<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

とらハSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[6504] リリカルギア【完結】(StS×メタルギアソリッド)
Name: にぼ◆6994df4d ID:ea0d490e
Date: 2010/01/15 18:18
初めましての方は初めまして。
そうでない方はこんにちは、にぼです。
別所で投稿していた作品の撤退に合わせて、こちらで再投稿です。
完結しました、応援ありがとうございました。

【注意事項】
・この作品はリリカルなのはStrikerSとメタルギアソリッドのクロス作品です。
・時間軸については、なのははStS本編開始前、メタルギアはシャドーモセス事件の直後からとなります。
・メタルギアのキャラは作品内に数人程度しか登場しません。
・当然、MGS3の主人公ネイキッドさんも残念ながら名前しか登場しません。
・恋愛要素としてユーノ×なのはがあるので御注意を。
・一部公式設定で不透明な部分に関しては自己解釈をしてます、御了承下さい。
・この作品は途中から再構成クロスになっていきます。
管理局をバッシングするような作品では無いので、「局の体質が気に入らない」と思う方はご注意を。

はい、長々と申し訳ありませんでした。
それでは、拙作ですがよろしくお願いします。
もし良かったら感想を下さい、狂喜乱舞の末小踊りします。



[6504] 第一話「始まり」
Name: にぼ◆ad77d98e ID:14d1127d
Date: 2009/02/19 18:36
アラスカ、フォックス諸島沖。
季節はもうすぐ春になろうか、という時期だが、この地方はまだまだ凍てつくような寒さが続いていた。
少し先の景色さえ見えない程だったブリザードも、夜明け前にはすっかり止んでいる。
凍結した海面に日の光がキラキラと反射して出来上がった、幻想的な風景。
そこに時折聞こえてくるカリブーの鳴き声が、どこか浮き世離れした空間を演出している。
その中を一台のスノーモービルが、けたたましい音と共に駆け抜けていた。

第一話「始まり」

「スネーク、本当に大丈夫?」

スノーモービルに乗っていた女性が心配そうな声を上げる。
背後からの、モーター音に負けない声量にバンダナを揺らす男、ソリッド・スネークは身じろいだ。
同時に、ぴり、と体のそこかしこが鋭い痛みを主張する。
スネークは無表情を通しながら背後にちらりと目をやり、遠くなっていく島を一瞥。
先程まで生死を掛けた死闘を繰り広げていた事を思い出し、小さく溜め息を吐いた。
シャドーモセスと呼ばれるその島に、スネーク達はつい数十分前までいたのだ。
その島で起こった未曾有のテロ事件を解決する為に。
スネーク達の奮闘の結果、テロ組織は壊滅。
リーダーのリキッド・スネークもモセスの土となり、事件は解決となった。

――確かにスネークが負っている数多くの傷も、決して小さくはない。
だがそれ等の痛みよりも苦痛だったのは、精神的なものだった。
この十数時間に渡った事件の全てが夢だったのではないかという錯覚を起こした時、それ等の傷が即座に現実感を提供してくれるのだ。
眩暈を起こしそうな現実が容赦無く降り注いできたのだから、それ等に対して憂鬱にもなってしまうのも仕方がないだろう。
しかし、現実は現実だ。
ひたすら全てから目を逸らし続ける逃避は許されない。
だからこそ、スネークはそれを払い除けるよう無理矢理に声を明るくした。

「大丈夫だメリル、問題無い。 ……それにオタコンの荒運転に任せていたら、こいつも今頃沈んでるだろうさ」

軽い口調で話すスネーク。
メリルはその様子を不安気に見つつも最後には納得したのか、そうね、と笑い声を上げた。
形成される和やかな雰囲気。
直後、槍玉に上げられて不満に露にする男、オタコンの憮然とした声がスネークに降り掛かる。

「ジープの運転なんて初めてだったんだ! あれだけまともに運転出来たんだから十分だろっ?」

――あれがまともだったとは、よく言えたものだ。
身体が吹っ飛ばされかねない荒々しいドリフトを何度も体験した身としては、それを認める訳にはいかない。
オタコンの苦しい自己弁護を否定するように、スネークは笑い続ける。
それが一層彼の機嫌を損ねる事に貢献したらしい。

「くそっ。スネークこそ、うっかりして本当に事故を起こさないでくれよ?」
「ほぅ、今すぐにでも振り落とされたいか? ここから歩きだと、まだまだ長いぞ」
「……そんな事をしたら、君の事を呪ってやるさ」

物騒な言葉を吐くオタコンに、スネークは何か言い返そうと思考する。
勿論、安全運転は続行中だ。
オタコンと初めて会った時の記憶を脳内で倍速再生し――思い出した。
そう。
初めて会ったその時に、ロッカーの中のオタコンは『それ』をやってしまっていたのだ。
スネークは思わず顔がニヤけるのを自覚しながら、それを止めようとはしない。

「呪うって、ロッカーを濡らす勢いでか? フフン、恐ろしいもんだな」
「す、スネーク!」

正に会心の一手。
事実、オタコンの慌てふためく声が悲鳴のように響き渡るのだから痛快だ。

「なぁにスネーク、ロッカーって何の事?」

不適に笑うスネークに興味津々な様子で食い付いてきたのはメリルだ。
当然羞恥に染まるオタコンの顔は、余計に酷くなる事だろう。
恐らくこの先、彼の大きな弱みになる筈だ。

「ああ。初めて会った時――」
「なんでもない、なんでもないよメリル! ……くそ、スネーク、覚えてろよっ」
「ああ、いつまでも、末長くあの時の事は覚えておいてやるから安心しろ」
「そっちは忘れてくれって! ……あ、スネーク、見て!」
「……ああ。見えてきたな」

アリューシャン列島の一部として知られている、フォックス諸島。
ここで救援のヘリが、アラスカの海に沈んで死亡した事になっているスネーク達を待っているはずなのだ。
スネークはようやく安堵の息を漏らした。
心残りや不安な事はまだ残っているが、とりあえずこれで事件は本当の意味での終焉となる。
そして初老の友人、ロイ・キャンベル大佐に対して込み上がってくる、深い感謝の念。
彼は実の娘を人質に取られていて、スネークに隠し事をせざるを得なかった。
スネークもその事に関して、随分と酷い言葉を浴びせてしまったのだ。
互いに無線越しに謝ったものの、指先程の小さなわだかまりは未だ残っているだろう。
それを消化する為にも、今度彼の元にスコッチを持って行こう、とスネークは決意する。
スコッチの、シングルモルトのストレートを氷は入れずに、というのが彼の好み。
きっと美味い酒が飲める筈だ。

そうしてやがて、スネーク達は島へと到着する。
ここまで無事に自分達を運んでくれたスノーモービルとはここでお別れだ。
大佐が用意したヘリのローター音が力強く響き渡り、それに負けじと背中越しから歓喜の声が湧き上がった。
メリルとオタコンは目を輝かせてスノーモービルから飛び降り、弾かれたようにヘリの方向へと走っていく。
スネークも彼らの様子に苦笑しながら、降りようとして――

「む……ぅ……?」

――地面に、崩れ落ちる。

ぐにゃり、と歪む視界。
何が起きた?
世界が崩れていっているのか?
まさか。
必死に手を胸に当てるが感覚が鈍っているのか、そこに感じる事が出来るものは少ない。
それでも自身の心臓が生きている事だけは分かる。
少なくとも、心臓発作ではないようだ。
つまり、血を流しすぎたか。
伝説の英雄、不可能を可能にする男。
そう呼ばれ賞賛されてきたスネークも、やはり人間である事には変わりない。
戦い続ければ疲れ果てるし、体の中を循環する血液が少なくなれば、当然動けなくなる。
メタルギアREX、そして宿敵リキッド・スネークとの戦いを殆ど休み無しで続けてきたのだ。
むしろ、よくここまで持ったというべきか。

ヘリが吐き出す轟音が頭の中で暴れ回り、不快で堪らなかった。
地面が揺れている感覚がするのは、地震か、それとも自分の体の異常か、それすらも分からない。
瞬間、視界を埋め尽くす眩い光に圧倒され、スネークは遂に目を閉じる。
そして、スネークの意識はあっという間に闇に呑み込まれた。



「う、ぐ……うぅ……」

スネークは呻きながら、重い目蓋をゆっくりと持ち上げた。
視界にぼんやりと広がるのは、薄汚れた茶色の天井。
体をゆっくりと起こし、霞を振り払うように頭を何度か振る。
どこかのテントなのだろうか?

その中はなかなか広かった。
スネークがアラスカで隠遁生活をしていた時の住まいと少し似ていて、どこか懐かしさを覚える。
最もテントで過ごしていたのはあまり長い期間ではなく、その後に作った木造の小屋の方が付き合いが長かったのだが。

スネークはゆっくりと周りを見回してみるが、この空間にある物は僅かな生活道具。
そして、見た事も無い薄汚れた骨董品のような小物がいくつも並んでいるだけだった。
顔のような模様の置物。
毒々しい黒紫色で、妙な形をした容器のような物。
これを集めた人間の趣味の悪さが伺える。
黒紫色の小物を手に取ってまじまじと見ても、骨董の知識の無いスネークの心に喜びを生み出す事は出来ない。
当然、扱いも貴重品のそれとは大きく異なり――

――かちゃん。

あ、と思わず声に出した時には、既に小物は地面に吸い込まれた後で。
慌てて手に取ろうとするも、取っ手の部分は見事にポッキリと折れている。

「……ふむ」

まぁいいか、と違う小物の陰に見えないように置いて、忘れ去る。
兵士には思考を瞬時に切り替える判断能力は必須なのだ。
続けて視界をずらしていくと、テントの端に見慣れた物を発見する。

「俺の、装備……?」

見てみるが、荒らされた様子はない。
それどころか、スニーキングスーツを含めた、シャドーモセス潜入時の装備品が揃っている。
それと同時に、未だ倦怠感が残る身体を動かしても痛みが薄い事に気付き、上半身が裸である自身の体を観察。
やはり、シャドーモセス脱出の際リキッドとの銃撃戦で腹部に負った大きめの傷を含めた殆どの怪我が完治していた。
傷の跡が残っているのだから、今までの事は全て夢でした、なんて事は無いだろう。

――ここは、どこなのだろう?

改めてそんな疑問に駆られるが、装備品の中に先折りタバコが紛れているのを発見し、スネークは頬を緩める。
寝起きで上手く体が動かなくても体が覚えているのか、タバコをくわえる動作はいつもとなんら変わりはない。
直接火を付けて吸うタイプのタバコではない、所謂モスレムなのが唯一の不満点か。
やはり直接火を点けるのと、化学反応で着火するタイプのこれとでは味が全然違うのだ。
ともかくスネークが少し喫煙しただけで文句を言ってきた、騒がしい見張り役もいないから気楽に吸えて良い気分である事に違いはない。
肺一杯に紫煙を満たし、それをゆっくり吐き出すと共に、混濁していた意識が鮮明になっていく事を実感する。

「俺は、確か……」

確か、フォックス諸島に着き、スノーモービルから降りた所で意識を失ったはず。
当然、メリル達が助けてくれたのが一番妥当な考えだろう。
しかし、安易な決め付けはいけない。
状況がおかし過ぎるのだ。
あの大きさの傷が治るのには、しばらく時間がかかるはずなのに、既にほぼ完治している。
一体何日もの間、寝ていたのか?
オタコン達は今どこに?
スネークは再び装備品に視線を向ける。
この装備は間違いなく自分の装備だ。
中でもこの如何わしい本は間違いなく、絶対に自分の物であると確証と愛情を持って言える。
だが、そもそもこれがおかしい。
REXを破壊した時、どこかへいってしまったはずの武器・装備品の数々が、なぜ綺麗に纏まった状態でここにあるのか?
わざわざ誰かが回収し、自分の元に?
いや、理由が考えられない。
武器をそのまま側に置いておくというのは、スネークが武装していても何ら問題は無い、つまりスネークが暴れてもすぐに鎮圧・対処出来るという自信の表れなのだろうか?
さすがに、銃火器という存在すら知らない先住民族が助けたなんて事は無いだろう。
様々な疑問がスネークの頭の中を駆け巡り、そのどれもが消化されない事に少しだけ苛立ちを覚える。

「……くそ」

毒付くその言葉さえ、どこか弱々しいかった。
とにかく、このままじっとしていてもしょうがないだろう。
ひとまず様子を探る為、スネークは名残惜しそうにタバコの火を消し、装備を整えた。
身につけるスニーキングスーツは体を程良く締め付け、自然と気も引き締まる。
少し汗臭いのは、男の勲章という事にしておこう。
最初の頃は、きつい、と苦言を呈していたのだが、もはや違和感も感じられないのだから複雑な心境だ。
愛着があるバンダナを付ける事も忘れはしない。
最後にM9――殺傷能力の無い麻酔銃――に弾を装填し、スネークはそれを構えながら出口へとゆっくり足を進めた。
高鳴る心臓を静めるように深呼吸。
出口の隙間越しに得られる情報はあまりに少なく、精々雑草が目に付く位だ。
息を殺し、気配を絶ち――飛び出る。

「……此処は」

外に出たスネークの視界に飛び込んできたのは、沈みかけた太陽が作り出す情熱的な赤色で彩られた夕焼けと、ひたすらに森、森、森。
拍子抜けする程空気が澄んでいて、思わず深呼吸をしたい衝動に駆られる。
勿論飛び出してきたスネークを待ち構える、槍で武装した原住民達もいる筈が無い。

どうやらこのテントは森林地帯の中、少し開けた平地にあるようだ。
しかし、車両が通れるような、整備されたような道はどこにも見当たらない。
スネークは開けた場所に呆然と立つ行為にむず痒さを覚え、手頃な木陰に身を落ち着けた。
悲しいかな、一種の職業病だ。
ともかく、オタコン達が自分を救助した可能性がさらに低くなってしまった。
頭を抱えたい事実だ。
少なくとも、自分を助けた人間が直接的な害意を持っていない事が唯一の救いか。

「だとすれば……」

警戒しつつ思考を巡らせて、思い当たる節は一つ。
スネークの事を知っていて、何かまた下らない事をさせる、とかなのだろう。

伝説の男、ソリッド・スネーク。
アウターヘブン蜂起、そしてザンジバーランド騒乱を解決へと導き、世界を核の脅威から救った英雄。
そんな訳で本人としては嫌気が差すのだが、スネークは傭兵や軍関係者の間、いわゆる「裏の世界」ではちょっとした有名人だ。
その経歴に目を付け、有効活用したがる輩も多少なりともいるのだろう。
では、それは誰なのか。
スノーモービルから崩れ落ちたスネークをオタコン達が気付くよりも早く誘拐した、という事実。
それはつまり、犯人はシャドーモセス事件の詳細に精通している人間だ。
少なくとも、アラスカで隠遁生活を送っていたスネークが、事件解決の為に再び召喚された事実を知っている事になる。
もし米軍だったとしたならば、政府にとって好ましくない情報の塊であるスネークは既に殺されているだろう。

「とすると……ゴルルコビッチ?」

シャドーモセス事件でテロ組織に合流する予定だった、旧ソ連の残党集団が候補に上がる。
が、しかし、彼らがスネークをこのように放置しておくとも思えない。

――ダメだ、状況がさっぱり分からない。
手がかりが少なすぎて話にならなかった。
スネークが現状に辟易しつつ、全く堪ったものではないな、と小さく呟いた時。

「――っ!」

背中にザラリとした感触が伝わった。
鳥肌が立ち、後ろからよろしくない何かを感じる。
第六感が脳内に鳴らすアラーム。
これは危険だ、避けろ!

