはなんとか体勢を整え迎え撃つ。

インパクトの瞬間、魔力と魔力の鬩ぎ合い、身体がバラバラになってしまいそうな感覚を味わいつつも、歯を食いしばって耐え、二人は怯むことなくデバイスを振り回し続ける。

今度は攻撃を上手く受け流したゼストが一瞬の隙を突き、槍を斬り上げた。

ヴィータはこれに対して無理にアイゼンで防ごうとせず、左腕の肘を折り畳んで斬撃に向かって突き出す。

左脇腹から右肩まで逆袈裟に振るわれる筈だった槍は、肘の先端に発生した三角形のシールドで弾かれ、更に上体を仰け反らせたことによって見事に避けられてしまう。

身体を掠めるようにして交わした槍の切っ先を眺めてから、ヴィータはアイゼンをゼストの心臓目掛けて右ストレートを叩き込むように真っ直ぐ繰り出してやった。

だが、ゼストは両手で大きく振りかぶった槍を全力で振り下ろすのである。

もう何度目かになるか分からない、ハンマーヘッドと槍の切っ先がぶつかり合い。

数秒間の拮抗の末、互いに間合いを離す。

気付けば眼下は既に厚い雲で覆われた場所から随分離れた高さに居た。知らずかなりの高度まで昇っていたらしい。空気も薄く、気温も低い。視線の高さには雲すら無く、青い空間の中、太陽だけが二人を無感情に見下ろしているではないか。

「はぁ、はぁ」

「ハッ、ハッ」

相手も自分も肩で大きく息を整えながら睨み合う。

「その”力”……俺と同じ」

ゼストの呟きにヴィータは反応した。

「ああ、そうだ。アタシもテメーもオリジナルには程遠い、猿真似以外の何物でもねーがな!!」

言って、ヴィータは突進した。

迎え撃つゼストの槍とハンマーが真正面からぶつかり合い、位置を入れ替わるように鍔迫り合いを経て、また距離が離れる。

「……うぜー」

「くっ」

拮抗状態を崩せないことにヴィータは毒づき、ゼストは予想以上に手強い相手を前にして眉に皺を寄せて歯噛みした。

厄介な敵は自分と似た接近戦タイプ。おまけに同じ古代ベルカ式。

技量に差はほとんど無く、また魔力の瞬間放出量においても同程度。

パワーはややヴィータが上だが、ゼストの巧みな槍捌きが勝っている部分を活かさせてくれない。

(こうなったら、とっておきだ)

(致し方あるまい。これで決着をつける)

そして、二人は同時に、眼の前の敵を打倒する為に、躊躇無く切り札を使うことにした。



「「フルドライブ!!!」」



枷を外し、封印を解く。

制限が無くなった、己の全てを出せる状態になる。

もう此処まで来てしまったら手加減もクソも無い。精々、相手が死なないように心の中で祈る程度。

「ぶっ潰してやる。テメーも、テメーが守ってる召喚師も、戦闘機人もジェイル・スカリエッティも、アタシらの敵は皆纏めて徹底的にぶっ潰してやる!!」

「……」

激昂するように猛るヴィータとは対照的に、ゼストは無言のまま戦意を槍に乗せる。

やがて二人はまたしても計ったかのように全く同じタイミングで突撃し、デバイスを振るった。

背負っているものがあるから、負ける訳にはいかないとでも言うように。

そんな二人の戦いを見ているのは、何も語らない太陽だけだ。





[8608] 背徳の炎と魔法少女 クリスマス外伝
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2010/12/24 01:54


炬燵。それは日本が生み出した至高の暖房器具であり、冬にそれを利用することは日本の文化であり、屋内での癒し。

日本に十年以上定住――というより高町家で居候していたソルにとって、炬燵と言えば冬であり、冬と言えば炬燵であった。勿論それだけではないが、そのくらい気に入っているのは事実だ。

炬燵に入って暖まりながらお気に入りの音楽をガンガンかけて、酒を飲み肴を口に放り込む。

なかなかの贅沢だ……これから一週間以上先に行われるクリスマスと呼ばれる一大イベントが無ければの話だが、とソルは内心で呻く。

「で……頼んどいたもんは?」

場所はクラガナンにあるソルの部屋――地球で一人暮らしをしていた時と同様に高級マンションだ――その居間にて。

グラスを置き、腕を組むとソルは向かいに座るヴィータに問い掛ける。

すると、バリバリと音を立てて煎餅に食らい付いていたヴィータが顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。

「は?」

この一言にソルの眉が不機嫌を表すように歪む。

「テメェ……俺がつい数日前に、我が家の連中にクリスマスプレゼントを送るからそれぞれ何が欲しがってるのかを、それとなく聞いておけって頼んだのを忘れたってのか?」

かつて彼女持ちだっただけあって、面倒臭ぇと文句を垂れながらもこういうイベントにはちゃんと用意周到に準備している男なのだ、ソルは。

「ああ、アレか」

煎餅を口の中に放り込み、ポンッと手を打つヴィータ。

「アレか、じゃねぇよ。つーか、毎年やってんだろ」

「安心しろって、しっかりリサーチしてあっからよ。このヴィータ様に任しとけば臆することはねーからな」

自信満々に無い胸を拳で叩くヴィータであったが、彼女の口回りはお菓子のカスが付いていた。その様子は頼り甲斐がある女性ではなく、間違いなく行儀があんまりよろしくないただの子どもにしか映らない。

そんなヴィータの顔を見て一瞬だけ本当に大丈夫なんだろうか、とソルは本気で心配してから、まあいつものことか、と思い直し疲れたように溜息を吐く。

「……これで外れた試しが無ぇから頼らざるを得ないのが癪だぜ」

聖夜のクリスマス。

一ヶ月くらい前から大抵の人は誰かの為にプレゼントを買う為にあっちこっちを駆けずり回るクリスマス。

年に一回のお祭り騒ぎだということで、親しい仲で集まってドンチャン騒ぎをするクリスマス。

ソルにとってのクリスマスというのはこの両方のことを意味していた。

ヴィータの報告を聞き終えて、彼は頬杖を着き半眼になって眼の前の見た目少女なのに自分よりも年上のヴィータに問う。

「毎年思うんだが、なんで俺がサンタ役なんだ」

それは愚痴に聞こえるかもしれないが、ソルが心の底から嫌がってる訳では無いことを熟知しているヴィータは、小馬鹿にしたように鼻で笑うと意地悪い口調で言う。

「嫌なら替わってもらえよ、去年みたいに」

「やめろ……去年のことは思い出させるな」

首を捻り、嫌な過去から眼を逸らすようにソルは視線をあさっての方向へ向ける。

「去年は凄かったよなー。面倒臭ぇって文句言ったお前の代わりにはやて達がサンタ役になって」

「……その話はするな」

脂汗を浮かべて珍しく狼狽しているソルの態度にニヤニヤしながらヴィータは続けた。

「はやてを筆頭に、なのはもー、フェイトもー、シャマルもシグナムもアインも、やたらスカートが短いサンタのコスプレして――」

「やめろっつってんだろが!!」

短気なソルがいとも容易くキレて怒鳴り、ヴィータの襟首を掴んで強引に引き寄せると、彼女もソルの襟首を掴んで感情を爆発させる。

「何怒ってんだこのエロ魔人、スケベドラゴン、キングオブナチュラルワイルド女っ垂らし、汗の匂いで女欲情させるような奴が今更純真ぶってんじゃねーよ二百歳越えっ!!!」

二人共炬燵に入ったまま始まる不毛なやり取り。

「あいつらが変態なだけだ!!」

ちなみに、ソルは抱きつかれた時によくクンクンされる。以前そのことで「お前は犬か」と突っ込んだらフェイトに満面の笑みで「だって私ソルの雌犬だもん」と返されてしまい、過去に戻れるロストロギアが存在しないか本気で探そうと思ったくらいだ。

「その変態共に愛されてるテメーも変態だろ、つーか、お前が皆のこと変態にしたんじゃねーか!!」

「俺が、いつ、何処で、具体的に何したってんだ!?」

「常に眼からエロ光線、溢れ出すフェロモン」

「言いがかりも程々にしろよ、色気の『い』の字も理解してねぇちんちくりんのクソガキが」

「んだと体力底無し絶倫野郎!!」

「なんで知ってんだ!?」

戦慄するソルにヴィータは大笑い。

「なんでアタシが知ってんのか知りたいか? 知りたいのか? 知りたいよな? 教えてやんねーよバーカ」

「潰す……!!」

「やんのかゴラァッ!!」

罵り合いから取っ組み合いへと移行し、ドッタンバッタンと近所迷惑な音を立てる始末。

ロックでヘビーな音楽に打撃音と怒号が加わって室内はとんでもない程騒がしくなっているが、幸か不幸か此処にはそれを咎める者が居ない。

三つ子の魂百まで、という言葉をことわざとしてではなく、文字通りの意味で表すかのようにしょうもないことで殴り合いをするソルとヴィータは、たとえ実年齢が三桁に達していても根っこの部分は妙に子どもっぽかった。

だから気が合う、とは言ってはいけない。










背徳の炎と魔法少女 クリスマス外伝










「ということで付き合え」

「アンタ、皆にプレゼントする為の買い物くらい自分一人でなんとかしなさいよ」

お世辞にも人に物を頼む態度とは思えない傲岸不遜なソル――わざわざこの為だけにミッドチルダから地球にやって来た――に、アリサは怒りを通り越して呆れ果てていた。

「どうせ暇だろ」

「それはソルくんなりのジョーク? それともクリスマスにプレゼントとかくれるような彼氏が居ない私達に対する嫌味?」

そんなアリサの隣では、笑顔でありながら全身からドス黒いオーラを発し、口元をピクピクさせているすずかが居る。

「そういう意味で言った訳じゃ無ぇ」

「アリサちゃん、すずかちゃん、ごめんね。ソルってホントに気が利くんだか利かないんだか分からないから、許してあげて」

更に此処には手を合わせて二人に謝る美由希も一緒だった。アリサとすずか同様、ソルの買い物に付き合わされたのだ。

「ガタガタ抜かすな、黙ってついて来い。そして俺に色々と適切なアドバイスをしろ、あいつらが喜ぶような感じのを選ぶ為に」

「しょうがないわね、付き合ってわげるわよ。アンタの強引な頼みごとなんて今に始まったことじゃないし」

「これ、貸しだからね、ソルくん」

「まあソルは”お父さん”だしね」

アリサ、すずか、美由希を引き連れて、ソルは巨大なデパート、否、戦場へと踏み込むのであった。










クリスマス・イブ当日。

相変わらず、例年通り、いつもの面子が翠屋でクリスマスパーティという名の乱痴気騒ぎを起こした後に、二次会と称してソルの部屋に場所を移し(転送魔法で)、またもや此処でも乱痴気騒ぎとなる。

いつも通りだった。

その後、酔っ払い共と瞼が重くなってきたらしい子ども達を追っ払ってから(やっぱり転送魔法で強制送還)、たった一人で夢の島みたいに散らかって汚い部屋の片付けを終えると、既に時刻は深夜の二時。

気が付けばイブが終わり、クリスマスとなっていた。

「そろそろ始めるか」

独り言を呟くソルの声には精神的疲労が滲み出ていたが、それでもサンタ役を投げ出そうとしない彼は間違いなく”お父さん”の鑑。

まあ、去年は投げ出した所為でえらい目に遭ったのでもう諦めているとも言うが、何、気にすることはない。

いそいそとクローゼットの中から赤い服と帽子、黒いブーツを取り出して着替え、一分もしない内にサンタに扮するソル。

付け髭は流石に鬱陶しいので付けない。というか、そこまでサンタに徹する気は皆無。

一度洗面所で自分の姿を確認する。

「ま、こんなもんだろ」

鏡の中には、凄く眼つきが悪くて若々しいワイルドなサンタさんが居た。ちょっとどころかとんでもない程、色んな意味で違和感バリバリだったが気にしないのである。

プレゼントが入った白い大きな袋を肩に担ぎ、部屋を出る。





まずは隣の部屋、なのはの部屋からだ。

合鍵を使って玄関の鍵を開け、泥棒のように気配を殺して抜き足差し足で侵入。

流石に二次会が終わって一時間も経ってれば寝てるよな? と声に出さずに寝室へと向かう。

だが、ゆっくりドアを開けた瞬間に自分の認識が甘かったのを思い知る。

「……待ってたよ」

初っ端からいきなりボスが居た。しかもラスボスだ。もしかしたら超凶悪なチート能力を持った裏ボスかもしれない。

待ち構えていたのだ。なのはが。ベッドの上で。横になった状態で。当たり前のことだがソルという固有名詞を持つサンタさんを。

「サンタさぁん、私欲しいものがあるの」

蟲惑的な視線、上気した頬、期待に潤んだ瞳、妖艶な笑み、甘えるような声、白いYシャツのみという寝巻き姿。更に物欲しそうに指を咥えている仕草。それらが見事にマッチしてとてもエロティックななのは。

即座にドアを閉めようとしたら、ドアノブにバインドが仕掛けられていて動かせなくなっていた。空間に固定されたドアはビクともしない。ソルの人外パワーで無理に閉めようとすればドアが閉まる前にドアノブがポッキリ逝ってしまう。

大魔王からは逃げられないとでも言うのか!?

(逃げられねぇなら倒すまでだ)

立ち上がったなのはが熱い吐息を零しつつソルの身体を抱き締める。服越しになのはの柔らかさを感じ、臭覚が女の匂いを捉える。

「サンタさん、ちょうだい、私にホワイトクリスマ――」



ゴキンッ!!



なのはの言葉が最後まで紡がれることはなかった。

ソルの頭突きによって黙らされて、夢の中へと突入したからだ。

意識を失って倒れそうになるなのはを支え、そのままベッドに優しく横にすると風邪を引かないように掛け布団を掛けてやる。

「よし」

『よし』じゃねーだろ、と突っ込む人物は居ない。

「悪ぃな。サンタってのは独り占め出来るもんじゃねぇ、良い子にプレゼントを配る存在だ。そのまま良い子で寝てろ……メリークリスマス」

寝てない子=悪い子。良い子=寝てる子。じゃあ悪い子は強制的に良い子にしてやろう、という無茶苦茶な理論である。サンタクロースの起源となった教父聖ニコラオスがこのことを知ったら鼻血を吹いて昏倒するかもしれない。

二つ並んでいる枕の傍にリボンと包装紙で綺麗にラッピングされたプレゼントを置き、部屋を後にした。



「メリー(バンディット)クリスマス(リヴォルバー)!!」



言ってることとやってることが正反対のような気がしないでもない。



「メリー(ライオット)クリスマス(スタンプ)!!」



メリークリスマス改め、サンタ襲来だった。

なのはに続いて次々とボス達を撃破――もといプレゼントを置いてくることに成功する。

世界がいくら広いとはいえ、サンタ役のお父さんがプレゼントを渡す相手を容赦無く気絶させるなど自分達以外に存在しないだろう……我ながら何なんだ自分達は、とソルは頭を抱えたくなるのを必死に堪えた。

とりあえず全てのボスを叩き潰した、じゃなかった、プレゼントを枕元に置いてきた。

だって、サンタさんをダークサイドに引きずり込もうと罠を張る連中が悪いだろ?

奴らはサンタさんのプレゼントが目的ではなく、サンタさんを××××するのが目的なのだから。

捕まったら他の良い子達にプレゼントを配れないではないか。

だから先手必勝である。

「ふぅ」

次からは漸くまともだと思えば、自然と安堵の溜息が零れてしまうもんだ。聖夜を性夜と勘違いしているアホが身内には六人も居るのかと思うと泣けてくる。

ゲンナリしている気分を切り替えるように首を振り、次のプレゼントを渡す相手のことを考えた。

(しかしゲームのソフトが欲しいとは、思った以上にガキらしいじゃねぇか)

今度は子ども達だ。そのプレゼントの中身を思い出し、微笑ましくて苦笑が漏れる。

妙に大人びている面もあれば子どもらしい面も併せ持つ息子と娘二人。

明日の朝になって、三人が枕元に置いてあるプレゼントを見て喜ぶ姿を想像し、暖かくて優しい気持ちになってきた。

「こっからが本番だな」

気合を入れ直すと、ソルは『ジングルベル』を鼻歌で唄いながら子ども達の部屋へと足を向ける。

その後姿がやけに機嫌が良さそうに見えるのは、きっと気のせいではない。










十二月二十五日。クリスマスの朝。

眼を覚ましたアリサは、昨晩のクリスマスパーティで飲み過ぎた所為で二日酔いという最悪の朝を迎えていた。

まだ覚醒し切っていない頭がズキズキと痛む。気分も悪いし、少しだけ吐き気もする。とっとと薬を飲んでこの気持ち悪さから解放されたい。

それでも無理やり意識をしっかりさせようとして二度三度首をゆっくり横に振り、枕元に置いてあったそれに気付く。

丁寧にクリスマスラッピングされた箱。そしてその箱にくっ付いているメッセージカードの存在に。



『世話になった サンタより』



たった一言、ぶっきらぼうにそう書いてあった。書いた本人の仏頂面を簡単に思い浮かべられるくらいに。

二日酔いによる不快感と気持ち悪さなど一瞬で何処かへと消し飛ぶくらいに、気持ちが弾んできた。

「ホント、気が利くのか利かないのか分からない男ね、アイツ」

この様子では、きっとすずかと美由希にも似たようなことをしたのだろう。皆がプレゼントに何が欲しいか下調べをしておいたヴィータにも特別に何か送っている筈。

そういう男だ、アイツは。大雑把で面倒臭がりの癖して実はかなりマメな性格なのだ。

クスリと笑みを浮かべ、アリサはウキウキ気分でサンタさんからのプレゼントに手を伸ばす。



――さてさて、アイツはアタシに一体どんなプレゼントをしてくれたのかしら?




















後書き


去年やりたかったけど結局出来なかったクリスマスねた。去年のこの時期は丁度A`s編の終盤を書いてた気がします。

今回のお話の時期はSTSより一年前のクリスマス、という設定。ソル達がミッドに移住した後です。全員が一つ屋根の下で暮らしているのではなく、マンションで部屋を一号室から九号室くらいまで借りて暮らしてます。理由は移住当初すぐに良い物件が見つからなかった為。でもいずれは郊外に大きな一軒家をドカンとおっ建てて皆で暮らそうと思っています。

本編も更新したかったんですけど、どうしても時間が足らなかったので、せめてこっちの外伝だけでも、と思って……

べ、別に雷狼竜とか角竜とか轟竜とか狩ってた訳じゃないんだからね!! まだランク3だもん、40時間くらいしかやってないもん!! 全身装備揃えたくてしつこくマラソンとかしてないよ? 本当ですよ!?

メリークリスマス、という言葉は元々「I wish you a Merry Christmas」の略らしく意味は「楽しいクリスマスをあなたにお祈りします」とかになるんだとか。

まあ、日本人にはどうでもいいですよね。私達は馬鹿騒ぎ出来れば良いっていうお祭り大好きな人種ですからwww

ちなみに私のクリスマスは仕事のおかげでベリー・苦しみますです。休みなんてありません。OH FUCK!! リア充爆発しろ。

ではまた次回!!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat15 ホテル・アグスタの幕引き
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/01/09 11:59


己の意思に反して膝を着いてしまったことに、ティアナは愕然とした。

「う、嘘でしょ……?」

しかし、現実は非情である。嘘ではない。

既に体力と魔力は共に底を突いている。気合と根性で無理やり酷使し続けていた身体は、溜まりに溜まった疲労が負債となって襲い掛かり、動かせないのだ。

全身に圧し掛かる倦怠感を自覚してしまうと、本格的に身体がポンコツ寸前であることを理解する。

酸素が足りない。呼吸が苦しい。手足が鉛のように重い。今すぐにでも横になってしまいたい。魔力の使い過ぎで意識を保つのがやっと。それでもクロスミラージュを手放さなかったのは奇跡だった。

この場が命のやり取りをしている戦場で、自分はその戦場に居ることが、無意識の内にデバイスだけは絶対に放そうとしなかった。

だが、戦場で戦うことが出来なくなった者など敵にとっては格好の的であり、味方にとっては重荷にしかならない。

「ティア!?」

スバルの焦燥感と絶望感を滲ませた声が響く。

彼女はすぐさまへたり込んでしまっているティアナの傍まで来る。それと同時にギンガも顔を顰めながらスバルに倣った。

二人でティアナを挟むような、庇うような陣形を取り、自分達の周囲を取り囲んでいる敵の群れを威嚇するように睨む。

「こんな、所で……」

唇から血が出る程強く噛み締めて、ティアナは言うことを聞いてくれない身体に鞭打って立ち上がろうとするが、失敗に終わる。

指一本すら動かせないのだ。身体が動く訳が無い。

(お願い、動いて!!)

立て、動け、戦え、と。叱咤激励するように四肢に命令を送るものの、限界を迎えた身体は自分のものではないように反応してくれない。

「……撤退するわよ。スバル、私が敵を引き付けておくから、その間にティアナを抱えて離脱して」

そんなティアナの様子を一瞥し、ギンガが苦い顔で呟く。

「くっ!!」

ギンガの判断が正しいと理解していながら感情が納得しなかった。それでも従わざるを得ないと冷静に見つめる自分が無慈悲に言う。自分はもう此処までだ、と。何せ自分一人ではまともに歩くことすら出来ないのだから。

「そうだね、ギン姉の言う通り、撤退しよう」

姉の判断に素直に従うスバルの声にもいつもの元気が無く、その表情に濃い疲労の色が見えた。

「悔しいけど私達は此処まで。後のことはソルさん達に任せましょう」

そう言うギンガもかなり消耗しており、同時に本当に悔しそうである。

いや、ギンガだけではない。悔しいのは三人共同じだ。

また自分達は満足に仕事をこなすことが出来なかったと、三人の心に深い傷を作る。自分達は弱いのだ、ということを事実として嫌という程刻み付けてくれた。

足手纏いの役立たず。

誰も口には出さないが、三人は自分達のことをそう思い始めている。特にティアナが。

歯を食いしばって、悔し涙が零れそうになるのを彼女は耐えた。

己の無力を叩き付けられて、悔しくて悔しくて、また任務を完遂出来ない自分が不甲斐無くて、これ以上戦えない自分が情けなくて。

その時、三人のすぐ傍に四角い形の魔法陣――新たな召喚陣――が顕れた。

敵の増援に早く撤退しなければ、と思いながらも色が違うことに気付く。今までの召喚陣は全て紫色だったのに対し、これは桜色だ。

よく見れば形も若干違う。ガジェットや虫達を送り込む為の陣は全て紫色をした正四角形だった。それが眼の前に映るのは桜色の菱形が一つだけ。

菱形の召喚陣が一際輝き、桜色の魔力光が視界を覆い尽くす。

優しい色だった。場違いにそう思ってしまう、そんな色。

そして――



「聖騎士団奥義!!」



桜色に輝く魔力光の中から、鋭く凛々しい少年の声と共に巨大な雷撃が飛び出し、三人の真横を通り過ぎて敵の群れの一角を爆発四散させたのは次の瞬間だった。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat15 ホテル・アグスタの幕引き










召喚陣からまず一番最初に姿を現したのは、ソルとお揃いのバリアジャケット――聖騎士団の制服を模したもの――に身を包んだエリオ。

次にツヴァイ。

最後にフリードを従えたキャロだった。

「行くよ、ストラーダ」

<エキサイティングにな!!>

手にした槍型のデバイスが応えた瞬間、エリオは全身に雷を纏い踏み込む。するとその姿をかき消した。常人では視認することが不可能な速度で敵の群れに突っ込んだのである。

ほぼ同時に、ティアナ達三人の視界の中でムカデに酷似した虫――冗談みたいに大きい――の長い胴体が一瞬にしてバラバラになった。

「ライトニングストライク」

次にエリオはストラーダを握っていない左手を頭上に掲げてから振り下ろす。

声に従い発生した落雷によってムカデは欠片残さず黒焦げと化し、近くに居た虫やガジェットをも巻き込んで爆発が生まれる。

焦げた肉片やら粉々になった装甲の破片やらが降る中、今しがた瞬殺した敵には目もくれず、エリオは次の敵に襲い掛かった。

狙いを定められたのは大型の球体ガジェットだ。熱線を飛ばし二本のアームを振りかざして接近を阻もうとするが、超高速でジグザグに動くエリオを捉えられない。容易く間合いを詰められ懐へと侵入を許してしまう。

「渾身の……ビークドライバー!!」

槍の刺突が青い装甲を貫き、雷を迸らせて轟く。ガジェットは突如内部に発生したエネルギーと衝撃波に耐え切れず、膨らませ過ぎた風船のように破裂。

そして、また新たな敵を倒す為に雷を帯電させ、雷光を伴って疾駆する幼き騎士。

瞬きする間も無く一気に間合いを詰め、鋭く疾い斬撃で敵を斬り伏せ、雷撃で粉微塵にする。

その戦いぶり、その立ち居振る舞いは、まさに迅雷。今のエリオにはそんな形容詞がぴったりだった。

突然現れた応援にティアナ達三人は呆然としていると、いつの間にか傍に居たツヴァイが呪文を唱える。

「アイギスフィールド」

無色透明にしてドーム型の障壁が四人を包み込む。

「……法術の展開を確認、っと。三人はこの法力場から、って言っても分からないですよね、とにかく此処から動かないでくださいですぅ」

そう言って三人に微笑むツヴァイの背景では、キャロの竜魂召喚によって本来の体躯となったフリードが背に主人を乗せて大暴れしている。

強靭な牙と顎で噛み砕き、鼻先の角で突進してぶっ飛ばし、身体を横に回転させ大きくしなる尻尾で引っ叩き、羽ばたいて飛び上がったと思ったら急降下して踏み潰す。

「フリード、薙ぎ払って。ヴォルカニック・レイ」

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

口を大きく開いてから敵の群れに向かって熱線を吐き出し、そのままの状態で命令通りに横へと薙ぎ払う。

一瞬の間を置いて、熱線で焼かれた地面が火山の噴火を思わせるかの如く火を噴き、敵が纏めて爆発。粉塵を舞い上げ焦土と化した。

エリオとキャロとフリードによって、成す術も無く蹂躙されていくガジェットと虫の混成部隊。

「じゃあ、私も加勢してきますねー」

まるで遊びに興じるような気軽さでツヴァイはドーム型の障壁から出て、空高く舞い上がると、自身の周囲に二階建ての一軒家並みに大きい氷柱をいくつも生成し、それを敵の群れに雨あられと降り注いだ。

神速の雷光が煌き雷鳴が轟き、雷が落ちる。

竜の咆哮が響き渡り、炎が大地を舐める。

殲滅目的の物量で、氷塊が弾幕のように落ちてくる。

戦場はたった三人の子どもと一匹の使役竜によって完璧に支配されていた。

八つ裂きにされ、焼き尽くされ、圧し潰され、完膚なきまでに破壊されていくガジェットと虫の群れ。

『大自然に囲まれた高級ホテル』と謳っていたホテルの入り口へと連なっていた森は、その外観を見事に粉砕されていた。最早戦闘前の美しかった景色など微塵も残っていない。木々は一本残らず根こそぎ吹っ飛ばされ、地面は大きく陥没し真っ黒に焦げてクレーターとなっている。そこら中で放電現象が発生し、周囲の気温は殺人的な熱と冷気で上がったり下がったりを繰り返す。暫くの間はぺんぺん草さえ生えない死んだ土地となるのは目に見えた。

こんな光景をホテルの従業員が見たら間違いなく四つん這いになって嘆くことだろう。

自分達よりも幼い子ども達が、自分達を苦しめた敵の群れを一方的に、片っ端から滅茶苦茶にしていく様を、三人は何かの悪い冗談のように感じながら黙って見ていることしか出来なかった。










「間一髪で逃げられちゃったね」

<捕まえれば情報が手に入ると思っていたのですが、失敗してしまいました>

なのはとレイジングハートは揃って残念そうに溜息を吐く。

バインドで拘束したトーレをスターライトブレイカーでトドメを差そうとしたのだが、直撃する寸前にトーレは拘束された右腕を左手のインパルスブレードで切断、すぐさまISを発動させ離脱したのだ。

直撃は避けられたが完全に避け切れた訳では無いのでダメージは通したのだが、そのまま彼女は高速機動を駆使して逃走を図り、見事になのはの追撃から逃げ切ったのである。

勿論、なのはも逃がすつもりなど欠片も無かった。しかし、ある程度距離を離されてから第三者による転送魔法によって何処かへ移動したトーレを捕まえられなかった。

「召喚師も逃げちゃったみたいだし」

ガックリと項垂れてしまうなのはにレイジングハートがフォローするように声を掛ける。

<でも、敵の増援は止みました。後は残存勢力を殲滅するだけですよ、マスター。元気出してください、手土産も一応はあることですし>

「うーん、こんなのでお兄ちゃんが喜ぶとは思えないんだけどなぁ……」

レイジングハートを握っていない右手に握られているのは、トーレが自ら斬り落とした右腕。

冗談でもなんでもない、これこそ本当の”手”土産だ。こんなもんを義兄に持っていくのか、自分は。「お兄ちゃん、敵は逃がしちゃったけどお土産あるよ、にゃはは」という風にトーレの右腕を差し出すのか。

そんなことをすればまず間違いなくソルは眉を顰めてどうリアクションをすればいいのか困るに決まっている。心情的には飼ってる猫がとっ捕まえたネズミを主人に褒めてもらいたくて持って来られてしまった飼い主だろう。

他の皆にはドン引きされる、絶対にドン引きされる。ドン引きされながらも、一応は戦闘機人の腕ということで貴重な資料になり得るので怒られはしないだろうが、苦虫を噛み潰したような顔で皆が自分を見つめてくるのが容易に想像出来た。

「また陰で悪魔とか魔王とか言われるんだろうな……まあ、実際言われるようなことしてるからいいけど」

深く考えるのは止め、丁度肘の関節から綺麗に切断された腕を手に、なのははフェイトと合流することに決めた。










オークション会場となっているホールからドア一枚隔てた廊下。人っ子一人居ないそこで、ソルは疲れたように溜息を吐く。

「……やれやれだぜ」

聖騎士団の制服を模したバリアジャケットを解除し、黒い礼服姿へと戻る。

ティアナ達三人が窮地に陥っていたので飛び出そうとしていたのだが、エリオ達が救援に駆けつけてくれたので最早その必要は無い。

無いのだが――

「後で説教だ」

そもそも子ども達は戦闘要員でもなければDust Strikersのメンバーでもない。ソルの子どもではあるが、戦場に立つべきではない存在である。

恐らく外の様子を何らかの方法で入手し、多勢に無勢な戦いを強いられているティアナ達を助けたいと思ったのだろう……叱責は覚悟の上で。

つい数分前にお守りをしていたアルフから『いつの間にかダミーに入れ替わってた!!』と泣きそうな声で通信が入った時は『あのクソガキ共!!』と思ってしまうより先に『……やっぱりか』と呟いていたのだから。

予感、と呼ぶよりも確信に近いものが数年前からあった。もし自分がエリオ達と同じ立場だったら同じことをするのは眼に見えていた。良い意味でも悪い意味でも、彼らはソルの子どもなのだ。

まあ、だからといって説教からは逃げられないが。

子ども達が優しくて勇敢に成長してくれたことが嬉しい反面、やはり心配なもんは心配なのである。

しかし、よくよく思い返してみれば聖戦時代には、エリオ達と同年代でありながら最前線でギアと戦っていた少年兵なるものは存在した。カイだって似たようなものだ。それと比べれば今の自分の考え方は過保護以外の何物でもないかもしれないが、ソル個人としてはやっぱり嫌だった。

複雑な心情で現状を改めて確認する。

まず、はやてとフェイトとシグナム、この三人の持ち場に出現したガジェットはほぼ殲滅し終えていた。

なのはは楽勝のようだったが、敵には逃げられた。

ヴィータの方も終わったようだが、やはりなのは同様敵には逃げられてしまった。内容的にはヴィータ曰く『痛み分け』らしいが、どうやら敵の召喚師が状況不利と見て戦闘中のゼストを逆召喚して撤退ようだ。

ティアナ達の方は、エリオ達がもうすぐ終わらせる。

敵の主力は撤退し、これ以上の増援も無さそうだ。後は残存勢力の殲滅すればいい。

(まあまあだな)

戦闘は直に終わる。こちらに被害らしい被害は無い、敵は取り逃がしたが任務はこなした。一応、これで依頼達成だろう。

(……それにしても、ゼスト・グランガイツか)

ソルの思考はヴィータと相対したゼストへと向けられていた。

生きていたのか、とは思わなかった。むしろ、こうなることを心の何処かで可能性として捨て切れなかった。数年前の当時、結局見つけることが出来なかった彼の遺体、否、肉体は既に敵の手に渡っていた、それだけだ。

そして二人の召喚術師の存在。これも大体予想がつく。ゼスト同様に肉体を発見出来なかったメガーヌ・アルピーノと、ゼスト隊が全滅してから間もなく行方不明となったメガーヌの娘――ルーテシア・アルピーノに違いない。

メガーヌが特殊な蟲を召喚して使役するということは初めて相対した時から知っていた。ルーテシアに関しては確証無いが、同じレアスキル持ちが全くの別人とは考え難い。血縁者かそれに近しい者であると考えるのが自然だ。おまけに行方知れずとなった事実が辻褄合わせをしてくれた。

(これをどうやってクイントに知らせるかだな)

うんざりする内心を表すように舌打ちをする。

あの時にメガーヌの一人娘――ルーテシアが行方不明となったこと。これに関してソルはどうしようもなかった。

言い訳に聞こえるかもしれないが、仕方が無かったとしか言いようが無い。雑談程度にクイントから話には聞いていたが、そもそもメガーヌと個人的に仲が良かった訳では無いし、当時はクイントが瀕死でそれどころではなかったのだ。こんな言い方は嫌だが、色々とあり過ぎてあの時はルーテシアなど知ったことではなかった。

復帰したクイントと共に捜索は続けていたが、結局、今の今まで発見することが出来なかった。

その探し人が、今度は敵として眼の前に現れたことに皮肉を感じる。

メガーヌとルーテシア。この二人が本当に本人達であり、自分達の敵である、という確証がある訳では無い。

もしかしたら全くの別人かもしれない。同じようなレアスキルと魔力光を持っているだけかもしれない。

しかし、長年培った経験と勘が告げているのだ。

間違いない、見誤るな、と。

(根拠なんて何一つ無ぇ癖に、毎度のことながら嫌な勘だけが当たってくれやがる)

苛つく感情を吐き捨てるように、ただ一言だけ、小さく毒ついた。

「……クソが」

この言葉が何に対して向けられたものなのか――敵か、それともあの時助けることが出来なかった自分か、助けられなかったが故に敵になってしまった者達へか、もしくはこれら全てか――吐き捨てたソルにすら分からない。










敵勢力を殲滅後、事後処理を管理局――ソルが予め呼んでおいたゲンヤ直属の部下達(地上部隊)――に丸投げし、Dust Strikersの一同はホテルのヘリポートに集合することになった。

彼はポケットに手を突っ込んだまま、相変わらず不機嫌そうな仏頂面で静かに佇んで皆を待つ。

ヴァイスにはいつでもヘリを出せるように言っておく。依頼を達成した以上、此処に長居する理由は無い。疲弊し切ったティアナ達には早く帰って休んでもらいたかったし、子ども達は居ても邪魔になるだけだ。

エンジンに火が入れられ、ローターが回転し風を生み出す。その風がソルの長い髪を弄ぶが気にしない。ローターの回転する音が耳障りで仕方ないが、やはり気にするだけ無駄なので意識の外に出す。

やがて数分もせずに皆が集まってきた。ユーノだけはまだオークション会場に居るので来ない。

全員の顔をゆっくりと見渡す。

身内の連中はいつもと変わらず至って自然体だ。ヴィータだけが怪我を負ったが、シャマルに回復を施されたので心配は要らないだろう。特に疲れた様子も見せず、ソルの言葉を待っていた。

エリオ達の三人は怒られてることを承知で参戦した為、叱責ならドンと来いと言わんばかりに威風堂々と胸を張っている。

しかし、酷いのがティアナ達だ。先の戦闘で相当神経を磨り減らしたのか憔悴しており、疲労も相まって眼が死んでいた。新鮮さが失われて売れ残った魚のように濁った瞳と、末期患者のような弱々しさは見ていて痛々しい。

「まず、今日はご苦労だった。これから撤収する……その前に、各々、何かあるか?」

ヘリの騒音に負けない声量でソルが問う。

「私の”手”土産ってどうなるの?」

スッ、と小さく挙手するなのは。”手”土産とは、当然トーレの右腕のことだ。

「ゲンヤの部下に渡したさっきのあれは、本局のマリエルに詳しく見てもらう。何か分かり次第報告するようには伝えてあるが、あまり期待はするな」

この答えになのはは満足したのか、小さく「そっか」と呟いて納得する。

「……アタシから一言」

次にヴィータが挙手をしたので、視線で続きを促す。

「今回は逃がしちまったが次は逃がさねー、必ずひねり潰してやる」

溢れる闘志を隠そうともせずに眼をギラつかせるヴィータに、ソルは黙って頷くだけ。

「他に無いか?」

改めて全員の顔を一瞥した後、何も無いことを確認すると、深い溜息を吐いてからエリオ達三人を手招きした。

素直にそれに従う三人。

すぅ、と真紅の眼が細くなる。



「……このクソガキ共が」



氷点下の声に子ども達が身を竦ませる。

「あれ程戦闘には参加するなっつったよな」

大きな声ではない、先程より少しトーンダウンした静かな声だ。ヘリのローターが回転している音の方が明らかに大きい。しかし、それでも彼の声はしっかりと鼓膜を叩き、心に響いてくる。

本気でソルが怒っていると容易に分かる口調に、今まで偉そうに胸を張っていた三人は余裕を失って震え出す。

「どれだけ心配したと思ってやがる?」

深く静かに怒るソル。ついに三人は涙眼になって鼻を啜り始めてしまうが、ソルの怒りは収まらないし説教も終わらない。

そんな三人のすぐ傍で、ティアナとスバルとギンガの三人はソルの声が聞こえる度に申し訳無い気持ちになってきた。自分達の所為なのに、どうして助けてくれたエリオ達が叱られているんだろう、と。

分かってはいたが、本気で怒っているソルは怖い。怖いなんて表現が生温いくらいに怖い。ソルから放たれる怒気は、最早灼熱の殺気に近い。この場に居るだけで消し炭にされてしまいそうだ。刀身を赤熱化させた封炎剣を首筋に当てられているようで、呼吸をするのも苦しく感じる。

正直な話、ソルに怒られた経験が無いに等しいティアナ達は自分達が怒られている訳では無いのに恐怖で漏らしてしまいそうだった。

たっぷり五分は説教した後、ソルはゴキリゴキリと指の関節を鳴らす。

「選ばせてやる。拳と平手打ち、どっちがいいんだ?」

そんな問いに、子ども達は鼻水を垂らし涙を零しながらも全く躊躇せずに答える。

「ぼ、僕は拳で」

「ツヴァイも拳で」

「わた、私も」

此処はどちらかと言うと痛くない方を選ぶのが普通だと思うのだが……

むしろ、自分達が悪いと反省しているからこそ痛い方を選んだのかもしれない。ソルは「良い度胸だ」と呟いて右の拳を振り下ろそうとした瞬間――

「待ってください!!」

ヘリの騒音に負けないくらいにスバルが大きな声を出したので中断させられた。

「ああン?」

鋭い眼光を放つ真紅の眼がスバルを射抜く。その視線に一瞬「ひぃっ」と気圧され、ビビッて小便をちびりそうになりながらも彼女は勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。

「あ、あの、あの、エリオ達は私達を助けてくれたのであって、べ、別に悪いことは、してないんだと思います」

しどろもどろではあるが、スバルは必死になって子ども達のフォローをする。

「た、確かに三人は管理局員でもないし、Dust Strikersの正式なメンバーでもないから、戦闘に参加出来ないっていうのは分かってます」

「……」

「でも、私達が危ない時に助けてくれました」

「で?」

「だから、その」

泣きそうな表情になっておろおろし始めるスバルが助けを求めるように周囲を見渡すが、自分同様に涙眼になって歯の根をガチガチ打ち鳴らしているティアナは勿論、他の誰も救いの手を差し伸べてくれそうにない。ギンガですら黙ったまま唇を噛んで震えているだけだ。

「……体罰は、良くないんじゃないかと……私達が弱いから、三人は助けてくれた訳ですし……」

「それとこれとは関係無ぇ」

尻すぼみになって俯いてしまうスバルに対し無慈悲に告げると、ソルは子ども達をぶん殴った。エリオ、ツヴァイ、キャロの順に。

「弁明があるなら言ってみろ」

地面に転がった三人に向けて言う。せめて殴る前に話を聞いてあげればいいのに、とティアナ達は思ったが怖くて口に出せない。

「……分かってます。僕達は父さんの言いつけを破って、勝手に戦場に出ました」

立ち上がり、涙を手の甲で拭いながらエリオは応じた。

「でも、自分の取った行動が間違っていたとは思いません。誰かを救うことが間違いだなんて思いたくありません」

小癪にもズルズルと鼻を啜りながら口答えするエリオ。だが、ソルは黙って聞くことに決める。

「誰かを助けるのに理由なんて要りません。自分にそれをするだけの力があるのに、黙って見ているなんて僕には出来ない」

「だから俺の言いつけは守れない、か?」

子ども達を見下ろしながら問うソルに、三人は視線を逸らさず真っ直ぐに見つめ返す。

その顔は涙と鼻水でグチャグチャで、それはもう酷い有様だった。だが、その眼は光を失っておらず、強い意思が垣間見えた。

「はい。僕達はきっとこれからも父さんの言いつけを破って、その度に殴られるんだと思います……何もしないで後悔するのは、嫌ですから」

宣言するように己の意思を示すエリオ、その両隣では彼と同じ考えだとでも言うように小さく首を縦に振るツヴァイとキャロ。

(……ガキの癖して一丁前に青臭ぇこと言うようになりやがって)

知り合いの雷剣士がいかにも言いそうなことをのたまうエリオの眼差しに、ソルは内心で溜息を吐く。

自分や知人の似て欲しくない部分が似てくる子ども達。嬉しいやら悲しいやらで複雑だ。



――……その心意気だけは買うがな。



ソルだって好きで怒っている訳では無い。エリオ達が心の底から心配で、大切だからこそ心を鬼にして説教を垂れているのだ。

聖戦時代は誰もが武器を手にしてギアと戦っていた。

だが、そのほとんどが無慈悲に殺された。

聖戦の最初から最後までの百年間を、ギアを駆逐する賞金稼ぎとして戦場に立ち続けたのでその光景を目の当たりにしている。

老若男女問わず誰も彼もが、大切な人の敵を討つんだと言って無謀にもギアに立ち向かって殺された。

よりにもよって自分の眼の前で。百年もやってれば数回はそんな事態に遭遇してしまう。

死んだ者達の中には、エリオ達のような子どもも居ればティアナ達のような若者も居た。

救える筈だったのに救えなかった命。守れる筈だったのに守れなかった者達。

そういう辛い経験を嫌と言う程味わってきたからこそ、ソルは子ども達に厳しい。

過去に見てきた者達のようにはなって欲しくない。生半可な覚悟と決意で戦いに赴かないで欲しい。

確かに子ども達には持って生まれた才能がある。特にエリオが持つ抜群のセンスは天性のものだ。親馬鹿かもしれないが、いずれカイを超える男へと成長を遂げると半ば確信している。その点に関してはソルも将来が楽しみだ。

しかし、やはりまだ若い。若過ぎる。経験も乏しい上、若い故に思慮も浅く、視野も狭い。まだ十歳なので当然と言えば当然だが、戦場に立たせるには早過ぎる。

皆が皆、カイのように幼少から最前線でギアと戦い、生き残ってきた訳では無い。あれは特例中の特例だ。カイもカイで、仲間の屍をいくつも踏み越えてきたのだから。

そもそも、今回の一件で一番悪いのは自分自身だとソルは思う。

ティアナ達を使うと決めたのも自分。エリオ達の同行を許してしまったのも自分。敵戦力を見誤り、ティアナ達を危機的な状況に陥いらせてしまったのも自分。エリオ達より先に動くべきだった自分。

まあ、今更後悔しても子ども達に折檻した事実が消える訳では無いので何もかも後の祭りだが。

「そうか。ならその度に殴ってやるから覚悟しておけ……それと、お前らはヘリに乗ってもう帰れ、ティアナ達もだ」

まるでこれ以上は此処に居られても邪魔だ、と言外に冷たく言い放つ。足取り重い子ども達三人と、通夜の参列者のようなティアナ達三人をヴァイスが操縦するヘリに叩き込み、とっとと帰らせる。

ヘリの姿が視界から完全に消え去るまで見送ると、なのは達に背を向けたまま自己嫌悪するようにこう言った。

「父親しながら人の上に立つってのは、思った以上にままならねぇな……カイ」










SIDE スバル



なんで、さっきエリオ達が殴られた時、自分も殴ってくれって言わなかったんだろう?

私はヘリの床を見つめながらずっとさっきのことを考えていた。

本当なら、もっと自分達が強ければ、三人が自分達を庇って戦場に立つことなんてなかった。三人がソルさんから殴られることなんてなかった。

叱られるべきは自分達だ。与えられた任務も満足にこなせない、弱い自分達が殴られるべきなのだ。

なのに、実際に叱られたのも殴られたのもエリオ達で。

弱い自分が嫌だった。だから強くなろうと思って魔導師になった。誰もが認める魔導師になって、昔の自分を助けてくれたなのはさんみたいに、今度は自分が誰かを助けるのだ、そう思って頑張ってたのに。

怖かった。本気で怒ったソルさんはこれまで経験した何よりも怖かった。怒りを間近で感じただけであの様だ。あんなものが自分に向けられるのかと思うと足が竦んで、殴ってくれなんてとてもじゃないけど言えなかった。

「スバルさん、スバルさん」

唐突に声を掛けられ、思考を打ち切って俯かせていた頭を上げるとキャロの笑顔が眼前にあった。

「さっきは庇ってくれようとしてくれて、ありがとうございます」

「ありがとうですよ、スバル」

「スバルさん、ありがとうございます」

いつの間にか、私は三人に囲まれている。

どうして庇い切れなかったのに、お礼なんて言われてるんだろう?

「スバルさん達は初めて見るから驚いたかもしれないですけど、あのくらいいつものことなんですよ」

「ですですぅ!! だからスバルもいい加減元気出してください」

「僕達、父さんに殴られるの慣れてるから」

どうしてそんなに、屈託無い顔で笑ってるの?

「お父さんって怒ると怖いですけど、それだけ私達のこと心配してくれてるんです。だから、大丈夫ですよ」

「父様の愛の鉄拳は、痛ければ痛い程愛が詰まってるんですぅ」

「痛いけど、ちゃんと怪我しないように手加減されてますから」

どうしてこの子達は、私達よりも年が下なのに、こんなにも心が強いの?

なんだか私は頭の中が色んなことでゴチャゴチャになって、様々な感情が沸き上がってきて、思わず涙を零してしまった。

「ごめ、ごめんね。私達が、私が弱いから、三人に助けてもらっちゃって、三人は、ソルさんから前線に出るなって言われてるのに」

啜り泣く私の頭をキャロが抱えるように抱き締めてくれる。

「自分で選んで、自分で決めたことです……お父さんに怒られるのは最初から覚悟してましたから」

「だからって……痛かったでしょ? 怒ったソルさん、怖かったでしょ!?」

「はい、とっても怖いです。おしっこちびっちゃうかと思いました」

「だったら――」

「それでも、あの時の皆さんを見て見ぬ振りは出来ませんでした」

キャロは毅然とした態度で語ってくれた。己のデバイス――ケリュケイオンが召喚魔法の波動を感知した時から嫌な予感がしていた、と。

召喚師との戦闘経験が無い私達のことが少し心配になったから、ツヴァイに無理を言ってアルフさんを出し抜いたこと。

敵の群れに囲まれた私達を見て、我慢出来ずに転送魔法を発動させあの場に出てきたこと。

「全部、私が画策したことなんです。だから、私達がお父さんに叱られたことにスバルさん達が気に病む必要はありません」

「キャロ……」

「それに、父さんがもし僕達と同じ立場だったら、絶対にそうしますから」

横からそう告げるエリオに視線を向ける。

「さっききもの凄く怒ってましたけど、『二度とやるな』とは言いませんでした」

その言葉に私は思わず「え?」と零してしまう。傍に居たティアとギン姉も一緒だ。

そうだ。確かにソルさんは最後に『ならその度に殴ってやるから覚悟しておけ』みたいなことを言っていた。

「同じなんですよ、父さんも。見て見ぬ振りが出来ない、優しくて、でも凄く不器用な人だから……だから最後にあんな風に言ったんです」

「でもでも、その度に怒られるんだよ?」

「その程度のことは覚悟しておけってことなんですよ、きっと」

「父様に怒られることよりも怖いことなんてこの世に存在しないですぅー」

笑いながらそんなことを言うツヴァイにキャロとエリオはうんうん頷く。

「ツヴァイ達はまだまだ未熟です。だから、いつか父様に認めてもらえるように強くなるんです」

明るい口調から一転して急に真面目な口調と眼差しになるツヴァイ。

……強くなる。

今の私は、この言葉をこれまで以上に現実にしたい。

強くなりたい。強くなりたい。

力が、力が欲しい。

守られているだけの弱い自分から卒業して、困ってる人や苦しんでいる人を助けられるような、強さと力が欲しい!!

あの時、なのはさんの後姿に憧れた。優しくて暖かくて力強い、大きな背中だった。色々なものを背負っていると感じられる、そんな背中。

なのはさんだけじゃない。ソルさんは当然として、フェイトさんやユーノさん、はやてさんやシャマルさん達だって皆大きな背中をしている。

きっとあの人達は、未熟者で甘ったれの私とは背負っているものが違うんだろう。

それでも――

「うん、うん……強くなる。私、絶対に強くなる。ソルさんが認めてくれるくらいに強く!! だから、皆で一緒に強くなろう!!」

私は顔を上げ、皆の顔を見ながら口にした。

そんな私に、ギン姉とティアは微笑むと深く頷いてくれる。

エリオとツヴァイとキャロの三人は、握り拳を振り上げて「おおおおーっ!!」と応えてくれた。




















オマケの人物設定


エリオ・モンディアル


原作とは違い、フェイトではなくソルに保護される。高町家・八神家に養子として迎え入れられるので保護施設育ちではなく海鳴育ち。また、父親はソル、母親はシャマルとなっている。

引き取られた当時からバトルジャンキーに囲まれて育った為、本人も無自覚ながらバトルジャンキー。

恐らく作品の中で最も『師』に恵まれた人物。近接格闘を主とするソルを筆頭に、シグナム、ヴィータから師事を受け、同じ槍使いのなのは、同じ属性にして同じ高速機動タイプのフェイト、更に御神流の連中も加わって接近戦がバカみたいに強い。

だが、エリオの戦闘スタイルを確立させたのは空白期にて出会ったカイとシン、そして意外にもDr,パラダイムの存在が大きい。

カイから懇切丁寧に聖騎士団闘法を教わり、シンからも戦いのイロハを改めて教えてもらっている上、Dr,パラダイムから法力の基礎を叩き込まれた。

今まで父から教わってもちんぷんかんぷんで意味不明だった法力の基礎理論がDr,パラダイムの師事により理解出来るようになった為、これを機に父の言葉を理解出来るようになる。

天才(ソル)は教えるの下手クソだが、何十年も努力を重ねて天才を超えた秀才(Dr,パラダイム)は教えるのが上手かったのだ。

ツヴァイもエリオと同様。『アイギスフィールド』は元々Dr,パラダイムが使っていた防御法術で、味方の防御力を底上げし飛び道具を防ぐ効果がある。

エリオの考え方が少しカイっぽいのは、二人の相性が養父のソルよりも抜群に良かったのに加え、師事を受ける際に『聖騎士団の心得』とか余計なことを吹き込まれた所為。ソルは戦い方は教えても心得のようなものは一切口にしなかったのも要因の一つ。『聖騎士団の誓句』とか教えちゃったりとかしてたり。そのことがソルにとっては若干忌々しい。

ちなみに『聖騎士団の誓句』は以下に。


“嵐に吹かるる民草の前に我らは盾となり巌となろう”























一言後書き


日常のほんわかと、シリアスのギャップが激し過ぎるwww




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat16 力を渇望する者達 前編
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/01/28 15:52


魔法と科学の融合。それがもたらす恩恵は、これまで不可能だったことを可能とし、より良いものを生み出し、今まで以上に効率を上げ成果を出し、人類に利を与えてくれた。

農業、工業、医療などといったものはどれもこれも技術革新を起こし、一つの技術としてその存在を確立させ、現在でも人々から必要とされ、誰もが重宝している。

ありとあらゆる分野に進出を果たした魔法と科学の融合。確立した技術は既に人々の生活の一部分として組み込まれ、無くてはならない存在にまで昇華した。

何故これ程までに発展を遂げたのかと言えば、それがもたらす結果は人類にとって想像以上に都合が良いものだったからだ。

だが、この素晴らしい技術が何も知らない一般人の裏側で、軍事目的としても技術革新を起こしていたことなど当たり前だった。



そして、魔法と科学の融合が洗練され続けて行き過ぎた結果、人は必要以上の力を求め――



「すまない、今戻った。遅れてしまったか?」

声と共に人型形態のザフィーラ(仕事中なのでスーツ姿)が小会議室に入ってきたので、ソルは思考を打ち切って瞑っていた瞼を開け、労いの言葉を口にする。

「いや、構わねぇ。ご苦労だったな。適当に掛けてくれ」

着席を促すとザフィーラは首肯してから席に着く。

それを見計らったようにアインが静かに立ち上がり、全員の顔を見渡してから確認するように言う。

「では、これより会議を始める。議題はホテル・アグスタでの一件と、ザフィーラとティーダが協力して捜査に当たっていたジュエルシード盗難事件、そして今後のことについてだ」










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat16 力を渇望する者達 前編










十年前のPT事件で管理局に回収されたジュエルシード。全二十一個の内、九個はソルによって時の庭園と共に消し飛ばされ既に存在しないが、残った十二個は管理局の手によって厳重に保管されていた。

そのジュエルシードが地方の研究施設に最近貸し出されていたのだが、何者かの手によって盗まれてしまう。そんな事件が起きたのである。

ザフィーラがホテル・アグスタに関与しなかったのは、この件をティーダと共に調査するようにソルが頼んだ為だ。

「先に結果から言うと、犯人と目星を付けられるような痕跡は無かった」

報告するザフィーラの声が小会議室に響く。

「実に鮮やかな手口としか言えん。まず研究施設のシステムへサイバーアタックを仕掛け幾重にも張り巡らされていたセキュリティーを無効化し、姿を見せぬまま、侵入した痕跡すら残さずジュエルシードを盗み出す」

「姿を見せぬまま?」

疑問を口にするシグナム。

「うむ。常駐している警備員や研究者は皆、犯人の姿を見ていない。誰一人としてだ。サイバーアタックの所為で監視カメラもお釈迦にされてしまっていたから、尚更な」

「警備員にだって魔導師くらい居んだろ? サーチャーとかは?」

ヴィータの咎めるような言葉に首を振る。

「こちらもダメだ。怪しい人影は何一つ捉えられなかったらしい」

「つまり、犯人は現場に居た警備員や研究者の肉眼、魔導師のサーチャーには映らなかったってこと?」

「そうなるな」

フェイトが顎に手を当てながら確認すると、ザフィーラはお手上げだとジェスチャーを付け加えて見せた。

「……ま、サーチャーも言ってみれば人間の眼と大して変わんねぇ。いくらでも誤魔化しは利く」

幻術系の魔法などを用いれば人間の五感など簡単に騙せる。魔法が存在する、ある意味『何でもあり』のこの世界では当てにならん、とソルはつまらなそうに、不機嫌を隠そうともせずに吐き捨てた。

そんな様子の彼にザフィーラは訝しげに視線を向けてから、彼には内緒で他の皆に念話を繋ぐ。

『どうしたんだソルは? いつにも増して不機嫌だが、何かあったのか?』

『後で話すよ』

『ちょっと色々あって』

問いに対し、ユーノとアルフは苦笑するように答える。

ふむ、と一つ頷くとザフィーラは全てを察したのかそれ以上は問わない。

「犯人が誰か見当も付かない訳だが、幸か不幸か我々は似たような能力者を知っている」

言って、ザフィーラは空間モニターを表示する。そこに映し出されたのは、リニアレールの一件で交戦した戦闘機人の二人。小柄な体躯と長い銀髪と右の眼を覆う眼帯が特徴的な少女と、眼鏡と茶髪が特徴的な女性。

「……メガネか」

ソルが低い声で呟く。

「メガネだ」

「メガネだね」

「メガネや」

なのは、フェイト、はやての三人が、犯人はコイツだ、みたいな声を上げた。

「あー、メガネの人」

ユーノが今更思い出したかのように、ポンッ、と手を打つ。

「このメガネの仕業かい……!!」

鼻息荒いアルフは、十年前のPT事件を思い出しているのだろう。

「趣味の悪いメガネだ」

「やることも趣味が悪いメガネだ」

アイン、シグナムが呆れたように零す。

「すっかり呼称がメガネになってる……いや、チンクやセインと違って名前分かってねーからいいけど、メガネって……プッ」

一人こっそり吹き出すヴィータ。

「そうだ。ジェイル・スカリエッティが制作したと思われる戦闘機人のメガネ。この者が持つ高度な幻術を用いれば容易だろう」

朗々と語るザフィーラの言葉に誰もが頷く。

「そしてもう一人、セインと言ったか。この者が持つ物質をすり抜ける能力があれば施錠した扉や隔壁など意味を成さない」

次に、チンクという戦闘機人を救出しに現れた少女の画像が映し出された。

「モグラ娘か……」

戦闘にはあまり向いてねぇがなかなか特殊な能力持ってやがる、とソルが感心するように言った。

この発言でセインの呼称はモグラ娘になったのである。ちなみにチンクは眼帯だ。

「それにしても、ジュエルシードなんて盗んで何に使うつもりかしら?」

シャマルが頬に手を当てながらうんざりと疑問を口にする。

「……ジュエルシードを使う目的」

生みの親であるプレシアのこと、彼女がジュエルシードを求めた理由を思い出し、眉を顰めたフェイトが思案するように自身の顎に手を当てた。

ジュエルシード。『願いが叶う』と言われている宝石の形をしたロストロギア。その正体は次元干渉型エネルギー結晶体。生物に絶大な力を与えることが可能であると同時に、人為的に小規模の次元震を発生させることが可能という危険な代物だ。

十年前。これを複数個用いてプレシア・テスタロッサは次元震を発生させ、次元の狭間にあるとされる失われた都『アルハザード』へと赴き、死んだ実娘『アリシア・テスタロッサ』を蘇生しようと目論んでいた。

ソル達にとっては、皆が出会う切欠となった全ての始まりの石。

「プレシアみたいにアルハザードにでも行こうってのかね?」

皮肉げな口調でアルフが笑い飛ばす。

「プレシアか……気に入らねぇ女ではあったが、気持ちは分からんでもなかったな」

哀れみが込められたソルの発言に、誰もが意外そうに彼の顔を覗き込む。

「んだよ?」

そんな皆の態度に彼は皆の顔を胡散臭そうに見渡すと、フェイトが小鳥のように首を傾げながら問う。

「ソルって、母さんのこと嫌いじゃなかった?」

「別に嫌いって程じゃねぇよ。十年前のお前への態度は確かに気に入らなかった……だが」

「だが?」

「あの女に同情の余地が無かった訳じゃ無ぇ、失ったものを取り戻したいと思う気持ちを理解出来なかった訳でも無ぇ」

ソルの落ち着いた低い声が小会議室に響き、皆はそれに耳を傾けた。

「ただ、もし俺が、昔の俺が失ったものを取り戻す為にあんな風になってたら、って思うとあの女の在り方が酷くムカついた。失ったものは二度と取り戻せないと分かってるだけに、尚更な……それだけだ」

「……そっか」

此処ではない何処か遠くを見つめる眼差しで語るソルの言葉に、フェイトは亡き母を思い出したのか少し寂しそうに相槌を打つ。

「で、実際問題、ジュエルシードが何に使われるか想像出来る?」

しんみりした空気を切り替えるようになのはが皆に問うと、両肘をつき手を顔の前で組んだはやてが重々しく口を開く。

「どう考えても兵器利用やろ。ジュエルシードそれ一つで次元世界が滅ぶくらいに莫大なエネルギーを秘めとるんやから、なんか良からぬこと企んでるのと違う?」

考えるまでもない、とでも言外に込められていた。

「具体的に何を企んでるかまでは流石に分からないけどね」

はやてに同意するようにユーノが呻く。

「アタシは頭脳労働担当じゃないんで、パス」

「アタシもパスで」

「私もだ。こういうことは頭脳労働担当に任せる」

「……少しは考える努力をしろ」

手をヒラヒラさせて思考放棄を図るアルフとヴィータとシグナム。そんな三人にアインはジト目で睨み付ける。

「純粋なエネルギーとして運用する、っていうのが妥当だとは思うんだけど」

「シャマルの意見に賛成だが、ジュエルシードの本来の姿は次元干渉型エネルギー結晶体なのだろう? 本当にそれだけなのか?」

小さく挙手して意見を述べるシャマル。それに疑問を投げ掛けるザフィーラ。

全員が黙り込み、それから暫しの間思考に耽る。

時間にして五分程度、小会議室は沈黙に包まれた。





やがて――

「考えれば考える程堂々巡りだな」

埒が開かん、と痺れを切らしたようにシグナムが沈黙を破る。

「……ソルは、どう思う? かつてジェイル・スカリエッティと同じように生命操作技術に関わっていたお前なら、何か分からないか?」

質問の内容が彼の過去の傷を抉ると重々承知の上で、シグナムは意を決して、震えるような口調でソルに問う。

彼女も本当はこんな質問などしたくはないのだろう。その証拠に、誰にも見えていないが膝の上に置かれた手は握り締めている力が強過ぎて指先が真っ白だった。

しかし、そんなシグナムの口調で彼女の心情を察したソルはその真紅の眼を優しく細め、いつもの不敵な笑みを気にするなと言わんばかりに浮かべて答える。

「もし”昔の俺”がジュエルシードを手に入れたら、まず間違いなくその構造を分析する。その後はギア計画に使えないか思案するだろうな」

”昔の俺”という部分を故意に強調する。今は絶対にしないという意思表示だ。

淡々と語るソルとは対照的に、彼を見る皆は苦虫を噛み潰したような表情である。また彼に嫌なことを思い出させてしまう、そんな自責の念があった。

「でもよ、ギア計画って”魔法”を用いた人類の『人工的生態強化計画』つってるけど、実際はそれだけじゃなかったんだろ?」

まるで話を逸らすようなヴィータの声にソルは肯定した。

「ああ。法力技術によって生み出されたギア、いや、この場合はギアの肉体を構成しているギア細胞か。その細胞ですら”バックヤード”に至る為の”鍵”でしかなかった」

仮想空間”バックヤード”。法力を行使する際に一時的にアクセスする不明瞭な情報世界。この世の原理という原理を定義付けする情報が内包された『何か』。この世のルールを好きに書き換えることが出来る世界であり、”バックヤード”を思う通りに改変出来れば惑星の自転すら操ることを可能とする、常識の埒外にある、危険極まりない世界。

「”鍵”を用いれば”バックヤード”に人間が入ることは可能だが、”バックヤード”の深部には”あの男”が設置した人工的隔離空間”キューブ”が存在し、その行く手を阻んでいた」

「”バックヤード”が誰にも悪用されないように、人類が滅ばないように」

ソルの後を引き継ぐようにアインが言葉を紡ぐ。

一瞥すると、アインは任せろとでも言うようにウインクしてみせる。

「”キューブ”のスペルは”あの男”がよく用いた癖、ソルの身体に流れるギアコードに酷似していた……自分以外にそれを理解出来る者がソルだけだった、”あの男”にとって人類最後の砦がソルだった……私個人はそんな勝手な憶測を立てているが確証は無い」

彼女は肩を竦めて見せ、フンッとソルは鼻を鳴らした。

「全てはウィズエル――”慈悲無き啓示”と戦う為だ。ギア計画も、ソルのギア化も、百年続いた聖戦も、人類の存亡を賭けた戦いへの布石に過ぎなかった」

忌々しそうに眉間に皺を寄せるソルを横目に、アインは続けた。

「そして、”慈悲無き啓示”に対抗する”あの男”の切り札がソルだった、という訳だ」

「……啓示に対抗する……なるほど、だから”背徳の炎”……」

アインの言葉を受け、合点がいったとユーノが感心するように呟く。

しかし――

「何が”背徳の炎”だ……奴の独善に付き合わされたこっちとしては、迷惑以外の何物でもねぇ」

「ご、ごめん」

やはり”あの男”の話になると機嫌悪くなるソルに、ユーノは半ば反射的に謝った。

人類の為とは言っても、”あの男”が仕出かしたことをソルは許すつもりはない。

当時は百五十年以上も後の未来の話である。ただその為だけに、代償としてソルをギアに改造した上で全てを奪い、アリアを生贄に捧げた……”あの男”は自らの手で親友二人の人生を滅茶苦茶にした。

つまり、彼は親友二人の幸せよりも、遠い未来の人類を優先したのだ。

更に言えば、自分に向けられるソルの憎悪と殺意を利用して、戦力として組み込もうと画策していた。

聖戦を勃発させ何十億という人命を犠牲にし、大戦争によって人類が何千年という時間を掛けて積み上げてきた歴史と文化を無に還した。

”慈悲無き啓示”に対抗する為には、人類全てが聖戦のような大戦争を経験する必要があったらしい。あまりにも理不尽過ぎる。

”あの男”の存在を知らない者は、ソルの故郷では居ない。

全てのギアの生みの親――”GEAR MAKER”。聖戦の元凶。ありとあらゆる文献にこの名は人類史上始まって以来の極悪人として刻まれている。

人種を問わず世界中のありとあらゆる人間から恨みを買い、憎まれ、嫌悪の対象として罵られ、その命を狙われながらも、それらを何一つ厭わずただ受け入れ、己の肉体を若返らせたりして延命を図り、いずれ訪れるであろう人類の危機――”啓示”に備えていた男。

ソル以外の全員が”あの男”の底知れなさを改めて思い知り、不気味に思う。

自分の周囲に在るもの――大切な人達や、世界そのもの――全てを犠牲にして、百五十年以上先の未来を救う。そんなこと、普通の神経を持っている人間であれば出来る訳が無い。

何より方法が極端過ぎる。たとえ人類の未来を守る為とは言え、どれ程の覚悟を以ってすれば世界の全てを敵に回そうと思えるのであろうか。

彼は理性的に狂っていた、そう評しても間違いない。価値観がぶっ飛んでいる、とも言う。



――『……次が。次が、貴様を殺す時だ!』

――『ああ。待っているよ、フレデリック』



だからこそ彼は、最期にソルに殺されることを望み、全てが終わりを告げるその時まで、自分を殺しに来るであろうソルを待ち続けたのだ。

その上で、彼はソルに『生きろ』と言った。

またしても小会議室に沈黙が下りる。今度はどんよりと重たい空気だ。此処に居るだけで気分がどんどん沈んでいく、そんなネガティブな空気である。

この話をする切欠となった質問を口にしたシグナムは、一人項垂れて後悔していた。聞くんじゃなかった、と。隣に居るヴィータも同様だ。

「……すまない。嫌なことを思い出させてしまった」

「ワリィ、余計な口出しした」

「気にすんな。昔の話をして俺が機嫌悪くなるのはいつものことだろ。いい加減慣れろ」

無茶だ、と皆思ったが口にしない。

「話が逸れた。ジュエルシードを、現時点でどう使うかだったな」

はあ、とソルが溜め込んでいた不機嫌をも吐き出すように溜息を吐く。





「俺がスカリエッティの立場なら、かっぱらったジュエルシードを使って戦闘機人を強化する。単純に武装を強化するだけでも構わんが、肉体にエネルギーを供給する源として移植するのもありだ」

「うげぇ。あんなもんを身体に組み込むってのかい?」

アルフは思わず気持ち悪そうに手で口を覆う。

「なかなか腐った考え方だろ? ジュエルシードなんてもんを移植されちまったら、きっと拒絶反応による激痛とかで死にたくなるぜ」

自嘲気味な笑みを浮かべるソルの眼は、全く笑っていない。感情が何一つ込められていない声を発するその胸の内で、彼は一体どんな感情を抱いているのか。

「おまけにジュエルシードを上手く制御出来なけりゃ肉体組織が崩壊するだろうし、最悪次元震の発生もあり得る」

「そんなの兵器として使い物にならないじゃないか」

ユーノが咎めるように言うが、ソルは首を振った。

「使ねぇもんを使えるようにするのが科学者だ。それに、こういうエネルギーの実験ってのはリスクが高ければ高い程、リターンはデカイ」

「エネルギーの供給源としてジュエルシードを完璧に制御出来れば……」

戦慄するフェイトは最後まで言い切ることが出来ず、尻すぼみのまま沈黙してしまう。

エネルギー応用理論はソルが最も得意とする分野の一つ。『元』が付くとは言え専門家の言葉に疑う余地など無い。

「人間ってのは馬鹿でな。人としての道を容易く踏み外す生き物だ。俺がギアになったように、夜天の魔導書が闇の書になったように。ゼストもその類だろうな」

「ああ!! あの野郎のこと忘れてた!!」

突然、ガアアアアアッ、と吠えるように立ち上がるヴィータに皆の視線が集まる。

「あの野郎、よりにもよってレリック使ってドラゴンインストールとかほざきやがって……!!」

それから暫くの間、ヴィータによるゼストの糾弾が始まった。

あの事件は演技だったとか、ふざけてやがるとか、そんなに力が欲しいのかよとか、経歴見て立派な騎士だと思ってたのに見損なったとか、スカリエッティ諸共ぶっ潰してやるだとか、なんか色々と続く。

怒髪天を突きながら憤るヴィータの話を皆は黙って聞いていたのだが、五分経過した辺りから飽きてきたのかはやてが「落ち着きや、ヴィータ」と止める。

まだ言い足りないのか頬を膨らませるが、渋々彼女は口を閉じた。

「ま、洗脳されてる可能性も捨て切れないから、ゼストに毒を吐くのはその辺にしとけ」

洗脳された敵と戦った経験が多い(むしろ聖戦時代のギアは全てジャスティスに洗脳されていた)ソルは、そういうことに慣れているのか、言うことが割と懐深い。

「あ」

洗脳されているかもしれない、ということ考慮していなかったらしく小さく漏らす。

考えてなかったのかコイツ、と誰もが胡乱げな眼になるので、ヴィータは小さい体躯を更に小さくさせて縮こまると思ったらそうはならなかった。

「けどよ、も、もしあの野郎がアタシの言った通りだったらどうすんだよ!?」

悪者になりたくないのか必死に訴えるように喚く。その姿が何処かコミカルでソルは苦笑して言う。

「その時はお前の好きにしろ」

「オーライ」

この一言で満足したのか、彼女は大人しくなったのである。

「ジュエルシードの次はレリックか……」

全く次から次へと、とザフィーラが眼を鋭く細めた。

レリックもジュエルシードと同じエネルギー結晶体であり、外部から大きな魔力を受けると爆発する可能性を持つ。数年前にミッドチルダで起きた空港火災の原因でもあり、これまでにも何度か大きな被害を生み出していた。ジュエルシードに負けず劣らず危険物だ。

レリックが引き金となった災害の映像が現れた。どれもこれも火災によって地表が焼き尽くされ、黒煙を上げて世界を染めていた。

次にヴィータと戦闘中のゼストの姿が表示される。その全身から放たれる力はとても普通の人間とは思えない絶大なエネルギーが検出された。

「なんか、ただ使ってるって感じじゃないね」

「うん。母さんもジュエルシード使ってソルに攻撃してたけど、そういうのとはちょっと違う気がする」

ユーノが気付いたことを指摘して、フェイトが同意を示す。

「やはり、先程ソルが『ジュエルシードを移植する』と言ったのと同じようにレリックを移植されているのか?」

「アタシはそうだと思う。スカリエッティがソルのドラゴンインストールを参考にしたってんなら、レリックを身体に何らかの形で作用させてるんだ。何より、あの野郎のアレはソルのに似てる」

「ドラゴンインストールって使うといきなり魔力量が何倍にも跳ね上がるようなもんだから、違法研究者から見たらさぞ魅力的な力なんだろうね」

シグナムの疑問に、実際ゼストと戦ったヴィータが頷き、アルフが嫌悪感を隠さず舌打ちする。

「それにしても人体にレリックを移植して強化するなんて……」

無茶苦茶だ、と仲間内では医務を担当するシャマルが頭痛を堪えるように頭を抱えた。

映像をじっと見つめながら、アインが腕を組みつつ発言。

「あんなものがそう簡単に人体に移植出来るとは思えん。恐らくは適性のようなものが無ければ……」

「適性?」

なのはが首を傾げて見せる。

「そうだな。例えばレリックを受け入れる器としての身体、もっと根本的に言えば――」

「遺伝子情報?」

シャマルがアインの言葉を遮るように意見し、それにアインは黙って頷いた。

「もしそうだとしたら、ゼストさんはたまたまその遺伝子を持ってたってことかな?」

「アルピーノ親子もや、きっと」

問い掛けるなのはに応えるようにはやてがモニターを操作し、今度はティアナ達を集中狙いしていた召喚蟲の群れを映し出す。

こちらは術師の正体がまだはっきりと断言出来ないので、あくまで仮となる訳だが、ゼスト同様に遺体が見つかっていないメガーヌと行方不明になったルーテシアである可能性は高い。

「適性なんて関係無ぇ」

皆がそれぞれ意見を言い合う中、不意にソルが告げる。

「さっきも言ったろ。使ねぇもんを使えるようにするのが科学者だ。適性があろうと無かろうと、使えるようになりゃいいんだよ」

視線で全員が『それって、つまり?』と続きを促すので、ソルは瞼を閉じて口にする。

「エネルギー結晶体を受け入れられる身体じゃないのなら、受け入れられる身体になればいい。DNAを書き換えてな」

言った内容――そのあまりの非人道さに度肝を抜かれ、皆押し黙った。

「人間だった頃の俺ですらこの程度は簡単に思いついた。事実、この考え方を基にしてギア細胞は作られた。今になってゼストが俺達の眼の前に現れたのも、時期的にその”調整”が終わったからなんじゃねぇか?」

自分で言っておいて気分を害したのか勝手に不機嫌になり、舌打ちする。

ギア細胞を移植された場合、移植者のDNA情報はギアコードに書き換えられてしまう。癌細胞を遥かに上回る爆発的な増殖機能を持つギア細胞が移植者の肉体――DNA情報を侵食し、文字通り作り変える。それが全身に回り切り、肉体を構成する細胞が一つ残らず全てギア細胞に変換された時、既存生物はギアとして生まれ変わる。

それと同じことをすればいいのだ。流石にギア細胞と同じものを用意するのは無理だと思うが、ナノマシンのような高度な医療技術や魔法が存在するこの次元世界で、不可能だとは言い切れない。ましてや相手は違法中の違法研究者で、かつてのソルと同じ種類の人間だ。むしろ喜んでやるだろう。

人間の細胞が古いものから新しいものになるまで、ざっと五年程度は掛かる。逆に言えば、五年程度あればDNA情報を書き換えることが可能なのかもしれない。

それがどんなに人の道理から外れていても、だ。

これはあくまでソルの仮説に過ぎないが、ギア計画を担っていた人物の発言だけに、内心では酷いと思って怒りを覚えても、頭から否定をする者は居ない。

「……ったく。昔の自分を見ているようで、つくづくムカつくぜ」

そんな風に毒づくソルに対し何も言うことが出来ず、それからは特に誰も発言せず、今後についての話し合いも進展せぬまま、結局会議は中途半端な形で終了となった。










時間は少し遡り、ソル達が小会議室で胸糞悪くなる少し前。

時は夕刻。茜色に染まった空がミッドチルダを見下ろしている。

場所はDust Strikersの施設内の隅の方にある、木々が生い茂った場所。訓練場から少し離れた、人があまり来ないような所だ。以前、ユーノとアルフが人知れず痴話喧嘩していた場所でもあった。

そこに、ティアナ、スバル、ギンガの管理局から出向中である三人と、ツヴァイ、エリオ、キャロの”背徳の炎”の子ども三人が顔を突き合わせていた。ホテル・アグスタから帰ってきたばかりだというのに、全員がバリアジャケット姿で。

「今より強くなる為には、どうすればいいかな?」

スバルが真剣な表情でガキんちょ三人に問う。後ろに居るティアナとギンガもスバルと同様に真剣だ。

自分達より年下の子ども達にこんなことを聞くなど、傍から見たら滑稽かもしれないが、見た目子どもでも実力は自分達より高いので背に腹は代えられない。プライドなんてものは周囲を旋回しているフリードに食わせてしまえばいい。

問われたガキんちょ共は――

「ランニングで体力をつける」

「動体視力と反射神経を鍛える。あとは筋トレと経験」

「より効率の良い身体の動かし方を学ぶことですね。魔法無しの模擬戦とか、体術の訓練とか」

こんなことをのたまってくれた。現実的で実にスポーツ選手みたいな回答。しかも基礎中の基礎。上から順にツヴァイ、エリオ、キャロだ。

「いや、そうなんだけど、そうじゃなくて――」

「じゃあご飯ですぅ」

「うん、お肉だ。お肉は絶対に欠かせない……僕お腹空いてきました」

「後でドゥーエさんにお肉分けてもらおうっと」

問い直そうとするスバルを遮るカキんちょ共は食いしん坊万歳だった。肉、という単語を聞きつけてフリードが「キュクキュク」と嬉しそうに鳴く。

「そういえば私もお腹減ってきたな…………お肉か。やっぱり強さの秘訣は美味しいご飯――」

「「んな訳無いでしょ!!」」

ガキんちょ共に感化されて腹の虫をグーッと鳴らすスバルに、ティアナとギンガの鋭いツッコミが入る。

しかし。

「ご飯ですぅっ!!!」

ツヴァイが奇声を上げて突然走り出す。

「腹が減っては戦はできぬ!!!」

それに続くエリオ。

「行きましょう、スバルさん」

「え、あ、うん」

キャロがスバルの手を引くので、思わずついて行ってしまうスバル。

「……」

「……」

そして取り残されるティアナとギンガの二人。

「……なんて自分勝手な子ども達なのかしら。ギンガさん、どうします?」

「ついて行くしかないわよ。ていうか、ソルさんが子育てに悩んでる理由が分かった気がする」

最早呆れるしかない。





食堂を強襲して山盛りの料理を確保し、それをドカドカとテーブルに載せる子ども三人&スバル。

あれに混ざるのか。若干嫌だなと思いながらもスバルで慣れたのか、ティアナも手伝うことにした。ちなみにギンガは料理を見た瞬間に率先して手伝っている。やはりスバルの姉であった。

子ども達がDust Strikersの施設内をうろちょろしているのは、設立当時から見られる光景だ。食堂で馬鹿みたいな量の食事を摂っているのも日常風景。何よりソルの子どもなので誰も気にしない。むしろ他の賞金稼ぎ達は気軽に「お、今日も食うねー」と声を掛けてくるくらいだ。

「強くなるって言ってますけど、正直な話、そんな手っ取り早く強くなれるんだったら誰も苦労はしませんよ」

口をモグモグさせながらエリオが醒めた口調で言う。

「それをどうにかしたいから相談してるんだけど、アタシ達」

半眼になったティアナがエリオを睨む。

「じゃあ僕と地道に筋トレしましょう」

「なんでそうなるのよ!?」

ティアナが叫ぶ、つーかツッコム。

「地道な努力に勝るものはありません。毎日筋トレすれば父さんみたいな無駄な肉が一切無い、引き締まってて逞しい身体になれる筈です」

「……それアンタの願望じゃない」

「ユーノさんって子どもの頃は女の子みたいに華奢で、今も服着てると線が細く見えますけど、実は脱いだら凄いんです」

「エリオ、それ本当なの!?」

「ギンガさん釣られないでください!! ……ああもう、なんなのコレ!?」

身を乗り出すギンガの反応にティアナは頭を抱えてからテーブルに突っ伏した。

「ティアナは逞しい男性って嫌いなんですかー?」

非常にワイルドな仕草で骨付き肉を食い千切るツヴァイが聞いてくる。

「母様達は父様の筋肉大好きですよー。あの引き締まった逞しい肉体に抱き締められると思わず気をやってしまうくらいに、って前に言ってました」

「あの人達こんな子どもに何トンデモないこと教えちゃってるの!!!」

ガバッと真っ赤になった顔を上げてティアナは天を仰ぐ。

幸か不幸か、今のツヴァイの発言は誰にも聞かれていなかった。ギンガはエリオと筋肉談義に夢中だし、スバルはご飯に夢中だし、キャロはフリードにお肉を切り分けていたのか聞いていない。周囲にも聞こえていなかったらしく、さっきから叫び続けているティアナを訝しむ視線だけが向けられていた。

しかし、当のティアナは視線を気にする余裕が無い。一度翼を広げた妄想が、世界の果てを目指して羽ばたいてしまったのだから。


ホワンホワンホワンホワワワワ~ン


鍛え抜かれた男の肉体に絡み付く白蛇の群れ。

『んっんっ、アナタ、もうダメ、が、我慢できない……』

『我慢しなくていいんだぜ、シャマル』

『さっきからシャマルばかり構ってもらってずるいぞ』

『次は私だ』

『夜はまだまだこれからだ。後で好きなだけ犯してやるから順番に股開いて待ってろ』

白蛇の群れはその一言で歓喜と期待に打ち震え、命令された通りに――


ホワンホワンホワンホワワワワ~ン


「……爛れてる、爛れてるわよ……」

顔どころか首筋まで赤く染めて一人ブツブツブツブツ呟く。ウブの癖して耳年増だ。

訓練時に相手を怒涛の勢いで攻める姿やマッドサイエンティストモードのドSっぷりを見る限り、やはり行為中も終始サディスティックな攻めなんだろうか?

しかし、ソルは総受けだと要らん情報を何処かで耳に入れたことがあった。それを示すように、普段の彼は自分からではなく、相手からじゃれ付かれていることが多い。っていうかそれしか見ない。

まさか!!

妄想が天元突破する。


ホワンホワンホワンホワワワワ~ン


『ソル、どう? 私の胸でこうされるの、気持ち良い?』

『ぐっ、うるせぇ……』

『相変わらず天邪鬼やなぁ。その態度がいつまで続くか楽しみや』

『気持ち良さそうなお兄ちゃんの顔、可愛い、食べちゃいたい……まあ、今食べてるんだけどね』


ホワンホワンホワンホワワワワ~ン


「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

何の脈絡も無く、突如としてティアナが奇声を上げた。食堂に居る人間全員が何事かと視線を向けるくらいにそれはもうデカイ声で。

幻術使いは想像力が豊かである。常日頃から幻術を具現化する為のイメージを欠かさないので、ついつい行き過ぎた想像力が妄想となって天を貫いてしまうのだ。

どうやら仕事一筋の十六歳の女の子には刺激が強過ぎたらしい。

「……ティ、ティア、どうしちゃったの?」

「ティアナ、疲れ溜まってるんじゃない?」

そんな彼女を本気で心配するナカジマ姉妹。

「うはっ。ティアナさんがバグった」

「じゃあ後でシャマルに診てもらうです。頭を」

「とりあえず病院に来てもらわないと」

だぁーはっはっはっはっは、と大笑いしながら言ってることが酷過ぎる子ども三人。頭のネジのぶっ飛び具合がよく分かるリアクションだった……まあ、此処ら辺は主にヴィータとアルフの影響なんだが。

「キュクルー」

そしてやたら楽しそうなフリード。

「……うるさい、うるさい、うるっっっっさぁぁぁぁぁい!!」

爆発寸前のトマト(意味不明)みたいな感じに真っ赤になったティアナが喚き散らす。

そんな感じで少し早めの夕食が終わった。





食堂から出ると日はすっかり暮れて暗い。

場所をまたさっきのユノアル修羅場に移す。

「皆さんの『強くなりたい』って気持ちは分かります。私もお父さんが認めてくれるくらいに強くなりたいです」

キャロの言葉に誰もが頷く。

「でも、その前に皆さんと父さんの戦力比を眼に見える形で用意したので、まずはどれくらい差があるのか見てみましょう」

言って、ケリュケイオンに何か命じると皆の中心に空間モニターが現れる。

「まず、ギンガさんをゲームのRPG風にステータス表示すると……」

バリアジャケット姿のギンガの全身像が映し出され、その隣に名前や簡単な経歴が下から順に表示された。

「なんでゲームのRPG風?」

まず初めにティアナが疑問を口にする。

「まあ分かり易いからいいんじゃない?」

スバルが暢気に応えた。

「ううぅ、私ってキャロからどういう風に見られてるんだろう……」

内容が気になって少し浮き足立っているギンガ。

「いや、単にキャロがRPGとかシュミレーションゲームとか好きだからなんですけど。ちなみに僕はレース系とアクション系ならなんでもいけます」

「ツヴァイ達の中でも一番最初に全クリするからこの二つのジャンルじゃキャロに勝てないですぅ。格ゲーならいけるのに」

「あっそ」

エリオとツヴァイの回答に、ティアナは素っ気無く返す。最早どうでもいいのかもしれない。ツッコミが不在なので、ならツッコムな、とは誰も言わないが。

「ジャガジャン!! ギンガさんのレベルは17。スキルも序盤のものしか修得していない未熟な格闘家です」

「ギン姉レベル低」

「うわ、予想はしてたけどこれは酷い」

「うるさい!! だったらスバルとティアナのも見せて!!」

「いいですよ」

スバルとティアナの感想にギンガが憤った。言わずもがな、当たり前である。こんな酷評見たら誰だって感想のテンションは低いし、酷評食らった本人は怒る。

今度は同時にスバティアが表示され――

「出ました。スバルさんのレベルは15、ティアナさんのレベルは16、両者共に精神的に未熟で、しかもそこら辺の雑魚モンスターを倒すのにいちいち数ターン掛かるカスです」

「「いくらなんでも言い過ぎ!!」」

拳をグッと握り締めて宣告するキャロに、ツヴァイとエリオのダブルドロップキックが入った。

「グヘェ、鳩尾、入った、呼吸が、苦し……覚えて、ろ、後で、必ず、後悔させ……ゲホッ」

のた打ち回りながら怨嗟の声を上げるキャロ。見ていて普通に怖い。

「アハハハハハハッ、精神的に未熟だってね、スバル」

「自覚はあるんだから放っておいてよ!!」

「雑魚を倒すのに数ターン掛かるカス……」

ホレ見たことかと言わんばかりに高々と笑うギンガ、それに頬を膨らませながら喚くスバル、二人から少し離れた場所で体育座りをして落ち込んでいるティアナ。酷い有様だった。

「ちなみにお父さんのレベルは215。ほぼ全てのジョブのスキルをマスターし、レベルが150を超えてからはステータスのカンストが起きてますが、眼に見える形で表示されないだけで上がり続けています」

「「「勝てるか!!!」」」

回復したのか立ち上がってポンポンと服(バリアジャケット)を払いながら告げるキャロに、ギンガとスバルとティアナの三人はギロッと睨んで精一杯怒鳴る。

「とまあ、こんな感じです」

こんな感じもクソもない。比べることすら愚かしい圧倒的な差を見せ付けるだけ見せ付けておいて、彼女はおもむろに転送魔法を発動させて手元にペロペロキャンディーを召喚し、ペロペロし始めた。

「……よく分かったわ。私達がアンタらの眼から見ても未熟だっていうのがよく分かったから、強くなる為の提案をして。なんでもするから」

藁に縋る思いと言うより、もうヤケクソ気味に訴えるしかないティアナであった。

「だーかーら、筋トレとランニングと魔法無しの模擬戦くらいしかないって一番最初に言ったじゃないですか。人の話聞いてます!?」

話がループしていることにイラついてきたのかエリオの語調が荒い。父親に似て沸点は低いらしい。以前根気良く話に付き合っていたのは酔っ払い相手補正が掛かっていたようだ。

「それじゃあいつもと変わらないじゃない!!」

呼応するようにティアナが喧嘩腰で反応すると、エリオも呼応する。してしまった。

「当たり前じゃないですか、地道に強くなる以外に方法なんて無いんですよ。基礎基礎応用の繰り返し、これで皆強くなっていくんです。それともティアナさんは訓練舐めてるんですか?」

「なんですって!!」

「「喧嘩してんじゃねぇっ!!」」

額をくっつけ合う程に密着して睨み合っていたエリオとティアナの二人を、真横から飛び膝蹴りをかますキャロとツヴァイ。こういう強引な手段で止めに入る所は父親そっくりである。

まともに受身も取れずにもんどり打つ二人。なんか汚いものを口から少しだけ垂らしてるような気がするが気にしない。ティアナはともかく、こうなることが分かっていたのに挑発するようなことを言ってしまったエリオは既にアホの子なのかもしれない。こうしてまたソルの頭痛の種が一つ増えた。

「キュクキュキュクルー」

そして、やはりさっきから何故か楽しそうなフリード。「愚かな人間共め。貴様らが真竜を超える力を持つあのお方に、竜種を超えた竜種であるあのお方に認められようなど百五十年早い」とか内心で思ってたら腹黒過ぎる。小さくて可愛い癖して邪悪な飛竜の出来上がりだ。

それから暫くの間、六人はグダグダウダウダと、話し合いなのか言い争いなのか罵り合いなのか殴り合いなのか一体何なのかよく分からない不毛なことに時間を費やす。

この時間が勿体無いことに誰も気付いていない。

と、唐突に人が近付いてくる気配がするので、相手の襟首を握る力を緩め、振り上げた拳を下ろす六人。

「さっきから何やってんだ、お前ら?」

どういう経緯があったのか不明だが、取っ組み合いの果てに泥だらけでダンゴ状態になっている六人に、ヴァイスが可哀想なものを見る眼で声を掛けた。



























後書き


前回から大分時間を空けてしまいました。

キャロのレベル云々の話は、お気付きかと思いますがそのキャラクターの実年齢です。

ソルだけはあくまで推定です。魔法が理論化された2010年の時点で既に『二十歳になる前に素粒子物理学の学位を持ち、法力エネルギー物理学研究の第一人者』だったので、そこから逆算しました。

以下、年表っぽい何か。

2010年。魔法が理論化される。この時の年齢が推定17~19歳。あんまり若過ぎると二歳年下のアリアと付き合っていた事実からソルが真性のロリコンになってしまう(アリアとヴァレンタインが瓜二つの時点で既にロリコンかもしれないが)ので、仮に19歳とする。

2014年。ギア計画発足。推定23歳。

2016年。”あの男”の思惑によりギア化。推定25歳。この時から不老になり外見年齢が変わらなくなる。

2074年。ジャスティス誕生。聖戦勃発。推定83歳。

2175年。ジャスティス封印。聖戦終結。推定184歳。

2180年。初代GGのストーリー。第二次聖騎士団選考大会が開催される。推定189歳。

2181年?。ゼクスのストーリー。大会から数ヵ月後、悪魔の棲む森にてディズィーが発見され賞金首となる。

イグゼクスはゼクスから数週間後の話。アクセントコアプラスはイグゼクスから暫く経過した後の話。

2186年?。GG2のストーリー。ゼクス、もしくはイグゼクスから約5年後。シンが5歳で『木陰の君』が8歳なので5年で間違いないと思われる。推定195歳。

上から約数年後(5年くらい)にGG世界からリリなの世界にやって来る。本作品での第0話。無印の5年前。推定200歳。

無印、A`s開始。推定205歳。

10年後、STS編開始。推定215歳。

とまあ、こんな感じになります。実際はもっと若いかもしれないし、逆に年食ってるかもしれないけど、これもあながち間違いじゃないと思ってます。



ちなみにキャロの台詞の一部は、元ネタ知ってる人しか知らない。『ルチ将軍は1300だ』『勝てるか!!』

ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat17 力を渇望する者達 後編 コッソリ加筆
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/03/17 01:24
「……もう二時間もやってるみたいだが、本当にお前ら何してるんだ?」

半ば呆れたように言うヴァイスには応えず、六人は居住まいを正す。

とっくの昔に旦那達は帰ってきて休んでるってのに、と心の中で呟きながらも口には出さず、ヴァイスは腕を組んで木に背を預けた。

アグスタにヘリパイロットとして同行したヴァイスは、今日一日で起きたことを全て見ていた。ティアナ達三人が敵の襲撃で窮地に追いやられたこと、エリオ達三人がソルの言い付けを破って戦場に出たこと、撤収前にソルがエリオ達を叱ったこと、帰りのヘリの中で六人が強くなろうと意気込んでいたこと。

気持ちが分からない訳では無いが、年上として少し心配していたのだ。無茶なことをしないかと。

「そりゃ確かに今日のことは悔しいだろうけどよ、ちゃんと休まないと、後で旦那に強制的に休ませられるぞ」

この言葉に六人は今更気付いたようにビクッと身体を震わせる。

自己の体調管理すら出来ない未熟者にくれてやる仕事なんざ無ぇ、がソルの考え方だ。ホテルから帰ってきて休みもせずに人が来ないような場所でコソコソと喧嘩紛い論争をしていた、ということがバレてしまえば間違いなく焼き土下座が待っている。

「チビ共は明日学校あるんだし、ティアナ達は身体が資本なんだ。体調には気ィ遣えよ」

ソルの名前を出されてしまっては反論の余地が無かった。不満を表情で示しながらも渋々納得する面子。

ホラ寝るぞ、と促されて六人はノロノロと寮に向かって足を動かすことに。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

夜道をゆっくりと歩く七人の間に、会話は無い。

お喋りする気分ではないのか、純粋に疲れているのか、それとも意図的に会話をしないようにしているのか、ヴァイスには分からなかった。

遠目で先程の六人のやり取りを見ていた限り、意見が真っ二つに分かれて言い争いをしていたように見える。きっとそれが原因ではなかろうか。

どうしたもんかな。胸中で問いを投げ掛けても答えが返ってくる訳が無い。

(強くなりたい、か)

一人のヘリパイロットとして管理局に勤めているが、これでも元武装隊の一員だ。六人が抱いている気持ちは分かってやれると思う。

年上として何か良いアドバイスでも出来ればいいのだが、生憎とそんな都合の良いものは頭の中に浮かび上がってこない。

自分に出来ることは、無茶して身体を壊してしまう前に休むように口出しする程度。

(俺がこいつらに何か言ったって、聞きゃしねぇだろうしなぁ)

むしろヴァイスは六人が羨ましいくらいだった。

武装隊に居た頃の自分と比べて、六人は磨けば磨く程輝く才能の塊に見えた。当時の自分は遠距離狙撃手としてかなり高い実力を持っていたと自負していたが、前線で戦う魔導師のような移動能力は無く、攻撃に耐え得る程のバリア能力も無いし、誘導弾も撃てないし、そもそも魔力量もティアナの半分以下しかない。

だから『強くなりたい』と思っていても、焦る必要は無いのだと声を大にして言いたい。

しかし、そんな六人の師に当たる人物達は誰もが認める天才の集団だ。しかも前に『超』が付く。

『お前らには才能があるよ、少なくとも俺よりは。だから焦る必要なんて無い』とでも言ってみろ。絶対にキレられてしまう。

自分のような凡夫に認めてもらうことなんかよりも、誰よりも強いあの人に認めてもらいたいのだ。

特にティアナ達は此処最近良い所が無くて精神的に追い詰められている節がある。メンタルケアという意味でも何かしてあげないとは思いつつも、ヴァイスには何も出来ないのが現状だ。

無力な自分に歯痒さを覚えると共に、ソルに対してどうしようもないジェラシーを感じてしまう。

絶大な力と高いカリスマ性を兼ね揃え、デバイスの製作やロストロギアに関して造詣深く、ありとあらゆる仕事を完璧にこなし、周囲から慕われ、今もこうして若者達から求められている超人のような男。

ソル=バッドガイ。

彼はヴァイスには出来ないことが容易に出来る。ただ一言、何かしら認めてあげるようなことを言ってあげれば多少のメンタルケアになるというのに。

(男のジェラシー程みっともねぇもんは無いって分かってるんだがな、クソ)

心の中で毒つくヴァイス。その顔は自嘲気味な笑みを貼り付かせていたが、同時に諦めも混じっている。

初めてソルと知り合った頃は、ただ反発するだけだった。理由は単純明快、『部隊皆の憧れのシグナム姐さん』を横から掻っ攫われた気分を味わったが故に、ひたすらドス黒い感情を心の奥底で燻らせていたからだ。

だが、ソルという人間を知れば知る程、内心でソルと自分を比べているのが馬鹿らしくなってきて、気付けば『あの人には何があっても絶対に勝てない』という諦めが重く圧し掛かり、やがて羨ましいと思うこと自体が意味の無いことと成り果てる。

何もかも格が違う。本当にそれだけだ。

一管理局員にして武装隊の一人だった自分は、限りなく一般人Aだ。エースでもなければストライカーでもない。自分はあくまで『凡人』という枠から出れなかった。しかも今は武装隊ではなく一介のヘリパイロット。

対してソルは、十年前の時点で『終わらせることは不可能』と言われていたロストロギアによる事件を解決へと導く、天才の中の天才。その後も、あらゆる犯罪者を捕らえ続けた一流の賞金稼ぎ。管理局内外を問わず大きな影響力を持つ彼のことを知らない者は管理局内では少ない。

肩書きだけでこうまで違う。比べる以前の問題で、嫉妬することは間違いで。

それは頭では理解しているのに、感情が納得してくれなくて。

仕事中は仕事と割り切って彼と接しているが、どうしてもソルのことが気に入らない。少しくらいならソルに対して軽口を叩けるくらいに自分の態度は軟化したと思うが、やはり本音を言えばソルのことが好きじゃない。

どうして? と問われれば、なんとなく馬が合わない、と返すだろう。

好き嫌いの感情や、ソルの優秀っぷり云々を抜きにして、ソルという人物を受け付けないのかもしれない。もしそうだとしたらソルとは永遠に平行線のまま、関係も改善されずに自分は彼を見上げているだけなのだ、とヴァイスは思う。

(……何考えてんだ俺。馬鹿みてぇ)

思考を打ち切って、ヴァイスは項垂れるようにして自分の足を眺めた。

ヴァイスは知らないが、ソルに対する男性が抱く感情とは、ほとんどの者がヴァイスと同じか全く逆。もしくは同属嫌悪や仲間意識である。

憧れと嫉妬、心酔と羨望、憎悪と嫌悪、敵意と殺意。

どんな形であれソルに救われた者は皆、彼の強さと大きな後姿に惹かれ、憧れ、好意を抱く。自分もソルのようになりたいと思わせる。それ程までに彼が他者に叩き付ける印象というのは強烈だ。

例えば、エリオが男の理想像をソルに見ているように。

例えば、数年前にソルに助けられたことが切欠でDust Strikersに集まった賞金稼ぎ達のように。

例えば――当人達は知らないが――幼少の頃にギアに殺されかけた少年が、颯爽と現れ自分の命を救ってくれた男の強さに憧れ、後にギアと戦う精鋭『聖騎士団』の団長に就任し一騎当千と謳われたように。

逆にヴァイスのようにあまり良い感情を抱かない――はっきり言って悪感情を抱く者も多い。最悪、敵としてソルと相対すれば、血みどろの殺し合いへと移行する。

例えば、ソルと初めて会った時のカイやクロノ。

例えば、同胞であるギアを狩り殺していたソルのことを、誰よりも嫌い、憎み、殺したがっていた一体の人型ギア。

例えば、己の主の命を執拗に狙い続けるソルのことを激しく嫌悪し、ソルの殺害を企てていた”あの男”の腹心達。

純粋にソルの強さと優秀さに嫉妬しているのと同時に、彼の自分勝手で奔放な性格と人当たりの冷たさを認められない、というよりは認めたくないのだ。(ソルのことを心底殺したいと思っている連中は除外)特に真面目一辺倒な人格者であれば尚のこと、ソルの性格が気に入らない。

水と油のような関係だ。第三の要素を加えない限り、両者は決して混ざらない、交わらない。

故に、ソルの友人になり得る人物というのは、純粋に人間ではなかったり、超越者であったり、似た者同士であったり、百年単位での腐れ縁だったり、彼の人間性をよく理解した上でそういう人だからと気にしないか、余程人間が出来ているかのどれかだ。

重苦しい空気を纏わせて歩く七人。

と、先頭を歩くエリオが何かに気付き、顔を上げポツリと呟いた。

「あ、父さん」

皆が顔を上げエリオの視線の先に眼を向けると、寮から出てきたソルが何処かへと立ち去ろうとしているのが一瞬だけ視界に映る。

「どうしたんだろう?」

疑問を口にしながら自然と父親の後姿を追うエリオにつられるようにして、全員がソルを尾行することにした。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat17 力を渇望する者達 後編










付かず離れずの距離を保ったままソルを尾行する七人が辿り着いた場所は、いつも使っている訓練場である。

自分を覗き見している存在に気付いているのかいないのか――気付いているが気にしていないのかもしれない――ソルはバリアジャケットを展開し封炎剣を手にすると、

「……っ!」

小さい呼気と共に剣を振るい始めた。

訓練施設のシュミレーションを使った仮想敵との模擬戦でもない、魔法など一切使わない、トレーニングの中で地味な部類に入るただの素振り。

近接武器を扱う者にとっては基礎中の基礎。その基礎を、Dust Strikers内で面倒臭がり屋として有名なソルが一人でこなしている。

夜間でも支障が無いようにライトアップされた訓練スペースの中、ブンッ、ブンッ、とソルが振るう封炎剣の空気を切る音が周囲に響く。斜め上からの光に照らされ長く引き伸ばされたソルの影が、持ち主の動きを再現している。

やがてその動きが徐々に加速していく。踏み込みがより鋭くなり、全身の動きがより力強くなり、空気を切る音が段々大きくなっていく。

「っ!!」

もっと速く、もっと鋭く、もっと強く、というソルの思いが封炎剣を振るう度に聞こえてくるようだ。

黙々と素振りを続けるソルの後姿を見つめながら、エリオは小さな声を紡ぐ。

「父さんの嫌いなものって、何だか知ってますか?」

不意打ち気味に問われ、答えを窮するティアナとヴァイス。その隣に居たスバルとギンガは思案すような顔になってから口を開いた。

「確か、努力、だったっけ?」

「頑張ること、だったような」

自信無さそうな二人にエリオは頷いた。

「正解です。父さんの嫌いなものは努力と頑張ること。ついでに言えば、努力している姿や頑張っている所を誰かに見られるのも好きじゃありません」

そう言うと、エリオはくるっと回れ右。そんな彼にツヴァイとキャロも無言で倣う。素振りに励むソルと、ティアナ達に背を向ける形だ。

まるで、こっそり努力している姿を見られることが嫌いなソルに気を遣うように。

「父さんは常日頃から口では面倒臭いって言ってますけど、だからってやらない訳じゃ無いんですよ。どんな時でも最低限の基礎訓練は怠らないし、グリフィスさんに事務仕事を押し付けていても自分がやらなければならないことはしっかりやってます。たとえどんなに面倒臭くて嫌なことだろうと、愚痴は吐いても途中で投げ出しません。それが自分にとって必要なことだとよく理解しているから」

振り向かないまま、続けられる。

「地味な基礎って、ぶっちゃけ辛い作業です。ずっと同じことの繰り返し、模擬戦とかと比べるとつまらないし、疲労の度合いの割には強くなってる実感なんて薄くて。正直に言えば、僕だって面倒臭いからやりたくないなって思ったこと、何度もあります」

規則正しいリズムで、ブンッ、ブンッ、と素振りの音が鼓膜を叩く。

「それでも父さんは続けてます。何年も何年も同じ基礎を反復して、毎日毎日口癖のように面倒臭ぇって言ってる癖に絶対にサボらない……そんな父さんを見て育った僕が、父さんみたいに強くて優しい人になりたいと思ってる僕が、基礎を軽視する訳にはいかないじゃないですか」

エリオの言葉を聞いて、ティアナ達はつい先程まで基礎を疎かにするような考え方で強くなる方法を模索していたことに恥ずかしくなってきた。

「今日はもう寝ます。これ以上此処に居ても意味が無いし、ちゃんと休まないで日常生活に支障が出たら怒られるのは目に見えてますから……おやすみなさい」

そう言って振り向きもせずに歩き出すエリオ。

彼についていくのは当然ツヴァイとキャロだ。二人共それぞれ首だけ巡らせて会釈のみして立ち去ってしまう。

こうしてその場に取り残されたのは、ティアナとスバルとギンガ、加えてヴァイス。

そしてティアナ達は、離れた場所で一心不乱に剣を振るい続けるソルの後姿を呆然と眺めていた。





子ども達が訓練場を後にしてから十分が経過。

息を切らすことなく素振りをしていたソルが唐突に動きを止め、封炎剣を足元に向かって投げ捨てるように突き立て、ガンッ、と甲高い音が立つ。

「いつまでそうやって見てるつもりだ。用があるならとっとと出て来い、無いなら戻って休め」

呆れた口調を耳にして我に返り、なんとも気まずい思いを抱きながら四人は言われた通り彼の前に出た。

「こんな時間に雁首揃えて何やってんだ……まあいい。何の用だ? 聞いてやるから言ってみろ」

腕組みをしてから顎で促すソル。

だが、ティアナ達は言葉を詰まらせたように息を呑むだけで、口を開こうとしない。

そんな彼女達の態度を訝しんだソルの瞳が鋭く細められ、三人はますます萎縮してしまう。

と、ヴァイスが頭をかきながら言う。

「……いや、俺は特に無ぇっス」

「じゃあなんで居んだテメェ」

「な、なんででしょうね?」

「知るか」

ヴァイスを一瞥してから冷たくあしらうと、ソルは改めて三人に向き直った。

「「「……」」」

真紅の瞳が放つ無言のプレッシャーに負け、視線を合わせることすら恐れるように項垂れてしまう三人。

なかなか話し出そうとしない三人の態度に、ソルは肩を竦めて溜息を吐くと苦笑した。その表情は遊びに興じている我が子を少し離れた場所から見守る父親のようで、場の空気が一気に柔らかいものになる。

「言いたくないなら無理して聞くつもりは無いが、物言いたげな態度を見たら察してくれると思うなよ。考えや気持ちってのは、はっきり言葉にしないと相手には伝わらねぇもんだぞ?」

とりあえず言いたいことがあるなら早く言え、という感じに再度促すと、三人の中で一番最初に一歩前に進み出て口を開いたのはスバルだ。

「……どうしたら、どうしたらソルさんみたいに強くなれますか?」

震えた声音で縋るように問うスバルの真意が掴めず、ソルは急に仏頂面になると眉を顰めた。

「どういう意味だ?」

「そのままの意味です。私達は、強くなりたいんです」

ギンガがスバルの気持ちを代弁する。

「急にどうした?」

「今のままじゃ、弱いままじゃダメなんです……私は今よりもずっと強くなりたいんです、もう誰にも傷ついて欲しくないから、守られてばかりは嫌だから、強くなりたいんです!!」

これまで堪えてきたものを全て曝け出すように、突如ティアナが悲痛の叫びを上げた。

流石のソルも突然の出来事の若干驚いたのか目を瞠る。訓練場に響き渡るくらいの大声だったのもあるが、何よりも驚いたのは声に込められた感情の大きさだ。今まではティアナと事務的な会話のみで碌に会話らしい会話をしたことが無かったので――とソル本人は思っている――此処まで感情を露にした彼女が珍しかったのである。

まあ、はっきり言え、と言ったのはソルなのだが。

「……」

ソルは三人の顔を正面に捉えて観察し、やがて彼女達が何処か精神的に追い詰められているような節があることに気が付く。

思い当たることなど一つしかなかったので、暫し黙考した後に言葉を紡ぐ。

「ホテルでのことか」

だが、三人はほぼ同時に首を振る。

「それだけじゃ、ありません」

瞳を揺らせるスバル。

「ずっと、ずっと前から思ってました」

肩を震わせているギンガ。

「役立たずの足手纏いは、もう嫌なんです」

ぎゅっと唇を噛み締めるティアナ。

陰々鬱々とした口調でありながらきっぱりと訴えてきたことに、ソルはやれやれと再び溜息を吐いた。

「別にお前らを足手纏いだと思ったことは無いが」

「それは戦力としてあまり期待していないからですよね」

「……ああ」

ギンガに図星を突かれ、ソルは僅かな逡巡の後に白状する。

「昔からガキのお守りには慣れてる」

「旦那っ!! そんな言い方、いくらなんでもあんまりじゃないですか!?」

手厳しい発言に誰よりも激昂したのは、当の三人ではなくすぐ傍で話を聞いていたヴァイスだった。

「ヴァイス陸曹……」

ティアナが呆然と彼の名を呼ぶが、興奮気味のヴァイスには聞こえていない。

「こいつらが普段からどれだけ必死になって訓練してるか、旦那が一番分かってる筈なのにどうしてそんな言い方するんですか!! そりゃ確かに旦那達と比べたらこいつらはまだ若くて現場経験も浅いヒヨッ子さ。けど、こいつらはこいつらなりに優秀過ぎる教導官の下で頑張ってんだ、その努力を認めてやってもいいじゃないですか!!!」

「……何だ、まだ居たのか?」

激しく非難するように捲くし立てるヴァイスを、つまらないものを見るような視線を送るソル。その眼は心底どうでもいいものを面倒臭いけど仕方が無しに視界に入れてやるといった態度である。

「テメェの意見なんざ聞いてねぇ。黙るか失せるか、どっちかにしろ」

手をしっしと振り、あからさまに邪魔者扱いし始める始末。

流石にヴァイスもこれには頭にきた。

「馬鹿にしやがって……この、人の話聞けよオイ!!」

元々、ソルのことがあまり好きではなかったのもあるが、三人に対する態度があまりにも不誠実過ぎるとヴァイスの眼に映ったから、それがどうしても許せなかったのだ。

「初めて会った時から思ってたけど、アンタ何様だ? いつも偉そうで、好き放題命令して。誰も彼もがアンタみたいに凄ぇ強くて完璧に仕事をこなせる訳じゃ無いんだよ、それを少しでもいいから理解してやれよ、そんくらい簡単に出来んだろうが!!」

「ぎゃあぎゃあ喚くな、うざってぇ」

詰め寄るヴァイスの言うことなどに一切耳を貸さない。堪忍袋の緒を切るには十分である。

ソルに向かって大胆に踏み込み、襟首を掴んで引き寄せてから思いっ切りその仏頂面をぶん殴ってやる、そう思った。

だが――



「テメェの妹のお守りも碌に出来ねぇガキが粋がってんじゃねぇよ、小僧」



冷たい殺気を溢れさせるソルのナイフの如き言葉により、襟首を掴もうとしていた手が動きを止めることとなる。

心臓を鷲掴みされた気分を味わう。

怒りで熱くなっていた頭が急速に冷えていく。

「どうして……それを……?」

「本人から直接聞いた」

他人に知られていない筈の事実をさも当然と言わんばかりに告げてきて、ヴァイスは眼に見えて狼狽し始めた。

「旦那は、いつラグナと?」

「何年か前に、シグナムと二人で1039部隊に教導した時だったか。仕事が終わった後に挙動不審なガキを見掛けたからシグナムが声を掛けた。話を聞いてみればお前の妹だった。で、管理局を辞める前のシグナムはお前の上司だった。こっから先は言わなくても分かんだろ」

つまり、ソルはヴァイスが武装隊を辞めた理由を知っていたのである。

「じゃ、じゃあ、旦那は、俺とラグナのこと――」

「悪いが知ってる。まあ、本人は自分で何とかしてみせるから口出し無用、知らない振りをしてくれとも言ってたから、今までその通りにしてたがな……ちなみに、シグナムはお前にかなりお冠だぜ?」

ついでに言えばシグナムに付き合わされてよくラグナと遊びに行くことがあるぞ、と付け加えるがヴァイスの耳には届かない。

「他人のことをゴチャゴチャ言う前に、テメェの家族を何とかしろ。あいつは自分から逃げた兄を今も待ってる……何年も前からな」

「……」

沈黙し、伸ばし掛けていた腕を力無く下ろし、俯いてしまうヴァイス。

「用が無いなら失せろ、目障りだ。こんな場所で無為に時間を浪費するくらいならさっさと部屋に戻って妹にメールの一つでも入れてやれ」

いつもの不機嫌そうな仏頂面でそう告げると、ソルはヴァイスに向かっていきなり喧嘩キックをお見舞いした。

時間が固まっていたように動きを止めていたので当然避けれず、悲鳴を上げることすら出来ずに吹っ飛ばされて地面に転がったヴァイスには既に興味が失せたのか、ソルは目もくれない。

やがて、立ち上がったヴァイスがフラフラとした足取りでこの場をゆっくりと後にし――

「アンタに言われなくても分かってんだよっ、畜生!!!」

去り際に負け惜しみ染みた捨て台詞を残す。

「……口止めされてたってのに、やれやれだぜ」

カイとシンの仲をフォローした頃から思っていたことだが、自分は自分で思っている以上にお節介らしい、とソルは大きく溜息を吐いた。





「さて、話の続きだが」

何事も無かったかのようにソルは話を戻す。

「俺は別に強くねぇぞ」

予期せぬソルの反応に、三人は呆けたように「え?」と漏らす。

そんな三人に構わずソルは続けた。

「俺は”力”があるだけだ」

「えっと、それって『強い』ってことじゃないんですか?」

スバルの疑問にソルはゆっくりと首を振った。

「少なくとも俺の中では力を持っていることが強さに直結するとは思わん。ま、全く関係無いとまでは言わんが」

頭の上にクエスチョンマークを浮かび上がらせる三人。意味が分からない、という様子だ。

「”力”を持っているからって『強い』訳じゃ無ぇ。”力”はあくまで何かをする為の手段であり、道具だ。『強さ』じゃねぇ」

低く静かな声が三人の耳朶を叩く。

「……それなら、『強い』って何ですか?」

ティアナがおずおずといった風に首を傾げながら聞いてくるので、ソルは胸を張ってこう言った。

「知るか、テメェで考えろ」

これまた予想外の答えを受け、リアクションに困る三人。

「第一、それを教えたところでお前らに何のメリットは無ぇ。もし教えたとしても、それは俺が導き出した『強さ』であって、お前ら一人ひとりが求める『強さ』じゃねぇんだよ。参考にすらならん」

「私達一人ひとりが、求める『強さ』……?」

反芻しながら思考に耽るギンガ。

「人それぞれって奴だ。価値観も解釈の仕方も見解も人間の数と同じだけある。だから、強くなりたいんだったら自分なりの『強さ』を見つけるんだな」

ますます分からなくなってきたのか、とうとうスバルが知恵熱を発し始めた。

「焦る必要は無ぇ。お前らはまだ若い。戦う意味と目的、”力”の意味とそれを持つ責任も理解出来んだろう」

ソルは組んでいた腕を解き、左の手の平に紅蓮の炎を顕現させ、闇を照らすその光に視線を注ぐ。

「ゆっくりと時間を掛けて考えろ。経験することは何よりも大事なことだ。焦らずじっくりやってけば、いずれ自分なりの『強さ』を手にすることが出来る……かもしれん」

炎が握り潰され、手の平から明かりが消える。

「それまでは我武者羅に”力”を求めるのも悪くねぇ。若い連中ってのは特に『強くなりたい』って思いが人一倍あるからな、精々”力”を求めて足掻けばいい」

「あ、足掻く、ですか」

「そうだ。地べたを這いずるようにな」

意地悪い表情になったソルを見て、ギンガが眉根を寄せて「うわぁ」呻いた。

それでも普段は無口で必要最低限しか喋らないソルが、三人の話を真摯に受け止め、饒舌に語ってくれたことが嬉しい。面倒臭がり屋だから話しても突っぱねられると考えていただけに、感動も大きい。

いつもはとても厳しいけど、本当は優しくて真面目な人なんだな、自然とそう思う。

「だがな、一つ肝に銘じておけ」

眼を細め、真剣な眼差しと顔になり声のトーンを低くさせるソルに、三人は次に何が言われるのかと少しビクビクしながら身構える。

「これはエリオ達にも口を酸っぱくして言ってることだ」

「な、何ですか?」

スバルが促すと、ソルはすぐには言わず、地面に突き刺さったままだった封炎剣を引っこ抜いて肩に担ぎ、ゆっくりと三人に背を向けてから漸く口を開いた。



「強くなりたいと願うのはいい、力が欲しいと求めるのも構わん……だが、後悔したくなければ、俺のようにはなるな」



口調も淡々としていて表情も見えないので、今彼がどんな心境でそんなことを言ったのか、分からない。

どういう意味で言ったのかも分からなかった。

誰もが羨むであろう実力と実績を持ち、天才にしてエリートでエース・ストライカー、そして唯我独尊を貫く雲の上の人物。それが三人にとってのソル=バッドガイだった。

そんな彼が、どうして自分のようにはなるなと言うのだろうか?

ティアナは数秒間黙考してから言葉の意味を読み取ろうとして、結局出来なかったので問うことにする。

「理由を聞いてもいいですか?」

「……」

黙ったまま答えないソルの背中に視線を注ぐこと約一分、三人も黙ったまま静かに待っていると――



「……俺が”力”を求めた理由が」



少しずつ、ゆっくりと紡がれる。



「復讐を目的としていたからだ」



それは三人が初めて触れる、ソルの『強さ』の源。



「どうしても」



静かで淡々としていた口調が、突如として憎悪に犯されていく。



「……どうしても殺したい奴が」



こちらに背を向けているソルから殺気が放たれ、彼の感情に呼応するように、気温が徐々に上がっていく気がした。



「この手で必ず殺さなければならない奴が、一人居た」



唾棄すべき人物へ向けられた、激しい怒りと狂おしい憎悪。

ソルの豹変に三人は驚愕と戸惑いを隠せない。故に、彼の言葉を正確に認識出来ず、理解が追いつかない。

しかし、ソルは構わず最後まで言い切った。



「俺は、そいつを殺す為だけに”力”を求め、戦い、邪魔する者を全て皆殺しにして生きてきたからだ」



この時、時計の針が全て十二を指し、日付が変わる。

長かった一日は終わったが、むしろ暗黒の闇夜はこれからだった。











































「ぶきっちょ天邪鬼」

ティアナ達三人が立ち去ったのを見計らったように姿を現すなのはを、ソルは白い眼で見つめた。

「黙れ、覗き見野郎」

「覗き見? 私はただ、会議が終わった後にティアナ達がどうしてるか気になって少し離れた場所から様子を窺ってたけだよ」

「よくもまあいけしゃあしゃあとほざきやがって……それを世間では覗き見って言うんだよ」

しれっと答えるなのはに対して軽い頭痛を覚えながら、ソルは疲れを吐き出すように嘆息する。

「どっから見てた?」

「うーん、具体的には三人が子ども達と取っ組み合いしている途中から」

「……マジでいつから見てたんだお前……」

心の中でコッソリ戦慄するソルの傍に近寄りながら、なのはは問う。

「どうしてさ、あんな言い方したの?」

「何のことだ?」

「全部だよ、全部。ヴァイスくんに言ったこともそうだけど、三人に言ったこと。ヴァイスくんには言い方が酷過ぎるし、三人にはややこしくて中途半端な内容で伝わり切ってないよ、きっと」

「あれでいいんだよ、あれで」

なのはの視線からそっぽを向くソルは、何処か不貞腐れた子どものようである。

「良くないってば。お兄ちゃん、いつもそんな風だから必要以上に嫌われたり、警戒されたり、勘違いされたり、不審に思われたりするんだよ? 分かっててやってるから尚のことタチが悪いし」

「……そんなつもりは微塵も無ぇ」

あくまで白を切って本心を曝そうとしないソルの態度になのはは「しょうがないな」と呆れつつ、真面目な表情で言う。

「ねぇ? そんなに、そんなに皆には昔の自分みたいになって欲しくない?」

「……」

黙したまま応じないが、なのはは気にせず続けることにした。

「まず、ヴァイスくんに言ったこと。アレ、ヴァイスくんが”あの男”だとしたら、ラグナちゃんがお兄ちゃんだったんでしょ」

「……」

「……」

「……」

お互いが黙り込めば、自然と沈黙が訪れる。

そっぽを向いてなのはの眼を見ようとしない真紅の瞳に、彼女は根気強く視線を注ぎ続けた。

五分、十分と時間が過ぎて。

やがて、観念したようにソルは表情を変えないまま、ゆっくりと呟いた。

ウチの女共にはどうも敵わん、と言わんばかりに溜息を吐いて。

「……結局、俺は奴を許すことが出来なかった。全てを無かったことにして過去を水に流すことなど、出来る訳が無かった。その証拠に今でも奴が憎い。一度殺した程度じゃ気が済まん……左眼の視力を失ったってのに、恨み言を吐くどころか『昔のように仲の良い兄妹に戻りたい』と願うラグナが少し羨ましい」

「うん」

相槌を打つなのは。

「あの二人はまだやり直せる。何故ならラグナはこれっぽっちもヴァイスを恨んでねぇからだ、信じられんことにな。最後の最期まで……奴の息の根を止めるまで関係を修復出来なかった俺達とは、何もかもが違う」

たとえどんな理由があろうとも許せなかった。許さなかった。許す訳が無かった。許す訳にはいかなかった。だからこそソルは誓った。必ず”あの男”を殺すことを。

そして、”あの男”は待っていた。ソルが自分を殺しに来ることを。

これ程までに歪で狂った人間関係を築いたソルと”あの男”だが、二人共自ら犯した罪を認めず責任から逃げたことはない。

故に、ヴァイスは妹に真正面から向き合わず責任から逃げた腰抜けのヘタレにしか映らないのかもしれない。

責任感が誰よりも強いソルにとって、それは許し難い行為なのだろう。

「確かに全然違うけど、ていうか話のスケールすら違うんだけど。ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ似てるかもしれないね。だからあんな人の心を抉るような最低な言い方したの? 自分はいくら嫌われてもいいから、仲の良い兄妹に戻って欲しいって?」

「その代わり効果は覿面だろ?」

「代償としてお兄ちゃんが凄く嫌われたと思うんだけど」

「負の感情をぶつけられるのは慣れてる」

ソルはミッドの夜空を見上げ、フンッ、と実に皮肉が込められた感じで冷笑した。

「相手が居る内はまだいい。謝ることも、許すことも出来る。お互いに言いたいことを言い合える。喧嘩だって出来るし、兄妹仲良く一緒に暮らすことだって出来る」

「……お兄ちゃんは、”あの男”と仲直り、したかった?」

慎重に聞いてみる。

「いや、あと百回は殺したい」

「嘘でもいいから肯定しようよ、此処は」

なのはが「『ああ』って答えれば良い話で終わるのに」とジト眼になる。

「だが、俺と奴は互いとって唯一の存在だった……それだけは事実だ」

”あの男”のことを語る時、憎悪と嫌悪に混じって小さな悲しみが存在することをなのはは知っていた。

唯一無二の親友だと思っていた男に裏切られ、復讐を誓い、利用されていると分かっていながらその命を狙って百年以上も戦い続けた義兄の背中を眺めつつ、なのはは思う。

天邪鬼だ、しかもとんでもない程に、と。

素直に言えばいいのだ。ラグナは誤射のことを気にしてないから放っておくな、妹を放置して仕事に逃げる最低な兄貴で居るな、同僚よりももっと優先すべきだろ、たった一人の妹だろ、俺みたいに修復不可能な絆じゃないんだから、と。

ついで文句も言わせてもらえば、ティアナ達の前座のようなぞんざいな扱い方がダメだ。こういう話をするならするで、ちゃんとした場所を設けて二人っきりで話すべきだろう。さっきのはどう見ても厄介払いしたいから話を持ち出したようにしか見えない。

男は叩けば叩く程成長する、とはソルの弁だが、皆が皆彼の物言いに対して反骨精神を抱く訳では無いし、ネガティブな考え方の人間だって居る。ユーノみたいに根性ある人は彼が思っているよりもずっと少ないのに。

堕ちたら這い上がれ、這い上がれないならそこで一生腐ってろ、という見解は根性が無い人間には厳しいのではないか。

まあ、最終的には強引な手法で無理やりなんとかしてしまう無茶苦茶な人なので、これ以上は言っても無駄だろう。ヴァイスとラグナがこれを切欠に少しでも関係が改善されることを祈るのみ。

「何か得する訳でも無いのに、いつもそうやって自分から憎まれ役を買って出る。難儀な性格してるっていうか、損な性格だよね」

「別にカイみてぇに『皆が笑顔じゃないと嫌なんです』って綺麗事言ってる訳じゃ無ぇ。ただ俺は、ラグナに関して本人やシグナムからちょくちょく話を聞かされてたし、一介のヘリパイロットの癖して俺に意見してきた身の程知らずのヘタレが気に入らなかった、それだけだ」

「同じだよ、『皆が幸せじゃないと気に入らない』って聞こえる。しかも本音語った後に嘘吐いても説得力無いってば」

「あんな坊やと同じだと? 地味にショックでかいぜ……」

「アハハハハ、カイさんも同じこと言いそう!!」

若干落ち込んでいるソルの背中をバシバシ叩きながら、なのはは大声で笑ってやった。

「ねぇ、お兄ちゃんはヴァイスくんのことどう思ってるの?」

試しに聞いてみる。

「犯した罪から逃げて、当時六歳の妹を今まで六年間も放置し続けてきた腰抜け」

予想以上に評価が低くてなのはは笑うのを止めて固まってしまう。評価が低いどころかマイナス値だ。これはいかん。相当お冠のようだ。聞かなきゃ良かったかもしれない。

「テメェの所為で失明させちまったんなら、一生テメェが妹の眼になれってんだ」

「……そんな覚悟をすぐに出来て即実行に移すのはお兄ちゃんだけだよ」

「そうか? 残りの人生を妹に捧げる程度だろ? そんくらいの責任はあんだろ。俺がもしなのはの眼を失明させちまったんなら躊躇しねぇ、お前が死ぬまで傍に居て面倒見てやる」

「愛の告白は凄く嬉しいんだけど、お願いだから普通の人間の物差しで考えてあげて。ヴァイスくんは不老不死じゃないの」

「それはまあそうだが、あいつにはどうも覚悟が足りてねぇ。仕事中にヘラヘラしてるとこを見る度に、構ってもらえないラグナが可哀想でな。ギクシャクしてる家庭の話ってのは、聞いててイライラする」

カイとシンも事情が事情なだけに面倒だった、と彼は語る。

「そこまで肩入れするってことは随分仲良しさんなんだね、ラグナちゃんと」

ちょっと嫉妬しちゃうかも、とおどけて見せる。

「シグナムの方が俺より仲が良いと思うぜ。俺はあくまでもシグナムの付き添いだ……って何だその疑いの眼差しは? 文句あんのか?」

「アハハ、なんでもないよ~」

そう言ってなのはが笑うと、ソルもやれやれと苦笑せざるを得なかった。










「それで? ティアナ達のことはどうするの?」

ひとしきり笑ってから、なのはは次の話を持ち出す。

「さあな」

鼻息荒く返ってきた言葉に一瞬呆気に取られてから、いきなり憤慨する。

「あのね、肝心なことを何一つ言ってないでしょ。なんで『さあな』なの!?」

「何怒ってんだ。ちゃんと言うべきことは言ったじゃねぇか」

「何・処・が!! 自分は昔復讐してて人殺しの経験がある、だから自分みたいにはなるなってことくらいしか言ってないでしょ!!」

「十分伝わってるだろ」

「事実しか伝わってないの!! 三人の中じゃお兄ちゃんは人殺しってことで話が完結しちゃってるもん、これどうするの!?」

「俺もついに管理局から追われる身か」

「そんなことになったら管理局なんて私が潰す!!!」

そう宣言するなのはの眼がマジだったので、ソルは渋々「三人に誤解させるような言い方をして悪かった」と謝った。

「つっても、ギアに関しては何一つ教えるつもりは無ぇぞ。勿論、法力についてもだ」

「……子ども達ですらお兄ちゃんの秘密全部知ってるのに。まあ、それを教えるか否かはお兄ちゃんの判断に任せるけど、だったらだったでもっと他に言い方があるでしょ」

「例えば?」

「例えば……うーん、例えばこんな風に『昔の俺は戦うことでしか自分を表現出来なかった』とか、『俺の”力”は何かを破壊する為に手にしたものだから、誰かを守る為に”力”を欲するお前らは俺と同じ理由で強くなろうとするな』とか」

今考えて思いついたものをそれっぽく言ってみると、ソルが半眼になって言う。

「なのは、お前はエスパーか?」

「え? そんなに的を射ていたの? っていうか、そこまで芯を捉えてる内容があったならさっき自分で言えば良かったのに!!」

「まさか俺の周囲に居る女共は心を読む能力が……やはり精神感応? そういえば思い当たる節がいくつか……」

「真剣に考察してるところ悪いんだけど、そんな能力無いからね」

もう……どうしてこの男はこんなにぶっきらぼうで説明するのが嫌いで言葉が少ないんだろう、おまけに言うことは辛辣でオブラートに包むようなことも言葉を選ぶようなことも一切しないし、他人に自分のことを勘違いさせるのが趣味なんじゃなかろうか? となのはは頭を抱えてどうすればいいのか思案する。

しかし、残念なことに後で上手くフォローするくらいしか良い案が浮かび上がらない。

「さっきからギャーギャーうるせぇ。もういいだろ? とにかく、あいつらには俺みたいになるなって伝えたんだからよ」

どや顔でそんなことをのたまうソルになのはは全力で抗議。

「良くない、全っ然良くない!! 一番伝えなきゃいけない部分が伝わってなくて、一番伝えちゃいけない部分だけが伝わっちゃってるの!! 管理局法で定めてる最大の禁忌は人殺しなんだよ!?」

「だからって今更追いかけて後付けの説明なんて出来るか」

「じゃあ明日!! 明日一緒にもう一回お話しよう? 私は勿論、言えば他の皆も喜んで協力するからさ」

妥協案を示すが、三秒も経たない内に却下されてしまう。

「悪い。明日はゼスト達のことでナカジマ夫妻と話がある」

「それって明日じゃなきゃダメなの?」

「急がねぇとクイントが此処に殴り込みを掛けて来る可能性が出てきたからな。明日、朝一で出る」

ちっ、口汚くと舌打ちしつつ眉を顰めるなのはがうんざりと告げる。

「だったらなるべく早く帰ってきてね」

「無理だ。その後はジュエルシードに関してティーダと――」

「そもそもなんでお兄ちゃんがわざわざ地上本部になんか出向かなきゃいけない訳!? 呼べばいいでしょ、此処に。ティーダさんなら文句言わずに来てくれる筈だし、クイントさんが殴り込み掛けて来るならむしろ丁度いいじゃない!?」

「なんでキレてんだ!? ったく……ゲンヤが来れねぇんだよ。あいつ責任者だから部隊を留守にしてホイホイ動けねぇし――」

「うん、こうなったら二人に来てもらおう。で、クイントさんとティーダさんにはそれぞれナカジマ姉妹とティアナのことでアドバイスしてもらうとして」

「遮ってねぇで最後まで人の話を聞け!! つーか何勝手に決めてんだ。この場合ゲンヤはどうなる?」

「二の次。今回は悪いけど留守番してもらお」

「本当に悪いなお前……ちっ、もうそれで構わん、お前の好きにしろ。後で誰かが文句言ってきても俺は知らぬ存ぜぬを貫くからな」

「文句なんて言わせないから安心して」

「……今の発言で逆に不安になったぞ」

すったもんだの挙句、明日の予定はなのはプランでいくことになってしまうのであった。





「それで?」

「今度は何だ?」

話がある程度纏まると、ふいになのはが主語の無い問いを投げ掛けてきたので、ソルは不機嫌そうな口調で問い返す。

「ティアナ達のことはどういう風に評価してるの?」

「聞いてたろ。お守りをしなきゃなんねぇガキだ」

「ガキガキって言ってるけど、お兄ちゃんにとっては皆ガキでしょ? 昔カイさんにも似たようなこと言って喧嘩してるの知ってるんだからね」

「ほほう。誰からそんな話を聞いた?」

懐かしい内容に興味を引かれたのかソルが聞いてくる。

「カイさんから」

「よりにもよって本人からかよ……で、喧嘩の原因になった俺の発言はどんな内容だ?」

「『足手纏いの小僧』」

あー、言ったな昔、とソルは聖騎士団に入団したばかりの頃を脳裏に描く。

当時は顔を突き合わせる度にカイと言い争いや喧嘩していたのだ。

「でね、ボコボコにされてからお兄ちゃんにこう言われたんだって。『テメェのお守も出来ない小僧が粋がってんじゃねぇよ、団長さんよ!!』って」

一語一句漏らさず覚えているということは、かなり根に持っていたのかもしれない。

「あと他には『目障りなんだよ』『失せろ』『うざってぇ』」

「ちょっと待て」

「ん?」

待ったを掛けられなのはが首を傾げて口を閉ざす。

「お前、明らかに俺がさっきあいつらに言ったことと被る内容をチョイスして言ってんだろ」

「偶然じゃない?」

「すっとぼけやがって。一体何のつもりだ?」

すると、なのはは意地悪い笑みを浮かべて見せる。

「本当は心の何処かでちょっとは認めてるんじゃないの? 実力はともかく、ただ純粋に誰かを守る為に強くなろうっていう強い想いとか、その為に努力を惜しまない姿勢とかはさ」

「……ま、根性だけは認めてやってもいい。あいつらみてぇな――」

「『諦めが悪い連中は嫌いじゃない』、でしょ?」

台詞を横取りされてしまったソルは暫し反応に困ってから、不貞腐れたように漏らした。

「……よく分かってるじゃねぇか」




























後書き


天を貫くドリルが確定報酬じゃないだと!?

嘘だ!!!

ということでこっそり加筆。

題名の順番が16の後編の筈が17の後編になってたのは純粋なミスです。



[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat18 その私欲は眩く
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/03/17 02:30


「一睡も出来なかった」

「アタシもよ」

ベッドから立ち上がって独り言を呟くスバルにティアナが同意を示す。

今日は休養日なので朝練は無いのであるが、習慣化された起床時間のおかげでベッドから自然と這い出した。

二人は今にも倒れそうな程に衰弱した病人のような声で挨拶を交わし、ノロノロと寝巻きから私服に着替える。

「ねぇ、ティア」

「何?」

「その……ソルさんが昨日言ってたこと、なんだけど」

「……」

着替えが終わると同時に声を掛けてきたスバルが躊躇いがちに話しを振ってきた。だが、そこから先は上手く言葉に出来ず、口をもごもごさせるだけで終わってしまう。

昨晩にソルから言われたことを気にして眠れなかったらしいスバルの表情はかなり酷い。睡眠不足の所為もあるがいつもの無駄に有り余ってる元気も無く、信じられない――信じたくない事実を突きつけられて眼に見えて落ち込んでいた。

(無理もないわよね)

スバルのしょぼくれた顔を見ながらティアナは思う。彼女にとってソルは何年も前から付き合いのある年上のお兄さんで、ぶっきらぼうで面倒臭がりで粗野な人間であるが信頼出来る人物で、家族ぐるみでよく遊んでもらったのだ。

それが――

「っ……」

何かを言おうとして失敗しているスバルの心情を察したティアナは、眉を顰めてから何か口にしようとして、どんな励ましの言葉を掛けようと無意味だと気付き、スバルと同じように失敗する。

ソルははっきりと言ったのだ。自分はかつて人殺しであったと。嘘でもなければ冗談でもない、紛れもない事実として。彼が復讐者であったということは、声に込められた憎悪が何よりも証明していた。



――『強くなりたいと願うのはいい、力が欲しいと求めるのも構わん……だが、後悔したくなければ、俺のようにはなるな』



彼は後悔しているのだろうか。復讐を遂げる為に強くなりたいと願ったことを、力を求めたことを。

それとも彼は復讐の過程で奪ってしまった命に対して後悔しているのか。

もしくは復讐それ自体を後悔しているのか。

そもそも何故『復讐』という単語が出てきたのか。

分からない。

知りたくても聞けなかった。無言の背中が全てを拒絶しているようで、知っている筈の人物が得体の知れない別人に摩り替わっているような気味悪さに恐怖を覚え、あの時は逃げるように立ち去った。

考えても答えが出ない。出口の無い迷宮を彷徨っているような感覚で思考を続けた結果、いつの間にか朝になっていた。

「とりあえず、外の空気でも吸いに散歩でも行きましょ」

「……うん」

辛気臭い空気を放つスバルを連れて寮の部屋を出たら、丁度隣の部屋から出てきたギンガと鉢合わせになる。彼女もスバル同様に辛気臭い感じである。

「あ、おはようございます」

「お、おはよう」

「おはよう、ギン姉」

「……」

「……」

「……」

黙り込む三人。やはりギンガも昨晩のことが尾を引いているのか、あまり元気が無い。気まずい空気が寮の廊下を占めるその様はまるで葬式後のようだ。

その時、

「そんな角で俺は掘られなーいー♪ 掘られたときのダメージはいーちおーつなーのさ♪」

妙な歌を機嫌良さげに唄いながら、グラーフアイゼンをギターに見立ててジャカジャカと擬音も混ぜながら(エアギター?)をしつつこちらへ歩いてくるトレーニングウェア姿のヴィータが現れた。

「嗚呼、早く尻尾切れよカス♪ ……ん? ヨッ!!!」

ヴィータは三人に気付くと歌を唄うのを止め、やたらハイテンションに手を挙げて挨拶してくる。

おはようございます、と返事をする三人であるがヴィータはそんな三人の表情から何かを感じ取り、訝しむように首を傾げてから納得したように頷いた。

「何だ? 三人共肉食獣に捕食された草食獣の死に顔みてーな顔しやがって。もしかして欲求不満なのか? ストレス解消はちゃんとしてるか? 男に飢えてるんだったら何人か紹介してやらねーこともねーぞ」

「「「違います!!」」」

「じゃあ、あの日か? 重いんだったらシャマルに相談した方が――」

「「「違いますってば!!」」」

とんでもない発言を朝からかますヴィータに全力で否定する。

しかし、当の本人は聞いていないのか、勝手にどうでもいい情報を提供してきた。

「なのはとフェイトは割りと軽い方なんだけどよ、はやてが結構重いみたいで初潮迎えた時くらいから朝は辛い辛いって言いつつ『これで既成事実が作れるようになった』ってほくそ笑んで――」

「何の話してるんですか!! 誰も聞いてませんよそんなことっ!?」

顔を真っ赤にして半ばキレるようにティアナが絶叫。

「おっ、元気出てきたじゃん、良かった良かった。何があったのか知らねーけど腐ってたら人生楽しくねーだろ。この世は楽しんだもん勝ちだから日々を悔い無く過ごすことを推奨しとく」

先のデリカシーの欠片も無い発言がヴィータなりに元気付けようという気遣いであったことを知り、ティアナはそっぽを向き唇を尖らせながらも「お気遣いどうも」と拗ねたように礼を言う。

ニシシッ、と悪戯小僧のように屈託無く笑うヴィータの顔を見て今まで自分達が纏っていた重い空気が吹き飛んでくれたので、三人は心の中で感謝する。

「で? なんか悩みでもあんのか? このヴィータ教導官様が迷える発情期に突入したメス猫共の悩みを聞いてやるから大いに感謝しやがれ。ホレ、言ってみろ」

アイゼンを肩に担ぎ、えっへんっ、と無い胸を張り尊大な態度を取るロリっ娘。

この言葉で五秒経たない内に今ヴィータに感謝したことを後悔する三人だった。





昨晩のソルの言葉をそっくりそのままヴィータに伝えると――内容が内容なので出来るだけ誰にも聞こえないように声を潜めて――彼女は急に不機嫌面になる。

「ソルがそう言ったんだな?」

「はい」

確認するように聞かれたのでギンガは頷く。

「ちっ、あの馬鹿野郎余計なこと言ってる癖に肝心なこと言ってねーじゃねーか、クソが。ミイラになるまで搾り取られて腎虚で倒れればいいのに」

口汚くソルのことを罵りつつ舌打ちし、ヴィータは三人をジロリと睨んだ。

当然、睨まれた三人は萎縮する訳で。

「結論から先に言うとソルが言ったことは事実だ。嘘は言ってねー」

思わず三人は息を呑む。家族としてソルと十年も一緒に暮らしてきたヴィータの言葉が、昨晩から胸の内にあった信じたくない事実をいよいよ現実味が帯びたものにしてくれた。



――ソル=バッドガイは人殺し。



「あ」

自分の身体が小刻みに震えていることに気付いて、スバルが小さく声を漏らす。



――『この手で必ず殺さなければならない奴が、一人居た』



語られる口調が殺意に満ち溢れていて。



――『俺は、そいつを殺す為だけに”力”を求め、戦い、邪魔する者を全て皆殺しにして生きてきたからだ』



隠そうともしない憎悪が、毒牙となって聞いていた者達の精神に喰らいつき、灼熱の如き負の感情を流し込んだ。

ドクンッ。

高鳴る心臓の音がやけにうるさく聞こえてくる。

もしかしたら何かの冗談だったのでは、という淡い期待が打ち砕かれ、紛れもない事実として認識せざるを得なくなった瞬間だった。

「おいスバル、スバル!!」

「へ?」

ヴィータの大声に我に返ると、スバルは身長の低い彼女に襟首を掴まれて引き寄せられている為にやや中腰になっている状態だ。

「えっと、私……」

「ショックだってのは分からんでもないが、いきなり意識飛ばしてんじゃねーよ」

呆れたようにそう言って襟首を離し、両手を腰に当ててやれやれと溜息を吐くヴィータ。

「此処で話すような内容じゃねーな。オメーら面貸せ」

三人に背を向けて廊下をトコトコ歩き出すので、ついていく。

辿り着いた場所はヴィータの部屋だ。

「ま、ちょっと散らかってっけど気にすんな」

入るように促されて入室すると、視界には「俺が部屋の主だ」と言わんばかりにドデンと部屋の一角を占領するように鎮座している巨大な薄型液晶テレビがあった。その両隣には右大臣左大臣のように控えるこれまた巨大なスピーカー。カーペットが敷かれた床には地球から取り寄せた漫画本やらゲーム機の本体やソフト、音楽や映画やアニメなどのディスク媒体、ノートパソコンなどが所狭しと転がっており、お世辞でも『ちょっと』レベルじゃ済まされない。

そして忘れてはいけないのが、なんか異様な気配と存在感を放つウサギのぬいぐるみ。『のろいうさぎ』とかいうらしい。夜中に目撃したら瘴気とか漂わせて動き出しそうで普通に怖い。

なんか部屋の主の性格や見た目をそのまま映しているかのような、やたらと趣味に走った中高生の部屋みたいだ。

音漏れとかどうしてるんだろう? あ、魔法か……などと部屋の防音機能について考えを巡らせている間にヴィータはベッドに腰掛け腕を組んでいた。

「ドア、閉めてくれ」

「はい」

最後に入室したティアナがドアを閉め、それから三人は散らかってる床になんとかスペースを作って座ると、それを待っていたヴィータが重苦しい溜息を一つ吐いてから語り出す。

「あー、何から言えばいいのか分かんねー……つーか、なんでアタシがこれからあのアホが自分でやらかしたことの尻拭いしなきゃなんねーのか甚だ疑問なんだけどよ」

と思ったら愚痴である。

「あいつはいつもそうだ。肝心なことは最後まで何一つ言わねー。理解した上で納得してもらおうっつー努力もしねー。一人で勝手に結論付けて自己完結させちまうし、他人から自分がどう思われていようと関係無いって考え方してっから無茶苦茶なこともたまにやる……身勝手で、馬鹿な野郎だ」

うんざりしている様子でありながら、ヴィータの声にはソルに対する親しみが込められていた。

「あの、ヴィータさん」

「ん?」

緊張した面持ちで小さく左手を挙げるギンガにヴィータは首を傾げる。

「ソルさんは復讐の為に”力”を求めたって言ってたんですけど、ヴィータさんはそのことについてどの程度ご存知なんですか?」

「……」

問われた瞬間、ヴィータの顔から表情が消え、急に黙り込む。きゅっと鋭く細くなった青い瞳に射抜かれ三人は言い知れない威圧感を真っ向から受けて萎縮してしまう。

無表情のヴィータが醸し出す気配は確かに不穏なものであるが、怒気でもなければ殺気でもない。ただ純粋に、凄んでガン飛ばしているだけだ。それでも三人をビビらせるには十分な迫力があった。

『まさか私って一番聞いちゃいけないこと聞いた!?』

『た、たぶん』

『たぶんっていうか、ヴィータさんのリアクションを見る限り確定かと』

念話でギンガが焦ったように二人に振ると、スバルとティアナはギンガに同情するような心境で返答する。

沈黙が部屋を支配し、空気が一気に重くなったのを三人は自覚した。特にギンガは地雷を踏んでしまったのかと気が気ではない。

カッチ、カッチ、と目覚まし時計が奏でる秒針の音だけが室内に響く。

無言のプレッシャーが全身に圧し掛かり精神を苛み、やがて三人が胃痛を覚える程の緊張感に耐え切れなくなって頃、漸くヴィータが口を開いた。

「狩人」

「……え?」

訳が分からずスバルが声を漏らすが、ヴィータは構わない。

「復讐者」

「「「……」」」

ヴィータが先の言葉と合わせて誰のことを示しているのか悟り、口を閉ざす。

「そして贖罪者。それがソルの纏ってた仮面の全てだ」

「贖罪者……?」

どういうことなのか分からないまま反芻するティアナ。やはりスバルもギンガも分からないらしく、頭の上に?を浮かべて呆けたような表情だ。

「賞金稼ぎとして戦うこと。獲物を狩る生き様は、あいつにとって復讐と贖罪に生きることと同義語だった……復讐を遂げる為に、罪を贖う為に生きてきた」

此処で引っ掛かることが一つある。賞金稼ぎとして重犯罪者をターゲットにしているソルが狩人というのは分かるし、納得も出来る。復讐者というのも、当の本人やヴィータが言うのであれば認めたくないが事実であるのだろう。しかし、贖罪者というのはどういうことなのだろうか?

賞金稼ぎとして戦う過程で、復讐の過程で罪を犯し、それを贖うという意味でなら自然と理解出来るものだが、ヴィータは『戦うことが復讐と贖罪だった』と言っているのだ。

まるで禅問答を聞いているようで、全く理解が及ばない。

「あいつは昔こう言ってた。俺は罪人だ、俺は俺という罪が消えるまで贖い続けるべき存在だ、って」

罪人は贖うもの。ならば、一体彼はどんな罪を犯したというのだろうか? 

ますます分からなくなってきた。最早三人にはソルがどのような過去を背負い、何を思って戦い、生きているのか想像すら出来ない。

それを察したのか、ヴィータは苦笑して表情を和らげた。

「まー、あいつについては核心部分を詳しく話せねーし、どうしても曖昧な言い方になっちまうからアタシが何言っても意味分かんねーって思うだろうけど、これだけは理解しておいて欲しい」

心して聞けよ、と続く。

「ソルがお前らに『俺のようにはなるな』っつったのは本心からだ。どんだけ強くてもたった独りでずっと復讐と贖罪に生きてきたあいつとって、仲間と一緒に誰かを守る為に強くなろうとしてるお前らの”在り方”は眩しいんだ。もっと分かり易く言えば羨ましいんだよ、お前らのことが」

「ソルさんが、私達のことを羨ましく思ってる……?」

これまた信じられないことを聞いたかのようにスバルが聞き返す。

「ああ。少なくともあいつはお前らのことを心の何処かで羨ましいと思ってる筈だ。根拠なんてこれっぽっちもねーけど、アタシとソルは似た者同士だからな、なんとなく分かる」

まるで遠くから見守るように見つめてくるかの如く瞳を細め、たおやかな笑みを浮かべるヴィータは、外見年齢が十歳未満とは思えない程に大人びていた。

それは容易くヴィータの存在感を大きくし、三人には自分達よりも背の低い筈の少女を大きく見せている。

「だからよ、繰り返しになっちまうけどアタシからも言わせてもらうぞ」

そのままヴィータはゆっくりと、諭すように紡いだ。

「お前らは、アタシらのようにはなるな……約束だかんな」





バタンッ、と重い音を立てて三人が退室したのを見送り、部屋の防音機能がちゃんと機能したか確認してからヴィータは頭を抱えて天井を仰ぐ。

「゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! アタシもソルのこと言えねぇぇ! 肝心なこと全然伝えられてねぇぇじゃんかよぉぉっ!!」

つい今しがた三人に見せた大人としての態度など微塵も無い。

そのままベッドに倒れ込んで悶絶するようにゴロゴロ転がる。

「無理だ! ギアと法力のこと抜いて上手く話すなんて不可能だっつーの!!」

ジタバタ暴れていると勢い余ってベッドから転落し、「おぶばっ!?」と悲鳴が上がった。

ついでに、追い討ちを掛ける形でグラーフアイゼンのハンマーヘッドが脳天に、ガンッ!! と直撃してしまう。どうやらベッドに倒れ込んだ瞬間に上へ放り投げたのが運悪く落ちてきたらしい。

「星が、星が見えるスター……」

頭の上にいくつもの星を旋回させてピヨるヴィータ。

展開した状態のアイゼンはかなり重たい。元々鈍器として使用するアームドデバイスだったのもあるが、十年前に部品のほとんどを封炎剣と同じ素材にしたおかげで以前よりも遥かに強度が上がった反面、重たくなった。これで殴らなくても上から落とすだけで普通に死ねる。

しかし、ヴィータもヴィータでやたらとタフで回復力も半端無いので数秒も経てばケロッとしているのだが。

「……あいつらなら、って思っちまうけど……こればっかりはアタシの独断で教える訳にはいかねーからなー」

仰向けになって動きを止め、視線を天井へと注ぐ。

法力、ギア計画とギア、聖戦、”あの男”への復讐、自らへの贖罪、それらを全て話すことが出来ればどれ程ソルのことを理解してもらって、彼の気持ちを伝えることが可能なのかと思うと、ヴィータは歯痒くて仕方が無かった。

ソルのことを単なる『人殺し』や『復讐者』として勘違いされままでいて欲しくない。

そうなってしまった事情を話してしまいたい。

自業自得かもしれないが彼も犠牲者の一人なのだ。科学者としての生き方も、愛する女も、信頼していた友人との友情も、それまで築き上げてきた『人としての自分』も、何もかも失った。

だからこそ、自分から全てを奪った親友に復讐を誓い、修羅へとその身を堕としたのだ、と。

彼がどれ程の決意と覚悟を以って『再び自分のような犠牲者を出すまい』と戦ってきたのか、戦う為だけに百五十年以上もたった独りで生きてきた孤独と悲しみを、知って欲しい。

そして何よりも、彼の持つ”力”が決して望んで手にしたものではないことを、伝えたい。

「反面教師になるのはいいけどよ、なんで自分が復讐者で人殺しだったって教えちまうんだよ。そこまで言ったんなら全部言っちまえっつの……馬鹿野郎」

蚊の鳴くような弱々しい声で此処には居ない人物に文句を言いつつ、ヴィータはアイゼンを胸の前で抱き締める。

管理局では非殺傷という無傷で相手を制する方法がある以上、殺人とは禁忌であり、禁忌を犯したものは皆例外無く重犯罪者の類だ。

きっと三人の頭の中では、ソルがかつて重犯罪者だったと思われているのだろう。確かにソルは大昔に罪を犯したし、”あの男”と同様に文献にもその名前が――本名で――載っている。殺人も数え切れない程手に染めていたが、管理世界出身者が思い描く『殺人者』ではない。

彼の故郷では、賞金稼ぎが『生死問わずの賞金首を殺すこと』が犯罪になることは一切無い。当然だ。生死問わずの重犯罪者が世間から居なくなって、感謝こそされても、咎められるのは筋違いだった。そういう価値観の世界なのだから。

たとえ相手が人間だろうとギアだろうと容赦無く皆殺しにしたのは事実であるが……唯一の例外は『木陰の君』のように自由意思を持ち、その上で破壊を求めない人畜無害なギアだけだ。

なんだか切なくなってきてしまった心をそのままに、ヴィータは暫くの間、黙したまま白い天井を見つめていた。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat18 その私欲は眩く










時刻は午前九時過ぎ。

Dust Strikersの前に一台の乗用車が停止し、助手席側のドアが開き、中から青く長い髪が特徴的な女性が姿を現す。

「此処がDust Strikers……初めて来たけど、随分大きい施設なのね」

クイント・ナカジマである。その格好は仕事中ということもあって管理局の制服だ。

「費用が何処から捻出されたのかは、知らない方が良いかもしれません」

応じるように呟いたのは運転席側のドアから出てきた青年。

ティーダ・ランスターだ。こちらもクイントと同様に勤務時間中なので制服の格好をしている。

何故二人が今日此処に来たのかというと、クイントは昨晩にソルから『ゼスト生存』と『メガーヌとルーテシアかもしれない人物』の報を聞きその真偽を見極める為に、ティーダはジュエルシード盗難事件の詳細を話し合う為にだ。

それともう一つの目的として、二人は自分の意思でソルに預けた身内が元気にしているか顔を見に来た、というのもある。

「これだけ大きいと何処にどう行けばいいのかさっぱり分からないわ」

「なのはさんが迎えを寄越すとは言ってましたけど……」

言ってキョロキョロと周囲を見渡すティーダの視界の先に、二匹の小動物の姿が映った。

「ワンッ!」

「キュー」

青い毛並みの子犬と、薄茶色っぽいフェレットである。二匹は二人を呼ぶように鳴くと、ついて来いと言わんばかりに小走りで駆け出し、建物の中へと入っていく。

「ザフィーラとユーノくんじゃない! あの二匹が案内してくれるみたいよ!!」

子犬とフェレットを確認して童女のように眼を輝かせたクイントが走り出す。彼女も女性だけあって可愛いものは普通に好きらしい。喜び勇んで二匹を追いかける。

「……なんで二人共動物形態なんだろう?」

答える者が居る訳無いのに疑問を口にしながらティーダはその後を追う。

「ワンワンッ」

「キューキュー」

二匹は時折立ち止まって振り返っては二人がちゃんとついて来ているかどうかを確認し、再び走り出す。まるで「しっかりついて来て」と言っているようだ。その姿がやたらとキュートに映ってクイントは大興奮だ。

「何あれ!? 人間語話さないザフィーラとユーノくんがあんなに可愛いなんて私知らなかったわ!!」

「俺は二人がなんで人間語を話さないのか不思議でしょうがないんですけど……」

おかしいなぁ、昨日ザフィーラさんと一緒に仕事した時は普通に人間形態でしかもスーツ姿だったのになぁ、と額に手を当てながらクイントと並走するティーダ。

正面玄関の自動ドアを潜り抜けると、そこは管理局のロビーに似た作りをしていた。今は誰も居ないが受付らしきカウンターがあり、いくつものソファがあり、案内板やエレベーターも設置され、頭上には大きな空間ディスプレイが表示されており様々な情報が映し出されている。

此処に所属していると思われる賞金稼ぎ達の姿も見受けられた。ほとんどの者達が私服姿で十代中盤から二十歳くらいの若者達で、二人の身内と同年代くらいだろう。彼らが手元で携帯端末か何かを操作しながらあーだこーだ言い合っている所を見るに、仕事について話し合っていると思われた。

「二匹は?」

「えっと……あ、あそこ」

ティーダが指差す先には――

「動物形態のユーノ教導官、ゲットだぜ!!!」

「ザフィーラさん可愛いよ、お持ち帰りしたい~」

年若い女の子達――私服姿からして管理局から出向中の局員ではなく賞金稼ぎである――にとっ捕まっていた。

「キューキュー!!」

「ワフン!!」

抗議の鳴き声を上げて暴れる二匹ではあったが、女の子達(総勢五人)から逃がすもんかとばかりに巧みに抱きかかえられてしまう。か弱い女の子に見えても此処に所属されることを許された屈強な魔導師にして賞金稼ぎであり、鬼教官達からリンチにも似た訓練を耐え得るだけあって、技量は高い。

「やったやった!! 超ラッキー!! 動物形態のユーノ教導官ってソル様かアルフ教導官が一緒の時にしか見れないから今まで抱っこ出来なかったけど、ついに、ついにこうしてゲット出来たわ!!」

「キュウゥー!?」

えへへ、と頬をだらしなく緩ませて笑みを浮かべる女の子に対して身の危険を感じるユーノ……こんな場面をアルフに見られたら殺される、という意味で。

「いいよね、ザフィーラさんお持ち帰りしてもいいよね? 返事は聞かないから」

「ワォーン!!」

ハイライトが消えた瞳で愛しげに頬ずりしてくる女の子に向かって勘弁してくれと鳴く、というか泣き出すザフィーラ。

「……」

「……」

そんな光景を眼の前にして、クイントとティーダはリアクションに困っていたのだが、いつの間にか陽炎のようにゆらりと現れた人物が女の子達に向かって静かに声を掛けた。



「その二匹は俺のペットだ。勝手に持って帰られたら困る」



ピタッ、と時間が止まったように全身を硬直させる女の子達。その隙に二匹はするりと抜け出して、自分達の窮地を救った者の足元に擦り寄った。

「ソ、ソル様……」

「お、おお、お疲れ様です!!」

敬虔深い信者が教祖を前にしたような態度で居住まいを正す女の子達など気にした風も無く、ソルはユーノを自身の肩に乗せザフィーラを抱っこする。

Dust Strikersにおいて実質的な支配者であり、此処に集まった賞金稼ぎ達の大半にとっては命の恩人である。憧憬と畏敬の念が彼に向けられるのは自然であるが、ロビーに居た全ての人間の注目を一瞬で集める様に、流石にクイントとティーダでも驚く。

とはいえ無理もないのかもしれない。絶大な魔力と戦闘能力を保持し、圧倒的な火力で敵を殲滅するその姿はまさに戦神だ。聖王を崇め奉るベルカの教会騎士団員が皆、ソルの強さを「まるで御伽噺や伝説に登場する『王』のようだ」と評し、敬意を払っているのをクイントは知っている。

『強さ』に憧れる若者達から見れば、ソルはそれ程までに神聖視される存在なのだろう。命の恩人であれば尚更だ。

だが、クイントはソルがそんな高尚な存在ではないことをこれでもかという程知っている。いくら外での評価が高かろうと、家に帰れば家族に振り回される苦労が絶えない一人の父親でしかなく、休日は家族サービスに従事し必死こいて奔走しているのを見たことあるだけに苦笑を禁じ得ない。更に言えば、よく家に遊びに来ては酒を飲みながら愚痴っている些か情けない姿を知っているので、皆から憧れの視線を向けられているソルに「誰よアンタ?」と突っ込みを入れたい。

「あ、ダメ、もう無理……プッ」

口元を手で抑えて必死に笑いを堪えているクイントを見て、隣に居たティーダは頭の上に?を浮かべて訝しむ。

「そ、そうですよね、私達何調子に乗っちゃってるんだろ? ユーノ教導官もザフィーラ教導官もソル様の肉ど、ゴホン、愛しいペットなんですよね」

冷や汗をかきながらも頬を染め、愛しいペット、という部分をやけに強調する女の子。

女の子の態度と発言に何か違和感を覚え「ん?」とティーダは首を捻った。

も? ユーノ教導官『も』?ザフィーラ教導官『も』?

「……さ、流石はソル様です……性別や種族を問わずご家族の皆様に等しく寵愛を授けるなんて、私にはとても真似出来ません」

もう一人の女の子も顔を赤くしながら戦慄したように言う。

性別や種族を問わず?

そんなやり取りを見て「……ちょっと待て、待ってくれ」とティーダは誰にも聞かれないような小さな声を出しわなわな震え出す。

(まさかソルさんって、周りからは女殺しで両刀使いで獣姦もイケるとか思われてるんじゃないの!?)

もしそうだとしたら酷い話である。しかもユーノなんて人間に変身出来るフェレット(使い魔)だと思われてる節がある。逆、逆だから!!

今になって漸く気付き、周囲を慌てて見渡してこの場に居る賞金稼ぎ達の様子を確認し、確信に至った。

男子は皆ソルに対して純粋に憧れを抱いているようであったが、問題は女子だ。どいつもこいつもネットリねばつくドス黒くて、それでいて熱い視線をソルに注いでいるのである。

きっと、本人達の知らない場所で『ソル×誰々』とかになってるに違いない。相手が女性だけならまだ許せるが、男が混じってるとか最低にして最悪だ。おまけに獣姦も完備されているとか……

いや、確かにソルをそういう眼で見る女子が居てもおかしくないのは分かる。理解出来る。非常に、非常に容認し難いがこの世には百合やらBLやらと言った、普通とは違った趣味嗜好が存在し、若い女の子達からその対象と見られてしまうのも仕方が無い……のかもしれない。実際、同僚にも居たし。

長身痩躯でありながら筋骨隆々、黒茶の長い髪は艶やかで、野性味溢れる整った顔立ち、猛禽のように鋭い真紅の瞳、全身から放たれるワイルドな魅力、場合によっては銀縁眼鏡と白衣を装着。そして無口でぶっきらぼうなのに面倒見の良い性格。ソル本人の外見面だけでこれだけの『材料』が揃っていて、加えて彼の家族(この場合は主にユーノとザフィーラ)だ。

腐ってる婦女子の方々ならば、とってもスンゴイものを作り上げてしまうのだろう。「ウホ、いい男」とか言いながら。

ヒイィッ、と慄きながら探るようにソルの顔を窺う。しかし、彼は女子達から自分に向けられる変態的な視線を気にしていない、というか気付いていない。こちらに向き直って普通に挨拶してきた。

「しばらくだな」

「ええ、久しぶり。実際にこうして顔を合わせるのって数ヶ月ぶりね」

「……お、お久しぶりです」

普段通りに接するクイントとは対照的にティーダの表情は悪い。はっきり言ってゲンナリしていた。

そんなティーダの様子ソルはいち早く気付き、疑問を口にする。

「どうしたティーダ? 気分でも悪いのか?」

「いえ、まあ、悪いと言えば悪いんですけど、一つお尋ねしたいことがあります」

「あ?」

「BLって言葉、知ってます?」

「「はあ?」」

ソルだけに留まらずクイントまでもが、そんな単語初めて聞いた、とばかりに眉根に皺を寄せた。

だが、ユーノとザフィーラはどうやら知ってるらしく、一瞬だけ身体を強張らせる……ご、ご愁傷様です。

(うわぁ、クイントさんは結構天然入ってるから知らないとは思ってたけど、ソルさんは純粋に知らないんだ)

「聞いたことねぇな。何かの略語か?」

「BとLねぇ……ブラスター・ラリアットとか?」

「どんな技だ」

「とりあえず身体強化魔法で普通にラリアット」

「何処らへんがブラスターなんだ? お前、適当に思いついたこと口にしてるだけじゃねぇか」

「でもなんか強そうじゃない?」

「確かに」

即席で漫才をかますソルとクイントの反応に、ティーダはなんだか居た堪れない気分になってきた。どうかそのまま一生知らずに生きてください、と。

(……ティアナは、大丈夫だよね……? 妙な趣味に目覚めてたりしてないよな?)

年頃の妹を持つ身として、かなり不安なティーダであった。










「……この人、ゼスト隊長で間違いないわ」

場所をいつも使っている小会議室に移し、早速ホテルでの一件を二人に話してから資料を見せると、クイントは重苦しい口調で呟いた。

「私の記憶にあるゼスト隊長と比べてかなり、ううん、凄く強くなってるけど、本人であることは確かよ」

「そうか」

ソルは小さく頷き、視線を空間モニターに映し出されている映像に注ぐ。

それはヴィータとゼストの戦いだ。お互いにフルドライブ状態で激しくぶつかり合っている光景が繰り広げられている。

「洗脳されているか否か、判別出来るか?」

「そこまではちょっと……でも、ヴィータとの戦闘でゼスト隊長の意志みたいのは垣間見えるから、たぶん、洗脳はされてないんじゃないかしら」

自信が無さそうなクイントの回答に、ソルは苛立たしげに舌打ちをした。

「もし洗脳されていないのなら、何故ゼストがスカリエッティに加担する? ……奴なりの思惑があるのか、それともそうせざるを得ない事情があるのか」

言いながら映像を次のものへと切り替える。それは謎の召喚師によって操られているガジェットと蟲の大群。相対しているのはスバル達三人だ。

召喚師の姿こそ映っていないが、クイントには分かったのかキュッと唇を噛み締めてその名を紡ぐ。

「メガーヌ……」

「召喚師は少なくとも二人。そのどちらかがメガーヌで、もう片方がルーテシアなんじゃねぇかって思ってる……根拠なんざ無いがな」

そう締め括って、ソルは空間モニターを消す。

「で、どうすんだ?」

「え?」

「決まってんだろ。俺達の敵になっちまった昔の仲間を、どうすんのかって聞いてんだよ」

やれやれと疲れたように溜息を吐く仕草でソルが何を言いたいのか悟り、クイントは胸元から銀色に輝く一枚のカードを取り出した。

このカードは待機状態のデバイスだ。ファイアーホイールとエンガルファー、二つのデバイス。ソルから与えられた、リボルバーナックルの後継機と、ローラーブーツ型の後継機。

親友と尊敬する上司を連れ去り、部隊の仲間を亡き者にしたスカリエッティと戦う為の、力。

「……はっきり言ってね、私、メガーヌとゼスト隊長はあの時死んじゃって、もう会えないって心の何処かで諦めていたの」

俯き、カードを握る力を強めてクイントは搾り出すように声を出した。

「私だけソルに助けてもらって、一人生き残ったからこそ、二人の仇を、部隊皆の仇を討つんだ、ルーテシアちゃんを何としても見つけるんだって思ってた」

その声は涙混じりで、必死に嗚咽を堪えているのがはっきりと分かる。

「なのに、昨日の夜、ソルから二人が生きてるって聞いた時、嬉しかった。嬉しさのあまり泣いちゃった。死んじゃったと思ってたのが生きてるって分かって、私って現金だなって思いながら泣いてた……本当ならすぐにでも此処に来て真偽を確かめたかったけど、頑張って我慢した。ぬか喜びは嫌だったからこの眼で見るまでは信じない、って」

彼女は顔を上げ、両手で口元を押さえながら涙をポロポロ零す。

今の今まで表面上には決して出さず、弱音も吐かず、明るい笑顔の仮面の下でずっと押し殺していた感情を爆発させるように。

辛かっただろう。何年も共に仕事をしてきたソルにはクイントの気持ちが手に取るように分かった。

「でも、今直接見て確信した……あの槍捌きは間違いなくゼスト隊長のもので、あの召喚術は間違いなくメガーヌが得意だったもので、二人が生きてるのは疑いようもなくて、それだけで凄く嬉しいのに」

突然彼女は立ち上がり、飛び掛かるようにソルに掴み掛かると彼の襟首を引き寄せ、泣き叫ぶ。

「嬉しい、のに、凄く嬉しいのに、それと同じくらい悔しい。どうして私は、昨日アグスタに居なかったんだろうって……洗脳されてるかもしれないとか、どういう理由があってスカリエッティの味方をしているのかとか、そんなのはどうでもいい!!」

震える唇から紡がれる激情が小会議室に轟く。

「……私は、私は二人を取り戻したい!! ……だから、だから――」

袖で涙を拭い、クイントは決意したように宣言する。

「私も、戦う。我侭だっていうのは分かってる。でも、お願い、私もDust Strikersに協力させて。今まで通りの管理局員としてじゃなく、ただのクイント・ナカジマとして」

「……ああ。ハナッからこっちはそのつもりだ」

そして、彼はその言葉を、数年越しに待っていた。

「取り戻すぜ……必ずだ」












































午前中にこなさなければならない仕事を手っ取り早く終わらせ、漸く出来た僅かな時間でティアナ達三人を探すことが可能となったのは午前十一時だった。

しかし、割ける時間はあまり無い。エリアスキャンを駆使して探し出し、発見次第ダッシュする。

「やーっと見つけた!!」

海岸を前にして海を見ながら黄昏ている三人の背後に、なのはの大声が届く。

ミニの黒いビジネススーツでありながら猛然とこちらに突っ込んでくるなのはの姿に、三人は純粋に仰天。三人揃って口をポカンと開けたまま成り行きを見守っていると、至近距離まで近付いてきたなのはは、両足でズザザザーッ、という音と共に砂埃を舞い上げて急停止。

ちなみに一瞬だけ見えたのはレースの付いたピンクだった。明らかに勝負用っぽい。スバルは「高そうだな」、ティアナは「朝から気合が入っている」、ギンガは「あういう下着でソルさんに迫るんだろうな」とそれぞれ思う。

「えっと、あの、なのはさん……どうしました?」

スバルの疑問になのははすぐに答えず、三人の顔をジッと見つめる。

見つめ続けた状態で、やはりヴィータと同じ葛藤を抱えるなのはであった。

言ってしまいたい。だけど、ソルの過去は本人に教える意思が無い以上、口が裂けても言えない。

喉元まで出掛かった言葉を呑み込みながら、伝えたいことを伝えられないことにもどかしさを感じてしまう。

と、黙ったままでいるなのはの態度に首を傾げながらティアナが言ってくる。

「ヴィータさんから少しだけ聞きました。ソルさんのこと」

「ヴィータちゃんは、なんて言ってたの?」

「詳しいことは何も。ただ、ソルさんが復讐者であると同時に贖罪者で、戦う為だけに生きてきたからこそアタシ達を羨ましがってるって」

「……そっか……ヴィータちゃんらしいね。私だったらとてもじゃないけどそんな風に言えないな。きっと、お兄ちゃんの秘密、バラしちゃう」

自嘲するように言って、なのはは視線を上に向けた。

視界に広がるのは何処までも青い空が続く光景だ。その青一色の世界で、キラキラと輝く太陽が全てを優しく見下ろしている。

眩しさに眼を細め、届かないと分かっていながら太陽に向かって手を伸ばし、ゆっくりと手を下ろす。

兵器として長い年月を戦い抜いたヴィータは、ある意味人間のなのはよりもソルのことを理解している。生体兵器ギアと魔導プログラム体の守護騎士システム。両者共に戦う為に生み出された存在という点では共通しているし、ソルもヴォルケンリッターも望まぬ戦いを百年単位で強いられたのは同じだ。

似て非なる存在であるが、似たような経験をしているからこそ、言える台詞というものがあった。悪い言い方をすれば同類相憐れむ、というやつだった。

視線を太陽から三人に戻す。

「それから」

「ん? まだ続きがあるの?」

「はい。最後にヴィータさんはソルさんと同じことを言いました。アタシ達のようにはなるな、って」

なのはは何か言おうとして、やめた。開きかけた口を閉ざし、黙してしまう。



――……何を言えばいいんだろう。



十年前のあの時。ソルの過去を知って、これまで自分の傍を片時も離れず守ってくれていた彼を、今度は自分が守る番だと思った。

破壊の為に得た力を、必死になって自分以外の誰かを救う為に振るう生き様は、たとえ過去が血塗られていようと本物の太陽のように輝いていた。

故に誓った。ソルが己以外の誰かを守ろうとするのであれば、自分達はソルのことを守ろうと。

故に力を求めた。それは今でも変わらない。

そして約束した。一緒に生きる、と。

此処に至って今更気付き、なのはは我に返る。

冷静にならなくても考えてみれば分かる。自分達はソルのことしか考えていない、彼のことしか見ていない。もっとはっきり言ってしまえば彼が幸せなら他はどうでもいい。

ソルの為にしか戦ったことの無いなのはが何を言ったところで、三人にとっては意味の無い言葉に成り果てるだろう。

今回のことだってそうだ。ソルを擁護したい、それだけだ。ソルのことを抜きにして、三人のことが心配だからという理由で動いている訳では無い。

ソルが心配して気に掛けているから、という理由で自分は動いているのだから。

確かに三人のことは心配しているし、教導官として教え子を気に掛けているつもりであるが、あくまで『つもり』であって、本心はソルを想ってのことだ。

(……私って、嫌な女だな)

結局自分は、昔から何一つ変わることなくソルのことばかりだ。それはそれで一途だし、この想いは誇らしいものだと思えるものだが、流石に今回ばかりは我ながら辟易してしまう。

教導官の癖して、悩んでいる教え子のことよりも男を優先しているのだ。教導官失格という烙印を押されても文句は言えない。

自分は義兄のソルとは違う。あまりにも違い過ぎる。

彼はいつだって他人の為に戦っていて、己の為には戦わない。そして己を顧みない。

皮肉な話だ。ソルは三人に対して『俺のようにはなるな』と言ったが、彼が戦う理由は三人が強くなりたいと願う理由――『守りたい』という気持ち――に酷似している。

それとは対照的に、なのはは常に自分とソルの為に戦ってきた。ソルの傍に居る為に強くなり、ソルが大切だと思うものを守り、ソルが嫌うものを潰してきた。眼の前で苦しんでいる人間ならともかく、その他の不特定多数の人間のことなど知ったことではなかった。

彼と一緒に居たい、彼の役に立ちたい、という一心で。

それで構わないと思う。今までずっとそうやって生きてきた。これからもそうやって生きていくのだ。一人の人間としてこの生き方は歪んでいるかもしれないが、気にしたことなど無かった。ソルさえ傍に居てくれれば他は何も要らなかったから。

それでも――

「……っ」

胸の奥で生まれた鋭い棘が生み出す痛みは、自己嫌悪以外の何物でもなかったのは事実だ。










「え、えーと……なのはさん?」

スバルが声を掛けるが、反応しない。

突然現れたかと思ったら、なのはは蹲るように座り込んで、死んだ魚の眼になると同時に不穏な空気を纏い始めた。彼女の行動の意味不明さに三人は戸惑うしかない。

『どうしてなのはさんが落ち込んでるの?』

『聞きたいのはアタシの方なんですけど』

眉を顰めて念話を繋いてくるギンガにティアナは首を傾げるしかない。

「うぅ……ぐす」

「な、なのはさん!?」

今度は啜り泣き始める始末。それを見て慌てふためくスバル。もう何が何やらさっぱり分からない状況だった。

『どういうことなのこれ!?』

『アタシが知る訳無いじゃないですか!!』

『とにかく放っておけないわ。事情だけでも聞いてみましょう』

『それには賛成ですけど、どうやって聞くんですか?』

ティアナは半眼になってなのはに向き直る。一人ベソをかいている今のなのはは、訓練や模擬戦時の面影など欠片も無い。普段の凛々しく芯の強さを感じさせる女性ではなく、自分達と同年代の少女に見えた。

……あんなに強いのに、何があったんだろう?

そう思わざるを得なかった。

「ごめんね……驚かせちゃったね」

と、泣き出したのと同じくらいの唐突さで立ち直るなのは。

彼女はハンカチを取り出して涙を拭うと立ち上がり、何事も無かったように努めて明るい口調で声を出す。

「今日ね、クイントさんとティーダさんが此処に来てるの。今はたぶん、お兄ちゃんと仕事の話をしてると思うからダメだけど、それが終わったら久しぶりに会えるよ」

え? 嘘!? 本当ですか!? という風に驚きと喜びを表情に出す三人ではあったが、なのはの顔に僅かに残った涙の痕を見てそれぞれの身内に会いたいという気持ちをぐっと抑えた。

この場を立ち去り、今見たことを無かったことにするのは容易だろう。回れ右をすれば良いだけの話である。しかし、どうしても無かったことには出来ない。

なのはが落ち込み始める少し前、ヴィータが三人に言ったことが恐らく鍵になっているからだろう。

「なのはさん」

「ん? 何?」

「どうして泣いてたんですか?」

「……」

心配しているスバルの問いに答えず、なのはは三人から眼を背けるようにそっぽを向く。

拒絶されたか、そう思って気落ちした瞬間、なのはが昔を懐かしむ声でこう言った。

「私ね、子どもの頃からずっとお兄ちゃんと一緒に居たの。もう、かれこれ十五年になるかな……ウチにお兄ちゃんが居候することになって」

それが血の繋がらない義兄妹の始まりだった。

何故、急にこんな話をするのか理解が及ばないが、なのはなりに思惑があるのだと結論付ける。

「初めて会った時、宝石のルビーみたいな赤い眼を見て、子ども心に思ったんだ。『すごくきれい』って。その瞳を正面からじっと見つめてると吸い込まれちゃいそうな魅力があって、小さい頃からお兄ちゃんの顔を正面から至近距離で見つめるのが趣味だった。今思い返してみると、ちょっと恥ずかしいよね?」

聞いてるこっちの方が恥ずかしいです、と思いはしたが口を挟まず黙って聞く。

「だから私は当時からお兄ちゃんにべったりだった。優しいし、甘えさせてくれるし、何より暖かった」

こちらに背を向けたままなのはは語り続ける。

「お兄ちゃんの隣は凄く心地良くて、そこが私の『居場所』になるのに時間は掛からなかった。温もりに触れれば触れるだけ、優しさに甘えれば甘えるだけ私はお兄ちゃんに依存していった…………そう、まるで麻薬みたいに溺れていった」

なのはのトレードマークと言うべきサイドテールが強い風に煽られて大きく揺れたので、彼女はそれを右手で押さえた。

此処で若干、間を空けるようになのはは口を閉ざす。

Dust Strikersは湾岸地区に設立されている為、海から吹き荒ぶ風が強い。

当然、スバル、ティアナ、ギンガの髪も揺れるのだが、三人はそんなことなど気にせず、なのはの言葉を待つ。

「気が付けば私は、どんなことでもお兄ちゃんを第一優先とするようになってた……それは、今も変わらないの」

振り向き、彼女は悲しそうな笑みを貼り付かせ、再び泣きそうになりながら、自分のことを卑下する。

「私は最初、三人が無力感に苛まされているのを知ってどうにかしてあげたいと思ってた。

 でも、その想いですら『お兄ちゃんが三人のことを気に掛けているから、お兄ちゃんの為になんとかしてあげよう』っていう感情から発生した一欠片でしかない。

 私は三人が心配で気に掛けてるんじゃない。『お兄ちゃんが心配してるから気に掛けてるだけに過ぎない』。そのことに今更気が付いたんだ。

 教導官の癖に嫌な女でしょ? お兄ちゃんは自分の教え子を本気で気に掛けてるのに、私は自分とお兄ちゃんのことしか考えてないの。

 そのことに気付いて、私は、本当に自分でも腹が立つくらいに嫌な女なんだなって思い知って……」

言葉の最後の方は嗚咽交じりとなり、眼に涙が溜まっている。

「皆は私のことを優しいって言ってくれるけど、本当はそんなことない……私はエゴイストで、自己中心的で、打算的に動いているのを隠すのが上手いだけ」

悲しい笑みで自嘲気味にそう言うなのはに、三人は胸を締め付けられる思いだった。

「だから私は教導官として相応しくないんだ。何年もずっと人に戦い方を教えてきた筈なのに、今になってそんなことに気付くなんて笑っちゃうよ」

「そんなこと、ないです」

ついに我慢出来なくなったスバルが口を挟む。その表情はなのはと同様に悲しさで歪んでいたが、彼女の眼はなのはを真正面から捉え、逸らすことなく見つめている。

「なのはさんは立派な先生です。なのはさん自身が否定しても、誰が何と言おうと私にとっては憧れです」

震える声がこの場に居る者達の鼓膜に届く。

「空港火災のあの時、なのはさんに助けてもらってからずっと、今までなのはさんに憧れてました。強くて優しい後姿を見て、それまで魔法とか戦うこととか嫌だったのに、私も強くなりたいって、あんな風に誰かを助けられるようになりたいって思えたんです」

「それは違うよスバル。あの時だって、私はお兄ちゃんに頼まれてスバルを助けに行っただけなんだよ。もし私が助けなくてもお兄ちゃんが――」

「もしソルさんが助けきてくれたとしたら、私は此処に居ません!!」

泣き叫ぶような大声でスバルはなのはの否定の言葉を遮断する。

「なのはさんが助けてくれたから、私は弱い自分を卒業して魔導師を目指そうと、強くなろうと思ったんです。あの時助けてくれたのがソルさんだったら、私はそれまでと同じ守られる立場にずっと甘んじていました」

今の自分が此処に居るのはなのはのおかげだ、スバルはそう言った。言い切った。

「私は此処に集まった賞金稼ぎの人達と違って、ソルさんがどんな人か知ってました。だから、甘えた考えですけど当時の私にしてみればソルさんは『助けてくれるのが当たり前の人』でした。親と一緒です。甘えるのが当然の立場だったんです」

いつの間にかスバルの顔は涙と鼻水でグシャグシャだ。

憧れの人物が自分を卑下することに耐えられない。見ていられない。

これまで内に秘めていた思いの丈をぶつけてでも、悲しそうな顔をやめさせたい。

「なのはさんだから、ソルさんじゃなくてなのはさんが助けてくれたから、私はなのはさんみたいに強くなりたいって思ったんです!! なのはさんは自分で『ソルさんの為』って言いますけど、なのはさんが今までしてきたことが嘘になる訳じゃありません!!」

「っ!!」

この言葉になのはは、はっ、となり、眼を大きく見開く。

スバルはなのはの手を無理やり握り締めると、確固たる意志を以ってはっきり告げる。

「スバル・ナカジマにとって高町なのはは憧れの人で、目指すべき目標で、追い掛けてきた夢なんです」

「……スバル」

「大好きな人を一番に考えることくらい、別にいいじゃないですか! なのはさんだって女の子なんだし。それに、ソルさんだってお酒飲みながらですけど何年か前になのはさんのこと自慢してました。『俺のことを一番に考えてくれる、俺には出来過ぎた妹だ』って」

「うん……うん!!」

先程とは違う理由で流れた涙など気にも留めず、なのはは子どものようにコクコクと頷く。



――私は、お兄ちゃんみたいに誰かを導くことが出来たのかな?

   あの光り輝く太陽のように。



純粋にスバルの言葉が嬉しい。

義兄の為に、ただその為だけに生きてきたなのはにとって、これ程まで自分が他者から想われているとは想像したことが無かった。

だから、

「ありがとう、スバル」

震えながら、それでいて感極まった声で、感謝の気持ちを伝えることで精一杯だった。











































「スーバールー!! ギーンーガー!! 元気してたー!?」

たたたっ、とこちらに駆けてくるクイントの姿を見て、呼ばれた二人は思わず破顔する。

「お母さん!!」

「母さん!!」

親鳥を見つけた雛鳥のようにクイントに飛びつく二人を見て、なのはとティアナは微笑ましそうに溜息を吐く。

「ティアナ」

「あ、兄さん……」

クイントに少し遅れて現れたのはティーダだ。

彼は近寄ってくるティアナと仲睦まじいナカジマ親子を交互に見比べて、

「……」

何を思ったのか、無言のまま両腕を広げた。

「やんないわよ」

「そんな……昔はもっとお兄ちゃんっ子だったのに」

「いつの話よ、もう」

羞恥で頬を染めつつそっぽを向いて呆れるティアナの態度に、ティーダは崩れ落ちる。

しかし、そんな彼女になのはが諭すようにこう言った。

「ダメだよティアナ。甘えられる時は甘えておかないと、勿体無いよ」

「いや、流石にこの年になって実の兄に人前で抱きつくのは――」

「お手本、見せてあげる!!」

「へ?」

言うが早いか、なのはは最後に登場したソルに向かって走り出す。

「ん?」

そんなことなど神の身ではないソルが知る訳も無く、欠伸しながらゆっくりと大股で無防備に近付いてきた。

「「離脱っ!!」」

いち早く身の危険を感じたユーノとザフィーラが、それぞれソルの肩の上から、腕の中から逃げ出した瞬間、

「お兄ちゃん!!」

「ぐお!?」

ラガーマンなら誰もが惚れ惚れする程の見事なタックルが決まり、ソルはくぐもった悲鳴を漏らし、なのはに押し倒される形でコンクリートの上に転がった。

大の字で仰向けに倒れたソルの上に跨るなのは。

「なのはテメェッ!! いきなり何しやがむ――」

「ん、んんぅ」

上体を起こし文句を言おうとするが、なのはによって無理やり塞がれて何も言えない状態になってしまう。

まだまだ初心なスバルとギンガとティアナは一瞬で顔を茹蛸のように真っ赤にし、クイントは何がおかしいのか声高らかに馬鹿笑いし、ティーダは唐突過ぎる光景に眼を瞠り、ユーノとザフィーラはキューキューワンワン鳴きながら厄介事を避ける為に即座にこの場から離れていく。

ザザーン、ザザーン、と波がコンクリートに打ち付けられる音。その中に混じって微かに聞こえてくる濡れた音が、やけに耳に響く。

時間にすれば十に満たない間だったかもしれない。

なのははゆっくりと、名残惜しむようにソルの口を塞ぐのを止め、首を巡らしティアナに向かって誇らしげにのたまう。

「こんな感じ。分かった?」

「実の兄に人前でそんなこと出来て堪るかぁぁぁっ!!!」

人として当然、と言わんばかりにティアナは全身全霊で突っ込んだ。顔は赤いままだったが。

そして、

「…………テメェに、テメェに羞恥心ってもんは無ぇのかなのはぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

案の定、こめかみに青筋を立てたソルがブチ切れて、天を貫かんばかりに巨大な火柱が発生したのは自然の流れだった。










「毎回毎回不意打ちかましやがって!! いきなりあんなことして、しかもあいつらの眼の前で、一体どういう了見だ!?」

「お兄ちゃんの照れ屋さん」

「慎みを持てっつってんだよ、もうすぐ二十歳になるんだぞ? 時と場所くらい選びやがれ!!」

噴火したソルがすぐさまセットアップし、それに応じるようになのはもバリアジャケットを纏う。二人は上昇しながら己の武器を手に空中で激しくぶつかり合った。

「来てお兄ちゃん、抱き締めてあげる!!」

「聞いてんのか人の話!? ……畜生、なのはもフェイトもはやても、どうしてこんな風に育っちまったんだ!?」

世界を破滅させんばかりに大きな衝撃音が大気を震わせ、膨大な魔力が発生し突風にも似た衝撃波が周囲に荒れ狂う。

赤と桜の魔力光が激突し、炎と砲撃が互いを喰らい合い、大剣と槍が交差する。

「うふ、いいよお兄ちゃん。最高……もっと、もっとお兄ちゃんの愛をちょうだい。大丈夫、安心して。全部受けとめてみせるから」

鍔迫り合いの状態で、なのはは誘惑する娼婦のように甘い吐息を零し、妖艶に舌なめずりをした。

「……昔から薄々気付いてたが、お前頭おかしいだろ?」

苦々しい表情でソルが毒つき、力任せになのはを弾き飛ばす。

「そうだよ。私はとっくの昔からお兄ちゃんにイカれてるの!!」

数えるのも億劫になる程の大量のアクセルシューターが瞬く間に生成され、土砂降りのような勢いでソル目掛けてバラ撒かれた。

「ちっ」

舌打ちをしてから封炎剣に炎を纏わせ、速度を落とすことなく、むしろ速度を上げて弾幕に飛び込みながら自身に被弾すると思われる魔力弾のみを払いつつ、一気に距離を詰める。

「喰らいな」

拳どころか腕そのものを炎で覆い、ソルはなのはに右ストレートを叩き込む。

咄嗟に展開した桜色の障壁を突き破られ、なのはは炎拳を腹にモロに喰らって火達磨になり吹っ飛ぶ。

しかし、

<ディバインバスター>

火達磨になって水平に飛ばされながらも、なのははレイジングハートの穂先をソルに向けたまま砲撃を放ち、攻撃直後の硬直で動けないソルをお返しとばかりに吹っ飛ばした。

「野郎……!」

「アハハハハ」

空中で一旦静止し、ソルはなのはを睨み、なのはは嬉しそうに笑い、互いに武器を構える。

「……しゃあねぇな。何が何だかさっぱり分からんが、いつものことと言っちまえばいつものことだ。こうなっちまった以上はとことん付き合ってやるぜ!!」

「その調子だよお兄ちゃん、もっと気持ち良くなろう、一緒に!!」

深い溜息を吐いてから全身に炎を纏わせ突撃してくるソルに対し、なのはは心底楽しいそうにレイジングハートを振りかぶった。










上空から降り注ぐ火炎と桜色の魔弾の嵐に、ランスター兄妹は猫に追い掛け回されるネズミのように逃げ惑う。

背後では、火炎が何かに着弾した瞬間に爆発が発生し周囲を紅蓮に染め上げ、桜色の輝きが照射されるとその空間が抉られる。

此処は既に戦場だった。ソルとなのはは些細なことから海岸沿いをいきなり戦場にしてしまった。

「うわ、うわわぁ、うわああああああああああああああああっ!!」

「兄さん、こっち!!」

慣れた感じのティアナが喚くティーダの手を引いて先導する。

ティーダは数年前の事件で負った怪我が元で魔導師ではなくなっていた。この場では身を守る手段が無いに等しいので逃げるしかない。だからこそティアナは兄を安全な場所に移す為、その手を握り走り出す。

が、いきなり眼の前になのはが、たたらを踏むように体勢を崩した状態で降り立った。

「「げぇっ!?」」

慌てて足を止める。次に何がやって来るかある程度予想出来たからだ。

「バンディット、ブリンガー!!」

予想は見事に的中。ランスター兄妹を飛び越すような形で斜め後ろ上空からソルが炎拳を振りかぶり、なのはに向かって振り下ろす。

両足首から発生している二対のアクセルフィンを羽ばたかせ、バックステップをするというよりも背後に向かって跳躍し、なのはは炎拳を交わした。

避けられた炎拳が地面に叩き付けられ、眼を灼く閃光と共に火柱が生まれ、コンクリートを破砕する。

自ら作り出した炎に焼かれても全く意に介さず、ソルは肉食獣のように姿勢を低くしてなのはを追う。

迎撃する為に、槍の穂先をやや下に向けるように構えるなのは。

「いただきぃぃぃっ!!」

「疾っ!!」

大剣の薙ぎ払いと槍の刺突が激突。耳を劈く甲高い金属音が響き渡る。

力勝負で勝ったのは炎を纏った大剣だ。桜色の魔力刃を粉々に打ち砕き、それだけに留まらず槍を力に任せて弾き飛ばし、なのはの体勢を大きく崩すことに成功していた。

そこから更に一歩、大胆に踏み込んだソルが、なのはの懐に潜り込む。

「っ!!」



「タイラン――」



右の拳に炎が宿る。圧倒的なまでの魔力と破壊力が秘められた拳を、なのはの腹に打ち込もうとしている。

しかし、

<フラッシュムーブ>

此処で主の窮地を救うインテリジェントデバイス。瞬時に発動した高速移動魔法がなのはの身体は後方に向かって一瞬で移動させ、安全距離を確保。

ボディブローを交わされ眉を顰めるソルとは対照的に、ピンチをチャンスに変えたなのはがその眼をカッと見開く。



<ディバイン――>



多大な瞬間魔力放出量と得意の魔力集束を掛け合わせ、コンマ数秒で練りに練った魔力をレイジングハートに乗せ、その折れた穂先をソルに向かって突き出し、トリガーヴォイス。



「バスターッ!!」



発射される桜色の魔力。

自分に向かって真っ直ぐすっ飛んでくる砲撃魔法を前にして、右を読んだからっていい気になるな、まだ左が残ってるぜ!! と言わんばかりにソルは封炎剣を持ったまま左ストレートを繰り出す。



「レイブッ!!」



左の拳から放たれた炎の塊と、槍の先端から射出した桜色の砲撃が正面衝突。同時に発生する膨大な熱量と爆音、そして衝撃波。

その余波をまとも受け、ランスター兄妹はまるで風が強い日によく飛んでる枯葉のように転がった。

転がった勢いを利用して地面に上手く手を着き、そのまま跳ね起きたティアナは急いでティーダの傍に駆け寄ると、その身体を抱き起こし担ぐようにして彼の腕を自分の肩に回させて支える。

「兄さん早く、急いで。此処に居ると、巻き込まれて死ぬわ」

「わ、分かった」

真顔で言い切る妹の言葉に若干気圧されながらも、それが冗談ではないことをこの数分で嫌という程思い知ったティーダは素直に従うことに。

走りながら、ほんのちょっとだけ振り返ってみると、

「オラァッ!!」

「やああああああ!!」

丁度二人がそれぞれの武器を振りかぶり、今にも相手に振るおうとしている場面だった。










その後、ヒイヒイ言いながら血戦場から離脱することに成功する。

ソルとなのはの二人は、あのまま戦いながら場所を遠く離れた海上へと移したようであった。青い海は嵐が来訪した時のように暴れ狂い、光が瞬く度に巨大な水柱がかなりの高頻度で立ち上がっている様子が確認出来た。

嗚呼、お魚さんごめんなさい。とティアナは誰に謝るでもなく謝る。

現在位置は海岸沿いからかなり離れた訓練施設の一角、その中にある建築物の屋上だ。此処なら被害は及ばないので、安心して観察することが可能。

これだけ距離を離せば流石に流れ弾は飛んでこないとは思うが、油断は禁物なのでバリアジャケットを纏いクロスミラージュを展開しておく。

ティーダは青息吐息で屋上の柵にへたり込んだ状態で、ぐったりしながらティアナに問う。

「いつもあんな感じなのか?」

「いつもって訳じゃ無いわ。普段は訓練場の模擬戦スペースで結界張ってやり合ってるから周囲に被害が出るなんて無いに等しいんだけど……」

「けど?」

「たまに、ね? 訓練以外で突発的に戦場と化すのよ、此処…………主に下らないことが原因で」

苦笑いを浮かべ、ティアナは屋上から見下ろせる眼下を指し示す。

首を巡らせて柵の間からティアナの指の先を見てみると、あっちこっちで修繕中の道路や壁などが視界に入ってくるではないか。

路面にヒビが入っていたりやたら凹んでいたりするのは序の口で、街路樹が丸々一本根こそぎ無くなっている場所があったり、街灯が軒並みへし折れていたり、何かの一部分だと思われるコンクリートの塊がそこら中に転がっていたり、路面が一定区画全て真っ黒焦げだったり、地割れの痕があったり、最早修繕する気すら無いのか馬鹿みたいに大きなクレーターや半壊した何かの施設が放っておかれていたりする。

「なんて環境に優しくない人達だ……」

「常識無いしね。しかもよ、あれだけ派手に暴れておいて『じゃれ合ってるだけだ』なんて言うのよ。おかしいでしょ?」

「……まあ、そうだね。オーバーSランク相当の戦闘能力を使ってじゃれ合うなんて真似、あの人達以外に存在しないよ、きっと」

胡乱げな眼で先程自分達が逃げてきた場所に視線を注ぐと、未だに火災がほったらかしにされたままである。炎と黒い煙が青い空に向かってモクモクと伸びていくのに、警報一つ鳴らないどころか騒ぎ出す者など誰一人として見当たらない。

「ティアナ、火事なんだけど」

「大丈夫よ」

「大丈夫って、あれ放置はダメだろ?」

「もうすぐ鎮火されるから大丈夫だってば」

「鎮火って誰が?」

「誰かが」

「そんなアバウトな!?」

完璧にいつものことなのか、ティアナはこれっぽっちも火災の被害を考慮していない。そんな実の妹の態度に、今まで自分が抱いていた妹へのイメージと、自分の常識が崩れていくのを肌で感じ取るティーダ。

とかなんとかやっていると、

『業務連絡、業務連絡。三日ぶりに火災が発生した模様。ただちに消火活動に入る。局所的な豪雪に見舞われたくない者は火災現場から失せろ、邪魔だ』

施設の至る所に設置されたスピーカーから、全くやる気が感じられないアインの声が響いてくる。

そして、数秒もしない内に火災現場の上空に、見る者になんだか嫌な予感をさせる暗雲が立ち込めてきた。

黙って事態を見守っていると、白い塊が暗雲から火災現場に向けて降り注がれていく。それはもう大量に。しかもその白い塊が遠目から見てもとてつもなくデカイ。きっと人の胴体と同じくらいだろう。

「何あれ?」

「アインさんがやってるんなら、たぶん、液体窒素を満載した氷の塊」

「何処が豪雪!? 死ぬよね!? もしあそこに人が居たら問答無用で死ぬよね!?」

氷塊に潰されても死ぬし、液体窒素なんて頭から被れば凍傷は免れない。そもそも液体窒素は気化すると体積が約650倍の窒素ガスになるので周囲の空気が窒素に置換され、空気中の酸素濃度の低下が原因で窒息する。

その性質を利用して消火するつもりなのは分かるが……

「でも、ソルさんの炎を消すには一番有効な手段だわ」

言った通り、瞬く間に火がその勢いを弱めていく。完全に鎮火されるのは時間の問題だ。

『なのはめ、一人だけ愉しむとは……明日は私が火災の原因を作ってやる』

最後に嫉妬混じりの通り魔予告を残すと、スピーカーはそれっきり沈黙した。

遠くの海上からは魔力爆発がせっせと拵えられている。綺麗な花火がドッカンバッカンと彩る情景は、此処まで来ると、もう楽しそうに見えてしょうがない。

ちなみに、Dust Strikersの敷地内である湾岸地区は治外法権みたいなもので、どれだけ馬鹿騒ぎをしようと通報しない限り管理局がすっ飛んでくることはない。朝から晩までオーバーSランク相当の魔力が行使されるアホ空間なので、仕方が無いと言えば仕方が無いのだ。地上本部にしてみれば『訓練の度に馬鹿魔力放出しおってからに……イチイチ付き合ってられるかボケ!!』である。

Dust Strikersは近隣部隊から『傍迷惑な癖して実績だけは高い、しょっぴきたいけどしょっぴけない、本当に困った、っていうかマジで迷惑な連中(笑)』という割と不名誉な評価を苦笑いと共に頂戴していた。気にする者など誰一人としていないが。

「本当に環境に優しくない人達だ」

「そうね」

その光景に呆れた眼差しを送るティアナの表情を覗き込む。その表情は、とっくの昔に何かを悟り切ってしまったかのような、超然としてもので。

嗚呼、ティアナは俺が知らない内にこんなに強くなったんだな。という風にティーダは妹の成長ぶり――予想の斜め四十五度上――を喜ぶと同時に、将来が若干心配になってしまった。





「でも、結構意外」

「何が?」

「兄さん、何年も前からソルさん達と一緒に仕事してたんでしょ? なのに、あの人達の無茶苦茶っぷり私より知らないんだもの」

クスクスと笑うティアナの声に、ティーダは疲れたように首を振る。

「まあ、俺はあの人達と一緒に調べものとか、事件後の現場検証とか、情報共有の為の会議とかはよくしてたけど前線には出ないからな。プライベートでの付き合いは飲み会程度だし。戦闘能力の高さは知ってたけど、無茶苦茶な噂とかは信憑性皆無の尾ひれが付いたもんだと思ってあんまり信じてなかったが」

そこで一旦区切って、遠い海の上で起こっている天変地異に眼を向けた。

「まさかマジでコミュニケーションの一環で戦うとは思ってなかった。しかも原因が、ソルさんには悪いけど凄くどうでもいい内容……正直あんな些細なことで戦闘に移行するとは想像してなかった。フィクションに出てくる戦闘種族じゃあるまいし」

「最初の頃は私も同じこと思ったわ」

Q 何処の星からやって着た戦闘種族ですか?

A 地球という星の管理外世界からやって着ました。

ふいに思い浮かべた疑問と答えに二人は吹き出す。

ひとしきり笑ってから、ティアナはティーダに正面から向き直り、真剣な表情でこれまで胸の内に抱えていた疑問をぶつけることにする。

「兄さん」

「ん?」

「どうして、アタシをソルさんに預けようと思ったの?」

「……」

すぐには答えず、ティーダは暫くの間黙ったまま遠い海で繰り広げられている激しい戦闘を眺めてから、漸く重苦しく口を開く。

「ソルさんの過保護っぷりを見込んで、かな」

視線で続きを促す。

「知ってると思うけど、ソルさんって身内、っていうか自分が認めた人物に対しては凄く甘くなるから、もし彼にティアナが気に入ってもらえれば大切に育ててもらえるかなって思ったんだ」

「どんなに頑張っても、子ども扱いが関の山よ」

悔しそう言って俯くティアナに、ティーダは大きく頷いた。

「それでいいんだ」

「どうして!?」

思わず語気を荒くして兄を睨むが、ティーダは柔らかく微笑むだけだ。

「子ども扱いされてるってことは、それだけソルさんに気に入られてるってこと、大切にされてる証拠なんだ。あの人は自分が気に入らない人間を気に掛ける程優しい人じゃない。むしろ徹底的に無視するか攻撃的な態度に出るかのどちらか。かなり極端な性格の人だ。それは知ってるだろ?」

まだ納得いかないが無言で首肯しておく。

「で、魔導師として育てるとなったらとことん厳しく鍛えてくれる。大切にされてる分、ゆっくり、丁寧に。なのはさん達だって数年前までは子ども扱いされてたって聞くから」

「そのなのはさん達だけど、ソルさん曰く『どうしてこうなった!?』だそうよ?」

「それは性格的な問題だろ。戦闘能力はちゃんと認められてる。仲間として信頼されて、良きパートナーとして隣に立っているじゃないか」

「……」

口を噤み、ティアナは海の上に羨望の眼差しを向けてから弱々しい声を搾り出す。

「でも、でも私は、あんな風になれない……あんなエース・ストライカーみたいに強くなれない……」

嫌という程味わった。才能へのコンプレックス。

努力しても乗り越えられない、生まれ持った資質という壁。

膨大な魔力と才能の持ち主に嫉妬して、エリート連中に負けたくなくて一生懸命努力して、死ぬ気で訓練してきたのに、現場では子ども扱いの足手纏い。

屈辱的な無力感、自分が必要とされていない絶望感。

自分は何の為に此処に居るのか、意味を見出せない。

そんなティアナの様子に、ティーダは勘違いさせてしまったかな、と前置きしてから語り出す。

「ティアナ。ティアナは何か勘違いしてるけど、俺はソルさん達みたいになって欲しくてソルさんに預けた訳じゃ無い。そもそもティアナにあんな風になれ、って言ってないし……むしろ万が一にでもあんな風になったら俺は泣くぞ」

苦笑交じりにそう言ってから、彼は真面目な顔になる。

「なあティアナ。ティアナはティアナだろう? ソルさんでもなければなのはさんでもない、他の誰でもないティアナ・ランスターだ。

 ティアナはティアナ以外の誰にもなれない。

 勿論、俺にもなれない。ティアナが俺の夢を継いで執務官になっても、ランスターの弾丸に撃ち抜けないものは無いと証明しても、ティアナはティーダ・ランスターじゃないんだからな」

ティアナはティーダ・ランスターにはなれない。そんなことは初めから分かっていた。今更言われなくても分かっている。分かってはいたが……しっかりと理解していなかったのかもしれない。

「仕官学校と空隊の試験に落第して以来エリートってのに劣等感抱いてて、小さい頃から自分の魔力資質に不満があったのも、よく知ってる。

 でも、そんなことと比べたら、何よりも俺の存在が憧れであると同時に劣等感の源だったろ?」

「そんなこと――」

「そんなことあるさ。こう見えてもお前の兄貴だぞ? お前が何に悩んでるかくらい、手に取るように分かるって」

必死になって否定しようとするティアナをティーダは苦笑で遮ってしまう。

「どうして俺みたいに出来ないのか、どうして俺みたいになれないのか、こういう風に思ったことが一度も無いなんて言わないよな?」

「……」

沈黙は肯定の意味を示す。

「でもな、それが当然なんだ。ティアナは俺じゃない。同じことをやっても結果と過程が違って当たり前だ。

 俺の後を追い掛け続ければいずれ俺に辿り着く。でも、ティアナは俺が辿り着いた場所まで行ったらきっと立ち止まってしまう。

 それが怖かった。そこで満足してしまうこと、そこで成長が止まってしまうことがな。 だからこそ俺には出来なかった経験をしてもらいたい。ソルさん達の下でな。

 そりゃ訓練は凄く厳しいって話しだし、泣き言言いたくなるだろうけど、普通に執務官を目指すよりも良い経験になる筈だし、此処での経験は絶対にティアナの財産になるから」

ティーダはティアナの両肩に手を置いて、至近距離から優しく言葉を紡ぐ。

「よく聞いて、ティアナ。此処にティアナを預けたのは確かに俺の我侭だ。ティアナにとっては余計なことだったかもしれない。

 けど俺は、ティアナにソルさん達みたいになれなんて言わないし、俺みたいになれなんて言うつもりも無い。

 その代わり色々な『強さ』を知って欲しい。あの人達は色々な『強さ』を持ってるから。

 その上でティアナはティアナなりに頑張って、自分なりの『強さ』を見つけて、その『強さ』に向かって真っ直ぐ突き進んで……そうすれば、ティアナはきっと今よりずっと強くなれるよ」

その言葉を聞いて、ソルの言葉が脳裏を過ぎり、はっとなる。



――『人それぞれって奴だ。価値観も解釈の仕方も見解も人間の数と同じだけある。だから、強くなりたいんだったら自分なりの『強さ』を見つけるんだな』



そうだ。訓練は厳しかったが、誰かの真似をしろとか、こうじゃなきゃいけない、みたいな言い方は誰もしなかった。

技術的なものや心構え、戦い方は教えてくれた。だが、その後は自分の好きにしろと言わんばかりの態度で。

『強さ』とは何か質問した時、ソルははっきりと『知るか、テメェで考えろ』と答えた。

つまり彼らは最初から、『自分なりにどう強くなるか』を言葉にしないで促していただけなのだ。

教導官の癖して、導くというよりも教え子に考えさせる点が、どっちかっていうと普通校の先生みたいである。管理局の教導隊ではこうはいかないだろう。

しかし、たまに見かける銀縁眼鏡に白衣姿は、確かに理系の先生のようではないか。

「兄さんも、ソルさんと同じこと言うのね」

「ん? もしかして似たようなこと言われたの? もしそうだとしたら光栄だ」

屈託無く笑って、ティーダはティアナの肩から手を離し、そっと離れる。もうこれなら大丈夫、と判断して。

「兄さん」

「何?」

ティアナの声には、憂いも無ければ陰りも無い。ただ、内に秘めた闘志のようなものが垣間見える、そんな強い声だ。

「アタシ、強くなるわ。ソルさん達が持つ『強さ』がどんなものなのか、誰かに教えてもらうんじゃなくこの眼でしっかりと見極めて、それからアタシなりの『強さ』を見つけて、その『強さ』に向かって迷わず進んでみせる」

「……ああ」

満足げにティーダは相槌を打つ。

ヴィータはソルのことを、狩人であり復讐者であり贖罪者だったと言い、ソル本人も自身のことを罪人だと自称しているらしい。その話を詳しく聞くことは叶わず、一体どういう経緯があってソルが今に至るのか、全ては謎のままだ。

興味が無いと言えば嘘になるが、知らないままでもいいと思う。そう思えるようになった。少なくともソルが自ら好き好んで犯罪に手を染めるような輩ではないと知っているし、悪党ではないのも重々承知だ。もしそうであれば、あそこまで周囲から慕われる訳が無い。

何か人には言えないような、とても深い事情があった。それで別にいいではないか。

今はそんなことよりも、彼と彼の仲間が持つ『強さ』の意味と理由を、知りたかった。

「だから、その為にも」

未だに終わりが見えない戦闘が繰り広げられている海上に向き直り、

「これからもご指導ご鞭撻の程をよろしくお願いします、”先生”」

礼儀正しくお辞儀をするティアナだった。




















ランスター兄妹とは全く逆方向に退避していたナカジマ親子の三人は、安全圏まで避難すると安堵の溜息を吐く。

「ふう、危うく灰になるとこだったわ」

「ねぇお母さん、なんで口調が『面白かった』って感じなの? それ、本当にシャレなってないからね」

「だって見たでしょ、あいつのあの顔。照れてるのを必死に隠して怒ってる風に装う所が相変わらず子どもっぽくて、ついね」

ソルさんをからかうのが好きなのも相変わらずだ、と姉妹は半眼になって思う。いつもと違うのは、ソルの怒りの矛先が今回はクイントではなくなのはに向いた程度だろうか。

「……ってあれ? ソルさん、怒ってないの?」

母の言葉の一部分にふと気付き、ギンガが問う。それにクイントは意地悪い笑みで首を縦に振る。

「あいつね、普段の仏頂面じゃ想像出来ないかもしれないけど、本当はなのはちゃん達のこと溺愛してるんだから」

「ええー、あれが?」

「本当なの? 逆なら納得出来るだけど」

胡散臭そうに姉妹が視線を送るその先では、海上で激しく衝突を繰り返す紅蓮の炎と桜色の魔力光があった。ぶつかり合う度に海がなんか凄いことになっている。嗚呼、此処の海洋生物は死んだな、と冥福を祈ってしまう。

「あ、信じてないわね。ま、無理もないと思うけど本当よ。だって本人から聞いたもの」

「ちなみにどんなシチュエーションで?」

とギンガ。

「酒の席で」

「明らかに殴り合った後だよね、それ」

いつものことだけど相変わらずソルさんとお母さんはバイオレンスな友情で結ばれてるなぁ、と深い溜息を吐くスバル。

「スバルがまだ陸士訓練校に居た頃だから結構前ね。あの時はギンガがスバルの寮に遊びに行ってたからたまたま居なかったんだわ」

顎に手を添え、うーん、と唸ってから懐かしそうに眼を細めた。

「いつも通りお酒飲んでから一戦やらかして、頭グデングデンになってから朝まで飲み続けて、私もソルもベロンベロンの前後不覚になってから漸く苦労してゲロしたのよ」

「ギン姉、冒頭から何もかもがおかしいと思うのは私だけ?」

「突っ込んじゃダメよ」

姉妹がコソコソ耳打ちし合っている。

「あいつね、こう言ってたわ」

そんなことには構わずクイントは続けた。



――『戦うこと以外の生きる術を失った俺に、あいつらは忘れちまった大切なことを思い出させてくれた。使っていなかった感情に触れてくれた……温もりを、俺にくれた』



「感謝してる、愛しいなんて感情はとうの昔に超越してる、あいつらの為ならこの世の全てを敵に回しても構わない、ってさ。この台詞を酔ってんのに真顔で言うのよ」

たとえ酔っている時に出た言葉とはいえ、いや、むしろ酔っている時だからこそ出てきた本音なのだろう。ソルにとってなのは達は、言葉通り世界を敵に回しても構わない程に大切な存在だというのが窺い知れた。

「ハハ、ソルさんなら世界中を敵にしても勝っちゃいそうだから冗談に聞こえないね」

「きっと勝つ自信があるのよ。そんな大仰な台詞言えるの、きっと次元世界であの人だけだわ」

スバルが微笑ましそうに笑うので、ギンガは肩を竦めて応じつつ、それにしてもと思考を巡らせる。

(でも、妙ね。今の母さんの話だと、ソルさんが十九歳だとはどうしても思えない。やっぱり、年齢を偽っているような気がする)

今まで抱いていたソルへの不審が浮き彫りとなっていく。

人の過去を勘繰る真似は、捜査官としての職業病のようなものであった。本来ならばソルに対して過去を詮索するなどしたくなかったが、一度不審に思ってしまうとそうはいかなかった。

現在十九歳、ということになっているがこれでは辻褄が合わないことがある。何故なら、ソルが高町家に居候を始めたのが約十五年前。登録された通りの年齢ならその当時は四、五歳だ。

いくらなんでも初等学校に通う前の子どもが、戦闘を生業とする賞金稼ぎなど出来る訳が無い。

ヴィータはソルのことを『狩人』『復讐者』『贖罪者』『罪人』と教えてくれた。その上で『ソルの過去は詳しく話せない』とも言った。

『たった独りでずっと復讐と贖罪に生きてきた』という点にも引っ掛かりを感じる。年齢的にこれもあり得ないのだから。

極めつけは、今のクイントが教えてくれたソルの言葉だ。

『戦うこと以外の生きる術を失った』『忘れちまった大切なことを思い出させてくれた』『使っていなかった感情に触れてくれた』

これは一体どういう意味か? とても重要な、ソルの過去を知る為の鍵に思える。

不審な点は他にもまだまだたくさんあった。ティアナのクロスミラージュを性能テストしている時のシグナムが言ったこと。



――『あのチンピラのような外見や性格から大半の者が勘違いしているが、本来ソルは科学者、研究職の人間だ。初めから賞金稼ぎだった訳では無い』



賞金稼ぎになる前は科学者だったという事実。やはりこれも年齢的に絶対あり得ない。何処の世界に賞金稼ぎで科学者の五歳児が存在するというのだ。

(元科学者……物理学で学位を得る程、デバイスマイスターとしても、ロストロギアの考古学者としても、優秀過ぎるくらいに優秀……)

バラバラになっていたピースが一つひとつ繋がっていく気がしてくる。

(そもそも、どうしてソルさんは違法研究を目の敵にしているの?)

賞金稼ぎとして活動を”再開”する切欠となった戦闘機人事件。今でもはっきりと思い出せる、病院のベッドの上で眠る母の痛々しい姿。

友人のクイントが死に掛けたから? そうかもしれない。

救えなかった命、死んでしまった人達の無念を晴らす為? 義理厚く人情深いソルならあり得るかもしれない。

命を弄び、人の尊厳を踏み躙る違法研究が許せない? きっとそうなのだろう。

しかし、これだけでは弱い気がする。ソルはこれだけではない、もっと強い感情、理屈抜きで動いているような気がしてならない。



――『この手で必ず殺さなければならない奴が、一人居た』



――『俺は、そいつを殺す為だけに”力”を求め、戦い、邪魔する者を全て皆殺しにして生きてきたからだ』



(あった! ソルさんが理屈抜きで動く理由!!)

憎悪。

あの時垣間見せた、並々ならぬ狂おしいまでの憎悪だ。

よくよく思い出してみれば、ソルは”違法研究に手を染める犯罪者を憎んでいる”というよりも、”違法研究そのものを憎んでいる”ように感じる。

このDust Strikersに出向する前に一緒に仕事をした時、ある違法研究所に踏む込もうとしていたソルの横顔が悪鬼羅刹のようだったのは、そう古い記憶ではない。

そして、スバルやギンガなどの『被害者』には非常に優しい。

「……あ」

思わず声が漏れたことに気付かず、思考は高速で回転していく。

優秀な科学者でありながら、『戦うこと以外の生きる術を失った』。

必ず殺さなければならない人物が一人居た、『復讐者』。

『戦うことが復讐であり贖罪であった』賞金稼ぎは、贖い続けるべき『罪人』。

違法研究に対する異常なまでの憎悪。

魔力強化や魔法無しで、戦闘機人である自分達を易々上回る身体能力。

そして、決定的なのが、



――『強くなりたいと願うのはいい、力が欲しいと求めるのも構わん……だが、後悔したくなければ、俺のようにはなるな』



まるで自分自身を卑下するような言葉。

(!!)

此処でギンガは、とある結論に至る。

その結論は、導き出した答えの通りであれば全ての矛盾に説明が出来る程のもの。

更に言えば、これまで見てきたソルの言動に酷く納得出来てしまう。

決め付けてしまうのは早計だが、最早そうとしか思えない。

「ねぇ、母さん。聞きたいことがあるの」

トーンを下げた低い声で、ギンガはクイントに声を掛ける。

「ん? 何?」

首を傾げてこちらを窺ってくるクイントの顔を挑むように見つめて、ギンガは意を決して疑問をぶつけた。



「ソルさんは、私達と同じ、違法研究で生まれた人造魔導師なの?」



あまりに直球的な物言いに、この場に居た全員の動きが、凍る。











































「ったく、手間掛けさせやがって……」

やれやれと溜息を吐き、封炎剣をクイーンに格納させると、眼の前の相手が力無く落ちていこうとしていた。

意識を失い、飛行魔法を維持することが出来なくなったのか、星の引力に従い海面に向かって真っ逆さまに落ちていくなのはに手を伸ばす。

左手で彼女の左手首を掴み、ぶっきらぼうに言い放つ。

「邪魔だレイジングハート。モードリリース」

<了解しました>

命令を受け、槍型デバイスは宝石型の首飾りへとその形を変え待機状態に移行。

それを確認し、俺はなのはの左腕を肩で担ぐように自身の首に回させ、彼女の腰に右腕を回して抱き寄せた。

「おい、しっかりしろ」

「……」

反応が無い。完璧に意識が飛んでる。

「ちっ、ウチの女共は本当に手間が掛かる」

悪態を吐きながらなのはを抱きかかえ直し、ゆっくりと陸地に向けて進む。

と、

「へへ、お姫様抱っこ……」

腕の中で口元をニヤつかせる馬鹿が一人。

狸寝入りしていたことにムカついたので手を離すが、

「きゃあああああああっ、落ち、落ちる、おちるぅぅぅっ」

落ちる落ちる言いながら必死になってしがみ付いてくるので逆効果だった。しかも絶対に放さないとばかりに足まで腰に絡ませてくる。

「ちっ、落ちろよ」

「酷いよ!!」

「うるせぇ、意識があるんだったら自力で飛べ」

「魔法使う余力なんて残ってないからこのまま抱っこしてて」

「せめておんぶにしろ。この体勢は倫理的にマズイ」

腰に絡まった両足、瑞々しい太腿がとにかくエロイ。どうして女はバリアジャケットにズボンを採用しないでスカートを選ぶのであろうか。謎だ。特にウチの連中はどいつもこいつほとんどミニだし。最早狙ってやってるとしか思えない。

……狙ってるんだろうなぁ……

「欲情しちゃう? このまま、する?」

頬を染め、腰を擦り付けるように揺らし、上目遣いでそんなことを言ってくるなのはは調子に乗ってると感じたので、首根っこ掴んで無理やり引き剥がす。

「わあああああ、本気で落とそうとしないで!! ごめんなさいごめんなさい、調子乗っててごめんなさい、だから落とさないで――」

「じゃあな、アバズレ」

最後まで聞く耳持たず、ポイッとなのはを背後に放り捨てると、一瞬の間を置いて盛大な水柱が出来上がった。





結局。

なのはは濡れ鼠の状態で俺に背負われていた。おんぶしてやってる俺も全身ズブ濡れだ。

最後の力を振り絞ってチェーンバインドを俺の足首に伸ばして水中に引きずり込みやがった、こいつ。魔法使う余力なんて無いんじゃなかったのか!?

海水を飲んじまった瞬間マジで捨てて帰ろうかと思ったのだが、子泣き爺のように背中に張り付いて離れようとしないので、おんぶせざるを得なくなっちまった。

「海水の張り付いた感触が気持ち悪い」

俺の肩に顎を乗せ、なのはが文句を言ってくる。

「奇遇だな、俺もだ」

テメェの所為だろうが!! とは口には出さず同意だけ示しておく。とっとと帰ってシャワーだな、これは。

歩くような速度で飛行していると、暫くして不意になのはが頬をぴっとりくっ付けてきた。

「ねぇ」

「ああ?」

「こうしておんぶしてもらってると、昔のこと思い出すよ」

「……そうだな」

十五年前のことを思い出し、声が自然と優しいものになったのを自覚する。

「懐かしいね。毎日お兄ちゃんに色んな所連れてってもらって、遊びながら色んなこと教えてもらって、疲れて歩けなくなると今みたいにおんぶしてもらって帰る」

「お前体力無かったよな。帰りの道中、よく寝てたの覚えてるか?」

「うん。お兄ちゃんの背中、暖かかったから気持ち良くて、つい」

そう言って、えへへと無邪気に笑う。こういう笑い方は、当時から変わっていなかった。

「……私、昔と比べてどう? 少しは変わったかな? それとも変わってないかな?」

唐突にこんな質問を投げ掛けてきた。その口調は俺に聞いているというよりも、自問しているようだ。

「変わってない部分もあれば、変わった部分もある、としか答えられねぇな」

「そっか。お兄ちゃんがそう言うなら、きっとそうなんだろうね」

「こんなこと聞いてくるなんて、急にどうした?」

「……うん。ちょっとね」

はぐらかすようにして、なのはは明確に答えようとはしない。

どうしてこんなことを聞いてきたのか少し気にはなったが、俺は気にしないことにする。ただその代わり、俺は俺なりの考えを伝えるだけ。

「お前が今どう思ってるのか分からんが、なのははなのはが望んだ通りに生きればいい」

「お兄ちゃん?」

「お前がフェイトとはやてと三人で俺を倒して以来、ずっと思ってた……いや、覚悟したことだ。俺はもうお前の生き方に口出ししねぇってな。自分の人生、自分で考えて、自分で決めるのは当たり前。もうガキじゃねぇんだからな」

「……」

「だから、俺に付き合って無理に戦う必要も無ぇ」

「別に無理してる訳じゃ無いよ」

憮然とした声が返ってくるので、俺は苦笑する。

「そうか?」

「そうだよ。好きで戦ってるんだから」

つられてなのはも笑う。

「とんでもないバトルジャンキーに育っちまった」

「って、そうじゃない、そうじゃないの!! 好きっていうのは、お兄ちゃんの為に好きで戦ってるって意味で、別に戦いが好きな訳じゃ――」

「嘘も大概しとけ」

「嘘じゃないってば!?」

背負われた状態で頬を膨らませたなのはが俺の頭をポコポコ叩く。

こんな些細なやり取りが楽しいと感じてしまう俺は、昔とは比べ物にならないくらい、変わっていた。

弱くなったかもしれない。甘くなったかもしれない。

だが、それでいいと思う。

俺はなのは達と出会って、”人間”になれたのだから。

きっと、その兆候は前々からあった。それに俺自身は気付こうとしなかった。

様々な連中に出会って、戦って、真正面からぶつかり合って、多少なりとも影響されて。



――『私を馬鹿にするのもいい加減にしろよ……ソルッ!!』



聖騎士団に入団して以来、因縁の間柄となったカイ。



――『行け、ソル。そして忘れるな。お前が聖騎士団を抜けようと、お前は儂の部下であり、大切な家族なのだと』



聖戦時代、唯一俺のことを認めてくれたクリフの爺さん。



――『ダーンナ、久しぶり!! 元気しってた~?』



いつの時代に会えるか分からない腐れ縁のタイムスリッパー、アクセル。



――『キミのファンになりそうだ。構わんかね?』



好々爺のような態度を終始崩さない喧嘩仲間の吸血鬼、スレイヤー。



――『また……語り合おう……三人で……な』



最後の最期に全てを思い出し、泣き笑いのような表情を浮かべて逝ったジャスティス。



――『ギアに、生きる価値は、ありますか?』



己の生まれた意味を見出せず、どう生きればいいのか分からず泣いていた、ギアと人との間に生まれた少女。



――『オヤジィィッ!!』



食欲と好奇心だけはやたらと旺盛な義理の息子、シン。



――『アンタもシンももう友達だ』



臆病者と自称していながら何度も手助けしてくれたイズナ。



――『抱え込むなフレデリック。お前だけの問題ではない』



ギアを狩る俺が初めて手を取り合って共闘することとなったギア、Dr,パラダイム。



――『もういいよ、フレデリック……』



アリアそのものでありながら敵として相対したヴァレンタイン。



――『生きろ、”背徳の炎”よ』



そして、”あの男”。

少しずつ、少しずつ変化していく自身のことに全く気が付かなかったのは、我がことながら本当に無頓着だった。



――『貴方、修羅にしては迷いがある。迷いがあるにしては陰りがない。何故覇道を歩かれます?』



そんな俺を、紙袋を頭に被った変態ヤブ医者は何年も前に一目見て看破していたのかと思うと、なんか無性に腹立つが。

おんぶし直して、なのはの重さを改めて実感しながら口にする。

「ま、つもりはそういうことだ。お前が自身に変化を求めようと、今と違う人生を選ぼうと文句は言わん。好きにしろ」

「……私が、ずっとお兄ちゃんの傍を離れずに生きることを望んでも?」

「ああ。お前らが俺を拒絶しない限り、俺はお前らの傍に居る……昔、約束したろ」

「……うん」

「なのは」

「何?」

「忘れんなよ。俺はお前の味方だ。たとえどんなことが起こってもだ。それは今も昔も変わらん。変わるつもりはねぇ」

「うん……よく分かってる……お兄ちゃんは、いつでも私の、味方……」

今更疲労を自覚して眠くなってきたのか、なのはの声が段々小さくなっていく。

「ずっと傍に、居てくれる……これからも、ずっと、一緒だよ……」

それを最後に、なのはは完全に眠ってしまったのか、気持ち良さそうに寝息を立て始めた。

「やれやれ……こうして俺は自ら墓穴を掘って、雁字搦めになる訳だな」

肺の中の空気を全て吐き出すように溜息を吐く。

まあいい。悪くはない。

十五年前に出会った小さな女の子が、俺に人としての生き方と、誰かを愛する心を思い出させてくれた。

感謝してもし足りない。

「おに……ちゃん」

耳元から俺を呼ぶ声。どうやら寝言らしい。

寝ても覚めてもこいつは俺のことしか頭にないのか。

呆れてしまうのと同時に、なんだかこそばゆくなってくる。

誰かを想い、想われているというのは、なんというかこう、くすぐったい。

懐かしい記憶。まだ人間だった頃を、思い出す。

「何だよ、なのは?」

返事があるとは思えなかったが、俺は声に応えた。

すると、

「こども、ほしい」

とんでもない返事が。

「……」

三人でも面倒見るのが大変なのに……

だが……まあ、別にいいかもしれない。

流石にまだ子どもを作る覚悟は出来ないが、孤独に震える子どもを引き取るくらいは構わない。

「……そうだな。もし、また引き取り手の無いガキを見つけたら、ウチに連れて帰るか」

起きていようが寝ていようが気にせず、俺はなのはに告げる。

「そん時は、お前が母親やれよ」

「うん……」

小さく頷いたのが聞こえた気がして、俺は肩を竦めるのであった。




















後書き


まず、今回の大震災で被害に遭った方々に心からお見舞い申し上げます。

私自身には特に怪我も無く、家族も友人も被害らしい被害は無かったです。職場から徒歩四時間掛けて帰宅した程度で済みました。


で、今回のお話で原作アニメDVD三巻までが終了となった感じです。

これまでは主にティアナに重きを置いて書いてきましたが、それに一旦区切りみたいなのが出来たので段々と他のキャラへとスポットを当てていきたいと思っています。

今まであんまりスポットが当たってなかったスカさん側などの所謂ソル達の敵。特にナンバーズの三番とか、ゼストとアルピーノ親子がそれぞれどうしているかとか、そしてレジアスのおっさんの葛藤とか。

勿論、ヴィヴィオのこともバシバシと!!

それにしても遅筆過ぎる……次回更新はいつになることやら……


ちなみに、前回のヴァイスに対するソルの酷い態度ですが、あれは原作GGAC+のストーリーモードにてソルがカイに言ってたのとまんま似た感じです。

以下、原作ストーリーモードから抜粋。

『思い通りにならないからって、八つ当たりしてちゃ世話ねェな』

『人様に指図する前に、テメェの悩みを解決しやがれ』

という風に。

加筆した部分にもありますが、ソルは責任逃れするような輩が嫌いなので、ヴァイスへの態度がカイよりも厳しいものになっているのは自明の理だと思います。

また、GG2の設定資料集にあるショートストーリーでも、カイが生後半年程度のシンをどう扱えばいいのか分からず悩んでいる場面を見て、珍しくソルから問答無用で喧嘩を売るというシーンもあります。

つまりまあ、ケツを引っ叩いてくれる人ではあるんですけど、そのやり方が暴力的に映るだけで…………って、やっぱりただのチンピラじゃねーか。


さて次回は――

ついにソルの核心に迫るギンガ、驚愕の事実に動揺を隠せないスバル、そして戦闘機人の娘を持つ母としてクイントは何を思いどうするのか?

そして、奪われたジュエルシードを手に入れたスカリエッティ達はそれをどうするつもりなのか?


ではまた次回!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat19 The Pretender? PATH A
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/04/04 21:37


薄暗い研究室にて、空間モニターを見つめる男が居る。

幾重にも重なりのたくる配線や、壁にズラリと並んだ生体ポッド、手術台のようなものから用途不明な謎の機器が所狭しと散らばるそこで、男は薄気味悪く口元を三日月に歪めた。

紫色の髪、やや痩せ型の肉体を包み込む白衣。いかにも研究者、もしくは科学者然としたその出で立ちは、誰が見ても彼がこの研究室の主であると認識させる。

ただ一つだけ付け加えるとすれば、部屋の内装と彼の瞳が狂気を孕んでいるが故に、『マッド』と付くが。

Dr,ジェイル・スカリエッティ。それがこの男の名。彼は今にも声を漏らして笑いそうになるのを堪えながら、小刻みに身体を震わせていた。

「ドクター」

そんな彼の背に女性の落ち着いた声が掛かり、スカリエッティは薄笑いをそのままにゆっくりと背後へ振り返る。

「何だい、ウーノ?」

「トーレの右腕を修復する準備が整いました」

ウーノと呼ばれた女性は無表情のまま簡潔に用件を伝えた。

「……そうか。では、取り掛かるとしよう」

今まで見ていた空間モニターからあっさり視線を外して歩き出すスカリエッティに、ウーノはやや躊躇いがちに口を開く。

「ドクター。一つお聞かせください」

「ん?」

「クアットロの意見を採用したのは、何故ですか?」

「ああ、そんなことか。簡単だよ、面白そうだからさ」

問いの内容を聞いて、さも当たり前のように答える生みの親に対し、ウーノは更に問いを重ねる。

「……危険ではないのですか?」

此処で初めて、ウーノの表情と声に感情が表れる。それは不安に思っていながらも必死に押し隠そうとしていながら失敗する、妹のことを心配する姉としての――実に人間らしいものだった。

スカリエッティはスカリエッティで、ウーノが垣間見せた人間らしさに興味を注がれつつ金の瞳を細め、やはり笑みを浮かべたまま問いに答えるだけ。

「指摘された通り、危険が無いとは言い切れない。もし制御に綻びが生じていれば大惨事では済まされない事態に陥ってしまう可能性が高い」

「それが分かっていながら、何故?」

「言った筈だよ、ウーノ。クアットロの意見が面白うそうだからさ」

先程の言葉と全く同じことを言って、彼はまだ納得仕切れていないウーノに、持論を披露したくて堪らない科学者の顔で鼻息荒く詰め寄った。

「願いを叶える石、ジュエルシード。その本質は次元干渉型エネルギー結晶体で、願いを叶えるなんて文句は全く出てこない代物だが、此処で私は疑問に思う。

 では、何故次元干渉型エネルギー結晶体が、生物の意思や思考、感情に反応するのか?

 そして、その反応が手にした生物によって顕れる結果がそれぞれ異なるのはどうしてか?

 これが実に興味深いんだよ、ウーノ。

 もしかしたら、もしかしたらだよ? ジュエルシードには我々人間には理解出来ない”何か”が、例えば意思のようなものがあって、己を持つ者の、此処は『願い』としておこう、それを理解しようとして、その結果を現実世界に顕現させようとするロストロギアだとしたら?

 ジュエルシードの本質が本当は次元干渉型エネルギー結晶体ではなく、文字通りの『願いを叶える石』だとしたら?

 こうやって別の切り口から物事を考えていくと止まらないんだ。

 もし、ジュエルシードの力を上手く使いこなし、自分が望み描いた『願い』を現実に顕現することが出来たら? それはとても素晴らしいことだと思わないかい?

 確かに、安全策を取ってジュエルシードを単なるエネルギー供給源とした方が危険は少ないだろう。だが、それでは面白みが無い。そんなことをするくらいなら素直にレリックを使うよ。

 重要なのは、ジュエルシードが『生物の意思や思考、感情に呼応して魔力を生産し、持ち主の願いを叶えさせようとしている点』なのだから。

 ……ああ、ウーノは万が一暴走した時の次元震や次元断層、虚数空間のことを心配しているのか。すまなかった。うっかりしていたよ。

 あれが次元干渉型エネルギー結晶体であることから次元震や次元断層を人為的に発生させるのが目的なのか、何かの副次的な要素によってそうなってしまうのかは分からないが、あれは本当に何なんだろうね?

 そもそも虚数空間とは一体何だろうか? 魔法がキャンセルされ、何も出来なくなってしまうとは言われているが、中が一体どうなっていて、何処に繋がっているのか、それは誰にも分からない。

 途方もない大きな力が空間を歪曲させた結果、次元震や次元断層への切欠を作り、虚数空間が生み出される……ふむ、これなら一応筋が通っているが、私は何処か釈然としないね。

 だってそうだろう? 次元干渉が本質であれば、『願いを叶える』必要は無い。『願いを叶える』のが本質であれば、次元干渉は必要無い。少し矛盾を孕んでいる気がするのさ。 

 まあ、これはさて置き。

 クアットロの意見を採用した最大の理由は、トーレが純粋に”力”を求めているからだよ。彼女は”力”に、『強さ』に、そして何より彼に勝つことに執着している。まるで自分は彼に勝つ為に生まれたとでも言うように。

 そんな彼女が、高町なのはに敗北して己の無力をどれだけ呪っているのか私には想像も出来ないが、相当辛いものだとは察しているよ。私も、私の作品が彼に負けたのではなく、彼の手下に負けたのかと思うと、腹の底から何か言葉では言い表せない激情が捌け口を求めて燻っているのを感じるから。

 だから私はトーレが望む”力”を与えてやりたいし、是非彼女には彼らを打ち倒して欲しいと考える。その為のジュエルシードでもあるんだ。

 だが、ジュエルシードをただエネルギー供給源として使うだけでは何か重要なファクターが足りない気がする、前々からそう思っていた……そんな時に、これを見た」

吐息もかかる程の至近距離でウーノにマシンガンの如き勢いで喋りまくっていたスカリエッティは、此処で一旦距離を取って、背後で未だに表示され続けている空間モニターを指し示す。

「見たまえ、騎士ゼストと戦う騎士ヴィータの姿を!! 感情を爆発させて戦う彼女の姿は、あの時の彼にとても酷似していると思わないかい? でもそれだけじゃない。むしろ、似ているどころか全く同じなんだ!!」

映像に映し出されているのはゼストと戦うヴィータである。スカリエッティが言う通り、全身から魔力光を輝かせ莫大なエネルギー放出させているその姿は、彼と瓜二つだ。

「ドラゴンインストール……その名の通り、騎士ヴィータには彼の”力”がインストールされている。彼程ではないが、その”力”の片鱗は見せてくれた。別人同士でありながら同一の魔力反応だなんて普通だったら絶対にあり得ない。この事実が何よりの証拠だよ」

呪文を唱えるように言葉を紡ぐスカリエッティは、本当に楽しそうである。

「感情に呼応する肉体、生命の揺らぎならではの”力”の発現、リンカーコアが肉体とシンクロすることによってもたらされる進化!! 嗚呼、実に素晴らしい! だから彼らから眼が離せない! だから”背徳の炎”は魅力的だ! 故にソル=バッドガイは最高の一言に尽きる! 彼こそが究極の生命だ!!」

どんどんヒートアップしていくスカリエテッティは、ついにいつものようにソルを褒めちぎり始めた。

「ま、待ってくださいドクター。それでは、まさかソル=バッドガイは、自分の”力”を他者に分け与えることが……!?」

とある考えに至り、ウーノが戦慄する。

当たって欲しくない、外れていて欲しい、そんな風に思いながらも、自分で自分の考えを否定することは出来なかった。眼の前に一つの結果と証があるのだから。

「何人居るんだろうね? もしかしたら全員、彼の”力”がインストールされているかもしれない……それ程までに、彼らの強さは異常だからね」

モニターの映像が次々と移り変わり、”背徳の炎”の顔ぶれが順繰りに映し出されていく。その一人ひとりが、人の皮を被った悪魔の化身に見えて、ウーノはぶるりと身体を震わせてしまう。

一人でも手に負えない化け物だというのに……!!

「それにしても不思議だ。彼は違法研究をこの上なく嫌い、憎んでいる筈なのにどうして彼は自分の”力”を仲間に分け与えているのか……毒を以って毒を制す? いや、違うな……やはり彼も人の性に抗えず、二律背反の末に同類を求めるのかな? クハハハハハッ」

ウーノの内心など全く気にする素振りも無く、スカリエッティは乾いた声で哄笑している。

……ドクターは本当に面白がっているだけなのだろう、とウーノは眉を顰めて生みの親の横顔を覗き込む。

ソル=バッドガイに魅入られて以来、スカリエッティは彼のことしか見ていないような気がする。恐らくはそれは、彼のような生体兵器の理想像を自身の手で生み出したいという欲求であったり、自分と同じ作られた存在でありながらとても人間らしい感情を元に戦うソルへの純粋な憧れであったり、理由は様々だ。

別にスカリエッティが自身の作品である娘達のナンバーズを蔑ろにしている訳では無い。ナンバーズを強化する為に、日夜研究を欠かさず頭を掻き毟りながら必死になっている姿を目の当たりしているので、スカリエッティはスカリエッティなりにナンバーズのことを思ってくれていると断言出来る。

だが、それでも気に食わない時は存在した。

ソルのことで一喜一憂し、いつ如何なる時もスカリエッティは思考の一部をソルに費やしている。

今回のアグスタの件でもそうだ。トーレが高町なのはに敗北した時のリアクションは一言『そうか、トーレは負けてしまったのか』と呟くだけの、酷く淡白なものであった。

それどころか、ソルの”力”がインストールされているかもしれない他の”背徳の炎”の面子に興味を惹かれたのか、これまで集めた戦闘データを一から見直し始める始末。

きっとスカリエッティにとって勝敗などどうでもいいのかもしれない。

ただ、彼は敵であるソルに近付きたいだけ、ソルに並び立ちたいだけなのだ。

(そして私達はその為の道具に過ぎない……)

初めから分かっていた――スカリエッティに生み出された時からよく理解していた事実。だが、戦闘機人がスカリエッティにとって都合のいい手駒でしかないことを改めて自覚した瞬間、心の奥底からドス黒く穢れた負の感情が沸き上がってくる。

生まれて初めて抱いた感情は、怒りにも似た――大切なものを奪われたことに対する嫉妬だった。

スカリエッティの心を掴んで放さない最凶の敵、ソルに対する嫉妬。

そして一度この感情を認めてしまうと、自分でも歯止めが利かないくらいに、ソルのことが憎くて仕方が無くなってきてしまう。

あの男が、あの男が私達の全てを、ドクターを狂わせたのだ、と。

どうしてあの時、あのタイミングで現れたのか。

Sランク魔導師を打ち倒し、戦闘機人が実戦で運用可能なものと証明されたあの瞬間を、まるで狙っていたかのように。

ソルの所為で、スカリエッティはソルの持つ”力”に心酔してしまい、全ての予定が狂った。

トーレのプライドはズタズタになった。

時間が経つにつれて、ドゥーエもスカリエッティ同様、ソルに魅せられてしまった。

一部のナンバーズは戦う為に生まれた戦闘機人でありながら、戦うことに躊躇や恐怖を覚えてしまった。

全部、何もかもこの男の所為だ。

(……ドクターの研究資料でしかない癖に)

違う。そんなことは分かっている。ソルは研究資料どころか、スカリエッティが目指すべき、遠い未来の果てに存在する理想。遥か高みにその存在が許された、完璧にして完全なる完成品。だが、そう思わずにはやってられない気分なのは確かである。

「良い、実に良い。今回は彼の炎を見ることが出来なかったのは残念だが、その代わり騎士ヴィータが魅せてくれた。それだけでも今回は収穫があったというものだ」

隣で未だに上機嫌な顔で嗤っているスカリエッティの声が、耳障りだと感じてしまう。

しかし、ウーノは結局どうすることも出来ず、ただひたすら憎悪を込めてモニターに映る男を睨み付けるだけだった。

これまでに胸の内に宿った様々な感情が、誰よりも人間らしいと気付くことなく。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat19 The Pretender? PATH A










「今の聞いたか? よく分かんねぇけど”背徳の炎”の連中が、既に全員インストール済みかもしれないって話」

「この耳で確かに聞いたッス。もしそうだとしたら、あんな化け物集団相手にどうやって戦えっつーんスか?」

スカリエッティとウーノの会話を研究室の外から――たまたまドアの隙間がほんの少し空いていたので――覗き見しつつ、ノーヴェとウェンディがコソコソと話し合う。

「冗談じゃねぇよ。トーレ姉ですら高町なのはに手も足も出ねぇでボコられたってのに、そんなあいつら全員が騎士ヴィータみてぇな隠し玉持ってるってことだろ?」

「騎士ゼストと互角だった騎士ヴィータを基準にすると、少なくとも残りの面子も同じくらい強いってことになるッスね……」

あまりにも理不尽な現実にノーヴェは半眼になり、絶望的な未来予想図にウェンデイは青い顔だ。

「そもそもあいつら、本当に人間なのかよ。疑わしいにも程があるぞ……全員が全員、ソルと同じ生体兵器なんじゃねぇのか」

渋い表情で文句にも似たことを口走るノーヴェにウェンディは同意を示す。

「連中が全員、生体兵器……あり得ない話じゃないッスよねぇ……とりあえず、この話を他の皆にも伝えるッス」

二人は中に居るスカリエッティとウーノにバレないように、そそくさとその場を後にした。





丁度良く集まっていた他の姉妹――セイン、ディエチ、オットー、ディードの四人を掴まえて先程盗み聞きした内容をざっと説明すると、まず初めにリアクションを起こしたのはこの中で一番上の姉に当たるセイン。

「フッ、何を今更。ソル達がいくら強かろうと、あたしがすることは変わらない」

やけに格好良いシニカルな笑みで、自信満々に言い放つ。

ある意味開き直った態度のセインの様子に、誰もが心の中で感心した。

「捕まりそうになったら、まずこうだ。両膝を地面に着けて正座する。で、相手に向かって平伏するように頭を垂れてから『命だけは助けてください』って――」

「ただの命乞いじゃねぇかっ!!!」

頭に血を昇らせたノーヴェが土下座をしているセインにサッカーボールキックをかます。蹴られたセインは「あふん」と奇妙な悲鳴と共に冷たい床に打ち付けられて悶絶する。

「ちょっとでも見直したアタシが馬鹿だったよ!!」

「右に同じッス」

「セイン姉様、いくらなんでもそれは……」

「僕も、ちょっと引くな、それは」

憤るノーヴェ、苦笑いのウェンディ、純粋に引いているディードとオットー。妹達に言いたい放題言われて、散々な結果である。

しかし、その中でも唯一ディエチのみが倒れているセインの上体を優しく抱き起こすと、首を振ってこう言った。

「『命だけは』の前に、『知ってることなら洗いざらい吐くから』って付けなくちゃダメだってば」

「そうだった、そうだったねディエチ。ちゃんと言うこと言っとかないと、待ってるのは焼却処分だもんね」

「それにもっと真剣に、真摯な態度で誠心誠意を持って頭下げないと」

「うん。もっと気持ちを込めて謝るよ」

「畳み掛けるくらいの勢いで謝りまくって、相手に――」

「オイコラァァッ!! 何の打ち合わせしてんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

何やら土下座の仕方について話し合っている二人にノーヴェは絶叫しながら詰め寄る。

「うるせぇぇぇっ!! あたしだって好きで土下座の練習してる訳じゃ無いっつの!!」

蹴られたことが今になって頭に来たのか、こめかみに青筋を立てたセインが立ち上がり、ノーヴェのみならず胡散臭そうなものを見るような眼を自分に向けてくるウェンディとオットーとディードにも鋭い視線を飛ばし、大真面目な顔になって口を開く。

「聴覚を最大限まで引き上げてよく聞け妹共……あたしは」

此処で、すぅ、と大きく息を吸い込んで、覚悟を決めて、

「あたしは、ソルのことが滅茶苦茶怖いんだよ!! 火達磨にされて灰になるなんて真っ平御免だ!!」

本音を暴露した。魂の奥底から響いてくるような、嘆きであった。

「……」

「……」

「……」

「……」

唖然として黙りこくる妹達。点になった眼と、あんぐりと開けっ放しになって四角くなった口が、やけにコミカルに映る。

「へっ、どうだ? 参ったか」

そして何故か尊大な態度で胸を張るセインは、もうなんか可哀想なくらいにお馬鹿に見えるが、背伸びをしようとしている幼子を見ているような微笑ましさを覚えてしまう。

「まあ、とにかく。ソルに焼き殺されそうになったら、とりあえず土下座ね。話はそれからだから」

無理やり纏めるようとするディエチの言葉に、四人は最早返す言葉も無かった。

しかし、土下座は土下座でも焼き土下座になることを、彼女達は誰一人として気付いていない。




















疼く。

自ら斬り落とした右腕の傷口が、疼く。

心臓が脈打つ度に、呼吸と共に。

そして、高町なのはを思い出す度に、ズキリと痛みを伴って疼く。

「……っ」

怨嗟の声を音にしないまま、トーレは胸中で敵の名を呼ぶ。

絶望的な重圧を持つ敗北感に苛まされて、情けない自分に対する怒りと敵への憎悪で腸を煮え繰り返しながら、奥歯を噛み締め、左腕で右腕の傷口を握り締めた。

無様だった。

高町なのはに負けたというのもそうだが、何よりも無様で許せないのは、



――『御託は、要らない』



必殺の一撃を放つ瞬間の、高町なのはの眼を見て、かつて無い恐怖を覚えてしまった己が何よりも許せなかった。

今思い出すだけでも身震いしてしまう。その眼差しは獲物を仕留める狩人のもの。肌を突き刺すような殺気は”白い悪魔”というに二つ名に相応しい。火竜の敵を狩り殺す白い悪魔。それこそが高町なのはの本来の姿なのだろう。

殺されると直感的に悟ったあの時、脇目も振らず自ら右腕を切断してバインドの拘束から逃れ、全速力で敵前逃亡を図った。

逃げ切った後に感じたのは、死から逃れることが出来た事実に対する安堵。

それは生物が持つ生存本能として当たり前のものであったが、トーレが考える己の在り方――戦闘機人としての存在意義には反していた。敵前逃亡など言語道断である。

「化け物めっ……!!」

今度は、声に出して罵った。

敵は、赤い火竜と白い悪魔。

恐怖がない交ぜになった憎しみと、圧倒的な力を持つ奴らに対する嫉妬をこの場に居ない敵に叩き付ける。

戦う為に生まれた戦闘機人が恐怖を刻み込まれるなど、屈辱以外の何物でもない。恐怖で戦わない戦闘機人など、まるでただの人間ではないか。

この身はスカリエッティによって生み出された戦闘機人。戦う為に生み出された、戦うことが存在意義の生体兵器。

それが、敵に恐れ慄き、戦えないだと?

