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[7386] 人生投げっぱなしジャーマン(転生オリ主触手モノ。凍結中)
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2011/12/31 21:56
 アキバからの帰り道、俺はトラックに轢かれて死んだ。スイーツ(笑)

 現世に別れを告げるその直前まで俺が考えていた事。

 それは家族や友人、ましてや家で俺のことを待っている金魚達の事ですらなく、鞄の中で未開封のまま眠った魔法少女が触手にエロい事をされる、ぶっちゃけエロゲーの事だった。我ながら人としてどうかと思う。



 次に、ネット上で見かける転生とか憑依モノの二次創作でありがちな意味不明な空間でナニカに会った。

 何故か銀髪美少女とかオッドアイなイケメン天使とか神様じゃなくて、何処からどう見てもモンスター全開なよく分からないイキモノだった。
 
 その風貌は全身から脚を生やしたタコというかイカというか……大体察してもらえたと思う。

 色々俺に訴えかけてきてたらしいのだが、生憎俺には彼(?)が何を言ってるのかまったく理解出来なかった。正直見てるだけでお腹一杯だったのだ。
 
 とりあえず疑問を投げかけられていたような気がしたので、なんとなく全部肯定しておいたら急に意識が反転した。

 そして俺は生まれ変わった。
 
 全身に触手を従えた人外の魔性として。……なんぞこれ。あのよく分からない生き物のせいですか畜生。








 からだがしょくしゅになっても じゅもんをとなえれば なおるよ!


 いあ いあ んぐああ んんがい・がい! いあ いあ んがい ん・やあ ん・やあ しょごぐ ふたぐん! いあ いあ い・はあ い・にやあい・にやあ んがあ んんがい わふる ふたぐん よぐ・そとおす! よぐ・そとおす! いあ! いあ! よぐ・そとおす! おさだごわあ!


 ……よし、自己暗示、もとい現実逃避終了!

 涙に滲む視界を振り切って、目を背けたくなるような緑色の身体を観察する。

 今の自分の姿を客観的に見る手段が無いので分からないが、手足や胴体の変わりに触手が身体中に数十本生えているようで、それぞれを俺の意のまま、自在に操ることが出来た。

 ついさっきまで人間だったのになんでこうも容易く未知の器官を操れるかは疑問だが、自分の身がこんな事になった事に比べれば至極些細だろう。

 しかしあれだろ、転生っつったら中性的なイケメンとか誰もが振り返る美少女とか赤ん坊からやり直しがお約束ってもんだろ? 幾らなんでも触手の化け物はねーよ。仕舞いにゃ泣くぞ。
 
 俺この先どうすりゃいいのよ。人間に捕まって解剖されて死ねばいいの? それは嫌だなあ。



 こんな風にこれからの自分を儚んで軽く欝になっていたら、突如天啓が舞い降りた。そう、ニュー○イプばりにキュピーンと電波が届いたのだ。

 そうだ、化け物なら化け物らしく美少女を本能のまま喰らえばいいんじゃね? 無論性的な意味で。

 電波に逆らうことなくイメージする。俺の触手に敏感な所を嬲られて悶える美少女達の艶姿を。
 
 
――そ、そんなところ弄っちゃらめぇー!

――こんな奴に犯されちゃうなんて……悔しい、でも感じちゃう(ビクンビクン


 おお、なんか生きる希望が沸いてきた! ビバ触手! ビバ触手の神様!

 これからの食事とか排泄とかUMAとして捕まって動物園とか研究解剖とかそういった一切合財を無視してポジティブ全開で己が獲物を見やる。これから一生を共に過ごす相棒だ。性能の把握はちゃんとしておかないとな! 触手は心のチ○コです。

 
 直後、激しく後悔した。
 
 
 ……全身に数十と蠢くそれの太さは、最低でも大人の男の二の腕ほどだろうか。大きいのだと軽く太腿くらいはありそうだ。
 
 緑色のその表面は無数の疣に覆われており、不思議と粘液に覆われていないそれは乾いてもいなければ湿ってもいないという、見た目は卑猥だが実用性はイマイチという、なんとも微妙な触手だった。
 
 この様子だとエロゲーお約束の催淫液もチ○コの形をした触手も期待できないだろう。

 ……俺、これを美少女に突っ込むのか?

 一番細いやつならなんとか……駄目だ。それでも「らめぇ」じゃなくて「ひぎぃ」とか「ぼこぉ」とかになっちまう。そっち系のは俺の趣味じゃないんだよ。
 
 幾らなんでも全部が全部太すぎる。もうちょっといい感じのは無いのかよ。

 必死になって探したが、無常なことに俺に備わった触手は全部鬼畜エロゲー用の代物だったらしい。愛が足りないよ愛が。


 新たな人生、もとい人外生の一歩目でいきなり出鼻を挫かれた。ありえん。欝だ氏のう。

 安西先生……女の子にらめぇって言わせたいです。


――諦めれば?


 不愉快極まりない電波が届いた。

 どうしよう、もうこのまま犯っちゃおうかな。でもひぎぃは嫌だなあ……。








[7386] いあ! いあ! はすたあ!
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:11

 ――身体は触手で出来ている。

 本当に触手で出来てるから洒落にならん。

 ていうか今更だけど、ここどこよ?

 俺の家の近所にこんな場所あったっけ?









 私こと、月村すずかはお友達のアリサ・バニングスちゃんの家に呼ばれて遊びに来ています。
 
 なんでも新しく可愛い犬を飼い始めたのだとか。

 今まで見てきたどの犬よりも大きくてかっこいいそうです。

 更にメイドさん曰く、いつどこでも名前を呼べばアリサちゃんの元に馳せ参じるのだとか。

 期待に胸が膨らみます。



「じゃあいい、呼ぶわよ?」

「……うん」

「ポチー、おいでー」



――ドドドドドド……ガチャ。



「どうも初めましてすずかちゃん。アリサの犬のポチです」


 そう言って現れたのは、緑色のタコのお化けでした。





「……え? ……は?」


 悲鳴を上げるよりも先に眩暈がした。
 
 目の前の有り得ざる光景に恐怖が麻痺してしまったかのよう。
 
 
「どうよすずか。凄い犬でしょ。こんなの世界に二匹といないわよ」


 誇らしげに胸を張る私の親友。こんなの一匹でもいてほしくない。

 ……いやいやいやいやアリサちゃん。犬じゃない。それ絶対犬じゃないから!
 
 犬は喋らないし緑色でもないしそんな……その……いやらしい姿してないから!


「アリサちゃん! お願いだから正気に戻って! その子は犬じゃないよ!!」

「はあ? 何言ってんのよ。ポチが犬に見えなかったら世界中の犬は皆化け物になるわよ?」

「どう見てもポチの方が化け物じゃない! ……っ! ポチさん! アリサちゃんをどうするつもりなんですか!」

「いや、成り行きでこうなったとしか。正直俺も犬扱いはどうかと思うんだけどアリサが聞かないんだよ」

「ふざけないでください!」

「ちょっと、いくらすずかでもこれ以上ポチを化け物呼ばわりしたら怒るわよ? ポチも、あんたは犬なんだから犬らしくしないと駄目じゃない。ほら、鳴きなさい!」

「……いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! はすたあ!」


 ポチが意味の分からない言葉を紡ぐ。この化け物は一体何を……ってあれ? うん、犬だよね、ポチは犬。
 
 私ったら何を勘違いしてたんだろう。あんなに怒鳴っちゃって、ポチに悪い事しちゃった。

 ほら、緑色の触手がウネウネしてて凄くキュート。大きなクリクリした目玉もチャーミング♪


「よし、成功ね」

「自分でやっといてなんだが、正直これ大丈夫なのか?」

「少しくらいなら大丈夫よ……多分」


 せっかくだからギューって抱きしめちゃったりなんかして。
 
 生ぬるいゴムみたいな感触とかもう完璧に犬だよね。うふ、うふふふふ。吸っちゃおうかなー?
 
 
「ほら、絶対やばいって。この子正気失ってるって」

「ぬう……流石にここまで効くとは思ってなかったわ……」
 
「え、俺犯罪者? 捕獲されて解剖?」

「多分大丈夫でしょ。でもあんたの場合は存在自体が犯罪よね」

「……」

 
 うふふ、ポチったら照れちゃって。かーわいいー。
 
 
「……ってそうじゃなくって!」
 
「あ、戻ってきた。おかえりすずか」

「よかった……本当によかった……! 万歳俺……!」
 
 
 危なかった、今なんか行ってはいけない所へ連れて行かれる気がしたよ……。


「アリサちゃん……本当は分かってるんでしょ?」

「当たり前じゃない。流石にこの触手の塊を犬と言いはるほど私は落ちぶれちゃいないわ」


 すっごい勢いで言ってたけどね!


「アリサちゃんはどうしてこの子を庇うの? こんなのおかしいよ……絶対よくない生き物だよ!」

「……うわあ、実際そうなんだけど直に断言されると凹むわあ」


 沢山あるウネウネしたものをその……萎えさせるポチ。
 
 うぅ……いやらしくってあんまり視界に入れたくないよ……。


「似てるから」

「似てる?」

「そ。こいつそっくりなのよ。シュマゴラスに。家の庭にいた時は運命すら感じたわね。ていうかこいつはきっとシュマゴラスの仲間なのよ。私は一生をこいつと暮らしていくって決めたの。遅かれ早かれ分かることだから、すずかには教えておこうと思って」


 シュマゴラス。

 その名が記憶から掘り起こされるのは、いつだったか三人でゲームをしていた時のこと。


――やばい、このシュマゴラスってキャラすっごい可愛いんだけど!! 地球外生命体で混沌の神か……なんとかしてペットに出来ないかしら。

――アリサちゃん……。ゲームと現実の区別はつけようよ。

――にゃはは……。


 どうしよう、私はどこから突っ込みを入れたらいいんだろう。

 ……もう考えるの止めちゃおうかな。









[7386] SAN-1D6
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:12


――話は一週間前に遡る。





 人外に生まれ変わった俺が落ちた見知らぬ場所。

 漫画やアニメでしか見たことのないような豪勢なお屋敷の敷地内に俺はいた。

 いきなり人間と遭遇かよ、とか開幕早々死亡フラグ乱立とかどんなクソゲーだよ、とか嘆いてたらいつの間にか俺は5匹の犬に囲まれていた。
 
 大方このお屋敷の飼い犬だろう。
 
 どの子も可愛がられているのか毛並みがしっかりと整っており、いかにもお金持ちーのペットって感じの賢そうな顔つきをしていて、そこら辺の野良犬とは一線を画している感じがする。

 てか冷静に分析してみたけどこの状況はちょっとやばくね? 露骨に吠えられるフラグだと思うんだ。



「ワンちゃん達、頼む、頼むから大人しく……いやほんとお願いします……! こんな姿こそしていますが俺は善良な一般市民なんです。この家に危害を加えるつもりは欠片もないんです……!」
 
「「「「「ワンワンワンワン!!!!」」」」」

「……ウヴォアー」

 

 願い虚しく吠えられた。めっさ吠えられた。
 
 まあ当然っちゃ当然の帰結だろう。俺も逆の状況なら吠える自信がある。
 
 大体こんな怪しさ全開な緑色のクリーチャーを警戒するなって言う方が無理な話だよな。
 
 
 
「……やれやれ」
 
 
 
 人外生二週目の開幕で発生した絶望的な状況に思わず嘆息する。
 
 すぐさまこの声を聞きつけてこの妬ましくなるほど大きい家の使用人とかがやってくるのだろう。
 
 そして通報、捕獲、研究解剖の黄金コンボが俺を襲うのだ。
 
 時刻は夕方。仮にこの犬達から逃げても人目につくことは間違いない。
 
 これはもう駄目かも分からんね。グッバイ俺。グッバイ触手の神様。
 
 全身触手とかいい経験が出来たよ。でも生きたまま解剖だけは勘弁してほしい。

 既に一度死亡経験をしたからなのか、こんなどうしようもない姿に生まれ変わったからなのかは知らないが、自分でも驚くほど簡単に死ぬ覚悟が出来ていた。
 
 まあこんな姿で生きててもお先真っ暗だしな。どうせ終わるなら早いほうがいいだろ。



「ちょっと皆、いきなりどうしたのよ……」



 ほら誰かは知らんが声を聞きつけて来た。さっさと俺の姿を見て悲鳴でもあげて通報してくれ。覚悟は出来てる。

 ああ、でも心残りが一つだけあった。美少女にエロい事したかったなあ……。でもこの触手じゃ鬼畜プレイしか無理ぽ……。



「ご近所の人にめい……わ……」



 来た。ほぼ間違いなく家の持ち主の子だろう。

 背格好を見るに、年齢は10に満たないだろうか。
 
 俺の目の前に現れたのは外見不相応に理知的な瞳、長い金髪、そして両横にチョンと髪留めで結ったツインテ? が特徴的な可愛らしい幼女だった。

 んで、俺を視界に入れた瞬間にこれでもかというほどその子は目を見開いた。ああこれは間違いなく叫ぶな、うん。



「……きゃー!!!!!!」



 ほらな? 思ったとおりだろ?

 俺終了のお知らせ。次週から始まる魔法少女陵辱物語をお楽しみください。
 
 すごいスピードでこっちに走ってくる幼女をどこか遠い目で見ながら、俺が死ぬ直前まで気にかけていたエロゲーのパッケージを反芻する。



「きゃー! きゃー! きゃああああああ!」

――だきっ。むぎゅっ。ぎゅううううう。



 ……ってあれ?

 なんか通報どころか逆にめっちゃ抱きしめられてるんですけど。これは一体何事よ。流石の俺もこの状況は予想外。

 ……ハッ! そうか! 生命の危機に瀕した俺の身体が無意識のうちに銀髪オッドアイの超絶イケメンに変身したのか! そうだきっとそうだそうに違いない! ていうかむしろそうであってくれ! サンキュー神様!



――フシュルシュル。



 相変わらず緑色の触手が元気にうねってました。ですよねー。

 じゃあなんでこの子は俺に抱きついてるのよ。意味不明なんですが。



「シュマゴラスー!!!!!」



 え? シュマゴラス?

 俺ってシュマちゃんになったの? マジで?

 ……でもシュマちゃんの触手は先が細かったりしてエロい事出来るぞ?










[7386] 作者のSAN値がヘブン状態!!
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:13



 ねえ、俺ってシュマちゃんなの?
 
 
 
――違うよ。全然違うよ。



 うん、電波がそう囁くから俺はシュマちゃんじゃない!

 よかった。危うく海を越えてやってくるアメコミヒーローに襲い掛かられるところだった。



「なあお嬢ちゃん」

「……私はお嬢ちゃんなんていう名前じゃないわ。アリサ・バニングスっていう名前があるの。ちゃんとアリサって呼んで」



 ぷくーっと頬を膨らませんながら抗議の意を露にするアリサ嬢。

 ……なんと、名前で呼べと申すか。
 
 そのむくれた顔も非常に可愛らしいっちゃ可愛らしいんだが、なんでこんなに初っ端から好感度が高いんだよ。
 
 俺はお前の幼馴染かっつうの。こんな幼馴染なら人間の時に是非とも欲しかったわ。
 
 
 
「アリサ」
 
「……えへへー」
 
「…………」
 
 
 
 名前を呼ばれただけでものっそい嬉しそうに微笑みながら俺に頬擦りするアリサ嬢。
 
 おー、笑った顔も可愛いなあ。子犬みたいな懐っこさだ。

 ……待て待て待て待て。違う。何が違うのかは分からないが絶対これは何かが違うぞ。

 常識的に考えてみろよ。俺触手だよ? 化け物だよ?
 
 間違ってもこんな犬や猫みたいな扱いされていい生き物じゃない。
 
 遭遇したら踵を返して形振り構わず助けを呼びながらダッシュで逃げるのが本来あるべき対処方だろ? 自分で言っててちょっと悲しいけど実際そうだから仕方ない。
 
 今すぐ通報以下略で死ぬ事にならなくなったのは嬉しいが、これは一体どこの三流エロゲーシナリオかと叫びたい。そりゃあもう声高に叫びたい。

 だいたいこんなUMAも真っ青な化け物がいていい筈が……いや、待てよ? 
 
 
 
 
 天啓、もとい電波が再び舞い降りた。俺の受信アンテナは事ここに至って絶好調らしい。
 
 
 
 
 発想を転換させてみるんだ。

 勝手に俺のいた場所に戻ってきたと思ってたが、実はここは異世界なんじゃないだろうか。
 
 俺みたいな化け物がごく当たり前に存在してるとしたらどうだ? 
 
 もしくは当たり前じゃないとしても、存在が認知されているとしたら?
 
 触手の化け物の神様? とか現に俺自身が一回死んでこんな姿になっているので今更異世界の存在についてどうこう言うつもりはない。非常識だ、とか言う方が非常識だ。

 むしろアリサの反応を見るに、普通に俺みたいなのがいると考えた方が説得力がある。
 
 ……っていうかもうここは俺がいた世界とは別の世界って事にしとこうぜ。
 
 残念なことに確信はまったく持てないが、その方が俺の精神衛生上よろしいから。初対面の触手の化け物に頬擦りしながら悦に入る金髪幼女とかいろんな意味で軽く目を背けたくなるっちゅうねん。
 
 なによりこんな姿で親父やお袋、友人達に会いたくないし。親しい人間に面と向かって化け物って言われたら絶対凹むってレベルじゃない事態に陥るのは目に見えてる。




 さて、ここが異世界だとして、俺の家や家族が存在している事はまず無いだろう。……端から帰るつもりも無かったがこれからどうすっかな。
 
 頭が痛くなることばかりだが後で考えよう。まずはアリサの誤解を解かないとな。ミスティックステアとかカオスディメンションやって! とか言われたら困る。本気で困る。ひょっとしたら出来るのかもしれないが、やり方とかさっぱりわからない。脳内でコマンド入力すりゃいいのか?



「アリサ」

「……んー♪」

「アリサ、ちょっと話を聞いてくれ。ほんとお願いだから」

「……むぅ、どうしたの?」



 このままだと埒が明かないので、二本の触手でアリサの肩を掴んで無理矢理ひっぺがす。

 ……だからアリサはどうしてそんなに残念そうな顔してるんだよ。もうちょっと冷静になれよ。むしろ正気に戻れ。
 
 バニングスだかなんだか知らんがSAN値がバーニングしすぎだろ。



「俺はシュマゴラスじゃない。似てるかもしれないけど違うんだ」



 多分だけどな。
 
 触手細くないし。でシュまシュ語は無理。



「え……? 嘘……だって……こんなにそっくりなのに……」



 ……おああああああ! がっかりしてる! この子すっげえがっかりしてるよ!
 
 さっきまで犬の尻尾みたいにピコピコ動いてたツインテが下向いてる!
 
 やばい痛い! 心が痛い! なんで俺がこんなに罪悪感を感じにゃあならんのですか!?
 
 勘違いして盛り上がってたのはアリサなのに!

 ……ちくしょう、それでも今ここで誤解を解いておかないと! 
 
 子供の夢を壊すのは忍びないけど、今この場で嘘ついて後々本当のことを知ってショックを受けるよりは……!



「俺、男なんだよ。シュマちゃんは設定上メスだったろ? ……実際性別あるのかよく分からないけど」

「……アンタ、まさかきぐるみなの?」

「それは無い。見た目どおりの家無き子のナマモノだよ。シュマちゃんと勘違いさせてごめんな」



 一気に剣呑な光を帯びた瞳を正面から見据えながら、一斉に触手をうねらせ答える。金髪幼女の目の前で蠢く触手。我ながらなんかエロい。でもひぎぃは勘弁な。

 しかしなんだ、いっそきぐるみだったらよかったんだけどなあ……。

 元人間という事は伏せておく。
 
 一回トラックにミンチにされて死んで神様っぽい化け物に会って生き返りましたーとかヘビーなのかギャグなのか判断のつかない事言いたくない。



「きぐるみの変態じゃないなら別にいいわ。勝手に勘違いしたのは私なんだから謝らないで……っていうか家無き子? あんた、家が無いの?」



 ノリで言ったのだが、可愛そうな目で見られた。
 
 何この子、こんな化け物に同情とか優しすぎだろ。自分の勘違いを素直に認めるとか、とても見た目小学生とか思えないんだけど。
 
 なんかもうどうでもいいや。
 
 この際アリサの良心に付け込ませてもって、あわよくばペットとして住まわせてもらおう。駄目ならその時また考える。我ながら見下げ果てた下衆野郎ですね! きたないな流石俺きたない。



「……俺、別の世界から来た迷子なんだ。何が起こってこうなったか全然わからないし、帰り方も分からない」



 仮定と真実を織り交ぜながら、いかにも可哀想な自分を演じる俺。
 
 でも実際客観的に見て、この状況はかなり可哀想だと思う。可愛い幼女に何故か好意を抱かれている、という点を除けば。



「そう……そうだ! アンタさえよかったら、ウチに住みなさいよ。ご飯と寝る所くらいならあげられるわ」

「……アリサの両親とかお手伝いさんに悪いだろ。ほら、俺化け物だし……」

「大丈夫よ。パパもママも滅多に家に帰ってこないから……。メイドは……大丈夫ね、うん。絶対大丈夫だと思うわ。むしろ喜ぶんじゃないかしら」

「……本当にいいのか?」

「このアリサ・バニングス、一度差し出した手を翻すほど腐っちゃいないわ!」



 サムズアップしながら向日葵が咲いたような満面の笑顔。
 
 漢女(おとめ)がそこにいた。これはかっこよすぎる。



 ともあれ寝床ゲット! アリサ愛してる! ブラボー!!
 
 ……いやほんとごめんなさい。でもやっぱりのたれ死には嫌なんです。

 あれ? そういえばこれってヒモ? ヒモかあ……ヒモでいいや。ヒモでもしないと今の俺は生きていけん。











[7386] いあ いあ んぐああ んんがい・がい!
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:13






 まず始めに、少女がとあるキャラクターへの愛に目覚めました。

 お金持ちで家に滅多に両親が帰ってこない事をいい事に、そりゃあもう色々集めました。

 そのキャラのフィギュア、原作本、諸々。

 次に、家のメイドさん達にそれを布教し始めました。あまりに好きすぎて自分ひとりではその感情を持て余したのです。普通の子よりずっと賢くても、やっぱり少女は9歳の子供でした。

 当然メイドさん達は難色を示しましたが、毎日毎日見ているうちにそのキャラの虜になっていきました。そう、マインドコントロールです。

 その触手でエロい事されたい! とか思うメイドも出るようになりました。エロゲー顔負けの淫乱メイドっぷりでした。

 さて、少女はそのキャラクターだけで満足だったのですが、メイド達はそれだけでは物足りず、なんと更にその奥へ踏み込んでいきました。
 
 元ネタである話の神々に目をつけたのです。そこには触手の生えたグロテスクな素敵生物ばかり! メイド達の間に広まるのはあっという間でした。酷い冒涜です。純粋な原作ファンに腹を切って詫びるべきでしょう。
 
 ほどなくしてメイド達の部屋にはこっそりと邪神の模型やフィギュアが飾られるようになりました。ぬいぐるみやファンシーな置物に混じってグロテスクな化け物。非常にシュールな光景です。
 
 幸いにも使用人の部屋に入るのは同じ使用人だけなので、主人や少女にばれる事はありませんでした。

 そしていよいよメイド達は少女や主人に隠れ、怪しい儀式を時々やり始めるようになりました。退屈な毎日に飽き飽きしていたのです。代わり映えしない日常からの脱却。浪漫を追いかけすぎて、実際呼び出されるのは邪神という事を既に忘れていました。
 
 でも流石に彼女達は現実と妄想の区別がつく大人なので、本気で召還とかは考えていません。雰囲気だけでもってやつです。日常の業務に支障をきたす事もありませんでした。あくまで家の中だけで、外からは分からないように細々とやっていたのです。
 
 まあ来てくれたらいいなあ、くらいには考えてましたが。

 よもや自分の家のメイドがいつの間にかこんな事になっているとは少女は微塵も知りません。自分の好きなキャラクターを皆も好きになってくれて嬉しい。それくらいしか考えていませんでした。



――いあ いあ んぐああ んんがい・がい! いあ いあ んがい ん・やあ ん・やあ しょごぐ ふたぐん! いあ いあ い・はあ い・にやあい・にやあ んがあ んんがい わふる ふたぐん よぐ・そとおす! よぐ・そとおす! いあ! いあ! よぐ・そとおす! おさだごわあ!



 今日も屋敷のどこかで祝詞が上げられます。
 
 本来なら通じない想い。通じるはずのない想い。それは遥か彼方の次元を超えて。



「……なんぞこれ」



 どこかの神様に届いたのかもしれません。









「みんな、大変よ!」



 いつも通り召還の儀を終え、一般人に見られたら警察に通報される事間違いなしなの黒ずくめの格好を止め、メイド服に着替え終わった彼女達の元に、息を切らせたメイドの一人が走りこんできました。その表情は興奮を隠しきれておらず、正しく喜色満面です。



「どうしたの? そんなに慌てて」

「私達、マジでなんか召還しちゃった!」



 白い目の数々が彼女を突き刺しました。



「召還って……あんた頭大丈夫?」

「そんな餌に釣られないクマー」

「黄色い救急車呼ぼうか?」

「戦わなくちゃ、現実と」


 
 フルボッコでした。実際今の今まで召還をやっていた癖に酷い話です。
 
 しかし彼女はめげませんでした。嘲笑を浮かべる同僚達に確固たる証拠を突き出します。



「本当だって! 今お嬢様が緑色のよく分からない生き物を部屋に入れてるの見たのよ!」


 そう言って携帯の写真機能で撮られたそれを見せ付けたのです。

 移っていたのは、彼女達の仕える少女、アリサ・バニングスが全身緑色の全身に触手を従えた異形を引っ張って自室に連れ込んでいるシーンでした。誰がどう見ても盗撮でした。

 そんな事は誰にも突っ込まれること無く、場は一瞬にして興奮に包まれました。性的な意味で。



「そんな、お嬢様に触手プレイは早すぎるわ! 初潮だってまだなのよ!?」

「初体験が化け物の触手だなんて……流石お嬢様! 私達には出来ないことを平然とやってのける! そこに痺れる憧れるぅ!」

「それでもお嬢様なら……お嬢様ならなんとかしてくれる……!」

「ハアハア……触手にいやらしい事されるアリサお嬢様……ウラヤマシイ……」



 誰も助けに行く、とか通報する、とかいう選択肢が出ない所を見るに、とっくに末期でした。
 
 全員病院に行った方がいいのかもしれません。



「よし、皆でお嬢様の部屋の前に張り付くわよ!」

「「「「応っ!」」」」



 意気揚々とアリサの部屋の前に向かうメイド達。

 この場に自称新世界の神がいたら、きっとこう言った事でしょう。



――駄目だコイツ等……早くなんとかしないと……。











[7386] 某氏の狂気的な更新速度には尊敬の意を唱えざるを得ない
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/07/07 20:13



 あの後すぐ、アリサの家に連れ込まれ、俺はアリサの部屋らしき場所にいる。
 
 流石金持ち。屋敷を見たときから分かっちゃいたが、とても一室とは思えないほどの広さだ。

 しかしここに来るまで使用人の人と一回も会わなかったんだけど本当に大丈夫なのかね……。



「そういや名前聞くの忘れてたわ……アンタ、名前は?」

「……名前か」



 どうしよう。ここは人間の時の、所謂本名を名乗るべきなのだろうか。

 想像してみる。本名呼ばれながら幼女のペットになる自分を。
 
 ……無しだな。どこのSM調教プレイだよ。



「無い。アリサがつけてくれ」

「……そう」



 悩む事数分、膝をパチンと叩いてアリサは声高に宣言した。



「……よし決めた。ポチ! 今日からアンタの名前はポチよ!」

「…………」



 犬扱いかよ。

 ていうか数分考えた結果がその名前かよ。どこのちゃん様だ。アリサ・バニングス恐るべし。



「で、ポチ。アンタって何が出来るの? アンタはシュマゴラスじゃないんでしょ?」

「犬なら犬らしく芸でもすりゃいいのか?」

「いや、流石にそこまで言ってる訳じゃないけど」



 苦笑しながら俺のぶっとい触手を弄るアリサ。素でやっているのだろう。その光景がエロいなどとは夢にも思っていまい。

 しかし実際のところ俺って何が出来るんだろう?
 
 折角だから、ちょっとシュマちゃんの真似事でもしてみようか。

 確かマブカプの時のシュマちゃんの登場シーンは確か……空間に開いた穴から出てきてたよな。



「ふう……チェストォオオオ!」



 遠い、果てしなく遠い場所をイメージし、気合を入れながら円を描いたら何かワームホールっぽいのが出来た。

 これは一体どこに繋がってるいるのだろう。ていうかまさか本当に出来るとは思ってなかった。触手すげえ。

 ちょっとこれがどこに繋がってるのか見てみようか。



――ガシッ。



 興味本位で穴に入ろうとしたら急に引っ張られたので振り返ると、さっきまでの明るい顔から一変。アリサが不安げな顔で俺の触手を掴んでいた。



「……行っちゃうの? 名前が嫌だったから? それともやっぱり一緒に住むっていうのは嘘だったの?」



 またしてもまっすぐに俺の瞳を見据えてくるアリサ。

 これを人間の時にやってもらえりゃドラマにでもなるんだろうけど、如何せん今の俺はシュマちゃんもどきである。ギャグにしかならない。



「行ってすぐ帰ってくるよ。そんなに心配しなくてもすぐ戻るって。名前は……まああれだけど、アリサが決めた事だから文句は言わない。そうだな、お茶とお菓子でも用意して待っててくれるか?」

「約束だからね? 絶対よ!」

「おうともさ!」



 触手と拳を合わせて笑い合い、そのままニュルンと穴に入る俺。
 
 我ながらちょっといいシーンだった。触手じゃなけりゃな。









 さてはて。穴を抜けた先はまたしても見知らぬ場所だった。枯れ木がそこら中に立っている、辛気臭い場所だ。
 
 見知らぬ場所なのはいいんだよ。そのつもりでやったから。シュマちゃんみたいな瞬間移動? は成功って事だ。
 
 でもさ……。




「……あなた誰? ……いや、何? どうやってここに入ってきたの?」




 なんでそんな場所に人がいるんだよ。




 俺の前に立っているのは黒い、ウェーブのかかった腰までかかった長髪をした妙齢の美女。

 なんか目に凄い隈が出来てる。頬もそこはかとなくやつれてるし。これじゃ魅力半減どころか8割減だ。

 ……おっと、ちゃんと質問に答えないとな。



「ポチです。今日から幼女のペット始めました。ここには半分迷子みたいな感じで辿り着きました」

「…………」



 ちゃんと正直に答えたのに「はあ? 何言ってるの? 頭大丈夫?」みたいな目で見られた。なまじこの人が美人さんなだけにきつい。泣きたい。



「どうやってここを嗅ぎつけたかは知らないけど……とりあえず消えなさい」



 物騒な台詞と共に、彼女の目が危険な光を放つ。

 なんかやばそうな雰囲気だ。何かされる前にスタコラサッサ……。

 しようと思ってたら触手が数本光の輪に囲まれてました。何故か動けません。

 触手が拘束プレイされるとか……その発想は無かったわ。



「ってなんじゃこりゃあ!?」

「…………アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」



 美人さんが何かブツブツ呟くと同時に、周囲に光の弾が次々と生成されていく。
 
 10、20、30。ちょ、何これ魔法!? そして歓迎の証!? 絶対違う気がする。



「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト。撃ち砕け、ファイア」



 瞬間、光球から無数の槍状の何かが俺に殺到した。

 魔法の事なんぞ何一つとして理解できない俺だが、これだけは分かる。

 死んだ、これは間違いなく死んだ。俺再び終了のお知らせ。



(すまんアリサ。ちょっと帰れそうに無い)



 早々に抵抗を諦め覚悟と謝罪をし、俺は眼前に迫る脅威から目を瞑るのだった。

 アリサ怒るかな、やっぱ怒るだろうなあ……。泣くかもしれないなあ……。




――必殺の意を込めた雷の魔法が、彼を容赦なく打ち据えた。









「~~~♪」



 帰ってくるポチの為に、鼻歌を歌いながら頼まれたお茶とお菓子を用意して待っている私。

 パパやママが帰ってこないのにはもう慣れてしまった。
 
 いてくれた方が嬉しいのは当たり前だけど、いないのが当たり前になっている日常。
 
 仕事だから。バニングスだから。そうやって諦めて。

 いつ会えるとも知れない両親の帰りを待つ事を、気づけば私はしなくなっていた。

 だから嬉しい。こうやって誰かの帰りを待つという事が。待てる事が。



 ……なのに、どうしてだろう。
 
 こんなにも不安に駆られるのは。二度と会う事が適わないんじゃないんだろうか。あれは一時の夢でしかないんじゃないんだろうか? そう思ってしまう私がいる。

 ポチ……アンタは、私との約束通り帰ってくるのよね?









「痛っ! 痛い痛い痛い! なんか地味に痛い!」



 目を瞑りながらみっともなく叫ぶ俺。笑ってくれるな、実際痛いんだよ。

 具体的にはゴムボールを全身に叩きつけられている程度の痛み。それを何度も何度も。

 死ぬ気はしないが苛めを受けている気がして逆にそれが精神的に嫌だ……ってあれ、俺生きてる?
 
 
 

 不思議に思いながら陰湿な痛みに耐えること数秒。遂に痛みを感じなくなったので目を開けてみれば、あれだけあった光球や俺を縛っていた光の輪は跡形もなく掻き消えており、美人さんは無表情で俺を見据えていた。
 
 なんだ魔法じゃなくてドッキリか……。
 
 人を驚かしやがって。本気で死ぬかと思ったぞゴルァ、と怒鳴りつけたいけどなんか顔が怖いので言えません。



「ドッキリはもうちょっとソフトなのでお願いします!」

「…………化け物」



 涙目でお願いしたらなんか顔が険しくなった。
 
 しかも化け物って言われた。まだ言われ慣れてないから普通に傷つくんですけど。

 てか何この人。ちゃんとドッキリ成功したじゃん。俺めっちゃ驚いたよ?


 しかしこれ以上追加でドッキリがあったら堪ったもんじゃない。なまじ表情が真に迫ってるから本気で怖いんだよ。さっさとアリサの所に帰ろう。

 来た時と同じように穴を開けて離脱する。……追ってくる気配はないっぽい。よかったよかった。



 程なくして俺はアリサの部屋に戻ってきた。おおう、淹れたてのお茶のいい匂いが鼻腔をくすぐる……鼻はどこだ、俺。



「アリサー。ただいまー」

「――っ! ポチ! お帰りっ!」



 後姿に声をかけた瞬間、さっきも見た、満面の笑顔で出迎えられた。

 ああ癒される……。









「――っていう話だったのよ」

「へー」

「これって結構いい話だと思わない?」

「そうだねー」

「……ちょっとすずか、ちゃんと話聞いてる?」

「聞いてる聞いてる、すっごい聞いてるよー」



 ジュースを飲みながら心底どうでもよさげに生返事をすずかちゃん。あのドブ川の底のような目は考える事を放棄した者のそれに間違いない。気持ちはよく分かる。


 ……触手に跨るアリサを落とさないように注意しながら一週間前を思い返す。あの後は大変だった。
 
 お帰り! の声と共に何故か鼻息を荒くしたメイドさん達がアリサの部屋に押しかけてきたり、沢山の好機の視線にさらされてパニくった俺が『呪文』を唱えたら皆アッパッパーになって更に収集がつかなくなったり、アリサの家の犬が勢ぞろいして俺に襲い掛かったり、そりゃあもうカオスの極みだったのだ。

 しかし、まさか本当に俺を見て喜ぶとは思ってなかった。
 
 異世界って事の裏は取れたけど、最初の予想を裏切って俺みたいな化け物はこの世界にはいない、もしくは未だ確認されていないらしい。命が惜しかったら出来るだけ外には出るなとアリサに釘を刺された。
 
 にも関わらず異常に俺に友好的な彼女達。ここまで友好的だと逆に怖い。なんなんだアンタら。犯ろうにも、適度に嫌ってくれないと陵辱にならんっちゅうねん。まあひぎぃな現状を鑑みるに無理なんだけどさ。











[7386] 混沌少女ルナティックアリサ、始まります。
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:15




――この広い宇宙の下には、幾億、幾兆の星々があって、いろんな人が、願いや想いを抱いて暮らしていて。
 
――その想いは、時に触れ合って、ぶつかりあって……だけど、その中のいくつかは、きっと会話すらままならない、伝え合う事も出来ない。
 
――これから始まるのは、そんな、電波と狂気のお話。
 
――混沌少女ルナティックアリサ、始まります。




 ……今日の電波は随分長いのな。なんか妙にノリノリだし。

 てかルナティックアリサってなんだよルナティックアリサって。始まりませんよ。始まってたまるかい。
 
 会話もままならない、伝え合う事も出来ない話って色々終わってるだろ。あれか、肉体言語でもすりゃいいのか?
 
 おまけに電波少年みたいなネーミングしやがって。微妙に懐かしくなったじゃねえか。

 電波も狂気も俺だけで十分、お腹一杯だよ。
 
 
 
 
 ……でもちょっと面白いかもわからんね。魔法少女みたいにアリサが変身するの。
 
 でもアリサは漢女(おとめ)だしなー。俺には普通の魔法少女じゃちょっと物足りない。

 電波に習うなら混沌、強力だけど暴走の危険を孕んだ危険な力を、持ち前の気合と根性で制御して使うってのはどうだろうか。……やっべなんか楽しくなってきた。
 
 分かっちゃいたけど俺も大概だな。









「ふふ、アリサちゃん……ほら、遊ぼうよ。この前みたいにじゃなくって、ちゃんと本気を出してね? 私も、私も本気で遊ぶから……あは、あはは、あはははははははははは!!!」



 すずかが笑う。
 
 それはいつもの人を安心させるような優しい笑顔ではなく、どこか壊れてしまった悲しい笑顔。

 かけがえの無い親友のその壮絶な光景に思わず目を逸らしたアリサに、彼女のパートナーが心配げに語りかけてくる。



「アリサ、お前本当にやれんのか?」

「……やるわ。当たり前でしょ」

「洗脳されてるっていっても、あれはすずかちゃん本人なんだぞ? 梓とか椿さんに任せるって手もあるだろうに……」

「ナマ言ってんじゃないわよ。アンタ私を誰だと思ってんの? ……さあ、行くわよポチ。私の、アリサ・バニングスの大切な親友を、月村すずかを私自身の手で助けるために! ……開放っ!!」



 決意の宣言と共に、高々と掲げられた禍々しい漆黒の球体から吹き出した無数の影が、闇が、夜が。アリサの幼い身体を一瞬で覆い尽くした。

 清楚さを全面に押し出した白の制服は一瞬で黒に侵蝕され、少女は全身に走るおぞましさ、嫌悪感、そして心の奥から湧き上がる破壊衝動に思わずその愛らしい眉を潜める。

 封印を解かれた黒い悪意が、少女の心と身体を我が物にするべくアリサを翻弄し犯し尽くそうとしているのだ。

 しかし、津波のように押し寄せる悪意の奔流でさえアリサの覚悟を挫くことなど出来はしなかった。

 純粋な少女は、強く気高い心を武器に心の闇を押さえ込む。



 そんなアリサの前に影よりも、闇よりも、夜よりも尚暗い、深淵の力が顕現する。それは漆黒の球体の核。強大な混沌の力の結晶。
 
 比類なき力を秘めたそれは、心弱き者、覚悟無き者に破滅をもたらす呪われた神器。


 だが何一つ迷い無く、何者にも折られる事は無い不屈の意思を以ってアリサはその魔具を掴み、強靭というのもおこがましい精神力を以って己が支配下に引きずり込む。

 瞬間、絶望の黒が気高き赤に染まってゆく。
 
 闇を乗り越えた少女の周囲に巻き起こった炎柱がアリサを眩く照らし、纏わりついた闇を悉く溶かし尽くす。

 そして溶けた闇から現れるのは、燃えるような情熱の赤を基調としたコスチュームに包まれたアリサ。
 

 核がアリサの手の中で禍々しい黒い魔杖に形を成した刹那、その瞳が大きく見開かれた。
 
 新緑の瞳には熱く攻撃的な光が宿っている。
 
 だがそれは先の破壊衝動とは全く質の異なったもの。言うなればアリサ自身の凛たる輝きだ。

 少女は自らの意思で完全に混沌の力を支配しきっていた。



「すずか! 心配かけた責任として思いっきりきついの一発くれてやるから覚悟しなさい!」



 アリサは深く息を吸い、大地を蹴った。
 
 その瞳に恐れなど微塵も無く、凛麗とした意思に輝いている。



「はあああああああああああっ!!!」



 力強い咆哮と共に、炎光を纏った一撃が夜を振るわせた――。









 ……とまあこんな感じ。あー楽しかった。

 すずかちゃん、一般人なのに敵役にしてごめんなさい。
 
 でもやっぱ洗脳された親友との戦いってのはバトル物で必須だと思うんだよね。



 ちなみに俺はお供のペット。話が佳境に入り、力の制御をミスって暴走したアリサを助ける為に死ぬ。自分から核に取り込まれるってのもありか? 俗に言うパワーアップイベント。離別を超えて完璧に混沌の力を支配したアリサの前に敵は無い!

 そこはかとなく厨臭いけど、まあ楽しかったのでよし! 
 
 

 ……つか思い返してみると、これって変身ヒロインじゃん。
 
 まあいっか、魔法少女じゃなくて混沌少女だし。別物だよ別物。






――とまあ飼い主であるアリサが学校に行っていて、メイドさん達も皆仕事で、犬には怯えられ、外には出れず、いよいよ暇を持て余した彼がこんな妄想を繰り広げていた頃。



「どうしたのよなのはー、急に走り出したりして」

「あっ……見て! 動物? 怪我してるみたい……」

「う、うん……どうしよう」

「ど、どうしようって……とりあえず病院?」



――どこかで何かが始まったようです。












[7386] バニングス家のメイドさん
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:15


 
「ポチ様」

「……はい?」



 暇を持て余し屋敷をブラブラしていた後ろから声をかけられる。

 振り返れば、バニングス家のメイドの一人である桜がそこにいた。


 桜は男の夢、黒髪ロングの大和撫子という浪漫の体現者、生きる化石である。しかもボンキュボン。

 絶滅危惧種をメイドさんにするとか、バニングス家始まってるな。
 
 諸手を上げて大歓迎ですよ。……エロい事してえ。



「その……申し上げにくいのですが……ポチ様は、わたくし達にいやらしい事をなさりたいのですよね?」

「ブハッ!」


 
 思わぬ口撃に狼狽する俺。いいパンチ貰っちまった……。

 しかしどこでそれを知った。まさか読心術でも持ってんのか。

 って俺か。そういや冗談交じりにとはいえ、結構口に出してるもんなあ。

 ここはちゃんと謝っておこう。顔には出さずとも純な桜にはさぞ不愉快な事だったんだろう、うん。



「いや、えっと……その……ごめんなさい」

「いえ、構いませんよ。ポチ様も男性ですものね」



 そう言って、桜はふんわりと微笑んだ。
 
 名が示す通り、桜の花が咲いたかのような、世にはこびる汚れを全てを許すかのような母性を感じさせる、たおやかな笑みだった。瞳から感じられるのは春の陽だまりのような暖かさ。
 
 ……正直、不覚にもときめいた。ああ、俺の醜い欲望が浄化されていく……。



「ですから、存分にわたくしめのいやらしいピーーでピーーーーでピーーーーーなピーーをポチ様の逞しいピーでわたくしのピーーがピーーーーーーになるまで存分にピーーーなさってください」

「……はい?」

「ですから、存分にわたくしめのいやらしいピーーでピーーーーでピーーーーーなピーーをポチ様の逞しいピーでわたくしのピーーがピーーーーーーになるまで存分にピーーーなさってください」

「…………」

「あれ、聞こえませんでしたか? ですから、存分にわたくしめのいやらしいピーーでピーーーーでピーーーーーなピーーをポチ様の逞しいピーでわたくしのピーーがピーーーーーーになるまで存分にピーーーなさってください」

「もういい」



 連呼すんな。

 ……しかしこれは酷い。百年の恋も一瞬で冷める。

 何この100万ドルの素敵な笑顔で伏せ字連発のエロ語群。
 
 こんなのモロで出したら一発で通報食らって該当部分の削除勧告だぞ。板違うんだよ板。



「淫乱メイド自重しろ」

「あ、心配なさらなくても初物ですよ?」

「そういう事を言ってるんじゃない。あと女の子が初物とか言うんじゃありません」

「そうですか……それにしても、口に出しながら妄想していたら身体が疼いて……ハアハア……もう辛抱たまりません……」



 桜の花びらは春風の前にあっという間に散ってしまう。そういやそうだったっけな。
 
 しかし女の子には出来るだけ清いままでいてほしいっていうのは間違いなのかね……そもそも陵辱ってのは清かったり気高かったりするものを自分の手で欲望のままに汚すから興奮するのであってだな……。
 
 
 軽く矛盾を孕んだ現実逃避する俺に構うことなくメイド服をはだけさせ、その黒い瞳を血走らせてにじり寄る桜。大和撫子はどこに行った。



 つかコイツこえええええええええええええ!!!! なんだよまさかこれが素か!? それは無いと信じたい!

 ところでこのままだと俺が陵辱される件について。するのはいいがされるのは死んでも御免だぞ。



「ハアハア……ポチ様……いやらしい桜を存分に可愛がってくださいませ……」



 どう見ても発情してます。本当にありがとうございました。
 
 そして気づけば目からあの暖かな光が消えていた。レイプ目ってやつだ。マッハ堕ちってレベルじゃねーぞ!