スネークは自らの本能に従うまま、素早く横に飛びのき、それを回避した。
結果、スネークが立っていた場所をその『何か』が勢い良く通り過ぎる。
銃声は無い。
しかしそれは、スネークの命を刈り出す銀色の刃でも、体を貫く弓矢ですらなかった。

「――うおっ!?」

きっちり避けた筈のスネークに再び迫るのは、淡い緑色の光を放つ鎖。
まるで猟犬の意志を持ったかのように追い詰めるそれは、スネークをあっという間に捕らえてしまった。
その鎖は捕まえた片腕からもう片方の腕へと結びつき、本人の意志を無視して磁石のように互いに引き寄せる。
刹那、抵抗する間もなく見事な手錠が完成。
同様に両足も縛られて、スネークは気付けば銃は取り落とし、身動きも取れなくなっていた。
当然バランスも崩し、地面に転がってしまう。

「ぐっ……これは、一体?」
「んふふふ……決まった」

情けなくもミノムシのように這いずりながら、声のする方へ顔を上げる。
そこにいたのはオタコンでも、メリルでもない見知らぬ顔の男だった。
中性的な顔つき。
ハニーブロンドで、緑のリボンで纏めている長髪。
ずれた眼鏡の奥に光る翡翠の瞳。
その姿は、どこかオタコンと似た雰囲気を放っている。
いや、薄汚れた上着を纏っているがまだ若く、男というよりは青年と言った方が良いだろう。
青年のしてやったり、という得意気な顔にスネークは苛立ち、大きな溜め息を吐いた。

「……お前は?」
「貴方を助けた人間ですよ」

助けた、という言葉にスネークは身じろぎし、青年に皮肉を込めて笑いながら言い返す。

「助けた? 面白いジョークだな、俺は今お前に縛られているぞ」

ごろごろ、と浅ましくも見せ付けるように藻掻いてみせるが、青年の笑みは崩れない。

「テントに戻って来たら、助けた人間が武器を構えて出歩いているんですよ? いやぁ、そのまま出ていって撃たれたら堪りません」
「……ふむ」

スネークは誰彼構わず発砲するような、落ち着きの無い単純・軟弱・石頭の三拍子が揃った兵士ではない、と自認している。
しかしこの異常な事態に警戒するなと言う方がどうかしているだろう。
相手に聞こえるよう、もう一つ大きく溜め息を吐き、不満を込めた視線を青年に送る。
このまま勢い良く転がっていって、青年を転ばせてやりたい気分だ。

「なら、俺の装備品を傍に置いて放置したお前は相当狂ってるんだろうな」
「知らない場所で目を覚まして、おまけに身ぐるみを全部剥がされてたら余計に悲しくなるでしょう?」

――成る程。
つまり彼は、スネークへの害意が無い事をアピールしたかったらしい。
しかしその結果、スネークがこのような形で転がっている事を考慮すれば、その考えが甘かった事は間違いない。

「残念なことに、そういうのには慣れてる」
「な、慣れてるって……」

目を丸くして驚いている青年を尻目に、シャドーモセスでの電撃拷問を思い出して、大きく身震い。
あれも二度とやられたくないトラウマの一つになりつつある。
スネークは青年にちらりと視線をやって、嘆息する。

「……男に看病されるよりは、美人に手厚く看病してもらいたかったな」
「うわっ。……あー、僕もちょうど今、貴方を助けた事を後悔し始めた所ですよ」

先程までの笑みはどこにいったのか、青年の顔には呆れの色が強い。
その瞳に敵意は感じられなかった。
スネークはジョークだ、と吐き捨てて真剣な眼差しを向ける。

「……残念だが俺には縛られて喜ぶ趣味は無い。お前の趣味はどうだか知らんが、本当に助けてくれたのなら外してくれ」
「ぼ、ぼぼ僕にだってそんな趣味はありませんよっ!」

スネークのからかいに青年は顔を赤くし、パチン、と指を鳴らす。
その瞬間、淡い緑の鎖はシュルシュルと解かれスネークの体を解放し、消え去ってしまった。
その動きはまるで蛇のようで、なんとなく複雑な気分になる。
どんな技術だったのか気になるが、今知りたいのはもっと別の事だ。
かなりの強さで縛られて、未だ痺れが取り切れない手首を擦りながら立ち上がり、青年に問い掛ける。

「お前は、メリルかオタコンの知り合いか? それとも大佐が寄越した救援の人間か?」
「……ふむ。いいえ、恐らく違います。僕はユーノ。貴方は、この森の中で倒れていたんですよ」

森の中、と反芻する。
ずれた眼鏡を直しながら名乗る青年の言葉によって生まれたのは、純粋な疑問だ。
自分が倒れたのは、フォックス諸島沿岸部のはず。
こんな、車両も通れないような森林地帯で倒れた記憶など生憎持ち合わせてはいない。
まさか、オタコン達がこんな所に放り投げてどこかへ行ってしまってなんて事は有り得ないだろう。
『呪うって、ロッカーを濡らす勢いでか? フフン、恐ろしいもんだな』
『……くそ、スネーク、覚えてろよ』

……恐らく。
頭の中を通り過ぎる物騒な可能性を自信無く否定して、ユーノと名乗る青年に再び問い掛ける。

「俺の武器は何故ここに?」
「何故って……倒れている貴方の横に散らばってましたけど。あの量をわざわざ一緒に運んだんです、感謝して下さいね」

何故ここに、無くしたはずの装備一式があるかは結局謎のまま、という事か。
何はともあれ、無いよりはあった方が良い事は確かなのだから、いつまでも気にしても仕方ないだろう。

「ああ、感謝しよう。……それで、ここは一体どこなんだ?」
「ここはミッドチルダ南部の辺境、タルタスの近くですよ」
「ミッドチル、ダ? タルタス? アメリカでは聞かないが……」

耳にするのは、聞き覚えの無い地名。
脳内の記憶を忙しなく漁ったところで、芳しい答えは見付からない。
やはりか、と困ったように頬を掻くユーノの様子を見て、スネークは訝しむ。
ユーノはひとしきり深呼吸すると、スネークを真っすぐ見据えた。
森のざわめきも意識の外に消えて静まり返り、待つべきは目の前の青年の言葉だけ。

「いいですか、落ち着いて聞いて下さいね。ここは、地球ではありません」
「……は?」

一気に言い切られたユーノの言葉に、容易く思考は停止。
スネークの間抜けな声が、辺り一帯にこだました。




[6504] 第二話「迷子」
Name: にぼ◆6994df4d ID:3cb6c1c1
Date: 2009/02/19 18:37
「――地球じゃ、ない」

刻み付けるように、呆然と、口にする。
生い茂る木々、撫で付けるように流れる穏やかな風。
すぅ、と深呼吸をしてみれば、大自然の澄んだ空気が身体に染み入る。
汚染物質にまみれたどこぞの大都市周辺ならともかく、とりたて珍しいという物でもないのだが。
ユーノと名乗った青年は、この場所が地球では無いと言う。

「その通りです」

ユーノの言葉にしばらく固まっていたスネークだが、唐突に噴き出す。
この青年は本当にイカれているのだ、と。

「ああ、成る程。それならここが、木星だとでも? 火星人もびっくりだ」

冗談めかした様子で皮肉を言うスネークに反して、ユーノの表情はあくまで真剣そのもの。
スネークも流れる沈黙を感じ取り、ユーノが冗談を言っていないとわかったのか顔を強張らせる。

「……本気か?」
「もう日も暮れてきました。詳しい話は中でしましょう、長くなります」

そう言ってテントの中に入っていくユーノ。
その後を頭を掻いて追う事しか、今のスネークには出来なかった。

第二話「迷子」

明かりが灯されたテントの中。
スネークは広めの天井を眺めながら、ユーノが煎れた茶を飲む。
アジア系の茶なのか、口の中に広がるコーヒーとは違う独特の苦みは中々好みの味だ。
イギリス人と日本人の遺伝子が混じってる所為か、種類問わず茶は大好きである。
胃を中心に、体中へじんわりと熱が広がっていく。
茶を片手に一息ついてから、ユーノが本題に入った。

「ここは、あなたの世界ではない、言わば……異世界ですね」
「……異世界」

文字通り、異なる世界。
ズズズ、と茶を啜りながらユーノが話した内容は、スネークにとって到底信じ難い。
目の前の青年が所謂化け物のような容姿であったなら、少しは異世界だと信じられたかもしれない。
しかし地球の人間といたって変わりはないのだから、やはり気でも触れたのかと思ってしまう。
異世界なんて存在し無い。
スネークはそう警告する常識の土台が軋んでいる音を必死に無視した。

「まず、貴方の世界と決定的に違う事……魔法の存在について話しましょうか」
「魔法だって?」

スネークは耳を疑った。
魔法、魔術。
地球ではアニメや映画、お伽話でしか登場しないような物が実在するというのは、スネークにとってはあまりに衝撃的。
常識が、悲鳴を上げる。
いや、断末魔の叫びと言った方が良いだろうか。

「ええ、魔法です。さっき貴方を捕縛した、バインド。それに、貴方の怪我も治癒魔法で治療したんですよ」

大きい怪我の跡は残っちゃいましたけどね、と苦笑いを零すユーノ。
呆けた表情のスネークを見たユーノが腰からナイフを取り出し、左手の親指に刃を当てる。

「見ていてくださいね」

スッと勢い良くナイフを引くユーノ。
当然そこからは血液が流れだす。
紫色の血液を見せ付けられるかと思ったのだが、どうやら血はちゃんと赤いようだ。
こんなちょっとした事で安堵の息を吐いているというのだから、スネークの精神も中々追い詰められているらしい。
そして、ユーノが右手をかざすと、そこから淡い緑色の光が赤く染まった指を包み――

「――傷が、塞がった」
「ね?」

――バカを言ってはいけない、この世に魔法なんて存在しないぞ。
そんな叫び声を上げていた常識は、遂に崩壊した。
はあぁ、とスネークは様々な感情 を乗せた息を吐き出し、再び自分の体を見回す。
人知を超えた奇跡の力、魔法。
信じられない話だが、目の前で見せられたら否定することは出来ないだろう。
こういう話はオタコンの専売特許なのだと思っていたが、まさか自分にも縁が出来るとは思わなかった。

「……確かに、タネがあるようには見えないな」
「はは、冷静ですね。動揺の末に癇癪を起こして殴り掛かってくる、なんて事も無いようで助かります」

それはどうも、とタバコを火は点けずにくわえ、目蓋を揉み付ける。
正直に言えば、信じたというよりは開き直ったという方が正しいのだが。

「で、その偉大なる魔法様にはビームみたいな物もあるのか?」
「砲撃魔法ですね。僕には使えませんけど、バカスカ撃てる人もいますよ」
「ほう。……空も飛べたり?」
「ビュンビュンいけます。まぁ、航空機とかにぶつかる危険性があるから、許可無しでは飛べませんけどね」

妙な所で現実的である。
しかし結果的に、スネークが魔法の存在をより現実的なものと受け入れるきっかけにはなった。
そして当然、誰にでも巻き起こるであろう期待はスネークも例外ではない。

「俺も魔法、使えるのか?」

スネークは少々の期待を言葉に乗せて、ユーノに問い掛ける。
しかしそれに対して、ユーノは夢を見る間も与えてくれなかった。

「無理です。貴方に魔力はありません」

容赦無く一蹴。
つまり、期待するだけ無駄だという訳だ。
スネークはその即答に、少しだけ気落ちしてしまう。
深手の傷を治せる治癒魔法に、捕縛魔法が使えれば中々便利そうなのだが、そう都合良くはいかないという事か。

「まぁ、地球の人で魔力がある人の方が珍しい位ですから、そう落ち込まないで下さい」
「……落ち込んでなんかいない」
「ふぅん、そうですか? まぁ魔力が無くても、デバイスの補助があれば短距離間の念話くらいなら可能ですし」

ネンワ、と片言で復唱し問い直すスネークに、ユーノはカードを渡した。
裏面にはごくごく普通の赤い模様、そして表面には何も描かれていない真っ白なカード。
ちょうど、トランプから数とマークを消したような物だ。

「これでは占いには使えんな」
「生憎占い師では無いですので。まぁ、簡単に言えば、魔法をより使いやすくする為の道具ですね」
「魔法の杖って所か」
「そんな所です。そのカードには僕の魔力が込められていますから……ちょっと、持ってて下さい」

ユーノはこほん、と咳払いをし、カードを手にしたスネークを見据える。
そして置かれる、一泊の間。

『これが、互いに声に出さなくても会話できる魔法の「念話」です、凄いでしょう?』
「うぉっ!」

頭の中にユーノの声が直接聞こえてきて、驚嘆。
勿論、ユーノの口は全く動いていないのだから不気味だ。

「……凄い」

スネークは気付けば、唯一言そう呟いていた。
味方の話し声が敵に聞こえない、というのはシャドーモセスで、耳小骨を直接振動させる通信機を使っていたのでで慣れている。
科学技術様々と言ったところだろう。
――しかし、自分が発言しても敵に全く聞こえないのは、潜入任務で考えれば本当に素晴らしい。
喋る時にあまり声が出ないよう最大限の注意を払っていたシャドーモセスで使えたら、どれだけ楽になっていた事か。
スネークは感嘆の後、名残惜しさを必死に押さえ付けてトランプをユーノへと返す。

「凄かった事は認めるが……それよりも、美人の服だけ透けて見える魔法とか使ってみたかったな」
「そんな魔法ありませんっ魔法を何だと思ってるんですか!? そもそも基本的に、魔法の制御や構築には数学的な部分が……!」
「おっと冗談だ、気にするな」
「っ……全く、どんな冗談ですか」

若いな、とスネークは肩をすくめる。
ユーノは呆れた表情でスネークを見るが、茶を一口啜って気を取り直したようだ。

そして彼の口から次々と湧いて出てくるのは、魔法に負けず劣らずの奇想天外な話。
異世界、つまり様々な次元の存在。
ミッドチルダと呼ばれているこの世界。
時空管理局という組織。
スネークの世界、地球は次元を渡る術を持たず、干渉してはならない『管理外世界』と呼ばれている事。
一通り聞いたスネークは成る程、と呟く。
そして、この奇想天外な話を納得してしまった自分の適応能力が、意外と高い事に嘆いた。
どうも、非現実的な任務を繰り返してきた所為でそこら辺のネジが緩んでいるようだ。

「魔法技術の進歩と共に、貴方の持っている質量兵器、簡単に言えば、子供ですら簡単に使える破壊兵器は所持・使用が原則禁止されたんですよ」

ユーノがスネークの装備にじろり、と視線を向ける。
拳銃から始まって地対空ミサイルまで揃った、武器商人も真っ青な重装備の数々。
スネークはその痛い視線を無視するように、自身の祖国を振り返った。
地球、アメリカでは小さな子供ですら銃を持つようになっている。
国内外から批判の声も随分と出ているが、「自衛の為」という意見。
そしてライフル協会の、政界への圧力も銃規制が行われない大きな理由としてあるだろう。
地球では、銃火器――ここで言う質量兵器――が社会の全てを表していると言ってもいい。
今の地球は質量兵器による戦争を元に成り立っている。
今現在も世界のどこかでは紛争が起こっていて、この瞬間にも失われる命があり、そして新たな戦争孤児が生まれているだろう。
高価な兵器が人を殺し、その一方で貧困に苦しみ飢える人間がいる。
それでも、他の裕福な国の人間が考えている事と言えば、希少動物の保護、地球温暖化、株価、明日の天気だったりする。

「誰もが簡単に扱える質量兵器よりも、制御・管理の容易な魔法技術への移行、か? 地球とは大違いだな」
「過去の人々は大きな傷を負いました。そしてそれを、『人類の間違い』として未来に伝えて、今の世界があるんですよ」
「未来へ伝える、ね」

ぽつりと呟くスネーク。
その後の沈黙によって硬い雰囲気が作られるが、それもユーノの苦笑で霧散する。

「……まぁ、そのせいで慢性的な人手不足に悩まされていて、有能な子供も局員として働いているのが現状なんですけどね」
「子供? 少年兵を戦場に立たせているのか!?」

ユーノと対照的に、スネークは唖然とした。
世界のトップと言っても良い巨大組織が、子供を正式に局員として働かせるなどと、俄かには信じられない。
しかしユーノは動じず、その口からは肯定の言葉。