「……違う……違う、違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ!!!」

口から怒りも憎しみも恐怖も情けなさも敗北感も、全ての激情を吐き出すように叫び、頭を抱えて首を激しく左右に振り乱す。

「私はNo,3トーレ、Dr,ジェイル・スカリエッティによって作られた戦闘機人!! 戦う為に生まれた存在だ!! 私が戦えない訳が無い、戦えない筈が無い、戦って――」



そして無様に負け、おめおめと逃げ帰ってきた結果がこれだ。



「……私は、私には……生きる価値が、あるのだろうか……?」

力無く項垂れ、暴れていたのが嘘のように片腕で両膝を抱え、蚊の鳴くような声で問いを投げ掛けてみても、虚空に投げられた言葉を聞き入れる者はこの場に居ない。問いはただの空気の振動でしかなく、狭い部屋に響いただけ。

……もう、諦めた方がいいのかもしない。

初めから理解していたことなのだ。ソル=バッドガイが究極の生体兵器で、自分では彼の強さに追いつくことが出来ないと。

理解はしていた。しかし、ただ純粋に納得出来なかった。認めたくない、否、認める訳にはいかなかったのである。

この数年間、我武者羅に強さを求め、ソル=バッドガイを打倒する為に日々を訓練に費やしていたが、結果は無惨なもの。

ソル=バッドガイはおろか、その義妹の高町なのはにすら勝てなかった。

最早己には戦闘機人として戦う価値も生きる意味も見出させない。

己の存在意義が失われた瞬間である。

だとしたら、どうなるのであろうか?

価値も意味も無い今の自分は、人の形をした肉塊と機械の寄せ集めに過ぎない、ガラクタも同然だ。

いっそ潔く死のう。これ以上存在し続けても恥の上塗りを繰り返すだけで、惨めでしかない。



そんな時だった。その光を捉えたのは。



壊滅的なまでに後ろ向きな思考を途中で遮ったのは、視界の端に過ぎった青い光。

光に引き寄せられるように首を僅かに動かす。

虚ろな瞳に映ったのは、淡い光を放つ小さな宝石。

菱形の青い石。

何の前触れも無く突然現れたそれは、まるで何かを待つように部屋の中に、虚空に浮かんでいる。

「ジュエル、シード?」

何故こんなものがこんな所に?

理由も分からぬまま、思わずそれに手を伸ばそうとして、伸ばそうとした腕が無いことに気付き、苦笑した。

それから改めて左腕を伸ばそうとした刹那、青い石は突如として強い光を放ち、トーレの眼を灼く。

「何がっ、ぐあああああっ!!」

起きている、と続けることは不可能だった。ジュエルシードの輝きが強まった瞬間に呼応するように、右腕の傷口に焼きごてを押し付けられたかのような激痛が発生したからだ。

あまりの痛みに表情を歪め、唇を噛み締め耐え忍びながらも、視線だけは強い光に眼を細めたまま青い石から離さない。

やがて、青い石は脈動を始める。

ドクンッ、ドクンッ、と。

生物の心臓のように。

規則正しく。リズムを刻むかの如く。

更に放たれる光が強くなり、今度は瞼を開くことすら出来なくなってしまう。

眼の前で起こっている現象に一切理解が及ばない。仕方が無いので、トーレは成り行き任せに事態を見届けることに決めた。

これから先、一体どのようなことが起きようと一度死を選んだ身である以上、恐れることは何も無い。

そして――





部屋の中を満たしていた青い光が消え、元の殺風景な部屋に戻る。

変わったことなど何一つとして見当たらない。

青い菱形の石も、何処かへと消えてしまっていた。

今しがた見た光景は一体何だったのか? 白昼夢か何かだったのだろうか?

そんな風に疑問に思いながら”右手”で前髪をかき上げて、違和感に気付く。

”右手”?

「そんな筈は――」



――ドクンッ、ドクンッ。



無い筈の”右腕”が、確かにあった。



――ドクンッ、ドクンッ。



まるで別の生き物のように、トーレの心臓とは違うリズムで脈打っている。



――ドクンッ、ドクンッ。



あきらかに自分のものではない、”右腕”。



――ドクンッ、ドクンッ。



理解出来なかった先程の現象が、”右腕”から直接脳に流れ込んでくる情報によって、漠然とだが理解出来た。



――ドクンッ、ドクンッ。



そう。『願い』は叶えられたのだ、と。



――ドクンッ、ドクンッ。



「はは、ははは、はははははははははははははははははははははははははははっ!!!」

狂ったように嗤うトーレの顔は、これまで経験したことが無い程の歓喜に、いや、狂喜に満ちていた。

嗤わずにはいられなかったと言った方が正しいのかもしれない。

何故ならトーレは、この日、青い石の”力”を我が物としたのだから。

新しい”右腕”と共に。




















想定外のことが起きた。まさか、トーレの新しい右腕の修復作業とジュエルシードの移植手術を行おうとしたら、強奪した十一個の内の一個が忽然と姿を消してしまった。

いくら数え直しても一個足りない。慌てて周囲を片っ端から探し回っても見つからない。

マズイ、マズイマズイマズイ!! あんなものを、世界を滅ぼす力を秘めたロストロギアを失くしてしまったとなれば、笑い話にもならない。

頬を引きつらせて駆け回っていたクアットロであったが、彼女の心配も杞憂で終わる。

何故なら、失くなったと思っていたジュエルシードはトーレが持っていたからだ。

正確には、ジュエルシードが”トーレの右腕になっていた”と表現すればいいのか。

詳しい経緯を聞いてもトーレは”新しい右腕”を掲げつつ「突然眼の前にジュエルシードが現れたと思ったら、気が付いたらこうなっていた」としか答えず。どういうことなのかさっぱり。

分かることは一つ。トーレの肉体がジュエルシードを取り込んだ、否、ジュエルシードがトーレの『願い』を叶えたのだろう。

(面白半分に進言したことが予想以上の結果を生み出す打なんて……)

初め、クアットロはジュエルシードを単なるエネルギー供給源として使うことに、スカリエッティ二人と揃って『何かが足りない』と思っていた。

だからこそ、ジュエルシードの『持ち主の感情に呼応する』という性質に興味を持った。

そして、暇があればスカリエッティが閲覧しているソル=バッドガイの戦闘データを思い出し、あることを思いついたのである。

紅蓮の焔と紅の魔力光を全身から無制限に放ち、莫大なエネルギーを生み出す生命体の感情を。

凄まじい、と言わざるを得ない激しい憎しみは、まるでソル=バッドガイの”力”の源に見えた。

生体兵器でありながらとても人間らしい感情で戦うその姿は、スカリエッティが重要視している『生命の揺らぎ』を内包しているが故に、彼が目指す理想に近い。

だからこそスカリエッティはソルにこだわるのだ。

ただの機械などでは絶対に出せない輝き。その輝きがあるからこそ、素材としての生命は美しく、素晴らしいとスカリエッティは語る。

それにしても、だ。

ジュエルシードを移植して、新しい右腕を付け直すつもりだったのに、まさかジュエルシードそのものが右腕となってしまうなんて誰が予想出来ようか。

不可解な点は他にもある。強奪してから倉庫の中で厳重に保管していたジュエルシードの内の一つが、私室で腐っていたトーレの眼の前に現れる、という現象。

(ジュエルシード……これって本当に何なのかしら?)

願いを叶える石。次元干渉型エネルギー結晶体。それが持つ何万分の一の力で世界を破滅へと追いやり、次元震や次元断層を発生させることを可能とする危険なロストロギア。

持つ者の意思に呼応して”力”を生み出す青い宝石。

(見た目はただの石ころでしかないのに)

そんなことを言い出したらレリックも見た目は単なる結晶体なのだが。

こんなものがヒトの意思を理解しようとしているとは……

まあいい。使えるものは何でも使う、それが自分達の流儀だ。精々使いこなしてやろうではないか。

と言っても。

他のナンバーズに移植、というのは考え付いたが、忌々しいことにセッテ以外の妹達は皆拒みそうだ。

現に、つい先程チンクにこの話を振ったら「私は絶対にそんなものに頼らない!!」と断言されてしまったのである。

理由を聞けば失笑ものであったそれは、チンクなりのこだわりなのかもしれない。



――『今度こそ、私は私自身の力でユーノ・スクライアを倒してみせる』



辛勝を得たあれ以来、チンクはユーノ・スクライアをターゲットとして定めたのか他のナンバーズ――特に後発組には、あいつは姉の獲物だから手を出すな、と言い聞かせていた。

あまり気にはしていなかったが、流石にジュエルシードの移植を拒む程のこだわりがあるとは思っていなかったのが正直な話。

思い返してみると、チンクは妙なことにこだわる――スカリエッティ曰くそれがチンクの個性らしい――そういう個体だ。

ゼストとの戦闘で失ってしまった右眼も、自戒としてあえて修復していない。はっきり言ってしまえばチンクのこだわりはクアットロにとって理解に苦しむものであったが。

「あれもこれも全て、ドクターがいつも口癖のように言ってる『生命の揺らぎ』とでもいうやつなのかしら」

小馬鹿にするように、フッ、と鼻で笑ってしまう。

嗚呼、それならば納得だ。

敵であるソルは勿論、スカリエッティも、ウーノも、ドゥーエも、トーレも、チンクも、セインも、ディエチも、他の姉妹達も、アルピーノ親子やゼストも、そしてこの自分ですら、懸命に今を生きている。

どいつもこいつも純粋な人じゃない存在なのに、その在り方は酷く歪で、だのにとても人間的で、矛盾を孕んだそれは実に滑稽だ。

「アハ、アハハハハハッ」

クアットロにしては珍しい、というか普通ならあり得ない、童女のように無邪気な笑みで――邪悪に嗤う。



――もし、今敵対している”背徳の炎”が自分達の出生を知ったら、連中はどうするんだろうか?



これからいずれ起きるであろう面白そうなことに、胸を期待で膨らませながら。






























後書き


どうやらトーレが”アオ”の力を手にしたようです、この流れだとセッテもwww










仕事が忙しくてエイプリルフールねたを書き切れなかったのが、残念です。

シャマルEND?的なことを書こうと思ってたのに。


ではまた次回!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat19 The Pretender? PATH B
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/04/10 10:47

ルーテシアは幸せな夢を見る。

そこにはゼストが居て、アギトが居て、ナンバーズが居て、スカリエッティが居て……そして母が居た。

しかし、肝心な母の顔が、霞がかかったように朧気で見えない。

当然だ。写真や記録などで母がどんな顔をしているのか知っていても、ルーテシアは母がどんな表情で笑い、怒り、泣き、喜ぶのか、知らないから。

直接この眼で見て『母の顔』として実感したことが、無いのだ。

見たことが無いものを記憶から引っ張り出すことなど出来はしない。故に想像するしかない。だが、想像する母の顔は何処か人形めいていて、それが気に入らず、結局は顔が見えないという結果に落ち着いてしまう。

とはいえ、仮初の幸せでも、たとえ虚構の存在であろうと、若干細部が気に入らなくとも、一時的とはいえルーテシアの心を癒してくれる夢には違いない。

しかし、夢は夢でしかない。いつか必ず終わりを告げるものであり、ガラス細工よりも脆い存在であることは、幼いながらも理解している。

唐突に、幸せな夢に終わりがやってきた。

瞬く間に自分を取り囲んでいた人物達が、まるで初めから存在していなかったかのように居なくなってしまう。同時に周囲が紅蓮の炎で埋め尽くされていく。

独りぼっちで火の海の中に佇むルーテシアの視界に、一人の男がこちらに背を向けて立っていた。

ゼストに匹敵する長身。黒茶の長い髪を黄色い紐のようなリボンで後頭部に纏めポニーテールにした髪形。肩に担いだ大剣。白を基調としていながら赤い装飾が印象強いバリアジャケット。

”背徳の炎”。

男がこちらに振り向き、ルーテシアと視線を絡ませる。

全てを睥睨するような威圧感を放つ真紅の眼。何の感情も映していない、感じさせないその視線は、ただただ冷たかった。世界は炎で支配されている筈なのに、その眼を見ているだけで心が凍り付いてしまうかのように。

やがて、男は悠然と炎の中を歩き出す。その身が紅に彩られても意に介さず、しっかりとした足取りで、ルーテシアに向かって真っ直ぐと。

ルーテシアは動かない、動けない。男の無感情を表すその貌と眼から視線を逸らすことすら出来ず、捕食者を前にしてしまった哀れな獲物の如く、小刻みに身体を震わせるだけ。

そして、

「……」

「……」

手を伸ばせば届く距離まで近付き、ルーテシアのすぐ傍を通り過ぎ、今度は徐々に遠ざかっていく。

慌てて動かなかった身体を懸命に動かして振り向いても、もう遅い。男はどんどん遠ざかり、大きい背中が視界の奥で小さくなっていた。

待って、と手を伸ばしても、届かない。

置いてかないで、と叫んでも、その声は炎に呑み込まれてしまう。

独りにしないで、と足を踏み出しても、既に男は紅蓮の炎の中へと消えてしまっていた。

そもそも男は初めからルーテシアのことなど見ていなかったのだ。

見ていなかったから、手を差し伸べてくれなかった。

「……どうして?」

どうしても何も無い。見ていないのであれば、

「どうして助けてくれなかったの?」

助けてくれる訳が無い。

ゼストを、母を、自分を助けてくれなかった”背徳の炎”。

全てを救える無敵のヒーローなどこの世には存在しない。そんなことは幼いながらも知っている。嫌という程味わった。世界はいつだって不平等で、自分達は”運悪く”救いの手を掴む機会が無かった。それだけだ。

本当に、それだけ。

「どうして私達だけ、助けてくれなかったの!?」

だが、それでも嘆かずにはいられない。たとえこの感情が八つ当たりの逆恨みでしかなくとも、ルーテシアは”背徳の炎”を憎むことを糧にして生きてきたのだから。

そうしなければ生きていられなかった、という風に表現した方が正しいのかもしれない。

そういう風に刷り込まれた、というのが一番適切なのだが、彼女は気付かない。

ルーテシアの慟哭が火の海の中で木霊して、幸せな夢が独りぼっちの悪夢へとその形を成した時、彼女は現実で覚醒する。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat19 The Pretender? PATH B










ビーッ、ビーッ、と耳障りな音が響き渡り、ルーテシアが入っていたポッドから培養液が排出されていく。

「また、あの夢」

感情の篭らない声で独り言を呟いてから、さっさとポッドから這い出し、近くに用意してあったタオルで濡れた身体を拭き、手早く着替える。

「あら~ルーお嬢様、お目覚めですか~」

わざとらしく間延びさせている声に振り返ると、扉の隙間からクアットロが顔を覗かせていたので首肯した。

「ご気分は、どう?」

「最悪」

必要最低限の受け答えのみで応対し、ルーテシアは不機嫌を隠さずクアットロを牽制するように睨む。

しかし、クアットロはルーテシアの反応に嫌な顔一つせず、むしろ嘆かわしいと言わんばかりに表情を作って溜息を吐く。

「そーですよねー。お母様が折角眼を覚ましたっていうのに、此処に帰ってこないんですものねー。そりゃ気分も最悪になりますよねー」

「っ!!」

核心を突かれて眼を大きく見開かせるルーテシアの変化に内心ご満悦になりながら、クアットロは更に続けた。

口角を喜悦に歪ませて。

「でもぅ、お母様はルーお嬢様が嫌いだから会わないんじゃないんですよ」

「……」

無言で奥歯を噛み締めるルーテシア。

「ルーお嬢様と感動の再会を果たすのは、自分達を不幸な目に遭わせた連中をとっちめてから、っていう風に決めちゃってるからなんです」

「……私達を、不幸な目に遭わせた連中?」

「そう。例えば、管理局の地上本部だったり、最高評議会だったり……ルーお嬢様達を助けてくれなかった”背徳の炎”だったり」

さり気無く自分達のことを含まない。いくら洗脳済みでマジちょろい状態とはいえ、迂闊な発言はしないのだ。

「だからぁ、そいつらをぶっ飛ばせばぁ、お母様はきっとルーお嬢様の元に帰ってきますよ~」

「……」

数秒間思案するように眼を細めてから、ルーテシアは鼻息荒く吐き捨てた。

「ぶっ飛ばしてやる」

その結果、母が自分と一緒に居てくれるようになることを信じて。










調整を終えたゼストはスカリエッティのアジトから数km離れた森の中で、ルーテシアを待ちながら身体の調子を確認する為に軽く槍を振り回す。

そんな彼から少し離れた場所には全長30cm程度の大きさの、まるで妖精のような少女がフワフワと浮かんでいた。

烈火の剣精、アギトである。

彼女は今から約二年程前に、違法研究に手を染めていた非合法組織にモルモットとして扱われていたところ、レリックを求めて施設を襲撃したルーテシアとゼストによって救出され、それ以後は二人と行動を共にしているのだ。

ホテル・アグスタではたまたま二人と別行動を取っていたことに後悔しつつ、無言のまま身体を動かしているゼストに声を掛ける。

「なあ、旦那」

「ん?」

動きを止め、こちらに向き直るゼスト。

「ルールーのお母さんのことなんだけどさ」

「ぬ……」

無表情だったゼストの眉が顰められた。彼としても悩み所である話だ。

アグスタでヴィータと一戦やらかしたゼストは、上手くルーテシアと合流して逃げ切った後、此処スカリエッティのアジトに調整と眼を覚ましたメガーヌとの再会を果たす為に戻ってきたのだが、肝心要のメガーヌは帰ってこないという。

ルーテシアは母との逢瀬を何よりも心待ちにしていただけあって、これにはとてつもなく落ち込んでいた。ゼスト自身もメガーヌが加わってくれればルーテシアのことは勿論、他にも様々な面でプラスに働く部分があったと思っていただけに、少なくないショックを受けた。

何故、メガーヌは帰ってこない?

ルーテシアが何年も待っていたのに。

母に会うことが出来ないルーテシアが不憫でならず、しかし何もしてあげられない自分が不甲斐無く、ゼストは遣る瀬無い気分でいる。それはアギトも同じなのだろう。

(やはり洗脳を施されていると考えた方が良いかもしれんな)

メガーヌと一緒に居ることが出来れば、少なくともルーテシアには戦う理由が無くなる。それを懸念したスカリエッティかナンバーズの誰かがメガーヌの意識を操作しているのかもしれない。

忌々しい、と歯噛みしながらも連中に頼らざるを得ない自分の力の無さが情けない。

今のゼストはレリックウェポンであり、定期的に調整を施されている身だ。

一度死んだ身体であるが、ソル=バッドガイを参考とした研究成果の副産物として生命維持に支障無く活動することが可能で、更に最盛期を超える戦闘能力を手にしたが故に、最高評議会が目論んでいたレリックウェポンの最初の成功例として。

ゼストにとっては成功例だろうが失敗作だろうがあまり関係無かったが、此処ぞという時に戦えないのは流石に困るので大人しくスカリエッティの言葉に従っている。

スカリエッティと最高評議会は自分と部下達の命を奪い、ルーテシアの人生を狂わせた諸悪の根源でしかないのだが、



――『なら、騎士ゼストは”背徳の炎”に勝てるのかい?』



管理局側に居るソルの存在が、ゼストに二の足を踏ませていた。

ソルと一対一で戦って、勝てるかと問われれば、ゼストは首を横に振るしかない。

十年前の時点で、ゼストとクイントの二人組みを容易くあしらう戦闘能力を保有していたソル。いくら彼がレリックウェポンとして復活しかつてとは比べ物にならない強さを手にしていたとしても、それすらソルのドラゴンインストールの劣化版でしかないのである。

だが、まだ望みはあるらしい。調整を繰り返し、これまでよりも高いレベルでレリックとシンクロさえ可能とすれば、理論上ではより強大な”力”をレリックから引き出し我が物に出来る筈だとスカリエッティは言い切っていた。

事実、これまで調整を繰り返す度にゼストはレリックの”力”を上手く使いこなせるようになっていた。ただしヴィータには『オリジナルには程遠い、猿真似以外の何物でもない』とはっきり告げられてしまったが。

足りない。

時間も足りなければ、”力”も足りない。

”背徳の炎”は強い。ヴィータと戦って改めて実感した。彼らは生粋の戦闘者だ。敵を倒す為ならば全力を出すことに躊躇などしない。自身が持つ最大戦力で敵を潰してくるのだ。

本音を言えば彼らと敵対することは得策ではない、むしろ悪手だ。だが、ソルがクイントやゲンヤなどの地上本部の一角と繋がっている以上、地上に義理立てしているし、何より今回のアグスタで姿を晒してしまったからにはゼスト達も敵として認識されている。

そもそも犯罪者に加担している連中の話を、彼らが耳を傾けてくれるとは思えない。それ程までに彼らの活動は苛烈だ。

やはり今回の件は手出しするべきではなかった。あの時、多少強引でもルーテシアを止めるべきだったと後悔しても遅過ぎた。

本来ならば、スカリエッティ達が勝手に騒いでいるところを、火事場泥棒的に便乗して地上本部のレジアスの元に辿り着くのがゼスト個人の目的だったのに。

はぁ、と重苦しい溜息を吐くゼストを見て何を思ったのか、アギトが顔の前まで飛んできて駄々をこねるようにその場で暴れる。

「旦那まで辛気臭い面してんじゃねぇって!! ルールーのお母さんが起きたんなら、今までみてぇにレリック捜し求める必要が無くなったんだろ!? あのくそマッド達と縁切る良い機会じゃん。ルールー連れて、お母さん見つけて、そしたら何処か遠くの世界で静かに暮らそうぜ?」

「……アギト」

眼の前で必死に訴える、レプリカではない古代ベルカ式融合騎の少女。その言葉がこの上ない魅力的な提案に感じて、ほんの少しだけ思わず頷こうと思ってしまった己を自戒するように、ゼストはゆっくりと瞼を閉じた。

「お前の気遣いは嬉しいが、その話は俺抜きでしてくれ」

「なんで!? 旦那が居ねぇと意味無ぇだろ!!」

閉じていた瞼を開き、真摯な眼でゼストは言う。

「俺にはやることがある。それを終えるまで、戦うことを捨てられん」

「……」

ゼストの意志の強さがひしひしと伝わってくる静かな口調に、アギトは肩を落として項垂れてしまう。

それを見てゼストは我が子を見守る父親のような笑みを浮かべ、アギトの小さな頭を優しく撫でた。

「アギト。お前が俺に無理に付き合う必要は無い。お前が抜けるなら今の内だ」

「いきなり何言ってんだ!?」

突然と発現に表情を驚愕に染める彼女に、ゼストは聞けと言葉を重ねる。

「管理局はイマイチ信用出来なくなってしまったが、彼らなら、”背徳の炎”なら信じることが出来る。保護を求めるのであればDust Strikersにしろ」

「だ、旦那?」

「彼らの大半は俺達と同じ、違法研究や犯罪の被害者によって構成されている。ソル=バッドガイを筆頭にな……事情を話せば手厚く保護してくれる筈だ」

「アタシ一人だけ、逃げろって言うのかよ?」

「お前だけではない、ルーテシア達もだ。三人でDust Strikersに保護を求めろ。あそこなら、”背徳の炎”の傍なら誰にもお前達に手を出すことは出来ない。あそこは恐らくこの世で一番安全な場所だからな」

「旦那は、一人でどうすんだよ?」

「二度も言わせるな」

今にも泣き出すそうな悲しい顔をするアギトを見ていられなくなって、ゼストは踵を返して彼女に背を向けてしまう。

が、アギトはそんな彼の眼の前に回り込むと、自身の胸に手を当てて己の決意を表明した。

「ふざけんな……旦那一人だけ戦わせて、のうのうと生きてられる程アタシは薄情じゃないつもりだ!! 融合騎が騎士を見捨てて逃げるなんて、出来る訳無ぇだろうが!!!」

「そうは言うが、俺は既に”背徳の炎”に目を付けられてしまった。俺と行動を共にしていれば、お前も巻き込まれてしまうんだぞ」

「そんなこと分かってらぁ!!」

ついに、アギトが大声と共に涙を零す。

「なぁ旦那、頼むよ。傍に居させてくれよ。旦那、見てて危なっかしいから、傍で支えてあげなきゃって思うんだ……だからアタシが、アタシが旦那を支えるから、次はどんな奴が相手でも旦那と力を合わせて勝ってみせるから、見捨てないでくれよ!!」

ロードが存在しない、ユニゾンデバイスの悲しみと寂しさ。それを幾度となく味わってきたアギトは、ゼストが自分の傍から居なくなってしまうことが怖かった。

そしてそのことを重々承知しているゼストとしては、このように訴えられてしまったらもう二度と先程の台詞を繰り返すことが出来なくなってしまう。

「……後悔しても責任は取らんぞ」

「へへっ、後悔なんてしねぇから大丈夫だって」

泣き止んで笑顔を浮かべたアギトを見て、嬉しいやら申し訳ないやらでゼストの胸中は複雑だった。




















数年ぶりにやって来たクラナガンに何か感じ入るものがあると思ったのだが、見慣れた街並みを見て特に何も感じなかったので拍子抜けした気分だ。

考えてみれば、スカリエッティに囚われてから数年は経過しているとはいっても、その間はずっと生体ポッドの中で眠っていたので、懐かしいと感じないのは当然の帰結だったのかもしれない。

だが、それでも記憶の中にある街と眼の前の光景に若干の差異が時の流れを感じさせる。

メガーヌはジーパンに黒のハイネック、そして顔には丸レンズのサングラスという出で立ちでクラナガンを練り歩きながら、記憶と現実の差異を探すように街を観察した。

「あ」

意図せずして声を上げたのは、散策を開始して三十分程度経って一軒の日本料理店を見つけてからだ。

この店は、クイントが常連として使っていた地球の料理を出している食事処。仕事帰りに何度も彼女との付き合いで食べに来た、クラナガンでも人気の高いお店。

「まだやってるんだ、このお店」

それもそうか。たった数年で潰れてしまうような店ではない程料理が美味しく、店員のサービスも良く、ヘルシーで、居酒屋としての側面もあるので老若男女問わず通ってしまうようなお店だった。今もきっと当時と変わっていないのだろう。

気が付けば店の出入り口まで近付き、暖簾を見上げている。

脳裏に、まだ生後一年のルーテシアを連れてゼスト隊の皆と共に此処で飲み会をした記憶が蘇り、その光景が映し出された。

当時は子育てと仕事で毎日がてんやわんやだったけど、充実していたな。と、思い出の片鱗に触れて漸く感慨深い気持ちになって。



刹那、頭部にナイフを突き刺されたような酷い痛みが走る。



「ぐっ!」

奥歯を噛み締め、膝を着いてしまいそうだったのを何とか耐え、足早に店の前から立ち去ることに。

行き交う人々の流れの中で、額に右手を当て頭痛を堪えながら、昔を思い出さないようにしつつ、一人生き残ったクイントに対して憎悪を焦がす。

すると、頭痛は嘘のように消えてくれた。むしろ、憎めば憎む程気分が良くなってくる。

(……クイント……クイント……クイント……!!)

どうして貴女だけ助かったの? 部隊の皆は死んじゃって、私もゼスト隊長も捕まってレリックウェポンになったのに、どうして貴女一人だけ助かったの?

何度も何度も胸中で投げ掛ける疑問は、何度も何度も同じ答えが返ってきた。

クイントは、ソル=バッドガイと個人的な繋がりがあったから。そして、それをずっと隠していた。あの局面になって、彼女はソル=バッドガイに助けを求めたからこそ、自分一人だけ助かったのだ、と。

ならせめて、ルーテシアだけでも助けてくれれば良かったのに……!!

しかし、クイントはそれすらしてくれなかった。

親友だと思っていた。だのに、彼女は我が身可愛さに自分達を見捨て、ルーテシアも助けはしなかった。これは酷い裏切りに違いない。

(裏切り者……)

洗脳を施されているメガーヌは、抱いている感情が自分のものではないことに気が付かぬまま、ただひたすらクイントのことを憎む。まるで憎むことでしか自我を保てないという強迫観念が渦巻いているのを感じながら。

だからクイントには自分と同じ目に遭ってもらう。この復讐が果たされない限り、ルーテシアに会うことは出来ない。こんな憎悪に塗れた母親の姿を愛娘に見せたくない。

ルーテシアに会うのは、全てを片付けて綺麗になってからだ。そうじゃないと会えない、絶対に会えない。

唯一残った本当の自分の意思が母親らしいものであったことが、幸運なのか不幸なのか誰にも分からない。メガーヌ本人の意思であるこの母親らしさが、ルーテシアへの想いが、知らずルーテシアを傷付けている事実は皮肉でしかない。

クイントは当然として、クイントの家族も、管理局も、最高評議会も、どいつもこいつも自分は関係無いと知らん顔で平和と幸せを謳歌しているミッドの住民も、皆纏めて絶望の底に叩き落してやる!!

己が黒幕の手の平で踊るマリオネットということに気付こうともしないメガーヌは、昏い笑みを張り付かせ、虚ろな瞳でクラナガンの街を見渡し、殺意を漲らせるのであった。




















「それで?」

驚いていた表情を、怖いくらいの無表情に変えてクイントはギンガに向き直る。

「え?」

母の態度の変化についていけず、自分で話を振っていながら間抜けな声を出すギンガに、クイントは更に詰め寄った。

「ソルが人造魔導師? そうでしょうね、私も出会った頃からそうなんじゃないかって思ってた」

「……お母さん」

ギンガの言葉を肯定する内容にスバルが悲痛な声で母を呼ぶ。

「考えてみれば一発で分かるわ。あいつの異常に高い戦闘能力と魔法技術、違法研究や重犯罪者に対する冷酷な姿勢と憎悪、逆にその被害者には優しい態度、これだけ判断材料が揃ってるんだもの。ギンガじゃなくても普通気付くでしょ。『ああ、だからソルは連中を許さないんだ』って」

「……」

「……」

「でもね、正直なところ、私も知らないのよ。ソルのこと、何一つとして」

え? と声を漏らす姉妹に、クイントは苦笑して続ける。

「私もお父さんも、ソルのことを何となく予想はしていたけど、聞こうとは思わなかったわ」

「どうして?」

「友達だから」

スバルの疑問に何の迷いも無く答えるクイントは何処か誇らしげだった。

「アイツが何者であろうとアイツは私の大切な友達で、それ以上でも以下でもないからよ。気にはなったけど別に無理に聞き出してでも知りたいことじゃなかったし、触れられたくない過去なんて誰にでもあるものだから放っておくのが一番だった。そりゃ、ソルが自分から聞いてくれって言ってきたらちゃんと聞くけど、私達が友達付き合いする上でソルが人造魔導師だからどうとかって、はっきり言ってどうでもいいし。ソルはソルでしょ? アイツが試験管ベビーだろうと改造人間だろうと知ったことじゃないわ」

クイントは表情を苦笑から満面の笑みにすると、友人を自慢する童女のように語る。

「私にとってアイツは親友よ。見かけよりも老成してる癖にやけに子どもっぽくて、冷静沈着に見えて感情的で、家族のことを何よりも愛している癖になかなか素直になれない天邪鬼で、酔い潰れるまで本音を語ろうとしない意地っ張り……それだけよ」

だから、とクイントはスバルとギンガの肩に手を置き、諭すように眼を細めた。

「この話はこれでお終い。もしこれ以上知りたければ、ソルが自分から話してくれるのを待つか……死を覚悟しなさい」

そして、二人から手を離すと、背後に振り返って声を掛ける。

「そうでしょ? アイン」

「「!!」」

思わぬ人物の名前が呼ばれたことにスバルとギンガが驚くのを他所に、クイントの視界で空間が歪み、瞬きをしたその一瞬で今まで無人だったそこに、漆黒の影が姿を現す。

腰まで届く銀髪。ソルと同じ真紅の瞳。闇をそのまま形にしたような黒い翼と尻尾。黒一色と言っても過言ではないバリアジャケットに身を包む、同性なら誰もが羨む美貌とプロポーションを誇る女性が、困ったような笑顔で佇んでいる。

「死を覚悟しろとは人聞きが悪いな、クイント」

「あら? ソルの過去を知ってるらしいクロノ提督とリンディ総務統括官が、自分達は首の皮一枚繋がっている状態だ、ってカリム少将が前に言っていたけど、違うの?」

「あのお喋り共め、余計なことを……お望みとあらば本当に殺すぞ」

「ホラ、人聞き悪いじゃない」

「軽い冗談だ、受け流せ」

「それもそうね」

冗談めかしてクスクスと優雅に笑いを零すアインに、クイントは呆れたようにアハハと暢気に笑い返す。

しかし、和やかな雰囲気でありながらスバルとギンガは本能が警告してくるのを無視出来なかった。何故なら、アインがバリアジャケットを展開し、戦闘時と感情が昂ぶった時以外は顕現させない翼と尻尾の存在が、否が応でも二人を身構えさせているのだ。

息が詰まり、空気が不穏なものになり、緊張が高まっていく。

「まあ、そう警戒するな。これは、触れてはならない禁忌に触れようとしていたので釘を刺そうと思っただけだ。本気で殺すつもりなど微塵も無い、ただの脅しだ」

優しく朗らかな微笑と共に、立てた親指で自身を指し示しながらアインはバリアジャケットを解除していつもの黒いスーツになると、翼と尻尾を仕舞う。

スバルとギンガはそれを見て、反射的に構えていた拳と展開しそうになっていたデバイスを下ろす。

二人が勘違いして勝手に張り詰めていたものが見事に弛緩し、姉妹は揃ってへたり込む。

脅しは脅しでも、アインが本気で脅すつもりだったのが理解出来る光景である。やり過ぎだと言わざるを得ないが、知っていながらアインを止めようとしないクイントも大概だ。

まあ、クイントは現役の捜査官時代に仕事上で『知る必要の無いこと』や『知ってはいけないこと』が骨身に染みていたので、特に止める理由も無い。

違法研究に類する事件を追っていく中で、口外することを許されない極秘任務の遂行も一度や二度ではなかった。そして、最後の極秘任務が原因で自分だけを残して部隊が全滅したのは、忘れられない苦い記憶である。

ハラオウン親子がソルの過去を知っていながら『首の皮が一枚繋がっている状態』というのは、それだけ機密レベルの高い、世間に知られてしまってはマズイ内容だというのは容易に察しがつく。

ソルの過去は知ってはいけない。このことは後で改めてスバルとギンガに言い聞かせなければいけない。

「それにしてもお前達は運が良いな」

「運が良いって、何が?」

アインの感心したような言葉にクイントが反応した。

「昔、好奇心から全てを知ろうとして無謀にもソル本人に直接問い詰め、その瞬間に即刻半殺しにされた馬鹿な日本人が居た」

「げ! そんな人居たんですか?」

「怖いもの知らずな人も居るんですね」

「ギンガ、とりあえず後で鏡見なさい」

スバルが嫌そうに顔を顰め、ギンガが自分のことを棚の最上段に上げようとしたところをクイントに頭を引っ叩かれる。

「結局、次は殺すと見逃された訳だが、会う度に懲りずにちょっかい出してくるものだからその度に丸焼きにされていた。本当に馬鹿な日本人だった」

確かにそいつは馬鹿だ、とナカジマ親子は妙に納得する。

「しかし、最終的にソルはそいつを殺さなかった。殺すつもりなど最初から無かった、ただ単に巻き込みたくなくて脅しを掛けていただけだったから、殺さないのは当然なのだが……丸焼きになりたくなければお前達も気を付けろよ? ソルが大切に思っているお前達だからこそ、口で警告する程度に留めているのだ。これが敵であれば問答無用で殺している……それを忘れるな」

言って、アインは現れた時と全く同じ唐突さで、一瞬にして姿を消す。

『ソルの秘密を知りたければ、アイツに心から信頼される存在になれ。そうすればアイツの口から直接聞かされるだろう……アイツにとっての全ての始まりを、な』

最後に念話でそう言い残すと、アインの気配は遠くなっていった。

「……だってさ。どうする? これだけ脅されて、釘まで刺されてまだ知りたがる?」

肩を竦めて問う母の言葉に、姉妹は無言のまま首を横に振り、それから決意を固めるように口を開く。

「ううん。ソルさんが自分から私達に話してくれるまで、待つ」

「そうね、スバルの言う通りにするわ。誰だって過去を詮索されたら気分悪いし、私がソルさんの立場だったらって思い返すとやっぱり嫌だから。後でソルさんには謝っておこうと思うの。今更かもしれないけど」

「賢明な判断ね」

安心したように胸を撫で下ろすと、クイントはやれやれと言わんばかりに溜息を吐いた。

でも、と思う。



――アイツが私達に自分のことを語ってくれるのは、いつになるんだろう?



クイント自身はそれ程興味は無いのだが、娘二人は別だ。戦闘機人として生み出されたが故に、ソルの出生が気になって仕方が無いのだろう。

それもそうか、と一人納得する。幼い頃から姉妹の面倒をちょくちょく見てくれたお兄さんが、自分達と同じなのかもしれないとなれば知りたいと思うのは自然だ。

第一、ソルは出会った頃から姉妹が戦闘機人であると知っていただけに、これではフェアじゃない。

(ま、なんとかなるわよ)

先程自分で言った通り、このことを考えるのは終わりにすると、クイントはこれからのことに思いを馳せながら青い空を見上げる。

そこには眩い太陽が、ミッドチルダを優しく照らしていた。








[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat20 Conscious
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/04/23 02:08


今日も今日とて訓練、訓練。

Dust Strikersが誇る模擬戦専用の訓練スペース。最新技術に加えて銀縁眼鏡白衣ドS火炎放射器な元科学者が余計な手を加えてオーバーテクノロジーの塊と化したそこは、例によって例の如く火の海になっていた。

模擬戦するからこその火の海であり、火の海があるからこそ誰もが一目で『ああ、模擬戦してるんだ』と分かる光景。傍から見れば核の炎に包まれた世紀末の荒廃した世界かもしれないが、突っ込んではいけない。

どれだけ暴れてもスイッチ一つ押すだけで目を覆いたくなる惨状が元通りになる。破壊魔の集まりである此処の連中にとっては実に素晴らしきストレス発散出来る――訓練場だ。

本日のシチュエーションは市街地戦。想定しているのはクラナガンのような都市部での戦闘。乱立する建築物は高所と狭所を生み、障害物や遮蔽物も多く、車線の多い道路は広い。自分の適性や得意分野、敵に合わせて戦法と場所を選べるこれは、実力の面だけではなく判断力や思考力が試される。

だが、いくら頭を使って戦っても、どうにもならない実力差というのは存在するもので。

「ぐはぁっ!!」

吐血するような悲鳴がティアナに聞こえた刹那、視界の先でエリオが火達磨になって吹き飛ばされ、ボールのように何度もバウンドしながら足元にまで転がってきた。

「エリオ!?」

「倒れる時は、前のめり……」

悔しそうに一言呟いて膝をガクガクさせながらどうにかこうにか立ち上がり、言った通り本当に前のめりに倒れてエリオはそのまま意識を失ってしまう。

(今の……何か意味があったのかしら?)

仰向けに倒れていたのをわざわざ立ち上がってからうつ伏せに倒れ直す、という行為をやって見せたエリオに疑問を抱かざるを得ない。

「残ったのはお前だけだぜ、ティアナ」

ゴキリゴキリ、と首を回し音を鳴らしながら、ソルが火の海の中を悠然と歩いてくるのを見て、ティアナは歯噛みする。

ソルの言葉を確認するように視線を巡らす。目測20m程度離れた場所ではギンガがクレーターの中心で仰向けになって倒れていて、その付近にあるビルの壁面にはスバルが埋まっていた。二人とも意識は無い。ちなみにスバルが埋まっているビルの近くにある瓦礫の山の上にはツヴァイとキャロとフリードが倒れていて、ピクリとも動かない。

「模擬戦を開始して十分か。持った方だな」

時間を確認しながら感心したような口調でそう言うソルにクロスミラージュの銃口を向け、引き金を躊躇無く引く。

魔力光によるマズルフラッシュと共に、銃口から吐き出された魔弾が寸分の狂いも無くソルの心臓目掛けて飛んでいくが、半身になるだけであっさり避けられた。

「クロスファイア、シュートッ!!」

初めから避けられることを想定していたのかティアナは気にしない。カートリッジの二発をロードし、空薬莢を吐き出させてからクロスミラージュをツーハンズモードに切り替え、魔法を発動させる。構成された術式に従って彼女の周囲に生成された十数個の魔力弾の一斉掃射。

自身に襲い掛かってくる十数個の魔力弾に対し、ソルは素早い動きで屈み込む。否、屈み込むというよりも地面にうつ伏せになると表現した方が良いかもしれない。とにかく地に這うような低い姿勢になると、その状態で炎を全身に纏わせ、魔力弾の群れを掻い潜りながら、地面を抉るような勢いととんでもない速度で突っ込んでくる。

下段から熱とプレッシャーの塊が牙を剥く。

冷や汗を垂らし慌ててバックステップした瞬間に、今立っていたそこへ封炎剣を持ったままソルがボディブローを放つ。

拳が空を切る音がとてつもなく大きく、それが破壊力を物語る。

ボディブローは空振りで終わり、なんとか交わすことに成功するがティアナの表情は渋面だ。誘導弾を操作する間も無く一瞬で間合いを詰められてしまった。しかもかなりあっさりと。おまけにこの距離はソルが最も得意とする接近戦。更に言えば射撃型のティアナにとって最も苦手とする距離。

距離を取るか迎え撃つか逡巡しているとソルが封炎剣を薙ぎ払ってきた。

アタシの馬鹿!! と胸中で罵りながら跳躍するように後方へ退がり難を逃れる。すぐ近くで聞こえた炎を纏った大剣が空気を焼き斬る音にビビリつつ、クロスミラージュをダガーモードに切り替え、二丁拳銃から双剣へと形を成したデバイスを構え直す。

此処は一旦退くべきだ、この距離じゃ勝負にならない、パワーが違い過ぎる、死ぬ、と冷静な自分が指摘してくるが、そんなものは全て黙殺してティアナは自らソルに向かって踏み込んだ。

退いて何になる? また距離を詰められるだけだ。距離をどれだけ取ろうと、どんなに遠距離から攻撃をしようと無駄に終わる。距離を潰し怒涛のラッシュで相手に何もさせずに倒す、という必殺のパターンに持ち込むのがソルは異常に上手い。最終的には接近戦を強いられる。ならば逃げるのではなく自分から立ち向かい、彼に自ら後退させればいい。

「はああああああっ!!」

自らを鼓舞するように雄叫びを上げ、吶喊。

右で袈裟斬り、もう一歩大胆に踏み込み腰を入れて左で逆袈裟に斬り上げ、そのまま勢い逆らわずくるりと一回転し遠心力を乗せて右の払い斬り。

碌に教わっていないので当たり前だがほぼ自己流。かつてソルがクロスミラージュの性能テストをしていた光景を脳裏に描きながらただひたすら双剣を振り回す、という悪足掻きにしか見えない反撃に、ソルは小さく「ほう」と吐息を漏らす。

体格差は勿論だが、技術にも雲泥の差があった。それでもティアナはティアナなりに、クロスミラージュをソルに叩き付ける。

オレンジ色の魔力刃が封炎剣とぶつかり合う度に金属の甲高い音が鼓膜を叩き、光が爆ぜた。

ティアナの思わぬ反撃にソルは何を考えているのか分からないが、双剣を丁寧に捌くだけで攻撃してこない。左手に持った封炎剣を攻撃に合わせながら微妙に角度を変えて防ぐのみ。

鋭い眼つきと仏頂面は相変わらずで、その表情からソルの心情を推し量れない。

剣戟の音が連続的に、断続的に続く。

「ちっ」

やがて、激しいティアナの攻撃に防戦一方だったソルが眉を顰め、舌打ちして押し負けるように一歩退く。

(もしかして私、それなりに、ていうかかなり戦えてる?)

だとしたら嬉しい誤算だ……あのソル相手に、あのソル相手にだ!!

彼が一歩退いたことによって主導権を獲得したと思ったティアナは、意図せず僅かに口元に笑みを浮かべ更に踏み込んだ。

(これは、行ける?)

そう考えた時、まるで態勢を整えたいが為にバックステップを二回踏んでティアナとの間合いを離すソル。

明らかに、接近戦を嫌った行為。

接近戦にて真価を発揮するシューティングアーツの使い手であるスバルとギンガでも、ソルを後退させたことは無い。尋常ではない速度を武器とするエリオも同様である。

なのに、ティアナは自分一人の力でソルを後退させることに成功した。ソルが最も得意とする接近戦で、だ。自分の新しい可能性を垣間見た瞬間だった。

(行ける、行ける……行け!!)

両手に持ったダガーモードのクロスミラージュを交差するように構え、チャンスと見てソルに追撃を掛けようと突っ込むティアナ。

だったのだが、

「ガンフレイム」

そこへ待ってましたと言わんばかりに火柱が発生。地面に突き立てられた封炎剣から溢れ出す炎がティアナの視界を埋め尽くし、止まろうにも全力疾走に近い勢いで突っ込んだので止まれる訳が無い。

「熱っ、あづづ!? あづづあああああああっ!!」

火達磨になってゴロゴロ転がり悶え苦しむティアナに向かってソルは情け容赦無く「ガンフレイム、ガンフレイム、ガンフレイム」と連射する。地獄の鬼でも此処までしない所業だ。

彼女は火炎放射によってトランポリンの上で元気に遊ぶように何度も何度も跳ね回り、全身を真っ黒焦げにされる。それを見計らっていたように漸く止まる炎の波。重力によって引かれた身体が碌に受身も取れずドシャッと地面に着地して、模擬戦が終了した。





「どうして、き、近接格闘で応戦しなかったんですか?」

うつ伏せの状態で角度が九十度横の世界をぼんやり見つつ、全身を燻らせながら恨みがましい声で疑問をぶつける。

すると、ソルはそんな彼女の台詞を受けて、あからさまに溜息を吐きつつ答えた。

「接近戦を不得手とする奴が、サシで俺に打ち勝ったと勘違いしたら次にどういう行動に移るか確認する為だ」

「……」

「何を舞い上がってんのかどいつもこいつも後退した俺を見て、嬉しそうな顔で突撃かましてきやがる。ウチの連中も、今まで教導してきた騎士団員も、さっきのお前みたいにな。この時点で既に冷静に判断出来なくなってる証拠だ。加えて、皆俺がどんな時でも誰が相手でも絶対に退かないと思い込んでるだろ? 固定概念だ、それは。脳内で勝手にイメージした俺を後退させた程度で選択を誤るな。現場で死にたいのか?」

厳しい指摘にグゥの音も出ない。

「こっちから距離取ってやったんだから魔法の一つでも飛ばしてくれば良いものを……」

呆れられてしまっているが、手の平の上で浮かれたように踊っていた身としては何一つ反論出来ない。防戦一方の中で表情を歪めて舌打ちまでして退がる、という一連の流れが全て演技だったと分かると無性に悔しくなってくる。

封炎剣を肩に担ぎ、這い蹲っているティアナに近付きながら、彼の指摘は続く。

「シャマルに言われなかったのか? 後衛は敵の前衛を目前とした場合、最低限凌げれば良いって。何も相手の距離で戦って勝てと言ってる訳じゃ無ぇ」

「あ」

言われて初めて思い出す。

「忘れてやがったな、この阿呆が」

手を伸ばせば届く距離で止まる赤いブーツ。上体を起こして見上げればこちらを見下ろす真紅の瞳といつもの仏頂面がある。鋭い眼つきが更に鋭くなり、怖くなってティアナは瞼を閉じてしまいたかったが、真紅の眼からは視線を合わさせる強制力のようなものを感じて瞬きすら不可能だ。

「よく聞け。お前は他の連中と比べたら魔力量は少ねぇし、一発一発の攻撃力も低い」

ぐさ、と言葉のナイフが胸に突き刺さる。

「キャロみてぇなレアスキルを持ってる訳でも無い、ツヴァイみてぇな戦闘の補助に特化した魔法も無い、エリオみてぇな天賦の才も無い」

ぐさぐさぐさ。

「脳筋姉妹のようなパワーも無ければ機動力も無いし、長時間の戦闘をこなせるだけのスタミナも無い」

言外に無能と言われているような気がして――ていうか言われてる――泣きたくなってきた。

(き、気にしてるのに……酷い)

ティアナのライフはもうゼロだ。これ以上何か言われたら涙腺が崩壊してしまう。

「だが、お前には中・遠距離からの正確無比な射撃と幻術による撹乱がある。それにお前は馬鹿共と比べて物事を客観的に見てるし分析力も高い。判断力も割りと良い方だ。俺にとっては、一番相手にしたくねぇタイプだな」

「へ?」

泣く心の準備をしていたら、思わぬ褒め言葉に耳にして間抜けな声を上げてしまう。

「それでもまだ未熟だ。何故だか分かるか?」

答えられないと焼くぞ、と言わんばかりの鋭い眼光に気圧されつつ、十秒程じっくり考えてからおっかなびっくり口を開く。

「……えっと、その、アタシが経験不足だからですか?」

答えた直後、赤いブーツの先端が額にめり込んだ。

「痛いっ!?」

「お前が経験不足なんてのは百も承知だ」

のた打ち回るティアナの頭上からソルの冷酷な声が飛んでくる。

「分からないなら教えてやる。今のお前は状況を把握しただけで満足しちまってんだよ」

「はい?」

額に手を当て涙眼になって、何が間違ってるのか分からず首を傾げる。



「状況は把握するもんじゃねぇ、掌握するもんだ」



「……」

「意味が分からねぇならテメェで考えろ。俺がお前に教えてやれるのは此処までだ」

言って、ソルはくるりと踵を返す。

呆然としているティアナを置いて、ソルは歩き出し、数歩進んでから突然止まった。

「ああ、言い忘れてたが」

首だけ巡らし、ソルは片眼だけでティアナを捉えると眼を細める。

「窮地を凌ぐ為に自分から前に出るのは、悪い判断じゃねぇ」

「え? だってさっき――」

「阿呆。さっきのお前は、調子に乗り過ぎたから黒焦げになったんだろが」

「……はい」

あそこまで黒焦げにする必要は無いと思うんですけど、とは言えない。

はあ、とまた呆れたような溜息が聞こえた。

「お前はもっと自分の長所を活かせ」

「と言いますと?」

「正面から武器を振り回して突っ込むだけが接近戦じゃねぇんだよ」

もう一度だけやれやれといった風に溜息を吐き、ソルは今度こそ立ち去っていく。

「あ、あの、ありがとうございました、先生!!」

少しずつ小さくなっていく大きな背中に向かってティアナは慌てて立ち上がり礼をすると、ソルは立ち止まりもせず振り向きもしないで――それでも右手だけは軽く上げて応じるのであった。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat20 Conscious










「聖騎士団って、何?」

朝練を終え、シャワーで泥やら汗やら黒い煤やらを流しながら不意にスバルが疑問を口にした。

「あ、それ私も気になってた。エリオが模擬戦の時によく叫んでるわよね。『聖騎士団奥義!!』って」

ギンガも反応を示すので、ティアナもそれに便乗する。

「そういえば今朝もそのことでソルさんとエリオがちょっと揉めてたわね。『どうして聖騎士団の制服じゃないんですか!?』『文句ならシグナムに言え』って」

ティアナが言う二人が揉めていた内容とは、ソルのバリアジャケットが普段のデザインと違っていたことが原因だ。いつもならソルはエリオとお揃いのバリアジャケットを身に纏っているのだが、今朝はそうではなかった。

赤いヘッドギアと赤いブーツ、白いズボンに赤い前垂れ、腰のバックルは同じである。が、上半身のデザインが胸元が大きく開いた黒のタンクトップ、上着として用を成しているのか怪しい襟がやたらと大きい袖無しの赤いジャケット、肩と二の腕を露出させ、グローブも白ではなく黒でフィンガーレス。

いつもであれば白を基調としていながら赤が目立つヒラヒラが多い格好であるが、今日に限って露出も多く肌に密着しているタンクトップの所為で見る者に筋肉を意識させる出で立ちだったのである。装飾にベルトが多いのはどちらもあまり変わらないが。

「聖騎士団についてはツヴァイ達、ちょっとしか詳しくないですぅ。父様が昔所属していたとはいっても、ツヴァイ達が生まれるよりもずっと前に解体された組織ですから」

ツヴァイが髪を洗いながら何気無く告げて、キャロが熱いシャワーを全身で堪能しながら続く。

「まあ詳しく知っていたとしても、あんまり教えられないんですけどね」

父さんの過去に関わる組織ですから、という風に口調は申し訳無さそうに。

それを聞いて三人は納得し、これ以上は聞かないことにする。ティアナはソルが何者であろうと気にしないと決めたし、ナカジマ姉妹はソルがいずれ自分達に話してくれるのを待つことにしたからだ。

それにしても、だ。ソルが昔所属していた事実が本当で、ツヴァイやキャロが生まれる前に解体された組織だとすれば、ナカジマ家で撮影された十年前のソルの写真――年齢よりも大人びた少年――は一体何なのだろうか? やはり此処十年間のソルの外見年齢は様々な理由で辻褄が合わない。十九歳なんて嘘っぱちだ、絶対にサバ読んでる。

クイントのようなそれなりに長い付き合いの人間から聞いた「アイツは外見以上に老成してるから、もしかしたら年上かもしれない」という発言は本当なのかもしれない。

違法研究の被害を受けた結果、外見年齢をある程度操作出来るようになったのだろうか?

「でもでも、教えられる範囲でなら教えられるですよ」

「例えば、もうご存知かと思いますが、普段父さんとエリオくんが展開しているバリアジャケットは、その聖騎士団の制服を模したものなんです」

三人がそんな感じに無言のまま考えを巡らせていると、シャワーで泡を洗い流したツヴァイが髪をかき上げつつ可愛くウインクし、キャロが転送魔法を用いて何処からともなくタオルを召喚した。

「エリオの戦い方も、名称は聖騎士団闘法っていう流派からなる正式な剣技なんですぅ」

「とは言っても、父さん直伝の喧嘩殺法とかシグナムさん達の古代ベルカ流とか高町家の御神流とかがごちゃ混ぜになってるから、純然たる聖騎士団闘法と言うには疑問視せざるを得ないんですけど」

「?? ソルさんがその聖騎士団とやらに所属してたんなら、ソルさんも聖騎士団闘法っていう流派なんじゃないの?」

スバルのもっともな質問に、ツヴァイとキャロは苦笑して否定の言葉を口にする。

「父様は元々聖騎士団に入団する前から賞金稼ぎで、そういうものを教えてもらう必要が無かったらしいですよ……そもそも人にものを教わるような性格じゃないし」

「聖騎士団の奥義を参考にした技とかならあります。ただ、元の技と比べると本当にそれを参考にしたのか突っ込みたくなるくらいにアレンジされてますけど……」

「じゃあ、エリオに聖騎士団闘法っていうのを教えたのは一体誰なのよ? ソルさんは所属していたけど聖騎士団闘法を修得してない、アンタ達が生まれるずっと前に聖騎士団は解体されてる、”背徳の炎”の中で聖騎士団闘法を修得している人が居ないなら、教えられる人が居ないわ」

ティアナがタオルで髪の水分を取りながら不思議そうに聞く。ナカジマ姉妹も同じことを思っていたのか、「そうそう」といった感じに首を傾げていた。

「別に父さん達の中の誰かが教える必要は無いじゃないですか」

「「「??」」」

「修得してる人が父様達の中に居ないなら、父様達以外の誰かが教えたってことになるですよ」

「「「……」」」

もったいぶるようなキャロに三人は疑問符を頭の上に浮かべ、あり得そうであり得ない事実を告げてくるツヴァイの言葉を聞いて、無言のまま疑ってしまう。

エリオがソルのことを、父として戦士として師として全幅の信頼を寄せ、憧れているのは誰の眼から見ても明らかだ。そんなエリオがソルや家族以外の人間から戦い方や魔法を教えてもらおうと思うだろうか?

答えはきっと否だろう。そう考えるからこそ、キャロとツヴァイの言葉をイマイチ信じ切れない。

しかし、そんな三人の反応にツヴァイとキャロはニヤリと笑い、ある一人の男の話を語り出す。

男の名は、カイ=キスク。

かつてソルが所属していた聖騎士団を束ねる団長を務めていた天才剣士。エリオに聖騎士団闘法を師事した張本人。

彼がソルと出会った当時の年齢はスバルより一歳年上、ティアナと同い年、ギンガより一歳年下。つまり若干十六歳にしてソルの直属の上司であった。

上司と部下の間柄と言っても当時のソルの性格は今と比べてかなり悪く、アイン曰く『今のアイツが暖炉の中の炎だとしたら、昔のアイツは己に近寄る者、触れる者全てを焼き尽くす地獄の業火だ』とのこと。

とまあ、何が言いたいのかというと今と昔ではそのくらい差があるということで。つまり、当時のソルがどんな人間かと言えば、今よりももっと無口で人当たりが冷たくて口が悪く、何より余裕というものが無かった。

他者を信じることが出来ず、また他者に興味を持つことも無く、目的の為なら手段も選ばない、ただひたすら贖罪と復讐を求めて彷徨っていた独りの修羅。

真紅の瞳が映すのは、殺すべき敵か、そうでないかの二つのみ。

そんな奴が規律やモラルを重んじる組織の中に入って上手くやっていける筈も無かった。それ程までに、当時のソルは協調性というものが欠落していたのだ。

元々群れるのを嫌う性質の持ち主ではあったが、度重なる戦闘の末に精神を磨耗させ、ほんの少しの安息すら受け入れず戦う為に戦って……結果、人として致命的なまでに性格が荒れ、ひん曲がってしまっていた。

命令無視は朝飯前、独断専行は日常茶飯事、集団の秩序なんて知ったことじゃねぇと言わんばかりに自分勝手で奔放な性格、上官を面と向かって侮辱する、誰がどう見てもただのチンピラでしかなかったのだ。

褒められる点があるとすれば他の追随を許さない戦闘能力、それだけ。

おまけに、カイの前任者であるクリフ=アンダーソンから直々に勧誘されて聖騎士団に入団した経緯があり、自分勝手な行動が目立つ俺様野郎だったのがそれと相まってほとんどの団員達から疎まれていて。

対してカイは正義をこよなく愛し、仕事、対人関係、モラル、全てにおいて実直で真面目一辺倒。その反面規則や秩序を乱すものに過剰な嫌悪感を抱く潔癖症な性格。

こんな二人の相性が良い訳が無く。

カイはフリーダム過ぎるソルのことを一方的に嫌い、素直にその実力を認めることが出来ず、ライバル視していた……本人は無自覚だがソルに対してコンプレックスを抱いていたのも原因の一つ。

ソルはソルでカイのことなど弱い癖に口だけ達者な鬱陶しいクソガキくらいにしか思っていなくて、それが二人の仲の悪さに拍車を掛けていたという。

当然、二人の仲は険悪を通り越して最低最悪。互いに『テメェのお守りも出来ない足手纏いの小僧』『聖騎士団の汚点』と罵り合って毎度のように顔を突き合わせては殺し合い染みた喧嘩を繰り広げていたようで。

だが、ソルの方がカイよりも圧倒的に強いので、いつもカイはボコボコにされていたらしい……それでも懲りずにソルに喧嘩を売っていたカイは意地になってるのか何なのか不明。たぶん本人もよく分かっていないだろう。

で、性格の不一致やそれぞれの考え方や物の捉え方、主義主張の違いの所為で、聖騎士団が解体されて以降も繰り返し何度も何度も衝突していた。ソルが騎士団を抜ける際に団の宝剣である封炎剣を強奪して逃走したことも大きな原因であるし、ソルのことになると感情的になり冷静さを失うカイが一方的に突っ掛かってきては喧嘩を売っていたと言っても過言ではないが。

それでもまあ、どんなに仲が悪くいがみ合っていても『殺さなければならない敵同士』ではなかったので、共通の敵や事件を前にした場合は互いにすんなり協力していたのは不幸中の幸いか……ある意味非常に大人気無い間柄の二人ではあったが、自重しなければならない時は普通に自重する大人だったのだ。

そんな二人に転機が訪れたのはソルが騎士団を抜けて約六年くらい経った時。

カイに女が出来たのである。その際に、二人は最後の勝負をした。互いに己の全身全霊を賭して、これまで続いた因縁に決着をつける為に。

勝敗はどうあれ、これによりカイがソルを追い掛け回すのをやめる――脱ストーカー宣言をし、以来二人は喧嘩することなく徐々に仲良くなっていったらしい。

どのくらい仲が良くなったのかというと、顔を見る度に喧嘩していた二人が、たった数年でカイの実の息子をソルが預かって育てるくらいにまで仲が改善されたとか。

仲が悪かった頃の二人を知る人物にとっては考えられないくらいに仲が良い。

ソルは少しずつカイのことを認めていき、カイは自分なりにソルとの決着をつけたからだろう。

何よりも驚くべきことがソルのカイに対する呼び方の変化。

聖騎士団所属時は見下しながら『小僧』呼ばわり、脱退後は小馬鹿にするように『坊や』へと変わり、カイに息子が生まれてからは自分と同じ対等の男として下の名前で『カイ』である。

このような変化に至るまで何年間もの時間と様々な紆余曲折があったのは確かだが、仲が改善されていることに驚きを禁じ得ない。

「……って、母様が教えてくれました」

ちなみにソルが聖騎士団に所属していたのは今から二十年以上三十年未満くらい前の話だとか。ツヴァイもキャロも、ティアナ達三人がソルの出自やら何やらに疑いを持っているのは承知しているので、もうそれを前提に話をしてくれたのだ。

それでも話せない部分は必要とあればぼかしてはいた。聖騎士団の存在意義、当時一匹狼だったソルが入団した理由、そして何故解体されたのか、などなど。

話を聞きながら「あの人って何歳なんだろう?」という疑問が浮かび上がってくる三人だが、聞いても答えてくれないと思うので心の中に仕舞っておく。

五人は話している間に着替えを済ませ、エリオが待つ食堂に足を向ける。

「で? 結局そのカイって人がエリオとどう関係してくるの?」

「懐いちゃいました」

「あれ? 長い前振りって必要だったの?」

結論を求めたティアナにツヴァイが答え、それにスバルが眉に皺を寄せる。

「カイさんって凄く優しい人で、カイさんの実の息子のシン兄さんもとっても明るくて楽しい人なんです」

が、スバルの指摘なんぞどうでもいいのか、キャロが喜び勇んでカイとシンのことを「大好きっ!!」と言う。

「兄様は私達と同じ父様を育ての親としてるから、私達にとっては一番上のお兄さんになるですぅ」

キャロと同様にツヴァイもカイとシンのことを語る時は非常に嬉しそうだ。余程二人のことが好きなのだろう。

二人がこの様子であれば、男の子であるエリオも同じくらいか、もしくはそれ以上にカイとシンの親子に好意を持っていると予想される。

実際、話を聞いてみるとカイとシンの二人はエリオととても相性が良いらしい。同じ雷属性だからか。

もしかしたら雷属性は炎属性と何かしら縁がある運命なのかもしれない。カイはソルに半ばストーカー行為をしていたし、シンはソルに育てられ、フェイトとエリオはソルに引き取られた。

……ただの偶然かもしれないが。

カイさんカイさん、シン兄さんシン兄さん、兄様兄様、と早口で話し始めた二人は喧しいことこの上無い。この二人が此処まで好意を寄せている人物がソル以外に居ることに内心で驚きつつ、ティアナ達は聞き入っていた。

きっと、エリオも含めて子ども達はずっと我慢していたのだ。自分達が大好きな人達のことを話したくて仕方が無かったのが窺える。

「何より二人共、超絶にイケメンです!! イケメンという言葉は二人の為に生み出されたかのように、二人共超絶にイケメンです!!」

「父様のワイルドな感じとはまた違った魅力があるですぅ。ツヴァイはどっちかって言うと父様よりもカイさんや兄様の方が好みなので、エリオもいつかあんな風になって欲しい、ていうかしますぅ。絶対にしますぅ」

「エリオくんイケメン迅雷貴公子計画だね!!」

「イケメン迅雷貴公子計画!! 雷属性はイケメンだけに許される特権ですぅ!!」

そして、重要なことなので二回言いましたとばかりに力説し、幼いながらも何やら企んでいる二人。

………………………………………………………………

……なんかエリオの将来が前途多難であることを示唆する発言だ。

何処か遠くから「やらん、やらんぞ、誰がお前らアホ娘共に大事な大事なエリオを、唯一ネジ外れてない、若干緩いが、エリオをくれてやるか……エリオが欲しかったら俺を倒してからにしろ」という父親の声が聞こえたような気がしないでもない。

ギンガは二人の様子に困った表情で、若干頬を引き攣らせつつ問う。

「カイさんってソルさんの戦友? だったんでしょ? どのくらい強いの?」

「カイさんはシグナムさんよりほんの少し強いくらい、かな?」

「兄様もすんごく強いですよ。やっぱりシグナムよりもちょっとだけ。流石は父様が育てて鍛え上げただけのことはあるですぅ」

それでも一番強いのはカイの妻でありシンの実母である『木陰の君』という人物らしい。戦いを好まない温厚な性格の優しい女性のようだが、本気になるとソル相手にタイマン張れるとか……あり得ん。

「「「……」」」

二人の返答に眼を見開かせ驚く三人であったが、半ば予想していたことではあったのでそこまで表情を変化させることは無かった。

だが。



――なんであの人の周りって、馬鹿みたいに強い人が集まるんだろう?



まるでソルの強さに惹かれるように。

そう思わずにはいられない。










訓練場のシステムエラーチェックをしながら、ソルは無表情のまま空間ディスプレイに表示された報告書などに素早く目を通し、高速でコンソールを叩く。

それが終わると、溜め込んでいた疲労を吐き出すように溜息を吐き、

「だ~れだ?」

柔らかい手の感触と同時に突然視界が暗闇になる。

「気配を殺していきなり背後に立つな、フェイト」

「えへへ、正解」

目を覆っている手を掴み背後に振り向くと、華の咲くような笑みを浮かべているフェイトが。

「何の用だ?」

「ソルって今日さ、午後から特に予定とか無いよね?」

「ん?」

ソルはフェイトの姿を改めて見た。

彼女はいつもの仕事着である黒いスーツではなく、デニム生地のシャツにジーパンというラフな格好だ。今日は確かフェイトは休養日だったので普段着なのは別に構わないのだが、遊んでもらえることを期待する子犬のような瞳が彼女の気持ちを代弁している。

チラリと空間ディスプレイの右端に視線を向けて時刻を確認すると、正午五分過ぎ。

「今日はこれからクロノの呼び出しで聖王教会に行かなきゃなんねぇんだが……」

見る見る内に美しい華がしおれていくようにフェイトの表情が絶望に染まっていく。眼から光が消え、力を失い、今にも「鬱だ死のう」とか言い始めそうだ。

何も悪くないのに悪いことをした気分になってくるそれを見て、女という生き物は本当に卑怯だ、ソルは口には出さず内心で愚痴った。

「ついてくる、か?」

「うんっ!!」

罪悪感からポロッと零してしまった提案に、フェイトは先の廃人のような顔など嘘だったかのように輝く笑顔を振りまく。生き生きとした表情はとてつもない魅力を放っていて、街中でこれを見せれば男なんていくらでも釣り上げられるくらいに美しい。

(……釣り上げられてんのは俺じゃねぇか)

女がこの世で一番卑怯な生き物であることなど人間だった頃から知っていることだが、此処十年でその卑怯な手段を使われても別にいいか、という敗北主義のような考えが定着してしまっている。どうせ勝てっこねぇーし、と。

自分が我侭を聞くことによって誰かが幸せそうに笑うのであれば、我侭なんていくらでも聞いてやる。そんな想いさえ、胸の奥に存在していた。

まあいいか、と思い直し、それ以上は考えないようにして話題を変えることに。

「最近のあいつら」

「ん?」

「良い眼をするようになったって思わねぇか?」

前へ向き直り、コンソールを叩くのを再開させつつ、フェイトに聞いてみる。

「ティアナ達のこと?」

ああ、とソルは鷹揚に頷く。

「前までは何処か焦ってるっつーか、追い詰められてるっつーか、余裕が無かったじゃねぇか」

「そうだね、そうかもしれない」

「やっぱ、なのはに任せて正解だったか。クイントとティーダが此処に顔出してから明らかに変わった。吹っ切れた、って感じだ」

苦笑するソルに、フェイトは柔らかい笑みのまま言葉を紡ぐ。

「でも、変わったのはソルもだよ」

「ああン?」

「だって、前よりも研修生達への態度が軟化したっていうか、今まで訓練中は罵詈雑言しかぶつけてなくて褒めることなんて滅多になかったのに、最近じゃ褒められたって喜んでる子達が結構居るよ」

「俺だって反省ぐらいするぜ……あのヘタレに言われて、ってのは癪だが。暴言吐いて反骨精神煽るよりも、褒めて伸ばした方が効率良いって今更ながらに気が付いた」

「それ凄い今更過ぎるよ!? せめて十年前に気が付いてくれれば、私達が血反吐撒き散らしながら泣きべそかく必要は無かったと思うんだけど!?」

非難の声を上げフェイトがソルのポニーテールを片手で掴みながら、もう片方の手で握り拳を作って後頭部をポカポカ叩く。

「なんだかんだ文句言ってちゃんとついてきたじゃねぇか。泣きべそかきながらだが」

フェイトはかつての訓練を思い出す。容赦無く殴られたり蹴られたりしたのは数え切れない。火達磨にされた回数も同じだ。模擬戦で負けた時なんか『これっぽっちの攻撃でもう終いか? 根性無いなフェイト』といった風に馬鹿にされたこともしばしば。これまでこの男に何度泣かされたか数え始めるとキリが無い。

ついでに言えば聖王教会で教導していた時の、志半ばで騎士になることをやめてしまった若者の大半はソルが原因だったりした。



『やる気が無いならやめろ、魔法の力なんて捨てちまえ』

『それなりの覚悟はあるんだろうな? 遊びで戦ってんなら此処らが潮時だぞ』

『何を呆けてやがる。慰めの言葉でも待ってんのか?』

『ガキが粋がってんじゃねぇ』



脳内で再生される冷たい言葉の数々に、思わずフェイトは頬をリスのように膨らませて唸る。

「うううう、ううぅぅぅぅ~」

ポカポカポカポカポカポカポカポカ。

思い知れ、とばかりに執拗にソルの後頭部を叩き続けるフェイト。

対してソルは全く痛くないので彼女の気が済むまで放置を決め込み、されるがままの状態で空間ディスプレイを熱心に眺める。

それがまたお気に召さないのか、フェイトは身体を小動物のようにプルプルプルプル震わせ、構ってよ~と飼い主に縋り付く子犬のような仕草でソルの腰に思いっ切りしがみ付く。

ソルは彼女のそんな子どもっぽい態度に父性を滲ませた顔で仕方が無いという感じに首だけ巡らして、

「いつまでイチャついとるんや」

耳元から突如として聞こえてきたはやての声に驚いた。

「いつの間に……」

「あれ? はやて、居たんだ?」

気配も無く現れた彼女に、驚愕を表情には出さず心の中で慌てるソル。最初からはやてがそこに居ることに気付いていながら、今更気が付いたと言わんばかりにきょとんとしているフェイト。

「やっぱりフェイトちゃんにソルくん呼びに行かせると無駄に時間が掛かりよる」

「……お前ら、気配殺して死角に立つのはやめろっつってんだろ」

「隙だらけのソルくんが悪いんや」

「むぅ」

反論の余地が無いので呻くしかない。

「ほーら、もう午後や、お昼休憩や。聖王教会に行くんやろ? 行くんやったらさっさと行かな、時間勿体無いで」

言って、ソルの腕をぐいぐい引っ張るはやての格好は、やはり普段着である。彼女もフェイトと同様に休養日だったのを思い出しつつ、ソルはまじまじとはやての服装を見る。

白い字で『Rock You!!』と胸元にプリントされた――ソルのヘッドギアにも同じ文字が刻印されている――黒い長袖のシャツに、膝まで丈がある白いプリーツスカート。

「そのシャツ、前に――」

「そや、前に二人で出掛けた時にソルくんが買ってくれたやつ。似合う?」

腕を放し、一歩離れてからシャツを見せ付けるように腰に手を当てポーズを取るはやての問いに、ソルは無言で頷いた。

はやては満足そうに頷き返すと、再び彼の腕を掴み、その細腕で軽々と二人分の体重を引っ張っていく。

どうやら二人共、ソルと一緒に三人で出掛けようと画策していたのだろう。そしてこの二人を聖王教会へ連れて行くことは確定事項らしい。

フェイトにしがみ付かれ、はやてに引っ張られながら、ソルはやれやれと溜息を吐いた。

「聖王教会までなら車で行く? だったら私が運転するよ」

「人死が出るからやめとけ」

「どういう意味!?」

「私が運転するから、フェイトちゃんは大人しく助手席でビスケットでも齧っててな」

「フェイトが運転する車に乗るくらいだったら俺は自前の足で走る。その方が精神的に安心するしな」

「フェイトちゃんスピード狂やからなあ。あの運転の仕方はいつか必ず轢き逃げとかする破目になりそうやから怖い」

「流石にそれは庇ってやれねぇぞ」

「二人共酷いよ!! そこまで言うなら私がいかに安全を心掛けて運転しているか証明して――」

「「御免被る」」

「うわああああああああんっ!!」










今日は半ドンだ。午前中の訓練を終えさえすれば明日まで自由時間。

Dust Strikersは一般の会社企業や管理局員と比べて休みが多い。賞金稼ぎという商売柄自体が仕事を自主的にしようとしない限り仕事が無い、という体制なので休みが多いと言うよりはそこまで仕事が強制的ではないのだ。例外として誰かに白羽の矢が立つ時もあると言えばあるが。

別に仕事が無くて暇、という訳では無く『稼ぎたいなら自分で率先的に仕事してね』っていう感じなので、働こうとしなければ給料は増えないし、サボッてばかりいると減らされる可能性が出てくる。

つまり、休日と仕事と給料のバランスは自分で勝手に取れ、ということで。

その反面、厳しい訓練や危険性が高い実戦が仕事の大多数を占めるので、なるべくだったら休める時には休んでおけ、という意見もある。

上から休めと言われればそれに従うのは組織人として当然のことで、ティアナ達三人にはグリフィスから「明日は三人共訓練も仕事も入ってないから、午前上がりでいいよ」とお達しがあった。

なので、今日は子ども達(こいつらは純粋に学校休み)と一緒に何処か遊びに行こうということになっていたのだ。

というのも、これまでまとまな休日を満喫していなかったというのが大きい。あんまり訓練が厳しいもんだから休日なんてほとんど寝て過ごす、という若者からしてみればかなり勿体無い休日消化の仕方だった。

最近になって漸く身体が慣れてきたのか、寝て過ごさなくてもよくなり遊びにでも行こうかな、と考えるようになって。

しかし、食堂でシャワーに時間が掛かる女五人を待っていた筈のエリオは、一緒に遊びに行くことなど忘却の彼方へすっ飛ばし、ソルとフェイトとはやての三人を除いた”背徳の炎”の面子に混じってプリン争奪腕相撲大会に参戦していた。

食堂では巨大な空間ディスプレイにレジアス中将が何やら演説をしていて、誰もが映像内で力説している彼に視線を注いで結構真面目に聞いているのだが、”背徳の炎”の連中はアルフが気紛れに作ったプリンのことしか見えていないのか、全く以って聞いていない。

「アインは自分で作れよぉぉぉぉっ! アタシに譲ってくれてもいいだろが!!」

「私が作ったプリンよりもアルフの作ったプリンの方が美味いから譲らん!! アルフが作ったプリンは、甘いものが苦手なソルが『たまに食いたくなる』と言うくらい美味いからな!!!」

「テメーで作って食わせてやれよ……つーか、アタシとザフィーラとユーノ以外全員お菓子作り得意じゃねーか、桃子さんから特訓受けてたじゃん!?」

「馬鹿を言うな。ソルは十年前のあの事件以来、私達の手作りお菓子なんて見るのすら嫌がるんだぞ……普通の料理なら食べてくれるのに……市販品の方が喜ばれる私達の気持ちを汲み取って負けろ!!」

「それって全部シャマルの所為じゃねーか」

「シャマルの所為ではない、シャマルのおかげだ。あの事件のおかげでソルの私達に対する見方が変わったのだからな、言い方を間違えるな」

「それはそうだけど……もしアタシが負けたらプリンはソルが食うのか?」

「何を言っている? 私が自分で食べるに決まっているだろう。そもそもアイツは今此処に居ない。今頃フェイトが運転する轢殺車に乗って主はやてと共に聖王教会でクロノ提督の無駄に長い無駄話でも聞きに行ってる筈だ」

「絶対に負けねー!! 負けて堪るか、プリンはアタシのもんだぁぁぁぁぁっ!!!」

手の甲に青筋を立てて腕相撲をしているヴィータとアイン。握り合った手と手にとてつもない力が込められているのか、ミシミシと音がしていて、「ふぎぎぎぃっ」「ぬぅぅぅ」と歯軋りしている二人の表情は鬼気迫るものである。

人数分以上は作ってある筈なのに、どいつもこいつも食い意地張ってるのでより多くのプリンを求め、結局醜い争いが始まるのだ。

ダメだこいつら、と誰かがぼやいたがそれすら聞こえていない。もしかしたら自覚しているからこそ無視している可能性もある。

たかがプリン如きで何やってんだ、とこの場に居る全員が思っていることだが、本人達は割りとマジなので周囲からの冷たい視線なんぞ気にしていない。

どんだけアルフが作ったプリン好きなんだ……いや、それ程美味いのだろうか? 周りの眼が気にならなくなるくらい、醜く争い合うくらい美味いのだろうか?

段々、賞金稼ぎ達の関心が演説中のレジアス中将からプリンへと移っていく。

その隣のテーブルでは、シグナムとなのはが腕相撲をしていた。此処でもしょうもない激しい戦いが繰り広げられている。

「シグナムさん、今日のお兄ちゃんのバリアジャケットって、シグナムさんのリクエストでしょ?」

笑顔でありながら手に込める力は緩めないなのは。

「それが、どうした?」

澄ました顔でシグナムが応じる。無論、手の力は緩めない。

「お兄ちゃんって、シグナムさんに甘くない? お願い事、割と素直に聞いてる気が、するんだけど? 例えば、髪留めの交換とか、振袖プレゼントしたとか、アグスタでの夕食のお誘いとか!!」

ミシミシミシミシ。

「何だ? 嫉妬か? だとしたら実に下らん。私はお前達と違って普段から無茶を言わないから、私の我侭は模擬戦を抜けば聞き易いと本人が語っていたぞ、むしろもっと言ってくれないと不公平だと……お前達のは身から出た錆だ!!」

ミシミシミシミシ。

組み合っている手から響く異音が怖い。

笑顔なのに。これ以上無いくらいに魅力的な笑顔なのに。

全てはこめかみと手の甲に浮かんだ青い血管が物語っていた。

「プリン譲って!!」

「笑止!!」

「じゃあ頂戴!!」

「喧しい!!」

勝負が決まる前に血の雨が降りそうだ。

そしてその隣のテーブルでは、

「プリン譲ってよ母さん。僕は一杯じゃなくていっぱい食べたいんだ!!」

「残念でしたエリオ。母さんも一杯だけじゃ我慢出来ないの、いっぱい食べたいの!!」

シャマル相手に奮闘しているエリオの姿が。親子で馬鹿をやっている馬鹿、と言う。

「うおおおおっ!! 僕の胃袋が今、糖分を欲している、具体的にはプリン!!」

「ぬおおおおっ!! 俺は今、舌の上に載せるだけで蕩けるような柔らかいものを口の中に放り込みたい、具体的にはプリン!!」

やはりその隣のテーブルでは、腕相撲をしている人型ユーノと人型ザフィーラが居て、動物形態に慣れてしまうと人の姿の二人が、凄くうざく感じる。

「アタシが作ったプリンをたくさん食べたがる食いしん坊万歳共よ。己の欲望を満たしたければ醜く争って奪い合え」

どや顔でそうのたまうアルフが何故かメイド服で仁王立ちし、連中を見下している……こいつが全ての元凶か。とティアナはうんざりする。相変わらず騒々しい人達だ、と。

魔性のプリンの作り手、パティシエ使い魔アルフ・高町。その堂々たる立ち振る舞いは、まさに今すぐにでも洋菓子屋さんを起業出来そうなくらいの風格が……漂っているのかもしれない、たぶん。

最終的には食堂に集まっていた賞金稼ぎ達も興味を引かれ――食いっ気に当てられたとも言う――「プリン、俺も食べたいです」「あー私も食べたい」と参加表明する者達が続出。

皆ノリが良い。笑えるくらいにノリが良い此処の連中は、ある意味凄く良いけど、色々とダメかもしれない。

単にお祭り騒ぎが好きな馬鹿がDust Strikersに集まっただけ、という話をしてはいけない。

その中には意外にも事務員であるシャーリーやアルトやルキノの姿や、ヘリパイロットのヴァイスも混じり、食堂はプリンを奪い合う為の腕相撲大会の会場と化す。

火災現場、じゃなかった殺し合い、でもない模擬戦大会に発展しないだけまだマシか。

「ははははは、愉快な人達ね……馬鹿だけど」

このノリにも段々慣れてきた、っていうか好きになってきた、と微笑えむティアナであったが、

「この数とあの人達相手に勝てっこないけどね!!!」

アタシもプリン食べたかった!! という気持ちが込められた意見はごもっともだ。





とりあえず女との約束なんてそっちのけでプリンの為に――勿論自分だけが食べる為に――戦うエリオの後頭部にツヴァイがドロップキックをお見舞いし、キャロと協力して死体を運ぶ要領でエリオを荷物のように抱えると、そのまま拉致同然に連れ出す。

で、意識が無いのに「プリン……プリン……」とうわ言のように繰り返すエリオを引き摺ったままレールウェイにイン。

他の乗客の視線が微妙に痛くてティアナは全力で他人の振りをしていたが無駄に終わる。

クラナガンに到着しレールウェイから降りると、スバルが皆に問う。

「何処に行く?」

「美味しいプリンが食べられる場所」

「この期に及んでまだ言うか」

意識を取り戻し自分の足でしっかり立っているエリオが問いに答え、ティアナそれに呆れ果てた。

「だって、だってアルフさんが作ったプリンですよ!? アルフさんが気が向いた時にしか作ってくれないレアプリン……甘い物が好きじゃない父さんすら自ら進んで食べたがるプリンなのに……プリン」

プリンプリンうるさいエリオ。恨みがましい眼でツヴァイとキャロのことを睨んでいるが、あの面子を相手にして腕相撲で勝てるとは思えない。

「アンタさっき一個食べたんでしょ!?」

「一杯じゃない、いっぱい食べたかったんです!!」

「ツヴァイ達は一杯も食べてないですぅ!!」

「ずるいよエリオくん! 私達がシャワー浴びてる間に……許せない!!」

「け、喧嘩しないの!! ……確かにプリンは美味しそうだったから腕相撲大会には出たかったけど」

怒鳴るティアナ、しつこいエリオ、エリオに食って掛かるツヴァイとキャロ、そして宥め役という損な立場の癖に余計な一言を口走るスバル。

「ならさ、エリオのリクエストでプリン食べに行きましょう? その後にスバルが言ってたアイス屋さん。その後はゲーセンでどう?」

パンパンと手を打ち、場を纏めようとするギンガの意見に誰もが渋々ながら黙り込むのであった。













































『罪深き業を背負いし太陽が照らす、旧い結晶と無限の欲望が交わる地

 死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る

 死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち

 それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる

 運命の歯車が王の宿命を噛み砕き

 大海へと続く剥き出しの魂が謡い、大いなる生命と繋がる時

 暗黒の空に幾千もの篝火が掲げられ、朝日と共に彼の翼は空へと消え行く

 法の塔は道標を失い旧き秩序の夜が明け、死者達の悲願は叶い混沌の日の出が訪れ

 黒き守護者が混迷を撒き散らし、常世は人の業を知る』

 











































此処数ヶ月という短期間で追加されたカリムの予言を見て、クロノは顔を真っ青にしていた。

「……騎士カリム」

「な、何でしょう? クロノ提督」

「一言宜しいでしょうか?」

「?? 何をですか?」

首を傾げるカリムに対し、クロノは立ち上がって背を向けると、窓際まで走り寄って窓を大きく開け放ち、

「終わったあああああああああああああああああああっっ!!!」

絶叫した。

「管理局終わったああああああああああああああああああっっっ!!!」

誰がどう見てもクロノは錯乱している。

「お、落ち着いてくださいクロノ提督!! シャ、シャッハ、クロノ提督を取り押さえて!!」

「了解しました。クロノ提督、突然どうしたというのですか!?」

「アハハハハハハッ、もうダメだ、皆消し炭になるんだああああああっ!!!」

聖王教会はなんか色々と大変だった。





[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat21 Now or Future
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/05/04 02:54


「もう二度と乗らん……フェイトが運転する車には二度と乗らん」

「……同じく」

息も絶え絶えのソルが後部座席のドアから這い出てくると、はやてが助手席のドアから同じように顔を青くしながら出てきた。

「あー、楽しかった」

そんな二人とは対照的に晴れ晴れとした表情のフェイトが運転席のドアから姿を現す。

「……野郎……」

ソルはおもむろにフェイトに近寄り、背後から抱き付くようにしてコブラツイスト。

「ふ、ぐ、ぐぇぇぇ、な、なんでいきなりコブラツイスト?」

絞められる鶏のような悲鳴を上げる彼女の耳元に口を寄せ、怒りを滲ませた声を囁く。

「お前は馬鹿か? 馬鹿なのか? あれの何処が安全運転なんだ? スピード出し過ぎんなっつったろうが」

急発進、急加速、急ブレーキ、急ハンドルは当たり前。カーブに差し掛かると必ずドリフトしようとするもんだから質が悪かった。事故を起こしそうで生きた心地がしない乗り心地は最低の一言である。

お仕置きの意味を込めて更にギギギギッと力を込めると、

「……ぐふ」

「あ、落ちた」

見守っていたはやての言う通り、フェイトが意識を失った。

「フン」

ざまあみやがれ、と言わんばかりに鼻で笑ってから漸くソルはフェイトの身体に掛けていた無慈悲なコブラツイストを止め、何故か嬉しそうな表情で気絶している彼女を荷物のように小脇に抱える。

「行くか」

「うん」

気を取り直したようにソルはクロノ達が待つ聖王教会本部の施設に足を向け、はやてが頷いて彼の後ろに続く。

足を一歩進める度に、フェイトの手足と長い金髪がプランプランとまるで死体のように力無く揺れるが気にせずに。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat21 Now or Future










いつも会議などで使っている部屋に案内され、ドアを開く。

と、まず最初に視界に映ったのはバインドで雁字搦めに拘束され椅子に縛り付けられているクロノ。しかも何故か意識が無いのかぐったり俯いていて、おまけに着衣も微妙に乱れている。

その両隣でバツが悪そうな表情を浮かべているカリムとシャッハの二人。

「……」

「……」

見てしまった光景に開いた口が塞がらないソルとはやて。

沈黙が室内を支配するが、

「……ナニがあったのか知らねぇし、これからナニすんのかあえて聞こうとは思わねぇが、程々にしとけよ」

全てを悟り切ったような顔のソルが沈黙を破り、やれやれと疲れたように溜息を吐き、眼の前の現実から眼を逸らすようにそっぽを向く。

「お、お楽しみ中やった? だったら、その、私らちょっと外出て時間潰してくるで。二時間くらい――」

「違うんです、違います、これは誤解なんです!!!」

はやての言葉を慌てて遮るカリムに対し、ソルは呆れたように言う。

「ナニがどう違って誤解なんだ? ただの不倫ならまだしも、妻子持ち相手に昼間っから二人掛かりでSMプレイに走ろうとしてる聖職者の言葉なんて説得力皆無――」

「アカンはっきり言ってもうたぁぁぁっ!!」

Oh My God!! と頭を抱えるはやてが大声を上げてソルの言葉を最後まで言わせないがもう遅い。

「ちちちちち違うんです、話を聞いてください!!」

「これには深い訳が――」

真っ赤になって必死に弁明をするカリムとシャッハであったが、ソルの胡散臭いものを見る眼と、頬を染めつつも若干引いているはやての視線が痛いのなんのって。

と、ソルの小脇に荷物として抱えられていたフェイトがいつの間にか意識を取り戻していたのか顔を上げた。

「これってやっぱり見て見ぬ振りをした方がいいのかな? 聖職者には特殊性癖が多いってよく聞くけど、それが真実だったなんてタチが悪過ぎてお酒の肴にもならない」

「「お願いだから話を聞いてください!!」」

懇願してくる二人が三人に話を聞いてもらい、ちゃんと誤解を解いたのはこれから十分後のことだ。

ついでに言えば、フェイトが他人の性癖をどうこう言う資格は無い。

それから暫くの間、クロノが眼を覚ますまで互いの近況を報告し合ったりすることにした。





「う、う~ん」

クロノがパチリと瞼を開き、寝ぼけ眼のまま自身の周囲を見渡して、やがて不遜な態度でテーブルに頬杖を突きダルそうにしているソルを捉えた。

「出た!!」

叫び、椅子に縛り付けられたままの状態でジタバタ暴れようとしてバランスを崩して横倒しになる。

「何やってんだ……」

呆れたというよりも哀れみが込められた視線を注ぎながら、ソルはクロノの傍まで近寄ると拘束を解き立たせてやった。

「こんなみっともねぇ姿、部下に見せられたもんじゃねぇな」

「……そうだな」

「?」

いつもであればソルの皮肉に対して「うるさい、放っておいてくれ」と言い返してくる筈なのに、今日に限ってそれが無い。そのことに違和感を覚える。

「何かあったのか?」

鋭く眼を細めた――射抜くような眼差しのソルの問いに、クロノは「なんでもない」と手を振って追及を交わすが、内心では舌を巻いていた。

(やはりソルには誤魔化しが出来ないな……察しが良過ぎる)

他人の心理を素早く見抜く観察眼、否、洞察眼こそ、二百歳を超えた年の功――ソルのスキルの一つなのだろう。

「詳しい話はまだ聞いてねぇが、カリムのレアスキルに関して俺達に話があんだろ」

とっとと話せ、と付け加えてソルはテーブルまで移動してドカッと椅子に腰掛ける。



――……全てを話そう。もう隠す意味など無い。



やたらとデカイ態度でシャッハにお茶を出すように命じているソルを見ながら、クロノは決意した。

カリムの預言を見る限り、ソルが管理局の崩壊に関わっているのは間違いない。

ソルが管理局の敵となり、それによって管理局そのものが潰されてしまうのかもしれない。

クロノは十年前の闇の書事件で見せ付けられた、ドラゴンインストール完全解放状態を思い出して身震いする。

あんなものと戦う? 馬鹿げてる。勝てる訳が無い。

剣の一振りで街が焦土と化し、天も地も全て灼熱に染め上げ、火山の噴火を易々上回るエネルギーを湯水のように惜しみなく――無尽蔵に放出する、竜の姿をした太陽。

あの姿のソルと相対すること自体が既に間違っている。天災に生身で立ち向かうようなものだ。

そもそもソルと戦うかもしれない、敵対するかもしれない、という解釈自体が仮定の話でしかないのだ。関わってくるかもしれない話とはいえ、管理局と敵対すると決まった訳でも無い。

早計だ、と。

それでも胸の中に燻るしこりのような懸念を消すことが出来なかった。

もし、ソルが管理局と敵対するとしたら、どんな理由がある?

まず一つ、ソルが己の命よりも大切にしている家族が傷つけられた場合。

確実に悲惨な結果が待ってるが、下手人が消し炭にされることはあっても、余程のことがない限り組織そのものが潰される可能性は低い。

そしてもう一つ。これはあまり考えたくないことだが、もし、万が一、管理局が違法研究に手を出していたら……

この場合、反論すら出来ず弁明も聞いてもらえず、本局や地上本部ごと丸々炎に呑み込まれて全てが灰燼に帰すだろう。



『もう二度と自分と同じような犠牲者を生み出さない為に』

『人類が過去の自分達と同じ過ちを犯さない為に』



ソルの戦う理由と過去の一端を知っているだけに、クロノは違法研究に対してソル寄りの考え方になっていることを自覚している。

だからこそ、クロノにはソルを止められない。止められる訳が無い。

どうやってこの男の前に立ち塞がれと言うのだ?

かつて己が犯した罪から決して眼を逸らさず、百五十年以上もの時間をたった一人で贖罪に費やしてきた復讐鬼。罪を犯したから罰が欲しいと求め、失われた命に報いる為に己を忌み嫌う生体兵器として運用することを辞さず、同胞の返り血でその身を紅く染めながら一切自身を顧みず剣を振るい続けた罪人。

そんな彼の過去を十年前のあの時に知って、もう休んでくれ、と純粋に思った。管理局入りはしないと言う彼の言葉を聞いて、安堵していた。

同情だったかもしれない。哀れんでいたのかもしれない。けれど、当時のクロノはソルを無理に戦わせようとはしなかった、したくなかった。長い年月を生きてきた事実に反して、彼のこれまでの生き方は酷く刹那的に感じて、とても真似出来るものでもなければ繰り返して欲しいとも思わなかったからだ。

喉から手が出る程欲しい人材であったが、デバイスマイスターとして軽く勧誘する程度に押し留めて、それも断られて惜しいと思いつつ再びまた安堵の溜息を吐く。

それからクロノはこれまで以上の熱心さで仕事に取り組んだ。ソルがもう戦わなくていいように、平穏な生活がずっと続けられるように。

彼のような、世界はこんな筈じゃないことばっかりだと悲しんだり悔やむ人を少しでも減らす為に。

気が付けば数年の時が流れ、周囲から『海の英雄』などといつの間にか呼ばれ称えられるようになっていたが、そんなものはどうでもよかった。

次元世界が平穏になればいい、それだけを願って戦っていたのだから、勲章も名誉も栄光も権力も要らなかった。

なのに、ソルはまた戦うことを決意してしまう。よりにもよって戦闘機人事件という、彼が最も忌まわしいと考える違法研究の産物――生体兵器によって引き起こされた事件を発端に。

賞金稼ぎとしての活動を『再開』する切欠となった戦闘機人事件の後、ソルは自ら率先的にクロノ達の仕事を手伝ってくれた。彼が自分を信頼した上で手伝ってくれたのが嬉しかった反面、やはり切なかった。



――嗚呼、彼は贖罪と称してまた戦いにその身を捧げるのか、と。



人事部のレティのように、彼が戦うことを素直に喜べる程割り切れなかった。彼女は事情を知らないから仕方が無いと言えばそうなのだが。

闇の書事件以来、平穏な生活を満喫していた彼が、まるで自分の使命を思い出したかのように再び剣を手に取ったことが、悲しかった。自分の不甲斐無さと至らなさの所為だと責めてしまうこともあった。

お前はまだ戦わなければならないのか。お前が戦わなくて済むようになるのは一体いつなんだろうか。

封炎剣を肩に担ぎ、紅蓮の炎を纏って戦地に赴くソルの後姿に、クロノは何も言えないまま何度も見送ってきた。

確かにソルは組織というものととことん相性が悪く、個人主義者であるが故に自分一人で勝手に行動する、命令無視も平気でする、性格も自由奔放で傲岸不遜で傍若無人だ。

だが、彼が戦う理由は人として正しい。清く、気高く、眩しく、そして何よりも美しい。

誰かが泣くのを見過ごせない、誰かが犠牲になってしまう現実が気に食わない、大の為に小を切り捨てることが許せない、どうしようもないくらい子どものように我侭な考え方。

犠牲が出ない結末などありはしない。そんなことなどこの世の誰よりも理解していながら必死に抗い足掻くソルを、これまでずっと見てきて。

己の信念を絶対に曲げず、ただひたすら自分以外の誰かを守り、救う為に戦う彼の後姿に、クロノは心の何処かで憧れを抱いていた。

最早勝てる勝てないの問題ではない。たとえ管理局の意向に逆らうことになったとしても、純粋にソルと敵対したくない。

彼が戦っているのは違法研究や犯罪者などといった眼に見える存在ではない。

言うなれば、彼は人が犯した『罪』そのものと戦っているのだ。その戦いに果ては無く、また彼自身が不老不死であるが故に戦いは終わるということを知らない。

永遠に続くのだ、文字通り永遠に……人の穢れた罪を戦う度に見せ付けられるのだ、何度も何度も何度も何度も。

そんな苦行を黙々とこなす――こなしてきた男を止めるなど、クロノには出来なかった。

(戦えない……僕はソルと戦えない)





首から垂れ下げている歯車の形をしたネックレス――クイーンが通信ありと訴える。

「エリオから?」

切迫した表情で何か口にしようとするクロノに、すまんと一言断ってから立ち上がり、部屋の隅まで移動して通信回線を開く。

「どうした?」

『あの、父さん』

「ん?」

『ええと、なんて言ったらいいか……それが、女の子拾いまして』

「はあ!?」





エリオがソルに電話する少し前に遡る。

食い倒れ道中に誰も文句を言わず、休日らしい休日を過ごしていた。

あっちへフラフラ、こっちへフラフラしながら六人で遊び回るというのも、なかなか楽しい。

ゲーセンにも行った。ティアナがシューティングゲームでハイスコアを更新したり、スバルとギンガがパンチングマシーンの勝負をしたり、ツヴァイがクレーンゲームでぬいぐるみを取っていたり、エリオが格ゲーで二十人抜きしていたり、キャロがメダルゲームでフィーバーしていたり。

「いやぁ~、ゲーセン楽しかったぁ~。久々に遊んでるって気がする」

「ふふ、確かに」

ゲーセンから出てカラカラ笑うスバルにティアナが同意を示す。

「ツヴァイはたくさん取ったわね」

「はいですぅ。でもこんなにたくさん取っても要らないから、あげます」

「え?」

クレーンゲームの戦利品を胸に抱えていたツヴァイに声を掛けたギンガであったが、思わぬリアクションに眼を丸くする。

「要らないの? どうして?」

「ツヴァイにとっては取る行為に意味と価値があって、取った後の物はどうでもいいんですぅ」

つまり、中に入ってる物が欲しかった訳では無く、純粋にクレーンゲームを楽しみたかっただけなのだ。真のクレーンゲーマーは欲しくてコインを投入するのではない、プレイすることに意義を見出すのだ、と言って憚らない。

このまま持って帰ってもどうせ近所の保育園などに寄付するだけになるからもらってくれ、と言われてギンガは少し困った笑みを浮かべつつ、戦利品の中から薄茶色のフェレットみたいなぬいぐるみを選んで受け取ることにした。

その隣ではエリオとキャロが次に何処へ行こうか話し合っている。

「何処行こっか?」

「エリオくんは何処か行きたい場所とかある?」

「特に無いけど」

もう食うもの食ったし、遊ぶだけ遊んだし、とエリオは既に満足気味。

「ダメだよもう。こういう時は『俺に黙ってついてこい』って言うくらいの甲斐性がなくちゃ」

「僕にそんな父さんみたいな甲斐性を求めないでよ」

面倒臭ぇと文句を垂らしつつもデートで女性をエスコートするのが普通に上手い父を出し、エリオはさっき買った缶ジュースのプルタブを開け中身を飲み下した。

と、その時だ。エリオの鼓膜に、微かな空気の振動が届く。

(……?)

動きを止め、瞼を閉じ、聴覚に意識を集中させる。

「エリオくん?」

エリオの様子の変化にキャロが不審そうに眼を細めるのに対し、彼には立てた人差し指を自分の唇に当て「しっ」と黙るように訴え、

「……!!」

次の瞬間、エリオは皆を置いて駆け出す。

「「「「「あ!?」」」」」

置いてけぼりにされた五人が驚愕の声を上げたのを全く気にせず、彼は路地裏へと行ってしまう。

訳が分からないがすぐさま追いかける五人。

薄暗い路地裏へと進入したエリオは小さい声で「ストラーダ」と己のデバイスに呼び掛け、展開すると同時に聖騎士団の制服を模したバリアジャケットを身に纏う。

穂先をやや下方へ向け、油断無く構えるエリオの視線の先で、重い音と共にマンホールが内側から開けられた。

そこから出てきたのは、

「女の子?」

自分よりも小さな――五歳くらいの、金髪の女の子だ。

ボロ布のようなもので身を包んだ彼女は、マンホールの内側から路地裏の路面から這い出てくると、力尽きるかのように仰向けに倒れた。

「一体どうしたっていうの……よ?」

追いついた五人の内、唯一文句を言おうとしていたティアナの声に途中から動揺が混じっている。エリオが臨戦態勢に入っていることと、彼が槍を向けている人物があまりにも意外だったからだろう。それを背中越しに感じながら、エリオは振り返らず、警戒を緩めないまま、すり足で倒れている女の子に近寄る。

(気を失ってるみたいだし、特に危険も感じない……けど油断出来ない)

神経を尖らしながら十分に時間を掛けて女の子の傍まで来て、漸くエリオはストラーダを少女に向けるのを止め、穂先を路面に突き立てた。

両腕で女の子を抱き上げる。

「ツヴァイ、この子をお願い。キャロはケースを。僕は父さんに連絡する。ティアナさん達はDust Strikersに連絡を」

振り返りツヴァイに女の子を預け、キャロにケースを顎で示し、エリオはストラーダに命じて父へコール。

父が出るのを待ちながら、エリオは厳しい眼差しで女の子と、女の子が此処まで引き摺ってきたらしい鎖で繋がれたケースを睨んでいた。





「状況は理解した。俺からDust Strikersに連絡を……何? ティアナがもうしてる? 分かった。ならお前らは指示があるまでそこで待機してろ」

通信を終えたソルにカリムが気遣わしげに尋ねる。

「何かあったのですか?」

「レリックだ」

短く答え、手にしていたクイーンを離そうとしてまた通信が入る。今度はクイントからだった。

「俺だ」

『ソル。今私、ティーダくんと一緒に横転事故の現場検証してるんだけどね』

「ああン?」

何の脈絡も無い話の切り出し方にソルは眉を顰めたが、詳しく話を聞くと、ティーダと二人で事故の現場検証をしていると現場にガジェットの残骸と生体ポッドと思わしきものが発見されたとのこと。

『どう思う?』

「どうも何も、ガジェットが出てきたってことは、エリオ達が保護したガキ……そいつが持ってたレリックケースも無関係じゃねぇな……」

『エリオ達が保護した子ども? その子どもが持ってたレリックケースってどういうこと?』

先程のことを掻い摘んでクイントに説明すると、彼女の声のトーンが一つ下がった。

『最悪、街が戦場になる可能性があるわ』

それはソルも承知している。何も知らない無辜の民に被害が出てしまうなど想像したくないが、常に最悪の場合を想定していなければならない。今頃Dust Strikersから近隣周辺にかけて避難勧告や交通規制が掛けられている筈なので、ある程度は大丈夫だとは思う。

『ソル』

「何だ?」

『私が出るわ』

レリックとガジェットが揃えばスカリエッティの連中が関わってくる、それはつまりメガーヌやゼストも姿を現すかもしれないから、だから自分が彼らを捕らえる、そう言っているのだ。

召喚術師の厄介さには辟易していたところだったので、ソルとしてはクイントの申し出を断る理由は無い。

「分かった、お前の好きにしろ。だが、戦闘はなるべく市街から離れた所でしろよ。近くに廃棄区画が広がってるから、そこでなら思う存分暴れられるだろ……」

『ありがとう、ソル』

覚悟を決めた声の後、通信が切れた。

今度こそクイーンから手を離そうとして、次にやってきたのはDust Strikersからアインの声。

『ソル、状況は聞いているか?』

「次から次へと面倒臭ぇ……」

うんざりしながら溜息を吐きつつ、やや乱暴に出る。

『シャマルをヘリで現場に向かわせた。周囲一帯への避難勧告と交通規制はナカジマ三佐にお任せした。が、ガジェットの反応が上空と地下から一転を目指して来ているぞ。どうする?』

冷静沈着なアインの報告に耳を傾け、数秒黙考してから口早に指示を出す。

「シャマルが現場に向かったんならまずガキ共は帰らせろ。それからケースと保護したガキはヘリを使わず108部隊の車で送ってもらえ。こんな状況でヘリなんざ使えば狙ってくださいと言ってるようなもんだ。いざとなったら転送魔法で帰ってくるように伝えろ。あと、報告によるとケースはもう一つあんだろ? ティアナ、スバル、ギンガの三人を地下に潜らせて回収させろ。上空のガジェットはなのはと――」

一度背後を振り向く。

「フェイトとはやてに掃除させる。それと、クイントがついにやらかすみてぇだからフォローにシグナムとザフィーラを回せ。俺はすぐにそっちへ戻る」

二人に目配せするソルを見て、フェイトとはやては全てを理解したかのように椅子から立ち上がり、足早に部屋から出て行った。

『ソル、アタシも出る!!』

二人の背中を見送って、突然通信に割り込んできたのはヴィータである。

『的確な人員配備だとは思うんだけどよ、これじゃあティアナ達が不安だ』

ティアナ達のフォローには自分が回る、と立候補してくるヴィータだが、これが口実であることなど一発で分かってしまう。彼女は今度こそゼスト・グランガイツを己の手で潰す――ホテル・アグスタで有耶無耶になってしまったケリを着けるつもりなのだ。

「……」

暫し黙考するソル。

なのは、フェイト、はやての三人は上空のガジェットを掃討する役目を与えた。シグナムとザフィーラはクイントのフォロー。シャマルはレリックと保護した子どもの回収。指摘された通り、確かにティアナ達へのフォローだけは何もしていない。

やはり不安は残る。敵は相変わらずのガジェット大量投入による物量作戦に加え、恐らく戦闘機人もまた現れる可能性が高い。更に強奪されたジュエルシードがどのように関わってくるのかは未知数であり、ゼストの襲来やアルピーノ親子(あくまで仮だが)による召喚術も考えられるので不確定要素が多い。戦力は多いに越したことはない。

「分かった。お前の好きにしろ」

なんかこの台詞、最近凄く使う頻度が増えたような気がするな、と頭の片隅でどうでもいいことを考えていると、ヴィータは獰猛な笑みで『オーライ、大将』と返事して通信が切れる。

「来て早々トンボ帰りする破目になったが、悪いな。野暮用が出来た」

告げて、退室しようとするソルに向かってクロノが手を伸ばして待ったを掛けた。

「待て、待ってくれソル!! 聞いて欲しいことがあるんだ!!」

背中越しに聞こえる懇願の声があまりにも切羽詰っていたので、訝しみながら振り向き、クロノの表情を窺う。

そして、クロノの顔が記憶の中にある昔のカイにそっくりだったので、思わず眼を細める。

その表情が意味するのは苦悶だ。何かに悩み、苦しみ、抱えた問題の答えを見つけ出そうと必死になって足掻くが、未だに泥沼のような思考の迷宮から抜け出せない、辛気臭い面。



――『お前に……お前に……私の正義が理解るものかっ!!』



あれは確か、シンが生まれて半年程度経った頃だった筈。まだカイがイリュリア連王国の国王になる少し前。シンを引き取ることになった日のことだ。

今のクロノが当時のカイと重なって見えたからだろうか、それとも当時のあの家族の状況を思い出したからだろうか。理由は分からないが、口が自然と動いていた。

「年長者から一つアドバイスをしてやろう、坊や」

「?」

唐突に何事かと困惑するクロノに向けて、ソルは言う。

「お前が成すべきことは何だ?」

「……」

ジャスティスの死後、カイが答えを得るまで己の正義とは一体何なのか、という疑問を抱いて生きていたのをソルは知っていた。実際、ソルがカイに対してテメェの正義は青臭いだとか、テメェの正義なんざに興味は無ぇ甘ちゃんは引っ込んでな、みたいなことを散々言って、馬鹿にしたこともあった。

だが、カイは決して腐らず、何年も悩み抜いた末、自分なりの正義を見出しその道を突き進んだことをよく知っている。

やはりカイが掲げた正義はソルにとって青臭いものではあったが、それでいいと思う。ソルなりに納得出来る答えを出したからこそ、『坊や』から『カイ』と呼ぶようになったのだから。

クロノとカイは、何処か似ていた。性格に始まり、職業やその立場、抱えている悩みなど。

ソルはクロノが何に悩み、苦しんでいるのかまでは知らない。だが、なんとなくではあるが、昔のカイと同じ葛藤を抱いているような気がする。

大方、カリムの稀少技能、”預言者の著書”――プロフェーティン・シュリフテンに何か良からぬことでもあったのだろう。その内容はきっとクロノにとって理解は出来るが納得いかないようなものであったに違いない。今日呼ばれた理由もそんなもんなのであろう。

鼻で笑って、下らんと一蹴してやるつもりだった。その為にわざわざフェイトのスリルドライブに肝を冷やしながら聖王教会まで来た。

『よく当たる占い程度』というお粗末なレベルでしか未来を測れない預言なんて胡散臭いものを鵜呑みにするソルではない。しかし、”あの男”が未来予知や未来視のような能力を有していただけに頭から否定する気は無い。

それでも否定したいと思う。こんなものは認めないと拒絶したい気持ちもある。

そして、だからこそ人間だった頃よりも強い気持ちで『テメェの進むべき道はテメェで決める』と考えている以上、気にするつもりも無い。

未来など知る必要の無い事柄だ。確かに知ることそれ自体は便利であるかもしれないが、知ってしまうと碌なことにならない。身を以って味わっているので、正直に言えば大っ嫌いなモノの類である。



――未だ来ていない不確かな存在に振り回されるのは、もう二度と御免だ。

  俺達は、”今”を生きてるんだからな。



「忘れてんだったら思い出せ。それがお前の戦う理由でもある筈だ」

そう言葉を残し、これ以上語るべきことは無いと踵を返してソルは部屋を後にした。










「バイタルに異常無し、危険な反応も無し、少し衰弱しているけど命に別状は無いわ」

その場で保護した女の子の簡易診察を終え、シャマルはティアナ達に向かって「心配しないで」と安心させるように微笑む。

女の子に問題らしい問題が無いと分かり、安堵の溜息を吐いてから、表情を引き締めるティアナ。それに倣うナカジマ姉妹。

三人に命じられた任務は二つ。地下水路にもう一つあるとされるレリックケースの回収と、それを狙うガジェットの破壊だ。

休日は返上することになってしまったが、文句言うつもりは微塵も無い。

と、その時、あることに気付きシャマルが呆然と声を上げた。

「あれ? 子ども達は?」

言われて、首を巡らしエリオとツヴァイとキャロの姿を探すが、見当たらない。

「今さっきまでそこに居たのに……ま、まさか……」

顔を青くさせたシャマルが両手を頬に当て、わなわな震え出す。

彼女の視線の先には、地下水路へと続くマンホールとその隣に置いてある蓋。

縋るような思いでクラーヴィントに探させてみると、嫌な予感は見事に的中し子ども達は地下水路に居て、しかも移動中。おまけに此処からどんどん離れていく。

「……あ、あ、アァァァナァァァタァァァァッ!!」

ティアナ達がどうコメントしようか迷っているその隣で、涙眼シャマルが文字通り泣きつようにしてソルに通信を繋いでいた。













































本編のシリアスな空気をデストローイするオマケ


IF VIVID  キャロの憂鬱



「お父さん」

「ん?」

士郎から送ってもらった品質の良い豆を使って淹れたコーヒー(勿論ブラック)の苦味と酸味と香りを堪能していたソルは、視線を眼の前に広げている音楽雑誌からキャロへと向けた。

「どうした?」

ソファにふんぞり返っている彼に対し、キャロは何処か切羽詰ったような表情で口を開く。

「エリオくんのこと、なんだけど」

「エリオ?」

何か喧嘩でもしたのだろうか、そんな風に考えながら真面目な話だと察して音楽雑誌とマグカップをテーブルに置き、真剣に聞く姿勢を整える。

「エリオくんって」

「おう」

「……」

「……エリオが、どうした?」

そこまで言って口を噤んでしまうキャロ。

ソルは黙ったまま視線で続きを促すが、キャロはなかなか話そうとしない。

だが、キャロが自分から話そうとするまで急かすつもりもない。

ただ、静かに待つ。

やがて、口を閉ざしてから一分程度経過した頃、キャロの覚悟が出来上がったらしく、意を決したようにこう聞いてきた。



「エリオくんって、やっぱり胸が大きい女の子の方が好みなのかな?」



この言葉を聞いた瞬間、ソルは俯くと頭痛を堪えるように額に手を当てる。

「聞かなきゃ良かった……馬鹿か俺は」

自嘲するような呻き声を零す。

しかし、そんな父親の様子になど目もくれず、キャロは一度話を切り出すと勢いに乗ったのか、先程と比べるとかなり滑らかな口調で次々とソルにとってはどうでもいいことを口走っていた。

「この前ルーちゃん家に皆で遊びに行ったじゃない?」

皆とは家族の面子以外にヴィヴィオの友人達やナカジマ家の連中、他に加えて親密な関係にある友人知人達のことを差す。

「その時に皆と一緒に温泉入って、自分の戦闘能力がいかに低いか実感したの」

戦闘能力とは、スリーサイズと身長と体重を総合した女性の魅力値のことを差すらしい。細かく整理すると長くなるが、胸の大きさや形、腰のくびれ具合、尻に肉付き、手足の細さ、それらに見合った身長と体重、痩せ過ぎていないか、逆に無駄な肉は付いていないか、出ている所は出て引っ込んでいる所は引っ込んでいるか、魅力的な女性らしい肉感的かつしなやかな肢体であるか、などといったことの総評。

ちなみに、相変わらずシグナムとフェイトが首位争いしているだとか。次が首位と僅差でアインとアルフで、その後ろからはほとんどドングリの背比べ、とかなんとか。

……どうでもいい、とんでもない程どうでもいい、とソルは項垂れたままフローリングの木目を数えながらキャロの声を右から左へ聞き流す。

「でね、ツヴァイはずっと一緒だったから分かり切ってるけど、ルーちゃんもちょっと見ない間に大きくなってて」

「……ああ」

知るかんなこと、と思いつつ生返事、というよりもテキトーに声帯が震えて音が出ている感じで相槌だけは打っておく。

「ズルイよ、二人共少し前までは私と同じくらいだったのに……特にツヴァイ、ツヴァイが凄いズルイ。私こと置いてけぼりにしてぐんぐん身長伸びて、なんか将来、ば、ばば、バインバインになりそうな気配漂ってるし!! きっとアインさんみたいに着痩せするタイプでボンッキュッボンって感じになっちゃうんだ、ていうかもうなってるし!! 姉妹なのに、同じ釜の飯を食った姉妹なのに自分一人だけなんてズルイ!!」

「……まあ、ツヴァイがアインみてぇになるのはハナッから分かってたがな」

裏切り者め、と語っている内に嫉妬で勝手にヒートアップしていくキャロとは対照的に、ソルのテンションは物体が自由落下するかのようにだだ下がりだ。それでも最低限応答している点は律儀であった。

「私は身長だけ、身長だけたった1,5cm伸びただけなのに……ツヴァイは、ツヴァイは身長どころからブラジャーのサイズアップなんて神をも恐れぬ成長をしてるなんて、これが許されるの!? いいや、例えスケベな神が許しても私が許さない!!!」

もしかしたら存在するかもしれない天上界に向かって唾を吐くようにして顔を上げ、「ぶっ殺してやる」と言わんばかりに拳を握り締めるキャロの声がリビングに響き渡る。

キャロの妄言を聞き流しながら、いい加減顔を上げるとテーブルの上に置いていた音楽雑誌とマグカップに手を伸ばすソル。

「お父さん知ってる!?」

「知らねぇ」

「ツヴァイのカップ、Dなんだよ、D!! DだよD!! DはDでも魔導師ランクのDじゃなくて、胸の、カップサイズのDなんだから!!」

「知らねぇっつってんだろ」

「私はAAA……すぐ隣に、しかも同年代であんな化け物が居るなんて……」

戦力差は悲しいくらいに懸け離れていた。見事なまでに幼児体系なキャロを、年上と比べても見劣りしないどころか普通に勝てる成長をしているツヴァイと並べてしまえば、どちらが魅力的に映るかなど世間一般の男子であれば最早語るまでもない。これがもしカップサイズじゃなくて魔導師ランクだったら楽勝なのに、と思ったが口にはしなかった。

だが、このまま放っておいても喧しいだけなので、最後にアドバイスをして話を無理やり終わらせようと試みる。

「安心しろ……世の中には、山登りよりも崖登りの方が好きな奴も居る。山登りが好きな奴と比べればあまり多くはないが、居ない訳じゃ無ぇ」

「今絶壁って言った!! 父親が娘のこと絶壁って言った!!」

アドバイスどころからフォローにすらなっていない、火に油を注いだだけだった。

「うわあああああん!! 胸大きくしたいよぉぉぉっ!! シグナムさんみたいになりたいよ……畜生、あのおっぱい魔人、お父さんすら惑わせる魔乳持ちめ!! 私にその脂肪を寄越せ!!」

「……別に俺は惑わされてなんかいねぇよ」

嫉妬やら羨望やら劣等感やらで、言ってることが一貫していないというより支離滅裂となっているキャロに思わず口を出してしまったが、

「反論するまで間があった……嘘だ!!」

「嘘じゃねぇっ!!!」

「ムキになって言い返すところが尚怪しいっ!!!」

断言されてしまったので失敗したかもしれない。

「ちっ」

旗色悪くなったので舌打ちをして無視を決め込む。シグナムさんのでパフパフしてる癖に、とかなんとかまだ言われてるが耳を傾けるだけ時間の無駄だ。

父親を大鑑巨砲主義と仮認定しても気分が晴れない、むしろますます機嫌が悪くなっていく残念なアホ娘その二。



――……マジで、本当に、どうしてこうなった?



「ヴィータさんと二人でペチャパイまな板同盟なんてもう嫌だよぉぉぉぉ!!」

フローリングに仰向けになり、欲しい玩具を買ってもらえなくて駄々を捏ねる子どものようにジタバタ暴れるキャロが非常に鬱陶しい。

「だいたいエリオくんもエリオくんだよ、私と腕組んでも全然意識してくれないのに、ツヴァイに組み付かれると鼻の下伸ばして……グス」

呪詛にも似た恨み言をブツブツ呟いているキャロを見ながら、エリオの女性の好みが年上で、性格もお淑やかで大和撫子のようなタイプ――そう、例えば『木陰の君』のような――だと助言する=トドメを差すのは流石にやめておくか、と溜息を吐くソルだった。





その晩、ソルはある人物に通信を入れる。

『こんばんわ。先生が私に連絡してくるなんて珍しいですね。どうしました?』

「夜分遅くにすまん。少し時間あるか」

『はい、どうぞ』

「単刀直入に言うぞ……お前、エリオと婚約する気無ぇか?」

『は?』

「二度は言わん」

『こんやく? 婚約? ……ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください、ええ!? え、ええええ!? あああ、アタシとエリオが!? 急に何を言い出すんですか!!』

「別に構わねぇだろ? 前にアルピーノ家で久しぶりに会った時、お前エリオに見惚れてたじゃねぇか」

『ち、違います!!』

「ほう、俺に嘘を吐くのかテメェ? 随分心臓が太くなったじゃねぇか」

『……そりゃ、白状すればその、み、見惚れてましたけど……身長、少し見ない間に先生みたいに高くなってて、顔つきも凄く男らしくなってて、あういうのをイケメンって言うんですかね? 雰囲気も以前のやんちゃ坊主って感じがしない大人の男性って感じで……でも、アタシだけじゃないですよ、他の皆もエリオに釘付けだったんですからね!!』

「他の連中ははっきり言ってどうでもいい」

『なんでですか?』

「理由その一、エリオは年下に興味は無ぇ。アイツの好みは年上だ、年下なんて眼中に入ってすらいねぇ」

『うわ、リオとコロナ、あとはアインハルトもかな? とりあえず可哀想』

「理由その二、俺はエリオを脳筋共にくれてやる気なんざ更々無ぇ」

『それってスバルとかノーヴェ達のこと言ってます?』

「あの連中以外の他に脳筋が居んのか?」

『……酷い』

「理由その三、ウチの残念なアホ娘二人にエリオをくれてやる気なんざ更々無ぇ、会う度にアホ度が上がっていくルーテシアも同じだ」

『どうしてですか?』

「なんかムカつくからだ」

『……なんかって何ですか』

「ゴチャゴチャうるせぇ。とにかく、知り合いの女でエリオの伴侶として上手くやってけそうな奴で、唯一まともそうなのと言ったらお前しか居ねぇんだよ」

『ただの消去法じゃないですか!!』

「黙れ、残っただけでも光栄に思え」

『素直に喜べない……』

「いいかよく聞け……エリオは超が付く程モテる」

『知ってますよ。学校でも同学年とか先輩後輩関係無しに告られるみたいなこと、前にお宅の娘さん二人が教えてくれました』

「だが、そんな何処の馬の骨とも分からんような輩にエリオはやれん。何処に出しても恥ずかしくない自慢の息子だ」

『エリオ男の子なんですけど、なんで扱いが女の子みたいになってるんですか』

「その点、お前なら俺も安心してエリオを任せられる。俺はお前がどういう人間か知ってるし、馬鹿でもなければアホでもないし脳筋でもない」

『褒められてるんですか、コレ?』

「今の内に唾付けとけ。必要があれば避妊せず事に及んでも構わん」

『いきなり話が飛躍し過ぎてます!! そもそもアタシはエリオと六つも年が違うんですよ!!』

「些細なことだ、気にするな……実際、満更でもねぇんだろ?」

『それは……』

「話は決まったな。じゃあ、そういうことで頼む」

『どういうことで頼まれてるんですかアタシ!? ていうか、シャマル先生はなんて言ってるんですか!?』

「変な女に引っ掛からなければそれでいい、って言ってたぜ。確かに俺達の周りに居る女は変人ばっかだからな、これには俺も素直に同意する」

『ええええ~。むしろ先生達が周囲の人間を片っ端から変人にしているような気が――』

「ま、考えておけ、話はそれだけだ。じゃあな」

『ちょっと待ってくだ――』

最後まで言わさずに通信を切ると、ソルは風呂に入ることにするのであった。

これがエリオの将来に大きな影響を与える発端であることなど毛程も思わずに。




















後書き


大は小を兼ねる、大きいに越したことはない、無いよりはあった方がいい、大きいことは良いことだ、ということで更新です。お久しぶり。

ゴールデンウィーク欲しいよ……

前回、エリオをイケメンどうたらとアホ娘二人が口走っていたことでお察ししていただけたと思いますが、キャロも空白期の間に何度かGG世界に行ってます。

海鳴に帰る程多くの頻度ではありませんが、『ソルの帰郷』なので年に一回くらいは。

ソルがシンと約束してましたからね。また帰ってくる、って。カイとも縁があったらまた会おう、とも。

ってな訳で本編のエリオの戦闘スタイル”聖騎士団闘法”やツヴァイが使う法力に関わってきます。

番外編でシンとかちょっと出したい、っていう欲求もありますが、あくまでいつになるか分からない番外編。予定は未定です、はい。

最後に一言、オマケが本編じゃないよ!!

では、また次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat22 Encounter An Enemy Force
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/05/19 23:39


『私とティーダくんが現場で見た生体ポッド。これね、昔よく見たのよ』

「もったいぶった言い方してんじゃねぇ、人造魔導師の素体培養機だろ。俺だって腐る程見てきたぜ」

『保護した子……十中八九、人造魔導師の素体として生み出されたんでしょうね』

「ちっ、胸糞悪ぃ」

転送魔法でDust Strikersに戻ってきたソルが、クイントと通信しながら忌々しそうに吐き捨てる。

不機嫌を露にして早足で作戦司令部なる部屋に踏み込み、一瞬自分に向けられたいくつもの視線に構わず思考を巡らせる。頭の中の大多数を占めるのは、忽然と姿を消した子ども達のことだ。

またも性懲りも無く現場に首を突っ込もうとしている。この時点でお説教プラス焼き土下座確定なのだが、今回はアグスタの時と事情が違った。

(ガキの癖して無茶すんじゃねぇぞ……)

三人共心配ではあるが、特に心配なのがエリオだ。

エリオは己の出生を気にはしていない。自分と同じ生まれ方をしたフェイト、呪われた運命を背負ってきたアインとヴォルケンリッター、そして”あの男”の思惑によってギアに改造された過去を持つソル。これらの存在が居たからこそ、出生を気にすることも無かった。

しかし、己を生み出した技術に関してはソルと同じレベルで忌み嫌っている。無理もない。エリオもソルと同じで、違法研究により実験動物扱いを受けたことがあるからだ。

また、ギア計画の詳細を知っていることや、数多のギアと出会ったことにより、違法研究をする人間に対して激しい嫌悪感を持っている点も同様だ。

これが必然だったのかは分からない。

だが、育ての親の憎悪を子が受け継ぐのは、仕方が無かったことなのだろうか?

(本当に、俺に似て欲しくない所ばっかり似てきちまう)

敏い子だ。保護した子どものことなどクイントからの情報を聞いていなくとも、なんとなくどういう存在なのか察しているだろう。直に見ずとも話を聞いただけで『そうなのではないか』と思ったソルと同じように。

この子は自分達と同じだ、と。

誰かの都合によって勝手に生み出された存在なのだ、と。

「クソが……」

誰にも聞こえないくらいに小さな声でソルは毒つく。

ソルがエリオと同じ立場であったなら、間違いなくエリオと同じ行動に出ているだろう。周囲の制止の声など聞く耳持たない。危険など知ったことではない。

ただ、胸の内に秘めた憎悪を叩きつける対象が欲しい。

故に敵を探し求める。滅茶苦茶に破壊しても構わない、明確な敵が。

聖戦時代の忌まわしい過去が、意図せず脳裏に映し出されていく。

吐瀉物を撒き散らしたような濁った空の下、すっかり慣れ切ってしまった血と死の臭いが漂うそこは、魔女の釜を引っ繰り返したような有様で。

救えなかった、間に合わなかった、そんなことは日常茶飯事。その度に後悔する。

……被害を少しでも減らす為に同胞であるギアを殺した。殺して殺して殺して殺して、殺し続けた。憎悪にその身を任せて同胞達を手に掛け、それでも消えるどころかますますその闇を深くしていく憎悪に心を侵蝕されていった。

死骸の山の上に独り座る自分が取り残される日々。

どんなに憎悪を叩きつけても気分は晴れない。逆にどんどん気分が悪くなっていく。当たり前だ。殺してきた同胞達は『人類の敵』である以前に、自分と同じ『誰かの都合によって生み出された存在』で、殺せば殺す程悲しくなるだけだったから。

だが、それでも同胞達を殺さなければならなかった。ギアは兵器で、本能的に人を襲うように命令されていて、駆除しなければいけない存在だった。放置すればどうなるかなど分かり切っていた。それがギア開発者としての責任であり、義務であった。

だから、せめてもの慰めとして弔う。人もギアも関係無く、死んだ者達全てを火葬して、灰にする。それがソルにとって精一杯の誠意。

いつまでこの地獄は続くのか? いつまでこの地獄を見せ付けられるのか? これが、この世界こそが、自分達の犯した罪だとでも言うのか?

聖戦の引き金となったアイツと、全ての元凶である奴を殺す以外にこの地獄を止める方法は無い。そして、自分達ギアが存在し続ける限り、またこのような地獄を生み出すことになる。

故に殺せ。

ギアを殺せ。

アイツを殺せ。

奴を殺せ。

それが終わるまで死んで楽になろうなど許されない。許されようと考えることすらおこがましい。

己という罪が存在し続ける限り、贖い続けろ。

やがて、身体に血の臭いがこびり付いて取れなくなっても気にしなくなった。返り血を浴びても服が汚れる程度にしか思わなくなった。同胞を殺しても何の痛痒も覚えなくなった。呼吸をするのと同じように、敵を殺せるようになっていた。

嬉しいとか、楽しいとか、辛いとか、苦しいとか、そういう人間らしい感情はとっくの昔に忘れてしまっていて。

その身は勿論、心さえも兵器となった一体のギアが淡々と同胞を狩り殺し、また新たな獲物を求めて彷徨い歩く。

胸の中に在るのは、『ギアは殺さなければならない』『人間は助けなければならない』という強迫観念に近い使命と”あの男”への憎悪。

そして、ままならない現状といつまで経っても目的を遂げられない自分自身に対する苛立ち。



――どいつもこいつもうぜぇ……目障りだ。



いつしか心の中で思うことはそれだけになっていた。殺すべきギアのことを差すのか、それとも守るべき人間のことを差すのか、どちらが『うざくて』『目障り』なのか今でも分からない。もしくは、視界に映る全てのモノがそうだったのかもしれない。ただ口癖のように繰り返していた。

クリフに聖騎士団への入団を勧められ、カイと出会い、封炎剣をクリフから譲り受けて団を脱退するまでは。

そんな聖戦時代をソルがどんな思いで過ごしてきたかを子ども達は知っている。ソルが直接語った、アインが教えたこともある。聖戦がいかに愚かで惨たらしい歴史だったのかを人間側の視点からではカイから、ギア側の視点からではDr,パラダイムから、傍観者という立場からではスレイヤーとイズナから、聞いているのだ。

人類の戦争の歴史、という過去から学んで欲しいことがたくさんあった。同じ過ちを繰り返して欲しくないと願いを込めて。

教科書に羅列された文章を読むことよりも、戦争体験者が実際の出来事を直接語った方が、より強く伝えたいことを伝えられる筈だから。

その甲斐あってか、子ども達はこちらの話を真面目に聞いてくれた……こちらの予想を遥かに上回る程、真剣に。

年に反して子ども達の理解力が高かった、とも言う。

子ども達はソル達が思っている以上に純粋で、素直だったのだ。それを悪いとは言わない、言わないが、もし間違いがあるとするならば子ども達に聞かせるにしては少しばかり時期尚早で、内容が致命的なまでに重かった。

聖戦は、次元世界の間で数百年続いた古代ベルカ戦争と比べれば小さな出来事かもしれない。歴史としてはたった百年程度の時間で、一つの世界の中で勃発した戦争でしかない。確かに規模は小さく時間も短いかもしれないが、決定的に違うのは人類同士の戦争ではないこと。殺し合っていたのは人類と人類が自ら生み出した兵器である点が大きく異なる。



――『人類は戦闘種族として、ギアなどより遥かに優れている。あるいはそれ故に、我らを創造したのかもしれぬな。

    戦闘衝動を解放し、かつ、互いを滅ぼさぬ為に。だとすれば皮肉なことだ……なぁ、”背徳の炎”よ?』



人の業の深さを嘲笑する生前のジャスティスの言葉を、ソルは子ども達にそのまま伝えた。俺達と同じ轍を踏むな、という意味を込めて。

しかしこの言葉は、ギアという『人類の敵』が現れたからこそ人間同士で戦争しなくなった、ということを示し、裏を返せばギアが存在しなければ人類はいつまでも同族同士で殺し合いを続けていた愚かな生き物、ということになる。

実際、どの世界でもどんな時代でも、人の歴史は戦争の歴史であることを意味していた。

(今更後悔して、何になる……)

子ども達に話すようなことではなかったのかもしれない。だが、それでも知っておいて欲しかった、学んで欲しかった、間違えて欲しくなかったのだ。

一歩道を踏み外せば俺と同じ末路を辿る破目になるから、という理由を免罪符にして。

……馬鹿馬鹿しい。

「ソル」

不意に優しい声で名前を呼ばれ、我に返ると心配げな表情をしているアインがこちらを覗き込んでいた。

「……ああ、大丈夫だ」

すっかり読まれている、ウチの女共は相変わらず侮れない。いつも誰か傍に居て絶妙なタイミングで気を遣ってくれることに心の中で感謝して、思考を切り替える。

どうも自分は子育てに向いていなければ指揮官といった上の立場も向いていない。そう自嘲して気を引き締めると、空間モニターに向き直った。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat22 Encounter An Enemy Force










闇を雷光が引き裂き、薄暗い地下水路が眩く照らされ、同時に敵のガジェットを爆発させた。

「……」

今しがた破壊したガジェットの残骸に冷たい視線を向けてから、エリオは周囲を警戒し、近くに敵の気配がしないのを確認すると走り出す。

ツヴァイとキャロがそれに続き、最後にフリードが三人を追う。

地下に潜ってから三人は終始無言。一言も言葉を交わさず、黙々と遭遇するガジェットを破壊し、もう一つあると予想されるレリックを探している。

勿論、これは自分達の意思でやっていることであり、父の言いつけを破っているという自覚もあった。

後で怒られるのは目に見えているし、危険なことをして心配させているという負い目はあるが、退くに退けない理由が胸の中に燻った炎となって捌け口を求めていたのも事実だ。

切欠は、先程保護した少女。まだ幼い、五歳程度の女の子。ボロ布一枚というみすぼらしい格好で、鎖で繋がったレリックケースを手にマンホールの下から現れた謎の子ども。

その少女からエリオが感じ取ったのは、自分達と同種の匂い。

確証は無いが、なんとなく理解出来た。

この子は僕達と同じだ、と。奇しくもソルと全く同じ考えと結論に至っていた。当然と言えば当然だ。引き取られて以来、エリオはソルを含めた家族から様々な英才教育を受けて今日に至る。知識や技術、魔法と法力、戦闘技能、そして信念。そんな彼がソルと同じ行動を取るなど誰もが予想出来ることで。



――気に入らない。



次元世界において、子どもが違法研究の被害に晒されることが珍しいことではないと理解していても、こみ上げてくる吐き気を催す嫌悪感とマグマのような怒りが収まる訳でも無い。

プロジェクトFという違法研究の結果によって生まれたエリオにとって、それを許容するなど天地が引っ繰り返っても不可能だ。

何処の誰だか知らないが、必ず消し炭にしてやる。腹の底から湧き上がってくる殺意がエリオの四肢を前へと進ませ、行く手を阻むガジェットを鉄屑へと変えていく。

歩を進める彼の脳裏にソルの姿がチラついた。己の過去と罪を包み隠さず話してくれた時の、無表情でいながら酷く悲しそうに細められた真紅の瞳。

語られた過去の中の父はエリオが毛嫌いする違法研究者で、落胆したのと同時に裏切られた気分を味わったが、エリオと同じ生みの親の都合によって作られた存在であると知り、落胆はすぐに同族意識へと成り代わる。

次に感じたのは、壮絶な人生を歩んできたことに対する哀れみ。

当時の話を淡々と語るソルの眼は、見ているこちらの身が竦む程冷たい光を放っていて、余程思い出したくないことなのだと容易に察しが付く。

父様は後悔してるんですか? とツヴァイが恐る恐る聞いてみると、ああ、とソルは疲れたように頷いて見せた。

数え切れない程たくさん死なせてしまったと、それっきり黙り込んだ父の姿は、普段の姿とは比べ物にならない程弱々しい。

そして、その姿を見て初めて気付く。

父は、自分を助けてくれた紅蓮の魔導師は、ソル=バッドガイは、無敵の超人でもなければ正義の味方でもなく、ましてや誰もが称賛するヒーローでもない。

ただ、犯した罪を悔い改め、贖う一人の人間だった。

これまで自分が勝手にイメージしていた『ソル=バッドガイ像』が完膚無きまでに破壊された瞬間であったが、だからこそエリオは本当の意味でソルのことを好きになる。

自分と同じような犠牲者を出したくない、という理由で戦うソルの後姿に、改めて憧憬を抱く。

父のような男になりたい。

過去から、犯した罪から、自分自身から眼を逸らさず、一人でも多くの人を救おうと前を向いて歩く父のように。

そう考えるエリオが、違法研究への憤りを抱いたまま何もせずに帰るなど出来なかった。

せめて敵に繋がる手掛かりの一つでも手土産に持って帰らなければ気が済まない。

(何処だ? 何処に居る? 早く出て来い……叩き潰してやる!!)

眼をギラつかせてレリックを探すというよりも最早敵を探しているエリオ。

そんな目的を履き違えた彼の背中に、二人の少女の視線が心配するように注がれていることなど気付かないまま。





狭い通路を抜けると、だだっ広い空間に出た。高い天井とそれを支えるいくつもの柱が並び立っている。廃棄区画の地下にも関わらず、何故か柱の根元に照明らしきものがぼんやりと輝いているので、これまでの通路と比べたらかなり明るい。

「あったー!!」

油断無く周囲を警戒しながら三人でレリックを探していると、キャロが大きな声を上げてから黒い箱を頭上に掲げた。

(なんだ、あっさり終わっちゃったな)

拍子抜けしたとばかりに溜息を吐いて構えていたストラーダを肩に担ぎ、エリオがキャロとツヴァイに近寄ろうとして、遠くから何か硬いものを叩くような音が響く。

ガンッ、ガンッ、ガンッ、とリズミカルに。

かなりの速度でその音がこちらに近付いてくると理解し、自然と唇が吊り上がっていく。

敵だ。待ちに待った敵がやっとお出ましなんだ。これで思う存分、戦える。

すぐさまエリオはツヴァイと二人でキャロを挟むような陣形を取り、敵襲に備える。

神経を尖らせた三人からやや離れた場所にある柱の上の方で、一際大きな音と共に、魔力反応が。

来る。そう悟ったエリオが叫ぶ。

「ツヴァイ!!」

「フォルトレス!!」

声に応じたツヴァイが三人を覆うように緑色の円形状のバリアを発生させて守りに入り、その守りに四発の黒い魔力弾が衝突したのは次の瞬間だった。

ギィィィィンという甲高い音と、魔力の鬩ぎ合いによる閃光が生まれる。

そして、弾けるような音に合わせて魔力弾が掻き消えた。鉄壁の防御法術に軍配が上がったのだ。

「エリオ」

「分かってる」

まさに阿吽の呼吸。すぐさまツヴァイはフォルトレスディフェンスを解除し、エリオが襲撃者に向かって踏み込む。

敵の姿が見えない、でも気配と敵意は感じる。

故に、エリオは培った経験と己の勘を頼りに槍を振るうをこと決意し、迅雷の如き瞬速で敵が居るであろう上空の真下に位置取ると、屈む。

その場で跳躍する為に、敵を斬り伏せる為に全身の筋力を最大限強化して、槍を下段から振り上げ、跳ぶ。

「ヴェイパースラストッ!!」

聖騎士団闘法奥義の一つ、ソルがヴォルカニックヴァイパーを編み出す為に参考にした剣技。雷の力を宿したその斬撃が確かに敵を捉えた。

手応えあり! このまま決める!!

「疾っ」

振り上げた槍を流れるような動きで水平斬りへと繋げ、敵を横方向へ吹き飛ばす。

追撃の一太刀が綺麗に決まり、不可視の敵は轟音を立てて柱にめり込んだ。

「トドメだ」

宣言し、やや前傾姿勢にした体勢のまま、背後にある見えない壁を蹴るイメージを以って前方に”飛び”、肉迫する。

だが――

「っ!?」

別方向から感知した魔力反応。敵に突き刺そうとしていた槍を防御に回す。ストラーダの柄に紫色の魔力弾が衝突して爆ぜたのは、身体を魔力反応がした方角に無理やり向けて防御姿勢を取った時だ。

威力はそれなりで、突進のベクトル変えられてしまう程。思わぬ角度からの攻撃により弾き飛ばされてしまう。

それでも空中でなんとか体勢を整え猫のように身を丸めてくるくる回りながら器用に着地。着地と同時にバシャッと水飛沫が舞う。

魔力弾を撃ってきた新たな敵に睨みを利かせる間も無く、顔を上げたそこへ四発の火炎弾が迫っていた。

「スタンエッジ!!」

腕を交差する動作から開く動作をほぼ一瞬で行い、それによって薙ぎ払われたストラーダの穂先から雷刃が発射される。雷刃は四発の火炎弾の内一発とぶつかり、空間を爆裂させると共に残った三発を誘爆することに成功。

すぐ近くで熱と衝撃が暴れ狂うが、既に予測済みだったエリオは自慢のスピードで後方に退がっていたので問題無い。

「エリオくん、大丈夫?」

「エリオ、怪我してないですか?」

敵を警戒しながらも素早い動きでエリオの傍まで駆け寄ってくるキャロとツヴァイに「平気」と短く返し、ストラーダを構える。

「ガリュー、怪我してる」

「テメー。よくもガリューを……」

視線の先には、今までステレス機能を使っていた為姿を視認出来なかった黒い異形。その傍で異形の傷の具合を確かめている少女。そして、こちらを睨み殺さんばかりの勢いで敵意を放つ全長三十cmくらいの、羽と尻尾を生やした少女だ。

(どんな組み合わせだ……?)

眉根を寄せるエリオ。

ガリューと呼ばれた黒い異形は、昆虫が進化し続けた結果人間と同じ身長と二足歩行になったかのような姿。鎧のような甲殻、背中から生えている虫らしい翅、長く伸びた黒い尾、手足からは骨そのものが鉤爪になっているかのような武装が揃っており、人間の額に位置する部分には小さな楕円の赤い宝玉のようなもの――恐らく何かの器官だろう――の下には二対で四つの赤い眼がある。虫が人間を目指して進化を遂げたらこうなるだろう、と言われれば納得するくらいに、虫人間って感じがする。あとついでに、首に巻いている紫色のマフラーは一体何なのか言葉が通じれば問い詰めたい。

そんな虫人間の傷を癒そうと魔法を施しているのは、長い紫色の髪が特徴の、自分達と同じくらいの年齢の少女。上から下まで黒いドレスのようなバリアジャケットを身に纏っていた。いや、ソックスと胸元のリボンと髪留めは白い。声には感情が希薄な印象があり、立ち居振る舞いも何処か人形めいていて、その真紅の眼も感情らしい感情を映しておらず、無感情を貫いているようにも見える。しかし、彼女からこちらに放たれる敵意はあからさま過ぎるので、戦闘中は感情を押し殺すタイプなのだろうと勝手に結論付けた。

最後がその二人(?)の近くを旋回するように飛び回る小人……妖精の類か何かだろうか? さっきからこちらに向かって何か叫んだり文句を言っている気もするが、エリオ達は誰一人として聞いていない。リボンで結んだ赤い髪と、背中に生やした一対の蝙蝠みたいな赤い翼、やたら細い赤い尻尾、怒りを滲ませた紫の瞳。顔立ちや口調、外見や骨格や仕草なんかは子どものそれなので、まだ幼いのか、それともそういう種族なのか判別出来ない。

この者達が敵なのだろうか?

黒い異形と、自分達と同じくらいの年齢の少女と、手の平に乗る人形サイズの女の子。

てっきり戦闘機人を相手にすると思っていただけに、戸惑ってしまう。

彼女達と戦うのか? そんな疑問が生まれてきてしまった。

戸惑いを吹き飛ばすように頭を二度振って、戦意を刻むようにストラーダを握り締める手に力を込める。



――戦うんだ……たとえ誰が相手でも。



眼の前に居るのは敵だ。父が、自分が忌み嫌う生命操作技術に手を染める違法研究者ジェイル・スカリエッティがレリックを確保する為に送り込んできた尖兵に違いない。

敵に容赦するな、情けをかけるなど以ての外。事情を聞くなりなんなりしたいのならば、敵を完全に無力化させてこちらに服従せねばならない状況を作り出せばいい。

戦う相手の姿形、事情などによって戦意が鈍ってしまうようならば、それは致命的な隙を生み、相手にとって格好の付け入る弱点になり得る。

もしそれで取り返しのつかないことになってしまってからでは遅い。だったら初めから戦場に立つな。と、ソルが言いそうなことを思い浮かべてエリオは気持ちを引き締めた。

(そうだよ……父さんだって十年前の闇の書事件で、初対面のシグナムさんと母さんにいきなり襲われて、どうして自分を襲ってきたのか事情を聞く為に『とりあえず返り討ちにした』って話だもんね)

育ての親達の昔話を思い出し、エリオは決意を新たにしつつ意識を眼の前の敵に集中する。その一挙手一投足を見逃さない為に。

戦いの為に研ぎ澄まされていく心は、さながら一本の槍のようだ。敵を突き、貫き、穿ち、破壊するその意志は戦意という鋼によって構成されているからだ。

……それにしても、だ。彼女達が自分達の敵だというのは理解出来るが、イマイチよく分からない組み合わせなのは変わらない。一体どういう関係なのだろうか?

彼女達三人(?)が仲間だというのは分かる。キャロが抱えているレリックを狙っているというのも理解はしている。だが、虫人間と少女と妖精という組み合わせはなかなか無いパターンだと思う。

「あの子、私と同じ召喚術師だよ。隣に居る虫っぽいのは、あの子の召喚虫だと思うの」

胸中で浮かんだエリオの疑問に答えるように、キャロが口を開く。

なるほど、そういうことか、と疑問の一つが氷解する。召喚術師と召喚獣の関係なら、ウチで言うキャロとフリード&ヴォルテールだ。

「へー。じゃあ、あのちんまいのは?」

「誰がちんまいって!?」

エリオがもう一つ気になっていた疑問を問い掛けると、その声に耳聡く反応するちんまいの。

「……あのちんまいのは、たぶん、ツヴァイと一緒ですぅ」

返事をしたのはややトーンが低い探るような口調のツヴァイである。

「ちんまいのって言うな!!」

「ツヴァイと一緒?」

「ってことは融合騎? ツヴァイ以外に融合型デバイスがまだ現存していたのか!? あのちんまいのが!?」

ちんまいのの文句を完璧に無視しつつ首を傾げるキャロとは違い、エリオは驚愕に眼を見開いて改めてちんまいのに視線を注ぐ。

融合型デバイスは古代ベルカの遺産であり、古代ベルカの遺産のそのほとんどが長い歴史に埋もれて失われているか聖王教会が保管しているかのどちらかで、お目に掛かれる機会なんてそうそう無い。しかも融合型デバイスなんて代物になると文献に載っている程度というレベルの話で、実物なんて見れっこない。もう存在していないのだから。

ツヴァイも融合型デバイスであり古代ベルカの遺産と言えばそうなのだが、残念ながら彼女はあくまで『二世』であってオリジナルではない。また、オリジナルの『夜天の魔導書』であったアインも十年前にギアとして生まれ変わったことにより、融合型デバイスではなくなっている。

今までツヴァイ以外の融合型デバイスを目にしたことが無かっただけに、エリオとしては驚きを隠せないでいた。

「これだ、っていう確証は無いけどなんとなく感じるです……あのちんまいの、ツヴァイと一緒なんだなって」

自信が無さそうではあるが、心の中では確信を抱いているようだ。

「でもでも、ツヴァイと同じ融合騎なら、どうしてあんなに小さいの?」

「うるせーーーっ!!!」

「僕もそれはさっきから気になってる」

戦闘中だというのにキャロが割りとどうでもいい話題を振ると、意外にもエリオが食い付く。

「ツヴァイも気になってますけど、小さいとなんかメリットでもあるのかな?」

「食事量が少なくて済むから食費が浮く、とか?」

「エリオくんらしい意見だなぁ……私が考えるに場所取らないとか、燃費が良いのかもしれないよ」

「ツヴァイとしてはその程度じゃメリットとは思えないですねー。食事量で家計に迷惑掛けたこと無いし、生まれた時から人間と同じサイズ設定だったから身体の大きさとか燃費とかなんて気にしたこと無かったし」

ちなみに、ソル一家のエンゲル係数は滅茶苦茶高い。というより、金を使う理由の大半は食事関係である。馬鹿みたい食う大喰らいが何人も居るし、どいつもこいつも食いしん坊万歳なので小腹が減るとすぐに食事の用意をしたり外に食いに行ったりするからだ。だが、馬鹿みたいに金を稼いでいるので、家長であるソルは皆の底無しな食欲に呆れつつも容認している。漲る食欲を持っていたアホ息子と二人で旅していた経験が、エンゲル係数の高さに文句を言わない理由だろう、きっと……あんま調子乗ってるとたまにキレて『食い過ぎだボケ』と皆仲良く焼き土下座をさせられるが。

「……テメーら、少しはアタシの話を聞けってんだよ!! それと、ちんまいのって呼ぶんじゃねー!!」

そんな風にコソコソと言いたい放題話し合ってると、さっきから喚いていたらしいちんまい融合騎が無視されていることにキレたのか、それとも散々「ちんまいの」と言われたことに傷ついたのか、涙眼になりつつ自身の周囲に火炎弾をいくつも生成すると、こちらに向かって発射してきた。

「凍れ」

真っ直ぐ飛んでくる火炎弾の群れにツヴァイは手を差し伸べて言葉、否、トリガーヴォイスを紡いだ。と、地下水路の床から剣山のように発生した大量の氷柱が壁となり火炎弾を難無く防ぐ。

「あっ」

ジュッ、という音を残して霧散した炎に、ちんまいのが呆然となる。

「温い、実に温いです。父様やシグナムが操る炎と比べたら、まるで子どもの火遊び。その程度じゃ魚も焼けやしませんよ」

前髪をかき上げつつそう言うツヴァイの眼は、普段の穏和で悪戯っ子のようなものではなく、氷点下の世界を連想させる程に冷え切っていた。十歳程度の子どもがするようなものではない、獲物を視界に捉えた狩人の眼。敵を敵として認識した戦士の眼だ。

嘲るのでもなく、勝ち誇る訳でも無く、ただ事実を事実として口にしている淡々とした口調。

ブランクがあるとはいえツヴァイも”背徳の炎”の一員であったことを容易に理解させる威圧感に、ちんまいのと紫髪の少女は一瞬気圧され、そんな二人を守るようにガリューが前に出て構えた。

「あの黒いのは僕が引き受けるよ」

「じゃあ私は同じ召喚術師のよしみで紫の子で」

「それじゃあツヴァイも同じ融合騎のよしみであのちんまいのを」

ストラーダを構え直すエリオが一歩前に進み出て、フリードを従えたキャロがレリックケースを抱えたまま呟き、ツヴァイがパキポキと指の関節を鳴らしながら鼻を鳴らす。

プレッシャーに圧されるかのように、ジリ、と後ずさる敵。

三人共、獲物を前にした肉食獣の如き獰猛な笑みを浮かべている。まさしく、この親にしてこの子あり、だ。冷徹にして残忍と称される賞金稼ぎ、”背徳の炎”のリーダー、ソル=バッドガイの子ども達として相応しい。

「……さあ、戦闘開始だっ!!!」

聞く者によっては、歓喜の雄叫びを上げる獣の咆哮にも聞こえるエリオの合図と共に、戦いの幕が上がる。

敵の少女が、どういう存在か知らぬまま。










地下に潜り、エリオ達を追うティアナ達三人の表情は何処か焦りが窺えた。

いや、実際に焦っていた。何故ならソルから直々に『ウチのクソガキ共を連れて帰ってこい、レリックなんざどうでもいい、最優先だ。どんな手段を使ってでも、いや、むしろ力ずくで構わん、俺の前に引き摺ってこい。いいなっ!?』と命令されているからだ。

付け加えれば『もし連れて帰ってこなかったら……そん時は覚悟しとけよ? マジで灰にし……いや、なんでもねぇ』という脅しも頂戴している。

子ども達三人の安全も心配だが、何よりも自分達の命がこのままでは危ない。焦りもすれば、地下水路を進む足も速くなるというものであった。

「それにしても」

「何? ギン姉?」

「分かってはいたけど、凄まじいなって思って」

「ああ、コレですね」

狭い通路のあちこちに散らばっているガジェットの残骸。それらを踏み越えながら、ティアナはギンガが何を言いたいのか察して納得し、一つ吐息を零す。

粉々に粉砕されバラバラになった残骸のほとんどが、高熱で融かされたものもあれば、真っ黒に炭化しているものもあるし、鋭い刃物で切り裂かれたような断面を残しているものもある。

全て子ども達が此処で戦闘したという証だ。原形を留めている残骸を探すのが難しいという時点で、破壊力にどれだけ重きを置いた戦い方なのか想像出来た。

というよりも、まるで激しい感情を叩きつけた痕のようにも見えてしまう。

「……エリオ」

不安げなティアナの声。



――『僕は、プロジェクトFATEによって生み出された特殊クローンです』



かつてエリオがティアナに語った言葉が脳裏に過ぎる。

あの時はあまり気にしてる様子ではなかった。だが、今はどうだろうか?

人造魔導師。

保護した少女は、人造魔導師計画に類するものによって生み出されたのではないか、という話だ。

自分達より年下の、まだ子どもと言っても差し支えない年齢なのに、自分達を遥かに凌駕する戦闘能力を持つエリオ。そんな彼は、今どんな気持ちで戦場に立っているのだろうか?

ティアナには想像すら出来なかった。

(今のエリオの心境を理解出来るのは、似たような生まれをした人達だけなんだろうな、きっと)

チラリと、両隣を走るナカジマ姉妹を見てから、頭の中でソルの顔を思い浮かべる。

戦闘機人として生まれたスバルとギンガ。人造魔導師として疑いがあり、未だにその出生が明かされていないソル。

このことに気付くと……何だろう、なんだか悔しくなってきた。

自分には理解出来ないことを理解している人達に嫉妬を抱いている訳では無い。エリオのことを理解してあげられないことが、悔しいのだ。

(あ、そっか。アタシ――)

もっとエリオのことが、知りたい。彼と色々な話をしたい。

エリオだけじゃない。ツヴァイやキャロは勿論、ソルやなのは達のことも今まで以上に知りたい。彼らともっと仲良くなりたい。

上司と部下の関係とか、仕事の仲間とかそういうものを抜きにして。

いつ以来だろう。こんなにも自分から積極的に誰かと親しくなりたいと思うのは。凄く久しぶりなことかもしれないし、もしかしたら初めてかもしれない。

(その為にも、早くエリオ達を連れ戻さなきゃ)

気合を入れ直し、先を急ぐ。





スバルとギンガのローラーブーツが路面を走行する音と、ティアナが自分の足で走る足音以外、音がしない地下水路。

だが、突然三人のデバイスコアが同時に瞬く。付近にて動体反応を感知した。

ガジェットか?

このまま進めば視界の先にある十字路で動体反応とぶつかることになるらしい。どうやらこちらからでは死角となっている右手の角の向こう側からやって来るようだ。

「こんな場所でもたついていられない。出会い頭に大きいのかまして一気に潰すわよ。3、2、1で」

「はい」

「了解」

左手に装着したリボルバーナックルを唸らせてギンガが言うと、ティアナとスバルは頷きそれぞれカートリッジをロード。

「3」

速度を上げるスバルとギンガは十字路までの距離を猛スピードで縮めながら拳を振りかぶり、ティアナは自身の周囲に魔力弾を大量に生成し、タイミングを計る。

「2」

二人のリボルバーナックルからキィィィィンッという高音が発せられた。高まる魔力がナックルスピナーを高速回転させ、破壊力を底上げしているのだ。

「1」

右手の角から敵らしき三つの影が見えた瞬間、ティアナはその内の一つ向かってクロスミラージュの引き金を引き、ギンガは跳躍し、スバルはそのまま走り、残り二つの影にそれぞれ襲い掛かった。

完璧なタイミングでの奇襲。ガジェットであれば間違いなく瞬殺しているだろう。

しかし――










「この程度の奇襲など予測済みだ、タイプゼロファースト!!」

ギンガが攻撃しようとしていた影は、そう叫びながらギンガに向かって両手に持っていた六本のナイフを投擲。

「!? 戦闘機人チンク!!」

驚愕もほんの一瞬だけ、次の瞬間には怒りに塗れた声で敵の名を口にし、振り上げた拳を突き出し防御魔法を展開。展開された障壁で飛来するナイフを防ぐと共に、ナイフが爆発する前に障壁を足場にして蹴り、大きく飛び退る。

刹那、障壁に刺さっていたナイフの柄に黄色いテンプレートが浮かび上がり爆発した。

スバルが振り抜いた拳を右足の裏――正確にはローラーブーツのようなデバイスのタイヤ部分――で受け止めているスバルと瓜二つの赤髪金瞳の少女。

「わ、私!?」

「覚えとけ旧式、アタシはノーヴェってんだ!!!」

「えっ? キャアアアアアッ!!」

足の力は腕の約三倍。いくらスバルが馬鹿力を持っていても、似たようなコンセプトで作られた”姉妹機”の蹴りに対して拳による真っ向勝負では分が悪かった。パワー負けして弾き飛ばされ地下水路の路面に背中を強か打ちつけそうになるが、なんとか受身には成功する。

「ラッキー!! ”背徳の炎”の内の誰かかと思いきやタイプゼロファーストとセカンド、ついでにオマケのオレンジ頭。初戦闘で死ななくて済んだっス!!」

喜色満面でそんなことを言いながら、手にした巨大な盾でティアナの魔弾の群れを全て余裕で防いで見せる赤髪の少女は、桜色の瞳を片方だけ瞑って悪戯っ子っぽくウインクした。

「こんな時に、戦闘機人……!!」

眉を顰めたティアナが忌々しそうに呟く。

ギンガとチンクが、スバルとノーヴェが、ティアナとウェンディが地下水路の十字路で互いに睨み合う。

最初に沈黙を破り口火を切ったのはチンクであった。

「……ユーノ・スクライアはどうした?」

「何ですって?」

いきなりの問いに訝しんで聞き返すギンガ。

「ユーノ・スクライアはどうしたと聞いているんだ。どうせお前達のお守りで近くに居るんだろう? 出すならさっさと出せ。あの時の決着をつけてやる」

「チ、チンク姉? わざわざ厄介な奴呼ぶように言わなくてもいいじゃないっスか?」

血迷ったかのような姉の言動にウェンディが戸惑う。

あの時――リニアレールでの一件でユーノがギンガを庇って大怪我したことを思い出し、ギンガは全身から怒りを漲らせて拳を構えた。

「ユーノさんなら此処には居ないわ。居たとしても、貴方になんかあの人は指一本も触れさせない」

ガシュッガシュッ、とカートリッジを二発ロードしていつでも突撃出来るようにする。

「そうか、つまらん」

怒り心頭のギンガとは対照的に、チンクはやけに醒めた感じで眼を細め、妹達に指示を飛ばす。

「当初の予定通り、ルーテシアお嬢様のフォローに回るぞ」

「こいつらは?」

自分と同じ顔をしたスバルを睨んだままノーヴェが問う。

「捨て置け」

「でも、オレンジ頭はともかくタイプゼロっスよね? 捕獲しなくていいんスか?」

ウェンディの疑問にチンクは肩を竦めて冷笑した。

「タイプゼロとはいえ、既にドクターの興味の範囲外の存在だ。生かして捕らえたところでメリットなど乏しい……”背徳の炎”の内の誰かであれば、ドラゴンインストールを解析する為に連れ帰ってもよかったが」

「チンク姉、それって死ぬ程難しいと思う。つーか普通に返り討ちにあって死ぬ、殺される」

苦虫を噛み潰したような顔で思わず口を挟むノーヴェ。

そんな三人の戦闘機人のやり取りに、気になることがあったのかスバルが首を傾げる。

「ドラゴン、インストール?」

「あれ? 知らないっスか? ソルが本気になると使うやつっスよ。全身の細胞がリンカーコアとしての役目を果たすっていう反則級の力を発揮するアレ。騎士ヴィータも使えたことから、”背徳の炎”は全員がソルの力をインストールされてるっていうのがドクターの見解で……あれ? もしかして本当に知らない?」

何のことを言われているのかさっぱり分かっていないティアナ達のリアクションに、もしかしてアタシって余計なこと言ったっスかねぇ? と頭の上に疑問符を浮かべるウェンディにノーヴェが「知るかよ、つーかなんでアタシらが知ってることをこいつらが知らねーんだよ」とお手上げのポーズを返す。

「何よそれ、どういうことよ? ドラゴンインストール? 全身の細胞がリンカーコアとしての役目を果たす? ソルさんが?」

信じられない、というティアナの震えた声が地下水路に静かに響く。

「そんなこと、あり得る訳が――」

無い、と言い切ろうとしてギンガは自ら口を閉ざす。

リンカーコアは一人の魔導師につき一つしか持ち得ない。これは次元世界中での常識だ。だが、もしこの常識を覆すことが出来れば?

ソルは自分達戦闘機人と同じ生体兵器だ。これは間違いない。しかし、”背徳の炎”の面子は誰一人として彼の出生に関しては何も教えてくれなかった。そして、今のウェンディが語った『”背徳の炎”は全員がソルの力をインストールされてる』というのが本当であるのなら、誰も教えてくれなかったことに納得がいく。

違法研究に類する人工的処置によって、後天的に細胞や肉体組織にリンカーコアと同じ役目を果たすことが可能となれば、そんな技術、たとえ違法だろうと実在するのであれば次元世界中に広まって――

そこまで考えて、気付く。

(……だからソルさんは教えてくれなかった、教える訳にはいかなかったんだ!!)

自分でも意識しないまま、ギンガは口を右手で覆い、一歩後ずさっていた。

「その反応……ドラゴンインストールについては本当に何も知らなかったようだな」

心から意外そうにしているチンクに対し、ますます眼つきを険しくさせるティアナ達。

「アンタ達に、あの人達の何が分かるって言うの?」

苛立ちに震えるような低い声でティアナがチンクに銃口を向ける。自分達が知らないソル達を敵が知っていることに少なからずショックを受けていた。これでも他の者達よりは彼らのことを理解しているという自負があっただけに。

「我々も”背徳の炎”について多くを知っている訳では無い」

肩を竦めてそう言うチンクの態度は、酷く機械的で感情というものが窺えない。押し隠しているだけなのだろうが、先程ユーノのことを問い詰めた時の方が余程感情的で人間らしかった。

そのことに若干の違和感を覚えつつ、黙って話を聞く。

「強いて言えば、ソル=バッドガイが究極の人造魔導師にして生体兵器であり、奴こそがドクターの目指す人工生命体の理想像であるということだけだな」

チンクがそう言い終えた瞬間、



――轟!!



攻撃的な魔力の波動と共に雷鳴が地下水路を迸る。

敵を眼の前にしていながら、その場に居た全員が全く同時のタイミングで同じ方向に首を巡らした。それ程までに知覚した反応は苛烈なものであったからだ。

「「「エリオッ!?」」」

慣れ親しんだ魔力の持ち主の身を案じるスバル、ギンガ、ティアナ。

「F計画の少年か!!」

「ルーお嬢様!?」

「ちっ」

魔力反応から誰の仕業か一発で悟るチンク、ルーテシア一行を心配するウェンディ、面倒臭いことになったと舌打ちするノーヴェ。

ティアナ達としては今すぐにでもエリオ達と合流し、三人を連れ帰りたい。

チンク達としては眼の前の三人を無視してルーテシアのフォローに向かわなければならない。

再び互いを睨み合う。

そして考えることは同じだった。

こいつらを叩かない限り、先には進めない、と。



――だったら、力ずくで押し通る!!



「邪魔だ、タイプゼロファースト!!」

「邪魔は貴方達の方よ!!」

投擲する為にナイフを構えたチンクに、そうはさせんとばかりにギンガが突撃する。



HEAVEN or HELL



「引っ込んでろよ旧式!!」

「それはこっちの台詞!!」

ノーヴェとスバルが真正面から相手に向かって突っ込みハイキックを繰り出す。

ローラーブーツ同士が空中で激突し、衝撃が生まれ火花が発生し視界が明滅する。



DUEL



「雑魚に構ってる余裕は無いっスから、尻尾巻いて逃げてくれるとありがたいんスけどね~」

「あんま人のこと舐めてると後悔するわよ、戦闘機人」

先端が砲門となっている巨大な盾『ライディングボード』をティアナに向けて桜色のエネルギーを集束させるノーヴェに対し、ティアナは躊躇無くクロスミラージュの引き金を引く。



Let`s Rock



薄暗い地下水路にて、二つの戦いが始まる。

























後書き


最近、ニコニコ動画で格ゲーの相殺ムービーを見て「おおうスゲー!!」と興奮しております。コンボムービーは腐る程見てきたけど、相殺ムービー自体あまり見たことがなかったので。

カプコンから出たFateの格ゲーで原作再現してるやつとか、世紀末スポーツアクげふんげふん、北斗のやつとか凄い好きなんですが、やはりギルティ好きの私としてはギルティの相殺ムービーばかり見てしまう。

水樹奈々さんの曲に合わせてソルとカイが相殺合戦、しかも開幕再現なんてしてくれるとテンションゲージが振り切れる!!

見たことない人は、是非一度ニコニコ動画で『相殺ムービー』と検索してみましょう。面白いし、ギルティってこんなに相殺できるんだ、と思えます。



あ、ちなみにこの作品のエリオのライトニングジャベリンは、オリジナルと違って壁バウンドではなく壁貼り付きダウンです。

ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat23 The Irony Of Chaste PATH A
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/06/03 01:03


廃棄区画を駆け抜けるクイントの姿は、既にデバイスを展開しておりバリアジャケットを纏っていた。

数年前にソルに制作してもらったローラーブーツ型のデバイス『エンガルファー』とリボルバーナックルの後継機『ファイアーホイール』。クイント本人は知らないがこの二つのデバイスは、クイーンやレイジングハートなどといった”背徳の炎”連中が持つデバイスと同じ『神器の機能』を有している。その代わり、近年のデバイスではよく見られるカートリッジシステムが無い。

圧縮した魔力を込めたカートリッジをロードすることで瞬時に爆発的な魔力を得るカートリッジシステムは、魔力を補填もしくは魔力総量を底上げすることが可能な反面、急激に増えた魔力を上手い具合にコントロールする必要がある。また、現在では技術進歩のおかげで術者やデバイスへの負荷はそれなりに減ったが、やはり少なからず負荷は存在し、扱い難いという意見は未だにあり、過剰なカートリッジロードは負荷を増大させる危険行為なので、このシステムを使用する上での注意事項はかなり多い。誰でも使える、という訳では無いが術者に要求される適性のようなものはそこまで高くないので、ミッド式や近代・古代ベルカ式問わず割と多くの者に広がっている。

それとは違い、『神器の機能』は発動した魔法を増幅させる、という至ってシンプルなものであり、扱いとしてはカートリッジシステムより遥かに簡単だ。おまけに、デバイスや術者に掛かる負荷というのは無いに等しく、使い勝手も抜群。ローリスク、否、ノーリスクでありながらハイリターンを望める、そして更に省エネ仕様という素晴らしい機能だ。

しかし、この神器の機能を搭載したデバイスはどういう訳か使い手を選ぶ。使い手に求められる適性、つまり魔導師としての純然たる実力がデバイスに相応しいか否かを。実力を持たぬ者がいくら頑張ってもうんともすんとも言わない、かなり捻くれたデバイスになってしまう。

元々この機能のオリジナル、法力を増幅する『神器』を完璧に使いこなせる者がかなり限定されていたのが、神器の機能を持つデバイスが使い手を選ぶ一因であった。

神器の使い手になる際、術者に要求される実力は管理局で言う魔導師ランクAAA以上が最低ラインで、更に付け加えれば神器と術者、双方の属性による相性問題をクリアする必要があった。そもそも神器はソルが聖戦初期に対ギア兵器として制作した”アウトレイジ”のポテンシャルを八つに分割することによって初めてどうにかこうにか人間にも扱えるようになった、という代物。むしろ神器を使いこなせる術者の方が人間の中で稀有な存在であり、神器の持ち主は良く言えば『天才』、悪く言えば『化け物』だ。

おまけに、神器はそれ自体が世界に八つしか存在せず、複製や量産がされなかった事実はそれが不可能であることを意味し、同時に神器を超える武器が現在でも存在しないことを如実に語っている。

で、そんなオリジナルの神器のノウハウを活かして生み出されたデバイスに関して制作者側から言わせれば「普通の人間に使いこなせないのは当たり前」の一言で終わってしまうのはあまりにも馬鹿らしい。それ故に、オリジナルよりも幾分か低いレベルに見積もって制作されたが、如何せん敷居が高過ぎて『普通の魔導師お断り』なのは相変わらず。

とは言え、そんな我侭なデバイスを何の支障も無く使っているのは、ひとえに彼女がそれを持つのに相応しい人物であっただけのこと。

だが、神器やデバイスに関する難しい話などクイントにはどうでもよかった。そもそも最初から何一つ聞かされぬままソルにもらっただけで、本当に何も知らない。ただ彼女の中ではっきりしていることは、与えられたこの力の使い時が今だということだけ。

(……メガーヌ……ゼスト隊長……)

胸中を占めるのは亡くしてしまったと思っていた親友と尊敬する上司。

今までどうしていたの?

なんで、無事だったなら帰ってこないの?

どうしてスカリエッティ側に居るの?

いくつもの疑問が浮かび上がっては消えていく。

とにかく会って話がしたい。事情があるのなら聞かせて欲しい。もし、優秀な管理局員だった二人が管理局を離反しなくてはならない理由があるのなら――

(なら、って……もしそうだとしたら、私はどうするの?)

もしもの話を考え始めると、分からない。答えが出ない。どうすればいいのだろうか?

自分は二人を取り戻したい。けれど、二人の為に全てを投げ出すことは出来ない。

大切な家族が自分には居る。ゲンヤが、ギンガが、スバルが居る。自分を含めて全員が管理局員で、管理局の下で働き生活を営んでいる。その根底を覆すことなど、どうして出来ようか。

腹の底にもやもやと不快な感じがする、明確に言葉で表すことが出来ない何かを抱えたまま、人っ子一人居ない廃棄区画を進む。

辺りは静かだ。音らしい音といえば、エンガルファーが路面を抉るようにして走行する音と、自身が前に進む時にする風切り音のみ。

反応らしい反応もまだ無い。ガジェットも現れない。他の場所では既に戦闘が始まっているらしいのだが、まるでクイントだけが知らずの内に誰一人として存在しない世界に放り込まれたかのように。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat23 The Irony Of Chaste PATH A










「クイント」

「っ!!」

それは不意に聞こえた、自身を呼ぶ声。小さな声ではあったが、確かに鼓膜が捉えた空気の振動。

忘れる筈もない、親友の声だ。

慌てて急停止し、声がした方向に身体を向き直す。

そして、彼女はそこに居た。

距離にして20メートルあるかないか、ヒビが走る車線の中央に、長い紫の髪を風で遊ばせている妙齢の女性が、昔と何一つ変わらないたおやかな笑みを浮かべて立っていた。

「……メガーヌ、なの?」

眼を瞠り震えた声で問うクイント。

「ええ、幽霊ではないわ。ちゃんと生きてるし、足もある」

答えたメガーヌは自分の足を指し示しながらクスクスと笑みを深めた。

「あ、あ」

涙腺が緩み、溢れ出てくる涙で視界がぼやけてくる。親友が生きていたことが嬉しくて嬉しくて、頬を伝う涙は止まることを知らない。

「会い、たかった、もう二度と会えないって、思ってた」

今すぐにでも駆け寄って抱き締めたいのに、気持ちに反して身体は上手く動いてくれずフラフラと夢遊病患者のように歩くのが精一杯。

あと3メートル、という距離まで近付いて、メガーヌの周囲に四角い魔法陣が彼女を取り囲むように展開され、そこから数機のガジェットが召喚される。

「――っ!?」

声にならない悲鳴を上げたその時、四肢が紫色のバインドで拘束されてしまう。

「メ、メガーヌ!?」

どうして彼女がガジェットを召喚し、自分にこんなことをするのか理解出来ない、というより理解したくないクイントの抗議を無視し、メガーヌは嘲笑した。

「こんなにあっさり捕まえれるなんて。クイント、あなたってとんだ甘ちゃんね……反吐が出るわ」

更に侮蔑の視線を向けられて、クイントはますます困惑する。

「でもその表情は良いわ。信じていた者に裏切られたと自覚した、絶望に染まり切った顔。ゾクゾクする」

また一つ魔法陣が展開され、今度はガジェットではなく巨大なムカデが召喚された。ギチギチと身体の節々から不快な音を鳴らし、その巨躯をのたくらせてメガーヌの隣に控え、クイントに喰らいつけという命令が下されるのを待つ。

「けどね、それじゃ足らないの。私が味わった絶望はその程度じゃないから、あなたにはもっともっと絶望を上げるわ」



――例えば眼の前で大切な家族が殺されるとかになったら、どれ程素敵な顔をしてくれるのかしら?



そんなことを平気で言うメガーヌの心の声が聞こえた気がして、クイントは大きく眼を見開き、奥歯が砕けんばかりに強く噛み締め、全力でバインドの拘束から逃れようとした。

己の迂闊さを呪う。ソルにメガーヌとゼストは洗脳されている可能性があると以前言われたではないか。それを忘れて何も考えず不用意に近付くなど愚の骨頂だ。

頭の中で残っていた、もしかしたら、という甘い考えに縋った結果がこれ。

もう致命的に遅過ぎるがスイッチを切り替えろ。眼前に居るのはメガーヌであってメガーヌではない。倒すべき敵だ。昔の彼女を取り戻したいのであれば、今の彼女に打ち勝つしかない。

「メガーヌ……!!」

「無駄よ。いくらあなたの馬鹿力でもガジェットのAMF下でまともな魔力行使が出来る訳無いじゃない。忘れたの? だからこそ私達は『こうなった』んでしょ?」

皮肉が胸を貫く。

「そうね、そうかもしれない……でも」

侮蔑から呆れに変わった眼差しを受け、当時の戦闘機人事件を思い出し、表情を歪めるクイントであったが、

「でもねメガーヌ……あなた、一つ思い違いしてるわ」

強い意志を灯した瞳で真正面から見つめ返す。



「私が、私があの時のままだと思ったら大間違いよっ! ファイアーホイール、エンガルファー!!!」



<Right away!>

咆哮に応えたファイアーホイールがナックルスピナーを高速回転させ、

<ASAP>

エンガルファーのローラー部分が唸りを上げた。

魔法が増幅されていく。増幅は増幅を呼び、増幅されればされる程魔法は高まり、重なり、積み上げられ、留まることを知らず、更なる増幅を加え、連鎖となって渦巻いていく。

そして、クイントは力ずくでバインドを引き千切る。

驚いたメガーヌが後方に跳躍し、距離を取りながら巨大ムカデにクイントを攻撃するように命を下す。

キシャァァァァァッ、と歓喜の雄叫びにも似た鳴き声と共にムカデがクイントを丸呑みしようとして、

「フンッ!!」

強烈な右フックをもらって吹っ飛び、その巨体でガードレールや街灯を粉砕してから漸く動きを止め、ピクピクと痙攣した。

<<GO GO GO!!!>>

真正面から突撃をかます。一番近くに居たガジェットを蹴り飛ばし一撃で粉砕し、そのまま流れる動作で拳を突き出し、振り抜く。

「リボルバーシュートッ!!」

拳から発生した衝撃波が竜巻となって前方に位置するガジェット全てを紙切れのようにバラバラにし、ただの金属片へと変える。

ゆっくりと構え直すクイントをメガーヌが忌々しそうに睨む。

「メガーヌ、私はあなたを取り戻すわ」

それに対して、クイントは拳を向けて宣言した。

「あなただけじゃない。ゼスト隊長も、ルーテシアちゃんも、皆纏めて取り戻してみせる」

メガーヌだけに向けられた宣言ではなかった。ゼストとルーテシア、そして何より自分自身に対して向けられた誓いである。

「私はあなたが憎いわ、クイント」

憎悪が滲み出る声に、クイントは若干視線を下げた。

「あなたはあの時、自分一人だけ助かった。私もゼスト隊長も見捨てて、自分だけソル=バッドガイに助けてもらった」

「……」

「それだけならまだ許せた。でもあなたは、ルーテシアすら助けてくれなかった!! 信じてたのに!! せめてあの娘は助けてくれるって信じてたのに!!」

血を吐くようなメガーヌの非難の声は、悲痛な訴えがあるからこそクイントの心に突き刺さる。

「……言い訳はしないわ。確かに私はあの時自分だけソルに助けてもらった。ソルも、私一人を助けるだけで精一杯だったみたいだし、結局ルーテシアちゃんも助けることが出来なかった」

「だったら――」

膨大な魔力が吹き荒れ、大量の四角い魔法陣が展開され、そこからガジェットや召喚虫が姿を現す。

レリックウェポンとしての本領を発揮し始めたようだ。

「だったら死んで私に詫びて、クイント」

「ごめんなさい、それは出来ないわ」

下げていた視線を戻し、小さく首を振ると、困ったように笑って言う。

「だって、私が死んだら取り戻したことにならないじゃない」

「……」

互いが互いに睨み合っていると、少し離れた場所から高速でこちらに飛来してくる二つの大きな魔力反応があった。

ますます眼つきを厳しくさせるメガーヌとは対照的に、クイントは小さく「来たわね」と呟く。

そして、二つの魔力反応それぞれが紫と白の魔力光を従えて、クイントの両隣に降り立ち、名乗る。

「”背徳の炎”、烈火の将シグナム、助勢します」

「同じく”背徳の炎”、盾の守護獣ザフィーラ、此処に推参」

ソルからクイントのフォローを頼まれたシグナムと人間形態のザフィーラ。シグナムは剣を正眼に、ザフィーラは拳を構えて。

「私、皆を取り戻す為なら出し惜しみしないわよ」

言いながらクイントが浮かべた笑顔は、決意と覚悟を固めたものだった。










真下に広がる廃棄区画の街並みは、なんだか見ていて物悲しい気持ちになってくる。

かつてはたくさんの人々で賑わった建築群。現在では人々に見捨てられ、本格的に取り壊しが決定されるまで朽ちるのを待つのみ。

人が居ない街など、街として死んでいる。眼下に映る光景は人間が繁栄の過程で作り出し、使うだけ使ってそのまま放置した死骸も同然だった。

感傷的かつ皮肉なことを考えながら、なのはは疲れたように溜息を吐く。

「レイジングハート」

抑揚の乏しい口調で愛機の名を呼ぶ。

構えたレイジングハートの穂先から発射される桜色の閃光がガジェットの群れを貫き、爆散させる。

「次」

やはり感情が篭らない低い声で魔槍を操りながら、数えるのも億劫になる程の魔弾を生成し、発射。群がってくるガジェットを一掃した。

そんな風にして与えられた仕事を淡々とこなす機械と化していたなのはは、次の掃除の為に此処から一番近い群れを始末しようと前に進もうとして――

「あ、れ?」



突然、世界が真紅に染め上げられていることに気付き、呆然としてしまう。



視界の中は全てが赤だった。上も下も、右も左も、前も後ろも全てが赤。先程まで存在していた筈の朽ちた建築物やガジェットの群れはおろか、空や大地というものすら存在しない。

そこには何も無かった。ただひたすらに真紅。

まるで血の池に放り込まれ、その中で眼を開けているかのように全てが赤い。

いきなり現状が把握出来ない事態に陥って、パニックになりかける頭を鍛え上げた鉄の精神で必死に宥め、深呼吸を一つしてから改めて周囲を見渡す。

今の今まで廃棄区画の上空でガジェットの掃除をしていた筈なのに、気が付けばこの真紅の世界に居た。

意味が分からないし訳も分からない。

「……レイジングハート?」

どういうことなのか聞こうと愛機に声を掛け、愕然とする。

両手で握っていた筈の槍型デバイスが、そこには無かった。

流石にこれには慌てた。何故なら、なのはが戦闘中にレイジングハートを手放すことなどあり得ないし、レイジングハートが自らなのはの傍を離れることなどあり得ないからだ。

「どうして!? ど、何処に行っちゃったの!!」

慌てて愛機を探そうとして、この時点になって初めて気付く。

自身の姿だ。バリアジャケットを纏っていないどころか、いつもの仕事着である黒いスーツですらない。それどころからシャツや下着すら身につけていない。

生まれたままの姿、つまり全裸、スッポンポンだった。やけに解放的な感じがすると思ったら……ついでに言えば髪留めのリボンすら無いので、髪も下ろした状態だ。

「何これ!!!」

現状に対して半ばキレながら叫び、大事な所とかを隠し身を縮めるように屈み込む。

一体どうしてこんなことになっているのか分からない。何がどういう経緯でこのような結果が導き出されたのか知りたかった。

知らない内に敵の罠に嵌った? 幻術の類か? 考えられる可能性としてはそうだろうが、何か違う気がする。敵の罠にしては違和感があった。この違和感が何なのか理解は出来ないが、なのはは本能的にこれが人為的なものではないと判断する。それは本能的な勘という根拠の無いものであるが、今は勘を信じてみることに決める。

混乱する頭を抱えて現状を打破する為に思考に耽っていると、不意に背後で何かの気配が。

ゆっくりと振り向いて、再びなのはは驚愕した。

視線の先にあるのは、『物』と呼んでいいのか『建築物』と呼んでいいのか判別に困る、二階建ての一軒家に匹敵する、否、それよりも大きい巨大なオブジェ。つい先程、周囲を見渡した時には何も無かったのに、音も無く唐突に現れたそれは威風堂々たる佇まいで、まるでなのはを見下ろしているかのような貫禄さえある。

まず目に付くのが一本の柱。それは柱というよりも幅が広くて大きな剣に見える。地面――空も大地も無い此処で地面という表現は間違っているかもしれないが――から天に向かって真っ直ぐ生えた赤い刀身の剣。切っ先が四角くなっており尖っておらず、根元から切っ先まで刃の部分だけが白く鋼の光を鈍く反射していた。

柱とも剣ともつかないそれの両脇には、大小様々な歯車が支えるようにそれぞれある。大人の背丈よりも大きな直径を持つ歯車と、人の半分くらいの中くらいの歯車、子どもくらいの小さい歯車、それらが綺麗に左右対称に並びつつ噛み合ってゆっくり回っている。

歯車を挟むようにして、ジッポライターのチムニー(インサイドユニットの上部にある防風ガードのこと。片側8個の全部で16の通気口があるやつ)のようなものが二つ備え付けられており、先端が外側、斜め上に向いている。

そして、巨大な歯車に挟まれるようにして赤い台座が置かれ、その台座の上に人の形を模した彫刻のようなものが『居た』。

爪先から頭まで全身が黒い、ヒトガタ。人の形に似せてあるが、あくまで人の形を模した物だ。

しかし、なのははそのヒトガタを見て、何故か胸が締め付けられるような切なさを味わう。



ヒトガタは台座の上で両膝をつき、跪いている。

両手首は左右の噛み合っている歯車の中心に囚われていて、ヒトガタが腕を動かせないように、逃げ出せないように拘束していた。

まるで懺悔するように、許しを乞うかのように項垂れている頭。

その格好は、中世ヨーロッパにおけるギロチンが開発される前の、斬首の刑に処される罪人みたいだ。



このオブジェが一体何なのか分からない。ただ、危険が無いことだけは容易に察することが出来た。これも本能的にそう理解しただけなので、根拠なんて何一つ無い。

だが確信は出来る。

危険は絶対に無い、と。

「……」

緊張しながらゴクリと生唾を飲み込んで、恐る恐る歩み寄る。

何だろう、この感覚は?

眼の前のヒトガタに無性に惹きつけられる。相変わらずこれが何なのか、何の為に、どうしてこんな場所に存在しているのか分からないが、さながら闇の中の誘蛾灯の如き吸引力を以ってなのはを魅了した。

次第に胸の奥が、否、全身が熱くなってくる。

ドクンと一際大きく心臓が跳ねた。これに触れたい、という湧き上がってきた衝動は本能的なもので、それは理性を失いかねない程の強さがあり、だからこそ彼女は足を動かす。

あっ、となのははそこで気付く。

自分はこの感覚を知っている、覚えがある、と。普段の生活の中で何度か体験したことがあった筈だ。

いつ、何の時だっただろうか? 熱に浮かされた頭は上手く記憶を引っ張り出してくれない。既に思考が妙な感覚の所為で鈍磨していたので、思い出せないなぁとぼんやりしながら更にヒトガタに近付いた。

台座の前に到着し、ヒトガタの頭に触れようとゆっくり手を伸ばし――



「っ!?」

視界が一瞬にして元の世界へと戻った。

青い空の中に佇むように浮かぶ自分。眼下に広がる廃棄区画、上空の白い雲、視界の奥の方からこちらに向かってくるガジェットの群れ。

手にはレイジングハート。身体は白を基調としたバリアジャケットを纏っていた。自身の周囲には桜色のスフィアがいくつも浮かび、術者の命令を今か今かと待ちわびている。

あの真紅の世界も、謎のヒトガタとオブジェも無い。まるで初めからそんなものなど存在しなかったとでも言うように。

今眼にした光景は、幻覚だったのか?

白昼夢のように朧気でありながら、なのはには先程のアレが幻の類だとは到底思えなかった。

「レイジングハート」

<はい?>

「私、今、意識飛んでた」

<突然何を言い出すんですか?>

魔弾を操りながら事情を説明すると、レイジングハートがあからさまに呆れたような口調で返す。

<寝言は寝てからにしてください。今は仕事中なんですよ>

「酷いよレイジングハート!! こっちは真面目に話してるのに!!」

<真面目と言われても……気が付けば真っ赤な世界でスッポンポン、変てこりんな謎のオブジェを見て興奮する幻覚など、それは最早立派な病気です。シャマルに診てもらいますよ?>

「……くっ」

愛機の言うことはもっともで、これ以上無い正論だった。反論出来ない。なのはだって、例えばの話フェイトとかがこんなことを急に言い始めたらシャマルに頭を診てもらうように勧めるだろう。

<マスター、悪いことは言いません、今日のこれが片付いたら暫くの間は仕事も訓練も休んでゆっくりしましょう。その間に健康診断なり精密検査なり受けて、異常が見当たらなければソル様とお二人だけで旅行にでも行ってください。そうすればきっと疲れなど次元の彼方へと吹っ飛んで、今のような妄言などしなくなります>

すっかり病人扱いだ。少し腹が立ったので無言のままデバイスコアに拳骨を振り下ろした。

<いつの頃からでしょう……マスターの私に対する扱いがソル様と同じになってきたのは……>

何やら悲しげに感慨に耽るレイジングハートの言葉を聞き流し、溜息を吐いてからもう一度確認するように首を巡らして、今自分が『居る』世界を見渡す。

やはり異常は無い。昼間でも肉眼で近くの惑星を確認することが可能なミッドチルダの空だ。青い空は何処までも続き、その中を白い雲と輝く太陽がアクセントを加えている。

本当に何だったのだろうか、あの真紅の世界と、謎のオブジェと黒いヒトガタは?

幻覚にしては妙に気になる。夢だ幻だ疲れてるんだと切って捨て置けないが、一応レイジングハートが言うように精密検査を受けてから休暇でも取ろうか。

そんな風に考えていると、身を刺すような殺気と敵意を感じたので反射的に身構えた。

高速でこちらに向かってくるそれを、なのはは知っている。

この時点で彼女は頭の中から先程の白昼夢を思考の片隅に追いやった。

「私を覚えているか、高町なのは?」

真正面に位置取る形で急停止したそいつは、開口一番にそう言って明確な殺意を飛ばしてきた。

「……戦闘機人のNO,3、トーレ」

面倒臭い奴が出てきた、と言わんばかりになのはは舌打ちをし、槍の穂先を彼女へと向ける。

「今度は負けん。貴様に勝つ」

「鬱陶しい」

リベンジを誓う眼差しを受け、付き合いきれないと思いながら吐き捨てるなのはは、そこで初めてトーレの右腕に気付く。

以前のアグスタでの戦闘で、スターライトブレイカーを回避する為に自ら切断した筈の右腕が存在していた。黒い包帯で指先から肘まで覆い尽くすように。

相手は戦闘機人だ。肉体の一部を機械部品と同じ感覚で交換出来るのだろう。大方、新しい腕でも作ってくっ付けたに違いない。

そう思っていた。この瞬間までは。

「私は力を手に入れた。貴様ら”背徳の炎”を倒す為に」

言って、トーレは右腕を覆っている黒い包帯を引き千切るようにして外す。

そこに存在していたのは、青く着色した蝋のような右腕だった。いや、それは最早蝋で構成された腕というか、腕の形をした蝋を無理やりくっ付けたかのようなもので、見ていて眉を顰めざるを得ない代物である。

「何、それ?」

てっきりマシンアームのようなものが出てくると予想していただけに、若干戸惑いながら訝しげに問う破目に。

「貴様がよく知っている筈のものだ」

ククク、と喉を鳴らすトーレが力を解放したのか、右腕が青色に淡く輝き始めた。

そしてトーレが言う通り、確かにその力の波動はなのはが知っているものだった。だが、同時に外れて欲しいものであったのは事実だ。

「この感覚……まさか!?」

<ジェエルシード!? まさかソル様が仰っていたように、本当にジュエルシードを身体に移植する輩が存在していただなんて!!>

眼を剥くなのはに、なんて愚かなと咎めるようなレイジングハート。

「さあ、起動しろジュエルシード!! 私の『願い』を叶えてみせろ!! 高町なのはを倒す為の力を私に寄越せ!!!」

振りかざした拳、否、右腕全体が輝き美しい光を周囲に放つ。それに合わせて空間それ自体が振動する、青い石の力が世界に自身の存在を主張するように大きく膨れ上がっていく。

……どうやらある程度のレベルまでジュエルシードを己の制御下に置いているらしい。

頭の冷静な部分で厄介だと考えながらも、なのはは心の別の部分では全く別のことを考えている。

ジュエルシードを我が物顔で見せびらかすように高笑いしているトーレを、どうやって粉微塵にしてやろうか、と。

なのはにとって、あの青い石は全ての始まりであり、切欠だった。

ユーノと出会い、レイジングハートを手にし、ソルが法力使いであると知り、フェイトとぶつかり合った、今の自分を構成している原初に当たるであろう存在だ。

それを、眼の前の戦闘機人が、新しいオモチャを与えられてはしゃぐ子どものような態度で自慢げに振るっている。

大切な思い出を酷く穢されたような気分を味わう。

不快だ、胸糞悪い、腸が煮えくり返ってくる、今すぐにでも眼の前で勘違いしている馬鹿を消し炭に変えてしまいたい。

その青い石は誰かが手にしていい物じゃない。眼の前のこいつがジュエルシードを持っているのは間違っている。所有権の有無など関係無く、あの青い石は『誰のものでもない』のだから。

故に、トーレのことが許せない。

許せないからこそ、全力で、

「潰す……!!」

トーレを倒し、ジュエルシードを回収する。いや、しなければならない。

深く静かにキレながら、なのははトーレを破壊することに思考を費やす。

必ず再起不能にしてやると心に決めて。





[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat23 The Irony Of Chaste PATH B
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/06/25 02:25

三対一、という構図が戦闘で描き出された場合、それを人はどう捉えるだろうか。

戦術的にも戦略的にも戦いは数だと言い張る者も居れば、一対一でないのは卑怯だと言う者も居るだろう。

では『一』の方が自在に数を増やすことが出来るとすれば?

この場合、話の前提である『三対一』という根底の構図が崩れ去る。初めの『三』が持つ数の優位性を覆すのだから。

それこそが召喚師と戦うことを意味していた。

しかし、数で圧倒的に有利な状況を作り出せることが可能な召喚師でも、相手が大多数だろうとものともしない一騎当千の使い手であったのなら、苦戦は必至だ。

現に――

「飛竜、一閃っ!!」

女剣士の操る紫炎が、召喚した虫とガジェットの混成部隊を食い尽くしていく。

「穿て、鋼の軛ぃぃぃぃっ!!」

地面から発生した無数の白銀の杭は、次々と召喚魔法陣を貫き、今まさに召喚されたばかりの者達を葬った。

歯噛みするメガーヌの心は焦りと苛立ちで激しく波立つ。クイント一人だけならまだまともに戦える筈なのに、こちらが召喚した傍から潰していく二人の”背徳の炎”が非常にうざい。

そして、シグナムとザフィーラが作ったメガーヌまでに至る『道』を、クイントが一直線に駆け抜ける。

「メガァァァァァァァァヌゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

まさに蒼い弾丸。高速で放たれるのは速度と体重を合わせた左ストレート。

避けれない。そう確信して咄嗟に防御壁を展開するが、彼女の拳はメガーヌの記憶の中にあるものと比べものにならない程重い。

力ずくでジリジリと押されていく。両足の踵が路面を抉り、冷や汗が頬を伝う。

(なんなのよ、この”力”!?)

紫の防御壁にヒビが入り、次の瞬間には砕けたそれごと吹き飛ばされた。

自ら後方に跳躍することによって威力を半減させ、ダメージを回避しつつ態勢を整える。

何故、何故クイントはレリックウェポンである自分と匹敵するだけのパワーを有している?

本来ならばあり得ない筈だ。ゼスト隊が壊滅する前、地上本部内でエースと呼び声が高かったのは事実で近接戦闘のスペシャリストなのは確かであるが、レリックの力を解放した自分が張る障壁を打ち破る程の高い魔力を有していた訳では無い。それでも地上の平均値で言えば高い方ではあったが、此処までではなかった。

後衛と前衛というポジション的な相性や、レリックウェポンとしてメガーヌは目覚めて日が浅い、などといった事情を抜きにしても、だ。

「クイント……あなた、こんなに強かった?」

「ほとんどこの子達のおかげだけど、勿論デバイスの性能だけじゃないわ。ソル達に協力してもらって、何年も時間を掛けて、基礎から全部鍛え直したの……あの日失ったものを取り戻す為に」

疑問に答える形で己が装着しているデバイスに一瞬だけ視線をやるクイント。

「そう。それは良かったわね」

鼻息を荒げて再び召喚魔法陣を展開しようとするが、

「召喚なんぞやらせはせん」

ザフィーラの静かな声が耳朶を叩き、先程と同様に、いや、それよりも早く白銀の光が地中から発生し、魔法陣を貫く。

「ディスペル」

右手を突き出す動作と共に追加で紡がれた呪文に従い、召喚魔法それ自体が何らかの作用によって阻害され、構築した術式そのものが崩壊し、発動しようとしていた魔法はキャンセルさせられてしまう。

「なっ!? 何をしたの!?」

理解の及ばない現象を前にメガーヌはそれを行った張本人に向かって戸惑いを隠せないまま叫ぶ。

「簡単なこと。言葉の通り、あなたが発動させようとしていた召喚魔法をディスペルさせてもらった」

なんでもないことのように答えるザフィーラにメガーヌはイラついた声を出す。

「召喚魔法は転移魔法とはまた違った特殊な術式よ? 当然、普通の魔導師では到底扱えない。だから、そんなこと、既存の魔法技術で出来る訳が――」

「しかし、召喚魔法の術式はアクセス不可コードでもなければ、我々が知らない未知の術式でもない。現に今、何度も『視た』。加えて我が家には召喚師が居るから召喚魔法は見慣れている。確かに普通の魔導師では難しいかもしれないが、幸か不幸か我々は誰一人として『普通』ではない『異常者』の集団だ。この程度の異常の一つや二つ、気にしない方が良い」

納得出来ない、と表情を歪ませるメガーヌの顔を見て、ザフィーラは冷静な口調のまま油断無く拳を構え直した。

メガーヌの立場であればこの反応に無理はない。

ディスペルとは、元々ソルが使う法力の中でも特殊な法術に類するもので、簡単に言ってしまえばアンチ法力であり『法力を打ち消す法力』のこと。

が、今しがたザフィーラが使ったのは、魔法でもなければ法力でもない。魔法と法力を組み合わせた複合魔法によるディスペルだ。つい先程まで使っていた古代ベルカ式魔法の『鋼の軛』に見た目はよく似ているが、術式構成は全くの別物。

魔法がこの世のありとあらゆる物理法則をプログラム化し、干渉・作用することによって結果を生み出す力ならば、法力はこの世の理を内包した上位次元”バックヤード”から『理由』を借りてくることによって事象そのものを顕現する力だ。

二つの力は同じ結果をもたらすことが可能でも、その構成理論と過程は全く異なるのだが、複合魔法から成るディスペルの前では魔法であろうと法力であろうと関係が無かった。

この複合魔法は文字通りの意味で『打ち消す』つまり『キャンセル』する。もっと具体的に言えば魔法と法力、同時に二つの『術式そのものを使えなくする』。魔法が高度なプログラムであろうと、法力が”バックヤード”から『理由』を借りて事象を顕現させていようと、両者が数学的知識に基づいた術式という基盤によって結果的に現実世界に発生した『事象』であることに変わりはない。魔法と法力の構成理論が違うとはいえ、人間が扱う数字は同じだから、数字そのものをダメにされてしまってはどうしようもない。

勿論、何でもかんでも無効化出来る訳では無い。『術式を打ち消すこと』が、『事象を拒絶すること』とイコールではないのだ。

プラスマイナス0。あくまで元の状態に戻すだけ。

そういう意味では既に起こってしまったことに対してディスペルは何の効果も持たない。例えば、戦闘中のソルの炎にディスペルを使えば炎を消すことは可能だが、炎が発生したことによって燃えてしまったり焦げてしまったりした物を元に戻すことは出来ない。あくまでこれから起こり得るであろうことや、継続中の効果を打ち消すことは出来ても、既に起こってしまった事象による『二次的な結果』には意味が無いのである。メガーヌの召喚魔法で言うならば、召喚魔法陣の効果を『キャンセル』することは出来ても、既に召喚された虫を強制的に送還することは出来ない、ということ。だからこそザフィーラは召喚虫が召喚される前にディスペルを行使したのだ。

しかし、所詮という言い方も変だがディスペルも所詮複合魔法に過ぎない。コード(術式)にアクセス(干渉)することによって『事象』(結果)を打ち消す性質上、ディスペルする側の術者が必ず対象のコードを理解していなければならないからだ。アクセス不可であった場合、ディスペルは成功しない。

また、何らかのプロテクトが掛けられていた場合、それを突破しなければディスペル成功しない。

ついでに、一度ディスペルに成功したとしてもAMFのような持続性は皆無なので、一回こっきりだ。相手が諦めず何度も何度も魔法を使おうとするならばその都度ディスペルを発動させる必要があった。

使い勝手が良いかと問われれば、どちらかと言えば良い方なのだが、条件が満たされないと使えない、もしくは使える状況が限られている場合が多いので扱いが難しい術である。

まあ、AMFのような持続性を持つ阻害系の術式もあることにはあるが、それを使ってしまうと定められた空間内全ての魔的行為が一定時間敵味方問わず使用不可能となるので、使い勝手はとんでもない程よろしくない。残されるのは純粋な身体能力のみ、という展開が待っているからだ……人外にカテゴライズされる連中はむしろそっちの方が得意、というのも多々居るが、生憎此処は科学と魔法が融合した果てに文明を築き上げているミッドチルダ……人外の連中はお呼びではない。特に真祖のダンディー吸血鬼とか。

それでも成功すれば望める報酬は大きい。戦闘中であれば尚更で、こんな真似が出来てしまうからこそ”背徳の炎”は異常者の集団として悪名高い。

そして、たとえ一度限りであろうと敵を一瞬でも無力化してしまえば、その隙を突けば良いだけの話。

改めて自分達の非常識っぷりを確認しつつ、シグナムは一つ疑問に思う。

ザフィーラはいつの間に複合魔法を使えるようになった?

複合魔法は扱いがとても難しい。ソルのように法力をある程度使いこなせる腕前があった上で、魔法行使が上手くないといけない。

確かに、自分達はソルの故郷にて出会った友人達(特にDr,パラダイム)の師事を受け、ある程度のレベルまでなら問題無く法力を使えるようになっている。

だが、法力が使えるようになったからといって複合魔法が使えるようになった訳では無い。この段階から更に二つの異なる『魔法』を掛け合わせなければいけないからだ。

結果が同じでも、術式が違えば過程も違う法力と魔法。この二つを上手い具合に融合させて一つの技術に昇華させることが、どれ程難しいかシグナムは身を以って知っていた。

そもそも法力はプログラム化された魔法と違って、”バックヤード”という意味不明な情報世界――所謂ハードにアクセスすることによって初めて行使可能なソフトのようなもの。似てるような気がしないでもないが実際は全然違うもので、法力自体が魔法と比べて段違いに扱いが難しい。だから、なんとか法力を使えるようになってもそこから先になかなか進めない、というのが実情である。

ソルとアイン、エリオとツヴァイの既に複合魔法を使える四人を抜けば、法力を上手く使える順番は一番がユーノとシャマル、次がヴィータとアルフ、その後から遅れてフェイトが続き、そのすぐ後ろに他の連中がどっこいどっこいで並ぶ。ちなみにシグナムは下から数えた方が早い。

ユーノ、シャマルの二人が上位に来る理由として挙げられるのは、術式構成や魔力のコントロールが卓越している点だ。ヴィータも古代ベルカ式であるにも関わらず万能型に位置する――つまり他のベルカ式と比べて器用で繊細な魔力行使が可能。アルフも補助型として申し分無い実力を持っていて、フェイトも攻撃に偏りがちではあるが一応、一応万能型(かなり怪しいが)。

そいつらと比べて他の面子の適性は、遠距離攻撃に特化していたり、防御に特化していたり、接近戦に特化していたりと一能突出だ。つまり、補助型や万能型のように器用じゃない――それしか出来ない、という訳では無いが。

故に、ザフィーラも自分と同じように複合魔法は使えない筈なのだが……

使えるようになったというのであれば、それはザフィーラの努力が実を結んだということを示し賞賛すべきことになる。

しかし、彼は今の今までそんな素振りなど一切見せていない。シグナムは現時点で初めて知ったのだ。

彼に限ってそんなことは無いと思うが、まさか使えるようになってからこれまでずっと黙っていたのか?

だとしたら何故黙る必要がある? ”背徳の炎”の面子にとって法力や複合魔法を自由自在に操れることはある種のステータス。隠し立てするようなことではない。

「終わりよ」

そんな彼女の拭えない疑問を他所に、一気に間合いを詰めたクイントがメガーヌの眼前で拳を突き出した状態で宣言した。

「……」

だというのに、メガーヌは怯むどころか嘲るように口角を吊り上げるだけ。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat23 The Irony Of Chaste PATH B










アインの指示に従い防衛ラインに到着したフェイトとはやては、早速ガジェットの掃除をしていたのだが。

「……増援が多過ぎる」

はやてと背中合わせになった状態でフェイトが苦虫を噛み潰した表情で言う。

「しかもこの感覚、前に……」

「幻影と実機の構成編隊やな」

マップに表示された敵の数を確認しながら応じるはやての言う通り、ガジェットの群れは幻影と実機が入り乱れている。撃破してもキリがない。しかも幻影と実機の判別が出来ない。

円形状のバリアを張り、ミサイルの集中攻撃を防ぎながら二人は話し合う。

「はやて。これって私達を此処から動けないようにする為の引き付けだよね? これだけ派手な引き付けする理由は、何だと思う?」

「レリックか、保護した子どもか、もしくは他の何かが目的か、この中のどれかだと思うんやけど正直分からん」

「私達を他のフォローに行かせない為、とかかな?」

「あり得る話や。けど私は、私達の誰でもいいから本気を出させることが目的やないかって考えとる」

「本気って、フルドライブ?」

どうして? と促すフェイトにはやては疲れたような口調で答えた。

「ヴィータが前に見せちゃった、アレや」

「ああ。なんちゃってドラゴンインストール?」

「そ。敵がソルくんのドラゴンインストールを参考にレリックウェポンを作ったなら、ソルくんの力の一端を持っとるヴィータに興味を示す筈や。それから、ヴィータがなんちゃってドライン使えるんなら、他の皆も使えるかもしれないと考えるのは自然の流れやからな」

なのはは十五年、子ども達を抜いた他の面子は十年、ソルの魔力供給を受けて現在に至る。皆、元々高い魔力資質を持っていたが、ギア細胞からもたらされるエネルギーはリンカーコアを肥大化させ、更なる力を与えていた。

無から有を生み出す『魔法』。無限のエネルギーを生産する超自然的な力の制御法。事象を顕現する力。これらの総称が法力であり、法力の応用技術から構成されたのがギア細胞だ。そのギア細胞の恩恵を受け続けた結果が、ヴィータのなんちゃってドラゴンインストールであり、これは子ども達を抜いた全員が使えるスキルの一種で、リミットブレイクと呼称しても過言ではない。

「私ら、遺伝子学的にも生物学的にもまだ一応人間やけど、法力学から見たら半分ギアや……ギアの、ソルくんの力を手にした人間やもん」

「魔力の侵蝕……止まらないしね」

「止まらないっちゅーより、誰も止める気無いのが正解にして原因やな。止めようと思えばいつでも止められるんやけど、人外の領域に片足突っ込んどる状態でそんなん気付いても今更やったし」

彼と共に行ける所まで行こう、と考えていた。たとえ結果的に人を辞めることになったとしても。

「いつの間にか人間の知り合いよりも、人外の知り合いの方が仲良い人多いしね」

フェイトの意見に同意するようにはやてが頷き、遠い眼になる。

「そういや、ガニメデに住んでる皆は今頃どないしとるやろ」

「私達と違って毎日のんびり暮らしてる筈だよ」

「それはそうなんやけど、ゲロッパとバウワーがボーンバイターに食われるのが習慣になっとるから心配なんや。昨日と今日で数が違う時あるんやもん、あの子達。あの日常がのんびりしていると安心すべきなのか、習慣的に共食いが行われる光景に危機的状況と悲観すべきなのかどっちか分からんし、捕食行為は本能的な行動やから何度注意しても同胞食いを辞めさせられん」

「ドクターも手を焼いているって愚痴ってたね、そう言えば」

そんな雑談を織り交ぜながらも、二人はマルチタスクを用いて戦況をどのように打破しようか思考を続けた。ちなみに雑談がガニメデ群島に住むギア達から、黄泉比良坂に住む妖怪達、果ては吸血鬼などの異種にまで及んだ。人間が一切出てこない交友関係を馬鹿にしてはいけない。人だろうが人じゃなかろうが彼女達にとっては全く関係が無く、大切な友達なのだから。

「考えてもしゃあないな。私が全部纏めて殲滅するわ。このままちまちまやってても防衛ライン突破されない自信あるけど、今のやり方じゃ埒が開かんやろ」

広域殲滅型の意地を見せてやる、という風に笑みを浮かべるはやて。

「ソルに最初からそうしろとか言われそう」

「いや、それは無いやろ。廃棄区画とはいえ、街が近くにあるし」

「……そうだね。随分前にはやてが広域空間攻撃やった時って、確か制御が碌に利かなくて――」

「やめてっ! 言わんといて! なんちゃってドライン状態でフルドライブしたらどんなもんか試した時の話はトラウマになっとるから思い出させんといてっ!!」

フェイトの言葉を必死になって遮るはやてがシュベルトクロイツを持ったまま頭を抱える。

荒廃した無人世界で試した為、人的被害は一切出なかったが、アイン曰く当時の光景を端的に示すと『暴発して制御し切れていないガンマレイ』だそうだ。

「他にも、局所的に氷河期を到来させたり」

「そんなこと言い始めたらフェイトちゃんだって雷の雨降らして辺り一面黒焦げにしたことあったやないかっ!?」

「クレーター作った数ならはやてに負けるよ!! 黙ってたってバレてるんだからね、アグスタで大きなクレーター作って、後でソルに小言言われたこと」

「ぐっ、何故それを!?」

反撃を容易くいなされ、驚きで眼を見開くはやてに対してフェイトが勝ち誇った瞬間、二人に怒声が響く。

『やるんだったらさっさとやれっ!!!』

ソルからの通信だ。

「うわっ、ビックリした」

「ええの? 久々やから、はやてちゃん張り切っちゃうで?」

『お前が張り切ると街規模で何かが消し飛ぶから胃に穴が空きそうな程不安だが、小手先の攻撃じゃ埒が開かねぇってのには俺も同意見だ』

不本意なソルの物言いにはやては少しばかり不満そうに頬を膨らませていると、続いてアインの声が届いた。

『主はやて、サポートします。殲滅魔法発動の為に、これから指定するポイントまで移動を。フェイトは範囲外に退避を』

「了解」

「分かった」

二人は指示に従い、二手に分かれる。その間際に、周囲を旋回していたガジェットの群れを消し飛ばしておく。

フェイトはそのままガジェットを破壊しながら廃棄区画へと向かい、はやては垂直に上昇していく。

『オイはやて。廃棄区画にはまだ他の連中が居るからな。そいつら纏めて吹っ飛ばすなよ? 絶対に吹っ飛ばすなよ!?』

指定されたポイント――雲の上――まで移動中、ソルが念を押すように注意してきた。

「分かっとるよ。幻影も実機もそんなの関係無い、全力全開で皆纏めて吹っ飛ばす、そうやろ?」

『……全力は要らん。ある程度加減しろ、加減』

「アイン、照準よろしく。私一人じゃ精密コントロールとか遠距離サイティングとかどうも苦手で」

『それらに関しては私達に全てお任せを。シャーリー』

『はい、サイティングサポートシステム、準備完了です。シュベルトクロイツとのシンクロ誤差、調整終了』

アインの声にシャーリーが応じると、はやての眼の前に空間ディスプレイがいくつも浮かび上がり、様々な情報が表示される。

それらに眼を通しながら、はやては首をゆっくり回してコキコキと音を立て、気合を入れ直す。

左手に持った夜天の魔導書が独りでに開き、パラパラとページを捲り、あるページで止まった。

『準備完了です』

『いつでも行けます、主はやて』

GOサインが出たので彼女は一言「おおきにな」と告げて、空間ディスプレイを一時的に消し、右手の杖――シュベルトクロイツを高く掲げる。

「ほな、派手に行こか」










「アイゼン!」

<ギガントフォーム>

声に応じたデバイスが変形し、巨大な鉄槌となる。

「おおおんどりゃあああああっ!!」

真紅の輝きを箒星のように従えて、ヴィータは上空から地表に向かってダイブし、落下と飛行を合わせつつ、地面に向かって相棒を振り下ろす。

舗装されなくなって久しい廃棄区画の路面が、完膚無きまでに破壊尽くされ、大地に巨大な穴が空く。

先が見えない暗闇は地下水路へと続く道。その中へ彼女は躊躇無く飛び込みながら、視界の端に空間ディスプレイを表示した。

これはマップだ。自分の現在位置を確認しつつ、フォローすべきティアナ達の元へと向かう為の道標。

「もうあっちこっちで戦闘が始まってるみてーだな」

独り言を呟いて更に速度を上げ、邪魔な壁をアイゼンで粉砕して暗闇を突き進む。

ティアナ達三人のデバイスから送られてくる情報によると、地下水路内の十字路という限定された空間での戦闘は、戦闘機人もティアナ達も狭過ぎて上手く動けず、また実力も拮抗している為、膠着状態となっているらしい。

無理もない話だ。両者共に目的地が同じ。隙を突いて先行すれば背後から狙われる、先を越されればそのまま振り切られる可能性が出てくる。だからこそ互いが互いに相手を潰してから先に進もうとしているのだ。

早いとこフォローしてあげなければ。

未だに姿を見せないゼストの動向も気になる。彼が何を目的で動いているのかさっぱり分からないヴィータであったが、今度こそ仕留めてやるつもりである。

マップをもう一度確認すると、あと十秒も経たぬ内に戦闘中の十字路に到着する筈。

アイゼンを構え直し、ゆっくり振りかぶってから、邪魔な壁に思いっ切り振り下ろす。

耳障りな破砕音と共に突っ込み、叫ぶ。

「アタシ参上! ギガントハンマァァァァァァッッ!!」










小さな切欠を作り出したのはスバルである。

自分と相対する自分とそっくりの顔を持つ少女、ノーヴェとの接近戦の末、猛攻を凌ぎつつ小さな隙を縫って懐に潜り込み、左のボディブローを彼女の脇腹に突き刺した。

「ぐっ」

くぐもった声が狭い地下水路に響くのを聞き流し、もう一発同じ所にぶち込む。

左のダブルだ。

苦悶に表情を歪めるノーヴェ。その身体が『く』の字に折れ、体勢が崩れる。低くなった頭部を狙って右を振りかぶり、

「がはぁっ!?」

咄嗟に頭部を守ろうと両腕で頭を庇ったノーヴェを欺く形で、更にもう一発、渾身の左ボディブローをくれてやった。

左のトリプルが最初からスバルの狙い。先の右は単なるフェイントだ。執拗なボディ攻撃であったが、スバルは実際に模擬戦でこれをソルに散々やられたことがあったのだ。

衝撃のあまり両足を僅かに浮き上がらせたノーヴェに対し、今度こそ右を叩き込んでやる。

腰を落とし、左足を軸にして、下半身を意識する。一瞬だけ相手に背を見せるようにして身体を捻り、爪先から拳の先まで全身の筋肉を連動させ、集約させた力を右の拳へ。

「おおおおりゃあああああああああああああっっ!!」

下から上への見事なコンビネーション。右ストレートのフルスイングが鼻っ面に炸裂。

水平に飛ぶノーヴェの身体。ついにはバウンドしながら転がって、地下水路の闇の奥へと消える。

均衡が漸く崩れた瞬間だった。

「ノーヴェ!!」

思わず視線をそちらに向けてしまったウェンディにオレンジの魔弾の雨が降り注ぐ。

チャンスと見たティアナが弾幕と共にウェンディに接近戦を挑む。

自分に向かって真っ直ぐ突っ込んできたティアナの姿に舌打ちしつつ、ライディングボードの先端を向け、周囲にエネルギー弾を生成出来るだけ生成し、一斉発射。

オレンジの魔弾とピンクの魔弾の群れがぶつかり合い、光が爆ぜる。その中を走り抜け、両手の銃を双剣に変え、一直線に接近戦の間合いに飛び込んだ。

慌ててライディングボードを盾として構えた刹那、正面から迫っていたティアナの姿が、唐突に消える。

「!?」

まるでこちらに走ってきていた彼女は幻であったかのように。

「こっちよ」

真横からの声に振り向くと、視界いっぱいに何かが広がっていた。それがティアナの膝だと理解したのは、視界が完璧に真っ暗になった時だった。

「寝てなさいっ!!」

最大まで身体能力を魔法で引き上げた左の飛び膝蹴りが見事顔面に命中。そのまま飛び膝蹴りの勢いを利用して身体を回転させ、大きく仰け反ったウェンディの脳天目掛けて右の踵を落とす。

悲鳴すら上げられず、受身も取れず、地面に叩きつけられるウェンディ。

(や、やろうと思えば意外に簡単に出来るじゃない……しかも、なんか知らないけど先生のバンディットリヴォルバーまで)

ソルがクロスミラージュの性能テストをしていた時に見せた、オプティックハイドとフェイク・シルエットの併用による接近戦での敵を欺く手段の、その応用をぶっつけ本番で成功したことと、無意識の内にバンディットリヴォルバーを使っていた事実に彼女は内心で驚きつつ、これは使えると実感していた。

自身はオプティックハイドで姿を消すのと同時にシルエットを生成してまず敵を視覚的に欺き、シルエットに意識を集中させている間に本体が死角を突く。

本来なら、いくら幻術による有効な戦い方であろうと彼女の性格から言って練習もせずにいきなり実戦で試すなど言語道断である。

が、戦闘中いつの間にかティアナの脳裏にはソルの言葉が蘇ってきて、その言葉が実行に移させたのだ。



――『お前はもっと自分の長所を活かせ』



彼は自分の射撃の腕と幻術を、ティアナ・ランスターの長所だと胸を張って言ってくれた。

もっと自信を持てと、あの真紅の瞳は無言で語っていた。

それだけで試す価値は十分にあった。正直な話、バンディットリヴォルバーまで真似るつもりは毛頭無かったのだが、身体が勝手に動いていたのだ。

(とりあえず結果オーライ。感謝します、先生)

心の中でそう言って、油断しないように警戒したまま右手側だけ双剣を銃に戻し、仰向けになっているウェンディの様子を窺う。

「ノーヴェ、ウェンディ!!」

「仲間の心配している余裕があるの?」

二人を心配して大声を張り上げたチンクに、ナイフを掻い潜ったギンガが迫る。

唸りを上げる左手のリボルバーナックルがチンクのバリアに衝撃を走らせた。

「ぐ……!!」

耐え切れない、とばかりに後方へ退がったチンクの頭上から、

「アタシ参上! ギガントハンマァァァァァァッッ!!」

天井を粉砕したヴィータが巨大な鉄槌を振り下ろす。

反射的に手をそちらに向け、バリアを張って防ぐチンクではあったが、

「……無駄だボケェェェェェェェェェェェェッッッ!!!」

そんなもんなど知ったことかとばかりに、これ以上無い程強引に、力ずくで振り抜かれた。

音にすればそれは、グシャッ!! という感じである。

圧倒的な一撃を前に、チンクは瓦礫と一緒に潰された。





「ヴィータさん、タイミングバッチリでしたよ」

微笑みつつ親指を立てるギンガ。

「まーな。お前ら三人もやるじゃねーか」

満更でも無さそうに言って、ヴィータも同じように親指を立てた。

と、その時。暗闇の奥からよろよろと頼りない足取りでフラフラしながらノーヴェが姿を現す。

「て、てめぇ、よくもチンク姉を……」

「ああ?」

アイゼンをギガントからハンマーフォムに戻し、肩に担いだ状態で視線だけそちらに向ける。

「許さねぇ、許さねぇぞ!!」

怒り心頭なノーヴェに対し、ヴィータは「だったら何だよ?」とでも言うように肩を竦め、身体ごと向き直った。

「ウェンディ、てめぇもだこの愚図!! いつまでそうやって寝てんだよ!!」

「いや~、白状するとこいつらのこと舐めてたっス」

声に反応したウェンディがゆっくり上体を起こそうとして、ティアナから見下ろされるようにして銃口を向けられていることに気付き、舌打ちしてその動きを止める。

そのことに対してノーヴェは更に「馬鹿が」とウェンディを口汚く罵ると、何処からともなく青い宝石を取り出した。

「ジュエルシードッ!?」

驚愕するヴィータが思わず眼を大きく見開いた瞬間、誰もがそれに気を取られ、その僅かな隙を狙ってウェンディがティアナを突き飛ばす。

「鉄槌の騎士ヴィータ……てめぇは絶対ぶっ殺す!!」

「やられてばっかりってのは性に合ってないっスからね~。チンク姉の仇は取らせてもらうっッスよ」

立ち上がったウェンディがノーヴェの隣まで移動すると、同様にジュエルシードを取り出し、へらへらした態度でいながらヴィータに激しい怒りをぶつけてくる。

「そいつをどうするつもりだ?」

視線を二人が持つ青い石に注ぎながら、なんとなく聞かなくても分かることを静かに問いつつアイゼンを構え直し、やや腰を落として臨戦態勢を整えた。

問いには答えず、二人は無言のまま己の武装にジュエルシードを填め込む。

ノーヴェは足に装着しているジェット・エッジの押し首のスリットに、ウェンディは手にしているライディングボードの持ち手側に。

そして、薄暗い地下水路が二人を中心に青い光で満たされていく。巨大な力が溢れ出てくるのを前にして、ヴィータは眉を顰めると三人に念話を送る。

『こいつらはアタシが押さえる。その間にお前らはウチのガキ共を連れて帰還しろ』

『何を言ってるんですか!? さっきまでならまだしも、ロストロギアを手にした戦闘機人を相手に一人で戦うなんて無茶です。私達も一緒に――』

『ソルの命令を無視してでもか!?』

反論しようとするスバルの言葉を、有無をも言わせぬ厳しい口調で遮り、続けた。

『お前らの今の任務は、戦場に出ちまったエリオ達三人を無事に回収することだ』

『でも……』

ジュエルシードを手にした今、敵の戦力は未知数だ。ヴィータ一人でなんとかなるかもしれない、スバルの心配は杞憂かもしれない。だが、それでも拭えない嫌な予感というものが胸の内で訴えている。

『つーかよ、お前らがアタシの心配するなんて十年早ぇーって。それにアタシには――』

ヴィータの全身が紅蓮の魔力光を帯び、青い光を侵食するようにして真紅の光が周囲を埋め尽くす。

『こいつがある』

「……ドラゴンインストール……いきなり出しやがったな」

自分達と同じように莫大な力の波動を放つヴィータの姿を見て、ノーヴェが忌々しそうに呟く。

その声を聞いて、咄嗟に「何のことだ?」ととぼけようとしたヴィータであったが、ウェンディの嘲るような宣告を前に無駄だったと悟った。

「隠してたみたいっスけど、さっきアタシが知ってること全部喋っちゃったスよ」

「ちっ!」

あからさまに舌打ちして、思わずチラリとティアナ達三人を窺うヴィータ。

ゼストとの戦闘で使ってしまったので、ある程度のことが敵に知られていると覚悟していたが、自分の魔力光とソルの魔力光が同じ色だから誤魔化せると思っていたのは甘かったか。

何を吹き込まれたのか知らないが、三人は知ってはいけないことを知ってしまった、と言わんばかりの暗い表情で、それが全てを語っている。

これ以上ドラゴンインストールについて知らぬ存ぜぬを通すのは無意味だ。一応、確認の為に聞いておく。

「こいつらから何処まで聞いた?」

「えっと、先生の細胞がリンカーコアとしての役目を果たしていることと、”背徳の炎”は全員が先生の力をインストールされてることと、先生は、その、ジェイル・スカリエッティが目指す生体兵器の理想像であることの、三点です……」

「……もうそこまで見抜いてやがるのか……つーか、ソルが理想像って……どいつもこいつも、マッドな科学者が行き着く果てにはそれ以外のことは無ぇーのかよ!!!」

申し訳無さそうに答えるティアナを否定せず、ヴィータは射殺さんばかりに眼の前の戦闘機人を睨む。

なるほど。確かにソルが生体兵器の理想像と言われてみれば納得出来る。人の姿を保ったままにも関わらず他の兵器を圧倒する攻撃力を保持し、身体・戦闘能力は全てにおいて完全に人間を凌駕し、生物の限界を超えた法力を放出する、何もかも超越した存在だ……しかも恐ろしいことに、外見が人間である状態では、ギア本来の力の50%も出していない。

無限のエネルギーを生産する超自然的な制御法――『法力』の応用技術から成るギア細胞は、無尽蔵にエネルギーを生産し続ける性質上、人間のようなスタミナ切れや魔力切れというものを、基本的には起こさない。

当初ギアは人類の進化を目的に制作され、そのプロトタイプとして被験者にされたソルが、人類よりも遥かに優れた生命体であることは当たり前で。

ギアの肉体は有史以来誰もが望み、決して手にすることが出来なかった不老不死であり、どんな怪我を負おうとすぐに再生し、老いも病も存在しない。

これだけ聞けば、頭でっかちの馬鹿な連中――腐敗臭漂う権力者や脳が膿んだ金持ち、掃き溜めのようなテロリストやイカレた戦争屋、そして死んだ方が良いくらいに頭も心も狂った違法研究者共――は声を揃えて「素晴らしい」と言うだろう。

だからこそ、ふざけんな、と思う。

ギアが意思を持つ生体兵器なのは事実だ。しかし、たとえその存在そのものが人類の穢れた欲望によって生み出された罪だとしても、彼らは殺戮機械でもなければ戦争の道具でもない。

ちゃんとそれぞれ心があって、人と一緒に生きることが出来る”人間”だ。



――『ギアは兵器だ。その心さえもな』



そんなことはない。それは違う。皆もよく分かっている。もしそうだとしても、言った本人が誰よりも人間らしいことをヴィータはよく知っている。

戦う為に生まれた存在だとしても、戦いだけがそいつの人生になる訳では無い、と。我武者羅に生きていれば生きる理由なんて勝手に付いてくる、というのを体現しているのだから。

「……兵器なんかじゃねー」

脳裏にソルの顔が浮かび上がってきた。その顔はいつもの仏頂面であったり、無表情だったり、呆れているようなものやうんざりしているもの、ニヒルな笑みを浮かべているものだったりと様々で、それが最後に優しく眼を細めた。

次に思い出すのはアイン。何やら善からぬことを企んでいる顔から始まり、困った顔、怒った顔、笑った顔や泣いた顔、ソルに甘えている最中の蕩けた顔を経て、やがて最後には母親としての顔が映る。

「アイツらは、兵器なんかじゃねー」

Dr,パラダイムの仲間にしてガニメデ群島に住むギア達は、本当にギアなのかと疑いたくなる程無邪気に懐いてきた。そんじょそこらの動物園に居る動物よりも人懐っこく、とても可愛らしかったのを思い出す。

天真爛漫のシンの笑顔、木陰の君の聖母の笑み、そんな二人を誇らしそうに家族だと胸を張るカイ、尊大な態度でいながら懇切丁寧に法力を師事してくれたDr,パラダイム、その隣で「皆仲良く、友達だで」と笑うイズナに、煙を燻らしつつ「人であろうと人でなかろうと、何一つ変わらんよ」とのたまうスレイヤー。

フラッシュバックのように次々と、出会ったギアや人外、その関係者の顔が浮かんでは消えていく。

「ソルはアタシの大切な家族で、大事な兄貴だ」

ドクン、と心臓が高鳴ると同時にリンカーコアが感情に呼応して力を漲らせた。

ヴィータの全身から爆発的な勢いで真紅の輝きが放たれて、ノーヴェとウェンディから発せられる青い光を圧倒し、押し潰し、地下水路を蹂躙する。

怒りがマグマのように込み上げてきて捌け口を求めていた。あまりの怒りに全身をブルブルと震わせてしまう。今すぐにでも力を解放して何もかも全て無に還してやりたい。かつて無い破壊衝動に突き動かされ、殺意を迸らせる感情が牙を剥く。

端的に言って、ヴィータはキレた。完全に頭に来てしまっていた。

ソルのことを、ギアのことを単なる兵器として見ているような言われ方をして、これ以上無い程腹が立ったのだ。

何も知らない癖に、アイツが、ギア達がどういう存在か知らない癖に、勝手なことをほざきやがって、と。

いや、それだけではない。彼らが心を持たない兵器のような扱いをされると、はやてに出会う前の自分達を思い出してしまい、それが怒りに拍車を掛けていた。

長い年月を経て磨耗していき、少しずつ薄れていた忌々しい記憶であるが、当時の生活が辛い過去だったのは変わらない。

意思を持たない兵器、戦う為の道具、人間扱いされず、碌に衣食住を与えてもらえなかった。闇の書の守護騎士として主の命に唯々諾々と従い、血塗れになってそれこそ死ぬまで戦い続けた日々。

嗚呼、と今更ながらに実感する。ソルがどうして十年前にあれ程まで自分達に肩入れしてくれたのか、よく分かった。彼は、過去のヴィータ達と同じ立場にあった同胞達を狩り殺さなければいけない宿命を背負っていた。が、何も好き好んで同胞殺しをしていた訳では無い。その証拠に、聖戦後の彼は意思を持つ無害なギアを何度も見逃した。ギア消失事件の折ではDr,パラダイムと手を組み、それ以来ギアを殺していない。発露した感情が同情や共感によるものであっても、それらと同じように意思を持つヴォルケンリッターを救いたかったのだろう。

だから。

――戦うことしか能の無い怪物みたいな言い方しやがって……生体兵器の理想像だと?

   そんなもん、糞喰らえだ。

   ソルを、皆を、アタシらを侮辱して、ただで済むと思うなよ!!



「そんなアイツを、アタシの兄貴を――」

アイゼンを握る手に力を込め、踏み砕くようにして床を蹴り、

「穢らわしい眼で見てんじゃねぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

全身を真紅の光で燃え上がらせながら吶喊した。





突然激昂したヴィータが戦闘機人の二人に襲い掛かったのを眼にして、自分達はどうすればいいのか一瞬だけ悩み、すぐさま我を取り戻したティアナがスバルとギンガを促す。

「あいつらはヴィータさんに任せて、早くエリオ達の所へ!!」

言うが早いか彼女は走り出し、無言で首肯したギンガが続く。

巨大な力が複数発生し、更にそれらがぶつかり合っている余波によって地下水路は地震が起きているかのように蠢いている。

エリオ達のことも心配だ、それに此処に長居するのは得策ではないし、理由も無ければ出来ることなど無い。なるべく早く離脱するべきだ。

「う、うん」

そのことを分かっていながら、スバルは頷きつつもなかなか動こうとしない。

じっとヴィータの戦う姿を見ていた。

「何やってんの馬鹿スバル!!」

「行くわよ!!」

怒鳴るようなティアナとギンガの声に反応して、漸く戦闘に背を向けて進む。そのまま速度をを上げて二人と並走すると、スバルは躊躇いがちに口を開く。

「あのさ」

「何よ?」

「私、眼が変になったのかな?」

「「はあ!?」」

唐突に妙なことを言い出すスバルに二人は揃って訝しむようにその顔を覗き込んだ。

「アンタ、こんな時に何言ってんの?」

「どうしたの、急に」

咎めるような口調のティアナと心配げなギンガに対し、スバルはぽつぽつと語り始める。

「その、私の見間違いとかだと思うんだけどね……」

「……」

「……」

「今ね、一瞬だけ、戦ってるヴィータさんの後姿が……」

「「ヴィータさんが?」」

「……ソルさんにダブって見えた」

その瞬間、耳を覆いたくなる爆音が響き、背後の通路が崩落した。





ティアナ達三人がエリオ達の元へ辿り着いた時まず眼にしたのが、先の地下水路よりも広い空間を縦横無尽に走り回る黒い影と雷光。

高速で動くその二つは、交差するように衝突を繰り返しては甲高い金属音を立てる。

一見、エリオが同じくらいの強さを持つ敵と互角の勝負を展開していると思いがちだが、そうではない。

黒い影から、紫色の液体が尾を引いていた。アグスタで見た虫の体液に酷似している点から、恐らくあの黒い影は召喚師よって召喚された虫なのだろう。

そして、ティアナ達が此処に到着する前からとうに限界を迎えていたのか、黒い影が動きを急に止める。それに応じる、というよりは合わせるようにして雷光も動きを止めた。

「……うわ」

敵ながら哀れだ、とばかりにスバルが思わず漏らす。

黒い影――やはり虫で、成人男性と同じくらいの大きさの人型――はボロボロだった。背中の翅はむしられたかのような有様。全身を覆う鎧のような甲殻はあらゆる場所に裂傷が走り、手足から伸びる鉤爪のような武装は悉くヒビが入り今にも折れそうだ。押せば倒れそうな状態にもかかわらず必死になってエリオに刃を向けている。

対してエリオは全くの無傷。違いがあるとすれば地下水路に潜る前と比べて見ると、バリアジャケットが返り血で所々紫色に染まっているくらいだろうか。

相反する両者の姿が、二人の間に横たわる差を周囲に見せ付ける。

「ふ」

と、小さな呼気と共にエリオが踏み込み、その姿を閃光に変え姿を消し、次の瞬間には黒い虫の目前に迫っていた。

相変わらず速い、と思うよりも早く、彼はストラーダを突き出し叫ぶ。

「ビークドライバー!!」

雷撃を伴った刺突。黒い影は避けるのを諦め防御に入り、両腕を交差して衝撃に耐える。

火花が散り稲妻が迸り視界が明滅する中、エリオは槍を突き出した体勢から高速で黒い虫の側面に回り込むと、袈裟懸けに槍を振るいそのまま身体を回転させて蹴りを叩き込む。

斬撃と蹴りをまともに受け、黒い虫は床を滑っていく。

それを追うエリオ。

追い抜くと同時に振り向きサッカーボールキック。それにより黒い虫を浮き上げてから跳躍と共に雷光伴う斬り上げ。更に空中で追撃の薙ぎ払いを加わえ、横方向に吹っ飛ばす。

あまりにも一方的な展開に開いた口が塞がらない。

呆気に取られながらキャロとツヴァイの姿を探すと、既に戦闘は終わっていたらしくすぐに見つけることが出来た。

三人と同年代くらいの女の子とお人形サイズの女の子を、バインドで簀巻きにした上で、氷柱で形作られた檻に閉じ込めているではないか。

横倒しになっている敵の二人は、憎々しげな表情で自分達をこんな目に遭わせた人物を睨んでいるが、全く相手にされていない。

檻の前でレリックケースを椅子代わりにして、やたらふてぶてしい態度でペロペロキャンディを舐めているキャロ。その隣で退屈だと言わんばかりに欠伸を噛み殺しながら檻の中を見下ろしているツヴァイ。

二人の近くを暇そうに旋回していたフリードがこちらの存在に気付き、「キュクルー」と鳴く。

……なんか心配して損した気分だ。

とりあえず無事で良かったとティアナが安堵の溜息を吐いた数秒後、黒い虫がエリオの一撃を食らい柱に叩きつけられ、壁に張り付いた標本のようにピクリとも動かなくなった。










前回の時と同じように速度を活かした戦法で来るのかと思いきやそうではなく、トーレは悠然とそこに佇むようにして浮いているだけである。

何を企んでいる? 疑問に思いつつ様子見の為になのははアクセルシューターを四つ生成して飛ばす。

やはりトーレは動かない。余裕の笑みを浮かべるだけだ。

そして、桜色をした四つの魔弾が彼女に着弾する寸前になって、

パンッ!!

安っぽい乾いた音が響き、魔弾が全て四散するようにして霧散した。

「……!?」

眼を細め、起こった現象がどういうものなのか理解する前にトーレが動く。

ライドインパルス、とかいう高速機動。ジュエルシードの青いエネルギー光を伴って瞬時に間合いを詰めると、光り輝くを腕を振るい青い拳を真っ直ぐ突き出してくる。

応じるようにしてレイジングハートの穂先にシールドを発生させ、円環魔法陣で攻撃を防ぐ。

だが、

「はあああああああああああああっ!!」

「なっ!」

雄叫びと共に突き出された拳が防御壁に触れた瞬間、桜色の光が消え、防御壁もつられるようにして消えてしまい、それだけに留まらず槍の先端に発生している魔力刃すら消失させられた。

穂先を失ったレイジングハートとトーレの青い拳が衝突し、

「きゃあああ!?」

拮抗すらせず純粋に力負けして弾き飛ばされる。

それでもなんとか空中で身体を回転させて勢いを殺し、体勢を立て直して反撃のディバインバスターを放つ。

巨大な桜色の砲撃がトーレを呑み込まんと迫るが、やはり先程と同じように霧散してしまう。

此処に来てなのはは焦り始めた。

何だ? 一体何が起こっている? 何故こちらの攻撃が通用しない? 周囲にガジェットも居なければAMFを発動させられている感覚も無い、つまり魔力結合を阻害されている訳でも無い。だというのに、魔法が効かない。

いや、これは魔法が効かないというよりも、攻撃魔法がトーレに到達する寸前に無効化されているような感じだ。

無効化フィールド? そんな高等な真似が眼の前の戦闘機人に出来るのか? 奴が肉体に取り込んだらしいジュエルシードの恩恵か? だとしたら一体どうやって?

分からない。

答えが出ない思考の海に意識の一部を割きながら、警戒心を高めてレイジングハートを構え直す。

「解せない、という顔をしているな」

優勢でいることからくる余裕の態度でトーレが呟く。

「……」

対するなのはは無言のまま、再度ディバインバスターを放ったが、結果は先と同じだった。

「無駄だ。今の私に魔法は効かん」

無視して撃つ。撃ちまくる。撃ちながら観察し、状況を打開する為に考える。どうやって敵がこちらの攻撃を無効化しているのか、どうすればダメージを与えられるようになるのか、見極めようと愚直に繰り返す。

「……無駄だと言っている」

再びトーレが何か言ったような気がしたが、無視した。

効かないと分かっていても砲撃をぶちかます。

「何度も言わせるな、無駄――」

「うるさい黙ってて」

呆れたように言葉を紡いでいたトーレを強引に遮るなのは。彼女のそんな態度がトーレの堪忍袋の緒を、プツリと切る。

「無駄だと言っているのが分からないのかっ!! この、人の話を聞け、高町なのは!!!」

無視され続けることに、ついに頭に来たのかトーレが高速機動を用いて一気に接近。桜色の奔流を抉り込むようにして突き進み、ついになのはを間合いに捉え、レイジングハートの柄を青く光り輝く右手で掴む。

「そんなに知りたければ教えてやる。この右腕はジュエルシードで構成されている。そしてジュエルシードが生物の『願い』に呼応して力を与える次元干渉型エネルギー結晶体だというのは知っているだろう!?」

鬼のような形相で勝手にネタばらしを始めるトーレに、なのはは全力で睨みつけてやった。

「鬱陶しい、それが何だっていうの!?」

「つまり、この右腕はジュエルシードの特性を現しているということだっ! こういう風になっ!!」

声と共に、なのはが纏っている白を基調としたバリアジャケットが桜色の光に包まれ、霧散し、解除された。

「っ!?」

一瞬にして服装が事務仕事中の黒スーツに変貌する。

それだけではない。空戦魔導師として常に無意識に発動させている飛行魔法ですら、勝手に解除されている。

流石にこれには眼を剥いて驚愕し、戦慄してしまう。

「次元震や次元断層によって引き起こされる虚数空間と同じだ。一定の範囲内という限定された空間のみだが、全ての魔法をキャンセルする擬似的な虚数空間を生成する。それこそが私の『願い』を叶えたジュエルシードの力、貴様ら”背徳の炎”を倒す為に手に入れた力だっ!!」

魔法を使えなくされたなのはは、無造作に伸びてきたトーレの左手が襟首を締め上げるようにして掴んでくるのを防げない。

「理解したか? なら、これで終わりだ」

次に胸の中央に右拳を叩き込まれ、肋骨がいくつも砕ける音を聞いた刹那、見えない衝撃が全身を襲い、最後には衝撃に弾き飛ばされるようにして近くのビルに突っ込まされてしまう。





気が付けば、うつ伏せの状態で瓦礫の中に埋もれていた。

「……ぐ、がはっ」

こみ上げてきたものに耐え切れず、吐く。

ビシャッ、と視界を染めたのは真っ赤な液体だ。

折れた肋骨が肺に刺さったらしい。咳き込むようにして何度も血を吐いた。ヒューヒューと呼吸する度に心細い音が喉の奥、肺の中から響いてきた。空気を吸って吐くという一連の動作がとんでもない程難しい。

激しい痛みが全身を走り、まともに動かせない。もしかしたら他にも骨折しているかもしれない。指一本動かそうとするだけで激痛が襲ってくる。

それでも今この瞬間まで手放さなかったレイジングハートが何か慌てたように騒いでいるが、生憎上手く聞き取れない。

致命傷だ。しかも、かなりヤバイ。客観的に見て自分の身体の状態は、最悪死ぬ可能性があった。

この時点になって、なのはは漸く己の敗北を悟る。

こんなにあっさり、碌に抵抗も出来ず負けてしまうなんて思いもしなかった。

虚数空間と同じ、魔法をキャンセルする効果を発生させる力だと?

AMFのような魔力結合や魔力効果発生を無効にするどころの話ではない。それ以前の問題として魔法を発動させることが不可能なのだ。

攻撃が一切通らなかったのにも納得がいく。トーレに魔法は何一つ効果無いだろう。魔導師である自分にはどうすることも出来ない。

ジュエルシードを戦力アップの為に使うとは予想していたが、その上で更にこちらの戦力を削ぎに来るとは思ってなかった。

魔導師が力を発揮出来ない状況下で魔導師以上の働きをする、というのが戦闘機人の本来のコンセプトだったか。

見誤った。なんて愚か。もっと警戒心を高めていなければならなかったのに。

(……くそ……こんな所で、私は立ち止まる訳にはいかないのに……)

薄れいく意識を必死に繋ぎとめようとすることだけが、肉体に大ダメージを負ったなのはに出来る唯一の抵抗であった。




















「ディエチちゃん。どう?」

クアットロの問いに、ディエチはこくりと頷いてみせる。

「目標までの距離、約1000。遮蔽物も無いし、空気も澄んでる。足場が若干不安定だけど、特に問題は無い」

言いつつ、ディエチはクアットロに胡散臭そうな視線を向けて問い返す。

「クアットロこそ、通信妨害の準備は大丈夫?」

「今完了するわぁ~ん」

そんな視線を受け流しながら彼女はフンフンと鼻歌を口ずさみ首からネックレスのように垂らしたジュエルシードを片手で握り、もう片方の手で眼前の空間ディスプレイとコンソールを叩く。

「……っと、これでよし。今から約一分間、此処ら一帯でのありとあらゆる通信は不可能にしたわ」

「そう。じゃあ確認しておくけど、本当に私達ってまだ敵に発見されてないよね?」

「心配性ね~。発見なんてされてたらとっくの昔に私達は八神はやてに消し飛ばされている筈よ。幻影と実機で編成したガジェットみたいにね」

皮肉げに笑ってクアットロは眼前の空間ディスプレイを指差す。そこには魔法陣を自身の周囲に発生させ白銀の光を一定の間隔で発射するはやての姿があった。

「大丈夫。あいつらはガジェットの掃討に忙しくて私達のことなんて気付いてないわ。幻影の所為で私が何処かに必ず居るっていうのは勘付かれてる筈だけど、まさかこんな近くに居るとまでは想像していないでしょ。おまけにシルバーカーテンで私達の姿は消してあるし」

二人の現在位置は雲の上で、かなりの高度がある。飛行能力を有するクアットロは自前で飛んでいるが、飛行能力を持たないディエチはこれまでずっと飛行型ガジェットの上に座っていたのである。

「ならいいけど」

偉そうに胸を張るメガ姉の態度にディエチは疲れた溜息を吐いてから、飛行型ガジェットの上で片膝をつき、自身の固有武装『イノーメスカノン』を脇に抱える。

「手加減抜きよ、ディエチちゃん」

「分かってる」

うるさい、と言わんばかりにやや乱雑に返事をし、クアットロが新たに取り出したジュエルシードを受け取ると、脇に抱えた巨大な大砲に填め込み構え直す。

照準を合わせ、チャージを開始すると同時にジュエルシードを発動させ、発生したエネルギーを己のISによって射出エネルギーに変換しイノメースカノンに注ぎ込む。

大砲の射出口に、青い光が生まれ、力が集束し、渦巻いていく。

「ウフフのフ。これでやっとあの忌々しい”背徳の炎”に一泡吹かせてやれるわ」

横で嫌らしくて高慢な笑みを零すクアットロが勝ち誇った口調で言っているが、狙撃に集中し始めていたディエチには聞こえていなかった。

「チャージ完了まで、あと二十秒」

感情の篭らない声で、狙撃手は言葉を紡ぐ。

「目標、八神はやて」

「死になさい……”背徳の炎”」

























後書き


仕事忙しくて執筆時間が取れない、と言い訳したくないけど、これ、事実です。

畜生、俺に有給を寄越せ!!

つーことで、大変お待たせして申し訳ありませんでしたが、PATH Bをお送りしました。

前話でなのはが垣間見た”真紅の世界”とそこに鎮座していた”黒いヒトガタとオブジェ”に関しては、次回、ちょろっとだけ分かります。

とりあえずブレイブルーは関係無いので、あしからず。

チンクは死んでませんよ。戦闘不能になっただけで、実際は瓦礫の中で「姉は……まだ、死んでいない……ガク」って感じになってる筈。



久々に読者様の小さな疑問に答えたいと思います。


ランサーモードはもうありません。というよりA`s編でレイジングハートはソルの手によりデバイス・ランサー・バスターそれぞれのモードを総括したエクセリオンモードに改造されていますので、常時ランサーモードのようなものです。


ヴィータのドラインは偽ドライン。作中でも言ってる通り「なんちゃってドライン」であり、オリジナルと比べて出力の面で遥かに劣り、安定性に欠け、オリジナルと同様にリスクもあります。それでも普通の魔導師などにとっては異常なまでの魔力の底上げに見えますが、使えば使う程、心の内で徐々にその存在を大きくしていく破壊衝動と闘争本能が抑え切れなくなり、やがてそれらに対する我慢というものが利かなくなっていく危険な代物。現時点では誰もそんなことに気付いてませんが。ちなみに、法力の制御が上手ければ上手い奴程、なんちゃってドラインの制御も上手い、ということになっています。

だから、実戦レベルでなんちゃってドラインが使えるのはユーノ、シャマル、ヴィータ、アルフの四人のみで、フェイトはギリギリ不可能。

はやてが一番下手糞で、下から二番目になのはとシグナムが来ます。で、その次に下手糞なのがザフィーラだったのですが……

フフフ、一体彼に何があったのでしょうか?


エリオの魔導師ランクについてですが……原作終了時点のAAではこの作品のエリオには指一本触れることすら出来ず敗北する、とだけ明記しておきます。



ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat24 Shift
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/07/07 23:27


メガーヌの鼻先数cm手前で拳を突き出した状態のクイントが静かに言う。

「大人しく武装を解除して。この距離ならいくらあなたでも動きようが無いでしょ?」

何処か懇願にも似た口調に対し、召喚師は嘲笑い、口元を三日月のようにした。

「クイントに”背徳の炎”……ふふ、真正面からまともに相手にすれば、どんな高位の魔導師でも敗北は必至。あなた達はそれ程までに直接的な戦闘能力に特化した魔導師だもの」

妙な言い草に誰もが訝しみ、眉を顰める中、彼女は忍び笑いを漏らしながら続ける。

「きっとあなた達はこういう風に敵と相対して負けたことなんて無いんでしょうね」

具体的に何が言いたいのか意図が読めない。惑わせて隙を作ろうという魂胆だろうか?

状況的には既に決着はついていた。未だに武装は解除していないが、抵抗するような素振りも見えない。

この期に及んで何が狙いだ?

警戒を緩めず、鋭い視線を向けたままでいると、メガーヌは呆れたように溜息を吐いた。

「気付いてないみたいだから教えてあげる。今此処ら一帯はね、結界が張ってあるのよ」

「結界ですって? どんな?」

クイントは厳しい表情で首を傾げ、シグナムはザフィーラは黙したまま更に視線を鋭くさせる。

問いを受け、メガーヌは小さな声で答えを示すように「解除」と呟く。

刹那、三人の感覚が捉えたものは、現在地から離れた場所で発生している巨大な力の波動だ。しかも一つではない。此処から一番遠い場所――海の方でまず一つ。遥か下――恐らく地下水路にて二つ。そして此処からやや離れた場所に一つ。

全てジュエルシードと思われる反応だ。

「認識阻害の類か……!!」

シグナムの渋面にメガーヌは肩を竦めるだけ。

「だが、これがどうしたと言うのだ? ジュエルシードが強奪された時点でこうなることは予測済みだ」

怯む様子を見せないザフィーラにメガーヌは再び嘲笑しながら指を弾き、パチンッという音と共に空間ディスプレイを表示した。

「そう。なら、誰がいの一番に狙われるか予測済みだったのよね?」

映し出されたのはリアルタイムで広域空間攻撃を行っているはやての姿。それを見たシグナムとザフィーラが眼の色を変える。

「大出力の魔法を使ってる時って動けないのが普通。近くに護衛が居ない状態で、もし遠距離から狙撃でもされたらどうするのかしら?」

「貴様っ!!」

「ちっ!!」

すっとぼけるようなことを言うメガーヌにシグナムが食って掛かろうとした瞬間、既にザフィーラは舌打ちを残し地を蹴って飛び立っていた。

馬鹿が、と己を罵倒したい気分でザフィーラは全速力を以ってはやての元へと急ぐ。

敵は初めからこれが狙いだったのだ。今回の一件は、レリックと保護した子どもを目的に見せかけただけの囮で、その本質ははやての殺害だ。

少し考えれば分かる筈だった。”背徳の炎”を相手に正面から挑めば力押しで潰されるのは目に見えている。ならば、搦め手を用いて正面から挑まず死角や遠距離から襲えばいい。

ガジェットを大量投入すれば、こちらは自ずとはやてのような殲滅魔法を得意とする者を投入する確立が高くなる。そういう風に思考誘導してしまえば、後は出てきた所を狙い打てばいいだけのこと。

いくら自分達でも遠距離から狙撃されてしまえばまともに防ぐことは難しい。それがジュエルシードのようなロストロギアで強化された代物であれば尚更に。

気付くことは出来ても、避けられないかもしれない。防御が間に合ったとしても、完全に防ぎ切れるものではないかもしれない。

そして、殲滅魔法に集中しているはやての場合、避けるどころか防ぐことすら出来ない可能性が高い。固定砲台としての側面が強い彼女は格好の的となる。

現に、彼女は動かずガジェットを処理することに意識を割いているからだ。無防備なタイミングを狙われているとしたら、どうしようもない。

「主はやて、応答してください!! お願いです、応答してください!!」

絶叫しながら念話を繋ごうと試みるが、ジャミングが酷く繋がらない。明らかに通信妨害されている。

「ソル、アイン、ヴィータ、なのは、フェイト!! ……くそ、誰でもいい!! 応えてくれ、頼む!!」

大空にザフィーラの声が虚しく響く。

「主はやてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

考え得る中での最悪が現実となる場合を想定して、ザフィーラは覚悟を決めた。










はやての姿を映していたモニターが突然砂嵐になると同時に、懐かしい力の波動を知覚する。

「ジュエルシードの反応を複数確認しました!」

報告してきたシャーリーの声が切迫していた。

「位置を出せ」

「海上に一つ、地下水路に二つ、廃棄区画の奥に一つです。今マップに出します」

ソルの低い声にアルトが応じると、空間モニターにジュエルシードの位置が青い光点で表示される。

「……」

モニターに表れた情報に鋭い眼を細め、彼は忌々しげに眉根を寄せつつ手元のコンソールを叩き、味方の現在地と照らし合わせた。

地下水路の二つはヴィータと同じ位置にある。廃棄区画の一つはなのはと近い。恐らくこの三つのジュエルシードはそれぞれ戦闘中なのだろう。

だが、海上の奴はどうだ? 確かに位置ははやてと近いが、直接戦闘するような距離ではない。ジュエルシードからはやてまでの距離は約1000。

この距離に一体何の意味がある?