 おまわりさーん! 変態がここにいます! ……捕まるのは俺か、ガッデム。

 仕方ない。こうなったら奴を召還せねばなるまい。
 
 
 
 
 え? 折角相手から迫ってきてるんだからこのまま犯しちゃえよインポ野郎、それでも触手か、だって?
 
 
 
 
 なるほど、確かにこれは千載一隅の機会だろう。黒髪ロングの素敵美少女メイドさんとくんずほぐれつ出来るんだからな。ひぎぃにもひょっとしたらならないかもしれない。しかもこの先思うままに使える欲望の捌け口が手に入る。これなんてエロゲ?
 
 
 ……だがそうすると俺の心に癒えない傷が出来てしまう。マジ勘弁してつかあさい。
 
 せめて桜がもうちょっと慎ましい子だったら……! ちくしょう、ちくしょう、畜生……! 
 
 いや、本当は心の傷とか無視してもいいんだけど正直本気で怖いんだよ。これ絶対病んでるって。手出した瞬間に死亡フラグ、もとい俺三度終了のお知らせだぞ。



「マイラバー楓、カモン! お前のご主人様である俺がお呼びだ!」



 眼前に迫る誘惑を纏った恐怖を振り切って声高に叫ぶ。

 アリサ不在の今の屋敷において、唯一俺に救いをもたらすであろうその名を。



――ドグシャア。



 瞬間、一陣の青色の風が館を奔り、どこからともなく降ってきたローリングソバットが俺に炸裂した。

 車に轢かれたかのように吹っ飛ばされる俺。数秒空を飛び、そのままベチャリと壁に叩きつけられる。
 
 全身に衝撃こそ走るものの、不思議と痛みは無い。どうやらこの軟体の体は打撃に強いようなのだ。嬉しい誤算というやつだな。



「ざけんなポチ。だーれがお前のラバーだっつーの」



 軽口を叩きながらソバットの勢いを完全に殺しきり、華麗に着地するのは俺が名を呼んだ青く短い髪の女。
 
 その名を楓という。



「来た! 救世主楓来た! これでかつる!」

「……で、どうしたよ。つまらん用事だったらアタシの仕事お前がやれよな。ていうかつまる用事でもやれ」



 グチグチ言いながらも話を聞いてくれる楓。
 
 ちゃんと呼びかけにも応じてくれたし、口は悪いがなんだかんだでいい奴である。



「桜が彼岸の住人になって俺が襲われそうになった。ていうか今まさに襲われそう。助けてくれ」



 前方に半裸で佇む桜を指、ていうか触手で差す。

 ふむ、と楓が頷いた。



「よかったじゃん。お前いっつもエロい事してーって言ってただろ」

「犯られるのは嫌なんだよ! 今の桜怖いし!」

「んだよ、ったくっざってーなあ……」

「……楓ちゃん」

「あ゛ぁ?」



 ドスの効いた声で同僚にメンチを切る楓。

 ……柄悪っ。



「ポチ様は楓ちゃんのご主人様なの? 楓ちゃんはポチ様の牝犬なの? 娼婦なの? 性奴隷なの? 肉ピーなの? 夜な夜なポチ様の逞しいピーーでピーーーをピーピーピーされてよがり狂ってるの? ポチ様の牝犬……、いえ、牝豚に本当に相応しいのは私しかいないのに……」

「……なるほど、確かにこれは怖い。閻魔も裸足で逃げ出す勢いだ」

「だろ?」

「でもだからってアタシまで巻き込むなよ……」

「……正直すまんかった」



 ゲッソリ楓。これが終わったら一週間お前の仕事代わりにやるから許してくれ。

 そして虚ろな目で電波全開の桜。本当の恐怖は日常に潜んでいました。



「この泥棒猫! 殺してあげる!」

「……ほう? 桜、お前このアタシとやるってのか?」



 その双眸を歪んだ狂気に染め、ズラリと日本刀を抜く桜。獰猛な笑みを浮かべ、トンファーを構える楓。
 
 え、ちょ、お前等それどこから出した。



「あはははははははははっ!!!!! 綺麗な血の花を咲かせなさい!! 今日も私の死祭は血に飢えてるわ!」

「ハッ、上等! ボッコボコにしてやるからかかってこいよ!! 笑ったり泣いたり出来なくしてやるぜ!!!」



 いきなり死闘を繰り広げ始めた二人。
 
 ……なにこれ。俺おいてけぼりなんですけど。









 結局この五分後、騒ぎを聞きつけてやってきた梓、椿さん、柊さんに二人とも沈められた。素手で。
 
 本当に彼女達は人間なのだろうか。いっそ来栖川の開発した戦闘用メイドロボ、もしくはアナザー・ワンとか言ってくれた方が説得力がある。



 更に一時間後、楓の代わりに屋敷の掃除してる時に顔を合わせた桜はいつも通りのいい子だった。変な事言ってごめんなさい、と深々と謝られた。

 呆然とする俺に、柊さんは俺が知らないだけでこんなのはバニングス家では日常茶飯事だと教えてくれた。ついでにアリサも知らないらしい。

 ……バニングス家すげえ。いろんな意味で。



「ただいまー」



 お、ようやくアリサが帰ってきた。

 ……この事は俺の胸のうちに秘めておこう、うん。











 続く












梓 赤髪横ポニテのリーダー格。普通

柊 緑髪ボブの最年長。三十路手前の合法ロリ

椿 銀髪三つ編みのオカルトマニア。芸人気質でノリがいい

楓 青髪ショートの愛煙家。口は悪いが面倒見はいい

桜 黒髪ロングの大和撫子。スイッチが入ると病みエロ娘になる




[7386] 皆の要望に応えて触手初挿入! 逝くまで色々吸ったりするよ! もう我慢出来ない!
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2010/09/03 00:53



「学校帰りに怪我したフェレットを拾った?」

「うん……」



 自分の部屋に戻ってすぐ、憂鬱な溜息をついたアリサに何があったのか聞いたらそう教えてくれた。
 
 屋外にフェレットねー。珍しいな。
 


「んで? そのフェレットは大丈夫なのか?」

「怪我はそれほどでもなかったみたいだけど、結構衰弱してるんだって。今日のところは獣医さんに見てもらって、明日また様子を見に行く事になってるわ」

「へー。この家で飼うのか? 実は俺フェレットって見た事無いんだよね。もしそうならちょっと楽しみだわ」

「ウチには犬がいるから、ちょっとね……」



 アリサさんアリサさん、俺もいるんですが。ここはむしろ俺がいるから飼えないって言っておこうぜ。

 ああ、そういえば俺もアリサからすりゃ犬の範囲内でしたっけね。忘れてたよ。









――聞こえますか? 僕の声が……聞こえますか……?



 時刻が11時に届こうかという頃。アリサがうつらうつらとしだし、眠気まなこをこすりながらベッドに入ったところで、またしても俺に電波が届いた。
 
 でもなんか今回のはいつもと感じが違うな。声も違うし切羽詰った感じ。



――聞いてください。僕の声が聞こえる貴方。お願いです、僕に少しだけ、力を貸してください!



 いや、力を貸してって言われても。
 
 とりあえず触手でエロい事すりゃいいの? ひぎぃじゃなけりゃ大歓迎なんだけど。



――お願い! 僕の所へ!



 場所を言え場所を。
 
 僕の所とか言われても分からんっちゅうねん。



――時間が、危険が、もう……!



 あ、場所のイメージ来た。
 
 にしても、ここどこよ。基本アリサの家に引きこもりっぱなしのニートでヒモな俺には全くわからんちんなんですが……病院?

 
 まさか病弱な僕っ子美少女が助けを求めてるのか!?
 
 ……無いな。ここ動物病院っぽいし。……ん? 動物病院?

 ちょっと引っかかったけどまあいいや、イメージの場所にちょっと顔出してみよう。いわゆる野次馬ってやつだ。危険は嫌だが、何が起こってるのか興味はある。

 ……見つかって通報食らったら食らった時だ。潔く引き篭もるかこの家を出るかしよう。一週間で戻るけど。


 
 ちょっと書置き残しておこう。

 “アリサへ。ちょっと電波を受信したので夜風に当たってきます。すぐ戻るんで心配しないでください”。よしオッケー。行ってきまーす。









 ……あら? 病院じゃない?
 
 
 
 何故か穴の先は普通の十字路だった。
 
 一瞬だけ焦ったが、不思議とこの場には人の気配が無い。家々の明かりこそ点いてるものの、まるで町中が眠っているかのようだ。


 ……なんか嫌な予感がする。まるで癇癪球の地雷原に踏み込んだかのような、そんな予感。



「……よくわからないけど、どうすれば!?」

(――やべっ!)



 しばし呆けていたら、急速に近づく声と人の気配。

 もっかい穴を開ける、とか考えることなく俺は即座に身を隠した。



「さっきみたいに、攻撃や防御の基本魔法は心に願うだけで発動しますが……より大きな力を必要とする為の魔法には、呪文が必要なんです」



 果たしてこの場にやってきたのは、包帯を巻いた小動物とでっかい杖を持った白い服の幼女。
 
 つか小動物の声ってさっき電波と同じだったな。あれが電波の発信源か。
 
 ……イタチに似てるな。もしかして、あれがアリサの言ってた怪我したフェレット? 魔法の国からでもやってきたのかね。……カモ君の親戚?



「呪文?」

(呪文ー?)



 偶然にも少女が言ってる事と考えている事が一致した。

 なんだ、まさか例のアレ言うのか? 流石に違うだろ。



「心を澄ませて。心の中に、あなたの呪文が浮かぶはずです」



 ちょっと俺もやってみようっと。



――いあ いあ んぐああ んんがい・がい! いあ いあ んがい ん・やあ ん・やあ しょごぐ ふたぐん! いあ いあ い・はあ い・にやあい・にやあ んがあ んんがい わふる ふたぐん よぐ・そとおす! よぐ・そとおす! いあ! いあ! よぐ・そとおす! おさだごわあ!



 うわああああああああああああああ。

 よりによってこれかよ。うっへり。

 重破斬みたいな呪文期待してたのに。
 
 それにこの呪文が引き起こす事態ってカオスだけじゃん。使えねーよ。



「グオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」



 ブチブチ文句を脳内で垂れてたら、雄叫びをあげて化け物が遠くから疾走してきた。
 
 嫌な予感はこれか。しかしなんでだろう。この前のドッキリと違って死ぬ気はしないのは。……いやまあ普通に怖いけど。 
 
 あ、触手出した。俺のお仲間だろうか……違うんだろうな。俺みたいに生理的にきもくないし。
 
 
 
《Protection》
 
 
 
 おおー。なんか幼女が杖から桃色のバリアみたいなので防いだ。これが魔法か。かっこいいな。毒電波を撒き散らすだけの俺のそれとは大違いだ。
 
 って触手だと? 

 しかも普通に細いときたもんだ。マジ許されざるよ。


 ……まさかこいつ、その触手で美少女をネチョネチョに陵辱してらめぇーとか言わせるつもりか? それならさっきからここら一体が眠ったように静かなのも納得できる。
 
 なんて羨ましもといけしからん、ちょっとその触手を寄越せ。らめぇは俺の役目なんだ。
 
 ニアころしてでも うばいとる!



――ズブリ。



 物陰から一人化け物に嫉妬していたら、化け物のどてっぱらに風穴が開いた。ていうか俺の触手が伸びた。

 ……ええええええええ。何事だよ。
 
 10数メートル伸びているにも関わらず、触手の太さはそのまま。質量保存の法則も真っ青ですね。俺はナタクか。ごひ乙。



 しかし脆すぎる。あれだけ迫力満点な登場しといてまさかのハリボテかよ。濡れた和紙みたいな感触だったぞ。
 
 前の美人さんドッキリといい今回といい、俺を驚かせるのがそんなに楽しいかド畜生め。

 そう思った瞬間、計数十本の触手がそいつに漏れなく突き刺さった。キモい。



――ドクン、ドクン、ドクン。



 なんか吸ってるし……。

 俺何吸ってんだよ、まさか化け物の生体エネルギーとかか!? 
 
 そんなのは美少女のだけで十分だよ。でもこれ美少女にやったら確実にグロになるだろ。
 
 来週のドラ○もんはゴア・スクリーミング・ショウ、腐り姫、沙耶の唄の三本とのクロスオーバー。五時間スペシャルでお送りします。阿鼻叫喚の地獄絵図間違いなしだな……。でもちょっと見てみたいかも。



――!!!!!



 どうやら吸い終わったらしい。相手が声にならない断末魔を残して消滅した。南無。



「……ごちそうさまでした?」



 勝手に元の長さに戻った触手を見つめながら一人ごちる。

 不思議と体全体が、なんていうかこう充足、満足した気がする。

 完全に人間止めてるけど気にしない。今更だし。
 
 俺としてはひぎぃと人間食わなきゃなんでもいいさ。
 
 ……でも、出来るだけ人間の価値観は捨てたくないなあ。手遅れな気がするのは何故だ。


 っと。しんみりしてないで待望の細い触手は? らめぇフラグは!?
 
 期待を込めて己が獲物を隅から隅まで凝視する。



――フシュルフシュル。



 ダメでした。相変わらず僕の触手はひぎぃサイズのまんまです。欝だ氏のう。

 と、泣きそうになった所で俺の触手の一本に、青い輝く石が張り付いているのに気がつく。

 ……なんぞこれ。さっきの触手から抜き取ったとか?



――ジュエルシード。ロストロギア。失われた古代の遺産。計21個存在し、所有者の願望を叶える宝石。次元干渉型エネルギー結晶体。



 都合よく電波が届いた。いつもの声だ。電波ゆんゆん。
 
 なるほどジュエルシードね。次元なんちゃらはさっぱり意味が理解できないが所有者の願望を叶える、つまり一個で発動するドラゴンボールか。
 
 
 
 ……ここに来てよかった! ありがとう電波の発信源! ありがとう触手の神様!
 
 しかし願いが叶うかー。俺としては是非とも人間に戻りたい所だ。
 
 でも、シュマちゃんスキーなアリサが泣き出すかもわからんし、俺もこの触手でエロい事をするのを諦めたわけじゃない。
 
 ということで。
 
 
 
「人間に変身出来るようになりたい!」

『――エラー』



 脳内に響く文字。
 
 普通に拒否された。

 ばっさり切り捨てられた。

 なんでだよ! 願い叶える宝石じゃないのかよ!
 


「なにも人間に戻せって言ってるんじゃないんだ。人間にもなれるようにしてくれって言ってるんだけど。せめて外見だけでいい」

『――エラー』



 取り付く島もなしか。

 仕方ない、妥協案だ。流石にこれならいけるだろ。



「俺の触手を細くしてくれ!! もしくは細い触手を!!!」

『――エラー』

「……この矮小にして貧弱なるわたくしめの触手を貴方様のお力で少しばかり細くしていただけませんでしょうか。もしくは細い触手をいただけませんでしょうか。高名にして偉大なるジュエルシード様、なにとぞ恵みをお願いいたします」

『――エラー』

「ふっざけんなよこのガラクタがぁ!!!!」



 思わず叩き割りたい衝動に駆られるが、すんでの所で思いとどまる。
 
 ……ひょっとしてエロ関係の願いは叶えられないのか? 
 
 もしそうならよく出来てる。いや、それだと俺を人間に出来ない理由にはならない。


 アリサを混沌少女ルナティックアリサにでもするか?

 待て待て待て。他人に関係することなら本人の許可とらないとまずいだろ常識的に考えて。うーん……ダメだ、叶えられそうな願いが思いつかん。ていうかどうせ何言ったって無理なんじゃねえの?



「……やっぱいいや。願いは無い。このまま静かに眠っててくれ」

『――了解。よい夢を。Mr.unknown』

「っ! ……ああ、お休み」



 未知の生物ときたか。

 似非ドラゴンボールの分際で地味に心に痛い攻撃かましてきやがって。しかも最後だけ英語とか憎い演出だな。死ねばいいのに。
 
 腹が立つからこのまま持って帰ってアリサの犬の餌にしてくれる。糞塗れになるがいい!



(しかし残念だ……実に残念だ……らめぇの夢が……浪漫が……)

「あ、あのぉ……」



 失意のまま穴空けてアリサん家に帰ろうとしてた所で、おずおずと声をかけられた。

 なんじゃらほい。



「んあ?」









 緑色の異形と視線が交錯したその瞬間。少女はその大きな瞳に確かな優しい光を見て少し安心して。

 次いで彼が空けた穴を興味本位で覗いた瞬間、類稀なる観察眼と魔法の才能をその幼い身に秘めた少女は、穴の奥の奥のそのまた奥、ドロドロと渦巻く底なしの混沌と狂気の片鱗を垣間見、それが決して理解できる物ではないという事を理解してしまった。



――怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。  byニーチェ








[7386] もんすたあ さぷらいずど ゆう
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2012/05/06 11:57

 


 助けを求める不思議な声に誘われるまま、動物病院に駆けつけた少女、高町なのは。

 現れたのは異形の化け物。渡されたのは魔法の力。半ば流されるように事態を終結させようとしたその時、それは現れた。
 
 狂気と混沌の大海原にたゆたうもの。毒電波の発信源。触手の塊。エロスを求めるもの。
 
 
 
 彼は突然の乱入者に呆然とする一人と一匹を尻目に、様々な願いをその場で願い始めた。

 フェレットが戦慄していたが、なのはにはその理由は分からなかった。
 
 

「ふっざけんなよこのガラクタがぁ!!!!」
 
 
 
 普通に怒り出した。駄目だったらしい。
 
 アウアウ言い出したフェレットをスルーしてなのはは考える。
 
 
 
(悪者さんじゃ……ない、のかな……? 人間に戻るって言ってたし……)
 
 
 
 声をかけてみよう。お話してみよう。少女はそう思った。
 
 そして声をかけ安心し、彼の開けた極彩色の穴に目を向けた瞬間。



「……え?」



 深遠から彼女を覗き返す何者かへの恐怖に、その心を砕かれた。









――平凡な小学3年生だったはずの、私、アリサ・バニングスに訪れた突然の事態。

――渡されたのは、黒い宝石。手にしたのは混沌の力。

――異形が導く必然が、今、闇を纏って動き出していく。

――繋がらない想いと、始まる神話。

――それは、電波と狂気が並行する日々のスタート。

――混沌少女ルナティックアリサ、始まります!






 今回は突っ込まんぜ。それどころじゃないんだよ。


 現状説明。かわいい声なんで思わず振り返ったら幼女だった。ついでに目の合ったと思った瞬間、凄い勢いで怯えられた。おしまい。
 
 え、ちょ、なんでよ。別に怯えられるような事は……そうですね、俺全身これ触手の化け物でしたね。しかも同じような化け物食ってましたもんね。そりゃあ普通の女の子は怯えますよね。
 
 我ながら迂闊すぎる……。でもなら何故話しかけたし……。



「あー、こんなエロい体だけど、俺は悪い奴じゃないよ? ……多分。きっと。本当に。お嬢ちゃん、怖がらせてごめんなー。ほーらフシュルシュルー。……マジで大丈夫か?」

「い、いや……ごめんなさい……ゆるして……こないで……」

「すいませんでしたぁー!」

「ひっ!?」



 腰を抜かしてガクブルと震えております。

 必死に目を瞑って未知の恐怖と戦っている模様。

 いやっほー。罪悪感と自己嫌悪で死にたくなってきたぜー('A`)



「たすけて……おとうさん……おかあさん……こわいよ……」

(どうしよう。このまま何も言わずにいなくなるってのは流石の俺でもちょっと外道が過ぎる)

「……くっ!!」



 触手をうねらせながら考える俺と、頭を抱え怯える女の子の間に、先の電波の発信者であろうフェレットが立ちはだかった。

 そこはかとなく卑猥な形状をした彼? は、なにやら警戒心を剥きだしにしております。

 この子を陵辱するとでも思ったのか。俺も泣いていいかな?



「……貴方は」

「ん?」

「貴方は一体何者なんですか……!」



 凄い剣幕だ。今にも飛び掛ってきそうな雰囲気すら感じる。

 ていうかまたその質問かよ。答えるけどさ。

 お供のペットなら女の子なんとかしてやれよ。可哀想じゃん。全面的に俺のせいなんだけどさ!!!!


 ……ああそうか。俺がいるから警戒せざるを得ないこの状況じゃ、女の子を落ち着かせる事が出来ないのか。すまんかった。



「便宜上の名前はポチ。見た目通りの化け物。今は一身上の都合で幼女のペットやってるプータロー」

「そんな馬鹿みたいな嘘で僕を騙せると思ってるんですか? 貴方ほどの……ジュエルシードの力、干渉を跳ね除ける程の力を持った異形がおとなしく誰かに飼われるだなんて……」



 いや本当なんだけど。

 ていうか俺にそんな力なんかありませんよ。勘違いここに極まれりだろ。エラー吐かれただけだし。
 
 ジュエルシードがどういうのかは知らないけど、そういうのはバニングス家の人間止めてそうなメイドさん達に言ってくれ。きっとメイドのミヤゲとか出来るぞ。間違いなく俺瞬殺される。
 
 
 
「異形言うな。これでも結構気にしてるんだから」

「……すみません。それで貴方はそのジュエルシードを一体どうするつもりなんですか……? 僕はそれを封印しなくてはいけないんです!」



 へー。やっぱ願いの叶うモノとかになると厳重な管理が施されるもんなのね。
 
 なんでこんな所にあるんだろ。



「犬に食わせようかと。欲しいなら譲るけど、いる?」

「いぬ……って本当ですか!?」



 俺の叶えて欲しい願いは全部無理だったしなあ。
 
 やっぱ欲しがってる人の所に行くべきだと思うね。
 
 封印云々とかはどうでもいい。こんな細い触手の一本もくれないような役立たずくれてやるよ畜生!



「ああ。譲るからその代わり、そこで大変な事になってる女の子をなんとかして落ち着かせてくれ。このままだと精神崩壊起こしそうで見てられないんだよ。いやほんとお願いします。俺も自己嫌悪で死にそうなんです」

『――所有者の願望を確認。ジュエルシードシリアルNO21、起動します』

「あ、発動した」

「えぇっ!?」



 辺りに紫色の光が満ちていく。どうやら今のを願いだと受け取ったらしい。
 
 別にいいけどさ。寝たんじゃなかったのか。



「そんな、まさか……暴走!? このままだと……!」

「え、ちょ何それ聞いてない」



 暴走ってマジで? これそんなヤバい代物だったのか?

 ……しかしジュエルシード、犬の餌は嫌だったか。
 
 ていうかこれ本当に所有者の願望を叶える宝石だったのな。なんで触手細くしてくれなかったんだよ。


 ともあれお別れだ。ぐっばいアリサ。俺四度目の終了のお知らせ。らめぇしたかったです……。



「「……あれ?」」



 と思ったら広まった光が一気に収まって何事も無かったかのように。

 なんだ、不発か。



「そんな、どうして……今のは確かに……」

「ふぇ? ……あれ? 私……?」



 おお、幼女が落ち着いた。暴走は不発だったが俺の願いはちゃんと通じたらしい。
 
 やっぱエロ関係じゃダメなんだな。
 
 シェンロンだってギャルのパンティーをウーロンにあげたのに。お堅いやつめ。
 
 
 ともあれよかったよかった。まったく一時はどうなる事かと思ったよ。明らかにSAN値が凄い事になってたからな。
 
 さて逃げよう。いつの間にか閉じてた穴をもっかい空けて、と。



「あっ、ちょっと待ってください!」



 フェレットが何か言ってる気がするけどアーアーキコエナーイ。
 
 チ○コみたいな形した小動物と一緒にいられるか! 俺はアリサの部屋に戻るぞ!

 約束通りジュエルシードはちゃんと置いてきたから文句は言われないだろ。

 あばよーとっつぁーん。









「ただいま、と。アリサは……」

「あっ……ポチ! お帰りなさいっ!」

「おぶっ……なんだ、起きてたのか」



 アリサに勢いよく体当たりされ、そのまま暖かい抱擁を受ける俺。
 
 なんか目が少し赤い気が。……涙?
 


「アリサ、お前まさか俺が何一つ言わずに消えたと思ったのか。ちゃんと書置き残したろうに」

「心配したらいけない? 迷惑だった?」



――ジワリ。

 おうぎゃあああああ! 目頭に光るものががが。



「俺が悪かったですごめんなさい」

「ん……」



 ポフ、と頭を俺の体に預けるアリサ。
 
 想われてるなあ。でも俺はそうそういなくなったりしませんよ。今日も今日とて死にかけたけど。



「体、大丈夫? 怪我とかしてない?」

「怪我は無いけどちょっと疲れた。主に心が」

「……?」



 魔法とか。アリサに泣かれたりとか。アリサと同い年くらいの幼女に怯えられたりとか。アリサに泣かれたりとか。ジュエルシードとか。泣かれたりとか。泣かれたりとか。泣かれたりとか。



「全然大した事じゃないから気にしなくていいよ。心配してくれてありがとうな、アリサ」

「……あ、当たり前じゃない。……その、家族なんだから」



 そう言って耳まで赤くして俺の体に顔を埋めた。回された腕の圧力が強まった気がする。

 ほんと可愛いし、明るいし、俺みたいな人外にも優しいし、色々聡いし、どこまでも非の打ち所が無い女の子だよ。

 ……そういや犬から家族にランクアップしてら。いや、ペットも家族か。




[7386] 会話のデッドボール
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:17




 昨日の事件が記憶に新しいものの、体を異形に変えられた俺には犬に噛まれた程度の些細な出来事なのでした。
 
 というわけで俺and楓inバニングス邸の喫煙室から生中継でお送りします。





 基本的にバニングス家は全室にわたって禁煙である。アリサもいるし当然だよな。
 
 屋敷中で唯一、この部屋でのみ喫煙可能。
 
 でも吸うのが屋敷の中で楓しかいないので、ここは実質メイド達の溜まり場となっている。当然暇人でニートな俺もよく来てる。

 アリサは学校。そろそろ帰ってくる頃か?
 
 んでもって楓以外の皆は仕事中。密室に二人っきりである。言うまでも無く色気なんぞ皆無だ。



「ポチ、暇だ。なんか芸してくれー」



 こんな塩梅である。



「任せろ。昨日覚えた新技、触手伸ばしー。伸びろ如意棒! フシュルシュルー。これどうよ」

「きめえ」

「……」



 あろうことか一刀両断された。

 俺のガラスのハートに傷をつけるのがそんなに楽しいかこの悪魔超人め。



「そうだいい事考えた。伸ばせるんならちょっとそれ穴に突っ込んでみろよ」

「性的な意味で?」

「ぶち殺すぞ。そうじゃなくってお前の開けてるあの穴だよ。よくわからん原理で開いてるあれ」

「ああ、なるほど」



 そりゃ暇つぶしにはもってこいかも。
 
 是非やってみよう。適当に開けて、と。


――ズブリ。



「うおっ!?」

「どした?」

「なんかに刺さった。木綿豆腐に突っ込んだような感触が」

「なんじゃそら……」



――ドクン、ドクン。


 不思議と体全体が、なんていうかこう充足、満足していく気がする。

 ってまたかよ!
 
 今度は何吸ってるんだよ。俺はとっくにお腹一杯だよ。




――GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!

――ユーノ君……あの空から生えてる緑色のって、もしかして昨日の!?

――多分そうだと思う……。でもどうしてこのタイミングで僕達を助けるような……。考えても仕方が無い。とにかく今がチャンスだなのは! レイジングハートを!

――うん、わかった!




 なんか穴から電波が流れ込んできた。

 気持ち悪いので伸びた触手を戻して穴を閉じる。

 ……イメージしなかったのが悪かったか? 次は手抜きしないでちゃんとイメージしよう。海とか。
 


 再度投入。……よかった。今度は刺さらなかった。

 なんか面白い物が引っかかるといいんだけどな。
 



「なあポチー」

「なんだよ。まだ始めたばっかりで何も釣れてないぞ」

「お前お嬢とヤってねえの? 毎日一緒に寝てるんだろ?」



 おい待て。ド直球すぎる。
 
 ビーンボールですらない。

 そして何故いきなりそんな話題を振る。



「……何をだよ」

「ナニだよナニ。分かるだろ? オボコじゃあるまいし」

「分かりたくない」

「なんだよ直接言えってのか。セックスだよセックス。セクロス。エスイーエックスだ。そういえばこれってセクハラじゃね? 訴えたら勝てる気がする」

「全力で俺の台詞だよ……お前俺を何だと思ってるの?」

「バニングス家が世界に誇る世にも珍しい万年発情期な犬」

「ひでえ」



 確かにエロい事したいとは言ってるけど。

 こっちはまだ一回も出来てないってのに。



「いいからさっさと答えろよ。ヤってんのかヤってねえのか」

「ヤってねえよスカタン。ていうか出来てもしねえよ。アリサ9歳だろ。俺はペドフェリアじゃねえんだぞ」

「ヘタレてんなー……ちなみにアタシだったら? 20歳、自分で言うのもなんだが、ピッチピチでスタイルもそこそこだぞ」

「断然お断りだね。おとといきやがれって感じ。陵辱する気も起こらん」

「だよな。アタシもそう思う」



 頷きながら笑い合う。



「でも椿さんなら即いける。俺の触手がもう少し細かったら、そりゃあもうエロゲーも真っ青な爛れた日々をだな……ほんとなんでこんなに太いんだよ。絶対ひぎぃじゃん。やってらんね」

「相変わらず人間くさい事言ってんなー。エロゲーとかひぎぃとかさ」

「実は俺って元人間なんだ」

「へぇ。なんでそんな姿になったんだよ」



 欠片も信じてないんだろうな。俺も分かって言ってるんだけど。
 
 ちなみに俺はこういう全く意味の無い会話が嫌いじゃない。むしろ好きだ。
 
 それに楓は遠慮しないからこっちも素全開で話せる。俺の体が人外である事を忘れさせる程度には。



「トラックに轢かれて死んで、化け物みたいな神様に会って気がついたらこうなってた」

「ざまあwwww」

「クソビッチめ。死ねばいいのに」

「お前がもっかい死んどけ。ちなみにアタシは処女だ。なんとかして結婚出来ねえかな? ここ出会い無さすぎなんだよ」



 明かされる驚愕の事実。
 
 ところがどっこい、本気でどうでもいい。

 しかし出会いか。確かにバニングス家の男って基本鮫島さんしかいないもんな。



「辞めない限り無理じゃね?」

「違いない。……でもここって月給はべらぼうにいいんだよ。基本的に自分の仕事やって最低限の規則守ってりゃ後は自由だし、住み込みで家賃諸々不要だしで出会いに眼を瞑れば完璧。知ってたか? 全室無線LANも走ってるんだぜ」

「初耳だわ」



 流石バニングス家。
 
 俺もハイエンドPC欲しい。



「で、月給幾らよ。30? 40?」

「80。年二回のボーナスつき」

「……そらすげえ。高すぎる」

「驚いたろ?」

「ああ、素直に驚いた。ちょっと次の夏コミで色々買ってきて」

「あー……悪い。もうサークル参加してっからちょっと無理だわ」

「へ?」



 当然冗談で言ったのだが、本気ですまなさそうに頭をかく楓。

 サークル参加ってひょっとしなくてもあのサークル参加か?

 いやいや妖夢。じゃなくて楓。お前何やってんだよ。
 
 ……まあ趣味に口出しするつもりはないけどさ。



「サークル参加でも買いに行く時間あるだろ」

「うちシャッター前だから。昼過ぎまで忙しいんだよ。毎回スタッフの人とか隣のサークルさんに迷惑かけててなあ……」

「ジャンルは?」

「基本はオリジナル系ガチエロ。安い、エロい、厚いって評判。次の新刊は触手で妹系の猫耳ロリメイドがエロい事されんの」

「ひぎぃ?」

「んにゃ、らめぇ。ひぎぃもちょっとあるけど」



 それなら読んでみたいかも。

 しかし楓がねー……。意外にもほどがあるな。



「この事を他の皆は?」

「知ってる。ていうかメイドの皆でサークルやってるから。HPは無いけど公式ファンクラブみたいなのはあるな。ちなみにサークル代表は柊。趣味でやってんのに、売り上げが凄すぎて最近税務署に睨まれてる」

「マジで!?」

「マジで。本人に聞いてもいいぞ」



 最近で一番驚いた。
 
 ジュエルシードとか魔法とか激しくどうでもよくなるくらい本気で驚いた。

 この家のメイドは何やってるんだよ……お、手ごたえあり。



「フィィッシュ!!」

「なんか釣れたか?」



 ぼへーっと紫煙を吐きながら窓の外を眺めていた楓が煙草を灰皿に押し付け、俺の手元を興味深げに覗き込んできた。
 
 お前も大概暇人だよな。
 
 間違いなくニートのお前程じゃないと言われるので口には出さないが。



「……おいポチ。なんだこれ」

「おかもち。ラーメン屋とかの出前で使うやつだな。来々軒って書いてあるからその店のだろ」



 そう、俺の触手が引っ掛けたものはおかもち。当然ラーメンは入っていない。
 
 よく見たら結構使い古されてるな。所々凹んだり錆びたりしてる。



「んな事を聞いてるんじゃねえよ。なんでこんなもんが釣れるのかってアタシは聞いてんだ」

「俺が知るかよ」

「使えねえ……にしてもこの穴ってなんなんだろうな。マジで不思議すぎるんだけど」

「俺も色んな場所に行ける、くらいしか知らないんだよな」

「そっか……まあとりあえず続けてみようぜ。触手全部穴に突っ込んでさ」

「触手全部穴に突っ込むって表現はなんかエロいよな」

「……言うな。実はアタシもちょっとそう思った」






――10分後。






「……これは酷い」

「……だな」



 ジョ○ョ40巻。シュールストレミング。サバイバルナイフ。アンティーク調の指輪。賞味期限の切れたポー○ョン(中身入り)。恐山のペナント。ボロボロになったコウモリ傘。当たりのアイス棒。折れた破魔矢。その他諸々のガラクタ郡。

 ……予想以上にカオスすぎる。


「なあ楓。これどうするよ」

「穴ん中戻しとけ。でもジョ○ョは置いとけ。捨てるのはアタシが許さん」

「はいはい」



 相変わらず人使いが荒い奴め。
 
 つか少しは手伝ってくれてもいいと思うんだけど。楓発案なんだし。



「……お?」


 ゴミとか使わない物の数々を穴の中に戻していく中、ふと俺の目に付いたのはアンティーク調の指輪。
 
 年代物だろうか。多分このガラクタの中じゃ一番価値がありそうだ。

 鈍色の光を放つそれには、俺に読めない謎の文字が両面にビッシリと書き込まれていた。何語だこれ。

 よくよく観察してみれば所々細かい傷が入っているが、一箇所特に大きな、何かが欠けた跡がある。
 
 きっと以前は宝石でも嵌められていたのだろう。




――ロストロギア“アポカリプス”。

――使用者の精神を犯し、魂を食らい尽くす代償に混沌の海から力を引き出す指輪。

――力を引き出す為の核が完全に破壊されており、現在活動停止中。再起動の目処は今の所立っていない。

――歴代使用者は製作者を含め全員が所持してから一ヶ月以内に死亡。




 ここでまさかの電波受信。五文字以内で。


――元危険物。


 把握した。

 ……しかしアポカリプス、黙示録ねー。
 
 性能といい見た目といい名前といい、どう見ても悪人用、下手すりゃラスボスどころかやり込み用裏ボスが使いそうな指輪だな。黒歴史ノート乙。歴代所有者の顔が見たいもんだ。全員邪気眼持ちで左手押さえてそう。


 まあ変身ヒロイン、混沌少女ルナティックアリサの魔法道具としちゃ面白そうだけどな。なんたって混沌少女だし。

 使わせないぞ? 今は死んでるとはいえ、魂を食らう危険なブツとかアリサに使わせてたまりますかってんだ。そんなのは俺の妄想だけで十分です。
 
 ったく、こんなの作ったのはどこのキ○ガイだよ。馬鹿じゃねえの? 馬鹿じゃねえの? 大事な事なので二回言いました。


 ……でも折角だから貰っておこう。なんかレア物らしいし。このまま粗大ゴミとして捨てるのも勿体無い。いよいよって時には売りさばくのも有りか。拾ったものは俺のもの。俺のものは俺のもの。

 いかにも触るな危険! な指輪を触手で弄ぶ。もし意識が生きてりゃあまりの扱いの酷さに俺も殺されてるんだろうけど、元、という電波のお墨付きを貰った今の俺に隙は無かった。


――メメタァ。

「玩具で遊んでないで掃除しろ」



 楓にトンファーで殴られた。

 お前は鬼か。





――コンコン。

「ポチさーん、ポチさんにお客様が見えてますよ」



 掃除を終え、唯一の戦利品である指輪を眺めてたら、ノックと共に俺の名を呼ばれた。

 椿さんの声だ。

 へー、俺に客ねえ。客……客!?



「遂にポリ公がここを嗅ぎつけたか! 楓、椿さん、後は頼んだ! 悪いがアリサに愛してるって言っといてくれ! ほとぼりが冷めたら戻る!」

「落ち着け馬鹿。よく見てみろ。お嬢だ」



 一瞬で穴を開け飛び込もうとしたら、楓に触手を引っ張られた。勢いを失いそのままベチャっと床に張り付く俺。

 振り返れば確かにそこには苦笑を浮かべたアリサがいた。
 
 これは恥ずかしい。穴があったら入りたいところだ。入ろうと思えば入れるけどな。後で怒られる事請け合いなので却下。



「お嬢おかえりー。今日もお勤めご苦労さん」

「ただいま、ポチ、楓。……相変わらずこの部屋は煙臭いわね」

「喫煙室だからな。煙くないと嘘だろ」



 そして全力でアリサにタメ口な楓。
 
 アリサが何も言わないのでいいのだろうが、俺としてはお前は本当にメイドなのか問いたい。小一時間かけて問い詰めたい。



「んで、どうしたんだ? アタシはわざわざこんな場所までお嬢の足を運ばせるようなヘマをした覚えは無いんだが」



 いや嘘だろ。
 
 アリサが知らないだけで昨日桜とチャンバラやらかしたじゃねえか。


「楓、さっき私が言ったでしょ? お嬢様はポチさんに用があるのよ」


 たしなめる椿さん。なんか真顔だった。
 
 そして微妙にうかない顔のアリサ。何があったよ。

 何やら冗談を言っていい雰囲気ではないと悟ったのか、楓が押し黙る。


「ん、アタシは部屋出ようか?」

「大丈夫よ楓、ありがとう。……あのね、ポチ。なのは……私の親友がね、動物を飼い始めたの」

「ああ」


 なのは……なんかついさっきそんな名前を聞いた気がする。……どこだっけ。


「でね、その子にユーノって名前をつけたんだって」


 ああ、思い出した。さっきの電波だ。世界は狭いな。

 ……でもそれとアリサのこの表情に何の関係が?


「ねえポチ……」


 ゴクリ。と固唾を呑む俺達三人。
 
 話題が俺の事なだけに嫌でも場の緊張感が高まっていく。

 一体どんな爆弾発言が……?





「ひょっとして、私ってネーミングセンス無い!?」






 空気が、死んだ。

 ぶち壊しだった。



「ねえ、どうなの!? 答えてポチ! 楓と椿でもいいから!」

(アリサ……お前……そんな今更……)

(お嬢……このオチはないわ……)

(ごめんなさいお嬢様。ちょっとフォロー出来ません……)



 三人で一瞬のアイコンタクト。
 
 ……聞かなかったことにしよう。



「さーて、アタシは仕事に戻るかね。おそうじおそうじたのしいなー」

「私もそろそろ夕食の準備しなくちゃ……」

「あ、椿さん、俺手伝いますよ」

「おいポチ。てめーは一週間アタシの仕事を手伝うんだよ。そういう約束だろうが」

「……うっへり」

「あらあら」

「ちょ、ちょっとー! なんで三人とも無視するのよー!!!」



 聞いてない聞いてない俺は何も聞いてない。







――今日もバニングス家は平常運行。





[7386] 所謂外伝。本編とは一切関わりが……なくもないかも。リリ……カル……?
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:17



「はあ……はあ……はあ……くっ……」





 ジュエルシードを巡る一連の事態が収束し、二ヶ月ほどが経った夏。

 うだるような熱気が寝苦しい今宵、バニングス家の一室、主の娘であるアリサ・バニングスの与り知らぬ所で、狂乱の宴が繰り広げられていた。
 



 椿、楓、桜。

 三人のメイド達が蠢く触手に歓喜する。
 
 その人外の業を以って女体を弄り、白い液体が秘所を染め上げる。
 
 巧みな触手捌きをその身を以って体験し、彼女達は本能で悟る。
 
 ああそうだ、自分達はこれを必要としていたのだ、と……。






「やべえ……ポチ、お前マジで最高だわ……」

「ええ、まさかここまでその触手が凄いだなんて……」

「はあ……一度ポチ様のこの触手の味を知ってしまったら、もう二度と今までには戻れませんね……」


「お、俺はもう駄目です……もう寝かせてください……お願いします……」

「だーめ。寝かせませんよ?」

「ああ、今夜は一晩中アタシ達に付き合ってもらうんだからな……」

「ふふっ、ポチ様……本当にすごいです……今夜はもっと桜達を堕としてください……」



















「……今夜は、どころか今夜も、だろうが! バイト代一週間で40万。しかも先払いっていう甘い言葉に釣られた俺が馬鹿だった!!! 24時間喫煙室に監禁でエロ同人のアシとかお前等正気か!? 俺はたった一年で同人の神にまで上り詰めたどこぞの千堂さんかよ!!」

「うるっせえなグダグダ言ってないで黙って手ぇ動かせ! 印刷所と〆切は待ってくれねえんだぞ!」






 時は八月某日深夜。

 夏の聖戦まで後十日。
 
 業界最速を誇るバニングス印刷、入稿完全デッド一週間前の出来事である。






「もうこの際富樫原稿でいいだろうがよ! お前等大手なんだろうが!!」

「駄目ですよポチ様。趣味とはいえ、下手な物を出してしまえば買って下さる方々、そしてわたくしたちが満足出来ないのですから」


「ちっくしょおおおおおおおおお! エロ関係なのにこんな時だけ常識人ぶりやがって!!! つーかデジタル原稿でやれよデジタル原稿!!! 椿さあああああん!!!!!!」

「ウチは基本アナログしか駄目なんですよ。無線LANこそ通ってますが、皆そこまでPCあんまり使いこなせないんです。一応私はいけますが……」

「……ちゃんと勉強させてください……ほんと楽ですから……」

「ぜ、善処します……」



――ガリガリガリガリ。



「ポチ様、135ページあがりました。ペン入れお願いします!」

「こっちは83ページの消しゴムかけ」

「220ページのベタをお願いします」

「……」



――ガリガリガリガリ。



「トーン」

「局部修正」

「効果線」

「……」



――ガリガリガリガリ。



「ホワイト」

「下書き」

「写植」

「……」



――ガリガリガ……ブチィッ。



「メンバー全員で前後編計500ページオフセ完全トーン貼り同人誌とかマジでお前等なんなの? 馬鹿なの? 死ぬの? 商業も真っ青なクオリティ且つあまりの過酷さに俺の心が死ぬわ!!! アリサが! アリサが俺を待ってるんだよ!!!! 柊さん曰く夜な夜なシーツを涙で濡らしてるって!!!! うわああああああああああ! うわあああああああああ!!!!!!!!」



 再度悲痛な雄叫びを上げるポチ。

 なんかもう普通に一杯一杯だった。



「バイト代受け取ったんだから責任もって最後までやれ! アタシらも頑張ってるんだ!」

「俺数十本の触手フルに使って手伝ってるんだけど!? 労働基準法に真っ向から喧嘩売りやがって!! 面子に椿さんがいなかったら金返して余裕でぶっちしてるぞ!!」


「いや、本当に助かってます。実際ポチさんがいなかったら鉛筆本で私達の担当、前編250P出す所でしたからね」

「憎い! ここまでやっても壊れないどころか何故か全然余裕な俺の体が今は憎い! でも眠い!」


「ポチ様……全部が終わったら……その逞しい触手で桜をめちゃくちゃにしてくださっていいんですよ?」

「いらん! お前は可愛いし美人だけど怖いんだよ!」



 夜は終わらない。








――二日目。

「眠い眠い眠い眠い」



――三日目。

「ふしゅるーふしゅるー」



――四日目。

「やっべテンション上がってきたwwwwwwwwww俺無敵モードwwwwwwwwwww」



――五日目。

「…………あぽかりぷしゃー」



――六日目。

「……あれ? 俺って何やってるんだっけ。……ああ、原稿かぁ」



――締切日。


「…………お、オワタ」







 ……かくして、彼女達の250ページにも渡る同人誌“申し訳ありません旦那様……私……もう……!”の前編は凄まじい突貫工事にも関わらず、異常なまでのクオリティの高さを以って無事完成の目を見る事となる。
 
 椿のブログにアップされた、庇護欲をかきたてる極めて愛らしい妹系の猫耳ロリメイドが異常にリアリティのある卑猥極まりない触手で徹底的に陵辱されるというサンプル原稿は関係各所の話題を呼び、持ち込んだ数千部は前後編共に、無事昼前に完売した。
 
 
 そして後日。原稿終了直後の彼女達を台本形式で綴った後書きの四者会談ページ、奥付のスペシャルサンクス、椿のブログで大々的に名前の出た“ポチ”なる者の正体を巡って某匿名掲示板で一悶着が巻き起こる。
 
 今まで何度もそういった話があったにも関わらず、一度もゲストや他人の力を借りずに只管自分達の力だけで本を書き上げてきた超人気サークル“MAIDs”に突如現れたポチという名前。
 
 前編は言うに及ばず、後編でもその名前が出ている事を鑑みるに、メンバー達とかなり親しい人物らしい。
 
 
 様々な憶測が飛び交ったが、ついぞ彼等が真実に到達する事は無かった。
 
 当然だろう。よもや数十本の触手を操ってエロ漫画を手伝う異形とは夢にも思わなかったのだ。




――以下、会談ページより抜粋。




椿「お疲れさまでしたー」

楓「おつー」

桜「お疲れ様です」

ポチ(以下ポ)「…………」



椿「今回は本当に大変でしたね(笑)」

楓「夏風邪で軒並み揃ってダウンだからなー。今回ばかりは流石のアタシも諦めかけたね」

桜「難産でした……」

ポ「…………」



椿「ポチさーん、お疲れのところすみませんが、何か一言お願いしますー」

楓「今回の最大の功労者だな。いよっ、神アシスタント(笑)」

桜「ですね。ポチ様がいなかったら間違いなくこの本はまともな形で出せませんでした」

ポ「…………」



椿「見事に燃え尽きてますねぇ」

楓「小休止があったとはいえ、流石のポチも一週間徹夜監禁ぶっ通しは無理があったか(笑)」

ポ「にくい……じぶんたちはちゃんとすいみんとりやがって……」

桜「それはほら……わたくし達は本業がありますし……」



楓「そうだぞポチ。プーでニートで引き篭もりなお前だからこそ、ここまで無茶をさせられるんだ」

桜「あの……今なら何でもポチ様の望む事をしてさしあげますよ? どんないやらしい事でも……」

ポ「もういい……いまはなにもしたくない……かんがえたくない……ねたい……ただどろのようにふかく、しずかに……すいませんつばきさん……おれのことはしばらく……ほうっておいてください……ついでにけkk……」

椿「あら、落ちちゃいましたね。……ポチさん、なんだかんだ言いながら最後まで手伝ってくれて、本当にありがとうございました……逃げようと思えばいつでも逃げれたでしょうに」



~~以下三人娘の無駄話が続く~~



椿「ではでは時間も押してますし、今回はここら辺で」

楓「そうだな。いい加減朝日がまぶしい(笑)」

桜「わたくしはお風呂に入りたいです(笑)」



椿「この本を買ってくださった皆さん、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。また冬の本で会いましょう」

桜「ポチ様、次回もお願いできますか?」

ポ「…………」

楓「へんじがない。ただのしかばねのようだ(笑)」









 続かない



[7386] バレンタイン? ああ、ボビー・バレンタイン監督の事ね
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:18


――梓の場合。

「はいチョコ。結構高いからせいぜい味わって食べなさい」

「ん、サンキュー。ホワイトデーはあんま期待するなよ」

「プーでヒキのあんたにゃ最初っからしてないわ。お返しがあるだけ上出来よ」



――桜の場合。

「わたくしのプレゼントは二種類。チョコと……わたくしです。一緒においしく召し上がってくださいませ……」

「いらん。いや、チョコに罪は無いから貰うけど……」

「ちなみにチョコにはわたくし特性のおまじないが施してあります」

(……絶対“お呪い”って書くんだろうな。後でこっそり穴に捨てとこう)



――椿の場合。

「まさか椿さんから……ってデカッ!? なんですかその畳は!」

「勿論チョコです。愛情たっぷりの手作りですから、ちゃんと全部食べてくださいね?」

「あ、愛が試されている……!」



――楓の場合。

「ほれ。ホワイトデーは万倍返しな」

「五円チョコとか久しぶりに見た……」

「この家だとレアいだろ? ありがたく思え」



――柊の場合。

「むしろ私にくれないか。その畳チョコがいい」

「これは俺のだから駄目です。こっちのならいいですよ」

「それはなんか血とか髪の毛とか入ってそうだからいらん」

(流石に鋭い。桜のだとは言ってないんだが……)




――アリサの場合。

「ポチー。今日って何の日か知ってる?」

「知ってる。聖ウァレンティヌス司祭が処刑された日を菓子メーカーの策略で(以下略」

「……ひょっとして、ポチってチョコ嫌い?」

「いや、普通に好きだけど」

「そ、そう……? 今ちょうど私がつ……じゃなくて学校で配った余りのチョコがあるのよ。折角だからアンタ食べちゃっていいわよ」

「そっか、余り物か。そこまでして欲しいとは思わないから別にいいや。ありがたい事にメイドの皆から貰ってるし。アリサが自分で食べちゃってくれ」

「え……? あ……、うん……そうね……」

「あーでも家族とはいえヒキでプーの俺にくれるくらいだからなー(棒)。きっとアリサはもう食べすぎちゃってお腹一杯なんだろうなー(棒)。このままだと捨てられるかもしれないから貰っておこうかなー(棒)。折角のアリサからのチョコだからな。大事に食べさせてもらうよ。……本当にありがとうな」

「あ……うんっ!」







――以下何事も無かったかのように本編開始。








 屋敷内の散歩中、廊下で私服の椿さんとばったり遭遇。
 
 町に出ていたのだろうか。その手には古本らしきものが。題名は……今週の魔法陣!? なんだそりゃ……。
 
 しかし、椿さんってオカルトマニアなのか?



