「ドクター」
「おや、ウーノ。どうかしたのかい?」
「何故、六課に有利になるような条件を最高評議会にお頼みに?」
「ふむ。中々難しい質問だね。…まあ簡単に言えば見たかったのかもしれないね」
「見たかった?」
「黒と白のぶつかりをね。まあ、私たちにはそこまで被害はない。大人しく傍観しようじゃないか」
「はあ…」
第73話「黒い薺と白い菜の花」
side--
「いきなり呼び出しなんて、一体どうしたのはやてちゃ、…どうしましたか、八神部隊長」
六課の部隊長室。新人たちの訓練を終え、高町なのはは自分も休憩しようと思っていた矢先
突然の呼び出し。一緒に休憩に向かっていたフェイトに一つ断りをいれ、急いで八神はやてが待つ部隊長室へ急いだ。
疲れのせいでついプライベートの口調で喋ってしまったが、すぐに持ち直し、仕事口調にする。
「ああ、いやそんなに固くならんでええよ。ちょっとこの前に相談されてたことが何とかなったから言っとこお思って」
いつの間にか自分が気づかない内にミスをしてしまっていたんだろうか? と心配になっていたなのはは
はやての言うこの前相談したことというのが頭に浮かんでこなかった。
「この前のこと?」
「え? なのはちゃん忘れとったん? ほら、ナズナちゃんのことで相談してきたやろ? リミッターで縛られている限り手も足も出せへん~って」
ナズナの名前が出た途端、なのはははやてに相談していたことを思い出し、同時にあの時負けた屈辱も同時に思い出した。
部隊長の手前でそのことを表情に出すのは不味いと思ったが、既に遅く、黒いオーラを纏った笑顔を浮かべていた。
「ああ、ナズナちゃんね…」
「おぉ…なのはちゃん。かなり怖いからその表情止めて、話聞いてな」
小学生からの幼馴染の恐ろしい笑顔を見ながら冷や汗を流すがはやて。彼女はナズナとなのはの仲の悪さを
フェイトから聞いていたが、所詮は聞いていただけ。実際に眼にして本当に仲が悪いんだなと理解した。
彼女自体はナズナについては3人の中で一番興味がないだろう。確かに興味が全くないというわけではないが
高町なのはのようにライバル心を持っているわけでもない。フェイト・テスタロッサのようにどこか友達的な雰囲気を持っているわけでもない。
ただ、自分の親友と同じで小学生から知っている存在というだけなのだ。
「無理は承知でクロノ君に相談してみてんけどな」
「クロノ君に?」
クロノ・ハラオウン。恐らくナズナについて一番深く調べたのは彼だ。しかし結局足取りは掴めず、自分の位も高くなり、ナズナだけに関わってるにはいかなくなった。
そのため最近はナズナの存在も薄れてきていた。はやてに相談されるまでは。
はやてに相談された話は簡単だった。なのはのリミッターを解除して戦いたいということだ。簡単な内容だが、実際は簡単じゃない。
部隊にそれぞれが保有できる魔力総量は決まっている。なのはのリミッターを解除すればそれを破ってしまうことになる。
しかし、ナズナと出会うたびに解除申請して解除するのも、それはそれで面倒な事態になってしまう。
悩みに悩んだクロノだったが、此方もだめもとで本局に掛け合ってみた。すると、なんと簡単に許可が下りてしまったのだ。条件付で。
「クロノ君もなんか胡散臭いって言ってたけど下りたことは下りたんや。せっかくやし、存分に使わせてもらったらええ」
「そうだね。それで条件って?」
「うん。そんなに難しくなかったわ」
条件は確かに簡単だった。
一つ.普段は通常勤務と変わらずリミッターをすること。
二つ.リミッター解除“対シェファーズ パース”は次元犯罪者ナズナにしか使用しないこと。
三つ.被害を最小で抑えるためフルドライブを禁ずる。
四つ.戦闘終了後、直ちにリミッターをかけなおすこと。
五つ.次元犯罪者ナズナは拘束した後、本局に送ること。
「フルドライブは駄目か…」
「そうみたいやね」
「一応、条件はこれだけかな?」
明らかにナズナを意識した限定解除。そして捕まえた後で本局に送るということは――
「管理局で働かせる?」
「そこら辺はよくわからんけど、管理局は人材不足やし、やっぱりそうなんちゃうかな?」
二人は気づかなかった。いや、気づくはずなかった。この件に自分たちが追っている次元犯罪者ジェイル・スカリエッティが関わっていることに。
「…対シェファーズ パースですか。随分と警戒されてますね」
自分の目の前にいる相手。高町なのはの魔力の高ぶりに警戒しながら眼を鋭くさせ睨むナズナ。
さっきまでは、リミッターのせいで圧倒的にナズナの魔力が高かった。しかし、今はそれ程に差のないくらいになっている。
「そうだね。私って臆病だから」