「ええ、その通りです。勿論強制はしませんし、周りの大人が精神的な面から支えています。……僕自身、管理局に協力して戦った時期がありましたし」
「人手不足を理由に、精神的にも未熟な子供を戦いに駆り出してまで得る平和?」
「……地球にもいくつかあるでしょう? 批判を浴びつつも、無くてはならない存在――」
「――所謂、必要悪か。……皮肉なものだな」

軍事兵器開発会社、戦争特需等、心当たりは大きい。
今の技術進歩のきっかけも、戦争があったからこそだ。
そして世界がそれを失う事を恐れ、手放せないでいる現実。
ユーノ達の世界は、それらの一部との決別を断行したのだ。
やはり、地球とは違う。
地球もこの世界のように、質量兵器の規制を行うのも良いかもしれない。
恐らくそれが行えるのは、それら必要悪が抱える問題が臨海点まで到達した時なのだろうが。
例えば事件の根本的原因として、軍事産業の暴走があったシャドーモセス事件のように。

――しかし、胡散臭いな。
一つの組織が巨大な力を貯えているというのはまるで独裁国家のようで、スネークには素直に肯定的でいられなかった。
アメリカという巨大国家の裏側を見てきた経験からである。

「それでも、僕達は質量兵器の無い世界を選んだんです。事実、若年層の活躍で解決した事件も多々あります」
「英断か、愚行か……それでも、思い切ってると思うよ」
「批判も多い事は多いですけど、実際に若年層の局員を無くしたら大変な事になりますしねぇ」
「……それで? 俺はかなりの重犯罪者として、時空管理局様に睨まれるわけか?」

スネークは装備品を見ずに、軽い口調で問い掛ける。
日の当たらない生活には慣れている。
それでも、余計な面倒は御免被りたいものだ。
検問で掛かった時に、「水鉄砲だ」と言い訳しても、その二時間後には冷たい檻に放り込まれている事は間違い無いだろう。

「ああ、それは多分大丈夫でしょう、突然飛ばされたのなら貴方に過失はありませんしね」

それなら安心、とスネークが呟く間もなくユーノがそれを遮る。

「ですが、管理局で事情説明する前に他人に持ってる所を見せては駄目ですよ。許可が無い場合、単純所持ですら厳しい罰則が待ってるんですから」

スネークは右手を軽く上げ、無言でそれに応える。
訳の分からぬまま捕まえられて終身刑、というのはさすがに頂けない。

「肝に命じておく事にする」
「とにかく、これでこの世界の大体の話は終わりです。……今度は貴方について聞かせてもらっても?」
「……まぁ、答えられる範囲でなら」

それからは、ユーノの堰を切ったような怒濤の質問攻めだった。
スネークが元軍人、今は只の傭兵である事。
再度米軍に召喚され、テロリストが占拠した基地に潜入、敵の野望を阻止した事。
そして死に物狂いで基地から脱出した際、疲れが限界に来て失神してしまい、気付いたら異世界に迷い込んでいた事。
嘘は吐かず、かつ真実も全ては語らず、簡潔に。

「テロリストの基地に単独潜入って……正気ですか」
「軍の連中に言って欲しいね」
「……ともかくそれだけだと、さすがに原因はわかりませんね。転移した時近くに魔導士がいたとか?」
「少なくとも俺の仲間が魔導士という事はない筈だがな」

魔導士とかの非現実的な事の類に憧れている人間には心当たりはあるが、恐らく関係は無いだろう。
そいつがもしも今のスネークが置かれている状況を知ったら、泣いて羨むに違いない。
ふと、再び幾つかの疑念がスネークの頭の中で再燃する。

「そういえば、俺は何日寝ていたんだ」
「貴方は僕が見付けてから丸一日寝ていましたよ。相当疲れが溜まっていたんでしょうね」
「地球が……俺の世界が、管理外世界と言ったな。何故、アメリカと地球について知っている?」

大国とはいえ管理外世界の国名を聞いただけで判断が出来るのはおかしいだろう、と。
疑問に思うのも当然である。
ユーノは、その質問に答えられず、口をつぐむ。

「どうした?」
「いえ。地球出身の友人……いや、知り合いがいまして。だから、多少の事は知ってるんですよ」

ユーノは吐き出すようにそう言うと俯き、黙り込んでしまう。
聞いてはいけなかった事を聞いてしまったらしい。
流れる、沈黙。
茶の残り香が鼻孔をくすぐった。
それに煽られて再び湯呑みを口に運ぶが、何時の間にか飲み干してしまったようだ。

「……余計な事を聞いた。すまない」
「あ、いや、すみません、こちらの事です。気にしないで下さい」

ユーノはハッとすると、取り繕うように笑顔を作り、明るい声を上げる。

「と、とにかくですね、貴方は飛ばされた原因は分からないですけど、次元漂流者という扱いになります。」
「次元漂流者……デパートの迷子みたいなものだな」

迷子という例えに思わず苦笑するユーノ。
先程の暗い様子もいくらか薄れている。

「随分と大きな迷子ですね……それで、このまま管理局に行けば手厚い保護の元、無事地球に帰れますから大丈夫ですよ」
「手厚い保護、ね……本当に信用出来るのか?」

まぁ多分大丈夫、と口を濁すユーノに僅かだが不安に駆られる。

「……ともかく、僕も管理局地上本部のある、首都クラナガンの近くまでならついていけますから」

スネークを励ますかのように言うユーノだが、スネークは異世界に来た事をそこまで深刻に考えていなかった。
いや。むしろ、新しい悪戯を考えた子供のような、期待を含めた笑みを浮かべる。

「あー……でもそれだけの質量兵器を持ってるとなると色々というか相当突っ込んだ事情は聞かれるでしょうが……」
「事情なんて大丈夫、俺は見ての通り只の傭兵だ、なんとかなるさ。……それよりだ、ユーノ」
「ど、どうしたんですか」
「次元漂流者はすぐに元の世界に戻らないといけないという決まりはあるのか?」
「特別そうしなければならないという決まりはありませんが……まさか?」
「ああ、俺はしばらく帰らない。色々と、世界を見て回ってみようかと思う」

その宣言に、ユーノがその日一番の驚愕を見せてくれた。
地球へ戻れる事を蹴って、何も分からない異世界にいると決めたスネークが信じられないらしい。

「でも、貴方の周りの人は良いんですか? 家族とか、友達とか……」

ユーノの問いに黙考する。
『伝説の傭兵』と呼ばれたスネークの遺伝学上の父親ビッグボス。
そして自身と同じく、父親のコピーとして生み出された兄弟リキッド・スネーク。
家族と呼ぶべきなのだろうか、ともかく彼らはもうこの世にはいない。
スネーク自身が葬ったのだから。
スネークを育てた数多くの里親ならいても、彼らはスネークを愛してはいなかった。
まるで腫れ物に触るかのようにスネークと接していた。
今ならよく分かるが、それもその筈だ。
彼らは、ビッグボスのクローン体として生み出されたスネークを、父親のような優秀な兵士として再現する為だけに育てていたのだから。
スネークも、もはや僅かな興味すら抱いていなかった。

「俺には家族と言える存在は、いない。友人も心配してるだろうが、まぁ多分大丈夫だろう」
「……すいません」
「ん、気にするな」
「そうだ、後一つ、傭兵としての貴方に聞きたい事があります」
「……なんだ?」
「貴方は、多くの人間を殺してきた。そうでしょう?」

単刀直入。
否定はせんよ、と無表情を貫きながら、ユーノの眼差しを真っ向から受け止める。

「今でも、その……闘争願望や、殺人願望のような物を?」
「……分からないが一つ言えるのは……戦いで得られる死への恐怖が俺の生きる意味だった今までは、間違っていたという事だけだ」

耳元を銃弾が掠めていった時。
体から赤い命の元が流れ出るのを見た時。
その都度、脳内では歓声のようなものが巻き上がっていたのだ。
俺は今ここに生きているのだ、と。

「人殺し、殺戮。それ自体を望んで戦った事は一度も無い。それでも、戦いが全てだった。……間抜けな話さ」

自嘲の笑みを浮かべ、続ける。

「……俺は今まで色々な事から目を背けていた。逃げ出していた。だが、俺はもう逃げない。新しい、生きる意味をこれから探す」

何もかもから逃げ出し、暗い場所でひたすら立ち尽くし。
前を向かず、後ろも向かず、俯いていただけ。
他人の事など気にするつもりもなく、自分の為だけに銃を手にして戦ってきた。
体に染み付いた、血と硝煙の匂い。
ふと気付いたら、どちらが前なのか、どちらが後ろなのかもわからなくなっている今の自分は本当に『迷子』なのかもしれない。
それでも、光を求めるのなら、顔を上げなければならない。
おぼつかない足取りでも、一歩一歩、踏み出して行かなければならない。
この地球と違う世界なら、自分の生きる意味を見つけられるかもしれない。
人生を、愛してみよう。

「逃げずに、新しい生きる意味を、か……」

スネークの晴れやかな、それでいて決意の深さが表れている表情を見ながら、ユーノはぼそりと呟き俯く。
そして暫くしてから手に持っていた湯呑みをごとり、と地面に置き、顔を上げた。
その顔は、スネーク同様何かを決意したかのようで。

「だったら、僕と一緒に来ませんか?」
「……何?」
「言ってなかったかもしれませんが、僕、考古学者なんです」
「お前、考古学者なのか……今、何歳だ?」
「十九歳ですけど?」

じゅうきゅうさい、と言葉を咀嚼。
頭の中で数字がはっきりした瞬間、十九歳だって、と声を張り上げた。
頷くユーノ。
彼は、スネークの一回り以上も年下だった。
信じられん、と思わず口にする。
この青年はまだ、成人すらしていない。
せめて、二十代前半位だと思っていたのだが。
自分がそのくらいの歳の頃は優秀という評価を受けていたものの、まだまだ新米兵士だった。
ユーノがどんな過去を持っているのか少しだけ気になったが、その思考を頭の隅に追いやる。

「……何を驚いているんですか?」
「ふむ。いや、十九歳にしては随分と老けていると思ってな」
「ふ、老け………」
「気にするな、老いは誰にでも訪れる」
「……フォローしているつもりですか」
「考古学者とはなかなか知識のいる仕事だろう、その若さで立派だ。凄いぞ」
「はぐらかしましたね……僕は管理局が依頼している、色々な次元や文明の遺跡発掘や調査を仕事にしてるんです」

映画のような情景が頭の中に浮かんでくる。
呪われた秘宝だとか、財宝を守るミイラとか。

「貴方の目的にも添うと思いますけど、どうでしょう? あ、そうだ、良い物見せてあげます」

お気に入りの骨董品があるんですよ、とスネークの目の前を横切るユーノ。
その足は、骨董品の山に向かっている。
流れる、冷や汗。

「……それは、紫の小物、か?」
「ええ、モロク文明の歴代女王が愛用してた香水の入れ物なんですけど……あれ、どこに……っ!?」
ユーノの動きが止まり、ワナワナと震えだす。
彼の視線の先には、あの取っ手の取れた、黒紫。
――どうやら、とんでもない事をしてしまったらしい。
悔悟の情を深めたところで、それはもう遅すぎた。

「……ほ、ほ、ほ、ほああーっ! こここ、これ、これまさか貴方がっ!?」
「あー、そのなんだ、すまない」
「すまない、じゃないですよっ! これ、物凄く貴重なんですよ! 当時の物でこの着色をしている骨董品なんてこれくらいしかないんですよ!」

悲痛な叫び声。
瞬間接着剤、と言いたかったが、スネークは死に物狂いでそれを堪えた。
先程までの冷静沈着な好青年はどこへ行ったのか、髪を振り乱してがなり立てるユーノ。
この骨董品オタクめ、と心の中で悪態をつく。

「……あー。悪かった、反省している。許してくれ」
「あんな所に置いておくんじゃなかった……」
「まぁ、次からは互いに気を付けよう」
「くそぅっ……こんな、長いバンダナの、スーツ着た変質者に壊されるなんて……」

自分を貶す声が聞こえた気がしたが無視、無理矢理に話題を修正。

「そういえば、遺跡の発掘とは床が抜けたり、罠を踏むと壁から矢が出てきたりするのか?」
「……そういうのもありますけど、それだけではないですよ。どちらかというと、もっと文明の進んだ遺跡も多いです」
「古代の超文明か」
「はい。遺跡内を護る機械兵とか、生体反応を感知して攻撃してくる警備システムとかっ。まぁ僕個人としては古典的な罠の方がやりがいというものが――」

大事な骨董品を壊されたショックを引きずりながらも、遺跡について熱く語り始めるユーノ。
その様子は、シャドーモセスでアニメを熱く語るオタコンと見間違える程。
オタコンと並ばせたら、どちらがどちらなのか判別出来ないかもしれない。

口を忙しなく動かし続けるユーノを尻目に、スネークは数秒の間思考の海に沈む。
――なかなか、悪くない話だ。
この世界について地理的にもさっぱりな状況では、ユーノの提案は正直魅力的。
インディ・ジョーンズではないが、遺跡発掘にも多少は興味がある。

「……なかなか面白そうだが、いいのか?」
「え、あ、はい。それはもう、もちろんですよ! こちらも護衛役に良い人がいなくてどうにかしなきゃ、と困ってたんです」

スネークなら護衛にぴったりだと言うのだろうか。
ユーノの瞳を真っすぐ見据えて、スネークは話しだす。

「雇い主の管理局は護衛すら出してくれないのか?」

いくら人手が不足しているとはいえ、依頼をしておいて、調査をしてくれる学者に護衛を出さないのは組織としてどうなのだろう。
スネークの考えは顔に表れていたようで、ユーノが慌てて弁明の声を上げる。

「いえ、ちょっと局員に顔を合わせられない知り合いがいまして。一応、偽名で申請してるんですけど、護衛すら付けないなんて怪しまれる事をやってたら、どこから彼女達に嗅ぎつけられるか……」
「彼女達?……さっきの、地球の知り合いってやつか?」
「……ええ。色々と、事情がありまして。だから調査の依頼を受けたり、発掘の申請をする時は信頼出来る口の堅い局員にお願いしてるんです」

ふうん、とあっさりスネークは納得の声を上げて、追求の手を引き下げる。
自分のように、この青年にも背中にまとわりついて呪縛している『過去』がある、という事だ。
魔法技術だけではなく、『ユーノ』という一人の人物に対する興味が強くなっていくのを実感する。
スネークはざらつく顎を撫でながら再び思考に耽り、そして――

「……ふむ。悪くないな。護衛役としては不足だろうが、よろしく頼む、ユーノ」
「こちらこそ。……えーと」

ユーノも笑みを浮かべて返答しようとするが、言葉を詰まらせる。
そんなユーノを見て、スネークはまだ一度も名乗っていない事に気が付いた。
すまない、と苦笑する。

「俺はスネーク。ソリッド・スネークだ」

暗号名、ソリッド・スネーク。
与えられた、呪いが込められた名前であっても、長い間付き合ってきた自分そのものである。
これまでも。
恐らく、これからも。
ユーノは、明らかな偽名であるそれを耳にしても、あっさり頷いた。
彼なりに何か事情があると察してくれたのだろう。

「……蛇か、成る程。では……スネークさんでいいですか?」
「スネークでいい。……それに堅くならなくていい、慣れない」
「ふむ、じゃあ遠慮せず……スネーク? これからよろしくね」

君の本名が聞ける時を楽しみに待ってるよ、と握手の手を差し伸べてくるユーノ。

「ああ、期待しててくれ。……だが、そんな簡単に信用してもいいのか? 後ろから撃たれても知らんぞ」
「君は善い奴さ。……勘だけど。外れれば僕もそれまでだったって事」

不適に笑うユーノにスネークもつられて笑いだし、力強く握手を返す。
こうして、遥か異世界。
『伝説の英雄』と呼ばれた迷子と、考古学者という奇妙な組み合わせの二人旅が始まった。




[6504] 第三話「道」
Name: にぼ◆6994df4d ID:994d3cd9
Date: 2009/02/19 18:37

青い空、白い雲。
心地良い風が颯爽と吹き抜けるそこに、鬼の形相を張り付けたスネークがいた。
一生懸命に摘んだブルーベリーとサーモンベリーを入れておいた袋を、谷底に落としてしまったのだ!