これだけの距離があるのならば、はやてへの命令一つでジュエルシード諸共纏めて連中を屠ることも可能だというのに。

はやては広域殲滅型の魔導師だ。中途半端な距離で相対すれば大規模魔法でその範囲内ごと吹き飛ばされる。彼女を相手にする場合は、距離を取らず一気に接近して格闘に持ち込んだ方がいい。

そんなことなど敵は百も承知だろう。しかし、敵は未だに動こうともせず、ただそこに居座っている。近付こうともしなければ離れようともしない。

違和感を拭えない。

「はやて」

通信を繋ぐが、彼女は応答しなかった。

「?」

怪訝に思って念話を繋ごうとするが、通信と同様に繋がらない。

「……クソがっ!!」

確かめるまでもなく、ジャミングされていると理解した。先程の映像が消えたものこれが原因だろう。ソルが激昂するかの如く声を張り上げコンソールに拳を叩きつける。

彼が突然キレたことに全員が身体をビクリと震わせ、動きを止めて恐る恐る彼の顔を窺うが、そんなことなど気にも留めず首から下げたクイーンを手に取っていくつか命令を実行させた。

しかし、クイーンは無慈悲に<通信不能>と返すだけ。

「落ち着け。もしこれが敵による巧妙な罠だとしても、主はやては我らと共に数多の戦場を駆け抜けてきた。この事態に気が付いていないとは思えん」

諭すように、アインがコンソールに叩きつけられたソルの拳に手を重ねる。

「殺られる前に殺れ、そう教えたのはお前だろう? この状況ならばガジェットの掃除を一時中断し、攻撃目標をジュエルシードの反応に変更することだろう」

「……」

応えぬまま心を落ち着けようとすると、アインの言葉を汲み取るようにはやての放った膨大な魔力がジュエルシードの反応に向かっていくのを感じ取った。

そして、数秒も経たない内にジュエルシードの反応は消えてしまう。恐らく完全に殲滅されたのだと思われる。

……杞憂に終わったか。

皆がそう思い、安堵の吐息を零した。



ビー、ビー、ビー!!



その時だ。けたたましい警報が室内に鳴り響き、

<ジュエルシードの反応と同時に次元震の反応を捕捉>

誰よりも早くクイーンの冷静な声が事態を説明する。

「どういうことだ?」

珍しく焦るような口調のソルにルキノが彼以上に焦った声で返す。

「それが、新たにジュエルシードの反応があったみたいです!! 場所は今はやてさんが消し飛ばしたものとは逆方面で、今度は次元震が発生している程強く!!」

「距離は、さっきよりも近い!? はやてさんの背後を取る形で約500!! 同時に高エネルギー反応、ランクはS、S+、え? 嘘!? どんどん上昇していきます!! 現在SS+を超えました、まだ上がります!!」

「このままじゃはやてさんがっ!!」

ルキノに続いて報告を上げるシャーリーの顔がどんどん蒼褪めていき、アルトが泣きそうな顔になってソルに振り返った。

「ちっ、さっきの反応は罠か……道理であっさり片付いた訳だぜ!!」

言われるまでもない、とばかりにソルはクイーンに命じてはやての元へ転移法術を発動させようとしたが、

<座標の特定が出来ません>

「何だと!?」

返ってきたのは無慈悲な実行不能の言葉。

<原因は不明ですが、転移先の座標が特定出来ません>

繰り返されるクイーンの言葉がソルの頭を混乱させる。

転送魔法が使えないのなら納得出来る。次元震が発生しているのであれば、転送系は危険で使えないのだろう。だが、クイーンは座標が特定出来ないと言った。つまり転移法術が使えない訳では無い。なら、座標が特定出来ないとはどういうことだ?

……まさか、今はやてが居る海上、もしくは廃棄区画をも含めた戦闘域その一帯が何らかの手段によって異空間に変えられている?

「こちらもダメだ! 主はやての座標が確認出来ん!!」

隣でアインが絶望に染まった表情で口元を両手で覆うのを横目で確認しつつ、高速で思考を巡らせた。

(結界で座標が特定されないように空間と空間の位相がズラされてる? ……それだけじゃねぇ、巧妙にそのことを隠してやがる。結界と認識阻害、ジャミングに偽の反応を加えた四重トラップか……!!)

普通なら次元震で十分な筈なのに、此処までするのか!? 敵の用意周到さに心から腹が立つ。余程自分達は警戒されているらしい。法力を知られていないことが最大のアドバンテージだというのに、奴らが取った手段は意図せずして法力が使えない状況を作り出している。

ジュエルシードの力の一端なのか、結界内の味方の正確な位置が掴めない。結界の中は位相がズレていて、現実世界では確実にそこに『居る筈なのに居ない』。

この場で誰一人として座標が特定出来ない原因にいち早く気付いたソルは、混乱の中一人冷静さを取り戻し、苛立つ心を鉄の意志で無理やり捻じ伏せ、瞼を閉じ意識を集中し、はやての『存在』を探る。その上で座標を特定し、今度こそ転移する。

探るとは言っても、物理的な意味での位置を探るのではない。はやてという存在を包括した魂の在り処を、ギア消失事件の際に手にした”バックヤードの力”を用いて見つけ出すのだ。

見つけることさえ出来れば、後はそこへすぐさま転移すればいい。

が、そう上手くいくものでもなく、既に手遅れだった。

何故なら、ソルがオルガンを起動させ脳裏に大規模なマップを描き出したその瞬間には、ジュエルシードから発生した膨大なエネルギーが明確な殺意となってはやてに襲い掛かっていたからだ。

「はやてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

間に合わない、そう悟ったソルが慟哭する。










この時、二つの心と心が重なり合い、想いと想いが一つとなり、魂と魂が繋がった。










はやてに出会う前までの主とは、ザフィーラにとって『道具』である自分達をその通りに扱う『持ち主』でしかなかった。

自分を含めたヴォルケンリッターは、戦う道具でしかない。

夜天の魔導書――闇の書は、主の私利私欲の為に使われるデバイス。

そして、自分は書の機能の一部。

主の命に従い戦うのは、その為に作り出されたシステムだから。

何十年、何百年と繰り返される時間の中で、そういう風に自分を納得させて戦い続けていた。他の皆も自分と同様に。

しかし、十年前に覚醒した今代の主、八神はやてはこれまで出会ったことのないタイプの人間だった。

年端もいかない、欲らしい欲と言えば一緒に暮らしてくれる家族が欲しいと訴える程度の、寂しい日々を送ってきた、無垢なる少女。

その少女が与えてくれたものは、かつて味わったことなどない人間の温もり。

戦う道具としての日々から一転、人間として、少女の家族として暮らす日々。

一緒に過ごすことによって、少しずつ少しずつ”人間”になっていく自分達。

それまで主の『道具』として戦ってきた辛い過去が、報われた気がした。

自分達はきっとこの少女と出会う為に生まれたのだ、と考えてしまうくらいに幸せで。

だからこそザフィーラは、はやてのことを心から敬愛を込めて『主はやて』と呼んだ。

最後の夜天の王、と胸を張って名乗るはやてが誇らしく、そんな彼女に仕える自分も、仲間達も同様に誇らしい。

主はやてに仕える夜天の魔導書、守護騎士ヴォルケンリッター、盾の守護獣ザフィーラ。それが彼の存在意義。

そして、彼女を守る為ならば己の命など顧みない、という覚悟を示す時がどうやらやってきたらしい。





世界が色を変える、否、ザフィーラの意識が現実世界から”真紅の世界”へと移行したのだ。

視線の先には、あの黒いヒトガタと謎のオブジェが存在していた。

両の刃の部分だけが白く、刀身が赤く、切っ先が四角い剣が聳え立つ。

その手前の黒いヒトガタは赤い台座の上で頭を垂れ、跪き、両手を歯車で拘束されている。

台座を挟むようにして音も無くゆっくりと回り続ける、左右対称の大きな歯車。

更に歯車を両脇から支えるようにして設置された、チムニーのようなもの。これもまた巨大で、大の大人よりも大きい。

「此処に来るのは、もう何度目になる?」

今から丁度一年程前、初めて来た時はただ戸惑うだけ。

二度目は確か半年よりも少し前だったか。その時に初めて此処が何処で、眼の前のオブジェとヒトガタが何なのか理解した。それ以来、幾度となく繰り返すように気付けば此処に居て、その副次的な要素のおかげで法力の理解度が高まり、いつの間にか複合魔法を使いこなせるようになった。

そして今は、力を得る為に自らの意志で此処に居る。



――いや、今回も眼の前のこれに……お前に召喚されたとも言うな。



此処に来た時点でザフィーラの姿は人間形態から狼形態に変わっているが、そのことに気にする様子も無く、彼は悠然と眼の前のオブジェとヒトガタに近付いた。

『お手』をすれば届く距離になると止まり、その場で『お座り』し、口を開く。

「お前は、俺個人の勝手な行動でこうなってしまったことを怒るかもしれん」

ヒトガタは応えない。

「だが、俺にはお前の力が必要だ。主はやてを、皆を守る為に」

語りかけるザフィーラに対し、ヒトガタとオブジェは無言のままただそこに座すだけ。それでもザフィーラは友人に語りかけるような親しさで言葉を紡いだ。

「……納得は出来なくても、お前ならこの想いを理解してくれるだろう? 俺とお前が同じ想いを抱いているから、此処に何度も呼び出したのだろう?」



――それ程までに、俺のことを信頼してくれているのだろう?



「頼む、お前の力を貸してくれ……とうに覚悟は出来ている」

前足を伸ばし、台座に触れる。

「この命を代価として捧げよう。それがどういう意味なのかよく理解している。その上で、力を貸して欲しい……お前と契約しよう」

言葉に反応して、眼の前の黒いヒトガタとオブジェが赤い光を放ち輝き始めた。

その光はザフィーラの全身を包み込む。毛の一本一本に至るまで、余す所無く、蒼き狼の身体が真紅へと染まっていく。

真紅の光が全身に行き渡ると、今度は紅蓮の炎となってその身を焼く。身も心も、魂さえも焼き尽くしてしまう紅蓮の炎に抱かれる感触を心地良いと感じながら、微動だにせず、ただ待つ。

その間に様々なことを理解する。情報の波が炎に焼かれれば焼かれる程流れ込んできた。魔力供給と擬似ドラゴンインストールが持つ真の意味、自身がこれから成る存在の意義と定義、などといった事柄が脳に、記憶に、心に、魂に刻み込まれていく。

やがて炎が消える。

「感謝する、我が友よ……これからはマスターと呼ぶべきか」

ザフィーラは立ち上がり、踵を返すとヒトガタとオブジェに背を向けた。

その姿はいつものザフィーラだ。

だが、見た目がいつも通りでも、既に存在そのものが変わってしまっている。

夜天の魔導書のヴォルケンリッターだったザフィーラは、もう居ない。

その証拠として、これまでザフィーラの中にあったはやてとの魔力・精神リンクは完全に消失し、代わりに黒いヒトガタとオブジェとの繋がりを強く感じる。

しかし、それでも別に構わなかった。命に代えてもはやてを守ることが彼にとっての存在意義であり、騎士としての誇りでもあるのだ。

それにザフィーラにとってはやてが主である、という事実が消える訳でも無い。はやては彼が初めて、自分の意志で仕える、と心に決めた相手なのだから。

契約は終えた。ならば、後はこの身をはやての傍に召喚するのみ。

場所は既に掴んでいる。はやての魂の在り処を探るなど、今のザフィーラには造作もない。

眼前に、蝶の羽ように美しい紋様で描かれた”ゲート”が出現した。

契約して手に入れたこの力で大切な家族を守る為に、彼は真紅の世界を後にし、現実世界に己の存在を召喚する。

「……魂との契約に従い、マスターの”想い”を守り抜く」



――愛する人を守る。



この力は、ただその為に。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat24 Shift










目測で恐らく半径200くらいだろうか? 計算が正しければそのくらいの範囲なのだが、視界には鮮やかな青で彩られた巨大な魔力爆発が発生していた。

ターゲットである八神はやてを中心にして球状に拡散した青い魔力は、その余波だけでとてつもない衝撃波を生み出して周囲の雲を瞬く間に吹き飛ばし、空間そのものを消滅させる破壊力を以って範囲内を無慈悲に蹂躙していた。

直撃、直撃だ。たとえ圧倒的な戦闘能力を有する魔導師だろうと、歩くロストロギアと呼ばれる輩であろうと、この一撃を食らって生き延びる可能性は無い。

もしこれをまともに食らって生きているのが存在するとすれば、そいつは正真正銘の化け物だ。

「ど~? クアットロ様の完璧な計画」

「黙って。今命中確認中」

上機嫌のクアットロに比べ、ディエチは興奮もせず冷静に返すだけ。

そんな妹の反応に思わず吹き出してしまい、続けて高笑いをする。

「ぶっっ、あああーーっはははははははははははははっ!! 確認なんてするまでもないわ!! 範囲内に存在するもの全てを塵一つ残さず消し去る砲撃を受けて、生きてる訳無いじゃない!! ジュエルシードで強化したディエチちゃんが放った最大火力の砲撃が直撃よ!? 街の一つや二つが簡単に消し飛ぶ威力の代物よ!?」

可笑しくて堪らないと腹を抱えて尚も笑い続けるクアットロに、ディエチは呆れていながら彼女の言うことに納得するような笑みを作った。

計画は上手くいった。二つのジュエルシードを用いて”背徳の炎”を欺き、八神はやてを撃墜することに成功したのだ。

筋書きはこうだ。まずジュエルシードを利用したクアットロが、より強化された自身のIS――シルバーカーテンを用いて自分達の姿を消す。それから予め攻撃されることを踏まえたダミーを用意しておく。

”背徳の炎”の意識をガジェットにあえて集中させる為に大量に用意し、更にシルバーカーテンで増やす。

次に、結界と認識阻害とジャミングを準備し、徹底して相手の機器や感覚、通信や転送の類を妨害。これはクアットロ一人だけではなく、メガーヌとの共同作業でもあった。

ダミーから偽のジュエルシードの反応を発生させ、相手側の勘違いを誘い、あたかも八神はやてを狙って攻撃するように見せ掛ける。

そして、偽の反応に八神はやてが対処した直後の隙を、ディエチが現段階の最大出力――次元震が発生するレベル――で狙い撃つ。

結果はご覧の通り。

眼前には何かの冗談だと現実逃避をしたくなるような、大きな大きな青い宝石にも似た魔力爆発が空間に鎮座していた。この青い光は全てを無に還す破壊の光。触れればどんなものでも一瞬で蒸発するだろう。

そんな馬鹿げた破壊の中枢に居て、存在出来るものなど無い。おまけに空間が歪んでいて、魔力爆発の中心は非常に不安定。存在出来ていたとしても次元の狭間に放り込まれ、どちらにせよ死が待っている筈だ。

「この調子でいけば、他の連中もあっさり片付けられるかしらぁ?」

「トーレ姉は納得しないと思うけどね」

姉が鼻歌交じりにのたまい、妹が肩を竦めると、青い魔力爆発が急速に収まっていく。

巨大な破壊の渦の塊である青い球体が、見る見る内にその大きさを縮めている。

爆発にしては長い時間も、どうやら漸く終わるらしい。

「ディエチちゃん、何も残ってないのを確認したらさっさとズラかりましょう。目的は達したから長居は無用だわ」

「了解。他の皆にも撤退するように指示を……」

クアットロの声にディエチが応じようとして、何故か彼女は途中で言葉を止めてしまった。

「ディエチちゃん?」

そんな妹の態度に不審なものを感じたクアットロが、ディエチの視線を先を追って、先程まで気持ち悪いくらいに口元を緩ませていた表情を凍りつかせる。

「……う、うそ……どう、やって……」

二人の視線の先には、何も存在することが許されないそこには、紅蓮の炎が存在していたからだ。










青い光が自身を呑み込まんと迫っていたのを眼にして、はやては己の死を覚悟した。

フルドライブ状態ではなかったとは言え、ほぼ全力を注ぎ込んだ大規模空間攻撃を行った後では、殲滅系魔法を連発していた疲弊もあり、回避することは叶わず、防御に徹するより他は無かった。

初めて体感するジュエルシードの膨大な魔力に気圧され、反応が遅れてしまったのだ。

何より驚いたのが砲撃の大きさ。こちらに砲撃が接近するにつれて、その青い光が冗談のように大きくなっていき、超高速で迫ってきていたので、早々に回避は無理だと悟る。

今更フルドライブを使い全身全霊で防御を張っても絶対に防げない、それくらい途方も無い強大さを秘めた攻撃だったから。

それでも最後まで抗い続けることを決めた彼女は、自分に戦うことを教えてくれた男の往生際の悪さを思い出し、防御壁を構築。

もしかしたら生き延びることが出来るかもしれない、という風に希望を捨てずに。

諦めんな、絶望なんて捨てろ、何が何でも生き延びろ、昔口を酸っぱくして自分に言ってくれたソルの想いに少しでも報いる為に。

そして――



突如、真紅の光が眼前に生まれはやての眼を灼き、紅蓮の炎が防御壁ごと包み込み、ほぼ同時に見慣れた男性の後姿が見えたのは次の瞬間だった。



「クリムゾン、ジャケット!」

獣の咆哮にも似た、否、それはまさしく獣の咆哮だ――が耳朶を叩き、男性の服装を、十年前に自分がデザインして与えた騎士甲冑姿を、言葉の通り紅蓮の炎によって染め上げていく。

その足元に浮かぶのは魔法陣に非ず。小さな火をいくつも描いて太陽の形に模した――日輪を象徴とした、火属性を意味する法術陣。

脳がそこまで現状を把握すると共に、青い閃光が轟音を伴ってはやてを庇う男に叩きつけられる。

「ぐっ!!」

零れる苦悶の声が、どれだけ強い重圧を受けているのか容易に理解出来た。

蹂躙する青い破壊の光と、紅き守護の炎。どんなに贔屓目に見ても後者が圧倒的に押されていて、明らかに分が悪く、もう幾許も持ち堪えられそうにない筈なのに。

だが、彼はそんなことでは退かない。退く訳が無い。退く訳にはいかないのだ。

彼は背負っていた。その後姿には気高き誇りと、並々ならぬ覚悟が垣間見えた。

防御の為に前方に突き出した両腕が圧力に耐え切れず、手甲にヒビが入り砕け散り、皮膚に裂傷が走り血が迸ったが、彼は怯まない。

「たとえこの身体が朽ち果てようと」

まるで呪文のように紡がれていく言葉は、自分自身を鼓舞しているかのようだ。

「必ず守ってみせる」

それは強い”想い”。

「必ずだ……そうだろ? マスター!!」

”想い”に呼応するように炎がより強く燃え盛り、美しい真紅の光が輝きを増す。



「我は盾」



法力が12法階を超え、



「盾の守護獣にして、装甲の兵、ザフィーラ」



彼の存在そのものを最適化させていき、



「……『俺達』の炎は、この程度には屈しないっ!!」



魂を具現化させる”バックヤードの力”がその真価を発揮する。




















遠くて肉眼では確認出来ないが、砲撃手の方角に向かって鋭い視線を飛ばすと、こちらの闘志に怯んだのか敵意が慌てるように遠ざかっていく。それを感じ取り、ザフィーラは安堵の溜息を吐く。

個人的な感情で言えばこのまま追撃してやりたいところだが、急拵えで無茶な調律による召喚をした所為でマスターに多大な負荷が掛かってしまっている。これ以上の戦闘は避け、はやてを連れて撤退した方が良い。

結果的に見て攻撃を防ぎ切ったが、彼自身無傷という訳では無い。両腕はズタズタで、暫く使い物にならない。加えて、初めて行使した新しい自分自身とその力のおかげで、召喚した肉体が消滅寸前だった。

現状を維持するだけでも難しい。

ゆっくりと振り返り、法術陣の上に片膝をつき、はやてに対して頭を垂れる。

「主はやて、一つあなたに謝らせてください」

「……」

はやては何も返さない。というより、何が起こったのか理解が及ばず反応しようにも出来ないのだろう。呆けたような表情を浮かべて、ザフィーラの後頭部をじっと見るだけ。

「私はあなたを守る為に、あなたの騎士であることを辞めました……申し訳ございません」

それでも主が知らぬ裏で動いていたような後ろめたさがあり、胸が痛む。闇の書事件の際に、自分達の勝手な判断で魔力を蒐集していた時よりも心苦しい。

心残りが無かった訳では無い。大切な主との関係をこちらから一方的に切ってしまう行為が辛くない訳が無い。だが、ザフィーラにはこれしか方法が思いつかなかった。

顔を上げると、自分を見下ろすはやての顔がやけにぼやけて見える。

この時になって漸くザフィーラは自分が泣いていることに気付く。

「ですが、心の中では、主はやてはいつまでも主です」

「……ザフィーラ」

ザフィーラの言動と涙を零す理由、それと二人の間に確かに存在していた魔力・精神リンクが消失していることから全てを察したはやてが、悲しげに眼を細めた。

それでも、彼女は責めたり問い詰めることもせず、小さく首を横に振る。

「謝ることやない。どういうことなのかよく分からんけど、ザフィーラは私を守ろうとしてくれたんやろ? それやったら、私が言わなアカンのはこれだけや」

シュベルトクロイツと夜天の魔導書を手放し、両手で彼の頬を優しく挟み、彼と同じように瞳に涙を浮かべると、万感の想いを込めて言葉を紡ぐ。

「おおきに……ありがとうな、ザフィーラ」

此処に、一つの主従関係が――実質的に――終わりを告げた。




















「良かった、無事で……本当に良かった」

ジャミングが解けことによりモニターが復活し、それによってはやての無事を確認したアインが鼻を啜る隣で、

「……っ」

糸が切れたマリオネットのように力無く倒れるソル。

はやての無事に誰もが張っていた気を緩めた瞬間を狙ったようなタイミング。度重なる驚愕的事実に室内のオペレーター陣は限界が近付いたのか、シャーリー、ルキノ、アルトの三人は揃って「きゃーーーーっ!!」と悲鳴を上げた。

「ソルさん!?」

「ソル!! 急にどうした!? おい、しっかりしろ!!」

顔を真っ青にしたグリフィスが駆け寄り、アインが血相を変えてソルの上体を抱き起こす。

「……喚くな、鬱陶しい」

なんでもない、と訴える声は普段のそれと比べて弱々しく、余裕らしい余裕も窺えない。

何処からどう見ても、誰がどう見ても、明らかに衰弱し切っている彼の姿に、アインを除いた皆は信じられないものを見たとばかりに眼を大きく瞠る。

そんな中、アインは一人腕の中のソルから視線を外し、モニターに映るザフィーラに眼を向けて、あることに気付く。

(この感覚……意識が包括されていく。ソウルシンカー? ザフィーラの肉体が12法階を超えて最適化されている……まさか!!)

この現象に心当たりがあった。

十年前に転写したソルの記憶。百年以上もある戦いの記憶。その中でも後半にあたる聖戦終結から数年後の、特に印象的な戦い――”ギア消失事件”でだ。

当時の実際にあったことが脳裏に蘇る。





――『オイの力を貸すっちゃ、気をしっかり持ちぃや? 普段使わないアンさんの力を解放すっちゃに』



――≪Here I am,sir.≫



――『これは……召喚術? いや、法力が12法階を超えて最適化されている。召喚されているのはこっちか!』



――『ん~、オイは詳しかちゅうこつわがんねが、そやアンタの『サーヴァント』さ。アンさんの法力を戦闘向きに具体化したっちゃよ』



――『かぁ……なんてアヴァンギャルドなフォルムなんだ』





イズナの手解きを受け、ソルが初めて”バックヤードの力”を行使し召喚したザ・ドリルを使役してウィズエルを撃退した後、酷く疲弊した様子だった。

あの時の姿と、今の倒れた姿が酷似する。いや、むしろ今の方が昔よりも疲れ具合が酷い。

(そうか……ザフィーラ、それがお前の、主はやてを守る為に出した答えなのだな?)

紅蓮の炎を纏い、真紅の光を放つ彼の姿に、最早疑問の余地は許されない。

サーヴァントを召喚する為には『マナ』と呼ばれるエネルギーが必要だ。

マナとは生命が持つ根源的な力。魔力とはまた別種のエネルギー。生き物が持つ魂の力、とも言い換えていい。

これの一個人で持ち得る総量はそう多くない。不老不死のギアであるソルでさえ例外ではなく、彼のマナ保有量とて下級兵を数体召喚するのが関の山。

おまけに、召喚する前に契約する必要があり、その契約にもまたマナを消費するという非常に燃費が悪い側面がある。

本来ならば、戦場となる土地から少しずつマナを汲み上げて、こつこつ集めて溜まったそれを無駄遣いせず消費する筈なのだが……

(この衰弱の仕方、はっきり言って度が過ぎている……ザフィーラは契約と召喚にどれ程のマナをソルから使ったのだ? 明らかに限界を超えているではないか!!)

ソルは何故それを許容した? こうなることなど、お前が一番よく分かっている筈ではないか?

それとも、それぐらいマナを消費しなければ、先の砲撃からはやてを守ることは出来なかったのか?

「ア、アイン……」

蚊の鳴くような声にアインは思考を一時捨て置き、安心させるように抱き締める力を強めた。

「大丈夫だ、私は此処に居る、しっかりしろ……グリフィス、すまないが医務室で待機しているユーノとアルフを呼んでくれ」

「了解しました!」

病気でも怪我でもないマナの枯渇に、現代医療と治癒系魔法・法術がどれ程効果があるか不明だ。しかし何もしないよりは遥かにマシ、と結論付けてユーノ達を呼ぶように指示するが、ソルはそれを拒否するようにゆっくりと首を横に振る。

「俺を、なのはの所へ、連れて行け」

「息も絶え絶えで今にも死にそうな顔をしているというのに、何を言い出すんだ?」

碌に戦闘が出来ないどころか一人で立つことすら不可能な癖に、

「……なのはが、やべぇ」

彼は、いつだって自分のことを顧みず、

「なのはが、俺を待ってる」

愛する者達の為なら己の命を惜しまない。

「オルガンで、分かった……なのはの状態は、急がないと手遅れになる」

「……」

「だから、俺を連れて行け……座標なら、オルガンでもう調べてある、クイーンにも送信済みだ……」

彼の必死な姿にアインの表情は沈痛に歪む。

こんな状態のソルを連れて行っても何の役にも立たない。それは試すまでもない、厳然たる事実だ。これがマナの枯渇ではなく魔力の枯渇であれば、ギアの身体能力にものを言わせた戦闘なら可能で、そもそも此処まで衰弱しない。が、マナとは命そのものと言っても過言ではないエネルギー。それが限界を超えて消費してしまったということは、命の危機に瀕していると同義語だ。

つまり、これ以上マナを消費するようなことがあればソルは死ぬ。

そんな事実を、アインが許容出来る訳が無い。他の皆もそうだろう。

だが――

「分かった……お前の意思は私の意思だ。なのはの元へ連れて行けと言うのなら連れて行く」

この男が人の忠告を聞いて大人しくしているようなタマではないことも、アインはよく理解していた。他者の制止の声に耳など貸さず、いつだって己の信念を貫いて戦ってきた男だ。今更自分の忠告に耳を傾けるとは思えない。



――そして、そんなソルだからこそ、自分も、他の皆も慕っていて、だからこそ彼を支えたいと思っているのだ。



「しかし、条件がある。マナが枯渇している今のお前は全く使い物にならん、はっきり言って足手纏いだ。これを踏まえた上で、現場では私の指示に従ってもらうぞ」

眼で『いいな?』と問えば、自分の状態は誰よりも理解しているからそのつもりだ、と彼は素直に小さく頷く。

「それと、自分の足で歩けもしない輩を現場に出すつもりは無い。かと言ってお前のマナの回復がどれ程時間が掛かるか分からんし、マスターゴーストを顕現してゴーストを支配する時間も無い」

言いながら彼女は、黒いスーツの下に着ているYシャツの襟部分を力任せに引っ張って引き千切った。ボタンがいくつか飛ぶと、白磁のように白くて美しく、それでいて健康的で艶かしい女の首筋が曝け出される。

「だから、なのはの元へ転移する前に、ほんの少しでもいいから、私のことを喰え……いいな?」

真剣な表情ではあるが、やはり人前では若干羞恥心があるのか、頬を染めつつアインは条件を突き出すのであった。

























一言後書き……にすらなれていない茶番


QB「ボクと契約して魔法少女になってよ」

ソル「……死ね」


632146+S→P→K→S→HS→D→K→S→632146+HS デストローイ




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat25 愛の深さは闇の深さに比例し
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/08/03 23:14


海上の防衛ラインに送り込まれてきた大量の増援をはやてに任せ、廃棄区画へと向かっていたフェイトの進路を塞ぐようにして彼は現れた。

ゼスト・グランガイツ。

槍を携えた騎士の姿を確認し、急停止。廃棄区画と海が境目になっている丁度真上にて二人は相対する。

「……」

「……」

共に無言。

ただひたすら相手を睨みつつ、フェイトは内心で舌打ち。

自分では眼の前の相手に勝つのは難しい、と。

擬似ドラゴンインストール状態でフルドライブを発動させたヴィータと互角の戦いを繰り広げたゼストに、どうやって勝とうか?

勝つ自信がない訳では無い。いつだって自分より強い相手と戦うことを想定して訓練してきた。実際に圧倒的な強さを持った人達と戦ったことなど数え切れない。むしろ慣れている。

しかし――

今から一年程前のことだ。ヴィータを含めた、法力をまともに使えるメンバーが突然擬似ドラゴンインストールを身に付けたのは。

オリジナルと比べ、やはり出力や安定性の面などでは劣っていたが、それが切り札になり得る有効な手段であることは明らかで。

己のリンカーコアに内包したソルの魔力を解放し、ギアの力の一端を自由自在に操る術。

フェイトはこれが使えなかった。いや、使えるのだが、制御が出来なかった。

ギアの力である故か、制御に必要な技術は魔法ではなく法力を操る技術であり、法力を上手く使いこなせない面々がこれを使おうとすると出力過多でたちまち暴走してしまう。

まるで少しアクセルを踏み込むだけで停止状態からトップギアに入ってしまう車に乗っているようで、全く使い物にならない。

おかげで今まで身内の中でバランス良く保たれていた模擬戦ランキングが均衡を崩すこととなる。

ある程度上手く擬似ドラゴンインストールを制御出来る、つまり法力行使が上手い連中が常に上位に食い込み、逆にこれまで上位だった面子が下位に。元々ギアであるソルとアイン、まだまだ実力が未熟な子ども達はランキング対象外ではあり、ヴィータはそもそも以前から上位陣に居たので今も昔も常に上位をキープしていた。

悔しい。そして羨ましい。自分達にソルの力が宿っているということは、それだけ自分達がソルに近付いているということである。

なのに、もらった力を使いこなせない……不甲斐無い。

腹の奥底から、黒くて醜い嫉妬の激情が沸々とこみ上げてくるのを必死に堪え、日常生活でソルに甘えることによってそれを打ち消して。

どうして自分は法力を上手く使えない?

どうしてギアの力を制御出来ない?

これではまるで、自分が彼のことを受け入れられないようではないか。

そんな筈は無い。ある訳無い。あってはならない。彼の為に生きると誓い、死ぬと心に決めているフェイトにとって、これは納得出来ない事柄で。



――私は彼のものなのに、彼の所有物の筈なのに!!



……いつか必ず、どれ程の時間が掛かっても法力を完璧に使いこなせるようになって、ギアの力を100%制御出来るようになって、彼と共に永遠を歩き――

そこまで考えに至ってから、我に返るようにして慌てて思考を打ち切る。敵が眼の前に居るというのに、一体何を考えている? と。

戦闘中に戦闘以外のことを気にするなど愚の骨頂。今この瞬間に殺されても文句は言えない。

自戒するかの如く唇を噛み締め、集中する。

と、ゼストは構えていた槍をゆっくり下げ、こちらの気勢を削ぐように矛先をフェイトから外す。

「何のつもりですか?」

「……話し合おう」

「……」

唐突な申し出に疑心を込めた視線で返すが、相手は特に気にした風も無く、無味乾燥な印象がある口調で淡々と言った。

「俺個人としては、管理局相手はともかくお前達”背徳の炎”と事を構えるつもりは無い」

無言で続きを促す。

「むしろこちらから保護を願いたいくらいだ」

「保護?」

胡散臭げにフェイトは眉を顰める。

「保護と言っても俺ではなく連れのことだがな」

アグスタで確認された召喚師のことを言っているのだろう。

はっきり言って、ゼストが何のつもりでこんなことを言い出したのか見当も付かない。

聞く耳持たずに戦うか、それとも少しでもいいから話を聞いてやるか、どちらかと問われれば、元来優しい性格をしているフェイトは後者を選ぶ。

敵は容赦無く叩き潰せと教わった身ではあるが、こちらと敵対したくないと意思表示している相手に問答無用で攻撃する程、無情にはなれない。

こちらの油断や隙を狙った騙まし討ちの可能性は勿論捨て切れないので、警戒も構えも解かず一定の距離を保ったまま「話してみてください」と促した。

「知っているだろう。あの時の戦闘機人事件で、俺と俺の周囲全てが変わってしまった」

「隊長のあなたとメガーヌさんの二人は行方不明。それ以外の隊員はソルが救助したクイントさんを除いて全員死亡。首都防衛隊でもNo,1と呼び声が高かった部隊が一夜にして壊滅した、戦闘機人という違法研究が発端となった事件……ソルが何年も休業していた賞金稼ぎ稼業を再開する切欠となった事件でもあります」

「そうか……そういえば、ソル=バッドガイと初めて遭遇したのはとある違法研究施設だったな。違法研究を毛嫌いしている当時の奴の言葉には驚かされた、今でも一語一句間違えず覚えているぞ。確か、『自分から好き好んで犯罪を繰り返すようなクズに人権は無ぇ』だったか」

昔を思い出したのか、彼は瞼を閉じ、くくくと漏らしながら槍を持っていない左手で自らの腹部を押さえ苦笑する。声質は低いが、口調も先程とは打って変わって感情がある。何というか、楽しそうだ。

「ヴォルカニックヴァイパー、という名の技も覚えている。素晴らしい技だった。あれ程見事に迎撃されたのは長い局員生活でも初めてだ。今更だが、もし違う出会い方をしていたならばソル=バッドガイとは良き戦友になれたかもしれん」

やや興奮気味なゼスト。

なんでいきなり話が脱線しているの? と思いながらもフェイトは口に出さず、吹き出しそうになるのを必死に堪えて心の中で同意する。彼は今も昔も相変わらず武人気質の人間や戦闘狂から好かれるなぁ、という風に。

彼の強さは、さながら誘蛾灯のようなものなのだろう。強さを求める者、戦いを求める者にとっては魅力的な光に違いない。その光に飛び込めば焼かれると分かっているのに、飛び込まずにはいられない。

「……ゴホン、話が逸れたな」

若干恥ずかしそうに咳払いを一つして、ゼストは楽しそうな雰囲気から一転して真剣な眼になった。

「あの事件で俺は戦闘機人に敗北し、死んだ」

「死んだ?」

「そう、一度死んだ筈だったが……スカリエッティの手によりレリックウェポンとして蘇生させられた」

「そんな馬鹿な。死者蘇生なんて不可能です。だって……」

フェイトの生みの親であるプレシアは、事故で死んだ娘のアリシアを蘇らせようとして違法研究に手を出したが、結局それは叶わず最期を迎えた。プレシアの死者蘇生失敗がフェイトという結果を生み出したのだ。

だがもし死者蘇生が技術として可能なのであれば、己を顧みず病を患ってでもアリシアを生き返らせようと研究に没頭し続けた母が浮かばれない。

いや、だからこそアルハザードに拘ったのだろうか? 技術として可能であることを知っていて?

「普通ならそう考えるだろうが、どうやらレリックという代物はエネルギー結晶体であると同時に生命力の塊でもあるらしい」

生命力の、塊?

「話を聞いただけなので詳しくは知らんが、レリックに適合することが出来れば、たとえ肉体が死んでいても蘇生は不可能ではない、とな」

「……眉唾ものですね」

「俺もそう思う」

疑いの眼差しにゼストは肩を竦めて見せた。

確かに眉唾ものの話である。だが、それと似て非なる存在をフェイトは知っている、というか身近に『居る』。

生体兵器ギア、異種と呼ばれる人外、”バックヤード”の出身者……ある意味死を超越した者達だ。

生まれついての不死者か、何らかの要因によって不死者になったか。その違いはあれど基本的に彼らは文字通り不老不死、もしくはそれに近い。その肉体は老いを知らず自然死や老衰は訪れない、病に罹らないので病死も無い。どんなに大きな怪我――人間にとって致命的な肉体的損失を負ってもたちどころに再構成される身体。本人が自殺を図ろうとしなければ、生きようとする意思があれば確固たる存在として、気の遠くなるような永い年月を歩き続けていくことが可能だ。

しかし、この世に完璧な生命など存在しないと証明するかのように、彼らは確かに『不老』だが厳密な意味で『不死』ではない。老化しない身体は普通の生物と比べて『死に難い』。傷を元に戻すことは出来ても『絶対に怪我しない』訳では無い。人と同じように脳や心臓といった臓器が存在する以上、弱点を突けば――殺そうと思えば殺すことだって出来る。

とは言え、やはり不死者は常人と比べてとてつもなく『死に難い』。ソルやスレイヤー並みになると銃で撃たれても「少し痛ぇ」と訴えるだけで済んだり、剣で斬られても平然としている理不尽なまでのタフさを誇っていたり。また、ダメージを受けても回復する速度が異常に早い。

そして、大抵は彼らの人類を遥かに凌駕した戦闘能力の前に何も出来ぬまま屈するのがオチ、と相場は決まっている。殺す前に殺されるのが常識だ。

……そんなすぐ傍に不老不死という不条理かつ非常識な連中が実在するのだ。死者蘇生だって実現出来ても不思議ではないのかもしれない。

(生命力の塊……もしそうなら、ゼストさんがレリックを使ってドラゴンインストールの真似事が出来るのも分かる気がする)

ソルは常日頃、己の肉体を構成しているギア細胞を封印している。封印と呼称するより枷を付ける、と表現した方がニュアンス的に近い。具体的には生物の細胞として最低限レベルの役目しか果たせないように、生命活動の一環である新陳代謝やエネルギーの生産などを抑制しているのだ。ドラゴンインストールとはつまり、封印を解くことによって枷を外しギア細胞が持つ本来の役目を果たせるようにしてやることだ。

そうしていないと、身体が不必要にギア化して竜人形態になってしまう。ギアとしてはそれが正しい姿なのだが、日常生活でそんなもの必要無いし、竜の姿はリミッターを外した最終戦闘形態でもあり、不必要にリミッターを外すのは身体に良くないので、常時完全解放状態もそれはそれで不自然である。安全装置が解除済みでいつでも撃てる核ミサイルと一緒だ。

何処となく矛盾を孕んでいるが、要するに普段の彼の肉体は生命力をかなり抑えているのが自然、というかそれが日常生活では最適で――それでも人間と比べれば尋常じゃないエネルギー生産量だが。

スカリエッティがソルに眼を付けたのはそこなのだろう。活性化したギア細胞が生み出すエネルギーは爆発的で、噴火した火山の火口を覗いているような、一個の巨大な生命として星の鼓動を間近で感じているような錯覚に陥る。

しかし、だ。レリックを使えば――肉体が適合するか否かの問題を抱えるが――死者蘇生が可能ならば、やはり母プレシアの最期が哀れで仕方が無い。

一度かぶりを振り、レリックの死者蘇生、母のことを思考の片隅に追いやり、ゼストに声を掛ける。

「それで? レリックウェポンとして復活したあなたは今、私達に連れを保護して欲しいと。連れとはやはり、メガーヌさんのことでよろしいのですか?」

「いや、メガーヌも保護して欲しいと言えばそうだが、彼女は恐らくスカリエッティによって洗脳されているだろう。一筋縄でいかん。彼女ではなく、彼女の娘のルーテシア。それともう一人、古代ベルカの融合騎を」

「アルピーノ親子!? ……まさか二人共――」

「そうだ。彼女達は俺と同じ、スカリエッティの手に堕ちた者達……レリックウェポンとして改造され、洗脳を施されている」

ある程度予期していたこととはいえ、ゼストの自嘲しながらの宣告に、フェイトはその美しい眉に皺を寄せ、胸の内で徐々に膨らましつつある憤りを理性で無理やり押さえ込む。

おかしいと思っていたのだ。

壊滅前のゼスト隊は違法研究を追う、真面目で正義感に溢れた部隊であった。隊長のゼストも過去の資料を見たり、クイントの話を聞く限り、力を求めて自ら望んでスカリエッティ側につくような人物ではない。メガーヌも同様である。

全てを犠牲にして、力を望む愚か者ではない。

それでも此処で疑問が一つ浮上した。

ならどうして彼は連れを、ルーテシアとメガーヌを、アルピーノ親子を保護してくれと言うのか?

自分自身はどうするつもりなのか?

何故、己のことを勘定に入れない?

何か他に目的でもあるのか?

「もし、その連れを保護したとして、あなたはどうするのですか?」

冷静を装いつつ疑問をぶつけると、彼は重苦しい溜息と共に俯いて、頭を垂れたまま、苦渋に満ちた口調で答えた。

「友の真意を知る為だ」

「友とは、レジアス・ゲイズ中将のことですか?」

「……」

否定も肯定もしない沈黙。しかしこの沈黙が肯定を意味しているのをフェイトはなんとなく悟る。ゼストの親しい友人、と言えばまず一番最初に浮上するのがレジアス・ゲイズだからだ。

レジアス・ゲイズには当時黒い噂があったらしい。地上部隊を増強する為に違法研究に手を出しているのではないかとか、最高評議会に取り入って権力を手にしただとか、本局からの指摘や意見に全く耳を貸さず地上で自分の好き勝手をしているとか、枚挙に暇が無い。

怪しい背後関係を臭わせる人物ではあったが、どんな手段を使ってでもミッドの平和を守ろうとしている姿勢にソルはむしろ感心していたくらいで、『少ない犠牲すら許すことが出来ないから戦力を増強しようと必死こいてんだろ』や『友人と一部隊を犠牲にしてまで築く平和なんぞ平和じゃねぇ。もしかしたらレジアスは何らかの圧力を掛けられているかもしれん』と言ってマークから外していた。

というより、ソルは無意識にそう願っていたのだろう。

レジアスが裏で違法研究に手を出していて、それが公になってしまいそうだったから口封じとして部隊を壊滅させ、あまつさえその友人を生体兵器として改造することを容認する。

そんなことは絶対にない、と。彼はたぶん心の何処かで願っていた筈。たとえ小さな犠牲だろうとそれを認められずミッドを守る為に尽力していたレジアスを、きっと彼は疑いたくなかったのだろう。

故に彼はレジアスをマークから完全に外していた。

だが、万が一にでもレジアスがスカリエッティと繋がっていて、ゼストを裏切るような真似をしていたとすれば――



――それは、かつてのソルと”あの男”の関係を焼き増ししたものになる。

   『人類の平和』の為に友人を犠牲にする、という縮図の。



フェイトはなんとも言えない虚脱感が襲い掛かってくるのに耐え切れず、構えていたバルディッシュを下げた。

あまり気持ちのいい話ではないが、ゼストが胸に抱いているものはレジアスへの復讐なのではないか?

随分と昔の話に、管理局の上層部が戦闘機人や人造魔導師を局の戦力として採用しようとしたことがあった。結果的にそれは倫理的な観点とコストの面から採用されなかったが、その計画を秘密裏に進めていたとしたら?

管理局とスカリエッティとの間に何らかの取引が行われていたとしたら? もしそうであるなら、スカリエッティはこれ以上無い程打ってつけの依頼先になる。

大量に生産された戦闘機人や人造魔導師を地上部隊が発見、摘発する。その後摘発したそれらを試験運用という形に持っていく。これは既にスバルとギンガが成功例となっていた。

その途中で掴まれたくない事実に踏み込んだ捜査員を『行方不明』にするついでに優秀な実験素体を得る。

憎らしいくらいに、理に適っているのではないか?

これはあくまでフェイトが考えた末に導き出したものであって、実際は違うかもしれない。ゼストが本当のことを語ったとは言い切れないし、Dust Strikersから自分に眼を向けさせない為の虚言かもしれない。

こんなことで管理局を疑うのは早計かもしれないが、火の無いところに煙は立たない。最早管理局を疑うのは今後の行動の視野に含めた方が良いのは確実で。

先程管理局はともかく、とゼストは言った。そして、管理局にではなく自分達Dust Strikers――”背徳の炎”に保護を求めたということは、彼は管理局を信用していないのだ。

改めて眼の前のゼストを見る。そこには最初に見た無味乾燥とした無感情にして無表情があるだけで。

友に裏切られ己の意思に関係無くその身を生体兵器に改造された、と思われる男。

悲しくなるくらい、境遇がソルに酷似していた。

似ていたからこそ、フェイトの中には迷いが生まれてしまう。



――私達が潰すべき本当の『罪』は、何処にある?

   倒すべき『真の敵』は、一体誰なの?



(……分からない、いくら考えても分からないよ、ソル……私は、私達はどうすればいいの?)

これまで自分達のことを暖かくて力強い光で導いてくれた男に思いを馳せても答えは出ない。

せめてゼストがあの時の――戦闘機人事件の直後の、狂おしいまでの憎悪に支配されたソルと同じ、敵は必ず皆殺しにすると言って憚らない真紅の瞳のように、漲る殺気を隠そうともしなければ少しは違ったかもしれないのに。

いや、もしそうだとしても、だから何だと言うのか?

ソルに似た境遇の男を、自分が止められるのか? 止めるつもりがあったのか?

答えは否だ。むしろ、ゼストを手伝うように進言してしまう可能性があった。

敵が何処の誰であろうと関係無い。肩書きなど自分達にとって意味を成さない。何故なら相手が管理局であろうが、スカリエッティのような違法研究者であろうが、自分達はただ潰すだけなのだから。

今までは、たまたま犯罪者の中に『敵』が居ただけの話。

「もう一度言う。先に言った通り、俺は『お前達』と事を構えるつもりは無い。俺の邪魔さえしなければ、俺もお前達の邪魔はしない」

そう言いつつこちらに背を向けると、ゼストは山吹色の魔力光を伴って何処かへ飛び去ってしまう。

待って、とは声に出せなかった。

ただ、尾を引くようにして遠ざかっていく魔力光を呆然と見つめることしか出来なくて。

「……」

フェイトが我に返ったのはそれから数十秒後。膨大なジュエルシードの反応を感知し、はやてが危ないと気付いた時だ。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat25 愛の深さは闇の深さに比例し










「いかに強力な魔導師であろうと、魔法が使えなければ所詮は人間か」

廃ビルの中の奥、積み重なる瓦礫の前へと踏み込んだトーレの視線の先には、血溜まりに沈む女が居た。

高町なのは。

その格好は魔法をキャンセルされたことにより身に纏うのは白いバリアジャケットから黒のレディススーツに変貌しているが、そのスーツも血によって見る見る内にドス黒く染まっていく。

実に呆気無かった。それがトーレの感想である。

魔法が使えない魔導師を倒すことなど、戦闘機人である自分にとっては赤子の手を捻るも同然で、この結果はやる前からある程度予測していた出来事だ。

それでも相手は”背徳の炎”の一人、白い悪魔と畏怖される存在だ。もしかしたら何らかの対抗手段を持っているのではと考えていたのだが。

やはり魔導師は所詮魔導師で、この女もただの人間でしかなかった、ということだろう。

「く、くくく」

そう思うと、これまでなのはに感じていた恐怖が瞬く間に霧散し、表現しようのない優越感が心を満たす。

「くは、くははははは、はははははははははははははははは!! どうだ思い知ったか!? 散々人のことを虚仮にしておいて、何だその様は? いい気味だな、高町なのは!!」

溜め込んでいた激情を吐き出すように口汚く罵った刹那、トーレの言葉にピクリとなのはが反応する。

「何だ、まだ生きていたのか」

余裕綽々で見下ろしながら鼻で笑い、瀕死の魔導師を蔑んだ。

生きているのなら、これはこれで都合が良い。貴重なサンプルとしてドクターに持ち帰ればさぞ喜んでくれることだろう。

最早トーレにとってなのはは脅威でもなんでもない、ただの優秀な実験素体にしか映らない。

だから慢心していたのだ。彼女が顔を上げるその時まで。

「――!?」

知らず、息を呑み一歩後ずさる。

なのはが浮かべる表情は、敗者特有の諦めが混じったものでもなければ、強者に命乞いをする弱者のものでもない。

死への恐怖が無いどころか、絶体絶命の危機への焦りも感じられない。

ただひたすらトーレを睨んでいた。碌に抵抗出来る訳でも無い死に体の癖に、心の中で自分は勝つのだと信じて疑わない強固な意志を持った眼差し。

彼女が向けてくるその視線は、今までと変わらず狩る側の、狩人が獲物を見る眼だった。

眼の前で這い蹲っている女は、戦意を喪失させていない。

強い眼だ。漠然だが、これが生きている人間の眼というものなのか、と感心するようなことを考えてしまう。

憎悪と殺意に塗れたソルの瞳と対照的ではあったが、同じ生命として似たものを感じる。

なんとなくだが、生みの親であるスカリエッティがどうしてソルにこだわるのか理解した。

何故だろう。上手く言葉に表現出来ない。数秒間黙考し、やがて得心が行ったように頷く。

そうだ。つまり、これこそまさしくスカリエッティが生体兵器に重きを置く最大の理由、生命の揺らぎ、とでも言うやつなのだ。

初めて敵としてではなく、高町なのは一個人の存在に対して興味を抱き、一歩近寄った。

「高町なのは、貴様をこれからラボへと回収する」

言いながらゆっくりと歩を進める。

「ドクターが貴様をどうするのか私には検討も付かないが、貴様は良いサンプルになるだろう」

すると、たちまちなのはの視線が険しくなり、全身を震わせると無理やり立ち上がろうともがき始めた。

四肢に力を入れて起き上がろうとするが、怪我と出血で思ったように力が入れられず踏ん張れない。バシャッ、と音を響かせ、失敗し、それでも諦めず立ち上がろうとして失敗し、何度もそれを繰り返す。

ますます血塗れになっていき、髪にも顔にも血が張り付いて酷い有様である。

「……」

無言のままその様子を窺う。

これは抵抗だ。なのはがトーレに回収されまいと必死に足掻いているのだ。

だが、トーレは何故かその行為を無駄だと吐き捨てることが出来ない。

「そんな身体でまだ戦うつもりか?」

足を止め、代わりに出てきたのはこんな台詞。

そして返ってきた言葉は、

「……当たり前、じゃない」

半ば予想していた内容であった。

四つん這いの姿勢から、レイジングハートを杖代わりにしてなんとか立ち上がろうとする。

「……私が苦しい時……悲しい時……何かに、負けそうになった時」

よろよろと足元が覚束無いが、やはり杖代わりにしたレイジングハートで体重を支えながら彼女は誰の手も借りず立ち上がってみせた。

「いつだって、お兄ちゃんは私の所に掛けつけて、傍に居てくれた」

信じて疑わない。視線と口調がそう語っている。呼吸するだけでも一苦労だろうに、それを微塵も感じさせず、肩で大きく呼吸をしながら魔法の呪文を唱えるように言葉を紡ぐ。

「いつも、いつも……子どもの時から今でもずっと……げはぁっ」

血反吐を時折零し、生まれたての小鹿のように足をガクガク震わせながら。

「お兄ちゃんは、いざという時、絶対に私を助けに来てくれる……私はそう信じてる」

確信に満ちた表情は信じているというより、これから起こり得る事実をまるで予知しているかのように映った。

「だから、私は死ぬまで諦めない、最後まで足掻き続ける……それだけ」

立っているだけがやっとの死に掛け。碌に余力を残していないにも関わらず、この魔導師の心は決して折れない。

ならば、渾身の一撃を以ってその意識を断ち切るまで。

トーレは踏み込むと同時に己のISを発動させる。

辛うじて立っているだけのなのははその動きに反応出来ない。

世界の時間が止まったと錯覚するような空間の中、トーレだけが意のままに動ける。

超高速で間合いを詰め、右の拳を握り締め、振りかぶり、無抵抗な魔導師の額に向かって真っ直ぐ打ち抜く。

青く光り輝く拳がなのはの額に直撃し、彼女は意識を失い、トーレに完全勝利がもたらされる――筈だった。





バシンッ! と乾いた破裂音と共にその動きを止めた、トーレの右拳。

青い拳を受け止めるのは、成人男性特有のゴツゴツした、大きな左の手の平。

続いて、みしり、と軋むような音が青い拳から響いてくる。トーレの右拳を受け止めた手が、尋常ではない握力を掛けて潰そうとしているのだ。

だが、二人はそんな音などに意識は向かない。自分達の眼の前に突然、瞬間移動でもしてきたように文字通り一瞬で割って入った男に神経を傾けていた。

なのはにとっては見慣れた後姿だ。力強くて、頼もしくて、暖かい大きな背中。幼少の頃から今の今まで、何度も何度も甘えさせてくれた、自分に癒しと温もりを与えてくれた、大好きな背中。

トーレにとっては忌々しい真紅の瞳だった。劣等感を抱いて、憎んで、怯えて、何年も何年もモニター越しに睨み続けていた怨敵。

二人は全く同じタイミングで、眼の前の背中に、真正面の紅眼に、その名を呼ぶ。

「お兄ちゃんっ!!」

「ソル=バッドガイ……」

負った傷など微塵も感じさせない喜色満面のなのは。

積もりに積もった憎悪を叩き付けるトーレ。



「スマン。遅れちまったな、なのは」



そして、彼は肩越しに振り返り、なのはにだけ応えた。





闖入者のソルに驚き、トーレは慌てて右拳を振り回し距離を取ろうと図る。

意外にも彼はそれをあっさりと許し、握り潰さんばかりの勢いで力を込めていた左手を緩め、そのまま退がり警戒を向けてくる戦闘機人を一瞥してから、興味が失せたように身体ごとなのがに向き直った。

その姿勢はトーレに背を見せる格好であり、まるで初めから眼中に無いと言わんばかりだ。

「お、おにい、ちゃん……」

「無理して喋ろうとすんな。今癒す」

必死になって縋ってくるなのはを、血でスーツが汚れるのを厭わず優しく抱き締め、その体重を支える。

「よく無事で居てくれた……本当に、良かった」

心の底から安堵した、胸を撫で下ろすような言葉に合わせ、なのはの全身が、紅の淡い魔力光に包まれていく。

「応急処置だが、しねぇよりは遥かにマシだ」

「……うん。ありがとう」

少し疲れたような、それでいて安らぎを覚えているような、なのはの声。

トーレは拳を構えたままそんな光景を呆然と眺めていたが、明らかに自分が無視されていると自覚して、憤りを覚えた。

ソルがなのはを傷つけられたことに対して激しく怒り、攻撃を仕掛けてくると予想していたのに、彼はあろうことか敵に無防備な背を向けたまま応急処置を開始し、こちらの存在に気を配っていない。

はっきり言ってその後姿は隙だらけだ。

しかし、これをトーレはチャンスだとは考えなかった。むしろ、舐められていると感じる。

普通に考えてダメージで動けない味方に応急処置を施すよりも、脅威となる眼前の敵を排除することの方が先決の筈だ。

だのに、重傷者を抱えて逃げも隠れもしない。ソルの態度が意味するのは眼の前に居るトーレの相手をすることよりも、重症のなのはを治療する方が優先順位が高いことを示しているのだから。

その気になればお前程度などどうとでもなる、と言外に出されたようで腹が立つ。

(そちらがその気なら、こちらにも考えがあるぞ)

意思に呼応して右の拳が輝き出す。”力”が唸りを上げ、暴風の如く吹き荒れる。集約された青い光が絶大なる破壊力となって迸る。

なのははトーレが放つ不穏な気配に気付き、ソルに何か警告しようとだが、彼は振り向きもしなかった。

その態度がトーレの怒りに拍車を掛け、ついには引き金となる。

「ソルゥゥバッドガィィィィィ!!」

全速力で踏み込み、ISを発動させ最大加速。積年の恨みをぶつけるように、黒茶の後頭部に向けて必殺の意志を込め拳を振るう。

その刹那、こちらに背を向けているソルの足元――つまり彼の『影』がブルリと震え、

「!?」

その背を守るようにして『影から』漆黒の刃が無数に生えた。

闇が質量を持ったかのような黒い刃は、咄嗟に急停止しながら身を捩ったトーレの頬や防護スーツを浅く斬り裂く。

「何だ!?」

再び退がりながら戸惑うトーレ。

無数の漆黒の剣は、再びブルリと震えるとその存在を液状化させドロドロになり、今度は一つに寄り集まって闇がまた別の形になろうとしている。

物理的に存在しない筈の『影』が実際の質量となって武器になるなど、トーレは知らない。いや、トーレどころか次元世界中の誰だって知らないだろう。

だというのに、これは一体何だ? 一体どういうことだ? 彼女にとって理解出来ない、理解が及ばない事象が起きていた。

そもそもソルは此処にどうやって来た? どういう手段を用いてなのはに応急処置を施している? トーレがジュエルシードを利用して発生させている擬似的な虚数空間は、魔法が問答無用でキャンセルされる空間で、魔法は使えない筈なのに。

「邪魔はさせんぞ、戦闘機人」

何故何故何故? と頭の中で一人答えの出ない疑問を繰り返すトーレの耳に、怜悧な女の声が聞こえてくる。

声の元はソルの影。先程無数の剣となり彼を守ったそれは、現在人と同じ大きさと質量を兼ね揃えた不定形な闇の塊なっていて、非常に薄気味悪い存在だ。

やがて闇の塊は少しずつ人型の輪郭を整えていき、あっという間に一人の女性となってソルの背後に佇み、こちらと真正面から相対した。

腰まで届く美しい銀髪、整った貌を彩るルビーのような真紅の瞳、全身を覆う黒装束に、背中から生えた漆黒の翼、腰から伸びる長い尾。

リインフォース・アイン。ソルの使い魔とされる、”背徳の炎”のサブリーダー的存在だ。

彼女はトーレに対して何の興味も抱いていないような態度を取るソルとは対照的に、絶対零度の怒りを滲ませた眼で静かに睨んできた。それはとても分かり易い殺意を孕んだものである。

どういう理屈か知らないが、ソルは己の影の中にアインを潜ませていたらしい。アインという守護者が居たからこそトーレのことなど構いはしなかった。

それにしてもこいつらは一体何なんだという疑問が尽きない。魔法が使えない空間で魔法を使う、信じられない事態。事実なのはは使えなかったにも関わらず、だ。

応急処置が終わったのか、ソルがなのはを抱きかかえる。

「俺はなのはを連れて撤退する、こう見えて理性を保つので精一杯だからな。さっさと此処から消えねぇと思わずそいつを街ごと消し炭にしたくなっちまう」

「了解した」

背中合わせのままアインが応じ、頷く。

「後のことはお前に任せる。『俺の分』まで、しっかりやれよ」

「ああ、勿論だ。死体は残すか? 一応、参考資料程度にはなると思うが」

「好きにしろ」

最後に一度だけ、ソルはなのはを抱えた状態でチラリとトーレに振り返る。

垣間見えた真紅の眼は爛々と光り、憎悪と殺意と敵意と嫌悪といったあらゆる負の感情によって構成された禍々しい眼差しで鋭くこちらを射抜いていた。

そして彼が浮かべる表情は、まさに悪鬼羅刹の如く。

此処にきてトーレに認識は間違っていたことが証明される。ソルは敵に対してあえて意識を向けないようにし、自制心を総動員して狂おしい怒りを無理やり押さえ込んでいたのだ。



――死ね。



隠そうともしない溢れんばかりの憎しみを内包した眼つきが無言で呪詛を吐く。

「……っ!」

生物としての生存本能が恐怖となってトーレの心を抉り、情けない悲鳴を上げさせようとしたが、唇を噛むような勢いで必死に口を閉じて未然に防ぐ。

彼女にははっきりと視えた、視えてしまったのだ。巨大な竜が大きな口を開き、今まさに紅蓮の炎を吐き出そうとしていた幻を。










背後でコンクリートを蹴る音が徐々に遠ざかっていく。一分も経たない内にソルはなのはを連れて戦闘域から離脱するだろう。

当初の予定では、ソルとアインの役割は逆であった。なのはを傷つけた敵を眼の前にして彼が何もせず立ち去るなど本来あり得ないこと。が、それをアインは許さなかった。

原因はやはりマナの枯渇だが、それだけではない。致し方無かったとはいえ、正しい手順を踏まず――マスターゴーストを顕現せずに――タイムラグ無しの無茶なサーヴァント契約、強引な調律による即時召喚を行ったツケが衰弱というアフターリスクとして回ってきたらしい。

此処に来る前に僅か時間で少量だが、マナの供給――血を媒体にしたマナの受け渡し――を行った。が、やはり絶好調とは程遠い。万が一にでもミイラ取りがミイラになるのは冗談でも笑えないので、なんとか自制してもらった。

(それにしても、なのはが手遅れにならなくて本当に良かった)

改めて彼女の無事を内心で喜び、なんとなく右手で首筋を撫でる。

ギア細胞抑制装置である銀の首輪が掛かる首筋には、傷があった。ソルに思いっ切り噛まれて負った噛み傷だ。普通であればギアの自己再生能力でたちどころに治る傷なのだが、アインはあえて治さない。

何故なら、この噛み傷がソルにアインのマナを渡した供給元であり、一時的だが二人のマナが溶け合い、共有されていたことの証だから。

血は生命なり。と最初に言ったのは何処の、いつの時代の、どんな吸血鬼だったか? また、血は吸血鬼の間では時に魂の通貨、命の貨幣とも言われたりする。

いずれにせよ血は『生命が持つ根源的な力』であるマナを受け渡す媒体として、これ以上のものは無い。

おまけに良いことを知った。その瞬間を思い出すだけで知らず身体が火照ってしまう。互いの生命が溶け合い一つになる感覚は、精神的にも肉体的にも性交に匹敵する悦楽をもたらしてくれるということを。

今という短い時間だけとはいえ、ソルと自分の命が繋がっていると思えば、その名残――余韻である傷を治すことが惜しいと考えてしまう。

我ながら女々しい。十年前から分かっていたことだが、相変わらず自分はソルに身も心も依存しているのに、更に依存してしまいそうだ。

しかし、他の皆に対して負い目というのも、やはりある。常に自分だけがズルして一歩抜きん出ているような、一人だけ特別だという感が否めない。

特に今回の一件で、ソルと共に助けに来た自分に対して、なのははどれ程の嫉妬を抱くだろう?

感謝されるだろうが、女心は複雑で難しいものだ。きっと、ソルからあらゆる面で絶大な信頼を得ているアインを羨むと同時に嫉妬する。

そして、嫉妬という醜い感情を抱いてしまう自身のことを嫌悪し、黒い感情を吐き出そうとせず無理に呑み込んで、それから泣いてしまうだろう。

ソルと同じになりたい、でもそれは彼が望まない、だからソルと同じアインや似たような存在のヴォルケンリッターが羨ましい、だからって家族の皆に醜い嫉妬なんて叩き付けたくない、そんな感情を抱いてしまう弱い自分が嫌い、という風に。

(ままならないものだな……限りある者と無い者が共に同じ時間を歩むのは)

それ故に人が永遠を求めるのであれば実に浪漫のある話だ、とスレイヤーが言いそうなことを考えてから一度軽くかぶりを振って、思考を戦闘に戻す。

さて、眼の前の戦闘機人をどう料理してやろうか?

許す気も、逃がす気もない。平静を装っているが、腸が煮え繰り返っているのはソルだけではない。アインにとってもなのはは大切な家族の一人。掛け替えの無い存在を傷つけられて大人しくしていられる程敵に対して大らかではなかった。

「何だ貴様らは? 一体何なんだ!?」

怯えたような眼をこちらに向けてくるトーレを見て、口角が勝手に歪んで嗜虐的な笑みを作る。

もっと怯えろ、もっと絶望しろ、と。

「何故、何故魔法が使える!? 私の周囲はジュエルシードの効果で虚数空間と同じ効果を持っている……魔法は使えない筈だ!!」

まるで必死になって現実から眼を背け自分に言い聞かせているかのように見える様は実に滑稽だ。

あまりにも滑稽で、それを通り越して哀れに映ったので、戯れに慈悲をくれてやろう。

「魔法が使えない、か。ああ、確かにそうだな。虚数の世界に実数の世界のものは干渉出来ない。ミッド式、ベルカ式を問わず次元世界で一般的に言われている『魔法』とは実数から成るもの。貴様が喚く通り『魔法が使えない』のは当然だ」

これは法力にも同じことが言える。法力は確かに既存の錬金術のような現数のリソースを必要としないが、数学的知識に基づいた実数によって術式が構成されている為だ。

「だが、干渉出来ないなら干渉出来るようにすればいい。いくらジュエルシードがあるとはいえ、なのは程の魔導師が貴様らに負けるとは考え難い。なら、考えられる可能性で一番高いのは、AMFよりも厄介な魔導師殺しとしてのアンチスキルが敵側に確立していることだろう?」

しかし、法力は魔法と違って虚数に干渉する方法がある。物理法則のプログラム化により干渉と作用を司り結果を生み出す魔法ではなく、『事象』を顕現する法力だからこそ出来ると言えた。

法力の上位互換、法力の12法階を超えての最適化。”バックヤードの力”がそれに当たる。

「予想がついたなら後は対策を立てるだけ……違うか?」

「いくらなんでもこんな短時間で、そもそも一体どんな技術を以ってすればそんな出鱈目を可能とする!?」

あり得ない、と未知への恐怖に吼えるトーレの言葉にアインは冷笑を返す。

まあ、改めて言われなくても”バックヤードの力”は出鱈目だ。あのソルですら初めて”バックヤードの力”に触れた時の感想が『全く出鱈目な法術だ』という一言。元法力学の科学者として完全に呆れていたのだから。他にもイズナの転移法術を体験して『法力学が根底から崩れ去るな』と驚嘆していたこともあったし、彼ですら見たこともない法術を前にして一人ではどうにもならず、イズナやDr,パラダイムに手助けしてもらったことも多々あった。

ギア消失事件の際に『木陰の君』を狙ってイリュリア連王国に侵攻した”慈悲無き啓示”――”バックヤード”の落とし子、『ヴァレンタイン』。彼女が率いる『ウィズエル』の軍勢には既存の法力が一切通用しなかった。何故なら、連中は虚数をその身に纏っていたからである。丁度、今のトーレのように。

こちらの法力が効かない、もしくは無効化される。なのに敵は普通に法力を使ってくる、というとんでもない反則染みた特性を持っていた。

しかもウィズエルが使う法力には既存の法力――純正律にはない、12法階外の調律が使われている点も脅威だ。

が、それを破る方法が一つだけあったのだ。

その方法とは、法力を位相変化させることによって法階を変質させ、虚数に干渉出来るように調律し、法力それ自体にインターフェイスとしての役割を強引に付与させるという法術。

既存の法力――禁術を除いた全660種――を扱うよりも数段難しい高等技術であり、そもそも純正律ではないので術式も全くの別物。同時に処理するコマンドも倍になるが、これしか無いというのであれば手段など選んでいられない。

これならば相手が纏う虚数の膜に干渉可能。条件は五分、とまではいかないがある程度の不利を覆せれば、後は戦術・戦略で戦況を引っ繰り返せる。

まあ流石に、存在そのものが虚数へのインターフェイスをも兼ねているサーヴァントと処理能力を比べれば段違いで劣ってしまうが。

そして、ソルを筆頭にシン、イズナ、Dr,パラダイム、Dr,パラダイムが率いるガニメデ群島に棲むギア達、カイ、カイが率いるイリュリア連王国王立騎士団は一丸となって戦い、見事ウィズエルの軍勢を殲滅、その頭目であるヴァレンタインを打ち倒した。

アインにはこれがある。ソルが歩んできた百五十年を超える戦いの記憶。得た知識や経験、技術とその応用。

死角など、無い。

「残念だったな」

欠片もそんなことなど思っていない、明らかな嘲笑。

「そう気落ちするな。相手が悪かっただけのことだ」

そう。相手が悪かったのだ。せめて自分達が”バックヤードの力”を知らない『普通の法力使い』であれば、『普通のギア』であればトーレにも勝ち目はあった。発現したジュエルシードの特性を用いれば、圧倒的有利な条件下で戦う程度、余裕でこなせていただろう。

しかし、自分達は法力使いとしてもギアとしても特異な存在だ。魔導師と戦うつもりで勝とうなど、片腹痛い。



――『魔法』に分類される手札を無効にする敵など、とうの昔に対戦済みだ。



翼を大きく広げ、普段抑え付けている力を解放する。

この瞬間、全身から暗黒の光を放つ魔力が噴出され、その波動が廃棄区画全域を覆い尽くす。

全身の隅々まで力が漲る。五感が研ぎ澄まされ、全能感が意識を支配した。

「ふ、ふふ、ふはははははっ、はーーーーーーーーーーーーーーはははははははっははははははっ!!」

今から行うであろう破壊に心が躍り、敵を容赦無く殺戮出来る事実に歓喜が湧き上がり、腹を両手で押さえつつ口から哄笑が漏れる。

お仕置きの時間の始まりだ。

胸の内で狂おしい憎しみが無尽蔵の殺意に変換され、怒りが躊躇や理性を排していく。

眼の前の戦闘機人はなのはを傷つけた。こいつの仲間ははやてを殺そうとした。

それだけで万死に値する。

簡単に殺してはやらない。闇のような絶望と地獄のような苦しみを味合わせて、魂を奈落のような恐怖の底へと沈めた上でのその心臓を抉り出し、玩具のように弄んでから潰してやろうではないか。

「どうした!? 翅をもがれた虫けらのように足掻いて見せろ!! それとも無抵抗のまま死ぬか!? どちらでも構わんが、なるべくなら私を愉しませてもらわなければ困るぞ!! 殺し甲斐のある敵でなければな!!」

嗚呼、そうだ。無反応では面白みに欠ける。だからせめて、とびっきりに良い声で啼いて欲しいものだ。



「さあ、悲鳴を上げろ、豚のようなっ!!!」










そしてこの日、廃棄区画は巨大なエネルギー反応と中規模次元震の発生に合わせ、ミッドチルダの地図上から消滅した。




















後書き


やっと続きをUPすることが出来たけど、酷い遅筆だ。でも最低月一での更新は維持したい。

主人公である筈のソル達がラスボス化し始めてるから、この作品の主人公誰? 状態になってるような……

アインはあれですよ。家族の皆のことが好き過ぎて、つい敵を殺っちゃうんですよ。ランランルー

そろそろ、ほのぼのとした話が書きたい。ヴィヴィオ出したいよヴィヴィオ。ネタはあるのに……

今回の法力が効く効かないの云々、虚数がどうたら、という設定面については、なるべく原作GGの設定に忠実であろうと苦心しつつも私なりの解釈が混じっているので、変かもしれません。

まあ、GG2本編で敵に法力が効かないのはマジです、あくまで設定上は。ゲームをやってる限りだとソル達は割とあっさり克服しているので(しかも一瞬で)ウィズエル涙目な展開になっているんですけど。

ついでに、アインが卑・泥獄墜法第5法『蝕精影陣』を使ってますが、あれはアインがディズィー同様自分の肉体の形状を自由に変化させることが可能なので、それを応用しただけ、似て非なるものです。確かに参考にはしていますが卑・泥獄墜法第5法『蝕精影陣』そのものではありません。自分なりに改良とアレンジを加えたもの。

更に言えば、今回の戦闘中の服装もギアとしての肉体の一部。これもディズィーと一緒(*デザインじゃないですよ!!)。外見はいつもの騎士甲冑ですが、魔法が使えないので渋々これに。魔法が使えないのを示す通り、作中内では一回のみですがソルの格好はスーツと描写しています。

え? 卑・泥獄墜法第5法『蝕精影陣』が何か分からない? ザトー1が操る影、エディの本体って言えば分かります?

対ギア兵器『禁獣』であり、禁術の一種。余談ですが、これに手を出したことによってザトーは影を自在に操る力を得た代償として両眼の視力を失っています。

あああ、早くヴィヴィオ出してぇ。


ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女 超番外編 夏も終わりだ! カーニバル・ジョージ!!
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/09/03 11:25


*本編に一切関係無い番外編です。ソルがやりたい放題してますが、「まあソルだからしょうがない」くらいに思って細かいこととか気にせず気楽に読んでください。



















頭が『ざらつく』。

意識が霞む。

前後の記憶が曖昧で、今の自分が一体何処で何をしていたのか分からない。

(何だこの感覚は?)

急に襲ってきたそれに戸惑いつつも、似ていると思った。

頭痛にも似た思考を妨げるノイズのような『ざらつき』は、ギア消失事件の際によく苦しめられものに。

身体を包む不思議な違和感は、イノと戦った時に発生した時空の歪みに呑み込まれ、過去の自分と相対した時のものに。

視界が朧気になっていく、網膜に何も映せなくなり、眼が使い物にならない。

手足も痺れ、次第に五感が薄れていく。

(何だこれは? 一体何が!?)

声にならない悲鳴を上げ、ソルはそのまま意識を闇へと没した。










背徳の炎と魔法少女 超番外編 夏も終わりだ! カーニバル・ジョージ!!










意識を取り戻す。

取り戻した五感がソルに様々な情報を脳に伝えてくれた。

さっきまでの『ざらつき』も、身体を包んでいた違和感も嘘のようになくなっている。

屈んでいた状態から立ち上がり、自身の状態を確かめる。

首にはクイーンがいつものように掛かっていて、左手には慣れ親しんだ封炎剣、全身を包むのは聖騎士団の制服を模したバリアジャケット。

とりあえず完全武装状態であることに安堵の吐息を吐く。この格好ならとりあえずある程度のことに対処可能だ。

状況を把握する為に周囲を見渡す。

眼を開けたそこは、彼の記憶には無い場所であった。

天井から適度な光量で照らされたそこは、外周が円になっている、ホテルや高級マンションのホールのように広い空間だ。

背後を振り向けばホールの中央にエレベーターが存在していたので、此処は建物内のエレベーターホールでまず間違いあるまい。

「何処だ、此処は?」

疑問を口にした瞬間、再び頭が『ざらつき』、吐き気を覚えて思わず口を押さえる。

「何なんだ、此処は……!?」

現状の把握が進み、意識を集中して現在位置を調べようと法力場を展開しようとした刹那だ。

あることに気付いたのだ。

此処は、異界だと。

今すぐにでも反吐を出してしまいたい衝動を必死に堪えながら、解析法術を発動させ周囲を睨み付ける。

このエレベーターホール、否、恐らくこの建物自体が結界の何かの類だと確信出来た。だが、見たことも無い術式によって構成されている。ミッド式やベルカ式のような魔法でもなければ、既存の法力によるものでもない。そもそも法力ですらない。

術式の系統は未知のもの。解析法術を発動させた視界に映るものがどういうものか理解出来ても、やはり知らないものだ。

かつてイズナに教えてもらった、特殊法階によって構成された陰陽法術に似ている。陰と陽、太極図の具現、だろうか?

それにしても解析結果はおぞましいものだ。結界そのものが術者の体内、という概念によって内と外を隔絶するタイプの、法力使いのソルからしてみれば訳が分からないプロセスによって構成された代物。文字通りの意味で生物の臓物の中に居る感覚だ。そう、例えるなら全身に家畜の臓物を貼り付けられているようで、怖気が走る。

「何だ貴様は?」

いっそのこと吐いてしまおうかと考えていたソルの思考を遮るように、低く渋い男の声が聞こえた。

振り向けばそこに、長身の男が居る。

黒いロングコートの下に黒いシャツ、おまけに黒いズボン、黒髪黒目で、全身黒尽くめ。身長も体格もソルと同じくらいで、年齢は四十代中盤くらいの陰気な雰囲気を纏った奴だ。

<……マスターに声がそっくりです>

首から垂れ下がったクイーンが胸元でやや驚いたような声を出す。

「……」

確かに戦闘データを見直した時などによく耳にする声だと心の隅で思ったが、そんなことはどうでもいい。

最大限の警戒を込めて眼前の男を睨む。

ソルの勘が告げてくる。こいつは普通ではない。血の臭いを隠そうともしていないし、眼が澱んでいる。その眼を見ていると腐ったドブに頭を突っ込んでいるような気分に陥る。何よりこんな気持ちの悪い結界の中で平然と立っているだけでとんでもない程怪しい。

それに加えてこの男からは生気というものが感じられない。まるで動く腐乱死体を相手にしているようで、尚更気分が悪い。

「どうやってこの荒耶宗蓮の結界に侵入を果たした? 認識を阻害する類の魔術を使っている様子も見えん……何者だ?」

どうやらこの結界を張った術者であるらしい。そして、その結界の中に突然現れたソルのことを警戒し、殺気立つ。

「テメェこそ何だ?」

応対するソルも全身から殺意と敵意を漲らせ、恫喝する。



――コイツは、まともじゃない。



この時、相対する二人は全く同時に同じことを本能的に悟った。

あの眼は殺しを躊躇しない殺人者の眼だ。こいつは数え切れない程の人間の命をその手で奪っている、と。

何故だろうか。眼の前の荒耶宗蓮と名乗った、クイーン曰く自分と同じ声を持つらしいこの男を、今すぐ消し炭にしなければいけない衝動がソルに襲い掛かってくる。

どうしてだろうか? あの濁った眼が酷く不快だ。こいつを前にしていると気分が悪い。

希望見出すことが出来ず、逆に深い絶望を見続けた闇のような暗黒の瞳が、ソルの心を掻き毟る。

殺せ、殺せ、殺せと本能が命令してきた。眼の前の男を排除しろと心が訴えていた。

「……」

「……」

沈黙が数秒の間二人に降り掛かり、互いを値踏みするように下から上まで改めて相手を観察してから、

「何処の誰だか知らんが、此処に足を踏み入れた以上は死んでもらう」

「テメェが死ね!!」

荒耶が右手を差し伸べ拳を作り自身の足元に三重の魔法陣を展開し、ソルが封炎剣を床に突き立て荒耶に向けて火柱を発生させたのは同じタイミング。

『ざらつき』は既に止んでいた。





不可視の衝撃波と紅蓮の炎が正面衝突し、炸裂したエネルギーにより空間が歪み爆発が発生。

すぐさま踏み込み間合いを詰めるソル。

魔法陣から光の鞭を生成し、爆発的な速度で突っ込んでくるソルに飛ばす荒耶。

「うぜぇ……!!」

封炎剣に炎を纏わせ、力任せに薙ぎ払い、光の鞭を焼き尽くす。

そのまま速度を落とさず跳躍し、右の拳を握り締め、炎拳を陰気なオッサンに振り下ろした。

咄嗟に荒耶が後方へ跳ぶ。

振り下ろされた炎拳が床を叩いた――というより粉砕し、巨大な火柱が生まれ、次の瞬間には爆裂する。

尋常ではない震動が建物を襲う。局地的な大地震みたいでエレベーターホールがシェイクされたように揺れ動く。

火柱により荒耶の視界を紅蓮の炎が埋め尽くされた、と思ったらその紅蓮の中から炎の塊が飛び出す。

反射的に魔法陣を駆使して炎の塊を防ごうとするが、光の鞭は炎に触れた途端に蒸発してしまう。

真っ直ぐ弾丸の如き勢いで肉迫する炎の塊。それに侵入を許してしまった魔法陣が二秒程抵抗するが、抵抗空しく消し飛ばされる。

三重の結界を一撃で破壊され、慌てて横へ回避して難を逃れた荒耶は、濁った黒い瞳に驚愕の色を映す。

「何の魔術だこれは?」

ソルの炎が神秘や奇蹟の類だと判別出来ても、どういうものか理解出来ないのだ。それに加えて途方も無い威力と莫大な魔力は、並みの魔術師であれば相対するだけで尻込みするレベルだ。

燃え盛る紅蓮の中から、ソルがゆっくりと姿を現し、その真紅の眼で荒耶を鋭く射抜く。

「魔術? 魔術ってのが何だか知らねぇが、解析さえ出来ちまえばディスペルするのは簡単だ。そうだろ?」

得体の知れない術を見たら、まず解析法術を使ってその術の理論を丸裸にする。これは長い年月を賞金稼ぎとして戦ってきたソルの癖のようなものだ。

「この建物を形成する結界は陰と陽の太極図。陰陽道の一種だ。この手の類の結界は、内と外を分け隔て外界との隔絶を図り、『閉じた世界』を『内』に作り出す。どういうもんかある程度知ってるし、運が良いことに俺には昔の仲間がこれと似たようなもんをディスペルしているのを傍で見てたことがあった……それを真似しただけだ」

「どのような魔術を以ってすればそんなことが……」

ガンッ、と甲高い金属音がホールに響き渡る。荒耶の言葉を途中で遮るようにして、ソルが封炎剣を床に突き刺した音だ。

「知るか」

封炎剣が赤熱化し、炎を纏う。炎は見る見る内に燃え広がり、持ち主であるソルはおろか、その周囲を紅蓮に染め上げていく。

床も、壁も、ガソリンに引火でもさせたかのような勢いで燃え広がり、紅蓮の焔が荒耶の『世界』を侵食する。

感覚的にはマスターゴーストを顕現して周囲のゴーストを支配するものに近い。己の魂そのものを『本拠地』とし、支配領域を広げ『陣地』を増やしていく、という風に。

「もう此処は、テメェの『世界』じゃねぇ」

エレベーターホールは既に火の海。その中を荒耶が孤島のように一人ポツンと浮かぶだけ。その様子は煌びやかな炎の中に鎮座する黒。

その黒を焼き尽くそうと取り囲んだ炎が荒耶に迫る。

「これ程までに膨大な魔力と異質な力……固有結界、いや、まさか魔法だとでも言うのか!?」

「あの世で考えな」

「っ!?」

そして、弾丸を思わせる速度で間合いを詰めた。荒耶の懐に潜り込んだソルが低い姿勢から、炎を纏わせた拳で右ボディブローを叩き込む。

肉を潰し骨を砕き内臓をグチャグチャにする圧力が荒耶の身体で『く』の字を作り、とてつもない熱を孕んだ炎が全身を貪るように包み込んだ。

「目障りなんだよ……!!」

更にそこから封炎剣を持った左手でストレートをぶちかます。と同時に炎の渦が発生し、それが荒耶の呑み込んだ瞬間爆裂する。

人を遥かに超越したパワーをもろに受け、火達磨になって壁に叩き付けられ、そのまま壁の染みに似た標本となった。





「クイーン」

愛機に声を掛けると、即座に返事がくる。

<まだ生きています>

「ちっ、マジかよ? こいつ普通の人間だろ? だったら一発目のボディブローで死んでる筈だぜ?」

口汚く舌打ちして、ソルは封炎剣を床にもう一度突き立てる。すると、周囲で未だに燃え続ける炎が幻であったかのように消え失せた。

<普通の人間でも、どうやら不死のようです。詳細は分かりかねますが、それでも今のマスターの攻撃でかなり消耗しています。動くことも不可能でしょう。しかし、時間が経てば勝手に回復して息を吹き返すかもしれません。確実にトドメを刺すならば、今がチャンスです>

なんとなく、スレイヤーの妻である不老不死の人間、シャロンの顔が脳裏を過ぎる。

「時間軸と空間軸のどっちを弄ってんのか知らんが、ちょっとやそっとのことじゃ死なねぇように肉体を一定の状態に留めようとする術式を埋め込んだタイプの不死者か……とりあえず、術式諸共灰も残さず消してやる」

クイーンに促され、殺意に突き動かされ、荒耶の息の根を完全に止めようと一歩踏み出したソルの頭に、またもや『ざらつき』が発症した。

「ぐっ、またか」

よろめいて、片膝を折り、その場に屈む。

右手を額に当て、頭痛にも似た『ざらつき』――思考のノイズのようなものに耐える。

「クソが……もう少しで、殺せるのに」

眼の前で黒焦げになっている陰気な男を、自分と同じ声を持つらしい男を!!

頭がざらつく。

意識が霞む。

視界が朧気になっていき、網膜に何も映せなくなり、眼が使い物にならない。

手足も痺れ、次第に五感が薄れていく。

<これは一体何が? 空間転移? 次元跳躍? 因果律干渉? 事象干渉? いや、どれも違います、マスター!! これは――>

胸元でクイーンが何やら騒いでいるような気がするが、聞こえない。

ソルはそのまま意識を闇へと没した。










気が付けばそこは、満月に見下ろされる自然公園、のような場所だった。

背中と頭に当たる硬いアスファルトの感触に眉を顰め、仰向けの状態から立ち上がり、現状把握に努める。

クイーンはある。封炎剣もだ。バリアジャケットもそのまま。此処に来る前と同じ出で立ち。

「何が、どうなってやがる?」

苛々した口調で答えが出ぬ疑問を吐き捨て、周囲を探る。

蒸し暑く、温い風が流れる感じは真夏の日本を思わせた。湿度は高く、体感温度もそれ相応だ。

空を振り仰げば煌々と輝く青い月が存在し、下界を冷たく照らしているのに、公園内は夜霧が酷く視界は悪い。

訳が分からない。自分に一体何が起きているのか理解出来ない。ただ一つ分かることは、今降り掛かっている事態が笑い事では済まされないということだけ。

「分かるか?」

<いえ>

「……そうか」

ふと脳裏に過ぎるのは腐れ縁のタイムスリッパー。

同じ場所の、同じ時間軸に長居することが出来るのはどの程度の期間と言っていたか? 酷い時には数時間以内に何度も何度もタイムスリップを繰り返してしまうらしい。おまけに出る場所もバラバラ。完全にランダムで、様々な場所の様々な時代を旅してきた、という話だ。

(あの馬鹿はいつもこんな感じなのか?)

それでも彼は――出会う時代はいつも異なっていたが――常に自分に向けて元気に明るく挨拶をしてくれた。

同情と共に、少しだけ尊敬の念を抱く。

まあ、いつもヘラヘラしている印象がある彼だが、そういう芯の強い部分があるからこそ、ソルに『腐れ縁』という認識を持たれているのである。

再び思考を遮るノイズ――『ざらつき』だ。

「ぐぅ……ん? 何かこっちに来るな」

まず、血の臭いが鼻に突く。眼つきを更に険しくしながら気配を探ると、喧嘩仲間であるスレイヤーに酷似した存在が近付いてくるのが分かった。

あの戦闘狂な好々爺に似ている時点でとてつもなく嫌な予感があったが、此処で逃げるのも癪だ。

ゆっくりと気配がする方へ向き直り、待つ。と、数秒もしない内に夜霧の中からそれは姿を現す。

「力ある者全てを呑み込む獣としてこの夜を蹂躙しようとした矢先に、このような輩に出くわすとはな」

先程、『荒耶宗蓮』と自称した魔術(?)の使い手と同じ声。つまり、自分と同じ声を持つようだ。

外見年齢は『荒耶宗蓮』より多少若く見える。身長はソルよりやや高い。体格は同程度、つまり細身でありながら筋肉質。くすんだ灰色の短い髪、死人のような白い肌。

禍々しい光を放つそれは、人外が持ち得る凶眼。

だが、全てにおいて特筆すべき点は、黒いロングコートを羽織っているだけ、という服装だろう。

コートの下は、何も無い。首から下は黒一色。深く暗い奈落の底を見ている気分になる、ただただ泥を塗り固めたような闇が蠢動している。

内包する魔力もかなりのもの。一筋縄でいく相手ではないだろうと予測した。

「吸血鬼、にしては随分と獣臭ぇな。使い魔何匹従えてんだよテメェ」

「そういう貴様は幻想種か? その肉の内に秘めた魔物の獣性、人という理から外れた存在に違いあるまい」

皮肉を言ったつもりがあっさり自身の本質を見抜かれ、二の句が継げなくなる。

(幻想種……一体何のことだ? 人外の類ってのは分かるが)

というか、何故初見で分かる?

今まで出会い頭に人間じゃないのをバレたことなど、片手で数える程しかない。

死臭を漂わせ薄ら笑いを浮かべる男の言葉に内心驚きつつ、それを表情に出さぬまま、眼を細め、問う。

「テメェ、何者だ?」

「ネロ・カオス、と呼ばれている。貴様の言う通り、吸血鬼だ」

意外にも律儀に答えたネロ・カオスとやらは、面白いものを見つけたように遠慮の無い視線でソルを舐め回す。

「ククククク」

「何が可笑しい?」

いきなり笑われたので、ソルが不機嫌な声を上げる。

するとネロはその巨躯を震わせつつ低い声で笑いながら、独り言を呟くように告げた。

「実に興味深いな。私には分かるぞ。その身に凄まじいまでの『魔』を孕んでいることを……貴様、元は人間だな? それでいながら人として完全なる自我と姿を保っていられるとは、大したものだ。その『魔』は貴様の根幹を蝕みながらも、貴様を構成する要素の一つになっている、と言ったところか? いや、蝕まれている部分こそが貴様の本質なのかもしれんな……私と同類、そんな珍事を眼の前にしてこれが笑わずに居られるか」

生気を感じさせない死人みたいな奴の癖に、観察・洞察眼は鋭いようである。吸血鬼だけあって、そっちの方は長い年月を生きているので鍛えられてるのだろう。なかなかに冴えた見解をしている。

「面白い、面白いぞ貴様。どういう経緯でそうなった?」

「ゴチャゴチャうるせぇ……」

違和感がある……そう、違和感だ。

この男はスレイヤーと同じ吸血鬼の筈なのに、相対しているだけで酷い不快感を覚える。

今までの長い人生の中で多種多様な人外に出会ってきたが、初対面でこれ程までにソルの気分を害する奴も珍しい。

何故だろうか。あの凶眼を見ていると、聖戦時代の――本能的に人を殺すギアを見ているような気分になって『誰かがこいつに殺される前に早く駆除しなければいけない』という強迫観念が沸き上がってくる。

嗚呼、そうだ。今になって漸く理解した。

単に気に入らないのだ、眼の前の吸血鬼が。

ネロ・カオスと名乗った吸血鬼が、旧知の仲であるスレイヤーと全く異なる雰囲気を纏っていることが違和感の原因。

恐らく、コイツは呼吸をするのと同じように人を殺すのだろう。そこに『人を殺す』という意識など存在しなくて、きっと『食事をした』というような認識しかない。つまり人間を家畜以下の扱いとして見下している、とソルは思う。

それが決定的に違う。あの好々爺は少なくとも『人』という種を見下していなければ嫌ってもいない。むしろ敬意を払っていた。何よりアイツは人間を『面白い』と称して、アイツなりに評価していた。

そんなスレイヤーを――暇潰しに喧嘩を売られる度に『鬱陶しい、少しは自重しやがれ』と感じながらも――ソルは好ましく思っていた。

確かに吸血鬼という種族は人類にとっての天敵かもしれないが、少なくともスレイヤー自身は人類に敵対するような危険人物ではなく、ソルにとっての”敵”でもない。

だが、眼の前のこれは何だ?

明らかな敵だ。

殺さなければならない、一刻も早く世界から抹消しなければならない危険な存在だ。

だからこそ存在そのものが気に入らない。

故に潰す。



――しかし、不快の原因は、また違う何処かにあったような気がしたが……



封炎剣がソルの意思を読み取り刀身を赤熱化させ、炎を纏う。

燃え盛る紅蓮の熱気が、夜霧を振り払い視界の闇を押し退ける。

右足を半歩踏み出し、やや半身になり、封炎剣の切っ先を地面に向けるように左腕を垂れ下げ、構えた。

臨戦態勢に移行したソルに応じて、ネロは己の肉体からずるりと音を立てて黒い影をいくつも生み出す。

不定形の黒い影は瞬く間に形となり、狼や虎やコヨーテやらライオンといった様々な肉食獣の群れへと形を成しソルをぐるりと取り囲む……と思ったらカラス、鷹や鷲、水牛や象や鹿、何故か地上なのに空飛ぶ鮫やエイ、ワニ、巨大な蟹にも似た甲殻類、馬鹿みたいにでかい百足などが次から次へと沸いて出てくる。

(召喚術? いや、それらしい術の発動は感じられん……)

どういう理屈か知らないが、この動物達は純粋にネロの中から出てくるようだ。

パッと見て黒い獣の数は三十を超え、完全に包囲されている。命令さえあればいつでも飛び掛かれるように待機していた。

獲物を囲み、食らいつく瞬間を待ちわびて喉を鳴らす猛獣達。

視線の先には、それらを生み出し使役する吸血鬼。

「上等じゃねぇか」

路面を割る勢いでソルがネロに向かって踏み込んだ瞬間、猛獣達が一斉に襲い掛かってくる。

殺し合いの開始を告げるように『ざらつき』が止む。





「邪魔だ」

行く手を阻む狼に全力で封炎剣を振り下ろし、ぺしゃんこにしてやった。生き物の焦げた臭いが気に障ったが無視。

更にそこから二度、左から右へ、右から左へ大きく剣を振り払い、熊とライオン、ジャッカルと豹を横一文字に斬り伏せる。

振り抜いた剣の勢いをそのまま殺さず、背後に振り向くようにして封炎剣を地面に深々と突き刺し、屈み、跳ぶ。

大地を鞘にしたソル流の居合い斬りが、上空と背後から狙っていた鷲と虎を纏めて灰に変えた。

跳び上がったその位置に丁度良く鮫が泳いでいたので、身体を回転させ踵落としを叩き込む。

「砕けろっ!!」

大地に縫い付けられた鮫の横っ腹目掛けて急降下、全体重と炎の法力を足に集約し、踏む潰す。それと同時に爆炎が発生し、近くに居た鹿とワニを火炎に巻き込んだ。

と、その時。ネロのコートから大量のカラスが生み出され、機関銃の乱射染みた速度で一斉に纏わり付いてくる。

カラスの羽ばたく音が鼓膜を満たし、何十羽もの鳥の群れに視界が悪くなったその隙に両手足を犬とコヨーテとジャガーとハイエナに食いつかれ、拘束されてしまう。

「ちっ」

動きが止まったその刹那、一気に獣達が雪崩れ込んできた。前後左右から四足獣が、上空からは翼を持つ鳥と虚空を泳ぐ海洋生物が、ソルという獲物に群がり、鋭利な牙と爪を立てて食らいつく。

黒い影が大量に重なり合い堆く積み上げられたその光景は、傍から見れば巨大な黒い肉の塊に見えたであろう。

が、そんなことなど全く意に介さず、黒い影に押し潰されながらも封炎剣を両手で持ち振り上げると――当然、手の先から肩口まで食いついている獣達も一緒に――渾身の力を込めて腹に突進を決めている水牛の頚椎に振り下ろし、そのまま首を砕きながら地面に刃が到達させた。

瞬間、火山の噴火を思わせる爆発的な火柱が発生し、獣達が一瞬で紅蓮に呑み込まれ、塵一つ残さず蒸発する。

「雑魚の癖してうじゃうじゃと、鬱陶しいぜ」

あれだけの数の獣達に食いつかれたにも関わらず傷一つ無いソルは、やれやれと溜息を吐いてから首を回しゴキリと音を立て、ネロに向かって歩を進めた。

「やはり私の見立て通り、幻想種か。一撃で悉く我らを消滅させられたのも、あれ程の攻撃を受けて無傷なのも納得がいく」

顕現した使い魔達を一匹残らず、文字通り灰も残さず焼き尽くされたのに、ネロはそれを予測していたのか微塵も揺るがない。

「シャ……あんなもん、大したことねぇよ。まさか今ので手の内が終いってことは無ぇだろうな?」

『シャマルの噛み付きの方が余程効く』と無意識の内に喉から出掛かっていたのを内心で慌てつつぐっと堪えて、表面上では不敵な笑みで皮肉を言う。

とかなんとか格好つけてみたが、ネタばらしをしてしまえばバリアジャケットとギアの肉体の頑強さ、この二つの恩恵だ。

衝撃などから肉体を保護するフィールド魔法という鎧を常時展開しているのだ。おまけに、彼のバリアジャケットの強度は並みの魔導師とは比べ物にならない程高く、それを纏う肉体もギアなので異常にタフ。バリアジャケットの上から噛まれたり突かれたりしても、痛くも痒くもない。物理的な攻撃でダメージを与えたければ、それこそ人智を超えたレベルの威力を持って出直して来い、というものである。

ちなみに余談だが、怒った時のシャマルに噛み付かれると、ギアの肉体であるにも関わらず歯形が残ってしまう。

どうやら一種の呪いらしく――今更だがとんでもない話だ――すぐには治らない。魔導師が使う魔法には呪詛の類なんて存在しないので明らかに法力なのだが――しかも系統が禁呪に近いとか質が悪い――どんな代物なのかは怖くて解析を掛けられないソルだった。

経験則から推察するにシャマルの機嫌が直れば治るらしい、というのが唯一の救いか。

まあ、彼女に愛情表現の一環として噛み付かれるのはいつの日からか日常茶飯事と化していたし、実際に噛み付かれたことによって害を被った訳でも無いので、彼はあまり気にしていない。

「だが、それでこそ我が肉体の一部となるに相応しい」

「ハッ! テメェみてぇな胸糞悪い吸血鬼に取り込まれるくらいだったら、ウチの連中のオモチャになった方が遥かにマシだ」

使い魔達を潰されても余裕の態度を取るネロに向かって、ソルは駆け出した。

再びコートから猛獣の群れが出現するが、もうそれは一度見たので気にせず次々と斬り、薙ぎ、殴り、蹴り、焼き払う。

得意の接近戦を仕掛けられる間合いまであと五メートル、という所で――

「!?」

水溜りに足を突っ込んだ感触の後、ソルの足が己の意思に反して動かなくなる。

咄嗟に封炎剣を地面に突き立て、ガンフレイムで迫り来る猛獣達を牽制してから足を見下ろすと、黒い水溜りに捕らわれた足に闇が絡み付いていた。

まるで粘着性が非常に強いトリモチのようで、上手く抜け出せない。底なし沼に足を踏み入れたみたいだ。もがけばもがく程闇は徐々に這い上がってきて、否、ソルの身体が闇の中へと沈んでいく。やがて太腿まで沈んでしまい、無理に動けなくなってしまう。

「それは『創生の土』だ」

「ああン?」

「我が混沌に内在された獣の因子、その半数を用いて作られたものだ。いくら貴様のような幻想種とて、それに捕まればどうすることも出来ん」

「……」

試しに炎の法力を発動させ、赤々と炎を吹き出す封炎剣を『創生の土』に突き刺してみるが、ビクともしない。

右の拳で殴ってみるが、水を叩いたような感触がするだけ。それから拳が闇に沈み捕らえられる。

全力で暴れてみたら、逆にどんどん身体が沈んでいく。

ディスペルしてやろうと解析法術を発動させてみたが、それもやはりダメだ。ネロの肉体の一部が『創生の土』を構成していることが分かったが、それだけだ。ディスペルが効くような何らかの術ではない以上、ディスペルを使っても意味は無い。

とりあえず分かったことは、”今の”筋力や炎の法力では『創生の土』を破壊することが出来ず、また抜け出すことも叶わない。

「私の勝ちだ。その素晴らしき戦闘能力と大容量の魔力炉を内包する肉体、取り込むには時間が掛かるが、それもまた一興」

「……テメェ」

口の端を吊り上げこちらを見下ろしてくる吸血鬼を射殺すように睨み返しながら、沸々と込み上げてくる苛立ちに身も心も焦がしていた。



――気に入らねぇ。何もかもが気に入らねぇ……!!



そもそも、何故自分はこんな所でこんな殺し合いをしているのか?

発端は分からない。何せ記憶が無い。先程の『荒耶宗蓮』とかいう気持ち悪い中年が張った吐き気を催す結界の中で意識を取り戻すまで、自分が何処で何をしていたのか思い出せない。

朝の訓練でシグナムと模擬戦をしていた気もするし、アインとはやてにどやされて書類仕事をしていたかもしれないし、デバイスルームでシャーリーと一緒にデバイスを弄くっていた可能性を否定出来ないし、子ども達のことで頭を抱えている所をシャマルに慰めてもらっていたような感じもあり、休憩時間にザフィーラとユーノの三人でブレイクタイムのコーヒーを楽しんでいたのかもしれないし、なのはと二人で教導について話し合っていた気がしないでもないし、フェイトにせがまれて買い物に付き合っていたんじゃないかと思う。

それが、何だ? 訳が分からない。アクセルの体質を更に出来損ないにしたかのような『漂流』に巻き込まれ、気付けば自分と同じ声を持つ、見た目が100%犯罪者みたいな怪しいオッサンと殺し合いをする破目になっているだと?

冗談じゃねぇ、ふざけるのも大概にしやがれ、と彼はこの時点になって、漸くこれまでその身に降り掛かった理不尽に激しい怒りを覚える。

シンを引き取って以来、保護者という自覚が芽生えたことによってそれまでの短気はそこそこナリを潜め、他者への気遣いができるようになっていたし、高町家に居候するようになってからは昔と比べ物にならないくらい優しくなり、年を重ねる毎に尖がっていた性格が丸くなっていたが……

元々ソルは気が長い方ではない。むしろ逆だ。本来の彼の性格は非常に気性が荒く、短気で、我が強く、気難しく、強引で、力任せで、面倒臭がり屋で、無骨で、ぶっきらぼうで、傲岸不遜で、傍若無人で、結構根に持つタイプで、天上天下唯我独尊を絵に描いたような人物なのだ。

そんな彼が、此処まで妙な事態に巻き込まれて我慢など出来る訳が無かった。

ネロがスレイヤーと同じ吸血鬼でありながら、人殺しを是とするような輩だというのもそれに拍車を掛ける。

「調子に乗りやがって……舐めてんじゃねぇぞ」

心の内に滾る怒りに全身を小刻みに震わせ、地獄の釜から響いてくるような声に殺意と怒気を孕ませて、吐き捨てた。



――……ぶっ殺してやる!!



<ギア細胞抑制装置、解除します>

クイーンの冷淡な機会音声に合わせて、プチッ、という留め金が外れるような音が後頭部ですると、ソルの額から赤いヘッドギアが外れて落ちる。

それにつられて長い髪を後頭部で纏めている髪留めのリボン(シグナムから何年も前にもらった物)も外れ、腰まで届く長い黒茶の髪がゆっくり広がった。

髪留めとヘッドギアが闇に呑み込まれる前に、それらを量子変換したクイーンが回収する。



<DragonInstall Fulldrive Ignition>



理性の箍が緩み、肉体を抑制していた枷が外れた。

蕾が花弁を広げ咲くかのようにして封炎剣の鍔が展開し、大小様々なギミックを露にし、持ち主から流れてくる力に反応して炎を噴き出す。

火柱が発生し、身体が炎に包まれる。上半身のバリジャケットが不要と判断され、消失する。この時点で既に腰近くまで闇に呑み込まれていたが、些細なことであった。

もう我慢するのをやめる。

「ウオ、オオ……」

背中からメキメキと骨が肉を貫くような音を立て、激痛を伴いながら一対の紅蓮の翼が皮膚を突き破って生え、炎を撒き散らしつつ羽ばたく。更に翼の付け根部分から一本の尻尾がバキバキと背を食い破って出てきた蛇のように生えた。

感情を抑え込むのをやめる。

ギア細胞の活性化により、人間としての外見を保っていた細胞組織が変異し、硬質化した結果赤い鱗となり、外部からの衝撃をいとも容易く撥ね返す鎧となった。

力を解放すると、ドクンッ、と心臓とコアが高鳴り、全身余さず禍々しい破壊衝動と狂おしい闘争本能が駆け巡る。

「オオオッ!!」

爪と牙が勝手に伸びて、ネロが操る猛獣達のそれよりもより鋭く凶悪になって生え揃う。

顔のパーツである眼と鼻が削ぎ落とされるのと同時に額のギアマークが一際輝き、手の平サイズの大きさになりソルの顔を覆い尽くす。それが琥珀色の光を放つ五つの水晶へと変化して、ソルの五つの眼となった。

頭部から翼の形に似た角が二本、聳え立つ。

五感が研ぎ澄まされていき、眼の前の敵を殺すことしか考えられない。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

天を仰ぎ、咆哮する紅蓮の火竜。

爆発的な熱量が生み出され、周囲を灼熱に染めていく。常軌を逸した魔力の発生に世界が大きく揺れ、震動する。

あまりの熱に地面が融解し、赤熱化した上で火を噴く。

この段階までくると、ソルの体温は既に火山の中に眠るマグマと同程度で、操る炎は金属すら簡単に蒸発するレベル。それに伴って周囲の気温も異常な上昇を見せ、噴火中の火山口と同等だ。

全てを焼き尽くし、灰も残さず蒸発させ、生きとし生けるものを慈悲一つ無く平等に殺す焔を前に『創生の土』が成す術も無くその存在を『殺菌』されるが、無理もないだろう。

「ば、馬鹿な! 竜種だと!? まさかこれ程の――」

本性を曝け出したソルの姿と力を目の当たりにし、呆然とするネロ。

「吸血鬼や不死者ってのは、一度や二度殺す程度じゃ死なねぇから質が悪い。ま、生き汚いのはお互い様で、俺も他人のことを言えんが……」

束縛から解き放たれ自由の身となったソルが、そんな彼の態度に対し静かに口を開く。

「で? テメェは何回殺せば死ぬんだ? 千回くらいなら付き合ってやる。それともテメェの存在そのものを跡形も無く消し飛ばすだけの火力があれば死ぬのか? なら、世界を破滅させるだけの破壊力を拳に込めて殴りまくってやる」

その問いは、ネロが答えようと無言を貫こうと、死ぬまで殺すから関係無いと言わんばかりに殺る気に満ちた声であった。

知らず後ずさるネロに死の宣告を与える。

「……どっちにしろ、楽には死ねんぞ」





不定形の黒い泥と化したネロの残骸に、ドガッ、と封炎剣を突き立て、宣告通り跡形も無く消滅させた。

「ふぅ……割りに合わん」

溜息を吐き捨て、右手を額に当てアフターリスクの頭痛を堪えつつ、力を抑え込んで竜人の姿から人の姿へと戻る。

激しい火炎を噴いていた封炎剣が役目を終え、火の法力を増幅するのを止め、展開していたギミックをゆっくりと仕舞う。

熱源が消えたことにより周囲の気温は一気に下がり、炎獄は消え去り炎天下よりも明るかったのが暗くなっていく。

溶けた地面が赤熱化によりまだ赤く光っているが、光源としては頭上に輝く月の方が強い。

<確かに吸血鬼を一匹始末したその代償は大きかったです……封時結界、張れば良かったですね>

「今更遅ぇんだよ」

本当に今更なクイーンの発言にソルは憮然と返す。

見渡せば戦場になった自然公園は酷い有様だ。完全解放状態で法力を使いまくった所為でマグマが噴出し、綺麗に舗装されていた筈の路面はドロドロに融解して見る影も無い。自然公園らしく雑木林となっていた場所も全焼していて、辺り一面、溶岩から白い煙やら黒い煙やらが立ち昇っている。

眼に映るのは、未だ燻るように燃える炭と、赤く輝く溶岩と、視界を悪くする煙しか残っていない。

<特に溶岩流の被害が酷いです>

「出来る限り範囲は絞ったつもりだが?」

<溶岩が自然公園を丸々覆い尽くしてしまいました>

「直に冷えて固まる。そうすりゃ無害だろ?」

<自然公園がハワイの火山島みたいになってますよ?>

「あのネロとかいう吸血鬼を確実に殺すにはこうするしか無かった」

<野次馬とか警察とか消防車とかが来ないだけまだマシです。良かったですね? そのおかげで人的被害は皆無なので>

「人的被害が無いんだったらグダグダ文句言うんじゃねぇ!!」

不毛な押し問答をやってるように装いつつ、ソルとクイーンは念話で内緒話。

『<マスター、気付いていますか? かなり離れた場所からですが、何者かによって見られています。それも複数の方角から……正確な数は不明ですが、片手では数えられません。結構な数です>』

『ま、これだけ派手に暴れたんだ。当然だろ』

『<それにしてもこの街は妙です。何故、これだけ騒ぎを起こしていながら近隣住民が様子を窺いに現れないのでしょう? 通報されないどころか、野次馬一人現れないなど異常です>』

『……ネロが出てくる以前から、俺達が此処に来た時点で既にこの街を包む空気は妙だった。此処まであからさまに妙だと、いっそ清々しいがな』

推測するに、人払いや暗示のようなものが街全体に仕掛けられており、それらに対処することが出来ない一般人は家から出てこないのだろう。

つまり、ソルを遠くから監視している連中はネロを含めて一般人の枠から外れた輩なのである。

「マジで何なんだ、ったく」

街のことや監視している連中もそうだが、自分と同じ声を持つネロや荒耶、『ざらつき』から始まる謎の転移現象を含めて自分を悩ます事柄に、ソルは疲れたように溜息を再度吐く。

とかなんとかやっていたら、

「……クソが! またこれかぁぁぁっ」

もう何度目になるか数えるのも億劫になってきた『ざらつき』が襲う。

そして、彼の肉体が此処から消えていく。

<いけません!! いくらマスターの身体がボビィビルダー顔負けでそっちの筋の方からは『ウホッ! いい男』と謳われる程に美しくても、上半身裸でいきなり出現すれば転移先で変態扱いされます、せめてバリアジャケットをもう一度纏ってから――>

「そんなことを言う余裕があんならこの現象を何とかしやがれ!!」

<アーッ!!>

こうして、ソルはまたしても何処かよく分からん場所へと飛ばされてしまった。










その身を空中に投げ出され、次にやって来たのは路面に叩き付けられてからそのまま転がるような感触だ。

「痛っ」

地面が急斜面になっているのか、勢いに任せて転がってしまう。

回転する視界に泡を食っている間に、再び身体が虚空に投げ出され、落ちた。

「ごあ」

冷たい地面に着地した衝撃の後、漸く止まる。

「何処だ此処は?」

<さあ……しかし、分かったことはあります。どうやら転移してきた場所は古い日本家屋の屋根の上だったこと。転移してきた瞬間、屋根の上から転がり落ちたんです>

凄くどうでもいい報告に顔を顰めつつ、立ち上がって周囲を見渡す。

クイーンが言う通り、かなり古い日本家屋の敷地内なのであろう。現在位置は丁度縁側に面した庭で、母屋の他に土蔵らしきものまで存在してた。

太陽は見えないが真っ暗ではないので夜ではない。曇り空だ。正確な時間は分からないが夕方くらいだろうか。

と、最早恒例になりつつある『ざらつき』がやって来たと思ったら母屋の中から女性の悲鳴らしきものが聞こえてくる。

「悔しいが段々慣れてきやがった……クイーン」

<バリアジャケット再構成、ギア細胞抑制装置再装着、ついでにシグシグリボンも結っておきます>

「ついでじゃねぇ。それとそのネーミングセンスはなんとかしとけ」

<何気に気に入ってますよね>

胸元から響く余計な一言を聞き流す。上半身裸の格好が一瞬で炎を纏い、いつもの格好になる。そのまま縁側から母屋に土足で踏み込み、居間へと侵入した。

襖障子を力任せに開け放ったそこで見た光景は――

「……っ!!」

壁に背を預け座り込む、血塗れの少女。年の頃は高校生くらいだろうか、長い黒髪をツインテールにし、赤い上着と黒いミニのプリーツスカートで身を包んだ彼女は、出血と共に生気まで抜かれてしまったようにグッタリしていて、時折、思い出したかのように苦悶の声を零す。

その傍には、白磁のように白い肌と、美しい銀の長い髪を持った小学生くらいの小さな女の子が仰向けになって気を失っていた。

そして、その二人を前に佇みこちらに背を向けている、紺色のコートをその身に纏った長身痩躯の男。

男が肩越しに振り返り、少し驚いたように声を上げる。

「誰だお前は?」

聞いたことがある声だった。

見たことがある眼だった。

荒耶宗蓮、ネロ・カオスを前にした不快感が嘔吐感のようにこみ上げてくる。

ドクンッ、と視界が怒りで赤く染まる錯覚を覚えた。

脳裏に、これまでの長い人生の中で出会った凶悪な犯罪者達と同じ、人殺しを何とも思わない外道な連中の濁った瞳の色が再生される。

だがそれだけでは済まされない。狂的なまでの何かを孕んだ眼の色が、本能に警鐘を響かせた。

「……殺す……!!」

十分だ。

悪意を宿したその眼と、二人の少女が倒れている事実だけで十分だった。

ソルが眼の前の男を殺そうと思うには、十分過ぎた。





ダンッ、と一歩踏み込んで封炎剣を横に薙ぎ払ってやる。

突然の闖入者に反応が僅かに遅れた男は、振り向き様に右腕で咄嗟にガードしようとした。

構わず振り抜く。

確かな手応えを残し、切断された肘から先が血飛沫を撒き散らしながら宙を舞う。

「ぎっ!!」

何か男が口から意味の無い音を垂れ流したような気がしたが、無視して間髪入れず更に踏み込む。

此処では法力を使えない。使ったら家の中が滅茶苦茶になるし、少女達にも被害が及ぶ。純粋な身体能力のみでこの男を殺さなければならない。

が、問題無い。人間一人捻り殺すのに、法力なんて必要無い。ギアである以上、身体能力で人間に劣るなどあり得ないからだ。

右手を伸ばし、男の頭を鷲掴みにして頭蓋を握り潰してやろうとしたが、残った左腕に阻まれる。頭ではなく手首を掴むことになった。

「お前は何だ!? 九体目のサーヴァントか!?」

「サーヴァントだぁ!? ふざけんな!! 俺はマスターだ!!」

封炎剣を手放し空の手になった左手で男の襟首を掴み、右手で掴んだ男の左手首を強引に引き寄せつつ、振りかぶるようにして背後――庭に向かって無理やりぶん投げた。

背負い投げの出来損ないのような投げにより、男は庭の地面に叩き付けられた筈だったのだが、小癪にも器用に片腕だけで受身を取ってみせる。

すぐさま畳の上に転がっている封炎剣を拾い、縁側を跳び越え庭に降り立つ。

「マスター、だと? まだ他に魔術師がこの街に存在していたのか?」

切断された右腕の傷口を左手で押さえながら、男が戸惑うように疑問を口にしていた。

「何のことか知らんが、テメェは此処で灰になれ」

よく見れば男の首からは十字架が垂れ下がっている。服装もコートの下は黒一色だ。神父だろうか? 聖職者がどうしてこんな場所で女子供を襲っていたのか謎であるが、どうせ碌でもないことだと結論付け、法力を発動。

封炎剣が炎を纏う。

ソルが封炎剣を振るうその前に、神父が左手をコートの中に入れたと思ったらおもむろに三本の剣を取り出す。指と指の間に一本ずつ――人差し指と中指の間、中指と薬指の間、薬指と小指の間――合計三本の細身の剣。肉厚の大剣である封炎剣と鍔迫り合いをしただけで容易く折れてしまいそうな剣を、片腕が無いというのに神父は全身のバネを上手く利用して投擲してきた。

真っ直ぐこちらに飛来してくる三本の剣を、封炎剣で一本残らず弾き、叩き落す。

その間に神父は踵を返して走り去っていく。

「逃がさねぇ……消し炭になれ!!」

背中の青いコートを狙って、燃え盛る封炎剣を一歩踏み込むと同時に突き立て、地面を走る大きな火柱を発射。

大地を紅蓮に染める火炎が神父に迫る。それに神父は一度振り返り、またもや左手を懐に入れ、何かをしようとしていた。

ソルが確認出来たのはそこまでで、次の瞬間に神父は炎に呑み込まれたが――

「ちっ、仕留め損なったか」

逃げられたと理解し、舌打ちする。捕捉探知も失敗したようだ。

<マスター、今の男よりも二人の少女を。まだ二人共息はあります>

クイーンに促され、神父を追うのを諦め、炎を消し、居間へと急いで向かう。

まず手始めに血塗れの少女を診ることに。

「……あ、貴方は、一体? 綺礼は、どう、なったの?」

「っ!?」

ソルは少女の声に思わず息を呑み、眼を瞠った。

(……はやてと同じ声)

今少女が発した声は、はやてと同じ声だ。彼女と十年近く共に過ごしたので聞き間違いなどあり得ない。この少女は確かにはやてと同じ声質の持ち主だ。

「とりあえず俺は敵じゃねぇ。それと、さっきの男は逃がしちまった。今癒すから黙ってろ」

深呼吸を一つしてから、ソルは血塗れの、はやてと同じ声を持つ少女に治癒の複合魔法を施した。





「このガキは気絶してるだけか……やれやれだぜ」

疲労を吐き出すように溜息を零すソルの背中に、声が掛かる。

「危ない所を助けてもらったから礼を言うべきなんでしょうけど、立場的な問題で他人をすぐに信用する訳にはいかないから、いくつか聞かせて欲しいの……貴方は、何者……?」

はやてと同じ声質に『何者だ?』と言われて、はやて本人に『アンタ誰や?』と言われたような気がして若干物悲しい気分になりながらも、別世界の人間だから仕方が無いと割り切って身体ごと向き直り口を開こうとして、

(なんて答えりゃいいんだ?)

いきなり返答に詰まった。

どう答えるべきなのか困り、なかなか返事をせず沈黙を貫くソルの姿を見て少女なりに何か解釈したのか、一つ頷いてから勝手に喋り出す。

「まあ普通は馬鹿正直に答えられないでしょうけど、貴方は私を助けてくれて、綺礼にいきなり斬り掛かったからこちらに敵意は無い、っていうのは理解してるつもり。見たことも無い魔術だったけど、治療もちゃんとしてくれたし」

「……調子はどうだ?」

「ん? ええ、お蔭様で綺礼にやられる前よりも調子が良いわ。ありがとう」

問いに笑顔で応答する少女。この一言だけで、あの神父から少女を救えたという実感が込み上げてくる。間に合ってよかった。純粋にそう思う。

「で? 質問に答えられる範囲でいいから答えてくれないかしら。さっき綺礼が『九体目のサーヴァントか?』って言ったら、貴方『俺はマスターだ』って答えたわよね。魔術師、でいいのよね? どうして私を助けてくれたの? 貴方のサーヴァントは? どうやって九体目を召喚したの? そのクラスは? そもそも何処の魔術協会に所属してるの? やっぱり目的は聖杯?」

「ああ? 何度か聞いたが魔術、魔術師って言い方はあんま聞かねぇな。俺に馴染み深い呼び方は魔導師か騎士、法力使い、もしくは魔法使いだ。確かに俺のサーヴァントは九種類居るが、クラスなんて分け方はしたことが無ぇ……ああ、もしかして兵種のことを言ってるのか? だとしたらまず大雑把に分けて上級と下級の二種類があって、その中で更にサーヴァントの特性ごとに近接兵、装甲兵、機動兵、射撃兵、法力兵っつー五種類が存在するんだが……違うか?」

「??? サーヴァントの種類って、セイバーとかアーチャーとかランサーとかの七種類じゃなくて? な、何? 近接兵? 装甲兵? 射撃兵? 聖杯戦争に参加している魔術師を『マスター』って呼び方してるんだけど…………えっと、あの、もしかして魔術師じゃない?」

「聖杯戦争ってそもそも何だ? マスターってのは自身のサーヴァントを使役するからマスターって言うんだろ?」

「……」

「……」

互いの認識に齟齬があり、会話が微妙に噛み合ってないことに気付いて二人共黙る。

「サーヴァントっていうのは、昔の『英霊』を使い魔みたいに召喚して使役するんだけど、貴方が言うサーヴァントはどういうの?」

「少なくとも俺のサーヴァントは、俺自身の法力を具体化した存在のことだが」

「……」

「……」

二人の間と頭上に疑問符がいくつも浮かび上がっては消えていく。

しかし、一つだけ分かったことがる。それは何かが致命的に間違っていることだ。





とりあえず互いを理解する為にこの不毛な平行線的会話を一旦止めた。

少女は遠坂凛と名乗り改めて礼を述べたので、ソル=バッドガイと名乗り返し気にするなと伝え、漸く本題に入る。

自己紹介を終えてから事の顛末を話すことになって二十分が経過。

やはりと言うかなんと言うか、凛は見た目通りの年齢だったので本人のプロフィール、魔術と聖杯戦争やサーヴァントとその仕組み、先程の神父っぽい男――言峰綺礼のこと、聖杯戦争の現状などを言い終えるだけで話が済んでしまった。勿論、全てを語った訳では無いだろうが。

それに対して、ソルはそうもいかない。

次元世界やら別世界やら異世界やらからやって来ましたという荒唐無稽な話から始まり、魔法と法力の違い、バックヤード関係のマスターとサーヴァント云々、今現在陥っているトンデモな事態など、一体何処からどう説明すればいいのか取捨選択して当たり障りの無い程度に話す必要があったのだから、話が長くなるのは当然だった。

ちなみに、話している最中に凛が「綺礼と同じ声を耳にしてるのに不快にならない、不思議」とのたまっていたが知ったことではない。

本当はあまり渡したくない情報が満載されていた内容であったが、一から説明しないと相手には理解不能な単語の羅列でしかない。ただ、眼の前の相手がある程度信頼に足る存在と悟ったので、話すこと自体に抵抗は無かった。逆に自分でも驚くくらいにするりと話せている事実が不思議である。

「……いくつも存在する世界への完璧な時空間移動、まさか第二魔法? 魂を顕現してサーヴァントを使役する”バックヤードの力”、これってもしかしなくても魂の物質化の第三魔法? っていうか”バックヤード”って根源? もしかしたら『 』のことなんじゃ……」

ブツブツと独り言を漏らす凛。

何やらとてつもなく衝撃を受けたような、信じられない驚愕の事実を聞かされたような表情で、ソルのことを上から下までジロジロ眺め、再び独り言を呟く作業に戻って一人腕を組んで考え込んでいる。

「まあ、いきなりこんな話聞かされて信じられないってのはよく分かるし、信じる信じないは凛の自由――」

「信じない、なんて言ってないわ。ただ、信じ難いのよ」

「同じだろうが……」

「同じじゃないわ。少なくとも私はソルの話を信じようと努力してる。真っ向から否定している訳じゃ無いの。そこんとこ、勘違いしないで」

「……そうかよ」

深々と溜息を吐く紅蓮の法力使いに、紅の魔術師の少女は胸を張って主張した。

「というか、ソルは私の話を信じるの?」

「こう見えても人を見る眼ってのは肥えてる。お前は一から十までの全てを話してはいないが、嘘も言っていない。それで十分だ」

「……なんか、見透かされてるみたいで少し腹立つ。ちょっとくらいは疑いなさいよ」

頬を膨らませてそんなことを訴える凛の表情は、実年齢よりも若干子どもっぽく見える。

「それにしても、こんな子どもが万能の願望機を求めて殺し合いに赴くなんざ、随分業が深くてトチ狂ってんだな、この世界の『魔術』ってのは」

ソルの皮肉に凛はシニカルな笑みで返す。

「魔術師以外から見ればキチガイでも、魔術師にとってはこれが普通よ。大いなる目標や目的の為なら己の命も惜しまない、手段も選ばない、それが魔術師。魔術師は魔術を使う際、常に自分の命を危険に晒す覚悟を必要とする。その覚悟が無ければ魔術師とは言えないわ。結果として人間を辞めることになったとしてもね。魔術師が『魔法』に至ろうとして吸血鬼になるなんてのはその典型よ。ていうか、此処に来る前にネロ・カオスを倒したとかどれだけ規格外なのよ、その法力って。二十七祖の一角を跡形も無く消滅させる時点で神代の魔法に匹敵するわ」

「世も末だな……俺も人のことは言えんが」

法力学の科学者として研究を重ねた結果が、ギアと聖戦を生み出してしまったのだから、業の深さで言えばソルも負けてはいなかった。一世紀続いたギアと人類の戦争、消滅した日本と絶滅危惧種指定された日本人、失われてしまった文化や歴史、戦争の合間に埋もれていったあらゆる技術、半分以上減った世界人口など、列挙すれば切りが無い。たとえ元凶ではなかったとしても、原因の一人であったことには変わりない。

つくづく思い知らされる。魔法も法力も魔術も、系統も体系も術式も理論も異なるが、使う人間が道を踏み外せば容易く外道へと成り下がる……まさに『魔』の力だ。

そして、ソルはかつて一度とはいえ道を踏み外し、外道へと成り下がり、それだけに留まらず人を辞めて畜生にまでその身を堕落させてしまった。

そういう意味では、ネロがソルのことを『同類』と称したのも納得がいく。

だからだろうか。若く、才に溢れるであろう魔術師の少女を見ていると、人間だった頃の自分達を想起してしまう。まだギア計画に手を出す前の、研究に情熱の全てを注ぎ込んでいた当時の純粋な自分達を。

間違って欲しくない、と老婆心が心の中に浮上する。昔の自分のように手を出してはいけないことに手を出し、後悔することにならないよう願うばかりだ。

「魔術のこと散々言ってるけど、貴方が言う法力とかも大概じゃない。何よ、事象を顕現する、場合によっては魂をも具現化する力って? 重ねて言うけど、魔術師にとって貴方の法力は最早『魔法』の域に達してるわ。とんでもない出鱈目、というか貴方の存在自体がもう既に出鱈目。『 』に繋がってるどころか生身で入ったことがあるとか、常軌を逸してるにも程がある。おまけに異なる世界への時空間移動を平然とやってのけるなんて、やること成すことが悉く魔術師の上を行ってくれるし。魔術協会に貴方のことが知れ渡ったら即封印指定でしょうね」

呆れながら機関銃のような早口でそんなことを言ってくる凛に、苦笑と共に肩を竦めるだけで応える。

流石に、『昔とある事情により過去の自分と相対することになり、その時過去の自分が殺された瞬間を目撃したが、気合と根性と思い込みで、”過去の自分は死んだが今の自分が存在する限り過去の自分はそれまで絶対に死なない”、という風に因果を自分の都合の良いように捻じ曲げたことがある』とまで言うのは憚れた。意思の力でタイムパラドックスをどうこうするなど馬鹿馬鹿しくて笑われるだけだが、事実なのでソル本人が笑えないからだ。

今思い起こしてみると、我ながらとんでもないことを強行したものである。当時はそうすることで存在を維持する為に必死だったから、というのは言い訳で、単にそういう目に遭わせてくれたイノをぶっ殺したかっただけの話。

結果としてソルの因果律とか時間軸とか空間軸などに何かが起こってしまったとしても不思議では――



――ん?



(原因、これなんじゃねぇか?)

唐突に核心っぽいのに至った気がする。

……至ったが、どうすればいいのかさっぱり分からない。そもそもツケが数十年後に回ってくるだなんて、一体誰が予想出来る?

「それで話は変わるんだけど、ソルはこれからどうするの? 元の世界に帰るの? ていうか、帰り方分かるの?」

「……」

思考の海から現実に戻されて、暫し凛の問いに黙考してから「帰りたいが分からん」とだけ伝えた。

「へー、意外、帰りたいんだ」

そんな彼の返答に、凛はニマニマと悪戯を思いついたような子どもっぽい笑みになる。

「何がおかしい?」

「なんていうか、貴方ってホームシックになる人間には見えないから。何処となく『孤高』って単語が似合いそうだし」

人差し指をピンと立てる凛。しかし生憎とその台詞は、言うのが二十年以上遅い内容であった。

「……こんな俺にも帰りを待ってる家族が居る、家庭がある」

「あらそうなの」

「家に帰れば親鳥に餌を求める雛鳥みてぇなガキ共が、遊んでくれ構ってくれと喧しく喚くしな」

「え? 貴方、子ども居るの?」

心底意外そうな顔をされたのが少し悔しかったので、クイーンの記憶領域に保管してある写真をいくつか引っ張り出して見せ付けてやる。

集合写真、ツーショット、何処かへ遊びに行った時の記念撮影、ふとした日常風景をフィルムに残したもの、そういった様々な写真を。

Dr,パラダイムやイズナ、アルフやザフィーラ、そして解放状態のアインのように、明らかに外見が普通の人間じゃない者達が写っているのも見せてしまったが、既に後の祭りだ。全部正直に話してやろうと思う。

というか、模擬戦の写真が混じっている時点で最早言い訳出来ない。写真の中では空を飛んで砲撃ぶっ放してたり、雷落としてたり、火柱噴いてたり、巨大なハンマー振り回してたりするから。

写真を一枚一枚見ていく内に、凛の顔がどんどん硬質化していく。

ソルとスレイヤーが殴り合っている写真を指差し「……これ誰?」と聞かれたので嘘偽り無く「千年単位で生きてる真祖の吸血鬼。昔は暗殺組織の創設者だったが今は隠遁生活を送ってる。腐れ縁の一人で喧嘩仲間だな。たまに暇潰しに勝負を挑まれるから、気が向いたら付き合ってやってる。この写真はそん時のだな」と答えると、凛は穴が開くんじゃないかというくらいに写真を睨み続けた状態で三分程固まっていた。「真祖に勝負を挑まれてガチンコで殴り合い……真祖に勝負を挑まれてガチンコで殴り合い……真祖に勝負を挑まれてガチンコで殴り合い……」と呪詛を繰り返す呪われたラジオみたいになっていたが、どうしたのかとソルは首を傾げるしか出来ない。

「……人外魔境」

「写真に写ってる連中は俺を含めて、半分以上がまともな人間じゃねぇ。法力によって生まれた生体兵器、使い魔、魔導プログラム体、クローン、真祖の吸血鬼や妖狐に分類される人外、そんな連中と渡り合う非人間的な人間、一通り揃ってるぜ」

「…………………………」

余談だが、復活した凛は子ども達の写真が気に入った。特にツヴァイのことが「お人形さんみたいで可愛い」とのことだ。

なので、あいつは我が家一番の問題児だ、あいつが癇癪を起こすと街に氷河期が訪れる、とだけは言っておく。ついでに、エリオの場合は落雷で周囲を黒焦げにし、キャロは竜を召喚して暴れ回る、と付け加えておいた。

すると、またしても凛の様子がおかしくなったが、一体何なんだろうか?

安心しろ、ちゃんと躾はしてる、ガキ共が暴走した場合は有無も言わさずコテンパンに叩き潰して焼き土下座の刑に処している、だから教育に関しては心配するな、とソルが家の教育方針を掻い摘んで説明すると、ほろりと涙を零し始める始末。

何が気に入らないのであろうか?





「とりあえず俺と同じ声を持つ奴を、言峰綺礼を殺す。そうすれば何か起きるだろ」

何の因果か知らんが、この事態に関係していることは行く先々で『ソルと同じ声を持つ男』が存在するという一点。

そして、そいつに致命的なダメージを与えるか殺すかすれば次の場所へと移動を開始する、というのが二回の転移を経て得た経験だった。

このまま何もせずに居るより遥かに建設的で、殺るだけの価値はある筈だ。

「……まあ、ソルなら綺礼を殺すくらい簡単に出来ちゃいそうよね。実際、不意打ち気味とはいえあのクソ神父の右腕あっさり斬り落としてるし……喧嘩仲間に真祖が居る時点で何かがおかしいけど、利害が一致してる以上は味方だし……こんなに頼もしい味方が居るなんて聖杯戦争始まって以来で泣きそう……」

余程味方に恵まれなかったのか、それとも不必要な苦労を強いられたのか、どちらにせよ凛の表情には哀愁が漂っていた。





その後、今まで気絶していた銀髪の少女――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが目を覚ますと同時に、凛と共闘している衛宮士郎という魔術師と、その彼が使役するセイバーというサーヴァントが家に帰ってきたので、凛がかなり端折った事情説明をして、一応ソルは敵ではなく味方である、ということになった。

で、事情説明もそこそこに作戦会議へと突入。

敵は言峰綺礼と、奴が使役するサーヴァント。凛が言うには、イリヤスフィールの拉致に失敗したから連中の手元には聖杯の器が無いが、柳洞寺というこの土地の心臓部を押さえているから無策に飛び込めない、とのこと。

詳しく聞くと、柳洞寺は龍脈に対する要石としての役割を持ち、落ちた霊脈に建っていて、山門以外には自然霊以外を排除しようとする結界が働いていることに加え、既に脱落したキャスターのサーヴァントが以前根城にしていただけあって、冬木市中から集められた魔力が流れ込んでいるらしい。

「オイ」

「「「「?」」」」

「俺なら、”バックヤードの力”を使えばその寺を支配出来るぜ」

「「「「!?」」」」

四者四様の驚きを見せている間に説明する。

柳洞寺の近く、欲を言えばなるべく龍脈の傍でマスターゴーストを顕現すれば、後は勝手に無限に沸いて出てくるキャプチャーが周囲一帯のゴーストを支配して敵へのマナ供給を断ち切った上で、冬木市中のマナを独占出来る、と。

マスターゴーストを顕現した時の最大のメリットは土地制圧。キャプチャーが数対触れるだけでゴーストを支配しマナを得るこれは、術者――マスターにほぼ無尽蔵のエネルギーを供給してくれるのだ。その得たエネルギーを消費してサーヴァントを召喚し、アイテムを練成し、戦況を有利に運ぶ。

「敵は二人しか居ねぇんだろ? だったらマスターゴーストの護衛に回すサーヴァントを全て戦闘に参加させられるし、敵に俺のような法力使いが居ないんだったら支配権を奪還される心配も無ぇ」

しかも、余ったマナは凛の宝石を介して全員に再分配すれば、凛と士郎とセイバーは無制限に魔術や宝具を使いまくれるようになる筈だ。

「……キャ、キャスターの陣地作成スキルをあっさりと……」

またしても凛が頭を抱えているが、もう何度目かになるか分からないので無視。

「しかし、ギルガメッシュの宝具は……」

苦々しい面持ちでセイバーが語る。

暫くの間、大人しく話を聞いていたソルではあったが――

「お前らでなんとかしろ。俺の最優先事項は言峰綺礼を殺すことだ」

奴は俺一人で相手にする、だから残りはお前らな、と無慈悲に切って捨てるのであった。

本来ならば士郎とセイバーの二人で、イリヤスフィールが拉致され凛が負傷で不在、という劣悪環境下で戦わないといけないのだ。此処までお膳立てしてやる以上、文句を言わないで欲しい。

まあ、状況が許されればサーヴァントで支援しても構わないが。

あと、イリヤスフィールは直接的戦闘能力が低いので留守番、ということになる。本人はぶー垂れていたが。

それからソルは、凛が持っている宝石をいくつか拝借し、法力を駆使した細工を施し渡しておく。その内の数個はマナを供給する為の魔力受信装置である。

他にもオルガンを使用してアイテムを練成しておく。ソル本人だけのマナではコストの関係で数個しか練成出来ないが、無いよりマシだろう。

使用者とその周囲の味方を瀕死の状態から回復することが可能な『エリクサー』。特殊効果を打ち消す『ディスペル』。絶大な効果を発揮する反面、マナコストの関係で現状ではこの二つしか練成出来なかった。欲を言えば、倒れたその場で蘇生を行う『リザレクション』も練成したかったのだが対象が所有者一人のみで、如何せんマナが足りない。使い所を見誤るな、と一言添えて渡しておく。

「……キャ、キャスターの道具作成スキルまでもが……」

手渡された宝石とアイテムを見て酷く落ち込んでいる凛が居たが、放置。

その間に士郎とセイバーが土蔵に篭って何やらやっていたらしいが、そっちはそっちで準備があるんだろうと思い、やはり気にしなかった。





そして、決戦の夜。

まず最初にサーチャーを飛ばして柳洞寺を偵察。敷地内を隅々まで確認する。そこの地下に大空洞を見つけたので、これ幸いとソルが単身で転移しマスターゴーストを顕現。
周囲一帯を支配し、マナの独占が完了したのを見計らって衛宮邸に電話――念話だと気取られると思ったからだ――クイーンの通信越しに作戦が第二フェイズへ移行したことを伝えながらミニオンを除いたサーヴァントを八種類全て召喚し、オルガンで周辺に存在する敵と味方の魂の位置を把握しながら待つ。

召喚したサーヴァントは下級近接兵のザ・ドリルが六体、下級装甲兵のブレイドが六体、下級射撃兵のペンシルガイが三体。

上級サーヴァントは各種一体ずつ。近接兵のファイアーホイール、機動兵のエンガルファー、法力兵のクィーンとブロックヘッド、装甲兵のギガント。

下級が十五体、上級が五体の計二十体。

ソルのサーヴァント一体一体の戦闘能力は、聖杯戦争で召喚されたサーヴァントに比べ遥かに劣るだろう。だが、それでも数を揃えたサーヴァント部隊は中級ギアが従えるギアの群れに遅れは取らない。

加えて、サーヴァントには特殊能力を持つ個体が存在する。攻撃に毒を付与するペンシルガイや、敵の特殊能力を一定時間封印するエンガルファー、味方の回復・補助・強化を担うブロックヘッド、四種類の変形機構を持つギガントなどが居る。

しかし、サーヴァントの本質はそこではない。”バックヤードの力”によるマスターゴーストを媒介にして召喚された彼らの最も恐ろしい点は、その量産性だ。マナがあり続ける限り、最大上限に達しない限り、いくらでも生産し、使役することが可能だ。撃破されても、マナがあれば再召喚すればいいだけの話。

”バックヤードの力”を持つ者同士の戦いであれば、本来はマナ供給の源となるゴーストの支配権を奪い合うことになるのだが、今のところソルの支配を脅かす存在は敵に居ない。つまり、ほぼ無尽蔵にマナを消費することが可能だった。

聖杯戦争にて最強のサーヴァントと謳われるギルガメッシュに対して何処まで戦えるか未知数だが、少なくとも凛達の足手纏いにはならいないだろう。最悪、役に立たないようであれば身代わりや盾にでもしてくれと伝えておいた。

長い石段を上り山門を潜ると広い境内があり、そこに敵のサーヴァント――ギルガメッシュが待ち構えているので、凛達が突入したのを見計らって総勢二十体のサーヴァントを援護として送り込む。

やがて数分もしない内に、爆発音に閃光、魔力と魔力の衝突、そして剣戟の音が響いてきた。





凛達がソルのサーヴァント達を従えてギルガメッシュと対峙しているのとほぼ同じタイミング。大空洞から寺の裏にある池で、二人は相対していた。

ソルの紅く輝く瞳と、言峰の黒く濁った瞳。交差する視線が相手を射殺すように突き刺さる。

「……」

「……」

お互いに黙ったまま睨み合う。

少し離れた場所――寺の境内からは派手な音と光が届くが、気にも留めない。

嗚呼、この不快感は何なんだろうか?

目前の男を見ていると気分が悪くなってくる。無性に腹が立ってきて、嫌悪と憎悪を綯い交ぜにした負の感情が爆発寸前であることを自覚する。

そのことに戸惑いも無ければ憂いも無く、ただただ純然たる殺意が湧き上がってきて、衝動に身を任せてしまいたい。

「お前は、何だ?」

暫くの間、腐った生ゴミを見るような眼で睨み合っていたが、やがて凍てつく氷のように静かな殺気を声に乗せ、言峰が聞いてきた。

「知らん。だが、テメェの存在が妙に気に入らねぇ」

答える気があるのか無いのか、そもそもそんなことなどどうでもいいのか、ソルは惜しげも無く全身から殺気を溢れ出す。

「気が合うな、私もだ」

「握手でもするか?」

嗜虐的な、それでいて邪悪にして残虐な笑みでソルは封炎剣を構え、炎を迸らせる。

「いや、もう既に握手は済んでいる。随分一方的で情熱的な握手だったが」

斬り落とされた右腕を掲げる言峰。

その右腕を見て、ソルは眉を顰めた。

ぶった斬った筈の腕が、黒い靄の塊と化して再構築させているではないか。

「……気味悪ぃな」

まるで悪意が物質として形を成した物体を、無理やり義手として使っているような右腕は、生理的嫌悪感を見る者に与え背筋に怖気が走っていく。

「一般の感性からすればそのような酷評を受けるだろうが……何、これはこれでなかなか便利で、面白い」

ヒュ、と風切り音を響かせながら黒い靄の右腕を振るうと、鞭へと変じたそれが大地を叩き、土を抉っただけに留まらず触れた部分を暗黒に染めていた。

侵蝕されてドロドロに溶かされているのか知らないが、あれに触れればただでは済まない、ということだけは十分理解出来る。

「面白いのはテメェのおつむだ」

「これは手厳しい」

クツクツと肩を震わせて嗤う言峰の姿が、ソルの高くない沸点を易々突破する。

「……っ!!」

数秒後、痺れを切らしたソルが踏み込み相手に襲い掛かった。





凛から聞いた話によれば、言峰が使用する細身の剣は『黒鍵』と呼ぶ投擲武器らしい。吸血鬼を代表とする人外に対して使われる悪魔祓いの護符、と説明されたが、ソルの警戒心はそんなものよりも右腕の黒い靄にある。

触れたものを溶解する『呪い』のようなもの、という認識で間違いないと思われるが、どうにも厄介だ。

鞭のようにしなり、言峰の意思に従い伸縮自在の蛇のように動くそれは、非常に戦い難い。なかなか懐に潜り込めない。

だが、焼き払うことなら出来る。

飛んでくる黒鍵を弾き返し、振り払われる黒い靄の鞭を炎で迎撃。

ジュッ、という熱した鉄板に水滴を零したような音が鼓膜を叩き、それに伴って出る異臭が鼻を突く。

跳躍したソルが空中から火炎を降り注ぎ、黒い靄を触れる端から蒸発させた。

ますます異臭が強くなり、鼻がもげそうになる。

着地してから更に封炎剣を地面に突き立て火炎放射。瞬く間に炎が広まり周囲を紅蓮に染め上げ、火の海と化す。

自ら発生させた火の海に飛び込み、言峰に向かって真っ直ぐ突っ込む。

間隙を縫って黒鍵が飛来するが、速度を一切緩めず紙一重で交わしつつ、地面に這い蹲るように姿勢を極端に低くする。

「グランド――」

その体勢のまま全身に炎を纏う。それがブースターとなり突進力と速度を爆発的に上昇させ、一瞬で間合いを詰めた。

懐に潜り込んだ瞬間両足で踏ん張り急停止、低い姿勢から無理やり上体を起こす。爪先から順に足首、膝、腰、腕までの動きを一つの流れとして連動させ、封炎剣の柄で言峰の肝臓をぶん殴る。

「ヴァイパァァァァァ!!」

会心の一撃。

耳を劈く破裂音。

しかし、それは黒い靄――右の肘によって辛うじて防がれていた。凝縮された黒い魔力で形成された薄い防御膜。ソルの攻撃を受け役目を終えたのか、視線の先で霧散していく。

「消えろ」

攻撃を防せがれたことで僅かに生まれたソルの隙を突く形で、言峰が全身から暗黒のオーラを放出。

発生した闇色の衝撃波をもろに食らい吹き飛ばされた。大地に身体が叩き付けられる前に空中で体勢を整え着地に成功するが、折角詰めた間合いをあっさり離されてしまう。

顔を上げたそこへ黒い靄の塊が濁流となって迫るので、クイーンがフォルトレスを発動してこれを防ぐ。

(さっきから邪悪な気配振り撒きやがって……こいつ本当に神父か?)

濁流が止み、フォルトレスを解除。

灼熱地獄で地面は焼き焦げ、黒い汚濁で呪われたそこで二人は再び黙したまま睨み合っていると、ソルのサーヴァント達から報告が入る。

<Oh hell>

<No way!>

<I`m bursted>

どうやら凛達――向こうの状況は芳しくなく、劣勢を強いられているようだ。次々と撃破され数を減らしていくサーヴァント達。下級はほとんどが倒され、上級はギリギリ耐えているがもう持ちそうにない。この様子では凛、士郎、セイバーも撃破されるのは時間の問題だ。なるべく早く勝負を賭けた方が良い。

言峰から視線を逸らさないまま、オルガンを操作する。倒されたサーヴァントを再召喚しても戦場に到着する前に凛達が殺される可能性がある以上、再召喚は下策だ。だったら、今現在蓄えられているマナ全てを三人がそれぞれ持っている凛の宝石――魔力受信装置に注ぎ込み、奇跡を起こしてもらうしかない。

それから、こっちもこっちでいい加減にケリを着けてしまおう。



――しゃあねぇな……とっておきだ。



一つ深呼吸をしてから封炎剣を持つ左の手首を右手で握り締め、脇を締めるようにして両腕を下げる。

ほんの数秒。僅かな時間だけで構わない。

限定解除。

封印していたギア本来の”力”。身体を構成する細胞全てが活性化に備えて歓喜に打ち震え、途方も無い”力”が溢れ出し、その余波でソルの周囲の地面が揺らぐ。



「ドラゴンインストォォォォォォル!!」



空を仰ぎ雄叫びを上げ、真紅の光が全細胞から解き放たれ、不可避の衝撃波となって言峰を襲った。

「ぐお……!?」

これまでとは異なった思わぬ攻撃手段にたじろぐ言峰の眼の前に、瞬間移動でもしたかの如き速さでソルが既に踏み込んでいる。

ソルの右アッパーがクリティカルヒットし、言峰が仰け反った。

左から右に封炎剣を薙ぎ払い、返し刀でもう一度右から左へ今より大きく斬り裂く。

そのまま屈むのに合わせて封炎剣の刀身を地面に沈ませ、跳躍と共に斬り上げ。

空中で身体を捻って踵落とし。

足が地に着くと同時に右肩から左脇腹まで袈裟斬り。

右のショートアッパーを腹の真ん中に突き刺し、『く』の字に折れて下がった頭部に左ストレートを叩き込む。

「やれやれだぜ」

突き出した左手に右手を添え、封炎剣の切っ先を下に向けてから両腕を一気に振り上げる。瞬間、紅蓮の大輪が咲き乱れた。

炎に抱かれた衝撃で放物線を描く吹き飛ぶ言峰に完全なる追い討ちを掛ける為、前傾姿勢になって屈む。

「こいつで、終いだ」

全身に炎を纏う。その炎がソルの背中で一対の翼と一本の尻尾に形を成した時、獲物目掛けて跳躍。

そして、巨大な火柱を従えた、天を昇る竜が如き最後の一撃が決まった。





「最期に、何か言い残すことはあるか?」

問いに対し、瀕死の言峰は咳き込んでから、ソルのことを忌々しそうに見上げ、蚊の鳴くような微かな声で吐き捨てた。

「……聖杯戦争は突発的なトラブルが絶えないものだと理解していたつもりだが、まさか、これ程までに非常識なイレギュラーが出現し得るとは、予想だにしていなかった……」

この言葉を受け、ソルは冷静に返す。

「此処に今存在する俺が、この世界にとってのイレギュラーであることなんざハナッから分かってる。俺とお前が『同じ声を持つ』という因果で繋がってることもな」

「奇妙な因果だ。その因果を絶つ為に私の命を断つ、といったところか」

「ああ。凛と手を組んだのは、単なる利害の一致だ」

眼を細めて言峰を見下ろすソルは、僅かに哀れむような眼をしていた。

「……一目見て分かっちまった。その在り方があり得ねぇくらいに歪で、何処かで何かが狂ってて、人間として破綻してる」

荒耶宗蓮を、ネロ・カオスを、そして言峰綺礼を初めて見た時に感じた、ソルの偽り無い本音。

だからこそ不快だった。

コイツは居てはいけない、と。存在そのものがどうしても許せず、殺意を覚えた。

それは相手も同じで、お互い様であったが。

「どういう経緯でそんな風になったかなんて知らねぇし、知りたくもねぇが、俺はそんなテメェらが死ぬ程気に食わねぇ」

「私も、お前のような輩が気に食わない」

視線に侮蔑を込め、口元に嘲笑を貼り付け、言峰が嗤う。

「私にも、分かる。お前も私と同じ、自分自身に絶望したことがあるだろう?」

「……」

沈黙を肯定と受け取ったのか、言峰の言葉は続く。

「それでも絶望していながら諦めず、救いが無いと分かっていながら光を求めて足掻き続けた……だというのに、そんなお前の”磨耗し切っていない眼”が酷く不愉快だ」

「違うな。幸い俺には所々で救いがあった。なんだかんだで余計なお節介を焼いてくれる連中が居た。磨耗してるようで磨耗し切っていないのはそいつらのおかげだ」

「私と同じでありながら、か?」

「それも違う。似ているようで、俺達は全くの別物。根本的に何もかもが違う。とても近いが背中合わせで別の方向を向いている。それ故に見ているものも、目指すべきものも、進むべき道も違う。他のものより近いから似ていると感じても、それだけだ。俺達は永遠に互いを理解することはない」

彼らがそうであったように、ソルも自分が人間として何処かおかしいという自覚はある。異常なまでに責任感が強く、何もかも一人で背負い込もうとしたりする点などは、アインに強く指摘された。誰かの為なら己のことなど一切顧みず命を惜しまない、救う者達の中に自身を勘定に入れない点も、やはり他者から見れば十分に異常なのだ。

他者を救うことによって自分も救われたい、と心の中で無意識に考えている。贖罪と称しているが、赤の他人から見れば結局は全て自己満足。

「……そうか。道理で不愉快な訳だ、反吐が出る程甘い半端者め」

「だが、半端だったからこそ俺は俺自身を、俺の周囲に居る連中を好きになれた。ほんの少しだけ、許すことが出来た。そう考えれば甘っちょろい半端でいるのも悪くねぇ」

言って、ソルは封炎剣を掲げると、太陽の如き輝きを放つ力を以って、言峰綺礼を浄化した。

「あばよ。眠りな」

そんな彼の背後で、境内から方から放たれた黄金に光る力の奔流が夜の世界を眩く染める。





<どうやら終わったようですね>

「ああ。俺のサーヴァントは全滅したし、凛達も無事とは言い難い状況らしいが、あっちはあっちで上手くいったみてぇだ」

やるべきことは終わった。その証拠として、『ざらつき』が思考のノイズとなって頭痛にも似た痛みを生む。

言峰を倒し、因果を断ち切ったからだろう。感覚が次第に鈍磨していき、転移が始まったことで身体が薄れていく。

もうこれ以上はこの世界に留まれない。

<折角仲良くなれたと思ったのですが>

「構わん。縁があればいずれ会うことになるだろう」

もしかしたら、魔術の才能溢れる少女が向こうから会いに来るかもしれない。万が一にでもそうなったら、今度はこちらが家族総出で歓迎してやろう。

ソルが言峰達と『同じ声を持っている』という因果で繋がっていたように、同じ理由で凛もはやてと繋がっている可能性もあるので、一概にあり得ないとは言えないのだから。

<しかし、そう考えると帰る為には因果を断ち切る必要があって、どちらか一方が死ななければならないことに――>

「そうはならん」

クイーンの杞憂をソルは不敵に笑い飛ばす。

<その根拠は?>

「荒耶宗蓮は俺が殺した訳でも無ぇのに転移を開始したからだ」

<あ>

間抜けな声を上げる胸元の愛機をデコピンで弾き、ゆっくり首を背後に巡らせた。

更地となったそこには、息を荒げながら走ってくる三人の人影がこちらに近寄ってくる。

……理由は分からないが、別に戦う必要は無いのだと思う。

そもそも何が原因で転移し、どういう理屈でその世界に居続けることが許されるのか――強制されているのか分からないが、『同じ声』というのが鍵になっているのだろう。

案外、ソルが考えているような因果関係とか実は全くこれっぽっちも関係無くて、今陥ってる状況は不幸と偶然が重なり合っているだけ、かもしれないのだ。

普通に世界間での移動が可能となれば、普通の次元転移と同じ感覚で行き来することが出来るかもしれない……もしかしたら。

出来ないことを嘆くのは詮の無いこと。出来るようになるかもしれない、という希望を持ってことに当たった方が何百倍も楽しい筈だ。

そんな風に考えていると、ボロボロで酷い格好の三人が走りながら、それぞれ口を開いてソルを呼ぶ。

「……じゃあな」

呼び声に応じるように短く、静かに、一方的にそう告げて、彼は幻のようにこの世界から姿を消した。










そして気が付いたら、道端でうつ伏せになって倒れていた。

「ねぇ、そんな所で寝てたら風邪引くわよ」

「……」

後頭部にソルを心配するような言葉が若干呆れたような口調で降ってくる。

が、そんなことはどうでもいい。

逆にどうでもよくないことが二つある。それは――

(シャマルと同じ声で、爺と同じ気配……)

顔を上げれば金髪紅眼の美人がニコニコ顔でこちらを見下ろしているではないか。

「大丈夫? 医者、呼んでこようか?」

シャマルと同じの声を持つ金髪紅眼の美人は何が楽しいのか、見ているこっちも愉快になってくるくらいに眩しい笑顔を振り撒いていた。

「おいアルクェイド、その人どうしたんだ?」

と、金髪紅眼の美人の背後から若い男性の声が聞こえてきて、間も無く姿を現した。眼鏡を掛けた学ランの高校生。知らない声だったので内心で少し安心するソル。

「あ、志貴。なんか行き倒れみたい」

「ええ!? そりゃ大変だ。あの、大丈夫ですか?」

「……ああ。疲労が溜まってるらしい。何処か休めるような場所はあるか?」

本気で心配してくれる学ランの高校生が手を差し伸べてくれたので、無碍に出来ずその手を取って立ち上がる。それから現状に対していい加減うんざりしてきたので、マジで少し休む為に質問する。

「ええと、喫茶店で良ければ丁度貴方の真後ろに」

ソルの背後を指差す眼鏡の高校生。

そこには『アーネンエルベ』と書かれた看板を掲げた喫茶店が存在していた。

一見普通の喫茶店に見えるが、実は人外な連中が跳梁跋扈する、とてもソル向きなお店であることを、まだ彼は知らない。

























後書き


タイプムーンの『カーニバル・ファンタズム』の発売に”ジョージ”て、調子こいて書いてしまいました。

今回のお話はご存知の通り、中の人ネタです。型月作品では荒耶宗蓮、ネロ・カオス、言峰綺礼を、そしてギルティではソル=バッドガイを演じている中田譲治さんネタです。

本当はもっとコメディ&ギャグ風にして、型月作品以外とのクロスも考えていたんですけど(たとえばヘルシングとかテイルズとかケロロとか)、荒耶宗蓮と対決する『空の境界』パートを書いて読み直してみると予期せぬシリアスな展開になっていたので、「もういいやこのままいけや」といった感じで他の作品の分を全部削り、凛との絡みを除いてほとんどシリアスになってしまいました。

本当ならプロットの段階でもっとギャグでコメディにするつもりだったんですよ? ギロロとドロロの中の人ネタで、「自分と同じ声、カイと同じ声を持つ変な生き物が……」みたいに。

ちなみに、ソルが帰ってくるとしたらハラオウン家に転移してきます。やはりこれも中の人ネタで。クロノの声は”あの男”の杉田智和さん、クロノの父にしてリンディの夫であるクライドの声はやっぱり中田譲治さん、という繋がりでね!

いや、こんなん書いてる余裕あんだったらとっとと本編の続きUPしろよ、と我ながら思っていますが……どうも最近スランプ気味で。

ただでさえ仕事が忙しくて執筆時間も取れないし……これ以上は愚痴と言い訳になるんで止めときます。

三割くらいは書けてるんですけどね~。

で、『カーニバル・ファンタズム』は初限を予約して、買って見て大笑い。やっぱり型月作品は面白いなぁ、と実感した今日この頃。

次の更新こそはスーパーアインタイムとなりますんで、待ってる人は待っててください。

ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat26 天魔
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/10/05 15:56


膨大なエネルギーを秘めた青白い破壊の光が天を貫く。

ビルの内部から真上に向かって放たれたそれは、発射地点からビルの上部を欠片残さず蒸発させ、廃棄区画という戦場を覆っていた結界を易々粉砕し、射線上に存在していた雲を全て消し飛ばし、大気圏を突き抜けても減退せずそのまま宇宙へと飛び出し、やがて見えなくなった。

その光景をかなり離れた場所で眼にしたエリオが、二歩三歩後ずさりつつ怯えたような声で呟く。

「ガ、ガ、ガンマ、レイ……」

キャロの転送魔法で薄暗い地下水路から日の光が当たる地上に上がってきた時の出来事だ。

全身の毛穴から嫌な汗が吹き出て、鳥肌が立つ。気が付けば過呼吸になっていたので、胸に手を添えゆっくり息を吐いて吸い、落ち着かせる。自分達よりも遥かに上位の存在に対して、精神ではなく肉体が畏怖の念を抱き勝手にそうなってしまう。

周りを見渡せば、ツヴァイもキャロも自分と同じ見えないプレッシャーに押し潰されているように苦しんでいた。

その隣ではティアナとスバルとギンガが、先の破壊の光を見たことによって茫然自失となっている。きっとあれが何か分からないが、どれ程恐ろしいものか本能的に悟った筈だ。

当然の反応と言えた。ガンマレイはギアが用いる法力の中で最凶にして最悪の法術であり、単純な破壊力は国土が小さい国ならいとも容易く消滅させる。それが被害の無いよう上空に向かって撃たれたとはいえ、戦慄を禁じ得ない。

「母様が、母様が怒ってるですぅ」

「そうみたい、だね」

頭を抱えてガクガク震えながら訴えるツヴァイに、キャロが青い顔で同意を示す。

「……キュクル」

人間よりも敏感なフリードがアインの気配にビビってその身を縮こまらせる。

向かい合ってる訳でも無いのにビリビリと肌で感じる。怒りや憎悪、敵意や殺意といった負の感情を内包した力。瞼を閉じれば、暗黒の中で闇色の魔力を全身に纏い殺気を迸らせるアインの姿が幻視出来た。

「ちょっと、今のあれって何なの?」

我に返り戸惑ったように聞いてくるティアナ。それに伴ってスバルとギンガもこちらに向き直っている。

「今のはたぶん、アインさんによる威嚇射撃です」

威嚇射撃? 今のが? と表情を引き攣らせる三人にエリオは答えると、養父がいつもそうするように頭痛を堪える仕草で左手で額を押さえる。

「今すぐ此処から迅速に離脱しないと、巻き添えを食らって死にます。冗談じゃありません。本当に死にます。さっきの砲撃は『死にたくなければ早く消えろ』という仲間へのメッセージが込められているんです」

仲間に対して威嚇射撃を行うなんて父さん達らしい、否、僕達らしいじゃないか、と冷や汗をかきながら皮肉げな笑みを浮かべるエリオ。

……いや、あれはどちらかと言えば狼煙なのかもしれないが。

「早く、早く逃げるですぅ!!」

言い終わると、突然ツヴァイが慌て始め、その様子を見て皆も慌てた。

「母様は近接特化型の父様と違って広域殲滅型のギアなんですぅっ!! そもそも近接特化型の父様ですらその気になれば街なんて一瞬で消し炭に出来る出鱈目なのに!! 広域殲滅型の母様が本気になったら廃棄区画どころかクラナガンなんて塵も残らな――」

「ツヴァイ!? ギアのこと言ってるよ! お父さんとアインさんのタイプまで! ギアのことはもっとオブラートに包まなきゃ!!」

「二人共全然ダメだろ!? っていうかギアのこと言うなよぉぉ!!!」

テンパったツヴァイが余計なことを言い、もっとテンパったキャロがツヴァイを指摘する形で更に余計なことを言ってしまい、そんな二人にエリオがテンパりながら回転式ダブルラリアットをお見舞いする。

吹っ飛んだ、と思ったら二人は空中で見事な身のこなしで受身を取り体勢を立て直す。同時に顔を上げて文句を言いたそうな顔をしていたが、今は聞いている暇すら惜しい。

というか、文句を言いたいのはエリオの方である。

「……ギアって、何? ソルさんとアインさんがそのギアってやつなの? ギアっていうのが何なのか分からないけど、やっぱりソルさんって私達と同じ――」

「ぎゃああああああ忘れろぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 今のは無しだぁぁぁぁぁぁ!!」

アホ娘二人の発言に反応するスバルの声を掻き消すようにエリオが絶叫し、襲い掛かった。

まずスバルに向かって鋭く踏み込み、彼女の頭を両手で挟むと強引に自身の股下まで持っていく。訳が分からず深々と頭を下げさせられるスバルの腰をしっかりクラッチすると、小さくジャンプし全体重を掛け彼女の脳天を地面にぶち込む。

「ごばっ」

濁った悲鳴がスバルの口から漏れた。

脳天杭打ち、所謂パイルドライバーだ。突如の凶行に彼女は碌に防ぐことも出来ず――というかクラッチされた時点で無理――そのまま意識を失う。

「スバル!?」

「いきなりアンタ何すんのよ!?」

「謝ります、後でいくらでも謝りますから!! 今聞いた言葉をその脳内から抹消してやるのでお命頂戴!!」

一発でノックダウンさせられた妹の心配をするギンガ、エリオの凶行に眼を剥くティアナに対し、彼は子どもながらにソルとアインの為に拳を握る、という見当違いの決断を下した。精神的にかなり余裕が無いと見えた。

「「いただきぃぃぃっ!!」」

完全に意識がエリオに向いていたギンガとティアナの背後から忍び寄り、キャロがティアナにジャーマン・スープレックスを、ツヴァイがギンガにバックドロップをそれぞれかます。

グシャ、という耳を塞ぎたくなる嫌な音が二つ。

まさに早業。一瞬の出来事だったので抵抗らしい抵抗を一切させない。これぞまさしく究極のプロレス技。

そして不意を突かれ無言のまま沈黙する二人。勿論、結果は気絶だ。バリアジャケットのおかげで怪我はしていない……と思われた。

苦虫を噛み潰したような顔でエリオが「今ので、いい感じに記憶が飛んでくれてるといいんだけど」とぼやく。

無茶な話だ。が、当人達は未だに冷静さを失っている。なのでこれが大真面目だというのだから質が悪い。傍から見ればとんでもないクソガキ共である。

どうしてこんな暴力沙汰に発展したかと言えば、原因は全て子ども達が今まで見てきた家族にあった。

調子に乗り過ぎた女性陣を懲らしめる為にコブラツイストかけたり、バンディットリヴォルバーでツッコミ入れたり、襟首を掴んで背後の地面に向かって片手でぶん投げてバウンドさせたり、異常に力を込めた頭突きで相手を壁にめり込ませたり、家の中でヤクザキックやボディーブローをぶん回したり、と日常生活でやりたい放題していた養父が悪い見本となっていたのは否めない。

まあ、養父が口で言っても聞かないから実力行使になってしまうので、その原因を生み出す連中が元凶と言えば元凶。むしろ、ボコボコにされる=ソルに構ってもらっている、という図式が成り立つので逆に率先して煽るアホが多く、嬉々として殴り返すのであった。なので一言で彼の所為だとは言い難い。けれども、子ども達三人の保護者や家族、取り囲む周囲の環境や人々が色々とぶっ壊れていたのは事実だ。

なんなんだコイツら、と言われても仕方が無い。殴り合いがコミュニケーションの一環になっているのでどうしようもない。誰も彼もがグーパン食らって鼻血吹くなど日常風景の一部でしかない。誰かが怪我をしている=ついさっきソルとコミュニケーションを取っていた、という風に。

本人達が楽しそうなので尚のこと質が悪いのだ。

そんなエリオ達の視界から外れた場所で、拘束されたまま放置されていたルーテシアとアギトが尺取虫のような動きで、ゆっくりと静かにその場から遠ざかっていく。

やがて、地中から音も無く現れたセインがエリオ達に気取られぬよう細心の注意を払って二人を抱え込み、その場から離脱した。





(この気配。ソル、じゃねーな……アインか)

薄暗い地下水路にて最早慣れ親しんだ力の波動を感じ取り、ヴィータは呟くと同時に動きを止める。

激闘の末、辛うじて立っているノーヴェとウェンディも強大な力を感知したらしい。ヴィータ同様に動きを止め、突然の気配に眉を顰めていた。しかし、この力の持ち主が一体誰なのか理解しておらず、若干戸惑っているようだ。

(だとしたらさっきのデカイのは合図か。ちっ、欲求不満だが退くしかねーな)

出来ることなら今すぐにでも眼前の敵にトドメをくれてやりたいが、時間が無い。とっとと戦闘域から離脱しないと巻き添え食って最悪仲間に殺されてしまう。

アイゼンを一度振り払い、ギガントからハンマーフォルムに戻すと転送魔法を発動させた。足元に三角形の古代ベルカ式魔法陣が浮かび上がる。

優勢だったというのに撤退の姿勢を見せるヴィータの様子を訝しむノーヴェとウェンディに「命拾いしたな」とばかりに一睨みくれてやると、彼女は地下水路から姿を消す。

「やれやれ……他の連中も拾ってさっさと逃げるか」

地下水路から廃棄区画の上空へと転移してきて、眼下を眺めつつ独り言を吐く。

大気に溶け、風に流れてくる力の残滓が大きい。

ギアという生体兵器は目標を破壊し殺戮する為に生まれた存在である以上、一度箍を外してしまうと歯止めが利かなくなる場合がある。

彼らは生まれながらの戦闘生命だ。

戦う為に、敵を倒す為に、より効率良く法力を行使する為に、ギア細胞を統括するコアが意図的に肉体の形態を変異させていく。

それに伴って精神にも変調を来たす。保有する力が強ければ強い程に理性が闘争本能と破壊衝動に侵される割合が高く、自我を保つには凄まじく強い精神力が必要。

要するに、殺戮マシンにとっては自己を律する理性や一般的な倫理観など邪魔でしかない。だから、肉体が精神を操って効率良く殺戮行為を出来るように調整するのだ。

全ては細胞を隷属させているコアの意のままに。

精神が肉体に主導権を奪われればどうなるか、ヴィータはその光景を十年前の闇の書事件で目の当たりにしていた。



――『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!』



あの時耳にした獣の断末魔染みた咆哮は、十年経っても忘れられない。

偽のジャスティスと戦う為にギアの力を完全解放したソルが、戦闘の最中に突然理性を失い、身も心も文字通りの生体兵器へと変貌したあの瞬間を。

ギアの因子を持つ者ならば、誰もがあの時のソルのようになる可能性を孕んでいる。これは全てのギアに当てはまった。何故なら、彼は生体兵器ギアの人体実験第一被験者。

つまり”あの男”が全てのギアの生みの親ならば、彼は全てのギアの遺伝子学上の父親――祖先になる。

彼の血肉を受け”子”になったアインは勿論、同胞のシンやその母『木陰の君』、Dr,パラダイムとその仲間達も……普段は人間としてどんなに人格者であろうとも、一度暴走すれば破壊の権化に成り下がる。

それでも彼は最後の局面で『声』を聞き、己を取り戻した。主導権を奪い返し、完全に精神が肉体を凌駕し――理性を失い暴走していた状態を易々上回る”力”で偽のジャスティスを見事に打ち倒したが。

(……アタシも、いつかその内の一人になる訳だしな)

魔力の侵蝕は、少しずつ、だが確実に進行している。何故自分一人が他の皆と比べて進行が早いのか理由は不明。魔力で構成された魔導プログラム体というのもあるが、シグナムやシャマルよりも早いので、きっと単純な相性なんだろう。

法力を、ギアの力を行使するのが上手くなる度に、ソルに近付いていくのを実感する。

まあ、別にそれで困ることがある訳では無いので、正直どうでもいい。このままだと本当にギアではないギアになるらしいが、気にしていない。もし自分がその所為で暴走するようなことがあっても、自力でなんとかしてみせるし、万が一の時は彼が必ず責任を持って止めてくれると信じているから。

完全にそうなったら自分にも尻尾や羽が生えてくるんだろうか? だとしたら可愛い感じのが良いな、ソルみたいなトゲトゲしたのは勘弁な、くらいには思うが。

問題を強いて挙げれば、ヴィータと比べて遥かに進行が遅い者達から羨ましそうな視線を向けられる程度。

彼女は本当に心の底からその程度にしか考えていない。今のままでも構わないし、ギアになっても構わない。

何故なら、これまでがそうだったように、これからも一蓮托生であることには変わりが無いのだから。

そんなことを考えながら仲間の気配を探りつつ、飛行魔法を最速で駆使していると、視界の端でこちらに向かってくるシグナムとクイントの姿が。

「おーい! こっちこっち! ……ん?」

急停止して、アイゼンを大きく振ってアピールしながら、ヴィータはあることに気付く。

シグナムはやや疲れているような顔であり、その隣のクイントはその表情がこれでもかというくらいに不機嫌なのだ。

「なんかあったのか?」

近付いてくる二人に首を傾げて問う。

「実はな……」

傍でピリピリした空気を纏うクイントを横目で盗み見つつ、シグナムが苦々しい口調と表情で語り出す。

簡単に言ってしまえば、アインの力を感じ取ったシグナムがその場に留まり続けての戦闘続行は危険と判断し、メガーヌと睨み合っているクイントの首根っこを掴んでそのまま強引に引き摺って離脱してきたらしい。

「ま、賢明だわな」

「でも、もうちょっとでメガーヌを確保出来たのよ!?」

話を聞いて一つ頷くヴィータのコメントに、まだ納得していないクイントが喚く。

「確保出来た所で、クイントさんとメガーヌさんが二人揃ってアインの攻撃で消し炭になっちまったら意味無ぇだろーが」

冷静に返すヴィータ。

「シグナムから聞いてねーなんて言わせねー。アインが本気になったら、こんな廃棄区画なんてあっつー間に更地になるんだ。それを知っていながら巻き込まれて死ぬなんて馬鹿な真似、する訳にもさせる訳にもいかねーんだよ」

「……」

子どもの駄々には付き合ってられん、とばかりにヴィータは冷たく告げてクイントから視線を外すとシグナムに向き直る。

「他の連中は?」

「なのはとフェイト、主はやてとザフィーラは既に離脱したと報告を受けたが、ティアナ達がまだらしい。子ども達も一緒だ」

「ちっ、何チンタラしてんだアイツら……」

舌打ち一つして、ヴィータは通信回線を繋ぐと、大きく息を吸ってから怒号を放つ。

「いつまでグダグダやってんだこのクソガキ共が!! さっさと離脱しねーと、ソルと壁との間を行ったり来たりし続ける教育的指導を受けることになるぞっ!!!」

ヴィータの背後でクイントが「……拷問よね、それ?」と呟く。

『ひぃぃっ! もうループは嫌だぁぁぁぁっ!! 三周目から地面が恋しいよぉぉぉっ!!』

数秒も経たない内にトラウマを刺激されたのかエリオの悲鳴が響いてきた。

通信の向こうで複数のシクシクと泣く声が聞こえくる。きっと彼らの脳裏では『食らいなぁっ! 食らいなぁっ! 食らいなぁっ! 食らいなぁっ! 食らいなぁっ! タイランレイブ(無印)!! タイラン、レイブ(ver,β)!! タイラン――』というシーンが再生されているのだろう。これでちゃんと状況を理解した筈だ。

「全く世話の焼ける」

「何どや顔で偉そうなこと言ってんだシグナム!! こういうことはアタシがやる前にお前がやるべきことなんじゃねーのか? ええ?」

「……面目無い」

ショボーン、と項垂れるシグナム。

「とにかく、全員Dust Strikersに撤退するぞ……こっから先はアインの一人舞台だからな」

言ってヴィータが転送魔法を発動させたことにより、ステージが仕上がった。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat26 天魔










アインは天に向けて掲げていた腕をゆっくりと下ろす。

合図は送った。これで、ある程度暴れても巻き込む心配は無いだろう。

真紅の瞳に嗜虐的な意思を込めて細めつつ、これから嬲り殺しにする獲物を観察する。

トーレという名の、青いボディスーツを身に纏った戦闘機人。ジュエルシードを取り込んだことによって右腕が青く光り輝くロストロギアと化しているのだが、戦う上で特に障害らしい障害にはならないだろう。むしろそのくらいではないと戦い甲斐が無い。

しかし、気に食わないことに、眼の前の戦闘機人は今仲間に向けて送ったメッセージを見てビビッてしまったらしい。

恐怖を映し出す怯えた視線もそれはそれで心地良いが、一方的な虐殺で終わってしまうのはやはり味気無いと思う。

(まあ、それでも構わないか)

そう思い直し、彼女はトーレに向けて右手を差し出す。

刹那、向けられた腕に対して過剰に反応したトーレが素早くサイドステップを踏む。

ビビリ過ぎたとは思うが、結果としてそれは恐怖からやってくる行き過ぎた警戒にはならず、トーレの命を救うことになった。

次の瞬間。リン、と透明感溢れる澄んだ音。

その場から移動していなければ、トーレは地面から生えた巨大な氷柱によって串刺しになっていただろう。

周囲の気温を一気に冷やす冷気が空間を満たす。

「ほう? よく避けたな」

賛辞の声に応える余裕も無ければ暇も無い。

「なら、これはどうだ?」

両腕を胸の前で交差させてから、大きく開く。この動作を行っただけで、アインの眼前に火柱が発生。それに伴い空間が突如爆裂。

そのまま爆裂した空間と火柱が一定の間隔とタイミングで、まるで火を点けた導火線のようにして連続的に爆発しながらトーレに迫る。

火炎と熱で冷えていた空気が突然呼吸をするのも辛いくらいに温度を上昇させた。

幸か不幸か、このビルは先程アインが真上に向かってガンマレイを放ったおかげで半ばから上が消失しており、上空には何も存在しない。

ISと飛行を発動させ、高速で上へと回避するトーレ。

難を逃れた彼女の眼下で、爆発の衝撃に耐え切れなかったのか、それとも元々廃棄区画に聳えていた為ついに寿命が尽きたのか、ビルが崩れていく。

大量の砂埃に呑み込まれるようにして姿を消すアインと、大きな音を立てて崩壊する巨大な人工建築物。

空中で静止した状態で、アインが砂埃の中からどうやってこちらに攻撃してくるのか全神経を集中して待ち構えていると、不意に背筋が凍る。

生存本能に従い、反射的にトーレは振り向きつつ自身の心臓を右腕で庇う。

衝撃と共にギィンッ、という耳を劈く音。その正体は、折り畳んだ腕にアインの手刀が突き刺さった音だ。

弾かれるように後ろに退がるトーレにアインが感心したように呟く。

「今のを防ぐか……大抵の者はこれで終わるのだが、存外やるものだな、戦闘機人」

クツクツと邪悪に嗤うアインの姿が、トーレの眼には人の皮を被った化け物に見えた。それは当たらずとも遠からずというか、実際、アインは正真正銘の『化け物』であることには違いがないのだが。

多大な魔力を放出し、一瞬でトーレの背後を取り容赦の無い一撃を急所に繰り出すアインは、黒いバリアジャケットも相まって死神に見えなくもない。

「……化け物めっ」

「だとしたら何だ? 貴様も人のことなど言えないだろう、笑わせるなよ戦闘機人。ロストロギアを取り込んだサイボーグなど普通の人間から見て十分化け物ではないか。他人を罵る前に自らを省みろ。それとも何か? 貴様、まさか自分のことを人間だと思っているのか? ならそんな甘ったれた未練たらしい考えは捨てろ。貴様も私も生体兵器で、化け物であるという事実は変わらん」

知らず口走っていた言葉を聞いて、アインはトーレに思いっ切り侮蔑の視線をくれてやると、これ見よがしに鼻で笑う。

「一つ言っておいてやる。畏怖と嫌悪を込めて『化け物』と対象を呼称することが許されるのは、何の力も持たない人間だけだ。我々が使っていい言葉ではない」

皮肉を口にするアインの周囲に蒼い雷球がいくつも生成される。

それらの雷球はバチバチと放電しながら、刀身が蒼い槍を何本も生み出す。と、顕れた雷槍が稲光を従えてトーレに殺到した。

トーレは豪雨ならぬ雷の雨を必死で避ける。

当たらずに路面やビルの壁面に突き刺さった雷槍は一本残らず、一瞬の間を置いて閃光を迸らせながら爆発していく。しかも威力が尋常ではない。爆発半径はざっと10メートルを超え、触れたものを爆散させ瓦礫の破片を撒き散らすのだ。一発でもまともに食らえば汚い花火となるだろう。

「……っ!!」

まるで小型ミサイルだ。おまけにそれを何発も何発も惜しげもなく連射してくる。アインがどれ程規格外れの、破壊に特化した存在か先のビルを消し飛ばした砲撃で重々承知していたつもりであったが、こんなことまで出来るのかとトーレは逃げながら改めて戦慄するしかない。

「さっきから逃げるだけか? 芸の無い」

雨霰と降り注ぐ破壊の嵐から逃れようと高速飛行するトーレの進行ルートに、突然アインが出現する。どうやら空間転移を使用したらしい。

(ショートジャンプ!?)

この速度では急停止など出来ないし、軌道修正による回避も難しい。出来たところで背後から追い掛けてくる雷槍の餌食だと悟り、覚悟を決めて青い右腕でガードを固めた。

そこへ、さながら味方のセンタリングを受けたサッカー選手がボレーシュートを放つ動作で、アインが蹴りを放つ。

障壁を張るも無残に砕け散り、右腕を通して身体がバラバラになりそうな衝撃を食らい、ほぼ九十度の角度で真横に、面白いくらいに吹っ飛ばされてからビルの壁面にめり込んだ。

全身に痺れにも似た激痛が走り、体内の機関や臓器が圧迫されて声すら出ない。

(くっ、くそ)

と、胸中で文句を吐き捨てる間も無く、無数の雷槍が視界を埋め尽くし襲い来る。

急いでビルの壁面から抜け出す。獲物を捕らえることが出来なかった雷槍の群れは連続で投擲されたダーツのように何十本も壁面に突き刺さると、やはり一秒も満たない時間の内に全て爆発した。

ビルがまた一つ崩壊していく。

廃棄区画だからこそ、お構いなしだ。

その時。莫大な魔力を感知し、咄嗟に現在居る場所から横へと全速力で移動する。

次に来たのは、地面を下から上へと薙ぎ払う真紅の閃光。高出力のレーザーだと判別し、それが正しかったと認知した頃には、射線上に存在していた建築物が全て一刀両断されて、一拍遅れてからそれらが一斉に赤熱化してどろどろに融解していた。

もし避けていなければトーレの身体もビルや路面と同じ末路を辿っていたことだろう。

火力差が圧倒的過ぎる。加えて、砲撃や射撃、誘導弾やバインドを駆使して戦う典型的なミッドチルダ式砲撃魔導師のなのはと異なり、魔法のバリエーションが非常に豊富。おまけに転移でいきなり間合いを詰めてくるし、近接でのパワーも人のそれではない。出す惜しみする様子が見えない戦いぶりから見て、まだまだ引き出しはあるのだろうか。

「ハァ!! ハァ!!」

少しでも気を緩めれば一撃で殺される緊張感。肉体的にも精神的にも大きな負荷となり、それを示すように気付けば荒い呼吸になっている。

このままでは確実に殺される。しかも質が悪いことに、殺そうと思えばいつでも簡単に殺せるからあえて弄ぶようにしているのだ、アインは。

ゆっくりと、咀嚼するように、味わうようにして。

恐怖に慄き、猫に襲われているネズミのように逃げ回っているトーレを眺めて悦に入っているのだろう。

真性のサディストだ。しかしトーレは知らないが、ソルの前でだけドが付く程のMになるのは余談。

「少しは反撃したらどうだ? それとも貴様は、魔法が使えなくなった魔導師相手にしか戦えない臆病者か? 戦闘機人などという大層な名前の癖に名前負けだな。聞いて呆れる」

嘲笑が鼓膜に響く。明らかな挑発と理解し無視を決め込んでも、理性に反して奥歯を強く噛み締めていることをトーレは自覚した。

「敵の強さに怖気づいて尻尾巻いて逃げるなど、まるで人間ではないか。ああそうだ、先程言ったことを訂正しよう。貴様は『人間』だ。脆弱で矮小な、一個人では大したことも出来ない、ただの人間だ。私達のことを『化け物』と呼んでくれても構わないぞ」

「……」

あらん限りの力を込めてアインを睨みつけるが、当の本人は何処吹く風。冷笑を浮かべるのみ。

「こんな兵器としては二級品どころか欠陥だらけの出来損ないしか作れないスカリエッティは、一体何がしたいのだろうな?」

「何だと!!」

自分のことはいくら罵倒されても我慢するつもりではあったが、流石に生みの親を馬鹿にされては黙っていられない。

「もう一度言ってみろ貴様!! ドクターが、何だって!?」

「理解が遅いのならもう一度言ってやる。ジェイル・スカリエッティに生体兵器は作れない、そう言っているんだよ、『ヒューマン』!!」

語尾に合わせ、アインは右腕に蒼い雷を纏わせると、袈裟懸けに一閃。

蒼い閃光が光の速さで走り、空間ごと抉り取る薙ぎ払いがトーレの傍を通り過ぎて、後方に存在していた廃棄ビルの群れを断裂していく。

音も無く綺麗にカットされた廃棄ビルの上部それら全てが、ゆっくりと斜めにズレ、滑っていき、やがて同時に落ちた。

ズゥゥゥゥン、という重い音が、見ている光景から僅かに遅れて届く。

ビルの群れを一振りで斬り伏せたとんでもない斬れ味に生唾を飲み込んだ。

「生体兵器に感情は要らん。何も感じないし、何も考えない。死を恐れず、傷を負うことを厭わず、ただ与えられた命令を淡々と実行する……機械のように」



――『ギアは兵器だ。その心さえもな』



トーレを冷たく見据えるアインの脳裏に過ぎるのは、ソルの言葉。

「それこそが生物を素体とした兵器の、在るべき姿だ」

聖戦が勃発するより以前。ジャスティスがまだ誕生しておらず人類に反旗を翻すよりもほんの少し前。

某先進国がギアの製造法を独占し他国を制圧しようとしていた頃、ギアは純然たる兵器だった。指令者の命令を絶対とする兵器でありながら生き物である為、命令を受信していない場合、戦闘意欲が無い素体に近い状態で飼育される『生きた物』。

つまり、扱いは武器の類と同じレベル。いくらでも補充が可能で使い捨ての利く消耗品、文字通り道具だった。

例えるなら銃。使う側にどんな思想や理念があろうとも使われる側には関係無く、銃が人にとって殺傷武器であることには変わりない。

それがジャスティスの誕生と支配により一変し、生存本能に基づいて無目的に破壊行為を繰り返し、最優先事項として人を殺す殺戮マシンになったのだ。

当時の彼らと比べてしまえば、眼の前の戦闘機人は勿論、ソルもアインも含め生体兵器としては自由意志を持っている時点で不完全。欠陥品でしかない。

ジャスティスの支配下に置かれていた当時のギア達を指して、ソルが『意志を持ち得ることの無い、ある意味、真の完成型』と言っていたのはこの為だ。

確かに現存するギアには全て破壊衝動と闘争本能が備わっていた。だが、これはあくまで個々に内在する生物の欲求のようなものでしかない。食欲や性欲に変換してストレス発散している個体は結構多く、ギアのほとんどが大飯食らいなのはこれが一因だったりする。アインも例に漏れず衝動や本能を欲求に変換してソル相手に思う存分発散している。これを高度で文化的なものに昇華すると――ソルのように好きな音楽を聴いているだけで、Dr,パラダイムのように己の知識欲を満たす為の読書や学術的興味を刺激する研究をするだけで――趣味に没頭するだけで済む。

歴史に誕生して以来誰かから命令される度に解放するものではなく、現在ではちゃんと自己による抑制・管理が出来るものだ。むしろギアの中には衝動と本能を忌避する者も少なくない。

ジャスティスの死後、呪縛から解き放たれたギアのほとんどが、人と余計ないざこざを起こさないようにひっそりと暮らしていたのはその為。

イリュリア連王国に至っては国王から直々に領地を与えられ、ギアと人が手を取り合って共存している。

『兵器』である彼らが殺すべき対象である人と『共存』している時点で、既にギアは『兵器』ではない。

兵器は人を殺す為の道具。だから人は兵器を道具として扱い、使う。そして兵器は持ち主の意のままに人を殺す。この関係が崩れたならば、ギアは兵器としての意義を失ったことになる。

今では、自ら進んで身も心も破壊衝動と闘争本能に委ねて生体兵器になるギアなど、余程のことが無い限り、居ないのだ。

「最初で最後に譲歩してやる。貴様は『人間』か? それとも『兵器』か? 『人間』ならば大人しく投降しろ。『兵器』ならば逃げずに戦え、私と殺し合え」

もし、だ。

もしトーレがこの時点で己のことを『兵器』と考えず、武装を解除して『人間』として投降することを選んだならば、アインはそれでも構わなかった。

なのはが傷つけられ、殺したい程憎んでいたとしても、戦闘機人に対してシンパシーのようなものを感じていたから。

まだ足りないような気はするが、恐怖で彩られたトーレの表情を見て、ある程度は――あくまである程度だが――溜飲は下がっている。

だが、此処でアインは重大な思い違いをしていることに気付かない。

自身が生体兵器であることを忌まわしいと考える一部のギアと違い、トーレは戦闘機人としての自分に誇りを持っていたことだ。

そして――

「私は戦闘機人。Dr,スカリエッティによって生み出された『兵器』だ。『人間』ではないっ!!」

返ってきた答えは拒絶であった。アインの言葉に対する拒否と否定があった。

もう既にトーレの眼に恐怖は窺えない。あるのはただ一つ、自分が戦う理由を改めて認識した、戦士の意志。今までとは別人に見える。

恐らく、先の問答で彼女なりに何かしらの考えに至ったのであろう。恐怖を覆しアインの言葉を撥ね退ける何かが。

それを真っ向から受け、アインは聞き取れないくらいに小さな声で毒ついた。

「……馬鹿が」

哀れで、なんと愚かなことか。

血も涙も無い連中だったら粉微塵にしても許さないつもりであったが、敵に怯え、必死に生きようとする姿はとても『人間』らしかった。完璧に上から目線でも、少しはその点を考慮してやろうと思ったのに。

……もう、こうなった以上は仕方が無い。

アインは憎悪と殺意の中でも最後まで胸の内に残っていた、戦闘機人に対する情というものを、捨てた。










「一体何事だ、これは!?」

時空管理局地上本部。レジアス・ゲイズ中将の執務室にて、部屋の主が悲鳴を上げる。

「本局傘下の賞金稼ぎギルド、”Dust Strikers”の戦闘。その現場の被害状況の映像です」

既に恐慌状態に陥りかけているレジアスとは対照的に、その秘書官であるオーリスは冷静に返答するが、内心では冷静を装うのが精一杯であった。

「誰が、誰と戦っているんだ?」

「……”背徳の炎”と、ジェイル・スカリエッティが製作した戦闘機人、としか伝えられていません」

慎重に探るような問いに、オーリスは冷や汗を垂らしつつやや躊躇う仕草を見せてから応答する。

「”背徳の炎”が、これを? こんなことを仕出かしたのか?」

青褪めた表情で立てた人差し指を画面に突き付けるレジアス。

空間ディスプレイに映し出されている惨状が、二人の精神に多大なダメージを与えてくれていた。

廃棄区画に破壊の嵐が吹き荒れている。

何年も放置され朽ち始めていた廃墟の街が、膨大な力によって蹂躙されていた。

眼が眩む閃光によって切断され、燃料気化爆弾でも使ったかのような爆発に晒され、砂上の楼閣のように崩壊するビルの群れ。隕石でも降って来たのかと勘違いしてしまう程に陥没し、真っ黒に焼け焦げたクレーターが出来てしまった大地。衝撃波が発生する度に吹き飛ばされ、吹き飛ばされてはまた新たに生成される瓦礫の山。

かつて繁栄の担い手となった人工物が、原形を留めない程に破壊し尽くされ、塵になっていく。

元々、廃棄区画という場所であることと、事前に近隣住民には避難勧告が出ているので人的被害は無いと思われるが、それにしてもやり過ぎで。

最早既に廃棄区画と呼べない。呼ぶことを憚られる。廃棄された区画、と呼称するよりも『もうすぐ滅ぶ世界』と言った方がいいかもしれない。

一言で言えば、悪夢だった。見る者にそれくらいの絶望感を与える程に、そこは土地としては滅茶苦茶で、死んでいる。

やがて、あまりの酷さに絶句し、茫然自失の状態でこんな惨状を生み出した張本人の姿を確認してしまう。

それは虚空に浮かぶ一人の女性。同性なら誰もが羨み、異性なら誰もが見惚れる程の美貌。

腰まで届く長く美しい銀髪、それに相反するように全身を黒い防護服で身を包み、背には黒き一対の翼と一本の尾を持ち、血のように紅い瞳が絶対零度の眼差しで眼下を睥睨している。

ソル=バッドガイの使い魔とされ、”背徳の炎”内でサブリーダー的な立場に位置するリインフォース・アインだ。

直接会って話したことは一度も無いが、その存在だけはよく知っていた。主に比肩する程の戦闘能力を持っている、と。

それとこれとは全く関係無い筈なのに、



――ドクンッ。



レジアスとオーリスは何故か、映像越しに彼女を見て本能的に『殺される』と思い、得体の知れない恐怖に駆られて身震いした。

我に返ったレジアスが口角泡を飛ばす勢いで慌ててふためく。

「い、いくらなんでもこれは看過出来ん、は、早くDust Strikersに連絡を入れて戦闘を中止させろ!! こんな馬鹿げた規模で戦闘域を広げられたら――」

「りょ、了解!!」

最後まで聞かずオーリスが弾かれたように行動に移る。いつもの毅然とした態度は何処に行ってしまったのかと思うくらいに余裕が無い。

モニター内のアインが手を振るい、強烈な光が発生したと思った時には廃棄区画のあちこちに爆発が起こった。

今の瞬間に一体全体何が起こったのか、レジアスとオーリスには理解が出来ない。訳が分からない。もし理解出来たとしても、どうすることも出来ないのは間違いない。

廃棄区画が見る見る内に更地へと化していく。

地上を守る”陸”の人間として、そんなものを目の当たりにしているのは辛かった。再開発が具体的に決まるまで放置され朽ちていくのをただ待つだけの土地であろうと、昨日までそこにちゃんと存在していたものが完膚無きまでに消し飛ばされていく光景は、酷と言わざるを得ない苦行だ。

「……まさかこんな、こんな破壊をもたらすことに躊躇しない連中だったとは……」

劇薬どころの騒ぎではない、とわなわな震えながら嘆くレジアスであったが、生憎とその認識は甘かった。ギアの恐ろしさを聖戦時に味わった者達がもし此処に居れば、認識の甘い彼を怒鳴っていたに違いない。

そして、地獄の釜の中身を覗き見たような土気色の顔で、口を揃えてきっとこう言う筈だ。

『破壊神が再誕した』と。










瓦礫の上に仰向けに倒れたトーレは、見るも無残な姿である。

左腕は肘から先が、右足は膝から先が度重なる苛烈な攻撃にとって吹き飛ばされ既に無く、傷口からケーブルや駆動骨格が剥き出しになっていた。

全身の至る箇所に裂傷や火傷を負い、泥や埃、血などによって汚れ、青いボディスーツは斑に染まり見る影も無い。

これ以上無いくらいに酷い有様だが、むしろこの程度で済んだだけでも賞賛に値する。アインと真正面から戦えば本来は跡形も残らず消えている筈だ。しかし、彼女のIS ライドインパルスによる高速機動とこれまで研鑽した戦闘能力によって肉体を残すことが出来た。並大抵のことではない。

反して、トーレを上空から見下ろすアインは無傷。それどころか疲労した様子すら無いのは、トーレにとって理不尽極まりないことだろう。

「満足したか?」

感情が一切篭らない冷たい視線を観察するように注ぎながら、抑揚の無い声でアインが問う。

「……貴様こそ、満足したのか? 私を、このような無様な姿にしたかったのだろう? お望み通りになったな、反吐が出る」

「機能不全に陥ると口が達者になるのか。面白い『自称兵器』だ。まるで『人間』だな」

「っ」

屈辱に歯を食いしばり憎悪と怒りで表情を歪め、殺意を込めて睨むトーレの前にアインがゆっくりと降り立った。

「最期に何か言い残すことがあるなら言っておけ」

トドメの前に、これから死ぬ者へせめてもの慈悲として遺言を聞いてやるつもりのアイン。その態度は何処までも上から目線で、傲岸不遜を絵に描いたようである。

唇を激情で震わせながらトーレが静かに言葉を紡ぐ。

「私は……」

黙したままアインは眼で続きを促す。

「私は、一人で死ぬつもりは無いぞ!!」

感情をぶち撒けるように叫んだトーレが仰向けの状態のまま、無事な右腕を振り上げてから肘を地面叩き付けその反動で起き上がり、アインの首目掛けて青いジュエルシードの手を伸ばした。

「何のつもりだ、これは?」

だが、最期の足掻きすらアインの命には届かない。首を鷲掴みにして捻じ切ってやる目論見は、青い腕の手首をアインが左手で捉えるという結果であっさり終わる。

「力の差は思い知ったというのに、何故抵抗を続ける? こんなことをしても無駄だ。意味が無いと理解している筈だろう?」

呆れるような口調のアインの発言が、トーレに対して起爆剤となる。

「うるさい黙れ!! 無駄!? 意味が無いだと!? 貴様に私の何が分かる!?」

これまでの負の感情とは違う泣き叫ぶような声でトーレが慟哭した。



「私は兵器だ!! Dr,ジェイル・スカリエッティによって生み出された戦闘機人、NO,3トーレだ!!

 主の為に戦う、ただそれだけの存在だ!! それこそが私の存在意義で、唯一の価値なんだ!! 私は戦わなければ、勝たなければ意味が無いんだ!!!

 なのに貴様らはいつも私を嘲笑うように力を見せつけて、ドクターの関心を独り占めして、私のプライドをズタズタにしてくれて、一体何様のつもりだっ!?

 私には戦うことでしか自身の価値を見出せないのに、それすら奪って……貴様らは私をそんなに無能な人形にしたいのか!! 

 私なんか生まれてこなければよかったと、価値も無ければ意味も無いと、存在自体が無駄なものだと、そう言いたいのか貴様らは!!!」



それはトーレの紛れもない本音。

戦闘機人事件以来、彼女の胸の内で堆積していた本当の気持ち。

同じ生体兵器として、自分よりも遥かに『高性能』なソルに抱いていた嫉妬、羨望、畏怖、それらが混ざり合った感情の塊。

「……なっ」

初めて聞かされたトーレの嘆きに、アインは少なからず動揺してしまう。

自分達が犯罪者から嫌われているのは自覚していた、恐れられているのも知っていた、管理局の一部からは疎まれ危険視されているのもよく理解していた。

だが、こんな風に思われているなど予想だにしていなかったのだ。

まさか戦闘機人が自分達にこのような形で、このようなコンプレックスにも似た感情をぶつけてくるなど考えもしなかった。

だからこそ致命的な隙を生んでしまい、トーレがそれに突け込むのは当然の流れである。

「死ね死ね死ね! 貴様ら全員死んでしまえ!! ”背徳の炎”なんて居なくなってしまえばいいんだ!!!」

一筋の涙を零し、呪詛を吐きながらトーレはその右腕を、ジュエルシードを意図的に暴走させた。

瞬く間に青い腕は強烈な光と膨大な魔力を放ち始め、我に返ったアインが激昂し叫ぶ。

「この、大馬鹿者めっ!」

左手でまだ腕の形を保っているジュエルシードを握り締め、もう片方の右手で手刀を作りトーレの右肩口に突き刺し、強引にジュエルシードの腕を、ぶちぃぃ、と血飛沫を上げさせつつ右肩口ごともぎ取る。

視界の中で横倒しになるトーレに目もくれず、手首を握った左手でもぎ取ったそれを出来る限り遠くへ、全力で投げた。

しかしこれは失策であることに気付きアインは歯噛みする。大規模な魔力爆発が発生すると危惧して投げ飛ばした訳だが、相手がジュエルシードであればむしろその場ですぐに封印すれば事足りた筈だったのに、と。

アインの予想通り、数秒も間を置かず遠い空の彼方で、青い輝きを伴ってジュエルシードが爆発するが――

「これは……!!」

次元震の発生を感じると同時に世界が揺れる。ミッドチルダそのものがシェーカーに叩き込まれシェイクされるように。次元断層による崩壊が始まっているのかもしれない。

魔力爆発も一向に収まらず、それどころか青い石が暴走した成れの果ては急速に大きさを増していく。

激しく揺れ動く視線の先で、こちらを呑み込まんと膨れ上がりながら迫ってくる青い球体。

厳しい表情でアインは首を僅かに動かしトーレを一瞥する。

彼女が最後にジュエルシードに託し、願ったのは破滅だ。

自分自身を追い詰めたソルに。

こんな筈じゃなかった現実に。

そして何より、意味も価値も無く無駄な存在だと自分で自分を見限ってしまったことに。

「ふざけるな……ふざけるなよ!!」

腹の底から力を込めてアインが怒鳴る。

自分でも何故かよく分からないが、アインはトーレが望んだ破滅を認める訳にはいかなかった。

勝手に自己評価したその結果で、これまでの人生をご破算するような行為が許せなかった。

意味が無い? 価値が無い? 存在が無駄? そんなことを言い始めれば、この世には意味が無いことなど腐る程あるし、価値を見出せないものなどいくらでも溢れ出ているし、無駄な存在など掃いて捨てる程存在しているではないか。

いや、違う。そうではない。

たとえ他者にとって意味が無く感じられても、価値が無いように見えても、無駄に思われようと、本人にとってちゃんと意味があり価値があり必要なものであれば、それでいい筈なのに。

(……嗚呼、そうか。私の発言が引き金になってしまったのか)

直接的な原因を思い出し、アインは悲しげに眼を細めた。

もう一度視線を倒れているトーレに向ける。

己の生きる理由が欲しくてもがいていただけの戦闘機人。戦うことでしか自己を表現出来なくて、それ以外の生き方を知らなくて。

そんな酷く歪で不器用な自己表現と生き方ですらソルに奪われたと感じてしまって。

哀れだ。



――だからこそ、これで全てを済ませようとするその負け犬根性の『逃げ』が気に食わん!!



こいつには死すら生温い。

「待っていろ。この私が必ず、これまで貴様が重ねた罪を償わせてやる……必ずだ」

聞いているかいないのか確認もせず、アインはすぐにトーレから視線を外し青い光を睨みつけた。

流石はロストロギア。たった一つ、それが保有する万分の一の力で世界を滅ぼすと謳われるだけあって、一筋縄ではいきそうにない。肌で感じる力の奔流は、並みのことでは事態を収拾することは出来ないと物語っていた。

此処まで短く黙考して、それからアインは過去の記憶からソルが暴走したジュエルシードをどう処理したか思い出す。

九つのジュエルシードを使ってアルハザードに到ろうとしたプレシアと比べ、今回のこれはたった一つで引き起こってしまった上、当時よりも遥かに規模も大きく危険度も比べ物にならない。これは願いの差、もっと具体的に言えばどちらがより単純な内容なのか、という問題による差異なのかもしれない。それとは別にプレシアよりもトーレの方がジュエルシードと相性が良かったと言えばそれまでだが、今は正直どうでもいい。

「……私はソルのように器用ではないのだが、致し方あるまい……」

一つ溜息を吐き、それから右手を自身の首に伸ばし、首に掛けられた銀の輪を掴む。

変に手加減をして事態が収まらないのは嫌だったし、先に言った通りアインはソル程器用ではないという自覚があった。

それ故に、



「ギア細胞抑制装置、解除」



全力全開で、



「全細胞、完全解放……フルドライブ」



ジュエルシードを消し飛ばしてやろうではないか。

シュッ、という空気が抜ける音の後、銀の首輪が外れる。

それと共に枷と箍が外れ、封印が解かれた。



――お姉様、アリア……私にほんの少しだけで構いません、皆を守る為の力を貸してください!!



黒い翼を一度大きく広げてから、自身を隠すように包み込む。

アインの全身から黒い靄のようなものが溢れ出し、その姿を覆い尽くし完全に隠す。

その光景はさながら黒い繭だ。幼虫が蛹を経て成虫へと姿を変える、完全変態の過程の一つ。

事実、これは変態だった。同じ種の生物でも、幼虫と成虫の外観が非常に異なる理由は、その外見は勿論、生体メカニズムが全く違う生物であるからだ。

つまり、アインは繭の中で蛹となり、成虫へと姿を劇的に変化させることを意味していた。普通の生き物と大きく異なる点は、変態に掛ける時間だ。

黒い繭になってから五秒もしない内に、繭が莫大な内圧に耐え切れず、爆発するように弾け飛ぶ。

力の断片が稲妻となって周囲に四散する。



そこには、かつての『破壊神』が居た。

否。正確には黒い『破壊神』である。聖戦の引き金となった『破壊神』が白き神だとしたら、こちらは黒き神だ。

全身を守る為に覆われた装甲のように見えるそれは、黒光りする強化骨格。

頭部から背中へと流れる髪は、透き通るような銀。

額にはギアであることを示す五つの線で構成された刻印が存在し、その下には紅い光を灯す一対の眼があった。

肉体のサイズも変化していて、成人女性の平均身長とは比べ物にならない程大きくなっており、身長はどんな大男も見下す高さ――2メートルを超えている。

尻尾も強化骨格に覆われているが、その代わり翼が消失していた。

人間の女性として魅力的だった者は既に居らず、ギアとして力を完全に解放したアインの変わり果てた姿が存在するだけ。

何故彼女がこの姿を取ったのか、それは本人にもイマイチ分かっていない。

もしかしたら、十年の前の闇の書事件でアインが一時的とはいえ偽のジャスティスだったからかもしれない。

それともオリジナルのジャスティスに――ジャスティスだった者に対して何か思うところがあるからかもしれない。

もしくはアインのイメージしているギアの女性が、単にジャスティスの血統だからかもしれない。

要因は不明瞭だが、アインはこの姿が嫌いではなかった。竜人形態のソルの姿が嫌いになれないのと同じ理由で。

「SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

吼えた。

次元震で揺れ、次元断層で崩れそうな世界に負けるなと鼓舞するように、力強く雄叫びを上げる。

破壊対象を下から覗き込むように見上げ、やや前傾姿勢となり、身構えた。

肉食獣が獲物に食らいつく為に口を開くようにして肩の装甲が展開。

全身の細胞が力を生産し、隅々から掻き集めては砲門に集中させる。漆黒の闇が、ロストロギアに匹敵するエネルギーが、ありとあらゆるものを超越した純然たる力が集約し、収束し、大きな流れとなって渦巻き、限界点に達した。

大きく仰け反って二つの砲門を、上空に鎮座しその存在を刻一刻を巨大化させている青い破滅の光――その中枢に向け、狙いを定める。



「……ガンマレイ」



そして全てを闇で等しく破壊する暗黒が発射された。

次の瞬間、青く光り輝いていた世界が一瞬にして闇に沈む。まるで星も月も顔を見せない夜のように、何もかもが闇に染め上げられ、黒く堕ちていく。

美しい青を侵蝕し、蹂躙する黒い光。

戦闘を始める前の、仲間にメッセージを送った時のそれとは比較するのも馬鹿らしい程の一発。完全解放し、文字通りの意味で全力全開、渾身にして全身全霊、会心にして一撃必殺の砲撃だ。

潰されまいと抵抗を見せる青であったが、黒は何処までも無慈悲で、容赦が無く、怒涛の勢いで暴虐の限りを尽くす。

呑み込んで、貫いて、消し飛ばし、この世界から抹消する為に。

拮抗していたのは時間にして僅か十秒にも満たない間であった。

やがて青は黒に屈服し、その力の残滓すら散らすことも出来ず、完膚無きまでに消滅する。

と同時に砲撃が終わり、闇と化していた世界に太陽が思い出したように光を注ぎ、元の姿へと戻った。

揺れの収まりは次元震が収まったことを示している。次元断層の心配も消えた。これなら崩壊しそうになっていた世界も安心していいだろう。

それを確認すると、アインは力尽きたのか糸の切れたマリオネットのように前のめりに倒れそうになり、

「無茶しやがって……この馬鹿野郎」

寸でのところで愛しい同胞に真正面から抱き留められるのであった。










「ソル、もういい。此処までやったんだ。最後まで格好をつけさせろ」

「そういうこたぁテメェの足でまともに立てるようにしてから言え」

身長も体重も200を超えるジャスティス形態のアイン。そんな彼女の腰を抱き肩を組むようにして――身長差の所為でソルが脇に抱えられているように見える――支えながら、ソルが呆れたような口調で溜息を吐く。

「ったく……どうしてウチの女共はこう、いつも身体を張りやがるんだ? 心配するこっちの心臓が持たねぇよ」

「その台詞、そっくりそのまま返すぞ」

そんな風に軽口を叩き合いながら近付いてくる一体の異形と一人の男を、トーレは呆然と見つめることしか出来ない。

最早脳が処理能力の限界を超えており、眼の前の光景に対してどうすればいいのか分からない。思考が停止してしまい、どうリアクションを取ればいいのか分からないのだ。

「格好つけんのはいいが、このナリのままでいいのか? 抑制装置はどうした?」

「ああ、忘れていた」

言われて気が付いたのか、アインは何処からともなく銀の首輪を取り出すと、やや強引に自分の首に掛ける。

すると、黒い強化骨格はシャボン玉が破裂するようにして黒い液体のようなものを飛び散らせ、その一瞬の合間にアインは強化骨格に覆われた姿からいつもの人の姿に戻った。

「うむ。解放状態もなかなか良いものだが、やはりお前に抱かれるのであればこの姿が一番だな」

「相変わらず口が減らねぇ……やれやれだぜ」

付き合いきれないとばかりにそっぽを向くソルであったが、彼女を支える腕は決して放そうとしない。

そんな彼の態度に満足したのか、アインは隣の仏頂面に一度微笑んでからトーレに向き直った。

「私の勝ちだな。抵抗を止め、大人しく武装を解除して投降しろ」

「一目で分からないのか? 今の私には抵抗する余力も無ければ、攻撃手段となる武装も無い。好きにすればいい」

真正面から見下ろしてくるアインから目を背けるようにして力無く項垂れ、掠れた声で言う。

「もう私には何も無い、何も、無いんだ……殺せ」

自分の殻に閉じ篭るようにして、右腕と右足を失いながらも、肘までは残った左腕でその身を抱え込み、縮こまらせてしまう。

その様子を半眼で眺めていたが、十五秒以上経っても変化の兆しが見えないので業を煮やしたアインは、ちっ、とあからさまに舌打ちをしてからトーレの無防備な頭にケンカキックをかます。

勢いが付き過ぎて吹っ飛び、後方に四回転半を決める破目になるトーレ。

「……ぐおぉぉ、き、貴様ぁぁぁ……」

痛みで頭を途中までしかない左腕で押さえるようにして、トーレが恨みがましい眼でアインを睨みつけるが、当の本人は全く気にする素振りを見せない。

「確かに今の貴様には何も無い。正確に言えば頭に『兵器としての』と付くが」

「この期に及んで何が言いたい?」

意図が読めず、訝しげに疑問を投げ掛けるが、アインは答えようとしない。

「さっき貴様は言ったな? 自分には何も無い、と。しかしそれは、単に貴様が望まなかっただけではないか?」

核心を突かれたように眼を大きく開き、トーレが叫ぶ。

「戦闘機人として生まれた私に、それ以外の生き方をどうやって選択しろと言うのだ!? 生まれる前から、試験管の中に居る段階で戦う為に設計されていた私が、ドクターの下でそれ以外の生き方を選ぼうなどと考える訳が無いだろう!!」

怒り狂うトーレを宥めるようにアインが言葉を重ねていく。

「その点についてはそうだろうが、これからについては関係無い。今までの人生が『ジェイル・スカリエッティの戦闘機人』でも、これからの人生は貴様だけの、『ただのトーレ』のものだ」

「な、に……?」

「これからの生き方を決めるのは貴様自身だ。運良く終身刑にも封印刑にも極刑にもならず、いつになるか知らんが豚箱から這い出て自由になった貴様の選択肢が、戦闘機人のような『兵器』だけとは限らん」

「……」

「死ぬのは簡単だ。いつでも可能で、誰にだって出来る。だがな、どんな理由があろうと己の生を捨てて楽になろうなんて考え方は、この世に生を受けた者としてこれ以上無い程の無責任だ。何もかも放り出して死を選ぶのは、ただの逃避でしかない」

口を閉ざし、アインの言葉をトーレは心の中で反芻する。

自身に絶望して、見限って、自暴自棄になって破滅を望み、敵に己の命を断つように言ったことは、確かに自分に対して無責任だったかもしれない。

最終的な考えとして死を選んだのは、言われてみれば逃避に違いないだろう。

それにしても、アインはトーレに諭しているというよりは、この場には居ない誰かの為に言葉を紡いでいるように感じてしまう。

トーレには理解出来なかったが、ソルはアインがかつての自分を思い出して語っているのを察していた。

「初めは私を殺すつもりだったではないか? 今更考えが変わったとでも言うつもりか?」

「最初は本気で殺す気でいたが、あまりにも貴様が哀れに見えてな。まあ、途中から弱い者イジメをして悦に浸っているのにも飽きたし、虚しくなった」

一応文句の一言を添えて反論するが、抗議の声も即一蹴されてしまう。しかも薄々勘付いていたが、やはり内容が屈辱的であり、頭に血が上ってくるのを自覚した。

「それに私はどちらかと言えばイジメるよりもイジメられる方が好みだ」

「一言多いんだよお前は」

意味ありげな視線を隣に飛ばし妙なことを口走るアインにソルが思わず口を挟むが、それが自然であるかのように無視される。

「私が言いたいのは、要するにつべこべ言わず死ぬまで罪を償いながら生きろ、ということだ犯罪者。たとえ残された人生が贖罪であったとしても、案外、捨てたものではないぞ。ソルだってそう思うだろう?」

「ま、否定はしねぇ」

彼は低い声で短く応じてみせた。

「諦めずに生きてりゃ、その内な。実際、俺達もそうだった。生きてて良かった、なんて思ったことなんて数え切れねぇよ」

同意を得て満足したようにアインは、うん、と頷く。

「…………そうか……私は既に戦闘機人ではなく、ただのトーレか……ドクターのものではない、自由に生き方を選べる、私だけの私……」

心に刻むように呟くと、彼女は憑き物が取れたような――これまで自分自身で縛っていた鎖が解けた――清々しい表情で宣言した。

「私の、負けだ」













































こうして、中規模次元震の発生にまで至った今回の事件は、廃棄区画が地図上から綺麗さっぱり消える、という結末で幕を下ろした。

レリックを回収し、それと共に発見された少女も無事に保護し、戦闘機人の一人を投降させることにも成功した。

が、残る問題は山積み、いや、むしろ倍に増えたと言って過言ではない。

なのはは重傷を負い、暫くは動けないだろう。

保護した少女の処遇も悩みどころだ。

加えて、何よりも厄介なことが、管理局への対応である。

たった一度の戦闘で、しかも”背徳の炎”の一名が保有している戦闘能力のみで廃棄区画が消し飛んだのだ。

戦闘前のガンマレイ、戦闘中に使った凶悪な法術の数々、そして最後に完全解放状態で放った黒いガンマレイ。

ガンマレイは二発とも上空に向けて発射されたので、余波で周囲が吹っ飛んでも廃棄区画内だからあまり問題は無い気がするが、残念ながらそうは問屋が卸さなかった。

完全解放状態のアインが周囲に振り撒いたギアの気配は、十中八九、未知なるロストロギアのエネルギー反応として検知されてしまったに違いない。

万分の一の力で次元震を発生させる、次元干渉型エネルギー結晶体『ジュエルシード』。それの暴走を跡形も無く、発生した次元震と次元断層を打ち消す程の力が、である。

面倒事は避けられないだろう。

不幸中の幸いか、暴走したジュエルシードから発生した莫大な魔力流や電磁波が丁度ジャミングの効果を発揮し、ジャスティスの姿をしたアインはトーレを除いて誰にも見られていない。

あの場にすぐさま急行出来たのも”バックヤードの力”で魂の位置を特定し、指定した座標に転移可能な法力使いのソルだけなので、他に居ないと思われる。

もし居たとしても、消えた廃棄区画と同様に分子レベルまで分解されている筈だから、どっちにしろこの世には居ない。

それでもうんざりする気分を拭えず、溜息を吐いてしまう。

(全く面倒臭ぇな、クソ)

口には出さず胸の内だけで盛大に文句を言って、ソルはこれからのことについて思考を巡らせた。

























一言後書き


今更気付いたんですが、STS編のソルは模擬戦以外で戦うシーンが無いですねwww

ではまた次回!!



追記

誤字のご指摘をもらいましたので修正しました。



[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat27 魔人の手の平の上で
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/11/03 16:06


「諸君らに法力のイロハを伝授する前に、まず、少し問いを投げ掛けておこう」

空中に浮かぶ、子どもが一人二人なら入れそうな水の玉。その中から鳥に似た一体のギアが眼鏡のブリッジを指で押し上げながらこう言った。

教壇の前に立つのはDr,パラダイム。頭に被っている大学帽と鼻に引っ掛けた丸眼鏡がチャーミングでありながら、手元に控えてある分厚い魔導書と高い知性を備えた視線が、これまで彼が積み重ねてきた知識と知恵を否が応でも垣間見せる。

何処か威厳を感じさせる静かな口調が続く。

「何故、法力の五大元素が『火』、『雷』、『水』、『風』、そして『気』によって構成されているか、考えたことはあるかね?」

一同は首を振る。その様子を確認すると一つ頷き、続いて更なる問いを口にする。

「では、我々ギアが常に生理現象として法力を行使することと全く同じように、人間を含めた生物のほとんどが法力の五大元素に似たものを利用して生きているのは知っているかな?」

言葉の終わりに手にした教鞭でDr,パラダイムはなんとなくシグナムを指し示す。シグナムはまさか自分が指されるとは思っていなかったのか、授業中に苦手科目の問題を突然やってみろと言われた生徒のようであり――実際はその通りで――見ていて微笑ましくなるくらいに慌てていた。

「ええ!? あ、ええと……うぅ……た、大変申し訳無いのですが、問いの意味が、よく分かりません……すいません……」

答えられない自分が恥ずかしいのか、シグナムは俯きながら耳まで真っ赤にして、搾り出すようにして謝った。最後は尻すぼみでよく聞き取れないが「……情けない」と勝手に凹んでいる。

「そう難しく考えるな。ことはもっと単純だ。誰か分かる者は居ないか?」

出来の悪い生徒に気分を害した風もなく、Dr,パラダイムは微笑みながら室内の皆を順繰りに見渡すが、誰も答えられる者は居ない。

「ではヒントをやろう。ユーノ」

「は、はい」

ビクッ、と警戒する小動物のように身体を震わせたところを笑われながら、問われる。

「生物が呼吸や食事をすることによって何を得ているか、分かるか?」

「…………栄養とか水分とかですよね? 呼吸も入るなら酸素も……身体を動かしたりする為のエネルギーを摂取している……で、合ってます?」

暫しの間黙考してから自信無さげに返答するユーノにDr,パラダイムは大きく頷いて見せた。

「正解だ。そして食物の栄養を熱量に変換して動く、つまり『火』だ。生物は食物を摂取して得られる生理的熱量を利用して動いている」

「あ、なら『風』っていうのはもしかして」

はっ、としたようにシャマルが声を上げた。

「考えている通り、『風』とは大気の流れ。その中の酸素を取り込み体内を循環させることを利用して代謝を行う。細胞内のミトコンドリアにより炭水化物を酸化、酸化とは酸素の化合、つまり『火』にあたり、それを行うことによって最終産物として二酸化炭素と水を排出する。身体の内と外で『風』の流れが生まれ、体内で『火』が生成される。此処まで言えば後の『雷』と『水』は分かったも同然だろう?」

「人間は脳から送られる電気信号によって動いている。これが『雷』でしょ?」

素早くフェイトが挙手。

「そんで、半分以上の水分で身体が構成されているっていうのが『水』なんやね」

続いてはやてが得意気に語る。

「簡単に纏めるとそうなるな。脳から送られる情報伝達の役割を生体電気が果たしている。電気信号によって生物が肉体を動かしているのは有名な話であることは知っているだろう? それに加えて人体の周囲を包むように存在する弱い電界、電気力の働く空間が存在することから生物が微弱でありながら電気を纏っていることも証明されている。また、生物を構成する物質で最も多くを占めるのが水だ。核や細胞質で最も多い物質でもあり、細胞内の物質代謝の媒体としても使用されている。通常、質量にして生物の70%から80%が水によって占められていて、生命現象を司る化学反応の場を提供し、また水そのものがあらゆる化学反応の基質となっているのだ。体液として、体内の物質輸送や分泌物、粘膜に用いられ、また高分子鎖とゲル化することで体を支える構造体やレンズにも利用されている。皆も知っている通り、水は私にとっても生命を維持する為には必要不可欠なものであり、常に自身の肉体を水で覆っていないと満足に呼吸も出来ん。『水』とはそれ程重要なものなのだ」

アルフとヴィータが端っこの方で「……簡単?」「いや、難くね?」とぼやきながら顔を見合わせていた。

「あの~、それじゃあ『気』っていうのは?」

先生質問! と言わんばかりになのはが講師に問い詰めるが、優秀な講師は此処で初めて顔を顰めるとゆっくり首を横に振った。

「残念ながら、『気』に関してはよく分かっておらん」

は? と、この場に居た全員が予想だにしていなかった答えに戸惑う。

「法力を構成する五大元素の一つに数えられているが、法力が理論化して二百年近く経とうとしているというのに『気』は他の四属性と比べて研究が全く進んでおらんのだ。その理由として挙げられるのが使い手が異常に少ないこと。なんでもジャパニーズや東洋人は先天的に『気』を持っているという話だが、使いこなせる訳では無いらしい。そもそもジャパンは聖戦初期に『気』の力を危惧したジャスティスによって壊滅させられ、現在では生き残ったジャパニーズの子孫が専用のコロニー、保護区で暮らしている程度だしな。公式記録でも碌に残っておらん。まともに残っているのは聖戦中期から末期にかけて、当時の聖騎士団団長であるクリフ=アンダーソンが『気』の使い手で、そのあまりの強さに『竜殺し』と謳われ、ジャスティスとも十数回は死闘を演じたが結局勝負を着けられなかった、くらいか」

「クリフとは確か、カイ殿の前任者でソルを聖騎士団にスカウトした張本人と聞いたが」

ザフィーラが自身の顎に手を当て思い出したように呟くと、Dr,パラダイムも「ああ、そうそう。あの二人とは縁の深い人物であったな。失念していた」と付け加える。

『気』は中国の古い歴史や拳法、漢方医学にその記述がある点から他の四属性よりも以前より伝えられていたものだと察せるが、生憎と身近に術者が居ない。

術式と数学的知識によって構成される他の四属性と異なり、術者の特殊な呼吸法や丹田術によって生成され行使する生命エネルギーだということと、術者の意志や感情に呼応して増幅させることが可能で、使いこなせれば術者が持つ本来の実力を爆発的に上昇させることが可能だということまでは理解しているが、それ以上はさっぱりだ。

研究したいところではあるが、研究材料や協力者が圧倒的に不足している、というのがDr,パラダイムの言い分であった。

「また、『気』は誰しもが持っている感情に直結していると言われている。だから法力は生物にしか扱えないのもこれに起因すると唱える者も居るが、確証は無い。感情が乱れれば扱う法力も乱れ、逆に感情を爆発させればスペックを大きく上昇させる、と。まあ、私個人は感情論を科学者として認める訳にはいかんから、理解は出来ても納得出来ん……以上のことにより、すまないが『気』は抜いたままで講義を続けさせてもらうぞ」

心から残念そうにしているギアの天才法術家は、その心情を示すように深い溜息を吐く。彼を包み込む水の玉にポコポコと泡が生まれては消えた。

「じゃあ、なんで『気』が五大元素になってんだよ?」

「そうそう。んな理論的じゃないものを五つの内の一つに数えるなんて、法力が理論化された時に五大元素を定義した奴って頭おかしいんじゃないの?」

訳が分からんとばかりに口を挟むヴィータにアルフ。

「まあ、言われてみればそうだが、何せ我らギアの生みの親だからな。理解に苦しむのは仕方が無いことだ」

今度こそこの場に居た全員が表情を驚愕で染めるのを眺めつつ、Dr,パラダイムは説明する。

「今から約百八十年程前、法力学基礎理論の完成に一翼を担ったのは”あの男”、GEAR MAKERだ。当時、素粒子物理学研究でその名を轟かせていたフレデリックや他の科学者達と共にな」

ソル曰く『発信源の知れない情報』だったものを試行錯誤の末に一つの技術体系として昇華させたことは、これ以上無い程の偉業であったらしい。

過去話が出てきたことによって、皆今までよりも真剣な顔で耳を傾けた。

それからDr,パラダイムによる”始まりの科学者達”の話が続く。生みの親の一人であるソルの出生のファン、と自称するだけあって、よく此処まで調べ上げたと感心する程詳細なデータを披露して見せる。文献のような公にされた情報のみと語るが、その文献や資料ですら聖戦で大半が失われたものと考えると、彼がどれだけ自分の親の過去に熱意を持っているのか理解することが出来る。

「……と、すまんな。手短に歴史を語るつもりが長くなった。それでは本題に入ろう」

一通り語って満足したのか、漸く話が最初に戻る。

「一部の例外を除き、基本的に法力は生物にしか使うことは出来ない。法力の四属性が生物の生理現象と密接に関わっている為だろう。では、何故こんな回りくどいことをしたかと言えば、法力を修得する為に認識を改めて欲しかったからだ」

「認識?」

「どういうことですかー?」

大人達に混じって話を聞いているエリオとツヴァイの声にDr,パラダイムは、うむ、と応じた。

「法力が”バックヤード”に一時的にアクセスすることによって『理由を強引に借りて』事象を顕現させる力だとフレデリックから聞いているだろうが、それ今は忘れていい」

えええええー!? と誰もがその意図を読めず困惑する中、講師は平然と言い放つ。

「ぶっちゃけてしまうとそんな訳の分からんものを媒介にして使うもの、と認識して法力を修得しようとする者など存在しない。体内で不随意的に行われる生理現象を体外で意図的に行使する技術、として学んだ方が遥かに建設的だ。だからバックヤード云々に関しては忘れてくれ。全く以って必要無い、むしろ邪魔だ。変にバックヤードが絡むと教えられるものも教えられんからな……そもそもバックヤードは法力学の研究における専門用語で、一般の法力使いは”バックヤード”という単語すら知らん。前々から常々思っていたが、フレデリックの教え下手には呆れて何も言えん」

そもそも面倒臭がって教える気が薄いのが原因かもしれないが。

「えっと、じゃあ今までソルが僕達に教えてくれた法力に関することって、まさか……」

恐る恐る訊ねるユーノにDr,パラダイムは溜息を吐きながら答える。

「余計なこと、これに尽きる。無かったことにして頭を空っぽにしてくれると助かるぞ。先入観があると逆に教え難い」

次の瞬間全員が口を揃えて、なんじゃそりゃーーーーー!! と絶叫する。こうして本格的に『第一回 Dr,パラダイムの猿でも分かる法力講座(基礎中の基礎編)』が開始されるのであった。





懐かしい夢を見た、と意識を覚醒させたなのはが瞼を開く。

視界に広がる見慣れない天井に此処は何処だと疑問に思いながら、夢の中で蘇った記憶を呟いた。

「炎は広がり、風は取り巻き、雷は散り、水は溜まる」

四属性の扱い難さを表現した一節である。

『火』は開放的なシステムの為比較的扱い易いが、炎そのものに上昇する性質と広がる性質がある故に術者の実力がモロに出る。また『風』との相性が非常に良いので、二つを掛け合わせればバリエーションが増える。

『風』は大気の流れを読み取り操る技術が必要な為、高度な空間把握能力や感性が要求されるが『火』と同じ開放的なシステムで、やはり『火』の次に扱い易い。他の属性との相性はそこそこで、相性が悪いという属性も無く、どの属性ともそれなりに付き合うことが出来る優秀な属性。

『雷』は四属性の中で最も扱いが難しく、少しでも気を抜けば散逸し、大気や大地にエネルギーを吸われてただの火花になってしまう。しかし、一点に集中することが出来れば最も強い。

『水』は他の属性よりも『重い』ので、重力に負けない制御能力が必要不可欠。その代わり他の属性を組み合わせれば固体、液体、気体というように形態を変化させることが可能でバリエーションは四属性の中で最も多い。

これら属性には個人にも該当するものがあり、当たり前の話だが該当する属性がその個人にとって一番扱い易いものとなる。

言うまでもなく、ソルとシグナムは『火』。

シャマルは『風』。

フェイトとエリオとアルフ、カイやシンは『雷』。

はやてとツヴァイ、Dr,パラダイムは『水』。

残りの自分を含めた他の面子は、どの属性もそこそこ使えるが特別に得意な属性は存在しない、というなのはにとって若干腹の立つ内容が検査の結果判明した。

しかしながらこの属性判定は本人の性格や気質、パーソナルや深層心理を四属性の内のどれかに無理やり当てはめただけなので、該当しないものが出てくるのは当たり前らしい。

なので、魔力変換資質を持っていない魔導師が四属性に当てはまらないのは当然の結果だと言う。

更には、該当する属性があったとしてもそれを上手く制御出来るか否かの因果関係は存在しない。実際、火のシグナムと雷のフェイトよりも、無属性判定を食らったユーノとヴィータの方が法力使いとしての力量は高い。

そこまで物思いに耽ってから、左手が温かい何かに包まれていることに気付く。

「あっ」

掛け布団を捲り左手を確認するとなのはの手は、大きな、男性特有のゴツゴツした手に優しく包まれている。

その手を辿って視線を移動させれば、黒茶の長い髪が――大柄の男性がその体を縮こまらせるようにしてベッドの端に突っ伏しているのが映った。

「……お兄ちゃん」

ソルだ。なのはの手を握ったまま、寝ている。

仕事が片付いてから今までずっと、こうしてなのはの傍に居たらしい。

心配性で過保護な義兄はいつもそうだ。出会った頃からこんな感じだった。普段はなのは達に纏わり付かれると嫌がりはしないが少し鬱陶しそうな顔をする癖に、誰かが怪我や病気をして床に伏せると絶対に傍を離れようとしない。どんなことがあってもだ。

幼少の頃になのはが風邪を引いた時も、フェイトが原因不明の鼻血で倒れた時も、インフルエンザで子ども達が寝込んでしまった時も。

面倒見が良いというのもあるが、純粋にソルが傍に居てあげたいと考えているのだろう。相変わらず身内には物凄く甘い。

彼にとっては当たり前のことで、なのはもソルの人となりをよく理解しているのだが、たとえこれが我が家では当然のことだとしても込み上げてくる喜びと愛しさは計り知れない。

「……う……な、なのは……?」

やがてソルが眼を覚まし、上体を起こし寝ぼけ眼でなのはの顔を見る。

「おはよう、お兄ちゃん」

「ああ、おはよう」

朝の挨拶を交わす。

怪我の影響で起き上がることも億劫で、身体も全身に鈍痛が走っているが、なのははソルの優しげな表情を見ているだけでそれが吹き飛ぶような気分で朝を迎えた。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat27 魔人の手の平の上で










なのはが眼を覚ましたのでナースコールをし、検診を受けさせて特に異常が無いことが分かると、ソルはなのはに「少し外の空気を吸ってくる」と言って暫しの別れを告げて退室した。

無言のまま病院の廊下を歩き、屋上へと足を向ける。

階段を登り、屋上へ出るドアノブに手を掛け、開け放つ。

眩しい朝日が飛び込んでくるのに眼を細め、そのままドアを開けっ放しにして外へ。

屋上には誰も居ない。まだ少し早い朝なので居る方がおかしいかもしれない。それでも一応誰も居ないのを確認してからソルは足を踏み出した。

白い雲が漂う青い空の下、気持ちの良い風が吹いてくるのを全身で感じながら、鉄柵に近付く。

眼下に広がるのは病院の中庭だ。専門の庭師によって管理されたそこは芝生が綺麗に敷かれ、植えられている木々などが丁寧に剪定され、ある種の統一感を保っている。

視線を横にずらせば病院とは別の小さな建物――チャペルがあった。聖王教会付属の病院なので別に不思議には思わない。

一度鉄柵に触れてから拳を振り上げ、内に秘めた感情を吐き出すようにして鉄柵に左の拳を叩きつける。

「何が、異常は無いだ……あそこまで回復していること自体が異常だってのに……」

昨日の戦闘での負傷。ソルがなのはの元へ駆けつけた時点で、既に彼女は折れた肋骨が肺に突き刺さり呼吸もままならない重症だった。手足の骨もヒビが入っていたし、内臓だっていくつも損傷していた、加えて出血多量死の一歩手前だった。

それが何だ? 鈍痛とだるさは残っていてまだ身体を満足に動かせずベッドから出れないが、一週間もあれば退院が可能だと?

確かに治療は持ち得る限りの技術を以って最善を尽くした。しかし、死ぬ一歩手前だった人間をたった一晩でそこまで回復させる程の技術なんて持っていないし、人間の肉体はあれ程の怪我を負ってすぐに回復する活力も持ち合わせていない。

そもそも、バリアジャケットを展開していない魔導師――ただの人間があれ程のダメージを受ければ、即死は免れない。

レイジングハートの戦闘記録から引っ張り出した映像。それに映ったトーレの一撃は、たった一発で人間なんぞ容易に肉片に変えられる、それ程の運動エネルギーを保有していた。

吹っ飛ばされてビルをいくつも貫通するなんて馬鹿げた真似、人外でなければ耐えられない。一つ目のビルに激突した時点で潰れたトマトに成り果てる……まあ、人間の中にも耐えられる連中は居るには居るが。

なのはだからこそ、ソルの魔力に侵蝕されギアの力を内包していた者だからこそ、生き延びた。

更に加えて以前より侵蝕速度が早い。恐らく死に掛けたことがトリガーとなって、リンカーコアに吸収され結晶化していたソルの魔力がなのはの肉体を”ソル側”に引き摺った結果だろう。宿主を生かす、その為に。まさにギア細胞のようではないか。

これも、”あの男”が残した思惑の一つなのだろうか?

魔力の供給はギアの中でソルが唯一保有しているものだ。アインも、シンも、Dr,パラダイムも、『木陰の君』も、誰一人として『触れ合うことによって相手に魔力を流す』能力など持っていない……持っていなかった。

そもそも前提が既に怪しかったのだ。

十五年前のあの時、外見年齢が五歳児まで幼児化したのは一体何の為だ? どうして以前よりもギアの制御が上手く出来るようになっていた?

あれは調整が中途半端な状態で実験動物扱いという環境下から逃走した――ギア消失事件以来ドラゴンインストールの侵蝕が始まっていた――ソルへの初期化と最適化ではないのか?

何故、魔力供給などという能力が付加されていた?

これまで内に向けられていた力を外部に放出することによって、ドラゴンインストールの侵蝕を拡散させていたのではなかろうか?

その副次的要素が、『魔力供給』なのではないか?

まるで、その能力を使って同胞を作れとでも言うように。

”あの男”は未来を予見する能力を有していた。だからこそ世界の行く末を憂い、あんな独善的な行為に走り、多くの犠牲を出した。

(あの野郎……死ぬ間際に、俺に一体何しやがった?)

かつての喧嘩仲間の吸血鬼は、再会した時に『キミをギアに改造したことに”あの男”が負い目を感じていて、全てが終わった時にキミが失った人生をやり直せるようにそういう仕掛けを施していたのではないか?』というような内容を語って聞かせた。

だとすれば幼児化した理由は理解出来るが、だからと言って他者を巻き込む余計なものを付与させたことを納得する訳にはいかない。

これが”あの男”の意図ならば、ソルの性格を熟知した実に巧妙で悪辣な手口である。

奴は、放浪を続けていたソルがいずれ何処かに定住し、そこで再び掛け替えのない存在を手にすることを『視ていた』に違いない。

「クソが……余計なことをしやがって……!!」

自分一人だけが奴の手の平の上で踊っているなら虫唾が走る程度だが、そこになのは達が入ってくるとなるともう二、三度は殺してやらないと気が済まない。

ぎりっ、と歯を食い縛ってから激情を拳に乗せて、もう一度鉄柵に、今度は手加減抜きで八つ当たり気味に振り下ろす。

鉄柵は人類を遥かに凌駕した膂力をまともに受け、熱した飴細工のようにいとも容易くひしゃげた。

忌々しい。

”あの男”の手によって弄くられたこの身体が。

一緒に居る皆に己の業を背負わせてしまうことが耐え難い。

……否。本当に忌まわしいのは、これ以上の侵蝕を防ぐ為に皆との接触を断てばいいと理解していながら、再び手にした温もりをもう二度と手放すものかと意固地になっている心の奥底。

そして、分かっていながらなのはの回復を願って彼女の手を一晩中握っていた自分が、酷く情けない。

一刻でも早く元気になって欲しい、そう考えて行動した結果が彼女をますます人外へと近付けていて。

頭では理解してるのに、感情が納得しない。

揺らぐ心は強風に晒される灯火の様。風の流れに任せて右へ左へ揺れ動きながらも燃え盛り、確かな存在を主張する。

どうしてこんな風になってしまったんだ?