自分の魔力のリミッターが解除された時に漏れた微かな桃色の魔力を纏いながらなのはは笑みを浮かべる。
「そうですね。このチキン」
嵐としばらく会っていないせいか、普段以上にピリピリしているナズナは
嵐と騙してるとは言え同じ職場で働いているなのはに対して嫉妬のような感情を抱いていた。
「そのチキンにそっくりなナズナちゃんもチキンだね?」
なのはのリミッターも完全に解除され、既に力は本来のなのはのものに戻っている。
「鳥は鳥でも高貴な鳥です。そうですね…差し詰め白鳥ですね」
「そうっ!!」
ナズナの言葉が終わるや否や、一瞬でナズナに接近して攻撃を繰り出してきた。
『Short Buster』
移動しながら放つ砲撃。手加減などしていない。する必要がないとばかりに周りに浮遊しているスフィアから放たれた4つの砲撃は見事に命中し、ナズナを爆煙が包む。
「……」
レイジングハートを構えながら相手のアクションに備える。あの一撃で倒せるほど甘い相手じゃないことは、なのは自身が一番よく知っていた。
「…!? レイジングハート!」
そして、予想通り爆煙が晴れる前にナズナは爆煙の中から攻撃を放ってきた。
ディバインシューターが直接自分に迫ってくるのを冷静に眺めながらプロテクションを展開し、攻撃を防ぐ。
「礼儀がなってませんね」
爆煙が晴れて出てきたナズナはなのはを一瞥をくれ、すぐに構えなおす。
「ミーティア」
「…レイジングハート」
デバイスの機械的な音が響き、カートリッジがリロードされる。
なのはもそれに応えるかのようにレイジングハートを構えカートリッジをリロードする。
『『Accel Shooter』』
黒い魔力砲撃と桃色の魔力砲撃が同時に放たれる。その数互いに32。
ナズナとなのはは、互いに魔法を放ったのを確認するとゆっくりと目を閉じた。
もし魔法を知らない者が見たら、一体何をしているのかと思うだろうが、既に二人の間では戦いは始まっている。
「…ふっ…ふっ…」
互いに呼吸を整えながら集中するのは放ったアクセルシューターの操作。指揮者の指示に従うかのように黒色と桃色の魔力は動き続ける。
その中の一組が互いにぶつかり合い爆散し、その爆発に巻き込まれ同じように爆散する魔弾。
黒色の魔弾がなのはに迫ればすぐに庇うかのように桃色の魔弾が進路を阻害し、爆散する。
「っく…」
その呟きを漏らしたのはどちらだったか。互いの魔弾を防ぎ潰しあっているうちに魔弾の数は確実に減っていく。
高位の砲撃魔導師のふたりだからこそ出来る戦闘。これがなのはではなくただの魔導師だったなら
最初の32発の砲撃魔法をいくつか防いだ後にやられるのがオチだっただろう。同じ魔法を使う二人だからこその戦い。そして結果。
「…以前とは違うようですね」
「前までの私だと思ってるなら痛い目に遭うよ」
普段のなのはを知る者が見たらわかるだろう。誰もが笑顔になるような笑いじゃない。純粋に戦いを楽しんでいる笑顔。戦っているときのシグナムと同じ顔をしている。
「なら…」
丁度アクセルシューターは互いに打ち消しあい、全てが消滅した。それを機にナズナは再びミーティアを構える。
「ミーティア」
『Divine Buster』
相手が前回よりも強力になっていようが関係ない。自分の魔力を持って打倒するのみ。
ナズナは心の中で呟きながら魔力を集束していく。なのはもすぐに準備に取り掛かっていた。純粋な力比べがしたいのだろうか。
そんなことを考えながら、ミーティアを握る力を強くしていく。
「ディバインバスター」
「こっちだって負けないよ!」
先ほどのアクセルシューターとは比べ物にならない高威力の砲撃魔法、ディバインバスターが放たれる。
黒色の砲撃と桃色の砲撃は、互いにぶつかり合い、相手の魔法を食い破ろうと進み続ける。
「レイジングハート!!」
『Load cartridge,』
「ミーティア」
『Load cartridge,』
どちらも同じくらい押し続けている。なのはが押せばナズナが押し返し、ナズナが押せば、なのはが押し返す。
カートリッジをリロードしてもそれは変わらない。二人とも顔に汗を浮かばせながら必死に自らのデバイスを握っている。
何秒、本人たちにすれば何時間の鬩ぎあい。それはまたしても相手に攻撃を加えられないで終わった。
中心で爆発したぶつかり合いは、突風を起こすだけで相手にダメージがいくものではなかった。
「ちっ」
高威力のディバインバスターが起こしたのは、突風だけじゃない。同時に爆煙も巻き起こし
ナズナたちの視界の妨げにもなっていた。
「高町なのはは…」
『Master!!』
爆煙の中、周りを見渡しなのはを探し始めようとしたナズナだったが、突然の相棒の呼びかけに中断した。