「糞ったれ!」

スネークは毒づきながらも慌てて空を飛び、滑空しながら追い掛ける。
しかし、袋の元まで辿り着いた時には余りにも遅かった。
狼が袋の中身を美味しく頂いていたのだ。
その狼はこちらを向き、威厳を放つその姿で、一言。

「うむ、なかなか美味かったぞ」

偉そうに何を言うか、と歯軋り。
いつの間にか足元にあったロケットランチャーを構え、声を低くする。

「そうか、だがそれは俺が取った物だ。弁償しなければ裁判所に訴えてやるぞ」
「よし、受けて立とう。だが、その前にまず目を覚ますのだな」
「何?」

ハッと目を開けば、見慣れぬ天井。
目を何度か瞬かせ、ようやく夢なのだと気付く。
ぼんやりとする思考でも、喋る狼など存在するはずはない、という事はきちんと理解していた。
視線をずらせば、何かの作業をしているのか緑のリボンで纏められた髪が揺れていて、引っ張りたい衝動に駆られる。

――ああ、そうか。

新しい生活が始まったのだ。

第三話「道」

「服?」

スネークとユーノが共に行動する事を決めた次の朝。
スネークが軍用携帯糧食のレーションを食べながら、怪訝な表情を浮かべる。
ちなみにユーノは干し肉。
レーションは栄養価も高いので進めたが、一口食べて不味い、と断られた。
服を買おうという予期せぬ提案に、何を言っているんだ、という反応をするスネーク。
そんなスネークを見て口元を引くつかせ当然だろう、とユーノは話し出す。

「君、ずっとその服装でいる気かい? この変質者め」
「……む」

変質者という言葉に不満を覚えつつも、体を見てみれば軍用のズボンに、スニーキングスーツ。
言われてみれば確かにそうだった。
一般人がいる中、大通りを今のスネークが歩いていたら問答無用で通報されるに違いない。
今流行りのコスプレだ、と言い訳しても残念ながらそれが通る事はほぼ有り得ない。
着慣れてしまったこのスニーキングスーツは、体表に密着させる事で内蔵の保護に加え、耐衝撃性にも優れている。
この上にボディアーマーを着用すれば、正に鉄壁。
行動のし易さ、戦闘における信頼性は一番だったが、この新しい生活には違う服も必要になるだろう。

「だがユーノ……服を買いに行く服が無い。これしか無いんだ」

ユーノは途端に顔をしかめた。
だが、スネークにも止むに止まれぬ事情というものがある。
己の名誉を守る為の主張だが、スネークも多少の服は持っている。
がしかしモセス事件の際、自分の小屋に置いてきたまま軍に拉致されてしまった。
その後丸裸にされて何もかも取り上げられ、体中を検査され、訳の分からない注射も受け、任務を断れない状況に追い込まれて――。
ぐぐ、と込み上げるものを何とか押さえ付ける。
俺は紛う事無く被害者なのだ、と。

だが、今頃あの小屋はどうなっているのだろう?
軍の連中にドアも壊されてしまったので、もしかしたらどこぞの輩に荒らされているかもしれない。
さらに、スネークが飼っていたハスキー犬も心配である。
自宅から出る際に、首輪を外しておいたが、無事だろうか?
少なくとも、世界最大の犬ぞりレースに出る事は不可能となってしまった。
せっかく訓練していたのにだ。
自ら建てた小屋とハスキー犬に想いを馳せて、沈鬱な気分になる。
スネークの胸中を知らないユーノにとっては所詮他人事なのだろう。

「全く……言ってて悲しくならないの? この変質者。……町での服は僕のを貸すよ」
「変質者変質者しつこい。まだあの骨董品の事気にしているのか? ハゲるぞ」
「あれはそう簡単には忘れられない。それに頭髪は君の方が心配した方が良いんじゃないか、三十三歳?」

年齢をネタに年長者を詰るのは若者の特権、とでも言うのだろうか。
綺麗に言い返され、それが的を得ているのだから、スネークには皮肉しか言えない。

「ふん、心配で夜も眠れんよ。……服は助かるが、金は大丈夫なのか?」
「こう見えても局員だった頃の貯金が結構あるんだ、任せてくれ。近々行く予定の遺跡の申請書類も出さないといけないし。頼むよ、立派な護衛さん?」

そう、一応スネークは考古学者ユーノの護衛という事になっている。
ちなみにユーノが名乗っている偽名は、「チャーリー」との事。
他人がいる時はそう呼ぶ決まりだ。
その名前を聞く度、ザンジバーランドの時の知り合いを思い出して懐かしく思う。
彼は元気でやっているだろうか?
彼も、まさかスネークが迷子になった挙げ句に、護衛をしている等とは思っていないだろう。
自分自身もびっくりしているのだから。

「努力するとも、チャーリー?」
「よしよし。後、質量兵器の事だけど……」
「他人には言わない、見せない、使わない、だろう? わかってるさ。……そうだ、ユーノ」
「ん、何?」
「タバコも買っていいか?」

ユーノは一瞬の間も作らずに、ダメ、ときっぱり言い放った。
実は割と勇気を出して行った提案だったのだが、容赦が無い。
スネークは必死に喰らい付く。
それは今後の死活問題だから。
俺がタバコを止める時は死ぬ時だけだ、と断言しても良い位だ。

「……頼む」
「駄目」
「この無くなりかけのモスレム一箱でこれから過ごせと? 肺が腐る!」
「駄、目! ニコチン中毒の君に解説してあげようか? タバコに含まれる化学物質、ベンゾピレンは肺癌に関係があるんだ」
「……」
「ベンゾピレンは体内に取り込まれるとBPDEに変化して、肺癌の原因と言われているP53遺伝子に結合する事が知られているんだ。……聞いてる?」
「……ああ、聞いてる、続けてくれ」

喫煙者に厳しい社会よ。
携帯灰皿を買ってポイ捨ても止めるから、もう少し風当たりを良くしてくれ。
数少ないヘビースモーカー仲間のナスターシャと、無線越しに熱く語り合ったのをスネークは懐かしむ。
嗚呼、口が寂しい。

「BPDEがP53の特定の三ヶ所に結合して突然変異を起こす事が、肺癌の原因とされているんだよ。怖いだろう?」
「……化学式を理解しても、タバコの良さはわからんよ」

饒舌に語るユーノに聞こえないように、ボソリと呟く。
が、ユーノはギッ睨み付けてくる。
地獄耳め。

「何か、言ったかい?」
「いや、何も。はあぁ……ほら、準備して行くぞ」

零れる溜め息。
残り数本しか入っていないモスレムの箱表面を愛しげに撫で、ぶっきらぼうに呟きながら着替え始めるスネークだった。



「はあぁ……」

ミッドチルダ南部、都市タルタスの中央公園に、金髪の女性の溜め息が響く。
長い金髪の先を黒いリボンでまとめ、その豊満な肉体は窮屈な管理局の制服を押し上げている。
整った顔立ちに、燃えるような紅い瞳。
見る人誰もが見惚れる容姿を持つその女性の名は、フェイト・テスタロッサ。
職業は時空管理局本局執務官。
執務官と言えば、志願者が泣きだしてしまうような倍率の高さを誇る事で知られている試験が知られる。
フェイトはそれを数回の敗北にも屈しず、見事に合格した正真正銘のエリートだ。
天気は雲一つ無い快晴だが、そんなフェイトの心の中は暗雲が立ちこめていた。

――用心深い。
憎々しげにぐぐ、と拳を握り締める。
フェイトが追っているロストロギア密輸グループ。
ここでその取引きが行われるという情報の元わざわざこの町に来たのだが、見事に外れた。
どうやら感付かれてしまったようで、また一から仕切り直しである。
溜め息をもう一つ。
その事だけならまだ、気合を入れ直して局に戻っているのだが、フェイトが公園のベンチに逃避するのにはまだ理由がある。
親友、高町なのはの事だ。

見ているこちらが元気になるような笑顔を持ち、誰よりも空が似合う女性。
時空管理局のエースオブエースと呼ばれる彼女を知っている人間は少なくない。
しかしそのなのはは最近、心から笑っていないのだ。
周りが何を言っても作った笑顔で大丈夫、と言うだけ。
本人はどうせ迷惑を掛けたくないなんて心情なのだろうが、友人としては堪ったものではない。

諸悪の根源は、なのはの、そして自分の親友であるユーノ。
彼は無限書庫司書長という役職にいながら、突然に辞表を残して失踪したのだ。
親しい友人にも何も話さずに失踪、今も尚連絡も取れない事から、何か事件に巻き込まれたのかとも心配した。
スクライア族の元へ訪れて聞いても、知らない来ていない最近顔も出さない全く淋しい云々、と言われてしまい余計に心配。
しかし辞職する直前にユーノが寮部屋の大掃除、荷物の整理を行っている姿を目撃されていた事。
そして彼の失踪が、彼に課せられていたプロジェクトが完遂された直後という事。
これらの点から、当局はユーノが事件に巻き込まれた可能性を否定した。
何か思う所があったのか、それか発掘民族なのに管理局に留まり続ける事を疎ましく思っていたのだろう、という判断に終わったのである。

元々、無限書庫は放置されていた、所謂物置状態だった。
埃が被っていたそれを、ユーノが正式な部署と言えるまでに磨き上げ、稼働させたのだ。
最初期は、「無限書庫が無くても管理局は機能していた」と反発の声も上がったが、時が経つにつれてそんな意見も消失。
今では誰もが認める重要部署となった。
――しかし、問題が発覚する。
当時の過酷な無限書庫業務は、司書長ユーノの能力に依存していた。
しかしある時、終わりの見えない資料請求がもたらす激務の山に呑まれて、ユーノは過労で倒れてしまったのだ。
当然無限書庫の部署としての機能は完全に停止。
必要な情報が無限書庫から期限までに届いて当たり前、という認識へ推移していた管理局全体に大混乱が巻き起こる。
この影響は数日間止まる事無く、勿論、フェイトやなのはの任務にも支障が出た。
当然の事ではあるが、一人が突然いなくなっただけで機能出来なくなる部署など論外である。
上層部は即座に司書長であるユーノに、状況の改善を促した。
つまり、ユーノがいない状況でも無事運営出来るように、という事である。
噂によると無理難題とも言える指示にもかかわらず、ユーノは熱心に取り組み続けたという。
数年越しでユーノは司書の増員、待遇の改善に加え、数々の問題点を消化して無限書庫の改革を行った。
そしてユーノは、自分自身がいなくても多少効率が下がるに留まった無限書庫を見事完成させて、姿を消した、という事である。

そこで黙っていられなかったのが、ユーノの知り合い達だ。
フェイト達にとって一番ショックだったのは、ユーノが幼なじみ兼親友であったはずの自分達に何も話さずに姿をくらませた事。

ユーノにとって、自分達はどういう存在だったのだろう?
相談をする必要等無い、友達ではなく唯の顔見知り程度の認識だったのだろうか?
執務官試験の勉強に付き合ってもらっていた時も、彼は内心迷惑だと思っていたのだろうか?

――終わりの無い自問は、ゆっくりと、確実に心を蝕んでいく。

頭の中を、マイナス指向の妄想がどんよりと覆っていた。
フェイトは負の連鎖に気付いて、いけないいけない、と悪しき考えを振り払う。
悲観的な想像はさらなる悲観的な妄想をも作り出し、心も体も負の感情で塗り潰すのだ。
はやての夢が近々完成しようとしている事もある。
失踪したユーノも探さなければならない。
何より、平然としているが、時々酷く寂しそうな表情を浮かべるなのはを支えなければいけない。
今こそ、フェイトがしっかりしなければいけないのだ。

なのはは普段は何事も無いかのよう活発に働き、それでも少ない休日が取れたかと思うとユーノ探しに駆け回り、痛々しい顔で帰ってくる。
それはユーノへの想いに気付いたのか、それともまだ友達だと思い込んでいるのか。
それは、なのはのみが知っているのだが。
ともかく、そんななのはを見ているのは心苦しいが――自分にも休息は必要である。
体が重く感じるのは、さっさと休息を取れ、という合図なのだろう。
がさごそと袋から取り出すのは、一つの菓子パン。
売店で買った、カスタードがたっぷり詰まったクリームパンが、少し遅い昼ご飯だ。
栄養・ダイエット的に問題があるが、たまには良いだろう。
あむ、とフェイトは勢い良くパンに噛り付く。

「……おいしい」

クリームのふんわりとした甘い香りに、思わず頬が緩む。
フェイトは元々甘い物は特別好きではなかった。
しかし、母親のリンディが造り出す極度に甘い味付けの料理を度々食事していたおかげで、多少好みが変わってしまったのだ。
ともかく、口の中に広がる甘さは少しの間だが、忙しい現実を忘れさせてくれる。
パンを食べ終えたら、お茶を片手に一息。
勿論義母のように無駄な砂糖は加えていない、至極普通の緑茶である。
適度な苦みがクリームの甘ったるさを流し、すっきりとした感覚が好ましい。

と、その時。
ふと公園の入り口の方から、こちらに両手一杯の荷物を抱えた男が歩いてきた。
整った顔に、無精髭。
身長は高いし体格も良いのだが、かといって粗暴な印象も受けない。
地球でいう『イケメン』という形容よりは、『男らしい』と言った方が正しいか。
チャラチャラで、ヒョロヒョロで、ダメダメな男性よりは、ガッチリとした男性の方が好みである。
それでも多少雰囲気は固い無表情という事もあって、その男には少々近寄り難い。

そんな男は、フェイトが座っているベンチに座ったかと思うと一転、頬を緩める。
そして袋からタバコを取り出し口にくわえると、待ち切れない、と言わんばかりにライターを取出し着火。
すぅーっ、と男は気持ち良さそうに煙を吸い、呻き声を漏らす。

「くうぅ……」

直後、はぁー、と煙を吐き出す男は感無量といった様子だ。

「……くす」

幸せそうにタバコを吸う男を見て、先程のクールなイメージとのギャップが滑稽で、思わず笑みが零れてしまった。
その様子に気付いたのか、男がフェイトに疑念の眼差しを向ける。

「あ、すいません、随分と美味しそうに吸ってるので、つい」

笑いを止めようとするが、くすくす笑いは止まらない。
だが、想像してみて欲しい。
映画に出てくるようなクールな男が、幸福そうな表情を満面に紫煙をくゆらせるのだ。
抱腹絶倒ものである。
友人達にも見せてやりたい位だ。
フェイトは、かつてこれほど美味しそうにタバコを吸う人を見た事がなかった。
タバコの匂い自体は嫌いでは無い。
しかし、タバコを吸う人なんて局でも中年の局員しかいなかったし、どちらというと正直汚いイメージしか持てなかったのだ。
しかしこの男は、なかなかタバコを吸う姿が様になっている。
フェイトの言葉を聞いて男は、ああ成る程、とタバコの箱を振ってみせた。

「最近は直接火を付けないタイプのタバコばかりでな。……やはり火を点けて吸うタバコは味が格段に違う、美味い。ゴネた甲斐があったよ」

ゴネた、とは何の事なのかが気になるフェイトだったが、男は構わず話し続ける。
その表情は、何か吹っ切れた様子で。

「……今まで何気なく見てきた事、やってきた事。それの何もかもが今は新鮮に感じる。自分がいかに狭い世界で生きてきたかよく分かるな」
「狭い、世界……?」
「ああ。自分の殻に閉じこもって、周りも見ずに酔っ払っていた」

そう語る男の瞳の奥には、寂寥の色が浮かんでいるように感じて。
何となく、気になった。
止められなかったくすくす笑いも、いつの間にか収まっていた。

「……でもそれなら、新しい自分をこれから始められますね」

フェイト自身も、母からの愛情を求めてひたすらに藻掻き、苦しんでいた時があって。
高町なのはという心優しい少女に出会えた事で、新しい自分を始める事が出来たのだ。

「新しい自分、か。……俺にはまだ分からない」
「……え」
「俺が信じていたこと、当然だと思っていた事が、ある事をきっかけに違うと気付いてしまった。今は自分が何者なのかすら分からない」