「椿さんってオカルト方面に強いんですか?」

「ええまあ、そこそこには……でもいきなりそんな事を聞くなんて、どうされたんですか? 申し訳ありませんが、いくら私でもポチさん以上にオカルトなグッズを持ってたりはしませんよ?」



 そらそうだ。
 
 生きたUMA以上にオカルトな存在はそうそう無い。FBIとMIBが怖いです。



「流石にそこまで求めてませんて……実は最近指輪拾ったんですけど、なんかロストロギアっていう古代の遺産らしいんです」

「ロストロギア、ですか……?」

「はい。所謂アンティークみたいなものとは思うんですが、具体的な事は俺にはさっぱりなんですよ。なので椿さんはロストロギアってのが具体的にどんなものなのかご存知ないものか、と」

「うーん……、残念ですがちょっと記憶にないですね……お役に立てなくてすみません。ハヤトロギアならなんとか……」



 苦笑しながら謝る椿さん。
 
 ぬう……こういう方面の事に色々と詳しい人ならもしかしたら、と思ったんだがダメだったか。電波も具体的なことは教えてくれないし。

 しかしハヤトロギア……どっちのハヤトロギアだろうか。



「廻れ、神の歯車?」

「ようこそ、だ! 同胞(はらから)よ!」

「姉さん! 九音姉さんじゃないか!」



 元ネタとどっちかちょっと迷ったんだけど、流石は椿さん。やっぱこっちだったか。

 アレ面白いよね。結構マイナーだけど。



「一番感動したシーンは?」

「I am Fam」


「一番泣いたシーンは?」

「ファムジェノサイド。ご家庭の食材からモザイク必須な生きた混沌を創造する。生み出された混沌は現実と周囲の環境を侵蝕し、食べた相手は蛍光色の液体を吐き出して死ぬ」


「マッコイ!」

「カンパニー!」



――パァン。



 笑顔でハイタッチ。
 
 いい音が廊下に鳴り響き、椿さんのその長く編まれた銀髪がさながら猫の尾の様にピョンと跳ねた。
 
 ああもう大好き。俺と結婚してください。



「あんた達、真昼間っから何やってんのよ」



 とかなんとかノリノリでやっていたら、ハイタッチを偶然この場を通りかかった梓に目撃されたらしく、椿さん共々アホの子を見る目で見られた。

 お前……今盛り上がってたんだから空気読めよ。

 エアリード機能搭載してない駄メイドとか萎えるわ……。



「何って……猥談?」

「なんで俺に聞くんですか椿さん」

「感動出来るシーンも泣けるシーンも、死んだと思われてた焔さんが重傷を押して戦線に復帰するシーンに決まってるでしょうに。それはともかくポチ。そろそろお帰りになるお嬢様と一緒にすずかお嬢様が遊びにこられるらしいから……準備だけしときなさい」

「なんか今梓のキャラが大きく揺れ動いたような気がしたけど別にそんな事はなかったぜ。……んで、準備って俺は何の準備すりゃいいのよ。クッキーでも焼けばいいのか」

「心の準備よ心の準備。決まってるでしょ?」



 なんでやねん。

 まさかすずかちゃんと一緒にポリ公でも来るのかよ。そいつは一大事だなオイ!



「ポチさん関連だとすると……前回はお嬢様とポチさんに流されるままでしたが、あれからそこそこ時間が経ちましたからね。やっと心の整理もついて、今回こそはポチさんの真意を問いただしたい。って所でしょうか? 梓の言いたい事は」

「そんなところ、ありがと椿。というわけでポチ、すずかお嬢様に何か言われる覚悟だけはしときなさい」

「あー……」
 
 
 
 思い返せば前回は結構酷かったもんな……。
 
 俺の毒電波で一時的にあっぱっぱーにして、精神的にgdgdの状況なまますずかちゃん帰ったし。



「つってもさー梓。俺はすずかちゃんに何て言えばいいわけ? 言うべきことは前回言ったぞ。毎日アリサと一緒のベッドで寝てますとか抱き枕にされてますとか一緒にお風呂に入って頭と背中洗っこしてますとか言えばいいのか?」



 どれもアリサの方から言ってきた事だ。断ったら「ポチは……私の家族なんでしょ……?」とか言って泣きそうな顔で落ち込むのは止めて欲しい。



「アリサは俺を何だと思ってるんだろ」
 
「そりゃ家族でしょ。今更言う事でもないわ」

「家族ですね」



 ……家族か。なるほど、再度確認する形になるけど、確かにこれをするのは家族だろうな。メイドは幾ら仲がよくってもやっぱり使用人。鮫島さんは執事。言葉を交わせない犬。とどめに唯一の肉親であるアリサの両親は滅多に家に帰ってこないらしいからな。
 
 気丈なお嬢様でも甘える相手ってのが欲しいんだろう。俺の妄想なんで実際のところはよく分からんが。
 
 でもまあ俺自身、こんな触手だらけのリアルシュマちゃんもどきにここまで懐いてくれる子とか世界に何人いるんだよって話なので結構アリサに依存してる部分がある。一緒に寝たり風呂に入ったりするだけで喜んでもらえるならお安い御用だ。
 
 
 ちなみに幾らアリサが大人びていて有り得ない位に可愛いとはいっても、所詮その身体つきは9歳の幼女。
 
 一緒に寝ようが風呂に入ろうが、俺にとっちゃ今のアリサは年の離れた手のかからない可愛い妹程度の認識である。流石に性的な魅力を欠片も感じさせない、つるぺたまな板ボディに欲情出来るほど人として終わっちゃいない。触手だけど。
 
 
 ……でもこれから先、アリサが成長して女らしくなっていってもこんな感じだったら俺は一体どうすりゃいいのよ。ぶっちゃけた話が後三年くらい。中学生に上がるくらいの年齢。
 
 9歳の今でこの可愛らしさだ。そんじょそこらの美少女では太刀打ち出来ないような素敵な女の子になるのは確定的だろう。その時にもなって抱き枕とかされたら、俺の大して強くも無い理性はひぎぃとか完全に無視で速攻で使い物にならなくなる自信があるんだけど。

 いや、普通に説得して断ればいいか。その頃には思春期真っ盛りだ。エロい事すんぞーとか言えば流石に引き下がるだろ。



 ……本人にヤっていいとか言われたらどうするか、だって?
 
 落ち着け。いくらなんでもそれは無い。
 
 常識的に考えてみろって。何度も言うけど俺の図体は触手だぞ? 俺はともかくとして、アリサの方に恋愛感情が芽生える理由が砂粒ほども見つからんわ。






「……それにしても、人外の触手と9歳の女の子が一緒に風呂、ましてや同衾とか言葉だけ聞いたらどう考えても犯罪よね。その場面を想像すると更に犯罪度が加速するわ」

「そうだな、客観的に見れば俺もそう思う」



 真顔で頷きあう。

 触手と戯れる幼女。シュール通り越して児ポ法に喧嘩売ってるよな。



「まあポチさんですからね。少なくとも私は今のお嬢様には万が一すら起こらない事は信じてますよ。それに、ポチさんは出る所出てた方が好きですもんねー。桜ちゃんみたいな」

「いや……まあ否定はしませんが」



 今の、って所がミソだな。

 ていうか桜……。



「……ポチ、悪い事は言わないわ。命が惜しかったら桜に手を出すのは止めときなさい。桜の木の下には死体が埋まってるの。あの花びらは死体の血の色で染まってるのよ」

「お願いされても出すかよ。俺は自殺志願者じゃねえんだぞ」



 これが梓の桜への嫉妬とかなら可愛いものなのだが、事実だから笑えない。梓の眼は本気で俺を案じているのがよく分かる。

 確かにあの状態の桜は一度見たら二度と忘れられないインパクトがあるからな。



「桜ちゃん、決して悪い子じゃないんですけどね」

「むしろ完璧超人よ、普段はね。絵に描いたような大和撫子でスタイルも抜群。女として憧れる事すらあるわ」

「なんであんなに斜め上に変貌するんだろうな……」



――ポチ様ー。実家の方から桜団子が送られてきたので、皆でお茶にしようと思うんですけれど……ポチ様も一緒にいかがですか?

――ポチ様は楓ちゃんのご主人様なの? 楓ちゃんはポチ様の牝犬なの? 娼婦なの? 性奴隷なの? 肉ピーなの? 夜な夜なポチ様の逞しいピーーでピーーーをピーピーピーされてよがり狂ってるの? ポチ様の牝犬……、いえ、牝豚に本当に相応しいのは私しかいないのに……。









 そうこうしているうちに本当にすずかちゃんがやってきた。やってきてしまった。

 俺の顔を見た瞬間にすずかちゃん、なにやら緊張した面持ち。対するアリサは無表情。何があった。

 そしていつもの通りに俺たちはアリサの部屋にいるわけだが、どうにもやり辛い。



「……」

「……」

「……えーと、クッキーでも食う?」

「……」

「……」



 具体的に言うと重い。空気が重い。二人ともだんまり。

 くそう、なんか言えよ。これだとまるで俺が馬鹿みたいじゃん。……馬鹿だけどさ。



「じゃあ、いいわねすずか」

「……うん」

「ポチ。私はちょっと部屋を出るからすずかと二人で話して。メイドの皆も近づかないように言っておくから」



 そういっていきなり席を立ったアリサ。

 って、ちょ、この場に俺とすずかちゃん二人っきりで放置プレイとか。

 心の準備、何も出来てないぞ……。



「……ポチさん」

「ひゃい!?」



 ウボア。声が裏返った。



「先に確認しておきます。ポチさんは……人間じゃないんですよね? 実はきぐるみだったりしませんよね?」

「……えええええぇー。すずかちゃんにはこのグロい俺がきぐるみに見えるわけ? 数十本の触手を同時にうねらせられる俺が? 本気で? 誰がどう見ても化け物じゃん。素でモザイク必須な生き物は人間とは言わないよ……」



 初めて会った時のアリサと同じような事言ってくれちゃって。
 
 流石は親友といったところだろうか。

 そして何故か化け物、の所で表情が動いたすずかちゃん。まさかここまでやってまだ疑ってるのか……。
 
 俺の心の傷が広がる一方だから、あんま自分で自分を化け物とか言いたくないんだけど。



「よーしお兄さん証拠見せちゃうぞー」

「証拠……?」

「そ、証拠……オラァ!」



 はい、触手でいつもの穴開けましたー。ついでに伸ばして突っ込みましたー!

 流石にこれを見て俺の事を人間とは思うまい!



「ハッハー! どうよすずかちゃん! これを見ても俺がまだきぐるみだと疑うか! ていうかこれ以上はもう勘弁してください。このままでは俺の寿命がストレスでマッハなんです!!」

「えっと、なんだかよくわからないけどごめんなさい……ってそうじゃなくてですね」

「?」



 伸ばした触手を戻して穴を消す。



「その……ポチさんは、この世界に人間の姿をした、だけど人間じゃない種族。例えば吸血鬼がいると聞いたらどう思いますか?」

「是非ともお友達になりたいね。本気で。ていうか土下座してでも友達になりたい。ついでにどうやったら人間の姿になれるのか教えてもらう。もう警察に怯える日々は嫌なんだよ……生きたまま解剖は……」

「あ、あはは……」



「頬を引きつらせて笑うすずかちゃん。一体何があったんだろうか」

「……なんでそんな説明口調なんですか?」

「いや、なんとなく。で、マジメにどうしたの? わざわざ俺と二人っきりで話したいこととか。信じてもらえないかもしれないけど、アリサと俺の馴れ初めならこの前アリサが話したことが全部だよ」

「いえ……アリサちゃんや梓さんを始めとするメイドさん達の様子からして、ポチさんが洗脳とか、そういう危ない力を使っていない事は始めから分かっていたんです」



 マジで? この子もまた聡いなおい。でも危ない力はちょっと使ったかもしれないよ! 洗脳はしてないけど。
 
 それにしてもアリサといいすずかちゃんといい、この世界の9歳児はこんなのしかいないわけ!? 末恐ろしい……。



「だから、どうしてそんな事をしないのか……姿すら人間ではない、異形のポチさんが、まるで人間のように振舞っているのは、振舞えているのはどうしてなんだろう。そう思ったんです」

「…………」



 ウヴォアー。これは突っ込まれるときっつい部分だなぁ。
 
 メイドの皆とかアリサとなんだかんだで結構普通に接してたから、そら他の人から見たら不思議に思うわな。



「ポチさん。答えて、もらえますか?」

「……馬鹿だからじゃない?」

「……ばか?」

「身体が化け物なら、いっそ心まで化け物に成りきればよかったんだけどねー。どうにも俺は心だけ人間のチキン野郎らしくて、欲望の赴くままに突っ走れないらしい」



 意訳すると“ひぎぃは嫌だ。らめぇがいい”。馬鹿丸出しwwwww

 でもやっぱこればっかりは譲れません。だから誰かさっさと俺の触手を細くしろ。



「ポチさん、貴方は一体……?」

「折角だから教えておこうか……。実は俺って元人間なんだ。トラックに轢かれて死んだと思ったらいつの間にかこんな姿になってた。アリサには内緒だぞ? いや別に言ってもいいけど」



 楓に言った事とほぼ同じ事をすずかちゃんに言う。

 でも自分で言っておいてなんだけど、流石に信じないだろ。

 これ信じる奴ってどんだけ純真なんだよ。突拍子が無さすぎる。
 
 俺も他の奴が同じ事言ったら絶対電波乙wwwwwww病院逝けwwwwwwwって言うね。

 だからさあ笑え。「ねーよwwwwww」と存分に俺を笑うがいい!



「…………そんな……まさか……本当に……?」

「あ、あれ? すずかちゃーん?」

「私……あんなに……ごめんなさい……ポチさん……私……何て事を……」



 なんか真っ青になってしまいました。アルェー?

 え、まさか信じたの!? あの荒唐無稽な電波丸出しな話を!? いやまあ本当の事なんだけどさ!
 


「大丈夫だってすずかちゃん、実際今の俺の身体は正真正銘の化け物だから謝る事無いって! 犬を見て犬だー! って言うのと変わらないって!」

「う……うぁ……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」



 ぎゃああああああああああ!!!!

 遂に泣き出したあああああああああああ!!!!

 眼から涙がボロボロと!!!! ボロボロと!!!!



「アリサあああああああああああ!!」



 部屋の扉を開け、屋敷中に響くような大声でアリサの名を叫ぶ。

 ほどなくして凄い速度でこちらに走ってくるアリサ。



「どうしたの!?」

「いきなりすずかちゃんが泣き出した!」

「はぁ!? アンタすずかに何やったのよ!」



 凄まじい剣幕である。
 
 気持ちはよく分かる。



「なんか俺に化け物って言った事を気に病んでたらしい、んで俺は実際化け物だから気にしないでいいよって言ったらこうなった」

「……すずか……あんた優しすぎるわ」

「俺もそう思う」


「ったく……すずか? そんな事気にしないでいいのよ? 本当の事言っただけなんだから」

「違う……違うの……ごめんなさい……ポチさん……」



 泣きながらいつまでも俺に謝り続けるすずかちゃんを抱きしめあやすアリサ。

 結局泣きつかれて眠ってしまうまでの20分、アリサの部屋にはなんともいえない空気が漂うのであった。













 続く













どうしてもすずか関連は少し重くなりますね
本当はやりたくないけど、このまま流すのはもっとどうかと思うんで勘弁してください



[7386] 魔王が降臨したようです(追記有り)
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:21



 
――ごめんなさい。

――バケモノと言ってごめんなさい。
 
――バケモノの私が貴方にバケモノと言ってごめんなさい。

――私が一番言われたくない事を言ってしまってごめんなさい。

――吸血鬼ともお友達になりたいと笑いながら言ってくれた貴方にバケモノと言ってごめんなさい。

――貴方が自分から自分を貶める発言をした時、怒られないでよかったと、心のどこかで安心してしまってごめんなさい。

――真実を知る前に、私の事を言う勇気が無い卑怯な子でごめんなさい。

――何も語らずに泣き出してごめんなさい。

――泣き出した私を本気で案じさせてしまってごめんなさい。

――心優しい貴方はきっと私を笑って許してくれるのでしょう。「本当の事だから謝らないで」またそう言ってくれるのでしょう。

――だからこれは、私のただの自己満足。何の意味もない懺悔。ポチさん……ごめんなさい。









 結局あれからすずかちゃんが目を覚ますことなく、そのまま数時間が経ってしまった。すずかちゃんの家の方には既にアリサから連絡を入れてあるらしい。
 
 アリサもそろそろおねむの時間だ。俺に寄りかかって舟をこぎだした。
 


「ほれ、そろそろアリサも寝とけ。明日も学校だろ?」

「んにゅ……でもすずかが……」

「すずかちゃんが強い子っていうのはアリサがよく分かってるんだろ? それにアリサが夜更かしして身体壊したら逆にすずかちゃんが心配するぞ?」

「ん……」



 そう、アリサ曰くすずかちゃんは意外と芯の強い子らしいのだ。

 さらにどこぞの社長令嬢で運動神経も抜群なのだとか。……この子もアリサに違わずハイスペックだな。



「分かった……柊をつけるわ……すずかとも仲がいいから、もしすずかが起きた時に何かあったら頼って……」

「把握した。お休み、アリサ」

「ん……ごめんねすずか……」



 半分夢の中ですずかちゃんに謝るアリサ。おぼつかない足取りで部屋を出て行った。
 
 恐らく何かあった時すぐに此処に来れるように、隣の部屋で寝るのだろう。



「やれやれ、どっちも優しい子達だよ……」



 そしてすずかちゃんが眠ったまんまの今、何もやる事が無い俺だけが夜の静寂に取り残される。
 
 今だけは何も考えずに自分探しの旅、もとい海釣りに勤しむとしますか。

 いつも通りに穴に触手を突っ込んで、と。つーれるーかなー。









「“俺の寝てるベッドで泣き疲れた美少女が眠っている件について”。所がどっこい、バーボンではありません……! バーボンではないのです……! ざわ……ざわ……」

「お前は相変わらず意味の分からん事をするのが好きだな」

「あ、柊さん。こんばんわ」



 何も引っかかることの無いまま数分が経過し、どうしようもなくアホな電波を撒き散らしていた所にやってきたのは、アリサの言ったとおりにメイド最年長の柊さん。

 柊さんはなんというかこう、他の皆とは違ったクールビューティーな大人の女性である。緑髪メイドだがどこぞのはわわーとか言い出すドジっ子メイドだったりはしない。見た目は同じロリだが。


 普段の生活で主にリーダーシップを発揮するのは、前に前に行く梓なのだが、柊さんは影番? とかそんな感じで皆を支える人である。楓曰く「アタシと桜と梓とが束になってかかってもよっぽど柊の体調が悪くて且つ運がよくないと勝てないだろうな。椿ならタイマンでも一分はいい勝負出来るんじゃねえの?」との事らしい。間違いなく人間を辞めている。合法ロリだし。



「すずかちゃんが起きるまで、暫くは退屈の戦いですが勘弁してください」

「気にするな。たまにはこういった静かなのも悪くない」



 渋く笑う柊さん。

 アリサに負けず劣らず男らしい。



「そういえばお前とこうやって二人っきりになるのは始めてだな」

「そうでしたっけ?」

「ああ、私は色々忙しいからな。あまり喫煙室にも顔を出さん。そうそうお前みたいに暇な奴と顔を合わせる機会に恵まれないんだよ」

「こいつは手厳しい。事実だけに言い返せないのが辛いっすね」

「ふっ……まあ、今夜みたいなのは滅多にない機会だからな。少し話でもしようか。お前から何か私に聞きたい事でもあるか? お前の事はだいたい他の奴に聞いてるからいいぞ」



 聞きたい事かー。どうやったら合法ロリになれるんですか? とかもしアナザー・ワンなら武器はどこにしまってるんですか? とかアホな事聞いてもあれだしなー。

 そうだ、折角だからアレ聞いてみようか。



「楓から聞いたんですけど、柊さんって同人活動、サークル代表やってるんですよね」

「ああ。MAIDsというサークル名でな。夏冬の二回だけサークル活動をしている」

「なんでもシャッター前なんだとか」

「皆で楽しくやっていたらいつの間にか、な」

「どういう感じの本なんです? 全員で一つの話を?」

「いいや、それぞれが一つの話を書いて、それを一つの本として纏めている」



 オムニバス形式か。

 全員の技量が高くないと諸刃の剣になるやり方だな。

 それでシャッター前って事は全員が普通に上手いのだろう……凄いな。



「だいたい一人頭何ページなんですか?」

「最低でも50、といった所か? どうにも纏めるには厚すぎてなー。ここの所は二冊に纏めてるよ」



 最低250ページか……。

 えええええぇー……。



「大変じゃないですか? 50ページとか普通に一冊分じゃないですか」

「始めの頃はな。もう慣れた。それに自分達が書きたくて書いた作品が沢山の人に読んでもらえるのは嬉しいよ。それが喜んでくれるのなら尚更だ」

「でも基本ガチエロなんですよね」

「まあな。勿論たまにそうじゃないのもやるぞ? 皆欲求不満の気でもあるのかもしれないな」



 苦笑を浮かべる柊さん。欲求不満ねえ、楓の言うように出会いが無いからか?
 
 ……お、なんか引っかかった。鯉のぼり……リリース。



「毎回売り子とかどうしてるんですか? やっぱりスタッフに手伝ってもらったり?」

「いや、ここの皆でやってるな。なに、あの程度の人波を捌く位ならウチの面子なら別段問題はない」

「……さいですか」



 あれを問題ないとかすげえ。

 バニングス家のメイドは化け物か。……今更だな、うん。

 見た事の無い人には想像がつかないだろうが、壁、それもシャッター前はどのサークルでもまさに人の河と呼ぶに相応しいおぞましい濁流が出来るのだ。初見は軽く絶望出来る。少し慣れると無性に無双乱舞で蹴散らしたくなる。上級者になると列を一目見ただけで買うまでにどれくらいかかるか分かるという。そういう人たちはちょっと遠い国から来たんだと思う。



「売り子はそのメイド服で?」

「ああ。この格好のまま会場に行ってもいいんだが、どうにもあそこではこの服はコスプレ扱いになるらしい。スタッフの人にそれが仕事着なのは分かりますが、頼むから普通の服で来て下さい、と謝られたよ」

「でしょうねー」



 コミケは見た目コスプレと判断される格好で行ってはいけません。

 会場で着替えましょう。



「委託とかやってるんですか?」

「いや、何度もそういう交渉が来た事はあるが必要性を感じないからやってない。私達は同人活動を、あの独特の空気を楽しんでいるわけであって、商売をやっているわけじゃないからな。本も毎回原価割れギリギリだ」

「月給80万ですもんねー」



 しかも年二回のボーナス有り。

 確かに商売に走る意味が無い。それでも計250ページ原価割れギリとかどんだけだよ。崇められるぞ。



「そう、だから完全に趣味だよ。地方在住などで、直接会場に来れない人には申し訳ないとは思うがな」

「そういう人の対応はどうしてるんですか? そのまま諦めてもらったり?」

「いや、発行から半年経った本は椿のブログで丸々アップしてもらっている。興味があるのなら一度見てみるといい」

「はぁ!? なんでまたそんな事を!?」

「委託しない以上、読みたいと思ってくれている人に申し訳ないだろう? かといってすぐにアップするのは買ってくれた人達に悪い。それ故の措置だ。……とはいっても最初の頃のは恥ずかしいから見ても笑うなよ?」

「……バックナンバー全部あるんですか」



 見目麗しいサークルメンバー全員が異常に似合うメイド服着て売り子やって、売るのは厚い、安い、エロいと三拍子揃ったオリジナル本。彼女達の性格を鑑みるに、間違いなく牛歩戦術は使っていないのだろう。とどめにバックナンバーを自分達で無償配布? なにこの神サークル。自重しろ。お願いだから自重してください。

 そら人気も出るだろうよ。出ない方がおかしい。今度ファンサイトと椿さんのブログ見てみよう。ついでに俺もファン登録しよう。



 人気……人気か。



「柊さんは彼氏とかいないんですか?」

「……いきなり話が飛んだな。それはナンパのつもりか?」

「まさか。純粋な興味からですよ」

「ふむ……いたにはいたな。町でナンパされていた所を助けられたのが切欠でな。……まあ一ヶ月も経たずに捨てられたが。もう十年余りも前の話だ」

「柊さん捨てるとか見る目無い男ですねー。……破局の原因を聞いても?」

「私の実年齢を知らずに付き合っていたらしい。私のほうが年上だと知ったとき、血の涙を流しながら「よくも俺を裏切ったな!」と言われたよ。あの頃は私も若かった」

「あー……」



 どこか遠い目をしながら過去を語る柊さん。

 彼女の元彼氏は合法ロリじゃ耐えられない、真性だったか。死ねばいいと思う。

 しかしこれは柊さんご愁傷様と言わざるを得ない。合法ロリの魅力は見た目ロリなのにそう見えない年齢をしているという、妖しい矛盾を内包しているからこそ輝くものだというのに。少なくとも俺はそう思う。



「男は皆ロリコン。あいつはそう言っていた……なあポチ、お前はどうなんだ? お前みたいな触手でも、私みたいな幼児体型を見て萌えたり興奮したり、あまつさえ性欲を持て余したりするのか? 構わんから正直に言ってみろ。別に切って捨てたりはせん」

「激しくどうでもいいです。俺はバインバインのお姉ちゃんが好きなんですよ」



 可愛いとは思うし、流石に迫られたりすりゃ別だけどな。

 別段普段の生活でどうこう思うことは無い。

 つか切って捨てるってあーた……。



「バインバインか……私とは正反対だな」

「正反対ですねー。でも柊さんは凄いと思いますよ、色々と」



 あの異常に濃いメイドのメンバーを裏で纏め上げるとか、同人に対する姿勢とか、本当に凄いと思う。
 
 やはり腕っ節か。腕っ節なのか。



「そうか……でもどうしてだろうな、こうやってお前と話してると、とてもお前が……その、なんだ。人外の化生とは思えない。それどころか、どこにでもいるような人間と話しているような気分になる」

「でしょうねー。楓やすずかちゃんも同じような事言ってましたよ。まああんま気にしなくていいんじゃないですか? どれだけ俺が人間くさくても、結局俺は見た目通りの触手ですから、と」



 駄弁ってたらまたなんか釣れましたー。

 戻した触手の中で燦然と煌くのは、何処かで見たことのある青い宝石。

 ロストロギア、ジュエルシードゲットだぜ! 
 
 
 
 
 






 
――( ゚д゚)




――( ゚д゚ )




 こっち見んな。いやいやそうじゃない。そうなんだがそうじゃない。

 やばいものを釣ってしまった。こいつぁ大変だ、どうしよう。
 
 見なかった事にして捨てるか? 
 
 いや待て。それは駄目な気がする。電波が俺に自重しろと囁くのだ。逆らったらやばい気がする。
 
 ……仕方ない。このままあのフェレットと幼女に渡しておくために保管しておこう。当座は願いを叶える奴もいない倉庫に突っ込んどけば大丈夫の筈。


 倉庫というのは、穴を開ける時にまんま倉庫をイメージしたら出来た空間の事。
 
 基本的にカオスを体現したような穴で、唯一好きなものが出し入れ出来る俺の私物入れである。
 
 ちなみに同じロストロギアであるアポカリプスもこの中に突っ込んである。本当に触手はすげえや! 


 
 
 ……あ、そういや今日のおやつのチーズケーキ入れっぱだった。傷む前に食べておかないとな。異常にでかい上に1ホールあるけど。
 
 椿さんが沢山作ってくれるんだよなあ。俺としては嬉しいけどね。味も申し分ないし。



「……いきなり黙ってどうかしたのか? ……っとすまん、梓から呼び出しだ」

「なんかあったんですか?」

「楓と桜がまたやらかしてるらしい。なるべく早めに戻る。本当にすまん」

「気にしないで行ってらっさいー」



 すずかちゃんを起こさないように静かに出て行く柊さん。男らしいねえ。

 さて、またしても俺一人。暇になってしまった。

 すぐさま柊さんが魔王の様な暴虐を以って楓と桜を鎮圧するのだろうけど。楓ざまあwwwwwww



「しかし魔王、魔王か……」

「……」

「こんな夜更けに、闇と風の中に馬を走らせるのは誰だろう。それは父と子だ。父はおびえる子をひしと抱きかかえている。息子よ、なぜ顔を隠すのだ。お父さんには魔王が見えないの。かんむりをかぶって、長い衣を着ている……。あれはたなびく霧だ……」

「……?」

「かわいい坊や、一緒においで。――(都合により省略されました。ここから先のネタは“魔王 ボンバヘッ”で検索してください)」


 ノリノリで歌う俺。

 すずかちゃんを起こさないように大声で歌わなかったとはいえ、我ながらどうかと思わなくも無い。

 しかし見られたら恥死モノだな。歌い終わった後でそんな事を考えていたら……。


――ブハッ!


 ……は? え、ちょ。


「すずかちゃん……?」

「うっ……ぷっ、く……ご、ごめんなさいっ!」



 吹き出したような音に目を向ければ、そこには必死に布団に顔を埋めて何かを堪えている様子のすずかちゃん。

 まさか……いやまて、冷静になれ俺。まだだ、まだ決まったわけじゃない。



「……いつから聞いてた? お兄さん怒らないからちょっと正直に言ってごらん?」

「ほ、ほんの今さっきですよ……? 何も聞いてません、聞いてませんから!」

「オトーサーン」

「……っ!」



 …………。



「う、うわああああああああああああ!!!!!」

「あっ! ポチさん!」





――数分後、騒がしさに目を覚ましたアリサが目撃したのは。





「うへへへへへ、もうなんかどうでもいいや、ねえすずかちゃん、とりあえず俺は死ねばいいの? あばばばば」

「ポチさん、お願いですから帰ってきてください! 柊さん! ポチさんをなんとかしてください!」

「これはこれで面白いと思わないか?」





 なんかもうどうしようもなく混沌極まりない自分の部屋だった。






 続く






追記
問題があったであろう部分を修正しました
管理人である舞様、この度は自分の話のせいでお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした



[7386] Apocalypse
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2010/07/02 07:59
――足りない。

――これでは足りない。

――混沌を漂うだけでは足りない。

――もっと暗く、深く、強い混沌を我――アポカリプスは望む。


『――願望を確認。ジュエルシードシリアルNO20、起動します』










 起きてきたアリサにすずかちゃんが俺のテンパった理由をおおまかに説明してくれました。
 
 俺は柊さんにどつかれて無理矢理正気に戻されました。

 呆れながらアリサが言うには、再度俺はすずかちゃんと二人っきりで対話のテーブルにつかないといけないようです。

 俺の精神はズタボロです。でもすずかちゃんの為にやらないと……。






「……本当にすみませんでした!」

「いや、もういいからさ。とりあえずさっきの忘れてよ。脳内からキャッシュごと削除してよ。俺もすずかちゃんが気にしてる事忘れるからそれでおあいこって事にしようよ」



 アリサと柊さんが部屋を出た瞬間、再度平謝りするすずかちゃんを触手をかざす事で制する。

 このままじゃ平行線だ。終わる気配が無い。

 ついでにすずかちゃんみたいな可愛い幼女に申し訳ない顔させるとか逆に申し訳ない。



「でも……そんなの……」


「いいから。むしろ俺を助けると思って。もう本気でお願いします」


「ポチさんは本当にいいんですか? たったそれだけで?」

「むしろ願ったり叶ったり。俺は本当に何も気にしてないから。すずかちゃんみたいないい子が俺の事をいつまでも気に病む事の方が俺としてはしんどいから。ていうかさっきの馬鹿丸出しのネタを見られた事の方がずっと心に来たから」

「……分かりました。ごめんな……いえ、ありがとうございます」



 呪詛のように俺の心に刺さるごめんなさいがようやく終わった。

 すずかちゃんは賢い子だから、俺が引き下がるつもりが無い事も、自分が食い下がっても意味の無い事を理解してくれたのだと思う。

 今すぐ完全に気にするなってのは無理な話だけど、まあそのうちな。

 アリサの親友なんだからこれから顔合わせる事もあるだろ。少しずつ仲良くなっていけばいいさ。
 
 ……でもきっと俺のアレは忘れないんだろうけどね! 迂闊にも程があるよ俺! ウエッヘッヘッヘ……。



「……えっと、ポチさん。私、実はもう一つだけ言わなくちゃいけない事があるんです」

「ん、何? すずかちゃんが実は純粋な人間じゃありません。さっきの話のように吸血鬼でしたーとかそんな話?」



 軽口で返す俺。

 んなわきゃーない。
 
 にしても、同じ人外なら俺もこんな触手より吸血鬼に生まれ変わりたかったなー。



「はい。その通りです。……ふふ、やっぱりポチさんには分かっちゃいますよね」

「そうだよね。そんな……!?」



 何故か嬉しそうな、どことなく吹っ切れたような笑顔を浮かべるすずかちゃん。
 
 花の咲いたようなその素敵な笑顔は俺が彼女と同年代だったら惚れてると思う。その前にアリサに惚れてるか?
 
 いや、今はそんなifの話はどうでもいいんだよ。それよりもっと大事な事がある。



「お察しの通り、私達は“夜の一族”という吸血鬼の一族です。人として生きていくことも出来ますし、事実私はそうやって生きていたい。でもやっぱり皆とは少し違うんです。……だから、ポチさんを化け物呼ばわりする筋合いはないんですよ……本当にg」

「すずかちゃんお願いします! 俺を見た目だけでいいから人間にしてください!」



 土下座する。触手の姿で土下座ってのもなんかよく分からない光景だがとりあえず土下座する。

 え? 情報の真偽? どうせガチだろうよ。すずかちゃんみたいないい子がこんな意味の無い嘘をつくとは思えん。
 
 そもそも俺の存在自体が嘘みたいなもんなんだ。それに比べりゃ朝日を浴びて大丈夫な吸血鬼とか可愛いもんさ。
 
 だから! だからなにとぞ俺を人間の姿に!



「……ごめんなさい。そういう魔法みたいな事は出来ないんです」

「じゃ、じゃあ俺の触手を細く……」

「そういうのも……」

「オウフ……」



 痛々しそうに目を背けながら謝られた。崩れ落ちる俺。

 やっぱりそうそう甘くはないらしい。まあ古代遺産で駄目だったもんな……。
 
 しかしこのままだと本当に一生この姿のままな気がしてきた。一生ヒモですか!? らめぇは!?
 
 



 ……この後、俺とすずかちゃんは色んな事を夜遅くまで話した。
 
 
 すずかちゃんの種族の事。身体能力の高さは言うに及ばず、やっぱり偶に血液を採取する必要はあるらしい。それでも輸血パックでいいのだとか。日の光が大丈夫なのはデイライトウォーカーってやつ?
 
 すずかちゃんの家族の事。ご両親はアリサと同じく不在がちで、普段は姉の忍さんと二人のメイドさん、そして沢山の猫達と暮らしている事。
 
 アリサにはもう少しして決心出来た時に自分が吸血鬼だという事を話すから、今は黙っておいてほしいという事。

 そして、俺がどういう人間だったのかを少しだけ聞かれた。俺はどこまでも普通の一般人ですよ。心だけはな。





「……そういえばすずかちゃん。ちょっと聞いていいかな」

「どうしました?」

「すずかちゃんはさ、人の姿をしてるけど人じゃない種族って分かるの?」

「……なんとなく、本当になんとなくですけど直感で“ああ、この人は私達に近いんだ”くらいは分かります。それがどうかされたんですか?」



 そっかそっか。なんとなくだが分かるのか。
 
 そいつはいい事を聞いた。



「じゃあさ……柊さんはどうなの? 外見あれだし、身体能力も凄いらしいんだけど。すずかちゃんの仲間だったりするの?」

「いえ、柊さんは正真正銘の人間ですよ」

「……」



 まさかの否定。やはり嘘をついているとは思えない。

 柊さん。貴女は何者ですか。

 普通に吸血鬼より謎なんですけど。




 ……ちなみに翌日アリサ家を発つ時のすずかちゃんは笑顔でした。
 
 アリサも一安心していたようで何より何より。









――平凡な小学3年生だったはずの、私、アリサ・バニングスに訪れた突然の事態。

――渡されたのは、黒い宝石。手にしたのは混沌の力。

――異形が導く必然が、今、静かに動き始めて……。
 
――立ち向かっていく日々に、俯かないように……。

――混沌少女ルナティックアリサ、始まります!



 なんかこれも結構久しぶりだな。もう慣れたけど。



 さて、色々騒動が巻き起こったすずかちゃんのバニングス家訪問から数日経って今日は日曜日。時刻はもう夕方だ。

 俺の飼い主(なんかもう最近は妹って感じだが)であるアリサは、朝早くから親友のすずかちゃん、そしてまだ俺の会った事の無いなのはちゃんと一緒に、なのはちゃんのお父さんが監督をやっているというサッカーチームの応援に行っている。
 
 そして午後から夜まで、親父さんとお買い物に行くらしい。普段両親に会えないんだ。思う存分家族との触れ合いを楽しんでくるといい。
 

 というわけで、俺と椿さんを始めとしたメイド部隊は今日一日中暇を持て余している状態。
 
 柊さんだけはボディーガードを兼ねてアリサについて行っている。ほんとお疲れさまです。

 んで、他の家に残った皆は何をしているかというと……。




「椿は相変わらずクセのあるキャラ使うと強いわよね……」

「そう? 私としては普通のキャラであれだけ動ける梓が凄いと思うわ」

「いや、それが普通だと思うんだけど」

「そんなものなのかしら……」



「楓ちゃん上手いんだから、使えるキャラだけ集中して使えばいいのに。どうしてしないんですか?」

「全キャラ使いこなしてれば、相手がどんなキャラ使ってきても安定して立ち回れるようになるだろ? 敵を知り己を知れば百戦危うからずってやつだ」

「その結果がこれですか?」

「……悪かったな。こいつはまだ練習中なんだよ」




 喫煙室で夜までスマブラ中。楽しそうでよござんすね。
 
 ちなみにX。DXは絶を極めた椿さんの動きがニュータイプも真っ青なチートすぎたのだ。
 
 対人戦ハンデ無し、三対一で勝つってどんだけやりこんだんですか。
 
 
 
 
「あー! 梓てめえアピ中にファルコンパンチとか空気読めよ!」

「聞こえないわね! 隙を見せるあんたが悪いのよ!」

「ボコる! ぜってーボコる!」


(……ステステと絶の癖が抜けないわね。私が一番こけてる気がするし。……あ)

「そこっ! 隙有りです!」

「……(´・ω・`)」



 しかしこうやって長々と見てるだけでも、各々の性格というか個性というか、そういうのが見えてくる。




 梓は赤い配管工を始めとした、使いやすいキャラを。上手いには上手いが普通すぎて面白みが無い。

 楓は他の人が決めるのを待ってキャラを選ぶ。全キャラ万遍無く使うが波が激しい。

 桜は使用キャラがサムスとフシギソウだけ。触手っぽいの持ったキャラとかいっそ清清しい。上手いし。

 椿さんは主にトリッキーなキャラを。特に四強の一角を担う蛇を使うと異常な強さを発揮する。




 ……くそう、俺もスマブラしたい。でもこの触手じゃ精密な動作は出来ないんだよな。こういう時不便だわ。まあ見てるだけでも十分楽しいんだけどね。



――。



 っと、手応え有り。何が出るかなー。

 俺が何やってるかって? スマブラ見ながら海釣りですよ。他に何があるんですか。



 脳内で愚痴りながら戻した触手の中で燦然と煌くのは、何処かで(ry

 はいはいジュエルシードジュエルシード。

 こんな危険物じゃなくて、もうちょっと役に立つ物をくれ。

 とりあえずこいつも倉庫に……。



――ドクン。









 ジュエルシードの暴走のせいで、まるで大地震が起こってしまったかのような町の中を私は歩く。

 原因は私が一度ジュエルシードを見た時、それを気のせいだと心の隅に追いやってしまったから。
 
 私がちゃんとしていればこんな事は防げた筈なのに……。



 魔法使いになって、初めての失敗……。

 自分のせいで、誰かに迷惑がかかるのはとても辛い……。

 そう思ったから、私はユーノ君のお手伝いをする事に決めて……。


 ……もう、止めよう。状況に流されるまま、自分の心の中に言い訳を作って……。そんな事をするのは。


 自分なりの精一杯じゃなく……、本当の全力で。

 ユーノ君のお手伝いではなく、自分の意思でジュエルシード集めをしよう。

 もう絶対……こんな事にならないように……。









 ……ん?