強い眩暈を覚えたので、右手で顔全体を覆うようにして必死に堪えた。

鉄柵に振り下ろした左手に、指の間から冷たい視線を注ぐ。

人と同じ形をした、人ではない者の手。鉄柵を破壊する程の力で叩きつけたのに、傷一つ無い。

自ら変形させてしまった鉄柵にもたれかかるようにして、彼はその場で尻餅を着くように座り込む。

なのは達は誰一人として、魔力の侵蝕による肉体の変化を厭わない。むしろ望んでいる傾向がある。ソルと生きる為に強さと力を渇望し、その為の覚悟をしている。

現にザフィーラは状況的に仕方が無かったとは言えサーヴァントになることを躊躇しなかったし、ヴィータもその存在が日々ギアに近付いているのに笑って許してくれた。

誰も恨んでいない。ソルが”あの男”を見るような憎悪に駆られた眼で皆から見られたことなど無い。泣き言も愚痴も恨み言も言われたことはない。

そう、ただの一度たりとも無いのだ。彼らにとってデメリットもリスクも無いからかもしれない。

それにしても不可解な点がある。なのは達の身体能力――基礎代謝レベルや筋力、体力、反射神経、頑強さ、魔力の瞬間放出量などは、間違いなく下級のギアと同程度。

しかし、彼女達の遺伝子は――塩基配列は半年毎に行う精密検査では未だに人間のままである。

つまり遺伝子学的には人間でありながら、法力学的にはギア、という意味不明な状態なのだ。

血液検査に異常は見られない。だというのに、彼女達は鼻歌混じりに魔法無しで、人間には絶対に不可能な動きや筋力を発揮してしまう。大の大人が数人掛かりで運ぶ大きな荷物を、片手で軽々持ち上げたりとか。勿論、魔法も法力も無しで。御神流の奥義の類のように脳のリミッターを一時的に外した訳でも無いのに。海鳴市からミッドへ引っ越す時の作業では、中身を満載した箪笥を平気な顔して一人で抱えている姿を見て思考が固まってしまったくらいで。

年を重ねるごとにどんどん人間離れしていくなのは達は、自分達の肉体に起こっている事態に対して特に思うところは無いらしいが、何処まで本気なのかは分からない。

もう既に手の施しようが無い、手遅れの段階にまで陥っているので気にしていないのかもしれない。

一つだけ方法があるとすれば、それはリンカーコアの完全なる封印。

リンカーコアを持っていない、つまり魔導師ではない普通の人間と同じ状態にしてしまえばいい。これまで捕らえてきた犯罪者達と同様に、二度と魔法が使えなくなる荒療治であるが、この方法ならば少なくともソルが望む”普通”に彼女達を戻すことが可能だ。

しかし、本当にそんな手段を取れる程彼は無情ではなかった。もし実行に移してしまえば、これまで『魔法』によってもたらされたあらゆる事柄を全て無に帰す――過去を冒涜する暴挙であり愚挙であった。

出来ない、出来る訳が無い、無かったことになどしてはいけない。

それはある意味、”あの男”がソルに対して行ったことと同じだ。人間をギアに――魔導師を”普通”の人間に……正反対でありながらも、意味合いが同じなのだ。皆と共に培ってきた時間を裏切るも同然。

裏切れない、裏切ってはいけない、それだけは絶対にダメだ。あいつと同じ裏切り者になるのなら――死んだ方がマシである……なのは達になら殺されてもいいと考えているのは内緒だ。

かと言って次善の策がある訳でも無い。

他者の勝手な都合によって自分自身の在り方を歪められたソルだからこそ、自分の所為で他人の在り方を歪めるようなことはしたくなかったのに。

分かってはいた。慕われれば慕われただけ、触れれば触れただけ、自分に近付いてしまうという事実を理解しながら、ソルは皆を拒絶出来なかった……考えないようにしていた、とも言う。

力は人を惹き寄せる。力は人を魅了する。だからこそ人は力を畏れていながら、求めることをやめはしない。

そして力ある者とは、そういった面倒事やトラブルを己の意思に関わらず呼び込んでしまう。いつだって厄介事を持ち込んでくるのは、力に魅せられ光に群がる蛾のように集まってくる連中だ。

自身が法力という『魔法』に惹き寄せられ、光に飛び込んでその身を焦がした蛾であったからこそ、よく理解している。

そういう意味もあって、彼女達には”普通”でいて欲しかった。

けれど――

「……」

無言のまま疲れたように眼を細め、空を仰ぎ見る。

青い空はソルの心情とは対照的に美しく、綺麗で、吸い込まれそうで、果てしなく遠くに感じた。

天に向かって手を伸ばし掛けて、止める。

タバコが吸いたい気分になってきたが、生憎とシンを引き取って以来禁煙しているので、そんな物は手元には無い。

どうして禁煙するようになってしまったかというと、喫煙するソルを見てアホ息子が「なぁなぁオヤジ、俺も吸いたい」と馬鹿なことを口走るので、黙らせる為に彼の前で吸わないようにしていたら結局それが禁煙になってしまったのだ――四六時中、ソルの傍を離れようとしないので。

ごくたまに、無性に紫煙を欲する時が存在するのだが、皆と一緒に居る場合は副流煙の問題もあるし、ウチの連中はどいつもこいつもタバコ嫌いの所為か不評を買ってまで吸う気にもなれない。臭いと文句を言われるのが個人的に一番嫌だし。

ソルの中で唯一、タバコを吸うことに肯定的だったのは、二百年以上生きた長い人生で一人だけだ。タバコを吸っている時の姿が格好良い、という理由で。

しかし、口寂しいのは確かである。

コーヒーでも飲むか、と思い立つ。

此処で何もせずに腐っているのもどうかと思って立ち上がり、気だるげな雰囲気を醸し出しながら病院の中へと入っていく。





自販機で無糖の缶コーヒーを買い、一気に飲み干すとゴミと化した空き缶を捨て、なのはの病室に戻る。

すれ違う看護師や医師が会釈してくるが意に介さず、重い足取りで引き摺るようにして歩を進めた。

なのはの為に用意された個室に辿り着く。ノックを二回すると間を置かず「どうぞ」と返事があったので入室。

「朝飯、食ってたのか……」

「うん。でも、食べ難くて」

上半身を起こすようにしてベッドを傾け、そのまま朝食を摂る彼女であるが、手があまり上手く動かせないらしく顔を顰めつつスプーンを握っている。

「よくそんな状態で自力で食う気になるな。看護師は手伝ってくれなかったのか?」

「断ったの。確かにまだ身体動かせないけど、寝たきりの老人じゃないんだし」

そんなこったろうと思った、とは口には出さず、代わりに内心で溜息を吐いておく。

普段は際限無く甘えてくる癖に、こういう時だけは甘えない。



――いや、違う。なのはは、正確にはなのはを含めた皆は、俺以外の人間には決して甘えない。



甘えるということは信頼の証だ。その身を任せていいと、この人なら大丈夫だと心を許す、内発的な行動原理。

親愛だったり、友情だったり、人それぞれだろう。

それはソルも同じだった。掛け替えのない存在と認め、己の命よりも大切だと胸を張って言える、愛しい者達。

なのは達が自分を想ってくれるからじゃない。自分がこの世の何よりも皆のことが大切で、大好きだからこそ、ソルは心の底から皆を信じている。

「貸せ」

「あ」

傍まで近寄り左手でスプーンを引っ手繰ると、右手で器を持つ。

「スープが飲みたいんだろ」

「でも、いいの?」

「じゃなきゃやんねぇよ」

首を傾げて聞いてくるなのはに返答するソルの態度は相変わらずのぶっきらぼう。でも、その心遣いがなのはには嬉しい。

「ほら、口開けろ」

「あ~ん」

まるで雛鳥に餌を与える親鳥の気分だ、そう思いながらなのはに食事を摂らせてやった。

甘えているのは自分の方ではないか、と改めて思い知りながら。










現在、Dust Strikersの事務仕事をする為のオフィスルームは、けたたましいコール音の洪水によって水没しそうになっている。

「アインさん、地上本部から昨日の戦闘の途中で発生した未知のエネルギー反応についての説明要求と、廃棄区画を更地にしたことについて文句が来てます」

「ジュエルシードから発生したジャミングの所為で尻切れトンボになった戦闘記録の詳細を寄越せと言われてるんですけど」

「さっきから通信越しに地上本部の人達が”背徳の炎”はロストロギアを不法所持してるんじゃないかって突っかかってきます!!」

「今地上本部で働いてる同期の子から情報入ったんですけど、ウチを臨時査察しようって動きがあるみたいです」

デスクに噛り付き書類仕事をこなしながら、終わることなく届く管理局の抗議や苦情に対処しつつ、グリフィス達が報告を上げてきた。

今朝からずっとこんな感じで、休む間も無い。一つの対処に追われている間に二つ三つとコール音が増えていく。Dust Strikersに文句を言うだけのメールも秒刻みでバンバン増えていく一方。実際、回線もパンク寸前だ。

忙しなく働きテンテコ舞いなグリフィス達を冷たい視線で見据えると、アインはゆっくりと口を開き指示を飛ばす。

「アルト、臨時査察の情報をくれた同期の者には後でメールで礼を述べておいてくれ」

「はい!」

「グリフィス、ルキノ、シャーリー。地上本部からのものは纏めてこう返しておけ。『バカめ』と」

「「「出来ませんよそんなことっ!!!」」」

普段の、真面目に書類仕事をしている姿とは打って変わってぶっ飛んだことをのたまうアインの声に、三人は絶叫するようにして突っ込む。

「ちっ、シャレの分からん連中だな」

「これっぽっちもシャレになってませんからね!?」

これ見よがしに舌打ちしてみせるアインの態度にグリフィスが半泣きになった。

「まあ、正直に白状すると、観測された未知のエネルギー反応については大いに心当たりがあるが、管理局は自分達にとって未知なるものをすぐにロストロギアとして認定したがるから、そう簡単には教えてやらん」

面倒臭そうに溜息を吐き、

「ロストロギアを不法所持している、という話もあったが、当たらずとも遠からずとだけ言っておく。はっきり言ってそんなもの持っていないのだが、何も知らない人間が傍から見れば持っているようなものだ」

立ち上がり、意味深な台詞を残してから「少しの間、何もせずに待っていろ」と命令を下し部屋を後にする。

それからアインはオフィスを出たその足ですぐ隣にあるDust Strikersの電気室へと赴く。

薄暗い電気室の中、目的の配線用遮断機――所謂ブレーカーを発見すると、

「やってられるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!(怒) ……ということで、えい☆」

溜まりに溜まったストレスを発散させるように怒声を電気室に響かせてから、誰も見ていないのにペロッと可愛く舌を出してガコンッ、という音を従えつつごっついレバーを上から下へ――入から切へ。オフィスと通信回線を司るブレーカーを躊躇無く切った。

耳を澄ませば、鳴りっぱなしだったコール音が唐突に消え、その代わり隣の部屋からグリフィスの「のああああああああああああああーーーー!!??」という悲鳴が聞こえてくるではないか。

何か重要なデータが消し飛んだのかもしれないが、気にしないことにしよう。

そしてオフィスに戻ってきての第一声がこれである。

「あああー、すっきりした」

晴れ晴れとした表情で静寂を取り戻した仕事場を見渡す。完全にエネルギー供給が断たれたので当然灯りは点いていないし、コール音も死んだように絶賛沈黙中。デスクもディスプレイ表示を放棄しており、仕事が出来る環境ではなくなっていた。

いい気味だ、と内心でほくそ笑む。

管理局の、というか地上本部からのしつこい追及もこれでおさらば。このままなし崩し的にほとぼりが冷めるまで放置しておこう。臨時査察? そんなもの毛程も怖くもないし、探られて痛い腹など最初から存在しない。だって、確かにギアは生体型ロストロギアだと認定されてもおかしくない存在だが、人型ギアは基本的にその力を解放しない限り普通の人間と大して変わらない。

もし査察を長引かせようと余計な小細工をしてきたところで、知らぬ存ぜぬを貫けばいいだけの話。気が済むまでやらせて、骨折り損のくたびれ儲けにしてやるつもりだ。

やりたかったら勝手に抜き打ち査察でもなんでもすればいい。ボロなど絶対に出さない自信があった。

「ななななな、なんてことを……!!」

餌を求める金魚のように口を開け閉めしていたシャーリーにアインはとびっきりの笑顔を振り撒く。

「そろそろ正午になる、食事にしよう。この際仕事なんてどうでもいい。地上本部のボンクラ共がほざく責任追及という名のクレームにはもううんざりだ。同じことを狂ったように繰り返して、全く以って不毛、時間の無駄、無益だ。それしか能が無いのか奴らは? だったら私達が付き合ってやる義務も無ければ義理も無い。此処は、私達はDust Strikers。社会のゴミを処理するのが主な仕事の賞金稼ぎだぞ? そもそも何故管理局の言うことを一から十まで聞いてやらなければならない?」

「でも――」

思わず進言しようとするルキノの機先を制するように畳み掛ける。

「管理局の上層部は勘違いしている。Dust Strikersは名目上、管理局傘下の組織となっているが、純粋にそれだけだ。あくまでそういう形を取っているだけでしかない。私達”背徳の炎”は、私達と契約を交わした五人の契約者に協力しているだけに過ぎん。もっと分かり易く言うと、依頼されたから賞金稼ぎとしての活動を管理局の目が届く範囲内で『組織的な運営』としてをやっている、単なる利害の一致で成り立つ雇用関係だということを忘れるな」

「そうは言っても、これからのことを考えるとちゃんとしておいた方がいいんじゃないかなー、って個人的に思うんですけど」

それでも食い下がろうとするアルトと、彼女の言葉にウンウン頷く他の三名。

まだ若く、真面目で、仕事熱心な四人を前にアインは優しく微笑む。

「……ふふっ。ソルがお前らに事務仕事をさせている理由が分かった気がする。あいつの人を見る眼は、なるほど、まさに一級品だ」

満足気に大きく頷いて、四人に背を向け、一人何処かへと歩き出す。

なんだか格好良いようなことを言ったように見せ掛けて実は逃げた、という事実に四人が気が付かないのは若さ故である。





太陽の眩しい光と暖かさを感じることが出来れば、それと同じ名を持つ男が傍に居てくれるような気がするので、アインは天気の良い日に一人で居る時は大抵屋上のような場所に行く。

時刻は正午。太陽の恩恵を一日で一番受けることが可能な時間帯。アインにとっては都合良く誰も居ない。

全身で日の光を堪能しながら空を仰ぎ、

「……アルフか。何の用だ?」

いつの間にか影のようにすっと姿を現していたフェイトの使い魔、アルフに声を掛けた。

「さっきレイジングハートからメールが着てね」

「ほう」

「起きたみたいだよ、なのは。大分回復して、もう心配は要らないって。写真が添付されてるんだけど、見る?」

言いつつ携帯電話を取り出してこちらに画面を向けてくる。

そこに映っているのは確かに元気な様子のなのはであった。しかし、ソルに膝枕をしてもらっていて実に幸せそうな――デレデレに緩み切った表情なのが、若干気に入らない。

「……私は朝から今まで聞きたくもないクレームの処理をしていたというのに、何だこの対比は? コレは私にも後日、ご褒美としてちゃんと用意されているんだろうな?」

「いやいや、アンタさっきブレーカー落として仕事放棄したじゃない」

半眼で冷静に突っ込むアルフから携帯電話を引っ手繰り、アインは勝手にレイジングハートから送信されたと思われる画像を閲覧していく。

「くっ! 何だこの絵面は!? 食事をソルに食べさせてもらっているだと!? 寝ている間はずっと手を握ってもらっていただと!? あのソルに甲斐甲斐しく看病してもらっているだと!? う、羨ましい、羨ましいぞ!! 何故だ? 私だって昨日は戦闘で、トーレを捕まえてジュエルシードを一つ破壊するという大仕事をこなしたではないか? なのに何故クレーム処理などという誰もやりたがらない損な役回りを? 此処は普通、昨日何もしていないユーノやアルフがやるべきだろう! 差別だ!!」

「なのはは死にそうな大怪我したんだからしょうがないでしょ。言わなくても分かってるだろうけどソルって甘々なんだし。アタシとユーノは今日は純粋にして完全なオフ。他の連中は教導と休養日。アンタだけだったんだよ、空いてんの」

「だが、誰一人として手伝ってくれないのはいくらなんでも薄情だろう?」

「うん、それはまあ、ゴメン……ぶっちゃけ面倒だし」

「やはりそれが本音か!」

「でもさ、結果はきっと変わってないよ。アインじゃなくてもブレーカー落としてたって。むしろアタシとかシグナムとかヴィータだったら悪化してる。絶対管理局に文句言い返してとんでもない問題に発展させちまったような気がするし……もし管理局と余計ないざこざ起こしちまったら責任取れないしね」

憤り鼻息荒くするアインにアルフは皆を代表するように、手を合わせてゴメンね、と謝る。それを見て漸く気が済んだのか、呆れたように溜息を吐く。

「……もうそれはいいとして、許せんのはなのはだ。ソルとこんな、こんな、いかがわしいことを……」

「献身的な看病の何処がどんな風にいかがわしいか、詳しく教えて欲しいもんだね」

胡乱げな視線をアルフから浴びていながらアインは全身を小刻みに震わせ、

「どうせなのはのことだ。その内『お兄ちゃんに診て欲しい』とか言ってお医者さんごっこを要求するに違いない!!」

「やっぱり下ネタかいっ」

断言した瞬間に頭を引っ叩かれる。

しかしアインは全く気にせず妄想を脳内で爆発させ口から垂れ流す。

「『触診して』から始まって『先生、私身体が火照って……なんとかしてください』と繋いで、最後に『お注射お願いします』で終わる筈だ」

「それアンタの願望だろう!? フェイトも数年前に似たようなこと迫ったことあるらしいけどさ、巴投げ食らって壁の染みになるのがオチじゃない?」

「流石なのはと言ったところか。シャマルですら未だに女医プレイを試みていないというのに」

「人のこととやかく言いたかないけど、大概にしときなよ?」

「ふん。そういうお前こそ、ユーノと変身したりしなかったりのフェレットプレイや狼プレイに、獣姦にはまっているのではないか?」

「ししししししてないっ!! してないよそんなこと!! 頼まれたって誰がするもんか!! そ、そんなこと愉しむなんて狂ってるとしか思えないよ!!」

「……その動揺の仕方。カマを掛けてみただけだがまさか本当に――」

「だから、アタシじゃなくてユーノが……ってあああっ!!??」

「え゛」

そんなこんなで互いの趣味趣向についてツッコミ入れたり非難し合ったり、と非常に不毛なことに暫し時間を使う破目に。





アルフは屋上の鉄柵に寄りかかり、視界の先に広がる青い空と青い海、その境界線である地平線を見るともなしに見ながら隣に聞いてみる。

「実際さ、アタシらのギア化ってどんくらい進んでんの?」

答えはすぐに返ってこない。

けれど急かすつもりは無い。アインが少し躊躇しているのが纏う空気で分かるから。

故に待つ。待っていれば必ず答えは返ってくる。そう確信している。

やがて、覚悟を決めた彼女がポツリと呟く。

「遺伝子学的には普通の人間、アルフの場合は普通の狼の使い魔だ。だが、法力学的には――」

「ギアと言っても差し支えは無い、って?」

「そうだ。前に『下級の』と付くがな」

途中で遮るようにして口を挟むアルフの言葉にアインは肩を竦めて頷いた。

「ふーん……聞くまでもないことだけど、一応聞いておこうか。法力学的に『下級ギア』と同等になったアタシ達は、具体的になる前とどう違うんだい?」

ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべ質問を投げ掛けてくるアルフの態度に、アインは大きく溜息を吐きながら呆れつつ律儀に答える。

「身体能力がそれと同等になったということ。五感、筋力、反射速度、新陳代謝、肉体の頑強さと回復力、その他諸々を含めて遥かに人間を凌駕した存在になっている。その中でも特筆すべきは肉体の頑強さと回復力の向上だ。普通の人間だったら数ヶ月は入院を余儀無くされる大怪我を負ってもたった数日で後遺症も残さず完治し、普通の人間であれば即死するようなダメージを負っても生き延びる、という具合に」

「まるで前者はリニアレールん時のユーノ、後者は今回のなのはのこと言ってるみたいだね?」

「別にそういうつもりはなかったが、違ってはいない。ユーノが全治二ヶ月の怪我を一週間で完治させたのも、今回なのはが死ななかったのも、全てこれが原因だ」

「……ソルにとっては皮肉な話だろうね」

青い空と海から聖王教会の病院がある北部の方へと視線をずらす。

ギア細胞を移植した訳では無いので遺伝子学的には人間のまま。しかし長年受け続けた魔力供給によってリンカーコアが異常なまでに発達している。リンカーコアとは持ち主の魔導と肉体を司るもう一つの臓器。コアが不全であれば十年前のはやてのように障害が発生し、逆に今のなのは達のようにコアの許容量を常に超えて供給され続ければ、供給している側に”存在”が引き摺られる。

厳密な意味でのギア化――ギア細胞を移植されたことによって全身の細胞と遺伝子が書き換えられ、肉体が変異すること――とは大きく内容が異なるが、これが皆の中で言うギア化であった。

「あとは」

「あとは?」

「ギアになると生物の三大欲求が非常に強くなる。同時に、心の奥底から、身体の内側から闘争本能と破壊衝動が湧き上がってきて、たまに意味も無く、特に目的も無く、無性に暴れたくなったりする」

能力以外で、ギアの生態で特徴的なのがこれだ。個体それぞれの直接的な戦闘能力にあまり関係は無いが、個々の生き方に大きく反映してくるものだ。

「しかし、闘争本能と破壊衝動は三大欲求に割り振って解消することが可能だ。ほとんどのギアは食欲か睡眠欲に割り振っているようだが、私は全て性欲にしている。なので常時発情期と言っても過言ではない」

「アハハハハハッ、凄く納得出来るよそれ」

冷静にして無表情でとんでもないことを吐くアインに、うんざりしたようにアルフが乾いた笑い声を上げた。

「これを解消する為にはソルに注射してもらわなければならん」

「まだ引き摺ってんのかその話題!?」

力説する銀髪の頭を引っ叩く。

「ハッ、他人事のように振舞っているが、これはギア化が進んだお前達にも当てはまることだぞ」

しかし、何故か勝ち誇った顔のアインがやたらと胸を反らして宣言する。

「グッ!!」

心当たりがあるのか、アルフがよろめいた。

というか、思い当たる節など列挙すれば切りがない。どいつもこいつも血みどろになって周りから止められるまで殴り合うのが好きだし、皆が皆食いしん坊万歳で収入の大半は食費に消えて……



――そして、その内の何名かは性欲まで度し難い……なのは達は言うに及ばす、ユーノも……



「このド変態め」

「違う!! つーか、わざと性欲過多になってるアンタに言われたくないんだけど!!」

「私は仕方が無いんだ。いいか? もう一度言うぞ、私の場合、仕方が無いんだ」

大切なことなので二回言うアイン。

「だったら食欲に回せばいいんじゃないの?」

「そうすると食事の支度が大変ではないか。ただでさえウチには欠食児童のような食いしん坊万歳が跋扈しているというのに。これ以上我が家のエンゲル係数を上げるつもりはない。食費もバカにならんしな」

「睡眠欲は?」

「あんまり長い時間寝てしまうと時間がもったいないだろう」

「じゃあ、本能と衝動が赴くままに戦えばいいんじゃないの?」

これならどうだとばかりに提案するが、一瞬で却下することになった。

「完全解放状態の私を満足させられる者が、ソル以外に居るのか?」





そうやって雑談を重ねていると、話が区切り良く終わったのを見計らってアルフが真面目な声を出す。

「でもさ、ザフィーラは違うよね? あれはギア化なんかじゃない」

「……」

否定もせず肯定もせず、アインは無言のまま続きを促しと、アルフは挑むような視線と声で隣を射抜く。

「マスターゴーストと契約を交わし、己のマナを、命そのものを捧げることによってサーヴァントを召喚する、”バックヤードの力”」

眼を驚愕で大きく見開いてから、ゆっくりと鋭く細め、慎重にアインは言葉を紡ぐ。

「何故それを、お前が?」

「簡単さ。アタシも昨日までのザフィーラと同じ、あの真紅の世界に、ソルの心の中に入り、ソルの魂に直接触れられる領域に、マスターゴーストに至った存在だからだよ」

小学生なら誰でも答えられる本当に簡単な問題、というよりも常識を答えるようにしてアルフは軽快に笑う。

「お前以外にもザフィーラと同じ領域に達した者が存在していたとは――」

「アタシだけじゃないよ」

「なんだとっ!?」

今度こそアインは心の底から驚き、思わず大声を出してしまったが、対するアルフはいつものように自然体で落ち着いたままである。

「っつっても、なんとなく『こいつはそれっぽいな』って感じる程度だけどね」

「誰だ? 言え!!」

口から唾を飛ばす勢いで迫ってくるアインから一歩退きつつ、彼女は疑問に答えた。

「子ども達を抜いた全員が至ってる。ま、自覚は無いみたいだけど。まあ、至ってることすら”忘れてる”んだろうね、きっと」

アルフの意味深な言葉は、屋上に吹きつけられた強風によって大気に溶ける。

「アタシが”初めて”自覚したのは覚えてる限りでは二年前。Dr,パラダイムに法力使いとしてそれなりに認めてもらえるようになった時くらいかね」

語る口調は先程とは打って変わって真剣味が溢れていて、アインは静かに耳を傾けることしか出来ない。

「まるで白昼夢みたいでね、初めは単なる夢かと思ったよ。実際、昼寝してる時がほとんどだったし。で、起きる直前まで見てた夢ってすぐ忘れるじゃない。だから、変な夢だったなって思った瞬間には忘れちまった。それを何度か繰り返していく内に、ある時ふと疑問に思うんだよ、『あれ? これと同じ夢前に見た?』って」

夢、か。もしかしたらメンタル面で何か没入する為の条件が存在しているのかもしれない。

「そんで、自覚するようになって初めて記憶に刻み込めるようになるのさ。今まで掴めそうで掴めなくて、酷く朧気で曖昧な記憶が、全て一つに繋がってく感じ」

まるでそれまでバラバラだったいくつもパーツが、手順通りに重なり合って歯車がしっかり噛み合うように。

「そうなったら後は眼の前のマスターゴーストに、ソルの魂に触れるだけ。つってもこれ、かなり個人差あるみたいでね。アタシやザフィーラみたいなもう既に自覚がある奴と無い奴ではっきり区別が出来るんだよ」

「何故分かる?」

「分かるんじゃない、『なんとなく感じる』んだよ。こいつ自覚無ぇーなとか、あいつは自覚ありそうだ、って感じで凄くアバウトな感覚だけど、絶対に間違ってない自信はある。ちなみに自覚してるのは、アタシが知る限りユーノとシャマルの二人だけ。他は全員自覚ゼロだね、ありゃ」

全く参考にならない意見であるが、そういうもんなのだろうと納得しておく。

「では質問を変えよう。何故今までそのことを黙っていた?」

少し詰問するような言い方になってしまったが、アルフは気にした風もなく横に首を振って言った。

「これもなんとなくなんだけど、誰かに教えることじゃないような気がした。ソル本人にも、ね。言う必要が無いと思った。あの赤い世界はあいつの心の中で、あの何も無い静謐な空間を支配しているのはソルのマスターゴースト。あくまでアタシ達は外部からあの世界に招かれているだけだから、うるさくなるようなことをする気にはなれなかった」

「そうか」

「で、色々と端折るけど……マスターゴストに至って、そこで初めて理解したよ。ソルのマスターゴーストは”バックヤード”に繋がってる」

「……」

「少し考えてみれば、そうだ、ってのは分かるよね。だってマスターゴーストを顕現して周囲の”世界”を支配して、マナを得てサーヴァントと契約・召喚して操ること自体を”バックヤードの力”って呼ぶんだもん。事象を顕現する法力と同じで”バックヤード”にアクセスすることが前提の、”存在し得ないものを形にする”法術なんだから」

これから先にアルフが言うことになる事実は、恐らくアインもソルも知らない、というより気付いていない未知の領域なのだろうと察して、知らず生唾を飲み込む。

「では何故、ソルと触れ合うことでアタシ達のリンカーコアに影響が与えられるのか?」

「それは、ギア細胞から発生するエネルギーがリンカーコアに取り込まれて――」

「確かにそうなんだけど、あれは『純粋な魔力のみの供給』だけで、本当は違うんだ。アンタもソルと同じ勘違いをしてる。真の意味を理解してない。そもそもギアなら誰でもいい訳じゃ無い筈だろ? シンもお姉様も、Dr,パラダイムもガニメデのあいつらも、勿論アンタも『魔力を供給する』なんて能力持ってないのは確認済みだけど?」

突然の問いに戸惑いながらも答えようとしたアインの声を遮り、アルフは言う。

「一番初めの原初のギア、唯一のオリジナルにして、GEAR MAKER自らが調整したからこそ持っていた『鍵』」

「……『鍵』? それは”バックヤード”へと至る為の鍵のことか? だとしたらシンとお姉様が魔力供給の能力を持っていないことに辻褄が合わんぞ。あの二人の持つ細胞がジャスティスから受け継いだ細胞だからこそ『鍵』足り得た。それ故に二人は”ギア消失事件”の際に『慈悲無き啓示』に狙われたというのに」

「だから、それが違うんだって。あの二人はジャスティスのコードを受け継いでるってだけで特別なのは分かるけど、GEAR MAKERにとってソルと同じくらいに特別な訳じゃ無い」

と告げるアルフに指摘されて思い出す。ジャスティスの血統が特別視されることが多々あり、その所為で見落としがちなのだが、GEAR MAKERとの関係性から鑑みればどちらかというと、確かにジャスティスよりもソルの方が特別だ。

「なら、その『鍵』が魔力供給とどう関わってくる?」

先を急かすように声と感情を荒げるアイン。

しかし、そんな彼女とは正反対にアルフは少し悲しげに俯いて眼を伏せると、問いに問いを返してきた。

「……話がいきなり変わるんだけど、ギア計画って最初の内は生体兵器の製造を目的としていた訳じゃ無いなら、何を目指していたのかね?」

知りたい答えが返ってこない、まるではぐらかすようなアルフにアインは内心苛立ち、語気を強めてしまう。

「この期に及んでそんなことなどどうでもいい!! 話を続けろ、答えを言え!! ソルの持つ『鍵』が一体何を意味している!?」

「アンタが知りたい答えはアタシの質問の答えでもあるんだ!! 考えなくても分かるから気付けよ、リインフォース・アイン!!!」

が、逆に怒鳴り返されて一瞬怯み、仕方が無いと踏んで口を開き掛けて――

そして止まる。止まってしまった。

言われた通り、気付いてしまった。

一つの答えが、とある結論に至る。

そんなことは、ない。あり得ない……あり得る筈が、ないのに。



「……魔法を用いた、既存生物の、生態、強化……人類の、人工的、進化計画……通称、『GEAR PROJECT』……」



それは、兵器としてではない、純粋な『人の進化』を目的とした、かつての科学者達が夢見た、未来の人類の理想的な在り方。

生体兵器としてのギアではなく、『新たな人類』としてのギア。

「まさか、まさか……」

信じられないとアインは身体を震わせた。それはそうだろう。転写したソルの記憶を持ち、彼の視点に立って記憶を視る彼女は、だからこそ手に入れた過去の情報にソルの先入観が植え付けられる。

つまり、彼女はその答えと結論に、駄々を捏ねる子どものように否と唱えることしか出来ない。そんなことは絶対にあり得ないと否定することしか出来なかったのだ。

「GEAR MAKERはきっとソルに託したんだよ。随分自分勝手で独り善がりだと思うけどさ。昔自分達が一丸になって目指していた理想を、自分の所為で失くすことになっちまった”三人”の夢を」

アルフの声が優しく鼓膜を叩く。

「この十年間、ソルもアタシ達もずっと思い違いをしてたんだ。アタシ達の身体は、ギアであるソルの魔力に侵蝕されてギア化してるんじゃない。ソルが持つ『鍵』に触れることによって、『鍵』とリンカーコアが繋がることによって、少しずつ『進化』してたんだ」

嗚呼、そうか。そういうことか。認める訳にはいかないが、酷く納得してしまう。

遺伝子学的に人間でありながら、どうしてギアと同等の身体能力を持ち、同じ生態をしているのか、これで説明が付く。



――『生きろ、”背徳の炎”よ』



脳裏にソルの記憶が浮かび上がる。”あの男”がソルに残した言葉だ。

この言葉に、彼はどれだけの想いを詰め込んで、音として紡いだのだろう。

憎まれながら、恨まれながら。それでも彼はかつて自分が裏切ってしまった友の行く末を想っていた。いずれ必ず殺されると分かっていたとしても。

ソルがいつの日か安らぎを得られることを、願わずにはいられなかった。

そして最後の最期に、一つの可能性を残し――

「なのは達は、生体兵器としてギア化しているのではなく、人として進化している、いや、正確には進化している最中……そういうことなのか、GEAR MAKER?」

空に投げた問いに答える者は、居ない。

でも、青い世界で唯一光り輝く太陽だけが、答えを知っているような気がした。













































膝枕をしてやると、なのはは容易く夢の中へと旅立った。

「もう二十歳になるってのに、こういうとこは何一つ変わらねぇな」

苦笑し、子守唄代わりに自分が好きなイギリスのロックバンドの歌を鼻歌で唄いつつ、彼女の頭を撫で続ける。

ゆっくりと時間が過ぎていく。

思えば、最近は忙しくてこんな風に過ごす時間なんて皆無であった。やはり定期的に心と身体を休める為の時間というものを無理にでも作った方が良いのかもしれない。

昔は生き急いでいたから、そんな時間など必要無かった。一刻も早く殺さなければ、そう考えていたからこそ己を機械のように操って戦ってこれた。

戦う度に心が、年月が経過するごとに精神が磨耗していくのはむしろ都合が良かった。人間性を失えば失っただけ淡々と作業をこなすように戦えた。

だが、今はもう不可能だ。一度安息を手にしてしまったら、かつての修羅道を独りで歩むことなど出来はしない。誰かが傍に居てくれるのが当たり前になってしまった自分には、到底無理な話で。

今の自分は昔と比べものにならないくらいに弱くなった、と実感するのはいつものこと。

それでも戦い続ける。戦い続ける理由がある。戦い続けなければならないと、胸の奥底からもう一人の自分が訴える。

やらなければならない。果たさなければならない。そんな強迫観念にも似た使命感が己の生き方を決定付けていた。

過去の贖罪でもない、己の運命に決着をつける為でもない。

これはただ――

<シスター・シャッハから通信です>

物思いに耽る思考を遮る胸元から響く機械音声。

「ちっ」

小さく舌打ちし、なのはを起こさないように彼女の頭を優しく持ち上げ、その隙に立ち上がってから枕の上に下ろす。

「行ってくる」

安らかに眠るお姫様の頭を一度撫でると、名残惜しさを振り切って病室を後にする。

「何だ?」

完璧に頭を仕事モードに切り替え、硬質化した声音で通信を繋ぐ。

<すみませんソル様。こちらの不手際がありまして……>

詳しく話を聞くと、昨日保護した少女が検査中に姿を消してしまったらしい。今のところ飛行や転移、侵入者の反応は無いらしいが。

「……で?」

<も、申し訳ありません!! すぐにでも特別病棟と周囲の封鎖、及び避難を行います!!>

不機嫌を表すように眉を顰めたソルの顔を通信越しに見て、怯えたようにシャッハが進言してくる。しかし、ソルはそれを良しとしない。

「患者や医師達がパニックになるのは避けたい。俺達で手分けして探すぞ」

<ですが――>

「検査の最中に居なくなっただけなら、まだ近くに居る筈だ。文句を言う暇があったら一秒でも早くそのガキを見つけろ。お前は院内を探せ、俺は外だ」

まだ言い募ろうとするシャッハに一方的に告げるだけ告げて通信を強引に切り、ソルは廊下の窓を開け放つといきなり飛び降りた。

降り立った場所は病院の中庭。

周囲をキョロキョロ見渡してから、人の気配がする方へ足を踏み出す。

途中で人に出くわしたら行方不明中の少女に関して聞き込みをするつもりだったのだが、その必要も一人目で無くなる。

ガサッ、という音が植え込みの茂みからしたと思えば、件の少女が姿を自ら現したからだ。

「……居やがった」

とりあえず念話で少女発見の報をシャッハに入れて溜息を吐く。

そして、少女に向き直った。

「……」

「……」

お互いに無言。ソルは少女を上から下まで観察し、少女は自分よりも遥かに背丈が大きいソルを警戒するように見つめている。

白い入院着でその小さな体躯を包んだ少女の瞳は、右と左で色が違う。右眼が翠で、左眼が紅。オッドアイというかなりの特殊性。どう考えても普通の血筋じゃあり得ない。

……仕方が無いのかもしれない。この少女は昨日の一件で保護したのだ。人造魔導師の素体培養機が発見された場所からそう遠くない場所で、エリオ達に拾われた。ほぼ間違いなく人造生命体の類だと予想出来てしまう。

ドクンッ、とソルの胸が疼く。

誰かの都合によって勝手に作られた存在。人工的に産み落とされた命。そんな嫌な言葉が頭の中を跳ね回り、同時に理解する。

この子はきっとフェイトやエリオ、そして自分と同じなのだ、ということを。

だったら――

「こんな所で、何してたんだ?」

努めて優しい声を出し、少女に問う。

眼の前の小さな少女は答えない。何を言われたのか分かっていないのかもしれない。ソルも返答を期待した訳では無かったので、少女が反応しないのをあまり気にせず、とにかく声を掛けるつもりでいたら、

「……さがしてるの」

それは蚊の鳴くような小さな声であったが、人間よりも数段聴覚が鋭いソルにはしっかり聞こえていた。思わぬ反応の内心驚く。まさかこちらの問いに答えを返してくれるとは。

「何を探してたんだ?」

一歩、二歩、三歩と慎重に近付いて、片膝を地面に着けて少女と視線を合わせる。

「ママ、いないの……だから、さがしてるの」

「っ!」

少女のたどたどしくも泣きそうな声に知らず息を呑む。

人造魔導師の素体として生み出されたこの少女には、十中八九母親など居ない。遺伝子学的な意味での母なら存在するかもしれないが、自らの腹を痛めて生んでくれた親というのは居ないだろう。

お前に母親など居ない、そう断じるのは簡単だ。だが、眼前の無垢なる命に対してそんな残酷な宣告が出来る訳が無い。

たとえ忌まわしい技術によってこの世に生を受けたとしても、生まれてきた者が忌まわしいとは言いたくない。

「……そうか。なら、探すの手伝ってやるよ」

気が付けば口が勝手に動いていた。

「名前は?」

「ヴィヴィオ」

「ヴィヴィオ、か。良い名前だ……俺は、ソル。覚え易いだろ?」

「うん」

素直に頷く少女の頭に手を伸ばし、撫でる。柔らかい金糸のような髪に触れながら、嫌がられはしないだろうか? とそんな疑問を抱くが、少女は撫でられるのが嬉しいのか「あったかい」と笑ってされるがままだ。

生まれたばかりで右も左も分からない、人造生命体の少女。

この子に、かつての自分を重ねて見ているという自覚はあった。

きっとヴィヴィオは助けを求めている。本人はそうは思っていないかもしれないが、ソルにはそう感じる。

”自分も”そうだったから。

ギアとして生まれ変わったあの時、自分がどうしようもないくらいに孤独であることを悟った。

誰でもいいから助けて欲しくて、なのに誰も助けてくれない地獄を味わった。

過去の自分に似た境遇のこの子には、自分と同じ苦しみを味わって欲しくないからこそ、ソルは無意識の内に少女へ手を差し伸べたのだ。

その感情が同族意識からくる同情だったとしても、本心に違いはなかった。

ヴィヴィオの為に何かしてやりたい、という感情が沸々と込み上げてくるのは決して嘘ではないのだから。

優しく撫でる手の下で、ヴィヴィオが無邪気に笑っている。

ついさっきまで忌まわしいと思っていたこの手で、無垢なる命を笑顔にすることが出来るのなら、存外、捨てたものではないと思ってしまう己の現金さには呆れて溜息も出なかった。

「さて、ママを探しに行くか」

「うん!!」

手を繋ぎ、少女の歩調に合わせて歩き出す。

この子の為なら何だってしてやろう、と。そう心に決めながら。






[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat28 Flame Distortion ―彼と彼女達の関係性―
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/11/10 13:50
病院の中をヴィヴィオと手を繋ぎながら練り歩く。

名目上はヴィヴィオのママを一緒に探すということになっているが、最初から居もしない者を見つけられる訳が無い。

(これからどうすりゃいいんだ?)

年若い女性と遭遇する度にヴィヴィオが「ママ?」と問い、聞かれた女性(内半分は看護婦)が「は?」と呆ける光景を六回も見る破目になって、今更ながらに自身の軽率さを呪う。

両手で頭を抱えたい。しかし、右手はヴィヴィオと手を繋いでいるので左手で額を覆うに留めておく。

まさかこの子がママと認めた人物と遭遇するまで続くのだろうか? そんなの見つかりっこないと思うが、見つかったら見つかったで困った事態になりそうだ。

早いとこ何らかの手段を講じないとマズイ。

「うぅ、ママ、いないの……」

ママを一緒に探し始めて十分。ついにヴィヴィオがママを見つけることが出来ないことに我慢の限界が来たらしく、目尻に涙を浮かべて救いを求めるような視線をこちらに向けてきた。

(ど、どうする? どうすればいい!?)

慌てて思考を巡らせる。このままママを捜索し続けても埒が開かない。それは最初っから分かり切っていた。かと言ってどうしようもない。せめて何か時間稼ぎにでもなるようなものでもないか周囲を見渡すがそんな都合が良いものなど見当たらない。

そして、ソルが至った結論は、

「クイーン……なんとかしろ」

<いきなり無茶振り来た!?>

首から垂れ下がる歯車の形をしたネックレス、もといデバイスであるクィーンに案を求める、というか理不尽な命令を下すことだった。

「なんでもいい。なんか、出せ」

<……なんかって何ですか、なんかって>

「早くしろ、あんだろ……なんか」

<無茶を仰る!?>

ぶつくさ文句を言いながらもクイーンは無茶な注文に応じ、古代式ベルカ魔法『旅の鏡』を発動させる。眼の前の虚空に三角形が特徴のベルカ式魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間にはその魔法陣からまるで噛み終わったガムが吐き捨てられるように、ぺっ、と何かが床に転がり落ちた。

「……」

「ほえ?」

床に放られたそれを見てソルは嫌そうに眉を顰め、ヴィヴィオは小さく疑問の声を上げる。





丁度その頃。海鳴市に存在する翠屋の店内。

「あれ? お父さーん。此処に置いてあった『ソ竜』は?」

「ん? 知らないぞ。桃子が久しぶりに洗濯でもしたんじゃないのか?」

「え? 私は知りませんよ」

「ええええー。じゃあ何処行っちゃったの?」

「人知れず勝手に動き出した我が家の守り神……ミステリーだな」

「士郎さん。流石にぬいぐるみが勝手に動き出すなんてことは」

「ないよねぇ~」

「いや、分からないぞ? 『ソ竜』のモデルとなった人物の知り合いには吸血鬼やら九狐の妖怪やら、変テコな出自を持つものばかりで、本人も人工的とはいえドラゴンだ。もしかしたら付喪神的なアレで自分の意思を持っているのかもしれない。何年か前の夏に、夏だからって皆で怪談話で盛り上がった時あいつが言ってただろ。幽霊とか怨念は実在する、実際俺はその犠牲者と戦ったことがあった、斬っても焼いてもダメージを与えられた気がしなくて正直気味が悪かった、ああいう類のもんにはもう二度と関わりたくない、って」

「そう言われてみると」

「あり得ないとは言い切れないわね」

「だろ? モデルになった人物に似て、フラッと出掛けてるだけさ。放っておけば帰ってくるから心配要らないと思うぞ」

そんなこんなで深く考えず勝手に納得する三人であった。





「もっと他にあっただろうが」

<すいません、つい。でも喜んでるみたいだからいいじゃないですか>

「……」

そう言われるとこれ以上ソルは文句を言えない。

『ソ竜』。数年前にシャマルが自身のお裁縫技術を駆使して作ったぬいぐるみ。ドラゴンインストール完全解放状態のソルをデフォルメしたぬいぐるみは今、ヴィヴィオの手を繋いでいない右腕で小脇に抱えるられていた。

全体的に赤く、上半身は裸なのにズボンを穿いてて、頭に二本の角と、背中に一対の翼と一本の尻尾を生やし、顔に五つの眼を備え、左手にフェルトで作製された封炎剣を持つ、モデルにされた当の本人からすれば気恥ずかしいにも程があるぬいぐるみ。

黒歴史として仕舞っておきたい代物だが、いかんせん実家では守り神として何故か奉られているし、我が家には『ソ竜を本人だと思って抱いて寝よう』という習慣まである。

もうどうにでもしてくれ、とこれまでは思っていたが、やはり一刻も早く全てのソ竜を焼却処分すべきなのではないか、と考え直していた。

ヴィヴィオはご機嫌だ。今鳴いた烏がもう笑う、を体現したかのように。どうやらソ竜がお気に召したらしい……ソルとしては色々な意味で複雑だ。

「よし、行くか」

「うん!!」

すっかり気分が上向きになったヴィヴィオが元気良く返事をするのに合わせて歩き出す。

『<母親の当てはあるんですか?>』

『ないなら作るまでだ』

念話でさっきまでどうすべきか悩んでいた問題を投げてくるクイーンに対してぶっきらぼうに答え、ソルは不敵に笑う。

そのワイルドで自信あり気な表情を見て、クイーンはどういうオチになるのか想像して、止めた。

どうせまた気付かない内に自らの手で逃げ道を塞ぎ首を絞め、結果的に墓穴を掘ることになるだけだからだ。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat28 Flame Distortion ―彼と彼女達の関係性―










「なのは、起きろ」

「ふぁい?」

身体を揺すられ意識を無理やり覚醒させられて、瞼を開くと義兄が上から見下ろしていた。

「んんんんぅ~……何? どうしたの?」

上体を起こし、欠伸で大きく開いてしまう口を片手で押さえつつ伸びをする。

「なのは、お前、今日からこいつの母親な」

「……は?」

まだぼんやりしている頭にそんな言葉が情報となって流れ込んでくるが、生憎起き抜けで稼働率が半分も満たない脳ではよく理解出来ない。

そんななのははそっちのけで、ソルは背後に隠れていた人物に声を掛けた。

「良かったなヴィヴィオ。このお姉さんがママになってくれるってよ」

<訳が分かってない人物に対していきなり……>

<私もよく分かりませんが、それなのに無理やり押し通す鬼のような理不尽さは相変わらずですね>

ソルの首から垂れ下がったクイーンと枕元のレイジングハートが何か言っている。

「??? ?? ????」

頭上に疑問符を浮かばせるしかないなのはの前に、ヴィヴィオが歩み出て、期待するような、不安を抱いたような表情で聞いてきた。

「ママ?」

『合わせろ』

僅かに遅れてソルから有無を言わせぬ念話が届く。

「ママ、じゃない?」

『合わせろっつってんだろ』

ヴィヴィオの表情が曇るにつれてソルの語調が恐ろしい声音に変わっていく。まるで犯罪者に尋問している時のようだ。

<本日の無茶振り、二回目>

<マスター、頑張ってください!! これはきっと絶対的優位を得るチャンスだと推測されます!!>

やれやれとばかりにクイーンがぼやき、レイジングハートが主にエールを送る。

「えっと、えっと……」

ひたすらリアクションに困るなのは。

「ママじゃないんだ……」

『……ちっ、まだ母性が足りなかったか』

ガッカリと落ち込み泣きそうになるヴィヴィオとあからさまに失望の色を見せるソルに、寝ぼけ眼の人間に何を言ってるんだこいつら、先に事情を説明しろと物凄く理不尽なものを感じながらも彼女はなんとかぎこちなく笑って取り繕う。

「ま、ママ、だよ?」

もう半ばヤケクソだった。というかヤケクソだ。とりあえず義兄の言う通り、合わせればいいのだろうか? という疑問が消えないでもないが、最早やるしかないのだろう。

「ママ!?」

『よし。私がヴィヴィオのママだよ、と続けろ』

なのはの言葉にヴィヴィオが豹変。一瞬にして喜色に満ちた笑顔を見せると同時に、ソルが満足気に頷きつつよく分からん命令をしてくる。どうやらこれが正解らしい。

「ええと、私は高町なのは。ヴィヴィオの、ママだよ」

いいんだろうかこれで? 自分は取り返しのつかないことを、後戻り出来ないことをさせられてるんじゃなかろうか? が、こうしないと眼の前の小さな女の子が泣くし、その所為で横に居るソルの真紅の眼が怖いし、選択肢など無いに等しい。

『抱き締めてやれ』

念話で言われるままにヴィヴィオの腕を取り引き寄せ抱き締めると、腕の中で大きな声を上げて泣き出してしまった。

嫌だったのかな? 少し不安になったが、それは杞憂で終わる。何故ならヴィヴィオはなのはの入院着をしっかり掴み、胸元に顔を埋め縋り付いている。嫌なら暴れて抜け出そうとする筈だ。

小さくて暖かい命を感じながら、病室に響く泣き声がまるで産声のように感じたのは、気の所為だろうか。





漸く事情を聞き終えたなのはが半眼になってソルを睨む。

「またそんな勝手に決めちゃって……っていうか、そういうことは事前に説明してくれてもいいんじゃないの?」

「余裕が無かったんだ。すまんな」

「だと思った」

バツが悪そうなソルの謝罪になのはは思わず嘆息。

「あのね、確かに私はお兄ちゃんとの間に子ども欲しいな、って普段から思ってたけど、いくらなんでも急過ぎでしょ? 私まだ妊娠すらしたことないんだよ。十月十日掛かって母親になる筈なのに、いきなりこんな――」

「やっぱり嫌か?」

「そういう訳じゃ、無いけど……」

言いたいことを言えば言う程ソルの表情が暗くなっていく。それにつられるようにして、なのはの言葉も尻すぼみになり、やがて途絶えた。

二人は今、泣き疲れて寝てしまったヴィヴィオを間に挟むようにして抱き締めつつ支え、ベッドの上に腰掛けて話していた。相変わらずさっきから成り行き任せの事態なので、説明を受けてから文句を言ってやったのだが……

「いや、俺が悪かった。いきなりあんなことさせて、どうかしてたのかもしれん……そうだよな、俺はシンの時から父親になるのは慣れてたが、お前は初めてなんだよな。覚悟とか責任とか、突然やれと言われて背負えるもんじゃねぇのに。そこら辺、考慮してなかった。すまん……さっきのは、忘れてくれ。後で俺からヴィヴィオに言っておく」

もう一度、真摯な態度で謝ってくるソルになのはは「もういいよ」と首を横に振り、それから視線を腕の中のヴィヴィオに移す。

「でも、本気なの? この子を引き取るって」

「ああ」

そう返答する眼は、強い意志と覚悟の光を放っている。

嗚呼、この男は本気なんだ、となのはは悟った。

出会った時から、否、きっとなのはが生まれるより百何十年も前から、いつもいつも厄介ごとだと理解していながら、一度決めてしまうと絶対に決定を覆さないのがソル=バッドガイという男だ。

義兄が脈絡無く突然何かをやらかすなど初めてではないので、特に驚きはしない。

自身に酷似した存在や境遇、出自を持つ者を決して見捨てないこともよく理解している。こうなってしまったら何があっても譲らない性格だということも熟知していた。

そして、だからこそ自分を含めた皆が慕っている。その生き様が、とても眩しくて。

自然と頬が緩んでしまうのを自覚しながら、なのははわざとらしく肩を竦めて溜息を吐いて見せると、仕方が無いと言わんばかりに同意を示す。

「そっか。なら反対しない。訳も分からずこの子の母親に仕立て上げられたけど、期待させるようなこと言っちゃったからちゃんと責任は取るつもりだよ」

子どもの面倒を見る、ということは言葉にする以上に難しく責任重大なことだ。育児は魔法を使って戦うのとは全く違う。一つの命を背負うというのは、並大抵のことではない。

けれど、眼の前に居る男は育児と戦闘を――子守をしながら賞金稼ぎとしての生活を見事に両立させてきた歴戦の猛者。この男がパートナーであるという事実だけで怖いものなど存在しない。

「責任、か……そうだな。俺も、お前ら全員の責任は取るつもりだ」

小さな、それでいて決意を固めた声でソルがぼそりと何か言ったような気がした。よく聞き取れなかったので何を言ったのか聞こうと口を開きかけた時、彼が次に紡いだ言葉でタイミングを逸してしまう。

「だったら、今日から俺がヴィヴィオのパパで、なのはがママだ。誰にも文句は言わせねぇ」

優しい口調と共に肩に手を置き、微笑するソル。

「っていうかな、お前が母親役を引き受けてくれて正直ほっとしてる。自分でもどういう理屈か知らんが、俺の中じゃお前以外にヴィヴィオの母親ってあり得ねぇんだ」

言われたことを理解していく内に、心臓がバクバクと暴れ始め、顔が紅潮していくのが分かる。

「だから感謝してるし、頼りにしてるぜ。なのは」

胸の奥から込み上げてくる感情は間違いなく歓喜。

ソルが自分を頼っている、たったそれだけの事実がとてつもなく嬉しい。

どんな形でも彼の役に立ちたい、常日頃からそう考えて生きているなのはにとって、これは非常に重要なことで。

「うん、私頑張るよ。この子の為に、お兄ちゃんの為に、ちゃんと出来るかどうか不安だけど、一生懸命『ママ』をやらせてもらうね、『パパ』!!」

狂喜乱舞した感情が導き出した返事は、寝ているヴィヴィオを挟んだままソルに向かって笑いかけることであった。










アインに言われた通り昼休憩を取ることにし、グリフィス達四人は食堂で食事を摂り終えて食後にコーヒーを飲みながら食休みをしていると、話題を振るようにしてアルトがポツリと呟く。

「結局、昨日の戦闘の最中に発生した未知のエネルギー反応って、一体何だったんですかね?」

グリフィス、ルキノ、シャーリーの三人の視線がアルトに集まる。

「心当たりはある、ってアインさん言ってましたけど、『管理局は未知のものに対してすぐにロストロギア認定したがるから教えない』って言って教えてくれませんでしたよね」

ジュエルシードが暴走したことによって発生した魔力流は、あらゆる情報を遮断していた。それ事前にアインが暴れ回ったことによって発生した妨害電波やら何やらで戦闘記録は尻切れトンボ。何があったのかなど当人達にしか分からない。

「ソルさん達が秘密主義なのは今に始まったことじゃないから、気にしない方がいいと僕は思うよ」

少々不満気な表情で続けた言葉にグリフィスがコーヒーを啜りながら応じた。

「あの人達は何ていうか、僕達のことを仕事上では信用していても、信頼はしていない。そんな風に感じる」

何処か寂しそうに眼を細める彼に今度は視線が集中。

「……距離を、感じるんだ。いや、距離と言うよりも壁かな。必要以上に近付かせない、近付かない、踏み込ませないし、踏み込まない。壁を挟んだまま一定の距離を取る、そういう明確なものが僕達とあの人達の間に存在してるんだ」

「なんかそれ、凄く寂しいです」

眉を寄せてアルトが俯き、その隣でシャーリーが溜息を吐く。

「私もアルトに賛成……でも、ずっとこんな感じなんだよね。私もグリフィスも一緒にお仕事するようになって結構経つのに」

シャーリーの発言にルキノが同意を示す。

「私も何年も前から、クロノ提督やリンディ総務統括官のついでみたいな形でお仕事ご一緒すること何度もありましたけど……」

ずぅーん、という重い空気がゆっくりと圧し掛かってくる。

関係が良好と言えば良好なのだろう。ちゃんと信用はされているし、こなした仕事に口うるさく文句を言われている訳でも無い。任せられている仕事も重要なものが多い。理不尽な命令はソルからグリフィス限定でたまに下されたりもするが、笑って許せる範囲内だし、その分特別手当てとして給与に反映されていた。

ただ、彼らが自分達に何かを隠している、という事実を否定出来ない。

それが歯痒いのだ。単なる仕事上での関係でしかない、ギブアンドテイク、上司と部下、仕事仲間であっても友人ではない。本当にそれだけ。初めて出会ってから今まで徹頭徹尾、仕事の関係でしか結ばれていない。

「やっぱり、アレが関係してるんですかね?」

重い沈黙を振り払うように、またしてもアルトが口を開く。

その表情は先程とは違い、若干羞恥に頬を染めていた。

「アレって、アレ?」

「そうそうアレですよ」

「「……」」

何かを察したシャーリーが顔を赤くして問い返すとアルトがこくこく頷き、それでどういうことか理解したルキノとグリフィスが口を閉ざしたまま俯いて顔を真っ赤にする。

「ソルさんって、もしかして御伽噺に出てくる吸血鬼とかだったりするのかな?」

アルトのこの言葉で、その考えに至った光景を全員が一斉に思い出したのか、赤い顔を更に染め上げていく。

作戦中に司令室で、皆が見ている眼の前で倒れたソル。そんな彼がアインと短いやり取りを経て彼女の首筋に噛み付き、その血を啜っていた光景。

一言で言えば、非常にエロかった。とにかくエロかった。絵面としてはソルがアインの首に噛み付いている、というだけなのに、ある意味アダルトビデオよりもエロかったかもしれない。

というか、エロいと感じた原因は全部アインだ。それこそ快楽に耽る恍惚とした表情で喘ぎ声を漏らし、「もっと深く」とか「そのまま、あ、うぅん」とか「……や、ああ!!」とかやってればエロいと感じない訳が無い。

当時はいきなりのことに理解が追いつかず頭真っ白な状態で見ていることしか出来なかったが、こうして改めて思い出してみると、とんでもない痴態を目撃してしまった。

痴態はともかくとして、さっきまで一人では身動き取れない状態だったソルが何事も無かったかのように立ち上がり、逆にグッタリしているアインを抱えて転送魔法を発動して戦場に向かったので、あの行為に何か意味があったとした思えない。

吸血鬼。

創作物の中では文字通り、人の生き血を吸って生きる怪物だ。

もしソルがそういった怪物の類であるのなら、自分達と一定の距離を取り壁を作っているのにも納得がいく。やはり創作物上での話だが、怪物というものは人間よりも遥かに強い反面、数が絶対的に少ない為、いずれ駆逐される存在だ。時空管理局という組織に在籍している自分達にソル達がそういう素っ気無い態度を取るのは当然のことなのかもしれない。

まあ、これはあくまで確証の無い、妄想の域を出ない仮定の話でしかないが。

「そう考えると、ソルさんがなのはさん達に異常な程好かれてる理由が分かる気がする」

シャーリーが鼻息荒く、しかし声を潜めて言う。

声が小さいので皆が顔を寄せ合い耳を傾けると、シャーリーは続けてこんなことを口にする。

「だって、吸血行為ってセックスの暗喩、っていうのはよくある話じゃない?」

つまり、話の流れが真面目な方向から猥談へと路線変更した瞬間だった。

「せ、せ、せ」

「そんな、ふしだらです……なのはさん達が、快楽目的でソルさんの傍に居るなんて」

もうこれ以上赤くなったら死ぬんじゃないか、ってくらいに顔を赤くさせるルキノとアルトであったが、眼は爛々と光り鼻息もシャーリー同様とても荒々しい。

なんか荒ぶってる女三人を前に、グリフィスはその顔に鉄面皮を被って「僕は興味無い」とばかりに眼鏡のブリッジを押し上げ、

「シャーリー、いい加減にしないか。失礼だぞ」

と窘めるが、鼻から真っ赤な液体がだらだらと零れていて説得力など欠片も無かった。

そして、今話していた内容――ソルが人間じゃないとかその他云々――が当たらずとも遠からずだということに、グリフィス達は全く気が付いていない。










「頭が痛い」

「私も」

「私もよ」

スバルが何気なく呟いた独り言にギンガとティアナが同意の声を上げる。

昨日の戦闘で、味方から食らった攻撃がまた尾を引いている三人であった。スバルはエリオにパイルドライバー、ギンガはツヴァイにバックドロップ、ティアナはキャロにジャーマン・スープレックスをそれぞれ食らって気絶させられたダメージが、二日酔いの頭痛のように残っていた。



――『謝ります、後でいくらでも謝りますから!! 今聞いた言葉をその脳内から抹消してやるのでお命頂戴!!』



効果は抜群で、くそガキ共から理不尽な理由でプロレス技を食らったのは覚えているが、その肝心な理由を思い出せない。昏倒して、気が付けば医務室、夕飯の時間で全てが終わっていて、おまけに何故か、捕らえた筈の敵側の二人には逃げられていて。

流石にこれではまともな報告書を作成することも出来ない。そもそも、やっと敵に繋がる糸口を掴んだと思ったらこの有様。文句の一つや二つ言ってやろうとエリオ達の姿を捜し求めると、食堂で山のような量の緑黄色野菜を前に死んだ魚の眼でひたすらそれらを食わされ続ける三人(調味料一切無し。飲み物はその緑黄色野菜で作ったジュース)を発見し、文句を言う気も失せたので早々に部屋に帰って休むことにした。

出動があった次の日は休養日。とされているので三人は疲労とダメージ(半分はガキ共の所為)もあって、昼過ぎまでベッドの上で夢の中。起床後デバイスにならデータが残っているのではないかという結論に至って、昨晩シャーリーに預けっぱなしにしておいたそれらを取りに雁首揃えてデバイスルームに向かっている最中である。

「あれ? お前らって今日休養日じゃねぇの?」

デバイスルームに行く途中、同じくシャーリーにデバイスを預けていたヴァイスと出くわしたので、一緒に向かう。

「それにしてもお前らニュース見たか? 昨日の戦闘、とんでもねぇ騒ぎになってるぞ」

「廃棄区画、消し飛んだんですよね?」

話題を振ってきたヴァイスに誰よりも反応したのはティアナだ。

「その所為でマスコミ連中が好き勝手なこと喚き散らしてるが、管理局は『テロリストが保有してたロストロギアが暴走した。現在調査中なので詳細は分からない』の一点張り。その態度が更にマスコミを調子付かせてる、っつー悪循環を生んでる」

呆れているのかうんざりしているのか、どちらとも取れるような口調で言ってくるヴァイスの言葉に三人は無言。

自分達はあの時、確かに戦場となった廃棄区画に居た。だが、それが今存在していないという事実を知っても、イマイチ実感が沸かない。

とにもかくにも、まずはデバイスを確認してから戦闘記録をちゃんと見直そう。そうしなければ始まらないとばかりに足を速める。

「誰も居ない……?」

ギンガが漏らした通り、到着したデバイスルームには誰も居なかった。室内はシンと静まり返っており、暇があれば居座っているシャーリーも居ないし、事務仕事を嫌って息抜きにデバイスを弄りにくるソルの姿もないし、デバイスを調整に来た自分達と同じ輩も居ない。

その代わり、メンテナンスが終わっていると思わしきデバイスはしっかりあった。四人がそれぞれ待機状態のデバイスを手にし己の相棒に問えば確認出来たので、単に偶然今此処に誰も居ないだけなのだろう。

「クロスミラージュ。昨日のことなんだけど、アンタが記憶していること、今見せてくれないかしら?」

<了解>

空間ディスプレイに映し出される映像。それを早送りにして要所要所の部分を確認していく。

「「「「……」」」」

四人で無言のままそれを眺めていると、やがて問題のシーンへと行き着いた。エリオがスバルにパイルドライバーを決めた場面である。

「止めて」

主に従い、映像が一時停止した。

「この少し前から普通に再生お願い」

言われた通り巻き戻しがされてから再生。



『……ギアって、何? ソルさんとアインさんがそのギアってやつなの? ギアっていうのが何なのか分からないけど、やっぱりソルさんって私達と同じ――』

『ぎゃああああああ忘れろぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 今のは無しだぁぁぁぁぁぁ!!』



「思い出した……!!」

ツヴァイ、エリオ、キャロの三人が必死になって隠そうとしていた事実。

『ギア』。何のことかさっぱりで皆目見当も付かないが、ソルとアインがそう呼ばれる者で、二人はギンガやスバルと同じ生体兵器だった筈だ。



――『強いて言えば、ソル=バッドガイが究極の人造魔導師にして生体兵器であり、奴こそがドクターの目指す人工生命体の理想像であるということだけだな』



地下水路にて、敵の戦闘機人チンクが言ったことを思い出す。

これで漸く、何故エリオ達から理不尽な攻撃を受けたのか理解する。子ども達は、自分の親を守りたかったのだろう。知られてはいけないことをティアナ達が知って、それを公にされることを恐れたのだ。

(もっとこっちの話を聞いてから行動起こしなさいよ、ったく)

見損なわないで欲しい。ナカジマ姉妹の身体を知っている以上、自分は一般人と比べてそういう類に偏見は無いという自負がある。だから話せとまでは言わないが、もう少し信用してくれてもバチは当たらないだろうに。

と、そこまで思ってから考え直す。

『ドラゴンインストール』の存在だ。

あの時、戦闘機人達は何と言っていた? 全身の細胞がリンカーコアとしての役目を果たす? もしそんなことが違法研究による処置によって可能なら、絶対に公表出来ない危険な代物だ。下手をすれば次元世界のパワーバランスを一気に崩しかねない。

それに加えて、騎士ヴィータも使えたことから”背徳の炎”は全員がソルの力をインストールされている、とも言っていた。もし仮にソルの力をコピーして、誰でも自由に扱えるようになったら、想像も出来ないくらいにとんでもないことになるだろう。

(……これって実は、アタシ達が考えている以上にヤバイことなんじゃないの?)

内心で冷や汗を垂らしながら、すぐ傍で「ギアって何だ? 歯車のことか?」とぼやいているヴァイスの様子を舌打ちしたい気分で窺う。

幸か不幸か、早送りにしていたことにより戦闘機人達との会話は音声が流れなかったので、ヴァイスにソルの細胞云々は聞かれなかったが、この戦闘データは早い内に抹消した方がいい。

ギンガとスバルに目配せし、頷き合う。

決めたのならば即実行に移す。念話で己のデバイスに命令を下し、三人は一斉に昨日の戦闘データを消去した。もしかしたらグリフィスやシャーリー達に見られたかもしれないし、コピーを取られている可能性もあるので既に手遅れかもしれないが、消しておくに越したことはないだろう。

「あ、消えちまったぞ」

当然、映し出されていた空間ディスプレイも真っ暗になるが、そんなことはこの際どうでもいい。

「あ、あの、私達のことより、なのはさん達はどうなったか知りたいんですけど」

わざとらしく話題を変えようとするスバルであったが、彼女のあからさまに怪しい態度に訝しむことなく、ヴァイスは教えてくれる。

「俺も詳しくは知らねぇけど、凄ぇ大変だったらしいぞ? なのはさん、入院する程の大怪我したって話で――」

「ええええええええええええ!!??」

「うわ!」

「きゃ!?」

スバルの驚いた声にティアナとギンガが驚いて身体をビクつかせた。

「なのはさんが怪我って、どうして!!」

ヴァイスに冷静さを欠いたスバルが詰め寄り、彼の襟首を掴んで高く持ち上げてしまう。「落ち着きなさい!!」とギンガとティアナが諌めようとするが全然ダメだ。

「だー何だ!? だから俺も詳しくは知らねぇって前置きしただろうが! 昨日、戦闘機人にやられて戦線離脱したなのはさんに代わってアインさんが戦闘機人と戦って捕獲、そん時に敵が持ってたロストロギアが暴走して廃棄区画が消し飛んで、戦闘記録は途中からパー、その所為で今朝からマスコミが大騒ぎしててこっちにゃ管理局から責任追及の通信が止まらなくて回線がパンク寸前、俺が知ってんのはこんくらいだから放してくれ!!」

息が苦しいのか、解放を望んだヴァイスが早口で自分が知り得る情報を提供するが、スバルは尚も泣きそうな顔になって彼をガクガク揺さぶるだけである。

「なのはさんがやられたって……なのはさんは無事なの!? なのはさんの怪我の容態は!? 戦線離脱する程の大怪我って、どのくらい酷いの!!」

「いい加減にしなさいスバル!! このままじゃヴァイス陸曹が倒れるわよ!!!」

これでは埒が開かないと判断したティアナが彼女の横っ面に右ストレートを叩き込み、無理やり手を放させた。

「だってなのはさんが……」

床に大の字になって転がっているスバルをギンガに任せ、ティアナは昨晩眼を覚ました時にソルとなのはの姿が既に見えなかったことを思い出し、唇を噛み締める。

こんな重要なことも知らず、自分達は今までのうのうと眠りこけていたのか。というか、誰か教えてくれてもよかった筈なのに、誰一人として教えてくれないとはどういうつもりなのだろうか。

ソル達の事情はなんとなくだが察することは出来た。だが、いくらなんでもこれはあんまりではないか? 事情が話せないのなら話せないなりの態度というものがあるだろう。自分やその他大勢はいいとしても、せめてナカジマ姉妹にはある程度話せないのか? 十年近くプライベートでの付き合いがあるのではなかったか。

これは一言文句を言ってやらなければ気が済まない。ティアナの中でソル達に対する静かな怒りが湧き上がってくる。

「ヴァイス陸曹。”背徳の炎”の方々は今、何処で何をしてますか?」

冷たい口調でありながら内心の苛立ちを隠そうともしない声で彼に問うと、「あー、苦しかった」と一度咳き込んでから彼はこちらに向き直る。

「……なのはさんは聖王教会の病院で入院中。ソルの旦那はなのはさんの傍に居てやりたいって話で昨日の夜から此処には居ねぇよ」

「他は?」

「他? いつも通りさ。シャマル先生は相変わらず医務室だし、アインさんは昨日の事後処理に忙殺されてて、後の連中は休養日だオフだとかで姿が見えねぇ。あ、そういや、チビ共が死人みてぇな顔して学校に行くのは見た」

仕事をしていない時の彼ら彼女らが自由人だというのは嫌という程承知していたが、今回ばかりは少しくらい自重しろと声を大にして叫びたい……というか、野菜しか食えない飲めない罰は今朝も継続していたのか。

それとも、入院する程の大怪我などあの人達にとっては日常生活に何ら差し支えない”その程度の問題”なのか?

「つーかお前ら、なのはさんのことすら知らなかったってことは、アインさんが捕まえた戦闘機人についても何にも知らないのか?」

「……ええ、まあ。一応、あの戦闘に参加していたのに、完璧に蚊帳の外みたいですアタシ達。何一つ情報もらってないですから」

「俺も似たようなもんだ、何にも教えてくれねぇ。捕まえた戦闘機人だって此処の何処かに閉じ込められてるって話だが、その何処かってのは当然のように誰も知らねぇし」

互いにソル達に対して皮肉を言う。

「それで、なのはさんの容態も教えてくれないんですか?」

「少なくとも俺は知らねぇ。知ってる奴も居ねぇ。シャマル先生以外は捕まんねぇし、シャマル先生はシャマル先生でなのはさんの心配して聞きに来た連中を笑顔で『心配しないで』って追い返してるらしいぞ」

スバルを連れて行っても無駄足で終わりそうだ。

どうしたものかとティアナが大きく溜息を吐いたその時、

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

ヴィータの悲鳴が聞こえてきた。

何事かと思い、四人はデバイスルームから転がるようにして出ると、声がした方角へ駆け出す。

まさか敵か? このDust Strikersに? 昨日捕らえた戦闘機人を奪還しに来たのか?

様々な憶測が脳内を駆け巡る内に、悲鳴の発信源に辿り着く。

そこで眼にしたのは、

「アタシの今月分の給料が全部ユーノに持ってかれたあああ! まさか今日中にソルがなのはと保護した子ども連れて帰ってくるなんて誰も思わねーよぉぉ!! 連れて帰ってくるなら明後日以降一週間以内にしろよ畜生!! そうしたら三倍になって返ってくる筈なのに!!」

四つん這いになって慟哭するヴィータの姿と、彼女の口から吐き出された言葉。

ズシャアアアアアアアッ、と盛大にすっ転ぶティアナ達。

「えっと、あの、どういうことですか?」

未だに「誰か嘘だと言ってくれぇぇぇ!!」と喧しいヴィータをなるべく見ないようにして、傍に居たユーノとザフィーラにティアナが四人を代表して問う。

「賭けてたんだよ。なのはがいつ退院するか、ソルがいつ保護した女の子を連れ帰るかをね」

「結果はユーノの一人勝ちだ。少なくとも俺は一週間以上掛かると踏んだんだが、ヴィータと同じで今月分の給料は無いに等しいようだ」

嘆きのヴィータと軽い調子で応答する二人を鋭く睨んでから、スバルが責めるような声で詰め寄った。

「なのはさんが入院する大怪我したのに、賭けの対象にするなんて不謹慎じゃないんですか? 心配だったり、しないんですか?」

「心配? なんで? ザフィーラ、分かる?」

「いや。昨晩の時点でソルが『もう大丈夫』と太鼓判を押したなら今はもう心配する必要など無い筈だぞ」

「……」

それでも納得していないのか、スバルの表情は厳しいままだ。そんな彼女の様子に肩を竦めながらユーノとザフィーラは続ける。

「そりゃ確かに昨日の夜までは僕達だって心配してたよ。けど、ソルが『もう大丈夫』って言ったら本当に大丈夫なんだから。下手な医者より腕が良いんだってば、彼」

「なのはを心配するということはソルの言葉を信じないのと同義語だ。それでもお前は俺達になのはを心配しろと言うのか?」

子どもに言い聞かせるような声で諭してくる二人に、漸くスバルは渋々引き下がる。

(だからって、いくらなんでもおかしいでしょ……)

ヴァイスから聞いただけの話だが、少なくともなのはは入院する程の大怪我を負ったのは確かだ。なのに、昨日の今日で帰ってくるって? おかしいにも程がある。

「あの、病院側からちゃんと許可は下りたんですか?」

ティアナの至極当然な問いに、ユーノはクスリと人の良い笑みを見せて答えた。

「なんかなのはが『もう治ったようなものだから帰る!!』って我侭言ったらしいよ。ソルとしては暫くの間入院してて欲しかったらしいけど、療養するなら病院よりこっちの方が良いってことで、結局彼が折れて我侭が通った感じかな」

「つまり病院側の意見は一切聞いてないってことですね?」

「そういうこと。まあ、僕達って基本医者要らずだから、なのはの言うことは最もだよ………………人間離れしてる所為で騒がれるのは困るしね」

最後にぼそりと、ユーノが聞き捨てならないことをとても小さな声で呟いた気がしたが、ティアナはあえて聞こえない振りをしておいた。










左肩にヴィヴィオを座らせるようにして抱え、右腕をなのはの腰に回して支えながら歩く、という非常に歩き難い状態でDust Strikersまで帰ってきたソルをいの一番に出迎えたのはヴィータだ。

「帰ってくんなら明後日以降一週間以内にしろよ!! ソルの所為でアタシの給料パーだボケェェェ!!」

「……ヴィヴィオ、なのは、ちょっと悪ぃな」

言ってヴィヴィオを降ろし、なのはに一人で立ってもらうと、意味不明なことをのたまったヴィータに向かって大きく踏み込み、封炎剣でフルスィングしてやった。

バコッ。

鈍い打撃音と共に吹っ飛び、ぐんぐん距離を伸ばし、やがて視界の先で見えなくなり、星になるヴィータ。

「馬鹿は去った」

「何がしたかったんだろう、ヴィータちゃん……」

「???」

やれやれと疲労を滲ませるソル、半眼になってヴィータが星になった方角を見つめるなのは、何が起こったのかイマイチ理解しておらず首を傾げるヴィヴィオ。

そして、何事も無かったかのように封炎剣を仕舞い、二人に振り返り、

「なのは、ヴィヴィオ……おかえり」

まるでお父さんが妻と愛娘を出迎えるようにして、そう言った。





つい先程成立した、未だツギハギだらけで、形だけでしかない、いつ壊れてしまうか分からない酷く脆い関係。

傍から見れば偽善と呼ばれるかもしれない、この親子関係が欺瞞だと罵られても仕方が無いだろう。

それでも、その関係を尊いものだと思えるから、彼は己の命を懸けて守ると自身の魂に誓う。

























後書き


つい数日前、時間を持て余していたので久しぶりにPS2版のGGAC+をプレイ。サバイバルモードに挑戦し、一時間九分という時間を掛けてレベル1000を制覇しました。

使用キャラは当然、ソル。EXは使いません。基本的にノーマル一択。

攻略法はwiki見た方が早いけど、私のはこんな感じ。

・乱入してくる黒キャラを倒すごとにキャラのステータスを強化出来るので(途中から金キャラになる)、ひたすら防御力とバーストレート(サイクバーストのゲージの溜まり易さ)と空中ジャンププラス(空中ジャンプ可能な回数が増える)を優先的に強化しまくる。

 空中ジャンプを強化することによりコンボが充実し、Dループも有料ではなくなるのでサイドワインダーのループコンボよりも安定したダメージとヒット数を稼げる。金キャラが相手の時、耐久力を上げることによりワンチャンスキルを辛うじて防げる or サイクバーストで意図的に防ぐことが可能になる。

・手早くレベルアップを図る為に経験値アップスキルを序盤で手に入れておく。

 上記のループコンボによりヒット数が稼げるので、尚のことレベルが上がり易くなる。

・金キャラ対策の為に、絶対にライフリカバリー(HP自動回復)とガードミストファイナー(金ジョニーから受けるダメージ激減)は入手する。

 これが無いと金キャラ(ジョニー、スレイヤー、ディズィー、イノ、クリフなどの一撃死持ちやHP自動回復持ちや嵌め殺ししてくる連中)は相手のワンチャンで死ねる。逆に言えば、半裸とか梅喧とかフォモとか鰤とかテスタとかは金キャラでも大して強くない。

・金スレイヤーを倒したら、絶対にヴァンパイアフォーム(与えたダメージの数割がHP回復する)を入手する。上記のスキルのどれを犠牲にしても構わない。

 スキルは三つまでしか付けられず四つ目を取ると一つ失くすことになるので。ぶっちゃけ、この段階までくるとこれ一つで十分だったりする。

・金ソルを倒したら、絶対にシアーハートアタック(相手がガード不能になる)を入手する。

 これを入手すると俺TUEEEEEE状態に突入。ソルを使うのであれば、ある意味原作設定を再現してると言えば再現してる。サイクバーストもガード不能になっている気がする。

・後はひたすら起き攻めで、ぶっぱで、割り込みでヴォルカニックヴァイパーを繰り返していれば楽勝。

 ヴォルカニックヴァイパーはソルが持つ覚醒必殺技を超える必殺技。S版は発生が遅い代わりに長い無敵時間があり、HS版は無敵時間短いけど発生はフレーム5とかなり早い。S版、HS版共に対打撃無敵・対投げ無敵判定あり、相手のリバーサル技を潰せる・悪くても相殺で済む(相殺されたら勝てるまでS版ヴォルカを連発)・覚醒必殺技すら容易に潰せる攻撃判定の強さ。負ける要素が無い。

お遊びとして、シアーハートアタックを入手した後は、

 ダウンを取ったら即ドラゴンインストール→起き攻めにガード不能インストール版ヴォルカニックヴァイパーをドラインが切れるまで続ける→切れたらダウン取って即ドラゴンインストール→起き攻めにガード不能インストール版ヴォルカニックヴァイパーを(略)

これをやってるだけでレベルもばんばん上がるし(インストール版ヴォルカはヒット数が10)、耐久力が高い金キャラもすぐに死んでくれる。

相手はガード不能、こっちは与えたダメージの数割を回復、コンボ食らってもバースト連発可能、テンションゲージはすぐ増える、レベル強化によっては開幕でいきなり覚醒必殺可能、という鬼畜仕様に仕上げられるので、機会があればやってみましょう。





[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat29 デザイナーズベビーの父親はモンスターペアレント
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/11/17 00:47


「パパー、起きてー」

「……」

舌足らずな幼い声の後、ペチペチと頬を叩かれるが眼を覚ます程のものではない。

「パパ、パーパー!!」

続いて、何か枕のような柔らかいものでドムドムと頭を引っ叩かれるが、もう少し眠っていたい身体は無視を決め込んだ。

「むぅ……起きない」

声の主は困ったように唸り声を上げると、助力を求めることにした。

「ママ、パパ起きないよ」

すると、ママと呼ばれた人物はたおやかな笑みを浮かべてとんでもないことを言い放つ。

「仕方無いなぁ。一発犯れば起きてくれるかな」

「仕方無くねぇだろ……!!」

危険過ぎる発言を耳にして反射的に飛び起きて、やや早口になって文句をママにぶち撒ける。

「寝てる人間に何するつもりだお前は? 一発やればって何だ一発って? 撃つのか? 俺を撃ち抜くのか? ディバインバスター決めるつもりか」

「え? 何ってナニに決まってるよ? どっちかって言うとドライン状態のお兄ちゃんの封炎剣がタイランレイブを『射』って『抜く』感じ」

「……子どもの前で下ネタやめろ。朝っぱらから酔ってんのかテメェは」

傍で「スゴイ、ママだとパパがすぐ起きる」と感心している娘の教育にあまりにも悪過ぎてギロリと睨むが、ママは全く動じない。むしろ逆にえへんと胸を張っていた。威張る場面じゃねぇよと思いっ切りぶん殴ってやりたいが、相手は病み上がりなのでぐっと我慢しておく。

「おはよう、パパ」

「おはようお兄ちゃ、じゃなかった、パパ」

「ああ、おはようヴィヴィオ。そしておはようアバズレママ……クソが、どうしてこんな……」

朝の挨拶を交わしつつ頭を抱える。

どうしてこんな、ヤりたい盛りの男子中学生みたいな発言を平気な顔でする女性に成長してしまったのだろうか。しかもあきらかにこちらのリアクションを楽しんでいた。何が間違っていたのだろうか? 教育面で何を失敗したのだろうか? ……きっと全てが間違っていて、全てが失敗だったのだろう。過去に戻ってやり直したいところではあるが、過去に遡るよりも前に死んでしまいたいからもうダメだ。

腐れ縁のタイムスリッパーがこっちを見て、にししっと笑っている姿を幻視したので、そいつを消し炭にするイメージを脳内で思い描いてから、新鮮な肉を求めて彷徨うゾンビのようなフラフラとした足取りでシャワールームへと向かう。

「あ、パパ。朝シャンするのは構わないんだけど」

「んだよ?」

まだ何か下なことを言うつもりだろうか、と訝しみつつ肩越しに振り返りながらそのまま洗面所へ続くドアを開けると、

「ついさっきフェイトちゃんがシャワー浴びるって入ったんだけど」

「きゃあ!? ソ、ソル? 朝から求められるのは凄く嬉しいけど、流石に二人の前じゃ恥ずかしい……一緒に入る?」

「……言っておくが此処は、女子禁制の、男子寮の、俺の部屋だからなテメェら……!!」

風呂上りの艶姿をバスタオルで一生懸命隠そうとしている金髪美人が頬を染めているのを見て、とりあえず出てけ、と静かにキレた。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat29 デザイナーズベビーの父親はモンスターペアレント










ヴィヴィオを引き取って四日が経過。ソルを含めた皆の生活は、僅か四日でヴィヴィオが中心と言っても過言ではない。

寝食を共にする。一日が朝の「おはよう」から始まって夜の「おやすみ」で終わる。寝る時も一緒だ。四六時中、同じ時間を共有しているソルとヴィヴィオの二人。

娘が父親の傍を離れようとしないのもあるが、それを許容している彼に対してアインなどは「あの男、子育ての回数を重ねる度に子どもへの態度が甘くなっていくぞ……だがそれが良い」とやや呆れ気味ながら頬を染める。実際、幼少の頃のシンは犬のように首輪と鎖を強要されていた為、それと比べれば彼がどれ程子どもに甘くなったのか窺える。

エリオ、ツヴァイ、キャロの三人は新しく出来た妹という存在に喜ぶ反面、若干嫉妬とは違った対抗意識を持っているようで、以前にも増してソルに甘えようとしていた。構って欲しくて早朝訓練で模擬戦を挑み惨敗、学校から帰ってくるなり遊んでくれとせがむ。対するソルは驚くべきことに「喧しい」で一蹴することなくヴィヴィオを含めた五人で一緒に遊んであげている姿が確認出来た。彼としては子ども達の間で角を立てず仲良くして欲しいと願ってのことだが、もう完璧に何処からどう見ても保父さんにしか見えない。

まあ、子ども達に時間を取られている間に溜まった仕事のツケは、全てグリフィス達の悲鳴に変換されることによって消化されるという酷い仕様ではあったが、特別手当がバンバン色を付けられているので、今のところ文句は出ていない。はっきり言ってDust Strikersで戦闘が無い仕事で一番稼いでいるのは事務仕事を主にこなすグリフィス達だったりするのだ。

「オイ、お前もう賞金稼ぎ辞めて保父になれ」

ヴィータが冗談交じりにそんなことを言ってみれば、真剣な表情で黙考してしまったので、もしかしたら彼はジェイル・スカリエッティを捕まえたら賞金稼ぎを辞めようと思っていたのかもしれない。

ちなみに、なのはの回復は順調だ。これだけ聞けば、普通はたった四日で何が順調か分からないものだが、ヴィヴィオの母としてソルと共に居る時間がいつもよりも多い為、その分彼の力の恩恵を享受しているのだと考えられる。よく寝て、よく食って、力をたくさんもらって、既に野生のグリズリーくらいなら魔法無しで殺せるほど身体を動かせるが、本人はそれでも遅いと不満そうだ。訓練や模擬戦が早くやりたくて仕方が無いらしい。ヴィヴィオと一緒に模擬戦を観察する眼は、血に飢えた肉食獣のように危険な光を放っている。

ソルとなのはの間にヴィヴィオを挟んだ親子関係は、周囲からは微笑ましいと感じられるようで、Dust Strikersに所属する者達にはすんなり受け入れられた。管理局から出向中の者以外、つまり此処に集った賞金稼ぎ達のほとんどは元々”背徳の炎”によって直接的・間接的問わず救われた者が大半の為だ。彼を囲む子ども達の様子に、昔の自分がそこに混じっていると錯覚しているのかもしれない。懐かしいものを見るような視線が向けられていた。

そんなこんなで、

「今日、査察があります。地上本部からお偉いさんが此処に来るって話ですが、どう考えてもこの前の廃棄区画の件で有耶無耶になったことに関してソルさんを問い詰める気だと思いますけど……」

「好きにさせてやれ」

オフィスにて、膝の上にヴィヴィオを座らせたソルが空間ディスプレイに表示された報告書に眼を通しつつ、グリフィスに応答する。

「いいんですか?」

「いいも何も、お前の眼から見て、此処は査察されたらマズイもんでもあんのか?」

「いえ。此処が規模の割りに戦力過多、ということ以外は」

軽く肩を竦めて苦笑する彼に視線だけ寄越し、ソルは唇を吊り上げた。

「だったらビビる必要無ぇ。いつも通りにしてろ……んなことより、本局のマリーが今日こっちに来る手筈になってんだろ。来たら俺んとこに呼べ」

「はい。捕らえた戦闘機人、トーレのことを診てもらうんでしたよね。こっちに関して査察が何か言ってくると思いますけど、どうします?」

「後日本局のクロノに引き渡す。だから、そう言えばいい。グダグダ何か文句言ってきたら俺が黙らせる。その辺は気にするな」

「了解しました。じゃあ、査察が来たら呼びますんで、よろしくお願いします」

「おう」

自分のデスクに戻るグリフィス。それを横目で見送ってから、なんとなくヴィヴィオの頭の上に手を伸ばして撫でると、「えへへ」と小さな笑い声が聞こえてくる。

「つまんなくねぇか?」

「ううん」

膝の上でソ竜片手にあちこち視線を巡らせるヴィヴィオに、一つ疑問に思ったので質問してみるが、返ってくるのは軽快な返事。

「ママん所に行かなくていいのか?」

「だってママ、リハビリとかいうので忙しそうだし」

「あれはもうリハビリじゃなくて単なるマラソンだと俺は思うがな」

現在なのはは、リハビリと称してゆっくりしたペースでジョギングをしている。ただし、休みを挟まず数時間ぶっ続けで。ペースは遅いが走った距離はかなり長い。それなりに体力が戻ってきた証拠で喜ばしいが、最早常人とは思えない回復スピードであった。

「だからパパと一緒にいるー」

「はいはい」

「むぅ……ヴィヴィオよりもパパの方がつまんない?」

先のソルの言葉を借りて見上げてくる少女に微笑むと、

「そうでもねぇよ。お前が居るからな」

優しく眼を細めるのであった。





そんな様子を、遠距離からスナイパーライフルみたいな望遠鏡で覗き見するバカが多数。

「……最強にして最凶の子煩悩な火炎放射器だな」

「いや、火炎放射器と言うより、あれこそまさしく子を守るドラゴンではないか?」

「ザフィーラの意見に全面的に同意。世界初、火竜の子育ての貴重なワンシーンをカメラに捉えた瞬間です、みたいな?」

ヴィータが悪戯っ子のように笑い、ザフィーラが楽しそうに声を上げると、ユーノが動物番組のナレーターの真似をする。

「何をしているんだお前達は?」

スコープを覗く三人の背後からシグナムが犯罪者を見る眼で見下ろしてくるので、三人はほぼ同時に振り返って答えた。

「火竜の子育て観察日記」

「事務仕事編」

「第一章 書類よりも娘」

まるで事前に打ち合わせでもしていたかのような反応に、今まで何年も見てきたではないか、と思いつつ自分もそれを見たいと考えてしまうシグナム。

彼女の内心を読んだのか、ヴィータがニヤニヤ笑みを張り付かせ、無言のまま望遠鏡をシグナムに譲ってきたので、そういうことならと覗き込んでみる。

片目で見た狭い視界の中では、ソルがヴィヴィオを膝の上に座らせ微笑んでいる。

普段は仏頂面なのに、子どもと居る時だけ父性を溢れさせる男の優しい笑みと、その男の膝の上で無邪気な笑みを振りまく少女を見て、自身の頬が緩んでいくのを自覚。

嗚呼、この者達を守りたい。この男を、この無垢なる少女を、守ってやりたいという気持ちが胸の奥から湧き上がっていく。

それにしてもソルめ。こんな優しい笑顔、普段ではあまり見せてくれないではないか。二人きりの時ならたまに見せてくれるが、人前であの顔にすることが出来るヴィヴィオに少し嫉妬してしまう。やはり子どもか。この男の幸せそうな顔を見るには子どもという存在が必要不可欠なのか。人間だった頃は世の一般男性と同じで結婚願望は普通にあったらしいし、愛する女性との間に子どもも欲しかったのだろう。それならば子どもに甘いことに納得がいく。うむ、こうなったら、今度模擬戦で勝った時は……と考えながら望遠鏡を覗き込む後姿を、ヴィータに写真を撮られまくっていることに気付かない。

『題して、ドラゴンズストーカー。この無様な姿を後でメールでバラ撒いてやろう』

『笑わせるなヴィータ!! 腹がよじれる!!』

『ぼ、僕もう無理!!』

大爆笑しそうになるのを必死に堪える三人であったが、この後シグナムの手によってボコボコにされるのは明らかだった。





「正直、甘やかし過ぎだと私は思う」

「私も同意見だわ」

医務室にて、ベッドの上に座り足を組むアインと、女医スタイルで椅子に腰掛けるシャマルが溜息を吐いている。

「甘やかしているのがなのはではなく、ソルだというのが問題だ」

「気持ちは分からないでもないけど、過度に甘いわよね」

それぞれがツヴァイ、エリオの母親として父親に進言しなければならないと愚痴っていた。父親が娘には甘い、その典型なので親馬鹿もいい加減にしろと。

「そうなん? 私はそうは思わないんやけど。ツヴァイが生まれた頃とか、エリオがウチに来た頃とかあんな感じやなかった?」

休憩がてらに医務室に立ち寄ったはやてが首を傾げながら告げるのに対して、二人は動きを固めた。

「それに、二人共子どもをダシにしてソルくんとの距離を縮めようとしてたし」

「子どもをダシになど、人聞きが悪いことを言わないでください主はやて!」

「そうよはやてちゃん。いくらなんでもその言い方は酷いわ!」

怒っているように見せかけつつ、実は狼狽しているのを隠そうとしている二人を見て、はやての眼がキュピーン、と光り怪しい輝きを放つ。

「ほう……そんなふざけたことをほざくのはどの口や?」

貴様らの罪状など知っている、シラを切りやがってと言わんばかりにはやてが暗黒のオーラを纏い、手をワキワキさせつつ二人に肉迫。

危険な雰囲気を醸し出したはやてを押し付ける為、アインとシャマルはお互いに顔を見合わせてから、

「この口です」

「この口よ」

全く同じタイミングで相手を指し示しながら答えるという責任転嫁を行ったが、火に油を注ぐ結果になった。

「二人のお母さんが子ども達と一緒になってお父さんに甘えてる姿を、私が何年見てきたか分かっててとぼけとるんやったら、アインもシャマルもいい性格しとるなぁ、ホンマ」

ゴキリ、ゴキリ、と指の関節を鳴らすはやて。

「落ち着いてください。シャマルの間抜けが主はやての気分を損ねてしまったのには謝ります」

「ごめんねはやてちゃん。空気読めてないアインの発言って結構気に障るでしょう?」

「……シャマル貴様」

「……何よアイン」

はやてを差し置いて、至近距離で睨み合う二人にはやてが怒鳴り散らす。

「喧しいわアホー!! 二人揃ってソルくんに甘えていい思いしとったのは事実やろ!? ウガー!!」

二人に飛び掛るはやて。お互いに相手を人身御供に捧げようとして失敗し、押し倒されるアインとシャマル。三人は医務室のベッドの上でキャーキャー騒ぎながらポカポカと拳を振るって楽しそうにじゃれ合うのであった。





白いトレーニングウェアに身を包んだなのははジョギングしていた足を止め、ゆっくりと呼吸を整える。

体力は全快近くまで戻ってきた。リンカーコアも特に問題無い。これならすぐにでも復帰出来る。よし、明日からバリバリ働こう! そんなことを考えていると、タオルとスポーツドリンクを手にしたフェイトが近付いてきた。

「どう? 調子は?」

投げ渡されたタオルとドリンクをありがたくもらい、返答する。

「バッチリ。もういつでも戦えるよ」

「そう。良かった……ねぇ、なのは。座ろう」

心の底から安心したように、ほっと息を吐くフェイトに促され、近くにあったベンチに座った。

タオルで汗を拭い、ドリンクで渇いた喉を潤し、火照った身体を覚ますように上着の前を開けてパタパタ仰ぐとそれに合わせたようにタイミング良く風が流れる。

と、思ったら隣に座るフェイトが右の人差し指を小さく指揮棒のように振っていて法力の波動を感じた。風の法力で周囲の大気を操っているのだろう。

「ありがとう、フェイトちゃん」

「どういたしまして」

暫しの間、二人は無言のまま何もせず座っているだけだったが、唐突になのはが話を切り出す。

「フェイトちゃんもさ、見たでしょ」

「ん?」

「ヴィヴィオを守るように抱いて寝てる、お兄ちゃん」

「うん」

なのはは懐かしそうに眼を細めて、遠い青い空を見上げながら続けた。

「なんかね、ヴィヴィオが昔の自分に見えてきちゃった。出会った頃からずっとあんな感じでお兄ちゃんに甘えてたの。それを思い出してちょっと恥ずかしい」

「今もでしょ、今も」

クスクス笑うフェイトになのはは頬を膨らませる。

「フェイトちゃんだってウチに来た時は、ううん、その前からお兄ちゃんにべったりだったじゃない」

「だって私、愛情に飢えてたもん」

「それって自慢することなの?」

むしろ誇るような反応とそれに対する問いの後、二人は同時に耐え切れないとばかりに吹き出した。

ひとしきり笑ってから、なのはは続きを語る。

「でも、もう私はあの時の私じゃない。お兄ちゃんに甘えるだけの子どもじゃない。あの人を支え、守り、害為す敵を貫く一本の槍として生きると誓った……なのに」

ダメだった、何も出来なかった、余計な手間と心配を掛けてしまった、何一つ役に立てなかったと嘆く。

力を手にしたと思っていた。強くなったという自負があった。どんな奴が相手でも決して負けないという自信があった。しかし、それらは一瞬にして粉々に打ち砕かれてしまった。

自分は本当に、守られてばかりだ。

「こんな時、私が初めて手にした力が魔法じゃなくて法力だったら違ってたんじゃないかって、意味の無い仮定の話考えちゃって、自分自身が嫌になるんだ」

「それは仕方が無いよ。だってソルは、なのはに普通の人間として普通の幸せを掴んで欲しかったんだから。自分と同じ法力使いにする気なんて最初から無かったんだよ」

「分かってる。分かってるけど、やっぱり口惜しいよ……」

守られてばかりの、深窓のお姫様になりたかった訳じゃない。共に歩み続ける強さが、共に生き続ける為の力が欲しかった。

そう、力だ。そして、なのはが求める力は、手を伸ばせばすぐにものにすることが出来る容易なものではないが、努力を惜しまなければいずれ必ず手に入れられる代物だ。

「法力。本来物理学上あり得ない、限りなく万能に近い力。次元世界で言う魔法とは違う。魔法は虚数空間みたいなのでキャンセルされちゃえば何も出来ないけど、法力は調律さえ上手くいけば”キャンセルされてること自体を打ち消す”ことが出来る。だからアインさんはトーレに勝てたんでしょ?」

「……」

悔しさに顔を顰めるなのはにフェイトは沈黙で肯定する。

暗鬱な空気が降りてくるのを払うようになのはは立ち上がり、力強く拳を作って決意を固めた。

「私達はもっと法力を使いこなせるようにならなくちゃいけない。そうしないと、これから先魔法が通じない相手に勝てない、戦えない。そんなのは許せないし、認めない」

つられるようにしてフェイトも立ち上がって頷く。

「そうだね。魔法ばかりに頼ってたらいざっていう時に何も出来ないまま負けるのは嫌だから、ソルとアインみたいに普段から法力メインで戦えるようにしておこう」

「基礎からやり直す。Dr,パラダイムから教わったこと、一から全部勉強し直そう。それで、法力だけで魔法使ってるのと同じくらいの強さには最低でもならないと」

「いきなりハードル高いなぁ。法力使いとしての私達って、魔導師としての私達の四分の一も実力ないのに」

魔導師としての実力が100だとしたら、法力使いとしては25以下。いくらなんでも開きがあり過ぎて比べるのも愚かしい。魔法の才能があった分、法力の才能が乏しいのかもしれない。

「泣き言言わないの。フェイトちゃんだって私みたいになりたくないでしょ」

「まあ、目標は高い方がやり甲斐あるから、暇な時間見つけて一緒に頑張ろう。とりあえず勉強会にはやてとシグナム誘ってみるよ。言えば他の皆も協力してくれると思うから、教師役にはユーノとアルフかな?」

「とりあえず、Dr,パラダイムからもらった教科書引っ張り出さないと」

ちなみに教科書は一般の本としてイリュリアで本屋に並んでいるものであり、ついでに言えば著者はDr,パラダイム本人だったりする。教科書と呼称するよりも歴史や研究成果を纏めた学術論文のようなもので、法力学のバイブル的な存在として科学者達に親しまれていた。

まずは自室でシャワーを浴び、着替えを済ませてからだ。

足早に寮へと戻るなのはの胸に、炎のように赤々と燃え盛る決意がある。

短期間で修得可能なものであれば、既に師であるDr,パラダイムから免許皆伝をもらっている筈だ。未だに中途半端な術者にしか過ぎない自分に無理難題を課していることだろう。

それでも必ず完璧にしてみせる、と。ソルと、ヴィヴィオを守る為の力を。

加えて、どうしてか彼女には確証の無い自信のようなものが存在していた。きっと以前より上手くなれるという、根拠の無い確信が。










Dust Strikersに辿り着いたマリエル・アテンザがまずしたことと言えば、受付なるものを探し自分を此処に呼び寄せたソルに取り次いでもらうことであるのだが、

「此処って受付無いの?」

自動ドアを潜って暫く、途方に暮れていた。

あるべき窓口というものが、此処には存在しない。それらしきカウンターのようなものならあるにはあるのだが、もぬけの殻だ。本来ならばオフィスで事務仕事をしているシャーリーなどがやるべき仕事なのだが、受付なんてやらせるよりもこっちをやれ、というソルの鶴の一声により受付という仕事は削除された。その事実を知らないマリエルが困るのは無理もない。

このまま入り口で呆然としている訳にもいかないので、彼女は意を決して周囲で雑談や携帯端末を弄っている賞金稼ぎの連中に、自分はこれこれこういう理由で此処に来たからどうかソルに取り次いでもらえないかと聞いてみる。

と、彼女の予想に反して意外に親切に教えてくれた賞金稼ぎ達にお礼を言って、教えてくれた道順に足を進めた。

「あああーマリーさんだ!!」

その途中、スバル、ギンガ、ティアナの三人に出くわし、大声を上げたスバルが走り寄ってくる。知らない場所で顔見知りに巡り合えたことに表情を綻ばせ、マリエルも駆け出しスバルと手を合わせた。

「スバル、久しぶり。それにギンガも」

「お久しぶりです!!」

「定期健診以来ですね」

ナカジマ姉妹と挨拶を交わし、ティアナとお互いに自己紹介をすると、スバルが首を傾げて問う。

「どうして此処へ? 私達の定期健診、って訳じゃ無いですよね?」

「それもついでにやっちゃおうかなって思ってるけど、本命は師匠に呼ばれたから」

「師匠? 誰ですか?」

純粋に疑問に思ったティアナが聞く。両隣に居るナカジマ姉妹も同様だ。

「あなた達がよく知ってる人よ。たぶん、此処で実質的に一番偉くて、一番強い人」

「え゛」

「げ」

「まさか……」

此処で名目上一番偉いのは最高責任者であるグリフィスだ。しかし、あくまで名目上、書類上での話。此処には少なくともグリフィスを顎で使える人物が十人は居るし、そもそも彼は魔導師じゃないので戦闘力は皆無。

そうなると、その彼を顎で使える十人の内の誰かということになるが、一番強いと聞いて真っ先に出てくるのは、あの眼つきが悪くて髪が長くて背が高くて真っ赤な男しか思い浮かばない。

「「「ソルさん?」」」

「ピンポーン! 正解、大正解!!」

笑顔で答えるマリエルとは対照的に、三人は顔を引き攣らせていた。

「……マリーさん、そんな、生き急がないでください」

「今までお世話になりました」

「会ったばかりですけど、骨は拾ってあげます」

泣き顔で縋り付いてくるスバル、深々と頭を下げるギンガ、悲しそうな表情を見せるティアナの反応にマリエルはぶっ、と吹き出し声高々に笑い出す。

「アハ、アハハハハハハハ!! そのリアクションから察するに、かなりビシバシ鍛えられてるみたいね!! くくく、ははははっは!! もう無理、笑い死ぬ……」

突然腹を抱えて笑っているマリエルに三人が戸惑っていると、笑いが引いたのか涙混じりに説明する。

「師弟って言っても、デバイスマイスターとしてよ。五年くらい前に本局のデバイスルームでデバイス弄くってるソルさんの姿を見て以来、私が勝手に師匠って呼んでるだけなんだから」

ああ、なんだ、そういうことか、と納得する前に安心する三人。

「個人的には本当の師弟関係になれればいいんだけどね、師匠って呼ぶ度に『弟子を取った覚えは無ぇ』って冷たくあしらわれるんだけど、たまにお仕事ご一緒する時があるんだ」

「あ、それで此処に」

自分もよく一緒に仕事をしたことがあるギンガが漸く納得する。

「それで師匠は? オフィスに居るかもしれないって話だけど」





「失礼します。本局所属第四技術部主任、マリエル・アテンザです。師匠ことソル=バッドガイの命により馳せ参じました」

三人に案内してもらい、オフィスに挨拶しながら踏み込んだマリエルが見たものは、待ってましたとばかりに視線を向けてくるグリフィス、マリエルが来ると聞いていなかったシャーリーとルキノの驚いた顔、一人だけ「誰?」という風なアルトと、

「弟子を取った覚えは無ぇっつってんだろが。何度も言わせんじゃねぇ」

「だれー?」

半眼で睨んでくるソルと、彼の膝の上で赤い奇妙なぬいぐるみを抱えた少女だった。

「あ、ついに隠し子を隠さなくなったんですね! 誰の子ですか!?」

そして、当然の流れとして眼をつけられたのはヴィヴィオで。

「いきなり人聞き悪ぃなテメェ……」

駆け寄ってきたマリエルに呆れながらソルが事情を説明しようとするが、

「いえ、当ててみせます。言わないでください」

聞く耳持たない。

「この金髪、フェイトさんですか」

「違う」

「うーん、眼が片方赤いってことは間違いなく師匠の血だけど、もう片方が翠色かぁ。このくすんだ金髪……頭髪の関係で金髪の母親と、黒茶の師匠の間に出来た子の筈だから、フェイトさんじゃないなら……」

「そうだ。俺達の中に瞳の色が翠の奴なんざ居な――」

「分かった、シャマルさんだ!」

「あいつの眼は紫だぞ」

それは無ぇだろと突っ込むソル。

「でも、魔力光がシャマルさん翠色」

「……そういう解釈か、新しいなオイ」

初めて聞いた、とうんざりするソルはもう事情を説明する気が失せたようだ。

「つまりこの子は、師匠とシャマルさんの間に生まれた隠し子でファイナルアンサー!!」

「ちがうよ。ヴィヴィオのママはなのはママだよ」

「!! だとしたらどうやって翠色の瞳に……まさか、隔世遺伝!? 師匠かなのはさんって先祖に翠色の瞳の人って居たんですか!? どっちにしろなのはさんとの間に隠し子が!! なら他の人達にも居るんですよね!?」

本人からもたらされた予想を反した解答。考えが外れたことに戦慄するマリエルを、周囲の連中は『まあ、あの人が子ども抱えてたらほぼ確実に家族の誰かに孕ませたって思うよね』といった感じに乾いた笑みを浮かべて眺めていた。

というか、ナチュラルに隠し子と決め付け、それに周りが一切疑問に思わない辺り、色々と酷い話である。





やがてソルを除いた者達から、一から十まで事情を説明してもらって、どうにかこうにか正しい情報を得たマリエル。

「な~んだ、師匠と誰かの間に生まれた隠し子じゃないんだ、残念………………ちっ、つまんないわね」

「普通に聞こえてるからな。灰になりてぇのか?」

隠す気など更々無いマリエルの舌打ちを聞いて、グリフィス達事務仕事組とティアナ達前線組みはさっきから彼女が見せるソルに対する態度に、凄い、大物だ、と心の中で純粋に尊敬した。そんな態度を自分達が取れば焼き土下座が待っている。隠し子とか思ってても絶対に言えないし。

ソルと個人的に五年近く付き合いがあると本人は語っているが、どうやら嘘ではないらしい。言われてみれば、とルキノは思い出す。まだ自分がアースラに居た頃、彼が小遣い稼ぎにクロノや武装隊のデバイスの面倒を見ていたことあった。その延長で本局のデバイスルームを出入りしていた時にマリエルと知り合った、というのは不思議な話じゃない。

「……ヴィヴィオのことはもういい。それより、仕事を頼みてぇ」

「はいはい、お任せください♪」

「シャマル。マリエルが来た。案内しろ」

通信回線を開いたソルがシャマルを呼びつけ、程なくして現れたシャマルがマリエルを連れて何処かへと行ってしまう。

喧騒の元が居なくなり、ソルは疲れを搾り出すように溜息を吐いてから投げやり気味にグリフィスに聞く。

「査察っていつ頃来んだ?」

「正確な時間は不明ですが、昼過ぎ以降だと思いますけど」

「……少し早いが、今の内に腹ごしらえでもしておくか。ヴィヴィオ、飯だ。食堂行くぞ、ついてこい」

「はーい」

手を繋ぎ、オフィスを出て行く二人を見送ってから、その場に居た全員が示し合わせたように頷いて、ソルに倣って腹ごしらえをすることにした。




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat30 知れど、見えず
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/12/02 21:27
オーリスは、自分がこれ程緊張するのはいつ以来かと疑問に思いながらDust Strikersの敷地内に足を踏み入れた。

本局主導で設立された賞金稼ぎのギルド組織、Dust Strikers。管理局傘下という位置でありながら、実質的には”背徳の炎”の支配下であり私兵にして私設武装組織だ。

ミッドの、首都クラナガンの近辺に、地上部隊に正面から喧嘩を売るようにして建築された人口建造物を見上げる査察隊の表情は、皆一様に不安そうだ。

無理もない。此処が高ランク魔導師ばかりを集めた戦闘集団であることには変わりなく――しかもそのほとんどが管理局に属さない荒くれ者――それら全てを率いているのがソル=バッドガイなのだから。

ある意味、ヤクザの事務所にガサ入れするより度胸が必要で。

彼の者は情け無用の暴君、その存在は容赦を知らない火竜、全てを焼き尽くす紅蓮の炎、故に”背徳の炎”……と畏怖されている。犯罪者には一切の慈悲も与えず斬り捨て、文字通り半殺しにしてきた人物とこれから相対することになることを考えれば、緊張するな、不安になるな、と言うのは不可能である。

加えて、オーリスはソルと面と向かって会うのが今日で初めてだ。写真や記録で何度も見たが、映っているその眼のほとんどが戦闘中の為、虫けらを見るような目線しか記憶にない、というのも大きいだろう。実際に会ってどんな人物か確かめたことがないので、粗暴な印象しかないのは追従してくる査察隊も同じだった。

交渉材料になりそうなものを見つけるのは構わないが深入りはするな、とは父であるゲイズ中将から厳命である。

自動ドアが開いた瞬間、軽く十は超える数の視線がオーリス達に突き刺さる。此処に所属している賞金稼ぎ達だ。ほとんどが若者で構成されており、それらに込められた感情はあからさまな敵意や、胡散臭いものを見るようなもの。査察が歓迎されないことは承知はしていたが、「何しに来たんだこいつら?」「帰れよ」という言葉を小声とはいえはっきり聞こえてしまうと精神的に辛い。

「……」

玄関ホールの中には”背徳の炎”の面子は誰一人として居ない。つまり、誰も査察など些細なこととして気にしていないのだ。査察を要求した『陸』に対する返答がメールで『好きにしろ』という文面が一行あるのみ。これだけで”背徳の炎”がどれ程地上本部を軽く見ているか理解出来る。

(完全に舐められてるわね、私達『陸』は)

地上本部の査察、と言えば誰もが萎縮する厳しいものだと噂されているというのにこの態度。彼らの無関心っぷりにはいっそ清々しさすら覚えてしまう。

歯噛みしたい気分を堪え、針の筵の如き状態に耐え切れないとばかりに一歩踏み出したオーリスの横を、

「「「ただいまー!!」」」

少なからずオーリス達にとっては場違いで、賞金稼ぎ達にとってはいつもの者達が通り過ぎていく。

それは十歳程度の三人の子ども、プラスして小さな飛竜だ。一人は赤い髪の少年、残る二人がそれぞれ銀髪の少女と桃色の髪の少女。と、子ども達に付き従う白銀の小竜。

彼らにおかえりー、と声を掛ける賞金稼ぎ達の態度が自分達に向けるものとは百八十度違うのは当然だとオーリスは一人納得する。この三人の子どもはソル=バッドガイの子どもだ。自分達のトップの子どもに甘い顔をするのは社会的組織として自然の流れだ。

と、奥の廊下から管理局の制服に身を包んだ一人の青年がひょっこり姿を現す。

「あ、おかえりなさい三人共。さっき食堂でアルフさんがケーキ焼いてたよ」

「ただいまグリフィスさん。そしてナイスな情報提供!!」

「今日のおやつはアルフ特製のケーキですぅ!!」

「やった!! パティシエアルフ最高!!」

「キュクキュク!」

「その前に手洗いうがいはちゃんとするんだよー。しないとお父さんに全身丸々炎熱除菌されるからねー」

グリフィスと呼ばれた青年の言葉を聞いて、喜び勇んで奥へと走り出す子ども達。微笑ましい光景によって場の空気が和むのを肌で感じていると、青年がこちらに向き直る。

「お待ちしておりました。私は此処、Dust Strikersの最高責任者をさせていただいている、グリフィス・ロウランと申します。本日はよろしくお願いします」

敬礼しながら――管理局式の挨拶をしてくる青年にオーリスはいつもの鉄面皮を被って敬礼し返す。

「こちらこそよろしくお願いします。私は地上本部――」

「名前なんざどうだっていい」

名乗ろうとした瞬間、低い声によって遮られた。

「とっとと査察を済ませろ」

いつの間にか、視線の先に――青年の背後に、銀縁眼鏡の奥に真紅の瞳を輝かせ、黒スーツの上に白衣をだらしなく引っ掛けた長身の男が立っている。

不機嫌そうな口調の低い声。刃物よりも鋭い紅の眼つき。ただそこに居るだけで見るものを圧倒する存在感。

「……”背徳の、炎”」

後ろから怯えた声が鼓膜を叩く。査察隊の誰かが思わず零してしまったのだろう。

もう既にオーリスの眼はグリフィスを捉えてなどいなかった。

そうだ。眼前に立っているこの男こそ、悪名高き賞金稼ぎ”背徳の炎”、ソル=バッドガイだ。殺傷設定の魔法を躊躇わず行使するオーバーS、犯罪者を決して許さない紅蓮の魔導師。管理局に所属せず、それでいながら管理局内外問わず多大な影響力を持つ、要注意人物にして危険人物。

そして、ジェイル・スカリエッティが最も興味を抱いているらしい男。

「フン」

つまらないものから視線を外すようにオーリス達査察隊から眼を逸らしソルは踵を返すと、後頭部を黄色いリボンで束ねた長い髪を揺らして歩き出した。

「ついてこい、って言ってます」

大きな後姿が離れていくのを見据えつつ、グリフィスが苦笑する。

「結構人見知りするっていうか、単に無愛想っていうか、まあ、気難しい人なんです。あんまり気にしないでくださいね」

そう言ってソルの後を追うグリフィスの存在が無ければ、きっと自分達はソルから発せられる圧力に押し潰されていたかもしれない。数秒、視線が合っただけで冷や汗をぐっしょりかいていたのだ。

青年が自分達とソルの間に入る緩衝材になってくれることを感謝しつつ、査察が始まった。





マリエルがシャマルに案内されたのは、女子寮内の一番端っこに存在するとある一室の前。

「営倉とかに閉じ込めてる訳じゃ無いんですね」

「まあね。本人はこれ以上こちらに危害を加える気は無いみたいだし。一応、魔法とかで暴れられないようにはしてるし、この部屋自体に封印処理とか施してるから大丈夫よ、きっと」

そんなんで本当に大丈夫なんだろうか? 相手はとんでもないくらいに頭がイッてしまってる科学者が作り出した生体兵器で、なのはさんすら倒してしまう程の力量があるのに、と考えるマリエルを置いてドアノブに手を掛けたシャマルが「シャマルよ、入るわね」と声を掛けて入室。マリエルもそれに続いた。

「何の用だ?」

心此処にあらず、とばかりにぼんやりとした声の主はこちらのことなど見ようとせず、ベッドに横になった状態でテレビをやはりぼんやりとした様子で眺めている。いや、というよりも、やることがないので適当にテレビを流し、見るともなしに見ている、といった感じか。

ジェイル・スカリエッティが製作した戦闘機人。NO,3トーレ。

(……それはそうでしょうね)

軟禁状態でやることがない以前に、何かをする為の手足が彼女には無いのだ。戦闘によってアインに消し飛ばされたらしい。五体不満足で何をやれと? 誰しもが思うことだろう。

そして、今回マリエルがソルに呼ばれた理由が、そんな彼女に普通の日常生活を送れる程度の義手義足を作ってくれという内容で。

白状すれば、何故ソルが敵であったトーレに気を遣うのか理解に苦しむ。基本的に”背徳の炎”は一度敵対し、殲滅した犯罪者に対して今後のフォローなど一切行わない。半殺しにして、その後管理局に引き渡して、それでお仕舞いの筈だ。尊敬する人物から直々に頼まれた仕事だから快く引き受けはしたが、やはり釈然としない。

何故今回に限って? そもそも何故すぐに管理局に引き渡さない?  という疑問を隣に居るシャマルが読み取ったのか、彼女は仕方が無いとばかりに小さく溜息を吐いて口を開いた。

「色々と聞きたいことがあるでしょうけど、ごめんなさい。今は何も聞かないで仕事に徹してくれるとありがたいわ」

「まあ、別に構いませんけど……」

一先ず疑問は頭の隅っこに追いやって、経済ニュースに視線を注ぐトーレの前まで移動し、横になっている彼女と視線を合わせるように中腰になると自己紹介をする。

「初めまして、私は本局所属第四技術部主任、マリエル・アテンザです」

「トーレだ」

意外にも彼女はあっさりと興味をテレビからマリエルへ移し、まともに応対した。何か別のことを考えているような、ぼんやりした印象は相変わらずだったが。

「これからあなたの調子を診せてもらうことになるんだけど、良いかしら?」

「好きにすればいい。敗北した時点で抵抗する気も無い」

「そう。じゃあ服を脱がせるわね。シャマルさん、手伝ってもらえますか?」

「ええ、勿論」

シャマルとマリエルは二人でトーレの入院着のような服を脱がし、検診を行う。

本局の、ナカジマ姉妹をいつも検診している設備が整った場所ではないので、どうしても簡易なものになってしまう。が、シャマルが予め見せてくれた彼女のカルテとデータを見比べながらの検診だったので、割と簡単に診ることが出来た。

トーレもトーレで、終始大人しくしていた。何か変な箇所はないか? と聞けば「脇腹に違和感が」と答えてくれるので先の言葉に嘘はないのだろう。

「私、此処までポンコツにされた戦闘機人って診るの慣れてないから正直判断が難しいんだけど、どうなの?」

「結構、っていうかかなり酷いですね。基礎フレームとかボコボコだし、骨格もあっちこっち歪んでます。命に別状が無いのが不思議なくらいなんですけど……っていうかどんな無茶したらこうなったんですか? 手術しないと元に戻りませんよ」

申し訳無さそうな表情で問うシャマルにマリエルが呆れたように答える。

「手術すれば元に戻るの?」

パッ、と表情を輝かせるシャマルの反応に、横になっているトーレの目が大きく見開くのをマリエルは見逃さなかった。

「戻りますけど、以前のような戦闘能力を持たせるのは難しいと思いますよ。リハビリも大変だと思いますし」

「あ、それは大丈夫。私達はトーレに戦闘なんてさせる気無いから。健常者と同じような日常生活を送れるようになれば文句は言わないわ」

「おい待て、どういうことだ?」

割って入るようにして、今まで考え事をしていたかのようにボーッとしていたトーレが、我に返ったのか戸惑った声で訊ねてくる。この態度は明らかにマリエルが此処に呼ばれた理由を聞かされていないことだと判別出来る。

「まるで今の会話は私を修理する予定があるように感じるぞ? まさか修理するつもりなのか? 私は敵だぞ? 高町なのはを瀕死に追い込んだ、お前達の憎き敵だぞ? そんなことをする義理など”背徳の炎”にある訳無いだろう?」

「瀕死に追い込んだのは事実だけど、なのはちゃん、もう全快して元気に走り回ってるわよ。結果的に見れば、碌に修理も出来てないあなたの方が酷いわ」

「何っ!?」

戸惑いを通り越して驚愕するトーレの反応は当然だった。自分が殺し掛けた人間が一週間も経たずに全快してると聞けば、普通なら耳を疑う。どんな化け物だと戦慄する。

「それにあなたはもう私達と敵対する気なんか無い”ただのトーレ”なんでしょ? 罪を認めて贖うって決めたんでしょ? 違ったかしら? 隙を見つけて逃げ出してスカリエッティの所へ帰ろうと企む”戦闘機人NO,3トーレ”じゃないんなら出来る限りのことをさせてもらう、それが私達”背徳の炎”の総意よ」

迷惑だったかしら? と悪戯っぽくウインクしてみせるシャマルに、トーレは震える口調で更に問う。問わざるを得ない。

「許すというのか、私を?」

「許す訳じゃ無いけど、これから贖罪をしようとしている人間を邪魔する程私達は狭量ではない、とだけ言っておくわ」

「……」

黙り込んでしまうトーレの頭にシャマルは手を伸ばし、優しく撫でながら言葉を紡ぐ。

「犯した罪は消えない。どんなに後悔しても、過去は決して変えられない。罪は、死ぬまで許されないものかもしれない……でも、人は罪を贖うことが出来る。その為に足掻き、生きることは許されてる」

心に刻むように、シャマルは続けた。

「安易な死は逃げでしかない。だから生きて、過去を清算する為にはどうすればいいのか自分で考えて、一生懸命足掻きなさい。少なくとも私達はこの十年間をあの人と、ソル=バッドガイと共にそうやって生きてきたわ」

手を離して立ち上がり、シャマルは背を向けると部屋を後にした。

「あ、置いてかないでくださいよ。えっと、その、また近い内に来るから、その時もよろしくね」

先に出て行ってしまったシャマルの後を追う形でマリエルも退室。

二人が居なくなり、静かになった部屋に一人取り残されたトーレは、

「死は逃げ……生きて足掻け、か……全く、容赦が無くて無慈悲な連中だと聞く割には、随分とお人好しではないか」

呆然としたように独り言を零す。

「殺すのではなく、私に贖罪をさせる為に生かす、か……”背徳の炎”、妙な連中だ」

けれど、今初めて、一人の人間として、一個人としての彼らに興味を持てたような気がした。

と、そんな時、唐突にドアがノックされる。

何か忘れものでもしたのだろうか? 首を傾げて待っていると、やや躊躇うようにして静かにドアが開き、

「お前は……!」

「久しぶりね、トーレ」

トーレにとっての姉であり、同胞でもある戦闘機人、NO,2ドゥーエが『素顔』のまま、エプロン姿で現れた。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat30 知れど、見えず










スカリエッティのアジトは――研究所は薄暗い。だが、今はいつもより更に漂う空気すら澱んでる気がして一層重苦しく、気分が滅入ってくる。かと言って此処は彼らにとって家も同然だし、街に出て気晴らししたくても管理局に見つかったら何かと面倒なので外出出来ない。負のスパイラルに陥っているのが現状だ。

それもこれも、原因は部屋の隅で体育座りをして落ち込んでいるジェイル・スカリエッティで。

先の廃棄区画での戦闘。高町なのはを撃破したトーレの活躍に、ウーノと手を取り合って狂喜乱舞、はしゃぎ回っていたと思ったら、いつの間にかトーレがリインフォース・アインによってスクラップ同然にされてしまった。

しかも戦闘中に彼の作品や理念などを全否定され、その上でトーレ以上の性能を見せ付けられ、完膚無きまでに敗北を喫して、今まで生きてきた中で一番へこんでいるのである。

何より、ジュエルシードの暴走を次元震ごと消滅させた膨大な未知のエネルギー反応が戦闘機人事件当時のソルと全く同じものであることと、軌道衛星が辛うじて映像として捉えた黒い砲撃との二つが、死にたくなる程の恐怖を生み出していた。

ジャミングによって途中まで映し出されたデータで分かったリインフォース・アインが持ち得る能力は、トーレに匹敵する高速機動と、高町なのはを圧倒する射撃・砲撃能力と空間殲滅力、ソル=バッドガイに比肩する程の近接格闘能力に加え、炎熱・電気・氷結の魔力変換資質だ。

所謂、器用万能と呼ばれるような超一流の魔導師。あまりにも火力と地力が違い過ぎてナンバーズでは話にならない。

最早『こんなのどう勝てばいいんだよ』状態は、しょうがないと言えばしょうがないので、ウェンディみたいに陰でこっそり「ドクターってメンタル弱いッス」とか言ってはいけない。

今のアインに挑むことは既にジャスティスに挑むことと同義語になりつつあり、はっきり言って人類には無理難題だ。聖戦時代の聖騎士団だって尻込みする不条理だろう。志願兵や一般隊員は勿論のこと、小隊長・大隊長クラスでも一目散に逃げることを考える。「奴を倒して聖戦を終わりにする」と言って後退せず喜び勇んでジャスティスに戦いを挑むのは、己の力量を弁えない蛮勇が過ぎる馬鹿か、たった一人でギアの軍勢を屠る実績と能力を併せ持った団長クラスの実力者のみだ。

……まあ、たとえ百年掛けてもそれでは勝てないが。

何度もフォローするような形になるが、スカリエッティ側が――つーか彼が落ち込むのは仕方が無いことなので、豆腐メンタルとか言ってはいけない、絶対に言ってはいけない。

「リインフォース・アインからはドラゴンインストール使用時のソル=バッドガイと全く同じ、未知なるエネルギー反応が検出されています。これはつまり、彼らの公的なプロフィールに記載されている使い魔と主という主従関係が偽りであることを意味し、同時に同じ兵器という同類関係を表しているのでしょうね」

「……」

ウーノが話を振ってみるが、スカリエッティは無反応だ。

此処数日、ずっとこんな感じである。心が病んでしまった精神患者のようで見るに耐えない。彼の世話を任されているウーノとしては、一刻も早く元気になって欲しいものだが、相変わらずスカリエッティは真っ白に燃え尽きたかのように動かない。

その時だ。外部通信を知らせる電子音が響く。

誰だ!? こんな、ドクターが白痴同然な状態に連絡を入れてくる非常識な者は!? 実験動物にしてからホルマリン漬けにしてやろうか!! という内心を押し殺しつつ通信回線を開くと、表示された空間ディスプレイに思いもよらない人物が映っていた。

『ほ、本当に大丈夫なのかドゥーエ? ”背徳の炎”に気取られでもしたら、一巻の終わりだぞ?』

『だーかーらー、この部屋には監視カメラなんて仕掛けられてないし、そこまでガッチガチに番をしてる人も居ないの。トーレが部屋から出れないように魔法的な処理はしてるだろうけど、それだけよ。それに録画した動画を私の部屋から送信するだけにするから大丈夫だって何度も言ってるでしょ? っていうか、もう録画始まってるわよ』

『なんだと!? それを先に言え!!』

泡を食ったように慌てふためくトーレ――当然手足は無いので、ベッドに横になっているのだろう――と、映っていないので声しか聞こえないドゥーエだ。

『ハイ、スマイル!!』

『待て、ちょっと待て! ビデオレターなんて送ったことがないから何を言えばいいのかさっぱり分からないぞ!!』

『何を言えばいいのか分からない!? 私だってビデオレターなんて送ったことないから知らないわよ!! っていうか送るような相手すら存在しないわ……とにかく何か挨拶っぽいの言えばいいんじゃない?』

『挨拶っぽいものとは何だ!? 無責任だぞ!』

『無責任じゃないわよ。それを考えるのはトーレでしょうが』

『お前が勝手にやり始めたことだろう!!』

『ラボに残したドクターと姉妹達が心配だって泣き言漏らしたのは何処の誰?』

『泣き言など――』

『あら? ベソかいてなかったかしら? あのクソアマに負けてキィィィ悔しい、って』

『誰の真似だそれは!?』

やいのやいのと騒ぎ出す向こう側。暫くの間、不毛なやり取りが繰り広げられていたが、言い争いの中で突如ドゥーエが「ああ! もう時間無いわよ!! 早く何か気の利いたこと言って終わりにしなさい!!」と告げて、どうやら纏めに入るらしい。

『……その、私は”背徳の炎”に敗北し捕まりはしたが、とりあえず元気だ。心配しないで欲しい。よく噂になっていた非人道的な拷問も今のところ受けていない。此処の連中の対応も見る限り普通、いや、むしろ捕虜にしてはかなりの厚待遇だと思う。私の修理の話も出ているくらいだしな』

『ソル様が戦闘機人に、というか生体兵器という存在そのものに同族意識をお持ちになってることを感謝すべきね。残り三十秒』

『急かすな! ……それから、私はもう皆の所へ戻ることはないと思うが、此処から逃げ出せたとしても戻るつもりはない。今でも管理局のことは好きになれないし、ドクターが間違っているとは思わないが、私は私なりに生きていこうと決めた……今まではドクターの戦闘機人として戦うことしか頭になかったが、こういう風に考えられるようになったのは高町なのはと、リインフォース・アインの二人と戦った所為だな』

これまで一度として見たことが無い、柔らかな微笑を浮かべると、彼女はこう言った。

『ドクター、私をこの世界に生み出してくれて、本当にありがとうございます。碌に役に立つことも出来ず、与えられた命令も遂行出来ぬまま、あなたの傍から消える親不孝者をお許しください。まだ、これから先どう生きていけばいいのか分かりませんが、頑張ります。それと、残していく姉妹達のことをどうかよろしくお願いします』

それを最後に、空間ディスプレイはブラックアウトして沈黙する。

目頭が熱くなるのを感じて、ウーノは思わず顔を覆い、胸の奥から込み上げてくる何かを必死に堪えた。

戦闘機人として生まれ、戦闘機人として戦った妹のトーレは、もう自分達の所へ帰ってこない。己の存在意義を賭けて戦い、敗北したにも関わらずそれでも尚自分達を気遣い、こうして危険を冒してまでメッセージを送ってきた彼女は、ウーノにとって間違いなく自慢の妹だ。

ふと気が付けば、

「……っ!!」

いつの間にか部屋には姉妹達全員が集まっていて、口々に「トーレ姉……」「トーレ姉様っ!!」とか言って泣いているので、かなり驚いた。何処から沸いてきたんだこいつら? と思ってる間にクアットロがウーノの袖で鼻をチーンとしようとしていたので眼鏡のブリッジに拳を捻じ込む。

冷たい床の上でクアットロがのた打ち回るすぐ傍に、立ち上がったスカリエッティが居た。

「ドクターが、立った?」

数日間生きてるのか死んでるのかよく分からん廃人同然の精神状態だったスカリエッティが、その顔に生気を取り戻した、生き生きとした表情でいつものを爬虫類染みた笑みを浮かべ口を大きく広げて哄笑する。

「……トーレは負けたとはいえ、己の進むべき道を見つけることが出来たかもしれないのだね。戦うことしか知らない彼女が敗北を機に死を選ぶのではないかと不安だったが、そうではないのなら良しとしよう!!」

急に元気になった彼に皆は唖然。テンションのアップダウンが激し過ぎて、実は躁鬱病じゃないのかと疑ってしまう。

ただ、彼は彼なりに娘のことを愛していたというのが判明して、少し嬉しい。

「そうさ。彼らが私のことをどう言おうが、私は私の私による私の為の考えに基づいて進むだけ。彼らは彼ら、私は私だ。他人の言うことなど知ったことではない」

「……ドクターらしい台詞、なんか凄い久しぶりに聞いた気がするッス。さっきまで物言わぬ捨てられない粗大ゴミだったのに……元気になったのは良いッスけど、これはこれで若干鬱陶しいような……まあ、それでこそドクターッスからね」

ポツリと呟く、その割には結構毒を吐くウェンディに異論を唱える者は誰一人として居なかった。










「では、査察は以上で終了ですね」

特筆するようなことも、指摘されるような問題も無く、淡々と事務的に行われた査察が無事終わったことに、グリフィスは内心で安堵の溜息を吐きながらオーリスに確認を取るように言う。

「ええ。ですが一つだけお訊ねしたいことがあります。よろしいでしょうか?」

疑問系でありながら拒否は認めない強い口調に、それが今回の目的だろうと邪推しながら隣に居るソルに、どうしますか? と視線で相談を持ちかけると、俺に任せろとばかりに彼は一歩前に出た。

「何だ?」

銀縁眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げ、査察隊を睥睨する眼を不機嫌そうに細めるソルの威圧感は慣れているグリフィスですら後ずさりたくなる程の圧力があり、事実、睨まれた査察隊の数名が小さい悲鳴を漏らして尻餅をつく。

しかし、レジアス中将の秘書官を務めるオーリス・ゲイズはその程度で屈する訳にはいかない。鉄面皮を剥がされないように平静を装いながら問い詰める。

「先日の戦闘による廃棄区画の消滅。こちらに所属するリインフォース・アインが戦線に加わったことによって引き起こされましたが、そのことについてどうお考えでしょうか?」

「質問の意味が分からん」

まともに応答する気など更々無いソルの態度にグリフィスは胸の内で ああ、やっぱり、と嘆息。

それはオーリスも同じだったのか顔色一つ変えずに問答は続く。

「ジュエルシードが暴走し次元震が発生して、それからすぐに未知のエネルギー反応が検出された後に事態は収束しました。残念ながら戦闘データはその前の段階で途切れてしまったので何が起こったのか分かりません。ですが、リインフォース・アインが何かした、というのは間違いありません」

「で?」

「つまり、貴方達”背徳の炎”はロストロギアを不法所持しているのではないか、という疑いがあります」

「ほう」

邪悪に唇を吊り上げ凶悪な笑みを見せるソルの反応にグリフィスは気が気ではない。段々、胃が痛くなってきた。

「詳しい話をお聞かせ願えませんか?」

「その程度の些事にか? 断る」

「さ、些事……?」

あからさまに嘲笑染みた口調による一蹴。ソルの態度に今すぐこの場で卒倒したい気分になるグリフィス。さしものオーリスも鉄面皮を揺らす。そんな彼らを捨て置いて、ソルはやれやれとうんざりしたように溜息を吐く。

「未知のエネルギー反応? 知ったこっちゃねぇな。ロストロギアの不法所持? もしそうだったら何だってんだ? 言ったろ、テメェら管理局に付き合ってられる程暇じゃねぇんだよ。グリフィス、査察が終わったんなら俺は戻るぜ」

信用してない人物にはとことん冷たく会話する気が無い、と言うか眼中に無い彼は踵を返し歩き出す。

「今のは、問題発言ですよ!?」

表情を厳しくさせたオーリスがその背に大声をぶつける。足は止まりはしたが、振り向きもせず声が返ってきた。

「それがどうした? 俺達を排除したいのか? 言うことを聞かない巨大な力は危険だから排除する、と。そうやって民衆を扇動して質量兵器もまんまと排除し、魔法至上主義の世界を作り上げたのか。管理局の創始者ってのはご立派だな」

皮肉に彼女の頬が引き攣る。そこでソルは肩越しに振り返った。

「時空管理局。テメェら管理局は何を管理するんだ? 何を管理したいんだ? 目論見通り次元世界に住む人間から質量兵器を奪い取り、魔導以外のエネルギー利用を許さず、魔導師の大半を組織の管理下に置くことには成功したが、自分達が推奨した魔導という個人の才能に偏った力に頼った所為で、慢性的人材不足という問題を何年掛かっても解決出来ない未熟な組織。その癖、他人が自分達の知らないものを使っていると聞けば『とりあえず』ロストロギアと喚いてどいつもこいつも眼の色を変えて管理下に置きたがる。ハッ、ご苦労なこったな、身の程を知れ」

言いたいことだけ言って、今度こそ歩み去っていく。

多分に偏見も混じっている内容――というかソルはあえて誇張するような表現を嫌味ったらしく使っているのがグリフィスには理解出来た――ではあったが、こうして並び立てられると否定する要素が無いなと納得せざるを得ない。管理局員として耳に痛い話でも右から左に聞き流す訳にはいかない。

未知のエネルギー反応について、アインは『心当たりはある』と言っていた。当然、ソルを含めた他の面子も『心当たり』が何か知っているのだろう。そして”背徳の炎”はそれを管理局に知られたくない、ということだ。そういう背景を知っているだけにグリフィスとしてはソルがさり気無く論点をずらして査察隊を煙に巻こうとしているのがヒシヒシと感じられる。

どんなことがあってもアインを守る、というソルの意志が垣間見えた。同じ男として、ある意味尊敬すべき姿勢だった。

そこまで必死になるなら逆に興味が沸いてくるが、下手な勘繰りが過ぎれば火達磨になるのは火を見るよりも明らかなので、自ら好んで危険に首を突っ込む気は無い。

(これが僕達とソルさん達の適切な距離、なんだよな)

必要以上に近付かせない、近付かない、踏み込ませないし、踏み込まない。これさえ守れば問題は何一つとして存在しない、ビジネスの上で成立した関係。

理解はしているし納得もしているが、寂しいと感じてしまうのはまだ僕が子どもだからかな? そんな風に疑問を抱く彼は、誰にも気付かれないように小さく溜息を吐いた。










査察隊を突っ撥ねてから嫌な気持ちを切り替えると、真っ直ぐ足を向けた先は食堂である。ヴィータとユーノとザフィーラにヴィヴィオを頼んでおいたので、もし居るとしたら食堂だろうと思ってのことだ。

しかし、踏み込んで食堂内を見渡しても小さな金髪頭は見当たらない。代わりに見つけたのはテーブルに噛り付くようにして勉強している赤髪と銀髪と桃髪の悪ガキ三人で。

「キュクー」

三人の傍に居たフリードがいち早くソルの出現に気付きパタパタと羽ばたいて飛んでくる。銀縁眼鏡を外して白衣のポケットに押し込むと、胸に飛び込んできた小竜を受け入れ抱き留めた。

「ヴィヴィオ知らねぇか?」

テーブルまで歩み寄って訊ねると、構ってもらえると期待したのか慌てたように勉強道具を片付けて、満面の笑みで答える。

「「「知らない。でも一緒に探す」」」

異口同音。息ピッタリの見事なハモり。こいつら何処かの合唱団に入れてみようか、良い経験になるかもしれないと考えを巡らせつつ、「そうか」と返して回れ右して食堂を出る。その後ろをカルガモの雛のようについてくる子ども達。微笑ましくて思わず漏れてしまう苦笑。

探すとはいえ、闇雲に探しても簡単には見つけられるとは思わない。何せヴィータが居る。あいつは悪戯大好きな困った奴なので、もしかしたら何か企んでいる可能性が高い。かくれんぼ、と称して姿を消し、ソルがヴィヴィオを心配して探し出すのを陰から覗き込みつつほくそ笑む、というようなことを仕出かしたとしても不思議じゃない。

一度立ち止まり、どうしたものかと黙考しながら首を回し、鈍い音を立てる。首の中で鳴るゴキリゴキリという音を聞きながら”バックヤードの力”を使い、オルガンを発動させて周囲に存在する魂の位置を確認した。普通に探すよりもこちらの方が遥かに早い。

さて何処行きやがった? 脳内に映るマップ上に点在するいくつもの魂。その中でヴィヴィオに該当するものを探す。と、程なくして見つけたが、意外な場所にあって若干首を傾げた。

(俺の部屋?)

しかも、ヴィータもユーノもザフィーラも一緒である。四人揃って何やってんだ? と思いつつ、足早に寮の自室へと向かう。

子ども達を引き連れて寮に赴き自室に入ってみると、穏やかな寝息が四つ聞こえてくるではないか。

抜き足差し足忍び足でキングサイズのベッドまで近寄って様子を確認してみれば、子犬形態のザフィーラとフェレット形態のユーノ、ヴィヴィオとヴィータが並んで寝ている。どうやら遊び疲れて、そのまま眠ってしまったのだろう。

「風邪引くぞ、馬鹿が」

四人に掛け布団をかけて退室。

ドアを閉めて子ども達に向き直り、これからどうするか問うとエリオが笑顔で「模擬戦!!」と答えるので本当にそれでいいのかキャロとツヴァイの顔色を窺ってみるが、どうやら反対意見は無いようだ。

「お前らそんなに俺と模擬戦したいのか? ……しゃあねぇな」

承諾を得て、わーい!! と喜ぶ三人。

すっかり趣味が模擬戦になっている子ども達と共に、その場を後にした。









日がとっぷり暮れて、夜の帳が降りてくる。

場所は女子寮、なのはの自室。外から光が差し込まなくなったので電灯を点け、本を読む上で支障が無いようにした空間。

今眼の前では、瞼を閉じ集中力を極限まで高めたシグナムが無言のまま虚空に手を翳し、法力を発動させようとしていた。

「水よ」

トリガーヴォイスに合わせて空気中の水分が集束し、握り拳大の水の玉が生成される。

「前より全然上手いじゃん。じゃ、そこから形態変化。水を氷に変えてみよう」

「う、うむ」

アルフに促されたシグナムが自信無さそうに頷き、続いて新たな法力を行使するが、

「あっ」

制御が甘かったのか、水の玉は氷となる前に星の引力に従い、バシャッと床を濡らす結果になってしまった。

「むぅ……分かっていたことだが火属性と違って水属性は重い。火の十数倍は扱い難いな。特に水を凝固させるとなると……液体から気体にするのは割と簡単なんだが」

「まあ、システム面の扱い易さでそうだし、質量が無いに等しくて上昇する性質のある火と比べても、密度が高まればその分加重されてく水じゃ引力への抵抗も考慮すると重く感じるのは仕方無いよ。相性の問題も加味するとシグナムがより一層強く『重くて難い』って感じるのは当たり前だけど、随分上手くなったもんだね? つい数ヶ月前までは火以外の属性って発動すらしなかったのに」

感心しながら法力を発動させ、アルフは床を濡らした水に行使する。と、ビデオが逆再生されるようにして水が引力に逆らって浮かび上がり、集束して手元で再び水の玉を形成する。そこから更に水の熱を奪い分子結合させ――つまり凝固させて氷の玉にしてみせる。

火属性と最も相性が良く『加熱』を得意とするシグナムにとって、水属性を行使することと『冷却』――熱を奪うことは難易度がかなり高い。第一段階の『空気中の水分を集めて液状にする』ことが可能になっただけでも上出来だとアルフは思う。

「実は暇な時、こっそり練習してた。未だに火以外は拙いが、もう発動しないことはないぞ」

賞賛の声を受け、照れたように自身の頬をポリポリかくシグナム。

その隣でははやてが教科書片手に、先のシグナムと似たような形で法力を行使しようとするが、上手くいかないらしい。

火属性を得意とするシグナムとは逆に、はやては水属性を得意とする。そして『加熱』がお手の物なシグナムとはこれまた逆に『冷却』が上手い。なので、はやてが水属性を行使することはそれ程困難ではないのだが、その逆属性である火は彼女にとって不得手となっていて。

「うきゃ!?」

彼女の手の平の上でバンッ、という音と同時に小さな爆発が生まれた。本人は火の玉を顕すつもりだったのだが、酸素の化合が上手くいき過ぎて爆発という失敗に終わった。

火は四属性の中で最も扱いが簡単だからこそ、顕現された事象に術者の実力がモロに出る。つまり、この結果が意味しているのは、はやてが出力過多気味な使い手である、ということ。水属性を扱う時なら誤魔化せていた点が、いざ他の属性でやってみると力が入り過ぎて暴発し易いことを示している。

「ううぅ、また失敗したぁ。水なら簡単に形態変化まで扱えるのに……私って火属性の才能無いんやろか」

「こればっかりは練習するしかないねぇ。属性に応じた加減の仕方を覚えるしかないし。でも、属性の才能あり無しで悩むのはナンセンスだよ。戦闘で一つの属性しか使ってない奴なんてゴロゴロ居るじゃん、ソルとかエリオとかカイとかシンとか。一能突出もありだと思うけど? むしろアインやお姉様みたいに全属性使ってる方が珍しい」

「それ戦闘に限った話やろ。戦闘以外ならソルくんもカイさんも全属性普通に使えるやん」

「主はやて、どうか気を落とさないでください。どうして失敗するのかは分かっているのですから、後はいかにしてリラックスしつつ力を抜くかです」

シグナムに励まされ「せやな」と気持ちを立て直したはやてが再挑戦するのを視界の端に収めつつ、法力で人差し指の先にプラズマ球を生成したフェイトがなのはに話しかける。

「四属性の扱い難さってさ、はっきり言って当てにならないよね」

「そうだね。火が一番簡単で雷が一番難しいって教えられたけど、かなり個人差あるし」

教科書から眼を離さずなのはが応じた。

法力の四属性の扱い易さを順番で表せば、火→風→水→雷の順だが、これはあくまで一般論である。教科書に記載されている術式の難易度も順番通りなのだが、いざやってみると属性によっては「私こっちの方が簡単なんだけど」とか「あれ? こっちよりこっちの方が難しいよ?」ということが多々あった。

事実、フェイトは最も難しい雷属性をそれなりに使いこなせるが他の属性がそうでもないし、はやてのようなタイプも居る。該当するのはこの中でシグナムだけだろう。なのはなんて得意不得意の属性すら無いどころか、どの属性も同じ難易度に思える。

この場で唯一の例外はアルフだ。四人の教師役を担う彼女は既に師のDr,パラダイムから免許皆伝をもらっていて、四属性を扱う上では法力使いとして上の上に位置していた。最初の頃は皆と同様に難儀していたが、元々主のサポートが仕事の使い魔の性質上、魔力や術式の細かい制御に優れていた為、コツを掴むとトントン拍子に上達していったのだ。

「とまあ、今日はこのくらいで終わりにしようか。もう夕飯の時間だし」

言い終わるタイミングに合わせたかのようにアルフの腹の虫が鳴き、お開きとなる。





五人はなのはの部屋を後にすると、女子寮を出て食堂へ向かう。その途中、シグナムがなのはに質問をぶつけた。

「突然勉強会をしようと言い出した理由は、やはり戦闘機人に敗北したからか?」

「うん。これから先魔法が使えなくなったからって何も出来なくなるのは嫌だし、法力が上達して損することなんて無いから」

「確かにな」

なのはの返答にシグナムは鷹揚に頷く。

「せやけど、虚数空間の中じゃ法力も魔法と同じで無効化されるんやろ? 虚数の世界に実数から成るものは干渉出来んとかなんとかそんな理由で。んで、それを防ぐ為に必要なのが、法力の上位互換”バックヤードの力”やったか……先は長いなぁ」

「12法階を超えての最適化、位相変化による虚数への干渉、その為のインターフェイス構築と調律……同時処理するコマンドが一気に増えるね。私達、今のままじゃ暫定ダイアトニック内での調律ですらまともに出来るのか怪しいよ……」

横からはやてが口を挟み、続いてフェイトが山積みな課題を口にして表情を暗くさせた。

次元世界で誰もが認知している魔法――科学の延長線上に存在するそれと違い、法力は御伽噺に出てくるような『本当の意味での魔法の力』だ。事象を顕現するその力は、術者の思い通りに物理法則を捻じ曲げ、森羅万象をも意のままに操り、更には存在し得ないものすら具現化することが可能な、限りなく万能に近い力。

それ故に修得が困難であり、制御も難しい。たとえ修得出来たとしても、最終的に魔法と同程度の結果しか生み出せない場合も多いので、そこまで重要視するべきものではない筈なのだが、なのはが言う通り上達しておいて損は無いのも事実。

「努力を惜しまず諦めなけりゃいずれ必ずものに出来るから、焦らずじっくりやるんだね。手ならいつでも貸すからさ」

軽快な励ましを送りつつ、アルフは四人には見られないように眉根を寄せた。

そう。この四人は、今言った通り、いずれ必ず法力をものにする。自分にはそれが分かる。確証は無いが、なんとなく感じるのだ。遠くない未来、近い将来――個人の努力が実を結んだ結果か、進化の過程か、ギア化によるものか、サーヴァント化によるものかは不明だが。

既にサーヴァント化してしまったザフィーラを除く自分達は皆、緩やかに進化している。特になのははトーレ戦で死に掛けたのが功を奏したのか、他より頭一つ分抜きん出ているし、以前よりも法力行使が上手くなっている。

”あの男”、GEAR MAKERが残した最後の思惑。ソルのギア細胞が持つ『鍵』と意味。それによってもたらされるであろう結末を、アルフはソルのマスターゴーストに到達した者として見届ける義務があった。

そもそも進化とは何か?

厳しい生活環境下に置かれた生物が、環境に適応する為に世代を重ねて変化していくことだ。例えば、突然変異によって寒さや病気に強い抵抗力がある遺伝子を持った個体が誕生し、生き残ったその個体から次の世代に遺伝していくことで進化が成されていく。

しかし、科学文明が発達した人類には進化する要因が無い。法力が理論化されたあの時点で、既に人類の進化は当の昔に終わっていた。何故なら、進化とは自然界の厳しい生存競争の中でのみ促されるものであり、医療技術が発達し食料が豊富にある人類の生活環境では進化する必要が無いからだ。

故に、始まりの三人が提唱した進化とは、法力を用いて外因的に進化を促し、遺伝子を操作し、己の都合の良いように突然変異を起こさせること。それも、本来ならば長大な年月と多くの世代を重ねることによって成される進化を、たった一つの世代で終了させるという代物。

後に人類が地球を飛び出し、生物が生きるのに厳しい環境である宇宙へと進出しても容易く適応出来るように……それこそがギア計画が目指していた本来の目的だ。

結果として生まれたのがギア細胞。既存生物に移植することによって宿主の遺伝子を組み替え、あらゆる環境に適応する戦闘能力と生命力を有する肉体へと変異を促す、進化への『鍵』。

此処までが、法力講座の最中に雑談としてDr,パラダイムから聞かされた話。

だが、これから先の未来についてどうすればいいのかなど、アルフには分からない。

ソルのマスターゴーストに到達してから暫くして、法力の師であり天才法術家でもあるDr,パラダイムに相談を持ち掛けたことを思い出す。





『……なるほど。フレデリックの細胞が、真の”進化を促す鍵”になると……』

彼が鼻先に引っ掛けた眼鏡を押し上げる所作を終えるのを待って、問う。

『Dr,パラダイムは、どう思う?』

『結論から言おう、あり得ないことではない。アルフ、お前も知っていることで今更かと思うが、かつて神の摂理に逆らい進化を手中に収めようとした三人の科学者が居た』

繰り返し何度も聞いた話だったので、無言で頷くだけに留めた。

『では何故、科学者達が進化を目指したか分かるか?』

『法力を、手に入れたから』

この答えも分かり切ってはいたが答えないと話が進まない。自分の顔が苦虫を噛み潰したような表情に歪んでいるのを自覚しながら溜息と共に吐き出す。

『正解だ。法力とは、ヒトにとって知恵の樹に生っていた禁断の果実であり、サルをヒトに進化させる大きな役目を果たした火でもあった、私はそう思うよ』

『前者の宗教的な観点はいいとしても、後者の進化生物学的な観点は酷い言い草だね。ま、どっちにしろ間違っちゃいないよ。人類は叡智を手にしたが、今日までの進化の過程と結果が正しいものかは誰にも判断出来ないってやつでしょ?』

講義で耳にタコが出来るまで聞いたような気がするので、応答する態度は若干呆れ気味だ。

『うむ。私の言いたいことを先取りするとは、やるな。流石は、私の生徒で一、二を争うだけのことはあった』

『アンタの生徒何年やったと思ってんだい。こんくらいヴィータだって分かるっての……で、本題は?』

余計なことを喋らせようと思えば教え魔な師はいくらでも喋ってくれるが、今は勘弁願いたいので先を促す。

『進化とは自然が織り成す試行錯誤の結果。しかし、これは確率論的に極めて低過ぎる。確率的には正しかったとしても、外部からの介入、つまりインテリジェント・デザインによって進化が成されたのではないかと考えたのが”あの男”、GEAR MAKERだ』

『それ、昔ソルからちょっとだけ聞いたよ。生物の進化は、DNAの書き換えはヒトには知覚出来ない存在の仕業かもしれないっていうのを、人間だった頃に三人で話したことがあるって。確かGEAR MAKERが立てた仮説で、A種からB種っていう過程を経てC種に進化するっていう”正しい進化”に導こうとしてんのを仮に”神”とすると、B種っつー過程の可能性を消すもしくはA種からC種へ直接進化するようにしてミッシングリンクを発生させてしまう第三者が”啓示”、だったっけ?』

『そうだ。そして、”バックヤード”のコードにアクセスし我らギアと人類の可能性を消し去るつもりだったのが”慈悲無き啓示”という名の敵だった』

法力が技術として確立されてから数年と経たない内に、百数十年以上先の未来の危機を予見するとは、一体どんな化け物だったんだ”あの男”は?

『……現世で起こる全ての事象がバックヤードにおいて決定された結果に他ならない。逆に言えば、事象とはバックヤード内で生み出された無限とも言える可能性の数々が淘汰の過程を経て発現を促された結果でしかない。その可能性の消失による既存生物の滅亡、過程であるB種が、人類とギアがミッシングリンクとして消える……それを防ぐ為に生み出されたのが、ソルって訳かい』

『だが、アルフの話を聞く限り、それだけではないらしいな。もしかしたらGEAR MAKERはヒトには知覚出来ない”神”という曖昧模糊とした存在を見限り、己の手で人類を正しい進化に導く”新たなる神”を創造したかったのかもしれん』

予想だにしていなかった単語を耳にして知らず素っ頓狂な声を出していた。

『”神”の、創造!?』

『”神”の創造だ』

一気に話が胡散臭く感じるのは、自分を含めた身内の連中が自他共に認める無神論者の集団だからだろうか?

『……創造って、どうやって』

『禁断の果実を食したアダムとイブが何故神の怒りを買い、エデンの園を追放されたか知っているか?』

『なんで最初の聖書の話に戻って……ハイハイ意味があるんですね、答えますって。えーと、知恵の樹の実を食ったから神と同等の知力を手に入れたからじゃなかったっけ?』

さっさと結論を言って欲しいものだが、師は弟子に考えさせたり意見を言わせたりするのが好きな為、たまに脈絡も無く話が飛ぶ。まあ、話の上では最終的に繋がるのだが、イチイチ回りくどい。

『しかし、それだけではない。知恵の樹の実と同じもう一つの禁断の果実、生命の樹の実をヒトが食べて不老不死となり神に等しい存在になることを恐れたからだ』

『不老不死……さっき、知恵の樹の実を法力に当てはめて例えたよね? 不老不死も同じように当てはめると……』

此処まで来るとどういう結論が出てくるのか分かってくる。

『不老不死はギアの生命力だと言える。人類は手にした叡智で、生命の樹の実を自ら作ることに成功した。我らギアの肉体を構成するギア細胞がそれだ』

『原罪を負って手にした叡智で生み出されたものが、生命に進化を促す歯車の役目を果たす。人の罪から生まれたギアは、神になることを目指した”人間の穢れた欲望の産物”、ね』

ついに聖書の話がギアの由来に繋がり、偶然にもソルの持論に繋がった。

そういえば、と思い出す。闇の書事件で誕生した偽のジャスティスも、ソルに対して『神を気取った貴様ら人間が、ギアを生み出したのだろうが!!!』とかいう内容で糾弾していたような気がする。

『ヒトが神に等しい存在になろうとした時点で、それは神への反逆だ』

反逆。その所為でアダムとイブは楽園から追放、天使達も謀叛起こして堕天した、というのが聖書などによくある話。まさか聖書に載ってるようなことが例え話に出てくるとは想定外であったが。

『バックヤード深部に存在してたっつー人工的隔離空間”キューブ”って、ソルのギアのコード形態に酷似してたんだっけ? バックヤードを掌握すれば現世を己の思うがままに改変出来るってこと考えると――』

『惑星の自転すら自在に操る力は、その世界に住む者達にとって神と崇められてもおかしくあるまい。これこそまさに神の領域を侵す所業。サルがヒトから進化する為に手にした火という道具にしては、いささか光が強過ぎる』

どんどん話のスケールが大きくなってきた。だが、こればっかりは認めるしかない。事実、ソルのマスターゴストはバックヤードに繋がっている。つまり、その気になれば”ゲート”を開いて中に入れるかもしれないのだ。

『なるほど、Dr,パラダイムの言いたいことは理解に苦しむけど理解した。つまりこういうことだろ? GEAR MAKERが創造した”神”は、罪から生まれたからこそ存在自体が罪であると同時に神への反逆でもある。その存在意義は”啓示”を打ち滅ぼし人類を正しい進化へと導く”新たなる神”……小難しい言葉並び立てたけど、簡単に短く纏めると、ソルはサルを進化させる火っつー道具って言いたい訳ね。火があればヒトは知恵を使うようになって勝手に進歩するし、外敵の猛獣も火で追っ払うことが出来る』

『ああ。故に、”背徳の炎”だ』

本当に此処までのことを見越して与えられた名かどうかは知らない。この場だけに限定された、単なるこじつけかもしれない。というか、個人的にそうであって欲しい。

人類の進化と言えば聞こえは良いが、このままでは自分達が原始人扱いだ。せめて弥生時代くらいにして欲しい。お米くらい食べたいものである。確かに自分達は旧石器時代の生活水準でも十分やっていける自信はあるが、いや、問題はそこじゃない。

『……宗教と理論が此処まで重なってくると、薄気味悪いもんを通り越して笑えてくるんだけど』

『冗談で済めば笑って終わる与太話だが、生憎、辻褄は合うぞ。GEAR MAKERが最初からフレデリックを人類の進化の導き手たる”神”にするつもりだったのか、結果的にそうなったのかまでは知らん。確かめようが無いしな』

否定する要素なら探せばいくらでもあると思うが、師が言うと妙に説得力があるから怖い。

『当の創造主様は自分で作った”神様”にぶっ殺されたからね』

それにしても神、か。竜を神聖視して崇め奉る文化や部族は数あれど、親友をモノホンの神にしようと改造実験を行った科学者は、この世だろうがあの世だろうが次元世界中の歴史を引っ繰り返してもGEAR MAKERで最初で最後だろう。狂ってる。

『”神”云々は戯言と捨て置いても、確実に分かっていることが一つある。フレデリックの寵愛を受けているお前達が奴の下に居続ける限り進化をし続ける、ということだな……よろしい、久方ぶりに興味をそそる事象だ。定期的にデータを纏めてレポートにして上げておけ、私が独自に研究してみよう。あ、勿論このことはフレデリックには内密にな』

『……今、戯言ってはっきり言い切ったね』

これまでの会話は全部言葉遊びだと聞かされたようで脱力してしまう。真面目に聞いて損した気分だ。というか間違ってないかもしれないが寵愛という表現はやめて欲しい、最低でも家族愛とかにしろ、ペットかアタシらは? つーかレポートって何? と文句言っても無駄なんだろうなこの鳥野郎、インコ!! と内心で愚痴る。面と向かって罵ると強制的に万有引力を体感させられるので心の中で留めておく。免許皆伝をもらったとはいえ、未だに法力使いとしては向こうの方が圧倒的に上だ。

『全く、アイツ”神”って柄じゃないだろうに。もう話が突拍子無さ過ぎて頭おかしくなりそう』

『だが、存在するかどうかも分からない、そもそも知覚すら出来ない神とフレデリックのどちらを取るかと問われれば、私は迷わず信頼に足る戦友を取るがな』

マジなのか冗談で言ってるのか分からないDr,パラダイムの口調に、アルフは二の句を継げることが出来なかった。





「アルフ? どうしたの? 急にボーっとしちゃって」

我に返れば、いつの間にか立ち止まっていた自分の顔を正面から不思議そうに覗き込んでいるフェイトが眼の前に居るではないか。

どうやら思い出す作業に没頭していたらしい。

「ううん。なんでもないよ、フェイト」

飛びっきりの笑顔で誤魔化して、アルフは「あー腹減った」とわざとらしく言いながら足の動きを再開させる。

いけないいけない、とかぶりを振る。ユーノの負傷やなのはの敗北以来、師との密談がどうも脳裏を過ぎる頻度が多い。密談自体は二年近く前の話なのに。深く考えず気軽に成り行きを見守っていればいいのだが、師に感化されたのか、すっかり小難しく考えてしまう。

アタシこんなインテリなキャラじゃない! と口を大にして叫び頭空っぽにして暴れ回りたいが、インコ師匠に叩き込まれた数々の知識がそんな理由無き蛮行を許しはしない。

(あれもこれも全部ソルの所為、ということにしておいて……後でどうやって喧嘩売るか考えとこ)

責任転嫁も甚だしいことを考えながら歩いていると、

「ママー!!」

こちらに向かって元気に走ってくる小っこくて可愛らしい影を発見。

いの一番に反応したのは、やはりママと呼ばれたなのはで、彼女もヴィヴィオに駆け寄りその小さな身体を抱き締める。

繰り広げられる微笑ましい光景に、アタシもユーノの子どもそろそろ孕もうかな、でも身重になったら今までみたいに気軽に遊びに行けないし、などと考えていたら、ヴィヴィオがその年にしてはとんでもないことを言い始めた。

「チューって何?」

「「「「「っ!!??」」」」」

愕然とする一同のリアクションに首を傾げながら尚もヴィヴィオの言葉は続く。

「今日ね、お昼寝する前にね、ヴィータお姉ちゃんと、ユーノさんと、ザッフィーとテレビ見てたの!!」

たどたどしい言葉で一生懸命説明してくれる彼女の話を要約すると、テレビでラブロマンス映画の再放送がやってたので四人で見ていたらしい。

んで、キスシーンがあったのでこれは何かとヴィータに訊ねたところ、

「うっせー黙って見てろ、つーかそういう質問はアタシ以外の女に質問しろ、お前にはママがいんだろママがー!! って、ヴィータお姉ちゃんが言ってた」

とのこと。ちなみにユーノとザフィーラはキスシーンになる前段階で狸寝入り、そのまま本当に眠ってしまったので「男ってこういう時マジ使えねぇ」とヴィータは後に語る。

いや、返答に窮するなら最初っからそんな映画見てんじゃねーっての、こっちに飛び火してるじゃない、と誰もが内心で突っ込んだが、ヴィヴィオの「ねーねー、チューってなーにー? なんでするのー?」攻撃は止まない。

そして、普段は肉食系女の子で猥談とか普通にするのに、こういうこと――無垢なる存在からの純粋な質問――には全く慣れていないのか、それとも自分の汚れっぷりが浮き彫りになるのを恥ずかしがってるのか「あわ、あわわわ、あわあわ」と顔を赤くしてガクブル震えているなのは。

彼女の様子を見て、フェイトもシグナムもはやてもアルフも揃ってこう思った。

ダメだこいつ。

仕方が無い、現状を打破するにはこれしかないとアルフは一歩進み出て、ダメなのはの肩に手を置き、救いの女神を見つけたダメなのはの視線を「全て承った」という感じに頷いて受け流し、屈んでヴィヴィオと目線を合わせた。



ポク、ポク、ポク、チーン。



「……パパはママ達のことが大好きで、ママ達もパパのことが大好き……だからチューチューでフガフガ……うん、わかった! アルフさんありがとう! 言われたとおりパパにかくにんしてみるね!!」

現れた時と同じ元気いっぱいな様子で走り去っていくヴィヴィオ。

その後姿を見送るアルフの背後で、なのはとフェイトとシグナムとはやてが死地に向かう戦友に敬礼をしていた。

「アルフさんの焼き土下座フラグが、今高らかに立った」

「無茶すること、ないのに……」

「お前が家族であることを誇りに思う」

「その潔さ、まさに勇者や。逝ってよし」

まるで神風特攻隊を見送る人々のようだ。

我関せずと言わんばかりの、ある意味予想通りの態度にアルフは唇を楽しそうに吊り上げて、酷薄に言い放つ。

「何言ってんだい。アンタらも道連れだよ、道連れ。だってアタシら運命共同体じゃん? 仲良く一緒に寵愛とやらを受けて、コンガリ焼かれようじゃないの」

自分は関係無いと主張しギャーギャー文句を言ってくる四人を尻目に、これで暫くは頭空っぽにして溜まった鬱憤を晴らせるぞとほくそ笑むアルフであった。

























後書き


ギア計画の核心部分については、PS2版ギルティギアイグゼクス(無印)の闇慈のストーリーモードを見てください。変態露出野郎でグーグル検索していただければ詳しいことが分かります(11/12/01現在)

またアルフの長台詞にある、神とか、啓示とか、A種がB種がC種が云々は、GG2設定資料集に掲載されている”あの男”のショートストーリーの内容です。詳しい説明は省きますが、このショートストーリー内で交わされた三人の会話が後のギア計画と、フレデリックをギアに改造した理由に大きく関わってきます。フレデリック本人としては何気ない一言だったかもしれないが…………

ちなみにイラスト付きです。ギア計画が発足される前なのでフレデリックの瞳の色が青く、研究者らしい白衣姿、でもやっぱりどう見てもチンピラです本当にありがとうございます。アリアが可愛い。そして”あの男”は相変わらず顔が拝めません。一昔前のエロゲー主人公のように、前髪が長くて鼻より上が見えない仕様。なんなんだコイツ。


アニメのペルソナ4が楽し過ぎて毎週楽しみです。


追記

誤字修正、一部後書き修正(闇慈の検索云々部分)

ソル、カイなどの一部キャラが『戦闘中は一つの属性しか使わない』と描写した部分に補足が足りなかった箇所があったので、はやての台詞を追加。




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat31 Calamity
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/12/15 00:47

場所は次元空間内に浮かぶ、時空管理局本局。そこに次元航行部隊のXV級艦船クラウディアが長期任務を終え、本局に戻ってきた。

無事に帰還出来たことに艦長を勤めるクロノ・ハラオウンは安堵の吐息を漏らす。

と、そこへ背後からゆったりとした足取りで一人の青年が近付き、声を掛ける。

「お疲れ、クロノくん」

白いスーツで身を包み、やたらキザな印象のある髪のかき上げ方をしながら労ってきたのは、旧知の仲であるヴェロッサ・アコースだ。

「ああ。キミもな」

応じるクロノの態度は今までより幾分か柔らかい。任務が終わったことと気を許せる友人を眼の前にしていることもあり、張っていた気が緩んだ所為でもあった。

が、その表情は次の瞬間にはヴェロッサの一言によってしかめっ面へと変貌してしまう。

「先日、Dust Strikersが地上本部から査察を受けたって話だけど、聞いて――」

「その話は聞きたくない」

強引に遮って艦長席から立ち上がり、足早にその場を後にしようとするクロノをヴェロッサが慌てて追う。

艦内の自分の執務室に向かう。最早競歩レベルの速度で歩く。

そんなクロノに並ぶ形で共に歩きながら、話題にしたくないと察しつつヴェロッサは口を開いた。

「そのリアクションだと、先輩達が査察に対してどんな対応したか聞いてるみたいだね。いや、分かる。分かるよ? あれだけの騒ぎ起こしておいて『知ったこっちゃねぇ』みたいなこと言った先輩の皺寄せがあっちこっちに飛び火してるのは」

「……レジアス・ゲイズ中将がソル達を深く責任追及するな、というようなことを言ったおかげでかなり沈静化したらしいが、僕達契約者に被害が無かったと言えば嘘になるからな」

苦々しい口調で漸く応えるクロノはうんざりしていた。

「まあ、お偉いさんの気持ちは分からないでもないけど」

「皆Dust Strikersが、っというかソルが怖いだけだ。本局主導、管理局傘下という名目だが実態は悪名高い”背徳の炎”が率いる私設武装組織。規模は小さく年若いメンバーで構成されているが、高ランク魔導師ばかりを集めた、金さえ払えばどんな犯罪組織も喜んで潰す荒くれ者達。『鎮圧』を目的とした管理局の武装隊とは違う、『殲滅』を主眼に置く本当の意味での戦闘集団、ネジが外れた戦闘狂の巣窟。誰だってまともに相手したくないさ。害虫駆除をするように犯罪者を丸焼きにするソルに直談判しようと思う勇者が存在したとしても、胃痛で苦しむだけ。もし彼と真正面からぶつかって対等に話し合いが出来る人物が居たら、僕はそいつをゴッドと呼んでやる」

これはある意味クロノやリンディ達契約者の目論見通りになった、と言えば言い過ぎだが初めから狙っていたことであった。

管理局にあまり影響されない、権力に決して屈しない、単純な戦力として強力無比な組織。もし仮に管理局が動けなかったとしても、それとは関係無くいつでも自由に動ける管理局に属しない力。

尻拭いや面倒事など分かり切っていたものである。

ソルとの契約者、という立場上クロノはDust Strikersでこなされた仕事や出来上がった報告書の詳細を閲覧可能である故に、率先して隠蔽に走らなければならない義務もあって……

(しかし、何年ぶりだ? ギアの力を完全解放するなんて大事に発展するなんて……)



――『アインが戦闘で完全解放した。こっから先は言われなくても分かるな?』



小細工は頼んだ、とばかりにハラオウン親子のみに通信を入れてきた数日前のソルの顔を思い出し、気が滅入ってきた。

周囲の連中から何を聞かれて知らぬ存ぜぬを貫き通せ、余計なことを喋るな、出来なかったら殺す、ついでに面倒事は片付けられるだけ片付けておけ、という意味。つまり、責任追及と雑務処理の槍玉にあげられるのが自分達になったということだ。

気付けば自分の執務室に辿り着いたので、キーロックを解除し部屋に踏み入れるとバリアジャケットを解除してソファに倒れ込む。うつ伏せに。

カリムの預言に進展があったからわざわざ転送魔法でミッドチルダとクラウディアを行ったり来たり。しかし結局重要なことを伝えられず任務に戻り、どうしようどうしようと悩んでいたらこの始末。

「お疲れだね、クロノくん。ケーキ食べる? 甘さ控えめ」

「気遣ってくれるなら暫く仕事の話をしないでくれ。切実に頼む」

「ハハハ、了解。紅茶淹れるよ」





ヴェロッサの提案に乗り、ケーキと紅茶を楽しみながら雑談に興じていると、大分疲れが抜けたような気がする。

「ところでクロノくん。これから数日間、有給を無理やり捻じ込んだという噂を聞いたんだけど?」

「相変わらず耳が早い。しかし無理やり捻じ込んだというのは人聞き悪いな」

「分かってるよ。クラウディアの点検とメンテナンスが終わるまでの三日間だったね。で、予定は?」

羨ましそうな表情を張り付かせて訪ねてくる彼に呆れながら、クロノは平坦な声で答えた。

「家に居るよ」

「珍しいね。旅行にでも行くのかと思ってた」

「行きたいのは山々だが、旅行に行くよりも家でゆっくり休みたいのが本音だ」

「折角の連休なんだから何処か行けばいいのに」

意外そうな顔をするヴェロッサ。

「っていうかさ、クロノくんが有給使って休む時って、大抵は旅行とか予定がある時じゃなかったっけ?」

「何も旅行に連れて行くだけが家族サービスじゃない。家で一緒に過ごすのも立派な家族サービスだ。何より家の中だから何処かへ行くのと違って面倒臭くないし疲れない」

「それはお父さんとしてのクロノくんの持論?」

質問に肩を竦めて首を横に振る。

「髪が長くて赤くて炎な男のアドバイス。お前は仕事で家を空けることが多いんなら、時間が許す限り家に居ろ、だと」

父親としての経験は向こうの方が上なので、家庭内で何か分からないことがあったらとりあえず彼に訊くのがベターな選択だとクロノは思っている。

「おお、意外。そんなアドバイスくれるなんて信じ難い。僕にアドバイスしてくれたことなんて一度も無いのに」

「ちなみにどんなアドバイスを要求したんだ?」

「ナチュラルに女性を惹き寄せる方法」

あいつじゃなくてもそんなアドバイスする奴なんて居ないぞ、とクロノは呆れ半眼になってヴェロッサを睨むが、当の本人はヘラヘラ笑うだけだ。既婚者として、女遊びは程々にしておけよと注意しておきたいところであるが、年寄り臭い説教などしたくないのでやめておく。

「……勘違いしている者が大半だが、ソルは敵に容赦が無い分、味方には甘いぞ。普段が普段なだけに気付き難いがな。僕の言うことが信じられず、確かめたいなら相談や質問を投げ掛けてみればいい。第一声に『面倒臭ぇ』や『なんで俺が?』と口にするだろうが、話を聞いてくれない訳じゃ無い。あいつ本人が自分には手に負えないと思えば、他の人を相談役として紹介してくれる。ま、大抵は聞き上手のシャマルだが」

「いや、相談したよ。でも取り付く島も無いんだって」

「キミはナンパの仕方を教えてもらおうとしてるからだろうが。碌でもないこととか、不純な動機のものとかは全く聞く耳持たないぞ、あいつは」

根は真面目だからな、と嘆息。

そんな風に雑談をしながら時間が流れるのに任せていると、やがてヴェロッサに外部通信が入り、何かと思って彼が出れば聖王教会のシスター、シャッハから。

『ロッサ!!』

とんでもない剣幕でヴェロッサにお説教をかます映像越しのシャッハに彼はたじたじ。また何かアホなことでもやらかしたのか、長くなりそうだなと一瞥して、クロノはその間にデスクに腰掛け残務処理をしておく。

「……やっと解放された」

「ん? ああ、こっちも今終わったところだ」

お説教が終わった丁度良いタイミングで残務処理も終わった。

今までぐったりしていたヴェロッサが急に元気な声で――無理にテンション上げてるとも言う――こんな誘いをしてくる。

「クロノくん、飲みに行こう!! 飲みに!!」

「え? やることは終わったからもう帰ろうと思ってたんだが」

「つれないこと言いっこなし。シャッハの所為でケチが付いた、じゃなかった、これから数日間有給のクロノくんを祝って、パーッと景気付けにさ」

「頭パーにしてお説教された事実を忘れたいだけだろう」

なんだかんだ言いつつ付き合いが良いクロノは苦笑すると、ヴェロッサと仲良く肩を組んで飲み屋へと向かった。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat31 Calamity










翌朝。

久しぶりに帰ってきたからぐっすり惰眠を貪ろうと企んでいたが、それは見事なまでに粉砕された。

「いつまで寝てんのこの寝坊助!! 久しぶりに帰ってきたんだから子ども達の面倒でも見てなさい!!」

愛妻のエイミィに文字通り叩き起こされ、

「パパー、あそんでーあそんでー」

「あそんでー」

邪魔だと言わんばかりに寝室から追い出されたと思ったら、三年程前にエイミィとの間に授かった我が子達――カレルとリエラの玩具にされる。

(あいつはこれが毎日で、ツヴァイが生まれてから今までずっと、っていう話だったな)

子ども達に揉みくちゃにされながら、ふと過ぎったのはソルのことだ。

幸か不幸かカレルとリエラは普通の範疇の普通の子どもで、特に目立ったことも無い。もしかしたら自分が仕事で長い期間家を空けてしまう時に何か他の家と違う特殊なことが起き得るのかもしれないが、今のところそれらしい話は聞かない。一緒に暮らしよく子どもの面倒を見てくれるリンディも何も言わないし。

比べる以前にまだカレルとリエラはまだ三歳。エリオ達程パワフルではないので当然か。

エリオ達は何と言うか、元気が過ぎて凄く危なっかしいと言うか、対面してるこっちが危ない目に遭わされると言うか、なんかそんな感じだ。好奇心旺盛で、無駄にエネルギッシュな為一箇所に留まることなくちょこちょことあっちこっちへ行ってしまう。そんな印象があった。

やんちゃ、腕白、といった単語の意味を通り越したハイテンション児童。ソル曰く、単にネジが外れたアホとのこと。

だが、次元航行艦の艦長という役職柄子どもにあまり構ってあげられないクロノとしては、休日は必ずと言っていい程子どもに構っている彼のことを純粋に羨ましく思う。

まあ、隣の芝生が青く見えるのを羨んでも益は無いので今は思う存分子どもに構ってあげることにした。





クロノの休日と言えば高確率で何処かに出掛けることがあり、今日も例に漏れず出掛けることになった。家に居ると家事の手伝いを強制的にやらされるから率先して外に出ようと誘っている訳では無い。妻のエイミィ、カレルとリエラの子ども二人、合わせて四人、まさに休日の家族連れ。生憎と普通の買い物ではあるが。

ちなみにリンディは仕事で居ない。まだソルの皺寄せ処理が残っているらしい。慣れ過ぎた所為で最早怒る気も無いらしく、朝食を終えて暫くすると文句一つ言わずに出て行ったのはまた別の話。

四人でクラナガンの街並みを散歩気分で歩く。今日は天気も良く、程好く暖かい。疲れを癒す休日としては絶好で、静かに緩やかに時間が過ぎていくのを肌で感じると身も心もリラックスしていく気がする。

それから少し歩き、レールウェイのステーションにまでやって来た。此処まで来ると行き交う人の数が一気に増えるので子どもがはぐれないように、クロノがリエラと、エイミィがカレルと手を繋ぎ進む。

大きなデパートや雑貨店を梯子して、色々と買ったり見て回っていたりしていると、思わぬ人物と遭遇した。

「ツヴァイとキャロ?」

特徴的な銀髪の少女と桃髪の少女が視界に映ったので名前を呟くと、耳が鋭いのか声が聞こえたらしく二人が振り向き、こちらに気付くと駆け寄ってきたので足を止める。

「ハロー、ハラオウン家!!」

「ハロー!!」

満面の笑みで元気一杯に挨拶してくるツヴァイとキャロに、一家揃って「こんにちわ」と挨拶を返す。知らない仲ではないし何度も会ったことがある相手ので、カレルとリエラも二人には慣れたものだ。

「二人も買い物?」

「はい、父様とエリオとフェイトちゃんとはやてちゃんとヴィヴィオの七人プラス一匹で」

エイミィの問いにツヴァイがコクコク頷く。最後の一匹とは、恐らくフリードのことだろう。キャロの傍に居ないということは、きっと此処には居ないソルの頭の上か腕の中だろう。

「相変わらずの大所帯だな」

その人数でやっと半分なのだから、とクロノは苦笑。

それにしても、と聞き慣れない名に思考を巡らせる。ヴィヴィオとは、報告にあった保護児童のことだ。ほぼ100%の確立で違法研究によって生み出された人造魔導師の少女。

ソルが保護した後に面倒を見るのは予想通りだった。エリオやキャロも保護したその日に連れて帰ったので、今回もそれと似たようなものだと考えれば当然の帰結である。

「最近はどうだい?」

続けてクロノが問い掛ける。

「えっとですね、ヴィヴィオが来てからお父さんヴィヴィオに構ってばっかりで」

「なのはちゃんは平気なんですけど、他の、母様達がそろそろデスプレデター化するんじゃないかという懸念がありまして……」

「あ、いつも通りなんだ」

「いつも通りだな」

返答にハラオウン夫妻は当然のように頷く。

「これから私達、何処か適当なファミレスにでも入って休憩することになってるんですけど、もし宜しければご一緒しませんか?」

キャロの提案に、朝から子ども達の玩具と化し、今は両手を買い物袋で塞がれていてかなり疲弊していたクロノは、救われるような気分で快く承諾した。





「やあ」

「おう」

先にファミレスに到着していたソル達と合流し、軽い挨拶を飛ばすと、ヴィヴィオを肩車し腕の中にフリードを抱えたソルが短い返事を返してくる。

「だれ?」

「腐れ縁だ」

「くされえんってなーに?」

「付き合いの長いお友達って意味だ」

「パパのおともだち?」

「そうだ」

彼の頭の上で首を傾げているヴィヴィオにソルが優しく教えていた。その光景は誰がどう見ても仲の良い親子にしか映らない。

隣に居るエリオが行儀良くペコリと頭を下げ「お久しぶりです」と挨拶してきた。

「お久しぶりだね皆……って、ちょ、いや、やめて! くすぐったい!? な、なんなの!!」

視界の端でエイミィがフェイトとはやてに挟まれて「リア充め爆発しろ!!」「リア充め許さんぞ!!」と理不尽にして執拗な攻撃を受けているのを見ないようにしつつ、ソルと肩を並べてファミレスの中に入った。

「十一人と一匹……多いな」

ソルが面倒臭そうに呟きウェイターに人数のことを説明し、複数のテーブルをくっ付けて使わせてもらうことにする。

ウェイターからメニューを受け取り写真に写る料理を眺めどうしようか悩んでいると、隣のテーブルでは「失礼します」と言って立ち去ろうとしたウェイターをエリオが呼び止め、メニューを指し示しながら「とりあえず此処から此処までを全部お願いします」と豪快な注文の仕方をしていて。

エリオの発言に営業スマイルを凍りつかせるウェイター、一瞬何を言っていたのか理解出来ず「は?」と訊き返すハラオウン夫妻。それを見て対面に座るソルが「いつものことだから気にすんな」と溜息を吐き、その両隣に座っているフェイトとはやてがクスクス笑う。

それから程なくして全員分の注文を改めて済ませると、エリオが先に注文していたもので比較的時間が掛からない前菜などから順に運ばれてくる。待ってましたとばかりに「いただきまーす!!」と挨拶して先を急ぐように食べるエリオ。

よほどお腹が空いていたのか、凄い勢いで料理が胃袋の中へ消えていく。消えたと思ったら追加がやってくる。また消える、追加が来る、という風に繰り返される光景。

今見ているものが夢でも幻でもなく厳然たる事実であることは、忙しそうに空いた皿を端から片付けていく従業員が一番実感しているのだろうなとクロノはなんとも言えない不思議な気分を味わう。

「いつものことだ」

コーヒーを啜りながらそう言うソルの声は、我が子の食欲に呆れながらも何処か誇らしげに笑っていた。





食休みを十分に取ってからファミレスを後にし、なんとなくソル達と別れぬままぞろぞろと歩いていると、市民公園に差し掛かる。

と、エリオが急に走り出す。続いてツヴァイがエリオを追い駆ける。キャロもだ。

「僕についてこーい!」

振り返って立ち止まり、一緒に遊ぼうと手を大きく振るエリオにカレルが駆け出し、カレルが行くなら自分もとリエラがついて行く。

最後のヴィヴィオが確認するようにソルの顔を窺う。

「行ってこい」

許しを得てにぱっと笑い、ヴィヴィオはエリオ達の元へ走る。こうして六人とフリードをプラスした小さな集団が市民公園の中へと入ってしまった。

取り残された形となったハラオウン夫妻が何か言う前に、

「遊びたい盛りだ。好きにさせてやれ」

ソルがこう言うので、仕方が無いとばかりに子ども達の後を追うことに。

子ども達は芝生が敷き詰められた広場で追いかけっこしていた。週末で世間一般でも休日である為、自分達のような家族連れも複数存在している。レジャーシートを芝生の上に敷いて思い思いに寝転がったり、ボール遊びに興じている。

暖かい陽光が照らす昼下がりなのだ。このまま昼寝でもしたらさぞ気持ちの良いことだろう。

「こんなことなら私達もレジャーシート持ってくれば良かったな~」

他の家族連れを見ながら独り言を零すエイミィの横で、フェイトが何処からともなくレジャーシートを取り出して敷き始めた。

「用意がいいな」

「ううん、これバリアジャケットの技術応用して構成したただの魔力だよ」

クロノの声に、何の変哲もない答えをフェイトが返す。その様子にエイミィが「そういう使い方があったか」と一人感心しているのを聞き流し、まずソルが一番初めに腰を落ち着けた。と思ったら仰向けに寝転がってしまう。

「一人でペース取り過ぎや」

はやてが咎めるが聞いてないので、仕方無いとフェイトが溜息を吐き、

「いいよはやて。私、ソルの上でうつ伏せに寝るから。その分余ったスペースに三人共座って」

と提案。

「すまんなぁフェイトちゃん、って言うと思ったかアホー! 下心丸見えや! んなことせんでもレジャーシートもっと大きく再構成し直せばいい話やろが!!」

ノリツッコミしながら激昂するはやて。

「ちっ」

あからさまに舌打ちしてみせたフェイトが渋々はやての言う通り、レジャーシートを先程よりも大きく、大の大人が五、六人寝ても十分手足を伸ばせるぐらいに広げた。

「ソル、膝枕しよっか?」

「こらー! 私が先やぁぁぁっ!!」

それでも諦めが悪いフェイトが靴を脱いでレジャーシートに上がり恥ずかしそうに頬を染めて提案するが、同じく靴を脱いだはやてに羽交い絞めにされて妨害を受けている。

放してー!! そんなオイシイ役誰が譲るか!? という感じにギャーギャー騒いで女の戦いを展開させているのに、ソルは全く動じない。いつものことらしい。しかし、流石に喧しいと思ったのかムクリと上体を起こすことによって、二人が「膝枕が……」と肩を落とす。事態は収拾されたようだ。

「もう上がっていいか?」

「ああ」

ショートコントが終わり、漸くクロノとエイミィはレジャーシートの上に座ることが出来た。

「この前は、すまなかったな」

走り回っている子ども達を眺めていたら、唐突にクロノが口火を切る。

訳が分からずソルは「ああン?」と訊き返す。

「急に聖王教会に呼び出しておいて、結局何も話さないまま帰すことになってしまったから」

「あのタイミングじゃしょうがねぇだろ……」

ヴィヴィオの保護とレリックの確保が発端となった廃棄区画での戦闘を思い出し、ソルは低い声で応じた。

「まあ、そん時の埋め合わせが今の状況なんだがな」

「埋め合わせ? ああ、そういうことか。なるほど」

そういえば、あの時ソルはフェイトとはやてを連れて聖王教会にやって来た。つまり、あの後何事も起きなければ三人で出掛ける予定だったのだろう。

「謝らなくてええよクロノくん。埋め合わせはちゃんと消化されとるし」

「こうやって久しぶりにエイミィとカレルとリエラに会えたしね」

気にするなと微笑むはやてとフェイト。

「ソルくんってそういうところ、しっかりしてるよね」

エイミィが意地悪い笑みでこんなことを言ってくる。

「……」

対してソルはチラリと疲れたよう眼でエイミィを一瞥するだけ。

他に聞けば、ホテル・アグスタの一件でも似たようなことがあったらしい。内部警備を請け負っていたシグナムが、仕事中にソルと食事の約束をしたのだ。仕事が終わったら一緒に夕飯を摂ろう、と。

で、実際は戦場に子ども達が独断で出撃するという看過出来ない事態に陥り、ソルが噴火。結果的に任務は無事達成したが、その後シグナムと二人で食事という気分ではなくなってしまい、おじゃんとなった。

しかし、埋め合わせと称して後日シグナムと出掛けたらしく、二人揃って丸一日不在の日があったとかなんとか。その日から数日間、シグナムの機嫌がやけに良かったとのこと。

閑話休題。

女三人が輪になって姦しく話しているのを聞き流しながら、クロノは子ども達から視線を外さないまま告げる。

「聖王教会に呼んだ理由は――」

「カリムの預言だろ」

同様に視線を子ども達に向けたまま、ソルが言葉を遮った。

「どうせ碌でもねぇことがあったんだろ?」

「……ああ」

短く肯定するクロノにソルは、フッ、と鼻で笑う。

「じゃあ聞かねぇ。お前も忘れろ」

「気にならないのか?」

「知ったところで何になる? 未確定な情報に踊らされて馬鹿を見るだけだ」

「まるでこの手の類は一切信じてない口ぶりだな」

「信じてないっつーより、嫌いなだけだ」

「レジアス中将と同じだな。あの人も、この手のレアスキルがお嫌いなんだ」

地上の正義の守護者、と謳われるレジアス・ゲイズの好き嫌いなどソルの知ったことでないだろうが、陸と上手く連携を計り円滑に物事を進め、預言通りになることを阻止したい海側のクロノとしては複雑だ。だが、ソルの言う通りなのかもしれない。預言は預言、未確定の情報であり必ずしもそうなるとは限らない。未来に怯えるのは、なるほど、確かに踊らされて馬鹿を見るような気がする。

「所詮預言だ。確定した未来を観測した訳じゃ無ぇんだろ? だったら、尚のこと気にするだけ無駄だ。アホらしい」

「その口ぶりから察するに、昔嫌なことでもあったのか?」

クロノは軽い気持ちで訊いてみただけだったが、これがとんでもない地雷であったと気付くには遅過ぎた。

答えはすぐに返ってこなかったのだ。けれど、何も語らない沈黙こそがクロノの言葉を肯定し、ソルの冷たく鋭い真紅の眼が『昔嫌なことがあった』のを物語っている。

「俺の身体をギアに変えた男は、未来視が可能だった」

「!?」

突然、実にあっさりと聞かされた驚愕的事実に眼を剥き、まじまじとソルの横顔を見てしまう。

「本来、確定した未来を改変することは不可能だ。しかし、奴は全てを、文字通り何もかも犠牲にする覚悟で運命に背いた……人類の、世界の滅亡を防ぐ為に」

ソルの、ギアの生みの親が?

運命に背いた?

彼の故郷では歴史にその名が載る程の大罪人が、世界を救済する為に?

「その駒として、俺はギアに改造された」










――『いずれ真の戦いが来る。聖戦すら霞む、この星の危機がな』



――だから、どうした!



――『戦士が必要なのだよ。百年の戦歴に、旧時代の叡智を持ち合わせた真の強者が』



――今更、綺麗事をっ!!



――『憎め。その憎しみがお前を鍛え上げる。暫しの別れだ、フレデリック』










「だから俺は、預言とか、未来を予知するとか、そういう類のもんが死ぬ程嫌いだ……覚えとけ」

感情の篭らない無味乾燥とした声で、背筋がゾッとする程の無表情で言う。

そんなソルに何か言わなければいけない気がして、

「……っ」

でも何を言えばいいのか分からず愕然として、クロノは無力感に苛まされた気分を抑え付けるように拳を強く握り締めて俯いた。

とにかく謝りたい。かと言って謝っても鬱陶しがられるだけだ。地雷を踏んだ自分には、彼の古傷を抉ったことに対して何も出来ない。

二人の間に沈黙が降りてくる。

すぐ傍で話に花を咲かせている三人が、少し離れた場所ではしゃいでいる子ども達が、随分遠くに居るように感じてしまう。

「なんでテメェが落ち込んでんだ。辛気臭い面してんじゃねぇ」

その時だ。クロノの後頭部に拳骨が振り下ろされた。

「痛いじゃないか!?」

「下なんか向いてねぇで、あれ見ろ」

殴られた箇所を手で押さえ、頭を上げて抗議の声をぶつけるが、ソルはクロノの言い分を無視し、顎で子ども達を見るように促す。

「何が見える?」

「何って……」

仲良く遊んでいる子ども達だ。それ以外は特に見るべきものは無い。投げ掛けられた質問の意図が分からずにいると、今度は違う質問がきた。

「じゃあ、俺達がすべきことは何だ?」

「えっと」

言葉に詰まった瞬間またしても拳骨が振り下ろされる。

「だから痛いって言ってるじゃないか!!」

「俺達がすべきことは、あいつらの未来を守ることだ」

またしても抗議の声を無視し、そう言って唇を吊り上げ不敵に笑うソルの眼は、これ以上無く真剣な光を放っていた。

「だから下なんか見てんじゃねぇ。前を見てろ。今のお前は、それでいい」










夕方になったのでソル達と別れ、家路に付く。

「どう? 久しぶりの休日は?」

「なかなか有意義な時間を過ごせたよ」

隣で微笑むエイミィにクロノは微笑み返した。

「素直に楽しかったって言えばいいのに」

「はは」

他愛の無い話をしながら暮れなずむ街並みを四人で歩きながら、頭の端では先程ソルとの会話を反芻する。

(僕達が子ども達の未来を守る、か)

こう言った以上、少なくともソル達はそのつもりで戦ってきたのだろう。復讐でもなく、贖罪でもなく、まだ見ぬ未来をより良いものにする為に、ただひたすら突き進んできたのだ。

彼のことを知れば知る程見習わなければ、と改めて思い知らされる。自分がまだ若い時は気付くことが出来なかった彼の美点は、年を重ねるごとに浮き彫りになっていく。その度に、自分もまだまだだ、もっと頑張らなければ、という風に身も心を引き締められた。

彼が賞金稼ぎを再開してから既に五年が経過している。結果として設立されたDust Strikersは様々な問題を抱えているとは言え、それはそれで社会に大きく貢献してくれていた。治安維持や犯罪抑止、犯罪捜査と犯人の捕縛。検挙率もぐっと増えた。今のクラナガンは数年前と比べて格段に住み易く、安心出来る。他の世界でも良い成果を出せているという報告も耳にする。

だから、そろそろ剣を置いてもいいんじゃないか、とも思ってしまう。当の本人は恐らく感覚が磨耗しているらしいので気付いていないが、頑張り過ぎだ。ソル一人が一日にこなす仕事量というのは、デスクワークが事務職の者のざっと二倍から三倍、加えて教導、デバイスマイスター、今はそれらに加えて保父もある。現段階ではまだ戦闘要員として現場には出ていないが、いずれ出ることになる筈。

たまに仕事が嫌になってサボるとはいえ、最低限のことはしっかりこなしてからサボっているし、次の日はその分をちゃんと取り戻す。Dust Strikersの事務を担当するグリフィスから彼らの様子を報告ついでに聞かせてもらった時、遊んでいるようにしか見えないのに仕事が凄く出来るから同じ社会人として羨望せざるを得ないと言う。『仕事を短時間で効率良くこなすスキル』を持っているとのこと。

メリハリの付け方が上手い人間は効率良く動ける、と聞く。たぶん、そういうのが異常なまでに抜きん出ているのだ、きっと。元科学者という昔取った杵柄のおかげで、集中力だけは馬鹿みたいにあるのはよく知っていたし。ギアという身体の特性上、体力が底無しに近いのでそれに拍車を掛けているのかもしれない。

クロノの心境はソルのことを考えると、常に二律背反で苦しむことになった。管理局員としての自分はこのまま共に肩を並べて戦い続けていきたいが、彼の友人としての自分は彼に引退を推奨したい。

魔導師として、戦士として非常に貴重な人材。人柄はあまり良くない部分が目立ってしまう場合が多々あっても、物事の真理や人の良し悪しを見抜く肥えた眼を持ち、若者を惹き付ける魅力と皆を引っ張っていく牽引力がある。

しかし、彼の齢は既に二百を超えていて……その内の百五十年以上の時間を復讐と贖罪の為に費やし、たった独りで戦い続けた彼をこれ以上こき使うのは、正直気が引けた。いつまでも彼に頼るのも、一人の大人としていささか情けない。彼らが戦わなくなっても大丈夫と胸を張れるようにならなければいけないのではないか?

そんな思考に耽っていたら気付けば家の玄関前。

「ママ、今日のご飯なーに?」

「今日はパパが久しぶりに居るから、いつもよりちょっと豪華なカレーよ」

「わーい、カレー大好き!」

「大好きー!」

カレルの何気ない質問にエイミィが答え、それを聞き子ども二人が喜びはしゃぐ。

「カレル、リエラ、今日は楽しかったか?」

鍵を懐から取り出しドアを開けているエイミィの背後で、クロノは子ども達に訊いてみた。

「うん!! パパも一緒だし、ソルのおじちゃんにも会えたし、エリオお兄ちゃんたちと遊んだし、ヴィヴィオちゃんとお友だちになったから楽しかった!!」

「楽しかったー」

「そうか。良かった」

満足気な笑みが返ってきて、心から嬉しくなる。

確かにソルの言う通りと実感した。自分達が今すべきことは、この子達の未来を守ることだ。仕事に対して思うところは多々あれど、文句や泣き言、愚痴を吐いている場合ではない。忙しかろうが苦しかろうが、自分達のしていることが子ども達の為になると思えばどうということはない。

ましてやクロノが、彼の意志を確認せずソルに剣を置いたらどうかという考え巡らせるなど、おこがましい。

(やれやれ。僕はソルと比べれば、まだまだ子どものようだ)

苦笑を漏らし、家の中へと入る。

「あれ? お母さん、帰ってない? 今日は仕事早めに切り上げて夕飯の支度して待ってるって言ってたのに……長引いてるのかな?」

子ども二人と洗面所で手洗いうがいをしていると聞こえてくるのはリビングから発せられるエイミィの独り言。

エイミィが考えてる通り長引いてるだけだろうと思いつつ洗面所を出ようとした瞬間、クロノに通信が入った。

「ん?」

なんとなく通信回線を開き、空間ディスプレイをその場で表示させるが、映し出されたのは通信相手の姿ではなくブラックアウトして何も映し出していない画面と『SOUND ONLY』という無機質な文字のみ。

「誰だ?」

少なくとも自分の知り合いには通信時に旧時代の電話みたいな音声のみでの会話をする人間は居ない。何らかのトラブルがあって映像を表示出来ないものか、悪戯の類だろうか? そう考えて相手の行動を待っていると、声が聞こえてくる。

『クロノ・ハラオウン提督でよろしいかな?』

ボイスチェンジャーのようなもので声を変えているらしく、男とも女とも判断つかない。一気に相手が胡散臭い輩になってくれたが、この程度は悪戯の域を出ないので冷静に対処するに越したことはない。

「誰かな?」

『リンディ・ハラオウン総務統括官は我々が預かった』

「……」

その名を聞いて心臓が跳ねたような気がしたが、なんとか平静を装ったまま慎重に応対する。

「目的は何だ?」

相手は反管理局のテロリストだろうか? クロノの母であるリンディは海の重役で顔が広く、人脈も多く影響力も強い。そういった人物を人質に取ったテロリストというのは大抵同じような内容の要求しかしてこないので、もしクロノが睨んだ通りの犯人像であれば此処から先の相手の台詞を予想出来た。

それとも身代金目当ての誘拐犯だろうか? だとしたらわざわざリンディを誘拐する必要性を感じられない。何故なら、管理局員の重役であるリンディを身代金目当てとして誘拐するにはリスクが高過ぎるからだ。現場を退いたとはいえ本人は魔導師で、クロノも高ランク魔導師。ハラオウン家を狙うよりもそこらの資産家の家族を誘拐した方が遥かに楽だろう。

そもそも本当にリンディが誘拐されたかどうか分からない。嘘で煽ってこちらを動揺させて何か全く別のことを企んでいる可能性もある。

頭を休日モードのお父さんから犯罪者と戦う管理局員の魔導師に切り替え、反応が返ってくるのをただ待った。

しかし、クロノの鋼鉄のような強い心はたった一言で打ち砕かれてしまう。










『ソル=バッドガイとリインフォース・アイン……いや、”ギア”と呼ばれるものについて、知っていることを話してもらおう』










一瞬、心臓を鷲掴みにされそのまま握り潰されたような錯覚を味わった。

「な、な、何故、何処でギアを――」

手足が、唇が、全身が、思考が瞬く間に痺れていく。

『先日の戦闘でね、偶然会話に入っていたこの単語をピックアップしただけさ』

先日の戦闘? 廃棄区画の一件か!

『それにしても面白い、”ギア”と聞いてそこまで動揺するなんて。キミのお母様も似たようなリアクションだったよ』

「……お前は、一体誰だ?」

『彼を理想像とし目指す者、とでも言っておこう。こんな誘拐犯紛い真似をして大変申し訳無い気持ちでいっぱいだが、こちらもいよいよ形振り構っていられなくなってきたのでね』

「ふざけるな……!!」

怒鳴ってしまいたい衝動を必死に堪えるクロノを嘲笑うかのように、相手はこう告げてきた。

『今から指定するポイントまで、一人で来て欲しい。勿論、管理局に連絡を入れたり、Dust Strikersに救援を求めたりしてはいけないよ。デバイスや発信機の類を身に着けていたり、来ることを拒否するのであれば、聡明な海の英雄ならお母様がどうなるか理解しているだろう?』

コインを裏返すかのような呆気無さで、クロノの休日は幸せな一日から一転、どん底へと叩き落された。























後書き


先日、要らないラノベやコミックを纏めて処分(売却)しようとしたら230冊を超えて大笑いしました。

こんな大量に……面倒臭ぇ。

でも、捨てないと決めたラノベとコミックはこの倍近くあるとか、どういうことなの?

3DSのモンハン買ったよ!! 奇面族の小っこいのがPSP時代の猫より空気読んでるし剥ぎ取りまでしてくれるから連れてて楽しい。つーか、猫があんまり役に立たゲフンゲフン。


次回は、ポニーテールの嵐(仮)!




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat32 裏切りの末に
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2011/12/31 13:45

エイミィに悟られないよう適当に言い訳を作って家を出たが、長年連れ添った仲だ。ヤバイことだというのはなんとなく察したのか、「どうか無事に帰ってきて」と言って見送ってくれた。

人質にリンディを取られている以上、他の誰かに連絡して援護を求めることは出来ないし、デバイスも持って行けない。クロノは完全に孤立無援、着の身着のままという状態で指定されたポイントまで足を運ぶ。

敵の狙いはギアに関する情報。しかし、ハラオウン親子はソルから最低限のことしか教えられていないというのに、一体何を教えろというのだ。

そして、一体何をするつもりなのか?

答えの見えない考えに頭を悶々とさせながら歩き、指定されたポイントまで辿り着く。

何処を指定されたといえば、意外や意外、レールウェイのステーション前の広場だ。

時間が夕飯時なので帰宅ラッシュでごった返す人混みの中、相手がどういう意図で此処に呼んだのか読めないまま、クロノは腕を組み黙して相手が接触してくるのをただ待った。

こちらが変な気でも起こせば人質のリンディだけに留まらず、一般人も巻き込もうというのだろうか?

「……ふざけるなよ、くそ」

相手の言うことを唯々諾々と従わざるを得ないこの状況に歯噛みし、毒を吐く。

苛立ちと共に全身の筋肉が力んでいるのを実感しながら、冷たい視線を人混みの中に彷徨わせていると、不意に背後から声を掛けられた。

「クロノ・ハラオウン提督で間違いないッスね?」

明るい口調の、若い女性の声。確認されている戦闘機人が今のところ全員女性であることは知っていたので、迎えに来る者は女性だろうと予測していたが、その口調に違和感を覚える。

何故、こんなにもフレンドリーなんだ? まるで一緒に遊びに行く友達に「やっほー!」と挨拶するような気軽さがあった。

警戒と若干の動揺を内包した心持ちで慎重に振り返り、面食らう。

そこに居たのは、ラフな格好をした女の子だ。

赤とも紫と判別出来そうなワイン色の髪を後頭部で纏め上げた髪型は、見る者に少女の快活さと明るさを印象付ける。表情のアクセントになる薄紅色の瞳は視線を注ぐものに興味が尽きないといった様子。惜しげも無く無遠慮にクロノのことを上から下までジロジロ見ていたが悪意は感じない。

白と黒の横縞が入ったラフな長袖シャツにジーパンを穿いた出で立ちは、雰囲気も相まってこの少女が戦闘機人という生体兵器であることを忘れさせるには十分で。

「……えっと、キミが?」

邪気の無い、裏表など存在しないような笑顔。少女の態度と雰囲気と表情によって、鎧のように一部も隙の無いクロノの精神はすっかり毒気を抜かれてしまう。

「あ、自己紹介が遅れたッス。NO,11、ウェンディ、以後よろしくッス。大切なお客様を迎えに来たッスよ」

口癖なのか語尾にやたらと「~ッス」を付けるウェンディと名乗った少女は、気安い相手への態度に戸惑うクロノの背後に回り込むと、その細腕でグイグイ押してくる。

流石は戦闘機人。外見はこれからコンビニに出掛けようとしているそこら辺の女の子と変わらないが、大の大人数人に押されているような力強さがあり、その場に留まることは無理で半ば強制的に歩かされてしまう。

「自分で歩けるから押さないでくれ」

「あ、そうッスか」

そう言ってみれば背中に掛かっていた手がパッと離れ、ウェンディをクロノの横に並ぶようにして歩く。

「で、何処に連れて行くつもりなんだ?」

「こっちッス」

「あ」

今度は手を握ってくると引っ張られ、小走りになってしまった。やはり力が凄いので引き摺られるようにしながらも慌てて足を動かす。

何なんだ、この娘?

クロノの頭は疑問符で満たされていた。

どうしてこんなにも楽しそうな、そう、例えば子どもがはしゃいでいるような表情をしているのだろうか? とても生体兵器とは思えない。これでは、何処にでも居る普通の女の子ではないか。

どうしてこんなにも親しげなんだろうか? 自分達は敵同士だ。管理局員と犯罪者。敵対して然るべき関係。おまけにクロノは人質まで取られている。本来なら険悪な気配が滲み出る筈なのに、どうしてかウェンディ相手にそれをするのは憚られた。

「クロノの手って結構ゴツゴツしてるんスね。背中も大きくて逞しかったッス」

「男ってそういうものじゃないのか?」

話し掛けてくるウェンディへの疑問が尽きないままクロノは適当に会話することにする。

まだ相手の意図が読めない。こちらを油断させて背後から他の仲間がブスリといくのかもしれない。NINJAとか、くの一とかそういう美しい女暗殺者が標的を色気で惑わせてから殺害するという話を、確か地球で聞いたことがある、ような気がするし……いや、あれはヴェロッサが貸してくれたアダルトビデオの話だったか? どちらにせよ用心するに越したことはないだろう……もう既に二回は背後に回り込まれていたりするが、今度から気を付ければいい。

「あたし、男性体間近で見るのってドクター以外で実は初めてなんスよ。だから、クロノのことが珍しくって」

えへへと朗らかに笑うウェンディに、クロノは妻子持ちでありながら不覚にもドキリとしてしまった。意味も無く『ち、違うんだエイミィ!』と心の中で必死に弁解してしまう。

「ドクターってなんか野菜のもやしみたいだし、戦闘データでならソル=バッドガイのこと見たことあったんスけど、近接戦闘に特化した個体だから筋肉モリモリだって話メガネ姉がしてて。じゃあ男性体はもやしと筋肉モリモリしか居ないのかってずっと思ってたんス……へ~、男性体って普通は皆こんな感じなんスかぁ」

立ち止まり、またもやクロノのことを上から下まで観察し、背後に回ってペタペタと触ってくる。今さっき立てた彼の用心が崩れ去ってしまい、何の役にも立ってない。

「その二人しか男性を知らないって訳じゃ無いんだろう?」

「それはそうなんスけど、『男』って聞いた時に、ふって浮かぶのはやっぱりもやしのドクターか筋肉マッチョのソル=バッドガイで……あ、あと騎士ゼストも居た! でもあの人も筋肉マッチョでソル=バッドガイと同じッスね」

「……とりあえず、その三人を基準にするのは間違ってるとだけ言っておく」

極端というか、偏った教育方針である。この時点でまともな教育を受けられなかったという事実が露見する。

(近接戦闘に特化したって……あいつは元々、人間だった頃からボディビルダー顔負けの体だったらしいが)

筋肉という鋼で作られた鎧の如き肉体は、ギアになってから手に入れたものではなく自前のものだったと聞いていた。その話を聞いた当時は『お前のような科学者が居るか!』と突っ込んだものだが、その後なのは達女性陣に『インテリマッスルだからそそるんだろうが!!』と返されてなるほどと納得し、それ以来筋トレをよくするようになったのは懐かしい記憶。

(これでも結構鍛えてるつもりなんだがなぁ)

ソルと比べればクロノは普通らしい。

……そこまで考えに至って気付く。こんなことをしている場合じゃない、と。

「いや、男性の体つきについてはもういい。早く案内してくれ」

「そーッスね」

あっさり話を切り、足早にウェンディの後をついていくと、人っ子一人居ない薄暗い路地裏に到着。

「遅い」

そこには、感情が篭らない口調でいながら苛立っているような様子を隠そうともしない表情をした女の子が待っていた。紫色の長い髪にゴスロリちっくな服装。報告にあったメガーヌ・アルピーノの娘、ルーテシア・アルピーノだ。

「申し訳無いッス。ってことでお嬢、転送よろしく!」

「……」

ルーテシアは無言のまま魔法を発動させ、足元に浮かんだ四角い魔法陣が光り輝き、転移が始まった。





人質、と聞けば大抵の人は手足の自由を奪われた状態で囚われている人物を想像するだろう。クロノもそう思っているし、その認識は間違っていない。

しかし、ソファの上にふんぞり返って客人のように紅茶を飲んでいる人物を指して『人質』と称するのならば、認識を改めなければならない。

「母さん……何してるんですか?」

「人質?」

「何故疑問系!?」

転移してきた先はほぼ確実にジェイル・スカリエッティのアジトと思わしき怪しげな研究所の内部。そして今、人質になって囚われている母が居る部屋までウェンディに案内してもらったらこの有様だ。ちなみにルーテシアは此処に着き次第何処かへ消えてしまった。

「ど、ど、どういうことか説明してくれるんですよね?」

「大丈夫、安心してクロノ。私は別に裏切った訳でも、初めからスカリエッティに味方していた訳じゃ無いわ。同行を要請されたから応えただけ。ちょっとやり方が脅迫染みてたけど、誰かさんの頼み方と比べれば幾分かマシだったから」

AMF下で戦闘機人に囲まれたら頷かざるを得ないし、としれっと言うリンディ。

本当なんだろうか? もしソルを謀り裏切るような真似をすれば、関係者一同、及び一族郎党皆殺しにされても文句を言えない。そういう契約をハラオウン家はソルと交わしたのに。

よく見れば両の手首に魔力を封じる拘束具を装着している。が、囚われの身となっている母の態度が態度だ。親友に裏切られた過去を持つソルと共に仕事をしているおかげで、身内にも疑いの眼差しを向けてしまうクロノ。

「私のことより、クロノは一体どういうつもりなの?」

マグカップをソーサーに丁寧に置き、リンディは呆れたように溜息を吐く。

「は?」

「どうして此処に居るのよ? まさか、私程度の命惜しさに彼らの秘密を喋ってしまうつもりだったの? 甘いわね。私の命一つで秘密を守れるのなら安いものじゃない。本来なら私を見殺しにしてでも彼らに連絡して、此処を探り当てて総攻撃を仕掛けるべき場面よ」

理屈は分かるが自分の命を蔑ろにするこの発言はクロノの癪に触り、つい語調を強めて反論した。

「もしソルに協力を仰いでも、きっとあいつは母さんの救出を優先するに決まってる。秘密なんて二の次だ、ってね。母さんだって知ってるじゃないか。あいつは、誰かを犠牲にする結末を決して認めない」

これまで何度も見てきた後姿が、紅蓮の炎が脳裏を過ぎる。

小を犠牲にして大を取ることを、ソルが認める筈がない。何故なら、かつて彼自身が犠牲となった小だったのだから。

それが正しいと頭で理解していながら、納得することを彼の矜持が許さない。

故に彼はいつだって我が身を省みず戦った。『必要な犠牲とされた側』の気持ちをよく理解していたから、自分と同じような気持ちを誰にも味合わせたくなかったから、自分のような犠牲を二度と出したくなかったから。

初めて出会ったPT事件の時も、再会した闇の書事件の時も、彼は己の信念を曲げずに貫き通した。それ以降、再び共に戦うようになってからも、何度も何度も何度も何度も……ずっとその生き様を見せ付けられた。

そして、だからこそクロノにはソルが眩しく見える。手を伸ばしても決して届かない、太陽の如き遠い光であったが、その力強さと暖かさは身を以って知っていた。

対するリンディは表情を険しくさせ立ち上がり、声を荒げる。

「それが甘いのよ。彼がそうだとしても、彼を守る為に戦ってるなのはさん達なら躊躇しないわ。クロノを尾行して、この研究所ごと消し飛ばすくらい簡単に出来たでしょ?」

「だからって母さんを見殺しになんて出来る訳無いだろ!」

「私を見殺しすれば、彼が何年も追い続けていた違法研究者との因縁に決着をつけることが出来た筈だったのに、何を甘ったれたことを言ってるの!」

「そうだったとしても、それじゃあ誰も納得なんてしない!!」

二人は至近距離で睨み合い、大声で怒鳴り散らす。

「二人共、あたしがこんなこと言うのもおかしいんスけど落ち着いて欲しいッス!」

見ていられなくなったのか、クロノとリンディに割って入ってくるウェンディ。だが、ウェンデイを挟んだまま尚も言い争う。

「秘密を知ってしまった以上、私達には死んでもそれを守る義務がある、それはクロノもよく理解しているでしょう!」

「その義務の所為で母さんを死なせたら、僕もあいつもずっと後悔する!」

「彼らを守る為なのよ!?」

「誰かを犠牲にしてそれでいいって割り切れる程、僕達は人間が出来てないんだよ!!」

「貴方は彼に感化され過ぎているのを自覚しなさい! 誰も彼もがあんな風に戦えるとは限らないの!!」

ハラオウン親子の言い合いにウェンディの悲鳴が混じった。

「二人共やめるッスよぉぉぉぉ!!」

「私はいつだって死ぬ覚悟は出来てる!」

「僕だって同じさ。けど、身内を見捨てる覚悟なんてクソ食らえだ、グレアム提督と同じ轍を踏むなんて死んでも嫌だっ!!」

言い争いが続く中、唐突に空間ディスプレイが出現し、白衣姿の男が映し出された。ジェイル・スカリエッティである。

『こんばんわ、クロノ・ハラオウン提督。それからリンディ・ハラオウン総務統括官は待たせてしまってすまないね。知っているかもしれないが、私はジェイル・スカリエッティ。以後、お見知りおきを』

尊大な態度で映像越しに名乗る次元犯罪者にして狂科学者。そんな人物に対してハラオウン親子は一瞥してから口々にこう言った。

「今大事な話の最中だから少し黙っててくれないか?」

「これが終わったら相手してあげるからちょっと待ってなさい」

『……いや、あの――』

「そもそもお前が母さんを誘拐なんて真似するからこうなったんだろ」

「自分が原因なんだからもう少し空気読みなさいよ」

酷く冷たい応対でスカリエッティをあしらうと再開される親子喧嘩みたいな言い争い。それを必死になって止めようとするウェンディ。あんまりと言えばあんまりな態度に茫然自失となるスカリエッティ。

この光景が五分程続いて、漸くスカリエッティは二人と話が出来るようになったのである。

ちなみに、クロノとリンディの考えは結局決着がつかず未だに平行線のまま。なので後日決着をつけようという話になった。

「放置されたからって泣いてないよ……ああ、泣いてないとも」

律儀に話が終わるまで待っていたドクターの背中に哀愁が漂っていた、とウーノは後に語る。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat32 裏切りの末に










「僕達、何しに此処に来たんだっけ?」

「帰っていいかしら?」

クロノの問いを受けたリンディがモニターの向こうに質問した。

『キミ達、恐ろしいくらいに自由だね……先に忠告しておくが、リンディ総務統括官が装着している拘束具は魔力を封印する機能に加えて爆弾が付いているよ。変な気を起こしたり、此処から脱出しようとすると爆発するので気を付けてくれたまえ』

緊張感が無いのか肝が据わってるのか、それとも舐めてるのか。当初の目的と自分の立場をそれぞれ忘れている二人の発言に、流石にイラッときたのかこめかみに青筋を立てたスカリエッティが唇をわなわなと震わせている。

しかし、ハラオウン親子は爆弾と聞いても「試してみようかしら?」「試さなくていいって」とまた言い合いをはじめる有様。十年前に、ソルによって『アースラ墜落させたろか』的なことを言われて自分達を含めたクルー全員が脅された経験があるので、今更爆弾の一つや二つでビビッたりしない。

「それで、お前はギアについて知りたいんだったな?」

ソファに腰掛け、やたら大きな態度でふんぞり返るクロノに、スカリエッティはやっと本題に入れることに喜色を隠さず狂気を滲ませた笑みを作る。

「本当かそれ? そんなに殺されたいのかお前は? 自殺がしたいなら他人に迷惑掛けないようにしろよ」

「まさかあのジェイル・スカリエッティが自殺志願者だったとは夢にも思わなかったわ。あ、遺書は書いた?」

呆れ返るハラオウン親子。モニターを見つめる眼は屠殺場に連れてかれる家畜を見送る憐憫が込められていて、おまけに二人揃って「ご愁傷様です」と手を合わせた。

『キミ達は私を馬鹿にしているのかい?』

「事実を述べたまでだ。お前は死ぬ、殺される、ソルによって直々に。これは確定事項だ」

「まあ私達も一緒に殺される可能性は高いけど」

『どういうことだい?』

眉を顰め訝しむスカリエッティにクロノが説明する。

「あいつは、ギアのことを『人間の穢れた欲望の産物』と称してその存在をあらゆるものから秘匿したがっている。特に僕達管理局のような組織の人間や、お前のような違法研究者に知られることを許さない。僕達は一応、口外しないという契約を結んで首の皮が一枚繋がってる状態で今日に至るが、お前達は問答無用で口封じされるだろうな」

「私達の首の皮も此処に居る時点で切れたようなものね……クロノ、やっぱり貴方だけでも帰りなさい。私は今からでも遅くないから自決すれば――」

「だからその話はもういいってば。ちょっと静かにしてて」

話の腰をへし折ってくるリンディにクロノはうんざりしながら黙らせた。

と、その時である。近くで所在無さげに佇んでいたウェンディがクロノの肩を叩き、自分のことを人差し指で指し示しながら訊く。

「つまりそれって、あたしもこのまま此処に居て聞いちゃったら死ぬってことッスか?」

「当然じゃないか」

鷹揚に頷いて肯定を示す。

「嫌ッス!!」

「待ちなよ」

回れ右して部屋から逃げ出そうとしたウェンディの腕をガシッとクロノが掴まえた。

「放して欲しいッス!! まだ死にたくないッス!!」

「大丈夫。死ぬ時は皆仲良く連帯責任で皆殺しにされるから怖くないって」

「それ最悪の事態じゃないッスか!? いーやーだー!!!」

両手足を振り回してジタバタするウェンディ。朗らかな笑みを張り付かせ彼女を取り押さえようとして、「ちょ、力強っ、へぶ」って感じに抵抗を許してしまい一発良いのをもらって床に引っ繰り返るクロノ。

その隙にドアまで駆け寄るが、無情にも扉は外からロックが掛けられていて開かない。

「なんで閉まってるんスか!? 開けろ、鍵開けろ! こっから出すッス!!」

ダン、ダン、ダン、と戦闘機人の腕力で殴りまくるが核シェルターで使われてそうな隔壁扉はビクともしないし、ウンともスンとも言わないではないか。

『すまないウェンディ。逃げられるのを防ぐ為にロックしておいたんだ。ギアのことを全部聞くまでそこは開かない仕様になっているよ。逆に、聞かせてもらえば開く』

「そ、そんなぁ……チンク姉から聞いてた話と違うッス」

優しさなど欠片も無いスカリエッティの声を聞き、ウェンディはそのまま扉に縋り付くようにして膝崩れダウン。うつ伏せのまましくしくと泣き始めた。

「どうあっても私達からギアのことを知りたいみたいね」

スカリエッティの当初の予定では誘拐したリンディから詳細を聞ければそれで良かったのだが、彼女は頑なにこれを拒否。爆弾付き拘束具など全く怖がらないし、秘密を漏らすくらいなら死んだ方がマシだと言わんばかりにすぐ自決しようとするので必死に止める破目になった。仕方が無いので他を呼ぼうという話になって、リンディを人質に取った形でクロノを呼びつけてはみたものの、呼んだら呼んだで皆死ぬとか言い出す始末。

なかなか話してもらえない。だが、二人の態度が逆に興味をそそる結果となる。

「聞いても絶望するだけだなのに」

ソファに座り直したクロノが溜息を零すので、スカリエッティが反応した。

『どう絶望するんだい?』

「簡単だ、格の違いを思い知らされる」

『格の違いならすでに思い知っているよ。彼がどれ程高性能か理解しているつもりだ。だからこそ彼は私の理想像なのだよ』

「ソルのことを碌に知りもしないお前があいつを勝手に理想像扱いか……く、くくく、馬鹿げてるな」

笑いを堪えようとする仕草が狂科学者の神経を逆撫でするなど露知らず、クロノは視線を床に這い蹲っているウェンディに向けつつ思考を走らせる。

彼女は『話が違う』と言った。何がどう”違う”のだろうか?

今の彼女の態度でなんとなく感じたことだが、戦闘機人の面々はソルと戦いたくないのにそれを強要されているのではないか? 実はこれを機に親であるスカリエッティに謀反を企てているのではないか?

そう考えればウェンディから害意も悪意も敵意も見えず、クロノに好意的――若干媚びたような態度も頷ける。本人はもしかしたら純粋に”男性”という自分とは違う生き物に興味があっただけかもしれないが。

(ソルと戦う、か。確かに僕だったら反逆する動機としては十分だ)

こんな言い方は戦闘機人のウェンディに申し訳無いが、戦闘機人は所詮サイボーグ。身体をある程度機械化させて身体機能を上昇させ、様々な機能を付随しただけに過ぎない。高い戦闘力や特殊能力を保有しているとは言え、クロノ個人の価値観や尺度でカテゴリー分けすれば人間の範囲内だ。魔導師の中には戦闘機人よりも人間離れした強さを持つ連中などゴロゴロ居るし。

対してソルは、彼の故郷では最強クラスの法力使いであり、魔導師としても他の追随を許さない実力者でもある。しかも、笑えないことにそれでも彼にとってはあくまで『人間レベル』にまで能力を引き落とし手加減をしている状態だ。ソル曰く『加減? んなことホントはやりたくねぇに決まってんだろ。難しいんだよ』とのこと。女性相手には特に気を遣うので『ヘヴィだぜ』らしい。

更に言えば生体兵器ギアの力がある。が、人の姿を保っている状態でのドラゴンインストールは本来のギアの力の約半分程度しか解放していないらしい。ギア細胞抑制装置であるヘッドギアを外すことによって初めて100%行使出来るが、人の姿を保てなくなる上、辺り一面が火の海ならぬマグマの海みたいになるし、肉体に掛かる負荷も半端ではないのでやりたくないと言う。闇の書事件で実際に世界崩壊と呼ぶべき光景を眼にしているだけに、あまり完全解放したがらないソルの意見には素直に同意を示す。

何よりギアは不老不死で、既存生物よりも遥かに頑強。定期メンテナンスや部品の交換、壊れたら修理をする必要がある戦闘機人と違って怪我の類はあっという間に癒える。全身のギア細胞が無尽蔵にエネルギーを生産するので休憩というものが不要で活動時間が非常に長い。おまけに状況や戦い方に応じて形態変化――より法力を生理的(兵器という意味で)に行使可能になる為の特化――する。戦う相手としてこれ程厄介な存在は居ないだろう。

これはクロノがギアの事情を知っているという色眼鏡でソルを見る所為で、スカリエッティ側とは差異が発生してしまう見解だ。けれどそれを抜きにしても、彼が率いる”背徳の炎”とDust Strikersの力を一人の魔導師として見た場合、とてつもない脅威に映るのは同じだ。誰だってあんな連中と戦うのは嫌だろう。

チラリと視線をウェンディから固く閉ざされた扉に移す。

もし、戦闘機人の面々もしくはその一部が謀反を画策していて、ウェンディがその一部と共犯者であるのなら――

(……しかし、果たしてそれが、ソルを裏切るような形でギアのことを話して試す程の価値があるのか?)

問題はそこだ。賭けに出るか否か以前の問題として、それ程の価値が、天秤に掛けるだけのメリットがあるのかどうか。

拳を強く握り、舌打ちしたい気分を自制する。

例えばの話。色々な前提条件をすっ飛ばしてギアのことが知れ渡ってしまうとどうなるのだろうか?

まず間違いなく、合法非合法を問わず様々な科学者や研究者が我先にと手を出すだろう。ギアはそれ自体が倫理的観点を抜けばあらゆる意味で魅力的な存在だ。では、その次にどんな事態が発生するのか?

その悉くが失敗し、自滅するだろうと考えられる。ギアを作るにはギア細胞を既存生物に移植するだけであるが、その後の調整がとても大切だと聞いた。法力技術の産物であるギアの調整には、当然法力が必要不可欠だからだ。

調整しないとすぐさま暴走し、本能と衝動に従って視界に映る全ての生命を殺戮するまで、否、殺し尽くしても止まらない。ギア細胞が宿主の遺伝子を侵食し爆発的に増殖、脳を支配して意思を奪い、破壊の限りを尽くす。

そして、未調整のギアの末路は確実な死だ。

制御不能だから処分するしかない。危険過ぎて野放しにも出来ないので駆除する以外に選択肢が無い。表沙汰になったそれこそ大変だ。

また、万が一生き延びることが出来たとしても絶対的な死から逃れる術は無い。未調整のギア細胞は暴走の果てに突如アポートシス――細胞死プログラムを発動させるので、時間経過と共に不死なる細胞は壊死していき、やがて死に絶える。

なので、法力技術が存在しない次元世界でギアを作るのは不可能。聞いた限りではこんなところだ。

余談だが、ギア開発者のソルですらアインの調整に不眠不休で一週間以上掛かった。が、本来ならそこまで時間を必要とするものではない。なら何故そんなに時間を掛けたかと言えば、『絶対に大丈夫だと安心出来るまで、たとえどんなことがあろうと自分の所為でギア化することになった彼女の傍を離れる訳にはいかない。自分の命に代えても必ず最高の調整をしてみせる』という彼の確固たる意志によるもの。

本人曰く、技術と知識と経験を振り絞り、全てを出し尽くした調整だったとのこと。偽のジャスティスとあんな死闘を繰り広げた後だというのに……漢である。

閑話休題。

とは言え、ギアはダメだと匙を投げられても似たようなものならいけるかもしれない、という風になる可能性が強いのは世の常である。模倣というのはどんな分野にでもよくある優れた技術なのだから。眼の前のモニター内にはそういうことをしそうな人物が居る訳だし。

聖戦後でも、やはりギアを参考に兵器開発などを行っていた組織や人物というのは存在していたらしい。ギアの劣化コピーを作ってそれを量産しようとしたり、ギアを超える生命体を生み出そうとして人体実験を繰り返した輩など。そういう馬鹿なことを考える連中はソルや彼の戦友が一人残らず組織ごと潰したとは聞いたが……

(ダメだ、やっぱりギアのことをこんな違法研究者に伝える訳にはいかない。何か他に方法を――)



思考が詰まり掛けたその瞬間、まるで狙ったようなタイミングで背後の壁が耳を劈く爆音と共に吹き飛んだ。



突然のことに驚き慌ててソファから飛び退き背後を振り返る。視界を塞ぐ白い煙が徐々に薄れていくと、爆砕されて穿たれた壁の穴の向こうに一人の少女が居た。

小柄な体格。右目を眼帯で覆った、まだ少し幼さが残る貌。腰まで届く長い髪は髪留めなど使わずそのままで、青いボディスーツの上にロングコートを羽織った出で立ち。

「チンク姉っ!!」

さっきまで扉の前で泣きべそをかいていたウェンディが喜色の声を上げ、チンク姉と呼ばれた銀髪の少女の腰に縋り付く。

「すまんウェンディ、遅くなった」

そう言って優しくウェンディの頭を撫でてから、チンクはおもむろにリンディに近付くと両腕に施された拘束具を音も無く外し、無造作に放り捨てる。

「これは、一体?」

「どういうことなの?」

「簡潔に一言で表現すると、反逆です」

疑問を投げるクロノとリンディにチンクは疲れたような笑みを見せてから、モニターに映る創造主に悲しそうな表情で哀れむような視線を注ぐ。

「ドクター、申し訳ありませんがこれ以上貴方についていくのは無理だと判断します」

『このタイミングで手の平を返すとはね……切欠はトーレのメッセージかな?』

「ええ、あれが後押しになったのは否定しません。随分前から私とセインとディエチを中心に計画していました」

大して驚いた様子も怒った様子もなく、事実を確かめるような口調で問うスカリエッティに彼女は裏切りを認めると、溜息を吐いてこう告げた。

「もう疲れたんです。怯えて暮らす逃亡生活も、勝てる要素が無い敵と戦う為にシュミレーションを重ねるのも……それに、妹達の中にはまだ犯罪に手を染めていない者も居ます。ならば手遅れになる前に、そう思いました」

「まあ、相手がソルだしな」

「勝てる勝てない云々以前に、純粋に怖いわよね」

その気持ちよく分かる、とばかりにハラオウン親子が相槌を打つ。

『ふむ、なるほど。チンクじゃなくても、いや、妹達を想うチンクだからこそこうなった訳か』

何故か感心しているスカリエッティ。

「妹達を連れてDust Strikersに出頭します……ご一緒によろしいですか? クロノ提督、リンディ総務統括官?」

言葉の後半部分で振り返って訊いてくる左眼からひしひしと必死さが伝わってきたので、思わずこう答えた。

「願ってもない話だ。勿論、あいつへの口利きは任せてくれ」

「出来る限りのことはさせてもらうわ」

「感謝します」

行儀良く頭を下げて礼を述べてから、「ウェンディ、先にノーヴェと合流してライディングボードを回収しろ。私は二人を誘導する」と指示を飛ばし、言われたウェンディは「その言葉を待ってたッス!」と喜び勇んで壁の大穴から出て行く。

「行きましょう、脱出の準備は整えてあります。邪魔をしそうなクアットロは事前に排除しておきました」

「キミ達の事情はよく分からないが、助かるよ。ありがとう」

もしかしたら、と考えていた可能性が現実になりクロノは大声で笑い出したい気分になっていた。賭けに出るまでもなく勝負に勝ったのだ。乱入してくるタイミングも絶妙だったし。まさか見計らっていたのだろうか? ギアのことを口外する訳にはいかなかったので、二つの意味で助けられたのは事実だ。

クロノ、リンディ、チンクの順番で穿たれた大穴を抜け部屋から出る。

「こんなことを裏切り者の私が言うのもおかしな話ですが、死なないでください……さようなら、ドクター……」

空間ディスプレイに背を向けたまま、チンクは最後に生みの親へ別れを告げ、振り返らないまま走り出す。

その後姿を、スカリエッティは何処か満足そうな顔で見送った。



















一方その頃。

ソルは入浴や歯磨きなどを終えて洗面所から出ると、室内に懐かしい光景が広がっていたことに驚いた。

懐かしい光景とはつまり、彼が高町家に居候していた時によく眼にした地下室の光景だ。皆が一つの部屋に集まってグダグダし、眠くなったら適当に寝っ転がって雑魚寝するアレ。

ベッドの上では携帯ゲーム機を手にしたエリオ、ツヴァイ、キャロ、ヴィータが寝っ転がりながらゲームをしている。

ソファにはなのはとヴィヴィオが居て、なのはがヴィヴィオの髪を梳いていて、その対面に座るフェイトとシグナムがそれぞれ女性向けのファッション雑誌を熱心に読み耽っていた。

何処から持ってきたのか布団がいくつも敷かれていて、その上でアインとシャマルとはやてとアルフが女の子座りで談笑している。

部屋の隅では狼形態のザフィーラがクッションに圧し掛かるように『伏せ』をしていて、彼の上にフェレット形態のユーノとフリードが乗っかるようにして寝ていた。

動物形態を取っているザフィーラとユーノ以外は全員が寝巻き姿。布団や枕まで置いてあるので、今晩は此処で雑魚寝するつもりらしい。

(俺の部屋がいつの間にか占領されてやがる……)

出て行けと言ったところで聞きゃしないだろう。十年前から分かっていることだし、全員が揃っているので多勢に無勢だ。

「何のつもりだ? 今日に限って」

呆れたように問うソルに返ってきた返答を簡潔に纏めると、彼が風呂に入ってる間になのはがヴィヴィオに見せたアルバムにて地下室内で撮影されたものがあり、それを見たヴィヴィオが「楽しそう」「やってみたい」と言ったので今晩ソルの部屋で急遽再現することになったらしい。

まあいいか、といつものように嘆息し、ソファの空いてる隙間――ヴィヴィオの隣に座る。

「ところでソル。少し小耳に挟んだのだが」

それまで雑誌に視線を落としていたシグナムが顔を上げ切り出す。

「ああン?」

「賞金稼ぎを辞めて、隠居するというのは本当か?」

この言葉に部屋に居た誰もが動きを止め、驚いたように眼をソルに向ける。この中で皆と違うリアクションを取るのは、何のことかよく分かっていないヴィヴィオと、詳しい事情を知るヴィータだ。

「……ま、今すぐって訳じゃ無ぇが……落ち着いたら、いつか、な」

普段と比べてやや歯切れ悪いソルは更に続けた。

「別に今の生活に不満がある訳じゃ無ぇ。ただ、そろそろ一つの区切りをつけるのもいいかと思ってな……とりあえず賞金稼ぎは一時休業だ」

一時休業。ということはいずれまた再開するというのは察することが出来た。これまで歩んできた人生の大半を賞金稼ぎとして生きていたので、最早切っても切り離せないライフワークのようなものなのだろう。

「そうか。お前がそのつもりなら私も賞金稼ぎを休業するとしよう」

一つ頷いてシグナムがこんなことを言うと、

「あっ、私も」

「私も」

「私もー」

「私もだ」

「皆辞めんならアタシも」

「じゃあ俺も」

という風に次々と同意見が飛び交い、全員一致でソルが辞めたら皆で辞めるという結果が発表された。

「お前らを止めはしねぇが、その後どうするつもりなんだ?」

『ソルが辞めたら自分も辞める』言いだしっぺのシグナムに訊いてみると、彼女は持っていた雑誌を膝の上に置くと腕を組み、神妙な顔つきで言う。

「うむ。道場を経営したい」

「道場? 道場って護身術とか剣道とか柔道とか、格闘技教えたりするアレか? なんでまた」

何をやるのかと問えば道場と答えられて、どういう経緯を経てそういう考えに至ったのか分からず、頭の上に疑問符をいくつも旋回させる。

「私達は仕事で教導を幾度となく行ってきたが、どうも敷居が高すぎるのではないかと常々思っていたのだ」

「せやな。試験突破して初めて生徒になれるシステムやから、私らの教導受けたくても受けられなかった人ってたくさん居る筈や」

はやてがシグナムに同意を示すと、他の皆もそうだとばかりに頷いた。

「だから、敷居を低くして誰にでも教えられるような簡単なもの、例えば子どもに護身術でもいい、それからより実践的なものまで、子どもから大人まで老若男女問わず通えるような道場を経営したい。礼儀作法から始まり、心技体を鍛え、健全な身体と心を作る。そういった人々を増やしていきたい。純粋にそう思っているんだ」

来る者拒まず去るもの追わずというスタンスとのこと。

具体的で、いかにも彼女らしい内容に感心する。加えて今の仕事の延長のようなものなので不可能ではなく、現実味を帯びている。

「道場ね……良いんじゃねぇか」

「その時はお前も手伝ってくれると嬉しい。他に何かやりたいことが無ければ、私と共に二人で道場を経営しないか?」

此処ぞとばかりにシグナムは瞳を潤ませ上目遣いでソルの顔を覗き込む。

「俺と?」

「ああ。お前とがいいんだ……ダメか?」

更に彼女はソルの手を握り顔を接近させ、熱っぽい視線で懇願した。

思わず頷きそうになったその瞬間、ソルとシグナムの視線を遮るようにして茶色い何かが出現する。

よく見ればその茶色い何かは二人の握った手の上に乗ったフェレットだった。

「ごめんシグナム。ソルは僕と一緒に遺跡探索の旅に出るから道場は一人で経営してもらうことになる。残念だったね!!」

さっきまでザフィーラの背中の上で寝ていた筈だったが、どうやらいつの間にか起きていたらしい。

「フーッハッハッハッハッハ!!」

「ユーノ、貴様……」

喧しい高笑いを上げて勝ち誇るフェレットに灼熱の殺気を込めた視線をぶつけるシグナム。

しかしユーノは全く意に介さず素早い動きでソルの頭の上に移動すると、彼女を上から見下ろし「ふっ」と鼻で笑い飛ばす。

ああ、これは喧嘩になるなと達観していたら、頭の上のフェレットはアルフの腕から伸びてきたオレンジ色のチェーンバインドに雁字搦めにされ、釣り上げられた魚のように力任せに引き寄せられて彼女の手に捕まると、そのまま強く、フェレット形態じゃ辛いんじゃないかってくらいに強く抱き締められて、

「グフ」

豊満な胸の中で沈黙する。

「ユーノの馬鹿……なんでアタシじゃなくてソルなんだい」

「……その、何だ……スマン」

何故か謝ってしまうソルだった。





「道場ってのも面白そうだが、悪いなシグナム。他にやりてぇことあんだよ」

「……………………………………………………む、無理にとは言わん。お前の都合もあるだろう。私のことは気にするな……くすん」

「そこまでこれ見よがしに落ち込まれたら流石の俺でも気にするぜ」

肩を落として俯いてしまったシグナムの隣に座り直し、腰に手を回してやや強引に抱き寄せる。「あー、シグナムずっこいで!」「騙されるなソル! シグナムは心の中で『計画通り!!』と大量殺人犯のような悪役面でほくそ笑んでいる筈!」「やっぱりお兄ちゃんってシグナムさんに甘くない!?」「ソル、次私ね!」「いや、俺だ」「何言ってるのザフィーラ!? 男は引っ込んでなさいよ!!」「ソル、僕も抱っこしてくれ!」「ユーノはアタシの胸よりソルの大胸筋の方が良いってのかい!?」「父さん僕も抱っこ!!」「キュクルー!!」「じゃあツヴァイも」「お父さん私を仲間外れにしないでー!」「パパが抱っこしてくれるの? ヴィヴィオもー!」と外野がうるさいことこの上ないが、意識の外に出し、耳元で子どもを諭すように優しく囁く。

「実はな、ヴィータと一緒にデバイス工房でもやろうかって話になってんだ」

「ヴィータと? デバイス工房?」

聞かされた内容が意外だったのか、シグナムは顔を上げ、至近距離からソルと視線を絡ませた。

「ああ。それこそお前が言ったように客の層は老若男女問わず、ガキの小遣いで買えるような物から高ランク魔導師が使うワンオフ品まで、客も品揃えも幅広くな」

「何年も前から興味あったんだよ。ソルがデバイスの材料作ってる時みてーに、アイゼンで熱した金属を鍛えてみてーって。デバイス王に、アタシはなる!!」

ベッドの上で仁王立ちし、携帯ゲーム機を高々と掲げ宣言するヴィータが若干うるさい。

「つっても、そんなに忙しい店にするつもりは無ぇから、暇な時なら、道場、手伝えるぜ?」

ちょっと照れたようにそう告げて、ソルはそっぽを向くようにしてシグナムから眼を背ける。

すると彼女は、男なら誰でも見惚れてしまう程美しく魅力溢れる笑顔を浮かべ、

「約束だからな」

心の底から嬉しそうに呟く。破ったら許さないぞと言わんばかりに。





そんな風にして馬鹿騒ぎしたり、他愛の無い話をしたり、ウダウダグダグダしていると、気が付けばヴィヴィオがソルの膝の上でこっくりこっくり舟を漕ぎ始めたので、もう寝ようということになる。

久しぶりだったからだろうか。自然と口が勝手に動きこんなことを紡いでいた。

「こういうのも、たまには悪くねぇな」

ピクッ、と皆の耳が敏感に反応する。

失言だったと反省するがもう遅い。どいつもこいつも意地の悪いニヤニヤ笑みでソルのことを見ている。

「もう寝る……おやすみ」

やや乱暴な口調で吐き捨てるように――誤魔化すようにそう言って、灯りを消す。そんな彼に皆も小さく「おやすみ」と返す。

ベッドの上で子ども達の抱き枕と腕枕を兼任しつつ、瞼を閉じて意識が没するのをただ待つ。

次第に意識が薄くなっていき、



『マスター、クロノ提督から緊急回線による通信が入りました。繋ぎます』



完全に寝入ってしまう前にクイーンの無機質な機械音声が部屋に響き、闇の中を空間ディスプレイが眩く照らした。











































「選択肢の中から生存率の高い方を選び取る、それは確かに生命として当たり前の行為だ……むしろ私は裏切られて嬉しいよ。これはつまり、彼女達が私の言うことを唯々諾々と従う存在ではなくなり、私の思惑を超えた存在へ成長した証だろう?」

「……ドクター」

「トーレのメッセージにもあったね。私は私なりに生きていこうと決めた、と。彼女達もそうなのだろう」

「ええ」

「面白い。実に面白いよ。”背徳の炎”の存在が娘達に次々と予想だにしない影響を及ぼしていく」

「しかし、それを間近で見ることはもう出来ません。皆、出て行ってしまいました……昏倒させられて置き去りになったクアットロを除いて」

「キミは出て行かないのかい、ウーノ? 私の傍に居れば、キミにこれまでと同じか、それ以上の負担を強いることになる。下手をすれば私と一緒に死ぬかもしれないよ」

「私は妹達と違ってドクターをサポートする為に生まれました。ドクターの傍で、ドクターの為に生きて、ドクターの為に死ぬ。それが私の存在理由です」

「でもそれは与えられた存在理由じゃないのかい?」

「そうだとしても、そうでなかろうと関係ありません。私は私の意思で、貴方の傍に居ます」

「そうか。ク、クハハハハハ……ありがとう、ウーノ」

「これからどうしますか? 急いで逃げないと襲撃が来ます」

「と言われてもねぇ。ウーノにだけ白状するが、チンクが言ったように私も正直疲れているんだ。研究成果は何年経っても彼には届かないし、娘達の中で一番強かったトーレはギア? に遠く及ばないし」

「結局ギアとは一体何だったのでしょう?」

「それを知ることが出来れば諦めがついたのに、残念だよ……純粋に、研究者としてではない私個人も、ソル=バッドガイは何者なのか、という点を一番知りたかったから尚更ね」

「やはり諦め切れませんか?」

「……複雑だよ。リインフォース・アインが言ったように、私には生体兵器を作ることなど出来ないのではないか? とあれ以来疑問に思うんだ。戦闘機人は確かに私が生み出した生体兵器だが、チンク達の反逆は決して兵器の行いじゃない。人間の、いや生命の生きたいという本能から発生したものだ」

「……」



――『生体兵器に感情は要らん。何も感じないし、何も考えない。死を恐れず、傷を負うことを厭わず、ただ与えられた命令を淡々と実行する……機械のように』



「もしかしたら私は、兵器の定義を間違えて捉えていたのかもしれない」

「そうかもしれません。持ち主を裏切る兵器など兵器とは呼べません」

「私は娘達を生み出しはしたが、私の言うことを何でも聞く人形だと思ったことは一度も無いよ?」

「ならドクターは、私達を兵器として、道具として見ていないということになりますが?」

「ハハ、これは一本取られた……そうか、私に生体兵器は作れない、か……まさに彼女が言った通りだったのか」

「……」

「……」

「……」

「ウーノ」

「はい」

「諦め切れない気持ちに、決着をつけたいと思う」

「と申しますと?」

「彼と会って、彼の話を聞きたい。そして私のことを彼に知って欲しい」

「なら一緒に私達のことも聞いて欲しいと思います」

「ああ。それで全てを、私の全てを終わりにするさ……だから行こう、Dust Strikersへ」

「はい、ドクター。何処までもお供します」

























後書き


C81にリアル友人が東方のアレンジCDを頒布するというので、お手伝いとしてサークル参加してきました。

結果は昼を過ぎた段階で完売。買えなかった人は委託待ちということになる……すげぇ。

自由時間が出来たので東館から西館へ行ってみるが、午後一時を過ぎてるのに企業ブースで長蛇の列がまだ存在していた。

コミケに行くこと自体はもう何度もあるので慣れたようなものだが、現役で東方厨だった頃に比べると「くっ、ガッツが足りない!」ので――MintJamのCDが欲しかったけど並ぶの面倒臭くなって――結局何も買わずに午後四時に国際展示場を去る。もらいものは多々あったけど。

パスタ専門店で夕飯を摂り、その後移動。午後八時から十二時までの約四時間を地元のマックで3DS持ち寄って友人達と粘着……迷惑な客だ。「俺達が悪いんじゃない、モンハンが悪いんだ」「そうだ。とっとと死なないグラン・ミラオスが悪い」という意味不明な供述をして閉店と同時に今度こそ帰宅。

相変わらずの年末で色々と酷いwww


いつも感想や誤字報告には感謝しております。本当にありがとうございます。前回の感想で「スカさん、それ死亡フラグや」的な感想には大笑いしました!

皆さんの期待や予想を良い意味で裏切れるようにこれからも頑張ります。

STS編もそろそろ佳境に入ります。この後事態がどう転んでいくのかは、ご自分の眼でご確認ください。


では次回!! 良いお年を!!!



追記

3DSのすれ違い通信がスンゴイことになってる!?




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat33 A Confession of Guilt
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2012/01/20 22:06


クロノとリンディは一旦自宅に戻る。また家族が誘拐される事態など遠慮願いたいので、エイミィと子ども達を連れてDust Strikersに保護してもらう為だ。

ついて来てもらった八人の戦闘機人には悪いが、エイミィに事情を説明し準備が終えるまで家の外で待ってもらう。

時間が時間なので子ども達は勿論寝ていた。すまないと心の中で謝罪して未だ夢の中に居る子ども達を背負って家を出る。

そして、いざソルの元へ出発。

道中、「向こうに到着した瞬間ソルが火炎放射とかナシだからね?」と怯えたように確認してくるNO,6のセインの態度に、彼女達の中でソルがどれだけ冷酷にして残忍に映っているのだろうかと疑問に思った。

苦笑を漏らしつつ安心させるように「大丈夫だよ。僕が保証する」と言う。それでも恐怖は拭えないのか、不安そうな表情のままだった。

やがてDust Strikersに辿り着く。

が、そこで思わぬ人物と再会する破目になり、誰もが眼を大きく見開き、驚愕で声も出せなくなってしまう。

「おや、キミ達はとっくに駆け込んでいた思ったが、私とウーノの方が早かったみたいだね。何処か寄り道でも……ああ、クロノ提督の奥さんと子ども達を引っ張ってきたから時間が掛かったのか、納得だよ」

ジェイル・スカリエッティはエイミィとカレルとリエラの三人を確認し勝手にうんうん頷いている。彼の隣で静かに佇んでいる女性は特に言うことは無いのか、クロノの後ろで固まっている妹達に視線を注ぎつつも沈黙を貫いている。

「どうして、ドクターとウーノが此処に?」

皆を代表してチンクが掠れた声を絞り出すようにして訊く。

Dust Strikersはすぐ傍だ。賞金稼ぎ達のテリトリー、犯罪者から見れば猛獣の巣窟が眼の前にある。だというのに、スカリエッティは臆するどころか天気の良い日に散歩するような気軽さでそこに佇み、鼻歌を唄うような心持ちで口を動かす。

「私も同じさ。遅々として進まない研究やスリリングな逃亡生活に疲れていた」

「なら、なら何故あんなリスクを冒させてまでリンディ総務統括官を誘拐するように命令を――」

「どんな手段でもいい、純粋に彼のことが知りたかった。後先のことは悪いが考えていなかった……それだけだよ」

感情が昂ぶったのか大声を上げて文句を口にするチンクを遮るように、スカリエッティは静かに告げた。

「それにしても、最初からこうなると分かっていればバラバラに出る必要も無かったのに」

そう言って、広域次元犯罪者として指名手配されている男は、背後に聳え立つ賞金稼ぎのギルド組織に向き直り、心の底からおかしそうに腹を抱えて笑う。

深夜の空に、聞く者を誰しも不愉快にさせる狂人の哄笑が響き渡る。

酷く乾いた、それでいて解放感に満ちた笑い声だった。





先頭に立って敷地内に踏み込んだその時、クロノはなんとも表現し難い違和感を知覚する。それはまるで今居るミッドチルダの世界から別の世界に一瞬で転移させられたような、自分が何も知らない異世界に侵入を果たしたかのような感覚。強いて言えば封時結界に酷似しているが、何か違う。

(結界、か?)

疑問符を浮かべて間もなく、自分を含めた全員の身体が淡い蒼光に包まれ、指一本動かせなくなってしまう。

「――」

法力!? と声を上げそうになったが、声帯を使うことすらままならない。肺から空気を吐き出すだけに留まった。他の皆が声も出せず身体も動かせないバインドのようなものに驚いているのが空気で伝わってくる。

魔法陣やその類は見当たらないし、そもそも魔法ではないので法力であることは間違いない。対象のありとあらゆる自由を奪う拘束術式だと理解した。

当然筋力は無意味で、いくら力を入れても空間ごと固定化された身体はピクリとも動かない。魔法を用いて解呪しようとしても、何も起こらない。顕現された事象を打ち消すには、術式を解析してディスペルするか、術者が解くか、効果が切れて自然消滅するのを待つか、同等かそれ以上の事象をぶつける以外に方法が無いのが、法力というものだ。

そして、単純な火や雷、氷といったこちら側の魔法と同じ性質を持つものならば魔導師でも十分対応出来るが、現状のような如何にして構成されたのか不明なものに対しては、魔導師はあまりにも無力だ。

故に、彼らに捕らえられた犯罪者の大半がリンカーコアを法力によって封印され、二度と魔法が使えないようにされている。

考えてみれば此処は既にソルのテリトリーだ。この程度のトラップ、仕掛けられていて当たり前のことだろう。予め事情を説明しておいたのにトラップがそのままなのは酷いと思うが。

やがて、視界の奥に鎮座する建物の入り口が開き、彼らが姿を現した。

まず初めに映ったのは紅。獲物に狙いを定めた猛禽の如き鋭い真紅の魔眼が、こちらを射殺すように睨む。額に装着した赤い鉢金には『Rock You』という文字が、腰のバックルには座右の銘である『FREE』という文字が刻印され、無骨で大きな赤いブーツがゴツゴツと重い足音を立てる。かつて彼の世界では『人類の希望』と称された法力使いの精鋭が集った組織の制服に模した、白を基調としていながら赤い色彩や装飾が目立つバリアジャケット。それを身に纏い見る者に外見以上の存在感と圧倒的な威圧感を放つ巨躯。黒茶の長い髪を黄色いリボンでポニーテールに結わえたいつもの髪型。首から垂れ下がった鎖に繋がれているのは歯車の形をした赤銅色のブーストデバイス。左手に携えているのは数多の同胞と犯罪者を焼き屠ってきた焔の剣。罪という存在そのものを狩り続ける、永遠の贖罪者。

次は白だ。胸元に赤いリボンを結っているのが印象的な、清楚なイメージ。膝下まで伸びたロングスカートはやはり白い。栗色の髪を童女のようにツインテールで纏めている姿は、何処か少女の可愛らしさを内包させつつも大人の女性としての色気を損なわせず魅力を引き出している。だが、生憎と今は彼女の笑顔は見られない。確固たる意志の光を放つ瞳が飾り立てるのは、美人なだけに勿体無いと思わせる冷徹な鉄面皮。手にしているのはこれまで様々な敵を刺し穿ってきた魔槍。穂先から発生した桜色の魔力刃が血を求めているような気がして、禍々しく見えてしまう。白が持つイメージを根底から覆す、美麗なる悪魔。

続いたのは漆黒の闇に輝く金の光。夜空に浮かぶ月にも似たそれが、彼女を守る黒いバリアジャケットと金糸のような長い髪だと気付くのに数秒掛かる。女性なら誰もが羨む程の美貌の持ち主でありながら、真紅の眼差しは冷たい敵意しか映しておらず、こちらの様子を観察するように窺っていた。白いマントを翻し、金色の魔力刃を発生させた黒い鎌を肩に担ぎ、ゆっくりとした歩調で歩いてくる様は、彼女の美しさも相まって、なるほど、確かに何処か幻想的で御伽噺から飛び出してきたと錯覚させ、二つ名の死神を連想した。男であれば大抵の者は喜んで彼女に己の命を刈り取ってもらうことだろう。

その後に現れたのはやや小柄な人影。白いベレー帽を被ったセミロングの女性は、背に三対の黒い翼を備えており、バリアジャケットも白と黒を意識したデザインだ。若干幼さを残した顔立ちだが、逆にそれが彼女を魅力的に見せる。十分美人の部類に入るであろう。しかし残念なことに眼はこれっぽっちも笑っておらず、他の者と同様に視線は冷たい。むしろ嘲るような色があった。左の脇に分厚いハードカバーの魔導書を抱え、右手に先端が十字の形をした魔杖を握る姿は、少女の体格とは裏腹に王者の威厳を醸し出していて、下々の者に対して睥睨するようなその態度は「我にひれ伏せ」と言わんばかりで、まさに最後の夜天の王と呼ぶに相応しい。

四番手は、桃色の長い髪をポニーテールにし、紫の騎士甲冑を展開した女剣士。彼女は既に抜刀している。片刃の長剣を右に、鞘を左に握り悠然と歩み、身に纏う甲冑から仄かに闘気を立ち昇らせるその様は、彼女そのものがまるで一振りの刀剣のような完成された美の極み。一太刀で全てを斬り伏せる鋭さと、光を照らすと美しく反射する宝石染みたその輝きは、人の身では決して生み出すことは出来ない魔剣や妖刀の類であり、性別問わず、否応無く彼女に魅せられてしまう不思議な魔力がある。そして美しい刀剣というものは、外見ばかりだけではなくその実用性も申し分無い。比喩の通り彼女は、火竜と、火竜の宝に害為す敵を斬り捨てる炎の魔剣なのだから。

更に続くは金髪を肩で切り揃えたヘアースタイルの、優しげな印象が強い女性。全体的に翠色で彩られた帽子と服装はゆったりとしたデザインで、お淑やかにして落ち着いた雰囲気を滲ませる。これまでと違い彼女のみ唯一微笑をたたえており、視線も柔らかい。アメジストのような煌きを持つ優しい瞳は聖母のようだ。彼女が持つ空気、母性、服装、それら全て見事に調和し、本職の聖職者よりも聖職者に見える。否、むしろ彼女は神に仕える聖職者ではなく、仕えられるべき女神だろう。その笑顔だけであらゆる罪を浄化し、咎人の癒えることのない呪いのような傷痕を容易く癒し、迷える者達に道を示す、空よりも広く海よりも深いそれはまさしく女神だ。

銀光が纏う暗黒、という表現がぴったりの美人が、紅の男の足元から――影の中から突如ずるりと這い上がり、隣に並ぶ。腰まで届く艶やかな銀髪に、男と同じ真紅の魔眼。いや、最も苛烈にして殺意に塗れた光を放つそれは凶眼と言った方がいい。その身を包むは闇を集めて固めたようなバリアジャケット。一対の黒き翼と一本の長い尾が背中から生えている。整った顔は誰もが美しいと感じるが、逆に美し過ぎるが故に恐ろしさまで覚えてしまう。人外めいたその美しさは蟲惑的で、生者の命を奪い尽くす魔物を思わせる。美しいから恐ろしいのか、恐ろしいから美しいのか分からない魔性だ。黒い翼と尻尾の所為で、神に背く堕天使への畏怖を抱かされた。

先頭集団からやや遅れるようにして出てきたのは十に満たない小さな女の子。頭の上の帽子から着込んだゴスロリのドレス、靴に至るまで全てが赤に染められた外見は鮮烈。橙色の髪を三つ編みにし、柄の長いハンマーを肩に担いでいる。可憐な見た目とは裏腹に醸し出す気配は戦士のそれ。その眼と態度は油断も無ければ隙も無い。戦場に赴き闘争に身を委ねる覚悟と決意を胸に秘めた、誰よりも義に篤い誇り高き騎士。矮躯であろうと侮るなかれ。彼の者は幾多の屍を踏み越え、あらゆる修羅場を潜り抜けた歴戦の猛者。全身から放たれる戦士のオーラが彼女の体躯をより大きく見せるのが証拠である。

それから間髪置かず走り出るのは犬耳と尻尾を生やした、先の少女と同じ髪色の大人の女性。手足に装甲を着け、ショートパンツにタンクトップという露出が多い服装に加えてマント、というのが彼女のバリアジャケットだ。使い魔であるが故に素体となった狼の習性か、犬歯を剥き出しにして警戒心を露にしている。こちらは拘束されていて全く身動きが取れないが、変な気を起こせば即座に八つ裂きにされてしまいそうである。胡散臭そうなものを見る青い眼がジロジロとこちらの心情を見透かすようだ。その視線が漂う中、ある一点で止まり、きゅっと眼を細め殺意が込められた。戦闘機人の内の誰かに向けているらしい。特定人物に対する明確な敵愾心を隠そうとしない。

若干の間を置いて一人の男性が出てくる。全体的に線の細い、悪い言い方をすれば優男に見られるであろう体格。薄茶の民族衣装とマントはスクライア一族特有のもの。下手をすれば女性と見間違える中世的な顔立ちを皮肉気に歪め、不機嫌を通り越して怒っているのがこめかみに浮かんだ青い血管で確認出来た。歩きながら指の関節をポキポキ鳴らし、ついでに首も回して音を立てる。他の者達と比べて大きく異なる点があるとすれば、彼は確実にこの状況を面倒臭がっている、ということだろう。現在時刻が深夜なので、寝ていたところを叩き起こされたらしい。このままでは腹の虫が収まらないので、とりあえず誰でもいいから殴らせろ、と暗に言っているような気がする。

最後に登場したのは蒼い魔狼だ。獲物にいつでも襲い掛かれるよう姿勢を低くし、低い唸り声を上げている。凶暴な牙と鋭利な爪を見せ付けるように威嚇し、紅の瞳が視界に映るもの全てを敵視していた。そして唐突に耳を劈く咆哮を上げたと思えば、全身から紅蓮の炎を発生させ、蒼から真紅へとその姿を染め上げる。と同時に、爆発的なまでに魔力を上昇させ、完全にリミッターが外れたフルドライブ状態になった。突然のフルドライブに他の面子も少し驚いていたようであったが、彼らのリーダーは特に気にした様子もなく一瞥するだけ。この態度は間違いなく、その気になればいつでも殺すという意思表示だ。

クロノは心の中でセインに謝罪する。約束を反故にするようで悪いがもう自分じゃどうにもならない。彼らはとっくの昔からキレていたらしい。戦闘態勢を整え、罠を張って待ち構えていたソル達の、というかソルの憎悪を見誤っていた。あいつは、かなり根に持つタイプの人間だったのをすっかり忘れていた。かつて裏切った親友を殺す為に百五十年以上も追い掛け回した経験があるじゃないか。迂闊だったと自分の考えの至らなさに頭痛を覚えるが最早遅過ぎる。

(……終わったな)

そんな風に同情していると、

「洗脳はされてねぇみてぇだな……シャマル、ハラオウンの連中を解いてやれ」

静かに紡がれたソルの低い声が鼓膜に届き、促された彼女は一つ頷いてから小さな声で呪文――意味が理解出来ないので恐らく法力のもの――を唱える。するとクロノとリンディとエイミィを縛っていた蒼い光が瞬く間に消失した。

「酷い出迎えね」

「アルフはエイミィと一緒にカレルとリエラを俺の部屋に運べ」

やっと自由を取り戻し苦言を呈するリンディを当然のように無視し、ソルはまだクロノとエイミィに背負われ寝ている二人の子どもに気を遣う。

言われたアルフは未だ戦闘機人――視線を追えばチンクだった――を鼻息荒く睨み付けていたが、これ見よがしに「ちっ」と舌打ちするとクロノの背後に回り込みカレルを抱き上げ、同じようにリエラを背負ったエイミィを連れて去っていく。

エイミィ達が居なくなるのを皮切りに、ソルはクロノに近付くと無造作に右手を伸ばし襟首を掴んで引き寄せる。至近距離から怒りを灯した瞳に射抜かれた。

「テメェ、リンディが人質に取られた時、どうして俺達を頼らなかった? 敵の思惑にまんまと嵌って一人で罠に飛び込みやがって……!!」

彼は怒っていた。クロノが考えなしに一人でスカリエッティの懐に飛び込んだことを。そして話を聞いて不安になり、心配していた。何故なら彼は、元とは言えスカリエッティと同じ生命操作技術の研究者で、聖戦という百年間を『洗脳された同胞達』と戦うことを余儀無くされた過去を持つ。

クロノが捕まり、洗脳され、違法研究の犠牲になる可能性など十分にあった。それを誰よりも危惧していたのだ。

そのことに言われて初めて気付き、途端に申し訳無い気持ちになってくる。己の軽率さを呪う。人質が取られていたから、というのは言い訳でしかない。弁明の余地も無く、謝ることしか出来ない。提督という身に就いているのにこの体たらくでは、上の立場に居る人間として自覚が無いと言われても反論出来ない。

「……すまない」

「俺も馬鹿息子が敵に誘拐されて、挙句の果てに洗脳されて戦う破目になったことがあったから、気持ちは分かる。家族の為に一人で死地に向かった漢気も買ってやる……だが、次からは必ず俺達を頼れ。その次が無いことを願うがな」

一人で背負い込むな、と吐き捨て掴んでいた襟首をゆっくり放す。

「まあ、僕は最初っからそんなことじゃないのかと思ってたんだけどね!」

文句を言って頭が冷えたソルと違い、怒りが鎮まらないユーノがクロノを羽交い締めにしたら、



――パァンッ!! パァンッ!!