ぼんやりと宙に向けられた瞳に、フェイトはいつの間にか吸い込まれていた。
一体、彼は何を見て、生きてきたのだろう。
自分が何者なのか。
そんな疑問を感じる人間は殆どいない。
何故なら今ある自分は自分であり、他の誰でも無いからだ。
それは殆どの人の意識に深く根付いている。
だがフェイトはあるきっかけからその疑問を幾度と無く抱き悩んできた。
だから多少は理解出来る。
寂しげな表情を一瞬浮かべたその姿は、昔の自分に似ている気がした。

「自分が何者なのか、ちゃんと分かっている人なんていませんよ」

だから、強めに声を上げる。

「辛い過去があっても人は他人と触れ合い、色々なものを見聞きして、新しい道・目的を求めて歩くものです」
「……道」
「貴方にだってきっと見つかるはずですよ、生きる意味が」

――消せない傷跡が残ろうと、生きる意味を見失わなければ、人は強く生きていける。
烈火の将と呼ばれている友人の言葉だ。
ふと気付けば、見知らぬ男に饒舌に語っている自分がいた。
男が驚いた表情で、その瞳をフェイトに真っすぐ射貫かせていたので、少しだけ気恥ずかしさを感じる。
それでも、そこに後悔は欠片も存在しない。

「……それを見付けるかどうかは、貴方次第ですよ。どうです、見付ける事が出来ると思いますか?」

フェイトの試すかのような言葉に、男は拳を握り、言葉を発する。
そこからは、確固たる意志が溢れていた。

「見つかるとも。……見つけるともっ」

――この人は強い。
フェイトにその確証が生まれた。
男の瞳から確かな意志の強さ、決意の深さを感じ、満足気に微笑む。
自分の言葉が他人に少しでも良い影響を与えるのなら、それは素直に嬉しい事だ。
男はそう言い切ると同時に、ハッとして、頬を掻いた。

「すまない、熱くなってしまった。……今日はおかしいな、自分の事をこんなに話すとは」
「フフフ、でもその意気ですよ。……そしてその前に、忍耐力をつけなきゃ、ですね」

む、と男が不満気に唸る。
忍耐力が無いと言われたのが気に入らなかったらしい。
だから男が反論を口にする前に、フェイトは華麗に先手を打つのだ。

「俺は、」
「少なくともっ。……タバコには負けてますよね?」
「はは、タバコは俺の人生の一部だ。禁煙などしたい奴が勝手に……」

男がふと言葉を遮って視線をずらす。
フェイトもその視線を追うとそこには、園内に設置された時計。
男が来てから結構な時間が経っている。

「……ふむ、俺は知り合いと待ち合わせてるから、悪いがそろそろ行かせてもらおう」
「いえ、私も仕事に戻ります」

タバコの火を揉み消し、携帯灰皿に突っ込む男を見ながらフェイトも支度。
ポイ捨てしないのは個人的にかなり高得点だ。
というよりそれが当たり前の事で、携帯灰皿すら用意出来ない人はタバコなど吸わなければ良い。
男が準備を整えて立ち上がるのを見て、別れの挨拶。

「楽しかったです、ありがとうございました」
「こっちも参考になる話を聞けて幸運だった、ありがとう。君みたいな美人はディナーに誘いたかったが……じゃあな」
「……口説いてるんですか?」

美人と言われて悪い気は起こす筈もないだろう。
フェイトは微笑みながら、小首を傾げて問い直す。
男はそれに何も答えず、はは、と笑って立ち去った。
少しだけ、顔が熱を帯びるのを自覚。
よく声を掛けてくるナンパの類とは違い、嫌悪感は湧かなかった。
立ち去る男の背中を眺めながら少しの間ぼんやりとしていたフェイトだが、その姿が見えなくなった所で現実世界に帰ってくる。
何故だか、やる気も自然に湧いてきた。
よし、と気合いを入れ直して。

「……私も、頑張ろう!」

残ったお茶をぐいっと飲み干す。
重く感じていた体もいつの間にか羽が生えたかのように軽くなっていた。
またいつか会えるかもしれない。
名前すら知らない男への僅かな期待を胸に乗せて、フェイトは、自分の戦場に戻っていった。


おまけ

タルタスで買い物をした日の夜。
スネークの服も無事に買え、少しの生活用品と骨董品だけだった広いユーノのテントが密度を僅かに増した。
希薄だった生活臭も、同居人がいるだけで随分と違う。
ユーノの視界の端でスネークは一息つくと良い機会だから、と武器・装備品の手入れを始める。

「スネーク、ずーっと気になってたんだけど」

スネークが銃の手入れをしている横に回り込み、ユーノが声を上げた。
その顔には、純粋無垢な疑問の表情。
スネークは手を止めずに反応を返す。

「なんだ?」
「君の装備の中に、明らかにおかしい物が混じってる気がするんだけど」
「不必要な物なんて何一つない」

何をバカな事を、とスネークは即答。
しかし、ユーノの疑問は晴れる事はない。

「……只の傭兵に段ボールは必要なのかい?」

ぴくり。

時が流れる事を止めたかのように、スネークの動きが止まった。
何か不味い事を言ったのではないか、とユーノは困惑。
そして、バッと振り向くスネークの表情はあまりに力強い。
ユーノはその気迫に押され、無意識に後ずさった。
しかし、スネークとの距離は開かない。
後退しても、彼はじりじりと迫ってくるからだ。

「段ボールだと? 勿論だ」
「へ、へえ……」

スネークの目の色は既に変わって。
手入れをしていた銃を置き、ユーノに熱弁を振るい始めた。
その剣幕にユーノも驚きを隠せない。

「段ボールは敵の目を欺く最高の偽装と言える。潜入任務の必需品だ!」
「す、すごいね」
「……これまで何度もこいつのお陰で命拾いしたんだ」
「それはそれは……」
「この質感! この匂い! 被っていると、包まれるような安心感があり、それはもう官能的だとも……そうだユーノ、お前も被ってみろ」
「おおぉー………ってえ"ぇっ!?」

適当な相づちをしていた所でスネークの思わぬ提案を受け、ユーノは慌てて拒絶の声を上げようとする。
しかし、気付けばスネークの手には茶色の箱、段ボール。
さあさあ、とにじり寄ってくるスネークに言い知れぬ恐怖を感じるが、時既に遅し。

「え、いや僕は遠慮ちょ待って待っうわあぁ!!」
「……どうだ?」

――広がる闇。
鼻の中を占める独特の香り。
そして、小さな穴から彷徨い込んでくる儚い光。
得られるのは、いるべき所にいるという安心感。
直観的に察知したのは、人間は本来こうあるべきだという確信。
誇張でも何でもなく、その全てが安らぎに満ちている。
この奇跡的な体験に、ユーノは深い感動を覚えた。

「……悪くないね、いやむしろこれは良いかも」
「……! そうだろう? これの魅力が分かるとはお前には光る物を感じるぞ!」

スネークは顔を輝かせる。
同じ価値観を共有している友の存在に感動しているのだろうか。
そしてユーノは大きく頷いた。
段ボールに対する汚い偏見は、虚空の彼方に消え去っていたのだ。

「そもそもだな、俺が初めて段ボールを被ったのは齢二十三歳の時で――」

始まる長話。
そうしてスネークとユーノの段ボール談義で、夜は更けていく。




[6504] 第四話「背中」
Name: にぼ◆6994df4d ID:664526b4
Date: 2009/02/19 18:37
人間の生活というものは、ふとした事をきっかけに簡単に激変するものだ。
自分自身、おおよそ人生の半分近くを巣穴にしていた職場を去って、今は放浪・発掘の旅。
どんなに腕の良い占い師に頼んで未来を予測してもらっても、結局の所何が起こるかはわからない、という事だ。

どかん。

前方から、酷く単調であり非常に的確な形容である爆発音が響く。
それを起こしたのはユーノではない。
ユーノの真横を勢い良く掠め抜けていく破片ももはや慣れたもの。
そう、ユーノが何よりも予想だにしていなかったのは一人の人間。
それは巨大な爆発を引き起こす質量兵器を、躊躇無く豪快に撃ち放つ男。
ソリッド・スネークの存在だった。

第四話「背中」

自称元軍人で今はしがない傭兵らしいバンダナを巻いた男、ソリッド・スネークと会って早くも一ヵ月が経った。
ユーノは最初、あくまで護衛「役」が欲しかったという事。
そして何よりもスネークの言う「生きる意味探し」に興味を持ったから彼を発掘の旅に誘った。
当然今まで魔法の存在すら知らなかった人間に、安全な遺跡ならまだしも危険な遺跡の探索は難しい。
危険度の高い遺跡には着いてこなくて良いと言ったが、スネークは大丈夫だ、と平然とした顔で言いのけたのだ。
ユーノが何かにつけて心配しても、彼から返ってくる言葉は短い。
問題無い、とか。
なんとかなる、とか。
彼はたったのそれだけで無理にでも物事を押し通す。
それに押されて何の因果なのだろうか、今では危険な遺跡でも仲良く発掘している。

このソリッド・スネークという男は、詳しい素性や過去は全く知らないが信頼出来る人間だ。
ユーノはこう見えても、九歳の頃から大人ばかりの無限車庫で働いていて人間観察には長けているので、一目見た時それがなんとなく分かったのだ。
この男の瞳には信頼出来る何かがある、と。
まぁ、スネークもユーノの事はあまり知っていないのだろうが、信頼してくれてる事にする。
しかし、スネークの言っている事自体は正直半信半疑だった。
曰く、テロリストが立てこもった基地に、なんと単身で潜入。
無線メンバー、現地で仲間のサポートがあったとはいえ、テロリストを倒し事件を解決したと言うのだ。
確かに負っていた傷や持っていた大量の質量兵器から見て事実は事実なのかもしれないが、映画のヒーローじゃあるまいし、とも思っていた。
しかし、その考えはいとも簡単に覆された。
一ヵ月余り遺跡の発掘の旅を供にして分かったのだ、それが作り話ではないと。
驚かされたのが、危険感知や判断能力がずば抜けている事。
敏感に危険を感じ取るそれについて第六感が優れている、とユーノが褒め讃える程だ。
最も、当の本人には複雑な顔をされたのだが。
長い間悩まされていた病気を治す際に得た物で、あまり良い思い出ではない、との事。

スネークは敵や罠の存在を正確に感じ取り、即座に適切な行動に移る。
窮地にも決して諦めず、針の穴程の突破口を手繰り寄せて、それを見事潜り抜ける。
段ボールの魅力を熱く語っていたのと同一人物とは思えない勇敢さだった。
彼は時々自身を卑下するが、殺人に快楽を覚えるような狂人ではない。
ユーノが見てきたのは、歴戦の戦士であり、一人の人間だった。

そんな彼には念話を行う為のデバイスの他にシールドを展開出来る、魔力を込めた手製のアクセサリ型の簡易デバイスも持たせている。
多少の衝撃には決して負けない耐久力を持つそれは自信作だ。
まぁ、一度使えばまた魔力を込め直さなければならないという欠点も抱えているが、その機会が与えられないのは良い事なのだろう。
逆に、それをまだ使わずにいれるスネークが凄いとも言える。

しかしそんな彼と旅してきたユーノには、悩みが一つあった。
この男と旅をしていると何故か時々、モヤモヤとした感情に襲われるのだ。
勿論、劣情の類ではない事は力強くはっきりと明言しておく。
心臓が高鳴り、記憶の片隅に呼び掛けるかのような不思議な感覚。
かといって、それが何なのかは分からない苛立ちと不快感。
こんな中年の男と寝食を共にしていたのは子供の頃、スクライアの皆との生活だけだったがやはり分からない。
この一ヵ月、密かに悩み続けているそれについて考え始めると同時に、聞き慣れた声に邪魔された。

「おい、ユーノ。何をボーッとしてるんだ」

スネークが、機械兵だった物の残骸を蹴り飛ばしながらユーノを呼ぶ。
それと同時にユーノの、思考の海を漂っていた意識も現実世界に戻ってくる。
ここは、危険度が比較的高い遺跡の最深部。
近未来的な遺跡で、壁から毒矢が飛んでくる事も無いし、一本道で後ろから大岩が転がって来る事もない。
ロストロギア反応は無いが、防衛プログラムによって統制された機械兵が遺跡を守っている。
いや、守っていた、の方が正しいか。
最深部で現われた大量の機械兵達も、スネークの武器、携帯型地対空ミサイルのスティンガーで見るも無残な鉄クズに変貌してしまった。
単純な破壊力であれば、スネークの武器の中では一番だろう。
機械兵達の使っていた巨斧や剣、残骸が辺り一帯に広がっている。

「ああいや、いつ見てもスティンガーは凄い威力だなぁ、と」
「戦闘中では無駄な事に意識を割かない事だ。小さな隙が大きな失敗を呼ぶぞ」
「ああ、ごめんごめん……でも出来るだけ自重してくれよ、無許可の質量兵器は違法なんだから」
「大丈夫だ、バレなければ問題無い」

はぁ、と小さく溜め息。
妙に楽観的なのもこの男の特徴であった。
無愛想に見えて意外とフランクで皮肉屋な人間なのだが、戦いになると目の色が変わり頼りがいのあるそれになる。
文句を言っている自分も、彼が質量兵器を使いやすいようにサポートをしている事。
そして彼に「偽名で申請書類を提出とは素晴らしいな」という皮肉を言われ、ぐぅの音も出なかった現実があるので強くは言えない。

攻撃手段を持たないユーノは、危険な状況になった時にいかに安全に逃げ出せるか、という事を念頭に遺跡の発掘をしてきた。
しかしスネークと旅をするようになってからは、まず敵を倒せるかどうかの判断に始まり、ユーノの援護によりスネークが敵を倒す、というのが定石となっている。

「でも、魔力も無しによくそこまで動けるね。機械兵の攻撃を華麗に避けてただろう?」
「まぁ、鍛え続けてたからな、体をちゃんと動かせるように。……知り合いの忍者とまではいかないが」

スネークが懐かしそうな声を上げる。
スネークはアメリカ人だ。
日本ものとして知られる、隠密性を旨とした特殊諜報員と知り合いとはイメージが湧かない。
というか、忍者などまだ存在しているのだろうか?