 穴に触手を突っ込んだ瞬間、なんか軽い眩暈を感じた。言うなれば風呂に長時間入って汗をかきすぎた状態? 
 
 まあ全然問題ない。余裕余裕。でも倉庫になんか異常でも起こったのか?


 不思議に思い軽く漁る。んで倉庫から出すのは一番怪しいアポカリプ……ス?

 いや違う。なんかちょっと変わってる。具体的に言うと黒い宝石みたいなのが嵌ってる。



 宝石? ジュエル?

 
 
 ……げっ! まさかこいつジュエルシード食ったのか!? 
 
 あれ封印したがってるフェレットもどきに渡そうとしてたのに!


 慌てて倉庫を探る。無くしましたー、とか言ったら絶対やばい事態になるって!



 ……ってあれ? ジュエルシードはちゃんとある。俺の今釣ったやつと合わせて二つ、間違いなくある。

 じゃあなんぞこれー。





――元ロストロギア“アポカリプス(笑)”

――使用者の精神を犯し、魂を食らい尽くす代償に混沌の海から力を引き出す指輪が毒電波に犯された混沌を吸いすぎ汚染された姿(笑)。もう冒頭の彼には戻れない(笑)。

――力を引き出す為の核は再生どころか核自体が混沌の結晶と化した為使用者の命を脅かすことなく以前以上の出力を出せるようになったが、その微かに残っていた意識すら溢れんばかりの毒電波に粉砕され最早以前とは完全に別物(笑)。お子様でも安心してご使用になれます(笑)。

――使用者は未だ無しで、使用適正は混沌の提供者が放つ電波への耐性があればよし(笑)。



 なんで微妙に名前変わってんだよ。パチモンくせえ。ていうか冒頭ってなんだ冒頭って。……まさか毒電波に犯された混沌って俺か!? 俺の事なのか!? おまけにお子様でも安心してって! (笑)って!
 
 

――ロストロギア“アポカリプス”。

――使用者の精神を犯し、魂を食らい尽くす代償に混沌の海から力を引き出す指輪。

――力を引き出す為の核が完全に破壊されており、現在活動停止中。再起動の目処は今の所立っていない。

――歴代使用者は製作者を含め全員が所持してから一ヶ月以内に死亡。


 
 
 そんなブツがご覧の有様だよ!! いきなりのマヌケすぎる変貌に突っ込みが追いつかんわ!



「おっしゃ勝ったー! アタシはガノンで梓のファルコに勝ったぞー!」



 気づけば背後で楓が咆哮をあげていた。
 
 梓……。








 続く








[7386] 題名が思いつかないや。とりあえずガチシリアスとかで
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:22






「第三十九回“どうやったら俺にらめぇフラグが立つかを考える”会議を始めたいと思います」

「何度も言ってるがヤるだけなら桜襲えばいいんじゃね? 向こうはばっちこいだろ」

「死亡フラグ乙」

「逝ってらっしゃい」



「現状の桜に手を出すのは論外として、包丁で捌いて貰うってのは? 触手の表皮を削るとか」

「想像するだにグロいな」

「ていうか絶対痛くね?」

「ショックで死ぬかもしれんぞ。ていうかアリサが泣くだろjk」



「やっぱ理想は自力で触手を細く出来るようにする事だよな。伸ばせるんだから細く出来てもよさそうなんだけど」

「願いを叶える(笑)古代遺産も役に立たなかったしな」

「ていうかあれ本物なの? エラーとかマジでねーよ。Meタソかよ」

「でも実際この前使ったときは効果があったんだよな。なんで駄目だったんだろ」



「そうだ俺すげえ事考えた! 実は俺ってジュエルシードの力すら及ばない厨スペック触手なんじゃね!?wwww」

「バルスwwwwその発想は無かったわwwwwww」

「パネェwwwwwwww俺マジパネェwwwwwww」

「その力で触手細くしてくださいよ先輩wwwwwああ出来ないんでしたっけwwwwwサーセンwwwww」


 以上、ここまで全部俺の自演でした。























――アリサの部屋でテレビの前のソファーに座っている俺。

――そう“座って”いるのだ。



「困るんだよねー。中破してたとはいえ、一回も修復、起動させないで勝手に人の作ったものを魔改造してくれちゃってさー。苦労して植えつけた自意識も完全に掻き消えたし」


 テレビ画面の中の、見知らぬよれよれの白衣着て眼鏡かけたヒョロイあんちゃんにいきなり怒られた。
 
 誰てめえ。


「いや、改造するのはいいんだよ? アポカリプスは確かに僕の全てをこめた最高傑作だったけど、ぶっちゃけあれ人間を使い捨てのパーツにした決戦兵器だから。いかなる理由があるにせよ、それが改良されたって事はこの次元世界には未だ僕の、僕達の想像もつかないような何かがあったって事だ。実に喜ばしい。けど、けどさ、せめて一回は使ってどういう使い方が出来るかくらいは把握してくれないと、こっちも命削って作った甲斐がないじゃない? ていうかマニュアルくらいには目通しておこうよ。有り得ないよ。折角遊び心込めて色々ネタ仕込んだのにそれも全部消えたし」


 だから誰だよ。
 
 いきなり現れてグチグチ言われても意味不明すぎるわ。

 つか起動させたら魂食われるんだろうが。冗談じゃねえぞ。


「ああごめん、挨拶がまだだった。アポカリプスの製作者、イシュタルです。始めまして。ちなみにアポカリプスは起動くらいじゃ別に問題ないよ。精々が喋る指輪さ。力を引き出して出力上げた時にえらい事になるだけで」


 ああ、危険物作って一月で逝ったとかいうキチ○イか。

 アポカリプスについてはわかったけど、そのキチ○イがわざわざ俺の夢の中まで何用よ。


「あれ? これが夢って分かるんだ。流石アレを魔改造しただけの猛者だね」


 わからいでか。俺生前の、トラックに轢かれる直前の姿じゃん。しかもアリサの部屋で。

 あれだけ願って無理だったのに何の脈絡も無くあっさり戻るとか夢以外ないわ。

 郷愁のあまり俺泣きそうなんだけど。ていうか起きたら泣いてる自信があるね。


「んー、残念だけど僕には君の姿が見えるわけじゃないんだ。君がどの次元世界にいるかすら分からない。君から僕の生前の姿は見えてるだろうけどね」


 ふーん。そういうもんなのね。それは分かったから俺に何の用か言ってくれよ。

 俺明日もプーのヒキのスーパーニートタイムで朝から忙しいんだよ。


「いやなに、大した事じゃないよ。アポカリプスを魔改造してくれた君にマニュアルついでに餞別としてアポカリプス、もといアポカリプス(笑)に色々とデータでも送っておこうかな、と。もう僕には必要の無いものだしね。それにこのままだと混沌は嗜好性を持たない只の力でしかない。何か道を示す必要がある」


 あんなの作ったキチ○イからの餞別?

 危険っぽくて怖いんだけど、いや本当に。


「だーいじょうぶだって! アルハザードが全次元世界に誇るネタ技術の数々だから! 主に宴会芸にもってこいだよ」


 アルハザードだの次元世界だのは知らんが、ネタなら良し!
 
 具体的には?


「簡単なのだと、ヘソで茶が沸かせるようになる、種も仕掛けもありません」


 なにそれすげえ!! 他には!? 

 俺の触手細くしたり出来るのか? もしくは人間の姿に! ジュエルシード使って駄目だったんだけど。


「ジュエルシードってあれだろ? 超高純度次元干渉型エネルギー結晶体。あれくらいのエネルギー体使って無理なら魔法での変身とかそういうのは諦めたほうがいいよ」


 畜生……まあ期待してなかったけどさ。
 
 いよいよ物理的手段しか無いのかね。
 
 ……あ、そうだ。ちょっと聞いていい?


「どうかしたのかい?」


 アポカリプス(笑)で魔法少女みたいなのになれる?


「送るデータ使えばなれるよ。でも魔法少女っていうよりは変身ヒロインかな」


 ネタになるからそれで十分。
 
 じゃあお約束の魔法の杖とか武器とかは?


「そっちは自分で好きなように選んじゃってよ。その為のデータも入ってるからさ」


 至れり尽くせりだなー。
 
 ここまでしてもらうとなんか悪いな。


「いやいや、気にしてくれなくていいよ。僕達を解放してくれたんだしねー。むしろ礼を言うのはこっちの方……っと、そろそろお別れかな」


 ……ああ、確かになんかアリサが呼んでる気がするわ。扉を叩く音がする。

 また会えるか?


「無理だねー。今の僕は所謂残留思念ってやつだ。だから君と話が出来るのはこれっきりだよ。ちなみに君はこの夢の事を忘れる」


 そっかー、ちょっと残念だな。

 つかこんな話が出来る奴とは思って無かったわ。
 
 なんであんな危険物作ったのよ。
 
 
「自殺目的のついでに軍部から要請があったんだよ。飛び降りや首を吊るのは怖いし、痛いのも嫌だ。睡眠薬を試したりしたんだけど、すぐに見つかって吐かせられちゃってさー。マジでデスマ組む奴死ねって感じ。現場の苦労って奴が分かってないよ」


 そっか、色々大変だったんだな。とりあえずお疲れさん。

 どんな事情か知らないから同情はせんぜ。何やらお前の作ったブツのせいで色々死んでるみたいだしな。
 
 なんか画面越しにお前の他に色々見えだしやがった。皆して監獄から出れたようないい笑顔しやがってよ。
 
 見りゃアリサくらいの年の幼女もいんじゃねえか。胸糞悪い。
 
 ……いいからさっさと成仏しろ。こういう辛気臭いのは好きじゃないんだよ。
 
 
「ははっ、ありがとう。……じゃあね」
 
 
 イシュタルが一言礼を言うと同時にテレビの電源が落ちる。
 
 ……つまりは“そういう事”なのだろう。多くを語る必要もない。


 ったく、なーんでこんな糞シリアスやってんのかね俺は。俺は只の毒電波垂れ流す触手だっつーのに。


「ポチ! 朝よ! さっさと起きなさい!」


 部屋の外からアリサの声が響く。

 ああ起きる、起きるからちょっと待ってくれアリサ……。
 
 せめて起きる前に一分くらいあいつらに黙祷してもバチは当たらないだろ?









 続く





[7386] 葬儀屋といえば47だろう、常識的に考えて
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:23



「突然だがポチ。お前の日常をネットで世界中に晒そうと思う」

「おいぃ!!!!!」



 開幕早々有り得ない発言をかました楓に食いかかる。
 
 幾らなんでもこれは無い。これは無いぞ楓。フルスロットルすぎる。
 


「なんだよ」

「なんだよ、じゃねえよ馬鹿! お前いきなり何言っちゃってんの!? 毒電波でも受信したわけ!? おかしいですよカテジナさん!」

「いやだってお前、毎日どういう生活してるか思い返してみろよ」



 ふかしながら俺にズイ、と指を突きつける楓。

 俺の生活?

 えっと今日は……。



――6:45。


「ポチー、起きなさーい。顔洗って朝ごはん食べるわよー」

「……後三分」

「学校に間に合わなくなるからだーめ。夕食抜かれたくなかったら一緒に食べなさい」

「……先生、アリサが俺に氏ねと言います」


 なんだかんだ言いながら起床。
 
 のそりと身体を起こしたところで白い制服を着たアリサによろしい、と笑顔を浮かべられる。
 
 まあいいか、と今日もヒキでプーでニートな一日が始まる。



――6:50。


「いただきます」

「いただきます」


 アリサと一緒に朝食をとる。

 今日のメニューは自家製の焼きたてパンとサラダとベーコンエッグ。

 あんま豪勢なのも困るが、味噌汁と漬物と焼き魚が恋しくなる。



――7:30。


「じゃあねポチ! 皆! 行ってきまーす!」

「ういうい。勉強頑張ってきな」

「行ってらー」

「「「行ってらっしゃいませ、お嬢様」」」


 アリサの登校を玄関で見送る。

 上から俺、楓、梓桜椿さん。

 プラプラと手を振りながら見送る楓は本気でメイドなのか疑う。



――8:00。


「なあポチ。セコムマサダ先生ってなんでセコムマサダ先生って呼ばれてるんだ?」

「某所で名づけられた。センチメンタル小室マイケル坂本ダダ先生を略してセコムマサダ先生」

「マジで!?」

「マジで」


 楓と駄弁りながら屋敷の掃除に精を出す。

 本来は梯子使わないといけない高い所も触手伸ばすだけで届くので、すっかり掃除の手間が減ったと楓に喜ばれる。

 相手が楓とはいえ頼られて悪い気はしない。
 
 それに人として自分の居候している場所くらいは綺麗にしないといけないと思う。



――10:00。


「お疲れー」

「乙ー」


 掃除を終え楓と別れる。

 起床から三時間少し。いきなり暇になる。

 アリサの部屋で二度寝と洒落込もう。



――11:30。


「ほらポチさん、シーツ交換しますから起きてくださーい」

「……あい」


 ベッドのシーツを換えに来た椿さんに起こされる。

 梓や楓ならいざ知らず、椿さんを困らせるわけにはいかないので即起きる。



――11:50。


「燃え上がれ! 俺の小宇宙ー!」

「「「「…………」」」」

「相変わらずあんたは嫌われてるわね」


 広大なバニングス邸の庭で梓が洗濯物を干しているのを尻目に屋内で犬とコミュニケーションを図る。

 最初より打ち解けたもののまだ硬い。ていうか半径三メートル以内に近づくとダッシュで逃げられる。

 やはりこの姿が問題なのだろうか。



――12:40。


「今日のお昼はお好み焼きでーす」

「いやっほー! 椿さん最高ー!」

「ポチ様が異常な盛り上がりを……一体何がポチ様をあそこまで……」

「そんな事どうでもいいからさっさと焼いて食おうぜ」


 メイドの皆と昼食。

 今の俺がジャンクな食い物が食えるのはこの時だけである。

 マックのあの安いゴテゴテの味が恋しくなった。今度楓に頼もうかな。



――13:45。


「だから、~は~で~なんだよ」

「いや、その理屈はおかしい」


 喫煙室に篭る。
 
 例によってしばらく暇な楓と適当に駄弁る。
 
 今日のお題は“回転焼きはタイヤキと何が違うのか”

 とりあえずタイヤキの方が美味しそうだ、という結論に達する。



――14:30。


「シャブおじさあああああん!!」

「アンパンマン! その袋はだめよ!」


 新たにやってきた椿さんと色々危険な香りの漂うネタを合わせる。楓はシエスタ。
 
 ついでに椿さんのノートPCで椿さんのブログを見せてもらう。

 椿さんのブログは週4更新で平均日参数は150万オーバー。貴女はどこの芸能人ですか。
 
 まあ、色々ネタに強い上に顔出ししてる現役美人メイドさんだからな……。

 しかもMAIDs関連唯一の公式窓口。俺もPC買ったらブログ始めようかな。



――15:10。


「今日のおやつはイチゴ大福ですよー」

「桜の手作り?」

「勿論です。ポチ様のお口にあえばいいのですが……」


 桜と梓も合流。

 相変わらずトリップしていない桜は色々完璧だと見直す。
 
 トリップしてなければな。



――16:00。


 皆持ち場に戻り、喫煙室に誰もいなくなる。
 
 俺が生前愛煙し、そして偶然にも楓の愛煙しているセブンスターの匂いが静かに俺の肺を満たす。

 存分に懐かしい匂いを堪能した所で俺もアリサの部屋に戻る。
 
 そういや親父達どうしてるかなあ。なんとかして手紙くらい出せないもんかね。死者からの手紙って感動的じゃね?



――17:00。


「…………」


 暇の余り海釣りしながら思考停止する俺。今の気分は太公望。

 生前はセレブニートになりたいと散々言っていたが実際なると退屈でしょうがない。全ては人前に出れないこの姿が悪いのだが。

 しかし本格的にPCを買う必要がありそうだ。とりあえずネットがありゃ暇は潰せる。



――17:35。


「ただいまー」

「お帰りー」


 アリサ帰宅。
 
 遂に暇との戦いに終止符が討たれる。結果は今日も俺の辛勝。

 ここからずっとアリサのターン。



――17:50。


「ほらゲシュ、取ってきなさい!」

「ワウッ!」


 アリサが飼い犬と戯れるのを外から眺める。
 
 名前はゲシュペンスト。生きた犬に亡霊とか酷いと思う。

 ちなみに名付け親はアリサの親父さん。ネーミングセンスは親譲りらしい。

 どうでもいいけどドイツ語ってかっこいいよね。



――18:30。


「いただきます」

「いただきます」


 早めの夕食。俺の生前は飯は22時とか余裕だった。まあ独男だしそんなもんだろ。

 メニュー? パンピーの俺には名前が分かりません。

 椿さん、今日も大変美味しゅうございました。

 やっぱ料理の上手なメイドさんっていいよね。食材を炭にするようなドジっ子メイドが許されるのは二次元だけだよ。




――19:10。


「…………」

「…………」


 アリサの宿題している姿を横目で見ながら海釣り。
 
 アリサは天才少女なので俺が口を挟むことは何もありません。
 
 ベタにゴム長靴が釣れた。リリース。
 


――19:50。


「⊂二二二( ^ω^)二⊃」

「あははっ! 早いはやーい!」


 アリサと戯れる。

 最近のアリサのお気に入りは触手で高く持ち上げられてブーンされる事。
 
 年相応、子供らしい素直な笑顔を浮かべる彼女を見て嬉しく思う。
 
 だってアリサ小3、まだ9歳だぜ? 普段が大人すぎるんだよ。



――20:20。


「お客さん、痒い所ないっすかー」

「わぷっ……ありませーん」


 風呂。アリサの頭を丁寧に洗ってやる。髪は女の命です。

 にしても、最近アリサの妹化が進んでいるような気がする。

 身体? 勿論アリサが自分で洗ってますよ。



――20:30。


「……風呂はいい。特に広い風呂はいい」

「気持ちいいからってあんまり浸かってると茹蛸になっちゃうわよ?」

「そっかー、俺って赤くなるのかー」

「……もう軽く茹ってるわね」


 クラゲのように浮いて全身を風呂に浸ける。

 触手を思う存分伸ばして触手風呂をやろうとしたらお湯が溢れてアリサに叱られた。

 後から思い返して語感がエロいと思った。



――21:20。


「お休みなさい……」

「ん。お休み。俺はもうちょっとしたら寝るよ」


 アリサがいつもよりちょっと早く就寝。

 寝付くまで見守っていてやる。

 さて、皆と遊びますか。まだまだ夜は始まったばかりである。



――21:40。


「奥義を受けろ! ゴッドハンドスマッシュ!」

「ぶべらぁっ!」


 童心に帰って楓とバトルごっこに勤しむ。
 
 しかし楓は本気で打ち込んでくるので絶対これ遊びじゃない。痛くないけどさ。
 
 ぼこられ続けたからか、最近は楓の動きが見えるようになってきた。見えるだけだが。

 数分後、柊さんにうるさいと怒られる。ごめんなさい。



――22:00。


 喫煙室にて今に至る。

 

「な、なんてこった……」

「どうだ、わかったか?」

「ああ。全く以ってこれは由々しき事態だ……!」



 思い返し終わり、想像だにしない結果に思わず戦慄する。

 流石の俺もこの結果は予想してなかったぜ……。

 一刻も早く打開策を打ち出さねば!



「お前との絡みが多すぎる! 確かにこれは無いわ。とりあえずお前のパート全部椿さんとチェンジで」

「ちっげーよ馬鹿! お前マジでヒキってんじゃねーか! ちょっと外出ろ外! 身体と心腐るぞ!」



 いや、腐るってお前……。

 確かにずっとこのままってのもどうかと思うけどさ。



「実際問題どうしろっつーのよ。町うろついたら俺一発で通報なんだけど。それくらいお前も分かってるだろ?」

「要は誰かにばれなきゃいいんだろ? 夜に紛れてビルの屋上でも行ってこい。外に出て景色を眺めるだけでも少しは違うだろうよ」


 懐かしい匂いのする紫煙を吐きながら窓を指差す楓。

 ……ビルの屋上ねー。まあそれくらいなら見つかる危険性は……低いか?



「それにほら、お嬢もお前が年中ヒキって万が一心壊したりしたら安心出来ないだろうよ。だから少しは外を見て来い。な?」

「……しゃーねーな」



 アリサの事を出されると弱い俺である。
 
 居候でただ飯食らいだからな……。



――ガチャ。



「ポチさん、ちょっと待ってください。……これをどうぞ」

「椿さん? なんですそれ」



 息を切らせながら部屋に駆け込んできた椿さんに受け渡されたのは大き目の包み。

 中身はよく分からないけど、俺に?



「私の作ったチーズケーキです。夜景を眺めながら美味しく召し上がってくださいね?」

「……椿さん、ありがとうございます! ゆっくり味わって食べてきますね!」



 感動のあまり、言うが早いが適当に人の目につきそうに無い場所をイメージして穴に潜る。

 今の俺は世界で一番幸せだと断言出来るね!!!!!!

 見られない見られない! 大丈夫だって! 高層ビルの屋上に人なんかいねえよ!








「ポチさん、冗談交じりに口には出しながら本音は中々出さないのよね。実際お嬢様に「一度なんとかして外に出してあげて」って思いつめた顔で言われた時はよくもまあ私達に全く気取られずに過ごせると感心したわ」

「ある意味本音駄々漏れだけどな」

「まあ、ね。でもそれを冗談と思わせてるのはポチさんの振る舞いよ。きっと無意識的にやってるのね」

「それを見抜いたお嬢を褒めるべきって事か……。んで、いつまでアタシ達はこんなくっさい三文芝居やってりゃいいんだ? わざわざお嬢の事まででっちあげて。そんな事よりさっさとケーキ食おうぜ。折角ポチが外行ったんだ」

(ポチさん、ごめんなさい……。翠屋の一日限定20個、特製ショートケーキ、5人分しか買えなかったんです……)


















「……外、か。ビル屋とはいえ、結構久しぶりだよな」



 眼前に広がる町並みを感慨深く見つめる俺。空には満月が浮かんでおり、俺を明るく照らしてくれている。
 
 ごめん、正直こうやって町を見下ろしてるだけでも結構楽しい。

 なるほど、確かに楓の言うとおりだった。篭りっきりで澱んだ心が、夜風に流されていくような感じがする。帰ったらアリサのついでに礼でも言っておこう。



――遠吠えが、夜に木霊した。



 なんだこれうるさっ!?

 ってかどこで叫んで……。



「うおっ!?」



 俺の目の前に犬がいました。オレンジ色の額に宝石のような石をつけた犬が。何故か凄い俺の事見てます。デジャブデジャブ。
 
 ……これ犬なのか? オレンジ色の犬とか初めて見たんだけど。

 つかなんでこんな所に犬がいるのよ。ここ高層ビル屋上なんだけど。……迷子? いやいやそれもどうかと思う。





――平凡な小学3年生だったはずの、私、アリサ・バニングスに訪れた突然の事態。

――受け取ったのは、毒電波。手にしたのは混沌の力。

――電波が導くその出会いは、偶然なのか、運命なのか……。
 
――今はまだ、分からないけど……。

――混沌少女ルナティックアリサ、始まります!





 おい、こんな時に電波とか止めろよ。

 嫌な予感しかしねえじゃねえか。

 でも最近ルナティックアリサもありかな、とか思い始めた俺がいる。ひょっとしたらアポカリプス(笑)で変身とかでk




――ドゴォッ!!!!!!!!!!!




「おぶぁ!?」

「あ、あれ……? 当たった……?」

「…………?」



 犬から目を離し、ちょっと現実逃避していたらどこかの誰かになんか食らった。派手に吹っ飛ばされ、べしゃりと地面に叩きつけられる俺。
 
 なんだなんだ!? また俺はトラックにでも轢かれたのか!? 
 


「運ちゃん出てこいやごるぁ! 俺じゃなかったら今頃死んで……」

 
 
 ……ってここ高層ビル屋上だっつーの。トラックなんか走ってねーよ。
 
 揺れる頭を抑えて立ち上がれば、俺のいたであろう場所にいるのは先のオレンジ色の大型犬。……奴か。



「……何しやがるド畜生が!! ご機嫌な挨拶してくれるじゃねえか!」

「ちっ……! 随分と余裕じゃないかい!」



 喋った。なーにフェレットが喋るご時世だ。犬が喋っても何も問題は無い。

 すずかちゃんもいるしな。俺の神経がまた一つ図太くなっただけさ。というわけで。



「余裕じゃねえよ馬鹿! 世界が廻ったわ! あんまふざけた事言ってると触手で尻尾もふもふすんぞ!!!」

「……っ!」



――パタパタ。



「アルフ、いきなり逃げろだなんてどうしたの……?」

「フェイト!? こっちに来ちゃ駄目だ!」



 やってきたのはアリサと同い年くらいの金髪ツインテの幼女。

 コスプレ染みた格好に黒マントという、なんとも珍妙な出で立ちだ。俺ほどじゃないけどな!

 ……てかまた幼女かよ! 俺どんだけ幼女と会えばいいんだよ!

 会った人間の三分の一くらい幼女だぞ。しかも全員負けず劣らず可愛らしい。
 
 まさかこの世界の三分の一は幼女で構成されてんのか!?
 
 ……流石にそれは言いすぎだろうけど、ここまであからさまだと何かの陰謀すら感じる。



「フェイト! あたしの事はいいから早く!」

「アルフ……?」



 犬がやたらと焦りだした。どうやらあの幼女が犬の飼い主(?)らしい。

 ていうかこの子アルフっていうのか。いい名前だな……ちくしょう。
 
 同じ犬(?)なのにこの名前の差はなんだ。飼い主の美少女っぷりは互角だけどさあ!

 んー……それにしても今まで会った子と雰囲気が違うな。アリサやすずかちゃんは年不相応に大人びてたけど、この子はいかにも子供って感じがする。その瞳からは下手すりゃ年以下の幼さすら感じさせる。俺を見ても全然驚いてないし。
 
 なんでそんな子がこんな所にいるのかは聞いたら駄目なんだろうな。きっとお約束ってやつなんだ。



「フェイト!」

「あなた……誰?」



 犬の叫びを無言で制して、不思議なモノを見る目で俺を見る幼女。
 
 確かに俺は不思議生物ですね。UMAですもんね。そりゃあ不思議なモノを見る目で見るわな。



「始めましてお嬢ちゃん。ポチです。ニートです」

「……は、始めまして。フェイトです。こっちの子はアルフっていって私の使い魔です」

「フェイト……あんたって子は……」



 ……なんか普通に挨拶返された。間違いない。この子は天然さんだ。
 
 しかし俺としては微妙に嬉しいけど、今までに無い反応なだけに困る。……どうしようか。



「フェイトちゃん、一緒にチーズケーキ食う? 美味いよ」

「……え?」



 きょとん、とつぶらな瞳で俺を見つめるフェイトちゃん。

 ……俺はいきなり何を言っているのでしょうか。
 
 いきなりチーズケーキ食う? とか聞く異形。怪しさ爆発すぎるだろ。

 そんなに初対面の人間に怯えられなかったのが嬉しいのか俺。楓の言うとおりなのが癪だが、知らないうちに結構心にストレス溜まってたのかな。



「……どうしようアルフ。私ちいずけいきって食べた事無いや」

「フェイト! こんな奴の言葉なんか聞くこと無い! 大方毒でも入ってるに決まってるんだ!」

「……はぁ!? 失礼な、毒なんぞ入ってねえよ! 謝れ! 一生懸命作ってくれた人に謝れ! はん、いいもんね! 俺一人で食ってやるよ! てめえらはそこで指咥えて見てやがれ!」



 あろう事か椿さんのチーズケーキを毒入りだと!? こいつぁ許せねえ! 許しちゃおけねえなあ!

 というわけで穴から皿出して、マイナイフとフォーク出して、と。



「じゃーん」

「「!」」



 最後に見せびらかすように高々と椿さん特製チーズケーキを取り出す。

 直径にして30cmもあるそれはボリューム満点、お腹一杯の代物だ。

 椿さん……凄く……美味しそうです……。



「切り取ってー皿に盛ってー……椿さん、ありがたくいただきます。……やっべ超うめえ! 大胆にして繊細なクリーミーチーズの味とか、口の中でふわりととろけるこの感じとかもう最高だね! 幾ら食っても飽きる気がしないね!」

「「……」」



 見せ付けるように味わう。

 大人気ない? 
 
 なあにぃ!? 聞こえんなあ!!



「(゚Д゚)ケーキウマー!」

「「……」」



――ジー。



 見てる。二人ともめっさケーキ見てる。

 アルフに至っては尻尾がパタパタ揺れてる。かわええ……。もふもふしてえ……。




 ……んで、今気づいたんだけど、この子とあの時の子、それとなく共通点が多いな。

 幼女、お供の喋る動物、コスプレっぽい衣装、機械っぽい何か。……この子のはなんだこれ。姿見たら死ぬガンダムが持ってるようなアレに似てる気がする。

 もしかしたらこの子達もジュエルシード集めてるのかね。ちょっと聞いてみようか。



「なあ」

「ななななんだい!? 別にあたしはあんたのケーキになんか興味はないんだからね! 美味しそうだなーとか食べてみたいなーとかこれっぽっちも思ってないよ? 本当だよ!? ねえフェイト!」

「……アルフ?」

「ツンデレ乙。……あんた達さ、ジュエルシードって知ってるか? 小さい青い宝石なんだけど。なんだっけ、ロストロギアっつーの?」

「「!?」」



 あ、ジュエルシードって言葉が出た瞬間になんかすっごい目ぇ見開いた。

 やっぱ知ってるのか。ひょっとしてフェレット達のご同輩? もしそうならあの白い子があれからどうなったか聞いてみたいな。









[7386] 決まったー! ポチの人生投げっぱなしジャーマンだー!
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:23




「ポチさん……どこでジュエルシードの事を?」

「ちょっと前にさ、フェイトちゃんと似た機械みたいな杖持ってて、お供の動物連れてた子と偶然会ったんだよ。んで、そのお供の動物に名前とかを少しだけ教えてもらった。ついでにジュエルシードは危険なものだから封印しなきゃいけないとか言ってたな」



 本当は電波が教えてくれたんだけどな!
 
 でも流石にそれを言うと頭のおかしい人(?)だと思われてしまうので言いたくない。



(アルフ……)

(ああ、嘘を言ってるんじゃなければこいつ、あたし達と同じ魔導師と会ったみたいだね。しかもそいつらもジュエルシードを集めてる)

(母さんのためにも急がないと……)

(ていうかこいつは一体何者なんだい? こんな奴見た事も聞いた事も無い。この世界の原住生物かねえ)

(わからない。……悪い人には見えないから、私はあまり戦いたくはないけど)

(あたしゃどーにもこいつが胡散臭く見えるんだよね。いきなりあたしの目の前に現れたりさ。……でもまあ、フェイトがそう言うならそれに従うよ)

(ありがとう、アルフ)

「でさー、その白い子が俺の姿を見て怯えちゃって申し訳ないのなんの。こんな姿してるから仕方ないっちゃ仕方ないし、俺ももう半分くらい諦めてるんだけどやっぱり怯えられるのは結構精神的にきついんだよね。結局紆余曲折を経てなんとかその場は持ち直すことが出来たんだけどさ。……ねえ、二人とも俺の話聞いてる?」



 真面目な顔して黙り込むフェイトちゃんとアルフ。

 俺の質問は無視ですかお二方。人の話はちゃんと最後まで聞けって学校の先生に習わなかったのかよ。



「あの、ポチさん。……貴方もジュエルシードを集めているんですか?」



 いじけながら美味極まりない椿さんのチーズケーキを貪っていたら、フェイトちゃんが警戒するように俺に問いかけてきた。

 どうやら俺の質問は見事に無かった事にしたらしい。泣いていいかな。
 
 ……しかしジュエルシードを集めていますか、か。どう答えよう。ぶっちゃけ偶然釣っただけで集めてはいないんだよね。でもこの場合のフェイトちゃんの質問は“持っていますか?”とまず同義だろう。



「いんや、集めてはいないよ。持ってるけど。ほら」

「そう、ですか……!?」



 穴から取り出したそれ、願いを叶える宝石(笑)を見せ付ける。

 そして一瞬だけその愛らしい顔を俯かせるものの、俺が何を言ったのか理解すると同時に勢いよく頭を上げるフェイトちゃん。
 
 感情をあまり表に出さない子だと思ったんだけどそうでもないらしい。そんなにこのガラクタが欲しいのかね。俺にとっちゃ無用の長物もいいところなんだが。
 
 
 あー、でも一応古代遺産らしいしな。もしかしたらそういうのを集める機関みたいなのがあるのかもしれない。古代遺産っていうだけで彼等には価値のあるものなんだろう。
 
 フェイトちゃんやあの白い子も実はそこでバイトやってて、集めたジュエルシードの数に応じて給金が……無いな。無い無い。妄想の翼が広がりすぎだ俺。



「お願いしますポチさん。ジュエルシードを私達に渡してもらえませんか? ……私達にはそれが必要なんです」

「やっぱフェイトちゃんも集めてんのか。封印すんの?」

「……はい。このバルディッシュに」



 そう言ってビームサイズもどきを掲げるフェイトちゃん。どうやらあれに封印するらしい。つまりこの子はCCさくらにおけるリー君ポジションって事ですね? 分かります。いや、逆かもしれないけど。
 
 しかしどうすっかね。これフェレットに渡そうと思ってたんだけど。でも別に本人と約束したわけじゃないしなー。



(フェイト、腕づくで奪い取らないのかい? あたしとフェイトのスピードなら余裕でいけると思うんだけど)

(ポチさんは集めてはいないって言ったから……。ひょっとしたら偶然拾っただけで、ジュエルシードがどういう価値を持ったものなのか知らないのかもしれない)

(集めているわけじゃないのなら話し合い、か。フェイトは優しいねえ。流石あたしのご主人様)

(でも、いつでも飛び出せるように準備だけはしておいて)

(りょーかい)



 まあいっか、あげちゃえあげちゃえ。どうせ俺の手には余るものなんだし、封印するなら誰でも一緒だろ。
 
 それにどういうものか知ってるなら暴走させる事も無いだろうよ。



「おっけー……はい、どうぞ」



 言うが早いが触手を伸ばし、フェイトちゃんの小さい手のひらの上にそれ、ジュエルシードを置く。
 
 ちゃんと二つとも。いやあ良かった良かった。これで肩の荷が下りたね。
 
 いつまでも危険物持ってたら何が起こるか分かったもんじゃない。一応倉庫の中に突っ込んでるとはいえ、俺自身あの穴については何も分かってないんだし。アポカリプス(笑)がいい例だ。



「……え? あ、えっと……ありがとう、ございます」

「……」



 呆気に取られたように俺を見る二人。
 
 “え? 本気、ていうか正気? 頭大丈夫?”みたいな目で見るのは止めれ。一応自分では正気を保ってると思ってるから。
 
 
 それにしてもこの反応、ひょっとして俺がジュエルシードを出し渋るとか思ってたのか? 
 
 渡す代わりにフェイトちゃんにエロい事させろとか言うと思ったのか? こんなエロゲーに出ても何も違和感の無い姿だからって?
 
 
 この触手でフェイトちゃん相手にすると絶対ひぎぃでぼこぉになるぞ。俺はどんな鬼畜外道だ。

 それに本当にどんな願いでも叶うっていうのなら出し渋るけどさ、俺の叶えて欲しい願いはどれも叶いませんでしたよガッデム。しかも未確認だけど暴走するらしいし。とんだドラゴンボールですよ全く。やってられんぜ。



「……貰っておきながらあれだけど、あんた……一体何を考えてるんだい?」

「強いて言うなら何も考えてない。俺はジュエルシードを必要としてないけど、フェイトちゃんは必要としてる。だから渡した。それだけだろ?」

「……」



 アルフの鋭い視線が俺を射抜く。
 
 どうにも警戒されてんなー。
 
 アリサの飼い犬といい、まさか俺って犬に嫌われやすいのか? それはないと信じたい。犬好きの俺としてはあまりに辛い現実だ。猫も好きだけどな!



 ……まあ、アルフの気持ちも分からないことも無い。無償の善意ほど疑わしいものはないとかそんな感じだろう。

 でもなあ……実際の所、俺からすりゃ危険物を引き取ってくれて感謝こそすれフェイトちゃんやアルフに恩を着せるつもりはこれっぽっちも無いんだけど……でも折角だから一つ要求してみようか。



「納得いってないっぽいなー。んじゃ要求する。俺と一緒にチーズケーキ食ってくれ。これで貸し借りなし! おk?」

「「……」」



 だからその目を止めろっつうのに。
 
 間違ったのか!? なんか俺間違ったのか!?

 俺は俺の姿を見ても怯えないフェイトちゃんと仲良くなりたいだけなんですが!










 続く










[7386] ポチ「このままでは俺の寿命がストレスでマッハなんだが……」
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:24






――高町家末の娘、高町なのはの部屋にて。
 
 
 
 少女が学校の宿題を終え、パジャマに着替え、さあ寝ようかという時にそれは起こった。
 
 全身が総毛立つような、背筋が凍るような、今すぐ逃げ出すかその場に急行しなくてはならないと嫌でも思わせる感覚。
 
 今までなのは達が数度と感じてきたその気配の中でも一際大きい今回のそれは……。
 
 

(っ!? ……ユーノ君!)



 半ばこの感覚が分かっていながらもユーノに目配せをするなのは。

 いや、それはむしろどちらかというと確認と言った方がいいだろうか。

 そしてやはりその勘は正しいものだった。
 


(うん、間違いない! ジュエルシード……それもこの感じ……一箇所に二つ以上のジュエルシードが固まってる!)

(!)



 驚きを露にし、自分の部屋であるにも関わらず、彼女の相棒、デバイスであるレイジングハートを即座に起動させるなのは。家族は皆自分が寝ていると思っているだろう。何も気にする事は無かった。
 
 時刻にして夜の10時過ぎ。出歩いていい時間では決して無い。
 
 だがそんな事は今のなのはには細事以下の瑣末な事情である。

 
 そしてそれを申し訳なく思いながらもユーノの脳裏によぎるのは、あってはならない最悪の結末。……ジュエルシードの暴走。
 
 一つでさえ十二分に危険なジュエルシードが複数、それも同じ場所に。

 ジュエルシードが複数同時に発動した時の発動時のエネルギー放出量は和ではなく積である。
 
 乗でないだけマシかもしれないが、今のユーノにそれは何の慰めにもならないものだった。
 
 たった一つでさえ、万が一暴走した時の被害は考えたくも無いものなのだ。それが複数。下手をすればこの世界が……。



(もう二度と……あんな事は起こさない。起こさせない! 本当の全力全開で!)



 眩い変身を一瞬で終え、白のバリアジャケットに身を包みレイジングハートを強く握り締めながらなのはが思い浮かべるのは、決して忘れてはならない苦い記憶。

 町中を覆うジュエルシード発動の結果。自分の痛恨とも言える失敗。事態が収束した後も癒える事無くまざまざとなのはの目に飛び込んだその爪痕はさながら町が大地震に見舞われてしまったかのようで。

 気のせいだ、思い過ごしだ、そう判断した結果引き起こされたその大惨事はなのはの心を激しく打ちのめすと同時に、しかし大きく成長もさせていた。



――何が何でも、自分が。



(急ごうなのは! 幸い今は小康状態みたいだけど、いつ何が起こるか分からない!)

(うんっ!)



 そして少女は確固たる決意を胸に秘め、己が相棒であるレイジングハート、そしてユーノと共に夜の空に飛び立つのだった。

 かくして、ジュエルシードの反応のあった現場にて魔法少女は彼に出会う。











「どうフェイトちゃん、ケーキ美味い?」



 どうも、ヒキでプーでニートな俺です。……もうヒキじゃないか? まあどうでもいいか。

 土下座で頼み込む俺に呆れたのか疲れたのか、フェイトちゃんとアルフの二人はケーキを食べてくれています。

 え? 皿? フォーク? 予備のが幾つかあるんだよ。こんな事もあろうかと、というやつだ。
 
 それにしても流石椿さん。貴女の作ったチーズケーキは非常に好評のようです。ここまで喜んでくれると勧めた俺としても嬉しいね。



「……はい。甘くて、優しい味がして……凄く美味しいです」

「そりゃ良かった。アルフは……聞くまでも無いな」

「んあ? なんか言ったかい?」

「いんや、何も」



 ほんのり頬を朱に染めながら椿さんの手作りチーズケーキを静かに口に運ぶフェイトちゃんに温かい、微笑ましいものを感じながらその横でケーキをがっつくアルフに苦笑する。

 その姿は犬耳と尻尾生やしたスタイルの整った美少女だ。外見年齢は女子高生くらいか?

 この子、動物の姿じゃ食べにくいと言うや否や一瞬で俺が憧れて止まない人の姿に変身してくれやがりました。俺もその技教わりたいけどどうせ無理なんだろうな、もういい、慣れた。


 しかしどうにもアルフはマニアックというかおおらかというかなんというか、その筋の人間が大喜びしそうな格好である。正直結構エロい。
 
 かく言う俺も実は結構喜んでたりする。結構似合ってるし、ピコピコ動く耳と尻尾が可愛いし、なんといってもバインバインだし!

 でもがっつくその姿は色気も何もあったもんじゃない。どっちかというとワイルド系? まあ犬……っていうよりあれは狼みたいだったしな。そりゃワイルドだろうさ。



「いやー、それにしてもこれ美味いね! こんな美味いもの食べたの初めてだよ!」

「作った人に感謝しろよ」

「するする、すっごいするよ!」



 やれやれだ。
 
 天真爛漫なアルフに流石の俺も苦笑しっぱなしですよ。



「アルフとポチさんは、仲がいいね……」

「フェフェフェフェイト!? いきなり何言ってるんだい!」

「そうだぞ、何を言うか! フェイトちゃんとも友達だ!」

「……え?」



 ポカーンと擬音が響きそうな表情で俺を見据えるフェイトちゃんとアルフ。……あるぇー。
 
 いまどきの子はケーキ一緒に食っただけじゃ友達になりませんかそうですか。
 
 
 ……ていうかそうですね!!! 俺触手でしたね!!! あばばばばば。死にたい。



「とも、だち……?」

「あー、やっぱこんな触手と友達とか嫌だった? ……ごめんなフェイトちゃん。幾らなんでも図々しかったか」

「あ、いえ、そうじゃなくって……」

「?」

「そんな事言われたの初めてだったから、その……なんて言っていいのか分からなくて……」



 …………えええええぇー。
 
 こんな可愛い子に友達が今までいなかったとか何の冗談よ。今日はエイプリルフールじゃないぜ?

 と言おうと思ったのですが、アルフの痛ましい顔を見るにマジのようです。



「ほら、さっき言った白い子は? フェイトちゃん達の知り合いじゃないの?」

「いえ……」

「何を勘違いしてるのか知らないけどね。恐らく魔導師とその使い魔なんだろうけど、あたし達とその子は何の関係も無い。顔も知らない……それどころか多分、目的が同じなら戦う事もあるだろうさ」

「……」



 マジかよ。
 
 俺は一体どうすればいいのでしょう。……どうもしなくていいか? ていうか封印なら戦うことも無いだろ。

 とか投げやりなことを考えていたら二人が真面目な顔で同じ方角を見つめていた。



「……アルフ、感じる?」

「ああ、一直線にこっちに来てるね。あーあ、こりゃポチの言う事は本当だったかー。面倒な事にならなきゃいいねえ」

「ん? 俺がどうかした?」


「えっと、その……」

「なに、あんたの今言ってたその魔導師がこっちに来てるってだけの話さね。……ほうら、噂をすれば、だ」

「ちょっ!?」



 確かに向こうから結構な速度で飛んでくるあの白い服は例の……って!!!

 また目ぇ合わせた瞬間目も当てられない感じで怯えて俺の心に深い傷を残してくれるんですか!?



「すまんが俺はここで逃げる! 二人ともまたな!」

「「待ってください!」」

「だとさ。ちょっと待ちな」

「ぐえっ」



 アルフに引っ張られた。思わずつんのめる俺。
 
 ……あーもう。怖がられる前に逃げようと思ったのに!

 とりあえず目を合わせないように後ろ向いておこう。



「あの……あの夜、会いましたよね? 私の事、覚えてますか?」

「すっごい覚えてる」



 忘れられますかってんだ。
 
 あの怯えようは軽い俺のトラウマだぞ。



「そうですか……どうしてあの時、神社で私を助けてくれたんですか?」

「え?」



 突然の意味不明な問いに思わず間抜けな返事をしてしまう俺。

 助けた? 俺が? この子を? 神社で? いつ?
 
 物凄い勢いで初耳です。いつの間にそういう事になったのでしょう。

 確かに初めて会った時は結果的に助けた形になったけどさ。それっきりだろ。ずっとアリサの家に引き篭ってたし。それに助けたとはいえ元はといえば俺の姿のせいだし。



「ごめん、身に覚えが無い。……ていうか俺は君と一回しか会ってないよね? あの夜の十字路だけ。俺はあれから一回も外に出てないから人違いだと思うんだけど……あとアルフはそんなに俺を疑惑の眼差しで見るな。誤解だから。別にあの子達の仲間とかそういう事は無いから。ていうか名前すら知らないから」



 アルフが野獣の目で俺を睨むとです。それどころか今すぐにでも獣化しそうです。
 
 かっこいいけど普通に怖いです。



「信じていいんだろうね。万が一あたし、いや、フェイトを謀ったのなら……」

「俺はダチに嘘はつかんぜ。……つかマジで冷静になれよ。頼むから」

「……ふん」



 とりあえず信じてくれたらしく、アルフはこの場は矛を収めてくれた。椿さん、本当にありがとうございます! きっと貴女のチーズケーキのお陰です!