小気味良い音がミッドの夜に響く。なんと、母性溢れる笑顔を浮かべたシャマルから往復ビンタを食らった。

「……い、痛い」

両頬が焼きつくように熱い。あまりの痛さに涙が出てくる。

「痛くしたんだから当然です、反省してください。心配したんですよ?」

もしかしたら一番怒っているのはこの中でシャマルだったのかもしれない。クロノは思う。怖い、怒ったシャマル先生凄い怖い、ある意味ソルより怖い、もう二度と怒らせないようにしよう、と。

「一発で許してやれよ」

「アナタが殴らないから私が二発殴った、それだけです」

「……」

少し可哀相だと思ったソルがシャマルに訴えたが、しれっと返されて黙り込む。確かに昔の自分だったら二発か三発はグーで殴っていただろうことに思い至り、やがて諦めたように「やれやれだぜ」と溜息を吐いた。





「で? 戦闘機人が出頭するって話は聞いてたが、コイツまで居るなんて聞いてねぇぞ」

残忍な賞金稼ぎとしての表情を張り付かせたソルが、全身から殺気を漲らせ、法力で縛られ動けないスカリエッティに手を伸ばせば届く距離まで歩み寄る。

当のスカリエッティ本人は、憐憫を抱いてしまうくらいに顔面蒼白。巨大なドラゴンへ捧げられる哀れな生贄と化していた。研究所でモニター越しに見せた狂的な笑みや余裕というものは何処にもない。

それはそうだろう。広域次元犯罪者として指名手配されている狂科学者といっても生身の人間でしかなく、戦闘能力も乏しい研究者。実戦経験など皆無に近いだろう。至近距離から殺気をぶつけられ、生殺与奪を握られたことも無い筈だ。

対するは、戦歴において右に出る者など存在しない現役の賞金稼ぎ。おまけに情けや容赦というものが無い。その炎で焼却処分してきた犯罪者は数知れず。そんな人物から抵抗を許されない状況で睨まれたら誰だって恐怖を覚えるだろう。生かすも殺すもソルの気分次第なのだから。

しかしクロノにスカリエッティを擁護する気は毛頭無い。リンディも同様だ。自業自得である。自業自得ではあるが、流石に管理局員として殺しを善しとする訳にはいかないので、半殺しくらいで我慢してもらいたい。

「何のつもりだ、テメェ? 戦闘機人と一緒に出頭するってか? ああン?」

問い詰めるその姿は一見して柄の悪いチンピラか質の悪いヤクザであるが、問い詰められる側にとっては今にも自分を食い殺さんとする火竜が口を開け、鋭い牙が生え揃った口腔内に身体を半分突っ込まれたようなもの。つまり、将棋やチェスで言う詰みだ。

スカリエッティは怯えた表情で固まったまま反応を示さない。というか法力の所為で動けない。

「ちっ、シャマル」

忌々しそうに舌打ちし、彼は指示を飛ばしてスカリエッティの拘束を解かせた。

肉体に施された拘束が解除された瞬間、狂科学者は糸が切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ち、尻餅を着いて小刻みに震え出す。

「もう一度だけ訊いてやる」

逆手に持った封炎剣を赤熱化させその切っ先をスカリエッティの首筋に向けた。

「何のつもりだ?」

空間を押し潰す殺気がこの場に居る者全員に圧し掛かり、呼吸をするのもままならなくなる。周囲を満たす程に溢れる濃密な魔力は灼熱でありながら、ソルの眼は操る炎に反して絶対零度の冷たさを孕む。彼の気に慣れているクロノですら言い知れない不安と息苦しさを感じた。この場に小一時間でも留まれば気がおかしくなりそうな空気の中、息も絶え絶えにスカリエッティは口を開く。

「わ、私は、何年も前に初めてキミを見て以来、魅せられてしまった。研究施設に突然現れたキミは、まさしく私が目指す生命操作技術の、理想像だった……」

なのは達の表情が一際厳しくなり、それぞれがほぼ同時に身構えたが、ソルは右手を水平に上げて仲間を制する。

「キミという理想像に追いつき、追い越す為に私は必死に研究を重ねた。今まで以上に真剣に、それこそ寝る間も惜しんでね」

喋っている間にノッてきたのか、徐々にソルへの恐怖が薄れ口調も滑らかになっていく。語り出すと自分でも気付かない内にテンションが上がっていくタイプなのだろう。

「キミの力を参考にしてレリックウェポンに調整を施した、ジュエルシードを用いて様々な固有武装を開発した……だが、結局キミ達には届かなかった」

「……」

「それでも諦め切れない私は、先の戦闘データを見直している内に”ギア”という単語を偶然耳にした。同時にそれがキミとリインフォース・アインを示す意味だということも。近接特化型のギアと広域殲滅型のギア、そう言われているんだろう?」

この言葉にソルは不機嫌そうに眉根を寄せると鼻息荒く「エリオ達か……」と呟く。

「ギアが一体何を指し示すのか、出来る限り調べてみたが徒労に終わったよ。ギアという生体兵器は何処の世界でいつ生み出されたのか、結局分からず仕舞いだった」

ギアの情報が未だに次元世界では知ることが不可能らしい。ソルは表情に出さないが純粋に良いことだと思う。

「だから私は知っているかもしれない人物にカマを掛け、聞き出すことにした。リンディ総務統括官を人質に、クロノ提督と交渉しようとした。それもまあ、チンク達の反逆のおかげで結局失敗したがね」

「諦め切れないんならなんで此処に居んだ? 反逆されたっつっても、戦闘機人なんて作ろうと思えばいくらでも作れるじゃねぇか。数が減ったんなら補充すりゃあいい。クローンなり何なり、方法はいくらでもある」

半ば呆れたように指摘すると、力無く首を横に振られた。

「諦める為に此処に居るんだよ。キミならもう分かっているだろう? 十分な戦力を保有する戦闘機人を一体作るのにどれだけのコストと時間を必要とするか。戦闘機人は単なる機械じゃない、頭蓋の中に生きた脳が入った一つの命。ただ命令に従うだけではなく時に自分で考え、状況に応じて臨機応変に動くことを可能とし、場合によっては魔導師を凌ぐ働きをする、それが戦闘機人だ」

脳の代わりに人工AIでも突っ込んどけ、わざわざベースを人間にする必要なんてハナッから無ぇんだよ、と言いたくなったが言えばきっと論争に発展すると察したので黙って聞く。

しかしこれではっきりしたことがあった。ソルとスカリエッティは、それぞれが考える兵器の在り方が違う。兵器は主の命令を受ければ機械のように従う道具だと断言するソルと、兵器に人間性を求めるスカリエッティ。

ソルからすればスカリエッティの考え方は何処か中途半端に感じた。兵器に人間らしい感情や思考など必要と思わない。そんな風だから裏切られるのだ、と。

が、その中途半端な考えこそが誰かによって書かれたシナリオの一部でしかなかったら?

先の戦闘でフェイトがゼストと遭遇し、彼女がその時感じたことや思い至った考えを聞いて、ソルは管理局が実は裏で糸を引いていたのではないかと――あまり当たって欲しくなかったが――予測を立てていた。

(馬鹿げてやがる)

本当にあり得そうだから笑えない。決してそんなことはないとソルには否定することが出来ない。むしろ管理局だからこそ大いにあり得るのではないかと思っている。

そう考えてしまう要素が見え隠れしていたのを、ソルが見逃す訳が無かった。だが、これまではあえて表に出さないようにしていた。摘発したところでトカゲの尻尾切りで終わってしまう。黒幕を引き摺り出すまでには至らない。

故に裏で査察部のヴェロッサにその辺りを探らせていたが、依然として決定的なものを掴めずにいたので厄介極まりないと歯噛みしていた。同時に、ヴェロッサの手が届かないような連中が絶対に怪しいと睨んでいる。

怪しい場所や連中が存在すれば単身で乗り込み、力ずくで事を成すのがソルの主義だが、それが出来たのはあくまで昔の話だ。シンをカイから引き取る前の、一匹狼だった頃の話。もし今そんなことをすれば、自分だけではなく家族の連中も社会を敵に回してしまう可能性が生まれる。それだけはどうしても避けたかったから、やりたくてもやれなかった。

しかし今回のこれを機に、事態が一気に動くことが予想される。いや、自分が表立って動かしてやろうではないか。

話を聞きながら頭の片隅でそう考え、唇を吊り上げ不敵に笑う。

「……嬉しそうだね。どうしたんだい?」

表情の変化に気付いたスカリエッティが話を途中で遮り、不思議そうに首を傾げる。

「テメェが洗いざらい吐けば、いずれ分かる」

返すソルの顔は、この場に居た全員の背筋を――なのは達ですらも――凍り付かせる程に、酷薄に歪められていた。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat33 A Confession of Guilt










翌日。時刻は昼食を終えた午後一時五分前。

白衣に銀縁眼鏡という普段デバイスルームに居る時の格好で、ソルはDust Strikersの施設の屋上に居た。鉄柵に背と体重を預けるようにして座り、黄昏たようにぼーっとした表情で天を仰ぎ、視界に広がる青空を見るともなしに見ている。

昨晩出頭してきた戦闘機人、通称ナンバーズとDr,ジェイル・スカリエッティは現在、同施設内の大会議室で大人しく席に着いている頃だろう。つい先程集まってきた契約者達――ナカジマ夫妻、レティ、カリム――に全てを話す為に。

彼らの話を昨日の内に聞いていたソルは、それが終わるまで一人暇を持て余していた。本来ならその場に留まり続けるべき立場である筈で、暇を持て余すなど以ての外なのだが、今はどうしても一人になりたい気分だったので、悪いと思ったが全てなのは達に任せることにした。

今朝の段階で、此処で働く者達にはスカリエッティ一派が出頭したことを伝えた。誰もが突然のことに驚き戸惑っていたが、まあ良いことだと割り切っていつものように仕事をこなす。

しかし、一つだけ問題があるとすれば寮母兼施設管理人として働くドゥーエの存在だろう。彼女は昨夜のことを知るやいなや「私もドクターによって作られた戦闘機人です。私も捕まえてください! 今まで貴方様を騙していた卑しい雌に罰を! 是非、ソル様の性奴隷にしてください!!」といきなり告白してきて、腰に縋り付いてきたのである。

その時のアインのキレっぷりなんて二度と思い出したくない。咄嗟にユーノが発動した封時結界が間に合ってなかったら施設が跡形も無く消し飛ぶどころか、湾岸地区がミッドチルダから消えていた。

「き、き、き、貴様ソルから離れろ穢らわしい! 殺してやるぞ雌豚がああ! ソルの性奴隷は私達だけで十分だ!! そんなにFUCKがしないなら地獄で豚とでも犯っていろ!! 死ね!!」と暴れるアインを押さえつけるのにどれだけ苦労したことか。おまけに事態を収拾したと思ったら、この件が片付いたら何故かアインを旅行に連れて行かなければならなくなったし。

しかも朝食後の食堂という最悪の場所での出来事。周囲のソルへの認識は二人の所為で『賞金稼ぎ(属性:火+鬼畜 性奴隷複数所持)』となった……あんまりだ。

ドゥーエの処遇には困ったものだがとりあえず保留となり――問題を先送りしたとも言う――今は再会した姉妹やスカリエッティを含めた初めて会う妹達と一緒に大会議室に居る。

ちなみにトーレも軟禁している部屋から引っ張り出した。やはり彼女も出頭には驚いていたようだが、NO,5 チンクの話を聞いてすんなり納得したらしい。現在では、どんな形であれ互いの無事を喜び合っているようだ。

「ハァ」

短く嘆息し、白衣のポケットからタバコを一本取り出し咥えた。

普段なら女性陣が喫煙を許さないが、今日一日だけは許しを得たのでそれに甘んじることにしたのである。

最後に吸ったのは、果たしていつだったか? シンを引き取ってから禁煙するようになったので、かれこれ二十年以上は紫煙を肺に入れてない。

地球産の、銘柄「セブン・ナイツ」。「七つ夜」という愛称で喫煙家に人気らしいが、はっきり言って美味ければなんでもいい。スレイヤーのようにパイプ派で、銘柄にこだわりを持っている訳では無いのだ……このタバコを手に入れる為に先程わざわざ地球に行って帰ってきた時点で、こだわりがあると言われればそれまでであるが、本人はあくまでこだわっていないつもりだ。

こだわり、ということを強いて挙げれば、デニム生地やジーパンなどはRIOT(ブランド名)のものしか着ないというのがある。しかし、RIOTは”あっち”の世界の地球にしか無いので渋々”こっち”の地球のものやミッドチルダのもので我慢している。

久しぶりの喫煙に若干緊張しながら火の法力で点火。

煙を吸って肺に入れて、

「ゴホッ、ゲホッ!!」

盛大に咳き込んでしまう。

(分かってたが、結構きついぜ)

やはり禁煙期間が長かっただけに身体が拒絶反応を示す。それでも何度か咳き込みながら肺に煙を入れ続けると、段々慣れてきて昔のように吸うことが出来た。

有害な煙が口から吐き出され、視界の青を白く染め、少しずつ大気に溶けてやがて消える。赤くなったタバコの先端から、すぅーっと煙が上に向かって伸びていく。

「……」

連中が仕出かしたことを許した訳では無いし、犯した罪は必ず償ってもらうつもりではいる。この件が終われば全員豚箱に叩き込む。が、スカリエッティ一派に対して抱いていた憎悪や嫌悪といった負の感情はやや小さくなり、その代わり哀れみの感情が沸き上がっていく。

ケージの中から脱出しようと必死になって足掻こうとしていた実験動物――モルモット、それが彼らだった。盤上の駒、人形師が操る人形、レールの上でしか走れない電車と言い換えてもいい。

今なら、なんとなくであるがスカリエッティが生体兵器に人間性を求めた理由を理解出来るような気がする。本人は無自覚だが、そうすることによって自身の作品に葛藤を与え、運命に抗うか否かを見定めようとしていたに違いない。

生みの親の手の平の上で踊り続けた、運命という巨大な歯車の一部でしかなかった自分と、大差無い。

いや、彼らはそうすることを強いられていた。そういう立場だった。自らギア計画を発足した自分達とは、根底の部分で違う。確かに似ているが、角度を変えて見ればかつての自分達はどちらかと言えば最高評議会に近い。

「あ……」

黙々と吸っていたが、タバコの灰を落とそうとして、灰皿が無いことに気付く。くどいようだが禁煙期間が長かったので当然携帯灰皿なんて持ち合わせていない。純粋に灰皿の存在を忘れてしまった。仕方が無いので紫煙を溜息のように吐き出しつつ法力を発動させ、タバコを持っていない方の手で屋上の床に触れる。

ずずず、という音を立てて床の一部が隆起し、皿の形を形成した。即席の灰皿の完成だ。それに溜まった灰を落とした時、屋上の出入り口が重い音と共に開き、クロノが現れた。

「此処に居たのか」

チラリと一瞥してから眼を逸らし、視線を青い空に戻す。

クロノはその反応に苦笑を漏らしてから隣に座り込んだ。

「タバコ」

「あ?」

「吸うのか、お前? 喫煙してるところなんて初めて見るぞ」

「ああ、これか……禁煙してたんだよ。クロノが生まれた時くらいからな」

「それはまた、随分長い禁煙だったんだな」

「おかげでさっき、久しぶり過ぎて少しむせた」

「ハハハ」

呆れたようにソルが言うと、クロノは声に出して笑う。そんな彼の反応にソルはニヤリと口元を歪めた。

「……」

「……」

「……」

「……」

暫くの間二人は黙したまま空を見上げていたが、ソルが三本目を灰皿に押し付け、手が四本目に伸びた時にクロノが沈黙を破る。

「ソルは、最高評議会をどう思う?」

口調は気だるげで、ぼんやりとしていた。二人共視線は空に向けているので互いの表情は窺えない。

「良かれと思ってやったことが裏目に出る、もしくは利用される……人間社会ではよくあることだ。俺もそうだったしな……裏目に出てることに気付かないのは、流石にどうかと思うが」

返答するソルの声は酷く無機質で、それでいて色濃い疲労を滲ませたものである。

「つまり馬鹿だと?」

「まあな」

タバコに法力で火を点け、鷹揚に頷く。

「……そうだよな、馬鹿だよな」

互いに抱えるのは、人が愚かな過ちを繰り返すことに対する諦観。管理局上層部脚本の自作自演に付き合わされたことによる虚脱感。最早怒りを通り越して呆れることによって、逆に冷静になってしまっていた。

遣る瀬無い思いを煙と一緒に吐き出す隣に視点を移し、クロノは少し気になったことがあるので訊く。

「これからどうする?」

「最高評議会とその手下共に落とし前をつけさせる。下らねぇもんはそれで全部終いだ」

どうでもよさそうなソル。

「管理局は、潰さないのか?」

「潰して何になんだよ?」

この問いにソルは訝しむと首を動かしてクロノと眼を合わせた。

「だって、管理局が違法研究なんてやってるからこんなことになったんじゃないか」

「だからって管理局そのものを潰す訳にはいかねぇだろ」

呆れたようにタバコの灰を灰皿に落としつつ、ソルは説明する。

「管理局っつー組織は規模があまりにもデカ過ぎるから、やってる事業も大量だ。教育、医療、通信、交通、福祉、公共機関の運営、その他一般的な産業や経済、司法、事故・事件・災害発生時の人命救助やその後の調査・解決・その他諸々、保安や治安維持、ロストロギアや犯罪の取り締まり、次元世界間の入国管理や運輸、自然保護、あと何だ? とにかく、管理局が潰れるってことは管理局がやってるありとあらゆるもんが全部パーになるってことだ。もしそうなったら次元世界はどうなんだ?」

「……」

「答えは簡単。定められた秩序を失った次元世界はかつて無い程の大パニックに陥り、民は恐慌を引き起こし暴徒と化す。横行するテロ、混乱した世界に跋扈する犯罪、内戦の勃発、他世界への侵略、質量兵器の復活、次元世界同士の戦争……お前ら風に言えば『群雄割拠の古代ベルカ戦乱期再び』、俺風に言えば『聖戦の二の舞』だ。そうなっちまったら、もう誰にも止められん」

皮肉気に笑うソルの眼は、奈落の底のような暗い闇を孕んでいた。見る者を不安にさせる、憂いの光。普段は決して見せない、絶望を何度も繰り返し突きつけられ、精神が磨耗し切ってしまった眼差しだ。

「いくらなんでも、それは発想が飛躍し過ぎてるというか、極端なんじゃ――」

「絶対にあり得ない、って言い切れんのか?」

反論しようとして、言葉が出てこない。



――『世界は変わらず 慌ただしくも危険に満ちている』



旧暦の時代から言われている文句がクロノの脳裏を過ぎった。この文句を実感したことなど数え切れない。”海”の最前線で働く者達ならば誰もが肝に銘じている内容であるが、実際にソルのような戦争体験者から言われると、足元が崩れて落ちていくような衝撃に襲われた。

「今すぐって訳じゃ無ぇ。これから何十年先の未来に起こり得る可能性がある『もしも』の話だ」

「最悪な話だ」

「最悪を仮定したからな」

白衣に銀縁眼鏡という格好で、タバコ片手に紫煙をくゆらし、物憂げな表情を作るソル。豊富な知識と卓越した知力を持つ者だけが纏う、賢者の風格。賞金稼ぎとしての、戦闘者としての彼とは正反対の性質と白衣姿があまりにも様になっているのを眼にし、クロノは改めて彼が科学者であった事実を再認識する。

(預言は外れたのか?)

口には出さず、胸中でクロノは疑問を抱いたまま思考する。話を聞く限り、彼は管理局を潰す気など更々無いらしい。管理局が崩壊した場合のマイナス面をしっかり考慮した言い分は、誰が聞いても納得するだろう。忘れがちだが、この男は普段のチンピラ然とした態度とは裏腹に、世界を何度も救っていた。たとえそれが結果論だとしても、聖戦という地獄を見せ続けられた彼が混沌とした世界を望むだろうか?

そもそも預言の解釈それ自体が間違っていたのではないか? 確かにソルを暗示する一文と管理局崩壊と解釈出来る文章は存在したが――

(ダメだ。考えても余計訳が分からなくなるだけだ)

こんがらがった思考を打ち消すように頭を横に二度振って、やや強引に話題を切り替えた。

「そういえば、アルハザードって本当にあったんだな」

「みてぇだな」

「御伽噺かと思ってた」

「俺もだ」

スカリエッティの出自やら関わってきた違法研究やらを聞いて、特に因縁深かったのがPT事件の主犯、プレシア・テスタロッサのこととプロジェクトFであった。彼女が犯罪を犯してでも取り返したかったものと、その為に縋ったものを脳裏に思い描き、クロノは溜息を、ソルは紫煙を同じタイミングで吐き出す。

「もしかしたら彼女は、アルハザードに辿り着いて全てを取り戻せたのかもしれない」

「いや、それだけは絶対にあり得ん」

「えええええ!?」

思い出に浸りつつ感慨に耽っていた瞬間に飛んできた否定の言葉にクロノは思わず素っ頓狂な声を出す。

「あのアリシアの死体には魂が感じられなかった。中身が入ってない、空っぽの器だ。いくら器が無事だとしても、中身が無い以上『アリシア・テスタロッサ』の蘇生は不可能だ」

「……そういえばお前、あの時何か非科学的なこと言ってたな? 人は死ぬと何グラムか軽くなる、それは人間の魂の重さだ、とかなんとか」

「よく覚えてるな」

「お前の言動は衝撃的過ぎて忘れたくても忘れられないんだ」

苦笑するクロノにソルは苦笑を返した。

「人が死ぬと数十グラム軽くなるのは事実だ、非科学的なことじゃねぇ。その理由が分かんねぇから、世の科学者や一般人は非科学的に感じるだけ」

「その言い方はお前がその理由を理解しているということで、正解か?」

「ああ。今まで黙ってたが、法力の一種に魂を具現化する系統のものがある」

「そんなものまであるなんて、何処まで非常識なんだ法力は……」

今更そんなこと言われても慣れているからもう驚かないぞ、とばかりにクロノの反応は薄い。

「その系統を少しでも齧ったことがある奴ならすぐに気付く。プレシア・テスタロッサがやろうとしていることは徒労に終わる、ってな。中身が無ぇ、魂をサルベージする訳でも無ぇ、これでどうやって成功させるってんだ?」

此処で一旦言葉を切り、タバコを咥えて煙を吸い、ふぅーっと吐き出してから続ける。

「だから俺は、あの女だけは助ける気が無かった。生きてるのが不思議なくらい身体はボロボロだったし、絶望の中をのた打ち回っていた所為でとっくに狂ってたし……死ねば楽になれるからな」

最後の部分が最大の理由だと感じる。同時に、ソルは昔の自分を言っているような気がした。

「けど、お前ならなんとか出来たんじゃないのか? 魂云々の系統はマスターしたんだろ? だったらアリシアの蘇生も――」

「死人を生き返らせることなんて俺には出来ねぇよ。そもそも会ったこともない人間の魂をどうやってサルベージする? しかも死後二十年以上経過した魂なんて現世に残ってるとは思えん。だいたい、俺はそんな摂理に反するようなことをする気は二度と無ぇ。あの親子にはハナッから先が無かったんだ、諦めろ」

苛立たしげに断言し、ソルは短くなった四本目のタバコを灰皿に押し付ける。

その様子に、クロノは安心したような気分で呟く。

「そうか……死者は蘇らない、か。当然のことだったな、変なことを言ってすまない」

「死後二十年以上経過してたら尚更な。死後五分以内だったらなんとかなるかもしれんが、それじゃあ今の医療技術と大して変わらん。万能に近いが、万能じゃねぇんだよ、法力は」

言ってからソルは思う。”バックヤード深部”のコードにアクセスすれば、確かに自然の摂理すら捻じ曲げられる。現世をいかようにも改変可能な力はまさしく神の力。しかしそれは誰にも踏み入ることが許されない聖域だ。人の身には余る代物だから、触れない方が良い。

それ以外にも方法はある。ギア化だ。これも時間が経ち過ぎていると蘇生は無理だが、やはり死後数時間から数日の間であれば不可能とも言えない。

五本目のタバコを取り出して、なんとなく隣に「吸うか?」と勧めてみたが、案の定「いや、健康に悪いからいい」と断られたので真面目な奴だと肩を竦め、断られたそれを自分で咥え点火した。

「クロノ」

「ん?」

「あんまヘコんでんじゃねぇよ」

「え……?」

突然の励ましに戸惑うクロノをよそに、ソルは落ち込んだ息子を慰める父親の顔で言う。

「俺もそうだったが、人間ってのは馬鹿だ。歴史から何も学ばない。同じ過ちを幾度となく繰り返す。二百年以上生きてきたが、何処に行っても、どんな時代でも、人間ってのは変わらねぇ」

「やっぱり、そういうものか?」

「あんだけ痛い目に遭った聖戦が終わっても、ギアの力を求める国家や組織は後を絶たなかった。今回の件もそれと同じだ。古代ベルカ時代に生み出された忌まわしい技術から始まって、旧暦の時代から存在する機械兵器のアレンジ、人型兵器、人造魔導師、クローン、デザイナーズベビー。いけないと理解していながら手を出すのは、人間の宿業だ」

「やけに冷静でお前らしくないと思ったら、そういう考え方で納得してたからか」

「いや、今すぐ馬鹿な連中を血祭りに上げてぇくらいに腸煮え繰り返ってるぜ? そう思わねぇとやってられねぇだけだ」

感心したらこれである……相変わらず油断も隙も無い男だ。

クロノが半眼になって閉口した瞬間、



「けどまあ、人間の一部が腐ってても、人類全てが腐ってる訳じゃ無ぇ。数十年に一回かは、お前みてぇな青臭い坊やに会える……俺にとっては、それが救いだ」



朗々とした声で歌を詠うように紡がれたそれは、まさしく魔法の言葉だったとクロノは後に語った。










灰皿片手に咥えタバコで大会議室に入ってきたソル、続いて入室したクロノの二人に、視線が一斉に集まる。

この部屋はかなり広い。大学の講義室とまではいかないが、大人数が集まってプレゼンなどを行えるように十分なスペースが確保されていた。折り畳み式の長テーブルとパイプ椅子が綺麗に並べられ、皆が着席していた。

端から順にスカリエッティ一派。この室内に居る人間の中で唯一両手足を拘束されたDr,ジェイル・スカリエッティ、その隣にウーノが座り、二人の後ろをナンバーズが三、三、四になって座っている。ドゥーエ、トーレ、チンクが二列目、セイン、セッテ、オットーが三列目、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディ、ディードが四列目といった感じに番号順に(四番が欠番だが)。

「バッドガイくん。何故私だけ、しかも昨晩からこんな扱いなんだい? 娘達は特に何もされていない、というかある程度の自由は許されているのに、何故私だけ!?」

「うるせぇ。その顔を灰皿にされたくなかったら俺が発言を許可するまで黙ってろ」

「ゲホッ! やめたまえ!! タバコの煙には大量の有害物質が入っているなど子どもでも知っていることだよ!?」

文句を言ってきたスカリエッティの顔面にソルはタバコの煙を吹きつけてから、タバコの先端を額に突きつけて脅した。ナンバーズが小さく「ヒィッ!」と悲鳴を上げているのが聞こえたのでギロリと睨んで黙らせる。もう完全にヤクザだった。

そこからやや間を空けて座っているのはDust Strikersで働く管理局からの出向組。と言っても全員ではない。グリフィス、シャーリー、ルキノ、アルトの事務仕事組の四人と、ティアナ、スバル、ギンガの魔導師三人。合わせて七人のみだ。他の整備班やパイロットなどは居ない。

その隣には契約者達とその関係者。レティ、ナカジマ夫妻、リンディ、ティーダ、カリムとお付きのシャッハとヴェロッサ。ついでではあるが、マリエルも同席している。

なのは達”背徳の炎”は部屋の四隅にそれぞれバラけて待機している。ナンバーズが変な気を起こしたらすぐにでも取り押さえられるように、とのこと。

エイミィは別室でヴィヴィオとカレルとリエラの子ども達を見てもらっているので居ない。エリオ達は普通に学校なので、こちらも当然居ない。

「こっちは流石に顔色良くねぇな」

スカリエッティから管理局員側へと向き直り一人ひとりの顔を窺う。スカリエッティ一派が自供した内容にショックを隠し切れないのは若手メンバーが大半だ。誰もが胸中に不安を抱え縋るような視線をソルに注ぐ。ベテラン局員達は半ば覚悟していたようだが、表情はやはり優れない。クイントなんて不機嫌を隠そうともせず苛々とした空気を振り撒いていた。

皆、此処に居る誰もが管理局に対して思うところがあるのだろう。これまで自分が働いていた組織なのだ。自分は正しいことを仕事とし、懸命に働いて今日に至る、なのに勤めていた組織が実は裏で犯罪行為をしていましたとなれば、精神的苦痛は大きい筈。

「この程度で堪えてたらこの後辛いぞ?」

だがソルは慰めの言葉など掛けず、やれやれと咥えていたタバコを灰皿に押し付け火を消す。

と、我慢し切れなくなったクイントが口を開く。

「ソル」

「んだよ?」

「彼らはどうなるの? それと、これからどうするつもり?」

敵意の篭った眼で隣のスカリエッティ一派を睨んでから、厳しい表情で苛立たしげに問う。

「分かり切ったこと訊くんじゃねぇよクイント」

ソルは事も無げに即答した。

「最高評議会とその腰巾着共を潰す。それが終わったら、こいつらも全員纏めてクロノに引き渡す。俺は犯罪者を管理局に引き渡すまでが仕事だからな、その後は知らん。お前らの好きにすればいい」

この発言に安堵の溜息を吐く者も居れば、不満気な顔をする者を居るし、どういう顔をしたらいいのか分からない者まで居る。反応は人それぞれだ。

「スカリエッティの自供で管理局の裏の顔を知ることになったが、今日集まってもらったのはそれだけじゃねぇ」

丁度眼の前に――最前列の席にティアナが座っていたので、その長テーブルに一度灰皿を置き、ポケットから新たなタバコを取り出し点火。全員の顔を見渡しながらタバコを味わいつつ言う。

「俺のもう一つの顔も知ってもらおうと思ってな」

「ソルッ!?」

驚愕の声を上げるのはクロノだ。噛み付くような勢いでソルに詰め寄った。

「まさかお前、ギアのことを此処に居る全員に教えるつもりじゃないだろうな!?」

「そのまさかだ」

「何故急に? だって昔はあんなに、あんなに嫌がってたじゃないか!!」

「半分はあの馬鹿と戦闘機人の所為」

ピッ、とタバコの先端で指し示されたのはスカリエッティとナンバーズ。スカリエッティは眼を輝かせていたが、ナンバーズは何のことか理解が及ばず戸惑っている。

「境遇が似ていたからって同情でもしたのか?」

「してねぇと言えば嘘になるが、それだけじゃねぇよ」

肩を竦める仕草をしてから、ソルは管理局の面々に眼を向けた。

「元々、あの馬鹿を捕まえたら今まで手ェ貸してくれた連中には全部話すつもりだった。ま、俺がある程度信頼してるやつだけだが。それが予想よりも早くなっただけだ」

「だからってスカリエッティにまで聞かせる必要無いだろう? 危険じゃないか」

「クロノの言うことはもっともだが、あいつが全部ゲロしたら俺もギアに関することを話す、そういう約束なんだよ。そうしねぇと黙秘権を行使するとかほざきやがって」

「何だそれ聞いてないぞ!? というか黙秘権なんて関係ないだろう、いつもみたいに拷問染みた尋問でいいじゃないか!! どうして今回に限ってそういう『らしくないこと』するんだよ!!」

喚き立てるクロノの肩にソルはタバコを持ってない方の手を置くと、諭す。

「俺を思ってのことで嬉しいが、お前は一つ大きな勘違いをしてる」

「勘違い?」

「落ち着いてよく聞けよ……これから話すギアのこと、お前らハラオウン家が知ってる俺のことは――」

そこで一度切り、大きく息を吸ってから告げた。



「”あっち”じゃ一部を除いて、一般常識の域を出ない」



だから安心しろ、と続ける。

全身をわなわな震わせ、壊れた胡桃割り人形のようなぎこちなさで顎をガクガクさせながら、クロノは弱々しい声音を搾り出す。

「つ、つつつ、つまり、十年前の僕達は、最重要機密でもなんでもない、ただの一般常識を知ってしまっただけだったと?」

「騙すつもりは微塵も無かった。いや、本当に。許せ」

「口調が白々しい!!」

不敵に笑いタバコを咥えるソルの顔をぶん殴りたい衝動に駆られたが必死に我慢。

「……今まで『口外したら殺す』って散々脅されてたのは一体何だったんだ?」

「それはマジだ。一部を除いてっつったろ。ヤバイのも多少混じってる」

「それを混ぜた真意は?」

「その方が俺にとって都合が良かった。なかなか付け心地の良い『首輪』になっただろ? 他人と秘密を共有するってことは、相手の信頼を得ると同時にこっちの事情に巻き込むってことだからな」

「要するに!?」

「どいつもこいつも全員道連れだ。知った以上、死にたくなければ俺の言うことには必ず従ってもらう」

「圧政過ぎる!? 何処の恐怖政治だ! 悪質な詐欺より酷いじゃないか! この悪魔、外道、あとついでに女っ垂らし!!」

プツッ、と頭の中で何かが切れたクロノが白衣の襟首を掴み掛かってきたので、頭突きで応じる。鍋の底にハンマーを叩きつけたような音の後、額を両手で押さえ痛みに苦しむ彼に「席着け」と無情に言い渡す。二つの衝撃を受けたクロノはフラフラとした足取りで言われた通り席に着くと、不貞腐れたようにテーブルに突っ伏した。

どうやらこれ以上の文句は無いらしい。勝手にしろ、と態度が暗に示している。

『悪いなクロノ……サンキューな』

そんな彼にソルは秘匿回線で念話を繋ぎ、一言礼を述べた。クロノから返事はこなかったが、構わない。

「もうとっくに察してると思うが、俺は生体兵器。ギアと呼ばれる存在だ」

誰も驚かない。むしろ納得しているような雰囲気が皆から醸し出されている。『ああ、やっぱり』みたいな顔を全員が揃って浮かべた。なんか面白くねぇなと憮然したが、彼らの反応は当然なのだ。魔法無しで非常識な身体能力を発揮し、人の限界を超えた魔力をいとも容易く放出可能な上、違法研究者に対して容赦が無い。違法研究を目的とした誘拐が珍しくない次元世界でソルのような者が現れれば、誰だってその存在を邪推する。

普通は、そう思われないように自重しろよと突っ込まれても反論の余地無いのだが、聖戦時代からそこら辺はずっと無頓着。いつだって見敵必殺、全力全壊、Kill Them All、ギアの軍勢を周囲一帯ごと纏めて消し飛ばす、犯罪組織は皆殺しが基本、賞金首の生首を役所に持って行きその場で換金してもらう、という行為を百年以上平然と繰り返していたが自分に向けられる視線を気にしたことは無い。なので、今更過ぎる話だった。

(タバコ吸えんのは今日だけだから、ストックが無くなる前には終わらせてぇな)








そして語られる昔話。

神の力の一端を手にした三人の若者達から始まった、とある原罪。

摂理に挑み、神に逆らい、啓示に背き、運命に抗ったそれは、とても永い――長い話。

























結局、タバコは足りなかった。

























後書き


遅くなりましたが、あけましてドラゴンインストール(新年の挨拶)、今年もドラゴンインストール(辰年なので)。

え~、今回のお話は、難産でした。

暴露話云々の部分。ギアの秘密を、最後まで秘密のままにしておくかそうでないか、という点。バラす場合誰に? という点。この二つにず~~~と頭を悩ませていて……

で、前回までの流れ的にスカさん陣営に本当に話しちゃう? いいのそれで? リンディ誘拐され損じゃね? ていうかクロノ不憫じゃね? といった感じに「本当にそれでいいのか?」的な疑問符が常に頭の中をホップステップしてなかなか書き進めなかったんです。

それから今回初めて喫煙する描写を入れましたが、正直難しい。格好良く描写出来ません。原作でも喫煙者の癖に喫煙してるシーンや描写が皆無に等しく、どんな風にすればいいのかイメージが沸かず悶々としました。スレイヤーと梅喧はあるのに(前者はパイプ派、後者は煙管派)……GG2設定資料集のショートストーリー内(あの男編)でそれらしい描写があったと思えば「これは煙草じゃねぇ」と本人否定(アリアに『また研究室で煙草吸ってる!』と怒られて返答した言葉)。じゃあその咥えてるのは何だ? 禁煙グッズとかか?

まさかペロペロすると煙が出るキャンディーじゃあるまいな!? たぶん、ただの電子タバコだと思い……あれ? でも100均で売ってるシガレット・ホルダーみたいの装着してんじゃん? でも煙草じゃないってソル本人が言ってるし…………ミギーkwsk!!!

これからもよろしくお願いします。


ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat34 魂の本拠地、降臨
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2012/02/15 02:33
SIDE アルフ



「今後の方針に入る」

何事も無かったかのように話を次に進めようとするソルの態度とは対照的に、他の皆はさっきスカリエッティ勢から聞かされた管理局裏話の時よりもドンヨリとした空気に包まれていた。

(まー、ソルの過去ってヘヴィーだし無理もないか)

身内の連中はもうとっくの昔に慣れたことであるが、ギアの話は初めて聞く者のテンションを著しく下げる効果がある。所々かなり端折っていて、法力使いでも理解に苦しむ“バックヤード”や“慈悲無き啓示”などに関しては一切語られなかったが。

それにしても虚しい。あまりにも虚しい結末に溜息も出ない。涙腺が緩いスバルとかなんて泣いてるし。

特に落ち込んでるのは意外や意外、ジェイル・スカリエッティだった。まあこいつはスバル達とは違うベクトルでだが。ソルを含めた始まりの三人が魔法の開祖であり、法力学という分野においてゼロから全てを生み出したことと、魔法が確立されてからたった六年――計画が発足してからは僅か二年という短期間でギアを開発したことに『科学者としての敗北』を勝手に悟り、勝手に凹んでいる。それだけ法力とギアが次元世界基準と比べてぶっ飛んでただけだから、テーブルに突っ伏すくらい凹まなくてもいい筈。

「――と言いたいところだが、タバコが切れたから買ってくる。それまで休憩な」

唐突にそう切り替えて、ソルはタバコの吸殻が大量に載った灰皿を手に部屋を出て行ってしまった。誰も止めることなど出来はしない。今日限りのタバコ解禁とはいえ、どんだけニコチン摂取するつもりだ。

……………………………………しーん………………………………………………。

耳鳴りがしてくるんじゃないかってくらいに静かな空間を、重っ苦しい空気が満たす。

『誰かこの空気をなんとかしろ』

ふいにアインが身内のみに念話を飛ばしてくる。

が、誰も応えない。アタシも当然応えない。だって面倒臭いし。アンタがなんとかしなさいよ、と言わんばかりに無視を決め込む。他力本願イエェー。

『……全くお前達は……仕方あるまい』

盛大に溜息を吐くと、アインは部屋の角から皆の前まで進み出る。皆の注目が集まる中、彼女は仕事着のレディススーツからバリアジャケットへと姿を変えた。黒い翼と腰から伸びる黒い尻尾が顕れる。

何をするつもりなのかと誰もが疑問に思った瞬間、彼女は自分の首に装着している銀の首輪――ギア細胞抑制装置を愛おしそうに撫でながらゆっくり言葉を紡ぐ。

「今のソルの話を聞いて質問などがあれば答える。訊きたいことがある者は挙手するように」

おお、なかなか良い流れを作るじゃないか。これなら質疑応答する内に暗い雰囲気も徐々に薄れていくだろう。

すくっといの一番に迷いもなく手を挙げたのはレティ提督だった。

「貴方達の言いたいことはなんとなく分かったのだけれど、イマイチその、ギアというものがどういうものか理解し切れてないわ。既存生物を素体にする、戦争兵器として悪用された、と言われても話を聞いただけじゃちょっとね。私としては戦闘機人とあまり変わらないように感じるから」

バリバリ仕事をするキャリアウーマンのようにハキハキと言うレティ提督。彼女の言い分はギアの存在を身近に感じたことの無い一般人の見解としてごもっともな内容だろう。人事部に所属しているだけあって、純粋な人間の魔導師で都市をあっという間に壊滅させられる実力者を多く知っている。それらと比べてギアが何処まで脅威と成り得るのか、彼女は計れないのだ。

『兵器として悪用された』つっても、次元世界の歴史を紐解けば古代ベルカ時代なんてもっとエグいことしてたらしいし、そっちの歴史に詳しい人にとってはギアなんて大したことないと思われても仕方が無いのかもしれない。映像や写真のような視覚的資料をソルが提示しなかった――口頭説明のみがその要因だろう。

さて、アインはどう返答するんだろうね? アタシ達は黙したまま彼女の反応を見守ることにした。

「レティ提督の言う通りそこまで変わりはしないさ。ギア計画の発案元となったのは再生医療、ES細胞やiPS細胞などを培養することによって失った機能や臓器を補うバイオテクノロジーが発展したものだ。人型戦闘機械や戦闘機人の基となった技術も最初は義手や義足、人口骨格や人工臓器から成り立っているだろう? まあ、倫理的観点で言えば細胞の培養はアウトだったが、当時のソルは自分達の技術が人類を救うと信じて疑わなかった」

彼女は美しい眉を八の字に曲げ、眼を鋭く細めて続ける。

「ソルの故郷は、公害を生み出す科学文明の発展と度重なる戦争のおかげで環境汚染が酷かった。しかし、汚染され尽くした環境を元に戻すのは時間が掛かる……だったら、宇宙進出も視野に入れた上で自分達がその環境に適応出来る肉体になればいい、魔法があれば不可能を可能にすることが出来る、という意見がソルを含めた科学者達の間で生まれた。これが、魔法を用いた既存生物の人工進化――生態強化計画、ギアプロジェクトの始まりだ」

「それが兵器利用された?」

「ああ。人の進化は、いつの間にか既存生物の兵器化になっていた。理論上あらゆる生物を素体にしてギアを作ることが可能、故に素体を選ばず、命令に絶対服従、魔法を無限に行使し、補給も不要で、高い機動力と他を圧倒する攻撃力を保有し、必要最低限のリスクで敵を制圧する不死身の兵士。武力を必要とする組織や国にとってこれ程都合の良い存在はかつて無かった。だってそうだろう? 魔導師のように才能ある人材を探す手間や、一から訓練する必要も無ければ給料を払う義務も無い。機械兵器のような補給やメンテナンスも必要無い。いくらでも補充が利くから好きなだけ使い潰すことが可能で、ローリスクハイリターンを延々と繰り返してくれる。権力者が欲しくない訳が無い。レティ提督だってメリットだけを聞けば欲しくなってくるだろう? 管理局は慢性的な人手不足だからな」

「別にそんなこと思ってないわよ。いくら人手不足とは言ってもそんな非人道的な――」

「私だけは他とは違うとでも言いたいのか?」

反論しようとするレティ提督の言葉を、アインが絶対零度の眼差しと共に遮った。

「確かに貴方はソルが認めた人間だ、他とは違うかもしれないな。だが他はどうだ? 何故レジアス中将はスカリエッティと裏で繋がっていた? 何故戦闘機人は生まれた? 何故最高評議会はアルハザードの技術に手を出し違法研究を裏で進めていた?」

「……」

俯いて黙り込んでしまうレティ提督の姿が見ていられなくなり、流石にこれ以上はマズイと思ってアタシはアインの傍に寄って彼女の肩を掴んだ。

「管理局員をイジメたい気持ちは分からないでもないけど、その辺にしときな。レティ提督が直接関わってた訳じゃ無いんだし」

「あ、そうだったな」

きょとん、とした顔で返すんじゃないよ。アインはこれっぽっちも悪びれてない。こいつはソルの前ではドMなのに、どうしてあいつ以外の連中には真性のサディスティックを発揮するのだろうか。管理局が裏でしていたことが許せない気持ちは痛い程理解しているが、八つ当たりはいけないと思う。

この娘に喋らせるのはやめよう。口を開かせると管理局員の皆の胃に穴が開く。席に着くように促すと、渋々ながら従ってくれた。

「……なんかある奴、挙手」

引き継ぐ形で場を仕切る破目になってしまった。なるべくなら答え易くて簡単な質問が来るといいんだけど。

やがて、おずおずといった感じで手が挙がる。スバルだ。

「あの、ソルさんはどっちだったんですか?」

普段の無駄に元気な口調とは打って変わって震えたか細い声。

「どっちって、何が?」

「だからその、人対ギアっていう構図で百年間戦ったんですよね。ソルさんは、どっち側で戦ってたんですか?」

「ああそういうこと。そういやあいつ言ってなかったね」

質問の意味を理解し即答しようとして、逡巡する。

答えを聞くのを恐れていながら訊かない訳にはいかない、そんな覚悟と怯えた眼差しを垣間見せるスバルは、果たしてどちらの答えを望んでいるのだろう?

きっと彼女はソルの過去を自分に置き換えて、かなり感情移入して話を聞いている。ソルも身内以外の人間ではナカジマ姉妹のことを最も気に掛けていた。お互いに同属意識のようなものが芽生えていたのは確かだ。

かと言って答えは一つ。その答えを聞いてナカジマ姉妹がどう思うかまでは推し量れない。教えないって訳にもいかないので、アタシはなるべく感情が篭らない口調で淡々と口を動かす。

「人間側だよ。つーか、ソルがギア側についてたら人類に勝ち目は無かった……それでも百年掛かったけどね」

「……同じギアと戦うのって、辛くなかったんですか?」

「その質問は後で本人に訊きな。アタシは同胞殺しを生業にしたことなんてないから答えられないからさ」

スバルとギンガがきっと鋭く睨んでくる……優しい娘達だね。

「最後に一つだけ」

「言ってみな」

「戦争が終わった後、ギアはどうなったんですか?」

「ソルによって司令塔を失ったギアは一部を除いてそのほとんどが機能停止、見つかり次第駆除されたよ。まあ、大戦時に何十億人も虐殺された人類にしてみれば、ギアの残党なんて殺す以外の選択肢は無いしね」

この言葉にナカジマ姉妹は眼に見えて落ち込んでしまった。戦闘機人達も顔が青い。まさか自分達も同じように駆逐されると考えているのだろうか。それとも、自分達があのまま投降しなかったら、というイフを想像したのだろうか。

とりあえず例外となった者達のことを話そうとしたらドゥーエが口を挟んできた。

「ちょっと待って。戦争後のギアが見つかり次第駆除されたなら、どうしてこの女は生きているの?」

忌々しそうにアインを指差す。なかなか鋭い指摘にハッとなる者多数。

「えっとね、アインはかなり特殊な事情が――」

「貴様はアルフの説明を聞いていなかったのか? 一部を除いてと言っていただろう。ああ、そうか。雌豚には人間の言語は高度過ぎて理解が追いつかないのか。だったら懇切丁寧に豚でも理解出来るように教えてやろう。私がソルにとって忠実なる下僕にして愛の奴隷だからだ」

ドゥーエに回答しようとしたらアインが嘲笑しながら余計なことを口走る。全然説明になってない。

「ちょっとアンタ、何自分に都合の良いこと言ってんだい!? あれは闇――」

「そうだよ。『私が』、じゃなくて『私達が』でしょ」

「フェイトもお願いだから自重してくれないかい!? 話が進まないから!!」

訂正を入れるフェイトに釘を刺す。アルフに怒られちゃったーてへ☆、私達は事実を言っただけなのになーペロ☆、と反省の色がこれっぽっちも見えない変態共は放って置いて説明をすることに。

「さっき一部を除いて、つったろ? 戦後、ギアの中には自我を取り戻したり理性を獲得する奴もたまに居てね、そういう連中は人畜無害になった途端人間とのいざこざを嫌って人里離れた僻地でひっそり暮らしてるよ。それと、アインは特殊な事情があってね、細かい内容は省くけどこいつはぶっちゃけ十年前の闇の書事件で生まれたギアだから、聖戦なんて全く関係無いんだよ。そこら辺詳しく知りたかったら後で個人的に聞いておくれ」

それからほんの少しだけイリュリア連王国やガニメデ群島などでの現状を説明してあげると、ナカジマ姉妹を加えた戦闘機人達は少し安心したようだ。その様子にアタシはちょっぴり嬉しくなる。

ギアの歴史やソルの過去は重たいし、暗い内容で悲しくなるものばかりだけど、それでも救いが一つも無い訳じゃ無い。どんなに昔が酷くても小さな希望の光は確かにある、多少の問題を抱えていても生体兵器は人と共存出来る、ということを教えたくてソルは話したのかもしれない。そしてアタシ達があいつの足りない説明を補足することも読んでいたのだろう。あのお人好しめ。

(それにしても何処までタバコ買いに行ったんだ? あいつ)

場の雰囲気が明るくなったのを実感しながら、頭の片隅で此処には居ない大将に思いを馳せる。



SIDE OUT









背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat34 魂の本拠地、降臨










時は夕刻、逢魔が刻。昼と夜の境界線。夕暮れで赤く染まった世界が暗黒に侵蝕を許す時間。

人が寄り付かない濃い緑の中で、激闘が繰り広げられていた。その内二人の役者は、ゼストとアギトだ。

薄暗い森の中、濁流のように押し寄せてくる召喚蟲の群れ。それに抗いながら必死に前へと進もうとするが、蟲達に阻まれる。

蟲達の合間を縫って姿を現す青い機械兵器がAMFを展開。こちらの力を減退していく。

夜の帳が降り始めた上空には羽を持つ飛行型の蟲と同じく飛行型のガジェット・ドローンが、空を覆い隠す大部隊となってこちらの動きを阻害する。

大群だ。それと対峙するこちらはゼストとアギトの二人のみ。それはあまりに多勢に無勢だった。

どれだけ斬り捨てても、焼き尽くしても次から次へと無限に沸いて溢れてくる蟲と機械兵器の群れに、ゼストとアギトは辟易しながらも心は決して折れない。囲まれはしたが、決して退かず、怯まず、牛歩の如き遅々とした進みに苛立ちつつ救うべき者の為に槍を振り回し、力を振り絞る。

しかし、召喚術師が二人も相手で、しかもAMFを搭載したガジェットが鬱陶しいくらいに纏わりついてくる状況では、アギトと融合したゼストでも流石に攻略は難しい。

炎を槍の先端に纏わせ奮闘するそれは、さながら誘蛾灯。我先にと群がる敵の群れ。

「埒が開かんな……アギト、大丈夫か?」

『まだまだ余裕だけど、ごめんよ旦那。アタシが弱い所為で、ルールーとルールーのお母さんのとこまで連れてってあげられなくて』

相棒を気遣う槍騎士と己の力不足を嘆く融合騎の耳に、耳障りな甲高い声が届く。

『ああもう、本当にしつこい。騎士ゼストが助けたがってるレリックウェポンの親子は大切な駒なんで、いい加減諦めてくれると嬉しいんですけど~』

この先に眠る古代ベルカ時代の超大型質量兵器、『聖王のゆりかご』に身を隠したクアットロからの通信だった。彼女の嘲るような口調が内心の怒りを必要以上に刺激している。気を抜けば激情に身を任せてしまいそうになるのを堪え、ゼストは冷静に返す。

「貴様こそ諦めたらどうだ? スカリエッティも貴様を除いたナンバーズも既にDust Strikersに投降した。切り札となるゆりかごも、その起動キーとなる聖王の器が無い。万に一つも勝機が無いのは分かっている筈だろう?」

『そうだそうだ!! ルールーとルールーのお母さんを返せこのメガネ!!』

『メ、メガ……オホン。ドクターとナンバーズの代わりなんていくらでも作れるから心配要らないですわ~。今まで集めた遺伝子データと研究成果はちゃんと別の場所に保管してますから、時間を掛けて優秀な手駒を揃えるつもりですし。あ、勿論その中に騎士ゼストの遺伝子も含まれてますのでご安心を。たとえ今回はあの憎たらしい“背徳の炎”に負けたとしても、いつか必ず勝ちますので』

往生際が悪いにも程があるクアットロの物言いにゼストとアギトは思わず絶句。

クアットロが保管している遺伝子データの中に聖王のものが入っていないことは不幸中の幸いだろう。もし持っているとしたらゆりかごを起動される、そうなったら勝てっこないからだ。

『ということで私の大切な手駒さん、とっとと邪魔者を排除しなさい。以前ゆりかごに詰め込んだ物資を運び出す準備、お引越しの作業がまだまだ残ってますから』

それを最後に通信が切れて、待っていたとばかりに蟲とガジェットの群れが一旦止めていた進行を再開する。

口汚く罵りたい気持ちを刃に乗せ、振り抜く。

四散する蟲達、瓦礫と化すガジェット。邪魔する者共を薙ぎ倒しながら二人は進むが、やはり物量で攻めてくる相手にゼストとアギトでは、古代ベルカ式の魔法ではタイプ的な意味で分が悪い。一対多に向いていないのだ。視界を埋め尽くす敵の数が一向に減らない。行く手を阻む蟲とガジェットは単体でなら特に支障も無く倒せる。が、いくらなんでも数が違い過ぎる。減らす数より増える数の方が明らかに多い。

そして、進めば進む程AMFの濃度が高くなっていき、こちらの魔法がどんどん弱くなっていく。

状況はジリ貧。まさに八方塞りで、このままではルーテシアとメガーヌを取り戻せない。やっと、やっと二人を呪縛から解放出来ると思ったのに。折角、Dust Strikersが意図せず千載一遇のチャンスを作ってくれたのに。スカリエッティもナンバーズも居ない、監視のない今しか二人を救えないのに。

自分はあの時のように大切な仲間を救うことが出来ないのか?

ゼストの鋼のような精神に僅かな翳りが出たその時、



視界の全てが紅蓮によって支配された。



全身の毛が知らず逆立つくらいに攻撃的で圧倒的な魔力を知覚すると同時に、空間を蹂躙する炎が虚空を走り、飢えた獣のように蟲とガジェットを次々と食らって消し炭へと変えていく。

炎が爆ぜる。大輪の華が咲き乱れるように連鎖爆発が発生し、上空から襲い掛かろうとしていた全てを爆裂の渦が巻き込み、粉微塵にした。

大地が割れ、そこからマグマが火山の噴火のように噴出し川を作り、続いて溢れ出したそれがまるで意思を持ったかのように蠢き、数秒もしない内に巨大な炎の津波となって何もかも呑み込んだ。

瞬く間に周囲一帯が文字通りの火の海となり、世界が煉獄へと変貌を果たす。

『なんだよ今の……あ、あり得ねぇよ』

魔女の釜の中身染みた惨状に、炎を自在に操る烈火の剣精であるアギトが怯え、震えているのがユニゾン中のゼストには手に取るように分かった。

「どうした、アギト?」

『旦那、アタシ、今から変なこと言うけど、聞いてくれる?』

「ああ」

『この炎、凄く冷たいんだ。あんなに熱そうなのに、氷より冷たくて凍えちまいそうだ。なんとなく、なんとなくなんだけど……怖いよ』

勝気な性格の融合騎がこれ程までに怯える姿を初めて見るゼストは、なんとなくという曖昧な表現をされた炎を改めて見る。

辺りに熱気を振り撒き、眩く世界を照らす紅蓮の炎。なるほど、それは確かに何物も存在を許さない、死の具現だ。触れるものを片っ端から己の色に染め上げ、浄化するように消していく様は、何処か神々しくも禍々しい。無慈悲でありながら全てに平等の結果をもたらす聖と邪が混在したそれは、アギトが言う通り寒気を感じさせた。

空気は焼き焦げ、地面はマグマに覆い尽くされ赤く光り輝き、昼間であれば美しかったであろう森の木々は見る影も無く灰になり、蟲達は肉片一つ残さず焼却され、ガジェットはネジ一本余すことなく蒸発した。まるで火山が噴火した光景にゼストは危険を感じて高度を上げる。

そして、獄炎が今まで隠されていた古代の遺産を曝け出す。

旧暦の時代、一度は世界を席巻し、破壊した古代ベルカの叡智、『聖王のゆりかご』。

マグマの熱によって隠れ蓑となっていた木々や地表が全て融解し、地中に埋もれていたその姿が外気に晒される。

『で、でけぇ』

呆然とするアギト。

『聖王のゆりかご』は常識外れの大きさを誇る巨大な戦艦だった。管理局が保有する最大クラスの次元航行艦、その約何倍はあるのだろうか? 目測でざっと計算しても全長数キロメートルは下らない。こんなものが動き出して破壊をもたらせばどれ程の被害が生まれるかなど想像したくもない。

超巨大な質量兵器であり危険なロストロギアであっても、起動の鍵となる聖王の器が無いので動くことはない。主不在の船は誰にも操ることが出来ない。

そのことに安堵していると、眼下には、信じられないことにそんな地獄の業火の中を――煮え滾るマグマの上を、平気な顔で散歩するような軽い歩調で足を進め、ゆりかごを目指す男性の姿が認められた。

「ソル=バッドガイ!?」

何故此処に? という疑問と、こんな真似を出来るのは奴しか居ない、という気持ちを込めてその名を声に出せば、呼ばれた本人は口に咥えたタバコから白い煙をくゆらせてこちらを見上げてくる。

「よう、こうやって直接面拝むのは何年ぶりだ?」

不敵に唇を吊り上げ、右手でタバコを摘むと口から離して紫煙を吐き出し、そう問いを投げ掛けてくるソル。

左の肩に担いだ大剣がマグマと同様に赤熱化しており、赤々と妖しい光を放っていた。助けられた形になったが、当の本人は恐らくゆりかごを暴き出す為にやっただけだろう。

『……いくら魔力変換資質が炎熱だからって、マグマの上を歩くとかおかしいだろ……』

ソルの非常識っぷりを目の当たりにしたアギトがガタガタ歯を打ち鳴らす。

唖然としているゼストの姿に興味を失ったのか、前に向き直るとソルは止めていた足を動かし進む。

「むっ」

先の攻撃で蟲とガジェットは殲滅されたが、向こうに召喚術師が居るので補充はいくらでも利く。その証拠に紫色の、召喚を意味する四角い魔法陣が大量に浮かび上がりまたしても蟲とガジェットが運ばれてくる。



銃声。



「『!?』」

乾いた音が連続的に轟き、赤い射線がソルの遥か後方から放たれ、今まさに彼に襲い掛かろうとしていた敵勢を撃ち貫いていく。

誰かが遠距離から魔力弾を撃ちソルを援護した? 一体誰が?

赤い魔力弾からして騎士ヴィータであろうか? 疑問を打ち消す為に視線をソルの後方へ移し、ゼストとアギトは眼を瞠る。

それはヴィータではなかった。というか、人ですらなかった。

『き、機械兵?』

アギトが戸惑うように零す。

それは彼女が言うように、一見すればガジェットと同じ機械兵器。しかし、俵型や球体型、流線形の飛行型が大半を占めるガジェットと比べやたら鋭角的で、何処か歪な形に感じる。

全体的に赤い装甲。成人女性の平均身長より少し低いくらいか。人間の腕に当たる部分、それらしきものはある。しかし足は無く、浮いていた。ヒョロリとした縦長の胴体を地面に対して垂直に浮く姿は、デザインが良い文房具の類のボールペンを連想させる。そして腕には長い銃身の銃――ライフル――を携えていた。

そして何より特徴的なのは――ゼストとアギトには不可解なことだが――その機械兵はソルと同じ色の赤い魔力光を全身から放ち、ソルと同じ魔力反応を感じさせ、ソルと同じ紅蓮の炎を纏っていることだ。

そんな謎の機械兵が三体。手にしたライフルを構えるとすぐさま発砲。紅蓮の炎が銃口から吐き出され、赤い魔力弾が敵勢を銃殺していった。先程の援護はこいつらで間違いない。

『旦那、アレ見て!!』

驚き過ぎて裏返った声でアギトがとあるものの存在をゼストに伝え、ゼストもそれの存在に気付く。

謎の機械兵の更に後方。そこに、地面から生えた巨大な剣の刀身があるのだ。大きさは二階建ての家屋よりもあるだろうか。刀身は赤く、四角い切っ先は天を貫かんばかりに真っ直ぐ聳え立っている。

正確にはそれだけではない。巨大な剣の根元、そこの手前には赤い台座が置かれ、台座を中央にして挟むようにこれまた大きな歯車が複数設置され、それら全てを支えるようにして両端にジッポライターのチムニーのようなものがあった。

赤い台座の上には黒い彫像が乗っていた。死刑を待つ罪人のように跪き、許しを乞うように頭を垂れ、その両腕は台座を挟み込む二つの歯車で拘束されている。

歪な剣(?)のオブジェだった。意味不明な建造物だった。見る人が見れば、ある意味前衛的な芸術と評するかもしれない。もしそうだとしても芸術というものには全く縁の無い二人にとってはそれが何を意味し、作者がどういうことを表現し伝えたいのか分からない上、これが芸術品じゃないことははっきりしていた。

更に、それから赤い魔力の塊のようなものが無数に発生し、列を成して放射線状に広がっていく。上から見ると、まるで卵子に群がる精子の映像を逆再生しているかのようだ。

発生した魔力の塊のような物体をよく観察してみれば、それが先の機械兵と同類であることが分かる。ふよふよ浮いていて、足が無い。小さな二本の腕があり、片方の手で槌を持っている。胴体は旧時代の丸いストーブを思わせて、窓の中は赤々と燃えている。そのてっぺんに小さな煙突が付いていた。

ストーブの精霊みたいなそいつは謎のオブジェから大量に、無尽蔵に湧き出ると、それぞれが決められた方角へとゆっくり移動していく。行く先を視線で追えば、電信柱に匹敵する首部分が異常に長い丸底フラスコのような物が建っていて、それに吸い込まれていく。

丸底フラスコは数十メートルという一定間隔で、それこそ電信柱のように設置されていた。火の海の中をポツン、ポツン、と。

『あんなのあった?』

「いや、無かった筈だ……」

此処は聖王のゆりかごが眠る人里から遠く離れた土地で、人口建造物など存在しないし、戦う前から森しかないのは確認済みである。それなのに、気が付けば妙な形の機械兵やら謎の物体やらフラスコみたいなものやらが現れたりと理解に苦しむ現象が起きている。

もしかして、ソルが敵諸共森を焼き尽くした後に出現したのか?

丸底フラスコによく似た何かは、底部分にストーブの精霊を一定数吸い込むと、赤い光を放ち魔法陣を展開した。ミッド式でもベルカ式でもない、初めて見る陣だった。

魔法陣の展開が終了すると同時に底部分から赤い光が首を伝って立ち昇り、天を目指していった。それは目印となる塔のようにも見えるし、航海中の船を導く灯台にも見えるし、周囲を照らす篝火のようにも見える。

そして、フラスコからもストーブの精霊が湧き出し、それぞれが散っていき、フラスコに吸い込まれて、陣が出来上がりまた散っていく。その光景が絶えることなく繰り返されてネズミ算式に増えていくではないか。

今見ているものが一体何を意味するのか、全く以って理解出来ない。

ただ確かなことは、それらの物体全てからソルと全く同じ気配と力を感じること。謎の機械兵三体と同じだ。しかもそれがとてつもなく大きい。どんなに低く見積もってもエネルギー結晶型ロストロギアの数十個分はある。

いや、

『……旦那。アレ、どんどん強くなってない……?』

言葉通り、放たれる力も気配も時間の経過と共に大きくなっていく。心なしかフラスコが増える度に大きくなっていくような気がする。まるで世界があの謎の物体を存在させる為に力を譲渡しているような、そんな根拠の無い妄想すら浮かび上がるくらいに、異常な、底知れない膨大な力が集約しているのだ。

訳が分からない、存在理由も理解出来ない。

次に歪な剣(?)のオブジェ、その前でいくつもの火柱が発生する。

火柱から生まれ出てきたのは、赤い機械兵が六体だった。しかしさっきとは形が全く違う。鋭角的なフォルムは共通しているが、そもそも左右対称ですらないアンバランスな姿だ。

赤い装甲は共通している。大人より低いが子どもより大きい。肉食獣の頭蓋骨を金属で肉付けしたかのような頭にそのまま腕が直接備わっているのだが、右腕に相当する部位が巨大なドリルだった。反対側の腕がその代わり小さく、まさしく『ちょこん』と付いている。そしてやはり浮いているので足が無く、申し訳程度に尻尾のようなものが足の代わりに垂れ下がっている。なんかさっきのライフルを持っている三体と比べると全体的にバランスが悪いが、全身をプルプル震えさせながら六体が横二列に並んで行進する様子は可愛らしさがあった。

「何だあれは?」

またしても火柱が発生し、先の二種類とはまた違う機械兵が出現する。また六体だ。どうやら赤い装甲と赤い魔力光と赤い炎を纏うのは全機共通しているらしい。

こちらはちゃんと左右対称のバランスが良いものである。車のボンネットから引っ張り出したエンジンに酷似した胴体、両腕は片刃にして肉厚の剣で、やはり浮いているから足は無い。その代わり下半身にあるべき場所に船の錨の形をした尻尾のようなものがあった。

『どんどん出てくるよ!』

次々と火柱が上がり、その中から独創的かつユニークな姿をした機械兵が出てくる。ただ、今までは六体ずつ出てきた機械兵が何故か一体ずつしか出てこない。

両前足(?)のようなものの先端がタイヤになっていて、それを合わせると自動二輪車と全く変わらない形態になり、走行する機械兵。

頭頂部から胴体まで、つまり胴体より上が薄っぺらい直角三角形でヨットの帆に酷似した、ヨットと見間違えてしまう機械兵。

最早ただの大きなオイルライターにしか見えない機械兵。

人間の女性のシルエットを、ドレスのように展開している四枚の盾に似た装甲で隠す機械兵。

そして、最後に現れたのは今までとは比べものにならない程大きい機械兵だ。四本の多脚型下半身が全体重をしっかり支え、ズシンズシンと地響きを起こしながら歩く様は既にアニメやコミックに登場する巨大ロボットである。ずんぐりむっくりとした姿形は背後にあった歪な剣(?)のオブジェをその巨躯で覆い隠す程。

総勢二十体の機械兵。形、大きさ、それぞれバラバラなそれらがゆっくり歩くソルの後ろに、さながら主に付き従う従者のように勢揃いする光景は、部隊や軍などといった統制された組織が行進するようにも見える。

「まさか……いや、そうとしか考えられん」

『え!? 何がどうなってんの旦那!?』

一人戦慄するゼストにアギトは問い詰める。それに彼は震えながら応答した。

「見たことのない未知の魔法体系だが、もしかしてこれは、召喚魔法の一種ではないか?」

『何それ? ただでさえオーバーS超えてるってのに、召喚魔法まで使えるなんて反則じゃねーか!!』

理不尽だと二人で喚いている間に、眼下のソルは機械兵達に首を巡らし肩越しに振り返ると低い声で呟く。

「やれ。手加減する必要は無ぇ」

下された主の命に、

<OK, BOSS. Gotta go>

<Yes, sir! GO GO GO!>

<I'll give it a shot. Forward!>

<Right away! Here we go!>

<ASAP. Move move move!>

<Leave it to me. Party time!>

<My pleasure. My turn>

<Yes BOSS…Time to go…>

受諾したそれぞれが一斉に応える。機械兵達の咆哮。それはまさに戦場へ赴く兵士達が自分を含めた味方全員を鼓舞する為の、雄叫びだった。

プッ、とソルが咥えていたタバコ――吸殻と化した――を足元のマグマの上に吐き捨てる。

それが音も立てず燃え尽きるのを待たずして、ソルは再び歩き出す。





<We can handle it>

六体のザ・ドリルが右腕の巨大なドリルで敵を穿つ。

<We can do it>

六対のブレイドが両腕の剣で敵を斬り裂く。

<We have the advantage>

三体のペンシルガイが手にしたライフルによる正確無比の狙撃を行い、飛行型を次々撃ち落していく。

<They have no chance>

暴走するバイクのようにファイアーホイールが戦場を駆け、敵を轢き、間合いを詰めると両前足のタイヤを拳にように振るい、殴りつけて相手をぺしゃんこにする。

<Easy!>

ヨットのような外見のエンガルファーは『敵のスキルや機能を封印する能力』を持ち、ただそこに居るだけで敵のあらゆる行動を阻害した。

<Piece of cake!>

オイルライターの形から四脚へと変形を果たしたブロックヘッドが、頭部から火炎を放射しつつ傍に居たザ・ドリル、ブレイド、ペンシルガイを強化する。

<My stage>

サーヴァント中最速のクィーンが高速で動き回り、炎の法力を駆使して突撃、敵を灰に変えた。

<Dead meat!>

ギガントがその巨体を活かした腕の一振りで敵の群れを薙ぎ払い、胸部の装甲を展開させ大量のミサイルを発射した。

そしてソルは己のサーヴァントがその力を最大限発揮出来るように、得たマナを全てサーヴァントの強化・補助・回復に費やす。

マナは潤沢。何せ支配領域の拡大を邪魔する者が居ない。自分と同じ“バックヤードの力”を持つ者が存在しないので当然だ。何十という数のゴーストを支配した今、この土地は完璧にソルのマスターゴストの支配下だ。

おまけにサーヴァントもそれぞれが、『雑魚が』とか『相手にならん』とか『楽勝!』とか声高々に報告しながら敵を屠っている。戦況はソル達が圧倒的優勢であった。

まあ、今相手にしている連中など、昔“バックヤード”を巡って死闘となった“慈悲無き啓示”と比べるのが愚かしいくらいに弱いので、当然の流れだ。

……というか、弱過ぎる。

まず一撃で沈む程軟らかい。他の一般的魔導師だったらどうか知らないが、ソルとサーヴァントにしてみれば紙も同然。ダンボールで作った戦車にマシンガンをぶち込んでいる気分になる。ガジェットはAMFに頼り過ぎ――法力使いのソルと“バックヤードの力”であるサーヴァントには効果が薄く、蟲は面白いくらいに火に弱いからか。

動きもバリエーションが乏しくてパターンが読み易い。こちらを馬鹿にしているのかと苛立ちすら覚えた。

存在そのものがソルの法力の一欠片にして、グループを組んで連携と戦略を重視して戦うサーヴァントの敵ではない。これなら中級ギアが率いるギアの軍勢一個中隊の方がまだ歯応えがある。

数が異常なまでに多いだけ。本当にそれだけだ。ゼストでも時間と手間は掛かるが根気さえあれば数日中に片付けられると思う。事実、彼は敵の多さに難儀はしていたが、特別苦戦を強いられていた訳では無かった。

まあ、先程のオールガンズブレイジングによる余波で周囲の気温は1000℃に近く、そこら中からマグマが間欠泉のように噴出す状況下で、火の法力が具体化したサーヴァントが劣勢に陥る要素が無いのだが。

敵を蹂躙しているサーヴァントを見守りながら、オルガンを起動させる。頭の中に描き出された広大なマップには敵味方が光点となって映し出されていた。

「ゆりかごの中、か」

出撃する前から依然として三つの魂はゆりかご内部より動いていない。ルーテシア、メガーヌ、そしてクアットロだ。結界はとっくの昔に張ってあるので逃げられる心配は無い。前に出て戦うタイプではないとはいえ、いつまでも引き篭もってるだけで難を逃れられると思ったら大間違いだということをそろそろ教えてやろう。

どうやって引き摺り出してやろうか。射撃モードに変形させたギガントの『エスティメント・ワン』(ガンマレイに匹敵する威力の、貫通性が非常に高い極太レーザー)でゆりかごを真っ二つにしてやろうか?

そんなことを考えながら歩いていると、一際大きな召喚の気配と魔力反応を感知。

ゆりかごの上空に超巨大な召喚陣が浮かび上がり、そこから紫色の何かが産み落とされた。

<ヴォルテールと同じくらいでしょうか?>

「真竜と同等、メガデス級か……少しは骨のある奴が出てきたか?」

敵がどういう存在か察したクイーンに、ソルはふっと鼻で笑う。

紫色の光は身体に纏う魔力光であったらしい。

ゆりかごの上に二足歩行で降り立つ姿は、人型の白い巨大な蟲だ。召喚の規模からしてキャロの究極召喚と同じ、召喚術師の最後の切り札であろう。大きさもヴォルテールと似たようなものだ。



「――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」



白い蟲が吼える。耳を劈く大音量が暴力的に空気を叩き、大地を揺るがす。普通の野生動物や人間であればこの咆哮を聞いただけで形振り構わず尻尾巻いて逃げる程の威圧感を放っているが、生憎ソルはこういう化け物を狩り殺すことにだけは右に出る者が居ないプロフェッショナルで、ただ単にうるさいとしか感じない。

と、そこであることに気付く。白い蟲を見たことによって、その背後や上の空が真っ暗になっていることに。今まで周囲のマグマが明るかったおかげで意識していなかったが、もう時間的に夜だ。

「……」

今頃ヴィヴィオが寂しがっているだろう。早く帰らないと、小さなお姫様はソルと一緒に寝ると駄々を捏ねてなのは達を困らせるに決まっている。父親として娘に寂しい思いをさせたくないし、家族を困らせるようなこともなるべく避けたい。

だから、気が変わった。一気に片を付けることにした。

左肩に担いでいた封炎剣を一旦真上に向かって放り投げる。

くるくる回転しながら封炎剣が上昇し、頂点に達してから落ちてくるその前に、



HEAVEN or HELL



髪留めのリボンとヘッドギアを外し、クイーンに仕舞わせた。



FINAL DUEL



万有引力に従って回転しながら落下する封炎剣。その柄を左手で逆手に持つように掴み取り、



Let`s Rock



そして己の全てを解放した。










「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

<DragonInstall Fulldrive Ignition>

























後書き


皆さん感想でも予想を書かれている通り、メガ姉終了のお知らせです。

そして、STS編でのソルの実戦はこれで最初で最後になります。訓練? 模擬戦? あれは実戦じゃないんでノーカウント。

預言云々もそろそろどういう風に形になったのか小出ししていきたいと思います。もう既に気付いている方も居ると思いますが。

お察しの通りSTS編はもうすぐ終幕となります。もしよろしければもう少しお付き合いください。

次回はスーパー焼き土下座タイフーン&懺悔地獄タイム『贖★罪』だよ(仮)!!

ではまた次回!!


追記

なろうの類に投稿してくれ、ていう声がありますが、そっちに投稿すると読者さんになんかメリットあるんですか?

ログインID作るのめんdゲフンゲフン

正直考え中です。




[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat35 Keep The Flag Flying
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2012/03/09 16:41


空間ディスプレイに映し出される映像は、クアットロにとって常軌を逸したものであった。いや、彼女以外の誰が見たって常軌を逸している。

ルーテシア・アルピーノの究極召喚蟲、白天王。管理外世界における第一種稀少個体。その姿は最早二足歩行の巨大な蟲の怪物であり、魔獣の中でも最上級に位置する存在は人智を超越した生命力と戦闘能力を有していた。

彼の者にとって魔導師など意識しただけで死に絶える弱者であり、戦った場合吹けば消し飛ばせる程容易に殺せる筈だ。

だが、それはあくまで普通の魔導師を相手にした時の話であり、生憎と今白天王と戦っている相手は普通を遥か彼方に置いてきた異常者であり正真正銘の化け物であった。

ソル=バッドガイ。

紅蓮の魔導師は、ついに生体兵器としての真の姿を晒した。

上半身のバリアジャケットが消えた代わり露出した肌が赤い鱗で覆われ、

五つの眼が怪しい金色を放ち、

手足には肉食獣のような鋭利な爪が、大きく裂けた口には凶暴な牙が生え揃い、

頭部には二本の角が、背から一対の翼と一本の尾が生えていて、人の姿の面影は二足歩行のみで既に見る影も無い。

まるで竜だ。赤い、火の力を従える、最強に類する獣。

あれが自分達戦闘機人と『同じ』生体兵器と呼ぶのは憚れる。否、あんなものが人の手によって生まれてはいけない。違法研究に散々加担してきたクアットロですら鳥肌が立つくらいに、踏み込んではいけないと思わせる禁忌の領域。

あれは悪夢だ。存在するだけで全てを破壊し、何もかも滅ぼし、死と絶望のみを撒き散らす地獄そのもの。

禍々しい姿形。強大過ぎる魔力。むしろ神話や伝説から飛び出してきた悪魔だと言われた方が素直に納得出来る。あまりの恐怖とおぞましさにクアットロは吐き気すらしてきた。

「な、何なの……?」



――あれが、ギア? 生体兵器? 何処からどう見ても人を殺す為に生まれた化け物じゃない!?



滅茶苦茶に悲鳴を上げてディスプレイの前から逃げ出したい衝動が全身を駆け巡る。これは本能だ。生物としての生存本能が激しく警鐘を鳴らしているのだ。あれから逃げろ、一刻も早く逃げろ、さもないと死ぬ、どう足掻いても死ぬ、あれの前では全てが無意味であり無力であり無価値であり、もたらされる未来は無慈悲だ、呼吸をするように当たり前のこととして殺される、と。

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!』

響いてくる咆哮は白天王の悲鳴だろうか。自身の周囲を素早い動きと機動で飛び回り、視界の外から紅蓮の炎を体当たりのように叩きつけられ、よろめく。

更に長大な炎の剣が追撃。上から下までバッサリと斬り裂かれ、大きく仰け反った隙を突く形で赤い機械兵――全二十体の中でも一際目立つ、巨大な個体――が白天王の左足の脛に突進をかます。

ソルが従えるあの機械兵も訳が分からない存在だった。召喚術か何かの類だとまでは予測出来ても、どういうものなのか解析出来ない。何故あの機械兵達は、どれもこれもソルと同じ魔力光と魔力反応なのか。

何度スキャンを掛けても結果は変わらない。あの機械兵達はソルと同じ存在だと計器に言われる。こんなことはあり得ない筈なのに、一体どういうことだ!?

予測していなかった事態、理解不能な現象、未知の魔法技術、圧倒的な敵勢力、それら全てがクアットロの精神を蝕んでいく。

『■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■!? ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!』

機械兵から左足の脛に突進を食らった瞬間、耳を劈く絶叫が白天王の口から吐き出され無様に倒れ込む。

身体を震わせ何事かとモニターを注視して、息を呑んだ。

白天王の左足は、脛から下が吹き飛んでいたからだ。

それを行った機械兵の右腕には、巨大なパイルバンカーがいつの間にか装着されている。高層ビルの支柱よりも太い、杭打ち機にも似た凶悪な近接格闘兵器。突進の際、あれを白天王の脛に激突させたのだろう。たった一撃で真竜に勝るとも劣らない生命体の動きを奪う機械兵のパワーに戦慄を禁じ得ない。

片足を失った白天王はひとしきり暴れるようにのた打ち回った後、紫の翅を羽ばたかせ上空に一旦逃げて態勢を整える。と、今度は仕返しだとばかりに下へ向かって急降下。鋭い爪を振りかざし、自身の左足をもぎ取った機械兵に襲い掛かった。










「ギガント、モードチェンジ『レイダーモード』ッ!!」

上空から飛び掛ってくる巨大な召喚蟲に対抗させる為、『装甲変形アーマーモード』だったギガントを『機動変形レイダーモード』に切り替える。

<Yes, BOSS>

命令に従ったギガントが応じ、変形する。アーマー時に巨大なパイルバンカーだった右腕が元の無骨な装甲に戻るのに合わせ、四本の多脚型下半身が飛行機の降着装置のように折り畳まれると仕舞われ、背中部分の装甲が展開し翼へと変じ、ジェット噴射を推進力に巨体が浮き上昇した。

変形を終えると、被弾覚悟でこちらに特攻してくる召喚蟲に向かって飛翔、脇目も振らず正面から衝突した。

サーヴァントの中で最も鈍重である代わりに最も大きく最も力があるギガントでも、流石にヴォルテールに匹敵する大きさの召喚蟲を相手に力勝負では分が悪いと予想していたソルの考えは的中する。

爆発染みた大音量を生み出した大質量と大質量のぶつかり合いは、拮抗したのは最初の一瞬のみで、徐々に押し負けていく。

そもそもあれ程大きな召喚蟲に正面からギガントをぶつけることが無茶な話だ。確かにギガントは大きいが、精々二階建ての一軒家よりも大きい程度。対する相手はビルと肩を並べても遜色ない巨躯を誇っている。子どもと大人の対決のようなもの。実際、召喚蟲の腹部にタックルを決めているギガントの様子は、大人の胸に飛び込んでいる子どもである。力勝負で勝てる方がおかしい。

それ以前に『機動変形レイダーモード』と称して飛んでいるが、お世辞にも素早いとは言えないし高度も碌に取れない。戦闘機のような速度や動きなど夢のまた夢。ヘリの方がまだマシ、というレベル。そんなお粗末なもので生まれながら翅を持つ生き物に空中戦を挑むなどおこがましい。ハナッから勝ち目など無い。

だからこそサーヴァントはマスターと共に戦う“群れ”であり、戦略と連携を重視する“兵”なのだ。

「上出来だ、ギガント」

ギガントの背後からその頭部を飛び越すようにして、紅蓮の双翼を羽ばたかせながらソルが召喚蟲の顔面に迫る。ギガントが生み出した僅かな隙を狙って頭部を破壊する、初めからこれが狙いだった。

赤い竜が燃え盛る長大な炎と化した封炎剣を大きく振りかぶり、全身全霊を込めて袈裟懸けに振り下ろす。

「てぇぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

命の危機を本能的に察知した召喚蟲が咄嗟に逃げようと足掻くが、もう遅い。避けられないと悟り、被害を最小限に食い止める為に首を捻っていなそうと試みる。



――斬。



斜めに振り抜かれた炎が、召喚蟲の左目、そして左腕と左側の翅全てを奪う。

力を失い、墜落する白い巨体。受身も取れないままゆりかごの上にその背を叩きつけた。

ソルとギガントもゆりかごの上に降り立つ。

傷は即死するものではなかったので、それ程間を置かずに召喚蟲はムクリと起き上がるが、致命傷には違いないので動きがぎこちない。左腕も左足も左側の翅も、既に消失しているので当たり前だ。上体を起こし、立ち上がろうとして失敗し、四つん這いの出来損ないのような惨めな格好でこちらを憎々しげに睨んでくる。

片方欠けた翠の瞳からは、未だに戦意は消えていない。逃げる素振りも見せず残った手足を必死に動かし、満身創痍でありながら戦う意志を捨てないその様は、一人の戦士として敵ながら天晴れだ。

「……射撃変形、『エスティメント・ワン』」

瞼を閉じ、ソルが静かに優しい口調で言葉を紡ぐ。トドメを差してやれと促され、主に忠実な兵士は無言のまま従う。

ギガントの背中に展開していた翼が折り畳まれてから内部機構に収まると、頭部の上に音叉に似た形をした、巨大な金属の塊が出現する。

それは砲撃を放つ為の砲門だ。先端が二又に分かれた砲口からあらゆるものを貫く究極の光学兵器を発射する為の。

なんとか片腕で体重を支え上体を起こした召喚蟲が、反撃を試みようとして腹部に備え付けられた水晶球のような器官に魔力を溜め込もうとするが、致命的なまでに遅い。

土地を支配したことによって世界からマスターゴーストに捧げられる供物、マナ。生命の根源たる力であるそれをマスターゴーストから大量に供給され、破壊の力に変換し、ギガントは発射準備を整える。

「発射」



<GOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!>



ギガントが雄々しく咆哮する。

耳鳴りにも似た音が聞こえると周囲からギガントに向けて赤い光が集束、膨大なエネルギーを一瞬で溜め込むと、間を置くことなどせず撃ち出される光の束。

轟音が伴い、世界が震撼する。

眩い光の奔流は眼を瞑っていてもはっきり感じ取ることが出来た。閉じた視界が真っ赤に染まる。ただでさえ戦いの余波で異常に上昇していた気温が更に上がり、熱気が暴風となって肌を叩く。

有象無象の区別なく、ギガントの砲撃はその射線上に在ったもの全てを蒸発させ、この世から消去した。白い召喚蟲を呑み込み、ゆりがごの外壁を大きく抉り、森を、大地を、山々を容赦無く穿った。

閉じていた瞼を開き、ゆっくりと周囲を見渡して自分達が行った破壊の惨状を改めて確認する。

「……」

酷い有様だった。

大規模な法力行使によって木々は焼かれ、地は割れ、マグマがあらゆる場所から噴出して地表は灼熱に染まり、母なる大地を輝かせている。そこから立ち昇る黒煙が夜の暗黒を更に濃くしていく。

視界の奥に鎮座していた山々は、『エスティメント・ワン』を食らったことによって中腹部のほとんどを蒸発。大き過ぎる風穴がポッカリと綺麗に開き、それによって山頂部を支えられなくなり崩れ落ちる、という冗談のようなことになっていた。

ゆりかごの外壁も真上から見れば赤い筆ペンで線を引かれたようになっているだろう。レーザーの熱に耐え切れず融解し、内部を露出させていた。

レーザーの輻射熱とマグマによる気温上昇により陽炎が発生している事態は、まるで世界があやふやで壊れ易く、脆い存在なのだと訴えているかのようだ。

これくらいは当たり前だ。手始めにオールガンズブレイジングを使い、マスターゴーストを顕現してサーヴァントを全兵種召喚し、ドラゴンインストールを完全解放して暴れ回り、挙句の果てにはギガントに『エスティメント・ワン』まで撃たせたのだ。この土地が戦いを経て死に絶えるなど最初から理解していたことである。

幸いなのはこれが結界の中で行われた、という一点のみ。結界の外まで被害は及ばない。結界の中でなければ、とてもじゃないがこんな無茶をする気にはなれない。

所詮この身は生体兵器、結局破壊しか生み出せない、と自身を皮肉るつもりも無ければ自嘲する気も毛頭無い。そんなことはとっくの昔から重々承知していて、今更過ぎることだから。



――しかし、いや、だからこそ……破壊の権化は『俺達』だけで十分だ。これ以上増やさない。同じ過ちを繰り返させてはいけない。



今は感傷に浸ることよりも大切なことがある。まだやることが、やらなければならないことが山程ある。

「ゆりかごに突入しろ」

ソルの命を受諾したサーヴァント達は我先にと進軍。

ギア細胞抑制装置を装着し、竜から人の姿に戻り、バリアジャケットを再構築しつつリボンで髪を結う。

そして離れた場所からこちらの様子を窺っているゼスト達に向けて念話を飛ばす。

『ついてこい。あの親子を取り返すぞ』





ゆりかごに侵入を果たしたサーヴァント達は二手に別れると、破竹の勢いで防衛を突破していく。行く手を阻むガジェットを打ち砕き、召喚蟲達を焼き尽くし、敵勢の屍を踏み越えて進軍し、ついにソル率いる片方のグループが玉座の間に辿り着いた。

喧嘩キックをかまして扉をぶち破る。

その瞬間、これまで待ち構えていたのか黒い召喚蟲が襲い掛かってきた。確か、以前廃棄区画でエリオ達と交戦したガリューという名の個体だ。

馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んできたので、

「バンディット――」

応じるように素早く踏み込む。あまりの脚力に反動で床が陥没したが気にせず前方に跳躍。鉤爪が振るわれるよりも先に左飛び膝蹴りがカウンター気味にガリューの顔面にめり込み、

「リヴォルバー!!」

跳躍の勢いをそのままに身体を回転、遠心力を乗せた右の踵をガリューの頭部に落とす。

グシャッ、と非常に嫌な音を立ててガリューは仰向けに倒れ、口に位置する部位から白い泡を蟹みたいにブクブク吹き出し昏倒した。

背後でアギトが「あああああ!? ガリューがあああ!!」と悲鳴を上げていたが聞く耳持たず視線を玉座へ走らせると、虚ろな瞳で立ち尽くす二人の女が居るのを確認する。

ルーテシアとメガーヌだ。やはり洗脳されているのは間違いではなく、二人には自我が無い。糸で操られる人形のようにひたすら召喚魔法を行使し続けていた。今も召喚陣が眼前に浮かび上がり新たな蟲を召喚しようとしている。

洗脳を解く前にまず動きを止める必要がある為、ソルは隣に控えさせていたエンガルファーに指示を飛ばす。

「頼むぞ」

<That's enough>

ヨットの姿をしたサーヴァントの固有スキル『シャットアップ』が発動。かつて“慈悲無き啓示”との戦いで何度も役立ってくれたサーヴァントの能力の中でも特に異彩を放っていたものの一つが効果を発揮。

これは相対した敵のスキルを一定時間完全に封印するアンチスキル。つまりどういうものか具体的に言うと、法力使いに対して使えば法力を、魔導師に対して使えば魔法を封印する反則技だ。一度発動してしまえば、敵は己のスキルを使用出来ない。その間に片を付ける、という流れを作る為にとても役立つ。

まずは召喚魔法を封じることによって鬱陶しい手札を増やされるのを防ぐ。見る見る内に召喚陣が力を失ったように光を弱め輝きを失い、数秒も経たず一つ残らず消えていく。

<法力場を展開>

すかさずクイーンが法力を発動し――AMF濃度が高いゆりかご内部では魔法が使い辛いので――赤い光が床から二人を囲むようにして立ち昇る。光の柱の中に対象を捉え動きを封じるケージタイプのバインドだ。

拘束から逃れようともがく二人を見据えながら、ソルはクイーンに提案する。

「かなり昔に鳥野郎が使ってた解呪の法があるだろ? それで洗脳解けねぇか?」

<術式は教わりましたので使えますけど、あれでディスペル出来るかは試してみるまで分かりませんよ? “あちら”とこちらでは、洗脳術の手法そのものが根本的に違いますから>

「やるだけやってみろ。成功しなかったら他の方法を試す、それだけだ」

<ちなみに他の方法とは?>

「シンの時と同じだ。正気に戻るまで蹴りまくる」

クイーンは嫌な予感しかしないので訊いてみれば、案の定、強引な手法を取ると宣言するソル。

<……りょ、了解。全力を以ってその方法を回避するよう努めます>

ディスペル(物理)を行使しようとするマスターに戦慄しつつ、クイーンは解呪の法を発動する。




















暗闇の中、ルーテシアは独りで居た。

いつからこの闇の中に放り込まれたのかは分からない。気が付けば此処に居た。今までずっと独りだった。傍に居てくれる優しい誰かなど存在しない。これからもきっと独りなのだろう。

絶望と諦めに染まり切った心が漠然と思う。自分が此処から出ることは叶わない。

此処はとても寒くて、真っ暗で、寂しくて、苦しくて、辛い。

だから自分の身体を自分で抱き締めるように縮こまって、ただ耐えた。

終わりがあるのなら早く終わって欲しい。もし終わりがないのなら、自分という存在が闇に溶けて消えて無くなってしまえばいい。

そうすればもう悲しくない。もう独りぼっちでいることに泣くこともない。この暗黒の一部になってしまえば、どれだけ楽になれるのだろうか。



――誰か、助けて。



救いを求めても、それに応えるものなどありはしない。これまでずっとそうだった。助けて欲しいと願った時に自分を助けてくれた存在など一度として現れたことはない。

もう随分前から諦めている。来る筈のない希望に縋っても、結局自分は期待した以上の絶望を味わう破目になる。だからもう何も望まない。

なのに、



――助けて。



声が聞こえる。自分の、嘘偽りのない本当の気持ちが。



――お願いだから、誰か助けてよ……



涙混じりの、蚊の鳴くように小さい声が闇の中に響く。

助けなんて来ないと分かっているのに、本心は救いを求め続けていた。



――独りぼっちはもう嫌……嫌だよぅ。



嗚咽が漏れる。悲しくて、寂しくて、苦しくて、耐え難い程辛くて、涙がポロポロ零れては闇に溶けていく。

どうして自分だけがこんな目に遭わなくてはいけないのか?

どうして世界はこんなにも冷たいのか?

どうしてどうしてどうしてどうして?

疑問は尽きない。問いを闇に投げでも答えは返ってこない。

誰も此処には来てくれない。

だから泣いた。大声を上げて泣いた。親とはぐれた迷い子のように。



「寂しいのはもう嫌だ!! 独りぼっちはもう嫌だっ!! 助けてよお母さん!! お母さん!!! お母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」



「お母さんじゃなくて悪かったな」

「っ!?」

突然背後から掛けられた低い声に驚き、慌てて立ち上がって振り向くと、一人の男がそこに居た。

背が高く、眼つきの悪い男である。それにやたらと威圧感があって、近寄り難い雰囲気を身に纏っている。はっきり言ってチンピラかヤクザのような風貌だ。

男は手を伸ばせば届く距離までこちらに近付くと片膝をつき、固まったように動けないルーテシアと視線を合わせる。

「あーあ、涙と鼻水で酷いことになってるじゃねぇか」

そう言って溜息を吐くと懐からハンカチを取り出し、馴れた手つきでルーテシアの顔を拭う。その間、ルーテシアはされるがままだった。

「よし、綺麗になった」

拭い終えると満足したのか、男は手の平の上で炎を発生させ、ハンカチを惜しくもないとばかりに燃やす。

「あ」

その光景に釘付けになる。

紅蓮の炎。

闇を照らす光。

とても暖かい色だ。

それがルーテシアの世界を、真っ暗な心を満たしていく。

「お前はもう、独りぼっちじゃない」

男のもう片方の手がルーテシアの頭の上に置かれた。ゴツゴツしていたがとても暖かく、優しくて、相手に安心感を与える大きな手だ。

「ホント?」

「ああ」

ルーテシアの不安を払拭するように頭を撫でてくれる。

「だからとっとと眼を覚ませ。皆、お前を待ってる」

そして、紅蓮の炎がまるで太陽のように輝きを増す。

眩い光に包まれて、ルーテシアは覚醒した。




















瞼を開くとまず一番最初に飛び込んできたのは、泣き腫らした顔のアギトだった。

「ルールー! ルールー!!」

何度もルーテシアの愛称を呼びながら縋り付いてくる。

「アギ、ト?」

「うん、うんうん!! アギトだよ!! ルールーの仲間のアギトだよ!!」

良かった良かったと泣きじゃくるアギトの上から、覗き込むようにして見下ろしながらゼストが安堵の吐息を零す。

「心配したぞ、ルーテシア。無事で何よりだ」

「ゼスト」

仰向けになっていた身体を起こそうとして、後頭部が柔らかくて暖かいものに支えられていることに気付き、ゆっくり首を巡らせて見れば一人の女性が自分に膝枕をしてくれていた。

「…………お母さん?」

そこには母が居た。ルーテシアが求めてやまなかった母、メガーヌ・アルピーノだ。ずっと生体ポッドの中で眠ったままで、眼を覚ましても自分に会ってくれなかった母が、今眼の前に居る。

「ルーテシア」

震えた声で名を呼び、優しく抱き締めてくれる。母の腕の中、母の体温を感じて、漸くルーテシアは己の望みが叶ったことを実感する。

「ごめんね、ごめんね……今までずっと寂しい思いをさせてきてごめんね。お母さんらしいこと、何一つ出来なくてごめんね」

懺悔するよう繰り返し謝りながら母が泣いていた。

「これからはずっと一緒だから。何があってもルーテシアの傍を離れないから……お母さんを、許して」

母の言葉を聞く度に胸が熱くなってくる。涙が溢れて止まらない。これまで感じたことのない感情の波が膨れ上がり、口から吐き出されていく。

「会いたかったよぅ……お母さんに、ずっと会いたかったよう!! お母さんに会いたくて、私、ずっと頑張ってきたんだよ!!」

しがみつき、泣き叫ぶ。

そうすると、更にぎゅっと強く抱き締めてくれる。もう離さないと言わんばかりに。

周囲からは親子の再会を純粋に喜ぶ声が聞こえてきた。ゼストとアギトだけではない。聞いたことがある声や初めて聞く声もある。それらが全てルーテシアとメガーヌの再会を祝福してくれている。

ひとしきり泣いて感情をある程度出すと、自分達を取り囲んでいる者達に視線を配った。

アギトが、ゼストが居る。すぐ後ろにガリューも居る。スカリエッティも、クアットロを除いたナンバーズも全員居る。敵だった“背徳の炎”のメンバーも居る、以前戦ったことがある同い年くらいの男の子と二人の女の子も居る。それから、自分が知らない人達もたくさん居た。

皆が皆、優しく微笑んでくれた。



――『お前はもう、独りぼっちじゃない』



あの言葉は決して嘘ではなかった。

けれど、言葉をくれた当の本人の姿が見えない。視線を巡らせあの長身を探すが、見当たらない。

どうして? と首を傾げながら疑問を口にすると、ゼストが呆れたように肩を竦めて答えてくれる。

「『潰す』。そう言って俺達を此処に転送して、一人でゆりかごに残った」




















<蹴りまくるんじゃなかったんですか?>

ゴツゴツと重い足音を響かせてゆりかご内部を歩いていれば、首から垂れ下がった愛機がからかうような口調で話を振ってきた。

「うるせぇ」

デバイスに舐められていると思ったのか憮然と返す。

<無茶しましたね>

「そうでもねぇよ。この程度なら誰でも出来る」

<そんな簡単なことじゃないですよ。意識を三つに分割して、その内二つをそれぞれ二人の精神世界にダイブさせて覚醒を促すなんて真似、次元世界広しと言えど可能とするのはマスターぐらいです>

「鳥野郎だったらもっとスマートなやり方で洗脳を解くだろうし、人外だったら純粋に俺よりも上手くやってる筈だぜ」

<Dr,パラダイムとイズナさんはマスターと同じ“バックヤードの力”の持ち主で、法力使いとしてもマスターと肩を並べられる実力者だからでしょう? そんな人間普通居ませんからね。ていうか、三人共人間じゃないから本当に居ない!>

「がたがた喚くな、やかましい」

自らの発言に突っ込みを入れるデバイスを指で弾いて黙らせる。

“バックヤードの力”は、魂に干渉する力でもある。マスターゴーストが術者の魂そのもの、というのがいい例だ。

そして、“バックヤードの力”を持つ者同士の戦いというのは、マナを得る為に世界の支配権を奪い合う物理的な意味での陣取り合戦であると同時に、具現化した互いの魂に干渉し合う霊的な戦いでもある。

度重なる戦いでその力を研ぎ澄ませていったソルとその仲間達にとっては、魂に触れる行為は馴染み深いものと言っても過言ではない。ソルの場合は敵の魂を殴る、蹴る、斬る、燃やすといった破壊や攻撃がほとんどだったが。

故に、なんとなくだがどうすればいいのか分かる。理屈ではなく、明確な説明も出来ないものだが、とにかくやってやれないことはない。これは恐らく“バックヤードの力”を使い続けたことによる二次的な経験値なのだろう。

かと言って負担が全く無い、と言えば嘘になる。碌に知りもしない、親しくもない人間の心の中に侵入すると拒絶反応がとてつもなく強い。それだけでかなりの負担だ。こういうのはどちらかと言えば陰陽法術を十八番とするイズナの専売特許。実際、ソルの身体は倦怠感に包まれていて、多少なりとも脳に負荷が掛かったので頭痛もするし疲労も蓄積されている。しかし、試すだけの価値はあったと思う。無事成功したので文句の付け所はない。

(つっても、少し頑張り過ぎたか)

大技の使用、サーヴァントの召喚と長時間の使役、短時間ではあるがドラゴンインストールの完全解放、意識を分割して精神世界へダイブ、などでかなりくたびれている。そろそろ終わりにしたいのが本音だ。

それでも彼は歩みを止めない。止める訳にはいかない。

ルーテシアとメガーヌの姿が、かつての同胞達と重なった。自由意思を奪われ、操られて、使い捨て用の道具のように使われた挙句死んでいった、否、この手で葬ってきた同胞達の姿に。

それだけではない。もしエリオ達があの親子のような扱いを受けるかもしれなかったIFを想像するだけで胸糞悪くなる。全身を駆け巡る嫌悪感と吐き気は怒気となってソルの脳髄を刺激し、疲れている身体の奥底から“力”が溢れ出てきた。

許せない。許さない。必ず後悔させてやる。

爆発寸前の感情を無理やり押さえつける。代わりにギリッ、と奥歯を噛み締めることによって耳障りな音が頭に響く。感情に反応した封炎剣が赤熱化して炎を纏う。ギア細胞抑制装置を装着している筈なのに額の刻印が疼く。

まだだ。まだ耐えろ。もう少し辛抱すれば胸の内に溜め込んでいた激情をぶち撒けることが出来る。それまで凌げ。

心の中、自分で自分を言い聞かせながらゆりかごの最深部、クアットロが居るコントロールルームへ向かう。

既に下手人はサーヴァント達によって捕らえられている。相当暴れ回ったらしいが、囲んでボコボコにしたとの報告がつい先程送信された。

「覚悟しやがれ……!!」





コントロールルームに到着すると、部屋の中央に仰向けで倒れているクアットロの姿がある。報告にあった『囲んでボコった』というのは本当のようで、まさに焦げたボロ雑巾と表現するのがぴったりな、無様な格好。

「……」

ソルは無言のままクアットロの髪を乱暴に掴み、そのまま自分と同じ視線の高さまで掲げる。ぶちぶちと何本か髪が抜ける音が聞こえてくるが気にしない。

なんと驚いたことにクアットロは意識を失っていなかった。更に言えば眼にまだ光が見える。何故? こんなチェックメイト同然の状況下だというのに、その顔は不敵な笑みを浮かべている。

「ふ、ふふふ。うふふのふ」

掠れたような忍び笑い、いや、明らかな嘲笑が口から発せられる。

「あは、あははははは、はははははははははははははははははははっ!!!」

次第にそれは哄笑に変わり、狂気を孕んだ眼差しをソルに送りながらクアットロは大声で可笑しそうに、嬉しそうに、勝ち誇ったように笑う。

「何がそんなに可笑しいんだ?」

「そんな簡単なことも分からないの!? 脳みそまで筋肉が詰まってるんじゃないかしらこの化け物!! そんなに知りたいなら冥土の土産に教えてあげるわ、あなたが罠に嵌ってくれたことによって私の完全勝利が確定したからよ!!」

嘲笑い、そう宣言した次の瞬間、

「ゴフッ」

彼女は口から大量の血を吐き、絶命した。

「どういうことだ?」

唐突に自ら命を断ったクアットロ。その死体を横たえて疑問を口にするソルにクイーンが応える。

<心臓が潰れています。自決用に心臓を破壊する装置が予め組み込まれていて、それが作動し……>

と、そこで言葉を途中で止めてから、クイーンはあることに気付く。

<!? マスター!! 大量のレリックの反応と共にジュエルシードの反応が!! このままでは危険――>

慌てて警告を発するクイーンの言葉を遮る形で視界を眩い光が埋め尽くし、それと同時にゆりかごは大爆発を引き起こして消滅した。




















「ひゃーーーっっはははははははーーーーーーっ!! こんなに上手くいくなんて最っっっ高に笑えるわ!!!」

砂嵐しか映さなくなった空間モニターを前にして、“本物の”クアットロは両腕を大きく広げ、クラナガンの端に位置するオンボロアパート――空き家に不法侵入しているので住居侵入罪――の天井を仰ぎ見るように仰け反ってゲラゲラ笑う。

「バーカバーカブワァーカ! 誰がお前みたいな化け物を相手にまともに戦うか! あっさり騙されてくれちゃって張り合い無さ過ぎなんだよ!!」

何も映し出さなくなったモニターに指差しながら罵り、嘲笑し続ける。

クアットロがしたことは酷く簡単なことだ。

まず予め、こうなることを随分前から予想していたので準備していた自身のクローンの心臓に細工をし、任意のタイミングで心臓が潰れて死ぬようにしておく。そして、心臓が止まったらゆりかごに自爆装置として設置した全てのレリックとジュエルシードが励起状態に移行して爆発するという仕掛けを施す。

クローンは自身がコピーであるということを知らない。本物のクアットロにとっては生贄であり、操り人形でもあるコピーに真実を教えてやる必要は無い。ただ、使い勝手が良いように少し脳を弄った。こちらから送信される命令を自分自身が思考した結果だと思うように。

後はゆりかごが眠る地から遠く離れたクラナガンで、空き家になっていたオンボロアパート(不法侵入)で、ジュース片手に経過を見守りながら命令していただけ。

今までのことは全部が嘘。何もかもがブラフだったのだ。

本当ならソルが白天王を倒しゆりかごに突入した時点で自爆スイッチを押してしまいたい衝動に駆られたが、念には念を入れ確実に殺し切る為に、設置した自爆装置の爆心地に――ゆりかごのコントロールルームまでやって来るのを待った。

死ぬ前の刹那に垣間見える間抜け面を拝む為でもあったが。

ソルの抹殺には成功したが、欲を言えば後顧の憂いを断つ為に他の“背徳の炎”の連中やDust Strikers、更には自分を裏切った他のナンバーズ共も纏めて消滅させてやりたかった。まさかたった一人で乗り込んでくるとは思っていなかっただけに、残念である。

「まあ、いいかしらん~。ゆりかごと一緒にソル=バッドガイは死んだし~、私もこれで死んだってことになった筈だから追っ手の心配も無いし~」

顔と名前を変えて他の次元世界に高飛びすればもう何も恐れるものはない。

笑いが止まらないのは仕方が無いことだ。

「クアットロの完全勝利!!」

勝利という名の美酒に酔いしれるクアットロだった。











































キミも知ってるだろう。マスターゴーストを顕現した状態のマスターっていうのは、その人物の意思を世界に反映させ、実際に行動を起こす為のインターフェイスでしかない。

つまり、虚数に干渉する手段として召喚されるサーヴァントとあまり扱いは変わらないんだ。マスターゴーストにとってはね。

だから、初めてサーヴァントを召喚した時に誰もが思う。『召喚されているのはこっち』って。キミもそうだっただろ?

マスターゴーストが魂の本体である以上、所詮マスターはあくまでマスターゴーストを依り代にして召喚された一体のサーヴァントでしかないんだよ。

違いがあるとすれば、マスターはマスターゴーストの分身、ってところかな。

倒されればサーヴァント同様、マスターゴーストに還る。“バックヤード”を介してね。そして時間を置けば改めてマスターゴーストによって召喚される、というのが一連の流れさ。

まあ『鶏が先か、卵が先か』は置いといて。

サーヴァントを召喚する為に必要なエネルギー、マナについてどう考えてる?

生命の根源的な力? うん、間違ってないよ。なら、それは元々誰のものか気付いているかい?

そう、土地だ。土地を支配することによってマナを得る。じゃあ、その土地っていうのはもっと広義的な意味で何だと思う?

母なる大地、ひいては星と言い換えてもいい。キミはガイア理論を信じるかな? 僕は信じてる。人々が暮らす世界とは生命そのものであり、僕達は大きな命を宿主とする小さな命だ。

マスターゴーストが土地を支配してマナを得るっていうのは、一時的にだけど、魂が星と繋がることによって命を共有することと同じなんだ。

人間の小っぽけな命と比べて星の命は膨大だから、“バックヤードの力”の持ち主はマナさえあれば絶大な力を振るうことが出来る。

僕にとって星っていうのは、全ての命を生み出し、育んだ『神』さ。勿論これは僕が勝手に思ってるだけで、実際は違うかもしれないと前置きをさせてもらうよ。

常に無慈悲で、無情で、けど誰よりも命を愛し慈しむ、そんな存在。

これまで続いてきたこの世のありとあらゆる生命の営みも、進化も、滅亡も、全て星の下に行われてきた。

そして、そんな『神』と一時的に融合を果たしているキミは、この程度で死にはしない。マスターゴーストが破壊されない限り、ね。

まあ、魂の分身たるマスターが何度も倒されると、その度にマスターゴーストが身を削ってマスターを召喚することになるから流石にダメだけど、一度や二度なら大丈夫だっていうのはキミも知っての通り。

……さあ、そろそろ行って。もう休憩はお終いだよ。

キミは、キミが成さなければならないことを、思いのままに成してくれ。

フレデリック。

僕の、大切な――











































Open the GATE.

Summon.











































「何がそんなに可笑しいんだ?」

「へ……?」

先程ゆりかご内にてコピーが受けたものと全く同じ問いを投げられる。此処には居ない、そもそもこの世には既に存在しない筈の人物から。

まさか? そんな筈はない、あり得ない! これまで苦心して集めたレリックとジュエルシードを全て励起させてゆりかごごと吹き飛ばしたというのに!?

だったら背後から聞こえてきた声は一体何だ? 誰の声だ?

そうだこれは幻聴だ。きっとそうに違いない。疲れが溜まっていて、張り詰めていた緊張が切れた拍子に聞こえてしまった幻聴に決まっている。うん、振り向いて確かめてみればそれが正しかったことが証明される筈。

ゴクリと生唾を飲み込み、早鐘が鳴るようにドクンドクンとうるさい胸の鼓動を抑えるように手を添え、全身に脂汗をかきながら、ゆっくり、ゆっくりと背後へ振り返り、

「覚悟は出来てんだろうな?」

薄暗い部屋の中、指の関節をゴキゴキ鳴らし殺気を滲ませる紅蓮の狩人を確認した。










「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!??」

鳥を絞め殺す時に聞く断末魔の叫びにも似た悲鳴にソルは顔を顰め、必死に遠ざかろうとするクアットロに向かって踏み込み、手を伸ばして首を掴み高く掲げる。

「黙れ。あんまりうるせぇとマジで殺すぞ」

そのまま背後に向かって振りかぶり、壁に投げつけた。破砕音を生み出しながら壁をぶち抜き隣の部屋に移動するクアットロ。

出来上がった壁の穴に長身を折って潜り追いかける。その際、床に眼鏡が転がっているのを見つけた。どうやら壁をぶち抜いた時に彼女から外れたのだろう。とりあえずフレームもレンズも原型が残らないくらいに強く踏み潰し、粉々にしておく。

「なんで? なんで? なんで? なんで!!」

あまりの恐怖に表情を歪ませ、パニックになりながら喚くクアットロに、ソルはゴミを見るような眼差しで口を開く。

「テメェと同じことをしたまでだ」

「!?」

その言葉を聞き、漸く理解に及んだのか彼女はハッとなった。

「死んでも構わない自身のコピー、むしろ死ぬことを前提に用意したダミー……お互い用意周到だな」

フン、とつまらなそうに鼻を鳴らす。

初めからソルは予測していたのだ。孤立したクアットロが追い詰められたらどうなるかを。それ故になのは達を引き連れず、単身で、過剰戦力と分かっていながらあえて“バックヤードの力”を駆使して戦った。

投降したスカリエッティ達がレリックやジュエルシードを持っていなかった時点で、残ったクアットロがそれを利用しない訳が無いのは、少し考えれば誰でも分かる。

そして、罠と分かっていながら地雷を踏み抜く。マスターゴーストさえ無事ならマスターやサーヴァントが死のうが後はどうとでもなるのは、初めて“バックヤードの力”を手にしイズナに手解きを受けた頃から知っていた事実だ。

だからマスターゴーストを顕現した瞬間、その周囲の空間だけ切り取り、空間と空間の位相をズラしておく。それだけで、たとえ眼の前にあるように見えても全く別の異空間に存在することになるから、外部からのダメージは一切被らない。

マスターゴーストに攻撃を出来ないということは、ソルの本体を殺せないのと同義語。

この方法は廃棄区画の一戦で、はやてがディエチの砲撃を食らいそうになった時のことを参考にしたのである。あの時も、はやての位置をすぐに特定出来なかったが故にソルとアインは救援に向かえなかった。結局ザフィーラがその身を犠牲にしてなんとかしてくれだが。

「どうして、此処が、分かったの……?」

次に来るであろう質問を知っていたかのように、淀みない動きでソルはあるものを懐から取り出し、クアットロに放る。

それはアルピーノ親子が装着していたグローブ、もといブーストデバイスだ。

「送受信機だろ、それ? お前の命令を受け、情報を逐一送信する為の。いくつかダミーの回線を経由してたが、急拵えの粗悪なシステムで俺から逃げ切れると思うな」

クアットロの顔が思わず、しまった! という顔になったのを見て、詰めが甘いんだよと呟く。

スカリエッティ達がDust Strikersに投降してから今に至るまで、僅か二十四時間前後しか時間が経過していないので、ある意味では急拵えでも用意出来たことを褒めるべきかもしれない。生贄となったクローンは流石に一日で用意するのは不可能なので、こういうことを想定して以前から用意していたのであろうが。

まあ、そんなことはどうでもいい。

「テメェには言っておかなきゃならねぇことがある」

今まで溜め込んでいた怒りと憎悪を全身に漲らせ、真紅の眼に殺意を迸らせながら無造作にクアットロの襟首を掴み上げ、引き寄せ、至近距離で激情をぶつける。



「確かに『俺達』は生体兵器だ。何かの目的の為に、何らかの意図によって作られた。それは事実だ。否定したくても出来ねぇよ。

 だがな、『俺達』は戦争や政治の道具として生まれたくて生まれた訳でも無ければ、誰かの代わりでもねぇし、使い捨ての利く便利な駒でもねぇ!!

 それをよく理解した上で、豚箱の中で一生反省してろっ!!!」



――ドンッ!!



炎を纏った右の拳がクアットロの腹部にめり込むと同時に、人間から決して発生してはいけないと思わせる重低音が室内に響いた。



「タイラン――」



衝撃で身体が浮き上がった標的に狙いを定め、一瞬背中が前から見えるくらいに大きく、かつ素早く振りかぶると、右足を軸にして腰を回転させ、顔面目掛けて左の拳を打ち込んだ。



「レイブッ!!!」



爆炎を伴った左のストレートパンチは寸分違わずクアットロの顔面にジャストミート。その身体が紅蓮の炎に呑み込まれた瞬間、炎の渦は熱と衝撃を周囲に振り撒くようにして爆裂し、クアットロを焼き焦がしながら吹き飛ばし、オンボロアパートの壁をいくつもぶち抜き、建物の外へ放り出すと、綺麗に舗装されたアスファルトの上に叩きつけてから、暫く転がり続けて漸く止まった。

「その汚い面を二度と俺の前に晒すんじゃねぇ、このクソアマが」

聞こえてないと分かっていたが、そう吐き捨てずにはいられないソルだった。




















<そういえば>

「あ?」

<私とマスターって一度死んだことになってるんですよね?>

「マスターゴーストが破壊されてない以上、厳密にはその分身が死んだってことになるが、まあその通りだ。ちゃんと臨死体験もしたしな。死んでる間、もうとっくの昔に死んだ奴が出てきやがった」

<私の場合、綺麗な川を渡りました。死神を自称する女の子が船頭している小舟に乗って。もしかしなくてもあれが三途の川と呼ばれるものなのでしょうか……デバイスなのに>

「マジか?」

<で、向こう岸に到着したと思ったら、何処からともなく赤い髪をした女性が現れましてね。その女性が私を握り締めたかと思ったら、ぶん投げられて、元居た岸に戻されました>

「赤い髪の、女?」

<対岸に放り投げた私に向かって『フレデリックのことよろしくねー♪』と言い残すと消えてしまいました。それから気が付けばいつものようにマスターと共に>

「……」

<あの、マスター?>

「もっかい死んでくる」

<何言ってんですか!?>

「おかしいだろ? 普通逆だろ? なんで俺にはあのクソ野郎が来て、クイーンにはアリアが来んだよ!? しかも訊いてもいねぇ講釈をべらべらべらべら……チェンジだチャンジ、やり直しを要求する!!」

<馬鹿なことを言わないでくだ、あ! 何封炎剣で腹を掻っ捌こうとしてんですか!? させませんよ!!>

「大丈夫だ、イズナの話だと、この状態の俺はあと二回くらいなら死ねるらしい」

<決め顔でそんなこと言ってもダメなもんはダメに決まってるでしょ!?>

「うるせぇぇ! こんなの納得出来て堪るかクソッタレ、俺もその川渡らせろ、ズリーんだよお前だけ!!」

<いい年こいてデバイスに嫉妬なんてみっともないからやめてください! 戦場になった土地にマナを還元して元に戻す作業がまだ残ってるじゃないですか! 核兵器落としたみたいになってる筈だから、とっとと行かないと夜が明けますよ!!>

「畜生っ……!!」

結局作業は夜明けになるまで終わらず、ソルはクイーンに文句を言い、クイーンもソルに苦言を呈する破目になる。

が、

その時に眼にした朝焼けがやけに眩しくて、全てがどうでも思えるくらいにとても美しかったので、主とデバイスはそれで善しとし、家路に着いた。










背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat35 Keep The Flag Flying










そんなこんなで月日は流れ――





新暦75年9月12日、地上本部公開意見陳述会当日。

カリムは自身の執務室で、デスクに突っ伏すようにして頭を抱えていた。

「……まさか、こんな形で預言が的中するなんて……」

恨みがましい口調で呟き、ドンヨリとした眼差しでデスクの上に鎮座している羊皮紙の束に眼を向けた。

分かるようで分からん内容しか知ることが出来ない、曖昧模糊としたレアスキルなら、いっそのこと要らなかったと思う。何故なら、正しく意味を理解したのはつい最近のことなのだ。あまりにも遅過ぎて笑えてくる。

「今更不満ですか? 騎士カリム」

お盆の上にティーセットを載せた修道服姿のシャッハが現れ、紅茶を用意しながら苦笑。

「シャッハ、私は別に不満がある訳では無いのよ。ソル様や他の皆様のお気持ちは多少なりとも理解しましたし、最高評議会と現在の地上本部が間違っているのは確かです」

「ならいいじゃないですか」

「だからと言って、これから私達が実行するであろう計画が必ずしも良い結果に繋がるという証拠がある訳でも無いのです」

「それは皆様も承知の上で決めたことではないですか」

「しかしですね――」

「そんなに不安があるんだったら先輩の味方について最後まで徹底して反対すればよかったじゃないの? カリム」

シャッハに反論しようとするカリムの言葉を遮るようにして、いつの間にやらヴェロッサが登場。カリムの為に用意された紅茶に勝手に手を伸ばそうとしてシャッハに「それはあなたのじゃありません」と頭をお盆で引っ叩かれる。

床にキスしているヴェロッサを尻目にシャッハはカリムに向き直った。

「ロッサの言い分はもっともです。何故あの時、ソル様と同じ反対側に回らなかったのですか?」

問われ、カリムは俯くと恥ずかしそうに若干頬を染め、聞き取るには苦労するくらいに小さな声で答える。

「あの時はその、私も管理局に対して憤っていたというか、これ以上アルピーノ母子や騎士ゼスト、ナンバーズの方々のような人を増やしてはいけないと……」

「その場のノリと勢いでイケイケ状態だった訳だ」

復活したヴェロッサが立ち上がって言うと、そうですと言わんばかりにコクリと頷くカリム。

「それに、まさかクロノ提督が預言に出てくる“黒き守護者”だとはあの場で気付きもしませんでしたから」

要はそういうことだ。





『罪深き業を背負いし太陽が照らす、旧い結晶と無限の欲望が交わる地

 死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る

 死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち

 それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる

 運命の歯車が王の宿命を噛み砕き

 大海へと続く剥き出しの魂が謡い、大いなる生命と繋がる時

 暗黒の空に幾千もの篝火が掲げられ、朝日と共に彼の翼は空へと消え行く

 法の塔は道標を失い旧き秩序の夜が明け、死者達の悲願は叶い混沌の日の出が訪れ

 黒き守護者が混迷を撒き散らし、常世は人の業を知る』





これまで得た情報、起こった出来事、そしてこれから自分達が行おうとしていることを全て纏めると、まさに預言通りと言える。

「反対してる訳では無いんですよ? 繰り返しますけど本当です。ただ、不安なんです。ソル様だってそう仰っていたでしょう、クロノ提督が発案した計画が上手くいったとしても、これまでよりもずっと大変になるだけだって」

「『闇に葬る真実もある』だっけ? 先輩ってたまに凄く格好良いこと言うよね」

「感心している場合じゃありませんよロッサ」

能天気な態度を取る義理の弟に、義理の姉は深い溜息を吐く。

そんな煮え切らないカリムにシャッハは少し厳しい表情を作って進言した。

「しかし、クロノ提督の言い分もある意味正しいのでは? 正義と秩序を重んじ、弱きを救い、危険なロストロギアを“正しく”管理すべき管理局が人知れず自ら守るべき法を破り、罪を犯していた。だからこそ白日の下に晒すべきなのだ、というのは間違っていないと私は考えます」

クロノが言い出したことは、最高評議会及び違法研究を裏で容認していた連中を根こそぎとっちめることである。

やろうとしていることはとても良いことだと思うのだが、いかんせん多々問題があった。

「けれど、もう少し穏便に出来なかったのでしょうか?」

「もう今更無理ですよ。ウチの騎士達も含めて誰もがやる気に満ちてますから。当然私もです。準備も整っています。そろそろ出発の時間ですので、この紅茶を飲んだら覚悟を決めてください騎士カリム……いえ」

ゴホン、と一つ咳払いしてシャッハは言い直した。

「管理局粛清組織“Dust Strikers”、その本局襲撃部隊第二部隊長、カリム・グラシア様」










時刻は午後四時。

地上本部では当初の予定より一時間遅れる形で公開意見陳述会が開始されている。

マスメディアにはその理由が知らされていないことだが、陳述会に参加する筈だった一部の高官や警備を担う筈の魔導師達が、当日になって姿を現さないという事態に陥ったからだ。

そして、姿を消した者達は全て此処、Dust Strikersに集結していた。

ソルは建物の屋上で、鉄柵に背を預けるようにして曇り空を見上げながら缶コーヒーを啜っている。格好はいつもの聖騎士団の制服に模したバリアジャケット。

隣ではクロノも同様に缶コーヒーを啜っている。格好もソルと同じバリアジャケット。子どもの頃から何一つ変わらない、黒一色だ。

屋上には二人だけ。他には誰も居ない。

「タバコ、もう吸わないのか?」

「解禁日は一日だけだ。臭いって文句言われてまで吸い続ける気は無ぇよ」

クロノが発した疑問にソルは若干残念そうに応答。

「世界中のタバコをやめたくてもやめられない喫煙者に聞かせてやりたいセリフだな」

「今日、この後言ったらどうだ?」

「そうするよ」

軽口を叩き合いながら、二人はほぼ同じタイミングで缶コーヒーを飲み干す。と、クロノがソルに空き缶を手渡し、受け取ったソルは手にした二つの空き缶を火の法力で瞬く間に蒸発させる。

「クロノ」

「ん?」

「本当にこれで良かったのか? 今ならまだ、引き返せるぞ」

低く落ち着いた声音で、覚悟の程を問うようなソルの言葉に、クロノは躊躇せず、間を置くことすらせず答えた。

「構わない。これが僕の選択だ」

「管理局の社会的な信用と地位は失墜することになる」

「因果応報、そうだろ?」

「反管理局組織やテロリストが一斉に図に乗り始めるぞ。暴動だって発生するかもしれん」

「そうなった時の為のDust Strikersさ」

いけしゃあしゃあとのたまうクロノの得意顔に、ソルは呆れたように溜息を吐き、仕方が無いと言わんばかりに「やれやれだぜ」と零す。

「お前、実はDust Strikers設立前からこうなることを予見してただろ?」

「そういう訳じゃ無い。けど、我武者羅に働いてる内にソル達に出会って、人の業の深さを知って、管理局くらいの大きな組織にも隠れた闇があるんじゃないかと考えるようになってから、もし闇を見つけた場合どうすればいいのか悩んでいたよ」

「……」

黙ってクロノの話に耳を傾けながら、ソルは湾岸地区付近故に屋上から見下ろせる海を眺める。曇り空の所為で、快晴ならばいつも鮮やかなマリンブルーを示すそこは濁って見えた。

「勘違いしないで欲しいのは、あくまでこれは同じ組織による内部粛清。クーデターじゃないってこと。日本の武士でいう、所謂『切腹』だ」

「責任取って自決しろってか。半端無ぇな」

「ソル程でもない」

「褒めてんのか? 馬鹿にしてんのか? どっちだ?」

「管理局は生まれ変わるんだ」

不機嫌な声をスルーしてクロノは続ける。

「旧い考えに囚われた秩序を一度打ち壊し、新しい体制を整える……次の世代に胸を張ってバトンタッチを出来るように、ね」

実に清々しい笑顔でそんなことを言ってくるクロノに対し、ソルはほんの少しだけ感心したように告げた。

「良い面構えをするようになったな、クロノ……男になったぜ」

一瞬、何を言われたのか分からないとばかりにキョトンとした表情の後、彼は照れ臭そうに自身の頬をかく。

そして――



「そろそろ行くか。管理局粛清組織“Dust Strikers”、本局襲撃部隊総隊長にして、我らの最高司令官、クロノ・ハラオウン殿」

「ああ、始めよう。管理局粛清組織“Dust Strikers”、地上本部強襲部隊総隊長、我らが掲げし罪深き太陽“背徳の炎”、ソル=バッドガイ殿」



長ったらしい肩書きをお互いに言い合ってから、二人は同時にデバイスを機動させ、それぞれ手に剣を、杖を持ち、全隊に指示を送る。



『“Dust Strikers”出撃する!!』



管理局に巣食うゴミを、焼却処分する!!

























一言後書き


次回はSTS編最終話になります。

にじふぁんに投稿するのは、もう暫く待ってください。こちらでSTS編を投稿し終えたら、ということでよろしくお願いします。


では次回!!

追記

指摘された誤字を修正しました



[8608] 背徳の炎と魔法少女StrikerS 最終話 FREE
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2012/04/04 22:09


管理局地上本部の防御システムは、魔力障壁と物理隔壁の二重システム。甲羅に篭った亀の如き堅牢な守りであり、生半可なことで突破するのは非常に難しい。

襲撃側であるソル達は、この二つの防御システムを何らかの方法で無力化する必要がある。定石を列挙すれば、予め内部に侵入しておきシステムを統括する施設を破壊するなり、クラッキングによるサイバー攻撃を仕掛けたり、などだ。

しかし、今回はあえてその方法は取らない。自分達がいかに規格外で非常識であるか知らしめてやる。

『おいソル。どうするつもりなんだ?』

通信越しにゲンヤが探るような口調で質問する。

「まあ見とけ」

ソルは自信満々にいつもの不敵な笑みで応答すると、近くに控えていたはやてに視線を向けた。

「はやて、出番だ」

「そうなん?」

こっちにおいで、と手招きする我らがリーダーの傍まで「何やろ?」と可愛らしく首を傾げながらはやては歩み寄る。手が届く距離まで近付くのを待ち、ソルは彼女の肩に手を回し軽く抱き寄せ、クラナガンに聳え立つ摩天楼を指差しながら短く指示を出す。

「魔力障壁を展開しているシステムが、過負荷掛かりまくってオーバーヒートするくらいに派手なの、頼めるか?」

「もし上手くいったらご褒美くれる? だったらええよ」

期待が込められた眼差しを受け鷹揚に頷く。

「ああ、約束だ」

「えへへ、約束やからね」

頬を染め、蕩けた表情を浮かべ、はやてはソルの傍を離れる。

それから背に魔力で構成された黒い二対の翼を顕現し、

「ほな、派手にぶちかましてくる」

膝を屈め、爆発的な脚力による跳躍に合わせ飛行魔法を発動。カタパルトから射出されたかのような勢いで地上本部を見下ろせる高度に僅か数秒で達すると、左手に夜天の魔導書を、右手にシュベルトクロイツを構えた。

一度瞼を閉じ、自ら視界を遮ることによって視覚以外の感覚を研ぎ澄ませ、意識を集中させる。

「フルドライブ」

リミッターを外すと同時に普段とは比べものにならない魔力が身体の奥底から解き放たれ、歓喜の声を上げるようにして溢れ出す。足元には古代ベルカ式を意味する三角形の魔法陣が浮かび上がり、高まる魔力に呼応して輝きを増す。

「ドラゴンインストール」

更に此処で、リンカーコアが長年吸収し続けたソルの魔力――ギアの力――を使うことにする。全身の血肉が、細胞が一つ残らず強大な“力”に満たされていく。

リンカーコアが疼く。胸の鼓動が高まり、身体が火照ったように熱い。性的興奮にも似た高揚感と、神にでもなったかのような全能感がはやての精神を支配し、耐え難い破壊衝動と闘争本能が湧き上がってくる。

自分の身体が、知らない何かによって侵食されているような感覚を覚えた。だが、それは決して不快ではない。むしろ快感だ。今の状態こそが自然であり、普段の制限を掛けた状態こそが不自然だと思えるくらいに。

白銀の魔力光が血のように紅く染まり、古代ベルカ式の魔法陣を包むようにして円環法術陣が発生。

「遠き地にて、闇に沈め」

呪文を唱える。魔法が発動し、術式は構成された内容の通り、現実世界に術者の意図を顕す。

夕暮れだった空が一瞬で夜になりクラナガンは闇に包まれた、と勘違いしてしまう程に巨大な暗黒球が上空に出現したのだ。

空一面が全て黒。そう表現せざる得ないくらいに、大きい。世界の終焉がやって来たかのような、悪夢の如き膨大な魔力の、破壊の塊。



「デアボリック・エミッション――エクステンド!!」



その暗黒球が、はやての声に合わせて落ちてくる。超巨大な闇が、世界を覆い尽くす夜が地上本部目掛けて降ってきた。

そして、耳元で雷が発生したかのような轟音を伴って、暗黒球が地上本部をドーム上に覆っている魔力障壁と衝突。超々規模の魔力と魔力が鬩ぎ合い、稲妻にも見える閃光が空間を駆け巡り、余波が暴風を生み出し荒れ狂う。

「ハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」

はやてが可笑しさに耐え切れず、口を大きく開けて哄笑する。彼女の眼には、自身の魔法の力に地上本部が小癪にも抵抗しようとしているように見えるからだ。それが堪らなく笑いを誘う。



――我を一体誰と心得る? 火竜の隣を歩む夜天の王ぞ。王を前にして愚民の癖に頭が高いわ! 愚民は愚民らしく、地べたを這いずるようにして頭を垂れろ!!



これまで散々違法研究を影で行ってきた地上本部に襲撃を掛けること、フルドライブに加えて擬似ドラインを使ったこと、ソルから直々に頼まれた上に後でご褒美が待っていることに、はやての心は色々な意味でアクセル全開、テンションマキシマムだった。





まるで上から圧し掛かる重さに耐え切れずぺしゃんこになる卵のように、魔力障壁が完膚なきまでに粉砕され、霧散した。

「なんて無茶苦茶な方法を取りやがるんだ馬鹿野郎!?」

第108部隊が保有する指揮通信車の傍から肉眼で確認した光景に、ゲンヤは頭を抱えながら通信先のソルに文句を言ったが、相手は澄まし顔である。

『相手側の戦意を喪失させる効果もあるぜ』

「そりゃそうだ! あんなもんをいきなりぶち込まれたら誰だって戦う気なんて失せるわ!!」

魔力資質を持たない一般人の意見を言わせてもらったが、魔導師からだろうと同じセリフを言うに違いない。ただでさえ地上は本局と比べて魔導師の平均ランクが低いのだから、高ランク魔導師でも尻込みするレベルの実力者が放った空間広域攻撃に、地上の魔導師達はなす術も無い。尻尾巻いて逃げるのが懸命だと思う。

『ゲンヤがそこまで言うんなら効果絶大みたいだな。よくやった、はやて』

『わーい! ご褒美ご褒美!!』

『コラ、くっつくな。後でにしろ、後で』 

じゃれついてくるペットのような態度のはやてに対して、落ち着くように言い聞かせるソル。

ゲンヤは通信先の和気藹々とした様子に、コイツら超余裕だなぁ、緊張感なんて欠片も無いように見えるなぁ、と呆れていたらソルが全部隊に指示を飛ばす。

『こちらソル=バッドガイ、全部隊に告ぐ。これより突入を開始しろ。当初の予定通り、無抵抗な者、抵抗出来なくなった者は片っ端からヴェロッサに送りつけて脳内査察を受けさせろ』

各部隊から『了解』という返事が来て、数秒もしない内に全部隊全隊員に指示が行き渡る。

『行くぜ野郎共、思う存分ぶちかませ』



『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっっ!!』



あちらこちらから待ってましたと言わんばかりに地鳴りのような雄叫びが上がる。なんとも頼もしい鬨の声だろう。その声のほとんどが管理局員達で、しかも本来ならば襲撃される側の地上本部――今日の陳述会を警備すべき者達だ。契約者達の草の根活動が実を結んだ結果、これまで管理局が隠蔽してきた真実を知った彼らは、“Dust Strikers”と共に戦うことを決意してくれた。

(現場で働く若い連中が、こぞってこっち側に来てくれたってことは喜んでいいんだよな?)

魔導師達はそれぞれが手にしたデバイスを高く掲げ、空戦魔導師は空を飛び、陸戦魔導師は装甲車両やヘリに乗り、地上本部に突撃していく。

「私も行ってくるわ」

既に隣でセットアップを済ませたクイントが静かに言うので、ゲンヤは身体ごと向き直り、ただ黙って頷き送り出した。





始まったそれは、戦いと呼称するよりも狩りと呼んだ方が正しいと言わざるを得ない情景だ。

先のソルとゲンヤのやり取りのように、警備に当たっていた魔導師達はほとんど抵抗することを許されなかった。はやての一撃で絶対防御と信じて疑わなかった魔力障壁が消滅し、茫然自失になっているところを攻め込まれ、挙句の果てに敵対しているのが今日共にこの場を守護するべき仲間と知れば、混乱している内にとっ捕まってしまっても非難することは出来ない。

指揮管制室も警備担当の者達同様に大混乱している。

飛び交う怒号と悲鳴、矢継ぎ早に上げられる悪い報告、抵抗虚しく無力化されていく警備、次々に捕虜として囚われる局員、突破される防衛ライン、展開した瞬間ぶち抜かれる緊急防壁。

管理局始まって以来、これ程までに圧倒的力量差による迅速なアタックを受けたことなど無い。戦略も戦術もまったく感じさせない、純粋な力押し。しかし管理局史上この上なく恐ろしい強大な力押しだった。

「魔力障壁、オーバーヒートによりシステムダウン、復旧不可能です!」

「何故此処を守るべき魔導師が襲撃してくるんだ!?」

「本局から緊急通信、こちらと同様に襲撃を受けています。敵は、嘘だろ!? 聖王教会騎士団と次元航行部隊、“海の英雄”だって!?」

「クーデターか!?」

「ええい、本局は後回しにしろ、地上を攻めてきているのは何処のどいつだ!」

「現在判明しているのは、航空隊と陸士隊を含めた武装隊、救助隊といった他の隊、そのほとんどの部隊から今日失踪した者達だと考えられます。そして、それらを率いているのが“Dust Strikers”、“背徳の炎”です!」

「あの戦闘狂の集まりか!!」

「魔力値Sランク超えが多数発生……もうダメだ」

「いけません、どんどん防衛ラインを突破されて……もう間も無く此処に来ます!」

「退避、退避!」

一人が逃げろと喚き走り出す。それを聞いた者達が持ち場を一斉に離れた時、集団心理が働き易い人間は誰もが我先にと足を動かすこととなる。

だが、誰も逃げることなど出来なかった。

出入り口となる扉が外から強力な物理攻撃によってぶっ飛んだと思ったら、大量の魔導師が一気に雪崩れ込んできたのだから。





「無駄な抵抗はやめて大人しくお縄につけ。そうすれば命の保障だけはしてやる……くけけけけけ」

ドヤァ、と悪役面で実に楽しそうな表情でアイゼンを振り回すヴィータに付き従いながらスバルは思う。この人達の本業は賞金稼ぎなんかじゃなくて本当はテロリストなんじゃないのだろうか、襲撃がやけに手馴れてるよ、と。脅しを掛ける姿があまりにも様になっていて。

哀れな局員達を縛り上げると、運送班がやって来て数珠繋ぎになった彼らを連行していく。連行された先で待っているのは査察部が担当する尋問。そこで何か後ろ暗いことを隠していないか確かめるのだ。稀少技能“思考捜査”を保有するヴェロッサは大忙し。

程なくして「こちら第二特攻隊長ヴィータ、指揮管制室を制圧した」と報告し、数名に此処を任せたと指示すると、ヴィータはスバルに振り返ってニカッと元気に笑う。

「よーし、次行くぞ! 次!」









現在、公開意見陳述会に用いられている時空管理局地上本部の中央議事センターに存在する大会議室は、出入り口の扉が全て隔壁によってロックされ、袋のネズミと化していた。

通信妨害はされていないので完全に外界との情報のやり取りが断たれた訳では無かったが、そんなことが出来ようと出来なかろうとあまり関係はない。この会議室に居る自分達を守るものは存在せず――強いて挙げれば自分達を閉じ込めている隔壁がそれなのが皮肉だ――救助は呼べないし呼べたとしても誰も来ない、来れないのが分かるだけなのだから。

外の状況は無残の一言。敵の圧倒的戦力を前に地上本部の警備はズタボロ。そもそも襲撃側のほとんどが警備を担当する筈の者達。情報が筒抜けだったとか以前の話、単純に警備する側の人間の数が少な過ぎた。

次元世界史上に残る大規模なクーデターと称してもよさそうな事態を前にして、会議室内はパニック寸前。冷静に事態を受け止める一部の者達を除いて、誰もが口汚く罵るように喚き合っている。大抵の内容は“背徳の炎”率いるDust Strikersや、彼らと協力関係を結んでいる一部の管理局員達と聖王教会、そして彼らに寝返った(ようにしか見えない)管理局員達に対する罵倒。

見苦しいことこの上ない、蜂の巣を突いたような有様を前にして、レジアス・ゲイズ中将は黙したまま何もかも諦めるように瞼を閉じた。

来るべき時が来たか、と。

やがて、室内で口を開いていた者全員を黙らせる衝撃が――まるで工事現場で杭打ち機を地中に叩きつけるような轟音と共に発生。建物そのものが巨人の一撃によって揺さぶられているかのような、局地的な大地震にも似た震動である。

それは隔壁によって閉ざされた出入り口の扉から生まれる音。音が轟いたそこは、何かの冗談みたいに大きく膨らんでいた。否、膨らんでいるように見えただけで、本当は外部から常軌を逸した圧力が掛かったことによって鋼鉄が歪んでいるだけ、と気付くのに時間は要らなかった。

正常な形ではなくなった分厚い隔壁が、内部に向かってゆっくりと倒れ、耳障りな音を伴って床に転がる。

そして――

皆が固唾を呑んで注目する中、長身の男性が無遠慮に、実に堂々とした立ち居振る舞いで入室してきた。

若い、二十代中盤くらいの男だ。

獲物に狙いを定めた猛禽よりも鋭い真紅の眼が、室内を睥睨する。

踏み出す度にゴツゴツと重い音を鳴らす赤いブーツに、特徴的な額の赤いヘッドギア。バリアジャケットは白を基調としていながら全体的に赤が強い印象で、男の大柄で鍛え抜かれた肉体を包んでいる。

黄色い紐のようなリボンで腰まで届く黒茶の髪を後頭部で束ね結ったヘアースタイル。

首元から垂れ下がったネックレスのようなそれはデバイスで、鎖で繋がれた赤銅色をした歯車の形だ。

左の手に握られているのは、鍔元が大小様々なギミックで複雑な構造をした大剣。

次元世界において、最凶にして最悪と呼び声高い賞金稼ぎ“背徳の炎”、ソル=バッドガイその人だ。

彼の登場により、耳が痛い程の静寂と息苦しさを覚える異常な緊張感が会議室を満たす。

肌で感じるその圧倒的な存在感と威圧感は、自分達よりも遥かに高い領域に座す別種の生き物――しかも気性が荒い肉食獣――が放つ特有のものであり、皆が彼へ畏敬の念を抱く。

生存本能が理性に必死になって警鐘を鳴らす。決して眼の前の化け物に逆らうな、反抗すれば命は無い、と。

誰も声を出せない。もし何か口にすればこの場で即刻灰にされてしまいうという妙な確信と、いつまでこの状態が続くのかという底知れぬ不安が徐々に空間を支配する。

まさしく蛇に睨まれた蛙、いや、敵意を迸らせる火竜の前に立たされた無力な人間の群れだ。

時間にしてみれば僅か数秒。だが、気が触れてしまいそうな、いや、いっそのこと触れてしまった方が楽になれるとすら感じられる数秒の後、彼が漸く口を開く。

静かでいながらよく通る、有無を言わせぬ口調で厳かに、

「掃除だ、テメェらをな」

短くそう言った。

逆らう者、抵抗する者、異を唱える者、口答えする者などは誰一人として存在しなかった。

したくても恐怖に慄き出来なかった、が正しいか。










控えていた部下達によって暴れることが出来ないように手を拘束され、数人が纏まった数珠繋ぎとなって連行されていくのを見送りながら、ソルは床に座らされ大人しく連行されるのを待つ身となったとある人物に歩み寄る。

近付いてくる彼に気付いた者達が身を硬くして怯える中で、目的の人物だけが分かっていたかのように落ち着いた態度で視線を向けた。

レジアスである。

ずんぐりと中年太りした体格を持つ『地上の守護者』を値踏みするように見下ろす男と、大剣を肩に担いだ賞金稼ぎを何か諦めた視線で見上げる男。

暫しの睨み合いの末、ソルはこれ見よがしに「ちっ」と舌打ちしてから、苦虫を噛み潰したような表情で眉を顰めつつ問う。

「結局テメェは何がしたかったんだ? 何が欲しかったんだ?」

見損なったとばかりの視線と口調に耐え切れず俯き、レジアスは唇を噛み締める。肩が小刻みに震え、弱々しい嗚咽が喉の奥から零れ落ちる。

「儂は――」

自分は何がしたかったのだろう? 何が欲しかったのだろう?

問われた内容を反芻する。すると、悔恨の念と尽きない疑問が次々と浮かんでは消えていく。

どうしてこうなってしまったのだろうか? いつから間違ってしまったのか?

親友と共に守りたかった世界は、夢見た正義は、欲しかった力は、一体何処へ行ってしまったのか?

考えても分からない、記憶を探っても明確なものが見えてこない、どんなに後悔しても過ぎてしまった時間は元に戻らない。

「テメェ……!!」

なかなか答えない、答えようとしない、誰もが納得する答えを持たないレジアスに、ついに我慢の限界が訪れたソルが彼の襟首を乱暴に掴み、左腕一本で半ば宙吊りにするように強引に立たせた。

「父さん!!」

傍に居たオーリスが父を思って悲痛の声を上げる。

周囲がざわつき、部下が慌てて止めに入ろうとしたが彼の怒気に当てられ尻込みした。紅蓮の魔導師から滲み出す殺気が、動かそうとしていた手足を凍りつかせてしまう。今の彼を止めることが出来るのは、彼を畏れない身内の人間と親しい仲間だけだろう。だが、生憎と此処に彼らは居なかった。

「答えろ。テメェの望みは、正義は、手に入れようとした平和は、違法研究に手を染めて、親友や不特定多数の人間を犠牲にしなきゃ手に入らない程ご大層なもんなのかよ!?」

「ぐっ、うぅ」

締め上げられ苦しみ始めたレジアス。しかし彼は一切抵抗しようとはしない。これは罰だ、いずれ来るだろうと覚悟していた断罪の時がやって来ただけなのだから、自分はこれを甘んじて受け入れるべきなのだ。

許しを請うつもりは無い、許してもらえるなど微塵も考えていないし、許して欲しいとも思わない。自分はそれだけのことを――守りたいと思って突き進んだ結果、余計な悲しみを生み出してしまった――犯した。

だから、むしろこの時を待ち望んでいた。自身を断罪することが可能な、強大な権力すらいとも容易く踏み潰し、どんなに深い闇にも屈することのない太陽のような輝きと力を持つ、絶対的破壊者の存在を。

この男になら、人間という生き物が抱える闇を憎むこの男になら、殺されるのも悪くない。



――これでやっと楽になれる……ゼスト、今、そっちへ逝く。



全身から力を抜き、瞼を閉じて覚悟を決めたその刹那、



「お前の気持ちが俺には痛い程理解出来る。だが、そこまでにしてやってくれバッドガイ。そんな奴でも、レジアスは……俺の友だ」



死んだ筈の友の声が鼓膜を叩き、思わず瞼を開き声が聞こえた方へ眼を向ける。

そこには、忽然と姿を見せたゼスト――自分の所為で死んでしまった親友――がソルの肩に優しく手を置き、ゆっくり首を横に振っている、そんな光景が飛び込んできた。

「クソが……」

と忌々しそうに吐き捨ててソルは手を放し、苛立たしげにその場を離れ、何処かへ行ってしまった。

解放され尻餅をついたレジアスは息苦しさを忘れ、大きく眼を見開き信じられないという眼差しでゼストを見つめている。

「久しぶりだな。レジアス」

「ゼスト、なのか?」

「ああ。一度は死んだ身だが、お前の不甲斐無さを見ていられずあの世から舞い戻ってきた」

穏やかな表情でかつての親友が頷く。

「わ、儂は、今お前が戻ってきたおかげで、死に損なって、しまったぞ……ど、どうしてくれる」

喉が上手く動いてくれず震えた声を絞り出すが、言いたいのはこんなことではない。もっと他に言いたいことが、言わなければならないことがたくさんある。

眼の前のゼストが幻でも構わない、地獄から迎えに来た死神だろうと気にならなかった。もう二度と会うことは出来ないと、死んでも顔向け出来ないと思っていた人物に会えたことが、とてつもなく嬉しい。

「ゼスト、ゼスト」

涙が堰を切ったように溢れ出てきて、止まることを知らない。視界がぼんやりと歪んでいくのを感じながら、レジアスは赤子のように這いずってゼストに近付く。

「許してくれとは言わん、だが、せめて謝らせてくれ……すまん、儂が間違っていた、儂が、どうしようもないくらいに愚かだった!!」

慟哭が響き渡る。罪を認めた男の、心からの謝罪。

「フッ。俺が言いたかったことは全てバッドガイに言われてしまったから、もう俺にはこれしか言えん」

眼を細めゼストは苦笑すると、片膝をつきレジアスと視線の高さを合わせて静かに告げた。

「罪を犯したからと安易に死を選ぶな。罪の意識があるのなら、俺と共に生きて贖ってくれ……俺を残してまだ逝くな、レジアス」

こうして二人は数年ぶりの邂逅を果たした。




















薄暗く人気の無い、長い廊下で壁に背を預け、ソルはやれやれと溜息を吐く。

レジアスとゼストのやり取りを離れた場所でサーチャーを用いて監視していた彼は、肩の荷が降りたとばかりに空間ディスプレイを消しサーチャーを止める。

「ピエロか俺は……馬鹿みてぇだ」

自らの行動を省みて、自嘲。

心配する必要など無かったではないか。確かにゼストはソルと似たような境遇ではあったが、根底の部分で決定的に違う。そんなことなど初めから分かり切っていたではないか。

(結局俺は奴を許せなかった。そして奴も許されることを善しとせず、俺に殺されることを望んだ)

もしそうじゃなかったら、自分達も今のレジアスとゼストのようになれたのだろうか?

一度頭の中に浮かんだ考えをそんな馬鹿なと切り捨て、あり得ないと首を横に振って脳内から叩き出す。

叩き出した理由は、かつての奴とのやり取りの所為だ。



――『戦士が必要なのだよ。百年の戦歴に、旧時代の叡智を持ち合わせた真の強者が』



――今更、綺麗事をっ!!



――『憎め。その憎しみがお前を鍛え上げる。暫しの別れだ、フレデリック』



そして、五年後。



――『いける。今のキミならば、“バックヤード”の調律でも適応出来るだろう……戦士となったね、フレデリック』



――……貴様が、俺をそうしたんだ。



結局何から何まで利用されていた。復讐を遂げる為に行ったありとあらゆる戦いが、原動力となった感情も、だ。“あの男”に向ける純粋な憎悪と殺意ですら、奴にとっては計画の内でありソルは手の平の上で踊り続ける優秀な駒としての役目を知らず担わされていた。

「下らねぇ……!!」

急に胸がムカムカしてきた。イラつく。自然と眉を顰めてしまう。燻っていた憎悪が再燃し始める。ギリッと奥歯を噛み締め、封炎剣を握る手に必要以上の力を込め、ドロドロとした黒い感情を抑制しようと試みる。

どうしてこんなに不機嫌なんだ?

どうしてこんなに気分が悪い?

どうしてこんなに!!!



――あの二人が羨ましいんだ!?



自覚してしまった感情は、紛れもない嫉妬という負からなる醜いものであった。

あの二人は過去の因縁を清算する可能性を持っていて、それと比べ自分達にはもう不可能であることが悔しいのだ。

当時のソルにはかつての親友を殺すことしか考えられなかった。それ以外のことは頭に無かった。

自分が人間を辞めてしまった直接的な原因は誰だ? 何故アリアは死んだ? どうしてこの手でアリアの成れの果てを何度も殺さなければならなかった? 聖戦によって何十億人もの人間が死んだ原因は? ジャスティスを造り聖戦を勃発させたのは一体誰だ?

そもそも自分自身ですら全く許せなかった男が、どうやって全ての元凶を許せというのだ!? 否、許していい筈がない!!

ソルにとって奴を殺すことが戦う理由であり、生きる意味であり、目的であり、贖罪であり、過去に囚われた己の運命に決着をつける為の手段だったのである。

だから殺したことに後悔はしていない。おかげで全てが終わってくれた。百五十年以上続いた因縁と、それに付随していたその他諸々も。

しかし、最も信頼していた親友を殺したことには変わりない。

裏切られて、憎んで、利用されて、最後に殺した……それでも“あの男”はソルにとって友だった。どんなに恨んでもその事実はいつまで経っても変わらない。

また、相手もそうだった。親友を裏切り、憎まれ、利用し駒扱いして、殺される程恨まれていたとしても“あの男”にとってソルは誰よりも頼りになる親友のままだった。



――『……お兄ちゃんは、“あの男”と仲直り、したかった?』



以前なのはに問われた言葉が脳裏を過ぎる。

(本当は……したかったのかもしれねぇな)

許せなかったけれど、殺さなければならなかったけれど、封炎剣を振り下ろす前に仲直りくらいはしておけば良かったかもしれない。そうすれば今みたいに悩み苦しむ必要は無かったかもしれない。

ほんの僅かな時間でいいから、昔のように。

(何を、今更)

奴は、笑っていた。最期の瞬間、菩薩のように慈悲深くとても穏やかな微笑を浮かべて、ソルのことを優しい眼差しで見て、『フレデリック』と本名で呼んでから言った。



――『生きろ、“背徳の炎”よ』



大罪人が最期に遺した言葉は、親友に生きていて欲しい、という意思を示したささやかな願い。

その願いを叶え続けているつもりは毛頭無いが、ソルは自らの死を望まず生きている。死を望まず生きてきたからこそ、今がある。それ故に大切なものを再び手に入れることが、取り戻すことが出来た。

生きていようが死んでいようがこんなにも自分を悩ませてくれる存在は、後にも先にもきっと奴だけなのだろう。これ以上ないくらいに鬱陶しくて不快だと思うのに、どうしても忘れられない。そんな自分自身が少し腹立たしい。

もし、あの時許せていたのなら、奴は一体どんな表情をして、どんな反応を見せただろうか?

(野郎のことだ……鳩が豆鉄砲食らったような驚いた面見せてから『ありがとう』とか言いそうだ)

あり得る筈のない妄想が湧き上がってきて、唇を歪ませ苦笑する。

せめて今だけは、たとえ妄想の中でも奴を許してしまってもいいと思えてしまう。そのくらい感傷的になっていたのを自覚しないまま、ソルは仲間達に呼ばれるまで瞼を閉じ、暫しの間一人静かに佇んでいた。




















クロノの『本局制圧完了』の報告を受けると、ソルは地上本部をなのは達に任せ、誰も連れずに転送魔法を発動し本局へ向かう。

「なんか問題あったか?」

「特に無いな。むしろ楽だったよ。レティ提督が今日まで頑張ってくれたおかげでね。そっちだってそうだったろ?」

ソルに問いにクロノは手をヒラヒラさせて答え、訊き返す。

人事部所属という立場を最大限利用して信頼出来る人材を片っ端から説得し続け、ほとんどの局員を“海”、“陸”問わずこちら側に引き込めたのは彼女の手腕によるところが大きい。勿論、彼女だけではなく他の契約者達も貢献していたのは言うまでもない。

「逆に言えば、管理局は俺達が予想していた程腐ってなかった訳だ」

「あくまで現場で働く者と一部の高官を除いては、と付けなければいけないのが悲しいが」

うんざりと肩を竦めたクロノと共にソルは本局の最奥部へと歩を進める。

彼らが向かっている先は、本来ならば存在し得ない場所であり、入ることも許されない空間だ。ドゥーエの情報を基にして今日初めて進入を果たした最高評議会へ続く道のり、のようなもの。そこは結界魔法の一種で、現実世界と微妙に位相がズレている隔絶された世界。その最奥に最高評議会が待ち構えていると聞く。

「長いこと局員やってるが、本局にこんな空間があるなんて知らなかった」

「百五十年以上前の旧暦から続く時空管理局の最高機密にして最高意思決定機関。その実態が生体ポッドの中に浮かんでる人間の脳みそだってんだから、確かに表沙汰には出来ねぇな。何処の悪の秘密結社だ? 最近の特撮ヒーローでももっとマシな設定使うぞ」

少々不満気に訴えるクロノにソルが呆れたように応じる。

「何だお前、そういうの好きなのか? 見るのか、特撮ヒーロー?」

意外にもクロノがソルの言葉が気に掛かったのか食いついてきた。

「ウチの連中、この手の娯楽が好きでな。風呂上りに皆で見てることあんだよ……何故か知らんがわざわざ俺の部屋で」

「いいじゃないか別に。僕だって子ども達と一緒に見るぞ、たまに。結構話が練り込んであって面白いし、大人でもはまったりするって聞くし」

何だそういうことか、ソル本人がはまってる訳じゃ無いのかと納得。

「見るのは構わねぇが、その後デバイス振り回して魔法使って『ごっこ遊び』に興じるのはやめて欲しいと切に願う」

「……デバイスと魔法の使用は流石に」

頭痛を堪えるように額に手を当てるソルの態度に、クロノはとびきり酸っぱい梅干を食べたかのような顔をした。

「しかし悪の秘密結社か。言い得て妙じゃないか、次元世界を管理という名で征服してくれるわ、みたいな?」

「皮肉で言ったつもりだったが、局員がそんな納得の仕方すんのもどうかと思うぜ、俺は」

「まあ気にするな。お前と出会った僕だからこそ今のセリフは言えたんだ。感謝してるよ」

「礼言われるなんざ柄じゃねぇ。やめろ気色悪い」

軽口を叩き合いながら奥へ奥へと進んでいけば、やがてこれまでよりも広大な空間に出る。壁も無ければ床も無いし、天井だって無い。数メートルごとに足場となる床とでも言うべき薄っぺらい板のようなものがポツリポツリと浮いている程度。

なんとなく雰囲気が無限書庫に似てる、と二人は同じ感想を抱く。

「魔法使って飛べってか?」

「移動用の装置か何かがあるって言ってなかったか? というか、どうして案内役にドゥーエを連れてこなかったんだ?」

彼女は一時期、最高評議会の生命維持装置をメンテナンスする仕事を潜入時にしていたらしい。目的は諜報活動による情報収集と暗殺の為だ。しかし、何を血迷ったのか当初の目的をほっぽり出し、Dust Strikers設立時から食堂のおばちゃん兼寮母として働いていた。

「ドゥーエが俺の近くに居るとアインが不機嫌になんだよ。お前だって知ってんだろ、アインが不機嫌になるとどうなるか」

破壊衝動と闘争本能を有するギアになった所為か、それともソルの記憶を転写した所為か、はたまた細胞提供者のソルの性格に引き摺られているのか不明だが、アインは『夜天の魔導書』だった頃と比べ非常に気性が荒く、激しい性格だ。敵に対してはすぐに「殺す」とか「死ね」とか平気で言うし、実際怒ると天変地異が起きるくらいに大変である。

そうならないように手綱を握るのがソルの役目なのだが、流石に他者の好き嫌いは矯正出来ない。アインが嫌っているのはあくまでドゥーエで、彼女がソルの傍に居ようとすること。しかし、なるべく彼女の機嫌を損ねないようにドゥーエが近く居ないようにすることは可能だ。

好意を寄せられているが、ドゥーエの気持ちに応える気など皆無。これがフェレット形態のユーノだったり子犬形態のザフィーラだったりフリードだとしたら、『こいつらは俺のペットだから別にいいだろうが』と言い聞かせるところであるが。

「あいつは俺の半身みてぇなもんだし、切っても切れねぇ関係だ。そんなアインがドゥーエを何故嫌うか分からんが、他の連中と一緒にこれから先何百年も傍に居てもらう俺としては、我侭の一つや二つ聞いて多少の不便を被るくらいどうってことねぇよ」

それを聞いてクロノは微妙そうな表情で首を傾げる。

「アインの気持ちを優先したっていうのは理解したが、本来優先すべきは彼女一個人の感情じゃなくて目的を確実に果たす為の手段なんじゃないか?」

組織の上に立ち部下に指示を出す役職のクロノらしい発言だ。

「正論言われると返す言葉も無ぇが、幸い今回の件は予めドゥーエから情報を提供してもらってたからな。あいつの機嫌を損ねず、特に支障が出なければ文句は言わん」

フッ、と鼻で笑ってソルは飛行魔法を発動させ先に進む。彼に倣いながら、なんだかんだ言ってソルは家族を溺愛してるということを頭の片隅に留めておく。

暫くの間、二人で他愛のない雑談に興じながらフヨフヨ飛び進んでいくと、視界の奥からぼんやりと光を放つ三つの生体ポッドが見えてくる。

雑談を打ち切り頭を切り替え、生体ポッドから五メートル程度離れた距離で停止した。

『話には聞いていたが、改めてこうやって間近で見ると、こんなのにいいように使われてた管理局に問題が無い訳無いな、と言わざるを得ない』

『違いねぇ』

表情こそ変わらないが、念話にて内心の苛立ちを隠そうともしない“海の英雄”に“背徳の炎”は冷笑を浮かべ同意を示す。

『何だ貴様らは? 何故此処に? どうやって入ってきた?』

肉声ではない合成音声が二人の鼓膜に響く。恐らく眼の前のポッドに浮かぶ脳みそが放つ電気パルスを機械が読み取り、外部との意思伝達を行っているのだろう。そう考えればカメラや集音マイクのようなものもあって、こちらの様子をリアルタイムで撮影し、信号として脳みそに送り込んでいるから接近に気付いたのだろうか。きっと味覚と触覚と臭覚は無くて、機械に視覚と聴覚を頼っているのだ。

まあ、脳みその生体ポッドライフなど興味無い。ある程度のコミュニケーションが取れればそれでいい。

前に数歩分進み出て、クロノが先程の質問を無視する形で口を開き、問う。

「僕は時空管理局本局、次元航行部隊所属のクロノ・ハラオウン提督です。あなた方が時空管理局の最高評議会で間違いないですか?」

一応、自分が身を預ける組織の最高権力者(だと思う)ではあるので敬語だ。

『いかにも』

『いくら“海の英雄”とはいえ此処に入る許可は持たない筈。誰の手引きで此処に居る?』

『ふむ、“海の英雄”か。噂は聞いている』

三つの合成音声がそれぞれ反応し、最終的な確認が済む。

すると単刀直入に切り出した。

「一人の局員として、あなた方から直接お聞かせ願いたい。何故、人造魔導師計画や戦闘機人計画を違法研究と理解していながら影で推し進めていたのですか?」

「……」

クロノのやや後方にはソルが腕を組んで無言のままポッドに厳しい視線を注ぐ。

沈黙が両者の間に横たわり、生体ポッドが内部で立てるポコポコという泡の音だけが場を支配する中、程なくして三つ並んだポッドから順に合成音声が響いてくる。

『我らが求めるは、優れた指導者によって統べられる世界。我らがその指導者を選び、その影で我らが世界を導かねばならん』

『その為の生命操作技術、その為の“ゆりかご”』

『旧暦の時代より、世界を見守る為に我が身を捨てて長らえたが、もうさほど長くは保たん』

二人の顔が徐々に険しくなっていくのに気付いていないのか、それとも気にも留めていないのか分からないが更に続く。

『だが次元の海と管理局は、未だ我らが見守っていかねばならん』

『そんな我らに朗報があったのは数年前の戦闘機人事件でだ』

『ソル=バッドガイ。貴様の存在だ』

いきなり名前を呼ばれたが、ソルは半ば予想していたのか驚きはしない。が、とても嫌そうに眉根を寄せる。

『全身の細胞がリンカーコアと同じ機能を持つ生物などどんな次元世界でも存在し得ないが、もし存在するのならば貴様の遺伝子データはこの世の何よりも価値がある』

『そう。貴様の遺伝子は、我らが求める優れた指導者を生み出す苗床に相応しい』

『しかしジェイルは当時から貴様の遺伝子データを入手するのは不可能だと抜かしおる。役に立たん奴よ』

我慢の限界は自分達が思っていた以上に早く訪れた。

「もういい!!」

「黙れ……!!」

いとも容易くキレたクロノが最高評議会の言葉を遮るように絶叫を上げ、ソルが底冷えする声音で唸る。

思わず二人は顔を見合わせてしまう。

何なんだこいつら……? 一体何様のつもりなんだろうか?

彼らに対する怒りと嫌悪感で頭がどうにかなってしまいそうだ。自分の都合でしかものを考えない傲慢。いかにも自分達は世界の為を思ってやったと言わんばかりで、悪いことなど一つもしていないという狂った価値観。よりにもよって違法研究を憎むソル本人の眼の前で遺伝子データが云々と漏らす傲岸不遜な態度。全てが腹立たしい上に、その思考に吐き気がしてきた。

そもそも状況を理解していないのだろうか? こちらがその気になればいつでもポッドを破壊出来るのに、へりくだったり卑屈な姿勢を見せようともしない。こちらの姿が視えている筈なのに、声が聞こえてる筈なのに、まるで遠く離れた世界の住人と通信しているような、眼の前に存在しているのに認識されていないと思わせるリアクションだ。

もう逃げられないと覚悟を決めたのか? いや、それあり得ない。そんなものは全く感じられない。しかし不安も抱いていない様子。あるのは、自分達が絶対に正しいと信じて疑わない、根拠の見えない過信。

やはり脳だけだからだろうか。こちらの表情を、抱いている感情を読み取れないのか? ポッドの中で暮らす生活が長過ぎて生存本能が、生物なら当たり前に持っている危機管理能力が欠落しているとしか考えられない。

……こいつらは、ダメだ。何がダメなのか分からないくらいダメだが、一刻も早くこの世から消し去ってやらなければならないことだけは確か。実際に世の中の為にならないことは証明されたし、こんなものが存在していること自体が哀れであり、悲劇だ。

塵も残さず消してやる、とソルが法力を発動させようするよりも一瞬早く、クロノが足元に魔法陣を展開し、デバイス――デュランダルを構えた。

「クロノ?」

「ソルは手を出すな……これは僕が、管理局の人間がつけなくちゃいけないケジメなんだ」

クロノから滲み出す怒りと殺気を傍で感じ取りソルが動きを止める。

『貴様!? 何のつもりだ!!』

『まさか我らを!?』

気付くのが致命的なまでに遅い。

「うるさい黙れこの老害共!! 大人しく話を聞いていれば全く悪びれもせず次から次へと碌でもないことばかり並び立てて、次元世界はあんたらの思い通りになる箱庭なんかじゃない!! 百五十年以上も生きてる癖して人の人生を人形遊び感覚で弄ぶな!!!」

デバイスをステッキのように振り回し、淡い水色に光り輝く魔力光が空間を迸る中、クロノがこれまで溜め込んでいた激情を一気に吐き捨てた。



「悠久なる凍土、凍てつく棺の内にて、永遠の眠りを与えよ」



呪文の詠唱と共に周囲の気温が急激に下がっていく。此処ら一帯を生体ポッドや生命維持装置などと纏めて氷漬けにすると察したソルが飛び退くように後方へ離脱。

『や、やめろ!!』

『自分が一体何をしようとしているのか分かっているのか!?』

『おいソル=バッドガイ! 黙って見ていないでクロノ・ハラオウンを止めろ!! 我らは管理局の最高意思決定機関だぞ!!』

今更になって命乞いをし、あまつさえソルに助けを求めるという醜態を晒す最高評議会に、クロノは容赦も躊躇も無く渾身の力で魔法を発動させる。



「凍てつけ、エターナルコフィン!!!」



鈴が鳴るような澄んだ音が、リンッと静かに響き、そこは絶対零度の凍った空間に早変わり。

瞬く間にポッド内部の水分が凍りつく。それによって固体化した水分の体積が膨張し、容器を満たしていた液体だった頃と打って変わってポッド内部は加圧される。

徐々に大きくなる内圧に耐えるポッドがギシギシ軋む音。その数三つ。

音の発信源に向かってクロノは無言で魔力弾を一発ずつ撃ち込む。水色の射撃魔法が着弾すると、耳障りな音を伴ってポッドは内部から破裂するように崩壊し、中身は勿論、原形を留めず粉々になった。

大量の氷の破片が光を乱反射し、薄暗い空間を彩ったが、散り様が美しいだけにその光景は酷く虚しい。

後に残ったのは、ポッドを載せていた台座だけだ。

「……」

「……」

居た堪れない沈黙が二人を包むように降りてきて、場を満たす。

諸悪の根源は消えた。全てが終わったように見えたが、達成感も無ければこれっぽっちも嬉しくないし、喜ぶ気にもならなかった。代わりに胸の内に去来するのは、溜息を吐きたくなる遣る瀬無さだけ。

かといっていつまでもこうしている訳にもいかない。ソルは口を噤んだまま微動だにしないクロノの肩に手を置き、言う。

「戻るぜ」

そう声を掛けても彼は動こうとしなかった。俯き、前髪で顔の上半分を隠して、弱々しく言葉を紡ぐ。

「僕は、こんなことをする為に管理局に入ったんじゃない」

感情を必死に押し殺す、震えた口調。

「僕の魔法は、僕の戦う理由は、こんなことの為に――」

「分かってる」

最後まで言わせいようにソルは強引に遮ると、クロノの正面に回り込んで彼の項垂れた頭の上に手を置き、やや乱暴に撫でた。ツヴァイやエリオ、キャロやヴィヴィオが泣き喚いた時にそうするように。

完全に子ども扱いだったが、実年齢なら二百前後離れているのでソルにとってクロノはまだまだ坊やだ。

それに、振り払われることはなかった。

「クロノ。さっきお前が言ったように、誰かが最後に落とし前をつけなきゃならなかったんだ。嫌な役を、な……俺がやろうと思ってたが、結局お前がやってくれた」

すすり泣く声が、嗚咽を堪える音が聞こえてくる。それをなるべく聞かないようにしながら、

「絶望してもいいが、諦めるな。お前は間違っちゃいねぇ、俺が保証する……だから前を見ろ、今のお前はそれでいい。前に言っただろ」

まるで父親が息子を諭すように、そう告げる。

そんなソルの態度が、クロノの記憶の奥底に眠っていた実父のクライド・ハラオウンを想起させた。

普段忙しい父が珍しく帰ってきた時に、仕事で疲れているとよく理解していなかった当時のクロノが構って欲しくてちょっとした悪戯をしたら、母のリンディにこっ酷く怒られて、その後父にごめんなさいと謝り悪戯はもうしないと約束した時を。

あの時も、こんな風に頭を撫でてもらっていた。

とっくの昔に妻子持ちになった一家の大黒柱でありながら、親に甘える幼い子どもみたいで恥ずかしいと心の何処かで思う。

だけど、

「安心しろ、誰にも言わねぇ。落ち着くまでこうしててやる」

声質が似ている所為だろうか? 口調もセリフも記憶の中の父とは全く違うが、何故かこの瞬間だけソルが父と重なるのだ。

だから、今だけは、頭を撫でてくれる父のような大きな手に感謝した。




















管理局を地上、本局共に制圧し最高評議会を始末した、という報告を受けたグリフィスは足早に会議室へと向かう。

向かう先に待っているのは、スカリエッティ、クアットロを除いたナンバーズとルーテシア親子などの関係者と、ツヴァイ、エリオ、キャロ、ヴィヴィオを含めたソルの子ども達。

彼らは襲撃に参加させてもらえなかった組。もっと正確に言えば何もさせてもらえないハブられ組。子どもは当たり前だが、ナンバーズが戦線に加わることをソルが嫌ったのである。

理由としては単純明快で、戦闘機人計画などの違法研究に手を染めていた管理局を粛清するのに、戦闘機人を投入するのはおかしい、とのこと。

ドアを開ければ一斉に視線が自分に集まる。が、それに構わずこの場に居る全員に先程受けた報告をそのまま伝えた。

スカリエッティは特に思うことはないらしく、至極当然のこととして受け流す。これは皆同じだったようだ。事前に決まっていたことが決まっていた通り成されたのだ、と。唯一、ヴィヴィオだけは何のことか分からず首を傾げていたが。

「私達は、これからどうなるのですか?」

その時、ナンバーズの一人、セッテが平坦な口調でポツリと零す。

「以前からこれまで疑問に思っていたのです。罪を犯した者は管理局にその身柄を拘束され罪を償う、稼働時間が短く何もしていない者は更正プログラムを受講し自由を得る、それは分かっているのです。ですが私達は戦闘機人、戦う為に、人を殺す為に作り出された兵器。生体兵器として生きていけないならば生まれてきた意味は無いと考えます。そんな“生”に人間社会で生きていく価値があるのでしょうか? 人間の中で暮らす私達兵器を、世間は認めてくれるのでしょうか?」

これからの生活や未来に不安を抱き口にした、といった感じではなく、純粋に彼女は問いを投げただけなのだろう。機械のように感情の色を見せない少女の眼と表情がそれを証明していた。

そして、彼女の言葉は図らずも他のナンバーズ全員の不安を浮き彫りにする形でもある。最初期に稼動していた者達はそれなりに割り切っているようで渋面になる程度だったが、後発組は不安になってしまったのか視線を泳がせてしまう。

いきなりこんなことを聞かされたグリフィスも、何処かでそういうことを察していたらしいスカリエッティも、かつて犯罪者を取り締まる側だったメガーヌも、誰も何も言えない。

どうにかしてこの空気を吹き飛ばし場を明るくせねば、と頭を高速回転しようとした刹那、セッテの前にある人物が進み出て、彼女の両手を両手で握り、こう言った。

「私が初めてお父さんに出会った時、お父さんは私に言ってくれました。『生きる価値の無い奴に、生まれてくる理由は無い』って」

キャロだ。

「意味が無いなんて、もう二度と言わないでください。価値が無いなんて、絶対に誰にも言わせません。たとえセッテさんが自分の出自に絶望して、世間から白い目で見られたとしても、私達はセッテさんの、あなた達の味方です」

いつになく真剣な眼で、セッテを真正面から見つめつつ心の底から訴える。

「確かに戦闘機人は戦う為に生み出された兵器です。ギアとして改造されたお父さんもアインさんも同じです。けど、それが一体何だっていうんですか? たかがその程度で何を馬鹿なことを。生まれた理由が生きる理由になるのは『道具』だけ、でも『人間』は違うんですよ」

「……」

「『人間』は自分が好きに選んだ理由で生きていいんです。『私達』“も”『あなた達』“も”『人間』だから、ただ一生懸命生きているだけで生きる価値なんて後からついてくるものなんです」

「ただ、生きているだけで?」

呆然としたようにキャロの言葉を反芻するセッテ。その無感情な表情に、初めて戸惑いのようなものが浮かぶ。

「しかし、そうは言っても、私には人間として生きていく理由がありません。戦闘機人として生まれ、生きてきた私には……その場合、私はどうやって生きていけばいいのですか?」

すると、キャロは夏に咲く向日葵のような満面の笑みで教えてあげた。

「理由が無いならこれから探せばいいじゃないですか。すぐには見つからないと思いますけど、皆一緒だからきっと大丈夫ですよ。ね? エリオくんもツヴァイもそう思うでしょ?」

突然話を左右に振るキャロであったが、エリオとツヴァイはそれが最初から分かっていたかのように頷き、微笑んだ。

「ヴィヴィオも、ヴィヴィオもいっしょだよー!!」

仲間外れは嫌なのか四人の中にヴィヴィオが『ソ竜』片手に飛び込んできて、キラキラ輝く宝石にも勝る光を放つ眼で、無垢な笑顔を振り撒く。

「そうだね、ヴィヴィオも一緒だよ」

「当たり前ですぅ」

「ルーテシアもおいで」

「え? 私も!?」

「ホラ、早く!」

「ちょちょ、ちょっと」

エリオに半ば引き摺られるようにしてルーテシアも加わった。初めは驚き恥ずかしがっていたが、輪に加えてもらったことが何故か嬉しくなってきて、自ずと笑う。その様子をメガーヌが微笑ましそうに眺めている。

そして、子ども達の暖かい笑顔につられるようにして、ぎこちないが確かな笑みをセッテが見せてくれる。それはスカリエッティや他のナンバーズですら初めて見る、彼女の笑顔だ。

「……ありがとう」

兵器としてではなく、一人の人間として。

戦闘機人達は、今日になって全員が漸く『人間』として生まれ変わった。











































背徳の炎と魔法少女StrikerS 最終話 FREE











































新暦75年9月12日、公開意見陳述会当日に時空管理局の地上本部と本局を同時に襲撃する形で行われた『内部粛清』は、後に“9・12事変”と呼ばれることになる。次元世界に決して小さくない波紋を生み出したが、あくまで同じ組織による『内部粛清』でありクーデターではないので――詭弁に聞こえるかもしれないが――幸い世界間同士での余計な争いを勃発させることはなかった。

当然この件によって公表された事実に民衆は管理局を見る目を一変させ、多少なりとも混乱を招き、度々抗議デモやそれに準ずる問題も起きてしまう。しかし、クロノの思惑通りその度にDust Strikersが次元世界を駆け巡り、睨みを利かせていたおかげで死傷者が出るような最悪の事態には陥らず、加えて『内部粛清』を行った側の契約者達によるマスメディアを用いた説明も功を奏したことで、時間が経過していく内に不平不満はあるものの不承不承といった形で民衆は落ち着いていく。

管理局とその局員達はどうなったかというと。

ヴェロッサの査察の結果、捕縛された局員の中で黒だった者達――つまり不正や何らかの犯罪に関与したいた連中は、一人残らず犯罪者の烙印を押され豚箱行き。然るべき裁きを待つ身となる。余談ではあるが、この為にレアスキルを使いまくったヴェロッサは、全てを終えると真っ白に燃え尽きた灰のようになってしまうが、後日、最も『内部粛清』に貢献した人物であるとソルから評価された。

局員は大分減ってしまい、また今回の事件で管理局を辞める者達も少なからず存在した。人手不足に拍車が掛かるが嘆いても仕方が無いので、残った局員は愚痴を垂らしながらも抜けた穴を埋める為に四苦八苦する破目に。まあ聖王教会がこれを全面的にバックアップした甲斐あって、多少ではあったが緩和したらしい。

因果応報、と評するには何の罪も無い局員達には酷だろう。

消えた最高評議会の代わりになるものは、結局立ち上げられることはなかった。伝説の三提督はどうか? という意見もあったが、ソルとしてはどうしても彼らが優秀であり適任だとは思えなかった。確かに昔は素晴らしい功績を残し次元世界に貢献したかもしれないが、彼らは今回の事変が発生する直前まで最高評議会のこともレジアスの違法研究のことも何一つ情報を持っておらず、完全に蚊帳の外で何もしてこなかった。形的にはソル達の尻馬に乗っただけ。そんな名実共に『お飾り』な老人共に任せて大丈夫なのか? ならもっと若くて意欲があって暑苦しいくらいの正義感がある奴に任せた方が無難だと思うぞ? という発言が切欠になり、紆余曲折を経て評議会制は廃止になった。ていうかなってしまった。

「いや、あんま俺の意見を鵜呑みにするなよ?」

あくまで一つの意見として出したつもりのソルを放置して、クロノやリンディ、レティ、ゲンヤ、カリムらがどんどん話を推し進めていった結果である……もう二度と迂闊な発言はしないと心に決めた。

たまにゴタゴタは起きたものの、次元世界は概ね平和を維持していた。

そしてゆっくりと時間が流れ、年が明け、やがて四月の下旬が訪れる。

それはDust Strikersを設立して丁度一年が経過し、ソル達“背徳の炎”が賞金稼ぎとしての活動に一区切り打ち、『休業』に入る日が到来したことを意味していた。










「一年前と比べて随分増えたな」

ソルは一年前の設立日にした挨拶の時と同じように皆を少し高い位置から見下ろせる場で、卓上マイクを前にして感慨深げに呟く。

“9・12事変”以来、管理局を辞めた者の中にはDust Strikersで働くことを希望した者が多数現れた。

賞金稼ぎの集団と名乗っていたが、その実態は何でも屋と人材派遣会社を足して二で割ったような存在だったので、再就職先としてはなかなか良い所に映ったらしい。

元々デスクワークをしてくれる人間が少ない職場だったので、グリフィスを筆頭としたオフィス連中にとっては嬉しいことであり、まだ次元世界が慌しかったのもあって戦闘可能な元武装隊や元捜査官などの受け入れを拒否する理由も無かったのだ。

数は当時のざっと三倍。一年前は管理局から出向中の者や、寮母兼食堂のおばちゃんを含めても五十より多くて百に満たない組織が、今は三百に届きそうだというのだから驚きである。

本当は前のように演説だか何だかよく分からん真似などしたくはないのだが、何も言わずに姿を消すのもどうかと散々周りから言われ、結局折れて現在の状況に至った。

彼のやや後ろには他の面子が横一列になって並んでいる。端から順に、アイン、なのは、シグナム、フェイト、シャマル、はやて、アルフ、ユーノ、ヴィータ、ザフィーラ、という風に。

もう既に彼らは別れの挨拶を一人ひとり済ませており、最後の締めとしてソルを残すのみとなったのだ。

こういうのは苦手だし慣れてないし、やりたくない類のものなのだが、これで最後だと割り切れば覚悟も決まる。そもそも一度前にやったんだから、それを思い出せばどうということはない。

「ちっ、しゃあねぇな」

舌打ちと溜息が卓上マイクを介してスピーカーから発せられこの場に集まった全員に聞こえてしまうが、気にしない。というか、此処に居る人間にはとっくにソルという人間がどんな人物か知れ渡っているので、誰も気にしないだろう。

意を決して口を開く。

「こういうのは柄じゃねぇし、湿っぽいのは鬱陶しくて嫌なんだが、お別れの挨拶ってやつみてぇだ」

一度区切り、全体をゆっくり見渡してから続ける。

「俺から頼みたいのは一つだけ。戦う理由を見失わず、初心を忘れないことだ。初心を忘れちまった管理局上層部の所業を知ってるお前らなら大丈夫だと思うが」

正義の為、平和の為、大いに結構。戦う理由としては申し分ない。しかし、戦う理由は決して何をしてもいいという大義名分でもなければ、免罪符でもない。道を踏み外してしまった時の言い訳に使ってもいけない。それは絶対に許せない。

「組織ってのは、大きくなればなるほど個人の意見を尊重しなくなる。上からの命令には逆らえず、大きな歯車を動かす為に一つの歯車としての役割を果たさなきゃなんねぇ。そういうもんだと理解はしているが、俺は生憎命令すんのは面倒臭ぇし命令されんのは嫌いだ。だからこそDust Strikersは個人の意思を優先し、緊急時を除きあえて命令系統を曖昧にして管理局みてぇな部隊を作っていない。無理強いはせず、あくまでも個人の意思と判断、価値観で戦って欲しい。黒いものを黒いと言えない、守りたいものを守れない組織なんて糞食らえだからな」

だったら自分達は最初からこう宣言するだけだ。Dust Strikersは個人主義者で、犯罪者が気に入らないから戦う、と。

「もしこのDust Strikersが道を踏み外したなら、今度は此処が潰される番だ。そん時はそれなりの覚悟を決めておけよ……俺が直々に叩き潰してやる」

冗談でもなんでもなく戦闘時のように真剣な眼差しで睥睨するソルに、皆は恐れ多いと言わんばかりに背筋を伸ばす。

彼らの様子を確認し満足気に頷くと、ソルも背筋を伸ばし、締め括る。

「これで本当に最後だ。縁があったら、また何処かで会おう……今まで世話になった……ありがとう」

一歩退き、感謝を込めて一礼する。するとそこら中から拍手が巻き起こり、音の大洪水となって空間を埋め尽くす。

顔を上げたソルは、一仕事やり遂げたと言わんばかりに溜息を吐き、穏やかな表情で「やれやれだぜ」と微笑んだ。




















こうして一つの事件が発端となって始まったソル達の戦いは、一時的に幕を閉じる。

また、以前のような海鳴で送っていた平穏な日々に戻るのだ。

しかし、彼が、彼と共に生きる彼らが歩みを止めることはない。

何故なら、彼の贖罪は彼の中でまだ終わっていないのだから。

いつの日か、再び剣を手にするその日まで一休みするだけ。

それまで――

「あばよ」

























その後、それぞれがどのような道を歩んだのか、少しだけ見てみよう。





「僕はあの人達みたいに戦えない。けど、あの人達が残してくれた意志を継いで、僕は僕なりに戦うことが出来る」

グリフィス・ロウラン

管理局から出向中の身であったが、本格的に籍をDust Strikersに移し、名実共にそこの最高責任者に。

後にルキノと結婚を前提とした付き合いを経て、結婚。夫婦揃って仲良くDust Strikersを経営していくことになる。





「あっ、私も師匠って呼んでいいですか?」

シャリオ・フィニーノ

元の所属の本局に戻る。それから暫くして、執務官試験に合格したティアナの補佐官として働くようになる。

また、マリエルと共にソルが経営するデバイス工房にちょくちょく顔を見せてはその技術を盗もうと躍起になる迷惑な冷やかしと化す。





「貴重な経験したっていうか、濃密な時間を過ごせました!!」

アルト・クラエッタ

Dust Strikersで事務要員として働いていたが、事変の当時ヘリの操縦をしていたことが切欠となり、以後は事務仕事ではなくヘリの整備と操縦に従事。

ソル達が去った後は本格的にヘリパイロットとしての道を歩み、後にヴァイスと共に地上本部に籍を落ち着かせヘリパイロットとして暮らすことに。





「まさか此処で結婚相手に巡り合うなんて思いもしませんでしたよ。申し訳無い話ですけど、此処に来る前は荒くれ者の集団だって勝手に妄想してましたから」

ルキノ・リリエ

本局所属ではあったものの、付き合い始めたグリフィスの傍を離れない為に本局へは戻らず彼の補佐として働き、彼と同様に籍をDust Strikersに移す。

濃い面子ばっかり集まっている賞金稼ぎ達に囲まれながら、忙しくも充実した日々を送る。





「感謝してるけど、絶対に旦那には礼は言わねぇ」

ヴァイス・グランセニック

ソルと仲違いをしたまま結局仲直り出来ず――そもそも互いに仲直りする気が無い――最後まですれ違う度に睨み合って舌打ちし合う関係だったが、妹のラグナとは早々に仲直りしていたらしい。

まともに向き合えなかった期間を埋めるように愛情を注ぎ、立派なシスコンへと変貌。

“背徳の炎”の連中に触発されたのか、それともソル個人に触発されたのか不明だが、アルトと共に地上本部でヘリパイロットとして働きながら、返納していた武装局員資格を再取得。

武装隊の緊急任務で指名を受ける際には積極的に赴くとのこと。





「師匠、そろそろ私を本当の弟子にしてくれてもいい頃合だと思います」

マリエル・アテンザ

戦闘機人に関する知識と技術を研究、応用し彼女達の主治医を担当することになる。

シャーリーと共にソルの工房に来訪しては大量のデバイスを購入し、本局に持って帰ってはバラして解析するのが趣味となる少し困った人物だ。





「まだまだ若い子には負けないわよ!!」

クイント・ナカジマ

これを機に局員を辞職。が、主婦として家事に従事するだけでは物足りないと感じ、後にシグナムが経営する道場で師範代として働くことになる。

シューティングアーツの腕前も局員だった頃と比べメキメキ上げていき、スバルとギンガが二人がかりでも全く敵わないくらいに強くなる。ついにはソルから「本当にこいつは人間なんだろうか?」発言を受けてしまう。恭也に次いで二人目である。

聖王教会の騎士団にも相変わらず顔を出し、シャッハと楽しく殴り合ったりしている。

元の関係に戻れたメガーヌとはよく連絡を取り合って家族ぐるみで遊ぶ。

更正プログラムを終え出所したチンク、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディの保護者となり、毎日楽しく過ごしながら娘達と共に家庭のエンゲル係数を上昇させていく。





「畜生。ソルの野郎、お膳立てするだけして上手く逃げやがって」

ゲンヤ・ナカジマ

地上本部上層部の大半が居なくなってしまった所為で一番苦労した御仁。事変の功労者であることと、“背徳の炎”と契約を結んでいた人格者というのもあって周囲から押し上げられるようにして一気に昇進し、無理やりレジアスの抜けた穴を埋める形のポストに就かされてしまう。

彼としては望んだ昇進ではなかった。仕事が増えて忙しくなるし、何より家に居られる時間が減るし、と。先のセリフをよく愚痴として零す。

せめてもの抵抗としてティーダを巻き込み、彼を自身の補佐にする。

クイント同様ナンバーズの正式な保護者となり、仕事に行けば忙しく家に帰れば騒がしい日々に振り回される破目に。





「ゲンヤさん。愚痴を吐く暇があったら口じゃなくて、書類を見る眼球とデータ入力する手を動かしてください」

ティーダ・ランスター

ゲンヤのとばっちりを受ける形で彼の補佐官を務めることになるが、本人は予想だにしていなかった昇進に嬉しい様子。

ティアナの執務官試験合格を嬉しく思いつつ、自分も負けていられないとこれまで以上に意欲的に働く。

周囲の人間や仕事の仲間からそろそろ結婚を考えたらどうだと言われるが、まだ本人にその気は無いし、相手も居ない。

せめてティアナに良い人が現れたら、と思っているがそんなことよりまずお前が所帯持って身を固めるのが先だろ、とよく酒の席でゲンヤから突っ込まれる。しかしウチの娘の中で誰かどうだ? とは言われない。





「あの時僕は一生分働いた気がするから、もう働きたくないというのはダメかな?」

ヴェロッサ・アコース

事変においてレアスキルを使いまくった所為でぶっ倒れるが、割とすぐに復活し、元の本局所属のお気楽査察官に戻る。

のんびりマイペースに仕事をこなし、たまにサボッてはシャッハにどやされる日常。

趣味のケーキ作りの延長なのか、ちょくちょく色んな人達の所へ顔を出しては差し入れをして帰るということをしており、皆から個人的に人気が高い――特に甘いものが好きな連中から。

しかし相変わらずチャラいので、本気で付き合おうとする女性は未だに現れない。





「ダメに決まってるじゃないですか、このお馬鹿! そういう甘ったれたセリフは、ソル様みたいに百五十年以上戦ってから言いなさい!!」

シャッハ・ヌエラ

更正プログラムを終えたセインとセッテを引き取り、彼女らの保護者となり教会シスターとして育成していく。

殴り合い好きは変わらず、同じ趣味を持つ者同士でつるんでは殴り合う、といったこれまでの教会シスターライフに戻る。「聖王教会のシスターは基本的に暴力シスター」とはソルの言であり、本人は否定しているが皆その通りだと勘違いさせているのは全部彼女の所為。

カリムの補佐をこなす傍ら、次世代の教育に熱心に取り組んでいる。





「お仕置きなら外でお願いしますよ、シャッハ」

カリム・グラシア

元の生活に戻りつつ、更正プログラムを終えたオットーとディードを引き取り、二人の保護者になる。

レアスキルの預言はあくまで参考程度のものと考え、未来に踊らされないように今を生きると決め、教会騎士として勤めを果たす。

ナカジマ家やハラオウン家、そして“背徳の炎”のような幸せ家族をこれまで何度も目の当たりにしていた上、グリフィスとルキノが付き合うという話を聞いて、そろそろ私も女の幸せを掴みたいなと内心思うようになるが、生憎と出会いが少なく、良い人が見つからない。





「折角信頼されてるんですもの。その信頼に応えなきゃ燃やされちゃうわ」

レティ・ロウラン

事変によって管理局がこれまでに無い深刻な人手不足に陥って、一番頭を悩ませた人。その時に教会から人手を貸してくれたカリムには感謝している。

陸と海の溝を発生させた人事の問題に取り組むようになるが、なかなか上手くいかない。不本意ながら今のところは足りない人員を聖王教会やDust Strikersから借りてなんとかなっているのが現実。

周囲に手を貸してもらいながら、これは確かにレジアス元中将が違法研究に頼った訳だ、と深く同情。

より良い世界を目指し、今日も彼女は優秀な人員を確保する為に忙しく働いている。





「彼に比べれば私達はまだまだ若いのよ? 泣き言なんて言えないわ」

リンディ・ハラオウン

レティに協力しながら局内での派閥争いや、陸と海の溝、部隊や所属の違いによる軋轢を少しでも減らそうと予算や設備の面で尽力する。

下手をすれば皆の中で一、二を争うくらいに忙しいが、育児から復帰したエイミィに支えられつつ毎日を過ごす。その際、「ウチは託子所じゃねぇぞ……」と文句を言いながらもカレルとリエラを自分達の仕事が終わるまで面倒見てくれるワイルド保父なソルに感謝している。

しかしその代わり、孫二人が血の繋がった祖母よりも“背徳の炎”の面子に懐いているような気がして、二人の将来的な意味で若干不安を覚えている。





「これが僕の正義だ」

クロノ・ハラオウン

事変後、他の者達と同様にこれまで以上に忙しく大変な日々を送る破目になるが、最も充実した顔の男だ。

ゲンヤと同様に周囲から押し切られる形で昇進し、絶大な権力と発言力を手にするが、初志貫徹をモットーに態度をこれまでと変えず、次元世界の平和の為に働く。

後にドゥーエ、トーレの保護責任者となる。

また執務官試験に合格したティアナをソルの紹介でクラウディアに受け入れ、ビシバシ鍛えることに。

外では偉大な管理局の功労者も、家に帰ればただのお父さん。たまに帰ってきては家族と過ごす時間を何よりも大切にしている。

ソルがまた戦うその日まで彼の分まで頑張ろうと決意を固め、彼に言われた通り前だけを見て進んでいく。





「安心しろ、レジアス。俺達が居なくても、俺達が守りたかった世界は若い力に守られている」

ゼスト・グランガイツ

一度死んだ人間、と己を自嘲し管理局には戻らず俗世と戦いから離れた、穏やかな生活を望む。その時、ルーテシアがゼストと離れ離れになることを拒んだ為に、アルピーノ親子と三人で第34無人世界の『マークラン』で暮らすことになる。ルーテシアにとっては父であり、籍は入れてないがメガーヌとは事実婚のような関係。

時間があれば差し入れを手に服役中のレジアス、オーリスを訪問する。





「……そうか、喜ばしいことだ。儂のように間違えないことを祈ろう」

レジアス・ゲイズ

服役中。違法研究、裏取引、その他諸々の罪により逮捕され、裁判にかけられる。

武闘派と呼ばれていた頃の剣幕はすっかり鳴りを潜め、管理局の闇を葬ってくれた者達に感謝しつつ、模範囚として罪を償う日々を過ごす。





「間違ったやり方で正しいことを成せる訳が無い、それを痛感しています」

オーリス・ゲイズ

レジアス同様、服役中。裁判を待つ身である。罪を認め、償う為に模範囚として暮らしている。





「ルーテシア、ご飯だからパパ呼んできて」

メガーヌ・アルピーノ

ちょっと過保護なお母さんとしてルーテシア、ゼストと三人で暮らす。

俗世から離れた自然の中で伸び伸びと成長していく愛娘のことが可愛くて仕方が無い。

ゼストとの仲も良好で、周囲の者達はいつになったら事実婚から籍を入れるのか賭けの対象としていることに、気付いていない。

暇を見つけてはナカジマ家に遊びに行ったり、来てもらったりしている。

かつて失ったを娘との時間を取り戻すように幸せを噛み締めている。





「ああっ! 見て見てガリューッ!! エリオ達からメールが来たの!!」

ルーテシア・アルピーノ

母を取り戻し、ゼストを含めた三人で静かに暮らす。ガリューを含めれば三人プラス一匹か。一緒に暮らすようになってからは、ゼストのことを「パパ」と呼ぶ。

人形のように無感情、無表情であったのが嘘のように年相応になり喜怒哀楽を溢れさせるようになる。

エリオ、ツヴァイ、キャロの同い年が特に仲良しで、泊まりで遊びに行ったり来たりを休みの度に繰り返す。

毎日が楽しくて仕方が無い様子。





「シグナム……アタシのロードに、なってくれねぇか?」

アギト

ゼストの勧めでシグナムのパートナーとして“背徳の炎”に加入。家族として迎え入れられる。

一家の長であり、圧倒的な火の力を持つソルのことを「旦那」と呼び慕う。しかし、ユニゾンしようと誘っても断られるだけなのでちょっと悲しい。

ソルやゼスト、ゲンヤといったおっさん連中が揃っている時は混乱しないようにそれぞれ「ソルの旦那」「ゼストの旦那」「ゲンヤの旦那」と呼び分けることに。

他の面子は基本的に呼び捨て。唯一の例外はヴィータを姉御と呼ぶこと。

やはり最初は家族というものに戸惑ったり恥ずかしがったりしていたが、段々“背徳の炎”色に染められてしまう。

ヴォルケンリッターと同じでそれなりの年を食っている筈なのに、当然の如く子ども扱いを受け、おまけに家の中でのヒエラルキーは下から数えて二番目とヴィヴィオの次に低いので、それが少し不満。










「生命とは、一体何なのだろうね?」

ジェイル・スカリエッティ

かつて己の運命を呪い、絶望しながらも決して諦めず長い年月を戦ってきたソルの過去を知り、最も影響を受けた人物。

狂的なまでの生命操作技術に対する研究意欲はもう既に無い。元々刷り込まれたものだったので未練も無い。もし残っていたとしても、自己進化能力を持ち戦えば戦う程強くなるギアには勝てないと分かってしまったので、諦めているだろうと本人は語る。

積極的に捜査協力し、犯罪の為に使っていた技術や知識を医療技術向上の為に提供。

ウーノを補佐に、罪を償い、生命とは何なのか自身に問い掛けながら医者として生きていく。










ナンバーズ

彼女達はクアットロを除き全員が捜査協力を行い、隔離施設にて更正プログラムを受講。また全員が正しい教育を受けていないことが認められる。

稼働時間が浅く、まだ何も罪を犯していなかった者はそのままそれぞれの保護責任者に引き取られたのに対し、実際に局員などを殺害したり重い罪を犯した者は裁判にかけられた。





「私はいつまでもドクターと共に」

ウーノ

スカリエッティの補佐として彼と共に罪を償う日々。あえて保護責任者を拒否、厳重な監視や制限が付く窮屈な生活ではあるが、不満は特に無い様子。





「ソル様……あなた様のことが忘れられません」

ドゥーエ

はっきりとソルにフラれ、傷心のまま更正プログラムを受講。出所してDust Strikersに戻ってくると今まで通りアイナと共に寮母兼食堂のおばちゃんとして働くが、アイナ曰く「ソルさんが居ないから無理して空元気を出しているように見える」とのこと。

陰のある女、ということで男性賞金稼ぎに非常に人気。しかし、誰とも付き合う気は無いとのこと。ソルを思い出しては枕を濡らしているとかなんとか。

アインのことがやはり嫌いで憎らしいが、ソルにとって大切な人物なので逆恨みはしていない……らしい。





「もう私は戦う為に生きるのはやめた。一人の『人間』として、ソル=バッドガイのように罪を償いながら自分以外の誰かの為に生きる、そう思えるようになって、そうなると決めたから」

トーレ

戦闘機人事件で最も多くの局員を殺害した罪は重く、出所するのにナンバーズの中で一番時間が掛かってしまうものの、積極的に捜査協力する模範囚であり、その甲斐あって刑期短縮や減刑され、本来よりも早く出られた。

事変から数年後。彼女は手足を失っている間にシャマルから受けた介護に感銘を受け、服役中に介護福祉士を目指して勉強し、出所後すぐに専門学校へ入学。

卒業後は、障害者や身体が不自由な人達の世話をしながら懸命に働いている。

余談だが、彼女に元の戦闘能力は無い。取り戻せる可能性はあったが、本人が断固拒否した為だ。マリエル、スカリエッティが協同して作ってくれた新しい手足は一般人よりちょっと筋力が強い程度の代物。





「……………………………………………………………………………………………………」

クアットロ

彼女はナンバーズで唯一、精神病院送りとなってしまった。ソルと相対した時に受けた精神的ダメージが強過ぎてトラウマとなった所為だ。

肉体的なダメージは問題無く快復したが、昔のように他者を影で見下し高慢な態度を取ることはない。いつも何かに怯え、挙動不審で落ち着かない。

火や赤色、大柄で長髪の男性といったソルを連想するものや似た特徴の人物を極端に怖がってしまう。

本人も外に出ようとする意思を表さないので、社会復帰は難しい。





「他の姉妹達が心配だが、まずは自分のことだな」

チンク

トーレと同様に戦闘機人事件で直接局員を殺害しているので、やはり罪は重い。出所もトーレを抜けば一番遅かった。しかし模範囚であり捜査協力に積極的だったので、それなりに刑期短縮や減刑はなされている。

殺めてしまった局員の分まで平和の為に戦うと決め、ギンガを補佐する形で管理局に入り、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディと一緒にナカジマ家で騒がしくも楽しい毎日を送ることになる。




「うわ~ん、シスターシャッハがいじめるぅぅぅぅっ!!」

セイン

比較的罪は軽いので、それ程時間を掛けず出所。シャッハに引き取られるも、厳しい礼儀作法やら教育的指導に上のようなセリフを吐いては泣き出し困らせている。

明るい性格も相まって教会の中では「アホ可愛い」「バ可愛い」「あんな感じのアンポンタンな妹が欲しかった」と男女問わず人気。

しょっちゅう仕事を抜け出し、サボる。その際、聖王教会からソルの工房やシグナムの道場が近い所為か、何故かいつも昼飯時に現れては、勝手に冷蔵庫にある材料を使って料理を作り、それを食って帰るというよく分からんことをする。ちゃんと皆の分も作ってくれて、やられる側としては昼飯や弁当を作る手間が無くなるので、助かると言えば助かるのだが……

とりあえず見掛けたらシャッハに報告するように。





「シスターシャッハ、またセイン姉様が逃亡を図りました」

セッテ

最後発組故に罪は犯していないので、更正プログラム受講後はすぐに聖王教会に引き取られ、シャッハの保護下に。

セインと違い、厳しい礼儀作法を淡々と身に付け、何処に出しても恥ずかしくない教会シスターになる。

相変わらず感情が乏しいと初対面の人間から見られてしまうが、実はキャロ達のおかげでかなり早い段階で喜怒哀楽の感情を手にしたので、無表情に映ってしまうのは単に感情が顔に出ないだけであり、慣れた人間にとってはかなり表情豊かなのが分かる。

姿を消したセインを引き摺ってでも連れて帰り、シャッハのお説教を食らわせるのが彼女の役目。しかし、セインが勝手に作った食事はしっかり食べていく。本人曰く「無駄にしてはいけません」とのこと。とても教会のシスターらしい言葉だが、セインを連れ戻しに現れる彼女がいつも腹ペコなのは周知の事実。食いしん坊であることを必死に隠しているらしい。

クールビューティーをそのまま絵にしたような人物なので、セインとはまた違った人気を持つ。

一人の人間として生きながら、自分の価値と生きる理由を探している。





「男でも女でもどっちでもいい、って言われることがあるんだけど……」

オットー

セッテとディード同様に罪を犯していないので、更正プログラム受講後はすぐにカリムの元に。他の姉妹と同じように礼儀作法を学ぶが、何故か一人だけ執事服を常に着用。

男か女かパッと見では分からない。しかし、むしろそれが良いんじゃないか馬鹿野郎つーかもうこの際どっちでもいいオットー俺だ結婚してくれ!! と男性騎士から絶大な人気を誇る。本人は困っているが。

保護してくれたカリムに恩義はあっても、この組織大丈夫か? と思わざるを得ない。





「おかーさん、おとーさん、って呼べっつわれても……うぅ、恥ずかしい」

ノーヴェ

やはり罪は軽く、セインやウェンディ、ディエチと同じタイミングで出所。それからナカジマ家に引き取られる。

スカリエッティのラボとは全く異なる、普通の日常生活に最初は戸惑うが、スバルとギンガ、一緒に引き取られた他の姉妹、そしてクイントの存在もあってすぐに馴染む。

特別救助隊に所属することとなったスバルの影響でそこの訓練に参加しつつ、アルバイトをこなしながらシューティングアーツを一から教えてもらっている。





「ナカジマ……私の、新しい名前」

ディエチ

はやてを殺しかけた前科があるものの、当の本人とその家族が特にこだわらなかった為に、早い段階で他の者と共に出所する。

環境の激変に戸惑っていたノーヴェに比べ、すぐに日常生活に順応。自ら率先して家事を教えてもらい、ノーヴェやウェンディと同様にアルバイトで汗を流し救助隊の訓練などを受け、ナカジマ家の一員として暮らす。

番号的には妹ながら、生まれた順番はチンクの次であり性格も落ち着いているので、他の姉妹に『お姉ちゃん』として振舞うことも。

よくコンビを組んでいたクアットロが病院から出れない、というのが不憫でならないとは本人の談。





「パパリン、ママリン、お腹減ったッス~」

ウェンディ

罪は軽いので出所は早かった。タイミングはノーヴェ達と同じ。チンクより一足先に、ノーヴェ、ディエチと一緒にナカジマ家へ。

底抜けに明るい性格は一家のムードメイカー。何処に行っても何をやっても楽しそうにしているので、その明るさは恐らく天性のものなのだと思われた。

アルバイトや救助隊の訓練を他の姉妹とこなす日々の中、楽しいことを求めてあっちこっちをフラフラするのが趣味。





「ダメよオットー。あの手の男をまともに相手にしては」

ディード

最後発組なので罪は無い。オットーと共に更正プログラム受講後はカリムの保護を受け聖王教会に身を寄せる。

見事に礼儀作法を身に付け、シスターらしい淑女然とした立ち居振る舞いをものにし、しっかりとしたものの考え方をするのでカリムとシャッハからの信頼も厚い。

何故か男性騎士からの人気はオットーに負けているので、内心ちょっと悔しい。が、「男でもいい!」と公言してる妙な連中が混ざっているのでなるべく気にしないようにしている。










「選びなさい。大人しく捕まってからボコボコになるまで蹴られるか、ボコボコになるまで蹴られてから捕まるか」

ティアナ・ランスター

ソル達が去った後、執務官試験を受けてみたら一発で見事に合格。本局に所属を移し、夢であった執務官としての将来を現実のものにしていく。

中、遠距離型のガンナーでありながら近接戦闘においてシュトルムヴァイパー、バンディットリヴォルバー、ライオットスタンプを好んで使い、やがて「足癖の悪い銃使い」「美脚蹴り執務官」「頼めば蹴ってくれる女性執務官ランキング一位」という風に本人にとって不本意な異名が蔓延ってしまう。封炎剣による斬撃よりも殴る蹴る頭突く投げるの体術を主体にして戦うソルが近接戦闘を師事した所為。この師にしてこの弟子あり、接近戦は半ばト○ファーキック。

性格も考え方も“先生”に似てきてしまい、アリサとすずかの心配が見事に的中。シャマルにバックスの動き方と心得を教えてもらうだけで止めておけばこうはならなかったかもしれない。

またお節介を焼いたソルによってクロノのクラウディアへ配属することになり、クロノから鍛えてもらう。そこでも炸裂するト○ファーキック。「なんて危険な技だ。癖になってしまうかもしれない」と膝蹴りを顔面に食らいドクドク鼻血を垂らすクロノに戦慄を与え、ハラオウン夫妻の間で二人の子どもがソルの家に避難してくる程の喧嘩を勃発させた原因となってしまうことがあったが、知ったことではない。

兄にそろそろ良い人が見つかったらいいな、と思っている。

今日も今日とて彼女は犯罪者に魔弾を撃ち込み、蹴りを入れる。





「もう大丈夫! 安全な場所まで、一撃でぶち抜くからっ!!」

スバル・ナカジマ

本人の強い希望により、憧れであった特別救助隊へと正式に転属。

転属先で「救助隊で働く為に生まれてきたんじゃないか」と高く評価される程に多くの人々を災害から救い、救助隊に籍を置く者からはスバル・ナカジマを知らない者は居ないとまで言われることに。

しかし、ギンガと二人がかりで戦いを挑んでも全く歯が立たないクイントの存在があるので、天狗には決してならない。母曰く「ソルと殴り合った年季が違うのよ。二人はたったの一年間、私は十年間。ね?」とのこと。実は母も生体兵器なんじゃないかとたまに疑う今日この頃。

新しく出来た妹達を快く受け入れ、仲の良い姉妹として暮らしている。





「いいじゃないですか。ソルさんは『私達』の“先輩”みたいなものなんですから、あの娘達の更正プログラムを手伝ってください! アインさんだとドゥーエさんと喧嘩になってそれどころじゃないんです!!」

ギンガ・ナカジマ

ナンバーズの更正プログラムに参加。その時に面倒臭がるソルを半ば強引に連れて隔離施設に赴く。その甲斐あって、良い意味で彼女達に刺激を与える。

更正プログラム終了後は、元の所属の捜査官に戻り、以前と同じような生活に。

新しく出来た妹達を家族として迎え入れ、長女という立場から笑顔が絶えない生活を心から楽しむ。

一年間ソルにみっちり鍛えてもらった筈なのに、クイント相手にスバルと二対一で戦っても勝てない。戦闘機人の自分達より強い母に、スバル同様、本当に純粋な人間なのか疑っている。

ユーノに対する思慕は未だに残っているものの伝えられないでいる。










背徳の炎

ヴィヴィオ、アギトを新しく加え、平穏な日々を満喫する。





「ヴィヴィオね、みんなのこと大好き!!」

ヴィヴィオ

正式にソルとなのはの娘として引き取られ、『高町ヴィヴィオ』と名乗るように。何故『高町』なのかと言うと、『バッドガイ』はあくまで偽名だから母親のなのはからまともな姓をもらって欲しい、とソルが言った為。

個性が豊かというか濃い連中に囲まれながらもすくすく育ち、数年後にはザンクト・ヒルデ魔法学院に入学。友達に囲まれて普通の少女(?)らしい学校生活を送る。





「兄さん今だ! ダブル、ライド・ザ・ライトニング!!」

エリオ・モンディアル

ちゃんとサボらず真面目に学校を通うようになり、悪ガキも少しは落ち着いてきたと思ったら、数年後の初等科卒業後『見聞を広める為に 武者修行的な 旅に出ます アシカラズ BY エリオ』という書置きを残して忽然と姿を消す。

全く同じタイミングでイリュリアから唐突にシンが姿を消した、という報告もあったので、間違いなく二人のアホ雷息子は一緒に放蕩生活を送っているのだと確信出来る。それを証明するように、Dust Strikersでは黒い雷と黄色い雷を使う二人のフリーの賞金稼ぎが出た、という噂が流れたり流れなかったり。

まだあどけなさを残す少年が、カイに勝るとも劣らない超絶イケメンになって帰ってくるとは一体誰が予想しただろうか。





「な、なんですかキャロ? ツヴァイの胸をじっと見て……」

リインフォース・ツヴァイ

一緒に中等科へ進学すると思っていたエリオが居なくなってしまったのを寂しいと感じながらも、再会した時にどんな素敵な男の子になっているのか楽しみつつキャロと二人で中等科へ。

第二次性徴が顕著になってきたのか、身長も伸び腰もキュッと締まり胸も膨らんできて、子どもから大人の女性へと変わっていく過程に差し掛かる。

そんな彼女をキャロとチンクとヴィータとアギトが羨ましそうに睨んでくるのが、ちょっと怖い。





「く、悔しくなんか、悔しくなんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

キャロ・ル・ルシエ

ツヴァイと共に進学。特に問題を起こすことの無い成績優秀、品行方正、明朗快活な生徒ではあるが、発育が遅い自身の幼児体系に不満があり、すぐ隣に居るツヴァイがどんどん魅力的になっていくのをグギギと歯軋りして見ることしか出来ない。

来たれ第二次性徴!! 流れ星に願い、牛乳を大量に飲み、身長を伸ばし胸を大きくする為にありとあらゆることに手を出すものの、そんな彼女を嘲笑うが如くツヴァイのバストがサイズアップ……オメーじゃねぇ!!

挙句の果てにはルーテシアまでが大きくなるかもしれない兆候を見せ始める始末。

エリオが帰ってくる時に成長していないからと顔向けできない彼女にとっては、どいつもこいつも裏切り者である。





「……専業主婦って、暇……」

高町なのは

賞金稼ぎを皆と共に辞めた後、専業主婦として家の中で一日の大半を過ごすことになるが、これまでの忙しかった生活と比べてあまりに暇なので、結局は以前のように聖王教会の騎士団で戦い方を教えることに。

賞金稼ぎを辞めても魔王っぷりは健在。

血は繋がっていないがヴィヴィオと合わせて「似たもの親子」と呼ばれる。





「そうだね。暇だね」

フェイト・テスタロッサ・高町

なのはと同じ専業主婦に。でもやっぱり身体を動かすのが好きで、近接格闘が得意だからと昼間はシグナムの道場で師範代のアルバイト。

男性なら誰もが見惚れてしまう笑顔で門下生にザンバーを振り下ろす。





「暇やなぁ」

八神はやて

他の二人と同様に専業主婦になるが、暇を理由になのはと共に聖王教会でアルバイトを開始。

事変のことがまだ尾を引いてるのか、怒らせたら世界を滅ぼす人と思われている……否定出来ないのが悲しい。





「もっと踏み込め!!」

シグナム

『八神家道場』を経営し、そこの師範として門下生を厳しく指導。

家族に手伝ってもらいながら、戦うとは何なのか、力とは何なのか、子ども達に大切なことを伝えていきたいと考えている。





「あっ、いらっしゃいませ! 何をお求めですか?」

シャマル

ソルが経営するデバイス工房の看板娘として日々を暮らす。

家族が丹精込めて作ったものが、自分の接客によって売れていくのを間近で見るのはとても嬉しいと語る。




「よし、これで完成だな」

リインフォース・アイン

ソルが経営するデバイス工房で、部品の組み立てとAI作りを担当。

そこまで難しい作業ではないが、賞金稼ぎだった頃よりもやり甲斐があると感じている。





「たっだいまー!! 二ヶ月ぶりの我が家だーい!! お土産たくさんあるよ!!」

アルフ・高町

当初の予定通り、ユーノと二人で遺跡探索の旅に出て、次元世界中を飛び回る。

行く先々で問題があったり無かったりするが、培った経験と実力で未知なる難関を乗り越えていく。





「あー、やっぱ家は良いなぁ~。ソルの肩の上が一番落ち着くよ」

ユーノ・スクライア

アルフと共に遺跡探索の旅に出る。一旦家を出ると、短い場合は数週間、長い場合は三ヶ月くらい帰ってこない。

家に帰ってくると、フェレット形態になり真っ先にソルの肩の上に乗る。




「よし、もう一本打ち込んでこい!!」

ザフィーラ

シグナムが経営する道場で師範代として働く。強くてマッチョなのに可愛い子犬になれるので門下生に人気。

ソルのマスターゴーストと契約し、はやてのヴォルケンリッターではなくなり彼のサーヴァントとなったが、これまでの人間関係に一切変化は無い。





「鉄槌の騎士と鉄の伯爵を改め……カリスマデバイスマイスターのヴィータと、匠の相棒グラーフアイゼン、なんちって」

ヴィータ

ソルの工房で鍛冶師及び工匠――材料となる金属の加工や成形、細工などを担当――として働く。アイゼンを武器としてではなく、熱した金属を鍛える為に振るっていることが多い。

普段着は専ら作業服でもある赤いつなぎ。ソルとお揃い。

暇な時はシグナムの道場で門下生の面倒を見て、気骨がある奴を見つけると鉄は熱い内に打てとばかりにボコボコにする。





「キュクルー」

フリードリヒ

ペット。ユーノが居ない時はソルの肩の上を独占している。










「ああン? ……面倒臭ぇな……」

ソル=バッドガイ

デバイス工房『シアー・ハート・アタック』を経営。名前の由来はソルの好きなイギリスのロックバンド“QUEEN”のレコード、『シアー・ハート・アタック』から。

デバイスの製作、販売、メンテナンス、修理、買取を行っている。

材料は業者に頼まず、自分で取りに行く。廃車とか見つけると喜び勇んで持って帰り、バラす。また、色んな火山に行っては熱々のマグマを採り、錬金術を駆使して欲しい素材に合成する。

法力と錬金術を使い、大した労力もせず素材を手に入れるので、材料費がほとんどかからず、かなり安価な値段でデバイスを売ることが可能。他の同業者が聞いたらずるいと言われること間違いない。

ヴィータと同じ作業に加え、設計も担当。デバイスだけではなく、包丁や鍋やフライパンのような台所用品、マグカップや皿、フォークやナイフなどの食器、指輪やネックレスやピアスなどのアクセサリー類、ガラス細工や小物といった様々な日用品を取り扱う。というか、頼まれれば大抵なんでも作ってしまう。なので、デバイス以外の目的の客層も多く、それなりに繁盛している。

廃品、廃材、粗大ゴミの無料引き取りもやっている。無論、引き取った後に法力で分子レベルまで分解して材料にする為だ。

ヴィータとお揃いの赤いつなぎで作業しているが、出掛ける時は彼女と違ってちゃんと普段着に着替える。

休みの日はたまにヴィータと美術館へ行き、芸術品を観察してはその造形を参考にしている。

暇が出来るとシグナムの道場へ赴き、門下生をいじめ抜く。

面倒臭がり屋の癖して面倒見が割りと良いので、色々な人が工房に訪問し相談してくる場合も。

家長として、父として、夫として愛する者達に囲まれながら平穏な日々を過ごす。




















To Be Continued

























後書き


これまでこの作品を読んでいただき、本当にありがとうございました。

振り返って見れば、無印・A`s・空白期・STSと書き上げるのに約三年。いやー、実に長かった。よく自分でも途中で投げ出さなかったと褒めてあげたいです。

まあ、書いてる間が何より楽しいですし、感想を少しでももらえると滅茶苦茶嬉しかったので、それがこれまで継続出来た原動力だと思っています。

感想をくれた読者の方々には本当に感謝しています。以前、私の所為で感想版が荒れてしまったのを反省して、それ以来感想返しを控えているので、感想返しを希望している方は本当に申し訳ありません。

STS編を書く上でのコンセプトは、『理想と現実のギャップ』という前の無印やA`sと比べ実に生々しい感じがまず最初に来て、その中で『自分なりにどういう折り合いをつけて生きるか』というもの。

また、無印から全体を通してソルと相対した敵サイドが、彼に非常によく似ていながら少し違うことがミソとなっています。


無印の場合


プレシア→自身の研究の所為で愛する人を失ったことで、過去を取り戻そうと未来に目を向けず、過去に囚われて生きた

ソル→自身の研究の所為で愛する人を失い(ジャスティスとなってしまう)、自分も人ではなくなり全てを失うが、過去は過去でありもう取り戻せないと割り切っている



A`sの場合


グレアム→死んだ親友の仇を討つ為に復讐者となり、平和の為に修羅となって何の罪も無い少女を犠牲にしようとした

ソル→アリアの仇を討つ為に親友だった“あの男”へ復讐を誓い、全てのギアを抹殺すると決意するが、ディズィーのような世界を滅ぼす危険性を持ちながらも無害なギアを、平和を乱すかもしれないからという理由だけでは殺せない(最後の場面で非情になり切れない)



STSの場合


レジアス&最高評議会→正しいことをしているつもりが、結局間違っていた(レジアスは途中で間違いに気付くが結局止められず、最高評議会はそもそも間違っていることに気付いていない)

ソル→ギア計画の関係者であり最初の被害者として、ギアとその開発者及び全てのありとあらゆる違法研究関連を抹消する為に戦う


ゼスト→知らないところで親友に裏切られ生体兵器になってしまったので、親友に違法研究に手を染めた真意を問い詰めようとする

ソル→親友だった“あの男”に裏切られる形ではめられギア化、後に復讐を誓う


スカリエッティ→生命操作技術の違法研究者で、最高評議会に生み落とされた駒

ソル→ギア開発者


戦闘機人→誰かの都合によって違法研究により生み出された人工生命

ソル→“あの男”の駒として利用され続けた



概要を纏めると大体こんな感じです。それぞれが全く違う人間なので、似たような経験をしていてもその後の行動が異なるのは当たり前ですが、だからこそ作中のソルは敵サイドへ敵意を前面に押し出して目の仇にしました(唯一ゼストは除く)。

ぶっちゃけると単に気に入らないから、という理由が最大なんですがwww

とまあ、語り出すとキリがないのでこの辺にしておきましょうか。


次からはシリアスなんてぶっ飛ばす勢いでギャグ&ほのぼのを突き進みたいと思います。もうシリアス書かなくていい! やったね!!

時系列はSTSの後日談(事変後から四月までの約半年間)とViViDまでの空白期かな?

こんな話読みたい、書いてくれ、ってのがあれば是非!!


ではまた次回!!



追伸

にじふぁんに投稿するという予定でしたが、なんかサイトに大規模な規制が入って大変なことになってるので、ちょっと様子見ということで見送らせてください。

期待していた読者の方、本当にすいません。






[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期2nd Ride on Time
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2012/04/22 20:21


『ソル!!』

「カイ!!」

二人は通信越しに全く同じタイミングで相手の名を呼ぶ。

『ウチのシンがそちらにお邪魔してませんか!?』

「ウチのエリオ知らねぇか!?」

『え?』

「あ?」

そして同時に止まる。

『……』

「……」

更に示し合わせたように二人はこめかみに汗を一筋垂らしつつ、互いに探るような顔つきで、鏡映しのような動きでメモ用紙を取り出し相手に見えるように掲げた。

『実は、シンがこのようなものを部屋に残して、居なくなってしまって』

「ウチも、エリオがこんなもん残して消えやがった」

自分が手にしているメモ用紙を相手に見せつけながら、相手が持っているメモ用紙の文面を覗く。

そこには――


『俺は鳥になる為の旅に出る 母さんのこと よろしく頼むな by シン』


『見聞を広める為に 武者修行的な 旅に出ます アシカラズ BY エリオ』


書いてある文面は異なるが、似たような内容を意味していた。



あの馬鹿兄弟!!



ソルとカイは事前に打ち合わせをしていたかのように叫んで、綺麗にハモッた。










背徳の炎と魔法少女 空白期2nd Ride on Time










「おおう、此処は何処だ? つーか、寒いな!?」

空間の狭間から白銀の世界に躍り出たシンは、首を右に左に巡らしながら震え、武器として使っている愛用の大きな旗と一緒に自身の身体を抱き締める。

そこは一面が雪。足元は積もった雪で膝まで埋まり、肌に叩き付けられる風は刺すように冷たいだけではなく、横殴りに雪をぶつけてきた。当然気温も低い。間違いなく氷点下だと思われる。肩と臍を丸出しにした露出が多い格好のシンとしては、堪ったものではない。

そんなシンの隣に、彼と同じようにして空間の狭間から飛び出すエリオ。こちらはガチガチと顎を鳴らすシンとは違い、露出が全く無いと言っても過言ではない聖騎士団の制服――に模したバリアジャケット。ストラーダを肩に担ぎ、ふぅ、と小さく溜息を吐く。

「次元跳躍成功、かな?」

追っ手の気配を感じない。どうやらまだ気付かれていないらしく、トンズラは上手くいったようだ。無事に転送魔法も成功したことだし、これは幸先が良い。という風にうんうん頷き、満足気な顔をしていると横からシンに文句を言われた。

「寒いぞエリオ。何なんだよ此処?」

「えーとですね、此処はぶっちゃけ管理世界でも管理外世界でもない、管理局に認知すらされていない未開の世界です。で、なんでこんな雪山の中に居るかと言えば、単にランダム転送使った所為で場所がテキトーになったという訳です」

「後半はよく分かんねぇけど……つまり、誰も知らねぇ場所によく分かんねぇ理由で飛んできた、ってことか?」

「そういうことです」

無計画の行き当たりばったりにも程がある。

曖昧な説明を聞いて自分なりに納得するシンを肯定し、エリオは数十メートル先さえ碌に見通すことも出来ない白銀の世界を見渡した。

何故シンとエリオの二人が、未開の世界の雪山で寒さに震えているのか。その理由は、去年の暮れにエリオが家族の皆と共にイリュリアを訪問した時のことが切欠だ。



『そういやエリオは、旅に出たりとかしねぇのか?』

『旅、ですか?』

育ての親が同じで、扱う属性も同じの仲良し義兄弟は、よく二人っきりになって話し込む時がある。その会話の中で、シンがふと思って言った言葉。

『ああ。俺がオヤジに預けられて、五年くらいずっと旅してたのは知ってんだろ。エリオは俺みたいにオヤジとそういうの、無いのか?』

『そりゃ出来るんなら父さんと二人で旅に出たいな、ってのはありますよ』

義兄の話を聞いて、羨ましくないと思ったことはない。言った通り、もし叶うのならシンのようにソルと二人で旅をしてみたいと思う。

だがそれは無理な話、実現不可能なことだ。

『でも僕は学校ありますし、父さんにはお店と、母さん達が居ますから無理ですよ』

言って、エリオは諦めたように乾いた笑みを浮かべた。

どう考えても無理なのだ。自分はまだ父であるソルから学校に行くことを義務付けられているし、父は父で経営しているデバイス工房がある。

そして何より厄介なのは、父にこれでもかと言う程依存しまくってる母達の存在だ。たった三日間、ソルと触れ合わなかった、スキンシップを取らなかったというだけで発狂したかのような禁断症状に陥り、理性を保てなくなる程欲望に忠実になり本能のままに襲い、文字通り体力が底を尽き意識を失うまで父の肉体を貪り喰らおうとする母達からどうやって父を引き離せというのだ?

無理だ不可能だ出来っこない。もし仮に母達からソルを引き離したとしても、下手人の自分は確実に抹殺対象となるだろう。六体のデスプレデター改めラブプレデター(愛の捕食者)に八つ裂きにされるのがオチだ。あんな化け物共を相手にするぐらいなら、メガデス級ギアの群れに一人で吶喊した方がまだ生き延びる可能性があった。

あの連中は魔獣だ。大罪人“あの男”が生み出した原初のギア“背徳の炎”と契りを交わし神に背く道を選んだ獣……と、散々自分の母達を怪物扱いしているが、エリオにとってはそのくらい怖いのである。

『……絶対にぶっ殺される、いや、殺されるより酷い目に遭うかも……』

『うん。オフクロ達を敵に回すのは、確かに手の込んだ自殺だな……あー、俺の母さんは俺の母さんで良かった~』

膝を抱え全身を恐怖で震わせるエリオの肩に手を置き、妙に納得しながらシンは自身の生みの親がとても優しい心穏やかな女性で良かったと安心。

『じゃあさ、俺と一緒に旅しねぇか?』

『え?』

シンとしては、自分が養父と共に居たことで経験出来たことが、眼の前の可愛い義弟に経験させてあげられないのはとても勿体無いと考えた。

だったら、自分がかつての養父の立場に立てばいい。思考が単純だからこそ義弟を想うシンの気持ちは純粋で、晴れた日の空のように青く澄み渡っている。

『旅はいいぞエリオ。俺はあん時生まれたばっかだったから、見るもの聞くもの全部が全部新鮮で、珍しかったし、面白かった。オヤジは色んなもん見せてくれたからな。まあ、それなりに辛く苦しい経験もあって、しょっちゅうオヤジに怒られたりしたけど、楽しかったぜ』

だからどうだ? とシンは曇りの無い少年のような瞳でエリオに問う。

ポカンとしていたエリオだが、シンと二人で旅に出ることを想像して、急にワクワクしてくる胸の内を自覚した。

行きたい。とても行きたい!! と。

これまで何度も聞かされた、父の、シンの賞金稼ぎとしての旅の足跡。様々な土地へ赴き、色々な出会いと戦いを繰り返し、数え切れない経験をしてきた冒険。話を聞くだけだった立場の自分が、ついに旅に出れると思うと溢れ出る気持ちを抑え切れない。

『行く、行きます!! 誰が何と言おうと、絶対に!!』

気付けばエリオは大声で義兄に向かって叫んでいた。



そんなこんなで、二人は周囲にバレないようコソコソと計画し、今日に向けて数ヶ月間を準備に費やしつつ虎視眈々と家出するチャンスを狙っていて、現状に至る。

「このままじゃ凍えて死ぬ。とりあえず移動しようぜ」

鼻を啜りながら訴えるシンに同意してから、今更のように首を傾げた。

「何処に?」

管理局にも認知されていない未開の世界。ブリザードが容赦無く荒れ狂う雪山のど真ん中。何処へ向かえばいいのかなどさっぱり分からない。

「何処って……この寒さと雪を凌げる場所へだよ。人里とか、どっかにあんじゃねぇの?」

「分かりません」

「何ィィ!?」

バツが悪そうにシンから眼を逸らすエリオに、シンは唖然とした。

「それがですね、もし父さん達が僕達のことを悟って追ってきた場合、追跡を免れる為ランダム転送を使いました。転移先でいきなり死なないように、周囲になるべく迷惑を掛けないように『人が生きていける環境であり人が周囲に居ない』という条件付けで。ただ、ストラーダの解釈が『あくまで人が住める環境がある世界で、人が周囲に存在しない』というものだったらしく……」

「で?」

「つまり、此処は人里から遠く離れた場所、というか人が住んでるかどうか分からない世界で、近くに雨風凌げるような場所は無いんじゃないかと……」

段々言葉尻が弱くなり、モジモジしつつ申し訳無さで小さくなっていくエリオにシンは鼻水を垂らしながら、ではなく鼻から垂れた鼻水が凍りついた状態で食って掛かる。

「じゃ、アレか!? 此処で野宿しろってか!? こんな南極みてぇなとこで!? こんなブリザードの中で!?」

「げ、下山しましょう、下山! 山を降りればなんとかなるかも――」

「遭難するわ!!」

既にしていることに気付け。

視界は白銀の世界。視界が悪く見通せない、雪の嵐が牙を剥く白い闇。現在位置が分からず、おまけにあるかどうかも怪しい人里――そもそも目的地が定まってない――を求めて下山するなど愚の骨頂。たとえギアのクォーターと法力使い兼魔導師であろうと、だ。飛行法術、飛行魔法を駆使して飛んでいくという案は、空戦魔導師などと比べそれらの類を苦手とする二人にとってこのブリザードの中では論外だ。

だったら他の世界に転移すればいい、という選択肢は二人の頭の中には無い。もしあったとしても、一度踏み入れた世界が厳しい環境だったからという理由で転移するのは、負けたようで選ばないだろう。二人にも男の子の意地がある。単に二人が考えなしのアホなだけでもあったが。

「それなら、まずサーチャーを飛ばして人里もしくは今晩安心して眠れるような場所を見つけてから移動、っていうのはどうでしょうか?」

「それしか選択出来ねぇよな」

しょうがねぇな、とシンが呟く。

それから急に表情を引き締めて周囲を警戒し始める。

「……何だ? 敵意が、近付いてくる? 気を付けろ、エリオ」

促される形でエリオもストラーダを構え、戦闘態勢に移行した刹那、

「上だ!!」

はっと顔を上げたシンが大声を上げ、左眼のみを――眼帯で右眼は隠しているので――驚愕で見開き、厄介な敵が現れたと言わんばかりに実父から受け継いだ美麗な顔を顰めた。

「あれは、竜?」

思わずエリオが零す。

天を仰ぎ見る二人の眼に映ったのは、一対の翼で宙を舞う一匹の竜だ。全身が尻尾の先から頭まで黒みがかった金属のような色で、鋼のような質感を持つ鱗の表面が鈍く光を反射している。フリードのような二本足に一対の翼、というのではなく四本足で背に一対の翼、という骨格。本来なら羽ばたくことさえままならないこんなブリザードの中で、平然と飛んでいる。

まあ、暴風と雪で荒れる中でも飛んでいるのだから、竜にとって問題は無いのかもしれない。むしろ問題は、その竜があからさまな敵意をこちらに向けているということ。いや、これは敵意ではなく、殺意だろうか?

く、来るか?

息を呑み覚悟を決めた瞬間、

「■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!」

竜が鋭く生え揃った牙を見せつけるように口を開き、咆哮した。金属同士が擦れ合う音を非常識なくらい大きくした、そんなイメージを連想させるような耳を劈く鳴き声。

続いて竜は胸を逸らすような動作の後、こちらに向けて口から“何か”を発射。

(ブレス? でも何だ? 見えないぞ!?)

火の球でもなければ、雷の球でもない。白い雪と風を纏ったそれは視認不可能な代物だった。辛うじて雪化粧と周囲の大気を巻き込む風により、こちらに向かって飛来してくるのが分かるだけ。

とにかく今は回避に専念。二人は弾かれるようにそれぞれその場を左右に別れて跳び退く。

二人が十分な距離を取ったのとほぼ同時に、見えない“何か”が雪の上に着弾。

「ぐっ!」

「うおっ!」

その瞬間、爆発したかのように着弾地点の雪をあちこちに振り撒きながら、何の前触れも無しに竜巻が発生する。突風が身体を持ち上げ、吹き飛ばす。二秒程度空中に投げ出されてから、碌に受身も取れないまま雪の上に転がった。

幸い、柔らかい雪がクッションになってくれたのおかげでダメージはほとんどない。すぐさま立ち上がり竜を見上げると、竜は続いて猛スピードで急降下して竜巻が発生している中心――エリオとシンに丁度挟まれた位置に降り立つ。

雪の上に着地した四肢は体重で深々と沈んでいながら、特にこれといって支障は無い様子。大きな翼を羽ばたかせ、威嚇の唸り声を上げる。

近くで見ると、かなり大きい。竜魂召喚したフリードよりも二回り程巨体だ。そしてその巨体を守るように、雪を舞い上げる風を纏っていた。

「いきなり攻撃してきやがったな。なんてアグレッシブな野郎だ」

戸惑うどころか獰猛に唇を吊り上げるシンのリアクションは、流石に場慣れしている。

「風? 風を、操るのか?」

対照的にエリオは今見た事象を分析。

風属性だとすればこんな天候でも平気で飛んでいるのも、ブレスが見えないと勘違いしたのも合点がいく。この暴風はこの竜が生み出しているもので、ブレスが視認出来ないと思ったのは単なる風――圧縮された空気の塊、端的に言って空気砲だったからだ。

火を操り、火竜に属するソルやフリード、ヴォルテールとはまた違った属性に分類される、風の竜。頭では当たり前のように、自分が知らない何処かで火属性以外の力を操る竜種が存在すると分かっていたが、実際に戦ってみた経験は無い。

「ぼうっとしてんな!!」

シンの切羽詰った声に我に返る。眼前の竜が羽ばたきに合わせて浮き上がり、高さはそれ程でもないが再びこちらを見下ろす構図となった。

人を呑み込んで簡単に吹き飛ばせる竜巻が視界の中でいくつも発生し、雪を舞い上げながら殺到してくる。

このままでは竜巻に巻き込まれ全身をズタズタにされてしまう。そんなのは御免被ると大きく横っ飛び。攻撃範囲がイマイチ掴めないので、普段の模擬戦時よりもなるべく距離を取る。さっきのように避けたと思ったら吹っ飛ばされる可能性があるので、必要最低限の動きで回避するのは難しい。

先のブレスといい、完全にこちらを殺すつもりで攻撃しているのは明白だ。おまけに攻撃力が非常に高い。自分達が竜のテリトリーに侵入しているからだろうか? それとも単に餌として見られているのだろうか? どちらにせよ、喧嘩を売られたからには買うしか選択の余地は無い。

仲の良い義兄弟は、同時に同じことを考え、同じ結論に至り、そして同じ行動に移る。

「ファントムバレル!」

「聖騎士団奥義!」

つまりは反撃だ。

シンは旗を持っていない左腕を真っ直ぐ竜に向け、手の平から黒い雷によって構成された砲撃を発射。エリオは両腕を交差してから開く動きに合わせてストラーダを振るい、斬撃を放つようにして雷の刃を撃ち出す。

二方向から迫る雷に竜は高度を上げるだけでひらりと避ける。実にあっさりと……予想していたことだが。

翼を生まれながらに持ち飛行能力を人間が歩くのと同じように使う生物というのは、空戦が苦手で陸戦を好むエリオとシンの天敵だ。飛行魔法の適性が低いエリオ、そもそも『飛ぶ』こと自体が稀な法力使いであるシン。属性もさることながらそれぞれの魔法の適性まで似通っている二人は、苦手なものまで同じだった。

身近に居る空戦可能な連中は、ソルの影響か、地上での泥臭い接近戦を好む。足の踏ん張りを活かせる大地にどっしりと構え、渾身の力を込めて殴り合う。空戦魔導師という肩書きなど知ったことではない、という風に。ただ身内の中での模擬戦はコミュニケーションの一環なので、空に上がれば有利と分かっていながら自ら地上で戦うことを望むのは、単に肉と肉のぶつかり合いが好きだから。

しかし、いざ実戦形式の模擬戦――勝つ為なら手段を選ばない――になると、空戦魔導師は揃いも揃って空を飛ぶ。特に遠距離型であるなのは、はやてなどはこちらの攻撃が届かない上空から「ねえ今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?」と邪神顔負けの邪悪な笑みで砲撃やら範囲攻撃やらを仕掛けてくる。辛酸を舐めさせられた回数など数えていないが、かなりあった。

かと言って何もせずに殺られるなど言語道断。飛ぶ相手が苦手なら苦手なりに対処法というのもちゃんと持っている。

おまけに、おあつらえとも言うべきこの悪天候。空は厚い曇で覆われ、雪があっという間に積もる程降り注ぎ、風が吹き荒れていた。エリオのような雷属性の攻撃を最大限活かし、その上消費を最小限まで抑えることが可能な環境。これを使わない訳にはいかない。

人差し指と中指の二本をピッと伸ばした左腕を頭上に掲げ、こちらを見下ろす竜に向かって見せ付けるように振り下ろす。

「ライトニングストライク!!」

天空から神罰の如き雷電が降り注ぎ、竜を貫く。流石の竜も、音速を超える速度で頭上からの落ちてくる雷は交わすことが出来ず、全身を激しく痙攣させながら落ちてくる。

この悪天候を利用したエリオの最大出力だ。まともに食らって平気な顔をされたらプライドに酷い傷を負うので、効いて良かった。

その時、不意に風が止む。竜を守るように渦巻いていた風が消え失せ、暴力的な大気の流れが停止。

見た目通り重そうな着地音を立てて雪の上に墜落し、立ち上がろうと必死にのた打ち回っている竜に向かって、シンが好機を逃すかとばかりに走り出し追撃をかます。

「ビークドライバー!!」

右手に握った旗の先端による強烈な刺突に、雷撃と衝撃波を組み合わせた近接攻撃。シン特有の黒い雷が雷鳴と雷光を伴って竜を襲う。

「■■■■!?」

金属を軋ませるような不快感を催す悲鳴が竜の口から吐き出された。弾かれたようにその巨躯を仰け反らせ、動きを止める。

最大の隙、絶好のチャンス。この瞬間が勝負処に違いない。

「兄さん今だ!」

「行くぜエリオ!」

まさに阿吽の呼吸。並んだ二人は同時に構え、一瞬で溜めた力を合わせるように解き放つ。



「「ダブル、ライド・ザ・ライトニング!!」」



自身の肉体を包むように雷の力を纏い、一発の雷球となって突撃する。黒と黄、それぞれが眩い閃光と稲妻を従えて、神速で竜に迫り、全身全霊を以ってぶっ飛ばした。





それから約十分後。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……逃げられちゃいましたね」

翼はボロ雑巾、爪は付け根からグシャグシャ、鋼のような光沢を放っていた全身の鱗は無残に剥ぎ落ち、出現した時の凶暴さを見る影もないくらいに滅茶苦茶にしてやった竜は、ほうほうの体でこちらに背を向け穴だらけの翼を酷使しつつ飛んで逃げていく。

「追って仕留めるか?」

「やめましょう……あれだけ痛い目見たんだからもう襲ってくることはないでしょうし」

「だな。こっちも結構派手にやられちまったから、深追いは禁物だ」

大きく、ふぃー、と溜息を吐き緊張を解すシンに倣い、青息吐息のエリオもストラーダに込めていた力を緩めた。

竜にかなり大きなダメージを与えたが、こっちもこっちでボロボロ。序盤は優位に立てたものの、傷つけられたことに怒り狂った竜の反撃は最初と比べものにならないくらい激しくなり、二人も大分やり返されたのだ。

二人掛かりでこれである。サシだったらどうなっていたことか。

「あっ、晴れたぞ?」

「ホントだ」

暴風雪を操っていた竜が遠くへ逃げ去ったからだろうか。ブリザードで荒れていた雪山の風と雪がぴたりと止み、太陽を隠していた雲も徐々に薄れていき、青い空が顔を出す。

まるで先程までの自然界の脅威が嘘のようだ。

「しっかし今のドラゴン強かったぜ。しかも風属性とか。まともな法力使いなんかより全然強ぇ」

大きさは中型ギアの域を出ないが、その戦闘能力ははっきり言って上級ギアに匹敵する強さだ。しかも風を操り天候を支配するレベルとなると、特殊能力だけ見てもAAA~Sランク魔導師並み。やはりどんな世界でも竜という種族は生態系の頂点に君臨する存在らしい。

シンの呆れたような声にエリオは疲労を滲ませ首肯すると、

「……そんなことより腹減った」

ぐー、と隣から腹の虫が鳴く声を響かせてきた。

応じるように、ぐー、と自分の腹も鳴く。

身体を動かした所為だろう。胃が食べ物を求めてぐーぐーうるさい。それはお互い様で、二人は盛大に訴えてくる腹の声を聞き流しながら、疑問を口にする。

「なんか食うもんあるか?」

「何か食べるもの持ってませんか?」

顔を見合わせる。

「……」

「……」

暫しの間、二人は見つめ合った後、

「「とりあえず飯!!」」

同じ結論を導き出した。





竜と戦う前にエリオが言っていた『まずサーチャーを飛ばして人里もしくは今晩安心して眠れるような場所を見つける』ことと同時並行して、食料を探す。

しかし、

「見つかんねぇな、何も」

「さっきまでブリザードが猛威を振るっていた雪山ですしねぇ~」

行けども行けども視界は相変わらず雪しか映してくれない。既に戦闘が終了してから二十分は経過していた。

標高がどのくらいか知らないが、暴風雪は止んで太陽が空から明るく照らしてくれても気温は低い。エリオはバリアジャケットの恩恵で、シンは先程まで鼻水を垂らしていたが戦闘中に肉体が気温に“適応”したおかげで寒さ対策に心配する必要無いが、食物が見当たらない――持参しなかった――のが致命的だ。一刻も早くカロリーを摂取しなくてはいけないのに。

下山する二人の足取りは重い。膝の高さまで雪が積もっているのもあるが、純粋に竜との戦いでエネルギーを使ってしまい腹が減っているのである。

ぐー。

ぐー。

隣と自分の腹がなんか寄越せとうるさい。

「クソ……こんなことになるんだったら、さっきの竜、逃がすんじゃなかったぜ……」

「……リベンジしに来ないかな、今すぐに。今度こそ返り討ちにするのに」

剣呑な雰囲気を醸し出しながら二人は眼を皿のようにして、ギラギラと鋭い視線を飛ばしながら食べられそうなものを探す。言ってることがさっきと百八十度違うセリフであることに気付いていないのは、きっと空腹の所為。

と、その時である。エリオが飛ばしていたサーチャーに反応が。

立ち止まり、瞼を閉じて意識を集中する義弟にシンは期待を込めた眼差しを送った。

視覚をサーチャーと共有したエリオに視えたのは、先の竜とは異なる骨格を持つ別種の――何処からどう見ても肉食っぽい凶悪な感じの竜が、鼻の無いマンモスみたいな外見でなんとなく大人しそうな印象のある草食動物っぽい哺乳類の群れに襲い掛かっている光景。

「それは僕の肉だ!!」

リミッター解除、フルドライブ!

我慢が出来ず声高々に此処には存在しない竜に向かって宣言すると、シンを置いてけぼりにしてエリオは走り出す。

魔法・法力のリソースを速度アップに注ぎ込み、ただひたすら全力で足を動かす猛ダッシュ。空戦魔導師の高速機動ですら嘲笑うかの如き速さを以ってして、一条の光となって目的地へ。

背後からシンが追いかけてくるのを感じながら、雪の上をスノーバイクが幼児のおもちゃと思えるくらいの爆走を敢行。

砂埃ならぬ雪埃を大量に巻き上げながら突き進み、山を下り、凍結した河を渡り、木々が生い茂る森の中を忍者のような動きで木から木へと跳び移り、壁となって進路を塞ぐ断崖絶壁を壁走りで踏破し、更にさっき居た山とは違う山を登り……それらを二回程度繰り返して漸く辿り着いた。

こちらの存在に気付いて視線を向けてくるのは、サーチャーを介して視た竜だ。全体的にオレンジ色の鱗に覆われながらも、所々青い縞模様が虎のように入っている。先の竜と違うのは翼が背にあって四本足ではなく、前足に当たる部分が翼となっている骨格。つまりさっきの竜がドラゴンだとしたら、こちらはワイバーンなどと呼称される飛竜だ。

翼と一体化した前足でマンモスみたいな哺乳類を押さえつけ、今にも噛み付こうとしていたところへ現れたエリオに、不機嫌そうな唸り声を上げて威嚇してくる。

だが、唸り声を上げて威嚇するのはこちらも同様だ。腹が減って死にそうなのだ。エリオとシンは血走った眼で竜を睨み、

「グルルルルル……シャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

人としての理性と知性を投げ捨てた、完璧に本能と食欲の奴隷と化して咆哮する。全身が帯電し、稲光を纏ってそれぞれの武器を手に、竜に飛び掛った。最早どっちが『何処からどう見ても肉食っぽい凶悪な感じ』なのかさっぱり分からん状態だ。

アインが以前言っていたことがある。『理性は投げ捨てるもの。本能という激流に身を任せ、同化する。激流を制すればうんたらかんたら(以下略)』と。それと近い状況だ。

「■■■■■■■■■■■■■■!!!」

負けじと咆哮し返してくる竜。獲物を横取りしようとする敵と認識される。絶命した獲物を放り捨ててこちらに向き直り、前足を力強く動かしてラッセル車のように突っ込んできた。

こうしてエリオ&シンVS竜、本日第二戦目が始まる。





ガツガツガツ、ムシャムシャムシャ、ボリボリボリ。

これでもかと大きく口を開き、手にした肉の塊に齧り付き、骨ごと噛み砕き、咀嚼してから飲み下し、また大きく口を開いて食らいつく、を腹が満たされるまで繰り返す。

調理の仕方は炎を使わず、突き刺したストラーダに電気を流して熱を生み――ヒーターのような暖房器具の発熱と同じ原理――中から焼いただけ。普通にタレをつけて食べる焼肉などと比べ味は淡白かもしれないが、文句を言えない状況であり、これはこれで美味いので余計な思考を削ぎ落とし、ひたすら顎を動かす。

視界の隅ではエリオとシンに敗北を喫した竜が、足を引き摺りながら何処かへ逃げようとしているのが確認出来たが、興味は無いので正直もうどうでもいい。属性的な攻撃は一切してこない代わりに、咆哮すると同時に音を衝撃波として飛ばす、というなかなか厄介な強敵だったが、どうやら雷属性がアホみたいに効くらしく、電撃をぶち込む度に悔しいでも効いちゃうとばかりにビクンビクン震えて動きを止めてくれるので、さっきのよりも若干戦い易かった。

負け犬ならぬ負け竜は鬱陶しいのでとっとと失せろと内心で思いながら、竜から横取りしたマンモスみたいな哺乳類を食べ続ける。とんでもない野生児に育ったモンディアル。

やがて骨も残らずしゃぶり尽くし満足すると、日が傾いていることに気付く。

腹が膨れると今度は眠たくなってくる。これは動物として至極当然の流れであり、激闘を二回も演じたので尚更眠い。

食べ物を探す為に放っていたサーチャーの内一つが、食事中に雨風をある程度凌げる場所を発見したので、今から今日の宿を探す必要が無いのはありがたい。

現在位置の雪山を下りていった森の中、標高がかなり低いので雪もそんなに積もっていないそこで発見したのは、人の手によって作られたテント。なんとなくファミリーキャンプ場にありそうなドーム状のテントを見つけたことにより、この世界には人間が存在していて、それなりの文明を築いていることが判明。

作りもしっかりしていて、キャンプで使用するテントというよりも遊牧民族の住居として使われているテントに似ている。

しかも、そこから更に山を一つ越えると人里らしいものまでサーチャーで発見することが出来た。

ただ一点だけ解せないのは、そのテントが人里からかなり遠く離れた森の中に、ポツンと設置されていること。テントは結構使い古されているが定期的に手入れはされているようなので、忘れ去られて打ち捨てられたという訳では無いだろう。何らかの目的があって設置され、使われているのは確かだ。だからこそ、理解に苦しむ。

何故このテントは、先の二匹の竜のような普通の魔導師や法力使いを遥かに超える力を持つ野生動物が存在する、人里から遠く離れた大自然の中に設置されているのか?