「忍者とお友達なのかい?」
「まぁ、な。……ほら、防衛プログラムはなんとかなった、そろそろ行こう」

上手くはぐらかされてしまった。
スネークのこういう部分は今に始まった事ではない。
気にしていても仕方がない事だ。
恐らく忍者のコスプレを趣味にしている友人がいるのだろう、と一人納得する。
そんな友人は持ちたくないものだ。

「そうだね。……ロストロギアも無い遺跡だけど、なかなか良い物が手に入ったよ?」

ユーノは戦利品を見てにへら、と頬が緩むのを感じる。
そう、今ユーノの手にあるのは杖。最深部に眠っていた年季の入った木製の杖だ。
滑らかな表面を見ているだけで三日は時間を潰せるに違いない。
こんな良い物に触れていられる事に、ユーノは深い感動を覚える。

「確かに良い物かもしれんが、そんなに熱狂する程とは思えんね」

出口の方へ歩きながら、スネークがユーノの方へ呆れたような視線を向ける。
感動の余韻を味わう前に邪魔してきた男を糾弾、これの良さについて語る事にする。

「君ぃっこれの良さがわからないのか!? この流れるようなフォルム! 質感! 年季が入っていてそれはもう――」
「ああ、わかったわかった。凄いよそれは。その木の棒は最高だ、この遺跡オタク」
「せめて遺跡マニアと言ってくれっ!」
「さすがに遺跡への愛も格別だな? 発掘民族オタライアは」
「オタライア言うなぁっ!」

くそ、と歯噛みして睨み付けるが、スネークは悠然と歩き続ける。
ユーノはその不適な笑みに堪らなく苛立った。
この男はユーノをちょくちょくからかってくるのだ。
なんでも彼には、ユーノによく似たアニメオタクの友人がいるらしい。
遺跡や骨董品を語るユーノを見ると、ついついその人と同じようにからかってしまう、との事だ。
こちらとしては迷惑極まりない。

どんがらがっしゃんとうるさい音を立て、ひたすらスカートの丈が異常に短い女の子やロボットが戦うようなアニメ。
それを、数百もしくは数千年以上過去に存在していた人間の意志を感じられる遺跡と混同させないで欲しいものだ。
ちなみにスネークにとってはアニメと出土する骨董品、どちらも大差ないらしい。
それでも罠の解除等のスネークが好んでいる要素がある分、遺跡発掘の方がまだマシとの事。
顔も知らないアニメオタクに対して、ちょっとした優越感に浸る。
ざまあみろ、だ。

ユーノはふと、愛しげに眺めていた杖の側面に書かれたものを見付ける。
そこに刻まれていたのは、擦れた文字。
焦って殴り書きしたかのような字体は酷く汚い。
スネークを呼び寄せ、それを見せる。

「『私達の子供の世代に争いは伝えてはならない。人が持つ、――を、……』あー、ダメだ、擦れてて読めない」
「この文明は確か……?」
「うん、戦争で滅びちゃったみたいだけど……切ないねぇ」
「……人間という存在がいる限り、争いは消えない。それでもそれに向かって努力する事、その思いを忘れずに持ち続ける事が大切だ」

スネークも何か思う所があったのか、それだけ言って黙りこくる。
辺りにしんみりとした空気が漂った――

――のだが。
唐突に、そんな情緒溢れる空気は壁が崩れる音で中断させられる。
いや。崩れる、なんてものではないか。
轟音と共に吹き飛んだ、が正しい。
砂煙の向こうに見える巨大な影を、ユーノは仰いだ。
目の前に悠然と現われたのは、先程の機械兵をそのまま巨大化させたかのような物。
小さい機械兵と違い、その手に持つのは剣や斧ではなく大きな砲台。
重厚感溢れるそれは威圧感を放っていた。

「ユーノッ!」
「ああ!」

スネークが咄嗟に、大きな咆哮を上げる機械兵の親玉にスティンガーを放つが、効果が無いのか虚しい結果に終わる。
親玉は自身に伝わった衝撃に動じる事無く、そのまま砲台をスネーク達に向けて構えた。
砲台は眩い光を放ち、直後、火を吹く。
ユーノは慌てて距離を取り、遮蔽物に身を隠した。
彼がほんの一瞬前まで立っていた場所に巨大な魔力の砲撃が着弾し、爆音を奏でる。
そして再び巻き起こる土煙。
随分と騒がしい敵のお出ましだ。
一歩も通さない、とばかりに出口への道に立ちふさがる親玉を土煙越しに見て、思わず舌打ち。
スネークの武器の中で最強の破壊力を誇るスティンガーミサイルでも、親玉の装甲は貫けなかった。
つまり、このままでは親玉は倒せない。
逃げる為の策を考えなければ。
ユーノは、離れた物陰に身を潜めているスネークの様子を心配して、ちらりと見た。
しかし、驚いた事にスネークの様子はいつもと変わらない。
彼にとっては途方も無い未来の技術、オーバーテクノロジーであるそれを見ても、目に宿る強烈な光は闇に呑まれない。
何か策があるのだろうか?
念話を飛ばそうとして、先にスネークから念話が飛んでくる。

『こちらスネーク。ユーノ、聞こえるか?』
『大丈夫、聞こえているよ。……スネーク、親玉っぽいのが来たね』
『ああ、無数の機械兵で疲れさせて、あれで不意打ち。戦意を削ぐには有効だな……作った奴の性根の悪さがよくわかる』
『どうだい、イケると思う? 逃げようか?』
『いや、可愛らしく頼んでも見逃してくれるとは思えん。やるしかないだろうな』

スネークが可愛らしく頼み込む様子を想像して、自爆。
嫌なものを妄想してしまった。
頭を振って、意識を敵へと集中させる。

『君のスティンガーを防いだ。装甲は厚いね、何か手が?』
『「小さいものほど、よく大きいディフェンスを通過出来る」……戦場ではこういうルールもあるんだ』
『それってつまり……』
『ああ、グレネードでいく』

機械兵の体を包む鎧の節目節目にはほんの僅かな隙間がある。
親玉の装甲は巨大化して鉄壁の防御を手に入れたようだが、その隙間も相応に大きくなっていた。
恐らく手榴弾くらいの大きさなら、何とか通り抜けられそうな程のもの。
確かに、直接内側から爆発させればかなり有効かもしれない。

「でもスネーク、大丈夫? あんなの君の世界には――」
「いや。……ああいう巨大な相手と戦り合うのには慣れてる、大丈夫だ」

おいおい、と心の中でスネークに突っ込みを入れる。
それでもスネークの顔を見ると、毅然とした表情。
大丈夫、と言うだけあって自信に満ち溢れていた。
それを見ると不思議と、こちらも自信が湧いてくるのだから感服させられる。
そして、ユーノがスネークの援護をしようと決意して――

「――っ!」

まただ。
唐突に、正体のわからない感情が再びユーノの胸を締め付けた。
喉に刺さった魚の骨のように存在し続けるそれに鬱積する。
気に入らない、気に食わない。
これは、何だ?
ユーノの様子に気付かないのか、スネークはユーノに続けて念話を飛ばしてくる。

『奴の左肩に重機関銃のような物がある。あれではまともに近付けん、足止めを頼めるか?』

返事しようとして、それでも上手く返事が出来なくて、苛立ちがさらに募る。

――いや、ちょっと待て。
この感情の正体をユーノは知っている。

『ユーノ? おい、聞こえているか』
『ああ、聞こえている……わかった。でもあの大きさだとバインドの準備に時間がかかるよ』

思い出せ、と自身を叱り付ける。
喉まで出掛かっているのだ。
これは――

『了解、時間稼ぎは任せろ。お前の後方援護くらい心強いものは無いからな、安心して戦える』
「っ!!」

――思い、出した。
スネークの最後の言葉を聞き、ユーノは、はっとする。

 『いつも一緒にいてくれて、護ってくれたよね。だから戦えるんだよ。
 ――背中がいつも、暖かいからっ!』

スネークに魔法を教えている時。
そして、スネークと共に戦っている時に感じたモヤモヤとした感情の正体は、懐かしさだったのか。
今は華麗さと強さを兼ね備えた女性がまだ少女だった頃、同じく少年だったユーノに放った言葉。
随分と昔の事だが、今でも心の中で大事にしてある思い出。
理解出来たところで何になる、とユーノはその記憶に微笑し、自嘲した。
今の僕では、もう、彼女の背中は守れない。

「――それでも」

ゆっくりと呟く。
それでも、目の前の仲間は守り切ってみせる、と決意を固める。
ユーノは目を閉じて大きく深呼吸、スネークに念話を飛ばした。

『スネーク。君の後ろは、僕に任せてくれ!』
『了解。……よし、いくぞっ!』

スネークはそう言うと、何もない空間に向けてミサイルを放った。
ユーノも詠唱を始める。
リモコンミサイル、通称ニキータ。
それは無線誘導式偵察ミサイルで、発射後に弾頭部に付いたCCDカメラの映像を見ながら操作出来る。
ユーノが重厚感溢れるそれを初めて見た時は、相当な威力を発揮する物なのだと想像したものだ。
しかし、ニキータはあくまで偵察用。
偵察機材にスペースを取られていて、充填されている炸薬量は意外と少ないらしい。
あらぬ方向へと飛び出していくミサイルはスネークの巧みな操作で進路を変え、真っすぐと目標へ飛んでいった。
数瞬後、着弾。
当然、威力自体はそれほど期待できないが、うるさい蝿としての役割は果たす。
スネークが再びミサイルを発射させて時間を稼ぎ、重機関銃の掃射によってそれが破壊されたのを確認する。
親玉はニキータの破壊を優先したようだ。
続けて三発目も撃ち出された。
しかし、親玉は対した威力では無いと判断したのか、蝿の元凶を叩く為に動き出した。
スネークは二発目を脚部に直撃させると、続いてユーノが標的にされないよう物陰から飛び出し、距離を取りながらスティンガーを撃ち込み続ける。
親玉の重機関銃が火を噴きスネークを掠めた。
腹に響く音を立ててスネークに襲い掛かる銃弾の威力は凄まじく、抉られた地面がそれを物語っていた。
あんなのが直撃すれば、柔らかい生身の人間は大きな風穴を作るだろう。
しかし、スネークはそんな事への恐怖を僅かも見せやしない。
それは、信頼の証。
避け続ける事の向こうで待つ現実を、ユーノを信じているのだ。
だからユーノも、それに答える為全速力で詠唱を続ける。
彼は遮蔽物を上手く使って避けているが、見ているこちらはヒヤヒヤさせられる。
恐らくは数十秒の間の事なのだろう。
それでも、詠唱しているユーノにとっては数十分に感じられる程の苦痛の時間だ。
そして――

――出来た。
ユーノの周囲に展開している魔法陣から、対象を縛り上げる鎖が一斉に親玉の方へ飛んでいく。
淡い緑の光に包まれた鎖が親玉を縛り上げ、動きを完全にストップさせたのを確認。

「スネーク、今だ!」

ユーノが叫んだ時にはスネークは既に親玉の元へ走り寄り、グレネードのピンを抜いていた。
ピンを抜いて五秒、それが爆発の目安だ。

――一秒。
スネークはグレネードを大きく振りかぶって、投げる。
ユーノは急いで防御魔法を詠唱。

――二秒。
グレネードは吸い込まれるように、親玉の装甲の隙間に入っていく。
親玉が、自身の行動を阻害していた鎖を無理矢理に引きちぎった。

――三秒。

「ユーノ、伏せろ!」

スネークがそう叫び、走り出した。
同時に、親玉は振り返りながら再び砲台を輝かせる。
ユーノはまず先に、スネークに防御魔法を掛けた。
急げ急げ、と自らを叱咤して急かし続ける。

――四秒。
親玉は物陰へ走るスネークへと砲撃の照準を合わせ、構える。
スネークは大きく飛び込み、頭を抱えて伏せた。
ユーノは続いて自分にも防御魔法をかけ、同様に伏せる。

「――五秒!」

ユーノの叫びと同時に、それは弾けた。
親玉の砲台から光が放たれる前に、遺跡中に轟く耳をつんざくような爆音。
空間全体が揺れる。
親玉の装甲の内部を強烈な爆発が襲い、それがさらに新たな爆発を誘発。
今まで何物も通す事はなかっただろう装甲は砕かれ、粉々になった親玉の破片が辺り一帯に飛び交った。
強大な爆風が頭の上を過ぎ去っていくのをひたすらに耐え。
轟音に耳を蹂躙され、舞い上がる砂埃にユーノは喘ぐ。

ようやく辺りから音が消えてからユーノは立ち上がった。
互いの無事、そして戦いの終焉を確認をして、ユーノはスネークに歩み寄る。

「やったね、スネーク!」
「なんとかなったようだな」
「そうだね。さすがに疲れたかい?」
「そんな事はない。まだまだ動けるぞ」

この男、中々に強がりな一面も持ち合わせている。
というより、他人から気遣われる事に慣れていないようにも見えるが。
スネークはムッとした表情を僅かに浮かべたがすぐに不適な笑みを浮かべ、再び軽口を叩いた。

「あの巨体を数秒とはいえ、完全に止めるとはやるじゃないか。唯の考古学者にしとくのは勿体ない」
「君こそ、野球のピッチャーに転職した方がいいね」
「軍の訓練の時、よく言われたよ」

ははは、と二人で笑い合う。
ユーノは目の前の男の背中を守り切れた事に安堵して、大きく伸びをした。
ふと、PT事件や闇の書事件の解決の際にもこのように伸びをしていた事を思い出し、懐かしむ。
今日は、懐かしい事尽くしだ。
スネークが体に付いた埃を払いながら、声を上げる。

「さぁ、ここから出よう」
「そうだね、僕ももうクタクタだよ」
「ほぅ、いつもなら遺跡から出るのを名残惜しむのに、珍しいな」
「今日はそういう気分なのさ」
「……そうか」

今はもう、少女と共に戦ったあの日のようにはいかない。
分かりきっているのに、それを自覚したのももう随分と前なのに、やはり寂寥を覚える。
彼女は既に自分の手を借りず、歩き出しているのだ。
スネークは新しい生きる意味を求めて歩いているのに、自分はこの体たらく。
生きる意味に見放されて、わだかまりを抱えながらぼんやりと旅を続けている。

――一体、いつまでこの逃避を続けるのだろう。

そんな呟きは誰にも聞こえる事無く暗闇に消えていく。
ユーノはそうして嫌な現実から逃げるように頭を何度か振り、スネークと共に遺跡の外へ歩きだしていった。



[6504] 第五話「進展」
Name: にぼ◆6994df4d ID:fe0e6eb0
Date: 2009/02/19 18:38

大地の匂い。
木々の匂い。
虫の匂い。
それらの濃厚な匂いが混ざり合う事で、森の匂いという存在は形成される。
それはあまりに独特で、他者の介入には敏感に反応を示すものだ。
例えば、そこに人間がいた場合はそれが顕著となる。
並の人間では森のセンサーを掻い潜る事は出来ない。
草木の不自然な揺れ、体臭や汗の匂い、踏み折られる小枝の音等が否応無く異質な存在としての痕跡を残す。

しかし、そこにいる男だけは違った。
気配も無い。
何も無い。
誰も、男を見る事は出来ない。
静かに伸ばされた腕だけが音も無く彷徨い、やがて静止する。
その手が握り締める銃は、真っすぐ木の枝に止まった鳥へと向けられていた。
それを察知出来るものはいない。

――かちり。

引き金を引く音が唯一、異常を周囲へ知らせる。
だが、それに気付いた時にはもう遅い。
発射された弾が空気を切り裂き、直後、鳥は抵抗すら出来ずに地面へと落下していく。
そうして一仕事為し終えた達成感と共に、男、ソリッド・スネークは獲物へと足を進めていった。

第五話「進展」

スネークが食糧を探し求めて既に数時間が経っていた。
金の無駄使いは良くないし自然を感じられるからそうしよう、とユーノが半ば強行に言い放った事に始まったのだ。
そのユーノは最近、思い詰めた表情をする事が多い。
若い頃はよく悩め、とはよく言ったものだが。
それでも、酒を飲める歳にすら届いていない青年がこれでもかと言うくらい真剣に悩んでいる様子を見せられれば、やはり気にはなる。
しかし、スネークにはどうしようもない。
どうした、と聞いたところで何でもない、と切り捨てられるのは明白だからだ。
だから、大人のスネークはなるたけ気にせず、平常運転で生活を続けるしかない。

ふっ、と鼻孔の奥が水の匂いを捕らえた。
――こんな風に森で食料集めをしていると、懐かしい記憶が蘇ってくる。
そう、アウターヘブン蜂起だ。
そこでの出来事はスネークにとってトラウマの塊のような物で、思い出す度に気分が沈む。
それでも、懐かしい。
現地調達は潜入任務の基本なので、レーションが切れた時はジャングルで同じように食糧調達をしたものだ。
こうやって自身の気配を消し、森の感覚を可能な限り自身に同調させながら行動して。
この森は南アフリカのジャングルとは気候も植生も異なるが、その記憶がもう10年も昔の事なのだな、とスネークは懐かしむ。

何事にも始まりはある。
それは伝説の英雄と呼ばれた男、ソリッド・スネークにもそう言える。
最初から強い兵士として生まれた訳ではない。
特殊部隊フォックスハウンドの隊員としての初陣である、アウターヘブン蜂起の時はまだまだ新米だった。
当時フォックスハウンド総司令官だった、スネークの遺伝学上の父親であるビッグボス。
彼は、傭兵派遣会社であり武装要塞国家としての形を作っていた、アウターヘブンのボスでもあった。

「武装要塞アウターヘブンに潜入、最終兵器メタルギアを破壊せよ」

新米隊員のソリッド・スネークはッグボスによってそれを命じられたのだ。
ビッグボスは、偽の情報を持ち帰らせ情報の撹乱を目論んだが、結果は大敗北。
二十世紀最強の兵士の遺伝資質を受け継いだスネークは、作戦を進めながら戦士としての才能を開花させていく。
そして、新兵器メタルギアと運命的な邂逅を果たす。
TX-55メタルギア。
核搭載二足歩行戦車。
それは、山岳部や湿地帯など、悪条件な場所にでも迅速かつ正確な核攻撃を可能にする兵器。
世界のパワーバランスを崩す事が出来る、悪魔と形容するに相応しいものだった。
スネークは起動前にそれを破壊。
そして黒幕のビッグボスを倒した。
彼が父親である事も知らずに。

それから四年後。
生き残ったビッグボスは、ザンジバーランドという小国の長として再びメタルギアを開発・使用して、軍事的優位の確保を試みていた。
既にフォックスハウンドを除隊していたスネークは、ビッグボスを倒せる唯一の存在として再度召喚される。
起動してしまったメタルギアの破壊、親友との地雷原での対決。
それを乗り切り、スネークは今度こそビッグボスの殺害に成功する。

死の間際、ビッグボスは自らを父だと告白した。
スネークと合間見えた時。
自分の若い頃と同じ顔が銃を向けてきた時。
自分の遺伝子を持ったクローンと死闘を繰り広げて倒された時。
ビッグボスは、どんな気分だったのだろう?