「ユーノ君……?」

「話を切ってごめんなのは……この場にジュエルシードが複数あった筈なんです。どうなったか知りませんか? 前にもお話しましたが、僕達はあれを集めているんです」

「あったよ。俺の持ってたやつが。そこの黒い服の子に渡したからもう無いけど」

「え? そんな……いや……だってあれは……まさか!?」



 愕然、という言葉がぴったり当てはまるような声色の小動物。

 顔が見えないから分からないが、フェイトちゃん達に視線を送ってるのか?



「ご明察。あたし達はあんたと同じ魔導師さ。そしてジュエルシードを集めてる。あんた達と同じように」

「何の目的があって!」

「ハッ! 答える義理は無いねえ!」

 

 問い詰めるフェレットとそんな彼を嘲笑うアルフ。一触即発って感じだ。



「貴女も……ジュエルシードを集めてるの? どうして?」

「…………」



 しかしどうする俺。このままだと絶対アルフとフェイトちゃんから宜しくない目で見られ続けるぞ。折角出来た友人をこんな些細な事で失うのはご勘弁願いたい。

 かといってあのなのはって子達と敵対するのもどうかと思う。……確かアリサの親友の名前が同じ「なのは」だった筈。おまけに今の今まで忘れてたが、そのなのはちゃんがフェレット飼い始めたんだよ。……間違いない。この子がアリサの言っていたなのはちゃんだ。なんでこのタイミングで思い出すかな俺! 今思い返せば何回かそういう場面あった筈なのに!


 ……なのはちゃんにつけば友人を失い、フェイトちゃんにつけば近いうちなのはちゃんがアリサの家に来た時、以前のすずかちゃん以上のきまずい空気が流れる。下手すりゃアリサに嫌われる。逃げりゃいいんだが、恐らくアリサはなのはちゃんに俺を紹介するだろう。そうなった時にアリサに不信に思われないで逃げ回る理由が思いつかない。


 
 今あちらを立てればこちらが立たず。
 
 どうする? 
 
 どうする?
 
 どう――
 


「お願い! お話を聞かせて!」

「どうしてジュエルシードを集める! あれは危険なものなんだ! 僕と同じ魔導師なら分かっているんだろう!」

「……ポチさん」

「分かってるだろうけど、もしフェイトに敵対するようなら……!」



――ブチイッ。



「……あーもー知らん知らん!! 俺は何も知らんぞ!! ロストロギアだとかジュエルシードだとかどうにでもなればいいんじゃないですかこの野郎ども!! どいつもこいつも敵か味方でしか物事を判断しやがらねえ! 俺は何も知らない只のプーでヒキのニートだって言ってるのにさあ!!」

「「「「!?」」」」

「いいからてめえら全員毒電波で一回あっぱっぱーになりやがれ!! ――おんぐ だくた りんか、ねぶろっど づぃん、ねぶろっど づぃん、おんぐ だくた りんか、 よぐ=そとーす、よぐ=そとーす、おんぐ だくた りんか、おんぐ だくた りんか、やーる むてん、やーる むてん!」



――自覚が無かったとはいえ、精神に結構なストレスを抱えた状態で更に嘗て無い緊迫した状況に陥った結果、ものの見事にテンパったポチ。とりあえず全員が毒電波に犯された。










「なのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなの……」

「巻き込んでごめんなさい巻き込んでごめんなさい巻き込んでごめんなさい……」

「母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん……」

「フェイトフェイトフェイトフェイトフェイトフェイト……」

「…………うわあ」




 なんてこった。どうやら俺はまたやっちまったらしい。熱の引いた頭で辺りを見渡せば、場は俺の撒き散らした毒電波のせいでカオスに包まれていた。……これどうしよう。
 
 物の見事に全員話が出来る感じじゃない。揃って完全に目がぐるぐる状態だ。

 
 つか本当にこの呪文は何なのよ。魔法使う奴ですらもれなく全滅とか初見殺しにも程があるぞ。まさかこれが俺の必殺技!? 
 
 ……現実逃避はここら辺にしよう。確かに俺の望んだように、何も無かった事になった。逃げるなら今のうちだ。
 
 
 ともあれ帰って話する為に、連絡手段の無いフェイトちゃんとアルフをアリサん家に連れて帰るか……。こうなったらなのはちゃん達は後日アリサにすずかちゃんのように呼び出してもらうしかないだろ。
 
 ……にしても、今からアルフ達が正気に戻った時が怖いなあ。普通に誘拐だしさ……。背に腹は変えられないから仕方ないけど……。
 
 ついでにメイドの皆に何言われるか……。アリサにも伝わるかも……。うわあ、欝になってきた……。











[7386] 読者の皆様に全力で感謝を込めてお送りします
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:25


 さて、高層ビル屋上から穴直通で辿り着いたのはバニングス邸の喫煙室。

 俺の予想通りこの時間メイドの皆は既に自室に戻っているようで、窓から差し込む月の光が仄かに部屋を照らしている。



「なんとか無事に帰り着いたか……。フェイトちゃん、アルフ。大丈夫か?」

「「――――」」



 はい、フェイトちゃんとアルフの二人は絶賛電波の国の住人になっております。
 
 とてもじゃないですが会話が出来る状態ではありません。どこぞのビダン君やストライフ君と同じ匂いがします。
 
 分かってます、ちょっと現実逃避しただけなんです。
 
 二人して虚空を見つめて誰かに話しかけていますが一体全体彼女達には何が見えているのでしょうか。妖精さんでも見えているのかもしれません。原因が俺とはいえ、正直見ていてこれは辛いものがあります。……だからさっさと正気に戻れ!



――ベベベベベベベ。

(起きろ起きろ起きろ起きろほんと早く起きてくださいお願いします)



「……ふぁ。……あら、ポチ様、もうお帰りになられていたのですね。……これはみっともない所を見られてしまいました」

「~~~っ!?」



 アルフの頬を乳ビンタならぬ触手ビンタでベチベチ叩いてたら、不意に後ろから声をかけられた。

 驚愕の余り思わず振り向けば、そこにいたのは緑の黒髪を持つメイド服の少女。桜だ。


 おいおいおいおい……よりにもよって桜とか無いわ……どう考えても今一番会ってはいけない奴だろ……。

 下手すりゃフェイトちゃんとアルフ、そして俺がこの場で死ぬぞ……。部屋中に仄かに残る煙草の匂いが血煙のそれにそのまま変わる。


「……桜、どうしてここに?」

「お恥ずかしながら、皆さんと騒いだままここで眠ってしまったようです。……ところで、そちらの方々は?」



 来た。一気に血の気が引いたのを感じる。

 なんとか今の所、見た感じはいつも通りの、大和撫子な桜だ。声色も変わっていなけりゃレイプ目にもなってない。だがその腹のうちでは何を考えてるかさっぱり分からん。自分の事すら何も分かっちゃいない俺が他人の事を知れる道理も無い。
 
 まさに今の俺の状況は一寸先は闇、だ。正直逃げたい。でも今逃げたらもっと危険な事になる気がする。

 だからここは桜が危険な状態に陥る前になんとしてでも説得を! 主にフェイトちゃんとアルフと俺の人生の平穏の為に!



「待て待て桜、勘違いするなよ。別に俺はこの子達にいやらしい事をする為に連れ込んだんじゃない。事故だ、不幸な事故だったんだ。嘘としか思えないでしょうが本当なんです信じてくださいお願いします一生のお願いですから」

「はあ、そうなのですか」

「ですよね信じられませんよね俺だって信じられません畜生なんでこんな事態にああそうか俺のせいですかそうですね俺もそう」



 ……あれ?
 
 今、桜は何て言った?
 
 

「……怒ったりしないのか? 自分で言うのもなんだが、この状況って凄まじく怪しいぞ」

「ふふっ……他の方ならいざ知らず、ポチ様が年端も行かない少女に手を出すような特殊な性癖を持った殿方でない事はよく存じ上げていますから。きっと何か止むを得ない事情があったのでしょう。それに、アリサお嬢様とポチ様の日常を見ていればそのような心配はするだけ無駄。杞憂というものです」

「桜……」



 そうフェイトちゃんを温かく、そして柔らかく見据えて微笑む。

 まるで母親のような慈愛に溢れたその姿はいつも通りの桜だった。意外と俺は信用があるらしい。少なくとも幼女に手を出すような事はないと桜も思ってくれているようだ。
 
 
 意外と言ったら悪いだろうが、この反応は本気で意外だ。
 
 てっきりこの前みたく仏血義理で夜露死苦な事になるもんだとばかり思ってたんだが。


 でもよかった、本気でよかった。桜が見知らぬ少女に嫉妬するとか危険すぎる展開にならなくて本当に良かった。

 緊張が切れたせいか不覚にも涙が……。














「……ですが、そちらの女性に関しましては話が変わってきます」

 
 フェイトちゃんを視界から意図的に外し、俺にペチペチ叩かれるアルフの姿を見た瞬間、桜の目から、光が、消えた。……言うまでも無い。桜のスイッチが入ったのだ。安心の涙が一瞬で引っ込んだ。
 
 甘かった。俺の見通しは練乳シロップ一気飲みより遥かに甘かった。桜のやつ、レッドゾーンをマッハで突破しやがった。


 やばいやばいやばい。俺の灰色の脳細胞が逃げろと全力で警告してる。
 
 今の桜はかなり危険な香りがする。これは間違いなくトバしてくるぞ。
 
 まだ4月も半ばだというのに、まるで真冬の様な極寒の真っ只中にいるかのような悪寒が俺を襲う。

 そしてハイライトを失った瞳以外は普段の桜と変わりないのが嵐の前の静けさすら感じさせて……。



「さ、桜? 悪いんだけど……」

「ポチ様。申し訳ありませんが。少し、その女性を、お借りしても宜しいですか?」

「――っ!?」



 何か適当な事を言ってこの場を離れようとしたら、桜と俺の目が合った。合ってしまった。

 その黒い瞳の奥に写るのは底なしの奈落。一切の光が届かない絶対の闇。



























――犬耳ですか尻尾ですかきっとポチ様はその犬畜生の色香に誑かされているのですねええそうに決まっています他に理由がありませんからねそうでなければあれだけわたくしが必死にピーしてくださいと悩ましいほどに狂おしいほどに情熱的に扇情的に迫ってもわたくしの身を案じてくださって逃げ回るだけだった菩薩もかくやというお優しい慈悲に満ち溢れた愛の化身ポチ様がこのように易々とどこの馬の骨とも知れないこんな水商売でもしているかのようないかがわしい格好をした女性を連れ込みあまつさえ手を出そうとするなどありえませんものね分かっています桜は全てを存じ上げておりますともええですからどうかポチ様は安心して今からわたくしがする事を見ていてください何も心配はありませんこの汚らしい犬耳が全ての元凶なのですねああもっとわたくしがポチ様のお傍についていればこんな痛ましい悲劇は起きなかったというのに申し訳ありませんポチ様至らないわたくしのせいでこのような目に会われてしまってわたくしは後で幾らでも責を受けましょういかなる罰もわたくしは喜んでお受けしますですからポチ様今少しだけお待ちください今ポチ様の従順な下僕にして性奴隷である桜が貴方を誑かすこの卑しい畜生を牝犬をケダモノをわたくしの愛刀死祭から繰り出される絶殺奥義である血華霧散を以って瞬時に細切れ以下のミンチに原型も留めずに絶対に確実に仕留めてみせますからわたくしの愛を以ってポチ様を正気に戻して差し上げますからああ憎い憎い憎い憎いポチ様を誑かしたこの牝犬が憎い憎い憎い憎いポチ様をお守りできなかった自分が憎いこの犬耳がわたくしの全てを奪おうというのですねポチ様の触手でめちゃくちゃにされるのがお似合いなのはわたくしなのにポチ様が心を壊す人外の快楽ををもたらしてくださるのはわたくししかいないのにポチ様が本当に愛しているのは私だけなのにポチ様の性奴隷に相応しいのはわたくし桜しか存在し得ないというのにああ尻尾が憎い憎い憎い憎い憎いこのままではこのケダモノの匂いが屋敷中に漂ってしまいますだから駆除しましょうだから屠殺しましょう保健所に引き渡す必要もありませんわたくしが今此処で確実に仕留めきりますからわざわざこの様な雑事でポチ様の手を煩わせることもありませんああそうだ殺しきる前にこの卑しい畜生の証明である耳と尻尾を削ぐ様にゆっくり少しずつ切り落としましょうええそうしましょう精精いい声で鳴いてくださいその甘美なる響きはポチ様の正気を戻すのに最高の鐘の音となるでしょうからあははははははははですからポチ様その畜生を桜にお渡しくださいませ一刻も早く一分も早く一秒でも早くさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあ。







 恐怖と戦慄のあまりフェイトちゃんとアルフを抱えたまま、俺はその場、喫煙室から無言で脱兎の如く逃げ出した。目は口ほどに物を言う。今の桜はそれを体現する存在だったのだ。
 
 逃走は半ば反射だった。こんな姿になっても尚俺に残された人としての心が、本能が。色々と破綻、限界突破した今の桜を視界に入れる事を拒否したのである。
 
 これ以上の桜との会話は間違いなく俺の精神が犯される。むしろ現在進行形でSAN値ゴリゴリ減ってるんじゃなかろうか。
 
  
(ちぃっ! なんとか説得を……!)


 ともすれば今すぐ意識を手放したくなるほどの恐怖と戦いながら後方を振り返る。

 距離にして後方5メートル。恐怖が形を成した存在がそこにいた。



「お待ちになってくださいポチ様……。何も怖い事などありはしないのですよ?」



 ひいいいいいいいいいいい!

 無理無理無理無理無理無理無理無理絶対無理! 説得とか一瞬でも考えた俺が馬鹿でアホでした。だって怖いんだよ! 幽霊とか妖怪とか目じゃないって! 今の桜見たら死神もドラゴンも裸足で逃げ出すわ!!!!

 正直見誤ってましたごめんなさい。まさか桜がここまでやってくれるとは予想外すぎだ。
 
 しかしどうする? 前回はアリサがいなかったから大声で助けを呼べたが、今回はアリサが屋敷の中にいる。ていうかこんなアホかつ死の匂いに満ち溢れた修羅場をアリサに見せたくない。ついでにフェイトちゃん達を見せたくない。絶対なのはちゃん関係でややこしくなるって……。
 
 
 何やら毒電波に耐性のあるらしい俺は桜の溢れんばかりの狂気でアッパッパーにはならなかったがそれは果たして幸いと言えるのか俺には分からない。
 
 いっそアッパッパーになった方が良かったんじゃなかろうか。でもそうしたら絶対アルフがデンジャラスってレベルじゃない事になる。
 
 ……それにしても、桜が本気を出すとここまで洒落にならないモノになるのか。あれはヤンデレとかメンヘラとかそんな可愛いもんじゃない。もっと恐ろしいナニカだ。ロストロギアなんかよりずっと怖い。あれに比べりゃあの夜会ったジュエルシードの化け物とか足元でじゃれる子犬もいい所だ。
 
 初めて豹変したとき、欲望の赴くまま手を出さないで本当に良かった……。
 
 認めよう。桜、お前がある意味ナンバーワンだ。だから笑顔で俺を追ってくるな。しかも歩きながら距離が離れてないし。恐怖のあまり夢に見そうなんだよ……。

 ああもう思考が纏まらない。穴でもぶち空けて逃げるか!? いや駄目だ。今の桜なら穴が閉じるまでの一瞬で追いついて穴の先に俺と一緒に飛んでくる。そうなったら本気で詰み、チェックメイトだ。久しぶりに俺終了のお知らせになっちまう。



「おい、こんな時間に何をやってる」

「柊さんっ!?」



 気づけば俺の真横に柊さんがいた。さっきも叱られたのにまた走り回ってる俺に少しお冠のご様子。

 なんだってまたこのタイミングで……いや違うそうじゃない、どうするどうするどうする!?

 悩んでる暇も話してる暇も本気で無い。涼しい顔で俺と併走する柊さんに触手でフェイトちゃん達と桜を指し示す。後は察して欲しい。



「……その抱えてる珍妙なコスプレイヤーみたいな二人は……いや、今はいい。どうやら切羽詰ってるみたいだしな。……はぁ。お前は行け。桜は私が引き受けよう。大方そっちの犬耳の女を見ていきなり発狂したとかそんな所だろう?」

「すみません柊さん、任せました!」



 逃げ回る俺を、そして全開状態の桜を一瞥し深い溜息をついた。
 
 そして死亡フラグすら立ちそうな台詞を吐いて俺と桜の間に立ち塞がる。かっこよすぎです。本当にありがとうございます!
 
 
 言われるままに多くを語らず、柊さんと桜から背を向けてそのまま駆け出す俺。背中から聞こえた「貸し一だぞ。椿の部屋に行け。私も向かうから後で事情を説明しろ。逃げる事は絶対に許さん」という声がチキンな俺を押してくれた気がした。椿さんの部屋……事情は……説明しないといけないんだろうなあ。
 
 でも実際魔法とかジュエルシードとか信じてくれるのか? 
 
 他ならぬ椿さんに頭おかしいんじゃないんですか? とか言われたら俺泣くぞ。
 
 
 ……いや、案外あっさり信じてくれそうで怖いな。
 
 むしろオカルト方面に造詣が深いらしい椿さんなら嬉々として話を聞いてくれそうだ。
 
 何より俺っていう前例があるし、椿さんも以前ロストロギアの事聞いた時疑いもしてなかった気がする。やっぱ俺のイリーガルにも程がある存在が異常なまでの説得力を持ってんのか。元人間としてこれは喜ぶべきか嘆くべきか……少なくとも今この瞬間は喜ぶべき事なんだろうけどなあ……。









「行ったか……あいつがこの屋敷に来てから前にもまして騒がしくなったものだな。アリサも笑顔を浮かべる事が多くなった」

「………」

「やれやれ……外見はともかく、いつにもまして内面が凄まじいな、桜。ここまでぶっ飛んだお前は流石の私もちょっと記憶に無いぞ。ポチを臆病者とでも笑ってやりたいが流石に出来そうにないな」

「どうしたんですか、柊さん。桜はいつも通りですよ。ですから安心してそこをお退きになってください。桜はポチ様の為にあのピーでピーでピーピーピーをピーしなくてはいけないんです」

「……もう夜も遅い。この騒ぎでアリサが起きる前に終わらせるぞ。それに私は明日も忙しいんだ」

「邪魔をなさるおつもりですか?」

「違うな。悪い子なお前をこの場で寝かしつけるのさ」



 刹那、柊の姿が桜の視界から霞の如く掻き消える。

 そして桜の頭上に現れるのは荘厳な槍を逆さに構えた緑髪のメイド。頭上という完全な死角からの強襲は音も気配も無く、ただただ機械の如く眼下の後輩の意識を刈り取るためだけに。



――ギィンッ!



 それを桜は、一瞥することすらなく愛刀、死祭で防ぎきった。
 
 頭上からの更なる追撃を嫌った桜によって小柄な柊はそのまま弾かれ、再び両者の距離が開く。
 
 まるでそこに攻撃が来るかと予知していたかのような桜のその動きに、防がれたにも関わらず柊が感嘆の声を漏らした。
 
 そこには焦りも無く、油断も無く、慢心も無く。ただ攻撃を防がれたという事実に対してどこまでも客観的に。



「ほう……? 加減したとはいえ、今のを防ぐか。やるじゃないか桜」

「全ては愛の力です」

「肉欲と嫉妬の力じゃないのか? ポチに限って、お前が心配してるような事は起こらないと思うんだがな。どうやらアレはああ見えて意外と私達人間に極めて近い、まともな倫理観、まともな思考回路を持っている」

「戯言をっ! 柊さんにポチ様の何が分かると言うんですか!」

「お前が言うな、平時ならともかく今のお前が」








 続く









[7386] 幕間的なお話。相変わらず色々と温度差が酷いのは仕様
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:26



 
 さとしくんは小学校2年生。今日はちょっとお寝坊してしまってパパの車で登校です。

「パパ早くして! 学校に遅れちゃう!」

 さとしくんはパパを急かすのですが、横断歩道の真ん中を人が歩いていて通れません。

「さとしよく見ておけ。パパは神になるぞ」

 パパはアクセルを全開にしてその人を


























 ポチがフェイトとアルフを抱えてバニングス邸に逃げ帰った十数分後。自身より一足先に毒電波の呪縛から開放され、無事正気に戻ったユーノの必死の呼びかけでなのはは目を覚ましていた。

 揺れる頭を必死に我慢し周囲を見渡せば、まるで何も無かったかのように既に場は静寂を取り戻しており、さながら白昼夢でも見ているかのよう。

 今この瞬間さえも夢の可能性。そんな考えを即座に切って否定するなのは。彼女の体中に今も尚残っている確かなけだるさと頭のふらつき、それは到底何も無かったでは済まされないもの。
 
 そう、確かに何かがあったのだ。確かに彼女達はあの夜会った緑色の彼と――

 そこで全てを思い出したなのはは、自身を心配げに見つめるユーノに幾つか質問を投げかけた。

 自分達の身に何が起こったのか、そして彼と彼女達はどこに行ったのか。

 ユーノは無言で首を横に振ってその問いに答える。つまり何も分からない、と。そして自身もまた、今意識を取り戻したばかりだという事を正直になのはに教える。

 成果なし。ジュエルシードを手に入れられず、彼女と話も出来ず、彼と満足に会話する事すら出来なかった自分に対し半ば落胆にも似た感情を抱き、空を見上げる。
 
 目に入るのは星々の煌き。無限の宇宙、そして自分のちっぽけさを自覚する事で、ほんの少しだけ気が楽になった気がした。

 心配げに見つめるユーノに大丈夫だから心配しないで、と笑いかけ再度問う。


「最後に何があったか、覚えてる? 私たちが気を失う直前の事」

「いきなり緑色の彼がよく分からない言葉を叫んだ所までは」

「私と同じ、だね」


 つまり同じタイミングで気を失ったという事。
 
 数秒の沈黙の後、今度はユーノが切り出した。


「なのははあの人が言った事覚えてる? 金髪の子じゃなくって、オレンジ色の髪をした、大きい女の人の方」


 ユーノの真剣な表情での問いに首肯する。
 
 思い描くのは彼にアルフ、と呼ばれていた女性。
 
 動物のような尻尾が特徴的な、まるで自分達を試すかのような目で見ていた女の人。


「私達と同じ魔導師って言ってたよね。それに、ジュエルシードを集めてるって」


 ユーノが神妙な面持ちで頷いた。

 瞳に浮かぶ感情は戸惑い。


「あの金髪の子、レイジングハートと同じようなデバイスを持っていた。きっと僕と同じ世界の住人だ。そして二人ともジュエルシードの正体を知っている」


 彼等はどういう関係なのだろうか。彼等はどうしてここにいたのだろうか。そして彼はどうやってジュエルシードを手に入れたのだろうか。
 
 そんな答えの出る筈の無い疑問をユーノにぶつけるのは流石に自重した。

 ユーノもそれくらいの疑問をなのはが覚えるのは先刻承知で喋っているだろうから。


「これは僕の予想でしかないんだけど、緑色の彼はきっと詳しい事を知らないんだと思う。あれがどれほど危険な物なのか、どういった事態を引き起こす物なのか。……なのはは覚えてないと思うけど、始めて会った時にジュエルシードを犬に食べさせるとか言ってたし」


 冗談としか思えないけど、多分あれは本気だったと思う。

 そう遠い目で呟くユーノに、なのははあの夜のジュエルシードに怒鳴る彼の姿を思い出し苦笑した。

 そして体育座りをしながら魔法の力を手に入れた日に思いを馳せる。

 彼女は彼が姿を現してからの事は少ししか覚えていないのだ。

 いきなりどこからか現れてたと思ったらジュエルシードの暴走体を一瞬で仕留めて、手に入れたジュエルシードに色々願って駄目だったらしい彼。

 ユーノ曰く自分が彼に話しかけた途端、異常なまでに何かに怯え始めた自分を彼が助けてくれたらしいが、具体的な部分についてはよく分からなかったと言葉を濁らせた。
 
 話しかけた事、何に怯えたのかすら覚えていない自分にそれを詳しく聞ける道理も無く、結局神社や先ほどの出来事も相まって彼に関して今の所なのはは“よくわからないけど多分いい人だと思う”というなんとも微妙な評価を下している。


 そんな少女とは逆にユーノの胸に巣食う彼に関しての懸念。それは彼がジュエルシードを制御できる存在なのではないかという事。

 確かに彼は恐慌に陥ったなのはの精神をジュエルシードを発動させて治療したのだ。

 ジュエルシードの制御が出来、且つその危険、重要性を認知していない存在。
 
 改めて彼の恐ろしさに思わずブルリと身体を振るわせるユーノ。
 
 もし仮に彼が“世界よ滅びろ”とでも願えば、それは正しく叶うかもしれないのだから。全くもって洒落にならない。

 実際の所、彼はジュエルシードの危険性を十分に(本能と電波によって)知っているし、まかり間違ってもそのような破滅的な願いをする筈が無いのだが、今のユーノにそれを知る由は無い。


(ジュエルシードの知識を持った新しい魔導師の参入だけでも十分大変な事態なのに、そこに彼が加わるとなると、いよいよもって事態は僕一人の手の届かない範囲に来てしまったのかもしれない……)


 今の自分の力では、管理局に助けを求める事も出来ない。向こうから事態に気づいて助けに来てくれるのを待つしかないのだ。

 ならばせめて、自分はそれまでこの巻き込んでしまった女の子を全力で護り、サポートしよう。それこそ己が命を賭してでも。彼女は望まないだろうけど、それがこんな事態に巻き込んでしまった自分の償いでもあり責任なのだから。


 そんな事を考えるユーノの横でなのはは確信にも似た予感を抱く。
 
 緑色の彼は分からないけど、あの深くて綺麗な、けれどどこか寂しそうな目をした女の子とは再びジュエルシードを巡って会う事になるだろうと。

 なら、今日は何も話せなかったけれど。
 
 次回会う、その時こそは。
 
 
「お話しないとね。ジュエルシードの事、お互いの事。……ちゃんと、分かり合うために」
 
 
 満天の星空の下、少女はそう決意を新たにするのだった。









――ドンドンドンドン。


「はいはい、こんな時間にどうし――なるほど、ポチさんは犬耳派でしたか。私はどっちかというと猫耳の方が萌えますね」

「人の顔を見るなりいきなり何を納得してるんですか!?」

「冗談ですよ。……何か外であったみたいですね。どうぞお入りください、あまり面白みの無い部屋ですが」

(本気だった。今椿さん絶対本気だった)












[7386] そうだ、初心に帰ろう
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:26



 誘われるままフェイトちゃんとアルフを抱え、椿さんの部屋にお邪魔する俺。

 目に付くのは独身貴族もかくや、というサブカルチャー全開の空間にデデンと居座るやたら廃スペックっぽいPC。つかこれ自作っすか……。

 しかし、これだけ物があるのに雑多な印象を受けない部屋である。流石はメイドさんといった所だろうか。


「お邪魔します」

「邪魔するなら帰ってください」

「……お約束ありがとうございます。でもここでいなくなったら俺が柊さんに頃されますんで勘弁してください」

「柊に?」

「はい」


 ついさっき柊さんに会い、そのままここに来るように言われたという事を伝えながらフェイトちゃんとアルフをベッドに乗せる。
 
 あー重かった、と言いたい所だけど全然重くなかったんだよな。桜のあれもあったし、火事場のなんとやらか?

 ちなみに二人とも妖精さんに語りかけるのを止めており、今は普通に意識を失っている。


「何かやらかしたんですか?」

「これこれしかじか」

「成る程、かくかくうまうまというわけですか」

「……」

「……」

「「……はぁ」」


 お互いに目を見合わせて溜息をつく俺と椿さん。

 そこに込められた意思は一つ。


「DVD化されませんかね、あれ」

「してほしいですねー」


 でもその話題はひとまずこっちに置いといて、と腕でジェスチャーし、改めて俺に何があったのか問いかける椿さん。
 
 流石にあれで通じるわけがないから当たり前といえば当たり前なのだが。

 事情の説明、か。確かに柊さんからも言われてるし、この期に及んで言い逃れ出来るとも思ってないけどさあ。


「頭大丈夫ですか? とかお願いですから言わないでくださいね。俺のグラスハートが粉微塵になりますんで」

「……金髪の子は実はポチさんのお嫁さんで、犬耳の女性はその子とポチさんの隠し子でした。とか言われたらちょっと平静を保てる自信が無いですね」

「深刻な顔でそんな事言わないでください。幾らなんでもそれは超展開がすぎますよ……」


 この素敵メイドさんはどんな恐ろしい想像をしてくれやがるのでしょうか。いや本気で。
 
 触手の化け物+金髪幼女=人型に変身出来る大型犬
 
 アルフはどこの魔次元生物だ。邪配合も裸足で逃げ出すぞ。


「金髪の子……フェイトちゃんっていうんですが、この子は多分魔法少女ってやつです。んでこっちの犬耳のは魔法少女につき物のお供。こう見えてでっかい犬に変身します。犬が本当の姿かもしれませんが」

「ふむふむ、魔法少女とそのお供ですか。ポチさんには遠く及びませんがファンタジーですね」

「……そうですね」


 俺の内心の葛藤とか放り投げて平然と答えてくれやがりました。

 ええ分かってました。分かってましたともさ!
 
 魔法少女とか俺に比べりゃ実にリアルな存在ですよね!


「それで、この子達の素性は分かりましたが、どうしてポチさんがこの子達を……いえ、いいです。なんとなく分かりました。まったくもう、駄目じゃないですかポチさん」


 今も尚目を覚まさない二人を見て、どこか呆れたように俺にめっ、と母親が子供を叱る様な仕草をする椿さん。俺としては凄く萌えるんですが。結婚してください。

 とか言ってる場合ではない。
 
 そりゃこんな子達に何かしたら普通怒るわな。激怒されて然るべき事態だ。
 
 
「申し訳ない限りです……」

「いたいけな少女達を捕獲したのならちゃんと触手で陵辱しないと。見た所何も手を出してないみたいですし……ああ、今から私を交えてするんですか? なるほど、遂にポチさんが本気になったんですね。性的な意味で」


 爆弾発言をぶちかます椿さんに俺の思考回路が一瞬でショート寸前まで追い込まれた。

 幾らなんでもその発想は無かったわ……。


「って俺を一体何だと思ってるんですか!? 不幸な事故でこうなっただけですよ!! そんな気軽に言っちゃってますが椿さんに手ぇ出していいんですか!? 出しますよ!? 出しませんが!」

「出さないんですか?」

「……いずれ、俺の触手が細くなれば」


 思わず目を逸らす。

 悔しい。実に悔しい。

 それでもこれだけは譲れない最後の一線なんだ。

 なんとでも言うがいいさ。それでも俺は触手を細くする事を諦めない。絶対にだ。


「ひぎぃでぼこぉですか」

「……ひぎぃでぼこぉです」

「相変わらずポチさんはお優しいですねー。そんな事気にせず犯ってしまえばいいのに。それこそ目も当てられなくなるほどめちゃくちゃに、欲望の赴くままに」


 そう俺に優しく微笑んでくれる椿さん。呆気に取られる俺。

 笑顔の価値が下がるんで止めていただきたい。
 
 
「失礼ですが、正気ですか?」
 
「桜ちゃんよりは正気を保ってると思いますけど」

 
 なるほど、確かにイっちゃってる桜の時とは違って別に悪寒や恐怖を感じたりはしない。
  
 俺としては凄く嬉しいんだけど、その反応は何かが絶対におかしい。

 エロ同人やってるからってこれは幾らなんでもエロ方面に理解あり過ぎだろ。俺か、俺の頭がおかしいのか? 
 
 いや、まさか俺の毒電波のせいで!?


「地ですのでご心配なく。ちなみに酔っているわけでもありません」

「さらっと俺の思考読むの止めてください」

「顔に出てましたよ」

「目玉と触手しかない俺のどこからどうやって読み取ってるのか聞いてもいいですかね」

「企業秘密です。女には謎が多いのですよ」


 本気で謎すぎる。それに企業秘密ってなんだ企業秘密って。

 あとウインクしながらそんな魅力的な笑顔しないでください。俺が人間の姿だったら襲い掛かってますよ。
 
 ……俺の中の常識が汚染されてる気がするが何、気にする事は無い。


「ともかく猥談はここで打ち切りましょう。ほんとキリが無いんで。……椿さん、この前話したロストロギアって覚えてますか?」


 ロストロギア。
 
 電波さん曰く古代遺産であるらしいそれは断じてヘブライ的存在論だったり事象の瞳だったりはしない。


「勿論覚えてますよ」


 確かポチさんが持ってるのは指輪でしたっけ。と続ける椿さんに肯定の意を示す。
 

「実はあの後、幾つか別の奴を拾ったんですよ。なんでも危険な宝石なんだとか。それで、このフェイトちゃんは俺の拾ったそれを探しては封印して回ってるらしいんです」

「ポチさん、色々拾ってるんですねー」


 本当にな! 何でこんないらんもんばっか拾うかな!
 
 ここまでピンポイントで拾ってると誰かの意図すら感じるね。電波とか電波とか電波とかの。


「それは分かりましたが、フェイトちゃんでしたっけ。その子とポチさんのご関係は? わざわざお屋敷に連れ込むくらいなんですから浅くない仲なのではないかと私は愚考するわけですが」

「wktkしてるところ申し訳ないんですが、普通に初対面です。色々あってプッツンした俺の毒電波でこうなりました」

「あー……あれ、精神的にきますからねー」


 うんうんと頷く椿さんに複雑な感情を抱く俺。


「どうしたんです? なんとも形容しがたい顔されてますよ」


 不思議そうな顔で心配された。

 どうやらこの人は本当に俺の感情の機微を察する事が出来るらしい。凄いな。


「なんでもないんですよ。本当に何でもないんです。ただ余りにもあっさりと信じてくれたので拍子抜けしただけです」


 俺の苦笑交じりの答えに首を傾げる椿さん。
 
 ああもう可愛いなあ。


「よくわかりませんが、私には今の真面目な雰囲気なポチさんが嘘を言ってない事くらいは分かりますよ。それにポチさんがこの場に確かにいる以上、大概の事はすんなり受け入れられます」

「……さいですか」

「さいです。ににしても魔法少女ですかー。最近の魔法少女は露出度高いんですね」


 興味ありげにフェイトちゃんの格好を眺める椿さん。
 
 俺の言った事に疑問など微塵も感じていないのだろう。小声で夏の新刊のネタになりますかね、とか言ってるのが聞こえるがきっと気のせいだ。
 
 
 さて、ここは椿さんの警戒心の無さに呆れるより、発見=即通報なこの身が放つ圧倒的な説得力に嘆くべきなのだろうか。きっと嘆くべきなのだろう。
 
 だって俺のこの姿見た後に魔法少女とか吸血鬼はこの世に存在します! とか言われてもへー。やっぱりそうなんだ。でも当たり前っちゃ当たり前だよね。あんなのもいるんだしってなるだろ?
 
 
 ……自分で言ってて悲しくなってきた。
 
 どこぞの妖怪一家じゃないが、俺も早く人間になりたい! いや前世と心は間違いなく人間だけど。


「しかし、危険な魔法のアイテムを集める魔法少女ってのは、私の世代的に彼女を思い出しますね。偶然にもこのお屋敷には同じ名前の子がいますし」


 声に確かなどこか懐古を滲ませながらフェイトちゃんの髪を撫でつける椿さん。

 同じ名前の魔法少女? そんなのは……あーあーあー、成る程ね。いたいた、確かにいたわ。それも凄まじく有名なのが。
 
 
「アレですか」

「アレです。……次回も桜と一緒に?」

「封印解除(レリーズ)!」


 そうやって椿さんにネタを振られた俺が、某数多の人間をその道に引きずりこんだ魔法少女のキメ台詞をノリノリで決めた瞬間。


「……随分と楽しそうだな?」


 冷ややかな声にギギギと振り返れば、そこには無表情の柊さんが俺の背後に立っていたのだった。
 
 
「音も気配も無かったんですが、いつの間に部屋に入ってたんでしょう……」

「さっきからいましたよ? 具体的にはひぎぃでぼこぉの部分から」

「な、なんだってー!」


 衝撃の事実である。

 どう考えても元アサッシンです。本当にありがとうございました。

 そんな驚きを隠せない俺を見てこれまた深い溜息をつく緑髪のメイドさん。もうどうでもいいやという投げやりな雰囲気すら感じる。


「そういえば桜はどうしたんですか?」

「物理的な手段で寝かせて喫煙所に置いてきた」


 なん……だと……?

 あの状態の桜を沈黙させるとか流石すぎる。


「桜ちゃん、何かあったんですか?」

「……俺がアルフを抱えてるのを見て暴走しました」

「あれは中々に凄かったぞ。写真に収めておけばよかった」

「柊がそこまで言いますか。是非とも拝見したかったですね」


 止めてください。アルフが危ないんで。


「話は途中からだが聞かせてもらった。また面倒な事態になったもんだな。ポチ、お前はこいつ等をどうするつもりなんだ? よもや居候を増やそうとか考えてるわけじゃないだろうな」

「流石にそれは無いですって。ひとしきり謝って事情を説明したらお引き取り願おうかと」

「……無理矢理拉致監禁しといてその言い草か。流石だな」

「鬼畜路線ですか。このお屋敷に謎の地下牢が作られるんですね」

「監禁はしてないですよ!? 椿さんもそんな不穏な言動しながら目を輝かせないでください!」


 確かに拉致はしたけどさ……でもあの場合は仕方が無かったんだよ。にっちもさっちもいかなくなったんだから! 
 
 むしろあの混沌極まった場を丸く治める方法があったのなら誰か俺に教えてくれ。俺にはなぁなぁにして全てを無かった事にするくらいしか思いつかん。









「…………」


 ぼへーっと椿さんの部屋から、窓の外の満月を眺める俺。

 気がついた時に見知らぬ顔があったら困る事もあるだろうと椿さんが気を利かせてくれて、今夜は柊さんの部屋にお邪魔するらしい。本当に貴女には頭が下がりっぱなしです。
 
 でも部屋荒らしていいですよ、下着使います? とか本気か冗談かつかない事言うのは止めてください。

 ……そういやあのまま放置してしまったが、なのはちゃん達は大丈夫だろうか。風邪とかひいてないといいんだけど。なのはちゃんに会った時の反応を考えるだけで胃がキリキリと痛くなる。胃がどこかとか野暮な事は聞いてくれるな。俺もよくわからん。


「……」

「ていうかさ、俺はなんでこんな事に巻き込まれてるんだろうな。外に出たのが悪いのか? でも年中引き篭もってたら確かに俺はやばい事になってたと今なら思うわけで」

「……」

「もう全部ジュエルシードが悪いって事にしとこうぜ。ジュエルシードじゃ! ジュエルシードの仕業じゃ!」

「……」

「毒電波を撒き散らした俺が全部悪いんだろって? 俺もまさか本当に皆あっぱっぱーになるとは思ってなかったんだよ」

「…………」

「イヤッホー! 国崎最高ー! ……だからフェイトちゃん、無言でビームサイズを向けるのはお兄さんちょっと止めて欲しいな。すっごい怖いから。いやほんとごめんなさい。あの場はああするしか仕方なかったんです」


 怖い。フェイトちゃんがものっそい怖い。
 
 何が怖いって無表情で全身黒い格好なのが死神っぽくて怖い。見たら死にそう。今すぐ殺されそう。


「ポチさんは……私たちに何をしたんですか」

「毒電波であっぱっぱーにしました」

「……バルディッシュ」

《Scythe form Setup》


 渋い声と共に黄色い光の刃が生える。形状を見るに、どうやらマジでビームサイズだったらしい。
 
 魔法少女にしちゃ随分とまた物騒な獲物だなオイ! とか余裕かましている場合ではない。こいつは危険が危なすぎるんですががが。


「れれれ冷静になれフェイトちゃん! 別に俺はフェイトちゃんとアルフの貞操をアレやらナニやらしてないぞ!? 何故ならひぎぃになるからな!」

「……」


 ギャボー。この子聞く耳持ってくれません!

 どうすりゃいいよ。

 そこで問題だ! この状況でどうやってフェイトちゃんを説得するか?

 3択 一つだけ選びなさい。
 答え①ハンサムのポチは起死回生のアイデアがひらめく。
 答え②誰かが俺を助けてくれる。
 答え③説得できずに俺はなます切りにされる。現実は非情である。
 
 俺がマルをつけたいのは答え②だが期待は出来ない……。

 さっき部屋を出た二人があと数秒の間にここに都合よくあらわれて、アメリカンコミック・ヒーローのようにジャジャーンと登場して『待ってました!』と間一髪助けてくれるってわけにはいかないだろう。
 
 なら①? 無理無理。そんな閃きが出来るならさっきのビル屋でとっくにやってるわ。

 答え-③ 答え③ 答え③。終了のお知らせ。俺終了のお知らせです……!


「気持ちは分かるけど、落ち着きなフェイト。さっきの今であたしが言えた義理じゃないが、こいつをどうにかするのは話を聞いてからでも遅くないだろ? どうやら管理局の人間……じゃないけど、関係者でもないようだ。ジュエルシードもそのままみたいだし、ね」

「……」


 思考を放棄して人生を投げた俺を助けてくれたのはまさかまさかのアルフの声。

 答えはまさかの②。一番有り得ない②でした……! ありがとうアルフ、本当にありがとう……!











[7386] もうどうにでもなーれ(旧題:執筆停止のお知らせ)
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:29

















 この話は本編とは一切関係ない一発ネタ。作者のチキンレースです


























 早熟な、いわゆるおませな子供というものはどこにでもいるものである。
 
 アリサの通う私立聖祥大学付属小学校もまた決して例外ではない。

 時刻は弁当を食べ終わって昼休み、一人の女子生徒が持ってきていた少女漫画をクラスの女子達が取り合うようにして回し読みしていた。

 昨今の少女漫画に些か性的描写が過激なものが多いのは周知の事実だろう。少年誌でのお色気シーンなど児戯にも等しいそれは親に見つかればそりゃあ家族会議必須モノがゴマンとあるのである。

 そして、同級生達が男子を排除するかのように円を作りながらキャアキャア騒ぎ、そんな漫画を顔を真っ赤にして読んでいるのを金髪の少女アリサ・バニングスはどこか冷めた目で眺めていた。

 彼女も一目見てみたが、今の彼女からすればあの程度全然大したことは無かったのだ。ちゃんちゃらおかしい、というやつである。


(たかだかディープキス程度で騒いじゃって。あれくらいがなんだってのよ)


 小ばかにしながらも自嘲する。この前までの自分なら、そんなくだらない話でも興味を惹かれたかもしれないな、と。

 話は数日前に遡る。学校から帰ってきたアリサがポチを探して屋敷を歩いている途中、彼女は廊下に落ちていた本をふと拾ってしまったのだ。
 
 いや、拾っただけならまだよかった。その表紙にはデカデカと“18歳未満のお子様は読んではいけません!”とだけ書かれていたのだから。
 
 しかし生来伝わるアリサの反骨心がそれを無視した。それに人間やってはいけないと言われるとやりたくなるものである。お子様、と書かれていたのも災いした。
 
 そしてアリサは読んだ。読んでしまった。
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 自分と同じくらいの年の少女が、目も覆いたくなるような異形の数々に陵辱されている同人誌を。

 思考を一瞬でバーストさせたアリサは本を投げ捨てて逃げた。後でもう一回見に行ったら既に回収されていた。
 
 
 落ちていた本、それは言わずもがなMAIDsの同人誌だった。何故屋敷の廊下に落ちていたのか考えてはいけない。

 そしてそのような事など全く知らなかった純粋培養なお嬢様にとって、初めて目にするそれは天地がひっくり返るような衝撃だった。色んな意味で。数日経った今も尚、開いたページを鮮明に思い出せる。


(いや、確かに18歳以上しか読んではいけないって書いてある本を読んだ私が悪いといえば悪いんだけど……だからってあれは……ていうかなんであんな所に……それにあれってまるで……) 
 
「アリサちゃんは、あの子達が言ってる事に興味あるの……?」


 悶々と悩むアリサに声がかけられる。振り返れば彼女の親友である月村すずかが、少女達の輪を苦笑を浮かべて見つめながらそこに立っていた。

 まさか表情に出ていたのだろうか、と頭の中で一瞬焦るものの即座に切って捨てる。


「ぜーんぜん。興味もないし下らないわ。そう言うすずかはどうなのよ」

「私は……まだそういうのよくわからないから」

「そっか、そうよね」


 納得しながら苦笑する。

 確かに「ああいう本」を読むには自分達は倍ほども年が足りていない。身体も心も未成熟なのだ。


(じゃあ……)


 今この自分に巣食う感情は何なのだろう? どうして今、私は彼の事をこんなにも想っているのだろう?