そして、冷静になり上を見上げてみると桃色の光、アクセルシューターが6つ放たれているのを発見した。
「…何故今更?」
なのはの行動に疑問を覚えたナズナだったが、あのままアクセルシューターを放置するのも危険だと思い
ミーティアを上に向け、打ち落とそうとした。その時――
「っ捕まえたよ!!!」
爆煙を裂いて現れたなのはに胸倉を掴まれそのままの飛行速度で空中で押しやられる。
「何を!?」
「一緒の力を持ってるなら純粋な力比べじゃ勝てない。だけど」
なのはは考えなしでナズナとアクセルシューターやディバインバスターを放っていたわけじゃない。
試したいた。ナズナはどこまで自分と同等の力を持っているのかを。そして理解した。ナズナは自分と同等、いや、それ以上の力を持っていることに。
「ちょっとだけ気になることがあった」
「っく!!」
ナズナはなのはから逃れようと足掻いたが、なのはは自分の腕とナズナの体をフープバインドで固定してしまっていた。
ナズナはそのままなのはに胸倉を摑まれ、飛び続ける。
なのはが気になったこと。それは一番初めに攻撃を放った時のことだった。
なのはが戦いの始まりのときに放った攻撃、ショートバスター。威力は小さいかもしれないがなのはは自分の魔力の高さを理解している。
その自分が力を込めて放った砲撃魔法。並みの魔導師ならそれだけで敗れてしまうほどのはず。
だけど、やはりナズナは攻撃を耐え切りなのはに攻撃を返してきた。そこまではいい。
その時になのはは見た。常人ならあまり気にしないだろう。ましてや戦闘中、そんなことなんて気にしないのが当然だ。
なのはが見たもの、それはバリアジャケットの微かな汚れだった。いや、損傷かもしれない。
攻撃を防ぎきり自分に攻撃したときのナズナのバリアジャケットに僅かに損傷が見えた気がした。
だが、それはおかしい。自分だったらあれは完璧に防げる攻撃のはずだとなのはは考えた。直撃したならば、あれしか損傷がないのもおかしいと。
「だったら…」
「…!?」
6つのアクセルシューターがなのはの周りに寄り添うように飛び交う。
ただの勘違いかもしれない。だけど、勘違いじゃないかもしれない。自分の長年の戦闘で培った勘が伝えてくる。
今攻撃しないで、いつ攻撃するのかと。
「(自分の勘を信じてみるしかない!!)」
6つのアクセルシューターは術者諸共にナズナに突撃し、小さな爆発が起きた。
「はっ! はっ!」
肩で息をしながら爆煙から出てきたのはなのはだった。自分のアクセルシューターとは言え直撃すると痛い。
しかし戦闘が出来ない程のダメージはもちろん受けていない。油断せず、ナズナが現れるのをデバイスを構えながら待つ。
『Master. The condition of body? (マスター。体の調子は?)』
「大丈夫だよレイジングハート」
相棒の気遣いに笑みを浮かべていると、爆煙が晴れ、攻撃を食らった本人が登場した。
物凄い目つきでなのはのことを睨んでいるが、その体はなのはよりもダメージは大きいようだった。
『Apparently, the idea of master is like the correct answer. Her defense is thinner than master. (どうやらマスターの考えは正解のようですね。彼女はマスターよりも防御が薄い。)』
「そうみたいだね」
自分たちの考えが正解だったのが嬉しいのか、なのはは嬉しそうな表情をする。
『It is a device that looks like the user, and means only an extra thing. (使い手に似て、余計なことばかり話すデバイスですね)』
「親は子に似るとは、このことですね」
対するナズナたちはダメージを与えられたのがかなり頭にきているようだ。
『I'm sorry. Defect device (すみません。欠陥デバイス)』
『…Master. The destruction permission of that inferior goods (…マスター。あの粗悪品の破壊許可を)』
魔導師だけでなく、デバイスまで睨みあいを始めてしまった中
ナズナは先ほどの攻撃で頭が少々冷えたのか、冷静な顔でなのはを見つめていた。
「…ミーティア。スタイルを変えますよ」
小さく呟いた言葉と共に、ミーティアを空に掲げる。ミーティアは形状を変化させ、その先から黒い魔力刃を発生さした。そして、その刃先をなのはに向けた。
「…!?」
なのはが矛先が向けられたと認識した途端、ナズナは姿を消し、自分の目の前にミーティアを振り上げて現れていた。