「「まあいいや」」

考えてもしょうがないし。おやすみなさーい。

ふと浮き上がった疑問を次元の彼方へ放り捨てると、設置されたテントの中にある四つのベッドの内二つを占有し、誘ってくる睡魔に導かれるまま夢の世界へと旅立った。











翌朝。太陽が東から昇ってくる前に眼を覚ました二人は、早々に移動を開始。昨日見つけた人里に行ってみるつもりだ。

その道中、神々しい白い毛皮とトラック並みの体躯を誇る一頭の猪の神様みたいなのが突然現れたかと思ったら、巨大な二本の牙を振りかざして突進してきたので、二人はカモがねぎ背負ってやってきたとばかりにこれ幸いと朝食をボタン鍋にし、舌鼓。

ゲプッ、と満足気に胃に溜まったガスやら空気やらを吐き出し、足を再び動かす作業に戻る。

朝になり太陽が眩い光を世界に照らし始めた頃、目的地の方角から数人の人影が近付いてくるのを発見。

人数は三人。重厚な鎧を装備しているというか着膨れした格好で、遠目からでは背格好で女性か男性か判別出来ない。

山登りをしている時、擦れ違ったら相手がたとえ知らない人でも挨拶するのは基本である。もう少し接近したらおはようございます、とでも挨拶しようと考えていると、シンがエリオの肩に手を置き、顔を顰めた。

「俺達って異世界人だろ……どうやって意思疎通すりゃいいんだ?」

そんな発言にエリオは無問題ですと親指をぐっと立てて見せる。

「大丈夫です。イズナさんに教えてもらった『言霊』があります」

「琴、玉? 聖戦で失われたジャパニーズの伝統楽器だっけか? 琴ってアレだろ? こう、『置くギター』みたいな? 玉ってことは、丸いのか?」

「違います! っていうか、兄さんも僕と一緒にイズナさんから教わったから使える筈ですからね!! ……まあそれはもういいとして、僕が言う『言霊』っていうのは、イズナさんが教えてくれた陰陽法術の一種で、扱う言語が異なる者同士でもコミュニケーションを取ることが可能になるもののことですよ」

謎の楽器を操るかのような謎の仕草と共にハイセンスなボケをかます義兄に、エリオは頭を抱えてから説明する破目に。

本来の言霊とは、声に出したことが現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられた霊的な力のことだが、イズナが教えてくれた陰陽法術は『声に出すことによって相手に言葉の意味を伝え、相手が発する言葉に込められた意味を読み取るもの』だ。

これは言葉をそのまま脳内で直訳するのではなく、あくまでニュアンスを感じ取るものなので、細部はどうしても若干の齟齬が生まれてしまうが、魔法やデバイスによる翻訳が使えない未開の地(未登録の為)では現地の人とコミュニケーションを取る上で重宝する優れものだ。

「なるほど、バッチリ思い出した……術式は忘れちまったからどうすりゃいいのかさっぱりだがな、フッ」

「どの辺がバッチリ!? 思い出せてないのに威張らないでください! 『フッ』じゃないでしょ!?」

「普段使わねぇんだから仕方無ぇだろ! 人間はなぁ、忘れる生き物なんだよ!! 特に俺はオヤジから『鶏並み』って言われるくらいにコケッコなんだぞ!!」

「嘘だ! 確かに父さんは兄さんのこと『アホ』って言ってるけど記憶力が悪いなんて言い方一度もしてないです!! それを証明するように食べ物に関してはやたら記憶力良い癖に!! 最初っから覚える気ゼロなだけでしょうが!!」

エリオが懇切丁寧に説明した瞬間にこの有様。もう間近に迫ってきている三人の人影に慌てながら、エリオはシンの脳内に念話で圧縮した術式を叩き込むように送信した。

「こんにちわー!!」

声を掛けられる前に近付いてきた三人組みへ挨拶を――慌てて取り繕うように――飛ばす。半ばやけくそ気味だ。

しかし返ってきたのは挨拶の言葉ではなく、

「キミ達、こんな朝早くからこんな場所で一体何をしているんだい?」

兜の中から発せられるくぐもった、少しこちらを警戒するような声だった。

『言霊』は問題なく機能しているが、不審者に対する態度に意図せずに「うっ」と尻込みしてしまう。

三人組の姿は、それぞれ異なるが物々しい格好をしている。上から下まで、何の素材で作られているのか知らないが重厚な鎧を纏い、背には身の丈よりも大きい巨大な剣、2メートルは超える長さの突撃槍、対人ではなく対戦車だという印象を抱かせるライフルのようなものを装備していた。

「キミ達がやって来た方角はギルドで危険区域に指定されているのを知らないのか?」

銀の光沢を放つ鱗のようなもので作られた鎧姿――声からして十中八九男性、兜の所為で顔は見えない――は叱るような口調である。

「此処ら周辺は凶暴なモンスターが餌を求めて徘徊し、縄張り争いまでしている。ハンターでもないのにこの時期の雪山に入るのは自殺行為だ」

どうやらエリオとシンを心配しているらしい。他の二人も兜を装着しているので表情は見えないが、黙ったまま大きくうんうんと頷いている。

「えっと、すいません。僕達旅の者なんで、此処ら辺の事情に疎くて」

とりあえず頭を下げながら、エリオは今しがた聞いた『ギルド』と『モンスター』と『ハンター』という三つの単語に琴線が触れたのを自覚し、その三つがどんなものか想像した。

『モンスター』というのは、間違いなく昨日交戦した二匹の竜や、さっき朝食にした猪のことだろう。

では『ハンター』というのは、会話の流れからして『モンスター』を狩る存在。狩猟を生業としている者、もしくは職業を意味する言葉だ。そして恐らく眼の前に居る三人組がその『モンスター』を狩る『ハンター』なのだと雰囲気で理解する。

そして『ギルド』が『ハンター』という職業を統括する組織か団体に違いない。

「旅? そんな軽装備でこの雪山を? 何処から来たんだい? よくこんな雪山をモンスターと遭遇せずに生きていられたね!? もう何人も帰らぬ人になったというのに!!」

驚くハンター三人組みのリアクションに、迂闊な発言をしてしまったと後悔した。何せ二人は手荷物らしいものは何一つ持っておらず、強いて挙げれば肩に担いでいるシンの旗とエリオのストラーダのみ。シンの服装なんて肩、臍丸出しの見るからに寒そうな格好で、常識的に考えて雪山に居ていい姿じゃない。

不審に思われてもある意味当然。これ以上喋ればボロが出ると判断し、シンの手を引いて逃げるように走り出す。

「それじゃあ僕達先を急ぐんで失礼します!! 皆さんもお気を付けて、お仕事頑張ってください!!」

「お、おいエリオ!?」

どうしてエリオがそんなに慌てているのか分からないシンは戸惑いながらも大人しく引っ張られて、三人のハンターから遠ざかる。

「あっ、キミ達! このまま真っ直ぐ進めば小さな村があるから、休むんだったらそこに寄りなさい! 村長がきっと歓迎してくれる筈だよ!!」

「どうもありがとうございまーす!!」

わざわざ教えてくれたハンターに背を向けたまま大きな声で返事をし、転がるようにその場を走り去った。

ある程度距離を離してからシンの手を放すと、彼は怪訝そうな面持ちで尋ねてくる。

「おいエリオ。あの三人放っておいて大丈夫なのかよ?」

「たぶん大丈夫かと」

「たぶんって……話によると、あの滅茶苦茶強ぇ竜の他にも凶暴なのがたくさん居るみてぇなこと言ってたぞ?」

「恐らくあの人達は専門家です。きっと僕達よりも『モンスター』に詳しいでしょう。要らない心配ですよ」

そうかぁ~、と少し納得いかないように首を傾げるシンにエリオは告げた。

「思ったんですけど、この世界の生き物や人類は、僕達が知る既存の生物や人類よりもずっと強い可能性が高いです」

「それマジで言ってんのか?」

「マジです。兄さんも思い出してくださいよ、あの竜の強さを。ギア化した訳でも無ければ、生まれながらに魔力を持つ魔法生物でもない、ましてや僕達が知ってる魔法を使用する『竜』とも違う、それでいながら高ランク魔導師に届く戦闘能力を持つ。倒すのにあれだけ苦労した生き物なんて、ギアと魔法生物以外で僕初めてですよ。『モンスター』が跳梁跋扈している世界で、その『モンスター』を狩ることを生業とする『ハンター』という職業らしきものと『ギルド』が存在する。これで強くなくて何なんです?」

「……」

逆に問い返されてシンが黙り込んだのを眺めながら暫しの間熟考し、それから興味を惹かれたように言葉にする。

「調べてみる価値はありますよ、この世界。もしかしたら修行にもってこいかもしれません」





ハンターに教えてもらった通り、程なくして一つの小さな村に辿り着く。

村の入り口で焚き火をしているおばあちゃんが居たので元気良く挨拶し、自分達は旅の者で、遠い故郷には『モンスター』や『ハンター』などが存在せずこれまで無知だったから、それらについて勉強する為に旅をしているのですが具体的にどうしたらいいか知恵を貸してくれませんか? と尋ねてみれば、おばあちゃんから優しげに微笑んでから「私が村長です」的な自己紹介をし、村に存在する『ハンターズギルド』を見学させてもらえるように便宜を図ってくれた。

「なんか、のんびりしたとこだな」

「アイヌ民族の村みたいです」

二人でコソコソと内緒話をしながら村の様子を窺う。

それ程大きい村ではなく、むしろ規模としては小さい方だ。総人口はざっと見て五十に届くか届かないかだろう。エリオが連想した通り、建築物や服装は昔の北海道で独特の文化を育んだアイヌ民族――テレビや博物館で見たもの、歴史で勉強したものに似ている。降雪量が多く寒さが厳しいという環境が似ている所為か、人々が生み出す文化も似通ってくるのだろう。

「初めまして、旅の方。私がこの村におけるハンターズギルドでギルドマネージャーをしている者です」

村の中で一際大きい建物の中へ入れば、お偉いさんらしい妙齢の女性が出迎えてくれた。耳の形が普通の人間と少し違うので、村長と同様に人間とは違う種族なのか? と思っていたら疑問が顔に出ていたらしく、察したギルドマネージャーがまず初めに色々と人間以外の種族――竜人族や獣人族――について説明される。

それからエリオとシンに対して懇切丁寧に様々なことを教えてくれる。モンスターのこと、ハンターのこと、ギルドのこと。

一つ知る度に新たな疑問が浮上し、質問しては答えを得る。そんなことが幾度か繰り返していく内にギルドマネージャーの説明が終わる。

「概要としてはこれでよろしいですか? クエストについてもっと詳しいことが知りたいならカウンターに座ってる女の子達に、モンスターから剥ぎ取れる素材や加工して出来上がる武器や防具に関して知りたいなら外の加工屋さんに、ハンターになることを希望するなら村長さんと訓練場の教官に一言相談してね」

立ち去るギルドマネージャーの後姿に感謝を述べてから、言葉に従い受付嬢の元へ。

「ねぇねぇねぇ二人は何処から来たの?」

「キミ格好良いね。どうして眼帯なんてしてるの?」

「ハァハァ、可愛いわねボク。お姉さんの弟にならない? ハァハァ」

質問するこっちが質問攻めに遭う。どうやらイケメン好きとショタコンが混じっていたが、エリオとシンは嫌な顔一つせず――むしろ異性からチヤホヤされてヒャッホーイ――答えられる範囲で答え、どうしても答えられない場合は、シンの実父から受け継いだ美貌による女殺しな甘いマスク「悪いな、良い男には秘密があるもんなんだ」と、エリオのこれまで年上のお姉さんを散々騙してきた「すみません、僕、子どもだからまだよく分からないんです」的純粋無垢上目遣いで乗り切った。

甲高い黄色い声による姦しさに翻弄されながらも、とりあえず聞くべきことを聞き終えて、今度は外の加工屋さんに話を聞きに行くことにする。

「「「また来てねー♪」」」

背に受付嬢の声を受けながら、村の中心部にある武器・防具加工屋さんの所へ。

「あんたら二人が旅の人かい? 村長から話は聞いてるよ。若いのに積極的に勉強したいだなんて殊勝だね」

人の良さそうなおやっさんが豪快に笑いながら武器・防具、材料となる素材、そして出来上がった武器や防具に宿る力のことを話してくれた。





その後、村長のご厚意で昼食をご馳走してもらう。やはり田舎の人というのは心が広いと思った。自分達の故郷ではいきなり現れた見ず知らずの余所者を自宅に招いて食事を馳走するなど皆無だからだ。

一体どんな料理が出てくるのかと期待を膨らませていたら、朝食のボタン鍋と同じものが出てきた。どうやら村に訪れる前に出会ったハンター達が以前討伐した猪の肉がまだ余っているとのこと。餌を求めて近隣に群れを成して集まってくるので、結構数が多いのだとか。余りものでごめんねと村長に謝られてしまったが、二人は美味いものを食えれば文句を言わない人間なので、感謝を込めて料理を味わった。

「さて、腹ごしらえも済んだことですし、集めた情報を纏めましょうか」

食後の茶を飲みながらエリオが切り出す。

「まずこの世界には『魔法』という技術はありません」

「科学技術もミッド程進んでもいねぇな」

「ええ。兄さんの世界と同程度の文明レベルです」

法力が一つの技術体系として確立したことによって旧科学技術が全面的に禁止され、更に聖戦の勃発によってそのほとんどが失われた世界と同レベルなので、機械文明が発展する以前の中世くらいか。

「その代わり――」

眼を鋭く細め、いつになく真剣な雰囲気を纏うエリオ。

「一部の技術力はある意味で次元世界を上回っています。生産方法は機械のような自動化が存在せず、材料となる素材の入手も困難な為、少量しか生産出来ない上全ての工程が職人の手作業になり手間と時間が掛かりますが、その職人の腕前が異常です」

養父が経営しているデバイス工房で手伝いをしたことがあるエリオの眼から見ても、この世界の技術は非常に素晴らしいものだ。ソルが作るデバイスの材料は、基本的に廃材や廃車に含まれている金属を法力で抽出し、錬金術で物質変換させたものを一つ一つ手作業で加工するが、実はこれ、材料費が掛からない代わりにとんでもなく集中力と技術を要するもので、非常に難度が高い。完成した部品はそれぞれがまさに匠の技で生まれたものだ。加工屋のおっさんが製作した武具を少し見せてもらって、それと通ずるものを感じた。

機械では決して生み出せない、“味”があるのだ。これはこの世界の伝統文化なのだろう。日本の刀鍛冶を思わせる。

「あのおっちゃんが特別凄いってだけかもしれねぇぞ」

「その可能性は否定出来ませんが、技術が高いことには変わりありません」

シンの指摘を素直に認めて尚、エリオは改めて凄いと褒め称える。

「僕が何より着目しているのは、素材となったモンスターの力を武器や防具に宿らせる技。これを今の次元世界の技術で再現するのは不可能でしょう」

あくまで科学の延長上に存在する次元世界の魔法では、そもそもそういった考え方や概念が無い。いかに魔法をより効率的に制御し運用出来るか、というシステム面に重きを置いているからだ。

「この技術は、どちらかと言えば魔法ではなく法力側の技術です」

「神器とかか?」

「神器と言うより、法力使いの武器全般が、です」

「?」

疑問を頭の上に出現させ首を傾げるシンに説明を重ねる。

例えばの話、ミッドチルダ式のデバイスは術者が魔法を効率良く制御出来るように補助する為の『装置』。なので様々な面で応用が利き汎用性は高い。

対して神器を含めた法力使いのそれは、術者の魔法を増幅しより効率良く対象を殲滅する為の『武器』。その為、武器以外の――攻撃以外の用途は無いに等しい。

発端となっている技術が異なるのは当然だが、そもそも製作段階でのコンセプトが根本的に違う。

デバイスは一般的に『杖』の形を取っていることが多い。攻撃する場合は魔法を使えばいい、システムに任せてしまえ、というのが念頭にあるからだ。

しかし法力使いの武器は一部の特殊な例外を除いて、法力を使用せずともそれ単体で殺傷能力を持つ。何故なら武器だから。むしろ武器としての機能以外は要らないのである。使い勝手の良い便利な汎用性を求めない、ただひたすらに一つの特性だけを求め高める法力使いのコンセプトは、この世界の技術と綺麗に噛み合う。

「う~ん、よく分かんねぇな」

エリオの力説を聞いてもシンは半信半疑だ。

が、エリオには確信にも似た何かがあった。

竜のような強靭な肉体を持つ生物を素材とした武器や防具は、下手なデバイスやバリアジャケットを上回る性能を誇っているのではないか?

話を聞いただけで事実をこの眼で確認した訳では無いが、前例はある。

かつて聖戦時代の中期から後期に掛けて活躍したクリフ=アンダーソンという一騎当千の戦士が居た。カイの前任者であり、ソルを聖騎士団に勧誘しその後封炎剣を託した張本人。ジャスティスと戦場で十七回も戦い全て引き分けた、ある意味人類最強の超人。たった一人でギアの軍勢を蹴散らした武勲がいくつもあり、数多くの竜族を葬ったことから“ドラゴンキラー”とまで呼ばれた英雄。

既に亡くなっており残念ながらエリオもシンも会ったことはないが、カイは勿論のこと、あのソルですら今でも敬意を払っている程の人物だ。

そんな彼が武器として手にしていたのが、竜の鱗で作られた“斬竜刀”という聖騎士団の宝剣だ。それは名の通り一太刀で竜を斬り捨てる程の斬れ味と破壊力を誇っていたとのこと。

つまり当時から生物の生体組織を素材にして武器とする法力技術は確かに存在していたのである。

これは憶測の域を出ないが、法力が生物にしか扱えないのと同じ理屈で、生体組織で作られた武器というのは法力と相性が良いのかもしれない。

竜との度重なる戦闘を経て“気”の法力を会得したクリフが、竜の鱗で生成された武器を手に“ドラゴンキラー”と謳われ、ジャスティスと互角に渡り合える戦闘能力を手にしたならば……

興味は尽きない。

「他にも属性で気になるものがあります」

ますます饒舌になっていくエリオの様子にシンは呆気に取られながらも相槌を打つ。

「火、水、雷、氷、この四属性に加えて“龍”という僕達にとって未知の属性。この力を操る竜が存在すれば嫌う竜も存在するという、謎の力」

「そこが訳分かんねぇよな。竜に“龍”が効かないってのは理屈でなんとなく分かんだけど、なんで竜なのに“龍”が効くんだっつの」

この矛盾が納得いかないらしく、シンは腕を組んで悩ましげな表情をする。美貌も相まって、一見するとまるでファッション雑誌のモデルのようだ。

シンの言いたいことは理解している。自分達が雷属性を操る関係で雷属性に耐性がある事実と反するのだ、この“龍”属性というのは。まだよく解明されていない不思議な力で謎も多く、とりあえず利用出来るから利用している、という感がある。

ダイヤモンドはダイヤモンドでしか加工出来ない、というのと同じ理屈で竜には“龍”でしか対抗出来ないことを意味しているのだろうか?

それともまさかクリフが竜と戦っている内に得た“気”の力と何らかの関係でもあるのだろうか? 魔法技術は存在しない世界の筈だが、妙に気になった。

「でもハンターって凄ぇよな。超一流になると、国が軍を動かしても対処不可能なモンスターを、ハンターは一人から四人くらいの少人数で倒しちまうんだろ?」

「一握りの超凄腕ハンターのみって話らしいですけど、そこまで来るとハンターの方がモンスターよりモンスター染みてますよね」

ハンターという職業は、全長が数十メートルを超える巨大なモンスターを釣竿一本で釣り上げるくらいの筋力が最低限ないとやっていけないらしい。眉唾ものだと思うが、もし事実ならハンターの腕力は数十トンなどという非現実的なものとなり、ソルのような近接パワー型のギアに届く強靭な筋力、ということになってしまう。これは何の冗談だろうか。

だが、エリオは既にこの世界の生物が自分達が知っている生物よりも遥かに強いことを知っているので、もしかしたらあり得るのかもしれない、くらいには思っている。事実は事実として受け止めなければいけないのだ。

「で、どうすんだエリオ? お前、この世界随分気に入ったみたいじゃねぇか」

当初の予定では様々な世界を渡り歩き、行く先々で存在するであろう犯罪者、テロ組織などを片っ端から千切っては投げ千切っては投げをするつもりだった。そうしていれば実家に直接連絡を入れなくても噂が管理局もしくはDust Strikersの情報網に引っ掛かり、伝言ゲームのような形で定期的に無事を知らせることが可能である。家出同然で抜け出したからといって、これ以上心配を掛けるのは気が引けるからだ。

けれど他の世界で賞金稼ぎとして生きるよりも、此処で自身を磨き知識を取り入れ技術を向上させたい、という思いもある。

どちらを優先するべきか悩んでしまう。

腕を組みうんうん唸るエリオの様子にシンは微笑ましいと唇を歪めてから、助け舟を出すように言った。

「エリオ、お前がやりたいようにやれ。我慢なんてすんな。これはお前の旅なんだからな。やりたいことがあるんだった、全部纏めてやっちまえ。俺はそれに付き合うだけだ。文句なんて言わねぇし、此処にはお前の決定に文句を言う奴も居ねぇ」

この言葉に後押しされ、エリオは迷いを振り切った。

「じゃあ、この世界でハンターとしてモンスターと戦って、色々な経験を積みたいです。聖戦時代の、父さんやカイさんみたいに」

「そうだな。ギアと比べても遜色無ぇ連中が跋扈してるから、戦闘経験はぐんぐん伸びるな」

「それから、定期的に次元世界で賞金稼ぎとしても戦いたいです」

「おう」

「それと」

「え? まだあんのかよ?」

欲張りめ、と言外に訴えつつニヤニヤと笑うシンの視線を真っ向から受け止めながら、エリオは言葉を紡ぐ。

「此処でハンターとして暮らすだけじゃなく、加工屋さんに弟子入りして、武器や防具作りの勉強もしたいです」

やはりソルが武器作りに長けていることが影響しているのだろう。聖戦初期に法力と科学が融合した対ギア兵器『アウトレイジ』――八つの神器の元となった――を制作し、封炎剣をクリフから託されるまでは戦場で拾ったものを適当に加工して即席の武器にして戦っていて、魔法と出会ったことによりデバイス制作にまで手を出し、今ではそれを生活の糧にしているし。これで影響が無い方が嘘ってもんだ。

「……別に俺はいいけど、たぶんそれ、生半可なことじゃねぇし結構時間掛かると思うぜ。いいのか? 下手すりゃ数年は帰れねぇぞ」

僅かに考える仕草を見せ逡巡してから慎重に問うシンに、エリオは眼を逸らさず力強く頷いた。

するとシンは仕方が無いとこれ見よがしに溜息を吐き、

「いいぜ。俺が旅に誘ったんだし、乗り掛かった船だ。お前が納得するまでとことん付き合ってやるよ。帰った時に、オヤジを含めた皆から怒られるのを覚悟でな」

外見年齢よりも遥かに幼く純粋無垢な、とても楽しそうな遊びを見つけた子どものように笑顔を作る。

「ありがとう、兄さん」

「礼なんて要らねぇよ」

エリオの心からの感謝を受け、シンは照れ臭そうにそっぽを向く。

「一緒にハンターになってモンスターと戦って、たまに次元世界の犯罪者共をしょっぴいて、最強の武器・防具を作りましょう!!」

「おおう!! ……え?」

ふと気になることが浮上した。



――武器や防具作りの勉強って、俺もすんのか?



勉強の類を苦手とするシンにとっては遠慮したいものであったが、今更『それは勘弁』と言えないくらいにエリオの眼がキラキラと宝石のように輝いている。

(早まった、かな?)

後悔しても遅かった。










こうして二人のハンター兼賞金稼ぎ兼鍛冶屋見習いの生活が始まったが、それは長く険しい道のりの始まりでしかない。










最初の頃は受注したクエストをさくさく成功させていたのだが……

「え? 僕達が戦ったあの二匹って、上位ランク? しかも一般的な個体でそんなに強くないの?」

「亜種とか変種とかはまだいいんだけどよ、剛種とか特異個体って何だよ?」

この時はまだ、ハンター業の本当の恐ろしさを知らなかった。





昇格すれば昇格する程受注するクエストのランクと難易度が加速度的に上がっていく。

「大きい……こんなの、本当に人類に倒せるんですか?」

「グダグダ抜かす間に攻撃するぞ。俺達が乗ってる撃龍船が破壊されたらアウトなんだからな」

「でも兄さん、僕達がいくら魔法を使えると言っても、このサイズは、流石に無理なんじゃ……」

「言ってる場合か? ギルドじゃお祭り騒ぎになってるが、俺達が失敗したら街が壊滅すんだぞ。此処で何としても食い止めて……一攫千金だ!!」

「跳び乗った!? そしてガムシャラにピッケルで突きまくってる!! 攻撃してないじゃないですか!!!」





襲い掛かる強敵、凶獣の猛攻、立ち塞がる難関。

「マジかよ、クソ強ぇ……!!」

「常に炎のバリアを纏ってるなんて、まるでドライン状態の父さんみたいじゃないか! こんなのにどうやって勝てばいいんだ!?」

「キレたオヤジよりは遥かにマシだが、オヤジみてぇな名前してるだけありやがる……一旦退いて態勢整えるぞエリオ、このままじゃこっちが殺られる」

「くぅぅ、お、覚えてろよ、回復したらすぐに吠え面かかせてやるからな! うわぁぁぁぁん!」





理不尽な強さを持つモンスターが次々と出現。

「おい、恐暴竜って怒るとあんな風に邪悪なオーラ纏ったか?」

「顔が、ていうか頭部全体が暗黒闘気に包まれてるんですけど」

「この感じ、相当やべぇぞ……死ぬ気で戦うしかねぇな。覚悟決めろ、エリオ」

「尻尾巻いて逃げる、っていう選択肢は?」

「奴さんがそう簡単に逃がしてくれると思うか?」

「ですよねー……ぐすっ」

「気持ちは分からんでもないが、滅茶苦茶強いモンスターと初めて遭遇する度に泣くなっつの」





野性の力が容赦無く二人に牙を剥く。

「赤い光を纏う、金獅子……?」

「こいつが特異個体って奴か。ヤバイ予感がビンビンするんだが、どうする?」

「正直言ってマッハで敵前逃亡したいんですけど……」

「俺も。でもダメだろ。今目が合った。こっちスゲー見てる」

「でも雷効かないし、僕達じゃ勝てっこないですよ! アレ、金獅子を超える伝説のスーパー金獅子とかそんなレベルを軽く振り切ってますよ!? 殺される!!」

「泣くな! 此処まで来たら腹括れ、殺らなきゃ殺られるぞ!」

「ど、ど畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」





二人は当初、若干、というかかなり後悔していた。この世界を拠点にしてハンターとして暮らすことを。

モンスターは強いし、モンスターが強いし、モンスター強いし。聖戦時代もこんな感じの弱肉強食な世界だったのかと思うと、その時代を生き抜いた父達を改めて尊敬する。

しかし、二人は愚直なまでの頑なさで凶悪なモンスターに挑み続けた。完全に意地になっていたので、他の世界に拠点を移す、という考えは当の昔に捨て去っていて。

まあ、目標達成した時の充実感とか達成感はこれまでに経験したことが無いくらいに凄かったので、その為に頑張ったという点もある。

手に入れた素材から武器を作ったりする為の勉強がかなり面白かったことも功を奏していた。

息抜きと称してたまに次元世界へ犯罪者を狩りに行くのだが、これがモンスターを相手にするのと比べて楽なこと楽なこと。最高のストレス解消となった。次元犯罪者は二人にとって愛玩動物の子豚よりも癒し効果があり、彼ら犯罪者の存在は、休養日と定めたその日に身も心もリフレッシュする為に存在していると言っても過言ではない。

来る日も来る日もモンスターを狩りに出掛け、帰ってくるなり加工屋さんの技術を盗もうと必死になって勉強し、戦利品の素材を使って試行錯誤を繰り返し、一ヶ月に一回くらいの頻度で気晴らしに次元世界で賞金稼ぎの真似事をして暮らしていたら――




















「そういえばもう三年も経つんですね」

ある日、遠い昔を思い出すようにエリオが呟く。

指を折り数えてみる。Dust Strikersが設立された当時が十歳で五年前。その一年後にソル達が賞金稼ぎを辞めたのが十一歳なので四年前。更に一年後の十二歳時に初等部を卒業したと同時にシンと旅に出たのが三年前。

「え? もうそんな経つか?」

少し驚いた表情でシンは腰掛けていた巨大モンスターの腹の上から飛び降りると、エリオの傍まで歩み寄る。

ちなみについ先程までシンが上に乗っかっていたモンスターは、以前までは実在するかどうかも怪しい御伽噺や伝承で語られたモンスター。天災と畏れられる伝説の龍だとか全ての竜の祖先だとか災厄だとか呼ばれたりする。ある意味二つ名だけ見れば『破壊神ジャスティス』に勝るとも劣らない。

「自分で言うのもなんですけど、僕達って結構強くなりましたよね」

「あれだけ修羅場潜ったんだ。当然だろ?」

シンの言葉にエリオはこれまでの日々を脳裏に過ぎらせる。

何度も繰り返されたモンスターとの死闘。特に雷が効かない、むしろ吸収するような連中には筆舌し難い苦労と恐怖を味合わされた。モンスターのあまりの強さに泣き出したことなど数え切れないが、その度にシンから叱咤激励されて逃げずに最後まで戦い抜いてきた事実が今の自分を形作っていた。

地獄の責め苦の方がまだ優しいと思える生きた心地がしない狩りも、現在ではすっかり慣れた。この世界に来たばかりの頃にべそをかきながらストラーダを振り回しシンと二人で戦っていたモンスターが相手でも、今なら鼻歌交じりに一人で倒せる自信がある。

また、竜と戦いまくった所為なのか最近では“気”の法力が何なのか少し分かったような気がするのだ。初めに睨んだ通り、“気”の法力と“龍”属性は何かしら関連性があったらしい。他の法力と違って数学的知識はあまり必要としないみたいで、丹田と呼吸を意識しながら精神と五感を研ぎ澄ませていくと力が漲ってくる気がする――あくまでそんな気がするだけ――ので、きっと『考えるな、感じろ』系のものだと予測された。

五大元素の一つに数えられているが、恐らく魔法というより気功の類に近い、もしくは生命エネルギーか何かなのだろう。そのエネルギーが法力を使う上では多少なりとも必須で、だからこそ法力は生物にしか扱えない、とエリオは深く考えず結論付けている。

「それにしてももう三年も経つのか。そりゃ確かにエリオの身長も伸びる訳だ」

感慨深げに言って、シンはエリオの頭の上に手を置いた。その手の高さは、自分の頭の高さとほぼ同じ。つまり、今のエリオの身長は180cm前後ということ。三年前まではシンの胸元くらいだったのに。

顔立ちもすっかり幼さが抜け、体格も細身でありながら引き締まっており、少年ではなく青年と表現すべきだろう。

「兄さんはあんまり変わりませんけど」

「それを言ったら人外は皆変わらないぜ」

「仰るとおりで」

二人は揃って苦笑する。

「久しぶりに帰りますか?」

「何だエリオ、今になってホームシックか?」

からかう口調で茶化すシンにエリオは肩を竦めて応答。

「ええ。そろそろ皆の顔が見たいです」

「……それは同感なんだが、帰った時に皆から何言われるか。それが怖いんだよな」

家出同然で居なくなって、連絡など一つも入れていない。月一で次元世界で犯罪者相手に暴れ回ったりした結果として、旗を持った男と槍を持った男の二人の雷使い、というのが多少なりとも広がっていてくれれば自分達の安否は知られているのだろうが。

「怒られますかね?」

「怒られるだろ」

「ぶん殴られますかね?」

「古龍も尻尾巻いて逃げ出すドラインが情熱的にお出迎えしてくれるんじゃねぇの?」

想像してみる。



『久しいな、エリオ、シン……ドラゴンインストール!!!』

『<DragonInstall Fulldrive Ignition>』



世界が真紅に染まる光景が脳内で広がり、ふらりとよろけた。慌ててストラーダを地面に突き刺し支えとし、持ち直す。

「……い、嫌だ。帰りたくない」

ぶわっと全身の汗腺から汗が吹き出し、意識が朦朧としてきた。いくら強くなったという自負があっても、どんなモンスターでも打ち倒せる自信があっても、あの姿のソルにはまだ勝てない。

「でもよ、その、いい加減皆心配してるだろうし、母さんに元気な姿見せて安心させたいし……カイにもお土産あるから、時期としては頃合いじゃねぇか?」

恥ずかしそうに頬を染めながらシンは明後日の方角を向いて声を絞り出す。

「俺も一緒に殴られてやるからさ、帰ろうぜ」

人のことを茶化した上に不安を煽るようなことを言っておいて、割と帰ることに乗り気なシン。お仕置きを覚悟している顔である。

「……じゃあ、帰りましょうか」

今まで散々シンには我侭に付き合ってもらったのだから、彼が帰りたいと言うのであれば今度は自分がそれに付き合う番なのだ。

そして二人は、三年ぶりに実家へ帰ることにした。




















「このアホ兄弟が! 今更どの面下げて帰ってきたっ!!」

帰って早々、二人が仲良くソルからタイランレイブでお仕置きされたのはまた別の話。




















シン


HR:999 称号:迅雷


武 器:勝利と栄光を謳う聖なる旗

武器として愛用していた旗をベースに、様々な素材を用いて合成加工を施した旗。シン曰く「男らしくてアグレッシブな突き技が出来てスタイリッシュなフォルムでスカイハイに目立つものを極限まで追求した」とのこと。

戯言はともかく、これを掲げることが許される者は、民の為に戦い勝利と栄光をもたらすことを可能とする勇者であることを意味する。


頭防具:真なる英雄の眼帯

胸防具:真なる英雄の衣

腕防具:真なる英雄の手袋

腰防具:真なる英雄の穿物

足防具:真なる英雄の靴

民の絶望を希望に変え、不安を払拭し平和をもたらす真の英雄のみが纏うことを許される装備品。その気高さと力強さは見る者に勇気を与える。

素材を厳選し手間暇掛けて作ったので、金と時間を信じられない程浪費した。外見的な変化があまり無いのは、いつもの服じゃないと嫌なのでそういう風にデザインした為。





エリオ


HR:999 称号:雷電


武 器:真・封龍神槍ストラーダ

元々のストラーダに使われている部品に、様々な素材を用いて合成加工を施して生まれ変わったストラーダ。エリオ曰く「自分よりも遥かに強い敵を倒す為にただひたすら強化を重ねた」とのこと。

神をも穿つこの槍を手にする者は、神殺しの咎を負う。


頭防具:竜毛の髪留め

胸防具:竜殻の衣

腕防具:竜翼の手袋

腰防具:竜鱗の穿物

足防具:竜爪の靴

竜の加護を受け、あらゆる攻撃を弾き返す頑強さを誇る。身に着けたものは竜の力を手にしたことと同義であり、圧倒的存在感と生命力を迸らせる。その所為で見る者に不必要な威圧感を与えてしまう。

素材集めから制作まで三年という時間を掛けて作り上げたエリオの最高傑作。外見のデザインはシン同様あまり変化は無い。聖騎士団の制服が気に入ってるのでそういう風にデザインした為。

































オマケ


「……カイ、これ」

「シン? これは封雷剣!? ……にとてもよく似ている。これは一体?」

「お前さ、ずっと昔に母さん助ける為に封雷剣失くしちまっただろ」

「ええ。聖戦時代からの私の宝でしたが、母さんの為に封雷剣を失ったことに後悔はありません」

「だから、代わりにこれ、使えよ……エリオと一緒に作ったんだ」

「これ程の業物を、シンがエリオくんと? 私の為に?」

「確かにテメェは封雷剣が無くったって強ぇけどよ、いつまでも神器を失ったままじゃ、迅雷の名が泣くだろうが」

「……」

「……母さんも、自分を助けた代償に封雷剣を失くしたの、気にしてたからさ」

「シン、ありがとう。エリオくんにも後でお礼をしなくてはいけませんね。それから、この剣の名を教えてください」

「封雷神剣・真打ち。それ作るのスッゲー苦労したんだぜ」

「封雷神剣……ふふ」

「何だよ、急に笑い出して気持ち悪ぃな」

「いえ、息子からの贈り物がこんなに嬉しいものだとは思わなかった。それだけですよ」

「……う、うるせぇよ! いつまでもニヤニヤしてんじゃねぇ!!」

























後書き


ごめんなさい。モンハン、凄い好きなんです。友達にMHP2を一緒にどうかと誘われたのを切欠に、私はハンターになることを決意しました。

友達との合言葉は「ウホッ、いいモンスター」「狩らないか」です。

やったことがある人なら一発で分かると思いますが、ぶっちゃけ劇中で二人が転移してきたのはポッケ村付近の雪山。何故なら初めて私がモンハンに触れた時に舞台となった村だから。思い出補正。

公式設定でハンターは数日掛けて狩猟場に赴くという設定なので、雪山とポッケ村は距離がかなり離れている描写を入れました。まあ、雷兄弟は属性柄スピード命なんで、悪路だろうが気にせず下手な空戦魔導師なんかより速く走っちゃうので距離とかあんま関係ない的な感じにしてしまいましたが。

クシャルダオラとティガレックスは私の中ではかなり思いで深いモンスターで、前者は初めて相対し一人で大変な思いをして倒した古龍、後者は初めて手にしたモンハンシリーズの看板モンスターで採集クエで乱入してきた時は「こいつが出るなんて聞いてねぇよ、こんなん勝てるか!」とトラウマを植えつけてくれました。

MH3でリストラされて個人的にショックでしたwwww

好きなモンスターは、皆も大好きなラージャンとイビルジョー。超攻撃的生物とか厨ニっぽいの大好物なんで、特にラージャンがお気に入り。怒ると某戦闘民族みたいに金色になるとか胸熱。MHP2、MHP2Gで最も多く倒したモンスター(共に百以上)。なんで3でリストラされた……MH3Gでジョーさんが覚醒したのには狂喜乱舞しましたけど。

元々モンハンとクロスさせるネタはSTS編を書き始めた頃からありましたが、その時思いついた内容としてはソルがデバイスの材料を求めて素材集めをする、というものでシンもエリオもあまり出てこない――むしろソルに付き合わされるヴィータとティアナ(執務官試験に向けての修行)が活躍する――というもので、時系列がSTS編後のViViD編前という点しか共通点はありませんでした。

実際に書いてみると全然違うことに私本人が最も驚いていますww

正直、二人にはもっと色々なモンスターと戦っているシーンを書いて上げたかったんですけど、長くなるので惜しくもカット、ということに。また五話、六話、ってなるかもしれないしね。

二人で協力してガノトトスを釣り上げたと思ったら飢餓ってるジョー登場、とか構想してましたが残念ながら私の脳内だけで終了です。

次はリクエストにあったフェイト×ソルでも書きますかな?

ちなみにViViD編までは同じ空白期内でも時系列はごちゃごちゃなんで、順番通りに書きませんのであしからず。

ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期2nd フェイト
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2012/05/04 12:00



それを見つけてしまったのは、今から丁度一ヶ月くらい前のこと。



ソルと一緒に皆で賞金稼ぎを休業するようになって、Dust Strikersを去ってからそんなに経ってなくて……

家族皆が不自由なく、ゆっくりと、思い思いに過ごせるようにとソルがDust Strikesに在籍している間に用意した新築の一戸建て。三階建てで、一人ひとりにそれぞれ自分の部屋があって、広くて使い易いキッチンや全員が揃っても狭いと感じない居間などを完備したお家は、広くて部屋が多いことに比例して掃除が大変だった。

とりあえず賞金稼ぎを辞めてからは専業主婦として暮らすことを決めていた当時の私となのはとはやての三人は、子ども達が学校へ行き大人達が各々の仕事へ行った後、家の中を手分けして掃除することに。

その時である。ソルの部屋を掃除しようと思って部屋に入って、デスクの上にアルバムが置いてあるのを見つけたから、なんとなく掃除する手を止めて中身を確認してみた。

地球にあるような、現像した写真を一枚一枚挟んで保存するタイプのものではなく、次元世界で普及している画像データを空間ディスプレイに表示するタイプのアルバムだ。どんな写真が収められているのかワクワクしながら閲覧してみると、予想していた通りそれは何の変哲も無い、ある意味普通のアルバムで、これまで皆と一緒に過ごしてきた日々が画像となって映し出されているだけ。

私は掃除中でありながら――なのはとはやてが他の部屋を一生懸命掃除している事実を忘れて――過ぎ去った日々を懐かしみつつページを送り、やがて最後のページに行き着いて信じられないものを発見してしまう。

「え……?」

我が眼を疑い、眼を擦り、何度も何度も確認するつもりで写真を睨んでみたが、それは夢でも幻でもなければ幻覚でもなかった。

「なのは!! はやて!! お願い、ちょっとこっちに、ソルの部屋に来て!! は、早く、ソルの写真、写真が!! あり得ないよ!!!」

今にして思えば当時の私は相当錯乱していたのだろう。訝しむように眉を顰めた二人がやって来た瞬間に、二人に叩きつけるようにして写真を見せた。

「これって!?」

「なぁ!?」

二人も私と似たような反応を示す。

その写真に写っていたのは、白衣を羽織った三人の若者の姿。白衣と言っても医務官として働いていた時のシャマルではないし、そもそも『私達』は誰一人として写っていなかった。

まず一人は中央の、仏頂面の男性。身長が高いのか、他の二人より頭の位置が高い。銀色と言うより灰色と呼ぶべきくすんだ色の髪。散髪をサボっているのか若干長く、ちょっとツンツンした感じのヘアースタイル。雲一つ存在しない空を連想させる青い瞳が特徴的。喫煙者のようで口にはタバコを咥えている。体格もがっしりしていて、白衣を羽織っているにもかかわらず衣服の上からでも鍛え上げられた筋肉が分かる。

でも、何より特筆すべき点は、この男性が髪と瞳の色を除いてソルと瓜二つだということ。顔は当然として、鋭い眼つきも、身に纏う雰囲気も、白衣の下に着ているシャツを第二ボタンまでだらしなく開けていることなども、全てが同じ。

ソルのそっくりさんの右隣でニコッと笑いながらウインクとピースサインを決めているのは、小柄な女性だ。肩で切り揃えられた赤い髪がとても印象的で、ウインクとピースサインのおかげで活発なイメージがある。凄く綺麗で、同時にとてつもなく可愛いと思わず感想を抱いてしまうくらいに、同性の眼から見ても魅力に溢れている。

更にソルのそっくりさんの左隣には、いかにもちゃんとした学者さんといった感じの、他の二人と比べたら「なんか普通」と評してしまうくらいに普通な男性が居た。髪は白くて男性の割には少し長く、前髪で目元が隠れてしまって表情は探り難いが微笑んでいるというのは辛うじて分かる。体格は中肉中背なのだろうか? 隣の男性よりやや低く女性よりは高いくらいだろう。やはり一緒に写っている男性と女性の印象が強い所為で特徴らしい特徴もあまり無いと感じてしまい、何処か平凡的で、街中ですれ違ってもすぐに顔を忘れてしまいそうである。

「……これ、もしかしてお兄ちゃんが人間だった頃の写真じゃないの……?」

「じゃあ、この髪が赤い女の人がアリアさんで――」

「この白髪の、一見普通そうに見える男の人が“あの男”なんやろか?」

震える声を絞り出したなのはに私とはやてが写真から視線を逸らさず反応する。

恐らくなのはの言う通りで間違いないだろう。この写真がいつ、一体何処で撮られたものか詳しく知らないが、ソルがギアになる前に撮影されたものだというのは確実だ。それを画像データとして取り込み――もしくは彼が自身の記憶から引っ張り出したのかもしれない――アルバムの一枚として保管しておいたのだ。

ソル、ではなくフレデリック。

アリア。

“あの男”。

法力学においては法力を理論化させた『最初の三人』として歴史に名を残す程の人物達。

そして、魔法を用いた既存生物の人工進化――生態強化計画、『ギアプロジェクト』の提唱者にして開発者だ。

でも、どうして今更になってこんなものが出てくるの?

私達三人が疑問を抱くのは当然の成り行きだ。確かにソルは私達との思い出を大切にしてくれるからこういうアルバムが存在するのは分かる。けれど、それはあくまでもソルが“こちら”に来てからの話であり、“あちら”に居た時の昔の写真は今まで一枚だって存在しなかった。隠していたのかもしれないが。

なのに今になってたった一枚だけ、百五十年以上前に撮影されたと思わしき写真が、『私達』の写真と共に保管されているのだ。

なんでだろう?

暫くの間、掃除そっちのけで三人で答えが出ない難題に取り組んでいたが、割とあっさり氷解することになる。

「この写真、登録されたのが去年の9月29日になってる」

はっとしたように言うなのは。確認してみると写真がこの端末に登録されたは新暦75年9月29日となっていた。

「ホンマや。事変があってから二週間くらい後みたいやね」

“9・12事変”。公開意見陳述会当日に時空管理局の地上本部と本局を同時に襲撃する形で行われた『内部粛清』。クロノが計画した管理局の大改革。私達は勿論、当時の管理局の在り方が認められないと理解してくれた人達がこぞって協力してくれた大規模な襲撃作戦。

ということはこの写真、事変のドタバタが終わって一息ついたその時にソルが登録したことになるのだ。つまり、それまでに彼の心情に何らかの変化があり、今まで全くと言っても過言ではない程に過去の写真ないし記憶を眼に見える形で顕そうとしなかったそれを顕した、と推測出来る。

そこまで考えを巡らせていると、隣のなのはが何処か安心したように溜息を吐き、独り言のように呟く。



「そっか……お兄ちゃん、“あの男”と仲直り、出来たんだね」



彼女の言葉を聞き脳裏に過ぎるのは、元レジアス中将とゼストさんの関係に非常に酷似していた“あの男”とソルの因縁だ。

事変の時、私達はその場に居なかったから詳細は分からないけど、聞くところによるとゼストさんは元レジアス中将を許し自ら断罪せず――復讐もせず――罪を償いながら生きてくれ、というようなことを言うだけだったらしい。

そんな二人のやり取りを垣間見て、ソルが何を思ったのか分からない。けれど、なのはが今言ったように彼らが仲直り出来たのだと考えれば……なるほど、妙に納得してしまう。写真はその証拠だ。

“あの男”との因縁がこれで本当にやっと終わった。否、漸く元に戻ることが出来たのだ。写真に写されている当時の形に。

写真を改めて眺めてみる。

恐らく、ソルが人間だった頃の中で、最も幸せで充実していただろうと思われる時代。

何だろう……この写真を見てると、なんだかとても嬉しくなってくる。アリアさんは可愛い笑顔でウインクとピースサイン、“あの男”は口元に優しげな笑みを浮かべていて、そんな二人に挟まれているソルは『私達』が知るいつも通りの仏頂面で――



――嗚呼、なるほど。これは確かに、大切な思い出の一枚だね……ソル。










背徳の炎と魔法少女 空白期2nd フェイト












ミッドチルダ南部、アルトセイム地方。

かつて『時の庭園』が停泊していた此処は、ミッドチルダの中では辺境とされており、今でも豊かな自然の残る地域。

フェイトの出身地であると同時に、今は亡きプレシア・テスタロッサとアリシア・テスタロッサの二人のお墓が安置されている場所。

鮮やかな緑で彩られた山々に囲まれた広大な草原に、ポツンと一本だけ大きな木が聳え立っていて、その木の根元から数歩離れた所に二人の墓石がひっそりと並んでいる。

豊かな自然の中心だからこそ人が寄り付かない此処は、フェイトの奥底に眠る優しい記憶――母と姉が幸せに過ごしていた当時を想って似通った場所を選んだ。

お墓と言っても、此処に遺体は眠っていない。二人の遺体は虚数空間に落ち、もう二度と取り戻せない。故に、あくまでこのお墓は形だけのものでしかない。

しかしそれでも彼女に不満は無い。たとえ遺体が存在しなかろうと、死者を想い弔う気持ちが揺らぐ訳では無かったから。

「母さん、アリシア。久しぶり」

一年ぶりの来訪。

此処に来るのは年に一度と決めていた。十一年前にプレシアがアリシアの遺体と共に虚数空間へ落ちていった日を命日とし、墓参りということで訪れる。

予め用意しておいた雑巾と水の入ったバケツで墓石を綺麗に磨く。一年間溜まった汚れはしっかり力を入れないとなかなか落ちない。よいしょ、よいしょと声を上げながら濡れた雑巾で丹念に汚れを拭う。

満足いくまで墓石を綺麗に出来たら、次は手を合わせてる間だけ置いておくお供え物の用意。

この為に翠屋で用意してもらったケーキを二つ、墓石の前に置く。それからフェイトは手を合わせ、眼を閉じた。

「……」

暫しの間心の中で二人の冥福を祈る。

やがて閉じていた瞼を開き、顔を上げ、この一年間であったことを報告する為に口を開く。

報告することはたくさんあった。賞金稼ぎを休業したことや母と関わりを持っていたスカリエッティのこと、管理局のこと、仕事関連から日常的なもの、家族のこと、友達のこと、大きな出来事から取るに足らない小さな出来事まで。今の自分はとっても幸せです、という気持ちを言葉に込めて。

「……じゃあ、そろそろ行きます。また来年も来るから」

現時点での伝えたいことは全て伝えた。

手早くお供え物を片付け(その場で食べた)、雑巾を入れたバケツを手にし、墓石に背を向け歩き出す。

その時、フワッと初夏の風が吹き、フェイトの髪を撫でていく。まるで二人が立ち去るフェイトに何か声を掛けてくれたかのように。

理由も無く暖かい気持ちになるのを自覚しながら、彼女はこの場を後にした。





十分くらい歩いて車を駐車した場所に到着すると、ソルが車に寄り掛かるようにして待っている。

近付いているこちらにまだ気付いていないらしい。彼は空間ディスプレイを表示し、それをじっと見ていた。何だろうと思って注視してみれば、あの写真だった。人間だった頃の、アリアと“あの男”の三人で撮った写真。

遥か昔を懐かしむような、二度と取り戻せない過去を悲しむような、見ているこちらの胸が締めつけられる程に切ない表情で写真に視線を注いでいる。

邪魔しちゃったら悪いかな? 気付いてないなら今の内にこの場を離れて暇でも潰してこようかな? そう考えた瞬間、ソルは棒立ちだったフェイトに気付く。

「もういいのか?」

落ち着いたトーンの、少し低い声。いつもと比べると、やや覇気が無い。

「うん」

頷いて応じるフェイト。

「そうか」

穏やかに微笑んで彼は空間ディスプレイを消し、フェイトの手からバケツを受け取ると車に仕舞う。

「行くか」

「うん」

短い会話の後ソルが助手席側のドアを開け中に入るので、フェイトは運転席側のドアを開け車内に滑り込み、シートベルトをしてからエンジンを掛け、アクセルを踏む。

車は凸凹な林道を走り続けてから暫く経過すると、アスファルトで舗装された山道に出る。タイヤが快適な路面状況に歓喜するのを感じてフェイトは抑えていた速度を上げた。

「あのさ」

「あ?」

視線を前に注ぎながら声を掛けると、彼がこちらに顔を向けたのを感じる。

「どうしてソルは、毎年毎年、母さんとアリシアのお墓参りに付き合ってくれるの?」

この質問は以前もしたことがあった。その時に返ってきた答えは「別に」という実に彼らしい素っ気無いものであったから、当時はあまり気にしていなかったが、あの写真の存在がそれは違うのではないかと訴えていて、そして今なら彼の真意を問い質せるような気がしたのだ。

「……」

彼は無言のまま件の写真を表示すると大きく溜息を吐き、それから何処か吹っ切れたように告げた。

「この写真、知ってんだろ? アルバムに入れといたからな」

「うん」

やはり彼は故意に皆の目に付くようにしておいたらしい。その理由を今聞かせてもらえるようである。

「あいつらとの思い出の品とかは、一つも残ってねぇ……あいつらが確かに居たっつー痕跡は、俺の記憶の中だけだ」

一つも残っていない、この言い方は彼らが歴史に残したようなことではなく、ソル個人に当てて残したもののことだろう。無理もない話だ。突然裏切られる形で人間のギア化の第一被験者となり、実験動物扱いの末に逃亡した。彼がギア細胞抑制装置を作り人の姿を取り戻す頃には、計画に関わったあらゆるものが“無かったこと”として隠滅されたのだから。

記憶の中だけ、というのが胸に響く。自分だけが生き残り他の二人はもう既にこの世には居ない。図らずともソルとフェイトは似た背景を持つ。

「だからせめて年に一回くらいは、ただ純粋に過去を振り返ってみるのも悪くない。そう思ってお前の墓参りに便乗してるだけだ。だから俺はお前の母親と姉を弔うつもりは更々無ぇんだ」

すまんな、と最後に付け加えて彼は眼を瞑り、表示していた写真を消す。

横目でその様子をチラリと確認しつつ、「そっか」と納得する。

過去は取り戻せないし、変えることも出来ない。けれど、死者を追悼し過去を思い出すのはとても大切なことだと思う。たとえどんなに辛い過去であろうと、深い悲しみを伴うものであろうと、古傷が開き血が流れようと、当人にとって忘れてはならないことだから。

人は忘れる生き物だ。時が過ぎれば記憶は薄れ、次々と積み重なる新しいものによって古い記憶は埋没されていき、その時心の中で生まれ出た感情も時間の流れにより記憶と共に磨耗していく。これが良いか悪いかは別として。

故に、時折思い出そうと振り返るのだ。思い出の品があればそれを手に取って、写真があるのならアルバムを開いて、お墓があるのなら墓参りに行って。方法は人それぞれだ。本人が一番だと考える方法で、好きなようにすればいいのである。

フェイトが年に一度、母と姉を想って墓参りに行くように。そして、故人を弔う彼女を見てソルは三人でお茶会をしていた昔のことを思い出すのだろう。

「優しいね」

「女々しいだけだ」

「でも私、ソルのそういう思い出を大切にしようとするところ、好きだよ」

そう。彼は思い出を人一倍大切にする。口ではブツクサ文句を言いながらも、イベントや記念日は決して欠かさない。誕生日やクリスマスなどは当然として、それぞれが特別な思い入れを抱いている日を明確に覚えてくれている。例えばなのはの場合、子どもの頃に自分の全てを受け入れたこと。アインの場合は、ギアになると決意した12月15日など。他にも列挙すれば切りがない。たくさんの思い出を、彼は一つ残さず余すことなく正確に覚えている。

「俺がこういう風になったのは、間違いなくお前らのおかげだ……感謝してる」

気恥ずかしさを誤魔化す為かぶっきらぼうな口調でそう言って、彼はシートの角度を操作し寝る体勢になった。










山道を抜けてアルトセイム地方の観光スポットに到着すると、少し早めの昼食を摂ることに。

空腹を満たした後、二人は周囲を散策することにした。

街を練り歩き、お土産屋を覗き、さっき食べたばかりなのに試食したり、そんな風に観光していると、

「あれ? こんな所に教会あったかな?」

聖王教会が視界の奥に鎮座していた。これまで気が付かなかったことを鑑みると、建てられたのはつい最近なのかもしれない。教会とは縁があるし、なんだか気になったので歩み寄ってみる。

「見た感じ、新築だな」

敷地内に踏み込んでみてソルが呟く。

更に奥へと進む。建物の前に数人のシスターが居るので話を聞いてみたところ、なんでも今年の三月に建てられたばかりらしい。道理で新築な訳だ。

「実はですね、これから女性雑誌向けに結婚式用の写真撮影があるんですよ。『緑豊かなアルトセイムの地にて、永遠の愛を誓いませんか』っていうキャッチフレーズで」

特にこちらからは何も訊いていないのに若いシスターが勝手に教えてくれた。掲載される予定の雑誌はなんでも女性の間では結構人気で、ファッションや婚活を主に取り扱ったもの。ソルも雑誌の名前だけは知っていた。居間で女性陣がよく読んでいたりするのだ。隣ではその雑誌の購読者の一人でもあるフェイトが「け、見学してもいいですか?」とテンション上げている。こういう撮影現場に立ち会う経験をしたことないので、興味を引くのだろう。

はいどうぞ、と快く応じてくれるシスターにフェイトは微笑み、それからソルに「いい?」と尋ねてくるので「好きにしろ」とだけ返す。

聖王教会は信者ではなくても結婚式を挙げることが可能な宗教団体だ。クロノとエイミィの結婚式の時も、挙式自体は聖王教会式ではあったが、二人は信者ではなかった。これが地球であれば、そういう訳にはいかない場合が宗教によってあったり無かったりする。そういう戒律や規律が緩い点が、次元世界で広く知られ多くの信者を有する要因の一つなのだろう。ちなみに聖王教会の結婚式の内容自体は、日本の『キリスト教式結婚式』とあまり変わらない。

おまけに、この教会――アルトセイム支部に限った話ではあるが、もし信者が此処で式を挙げる場合、費用は割引にするらしい。信者を増やしてお布施でウハウハ、結婚式をバンバン承って利益うめぇ~したいとシスターは語る。敬虔な信徒も信仰だけでは食っていけないとよく理解しているようだ。その為に雑誌用写真撮影が行われるのだろう。

心の中で結局世の中金なんだな、と思っていた時だ。建物の内部から出入り口の扉を蹴破って出てきた別のシスターが、血相変えて喚く。

「大変大変!! モデルさんが二人共来れなくなっちゃったんだって!!」

「え? なんで!?」

シスターが集まって何やら困った表情を浮かべながらコソコソ話し合っている。「新郎役のモデルが事故ったみたい……」「新婦役のモデルも盲腸になったらしくて救急車で病院に……」とかなんとか聞こえてしまった。若干離れた所から様子を窺っていたのだが、なんだか雲行きが怪しくなってきたなと思う。

というか、ソルはこの時点で既に嫌な予感が全身を駆け巡っていた。不本意なことに最早それは未来予知レベルであると同時に不快感は悪寒の域に達している。なので逃亡を図ろうと足に力を入れた瞬間、フェイトに袖を引かれ動きを封じられた。

「何か困ったことでも起きたのかな?」

「……」

悪意など欠片も見出せない、純粋な善意の塊の眼差しは暗に『困ってる人を見過ごせない』と言っているが、生憎とソルの嫌な予感というものは、二百年以上生きてきて外れた試しが一度も無い。彼女の善意がどのような事態をもたらすのか、分かり切っていた。

もう次にどういう展開が待っているか予測出来てしまった者として、死に物狂いで抗うかとっとと諦めて無条件降伏するか悩む。

が、こうやって悩んでいるのがいけなかったらしい。ごちゃごちゃ考えずにフェイトを強引に引っ張って逃げるのが最善だった。シスター達が揃ってこちらを含みある視線で眺めてきたからだ。

程なくして、たたたとこちらに向かって小走りに駆けてきたシスターが、申し訳無さそうな表情に期待を込めた眼差しでこう言った。

「あの、撮影現場を見学するのではなく、撮影されてみませんか? お二人の記念に……雑誌に載っちゃいますけど。あ、勿論タダじゃないですよ! ギャラは正規の額を出させていただきます!」



――やっぱりな。



ソルは己の迂闊さを呪いその場で頭を抱えたくなったが、やめた。隣でフェイトが「わ、私達が結婚式用の、しかも『月刊せくすぃ~』のモデルにですか!? え、そんな、どうしよう! モデルなんてしたことないのに、素人ですけどいいんですか?」と満更でもなさそうな、むしろ振って沸いたように訪れた幸運に眼を輝かせているので、もう逃げられなくなってしまった。彼女の恥ずかしそうでありながら嬉しそうに笑う表情を台無しに出来る程ソルは非情ではなかったのだ。

内心、死ぬ程嫌だが。

「DIE JOB,DIE JOB。彼女さんスンゴイ美人だし、彼氏さんはイケメンがストーカー行為に及ぶくらいワイルドだし、きっと良い絵が撮れるよ」

何を根拠にそんな自信満々に太鼓判を押すのかさっぱり理解不能。無責任な発言をするシスターの脳天に炎を纏った踵落としをぶち込んでやりたい気持ちをぐっと抑え、「えへへ、持ち上げないでください」と言いながら頬に手を添え照れているフェイトを捨て置き、ソルは一縷の望みに縋って指摘する。

「そうは言うが、雑誌側が承諾しなきゃ無理な話だろうが。よく知らんが、こういうのは雑誌側が雇用したモデルとかカメラマンを起用するもんなんだろ? 問題が出ないってことはないんじゃねぇのか」

百歩譲ってソルとフェイトがモデルの代役を引き受けたとしても、この写真撮影に関わる本職のカメラマンやスタイリストなどが果たして納得するだろうか?

ソル個人の意見は否であった。

写真を撮られるだけと聞けば簡単かと思うが、モデルの仕事はプロのものであり、一般人が考えているものより遥かに難しい。カメラマンの指示を聞きその通りの表情やポーズを即座に作る、という演技力が要求される。また、カメラマンもカメラマンでただ単に被写体に向けてシャッターを切っているのではないし、他の者達だってそうだろう。誰もがプロとしての自覚とプライドを持って仕事をしている。そんな場所にノコノコとド素人が入ってまともな仕事が出来たら『プロ』という単語はこの世から削除していい。

しかし、彼の至極当然とした考え方も一蹴される破目に。

よりにもよって、その『プロ』の方々から。

「いや、むしろ俺はプロのモデルを使って撮るよりも、愛し合う二人の素人を使って撮った方が良い絵が出来上がると思う」

アサルトライフルみたいなゴツくてデカいカメラを、敵兵を狙撃する兵士のようにファインダーを覗きながらこっちに向けてくる中年のカメラマン。

なんか何処ぞの軍の特殊部隊が装備しているような暗色系のスニーキングスーツのようなもので身を包み、額に濃い緑色のバンダナを巻いている中肉中背のカメラマンはファインダー越しにこちらを見てはブツブツと「いいセンスだ」とかのたまっている。

「こちらは世界的に有名な写真家の『蛇』さんです。被写体に悟られず接近し激写する技術で右に出る者は存在しません。これまで数々の貴重な動物の写真や、汚職に手を染める政治家の事務所や犯罪組織の取引現場にバレずに侵入し決定的瞬間を撮っては世間に発表している超一流のソルジャーなカメラマンなんですよ」

「……なんだってそんな奴が女性雑誌の結婚式用の写真撮影をすることになってんだよ……」

今の仕事と過去の経歴がマッチしていない御仁だ。『写真を撮る』という行為は同じでも、被写体のカテゴリーがあまりにも違う。それ程までに隠れんぼのスキルを持っているならカメラマンなんかよりも潜入工作員になった方がいいのではなかろうか。

そして、カメラマンが納得してしまえば後はどうとでもなるらしく、なし崩し的にソルとフェイトは新郎用と新婦用で用意されたスタイリストにそれぞれ連れられて着替えやメイクをすることになってしまった。










純白のウェディングドレスに着替えて姿を現したフェイトを見て、ソルは思わず息を呑み、魅入ってしまう。

所謂マーメイドラインと呼ばれるタイプのウェディングドレス。胸元が大きく開いた袖無しで、身体にぴったりしたドレスは膝下部分から裾を広げていて、そのシルエットが人魚の尾ひれに酷似したものである。

ベール越しに覗く彼女の顔は花嫁らしい化粧を施しており、ただでさえ美人であるフェイトを更なる美人へと仕立て上げていた。

まるで御伽噺に登場する深窓のお姫様のように着けられたティアラが、長い金髪を短く束ね結い上げてあるのも相まって本当にお姫様のようだ。

「どう、かな?」

多大な期待を内包した問いに、ソルは平静を装い、いつもの通りのぶっきらぼうな態度で応じる。

「いいんじゃねぇか?」

此処で本音を伝えてしまえば彼女がつけ上がるのは眼に見えていた。だが、彼本人は全く気付いていないが、十年以上傍に居たフェイトにとってはソルのそんな態度こそが最高の褒め言葉だというのを知っていた。

頬が朱に染まるのを自覚しながら手を伸ばせば届く距離まで詰め寄り、シルクで作られたグローブに包まれた両手でソルの顔を優しく挟み、至近距離から見つめる。

「ありがとう。ソルも、凄く格好良いよ」

「そいつはどうも」

彼も彼でそれなりの格好をスタイリストからさせられていた。花嫁同様に純白のフロックコート。黒茶の長い髪は整髪料を使いオールバックし、後頭部で結い上げている。髪留めに使っているリボンは相変わらず黄色い女性用の――数年前にシグナムと交換したものであったが。

「二人共、いいセンスだ。実に素晴らしい。やはり俺の眼は間違っていなかったようだな。では、これよりウェディングミッションを開始する」

積み重ねたダンボールを三脚代わりにしている頭のおかしいカメラマンに促され、フェイトはシスターからブーケを受け取った。

今更になって、このままでは本当に雑誌に載ってしまう、という思いが一瞬脳裏を過ぎった。真面目な話、モデルなんて自分には向いてないどころか縁の無いことだし、雑誌に載るなんてとんでもないことだ。普通に考えてあり得てはいけない事柄であり、とても耐えられるものでもない。

家族や知り合いの連中にこのことを知られてしまったらどうなることだろうか?

これからのことを想像するとやはり雑誌のモデルなどマジで勘弁願いたいものだが、隣に居るフェイトの幸せそうな顔が殺人的に可愛くて綺麗で……この笑顔を守る為ならば自分は何でもするという覚悟が決まってしまう。

「……やれやれだぜ」

恥も外聞も彼女の笑みに比べれば取るに足らない路傍の石と化す。

この時点になってソルは漸く、もうどうにでもなってしまえと、考えるのをやめた。

時間が経てば経つ程身内の女性陣に対してどんどんどんどん、致命的なまでに甘くなっていく自分自身に辟易しながら。










「おい彼氏、表情が硬いぞ。もっと彼女みたいに笑え、心の底から幸せそうに! 俺はな、撮影の為に作られた愛の形を撮りたい訳じゃ無い、アンタら二人の在りのままを撮りたいんだ。

 写真を見たら誰もが『この教会で結婚式を挙げたい』と思わせるような一枚を求めている。だからこそ俺はモデル事務所から派遣されたプロの連中よりもアンタらの方が良いと考えた。

 特に彼氏はいいセンスを持ってるんだ。自分に自信を持て。まるで群れを守ろうとする肉食獣のリーダーのような、獣的な野生の愛。そうだな、俺が今まで撮影してきた動物の中では竜に近い。アンタからはそれを感じ取れる。

 『写真を撮られる』と意識するな。隣に立つ彼女のことだけを考えろ。彼女のことをよく見ろ、そこに居るドレス姿の美人はアンタの女で、アンタだけのものだ……おおおお、そうだ。やれば出来るじゃないか。写欲を持て余す。

 ゲッチュ!!!」










二時間後。

慣れないモデルの仕事――慣れる程やりたいと思わない、むしろ二度と御免だ――を終えてやっと帰路に着く。

現在はソルが運転席に座りハンドルを握って家に向かって道路を走っている最中である。幸い比較的交通量も少なく、快適な交通事情と言えたが。

「すぅー、すぅー、すぅー」

「……納得いかねぇ」

モデルの代役になると決まった瞬間から今まで幸せそうな顔をしていたフェイトが今も尚幸せそうな顔で気持ち良さそうに助手席で眠っているのに対し、モデルの代役などという慣れないことを半ば強制的にやらされて精神的にこれ以上ないくらいに疲労困憊のソルが何故帰りの道を運転せねばならないのか。

<ま、いいじゃないですか。良い思い出が一つ増えたと思えば>

今日になって初めて発言するクイーン。鎖に繋がれソルの首からネックレスとして胸元に垂れる赤銅色のブーストデバイスは、主を宥めるように軽快な口調で更に続ける。

<それにマスターだってなんだかんだ言って良いもん見れたと思ってるんでしょ? 着飾った女性陣を見るのが好きだから、女性陣に対して贈るプレゼントの大半が服となる……違いますか?>

「やかましい、黙れ」

一般人が聞いたら腰を抜かして失禁する程の、底冷えするドスの利いた低い声で不機嫌を表すと、クイーンはまるで苦笑するように「はいはい」と呟いてから沈黙する。

<ソル様>

クイーンが黙ったと思ったら、今度はフェイトの手の中に納まっているバルディッシュが声を掛けてきた。

<本日は誠にありがとうございました。我が主にとって本日は間違いなく忘れられない日になるでしょう>

「……女として生まれたなら、誰だって一度くらいはウェディングドレスを着てみたいと思うだろうからな」

そうだ。今言った通り、女性であれば一度は着てみたいと思うものなのだ。

一番着せてあげたいと思った最愛の女性に先立たれた者だからこそ、ソルは自分の感情を二の次にしてフェイトの気持ちを最優先にした。帰ったら確実になのは達と一悶着あるのは火を見るよりも明らかなのだが、それでもだ。

車が丁度赤信号に差し掛かり、ゆっくりブレーキを踏み込んで静かに停車させる。

視線を前から助手席の眠り姫に移せば、彼女は未だに夢の中。楽しい夢を見ているのか、頬が緩みっぱなしだ。半開きになった唇からは涎が一筋垂れていて、少々はしたない。

涎をハンカチで拭ってから、彼は穏やかな声と笑みで、常に胸の内に抱いている想いを改めて言葉にして紡ぐ。

「この命に代えても必ず守ってみせる、もう二度と大切なものを失わねぇ……だから、これからも末永くよろしく頼むぜ、フェイト」

夕暮れの下、赤信号で一時停車した車内で、炎の騎士は眠り続ける姫君の額に、己の唇を以って誓いの証を記してみせた。

そしてこの日、また新しい写真がアルバムに追加されることとなる。






















それから暫く月日が流れて。

当の本人達が忘れた頃を見計らったようにして、ついに訪れてしまった結婚式場を特集した『月刊せくすぃ~』の発売日。

『月刊せくすぃ~』を毎月購読しているらしい知り合いの女性達から質問攻めに遭う破目になるのだが、それはまた別のお話。

























後書き


はい、リクエストにお応えしてフェイト×ソルをお送りしました。

今回のお話は、まあ、ソルらしくない部分がこれでもかという程溢れ出ているんじゃないかと思っています。

しかし、作中でもある通り、彼はアリアを幸せにしてあげられなかったことが深い心の傷となっているので、どうしても女性陣に甘くなってしまう、それこそ恥も外聞も捨ててしまうくらいに、と思っていただければ幸いです。

原作GGでもあまり描写されることはないのですが、一応XXとGG2のストリーモードで、“あの男”に向ける憎悪の裏にアリアへの愛情が垣間見えます。

そんな彼がジャスティスやヴァレンタインといったアリアの“成れの果て”を破壊しなければならなかったと思うと、運命は残酷というか、相当悲惨な目に遭ってたんだなと同情を禁じ得ないです。

もうお察しかと思いますが、今回のお話は一見にラブラブに見えるその反面、想像を絶する悲しみが隠れています(あえて暗い雰囲気にはならないように努めました)。フェイトもソルも大切な人をそれぞれ失って、それでも前を向いて一生懸命歩んでいるということが伝われば私としては嬉しく思います。


ではまた次回!!





[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part1 The Re-coming
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2012/10/11 23:31

「相変わらず凄いな、この店のラインナップは……」

一振りの太刀を手に取り鞘から白刃をすらりと抜き放ったクロノが、まるで見る者の心を捕らえて放さない芸術作品を前にした時のように感嘆の溜息を吐く。

実際、彼が今手にしている太刀は博物館や美術館に飾られていても違和感が無い程に美しい。華美な装飾など一切無く、無駄を極限まで省き、ただひたすら実戦の為に武器としての特性を極めたそれは機能美と造形美を兼ね揃えている。魔導師や騎士の為に制作されたデバイスというよりも巨匠が手掛けた芸術そのものだ。

刃を鞘に収め元にあった台の上に戻し、隣に並んでいるショートソードに手を伸ばす。それからまた一言二言賛美の言葉を漏らすと戻し、次のものへと……という風に同じようなことを繰り返し続けるクロノ。

「気に入ったなら買う?」

「部屋に置いて飾りたい気持ちはあるが、やめておくよ。『使いもしないデバイスなんて買うんじゃない』ってエイミィに怒られる。ソルに自分のデバイスをメンテナンスしてもらうだけで我慢するさ」

背後からエプロン姿で近付いてきたシャマルの冗談めかした問いに、彼は肩を竦めて苦笑を返した。

デバイス工房『シアー・ハート・アタック』の店内。クロノは店側にとって顔馴染みのお得意様であり、シャマルは来客を迎える従業員である。

主に取り扱っている商品はデバイスなのだが、それ以外にも日用品やアクセサリーも置いてあるので、デバイス以外が目的で来客する者も多く、なかなか繁盛しているお店だ。

現在は昼を過ぎたばかりの時間帯というのもあり、店内の客はハラオウン一家のみであったが。

「うわぁ、このティーカップセット可愛い。ちょっと欲しいかも」

「作ったのはヴィータだが、実はそれ、デザインしたのは私だぞ」

二人から少し離れた場所では、日用雑貨を陳列した棚の前でエイミィがティーカップを手に取り眺めている。そのすぐ傍でシャマルと同じエプロン姿のアインが腰に手を当てえっへんと胸を張っていた。

「ママ、これキレイ。買って買って」

「こらリエラ、いつも言ってるけどお店のものを勝手に弄るんじゃありません。此処に置いてあるのはオモチャじゃなくてお店の商品なんだからね」

淡いピンク色の光を放つ涙滴型をした宝石を使用したネックレスを手に、喜び勇んで駆け寄ってきた我が子に向かってエイミィは嗜める。と、頬を膨らませご機嫌斜めになったリエラは「ママのけちんぼ!」と捨て台詞を残してクロノの元へ走り去る。

「買ってやったらどうだ? あれ、お前が思ってるよりも安いぞ。なんだったら割引してやってもいい」

父に掲げたアクセサリーを見せ付けて買ってくれとせがんでいるリエラの後姿に視線を注ぎながらアインが声を上げるが、エイミィは断固として首を振る。

「ダメ! あの子、少しでも気に入ったものがあるとすぐ欲しがる癖があるの。だから小さい頃からそういうのに我慢させておかないと、将来大変だわ」

「む、そうか。ウチはそういうのあまり無かった……いや、ソルに対してのみあったがあれは例外か。そう考えると同じ母親でも大変そうだな、そっちは」

「そうなの、大変なの」

「ちなみにさっきのは定価4000だが、3500にまけてやってもいいぞ」

「話聞いてた!?」

ギロリと眼を剥くエイミィの眼光をさらりと受け流しながらアインは営業スマイルを浮かべて「あのアクセには守りの法術が施されていて、壊れることを代償に一回までなら装着者を守ってくれる――」と、営業トークに入ろうとしていた。

そんな風にしてクロノとエイミィとリエラが店内を物色している間、一人息子のカレルは何をしているのかと言うと、スタッフオンリーと書かれた扉の置くに存在する工房内でソルが行うデバイスのメンテナンス作業を見学している。

「……」

「……」

作業台の上で黙々と父のデバイスをメンテナンスしているソルの手元を覗き込むカレル。ソルもソルで、この少年が来店する度に自分達の作業を見学したがるのは知っているので、さりとて気にしない。

毎回毎回よく飽きないな、と思う。まあ、邪魔してくる訳では無く、ただ純粋に見学したいだけとのことなので、気に留める必要は無い。

と、その時だ。店側からではなく工房の更に奥、『怪我したくなけりゃ入ってくんじゃねー』と筆字で猛々しく書かれた重厚な扉の向こう側から、金属と金属をぶつけ合っているような破壊音が響いてくる。ガンッ!! ガンッ!! と。

音の正体は、ヴィータが熱した金属にアイゼンを振り下ろし、鍛えている音だ。ソルが今作業をしている部屋は、あくまで部品の組み立てやメンテナンス、設計をする場所である。デバイスルームと聞けば誰もが想像する通りの、想像通りのことをする為の部屋。だが、ヴィータが作業をしているその奥の部屋こそが、このデバイス工房『シアー・ハート・アタック』の心臓部に当たり、最大の特徴となる“真”の作業室。

その部屋で、上から下まで赤いツナギ、頭には髪全体を覆い隠すようにしてタオルを巻き、手には分厚く丈夫な耐熱手袋を装着し、眼を保護する為に顔の上半分を隠すような保護眼鏡を掛けたヴィータが、片膝をつきながら赤熱化している金属に向かってアイゼンを振り下ろす。

デバイス屋の作業室というよりも、怪しい黒魔術のいかがわしい儀式用の部屋と金属加工所と鍛冶屋と化学実験室を全て足して割ったかのような様相を呈しているそこは、熱した金属の熱気で満たされ気温がおかしいくらいに高い。

部屋の隅にどでんと構えた巨大な――大の大人でも余裕で三人ぐらい詰め込めそうな――老婆な魔女が「イィィーッヒッヒッヒッヒ!!」と笑いながら掻き混ぜていそうなツボの形をした鍋が三つもある。その中には、今まさにヴィータが鍛えている金属と同じものが煌々と光りながらぐつぐつ煮られていて、その隣ではこれまた内部で赤々とした熱を放つ大きな窯が二つ鎮座していた。

床全体には次元世界の住人には理解不能な魔法陣――日輪を象った火属性を意味する円環法術陣が所狭しと描かれている。これは鍋と窯の温度を維持する為に描かれた魔法陣で、作業中は常に赤く淡い光を放ちながら明滅しているのだ。

壁には大小様々な金属鋏やツカミといった金属加工用の工具がずらりとぶら下がっている。その反対側の壁には中身がぎっしり詰まった本棚があり、ジャンルはミッド語や古代ベルカ語で書かれたものはデバイスに関連するもので、それ以外は全て地球圏の言語で書かれた法力学における研究書や学術書、論文だったりする。勿論、室温で本が傷まないように防護されているので抜かりは無い。

作業台も大きなものが二つ置かれていて、すぐ傍にはビーカーや試験管やフラスコや三脚にアルコールランプ、顕微鏡や乳鉢と乳棒、天秤ばかりといった化学実験器具を収納した棚が置いてある。

他にも、これまた怪しい色彩を放つ薬品を瓶詰めにして保管してある棚や、素人目には用途不明な機械がゴロゴロ転がっていた。

部屋自体はとても広いのだが、三つの鍋と二つの窯、壁に並ぶ工具類、二つの作業台、本棚、実験器具や薬品が仕舞ってある棚、謎の機械類、そして床の魔法陣が異常な存在感を醸し出しているので、物凄い圧迫感があった。

なんだか御伽噺に登場するラスボス級に悪役な魔法使いの研究室みたいになってる。ソル曰く「これが『魔法』を用いて“物”を作る者にとって最適な空間だ」とか。確かにそうかもしれないが、そのまんまである。

何も知らない一般人にとっては危険極まりない部屋なので、怪我したくなければ入らない方が身の為だ。

店に並ぶ商品の約九割がこの部屋で作られていると言っても過言ではない。材料は鍋に放り込まれた素材から錬金術により練成され、そこから何を作るのかによってそれぞれが異なる過程を経て店の棚に並ぶ。

元々デバイスしか作っていなかったのだが、ヴィータがある日気紛れに余った材料で自分用のフォークとスプーンとナイフを作ってみれば家の中で好評になり、ものの試しに「これ売れるんじゃね?」ということで店に並べてみれば売れてしまったのが切っ掛けで、デバイス以外の物も作るようになったのである。

以下、簡略的に纏めた過程。



試しに並べたフォークが、スプーンが、ナイフがたまたま近所に住んでる人達に売れて、口コミで少しずつ広がっていく。

ならば次は皿だと意気込むヴィータ。今度は陶器とかガラス製品に挑戦してみたいと思っていた。浅いものから深いものまで大小様々な皿を作ってみよう。種類を豊富にする為に美術館で勉強だ。

結果、フォークなどとセットで売れた。

次はマグカップやティーセットだ。ちょっとお洒落な感じに作ってみたら、そういうのこだわっている人に結構人気出るんじゃないか?

大好評だった。

じゃあ調理器具いってみようか。古今東西、あらゆる料理に使われている調理器具を作ってやろう。この辺りからヴィータが調子に乗り始めたことにソルは気付いていたが、特に止めなかった。

主婦から飲食店まで幅広く売れた。

ある日「待機中のデバイスってアクセサリーみたいじゃね?」とヴィータは思ったので、流行のアクセを取り扱っている雑誌を参考に作ってみることにした。

年頃の女の子やプレゼント用にとかなり売れた。最早ヴィータは笑いが止まらなかった。

やがて客から「○○作ってくれない?」という依頼が来るようになった。思いっ切りデバイスには関係の無い、日用品の類である。これまで散々作っておいて今更だが。

しかし、ソルとヴィータは文句を言わず、むしろ「売れて金になるんなら」という理由で快く引き受け、見事依頼を達成した。

で、その日を境にチラホラやって来るデバイス以外の制作依頼に応えている内に、デバイス工房『シアー・ハート・アタック』は、お店を開いてからわずか数ヶ月で近隣では有名な“頼めば大抵のものは作ってくれる雑貨屋”というイメージが定着している。



クリエイターとしてはソルよりもヴィータの方が発想力は上で、彼には考え付かないようなものを時に生み出し、周囲を驚かせたりする。店を此処まで発展させたのは彼女のおかげであり、その点に関しては誰もが認めている所。

しかしたまに意味不明な物体を何の脈絡も無く作っては見る者を困惑の渦に叩き落したりするが。例えば、荒ぶる鷹のポーズ(?)を取るノロイウサギ(?)の像とか、安楽椅子型処刑器具(本人はあくまで尋問専用デバイスだと言い張っている)とか、護身用(?)にも使えるバール(?)のようなネックレス(!?)とか、ただの道路標識(用途・目的共に不明)とか、ワニキャップや馬の被り物(パーティ用なのか?)とか……最早此処まで来るとカオスの権化だ。独創的と言えばそうなのかもしれない。少なくともソルは作ろうと思わないし、そもそも思い付かない。

恐らく彼女はその時のノリと勢いでテキトーに思いついた面白そうなものを暇潰しに作っているだけなのだろう。ただ、訳の分からないガラクタの中には極稀に見過ごせないものが混じっていたりするので普通に侮れない。遊びで作ったら偶然売れた、なんてことがよくあるからだ……まあ、バールのようなネックレスをマジで護身用に買っていった女学生が現れた時は心底正気を疑ったが。

そんなこんなでデバイス工房『シアー・ハート・アタック』の店内は、開店してから三年と数ヶ月が経過した現在でも変わらず、非常に豊富な品揃えを誇り、店内の商品を眺めて回るだけで暇潰しになると評判の、老若男女問わず来店する“謎のお店”と化していた。

「パパ、出来たよ!!」

メンテナンスが終了したデュランダルを手に駆け寄ってくるカレルから己のデバイスを受け取り、数秒の間眼を細めチェックすると、クロノは満足したように一つ頷き待機状態――カードの形――に移行させ、カレルの後ろからゆっくりと歩いてくるソルへと向き直る。

「ありがとう」

「毎度あり」

感謝の言葉にいつもの不敵な笑みを返し、上下赤のツナギを着たソルは掛けていた伊達の銀縁眼鏡を外すと、一仕事終えたように溜息を吐く。

「シャマル、今週分の注文はこれで最後か?」

「ええ。お疲れ様」

店主の問いに出来た従業員は朗らかに応じ、労う。

「ところでヴィータは何をしているんだ?」

「また変なもん作ってやがる」

何気ないクロノの問いに、知らん、という意味を含めた呆れ顔と肩を竦める仕草を見せる。それだけで誰もがそうかと納得するのは、いつものことだ。

以前に一度だけ、ヴィータを工房奥に一人残したら、鍋の中から聞く者を恐怖に突き落とす呻き声と共に異界の魔物――テスタメントと戦った時に奴がよく使役していたアレ――が這い出てきた時は流石に度肝を抜かれたが。幸い事無きを得て、それ以来、禁術や召喚術の類は金輪際使うなと折檻(インストール版ヴォルカニックヴァイパー)しながら厳命したので多少は安心している。

「俺はもうこれで上がりだから、これから道場に行くことになってるが、お前らはどうすんだ?」

「差し支えなければ一緒に行くさ。この子達がもう少し大きくなったら通わせようと思ってるから、見学」

「いつもそれじゃねぇか」

これからの予定を尋ねたソルの問いに、クロノはカレルの頭の上に手を置き答える。すると、カレルがえへへへ、と飼い主に遊んでもらえる子犬のように嬉しそうに笑みを見せるので、ソルはやれやれと嘆息。

「はい、アクセサリーとティーカップセットの合計二点で7,500になります。毎度あり~」

「わーい! ママ、ありがとう!!」

「う、ううぅ、あんな販売トーク聞かされたら、法力のこと知ってる人間が断れる訳無いじゃん……いつものように口座引き落としで……」

レジの方では、喜色満面の笑みでレジを打つアインと、ネックレスを早速首に掛け小躍りしているリエラと、そして泣く泣く携帯端末をスカートのポケットから取り出しピッと翳すエイミィが居る。

「止めなくていいのか? あれ。ウチとしてはありがたいが、お前としてはいいのか?」

「家の財布を握ってるのは僕じゃないから、僕には止める権限がそもそも無い」

「……」

完璧に奥さんの尻に敷かれているクロノ。同情の眼差しを注ぐソルの視線が痛かった。










背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part1 The Re-coming










作業着である赤いツナギから、黒いジーパンと赤いシャツというラフな格好の普段着に着替えてきたソルが店内のシャマルとアインに「後は任せた」と言い残し、ハラオウン親子を伴ってシグナムが経営する『八神家道場』に向かう。

当初の予定では、家と工房と道場を一箇所に纏めたかったのだが、そんな広さを誇る土地なんぞ何処の不動産屋で探してみても当たり前のように存在しなかったので、多少の不便には眼を瞑ってそれぞれを別の場所に建てることした。

しかし、むしろ一箇所に纏めるのではなく別々の場所に存在した方がかえって良かったような気がする。確かに行き来は多少面倒かもしれないが、別々の場所に存在することによってプライベートと仕事をはっきり分けることが可能だ。特にソルは仕事とプライベートをきっちり分けたい人間なので、家の中にまで仕事を持っていきたくない。一度集中し始めるとなかなか自分で止められないからである。

『八神家道場』は、シグナムの強い希望で海鳴の実家にある道場と全く同じ作りになっている。心技体を鍛え、礼節を学ぶには日本の剣道道場のような厳粛な建築物が適しているから、と本人は言う。ストライクアーツのジムみたいに『スポーツ』をする場所ではない、とのこと。自分には『スポーツ』を教えられない、教えられるのはあくまで『戦いの中で生き抜くこと』だとかなんとか。

まあ、そこら辺は特に言及しなかった。彼女の好きにすればいい、彼女が困っていたり助けを求めていれば助ける、手伝ってくれと訴えれば手伝うと思っていたからだ。

「よう、やってるか」

木製の引き戸を右から左にスライドさせ中へ踏み込む。それにハラオウン親子が続く。

「ソルの旦那、押忍!!」

「押忍っ!!」

「旦那、押忍!」

門下生が暑苦しいくらい元気に応じてくれる。誰もが一旦動きを止め、こちらに身体ごと向き直り、一礼。教育が行き届いているというか、訓練されているというか、師範と師範代達の指導の賜物だろう。

「構わん、続けろ」

押忍っ!!!

もう一度大きな声と共に一礼し、それぞれがやっていたことに戻る。

道場が建てられてから三年と数ヶ月という月日が流れた。近くにザンクト・ヒルデ魔法学院がある関係で、主だった門下生はやはり若い連中だ。初等部に入るか入らないかの低年齢から二十歳前までの未成年や学生が最も多いだろう。それよりも年上の世代は数人居るか居ないかという程度。

彼らの格好は動き易いトレーニングウェアがほとんどで、それ以外は柔道着や剣道着といった姿。共通しているのは全員が裸足だという点。やってることも結構バラバラで、拳や蹴りを虚空に向かって放つ者も居れば、竹刀で素振りする者、筋トレしている者、二人一組になって組み手をしている者達も居る。

「店はもういいのか?」

言って近付いてきたのは、上下紺色の剣道着に身を包んだシグナムだ。竹刀片手に袴姿で悠然と道場を歩く姿がこれ程似合う女はそうそう居ない。彼女こそ、この『八神家道場』の師範であり最高責任者。鍛錬に励む門下生を観察する鋭い眼光は、歴戦の猛者が持つ特有の威圧感を放っていた。此処の門下生にとっては絶対に逆らうことが出来ない、最強の女剣士。

「ああ」

「そうか。なら弟子達の相手をしてやってくれ。今日はお前が来ると聞いて皆楽しみにしていたからな」

返事も待たずに持っていた竹刀をソルに押し付けると、シグナムはハラオウン夫妻と軽く挨拶を交わしてから、二人の小さな子どもに向き直り、視線を合わせる為に身を屈めた。

「カレルとリエラは元気にしていたか?」

「はい!!」

「はーい!!」

「よしよし良い子だ。いつもウチの道場に遊びに来てくれてありがとう」

元気に応じる幼い子ども二人の頭の上に手を置き、優しく撫でる。門下生を指導している時とはまるで別人のような、慈愛に満ちた微笑。稽古の時はとても厳しくて怖い師範も、ひとたび剣を置けば美人で優しい大人のお姉さんに早変わり。

くすぐったそうにしていながら彼女にされるがままの二人を尻目に、ソルは手渡された竹刀を肩に担いで男子更衣室と書かれた札が掲げられたドアを潜って着替えることにした。





ロッカーに予め用意されていた赤いトレーニングウェアに着替えて出てくると、待っていたのは全身から闘気を漲らせる門下生達だ。誰もが押し黙り、緊張しているのが見て取れる。それを一瞥してから、壁を背に腕を組んだ状態で立つシグナムに視線を合わせれば、彼女は無言で頷いた。

道場の中央まで進み、門下生達と相対する。右手で左の肩を押さえてから竹刀を持つ左腕をぐるりと大きく回し、それから首を時計回りに巡らせた。しんと静まり返った道場の空気に、関節が鳴る音がやけに響くのは構造上の理由だけではあるまい。

素足となった右足を一歩前に踏み出す形で半身となり、上半身をやや前傾の姿勢にして重心を右足に置く。右腕と左腕はなるべく必要以上に力まないようにだらりと下げ、左手に逆手に持った竹刀の切っ先は床に触れるか触れないかのギリギリを保つ。これが彼の構えであり、攻撃を最も重視した体勢でもある。

「始め!!」

シグナムの掛け声の後、門下生達が自分を鼓舞するように雄叫びを上げながら突進してきた。その数、十名。その他の者は第二陣として待機している。怒涛の勢いでドドドドドと地鳴りのような足音を轟かせながら床を踏み締め、たった一人の男を打倒するべく強襲する。この数の暴力を前に、並みの相手であったならあっという間に袋叩きにされるだろう。

が、門下生が相対しているのは並みの相手ではなく、凄腕と称される者。その中でも特に異常と分類される程の強さを誇る一角だ。押し寄せる門下生達を前にして唇をニヒルに吊り上げ笑うと、彼らに応えるように踏み込んだ。

そして――

「うわ~。此処の道場っていつ来ても過激だなぁ」

邪魔にならないようにと隅に移動したハラオウン親子の内、エイミィが独り言のように呟く。

飛び交う怒号と悲鳴、痛々しい打撃音、吹っ飛ぶ門下生、次から次へと襲い掛かってくる彼らを殴って蹴ってぶっ飛ばすソル、視界に映るのは訓練という名の乱闘でしかなかったが、彼らにとっては訓練メニューの一つだ。何もおかしい点は無い。

「何度も言うようだが、ソルはちゃんと弟子達が怪我しないように気を付けているからな」

横から言ってくるのは、黒のタンクトップにジャージのズボンという出で立ちの、人間形態のザフィーラ。彼の言葉を証明するようにして、殴り飛ばされた門下生はすぐに立ち上がり再びソルへと襲い掛かっていた。

師範代の一人であるザフィーラがそう言うのであればそうなのだろうが、訓練風景が壮絶なのは事実だ。管理局に勤めていた頃から彼らがとんでもないくらいに過激だというのは知っているが、戦闘要員として前線に立ったことが無いエイミィにとっては、どうして誰も彼もが果敢に挑んでいくのか分からない。十年以上前から思っていた疑問である。聖王教会の騎士団員も、Dust Strikesの賞金稼ぎも、そして今の此処の門下生達も、何故先を争うようにしてソルと戦いたがるのだろうか?

隣をチラリと横目で確認してみれば、カレルとリエラが大はしゃぎしている。握った拳を振り上げ、前に突き出し、暴れるように振り回す。完全に興奮状態だ。

その更に隣ではクロノが、先程メンテナンスを終えたばかりのデバイスを握って武者震いをしているではないか。眼も戦闘時のように鋭く、まるで睨むようにしてソルに熱い視線を注いでいた。

正座して待機している第二陣の門下生達に視線を移せば、こちらも夫と同様に眼つきがヤバイ。

そしてこの場で一番危険なのが、何を隠そう師範であるシグナムだ。口角を邪悪に吊り上げ、眼は獲物を狙う飢えた肉食獣そのもの。今にもデバイスを取り出して襲い掛かりそうだ。

この道場は本当に大丈夫なのだろうか? バトルマニア養成所ではなかろうか? あと一、二年すれば此処に入門したいと子ども達から言われているが、エイミィはまともな訓練所に通わせたいのに、クロノが「強くなるんだったら絶対に『八神家道場』だ! 異論は認めない!!」と言って断固却下される。母親として、祖母のリンディと共に心配が尽きない。

やがて時間を計っていたらしいザフィーラが「止め!」と声を張り上げ、乱闘は終了した。門下生達はボコボコにされ一度も触れることは出来なかったが、誰もが楽しいことを終えたと言わんばかりの表情でソルに一礼している。一礼を受けた彼が鷹揚に頷くと、シグナムが「次!」と叫び第二陣が投入されていく。

待ち切れないらしい第二陣の門下生達の様子は、最早エイミィには理解不能でついていけない世界の住人だった。










ミウラ・リナルディにとって、その出会いはまさに衝撃的だった。

不器用で、人見知りで口下手で、ドジでおっちょこちょいで、何をやってもダメで友達らしい友達も居なかった彼女が、ある日学校帰りに浜辺で見たそれは、二人の男が殴り合う光景。

『オオオオオオッ!!』

『てぇぇやぁぁぁっ!!』

一人は上下赤いトレーニングウェアに身を包んだ、黒茶の長い髪の男性。腰まで届く艶やかな髪を後頭部でリボンを使って結い上げ、ポニーテールを振り乱しながら拳を振るっている。

相対するのは黒のタンクトップにジャージのズボンを穿いた褐色の肌の男性。しかも何故か犬耳に犬の尻尾が生えている。外気に晒された筋肉は隆々としていて、あんな人に殴られたら死んでしまうと思った。

黒茶髪の男性の右アッパーと、それに被せるようにして放たれた犬耳尻尾の男性の左フックが綺麗な十字架を描く。

『ぐおぁ!?』

『ゲハッ……』

結果は相打ち。アッパーを食らった方は足を砂から垂直に十数cm程離し、フックを食らった方はズザザザと砂に跡を残し数歩分退いた。

『野郎……!!』

『まだまだ!!』

距離が少し離れたと思ったらすぐさま踏み込み殴りかかる。

一切魔法を使わず、ただひたすら一心不乱に眼の前の相手と殴り合い、時に蹴りが飛び交う二人の姿に暫し呆然としていたが、我に返ると喧嘩をしているなら止めなければと考えて、そこで気付く。

二人から離れた場所では、その光景を見物している者達がたくさん居た。誰もがトレーニングウェアや柔道着、剣道着などを着ている。訓練用の竹刀やミット、サンドバッグが見受けられるのでスポーツジムか何かの練習の一環、というのを理解した。

喧嘩ではないと理解した上で、改めて殴り合っている二人の男性に視線を注ぐ。

最初に見た時と変わらず、相変わらず滅茶苦茶に殴り合っている。テレビで放送される格闘技なら何度か目にしたことがあるが、それとは何かが違う。上手く言い表せないが、なんかこう、スポーツという競い合いには見えない。

しかし、最も印象深いのは、二人がとても楽しそうだということ。

相手のことしか見えていないのか、二人は周りの眼など全く気にせず、笑みを浮かべて殴り合っているのだ。殴り合うなんてただの暴力で、野蛮な行為にしか見えない、誰かを傷つける酷いことでしかない筈なのに。

周囲の人達も二人にとってはこれ以上無い程大切なことだと認識しているのか、誰も止めようとしない。熱に浮かされたような視線は、まるで神聖な儀式を見守る敬虔な信者だ。

いつの間にか、自身が彼らに魅入ってしまっていることを自覚する。あの二人から、眼が離せない。いつも自分に自信が持てなくて引っ込み思案な自分には無い“輝き”のようなもの、それを彼らは持っていて、自分は持っていないからこそその光をいつまでも見ていたいという欲求を覚えた。

羨望も嫉妬も感じなかった。あるのは純粋な憧れ。彼らから眩しい程に迸り漲る“輝き”が何よりも美しくて、とても尊いものだと感じて――

「よっ」

突然の背後からの声に心臓が止まりそうになるくらい驚き、慌てて振り返れば、トレーニングウェアに身を包んだ女の子がニヤニヤ笑いながら立っていた。自分と同じくらいの小柄な身長で、鮮やかなオレンジ色の髪をおさげにした少女は両手を腰に当て、ぺったんこな胸を不遜なまでに大きく張って言い放つ。

「見てるのも楽しいけどよ、やる方はもっともっと楽しいぞ」

だからアタシについてこい。言外にそう言われて差し伸べられた彼女の手が、全ての切っ掛け。

そしてミウラは『八神家道場』と出会う。その結果、血沸き肉踊る“闘争”の楽しさを知り、抜け出せなくなった。





竹刀の薙ぎ払いをまともに食らい床に転がった刹那、ザフィーラの「止め!!」という声が響き、終わりを告げる。

疲労でヘトヘトな身体に鞭打って立ち上がり、こちらを見下ろすソルに向き直り一礼し、休憩に入った。

全身汗だくで、息が苦しくて、凄く疲れたけれど、とても楽しかった一時だ。フラフラと千鳥足で壁まで辿り着き、予め用意しておいたタオルで汗を拭い、スポーツドリンクで喉を潤し、壁に背を預けて座り込む。

第二陣が終わった瞬間を計ったようなタイミングで、外から自分と同じ門下生達十数名と、彼らと一緒に出掛けていたフェイトとクイントが戻ってくる。

彼らは今日、聖王教会に赴いて他流試合――つまり出稽古をしていたのだ。師範達が元々前職で聖王教会と何年も前から交流があるので、出稽古は八神家道場にとって恒例行事のようなもの。

今回のミウラは居残り組みだ。騎士団の団員と戦わせてもらうことはそれはそれで貴重な経験だが、前回既に行っているので残念ながら行けなかった。と言うのもこの出稽古は、前回行ったら今回は行けないけど次回は行ける、という完全な交代制だからだ。ついでに言えば自己申告制。行きたい奴は事前に師範達に申告しておく必要があるのだ。

もう少し休んだら今日はどうだったのか尋ねてみよう、そう考えていたミウラ背後から――壁に背を預けているので背後など存在しない筈なのだが――まるで見えない手で背中を押される感触を感じた瞬間、

「デデーン!! セイン様登場!!!」

修道服姿の女性が楽しそうな笑い声と共に壁から生えてきた。門下生達が口々に「あー、教会のアホなお姉ちゃんだ」とか「いつもシャッハさんに怒られてる人だ」とか散々言われている。

「セインさん……どうしてもいつも壁から出てくるんですか」

ミウラの呆れ混じりの質問に、玄関からは決して中に入ろうとしない聖王教会のシスター・セインは完全に道場に進入を果たすと立ち上がり、チッチッチと人差し指を振って分かってないなと言わんばかりに溜息を吐く。

「その質問は登山家に向かって何故山に登るのですか? って訊いてるようなもんだよ。あたしにとって壁というのはすり抜けるものだから――」

「玄関から普通に入れ、この馬鹿」

ソルが手首のスナップだけで投擲した竹刀の先端がセインの後頭部に突き刺さり、あまりの痛さに彼女は途中で言葉を遮り床の上を無様にのた打ち回った。

「いてぇよ~! 超いてぇぇよ~!!」

「やかましい、またどうせシャッハの目盗んで仕事サボって来たんだろうが。テメェの所為で最近シャッハから苦情が来まくりだアホ! なんでテメェの仕事サボる原因が、俺がテメェを甘やかすからって思われてんだボケ!?」

「だ、旦那、く、く、く、苦しい……死んじゃう……」

首を掴まれ――絞められ片手で高々と宙吊りにされているセインの顔色が段々悪くなっていく。バタバタ手足を動かすが、次第にその力が弱々しくなっていき、やがてピクリとも動かなくなってしまう。

ついに気絶したセインを見て道場に居る誰もが、小さい鉢形をした仏具を鳴らした時の『ちーん』という音を脳内で再生した。

「フン」

ゴミのようにセインを放り捨てるソル。死体のように床に転がるセイン。

「おいミウラ。その馬鹿、外に捨てとけ。暫くすればそいつの妹が回収しに来るだろうからな」

「いや、いくらなんでもそれは」

口から蟹のように泡を吹いて意識を失っているセインに対してそこまで酷い仕打ちをするのは気が引けたので、隅っこまで引き摺ってとりあえず介抱することに決めた。

「本当に何しに来たの、この子?」

「私達が教会に行ってる間は見なかったけど……」

頭の上に疑問符を浮かべたクイントとフェイトが不思議そうに覗いてくる。

それは誰だって疑問に思っていることだろう。この人は一体何しに来たんだろうか? まさかわざわざソルに首絞められて気絶する為に道場に顔を出した訳ではあるまい。全く以って謎だ。

とにかく意識を取り戻すまで待つしかないかと思い直し、濡れタオルを用意することにした。










五分も待たずに復活を果たしたセインは、開口一番にこう言った。

「今度大きな大会あるから旦那達出場しない!?」

「ああン?」

面倒臭そうな口調と胡散臭いものを見る眼で彼女に応じたソルの態度は、何処からどう見ても眼つきの悪いチンピラで、慣れない者にとっては恫喝以外の何物でもなかったが、すっかり慣れたセインは全く怯まない。

「大きな大会って、何の?」

「そりゃ勿論、戦闘に決まってるじゃないのよフェイトさん」

獲物が釣り針に見事引っ掛かったとばかりにニヤニヤ笑い出すセインに、クイントが更に食い付く。

「格闘大会でもやるの? いつ? っていうか、私達が出ていいの?」

早くもやる気満々になっているクイントの横で話を聞いていたクロノが口を挟む。

「聖王教会主催か? 面白そうだから詳しく話を聞かせてくれ」

「フッフッフ、聞くがいい者共!!」

やたら尊大な態度でセインは語り始める。

“9・12事変”後、管理局に所属していた魔導師が激減したことにより、これまで戦闘技術を『模擬戦闘』として披露する一大イベント――『戦技披露会』が管理局内部で失われてしまった。

まあ、失われてしまったイベントはそれだけに留まらず他にもたくさんあるものの、事変から一、二年しか経過していない時は、誰もがそんなイベントに現を抜かしている暇などありはしなかったのでスルーされていた。が、三年目になると「そろそろ頃合いなんじゃないかな?」と言い始める者が出てくる訳で。

じゃあ今回は聖王教会やDust Strikersも巻き込んで、出来るだけ大々的に久々のお祭り気分で派手に一発ぶちかまそうぜ、ということになったらしい。

「いつそんな話が管理局で? 立案者は誰だ?」

話を聞き、クロノは訝しげな顔を作る。管理局内で英雄と呼び声高く権力も備えているクロノに情報が渡っていないのに、教会の一シスターにして修道騎士見習いでしかないセインが知っているのは明らかにおかしい。

「だって今日決まった話だからね。立案者は誰だったか忘れたけど、話の中心に居るのは本局のリンディさんとレティさん、地上本部のゲンヤさん、Dust Strikersのグリフィスと、最後にウチの騎士カリム」

「今日って……しかも全員身内じゃないか」

新鮮ほやほやのネタだ、と威張りながら指折り数えて名前を唱えるセインの言葉を聞き、それなら確かに知る術は無いなと納得しつつも、開催される格闘大会がまともなものとは思えなくなってゲンナリしてくるクロノである。

「グリフィスのDust Strikersが関わってくるとなると、賞金が出るんだよね? そうじゃなかったらあの子達参加しないと思うし」

フェイトの発言は至極当然のことだ。

余程のことがない限り、賞金稼ぎは金にならんことには基本手を出すな、というのはソルの教えだ。賞金の出ない格闘大会に出た時点で賞金稼ぎの名折れである。己の戦闘能力を用いて金を稼ぐのがナンボの仕事なのだから。

「出すとは聞いたよ、何百万くらいは。つーか、出さないと人が集まんないって言ってた。んで、たくさん人を集めるだけ集めて、一人ひとりの参加者から参加費取って、賞金を跳ね上げるとかなんとか。あと観客から入場料。ロッサが言うには最終的に賞金が数千万超えれば万々歳って――」

「数千万!!??」

大声で話にいきなり割り込んできたのはエイミィだ。あんまりにも大きな声だったので、門下生達や彼らを指導していたシグナムとザフィーラが思わず動きを止めた。

「それホントなの!?」

「あくまで目標値だけど……あ、あと忘れてた。賭け試合にしようってグリフィスが提案したって言ってたっけ」

「あの真面目を絵に描いたようなグリフィスが、賭け試合だって?」

今度こそクロノは耳を疑った。いつだって仕事に対して真面目で真剣な態度を崩さない優等生の代表のようなグリフィスが、格闘大会で賭け試合の提案をするなんて何かの間違いだと思いたい。

眉根を寄せて疑惑の眼差しをセインに向けるクロノに、ソルは皮肉な笑みを張り付かせ独り言を呟くような口調で告げ口する。

「そういえば俺達がまだDust Strikersに居た頃、休憩時間にグリフィスが誰かさん達に半ば強制的にちんちろりんとか、ポーカーとかに付き合わされてんのを見たことあるな。あれは誰だったか? 確か、今は異世界で古代遺跡を掘り返してるフェレットに変身する考古学者と、今工房で怪しい魔道具をせっせと作ってるオレンジ頭の馬鹿デバイスマイスターと、今は道場で師範代やってる犬耳と犬の尻尾が生えてるワン子だったかな」

ギクリ、とこの場で唯一犬耳と犬の尻尾が生えている人物が全身を震わせた。あからさまに動揺した人物は注目の的だ。

「おいザフィーラ」

「ち、違う! 全ての元凶はユーノとヴィータの二人だ! 俺は、俺はただ単にいつもの賭けを三人でしようと思っていたらネギを背負ったカモを二人が連れて来たから人生の厳しさを教えてやっただけだ! ド素人から搾れるだけ搾ってやるだなんてそんな酷いことは考えていなかった!! ご馳走様でした!!」

「嘘を吐くのか本音を言うのかどっちかにしろ! っというかド素人相手に質悪いぞキミ達三人は! ヤクザか!!」

盛大に自爆するザフィーラにクロノが喚くように突っ込む。逮捕してやろうかと本気で思ってしまった。

「つまり、それ以来グリフィスくんはギャンブルに抵抗無くなって、賭け試合って言い出したのね? 確かに賭けって胴元が確実に儲けるようになってるし、いいんじゃない?」

元管理局員とは思えない問題発言をするクイント。

「ちょっとクイントさんやめてくださいよ!? 管理局が賭博を容認するなんて――」

「俺はよく知らんが、競馬みてぇなもんなら別にいいんじゃねぇのか? この試合でどっちが勝つか、そんくらいなら多少の金を賭けたって」

真面目な管理局員のクロノを窘めるようにソルが言う。

「賭けはともかくとして、公式の格闘死合いというのは心躍る!!」

「キミが言うとニュアンスで殺し合いに聞こえてくるのは気の所為か……」

琴線に触れたらしいシグナムが鋭い斬撃を竹刀で放ち、相対していた門下生を切り伏せる。「ぐわあ!!」という哀れな門下生の悲鳴を聞きながらクロノは頭痛がしてきたこめかみを手で押さえた。

「じゃあ決まりね! 八神家道場の師範達は全員参加ってことで!!」

勝手に纏めに入ろうとするセインの額にソルがデコピンをかます。

「俺はまだ出るとは言ってねぇ」

「僕も認める訳にはいかないぞ」

ソルとクロノの態度にセインはあからさまに「ちっ、空気読めよ」と文句を垂れるが、二人の意見は変わることはない。

しかし、二人がそうでも周囲がそうじゃないのは世の常で。

「クロノくん」

「何だエイミィ」

「今回くらいは大人の寛容さを以って認めなさい。そして、出なさい」

妻の言に夫は逆らえない。これ、宇宙の法則だから。世界の摂理だから。この世の理だから。

「……」

無言のまま首を縦に振ることしか許されないクロノが助けを求めて視線を道場内に彷徨わせるが、まずソル達が諦めたように首を横に振り、門下生達も可哀想なものを見る眼で首を横に振り、最後に一縷の望みとして我が子達を見てみれば「パパの格好良いとこ見てみたい!」「ああ見てみたい!」と飲み会時のおっさんみたいなノリで手拍子していた。

「無理だろ! ソル達が出る時点で優勝なんて無理に決まってる!!」

「いや、俺は出るつもりないからな」

頷きかけた瞬間、はっと顔を上げたクロノが問題点を指摘するが、エイミィは意に介さない。

「何も優勝しろなんて無茶言わないわ。ソルくん達が出るから優勝は不可能、つまり逆に言えばそれ以外にだったら勝てるでしょ? 賭け試合なんだから“背徳の炎”とぶつかるまで気張りなさいよ」

……まあ、それくらいならクロノにだって出来るだろう。元々オーバーSランクの魔導師だ。知人に人外めいた強さ――というか人外――を持つ連中がひしめき合っているとは言っても、それ以外は至って普通の人間の魔導師が相手なら、むしろ楽勝する自信すらある。

もしかしたら結構良いところまで行けるか? と考え込んでいるクロノを横目で見ながらセインが「ハイ、クロノ提督参加ね~」と懐からメモ帳らしきものを取り出し何やら書き込んでいた。今時メモ帳なんて珍しい奴だ。

「さあ旦那、最後に一人で駄々捏ねてるのは旦那だけだよ! 此処は男らしくビシッと決めてもらわないと」

「なんでテメェはそんなに偉そうなんだ」

立ち上がり、胡坐をかいて座っているソルを見下ろしながらボールペンの先端を突きつけてくるセインの言い分に、ソルは心底鬱陶しそうに溜息を吐く。

「いいじゃん別に、減るもんじゃないし」

「面倒臭ぇ」

「そこをなんとか」

「しつけぇな」

「じゃあじゃあ、これから旦那の為に毎日ご飯作ってあげるから」

「教会の仕事サボる度にウチ来て冷蔵庫のもん勝手に漁って飯作ってる奴が何言ってやがる」

「なら、このセイン様が愛人になってあげるよ!!」

「女は間に合ってる」

「……」

「……」

ついにセインがキレた。

「なんだよ畜生! アンタそれでも男か!? その股間にぶら下がった封炎剣が飾りじゃないってんなら出場しろよ!!!」

「いい加減うぜぇんだよ! テメェこそ本当に教会のシスターなのか!? 下品にも程があるぞこのクソアマ!! 誰かシャッハ呼んでこい!!」

罵り合いに発展し、程なくして殴り合いが始まる。

腐っても戦闘機人。近接格闘能力は元々それなりにあるし、聖王教会で修道騎士見習いとして訓練を積んでいる――おまけに指導者があの暴力シスター、シャッハ・ヌエラ――ので、なかなか健闘するのだが、

「セイン貴様……私を差し置いてソルとイイことするなんて許さんぞ。さっきからずっと我慢していたんだからな!!」

喧嘩している二人に竹刀を振り回しながら飛び込むシグナムと、

「仲良いわねソルとセインは……私も混ぜなさい!」

拳をボキボキさせてから渦中に突撃かますクイントと、

「あ、私も私も!!」

仲間外れは嫌だとばかりに混ざりたがるフェイトらが加わって、大乱闘になっていく。

「弟子達は退避しろ、とばっちり食らうぞ!」

「クロノくん、カレルとリエラをこっちに!」

「パパとザフィーラさんは混ざらないのー?」

「混ざらないのー?」

「パパはね、まだ死にたくないんだ」

可愛い弟子達に怪我はさせまいと避難を促すザフィーラ、誰よりも早く玄関付近まで逃げ出したエイミィ、自分の父親に混ざらないのかと暢気に尋ねるカレルとリエラ、我が子を両脇にそれぞれ抱えて走りながら諭すクロノ、そして蜘蛛の子散らすように外へと離脱していく弟子達。

これが割と日常風景な八神家道場は、確かにエイミィとリンディが心配するような危険区域かもしれない。





外で十五分程度待っていると急に中が静かになったので、恐る恐る覗いてみれば大乱闘はすっかり収まっていた。惨劇の跡は酷かったが。

「フー、フー、フー」

中央では腹を空かせたドラゴンよりも危険な色を発しているソルが、興奮冷めやらぬといった様子で仁王立ちしている。

その足元には、鼻血を垂らして白目を剥いているフェイトが仰向けになって気絶していた。

玄関から正面に当たる壁には、折れた竹刀を手にしたまま壁に埋まっているシグナムが。やはり意識は無い。

クイントは上半身を床に深々と突き刺し、逆さまになった下半身(幸か不幸かトレーニングウェアを穿いている)が天井を目指していて、某○○家の一族を彷彿とさせる。

そしてセインは天井に大の字になってめり込んでいた。落ちてこない。

当然、壁や床が無事である訳も無く、そこら中が深く陥没し、どデカイ穴が空いて地面がこんにちわ。木の板も剥がされ、メタメタにされている。魔法無しで暴れただけでこの有様というのは、既に人の域を遥かに逸脱していて、なんでこういう時に限って即座に結界を張ってくれるような配慮を持つ者が居ないのだろうかと嘆かざるを得ない。

ザフィーラは深い溜息を吐き、思わず天を仰ぐ。丁度、ボロ雑巾にされたセインが視界の中央に収まった。

八神家道場が看板を掲げて三年と数ヶ月が経過したが、門下生の数と人気と周囲の評判に反比例するようにして金が消えていく。全部、師範達の乱闘によって破壊された道場を修繕する為に経費として落とされるからだ。

元々金儲けの為に始めた訳では無く、むしろ金なんて要らないのだが、無駄な出費は出来る限り抑えたい。

Dust Strikersを抜け賞金稼ぎを一時休業する前は、かなり荒稼ぎしていたので金はあった。特に使い道も無かったので貯めていたし、それこそ十数年は遊んで暮らせる程の貯蓄。

だが、家と工房と道場を建てる為に土地を買い、実際に建ててみれば貯金はあっという間に残り少なくなってしまった。まあ、家と工房に関してはソルが、道場に関してはシグナムがやたらこだわって投資しまくった結果だ。

そのおかげで借金をせずローンも組むことなく家と工房と道場を手にした訳だが、貯金が失くなり前職よりも収入が激減したのは事実。おまけに余計な出費も増えた。

とは言え、どいつもこいつも模擬戦が趣味というか生き甲斐というか、闘争本能が服着て歩いているような連中なので、乱闘するなというのは無理な相談。

多くの門下生が学びに来る八神家道場は、人気に反してもうとっくの昔から赤字で真っ赤っ赤。だからと言って月謝を上げる訳にはいかない。それは決して許されないし、許さない。

で、このままいくと本当に破綻する……ソルとヴィータの工房『シアー・ハート・アタック』が右肩上がりで黒字経営なのに。

一体どうしてこうなった?

結論から言ってしまえば師範達で乱闘するのを止めて、道場を壊さなければいいだけの話なのだが――

「大会、か」

悪い話ではない。しかも賭け試合ときた。賞金も加えれば莫大な収入となるのではなかろうか? 上手くいけば三年以上も真っ赤だったのを帳消し出来るかも。

問題はソルだが、これはどうとでもなるだろう。そもそも彼が何故このような大会に出場したくないのか、その理由をザフィーラはなんとなくであるが既に察している。百五十年以上の戦いの歴史を持つ中で、唯一出場した公式大会に嫌な思い出があるからだ。

『第二次聖騎士団選考大会』。封印劣化によってジャスティスの復活を懸念した国連が主催した、世界規模の武道大会。強者を切望するあまり、優勝者には如何なる望みでも叶えられることが約束されたが、その大会の内容は罪人の出場、試合中の殺人を認めるといった過酷なもの。

しかし、聖騎士団を再結成する為の選考大会というのは体のいい口実で、真の目的はジャスティスの復活。大会そのものがジャスティスを復活させる為にテスタメントによって画策された――大規模な術式で構成された――儀式でしかなく、黒幕の思惑通り成功。最終的に復活したジャスティスと決勝戦まで勝ち上がったソルの一対一、という構図の戦闘が勃発。ギア同士の――人知を超えた激闘の末、ジャスティスはソルに破壊された……

恐らく彼は、まともな公式大会に出て碌なことにならなかったから嫌がっているのだろうが、そう何度もあんなことが起きる訳が無い。っというか、こんなのがしょっちゅう起きたら人類は間違いなく滅ぶ。

大会に顔を出して有名になることも嫌がっている理由の一つかもしれないが、それはもう手遅れだ。事変以降、管理局や聖王教会でソルを知らない人間など存在せず――むしろ知らないとモグリ扱いされる――アンダーグラウンドでは今もその名を出すだけで犯罪者共を震え上がらせる知名度。

ソル個人や彼を含めた賞金稼ぎ集団“背徳の炎”のことをあまり知らないのは一般人だけ。しかし、やはり知っている人は知っている。これだけ知れ渡ってしまっているのだから、今更ちょっと有名になったぐらいでガタガタ抜かすな、と言いたい。

単に面倒臭いだけというのもあるが、それなら尚のこと大会には出てもらう。乱闘の渦中に居るのは常に彼だからだ。たとえ乱闘が彼の意思でないとしても、一因はあるので絶対に責任は取ってもらう。

「セイン、俺達と一緒にソルも出場する。むしろソルは出て稼がないと許さんぞ! 業者の人に電話する度に『あ、またですか?』っと言われる俺の気も知れないで、それでも尚拒否するというのならこちらにも考えがある」

「……ちっ、分かったよ」

気乗りしないがザフィーラがそこまで言うなら仕方が無い、といかにも渋々な感じに了承するソル。

「そうだな。もし出場しなかった場合、数年前の士郎殿の要望に応える形で、サッカーが出来る人数になるまで主はやて達と子作りに励んでもらう」

「分かったっつってんだろ! 聞こえねぇのか!? 大会だろ? 出りゃいいんだろ! 優勝して賞金全部道場に叩き込んでやるよ!!」

鼻息荒く怒鳴り散らす彼の頭上では、セインが天井の染みになったまま計画通りとほくそ笑む。

「くくく、これで旦那達に賭ければ、あたしはたった一日で大金持ちに……」

「テメェは一刻も早く教会のシスターを辞めろ、このアホシスター」

結局、俗っぽいシスターらしからぬシスター・セインの思惑通りになってしまったらしいが、ザフィーラとしてはこの話を持ってきてくれたセインに感謝したい。

まあ当然、今回の修繕費は一部負担してもらうが。










その後、夕飯時に事の顛末を食事中に話してみると、なのはとはやてとアギトは聖王教会で教導のアルバイトをしているので既に聞き及んでいたとのこと。どうやら帰る間際にヴェロッサから話があったらしい。

「でも、私とはやてちゃん、アギトは運営側に回ると思う。準備が結構大変らしくて、バイト代弾むから手伝ってくれって」

箸で綺麗に焼き魚の骨を取りながらなのはが言って、しゃもじ片手にはやてがお代わりを茶碗によそりながら「まあそうやね」と肯定し、アギトがご飯を口の中にかき込みながら大きく何度も頷いた。

俺も運営側の手伝いがしたい、と口に出しそうになったがザフィーラの視線が無言のプレッシャーを放っていたので、大人しく黙ることに。

たまに乱闘騒ぎを起こして道場を破壊しているのを根に持ってるのか、道場が修繕費ばっかり掛かる所為でまともな収益が皆無なのを恨んでいるのか、工房が儲かっているのを妬まれているのか知らないが、下手に刺激しないようにしよう。

「アタシも遠慮しとく。ソルとシグナムとフェイトとザフィーラとクイントさんが出んだろ? あ、ついでにクロノもか。やり合うのはそれはそれで楽しそうだけど、今回は実際に出て戦うより、賭けに集中した方が楽しそうだ」

納豆を箸でかき混ぜながら「臨時収入♪ 臨時収入♪」と機嫌良さげにヴィータは悪戯小僧のようにシシシシッと笑う。いつの間にか家の中で誰よりも賭け事が好きになっているヴィータらしい意見である。

「しかし、私達が出場する以上まともな大会になるとは思えん。死人とか出たらどうするんだ?」

「不幸な事故で処理されるんじゃないの?」

「シグナム、シャマル。死人が出ること前提で話を進めるな。『第二次聖騎士団選考大会』の二の舞なんてもう御免だぜ」

そこはかとなく空恐ろしいことを言い出した二人に、ソルがやっぱり気にしていたのか不機嫌そうに溜息を吐いてから味噌汁を啜る。ザフィーラの予感が的中していたことがこれで証明された。

「まあ、曲がりなりにも管理局が関わってるんだ。死人が出ることを容認はしないだろう、怪我人は出るだろうがな」

焼き魚を食べ易いように箸で身を解しながらアインが苦笑。

「……こういう話を何気ない普通の会話の中で聞かされると、パパって本当に殺伐とした世界を生きてきたんだねって思うよ」

「今はかなりに平和になったけど、当時は三度の飯より命のやり取りが習慣的だって言うくらいだからね」

若干会話についていけない面持ちのヴィヴィオが箸の動きを止めて呟き、フェイトがたくあんを口に放り込みつつ以前カイから聞かせてもらった聖戦時代の話を教える。

食卓は大会の話で持ちきりだ。どんな奴が他に出てくるのかとか、人数枠がどれだけなのかとか、賭けは出場する選手も参加可能なのかとか。

そんな空気の中、ツヴァイが何かを期待するような口調で独り言を漏らす。

「管理局と聖王教会が主催するということは、かなり大きな規模になるってことですよね……じゃあ、もしかしたら、エリオと兄様もそれに参加したり……」

ポツリと紡がれた小さな声だったが、この場に居た全員を黙らせるには十分な意味を持っていた。

現在、テーブルには三つの空席がある。その内二つはユーノとアルフのもので、二人は遺跡探索の旅に出て長い間居ないのだが、それなりの頻度で帰ってくる。

しかし、残り一つの空席、本来そこに座り食事を摂っている筈の人物は居なくなってから随分経つ。

二年と数ヶ月前、初等部を卒業して間もなく短い書置きだけ残して突如姿を消したエリオ。そしてエリオと全く同じタイミングでイリュリア連王国から居なくなったシン。この二人が今何処で何をしているのか知る術は無いが、二人が行動を共にしていることだけは十中八九間違いない。

数ヶ月に一回、あるか無いかの頻度でDust Strikersのグリフィスや管理局の知り合いからもたらされる情報。それは、二人と思わしき妙な噂だ。曰く、大きな旗を持った男と槍を持った男の二人組みが何処からともなく現れては、犯罪者やそれに類する組織などを潰しては忽然と姿を消す、と。

やり方というか手口が十三年程前のソルと非常に酷似している点から見ても、ほぼ確実にエリオとシンだろう。子は育ての親に嫌でも似てきてしまうものだ。というか、どう考えてもシンが特徴的過ぎる。旗を振り回して戦う奇特な者など、どんな世界を探しても彼だけだ。

「あの二人、今どうしてるんだろう……?」

寂しい気持ちを抑えきれないキャロが食事の手を止め、俯く。傍に居たヴィヴィオとツヴァイも同様である。

ソルが育てた子ども達にとって、エリオは同じ釜の飯を食った次男だし、シンは長兄に当たる人物だ。その二人が今の今まで音信不通という状態が続き、一切連絡が取れないことが寂しくて堪らない。

ちょっと空気が悲しくなってきたのを払拭するようにアギトが努めて明るく言う。

「で、でもよ、もしかしたら今度の大会に二人が出てくるかもしんねぇじゃん? さっき言った通り規模デカイんだし。次元世界中の腕に覚えのある連中が集まるんだろ? こんな面白そうな話にエリオとシン兄が出ねぇ訳無ぇ。そしたら感動の再会ってやつなんじゃねぇの?」

必死に場を明るくしようとするアギトの心遣いを受け、誰もが「そうかもね」とわざとらしさが残る笑みで賛同し、止まっていた箸の動きを再開させる。

胸中でソルは溜息を吐く。

音信不通でありながら、次元世界で唐突に賞金稼ぎとして現れすぐに姿を消す二人が、そんな大衆の注目の的になるようなことをするだろうか? 二人の行動は、自分達の存在を主張しておきながら絶対に身内の人間に捉えられないようにしている節があった。つまりこれは、『とりあえず生きてます。でも探さないでください』というメッセージだ。エリオとシンは男二人で旅するのが余程楽しいらしく、まだ誰にも邪魔されたくないのだろう。

自分も男である以上、その気持ちは分からないでもない。事実、シンと二人で旅をしていた五年間は、独りの時にはない苦労もあったがその分楽しかった。異性が傍に居らず同性しか居ない空間は、はっきり言って凄く気が楽だ。変な意地とかプライドとか張らなくていいし、気を遣う必要も無い。むさ苦しくはあるが。

しかし、実際にツヴァイ達が寂しそうにしている光景を見てしまうと、

(帰ってきたら問答無用でぶん殴ってやろう)

育ての親として、父として叱ってやらなければ、そう思うソルだった。















管理局内部で、聖王教会で、Dust Strikersで、チラシやポスターといった紙媒体からインターネットなどの電子媒体を用いて発表された『魔法戦技大会』は、瞬く間に次元世界へと広まった。

ただの格闘大会と思ったらさに非ず。優勝者には高額の賞金が授与されることに加え、“管理局公認の賭け試合”である。観客は勿論のこと、参加選手も自分の試合以外なら賭けに参加出来るという仕様になっており、ありとあらゆる場所でこれが大きな話題となる。

賭け試合それ自体があちこちで物議を生み、賛否両論となって色々とゴタゴタがあったのだが、言いだしっぺのグリフィスが「平穏な生活もいいけれど、刺激があるから人生は楽しい、そうでしょう?」と眼鏡を光らせてやたら格好良いことを理由に押し切った。彼も随分とワイルドな性格になってしまったものだ。

選手としての参加資格は十八歳以上、試合中に負った大怪我やデバイスの破損などを『自己責任』と納得することが可能な者、この二つだけ。

優勝賞金の初期設定は一千万。だがこれは、選手と観客が増えれば増える程膨れ上がるものになっていた。選手の参加費用は一人五万で観客の入場料が一人三万なのだが、その内半分が優勝賞金に上乗せされる仕組みになっており、特設されたホームページでは入場チケットが売れたり選手が参加登録したりするとリアルタイムで賞金が上がっていくのを確認出来る。

賭けは、自己責任を負える者であれば老若男女問わず誰でも参加可能。ネットでも受け付けている。常識的に考えて子どもは不可能な筈なのだが、この点だけは次元世界の就業年齢の低さが功を奏した……らしい。

流石にこれはやり過ぎなんじゃないのかと特設サイトを閲覧しながらソルは思ったが、もう動き出してしまった大きな歯車は坂を転がり落ちていくように加速していき、ついに優勝賞金が億単位にまで到達してしまう。収容人数が万単位に届く会場が既に満席になった結果だ。

長年賞金稼ぎとして戦っていたソルも、これだけ高額な賞金を目の当たりにするのは久しぶりだった。yen八千万とか、五十万ワールド$とかくらいの高額賞金をかけられた連中を狙っていたので、額の大きさに今更驚いたりはしないが、たかが格闘大会――しかも何の因果か公式――でこれ程となると、本当に『第二次聖騎士団選考大会』を思い起こさせた。

こうなってくると明らかに堅気じゃない連中が高額賞金や賭けを狙って色々と悪さを企んでいるのではないかと懸念していたのだが、そこら辺の対策もグリフィスにより万全で、当日は会場の内外問わずDust Strikersの賞金稼ぎ共が眼を光らせて徘徊するらしい。それらしい人物や行為を発見次第、個人の判断で“殲滅”することが許可されているとかなんとか。

もしかすると、グリフィスが賭けと言い出した本来の目的がこれなのではなかろうか。高額賞金が出る大会も、賭けも、Dust Strikersにとってはそれら全てが犯罪者共を釣り上げる為の大きな釣り針でしかないらしい。ホイホイやって来た間抜けを一気に釣り上げて片っ端から潰していく、という方針だ。

(……どうなることやら)

何故か嫌な予感がする。一抹の不安を拭えないまま一ヶ月と数週間が経過し、大会当日がやってきた。




















当日。

朝早くから、なのはとはやてとアギトが先に家を出て行った。一週間前から結構忙しそうで、運営側はかなり大変らしい。

それから暫くすると、

「おはようございまーす!!」

「おはようございます」

非常に元気な声と控え目な声、二つの女の子の声が聞こえてきて、それを耳にしたヴィヴィオがダッシュで玄関まで迎えに出た。

「おはようリオ、コロナ! 入って入って!!」

「おっ邪魔っしまーす!!」

「お邪魔します」

リビングにヴィヴィオと共に入室してきたのは二人の女の子。ヴィヴィオと同い年で、学校の友達のリオ・ウェズリーとコロナ・ティミルだ。三人はとても仲良しで、何をするにもいつも三人一緒で居ることが多く、当然家にもよく遊びに来る。ソル達にとっては顔馴染みの、愛娘の友達だ。

コロナは一年生になった頃にクラスが一緒だった娘でそれ以来の仲。

それとは異なり、リオはつい数ヶ月前に知り合ったばっかりだ。おまけに接点が学校ではなくデバイス屋さん、つまりソルの工房『シアー・ハート・アタック』である。自分用のデバイスが欲しくて近所で評判のお店に行ったところ、偶然店に顔を出していたヴィヴィオと知り合い、意気投合して仲良くなったとのこと。

その際、ソルはリオの為にデバイスを格安で作ってあげたのだが、よりにもよってリオがデバイスに『ソルフェージュ』という名前を付け、挙句の果てに『ソル』という愛称で呼んでいることにソル本人が複雑な思いを抱いているのはまた別の話。

閑話休題。

ソファに座りながら手にした猫じゃらしで子犬形態のザフィーラとフリードで遊んでいたソルは、何事も無かったように猫じゃらしを放り捨て立ち上がると、二人に声を掛けた。

「いらっしゃい」

「おはようございます! 今日は頑張ってくださいね!!」

「おはようございます。応援してます」

元気に応じてくれるリオと可愛く声援を送ってくれるコロナ。この娘達を見る度にソルは思う。ヴィヴィオは友人に恵まれたな、と。間違っても愛娘には自分のような人間関係を築かないで欲しいと願わずにはいられない。



――『決着をつけるぞ、ソル!!!』



――『キミのファンになりそうだ。構わんかね?』



――『だーんな、久しぶりぃ! 元気しってったぁ~?』



――『テキトーが一番よ、テキトーが』



――『理を極めれば百戦の将は要らん、そういうことだ』



まともな友人、もしくは仲間と呼べる連中が人間じゃないのは別にいい。ヴォルケンリッターや戦闘機人だって普通の人間とは言い難いが、特に問題は無い。人だろうが人じゃなかろうが、仲が良ければそれで構わない。

しかしソルは、交友関係よりも殺し合いにまで発展した敵対関係の方が圧倒的に多く、姿を認めた瞬間攻撃を放つなどザラだったので、どうしても『ヴィヴィオにはそうなって欲しくない』という親心があって。

ヴィヴィオにしてみれば余計なお世話である。聞けば誰もが「そんなのお前だけだ」と言うだろう。

キャーキャー姦しい三人娘が二階のヴィヴィオの部屋に引っ込むのを見送ると、猫じゃらしを拾い再びザフィーラとフリードで遊ぶ。

ペットで遊ぶのに飽きてきた頃、丁度良い具合にそろそろ家を出なければいけない時間になったので、ペット用遊び道具一式を仕舞うと家の中に居る連中に念話で一声掛け、集まるように促す。

靴を履き、庭に出て皆が集まるとシャマルが転送魔法を使い、会場まで一瞬で移動する。





予め指定された座標に到着すると、いの一番に出迎えてくれたのは修道服姿のディードだった。どうやら待ち構えていたようだ。

ちなみにだが、リオとコロナも含めて自分達はVIP扱いなので、参加費や入場料は払わなくていいらしい。ありがたいことである。

「お待ちしておりました。さあ、どうぞこちらへ」

いかにもシスターって感じの、むしろこれこそシスターだ、と言わざるを得ないくらいに慇懃なディード。

挨拶もそこそこに案内してくれる彼女についていく。

開催される会場は、やはり大きいこともあって普段は人気スポーツの大会などによく使用されるらしい。ソルはよく知らないのだが、ヴィヴィオ達三人娘が言うには公式魔法戦競技会だの“インターミドル・チャンピオンシップ”などといった格闘大会も此処で予選やらなんやらをやるらしい。

歩いていると、『巡回中』と書かれた腕章をしたかつての教え子達――聖王教会やDust Strikersで教導していた頃の――がバリアジャケットを展開しデバイスを手にしている姿を見つけた。こちらに気付くと会釈してくる。警備は万全と言えるかもしれない。

「そういえばソル様はもうご存知ですか?」

「あ?」

前を歩くディードがこちらをチラリと一瞥して言葉を重ねる。

「賭けが、運営側の人間は参加出来なくなったことに」

「まあ、常識的に考えてそうだろうな」

「そのことに関してセイン姉様とシャンテから言伝があります。『旦那ならなんとかしてくれる! あたし達の窮地を救ってくれる! だからせめてあたし達だけでも参加出来るように上の人間達に文句を言ってくれ!』と」

「そうか。『ざまあみろ、真面目に働けアホシスター共』って伝えとけ」

「了解しました」

姉のセインと比べ物にならないくらいシスターとして出来たディードに連れられ歩くこと五分。VIP用と札が掲げられた選手控え室のような場所に辿り着く。

「では皆様はこちらでお待ちになってください。参加選手の方々には後ほどご案内致します。観客の方々は席が用意出来次第、席へご案内致しますので。それまでごゆるりと」

深い一礼の後、ディードはまだやることが残っているのか立ち去っていく。

中に入る前に、一度“バックヤードの力”であるオルガンを発動させ、シンとエリオの魂が近くに存在しないか探ってみるが、結局見つからなかった。少し期待していただけあって若干落胆する。

まだ会場入りしていないだけかもしれないと薄い望みに期待しつつ自動ドアを開き、中に踏み入る。と、自分達よりも先に到着していたナカジマ家とハラオウン家、ランスター兄妹にアルピーノ親子とゼストが居た。そして彼らをもてなす為に、給仕係として執事服に身を包んだオットーがせっせと紅茶をカップに注いでいる。

ゲンヤとリンディは居ないが、当然だ。二人は運営側の中心人物なので、今頃忙しく働いている筈だろう。

ドゥーエの姿も見えないが、どうしたんだろうか? 必ず居ると思ったのに。もし来ていたとしても、アインと壮絶な喧嘩を始めるので面倒事を避けたいソルとしてはある意味で居ないことは嬉しいのだが、あれだけ好意を寄せられていただけに少し複雑だ。

部屋はかなり広く、三十人近く存在するのに狭いと感じない。どうやらVIP扱いは文字通りの意味で、無料なだけではなかったらしい。

挨拶を手短に済ませ、ソルはやたら高そうなソファに適当にふんぞり返る。その瞬間を見計らっていたようにオットーが真っ先に「どうぞ」と紅茶を手渡してくれた。ディードもそうだが、オットーも凄く教育が行き届いている。セッテも同様だ。なのに何故、三人の姉に当たるセインだけがあれ程までに残念なのか、理解に苦しむ。

「え? ティアナさんも出るんですか?」

物思いに耽っている時に耳朶を叩いたのは、ヴィヴィオの驚いた声だ。リオとコロナも同じように驚いている。どうやらティアナも出場するとのことだが、彼女の師だったこちらとしては別に驚かない。むしろ、クイントが出るのにスバルやギンガ、他のナカジマ家の姉妹が誰一人として出場しないことの方が意外だ。

なんでもクイントがナカジマ家代表で出るだったら、自分達は出る必要が無いとか。

「ま、アタシも先生達の教え子だったって訳よ」

クロスミラージュを手の中でくるくる回しながらほざくティアナは、つまり戦闘狂ということだろうか。こちらに向かって意味あり気なウインクをしてこないで欲しい。ていうか、執務官って結構忙しい役職ではなかったか? こんなことしている暇があるのだろうか? 抜け目無い彼女のことなので、そこら辺はきっと大丈夫なのだろうが。

「賭け試合つっても、これ程賭けるのに楽なもんはそうそう無ぇよな。とりあえず身内の連中に賭けてりゃ勝てるんだからよ」

ヴィータがお茶菓子を齧りつつ言ったセリフに誰もが納得したように頷いた。確かに次元世界中から凄腕の者達が集っているのだろうが、この大会で戦うのに脅威や緊張感を覚えることはなかった。勝って当然の小遣い稼ぎ――小遣いと称するには額が高過ぎるが――という気分で臨んでいる節がソル達にはある。

シグナムも続く。

「たぶん、私達は一度出たらそれ以降は出場禁止扱いになるだろうな」

「そうじゃなかったら賞金が出る格闘大会や魔法戦技を総ナメするつもりじゃないですか、皆さん」

ギンガの突っ込みを誰一人として否定せず沈黙を守ることが、口で語るよりも事実を認めている証であった。基本的に金にならないことはしない、が賞金稼ぎの鉄則だ。逆の言い方をすれば、金になることはするのである。



「ふっふっふっふっふ。そう上手くいくものかな?」



部屋に突然響いた第三者の不敵な声。VIPの為に用意された部屋に現れた姿無き侵入者に誰もが身を固める……と思ったらそんなことはなかった。

何故なら、声を聞いた時点で声の主が誰か一発で分かったからだ。

「……何やってんだ、ユーノ?」

「ノリ悪いなソルは。そこはちょっと怒った感じに『誰だ!? 出てきやがれ!!』って言うところじゃない?」

嘆息するソルに、声の主――ユーノはあからさまに不満そうな声音で応じると、天井近くに備え付けられた通風孔からガタガタ音がしたかと思えば、バコッ! と一際大きな音と共に格子が外れ、フェレットが一匹飛び出てきた。

全員が、何処から出てきてんだコイツは? と半ば呆れていることに構わずフェレットはとことこ歩いてきて、ソファに座るソルの膝の上に乗る。

「再来週にならないと帰ってこないんじゃなかったのか?」

「いやいや、ちょっとしたトラブルがあってね。おまけにこんな面白そうなイベントやってるみたいだし、これ幸いと暫く暇をもらったんだ」

言ってユーノはひらりと跳躍し床に降り立ち、次の瞬間には眩い翠の魔力光を放って人の姿に戻り、表情を引き締めた。

「で、さっきの続きになるんだけど、今日の大会はいくらキミ達でもそう簡単に優勝は出来ないよ。かなり苦戦する、もしかしたら負けるかもしれない」

「上等じゃねぇか。どういう意味なんだ? お前が俺達の相手をしてくれるってか?」

ユーノの挑発的な物言いに、賞金稼ぎとして獰猛な笑みを浮かべて問うソル。

すると彼はソルにつられるように邪悪な笑みで頷き、高らかと叫ぶ。

「アルフ! お三方に入ってもらって!!」

叫びに応じるようにして自動ドアの扉がスライドし、外で待っていたであろう人物が三人、アルフの後に続いて入室してきた。

その三人の姿を視認した瞬間、ソルの表情は間違いなく驚愕に色を染める。



「シンとエリオくんに会えるかもしれないと言われて、ユーノくんに連れてこられたのですが……」

まず一人目。金糸のような髪を肩口まで伸ばした美丈夫だ。一見すれば美人の女性と見間違えてしまう程の、性別を超越した美貌。白を基調とした長袖のロングスカートにも見えてしまう服装が性別を間違えてしまうことに拍車を掛ける。

額に装着した金の輪と背中の青いマントは、イリュリア連王国の国王のみが身に着けることを許された冠とマントであり、腰に差している大剣は彼が愛剣を失って以来代用しているもので、冠とマントと同様に連王に献上された一振りだ。

滲み出る高貴さの中に惜しみない優しさを迸らせる存在感。部屋に居た女性の中で、彼を初めて見た者は既婚者のクイントとメガーヌを除いて全員がその美しさに魅入られ溜息を零す。エイミィまでそうなっていることにクロノが愕然としているが、当の本人は構わず突如現れたイケメンに熱い視線を注いでいた。

まさかこの男が既に妻子持ちで、五十代の中年おっさんでゲンヤやゼストと同年代だとは誰も思うまい。というか、初見でそこまで見抜くのはいくらなんでも無理な話である。



「次元世界が持つ若き力。存分に堪能させてもらおうかね?」

次に現れたのは、高そうなスーツ姿にダンディな雰囲気を醸し出す初老の紳士。片眼鏡と手にしたパイブが渋さを更に増し、悠然と歩いてくる様は自信に満ち溢れた男が持つ大人の余裕だろうか。

老いて尚消えることのない情熱の炎がその瞳に宿っており、滾る闘志を隠そうともしない。それでいながら遊び相手を探す少年のような無邪気さを内包した、不思議な印象を見る者に与える。

今度こそクイントとメガーヌがその初老の紳士が持つダンディズムに一撃でやられ、うっとりした表情になる。メガーヌの隣に座っていたゼストがショックを受けたように「ッ!?」となったが誰も気付かない。



「だーんな、久しぶりぃ! 俺っち的には二年ぶりくらいなんだけど、ユーノんが言うには十三年ぶりなんだって? ま、そんなことどうでもいいとして。なんか面白そうなことになってんじゃないの? 折角だから俺っちも混ぜてよ」

最後に現れたのは、前の二人とは打って変わってノリの軽い、悪く言えばチャライ男だった。頭部を覆うようにして巻いている赤いバンダナの隙間から長い金髪が零れ、イギリスの国旗をイメージした長袖のシャツの上に袖無しジャケットを羽織り、下は青いジーパンという安っぽい服装。

高貴さの欠片も無ければ紳士然とした雰囲気も無い。人が多い街に行けば腐る程居そうなナンパな男、という表現がぴったりだろう。

しかし、何処か人懐っこい空気を持っていて、見ず知らずの赤の他人で埋まっている空間に「にょほほほほ!」と明るく笑い飛ばせるその性格は、友人に一人から二人居ればムードメーカーになってくれそうな人物である。



「……カイ、爺、それにアクセルまで……なんでお前らが此処に……?」

何故三人が此処に勢揃いしているのか理由が思い至らないソルとしては、ただただ驚き混乱するしかない。

分かったことは、この三人がもし大会に出場するのなら公衆の面前でドラゴンインストールを使わないと決めているソルの優勝が、一筋縄ではいかない非常に難しいものになったということ。

そして、これからどういう展開が待っているのか知らないが、企画段階で波乱をあちこちで生み出していた『魔法戦技大会』が、更なる波乱を呼び込むことだけは確実だった。

























後書き


今回は長くなりそうなんで前編、後編に分けます。

『魔法戦技大会』は、原作で言うところの『戦技披露会』に当たりますが、事変が勃発した所為で本来の『戦技披露会』が開催不可能になり、事変から三年経過してやっとこさっとこ開催出来たと思ったらとんでもないものになってしまった、といった感じです。

何度も描写しましたが、エリオとシンは家出中なので話題として上げられますが登場はしません。


・yen八千万とか、五十万ワールド$とかの賞金が掛けられた賞金首について。

前者が初代GGでソルのキャラ紹介に登場した賞金首。登場したと思ったら一瞬で絶命します。ソルに『第二次聖騎士団選考大会』が開催されるという情報を与える代わりに見逃してもらおうとしましたが、容赦無く首に封炎剣をぶっ刺されて。

後者はゼクスで初登場するディズィーのことです。ソルに見逃され、ジョニーに引き取られ、カイとポチョムキンに『当該ギアは死亡した』とその存在を隠蔽され、最後に紗夢が『ギアは自分が粉々に吹っ飛ばした』と嘘言って賞金独り占めに。



まだこの作品では登場していないGGキャラを出してくれ、的なリクエストがありましたが、これはどう考えても難し過ぎるのでごめんなさい。

そもそもGG2の時点で初代から五年経っていて、この作品の空白期2ndはそこから更に二十年近く経過している設定なので、出せるとしたら不老不死の連中か、アクセルのようなイレギュラーか、シンのような次世代か、年を食ってもソルと仲が良いカイくらいなもの。

皆いい年の中年になってるだろうに、そんな彼らをどうやって絡ませていいのか分からんのです。

期待していた方は本当にすいません。



色々と突っ込みどころが満載な今回(次回も)のお話ですが、あくまで空白期、ということで細かいことは気にせず楽しんでいただければ幸いです。


ではまた次回!!


追記:指摘のあった誤字を修正しました。



[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part2 It was Called Victim
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2012/10/11 23:32
「どういうことか順を追って説明しろ」

ソルにとって旧知の仲である三人が何故此処に居るのか分からないので、三人を連れてきた張本人であるユーノに向かって説明を求める。

すると、ユーノが「実はつい二、三日前のことなんだけど……」と語り始めた。



いつものようにアルフと二人でスクライアの発掘調査団と共に遺跡に潜っていたら、遺跡の奥深くで唐突に空間の歪みを感じたと思えばアクセルが虚空から落ちてきた。

発掘調査そっちのけで十三年ぶりの再会に驚きつつも歓喜するユーノ。まさか自分が生きている間に、タイムスリッパー体質のアクセルと再び会えることがあるとは予想だにしていなかったからだ。

この機会は逃せば、次にアクセルと再会することが出来るのは数十年後か、はたまた百年後か分からない。チャンスを逃さずこの喜びを皆と分かち合いたいと考え、まず最初にソル以外にもアクセルと仲の良いスレイヤーの所へ赴けば快く承諾を得られたので、スレイヤーを仲間に加えてイリュリア連王国へ。

連王国に到着し、アクセルがカイとその奥さんと再会を果たし喜び合っている光景を見ながら、後はソル達をイリュリアに呼ぶだけだという段階になって、エリオとシンが行方不明なままという事実を思い出す。

現在家出中のエリオとシンは、アクセルと直接的な面識は無い。あくまで話を聞いた程度だ。なので、居ても居なくても問題ないのは確かであっても、アクセルに会えるレアイベントをみすみす逃してしまうのはいくらなんでも勿体無い。

そんな時にアルフが今回の『魔法戦技大会』にもしかしたら雷兄弟も参加するかもしれないと言い出し、じゃあミッドチルダに行ってみようという話になって。



「……という訳」

「俺達もそう思ったが、残念ながらあの馬鹿兄弟は来てないぜ」

“バックヤードの力”を使い、二人の慣れ親しんだ魂の波動を探してみたが見つけられなかった。もうすぐ参加受付が終了し予選が始まる時間になるので、今回は諦めた方がいいかもしれない。そもそも二人が『魔法戦技大会』のことを知っているかどうかすら疑わしくなってきた。

「マジで? 居ないの? あちゃあ~……すいませんカイさん、無理言って来てもらったのに。アクセルさんも楽しみにしてもらってたのに」

肩を落とし、カイとアクセルに向かって深く頭を垂れるユーノ。

「いえいえそんな。ユーノくんが悪い訳ではありません。元はと言えばウチのシンがそちらのエリオくんを引っ張り回してるのが悪いのですから。きっとソルの真似事をしてるつもりなんでしょう……私達の時のような止むを得ない事情がある訳でも無いのに、全くあの子は、育ての親に似て周囲への迷惑を一切考えない……」

「いいっていいって。ソルの旦那が育てた、って話だったから楽しみにしてたのは事実だけど、会えないんならしょうがないじゃん? むしろ責められるべきは旦那だよ。二人をそんな風に育てたのは旦那なんだし」

「それは全く以って同感だ。この男は子煩悩の割りに性格が子育てにこれっっっぽっちも向いていない。それ故に子ども達は、なかなか個性的に育つのだよ。実に面白い」

「……来て早々灰になりてぇのかテメェらは……!!」

ユーノに頭を上げてくれと言うカイ、その横で能天気な口調で笑いながら軽口を叩くアクセル、アクセルに全面的に同意しながら優雅に笑うスレイヤー、そして先の三人の言によってビキビキとこめかみに青筋を立てるソル。場が妙な空気になってきている。

真面目で誠実そうな美青年、態度が軽薄っぽくチャラそうな男、ダンディズムに富む紳士、三者三様のタイプが異なる人間がソルと軽口を叩き合う。

さっきから置いてけぼりを食らっている者達――つまりソルの友人達のことを全く知らない連中は彼らのやり取りについていけず、何がなんだか分からないのでとりあえず成り行きに任せて静観することに決めたのか誰一人として喋らない。そのことにいち早く気付いたアルフがこのままではいかんと思い、注目を集める為にわざとらしく一つ咳払いをしてから口を開く。

「あー、相変わらず仲が良いのは分かったから、そろそろいいかい? 出来ればアンタらのこと知らない奴らに自己紹介してもらえるとアタシは嬉しいんだけど」

アルフの声を聞き、三人は今更気が付いたかのように互いに見合ってから居住まいを正すと、では私からとカイが一歩進み出た。

「カイ=キスク、と申します。ソルとは聖騎士団時代からの……仲間? 戦友? ……いえ、やっぱり生涯の宿敵です」

何故言い直した? と誰もが疑問に思ったが、彼は一切構わず続ける。

「今日此処に居るのは、エリオくんと共に行動している私の息子、シンを捕縛しようと思ってユーノくんに連れてきてもらったのですが、どうやら空振りだったようです」

何か諦めたように溜息を吐くカイに向かってソルが咎めるように言う。

「仕事ほっぽって来たのか? 玉座を空にしやがって、この不良王が。よく鳥野郎が許したな?」

「それだけドクターも二人のことを心配していたんだ。特にエリオくんはドクターに気に入られていたから、シンに振り回されていないか不安なんだろう。二人が失踪して二年以上経過しているしな」

「だからって王が自ら探しに来ることねぇだろ。この程度、イズナあたりにでも頼めばいいことじゃねぇのか? あいつだったら喜んで引き受けてくれる筈だ」

友達思いで仲間意識の強い彼ならむしろ自ら率先して行動しそうだ。王として自覚が欠ける行動に対し非難するソルに、カイがゆっくり首を横に振った。

「あの時、失踪した二人を探す為に一番尽力してくれたのがイズナさんだというのはお前だって知っているだろう? あの人には散々迷惑を掛けた……それに、今私が此処に居るのは皆の総意だ。同時に、王としてではなく私個人の、シンの父親として、エリオくんの師としてのケジメでもある。妻も、ドクターも、イズナさんも、お前から生きているという報告を聞いてはいるが、やはり心配している」

「んなこと言っても、お前にはお前の立場があるだろうが」

「だからこそドクターとイズナさんは妻と共にイリュリアに残ってくれたんだ」

そこまで言われてしまえばソルとしては黙るしかない。まあ、王が一日か二日不在なだけで国が傾くのであれば、いっそのこと滅亡してしまった方がいい。そもそも国を離れられない状態でこの男がイリュリアの外へ出る訳が無い。Dr,パラダイムが納得しているのであれば本当に大丈夫なのだろう。彼以外にも王に忠実な騎士団と部下が大勢居る。余計なお世話だったか。

「……あのー、いくつか質問いいっスか?」

震えるような声が割って入ってきたので視線をそちらに向ければ、何故か元気が無いウェンディが絶望を滲ませた表情で小さく挙手している。

「何だ?」

「カイさん、でいいっスか? さっきから息子とか妻とかいう単語が聞こえくるんスけど、もしかして、ご結婚されてるんスか?」

「はい」

事も無げにカイが返事したその時、乙女達に見えない雷が走った!!

ピシャーンと貫いた衝撃は彼女達――主にナンバーズ――を一瞬で石化させ、夢とか希望とか憧れとかを一撃の下に刈り取っていく。儚く散っていったそれらに対し、まあ、なんというか、残念だったねとしか言えない。

「補足しておくと、こいつの一人息子は諸事情で俺が昔育ててやった。名は、シン。名前くらいなら聞いたことあんだろ? その馬鹿こそが、二年と半年前にウチの馬鹿息子を連れて何処かへ消えた張本人だ」

「皆さんには大変ご迷惑をお掛けしています」

育ての親が頭痛を堪えるように額に手を当て、実の親が申し訳無いと深く陳謝する。

この場に居る大半の者は事情を詳しく知らなかったので、そうだったのかと納得している様子。

「ちなみにモンタージュはこれだ!」

しゃしゃり出てきたヴィータが空間ディスプレイを表示し、一枚の写真を映し出す。そこに映し出されたのは、カイに勝るとも劣らない美青年が優しい笑顔を浮かべながら、嫌がるヴィヴィオの口に無理やりニンジンを叩き込んでいる絵面だった。撮影されたのはシンとエリオが失踪する前なので三年前――ソル達がDust Strikersを抜けて間もない頃だ。

おおおぅ……と、カイが妻子持ちだと聞いてへこんでいた乙女達が復活する横で、ヴィヴィオが真っ赤になって抗議の声を上げる。

「もっとマシな写真あったのに、よりによってどうして私が泣きべそかいてるやつなの!?」

ヴィヴィオの悲鳴が虚しく響く。しかし誰も取り合わない。皆苦笑いを返すだけ。

「次は俺様の番かな~」

「……」

カイの自己紹介が一段落したのに合わせて、アクセルが言いながらソルの肩に馴れ馴れしく肘を置く。それをソルは嫌そうな横目で一瞥するだけで、振り払おうとせず何も言わない。

「俺っちはアクセル、アクセル=ロウっていうのよ。ソルの旦那とは結構付き合い長くて、まあ、なんつーの? マブダチってやつ?」

「トラブルメーカーが何を偉そうに言ってやがる……」

「ひっどいな旦那は。トラブル起こしたり巻き込まれたりはお互いいつものことじゃない。それについては言い合いっこ無しにしよ?」

「フン」

ヘラヘラ軽薄に笑うアクセルにソルは鼻息を荒くするだけ、というリアクションを返す。不承不承ながら彼の言葉を否定せずある程度認めていることを示していた。多少の自覚はあったらしい。

そして同時に、この場に居たソルとアクセルの関係を詳しく知らない者達は戸惑う。何故なら、これ程までにソルに対して馴れ馴れしい態度を取れる人物(女性を除く)というのは男性で知られている限りは、ユーノとザフィーラのみだ。しかも二人がソルとスキンシップを取る時、大抵は動物形態。クロノやヴェロッサ、グリフィスやティーダ、ゲンヤやゼストもそれなりに仲が良いが、ソルのパーソナルスペースというのは同性には結構広く感じられるようで、誰も軽々しく彼に触れようとしない。

だというのに眼の前の男性は易々と誰も出来ないことをこなしている。自称する『マブダチ』というのは本当のことなのかもしれない、と思わせるのも当然の流れ。

まあ、当たらずとも遠からずという関係で、タイムスリッパー体質のアクセルは行く先々の時代で二百年以上生きる不老不死のソルと何度も遭遇し、時に挨拶代わりに戦い、暇潰しに戦い、アクセルがタイムスリップする為に戦い、情報提供の報酬として戦い、数日間ではあるが旅のお供を勤めたことまであった。互いに肩肘張らずに付き合える程よい距離感の、『腐れ縁』なのである。

「アクセルさん!」

突然大声を出したのはこれまで黙って成り行きを見守っていたフェイトだ。呼ばれた彼が視線を向けてくるのを確認し、彼女は指で自分のことを指し示しながら訊いてみた。

「私のこと、覚えてますか? 覚えてるっていうより、私が誰だか分かりますか? あの時、なのはと一緒にソルの傍に居て、ソルの話を色々聞かせてもらったんですけど……」

「……もしかして、フェイトちゃん?」

期待するような眼差しをするフェイトにアクセルが自信無さそうに答えると、彼女は嬉しい気持ちを表すように大きくうんうん頷き、駆け寄ってきては両手でアクセルの両手を掴んで上下に振る。

「そうですそうですフェイトです! 本当にお久しぶりです! 十三年ぶりなんですよ!? またこうして会えるなんて思ってなかったから、凄く嬉しいです!!」

「これまた驚いた……将来は絶対に美人さんになると思ってたけど、こんなに綺麗になっちゃうなんて俺っちびっくりよ?」

「私も会えてびっくりです。それにアクセルさん、前に会った時と全く変わりませんね」

「へへ。そっちにとっては十三年でもこっちにとっちゃ二年だからね、たった二年でそこまで変わりはしないよ。けどそっちは変わったねぇ~。あんなにちっこかったユーノんとフェイトちゃんがこんなに大きくなっちまんだから、時間の流れってのは相変わらず凄いな……アルフは変わらないけど」

感慨に耽るアクセルの声にユーノとフェイトが照れ臭そうに笑い、アルフは「アタシは使い魔だからね」と肩を竦める。

「でさ、フェイトちゃんがこんなに美人になってるってことは、なのはちゃんもそうなんでしょ?」

「髪を下ろすと桃子お母さんにそっくりですよ」

「そいつは会うのが楽しみだ!!」

「今はちょっと居ないんですけど、すぐ此処に来ますから期待して待っててくださいね」

バンザーイ!! と諸手を挙げて喜びを身体全体で表現する彼の態度にソルがやれやれとかぶりを振っていると、その様子に目敏く気付いたアクセルがニヤリと唇を吊り上げソルに詰め寄った。

まるでとんでもない悪戯を思いついた悪ガキのような笑みで、彼は見事なまでに地雷原の上でタップダンスを踊るように口にする。

「ユーノんとアルフから聞いたよ、だ~んなぁぁ~。あれから、なのはちゃんとフェイトちゃん以外の女の子達と色々あったってぇぇぇ~?」

それはやめろ! 社会的にマズいことを一番気にしているの本人だから!! 早く謝って!! と誰もが声に出せずとも表情で語ったが、アクセルはこれ見よがしに『踏むなよ? 絶対に踏むなよ!?』と注意書きが掲げられた巨大な地雷を渾身の力で踏み抜いたのである。



「俺っちから此処に居る女の子達に質問! この中で、旦那と肉体かぐわぁっ!?」



彼の言葉を最後まで言わせまいと、ソルが炎を纏った右の拳で天を穿てとばりにアッパーを放つ。情け容赦無く下から上に向かって打ち出された炎の拳はアクセルの顎を正確に捉え、頭蓋に浮く脳を縦に揺らしながら、高さが三メートルはある天井に盛大な破砕音を伴ってアクセルの上半身を突き刺した。天井に埋まらずに済んだ下半身だけが力無くプラプラ揺れる。

「こうなると思ってたんだ……っ!」

「……殴られるのが分かっててやるからね、アクセルの奴」

腹を抱えて必死に笑いを堪えようとヒーヒー呻いているユーノとアルフに身体ごと向き直り、殺意漲る魔獣の瞳でギロリと睨みソルは封炎剣を召喚し紅蓮の炎を発生させた。



――!!??



こうなってしまったら流石に笑っていられない。膨大な魔力と溢れ出る殺気に場が凍りつくのも構わず、慌てふためいて部屋の外へと逃げ出そうと駆け出し自動扉の前で「早く開け!」と喚く二人に、赤々と燃え盛る封炎剣を逆手に持った状態から投槍のようなフォームで全力投擲。

ヒュゴッ、と大気を切り裂きながら高熱の物体が高速ですっ飛んでいく。

一瞬早く二人は部屋の外に飛び出し外から扉を閉めるが、扉に突き刺さった程度では勢いを止めることなど叶わず、敵艦の装甲を貫く徹甲弾のようにして易々扉をぶち破った封炎剣は廊下で二人に着弾し大爆発を引き起こす。

「「の゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っっっ!!!!」」

耳を思わず塞ぎたくなる爆音と大地を揺るがす震動に混じって、二人の断末魔の叫びが轟いた。

ジリリリリリリリリリリリリリリリリ!!

そしてけたたましく鳴り響く火災報知機。廊下では係員や警備員が騒ぎを聞きつけ集まってくる。スプリンクラーから散水され、慌しく消火活動が開始されているらしい。

暴挙と呼ぶには暴挙に失礼なくらい非常識なことを眼にし皆が呆然とする中、ソルは天井に上半身が埋まったアクセルの足首を掴み力任せに引き摺り下ろして床に叩きつけると、襟首を両手で締め上げ理不尽極まりないことを言い出す。

「テメェの所為で余計な騒ぎ起こしたじゃねぇか……どうしてくれんだ!? ああン!?」

「そんなこと言ったって、ソルの旦那がジョニーの旦那みたいな生活してるのがいけないんじゃん!! 羨ましいよ!!」

懲りていないどころか何ら痛痒も受けてなさそうに見えるアクセルが唇を尖らせると、その顔面に拳がめり込んだ。

「ぶふっ」

「誰がジェリーフィッシュ快賊団だって!?」

「あ、自覚はあったんだ。うご! 痛い!? ゲハッ!! やめて旦那!! ユーノんとアルフから無自覚女ったらしって聞いてたけど俺っちは旦那ならそれもアリだと思ってるから許し、あだっ!? なんで攻撃が激しさを増すの!?」

「どうしてテメェは言わなくていいことを言わなきゃ気が済まねぇんだ……ちったぁ黙ってろ!!」

「こんな面白いこと眼にして黙っていられるかっての! あの一匹狼だった旦那が、何処ぞの空賊団の団長みたいなハーレぐおあ!」

「俺はあの野郎みてぇな節操無しじゃねぇ」

「でも八方美人なんでしょ? いや~ん、旦那のエッチ、スケコマシ~」

「……もう死ね」

一方的にアクセルをぶん殴りまくるソルと、余計なことを口走っては殴られ続けるアクセル。完全に周囲の者達など眼中に入れていない。

とにかく、普通の『友人関係』だったら絶対にあり得ない光景に開いた口が塞がらない。

此処までソルをおちょくることが可能な人間は、次元世界広しと言えどアクセルだけだろう。身内の人間も言おうと思えば言えるが、力ずくで即座に黙らされてしまうので、殴られれば殴られる程口が勝手に動くアクセルはある意味超大物だろう。

事態に全くついていけない者達を尻目に、カイが呆れ返ったように溜息を吐き、スレイヤーが優雅に笑った。

結局ソルとアクセルのやり取りは放置され、スレイヤーの自己紹介が終わるまで続いた。





「失礼します」

落ち着いた声音が部屋の外から届き、吹っ飛んだ扉の残骸を踏み越えて部屋に入ってきたのは修道服姿のセッテだ。

「先程此処でボヤ騒ぎがあったと聞きましたが、何かありましたか?」

あれがボヤ騒ぎ程度で済んでしまう辺り、後始末を担った聖王教会の者達は訓練され過ぎである。むしろ爆破テロだと誤解されても弁解の余地無いのだが。「いつものことだから気にしなくていいよ」と取り繕うように笑うオットーの言葉をセッテは一片も疑わず、納得したように頷いた。

「ヤッホー、試合前に激励に来たよう……あれ? カイさんとスレイヤーさんが居る!? あ、嘘? アクセルさんまで!!」

「アクセルってあの噂の?」

「誰? そのアクセルって?」

セッテからほとんど間を置かずに部屋へ飛び込んできたなのはが三人の姿を見て驚き、続いたはやてとアギトが首を傾げている。

「んんーっ! んんんー!」

赤いバインドで手足を拘束され、猿轡まで噛まされているアクセルがなのはの登場に反応してもがく。身代金目的で誘拐された社長のような有様に疑問符を頭の上に浮かべつつ、なのはは彼に近付くと猿轡を外してあげた。

「ぷはっ、なのはちゃんお久しぶり。フェイトちゃんもだけど、なのはちゃんも美人さんになったね。桃子さんそっくりだよ!」

「うわぁ、本当にアクセルさんだ。まだ私が人間でいられる内に会えるなんて思ってなかったから驚いてますけど、凄く嬉しいですよ」

感嘆の声を漏らし再会を喜ぶなのはの後ろで、アクセルのことや何故此処に三人が居るのかの事情をアインがはやてとアギトに説明している。話を聞いた二人はなるほどと理解の色を示し、興味深そうに視線を注ぐ。

「皆様、大会開始まで残り三十分を切りましたので、私から今大会におけるルールの詳細などをお伝えしたいのでお付き合いをお願いします」

部屋全体によく通る声でセッテがこの場に居る全員の注目を集めてから、恭しくお辞儀した。それにより今まで好き勝手に話し合っていた者達は口を閉ざし、彼女の言葉に耳を傾ける。

まずセッテが右手を顔の高さまで掲げると、各々の前に空間ディスプレイが表示される。ミッドの技術にあまり馴染みの無いアクセルだけが「SF映画みたい」とはしゃぐのを他所に彼女は説明を開始した。

「今大会、『魔法戦技大会』は時空管理局がこれまで毎年の恒例行事として開催していた『戦技披露会』を聖王教会と共に三年振りに復刻したつもりのものです」

ディスプレイに映し出された文章をつっかえることなく言うセッテ。

「しかし、蓋を開けてみれば優勝賞金に眼が眩んだハイエナ連中と、管理局公認の公式賭け試合という内容により大手を振るってギャンブルに身を染めることを許された金の亡者共が集う、俗物の欲望に塗れた血で血を洗う闘争の場です」

無表情から放たれる毒舌で一気に話が血生臭くなってきた。もう既にこの時点で『戦技披露』の面影など欠片も残っていない。

「出場選手から参加費として五万、観客の入場料として三万、その内の半分を優勝賞金に上乗せし、更にそれらとは別に一試合ごとに賭けが行われます。お一人様一口五千からです。勿論、胴元が儲かるシステムなのは当然となっています」

金にあまり執着しないソル、カイ、スレイヤー、シグナムを除いた全員がそそくさと財布、ではなく予め持ってきていた預金通帳の残高を確認し始める。アクセルはそもそもミッドに来たばかりだから所持金ゼロなので、一人物悲しそうにしていた。

「次に参加選手です」

ピッ、と電子音が鳴り、参加選手の名前がズラッと並べられ、ゆっくりと縦に画面がスクロールされていく。

「先程受付が終了しました。参加人数は188名。この場に居らっしゃる方のお名前を確認の為フルネームでお呼びします。ソル=バッドガイ様、八神シグナム様、八神ザフィーラ様、フェイト・テスタロッサ・高町様、クイント・ナガジマ様、ティアナ・ランスター様、クロノ・ハラオウン様、ユーノ・スクライア様、カイ=キスク様、アクセル=ロウ様、スレイヤー様、この場に居らっしゃる方々の中で参加選手は以上の十一名でよろしいでしょうか?」

「おう」

全体を見渡したセッテにソルが鷹揚に頷く。ちなみに全員VIP扱いなので参加費は取られない。

「観客の収容人数は2万8千9百名前後、優勝賞金は合計で4億3千8百万前後となります」

4億……だと……? 誰もがゴクリと生唾を飲み込む。ミッドに住む者にとっては優勝したらもう働かなくていいどころか、子どもの代まで何もせずとも食っていけるレベルの額である。

しかし、やはり金に執着していない者やミッドで暮らしていない者にとってはどうでもいい話だ。特に、イリュリア連王国の王であるカイはミッドに長居出来ないし、俗世から離れて暮らしているスレイヤーもあまり金銭に興味を示さない。あくまでもこの二人は純粋に闘争の場に関心がある。

「次に予選について説明します」

画面が切り替わり、荒涼とした大地が広がる無人世界の光景が映る。

「参加選手188名の内、本選トーナメントに出場可能な人数は32名。一つのグループを30名前後とし、AからFまでの六つのグループに分かれて残り32名になるまで、無人世界で時間無制限のバトルロイヤルを行っていただきます、六つのグループが同時に、です。これは残り人数が32名になるまで続けてもらいますので、極端な例を挙げれば、Aグループが一人も脱落していなくてもBからFまでが全員脱落していた場合、その時点で生き残っていたAグループ全員が本選に駒を進めることが出来ます。言い忘れましたが、気絶するか降参するかが敗北条件です」

あり得ないくらい雑な予選の組み方だったが、参加者が三桁に達しているのでそんなものなのだろう。とは言え、一般参加の者達にとっては五万も金を取られておいて予選通過出来なかったら悔やんでも悔やみ切れない。ぼったくりにも程があるが、どうせ訴えても「賞金に釣られて参加した癖に負けたからって文句言うんじゃねぇ!!」とか言われて終わるのだ、きっと。今更ながらに酷い大会である。賭けで取り戻せとでも言いたいのか。それで取り返せても胴元の主催者側が必ず儲かるシステムなので腹立たしいことだろう。ヤクザな商売だ。

「予選はシステムの関係上、申し訳ありませんが賭けの対象外となります。賭けは本選トーナメントからとなるので、予めご了承ください」

予選は参加選手の人数が多過ぎて集計不能だから、らしい。

「生き残った32名をAとBの2ブロックに分け、一対一のトーナメントを行い、最後に勝ち残った選手が優勝者として賞金4億3千8百を手にすることが出来ます。何か質問はありますか?」

「予選のことで質問が」

挙手するのはクロノだ。

「さっき32名になるまでって言ってたが、そのグループで自分一人だけ生き残った場合はどうなるんだ? 他のグループにすぐ飛ばされてバトルロイヤルを続けるのか?」

「いえ、そういった場合その選手はそのまま予選通過です。本選トーナメント出場可能枠32名はあくまで目安。皆様方が出場される以上、大いにあり得ることなので、もしそうなった場合はその選手にシード権を用意するつもりです。他に何か質問は?」

出場選手十一名の顔をぐるりと見回してから、質問がないのを確認するとセッテは続けた。

「では選手の方々はこれから私についてきてください。くじを引いてもらい予選グループの振り分けをしたいと思います。観客の皆様はもう少々お待ちを」

促された選手達がぞろぞろシスターの後についていく。部屋を出る直前に、残される側が「頑張ってー!」とその背中に声を掛けた。

入れ替わるようにしてディードが入ってくる。

「お待たせしました。席の準備が整いましたので、これから皆様を誘導します」










背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part2 It was Called Victim










『ついにこの日がやってきてしまいました! あの“事変”の後、管理局から魔導師が激減したことにより開催されなくなってしまった戦技披露会が、なんと優勝賞金を引っ提げて賭け試合と生まれ変わり三年振りに帰ってきたぁぁぁっ!!』

開催時刻になり、満員御礼の会場に響き渡る若い女性の声。どうでもいいがテンションが非常に高く、それに呼応するようにして歓声が地鳴りのように轟く。

『実況は私、時空管理局所属武装隊広報部セレナ・アールズ。解説&特別ゲストは、この大会を裏で糸を引いていると囁かれているこのお三方!!』

『リンディ・ハラオウン総務統括官です。私が引いているのは、糸は糸でも操り糸だから勘違いしないでくださいね☆』

『教会騎士兼、時空管理局理事官を勤めさせていただいてるカリム・グラシアです。牛耳ってるなんてそんな滅相も無い』

『……ゲンヤ・ナカジマ中将代理だ……誰か教えてくれ。どうして俺がマイク持たされて此処に座らされてるんだ?』

『今日はよろしくお願いします! で、今大会は以前の戦技披露会を復刻させたとのことですが、どうして優勝賞金が用意されて公認賭け試合になったのでしょうか?』

ゲンヤを華麗にスルーしたセレナは、前々から誰もが思っていたであろう質問を三人にぶつけてみた。

『え? だってただ単に見てるよりも賭けの方が面白いでしょ? どっちが勝つかにお金賭けるなんて燃えるじゃない』

『賞金を用意すれば選手はやる気が出ますし、話題性もあって多くの人が集まりますので、経済的な効果が望めます』

当たり前の事実のように語るリンディとカリムのリアクションを受け、セレナはゲンヤに無茶振りする。

『要は世の中金ってことですかね? 面白いコメント期待してます』

『いや、こんな振り方されて面白いもクソもねぇだろ……どう答えろってんだ』

むしろこのコメントがドッと会場を沸かす。

『はい、汚い大人が金の話をしている間に選手達のスタンバイが着々と進んでいるようです。それにしても参加人数が188名も集まるとは思っていませんでした。なんでこんなに集まったのか分かりますか?』

『金でしょう』

『金ですね』

『汚い大人の金の話から離れてねぇよ。話題変えろ、もっと他に話すことあんだろうが』

頭を抱えて嘆くゲンヤの声がまたも会場を盛り上げていく。

『という訳で、そろそろ予選が始まります。188名の選手を六つのグループに分けて、無人世界で残り32名になるまでバトルロイヤルしてもらうことになるんですけど、随分無茶な予選の組み方ですね?』

『最初の頃はちゃんとしようと思ったんですけど』

『参加人数が三桁を超えた辺りから面倒になったので、手っ取り早い方法を選びました』

『なんというテキトーさ! ハラオウン総務統括官とグラシア理事官によるぶっちゃ過ぎな発言に私は色々と心配になってきましたけど、そーんなことはこれから始まるであろう熱きバトルの前では紙クズ同然! どんな激しい展開が待っているのか期待で胸がドキドキです!!』

『……幸先不安だ……』










くじ引きの結果、手にした紙には『E』と書かれていた。

「……『E』か」

独り言を呟くソルに皆がわらわら集まってくる。

「僕は『A』」

「俺も『A』」

「「『A』!!」」

ユーノとアクセルが息の合った漫才コンビのように謎のポーズを取った。足を肩幅に開き、両手を頭上に掲げてピンと伸ばして手の平を合わせる。どうやら全身でアルファベットの『A』を表しているらしい。とりあえずアホの『A』だと思うことにした。

「私は『B』ですね」

「あ、私もです」

カイとティアナが互いに「よろしくお願いします」と言い合っているのを眺めながら、ソルは思わず口走ってしまう。

「お前ら『B』って感じだしな」

「何が言いたい」

「どういう意味ですか、先生?」

「他の連中は?」

ジト眼で睨んできた二人を捨て置き、残りの面子に訊いてみる。と、クイントがはしゃぎながら紙片を投げ寄越した。

「『C』よ! いきなりソルの喧嘩仲間とぶつかっちゃった!! よろしく、素敵なオジサマ!!」

「こちらこそ、美しいマドモアゼル。予選でありながら、これはなかなか楽しめそうだ」

可愛らしいウインクを飛ばすクイントに、スレイヤーはネクタイを締め直す。どうやらはしゃいでいるのはクイントだけではないらしい。相変わらず戦闘のことになると大人気無い爺さんである。

それからフェイトとザフィーラが『D』、シグナムとクロノが『F』と判明。皆綺麗にバラけた。が、何かこのくじに作為的なものを感じずにはいられない気分になってくるのは単なる邪推なのであろうか。効率良く人数を減らす為に講じられた運営側の思惑なのでは? と考えてしまうのも人数が三桁を超えた状態でのバトルロイヤル、という点の為仕方が無い。

まあ、運営側の思惑をさて置き、一つ懸念事項があったのでソルはアクセルに声を掛ける。

「……おいアクセル」

「何?」

「お前、『非殺傷設定』って知ってるか?」

「何それ?」

やっぱり知る訳無いか。というか、ミッドに来たばかりの法力使いが、魔導師などの魔法のルールを知っている方がおかしな話だ。しかし、これを知ってもらわないとこの大会では反則扱いされてしまうので教えるしかない。

十三年前の時は、そういう戦闘に関する『魔法』の話を意図的に避けさせていたので、知らないのは無理もない。実際、模擬戦はソル対アクセルのカードしか行われなかったし、法力使い同士だったので魔法は使わず法力のみで遠慮しなかった。

それにしても、何故ユーノは参加受付の時に教えておかなかったのだろうか? 後で問い詰めてやろう。

とりあえず分かり易く説明してやると、元ギャングの癖して殺しを何よりも嫌う優しい性格のアクセルは非殺傷設定のことをとても気に入り、是非教えてくれと頼んできたが、此処で問題が発生した。

法力と魔法の相性の悪さ、そしてアクセルが持つ資質だ。ついでに言えば時間も無い。

彼は、理論で法力を行使するソルやカイと違い、感覚で法力を操っている。もっと厳密に言えば古武術の延長――体術と組み合わせた戦闘技法、つまり純然たる戦闘用なのだ。勿論、技術として法力を行使することも可能だが、あくまでそれが可能なのは法力用の日用品や設備に対してのみ。

故に、次元世界で普及している魔法の理論を上手く理解しきれない。数学的知識が必要となるのは同じでも、毛色が違うのだ。

で、今大会は当然非殺傷が義務付けられているので、出来ない時点で出場資格剥奪だったが……

「そんなこったろうと思った。さっき便所に行く振りしてこれを持ってきといてよかったぜ」

まさに『こんなこともあろうかと』という心の声が聞こえてきそうなドヤ顔でソルはズボンのポケットから、親指の爪程度の大きさの多面ダイス、のようなものを取り出しアクセルに手渡す。

「旦那、何なのこれ? 十二面……あ、二十面か。サイコロみたいだけど目が無いし、何に使うの?」

鈍い銀色の光沢を放つダイスを手の平の中で転がし、しげしげ眺めるアクセルの問いに素っ気無く答える。

「デバイスだ。お前にやる」

「は~、これがデバイスねぇ~。この目が無い二十面ダイスが? なのはちゃん達が持ってるのとはかなり形が違うね……ってえええ!? 俺にくれんの!? 俺、全然魔法使えないよ!!」

他の皆もアクセル同様驚きを示してみせた。魔法が使えない人間にデバイスなんて渡しても宝の持ち腐れだからだ。

しかし、

「使えなくて構わん。そいつが勝手にやってくれる。俺が持つクイーンの後継機、完全自律駆動の補助専用デバイスだ。つまりそいつは、次元世界で一般的な魔導師の為に作ったもんじゃねぇ。俺達、法力使い用だ」

そういうことらしい。

<マスターが生み出した私の妹です。性能はマスターと私が保証しますよ>

ソルの首から垂れ下がった歯車型のデバイス、クイーンも自信満々に太鼓判を押す。

<初めまして>

「お、おう!?」

多面ダイスが感情の篭らない女性っぽい機械音声で挨拶し、まさかいきなり喋ると思っていなかったアクセルが仰天する。

「時間が無いから説明は省くが、そいつがお前の魔力を食って勝手に色々と都合をつけてくれる。術者の法力を任意で非殺傷に設定したりとかもな……俺が作ったデバイスの中でもピカ一の性能だ、大切に使え」

「いや、いきなり使えって言われても、ただでもらっていいの? これ、かなり高いんじゃないの? どうして俺に?」

彼でなくとも誰もが抱く疑問である。どうしてソルがこの局面になってアクセルにデバイス――しかもクイーンの後継機になると超が二つも三つも付く高性能――を与えるのか。

「お前はカイや爺と違って、またいつ会えるか分かんねぇからな」

十三年前に再会を果たした当時、ソルはクイーン制作の真っ最中だった。一人の『魔法使い』として知ったデバイスの有用性を己のものにする為、毎日毎日地下室に篭って機械弄りをしていた。

その時はデバイスのことを便利な道具、という点でしか見ていなかった。が、クイーンを制作してから何年も時間が流れて、最初はAIが搭載されていないが故に無口で必要最低限のことしか喋らなかったクイーンが、少しずつ何かが宿ったように――取り憑いたように――感情豊かになって、いつの間にか道具としてではなく『相棒』として見るようになった。

そしてふと思った。経緯は異なるが自分と同じ不老となり、様々な時間の流れを旅しているアクセルは、かつての自分以上に孤独なのではないか、と。

同じ不老でもスレイヤーには不老不死の伴侶が居る。復讐鬼であった昔のソルでも、同じ時代の同じ世界で追いかけるべき相手が、敵が存在した。

しかし彼は、行く先々のほとんどの時代で自分のことを知る者を持たない。その孤独は、これまで何百年以上も生きてきたソルやスレイヤーが経験した孤独とは全く別種のものだろう。

しかも二人と違って純粋な人間で、元の時代に帰るという以外の目的も存在しない。タイムスリップ体質の所為で、時間の流れから外れたことにより肉体の時間が止まっている。けれど精神の時間は決して止まらない。スレイヤーのように生まれながらのものでもなければ、昔のソルのように身を焦がすような執念――負の感情を抱いている訳でも無い。

陽気な笑顔の下で彼がいつもどんな感情を抱いているのか、ソルは知らない。想像も出来ない。ただ、自分と似て非なるものだと感じるだけ。

だからだろう。Dust Strikersを抜けて、戦うことを一時的に止めて、時間的にも精神的にも余裕が出てきた時にこのデバイスを作ったのは。

売り物としてではなく、自分の数少ない旧友の為に。もし再び巡り会うことが出来たその暁には、彼の長い旅路に幸多からんことを願って渡そう、と。

外見がどう見ても目が無い多面ダイスだというのは、彼の今までとこれからを暗示しているようで我ながら皮肉なデザインになってしまったが。

「餞別みてぇなもんだ。素直に受け取っておけ」

「餞別って、俺まだ飛ばないよ?」

「んなこたぁ分かってる。言葉の綾だ、この間抜け」

「ま、いっか。とりあえずくれるってんならありがたくもらっておくよ、サンキュー旦那」

「フン」

ニシシシッ、と子どものような笑みを見せ礼を述べるアクセルに、ソルは憮然として背を向け腕を組む。その態度が照れ隠しの表れだというのは皆分かっているので、苦笑を禁じ得ない。

<マスター登録と初期設定を実行します。マスターの名前と私の個体名を教えてください>

無機質な女性の機械音声に促されるまま、アクセルは応じる。

「俺様の名前はアクセル=ロウ。マスターなんて呼び方堅苦しいからアクセルでいいぜ? それと、敬語もなしな。んで、お前さんの名前だが……うーん」

顎に手を当て暫し考え込み、

「よし、決めた。『メグ』、お前の名前は『メグ』だ。これからよろしく頼むぜ、相棒」

元の時代で帰りを待つ恋人『めぐみ』の名前から拝借した。

<マスターは『アクセル=ロウ』。私の個体名は『メグ』……登録完了。これからよろしく、アクセル>

メグ、と名付けられた多面ダイスの形をしたデバイスは、表面から鎖を顕現させるとアクセルの左手首に二周、三周と絡みつき、即席のブレスレットとなる。

「……こりゃクールだ、ハハッ!!」

左腕を掲げ、その手首に絡みついた己のデバイスを眺めつつ高笑い。どうやら気に入ったらしい。

『転移の準備が整いました。選手はそれぞれ引いたくじに従い、所定の位置まで移動してください』

拡声器を手にしたシャッハの声が場内に響く。それを聞いたフェイト、シグナム、ティアナ、クイント、クロノは各々のデバイスを懐から取り出し展開すると、ユーノとザフィーラと共にそれぞれの魔力光を伴ってバリアジャケットを纏い、臨戦態勢を整える。

「クイーン」

<了解>

ソルも皆に倣うようにクイーンに命じ、真紅の瞳をまるで獲物に狙いを定めた猛禽のように鋭く細め、ニヒルに口元を歪めた。胸元のクイーンが輝き、全身が炎で包まれ瞬く間にバリアジャケットが展開される。しかしいつもの聖騎士団の制服に模したものでもなければ、黒のタンクトップにノースリーブジャケットのものでもない。

印象としてはゆったりした外套でありながら袖が肘までしかなく、全体的に赤い。銘柄なのか鎖骨の中央から臍まで縦に『RIOT』と刺繍されていた。

肘どころか上腕二頭筋の中程まで覆う黒の指貫グローブ。

ズボンは白と赤のコントラストがまず目に付く袴のようなデザイン。故意にそういう作りをしているのか丈は少し短く、赤いブーツより上部分の脛が垣間見える。

この格好は、かつてソルがシンを連れて旅をしていた時によく着用していたものと全く同じ外見であり、見覚えがあるカイは当時を懐かしむ。

隣ではティアナがソルの姿を上から下まで眺めてから、無遠慮に言った。

「先生、またバリアジャケットのデザイン変えたんですか? Dust Strikersの頃からコロコロ変わってるような気がするんですけど」

「何だ? 似合わねぇか?」

「似合うかどうか訊かれればそりゃ似合ってますけど、普通こういうのって皆あんまり変えないから。私が知る限り先生だけですよ、服みたいにその日の気分で変えるのって」

「俺にとっては、むしろ何故他の連中がバリアジャケットのデザインを変えないのか理解に苦しむな。身を守る防護服としての役目をしっかり果たせるのなら、服みたいに気分で変えたっていいだろうが」

魔力で構成されるバリアジャケットは実際の服のように金が掛かるものではないし、着替え(再構成)も一瞬なのでそれを活かさないのは勿体無い、と言いたいのだ。

「いや、戦装束をその日の気分で変える人なんてあんまり居ませんから」

平行線な会話を交わす二人。あくまで我が道を貫くソルと、何処か釈然としない面持ちのティアナ。破天荒な師匠と常識人な弟子という図式だ。

余談ではあるが、彼のバリアジャケットはいくつも存在する。その中でよく使用されるのが聖騎士団の制服、賞金稼ぎ時代の上半身の筋肉を大きく露出させる服装の二つで、それ以外にもちょくちょく違うものを使っている時が多々あった。

ちなみに、ソルが戦う姿は聖騎士団姿じゃないとヤダ派(フェイト、エリオ)と、賞金稼ぎ時代の方が良いに決まっている派(シグナム、シャマル)と、似合うんだったら何でもいいじゃん派(なのは、はやて、アイン)という三つの派閥を生み出し日夜争っているとかなんとか。当人にとっては、たけのこの里派ときのこの山派の人間が不毛な争いをしているくらいに心底どうでもいい話。

ついでに言えば、聖騎士団時代のソルはスレイヤーから「珍妙な格好」と笑われ、アクセルからは「何ソレ? めかしこんじゃって。似合わないっつーか、着せられてるっつーか」と散々こき下ろされた経験があるので、この二人の前では絶対に聖騎士団の格好だけはしないと決めている。

更に加えて、連王になるまでのカイは聖騎士団の制服を「初心を忘れない為」という理由で愛用していたので、団の宝剣を盗んで脱走したソルが騎士団の格好をしていると理不尽にキレたりする。だから、カイの前でも聖騎士団の格好は出来ない。

おまけとして、賞金稼ぎ時代の格好をすればシグナムが異常にテンションを上げてフルドライブ状態で暴れ始める――かなり本気で襲い掛かってくるので、今の姿は消去法によって選択されたものだったりした。そういう時に限って負けたことがないのでもし負けたらどうなるかなど知る由も無いが、絶対に碌なことにならない(R指定)と確信している。

「では皆さん、トーナメント本選でお会いしましょう」

全員の準備が整ったのを見計らい、女性が見れば誰もが見惚れてしまう微笑をたたえ、腰から大剣を抜くカイ。

「んじゃ、派手にいきますか!」

何処からともなく鉄で出来た一本の棍を取り出し、アクセルはそれを瞬時に展開。鎖鎌へと形を変え、手の中でチャラチャラ金属音を立てながら弄ぶ。

「さて、参ろうか?」

これから戦いに赴くというのに、相変わらず咥えたパイプを仕舞おうとしないスレイヤーが楽しそうに紫煙を燻らせる。

それぞれがくじ引きによって振り分けられた場所に足を運び、魔法陣の上に待機すると、転移を開始した。










「ヴィヴィオのパパって知れば知る程凄い人だよね。管理局とか聖王教会の偉い人と顔見知りだと思えば、異世界の国の王様とも知り合いなんだもん」

「本当にヴィヴィオって『王様』と縁があるね。やっぱりそういう星の下に生まれたからかな?」

ディードに案内された特等席に座って間もなく、右からリオ、左からコロナの声にヴィヴィオはブンブン首を横に振って、そんなことないと訴える。

「カイさんは確かに王様だけど、王族とかそういうのじゃなくて、民衆から選挙によって選ばれた大統領みたいな人だから古代ベルカの王とは全然関係無い人だよ。初めて就任してから今までずっと政権交代出来ないくらい民から慕われてるのは、本当に凄いんだけど」

ほえ~、それはそれで凄いよ~、と感心している友人二人の反応がヴィヴィオにとってはこそばゆい。身内や知り合いが褒められて悪い気はしないが、なんだか少し恥ずかしいのだ。

そんなやり取りの横で、チンクがくじ引きで振り分けられた各グループの選手の名前を高速で流し読みしていく。

やはり気になるのはカイ、アクセル、スレイヤーの三名だ。

(……あの三人、少なくとも模擬戦でソル殿に勝てる程の実力者という話だから、どんなに低く見てもオーバーSランク。その内二人がエリオとユーノの戦い方の基になっているというのだから、十分人間の範疇を超えている)

これは賭けの予想が難しい、と思案に暮れるチンクの傍でウェンディが早く始まらないのかと喚く。

「あんなに格好良いのにパパリンと同年代とかあり得ないっス! しかもソルの旦那と一緒に戦場を駆け抜けたとかマジパネェっス!! 予選で同じ組のティアナが羨ましいな~。アタシもやっぱ出れば良かったっスかねぇ~」

「う~ん、流石にあの人外魔境を相手にするのは無理があると思うけど? ソルさんとガチンコ勝負出来るってことは、あの人達も人外魔境な訳だし」

ディエチの冷静な発言にノーヴェが呻く。

「その人外魔境に混じってるアタシらのお母さんって、一体……」

「それを言っちゃダメだよ、ノーヴェ」

「遺伝子受け継いでる筈なのに、未だに数人掛かりで戦って勝てない自分達が情けなくなるから」

クイントのクローン体である三人の表情が一気に暗くなる。なんかもう、追いつくどころか突き放される一方で、母が本当に人間なのか疑うことより自分達が本当に母のクローンなのか疑わしくなってきている。

戦闘機人達の前の席ではティーダがそわそわしながら「ティアナ、大丈夫かな……緊張してないかな」とぶつぶつうるさい。そんな彼の傍に座るゼストとメガーヌが「そんなに心配する必要は無い」と声を掛けていた。

彼らと比べてなのは達は完全に高みの見物に入る準備が万全で、持参した飲み物や酒の肴を口に含んで宴会気分だ。

シャマルが「いよいよね」とクーラーボックスから酒をどんどん取り出し皆に回す。「予選ってどんくらいで終わるかなー?」と紙コップにワインを注ぎながら言うはやての声に「賭ける?」となのはがチューハイの缶を開けながら身を乗り出し、「乗った。私は二十分以内に終わる、に二万!」とアインがワンカップから口を離しVサインし、「じゃあアタシ十五分以内に三万」とアルフがジャーキーを食い千切りながら応じ、「ならアタシはアルフと同じやつに五万!!」とヴィータが空になったビールの缶を握り潰し、「ええ? もう賭けんの? 本選まで待てないのかこの人達!?」とアギトが戸惑っている。

そんな酔っ払い共から少し離れた場所で、ツヴァイとキャロとルーテシアがさっき売店で買ったジュースを啜りながら静かに開幕を待っている。

「……クロノくん、普段子ども達に良いトコ見せてないんだから絶対に本選までは生き残りなさいよ……予選落ちなんかしたらただじゃおかないんだから……」

「ママ、目が怖い」

「怖い~」

気炎を吐き出すエイミィの両隣に座るカレルとリエラは、大好きなパパが後でママにお仕置きされないように願うばかり。

それぞれの思惑が複雑に交錯していく中、実況を勤めるセレナの声が会場全体に響き渡り、開始の合図を告げた。

『皆さん大変お待たせしました! 準備が完了しましたので、これより第一回魔法戦技大会を開始します!!』

会場全体が熱気に包まれるその中央にて、巨大なディスプレイが六つの出現。それぞれがA~Eまでのグループを映し出すことになるのだろう。

『お客さんのみならず、我々スタッフもこれ以上待っていられないので長ったらしい能書き垂れずにとっとと始めます。まずは予選!! 六つのグループで本選トーナメント進出を懸けたサバイバル!! 188名が32名になるまで時間無制限のバトルロイヤル――』

ディスプレイにカウントが表示される。5から4、3と少なくなり、

『試合、開始!!』

0カウント。ビーーーーーーーッ、という耳を劈く開始の合図が鳴った。

優勝賞金4億3千8百万以上、管理局公認の賭け試合という前代未聞の公式大会がついに幕を開ける。










開始の合図直後、

「執務官、覚悟ぉぉぉっ!!」

一番近くに居た男性――15メートル以上離れていた――が杖型のデバイスを構え、ティアナに向けて魔力弾を放つ。

自分が管理局内で割りと名が知れていると自覚があったティアナとしては、こういうサバイバルゲームに放り込まれた時に真っ先に狙われるのではないかと予想していただけあって、特に驚きもせず声がした方向を一瞥し、クロスミラージュの銃口を向け引き金を引く。

相手の魔力弾が頬を掠めたが眉一つ動かさない。そしてオレンジの魔弾が男性のバリアジャケットを容易く貫き、左胸を射抜く。これがこの予選において最初の撃墜であると気付かぬまま、彼女は周囲に視線を走らせる。

「ちっ、囲まれてるわね。これが有名税ってやつかしら?」

忌々しそうに舌打ちし、一斉に攻撃される前に踏み込む。狙いを定めたのは次に近い位置に居た男性。西洋風の剣を携えているのを見るにベルカ式だ。まあ、ミッド式より接近戦が得意かもしれないが、あまり気にはならない。クロスミラージュをツーハンドモードにし、右手に持つ方だけをダガーモードに瞬時に切り替え、低い姿勢で疾走。

走りながら腹目掛けて左で撃つが、剣で防がれる。キンッ、と甲高い音が聞こえてティアナの放った魔力弾は剣の刃によって霧散させられていたが、そんなものは最早どうでもいい。あくまで魔弾を剣で防がせるのが目的の牽制だ。相手がこちらの攻撃を防いだ時点でこちらの思惑は成功した。

一気に間合いを詰めて、接近戦を挑む――

「なんてね」

ように見せ掛けて、幻術――オプティックハイドとフェイク・シルエットの併用――を駆使し幻影を突っ込ませ、不可視となった本体は身構えていた騎士の背後に回りこみ、

「バンディット、リヴォルバー!!」

幻術を解除し相手の後頭部に、渾身の左飛び膝蹴りと右回転踵落としを叩き込んでやった。

そのままうつ伏せに倒れた騎士の後頭部にもう一度素早く踏み潰す勢いで踵を落とし、左肩甲骨辺りに五発、魔力弾を撃ち込み完全に戦闘不能に陥らせる。

(次は?)

クロスミラージュをワンハンドモードに戻し、空にした右手で騎士の後頭部を掴み上げると、八時の方向から飛んできた砲撃の盾にした。盾にしながら砲撃手の額に狙いを定め、撃つ。

寸分違わずオレンジの魔力は一条の光となって砲撃手の額に命中。仰け反ったところへダメ押しにもう一発。二発目で吹っ飛んだのを確認もせず盾を捨て、再びオプティック・ハイドを発動して姿を消すとその場を離れた。

ティアナを狙っていた者達は、彼女のあまりにも迅速な対応と戦術、そして雲隠れに泡を食っている。

そんな連中の数を数えながら小さく溜息を吐いた。

(……九、十、十一、って何なのこの数? アタシってそんなに徒党組まなきゃ倒せないって思われてんの? 先生じゃないんだから勘弁してよ)

弱い者が群れを成して強い者を打ち倒す、というのはサバイバルゲームでよくあることだが、いくらなんでもこれは露骨過ぎる。

(女一人相手に寄ってたかって、自分が情けなくないのかしらこいつら……一人ひとり相手にするのも面倒臭いわね。フルバーストで纏めて消し飛ばしてやろうかな)

ソルの弟子としてみっちり修行を積んだ彼女は、執務官を目指していたこともあって多対一という戦いに慣れていた。というか、慣れないと死ぬような修行を師匠から強要された。犯罪組織のアジトに単身で放り込まれたことなど数え切れない。なので、こういう状況は特に苦とは思わない。

が、手間が掛からないと言えば嘘になる。勝手に潰し合いが始まってある程度数が減るまで何処かで隠れてようかな、と思考がサボることを考え出した時、背後で蒼光が迸る。

何かと思って振り返れば、そこには巨大な落雷が降り注ぐ天変地異が起きていた。

そして落雷が降り注ぐ中央で、青いマントを翻し華麗に剣を振るう一人の騎士が存在している。

数年前に行方不明になった少年にとてもよく似た剣の冴えと技。否、少年が眼の前の騎士に似ているのだと思い直す。

いや、それは記憶の中のものよりも鮮烈で、美しい。まるで舞い踊るようにして敵を切り伏せる様は、まさに剣舞。剣の師、というのは事実なのだろう。

閃光のような鋭い斬撃、正確無比にして強烈な雷撃。その動きが、一挙手一投足が、いつも笑顔を絶やさない元気な少年のことを否が応でも記憶から想起させる。

(エリオ、アンタ今何処で何してんのよ?)

寂しいという感情を抱いているのは、ツヴァイやキャロを始めとした彼の家族だけではない。年下の癖に生意気で口の減らないガキだったが、ティアナにとっては共に訓練をした仲間でもある。

失踪した、と聞いた時は誰もが驚き、手を尽くして捜索し、それらしい情報を必死に集めた。当然自分も……だがダメだった。

今回の大会で『もしかしたら』と思ったのはソルやユーノ達だけではない。ティアナもだ。そして、もし出場していたら一発ぶん殴ってやろうかと思っていたけれど、結局それは叶わず終い。

代わって現れたのは、エリオに聖騎士団闘法を授けた一人の男性、カイ=キスク。

何度もエリオやツヴァイ、キャロから話を聞いていたのでどんな人か知っていた。実際に会ってみれば、ソルの友人とは思えない程実直で誠実な男性で、想像以上に出来た人格者に困惑してしまって。

でも、カイの戦い方を見ていると、どうしても胸の奥がズキズキ疼く。自分がこの三年間、ずっと会いたい気持ちを募らせていた雷使いはこの人じゃない、と。



――だから、そう。これはカイさんにとっては迷惑以外の何物でもない、単なる私の八つ当たりだ。



「カートリッジ、ロード」

ガシュッ、ガシュッ、と二回連続で空薬莢がクロスミラージュから吐き出される。

「……バレットレイン」

天に向かって真っ直ぐ腕を伸ばし、引き金を引く。撃ち出された一発の魔弾は上空へ高く舞い上がると、内部から爆裂するかのように弾け、その名の通り“雨”となってこの場に居る者達――現在生き残っているBグループ全員――に降り注いだ。

数えるのも億劫になるくらい膨大な量の魔力弾が空から襲い掛かってくる光景に、Bグループの面々はほとんどの者が驚愕し、すぐさまバリアやシールドを張り防御する。

しかし、弾丸がバリアに着弾した瞬間、その全てが等しく大きな音と眼を灼く強い光を発生させる魔力爆発を生み出し、防御した者を悉く気絶させた。

今彼女が使った魔力弾の種類は、強い閃光と大きな音で対象を無傷で無力化する為の暴徒鎮圧用グレネード弾。攻撃力は皆無だが、乱戦時には非常に使い勝手の良い武器だ。実力のある無しを問わず、一定の効果を上げてくれるので気に入っている。『なんでもあり』な今大会のルール上、問題もない。

塞いでいた耳を開放し瞑っていた瞼を見開けば、戦場で自分以外に立っているのはカイただ一人となっていた。

「く、油断した……」

地面に突き刺した大剣で身体を支え、左手で額を覆い頭を振ってなんとか回復を図ろうとしている。

ソルの知己というだけあってタフだ。普通だったらそこら辺で気を失っている連中と同じ末路を辿ってもおかしくないのに。だが、今なら眼と耳は死んでいる筈。仕留める絶好のチャンス。回復される前に早々にケリを着ける為、ティアナはオプティック・ハイドを維持した不可視の状態で気配を殺し、悟られないように背後に忍び寄った。

心の中で謝罪しながらその無防備な背中にダガーモードのクロスミラージュを振り下ろす。



その刹那、背後に振り向くようにしてカイが大剣を薙ぎ払う。



「!?」

ギンッ、という鈍い金属音と同時にクロスミラージュが弾かれ、態勢を崩してしまい、たたらを踏む。数歩退いてから今起きた出来事を理解しようと脳を必死に回転させた。

ティアナとしては驚きで瞠目するしかない。気配の消し方は完璧だった。魔力も隠蔽して位置を捉まれないように配慮した。足音だってそうだ。オプティック・ハイドも継続しているので自身は透明人間のまま。おまけに相手は先のグレネード弾で視力と聴力を奪った筈。奇襲は完璧だった……なのに必殺の一撃を防がれた?

まさか勘か? ただのマグレか? それとも法力を使ったのか? 相手は魔導師ではなく法力使いだ。森羅万象を司り事象を顕現する“彼ら”なら、熱源探知や大気の乱れを読んだり、レーダーのように動体感知をしたり出来る。

様々な憶測が脳内を飛び交うが、どちらにせよもう一撃ぶち込んでやれば答えが分かる。

今度はダガーモードではなくガンモードで。五メートルも離れていない至近距離、これなら絶対に外さない。

しかし、ティアナが引き金を絞る前には既にカイが先に動いていた。

きつく瞼を閉じているので視力は回復していない。だというのに、彼は真っ直ぐティアナに向かって踏み込み、剣を振るう。

(嘘でしょ!? 先生みたいな真似してんじゃないわよ!!)

見えてはいないが、確実に視られている!

胸の中で文句を言いつつ、下段からの逆袈裟斬りを咄嗟に横に転がって交わす。慌てた所為かオプティック・ハイドが解けてしまったが、この際どうでもいい。

カイは追撃せず、立ち止まり何か小さな声で呪文のようなものを唱えると、閉じていた瞼をカッと見開く。どうやら回復されてしまった。

「ティアナさん? 私は今、ティアナさんと戦っていたのですか?」

漸く、今誰が自分を狙っていたのか理解したようで、彼は疑問を口にしながら剣を構え直し、姿を現したティアナに刃物の如く鋭い眼差しを向ける。

「眼と耳が使えないのによく凌げましたね? アタシ、結構本気で取りに行ったんですけど……戦士の第六感ってやつのおかげですか?」

「まあ、そんなものです。こういうものは年季が入ってくると、考えるよりも先に身体が動いてしまうんですよ」

野生の獣よりも鋭敏な感覚は、ティアナからしてみれば既に超能力の域にある。小細工を弄したところで、こちらの予想だにしない対応によって窮地を切り抜ける。本物の強者だけが持つ真の“力”だ。

一見すれば優男の青年だが(妻子持ちの五十代にはとても見えない)、カイはあのソルと共に聖戦を駆け抜け、かつ法力使いの精鋭を集めた対ギア組織『聖騎士団』の団長を務めた天才剣士……という話は以前エリオ達から聞いていた。

そういえばあの時、カイはどのくらい強いかまで誰か言っていなかったか?

眼前のカイに隙を晒さないように気を張りながらクロスミラージュを構え、必死に記憶を探る。



――『カイさんってソルさんの戦友? だったんでしょ? どのくらい強いの?』

確か、ギンガの問いにキャロがこう答えた筈。

――『カイさんはシグナムさんよりほんの少し強いくらい、かな?』



蘇った記憶はとんでもない事実を掘り起こしてくれた。しかも相手は接近戦を土俵とする生粋の剣士。相性が悪いにも程があった。

マズイ。間合いは十メートルも離れていない。この程度、先程見たカイの踏み込みなら一足、二足で詰められてしまう。とにかく距離を稼がなければ。

カイの足元を狙って、牽制の意味をこめて一発だけ発砲。後方へ跳躍し退がりつつ更に二発、三発と彼の動きを阻害するように続けざまに撃ち続け弾幕を張る。

が、そうは問屋が卸さない。あろうことかカイは、剣で魔弾を打ち払いながら走り込んできたのだ。半ば予想していたことだったのでもう驚きはしないが、それでも自身の眉を顰めてしまうのは抑えられない。

「この……クソが!!」

このままでは間合いを詰められ斬り捨てられる、そう悟ったティアナは覚悟を決め一旦止まると、二丁の拳銃を双剣に変え、師匠譲りの口汚さを全開にカイを迎え撃つ。

「斬っ!」

袈裟斬りを交差したクロスミラージュで防ぎ、なんとか受け流す。が、カイは流れるような動きで連撃を次から次へと繰り出してくる。鋭くて、疾い。力押しで豪快なソルやシグナムに比べると、その技はやはり何処か繊細で、なるほど、エリオの師匠らしいと思わせる。ティアナにとって不幸中の幸いは、受けた腕がへし折れそうな程のパワーが剣に込められていないことだが、二合、三合と打ち合う内に、後数合もせずに斬られると分かってしまうので何の慰めにもならない。力量に差があり過ぎる。

下から掬い上げるような斬り上げを防いだと思ったら、両腕を跳ね上げられてしまっていた。そして次に、無防備な胴体を両断するかのような払い斬りが迫る。

(だあああ! 無理!!)

防げないと理解し、バリアを展開。歯を食い縛って衝撃に備える。

ティアナ特有のオレンジの魔力光が刃と衝突し、斬撃は辛うじて耐えるものの衝撃は殺し切れない。バリアジャケットを貫通した破壊力に思わず吐きそうになるのを必死に堪えながら腕を動かし、手を伸ばせば届く距離に居るカイに向かってクロスミラージュの二つの銃口を向け、引き金を引く。

「うわ!?」

絶対にこれは決まった、そう思ったティアナの超至近距離からの銃撃を、彼は一瞬早く悲鳴を上げながら咄嗟に身を投げ出すように転がって避けた。

間合いがまた離れる。その僅かな間に付け込んで更に引き金を引きまくるが、腹立たしいことにカイは自ら後方へ退がり難を逃れる。

これだけ撃ってるのに一発も有効打にならないどころか、掠りもしない。どれだけ危機回避能力が卓越しているのだろうか、この男性は?

「……ちっ。ホント、此処ぞって時に上手く凌ぎますね……あー、気持ち悪い、吐きそう」

流石のカイも、ティアナの肉を切らせて骨を断つ戦法に驚きを隠せず、咎めるような口調で言葉を紡ぐ。

「今のを狙っていたんですか? なんて無茶な戦い方を……」

そんな彼の言葉もティアナにとっては何処吹く風だ。

「無茶だろうが何だろうが、要は勝てばいいんですよ、勝てば。負ければ死ぬ、アタシは常日頃からそういう職場に居るんでこのくらい当然です。それに、聖戦はもっと酷かったって聞きましたけど?」

最後の部分を聞き、カイは顔を苦渋に染め、ややあってから真面目な表情で言葉を選ぶようにして質問する。

「……自己紹介の時、ティアナさんはソルの弟子と自称していましたが、ソルの過去についてはどの程度ご存知ですか?」

「まあ、私だけじゃなく皆も一通りは聞かせてもらってます。ついでに言えば、カイさんのご家族のことも知っていますよ。エリオがよく話してくれました」

喋りながら発砲するが、

「そうですか、エリオくんが……ソルの秘密を共有することになった仲間とは、ティアナさん達のことだったんですね」

銃声とほぼ同じタイミングでキン、キン、と音が生まれ剣で魔弾を斬り払われる。

会話中の不意を打ってるつもりなのに、普通に防がれてしまう。何なんだこの人? 本当に同じ人間なのだろうか?

「あの、エリオくんに関しては本当に申し訳ありません。全てウチのシンの責任です」

心の底から申し訳無さそうな表情で謝罪しながら、彼は剣を振るい、蒼い雷の刃を飛ばしてくる。

「その話はもう結構です!」

間隙を縫う反撃をギリギリ避けて、カートリッジを二発ロードしてクロスファイアを展開。自身の周囲に生成した数十個という膨大な数のスフィアから魔弾を一斉掃射。剣で弾き返せない程の物量で押し潰す。

「そう言う割にはティアナさんがさっきから怒っているように感じるのは、私の気のせいですか!?」

大量の魔力弾を前に、カイは先程のものよりも一際大きい蒼雷の刃を放ち、対抗する。オレンジの弾幕が巨大な雷撃と正面からぶつかり、互いを削り合って消滅した。

「気のせいですから気にしないでください!! クロスファイア・フルバースト!!!」

カイは自身が感じたことをそのまま口にしただけだが、思わぬ形で図星を突かれたティアナは顔を羞恥で染める。いくつものスフィアを一つに集束させ、砲撃魔法として撃ち出す。

「でしたら大変失礼致しました。セイクリッドエッジ!!」

魔力の奔流に応じるようにカイは左手で大きく円を描くような動きをしてから横に振り払い、眼の前の空間に超巨大な雷を発生させ、ティアナの砲撃に衝突させた。

眩い光が発生し、オレンジ色の魔力と蒼い雷の鬩ぎ合いは数秒も経たずしてエネルギーを周囲に爆散させる、という結果に終わり二人の間に大きなクレーターを作る。

(うわ、簡単に防がれた。マジで強いわこの人、おまけに手加減されてる感じがするし。本気出される前に即行で決めるしかないかな。予選なんかでフルドライブとか使いたくなかったんだけど、出し惜しみしてる場合じゃなさそうね)

やたら勘が良いので幻術も効き辛いし、グレネードも一回限りで二度目は通用しないだろう。いざとなったら、ソルとなのはの二人から盗んだ切り札その一とその二を使うことになるかもしれない。

(この若さでこの練度……彼女はソルの下で一体どれ程苛烈な修練を積んだというんだ? 聖戦当時の騎士団員と比べても何の遜色も無い)

女性だからといって手心を加えているとこちらが足元を掬われる、と戦慄するカイ。戦う相手に対して情けも容赦も躊躇も無い気質は、間違いなくソルから受け継いだもの。何より覚悟と思い切りがとても良い。時代が時代なら、彼女は非常に優秀な戦士になると考える。

互いに唇を引き結んで睨み合いながら頭を高速で回転させ、それ程悩まず答えを導き出す。

「行きます……!!」

先に行動に移したのカイだった。柔和だった雰囲気がらりと変質し、明らかに纏う空気が違う。同一人物とは思えないくらいにプレッシャーが増す。存在感が急激に膨れ上がり、刀身と全身に蒼い稲妻を帯電させ、ゆっくり剣を構え直し、美しい青緑の瞳を細める。ただそれだけでティアナは刃物の切っ先を喉元に突きつけられている圧力と息苦しさを覚える。

「クロスミラージュ、リミッター解除。フルドライブ」

本気を出される前にこちらの最大戦力で片を着けたかったが、その目論見は砂上の楼閣のように崩れ去ったことを忌々しく思いつつ、ティアナは相棒と自身に施していた戒めを解き、全力で戦うことを決意した。

「「はあああああああああ!!!」」

そして二人は示し合わせたかのように雄叫びを上げ、相手に向かって同時に駆け出す。










状況。



Aグループ

残存数 16/32

アクセルとユーノが他の選手を巻き添えにしながら激闘中。互角。

撃墜数 

アクセル 4

ユーノ 5



Bグループ

残存数 2/32

ティアナとカイが激闘中。若干ティアナ押され気味。

撃墜数 

ティアナ 18

カイ 6



Cグループ

残存数 14/31

クイントとスレイヤーが他の選手になど眼もくれず激闘中。互角。

撃墜数 

クイント 0

スレイヤー 0



Dグループ

残存数 13/31

フェイトとザフィーラが他の選手を巻き添えにしながら激闘中。互角。

撃墜数 

フェイト 5

ザフィーラ 7



Eグループ

残存数 1/31

ソルがグループ内の選手を全て撃墜。予選通過。シード権入手。

撃墜数 

ソル 30



Fグループ

残存数 10/31

シグナムとクロノが他の選手を巻き添えにしながら激闘中。クロノが押され気味。

撃墜数 

シグナム 6

クロノ 8




十分経過時点での総残存数 56/188 その内の予選通過可能枠は31~35

























後書き


ティアナVSカイ以外のカードは、また次回に書きたいです……正直今回は久しぶりの戦闘描写に力尽きました。

つーか次回でこのお話を終わらせたいが、そうすると書く量が凄い増えるので時間が掛かってしまう。

でもこれ、まだ予選なんですよね。次回で予選の戦闘(Bグループを除く)を前半に書いて、残りは全て本選の戦闘描写。あとはちょろっと大会後の打ち上げしてるシーンとかも書きたいから……ウボァー。

感想版で『この大会によって法力が世間にバレる』的なコメントがありましたが、大丈夫です。魔力変換資質もしくはレアスキルで十分誤魔化せる下地が、ミッドチルダ及び次元世界には整っているのでバレっこありません。そもそも次元世界の人々は自分達が知る『魔法』以外の“魔法”があるとは露程思っておりませんので。

知られたとしても、ViViDに登場する正統派魔女のファビア・クロゼルグなんて方もいらっしゃるのでそこまで気にすることでもないし。


クイーンのボイスは好きな女性キャラ(長門みたいな感情希薄系)を当てはめて脳内再生してください。ちなみに私はアーマードコアみたいなロボットアクションやってるとよく聞くAIの声をイメージしてます。

あんまりACやったことないですがねww


どうでもいい話ですが、最近トムとジェリーにはまってます。古き良きアニメってあのような作品のことを言うんでしょうね。燃えや萌えなど一切存在しない、ネズミとネコの喧嘩なんだかじゃれ合ってるんだか分からないアニメにとても癒されます。


ではまた次回!!





[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part3 Onslaught
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2012/10/11 23:32
背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part3 Onslaught










飛来する鎖鎌に対してバリアを張り、弾く。伸ばした手の先で展開した緑色の防御壁に進路を妨げられた鎖鎌は、弧を描くようにして持ち主の手に収まる。鎖鎌を構えてから投擲、引き戻しまでの一連の流れがまるで大道芸か曲芸だ。十三年前に見た時と変わらない、見事な腕前。

こちらも負けてはいられない。チェーンバインドを顕現し、先端がトゲの付いた鉄球――モーニングスターになっているそれをアクセルに向かって下段からアンダースローっぽく投擲する。

が、彼は手にしている得物の、刃と鎖部分を収納し瞬く間に鎖鎌から棍に変形させると、野球選手のバッターのように振りかぶり鉄球を打ち返してきた。

なかなか綺麗なスウィングと共にゴキンという重い金属音を奏でられ、打ち返された鉄球が鎖の尾を引いて真っ直ぐ返ってくるので、とりあえずキャッチ。

「……手、痛くないの? それトゲ付いてんじゃん」

「僕が掴む時だけはトゲが仕舞われるんです。自分の攻撃で怪我するつもりはないですから」

「魔法って便利だなぁ~」

眉を寄せて訊いてくるアクセルの問いにユーノが何気なく答えると、彼は感心したのか、予選が始まる前にソルからもらった『法力使い用のデバイス』であるメグに視線を移す。

何処からどう見ても“目”が無い二十面ダイスにしか見えない、小さなデバイス。表面から鎖を顕現させアクセルの左の手首に絡まったそれを一瞥してからユーノに眼を戻し、再び問う。

「旦那のことだから色んな機能が付いてんだろうけど、非殺傷以外に何が出来るんだろね?」

「さあ? ただ補助専門としてアクセルさん用に作られたものだから、たぶん攻撃以外のことなら大抵出来ちゃうんじゃないんですか? ソルのクイーンも補助専門で攻撃以外のことならほとんど使えるから、クイーンの姉妹機なら似たような感じだと思いますね」

言い終えてからユーノはアクセルに向かって真っ直ぐ駆け出した。

中、遠距離では互いの武器の特性が同じ所為で、始まってからずっと膠着状態が続いている。投げて、防いで、投げ返しての繰り返しだ。まあ、相手も自分も小手調べの段階なので仕方が無いことかもしれないが、そろそろ飽きてきたのである。

「お、そう来る? じゃ、俺様もちょっち本気出そっかな」

突っ込んでくるユーノに対してアクセルは余裕を滲ませた迎撃の姿勢。ユーノの動きを阻害するように鎖鎌を投げてくる。

「こんの……!!」

右腕を肘まで覆うようにチェーンバインドでぐるぐる巻きにして即席の手甲にすると、鎖鎌に裏拳を叩き込んで弾き飛ばす。

その瞬間、腕が痺れる程の衝撃が貫く。まるで直接ハンマーで殴られたような。さっきまでとは段違いの威力に歯噛みしつつも足の速度を緩めないまま強引に距離を詰める。

が、弾き飛ばした筈の鎖鎌が背後から首筋を狙っているのを感じ咄嗟に身を真横に投げ出した。そして一瞬遅れて予想していた軌道を鎌が通り過ぎていく。

危なかった、避けてなかったら今のでやられてた、と安堵している暇など無い。鎖鎌を引き戻したアクセルが第二弾、第三弾と投擲してくるので、体勢を立て直して必死に交わす。

(鎖の引き戻しってこんなに厄介な攻撃だったんだ……普段自分がやってることを逆にやられるなんて思ってなかったから知らなかったけど、実際凄くえげつないなこれ!!)

前から来たのを避けたら背後からまたやって来て、それを避けたと思えば既に次の投擲が。アクセルがやってることは単純だが、それだけに接近戦を挑む者にとってこれ以上無い牽制になって嫌らしい。

容易く懐に入れそうに見えて、難しい。あのソルですら接近戦に持ち込むまで手を焼いていた鎖鎌の動きは、ユーノが自身の戦闘スタイルの基としたもの。攻撃をギリギリで避け続けながらも、ユーノはこの人の戦い方を真似て良かったと、過去の自身の選択が正しかったことを認識する。

とは言え、いつまでもこのままでは埒が開かない。

前方から飛んでくる鎖鎌を必要最小限の動きで回避し、鎖が引き戻される前に手を伸ばし掴む。確かな金属の感触と同時にアクセルの攻撃が止まった。

まさか自慢の得物を掴まれるとは予想していなかったのか、戦闘中でも常にニヤニヤしているアクセルの表情が固まる。それを眼にしてユーノはほくそ笑む。

似たような武器を使っている以上、武器の特性や弱点が酷似するのでどのように対処すればいいのか自ずと分かる。そこを突けば必ずアクセルの攻撃は止められると確信していた。だから今までずっと避けながら鎖鎌の動きを観察していたのだ。初撃を避けずに裏拳で弾いたのは、鎖鎌がどれだけの強さで投げられているのか計る為。むしろこの事態は、ユーノにとっては当然の出来事。運動エネルギーを失った先端の鎌部分が力無く地面に突き刺さる。

「スゲェや、ユーノん」

感嘆と賞賛、二つの意味が込められた言葉を漏らすアクセルに狙いを定め、左手を翳す。足元にミッドチルダ式の円環魔法陣が発生し、そこから翠の鎖が八本飛び出しネズミに食らい付く蛇のように獰猛な動きで標的に殺到した。

(さあ、どう出る?)

彼我の距離は十メートルもない。武器の“片側”をユーノに握られた状態で襲い掛かるは八本の鎖。“片側”だけでどうやって防ぐ? それとも逃げるか? この場を彼がどんな手段を以って切り抜けるのか見ものだ。

迷うことなくアクセルはこちらに向けて一歩踏み込み、高く跳躍する。八本の鎖とユーノを大きく飛び越すように。

頭上を振り仰いだユーノと、空中から見下ろしてくるアクセルの視線が絡み合う。

「せいやっ!!」

気合一閃。残った“片側”の鎖鎌を、真下に立っていたユーノに何の躊躇も無く投擲。

頭上から襲いくる鎌が、鮮やかな翠の光を纏っている。それだけで、この投擲にどれ程絶大な法力が込められているのかを察知して、これまでよりも強力なバリアを展開した筈なのに、

「がっ!?」

アクセルの鎌はバリアなど何の支障も無いとばかりにあっさり貫き、右の肩を抉る。驚きが先にきて間もなく、鋭利な刃物で引き裂かれたような激痛が生まれ、握っていた鎖鎌の“片側”を取り落としてしまった。

そんなユーノの隙に付け入るようにアクセルは着地と同時に走り出し、先程ユーノが掴み取ったことによって地面に突き刺さったままだった鎖鎌の“片側”を拾い上げると、もう“片側”を引っ張って、完全なる二刀鎖鎌の形に戻してしまう。

そして、

「鎌閃撃!」

両足を大きく開き、低い姿勢から鎖鎌を投擲してきた。先と同様、鎌は翠のオーラに包まれている。物理プラス法力の、強力無比な鎖鎌。咄嗟にバリアを張ったが、やはり容易く砕かれ鳩尾に直撃し、吹っ飛ばされる。

どうしてこんなに簡単に、こちらの防御を破ってくるんだ? アクセルの攻撃力がそこまで極端に高い訳では無い。確かに法力攻撃は脅威だが、実際はソルやカイよりも強力とは感じない。なのに先の二撃が防げなかった。これまでソルのような法力使いとの模擬戦を重ねたユーノが防げないのはいくらなんでもおかしい。

「へへ。なんで? って顔に書いてあるよ」

「……なんで、ですか?」

余裕を取り戻したアクセルが緊張感の欠片も無い声音なので、ユーノも軽い口調で訊く。

「えっとね、旦那がくれたメグがやってくれてる。ユーノんは防御が強固な結界魔導師なんでしょ? だから、攻撃に『バリアブレイク』っつー防御破壊の術式だかプログラムだかよく分かんないけど組み込んでくれてるみたいで――」

「さっきの『非殺傷以外に何が出来るんだろね?』って会話はフェイクか畜生ぉぉっ!!」

実にあっさり種を明かすアクセルと判明した事実に、ユーノは彼の言葉を途中で遮るように絶叫して地団太を踏む。しかもあれだけ容易に防御を抜くということは、ユーノの魔法に関する情報が筒抜けなのだろう。術式構成を見抜かれているに違いない。腹立たしいにも程があった。

(……つーか、これって思いっ切り魔導殺しだよね)

考えを顔に出さず、内心で溜息を吐く。

法力にバリアブレイクが付加されているとなると、防御系魔法は使えないも同然。そうなってしまえば今度は法力で防ぐしかなくなってしまうが、それで本当に防げるかどうかも怪しい。何せあのクイーンの後継機だ。どんな超絶的反則機能が付いているのか、最早想像出来ない。少なくともアクセス不可コードは組み込む必要があるだろう。“バックヤードの力”を使わなければ防げない可能性も考慮しなければ。

あれ程高レベルなバリアブレイクを行使出来るのなら、試していないがディスペルも高い水準で備えているだろう。そう考えるとユーノが主武器とするバインドも効き難い筈だ。攻撃系の適性が皆無で、防御や補助に特化したユーノとの相性は最悪に近い。

ソルが与えたあのデバイスがある限り、魔導師として戦うのは分が悪い。ならば、こちらも相応の戦い方で対処するまでだ。

右腕を高く振り上げてから、全力で大地に叩き付ける。

「出でよ、忠実なる従僕。その毒牙を以って眼前の敵を蹂躙せよ」

紡ぐ呪文は召喚術。詠唱により拳から波紋が広がり、そこから何かが湧き水のように溢れ、地面が深緑色に染まり、広がっていく。

「何これ? 抹茶みたいな、水?」

地面を覗き込んだ自分の顔が鏡面反射のように映し出されるのをアクセルが暢気に眺めていると、水面の向こう側で大きな影が不意に現れ揺らめくのを確認し、これはヤバイと思って後ろ退いた刹那、



シャアアアアアアッ!!



ドス黒い緑の水面から水飛沫を舞い上がらせ巨大な蛇が大口を開けて飛び出してきた。人どころか牛すら丸々飲み込めそうな体躯を持つ、大蛇である。アクセルがその場を退いていなければ、間違いなく飲み込まれていたであろう。

鎌首をもたげ、舌をチロチロさせながら大蛇は逃した獲物を頭上から見下ろす。明らかに既存の生物ではない、魔獣の類だと予想される禍々しい眼。あまりにも長大で全身を視界に収めきれない体躯。鱗からは、ユーノによって召喚された証とも言える翠色の魔力光が放たれていた。

「しょ、召喚術? これって身体に滅茶苦茶負担が掛かる法術じゃなかったっけ!? ユーノん、こんなの使ってて身体大丈夫なの?」

<落ち着いて、アクセル。これは確かに召喚術だけどあなたが知ってるものじゃない。“バックヤードの力”、恐らくサーヴァント召喚の応用技術。彼の法力を具体化した存在だから、心配しないで>

召喚術を行使する際に術者が負うリスクがどのようなものか知っているアクセルは、巨大な蛇を見上げながらユーノを心配するが、左手首に絡み付いているメグが冷静に説明してきた。内容はよく分からなかったが、ユーノの身体に悪影響を及ぼすものではないと理解しとりあえず安堵の息を零す。

しゅーしゅー、と蛇特有の不快な音を鳴らしアクセルを睥睨する召喚獣は、“バックヤードの力”の産物である。Dust Strikersを抜けて以来、ユーノが三年という歳月を掛けて成功に至った法術だ。皆に隠れて秘密裏に修得したので、これを知っているのは常に彼の傍に居るアルフのみ。他は修行に付き合ってくれたイズナだけ。

「まだそんなに上手く操れる訳じゃ無いけど、アクセルさんなら手加減要りませんよね」

術者としてまだ未熟な故か、額に脂汗を浮かべ呼吸荒げにユーノが苦笑。なんだかんだ言って負担は相当あるらしい。

「蛟っ!」

呼び声に応じ、大蛇がアクセルに襲い掛かる。大きく口を開き、凶暴な牙を見せ付けて、丸呑みしようと咬み付いてきた。

「うげ……」

一言呻いてから、蛇に背を向け一目散に逃げ出す。聖戦時代のギアに匹敵する凶悪な化け物に対して、完全にビビりが入っている。

見事な敵前逃亡っぷりに暫し唖然としてその後姿を見送っていたユーノであったが、我に返ると慌ててアクセルを追う。

「ちょっと逃げないでくださいよ! 人が折角苦労して切り札見せてんのに、何逃げてんですか!?」

「こんなのと真正面からやり合って勝とうと思うのは旦那達くらいだってぇーの!! ていうか、よく考えれば規定人数になるまで生き残ればいいんだから本気出す必要無いじゃん! ということで、逃げるが勝ちぃぃぃ!!」

背後に首だけ振り返り、追ってくるユーノと大蛇に怒鳴るように言い返すと、アクセルは本格的に全力疾走。砂埃を舞い上げ、走り去っていく。

「おおおおおおおおおっ、逃がすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 蛟!!!」

シャアアアアアアアア。

大蛇の頭の上に乗っかったユーノが指示を出し、主に忠実な下僕が命令に従い蛇特有の動き――蛇行しながらアクセルに迫る。

身体が冗談みたいに大きいので、進む速度も悪夢のように速い。それ程時間も掛からずアクセルに追いつく。蛇の大きな影が、一心不乱に走る彼を覆い尽くす。

「うわぁ来た!? だ、誰か助けて!!」

悲鳴を上げながら逃げ惑うアクセル。ユーノを乗せた大蛇が食らい付こうとしてきたので、前方にヘッドスライディングをするようにジャンプして回避。直後に背後で爆発が発生したかのような爆音と共に大地を揺るがす震動を全身で感じながら、すぐさま起き上がり振り返りもせずまた走り出す。

そしてアクセルは後ろに大蛇を引き連れながら、Bグループ内で最も激しく乱闘している場所に逃げ込んだ。

「メンゴ、邪魔」

進路上に居た魔導師に謝罪しながら、ハードルを故意に蹴倒す陸上選手のように飛び蹴りをかます。運の悪かった魔導師は突然側頭部に踵をもらい踏み倒され、起き上がったところを大蛇に轢かれる末路を辿ったが、アクセルとユーノは構いやしない。

「何だこの化け物……」

ざっと数えて乱闘していた他の選手は十人以上。いきなり場に飛び込んできた闖入者、と言うよりユーノが召喚した大蛇に注目が集まっていく。

誰もがこの場で一番危険なのは何か、倒さなければいけない存在が何なのか本能的に悟ったらしく、これまで乱闘していたのが嘘のように、まるで予め打ち合わせてしていたかのように一斉に大蛇に向かって攻撃を開始。

「アクセルさんめ、これが狙いか」

忌々しそうに呟きつつ、ユーノは矛先を変え他の邪魔な選手を対処することに。大蛇を操って他の選手を襲わせる。飛来する攻撃の雨に晒されながらも痛痒など見せず、巨体に似合わぬ機敏さで蛇は自身を囲む獲物に狙いを定め、食らい付く。パクッ、パクッとリズム良く丸呑みされていく選手達。まさに弱肉強食の世界。絶叫が響き渡るその光景はとてつもなくシュールで、常軌を逸していた。大蛇が生み出す阿鼻叫喚の地獄絵図に、ほとんどの選手がパニック状態に陥っていくのに時間は掛からない。

食われた選手って死んでないよね? とアクセルが少し離れた場所から内心で心配していると、蛇に対する攻撃が唐突にこちらにまで飛び火してきた。魔力弾と砲撃とバインドだ。咄嗟にその場を飛び退き、更に何度もバックステップを踏んで距離を取る。

「どわ!! 何々!? なんで俺まで!?」

なんでもクソもない。サバイバルなのだから当たり前だ。いつ何処で誰に狙われようとおかしくないのが予選のルールなのだから。

まあ、そもそもアクセルが逃げてきたからそれを追うユーノ――大蛇が現れた訳で、責任の一端、という意味では狙われても文句は言えまい。

とにかくアクセルも迎撃する。ソル達――法力使いの中でも馬鹿みたいに強い連中――のような超越者と十分渡り合える卓越した身体能力は、相手が魔導師であろうと遺憾無く発揮される。砲撃を紙一重で交わし、魔力弾は鎖鎌を振り回して難無く防ぎ、正確無比な鎖鎌の投擲で確実に仕留めていく。

その時、背筋が凍る程の殺気を感じ取ったので、発信源に視線を向ければ大蛇を従えたユーノが突っ込んでくるではないか。

しかし、今度は逃げない。逃げられない。いつまでも逃げ回れる程甘い相手ではないのは、よく理解した。だったら、こちらも全身全霊で相手をしなければ、と覚悟を決めた。

身体を半身にし、足を大きく開きつつ姿勢を低くし、手にした鎖鎌を腰溜めに構えて法力を込め、口を開きこちらを飲み込もうとする大蛇が眼前にまで迫った刹那、練りに練った法力を解き放つ。



「見てやがれ……秘密兵器だ!!」



顕現したのは紅蓮の大車輪。円を描くように振り回された鎖鎌から生まれ出でた炎の力は、今にも咬み付こうとしていた大蛇の頭を消し飛ばし、それだけに留まらず長大な胴体をある程度まで抉り取る。

百重鎌焼。アクセルの鎌閃術と火属性の法術を組み合わせた大出力の法力。それが生み出す破壊力は、同じ火属性であるソルのタイランレイブと比べて勝るとも劣らない。

「ちっ、蛟が」

被害が自身に及ぶ前に大蛇の頭の上から離脱していたユーノが舌打ちすると同時に、大蛇の巨躯が淡い光を放ちながら霧散した。それにより先程飲み込まれた選手達が虚空から次々と姿を現し、地面に倒れていく。全員ちゃんと生きているが、気絶しているので撃墜扱いだ。

「嘘つき。余裕じゃないですか」

「全然余裕じゃないよ。これでもいっぱいいっぱいだかんね?」

再び対峙することになった二人が睨み合う。ジト目で非難してくるユーノに、アクセルは心外だと言わんばかりに喚き、鎖鎌を投げる。

攻撃に対しユーノは足元に魔法陣を浮かび上がらせると、突如その場から姿を消す。標的を失い鎖鎌が虚しく空を切る音を聞きながら、アクセルは全神経を集中させて警戒した。

何処から、来る?

思考したのは一瞬のみ。長年培った危機回避能力が勝手に身体を動かす。頭上に出現した魔法陣から吐き出されるように姿を見せたユーノが蹴りを放ってきたので、鎖鎌を交差して防ぐ。

ユーノはガードされたことに歯噛みしながらアクロバティックな動きでひらりと後方宙返りを決め、アクセルの正面に綺麗に着地。そのまま踏み込んでくる。

互いが手を伸ばせば届く距離。

イニシアチブを取られまいとアクセルが先に手を出す。鎖鎌を投げられる間合いではないので、握った鎌をそのまま振るう。

対抗するユーノは、両拳と両腕をチェーンバインドでぐるぐる巻きにした即席の手甲だ。ディスペルやブレイクされない為に、これでもかと強固なプログラムで編んだ代物。もう簡単に壊されたりはしない。鋭い鎌を力強く弾き飛ばし、逆に拳を突き出す。

超至近距離で、連続的に衝突を繰り返すアクセルの鎌とユーノの鎖。

常人の目には留まらぬ高速で、金属と金属がぶつかる音が響き、火花が散る。だが二人はそんなことなど構わず、相手の攻撃を自分の攻撃で防ぐ、攻撃は最大の防御とばかりに相手へ攻撃を加え続ける。

それはさながらラッシュの速さ比べ。二人の背景で竜虎相打つが如く。半ば意地と意地と張り合いになっていた。

均衡が崩れたのはアクセルがユーノの拳を鎌で防いだ時。今まで鎖として形を成していたバインドが、生きた蛇――さっき召喚された大蛇と比べて一般のサイズであったが――となってユーノの手から離れ、拳を受け止めた鎌を伝い腕に絡み付いてきた。

「もらった!」

両腕を封じられたその僅かな隙を逃さず、ユーノはアクセルの襟首を右手で掴み、無防備な腹に渾身のボディブローを放つ。

「ぐ……」

くぐもった声が漏れるの聞き流し、くの字に折れた身体を直立させるように左アッパー。そして棒立ちになった彼を、背負い投げ。

「オラァッ!!」

全力で投げ飛ばしたアクセルの身体が仰向けの状態で大地にめり込む。

追い討ちとして倒れた彼に肘をくれてやろうとして、不意にユーノは首を絞められたかのような圧迫感を覚える。何事かと思い首に手を伸ばそうとして、首を絞められる圧迫感が一気に強くなり、引っ張られた。身体が意に反して浮き上がり、視界の天地がひっくり返り、まるで自分が誰かに投げられたかのような錯覚と共に、大地に叩き付けられた。まるで今自分がアクセルにしたことをやり返されたように。

「う、ぐえっ」

何をされたのか、気付いて愕然とする。首にアクセルの鎖が二重三重と絡み付き、絞めているではないか。青い、不思議な色を放つ鎖鎌。じゃあ、これで投げられたのか? 彼は攻撃を食らいながらも、こんな仕掛けを施していたのか!? いつの間に? 早業にも程がある!?

身体を跳ね上げるようにして急ぎ立ち上がると、丁度アクセルも起き上がったところ。二人共、全く同じタイミングだったらしい。

そして、自分の武器が相手に絡み付いているのも同じだった。ユーノはアクセルの鎖鎌の“片側”が首に、アクセルはユーノの蛇が両腕に。

二人は相手の武器を解くことよりも先に、攻撃を優先した。

「ブレイクバースト」

「羅鐘旋」

奇しくも同じタイミングで相手に絡み付いた互いの武器が同じように爆発し、紅蓮と翠、二輪の華が咲き乱れ、周囲一帯を巻き込んで吹き飛ばす。










初老の紳士の拳は妙齢の女性の拳とぶつかり合い、腹の底に響く轟音を生み出した。二人は何度も繰り返すように拳を繰り出す。その度に防ぎ、防がれ、轟音を奏でていく。

やがて二人は弾かれるように距離を取ると、笑みを浮かべ互いの健闘を称え合う。

「ふふ、素敵よオジサマ。まさかソル以外で私と此処まで殴り合える人に出会えるなんて思ってなかったわ」

「こちらこそ、マドモアゼル。キミのように美しく、気高く強い『人間』と巡り合うことは私にとってこれ以上無い僥倖だ」

闘争の中の些細なやり取り。だがクイントは、スレイヤーの言葉に込められた意味に気付くことはない。まあ、スレイヤーもスレイヤーで気付かれても気付かれなくても構わない言い方を使ったので、誰であっても気付くのは難しい。

古来より人の生き血を吸って夜の闇に君臨していた吸血鬼が、たかだが数十年しか生きていない脆弱な人間を褒めるというのは、滅多に無い、というかあり得ないことである。

ただ、このスレイヤーと名乗る吸血鬼は他の同種と比べて少々変わっていて、同胞の吸血鬼が毛嫌いし蔑む人間という種族を『面白い』と称し、見所がある人間と出会うと手合わせしたくなる無類の喧嘩好き。で、その『喧嘩』の中で相手をよく観察し、敬意を払うに値する人物であると判断するや否や、徐々に本気を出していくのだ。

趣味の人間観察をしながら喧嘩を楽しむことが出来る――彼にとって自身と渡り合える『強い人間』の存在は、とても貴重だった。不老不死にして闘争本能の塊のような生き物に有意義な時間の過ごし方を提供してくる『喧嘩仲間』という存在は、伴侶の次くらいに大切な、親愛なる遊び相手だから。

お眼鏡に適った人間としては、暇潰しの相手を死に物狂いで担わされるだけあって堪ったものではないが。

ちなみに、自己紹介の時に自分が吸血鬼であることを明かしていない。

(さて、もういいか)

これまでの戦いでクイントの人となりはある程度理解した。宿敵として実力も申し分ない。頃合い良しと判断し、少しずつギアを上げていく。

「マッパハンチ!」

小細工無しの、真正面からの左ストレート。体勢が低いので、自然とボディ狙いとなっている。高速の踏み込みによる突撃は一瞬で間合いを詰め、クイントに迫った。

踏み込みの速さに眼を瞠るものの、これを彼女は素直にガード。打ち終わりを狙って反撃しようと試みるが、続くスレイヤーの鋭いコンビネーションがそれを許さない。左ジャブ、右フック、左裏拳、右ミドルキックと隙が無いのだ。

とは言え、クイントの丁寧かつ堅固なガードは一発一発を上手く吸収しダメージを決して通さない。防戦一方になりながらも、相手の攻撃を確実に防御する技術はシューティングアーツの使い手として当然の技術なのだろう。

攻撃を受け流しながら反撃の隙を窺うクイントに対し、スレイヤーは攻撃パターンを変えた。

「シュ」

連撃の最中、小さく呼気を吐くに合わせて短距離を高速移動。身体の位置をクイント正面から側面、そして背後へと一瞬で回り込む。

「!?」

それはクイントにとって眼の前から突然スレイヤーが姿を消し背後に現れたと錯覚する程のもの。しかしこれはスレイヤーにとっては彼女の裏をかく為に温存していたものではない。単に、より優雅に攻撃する為の『ステップ』に過ぎない。



「耐えてみたまえ。パイルバンカー」



急ぎ振り返ったそこへ、紫の光に染まった絶大な威力を誇る右ストレートが待っていた。

両腕を十字にして身構えた彼女のガードに拳が触れた次の瞬間、クイントの身体は銃から発射された弾丸のように吹き飛ぶ。身体を浮き上がらせながらも辛うじて防ぎはしたが、威力を殺し切れない。足元で大地が高速で流れていく。

空中で体勢を整え両足を大地に突き刺すように踏ん張る。ギャリギャリギャリ、とローラーブーツのタイヤ部分が地面を抉り耳障りな音を立て数メートル程して漸く止まり、顔を上げた。

(……とんでもない威力ね。単発の威力は、もしかしてソルよりも上?)

鼻の穴の片方から、一筋たらりと鼻血が出た。しっかり防いだつもりだったのに、ガード越しで鼻を潰されてしまった。ソルのような爆炎を纏った拳とは違うパンチの質――貫通力がある。

今のはヤバイ。急所にもらった間違いなく一発で意識を飛ばされてしまう。ソルの『喧嘩仲間』というからどんな非常識かと想像していたが、これは完璧に予想外だった。これまでの人生、様々な魔導師や騎士と戦ってきたが、これ程までに『拳による攻撃のみが特化した人物』は居なかった。

一度を鼻を啜ってから血の塊を口から吐き出し、バリアジャケットの袖で乱暴に鼻血を拭ってから、ゆっくり深呼吸。



――本気でいかないとダメね、これは。



主の覚悟を察したナックル型デバイスのファイアーホイールとローラーブーツ型デバイスのエンガルファーが自己判断でリミッターを解除し、フルドライブに移行する。

魔力が充実していくのを全身で感じながら、クイントは口元を歪めて壮絶な笑みを作る。

嗚呼、なんて楽しいんだろう。自分よりも遥かに強い者へ挑戦する昂揚感は、ある種の麻薬めいた中毒性があった。強い者に対して自分が何処まで通用するのか、それを考えるだけでも武者震いが止まらない。

最早予選などどうでもいい。今眼の前に立つこの紳士に自分の全力をぶつける。それだけでこの大会に出場した意味があるというものだ。

ローラーブーツが唸りを上げ猛スピードで突進を開始する。ナックルスピナーが回転し拳に魔力が集束し渦巻いていく。一発の弾丸と化したクイントはスレイヤー目掛けて正面から、拳を振り上げ突っ込む。

スレイヤーも身構え、数歩分踏み込んで拳を繰り出す。あの紫の魔力を帯びたものだ。確かに破壊力は絶大だが、当たらなければいいだけの話。

(見切った!!)

常人では到底不可能な動体視力と反射神経を以ってパンチの軌道を先読みし、迫りくる右ストレートを掻い潜るようにして己の右ストレートを打ち込む。

頬を掠める拳の感触の後、確かな手応えが右拳に生じる。人生の中で五本の指に入ると思われるベストヒット。そしてそのまま全力で振り抜いた。

カウンターをもろにもらったスーツ姿の紳士は錐揉み回転しながら飛んでいき、丁度進路上に存在した岩山に激突し、クモの巣状にヒビを作りながらめり込み、止まる。

「……ふぅ」

深い息を吐き、油断無く構え直す。ソルの友人知人がこの程度で終わる訳が無い。

案の定、スレイヤーは何事もなかったかのように岩山から抜け出すと、まずスーツに付いた埃を叩く。それからこちらに向けてパチパチと拍手する。

「頑張るじゃないか。その調子で頼むよ」

まるで孫を褒めるお祖父さん、そんな表現がぴったりなスレイヤーの態度にクイントは鼻息荒く宣言した。

「その余裕、すぐに失くしてあげる」

全リソースを身体強化とバリアジャケット強化に注ぎ込む。再び突っ込み、間合いに入った瞬間右の拳を振るう。相手は避けもせずに食らうが、相打ち狙いでボディブローを打っていた。流石に攻撃中は防げず悶絶し、呼吸が止まる。痛みと苦しさに倒れてしまいたいのを我慢しながら左アッパー。

やはりスレイヤーは避けない。しかし、食らいながら当然の如く反撃してくる。今度は左フックが側頭部に命中。一瞬気が遠くなったが歯を食いしばって耐えて、飛び膝蹴りを顔面に叩き込む。

(カウンターを警戒して、攻撃を食らうまで手を出さない『後出し戦法』のつもり?)

クイントは思う。こちらの攻撃が先に当たっている以上――しかも全力フルスィングの――相手の思惑が分かっていても退くことは出来なかった。こうなったらとことん付き合ってやる。絶対に先に音を上げるなんて真似はしない。

殴る、殴り返される、蹴る、蹴り返される。超至近距離でひたすらこれが繰り返される、果てのないループ。一見すれば魔法など使っていないように見える、完璧にして純粋な殴り合い。とてもシンプルな戦いだ。

まさにそれは勝負という名の『喧嘩』だった。周囲の様子や自分の現状など一切気にしない。ただ、相手を打倒したいが為に拳を振るう。後先など考慮しない。

これこそが血沸き肉踊る闘争の真骨頂。過剰に分泌された脳内麻薬が最高にハイな気分を味合わせてくれる。

「ふふ」

「ハハ」

口元から血を垂らしながら同時に相手へ笑いかける。そして、

「はあああっ!!」

「ふんっ!!」

打って、打たれる。蹴って、蹴られる。

弾かれたように後方へ大きく仰け反るものの、すぐさま体勢を立て直し、攻撃を再開。

いつになったら終わるのか、それは当事者の二人にも分からなかった。










「なんで囲まれてんだ?」

<いや、それは、ねぇ?>

純粋に疑問を口にするソルの言葉を受け、クイーンは苦笑するように反応した。現役時代の主を知る者であれば、総勢三十人――Eグループの選手全員から警戒され真っ先に狙われるのは当然だと思われるが、当の本人は自身の『悪名高い評判』など一度として気に留めたことはないので、イマイチ現状に至る理由を分かっていない。

次元世界において『最凶』――最も凶悪――の名を欲しいままにしていた賞金稼ぎ。“暴君”、“火竜”、そして“背徳の炎”と様々な呼ばれ方をしたことが畏怖の対象として見られていた何よりの証なのだ。

こちらを逃がさないとばかりにぐるりと完全包囲した選手達が、意を決したように一斉に攻撃を仕掛けてくる。多種多様な色の魔力弾が四方八方、加えて上空から飛来してきた。

「ちっ」

小さく舌打ちし、とりあえず一番近い場所に居た者に狙いを定めて接近。

距離は二十メートル以上離れていたが、被弾など構わず、空戦魔導師の飛行速度よりも速く走れる爆発的な踏み込みにより一瞬で間合いを詰め、

「ひ――」

「まず一人」

悲鳴を遮る形で燃え盛る封炎剣を振り下ろす。爆発と同時に巨大な火柱が発生し、周囲を紅蓮に染め上げる。

自ら生み出した炎にその身を焦がしながら、次の犠牲者を求めて真紅の眼を細めた。またしても一番近くに居た者を見つけ次第突っ込み、反撃を許さないまま封炎剣の餌食に。

二人やられたことで、地上に居た空戦可能な者は飛んでいないと危険だと判断したのか、逃げるように空高く舞い上がった。

それを黙って見逃すソルではない。

「クイーン」

<転移>

発動した転移魔法。転移先は、空中で一番高い位置に居た選手の頭上。相手がこちらに気付くより先に、身体を回転させるように捻り遠心力を乗せた踵落としお見舞いしてやった。文字通り蹴り落とされた選手は隕石のように地表に激突しクレーターを作り、完全に沈黙。

「ガンフレイム! ガンフレイム! ガンフレイム! ガンフレイム! ガンフレイム!」

その場から封炎剣の切っ先を下方の選手達に向け火炎放射。飛ぶ鳥落とす勢いで撃ちまくる。胸元でクイーンが<撃ち過ぎ!!>と爆笑しているが気にしない。直撃すれば火達磨にされ、バリアやシールドで防いだと思ったら大爆発し、避けたと思えば地面に着弾すると同時に大爆発して巨大な火柱を引き起こし、結局火達磨になる選手達。爆撃機を使ったテロのような、一方的な蹂躙劇。

クモの子散らすように逃げ惑う哀れな子羊達に、飢えた火竜が上空から強襲。たまたま着地地点に居た者を踏み潰し、周囲を睥睨する。

この時点で既にEグループの約1/3が撃墜となっていたが、規定人数になるまでサバイバルは続くことを覚えていたので、殲滅は続行された。

封炎剣の鍔が華開くように展開し、露になった大小様々なギミックが無骨で肉厚な大剣を更に歪なものへと変えていく。切っ先から柄まで余す所なく炎を纏い刀身を真っ赤に赤熱化させた大剣を、ソルは一歩大きく踏み込むと同時に大地に突き立てる。



「サーベイジ、ファング!!」



術者によって顕現された火の法力は人知を超えた大出力。放たれた火竜の顎は、炎の大津波という大規模な攻撃範囲と超絶な威力を以って選手達を呑み込んだ。

辺り一帯が火の海という地獄絵図になり、死屍累々な光景が広がるのを確認しながら呟く。

「これで何人やった?」

<数えてません>

「……数えてろよ」

質問に面倒臭そうな態度で応対するデバイスに、ソルは苦虫を噛み潰したかのように眉を顰める。

<何を仰る。こと戦闘においてマスターがお行儀良く数字を数えるような方ではないことを、私が改めて指摘するまでもないでしょう? 最後の一人になるまで戦い続ける、それでいいじゃないですか>

「ハッ、違いねぇ」

クイーンの言に獰猛な笑みで応じると、ソルは走り出す。

今更かもしれないが、もうこうなってしまえば誰にも彼を止められない。安全装置がぶっ壊れた火炎放射器というか、怒り狂った火竜というか、とにかくやりたい放題し放題といった感じで暴れ回る。鮭の群れが泳いでいる浅い川に飢えた熊を放り込んだようなもんだ。

炎が猛り、熱風が吹き荒び、大地が焼き焦げ、空が灼熱に染まる。紅蓮の業火が咲き狂い、世界を暴力的に彩っていく。

観客席からはヴィータが念話で『オイ馬鹿やめろ! 何目立ってんだ!? それ以上暴れるとただでさえ高いお前のオッズが上がりまくって本選の儲けが減るだろうが!!』と怒鳴ってくるが、知ったことではない。

そして、文字通り最後の一人になるまで暴れ続けた。










フェイトが金色に輝く雷の大剣を振り下ろし、ザフィーラがそれを真剣白刃取り。

「ちょっとザフィーラしつこい。早く負けて」

「負けて堪るか馬鹿者! お前こそいい加減諦めろ!!」

開始からこれまで互角の戦いを繰り広げ、長い均衡状態を保っていた二人。

これまでの過程で他の選手を防御用の肉壁にしたり、人間爆弾にして相手に放り投げたり、自分の機動に邪魔だから蹴り飛ばしたりとかなり好き勝手にやっていたおかげで、周りにはもう誰も居ない。

刃越しで睨み合う。魔力光が火花となって視界を明滅させる。白刃取りの体勢故に両腕が使えないザフィーラの腹にフェイトは喧嘩キックをかまして無理やり距離を開ける。

「ぐおっ」

「落ちろぉぉぉぉぉっ!!」

怯んだザフィーラに向けてザンバー形態のバルディッシュを突撃槍のように構え、吶喊。金の閃光となったフェイトのアタックが彼の肉体を貫かんと迫った。

しかし、手に返ってきた感触はザンバーが肉体を貫くものではなく、硬い壁に剣を突き立てたような『防がれた手応え』。

剣の切っ先に触れているのは、緑色の輝きを放つ円形状のバリア。初歩級の防御法術でありながら魔力さえ続く限りどんなに強い攻撃でも絶対に貫くことは出来ない鉄壁の防御、フォルトレスディフェンスだ。

これを展開されたのならば、これ以上攻撃しても無駄だ。フェイトはザフィーラが解除するまで大人しく待つ為に退がる――

「……とでも思った? 残念だったね!!」

ように見せ掛けて、より一層激しく剣を振り回し緑のバリアに攻撃を叩き込む。視認不可能な程の超高速連撃。障壁に雷を伴う斬撃が幾度となく衝突し、耳障りな音を立てる。魔力と魔力の鬩ぎ合いが激しい光を生む。

「フェイト、まさかお前――」

「フォルトレスは確かに鉄壁だよ。だけど、その防御は鉄壁だからこそリスクが高い。それを知らないザフィーラじゃないでしょ?」

彼女の思惑を一瞬で見抜いたザフィーラが苦虫を噛み潰したような顔をするのを見て、フェイトは妖しく笑う。

フォルトレスディフェンスの術式は比較的簡単で発動も早く、魔力さえあればどんなものでも防ぐことが可能だが、その対価も大きい。

鉄壁を維持する為に支払う魔力が他の法力よりも遥かに大きいこと。もっと分かり易くすれば、どんなものでも防ぐ=展開中はどんなものでも防げるだけの魔力を常時消費すること、だ。下手な使い方をしてしまえば、瞬く間に魔力が枯渇し、鉄壁を維持出来なくなってしまう。

また、鉄壁だけあってその性質上すぐに反撃出来ない。展開中は全く動けないのだ。攻防の中でどうしてもワンテンポ遅れてしまい、後手に回ってしまうことが確定している。

これらの理由により運用が非常に難しい防御法術となる。もし展開するのならば攻撃を防ぐ一瞬のみを上手く狙い、防いだ瞬間即解除するのが望ましいのだが、フェイトはザフィーラに解除させまいと休む間もなく攻撃を繰り出す。

「今日の私は止まらないよ。ドラゴンインストールが無しなら、私の魔力が尽きる前にザフィーラの魔力を削り切る……!!」

(マズイ、このままでは!)