 初めての感情。初めての戸惑い。
 
 答えなど、出るはずも無かった。









 その日の深夜。ふとアリサは目を覚ました。

 いや、正確には眠っていなかった。彼と一緒にベッドに入ってからかなりの時間が経っているにも関わらず、目が冴えてしまって眠れなかったのだ。


「ポチ……起きてる?」


 暗闇の中、いつも通り隣にいてくれる彼の名を小さく呼んでみたものの、熟睡しているのか反応は無い。

 声もなく溜息をついた。


(……眠れない)


 このままでは明日の授業に支障が出てしまうだろう。
 
 アリサに限って授業の内容についていけなくなる、などという悩みは無い。ただ授業中に居眠りをしてしまうのは勘弁願いたかったのだ。


「……」


 ふと思い立ち、数十とあるその内の一本を手にとってみる。ずっしりとした確かな肉の重みと感触がアリサの細い腕に響いた。
 
 それはどこか温かく、不思議とアリサを安心させてくれる。アリサはこれを抱きしめて寝るのが好きだった。
  
  
「……」
 
 
 だがすずかとあんな話をしたからだろうか。
 
 緑色の太いそれはいつもと何も変わらないというのに、今日に限ってはアリサにどこか妖しい興奮を呼び起こさせていく。
 
 昼休みの事を思い出し、胸がトクン、と高鳴った。

 
(す、少しだけなら……)


 半ば本能で触手の一本をおずおずパジャマの中に滑りこませて、上下に動かしてみる。

 胸の上を触手が擦れるたび、温かいような、こそばゆいような不思議な感覚が少女の胸一杯に広がった。


「……んっ」


 しばらくそれを続けているうち、ふとした衝撃で熱い吐息を漏らすアリサ。思わず声が出てしまった事で羞恥に顔がカーっと熱くなるものの、手が止まる事は無い。

 シーツを強く噛む。何故か声を出してはいけない、これを見られてはいけないと思ったのだ。


「ふっ……っ……」

 
 服の上から太い軟体を掻き抱き、もぞもぞと蓑虫のように動きながら未知の感覚を享受する金髪の美少女。その表情は妖しくも美しい、どこまでも淫靡なものだった。

 桜色をした胸の先端は特に不思議な感覚が強く、ついついそこを集中して責めてしまう。


「……ふっ、んぅっ……ふぅぁっ……」


 横にいる彼を起こさないように、と我慢しながらも艶やかな声が混じった息を漏らしてしまう。むしろ起こしてしまうかも、と考えただけでゾクゾクと体中に微熱が回っていってしまう。

 アリサの脳裏に過ぎるのはつい先日目にしたあの過激な本。
 
 本の中で陵辱されていた少女を自分に、そして少女を陵辱していた触手を目の前の存在に投影して。


(こ……わい、こんなの、知らない……っ!)


 被虐の予感に満ちた恍惚感と同時に沸き起こるのは罪悪感。
 
 同年代の少年少女より人一倍聡いアリサである。ここまで来れば自分が今何をしているのか、そして自分が今している事は悪い事だという事くらいは分かっている。
 
 姿こそ人ではないもの、アリサにとって彼は兄のような存在。その彼の所謂手の部分で自分自身を慰めているのだ。
 
 これはいけない事だ。自覚はあれども、今のアリサにはその背徳感すら妖しい快感を煽る為のスパイスでしかなく、新たな触手を何故かむず痒くなってきたズボンの中に

















ここまで書いた所で作者が

「ふぅ……。ロリに性欲を持て余す奴とか駄目すぎだろ。マジ氏ねよ……」

と正気に戻ったので終了します

もう一度言いますが本編とは何の関係もありませんし続きません
 





[7386] ポンデリング・チェレンコフスキー
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ee6b5abf
Date: 2009/03/14 21:35







 アリサが俺の触手であーんな事やこーんな事をしてた気がするけど別にそんなことは無かったぜ!

 ていうか俺今椿さんの部屋だしね! 朝日が眩しいです!
 
 気づけば床で寝てました。流石にベッドで寝る勇気は無かった模様。
 
 ちなみにただ今9時半。アリサはとっくの昔に学校に行ってます。
 
 ……やべえ、朝帰りとか絶対アリサに怒られる。



 いやいやいやいや、極自然に言ってるけど朝帰りってなんだよ俺。

 これじゃまるで不倫してるみたいな言い草じゃねえか。奥様は9歳の天才幼女! ……笑えねえ。

 あんな夢といいこれといい、俺はもう駄目かも分からんね。なんたって自他共に認めるヒモ触手だし。
 
 
 ほんと今更だけど幼女に養われるとか男として最高に情けなさ過ぎる。
 
 心優しいアリサは欲しい物があったら買うから言いなさいって言ってくれてるけどいろんな意味で死にたくなるからまだ頼んでない。
 
 それにエロゲー買ってくれとか頼めない。本気で頼めない。
 
 
「……よし」
 
 
 窓から差し込む朝日を背にしながら決意する。
 
 いい加減いつまでもアリサにおんぶに抱っこってのも悪いし心機一転、ここはちょっくらネットでバイトでも探してみるとしよう。
 
 接客とかは都合上絶対に無理だが、流石に内職とか赤ペン先生みたいなやつなら俺にも出来るだろ。
 
 
 そうと決まったら早速履歴書を用意……りれきしょ?
 
 
 そこまで考えて、俺は大変な事に気がついてしまった。
 
 ……すっかり忘れてたけど、そういや俺って別世界の住人だから今の所戸籍も何も存在しないんだよな。この姿だから人権すらないのはとっくに諦めてるけど、何も出来なくないか? ……この際仕方ない。履歴書とかはメイドの誰かに頼むとしよう。
 
 本当の事を言えば、俺がバニングス邸で働いて給料貰えればいいんだけどな。
 
 でも皆みたいに正規の教育受けてない俺がお情けで給料貰うのは流石に皆に申し訳なさ過ぎる。
 
 今日で俺はプーを止めます!
 
 
 
 
 
 ……え? フェイトちゃんとアルフはどうしたかって?
 
 事情を説明してお引取り願ったよ。
 
 毒電波の部分とか胡散臭い部分はどこまで信じてくれてるか怪しいもんだけどな!

 アルフは「はあ? こいつ何言ってるの?」って顔してたし、フェイトちゃんに至っては終始無言無表情だった。正直泣きたくなったね。
 
 去り際にフェイトちゃんが「……ケーキ、また食べさせてくれますか?」って言ってくれなかったら今頃欝出し脳まっしぐらだったろう。
 
 勿論問いかけには快諾した。そりゃあもう心からしたさ。しない筈が無い。まあ作るのは椿さんなんだけどな……。









「というわけで俺はバイトを始めようと思います」

「……本気ですか?」


 鋼の決意をもって椿さんにそう言ったら見た事も無い真面目な顔で心配された。
 
 え、ちょ、何その反応……。
 
 
「椿さんから見た俺はそんなに信用がありませんかね!?」

「い、いえ、そういうわけじゃありません。……一体どうされたんですか?」


 俺の魂の慟哭を受け慌てて手を振る椿さん。

 曲と声優は神でした。


「いい加減ヒキでプーのニートだとまずいと判断しました」


 改めて色々と考えてたらあまりにもこの環境が恵まれすぎてて何かやらないといけない気になってきたのだ。

 大きなお屋敷で可愛い妹的な子と美人メイドさん達に囲まれて毎日毎日食っちゃ寝食っちゃ寝。
 
 元々そんな環境に慣れてりゃ問題ないんだが如何せん俺はどこまでも一般人の感性が骨身に染みてる。故にこの環境は駄目だ。このままだと堕落の一途を辿ってしまう。

 今はまだ問題ないが、このままではそう遠くない未来、人の心を失った俺はきっとひぎぃにまで手を染めてしまう。

 いかんですよこれは! 欲望の赴くままにアリサの幼い肢体すら貪るようになった時、既に考える事すら放棄しているであろう俺に最早生きる価値はない。

 ……自分で何言ってるか分からなくなってきた。


「ていうかもうぶっちゃけた話退屈で死にそうなんです。内職なら俺でも出来るかな、と」

「ああ、なるほど……私のノートPC貸しましょうか?」

「お願いします」


 そんなこんなで遂に俺は職を探す事になったのである。

 暫くは普通の在宅ワークとかを眺めていたのだが、やはり内職では本当に小遣い稼ぎ程度でしかない。
 
 でもまあこんなもんか、俺みたいなのが真っ当な職にありつけると考えるほうがどうにかしてた。とか考えて別サイトの求人広告を流し読みしていたら。
 


――悪の秘密結社“毎日がエブリデイ”にて幹部候補を緊急募集!

――貴方も私たちと一緒に世界征服してみませんか?

――経歴、種族、年齢全て不問! やる気か能力があればそれでよし!

――アットホームな職場と優しい先輩達が貴方を待っています!

――戦闘能力に自信が無い人でも安心! 当社の支給パワードスーツがあれば子供でもトラックを破壊できます!

――ご希望の方は志望動機を添えて下記のメールアドレスまで。

――※特殊技能持ちの方優遇します。



 そんな広告が目に入ってしまった。

 ……どうしよう、突っ込みどころが満載過ぎる。

 秘密結社なのに幹部候補募集って。

 毎日がエブリデイって。

 そもそも種族不問って。
 
 んで秘密結社なのにアットホームって。
 
 怪しすぎて逆に興味が沸いてきた。折角だからフリメからメールしてみようかな。



 名前……ポンデリング・チェレンコフスキー。
 
 種族……触手。

 志望動機……暇つぶしで。
 
 特殊技能……触手伸ばしたりワープとか出来たりします。

 

 言うまでも無いが半分以上冷やかしである。

 面白い返事が返ってきたらVIPにでも晒してやろう。
 
 まあ向こうもギャグっていうかネタでやってるだろうからな。そういうのにも全力で釣られるのが俺のポリシーだ。……馬鹿やってないで真面目に職探しするか。



 ……一時間後、まさかの返信メールが来た。

 ご丁寧にアジトの写真と住所兼ねた添付画像張っておくから今日中にワープでアジトまで来い。本当に出来たら即採用とか書かれていた。
 
 真っ先に確認したがウイルスメールでは無かった。添付画像も問題なし。
 
 
 おいおい、添付画像だけでワープ出来ると本気で思ってんのかこの秘密結社(笑)は。

 しかも添付画像にはエロい格好した女幹部って感じの人と蜘蛛の姿をした怪人らしき誰かの姿が。……コスプレ?

 ……どうしよう。これ住所通報したら秘密結社(笑)壊滅するんじゃなかろうか。






 
続く



というわけで再アップです
気分転換に世界樹2やってやっべhageたwwwとかやってたら気がつけばこのSSがhageてて笑いました
以前書きましたがPCは完全死亡。メモ帳のネタが電子の海の藻屑になりました。いやっほー
再アップ素材はキャッシュからサルベージしてます

管理人である舞様、この度はご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした



[7386] お~い、誰か触手の行方を知らんか?
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ec085ff0
Date: 2009/07/22 21:52











 触手は実在しない。

 触手とは、面白いエロゲを、コンシューマーゲーに劣らないレベルの高いエロゲーをやりたいと望む人々の間で、自然発生的に生まれた理想のチ○コである。

 はじめはジョークに過ぎなかった。

 触手はこの世のどこかにいるはずの理想のチ○コだった。

 しかしそれは当時のまさに『糞』と呼ぶに相応しいエロゲーにウンザリしていた人々の間で瞬く間に広まって行った。

 触手ならこう犯った。触手のあの粘液は良かった。

 人々はそうやって、少しずつ理想の触手のイメージを固めていった。

 触手は卑猥で都合のよい器官である、触手が敵対するキャラは主に少女である、触手は少女を自分の手許に置いておかないと落ち着かない、そして触手は親しみやすいことに安易なエロ展開が大好きなのだ!

 触手はこうして、人々の理想のチ○コのイメージのコラージュとして生まれたのである。

 人々は触手を欲した。故に触手は存在するのである。



 でも触装天使アリサならちょっと見てみたいかも!















 モニタと睨めっこする事ウン時間。ぶらぶらと屋敷をうろつく俺は相変わらずの体たらく。
 
 先に言ってしまうと、最終的に職活は久々のネットサーフィンと相成ってしまったのだ。
 
 大掃除やってたら昔のマンガを見つけて読み返す、とかそんな感じで察して欲しい。俺明日から本気出す。
 
 ついでに言うと世界は違っても俺の知っているネット、もといVIPクオリティは健在だった。


 
 そうそう、唯一といっていい希望の光である秘密結社は絶賛保留中。今日中って書いてあったし。
 
 別に秘密結社が嫌いという訳じゃない。
 
 むしろ個人的には凄まじく興味を引かれる。
 
 ブラック企業とかそういう次元を超越した、いっそ浪漫すら感じさせるイリーガルなその響き。
 
 ……がしかし、その溢れんばかりの胡散臭さが俺に二の足を踏ませて止まないのだ。
 
 
 体は異形。心はパンピー以外の何者でもない俺としては、出来る限り痛いのや危険なのはご勘弁願いたい所。

 それにほら、幹部って巨大化してヒーローのロボと戦って爆死がお約束だし。
 
 え? 触手の分際で高望みするな? いやまあ確かにそうなんだが……。



「いようポチ。柄にも無く真剣な顔しやがって生意気だぞ」


 どこまでもどうでもいい思考に没入しようとしていた矢先にかけられた声に思わず振り返る。
 
 屋敷の掃除中なのか、愛用のモップとバケツを両手にぶら下げた楓がはすっぱな笑みを浮かべてそこに立っていた。


「背後から俺の表情が読めるお前は一体全体何者なのか、小一時間ほど問い詰めたい気分で一杯なんだが」

「あれだ、言葉の綾というかノリというか……深い事は気にすんな」

「……はいはい」


 失せろと触手でしっしと振り払う仕草をする俺。
 
 
「そう邪険にすんなよ。悩みでもあんならこの楓さんが聞いてやるよ。言ってみ?」
 

 笑顔でドン、と自信ありげに胸を叩く楓。
 
 仕事中の癖してそんなに暇なのかこの駄メイドは。


「分かった。遂にお嬢に手を出す気になったんだな?」

「……」

「いいっていいって、皆まで言うな。アタシとしてはむしろ今までよく我慢したと褒めてやりたい気分だ」

 
 この前といい今回といい、こいつはそこまで俺をアリサみたいな年齢一桁の子に色々と目も当てられないような事をするような、鬼畜ロリペド野郎にしたいのだろうか。

 自分の家のメイドがこんなんだと知ったらアリサの親御さんが泣くぞ。
 
 愛娘が俺に懐いてる時点で泣くだろとか言われそうだが人類最強なので気にしない。


「ジョークだジョーク。……んで、実際どうしたんだ?」

「ちょっと欲しい物があってな。バイトでも始めようかと思ってる」

「ほう。そのなりでバイトとはいい度胸だ。内職でもすんのか?」

「俺もその線で考えてたんだけどなー。どうにも実入りが悪くてさ」

「まあそうだろうな。でもお前が出来そうなってそれくらいだろ? 小遣い稼ぎ程度でも十分と思えよ」

「耳が痛い。……でも一つだけ、良さそうなのがあったんだよ、これがな」

「? ……ああ、研究所とか実験室の類か」

「何その生命の危機を感じさせる言葉」


 解剖とか解剖とか解剖とか解剖とか。

 見ろ! 俺の生存権がゴミのようだ!


「アタシとしては一向に構わんが、多分お嬢が泣く事になるからそれだけは止めとけ」

「言われなくても真っ平御免の助だ」


 幾ら詰まれても絶対にノウ!


「じゃなんだよ。頼むから近所のコンビニとか言ってくれるなよ?」

「悪の秘密結社」


 そう言った途端、楓の目が点になった。
 
 何気にレアな光景かもしれない。


「すまん、聞こえなかった」

「悪の秘密結社」

「…………はぁ」


 聞き終わるやいなや、目頭を押さえながら背を向けられた。

 どうやら俺は何かまずい事を言ったらしい。自分の発言を今一度思い返す。
 
 “悪の秘密結社で働こうかと思っている”
 
 ……あれ? これはまずいかもしれない。普通に考えれば頭があっぱっぱーな人の発言だった。
 
 でも俺触手だし。クリーチャーだし。生きたUMAだし。
 
 それにこの世界、魔法少女とかいるし。悪の秘密結社くらい……可愛いもんだよ……ね?
 
 嗚呼、俺の常識は何処へ。


「お、おいおいポチ。こここここのアタシがそんな嘘に引っかかるわけ無いだろ? エイプリルフールもとっくの昔に過ぎてるっつーの」

「幾らなんでも動揺しすぎだろ。ざーとらしい」

「はぁ!? アタシがどうやって動揺だって証拠だよ。言っとくけどアタシは動揺じゃないから」


 視線を泳がせながら引きつった笑顔を浮かべるのは止めろ。

 確かにバイト先が凄まじくアレとはいえ、仮にも働こうって意思を見せてる相手にそれはどうかと思わなくも無い。
 
 椿さんといい楓といい、日ごろ俺がどんな目で見られているのかがよく分かる一幕だ。
 
 男としてこれは軽く死にたい。もう一回死んでるけど。


「確かに俺の聞き方というかバイト先が酷いけどさ、いつまでも森のプーさんじゃいられないだろ? 仮にも居候なんだし」

「そっか、成る程な。……すまんお嬢、アタシは少しポチの事を殴りすぎたみたいだ」

「楓?」


 何かを堪える様に、ここにはいないアリサに向かって懺悔を始めた楓。
 
 てっきり「ペットの分際で居候とか身の程を知ればいいと思うぞ」くらいのツッコミでもあるのかと思ったのだが、素で返されてしまい面食らってしまう。
 
 ついでにそこはかとなくキャラが変わっててなんか怖い。


「いやごめん。マジごめん。まさかポチがこんな殊勝な事を言い出すなんて……ははっ、謝って許される事じゃないけどな……」

「おい、馬鹿、止めろ。止めろって。……頼むからそんな真面目に謝るなよ!」


 二本の触手で肩を掴み、その場から走り去ろうとする楓を引き止める。

 半分くらいは演技と分かっちゃいるんだが、幾らなんでも予想の斜め上を爆走する楓の反応に心が痛い。


「……離せよ。今のお前をこれ以上見ているのは忍びないんだ」

「そりゃ全力で俺の台詞だよ。ていうかお前アリサに何を吹き込むつもりだ。あんまり酷い事言うようなら泣くぞ、俺が」

「ポチの賞味期限が切れたって」

「…………」


 言うに事欠いて賞味期限切れと来たか。
  
 なんだか未曾有の展開だな。とっくに俺は半泣きです。


「何が賞味期限だ。馬鹿なの? 死ぬの?」

「どう考えても馬鹿言ってるのはお前だろ。悪の秘密結社とか無いわ……大人しくプーさんやっとけ。欲しい物が欲しいならお嬢に頼めよ。喜んで、とまでは言わんだろうが普通に買ってくれるだろ」

「小学生のアリサにPCとエロゲー買ってくれって頼めと申すか。そこまで行き着くと流石に色々と終わりすぎだろ」

「アタシはエロゲー買う触手って時点で完膚なきまでに終わってると思うぞ」

「言うなよ。自分でもよく分かってる」


 この期に及んで正論とか、もうね。









 私立聖祥大学付属小学校、その屋上。

 様々な学生たちが昼食を取りながら思い思いの談笑に興じている中、アリサとすずかは今ここにはいない親友、高町なのはの事について頭を悩ませていた。

 ここ最近、時折様子がおかしい時があり不思議に思っていたのだが、今日は輪をかけて酷くなってしまったのだ。
 
 見ている方が気落ちしそうなその落ち込みっぷりときたら、彼女の親友の二人どころか初対面の人間でさえ何があったのか気にかかる程である。

 だがしかし、いざ何かあったのかと尋ねてもなんでもない、と力なく笑って誤魔化されてしまってはそれ以上何も言えなくなってしまうのだ。


「何がなんでもない、よ。誰がどう見ても今のなのはに何かあった事くらい察せるわ。舐めんじゃないわよ」

「アリサちゃん、あんまり怒っちゃ駄目だよ……」


 青空を眺めながら、親友に対する不満を顕にするアリサ。

 すずかとしてはアリサの意見に概ね同意なのだが、自分もまた秘密を抱えているすずかとしてはそこまで強く言う事が出来ず、結果このままだとどこまでもヒートアップしてしまいそうな彼女を宥めてしまう。


「そんな顔しなくても分かってるわよ。……あーもう! いっそポチに会わせて頭の中スッキリさせたくなるわ」


 ともすれば新たな悩みを生み出してしまいそうな、そんな提案に思わず苦笑するすずかに一つの疑問が浮かぶ。


「……そう言えばなのはちゃん、ポチさんとはまだ会ってないの?」


 ある意味当然とも言えるすずかの質問を、アリサは首を横に振る事で否定する。


「本当ならあの時、すずかと一緒に会わせる予定だったんだけどね」


 なのはの家の都合でその日ポチとなのはが会う事は無かった。

 変わりにまったく別の、二人が想像だにしない状況下で遭遇しているのだが、それを二人が知る筈も無く。


「今度の週末あたり、本気で会わせようかしら」

「でもそれだと、絶対なのはちゃんの悩みが増えちゃうよね? ポチさん、外見がほら、色々と凄いし……」

「悩みをもっと大きな悩みで上書き! ……駄目?」

「駄目なんじゃないかなあ……」

「ぬう、残念」

(アリサちゃん、ポチさんに慣れ過ぎててちょっと考え方が大胆になってる気がする……)


 本気で残念そうにするアリサを思わず自分の事のように心配してしまうすずか。

 それが例え、今はまだ言う勇気の無い自分の秘密を打ち明けるのに都合がいい事かもしれないとしても。









[7386] もうクソスレは立てないって約束したじゃないですかァー!
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ec085ff0
Date: 2009/07/22 00:55





 夜の闇に、少女が大の字になって浮かんでいる。

 強く触れば折れてしまいそうなほど華奢な少女の肢体に群がるのは、直視に耐えないおぞましい触手の海。


「おやおや、これは一体何かな?」
 
「い、いやっ! 止めてください! 離して! 助けて! 誰かぁっ!」
 
「いけない子だ。こんな物を隠し持っているなんて」

「持ってません、私何も持って……キャアッ、んんぅっ!?」

「まだ嘘をつくか、これは体中を徹底的に検査しなくてはいけないなぁ。フヒッ、フヒヒッ……」

「んー! んぶぅっ! んんんんんんんーっ!!!!!」




「分かったか楓。これが触質だ。……多分」

「お疲れ。さもしい一人芝居だったな。お前いつもそんな事考えて生きてるのか?」

「自分から“触質ってなんだ?”とか意味不明すぎる事聞いといてその言い草は酷くね!?」




 皆さんこんにちは。

 今日も今日とて俺and楓inバニングス邸の喫煙室から生中継でお送りします。

 あれ、なんかデジャブ。
 
 アリサ? 今日はすずかちゃん家にお呼ばれしてるよ。


「お互い暇人だよな。これで月給80万って世の中の人に申し訳ないと思わないのか」


 思わずそう口に出したらお前の見てない所で給料分働いてるんだよ、と言われた。

 給料分コイツが働く? 俺の見てないところで?


「アリサ目的で来る誘拐犯退治でもすんのか」

「攫われて欲しいのか?」

「アホか、んなわけないだろ。ただアリサって超がつくお嬢様なんだし、誘拐の一つや二つはされてもおかしくないと思ったんだよ。むしろお約束と言うべきか」


 ちょっとキツい想像だけど思いついたものはしょうがない。


「……個人的にはゲーム脳乙、と言いたいところだけどな。確かにそういう奴が出てこない事もない。最近はめっきり無くなったけどな」

「いるのかよ!」


 割と本気で衝撃的な事実だ。

 大丈夫なのかこの家。


「なんだかんだでお嬢は“バニングス”の一人娘だからな。それなりに狙われもするんだよ」


 やたらバニングスの点を強調する楓。
 
 俺の想像以上にアリサの家の親父さんの会社は名前が売れているらしい。良くも悪くも。

 
 ……どうしよう。なんか聞くべきじゃない事を聞いた気がする。

 ひょっとして既に過去数回誘拐されて心的外傷があったりしちゃったり、妙に大人びてるのはそのせい!?
 
 もしそうなら俺アリサと今まで通りに顔合わせる自信が無いんだけど。


「一人で盛り上がりすぎだ馬鹿。それにそんな心配しなくても全部未遂に終わってるっつーの」

「……未遂?」

「物理的手段で排除してるに決まってんだろ。お嬢に悪意を持って近づく奴はお嬢に感づかれる前に秒殺だよ秒殺」


 何言ってんだコイツ、と言わんばかりに呆れを多分に含んだ楓の視線が注がれる。

 脳裏に浮かんだのがアナザー・ワン顔負けな得物を振るう彼女達。誘拐犯(未遂)を千切っては投げ千切っては投げ。

 どうしよう、凄い納得してしまった。ついでに皆の無駄な戦闘力の所以も。


「しかしなんで今更……ああ、分かった分かった。お嬢が下種野郎共の慰み物になろうとした瞬間でも狙って助けに行くのか。触手の分際でいい度胸してんな」

「ねーよ。9歳の女の子に手ぇ出す悪漢とかどんだけだよ。そしてやたらとアリサを汚したがるお前もどんだけだよ」


 いや本気で。
 
 ひぎぃ属性が無い俺は想像しただけで欝になるんだけど。

 ついでにリアルでロリに手出す奴とか死ねばいいのに。尻の穴拡張してやろうか。
 
 今の俺は男が相手ならどんな酷い所行でも躊躇わない自信がある。
 
 それこそアリサに手を出す輩にならひぎぃでもごぼぉでもみりぃでもやってみせる。でも貫通だけは勘弁な!


「甘いな。別に突っ込む必要は無い。それに世の中にゃ穴があればいいって奴がごまんと」

「聞きたくない」


 他でもないアリサの為にさっさとコイツは解雇した方がいい気がする。

 いつか絶対悪影響与えるって。


「そう言うなって。お前が思ってる以上にここらへんは黒いドロドロしたもんが渦巻いてるんだよ」


 俺の事か! とでも言おうと思ったが珍しく楓の目がマジだったので自重した。


「お嬢だけならともかく、柊曰くすずかお嬢狙ってる奴も偶に出てるらしいしな」


 すずかちゃんもとな。

 ……アリサと仲がいいし、すずかちゃん自身も結構なお嬢様だし、なにより吸血鬼だしでそういうイザコザがあってもおかしくないと思ってたけど、まさか本当に危険が身近にあるとは。

 俄然心配になってくるな。俺なんかが心配したって何の意味も無いけどさ。


「すずかちゃん、大丈夫と思うか?」

「今更お前が心配したところでどうにかなるわけでもなし、他所は他所ウチはウチ。なるようにしかならんさ」

「つまりどうでもいいと」

「流石のアタシもそこまで薄情な事は言えん。知らない仲じゃないし、何よりお嬢が悲しむしな。ま、少なくとも家の中じゃ大丈夫なんじゃねえの? ポチは知らんだろうが、あっちのメイドも相当腕が立つんだよ」


 すずかちゃん家のメイドさんか。

 確か二人しかいないんだっけ。すずかちゃんはそこまで詳しく教えてくれなかったんだよなー。


「どんな人達なんだ?」

「そうさな。どっちもウチにはいないタイプのメイドだとは思う」


 個性極まるバニングス家にいないタイプのメイドさん……。


「メイドロボか。そりゃ凄い」

「ウチにいないタイプって言われただけでメイドロボと即答するお前は流石だと思うよ」


 鼻で嗤われてしまった。
 
 遺憾の意であります。
 
 ……どこかで誰かがくしゃみした気がするけど気のせいだよな。


「自立稼動可能なロボとかまだまだSFの世界にしかいねーよ」

「じゃあステレオタイプなエロゲメイドさん?」


 もしくは雪さんみたいな(エロゲ的な意味で)完璧超人。

 甘え上手で甘えさせ上手な素敵メイド。愛という名の忠誠心。
 
 そんなのがいるのなら是非是非俺も一目見てみたい。


「それはもうアタシがいるだろ」

「何そのギャグ。超ウケるんですけど」

「いやいや、これでもアタシはやれば出来る女よ? ご主人様、申し訳ありません……いけない楓にお仕置きしてくださいませ……」

 自画自賛とも取れる発言から一転、まるで別人かと聞き間違う程艶のある声を出しながら色っぽく俺にしな垂れかかってくる楓。
 
 こいつ、こんな声も出せたのか。

 普段の彼女からは想像も出来ない、そんな一面を見せ付けられ、俺は……。


「ふぁっきゅーぶちころすぞごみめが」

「んだよ、ノリ悪ぃな。ご主人様役やれよー」

「お断りだ。それに今のはどっちかというとスイッチ入った時の桜だろうが」

「……そういやそうだったな。アタシもヤキが回ったか」

「頼むから楓はいつものままの楓でいてくれ」


 主に俺が素で軽口を叩く為に。

 しおらしい楓とか気持ち悪いを通り越して怖いな。背筋に薄ら寒いものが走ったぞ。


「それは口説き文句か? 先に言っとくとお前が触手である限りフラグが立つ事は有り得ないから。アタシのフラグを立てたいならせめて人型になってからにしろ」

「こやつめ、ハハハ」


 俺だって人型になれるならとっくの昔になってるっつうの。

 ほんと、どうやったら元の姿に戻れるんだろうな。
 
 もう一回死ななきゃ駄目なんじゃなかろうかとすら思えてくる。

 ……でもさ、よく考えたら俺って元の姿に戻ったらこの家追い出されるんじゃなかろうか。


――もう顔も見たくない! 出て行ってこの変態!


 嫌な光景を想像してしまった。

 つかこれは突飛過ぎる上にアリサに対する侮辱だろ。アリサごめん、マジでごめん。


 今まで深く考えた事無かったけど、そもそもこの姿じゃなかったら俺ってどうなってたんだろう。
 
 改めて思い返すと俺ってその身一つで異世界に放り出されてるんだよな。

 いや、それ以前に本当なら俺はあの日、あそこで死んでるわけで。
 
 この姿だから今こうやって生きてるとも言えるのかもしれない。アリサと出会えたのは運が良かったんだな。……本当に運が良かったら轢かれてないか。









「いきなり辺りの様子がおかしくなったから何が起きたのかと思えば……やれやれね。なのは、勿論説明してくれるんでしょうね。ま、さ、か、この期に及んで何でもないとか言わないわよね……?」

「ア、アアアアアリサちゃん!? ……え? えええぇ~!!? どうして!? ユーノ君、どうしてアリサちゃんがここにいるの!?」

「ぼぼぼ僕にそんな事聞かれても。ちゃんと結界は張っ……あ゛」

「今更ユーノが喋ったくらいじゃ驚かないわよ。慣れてるから」

((慣れてるって何に!?))









搾乳ネタが相手なら右ストレートを使わざるを得ない



[7386] 淀みないグレープの絞り汁のようなご主人様の心に誓って、昼食に砒素が入っている確率は100%です
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:ec085ff0
Date: 2009/08/06 21:37





 ロストロギア、ジュエルシードの暴走。

 その兆候は高町なのはの親友である月村すずかの家の敷地内、それもほぼ至近距離と言ってもいい場所で発生した。

 そのまま発動すれば周囲に大きな被害をもたらす事間違いなしの状況下で、ジュエルシードの収集に半ば命すらかけているといっても過言ではないユーノ、そして彼の協力者であるなのはがその場に居合わせたのはひとえに僥倖と言う外無いだろう。

 そして、これまでに幾度と無く感じてきたその波動を受けた二人の行動は迅速だった。
 
 すずかやアリサ、そして彼女達の家族を巻き込まぬようにさりげなくその場から離れ、いつジュエルシードが暴走しても問題ないように月村家周囲に封時結界を展開。
 
 何分突発的事態だった故にお世辞にも万全とは言えないものの、少なくとも親友達に迷惑がかかる事だけは無い状態に持っていく事に成功する。

 だがしかし、ここに来て事態は二人に急展開を見せ付けた。
 
 消えたのだ。何が? 無論ジュエルシードがである。正確に言えばジュエルシードの反応が結界内から消失した。
 
 今まさに忌むべき力が発動しようかというその刹那に、まるで最初からそんな物は無かったかのように忽然と。

 極限まで気を張り詰めらせていた矢先のこの展開。

 二人の胸中に飛来した困惑はいかほどのものであったろうか。

 そんな二人に追い討ちをかけるかのように状況は混迷を深めていく。
 
 アリサ・バニングスの結界内への乱入である。
 
 
 
 
 
 封時結界。

 結界内と通常空間の時間信号をずらすこの魔法は彼の十八番とも言える魔法の一つであるそれは、結界の名が示すとおり魔法のマの字にも精通していないずぶの素人、一般人が外部からそこに介入する余地など無い。

 そう、いる筈が無い。進入も許可されていないアリサは本来そこにいてはいけないのだ。

 にも関わらず彼女はそこにいた。

 明らかに普通ではない結界内にいて尚、自然体を崩すことなく。
 
 それはまるでこの程度、日常茶飯事にも入らないと言わんばかりの気軽さで。

 故になのははアリサが自分と同じように魔法の力を持っていると、ユーノに至っては夢でも見ているのでは、と数瞬ほど疑ったのも仕方の無い事だったのかもしれない。









「これが……僕達の話せることの全てです」

「「…………」」


 魔法の力にジュエルシード、ね。

 私の親友は知らない間に随分とまあ厄介な事に首を突っ込んでいるらしい。
 
 確かにこれは私達に相談出来なかったのも頷ける。
 
 納得できるかはまた別の話だけど。
 
 目を横にやれば、そこにはすずかが普段通りの佇まいでなのはに微笑んでいた。
 
 その表情はやっぱりそうだったんだ、とか無茶しないでね、という暖かいもの。
 
 大方すずかにはなのはがどんな事をしていたのか前からおぼろげにでも察していたのだろう。すずかは色々と勘が鋭い方だし。

 なら、私はどうだろう?

 今のなのはの話を聞かされて、私は。


「アリサちゃん……。えっと、その。怒ってる……?」


 怒ってる?
 
 今この子は私に怒っているのかと、そう質問したのだろうか?

 いやはや、流石の私もまさかなのはにそんな事を聞かれるとは夢にも思ってなかった。


「別に怒ってないわよ? アンタの親友である私やすずかに内緒でそんな危険な真似してた事についてどうして私が怒る必要があるのかしら。ええ、まったく、ぜんっっっぜん、これっっっっぽっちも、それこそ髪の毛一本ほどもアンタにもユーノにも怒ってないから」

「あう……」

「……」

「アリサちゃん……」


 ……思わず熱くなりすぎてメチャクチャな事を言った気がする。
 
 しゅんと俯くなのはとユーノ、困ったように私を嗜めるすずかを見て少しだけ反省。

 でも私は謝らない。
 
 今なのはが抱えている問題に対して何も出来ない私が出来る事といったらこれくらいしか、それこそなのはを心配している事を全面に押し出す事くらいしか無いのだから。
 



 私はすずかのように柔軟で強い心を持っていないければ、なのはのような特別な力も無い。
 
 どんなに私がなのはの力になりたいと願ってもそれは適わない願い、夢物語でしかないのだ。
 
 確かに私の価値観や精神といったそれは、同年代の皆に比べて幾らかは成熟してるかもしれない。
 
 でも所詮その程度でしかないわけで、それすらも大人のソレと比べれば皆と大差無いもの。
 
 そんな私に今なのはが携わっている超常現象の解決の手助けなど出来るとは思えない。
 

 
 なのはが悪いわけじゃない。勿論ユーノが悪いわけでもない。
 
 全ては私が無力な小娘なのが悪いのだ。
 
 だから今こうやってなのはに辛辣とも言える態度を取っているのはなのはへの八つ当たりなんかじゃない。
 

「アリサちゃん、何て言っていいのか分からないけど……その、ごめんね」

「アンタが謝る事じゃないわ」

「でもっ」


 絶対に八つ当たりなんかじゃ、ない。

 無理矢理詰問しておきながら逆に怒り出すという、誰が見ても理不尽としか言いようが無い対応をされながらも、こんなにも私に気を使ってくれる親友に八つ当たりなどしてたまるものか。


「しつこい」

「あぅ……」


 私はただ、親友の力になれない自分の不甲斐無さ、情けなさに怒っているだけ。
 
 今の私じゃなのはが本当に力になってほしいと思える時に傍にいてあげられない。
 
 きっとなのはは自分の力だけでなんとかしてしまうのだろう。
 
 私はそれが堪らなく悔しいのだ。

 ……だから。


「なのは」

「……何、かな」

「約束しなさい」

「約束?」


 目を合わせる。
 
 私を射抜くのはとても辛そうで、それでいて引き込まれそうな程に強い意志を宿した瞳。
 
 今更私が何を言ったとしても、この子が揺らぐ事はあっても折れる事は絶対に無いのだろう。それはなのはの強さ。

 ……敵わないなあ。


「絶対に、絶対に無事に全部終わらせるって。ハッピーエンドで終わらせて、全部終わった後にアンタが笑顔で私たちの所に帰ってくるって約束しなさい」

「え……?」

「出来るの? 出来ないの?」

「出来る……うん、約束する、やくそ、く、する……っ!」

「ん、よろしい……あーあー、泣くんじゃないの」


 感極まったのか、ぐずぐず泣き出したなのはの頭を優しく撫で付ける。

 肩を叩かれる。振り返ればすずかがお疲れ様、それとありがとうと目で言っていた。
 
 ……別になのはの為じゃないわ。どうしようもなく自分勝手でお子様な私が自分を納得させる為よ。









 窓の外から見えるのは沢山の人達。
 
 重そうな買い物袋を持った母親に甘える子供。母親は少しうっとおしそうにしながらも子供を可愛がっている。
 
 自転車を二人乗り学生服の男女。二人とも恥ずかしそうに顔を赤らめている。
 
 女の子を肩車する男の人。照れくさいのか、女の子は男の人の頭を叩いている。
 
 この世界にはこんなにも大勢の人がいて、その殆どが日常を送っている。
 
 だというのに、どうしてなのはだけがあんな大変な目に合っているんだろう。



 すずかの家からの帰り道。なのはと恭也さんを私の車で送った後、私はぼうっとした頭でそんな事を考えていた。

 なのはの手前ああ言ったものの、私に少しでもなのはの力になれるような、それこそポチみたいな不思議な力があればよかったのにと思わずにはいられない。
 
 今でこそ両親の関係で慣れてしまったけど、大人しく誰かを待つというのは私の性に合わないのだ。

 ポチにこんな事愚痴ったらまたアリサは子供らしくない考えしてるのな、とか言われるんだろうか?



 一瞬だけポチになのは達の手伝いを、とか考えたけど私の我侭でポチを危険に晒すのも、ね。
 
 そもそもこの二人がポチを見てどういう反応をするのかすら分からない訳だし。

 ユーノの言うなんたら結界に私が入れたのも恐らくはポチの影響なのだろう。
 
 あの時すずかがポチの良く分からないアレで少しおかしくなった時も私はなんともなかったし。

 ……あれ? ひょっとしたら。


「ちぇ、ちぇすとー」


 いつかポチがやっていたように宙に輪を描く。何も起きなかった。
 
 ええ、分かってたわ。何かが起きるわけないって本当に分かってたわよ?

 恐る恐る前を見る。バックミラー越しに鮫島が微笑ましい、と言わんばかりの暖かい視線を送っていた。
 
 ……穴があったら入りたい。









「わたくしが友人に勧められて買った始めての18禁ゲーム。
 それは魔法戦士スイートナイ○で、わたくしは○○才でした。
 その触手はグロテスクでクリーチャーで
 こんな素晴らしいゲームをプレイさせてもらえるわたくしはきっと特別な存在なのだと感じました。
 今では、わたくしが勧める方。
 知人に勧めるのはもちろん魔法戦士シリーズ。
 なぜなら彼が触手そのものだからです」

「ココノはメ様の嫁、とでも言っておけばいいのか?」


 いかなる状況下でも、そして相手がどんなに強力な魔法戦士にでもお触りする事を止めようとしないメ様を俺は本気で尊敬する。弟子にしてください。
 
 ついでに俺もどうせ生まれ変わるならならそういう世界観がよかった。せっかく触手なんだし。


「というわけでポチ様」

「嫌じゃボケ」

「……せめて最後まで聞いてくださいませんか?」

「聞いても答えは同じに決まってんだろ」


 椿さんならまだしも、桜と一緒に触手モノの陵辱エロゲーとか死亡フラグ乱立の匂いしかしないんだよ。

 どのタイミングで発きょ、もとい発情するか分かったもんじゃない。


「あ、お時間が心配ですか? もしそうならご心配なく。コンプ済みですから全パートスキップ可能です……あまり飛ばしすぎると登場キャラに感情移入出来ないのであまりお勧めは出来ませんが……」


 不覚にも一瞬こいつ分かってるな、とか思った自分を殴りたい気持ちで一杯だ。
 
 だがそれと同時に聞き逃せない単語が桜の口から出てきてしまった。

 
「感情移入って、誰が、誰に」

「わたくしが、ヒロインに」

「……俺に何をさせるつもりだ」

「何って……そんな恥ずかしい事、わたくしの口から言わせないでください! でもどうしてもポチ様がお望みと仰るのならば微に入り細を穿ちご説明いたします!」


 耳まで真っ赤に染め、両手を頬に当てはにかみながらいやんいやんと首を振る桜。

 なるほど、桜の高レベルな容姿もあって非常にかわいらしい素敵な光景だ。
 
 媚び媚びなのが若干アレだが、そこらへんの男なら一発でKOされる事請け合いだろう。
 
 かくいう俺も少しは心動かされたかもしれない。……桜がその白魚のような手に用途不明なロウソクと縄とビデオカメラ持ってなければな!
 
 
「さあポチ様参りましょう、愛と肉欲と絶望の失楽園へ!」

 
 あれか、桜は一人でXXXの壁でも突破するつもりなのか。
 
 下手すりゃ大人の階段上る前に存在抹消されかねな――。


「貴様ッ、見ているなッ!」


 窓に向かって人間止めた人よろしく声を荒げる俺。
 
 視線の先、雲ひとつ無い青空の向こうには俺を除く黒い影が……。
 
 
「あれ?」

「ポチ様、いかがなされました?」

「誰かが窓の外から俺を見てた気がする、んだけど」

「……いませんね。鳥か何かと間違えたのでは?」

「そんな筈は……」


 いや、待て。
 
 まさか、そんな。

 ……ついに電波が俺に幻覚を見せ始めたとでもいうのか。


「まったく……他人の視線なんかお気になさらなくても、わたくしはいつでもポチ様の事をすぐ傍で見守りいたしますのに。ええ、それこそおはようからお休みまで」
 
 
 クネクネと悶える桜。
 
 もうやだこの子。
 

「悪い桜。俺、こんな時どんな顔をすればいいのか分からないんだ」
 
「鬼畜の表情でわたくしに迫ればいいと思います。そしてあわよくば目も当てられないほどメチャクチャにしてくださいまし」
 
「……俺の半径2メートル以内に近づかないでくれるかな」
 
「そんな酷いっ!」

「酷いのはお前の頭の中身だと思う」


――。


 とかなんとか桜と馬鹿やってる場合じゃないらしい。
 
 気のせいだ、と半ば無理矢理自分を納得させた瞬間に今度は全方位から視線が襲い掛かってきた。
 
 ツチノコやネッシーみたいな希少動物を見るような目で見る、そんなお世辞にも愉快とは言えない視線。

 俺が一体何をした。ちょっと金髪美少女とメイドさん達に囲まれて毎日毎日プーでヒキでニートやってるだけじゃないか。……生きててごめんなさい。


――。


 うわまただ。これ間違いなく誰かが何処かから俺の事見てるよ。
 
 どこの誰かは知らないけどプライバシー無視にも程があるなとか訴えたら勝てる気がするとか、そんな余裕かましてる場合じゃない。
 
 間違いなく桜は完全スルーで俺だけ見てる。
 
 何故かは分からないけどなんとなく分かる。

 それは穴を通る時に俺に向けられる“よう兄弟、お疲れさん”みたいな生暖かいものとは全く違う、どこまでも俺を観察する意図しか読めないそれは人として生理的嫌悪感しかもたらさないもの。


――( ゚д゚ )( ゚д゚ )( ゚д゚ )( ゚д゚ )( ゚д゚ )( ゚д゚ )( ゚д゚ )( ゚д゚ )


 無理矢理表現してみるとこんな感じ。こっち見んな。

 有り体に言って怖い。
 
 こんな意味不明な状況が知覚可能な自分自身も怖いっちゃ怖い。
 
 だがそれ以上にこの視線を受けてると不思議と俺が捕獲、実験、解剖される光景が絶えず脳裏にチラつくのだ。
 
 被害妄想と言われればそれまでかもしれないが、こんな視線四六時中受けてたらあっという間に精神崩壊するんじゃなかろうか。
 
 それにこのままだと俺の命の恩人達のプライバシーが完全に無視されるのも気に入らない。

 トンズラこいた方がいいかな。少なくともこの視線が届かない場所に。


――。


 ……駄目だな。
 
 自惚れでもなんでもなく、この視線は俺個人に興味、もしくは害意を持っている何かのそれだと断言出来る。
 
 そして魔法か超能力か超科学かは知らないが、ご丁寧に360℃全方位で盗撮なんてどう見ても犯罪な真似を平気でやらかしてくる相手だ。
 
 俺がいなくなった後、アリサをはじめとする家の皆に何も犯罪的なアプローチをかけてこないとはどうしても思えない。
 
 具体的には誘拐とか誘拐とか誘拐とか。

 
 珍しく真面目な顔(?)をして黙りこくる俺を桜が心配そうに俺を見ているが、どうしてか事情を説明するのは憚られた。
 
 
 ならどうするかって?
 
 逃げる事もこのままでいる事も出来ない俺に今出来る事は一つだけ。そう、特攻である。

 古人曰く虎穴に入らずんばなんとやら。視線の向こう側を意識して穴開けりゃ多分相手に会えるだろう。
 
 今回ばかりは結構本気でやばそうだけど、皆の、というかアリサの安全には変えられん。
 
 そう結論を出した所で、ふと自分はこんな自己犠牲心の強い人間だったかと自問する。
 
 答えは言うまでもないだろう。
 
 
 生前の俺は自分さえよけりゃ他はどうでもいいとまでは言わないが、極一般的な日本人の例に漏れず自分の身が一番可愛い事に変わりは無かったのだから。
 
 そしてそれは今も変わらないと思ってる。
 
 なら今俺を突き動かすこの感情は?