「敗者は戦場から解放されるが、勝者は戦場に残る。そして生き残った者は死ぬまで戦士として人生を全うするのだ」

ビッグボスの言葉を思い出して、スネークは空を仰ぐ。
そんな事はない、そんな事はないんだ、とスネークはその言葉から、戦場から逃げ出した。
けれど、気付いたらシャドーモセスで銃を握っていた。
生きる意味を探しているとは言え、自分は本当に戦いの中でしか生きられないのだろうか?
何事にも始まりがあり、終わりがやってくる。
ビッグボスも、もはやこの世にいない。
けれど、ビッグボスの存在は未だにスネークを束縛していた。

スネークは暗くなる思考を強制停止させ、木々を掻き分けながら歩く。
潜入している訳でもないのに、出来るだけ気配を消しながら移動している事にスネークは複雑な心境になってしまう。

「ひぃっ! ひいぃー!」

だが、そんな事を悩む暇も無く、男の叫び声が横から響いて来た。
スネークが声の方向へ近づくと、涙目になりながら悲鳴を上げる男。
そして男を今にも食い殺さんと、唸り声をあげ殺気を放っている巨大な熊。
スネークは人知れず苦笑した。
アウターヘブンのジャングルでは蛇やら軍用犬やらはいたが、さすがに熊はいなかったぞ、と。
涙目の男の視線が忙しそうに彷徨い、偶々その場に居合わせてしまったスネークを捉える。
スネークにとっては面倒に巻き込まれた憂い、男にとっては正に窮地に舞い降りた  行幸  か。

スネークは魔法どころか超能力すら使えないが、その男の心は正確に読み取る事が出来た。
どうか助けてくれ、だろう。
ユーノも悲鳴を聞き付け接近しているのだろうが、その前に熊は男を明日の為の栄養源にする筈。
スネークは気怠そうにM9を抜き、弾が装填されている事を確認。
引き金を引き、男に覆い被さった熊へと寸分違わず命中させる。
熊は背中への衝撃に反応、振り返ろうとして、そのまま倒れた。
麻酔銃なので、熊は昏倒しているだけだ。
地面に転がる濃い茶色の大きな巨体は圧倒させられる。

「た、助かった……?」
「ああ、間に合って良かったな」
「……は、はああぁ、そうか、助かったかぁ……」

自分の命が安全だという保障を感じて腰が抜けたのか、男はまだ涙目の状態で転がっている。
実に間抜けな姿だ。
銃をしまうと同時に、ユーノが駆け付けてくる。

「スネーク大丈夫!? ってあああああーー!!」
「ど、どうした?」

ユーノは、スネークと男の無事を見て安心そうな表情を浮かべたかと思うと、顔を真っ青にした。
そして、ワシャワシャと腕を振るい、スネークにがなりたてる。

「き、ききき、君! これっ! 保護指定受けてる絶滅危惧種の『星熊』っ! ま、まままさかころっ! ころしっ!?」
「死んでいないぞ、麻酔で眠っているだけだ」
「あ、ああ、そうなんだ……」

スネークの言葉を聞き、良かった、と安堵の息を漏らすユーノ。
スネークの無事を確認した時よりも安堵するとは、なんとも微妙な心境になる。
スネークがチラリと熊を見ると、額と胸部に星の模様。
単純なネーミングだな、とスネークは心の中で冷やかした。

「ああ、驚いた……でも保護区画にいる筈なのに、何故ここに……?」
「餌でも探しているんじゃないのか?」

そして哀れにも、この男は胃袋を満たす食材として目を付けられていたという訳だ。
ふと、ユーノはハッとすると再び顔を青くした。
顔の色を変えるのが得意な奴だ。
今度は何を言われるのだろうか、と身構える。
そして、スネークを襲う怒鳴り声。
それはユーノのものではない。

「お前達っ!」

先程の情けない声を出していた男である。
恐怖から立ち直ったのかしっかりと立ち上がり、スネークを睨み付けていた。
その体は意外にガッチリとしていて、よく鍛えられているのが分かる。

「まず、ありがとう。お前がいなかったら今頃この熊の胃の中だったろう……」
「感謝しているとは思えない態度だ」
「うるさいっ……一つ聞かせろ。その質量兵器は、許可を取ったものか? いや、どうせ取っていないのだろうっ」

有無を言わさぬ見事な断定。
さあな、としらを切るスネークだが、男の怒りを燃え上がらせてしまったらしい。

「貴様、質量兵器を使っておいてよくも抜け抜けと!」

何という熱血。
熊に襲われていた時の情けなさはどこへ行ったのだろう。
思えば、こんな性格の人間とはスネークの人生で初めて会ったかもしれない。
断言できるのは、こういう奴とは仲良くはなれないという事だけ。

「……言っておくが、これは麻酔銃だから質量兵器じゃな――」
「立派な質量兵器だっ!! この正義の使者、時空管理局の二等陸士、ウィリアム・バースの前で法を犯すとはいい度胸だな!」
「おい、話を聞け」
「俺が今日偶々休暇で、森を優雅に散策していたのが貴様等の運の尽きっ! C級質量兵器の所持・使用の現行犯で逮捕するっ!」

ウィリアムと名乗る男はスネークの言葉を遮って叫び、ビシィッ!! と指差す。
正義の使者が人を指差すのは礼儀的に如何なものかと思うのだが。
未だ真っ青なユーノに、大さじ三杯程の怒りを乗せて念話を飛ばした。

『ユーノ。お前、「質量兵器は子供ですら簡単に扱える破壊兵器」とか言ってたよな』
『……君の麻酔銃も質量兵器だよ』
『殺傷能力は無いぞ!』
『無くたって質量兵器! いいかい、質量兵器は威力別でSからCまで四つに区分けされてるんだ。核爆弾もS級にくるんだよ』

強めに言い返されてしまった。
ちらりとユーノを一瞥するが、さすが無表情。
怒濤の説明攻撃は続く。

『そしてA級、B級と威力別で分けられていって、最後C級に殺傷能力の無い麻酔銃やスタングレネードとかが来るんだ』
『……事前に言っておいて欲しかった』
『さすがに分かってるだろうと思ったんだよ! ああぁ、よりにもよって管理局員とか勘弁して欲しいよ……』
『おまけに、かなりの熱血漢だ。熱さでこっちまで火傷しそうだ』

見逃してもらいたいんだけどね、とユーノが無表情のままで嘆く。
耐えかねるようにようやく、二人で大きな溜め息。
ウィリアムが、格好良く決めたのを無視された事に怒り、顔を赤くして戦闘態勢に移った。

「貴様等無視するなっ! ……ええい喰らえ、正義を愛し悪を断罪するチェーエエン! バインドオオォッ!!」

ウィリアムが杖型デバイスを手にバインドを放つが、ユーノのそれと比べると速度も追尾性能も明らかに劣る。
当然、スネークは軽い足取りで楽々避けた。

「おい、話を――」
「避けられただと!? く、糞ったれ、弱者と庶民の味方、時空管理局員を馬鹿にしやがって! ……ならばこれでどうだ!」

スネークは言葉を遮られてうんざりとする。
これはもう何を言っても無駄なのだろう、と。
彼の脳内にあるのは恐らく、犯罪者を引っ捕らえる事だけか。
話を聞くつもりは一切無いらしい。
ウィリアムのデバイスの先が光を帯びる。
恐らく砲撃だ。
確かに、生身の身体に直撃したら、面白くない事になるだろう。
だから、スネークは――

「正義に燃える熱いハートを喰らえええぃ!! 全力っ全開!! でぃばうぅっ!」

――ウィリアムが叫び終える前、麻酔銃を彼に撃ち込んだ。
光を霧散させるデバイスと、豪快に地面に倒れこむウィリアム。
それを見て、疲れた表情のユーノが頭を振る。

「それで、気絶させてどうするんだい、スネーク」
「……まぁ、街の近くまで連れてってやるか」
「顔、モロに見られちゃったね……」

落胆するユーノに、スネークも肩をすくめるしかない。
熊に襲われる男を助けてこんな展開になると、誰に予測出来るだろうか。

「何、奴の上司は部下の命を助けた男を檻の中にぶち込んだりさせる前に、まともな仕事をさせるだろうさ」

まともならな、と付け加える。
まともならね、とユーノもそこでようやく苦笑い。

「向こうも人手不足だろうから、そうだと良いんだけど……はぁ、僕疲れちゃったよ」
「……俺もだよ。ああいうタイプの人間は初めてだ」

再び大きな溜め息を吐くユーノと、やはり疲れを感じているスネーク。
M9をしまって、目蓋を優しく揉む。

「……ユーノ、管理局はあんなのばかりなのか?」
「まっさか。あーあ、もう今日は街で食事しよっか?」
「ふむ、ステーキだな?」
「もう何でも良いよ……」

スネークが局員を助けてから僅か十分。
その短時間で二人とも精根尽き果てていた。
それでも男をどうにかしないと話は始まらない。
ウィリアムの足を引っ張りながら街へ歩きだすユーノとスネークだった。



時空管理局機動六課隊舎、医務室へと続く廊下。
フェイトは高町なのはとそこにいた。
数年前になのはを襲った事故以来、はやての守護騎士で本局の医務官でもあるシャマルがなのはの主治医として定期的な検査を続けている。
と言っても最近は、なのはが無理をしないように諫めるのが主体になっているのだが。
新人達の訓練が終わったタイミングで呼ばれたなのはだが、事務仕事がある、と逃れようとしていた。
しかし同じくはやての守護騎士、なのは率いるスターズ分隊副隊長のヴィータが見た目に似合わぬ重い腰を上げてくれた。
彼女がそれらをもれなく全て引き受けてくれたので、意気消沈のなのはとこうして今に至るという訳だ。
フェイトは途中までの付き添いである。
機動六課の初出動も無事成功し、ますます訓練に熱が入るのを見越して、無理しないように釘を刺すつもりなのだろう。
なのはが憂鬱そうな声を上げる。

「ああぁ、またシャマルさんに怒られちゃうかなぁ……」
「皆なのはの体を心配してるんだから、あんまり無茶しちゃダメだよ」
「あはは、分かってるよ。でも大丈夫、ありがとう」
「……もぅ」

あまり言う事を聞いてくれないなのはに、フェイトは大きな溜め息を吐く。
とはいえ、なのはの無茶にもある程度慣れてしまった自分もいるのだから嘆かわしい。

親友はやての機動六課が稼働し始めた今現在も、ユーノは失踪状態。
はやても部隊長として忙しい身の中、僅かな空き時間を見つけてユーノの捜索を協力してくれているが、依然として進展は無し。
なのはの精神的な疲れは大きいはずだ。
フェイトは自分の無力さが悲しく思えてくる。
気付かれぬように、こっそりと溜め息。
そして。
ふと、前から歩いてくる男性局員を見て、なのはが驚きの声を上げた。
男性局員もなのはの顔を見て驚きの表情を浮かべている。

「……ウィル君?」
「た、高町教導官! お久しぶりです! それにハラオウン執務官、お会い出来て光栄です! ウィリアム・バース二等陸士です!」
「初めまして、バース二等陸士」

ウィル、と呼ばれた局員は慌てた様子でビシィッ、と敬礼を返す。
フェイトも微笑みを浮かべて敬礼。

「もぅ、そんなに固くならなくていいよ、元気だった?」
「は、はい! お世話になった高町教導官には感謝してもしきれない位で……元気にやらせて頂いてます!」

ウィリアムのガチガチな様子に、なのはは苦笑している。
彼はなのはの元教え子という事か。
何故、彼が六課にいるのだろうか?
フェイトの疑問を代弁するかのように、なのははウィリアムに尋ねる。

「でも、なんでウィル君が六課に?」
「あ、いえ、ちょっとここの医務室に運び込まれたんです」

昨日の休暇中に熊に襲われまして、と話し始めるウィリアム。
なんでも、熊に襲われていた所を麻酔銃を許可無しで持っていた男に助けられたとの事。
しかし、麻酔銃も立派な質量兵器。
現行犯逮捕しようとして返り打ちに会い、気付いたら町外れで眠っていたという事らしい。
そんなドタバタな展開はなかなか無いだろうな、とフェイトは内心で苦笑する。
しかし逆にウィリアムは、話を進める内に怒気を帯びてくる。
さすがのエースオブエースも予想外の剣幕にたじろいでいるようだ。

「もう、俺悔しくて悔しくて! せっかくの休暇も潰れちゃったし……くそぉ! 正義を甘く見やがって……」
「ま、まぁ、助かったなら良いんじゃないかな? 何事も体が資本なんだから」
「でも! それでもっ……俺は休暇使ってでもあの二人組を捕まえます! この体を巡る熱い血が――」
「顔は覚えているんですか?」

ここでフェイト、会心のファインプレー。
止まらない熱血陸士の言葉を遮って質問する。
ありがとう、と念話で伝えられたなのはの感謝に小さく頷いた。
話を遮られたウィリアムは怒りに燃えた顔から一転、得意気な表情を浮かべる。
待ってました、と言わんばかりだ。

「フフフ、忘れやしませんよ。俺、記憶力は良いんです」
「わぁ、凄い!」

なのはの言葉が投げやりになってきている気がするのは気のせいだろうか?
正直、自分もそろそろ話を切り上げたい所だ。

「一人は恐らく三十代前半で茶色の髪、不精髭のキリッとした顔つきでした。あ、もう一人からスネークとか言われてました。ぷふっ、変な名前ですよね」
「えっ」

スラスラと述べるウィリアム。
フェイトはそれを聞き、思わず冷や汗をかく。
ウィリアムが話す特徴を聞き、忘れかけていた記憶が蘇ってきたのだ。
その特徴は、数か月前の名前も知らぬ男に似ている。
確証は無いが、そうに違いないと心のどこかで主張している自分がいた。
牧師の説教のような物を、張り切って男に話した事を思い出し、少し気恥ずかしくなる。
まさか、本当にあの男なのだろうか?