攻撃を防ぐ度に魔力が少しずつ、だが確実に持っていかれる。それに拍車を掛けるようにフェイトの攻撃が苛烈になっていく。まるで装甲車にマシンガンのフルオート射撃を浴びせているような騒音。彼女は、本気で自分の魔力が枯渇する前にザフィーラの魔力を削るつもりだ。

ザフィーラの顔に焦りが浮き出てきた。フォルトレスを解除したくてもフェイトがそれを許さない。強引に解除したとしても、高速の斬撃が待っている。流石にこれは防御を解除した刹那では防げない。

ピシッ。

小さな音。緑の円形状バリアに僅かなヒビが入った。魔力が残り少なくなった証拠だ。一時的に魔力が枯渇する前兆。

「サーヴァントモードになるつもりがないのにフォルトレスを使うっていうのは愚策だったね? それとも普段から“バックヤードの力”に頼ってる悪い癖が出たのかな? 使うならクリムゾンジャケットの方が良かったんじゃないの?」

相手の焦りを煽るように皮肉を口にして、勝利を確信したフェイトが唇を吊り上げる。

確かにフェイトの言う通りだとザフィーラは己の判断が誤っていたことを認めた。通常状態でフォルトレスを常時展開し続けるには魔力が足りない。最近の自分は模擬戦で追い詰められるとすぐに“バックヤードの力”に頼りがち。完全に攻撃を防ぐことよりも、耐久力を高めて食らいながら反撃出来るようにするべきだった。

そして、小さなヒビは致命的なまでに大きくなり、崩壊。

「もらった!」

「……っ!」

その隙を逃すフェイトではない。稲妻と化した最速の刺突がザフィーラの逞しい胸板を貫く……筈だった。

「ワン」

「!?」

肉を貫く音と感触は無い。その代わり、今まで筋骨隆々で逞しい男性だったザフィーラが、手の平に乗せられそうな程に小さな子犬へと姿を変えギリギリで刃を交わしている。

まさかこの大会において、そんな手段で難を凌ぐとは! この男にプライドは無いのかと大きく眼を瞠るフェイトの懐の中、元の成人男性に戻ったザフィーラが拳を構えた。

「ておああああああああっ!!!」

雄叫びを上げる。渾身の左ボディブローがフェイトの肝臓が打ち抜く。

たった一撃で動きを止め、悶絶する彼女に更なる追撃。

「旋鋼牙!!」

ショルダータックルをかまして吹き飛ばし、右アッパーで彼女の身体を打ち上げると、無防備なそこへ後ろ回し蹴り。

錐揉み回転しながら後方へ飛んでいくフェイトにトドメを差す。

ザフィーラの足元と、フェイトに向けて翳した両手の前に三角形のベルカ式魔法陣が浮かび上がる。

だが、この時点で既に魔力が枯渇していた。発動させようとした魔法に対して燃料が足りない。こんな時に先程の対価が響いてきた。このままでは撃てずに最大のチャンスを逃してしまう。

「ちっ」

負ける訳にはいかないのだ。優勝すれば4億が転がり込んでくる。道場の赤字を解消してもあり余る大金が。なんだかんだで家に入れなければならないので残りを全額手にすることは出来なくとも、その内の何割かは己のものに出来るのだから。

こうなったら背に腹は代えられない。ドラゴンインストールが使えないのなら気合と根性で無理やり必要量を生成する。本来のリンカーコアでは不可能なことだが、生憎とザフィーラには出来た。身体の作りがソルのサーヴァントとなってから以前と決定的に変わった為だ。

大きく息を吸い、身体の中で何かが爆発するイメージを強く思い浮かべながら下っ腹に力を込める。

全身の筋肉が一気に盛り上がり、血脈があり得ない程強くなる。心の奥底に眠る獣が覚醒するかのようにして四肢に魔力が充足していく。



「……縛れ、鋼の軛」



強引に捻り出した魔力を使い、今度こそ発動した古代ベルカ式魔法。大地から天に向けて数多の銀光が大量に生えていき、煌びやかに光りながら、剣山となってフェイトの細い肉体を串刺しにした。

「終わりだ」

声の後、眩い閃光を放ちながら魔力で構成された剣の山が爆散。巨大な魔力爆発を伴い、辺り一帯を巻き込みながら何もかも吹き飛ばす。

ノーマルモード時に使う魔法の中で最も高い攻撃力を誇る魔法だ。サーヴァントモード時と比べて威力が劣るとは言っても、身内の中で最もバリアジャケットの装甲が薄いフェイトならこれで十分だろう。

Dグループ内の選手で一番危険だと思っていたフェイトを撃墜出来たことに安堵の溜息を吐く。一時はどうなるかと思ったが――

そう考えたのが致命的な油断となる。

「な……」

視界に現れたのは金の閃光。

すぐ傍を通り過ぎ、ザフィーラを斬り裂いた。

ガクリと膝をつく彼の背後で、呼吸を荒げた様子のフェイトが肩を大きく上下させながら呟く。

「今のは、かなり危なかった」

「な、何故だ? どうやって! 確かに仕留めた筈だぞ!」

倒した筈のフェイトが無事で、自分が切り伏せられたことに納得いかないザフィーラが吼える。

「ああ、あれね。あれは身代わり用の分身だよ。はやてとツヴァイがよく使ってる氷人形の、雷版」

「なんだと!?」

「まあ、魔法と法力を組み合わせた複合魔法の産物だから、つい最近までちゃんと使えた試しなかったけど」

「だが、いつ入れ替わった? そんな暇など――」

言い掛けて自らザフィーラは口を閉ざす。僅かであったがその暇ならあったのだ。枯渇した魔力を無理やり生成していた一瞬だけ。

そうか。あの時か。

フッ、と鼻で笑い己の末路を自嘲する。

「……金に眼が眩んだ結果がこの様か……まさに因果応報ぐぼお!!」

「早く気絶してよ、撃墜にならないでしょ。私だって凄く疲れてるんだから」

カッチョよく決めようとしていたザフィーラに業を煮やしたフェイトが、彼の後頭部に背後からソバットをかまし、もんどり打ってうつ伏せに倒れたところへトライデントスマッシャーをぶち込む。

砲撃魔法を至近距離からまともに食らってボロ雑巾のようになった彼に、フェイトは容赦無く追い討ちを掛ける。

「サンダーフォール!!」

天空から落雷が雨のように降り注ぐ。雷鳴が空気を引き裂き轟く。大地を焦がし穿つ。そしてザフィーラを真っ黒焦げに。

「ぐぬぬ……」

「あ、まだ気絶してない。しょうがないから追撃だよバルディッシュ、ジェット――」

「ま、待て! 降参、降参するから――」

「ザンバー!!」

「聞けぇぇぇぇぇっ!!!」

全身をブスブス燻らせつつガバリと立ち上がって両腕を頭上に掲げ、降参の意思を見せるザフィーラに金の大剣が振り下ろされた。彼と共に斬り裂かれた母なる大地は深々と抉られ、崖か谷かと勘違いさせる程に巨大な地割れを生む。地獄の入り口へ続くと思わせるそれは底が見えないくらいに暗く、深い。

数十秒間だけ待ってみたが、奈落の底へ消えたザフィーラが復活する気配は無い。

「これなら誰がどう見たって私の勝ちだよね、バルディッシュ?」

<……Yes,sir>

彼女以外もう他に生きている者が存在しない。

予選突破、本選進出に小躍りして喜ぶ主を他所に、バルディッシュはこの惨状を改めて観察し、戦闘が無人世界で行われたことに心から安堵した。










クロノはシグナム相手に防戦一方だった。

相変わらずの突撃思考に従って真正面から突っ込んでくるのは十分承知している。だからこそ、こちらに近付かせず中・遠距離から何もさせずに戦えればと思っていたけれど、見込みが甘過ぎたというか、まあこうなることは最初から分かっていたというか。

呼吸が死ぬ程苦しい。呪文を唱えるだけでも気力を使う。酸素が足りなくて頭がフラフラしてきた。心臓がエンジンのように激しく脈打っていて痛いくらいだ。今すぐにでも休みたいが、相手は当然休ませる気などなく苛烈な攻撃を浴びせてくる。

「……スティンガーレイ!」

気合と共にトリガーヴォイス。幼少の頃から愛用している魔法である。高いバリア貫通能力と速度を持ち、魔導師戦において重宝する直射型。生成された水色の魔力弾が総勢五十個が、紫の女騎士に襲い掛かった。

対するシグナムは臆することなく弾丸の嵐に真っ直ぐ飛び込んだ。速度を落とさず、むしろ加速しながら流れるような動きで身体ごと回るようにして剣を振り回し、確実に被弾するものだけを選び叩き落す。彼女の美貌も相まってそれはまるで剣の姫が優雅な舞いを披露しているかのようだ。

しかし、そんな彼女と戦っているクロノとしては堪ったものではない。古代ベルカ式の騎士であるシグナムとミッドチルダ式魔導師である自分が真正面から近接戦闘を展開して勝てるとは到底思わない。数合しない間にサイコロステーキにされるのがオチだ。だから、間合いを詰められる前にバインドを悟られないように仕掛けまくって必死に逃げる。

とは言え、悲しいことに折角仕掛けたバインドも碌に役に立たない。今、まさに突っ込んできたシグナムが見事に嵌ってくれたように見えたが、

「疾っ」

彼女の口から短い呼気が吐き出され、幾筋もの剣閃が空間を走る。発動しかけたバインドは、彼女の身体を拘束する前に斬り裂かれ力無く霧散。

さっきからずっとこれである。発動した瞬間無効化されるバインド。どうもユーノのようなバインドを主武器とする輩と対戦経験が豊富な所為で、この手の類に滅法強いらしい。ほぼライムラグ無しでバインドを斬るなど神業に近い。

一応足止めになると言えばなるかもしれないが、正直八方塞りだ。

(確かに僕のバインドは、ユーノの色々とおかしいそれと比べたら『普通のバインド』だから無効化し易いんだろうけど……へこむな)

心情に反して唇は愉悦でニタリと歪んでいた。「ハッ、ハッ、ハッ」と早く荒い息が笑い声にも聞こえてくる。身体は疲労を訴えているのに闘争心だけが心の内で猛り狂い、理性を溶かしていく。

本格的に酸素が足りないのだろうか。思考が緩慢だ。そろそろ限界が近いと思われた。なのに意識がはっきりしており、五感が研ぎ澄まされている。シグナムと戦う為に考えなければいけないことなどたくさんあるのに、それらが何故か不必要なものだと感じてしまう。

小難しいことなど要らない。ただ、本能に従って身体を動かす。手にしたデバイス――デュランダルを指揮棒のように振り回し、魔法を発動させつつ前へ出る。

どうも今までと様子が異なるクロノにシグナムが警戒しながら迎え撃つ。

紫炎を纏ったレヴァンティンが振り下ろされる寸前、槍のように突き出されたデュランダルの先端が淡く輝く。その瞬間、雪の結晶を模した魔法陣が展開される。

氷の壁。

出現したそれにシグナムは己の魔剣を全力でぶつけた。

次の瞬間、超高熱の金属と極低温の水分が衝突したことにより水蒸気爆発が発生。二人を弾くように吹き飛ばす。

バリアジャケットの恩恵で辛うじて致命傷を免れた二人はほぼ同時に体勢を立て直し、シグナムはクロノへ向けて突撃し、クロノはシグナムに向かって氷の矢を大量に生成すると一斉に放つ。

「フッ」

此処に来て、初めてシグナムが微笑んだ。戦うことに楽しみを見出した獰猛な顔。子どもが見たらトラウマなってもおかしくないくらいに邪悪な笑み。

抜き身のレヴァンティンを一度鞘に仕舞ってから魔力を内部で爆発的に高め、気合と共に振り抜いた。



「飛竜、一閃!!」



長剣から連結刃となったレヴァンティンの刀身が炎を纏い、鞭のような軌道で氷の矢を爆散させながらクロノに殺到。

これに彼は二階建ての家よりも巨大な氷塊を作り出し、小細工無しに真正面からぶち当てた。普段の彼だったらあまり選択しないであろうやや強引な防御。

連結刃の切っ先は獲物を捕らえる猛禽の如き猛々しさで氷塊に激突し、熱と鋭さと勢いに任せて貫く。だが中心を穿ちはしても狙いは外れ、クロノに当たることはなかった。

砕けた氷塊を隠れ蓑にしつつ、狙いを定め小さく呪文を唱える。



「ブレイズキャノン」



杖の先端から発射された魔力の奔流が氷塊を粉砕しながらシグナムを襲う。

が、彼女は笑う。そんなことなど最初から分かっていたとばかりに。そして連結刃から元の長剣に戻したレヴァンティンで、迫り来る砲撃魔法に臆することなく斬り掛かる。

「はあああああああああ!」

幻想的な色を持つ紫炎を全身から溢れ出し、獣のような雄叫びを上げ、水色の砲撃魔法に吶喊するシグナム。普通に避けるか防ぐかしろと誰もが思う場面ではあったが、クロノとして彼女らしい、いや、実に“背徳の炎”の連中らしいと思う。剣で砲撃魔法を真っ二つに斬り進みながら近付いてくるなど非常識の極みだ。

恐ろしい勢いで砲撃魔法をものともせず迫ってくるとは言え、その速度は普段の飛行速度より若干劣る。そんな彼女に向けて先程の攻防で粉々になった氷塊の欠片を操り、放物線を描くような軌道で動かし上下左右、あらゆる角度から狙い打つ。

一つひとつが人の頭よりも大きな氷塊が数十個。それらが取り囲むようにしてシグナムに飛来。ブレイズキャノンを真正面から受け止め、レヴァンティンで突っ込んでくる彼女にこの氷塊群は交わせない。

「食らえ!」

クロノの叫びに合わせるかのようにして着弾。先と同じように水蒸気爆発が発生し轟音が鼓膜を叩く。白煙も同時に生まれ視界が悪くなる。

「……」

これで終わったとはとてもじゃないが思えない。警戒心を最大にして周囲の気配を探った。煙の中から飛び出してくるのが最も予想される出来事だが、他にも何か企んで居そうで迂闊な追撃は控えたい。

やがて煙が晴れて――

「……消えた?」

そこにシグナムは居なかった。何処にも居ないのだ。超高速で移動した訳では無い。気配は確かにあった。ずっと彼女はそこに居た筈。

「どういうことだ?」

水蒸気爆発による白煙の発生から数十秒も経過していないのに、姿が消えている。転移か何かの類だと思ったが、残念ながら発動を感じられなかった。まるで煙のように消えてしまっていた。

ゴクリと生唾を飲み込んで奇襲に備える。いつ、何処から、如何なる手段を以って仕掛けてくるのか?

指一本動かさないまま待つ。五秒、十秒と何事もなく時間が過ぎていく。

そして、丁度十五秒待った時、眼の前の空間が歪んだように揺らぎ、白刃が閃いた。

「!!」

反応出来たのは運が良かっただけだろう。はっきり言って心臓が口から飛び出るくらい驚いた。防御魔法を展開する精神的余裕など皆無で、咄嗟に両手で水平に掲げたデュランダルに、こちらの頭頂部から股間までを一刀両断しようと振り下ろされたレヴァンティンが激突する。

いつからそこに現れたのか、シグナムが存在している。今まで煙のように消えてしまったのが嘘のように。唐突に、何の脈絡も無くその美貌を晒したのだ。

手品の種は分からないが、今はどうでもいい。そんなことを気に掛ける余裕など無い。渾身の力を両手に込めないとデュランダルごと真っ二つにされてしまいそうだ。それ程までに強い力が剣に込められていた。相手の筋力が正直笑えない。女性の細腕なのにゴリラより遥かに強い。

(こっちは身体強化をギリギリまで高めてるってのに……腕の筋肉が破裂する……!)

このままでは分が悪いと見切りをつけ、デュランダルの角度を微妙に変え剣を受け流し、飛行魔法を一旦切って引力に従いその場を落ちながら離脱。何故か彼女はこの時点では追撃してこなかったので、これ幸いと逃げる。

乾き荒れ果てた大地に降り立つと、十メートル離れた地点に彼女も遅れて降り立った。

「幻術の類か? それとも法力か? 差し支えなければ種明かしして欲しいな」

疑問を口にしたのは、勿論純粋に知りたかったというのもあるが、乱れた呼吸と疲弊した筋肉を少しでも休ませたいという思惑もある。

そんなクロノの思惑を知ってか知らずでか。事も無げに彼女は答える。

「幻術ではなく法力ですが、大したことではありません。人の感覚を僅かに騙した程度ですから」

「具体的には?」

重ねて問う。

「文字通りの意味です。視覚は眼が光を捉えることによって確立し、聴覚は耳が空気の振動を捉えることによって確立しています。外部からの刺激、つまり情報を受け取った感覚器が脳にその情報を送り初めて認識する、これは人であろうとデバイスであろうと変わりません」

「……」

「しかしその情報を意図的に改竄し、自分にとって都合の良いものを相手に流すことが出来たら?」

「どんなに風に?」

「至って科学的な方法です。例えば、光の屈折を利用してそこに居る筈の人物を他者から視えないようにするとか、周囲の温度を操作して熱源感知されないようにするとか、妨害電波を発生しレーダーから逃れるとか、魔法の無い科学技術でも実現可能なレベルの代物ですよ」

「まるで高性能なステルス機だな。それが法力で言うところの認識阻害ってやつか」

こちらの感想に応じる形で彼女が頷く。あっさり返答してくれたおかげで謎は氷解してくれた。ただ、一つだけ解せないことがある。それは、何故シグナムがこの局面で認識阻害を使ったか、だ。古代ベルカの騎士であり決闘好きな彼女の性格からして、サシの戦いでこのような手段を用いるとは正直思っていなかった。

なので、そのことについて「キミらしくないんじゃないか?」と尋ねてみることに。

するとこんな返答が。

「確かに、純然たるベルカの騎士であった頃の私であればこのような真似はしなかったでしょう……ですが」

前置きしてから、彼女はこちらから視線を逸らすと恥ずかしそうに言った。

「最近になって漸く法力の師から『まだ免許皆伝はやれんがかなり様になってきた』と言われて。だから、自分の得意な攻撃以外で、実戦でどの程度使えるのか試してみたくて……」

クロノ提督を実験台とさせて頂きました、と申し訳無さそうに謝罪。

「と言ってもまだ制御が甘いですね。魔力と気配を殺してゆっくり近付くまでは良かったのですが、剣を振るう予備動作で術が崩れてしまいましたから」

逆説的に見れば、もし彼女の術が完璧だったらクロノは今頃真っ二つになっていたということだ。九死に一生を得たかという考えに至り、今更ながら顔を青くする……まあ、非殺傷だから大丈夫の筈………非殺傷でも殺されそうな切れ味に一抹の不安を拭えないが。

「でも安心してください。これからは小細工抜きで、本気で取りに行かせてもらいますよ」

「いや、これっぽっちも安心出来ないよ。マジで殺す気だろキミ」

「そんな、クロノ提督を殺すなど……私が殺したいくらいに愛おしいと思うのはソルだけです」

「!?」

とんでもない発言を耳にした気がした。

「知っていますかクロノ提督? ソルの血はとても甘くて熱いんですよ。前に返り血を全身で浴びた時など――」

「キミ達が定期的に殺傷設定で死合いを行ってるのは知ってるが、聞きたくない……」

血に飢えた呪われし刀剣のように鋭い眼差しを向けてくる彼女に対し、クロノは深い溜息を吐くと覚悟を決める。

あとどれくらい凌げば予選は終わるんだよ、シグナムって戦ってる時の顔が鬼みたいで怖いからヤダ、美人だからこそ余計に怖い、とうんざりしながら。











押されながらもカイに食らいついているティアナの奮闘は、スバル達を大いに興奮させるものとなっている。ティーダなんてティアナの成長ぶりを目の当たりにして開いた口が塞がらない状態だ。

「凄い、凄いよティア! いつの間にこんなに強くなったの!?」

「よくあんな動き出来るわね。Dust Strikersの時とは比べ物にならないわよ」

スバルとギンガが感心しているのを横目で眺めながら、ヴィータが意地悪な笑みで呟く。

「まー、ティアナはお前らと違ってウチの道場にちょくちょく顔出してたからなー。執務官の仕事で忙しいのに、ウチで自分より強い奴と戦うことを今までずーーーーーっと続けてきたからなー。流石はソルに唯一『弟子』扱いされただけのことはあるよなー。Dust Strikers抜けて以来、アタシらと全っ然模擬戦してないお前らと違って」

グーの音も出ないスバル&ギンガ。黙り込んだ姉妹を視界に収めつつ、ビールをぐびりと飲み干すと、更に続けた。

「はっきり言って今のティアナならお前ら二人相手でも楽勝だぞ。スバルとギンガが二人掛かりで戦っても五分以内にティアナが勝つ。押されてるっつっても、カイとあれだけ渡り合ってるんならそんくらい造作も無ぇ」

本当にはっきりと告げるヴィータの言葉に二人はバツの悪そうな表情になる。それから少し気落ちした様子で「が、頑張れティア~」「負けるな~」と蚊の鳴くような声で応援を再開。

そんな二人の近くに座っていたウェンディ、ディエチ、ノーヴェ、チンクが哀れみを込めた視線を注ぐ。全く同時期にDust Strikersでソル達から師事を受けていた筈なのに、と。

「ティアナも凄いけど、アタシとしちゃクイントさんの方が凄いね。あのオッサン相手に互角で殴り合ってるじゃん?」

アルフがコンビニで売ってそうなチキンを新たに取り出し噛み付きながら言う。彼女の言う通り、クイントはスレイヤーとほぼ互角の戦いを繰り広げている。派手な魔法など使わない、見ているこちらに力が入ってしまうような迫力溢れる打撃戦だ。

「ギアの私が言うのもなんだが、クイント女史は本当に人間なのだろうか? 私が彼女の立場であったならとっくの昔に意識を飛ばしているぞ」

「スレイヤーさん、マジで強いからね」

「私、あのオッサンにあれだけ殴られて気絶しなかった試し無いで」

ワインの瓶をラッパ飲みしていたアインがおもむろに口を開き、同意するようになのはが手にしていたチューハイの空き缶を握り潰し、はやてが遠い目になって新しい酒瓶を開封した。

「……っていうか、クイントさん意識あるの? なんか本能だけで戦ってるように見えるんだけど」

酒瓶を置き、眉を顰め訝しげに唸るシャマル。

「飛んでるんじゃないかなぁ……」

「私もクイントの意識があるのか疑わしくなってきたわ」

「俺もだ」

こめかみに汗を浮かべるアギトとメガーヌとゼストがモニターを心配そうに見つめていた。

「父様はいつも通りだから特にチェックする必要無し、と」

「しょうがないよ。予選でボッチなんだもん」

「アンタら、自分の父親の活躍ぶり見てその発言酷くない? 普通なら誰もが注目すべき点よ」

やはり一般人と比べ感性が狂っているツヴァイとキャロがぼやくと、ルーテシアが苦言を呈する。

「ぎゃあああああああクロノくぅぅぅぅぅん!! 危ない、危なぁぁぁぁぁぁぁい!! 早く逃げてえええええええええええ!!!」

クロノとシグナムが戦い始めてからエイミィが非常にうるさい。母の絶叫と興奮っぷりにカレルとリエラはどん引きしていた。そこまでテンション上げなくてもいいんじゃないか、と二人は幼いなりに思ったからだ。

「ねぇヴィヴィオ、これ魔法戦技大会だよね? 天変地異とか戦争じゃないよね? フェイトさん達が戦った跡、大量破壊兵器の爪痕みたいになってるよ?」

「……地獄絵図と死屍累々の意味、生まれて初めて理解した……ユーノさんとアクセルさん、周りの人達巻き込み過ぎ」

「ノーコメントで☆」

そして皆の中で誰よりもどん引きしてるリオとコロナのリアクションに、ヴィヴィオは花が咲いたような笑みでさらりと受け流す。










運営委員会の聖王教会シスター用休憩室。

「きゃああああああソル様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 素敵、素敵過ぎ!! 私も焼き殺してくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「セイン。旦那の熱狂的ファンらしきこの女の人は誰? さっきからすっっっごいうっさいんだけど」

「ごめんシャンテ。その頭おかしいの、あたしらの姉。ドゥーエっつって旦那の元ストーカー、じゃなかった自称ファン。昔旦那を一目見て以来、頭のネジが何本か外れたんだ」

「ネジが外れた? しょっちゅうソル様を怒らせてはボロ雑巾にされるセイン姉様が言っていいセリフではありませんね。というか、頭のネジが一番飛んでいるのはセイン姉様では?」

「セッテの言い分には同感だけど、あの方に殴られれば誰でもネジが外れると思うわ。オットーはどう思う?」

「えっとディード、誰の発言がツッコミ待ちなのかな?」

話が自虐ネタなのか本気でそう思っているのか分からない後輩シスター達の様子を、優雅に紅茶を啜りながら眺める暴力シスターのシャッハだった。










『それぞれのグループごとに激闘を繰り広げていますが、その中で早くも決着がついてしまったのはEグループ!! なんと予選開始から僅か7分43秒。しかもたった一人の選手が同グループ内のライバルを全て撃墜し本選進出! その人物はゼッケン98番、ソル=バッドガイ選手!! 一体何なんだこの強さはぁぁぁぁぁぁ!?』

テンションがやたら高い実況のセレナが会場全体に響く音量で叫ぶと、いくつも表示されている空間モニターの一つがソルの戦闘シーンを映し出す。お客さん達へ、注目しろ、ということなのだろう。

『まあ、想定の範囲内ね』

『当然の結果です』

『最初から結果が分かってたから見る価値無ぇな』

騒がしい実況とは打って変わって冷静な特別ゲストの三人は、どうでもよさそうな口調と表情でぼやく。

そんな三人に対し、セレナがマイクのスイッチをオフに切り替えてから苦虫を噛み潰したような表情で文句を言う。

「ちょっと、もう少し空気読んでくださいよ。管理局員ならあの選手のこと知ってても、一般のお客さんは知らないんですから。会場のテンションが下がるようなこと言わないで、お仕事してください」

「だって、ねぇ?」

「ソル様のお強さは……」

「今更だしなぁ」

三人共マイクのスイッチを一旦切ってからリンディが困った顔で隣のカリムの表情を窺い、カリムは何かを諦めたように首を横に振り、頬杖をついたゲンヤが溜息を吐く。

「ああもう、じゃあいいですよ! 私がなんとかしますよ!!」

すると携帯端末で通信を開始し、何処かへ何事か伝えるとすぐにマイクをオンに戻す。

『えー、では、他の選手より一足早く控え室へ戻ってきたソル=バッドガイ選手に緊急インタビューをしてみたいと思います。リポーターさん、お願いします』

まだ他のグループが予選中だから後でにした方がいいんじゃないかとゲストの三人は思ったが、口には出さず成り行きを見守ることにした。まあ、十中八九、ソルがインタビューなんてものをまともに受けるとは思えないことも語らないまま。

先程までEグループの戦闘を映し出していた画面が選手控え室の映像に切り替わる。そこでは丁度若い女性局員がマイクを片手にソルへ向かうところだった。

『はい。ではこれからソル選手にインタビューをしてみたいと思います』

彼がリポーターに対してどんな対応を見せるのか、ある意味戦々恐々としながら見守るセレナ。やめた方がいいのに、という考えを表情から隠そうともしないリンディとカリムとゲンヤが、全く同じ動作とタイミングでそれぞれ手元にあった飲み物に手を伸ばし嚥下する。

『予選突破おめでとうございます、凄い戦いでしたね』

『……』

控え室に設置された椅子に座っていたソルは、リポーターの女性をちらりと一瞥してから興味が削がれたように視線を元の場所――まだ戦闘中のグループのリアルタイム映像に戻してしまう。

うわぁ~、応じる気ゼロだ、だからあいつはこういうのダメなんだって、とリンディ達が顔を顰める中、リポーターをめげずにインタビューを続ける。

『如何でしたか予選は? 楽勝でしたか?』

『……』

まるで何事も無かったかのようにリポーターを無視するソル。彼としてはインタビューに応えることよりも、身内がどれだけ潰し合っているかというのが重要なようで、視線をモニターから外そうとしない。

この無反応っぷりにセレナも、リポーターの娘には無茶振りしてしまったかと若干後悔した。

額から脂汗を滲ませ、リポーターの女性はなんとか営業スマイルを維持しながら健気に仕事を全うしようと努めている。

プロだ。

『何か一言、ご感想や本選に向けての抱負などを聞かせてもらえればと思うのですが……』

『ちっ』

返ってきたのは舌打ち。石にでもなったかのように固まるリポーターが段々可哀想になってきた。

これはもうダメだ。セレナがリポーターに撤退しろと指示を出そうとしたその時、ソルが面倒臭そうに口を開く。

『……デバイス工房、シアー・ハート・アタック』

『え?』

『詳しくはWEBで』

そう言うと再び黙ってしまった。もうリポーターのことなど見向きもしない。失せろとばかりに手を『シッシ』と振り、モニターに視線を移す。

「自分の店の宣伝じゃねぇーか!!」

ゲンヤが素早くツッコミを入れる。マイクがオフの状態なので周囲には聞かれていない。が、この情報を耳にしたセレナが機転を利かせてリポーターの窮地を救う。

『今入った情報によりますと、ソル選手は普段デバイス工房を経営しているとのことです! つまり、強さの秘密はデバイスにあるんですね!? そういうことですよねリポーターさん!!』

『え、ええ! そう仰りたいようです! ではこれでインタビューを終わりとします!!』

『はい、ありがとうございましたー!!』

控え室の映像が消え、他グループの戦闘に切り替わった。無理やりな感じで纏めたが、ソル相手に上手くいった方である。嫌な冷や汗をかいたセレナがマイクをオフにするとテーブルに突っ伏してしまう。

「……とりあえず、なんとかなった」

「だから言ったろ。幸先不安だって」

我が物顔で語るゲンヤの気持ちが少し分かった気がするセレナであった。










そして、開始と同じようにしてブザーが鳴り響き、選手達は動きを止める。

予選終了の合図。どうやら漸く規定人数まで削れたようだ。

一人寂しく控え室で予選が終わるのを待っていたソルは、モニターに生き残っているメンバーの名前がそれぞれのグループごとに映し出されていくのを黙って見つめていた。

まずAグループ。そこにアクセルとユーノの名前が無い。ダブルノックアウトで二人共気絶してしまったらしい。まあ、実力が拮抗していただけあって、そういう結果もありだろうと思う。

次にBグループ。カイとティアナの名前だけが残っている。ケリはつけられなかったようだ。本選に持ち越しとなるが、再戦出来るかは組み合わせ次第である。

Cグループ。クイントの名前が無い。薄々そうじゃないかと予想していたが、彼女はどうやら殴り合いの途中で意識を失い、それでも尚戦い続けていたらしい。あのスレイヤーを相手に、だ。凄まじい闘争本能に本気で感服する。こいつは絶対に人間じゃない、と。

Dグループは、ソルと同じでフェイトのみが勝ち抜きだ。ザフィーラは地底人になったので暫く帰ってこないだろう。

最後のFグループはシグナムとクロノ、両名がちゃんと生き残っていた。終始クロノが押されっぱなしであったが、なんだかんだでクリーンヒットをもらってないあたり、休日の度に子ども達を連れて道場に顔を出していたのが功を奏したのかもしれない。

「さて、次からが本番だ」

























オマケ



・シグナムのヤンデレ発言への補足


魔導プログラム体であるシグナムとシャマルは、時間の経過と共に肉体を構成するプログラムが劣化する傾向にある。故に、当人達は無意識の内にソルのギアコードでプログラムの劣化部分を補おうとしているのだ。

先のシグナムのセリフ、シャマルのソルに対する噛み付き癖の原因はこれ。血液の経口摂取が最も効率が良いのだが、次点の粘膜接触の方が人気があり頻度も多い。

現在はゆっくりと時間を掛けてプログラムがギアコードに書き換わっている状態であり――闇の書事件の『防衛プログラム』のような急激で素体にとって無理のある侵蝕ではない――数年後には二人共完全にギア化する予定。

ヴィータは元々ソルのマスターゴーストと相性が良かったので、精神的立ち位置が誰よりも“バックヤード”に近い。その為プログラムの劣化は皆無であり、むしろマスターゴーストから漏れるマナをリンカーコアが受け取り強化されていく。

ザフィーラはSTS編でソルのマスターゴストと主従契約を交わし完璧にサーヴァントとなっているので、その存在は実体化したソルの法力。彼の本体はソルの心の中。現実世界に居るのはあくまでザフィーラの意思を反映させる為のインターフェイス。

他の連中は上記の四人より劣るが、徐々に進行中。ヒトでありながらギアの力を有する『新人類』になりつつある。

























後書き


すっかり更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。

先月から職場が変わりリアルが慌しかったので……すいません言い訳です。

やはり書きたいことが収まりきらず、また次回、という感じになってしまいましたが、次回で必ずこの大会のお話を終わりにするつもりです。

それにしても今年の夏は暑いですな。皆さん、熱中症などにならないように気を付けましょう。かく言う私も一、二年くらい前に熱中症でぶっ倒れてお医者さんのお世話になったことがあります。

真面目な話、熱中症で人は死ねます。当時の私も本気で死ぬかと思いました。水分補給を怠らず、直射日光を避け、なるべく涼しく過ごしましょう。

でも世間は節電なんですよね。もうどないせいっちゅーねん。

ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part4 幻影の焔
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2012/10/11 23:33



フラフラと危なげな足取りで控え室に戻ってきたティアナをいの一番に迎えたのは、タオルと飲み物を手にしたソルだった。

「どうだ? あの『坊や』と戦った感想は?」

彼から投げ渡されたタオルと飲み物に感謝し、遠慮無く汗を拭い渇いた喉を潤してから、自分より少し遅れて戻ってきたカイ――忌々しいことに何事も無かったかのような涼しい表情である――を一瞥し、視線をソルに戻す。

「……凄く強い、です。先生を除けば今まで戦ってきた誰よりも。正直言って、負けると思ってました。しかも意識してるのかしてないのか知りませんが手加減されてる感じがあって、悔しいです」

「だろうな」

まるでティアナの返答が分かっていたかのように彼は頷く。

人がどれだけ多くの軍勢を率いても決して倒せぬギア。そのギアの群れをたった一人で屠れる力を持つ異能者達を束ねた人類の精鋭、それが聖騎士団だ。そしてカイは若干十六歳という若さで聖騎士団の団長に就任した天才剣士。

言ってしまえば、“あっち”の世界で人類最強クラスの法力使いなのだ。彼女の感想は、当然と言えば至極当然である……人外が跳梁跋扈する世界で、あくまで『人類最強』だが。

しかし彼女は重要なことに気付いていない。手加減されていたとは言え、今自分で口にした『先生を除けば今まで戦ってきた誰よりも強い相手』に負けていないことを。

「まあ、良い勉強にはなったろ」

「それは否定しません」

「俺としてはカイだけじゃなく、この後あの馬鹿にもお前と戦わせたかったが、ユーノと一緒に予選落ちしちまったしな」

「え? ユーノさんが予選落ち? 嘘?」

意外そうな顔になるティアナはどうやら本選進出メンバーのリストを見ていないらしい。さっきまで閲覧していたリストを空間ウィンドウで再表示し、Aグループ部分を指差す。

「ユーノとアクセルは相打ちだ」

「……」

眼を丸くしている彼女を他所に、ソルはカイに声を掛けた。

「俺の弟子と戦った感想はどうだ?」

するとカイはキッと眼つきを鋭くさせ、詰め寄ってくる。

「お前は今までティアナさんにどれ程苛烈な修練を強要したんだ!? この若さでこの強さは明らかに異常だ!! これが聖戦時代だったら、私は間違いなく彼女をスカウトし『物理攻撃小隊』か『法術小隊』の小隊長に任命しているところだ!!」

「甘いな。こいつは戦闘だけじゃなく指揮も執れるから『略小隊』の隊長もこなせる」

怒鳴るカイに向かってソルは自慢気に返す。

「そういう問題ではない!」

「じゃあどういう問題なのかはっきり言ってみろ!」

「お前のことだ。どうせ地獄のようなトレーニングで彼女を何度も泣かせてきたんだろう!?」

「確かに訓練中に泣きべそかいてんのは数え切れない程見たし、毎回のた打ち回って血反吐塗れで気絶してたが、ティアナが強くなりたいっつって望んだことだ。俺は心を鬼にしてティアナが瀕死になるまで攻撃――」

「お前は正真正銘の鬼だ!!!」

突然隣で二人がギャーギャー言い争いを始めたのをぼんやり眺めながら、ティアナは恐縮した様子でおもむろに挙手し、疑問を投げ掛ける。

「あの、お二人が言う部隊の隊長って凄いんですか?」

ミッド出身で管理局に所属している身の彼女としては、二人が先程から話題に上げている聖騎士団の組織図を知らない。一部隊を任されることが凄いことなのはよく分かるのだが、色々と規格外の人間とばかり付き合いがあり、自身も花形と呼ばれ羨望と憧れを集める執務官という役職に就いているので感覚が麻痺している。

「失礼。ではまず聖騎士団の組織図について説明します」

「大した説明じゃないがな」

「……少し黙っていろ」

コホンと咳払いしたカイにソルが茶々を入るので、カイはギロリと睨む。ソルが肩を竦めて口を閉ざしたのを確認し、説明を開始。丁度その時、Cグループで予選抜けしたスレイヤー、Dグループで唯一生き残ったフェイト、Fグループのシグナムとクロノが戻ってくる。「何のお話してるの?」とフェイトが首を傾げ尋ねてくるので、ソルは簡単に「今のティアナがもし当時の聖騎士団に入団したらどうなるかだ」と返答。

「聖騎士団は全世界規模の組織として異例ではありますが、騎士団内部の組織図はあえて細分化されていません」

この始まり文句に組織人のティアナとクロノが「え?」と戸惑うように声を漏らし、二人のリアクションを予想していたように説明は続く。

カイ曰く、組織図が細分化されていないその理由は昇級欲により団員達の間で亀裂を生むのを回避する為(勿論、名誉勲章のようなものは存在した)。そしてその組織図は、大まかに分けて団長、隊員、志願兵の三通りのみ。

団長は文字通り騎士団全軍の指揮、統率を司る最高位。他の隊員や兵と一線を画す超大な戦闘能力が絶対条件として求められ、経歴や年齢は一切不問。それに加えて民や隊員の心をどれだけ多く掴んだかによって自ずと決定されてしまう、ある意味立候補が不可能な役職だ。

隊員は団長と打って変わって役割色が強い地位を指す。七つの大隊を全てとし、それぞれの大隊に『物理攻撃』、『法術』、『略』、『法支援』、『救護』の五小隊を保有。大隊長、小隊長をそれぞれ『守護神』、『守護天使』という風に通称し、能力別に秀でた者が任されていた。

志願兵は、団長と隊員以外の者を全てそう呼んでいた。能力の優劣を問わず、各隊の属性に適した戦いに自由参加が可能。あくまで各隊をサポートする遊軍的存在だ。

組織図は以下の通り。



団長(当時のカイの役職)



七人の大隊長(『守護神』と呼ばれる隊員)



三十五人の小隊長(『守護天使』と呼ばれる隊員) ←ティアナが推薦される位置



それぞれの隊に所属するたくさんの騎士団員(普通の隊員)



たくさんの志願兵



他にも補佐官など細かい分類や役職が存在するが、組織図として大まかに表すとこのようになるのだ。

カイが説明を終えると、ティアナが泡を食ったように慌ててソルに訊く。

「えっと、管理局に例えると……」

「部下の数は“海”の提督クラスよりも多くて、実質的な権限はそれより上だから、今のクロノと同じくらいか?」

そのまま当てはめてしまえば、クロノが率いる次元航行隊部隊+αを己の指揮下に置く、という意味だ。まさか自分がそこまで評価されているとは思っていなかったのか、開いた口が塞がらないどころか思考停止してしまうティアナ。

そんな風に固まってしまった彼女に、ソルが意地悪な笑みを浮かべて言ってやる。

「今日から『守護天使ティアナ様』って呼んでやるよ、くくく……」

「やめてください!!!」

からかわれていると理解し顔を真っ赤にしたティアナが、控え室に響く大きな声で抗議した。

ちなみにソルは上記の組織図には何処にも属していない。元々カイの前任者であるクリフ=アンダーソンに腕を見込まれ直々にスカウトを受けて入団した経緯と、団長すら凌駕する戦闘能力、命令無視を繰り返し単騎で遊撃ばかりしていたことにより、非常に扱いに困るワンマンアーミー的存在だったからである。(しかも最後は団の宝である封炎剣を盗んで逃走――本当はクリフから譲り受けたがその事実を知る者は当人達のみ――したので脱走犯=騎士団の汚点扱い)

おまけとして、聖騎士団は上官や自分より強い者に対して『様』を付ける風習があり、ソルもカイも共に『ソル様』『カイ様』と呼ばれた。もっとも、団長であるカイは『様』付けよりも『団長』と呼ばれることが多かったが、当の本人が団長に就任してからも前任者のクリフを『クリフ団長』と呼び続けたので、二人が揃っている時に誰かが「団長!」と呼ぶとちょっとした混乱を生んでいたのは余談。

聖戦終結と同時に解体され数十年という月日が流れた今となっては、当時の戦いに明け暮れた生活がソルとカイにとって忘れられない思い出となっている。

「で、予選落ちした連中はどうなった?」

話題を変える為にソルが皆に話を振る。今この場には、ユーノとアクセルとザフィーラとクイントの姿がない。ザフィーラはつい先程一旦肉体を分解しソルの中に戻ってきたので気にも留めていないが、気絶して敗退した他の三人が少し気になったのだ。

「医務室だよ。他の選手達も一緒さ」

答えたのはクイントを気絶させた張本人であるスレイヤー。彼も彼で気に掛けていたらしく、此処に戻ってくる前に医務室へ足を運んだとのこと。そこでは予選落ちした選手達が野戦病院に運び込まれた負傷兵のように犇めき合っているらしい。

まあ、ユーノ達ならそれ程待たない内に勝手に復活するだろう。タフネスさに関しては最早人外レベルだ。心配など不要である。

本選が開始されるまでまだ時間はあるので、ソル達は思い思いに休憩を満喫するのであった。










「う~ん」

難しい顔のヴィータがスルメを齧りながら唸っている。そんな彼女が眺めているのは、この大会で『誰が優勝するか』と『誰が何処まで勝ち上がれるか』を纏めたオッズ表。会場に居る観客がリアルタイムで投票出来るシステムのもので、予選が終了した現段階でどうなっているのかを空間ディスプレイが示していた。

「やっぱソルは最有力の優勝候補だよなー」

彼女の口調は苦々しい。

予選でとんでもない程に暴れるだけ暴れたソルの戦い方は実に素人好みであり、組織票でも入ってるんじゃないかってくらいにオッズがおかしいことになっていた。具体的に言って、会場の六割以上が『ソル優勝』に票を入れている計算だ。戦い方もそうだが、Eグループで唯一生き残ったのでシード権まであり、それがオッズの偏りに拍車を掛けていると思われる。

次に高いのはフェイト。やはりソル同様Dグループ唯一の本選進出のシード権持ちだからか。ザフィーラと激しい戦いを繰り広げたのも大きいのだろう。

三番手にカイ、四番手にティアナと続く。撃墜数ではティアナの方が圧倒的に上だが、予選で見せたサシの勝負が二人に差をつけた要因だ。

上位四名から突き放される形で撃墜数の低いシグナムとクロノが続き、皆から遠く離れた下位にスレイヤーが並ぶ。

要はどれだけ観客の注目を集めた戦い方をしたか、だ。

「ちっ、マズイぞこりゃ」

オッズが高いと賭けに勝っても利潤が低い。故に、ヴィータにとって身内の連中が人気を集めているこの状況は由々しき事態である。唯一の救いは撃墜数が一人のスレイヤーだった。彼が他の選手に脇目も振らず、クイントと終始潰し合いをしていたことにより、他の連中と比べあまり注目されていない。

「しゃーない。最強の爺さんに財布を託すか」

当然、勝てると分かっている試合には全力で賭けるが、勝った時の喜びは恐らくスレイヤーの勝利が一番の筈。何故なら利潤がきっと誰よりも大きいから。

最大の問題は身内同士でぶつかり合った時、どっちに賭けるか。ソル、カイ、スレイヤーに賭けるのが無難だが、組み合わせ次第ではその三人がぶつかる可能性も大いにあり得る。つーか、準々決勝くらいから必ず誰かと誰かがそうなる。その場合予想は難しい。

「ま、そん時はそん時考えよっと」

そう結論付けて口にしていたスルメを酒と共に嚥下すると、予選落ちした四人の内三人、ユーノとアクセルとクイントが顔を出す。ザフィーラの姿が確認出来ないが、気にしなくてもいいだろう。

三人に気が付いた他の皆がそれぞれ「お疲れ様」だの「残念だったね」だの「怪我してない? 大丈夫?」だの声を掛けている。

労いを受けた三人は「惜しかったんだけどなー」とか「いやー、疲れたわー」とか「とりあえずお腹が空いたわ!」とか笑いながら応じて空いてる席に腰を下ろす。予選落ちしたことに関しては特に気にしていないらしい。

と、気を利かせたシャマルが三人にスポーツドリンクを手渡した。

本選開始までまだ時間がある。なので暫くの間はお喋りに興じることとなるが、やはり話題に上るのは先程の予選での戦いとこれからの本選トーナメントである。

大方の予想通りというか、誰も彼もがソルを優勝候補と目しているものの、カイとスレイヤーの実力を知る者達はその意見に渋面を示す。背徳の炎一家のリアクションを見て、驚く者や戦慄する者の顔を観察するのはなかなか面白い。

人の悪そうな笑みをアインが浮かべ、告げた。

「この際だからはっきりさせておこう。カイはソルの宿敵だと自称するだけあって強い、リミッターを外さないなら私でも難儀する程の使い手だ。そしてスレイヤー殿は、リミッターを外し本気になったソルと互角に戦える……つまり私より強いぞ」

基準がアインという時点で既に比べる対象が人類じゃない。何処のモンスターだ? というツッコミを誰もが入れたそうにしていたが、結局誰も突っ込まなかった。最早そういうものなのだと皆呆れているのかもしれない。

「だからクイント女史、そんなスレイヤー殿と真っ向から殴り合ったあなたはとっくの昔に人類を超越している。ようこそ、“こちら側”へ」

「やったわ。ついに私は人を超えたのね!!」

アインの歓待の言葉と共に差し伸ばされた手を取り、何も考えていなさそうな表情で喜ぶクイント。

そんな母親の姿に「あああ!? お母さんがあっち側に行っちゃったよギン姉ぇ!!」とスバルが喚き、「前々からいつかそうなるんじゃないかと思ってたけど……」とギンガがさめざめと泣き、「……ついにナカジマ家からも人外魔境が誕生しちまった」とノーヴェが呻き、「これが人の可能性……」とチンクが慄き、「じゃ、つまりウチのママリンは最強のお母さんってことッスね!!」とウェンディがはしゃぎ、「…あ…あ」とディエチが認め難い事実に固まってしまう。

此処まで来るともう笑うしかないのか、他の皆は微妙に頬を引きつらせた苦笑い。

「ま、なんでもいいけど」

アクセルがいつの間にか手にした酒瓶を浴びるように飲みながら、相変わらずの軽い態度と口調で言う。

「俺らってさ、誰が誰より強いとかそういう競い合うことが目的で戦ってる訳じゃなくて、戦うことそれ自体が目的なんだよね。ああ勿論、勝ちたいって気持ちはあるけど二の次って感じ。なんつーの? 他人には理解し難いコミュニケーション、みたいな? 『あ、久しぶり! やろっか?』『おっしゃかかってこい!!』っていうノリ。基本、その場ですぐに戦っちゃうし。市街地のど真ん中だろうが建物の中だろうが人里離れた森の中だろうがね」

「何それ怖い」

ティーダが青い顔をする。彼以外にも眉を顰め、何を言われたのか分かっていない表情の者がほとんどだ。生まれも育ちもミッドチルダの人間から見たら、法力使い共が送る日々はとてつもなく物騒で意味不明に近い。

賞金稼ぎに狙われる賞金首がほぼ全て『生死問わず』であり、換金する為の証拠品が生首OK、むしろ死んでるなら本人確認の為に生首じゃなきゃNG――文字通りの意味で“賞金になる首”――という世界である。殺伐としていて、人の倫理観が根底的に異なっているのは否めない。

「一つ補足しておくと、お兄ちゃん達だけじゃないんだよ。お兄ちゃんの故郷である世界がそんな感じなの」

「魔法に関して管理世界で言うところの管理局法が存在しない、ある意味無法地帯だから」

なのはとシャマルが朗らかに恐ろしい事実を付け加えた。流石にイリュリア連王国のような治安が良い地域で暴れれば問答無用でしょっぴかれるが、そういう法が行き届いている場所はまだまだ多くない、未だに治安が悪く、周囲の迷惑を考えない法力を用いたストリートファイトが日常茶飯事になっている国や街は多い。むしろ賭けの対象にしてそれで生活を営む地域まである。

「ソルくんなんてしょっちゅう放火魔扱いされてたって聞くで」

よくよく考えてみれば恐ろしい話だが、はやての言うことは誰にも否定出来ない。実際、あの男は安全装置がぶっ壊れた火炎放射器だからである。

「はやてちゃん、そりゃしょうがないって。ソルの旦那が戦うと周囲一帯が火の海になるからね……懐かしーな、昔旦那と路上で戦ってたら通報でもされたのか警察がすっ飛んできてさ。勝負そっちのけで二人して慌てて逃げたよ」

「どうせアンタらのことだ。追っかけてきた警察が聖騎士団解体後に警察機構長官になってたカイなんだろ?」

半眼で睨んでくるアルフの言にアクセルは何度も大きく頷く。

「そうそうそう! そんであんまりしつこく追いかけてくるもんだからソルの旦那が腹立てちゃって、二人で協力して迎撃しようってことになったら、どうやって嗅ぎ付けたのかスレイヤーの旦那までどっからともなく現れて、結局四人で乱闘してたら街の一角が吹っ飛んじゃって、気が付いたら辺り一面焼け野原、ってね♪」

語る本人は笑い話のつもりなのだろうが、笑うに笑えない。嗚呼、この人達は疫病神か天変地異そのものなんだな、と皆思ったが決して口にはしない。トラブルメーカーとかそんなチャチな騒ぎでは断じてない、もっと傍迷惑で恐ろしいものの片鱗を味わったからだ。










本選は総勢三十名をAとBの2ブロックに分けて十五名ずつでトーナメントを行い、それぞれ最後まで勝ち残った者同士が決勝で戦い優勝を競うことになる。

予選の時はクジ引きという方法を使われたが、今回は機械によるランダムセレクトで組み合わせが決定された。

Aブロックはカイ、クロノ、シグナム、フェイトの四人。それぞれカイが第一試合、クロノが第三試合、シグナムが第六試合となり、Aブロック内で唯一シード権持ちのフェイトの試合は第二回戦から。問題無く勝ち上がればカイとクロノ、シグナムとフェイトという組み合わせで準々決勝にぶつかり合う。

対するBブロックはスレイヤー、ティアナ、ソルの残った三人。スレイヤーは第三試合、ティアナは第四試合となっている。ソルもフェイト同様シード権持ちなので試合は二回戦から。そして、二回戦でスレイヤーとティアナの二人が戦うことになり、勝ち残った方が準決勝でソルと戦うことになった。

「うわ、厳しいなこれ」

発表されたトーナメント表にクロノは眉を寄せて苦々しく呟く。一回戦、二回戦は勝てたとしても準々決勝でカイと当たってしまう。聞いた話ではシグナムより強いらしい。チラリと彼の顔を横から盗み見ると、視線に気が付いたカイがニコリと微笑んだ。まるで「お互い頑張りましょう」とエールを送られているようだ。なんとなく気恥ずかしくなって視線を彼からトーナメント表に戻す。

「ソルと戦うには決勝まで勝ち残るしかないか」

「そうだね」

シグナムの独り言にフェイトが同意を示す。するとシグナムは彼女に身体ごと向き直り、眼から剣呑な光を放つ。

「だがその前にカイ殿かクロノ提督のどちらかを倒す必要がある」

「うん」

「そして、更にその前にお前と決着をつけなければならないらしい」

「決着をつけるのはいいけど、シグナム? どうせ勝つのは私だよ」

戦意を漲らせるシグナムと打って変わってフェイトは実にリラックスした様子で、まるで当たり前の事実を語るような口調で諭すように言ってやった。

だがシグナムも負けていない。不敵に笑いを漏らしつつ返す。

「ふふ、いいだろう。どちらがソルと戦うに値するか勝負だ」

視線と視線が真正面から衝突しバチバチと火花を散らす。此処では既に女の戦いが始まっている。

「ナカジマ女史に続きランスター嬢と戦えるとは、今日の私はなかなか運気が良いらしい。一つよろしくお願いしたい、レディ?」

ダンディな紳士ことスレイヤーが優雅に笑みを浮かべたので、ティアナは慌てて畏まった態度で思わず「こ、こちらこそ」と頭を下げてしまう。彼が本当の紳士だというのもあるが、知人友人恩師などが礼儀知らずどころか非常識な連中ばっかりなので、こうも礼儀正しく接されると戸惑ってしまう時があった。

そしてソルは――

(カイとクロノが潰し合って、シグナムとフェイトが潰し合ってくれれば楽だな。問題は爺だが……)

この場に居た選手達の中で誰よりもせこいことを考えていた。





『それでは時間になりましたので、魔法戦技大会の本選トーナメントを開始致します!! 負ければ地獄、勝てば天国の待ちに待ったギャンブルバトルが行われます!! 勝っても負けても恨みっこなし、でも破滅しないように気を付けて、自己責任で賭けてくださいね!! 万が一路頭に迷う破目になったとしても我々運営側は一切関知しませんので悪しからず!!』

実況のセレナが開始宣言をして、本選トーナメントが始まる。

『では第一試合はAブロックの第一回戦からとなります。戦う二人の選手は先程の予選にて――』

一発目からいきなりカイの試合となったが、本人は特に気負うこともなく皆に一言「行ってきます」と声を掛けてから控え室を後にした。

「じゃあ賭けるか。カイが勝つに手持ち全部、と」

「そうだな」

「私も使える分は全部カイさんに賭けちゃおっと」

ソル、シグナム、フェイトが手元に空間ウィンドウを表示させると一切の躊躇も無く全額カイの勝利にぶち込んだ。しかも三人共、数十万単位である。それを見てクロノとティアナが「豪快だ……」「……お金に執着してないのに結局賭けるんですね」と半ば呆然としながら呻いた。

「何やってんだ? 確実に勝てる今の内に賭けるだけ賭けておかないと後悔するぜ?」

流石は元賞金稼ぎ。この大会の話をセインから聞いた時は全くと言っていいくらいに乗り気ではなかったのに。稼げる時は稼いでおけ、という考え方なのだろう。

促すようなソルの声にクロノとティアナがハッとなる。そうだ、カイの現在のオッズは第三位。ただでさえ高いものが勝てば勝つ程高くなっていく。そうなったら儲からない。リスクが少ない今の内に儲けを取っておかないと確かに勿体無い話だ。なんだか乗せられてると思いながらも、今日だけと思い直して各々が空間ウィンドウを表示した。

試合開始直前のオッズは7:3でカイに圧倒的人気がある。次元世界では無名であっても、やはり予選での戦いっぷりが影響しているのだろう。

何よりイケメンだ。対する相手選手は大柄で強そうなガタイの持ち主であったがあんまりイケメンじゃないので、その分女性票を多く獲得したに違いない。強さは顔で決めるものではないが、女性だったらどちらか選べと言われればカイを応援したくなる筈。

で、

「よく頑張りました」

『決まったぁぁぁ! 華麗な剣技と強力無比な雷の魔法で相手を完封、Aブロック第一回戦第一試合はカイ=キスク選手の圧勝だぁぁぁぁ!!』

案の定カイの勝利となって第一試合は終了した。時間にして僅か五分。会場中から黄色い声援を受けつつカイが戻ってくる。

「こういう試合はいつ以来でしょうか。若い頃を思い出します」

爽やかな表情でそう語る彼を一瞥してから、ソルが皆に言い渡す。この調子で頼むぞ、と。

滞りなく大会は進行していき、シード権持ちのソルとフェイトを除いた皆もカイの後に続く。

「……やっぱりソル達が異常なんだな。シグナムと戦った後だと凄く気楽に戦える」

Aブロック第一回戦第三試合。クロノ、本選トーナメントにてやっと“海の提督”としての実力を見せ付けることに成功し快勝。

「これだけの規模の大会にも関わらずこの程度の力量……やはり私を満たせるのはソルだけだな」

Aブロック第一回戦第六試合。シグナム、秒殺勝利していながら何処か不満気。

「はしたないようだが、オードブルでは満足出来なくてね」

Bブロック第一回戦第三試合。スレイヤー、相変わらず徒手空拳のみで戦い、相手選手を一方的にタコ殴りにして完全勝利。

「これっぽっちの攻撃でもう降参? 根性無いわね、アンタ」

Bブロック第一回戦第四試合。ティアナ、幻術を使わず接近戦のみでベルカ式の相手を圧倒。噂通りの足癖の悪さを遺憾無く発揮し次へと駒を進める。

一回戦を終え、再びAブロックから二回戦が始まるが特筆すること無く皆勝ち抜いていく。フェイトも二回戦目から参戦し問題無く勝利。

そしてBブロックの二回戦が始まり――



ついに第二試合でスレイヤーとティアナがぶつかり合うことになる。





「ティアナ」

厳かな口調と低い声音、真剣な色を帯びた眼でソルが愛弟子の名を呼んだ。

「少し面を貸せ」

顎で控え室の外を示し、返答を待たずに歩き出す師にティアナは黙って従い、その大きな後姿に視線を注ぎながらついていく。

長い廊下を歩き続ける。人気の無い場所を求めている様子でソルはゴツゴツと重い音を立てながら進む。次の試合に向けて激励してくれるか、もしくは何か大切なことを伝えようとしているのだろう。

少し歩いた結果、会場入りした時に待合室として使わせてもらった大部屋の前にまで辿り着く。誰も居ないことを確認すると、ソルは廊下の壁に背を預け腕を組み、ただでさえ鋭い真紅の瞳を更に鋭くさせ、言葉を紡ぐ。

「あの爺は、間違いなく今までお前が戦ってきた連中の中で一番強い」

「カイさんよりもですか?」

「ああ。奴はある意味、俺より強いかもしれんな」

「それ程ですか……!?」

戦慄するティアナ。正直、今の師の発言を信じたくない気持ちでいっぱいだ。彼女にとって師であるソルは唯一にして絶対、最強の『魔法使い』だ。彼が負けた場面など見たことも聞いたこともない。いつだって傲岸不遜で、天上天下唯我独尊、傍若無人を地で行くソルよりも強い者が存在するなどあり得ない。

そもそも彼は人ではなく、ギアと呼ばれる生体兵器。ありとあらゆる面で遥かに人類を凌駕し、人智を超越した戦闘能力を保有している。そんな彼が自身と同等かそれ以上の存在を容認することを言うとは思っていなかった。

「俺と『同じ』でこういう公衆の面前で本気を出せねぇ理由があるから、あんま無茶はしねぇと思うが……精々気を付けろ。爺は『俺達』と同じで、言っちまえば人類に降り掛かる“脅威”そのものだ」

「先生と同じ、人類の脅威……」

言いたいことはそれで終わりなのか、ソルは反芻するティアナの声には応じず横を通り過ぎ歩き出す。

だが彼は数歩足を進めてから急に立ち止まり、肩越しに振り返って口を開く。

「勝てとは言わん、俺ですら奴に勝つのは難しい」

だから、と続けた。

「『人間』を相手にするつもりで戦うな。情けも容赦も要らん。殺すつもりで攻撃するだけじゃ足りん、肉片一つ残さず殲滅するつもりで全戦力を注ぎ込め」










背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part4 幻影の焔










『お次の試合はBブロック二回戦の第二試合! 管理局の“海”では指折りの実力者として知られる敏腕なのに足癖が悪いと噂に名高い執務官と、名前以外のプロフィールが謎のヴェールに包まれたダンディな紳士、この二人の対決です!!』

実況のセレナはノリノリでマイクに噛み付くような勢いで吼える。本選が始まってからずっとこんな感じなので、特別ゲスト&解説のリンディ達三人は彼女が途中で喉を潰さないか少し心配だったりする。

『ゲストの皆さんはどう見ますか? この戦い』

『難しいわねぇ』

腕を組み首を捻らせリンディが唸るのを横目で見つつ、ゲンヤが厳しい表情でコメントする。

『さっきから気になってるんだが、スレイヤー選手ってのは何者なんだ? 魔法らしい魔法なんて一切使わず徒手空拳だけで勝っちまってる。プロフィールも名前以外何一つ分かってねぇし』

『ナカジマ中将代理は予選で奥さんがスレイヤー選手に負かされたことを怒ってるんですね』

『バッ、そうじゃねぇ!!』

ゲンヤの横顔を見て邪推したカリムが鋭く指摘し、図星を突かれ年甲斐も無く顔を赤くする中年のおっさん。

『プロフィール云々はともかく戦闘スタイルは実にシンプルだわ。ただひたすらに接近戦。まるでそれしか出来ないとでも言わんばかり』

『リンディ統括官の言う通りです。そしてあの細身から繰り出されているとは考えられない程の圧倒的パワー。防御魔法を容易く砕き貫く拳や蹴りなどなかなかお目にかかれません』

解説らしいことをのたまうリンディとカリムであるが、そもそも三人はソルの腐れ縁について知らないからこそ真面目な態度でコメントをしているのである。もし知っていたらソルが予選抜けした時の態度に酷似したやる気の無いリアクションを返すだろう。「あいつの知り合いならしょうがない」と。

『オッズを見てみましょう。おおう、なんと比率は6:4! ティアナ・ランスター選手がやや有利と予想されているようです。やはり執務官という肩書きが後押ししているのでしょうか? しかし実際に戦ってみるまで結果は分かりません。二人の選手が一体どんな試合を展開するのか見逃さないようにしましょう』










決闘場として用意された無人世界は、予選の時と同様に荒野。赤茶けた大地に点々と巨岩がせり出している。

荒涼とした世界の中、約15メートル程離れた場所に一人の紳士が実にリラックスした様子で佇んでいた。

「そんなに緊張する必要は無い。安心したまえ、手加減はしよう」

「……」

言われたティアナは返事をしない。否、返事をするだけの余裕が無い。今まで幾度となく強い者と戦ってきたが、これ程までに警戒しなければならない相手など初めてだと感じていたからだ。

相対してみて、ソルの言っていた意味を初めて理解する。戦う相手として眼の前に立って漸く気付く。この紳士はとんでもない程に強い、少なくとも今の自分では手も足も出ないくらいに。

師と同じだ。底が知れない。相手の力量がどの程度か全く掴めない。何もしていないのに冷や汗がダラダラ流れる。垂れ流しの気配だけでも足が竦んでしまう。とても大きくて禍々しい見えない何かが存在しているかのようなプレッシャーが凄まじい。

身体が小刻みに震えている。武者震いではない。これは明確な恐怖。生存本能が警鐘を鳴らす。スレイヤーはとてつもなく危険だと訴えていた。

(……か、勝てない)

本能的に悟ってしまう。カイと相対した時とは何かが決定的に違う。いや、さっきのあれと今のこれを比べてはならない。それ程までに異質なものを感じるのだ。戦うことよりも何よりも先に逃げることが脳裏に浮かぶ。

ヤバイ。身体が動いてくれない。こんな体たらくで試合開始の合図が鳴ったら一瞬で終わる。クイントがこんな人と真正面から殴り合っていたのかと思うと、戦慄を禁じ得ない。あっちもあっちで十分化け物だ。

どうする? どうする? どうする? どうすればいい!?

身体が動かないことによって焦りが生まれる。その焦りが思考をかき乱す。ベストの回答を導き出せない。こうなってしまっては戦えない。その末路として敗北が待っている。

急がなければ、なんとかしなければという気持ちが溢れれば溢れる程頭の中はパニックになった。こうしている間もどんどん時間が過ぎていく。あと何秒で試合が始まってしまうのか? 冷静さを失った頭は真っ白で、何も考えられなくなってしまい――



――『ティアナ』



そんな時に過ぎったのは、自身を呼ぶ師の声。

突如として真っ白な思考を紅蓮の炎が埋め尽くす。脳裏に師の、逞しく頼もしい大きな背中が映し出される。すると瞬く間に頭が冷静さを取り戻し思考がクリアになり、痺れていたように動かなかった身体が自由を取り戻し五感が研ぎ澄まされていく。

スレイヤーに対する恐怖も嘘のように消えてしまう。まるで何度も経験し慣れてしまった事柄を突然思い出したかのように。

(そっか。道理で怖かった訳だわ……この人、先生と『同じ』で人間じゃないのね?)

先程まで自身が体感したことなど加味した結果、ティアナが出した答えはスレイヤーがソルのような人の姿をしていながら人ではない存在だという内容。完璧とは言えない答えだが、当たらずとも遠からずである。

ついさっき言ってくれたではないか。爺は『俺達』と同じ、人類に降り掛かる“脅威”そのものだ、『人間』を相手にするつもりで戦うな、と。折角のアドバイスを忘れてしまう自分が情けない。

思い出せ。初めて本気でこちらを殺す気になったソルと戦わされて、生まれて初めて人外と対峙した時に味わった刃のような敵意を、灼熱の殺意を、心を押し潰す恐怖を。

今回もそれと同じ。もう既に経験したことだ。臆病風に吹かれ、必要以上にビビって怯むなどあってはならない。

ビーーーーーーーッ、という音が聞こえてきてから、実況の『試合開始!!』という合図がタイミングよく鼓膜を叩く。

さあ、覚悟はいいかティアナ・ランスター? 一瞬の気の緩みが致命的となる人ならざる者との戦闘だ。死ぬ気で戦わないと一撃でボロ雑巾にされるぞ?

(集中、集中、集中!!)

自らを暗示に掛けるかのように何度も同じ言葉を胸の内に繰り返してから、彼女は右腕を真っ直ぐ伸ばしクロスミラージュを構え引き金を引く。

狙いは人体急所と思われる箇所の内、額、心臓、肝臓、腎臓、みぞおちの五箇所。普段であれば人間相手に人体急所を一度の攻撃で五箇所も狙おうと思わないが、手加減や容赦などは不要だと判断した結果であった。言われた通り、肉片一つ残さない――オーバーキルするつまりで攻撃した方がいいだろう。

バースト射撃と勘違いさせる程の早撃ち。ダダダダダッと五連続で響く銃声。銃口からマズルフラッシュと共に吐き出された五発の魔弾が高速かつ正確にスレイヤーに迫る。

ティアナが普段使っている射撃魔法は、基本的には貫通性を重視している。これは敵対する魔導師のバリアを貫き直接ダメージを与えることを目的としているからだ。その為誘導性は皆無に等しいが、割いたリソースを弾速と威力に回しているのだ。

勿論、普通に誘導弾を使う時も存在するが、昔と比べると使う頻度がぐっと下がってしまっていた。何故なら、一定以上の強さを持つ連中に誘導弾を撃ち、もし当たったとしても威力が低い為大してダメージにならない。特にソルから師事を受けるようになってからは全くと言っても過言ではないくらいに使わない。精々、いざという時に使えなくなっては困るから毎日の訓練でしっかり練習するくらい。

だから、射撃魔法でも基本中の基本であるシュートバレットの速度と威力、そして貫通力は誰よりも自信がある……筈だった。

「それが攻撃かね?」

だが、スレイヤーは手の平でうるさい羽虫を払うような動作をしただけで、五発の魔弾を全て叩き落す。

眉を顰めるティアナであったが、似たようなことはソルがよくするし、カイも先程剣で同じことをしている。この程度は想定の範囲内。

ならば叩き落せないように一発一発の威力を上げて撃ち込む量をもっと増やしてやる、そこまで考えてから、本当にそれでいいのかと思い直す。

つい今しがた素手で防がれたが、もし防がれず当たったとしても本当にダメージを与えられたであろうか?

「……」

自問自答してみると答えは否だ。そもそもソル自らが「俺ですら奴に勝つのは難しい」と言う程の相手である。純粋な攻撃力において高いと評価出来ないティアナの魔法がそう簡単に通じるとは思えない。

そう判断するとティアナの行動は早かった。クロスミラージュから脱着式の弾倉を抜き取る。抜き取られた弾倉は光の粒子となって消え、クロスミラージュに仕舞われた。

そして先と似たような弾倉を新たに一つ召喚。オレンジの魔力光を放ちながら一つの弾倉が手の平の中に現れ、クロスミラージュに装填する。

彼女の真意を知らない者から一見すれば、カートリッジが入った弾倉を別のものに換えただけの謎の行動だろう。しかし、弾倉を換えたことそれ自体がティアナにとって大きな意味を持っている。

いや、正確には弾倉を換えたと言うより、弾倉に予め装填されているカートリッジを換えたと言った方が正しい。

(公衆の面前でこのカートリッジだけは使いたくなかったんだけど、先生が許可してくれてるみたいだし、しょうがないわよね)

自分に言い聞かせるように心の中で呟きながら、ティアナは改めてクロスミラージュを構え狙いをスレイヤーに定め、とある『法力』を選択し、引き金を引いた。



「ガンフレイム」



銃口から吐き出されたのはオレンジ色をした魔力弾ではなく、紅蓮の炎。大気を食らい、焼き尽くし、空間そのものを抉り取るような灼熱が真っ直ぐ突き進む。

それと同時に排莢部分から紅色をした空薬莢が吐き出され、澄んだ金属音を立ててティアナの足元に転がる。





飛来する火炎には確かに驚いたが、このまま棒立ちしている訳にもいかない。直撃を避ける為にサイドステップを踏み、やり過ごす。

炎が真横を通り過ぎるその瞬間に感じた熱と波動は、慣れ親しんだ彼の力だった。空気が焦げる臭い、あらゆるものを灰に変える膨大な熱量、攻撃の意思を表現したかのような色と光。

間違いない。これは彼の炎だ。

スレイヤーを捉えられなかった炎はそのまま直進し、進路上にたまたま存在していた巨岩に命中すると、盛大な爆発と光、爆音を伴いながら巨岩を粉々に吹き飛ばした。

威力も本物と同等とはいささか驚いたが、手品の種はもう分かっている。

ティアナが取り換えたマガジン、それに装填されているカートリッジ。恐らく一つひとつに彼の法力が込められているのだろう。そうとしか考えられない。今のティアナからは、否、彼女が持つ拳銃型デバイスからは既に持ち主の魔力を発していない。

感じるのは彼の力のみ。凶暴で狂おしい魔獣が檻から解き放たれ、本能のままに食らい尽くすことへ歓喜の咆哮を上げる。そんなことを連想してしまうくらいに、あの“魔銃”は攻撃的な気配を醸し出している。

(ふむ。借り物の力とは言え、彼の力の一端を振るうか……いやはやなんとも、面白い展開になってきたものだな)

個人的に興味が尽きない。ティアナ・ランスターという少女は、一介の人間でしかない。種族的な特殊性を持っている訳でも、出生に何か秘密がある訳でも、凡俗には到底理解出来ない何かを秘めた訳でも無い。スレイヤーの眼から見て、何処にでも居そうなただの女の子だ。

けれど、彼がこれまで出会ってきた人間の中で唯一弟子と認める特別な存在。他にも彼が戦い方を教えた人間はたくさん居るというのにだ。

それとも普通の人間だからこそ特別扱いするのであろうか? 少し会話をしただけだが、彼女がどういう人間なのかスレイヤーの眼はある程度捉えていた。真面目で、芯が強く、気持ちいいくらいに実直な心根の持ち主。ソルの知己でありながら珍しく捻じ曲がっておらず、自分なりの価値観と判断基準を持ち、偏見や選民思想とは縁遠い考え方だと予想された。冷静沈着に見えて実は胸の内に熱いものを秘める、やや感情的になり易い性格なのでは?

(力も信念も戦いにおいて絶対の要素とは成り得んが……なるほど、あの師にしてこの弟子ありといったところか……人の身でありながら凄まじい闘気だ。実に心地良い)

ソルがティアナの何を見出し、どうしてこれ程までに肩入れするのかは未だ分からないが、それは後回しだ。今この瞬間は、彼女との戦いを愉しもう。

離れた間合いを詰める為に踏み込むと、ティアナも応じるように駆け出す。その際、右手に持ったクロスミラージュから赤い空薬莢が三つ吐き出されるのを見て、今度は何を見せてくれるのか期待に胸が膨らむ。

ヴンッ、と低い音と同時に現れたのは赤く燃え盛る炎の刃。銃口から伸びるそれは約1mくらいの長さを持ち、銃把を覆うようにして形成されている。

こちらも負けじと拳に力を込めた。闇の眷属に相応しき陽炎の如き闇色の魔力が全身から溢れ出す。

二人の距離が一気に縮まった。

懐に潜り込むように低い姿勢となり下段から逆袈裟に炎の刃を斬り上げようとするティアナに対し、スレイヤーは拳を大きく振りかぶり上段から全体重を乗せ打ち下ろす。



「ヴォルカニックヴァイパー!!」

「イッツレイト」



紅蓮の炎刃と暗黒の魔力を纏う拳が衝突し、轟音が奏でられた。










「何だあれは!? どうしてティアナがお前の炎を使えるんだ!!」

「なんでキレてんだよ……」

激昂したクロノがソルの襟首を乱暴に掴んでガクガク揺すり、されるがままのソルはうんざりしながら低い声で抗議する。

そこへ厳しい表情をしたカイがクロノに加勢。

「クロノさんの言うことはもっともだぞ。あの放出量は明らかに常人が耐えられるレベルではない! お前は彼女に一体何をした!?」

頭が堅い二人に詰め寄られ、ソルは鬱陶しそうな顔でクロノの手を振り払い数歩後ずさって距離を取ると、面倒臭そうではあったが説明する気になったのか渋々口を開く。

「もうとっくに気付いてると思うが一応言っておくと、さっきティアナが交換したマガジンに装填されてるカートリッジに込められてるのは俺の法力だ」

黙したまま二人は視線で「続けろ」と訴えてくる。

「確かに放出量に関しちゃ人間の限界を超えてるが、その負荷はティアナじゃなくクロスミラージュが全部負担することになってるから問題は無ぇ」

その為、一家でよく話題となる『魔力の侵蝕』による心配は低い。元々あれは日常生活でソルとスキンシップを重ねる必要がある(数年間単位)ので、前提として成り立たない。

代わりに負荷を全て担うことになったクロスミラージュはDust Strikers時代にシャーリーが作った時とは仕様が異なる。と言うかソルとヴィータが改造に改造を重ねた結果、既に完全なる別のものへと変貌を遂げていた。制作者のシャーリーが涙眼になってデバイス工房『シアー・ハート・アタック』に文句を言いに来た記憶は古くない。

素材は封炎剣と同じなので馬鹿みたいに頑丈で、アホみたいに重い。マガジンを抜いた総重量が8kg。最早拳銃と呼んでいい重さではなく、銃器として扱うより撲殺用の凶器として使った方が使い道ありそうな代物だ。うっかり足に落としたりすれば大怪我すること間違いなし(シャーリーが文句を言いに来た理由は重くて自分ではメンテナンス出来ないから)。シャーリーが制作した当時と比べ、やたらゴツくてデカい。こんな風になってしまった原因は地球産のアニメやゲーム、漫画に影響されたヴィータが「魔力を込めて撃つ銃なんだから、やっぱ吸血鬼とか悪魔とか撃ち殺せないとな!」と宣言した所為。

マガジンのカートリッジ装弾数も4連装から9連装に変更。やはりヴィータの提案であり、デザートイーグルを参考にしたと後に本人は語っている。デザートイーグル云々はどうでもいいとしても、マガジン交換の回数を減らす為に装弾数を増やすのは理に適っている。

『これで必殺技とかあれば言うこと無ぇーな。なんとかバスターとかなんちゃらブラスター的な溜め撃ちとか、ビームとか、超速連射とか、大量のミサイルを一斉発射とか、夢が広ガリング的な何か』

そして例によって例の如くヴィータが調子に乗り始める。話を聞いたティアナもティアナで『ひ、必殺技なんてそんな子どもじゃあるまいし……』と言いながら期待を込めた眼でチラチラ見てきたので、ソルとしてはもうお前らの好きにしろ、メガ粒子砲でも荷電粒子砲でも陽電子砲でもサイコガンでもなんでも作ってやるよ、って感じだった。

事実、ティアナが火力不足に悩まされていたのを知っている。保有する魔力総量が多くないので、ここぞという場面で威力が足りず局面を打破出来ないというピンチにぶち当たる、という可能性を懸念しなかった訳では無い。身内にはソルを筆頭に大量破壊兵器みたいな連中がゴロゴロ居るので忘れがちだが、彼女の最大火力というのはそこまで強くないのだ。

で、多種多様な候補の中、結局ティアナが選択したものはソルの法力を使えるようになることだった。理由を訊いても教えてくれなかったが、言いたくないなら『ま、いっか』で流すのでそれ以上は根掘り葉掘り訊かない。

けれども法力を修得するなど土台無理な話で、魔法で再現しようとしても炎熱変換持ちではないのでこれも無理。当初『無理だろ』『それは流石に無理だって』と難色を示すソルとヴィータに対し『そこをなんとかお願いします!!』と頭を下げるティアナ。

必殺技云々の言いだしっぺはヴィータだし、なんでも作ってやるよと言ってしまったソルとしてはそれ以上断ることも出来ず、彼女の熱意に押される形で二人はクロスミラージュの更なる改造に踏み切った。

まあ、故郷での法力は技術的にミッドの魔法と同じで、生活必需品から兵器にまで人類に浸透しているものなので、やってやれないことはない……生きているヘラクレスオオカブト(昆虫)を動力源として動き、生体組織を用いないにも関わらず法力増幅技術を保有するという前代未聞のトンデモ人型兵器も存在していたし。

数ヶ月間の失敗と試行錯誤の末に、ソルの法力を込めた全く新しいカートリッジシステム、“Fight from the Inside―秘めたる炎―”が完成。名前の由来は勿論、ソルの大好きなロックバンド“QUEEN”が発表したアルバム『世界に捧ぐ―News Of The World―』に収録されている曲『秘めたる炎 - Fight from the Inside』から。ヴィータから『語呂悪いからQUEENにこだわんなよ!』と激しいツッコミを受けたが、ソルが頑なに譲らなかったのは余談。

通常のものとは色が異なり、外見は血のように赤い真紅の弾丸。一度にロードする弾丸数に応じて使える法力が変化する、文字通りの意味でソルの法力が使えるようになるシステム。

ただ、やはり大きな力を得るにはそれなりのリスクが存在するもので、使えば使う程ティアナの体力を著しく消耗する。現状で一日に使用可能な弾丸数は36発。それがソルとヴィータの技術的限界であり、それ以上の使用は負荷を負担するクロスミラージュの許容量を超えティアナの身体を蝕む――流れ込んでくる膨大な魔力に耐え切れず、リンカーコアがズタズタになり、全身の筋肉繊維が断裂し、血管という血管が破裂してから吐血か喀血をして昏倒するらしい――ので、シャマルのドクターストップが入ってしまう。

日常生活においてスキンシップで得られる量と、戦闘用の法力とでは魔力量が桁違いなので、やはり人間の肉体では負荷に耐えられないという結論が出ている。適度な量は回復や補充に最適だが、過度な摂取は猛毒となる。故に、二人は36発を超えるカートリッジの所持を許していない。

仕様は次のようになっている。

クロスミラージュにカートリッジを装填した時点で身体能力強化。

1発消費でガンフレイム発射。

2発消費でバンディットリヴォルバーなどの打撃技が威力強化され、炎攻撃追加。

3発消費でヴォルカニックヴァイパー、ファフニールなどの高威力技が使用可能に。

5発消費でクリムゾンジャケット発動(術者の防御力強化による被ダメージ激減、持続時間10分)。

9発消費でタイランレイブ。

「とまあ、こんなもんだ」

説明を終えたソルが疲れたように溜息を吐く。

と、長々と喋っていた彼を気遣うようにしてフェイトがすかさずペットボトルを渡す。一言「サンキュ」と礼を述べて喉を少しだけ潤し半分程度中身が残ったペットボトルを返せば、受け取った彼女が嬉しそうに「……間接キス」と呟きペットボトルに口をつけようとして横からシグナムに奪われ、「何するの!?」「私も喉が渇いたんだ、寄越せ」「ふざけないで!!」「何だと!?」という風にして唐突に取っ組み合いが始まった。

「……」

「……」

「……」

こっちは真面目な話してんのに何やってんだこの女二人は? という男三人の白い眼に射抜かれ、流石の二人も「「すいませんでした……」」と素直に謝り静かになった。

「何処まで話したんだ?」

「ソルが僕のデバイスにティアナと同じものを付けるところから――」

「クロノさん、何自分に都合の良いことを仰ってるんですか」

シグナムから取り上げたペットボトルを飲み干し空にしてからソルが問い、クロノがしれっと嘘を言おうとしてカイの冷静な指摘が入る。

「改造の依頼なら受けてやっても構わんが……」

「何!? マジか!!」

顎に手を当て思案しながらソルがぼそりと呟くとクロノが飛びつく。

「高いぜ? それに今のお前が使いこなせるとは思えん」

「いくらだ!? とりあえず値段だけでも聞くだけ聞いてみる!!」

「1千万」

「なんだたった1千万か……ん? 1千万? 1千万!? た、たか、高いわああああああああああああああああああああああ!!!」

高給取りの“海”所属でありながら財布は奥さんに握られているクロノの絶叫が響いた。










「じゃあ、ティアはホントに1千万も払ったんですか!?」

「一括じゃねーよ。前金で2百万ポンとくれて、残りはローンだ。確か48回払いだったっけな」

あまりの額の大きさにわなわな震えるスバルに向かってヴィータがポップコーンを口に放り込みながら答える。

「ちなみにカートリッジは1発につき2万。割りに合う合わないと思うのは人それぞれだが、値段聞いた時ティアナは安いっつったぞ」

周囲のほとんどが信じられないものを見る眼で「なんなんだこの金銭感覚の狂った人達は?」と声に出さず視線で語る中、鼻息荒く胸を張って演説するように言う。

「ウチで作ってるデバイスはな、何から何まで全部手作りなんだよ。テメーの足で材料採りに行くし、持って帰ってきた材料の加工も生成も全部アタシとソルが二人でやってんだ。部品を外部に発注したことは一度も無ぇーし、使ってる技術もかなり特殊で誰にも真似出来ねー」

「でも姉御、材料費って全部タダなんじゃ――」

「そんじょそこらのデバイスマイスターが、ぶっ壊れて使えなくなった家電製品とか廃車とかを分子レベルまで分解して再利用したり、蛇口捻って水汲む感覚で活火山の火口に飛び込んで煮え滾るマグマ採取出来んのか!?」

「で、出来ません」

「トーシローはすっ込んでろ!! それに材料費タダでも材料集めの間は働いてんだから人件費発生すんだろが!!!」

「……ごめんなさい」

余計な口を挟んだアギトがヴィータの逆鱗に触れ、小さくなった。この手の話になると職人肌の強い彼女からしてみれば、素人にとやかく言われるのは嫌なのだろう。

アギトが指摘した通り、確かに材料のほとんどはタダ同然で手に入れている。住宅街を軽トラでゆっくり走りながら廃品回収したり、業者にお願いして廃車置場の廃車を1台丸々もらったり、火山に行ってマグマを採ってきたりと、材料を手に入れるのに金を掛けていないのは事実。

だが、その後に行う治金作業がとんでもないくらいに難しい。法力を用いて材料を分子レベルまで分解し精製する。これがとにかく神経を使う。

不純物を取り除いてやっと素材として使えるようになった後は、それらを一度鍋や窯に放り込み錬金術を駆使して練成し、出来上がった熱々の金属を鍛造する工程が待っている。これらの作業を全てソルと二人三脚で行っていた。

出来上がる商品はまさに惜しみない時間と労力と技術の結晶。大量生産は不可能だが、とても丈夫で壊れ難い、持ち主にとってオンリーワンとなるデバイスを生み出す。それがデバイス工房『シアー・ハート・アタック』最大の“売り”なのだ(最近では雑貨屋としての側面も強いが)。

「でも1千万っていくらなんでも高いんじゃ……」

ギンガが苦言を呈するが、ヴィータは華麗に切り返した。

「よく考えてみろよ。一時的だけど1千万でソルと同等の力が振るえるんだぞ? もうロストロギアみてーなもんだぞ? それがたった1千万だぞ?」

「……そう考えると安い」

「ま、誰でも使えるって訳じゃ無ぇーけど、そこんとこ勘違いすんなよ? 何年もソルにマンツーマンでボコられてたティアナだから使えんだかんな」

「「それは勘弁してください」」

Dust Strikers時代を思い出したのかスバルとギンガの顔が土気色になり、眼から光が失せて死んだ魚みたいになる。彼とサシで戦うことにトラウマがあるらしい。それを聞き「根性無ぇーな」と鼻を鳴らすヴィータの発言に頷いてるのはアギトとヴィヴィオを抜いた背徳の一家連中とクイントだけで、他全員は二人に同意を示している。アクセルだけ唯一「だからティアナちゃんは旦那に気に入られたんだね~」と暢気だった。










『こ、これは一体どういうことでしょうか!? 試合開始早々ティアナ・ランスター選手が火の魔法を駆使して戦っています!! プロフィールにそれらしいことは記載されていませんが、彼女は実は炎熱変換持ちだったのかぁ!?』

叫ぶなりマイクのスイッチをOFFにしてセレナがリンディ達に向き直る。

「何か知ってますよね?」

うぐっ……と言葉に詰まる三人は顔を寄せ合ってヒソヒソ内緒話を展開した。

(どうしますか? この場でティアナさんがソル様の愛弟子であることを公表していいものでしょうか?)

(誰が言うの? 悪目立ちする癖に目立つの嫌いな彼に私達がバラしたってことになれば、後でどれだけ酷い目に合わされるか分かったもんじゃないわよ)

(つっても、あいつ教導とかしてたから案外怒らないんじゃねぇかな。教会騎士やDust Strikersの連中はそのほとんどがあいつの生徒だし)

それにティアナも、予選のソルのように大声で技名叫んでるし。同じ紅蓮の炎を操り、同じ技名を叫ぶ二人。これを偶然と言うには少々無理がある。

((じゃあどうぞどうぞどうぞ!!))

(俺が言うのかよ!?)

自ら墓穴を掘ったゲンヤが二人に何か言う前にリンディが先手を打つ。

『ナカジマ中将代理が何か知っているようです』

(おおおおおおおいぃぃぃぃぃぃぃ!!)

追い討ちを掛けるように便乗するカリム。

『そう言えばナカジマ中将代理のご息女がティアナ・ランスター選手と同期だという話を伺っているのですが……』

(あんたら全部俺に押し付けて他人事にするつもりか!!)

小声で抗議するが二人は聞く耳持たない。声には出さず『早くしろ』と口パクするだけ。いつか覚えてろよと恨みがましい眼つきでジロリと睨んでからゲンヤは覚悟を決め、咳払いをひとつしてヤケクソな内心を押し殺してマイクに向かって喋る。

『噂として小耳に挟んだ程度だが、ティアナ・ランスター選手がソル=バッドガイ選手の弟子ってのは聞いたことあるな』

『そうなんですか!? あのエリート執務官が、現在は街のデバイス屋さんであるバッドガイ選手の弟子!? これは驚愕の事実です!!』

わざとらしく乗ってくるセレナ。この娘も大概苦労人気質だ。

会場にざわめきが広がっていくが、それは質の悪いものではなく人々が納得しているような雰囲気が感じ取れるものだ。あれだけの戦闘能力を持つ魔導師の下で修行を積めば、そりゃ執務官なんてエリート業に就いて当然だと言わんばかりに。

そして当の本人の片方であるティアナは――










「くたばれ!」

炎を纏いしクロスミラージュを手にしたまま右ストレートを打ち込むようにして突き出す。スレイヤーの胸に深々と炎刃が刺さった手応えを感じ取った瞬間には引き金を引き、エネルギーを炸裂させる。

排莢される一発の弾丸。

ゼロ距離で爆炎が発生し紳士が火達磨になって吹き飛ぶ。彼女は追い討ちを掛けるべく駆け出すが一足遅い。空中でくるりと体勢を整えた彼は着地と同時に素早く踏み込み、凄まじい突進力を以って拳を振るい、お返しとばかりに殴り飛ばされた。

「今のはなかなかだったが、追い討ちが遅いよ」

何か言っている気がしたが聞き取る余裕など無い。カウンター気味に右ストレートをもろに食らい、まともに受身も取れず背中を強かに打ち、それでも勢いは止まらず蹴り飛ばされたボールのようにバウンドしてから何度も何度も転がって、再び背中を何かに打ち付け、漸く止まる。

ティアナを受け止めたのは荒野に点在する無機質な巨岩。しかし巨岩は衝撃に耐え切れず無残に砕け散り、ティアナの細い身体を抱いたまま瓦礫と化す。

「……流石は先生の喧嘩仲間……マジで洒落にならない強さね」

全身がバラバラになりそうな激痛、縦に高速回転していたことによる三半規管と視界の異常、それによる吐き気、それらを無理やり我慢しながら瓦礫から這い出て立ち上がった。

(これで何回目? 冗談抜きで死ぬかと思ったのって)

荒い呼吸を整えていると意味のない思考が過ぎった。

本来のバリアジャケットの強度であれば一撃で倒されていただろう。しかしそれを辛うじて防いでくれているのは、バリアジャケットの上に重ね掛けしているソルの防御法術“クリムゾンジャケット”のおかげだ。全身を紅色に淡く光る魔力が守ってくれている。カートリッジを5発も消費しなければ発動出来ないという燃費が悪い側面に眼を瞑れば、熱と火炎で術者の防御力と耐久力を飛躍的に上昇させてくれる。人外の桁外れた攻撃にも十分耐えられるレベルにまで。

耐えられると言っても衝撃を完璧に遮断してくれる万能スキルではないので、少しずつダメージは溜まっていくものの、ティアナとしてはありがたいことだった。これがあるからこそスレイヤー相手に此処まで戦えている。

(カートリッジは残り15発。タイランレイブで9発使うことを考えると、それまでに使えるのが6発……もう本当に後がないわね)

ソルの法力を使えばゴリ押し出来るかと思っていたが、大きな間違いだった。向こうも向こうで力に任せてガンガン攻めてくるゴリ押しインファイター。至近距離での殴り合いはスレイヤーに分があり、押し切るつもりが押し切られそうだ。

本当に強い。師が自ら『勝つのは難しい』と言うだけのことはある。人類の脅威そのものとはまさしく事実だ。“アレ”こそが超越者。存在自体が理不尽で、不条理という絶対的な力を振りかざし、羽虫を潰すようにして敵を蹂躙していく。

相手が理不尽の塊だというのは分かっている。そして対抗する自分は、所詮借り物の力を振るってなんとか食らい付いているだけ。ティアナ個人の実力であればとっくに負けていた。

体力の消耗が激しく身体は鉛にでもなってしまったかのように重く、ダメージも軽くはない。けれど、頭では理解しているのに感情がこのまま敗北することを納得せず、手足を勝手に動かす。戦うことを諦めない。勝負を捨てることを許さない。

(集中……集中……)

ティアナにとって奥の手中の奥の手、“Fight from the Inside―秘めたる炎―”を使っているにも関わらず追い詰められているという現状が、彼女の集中力を極限まで高めていく。

それは俗に言うトランス状態。戦うことのみを思考し、限界まで肉体を酷使することを厭わない。己が今、かつてない程に戦闘に特化した状態であることを自覚しないまま、彼女は炎刃を発生させたクロスミラージュを両手に構え駆け出す。





「素晴らしい、実に素晴らしい」

真っ直ぐ突っ込んでくるティアナを前にして、スレイヤーは無邪気な子どものように喜んでいた。

借り物の力で戦っている事実を決して卑下することなく、驕ることなく、あくまで『手段の一つ』として使い戦う彼女の姿。

嗚呼、なんと人間的で、美しい様なのだろう。人類がこの世に発生してから今まで連綿と受け継がれてきた『何かに立ち向かう力』は、闇から出でたスレイヤーだからこそ眩く輝いて見えた。

スレイヤーは我武者羅な人間が好きだ。一生懸命生きている人間を見るのがとても好きだ。そんな人間と戦うのが今では生き甲斐になっているくらいに好きなのだ。

ソルがティアナの何を見出したのか、今なら分かる気がした。彼女は何処まで行ってもどんなに巨大な力を手に入れても『人間的』なのだ。戦う姿勢も、性格も、我武者羅なところも、言葉で表現するのは難しいが一言で纏めてしまえば、とても魅力的だ。

口元を穏やかに緩め、迎撃する。

拳を突き出すが紙一重で避けられ、手痛い反撃がやってきた。ガードが間に合わないので甘んじて受ける。炎刃の袈裟斬りを食らい仰け反りながらも蹴りを繰り出す。攻撃の硬直中で防御など出来っこないティアナに蹴りがもろに入って吹っ飛ぶ。

吹っ飛ばされはしたがしっかり受身を取った姿に、チャンスと見て追撃しようと肉迫。体勢が整っていない彼女の腹に目掛けてボディブロー。目論見通り拳が相手にめり込んだ瞬間、至近距離から火炎放射を食らい、今度はこっちが弾き飛ばされた。

「がはっ!?」

「……う、ぐえぇ」

獄炎に焼かれてのた打ち回るスレイヤーと、片膝をついて悶絶するティアナ。

僅かに二人の動きが止まったと思えば、必死の形相をしたティアナが片膝をついた状態のままスレイヤーに銃口を向けトリガーを二度引いた。

ガンフレイムの二連発。放たれた炎の弾丸は寸分違わず命中し、その破壊力を遺憾無く発揮。爆発に巻き込まれたかのような勢いで更に吹っ飛ばす。

勢いは収まらず、今度はスレイヤーが巨大な岩に叩き付けられる番だった。壁に全力投球して貼り付いたパイ生地のように激突し、岩肌からずり落ちていく。

「これで終わりよ!!」

満身創痍の身体に鞭打って立ち上がったティアナが両手に握り締めていたクロスミラージュを、ツーハンドの双剣状態から左手に一つだけ持ったワンハンドモードに切り替えて駆け出した。

離れていた距離は瞬く間に詰められ、トドメを差そうとティアナが左腕を振り上げる。

その刹那、0コンマ何秒という時間にすれば僅かな間、スレイヤーはいささか卑怯と理解していながらも人外の身体能力が駆使し、体勢をすぐさま立て直す。

そして、攻撃をしようとしているティアナの懐に低い姿勢から超高速で踏み込み、下から上に向かって天を貫かんばかりにアッパーを放つ。



「ビッグバンアッパー!!」



見た目もモーションもただのアッパーだがパイルバンカーに匹敵する威力を誇るそれは、これまで数多の対戦相手を空高く打ち上げ、意識を刈り取った一撃必殺の拳。当たりさえすれば、ソルが相手だろうと追撃次第でそのままダウンを奪える切り札の一つ。

使ってしまえばそこで勝負が終わってしまう代物なので今まで使用を控えていたが、ティアナはスレイヤーに使わざるを得ないと思わせる程追い詰めてみせたのだ。

このスレイヤー相手に見事な手前であった、と心の中でスレイヤーは賞賛し、半ば勝利を確信して拳を振り抜き彼女の顎を貫いた。

「……!?」

そう。確かに貫いた。拳は確実に彼女の顎を捉え、打ち抜いた筈。

しかし、拳に慣れ親しんだ手応えはない。あの人を殴った時に拳に伝わってくる感触が、全くない。



「ファフニール!」



その代わりとでも言うのか、返ってきたのは自身の鼻っ面にぶち込まれる炎を纏った拳の感触。つまり何かと言うと、ぶん殴られた時の激痛だった。

「ごぁっ」

何がなんだか分からないまま背後の岩肌に再び叩き付けられるスレイヤーが見たのは、今自分がアッパーで貫いたティアナと重なるようにして、後ろから“もう一人のティアナ”が燃え上がる拳で右ストレートを突き出した姿。

――幻術。

今の今まで彼女が幻術の使い手であることをすっかり失念していた。まさか反撃を読んでいて幻影を見せたのか? だとしたら何故今まで幻影を使い攻撃を防ごうとしなかった? まさかこの局面だけを狙っていた? もしそうだとしたらなんと冷静で狡猾な!!

幻影が消え、本物のティアナの姿がはっきり現れる。真っ直ぐ突き出した右腕はそのままで、右腕に合わせるかのようにして左手に握ったクロスミラージュを構える。

ガガガガガガガガガシュン、とクロスミラージュの排莢部分から耳障りな音と共にマシンガンのフルオート射撃を行ったかの如く9つの空薬莢が吐き出された。

Q, 相手が壁を背負った状態でソルがファフニールをぶち込んだ時、次に来る派生攻撃は何か?

答えるまでもない。スレイヤーはその答えを幾度となく、その身を以って味わった。



「タイランレイブ!!」



紅蓮が視界を埋め尽くし何もかもが真っ赤に染まる。発生したのは二階建ての家屋すら超える大きさの炎の渦。スレイヤーごと背後の巨岩をも易々呑み込むと、内包した莫大なエネルギーを一気に炸裂させ、大爆発を生む。

熱と衝撃の嵐が荒れ狂い、周囲に暴虐の限りを尽くし傍にあるものを片っ端から蹂躙していく。

火竜の逆鱗に触れ災厄が過ぎ去った後の大地、と表現してもよさそうなそこは大きなクレーターとなり辺り一面が真っ黒に焦げている。その爆心地の中心で、倒れ伏したスレイヤーが今にも立ち上がろうとしている光景を確認出来た。

タフな彼も流石にノーダメージという訳にはいかなかったようで、立ち上がったものの先程と比べるとやはり弱々しいと感じる。

しかし余力は残しているようで、笑みは絶やしていない。まだまだあの紳士は戦いを続けるつもりだ。どの程度ダメージを与えられたか分からないが、戦意を失っていないのだから試合は続行される。

だからこそティアナは、

「さっき、『これで終わり』って言いましたよね」

トドメを差すことに、

「すいません。あれは嘘です」

一切躊躇しなかった。



「星よ……集え」



声に従い、構えたクロスミラージュの銃口に光の粒子が集まってくる。しかもその量が尋常ではない。空から、大地から、まるで世界中の魔力がティアナに引き寄せられるように。

大規模な集束魔法。集束され、凝縮していく魔力量はとっくの昔に一個人の保有量を超え、次元航行船の艦砲撃に込められている量すら上回り、それでも尚留まることを知らず上昇し、激しく渦巻き、高まっていく。

大気に、土に、岩に、この場に存在しているありとあらゆるものの中に溶けている魔力素を根こそぎ奪い、そのエネルギーを一点に集中させる。

「まさか、全てはこの攻撃の為に……?」

スレイヤーの脳裏に想像を絶する考えが浮かび上がってくる。



――ランスター嬢がつい先程まで使っていた彼の力は、これをする為の下準備でしかなかったのか?



そのまさかです、と言わんばかりにティアナは口元を吊り上げた。

ただでさえ予選からこれまで何度も何度も戦闘が繰り返された場所だ。通常では考えられない量の魔力が眼に見えない形で世界に沈殿している。そこに36発のカートリッジが全て消費されたことにより、今この場はタイランレイブ4発分の魔力が追加され、飽和状態なんて言い方では足りないくらい魔力が満ち満ちている。

やがてチャージが終わったのか集まってくる光の粒子が止む。この時点でどの程度の破壊力が秘められているのか、誰にも分からない。

後は引き金を引き絞るだけの段階になり、ティアナが獰猛に笑う。

「さあ、いきますよスレイヤーさん。先生の喧嘩仲間って自称するくらいなんだから、先生の弟子であるアタシの全力全開、受け止めてくれますよね?」

対するスレイヤーは拳を構えると全身に闇色の魔力を纏わせ、相変わらず余裕ある紳士然として面持ちで返した。

「遠慮なんて要らんよ。淑女の要望に出来る限り応じるのが紳士たる者の勤め。いつでも来たまえ」

返答を聞き、ティアナは思う。嗚呼、やっぱり先生の知人友人は何処かぶっ飛んでるけど凄い人達ばっかりなんだぁ、と。そんな人達と出会い、戦えた今日という日に心から感謝して、引き金を引く。



「スターライト、ブレイカアアアアアアアアアアアッ!!!」



解き放たれた光の奔流は、ティアナの魔力光であるオレンジにやや赤が混ざたような色をしていた。それはまるで陽光のように眩しく、美しく、力強い。

闇の眷属にとっては忌々しいものでしかないその光に、スレイヤーは人の尊さといったものを感じながら、臆することなく正面からぶつかった。

だが、迫りくる魔力量のあまりの多大さにあっさり押し潰されてしまう。

「ふふふふふ、この光がランスター嬢の輝き……ミッドチルダを支える若者の力、か……なかなか愉しめたよ」



――次に相見える時は、私も全力でお相手することにしよう。“レディ”相手にではなく、同じ“喧嘩仲間”として。



満足したように微笑んで紡がれた言葉は、光の奔流に容易く呑み込まれ、誰にも聞かれることもなくかき消された。

























後書き


スレイヤーのおっさんは、覚醒必殺技を一切使ってません。




言い訳なんですが、リアルで仕事が忙しくてなかなか執筆時間が取れず更新が進みません。4話で終わらせるつもりだったのに……キリがいいからここまで書いてアップしちゃいます。

もうこうなったらあと2話、3話は続きますと先に宣言した方がいいのかもしれない。ダラダラ続いてごめんね。


そしてついにゲーセンで稼動したGGXXAC+R。名前長いよ……

久しぶりにゲーセンでギルティやって面白かったです。早くPS3でネット配信されないかな。ネット対戦って結構好きなんですよね。ブレイブルーやスト4もよくやってたし、最近ではJOJOの格ゲーもやってます。そんなに上手くないけど。

もしネット配信されて戦うことになったらよろしくです。

ではまた次回!



[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part5 Passion
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2012/11/10 23:53



「ウゾダドンドコドーン!!!」

顔面を蒼白にして頭を両手で抱えたヴィータから絶望を滲ませる謎の叫びが漏れる。意訳すると「嘘だそんなことー!!」と言いたいらしい。

突如奇声を上げるヴィータの姿に誰もが、ビクッ!? と身体を震わせて驚く。が、当の本人はそんなこと構いもせず喚き散らす。

「ふざけんなヒゲェェェェェェェェェ!! あの野郎、ティアナに負けやがったよ冗談じゃねーよ!! アタシの52万GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!! タ、タイムマシン! タイムマシン何処だ!?」

錯乱したのか完璧に冷静さを失い、ある筈もないタイムマシンを探して右往左往する。そんなに賭けてたのかコイツ、と皆が呆れと憐憫を込めた視線を送る中、ヴィータは何かに気付いたのかアクセルに飛び掛ると彼の首を締め上げるように両手で乱暴に掴む。

「なんとかしろタイムスリッパー!!」

「んな無茶な!?」

「試合が始まる少し前の時間に戻ってアタシに『ティアナが勝つ』って教えてくれりゃいいだけだろうが!?」

「だからそれが無茶だっつってんの!! 任意のタイミングで任意の時間軸に移動出来るんだったらもう俺様とっくに20世紀に帰ってるし、未来を知るとか過去を変えるってマジでやっちゃダメなんだって!!」

ごもっともなアクセルの意見にヴィータはその場でガックリ膝をつき、「世界はいつだって、こんな筈じゃないことばっかりだよ!!」とマジ泣きし始めた。非常に鬱陶しい馬鹿である。

あんまりにもうるさいからとアルフが背後から忍び寄り、ヴィータを後ろから抱きかかえると、そのまま惚れ惚れしてしまうくらいに美しい動きでジャーマンスープレックスを決めて沈黙させた。

「……ひ、酷い」

ティーダが呻く。

首から先がコンクリートに埋まり、気色の悪いオブジェと化したヴィータを放置して、アルフは何事も無かったように皆へと向き直る。

「いやー、番狂わせになったね。アタシは正直、おっさんの余裕勝ちだと思ってたんだけど」

8万すっちまった、とぼやく彼女になのはがギリギリ歯軋りしながら頷く。

「私12万……」

「私なんて22万や……一ヶ月分のバイト代が一瞬でパー……は、はは、ははは、はははははは!! ……ハァ」

なのはに続いてはやてが薄気味悪い声で笑い、溜息と共に遠い目で申告する。それからシャマル、アイン、ユーノ、ツヴァイ、キャロが「ぐぬぬ」という風にしていくら損したなんだと文句を垂れていく。

「どうしてなのはさん達は誰一人としてティアが勝つ方に賭けてないんですか?」

「ティアナが勝つなんてハナッから考えてねーんだよ」

親友が勝つということを全く考慮していない元教導官共をジト目で睨み、非難がましい口調で疑問を口にするスバルに答えたのは、床からスボッと頭部を引き抜きいつもの態度に戻ったヴィータである。首を右に左に傾けてゴキゴキ音を鳴らし調子を整えると、深い溜息を吐いて説明する。

「あのおっさんマジで強ぇーんだって。少なくともアタシらは模擬戦で勝ったこと無ぇーし、ソルですら負けることだってある。そんな相手にティアナが勝てるなんて思う訳無ぇーだろ」

スバル以外が、ですよねー、とひどく納得した面持ちの面子を一瞥してから改めてヴィータは会場のモニターへと向ける。

気が抜けたのか緩んだのかその場でへたり込んでしまったティアナに向かって、ついさっきスターライトブレイカーを食らって吹っ飛ばされた筈のスレイヤーが手を差し伸べていた。伸ばされた手を取ったティアナは何故かスレイヤーにお姫様抱っこをされて顔を真っ赤にしてジタバタ暴れ出す。スレイヤーは微笑ましそうな表情でティアナを抱えたまま転送ポートまで歩いていく。

勝者が自力で歩けず敗者が勝者より元気、という少し不思議な構図。

(こんな大会であの力を使うとは思ってなかったが……まさかソルの入れ知恵か? あの野郎、おっさんがティアナに花を持たせるって予想してたのか?)

半信半疑のヴィータの読みは、ほぼ間違っていなかった。





「爺相手によくやったな」

純粋に褒めてくれるソルにティアナは舞い上がりそうになるのを必死に堪えながら、それでも頬がだらしなく緩んでしまうのを抑えきれない。

しかし喜んでばかりもいられない。蓄積したダメージと疲労は計り知れないのだ。今でも立ってるだけがやっとで、足は生まれたての小鹿のようにガクガクしている。いくら意地を張っても無理をしているのは一目瞭然であり、今日中には回復しないだろう。この後に控える準々決勝には出場出来まい。今後の為に大事を取って棄権せざるを得ない。

一言皆に棄権する旨を伝えると、彼女はスレイヤーに連れられ控え室を去っていく。

身内で残されたのはソルとカイ、シグナムとフェイト、そしてクロノ。Bブロック第二回戦の途中まで試合が進行したので、他の選手達の数も大分減ってきた。現在は既に第三試合が始まっており、次の次がソルの試合――第二回戦第四試合となり、それが終われば今度はAブロック準々決勝でカイとクロノが戦うことになる。

「思ったより早く試合が進んでいるな」

ぽつりと呟くシグナムの言葉を否定する者は居ない。進行具合はその通りだし、スケジュール的に滞っている訳でも無い。

無言のまま空間ディスプレイに視線を注ぐと、試合中の二人の選手が激しくぶつかり合っている光景が見える。どちらも出し惜しみせず全力で戦っているので、この試合も早く決着がつきそうだ……と思っていたら突然勝負が決まってしまった。

自分の番が回ってきたので、ソルは立ち上がり「すぐ終わらせてくる、カイとクロノはスタンバっとけ」と言って早々に控え室を後にする。

控え室のドアが閉まったのを確認してから、クロノは盗み見るようにしてカイの表情を窺う。

本当に50代なのかと疑ってしまう程に年齢を感じさせない美丈夫。下手をすれば自分よりも年下に見えてしまう。とても実の母であるリンディと同年代とは思えない。まあ、そんなことを言い始めたらリンディもリンディで孫が居るとは思えないくらいに若い外見だが。

「……」

人の身でありながらギアを打ち滅ぼす異能者を束ねた戦闘軍団――聖騎士団の元団長であり、ソルの戦友。聖戦という地獄を生き抜き、100年続いた戦争を終結させ人類を勝利に導いた英雄。

フェイトを超える雷使いであり、剣の腕はソルやシグナムを超える聖騎士。

人という種族にカテゴライズされる生き物の中では、恐らく最強レベルの使い手。

ティアナにとってスレイヤーがこれまで戦ってきた相手の中で最強であるのと同時に、カイは間違いなくクロノにとって最強の相手であろう。

どうやって戦えばいいのだろうか?

そんなことを悶々と考えていると、突如として大地震が発生したと勘違いしてしまうくらいに大きな歓声が会場から発せられたので、クロノの意識は試合を映すモニターに引き寄せられた。

『予選を圧倒的戦闘力で勝ち抜きシード権を手にしたこの選手が、ついに、ついに本選で戦いを見せてくれます! ソル=バッドガイ選手の登場だああああああ!!』

テンションが高い実況の声。ソルの試合がまもなく始まるらしい。会場全体が歓声を上げているのかのように、控え室まで熱気と声がビリビリと振動になって伝わってくる。

「凄い人気だな、あいつ」

つい口から漏れる。今は人のことより自分の次の試合に集中したいのだが、どうやらあまり集中出来ないようだ。だったらだったで、リラックスの意味を込めて彼の試合に集中した方が良いかもしれない。

「……えっとね、なんかソルが“背徳の炎”だっていうことがバレたみたい……見てコレ」

フェイトが空間ディスプレイを表示させるので何かと思い覗き込んでみると、最近流行のWEB上で不特定多数の人達と短いコメントをやり取りする情報共有サービスだ。

そこには、



『背徳の炎キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!』

『え? 背徳の炎って何!? なんかかっこいい響きなんだけど』

『某掲示板でこの人が数年前に管理局を大改革させたって噂流れてるけど、マジ!? 誰かkwsk!!』

『俺元局員で、当時の話知ってるから教えるけどマジだ。何度か近くで見たことある。超ワイルドで、思わずウホッてなる』

『そん時の二つ名が背徳の炎。今は引退しちゃってるけど現役時代は次元世界中で最強の賞金稼ぎって言われてた』

『ウホッ、いい男』

『すまんがフォモは帰ってくれないか』

『背徳の炎って一人なの? 複数人じゃないの?』

『Dust Strikersっつー賞金稼ぎ集団が湾岸部にあんじゃん。あれ創設したの背徳の炎だって話聞いたことあんぞ』

『管理局大改革って事変のことだろ? それは本当の話だ。汚職とか違法なことしてる局員一斉逮捕したってやつ』

『それだけじゃねーよバッドガイさんが教導もやってたのおまいら知らねーの?』

『あれは教導ってよりも拷問だがな』

『尻を出せ』

『アッー』

『↑の流れにコーヒー吹いたwww』

『名にそれ教導ってどゆことkwsk!』

『医務室から。さっき予選で件の選手と戦って、一瞬で燃やされて……丸焼きなう』

『丸焼きなうとかwww』

『戦ってみた感想は?』

『あり得んwwwってくらい強い。炎がトラウマになっちまいそう』

『うはwwww』

『ていうか執務官と師弟関係について誰か情報くれ』

『教導やってたからじゃね?』



リアルタイムで新たなコメントがどんどん追加されていく。情報社会の恐ろしい部分とも言えるそれは、見ているとキリがないくらい延々と書き込みが続いていくものだった。

「……」

苦虫を噛み潰したような表情で、何も言わずディスプレイを消すフェイト。

「今までは管理局や聖王教会、Dust Strikersなどの関係者しか知らなかった事実が世間一般に知られてしまったな」

困ったようにシグナムが唸る。

「本人には内緒にしておこう? 流石にこれはどうしようもないし」

取り繕うようにフェイトが曖昧な笑みを浮かべるので、とりあえず同意を示すように皆頷いておく。

その時、一際大きい歓声が聞こえてくるので視線をモニターに戻す。

『……まだミディアムレアなんだがな……』

『あ、ありのまま起きたことを話します! 試合が始まったと思ったら巨大な火柱が発生して、気が付くと試合が終わっていました!! な、何を言ってるのか分からないと思いますが――』

決定的瞬間を見逃したが、ただ一つ分かることはソルが相手選手を秒殺したことだけだった。

ちなみに後で本人に確認してみたら、最速でサーベイジファングを撃ったと言う。

それからすぐに最近流行のWEB上で不特定多数の人達と短いコメントをやり取りする情報共有サービスを閲覧してみると、『SUGEEEEEEEE!!』とか『TUEEEEEEEEEEEEE!!』とか『HAEEEEEEEEE!!』そんなコメントばっかりだった。

……なんかちょっと腹が立ったので、フェイトは『背徳の炎にお尻アッーされるのは私だからね、身の程を弁えろ■■■■共!』と匿名で書き込んでおいた。当然『フォモだ!』とか叩かれまくったが、気にしない。





クロノは控え室を出ると小走りで転送ポートに向かう。

到着した転送ポートで待つこと数秒、早々に自分の試合を終わらせたソルが欠伸混じりに戻ってくるところだった。

「あ? クロノ? 随分早いな」

いくら次が自分の試合だとしても、転送ポートに移動するタイミングがいささか早い気がしてソルが怪訝な声を上げると、クロノは懇願するように彼の肩に手を置き、言う。

「僕がカイさんと戦う前に、少し時間をくれ」

「お、おう」

あまりに真剣な表情。クロノが纏う空気に若干気圧されたソルが戸惑ったように頷く。

二人きりで話したいことがあるのを察して、ソルは先程ティアナにアドバイスを与えた場所――予選が始まる前の大部屋までクロノを連れて行く。

「で、何だ?」

ソルが単刀直入に問い詰めると、彼は一切躊躇うことなく口を開く。

「カイさんと戦う為にアドバイスをくれ」

「アドバイスねぇ……」

腕を組み難しそうな表情になるソルに構わず、クロノは淡々とした口調で言葉を重ねる。

「きっと僕は、ありとあらゆる面でカイさんには勝てない。なんとなく分かるんだ。戦いの年季も、人の上に立つ人間としても、一人の男としても、僕はカイさんに遠く及ばない」

「……卑下するような言い方は好きじゃねぇが、まあ実際そうだろうな。あいつはお前と同じタイプの人間だ。クロノが歩んできた道はとっくの昔にカイが通っているし、カイが通ってきた道はいずれクロノが通ることになる。それぐらいお前ら二人は、気持ちが悪いくらい似てる」

はっきり告げられたことで逆に安心したのか、安堵の溜息を零しクロノは頷いた。

「お前が管理局員になろうと躍起になって勉強してた年の頃にカイが何してたかっつーと、既にギアと殺し合ってたからな」

聖戦末期に生を受け、物心ついた頃から聖騎士団で部下を率い自らも最前線で戦い地獄のような青春時代を過ごし、戦後は警察として世界中の治安維持に従事し、ついには国の王(国民から選挙で選ばれた大統領的立ち位置)にまで就任した男。

確かにクロノがいくら管理局にて花形と呼ばれ羨望を集めた執務官に若くして就任し活躍、それを経て提督職に就いたとしても、人生経験、という観点から比べれば見劣りはしてしまう。

「お前がなんとなくカイを理解出来ているように、カイもお前のことを理解してるだろう。いや、むしろはっきりと見透かしているかもしれん。若い頃の自分と重ねって見えるから、尚更に」

「どうすればいいと思う?」

「まあ、お前が勝っている点と言えば若さだな。若さでなんとかしろ」

「そりゃ、相手は母さんと同年代だから僕の方が若いと思うが……」

そんなことは言われるまでもないが、そうなると向こうはとてつもなく老獪なんじゃないのだろうか? っていうか若さでなんとかしろってどんなアドバイスだ!?

「クロノ。若いってことはそれだけ躊躇せず物事に我武者羅になれるってことだ……その分、視野狭窄に陥るがな」

もうすぐ三十路になる人間が躊躇せず我武者羅になったらそれはそれで危ない気がする、という言葉は必死に呑み込んで耳を傾ける。

「若者らしく難しいことなんて考えずスバルみたいに頭空っぽにして戦ってみろ。案外なんとかなるかもしれんぞ。何も考えてない奴ってのはたまに面白ぇことするからな」

微妙にスバルを貶しているのか褒めているのか分からないソルは、それで言いたいことは口にしたのか「ま、頑張んな」と言いつつクロノの肩を叩くと去ってしまう。

一人残され佇むクロノは、

「若さって……ったく、もっとマシなアドバイス出来ないのか、あいつは」

胸の中にモヤモヤしたものを抱えたまま、何処か不満そうに零した。










『早いものでこの大会も中盤に差し掛かって参りました。お次の試合はAブロック準々決勝第一試合! 管理局内で知らない人は存在しない、“海の英雄”という名でご存知のクロノ・ハラオウン選手と! 名前以外のプロフィールが謎に包まれた金髪の剣士、カイ=キスク選手の戦いです!!』

鼻息荒いセレナがリンディの顔色を窺いながら訊いてみる。

『如何ですかリンディ提督。ご子息の戦いに何か一言』

『まあ怪我しない程度に頑張って欲しいわね』

『おや、思ったよりもドライな発言ですね』

『むしろ息子より相手のカイ選手が個人的に気になるわ。死んだ夫に似てとても精悍だし』

『あ、私も初めて戦ってる姿を見て以来気になってるんです。戦いぶりはまさに騎士ですから、同じ騎士として憧れてしまう部分があります。素敵な方です』

カリムもリンディに同意を示す。

内心でセレナは、いくらカイ選手が絶世のイケメンでもお前ら少しは年考えろよ年増、と非常に失礼なことを考えていたがこれぽっちも態度に出さず応じた。

『そうですね。女性を惑わす甘いマスク、そして強いとくれば女性ならコロッといっちゃいますよね』

ガールズトーク(?)を繰り広げる横で、ゲンヤが真剣な眼差しでカイの姿を睨むように見つめる。

(気の所為か? なんかカイ選手の戦い方、どっかで見たことある気がするんだが……?)

そんなこんなで試合が始まった。










背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part5 Passion










ビーーーーーーーーーー、という電子音が試合開始の合図。それを聞きクロノはすぐさま、

「フルドライブ!!」

リミッターを解除し総身から魔力光を迸らせつつ、後ろに退がりながら飛行魔法を発動させ上昇しつつ弾幕を張る。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト」

詠唱と共にクロノの周囲から一瞬にして百を超える程大量の魔力刃が虚空に生成されると、それらがカイに向かって一斉に襲い掛かった。豪雨のように凄まじい勢いと破壊力を秘めた嵐となって降り注ぐ。

開幕からいきなり全力で攻撃を開始するクロノの姿勢にカイは僅かに眉を寄せるが、それも一瞬だけ。瞬く間に眼光を鋭くさせ、踏み込んだ。

「ふっ」

小さく呼気を吐き、剣士特有の歩法で高速に間合いを詰めながら手にした大剣を振るう。確実に被弾するであろう魔力刃を眼で見て選び、叩き落としていく。

しかもその速度がとんでもなく速い。間合いの詰める踏み込み速度はソル並み。つまり魔導師の飛行速度よりも遥かに速いのだ。最初から理解していたことだが、相変わらず法力使いは魔導師の常識をいとも容易く粉砕してくれる。

(顔色一つ変えずに突っ込んできて、スティンガーブレイドを剣技だけでかい潜ってくる!? なんて神業だ!!)

内心で戦慄するクロノ。予選で戦ったシグナムより強いと聞いていたので出し惜しみせず序盤からフルドライブを使う選択は間違っていなかったのに、シグナムよりも飛び込んでくる速度が速く、迫力が強い。

ダンッ、と力強くカイが地面を蹴り、跳躍。高く飛び上がった彼は既にクロノの上空に位置し、こちらを見下ろすような形になっている。今更法力使いの身体能力を驚くつもりなど毛頭無いのだが、やはりギアに対抗する為か、次元世界の魔導師と比べると明らかに尋常じゃないレベルだ。

「斬!」

気合一閃。上段から小細工抜きで一刀両断するように振り下ろされた大剣を、バリアで受け止める。

「ぐっ……」

展開された魔力の障壁と蒼雷を宿らせた白銀がぶつかり合う。攻撃と防御の鬩ぎ合いが数秒続く。なんとか耐えるクロノに対し、バリアはそう簡単に破れないと察したカイが先に観念したのか、水色の障壁を足場にして両足でキック。壁蹴りするようにそのまま後方に一旦退く――

「スタンエッジ!!」

ように見せ掛けて距離が離れた途端にその大剣を振るい、刀身から雷の刃を飛ばす。

「うわ!?」

カイが離れたと思ったら飛んできた蒼雷に驚きつつ、展開したままだったバリアでとりあえず防ぐ。威力はそれなりだったけれど、絶対に防げないというレベルではなかったので問題無い。

視界の中ではカイが星の引力に従い、地面に着地しているのが確認出来た。

(着地だって? 空中戦はしないつもりか?)

あのまま攻め続けられたヤバかったので安堵が半分、何故追撃してこないのか疑惑半分の心境でいる間に、カイは剣を手にしていない左腕を高く掲げると声に合わせて振り下ろす。

「そこです」

神が降す天罰のようにして上から降り注いだのは巨大な落雷だ。咄嗟に上からの攻撃に対抗する為防御を張るが、先の雷刃とは比較するのも馬鹿らしいくらい強力な一撃に、悲鳴すら上げられぬままクロノは堪らず地面に叩き落される。

不幸中の幸い、事前にカイが雷使いだという話は聞いていたのでバリアジャケットを雷対策にしていた。そのおかげでダメージは思ったより低い。出来立ての焼き焦げたクレーターの中央で仰向けの状態から立ち上がりつつ、全身の痺れと痛みに顔を顰め内心で毒つく。

(くそ、ソルと対戦経験があるのにうっかりしてた。法力使いっていうのは飛行法術を使えばで空中戦が出来る癖に、基本的に地上戦が得意だから魔導師の空中戦には付き合ってくれない、何が何でも地面に引き摺り下ろしてくるのを忘れていた……!!)

文句を言っても事態が好転する訳では無い。いつの間にか眼の前まで踏み込んできたカイの剣が迫っている。

「こんのぉぉぉ!!」

此処で退いたら斬られると本能的に悟ったクロノはあえて自ら踏み込み、袈裟斬りを袈裟斬りで返すかのようにしてデュランダルで受け止めた。大剣と杖、鋼と鋼が衝突し甲高い音が耳を劈く。

鍔迫り合いの形となるが、それも数秒のことですぐに両者共に弾かれるのかの如く間合いが離れた。離れたと言っても、二、三歩程度の間合いだ。踏み込めばお互いの得物が相手に当たる距離。

今度はクロノが先に仕掛ける。こんな至近距離では魔法は使えないので、魔法のリソースを身体強化に回し、接近戦を挑む。

ダメージを与えることよりも、相手に隙を作らせる為に杖を振り回す。コンパクトなモーションで繰り出される攻撃は一撃一撃が軽いかもしれないが、反撃を許さない。

しかし相手も超一流の剣士。余裕で応戦してきた。

石突を撥ね上げ胸から上を狙うが難なく剣の腹で受け止められ弾かれる。

ぐっと踏み込んで水面蹴りを放てばバックステップで避けられ、身体を一回転させ遠心力を乗せた斬撃がお返しされた。

縦に構えたデュランダルで防ぐもののたたらを踏む。姿勢が崩れてしまったところに鋭い刺突が迫るので、気合で立て直し半身になって避ける。

際どかったが回避に成功したので良しとして、大剣の下にデュランダルを滑らせるように振るい、カウンターを狙う。

カイの胸か腹のどちらかに命中する筈だったそれは、大剣の持つ角度を変えるだけであっさり防がれてしまった。どういう反射神経をしているのだろうか?

「ちっ」

「やりますね」

クロノの舌打ちとカイの賞賛が耳朶を叩く。

杖と大剣が振るわれる度に金属音が響き、二人はまるで激しいダンスを踊るようにステップを踏み、互いに位置を入れ替え、攻撃・防御・回避を繰り返す。

傍から見れば対等に渡り合っているように見える光景ではあったが、クロノの心は焦るばかり。

(ま、全く隙が無いぞ……ついていくので精一杯だ)

ソルが言った通りだ。クロノとカイは同じタイプの人間――技巧派だということを。自分がソルやシグナム、ヴィータのようなパワーファイターではないからより分かってしまう。

互いに繰り出す一挙手一投足は自分をより優位にする為の『駆け引き』そのものであり、主導権を掌握する為の手段である。つまりは牽制攻撃の応酬。ソル達のような『一撃で相手を葬り去る為に被弾覚悟で繰り出す必殺攻撃』ではないのだ。

言ってしまえば彼らは『攻撃こそ最大の防御だが、防御なんて知らん。とにかく攻撃だ攻撃! 隙なんてぶん殴って作れ!』って感じだ。フェイントもクソも無い、防御は二の次で、攻撃は全部渾身である。相手の技量が高かろうが低かろうが持ち前の攻撃力で叩き潰す。防がれたり避けられたりしたらその時はその時で、という思考なのだろう。

対してクロノやカイなどは攻撃よりも防御に重点を置く者達。友人知人が人外魔境で忘れがちだが、自分達は歴とした純然たる人間で、大怪我を負ってもすぐに回復する訳では無いのだ。実に普通の肉体と思考を持ち合わせている。被弾覚悟で攻撃するより、回避と防御を優先するに決まっていた。

だからこそこの至近距離での攻防は互いに攻めあぐねている。膠着状態が続く。しかも気が抜けない。技巧派同士の戦いというのは一瞬の隙が致命的な命取りとなるので神経を使う。

とにかく間合いを離したい。けれどもカイは付かず離れずの距離を維持しながら剣を振るってくるので応じるしかない。間合いが離れないからこの至近距離で使える魔法なんて身体強化くらいしか無い。目まぐるしく動き回るこの距離で射撃や砲撃、拘束魔法を使うなんて出来っこない。氷結魔法なんて一瞬の溜めが必要だから以ての外。そもそも術式構成する前に攻撃が来るのでそれらを凌ぐのに精一杯だ。

(このままじゃマズイ。なんとかしないと)

心急くクロノの思いとは裏腹に、気が付けば足は己の意思に関係なく徐々に後退し、攻撃の頻度も少しずつ減り、反比例して防御する回数が増えていく。

(……え? あれ? 嘘だろ?)

戸惑い、そして戦慄した。いつの間にか、後ろに退がりながら防戦一方という状態にまで追い込まれているではないか。

(マ、マジか!?)

今更になってやっと思い知る。剣撃の速度が最初と比べて段違いに速く鋭い。恐らくはカイは打ち合いの中で、クロノに気付かれないように細心の注意を払いながら徐々にスピードアップをしていたのだろう。苛烈さが一層増して迫りくる白刃は最早空間を走る迅雷そのもの。辛うじて防ぐが、防ぎ切れない攻撃がバリアジャケットを容赦無く斬り裂いていった。

逃げようと思っても逃げられない。被弾覚悟で反撃したり離脱することは可能だが、防がなければ致命傷を負う。まるで全部しっかり防御しろと言わんばかりの連撃を、ギリギリで防ぐ。いや、防御せざるを得ないように仕向けられている。

トン。

背中に突然何かが当たる。これ以上後ろに退がれないので必然的に背後に何が存在するのか分かった。壁だ。この試合の舞台となっているフィールドはゴツゴツした岩肌がそこら中に顔を出す荒野。振り向いて確認など出来ないが、きっと今の自分は巨大な岩山を背にして立っているのだと思う。



――やられた。



いつから狙っていたのか知らないが、追い詰め方が素晴らしい。追い詰められているのは自分だというのに感心してしまう。純粋な剣技による接近戦のみで相手を此処までコントロール出来るとは……!!

天才剣士、という単語が脳裏を過ぎる。これが元聖騎士団団長の実力、これが聖戦を生き抜いた歴戦の猛者、これがソルの戦友。

そしてこれが、戦いの年季か。開幕からこれまで、完全に手の平の上で踊らされていた。その結果がこれである。

今まで激しく攻め立てていたカイは急に動きを止め、顔の高さで水平に構えた剣の切っ先をクロノに向けたまま、観察するような眼差しを送ってくる。

(追い詰めた上で慎重になるとか、本当に隙が無いなこの人!)










「なんかもうダメそうだぞあいつ」

売店で買ってきたポップコーンをガツガツ貪りながら、ヴィータが非常にどうでもよさげな感じでのたまった。

やっぱり夫の格好良いところは見たいエイミィにとっては酷い暴言に聞こえてきてしまう。

「まだよ! まだこれからだわ!!」

「いや、ダメだろ。どっからどう見てもコーナーまで追い詰められたボクサーじゃん、幕○内にKO負けする唐○じゃん。もうサンドバッグ確定だって。ボコられる未来がアタシには見える。つーか、クロノが負けてくんねーと困るのアタシだし」

とことん金に汚いヴィータである。すぐ傍にクロノの家族が居るんだから、そこまで言わんでもいいだろがと皆が皆思うことではあったものの、現在クロノが壁を背負った状態で追い詰められているのは事実。

しかし此処でヴィータを諌める人物が登場。

「そぉい!!」

完全に酔いが回っているはやてだった。背後からヴィータにヘッドロックをかまし、聞いてる側の気分が悪くなるくらいに嫌な音をギシギシ響かせる。

「うわらば!?」と今にも頭が真っ二つに破裂しそうな叫びと共にポップコーンを放り投げ、暴れて拘束から逃れようとするヴィータであったが、次第に動かなくなり完全に沈黙した。

ちなみに放り投げられたポップコーンは無事にヴィヴィオの手に中に収まり、ヴィヴィオとコロナとリオの三人の胃の中に収められる結末を迎える。

「でもさ、皆だったら壁際に追い詰められたらどうする?」

酒の飲み過ぎで顔を赤くしたアルフの質問に自信を持って答えたのは、やはり酔っ払っているアインだ。

「攻撃が来た瞬間を狙ってサイクバーストしてぶっ飛ばす」

それになのはがテンション高めに腕を振り回し身振り手振りで続く。

「私は攻撃を魔法で防いでバリアバースト!! 下手に振り回すとカウンターもらうから。っていうか、それしかないし?」

「あの距離でカイさん後退させるなんて私らには無理難題や」

アインとなのはが最終手段的な発言をしていることに、ヴィータを投げ捨てたはやてが急にシラフに戻ったような態度で同意を示すように肩を竦めて見せる。

「フッ、甘いわね皆。私達だけに許された最強の切り札があるというのに、何故それを使わないの?」

そんな中、鼻で笑いながらシャマルが偉そうなことを言い始めたので訝しげな注目を集めることになったが、彼女はむしろその集まった視線に演説するように大仰に腕を広げ解説した。

「バーストを使う? 何を言っているの? そんなことカイさんなら百も承知よ、読まれるに決まってるわ。だって追い詰められたら誰でも脊髄反射でバーストしちゃうでしょ? だったらその裏をかかなきゃ。誰も思いつかないような意外性がないとダメよ」

意外性だと? それは一体何だ? と皆がゴクリと答えを待つ中、シャマルはおもむろに『旅の鏡』を発動させて、

「私の答えはこれよ……夫を呼ぶ」

バッグの中に手を突っ込んで財布を取る、といった感じの気安さで眼前の空間に翠色の魔力光を放ちながら“穴”を開くと、控え室に居るソルを無理やり引っ張り出してきた……こいつも相当酔っ払ってるらしい。

「……? ?? ??」

本当に強制的に問答無用で転移させられ、何が何だか分かっていないソルがきょとんとした様子で尻餅をつき、自分をいきなり召還したシャマルを見上げている。

そんな彼に対しシャマルはいつもの聖母のような笑みを浮かべ、「アナタ」と甘えるような声音で呼びながら彼の頭を抱えるようにしてギュッと抱き締める。体勢的に言えば、床で尻餅をついているソルを椅子に座っているシャマルが上から覆いかぶさるような形だ。

「「「その手があったか!!」」」

「いや違う、反則だそんなの! あくまでカイとサシで勝負している時を仮定した話であって、生命の危機に瀕する殺し合いの最中って訳じゃ無いからソル呼ぶの禁止!」

「そもそもなんで俺は此処に居るんだ? つーかテメェら酒臭ぇんだよ、大会にかこつけてどんだけ飲んでんだこの酔っ払い共め……離れろシャマル、用が無いなら俺は控え室に戻るぜ」

心の底から感心しているなのはとアインとはやての三人、異議ありとを申し立てるアルフ、シャマルに抱き付かれながら思いっ切り首筋に噛み付かれて出血しているというのに微動だにせず呆れ顔になるソル。

「……」

そして椅子に座ったまま気絶しているヴィータ。

「騒いでないで試合見なさい」

冷静なクイントのツッコミに誰もが、仰る通りです、と心の中で思った。

「状況が動くわ」










絶対絶命のピンチ。窮地に立たされたクロノはなんとかして逃げようと思考を巡らせるが、眼前に仁王立ちしたカイがそれを許さない。

こちらが逃げようと手足の筋肉に力を入れようとした絶妙なタイミングを狙って剣の切っ先が、腕が、肩が、視線が、足がピクリと動きフェイントしてくるのだ。その僅かな動きにクロノは過剰反応してしまい、思うように動けない。

いつまでもこうやって睨み合っている訳にもいかない。しかし、どうすればいいのか分からない。堂々巡りである。最初からこのような形になると悟っていたが、実際になってしまうと腹立たしい。こうならない為にソルに助言を頼んだというのに。

(そもそも若さで勝負しろってどういうアドバイスだ? 面倒臭いだけだったんじゃないだろうな!?)

いかにもあの男が言いそうなテキトー発言だ。真面目な時はとことん真面目で責任感が強いのに、自分にとってどうでもいいことに対して一度面倒臭いと思うと無責任な発言をして、後は野となれ山となれと言わんばかりに放置して渦中から抜け出そうとする悪癖がソルにはある。

そう考えるとなんか段々ムカついてきた。

(ああそうかそうか。だったら言われた通りにしてやるよ、若者らしく何も考えず突っ込んでやるよ! 玉砕覚悟で当たって砕けろ!!)

カイから放たれる無言の重圧など一切構わず、いきなり飛び掛る。デュランダルを振り回しながら術式構成も碌にせず、半ば魔力を暴発させるように溢れさせ、カウンターをもらうことなど全く考慮せず特攻。

自棄を起こしたかのようなアタックは、普段の彼ならば絶対にしないであろう。だが、普段は絶対にしないからこそ、本人ですら予想だにしていないことが起こる。

ギィン、と金属と金属が激突。攻撃した杖と防いだ剣が鍔迫り合いの形となり、

「「なっ!?」」

杖に触れている剣の刃の表面が瞬く間に凍りついていく。キシキシという小さな音と共に刀身に真っ白な霜が降り、その面積を広げていった。

術者の制御を離れた魔力がデュランダルによって自動的に氷結へと変換され、漏れ出る瞬間周囲の熱を片っ端から奪い空気中の水分を凝固させているのだ。

これを嫌ったカイが自ら後方に退がり距離を取るが、それを追い縋るようにして地面にはびっしりと霜が降りていき見る見る内にその範囲を伸ばす。気温が一気に氷点下を下回り、クロノを中心として徐々に世界が白銀へと移り変わっている。

「仕方がありませんね」

愚痴を零すような独り言を呟きつつカイは退がるのを諦め、手にしていた大剣を逆手に持ち替えると、両手で握り締めて切っ先を地面に突き立てた。すると、蒼い光が発せられ小規模の結界が構築される。それにより霜の侵食を食い止めるが、一時凌ぎに過ぎないのか防くことが出来た空間は彼から半径十数メートルというごく狭い範囲だけだった。

「え?」

当の本人であるクロノは急な事態の変化についていけない。

(カイさんが、退がったぞ……なんで?)

さっきまで何をやっても退がらない、むしろこっちが退がらされる一方だったというのに、今は実にあっさりと彼が退がっている。

ソルとかだったら絶対に退がらないのに――

「!!」

そこまで考えて思い出す。カイは確かにソルと同じ法力使いだが、自分と同じ普通の人間でもある。『人間』という生き物である以上、必ず一定の体温を保ち続ける必要があり、この場合は極低温による体温低下を防がなければいけない。自身の体温を人肌から数千度にまで自由自在に変化させられるギアのソルとは決定的に違うし、ソルの影響で人間離れした頑強さと回復力を誇る肉体のなのは達とも違う。

つまり彼には、普通に氷結能力が効く!!!

(……それにしても、なんで暴発した魔力がこんなにスムーズに氷結へと変換されるんだ? 普段ならちゃんと制御しないといけない筈なのに…………まさか)

ふと浮かび上がった疑問は、すぐさま答えが出てくる簡単なものであった。このデバイスを最近調整してくれる人物は、今のところ一人しか存在しない。

デバイス工房『シアー・ハート・アタック』の店長、ソル=バッドガイ。



――『若者らしく難しいことなんて考えずスバルみたいに頭空っぽにして戦ってみろ。案外なんとかなるかもしれんぞ。何も考えてない奴ってのはたまに面白ぇことするからな』



脳裏にリフレインする、不敵な口調のソルの声。

頭空っぽにすればデバイスが自動的に空間凍結を行使するようになっているのか!? いくらなんでも遠回し過ぎるだろうがああああ!! 相変わらずこっちが予想していたことの斜め45度上をいってくれるなあいつ!!

「デュランダル!!」

<OK,BOSS>

此処には居ない赤野郎に言いたいことが山程あったが今はそれをぐっと抑え、反撃の糸口を見つけたクロノの呼び声にデバイスが応えた。術者の魔力を食らって氷結能力を発動させる。周囲の気温を下げられるだけ下げて、その範囲を絞ることなく出来るだけ広範囲に。

晴れていた天気が曇り空となり、太陽の光を厚い暗灰色の雲が遮り次第に暗くなっていく。粉雪が降り始めたかと思えば、いつの間にか激しい暴風雪と化す。

空気中の水分がその存在を凝固させ風に乗って刺すように叩く。ただでさえ太陽の光が遮られ薄暗くなっている状態だというのにブリザードのおかげで更に視界が悪くなり、ついにはホワイトアウト現象が発生してしまう。

互いの姿を肉眼で確認出来なくなってしまうが、そんなことは些細なことである。カイもクロノも高位の術者。肉眼に頼らずとも敵影を捕らえる術は持っていた。

「「そこだ!」」

同時に放たれた蒼雷の刃と巨大な氷塊が衝突。雷が内包していた熱が小規模な水蒸気爆発を生み出し、視界を一瞬だけクリアにしたもののすぐに雪が全てを覆い尽くす。

この展開は天候を支配しているクロノが圧倒的有利となっていた。どうしても保温しなければならないカイは自身で張った結界から出て行くことは出来ない。もし出てきたとしても、ブリザードから体温を守る為にはどうしても法力に頼らざるを得ないから、そちらにリソースを割かなければならなくなる。

もし仮にカイにとって体温維持の法力に余分な神経を使うことが問題無いとしても、この状況ではクロノの有利が揺らぐことはない。

地面には何十センチも雪が積もり、今も徐々にその高さを上げていく降雪量。地上戦を得意とする法力使いにとって地面のコンディションは生命線。それが最低最悪なのだ。カイが結界から足を出せば雪に足を取られその動きを阻害される。踏ん張りが利かない状況下で普段通り戦うなど不可能だ。

結界の範囲は半径が精々15~18メートル。半円のドーム状で、それ自体が熱を発しているのか周辺の雪が全て融かされている。そこだけが別世界のような光景となっているのをサーチャーで確認しながら、クロノは詠唱を開始した。










決戦場となった無人世界はクロノが天候を操ってブリザードを発生させてしまい全てがホワイトアウトしてしまったので、会場の観客達が見ているモニターに映っているのは結界内のカイだけということになってしまっている。

もう一人の姿は白い闇に消えて見えない。が、片方が画面に映っていなくても二人が激しい戦闘を繰り広げているのは一目瞭然で、誰もが固唾を呑んで見守っていた。

結界の外――白い闇を突き破って全方位から水色の魔弾が、魔力刃が、砲撃が、氷塊が、氷柱が、バインドが、一斉にカイを襲う。

迫り来るそれら全てをカイは無駄の無い動きで避ける、華麗な剣技で叩き落し、蒼い稲妻で見事に凌ぎ切り、すぐさま反撃の雷刃を結界の外に向けて飛ばしている。どうやらカイにはクロノの位置がある程度分かるらしい。けれど、クロノの攻撃は止むことがないので上手く防がれているようだ。条件が悪過ぎて、流石のカイも不利な状況を覆せずにいた。

情け容赦無いクロノの猛攻と、全く隙の無いカイの防御。どちらも常人には決して真似出来ない超高等技術の応酬は、かれこれ5分以上続いているが終わる気配がない。

『クロノ選手、姿は見えませんが執拗な遠距離攻撃を繰り返します! ブリザードを降らせるくらいだから此処で是が非でも倒したいのでしょう! しかしカイ選手がそれを許しません。全方位から飛来する攻撃を一発も被弾することなく全て防ぐという離れ業をやってのけます! 攻撃する方も防御する方も凄過ぎてこれ以上何を言えばいいのか分かりません!! 果たして先に根を上げるのはどちらか? それともこの死闘に終わりはないのか!?』

『あの子、この先魔力持つのかしら? それとも後のことを考えていない? そうだとすればちょっとらしくないわね』

『確かにクロノ提督の魔力残量が気になります。これは明らかにクロノ提督の方が消耗が激しいと思いますから』

セレナの実況に応じる形でリンディが我が子のことを気に掛け、カリムもリンディと同様にクロノの残り体力を心配する。

そんな三人を他所に、ゲンヤはマイクのスイッチをオフにしてコソコソ隠れるようにして通信回線を開き、最愛の妻と内緒話をしていた。

(じゃあ、やっぱりあのカイ選手ってのは――)

『そうよ、ソルの古い戦友。聖戦の話は聞いたでしょ? その時聖騎士団で団長やってた人で、数年前にエリオくんに戦い方を師事した人でもあるわ。技と動きがエリオくんに似てるのは当然ね、彼が師匠なんだし』

(まさか今回のこの大会、他にもソル関係ってあるのか?)

『勿論。予選で私と、本選でティアナの二人と戦ったスレイヤーのオジサマ、予選でユーノくんと相打ちになったアクセルくん、そして今クロノくんと戦ってるカイさんを入れて合計三人、ソルの知り合いが“こっち”に来てるわ』

(やたら強いのがゴロゴロ居ると思ったら、そういうことだったのか!!)

この時、ゲンヤの中で全ての線が一本に繋がり、謎が解けた。










(カイさんには死角が無いのか? もうこっちは限界だぞ)

肩で大きく息をしながらクロノはデュランダルを振るい、魔法を操作し攻撃を怒涛の勢いで放つが、それらがことごとく防がれてしまう。

「くっ……」

これでも上を行かれた。悔しさで唇を噛み締めて……同時に仕方が無いという諦めも浮かび上がってくる。

最初から理解していた。自分はこの人には勝てない、と。戦う前から分かっていたのだ。『格』が違うということを、控え室で初めてカイの姿を眼にしたあの時から悟っていた。

試合前にソルが言った通り、クロノとカイは互いのことを『自分に似ている』と直感した。事実、二人はあらゆる面で酷似していた。これまでに築いた人間関係や立場、ものの考え方、戦いに臨む姿勢、戦う理由――



そして、ソルに対して抱いている憧れと劣等感。“自由”への羨望と嫉妬。



言葉を交わした訳では無いのに伝わってくるのだ。それと同時にこちらの気持ちも相手に伝わっているのだろう。攻防を繰り返す度に自覚する。自分達は左右対称の鏡映し。多少の違いはあれ、恐ろしいくらいに似ているのだから。

最早クロノの頭には、カイに勝って準決勝に進む、という考えなど残っていない。このままジリ貧が続けてもそれは未練がましい足掻きというもの。だったら今この瞬間全てを出し切り、決着をつける。

ただ、最初から勝てないと分かっていたとしても、負ける気なんざ更々無い。やるからには勝ちに行く。いや、最初から勝てないとかどうとかそんなことは知ったことではない。全力を注ぎ込んで、必ず勝ってみせる。

デュランダルに命令を送る。すると、今までの悪天候が嘘だったのかのようにブリザードが止み、空が晴れていき太陽が顔を出し世界を明るく染めていく。

クロノはカイの遥か上空、斜め上の角度から見下ろすような位置に居た。手にしたデュランダルの先端を下方のカイに向ける。

カイもクロノを見上げる形で剣を構え直す。





やや腰を落とし身構えたカイは、クロノの覚悟を決めた表情を見て何故か嬉しくなってくるのを感じていた。彼を見ていると、まるで昔の自分を見ているような錯覚を覚える。懐かしそうに眼を細めた。

シンパシーのようなものがずっとあった。今日初めて会った気がしない。まるで何十年も付き合いのある友人と再会したような、そんな不思議な感覚をクロノに対して抱いている。

(若い頃の私は、きっと今のクロノさんのような顔でソルに戦いを挑んでいたのでしょうね)

心の何処かで敵わないと理解していながらその現実を認めることが出来ず、我武者羅になって剣を振るい、何度も何度もコテンパンにされて、その度に悔しい思いや惨めな敗北感を味わった。だが、それでもカイは決して諦めることはなかった。もしそこで諦めてしまえば自分が自分ではなくなってしまいそうで、大切な何かが失われてしまいそうで、負けたままの自分が何より許せなくて。

(少し、年を取ったかな……若者の姿を見て過去の自分を重ねるなんて、まるで年配の方のようだ)

心の中でそっと苦笑しながら、呪文の詠唱をしているクロノに応じる形で全身に雷を帯電させた。蒼い稲妻が空間を迸り、激しく明滅する閃光が生まれる。

「……迅雷の所以をお教えしましょう……真の雷とは、瞼にも心にも焼き付くものです」



「悠久なる凍土 凍てつく棺の内にて 永遠の眠りを与えよ」



眼下のカイを捉えた状態で呪文の詠唱が無事に終了した。魔力のチャージも同様、残りをありったけ注ぎ込んだ。蒼く光り輝くカイを中心とした半径20メートルを目標対象として、クロノが持ち得る魔法の中で最も強力な魔法を解き放つ。

「凍てつけ!!!」

<Eternal Coffin>

極大の凍結魔法が発動する。攻撃目標対象を中心に、付近に存在するもの全てを凍結、停止させることを目的としたその魔法は海すら僅か数秒で凍結することが可能。本来であれば対人戦、しかもたった一人を相手に使っていい代物ではないが、今回だけは使用を躊躇わない。

再び世界が極低温に晒される。太陽の光すら凍結させてしまいそうな冷気が全てを白銀に塗り潰そうとしていく中、カイはゆっくりとした動作で手にした剣を頭上に掲げた。

刹那、眩い閃光と耳を劈く轟音を伴って掲げた剣に巨大な雷が落ちる。周囲の空間に帯電し、荒れ狂う蒼い光と力は氷の浸食を徹底的に拒み、己の領域を保つ。

「聖騎士団、究極奥義」



蒼雷に守られたカイが、大きく一歩、鋭く踏み込んだ。



「ツヴァイ――」



身体を回転させ、剣で横一文字に薙ぎ払うような一閃。



「――ボルテージ!!」



そして次に剣を両手で持ち、先の薙ぎ払いと合わせて十字の軌道を描くようにして上段から振り下ろす。

彼が行った動きは、それだけである。

しかし、次の瞬間に起きたことはカイが事前に宣言した通り、眼にした者全ての瞼と心に焼き付く。

クロノが位置する上空に、突如として巨大な十字架が出現したのだ。蒼い雷で構成された十字架は、まるで触れたものを浄化するかのように、罪人を十字架に張り付けるようにクロノを飲み込み、内包したエネルギーを一気に炸裂させ、神の裁きの如き荘厳さで大地に降り立つ。

眼を開けていられない程の光量、耳を塞いでも響いてくる轟音。これまでで最大級の落雷が、決闘場である無人世界に顕現した。











「クロノさん、クロノさん。しっかりしてください」

「……あ……」

頬をペチペチ叩かれている感触に眼を覚ますと、こちらの顔を上から覗き込んでいるカイが居た。

「大丈夫ですか?」

「まだ眼がチカチカしますけど、だ、大丈夫です」

負ける云々以前に死ぬかと思った、とは言わない方が良さそうだ。顔と態度を見ればカイがどれだけクロノのことを心配しているか分かったから、気丈に振舞い仰向けの状態から元気に立ち上がってみせる。が、身体は正直で、立ち上がったと思ったらすぐにぶっ倒れる。

「出来るだけ法術で傷を癒しましたが無理はしないでください。さあ、掴まって」

気絶してからどれ程の時間が経ったか知らないけれど、場所が無人世界である点から鑑みるに数分程度なのだろう。一人では歩けもしない体たらくなので、カイの心遣いに甘えさせてもらう。

二人で肩を組むようにして歩く。まだ全身から痺れが抜け切っていない為、歩調はひどくゆっくりしたものである。思ったように動かない足に四苦八苦しながら転送ポートへと向かった。

「アナタとは今日初めて出会って、それ程多くを語った訳ではありませんが、この戦いでアナタとは何十、何百もの言葉を交わしたような気がします」

「僕もです」

唐突にカイが語り始めたものの、クロノは少しも不思議に思わず同意を示す。彼が言い出さなければ自分から言おうと思っていたからだ。

「なんていうか、僕達はきっと似た者同士なんですよ」

「ええ。赤の他人とは思えませんから」

同時に足を止め、顔を見合わせてから、全く同じタイミングで吹き出した。自分達でもよく分からないがおかしさが込み上げてきて、それに耐え切れず二人は気が済むまで笑い合う。

「クロノさん。アナタにもっと早く出会いたかった」

「僕もです。こんなことなら子どもの頃からもっとソルと仲良くなっておけば良かったって後悔してます」

「それは随分難しくないですか? あの男はやること成すこと全てが常軌を逸していて、出会った頃の聖戦時代から一体何度ソルのことで頭を悩ませたか」

「そうなんですよ。あいつ、『俺の言う通りにしねぇとぶっ殺す』って無茶苦茶言って僕達のこと十年以上も脅してきましたからね。最近は落ち着いてきたけど」

ソルに対する愚痴、という内容で会話に花が咲く。既に二人の関係は単なる勝者と敗者ではなく、共通の知り合いを持つ他人でもない。二人はもう立派な友人同士だった。

だから多く語る必要は無い。言葉は、さっきカイも言ったが試合中にたくさん交わしたのだから。

「カイさん」

「何でしょう?」

「……ソルに、勝ってください……」

真剣な表情でクロノは口にした。

先に次の準決勝でシグナムかフェイトのどちらかを倒さなければいけないのだが、クロノの表情から何かを察したのか、カイは自信満々に告げる。

「はい。期待に沿えるよう、全力を尽くします……見ていてください、私の挑戦を」

























後書き


今月頭に、ついにPS3版でギルティが配信されました。ネット対戦スゲー楽しい。早くRの方にバージョンアップしてもらいたいもんです。

EXカラー1のソルを使い、BGMをNo Mercyしか選曲しなくてステージをパリしか選ばない奴が居たら、もしかしたら私かもしれません。あんまり強くないけど出会ったら軽くもんでやってくださいwwww

次回はシグナムVSフェイト、女の戦いです。キャットファイト開始!!

つーことで、また次回!!







オラァー、ランキングマッチでもプレイヤーマッチでもなんでもいいからデュエルするぜ!!



[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part6 Pulsation
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2012/12/12 00:12

控え室に戻ってきたソルが扉を開けて初めて眼にしたものは、部屋の中央で殺気を振り撒きながら、額がくっつく程の至近距離で睨み合い火花を散らすフェイトとシグナムの二人である。既に二人の中では試合が始まっているらしい。

「……」

「……」

バチバチと放電現象を生み出す金の魔力がフェイトから、それに対抗するようにシグナムの足元からラベンダー色の魔力と共に紫炎が噴き出す。

二人から視線を外し控え室をぐるりと見渡せば、他数人の選手が壁に縮こまるようにして腰を抜かしている。二人が垂れ流した魔力がそれぞれ雷と炎に変換でもされた上であちこち飛び火したのか、床はそこら中黒焦げだ。

ソルは頭痛を堪えるようなしかめっ面になって、額に手を当て小さく溜息を吐くと全身から闘気を溢れ出させる二人に近寄った。

「少し落ち着け」

声を掛けると、今の今までこれから殺し合いでも始めそうな空気が嘘のように弛緩し、獲物に食らいつく寸前の猛獣と化していた二人は「あ、ソル」と声に出しつつ普段の状態に戻る。なんという変わり身の早さ、まさに魔法!

(なんでこいつらはこんなに血の気が多いんだ?)

聞いたら誰もが「アンタもね!!」と突っ込みそうな言葉を内心で吐く。

つい先程シャマルに噛み付かれたことにより鈍痛が残る首筋――彼女がソルの肉体に自身の痕跡を残したがる為呪われており、すぐには治らない――をなるべく意識しないようにしつつ、手を二人の肩に置く形で伸ばし改めて「ヒートアップすんのは試合が始まってからにしろ」と言う。

「そうだな。決着はこの後すぐにつけられる」

「確かにちょっと先走っちゃったかも」

なんとか矛先を収めたことに一人安堵していると背後で「ひいいいぃぃ、逃げろぉぉぉぉぉ!!」とか「化け物ばっかじゃねぇかこの大会!? もう来ねぇよおおおおお!!」とか泣き叫びながら脱兎の如く控え室から我先にと逃げ出す他の選手達。

あっという間に控え室はソルとシグナムとフェイトの三人になってしまった。逃げ出した選手は、まだBブロックで行われていない準々決勝まで勝ち残った者達なのだが、彼らは戦わずして負けを認めたようだ。まあ、もし残っていたとしてもこの後ソルに丸焼きにされる末路を辿るだけなので、不戦敗という選択は間違っていない。実に今更だが賢明な判断である。

「良かったねソル。準々決勝と準決勝やる手間が省けたよ」

「面倒臭がりのお前にとっては良い結果となったのではないか?」

「……ああ」

ラッキー、といった感じのフェイトとシグナムの発言に呆れ果てて最早同意するしかない。

「ん? ソル達だけ、なのか? 他の人達は? というか、この黒焦げになった床や椅子は一体……?」

そんな時、頭の上に大量の疑問符を浮かべ戸惑っているカイが入室してくる。ソル達三人以外誰も居ないこと、床が――シグナムとフェイトの所為で――炭化していることに首を傾げていた。

「他の連中は逃げた」

「何?」

「こいつら二人の殺気に当てられて、逃げちまった」

「……あ、ああ、そうか……それは、その……なるほど」

眉を顰めたソルの言葉にカイは数秒呆けていたが、どうやら無理やり納得することにしたらしい。うんうんと何度も頷く彼からそれ以上追及されることはない。

「クロノは?」

「意識はしっかりしているし会話も支障無く出来ているが、一応大事を取って医務室に連れて行った。今は彼のご家族もご一緒している」

「そうか」

焦げていない椅子を見つけて腰掛けながら何気ない質問をソルが投げ掛ければ、やはり焦げていない椅子を見つけたカイが答え、椅子に座る。

シグナムとフェイトも二人に倣い、それぞれ座った。

「……」

「……」

「……」

「……」

しーん、と沈黙が降りてきた。誰も口を開かず、微動だにせず、ただ時間が流れるのを待っている。ソルは話しかけられれば応えるが元々無口なので必要以上に喋らず、カイも先の試合で多少疲れがあるのか瞼を閉じて休んでいる様子。女二人も次の試合に意識を集中させているのか、己のデバイスを握り締めたまま置物のように動かない。

部屋の中央に浮かんだ空間ディスプレイのみが唯一音を発生させ、動いていた。先のクロノとカイの試合について、映像を交えながら実況とゲスト達がトークを繰り広げている。それがやけに耳に残る程、室内は静かだった。

やがて待つこと五分。次の試合の選手を呼びにディードが姿を現した。

集中力を極限まで高めているのか、共に無言のまま立ち上がるシグナムとフェイト。無駄口など叩かず、しっかりとした足取りで部屋を出て行こうとする。

そこへ、

「暴れてこい」

ソルが二人の背中に向けて小さく呟いた。

ピタッと二人は同時に動きを止め、肩越しに振り返り、綺麗にハモる。

「「当然」」

ギラついた二人の眼は禍々しく光っていて、何よりも血に飢えていた。

「……」

「……」

部屋に二人だけ取り残されたソルとカイは暫しの間沈黙を守っていたが、周囲に自分達以外誰も存在しないことを気配で確認すると、どちらからともなく大きな溜息を吐く。

「こんな言い方は失礼なんだが」

「ああン?」

「あの二人の眼つき、非常に危険だぞ。聖戦時代のギアでもあんな狂った眼はしていなかった」

「良い眼をするようになっただろ? あれに睨まれたら当時の大隊長クラスでも裸足で逃げ出すレベルだぜ」

戦慄しているカイの言葉に対して完全なる皮肉で応答するソルの顔は、苦りに苦り切った苦笑い。

「彼女達とは年に数回程度の頻度でしか顔を合わせないが、会う度に凄味が増していくな」

「初めて出会った頃が懐かしいぜ」

フェイトは純真無垢をそのまま体現したかのような存在だったし、シグナムはいかにも騎士然としており凛々しかった。しかしそんな二人もソルと出会ったばっかりにあんな風になってしまったのである。丁度今アクセルが来ているので過去に戻って当時の二人に頭を下げて謝りたい気分だった。こんな風にしてすいませんでした、責任はちゃんと取りますんで許してください、一生面倒見ますし何でもします、と。

まあ、面と向かってそんなことを言ってしまえば『勿論責任は取ってもらうし面倒も見てもらうぞ、永遠にな』とか『今、一生なんでもするって言ったよね?』と返されて酷い目に遭うので絶対に口に出さないが。










背徳の炎と魔法少女 空白期2nd バトル×バトル×バトル Part6 Pulsation










試合開始の電子音が鳴り響いた瞬間、二人は地を蹴り、相手に襲い掛かった。

「シィィグナァァァァァァァァァムッ!!!」

「フェェェェイトォォォォォォォォッ!!!」

金に輝く雷刃と紫炎を噴出す魔剣がぶつかり合い、鬩ぎ合い、互いを食らい合いながら相手を押し潰そうとする。

交差する炎と雷を挟む形で二人の視線が絡み合う。大出力の魔力と魔力の衝突に視界が激しく明滅し、二人の美貌を彩った。

二人が激突した余波が周囲に不可視の衝撃波を生み出し、瞬く間に地面がひび割れ砕け散り、巨岩が粉々になり礫となって放射線状に広がっていく。荒野が更に荒れ果てる。

示し合わせたかのように二人は同時にデバイスを引いて退がると、またしても同時に踏み込み、全力でデバイスを振るう。

車と車が正面衝突したかのような轟音。

「「……っ!!」」

鍔迫り合いの状態で、二人は奥歯が砕ける程歯を食い縛り、筋力を最大限にまで高め、その上で更に魔力を出し惜しみすることなく全力で放出した。

次の瞬間カッと光が生まれ、二人を中心として大規模な魔力爆発が発生。爆心地に居た二人を弾くようにして吹き飛ばす。紫と金、二色の魔力光が混じり合った衝撃波が音速を超えてその範囲を広げつつ触れたものを一切合財粉微塵に変える。

「ちっ!!」

「クソが!!」

吹き飛ばされながら口汚く舌打ちするシグナムに、罵声を吐き出すフェイト。二人共ソルの影響で戦闘中はとても女性とは思えないような口調になる時がある。それはなのは達も同様だが……影響を与えた張本人であるソルとしてはもう少しなんとかならんのかと悩んでいるのを彼女達は知らない。ちなみにヴィータ曰く『この場合、朱に交われば赤くなる、じゃなくて赤に触れたから赤くなったんだよ』とのこと。

間合いが離れた二人はそのまま飛行魔法を発動させ空中に静止すると、接近戦から一転して戦法を遠距離戦へと移行。

シグナムはレヴァンティンにその鞘を連結させることにより、剣が形を変え大きな弓――ボーゲンフォルムとなる。矢を番え、弦を引き絞り狙いを定める。

フェイトは自身の周囲に百を超える数のプラズマ球を生成させ、発射体制に入った。

一瞬の溜めを置いて、



「翔けよ、隼」

<シュツルムファルケン>



「トライデントスマッシャー・ジェノサイドシフト」

<ファイア>



トリガーヴォイスが紡がれ、紫色をした一条の光と金の流星群が射線上のものを殲滅せんと解き放たれる。発射されたそれらの破壊の光は、当然の如く真正面からぶつかり合い、またしても大爆発を引き起こす。しかも連鎖的に、だ。まるで夏の花火大会のような光景は美しくもあるが、空恐ろしいものでもあった。

「疾っ!!」

此処でフェイトが呼気を短く吐き出し、正面の爆発など知ったことかとばかりにシグナムへ一気に接近。未だ前方で収まることのない魔力爆発に飛び込み、ダメージなど全く気にも留めず自慢の速度を活かして最短距離を突き進み再び接近戦を挑む。

爆炎の中から飛び出してきたフェイトが両の手にバルディッシュを握り締め、上段に構えた。



「プラズマザンバー――」



金の大剣に雷が迸り、蓄積されたエネルギーが解放される瞬間を今か今かと待ち侘びたように光り輝く。

だが、



<シュツルムファルケン>



飛び込んできたフェイトが攻撃を仕掛けるよりも先に、シグナムが二の矢を射る。フェイトまでの距離は目測で約6~7メートル。剣を振るう間合いとしては遠いが、弓矢を射る間合いとしては外すことなどあり得ない。音速の粋を超えた速度の炎の矢が目標を貫かんと飛翔する。

攻撃態勢のフェイトは自身に迫る矢に逃げることも防ぐことも出来ず、胸の中心を穿たれ、



<That's too bad>



小馬鹿にするようなバルディッシュの声の後、彼女の身体は激しい光を生むスパークとなって霧散した。

「……なんだと!?」

驚愕に顔を染めるシグナム。

はやてやツヴァイが身代わりの術としてよく使う氷人形にとても酷似した、『雷影分身』とでも言えばいいのだろうか? 今この瞬間まで、偽者だという考えすら及ばなかった。予選でザフィーラが見事に引っかかり敗北したと聞くが、まさかこれ程まで緻密で精度の高い構成術式だとは思っていなかったのである。

そして、無防備な背後から、とてつもない殺気と魔力が漲るのを感じて呼吸が止まる。



「――ブレイカァァァァァァァァッッ!!!」



咄嗟に振り返り無茶と理解していながら弓で防ごうと試みるが、当然それは無理な話。視界を埋め尽くすように巨大となった雷刃に押し潰されるかのようにして斬り裂かれ、全身がズタズタになってしまったと錯覚する程の衝撃を受け吹き飛ばされる。

吹き飛ばされたシグナムが地面に着弾すると、それだけで地表は隕石が墜落したみたいに大きく陥没。彼女を中心として半径数十メートル程度の“窪み”が出来上がった。先のフェイトの攻撃にどれ程の威力が込められていたのかを伺える一撃だ。

「ぐっ、してやられたという訳か。無事か? レヴァンティン」

<損傷無し>

「……流石は、昔封炎剣と同じ素材で改造しただけのことある。呆れた頑丈さだ」

これが世間一般の魔導師が扱う普通のデバイスであれば試合開始直後の打ち合いで跡形も無く消し飛んでいる筈だが、レヴァンティンには掠り傷一つ付いていない。己の愛剣の頑強さに助けられた形だ。おかげで負ったダメージもそこまで致命的なものではない。確かに派手に食らってダメージも甚大だが、まだなんとかいける。許容範囲内だ。

痛む身体に鞭打って立ち上がり、上空からこちらを見下ろしてくるフェイトに対して笑みを浮かべるように口角を吊り上げ、睨み付ける。

それはとても楽しげな笑顔だった。

「いいだろう……今まで秘密にしていたとっておきをお前に見せてやる。レヴァンティン、やるぞ!!」

<ヤヴォール>

手にしていた弓を剣に戻すことなくもう一度構える。空中で停滞し様子を伺っているフェイトに狙いを定め、番えた矢に術式を練り込み、弦を最大限まで引き、すぐには射らずそこで一旦止める。

足元に古代ベルカを象徴とする三角形が特徴の魔法陣が浮かび上がり、更にその魔法陣を外側から囲むようにして日輪――火属性を意味する法術陣が描かれ、魔法陣そのものから紫色の魔力光と共に猛り狂う炎が溢れ出す。



「その眼は獲物を見逃さず、その翼は音より速く空を翔け、その嘴は血肉を抉り、その爪は全てを大地に堕とす……翔けよ、隼!!!」

<シュツルムファルケン>



呪文詠唱が終わるのに合わせて、第三の矢が射出。紫炎の光がフェイト目掛けて一直線に伸びていく。それは術者の文句の通り音速を凌駕する速度となって目標に迫るが、狙われたフェイトは矢が放たれる前から射線を読んでいたので、シグナムが射るのに合わせる形で横に高速移動を行い回避していた。

全ては一瞬にして行われた攻撃と回避。この戦いを見ている誰もが、シグナムは攻撃を外した、と思っただろう。現に、彼女と戦っているフェイトも、観客席から応援しているなのは達も、控え室に居るソルとカイですらそう考えた。

次の瞬間までは。

それの存在にいの一番に気付いたのは実際に戦っているフェイトだった。上空から自身に向かって急降下してくる何かを感じ取り、危険を察知して回避行動に移ろうとするが若干間に合わず、掠めるようにしてその身体が弾かれる。

フェイトにダメージを与えたのはやはり紫炎の光。それはそのまま速度を落とし緩やかなカーブを描くと、その姿形を一筋の光から変え、シグナムの傍まで“優雅に舞い降りた”。

「……な、何それ?」

上から攻撃してきたのは紫炎の光、というのは攻撃されたその時点で分かっていた。今しがた避けたそれが軌道を修正し戻ってきたというのは、十分理解している。だが、フェイトは紫炎の光の正体をはっきりと眼にして、思わず疑問を口にしてしまう。

呆然とした様子の相手からの疑問に、シグナムは悪戯が成功した子どものような笑みでしれっと答えた。

「見て分からないのか? 隼だ」

彼女の傍に存在するそれは、紫炎で肉体を構成された一羽の隼である。人一人乗せて飛んでしまいそうな程大きな体躯を燃え上がらせ、翼を広げると共に火の粉を散らしてフェイトを威嚇し、甲高い鳴き声を轟かせる。猛禽類特有の鋭い眼差し、獲物を仕留める為に発達した尖った嘴と足の爪。誰がどう見ても隼としか言えない鳥が、炎の化身となって仁王立ちしていた。










「“バックヤードの力”を利用したサーヴァント召喚術!? 出来るようになってたのって僕だけじゃなかったのか……!!」

シグナムが顕現した炎の隼を眼にしてユーノが身を乗り出す。驚いているのは彼だけではなく、法力に関わりがある他の面子も皆一様になって驚いた表情だ。アクセルとヴィヴィオだけは『召喚術が凄いのはなんとなく分かるが何がどう凄いのか具体的に分からない』という状態だったが。

また、法力の存在を知ってはいるが詳しいことは一切知らない者達も、三年前にソルがサーヴァントを率いて『ゆりかご』に攻め入った戦闘データを見ているので、どれだけ強力な存在か感じ取ったらしい。特にその力を現場で目の当たりにしたアギトとゼストなどにとっては忘れられない出来事だ。

法力に関して知識がこれっぽっちも無いリオとコロナの二人は、どうしてこの人達は驚いているんだろう? といった感じにそもそも何が起こっているのかすら分かっていない。

「しかし、シグナムもユーノと同じで不完全だな。サーヴァントはマスターゴストのバックアップを受けて初めて本来の力を発揮するもの。“本拠地”が存在せず、群れではなく単体で戦闘をこなす“兵”など、それこそただの召喚獣と一緒だぞ。二人共、まず先に法力ではなく魂の具体化が出来るようになるべきではないか?」

厳しい指摘をユーノとモニター内のシグナムに飛ばすような口調のアイン。最早この時点で分からない人には何を言ってるのかさっぱり分からない内容である。素人相手に優しく解説してあげる気など更々無いのが感じ取れた……酒が入っているのでしょうがないと言えばしょうがないが。

そんなアインの指摘からフォローするようにアルフが指を差して注目するように言う。

「不完全だとしてもあれは凄いよ。空中戦でフェイト相手に振り切られることなく後ろをピッタリくっ付いてる……つーか、たまに追いついてる。何より術者のシグナムが不得意な飛び道具をばんばん飛ばしてるし。フェイトが捕まるのも時間の問題なんじゃない?」

戦局はアルフが見た通りで紫の光と金の光が織り成すドッグファイトとなっており、形勢は金の光が不利であった。炎の隼は閃光のような速度を誇るフェイトに置いてかれることなく彼女を執拗に追い回し、外見が示すが如く獰猛な性格のようで嘴と爪を用いて容赦無く引き裂こうとしていた。更には火の法力も行使可能なのか、自身の周囲に炎弾をいくつも生成し獲物を焼き殺さんと散弾銃のように乱射している。

動揺しているのか逃げるので手一杯なのか、どちらにせよフェイトは炎の隼の対処に難儀している様子。確かにこのままでは捕まるのにそう時間は掛からないだろう。

「……サーヴァントが一体、居ると居ないとじゃこんなに違うものなんだ」

素直にサーヴァント――“バックヤードの力”――を感心するなのは。

「それに比べてユーノくんが召喚した『蛟』って全然良いとこ無しやったな」

「アクセルさんに一撃で滅ぼされてからねー」

「うっさいな、アクセルさんが強いんだからしょうがないだろー!! っていうか、百重鎌焼まともに食らって無事な方がおかしいよ!!」

なのはのすぐ傍で、はやてとシャマルが予選のユーノにダメ出しをする。そのことに対してユーノが憤慨。三人のやり取りを横目で見つつ「ま、結局ダブルノックダウンだったけどね~」と笑うアクセル。

大人達が騒ぐ横で、キャロが隣に座るルーテシアに問い掛ける。

「この展開、同じ召喚師としてルーちゃんはどう見る?」

「わたしをあなた達チート集団と同じにしないでくれる? 意見なんて求められてもコメントに困るわ」

半眼になるルーテシアの反応に、ツヴァイがキャロに耳打ちした。

「ルーにこの手のネタは禁止。当時は操られていたとは言え、アルピーノ親子&ガジェットの群れ、っていう編成で父様相手に戦ってボロ負けしたんだから」

半年くらい前から突然態度に子どもっぽさが抜けて最近妙に大人びてきたツヴァイは、精神的に成長を果たしたのか以前のような語尾に『ですぅ』を付けるような喋り方をしなくなり、一人称を『ツヴァイ』と言わなくなっていた。敬語も目上の人間に対してのみとなり同年代や年下にはお姉さんのような仕草と態度で接している。態度が子どもっぽかった当時と比べ身長もぐっと伸び、体格も大人の女性らしく豊満なものになってきた為実年齢より三つから四つは高く見られることが多い。元気溌剌で天真爛漫な少女から、怜悧でたおやかな淑女へと見事に変貌を遂げていた。

故に、成長が著しいツヴァイが第二次性徴まだ来てなさそうなキャロ(あんま成長してない)に耳打ちをしている光景は、綺麗な年上のお姉さんが小さな女の子に内緒話をしているようで、やたら微笑ましく映る。

「あ、そうか。召喚対決で負けたんだっけ?」

「対決にもなってないの。父様が召喚した総勢二十体のサーヴァントに一方的に蹂躙されて終わった、ただそれだけ――」

「聞ーこーえーてーるーわーよー?」

ジト眼でルーテシアが訴えれば、ツヴァイとキャロはパッと離れて内緒話を打ち切り誤魔化すように笑ってみせる。そんな二人の態度にルーテシアは呆れたように溜息を吐いて呟く。

「だから、わたし達の召喚と“そっち”の召喚を一緒にしないでって言ってるでしょ。そもそも根本的に何もかも違うもの同士を比べる方がどうかしてるのよ」

ルーテシアはフンスと鼻息荒くした。

「……シグナムがサーヴァントを召喚したってのは分かるんだけどよー」

此処でおもむろにヴィータが皆に聞こえるような声量で、フェイトと炎の隼とのドッグファイトから視線を外さずに言う。

「当の本人は何処行った?」

……?

言われて初めて誰もが気付く。

ヴィータが口にした通り、いつの間にかシグナムの姿が見当たらない。ついさっきまで桃色髪の女剣士が確かに存在していたというのに、居なくなっている。映っていないだけかと思って眼を皿のようにして探してみるが、やはり見つけられない。ディスプレイに映し出されているのは、激しい空中戦を繰り広げる金と紫、二つの光のみ。

どうやら他の観客も気付き始めたらしく、会場がざわつき出す。シグナムが召喚した隼はちゃんと健在で元気に戦っているが、それを操っている術者が姿を消した事実が波紋となって広がっていく。

「あの性格からして決闘を途中で投げ出すようなことはしない筈だから、消えたと言うよりは隠れたって言った方が正しいと思うんだけど……あ!!」

アルフが何か分かったのか声を上げ、皆の注目を集めた。

「まさかこれって、イズナの『姫空木』なんじゃないの!? ほら、予選でクロノ相手に使ってたじゃん!! 敵から知覚されないようにする為の陰陽法術!!」

絶対それだ、といった感じで周囲に同意を求めるアルフにユーノが苦い表情になる。

「イズナさんが師事したっていうならサーヴァントの召喚と『姫空木』に関して分からないでもないけど、僕だけに師事してくれてた訳じゃ無いんだ……てっきり僕だけだと思ってたのに、イズナさんも人が悪いや」

子どものように拗ねたような口調でユーノは言うと、最後にぷくっと頬を膨らませた。










超高速で空中を急旋回、急上昇、急降下を繰り返し、なんとかしてこちらの背後に張り付いた隼を振り切ろうとするが、振り切れない。

(これが、“バックヤードの力”によって生み出されたサーヴァント……!!)

速度と飛行能力に特化した個体は、まさにその姿と名前が示す通り隼だろう。おまけに火の法力を機銃のように撃ってくることによりいちいちこちらの動きを阻害してくれる。

元々サーヴァントはマスターをサポートする立場の為、術者の法力の一欠片でありながら術者が保有しない能力を行使する場合が稀にあるという話を聞いたことがあった。ソルのサーヴァントで言えばエンガルファーのような『相手の特殊能力を一方的に封印する』というものが例として挙げられる。これがシグナムの場合、術者には不可能な速度での飛行と不得手な中・遠距離攻撃なのだろう。

鬱陶しいことこの上ない。反転し、正面から真っ二つにしてやりたいところだが、そうすることによって晒した隙をシグナムに突かれるのを恐れてなかなか実行出来ない。

そもそもシグナムは何処へ行ったのか? てっきり隼と波状攻撃でも仕掛けてくると思っていたのに、戦闘はサーヴァントに任せて自分は雲隠れとはどういう了見だ? 性格からしてそれはあり得ないと理解しているが事実は違うので、それが余計にフェイトを苛立たせる。

<グギッ、グギギ。ニタリ>

しかも、だ。この隼、フェイトがシグナムを警戒して反撃しないのをいいことに、耳障りな笑い声のようなものをこちらにわざと聞こえるように漏らしつつ法力を放ってくる。調子に乗っているにも程があった。

<キョキョッ、キョーン>

いや、これはもう完璧に嘲笑されている。そう考えるとフェイトの我慢の糸はいとも容易くプッツンする。

「調子に乗るのもいい加減にしろ!!」

即反転。一般の魔導師であれば急制動と急加速によって内臓がグチャッてなってしまいそうなGなど意に介さず、ザンバーを振りかぶり背後から追ってきている隼に真正面から襲い掛かった。

隼もフェイトの豹変に嘲笑をやめると更に加速。鋭い爪を備えた両足を彼女に向け、叩き潰そうとした。

金の閃光と紫炎の猛禽が一瞬にして間合いを詰め、激突したその刹那、

――轟っ!!!

突如として隼がフェイトを巻き込む形で大爆発。恐ろしい威力を秘めた破壊の光が、熱と衝撃波を生み出しながら空間を蹂躙する。

自爆。この光景を見ていた者は誰もがそう考えた。そしてその考えは恐らく間違っていない。炎の隼は、元々シュツルムファルケンという攻撃魔法の一種が鳥という姿形を取っていたただけなのだ。たとえ“バックヤードの力”により命を吹き込まれたとしても、シグナムにとって最大出力の攻撃手段であることには変わらない。

爆発ををモロに受け、火達磨になりながら星の引力に従い墜落するフェイト。意識が飛んでしまったのか、体勢を立て直そうとしない。地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。



「紫電、一閃!!」



そんな彼女へ更なる追い討ちを掛けるべく、虚空から“ずるり”と突然姿を現した女剣士が、手にした長剣に炎を纏わせ全力で振り抜いた。





「ハァー、ハァー、ハァー」

今しがた地表に叩き落したフェイトに警戒を払いつつ、シグナムは肩で大きく呼吸を整えながら左の手の甲で額にびっしりと浮かんだ汗を拭う。

(イズナ殿に師事されて以来初めて実戦で“バックヤードの力”を行使してみたが、これ程体力を著しく消耗するものだとは思っていなかった)

“バックヤード”の住人にして陰陽法術の使い手、異種に分類される妖狐のイズナから教えを受けていたのは何もユーノだけではない。根が真面目で努力家で自身の鍛錬を怠らないシグナムは、約三年半程前から――賞金稼ぎを一時休業した頃から暇な時間を見つけては黄泉比良坂に一人でこっそり足を運んでいた。彼と彼女がイズナの元で遭遇することがなかったのは、単純に二人が『皆には内密にしてください』とお願いしていたことに加えて、イズナ本人が人を化かす狐だからその辺りは上手く誤魔化してくれたのだろう。

切っ掛けとなったのは、Dust Strikers在籍中になのはがトーレに敗北しその後法力について勉強会をするようになったこと。



――『突然勉強会をしようと言い出した理由は、やはり戦闘機人に敗北したからか?』

――『うん。これから先魔法が使えなくなったからって何も出来なくなるのは嫌だし、法力が上達して損することなんて無いから』



当時のやり取りを忘れたことはない。彼女の言う通りだと思う。このままでも絶対大丈夫、などと驕ったことは一度としてない。次に敗北するのは我が身かもしれないのだ。その“次”が何年、何十年後なのかなど分かりっこないが。

それにシグナムには目標がある。何百年掛かるか知らないが、今の今まで自分と自分の大切なものを守ってくれたソルを超え、今度は自分が彼と彼が大切に想うものを守り抜く、という大いなる目標が。その為ならば毎日コツコツ努力する手間など惜しまない。

(……しかし道は遠いな。マスターゴーストすら未だ顕現出来ず、たった一体のサーヴァントの使役でこの体たらく……)

これが今のソルやカイ、イズナやDr,パラダイム、シン達との差なのだろう。マスターゴーストの顕現とは即ち己の魂を現世に具現化し、世界に自身の意思をより明確に反映させ、自身の存在そのものを拡張していくことによってありとあらゆる事象を支配下に置き、己の支配下に置いた“世界”を自由自在に改変することを示す。

そしてサーヴァントとはその尖兵だ。彼らをより多く召喚し、いかに上手く操ることが出来るかが“バックヤードの力”を持つ者同士の戦いで最も重要とされる。つまり、マスターゴーストを顕現出来ずサーヴァントも一体しか召喚出来ないユーノとシグナムは、まだまだ未熟者でしかない。

しかも、シグナムはユーノと違いサーヴァントを操るだけで精一杯だった。本音を言えば、フェイトが警戒していたようにサーヴァントと共に波状攻撃を仕掛けたかったが、操りながら戦うという芸当はまだ彼女の実力では荷が重過ぎた。故に、イズナの『姫空木』を拝借し姿を隠し隼の操作のみに集中出来る状況を作り出したのだ。予選でクロノ相手に『姫空木』を使ったのは本選の為の練習であった。

結果的にフェイトは見事に罠に嵌ったが、もう二度と通用しないだろう。ディスペルされてしまえば無防備な姿を晒す致命的な欠点があるのだから。

(未だ拙いが、いずれは――)

まだ自分は入り口に立ったばかり。

知れば知る程、成長すればする程、理解すればする程法力の奥深さを思い知らされる。まるで深淵。この“力”には果てがないのか、呆れてしまうと同時にいつか必ず手にしてやるという野望が湧き上がっていく。

「さあ、立てフェイト。いつまで寝ているつもりだ? 決着をつけてやる」

白状すると、慣れないサーヴァントの召喚と使役で残り体力が少ない。はっきり言って、此処から逆転されても何ら不思議ではないくらい消耗している。本末転倒な戦い方を選んだものだが、正直そんなことはどうでもいい。

シグナムは現在の力量で、“バックヤードの力”が何処まで通用するのか確かめたかったのだ。だがそれももう終わった。まだ未熟であるものの、条件が揃えば実戦で運用も可能だということを確認出来た。

後に残された仕事は、フェイトとの勝負に勝つこと。

この戦いが終盤に近いことを感じながら、シグナムはただ待った。










フェイトにとってシグナムは、初めて出会った頃から自分より一歩先を歩いていたように感じていた。

一人の女性としても、戦士としても。アインやシャマルと同様にソルの傍を黙して寄り添う姿が絵になっていた。おまけに同じ火属性に同じポニーテール、二人が肩を並べて戦う姿に“双火竜”と呼称する者達がチラホラ居て、まだ心も身体も子どもだった当時はそれらが羨ましかったし、悔しかったけれど……今では一人の女性として、戦士として純粋に尊敬している。

サーヴァントなんて代物、いつの間に召喚出来るようになったのか不明だが相当修練を積んだというのはよく理解出来た。おまけにそれを躊躇無く爆弾扱いするなど全く恐れ入る。

「でも、ね……こんなのじゃ、まだ終われないよ」

受けたダメージは致命的なレベル。しかし闘志が萎えることはない。いや、むしろ試合前よりも激しく燃え上がっているだろう。胸の内から溢れ出す脈動に乗って全身に行き渡り、痙攣する四肢が力強く動き出す。魂の奥底で眠っていた“力”が出口を求めて蠢き始めたのを、止める術などありはしない。

「……終われない、終われないよね! バルディッシュ!!!」

<勿論このまま終わるつもりなど毛頭ありません! DragonInstall Fulldrive Ignition!!>

立ち上がり、愛機を高々と掲げ己を解放し、歓喜に震える感情のままに叫ぶ。

「これが私の、全力全開ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

大会前に身内の間で取り決めたルールなど知ったことではなかった。後で泣く程怒られようが叱られようが、この試合で全てを出し尽くす。

だから、この勝負だけは誰にも邪魔はさせない。それがたとえソルであろうとも。

全身から溢れ出す金色の魔力が一瞬にして紅に染まる。操る雷も真紅。まるで火山が噴火したかのような勢いで迸る。リミッターが外れた彼女は既に人の域を超えており、天井知らずなエネルギーを見せ付けたのだった。

そんな彼女を見てシグナムは諌めるどころか心から嬉しそうに笑うと、逡巡すらしないまま呼応するように、彼女と同じように自身に施された枷を外す。

「そうだ。そうこなくてはな! 小細工など私達には最早不要!! 最後は死力を尽くしてぶつかり合うのみ!!」

この方が、私達らしいのだから。

「いくぞレヴァンティン!! ドラゴンインストールだ!!!」

<リミッター解除! 本気の本気ってやつを味合わせてやる!!>

紫色の魔力と炎が一瞬にして真紅となり、やはりフェイトと同じような変化が起こる。烈風が吹き荒び、空間を塗り潰すかの如く紅色が侵食していく。これまでとは比べ物にならない魔力が狂ったように気温を上昇させる。

二人は視線を合わせると同時に唇を吊り上げた。

先に動いたのはフェイト。一歩踏み込んで大地を蹴り、跳躍。粉微塵に粉砕され陥没した地面になど見向きもせず上昇し、シグナムと同じ高さまで高度を上げるとバルディッシュを横薙ぎに振るう。

巨大な斬撃が飛来するのをシグナムは余裕を持って回避するが、既に彼女の背後にはフェイトが至近距離で次の攻撃を繰り出そうと振りかぶっていた。

「もらった!!」

「舐めるな!!」

背中を狙った振り下ろしと、背後に向けて振り返るように回転した斬り上げが激突。空間が爆ぜる、雷と炎が互いを食らい合い、衝撃と共に眩い閃光が放たれ鍔迫り合いの形となる。手を伸ばせば届く至近距離、射殺す程の眼力で相手を睨み合う。

雷刃と炎剣が交差した状態のまま、二人は同じタイミングで相手に蹴りを入れた。

「がっ」

「ぐお」

足に鈍い感触が返ってくると同時に脇腹に吐き気を催す激痛が走る。

それでも二人は怯まず、口から血反吐を撒き散らしつつ眼前の相手へ攻撃を止めない。またしてもデバイスとデバイスが衝突し、魔力爆発が発生。しかし試合開始時と違い今度は両者共吹き飛ばされず、その場で爆発によるダメージを受け止めながらも退がらず攻撃を繰り返す。

相手の攻撃を防御することを全く考慮していない、被弾覚悟で相手に攻撃を当てることに重きを置いた戦い方。肉を切らせて骨を断つ、まさにその通りである。こうなってしまえば後は無茶苦茶だ。攻撃する、食らう、相打ち、また攻撃する、また食らう、また相打ちになる、それらがひたすら続いた。ありとあらゆる方法を用いて相手を倒すことしか頭にないのか、時間が経てば経つ程二人が戦う光景は凄惨なものへと、よりえげつなくて泥臭いものへと変貌していく。

常人では到底追うことの出来ぬ速度で激しく動き回り、人智を超越したパワーを出し惜しみせず全力でかます二人。やがて攻撃を食らう度に大きくぶっ飛ばされるようになっていき、追ったり追われたりという展開になってまた正面衝突してぶっ飛ばされて、という風になってきた。

戦いの余波が凄まじい衝撃波となって無人世界を蹂躙していくが、やはり戦っている当人達にとってどうでもいいのか気にしていない。デバイスの一振りで山が消滅、大地は穿たれ、何もかもが灰燼と化していく。試合前からとっくに荒れ果てていた決戦場の風景は更に酷くなる一方で、生命が存在しない月面の方がまだマシという酷い有様だ。

「フェェェェイトォォォォォォォォッ!!!」

「シィィグナァァァァァァァァァムッ!!!」

どんどん血みどろになっていく二人は互いの名前を叫び合いながら、完全に『試合』ではなく『死合い』を愉しんでいた。










「……」

実況のセレナは常軌を逸した怪物共の戦いを前に思考をフリーズさせてしまい、まるで蝋人形のように固まっている。

特別ゲスト的扱いの解説であるリンディ、カリム、ゲンヤは「初めての奴は誰だってそーなる、自分達だってそーだった」と言わんばかりに生温かい視線をセレナに注ぐ。

おい実況仕事しろ、と本来ならば突っ込んでやるべきなのだが観客もセレナと同じで皆固まってしまってる為、三人はあえて放置を決め込むと今後のことを視野に入れつつコソコソ内緒話を開始。

(いや~懐かしいわね。ギアの力を全開にして戦ってる二人を見てると、十三年前の『闇の書事件』を思い出すわ……フフ、絶対に誰かがこうなるって思ってたのよ)

(この大会の決戦場を無人世界にしたのはやっぱり間違ってなかったな。モニターに無人世界で戦ってる連中を映すだけなら魔力反応がソルと同じだってのがバレないし、何より人的被害が出ねぇ)

(まあ、ソル様達が出場される以上、いずれ必ずこのような展開が訪れるのは明らかでしたし)

最悪を想定した準備に余念が無い三人組。ソルのとの付き合いで散々迷惑や被害を受けていたことにより、こういう突発的なトラブルなどに関してはもう慣れっこだった。当時のソル達は、基本的に暴れるだけ暴れたら「じゃ、後よろしく♪」といった感じでその場から去っていくのだから。面倒な後始末や雑多な事後処理を幾度と無く押し付けられ、胃潰瘍になるんじゃないかってくらいにストレスを溜め込まされた三人にとっては嫌な慣れであったが。

(段々無人世界が可哀想になってきたぞ。地殻が抉れて上部マントル見えそうになってるんじゃないのかアレ?)

(しかし今更場所を変える訳にもいきませんし、ソル様が本気になった時よりまだマシです。あの方が本気になると割れた地面からマグマが噴出しますからね)

(というか、此処以外に無いのよ。こんなお馬鹿な大会で粉砕しても大した被害にならない、じゃなかったわ、都合の良い場所が)

無人世界を哀れむゲンヤ、これからもっと酷くなると宣言するカリム、そしてぶっちゃけ過ぎなリンディ。

(とにかく場所の変更だ。いくら無人世界でもこれじゃ各所から苦情が来るのは目に見えてる。なんか良い案ってあるか?)

(ではプランBでいきましょう)

(リンディ提督、プランBとは?)

(プランBって何だったかしらナカジマ中将代理?)

(無ぇよそんなもん!! っていうか自分で言った言葉に責任持て!! 無駄に期待しただろうが!?)

とりあえずこの試合の後にどうするのか作戦会議を進める三人は、流石と言えた。










自分達の戦いが他の者達にどのような影響を与えているかなど露知らず、シグナムとフェイトは飽きることなく衝突しては弾かれるように離れ、引かれ合う磁石のようにして再びぶつかり合っている。

二人の姿は既に血塗れで満身創痍。白い肌や艶やかな髪、バリアジャケットなどが全て鮮血で斑模様。スタイルも良く美人――ということで同性から嫉妬と羨望の溜息を吐かれ、街を歩けば異性の視線を釘付けにする美女の面影など残っておらず、魔力光よりも更に赤い血の尾を引きながら戦い続け、血飛沫が舞う。

「んぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「けやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

それでも尚、怪鳥の断末魔にも似た雄叫びを上げながら衝動に突き動かされるがままに戦う様は飢えた獣に見えた。理性など欠片も感じさせない、まるで戦う為に存在している“何か”のように。

事実、二人の思考はほとんど停止している状態だった。

胸の中心に存在するリンカーコアが心臓のように激しく脈打つ。魔導師の心臓部が鼓動する度に活力が肉体に満ちる。力が漲る全身から送られる信号が全能感となって脳を襲う。全能感により闘争本能が刺激され、破壊衝動を生み出し、やがて絶頂に匹敵する快楽となり思考することを放棄させるのだ。

最早二人には眼の前の愛しい対戦相手のことしか見えていない。

これはギア化の弊害である。肉体が元々のものと比べ遥かに頑強になり回復力や魔力量などが増大し、文字通り化け物染みた強さを手に入れたのを代償に、一度理性の箍が外れてしまうとそう簡単には止まらない、止められなくなってしまう。

聖戦時代にジャスティスの支配下だったギアは全てがこの状態だった。が、現存するギアのほとんどがこの本能と衝動を嫌い、戦いを避け、人里から遠く離れた僻地で静かに暮らしている。ジャスティスの呪縛から解かれ自我を取り戻した者達にとっては『兵器として運用されるのはもうコリゴリ』らしい。

そういう観点で言えば、二人は人にとってもギアにとっても触れるべきではない禁忌に足を踏み入れている訳だが、この場にそれを咎める者など居なかったし、そう長続きするものでもなかった。

時間にして約10分程度経過した頃だろうか。これまでと比較して一際強い光を放ちながら二人が激突すると超広範囲の魔力爆発が発生。数秒もしない内に爆炎の中心から地面に向かって墜落していく二人を確認することが出来たのである。

赤い魔力光はもう発していないし、各々の魔力光すら見られない。どうやらガス欠に陥ったらしい。というか既に自力で飛ぶことが不可能らしく、着地体勢を取らないどころか受身すら出来ず焦げた地表に叩き付けられた。粉塵が舞い上がる中、悲鳴が響く。

「ぐ!!」

「がぁっ!?」

二人共打ち所が悪かったらしく、暫く倒れた状態で身体を激しく痙攣させていたが、痛みが引いてくるとデバイスを支えにして十数秒という時間を掛けてゆっくり立ち上がる。

「……ま、まだだよ」

「ああ、まだだな……」

ギアの力は残っていない為、生理的な闘争本能と破壊衝動はとっくに失われている筈なのだが、それでも闘志が衰えていない。自身の魔力すら残っておらず簡単な魔法すら発動出来ないというのにだ。

此処まで来ると単なる意地なのだろう。酔っ払いのようなフラフラとした危なげな足取りで歩み寄りながら、二人は途中でデバイスを放り捨てると両の拳を握り締め、互いが手を伸ばせば届く距離まで辿り着くと、

「「おおおお!!」

殴り合いを開始した。ギアの力も尽き果てて、自身の魔力もスッカラカン、しかしまだ腕力だけは残ってると言わんばかりに殴り合う。

一発ずつパンチを交換するように拳を突き出していた二人だったが、やがてシグナムの体重を乗せたチョッピングライト(打ち下ろしの右)がクリーンヒットし均衡が崩れる。フェイトがたたらを踏みながら後方に退いたのだ。

そこに付け込もうとしてシグナムが前に踏み出す。

が、

「このぉぉぉぉぉ!!」

突っ込んでくるシグナムに対しフェイトがハイキックをかます。蹴りをカウンターで――しかも顔にもらう破目になり、シグナムは引っ繰り返るようにして仰向けに倒れ込む。

それを見てチャンスと考えたフェイトが跳躍、シグナムの腹に膝を叩き付けるようにして着地。シグナムの口から吹き出た血で頬を赤く染めながらそのままマウントポジションを取ると、拳を振り上げた。

勝利を確信したフェイトが拳を振り下ろす前に、シグナムは黒く焦げた土を握るとフェイトの顔にぶち撒ける。思わず瞼を瞑り怯んだ彼女の首に拳を打ち、動きを止めた瞬間両手で突き飛ばし覆い被さっている彼女を引き剥がす。

「図に、乗るな」

先に立ち上がったシグナムは、今まさに中腰の状態から立ち上がろうとしているフェイトの顔に向かって飛び膝蹴り。しかし勢い余って二人共地面に転がった。蹴られた方は勿論、蹴った方も泥塗れだ。

今度は同時に立ち上がり、相手に掴み掛かろうとして両手をそれぞれ組み合うことになる。

「……んっ!!」

「ぎ、ぎっ!!」

互いが両手に力を込めて相手を押し倒そうとするが、現状の腕力は拮抗しているようで上手くいかない。このままでは埒が開かないと判断した二人は組み合いの最中、同時に頭突きを繰り出す。

ゴキンッ!! と非常に嫌な音が響いて二人が手を離して仰け反り、よろよろと後ずさる。額が割れて血が吹き出し、ただでさえ殴られまくって赤く腫れた顔が更に赤くなる。

「ハァ、ハァ、ハァ」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ」

二人共、試合前とはまるで別人のようなボコボコの顔。爪先から髪の毛一本一本に至るまで血と泥で汚れた出で立ち。疲労とダメージで限界が近いのか、足はガクガクと笑っているし肩を大きく上下させて呼吸しているという、立っているのがやっとの状態。

だがそれでも尚、二人の眼に宿った戦意の光は消えない。己の勝利を疑わない眼差しが相手を射抜く。

「お前の、負けだ!!」

叫びながらシグナムは、顔の高さまで掲げた右の拳に全身全霊の力を込めて紫炎を纏わせた。

「私の、勝ちよ!!」

応じるフェイトも、必死に最後の力を振り絞り右の拳に金の雷を宿らせ放電させる。

肉体に魔力を付与して強化する攻撃魔法、その初歩の初歩。これが今の二人に残された最後の攻撃手段。けれど、決着をつけるには十分過ぎる威力を秘めた拳だ。

そして二人は示し合わせたかのように踏み込んだ。

「はあああああああああああああああああ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

雷の拳と炎の拳、振り抜かれたそれらは相手の顔へと一直線に進み、

「「があ!!」」

相打ちという形で同時にそれぞれの顔にめり込んだ。

これにより完全に精根尽き果てた二人はガクリと膝を折り、互いを抱き合うようにして前のめりになって、そのまま糸が切れた操り人形のように横倒しとなり、ピクリとも動かなくなった。










「……酷ぇ泥試合だ……」

頭痛を堪えるように額に手を当て、モニター内で気絶している二人に視線を注ぎながらソルは眉を顰めつつ、救護班を兼任しているシャッハに向けて念話を行使する。『馬鹿二人を回収してやってくれ』と。

程なくしてシャッハ率いる救護班が転移してくると、二人を担架で運び去っていく。そこまで確認して漸くソルは大きく安堵の溜息を吐いた。

「ったく、ウチの女共は本当に手間が掛かるぜ」

「そんなに心配なら今すぐ医務室に向かえ」

やれやれとかぶりを振ったソルにカイが呆れた様子で言ってくる。

「今の試合の結果、二人は引き分けということで私が繰り上がり決勝戦まで進む。Bブロックのお前も、他の選手が逃げてしまった以上自動的に決勝戦まで繰り上がるだろう」

「それがどうした? だったら今すぐ俺とカイで決勝戦だろうが」

不機嫌そうに眼を細めるソルだったが、カイは「分かっていないな」と首を横に振って説明した。

「考えてもみろ。本来はこの後、Bブロックの準々決勝を二回、AブロックとBブロックで準決勝を一回ずつ、計四回の試合が予定されていたが全てキャンセルだ。ただでさえティアナさんが棄権して一試合分スケジュールが詰まったんだぞ?」

「……」

とりあえず黙って言い分を聞くことにする。

「いくらなんでもスケジュールに異常をきたす。運営は余った時間を休憩や何かで埋めようとするだろう」

「で?」

「だから、せめてそれまでは二人の傍に居てやれ。実際にいつ決勝が始まるか分からないが、二人が心配で心此処に在らずのお前に勝っても、何の自慢にもならない」

「けっ、『坊や』が言ってくれるぜ」

フン、とソルは鼻息を荒げるとすぐに踵を返し、やや早足で控え室を出て行こうとしたが扉の前までくると足を一旦止め、カイに背を向けたままぼそりと呟く。

「……礼は言わねぇぞ」

自動ドアが開いた瞬間彼は走り出し、急速に気配が遠ざかっていった。

控え室にただ一人残されたカイは、眼を瞑ると片膝をついて跪き、十字を切って神に祈りを捧げる。

暫くそのまま彫像のように動かなかったが、やがて満足したのか立ち上がると、腰に差している大剣を抜き放ち、鏡のように光り輝く白い刃に映る自身の顔に向かって問う。

「やはり私とソルは、必ず巡り合う運命なのだろうか?」

初めて出会った頃から現在まで、数え切れない程の邂逅を果たし、その度に剣を交えてきた因縁の二人。

戦友、宿敵、ライバル……自分達を表現する言葉は数あれど、いつもいつも最後の最後で戦うことになると思うと、本当に偶然という単語では切り捨てられない運命を感じてしまう。

まあ、カイ個人としては願ったり叶ったりでありがたい話である。

「ソル……今日こそお前に勝つ」

自分以外誰も居ない控え室にて、カイは自身に誓うように宣言し、決勝に向けてコンセントレーションを開始した。






























補足:呼び方や口調に関して

シグナムのフェイトに対する呼び方は、原作では名前ではなく姓の『テスタロッサ』という呼び方で、この作品でもSTS編までは原作同様『テスタロッサ』と呼んでいましたが、「一緒に暮らしている家族なのにいつまで苗字で呼んでんだ」という話になって呼び方を変更することになりました(時系列的につい最近)。

最初は互いに『フェイト』と呼ぶこと呼ばれることに違和感を覚えていましたが、すぐに慣れて、以前よりも二人の仲が親密になります。苗字で呼ぶより名前の方が良いな、って感じで。

また、皆さんとっくにお気付きかと思いますがA`s後の空白期でエリオが登場して以降シャマルのソルに対する呼び方も『ソルくん』から『アナタ』に変更しています。エリオを息子として受け入れてから彼女の中で『死ぬまでこの子の親として生きていく』という意識が生まれた為、自分とソルが親の責務から決して逃げ出さないように自戒の意味が込められています。

ツヴァイも地の分で触れていますが、精神的にも肉体的にも成長を果たした結果、今までとは違う口調や態度を取るようになっています。

こんな風にしてキャラクター達に若干変化が見られたりしてややこしいことかと思いますが、時間が経つことによってそれぞれに様々な変化が訪れていると思って頂ければ幸いです。


















後書き


ハンマーバースト!!!(挨拶)

更新が凄い長い期間を空けていた気がします。お久しぶりです。最近めっきり気温が下がって朝が辛いのなんのって。二度寝の誘惑には抗い難いぜ……

ということで今回はシグナムVSフェイトをお送りしました。いかがでしたか? なんかやり過ぎな気がしないでもないのですが、まあいいか!!!

次回更新は2013年の一月になると思われます。新年からはいきなりソルVSカイ、ということでよろしくお願いします。次こそこの大会の話を終わらせます。

少し早いですがメリークリスマス、&良いお年を!!

ではまた次回!!





追伸


二、三週間くらい前、ネット検索で富士見ファンタジア文庫の新刊を調べようとして検索バーに『ふじみふぁんたじあ』と入力して変換ボタンを押したら、



不死身ファン他事亜



って出てきて度肝を抜かれました。

……どうなってんだ俺のパソコン……




[8608] 背徳の炎と魔法少女 空白期2nd Battle×Battle×Battle Last Part Noontide
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:4f99e170
Date: 2013/01/22 02:20



ピンポンパンポーン、と館内アナウンスを告げる間の抜けた音が響き渡り、誰もが何事かとそれに耳を傾けた。

『えー、ご来場の皆様に申し上げます。この後行う予定のBブロック準々決勝第一試合と第二試合ですが、出場選手が棄権した為、自動的にソル=バッドガイ選手が決勝進出となります。並びにAブロック準決勝は、先程のAブロック準々決勝第二試合が引き分けとなった為こちらも行われず、カイ=キスク選手の決勝進出となります』

実況のセレナの声である。彼女の声に呼応するかの如く会場内の到る場所で空間ディスプレイが浮かび上がり、今大会の本選トーナメント表が映し出される。そこにはソルとカイを除いた全ての選手の名前それぞれに『棄権』や『敗退』、『引き分け』などの文字が上から塗り潰していく。

『つまり、次の試合が実質的な魔法戦技大会の決勝戦となります。Aブロック代表のカイ=キスク選手対Bブロック代表のソル=バッドガイ選手。ちなみにお二人の戦いはこれから40分の休憩を挟んだ後、今までのような無人世界ではなくこの会場に特設されたリングの上で開始されます』

案内はまだまだ続く。

『勿論皆様が懸念されている通り、Sランクを凌駕しているお二人が戦えば周囲に甚大な被害が出てしまうのは明白ですが、元々この会場は公式魔法戦競技会や大規模な模擬戦闘が行われることを前提に建造された特設会場です。ご安心ください。優秀な結界魔導師を数十名動員した万全な態勢で試合を行いますので、皆様に被害が及ぶような事態は絶対に発生しません』

自信満々な口調で言い切ると、彼女は最後にこう締め括った。

『では、休憩後に行われる決勝戦、次元世界最強を決める最後の戦いにご期待ください』

そして、ピンポンパンポーン、と館内アナウンスの終わりを告げる効果音。

会場中の誰もがアナウンスを聞いてから暫しの間動きを止めていたが、次第に融けた氷が水となって流れとなり動き出すように人々はざわめいていく。

あちこちで「マジかよ!!」とか「あの二人の試合が生で見れんの!?」とか「結界大丈夫かよ?」といった決勝戦に対する期待と不安が入り混じった会話が交わされる。40分の休憩を入れることもあり、ほとんどの者が立ち上がっては今の内にと言わんばかりにトイレや売店へと走る。

周囲がそんな風にして騒いでいるのを見聞きしながら、ユーノは眼前の空間ディスプレイ――通信先で微笑んでいるグリフィス(運営委員の一人)を半眼で睨みながら口にした。

「……要するに、そっちが言う『優秀な結界魔導師を数十名動員した万全な態勢』ってのを、僕一人で用意しろと?」

『ユーノさん一人で、などと一言も申し上げてません。他の方々と協力して頂くというのであればそれはそれで構いません。報酬に関しては出来る限りのことをさせてください』

微笑を絶やさないグリフィスの言い分を聞きつつ、ユーノは視線を正面のディスプレイから横の方――なのは達の方へと向ける。

「つっても、僕以外完っっ全に出来上がってるからな~」

ヴィータとアクセルを筆頭に、なのはとはやてとシャマルとアインとアルフは宴会か花見の席で酔っ払ったオッサンみたいにはしゃいでいるのだ。「飲ま飲まイエイ!」とか唄っているのが聞こえてくる。羽目を外し過ぎだ。こんな泥酔している連中に結界を張らせたら綻びや穴だらけになりそうで怖くて頼めない。

「まあ、普通の“壁”としての結界じゃなくて空間を位相変化させるタイプか時間信号をズラす封時結界みたいな隔離系ならなんとかなるし、受けてもいっか」

数秒考えてからユーノはあっさりグリフィスの依頼を承諾。「ちょっと行ってくる」と一言皆に告げ、詳しい打ち合わせをする為に席を外す。

こうしてソルとカイの試合は無人世界ではなく会場で行われることが本決まりとなり――

長いような短いような、不思議な感覚を味合わせる休憩が終わる。












『では皆様、長らくお待たせいたしました。これより魔法戦技大会の、決勝戦を開始します!!』

ついに時間が訪れた。実況の開始の言葉により会場中の観客が熱狂する。誰も彼もが腕を振り上げ歓声を飛ばす。中央の巨大モニターには左側にソル、右側にカイという風にバストアップの写真が出され、『SOL=BADGUY VS KY=KISKE』と派手なエフェクトに合わせて文字が浮き上がる。

『紅蓮の炎と蒼き迅雷、果たして強いのはどっちだ!? 休憩中に集計した予想ではなんと5:5と互角の争いとなっていますが、これをどう見ますか?』

実況の振りに解説の三人は「此処まで来たら予想なんて当てにならない」だとか「こればっかりは実際に戦ってみないと分からない」だとか「二人の戦いぶりから激しくなるのは予想出来るが結果までは……」と当たり障りのない台詞を返す。

『予想が難しいというのを改めて認識したところで、いよいよ選手入場となります! まず青コーナーより、カイ=キスク選手の登場です!!』

入場口から大量のスモークが吹き出したかと思えば、白煙を切り裂くようにして青いレーザーライトが会場全体に向けて発射され、その奥からカイが姿を現した。

姿勢を正し、しっかりとした足取りで悠然とリングへ歩いていくその姿はまさに威風堂々。性別を超越した美貌は精悍であり、戦場へ赴く騎士の面構えをしている。盛大な声援など耳に入っていない程集中しているのか、観客席に応えることなく、歩みを止めることなくリングイン。そのまま赤コーナーに視線を固定し、宿敵が現れるのを待つ。

『そして赤コーナーより、ソル=バッドガイ選手の登場です!!』

青いレーザーライトが赤に変わり、カイが出てきた反対側の入場口からソルが出てくる。鋭い眼つきは正面からカイを捉え、獰猛な肉食獣のような気配を隠すことなく、封炎剣を肩に担ぎゆっくりとした歩調で進む。やはり性格からして声援などに応える気も無ければ聞く耳持たないのか、カイ同様立ち止まることなくリングインを果たす。

『さあ、いよいよ今大会最後の試合が…………』

セレナが途中で言葉に詰まってしまったのと同時に、彼女どころか先程まで歓声という音の洪水で満たされていた会場全体が僅か一瞬で静寂に包まれる。皆が皆口を噤み押し黙っていた。見ている者全ての緊張と興奮が最大限まで高まっていたのを無理やり抑え込んでいるような威圧感に気圧されたからだ。

まだ試合前のトークは終わっておらず、開始の合図も鳴らしていない。だというのに、耳鳴りがする程の静寂を作り上げた二人は周囲のことなど我関せずとばかりに歩み寄ると、手を伸ばせば届く至近距離で立ち止まり睨み合う。

「……」

「……」

嵐の前の静けさとでも言えばいいだろう。三万人以上の人間が集まった会場が、たった二人の戦士が放つ闘気に呑まれ、動きを止めていた。

息苦しい緊迫感、瞬きすら許されない重圧、それらを生み出している二人の内片方――カイが沈黙を破るように口火を切る。

「勝たせてもらうぞ、ソル」

眼の前に立つ男に対し、カイは真剣な表情のまま勝利宣言を行う。その声は覚悟と決意を秘めた者にしか出せない声音であり、リング上に配置された集音マイクを伝って会場全体に響く。

逆にソルは口元を吊り上げニヒルな笑みを張り付かせると、小馬鹿にするように鼻で笑い、ゴキリゴキリと音を立てつつ首を回しながら挑発めいたことを言う。

「テメェに出来んのかよ? 『坊や』」

これもまた集音マイクが声を拾って会場全体に伝えていく。ただでさえ空気が重いというのに、今の一言によって更に重くなっていく。

そして膨らみ過ぎて破裂しそうな緊張という名の風船が、ついに破裂した。



次の瞬間、突然カイが右手に握っていた剣を振るったのだ。開始の合図を待たず、不意打ちにも似た形でだ。銀光一閃、下段からの斬り上げがソルを襲う。



しかしこれをソルは素早くバックステップを踏んで避ける。数メートル程度間合いを離すように退がり、赤いブーツの底を地面に擦りながら上空を見上げる彼の視線の先では、跳躍したカイが両手で握り締めた大剣を振り下ろそうとしていた。

封炎剣を顔の高さまで掲げ、斬撃を受ける。鋼と鋼がぶつかり合う金属音が空間を揺るがす。

上からの強襲を難無く防いだソルは、大剣を封炎剣で受け止めた状態でお返しに炎を纏った右の拳を振り上げた。

掠っただけでも相手を一撃でノックダウン出来そうなアッパーがカイに迫るものの、彼は咄嗟に飛行法術を発動させると高速で後ろに退く。

ソルの反撃がこれで終わるかと思ったらそれは大間違い。右のアッパーが避けられてしまっても左がまだ残っている。流れるような動作で右アッパーから左ストレートに繋げると、封炎剣を握ったまま放たれた左の拳から巨大な炎の渦が発生し、退がったカイに追い縋る。

自身を呑み込もうと迫ってくる紅蓮の炎の塊。内包している破壊力は高層ビルすら一撃で粉砕する程のものだろう。それを正面に捉えながらカイは剣を高く掲げると、

「はあああああああっ!!」

裂帛の気合と共に一刀両断。真っ二つに斬り開かれた炎の渦は彼を避けるように左右へ別れ通り過ぎていく。

剣技で見事に防いでみせたカイだったが、炎に追従するようにして踏み込んでいたソルが既に間合いを詰めていた。全身に炎を纏いながら、刀身が赤熱化し炎を噴出している封炎剣をカイの右肩から左脇腹まで両断するように振り下ろす。

応じるようにして左足を軸に一回転、剣に雷の法力を宿し、遠心力を乗せた斬り上げで迎え撃つ。

「砕けろ!!」

「斬っ!!」

炎と雷、それぞれの力を内包した大剣が激突し耳を劈く轟音が発生。純然たる破壊の力がぶつかり合い、それに伴って炎の赤と雷の蒼が視界を明滅させる。

二人は返す刀で剣を幾度となく振るう。斬撃と斬撃が繰り返し衝突する。剣戟が奏でる曲は重なれば重なる程激しくなり、その度に鮮烈な光を美しく散らして見せた。

更に二人は大胆に踏み込み、ソルの薙ぎ払いとカイの唐竹割りが鍔迫り合いとなる。交差する剣を隔てた状態で睨み合う。

「おいおいどうした? こんなもんか?」

「減らず口を……!!」

此処でまた挑発めいた発言をするソルにカイが激昂し、二人は互いに後方へ跳躍して距離を置き、着地した瞬間踏み込んだ。

ソルは封炎剣で地面を抉りながら、カイは剣を下段に構え切っ先を地面に向けながら高速で接敵、相手が自分の間合いに入ったその時、そのまま座り込んでしまう程の勢いで素早く屈み、



「ヴォルカニックヴァイパーッ!!」

「ヴェイパースラストッ!!」



跳躍と共に剣を振り上げる。炎剣と雷刃が斬り結ぶ。激しい音と光を生み鬩ぎ合うが相手を押し潰すには至らず互角に終わる。

ならばと二人は空中で体勢を次の攻撃へと移行。ソルは指の先から肩口まで炎を纏わせた右腕で右ストレートを放ち、カイは剣に雷撃を込め横一文字に薙ぎ払う。



「吹き飛べ!!」

「斬る!!」



腹に響く重低音を生み出しながら激突する拳と剣撃。刹那の押し合いの末、両者共に反射するかのようにして後方へ退くことになるが、追撃の手を休める訳が無い。

狙いを定め、手にした剣で撃つ。



「ガンフレイムッ!!」

「スタンエッジッ!!」



逆手に持った封炎剣の切っ先を垂直に構え、炎の弾丸を刀身から生み出し正面のカイに向かって発射。

両腕を交差させてから開く動きに合わせて大剣を振るい、斬撃に蒼雷の刃を乗せてソル目掛けて飛ばす。

ぶつかった炎と雷は凄まじい衝撃波を伴いながら爆散するが、二人はそんなことなど気にも留めず、



「タイラン――」

「ライド・ザ・――」



そのまま空中で次なる攻撃を繰り出す為に術式を構成。

ソルは身体を水平にして、右腕を折り曲げ肘を前方に突き出し、左手に持った封炎剣を腰近くに添える。彼の正面に火属性を意味する法術陣が展開し、全身に炎が纏う。

カイが大剣を右の肩に担ぐようにして構えると、彼を守るようにして十字架をモチーフにした幾何学的な紋章が浮かび上がり、やはり全身に雷を帯びる。



「――レイブ!!!」

「――ライトニング!!!」



それぞれが自らを法力に身を包む突進攻撃が発動。一発の魔弾と化した炎と雷が正面衝突。その瞬間に発生した熱が周囲の気温を一気に上昇させ、不可視の衝撃波が空間を歪ませ、結界の中を暴れ狂う。

そしてついに魔力が飽和状態となり、大輪が花を咲かせるようにして眩い光を輝かせながら魔力爆発が起こる。その余波に吹き飛ばされるつつも二人は猫科の肉食動物のようなしなやかさと身の軽さを以って何事も無かったかの如く着地。

汗もかかず息も切らせず余裕の表情でカイを見据えるソルが、足元から火柱を発生させて、右手の親指を立てて自身の首を掻っ切る仕草をしてから下に向ける――サムズダウンを行った。

「かかって来い。少し遊んでやるぜ、『坊や』」



ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!



カイに対するソルの三度目の挑発。これが観客にとって最高のパフォーマンスとなったのか、先程まで固唾を呑んで見守っていた観客達が、会場全体が突如沸き立つ。

誰もが席を立ち歓声を上げる。熱狂が熱狂を呼び、狂ったように口笛を吹き鳴らし、腕を振り回してソルの名を叫ぶ。数秒もしない内にそれらはソルコールという大音量になって会場のボルテージを上げていく。

しかしカイはそんな空気など一切構わず、自身の肉体に巨大な雷を落とし帯電すると、バチバチと放電しながら大剣を構え直す。

「私を馬鹿にするのもいい加減にしろよ……本気を出せ、ソル!!!」



ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!



年を幾つ重ねてもソルに対して感情的になってしまう彼が安い挑発に乗るような言い返し方をすることによって、観客のテンションは完全に振り切れる。盛り上がっていたところに追加で起爆剤がぶち込まれ、まるで会場自体が雄叫びを上げているかのような有様だ。ソルコールに負けるなとばかりにカイコールが発生した。



HEAVEN or HELL



雷光を従えたカイが稲妻のような速度で駆け出す。



FINAL DUEL



迎え撃つソルが封炎剣を地面に突き立て爆炎を生む。



Let`s Rock



最高潮の盛り上がりを見せる会場で、紅蓮の炎と蒼き迅雷、二人の聖騎士による決闘が始まった。










背徳の炎と魔法少女 空白期2nd Battle×Battle×Battle Last Part Noontide










発生してはぶつかり合って消える炎と雷、衝突を繰り返す紅と蒼。剣戟の音と共に空間が爆ぜる。休むことなく剣を振るい、激しく動き回り、法力を放出する二人。相手の攻撃を自身の攻撃で防ぐ攻防は熾烈を極めていく。

「オラァッ!!」

放たれるソルの喧嘩キック。彼の踵を剣の腹で受けた止めたカイが苦悶の表情を浮かべつつ後ろへ吹き飛ばされる。

ザザザザーッ、と音を立てながらも両足でしっかり踏ん張るカイに、地面を抉り焦がしながら突っ込んでくる火柱が迫った。

しかし臆することなく自身を囲むように緑色をした円形状のバリア――フォルトレスディフェンスを発動させ難無く凌ぐと、剣を持っていない左手を高く掲げてから振り下ろしソルの上空から雷を落とす。

既に走り出していたソルはこれに対し地面に封炎剣を突き刺して強引に急ブレーキを掛けると、バックステップ、サイドステップを駆使し、まるで初めから何処に落ちてくるのか予知しているかの如く冷静さで次々と降り注ぐ雷を避けてしまう。

そして間隙を縫って地面を蹴る。蹴った地面が砕けて足跡の形に陥没する爆発的な踏み込みはあっという間にカイとの距離を潰し、自身の剣が届く最良の間合いとなる。カイを相手に遠慮は要らない。ただ殺意を込めて薙ぎ払い、振り下ろし、斬り上げる。

猛攻を凌ぐカイであったが、このまま防戦一方で終わる訳が無い。凄まじい形相でソルを睨みながら攻撃を防ぎつつ、反撃の糸口を探していた。

ソルの攻撃は確かに激しいが、その面倒臭がりな性格故か単調で大振りで直線的で力任せだ。常軌を逸したパワーと爆発的な突進スピードに眼を奪われがちであるものの、カイの眼から見て隙が全く無いということではない。

針の穴を通すような正確さを以って連撃の隙間を縫い、剣を振り抜く。狙いは胴。鋭い剣閃が右脇腹を狙う。

ガッ、と鈍い音が響く。明らかに硬いものと硬いものをぶつけたような音の正体は、カイの剣がソルの右肘で受け止められていることによって発生したものであった。

刃面を肘で受けたら普通はバックリ裂けてしまうものだろう。しかし常識を遥か彼方にすっ飛ばしている二人にとってはあまり珍しい光景ではない。何事も無かったように反撃を繰り出すソルに対し、カイは特に驚きもせずに距離を取って仕切り直す。

(相変わらず一撃は軽いが、前にやり合った時より隙が無ぇし、何より剣が“キレて”やがる……強くなってるぜ)

(以前から変わらぬ力押しの戦法。しかし僅かな隙も完璧にフォローする点は流石だ。なかなか切り崩せない)

暫しの間、互いに相手のことを観察しながら思考する。眼の前の宿敵を打倒するにはどうすればいいのか? と。

(しゃぁねぇな。この際だ、お望み通りもうちょっとだけ本気出してやるか? ユーノが結界張ってるなら、多少過激にしてもいいしな)

(恐らく奴はそろそろペースを上げてくる筈だろう……一瞬の気の緩みが命取りになる)

剣戟の音が止まぬ打ち合いから一転して距離を開けたままの睨み合いが続く。一定の距離を保ちつつ二人で円を描くようにゆっくり足を動かし、タイミングを計る。ジリジリと摺り足で時計回りに回るだけ、と傍から見ればそれだけであったが、この瞬間は二人にとって常人では到底理解出来ない壮絶な駆け引きの真っ最中だ。

いくか?

来るか?

どうやって押し潰す?

どうやって凌げばいい?

この距離からやるか? それとももう少し間合い詰めるか?

こちらから先に手を出すべきか? それとも様子を見ながら待つか?

熱狂して叫び応援している観客達も言葉では表現出来ない緊張感を感じ取ったのか、またしても会場全体が沈黙に包まれる。はっきり言って、戦っている二人が纏う空気が会場の雰囲気を呑み込んでしまうような事態は、長い歴史を持つ管理局の『戦技披露会』でも初めての出来事である。それが同じ試合の内で何度も起こったとなると、きっとこれで最初で最後だろう。

「……」

「……!」

静寂の中、封炎剣に込められている法力が急激に膨れ上がるのを感じてカイはソルが仕掛けてくるのを悟った。

左手に握った封炎剣を背後に回す程に大きく振りかぶり、地面が陥没するくらいの勢いで一歩踏み込んで、



「消し炭になれ!!」



刀身が赤熱化し燃え滾る大剣の切っ先を地面に突き立てる。それによって発生した火柱は炎の津波と称されるべき巨大さを誇っていた。実際問題、ユーノが張った結界が存在していなければ会場が消し飛ぶレベルの大出力。結界内が炎で埋め尽くされる。世界を食らい尽くしてしまえる火竜の牙が、全てを蹂躙せんとばかりにカイへ襲い掛かる。

並みの魔導師や法力使いにとって絶望的なまでの力の差を具体化した炎であった。内包された破壊力は街一つ灰にするだけでは済まないだろう。けれどもそれに真正面から立ち向かうカイにとって絶望とは馴染み深いものであり、更に言えば絶望を希望に変えることこそが彼の生き方である。ピンチにチャンスを見出すことは、物心ついた頃から生きる為に実施し続けていたことだ。

確かにそれは巨大故に範囲も広い、大規模な広域殲滅であり逃げ場は無い。しかし範囲が広い“面”攻撃というのは、時に極限まで範囲を狭め集中させた“点”攻撃に容易く貫かれてしまうものである。広がる性質を持ち合わせた火属性であれば尚のこと。

そしてカイが扱う属性は雷。法力五大属性の中で、“気”を除けば最も操るのに難しいと言われているそれは、一点に集中することが出来れば最も強い属性でもあった。



「ライトニングスフィア……」



声と共に剣を振るい、眼前の空間に一つの雷球を生成する。大の大人を数人纏めて巻き込める程の大きさを持つ雷球は、カイの意思に従って一瞬で握り拳よりも大きい程度のサイズにまで収縮、否、凝縮されていく。

これでもかという程に内在するエネルギーを凝縮させた小さな雷球を、両手で握り腰だめに構えた大剣で、渾身の力を込めて突く。



「……チャージドライブ!!」



それは蒼く輝く一本の雷槍。細くて攻撃範囲が狭い代わりに先端の貫通力と攻撃力は凄まじく、迫り来る炎の大津波を見事に穿つ。穴は徐々に広がり余裕を持って潜れる大きさになった刹那、



「グランドヴァイパー!」



全身に炎を纏い、極端に体勢を低くしたソルがカイの雷撃を掻い潜り地面を抉りながら特攻を仕掛けてくる。その名の通りまさに地を這う毒蛇が如く、獲物に咬み付く為に猛烈なスピードで突っ込んできた。

一気に間合いを詰めカイの懐へと潜り込んだソルが地面を這うような体勢から素早く上体を起こし、左手の封炎剣の柄でボディブローを放つ。

「ぐっ!」

なんとか剣の腹で防ぐカイであったが、防いだ瞬間あまりの威力に衝撃で足が浮き、たたらを踏む。至近距離で、ソルを相手に体勢を崩すという致命的なミスを犯してしまう。

その僅かな隙を見逃すソルではない。更に一歩大きく踏み込んで、右の炎拳をカイの顎目掛けて下から上へ振り抜いた。

「食らえ」

火口からマグマが噴出すようにして爆炎が舞い、カイの身体は火達磨になりながらほぼ真上へ飛んでいく。この試合初のクリーンヒットにしてオープニングヒット。

ついに捉えた、という感触が心地良かったのかソルの口元がニヤリと歪む。追撃をする為に屈み、跳躍する。人並み外れたジャンプ力を発揮して上昇していくカイに追いつくと、



「サイドワインダー」



空中という体勢が安定しない状態で右ストレートをぶち込む。当然、腕は先と同様炎に包まれ異常な威力を有している。拳がカイの左胸にめり込み、爆弾が爆発したかのような爆音が発生したかと思えば、カイの身体は爆発に巻き込まれたかのように地面と平行に吹っ飛んでいく。

吹っ飛んでいった先はユーノが張っている結界。つまり壁。カイの身体は壁に勢いよく投げ付けたゴムボールが跳ね返ってくるかのような軌道を描いて、一番最初にアッパーを食らった場所まで戻ってくる。

そこに、封炎剣を地面に深々と突き刺したソルが屈みながら待ち構えていた。



「……ヴォルカニック、ヴァイパーッ!!!」



一瞬の溜めを経て、地面に突き刺さっている封炎剣がまるでロケットの噴射口のように爆炎を吐き出して飛び立つ。それに合わせてソルも自ら跳躍し、燃え盛る剣をカイにお見舞いしてやった。

そしておまけとばかりに踵落としを決めて地面に叩き落し、めり込ませてやる。

一拍遅れて着地したソルが地面に伏したカイを見下ろす。

無言のままゆっくり近寄ったその時、起き上がりざまに下段から斬撃が振り上げられた。封炎剣で防ぎ、弾き返すと一旦距離を取る為に背後へ退く。

火達磨にされたおかげで服はあちこち焼き焦げ、黒い煙を放ってはいるがそれを身に纏うカイは未だ健在だ。むしろ攻撃を食らう前と比べてより気配が膨れ上がっており、瞳から見える闘志は激しく燃え上がっている。

(まだまだ元気そうじゃねぇか)

これからカイは我武者羅になって勝ちにくるだろう。自身の限界など知ったことかとばかりに攻めてくる筈だ。

初めて会った時から数十年経過しても一切変わっていないそれが――かつてはあまりに鬱陶しくて苛立ちを覚えていた筈なのに――今のソルには堪らなく嬉しかった。

そして二人の戦いは更に激しさを増していく。










『ハイレベルな技術と駆け引きによって展開される今大会の決勝戦!! これまで幾度となく管理局にて披露されてきた“戦技の祭典”ですが、これ程までの熱狂を生んだのは初めてではないでしょうか!?

 観客は総立ち、誰もが大声を上げエールを送り続けています。しかし最も熱いのはリングで死闘を演じている二人の騎士!! 両者共に剣を振るい魔法を放つことを休みません!! 

 男としての意地か!? 魔導師としてのプライドか!? 互いに譲らない激しい攻防!! 繰り返される攻守交替劇!! 二人の気迫が会場全体を震わせているかのようです!!

 なんという、なんという好勝負!! 次元世界最強を決める最後の戦いに相応しいこの死闘の行方は果たしてどうなるのか!? 眼の離せない決闘はまだまだ続くぅぅぅぅぅぅっ!!!』

完全に興奮状態と化した実況の叫びを聞きながら、ユーノは羨ましそうに呟いた。

「ああ……僕もお酒飲みながら試合観戦したかったなぁ」

会場の特設リングを覆う形で展開したユーノの結界。見た目は透明度が高いただの壁としか思えないような代物であるものの、それは魔法と法力を組み合わせた複合魔法で構成されており、空間の位相をずらすことによって隔離された世界を形成している。可視光線は通すので結界の外から内を肉眼で捉えることは出来ても、物理的な意味で内外から干渉することは出来ない。

つまり、外側から覗くことは可能でも内側から炎や雷が飛んでこない訳で、観客達は二人の試合を命の危険を晒さず間近で堪能出来るのだ。この盛り上がりの影で自分一人が苦労して結界を張っていると思うと、なんとなく『感謝しろ畜生!』と喚きたくなってくる。週末に休日を謳歌している人達を僻むサービス業の人間の心境だ。

そんなユーノの内心など欠片も気にせず、というか気にする余裕が皆無なグリフィスがソルとカイの戦いから視線を外さず、蚊の鳴くような声で呻く。

「本当に、凄いです。まさかソルさん相手に此処まで戦える人がこの世に存在していただなんて……」

今大会の運営委員も兼任しているグリフィスの傍には、他にも懐かしい顔ぶれが揃っていた。ルキノ、アルト、シャーリーなどは彼同様運営委員と聞いている。レティもだ。普段着で明らかに運営委員じゃなさそうなヴァイスと彼の妹のラグナが居たりするが、まあ自分達と同じコネのVIP扱いなんだろう。

「彼らの故郷は色々と狂ってるからね。こっちで言う高ランク魔導師に匹敵する実力を持つ人って結構ゴロゴロ居るみたいだよ。人型兵器の群れを素手で蹴散らすただの料理人とか、槍みたいなメスを武器にして戦った相手を治療する医者とか、そういう訳分かんないのが居たって話」

あくまでソル、カイ、スレイヤー、アクセルから聞いた話なので流石にそこまで酷いとは本気で思ってない。『木陰の君』やイズナ、Dr,パラダイムのような常識人も勿論存在してい……あれ? カイには失礼だが純粋な人間でまともなのが一人も居ないぞ? …………ま、まあ、彼らの知人友人がどいつもこいつも奇人変人だっただけ、というのは否定出来ない。類は友を呼ぶって言うし。

最早言葉もないのか、グリフィス達はノーコメント。

「キャッ!!」

次の瞬間、女性の悲鳴が近くで上がったと思ったらシャーリーだった。どうやらカイが振り抜いた剣をソルがまともに食らって吹き飛ばされたことに対してのものらしい。

鋭い雷撃を受け壁に磔にされたかのようなソルにカイが追撃しようと肉迫するが、逆に殴り返されて地面に転がっていく。しかしすぐさま立ち上がり反撃に移る。

「お互いダメージ食らうようになってきたか」

ソルの赤いバリアジャケットが斬り裂かれ、弾け飛ぶ。カイが額に装着した王冠にヒビが入り、砕け散った。

それでも二人は止まらない。知ったことか言わんばかりに眼前の敵に襲い掛かる。まるで己の激情をぶつけ合うように雄叫びを上げながら。

「いつものことだけどカイさん頑張るなぁ。ソルもソルでマジになっちゃてるし……」

ギアの力を解放したソルの真の実力に、カイが遠く及ばないことをユーノは知っている。全身全霊で戦っているカイとは大きく異なりソルは“全力で”戦っている訳では無いが、カイに対してだけは“本気で”戦っていることをよく理解していた。

そして『坊や』だ『小僧』だと普段からなんだかんだ言っていたソルだが、実際は誰よりもカイを認めていることを知っていた。

(だって、表情が僕達と戦ってる時と全然違うよ)

本当に、嬉しそうだ。あんなに心の底から楽しそうに、笑いながら戦うソルなんて滅多に見れない。本人に言ったら全力で否定するだろうけど。

彼にとって、カイ=キスクという『人間』はそれだけ特別な存在なのだろう。『人間』でありながら『ギア』のソルに挑み勝とうとする、それがどれ程無謀なことか本人が一番理解している筈なのに。

いや違う。カイが勝とうとしているのは『ギア』ではない。ソル=バッドガイという一個人、一人の男性、一人の戦士に勝ちたいのだ。

愚直に戦うその様はとても諦めが悪く感じると同時に、とても眩しく見えて、とても人間らしく見えて、好ましく思う。何か、忘れてしまった大切なものを思い出させてくれそうな、そんな気がする。言葉として上手く表現するのは難しいが、とにかくそんなカイを素直に尊敬してしまう。

(僕もカイさんみたいにもっと精進しなきゃな)

心の中で決意を新たにし、二人の戦いを見届けることにした。










すれ違いざま、カイの剣がソルの胴を薙ぐ。

ダメージに顔を顰めながらも振り返り、力任せに封炎剣を叩き付け、体勢を崩したそこへ右ボディブローをくれてやる。

車に轢かれた子どものように吹っ飛ぶカイを追うソルに、蒼雷の刃が突き刺さった。吹っ飛ばされながらもカイが雷撃を放ち、見事にそれが命中したのだ。

一瞬動きを止めたソルに対し踏み込み一気に間合いを詰めると大剣を両手で握って振り下ろす。

僅かに反応が遅れながらも封炎剣を斬り上げる。

もう何十回目になるか分からない炎剣と雷刃の衝突。弾かれる鋼と鋼。轟音が鼓膜に響くのを全く気にせず、握った剣に法力を込めて何度も何度も振り回した。

剣戟の音が重なり、それに合わせて動く二人はワルツを踊るようだ。飛散する炎と雷が派手な演出となって彩っていく。

やがて二人の間で巨大な炎の渦と雷球がほぼ同じタイミングで発生し、互いを食らい合いながらそれぞれが内包したエネルギーを爆裂させた。

不可視の衝撃波から身を守る為、純粋に距離を取る為に二人は一旦後ろへ退くが、離れても引かれ合う磁石のように真正面から吶喊し、剣と剣が交わる。

何度も同じような展開を繰り返してしまった結果、学習能力の高いカイがついにソルの隙を突くことに成功してしまう。

「見切った!」

剣を振り抜き身体が開いた僅かな隙を狙って、カイの大剣がソルを逆袈裟に斬り裂く。純粋な剣技ではカイの方が一枚上手、という事実を改めて再認識しなければならない瞬間だ。

よろけてしまうソルへ、カイが一瞬背を向けるようにして小さく跳躍し空中で身体を捻りながら剣を唐竹割りに振り下ろす。



「グリードセバー!!」



顔を上げたソルのヘッドギアに雷刃が叩き込まれ、大柄な体躯は一度地面をバウンドしてから数メートル浮き上がった。

引力に従って落ちてくる前にその真下に滑り込むと、大剣を下段に構えて屈み、跳躍と共に振り上げる。



「ヴェイパースラストッ!!」



そのまま空中で振り上げた剣を今度は横に薙ぎ払い、ソルを斜め下方向へ弾き飛ばし、結界の壁に激突させ磔にした。

着地したカイはそこから更に追撃する。左腕を高く掲げてから振り下ろす一連の動作で法力が発動し、上空から落雷が降り注ぎソルを貫く。

「……野郎、調子に乗りやがって」

バリアジャケットがズタボロな状態に構いもせず、ソルが爆炎を纏って飛び出してくる。斜め上という上空から、右の炎拳をカイに向かって振り下ろす。

これにカイも応じる形で迎撃にしようと剣を振り上げる。

炎拳と大剣がぶつかり、拮抗し、弾かれるように両者共に後方へ退くことになった。

また間合いが離れ、それを良しとしない二人がまたしても踏み込み衝突を再開した。















前任者、クリフ=アンダーソンがスカウトした新団員がどんな人物なのか。当時の自分がソルに初めて会う瞬間を楽しみにしていたのを、今でもよく覚えている。

一騎当千と謳われ、ドラゴンキラーという二つ名を轟かせている英雄の前団長が直々に聖騎士団に迎え入れた程の人物だ。きっと、クリフ同様にとても強くて正義感に溢れた、敬愛すべき人物なのだろうと勝手に想像していた。

しかし、実際の人物は眼つきの悪いチンピラのような男だった。そして見た目通りのチンピラのような性格だった。

まず相手に対して敬意を払わない無礼な態度。クリフに対しては『爺さん』呼ばわり、自分に対しては呼称が『小僧』である。命令無視も当たり前で、ギア出現の警報が鳴り響くと勝手に一人で行ってしまう。規律とモラル、何よりチームワークを大切にする騎士団内で一人だけ浮きまくっている存在。

この男は団内の和を乱す、即刻排除しなければならない、常々そう思っていた。

が、その戦闘能力だけは誰もが認めざるを得ない程強大で。

常に一人で行動するソルの元へ駆けつけた頃には、既に戦闘が終わっていることが多い。

紅蓮の炎に包まれ焦げていくギアの死屍累々。その中心、一際巨大なギアの死体の上で、何処か遠くを見つめるような眼差しで静かに腰掛けていたソルの姿。

悔しい話、ソルの力は騎士団にとって失う訳にはいかないもの。

けれどもクリフを除き、誰もがソルの存在をどう扱えばいいのか困っていた。どう接すればいいのか分からないし、そもそもソル本人が団体行動を嫌って常に一人で居た為、団員達は接しようが無かった。

だからこそ自分が何とかすべきだと考えた。団長である自分が部下の一人であるソルを何とかしなければ、と。

『目障りな小僧だ……潰すぞ』

やはりと言うかなんというか、案の定口論になり、挙句の果てには剣を交えた戦闘へと移行し、結果惨敗する破目になる。

まだ若く、若さ故に物事へ熱くなり易く、熱くなってしまうが故に視野狭窄だった当時の自分は、初めて敗北を味わって以来ソルをライバル視するようになり、執拗にソルに付き纏うようになり、事ある毎に衝突するような関係になっていた。口論の切っ掛けは常にソルのぶっきらぼうな態度や言動が原因だったが、先に手を出すのはいつも感情的になった自分の方だった。

今にして思えば、当時の自分は単純に認めて欲しかったのだ。頑なに一人で在ろうとするお前の隣に自分は立つことが出来るのだ、足手纏いではない、お前と共に戦うことが出来るのだ、と。

(結局、あの時から数十年経た今でも、私は未だにお前に認めてもらえないままだ)

どんなに強くなっても、どんなに多くの試練や苦難を乗り越えたとしても、ソルの中で自分は『小僧』であり『坊や』でしかない。ソルに勝たない限り彼に認めてもらうことは出来ないと思っている。

だったら勝てばいいのだ。認めてもらうには彼に勝つしかない。それがどれ程難しいことであろうと、『ソル=バッドガイ』という存在が『カイ=キスク』にとって越えなければならない巨大な壁として聳え立つのなら、己の全てを懸けて打ち勝つしか道は残されていない。

だから――










カイという人物は、初めて会った頃は『やけに突っ掛かってくる鬱陶しいガキ』でしかなく、ストレスの源と言っても過言ではなかった。

大したことない実力の癖に吐く言葉は青臭い正義のことばっかりで、とんだ甘ちゃん坊やでしかなく、聖騎士団の人手不足に皮肉めいた同情すら感じたくらいだ。

そもそも聖戦時代の自分は今のように余裕がある訳では無い。聖戦中なので当然ジャスティスは生きており、“あの男”の行方も知れず。ままならない現状に常日頃から苛立ちを覚えていたのだから。

聖騎士団に入団したのも、手っ取り早くギアの情報が入るから、というだけの理由。そのようなメリットが無ければ、一体誰が好き好んであんな規律が厳しくて戒律的な修道院のような組織に入るものか。

故に、封炎剣をかっぱらって(本当はクリフから譲り受けて)騎士団を脱走し、もうこれであのガキの面を見なくて済むと思うと、正直清々した。

だが、聖戦が終結した後も、自分が思っている以上にカイはしつこかった。決まり文句は『決着をつけるぞ』だ。もうとっくの昔に決着なんぞつけてやったというのに。これってストーカーなんじゃなかろうか? と真剣に考えてしまうくらい、奴は自分の前にちょくちょく現れては戦いを挑んできたのだ。

徹底的に打ちのめしてやっても全く諦めないし、かと言ってわざと負けてやると『私では、不服なのか!?』と怒り出す始末。はっきり言って質が悪い。

そんな奴が変わり始めた切っ掛けは、第二次聖騎士団選考大会でジャスティスが死んだ瞬間で間違いないだろう。この瞬間から、奴の価値観に揺らぎが生まれたのだ。正義=人間、悪=ギアという価値観が。

それからのカイの成長は目覚しかった。ジャスティスの死後、一人のハーフギアの少女と出会ったのがやはり大きな影響となったようだ。自身に対する態度は相変わらずだったが、今まで盲目的に信じてきた正義とは一体何なのかと疑問を抱き、迷いながらも答えを探し続けた結果――

『成すべきことを成す為に来た』

勝負を挑んできたあの時の顔は、最早坊やでも小僧でもない、一人の男ものだった。迷いを振り払い答えを見出した、とても良い面構えをしていたのをよく覚えている。

奴を『カイ』と名前で呼んでやるようになったのはその時からであり、つまりはそれはカイを一人前の男として見るようになったことと同義だった。

かと言って、そのことを面と向かって伝えてやろうという気は更々無い。いくらなんでも気恥ずかしいし、何よりカイの為にならない。もし認めていることを知られてしまえば、きっとカイは満足してしまうからだ。

人間は貪欲に求め続けるからこそ突き進むことが出来る。満足してしまえばそこで歩みは止まり、また次へと進むことは難しいだろう。止まらなかったとしても、その所為で動かしていた足の速度が僅かに緩んでしまうのは、こっちが喜ばしくない。

人類とギアの共存。妻と息子の為に掲げた理想。その理想を現実のものにする為に、決して現状に満足してはいけないし、僅かでも足を止めることは許されない。奴はそういう立場の人間であり、そう在ることを自ら望み、課した。

これまでの過去も、今も、これからの未来も、いつだって『ソル=バッドガイ』という存在は『カイ=キスク』にとって『いつか必ず勝つ目標』でなければならない。

もう二度とわざと負けたり、あしらうような真似はしない。事情により全力は出せないが、奴が満足するまでとことん付き合ってやろうと思っている。

(まあ、一人の男として認めてやってる以上、俺も一人の男として勝たなきゃならねぇしな)

だから―――















((だから!!))