 
 自殺願望。あんま笑えない答えだけど、こんな社会不適合すぎる姿だし少しはあるのかもしれない。

 あー死にたくねえなー、とか言っても生き返ってからこっち、事あるごとに生きる事諦めちゃってるもんだから説得力が皆無すぎる。

 
 
 止め止め。欝になってきた。
 
 いつも通り出たとこ勝負でいいよな。


 ……考えるのを止める事が増えた気がするが何、気にすることはない。

 そもそもこの姿になってからというもの、これまでに体験した事の無い変なことばっか起きてるわけで。
 
 ただでさえ足りない俺の頭じゃどれだけ必死に考えてもどうしようもないんだよ。
 
 だから選択肢が全部その身一つで当たって砕けろ。さっさと失敗して死ねと申すか。ユーザーフレンドリーすぎる対応に感動で涙がちょちょぎれるね!
















――私たちは次元世界こそが全てを構成する上で最上位の物だと、世界の円の最も外側だと、そう信じていた。

――だが、本当はそれよりも上位の世界が存在しており、私たちがそれを知らないだけだったとしたら?

――もしそうなら私はあの日、初めて私たちより上位次元の存在に出会ったのではないだろうか?

――そう、きっとあれはああ! 窓に! 窓に!










[7386] こみパの世界の同人作家は人外だと思う
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:51356157
Date: 2009/08/09 05:27








注意








今回の話は以前やったネタ

http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=all&all=7386&n=11#kiji

のパラレルです。現在進行中の本編とは関係ありません。



















――うお、なんだアレ。すげえクオリティだな。

――どう見ても本物にしか見えねえんだけど。どんだけ情熱注ぎ込んだんだ。パネェ。

――間違いなく今日は一波乱あるってか、よくあれ持ち込めたよな。ある意味危険物で猥褻物だろ。

――みwwwなwwwぎwwwっwwwてwwwきwwwたwww




 はい皆さんこんにちは。

 夏真っ盛りですね。お天道様が眩しいですね。アクエリアスとポカリスエットが手放せませんね。
 
 日本中から、そして世界各地からヲタクの皆さんが集結するコミックマーケット、通称コミケ。その三日目。
 
 関係者なら誰もが認める大一番のこの日、プーでヒキな触手である事に定評ある私ことポチは超大手サークルMAIDsの一員として今大勢の人達の前にいます。

 なんという事でしょう。生まれて二十ウン年、このかた味わった事のない量の視線が私に降り注いでおります。

 皆さんには想像出来ますか? 私を視界に納めた全員が例外なく噴出すか目を剥くのです。これは一体なんの罰ゲームなのでしょうか。
 
 小市民な私は正直今すぐこの場から逃げ出したい気持ちで一杯です。



 
 誰だよ、会場ならコスプレって事で押し通せば問題無いとかいう無茶な提案を真に受けてホイホイやってきた馬鹿は。俺だよ。

 アリサん家からビッグサイトの女子トイレに転移とか初体験だよ。あの時の俺は一体何を考えてたんだ。


 ……頼む。誰か教えてくれ。俺は一体どうすりゃいいんだ。
 
 幾ら気持ちを落ち着けようとしても嫌な汗が止まらない。
 
 ここまでのプレッシャーを味わったのは生まれて初めてだ。勝てる気がしない。

 会場から暫く時間が経ち、本が完売した状況で来てコレである。会場前や直後だったらどうなってたかとか想像もしたくない。
 


――誰か話しかけてこいよ。中の人にすっげえ興味ある。性別的な意味で。

――いやお前行けよ。

――いやいやここはお前が。

――いやいやいや。

――いやいやいやいや。

――じゃあ俺が行くわ。

――どうぞどうぞ

――裏切ったな! 僕の心を裏切ったな!



 俺の姿がよほど恐ろしいのか、誰も一定距離以内に近寄ってこない。

 見える。色んな板やBlogで俺の写真がそりゃあもう大々的にアップされる光景が。
 
 予想とか予感とかそんなもんじゃない。これはもう完全に確定した未来だ。

 ……いやいや待て。ひょっとしたら情報規制とかしかれるかも。そうさ、きっと。
 
 
「凄いですねポチさん、もう同人板のスレに写メ貼られてますよ。ほら」

「……」


 一瞬で儚い幻想を打ち砕きながら、椿さんがずずいっと俺に携帯を見せ付けてくれた。






MAIDsのスペースに触手がいる件について

1 :名無しさん@コミケに行こう:200X/08/XX(X) XX:XX:XX
http://XXXX.YYYY/ZZZZ.png
やべえwwwwなんだこれwwww
マジでいるから今会場で動ける奴は今すぐ行ってこいwwwww

2 :名無しさん@コミケに行こう:200X/08/XX(X) XX:XX:XX
ちょwwwwwwww
え?wwwwwwwww
wwwwwwwwwwwwwwwwwwww

3 :名無しさん@コミケに行こう:200X/08/XX(X) XX:XX:XX
俺のSAN値がががががが

4 :名無しさん@コミケに行こう:200X/08/XX(X) XX:XX:XX
遂に奴が現れたのか。
俺の右腕の封印を解く時が来たようだな。
……静まれ、俺の右腕よっ、怒りを静めろ!

サーセンwwww
勝てる気がしないっすwwwwww

5 :名無しさん@コミケに行こう:200X/08/XX(X) XX:XX:XX
糞スレ立てんな氏ね
そう思ってた時期が俺にもありました
スタッフ! スタッフはどこでおじゃるか!?

6 :名無しさん@コミケに行こう:200X/08/XX(X) XX:XX:XX
メシ食ってる場合じゃねえ!

7 :名無しさん@コミケに行こう:200X/08/XX(X) XX:XX:XX
これはwwwww
家族に見に行かせるようにせんとwwwww


……

…………

………………


1000 :名無しさん@コミケに行こう:200X/08/XX(X) XX:XX:XX
1000なら触手に特攻してくる


このスレッドは1000を超えました。





 ……うわあ、こりゃすげえや。


「とまあ、ご覧の有様です。凄い勢いですね」

「…………どうも」


 お前ら自重しろ。そんなに触手が好きか。
 
 俺モテ期到来だな。


「ご感想は?」

「切れ痔になりたい奴からかかって来いって感じです。ええ、触手無双始まりますよ」

「頼もしいですねー。一年に二回のお祭りなんですから思いっきり楽しみましょう?」

「……いや、まあ。それはどうでしょうかね」


 こうなってしまったら、何が何でも最後までコスプレって事で押し通さないと色々やばい事になる気がする。
 
 途中でブッチしたら都市伝説にでもなるんじゃなかろうか。
 
 ああ、現実と虚構の区別云々とかお決まりの事言っちゃう三流コメンテーターの言葉が聞こえる。



――うーわ、マジで触手だ。俺絶対コラと思ったのに。

――これTV来るんじゃね?wつか>>1000はまだ?w



 でもやっぱり帰りたい。今すぐ穴空けて逃げ出したい。



――幾ら主はやての頼みとはいえ、この状況であそこに赴くのは……。

――ジャンケンで負けたのはシグナムでしょ。はやてちゃんの為に恥を忍んで行ってきなさい。

――いやしかし……なあシャマル。あれは本当に主はやての言う“こすぷれ”というものなのか? どう見てもあれはほんも……。

――い、い、か、ら、い、く、の! 時間も押してるんだし! ハクオ○さん×エル○ゥ本買う時間無くなっちゃうでしょ!! ほらゴーゴー!

――くっ……どうして私がこのような……。



「……すまない。写真を一枚よろしいだろうか」

「……ええ、ご自由にどうぞ。幾らでも撮っちゃってください」



 うぇっへっへっへ。相手がナイスボデーの美人さんだからって了承しちゃったよ俺。
 
 もうどうにでもなあれ。



――721! あれが、あのハイスペックなワガママボディの持ち主が>>1000だというのか!?

――参加者に二次元に入れる方はいらっしゃいませんかー!

――打つ出し脳。

――俺ちょっと触手にクラスチェンジしてくる!









 写真を撮られてから数十分後、流石コミケ時空というかなんというか、俺に注がれる視線が“かなりハイレベルのレイヤー”程度の物になったので気分転換に会場外を出歩く事にした。
 
 そこかしこから「あれが……」とか聞こえるけどもう慣れた。俺も、向こうも。
 
 ある意味ヲタクって人種は心のキャパが大きいよな。

 とか感慨に耽っていたら。


「ポチさん……?」

「へあ?」


 不意に、名前を呼ばれた。
 
 誰だ? その敬称で俺を呼ぶのはコミケ会場には椿さんしかいないんだけど。

 果たして、視線を向けた先にいたのは。


「フェイト、ちゃん?」

「あ……よかったです。間違ってたらどうしようかと」


 安堵の微笑みが向けられた。

 ……!?!?


「でもよく考えたら他に……ポチさん、どうしたんです?」

「ちょっとごめん。少しだけ俺に考える時間をください」


 思わず背を向ける。

 目の前の理不尽な光景に脳の処理が追いつかない。

 理解不能。理解不能。

 俺が今いる、ここはどこ? コミケ会場。大きなお兄さんやお姉さんが集うアレな方向での聖地。

 今何時? 13時少しすぎ。本はとっくに完売。流石超大手。

 俺は誰? 毒電波撒き散らす触手。生身であって決してコスプレじゃない。

 俺の目の前にいるのは誰? 魔法使いフェイトちゃん。9歳児にして儚げな雰囲気が印象的な、庇護欲をかきたてる金髪ツインテ美少女。

 ……幾らなんでもこれは無い。世界で一番コミケから遠い人種がここにいる。ある意味そうじゃないのかもしれないけど。


「フェイトちゃん、なんでここに? ていうかどうやって?」

「母さんがこの世界の祭りに興味があるって……」


 答えは簡潔にして明確だった。
 
 頭はそこまで熱くないのに眩暈がする。

 こんな純粋無垢って言葉を煮詰めたら出来上がるようないい娘連れて何してるんですかプレシア女史。
 
 普通の花火大会とか夏祭り幾らでもあったでしょうに。なんでよりにもよってコミケを選んでんだ。
 
 
「……アルフは?」
 
「母さんの言いつけで、私は買っちゃいけないらしい本を買いに行ってます」
 
 
 おい、フェイトちゃんの今後の教育に悪影響を与えたらどうするつもりだ。即刻荷物まとめて家に帰って欲しい。
 
 だってほら、大きなお兄さん達がフェイトちゃんに釘付けだよ。
 
 敢えて言わせてもらおう。このロリコンどもめ!
 
 
――金髪ロリ美少女に触手だと……? 俺はいつの間に夢の世界に入り込んでたんだ!?
 
――ハァハァハァハァうっ。……ふう。ちょっとお前ら落ち着けよ。あの子が怯えたらどうするんだ?

――俺は悟りを得た。それ即ち小五ロリ。色即是空也。
 
 
 事情を知らない連中は気楽なもんだ。こっちの気も知らんと好き勝手に盛り上がってくれちゃって。
 
 俺も逆の立場なら絶対野次馬根性発揮してるんだろうけど。


「それにしても、凄い人の数ですね。私こんなに沢山の人見るの初めてで……」

「……フェイトちゃん、ちょっと涼しいものが飲める所行こうか。ここはちょっと暑いし」

「あ、はい」


 ……何か起こる前に皆の所に連れて行こう。
 
 そうすりゃ少しは目立たない筈。


――うわ、誘拐だ。触手が幼女誘拐してる。

――幼女誘拐監禁事件だ。

――ロリコンとかマジ死ねよ……。


 あーあーきこえなーい。











「世界は、いつだって……こんなはずじゃないことばっかりだよ!!
 ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ!!
 こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは、個人の自由だ!
 だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間を巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない!!」

「……クロ助、自分の目の前で欲しかった本が売り切れたからってそんなに怒るなよ」














会場には始発で行きましょう。徹夜組ダメ、ゼッタイ。

レイヤーさんの写真撮る時は然るべき場所で、ちゃんと許可を貰ってから撮影しましょう。

エロ同人は18歳になるまで買ったり読んだりしてはいけません。

出来るだけ小銭を用意しておきましょう。特に万札はサークルさんの迷惑になります。

“お客様”ではなく“参加者”としての自覚を持ちましょう。

熱中症に注意。水分補給は忘れずに。

風呂入ってこい。お前洗ってない犬の臭いがするんだよ。




続く、かも



[7386] 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:51356157
Date: 2009/08/20 18:47







 なんて展開が起こる筈もなく。
 
 俺がアリサの家から穴を抜けた先は勿論見た事も聞いた事も無い場所。
 
 
 
 なんだろうな、ここ。そこはかとなく怪しく重い雰囲気が漂っている。
 
 辺りを見渡してみれば、木の幹が絡みついた試験管が辺り一面に鎮座していた。
 
 そしてその奥、10mほど先には一際大きい試験管、もとい水槽に入った見覚えの有る金髪の幼女が膝を抱えるように。

 ……おい、まさか、あれ。


「フェ……っ!?」

 
 一瞬我を忘れかけたが、違う。落ち着け。
 
 よく見てみれば、あの中にいるのはフェイトちゃんじゃない。
 
 確かに瓜二つだけど、フェイトちゃんよりも一回り幼い。
 
 見たところ小学生未満って所だろうか。
 
 あの子が数年経ったらフェイトちゃんになるだろうと思われる。


 ……フェイトちゃんじゃないと分かるといきなり冷静になるんだな、と自己分析。
 
 試験管の中に入った幼女って十分驚愕に値すると思うんだけど。
 
 この光景が非現実すぎるからか。もしくはもっと驚くべき事があるからか。

 俺の眼前、フェイトちゃん似な幼女が入った水槽の前には黒いウェーブのかかった長髪をした女性と思わしき姿。
 
 俺を襲うのは既視感。

 忘れもしない。そう、あれは俺がこんな姿になった日。
 
 もし彼女があの日の人と同じ人ならここは果てしなく遠い場所(仮称)って事だ。
 
 いっそここまで来ると地球かどうかも疑わしいな。明かりも無いのに暗くないし。
 
 
「……」
 
 
 俺の声を聞いて振り返った彼女はやはりというか予想通りというか、その人だった。
 
 ただあの時よりも更にやつれたその様は重病人、といった印象を抱かせた。下手すりゃ近日中に過労で死ぬんじゃなかろうかと思わせる程度には。

 ……この状況を鑑みるに、やっぱり俺を視姦、もとい観察していたのは彼女なのだろう。

 どんな意図を持って俺を見ていたのかは知らないが前の時の事もある。警戒は幾らしても越した事はない。


「アリシア! 今すぐテレビの電源を切りなさい!」
  
「……?」

「任務は失敗に終わったわ! 今すぐ電源を切るのっ! うろたえないで。これはアニメなの。いつものアニメなの。長時間見ていると眼が悪くなるわよ」


 暗い光を宿した目をした彼女に何を言うか考えていたら、いきなり意味不明な事を言い出した。

 TVは部屋を明るくして画面から離れて見て下さい、か。

 よく聞くフレーズではあるが、それがこの場所、そしてこの人の口から出るのが凄く似合わない。それに何故今言うのか分からない。
 
 ついでにアリシアって誰。響きがアリサに似てるな。


「連続通信機ドラマ「アイデアスパイ2.5(ツーハン)」第一回
 ミッドチルダ。人々の欲望渦巻くこの大都会では、今日も誰かが何かを買い、売り、そして捨て、平和に暮らしている。
 だが、そんな平和の裏側で、粗悪な商品を売りつけ私服を肥やす悪の組織「J・S社」が暗躍していた。
 汚れなき市民を巧みに欺き、ガラクタを高値で売りつける「J・S」の野望を打ち砕くべく
 時空管理局は極秘に対抗チームを結成。悪の通信販売会社「J・S」から市民を守るべく誕生した極秘スパイ、その名も「2.5(ツー・ハン)」」
 
「しかし、ずいぶん長い間インターネットをしているのね。他にする事はないのかしら。まったく……」

「只今、留守にしております。御用の方はピーという発信音の後にメッセージをどうぞ。ピー」


 …………うわあ。

 とかドン引きしている場合ではない。

 この人、何故か完全に発狂している模様。予想外の超展開にも程があると思う。

 どうしてこうなった。悲惨すぎて正直目も当てられない。今回ばかりは俺のせいじゃないぞ。

 流石の俺でも何もしてない相手がここまであっぱっぱーになってるのを見るのは居た堪れない。


「お願いします、正直反応に困るんで正気を取り戻してください」

「取り戻す……そう、私は全てを取り戻すの……失われた秘術が眠る禁断の地、アルハz」


――ごふっ。


 真面目な事言い出したと思ったら、吐いた。何を? 赤い塊を。

 床に落ちると同時に弾け、耳障りな粘着音を響かせたそれは血糊やケチャップといった小道具とは一線を画す、リアル極まりないもの。血塊。

 突然の事態に数瞬思考が止まる。ジーパン刑事よろしくなんじゃこりゃあ! と言う余裕は微塵も無い。
 
 
「だ、大丈夫ですか!?」

「らりるれろ! らりるれろ!! らりるれろ!!!」

 
 鬼もかくや、というおっそろしい表情でこの発言。一瞬でシリアスな空気は霧散した。
 
 自重せずに毒電波を撒き散らすその姿はまさに魔女。
 
 汚染度で言えばガイガーカウンターが振り切れそう。
 
 ……なんかもうどうでもよくなった。吐血でも何でも好きにすればいいんじゃないんですか?


「私の我慢にも限界がある。もう貴女には任せておけない。私が出撃する! 貴女はもう帰りなさい!」

「いいからちょっと黙ってろよアンタ」

 
 思わず言葉が汚くなる。

 何故だかよく分からないが、色々なものがぶち壊しになってる気がするのだ。

 ほら、フェイトちゃんを一回り小さくしたような半透明の幼女も“駄目だこいつ……早くなんとかしないと”的な目でこの人の事見てる。

 ……半透明?


『……え?』


 よし、よし、大丈夫。
 
 目が合ったような気がしたけど大丈夫。
 
 俺は、幽霊なんて、見えてない。


『あの、あの……ひょっとして私の事……見えて、ます?』

 
 必死の思いで目を逸らす。
 
 見えてないったら見えてない。

 幽霊なんかこの世に存在しない。そう存在しない。

 いないいないお化けなんかいない。触手はいても幽霊はいない。


『……お願いします。私の話を聞いてください』


 おい止めろ。幻覚が俺の周りで喋るんじゃない。

 ……今日の晩飯なんだろう。
 
 毎日美味しいものを食えるのはいいんだけど、いい加減舌が肥えてきたのは困りものだな。

 たまには台所借りて自炊しよう。
 
 独男の粗雑な手料理を皆に食わせるつもりはないぞ?


『どうか私の母さんと、私の妹を』


 そういやアリサはすずかちゃん家から帰ってくる頃かな。
 
 出来るなら心配かけないように早めに戻らないと。
 
 保険はあるけど楓からあんな事聞かされたせいか、直にアリサの顔見て声聞かないと不安だ。
 
 依存しすぎかなと思わないでもないけど仕方ないよね。実際衣……はともかく食と住は依存しきりだし。あと精神的にも。
 
 
「巻き舌宇宙で有名な紫ミミズの剥製はハラキリ岩の上で音叉が生まばたきするといいらしいわ。要ハサミよ。61!」

『母さんは少し黙ってて! お願いします、助けてください!』


 現実逃避にしてもそろそろ限界だな、とか初対面の触手に助けを頼むとかこの子形振り構ってないな、とか母さん君の声聞こえてないし姿も見えてないだろ、とか思わない。
 
 だって俺には何も聞こえてないし見えてないんだから。全部幻覚で幻聴です。


「よし、そろそろ帰るか」

『!? こ、こうなったら胸元を少しはだけて』


 なんという誰得。


『うっふーん! せくしーだいなまいつ!!』


 肌色のまな板。
 
 遥かなる地平線。

 ぺったんぺったんつるぺったん。


『う、うぅ……私何やってるんだろう……』


 本当に何やってるんだか。

 トチ狂ったのかと言いたくなるほど非常にお間抜けな行動から一転、めそめそと泣き始めた半透明の幼女。
 
 俺、リアルorzとか初めて見たよ。
 
 ……存在は認めても意地でも幽霊とは認めないぞ?
 
 でもその全てを投げ売った捨て身の行動に免じて、水槽から幽体離脱なら認めようと思う。


『ぐすっ……もうやだぁ……』


 もう嫌なのは俺の台詞だ。

 しかしどうしよう。いい加減俺のせいじゃないとはいえ不憫になってきた。

 ていうか色気のいの字もない幼女の分際で何故その選択肢を選んだ。二十年早いんだよ。
 
 アホの子か。アホの子なのか。


「前から思っていたんだけど、貴女はゲームオーバーになりすぎよ。こういってはなんだけどかなり下手ね」

『……母さんの馬鹿! 大っ嫌い! うわああああああんっ!!!』


 母と呼ばれるその人の一言がとどめとなったのか、幼女は泣きながら壁すり抜けて消えた。

 ああもうなんだこのカオス。収拾のつけようがない。

 俺はこの状況で何をすればいいのやら。
 
 流石にこれ以上毒電波浴びせたらこの女性は今度こそ戻ってこれない所に逝ってしまう気がする。人殺しは勘弁願いたい。


「まさか貴女は不正な手段でインチキなスコアを出そうとはしていないでしょうね。それは最悪の行為よ、まったく……」


 かといってこのままアリサの元に帰っても状況は何一つとして好転しないだろう。
 
 また観察されても俺の気が休まらないし、観察された意味とか気になる事もある。


「……ああアリシア、泣かないでアリシア。可愛い可愛い私のむす……ぐふっ」


 あ、倒れた。死んでは……いないな、うん。

 一瞬正気に戻った気がしたけど絶対気のせいだろう。

 だって他でもない俺の目見て笑いかけてきたんだよこの人。
 
 口から血垂れ流しながら微笑まれても今際の際にしか見えないんで勘弁。


 ……ひょっとして俺がそのアリシア!? ははっ、冗談はよしこさん。
 
 大方この水槽の中の子、そして幽体離脱してた幼女の名前と思われる。

 水槽の中で溺死しないのはLCL。エラ呼吸でも可。


「……はあ」


 力なく嘆息する。

 意味の無い事考えるのもそろそろ限界だ。
 
 さて、目下俺が成すべき事は。


「…………」


 この人を寝かせる場所を探すべきか。

 血に塗れた状態で床に寝せとくってのも健康によろしくない。

 ……自分を監視してた人を介抱するってのも妙な展開だよな。









 意識の無い美人さんをおぶってラスダンっぽい場所を探索。

 文字にしてみればそこはかとなく男心をくすぐられるシチュエーションだ。浪漫と言ってもいい。
 
 背後から漂う鉄の匂いがマイナスポイントだが、まあ我慢できないレベルじゃない。
 
 それよか二つ問題がある。

 一つはこの人の異常な細身と軽さ。
 
 ガリガリ君顔負けの骨身は長身の存在感が感じられないくらい軽くて。
 
 生ける屍。病人みたいな顔色も相まって、ついそんな言葉を思いついてしまった。
 
 この人普段何食って生きてきたんだ。雲と霞か。

 
『…………』


 そして二つ目、さきほどから背後にチクチクと感じる幼女、アリシアちゃん(仮名)の視線である。

 一定の距離を保ち続け、俺が振り返ると物陰に隠れてしまう。

 母親が触手に誘拐されるとでも思っているのだろうか? そんなにお袋さんが心配ならどっか寝かせる場所がある所に案内してくれよ。
 

「心配する気持ちは分からんでもないけどさ、今回は寒風吹きすさぶ屋外じゃないから別に連れて行ったりしないぞ」

『……? ……!!!』

 
 あ、口に出して気づいた。これじゃまるで前回が誘拐だったみたいじゃないか。

 確かにあの状況を第三者が見れば十人中十人が誘拐って言うだろうが、あれは誘拐じゃなくて保護だったと俺は声高に主張する。


『逃げてっ!』


 意識を飛ばし、誰でもなく弁解していたら不意にアリシアちゃん(仮名)が悲痛な声をあげた。

 逃げろってどうして。逃げろって何から。
 
 君は知らないだろうけど、こちとら生まれ変わってからというもの、世間様と自分自身から逃げっぱなしだよ畜生。

 軽く内心で愚痴りながら前方を向く。


「……おおう」

 
 なんとそこには身長3mほど、金ピカの甲冑をその身に纏い、鋭利な剣と頑丈そうな盾で武装したロボの姿が!

 アリシアちゃん(仮名)が言ってるのはこれの事かー。

 いや、俺もおかしいとは思ってたんだよ。いかにもラストダンジョンっぽい場所なのに全然MOBとエンカウントしないからさあ。


『逃げてください。早くっ!』


 ええ、そんな泣きそうな声で言われなくても逃げますよ。チキンな俺は脱兎の如く逃げますとも。

 冷や汗ダラダラな俺を威嚇するように、頭部に赤い無機質な光点を点すロボ。

 ……背中の人が軽かったのは不幸中の幸いと言うべきか。この分だと全力疾走出来そうだ。

 置いて逃げる? 無い無い。この鎧はこの人の命令で動いてるとかいう希望的観測は今だけは捨てるべきだ。

 もしかしたら、という一縷の望みをかけて触手を突き刺そうと試みる。もしかしたらチハたんみたいな神装甲かもしれないし。
 
 
――ぺしっ。

 
 羽虫を追い払うような気安さで打ち払われた。ですよねー。













[7386] タイトルは投げ捨てるもの
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:96f89504
Date: 2010/04/27 01:51





 化け物。嘲笑や哀れみというよりも、むしろ畏怖と嫌悪が込められたその言葉。
 それは人間である事を止めた者には最高の褒め言葉であり、また人間でありたいと願う者にとってはこの上ない言葉の凶器。
 では、そのどちらでも無い者には? そして“元”人間にとって、それはどういう意味を持つのか?
 人間の心を持ちながら人間の体を持たない者。それは果たして人間と呼べるのだろうか?

 これは自分が生きる世界すら失った者と、彼を取り巻く人々が繰り広げる苦悩と悲しみの物語である。









 意図せずして命がけの鬼ごっこをする破目に陥ってしまった俺。
 相手は割と鈍足だったのでこれならすぐに逃げ切れると思った俺が馬鹿だった。
 逃げ出した先々で次から次へと沸いてきたのだ。大きい鎧とか、凄く大きい鎧とか、物凄く大きい鎧が。
 想像してほしい。コミック力場でも働いてるのかといいたくなるほど大量の機械鎧が自分に無言で殺到する光景を。

 勿論何も貰わなかったわけではない。実際生きた心地がしない場面が幾度と無くあった。
 背中越しに何かが当たったような感触と同時に辺りがやたら眩しく光ったのだ。
 
 が、別に大した事は無かった。
 多分閃光弾か何かだったのだろう。目くらましは後ろから使ってもあまり意味は無いと思うんだが、まあロボだし。

 さて、土地感の全く無いこの場所で袋小路に追い詰められる事無く無事にアレ等を振り切れたのはひとえにアリシアちゃんの誘導のお陰に他ならない。
 彼女がいなければ間違いなく俺はこの軟体の刃物への耐性を試さざるを得ない状況になっていたであろう。
 三寸斬り込めば人は死ぬのだ。
 俺の体は人じゃないとかそういうのは今はどうでもいい。少なくとも抱えていたあの人は人間だろうし、痛覚があるこの体でそんな炎のチャレンジは御免こうむる。……無くても嫌だ。
 
 さて、そのアリシアちゃんだが、ロボの群れから辛くも逃げ切った俺をこの――俺の抱えていた女性のものだろうか――部屋に連れてくると、そのまま何も言わずに姿を消してしまった。
 何度か名前を呼んでみたが何故か反応は無く。
 俺の呼びかけは殺風景極まりない個室に空しく響くだけだった。

 それにしてもこの部屋、軽く見渡すまでも無く本当に何も無い。
 はっきり言って唯一の家具であるパイプベッドが無ければここが部屋か空っぽの倉庫か区別が付かないだろう。
 そのベッドにしても埃こそ被っていないものの、枕も布団もなけりゃシーツすら無い素組みのままのもの。
 アリサの部屋の快適極まりないベッドとは雲泥の差だ。こんな床と大差無い所で寝たいたら体痛くなる事請け合いである。
 まあ敷く物も無いから寝かせているんだが。全身筋肉痛になっても俺を恨まないで欲しい。

 しかしなんだ、あの子は大事な母親と俺みたいなのを二人っきりにして心配じゃないのだろうか。
 俺がボケてなけりゃ確か母さんと妹を助けてくださいとか言ってた気がするんだけど。
 そして母さんはともかく妹の事は放置でいいんだろうか? きっといいんだろう。

「……ふう」

 一息ついた所で緊張の糸が切れたのか、ドっと疲れが押し寄せて……こない。
 人一人抱えてそこら中を散々駆けずり回っても全然余裕。化け物乙である。
 ちょっと泣きそうになった。
 
「……」
「……っくしょう。死んだ様に眠りやがって」

 あれだけ激しく走り回ったにも関わらず全くもって目覚める気配の無い眠りの女王様に向けて悪態を付く。
 辛うじて上下する胸だけが彼女の生命活動が今尚続いている事を俺に知らせてくれる。
 眉一つ動かさない怜悧な美貌はアイシャドーでもしてるのかと言いたくなるようなクマと骨と皮まで後一息、といった頬で見事にぶち壊しである。
 
 その酷さといったらよしんばこのまま彼女が仏さんになる事があっても死因は過労死です、とでも言っておけば警察も多分疑わないだろうと思えるほど。
 いっそこの場で俺が口と鼻押さえ続けたら監視の件は即解決しそうなんだが、ひぎぃも出来ないようなチキンハートに命の遣り取りとか無理難題にも程がある。
 いやまあ、それとこれとは別の問題だとは分かってはいるんだが。

「やれやれ……アリシアちゃーん、出てこないと俺が帰ってお母さんが大変な事になっちゃいますよー」
『えっ!?』
「えっ?」

 いよいよ状況が煮詰まってきたので適当ぶっこいたら足元から、もっと言うとベッドの下から声が聞こえた。
 恐る恐る覗きこむと、アリシアちゃんがつぶらな瞳を恐怖と驚きに染めていた。
 何これ怖い。なんでこの子こんな所にいるの。

「えー、その、あー。……アリシアちゃん?」
『~~~っ!』

 俺の呼びかけで我に返った瞬間、物凄い勢いで触手を掴むアリシアちゃん。
 これがどういう意図なのかは考えるまでも無い。お願いだから止めてください、だ。
 なんというか……非常に良心が痛む。
 彼女の顔が見知った、フェイトちゃんのそれに酷似しているだけに尚更。
 場のノリと空気で思わず何も考えずに発言した事を反省しながら額を軽く小突く。

『あうっ』
「ごめんごめん、ちょっとした冗談だよ」

 半分くらいな。
 こちらとしてはさっさとこんな危険な場所からは帰りたいのだが、如何せんこのベッドで横たわる人の問題を解決しない事には俺が危険を犯してここまで来た意味が無いし、何の解決にもなっていない。
 あのままの状態なら心配するまでもないと思うけど、一応な。こっち見んな的な意味で。
 ただ一つ問題が。
 会話すらさせてもらえずに即ガメオベラとかそういうのではなく、もっとこう切実に。

――只今、留守にしております。御用の方はピーという発信音の後にメッセージをどうぞ。ピー。

 非常に険悪だったとはいえ一応会話が成立した初対面の時ならともかく、あそこまで完全にバグったままではどうしようもない。
 猫や犬にでも話しかけたほうがまだ生産的というものだろう。
 
 一体全体何が原因でああなったんだこの人。まさか俺のせい?
 いやいや、自分で言うのもなんだが俺は物凄い勢いで怪しまれたり叫ばれたり怯えられたり通報されたりこそすれ、見ただけで発狂するような姿とは思えない。
 もし万が一正気度判定に失敗しても減るのは1D5くらいだって。……多分、きっと。

『……た』
「ん? ごめん、聞こえなかった」
『……さわられ、た』
「!?」
『うっ、く……ぅあああああっ』

 泣いた。泣き出した。何故なにホワイ。
 
 違うんです、今のはただのコミュニケーションで決してセクハラじゃないんです、ていうか先に触ったのはアリシアちゃんの方だよね、などと弁解する間も無く再び触手をつかまれ、そのまま抱きかかえられた。
 まるで嵐の中今にも溺れそうな所で見つけた板切れにしがみつく様に、強く、強く。
 こんな幼子の細腕のどこにこんな力があるんだってくらい必死なアリシアちゃんを見ると、流石の俺もそんなに強く握っちゃらめええええとか言える筈も無く。
 セクハラじゃないとなると泣いている理由が分からないのであやす事も出来ず。
 ……俺、この姿になって女の子泣かせすぎじゃなかろうか。
 
 結局、アリシアちゃんが泣き止むまでに30分程度時間がかかったと言っておく。
 ただただ少女の嗚咽を聞き続けるという、これまでの人生で一番長い30分だった。



「落ち着いた? 落ち着いたよね?」
『は、はい……すみません、ご迷惑をおかけしました』

 耳まで真っ赤にしながら頭を下げるアリシアちゃんに心の底から安堵の息をつく。
 ……俺の心が擦り切れる前に泣き止んでくれて本当に良かった。すずかちゃんの件が無かったら間違いなくGENKAIをTOPPAしていた。

「いやいや、初対面の人に気安くデコピンした俺のほうが悪いから。後言っておくけどあれは断じてセクハラじゃないからそこんとこよろしく。後一つ聞きたいんだけどいいかな」
『はい?』
「俺の姿ってどう見える?」
『……? すいません、質問の意味が良く分からないんですけど……』
「そのままの意味だけど」

 向こうからすれば意味も分からない上に唐突すぎる質問だろうが、当の俺は彼女の回答に少しだけ期待していた。
 泣き続ける彼女を見ていて、霊体っぽいアリシアちゃんから見た俺はひょっとしたら生前の姿のままなのかもしれない、と思ったのだ。
 恥ずかしい言い方をすると姿は変わっても俺の魂の形? みたいなのは依然人のままなのだと言って欲しいのだ。
 何故ならほら、初対面の俺に怯えないどころか頼みごととか普通に接して……ってあれ?
 アリサ筆頭に今まで出会ってきた人の半分くらいは似たような反応を。
 
「ごめんやっぱ今の無しで」
『……あっ! き、気が利かなくてごめんなさい! ……かっこいいですよ?』
「いや、そういう話じゃなくて」
『緑色の体とか、えっと……大きい目とか……』
「お願いだから止めて!? そんな一生懸命気を使わないでいいから!」

 推定幼稚園児に気遣われてお世辞まで貰ってしまった。
 生前の姿(笑)
 魂の形(笑)
 酷い拷問もあったもんだ。
 しかも思いっきり緑色とか言ってるし。これは酷い。
 今すぐ帰って不貞寝したい。むしろこの場で横になって全てを忘れて眠りたい。誰か酒持ってこい。

「……つっ、ここは……?」

 軽く自棄に陥りかけた俺に畳み掛けるようなタイミングで件の女史が起きた。
 一筋の救いを求めてアリシアちゃんの方を向いたら案の定いなくなっていた。
 そろそろ真剣にこの世界は俺に対して優しくないと思い始める。

「ご、ご機嫌はいかがでしょうか」
「最悪、ね」

 ですよね。

「と言いたい所だけど……どうしてかしら。酷くすっきりした気分……そしてあんなにも焦がれていた。それこそ全てを捨ててでも求めたつもりだったのに、今は何もかもがどうでもいい」
「えっと……?」
「本当は分かってるの。いえ、最初から分かっていたというべきかしら。死者の蘇生なんて夢のまた夢でしかないなんて」

 どうしよう、遠い目で語りだした。
 怖い。幾らなんでも脈絡が無さすぎて怖い。
 誰も死んだ人の話なんて聞いてないのに。
 
 てっきり眼に理性の光が宿ったように見えたから正気に戻った気がしたんだが、残念な事にそれは俺の気のせいだったようだ。
 仮にも正気だったら正体不明の化け物の目の前で自嘲しながら自分語りとか始めないし、それほどまでに渇望していたものを何の理由も無く諦めるとか考えられない。
 少なくとも俺には無理だ。

「でも私は止まれなかった。それが生きる目的と化してしまった以上、諦めてしまっては半ば壊れかけていた私の心は完全に壊れてしまっただろうから。いえ、あるいは手遅れだったのかもしれないわね。今にして思えばあの子達には本当に酷い事をしてきてしまった……」
「……」

 訥々と自分語りを進める女性を複雑な心境で眺めながら一つの結論に達する俺。
 誰のせいか知らないが恐らくこの人は帰ってこれない所、分かりやすく言うと“永劫の狂気”に落ちてしまったのだ。
 今のこの状態は狂気が一周して正気っぽく見えるだけ。なんてこった。
 アリシアちゃんとその妹さん。どうやら君たちのお母さんは大宇宙の意思と交信しすぎたらしい。
 俺のせいじゃない。きっと俺のせいじゃない。

「それで、貴方は私をどうするつもりなのかしら」
「へぁ!?」

 一人この世の無常さと人の心の儚さに嘆いていた所で突然話題を振られ、情けなくも声が裏返る俺。

「見逃す筈も無いでしょうし、ここで私を殺すのよね? 本音を言えばせめてあの子達に一言謝りたかったのだけど、私にそんな願いは些か贅沢がすぎるというものね」
「きっと疲れが溜まってるんですよ。もう一眠りしたらどうですかね」
 
 なんだよ。なんなんだよもう。
 どうしてどいつもこいつも俺をそんな鬼畜にしたがるかな。
 幼女陵辱とかひぎぃとかあまつさえ人殺しとかさ。
 何? そんなに俺の外見はグロいの? 触手で頭もぐもぐすりゃいいの? もれなく俺の精神が崩壊するぞ。
 幾ら俺が触手だからって言っていい事と悪い事があるだろうに。
 
 脳髄ぐじゃあとか属性、もとい耐性の無い人には完全に精神的ブラクラだから。勿論俺も無い。
 おまけに死期を悟った人間の悟りというか賢者モードというか、全身から溢れ出る手遅れ感が強すぎ。
 別に精神科医でもなけりゃカウンセラーでもない俺には荷が重過ぎる。医者を呼べ。

「まあ、どうでもいいわ。今死ぬ事が無くてもそれは死期が数日延びるだけの話」
「え?」
「ありとあらゆる手段を用いようとも、最早あの子が生き返る事は無い。なら私が生きていても仕方ないもの」
「……」

 自嘲に塗れた彼女の乾いた笑みを、一気に冷めた気持ちで見つめる自分がいた。
 命は一人につき一つきりで戻る事も増える事も無い。
 確かにそうかもしれない。ていうか普通そうだ。
 でも、どんな手段を以ってしても死者の蘇生は不可能だと断言すると、ある一つの疑問が生じてしまう。

 あの日確かに死んで、今ここにいる俺は誰なのか?
 実はギリギリ死んでなかったとかそんな事は無い……と思う。
 俺の最期の記憶は何かが潰れる嫌な音だった。流石に生きているとは思えない。

 つまり俺は例の触手の神様が作り出したコピー? ゴースト? ドッペルゲンガー?
 そういう重いのは正直勘弁してください。
 無論確認する手段などあろう筈も無いし、何気に色々教えてくれる電波の誰かに真偽を確認しようとも思わないが、触手の神様はボロ雑巾になった俺の体をこう作り直した。もしくは魂だけこの体に移したのだ。
 この一線は絶対に譲れない。決定事項である。
 俺は彼女を否定する。肯定=俺のアイデンティティの危機なのだから。
 故に。

「出来る出来る絶対出来る諦めんなよどうしてそこで諦めちゃうんだ諦めたらそこで試合終了だろ行ける行ける最後まで自分を信じて」
「!?」

 応援である。
 死人の蘇生に人生をかけているであろう彼女を全力で応援せざるを得ない。
 頑張れ頑張れマジ頑張れ。主に俺の為に。

「初心を忘れず俺も応援するからなんとかなるよ絶対大丈夫だよ何故ベストを尽くさないのか自殺しても無理矢理生き返らせられるって誰かが言ってた気がするし!!」
「ぁ、う、ガ――」
「だから最後まで全力を……ってあれ?」
「――――」

 気づけば、彼女はまた眠ってしまっていた。
 座って目を開けたまま眠るとか器用だな。
 
 ……すみません、嘘です。
 またか。また毒電波垂れ流したのか。
 どういう事だよ。応援が呪文とか幾らなんでも新しすぎるだろう。いい加減この体クーリングオフとか効かないの?



[7386] ░▒▓█▇▅▂∩(・ω・)∩▂▅▇█▓▒▒
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:96f89504
Date: 2010/06/26 22:06



 彼は望んだ。
 目の前に広がる敵をなぎ払う力を。
 絶望を打ち払う力を。
 希望を繋ぐ力を。
 明日を生きる為の力を。
 圧倒的で、絶対的で、普遍的な力を。
 神でも悪魔でも誰でもいい。
 力を。どうか、力を。

 その想いは空を越え、地球を越え、宇宙を越え、次元の壁さえ越えて。
 かくして彼の願いは届く。
 届いてしまう。
 返ってきたのは悪魔の契約。


――力が、欲しい?


 願いが届いた喜びに咽び泣く彼に悪魔は囁く。
 甘美で、扇情的で、しかしどこまでも廃退的な声で。
 
 
「欲しい。原稿を寝ながら仕上げるだけの力が。過程を吹っ飛ばして原稿は完璧に仕上がったという結果だけが残る力でもいい」
――悪いけどそういう力は取り扱ってないわ。空間跳躍なんかどう?
「似たようなの使えるからいらない」
――不死。
「最高に重いの来たな……火の鳥未来編読んでこい。独り永遠に残される辛さが良く分かるぞ」
――原子分解。虚無送り。バニシュデス。
「そんな名前からして物騒な力を原稿に使ってどうしろと」
――時間操作。
「主観的な時間の流れが変わらないのなら結局俺の作業量は変わらないだろ。むしろ他が遅くなる分相対的に増えるとか冗談じゃねえ。もうちょっと考えて口開けよスカタン」
――っ、ここまで我侭な奴は生まれてこの方お目にかかった事が無いわ! こっちがどれだけサービスしてるか分かってんの!? ちょっとアンタ何様よ!
「見りゃ分かるだろ。天下御免の触手様だよ……もういいよ。原稿の邪魔だから消えてくれない?」
――そうもいかないわ。今月分のノルマが未達成なの。
「ノルマ?」
――ええ。給料が歩合制なの。
「帰れ」

「ポチ様……妖精さんと会話している暇があったら手を動かしてくださいませ」
「頼みの綱のポチがこれじゃもう駄目かも分からんね。死ねばいいのに」
「ポチさん、現実逃避はせめて今日のノルマが終わってからにしてください」




 ウソです。




 ――ねえポチ。私ってどっかおかしいのかな?
 ――ネーミングセンスの件についてはノーコメントだと何度言えば。
 ――そうじゃなくて! もっと真面目な話よ。常識とか、趣味とか、価値観とかそういうの。
 ――今更にも程があるな……まあこの際だから言っちゃうけど断然おかしいね。初対面で俺見ても全然怖がらないし。それどころか抱きついてくるし。一体何が起きたのかと。何の脈絡も無く銀髪オッドアイの超絶イケメンになったのかと。
 ――銀髪云々はよく分からないけど……だってシュマゴラスなのよ!? 触手で目玉なのよ!? ファンとして怖がったり抱きつかない方がおかしいじゃない!
 ――テンションたけえ……頼むからその思考の時点で普通じゃない、むしろ完全に手遅れなんだって気づいてほしい。でもそんなアリサが俺は好きだし助かってるから、是非ともアリサはそのままでいてくれ。でもアリサの親御さんに俺は何て言えばいいんだ……。
 ――多分会う機会は無いだろうから大丈夫なんじゃないかしら。
 ――どうだかなー。ふとしたきっかけで遭遇してどえらい事件になる光景がリアルに想像出来るんだけど。
 ――ホルマリン漬けとか剥製のポチを見るのは……ちょっとね。
 ――止めてほんと止めて。


 家に戻ってすぐ、桜からポチが家を出た事を聞かされた。
 数秒ほど何を言われたのか理解出来なかった。
 けれど不思議とこの期に及んで夢が覚めただの、どうして私に何も言わずにだの、そんな女々しい事を考えたりはしなかった。
 その時の私は後から振り返ってみても、驚くほどに冷静だった。

 ただ、来るべき時が来たんだ、としか考えなかった。
 そこまで冷静にしていないと自分を保てなかったのかもしれない。
 或いは限界まで張り詰めた風船のように。

 まあポチの残してくれた三枚の手紙のお陰で、そんなのは私の恥ずかしい勘違いだったとすぐ分かったんだけど。
 手紙には今までの感謝の思い、そしてポチが家を出るまでに至った経緯が綴られていた。

 平穏な毎日を過ごしているだけだというのに、ジュエルシードという危険なモノが不本意ながら集まってきた事。
 そしてある夜、それを集める人間と会った事。そのうちの一人がなのはだという事。
 何者かにポチの存在を知られ、監視を受けている事。
 このままでは私や皆に迷惑がかかる為、家を出る事に決めたという事。
 そして一枚目の最後に書かれていた文章を読んで、私は思わず噴出した。


 ――PS。一応事態が解決したらすぐ戻るんで、新しい触手を飼ったりしないでくれると凄く助かる。


 ……バカね。アンタみたいなのがそんな何人? 本? 体?もいるわけないでしょーが。
 ポチらしい能天気さに笑いながらも滲む目を拭い、二枚目をめくる。
 あれ、PSって書いてるのに二枚目って……?