すぐにレイジングハートを魔力刃の振り下ろされる場所に構え、攻撃を防ぐことに成功する。
まさに一瞬の攻撃。さっきまで砲台と戦っていたはずなのに、いつの間にか剣士と戦っているように錯覚を覚える。
「ええい!!」
レイジングハートでナズナを振り払い、ナズナが振り払われた方にディバインシューターを放つ。
振り払われ体制も整えていない。なのははこれなら当たったと思った。確かになのはの攻撃は命中した。
「ふん!」
「っ嘘!?」
回避できないと判断したナズナは体制を整えぬまま、自分に向かってきたディバインシューターをミーティアで切り裂き、強引に回避した。
その攻防に唖然としていたなのはを見逃すはずもなく、再び切りかかる。
「はぁああぁあ!!」
「しまっ!?」
一瞬の隙。しかし、なのはたち一流の魔導師にとってその隙は大きかった。
ナズナは自分の持っている力を振り絞り、大振りになのはを切りつける。直撃すればなのははこの攻撃で沈むはずだった。
『Protection』
「く!?」
なのはのデバイス、レイジングハートがそれを防いだ。ナズナの横向きに攻撃した一閃は強固な盾に防がれる。
「ああああ!!」
そんなもの気にせずナズナは振り絞った力を更に振り絞り、力を込める。徐々に魔力刃がプロテクションに食い込み始めた。
それに気づいたレイジングハートはすぐにこの場から離脱することを先決した。
『Barrier Burst』
食い込んでいた魔力刃のせいですぐに回避出来ず、ナズナは爆発に巻き込まれ飛ばされる。
魔力刃が食い込んでいたせいで距離が離せなかったなのはも爆発に巻き込まれ飛ばされた。
吹き飛ばされたナズナだったが、すぐになのはのに向かって突撃してきたが、なのはは先ほどのナズナと同じように
不安定な体制で指をナズナに向け、そしてディバインシューターを放った。もろに直撃したナズナはさっきよりも遠くに押し飛ばされる。
なのはは空中ですぐに体制を立て直し、自分のデバイスにお礼を言う。
「っごめん! レイジングハート」
『Please do not worry. (気にしないでください)』
お礼を言った後、すぐにナズナの居場所を探るが、その必要はなかった。遠くで機械的な音が聞こえたからだ。デバイスをリロードする音が。
「削れ」
『Blade Spinshoot』
何かが風を切って迫ってくるのを感じたなのはは、音の下方向を振り返りながらプロテクションを展開。
ナズナの放った攻撃を受け止めた。だが、このナズナの攻撃は受け止めるのは不正解だった。
「っく、キツっ…」
ナズナの放った攻撃、ブレードスピンショット。ブレードショットをカートリッジで強化し、更に回転を加える。
放たれた攻撃は相手のシールドやバリアをドリルのように削りながら進んでいく。
そして、今まさになのはのプロテクションはドリルのような攻撃に削られつつあった。
「く、ああああ!!」
渾身の魔力を込め、プロテクションの位置をずらし、自分に攻撃が当たらないようにする。
その甲斐あって、ブレードスピンショットはなのはの肩を貫通するだけに収まった。しかし――
「終わりです」
目の前にまたしてもナズナが迫っていた。そして今度こそミーティアを振り上げ
なのはに振り下ろし、直撃した。
「くっ、今の感触…まさか防いだ!?」
確かに攻撃は直撃し、なのははビルに突っ込んでいったが、ナズナは今の攻撃に違和感があった。
バリアジャケットを纏っているとは言え、あの固い感触はおかしい。また防がれたと考えていた。
「優秀なデバイスのようですね」
『In inferior goods, it is not. (ただの粗悪品とは違うようですね)』
すぐに追いかけようとするが、さすがにダメージが大きくて体がうまく動かせない。
息を整えていた時、ビルから桃色の砲撃、ディバインバスターが窓や壁を突き破りナズナに向かってきた。
「またっ!?」
疲労した体に鞭を打ち体に残っている魔力を総動員し、ディバインバスターの防御に移る。
プロテクションを容赦なく削っていく砲撃。ここでこの攻撃が通ってしまうとナズナは今度こそ動けなくなるだろう。
だからこそ、ナズナは全力以上の力を出し、砲撃を防ぐ。
やがて、砲撃の威力も弱まっていき、桃色の砲撃は完璧に消え去った。ナズナは何とか防ぎきったのだ。そこで少し気が抜けたのがいけなかった。
『Short Buster』
「いっけーーー!!!!」
ディバインバスターを撃ち終った後、すぐにアクセルフィンを展開して、後ろに回りこんでいたなのはに気づけなかった。
空に再び爆音が響いた。
<あとがき>
さて、修正修正…