剣と剣が交差し、アルファベットのXを描く。鍔迫り合いの状態で睨み合いながら、二人は魂の奥底から叫ぶ。

「ソル!! 今日こそお前に勝ぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!!」

「負ける訳にはいかねぇんだよ、テメェにだけはな!!!」

運命の女神から戦うことを宿命づけられた二人の対決は、もう間もなく終幕だった。















――やがて。

離れた間合い。

肩で大きく呼吸をしながら肺の中に少しでも多くの酸素を取り込もうとするカイは、自身の限界が近いことを悟り、勝負に出た。

(この一撃に私の全霊を込める)

両手で大剣を握って構え直し、最大出力で雷を練り上げる。文字通り自身のありとあらゆる力を捻り出し、雷として顕現する。蒼い稲妻が空間を走り、まるでカイを守るようにして周囲に激しい放電現象が発生しては閃光を散らす。

「フルパワーだ!!」

そう宣言したカイの覚悟を見て取ったソルも、どう転んでも次の攻撃で決着がつくであろうことを察すると、足元から巨大な火柱を生み出し全身に炎を纏う。

「終わりにするか」

右手を地面につけて屈み込み、獲物に飛び掛る寸前の肉食獣のような低姿勢となる。その背中と腰部分にそれぞれ紅蓮の炎で構成された翼と一本の尻尾が顕れた。ガコンッと大きな音を立てて封炎剣の鍔部分のギミックが展開し、刀身がかつて無いくらいに赤く輝き炎を噴出。

リングの上を炎が猛り、迅雷が迸り、膨張した闘気が会場全体に伝播し、もう何度目になるか分からない静寂が世界を包む。見る者全てに瞬きすら躊躇わせる緊張感が十秒という僅かな時間を支配した。

静寂を破り、先に動いたのはソル。



「ナパァァァム――」



竜の咆哮と勘違いさせるような叫び声を上げ、地面を蹴り、超低空飛行の状態でカイに迫る。

しかしカイもほぼ同時に動いていた。腰だめに構えた大剣をソルに向かって真っ直ぐ突き出そうとした。



「ライジング――」



一瞬で間合いが詰まる。ソルとカイ、紅蓮の炎と蒼き迅雷が今大会で最大規模の出力で正面から激突する。



「――デスッ!!!」

「――フォォォス!!!」



そして、眼を灼く程に強い光が生まれ、会場全体を満たしていく。











































握っている柄の部分を残して粉々に砕け散った大剣。それは見つめながらカイは、これが封雷剣だったら結果は違っていたのだろうか? と彼らしくない負け惜しみのような思考を働かせてから溜息を吐いた。

いや、そうではないと彼はかぶりを振ってその考えを追い出す。

ただ純粋に――

「まだ、届かないのか……」

精根尽き果て前のめりに倒れ込む。

「ハッ、何言ってやがる。そんなことねぇよ」

そんな彼を見下ろしながらソルがうんざりとした口調で吐き捨てたその時、ガラン、ガランと渇いた音が響く。

ソルが額に装着している赤いヘッドギアが、中央から真っ二つに割れて落ちた音だ。

ついでに髪留めの黄色いリボンも解けてしまったのか、腰まで伸ばした長い黒茶の髪がバサッと広がった。

「テメェの剣……確かに届いたぜ」



――やるじゃねぇか。



意識が完全に途絶えるその前に、カイの耳にはソルの賞賛の声が聞こえた気がした。










『この瞬間、ついに死闘にピリオドが打たれました!! 第一回魔法戦技大会の覇者は、ソル=バッドガイ選手だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』




















大会が終わって数時間後、ソル達は打ち上げをするということになって、皆で地球――海鳴市の月村家に移動した。

「そういう面白そうなイベントやってたんなら、最初っから呼びなさいよ!! ソルの馬鹿!!」

「でも、久しぶりに会える人がたくさん居るからソルくんに貸し一つ、ということで許してあげる」

「こっちで打ち上げしようっつったのはヴィータだし、俺を大会に強制参加させたのはザフィーラだ……文句ならあの二人に言え」

憤慨するアリサと、微笑みながら交換条件を出してくるすずか。二人の態度に眉を顰めることになったが、打ち上げ会場としての場所提供、酒や食い物などの用意は快く引き受けてくれた。こういう時、本物の金持ちってヴィータと違って懐深いなとソルは思う。

高町家から士郎、桃子、美由希がぞろぞろ集まってきたし、転送魔法でドイツから忍と恭也をアルフが連れてくる。

イリュリア連王国からもアインが『木陰の君』、Dr,パラダイム、イズナを連れてくるし、スレイヤーも自身の妻であるシャロンを呼び出す。

「それにしても、何だこの人数……?」

知らず口から漏れる独り言。ざっと見て六十人は超えている。自分ん家の身内、地球に住んでる連中、“あっち”に住んである連中。ヴィヴィオの友達、管理局、聖王教会、Dust Strikersで特に親しい者達だけを連れてきただけの筈なのだが。

こんなに知り合い居たっけか? と首を捻りながらも、まあいいか、ということで気にするのをやめた。

明らかに見た目が人間じゃない奴(Dr,パラダイムとか)は、魔法文明出身の連中から見たら魔法生物か何かなのだろう、と思われたようでこちらも特に気にする必要は無さそうだ。

「よおおおおおおおおおおおし! 乾杯すんぞ乾杯!! アタシの懐が温まったことと、ソルのおかげで我が家に賞金4億3千8百6十9万が転がり込んできたことに、かーんぱーい!!!」

ヴィータの乾杯の音頭。皆が揃って杯を掲げて飲み干していく。勿論未成年者はジュースだし、下戸や聖職者も存在するので全員が自分の飲みたい飲み物を口にしている。

「あいつら……たまには静かに酒飲めねぇのかよ」

この打ち上げの主役でありながら、流石にこれはいくらなんでも騒がしいと感じて、ちょろまかした酒瓶を手に一人コッソリ端っこへ逃げるソル。

そこへ、同様の理由で逃げてきたのかカイが隣にやってきた。

「凄いな、此処は」

「慣れたもんだと思ってたが、この人数じゃ正直うるさくて敵わん」

「そういう意味で言ったんじゃない」

「ああン?」

会話が噛み合ってないことに訝しんだソルがカイの顔を覗き込むと、彼は眩しいものを見つめるように瞼を細めて喧騒に優しい視線を注ぐ。

「“此処”には私の理想がある。集まった人々は皆、住む世界が違う、人種が違う、そもそも人間ではない者も居る……だが、皆が皆、楽しそうに笑っている」

言われて、ソルも喧騒を眺めてみた。

人間が居る、生体兵器ギアが居る、魔導プログラム体が居る、吸血鬼が居る、妖怪が居る、タイムスリッパーが居る、戦闘機人が居る、レリックウェポンが居る、クローン人間が居る、人間かどうか最近怪しい者達が居る。

カイの言う通り住む世界も違えば種族も違う。不老不死とかやたら長寿の連中とかも居るので生きてきた時代すら違うし、そんなことを言い始めたら何から何までが違う者達の集まりだ。

しかし、此処には争いなど存在せず、誰も彼もが自分と相手が違うことになど一切気にも留めていない。

「この光景を見て、再確認させてもらった。私が作りたい世界は“これ”なんだ。“これ”を世界中に広めていきたい。“これ”を作る為に今まで生きてきた。そして、これからもずっとそうやって生きていくんだ」

瞼を閉じ、胸に手を当て、祈るような仕草をするカイ。

そんな彼に対してソルは何か言おうとして結局何も思い付かず、肩を竦めて呆れたように言ってやった。

「相変わらず青臭ぇなテメェは。カイ、このセリフを俺に何回言わせるつもりだ?」

「何度でも言わせてやるさ。勿論、私が死ぬまでな」

「テメェのことだからマジであり得そうだな」

やれやれだぜ、ソルは溜息を吐くと手にしていたグラスに酒を注ぐ。

「じゃ、乾杯でもするか。青臭ぇ連王国国王様が理想の世界を作れることを願って」

カイのグラスにも注いであげると、彼は微笑を浮かべてグラスを高々と掲げてみせる。

「なら私は、この理想の世界に住む皆の笑顔が少しでも長く続くことを願って」

ソルもつられるようにしてグラスを高く掲げ、グラスとグラスをぶつけて澄んだ音を立てた。



――乾杯っ!



その後、二人は乱痴気騒ぎに巻き込まれて色々と酷い目に遭うのだが、それはまた別のお話。











































オマケ



大会から一ヵ月後。

ソルは肩の上にフリードを乗せ、とある店へと向かっていた。

店と言っても非合法な物品を扱ってるヤバイ店だとか、ヤクザの隠れ蓑になってるフロント企業という訳でも無い。至って普通の、何処にでもあるペットショップだ。

では何故ペットショップなのか? 答えは肩に乗っているフリードが鍵を握っている。

店の前に到着し、自動ドアが開き足を踏み入れると、店内の奥に鎮座しているレジカウンターの方から人の良さそうな中年の男性が「いらっしゃいませー」と声を掛けてくる。この店の店長であり、ソルとは顔馴染みだった。

レジまで近付き、「いつもの」と口にすれば「はい、いつものね。毎度」と返事があって店長は一時的に店の奥へと引っ込む。

「キュ、キュッ、キュキュ」

「あーもー、落ち着け」

ペットショップ店内に入ってテンションが上がってきたのか、ソルの肩から頭の上へと登ったり降りたり飛んだり跳ねたりする小竜に注意してみるが聞いちゃいない。

この段階になればソルが何しに来たか誰でも分かるだろう。彼はフリードやザフィーラ達の為に新しい玩具やペット用お菓子を買いに来ているのだ。

「はいお待たせ。こっちの袋に入ってるのがザフィーラさんとアルフさん用で、こっちがユーノさん、最後のこっちがフリードちゃんだ」

「ん」

「キュックルー」

待ちきれないのかフリードがソルと店長の周囲をパタパタ旋回する。その様子にソルはやれやれと溜息を吐きながら支払いを済ませた。

「じゃあ、また頼む」

「はいよ、毎度あり」

此処までなら、いつもの日常風景の一コマとして過ぎ去ったであろう。しかし、生憎と今回は少しいつもと違う。否、もっと正確に言えば、数週間前から『いつも』とは違うことをソルと店長は互いに自覚している。

「……旦那、いつまでその格好でいるんだい? もうそろそろ一ヶ月くらい経つんだから、戻そうと思わないの?」

そして口火を切ったのは店長。踵を返し店を出ようとしたソルに躊躇いつつも声を掛けた。

「もういいと思うか?」

対するはソルは肩越しに振り返り何処か訝しむ表情。

「いいでしょ」

「だと良いがな」

うんざりした口調で言うソルの格好は、はっきり言ってしまえば『ソル=バッドガイ』の姿ではなかった。正しくは『フレデリック』なのである。

腰まで届く黒茶の長い髪は、現在一本残らず灰のようにくすんだ銀髪である。血のように赤い真紅の眼は、快晴を思わせる青になってしまっていた。トレードマークになっているポニーテールも今はしておらず、バラけないようにリボンで先端を結んだだけの髪型。

おまけに銀縁眼鏡も装着している。

この姿は、眼鏡と髪型を除けばギアになって髪と眼の色が変色する前の人間――フレデリックの姿なのだ。

どうして彼がこんな2百年以上前の昔の姿で街を出歩いているかというと、原因は先の魔法戦技大会で優勝したことである。全ての元凶と言っても過言ではない。

ありとあらゆる情報媒体を通じて次元世界中に配信された魔法戦技大会の映像は、予想を遥かに上回る形で彼の生活に支障をきたした。

まず一つ目。有名になり過ぎてしまった所為で、何処に行っても好奇の視線を集めてしまうこと。ド派手な戦い方とは裏腹に、ソルは目立つのが物凄く嫌いだ。しかし、予選から決勝戦までに見せた戦いの数々は見る者に多大な衝撃を与え、必要以上に『ソル=バッドガイ』という存在を印象付けていた。普段なら他人の視線や周囲の目など気にも留めたことないのだが、流石に道行く人全てから視線を浴びせられると具合が悪い……特に女連れて歩いてる時とか。

二つ目。ティアナの奮闘により、弟子にして欲しいと願い出る若者が続出したこと。大会当時、ソルとティアナの関係が世間に公表されてしまったので、そういうことを言ってくる輩が後を絶たない。とりあえず諦めさせる気満々で、聖王教会騎士団にて教導のバイトをしている『大魔王なのは』と『ベルブリザードのはやて』の下へ行くように促し、地獄への片道列車に乗せているが……それも段々面倒になってきたからだ(いくらなんでもやり過ぎたか、と良心の呵責はある)。

だからこそ彼は、変身魔法を応用し髪と瞳の色を変え、銀縁眼鏡を装着し、髪型も変えて外に出る。髪の色、瞳の色、髪型がそれぞれ違うこと、そして眼鏡とくれば魔法戦技大会で猛々しく戦っていた『ソル=バッドガイ』とはガラリと印象が異なり、他人の空似で済ませることが可能だからだ。

ソルが変装して外出することに、当初は「ポニーテールじゃないと、うなじが見えない噛み付けない」だとか「今まで私とお揃いのヘアースタイルだったじゃないか!?」だとか言って渋っていたなのは達であったが――

いざ変装してみると「幻のフレデリックモードキター!!」とか「いつものワイルドな感じとは少し違うインテリな感じ……これはこれで……ゴクリ」とか「ドSな鬼畜眼鏡……い、いじめてください」とか「私とソルで銀髪夫婦……ツヴァイと三人で銀髪親子……フフ」とか「た、たまには髪を下ろしてみるのも、その、良いな……色っぽい」とか、割と好評……好評どころか大絶賛で、家の中での呼び方すら『フレデリック』に統一される始末。人間だった頃の時間よりギアとしての時間が長い本人としては、なのは達の評価を喜ぶべきなのか嘆くべきなのかどうなのか複雑な心境。

『要するにキミ達はソルならなんでもいいのね』

と言ったユーノの台詞が的を射っていた。

ちなみにフェイトとシグナムに関しては、「大会に出てからナンパされなくなったよ! やったね!!」や「街中で歩いていても鬱陶しい男が寄ってこなくなったので助かっている」というようにプラスに働いているらしい。

とにかく、これにより外出する際は気兼ねなく出掛けられるようになったが、外に出なくても面倒な問題は存在する。

デバイス工房を経営していることも知られているので、デバイスを作ってくれと言われること。これがまともな客であるならそれなりの対応をさせてもらうのだが、軽い気持ちで店に顔を出しノリで言ってきたり、何か勘違いした金持ちボンボンの馬鹿が高慢ちきな態度で注文してきたり、と職人気質であるソルとヴィータをいとも容易くキレさせる迷惑な客が増えたことだ。出てけ、二度とこの店に面を出すな、と追っ払った連中は結構多い。

そんなこんなで大会を終えて一ヶ月、騒がしかったり面倒事があったりでかなり大変な日々を過ごしていたのだが、店長が言うようにほとぼり冷めてきた気がするので、元に戻してもいいのかもしれない。

「……クイーン」

<了解>

少し考える仕草を見せてから、心が決まったのか愛機に命じて変身魔法を解除。瞳の色が青から赤、髪の色が灰銀から黒茶に戻る。髪がバラつかないように先端だけ結っていたリボンも一旦解き、いつものポニーテールに結い直す。

最後に銀縁眼鏡を外すと、いつものソルの姿がそこにあった。

<やはりマスターはそのお姿が一番お似合いです>

「ま、昔の姿は嫌いって訳じゃ無ぇが、こっちの俺の方が付き合い長いからな」

気を利かせた店長が何処からともなく手鏡を取り出し貸してくれたので、ありがたく借りることに。クイーンと会話しつつ前髪を弄る。

よし、バッチリだ。

満足したので手鏡を店長に返却したその刹那、



「にゃああああああああああああああああああああああ!!??」



年若い女の子の可愛い悲鳴がペットショップ店内に響く。

「ああン?」

「ん?」

「キュ?」

<はて? 何事でしょう?>

ソル、店長、フリード、クイーンの順番でそれぞれ頭の上にクエスチョンマークを浮かべ(クイーンに頭とか無いけど)、声の発信源へと身体ごと向き直れば、そこには一人の少女が居た。

地球で言うセーラー服に酷似した学生服を着用している点からして、学生なのだろう。年齢はツヴァイ達と同い年くらいに見える。ペットショップの入り口で、ソルのことを指差しながら固まっていることさえ除けば、普通の近所の学校に通う女学生だろう。

「しょ、しょりゅ……ば、ばば、どがい……!?」

顔を真っ赤にさせ、非常に緊張した様子と蚊の鳴くような声でよく分からない言語を呟く。どうやら上手く舌が回らず噛んだ為、変な言葉を発したようだ。そのことがまた恥ずかしかったのか頬を更に紅潮させている。

「?」

まさか『ソル=バッドガイ』と言おうとしたのだろうか?

言えてねぇぞ、とソルが指摘する前に少女は「ふにゃあああああああああああ!!」と尻尾を踏まれた猫のような叫び声を上げて向きを変え、ダッシュで店の外へと消えていった。

「悲鳴上げられて逃げられるなんざ初めてだぜ……変質者扱いされたみたいで流石にへこむぞ」

「あの娘、ウチの店によく遊びに来る娘なんだけど、あんな態度初めて見るなぁ」

「キュー」

<変な娘でしたね。そういうお年頃なんでしょうか?>

店内に気まずい空気が漂う中、とりあえずソルはもう暫くの間『フレデリック』の姿で居ようと心に決めるのであった。










ハリー・トライベッカは早鐘のように鳴り響く心臓に手を添えつつ、今さっき自分が逃げ出してきたペットショップで出会った一人の男性のことを思い出す。

(うわ、うわああ! 本物だよ、本物のソル=バッドガイ選手だった!!)

ストライクアーツに携わる一人の格闘家として、一ヶ月前の魔法戦技大会は当然のように見ていた。話を聞いた時は仲間達と物見遊山気分で会場に赴いたのだが、そこで見てしまった戦いは想像を絶するものだった。

自分と同じ炎熱変換持ちである紅蓮の魔導師、ソル=バッドガイ。彼の戦いぶり、出で立ち、強さ、全てに強烈に憧れた。

圧倒的な強さで予選を勝ち抜いた時、本選で相手選手を秒殺した時、そして決勝戦でカイ選手と死闘を繰り広げていた時、一瞬たりとも彼から視線を外すことが出来なかったのだ。

今でも大会の試合は毎日欠かさず何度も繰り返し見ている。それ程までに試合中のソルがハリーに与えた衝撃は強かった。

まさかこんな所で偶然出会えるとは予想していなかったので、彼の姿を認めた時は舌どころか思考すら上手く回らず、いきなり叫んで、思わず名前を呼ぼうとして舌を噛み、挙句の果てには逃げ出すという醜態を晒したのである。

(……さ、最低だ……絶対に変な娘って思われた)

思い返してみると、ソルと出会ったことにより振り切れそうだったテンションが一気に底辺へと落ち込む。

暫しの間ズズーンと沈んでいたのだが、すぐに持ち前の切り替えの早さと明るさが顔を出し、拳を強く握り締めると高らかに宣言した。

「だけどオレぁ頑張るぜ!! ソル=バッドガイ選手があの店の常連だってんなら挽回するチャンスはいくらでもある!! 顔覚えてもらって、な、仲良くなって、弟子にしてもらうんだ!!!」

しかし、本人の意気込みとは裏腹に彼女がソルと再会するのは一年後だったりする。

























後書き



待たせたな、明けましてヴォルカニックヴァイパー!! 今年もグランドヴァイパー!!

ん? 去年も同じようなネタやった気がするけど気にしたら負けだぜ!!



巳年ということで蛇っぽい挨拶ですwww

いや、実はですね。ヴィータと一緒に異星人的侵略者から地球を防衛したり、やはりヴィータと一緒に魂生贄的な魔法ゲーの体験版を追体験してたりを連日連夜やってましたら投稿が遅れて……

すいません言い訳です。

で、今回のお話なのですが、まあダラダラ書いても仕方が無いので短く纏めますと、

執筆中はずっと歴代ソルVSカイのBGMを流してました。Conclusion、No Mercy、Noontide、Keep The Flag Flying、The Re-coming、という感じに。

ちなみに私はThe Re-comingが一番好きです。次がNo Mercy。異論は認める!!

そろそろ本格的にViVid編にでも突入しますかね? バカなネタっぽい日常ほんわかギャグな話ならいくつか考えておりますが、どうなんでしょうね?

ソルとヴィータの仕事中の会話とか、バイクの免許取る話とか、アギト視点でのソルが作ってくれた麻婆豆腐の話とか、セインとの料理対決(前のアギト話の続き)とか、シャマルに獣耳と尻尾が生えてきてワッフルワッフルする話(18禁を本気で書こうと思ったことが元ネタ)とか。

まあ、気が向いたらシコシコ書いてこうと思います。

ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO1 覇王、窮地に立つ
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:d5074e98
Date: 2013/02/27 21:37


所属している救助隊から装備調整、ということで呼び出しを食らったノーヴェは、時間帯的に夕食前の静かな街並みを一人歩いていた。

ノーヴェ・ナカジマ。それが今の彼女の名前である。かつてはその出生のおかげで時空管理局の更生施設にお世話になった身ではあったが、現在はちゃんとした身分と保護者、社会的立場を手にして全うな人生を送っている少女だ。

公には出来ない特殊な事情を抱えているものの、彼女の毎日は大好きな家族や仲間、友人達に囲まれ充実した日々を謳歌している。

つい先程まではストライクアーツの訓練を仲間達と共に励んでいたが、それを終えていざ帰ろうとしたら部隊から呼び出されたのだ。その旨を伝えてから仲間達に別れを告げ、足の向きを家から隊舎の方角へと直し歩き始めて約10分が経過した頃、

「!?」

視界の端で一瞬、巨大な火柱が立ち昇り夜の街が眩く照らされたと思ったら、背中に怖気が走る程の凶悪にして強大な魔力を感知する。思わず足を止め、バッグを投げ捨て両拳を構えて愛機であるデバイス――ジェットエッジを無意識に展開し、臨戦態勢を整えた。

攻撃的な意思と刃で刺すような敵意、そして何より“全てを焼き尽くす紅蓮の炎”のような激しい殺意がその魔力から感じられたからだ。

しかし、突然のことに驚きはしたものの数秒経過して脅威が自分を対象にした訳では無いという点と、現在位置より少し離れた場所から発せられたという点に気付く。

一先ず安堵の溜息を吐いてバッグを拾い、愛機を収めはしたものの、今の危険な気配を無視して目的地に向かうという選択肢は選べない。気配の持ち主が知り合いであれば尚のこと。

(……どう考えても旦那、だよな……)

規格外の強さを持った、というか次元が違うくらいに強い知り合いが居る。色々な意味でノーヴェはその人物に頭が上がらない。苦手ではないが、どうにも取っ付き難い性格の持ち主で、一対一で話すのは少し勘弁願いたい人物なのだ。誰か他に一人でも一緒に居てくれればそれなりに話せるのだが、余計なことは喋らない無口で面倒臭がり屋な性格でもある為、二人っきりでは場が持たなくなるからだ。

そういう理由もあって行こうかやっぱり止めようか数十秒悩んでいる間に、発生した時と同じ唐突さで魔力の反応が消えてしまう。まるで先程感知したものが嘘のように。

時間にすると、恐らく魔力の発生から消失まで1分も経過していないだろう。

余計なことに首を突っ込まず無視して足を進めれば、今の出来事は無かったことに出来る。だが、ノーヴェの性格がその選択肢を選ぶ訳にはいかない。これでも一応、災害救助隊に所属している身だ。何かが起きて誰かが助けを求めている時には誰よりも先にその人達の元へ駆けつけなければならない。知り合いが魔力を発生させたということは、魔法を使うような事態が起きたことを示しているのだから。

「~~~っ!」

正直な話、厄介事な予感がビンビンするので行きたくないが、行かないと気になって仕方が無い。

僅か数秒の逡巡の末、彼女は足の向きを魔力が発生した場所へと向けダッシュした。

そして、現場らしき場所に辿り着いて後悔が半分、やっぱり来てよかったという気分が半分、というなかなか複雑な思いを抱く。

「これ、絶対に旦那だ。つーか、街中でやり過ぎでしょ」

独り言が漏れるくらいに大変なことになっていた。

半径&深さが数メートルはあるクレーターが道路のド真ん中に出来ていて、その周囲の路面が高熱によってドロドロに融解した後に冷えて凝固したような光景が広がっているではないか。クレーター付近に設置されていたらしい街灯やガードレールなどは、衝撃波か何かで根こそぎすっぽ抜かれて転がっているか、融解しているかのどちらか。まるでナパーム弾と燃料気化爆弾の性能を持つ爆弾を投下したかのような有様だ。

かなりの数の野次馬も集まってきており、「何だこのデカイ穴?」とか「家の中に居たら窓の外がピカッて光ったの」とか「なんかヤバイ魔力感じたんだけど、魔導師のテロか?」という風に騒ぎが凄く大きくなっている。

そんな野次馬の群れから抜け出すと、ノーヴェは知り合いの姿を探す。まだこの近くの何処かに騒ぎの原因が居る筈だ。100%知己がやったことなので見つけ出してどういうことなのか問い詰めないといけない。

やがて――

区民公園内にて、ベンチに座ってふんぞり返っている知己の姿を確認することが出来た。周囲には他に人の気配は無い。近づいて声を掛ける前に一度深呼吸をしてから気合を入れ、歩を進める。

「こんばんわ、旦那」

「あ?」

かったるそうな声音と共に首を僅かに動かし、真紅の瞳から鋭い視線を放つ男性。公園内の街灯に照らされた黒茶の長い髪――ポニーテールが揺れる。野性味溢れる貌は間違いなく色男の類に入るだろうが、身に纏う空気がまるで機嫌の悪い肉食獣のようで、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。

ソル=バッドガイ。これが男性の名前で、ノーヴェにとっては絶対に敵に回したくない人物で、頭が上がらないと同時に色々と世話になっている御仁でもあった。

ノーヴェは単刀直入に切り出すことに。

「あの、さっきなんかあった?」

抽象的な尋ね方をしてみると、ソルは唇をニヤリと歪め、立てた親指でノーヴェとは反対側を指し示す。それは自分が座っているベンチから少し離れた位置に設置された隣のベンチで、何かが置いてあるらしい。丁度ノーヴェの位置からではソルの体躯によって死角となっている為見ることが出来ない。何だろうと疑問に思いながら回り込んでみて、顔面の筋肉が引き攣った。

「何処でかっ攫ってきたの、この女の子」

「最近巷で噂の、“自称覇王”の通り魔なんだとよ。いきなり喧嘩売ってきやがった」

「は?」

「目障りだったから潰した。今は、このガキをしょっぴく為にこっちに向かってるスバル待ちだ」

それ以上の説明は面倒臭くなったのか、「やれやれだぜ」と溜息を吐き黙り込んでしまう。

「え? あ? 通り魔? この小さな女の子が? 旦那に喧嘩売ったって、マジ?」

内容があまりに突拍子もないだけに、頭の上にいくつもの疑問符を浮かべてしまう。しかし眼の前の男性が嘘を言っているようにも見えない。ソルの顔をまじまじと見てから改めてベンチで寝かされている女の子を覗き込む。

碧銀の髪、という次元世界でもあまり見ない髪の色を除けばただの少女だ。年齢は十代前半だろう。完全に意識を失っており、暫く目を覚ます気配は無い。男性の中でも大柄で筋肉質なソルに喧嘩を吹っかけるような無茶をする娘だとは思えないが。

けれども“覇王”を自称する通り魔が夜な夜な現れては格闘技系の実力者にストリートファイトのようなものを申し込み、連続で傷害事件(被害届は出ていない為事件とは言い難い)を起こしているという話を聞いたことがあった。

「ちゃんと説明してくんない? 訳分かんないんだけど」

「ちっ、面倒臭ぇな」

真摯な態度で頼んでみると、ソルはこれ見よがしに舌打ちしてから不機嫌な表情で事情を語り出す。

話自体は五分も経たずに終わった。彼の話を黙って聞いていたノーヴェの顔が厳しいものへと変わり、警戒するような眼差しで気絶している少女を睨む。

「じゃあこの娘は旦那のこと、“背徳の炎”の『ソル=バッドガイ』が『古代ベルカの聖王オリヴィエのクローン』――ヴィヴィオの義父だってことを知ってたって?」

少女は、彼の前に現れた時点では十代後半の女性の姿だったらしい。その時、『カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト』つまり古代ベルカの“覇王”と名乗った。

そして、ソルがヴィヴィオの――聖王オリヴィエのクローンの義父であることを指摘したら、突然キレたソルに一方的に半殺しにされたとのこと。

(そりゃ旦那が怒る訳だ……アタシだっていきなり知らない奴から『ジェイル・スカリエッティが作った戦闘機人NO,9のノーヴェさんですか?』っつわれたら警戒するし)

「蓋を開けてみればただのガキだったがな。どんな奴なのかちょっと“探り”を入れたら殺気にビビッて失禁しやがった。それ見てやる気が失せた……まあ、俺の前に『敵』として立ったツケはきっちり払ってもらったが」

<あれは情けや容赦など欠片も無いヤクザキックでした。戦意喪失した相手に嘔吐する程強烈な蹴りをどてっ腹にぶち込むマスターはマジ鬼畜です。気絶しながらゲロゲロ言ってましたよ>

ソルの胸元から垂れ下がった赤銅色の歯車――という形をしたネックレス型デバイス、クイーンが要らない情報をくれる。

それにしても失禁と嘔吐か。なんか凄く汚れてて異臭がすると思ったらそういうことだったのか。

というか、今の口ぶりからすると、この少女がソルにビビッて漏らしてなかったら確実に『敵』として処理されていたということを示していた。今更ながらに恐ろしい話である。賞金稼ぎを一時休業し平穏な毎日を送っている現在でも、根底に存在する『狩人』として意識が消えることはないようだ。

次元世界で最凶、そして最悪の賞金稼ぎとして悪名を轟かせていたソルを相手にこの程度で済んだのなら、運が良い方だろう。まさに『死ななきゃ安い』だ。

「旦那に蹴られてゲロか……肋骨が粉々に砕けて内臓が潰れて吐血喀血じゃないだけまだマシ、っていう話は横に置いといて。旦那はこれからどうするの?」

少なくともこの少女はヴィヴィオが『古代ベルカの聖王オリヴィエのクローン』だという事実を知っている。何処から手に入れた情報か知らないが、背後関係を洗う必要がある。何らかの違法研究や犯罪組織と関わっている可能性は捨て切れない。久々に休業していた賞金稼ぎ活動を再開するのかと考えを過ぎらせるノーヴェ。

だが、ソルは彼女の予想とは打って変わってやる気の無さそうな声で答えた。

「とりあえず今日のところは帰る。お前は此処でスバルが着くまで待て。このガキから情報を抜き取るのは明日だ。明日の朝、飯食ったらそっちに行くっつっとけ」

<おやすみなさーい>

クイーンが別れの挨拶をした次の瞬間には既に歩き出す。あっという間にその後姿は闇夜の中へと消えていく。言うだけ言ってスバルへの引継ぎを全部ノーヴェに押し付けた形である。相変わらず自分勝手というかフリーダムというか、何物にも縛られない生き方をしている御仁だ。

大きな後姿が見えなくなるまで見送ってから、改めて気絶している“自称覇王”の少女に身体ごと向き直る。

「……何考えてるのか知らないけど、喧嘩する相手くらい選べよ……」

一応、かつての自分もソルと敵対していたので、多少の同情はしてあげるノーヴェであった。










背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO1 覇王、窮地に立つ










「目障りなガキだ……潰すぞ?」

爆音と共に足元から巨大な火柱を発生させ、それによって男性の後頭部で結った長い髪が跳ね上がる。

紡がれた言葉が冗談ではなく本気だということを証明するかの如く、殺気が放たれた。

跳躍し、全身に炎を纏わせ上空からこちらに向かって拳を振りかぶる男性――ソル=バッドガイ。膨大にして灼熱の魔力は絶大な破壊力を秘めていると理解し、慌てて後方へ退く。

次の瞬間、路面に炎の拳が叩き付けられ、同時に眼を灼く光と爆風が発生し身体ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと無様に舗装された道路を転がる。

起き上がって周囲を見渡すと、辺り一面が一瞬で火の海になっていた。何かが焦げたような異臭と、赤々と燃える炎から吹き上がる黒々とした煙、肌が爛れてしまいそうな凄まじい熱。紅蓮に舐められて蝋燭のように融けていくガードレール、赤熱化した道路、根元からへし折れて吹き飛ばされた街灯、それらは全てたった一撃の拳によってもたらされたものだ。

殺傷設定の魔法。相手を無傷で倒す為に使用される非殺傷設定の魔法ではない、文字通りの意味で相手を殺傷する為の攻撃にして、純然たる敵対の証。

避けていなければ確実に死んでいた。

火の海の中から紅蓮の炎に自らを焦がしながら悠然と歩いてくる男性が、本当に自分を殺そうとしている事実を噛み締めると、今まで軽はずみな言動を後悔するが、もう遅い。眼の前の人物は、自分を許しもしないし逃がしもしないだろう。

見えない刃のように容赦無くぶつけられる殺気。それをそのまま具現化したかのような炎。これから踏み潰す害虫を見るような冷たい光を放つ真紅の瞳。

彼が一歩こちらに踏み出してくる度に、死が近づいてくる。カウントダウンは始まっていた。一定のリズムを刻む“死の足音”が鼓膜を叩く。



――殺される。



「ひっ」

小さな悲鳴が、口から零れ出た。

心が軋む。今にもバラバラになって砕けてしまいそうだ。鳥肌が立ち、全身がガタガタと小刻みに震える。周囲の気温は異常に上昇しており暑さと熱さで倒れてしまいそうなのに、まるで身体は爪先から頭の頂点まで氷漬けにされてしまったような寒気に襲われる。

呼吸が出来ない、息が苦しい。今すぐにでも背を向けて逃げ出したいのに、足は意思に反して根が張ったように動いてくれない。

怖い。

初めて味わう死への恐怖。心の中で逃げなければと叫ぶ自分と、逃げても無駄だと悟り諦める自分が鬩ぎ合う。

恐怖で思考が働かない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。様々なことが浮かんでは消えていく。夜になると格闘技の実力者にストリートファイトをけし掛けては打ち倒していたこと、己の存在理由である覇王流のこと、先祖である『彼』――『ハイディ・E・S・イングヴァルト』のこと、『彼』の記憶の断片から視た『彼女』――聖王女『オリヴィエ』のこと……

気が付けばいつの間にか、眼前に仁王立ちしたソルがこちらを見下ろしている。その様はまるで、こちらを今にも丸呑みしようと睥睨してくる強大なドラゴンのようだ。

「なんだよ。ヴィヴィオのこと知ってるからどんな野郎かと思えば、ただのガキじゃねぇか……マジで下らねぇな、テメェ」

――下らない。

出会い頭、覇王を自称している、と言った時も同じことを言われた。まるで何一つ関心など無さそうに。実際に『興味無ぇな』とも言っていたのでその言葉は嘘ではないのだろう。あの時聖王のクローンに関して口走らなければ、こんな事態には陥っていなかった筈だ。

「失せろ、目障りなんだよ」

一瞬後には彼の踵が自身の腹に突き刺さり、とんでもない勢いでぶっ飛ばされた。ガードレールに背中から激突し、ひしゃげたガードレールに抱かれながら路面を滑っていく。

「う、ぐっ、おえぇぇ……」

そして胃の中のものを吐き出しながら、アインハルト・ストラトスは意識を失い――





目が覚めると、

「よう。やっと起きたか」

知らない女性が明るい口調で声を掛けてきた。

「あの、此処は?」

知らない天井、知らないベッド、知らない部屋、そして知らない赤髪の女性。分からないことだらけで混乱する。自分は確かさっきまで――

「まず名乗っとく。アタシはノーヴェ、ノーヴェ・ナカジマ。此処はアタシの姉貴の部屋で、なんでお前が此処に居るかっつーと、昨日の夜にアタシと姉貴が担ぎ込んだからだ」

「担ぎ、込まれた……!?」

言葉として口に出してからついさっきまでのことを思い出す。思い出してから自身の状態を確認する。手足の感覚はちゃんとあるし身体もしっかり動く。服装だけがサイズの合わない寝巻き姿であったが、そんなことは些細なことだ。

「生き、てる……生きてる、生きてる!!」

生の実感を噛み締めながら歓喜の涙を零すのであった。










(泣いちゃったよこの娘……そりゃそうだよなぁ)

まあ無理もない話ではある。どんな極悪犯罪者であってもソルを前にすれば泣いて命乞いをするという事実を知っているだけに――というか命乞いしたことあるので――少女に対して妙な親近感が沸いてくる。

現在は『街のデバイス屋さん』だが、昔の彼は実際に犯罪者をぶっ殺して回る賞金稼ぎで、賞金首の生首を換金所に持っていくなど日常茶飯事。命乞いをしてきた犯罪者の首を情け容赦無く斬り落とし、灰すら残さず蒸発させた連中の数などイチイチ覚えていないと言う。

ソル曰く『今まで捨てたゴミの数を覚えとく趣味は無ぇな』とのこと。アインの話によると、組織ごと潰す(皆殺し)機会が多かったので軽く四桁は超えているらしい。

そう考えると、どんな理由があるにせよ殺人は最大の禁忌、とする管理局法は彼と非常に相性が悪いものと思える。よくこれまで十数年の間一人も死者が出なかったものである……代わりに心的外傷を抱えて社会復帰不可能な『死に損ない』は出まくったが。

「よしよし、怖かっただろう。もう怖くないから安心しろよ」

少女の頭を抱えるよう左手を後頭部に添えて撫で、右手で背中をさすってあげる。暫くそのままでいると、やがて落ち着いてきたのか少女はノーヴェから離れ、ペコリと頭を下げた。

「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。私はアインハルト・ストラトス、ザンクトヒルデ魔法学院に通う中等生です」

「おう。アタシはさっきも言ったがノーヴェ・ナカジマだ。ノーヴェでいいぞ」

丁寧な口調で自己紹介してくるアインハルトにノーヴェも快活に応える。

「それで、あの、色々と教えてほしいのですが、私は昨夜どうなったのでしょうか?」

窓の外から燦々と降り注ぐ太陽の光を一瞥してから質問してくる少女に、ノーヴェはどうやって返答すべきか悩んでいると、タイミング良く部屋のドアが開き、二人の人物が入室してきた。普段着姿のスバルとティアナだ。

「あら? 先生に喧嘩売って返り討ちにされたって聞いたけど思ったより元気そうね。ちゃんと手加減してたみたいで良かったじゃない、スバル」

「元気そうで本当に良かったよ。あの人、身内以外には信じられない程容赦無いから、私心配で心配で」

胸の前で腕を組みクスクス笑うティアナと、安堵の溜息を吐いてへたり込むスバル。そんな二人を眼にして、というかティアナに注目したままアインハルトが思わず口を開く。

「あ、あなたは、ソル=バッドガイの弟子の――」

「もしかして去年の大会見てアタシのこと知ってる? だとしたらその通りよ。ティアナ・ランスター、管理局で執務官をやってるわ」

やっぱり知れ渡ってるわよね~、と言わんばかりに困った表情で肩を竦めるティアナの隣で、急に元気になったスバルが立ち上がって自己紹介する。

「私はスバル・ナカジマ! ノーヴェのお姉ちゃんで、ティアとは訓練校時代から親友なんだ。ティアと同じでソルさんに戦い方を教わったこともあるんだよ」

アンタとは腐れ縁よ! お姉ちゃんって言い方やめろ! と恥ずかしそうに抗議の声を上げるティアナとノーヴェを無視し、スバルはアインハルトのすぐ傍まで歩み寄ると彼女の頭に手を置き、優しい表情で笑う。

「でも本当に良かった。ソルさんから『通り魔を潰した』って連絡があった時は死者か廃人が出たって本気で思ってたし。生きてて良かったね? ソルさんと戦った敵って基本的に精神病院か集中治療室か天国行きだから」

本当に洒落になっていないことを朗らかに笑いながら言うスバルの発言にアインハルトが凍りつくが、当の本人は全く気が付いた様子がない。ノーヴェとティアナは内心で、やめろバカ! 空気読め! と罵った。

とにかく、もうその話はいいからご飯にしようということになり、四人は少し遅い朝食を摂ることにした。





食後、食器の後片付けを終えると本格的な事情聴取へ移る。

「じゃあ、改めて今回の件に関して話を聞かせてもらっていいわね? アインハルト」

優しい年上のお姉さんからキリッとした仕事の出来る女執務官へシフトチェンジしたティアナの言葉に、少女は素直に頷く。

スバルとノーヴェも黙ったまま二人のやり取りを見守ることにした。

「まず最初に、あなたが最近噂の“自称覇王”の通り魔で、格闘技の実力者に野試合を申し込んでは叩きのめしていた、これに間違いないわね?」

「はい」

「なら次。あなたは昨日の夜に先せ、ゴホン、ソル=バッドガイと接触を図った時、彼に対して『聖王・オリヴィエのクローンの義父』という言い方をしたのは本当?」

「間違いありません」

瞬間、ティアナの眼がすぅーと細まり、視線が鋭くなって纏う気配が変わる。明らかに緊張感が高まり、空気が硬く重いものとなった。

「その情報、何処で手に入れたの?」

黙秘は許さない、と有無を言わせぬ口調で問い詰める執務官の顔に、少女は僅かに怯えたがゆっくりと応える。

「噂を聞いたんです」

「噂?」

「はい。現代に聖王と冥王が蘇った、聖王教会のシスターから『陛下』と呼ばれ慕われる人物が居る、冥王は教会の何処かに隠されている、などといったものです」

それを聞いて、ティアナが片手で額を押さえて頭痛を堪えるような表情になり、すぐ傍でノーヴェが頭突きをする勢いでガンッ! とテーブルに突っ伏し、スバルが派手な音を立てて椅子から転げ落ちた。三人のリアクションによって緊張感が一気にぶっ飛ぶ。

――まさか身内の不手際による情報漏洩か?

聖王教会に引き取られた四人――セイン、ディード、オットー、セッテの顔が浮かんでは消えていく。確かヴィヴィオのことを『陛下』と呼んでいるのは四人の内セインを除いた三人だった筈。

ティアナの顔が蒼白になり、スバルは全身からダラダラと冷や汗を流し、ノーヴェの口からエクトプラズマがでろでろ出てきた。

「つ、次。何故そこで“背徳の炎”であるソル=バッドガイが聖王や冥王に絡んでくるのかしら?」

内心の動揺を隠すことが出来ていないティアナが震えた口調で続けて問えば、アインハルトは一度瞼を閉じてから思い出すように言う。

「噂を聞いて居ても立ってもいられず、教会に足を運んだ時にたまたま眼にしたのです。ソル=バッドガイ氏と異世界のスポーツを楽しむ数人のシスターと、そして虹彩異色の女の子を」

要するにその時の会話を盗み聞きしたことによって、今回の事の発端になってしまったのだろう。壁に耳あり障子に目あり、という地球のことわざをそのまま顕したかのような事態だ。そもそも彼らの普段からの言動自体が結構迂闊な部分がある、というのも原因の一つだと言えなくもない。

ちなみに後でセインからこのことについて詳しく聞くと、この時やっていたスポーツというのは超次元バトルキャッチボールという常人には理解し難い謎のゲームだと言う。例によって例の如く仕事を抜け出したセインと遊び相手を探していたウェンディが暇潰しにソルの家に行き、仕事が休みでくつろいでいたソルとアギトを半ば強引に遊びに誘ってあっちこっちブラブラしていたら、なんやかんやあって聖王教会でキャッチボールをすることになり、ついでに他のシスター連中やイクスの見舞いに来たヴィヴィオなどが混ざることになって、バトル展開に突入して相手のミットにボールをシュウウウウウッ、超エキサイティンッ!! ってな感じらしい……一体どういうことなのだろうか? 全く以って訳が分からない。単に説明する気が無いのかセインに伝達力が無いのか判別が難しいところである。

「だからって旦那に喧嘩売るこたぇねーだろ。去年の魔法戦技大会を見たってんならあの人がどんだけヤバイか一目見て分かんねぇか? それともお前アレか? 大会優勝して名実共に次元世界最強の旦那に自分が何処まで通用するか試したかった口か?」

腕を組み、呆れながら問題児を諭す学校の先生みたいな態度でノーヴェが尋ねてみると、少女は「うぐっ」と言葉に詰まる。なんとも分かり易い反応だ。嘘が吐けない素直な性格の娘なのだろう。

「あのさ、私からも質問いいかな?」

小さく挙手しながら口を開くスバル。

「そもそもなんで覇王って名乗ってるの? 覇王って古代ベルカの覇王のことでしょ? それってアインハルトにとってどういう意味があるの?」

彼女が何気なく問い掛ける内容は少女にとって核心を突く質問だったらしく、暫しの間躊躇する素振りを見せたが、やがて真剣な表情になると意を決したのかポツポツと語り始めた。

曰く、自分は『覇王イングヴァルト』の末裔であり、その血を色濃く受け継いでいるが故に『彼』の身体資質――碧銀の髪や虹彩異色――だけではなく本人の記憶も僅かに受け継いでいること。

自身の中の『彼』の記憶が、当時の『彼』の想いまでも蘇らせていること。

救えなかった相手(聖王女オリヴィエ)と守れなかった国。悲哀、後悔、無念、そういった自分のものではない数百年分の感情に悩まされる日々。しかし、その想いをぶつける相手はもう存在しない事実。

そんな風にして悶々と過ごす中、偶然耳にした王の噂。半信半疑ながらも現状に何か変化があればと縋る思いで教会に足を運び、そこで虹彩異色の少女と背徳の炎を眼にする。

接触せずにはいられなかった。

自身の中に眠る『彼』が叫ぶ。自分が弱かった所為で救えなかった、強くなかった所為で守れなかった『彼女』がそこに居る、と。

そして、最凶にして最悪と悪名高い男がそのすぐ傍に居る。

古代ベルカの血を受け継ぐ者としての本能だろうか。頭では無謀と理解していながら、本能的かつ衝動的にソルへ挑むことにしたこと。

今更ではあるが、我ながらどうしてあのような行動に至ってしまったのだろうか? 野試合を申し込むにしても喧嘩を売るにしても、もう少しスマートなやり方があった筈だ。

ただ単に強いから、というだけではない。思い返してみればそれはまるで、とてつもない何かに惹き付けられたような錯覚があった。例えてみれば誘蛾灯に群がる蛾にでもなってしまったかのような――

「……で、戦ってみた感想は?」

話し終えた後、一人考えて込んでしまった彼女にノーヴェが口を挟む。思考の海へと旅立っていた意識が戻ってくると、昨晩のことを思い出しながら語る。

「戦いにすらなりませんでした。気迫に圧倒されて、動けなくなって、殺されると本気で思いました」

そりゃそうだろ、と思う。半分本気で殺す気なんだから。

今回アインハルトがやったことというのは、言い換えてみれば繁殖期のドラゴンの卵にちょっかいを出したようなものだ。大切な卵に不審な輩が近付いて怒らない親ドラゴンは居ない。『敵』と認識されて襲われても文句は言えまい。

彼女の事情を聞き情状酌量の余地があると考えても、心情的にはどうしてもソル側になってしまうノーヴェ。

でも、だからといってこの少女を見捨てるのは嫌だった。自分でもよく分からないが、なんか見ていると危うい感じがするので味方になってあげたい。

どうしたもんかなと首を捻り思考を巡らせていると、ティアナが難しい表情で自身のあごに手を添えつつ言う。

「アインハルト。あなたの事情は分かったわ。けど、アタシはあなたにどうしても言わなければならないことがあるの」

「え? ティア、何? 急に改まって」

嫌な予感がしたのか震えた口調のスバルが隣のティアナの顔を窺う。アインハルトも同様に不安そうな表情だ。



「あなた、このままじゃ精神病院に叩き込まれてカウンセリング受けることになるわ」



…………………………………………………………………………………………はい?

スバル、ノーヴェ、アインハルトの口があんぐりと開いたまま塞がらない。

「ど、どうしてそういう結論に?」

驚きからいち早く復帰したスバルが問うと、ティアナは真顔で応答する。

「考えてもみなさい。今の話をそっくりそのまま先生に聞かせたとしたら、なんて返ってくると思う? 先祖の記憶を保有していることによってアインハルト本人の生活に悪影響があったり、ましてやアイデンティティを崩していると判断されたら、先生は間違いなくこの娘を精神病院にぶち込むわ。覇王の記憶がアインハルト・ストラトスという一個人の人格と、その記憶に振り回される周囲に害を振り撒くっていう理由でね」

「私は病人扱いですか!?」

「いくらなんでもそれは酷ぇぇっ!!」

驚愕と戸惑いの声を上げるアインハルトとノーヴェだったが、ソルと付き合いの長いスバルとしては「ソルさんならあり得るかも……」と一人納得すると同時に戦慄していた。

「だから、アタシ達がしなければならないのは病院送りの阻止よ。なんとしてでも今回は見逃してもらって、もう二度と覇王の記憶を発端とする行動はしないと誓う。それが出来なければアインハルトは塀の高い病院に連行されるわ、きっと」

精神病院送りというとんでもない未来予想図を前にして、碧銀の少女は完全に思考が停止してしまったのか蝋人形のように動きを止める。

「それでもダメだった場合はスバルを人身御供に捧げてこの場を離脱、ほとぼり冷めるまで逃亡生活よ」

「ちょっと待って! なんで私が当たり前のように生贄になってるの!?」

真っ先に火竜の餌食になることを決め付けられたスバルが抗議するが、ティアナは沈痛そうな顔をするだけだ。

「アンタの尊い犠牲は忘れない」

「ティアァァァァァ!! 私達ツートップで今まで頑張ってきたでしょ!? 見捨てないで!!」

「知らないわよ」

泣き縋るスバルを冷たくあしらう。だが彼女は持ち前のしつこさを以ってしてティアナに絡みつく。

「死ぬ時は一緒だよティアァァァ!」

「アンタと心中なんてごめんよ。っていうかくっつかないでくんない?」

「いっそのことティアを殺して私も死ぬ!!」

「死ぬなら勝手に一人で死んでよバカスバル……ってきゃああああああ!? ドサクサ紛れに何処触ってんのよ!? こんの、離せ!! 先生に焼かれる前に死ぬかこのボケ!!!」

「ウボァー!! あれ? 前に揉んだ時より少し大きくなってる気が――」

「シュトルムヴァイパーッ!!」

「ほげぇぇぇぇっ」

突然眼の前で始まる乱闘、と言うよりは顔を真っ赤にしたティアナが一方的にスバルに暴行を加えまくっている。ドッタンバッタンと暴れ回っている二人からとばっちりを受けない為にノーヴェはアインハルトを別室に退避させた。実に冷静な対処だ。

「放っておいていいんですか? 止めないと」

悲鳴と怒号が響いてくる隣室の惨状を目の当たりにしてアインハルトが顔を青褪めるが、ノーヴェは逆に問い返す。

「じゃあお前止めてみるか? ちなみに後二十秒もしない内に単なるじゃれ合いからガチの殴り合いに発展して、最終的には結界張ってからデバイス起動してのマジ喧嘩になるぞ」

アインハルトにとってスバルは初対面の為実力は知らないが、ティアナの実力は一年前の魔法戦技大会を見て知っている。考える間など置かず即答。

「遠慮しておきます」

「賢明な判断だ、と言いたいところだが、この騒ぎの発端を鑑みると言えねぇな」

ノーヴェの皮肉を聞いて少女は身を縮めるしかない。賢明な判断が出来ていたならば、ソルに喧嘩を吹っかけようとは誰も思わないだろう。

そんな時だ。

ピンポーン。

という間延びしたインターホンの音が室内に響き渡り、取っ組み合いをしていたスバルとティアナが動きを止め、ついに来たかとノーヴェが息を呑む。

昨夜ノーヴェに伝えた通りにソルがやって来たのだ。アインハルトを除いた三人は誰もが眉を顰めて苦虫を噛み潰したような表情になる。どうやら本気で腹を括るしかないらしい。

ピンポーン。

更にもう一度、さっさと開けろと言わんばかりにインターホンが鳴らされる。

「はいはい出ますよ」

溜息を一つ吐き、乱れた髪と服装を直すとティアナが玄関へ歩いていく。

それを見送って、ノーヴェは誰にも聞こえない程度の声量でポツリと呟いた。

「どうなることやら」

























インターホンを押しながらヴィータが振り返る。

「今ふと思ったんだが、ソル」

「んだよ?」

「昨日の夜、道のど真ん中で暴れたって話さ、ぶっ壊した道路とかって修繕しといたのか?」

「する訳無ぇだろ」

しれっと答えるソルに反応したのはアギトだった。

「え? 旦那直してないの? じゃあ器物破損とかでティアナに文句言われるんじゃない?」

「最悪、逮捕されるかもなー。愛弟子に逮捕される師匠とかマジ笑えるわ」

クケケケケケ、と小悪党のように笑うヴィータの脳天にゴキンッと肘を落として黙らせ、ソルはうっかりしていたと言わんばかりに顔を顰め、溜息を吐いた。

























後書き


っということで始まったViViD編です。ぶっちゃけ第一話は喧嘩売られるのがノーヴェからソルに変わっただけなんですが、此処から徐々に狂っていければと思っています。

え? もう狂ってますか? ……ふふふ……

今回のお話はほぼ九割がノーヴェの主観、残り一割がアインハルトの回想シーンという構成なのは読んで頂ければ分かりますよね。

ソル側の視点は、『空白期19 子育て奮闘記 子ども達の反抗期』のオマケの『if ViVid編』のまんまなのでそちらを読んでください。

ノーヴェは漫画版の方で主要キャラなので、これからもバンバン出てきます。むしろ主人公的もしくは準主人公的な立ち位置になるかも。

またSTS以降というのもあって世代交代的な意味もあり若手や他のナンバーズを主軸に話を展開していきたいと思っています。その為、STS編までの主要キャラであるなのは達の出番は減るかと。

まあ、なのは達は見えない部分、描写していない部分で毎日キャッキャウフフのイチャイチャしているとでも思ってください。そうしないと殴る壁が足りな(以下略)

逆にSTSで特に目立った動きをしてないキャラが目立ってくるかもしれません。

ちなみにサウンドステージXにはソル達はほとんど関わっていません。ほぼ原作の通りティアナとスバルとヴィヴィオ、それにナンバーズが事件に関わったけど“背徳の炎”の面子は誰一人として事件に介入せず、話を後日聞いた程度、くらいの認識です。

この物語はあくまで『“背徳の炎”と魔法少女』というタイトル通り『ソルとソルに影響された少女達』をコンセプトにしてますので、まあタイトルに偽りはないかと……

で、次は第二話になるんですが、その前にアギト視点での話を空白期2nd内に一つ入れようと思ってます。今回のお話にもある『アインハルトが教会に行ったらソルがシスター達とヴィヴィオとなんか異世界のスポーツやってる』という部分に当たります。

題して『烈火の剣精と背徳の炎』。

ではまた次回、なのですが、3月にヴィータちゃんで発売される魂生贄が楽しみ過ぎて来月中に更新出来るか不安です。キャラの名前はそのままGAHI!?でいくので、もしオンラインで出会ったら容赦無く生贄にするんで宜しくお願いします!!(代償魔法を使ってからくたばってねwww)

あ、あとついでに、まどマギオンラインも地味にやってます。課金は絶対にしないと誓った身なので装備とか凄くしょぼいんですが。こっちはデルタ部隊の天才ブロンドの名前でプレイしています。

では、今度こそまた次回!!!




[8608] 【番外編】 背徳の炎と魔法少女 烈火の剣精と背徳の炎
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:d5074e98
Date: 2013/04/06 19:28


「ハハ、ハハハ、ハハハハハハハハハハッ!!!」

狂ったように哄笑するのは、己とって掛け替えのない存在。融合騎である自分が長年捜し求めていたロードだ。

「会いたかった、ずっと会いたかった……闇の書事件の時にその姿を見て以来、今までずっと、ずっと会いたかったんだ!!!」

“今の自分達の状態”では否が応でも互いの感情がダイレクトに伝わってしまう。故にロードの言葉が嘘ではないことを理解する。ロードの心はずっと追い求めていた愛しい男の姿を見て、これ以上ない歓喜に包まれており、気を抜けば理性を飛ばしてしまいそうなくらいに興奮している。

ユニゾン。ベルカの失われた技術の中でも希少性の高い古の魔導。騎士と融合騎がその身と心を一つにすることによって普段とは比較にならない力を生み出すそれは、まさに鬼に金棒。たとえどんなに強大な敵が相手でも見事に打ち倒せる筈だ。

だが――

「笑ってられんのも今だけだぜ……こうなっちまったら、もう手加減なんて出来ねぇからな?」

自分達と相対するソレは、赤き異形。

噴火し続ける火山のように全身から紅蓮の炎を溢れ出し、琥珀色に輝く五つの眼でこちらを睨んでくる。頭部から突き出す翼の形をした二本の角、開いた口内に生え揃うはどの肉食獣よりも凶悪な牙、手足の鋭い鉤爪、全身を覆う硬い鱗、背中で羽ばたく一対の翼、腰から一本伸びた尾。

竜。人と同じように二足歩行であり、大きさも人と比べてそこまで大きい体躯ではないが、人間を遥かに凌駕し人智を超越した一つの生命だ。

竜が尾を振るい、既に融解し赤熱化していた大地に叩き付ける。尾を叩き付けられた大地は、血飛沫のようにマグマを周囲に飛び散らせ、喀血するように炎を天へと吹き上げた。

「手加減? その姿になってまでそんなつれないことを言うな。私とお前の仲だろう」

常人ならば視線を交わらせるだけでショック死してしまいそうなプレッシャーを放つ竜を前に、ロードは妖艶な笑みを浮かべ淫らに舌舐めずりをするだけだ。



――トチ狂ってる。



眼の前の竜が持つ絶対的な力を前にして、怯えるどころか更に興奮し情欲とも言える感情を抱くロードに対して、自分はドン引きすると同時に仕えるロードはどうしてこんなにアレなんだろうか? と答えが永遠に出ない難題にぶち当たっていた。

ともかく、ロードは完全にスイッチが入っていた。

「さあ行くぞソルッ! 十年以上待たせてしまったが、やっと感動の再会だ!! お前の全てを私に魅せてくれっ!!!」

「シグナム。日常生活では一番まともなのに、どうしてお前は俺との戦闘になるとこんなにクレイジーになれるんだ!?」

「お前を滅茶苦茶に○○(自主規制)したい程愛してるからに決まっているだろう!!!」

「……(愛が)ヘヴィだぜ」

飢えた獣のようにロードが咆哮し、竜が嘆息しながら嘆き、炎と炎が真正面から衝突し、大規模な爆発が発生した。










【番外編】 背徳の炎と魔法少女 烈火の剣精と背徳の炎










「はっ!」

我に返ると、視界にまず入ってきたのは見慣れた自室の天井だ。

いつもの自室である。状態としては、ベッドで寝ていたら何かとてつもない悪夢を垣間見たので飛び起きた、といったところか。

今何時? と思って枕元のデジタル時計に手を伸ばせば、そこには『11:29』と刻まれている。もうすぐお昼の時間になるようだ。カーテン越しに外から入ってくる日の光もかなり強く、室内は明るい。

(あれ? なんでアタシ、こんな時間まで寝てたんだ?)

普段のこの時間であれば、聖王教会で教会騎士達相手に古代ベルカ式魔法について教導の仕事をしていた筈。

今朝はいつもの早朝訓練があったので家族の皆と共に訓練をして、それから模擬戦をすることになって――

(シグナムとユニゾンした状態で完全解放の旦那に挑んで、そっから何一つ思い出せねぇ。記憶がぷっつり途切れてる……ってことはそういうことか)

覚醒した意識は徐々に事の発端を明確に思い出させてくれた。

『ソル、模擬戦をしよう、模擬戦♪』

飼い主に散歩をねだる子犬のような態度のシグナムが、アタシの首根っこを掴みながら旦那に近寄った。

『あー、じゃんけんで勝ったらいいぞ』

『蛇ん剣チョキ!!』

『せめてハサミの形を見せろ!』

レヴァンティンをシュランゲフォルム――鞭状の連結刃にしていきなり旦那に襲い掛かるシグナム。旦那はなかなか鋭い突っ込みを返しながら封炎剣で連結刃を防ぐ。

金属と金属がぶつかり合う轟音が響き、火花が散り、態勢を整える為に旦那が大きくバックステップを踏んで間合いが離れる。

『この野郎……そっちがそう来るんなら最大級のグーを食らわせてやるよ』

拳を固める旦那。どんなに強いパーが相手だろうとこの人ならいとも容易くぶち抜きそうだなと思うアタシの傍で、シグナムは嬉しそうに笑う。

『ふふふ、今日こそ完全解放させてやるぞ』

旦那の切り札であるドラゴンインストール。自身に内在するギアの力を封印から解き放つそれは、大きく分けて二種類存在する。

一つは人の姿を保ったままのドラゴンストール。額に装着しているヘッドギア――ギア細胞抑制装置を外さないので本来の力の50%程度しかないが、大抵の奴はこれで十分対応可能だ。50%なので便宜上、ハーフ、と読んでいる時があったりなかったり。

そしてもう一つが完全解放。ヘッドギアを外すので文字通りの意味でギアの力が完全に解放される。こうなると人の姿が保てなくなり竜人のような外見となって、実力も剣の一振りで街が消し飛ぶレベルだ。はっきり言って生き物としてのレベルが違い過ぎて、アタシはこの状態の旦那に勝てる存在が居るとは思えない。

シグナムが望むのはソルを完全解放させること。ハーフの時ですら負け越してる癖に何を言ってるんだと思うのだが、彼女はいつだって真剣なので余計な茶々は入れられない。

んで、ボッコボコにされながらもなんとか旦那を完全解放させることに成功――半分以上お情けで――したのはいいんだが、そこから先が全く思い出せない。思い出そうとすると頭痛がするので、きっと脳が思い出すのを拒否してるんだ。どんだけ酷い目に遭ったのか。

思い出せないものはしょうがないのでベッドから這い出し、普段着に着替えて部屋を出る。

2階の自室から1階の洗面所まで移動すると手早く顔を洗って意識をしゃっきりさせ、歯を磨いてからダイニングへ。

「おう。起きたか」

部屋に居たのは音楽雑誌を読みながらソファにふんぞり返ってる旦那だけで、他は誰も居ない。

「何があったか覚えてるか? それと、身体がだるいとか何処か痛いとか頭が重いとか気分が悪いとか、もう二度とシグナムとユニゾンしたくないとかあるか?」

「覚えてるとは言い難いけど、旦那が模擬戦で完全解放したとこまでは覚えてる。体調は、平気。何処もおかしくない」

確認するような問いに対し正直に返答すると、旦那は肩を竦めて言った。

「上出来だ。一応看病頼まれたが、必要無さそうで何よりだ。今日は一日、大事取って仕事休んどけ」

「旦那がそう言うんならありがたく休ませてもらうけど、シグナムは?」

自分がさっきまで目を覚まさなかったのだから、きっと彼女もそうなんだろうと勝手に思っていたが、続いて紡がれた言葉に耳を疑う破目に。

「あいつは今まで寝てたお前と違って普通に仕事だ。鼻歌交じりにスキップしながら家出たぞ」

「アタシのロード滅茶苦茶タフだった!? しかも超ご機嫌じゃん!!」

「まあ慣れだろ」

「慣れって……」

「お前もあと三、四年すれば俺の炎に慣れてくるだろ。あんま気にすんな」

「え? なんで慰められてるの? アタシって今落ち込んでるように見えた?」

とりあえず今日は仕事が休みで元々休みの旦那と家の中で二人きり、という状況らしい。この家に転がり込んできた最初の頃は結構緊張したものだが、現在はすっかり慣れたもので変に気を張ったり遣ったりする必要も無い。むしろ突然振って沸いた休日にどうやって過ごそうか思案する。

旦那は会話が終わったと見るや否や、視線を手にしている音楽雑誌に向ける作業に戻っていた。素っ気無い態度に映るものの、これは単に『俺のことは気にするな』という意思表示でもある。例えばアタシが『遊びに行ってきます』と言い出しても『いってらっしゃい』で終わるだろう。

それにしても、だ。急に『今日はお仕事休み』と言われても仕事が嫌いという訳では無い為、今日一日をどう過ごそうか悩んでしまうのが本音である。何か良い暇潰しでもないものか。

いっそのこと何かイベントが起きるか誰か遊びにでも誘ってくれないか、と思っていたら――



ピンポーン。



計ったかのようなタイミングでインターホンが鳴った。

「アタシが――」

「いや、俺が出る。下らんセールスや勧誘の類だったら二度と訪問してこないようにしてやる」

玄関に向けて一歩踏み出したのを制するように、旦那がゆらりと立ち上がりダイニングを出ていく。

なんとなくそのまま待っていると、一分もせず旦那は戻ってきた。おまけに背後に二人の人物を引き連れて。

「お前に客だ」

「客って、セインにウェンディじゃんか」

「なーんスかそのつれない言い回し? わざわざお見舞いに来たってのにー」

「まあ、お見舞いっつーかただの暇潰しなんだけどね」

ぷーっと子どもっぽく頬を膨らませるウェンディと、手をヒラヒラさせながらぶっちゃけるシスター服のセイン。暇人の二人は誰かから朝の件を聞いているのか、一応「完全解放の旦那と戦うなんて無茶しちゃダメっスよ」とか「怪我とかしてないの?」とか声を掛けてくれた。

そして、アタシが元気だということが分かると、手の平を返したようにアタシから旦那に向き直り――

「旦那、お腹空いたー」

「昼ご飯食べさせてくださいっス」

「帰れテメェら!!!」

勝手なことをほざいて怒鳴られるのであった。しかし暇潰しに家に来訪した暇人共は旦那の大声にビビることなく、むしろ更に喧しく喚くだけである。

駄々っ子が突然生まれたようなもので、相手にするのも馬鹿らしいと感じたのか、旦那は二人からアタシに視線を移すと口を開く。

「こいつらの飯はどうでもいいが、お前はまだ食ってねぇだろ。なんか軽く作るか?」

言われて気が付く。そういえば時間は昼飯時だ。しかもアタシは今まで寝てたから朝飯すら食べてない。自覚すると腹が減ってきた気がする。そして空腹を証明するように『ぐぅぅぅ』と盛大に腹の虫が鳴く。

羞恥で顔を真っ赤にしたアタシのことをセインとウェンディが指を差して笑った瞬間、黙れと言わんばかりに旦那が手にしていた音楽雑誌で二人の頭を引っ叩く。それから旦那はクツクツ笑いながらアタシの頭に手を置いて「飯にするか」と言った。





「旦那の熱くて濃いぃのが、口の中に……」

「まるで舌を陵辱されてるみたいっス」

「黙って食えねぇんなら食うな……!!」

「すいません! 凄く美味しいんで調子に乗りました!!」

「黙って食うんでお代わり欲しいっス」

「ったく」

旦那が用意してくれたは中華料理の麻婆豆腐だった。しかも珍しいことに出前ではなく旦那の手料理である。旦那の手料理と聞くと誰もが「あの人って料理出来るキャラじゃなさそうなんだが……」と言い出すが、本人からすれば「料理なんて化学の実験と同じだ。レシピ通り作りゃいいんだよ」とのこと。実に元科学者らしい台詞である。

赤唐辛子と山椒の辛さが絶妙でご飯がいくらでもお代わり出来そうだ。食い意地が張っているセインとウェンディは勿論のこと、アタシもあまりに美味しくて三杯もお代わりしてしまった。

「お前ら、俺が料理作ったなんて他の連中に言いふらすんじゃねぇぞ」

「あ、ごめん。さっき写メ撮って呟いといた。『旦那がアタシらの為に飯作ってくれた! しかもスゲーまいうー!!』って」

食い終わったセインが爪楊枝でシーシーしながら応じると、旦那は忌々しいとばかりに舌打ちしてセインを睨む。あの顔は「面倒臭ぇことしてくれやがってこのクソガキ。ついでに、爪楊枝使うなら口元を隠せ」って顔だ。こめかみがヒクヒクしてる。

料理がそれなりに出来る癖して面倒臭がり屋な性格故に普段は全然作ってくれないので、旦那の手料理というのはかなりレアな代物だ。年に数回、あるか無いかという頻度。そりゃ誰だって食ったら自慢したくなる。かく言うアタシも皆が帰ってきたら自慢するつもりだったし。

ちなみに当の本人は「俺が作ってまともに食える料理なんて麻婆豆腐と麻婆茄子と麻婆春雨と麻婆ラーメンと麻婆カレーくらいだぞ」とのことだが――どんだけ麻婆が好きなんだ――翠屋を手伝っていた時期もあるので実はケーキとかお菓子の類も作れたりする。まあ、甘いもの好きじゃないからたまに女性陣を手伝う程度しかしないが。

「さてと、後片付けするっスかねぇ」

「ういうい」

ウェンディがおもむろに立ち上がり皿を重ね始めると、セインも腕捲りをして皿洗いの準備に入る。こいつらの食欲は大概だが、食い終わった後は率先して後片付けをしてくれる点は評価してもいいと思う。

「じゃ、アタシは茶でも入れますか。旦那は何がいい?」

「コーヒー。ブラックで」

「了解。お前らは?」

「アタシは毒持ってる昆虫みたいな色したトロピカルジュース!」

「ココナッツジュースを要求するっス! 果実にストロー差して飲むアレ!」

「無ぇよ!」

「南国行け!!」

アタシと旦那の突っ込みが綺麗に重なった。





後片付けをセインとウェンディが終えるとコーヒーが出来上がったので、四人で食後のコーヒーを飲みながらまったりしていたら、

「腹ごしらえも終わったことだし、遊びに行きますか」

そう口火を切ったのはセインである。最初からそのつもりだったのだろう。隣に座るウェンディもうんうん頷いていた。

なんとなく旦那の表情を窺うと、その眼は「お前の好きにしろ」と無言で言っていた。どうやら決定権はアタシにあって、一応とは言え看病を頼まれた旦那の立場としては同伴してくれるようだ。

「どっか行く当てあんのか?」

「え? 無いよ」

質問すれば清々しいくらいに無計画で行き当たりばったりな答えを寄越してくれるもんである。遊びに行くにしても色々とあるんだから予め候補を用意しておけと言いたかったが、こいつらから遊びに誘われるのは初めてではないし、行き当たりばったりはいつものことの為、諦めるとしよう。

「ま、決まったら言え」

何処へ行くのかを完全にアタシに丸投げした旦那が、地球から持ってきたテレビの電源を入れる。薄型の液晶画面が映像を映し出す。テレビにはワールド・ベースボール・クラシックの試合がもうすぐ始まるとかなんとかで、野球ファンが大量に詰め込まれたスタジアムの光景が見受けられる。

「そういや、こういう試合を生で見たことってないなー」

気が付けばポツリと零していた独り言。アタシらがよく眼にする試合っていうのは、基本的に模擬戦であってスポーツ観戦じゃない。特に魔法文明が発展したミッドチルダは魔法が無い文明の地球と違い、こういうスポーツはあまり多くないし、あったとしても魔法を使うことが前提になってたりする。地球のような魔力を用いないスポーツはむしろ珍しいだろう。

それにいち早く反応したのはやはりと言うか何と言うか、セインとウェンディの二人だった。

「じゃあ行こう、今行こう、この野球の試合を見に行こう!!」

「出発っス!!」

決断早ぇよ。










そして、約三時間後。アタシらは地球でWBCの観戦を終えてミッドチルダに戻ってきた。

「やっぱ生はテレビで見るのと大違いだな」

「面白かったっスねー」

「いやー、アニメとか漫画とかゲームとかもそうだけど、やっぱ地球の文化は良いよ」

「……」

アタシの意見に同意を示す二人。旦那は無言だが、この人はスタジアムに入ってから今までずっとビールを飲みまくっていたから単に酔ってきているだけだと思う。常々思っているのだが、どうして地球暮らしが長い連中が試合観戦する時は必ず酒を飲みながらなのだろうか? 他のお客さんも試合中に酒買って飲んでたし。そういう文化なのか?

「これからどうする? アタシちょっと野球やってみたいんだけど」

「あ、アタシもっス」

「実はアタシも」

セインがバットを素振りするような動きを見せるので、ウェンディと一緒に素直な気持ちを吐き出す。試合を生で見た所為か、ちょっとボールを投げたりバットで打ちたかったりするのだ。端的に言って、身体を動かしたい。

「野球やるには人数が足りてねぇよ。四人じゃ、精々キャッチボールだろ」

此処で今まで黙って飲兵衛に徹していた旦那が発言する。というか、当たり前のように自分のことを数に入れているあたり、旦那も少し身体を動かしたいのかな?

確か、旦那は地球で言うところのアメリカ人だ。アメリカでスポーツと言えばやはり野球かバスケ、と多くの人は声高々に宣言するだろう。文句など何一つ言わずWBCの観戦に同伴したのも、そこらへんが起因しているのかも。普段はあんまりそういう感じじゃないけど。

「じゃあキャッチボールやろ、キャッチボール。道具はバリアジャケットの要領で生成すればわざわざ買わなくていいしさ。場所はウチ(聖王教会)で、あそこなら広いし誰にも迷惑掛からないよ」

こうしてキャッチボールをすることになった。





「オラァッ!」

「ふぐぉっ」

「くたばれ!」

「ぎゃあああああああっス!!」

プロの野球選手すら惚れ惚れする程美しい投球フォーム。旦那が気合の篭った声を上げながら白球を投げる度、セインとウェンディが悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく。

まるで日頃の鬱憤を晴らすかのように、超ドSな笑みを浮かべて「ちゃんと捕球しろこのクソッタレ共。やる気無ぇなら殺すぞ」と告げては剛速球を投げる姿が、どんな鬼畜よりも鬼畜に見えた。

(……アタシの知ってるキャッチボールと違う)

「何寝てやがんだ、立て貧弱共。根性見せろ」

「畜生、好き放題言いやがって!」

「今にギャフンと言わせてやるっス!」

(しかもこいつらはこいつらで全然めげないのね)

立ち上がっては果敢にボールを投げ返す二人。よくもまあ、白いレーザービームみたいな剛速球を真正面から受け止めようと思うもんだ。ボールがグローブに収まった時に聞こえる音が、まるで戦車砲を発射したかのような轟音である時点で色々と間違っている。普通に人をひき肉に出来るレベルだ。

しかし、やがて二人は慣れてきたのか、まともに受け止められるようになってきていた。常識的に考えておかしいだろと言いたくなるくらいの成長の早さだが、よくよく考えてみれば二人共戦闘機人だから常識的に考えること自体が間違っていることに気付く。

ちなみに旦那達は、魔法を一切使っていない。あくまで身体能力のみでボールを投げては捕球している。アタシはそこまで肉体的にモンスターじゃないので、旦那の白い破壊光線を一目見てすぐさま「痛い、イタタタ、お腹痛い」と迫真の演技を経て見学することになった。魔法無しで誰があんなものまともに受けられるか。腹に拳大の風穴空くわ。

「よし、次変化球投げるぞ」

「えー、やっと慣れてきたばっかだからもうちょっと普通のストレート投げてよ」

「右に同じっス」

「む。じゃあもう少しストレート投げるか」

旦那が大きく振りかぶり、ヒュゴッ、と空気を切り裂いて白球が真っ直ぐすっ飛んでってバァァァン!! と腹に響く音を伴ってグローブに収まる。一体時速何百キロ出ているんだろうか? ボールが上を通った後の芝生が、衝撃波か何かで抉れて土が顔を出してるんですけど。

そんなこんなでキャッチボールという名の危険な何かを楽しんでいると――

「パパ達何してるのー? 面白そうだから混ぜて!」

明るいソプラノボイスが聞こえてきたので振り返れば、大きく手を振りながらこちらに向かって元気一杯に走り寄ってくるヴィヴィオの姿が。学生鞄を背負っているので学校帰りに聖王教会に寄ったのだろう。

彼女は速度を落とさず走る勢いをそのままに跳躍し、旦那の胸に飛び込んだ。旦那は足元にグローブとボールを投げ捨てヴィヴィオを優しく抱き留めつつ、飛びつかれた勢いを殺すようにその場でくるくると回ってから、赤子に『高い高い』をするように小さな身体を掲げる。

ヴィヴィオから少し遅れる形でディード、オットー、セッテがやって来た。仲が大変よろしい親子に微笑ましそうな視線を注いだ後、三人揃ってアタシに向かって会釈。アタシも軽く片手を上げて「よっ」と応じた。

「ようヴィヴィオ。どうした?」

「学校終わった後のイクスのお見舞い。で、パパとアギトが来てるって聞いたから。何してたの?」

「キャッチボール……に似た何か、か?」

やってる本人すら何をやっているのかよく分かってないみたいだが、ヴィヴィオは「皆で一緒にやる!」と眼をキラキラさせて言うもんだから、旦那は肩を竦めて微笑むと一旦ヴィヴィオを下ろしその頭をわしわし撫でる。

「グローブは本物の道具じゃなくてバリアジャケットと同じ魔力で構成したもんだが、出来るか?」

「うん、大丈夫」

言われた通り、手早く魔力を編んでグローブを構成し左手に装着する。上出来だ、と旦那が褒め、さっき足元に転がしたグローブとボールを拾い、ヴィヴィオから距離を取った。

それからはヴィヴィオとディードとオットーとセッテの四人を加え、皆で大きな円を描くようにしてボールを回す。此処で重要なのが、旦那の投球が今までやっていた殺人投球ではなくなり、至って普通のキャッチボールになっていること。流石の旦那も愛娘には砲弾のようなボールは放れないらしい。漸くまともなキャッチボールになってくれたことに安堵しつつ、アタシも参加することにした。





「さあ来いヴィヴィオ! このセイン様に聖王ショットを投げてみろ!」

「聖王ショット?」

途中、セインが訳の分からないことを言い出して誰もが首を傾げる。どうやら最初の方で旦那のバスターショットみたいな球を取れるようになったことで変な自信をつけたようだ。

「全力で投げてこい、という意味でしょう」

「頑張ってください陛下」

「凄い球を投げてセイン姉様をあっと言わせてあげましょう」

セッテ、ディード、オットーが煽る。そんな三人の様子にウェンディが何故か大笑いしており、セインは不敵な笑み。旦那は「やれやれだぜ」と溜息を吐く。アタシは一人苦笑い。

「よーし、じゃあいくよ!? 聖王ショット!!」

そしてセインに向かって全力投球するヴィヴィオだったが、案の定セインは事も無げに球を捕球し、これ見よがしにドヤ顔になる。

「まさか伝説とまで謳われた聖王ショットがこの程度とは……もっと強い球を投げれぬのか?」

何か妙ちくりんなことを語り始めるが、明らかに遊びというのがよく分かる。ヴィヴィオもヴィヴィオでノリ良く合わせると決めたのか、「今のナシ、本気じゃないもん! 次はもっと強いの投げるんだから!!」と仕切り直しを要求。

「ちっ、あのドヤ顔腹立ちます。陛下、セイン姉様の天狗の鼻をへし折ってあげましょう。ボールで物理的に」

「ファイトです陛下!!」

「ボールはどうします? キャッチした瞬間爆発するようにしておきましょうか?」

便乗するようにヴィヴィオを更に煽り立てるセッテ、ディード、オットー。なんか展開が最初の頃に戻ってきたぞ!?

「聖王ショットォォォォ!!」

「甘い、甘いぞヴィヴィオ! そんなことじゃメジャーデビューなんて夢のまた夢だぞ!?」

「メジャーデビューなんてしないよ!」

「なんて夢のないことを言う子どもなんでしょう。将来なりたいものとかないのか!!」

「えっと……」

「小さい頃から夢に向かって一生懸命努力しないと、大人になって『動画を見ながらピザが食べれるデブッ』みたいになるぞ」

「な、ならないもん! そんなパパとママが泣くような大人にならないもん!! 燃えろ私の中の聖王的な何か、伝説の聖王ショットを受けてみろ!!」

「ゲッツ!!」

その後も憤慨するヴィヴィオが渾身の力でボールを投げ続けるが、セインは余裕綽々の態度を崩さない。それがまた悔しいのか、ヴィヴィオは顔を真っ赤にしながら地団駄を踏みつつ「んがああああああ!! やり直しを要求する!!」と叫ぶ。

「……目標を確認。五分以内に殲滅します」

「私のツインブレイズが血を求めている」

そんな光景を見守っていたセッテとディードが、殺気が漲る眼で固有武装を展開しつつ、明らかに子ども相手に調子に乗り過ぎたセインを睨む。その横に位置するオットーも二人と同時に戦闘態勢に入ろうとしたが、あることに気付いて武装を解く。

この中で一番ヤバイ人が既に動いていたからだ。



「誰がニートだテメェ!!!」



怒り狂った竜の咆哮にも似た怒号と共に、おもむろにセインの背後に忍び寄った旦那が燃え盛る封炎剣をバットのようにフルスイング。

バゴッ、と鈍い音を立てて射出された弾道ミサイルの如き勢いで飛んでいき、瞬く間に青い空へと吸い込まれていき、ついにはキラッと光るお星様になってしまったセイン。

「テメェもだボケ」

「えええええええええええ!?」

誰もが唖然とする中、更に旦那はウェンディに向き直り封炎剣を振りかぶる。狙いを定められたウェンディは心外だとばかりに弁明を開始。

「なんでアタシまで!? セイン姉みたいにヴィヴィオのことおちょくってない――」

「でも笑ってただろ」

と一刀両断。確かに彼女はおちょくるようなことは何一つ言ってないが、セインの隣でのた打ち回るように笑い転げていた。

「いくら親しい仲で遊びの範囲内だろうが、いや、遊びの範囲内だからこそ、言っていいことと悪いことの線引きは必要だ」

「そ、そうっスね。笑うのはいくらなんでも不謹慎でした。申し訳無いっス。後でセイン姉をちゃんと叱っておくんで――」

「るせぇっ!!!」

喋っているのを遮る形で、問答無用でホームラン封炎剣バットをフルスイング。謝ってる最中なのにマジで容赦無いなこの人!!!

第二のお星様となったウェンディを見送った旦那の傍で、セッテとディードとオットーの三人が頭を垂れて跪き、まるで王に忠誠を誓う騎士のような態度で各々勝手なことを言う。

「流石はソル様。今しがたの手際の良さに、このセッテ、感服致しました」

「『ぶっ飛ばす』と心の中で思ったなら、その時既に行動は終わっているのですね」

「やはりソル様は封炎剣を振り回しセイン姉様達をど突く姿がよくお似合いです」

どうやら旦那に対する忠誠心や信頼度がアップしたらしい。しかし本人はとても嫌そうな顔をしてから三人に反応を示さず、ヴィヴィオの傍まで歩み寄ってポンッと頭の上に手を置いた。

「……まあ、あの馬鹿が言ってたことは一理ある。なんか将来なりたいもんとかねぇのか?」

「そういうの、あんまり深く考えたことない」

少し迷いながら口にするヴィヴィオに旦那は苦笑。

「誰だってハナッから自分の将来を明確にしてる奴なんざ居ねぇよ。だが、『なりたい自分』をガキの頃から想像するのは悪いことじゃねぇ」

「う~ん」

言われて考え込んでしまう少女に旦那は笑みを深めると、優しい口調で続けた。

「そう難しく考える必要はまだ無ぇ。いずれ答えを出さなきゃならんが、今はまだその時期じゃねぇし、いざとなったら女の子のヴィヴィオは嫁入りするって選択肢もあるしな」

「じゃあパパのお嫁さんになる」

「俺がなのは達にとても口には出せないような酷いことされるから却下だ。つーか、俺なんかより同い年の男子の方が良いだろ? 例えばクラスの男子とか」

「ええええー。だってウチのクラスの男子、パパみたいに筋骨隆々じゃないからタイプじゃないんだもん。せめて魔法無しの純粋な筋力だけでコンサート用グランドピアノ(約500㎏)を片手持ち出来る筋力がないと――」

「どういう基準でクラスの男子見てんだお前は!? それが出来んのはクイントみてぇに人間辞めてる奴だからな!!」

「ただの人間には興味がありません! 生体兵器、クローン、魔導プログラム体、妖怪、人間辞めてる人などが居たら私の所まで来てください!!」

「ただの人間に興味を持ってくれ頼むから!!!」

そんな風にしてほんわかな空気を作り出す二人を見ていると、なんだか癒し空間に入ったようでこっちまでほんわかした気分になってくる。

此処でこのまま終わってれば『イイハナシダナー』で閉幕となるのだが、そうは問屋が卸さず『イイハナシダッタノニナー』という流れになるのはアタシ達らしいというかなんというか……



「ちょっと聞かせてくれる? さっきこっちの方角から人間大砲が飛んできたんだけど、何か知ってる人は?」

「私もなのはちゃんと同じや。教導のお仕事してる時、『はやてさん、空から女の子が!!』ってなことになって私に激突したんやけど。ちなみに降ってきたのはウェンディやった」



魔王とヘルブリザードが現れたのである。

皆が皆、揃いも揃って動きを固め、突如現れた二人に視線を注ぐ。

なのはとはやて。二人共頭の上にたんこぶを作っており、こめかみに青筋を立てていた。

すっかり忘れていたのだが、旦那がセインとウェンディを吹っ飛ばした方角というのは、教会騎士の訓練所が存在する方向だった。そして今の時間は教導の真っ最中。

つまり、

「詳しくお話聞かせて欲しいなぁ。なんでセインが降ってきて私と頭ゴッツンコしたのか」

「まさか黙秘が許されるとは、思ってないやろ?」

本格的なバトルキャッチボールはむしろこれからが始まりだったのだ。










「……ってなことがあって、ほうほうの体で命からがら逃げてきた。最後の最後で散々だった」

陸揚げされた魚のような濁った瞳で、まな板の上の鯵を包丁で開きにしながら今日の出来事を語る。

アタシの隣で一緒に夕飯の支度をしながら話を聞いていたエプロン姿のシグナムは、美人で気品溢れる若奥様のような上品な笑みを零しつつ「災難だったな」と感想を述べた。

「災難だったな、じゃねーよ。完全に旦那のとばっちりだぞ? 死ぬかと思ったんだぞ!!」

ダンッ! と八つ当たりするように三尾目の鯵の頭を包丁で落とす。食料として捕らえられた哀れな鯵の頭が、流しの三角コーナーに転がり込み、そこから恨めしい視線を送ってくる。

一応補足しておくと、旦那はヴィヴィオとアタシを庇った上で逃がしてくれたが、あの後の乱闘にはしっかり巻き込まれたらしい。

んで、現状としては一足先に逃げ帰ってきてからアタシは今日の夕飯の当番だったシグナムをそのまま手伝うことにし、ヴィヴィオは自室で学校の宿題をしている。

「楽しそうじゃないか。混ぜて欲しいくらいだ」

「お前だったらそう言うよなぁー」

味噌汁の具材となる大根をトントンと小気味良い音を立てながら刻んでいくシグナムのリアクションに、アタシはもう怒りを通り越して呆れてしまう。

「どうしてアタシの周りに居る連中は、どいつもこいつもネジが外れてるんだ」

四尾目の鯵を開き終え、五尾目に取り掛かりつつ呟くと、突然シグナムが包丁を持っていない左手で口元を押さえながら吹き出した。

「何を今更っ、数年前のソルと同じことを言うんじゃない……!! ダメだ、耐え切れん、クハハハハハ!!!」

「つーか、旦那が一番ネジ外れてんだろが!!」

ツボに入ったのか、彼女は暫しの間料理の手を一旦止め、涙を浮かべつつ必死に笑いを堪えていたが、やがて満足したのか笑うのを止めて作業を再開する。

それから二人は黙って夕飯の支度に没頭していたが、不意にシグナムが思い出したように告げた。



「アギト」

「あ?」

「そんなネジが外れた連中に囲まれて、毎日を大騒ぎしながら過ごす。悪くはないだろう? 今が楽しくない訳では無いだろう?」

「そりゃ、まあ」

「だったら楽しめ。生きているからには楽しまなければ損だ。私達は、もう二度と道具として扱われることはないのだから。ソル達ギアや、戦闘機人達もそれは同じだ」

「……」

「だから、ソルに挑む私に無理して付き合い必要も無いぞ。アギトはあいつと戦うのは辛くないか?」

「何度も言うけど別に無理なんかしてねぇ! だいたいお前一人の力じゃいつまで経っても旦那を本気に出来なさそうだろ? つべこべ言ってんじゃねぇよ!」

「そんなことを言ってると、本当に地獄を見るまで付き合わせるぞ?」

「百も承知。それにアタシ、旦那と模擬戦するのが辛いなんて一言も言ってねーし」

「昼前まで寝込んで、記憶まで飛ばした奴がよく言う」

「うっせぇな、あれが普通だ! ピンピンしてるシグナムの方がおかしい!! アタシは融合騎としては至極まともなんだっつーの!!」

「そうだな。だがそんなおかしいロードと共に在ることを選んだお前も、相当おかしいと思うが」

「ほっとけ。アタシもこの家の、背徳の炎の一員だ。どっかおかしいのは当然だろうが!!!」



此処はやっと手に入れたアタシの大切な居場所。

それはとても居心地が良くて、楽しくて、幸せな気持ちにしてくれる。

やはりあの時の決断は間違っていなかったと思う。

シグナムをロードに選んで良かった。

皆と家族になれて、良かった。

だからお礼を言おうと思う。面と向かって言うのは恥ずかしいから、心の中でこっそりと。

ありがとう、って。

























全てをぶち壊すオマケ


「……シャッハ。知りたくないけど教えてください。外では何が起きてるんです?」

「シスター・シャンテの報告によると、この教会の敷地内で局所的に勃発した世界大戦です、騎士カリム」

「騎士達は?」

「ほぼ九割の騎士があの馬鹿げた乱闘に自ら参戦しています。その、教導官に似て誰も彼もが血の気が多く、止める手立てがありません」

「原因は何ですか?」

「詳細は分かりかねますが、どうやら地球のスポーツが原因らしいです」

「……」

「……」

「私は常々思っていたのですが、こういう問題が発生した時に事後処理しなければならない自分の立場に嫌気が差しています」

「と仰るその心は?」

「私も世界大戦に参戦します!」

「ダメですよそんなの!? あなたと私が居なくなったら誰が事後処理をすると思ってるんですか!!」

「やーだー!! もうやーだー!! これからはカリムも頭空っぽにして後先考えずに暴れ回るもん!!! ということで後はよろしく頼みますよ、シャッハ」

「……ぐっはぁ!? 幼児退行したと見せかけた不意打ちとは卑怯なりぃ……」

「ヒャッハーこれで私を阻む者は存在しないわ!! これで思う存分暴れることが出来る!! 私もたまには混ぜろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」



その後、諸事情により聖王教会は一週間程度、完全に機能を停止。

ちなみに後日発表されたことだが、教会の敷地内でのキャッチボールは全面的に禁止とされた。

























後書き


前回の予告通り、今回のお話はアギト視点の何気ない日常をお送りしました。

本当は3月中に投稿したかったのですが、ヴィータちゃんの魂生贄と、X箱の地底人撃ち殺すシリーズ最新作の審判が楽しくて、ね?

次回はViVid編の第二話。4月中に投稿可能かどうか不安です。頑張りますけど。

ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO2 王と王の邂逅
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:d5074e98
Date: 2013/04/20 01:47



食後、ソルは愛娘の一人にして末っ子であるヴィヴィオを呼び寄せた。

「お前に渡しておくものがある」

「渡しておくもの?」

何だろう? と首を小鳥のように可愛らしく傾げる少女をそのままに、ソルはヴィータに目配せする。視線を受けたヴィータはこくりと頷くと、ダイニングから出ていく。

「え? 何? 今のやり取り?」

疑問を口にするヴィヴィオが父に問うが返答はない。何を企んでいるのか気になって母であるなのはや他の面子の表情を窺うが、皆ニヤニヤと笑っているだけ。

「お待ちどー」

程なくしてヴィータが綺麗にラッピングされた箱を持ってきてはソルに渡す。と、彼は受け取った箱を今度はヴィヴィオに手渡した。

「開けてみろ」

「ば、爆発とかしない? 開けた瞬間ドカンッ、って」

「しねぇよ! なんでそういう風に思った!?」

「だってヴィータさんが持ってきたし……中にフラググレネードが仕掛けられてたり、箱が勝手に動き出して噛み付いてきたり――」

「いいから開けろ」

頭痛を堪えるように片手で頭を抱えながらソルは先を促す。後ろでヴィータが「アタシを何だと思ってんだゴラァッ!!」と暴れようとしたが、ザフィーラに羽交い絞めにされた後、ソルが懐から取り出したペロペロキャンディーを口の中に突っ込まれて黙る。

ヴィヴィオは何故かやたらビクビクしながらゆっくりと、さながら爆弾を解体するような慎重な手つきでリボンを解き包装紙を剥がし、漸く箱を開けた。

そして、

「うさぎ、のぬいぐるみ……?」

箱の中に入っていた物品に眼を丸くする。

うさぎのぬいぐるみは突如フヨフヨ浮き始めると、自身を閉じ込めていた狭い箱から抜け出し、驚いているヴィヴィオの肩の上にちょこんと乗っかった。

何これ? と疑問符を頭の上に浮かべ視線をぬいぐるみから父に向けると、ソルは優しく微笑んだ。

「お前はもう4年生になったし、魔法も基礎がしっかり出来てきたからな、進級祝いってことで専用のデバイスをプレゼントだ。勝手に動くのは半自律型だからで、なかなか面白いだろ?」

ぬいぐるみ部分はあくまで外装で本体は中のクリスタルだ、と続ける。

「私専用の、デバイス?」

未だにうさぎのぬいぐるみが自分のデバイスだという自覚が沸かないのか、暫しポカンとしている彼女であったが、背後からなのはがクスクス笑いながら頭を撫でてあげた。

「いいなぁヴィヴィオ、パパからプレゼントだって。羨ましいなぁ~」

それを皮切りに、自分を取り囲んでいた誰もが「進級おめでとう」「良かったね」と告げてくる。やがて徐々に『自分専用のデバイス』を事実として認識し、嬉しくなって父の胸に飛び込む。

「パパ、ありがとう!!」

「礼なら俺だけじゃなく、他の連中にも言ってやれ。そもそもお前にデバイスを持たせることを許可したのはなのはだし、制作は俺だけじゃねぇ。半分はヴィータが作ったようなもんで、半自律型になったのはアインのアイディアで、うさぎの外装とデザインはシャマルだ」

「ママ、ヴィータさん、アインさん、シャマルさんありがとう!!」

ソルから離れて四人の顔を順に見ながら笑顔でお礼を言う。

「私も今のヴィヴィオくらいの年でレイジングハートと出会ったし、ね」

「時期的にそろそろ良いんじゃないかと思ってたからなー」

「ちょっとした遊び心で半自律型を提案したんだが、気に入ってくれると嬉しい」

「半自律型なら外装があった方が良いと思って。本当はソ竜にしようと思ったんだけど本人から猛反対を受けてうさぎのぬいぐるみになったの。大切にしてあげてね」

頬を掻きながらちょっと照れ臭そうななのは、ペロペロキャンディーをペロペロしながら手をヒラヒラさせるヴィータ、パチッと可愛らしくウインクするアイン、悪戯っぽく舌をチロッと見せて笑うシャマル。

「よし、じゃあ今から起動テストをやってみろ。それと、まだ名前は決まってねぇから後で考えてやってくれ」

「えへへ。実はもう名前とか決まってたりして」

正式名称は『セイクリッド・ハート』で、愛称は『クリス』とヴィヴィオは嬉しそうに言う。皆は良い名前だと褒めたが、唯一ソルだけがカイの『セイクリッドエッジ』を思い出し渋い顔になる。が、正直どうでもいいので皆放っておいた。

「それじゃあ早速……セイクリッド・ハート、セーットアーップ!!」










背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO2 王と王の邂逅










――というやり取りがあったのが二日前。

昨晩“覇王”を自称する頭がオメデタイ少女を叩きのめし、その日の内に少女をノーヴェに半ば強制する形で押しつけたソルは、現在お供にヴィータとアギトを連れて(単なる暇潰し)ティアナとスバルがルームシェアしている部屋に訪れている。

「ふん」

ソルは自身の両サイドに座るヴィータとアギトがお茶請けの煎餅をバリバリ噛み砕く音を不快に思いながら、相変わらず他人から見たら不機嫌にしか映らない仏頂面で面白くないと言わんばかりに鼻を鳴らす。

「ヴィータ、アギト、今の話を聞いてどう思う?」

正面に座り緊張で身を縮ませている自称“覇王”の少女を顎でしゃくって両隣に促す。促された二人は見た目はちんちくりんの子どもだが、共に古代ベルカの遺産である“夜天の魔導書”と“融合騎”。何か気になる点でもないかと思って意見を聞こうと思ったのだ。

しかし、返ってきた答えは期待を容易く裏切るもので。

「いや、別に。覇王とか言われても、だから? って感じだし……」

「旦那。なんかアタシらに期待してたみたいだけど、アタシらが昔の記憶ほとんど喪失してんの忘れてない?」

散々お茶請けを食い荒らした後に満足そうな顔で茶を啜りながら言う二人に、ソルは「じゃあ何しに来た!?」と突っ込みたかったが「暇潰し」と返ってくるだけなので必死に自制する。そもそもこの二人に何か期待するのが間違っていた。

「で、結局テメェはどうしたいんだ?」

鋭い眼光を放つ真紅の瞳が、アインハルトの虹彩異色を冷たく見据える。怯えたように右眼の紺と左眼の青を揺らせる少女が出来たことと言えば、ソルの眼を拒むようにただ俯いて黙っていることだけだ。

「はっきり言って聖王とか覇王とか冥王とか、古代ベルカの王とかどうでもいいだよ。そんなもんは俺にとっちゃ過去の遺物だ」

「お前だって今の時代の人間にとっちゃ過去の遺物みてーなもんだろが。その手の文献に本名で載ってる癖に」

ゴキンッ!!

余計な茶々を入れて話の腰を折るヴィータの横っ面にソルの遠慮の無い肘が入って黙らされる。

「今のは姉御が悪い」

アギトが呆れたように批評した。ついでに言えば、ソルに加えてアギトもヴィータも『過去の遺物』なので、こいつらが人のことをとやかく言うのは何か間違ってる気がしないでもない。

僅かに顔を上げ蚊の鳴くような小さな声で「文献? 本名?」と呟いたアインハルトを睨むソルの眼が、すぅっと細くなり放たれる圧力が増す。深入りすると殺すぞ? という意味だ。

「テメェが覇王の血と記憶を受け継いでる? ヴィヴィオが聖王オリヴィエのクローン? たとえそれらが全て紛れもない事実だとして、だから何なんだ?」

アインハルトの血筋や記憶に関して、ソルは本当に心の底からどうでもいいと思っている。所詮は見ず知らずの赤の他人。自分達の与り知らぬ場所で勝手に“覇王”と名乗っていればいいし、夜な夜な通り魔染みた喧嘩もやりたいだけやればいいと考える。

だが、そんな下らないことにヴィヴィオを巻き込もうとしているのであれば話は別だ。手出ししようというのならば絶対に容赦しない。

確かにヴィヴィオは聖王オリヴィエのクローンだ。忌まわしい技術と狂った科学者によって生み落とされた人造魔導師。この世界に生を受けてから間もなくしてソルの保護にあった為、幸い戦争兵器として悪用されることはなかったが、彼女が持つ遺伝子の価値を狙っている輩が存在しないという訳では無い。

かつてソルは己に誓った。この娘を、あえて自分達の子どもとして育てよう、と。たくさんの愛情を注いで幸せにしてあげよう、と。

決して自分の生まれに負けないように、むしろ自身を誇れるような強くて逞しい子になって欲しいと願いを込めて。

このように考えているのは何もヴィヴィオのみに対してだけではない。自分も含めた多種多様の“訳あり”を眼にし、長い年月を生きてきたソルにとって、彼女のような“訳あり”の子どもに対する接し方は当然の成り行きと言えた。

人であろう人でとなかろうと、全ての生命は己の生まれを否定することは出来ない。しかし、たとえ穢れた欲望の犠牲となって生まれた命だとしても、生き方くらいは自分の意思で自由に選べることが許されるべきだ。

その意思を、カビ臭くて下らない大昔のしがらみが邪魔立てするというのなら、全力で露払いしてやろう。



――という風に、気合を入れていたのは昨日までの話。



なんだが馬鹿馬鹿しくなってきて、ソルは盛大に溜息を吐くと視線をアインハルトから外し、愛弟子であるティアナに向かって「コーヒーお代わりくれ」と告げて空になったマグカップを放り投げた。

昨晩も感じたことだが、やはり眼の前の少女は文字通りの意味でただの子どもだ。ツテというツテ、コネというコネを使って昨晩の内に戸籍から始まるありとあらゆる個人情報を調べ上げたが、背後関係に後ろ暗いものは存在しないし、血筋も覇王の子孫というのは間違いない。記憶を継承しているというのには少々驚いたが、よくよく考えればヴィヴィオもオリジナルの記憶をたまに思い出すことがあると聞いた。恐らく古代ベルカに生きていた連中は、後世に遺伝子以外のものを残したかったらしい。厄介な連中だ。

(過保護だな、俺も)

随分と長い間現場から離れてしまったからか、久しぶりに赤の他人から禁句を聞いてしまったからか、昨晩はついカッとなってしまった。冷静になって観察してみれば、最初に危惧していたヴィヴィオを害する存在とは程遠い。

まあ、過剰反応してしまって悪いと思うが、相手にも責任の一端はあるので絶対に謝らない。と、意外に子どもなソルだった。

「お待たせしました」

「おう」

二杯目のコーヒーを持ってきてくれたティアナからマグカップを受け取り、一口啜る。インスタントの安っぽい香りと酸味が口の中と鼻腔をくすぐったが、インスタントコーヒーは人間だった頃の科学者時代に常飲(徹夜用)していたので文句を言うつもりはない。コーヒーは不味かろうが美味かろうが眠気を飛ばしてくれるので文句を言わずに飲む、と昔から考えているのが理由だ。

マグカップに口をつけながら、正面に座る少女を今一度観察するように眺める。

「……」

俺に喧嘩を吹っかける時点で頭が悪いことは確定しているが、悪い奴ではなさそうだ、というのが最終的にソルが出した結論だった。

結局、その真意を確認することは出来なかったが、どうせ大した内容ではないだろう。気に留めるまでもない。

さて、ではこの問題をどうやって片付ければいいのだろうか?

この段階になってくると生来の面倒臭がりな性格が恨めしい。はっきり言ってこの少女は無害というか、気にするのも無駄なだけの矮小な、言ってみれば路傍の石も同然だ。転んで腹を立てて蹴り飛ばしても、それはその時限りの話でいつまでも蹴り続ける程暇な人間ではないつもりだ。

ならばとっととこの場を去るべきだと思うのだが、どうもスバルとノーヴェの二人はそう思ってはいないらしい。

アインハルトの左隣に座るスバルを見れば、彼女はソル達が来てから終始手を胸の前で組み合わせて瞼を閉じ何かに祈っている。

スバルの反対側の席に座るノーヴェは、まるで捨て犬を拾ってきて両親に飼いたいと懇願する子どものような眼でソルを見てくる。

唯一ティアナだけが『私は執務官なので』と言わんばかりの鉄面皮で一切の感情を巧みに隠している。

(……釣れるか分からんが、やってみるかな)

一つ思案してから残っていたコーヒーを一気飲みし、空になったマグカップをテーブルに置くと立ち上がった。

「もう此処には用が無ぇ、帰る」

バッと顔を上げるアインハルト、驚いたように眼を見開くスバル、信じられないといった顔をするノーヴェ、怪訝な表情になるティアナ。

「旦那、アインハルトのことは――」

「知るか。このガキ、マジでただのガキじゃねぇか。犯罪組織の一員でもなきゃ違法研究者でもねぇ。だったら時間の無駄だ無駄。先祖の記憶がどうとかほざく阿呆に付き合ってられる程暇じゃねぇんだよ」

ノーヴェが食いついてきたことに内心ほくそ笑む。

「ティアナ、スバル、ノーヴェ、このガキはお前らの好きにしろ。だが、責任は必ず取れ」

いくつもの視線が背中に注がれるのを自覚しながら玄関に向かい、ドアの前で一旦止まってから最後に釘を刺しておく。

「それと、これから先、もしヴィヴィオが泣くようなことがあったら」

首を巡らし肩越しに彼女達を睨みながら告げる。

「今度はマジで潰す……連帯責任でティアナ達も、な」

こんなもんかな、と内心で自身の言動を評価しながらソルは部屋を出ていった。





静まり返った室内の沈黙を破ったのは、耳の穴に小指を突っ込んでほじっていたヴィータである。

「首の皮一枚繋がったみてーだな。良かったじゃん……あ、ティッシュ忘れた」

「はいティッシュ」

「おうサンキュ」

仕方が無いなとアギトがポケットから取り出したポケットティッシュをありがたく受け取って小指を拭う。そして使用済みのティッシュを丸めると、火の法力を発動させて手の平の上で焼き尽くす。紅蓮の炎に包まれて一瞬で蒸発するティッシュ。

「……っ!」

突如発生した炎を見て身体を強張らせるアインハルトのリアクションに、ヴィータは意地の悪い笑みを張り付かせると手の中の炎を握り潰し、からかう口調で言う。

「火が怖いか? 昨日のソルを思い出すんだろ? ま、無理はねーわな。あいつが現役時代に処分した犯罪者の大半が炎にトラウマ持つって聞くし」

炎を見ると、自分の肉が焼け焦げる痛みと臭い、斬り落とされた手足を眼の前で炭にされた瞬間をフラッシュバックするかららしい。

少女からの返答はない。

「アインハルトっつったか。お前さんはこれに懲りたらアタシらの前でクローンとかそういうワードは使わねーこった。そういうのにあいつは、つーかウチの家族は人一倍敏感だからな」

まったくだ、と言わんばかりにアギトが同意を示す。

「皆旦那に似て短気だし」

「そーそー」

「血の気多いし」

「ソーソー」

「すぐ手が出るし」

「さっき肘食らったもんなアタシ」

「いや、あれはどう考えても姉御が悪いでしょ」

「クッ!」

「何が『クッ!』だよ!? いつも旦那の神経逆撫でするような言動してるから痛い目に遭ってるんじゃん!! いい加減学習しろ!!」

「学習って、何を?」

「ダメだこの人!? 鶏より物忘れ酷い!!」

即席の漫才が披露されたことによって場の空気が徐々に弛緩してくる。スバルとノーヴェが安堵の溜息を漏らし、肩の荷が下りたとばかりにティアナが苦笑。

話題の渦中にあったアインハルトは過度の緊張から解放されて、テーブルに突っ伏した。

「先生がアインハルトを『ただのガキ』と評したということは、今後の行動に制限は無いも同然ね。“覇王”として聖王オリヴィエのクローンに近付くことは許されないけど、アインハルト・ストラトスという一人の女の子としてヴィヴィオの友達にならなれるんじゃない?」

「そう考えるとほとんどお咎めなしなんだよね」

「よく分からねぇけど、旦那の機嫌が悪くなくて良かった」

ティアナの言葉にスバルとノーヴェが頷いた。皆、それなりに気を張っていただけあって、あの“背徳の炎”にしては甘いと言わざるを得ない温情ある措置に満足しているようだ。

「で? これからどうすんだ? 通り魔兼ストリートファイターは続けんのか?」

何かとてつもなく悪いことを企んでそうな顔でヴィータがアインハルトに問う。問われたアインハルトは顔を上げると疲れたように首を振った。

「いえ。強さが何か知りたくて、覇王流が最強であることを証明したくて実力ある方々に野試合を申し込んでいましたが、もう終わりにします」

「賢明だな。もし続けるっつってたら、そこの執務官殿がお前を暗くて狭い所に連行しなきゃいけなかった」

ヴィータがケタケタ笑うのを尻目に、アインハルトが何度も瞬きをしながらティアナを見る。対するティアナは悪びれもせず「物分りがいい子で良かったわ」とのたまう。油断も隙も無い執務官であった。

「それにしても“覇王”ねぇ~。アタシらは全っ然ピンとこねーんだけど、ヴィヴィオはどういう反応すんだろ?」

腕を組んで考え込むアギトにヴィータがどうでもよさそうに応じる。

「知らね。こればっかりは実際に会わせてみるしかねーんじゃねーの? 人見知りする性格じゃないけど、如何せんソルが子育てするとネジ一本外れるからな」

「でーすーよーねー」

シンに始まり、なのはとフェイトとはやて、ツヴァイ、エリオ、キャロ。どいつもこいつも独特の感性を持っていて常識に囚われない――というか時に常識を投げ捨てる――言動をする。末っ子にあたるヴィヴィオも例外ではない。『ただの人間には興味がありません』や『好きな異性のタイプは鋼の筋肉の持ち主』といった発言で分かる通りぶっ飛び具合は最たるもの。自分の周囲に居る人間の半分以上が人外魔境だし、その中でも男性陣(ソルやザフィーラ、細身だが脱いだら凄いユーノやカイ、シンなど)は皆が皆鍛えているのでマッチョだから普通の一般人に興味を持てないのかもしれないが、交友関係には普通の女の子であるコロナやリオが居るので、何処まで本気か分からない。

引き取られて以来ソルの後ろをカルガモの雛のようにチョコチョコついてきていた女の子は、今ではすっかり最凶パパと組み手するくらいに逞しく成長していた……逞し過ぎるくらいにマジカルでフィジカルな魔法少女になってしまって、なんかもう既に色々な意味で手に負えない。

「暇潰しっつー名目で此処まで面白半分に首突っ込んだ以上、ご対面までは一応立ち会うとすっか」

「毒を食らわば皿まで、か。変な化学反応起こして爆発しなきゃいいけど」

その後、ヴィヴィオに『放課後って暇? 最近格闘技やってる子と知り合ったからちょっと組み手やってみない?』というメールをノーヴェが(じゃんけんで負けた)送ってみると、すぐに『やるやる!!』と返信されたので、ノーヴェが所属する救助隊が訓練に使ったりするアラル港埠頭の廃棄倉庫区画に集まることになった。










で、実際にアインハルトとヴィヴィオを対面させる為に現場へ赴いて。

「なんでお前らまで揃ってんだ!? どっから沸いて出た!!」

廃棄倉庫区画ということで周囲には自分達以外誰も存在しない為、ノーヴェが周りを気にしない大声で眼の前に集まっている馴染みの人物達に問い詰める。

そこに居たのはヴィヴィオだけではなくその友達のコロナとリオ、加えて教会組のセイン、セッテ、ディード、オットー、そして最後に何故かナカジマ家の面子であるチンクとウェンディとディエチまでが居た。コロナとリオはヴィヴィオの友達だから放課後に行動を共にするのはまあ別にいいとして、何故今日のことを碌に知りもしない教会組の四人とナカジマ家の三人が此処に居るのか理解出来ない。

「いや~、だってほら、なんか今回の発端ってヴィヴィオと皆でキャッチボールしてたアタシらの所為みたいじゃん。だったら見届けるべきかなと」

「先程ソル様からメールでご命令を頂いたのです。陛下に何かあったらぶっ殺してやるから何かある前に殺せ、と」

「陛下に万一があってはいけませんし」

「まあ、命令っていうか完全にただの脅しだったけど、陛下の護衛としては当然、異論を挟む余地は無いかと」

教会組の言い分は裏でソルが糸を引いていたらしい。放課後に校門前でヴィヴィオ達を待ち伏せしていたとのこと。

「姉は昨晩ソル殿に自称“覇王”の通り魔について情報交換した関係で、『アインハルト・ストラトス』なる人物がその後どうなったのか報告という形でメールをもらったが、それからタイミング良くウェンディからメールでこのことを知ったんだ」

「散歩してたら皆のこと見掛けたっス。後はメールを一斉送信して、でも集まれたのはチンク姉とディエチだけっスね」

「ウェンディからメールがあって、今日はたまたま仕事が早く上がれたから」

ナカジマ家サイドは偶然来ることになったらしいが、この際もうどうでもよかった。

ウィルスに感染したかの如く情報が勝手に伝達されている。もうこの件に関しては、身内の間では知らない人間の方が少ないと思った方がきっと良いに違いない。セインとウェンディに知られた時点で情報が拡散されるのは確定した未来なのだから。

頭を抱えダンダンッと地団駄を踏むノーヴェにヴィヴィオが「まあまあ」と声を掛ける。

「よく分かんないけど皆が一緒でも別にいいでしょ? ドンパチやるんだったら大勢でド派手にいきたいしさ」

「あのなヴィヴィオ、言っておくがこれから戦争する訳じゃ無いからな。あくまでも格闘技やってる女の子と知り合ったからヴィヴィオに紹介しようと思っただけなんだ」

一抹の不安を相手に抱かせるヴィヴィオの発言に段々胃が痛くなってきたノーヴェは、諭すように努めて優しい口調で言う。

「でも、その子って最近噂の“覇王”って名乗る通り魔なんでしょ? なんで通り魔を私に紹介するの? 私に成敗させる為?」

「いや、昨日の夜に旦那が成敗したからそれ以上はマジで勘弁してあげて。つーか、本人が来る前に詳しい事情を説明するからちゃんと聞いてくれ」

彼女だけは一旦帰宅してから集まることになったので、現在此処にアインハルトは居ない。だから今の内に、ヴィヴィオは勿論、他の面子にもアインハルトのことを理解してもらう為に詳細を伝えることにする。

話を聞いてほとんどの者が『ソルに挑んだこと』と『クローン発言』に対し「なんて無謀な……」や「頭おかしいぞ」と口々に呟いていたが、最終的には「死ななくて良かったね」という感じの意見に纏まった。

コロナもリオも、ヴィヴィオを通して“背徳の炎”の活躍をある程度は知っているので、他の者と意見が異なるようなことはない。

だが先祖の記憶云々に関しての反応はそれぞれ違う。セインやウェンディなどは単純に面白がり、コロナやリオ、ディエチなどは時代を超えた聖王と覇王の出会いにロマンを感じ、セッテ、ディード、オットーなどは「陛下の身の安全が最優先」と言い護衛としてのスタンスを崩さない。他はアインハルト個人に興味を示したようだ。

「あいつにはきっと、自分の想いと拳を受け止めてくれる奴が必要なんだよ。旦那みてぇな意味不明な強さを持つ人じゃなくて、自分と似たような存在っつーか、等身大の自分に近い存在っつーか、上手く言えねぇけど、とにかく無理を承知で頼む。あいつと話をしてやってくれ」

この通り、と手と手を合わせてくるノーヴェ。

ヴィヴィオは数秒の間、キョトンとした表情で何度かパチパチと瞬きをしていたが、やがていつもの朗らかな笑みを見せると力強く頷く。

「そんな風にお願いしてこなくても大丈夫だよ。聖王がどうとか覇王がどうとかイマイチその辺りは理解し切れてないけど、友達が増えるのは大歓迎だからさ」

「……ヴィヴィオ」

今のノーヴェの眼には、ヴィヴィオから後光が差しているように見えた。なんて良い子なんだ、と。とてもじゃないがあのソルの元で育ったとは思えないくらいに。

感動して思わず咽び泣きそうになったその時、

「アインハルト・ストラトス、参りました」

背後から件の人物が現れたのであった。





「初めまして、高町ヴィヴィオです。ストライクアーツの型とかは特に無くて、えっと、我流です。よろしくお願いします!!」

「……初めまして。古流ベルカ覇王流、アインハルト・ストラトスです」

二人が正面から向き合い握手を交わすのを少し離れた場所から眺めつつ、セインが小声で皆に疑問を投げる。

「ヴィヴィオのって我流だっけ? 旦那直伝ジェノサイド喧嘩殺法じゃなかったっけ?」

「旦那の格闘スタイル自体が我流っスから、我流でいいんじゃないっスか?」

「扱う魔法からして普通にミッドとベルカのハイブリッドではないのですか?」

まず最初に反応したウェンディが疑問を疑問で返し、次にセッテが更に問い返す。

「それは建前のお話では?」

「この際なんでもいいような気がするけど……」

続くディードの言葉にオットーが首を傾げてうーんと唸る。

そんな中、ヴィータがドヤ顔で高々と宣言――

「何勝手なこと言ってんだテメーら。ヴィヴィオのスタイルは世紀末無情苦悶拳っつって、相手を地獄の苦しみに叩き込んだ上で屈服させる刺激的絶命――」

「姉御、テキトーな嘘言って場を混乱させないの」

「……」

――しようとしてアギトに釘を刺されて黙り込む。その表情は『ボケ殺しすんじゃねー』と不満一杯だった。せめてちゃんとボケた後にしっかり突っ込んで欲しかったらしい。

横でチンクが一人だけ「……な、何だ嘘か」とヴィータの悪ふざけに引っ掛かりそうになっていたのは秘密だ。

ぶっちゃけた話、ヴィヴィオのファイトスタイルは魔法無しの格闘オンリーだった場合、戦い方はソルに一番近い。この中で最も的を射る表現をしているのはセインだ(ジェノサイド喧嘩殺法というネーミングセンスは聞かなかったことにして)。

まあアレだ。親が狩りをしている姿を見て子も獲物の仕留め方を覚えるようになる肉食獣と理屈は一緒である。参考動画なる戦闘データの閲覧はヴィヴィオにとって趣味の一環だし、実際に訓練も一緒にしている。当然と言えば当然の帰結だ。

「魔法無しで格闘のみ、五分間の一本勝負でいいか?」

「え? 魔法無し? しかもケリが着くまでじゃないの?」

ルールの確認を行うノーヴェに対し、シュッシュッとシャドーするヴィヴィオがやる気満々に闘気を纏わせ訴える。

「怪我させんのヤダし」

「えー、だったらせめて時間制限無しにしてケリ着けさせて。それに怪我怖がってたら殴り合いなんて出来ないよ? ウチの家族なんて模擬戦の度に皆血塗れになって――」

「お前が怪我したらアタシら全員が連帯責任で旦那に焼き土下座させられるんだよ!!」

不満気に文句を言ったら、泣きながら勘弁してくれと喚かれてしまう。

しかしそんなノーヴェにヴィータが無慈悲に追い討ちを掛ける。

「もしヴィヴィオが怪我したらアタシとソルがお前ら全員の左腕サイコガンに改造してやるからな」

「焼き土下座の方が遥かにマシだったぁぁぁぁぁぁ!?」



――この人達マジでやりそうだからタチが悪い……!!



顔を滅茶苦茶引き攣らせる戦闘機人達とティアナ。彼女達を見てご愁傷様ですと合掌するアギト、コロナ、リオの三人。今のやり取りの意味はよく分からいが、とんでもないことになるであろうと理解しつつどうしようもないので呆然としているアインハルト。

こうして今まさに時を越えて聖王と覇王、二人の王の戦いが火蓋を切ろうとしていた。





結局、仕方が無いのでノーヴェ達は左腕をサイコガンに改造されることを覚悟で、泣く泣くヴィヴィオの言い分を認めた。

当の本人は「大丈夫だよ。怪我なんてしないし、もしものことがあっても絶対に庇うから」と言ってこちらを安心させようとするが、その程度で不安が拭える訳が無い。だってヴィータが小声で口ずさんでいるのだ。「コ~○~ラ~♪」と。胃が痛くなってきた。万が一があれば本当に宇宙海賊にされてしまうが、ガチンコ勝負については妥協してくれないので他に選択肢が無かったのである。

どうしてこの子はこんなに勝ち負けにこだわるのかと思うのも一瞬。すぐさま、育った環境、親、という答えが出てきてくれた。



――なんだこの、上からは脅されて下からはせっつかれる中間管理職みたいな立場。ストレスでハゲそうだ。誰か助けてくれ!!



「セイクリッド・ハート、セットアップ」

ヴィヴィオがうさぎのぬいぐるみを引っ掴み頭上に掲げた。彼女特有の虹色に輝く魔力光が周囲を眩く染め、光に包まれた肉体に変化が現れる。年相応の少女の身体から、二十歳前の大人の女性の身体へと。

これは身体強化魔法の一種で、外見の通り体格が大人と同等になる。それにより手足のリーチが長くなり、体力、筋力、耐久力などの基礎的な部分も底上げされる。ただ見た目の変化が激しいので当初は単なる変身魔法と勘違いする者が多かった。

濃紺のボディスーツの上に白いジャケットを羽織る、というデザインのバリアジャケットが構築されて準備が整う。

「武装形態」

アインハルトも同様に戦闘態勢に入る。髪と同じ色の碧銀の魔力光が放たれ、足元にベルカ式の象徴とも言える三角形の魔法陣が展開。これまたヴィヴィオと同じ変身魔法か身体強化か分からないが、体格が大人の女性のそれへと変貌した。

全体的に白を基調としたバリアジャケットは、歴史書や回顧録に登場する本物の“覇王”の姿に酷似している。たまたま似たデザインなのか、もしくは自分が覇王であることをアピールしているのか、どちらか分からないが彼女から直接話を聞いたスバル、ノーヴェ、ティアナ、ヴィータ、アギトの五人は後者のように感じる。

見物人達が固唾を呑んで見守る中、ヴィヴィオが首を回しつつゴキリ、ゴキリ、と音を鳴らす。戦闘前にソルがやっている仕草を小さい頃から真似していたらすっかり癖になってしまったらしく、彼女は模擬戦前に必ずこれを行う。

「じゃあ、やりましょうか」

ファイティングポーズを取り不敵に笑うヴィヴィオ。応じるようにしてアインハルトも真剣な表情で構えた。

「……アインハルト・ストラトス、参ります」

言い終わるや否や、開始の合図を待たずしてヴィヴィオが踏み込み、全速力で突進した。










オマケの人物設定



高町ヴィヴィオ


天真爛漫、明朗快活、常に笑顔を絶やさず、優しく素直で思いやりに溢れ、誰とでも分け隔てなく接する性格で、皆のアイドルもしくは天使。知り合ってすぐに誰とでも仲良くなれる特技がある。

しかし、育った環境が良かったのか悪かったのか、やたらパワフルで好戦的。趣味は読書と筋トレ、戦闘データの閲覧。組み手や模擬戦が大好き。

おまけに耳年増。いけないと分かっていながらパパがママ達に性的な意味で襲われている瞬間や、ユーノとアルフがイチャイチャしているのをついつい見てしまう(覗き上等!!)。

そして極めつけは異性の好み。絶対に筋肉がないとダメ。とにかくマッチョが好き。その上で強いと尚のこと良い。自分の周囲の『大人の男性』がことごとく肉体美の持ち主だった為、『大人の男性はこういうもの』という考えが根底に刷り込まれているのが原因。学校の男子に告白されても、風呂上りのソルの写真(こっそり盗撮した)を見せて出直して来いと言って振る。たぶんそれをクリア出来たとしても、今度は私より強くないとダメだとかパパが認めてくれるくらい強くないとダメとか、かぐや姫でも言わない無理難題を吐く。全てを台無しにするファクター。

良い子なんだけど何かが致命的に間違っている少女。将来が非常に心配である。

戦い方はソル寄りだがパワー型ではなくスピード型。反撃を許さない怒涛のラッシュで押し切る。しかし、押し切れない相手には滅法弱い。模擬戦に付き合ってくれる人が多いので経験自体は豊富の筈だが、家庭内ではまだまだ未熟者扱い。

練習する場所や模擬戦相手はあっちこっちに点在するので、暇な時はそれらを渡り歩いては殴り合っている。

家庭内での立ち位置は末っ子で、ソルを含めた皆から溺愛されているが甘やかされてる訳では無い。

交友関係は広く、学校では人気者でいつの間にかクラスや皆の中心に居る。コロナとリオが特に仲良し。戦闘機人達からも敬愛されたり遊んでもらったり一緒に訓練したりする毎日。困った時などに、家族以外で助けてくれたり相談に乗ってくれる人達は多く、環境に恵まれている。

法力は勉強中の為、残念ながら戦闘に使えるレベルのものは修得していない。週に一回、通信越しにDr,パラダイムから特別授業を受けている。

座右の銘は“私より強い人にいつか勝つ”。某格闘ゲームの主人公みたいなことを真面目に言ってるがその為の努力は惜しまない頑張り屋さん。けれど、実はこれ、半分以上は強過ぎるソルに対するささやかな当て付け。





セイクリッド・ハート


進級祝いにもらったヴィヴィオの専用デバイス。系列的にはアクセルに贈られたメグと同様に、クイーンの姉妹機。

持ち主の成長に合わせてアップグレードされるようになっており、ヴィヴィオが成長すれば成長した分だけ進化する。

現段階でその力は未知数。今後に期待。

半自律型なのに喋れないのは仕様。しかし、外見がうさぎのぬいぐるみなのでよく動き、ジェスチャーで意思疎通を図る。そしてそれで何故かちゃんと伝わる不思議。

























後書き


駆け足かもしれませんけど、なんとか4月中に第二話を投稿出来ましたよ。

シグナムはヤンデレではなく純粋に自分の欲求と気持ちに正直なだけです。まあ、そのベクトルが取り返しのつかないレベルで狂ってますが。その代わり日常生活では一番まともで、ソルとの模擬戦、殺し愛が絡まなければ普通の乙女なお姉さん。そのギャップの激しさもあり、周囲から実は二重人格なんじゃないかと疑われてます。

ソルの麻婆好きは、番外編であの中華屋に行った所為。どうやらあの腹黒神父とは声だけではなく料理の好みも一致していたらしい。余談ですが、中華屋の店員の声がなのはと同じ声でびっくりしてました。

聖王教会は、十数年前からいつもあんな感じです。前回のでカリムのネジがついに外れてしまったようですが、仔細ありません。

お次はヴィヴィオとアインハルトのガチンコバトルです。魔法無しなのでそんなに派手じゃありませんが、その代わり泥臭くなる予定。

ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO3 若人達の青い春
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:d5074e98
Date: 2013/05/14 02:17


先に仕掛けたのはヴィヴィオだった。鋭く踏み込み、瞬く間にアインハルトとの距離を潰し、手を伸ばせば届く間合いとなる。すかさず拳を放つ。

左、右と高速の連打にアインハルトは半歩退きながらスウェーバックでかわし、避け切れないものはガードで弾く、といった風に冷静に対処していく。

一方的に攻めまくるヴィヴィオだが、決定打にならない。アインハルトの防御技術は非常に高く、嵐のような連打をことごとく防ぐ。おまけに、舐められているのか警戒されているのか、それとも様子見なのか知らないが未だに反撃されていない。彼女がそこら辺にゴロゴロ転がっているような『ただの格闘技者』ではないことに内心で舌を巻きつつ、本気で攻めることにした。

「ふん!」

右ストレートを繰り出す。しかし彼女は両腕を交差し強固なガードでしっかり威力を吸収。やはり決定打にはならない。決定打にはならないが、それでいい。自分の目的は相手にガードさせることなのだから。

伸ばした右腕をすぐには引き戻さず、固く握った拳を開き彼女の“左手首”をがちりと掴んでから力任せに引き寄せる。

「あ!」

突然体勢を崩すことになったアインハルトが眼を見開くが無理もないだろう。今までの攻防で出来上がっていた一定のリズムを総崩れにするように全く違う行動をされれば誰だって驚く。パンチの連打から掴みに繋いでくるなんて思いもしなかったのだ。僅かな隙を見せてしまう。

そしてヴィヴィオはその隙を逃さない。相手の懐に潜り込み、左拳を振るう。申し分ないタイミングと角度で彼女の肝臓をバリアジャケットの上から叩く。

「がっ!?」

リバーブロー炸裂。肝臓は人体急所の一つであり、ボディブローの中で最も効くと言われるそこを打たれ、アインハルトは苦悶の表情を浮かべ、身体を“く”の字に曲げる。

「下から上!!」

叫びながら左拳を引き戻すと、宣言通り側頭部に左フックをお見舞いする。振り切った時の体勢が相手に背中を見せる程の、全身を用いて足の親指から拳までの動きを連動させ力を集約させた一撃だ。左のダブルが綺麗に決まり、相手の身体が泳ぐ。鮮やかな上下のコンビネーションにギャラリーが沸く。

アインハルトが棒立ちになったそこへ、半歩踏み込みながら腰を落とし、

「アクセルスマッシュ!!」

伸び上がるのと同時に右のフックを振り上げた。










背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO3 若人達の青い春










「ダウン、ダウンだ。下がれヴィヴィオ」

慌てたノーヴェが二人の間に割り込んだ。片膝をついて項垂れているアインハルトをヴィヴィオから庇う。こうでもしないとヴィヴィオが蹴りで追撃するかもしれないのだ。彼女は“背徳の炎”に引き取られた頃からその戦い方を見ているので、時に全く容赦無い攻撃性を見せる。

しかしノーヴェの心配は杞憂に終わり、ヴィヴィオは素直に離れて距離を置き、今しがた自分がダウンさせた相手の様子を窺う。

そんな光景を眺めつつ、ギャラリーその1と化していたヴィータが野次を飛ばす。

「だからそれガゼルパンチだっつってんだろー。勝手に名前変えて使ってんじゃねー」

「カモシカパンチなんてダサイからヤーダー」

対するヴィヴィオはシャドウをしながらはっきりと言い切る。

「テメー、そのパンチを編み出したフロイド・パターソンのことを、ひいては教えてやったアタシのことを馬鹿にしてんのか!? ガゼルの何が悪い!! 可愛いじゃねーか!!」

「フィニッシュブローなのに強そうじゃないんだもん」

「実際強いんだからいいじゃんか、ガゼルパンチ格好良いだろ!!」

「そもそもなんでそこまでガゼルパンチの名前にこだわってるのヴィータさん!?」

いきなり大声で低レベルな言い争いを始める見た目小学生低学年の中身数百歳と見た目十代後半の中身初等科4年生。二人にとってはアインハルトのダウンなど予定調和か何からしい。とても殴り合いをしていた側とそれを見ていた側の人間の態度とは思えない。

「ウチだと旦那にいつもフルボッコにされてるけど、やっぱこうして見るとヴィヴィオって強ぇーなー」

後頭部で両手を組みぼんやり呟くアギトの背後で、セッテとディードとオットーが『流石です陛下!!』と手を取り合って騒ぐ。むしろあのモンスターにフルボッコにされてるから格下相手だと強く見えるんじゃないか、と言わんばかりに。

アギトの隣では感心したような様子のティアナがスバルに声を掛けていた。

「さっきの腹殴ってから顔面叩く左のダブル、Dust Strikersに出向してた頃にアンタとギンガさんが先生に教えてもらってなかったっけ?」

「実際に殴られながら教えてもらったよ。お腹を殴って動きを止めつつ下に注意を引いてから、頭部を叩いて意識を刈り取る上下のコンビネーションでしょ? ボディブローから派生させるバリエーションの中ではポピュラーだけど、これって実戦だと凄い役に立つから私もギン姉もよく使うね」

「懐かしいわね。アンタとギンガさん、模擬戦であれ食らってよく失神してたっけ」

ただのボディブローならまだマシな方で、これがグランドヴァイパーからのボディブローだとしたら食らえば空高く打ち上げられてから無慈悲な連続コンボが待っているのだ。

「あの人、封炎剣の柄で殴ってくるからね、普通死ぬよ。ていうか、ティアは一発目のリバーでよく吐いてたよね」

「吐き気を催してきたじゃない、思い出させるんじゃないわよ!!」

「そっちが振ってきたのに!?」

ティアナとスバルのやり取りを傍で聞いていたコロナとリオが複雑そうな顔になる。二人にとってソルは友達であるヴィヴィオのお父さんで、家に遊びに行くといつも優しげな笑顔で出迎えてくれて「これからもヴィヴィオと仲良くしてくれ」とケーキなどのお菓子を用意し、もてなしてくれる。鬼のように厳しいとか情け容赦無い賞金稼ぎ、というのは当然知っているのだが実際に自分達がそういう目に遭った訳では無い為、ギャップの差に戸惑う。

まあ、はっきり言ってそのような経験をしないに越したことはない。この場に居るほとんどの者が“背徳の炎”にボコボコにされた経験があるので、コロナとリオはこの中で実際に殴られたことのない少数派に入った。

とかなんとか外野が騒いでいる間にアインハルトがゆっくりと立ち上がり、構え直して続行の意思を見せる。

「やれるか?」

ノーヴェの問いにコクリと頷くアインハルトの眼は闘志で燃え上がっていた。ダメージは抱えているが心は折れていない。自ら前に出て、反撃を開始する。

すり足のような歩法、予備動作がない上に速い。瞬く間に距離を詰め、

「は!」

「うぐっ」

いきなり左の正拳突きがヴィヴィオの鳩尾に決まる。よろけたところへ、すかさず右のボディフックでフォローを入れてから、その場で一回転し右の裏拳で顎を殴打。その一連の流れはヴィヴィオに負けず劣らず鮮やかだ。

更に軸足を狙った左ローキックで体勢を崩し、右の回し蹴りを叩き込む。

錐揉み回転しながら吹っ飛ぶヴィヴィオがなんとか空中で体勢を整え着地に成功するが、顔を上げたそこへアインハルトの追撃が待っていた。

襟首を掴んで引き寄せてから左、右と一発ずつ拳を打ち込み、一瞬で身体ごと振り返り相手を背負うような体勢になると、そのまま背後に向かって体当たり――八極拳の鉄山靠によく似た動きで再びヴィヴィオを吹き飛ばし、ダウンを奪い返す。

「上手い!」

「華麗だ」

思わず叫ぶセインと小さく呟くチンク。他の面子も似たり寄ったりの感想を抱く。それだけアインハルトの動きは淀みなく、美しいとさえ感じたからだ。

「アインハルト、下がれ。ダウンだ」

またしても二人の間にノーヴェが割り込む。

「大丈夫か?」

「余裕、超余裕。もう、ノーヴェは心配し過ぎだってば。こう見ても私、パパ達相手に組み手してるんだからね。この程度じゃやられないよ」

何事も無かったかのようにすぐに立ち上がり、唇から垂れた血をワイルドな仕草で拭う。

「さて、続きといきましょうか? もっと見せてくださいよ、アインハルトさんの覇王流」

「言われなくとも」

互いに一度ずつダウンはしたものの、続行には支障がない程度のダメージ。両者は同時に踏み込み相手に襲い掛かる。拳と拳が交差してから相手にヒット。相打ちとなり周囲に鈍い打撃音が響く。そのまま激しい乱打戦となった。

ダウンを先に奪われ遅れを取ったアインハルトであったが、それ以降は完全に本気を出したのか乱打戦からはほぼ互角の打ち合いを展開し、その実力を見せつける。要所要所でヴィヴィオの連打を寸断し、手痛い一撃を見舞う。

避ける、殴る、防ぐ、蹴る、食らう、をひたすら繰り返す攻守交替劇。一進一退の鬩ぎ合いが続く。均衡がなかなか崩れない二人の勝負にギャラリーは眼が離せない。



――だが、



「ウオ、ラァッ!!」

「がは!」

やがて、打ち疲れとダメージを誤魔化し切れなくなってきて動きに精彩さが欠けてきたアインハルトを、ヴィヴィオが圧倒し始める。攻撃が減った代わりに防御に回る頻度が多くなってきたのだ。しかも序盤のダウンを奪われる前の時とは違い、明らかに余裕が無い。

それもその筈。残り体力が少なくなってきたアインハルトと比べ、ヴィヴィオは全く息を乱していない。それどころかダメージを負った様子すら微塵も見せず、序盤と同じペースで戦っている。ヴィヴィオが圧倒していると言うより、正しくはアインハルトが失速してきたのだ。

「まあ、これは当然よね」

「うん」

何気なく独り言のように零したティアナにスバルが同意を示す。ヴィータやアギト、ナンバーズなども異論は挟まず黙したまま頷く。

「えっと、どういうことですか?」

「説明お願いします」

ただ、コロナとリオだけがよく分かっていないようなので、ティアナが自ら解説役を務める。

「“背徳の炎”であるソル=バッドガイから戦闘訓練を受ける上で絶対的に必要なもの、それが何か二人は知ってる?」

二人は黙って首を振る。そんなことストライクアーツを少しかじった程度の子どもに分かる訳が無い。

「根性よ」

「え?」

「魔力とか、魔法の才能とかじゃないんですか?」

予想だにしていなかった答えに二人の少女は戸惑うが、ティアナの言葉に誰も否定する者が居ない。

「魔力も魔法の才能もあるに越したことはないけれど、正直二の次ね。根性ないとあの地獄に耐えるのは無理よ。根性があれば厳しい訓練にも耐えられる、訓練に耐えられれば体力がついてくる、体力がつけば模擬戦に参加出来る、繰り返し模擬戦を重ねていれば身体がタフになる。そこまでいけば並の攻撃なんていくら食らってもへっちゃらよ」

「頑強な身体、尽きないスタミナ、折れない心。この三つを身に付けさせる為の訓練だもんね」

「そしてその三つを身に付けられるようになれば、総合的な戦闘能力はたった数年で跳ね上がるって寸法よ」

補足するスバルにドヤ顔のヴィータが続く。

「普段の日常生活じゃソルはヴィヴィオのこと結構甘やかしてるように見えるかもしんねぇけど、実はかなり厳しいぞ。あいつの英才教育は半端じゃねぇからな」

「姉御、その代償としてネジが外れるのは――」

「それは言うんじゃねぇ」

恐る恐る進言するアギトの台詞を苦笑いで遮った。

つまりヴィヴィオは、学院の初等部という年齢で既に人並み外れたスタミナと耐久力を持ち合わせており、こと魔法無しの純粋な殴り合いでは相手が『普通の人間』であれば先に根を上げることはまずないと言っていい。

確かにアインハルトの技術は、覇王流の戦闘技能は高い。しかし、戦闘を持続させるだけの体力と、相手の攻撃に耐え続けるタフネスがヴィヴィオと対峙する上で足りていない。

「オラオラァッ!! 反撃してこないんならこのままタコ殴りにしますよ!?」

「ぐぅぅぅ……」

ヴィヴィオの攻撃は苛烈さを増す、というかアインハルトの手数が段々少なくなっていく。必死になって防御するが、体力消耗とダメージで全てを捌き切れない部分があり、激しいラッシュの内のいくつかが急所に命中。最終的には一方的に殴られるサンドバッグ状態になってしまう。

「もういいヴィヴィオ! そこまでだ!! やめろ! やめたげて! やめろっつってんだろが!!」

流石にこれ以上はマズイと判断したノーヴェが必死になって止めに入り試合終了となった。

その後、二人はヴィータが法力で作ってくれた氷を使って殴られたり蹴られたりした箇所を冷やしつつ、拳の語り合いから普通の話し合いに移る。

「アインハルトさんって結構強いんですね。びっくりしました」

「びっくりしているのはこちらの方なんですけど……流石は“背徳の炎”の娘ですね」

「私なんてパパ達に比べたらミジンコ同然ですよ」

「……そうなると私はミジンコ以下に――」

「わーん! ごめんなさい!! そういう意味で言ったんじゃないんです、今のは言葉の綾ですよ!! 本気でヘコまないでくださいってば!!」

他の者達も加わってのお話は、殴り合いに負けず劣らず楽しいものだった。










覇王の血と記憶を受け継ぐ少女と、聖王のクローンである少女。二人の王が初邂逅を終え互いの健闘を称え合い、ハートフルな場面を繰り広げている頃。

デバイス工房『シアー・ハート・アタック』に怪しげな風体の二人組みが現れた。

二人組みは共に同じ格好だ。全身を頭から足元まですっぽり覆い隠すローブに身を包み、顔を外部になるべく晒したくないのか深いフードを被っている。パッと見では男か女か判別不可。

身長差もあまり見られない。両者共、180cm前後だろう。ローブに隠れているので断定が難しいが、太ってはいないと思われる。

そして特徴的なのが、二人の手にはそれぞれ自身の身長を超える長さを持つ棒状の何かを手にしていることだ。端から端まで布のようなもので厳重に覆われている為、あくまで“棒状”としてしか表現出来ないが。

もし此処が日本だったら間違いなくお巡りさんに職務質問されそうな怪しさ抜群の、明らかな不審者。

カウベルを鳴らす入り口のドアを潜り抜けて店内に踏み込んでから、そのまま微動だにしない二人組。彼らにシャマルとアインはどう対処すればいいのか困ってしまう。翠屋のお手伝いをしていた頃から『変なお客さん』というものに何度か遭遇した経験があっても、これ程までに自らを不審者と宣言する輩と相見えることはなかった。

「あの、いらっしゃいませ」

「何かお探しですか?」

「……」

「……」

念の為、不審者然とした普通の客だったら無碍に扱う訳にもいかないので営業スマイルで声を掛けてみたが、返ってくるのは無反応。

どうしようか? 工房奥に居る店長のソルでも呼んでこようか? とアイコンタクトでシャマルとアインが相談していたら、店の奥から今呼ぼうと思っていた人物が現れる。

厄介な客は店長に丸投げしてしまおう、そう考えた二人の甘い期待を、当の店長が手にしている封炎剣を見て即座に投げ捨てる。慌ててソルに詰め寄った。

「早まらないでアナタ! いくら見た目が怪しいからって何もいきなり斬り捨てることないじゃない!!」

「落ち着けソル! この場は私とシャマルがなんとか収めるからその封炎剣を仕舞え!!」

しかしソルは二人の制止など振り切って、首から垂れ下げた歯車の形をしているネックレス型デバイス――クイーンに命令を送り、結界を展開させバリアジャケットを纏う。

そして封炎剣を持った左腕を大きく振りかぶり、その拳に炎を纏わせ、



「このアホ兄弟が! 今更どの面下げて帰ってきたっ!!」



拳を突き出すと同時に巨大な炎の渦が発生し、怪しげな二人組を呑み込むようにして周囲を巻き込みながら大きく燃え広がり、最終的には内包したエネルギーを外へ吐き出すようにして爆裂。

全く躊躇いなく発動したタイランレイブ。

結界の中、タイランレイブを発動させたことによりデバイス工房『シアー・ハート・アタック』が内部から半壊、否、消し飛んだ。

突然の出来事に呆然としてしまうシャマルとアインだったが、怪しい二人組みはソルの凶行を予想していたのか、瞬時にタイランレイブの範囲外である店外へ脱出し難を逃れていた。とんでもなく速い逃げ足である。

「あーあ、やっぱこうなったか」

「予想は出来てましたけど、本当に躊躇しませんね」

この時点になってやっと二人組は口を開く。片方は聞いたことがある若い男性の声、もう一人は聞いたことがない若い男性の声。

ソルがタイランレイブを放った時の言葉と、片方だけ聞き覚えのある声にシャマルとアインが「まさか!?」と声に出した瞬間、二人組みは同時にローブを脱ぎ捨て正体を現す。ついでに手にしている“棒状”のものを包んでいる布も一緒に剥ぎ取った。



「シンくんに……エリオ、なの?」



そこには美男子が二人居た。一人はよく知った顔で、三年前に居なくなった二人の内の一人で、最後に見た時と何一つ変わっていなかった。もう一人は初めて見る顔だったが、よく知った少年の面影を残した青年である。

シャマルが思わず両手で口元を押さえ、驚愕に声を震わせながら二人の名を呼ぶ。アインなんてその横で口が開いたままだ。

「久しぶりだな、シャマルのオフクロにアインのオフクロ」

そう言って、シンと呼ばれた青年は屈託なく笑う。碌に手入れもしていないのに金糸のように輝く艶やかな髪、右眼を眼帯で隠し片方だけで世界を捉えるその瞳はエメラルドグリーン。大きな旗を手にしているのは相変わらず。人懐っこい無邪気な笑みも三年前に失踪した時と変わっていない。

「ただいま、母さん。アインさんもお元気そうで」

次に言葉を紡いだのは燃えるような赤髪の青年。槍型のデバイスを携えた彼は、三年前とは比べものにならない程成長していた。まず身長がぐっと伸びており、ソルとほぼ同じ高さになっている。面影は残っているが幼さがすっかり抜け、顔立ちは精悍だ。元気いっぱいだった少年は、いつの間にか落ち着きのある理知的な大人の男性へと変貌を遂げていた。

エリオとシンはまずシャマルとアインに再会の挨拶を述べてから、ソルに視線を飛ばす。

「父さん」

「オヤジ」

「ああン?」

「「ただいま」」

「このクソガキ共、よくもまあいけしゃあしゃあと……覚悟は出来てんだろうな?」

ゴキリ、ゴキリと首を右に左に傾け音を鳴らし、ゆっくりと二人へ歩を進めるソル。封炎剣が持ち主の意思に呼応して赤熱化し、周囲の気温が急激に上昇していき、火の粉が舞い、足元から火柱が発生した。

もう完全にやる気になっている。書置きだけ残して家出した息子二人が三年越しに帰ってきたから、父親としてお仕置きするつもりなのだ。

その様子に二人は生唾を飲み込んでから、シンは旗を、エリオは槍をそれぞれ無言のまま構えた。二人共、表情は真剣そのもので緊張に強張っていたが、口元には笑みが浮かんでいる。まるでこの瞬間を待ち望んでいたかのように。

「来い。まさか三年間、遊び呆けてた訳じゃ無ぇんだろ?」































ザンクト・ヒルデ魔法学院の高等部には“女神”と“天使”が存在する、という言葉を知らない在校生は居ない。

これは元々『中等部には女神と天使が存在する』というものであったが、今年になってその“女神”と“天使”が二人共中等部から高等部に進学した為、若干の変更が加えられた。

成績は常に学年トップ、容姿端麗、明るく社交的かつ上品な立ち居振る舞い。中等科2年の時に生徒会へ立候補し圧倒的なカリスマと人気により生徒会長と副会長まで勤めたが故に“女神”、“天使”とまで呼ばれようになる。

“女神”の名はリインフォース・ツヴァイ。他を圧倒する美貌と完璧なプロポーションを天から与えられ、否応なく異性を惹きつけ、同性からは羨望と嫉妬と憧れを、そして大多数の生徒達から崇拝にも似た感情を向けられる少女。

“天使”の名はキャロ・ル・ルシエ。小動物のような愛らしさは庇護欲をそそる。まるでこの世の穢れなどとは無縁と言っても過言ではない程の無垢な眼差しはまさに天使であり、数多くの生徒から『守ってあげたい』と思わせる少女。

そんな二人が放課後に校内の図書室で『覇王インクヴァルト』に関して調べているのは、昨日父からアインハルトのことを聞かされて個人的な興味を抱いたからだった。

とは言え、所詮は学校の図書室。見つけられる文献や書物はありきたりのものや既知のものばかり。特に目新しいものは見つけられない。本格的に調べるならば聖王教会の本部か無限書庫に足を運んだ方が時間を使うという意味では有意義だったかもしれない。

美少女二人が図書室という静謐な空間で黙したまま本を読む姿は、とても絵になる風景であり二人は室内のあちこちから注目を集めまくっていたのだが、あまりに気にしていない。良くも悪くも赤の他人から自身に向けられる感情に頓着しない父に似たのだ。

「キャロ。そろそろ帰る?」

「そうだね」

やがて飽きてきたのかツヴァイが小さく溜息を吐きつつ問えば、それを待っていたかとばかりキャロが応答。

ほぼ同時に席を立ち、棚から引っ張り出してきた本の山を片付ける。その際、キャロが偶然窓の外に眼を向けて、校門近くに人だかりが出来ているのを発見する。

「何アレ?」

「さあ? けど、帰る時に少し覗いて見れば分かるわ」

図書室は1階に位置する為、校門周囲に人だかりが出来ているのは分かっても、何が原因で人だかりが出来ているのかは人だかりのおかげで分からない。一瞬、サーチャーを飛ばしてみようかとも思ったが、ツヴァイの一言にそれもそうだと納得しさっさと本を返却して昇降口に向かうことにした。

校舎から出て、人だかりに近寄る。校門前に出来ているので、帰ろうとすると必然的に近寄ることになるのだが。

「なんか、女子が多いね」

「しかも聞こえてくる声が黄色い。イケメンの有名人でも来てるのかな?」

キャロの言葉にツヴァイは首を傾げ、たまたま近くに居た生徒を捉まえて話を伺ってみることに。

「そこのあなた」

「え? かか会長に副会長!? 何用でしょうか!?」

「元、よ。会長だったのは去年度までの、中等科の頃の話だから変に緊張しないで。今の私は単なるあなたの同級生よ。ところでこの人だかりは何?」

やたら緊張しまくっている同級生らしき人物を落ち着かせてから話を手短に聞いてみると、校門前に二人のイケメンが誰かを待っているかのように佇んでいるとのことだ。

「私もちょっとしか見てないんですけど、身長高くて、モデルみたいに格好良いイケメンが二人も居るんです。ちょっと眼つきが鋭くて悪そうな感じもするんですけど、逆にそれが近寄り難くてワイルドで良いっていうか……」

女生徒は興奮しているのか頬を染めながら鼻息を荒くして早口で捲し立てる。どうやら好みらしい。

「「ふーん」」

しかしツヴァイとキャロのリアクションは薄い。男の価値は外見よりもその内に秘めた意志の強さと信念、という考え方をしている為、ただ顔が良いだけの男に興味を持てない。勿論、人だかりの原因である二人のイケメンが顔が良いだけの人物であると断定している訳ではないものの、周りの女子のように騒ぐ気にはなれない。

情報を提供してくれた女生徒に一言ずつ礼を述べ、その二人のイケメンとらを碌に見ようとせず人だかりを抜け家路につこうとすると――



「あ、やっと見つけた。ツヴァイ、キャロ」

「遅ぇよお前ら、待ちくたびれたぞ。何やってたんだよ」



件の人物から声が掛けられた。

とても懐かしい気配に、思わず足が止まる。初めて聞いた男性の声が自分の名を呼んだ瞬間、胸が高鳴った。聞き覚えがあるもう一つの男性の声に、嬉しさが込み上げてくる。

ゆっくりと振り返り、二人の男性の姿を視界に捉え、手にしていた学生鞄を落としてしまう。

ツヴァイとキャロは息を呑み、心の底から溢れ出てくる歓喜を抑え切れず、それに伴い緩くなった涙腺から零れ出る涙を堪えられなくなっていた。

「エリオ!!!」

「エリオくん!!!」

二人はほぼ同時に走り出し、最後に見た時と比べて遥かに大きくなったエリオの胸へ――二人を余裕で受け入れられる懐の深さ――飛び込んだ。横でシンが「あれ? 俺は?」とぼやいていたが、それどころではない。

「ただいま」

「お、おか、おかえりな、さい……ずっと、ずっと待ってた、エリオがシン兄様と帰ってくるのを、ずっと待ってた」

「うわああああああああん、エリオくぅぅぅぅぅん!! 寂しかったよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

泣きじゃくる少女二人をあやすように頭を撫でながらエリオは「遅くなってごめん」と謝罪する。

「もう何も言わずに出ていくような真似はしないから泣き止んでよ」

困ったように笑う彼の顔が眩しくて、たった三年間見なかっただけで予想よりも遥かに格好良くなっていて、それでも三年前と同じ無邪気な笑顔だったから、人だかりの中でツヴァイとキャロは恥も外聞もなく――場所が放課後の学校の校門前だというのに憚らず泣き疲れるまで泣き喚いた。










「ただでさえ騒がしいってのに、またこれで一段と騒がしくなるな」

「そんなこと言ってる癖に口元がニヤけてるぞ、ソル」

「エリオとシンくんが成長して帰ってきて嬉しいって素直に言えば?」

アインとシャマル、それぞれの指摘にソルは機嫌が悪そうに「フン」と鼻を鳴らす。そんな様子に、相変わらずこの男は天邪鬼だな、と二人は微笑む。

「しかし、二人掛かりとは言え、まさかお前がドラゴンインストールを使わなければならない程追い詰められるとはな」

長い銀髪をかき上げながら呟き、周囲を見渡すアインの視界は、煉獄の炎に支配されていた。

大地が割れてマグマが噴出し、天を貫けとばかりに紅蓮が舞い上がる。溶岩と化したそれらが大きな流れとなって何もかも押し潰し呑み込む火の海を作り、煌々と光る炎の色が全てを彩っている。

結界の中でソルがエリオとシン相手に暴れ回った結果であり、逆に言えばソルが此処までしなければならない程二人は成長したという証でもあった。

「さっきのは50%くらいだ。マジじゃねぇ……!!」

「アナタは何をそんなにムキになってるの」

父親としての威厳や矜持を必死になって守ろうとしているソルに、シャマルが呆れる。なんだかんだ言って息子二人が帰ってきて一番はしゃいでいるのはこいつなのだ。

「ったく、この三年間でどんだけ修羅場潜ったんだあのガキ共?」

「きっと想像を絶するような経験をしてきたんだろう」

「後でたくさんお土産話を聞けばいいわ」

微笑を絶やさない二人が紡ぐ言葉にソルは肩を竦め、改めて眼前の――地獄の釜のような惨状を見据える。

いずれこうなることは予想していた。シンはそもそもギアの力を“木陰の君”から受け継いでいたし、エリオは天賦の才を持っておりやがてはカイを超える逸材だと睨んでいた。

しかし、まさかこんなに早くこのレベルに達するとは完全に想定外だ。

唇を固く結んでいる筈なのに、気を抜くと緩んでニヤけてしまう。

「……もうガキ扱い出来ねぇな……やれやれだぜ」

傍に居る二人には聞かれないように小さな声で独り言を呟いて、溜息を吐いた。

























オマケの人物設定



リインフォース・ツヴァイ

ザンクト・ヒルデ魔法学院の中等部に進学してから(エリオとシンが失踪したのと同時期)、急に性格が元気いっぱいの子ども(じゃじゃ馬)から落ち着いた大人の女性へとクラスチェンジ。口調も子どもっぽさが抜け大人びている。

ミッションスクールに通っているに相応しいお淑やかさ、礼儀作法、その他諸々を身に付け、まさに『何処に出しても恥ずかしくないお嬢様』に変貌。

肉体的な成長が顕著になってきたのもこの時期で、顔もボディラインもアインと似通っている為二人が並んでいると姉妹のように見える。違うのは瞳の色だけだから、二人を見慣れてない人はよく間違えてしまう。

眉目秀麗、文武両道、性格も社交的、どんなことであろうと誰よりも優れた結果を出す完璧さを持ち合わせている。故に生徒、教師問わず学内で知らない者は居ない程の人気を誇る。

中等科2年生の時にキャロと共に生徒会へ立候補し、見事に当選。生徒会長となったその頃から“女神”と呼ばれるようになり、学内の地位を不動のものとする。

中等部卒業後はそのまま二年制の高等部へ進学。働くよりも学生でいられる今を楽しむ進路を選んだ(人間だった頃のソルは大学院、なのは達は高校までちゃんと卒業したことが起因する)。だが、その後の進路で学士資格を取る為に更に二年間の学生生活を送るかどうかはまだ考えていない。

ソルが育てた子ども達の中でネジ外れ筆頭だった筈が、何故か一番まともになってしまった良い例。



キャロ・ル・ルシエ

ツヴァイ同様、中等部に進学してから急激に成長した。天然な性格は相変わらずだが、様々なカリキュラムを優秀な成績でクリア。かつてのお転婆娘も今では「ごきげんよう」と挨拶するお嬢様。

性格は癒し系。一緒に居ると癒されるらしい。小動物的な『守ってあげたい』外見なので、性別関係なく男女から大切にされている。人気も高い。

しかし周囲の評価とは裏腹に本人は自身の肉体的成長が遅い――つーか成長していないことに自分だけ置いてかれている錯覚を覚え焦りや憤りがある。非常に残念なことに肉体的な成長は乏しく、身長もぐっと伸びてボンッ、キュッ、ボンッで『何から何まで大人なツヴァイ』と比べてツルペタストーンであり、顔も幼さが抜けない。よく年下に間違えられる。ぶっちゃけ幼児体系の自分の身体と顔つきがコンプレックス。だがそれがいい、とか言ったら殺される。

生徒会へは副会長として立候補し、当選。元々知名度は高かったが、女神ツヴァイの補佐的な存在として、その小さな愛らしい姿からいつの間にか“天使”と呼ばれるようになってしまう。本人としては「私も女神がいい」とこの呼び名に不満あり。『永遠の二番手』とか言ったら殺される。

中等部在学中に明確な進路を見出すことが出来なかった為、なんとなく高等部へそのまま進学。進学したばかりだが卒業後の進路をどうしようか悩んでいる。

























後書き


前回の後書きで『次回はヴィヴィオVSアインハルトです』的なことを言っておいて、蓋を開けてみれば半分以上はエリオが帰ってくる話になってしまいました。

階段を上っている筈が実際は下っているポルナレフ状態です。

次回以降は、これまで失踪していたことによって登場しなかったエリオもバンバン出していくつもりです。

で、今回学校の話を出しましたが、これに誤算がありました。Wikiなどで確認すると、魔法学校って初等部が五年、中等部が三年、更に二年おき進学が可能な教育機関だったみたいで、すっかり初等部は六年だと思っていた私は「ホァーッ!」ってなりましたよwww

仕方が無いので原作準拠でいこうと思いまして、それぞれのキャラの年齢や学年を改めて確認するとヴィヴィオが初等科4年生、エリオとキャロが14歳、ってなことになっているのでヴィヴィオはそのままでいかにエリオ達をどの学年にするかで頭を捻ることになりまして。

14歳ってことは数え年が15歳。そうだとすると日本でいう中学3年生になりますが魔法学校の初等部は五年生なので一年分引いて→中等部の次の一年生になる、と。

いや、ぶっちゃけテキトーです。こ、細かいことは気にするな!!

ではまた次回!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO4 雷槍騎士の今後
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:d5074e98
Date: 2013/06/07 22:35


バッチーン、という良い音がクロノの執務室に響く。間髪入れず更にもう一度、バッチーンと聞こえた。激しい怒りに染まった表情のティアナが、部屋に入ってきた赤毛の青年にいきなり往復ビンタを食らわせた音である。

引っ叩かれた人物は、三年前に失踪し、昨日帰ってきたというエリオ。クロノが最後に見た少年の姿とは見違える程成長していたが、特徴的な髪の色ですぐにエリオだと判別した。

彼が帰ってきた、という報告があったのは昨夜。ソルからのメールだ。『なるべく早めに迷惑を掛けた関係者各位に詫びを入れさせる』という内容で、クロノの所には本日訪問するということになっていて。

今日、直属の部下であるティアナと二人で書類仕事をしながらエリオのことを待っていた。そしていざ彼が執務室に入室してくると、これである。正直クロノには訳が分からない。誰か教えてくれと視線を彷徨わせると、エリオの後ろに驚いた表情の金髪の青年が居た。去年の魔法戦技大会で出会ったカイの実の息子――シン。エリオ同様皆の間で『尋ね人』になっていた人物だ。

「アンタ馬鹿でしょ!? いきなり行方不明になって、周りに心配させて、たくさん迷惑掛けて、この馬鹿!! 馬鹿、馬鹿……馬鹿……」

握り締めた両の拳を同時に振り上げては振り下ろし、罵倒しながらエリオの胸板を殴打するティアナはまるで癇癪を起こした子どものようであったが、声と手の勢いは徐々に弱くなっていき、最後は彼の胸に頭を押しつけながら縋りつく。

「連絡の一つくらい入れなさいよ、心配したじゃない……この馬鹿」

蚊の鳴くようなか細い声で非難しつつも安心したように呟くティアナの態度に、エリオは数秒間程呆けていたが、やがて優しげな瞳で彼女を見下ろしながらそっと抱き締める。

帰ってきて、彼は改めて思い知らされた。シンと共に家出をして、三年間武者修行に明け暮れた日々はとても楽しくて充実したものであったが、その裏で自分達が周囲の人々にどれだけの迷惑を振り撒いたか、どれ程の心配を掛けてしまったのかを。

ソルには滅茶苦茶怒られて戦う破目になった、シャマルは怒るを通り越して呆れていた、ツヴァイとキャロには泣かれてしまった。他の皆からも小言を散々言われてしまった。

そして今は腕の中でティアナがその華奢な身体を震わせている。

「愛されてるな、僕は」

思わず独り言を呟くと、慌てた様子のティアナがバッと腕の中から飛び出し、数歩後ずさりながら顔を真っ赤にして叫んだ。

「い、いきなりなな、何言ってんよ馬鹿じゃないの!! やっぱりアンタ馬鹿よ!! 馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁ!!」










背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO4 雷槍騎士の今後










ラブコメチックな展開を繰り広げ二人の世界に浸っているエリオとティアナを一先ず放置して、クロノは部屋のドアの前で所在無さげにしているシンに近寄る。

「キミの話は聞いているよ。カイさんの実の息子の、シンくんでいいかな?」

「おう。クロノでいいんだよな? 話ってオヤジ、ソルからか?」

話しかけられてこれ幸いと応じるシン。明るくて元気な青年、というのが第一印象。カイとは別の意味で裏表を感じさせない気持ち良さを持ち合わせた誠実な人間だと感じた。ソル曰く『アホだが素直』というのは、なるほど、言い得て妙だ。

「ソルは勿論、キミのご両親からもだ」

「母さんとカイに会ったことあんのか?」

肯定するように頷く。

「去年、ちょっとした大会でね。まあ折角来て立ち話もアレだ。座りなさい。お茶の用意をしよう」

「あ、仕事中押しかけてんのにわざわざサンキュ、クロノ。じゃあ俺はお詫びの品を兼ねたお土産を。ほい、どうぞ」

シンは背負っていたザックを下ろし中に手を突っ込むと、一本の瓶を取り出しそれをクロノに手渡してきた。

受け取った瓶をしげしげと観察してみる。瓶自体は透明で、中身は琥珀色の液体で満たされていた。しっかり封はされているみたいで匂いがしない為何が入っているのか分からない。

「これは?」

「栄養満点の蜂蜜だ。そのままパンとかに塗って食うのも美味いけど、飲み物に混ぜて飲むのも美味いぞ」

「蜂蜜? なんでまた、蜂蜜?」

「必要に迫られて養蜂してたんだ」

「はあ?」

「でも養蜂だけじゃないぞ。キノコの栽培もしてたし、虫捕りだってしたし、畑だって耕したし、魚釣りだって頑張ったし、ツルハシ持って毎日炭鉱夫になった時もあるし、鍛冶屋に弟子入りもしてたぞ」

問えば、えっへんと胸を張りつつ更なる謎を残すシンの言葉に首を傾げることになる。三年間、一体エリオと何をやっていたのだろうか?

まあ、詳しい話はお茶の用意をしてからにしよう。シンにソファへ座るように促し、それからまだ何か二人で話し合っているエリオとティアナに「そろそろいいか?」と声を掛けた。










三十分程度クロノとティアナと談笑し、他にも回らなければならない場所がある、ということでエリオとシンの二人はクロノの執務室を後にする。

「まさか部屋に入った途端エリオがビンタされるとは思ってなかったぜ」

「あれは痛かったです」

カラカラ笑うシンに、歩きながら両頬を手で押さえ苦笑いで応じるエリオ。

「で、次は何処行くんだ? こっちの世界のことは何一つ知らねぇから引き続きナビ頼む」

「次は、えっと――」

二人が現在歩いているのは時空管理局の本局、その中でも次元航行部隊に所属している局員の執務室が纏められている区画。この近辺から回っていくとなるとリンディかレティ、もしくはマリエルになる。査察部であるヴェロッサは業務の都合上会えるかどうか分からないので後回しだ。

ティアナの補佐官であるシャーリーが先程クロノの執務室で会えなかったのは痛いが、マリエルの所へ訪れた時に行方を尋ねてみるのもいいかもしれない。

本局で用を終えたら、今度は無人世界カルナージへ行ってアルピーノ一家に挨拶しなければならない(三年の間に移住しており現住所が第34無人世界『マークラン』ではない、という内容をツヴァイとキャロから聞いてエリオはとても驚いていた)。

その後はミッドチルダに戻って地上本部、Dust Strikers、聖王教会、という順番で回るつもりである。スケジュール的に結構タイトなものだが、翌日には海鳴市で一泊してからイリュリア連王国に行く予定となっているので、なるべく今日中に済むものは今日の内に挨拶回りを終わらせたい。

人と人との繋がりは世界を超える、それはそれで凄いことだがそれら全てを一気に回るとなると費やす労力は膨大だった。自業自得ではあるのだが。










三日後。海鳴市で一泊、イリュリアに一泊して帰ってきた(実家がイリュリアのシンとはそこでお別れ)エリオの挨拶回りは無事に終了。ちなみに結果は以下の通り。

初日の初っ端、いきなりティアナから往復ビンタを食らう。

ルーテシアに泣かれ、メガーヌとゼストの二人に『子を持つ親としての立場』からありがたいお説教を頂戴する。

ゲンヤには何をしていたのか根掘り葉掘り訊かれる。

グリフィス達からは三年の間に次元世界で賞金稼ぎとして活動していないか問われ、素直に「お騒がせしました」と白状した。

女性の方々からは「イケメン!!」と騒がれるようになる。

二日目。海鳴市では未だに独り身のアリサとすずか、美由希から絡み酒を食らう。「ちょっとエリオ格好良くなり過ぎじゃない? 何それ? 誘ってるの? 私のこと誘ってるの?」とか「二人は今好きな娘居ないの? 居ないなら私、どっちかに立候補しちゃおっかなー」とか……必死過ぎて怖いよこのお姉さん達!!

そして最後である昨日、Dr,パラダイムから滅茶苦茶怒られて――もしかしたらソルよりも怒っていたかもしれない――小一時間、正座の状態で説教される。普段物静かなDr,パラダイムが開口一番に「そこに直れ!!」と怒鳴るとは思っていなかったので心臓が口から飛び出る程驚いたのは内緒だ。

他の方々は基本的に笑って許してくれたので、まあこの程度で済んでよかったと言わざるを得ない。お詫びの品を兼ねたお土産(蜂蜜)はなんとかギリギリ足りてくれた。激戦に備えてシンと共にたくさん養蜂しておいたのが功を奏したのである。

「そうか。ご苦労だったな」

帰ってきていの一番に『侘び入れてこい!』と命令したソルに結果報告すると、義父は自身の顎に手を当て何か考える仕草を見せた。

「……で、エリオはこれからどうする?」

「と、仰りますと?」

「復学するか、働くかだ」

つまりこれからの身の振り方をどうするか、という話だ。

復学する場合、また以前のようにツヴァイとキャロの二人と一緒に通うことになる。最終学歴が初等部で、中等部をすっ飛ばして高等部に編入ということになるものの、勉強に関しては特に問題無いだろう。授業が分からなければ勉強すればいいだけの話だし。

では働くとしたらどうなるだろうか? 賞金稼ぎとしてDust Strikersで仕事をもらうのもありだし、養父のデバイス工房を手伝うのもいいかもしれないし、八神家道場の師範代や聖王教会の教導官でもいいかもしれない。これら以外でも色々な仕事がある筈で、選択肢は多い。

「プーは?」

「ああ?」

「ジョークです!!」

軽口を叩いてみたらソルの眼が剣呑な光を発したので、急いで言い繕う。危うく丸焼きにされるところであった。家長として家の中からプー太郎を出したくないのは分かるが、その為に殺気を出すのはやり過ぎだと思う。これに類する冗談は聞き入れないようだ。

「あの、とりあえず、少し考える時間を頂ければと愚考するのですが」

どちらにせよミッドチルダに戻ってきてから一週間も経過していない。三年間の空白もある為、すぐに結論を出すのは早計と判断しその旨を伝え時間が欲しいと提案すれば、ソルは案外あっさり受け入れる。

「……まあいいだろう。暫くは好きにしろ」










「そういう訳で、失踪中だったお兄ちゃん二人がやっと帰ってきました。この中でコロナだけはエリオお兄ちゃんに会ったことあるよね?」

時間帯は学校の授業を終えた放課後、通学路を下校中という状況下でヴィヴィオは一緒に帰る友達に話す。

「うん。あの時と比べてやっぱり背とか伸びてるの?」

「すっごい伸びてる! パパと同じくらいの身長だよ!」

「それは高いね。久しぶりに会ってみたいなぁ」

ヴィヴィオと一年生の頃から同じクラスだったコロナは、その当時から家によく遊びに来ていたので三年前にエリオと何度も会ったことがあったし、一緒に遊んでもらったことも一度や二度ではない。コロナにとってエリオは文字通りの意味で『友達のお兄さん』というポジションだった。

「はいはいはーい、あたしもエリオさんに会ってみたい! 去年の大会じゃ結局会えなかったしさ」

元気に腕をブンブン振ってアピールするのはリオ。彼女は今年になるまでヴィヴィオとコロナとは別のクラス(ヴィヴィオとの出会いはデバイス工房『シアー・ハート・アタック』)だったので、当然エリオに会ったことがない。去年開催された魔法戦技大会でシンとエリオがもしかしたら現れるんじゃないかと囁かれて彼女は興味津々だったのが、結局二人が姿を見せなかった為少し残念な思いをしたのである。

「三年間も武者修行に出ていたという話に興味があります。私もご一緒していいでしょうか?」

リオに続いて発言したのはアインハルトだ。此処数日ですっかりヴィヴィオ達と仲良くなり、同じ時間を過ごすことが多くなってきた。

「じゃあこれから皆でウチに遊びに来る? 今家に居るか分からないけど」

「「「是非!」」」

「じゃあレッツゴー!」

四人はテンションを高めながら駆け足で家に向かう。





が、しかし。

「居ないし」

住んでる人数が多いのでやたら広い家の中を練り歩いた末にヴィヴィオがリビングで待っている友人達に告げた。留守、家の中には誰も居ませんよ状態だったのである。

「復学するか働くかのどっちつかずは何処行った!?」

「少し落ち着いてヴィヴィオ」

頬を膨らませ地団駄を踏むヴィヴィオにコロナが慣れた感じでどうどうと言い聞かせる。

「普通に出掛けたんじゃないかなー」

至極当然のことを言ってみるリオにコロナとアインハルトが同意を示すが如く頷いた。

「例えば何処に?」

「いや、それは流石に知らないけど」

まだ膨らんだ頬が元に戻らないヴィヴィオの質問にリオは呆れながら首を横に振る。そもそも会ったことがない人物が何処に行ったかなどリオに予想出来る筈もない。

「どうしよっか? エリオお兄ちゃんに連絡取ってみる? それとも今日のところは諦めて他のことでもして遊ぶ?」

妥当な提案に誰もが僅かに思考を巡らせた時、「ただいまー。ヴィヴィオー、友達来てるのー?」という声が玄関の方から聞こえてくる。声の主はなのは。どうやら仕事を早めに切り上げて帰ってきたようだ。

間もなく、両手に買い物袋を手にしたなのはがリビングに入ってくる。その後ろから彼女同様に買い物袋を手にしているフェイト、アインも続く。三人はヴィヴィオの友達に気が付くとそれぞれ「いらっしゃい」と告げた。

「「「お邪魔してます」」」

コロナとリオとアインハルトは行儀良くお辞儀。

なのは達は、「あら、いらっしゃい」や「ゆっくりしてってね」と返事をし、買い物袋の中身を一般家庭と比べるとやたら大きい冷蔵庫に入れ始め、その作業が終わるとジュースを取り出し自分達の分と子ども達の分を配る。

ジュースを受け取りお礼を述べる子ども達。

「さて、夕飯の準備をしよう。コロナちゃん達はウチで食べてく?」

空になったコップをシンクに放り込み、エプロンを装着しながらなのはが子ども達に問う。

「あ、お構いなく。夕餉の前には帰ります」

「迷惑じゃなければ食べていって? 大食らいが帰ってきたから今更子どもが四人増えようが十人増えようが変わらないから」

「……でも」

アインハルトが遠慮の言葉を口にするが、優しいのに有無を言わせぬ口調でぶった切るなのは。そんな友の母の態度に覇王少女は困惑する。

「気にしちゃダメですよ」

「この場合、食べていかない方が逆に失礼になります」

両サイドからコロナとリオがアインハルトの肩を叩く。よく遊びに来るだけあって、この家に住む連中への対応というのがよく分かっているリアクションだった。断るに断れない善意というのは、意外に質が悪い。

「では、お願いします」

「はーい♪」

色好い返事をもらい、なのはが満足そうに笑う。子ども好きで、実家が喫茶店を経営している彼女は、実はお客様をおもてなしするのが大好きだったりする。

既に台所(お店の厨房みたいに広い)ではフェイトとアインが調理を開始していた。明らかに業務用にしか見えない大きな炊飯器に研いだお米をセットし、大量の野菜を見事な手捌きで刻み、中華料理屋でしかお目にかかれないような火力を持つコンロに巨大な鍋を載せる。

「エリオが帰ってきたことは喜ばしいが、食事の用意が以前よりも遥かに大変になったぞ」

「前は二人で十分だったのにね」

「出てく前より食べるようになったし」

苦笑するアインにフェイトとなのはが応じる。

話題がヴィヴィオ達の目的であったエリオのことなので、少女達は自然と耳を傾ける。大人から見たエリオという人物像がどのようなものか気になったのだ。

「で、エリオって今日は工房の手伝いしてたんでしょ? デバイスマイスターとして働けそう?」

「ウチの工房で働くなら全く問題無いな。今日見た限りでは鍛冶師、工匠としての腕前は店長(ソル)副店長(ヴィータ)が素直に褒める程だ。何処で身に付けたのか不明だが、二人が知らない知識も豊富。文句のつけようが無い」

「へー」

冷蔵庫から肉の塊を取り出しつつなのはがアインに問い、アインは鍋に野菜を放り込みながら答える。どうやらエリオの本日の外出先はデバイス工房『シアー・ハート・アタック』だったようだ。

続いてフェイトがフライパンを温めながら疑問を口にする。

「明日以降はウチの道場、教会、Dust Strikersって順番で回るんでしょ? まあエリオだったら何処行っても大丈夫だと思うけど、ぶっちゃけた話さ、エリオの戦闘能力ってどのくらい?」

「……どうかな。シンと二人掛かりでソルに挑みドラゴンインストールを使わせるまでは至ったが、あの戦闘で底を見せたとは思えない」

「つまり、私達と同じくらいってことかな?」

「少なくとも良い勝負はするだろう。いずれサシでやり合えば分かる」

肩を竦めて見せるアインになのはが口を挟む。

「やられちゃったりして」

「あり得るぞ? カイを超えるかもしれん逸材だ。私達が足元を掬われる可能性はある」

話を聞いていたヴィヴィオの顔には『信じられん』と書いてあった。たった三年間の武者修行でこのモンスターペアレンツ(誤字にあらず)に匹敵する強さを手に入れただと!? どういう修行を実施したんだあのお兄ちゃんズは!! と。

「まあ、エリオの戦闘能力などこの際どうでもいい。現状、復学するか働くか決めかねているようだが、私個人としては復学して欲しいんだ」

「え? アインは復学して欲しいの?」

「なんで?」

働いて家に食費だけでも入れて欲しいと考えていたフェイトとなのはは、アインの意外な希望に首を傾げた。

すると、アインは即答せず僅かに逡巡したようだが、うんと一つ頷いてから声に出す。

「……復学すれば、その、ツヴァイやキャロと一緒に居る時間が多くなるだろう」

「「あー」」

言いたいことを察したのか、二人は異口同音になる。

何処へ行くにしても何をするにしても一緒だった当時の三人。それが、エリオが居なくなったことによってツヴァイとキャロに大きな変化をもたらした。変わることが悪い訳では無いものの、親側の立場としては以前のように三人一緒で居る姿の方が見てて安心する。

「それにな、ソルが不穏な動きをしている」

「「?」」

何故この問題で一家の大黒柱の話が出てくるのか?

曰く、ティアナの様子を探っているらしい。エリオとシンが帰ってきてからの彼女の生活に何か変化が現れていないかを、仕事に関してはクロノに、プライベートに関してはスバルやティーダに訊ねていたり。

「ティアナってお兄ちゃんが面倒見た魔導師の中で一番のお気に入りだよね、確か」

「もしかしてエリオとくっつけようとしてる?」

他人の恋愛が大好物な女子二人が発言した瞬間、ギリッと耳障りな音が立つ。アインが歯を食い縛った音である。

「ふざけるな……!! エリオとくっつくのはツヴァイだ、いや、むしろツヴァイに相応しい男はエリオ以外にあり得ん……それを分かっていながら、ソルは一体どういうつもりだ……!?」

真紅の眼が爛々と輝き、包丁を片手に全身から暗黒のオーラを溢れ出させ、こめかみに青筋を立てるアイン。その鬼気迫った姿に全員が表情を引き攣らせた。

「べ、別にそうと決まった訳じゃ無いから、アインさん落ち着こう?」

「エリオに仕事を斡旋しようとしてるだけかもしれないし」

「そしてそのままベッドイン&ゴールインか?」

アインがやたらと話を飛躍的に解釈するので、「そうじゃない!!」と必死に言い直すがまるで効果が無い。というか、親バカを説得すること自体が無理難題だ。

「もう! フェイトちゃんが最初に変なこと言うからこうなったんだから、なんとかして?」

「ふぇ? 私!?」

「ほら早く」

こりゃダメだと早々に見限ったなのはが戦線離脱宣言をし、フェイトが半泣きになってアインに更なる説得を試みた。

「か、考え過ぎだと思うけど」

「ああいう一見真面目そうな女が、一番男にのめり込むタイプなんだ」

それは自分でしょうが、明らかに経験則からくる発言だ、とブーメランな突っ込みを入れたくなったがぐっと堪える。言ったら言ったで自分にもブーメランなのだが。

「以上の理由により私はエリオが働くことに断固反対だ。残り少ない学生として過ごせる時間を学生として過ごすべきだ……(制服着エロ校内プレイがリアルに楽しめるなど羨ましい)」

「? 最後の方がよく聞き取れなかったんだけど」

「なんでもないから気にするな」

「あ、そう? ともかく大人達が当人達の意思を無視して勝手に決めたりつべこべ言ったりするべきじゃないと思うな」

「……ぐ」

正論を叩きつけられて言葉に詰まる。それにより落ち着きを取り戻したのか、彼女は全身から力を抜くように溜息を吐いた。暗黒オーラも霧散し、皆もぐったりと脱力する。





その後も三人は他愛のない話をしながら夕飯の準備を続けていく。ヴィヴィオ達はそれに耳を傾けているだけでも面白かったので、四人は揃って台所を気にしていたら、やがて美味しそうな匂いに惹かれたように他の面子がどんどん帰宅してくる。

学生のキャロとツヴァイ、八神家道場の師範達、工房の従業員&エリオ、教会教導官などが順に。

「ただいまお腹空いた!!」

帰ってきて早速台所に飛び込むヴィータであったが、

「ぐわあっ!?」

つまみ食いをしようとしたのがバレて一瞬で叩き出された。

「こーらヴィータ、アカンよ。お客様が見とるのにお行儀悪いで」

「みっともない」

入室しつつ小さな子を優しく叱るような口調のはやてと呆れて苦言を呈するシグナムだったが、彼女は諦めが悪く再度台所へ吶喊した。

「うるせー! はやてとシグナムだって一昨日唐揚げ作ってる最中に味見だとか言って五個も六個も食ってたじゃねーか!! この肉食系食いしん坊魔法少女(笑)が!!」

盛大に暴露するヴィータの反撃。ヴィヴィオの友達三人は失礼と理解していながらクスリと笑ってしまい、身内以外に知られたことに二人の顔は羞恥でトマトのようになる。

「だからってこれ以上我が家の恥を客に晒すんじゃねぇ、この阿呆」

台所を荒らそうとする悪ガキにソルの踵落としが決まる。「ヌワンギ!?」と断末魔の叫びを上げたのを最後に沈黙したヴィータをザフィーラが無言で回収し、窓を開け放つと物干し竿に洗濯物を干すようにして彼女を干す。しかも逆さ吊りだ。上から下まで赤いツナギ(仕事着)を着用しているのでスカートみたいにショーツが丸見えにならないのは不幸中の幸いか。気絶しているので白目が剥き出しになっているから何の慰めにもなっていないが。

文字通りの意味でご近所様へ恥を晒す形となったヴィータ(どう考えても本末転倒)。もっとも、バッドガイ家では日常茶飯事であり近隣に住む人々にとってはいつものことなので「あ、またヴィータちゃんか。今週多いな」くらいにしか思ってないし、そもそも夕食時なので外は暗く視界に収める人自体が少ないので、それ程騒ぎにならない。

流石に笑っていられなくなったヴィヴィオの友人達を尻目に、エリオが呟く。

「変わってないな、この家は。身体張ったコントを見てるみたいなのは相変わらずだなぁー。こういうの見ると、帰ってきたんだなって実感するよ」

その光景を目の当たりにして懐かしそうに眼を細める程度のリアクションしかしない彼は、間違いなくこの家の住人なのだと再確認するアインハルト達であった。





食事自体は概ね普通に終わった。外で逆さ吊りの刑に処されていたヴィータが「許してくれー」とうるさかったこと、エリオの食事の量が相撲取り数人分だったことを除けば。

アインハルト達も当初の目的通りエリオの話を食事中に聞くことが出来て満足したのか、食べ終わると程なくして帰宅することに。それぞれの家まで遠く離れている訳では無いが、気を利かせたシグナムが車を出して三人を家まで送ってあげる(フェイトはサーキットの狼になるので誰もが全力で却下した)。

子ども達を送り届けてきたシグナムが戻ってくると、丁度エリオが今日一日手伝った工房について感想を皆に話すタイミングであった。

「率直に言って、僕って工房で働く必要無いよね。父さんとヴィータさんで十分なんでしょ? あの店」

「まーな。基本的に客から注文こねーとやること無ぇーし」

「注文があったらあったですぐに済ませちまうしな」

先にヴィータ、続いてソルが言う。具体的にどの程度のスペックを保有したデバイスが欲しいのか、その為の参考資料やデータがあれば数日で製作を終えてしまうので、繁忙期を抜けば二人は割と暇だ。忙しくない時は大抵素材集めに出掛けるか、八神家道場へ足を運ぶか、ソルとヴィータの二人で騒いでいるか、もしくはまた何か変なものを作るかのどれかだし。

はっきり言って販売員兼看板娘であるシャマルとアインの方が接客で忙しい時が多いのではないかと当人達ですら疑っている。

「じゃあ工房で働くっていうのは候補から外しておこうかな」

妥当な判断だ、とソルは思う。ただでさえヴィータが暇を持て余すと、理解に苦しむ意味不明な物体をクリエイトしたり、絶対に売り物として出せないような危険な魔導兵器を生み出すことに腐心するのに、そこへエリオが加わったらどんなことになるのか想像したくもない。まず確実に碌でもないことになるのは間違いない。

「明日は八神家道場か。師範って何をすればいいんですか?」

「ソルが私達にしてくれたことを門下生にする感じかな」

「ああ、ハートマ○軍曹も全裸で逃げ出すスパルタ教育ですね、分かります」

質問に答えたフェイトの言にエリオが納得したように頷き、ソルが横で「心外だ!?」と抗議していたが皆スルー。

「我々は火達磨になったり血反吐を吐くまで痛めつけられたが、そこまでする必要は無い。怪我をさせない程度に留めてくれればそれでいい」

「だが、門下生もある程度の打ち身や捻挫を覚悟しているからあまり気にしなくて構わない。あくまで世間一般の常識の範囲内で頼む」

いつの間にかソファに座るソルの膝の上で子犬形態となっていたザフィーラがペット用の骨に噛み付きつつ告げ、シグナムが気軽に補足してくれる。

「聖王教会は?」

「もしかしたらそっちの方がエリオは向いてるかもね。模擬戦が主だけど、魔法の術式構成に関してアドバイスしたりとか、個人個人に合った戦い方を探してあげたりとかも多いよ」

「教会騎士団にとって接近戦が得意なエリオはきっと貴重な人材になるで。私となのはちゃん、たまに近距離格闘するけど専門は中・遠距離やし、アギトは模擬戦に向かないから術式構成の講義やし」

「……」

待ってましたとばかりにスラスラ答えるなのはとはやて。アギトは特に言うことはないのか黙したままだが、エリオがどうするのか興味はある為ジーっと彼の様子を窺っていた。

「他の候補は今のところDust Strikersと管理局の“海”と“陸”、それと最後の手段の復学か」

うーん、と考え込むエリオの肩をシャマルが微笑みながら軽く叩く。

「急いで決める必要は無いわ。試しに色々やってみてから答えを出しなさい。あなたは三年前と違ってもう子どもじゃないんだし、私達もとやかく言うつもりはないし」

「……うん」

母の言葉に素直に頷く。










んで、僅か一週間という短い期間で彼が出した答えは――

「初めましての方、お久しぶりの方、皆さんこんにちわ。エリオ・モンディアルです。この度、三年間の異世界への留学を終えてミッドに帰ってきました。今日から皆さんと一緒の過ごすことになりましたので、よろしくお願いします」

ツヴァイとキャロと同じザンクト・ヒルデ魔法学院の高等部に編入することになった。

クラスの女子ほとんどが「キャー!!」と黄色い歓声を上げ、教室が揺れる。イケメンの登場に女子は大興奮だ。初等部に在籍していた頃のエリオを知っていようが知っていなかろうが関係ない。

女子とは対照的に男子はエリオを知らない者は「何だこのイケメン!? っざけんな!!」とキレて、エリオを知っていた男子は「あのイケメンが同学年の中で一番の問題児だったエリオ・モンディアルだと!? っざけんな!!」とやっぱりキレている。

無理もない話だ。身長は180cmと高く、足はファッションモデルのようにすらりと長い。顔もカイやシンに負けず劣らずの性別を超越したかのような美貌。これで騒がれない方がおかしい。

ちなみにクラスが異なる為、残念ながらツヴァイとキャロはこの教室には居ない。それぞれ隣のクラスだ。編入する際聞いた話では、エリオとツヴァイとキャロの三人が揃うと初等部時代のような三人一緒にサボりなどが発生する可能性が高いから、学院側の配慮で別々しただとか。

「三年間もミッドには居なかったので少々こちらの事情に疎いこともあり、初めの内は迷惑を掛けてしまうかもしれませんが、仲良くして頂けると幸いです」

どうして彼が復学することになったのか。その理由は単純にツヴァイとキャロから「一緒に学校行こ?」と誘われたからというのもあるが、一番の理由は学歴だ。

個人的には学歴などそれ程重視していないし、ソルもエリオのことをもう子ども扱いしていないので無理に通う必要も無い。が、ソルは人間の頃ちゃんと大学を出て学位を取得し、なのは達は普通の高校を卒業した。加えて、自分と同じ釜の飯を食って育ったツヴァイとキャロと比べて最終学歴が初等部卒業で終わってしまうのは、なんか悔しい気がしたからだ。

ついでにアインにこう吹き込まれた。

『学生でいられる内に学生生活を楽しめ。世界には学校に行きたくても行けない子ども達はたくさん居るし、私のように学校へ通うことすら許されなかった者も存在する……もし叶うのなら、ソルや皆と共にただの人間としてスクールライフを謳歌してみたい。だからその道を選べるお前が羨ましい』

という風に。

なんだが口車に乗せられている感は否めなかったが、アインさんがそこまで言うならそうしてもいいかな? と声に出したら『よし、言質を取ったぞ!!』という反応がり、その後あっという間に編入手続きをされてしまう。聖王教会系列の学校なので、“背徳の炎”一家とは縁が深くコネもあるので手続き自体は非常に簡単、その場からの通信一本で終わった。いくらなんでも根回しが良過ぎるんじゃないかと勘繰りもしたが、些細なことだと思い直し考えるのをやめた。

とにもかくにも、言われた通りスクールライフを楽しむと決めたのだ。今更過程にどうこう文句を言うつもりはない。

「さて、じゃあモンディアルの席だが――」

「はい先生! 私の隣を推奨します!!」

「いえ、彼はクラス委員の私の隣が良いと思います!!」

「ちょっと委員長ズルーイ!?」

「なら私の隣も窓際なのでとてもオススメで――」

「そんなこと言ったらアタシの席は最後尾――」

担任の教師がエリオの席を何処にしようか口にした瞬間、クラスの女子の約七割が我こそはと主張し始め、ギャーギャーと騒がしい言い争いが勃発。

顔を顰めて困り顔の教師が救いを求めるように、女子の人気を独り占めしたことにより男子が嫉妬と怨嗟と殺意を込めるかのように視線を注いでくる。

(確かに、これは楽しくなりそうだ)

教室内の様子を見渡して、これからのスクールライフに心躍らせるエリオであった。

























オマケの人物設定



ヴィータ


デバイス工房『シアー・ハート・アタック』の副店長。相棒のアイゼンを手に店長のソルと共にデバイスを作成するのが主なお仕事。

ソル同様、腕も良いし仕事も早いので、劇中の台詞の通り客から注文がないと暇を持て余している為、暇潰しに変なものを作っている。

その作った変なもの――デバイスや武器以外に家具や雑貨といった日用品など――が売れる場合が多く、店の発展と売り上げに貢献しているが、売るに売れない物品を作ってしまうことも少なくない。

例えば、『アウトレイジ』に匹敵するポテンシャルを保有した超魔導兵器を面白半分に作りまくる(*アウトレイジはソルが聖戦初期に開発した対ギア兵器。作ったはいいがポテンシャルが高過ぎてソル本人ですら扱い切れず、結局八つに分割されて封炎剣や封雷剣、絶扇などの神器へと姿を変えた)。

何故か作成された時点で既に呪いを帯びていたり、血を吸えば強くなったり、持ち主が発狂するのが仕様だったり、使用者の生命力を代償に強化を施したり、といった感じの魔道具類をホイホイ作る。

デバイスの範疇を大きく逸脱しており、はっきり言って暇潰しに武器の形をしたロストロギアを作っているようなものなので、結局売り物として出せず倉庫の肥やしになっているのが大半。

扱いに困るものを作る度にソルから大目玉を食らうが、懲りない。

具体例は以下の通り。

『またこんなもんを作りやがって……』

『天狗じゃ、天狗の仕業じゃ!』

『ふざけんな、テメェの仕業だろうが! どうすんだこれ!?』

『売ろうぜ、管理局あたりに。この“気分は犯罪者を皆殺しな剣EX”を使えば犯罪者なんてイチコロだ。検挙率も鰻上りに違いねー』

『使用者を快楽殺人者に変えるデバイスなんて人死が出るからダメに決まってんだろ』

『あ』

『オイ……!』

『じゃあ次に作るやつは“半殺し”に設定しとく』

『こういうのはもう作るなっつってんだろうが、これで何度目だこのクソッタレ!!』

『うっせ! 文句があんならアタシの創造意欲をぶっ殺してみせろ!!』

口論→取っ組み合いの喧嘩→殺傷設定の本気の死合い→ヴィータが血溜まりに沈められる→数日後暇を持て余すとまた作り始める、の繰り返し。

工房の倉庫には危険物が大量に封印されている。そのまま廃棄するのは勿体ない為現状では溜め込んで、後日アウトレイジのように分割して再利用していることが多い。

ちなみに倉庫内の物品を世に放てば、世界のパワーバランスが一変するとかしないとか……そりゃ売れんわ。



リインフォース・アイン


デバイス工房『シアー・ハート・アタック』の従業員兼看板娘その1。来店客への対応に加え、部品の組み立てとAI作り、デザインも担当している。

ヴィータとは違い真面目に仕事をするので問題を起こすことは皆無(ヴィータ本人は真面目にやっているつもりらしいが)。

が、プライベートではかなりフリーダムな性格。十数年前にギアになり、かつての自分――“闇の書の管制人格”――から解放され自由の身となり、更にソルの記憶を転写したこと、ギア特有の破壊衝動と闘争本能を抱えることになったのも大きい。

そして破壊衝動と闘争本能を無理やり生物の三大欲求の性欲に変換して抑え込んでいる為、年がら年中発情期の状態。ソルに対してはただのエロスなお姉さんで、スキンシップと称する逆セクハラが非常に多いが、実はドM。

戦闘能力は相変わらず強大。ギアとして完全解放すればオリジナルのジャスティスに匹敵する。家庭内ではNo,2。

自他共に認める親バカでツヴァイを溺愛しており、自分が経験出来なかったことをたくさん経験して欲しいと思っているものの、劇中のエリオに対し復学して欲しいという発言は彼女の嘘偽りない本音(ツヴァイを想ってのことで、下心も含まれているが)。

ツヴァイとエリオをくっつけようと必死。



シャマル


デバイス工房『シアー・ハート・アタック』の従業員兼看板娘その2。店での接客の他にホームページやメールなどネット上での顧客管理、在庫管理、書類整理、経理面なども担当。縁の下の力持ち。

真面目に仕事に励むが、些細なことで揉めるソルとヴィータを放置している。間に割って入って止める気は毛頭無い。

おっとりしている外見とは裏腹に強かな性格。彼女に対応された客は大抵何か買う。

ヴィータが作った変なものを見て『売れるわ!』と思うとすぐに店に並べ、実際に売ってしまう。実は、ヴィータが変なものを作るのを影で支えているのは彼女。商才があるらしい。

戦闘能力は年々進むギア化の影響もあり、魔法無しの身体能力だけで高ランク魔導師を遥かに凌駕してしまう。だが、その代償として破壊衝動と闘争本能を本格的に抱えつつあり、そろそろ彼女にも何らかの措置を取らなければならない(つまりアインのようになり、ソルへの逆セクハラが増える)。

エリオがこの先どのようにするのかについては、なるべく干渉しないよう心掛けている。自分で選んだ道を後悔しないように、それだけを願っている。だからエリオが誰とくっつこうが進路がどうなろうが、うるさく言うつもりはない。

























後書き


ギルティギアの新作キタァァァァァァァァァァツ!!!




[8608] 背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO5 連休をエンジョイしよう!!
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:d5074e98
Date: 2013/08/22 01:24
『アインハルトは今度の連休、暇か?』

「連休、ですか? 何かご用事でも?」

前期試験を目前に控えた週の始め、その放課後にノーヴェからアインハルトに連絡があった。首を傾げて問い返すアインハルトにノーヴェはニンマリ笑いながら応じる。

『いやー、毎年のように参加してる合宿みてーのがあってよ。もしよかったらお前も一緒にって思ってさ』

「お心遣いは大変ありがたいのですが、すみません。私は練習がありますので」

『だからその練習の為に合宿みてーなのに行くんだって。アタシやスバル、ティアナだって行くし。ヴィヴィオ達も一緒だ……つーか、ぶっちゃけ旦那、“背徳の炎”が主導の強化合宿だぜ? 興味無ぇーか?』

言葉の後半を聞き、あからさまにアインハルトの顔色が変わった。

ノーヴェやヴィヴィオなどと共に過ごすようになってから改めてよく耳にするようになった“背徳の炎”の話の中には、彼らがこれまで行ってきた偉業と言っても差し支えない功績と同時に教導の話があった。

非常に厳しい指導の下で戦闘技能を学ぶそれは、その厳しさ故にほとんどの者が耐えられないと言われながら、実際に最後まで耐え切ったものは異常な強さを手に入れるという眉唾としか思えないような話だ。

しかしこれは与太話やデマではない。現にソルから『弟子』と唯一認められているティアナなどは“海”の執務官内で最凶と謳われているし、短い期間だが教導を受けたスバルの実力も話を聞く限りとても高いらしい。加えて、現在も聖王教会でなのはとはやてとアギトの下で行われている教導は評判が良い。

何より“Dust Strikers”という賞金稼ぎ集団は4年前に“背徳の炎”が引退した今でも「個々人の戦闘能力は悪魔のような強さ」と言われ犯罪者を震え上がらせている。これは賞金稼ぎ達の大半が“背徳の炎”から直接教導されたから、というのが理由らしい。

『悪い話じゃねーと思うぞ? まあ、死ぬ程辛い目に、いや、もしかしたら死んだ方がいいと思うくらい過酷なことになるかもしれんが……』

言ってて何か嫌なことでも思い出したのか、徐々に顔を青くさせるノーヴェ。不吉な発言に断った方が良いような気がしてくるものの、初めて会った時に模擬戦をしたヴィヴィオの異常なタフネスと無尽蔵なスタミナの秘密を知ることが出来るかもしれないと思ったら、断る理由など無かった。

是非参加させて欲しい、とその旨を伝える。

『そっか! じゃあ詳しいことはまた後でメールする!!』

と言い残し、ノーヴェは意気揚々と通信を切った。










背徳の炎と魔法少女ViVid COMBO5 連休をエンジョイしよう!!










そして当日。学校の試験も前日に無事終了し、土日と試験休みを合わせた四日間の連休を利用した合宿の始まりだ。アインハルトはまずノーヴェと待ち合わせし、合流後にヴィヴィオ達が待つ彼らの家へ向かう。

「あの、ノーヴェさん。今更なんですが、私が参加してよろしかったのでしょうか? お邪魔じゃないでしょうか?」

「あ? そんなこと訊いてくるなんてホントに今更だな。まあ大丈夫だって。ちゃんと旦那には許可取ったし、他にコロナとリオも居るし」

ヴィヴィオと一緒に仲良くなった友人二人の名前を聞いて安堵するアインハルトであったが、逆に大丈夫だと言い聞かせたノーヴェ自身が不安になってきた。

(最早野生児と称しても何ら違和感が無いヴィヴィオはともかく、こいつを含めた他のチビ達は大丈夫なんだろうか……? 途中で音を上げて家に帰りたいとか言い出したらどうしよう?)

なんだかんだで女子どもには甘いソルだからその点は大丈夫だろうが、やはり“あのソル”だからこそ最悪の事態を想定しないといけない訳で。

常に最悪を想定しろ、現実はその最悪の斜め上をロケットのような勢いでぶっ飛んでいく。そんな話を以前当の本人から聞いたような気がするし。

(でも今回責任はアタシが取る訳じゃ無いし、あんまり悪く考えないようにしよ)

頭の中から悪い想像を払拭するように首を二度振り、肩に掛けたボストンバッグを担ぎ直し集合場所に向かう足を僅かに速めた。

集合場所であるバッドガイ家に到着すると、既に他の面子は揃っていたようで、玄関で迎えてくれたヴィータが「お前ら二人が最後だぞ」と小さく呟いてから家の中に招き入れてくれる。

「集まったみたいだね。じゃあ、行くとしますか。皆荷物持って庭に出て」

リビングに集まった者達の人数を指折り数えてからユーノが全員にしっかり聞こえる声量で言う。各々がそれに了解し、言われた通り荷物を抱え、靴を履き庭へと出た。

改めて一同揃ったのを眼にし、ノーヴェは思わず呟く。

「いつも思うけど多いな」

“背徳の炎”の一家だけでも16人。

それにプラスしてヴィヴィオの友人であるコロナ、リオ、アインハルトの3人と、仕事に無理やり都合をつけて休みをもぎ取ったティアナ、スバル、ノーヴェの3人。

ティアナの話によればクロノも家族で参加したかったとのことだが、生憎休みが上手い具合に取れなかったので今回は来れないと言っていた。他のナンバーズなどもクロノと似たり寄ったりの事情で来れないので、社会人が集まるのって難しいなと内心で苦笑する。

「はいはーい、全員注目!」

両腕を頭上に掲げて視線を集めるのはアルフ。雑談していたそれぞれが口を閉じ、何事かと聞く態勢になった。

「知ってる人も居れば知らない人も居るので、改めてアタシから説明させてもらうね。でもその前にまず、忙しい日々の中で貴重な連休を使ってこの合宿に参加してくれてありがとう。これから皆が向かうのは無人世界カルナージっていう世界で、何をするかと言うとそこで旅行を兼ねた強化合宿を実施するよ」

知らない人、というのはコロナ、リオ、アインハルトの3人。ついでに今まで3年間の間家出していたエリオも含まれる。この4人は今回が初参加で、色々と聞いておかなければならないことがあった……まあ、エリオは聞いても聞かなくてもあまり大差ないが。

「基本的に向こうでの食料は現地調達になるから。でも宿泊先では調理器具と調味料は用意してくれるからその点は心配しないで。それに食料の確保さえ出来れば料理スキルが無くても生で食べてもいいし。あ、でもお腹壊したらすぐに言うように。で、もし料理が出来ないけどまともなご飯が食べたい場合は、宿泊先の人達に頼めば“調理だけ”はしてくれるからそっちを利用するのもあり。有料だけど」

此処でチビ達の頭の上に「?」と疑問符が浮かぶ。その表情は今何を言われたかちょっと分かってない感じだ。しかしエリオの顔色が全く変わってない辺り、これは育った環境の差なのだろう。

「ちなみに食料を調達する時、魔法の使用は一切禁止、それ以外は何をしてもオーケー。例えばの話、もし食料が見つからない場合は持ってる人から略奪、っていうのもありだから」

「略奪しにきた相手を返り討ちにして逆に奪うのは?」

「問題無いよ。食料を餌にして誘き寄せたところを罠に嵌めて、っていうのも当然あり。戦闘も魔法さえ使わなければ当然オーケー」

「なるほど……魔法さえ使わなければ何してもいいんだ」

質問を飛ばすエリオにアルフが軽快に返答すると、彼は不穏なことを言いつつ満足するように唇をニヤリと歪めた。イケメンがとてつもなく悪い顔をしている。あれは絶対に何か企んでる顔だと思い、とりあえず要注意人物として警戒しておこうとノーヴェは決める。

「次。トレーニングは、その時の状況次第になるから詳しいことは言えない」

これに関してスバルが非難めいた声を上げた。

「何ですかそれー!? 去年みたいにぶっ倒れるまで走らされた後に模擬戦とか勘弁して欲しいんですけどー!! 明らかなオーバーワーク!!」

「じゃあ今年のテメェはサンドバッグになるまで一通り殴ってからサンドバッグだ」

「あ、先生それいいですね。スバルってこの中じゃ割りと人間寄りの耐久力だから新しい魔法の実験台とか適任ですし」

ドが付くSっ気たっぷりのソルがとんでもないことを平然と言えば、師匠の名案ならぬ凶案にティアナが同意を示す。

「結局嬲り殺しじゃないですか!? ヤダー!!!」

「嫌なら死ぬ気で抵抗しろ」

「何その根性無しな発言。アンタはその気になればもっと出来る娘だと思ってたんだけど」

つまらないものでも見るかのような冷たいソルの視線と、失望したと言わんばかりにティアナが溜息を吐く。息がぴったりの師弟コンビの攻撃はこれで終わった、と思ってたら此処で追い討ちを掛けてトドメを差す人物が居た。

「安心しろスバル。先のような軟弱なことを二度と言えないように根性を一から鍛え直してやる(確定)」

「じゃあスバルだけ特別メニューな(意味深)」

「あ、私も手伝う(全力)」

シグナムとヴィータ、そしてなのはである。3人の紡いだ不吉な言葉にスバルは血涙を流しながら震え声で「あ゛り゛がと゛う゛ござい゛ま゛す゛」と言った。なんだか見ているこっちまで泣きたくなってくる。弱気なことを迂闊に吐き出せばこうなる、という典型的な例だ。

それにしてもティアナとスバルの対比が凄い。あの“事変”から今日までの4年間で二人がどのように過ごしてきたかの差が明確に出ている。ティアナはソル達が“Dust Strikers”を抜けた後も貪欲に強さを求めて彼らの下へ暇があれば通っていた結果、おかしいレベルに達している。

逆にスバルはティアナのように通うことはなかった。特別救助隊という役職が忙しいのは分かるが、ティアナだって最前線で戦う執務官である。忙しかった、は言い訳にならない。単に地獄を見るのが嫌だったとかそういうのではなく、純粋に「強くなりたい」という気持ちの差が実力の差になっていると考えた。

まあ、噂によるとソルがティアナのことを気に入っていて、事変後に“執務官に向けての修行”と称して彼女を連れて次元世界中の犯罪組織を潰して回る、という二人旅を一ヶ月間程度実施して、その時に戦い方のイロハだけではなく“いかにターゲットの情報を仕入れ、執拗に追いかけ、確実に仕留めるか”という術を徹底的に叩き込まれたから、彼女には骨の髄まで“ソル節”がある、とかなんとか。

で、そもそもこの強化合宿、実はティアナと比べてへたれているスバルの為に計画されたというのが当初の目的だったらしい。メキメキ強くなっていくティアナがある日久しぶりに会ったスバルと模擬戦をしてみたら……というのが全ての始まり。あとはお察しください(つまりスバルはティアナと何か争えば大抵負ける、しかもボコボコにされるのが常)。

「それでは転移しまーす。皆さん、目を閉じてくださーい」

朗らかな声音でシャマルが全員に促すので、大人しく従っておく。

「これからご案内する次元世界は、無人世界カルナージ。首都クラナガンから臨行次元船で約4時間となっております。クラナガンとの時差は7時間程度。一年中温暖な気候で、自然も豊か。想像してみてください、大自然の恵みである山の幸、海の幸を……お腹が空いてきたでしょう? それでは目を開けてください。閉じていた目を開けばあら不思議、そこはもう既にミッドチルダではなく異世界です」

バスガイドやエレベーターガールみたいな案内口調のシャマルの言う通り、瞼を開けばそこは、ミッドチルダに存在するソル達の家ではない。

視界の奥には新緑に溢れた森、足元は暖かな風に揺れる草原、美しい山々が広がっている。ミッドチルダからカルナージまで、住宅街の中にある一軒家の庭から無人世界まで一瞬で転移してきたのだ。

「嘘? いつの間に……?」

アインハルトが戦慄しつつ小さく震えている。

彼女の驚きはある意味仕方が無いことだ。ノーヴェにですら、転移を行ったのが実際に誰だったのか、どのタイミングで行われたのか把握し切れていない。それ程までに緻密で無駄が無く、そもそも転移の気配や発動時の魔力すら感じさせなかったのだから。目を開けて周囲の風景を見なければ――目を閉じた状態であればまだミッドチルダに居ると思っていただろう。

こんな芸当が出来るのはノーヴェが知る限り“背徳の炎”の連中だけ。しかしこの超高度な魔法技術ですら、彼らの力の一端でしかない。つくづく規格外な人達だ。

「あのロッジが宿泊先だよ!!」

ヴィヴィオが元気な声である方向を指し示している。つられるようにしてコロナ達が彼女の指の先を視線で追う。その先には二階建て、三階建ての建築物が並んでいた。宿であるロッジと、オーナーであるアルピーノ一家の母屋である。

「まず先に荷物を置くぞ」

皆にソルが指示するや否や、彼の肩の上に乗っていたフリードが――

「キュックルー、キュクキュク……グオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

いきなり飛び立ったと思ったら、轟音のような咆哮を上げつつ光に包まれてあっという間に巨大な飛竜へと姿を変え、そのまま山の方へ飛んで行ってしまい、その姿を消した。

「……あれはアルザスの飛竜?」

またしてもアインハルトが驚いている。滅多に見ることが出来ないアルザスの飛竜を眼にした――しかもソルのペットと思っていた子犬サイズの竜が、実は全長15メートルを越す巨大な体躯を誇っていた、となれば驚くのも当然だろう。

「ご、ごめんなさい。私が使役してる竜なんだけど、こういう自然が多い所に来ると勝手に野性に帰っちゃうの。ご飯の時間になれば戻ってくるんだけど」

申し訳無さそうにキャロがアインハルトに近付き謝罪していた。

「キャロさんはアルザス出身の竜召喚師なんです」

補足するようにコロナが付け足す。

それらを尻目にエリオだけが一人何故か気まずそうな顔でフリードが飛び去った方向を見ていた。何かあったのだろうか? 





一同がロッジに到着すると、建物の中から3人の人物が姿を現す。

「「「いらっしゃいませ、ホテル『アルピーノ』へようこそ」」」

一人は壮年の男性。長身であると同時に、服越しでも全身の筋肉が見事に鍛え上げられているのが分かる。かつては管理局地上本部で首都防衛隊の隊長を勤めた歴戦の勇士、ゼスト・グランガイツその人だ。

その隣に佇むのは妙齢な美人。紫色の長い髪が特徴的で柔和な笑みを浮かべている。彼女もゼスト同様、かつては地上本部で平和の為に戦っていたエース級の魔導師。メガーヌ・アルピーノ。

そして最後となるのは、メガーヌの実娘にしてゼストを義父として慕う少女。年齢はエリオ達と同じ。母譲りの紫の髪を母と同じように伸ばしている。ルーテシア・アルピーノだ。

ノーヴェなどのナンバーズにとっては縁が深い人達。

「久しいな、バッドガイ」

「四日間、こんだけ人数居て大変だと思うが、世話になる」

ゼストが一歩前に出てソルと握手を交わす。

「来て早々で悪いけれど、皆部屋に荷物を置く前に部屋割りを決めましょう? もう決まってるならいいけど、一応クジあるから使う?」

「男と女がちゃんと別々になってんなら、あとはなんだっていい」

何処からともなく割り箸で作ったようなクジを取り出すメガーヌにソルがしれっと返事し、なのは達から盛大に文句を言われていたがいつものことなので気にしてはいけない。

と、そんなやり取りをなんとなく見ていた所為か、ノーヴェはルーテシアとアインハルト達がそれぞれヴィヴィオに紹介されているシーンを見逃してしまった。

「この4人の中で一人だけチビッコが居るけど4人共同い年」

「なんですと!? 1.5センチも伸びたのに!! この裏切り者!!!」

辛うじて確認出来たのは、ルーテシアの意地悪い発言に怒髪天となっているキャロだった。どうやらアインハルト達に対してルーテシアがツヴァイとエリオとキャロとの4人で同い年だと説明しているようだ。だがしかし、ルーテシアは年相応で、キャロは初等科と見間違えてもおかしくない、対してエリオとツヴァイが既に二十歳前に見えてしまうのはいいんだろうか?





その後、ガリューの登場でアインハルト達がびっくりしたり、部屋割りで揉めたり揉めなかったり、なんやかんやあって荷物を部屋に置くまでが終了し、現在は動き易いトレーニングウェアに着替えてロッジの出入り口に集まった。

これからまず行うのは食料の調達。初参加となるチビ達が心配であるものの、いざとなれば手を貸してやろうと意気込むノーヴェに構わず話が進んでいく。

説明として話されたのは至ってシンプル。先程言っていたように、魔法無しで、この無人世界カルナージの豊かな大自然から食料を調達する。行動範囲などは一切制限されておらず何処に行ってもいいし、何をしてもいい。ナイフや釣竿などの道具使用は可。

ルール無用なので他の人から食料を奪うも当然可能。奪って逃げてもよし、叩き潰してからゆっくり奪うのもよし、二名が争っている瞬間を第三者が漁夫の利するのもよし、本当になんでもありだ。

「今回初参加するヴィヴィオの友達は個人でじゃなくチームを組ませることにしよう。いくらなんでも初参加でこれは厳しい」

人型の形態でタンクトップにジャージのズボンという格好をしたザフィーラの提案に誰もが頷く。それからフェイトがノーヴェとヴィヴィオの顔を覗き込みながら言う。

「じゃあノーヴェとヴィヴィオの2人で3人の面倒見てくれる?」

「最初からそのつもりです」

「皆に色々教えちゃうよ!」

待ってましたとばかりに二人は返答する。

「心の準備が出来た者から出発してええで。制限時間は日没まで……ということで、私は先に行くでー」

はやてはこれからジョギングでも行くような軽い口調でそう言うと、籠(農作業をする人がよく使っている竹を編んで作ったもの、『背負い篭』のこと)を背負い砂埃を舞い上げ物凄いスピードで走り去っていく。高速道路で走る乗用車並みだ。あれで魔法を使っていない純粋な身体能力だというのだから、とっくの昔に人間辞めてる。

「俺も行くかな」

「僕も行きます」

「アタシも行くぜー!!」

トップバッターのはやてに続き、次々と籠を背負った者から猛ダッシュ。蜘蛛の子を散らすようにそれぞれが好き勝手な方向へ。

きっと彼らが帰ってくる頃には籠の中にたくさんの食料をこれでもかと積んでくるに違いない。

そしてロッジの前に残されたのは、ヴィヴィオとノーヴェ、今回初参加となるコロナ、リオ、アインハルトの5人だった。





「いきなり食料は現地調達なんて言われて、何をすればいいのか分かりません」

不安げな表情で訴えてくるコロナ。リオとアインハルトも同じなのか、どうしたらいいのか分からない、といった体だ。

それはそうだろう。普通だったらこんなことさせないし、させるとしてもインストラクター役を誰かが勤めて最初から教える必要がある。サバイバル経験など無いに等しいチビッコ達の不安は当然だった。魔法の使用禁止も不安に拍車を掛けているのだろう。

しかし安心して欲しい。この場にはヴィヴィオという強力無比な助っ人が居るし、何度か合宿に参加しているノーヴェも居る。これだけで食糧事情など勝ったも同然で、特にそんな心配する必要など無い。

「そんな泣きそうな顔すんなって。結構なんとかなるからもんだから」

チビッコ達の頭の上に手を載せポンポン叩いてからヴィヴィオに向き直る。

「まず何処で何を採るかだな。川の魚とか森の中の果物、山菜が妥当だと思うが」

「ちょっと豪華にするなら鳥とか鹿、ウサギだね。ただ、あんまり良いの採るとヴィータさん、アルフさん辺りに襲われやすくなるのがネックだなぁ」

後半の内容にノーヴェは顔を顰めた。去年、色々と苦労して鹿を仕留めたので今日の夕飯は鹿の焼肉だヤッホーと思ったら、横から突然アルフが跳び膝蹴りをかましてきたのを思い出す。結果は勿論、そのまま戦闘となり敗北、鹿肉を奪われた。



――『ヒャハハハハ!! 恨むなら食料を奪われる己を恨みな脆弱者がぁ!! 肉ウマー!!!』



「あの人達、自分の分はしっかり確保しておく癖に強奪しにくるからな」

「他人の食い物は自分のものの3倍美味しく感じる、っていう食いしん坊万歳だから」

はた迷惑な食い意地の張り方には困ったものだ。

「それに引き換え男性陣はまだマシだよな。向こうが持ってない食材こっちが持ってるとトレードしてくれる」

「男性陣はエリオお兄ちゃんを除いて皆燃費良いし、そこまで食い意地張ってないし」

こう考えると、食い意地張ってるヴィータとアルフは前科があるので要注意。エリオもかなり怪しい。他の男性陣は安心出来るが、残りの女性陣は未知数である。小耳に挟んだ話によると、女性陣の間でかなり泥臭い奪い合いがあるらしいが、幸い今までにそのような場面にぶつかってはいない。

「とりあえず移動しながら考えるか。サバイバルに必要な道具一式はアタシとヴィヴィオが持ってくから、コロナ、リオ、アインハルトの3人は食料入れる籠持ってくれ」

「日没まであと7時間くらい、明るい内に採れるだけ採るからそのつもりで。もし誰かと遭遇したらとにかくマッハで逃げよう。じゃあ、レッツゴー!!」

拳を握りに高く掲げたヴィヴィオに従い、行軍が始まる。





「あ、ラッキー、キノコの群生地発見!! コロナ、リオ、これから私が指示する種類のキノコだけ拾って」

山の中へ踏み込み、碌に整備されていない藪の中を突き進み、道なき道を歩いて1時間経過。薄暗い森の中で、早くも、そして運良く誰にも発見されておらず手付かずとなっていたキノコの群生地を発見し、ヴィヴィオはすぐ傍に居た友人2人に指示を飛ばす。

よく見渡せば少し離れた場所に山菜も発見した。これ幸いとノーヴェがアインハルトを伴って採取に向かう。

指示に従って特定のキノコのみを拾っては籠に入れていたコロナとリオだったが、途中でリオが指示されていない種類のキノコを指差しながら訊いてみる。

「ヴィヴィオ、これは食べられない? なんだか大丈夫そうだけど、やっぱり毒あるの?」

見た目は傘の部分が赤銅色をした舞茸のようなキノコだ。

「それ? 天ぷらにするとすっごく美味しいけど」

「え!? 食べられるの? じゃあこれも持ってこうよ」

美味しいのに何故採らないのか分からない、とばかりにコロナが反応を示す。

けれど、返ってきたのはこんな言葉。

「毒あるよ。致死毒じゃないから死なないけど、死ぬんじゃないかってくらいに苦しくてのた打ち回る。去年ヴィータさんが『食ったら美味いかもしれないじゃないか』って言って食べて悶絶してた。私も好奇心に負けて食べたら美味しかったけど10分くらいのた打ち回って、結局パパに解毒剤精製してもらう破目になった」

「「……」」

伸ばしかけていた手を無言で引っ込めるコロナとリオの代わりに、少し離れた場所でアインハルトと一緒に山菜を摘んでいたノーヴェが口を挟む。

「お前らの言いたいことは分かる! なんで毒キノコって分かってて食うのかとか、ヴィータさん頭おかしいとか、ヴィヴィオも好奇心に負けんなバカとか去年皆に散々言われてたし!」

アインハルトも思わず山菜を摘む手を止め、呆然とヴィヴィオを見つめる。

「いやー、やっぱり毒キノコは致死毒じゃないからって食べちゃダメだね。いくら美味しくてもその後地獄味わうし。『く、毒とはぁっ!?』って」

「当たり前だ! あの後旦那にしこたま怒られただろうが!!」

「ノーヴェさんに同意します。毒キノコを興味本位で食べたら誰でも怒りますよ」

「あたしもそう思う」

「ヴィヴィオ、無茶しちゃダメだよ」

そんなこんなで山菜とキノコを手に入れたヴィヴィオ達は、次の食料を求めて更に奥地へと踏み込んでいく。





キノコや山菜はもう十分採れたから、今度は肉や魚を手に入れようということになって水辺に向かう。

「川とか湖などの水辺は、そこに住む魚などの水棲生物は当然としてその他の動物達が集まってくるから、狩りの時は絶対に押さえておかなきゃいけないポイントなんだよ」

「まーその分、他の面子と顔を合わせ易くなるからこっちが獲物にされちまう可能性もあるがな」

ナイフで木の棒を削って即席の銛を作ったヴィヴィオが自慢げに話し、ノーヴェが周囲を警戒するようにキョロキョロしながら補足した。

5人が目指しているのは森の中に存在する川。水深は子どもでも足が着く程度の深さで川幅は大きく流れも穏やか、魚以外にもエビやカニなどの甲殻類が生息しているので食料調達場所としてはかなり優秀だ。

また休憩するのももってこいの場所でもある。整備されていない山道、獣道、藪の中、森の中を数時間ずっと歩き回っていたので、皆顔には出していないが疲労もそれなりに抱えていた。

「到着したら少し休憩しよう。なんか捕まえて小腹を満たすのもいいな。釣りやったことあるやつ居るか?」

「私あるよ! 結構得意! でも釣りより銛投げた方が速くて正確!! あとは素潜りの手掴み!!」

「ヴィヴィオには聞いてねーって」

改めて聞くまでもないが相変わらず野生児並の能力である。サバイバルに特化した英才教育の賜物だ。きっと彼女は石器時代レベルの生活を強いられても平気な顔して生き延びるだろう。

やはり現代っ子である3人(と言うか都会育ちの女の子)は共に釣り未経験。当然、銛で魚を獲るなんてやったことないし、素潜りの手掴みもない。

「難しくないからちょっとやってみるか。それで釣れれば飯ゲットだ」

持ってきたサバイバル道具一式から釣竿を1本取り出し、まず手本を見せながら釣りのやり方を一から教えていく。釣り餌は当然、川岸の岩を引っ繰り返した時によく見る虫(水生昆虫の類で、通称川虫とされるらしいがノーヴェは詳しく知らない)。

最初は女の子だけあって虫がダメらしく気持ち悪がっていた。自分も初めてソル達に釣りを教えてもらった時はそうだったなと懐かしく思いつつ、心を鬼にして涙眼になっている3人に自分の分は自分でやらせた。

おっかなびっくりしながら釣り餌の虫と格闘している3人を尻目に、ヴィヴィオはトレーニングウェアを脱ぎ捨て水着姿になると(服の下に着ていたらしい)、何の躊躇もなくザブザブ川に入り、銛を水中に向かって投げる。川の底に銛が突き刺さったのを確認してから持ち上げると、銛に身体を貫かれた川魚がビチビチしていた。

「獲ったどー!!」

「ヴィヴィオさん、凄い」

「ノーヴェ師匠、あたしもヴィヴィオと同じのがやりたいです」

「出来ればわたしも釣りより銛を使った方が……」

「あっちはあっち、こっちはこっち。今は釣り針に餌をつけることに集中な。おいヴィヴィオ! これ見よがしにやるな、3人を釣りに集中させろ!!」

「また獲ったどー!!」

「だから少し静かにしてろっての!!」





「あ、来た、よ、よいっしょ!!」

数十分後、始めた頃は戸惑っていたものの、最初の1匹目が釣れるとコツを掴んだのかすっかり釣りを覚えていた。今もコロナが4匹目を鮮やかに釣り上げたところである。

「と、獲ったどー!!」

恥ずかしそうにしながら獲った魚を掲げて叫ぶコロナ。

「恥ずかしいなら言わなくていいんだぞ、それ」

「……ノーヴェさん、釣りって楽しいです。教えてくれてありがとうございます」

「どういたしまして」

どうやら釣りは彼女の性に合っていたらしい。釣り餌の川虫を手にして半泣きなっていた最初の姿は見る影もなく、釣り針から魚を外す動作も淀みない。釣りを教えたノーヴェとしても、コロナが楽しそうにしてくれるのは喜ばしいことである。

しかし現在釣りをしているのはコロナのみ。他の2人は、視界の端で「獲ったどー!!」を何度も繰り返すヴィヴィオに触発されたのか「やってみたい」と言うので、じゃあやってみるだけやってみなさいと送り出したら聞こえてくるのは「獲ったどー!!」の声。

水中の魚に向かって銛を投げる、やってることは一言で纏めればこれで終了するが、木の枝で作った銛に魚が2匹も3匹も貫かれている光景を見ると、高度な魔法と機械文明の中で生まれ育った者にとってはやけに原始的な姿に映る。

獲った魚を串に刺し、焚き火で焼きながら様子を窺っていたら、やがて疲れたのかヴィヴィオが喜色満面のリオとアインハルトを伴って岸に上がった。

「よし、そろそろ魚焼けたから休憩しよう」

最初の方に獲れた魚の焼き具合が丁度良くなったの焚き火に集まるようにノーヴェが促し、チビッコ達が集まってくる。皆で火を囲み、一人ひとりに焼き上がった魚を串に刺さったまま渡す。

「いっただきまーっす!」

大きく口を開け、真っ先にかぶりつくのはやはりヴィヴィオだ。他のチビッコ3人がそれに倣うように見よう見真似で魚に食いつく。

「今は塩しか持って来てないからシンプルな味付けだけど、どうだ? 自分で獲った魚は?」

「美味しいです」

「うん。家で食べるのと全然違う」

素直に感想を述べるコロナとリオだったが、アインハルトは沈黙したまま自分が噛り付いた焼き魚をじっと見ていた。

「どうしたアインハルト? ちゃんと焼けてなかったか?」

「は? あ、いえ、しっかり中まで焼けてて美味しいです。ただ……」

「ただ、何だよ? 随分深刻そうな面して」

マズイと言われたどうしようと思っていたノーヴェは内心で安堵してから自分の魚に食いつきながら続きを促す。

「ただ私は、今までいかに自分が無知だったのか思い知っていたんです」

「「「「?」」」」

彼女を除いた全員が頭の上に疑問符を浮かべる中、告白は続く。

「私は今日此処に来るまで、ひたすら覇王流を磨くしか知りませんでした。だから当然、食べられる草やキノコの見分け方、魚の獲り方すら知りません」

「いや、ミッドチルダで普通に生きてればサバイバル技術なんて必要無いだろ」

「サバイバル技術が直接的な強さに結び付いてる訳でも無いから、そんな風に自分が無知だなんて思わなくても」

一応フォローを入れてみるが小さな覇王はゆっくり首を振る。

「視野が狭かったんですよ。覇王流は私の存在理由で、私にはそれしかないと思っていた、いえ、それしかないと思い込んでいたんです……それ以外のものには全く眼を向けてこなかった」

終いには俯いてしまった少女の様子からあることを察したノーヴェは、下手な慰めはかえって逆効果になると感じ、自分の頭をポリポリかきながら問い質す。

「もしかして旦那に言われたこと、気にしてんのか?」

「……」

「なるほどね」

沈黙を肯定と受け取り溜息を吐きつつ、ソルの言葉を思い出していた。



――『はっきり言って聖王とか覇王とか冥王とか、古代ベルカの王とかどうでもいいだよ。そんなもんは俺にとっちゃ過去の遺物だ』

――『テメェが覇王の血と記憶を受け継いでる? ヴィヴィオが聖王オリヴィエのクローン? たとえそれらが全て紛れもない事実だとして、だから何なんだ?』

――『知るか。このガキ、マジでただのガキじゃねぇか。犯罪組織の一員でもなきゃ違法研究者でもねぇ。だったら時間の無駄だ無駄。先祖の記憶がどうとかほざく阿呆に付き合ってられる程暇じゃねぇんだよ』



「ねぇノーヴェ。パパはアインハルトさんにどんなこと言ったの?」

「アインハルトにとって、存在意義を揺るがすようなこと」

「む、何それ! どうせパパのことだからアインハルトさんの覇王に関することについて『下らねぇ』とか『興味無ぇんだよ』とか言ったんでしょ!!」

「なんでそんな正確に分かんの? ヴィヴィオ、お前はエスパーか?」

「だって私のパパだもん!!」

プップクプーと頬を膨らませるヴィヴィオの察しの良さに若干驚くと同時に、彼女は彼女なりに新しく出来た友人の気持ちを理解しようと必死になっていることに気付き、なんだか嬉しくなってくる。

(本当に良い子に育った。旦那達が過保護になるのも分かる気がするよ)

「もうこうなったら!」

やおらヴィヴィオが立ち上がり、左手を腰に当て、焼き魚が刺さっている串を右手で頭上に掲げて叫び出す。

「明日の模擬戦、皆でパパのことコテンパンにしちゃいましょう! 私達が相手なら舐めてかかってくるだろうから十分付け入る隙があるだろうし、ガツンと一発ぶち込んでやろう!!」

「「「えええええええ!?」」」

「……!?」

狂っているとしか思えない発言にノーヴェとコロナとリオが死を宣告されたかのような絶望的な表情になり、アインハルトが弾かれたように顔を上げてヴィヴィオを見る。

「大丈夫。どうせパパ、私達相手だとリミッター付けるから。それにエリオお兄ちゃん引き込めれば余裕っしょ。いっそのこと、二十歳未満の人全員対パパって構図に持っていってボコればいいし」

「返り討ちにされて全員揃って焼き土下座する未来しか幻視出来ないぞそれ」

どう考えてもただのとばっちりにしか思えず冷静に突っ込みを入れるノーヴェだが、その言葉など耳に入っていないのか、ヴィヴィオはアインハルトの手を取ってやや強引に立たせると、彼女を真正面から見つめつつ力強く告げた。

「私はアインハルトさんが何に対してどれだけ苦しんでいるのか、それは分かりません。けど、胸の内でもやもやしてるのを吹っ飛ばすには、誰かをぶん殴ってスカッとするのが一番です」

喧嘩好きの不良みたいな暴論を吐く彼女にアインハルトは眼を白黒させている。が、彼女はそんな戸惑いなど構わず続けた。

「だから、ぶっ飛ばしましょう。“背徳の炎”を」

「……はい」





ちなみに。

腹ごしらえを終えてそのまま川で少し遊ぶことになり、その際ノーヴェはアインハルトにちょっとしたお遊びのつもりで『水斬り』という水の中で出来る打撃のチェックを教えてあげたのだが……

(これやってればわざわざ釣りする必要無かったんじゃ……)

拳圧によって川の水が割れ、魚がトビウオのように水面から顔を出し、哀れにも川岸に打ち上げられた魚がピチピチしている。

今更言うに言えず、ヴィヴィオからの突っ込みもないので、一人気まずい思いを胸に抱えて黙っていることにした。






後書き


更新が遅れてしまいました。すいません。

とりあえずギルティ新作のロケテ行ってきましたよ。初日に、しかも先頭の方に並べたのでオープニングイベントにも参加出来ました。アレって確か30人と少しが参加出来たのかな?

石渡さんが登場して色々と喋ってました。「今回のロケテの規模は正気の沙汰じゃないwww」「ぶっちゃけロケテのキャラ7人は出来上がった順です(使用可能キャラはどういう基準で選ばれたのかという質問に対して)」とかなんとかwww

短い時間のオープニングイベントでしたが、凄く楽しめましたね。

ちなみに私、1回目はシングルプレイを、2回目以降(勿論最初から並び直します)は対戦プレイをやらせてもらいました。
お土産の団扇もソル用とカイ用で2つもらいました。

あんまり此処に書きまくるとネタバレになるので控えるつもりですが、戦闘前や覚醒必殺技時に出てくるアニメーションが格好良いのなんのって!!

ついにドラインGG2仕様キター!! でも若干デザインがGG2設定資料集と違う!?

ということで、期待で胸をドキドキさせつつ稼働日を待っています。

ではまた次回!!



[8608] GUILTY GEAR SIDE STORY Holy Orders
Name: GAHI!?◆e13730f5 ID:d5074e98
Date: 2013/10/08 23:00


聖戦。

法力によって生み出された生体兵器『ギア』が、主である人類に反旗を翻し宣戦布告を行い、日本列島消滅を皮切りに人類とギアとの間で勃発した全面戦争。

およそ百年続いた戦争は辛くも『ギアの司令塔である“ジャスティス”の封印』という形で人類の勝利によって収まったが、百年という戦乱の時間は人類からありとあらゆるものを失わせた。激減した人口は当然として、戦争前の既存の技術や知識、伝統的文化など。

終戦後、生き残った人々は口を揃えて言う。『地獄のような時代だった』と。

ギアの襲来に怯えながら過ごす日々。一度ギアが現れれば一方的に虐殺される現実。街や村は瞬く間に蹂躙され廃墟と化し、老若男女問わず人間は皆殺しにされる。

聖戦時におけるギアは人類の天敵であり、悪魔の象徴であり、恐怖そのものであり、生きた災害であり、世界の不条理と理不尽を詰め合わせた存在だった。

しかしそんな絶望的な状況であっても、一握の希望がなかった訳では無い。

聖騎士団。

人でありながら常人を遥かに凌駕する戦闘能力を保持し、万軍を率いても倒せぬギアを、たった一人で群れごと駆逐する法力使いの戦闘集団。彼らは対ギア戦闘のエキスパート。人類に唯一残された最後の希望。

これはそんな過酷な世界の中で、とある一人の少年が聖騎士を目指す切っ掛けとなった昔の話。










GUILTY GEAR 

SIDE STORY

Holy Orders










A.D.2074年に全てのギアを己の支配化に置いたジャスティスの宣戦布告により聖戦が勃発し、世界中に戦火が上がってから十数年が経過した。

が、この十数年の間で世界情勢は劇的に変化して尚、人類は開戦から相変わらず劣勢に立たされており、ギアの猛攻をなんとか凌いでいるに過ぎない。聖騎士団が結成されても、それは変わらなかった。

それも当然と言える。これまで兵器として扱っていた『便利な道具』全てが一斉に手の平を返して人類に牙を剥いたのだ。反撃も碌に許されず殲滅された国や軍は――むしろ『便利な道具』を切り札としていた国や軍だったからこそ――枚挙に暇が無い。

時はA.D.2099年。

今年で六歳となる“少年”にとって聖戦やギアという存在は、何処か遠い世界で起きている大変な出来事でしかなく、実感の沸かない話でしかなかった。悪く言えば対岸の火事だ。

“少年”が暮らす地はスイスのド田舎。街と言うには規模としては小さく、観光に見合う特別なものも名産品も無い。山々に囲まれ物理的に人や物の流通が難しい地域で、農業や牧畜で日々の糧を得る慎ましい生活を送る住民達。

非常に幸いなことに、戦争勃発から十数年経過したというのに未だに一度もギアの襲来がない。逆に都市部のような人口密集地及び国の首都、軍事施設や産業施設などはギアにとって最優先で攻撃対象とすべき場所であるからだろう。

世界が何処も彼処も地獄絵図の阿鼻叫喚、と聞いても分からない。自分達には関係の無いことで。

昔から連綿と続く文化と伝統。悪く言えば保守的で閉鎖的かつ排他的であるものの、A.D.2010年に法力が理論化された当時の町長がいち早く最新の技術である法力を受け入れるべきだと強く主張したことにより、今となっては関連する設備や人材は人口もそう多くない小さな街だがそれなりだ。

法力はその超自然的制御法により無限のエネルギーを生産出来る。人間が生活する場ではかつてない程優秀で、一度手にしてしまうと二度と手放せない代物だ。

しかも旧時代の機械文明と違い法力は環境汚染することはない、という自然を愛する人々にとって優しい――人間にとって環境問題的に非常に都合が良かった――技術だからこそ古い慣習が残る田舎でも受け入れられたのだろう。同時期に同じ理由で機械文明が世界的に全面禁止となったこともそれに拍車が掛かった。

高い金を払って優秀な法力使いを一時的に外部から招き入れ、その便利で使い勝手のいい技術を教授してもらう。街の住民の生活は豊かになっていき、そして学んだ技術を次世代に繋げていく。

だが新しい技術を手にしても長年続いた排他的な思想自体は根強く残り、半世紀以上の紆余曲折を経て最終的には法力による結界が街の『外』と『内』を作り上げ、ある種の隔絶された空間を展開していた。

結界が張られてから数十年が経過し、住人は誰もが死の危険と隣り合わせで暮らす必要は無い、ある意味この世界で最も幸福な“箱庭”で生まれ育てば前述のような見解も仕方が無いだろう。

この“少年”だけではない。街の住人は誰もが聖戦に関して『自分は関係ない』と思っていた。この街は、この土地は、此処で暮らす自分達はギアと何の関わりを持っていない。だから大丈夫、と。

しかし、それでもギアの脅威は徐々に忍び寄っていた。戦火は世界中に広がり、全てのギアが抹殺対象としているのは全ての人類である。『自分は関係ない』という言い逃れを聞く耳をギア達は持ち得ていない。彼らが耳を傾けるのはジャスティスが放つ『人類完殺』という命令のみ。

他に優先すべき攻略対象が存在していたが為に今日まで攻撃されなかっただけの話である。

所詮、辺鄙な田舎の小さな街である。殺すべき人間は少ない。他にもっとたくさん殺せる場所はあるし、わざわざそんな所まで足を運ぶのは時間が掛かる。そんな労力を使うのなら近隣の街や施設を襲うなり一人でも多くの聖騎士団を減らした方がギア全体の為になるからだ。

そうして楽観視していた日常は、唐突に終わりを告げるものだ。





あの日はいつもと同じ何の変哲もない、平穏で退屈な一日になる筈だった。

いつものように朝が訪れ、昼を過ぎ、日が暮れて闇夜が降りてくる。誰もがそれを疑わなかった。

襲来は、本当に突然だった。

何の前触れも無く、空から巨大なギアが降ってきた。





鶏を絞め殺した時に聞く断末魔のような警報は、街を囲んでいる結界が壊された音。

本来ならあり得ない、あってはならない音である。

時刻は昼を少し過ぎた午後一時半。昼食を終えて眠くなってくる時間帯で、皆が皆気を抜いている瞬間でもあった。天気も快晴でとても気持ち良く、軒先で昼寝をしている猫を羨ましがる気分になってしまう――そんなタイミングで、だ。

誰もが響く警報の音に呆然としている中、街のど真ん中に位置する住宅街に巨大な異形が突如落下し、十数件の家屋をその巨体で下敷きにする。

自分の身体が落ちたことによって潰された人間が何人存在するかなど一切考えもせず、異形がゆっくりと身を起こす。

とても大きな蛇。正確には蛇の姿に四肢と翼を足したようなドラゴン型ギアだ。全長は家を十数件纏めて潰してしまったことで分かる通り、百メートルは下らない。

濁った血のような赤黒い鱗に全身を覆われ、四肢はとても筋肉質かつ鋭利な爪を持ち、顎には口の中に収まりきらない程大きな牙が上下合わせて四本生えている。

背には空を覆い尽くさんばかりに広げた漆黒の翼が三対。

何より特徴的なのが、二列に並んだ合計八つの眼。まるで蜘蛛のような配列であり、一つひとつがギョロギョロと獲物を探しているのか動く。

大地に伏すように四つん這いとなっていたギアが、さながら蛇がとぐろを巻くような動作で頭の位置を上に移動させる。その行為によって住宅街が更に廃墟と化していくがお構いなしだ。

そして、



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」



咆哮と言うには破壊力があり過ぎる音の衝撃波を発生させる。ギアを中心に爆発しかたのような暴風が荒れ狂い、不可視の衝撃波が無慈悲に範囲内の全てを薙ぎ払う。たった一声で住宅街は完全に更地と化し、瓦礫しか残っていない惨状はたった数分前の光景など見る影も無い。

勿論、この時住宅街に居た人間は全員死亡。子どもも大人も老人も区別なく、ただの肉塊となり瓦礫に埋もれた。

ギアとしてのサイズは大型から超大型に分類されるが、強さのランクは中級程度。

それでも小さな街を潰すのには十分な、絶望的な悪夢の具現でしかなかった。





そこに居るだけで見る者全てに死を感じさせる破壊の権化。被捕食者が捕食者を恐れるのと同じように、街の住民は誰もが根源的な恐怖を覚え、本能的に悟る。

生まれて初めて眼にした存在ではあるが、アレこそがギアなのだ、と。人類が自ら生み出してしまった最凶にして最悪の敵。

法力によって生み出され、法力を無限に行使し、人類を一人残らず抹殺する為に死と破壊を振り撒く邪悪の化身。



――法力生体兵器 GEAR



死の予感に恐怖し、最初に悲鳴を上げたのは自分の近くに居た男性だったと“少年”は記憶している。

「ぎ、ぎ、ギアだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

ギアの進行により結界が破られた。街の住人が誰も予想していなかった最悪の事態。

住宅街からかなり離れた繁華街からでも視認出来る巨体はまるで悪い冗談のようで現実感を喪失させていたが、これは紛れもない現実だ。

男性の叫びによって恐慌状態に陥る街の住人達。法力使いを呼べと喚く中年の男性、逃げて逃げてと悲鳴を上げて走り出す若い女性、何が起こったのか理解出来ずただ立ち尽くす老人、逃げ惑う人波に弾かれ転び泣き出してしまう子ども。

そんな周囲の人々の混乱など気にも留めず、ギアはその巨躯を折り曲げると口を閉じた状態で頬を大きく膨らませる。空気を入れた風船のようにどんどん大きくなっていく。その姿はネズミを丸呑みした瞬間の蛇そのものだったが、全くの逆だ。ギアは何かを呑み込んだのではなく、吐き出した。

卵。

てっきり火炎か毒液でも吐くと思えばさにあらず。やはり規格外の大きさを誇る、一個の卵が転がっている。吐き出したのではなく産んだと言うのが正しいか。

そして産んだのが唐突なら孵化するのも唐突らしい。ギアの唾液か何かでテラテラと表面が濡れているのだが、それが乾く前にヒビが入り、割れる。

中から一斉に飛び出したのは、姿形は巨大ギアをそのまま小型にしたギアの赤ん坊。しかし卵が一個でしかないのに何故か二十体近く存在しており、赤ん坊と言っても親が全長百メートルを超えているのでその子もまた牛より大きい。

赤ん坊達は手当たり次第に襲い掛かってきた。腹が減っているのか、目に付いた動くものを片っ端から食らいつく。

絶叫と恐怖が街を支配した。

逃げ遅れた子どもが頭から丸呑みされる。錯乱し無謀にも立ち向かった若い青年が噛み付かれて下半身と大量の血痕だけをこの世に残す。数体に囲まれた老婆が次の瞬間には肉片となった。

人が次々と殺されていく、食われていく。そこに区別や差別という概念は無い。たった一つ「人間だから殺す」という殺戮に向けた衝動が在るだけ。

いつものそれなりに賑やかで平穏な繁華街は、地獄と化していた。

「何してるの!? 早く逃げるわよ!!」

知らない女性――若いお姉さんが“少年”の腕を掴んで無理やり走らせる。呆然としていた“少年”は我に返り、女性に引っ張られるように足を動かし、ギアの群れから逃亡を図る。

「き、きっと、きっと街の自警団が退治してくれるわ……だって法力使いがたくさん居るんだもの、あんな化け物、法力で一撃よ……」

荒い呼吸で、恐怖に押し潰されないよう“少年”に対してではなく自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ女性。“少年”の腕を掴むその手はブルブルと震えていた。

街の自警団に所属している者の大半は、この街にある学校で法術科という学科を優秀な成績で収めたエリート達だ。ただでさえ法力使いは街の中で何かと優遇され、憧憬を集める存在。女性の言葉を聞き、“少年”も漠然と法力使いがなんとかしてくれると思った。

やがて騒ぎを聞きつけた自警団が現れ、ギアの群れと戦闘を開始する。それを眼にした者達は誰もが助かったと安堵の吐息を吐くが――

血飛沫が舞う。

自警団が、法力使いが、一人、また一人と食い殺される。そんな眼を疑うような光景が繰り広げられていく。

火炎に焼かれても、雷に貫かれても、風に切り裂かれても、水に押し潰されてもギア達は意に介さない。雨霰と降り注ぐ法力の嵐をその身に受けながら、傷ついた瞬間再生しつつ猛然と迫り、お返しとばかりに貪り食う。

ギアは擬似的な不老不死。彼らには老いも病も無く、怪我を負ってもたちどころに傷を治す再生能力を有している。全身を構成しているギア細胞が無限に増殖し、細胞一つひとつが無尽蔵にエネルギーを生産するからだ。

元より彼らはそういう『生き物』であり、補給やメンテナンスを必要としない『兵器』として生み出された。生物としての枠組みで見るなら、遥かに人類を超越したカテゴリーの生命体。

所詮片田舎に住む実戦経験の乏しい法力使い達では、たとえ相手が一体であろうと勝つのは不可能だ。それぞれの経験値がせいぜい家畜や農作物を荒らす害獣退治程度。ギアと害獣を比べることすらおこがましい。子猫をイジメて粋がっている小僧に虎と戦えと言っているようなものだ。

敵わない、勝てっこないとやはり街の住人と同じように恐怖に屈した自警団が逃走を試みるが、そう判断する頃には既に囲まれていた。

そこからは一方的な虐殺劇。丸呑みにされる者、バラバラにされる者、死に様はそれぞれだったが、全てが無残に散っていくのは同じ。

「あ、ああ、あ」

呻き声を零しつつ“少年”の腕を掴んでいた女性がその手を放し、がっくりと膝を着く。

無情な現実、先には餌になる未来しか見えない絶望。死は回避出来ず、今逃げたところでほんの少し死ぬまでが延びただけと判断したのだろう。諦観に染まったその瞳には光を映していない。

この時“少年”はなんとかしなければと思った。だが何をすればいいのか、自分には何が出来るのか、まだ六歳の幼児と呼ばれても反論出来ない“少年”には分からなかった。

大の大人でも恐慌するような最悪の状況下で、驚くべきことに“少年”の心は恐怖に屈していなかった。恐怖を感じなかった訳では当然無い。ただ、何かしなければいけないという強い義務感が先に立って、恐怖を強引に押さえつけていたのだ。

やがて街の自警団――法力使い達が一人残らず食い尽くされ、ギアの群れの一体がこちらを向き、次の獲物として狙いを定める。

俊敏な動きで瞬く間に間合いを詰めたその内の一体が、大きく口を開け“少年”と女性を呑み込もうとする。口腔の中に生え揃ったナイフよりも鋭い牙が引き裂かんと迫り、



「てぇぇやああああっ!!」



裂帛の気合と共に横合いから飛び出した何かがギアを突き飛ばす。

「え?」

“少年”と女性を食おうとしていたギアは紅蓮の炎に包まれ、暫しの間苦しみ悶えるように路面をのた打ち回っていたが、やがて事切れたのか仰向けのまま動かなくなり、最後には完全に焼き尽くされ黒い燃えカスとなっていた。

目の前に知らない男性の後姿がある、自分達をギアから庇う形で存在している。この男性が自分と女性を助けてくれたのだ、と“少年”はすぐに理解した。

後姿なので顔は見えないが、背格好からして二十代前半か中盤だろう。かなりの長身で、大きな体躯だ。長い黒茶の髪を後頭部で結わえポニーテールにしている。

上は赤いジャケットを羽織り、下は黒いデニム生地のズボン。上下共に『RIOT』と小さくプリントされているのでジャケットもズボンも同じメーカーだ、とまで分かる程“少年”にそんな余裕は無い。

だが特に眼を惹くのが、左手に持っている岩の塊だ。武器としてはあまりにも無骨で、まるでそこら辺に転がっていた岩を削って無理やり武器として使っているかのような出で立ち。一応、剣か鎚として扱っているらしく柄のようなものが申し訳程度に拵えてあり、そこの部分を逆手で握っている。

同胞を一撃で屠られたことに動揺したのか、ギア達の動きが一瞬止まり、その僅かな隙を男性は見逃さない。

鋭く踏み込み、一気に間合いを詰めると近くに居たギアに向けて岩の塊を力任せに振り下ろす。

見た目通り、切れ味のいい刃物で斬る、ではなく超重量で叩き潰す鈍器を使うような戦い方だった。グシャ、と潰す音を立ててギアが一体粉砕される。再生が不可能な程にぺしゃんこだ。素人目でも絶命したのが判別出来た。

ジャアアアッ!! と耳障りな咆哮を上げ怒り狂った他のギア達が一斉に男性に飛び掛かる。

危ない、そう叫ぼうとした刹那、

「黙ってろ、雑魚が」

忌々しいとばかりに呟いて、鉄の塊を一薙ぎ。ただそれだけの動きで男性とその周囲には爆炎が発生し、そこに飛び込んだギア達が纏めて蒸発するかのように消し飛んだ。

肉が焦げる嫌な悪臭が漂う中、“少年”は男性の一挙手一投足から眼を離せなくなっていた。

今の今まで街の人々を餌として食らっていたギアの群れが、一瞬で殲滅された。自警団が手も足も出なかった相手を圧倒する強さ。その背中が、ギアに屈さぬ後姿がとてつもなく大きく感じる。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

その時、遠くから巨大ギアが吼える。これまで産卵の疲労により休んでいたのか、自分の子ども達の様子を窺っていたのか知らないが、どうやら今度はあれが直接動くらしい。身体も大きければ移動する時の音も大きく、轟音を鳴らしながら行く手を阻む建築物を踏み潰しながらこちらに近付いてきた。

「……どいつもこいつもギャアギャアと鬱陶しい」

恐れ慄くどころかイライラしたような口調で男性は吐き捨てると、左手に携えた岩の塊に炎を纏わせ、巨大ギアに真正面から突っ込んでいく。

臆することなく、怯むことなく。その後姿は子守唄代わりに聞かせてもらった御伽噺に登場する勇者みたいだと“少年”には映った。

そして、

「消し炭になれっ!!!」










死傷者と行方不明の合計が街の住民の約二割に達し、住宅街を失い繁華街は血の海に沈んでしまったが、あの炎を操る男性が現れなければ街は廃墟と化し住民は皆殺しにされていただろう。

“少年”は男性が巨大ギアを倒した後、緊張の糸が切れて気絶してしまい、そのまま丸一日眠っていた。

次の日に眼を覚まし、男性に一言助けてくれたお礼を直接言おうと思ったが、残念ながら男性は早々に街を後にしたと聞く。

なんでもギアを狩る旅をしているらしく、近隣にギアの気配が無い以上、街に長居するつもりはないとのこと。

せめて名前だけでも知りたかったが、男性は一切名乗ろうとせずたった一言だけ「ただの賞金稼ぎだ」と言い残して去ってしまったという。

お礼が言えなかったことは確かに心残りだが、どうしようもなかったので諦めることにする。

……それにしても――

昨日の出来事を改めて思い出す。

絶体絶命の危機に颯爽と現れ、ギアを倒し自分達を助けてくれた命の恩人である法力使いの男性。

あの後姿が、脳裏から離れない。眼を瞑れば男性の勇姿が鮮明に描き出された。

やがて“少年”は、あの男性のように自分も人を助けられる存在になりたいと真剣に考えるようになる。

男性が救ってくれたこの命を使って、今度は自分がギアに苦しめられている人々を助けるようにならなければ、と。



“少年”の名は、クリフ=アンダーソン。この時の年齢は六歳。

後に人類の精鋭『聖騎士団』に志願し、

西洋人で初の『“気”の法力』を体得し、

一撃で竜を屠る強さから一騎当千の『ドラゴンスレイヤー』と謳われ、

騎士団の団長に就任し半世紀以上も最前線で戦い続け、

その間にジャスティスと十七回も死闘を演じ、

そして、A.D.2172年に七十三年の時を経て、互いに互いを気付かぬまま自分を助けてくれた男性その人に『神器“封炎剣”』を託す人物である。




















後書き


いや、その、こんな外伝よりも本編の続きうPしろよって話なんですが。

書いちゃったんだからしょうがないよね……?

何故この話を書きたくなったかと言いますと、まあ、アニメやコミックの影響です。

ん? なんかこれ、なんか若干設定がパチもんくさくね?

∠(゚Д゚)/イェェェェェェェェェェェガァァァァァァァァァァ!!!!!

とまあ、終わった話は置いといて。

ぶっちゃけ執筆時間が取れません。ハンターライフが忙しいのです。武器防具作る為に狩りに出て剥ぎ取って宝玉出なくてorzになればごく稀にポロッと出てきて

∠(゚Д゚)/イェェェェェェェェェェェガァァァァァァァァァァ!!!!!

プレイ時間がいつの間にか200時間超えまで目前だしランクも100超えそうだしで、友人から「お前やり過ぎ!!」と言われる始末。

次回は本編の続きを今月中、いや来月中にうPできたらいいな、と思います。

ではまた次回!!



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