 ――PS2。こう書くと一気にゲーム機っぽくなるよな。
「……いや、それを言って私にどうしろってのよ。え、ひょっとしてこの紙に書いてるのこれだけ!? 嘘でしょ!?」


 嘘じゃなかった。誰が何と言おうと完全無欠に一行だった。
 いや。いやいやいやいや。
 紙一枚使ってこれ一行って。馬鹿じゃないの? 馬鹿だったわ。

 さっきとは違う理由で視界が滲むのと同時に、感動とか慕情とかそういった暖かい感情一切が抜け落ちてしまった。
 有り体に言うと萎えた。

 今生の別れになるかもしれない、という時にこれは無いと心底思う。
 ポチは一分間真面目に過ごすと死ぬ奇病にでもかかっているのだろうか。
 どうせこの分だと三枚目も適当な文章なのだろう。
 読まなくてもいい気がするけど、まあ一応。


 ――PS3。いよいよ最新機種だ。……流石に天丼は駄目かな。


 全くもって予想通りだった。
 自分でも分かってるならやらなきゃいいのに。
 今私がどれだけ心配しているのか全く分かっていないようなポチの適当っぷりに溜息を付きながら手紙をゴミ箱に捨てるか燃やすか埋めるかシュレッダーにかけるか紙飛行機にして飛ばすか真剣に考え始めた所で、三枚目にまだ文章が続いている事に気づいた。
 これでもしふざけた事が書かれていたら笑顔で燃やそう。割と本気でそう思っていたのだけど……。


 ――幾らなんでもこんな馬鹿話で締めるのもアレなんで、お守りを同封しておく。アリサさえ良ければ俺の代わりだと思ってほしい。ああ、ペンダントじゃないから刺客の凶弾を防いだり


 そこまで読んで手紙を閉じた。
 これ以上ポチの株を下げる事も無いと判断したのだ。
 仕方ないので百歩譲って机の引き出しに仕舞ってあげようと思う。
 にしてもお守り……ねえ。
 手紙に貼り付けられていたりはしなかったので封筒をひっくり返すと、何か小さな物が零れ落ちた。
 音を立てずにカーペットに落ちたそれを拾い上げる。
 私としてはてっきり文字通りポチの手作りのお守りか何かだと思っていたのだが、なんと全くの別物だった。


「……綺麗」


 それは、黒い宝石が付いた眩く輝く銀色の指輪。
 指輪自体も見事な物だけど、黒い宝石は正に魔石と言っても差し支えない魅力を放っていた。
 黒という黒を凝縮して作られたかのようなそれは、見つめ続ければそのまま吸い込まれるな錯覚さえ覚えてしまいそう。
 指輪の表面も、よく見れば裏表にビッシリと文字が刻まれている。
 これは……何語だろう?
 見たところ日本語でも英語でもないっぽい。
 夢中になってそれを眺めている内、私はどうしようもなく自分の心がざわめいている事に気が付いた。


 手放したくない。
 誰にも渡したくない。
 絶対に触らせたくない。
 これは、私だけのものだ。
 ポチが私にくれた。
 他の誰でもない、この私の為だけにこれは存在する。


 ただ握ってボーっとしているだけで、別段理由も無いのにそんな考えがフツフツと沸いてくる。
 それはまるで自分の中に新しい自分が生まれたかのような感覚。
 ポチが私にくれたものだからだろうか……こういうのも家族愛っていうのかしら? 何故か違う気がする。
 私の感性がまだまともなら、この感情はそう、どちらかというと狂気とか行き過ぎた独占欲とか、そういったあまりよろしくないものに類別出来る筈だ。

 とはいっても少し心に渇を入れればなんてことないし、ポチと初めて会った時に味わったアレの衝撃に比べれば全然余裕である。
 意識を保ったまま頭の中をぐちゃぐちゃにされるあの感覚はちょっと言葉に出来そうにない。

 それに、この程度で臆してしまうようならこの先もポチと一緒にやっていくなど夢のまた夢だ。
 ポチの人格はさておき、種族が危険な存在である可能性が高い、ていうかほぼ確定というのはポチにとても似通ったシュマゴラスを鑑みれば当たり前なわけで。
 客観的に見て、遠い昔に地球を支配していた混沌の神で全次元の生命体の根絶を狙ってるような生物ソックリなポチが危険じゃない筈も無いし。

 私個人としても、ポチがその気になれば世界は余裕で混乱に陥ると思う。
 人が大勢いる場所に出るだけで普通に大パニックになるだろうし、あの瞬間移動で世界の要人がいる所や原子力発電所みたいな重要な施設に行って毒電波。
 ……あれ、自分で言っといてなんだけどこれはちょっと洒落にならない気がする。

 ていうかほんとポチはどういう生き物なんだろう。
 指も無いのに鉛筆からフォーク、お箸まで器用に使いこなすし。
 本人に聞いてもよく分からないと答えるだけ。
 本気で分かってないっぽいのがまた謎を深めるわね……。






――は出来……ないと思ったら大間違いだ。実は出来る。バリヤーとかオートガードとか燃えるよな。(中略)とまあ、大体こんな感じ。使っても大丈夫だろうけど使うような事態が起きない事を祈ってる。試しに起動したらいきなり真新しくなったし。でもこれは必要に迫られた時、必ずアリサの力になってくれると思う。多分、恐らく、きっと。力になってくれるといいなあ。記憶が確かならその黒い宝石って俺の一部を使ってるらしいから不安なんだよね。電波的な意味で。でも俺は持ってても起動してもなんともなかったし、確信は全く無いけど多分大丈夫。俺はアリサを信じてる。ちなみに言うまでもないだろうけど給料三か月分とかじゃないから。実費0円だし。あと本音言うとコスチュームとか考えたかったんだけど時間も押してるしそもそも俺が考えるとアレな格好になりそうなんだよね。長々と書いたけどアリサここまで読んでくれてる? PSネタ当たりで捨てられてる気がしてならないけどそれはそれでありかなと思う今日この頃。









 仮定の話をしよう。
 
 俺が触手なんぞに生まれ変わらなかったら。
 俺がアリサやすずかちゃん達と同年代の少年だったら。
 俺が赤ん坊から人生をやり直していたら。

 もしこの内のどれかに当て嵌まっていれば、どう間違ってもこんな状況に陥ったりはしていないだろう。
 人生やり直し。きっと誰もが一度は思い描いた夢のある言葉である。
 表面上は今更ガキ共に混じってやってられっかー、とか思いながらその実童心に返って全力で楽しむのもいいかもしれない。
 肉体に精神が引っ張られて同い年の女の子にドキドキしている自分に気づいてロリコン乙と悶絶するのもいいかもしれない。
 強くてニューゲームの利点を十全に発揮してエリート街道をまっしぐらに突き進むのもいいかもしれない。
 でもなんだかんだ言いながら俺の性根は極めて適当且つ怠惰だという自覚があるので、結局は適当な所に落ち着くんだと思う。


 仮定の話をしよう。 
 
 俺がひぎぃを躊躇わないような奴だったら。
 俺がロリコンだったら。
 俺の触手から媚薬粘液が出せたら。
 俺の触手が細かったら。
 
 これらの場合は……きっと俺はこの場所に存在していないと思われる。
 物理的、心理的束縛から解き放たれた俺が気兼ねなく“ヤれる”状態になった時、据え膳を前にして自重及び我慢が出来る筈も無い。ヒャッハー! 陵辱だー!

 俺はこの先どうすればいい?
 どうすれば俺の触手は細くなる?
 どうすればらめぇ出来る?
 このままだと俺って巨人の国くらいでしかエロい事出来ないんじゃ!?
 そういうTheガッツ! 系はちょっと……。
 でも逆に俺が小さくなって普通の人にエロい事するのは有りだと思う。

 美少女や美女の服の隙間に入り込んでくんずほぐれつねちょねちょぐちょぐちょらめえこんな場所でー皆が見てるのにー。
 夢が広がりんぐ。天高く舞い上がれ俺の妄想の翼。


 とまあ、ご覧のように俺は所謂「たら」「れば」の話が好きだ。
 何故かって? こうやって妄想してる間は過酷な現実から目を逸らせるからに決まってんだろ畜生。
 
 目を横に向ければ精神崩壊、狂気に堕ちながらも辛うじて復活、直後再び精神崩壊とSAN値がジェットコースターでいよいよ生きてるのか死んでるのか分からなくなってしまった女性。
 半目を開けたままベッドに横たわるそんな彼女はプレシアさんという名前らしい。
 反対側を向けばそんな母親を無表情で見つながらこうなるまでに到った経緯を事細かに教えてくれる半透明幼女アリシアちゃん。頼んでない。頼んでないよ。

 空気以上に肝心の話の内容が重い。間が持たない。胃が痛い。おちゃらけながら合いの手なんかもっての外。
 俺を取り巻く今この時という現実が辛い。
 俺、無事にアリサの元に帰れたらパソコン買ってもらうんだ。
 
 PCといえば、あのエロゲーどうなったんだろう。
 俺が事故る直前まで持ってた魔法少女陵辱触手モノ。
 今まで敢えて考えないようにしてたけど、事故現場に散乱したままTVに写ってたりとかだと恥ずかしくて死ねるよな。実際死んだけど。
 携帯も財布も“こっち側”に無かったって事は事故現場に残ってるって事だから俺の名前も割れてるんだろうし。

 検分に回されるエロゲー。
 実家に届くエロゲー。
 親兄弟の目に晒されるエロゲー。
 神隠しにあった青年として衆目に晒されるかもしれない俺の趣味。
 
 あ、やばい。過去類を見ないほどに戦慄した。
 こんな事なら友人にブツとHDの処分を頼んでおくべきだった。


「もうだめだ、おしまいだぁ」
『……あの、私の話聞いてくれてますか?』
「あーうんきいてるきいてるだいじょうぶだよー。事故で亡くなったアリシアちゃんをなんとかして生き返らせようとお母さんがここ数十年自分の心身を削りながら頑張ったんだけど結局思い通りに行かなかったから心を病んでしまった。その過程で生まれたフェイトちゃんを使ってドラ○もんみたいな凄い物があるだろう場所に行くためにジュエルシードを掻き集めようとしてるんでしょ? どうでもいいけど欲しけりゃ自分で取りに行けって感じだよね」
『……』
「適当に要約したのは謝るけど、泣かれそうになってもその、なんだ。困る」


 ほんと困る。別に聞きたくもなかった上に重すぎる話を聞かされて泣きたいのは俺の方だ。
 確かに数時間前、桜に会う少し前に俺はジュエルシードを釣った。また釣った。ふざけろ。どんな命中率だ。
 ここまで来るとむしろジュエルシードの方から釣られてるんじゃねーのとか疑いたくなってくる。
 危険物どころか封印対象って聞かされたから捨てるわけにもいかないし。
 しかも今回釣ったのとかピカピカ光ってたし。
 もしかしなくても発動寸前だったんじゃなかろうか。
 俺が握ったら収まったけど何が起きるか分からないから即穴の中に突っ込んだ。
 どこの馬鹿だ使った奴。後始末する俺の身にもなってほしい。ほんと勘弁しろ。
 もういい加減釣り止めようかな。取り返しのつかない事態が起きてからじゃ遅いし。
 
 しかし、それ以上に勘弁してほしいのはプレシアさんである。
 ジュエルシードの行き先が捕捉出来たからって触手相手に全方位盗撮して何故かご覧の有様だよ状態。


 幽霊のアリシアちゃんにはどうする事も出来ないから、それが分の悪すぎる賭けと分かっていても他人に、それこそいきなり降って沸いた詳細不明で化け物な俺に縋ってでも頼るしかないというのは一応理解を示す事は出来る。
 でも助けるって事は、多分だけどプレシアさんの研究を止めてくれって事だ。
 切実な願いのアリシアちゃんには申し訳ないんだけど、肝心の俺はプレシアさんの研究を全力で応援したい立場な訳で。
 話の終わりに出てきた、アリシアちゃんの記憶を転写したクローン。
 そのクローンこそが俺の見知ったフェイトちゃんで、プレシアさんの思った通りの存在に、つまりアリシアちゃんそのものにならなかったからって虐待気味の扱いをされている。
 そんな胸糞の悪い話を聞かされて触手の一本でもご馳走したくなったものの、そのスタンスは変わらない。

 アリシアちゃんはそんなお母さんと妹を助けてくれときたもんだ。しかもその妹がフェイトちゃんて。
 まともな人間ならお断りしますと言うだろう。
 俺もこんな境遇且つフェイトちゃんと顔馴染みじゃなかったら言いたい。あのAAばりに煽りながら言いたい。

 




 さて、ここから少しの間、プレシアさんの技術と理論が完璧だったという事を前提に話を進めていこう。

 一つの時間の流れの中、同じ物体は二つと存在してはならないとされている。
 存在するのなら、それはドッペルゲンガーと呼ばれるモノだ。
 ドッペルゲンガー。自分と生き写しで見たら死ぬと言われている存在。
 もし仮にプレシアさんの研究が完璧でフェイトちゃんがアリシアちゃんを寸分違わず模倣出来ていた場合、今俺の目の前にいるアリシアちゃんが死ぬ事になるのか?
 だがアリシアちゃんは既に故人だ。ここにアリシアちゃんが見えててもその一点は揺らがない。
 霊体であっても俺に観測されている以上、存在している事になる。アリシアちゃんが俺の妄想とか言われたらどうしようもないけど。
 生きていないモノが死ぬ。それは矛盾だ。

 フェイトちゃんがアリシアちゃんにならなかったのは、アリシアちゃんがまだここに存在し、人の手でドッペルゲンガーを作り出す事を、そして死人を殺すという矛盾を世界が許容しないから……? 
 更に言うならドッペルとオリジナルの差異とは? ドッペルは自分がオリジナルではないという事を本能的に知っているという。つまりその感覚さえ取り除けばドッペルはオリジナルと何も変わらないという事になるんじゃないか?




 はいここまで適当に難しそうな事ぶっこいてみましたー。
 後半とかもう自分でも何言ってるか分からん。
 大学でもそっち系は専攻してなかったし色々穴だらけってもんじゃない。
 そもそも前提の時点で駄目駄目ぽ。

 かるーく脳を洗った所で現実に向き合おう。
 思考が脱線しすぎだ。

 俺はこの先どう振舞うか。
 戻ろうと思えばアリサの所にはいつでも戻れるけど、暫くは戻らない方向で行こうと思ってる。
 一応アレも置いてきたし、それ以上にあれだけ色々恥ずかしい事書いておきながら日帰りで顔見せってどんな羞恥プレイだ。楓辺りに伝わってたら余裕でプゲラされてしまう。
 それこそ月単位かかる覚悟してたんだけどな……。

 幸いここなら食と住に困る事は……下層や深部に沸くロボに目を瞑れば困る事は無い筈。
 なーに、引き篭もるのにはアリサの家のお陰で慣れてる。
 いずれ帰ってくるであろうフェイトちゃんとも話す事があるだろうし。
 
 プレシアさん本人に関しては精神的にも肉体的にも限界超えてるだろうから無理矢理にでも休ませた方がいいとは思う。
 それにあの精神状態のまま自殺とかされてみろ。間違いなくフェイトちゃんが大変な事になるぞ。
 本人の為を思えば病院でも連れて行ければいいんだけど……無茶だよな。
 
 人体クローンとかマッドな事やってる人を連れて行ける訳が無い。そもそも俺が捕まる。
 病院前に放り出しても会えない以上、その後どうすんのって話だ。

 クローンの件自体についてはそれ程酷い事をする……とか思わない。
 もっと言うと器だけならともかく、フェイトちゃんみたく意思と自我を持った子を作っては廃棄処分……この言い方は嫌だな。そんな感じの事を繰り返しているというのならまた話は別なんだが、流石にそこまではやっていないらしいので。
 
 
「……はぁ。なんでこんな事になってるんだろ」


 そこまで考えた所で本音が思わず零れ出た。
 最近愚痴る回数が増えてきた。
 過ぎた事、どうしようも無い事に対して愚痴るのは昔から注意されてきた俺の悪い癖だ。
 思うだけならまだしも、口に出すのはな。
 ほら、アリシアちゃんも居辛そうに下向いちゃって。


「ごめん、俺も色々と複雑な事情があってちょっと疲れてるんだ。後そんな庇護欲を掻き立てるような表情しなくても、今更見なかった事にして見捨てたりしないって。プレシアさんも、フェイトちゃんも、勿論アリシアちゃんも。なんとかならあね」
『……ありがとうございます。でも、私はもう死んじゃってますから』
「だいじょぶだいじょぶ。神様にお願いすれば多分生き返れるよ。残念な事に姿は俺みたいな触手になるけど、ちょっと外を出歩けなくなるだけだから問題ないよね」
『……ふふっ、それはちょっと困っちゃいますね、私』


 小粋なジョークをかましてみたのだが華麗にスルーされた。
 アリシアちゃんは何言ってんだコイツ脳みそ膿んでるんじゃねーの死ねばいいのに、とか思ってるかも分からんね。
 でも一応笑ってくれたから良しとしよう。それがたとえ空元気に過ぎないものだったとしても。

 それに出来るかどうかは別として、この娘を俺みたいなのにはさせられない。
 ひょっとしたら“一週間後、そこには触手になって元気に庭を這いずり回るアリシアちゃんの姿が!”みたいなのが出来るかもしれない。
 でもダメ、ゼッタイ。
 何が駄目って全部駄目。上手く言葉に出来ないけど駄目。ほんと駄目。









 そして一週間後。
 アリシアちゃんが触手になったりはしなかった。
 本当に良かった。良かったんだけども……。


「……これ美味しいわね」


 フェイトちゃんのお土産に舌鼓を打つのはプレシアさん。
 ここんとこ俺の作った所謂漢料理とサプリっぽいものしか食べてなかったからなあ。
 ていうか自分で作れよ。バツ1とはいえ子持ちの人妻だろうが。


「……」


 そんな母親を無言で眺めながら、世界中の幸せを一身に背負ったような表情のフェイトちゃん。
 前の陰を帯びたフェイトちゃんも良かったけど、やっぱ可愛い子は明るい顔してる方がいいと思う。


「……」


 同じく無言ながら、おいこれどういう事だよ意味が分からんぞ説明しろよそもそもなんでお前ここにいるんだよと言わんばかりに俺を見つめる、というか睨むアルフ。
 うーん、相変わらずの美少女っぷり。
 ケモナーじゃなくても大歓喜。


「見つめられると照れるんだけど」
「ちょっと表行こうか」
「そんなマジで怒らなくても」
「アルフ……?」
「ああ、大丈夫だよフェイト。ちょっとコイツと話をしてくるだけだから」


 そしてズルズルと引きずられる俺。
 肉体言語じゃない事を祈るばかりである。
 
 気づけば視界の端でアリシアちゃんが苦笑しながら手を振っていた。
 それはどういった意図の笑顔なんだ。
 母娘の穏やかな時間が見れて嬉しいのか、もしくは俺がアルフにフルボッコされるのが嬉しいのか。
 もし後者なら俺は泣くぞ。







ジョインジョイントキィ デデデデザタイムオブレトビューションバトーワンデッサイダデステニー
ナギッペシペシナギッペシペシハァーンナギッハァーンテンショーヒャクレツナギッカクゴォナギッナギッナギッ
フゥハァナギッゲキリュウニゲキリュウニミヲマカセドウカナギッカクゴーハァーテンショウヒャクレツケンナギッ
ハアアアアキィーンホクトウジョウダンジンケンK.O. イノチハナゲステルモノ
バトートゥーデッサイダデステニー セッカッコーハアアアアキィーン テーレッテーホクトウジョーハガンケンハァーンFATAL K.O.
セメテイタミヲシラズニヤスラカニシヌガヨイ ウィーントキィ (パーフェクト)



[7386] 【らめぇっ】展開の都合上、次回からXXX板に移動します【んほぉ!】
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:893ae837
Date: 2010/09/03 18:29







 やあ (´・ω・`)
 ようこそ、バーボンハウスへ。
 この触手はサービスだから、まず掘られて落ち着いて欲しい。
 うん、「また」なんだ。済まない。
 仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
 でも、このキーワードを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
 「作者は正気か?」みたいなものを感じてくれたと思う。
 殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい
 そう思って、このサブタイにしたんだ。
 じゃあ、登場人物紹介に行こうか。








・ポチ
1D5/1D20。
小学生に養われるヒモでヒキでプーなシュマゴラス似の触手の化け物。
いわゆるテンプレトラックで死亡直後、見たら頭が大変な事になるナマモノに遭遇。
奇跡的に判定を成功させた彼は一欠けらの正気を代償に無想転生を果たした。
目下生きる理由であり最大の目標であるR18への挑戦は現状ヒギィでメリィでボコォな大惨事になるので自重している。
触手はともかく、彼自身は元々一般人なのでこれといった特殊なスキルは持たないが漫画のアシを勤めれる程度には手先が器用。
先まで太いひぎぃな触手しか持たない彼が色々持ったり出来るのは某青狸のペタリハンドと同じ原理と思ってもらっていい。
彼が日頃無造作に空ける穴の中、極彩色の空間の奥深くには何かがいる。
運良くエンカウント出来たら新しいキャラシートを用意しよう。

・毒電波
1D5~1D50。

・触手の神様
?D???/?D???。
やばい。超やばい。
どれくらいやばいって宇宙的なやばさ。

・倉庫
ポチがなんとなく創って倉庫と勝手に名付けた穴。
食べ物を何年入れてても腐らない。便利。

・アポカリプス(笑)
アルハザードは犠牲になったのだ……。

・ジュエルシード
働いたら負けかなと思ってる。

・アリサ
ポチのパトロンにして心の支え。
どこをどう間違ったかシュマゴラスに一目惚れした弱冠9歳の天才少女。
もし彼女がシュマゴラスのファンでなかったらこの話は二話で終わっていた。
ポチが電波担当なら彼女は熱血担当。
このSS中随一の電波耐性を持つ。
でも触装天使アリサならちょっと見たいかも!

・すずか
使い魔達を出せ!!
体を変化させろ!!
足を再構築して立ち上がれ!!
銃を拾って反撃しろ!!
さあ夜はこれからだ!!
お楽しみはこれからだ!!
ハリー!
ハリーハリー!!
ハリーハリーハリー!!!

・なのは
ポチと初めて会った時に危うくhageかけた。

・ユーノ
このSSのユーノは淫獣扱いじゃないよ。

・フェイト
チーズケーキ超うめえ。

・アルフ
3期でロリ化とかスタッフは許されざるよ。

・プレシア
ポチの電波でSAN値がやばい。

・アリシア
このロリペド野朗!

・鈴木つばさ
悪の秘密結社で働いてる人。
上京したてで右も左も分からない内にいつのまにか悪の秘密組織で働く羽目になっていた。
実家にはアパレル関係の仕事と嘘をついている。
仕事をしていない時は三つ編み眼鏡の地味すぎる子だが、仕事中はS嬢も真っ青な変貌を見せる。
組織内の人気アンケートで2位以下に大差をつけて1位。いわゆる職場アイドル。
近所のコンビニでバイトをしている青年に淡い想いを抱くが、その彼が彼女達の組織と対立する正義の味方という残酷な事実を彼女はまだ知らない。

・梓
オリメイドその1。
赤髪横ポニテのリーダー格。
普通。
他が濃いので影が薄い。
ヒロインを張れる程度のスペックはある。
出番が無いのが特徴。実質名有りのモブ。
メイドガンナー。銃刀法違反。

・柊
その2。
緑髪ボブの最年長。
三十路手前の合法ロリ。
元彼が真性ロリだった。
バイングス家の最終兵器。
その腕っ節でアリサの誘拐フラグと曲者の腕を叩き折るのが仕事。
絢爛舞踏。余裕で銃刀法違反。

・椿
その3。
銀髪三つ編みのオカルトマニア。
芸人気質でノリがいい。
メイド達が召還の儀式とか始めちゃったのは主にこの人のせい。
ポチに好かれている。
メイドアサシン。やっぱり銃刀法違反。

・楓
その4。
青髪ショートの愛煙家。
口は悪いが面倒見はいい。
メンバーでは一番若輩。得意技はトンファーキック。
メイドトンファー。トンファーでも銃刀法違反。

・桜
その5。
黒髪ロングの大和撫子。
スイッチが入ると病みエロ娘になる。
触手が関わらない所では誰もが認める素敵でいい子。
当初の予定では病み要素は無かった。
メイドSAMURAI。言うまでも無く銃刀法違反。






登場人物紹介というものがよく分からない。
これ以上無いくらい今更ですが、このSSは

・触手萌え
・ココノはメ様の嫁
・台パンは出禁
・ムテキング
・いあ! いあ! くとぅるふ ふたぐん!!
・ああ、窓に! 窓に!

的要素を含みます。
そういうのが苦手な人は、この機会に慣れてみるのもいいのではないでしょうか。
なあに、かえって免疫力がつく。











 月村すずかは他人の機微を察するのが上手い。
 身も蓋も無い言い方をすれば、他者を観察する力に長けている。
 顔色を伺うのが上手いと言いかえてもいい。
 それは生来や種族特有のものではなく、彼女が自らの力で培ってきたもの。
 彼女の少々特異な出自が全く関係していないといえば嘘になってしまうが。

 さて、そんな少々特殊なスキルを持ったすずかだが、彼女は今非常に困っていた。
 彼女の視線の先にはなのはと談笑するアリサの姿。
 それは傍から見ればいつものアリサでしかなく。
 にも関わらずすずかの勘は“アリサは迷っている”と告げてくる。

 数秒ほど考え、同年代の少年少女より一回りも二回りも聡明なすずかが思い当たった事柄は二つ。
 一つはなのはの件。
 だがこれに関しては先日一応とはいえ、解決を見た筈なので除外。
 となると二つ目。触手の彼の事だろうと内心あたりをつける。

 ポチ。
 触手の人外。
 シュマゴラス似の自称元人間。
 友達になってくれと土下座までして頼み込んできた人(?)。
 あれからまだ一月も経っていないのに、遠い昔の事のようで。
 すずかはクスリと思い出し笑いをした。

 そして屋上での昼食時。
 なのはがトイレに行ったタイミングを見計らってすずかはなのはと何かあったのかと問いかける。
 少しだけ驚いた顔をしながらも、すぐにアリサは訥々と語りだした。


「実はポチがね……」
「うん」


 やっぱりだ、と思いつつもすずかにはその先に続く言葉が全く予想出来なかった。
 何しろすずかがポチについて知っている事は驚くほど少ないのだ。
 ポチが元人間という、ある意味では最も重大と言えある意味では心底どうでもいい情報は知っている。
 だが彼がどういう人間だったのか。どこに住んでいたのか。家族構成は。実年齢は何歳なのか。
 
 あの夜の会話では最後まで彼のパーソナルデータを知る事は結局適わなかった。
 せめて本名だけでも、とすずかが頼んでも頑として首を縦に振らなかったのだから徹底している。

 洞察力には自信があるすずかだが、ポチの場合まず表情が読めないのだ。端から詰んでいると言っていい。
 喜怒哀楽程度は声色と雰囲気で察することが出来るが、所詮はその程度。
 そも目玉に触手が生えただけの謎生物に表情があるのか、という話なのだが。
 閑話休題。


「なのはと会ってたらしいのよ。外で」
「……え?」


 思わず目を丸くさせ、数秒ほど思考を停止させるすずか。
 流石にこれは想定外にも程があった。
 会っていた? 誰が? 誰と? どこで?
 会っていた。ポチが、なのはと。外で。
 なるほど、これは困るし迷う。
 まかり間違っても「ねえなのは。ウチの触手と会ったって本当?」とか聞ける筈も無い。


「なのはちゃんは大丈夫だったの? アリサちゃんと一緒にいない時に会うって」


 私でも初対面であれだけ取り乱したのに、と言うのは流石に憚られた。


「案の定って言ったらポチに悪いけど、あんまり大丈夫じゃなかったらしいわ。眼が合っただけでパニックを通り越して恐慌したらしいし」
「恐慌……」


 相槌を打ち、その時のなのはと怯えられたポチの内心を想像し同情しながらも実際問題ポチはそんなに怖いだろうか、と自問するすずか。 
 確かにポチの姿は人外の異形ではあるし、人によっては生理的嫌悪感を抱くかもしれない。
 いや、抱かない方がおかしいだろう。
 自身も目の前の親友のような規格外の態度を取れると思っていないし実際取れなかった。


――どうも初めましてすずかちゃん。アリサの犬のポチです。
――アリサちゃんはどうしてこの子を庇うの? こんなのおかしいよ……絶対よくない生き物だよ!


 だがしかし、すずかにはどうしてもポチがパニックに陥るほど恐怖を振り撒く事が出来る姿とは思えなかった。
 そこまで考えて、そう思うのは自分がヒトと違うからだろうかと少し凹んだ。
 人は理解出来ない物を恐れる。つまり人間でない自分が少しとはいえポチを理解出来たのは道理ではないかと。


「どしたのすずか。大丈夫?」
「あ、うん。ちょっとポチさんと初めて会った時の事思い出してただけだから」
「そーいえばすずかは結構余裕あったわよね。驚いてたけど」
「ポチさんを初見で驚かないのはアリサちゃんくらいだよ」
「失礼ね。私だって驚いたわよ」
「アリサちゃんの驚きはどっちかというと喜びの方でしょ?」
「当然!」


 事ポチに関しては全くと言っていい程ブレないアリサに思わず苦笑するすずか。
 この分だと、ポチと初めて会った時の彼女はどう振舞ったのだろう。
 それこそポチが軽く引く程度には喜んだに違いないと勝手に当たりをつける。
 最早この件に関しては突っ込むまい。考えたらいけない気がする。すずかは青い空を眺めながらそう結論付けた。


「ところでアリサちゃん。話は変わるんだけど」
「どしたの?」
「それ、何?」


 食事を終えたアリサが手慰みに弄んでいるネックレスを指差す。
 それはシルバーのチェーンに指輪をぶら下げただけの簡素なもの。
 よくよく見てみれば、指輪だけでなくチェーンの方にも意匠が施されている。
 すずかの記憶が確かなら、昨日までアリサは学校に持ってくるような指輪等持っていなかった筈である。


「プレゼント……っていうよりもお守りになるのかしら」
「お守り?」
「そ。ポチがくれたの。チェーンは椿だけど」


 心底嬉しそうに語るアリサ。
 そんな彼女に釣られるように顔が綻ばせるすずか。
 トイレから戻ってきて二人の談笑に加わるなのは。
 そして、夜のような宝石の奥底からすずかとなのはを見返す赤い瞳。

 今日も海鳴市は平和だった。









「つまり貴方は私が貴方を監視したから話に来ただけで、私個人に対して害意といったものはこれっぽっちも無いと。そう言いたいのね?」
「大体そんな感じです」
「随分と笑えない冗談ね。危険分子は早いとこ縊り殺したほうがいいんじゃない? 私ならそうするわ」
「……殺伐してますね」
「生憎と私は自分の命を握られている状況で相手を信頼出来る人間じゃないの」


 握ってねーよ。どうやって握れっつーのよ。
 いや、ちょっと電波ったかもしれないけど所詮はそれだけだろ? 命の危険に晒すような真似とかしてないって。
 だからアリシアちゃんは俺を心配そうにチラチラ見ないでくれ。

 にしてもどうしよう。
 再度目を覚ましたプレシアさんは賢者モードを終えて割とまともになったみたいだけど、またいつ駄目になるか分かったもんじゃない。
 そりゃ駄目になる前から最愛の娘を生き返らせる為に異次元に引き篭もってクローン作っちゃう様な人だからそんな話が上手く行くとは思ってないけどさ。むしろ最初っから駄目とも言える。


『ポチさん……』


 いやアリシアちゃん、今君に話しかけても俺は何も答えられないよ?
 母さん起きてるんだからそこは察してほしい。


「ところであなた、さっきから横目で何を見ているの?」
「何って」


 亡くなったあなたの娘さんの幽霊ですよ。
 そうハッキリと言えたらいっそ楽なんだがキ印と思われそうなんだよな。
 今の情緒不安定なプレシアさんだと激昂しそうな気もする。


――ギュッ。


 ふと感じたので目線をそちらに向けると、アリシアちゃんが俺の手……というか触手を握っていた。
 まさか無視されたと思ったのか? 
 頼むから分かってくれ。普通、何もない方向に会話する奴は頭が残念な人認定を受けるんだ。
 いくら俺が触手で人外でキモくても頭が残念な人認定は勘弁願いたいんだよ。
 
 
「……アリシア」
「へ?」


 俺がアリシアちゃんに届くように必死で念を飛ばしていたら、いきなりプレシアさんが蚊の鳴くような声を搾り出した。
 視線の先は俺の真横、アリシアちゃん。
 見えてるな、うん。これは目線的に完全に見えてる。
 でもまたなんでこんないきなり。唐突すぎ。


『母さんっ……!』
「!? アリシア、どこに行ったの!? ああっ、アリシア……」


 母親からの呼びかけで感極まったように俺から離れ、プレシアさんの元に駆け寄るアリシアちゃん。
 てっきり感動のシーンでも始まるかと思ったのだが、肝心のプレシアさんは虚空に向かって叫びだした。
 どうやらアリシアちゃんを見失ったらしい。
 今の彼女に目の前にいますよ、物凄い涙目で貴女を見つめてますよ、と事実を言っても聞こえまい。

 しかしこれは一体どういう事なんだろう。
 毒電波に汚染されすぎて見えちゃいけないモノが見え始めたわけでもないだろうし。
 もしそうならとっくに見えてる筈。


「んー……ちょっともっかいこっち来て俺に触ってみて」


 言われるまま、再度俺を掴むアリシアちゃん。
 触った瞬間にプレシアさんが何か叫んだけど、当の俺は恐ろしい事に気が付いてそれ所じゃなかった。
 触手触ってくださいとか、チ○コ触ってくださいって言うのとどこが違うというのか。
 俺の体全身これチ○コ。
 客観的に見ると今の俺は幼女幽霊に卑猥な事をしてもらおうと、ぶっちゃけしごいてもらおうと迫る触手という事に。
 クソッ、なんて時代だ!


「アリシア、アリシア、アリシアぁぁぁぁ!!!!!!」
「……ごめんアリシアちゃん。やっぱ離れて」


 うるさすぎて欝る暇もありゃしない。
 どんだけ情緒不安定なんだよ。
 あれか、正気に戻っても豆腐メンタルか。
 いきなり発狂したプレシアさんに俺もアリシアちゃんもドン引きである。


「――あ」


 そしてプレシアさんはアリシアちゃんを再度見失った瞬間に膝から崩れ落ちた。
 今の雄たけびで精神力が尽きたくさい。
 もしくは心が折れたのかも。そろそろワンパターンだ。

 にしても、なんてめんどくさい人なのだろうか。
 触手な俺でもいい加減疲れた。
 アリサか椿さんの顔が見たい。この際楓でもいい。


『……母さんが迷惑かけてばっかりでごめんなさい』


 所在なさげに誤る姿に思わずホロリ。
 娘にここまで言われてますよプレシアさん。
 いい年なんですから少しは落ち着きましょうよ。


「筆談とかどう?」
『私、こんな体ですよ? 誰かや何かに触ったりとか出来る筈無いじゃないですか』


 呆れた様にアリシアちゃんは俺に向けてその小さな手をかざす。
 言うまでも無く透けたその手はその先のアリシアちゃんの顔、そして向こう側の壁までも見通せる。
 でも。


「俺出来てるんだけど」
『それは多分、ポチさんがおかしいんだと思います』
「ひでえ」


 分かってる。
 改めて言われなくてもこちとらその程度は先刻承知だよアリシアちゃん。
 でもせめてもう少しオブラートに包んで欲しかったな。
 他に幾らでも言い様はあった筈なのになんでそんなピンポイントで俺の心を抉る言い方を。
 本心か。本心だからか。









 なんていう事があった訳である。
 不思議な事にその数時間後、精神を再度リカバリーさせたプレシアさんからは少しだけ表情から険が取れていた。
 俺の話も普通に聞いてくれたし、ここに居る事にも了承の意を示した。
 ……本気で何があった。夢の中でアリシアちゃんに会ったりしたのか?
 てっきりアリシアちゃんの蘇生を諦めたりしたのかと思ったけど、別にそういう訳でもないようだし。

 っと、アルフに説明しないとな。


「どこから話したもんかな。そう……あれは暗い嵐の夜だった」
「……」
「突然銃声が鳴り響いた! ドアがバタンと閉まり、メイドが叫び声を上げた」
「銃声? メイド? 何言ってんだいアンタ」
「なんだ知らないのか? 世界で一番有名なビーグル犬が書いた小説の冒頭だよ」
「それはあの女がああなったのと何か関係があるのかい?」
「ございません」


――ゴシャア。


 アルフが床を割った。足で。
 材質が何で出来てるかは知らんがコンクリよりは余裕で硬いだろうにこの様である。
 え、次は俺の番なの? 
 目玉グジャアとか光景を想像しただけで背筋が寒くなるんだけど。


「アルフがシリアスすぎて耐えられなかった。少しでもリラックスさせたかった。今は反省してる」
「気持ちは嬉しいけどね。馬鹿を言うにも時と場合ってモンがあるだろう?」
「お断りしま」


――ゴシカァン。


 例のポーズを決めて煽ろうとした瞬間アルフが柱をぶち抜いた。素手で。
 材質は何で出来てるかは以下省略。


「すまんかった。何行で説明すりゃいい?」
「何行でもいいから全部。あの女について知ってる事全部話しな」
「俺がガツンと触手をブチ込んだ後に説教して全部解決! 虐待とかいけないと思います! キャーポチさんカッコイー! 抱いてー!」
「アンタ実は話す気無いだろう?」
「よくわかってんじゃねーか」


 ブチ込んだらひぎぃになるしな。


「部外者が話していいとは思えないから覚悟があるなら本人に直接聞けよ。多分フェイトちゃんと一緒なら話してくれるから」
「ったく、何がどうなってんだか……」


 ようやくこちらの意図を理解してくれたらしい。
 苛立ち混じりに砕けた柱の欠片を蹴りながらガシガシと髪をかくアルフ。
 煙に巻いた感がヒシヒシとするものの、俺は間違った事はしていないと思う。思いたい。
 実際俺も詳しい事情についてはアリシアちゃんからの又聞きだしなー。
 ……当事者である以上、又聞きって表現は違うのか?


「そんな事よりさ。俺からも一つだけ聞きたい事があるんだけど」
「なんだい」


 一気に真剣さを帯びた俺の声色に、アルフの目が細くなった。
 助かる。日頃から馬鹿やっている俺でもこの問題ばっかりはシリアスにならざるを得ないのだから。


「なんでここにヤツがいるんだ?」
「ヤツ? 誰の事だい」
「ヤツっつったらヤツだよ。察しろよ」
「ちょいとポチ。あたしゃ心を読んだり出来ないんだ。分かるようにハッキリと言ってくれないかねえ」
「……G」


 皆まで言わせないでほしい。
 口に出したら姿が見えそうなんだよ
 ていうかさ、ていうかさー!
 なんでこんな十年以上異次元空間に存在してるらしい魔境でアイツらは普通に生きてるんだよ。
 台所らしき部屋の扉開けた瞬間、思わず穴開いて「来いっ! バルサアアアアアアァンッ!」とか必殺技っぽく叫んだわ。
 釣れたのはダンボールにダース単位で詰まったバルサン。どう見ても万引きですね。生まれてきてごめんなさい。


「G? なんだいそれ。生き物なのかい?」


 可愛らしく首を傾げるアルフ。
 犬耳と巨乳が揺れた。
 これだから異世界の住人ってやつは!
 これだから異世界の住人ってやつは!






[7386] おっぱいおっぱい!
Name: 触手は浪漫◆317c2846 ID:3bce09f9
Date: 2011/01/09 16:07




――失われし都アルハザードは、今は次元の狭間に存在している。
――かつて栄華を誇った技術の数々は、ここでしか見る事が出来ない。
――存在する確率は0パーセントと言われているが、小数点以下を切り捨てているため、実際は小数点以下の確率で到達出来る。
――気が遠くなるほど低い確率だがゼロではない。
――十分に魔力を上げ、即死や精神干渉を防ぐアイテム類を完璧に揃え、ステータス異常を完璧に揃え何度も何度も挑戦すれば到達することが可能。
――単独で次元を移動する術があれば到達出来る確率が多少上がる。
――次元破壊魔法も効果が無いわけではない。ただし成功率は果てしなく低い。





 無学なアルフに彼らの恐ろしさと偉大さを親切丁寧に教えてやったらとても喜んでくれた。
 異世界ではどうなのか知らないが、地球では数億年という時を生き抜いてきた人類の大先輩。
 今地球で活動しているアルフが彼らの生態や姿を知っていて損はない。

 ちなみに、説明にはゴミ箱に詰まった彼らの無数の死体を利用させていただいた。
 直接触ったりは出来なかったが、物言わぬ彼らの骸は非常に役に立ってくれた。
 どれくらい役に立ったかというとアルフが感激のあまり最後のほうには半泣きになっていた程である。

 異世界の住人でもGへの謎の生理的嫌悪感は発生するらしい。
 触手に抱きつくアルフの素晴らしいボインボインを堪能しながら俺はまた今日も一つ賢くなった。

 一つだけ言えるとすれば、結局の所大事なのは慣れなのだ。
 今の俺ならGがその黒い翼を広げ自分に飛び掛ってきたとしても無事回避出来る自信がある。

 飛来するGを直視? 撃墜? 素手でキャッチ?
 無茶言うな。
 触手の神様を見て大丈夫だった俺でも正気を失うわ。





 とまあこんな感じでアルフとイチャついてたらアルフが毒電波……もといフェイトちゃんから何かを受信したらしく俺を全力でどついた後どこかへ行ってしまった。

 ムチムチボインボインを失くして傷心の中アルフの為なら死ねるを歌いながら探したが反応は無く、広大なプレシアさん家に俺の世界が嫉妬する美声が虚しく響き渡るだけだった。

 若干凹みながらプレシアさんとフェイトちゃんがいた場所に戻ってみれば、プレシアさんが俺以上に凹んでいるのを見つけた。
 むしろ欝だし脳状態だったと言うべきか。

 このまま放置しといたら【けん→つかう→セルフ】的な喜劇……もとい悲劇が起こる気がしたのでフェイトちゃんは何処に行ったのか聞いてみた。
 
 この際はっきり言おう。すっごく聞きたくなかった。
 でもアリシアちゃんが聞けって言うから……。






「え? フェイトちゃんもう向こうに戻っちゃったんですか?」
「ええ」
「なんでまたそんな事を。真実を教えて今後どうするか本人に決めさせるんじゃなかったんで?」

 まあどうなっても現状と大して変わらんとは思うけどな。
 フェイトちゃんって何気に依存心強そうだし。

「私もそのつもりだったわ」
「つまり予定外の事態が起きたと?」




 さて、全くの余談だが、この時の俺は
(あー、なんか面倒な事が起きたんだろうなー)
 程度の事しか考えていなかった。
 だが俺は直後激しく後悔する事になる。
 事態は俺の預かり知らない所で“なんか面倒な事”ではなく“やっぱり面倒な事”が起きていたのだ。

 世界は優しくない。
 特にSANチェックを要求する触手には。






「……優しくなんかするんじゃなかったわ」

 プレシアさんは吐き捨てるようにこう言った。
 なるほど、さっぱり分からん。
 分かっているのはプレシアさんが('A`)でorzな状態になっているという事だけだ。

 フェイトちゃんに何を言われたのかは知らんがとりあえず怒ってはいないらしい。
 
 ブツブツ「これだから失敗作は」とか「育て方を間違えた」とか「人の話を聞かない所ばっかり似て」とか言ってるけどノイズなので俺には何も聞こえない。聞こえないったら聞こえない。

 しかも何気にケーキ全部食ってるし。
 一個は俺の分残してくれてもよかったんじゃないですか? 
 確か十個はありましたよね? もしかしてヤケ食いですか? 太りますよ?

 でもプレシアさんは少しは太った方がいいとも思う。
 俺の素晴らしい喪男料理のおかげで少しは持ち直したとはいえ、まだガリガリ君顔負けだから。

 つーかこの人俺の料理不味い不味いって言いながらも完食してくれるんだよな。
 恐らく流行のツンデレってやつだろう。 
 二次元ではよく見かけるが、まさかリアルでお目にかかる日が来るとは思いもしなかった。

 ……いい年なんですから少しは自重しましょうよ。
 俺はお袋並の年齢の女性にゃときめきませんよ?











「さてアリシアちゃん。プレシアさんも不貞寝しちゃったし俺とアルフがイチャついてる間に何があったのか聞いていい?」
『はい……始まりは些細な事でした。母さんがほんの少しだけ笑ってあの子に“よくやったわね”って言ったんです』
「ふむふむ、それで?」
『あの子が一瞬でそれまでとは比較にならない程眩しい笑顔になって……』
「……」


 あー、なんか容易に想像出来る。
 一緒にケーキ食ってくれただけであれだったからなー。


『そのまま興奮冷めやらぬ様子でもっと頑張ってくる、とだけ言い残して行ってしまいました。母さんが呆気に取られるほどの速度で、引き止める間も無く』
「……そっか、教えてくれてありがとう」


 うん、短い。
 そんでもってフェイトちゃんの盲目なまでの健気さに全俺が泣きそう。

 マジでどーすんだよこれ。
 貴女は本当の私の娘じゃないとか母親に証拠付きで言われたらその場で首吊りかねないんじゃないの?



 そうか、全てはデレるタイミングが悪かった故の悲劇か!
 プレシアさんは全部教えてからデレるべきだったんだよ!




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