「ハラオウン執務官、ご存じなのですかっ!?」
「あぅ、えーといやいや、分からないなぁ、ごめんね」

あくまで推測に過ぎないのだから、と詰め寄るウィリアムにとぼける。
――しかし。
衝撃はそれでは終わらなかった。

「もう一人は二十代前半位ですかね。金髪をリボンで纏めてメガネをかけた中性的な顔つきでした。ふん、良い歳した男性がリボンとは趣味が悪い」

正にその瞬間。
時が止まった。
爆弾発言、とはこの事を言うに違いない。
全く夢想だにしない特徴がウィリアムから出てきたのだ。
ぽかん、と呆けていたなのはは一足早く、停止した時の中から脱出。
空気が激変して困惑しているウィリアムにそのまま詰め寄って。
ひぃっ、と情けない声を上げるウィリアム。

「そっ、そのリボンッ! 色は!?」
「え、えーと、確か……」

必死に思い出そうとするウィリアムに、答えを待つなのはは悶々としている。
もしも。
もしもその色が、緑ならば。
確率はぐーんと、鰻登りに上がる事だろう。

「……確か、緑でしたね、はい」

そう、緑ならば。
ほぼ間違いなく、ユーノ・スクライアだ。

「ど、どこ? 何処で会ったの!?」
「み、ミッド西部のリニックでひゃああ!」

なのははウィリアムからバッと離れ、そのまま来た道を戻ろうと走りだす。

「なのは!」
「フェイトちゃん! シャマル先生に言い訳お願いっ!」

ダダダ、と走り去るなのはの背中は既に小さくなっている。
小さい頃は運動が出来なかった少女が、逞しくなったものだ。
しかし感動に浸っている余裕は無い。
直感が危険信号を放っている。
シャマル先生に言い訳なんてしている暇は無さそうだし、早く追い付かなければ。
焦るフェイトの視界に入る、ポカーンと間抜け面で口を開けているウィリアム。

「バース二等陸士!」
「へ? は、はい!」
「シャマル先生に言い訳お願いします!」
「えええっ!?」

フェイトはそれだけ言い放ち、走り始める。
遂に、事態が進展する時が来たのだ。
フェイトはギュッと拳を握り締め、スピードを上げた。

「な、なんだったんだ……」

廊下には、ウィリアムの声が虚しく響くのみ。



リニックの街。
ここは大都会とは言い難い場所だ。
のどかな雰囲気。
だから騒音や大気汚染も他よりもマシで、いくらか心地が良い。
スネークは道路脇の樹に寄り掛かり、真っ青な空を眺めながらタバコをふかした。
昨日管理局員に顔を見られてしまったので、とりあえず移動しようと支度を進めている所である。
言わば面倒事からのとんずらだ。
スネークは必要な物を町で買い物、ユーノはテントで準備。
まさか、昨日の今日で追い掛けてくる事も無いだろう。
そうして現在、スネークの買い物は終わり、一息付いていた訳だ。
五分ほど気持ち良く吸って携帯灰皿に突っ込み、荷物を手に立ち去ろうとして――

――ガシッ!

強烈な力で肩を掴まれる。
スネークが何事かと後ろを振り替えると、そこには俯いた女性。
勿論肩は掴まれたままだ。
走っていたのか、肩で息をしていて栗色の髪が大きく揺れている。
その状態でしばらく女性は息を整えると、顔を上げる。
紅潮した頬。
敵意と好意、どちらも含まれていない面白い視線が向けられる。

「……なたが」
「……何だって?」
「貴方が、スネークさん、ですねっ!?」

――昨日の今日で、また面倒事か。
避けられないだろうそれに、スネークはただただ嘆息を漏らす。
だがそれもタバコの煙同様に、虚しく宙に溶けていくだけだった。





[6504] 第六話「生きる意味」
Name: にぼ◆6994df4d ID:3a338905
Date: 2009/02/19 18:38

瓦礫と鋼鉄が燃えくすぶり、その臭いが鼻をつく。
酷寒の気候に囲まれた基地の中、二十一世紀を導く悪魔の兵器の頭上。
そこに、スネークと一人の男が相対していた。

「残念だったな。……決起とやらは失敗だっ」

体が焼けるような痛みを主張していた。
発散される事の無い熱も持っていた。
それでもスネークは最大限の嘲りを持って目の前の男を睨み付ける。
だが、男の表情に変化は無い。
それは毅然で、そして冷酷なもの。

「……メタルギアを失った程度で俺は戦いを終わらせる気はない」
「戦い? 貴様の本当の狙いは何だ」
「俺達のような戦士が活かされる時を、再び築き上げる事」

噛み締めるように呟かれる野望。
スネークは即座に否定の声を上げた。

「それはビッグボスの『妄想』だ!」
「『意志』だ! 親父のな。冷戦の時、混沌の時。……世の中が俺達を欲した。俺達を評価した。俺達は必要とされた」

男の顔が歪んだ。
恐怖、怒り、憎しみ。
男はドロドロとしたそれ等を一杯に天井の向こう、遠くの空を睨み付ける。

「だが今は違う。偽善と欺瞞が横行し、争いがこの世から消えていく……」

ぎりぎり、と男は歯軋り、拳を握り締める。
ふっ、と男の視線がスネークへ向けられた。
スネークを哀れんでいるかのような、不快になる視線を。

「自分を活かす場が失われる虚しさ。時代から必要とされなくなる恐怖。……お前にはよく分かるだろう?」

その問い掛けに、スネークは答えなかった。
……答えられなかった。

「俺は新型核を利用して当面の運動資金を得る。そして世界的なテロを行い、このふやけた世の中を再び……混沌の世界へと誘う」

ぐにゃり、と男の顔が狂喜に歪んでいく。
出来上がるのは恍惚とした笑み。

「紛争が紛争を呼びっ新たな憎しみを生む。そしてっ……俺達の生態圏は拡大していく!」

スネークは異を唱える。

「人の支配が続く限り、世界中のどこかで紛争は起こっている」
「バランスが問題なんだ。親父の目指したバランスがっ……」
「それだけの理由で?」
「十分な理由だろう?俺や貴様にとっては」

スネークの目の前が真っ赤に染まった。
――怒りだ。
その言葉と、目の前の存在に対する怒りで一杯になっていた。
スネークは立ち上がる。
体はふらつくし疲労も主張しているが、意識だけははっきりとしていた。

「――俺はそんなものは望まない!」
「ハッ、嘘をつけ!! では何故貴様は此処にいる? 仲間に裏切られながらも任務を投げ出さずに、何故ここまで来たっ?」

口籠もるスネークに、男は追討ちをかける。

「俺が代わりに言ってやろう。……殺戮を楽しんでいるんだよ貴様はっ!」

何を、とスネークは怒鳴り声を上げる。
しかし、男はそれ以上の声量で、スネークの弁を遮るように怒鳴り返した。

「違うとでもいうのか? 貴様は俺の仲間を大勢殺したじゃないかっ!」
「それはっ――」

――自己防衛。
そう主張するスネークを嬲るように男は嘲笑った。
それは自己正当化に過ぎない、と。

「とどめを刺す時のお前の顔……実に生気に満ちていたぞ」
「違うっ!!」
「自分の内の殺人衝動、それを否定する必要はない。俺達はそのように造られたんだからな」
「造られた……だと?」

そして男は、リキッド・スネークは語り始めた。
自分達の存在の理由、『恐るべき子供達』と呼ばれた計画について。

第六話「生きる意味」

「貴方が、スネークさん、ですね!?」

リニックの町でスネークの前に現れたのは、圧倒される気迫を持つ女性。
彼女が自身を知っている事に驚き、即座に思考を巡らせ原因を探る。
思い当たる事と言えばやはり、昨日の局員との一件が原因なのだろう。
だが、こんなに早く動き出すとは思わなかった。
考えが甘かったか、とスネークは内心で舌打ちをする。
どうやら、これ以上のんびりと休む暇は貰え無さそうだ。
タバコを吸いたくなる。

「どうなんですか!?」
「……だったとして、用件は?」

声を荒げて問い詰めてくる女性に尋ねたものの、それは明白だろう。
質量兵器所持違反だったか、恐らくそれである事は子供でも連想出来る。
勿論、易々と捕まる気も無いが。
続けて、スネークはふと顔を上げた女性を見て、ハッとする。
そこには雑誌で見た顔があったからだ。
栗色の髪、整った顔、スネークが思わず見とれてしまう程の美人。
スネークは驚愕したが、表情には出さずに言い放つ。

「……わお、時空管理局のエースオブエース、高町なのは一等空尉殿がわざわざ出向くなんて、相当暇な組織なんだな?」

十九歳の若さで一等空尉として立派に活躍している女性管理局員。
スネークが精神的にもガキだった十九歳の頃を思い返すと複雑な気分になる。
しかし今の彼女は雑誌のような「凛々しさの中に引き込まれるような温和な表情」というものではない。
鬼気迫る、という言葉が最も的確か。

どうするか、とスネークは思考する。
何の対策も無しにまともに戦っても、勝負にすらならないだろう。
しかしここは町の中心。
相手がこんな場所で砲撃を放つ可能性は低い筈、と予測する。
使うとすれば捕縛魔法だろう。
ならばスタングレネードで逃げるか、とスネークはポケットに手を伸ばしかけるが、なのはの口からは意外な言葉が飛び出る。

「いいえ、貴方には違う用件で来ました。……時空管理局の空戦魔導士ではなく、高町なのはとして」
「……こんな美人からデートのお誘いを貰えるとは光栄だな」

スネークは予想外の返答に戸惑うがそれはおくびにも出さず、軽いジョークを吐く。
高町なのはの瞳をジッと見てみれば、焦り、期待、不安。
様々な感情が混じってそこに存在していた。
成る程、確かに麻酔銃を使った男を捕まえに来た人間の瞳ではない。
なのはは、スネークの軽口にムッとした表情を露骨にする。

「貴方と一緒にいる、ユーノ君の事です!」

その言葉を聞き、スネークの脳内を電撃が駆け巡った。
高町なのはの先程の瞳、必死な表情。
彼女は、質量兵器を使ったスネークを追っていたのではなかった。

――彼女が、ユーノの知り合いか。
管理局員で地球出身の知り合いとはこの女性の事だったのだろう、と納得する。
思えば雑誌で初めて見た時は、確かに日本人らしい名前、顔立ちで疑問に思ったものだ。
そこには第97管理外世界出身とも書いてあったが、恐らくそれが地球なのだろう。
ユーノが何かしらの事情で顔を会わせたくないという相手。
面倒だが、命の恩人への『借り』を返すには良い機会かもしれない。
深く、深く息を吸い込む。

「――知らんな。俺が一緒に行動している男の名はチャーリーだ」
「……とぼけないで下さい」
「ユーノなんて奴とは面識は無い」

知らぬ存ぜぬ。
スネークはそれを押し通すが、高町なのはも依然として食い下がる。

「目撃証言も取れてるんですよ……もう一度言います、とぼけないで下さい」

やはり一筋縄ではいかないか。
ユーノと同じ成人前の女性でも、なかなか頑固そうだ。
とぼけるのが通じる相手ではなさそうである。
正義正義と騒いでいた、ウィリアムとかいう熱血漢の記憶力は良いらしい。
内心で毒を吐く。
スネークは降参、と言わんばかりに両手を上げて返答した。

「……それで? 奴に何の用だ?」
「ユーノ君に、会わせて下さい」
「断る」
「っ! どうしてですか!?」

スネークが即座に拒否の念を伝えると、なのはは納得いかない様子で食って掛かる。
なかなか迫力があるその姿だが、スネークはきっぱりと返答。

「会ってどうするんだ? 何故局を辞めたのか、何故連絡をしないのか、とでも問い詰めるのか?」

それは、と口籠もるなのは。
スネークは口を止めない。

「ユーノは君に会いたくないからこそ、連絡を取らずにいるんじゃないのか? 奴の意志と関係なく会わせるつもりはない」
「そん、なっ……」

ズバズバと遠慮無しに言い放つスネークに、高町なのはの顔は悲痛な面持ちになり。
その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。
美女の涙は見ていて辛いものがあるが、我慢して話を続ける。

「そんな状態で無理矢理押し掛けても根本的な解決にならない。違うか?」
「っ……」
「だから、一つ聞こう」
「……ぇ?」

擦れた声で顔を上げるなのは。
これは借りを返す行為だ、慣れなくとも頑張れ、とスネークは自身を鼓舞する。

「君は奴を、ユーノをどう思ってるんだ?」
「……ユーノ君は。ユーノ君は、私の、大切な人です」
「友人として?」

スネークの間髪入れぬ問い掛けによって、なのはの頬に僅かだが赤色が差し込む。
しかし、真剣な表情は崩していない。

「男の人として、です」
「そうか。……ならあいつと話し合って、俺が乗り気になったら説得してやる」

上手くいくかどうかは保障できんが、と付け加えることも忘れない。
スネークの言葉になのはは呆然として、驚愕して、続けて隠しきれない位の歓喜の表情を浮かべた。
器用なものだ、とスネークも頬を緩めた。
スネークはそれを悟られる前にすぐに緩んだ頬を締め、真顔に戻す。

「あ……ありがとうございます! でも、何故……?」
「ここ最近、思い詰めている恩人――友人の悩みを聞く。それだけだ」

スネークもそこまで薄情では無いつもりだ。
基本は静観の姿勢だが、きっかけさえあれば友人の悩みを聞く位は出来る。

「恩人、ですか」
「まぁな。……上手くいったら、待ち合わせだ」
「それ、じゃあ……六時間後。……午後十時に噴水公園で良いですか?」
「噴水公園だな。もし時間になってもユーノが来なかったら……諦めろ、いいな?」
「……いいえ、諦めません。絶対に」

スネークの言葉に、なのははきっぱりと断りの声を上げる。
やはり頑固な女性だ。
にやり、と口の端を吊り上げて。

「はは、そうか。……じゃあな」
「よろしく、お願いします!」

スネークは深々と腰を折るなのはを見て軽く頷き、ユーノが待つテントへと向かうのだった。


そうしてスネークがテントに戻ったのは、日も暮れてきた頃。
赤い夕日に照らされた、都市にありがちな騒音とは無関係の空間。
そういえば、初めてユーノと会話したのもこんな風景だったな、と懐かしむ。
スネークはテントに入り、黙々と荷物を整えているユーノに声をかけた。

「……ユーノ」
「あぁ、スネーク、お帰り。……遅かったね」
「ユーノ。高町なのはに会ったぞ」

スネークの言葉に、やっぱりか、と溜め息をつくユーノ。
しかし、そこまで驚いている様子も無い。

「……まぁ、大体予測はしていたよ。昨日の局員の話が彼女に伝わったんだろうね。ここは……六課と近い」
「彼女はお前に会いたがっていたぞ、会う気は無いのか?」
「僕は。僕は彼女には会えない」
「ほぅ、何故だ」


顔を歪めるユーノに、スネークは尚も切り込む。
押し黙るユーノ。
テントの中は静まり返り、場を沈黙が支配。
経った時間が十分か一時間なのかスネークもわからなくなってきた所で、ユーノがようやく、ぽつりぽつりと話し出した。

「……僕が元管理局員だって話はしたよね? 僕、無限書庫の司書長をしていたんだ」
「知ってるさ。……雑誌で名前を見た」

偶々本屋で見つけた雑誌の特集記事に、それは書かれていた。
――部署創設から十年も経っていない、管理局の重要部署である無限書庫。
ありとあらゆる情報が蓄積されているそれを創設する際、最も貢献した少年がいた。
その少年は若くして無限書庫の司書長を務め、筆舌に尽くし難い激務に耐えた。
そして労働環境の悪辣さ、司書長の不在で影響が出てしまう不安定な部署という様々な問題点を改善した後に辞職した、と。
その少年こそが、ユーノ・スクライアだったのだ。

「……僕が無限書庫に入る前。十年前に、一人の少女に出会ったんだ。」
「……その少女というのが」
「そう、高町なのは。僕が当時発掘したロストロギアが、輸送途中に地球にばらまかれてしまってね。それを探している時に協力してもらったんだ」

魔法等とは無縁の地球でもそんな事があったのかとは驚きだ。
この分だと、スネークの地球での知り合いの中に魔法関係者が出てくるかもしれない。
ユーノは懐かしそうに、そして何より楽しそうに語る。

「彼女は魔力量も豊富で、魔導士に向いていた。教えれば教えた分だけ吸収していって驚かされたよ」
「末恐ろしい少女だな」
「あはは、僕も全く同じ事思ったよ」

共に苦笑する。
小さな少女がバカスカ砲撃を撃ち放つシュールな光景は、吹き出してしまう面白さと非現実さがあるだろう。

「そして何よりも……暖かかった。僕は孤児で親はいない。ずっと孤独だった。彼女には、育ててくれたスクライアの一族とは違う暖かさがあったんだ」
「……」
「僕は、彼女の背中を護り続ける為に頑張った。彼女の傍にいたかったから。いつの間にか、彼女の存在が僕の『生きる意味』になっていた」

ふと気付けば、ユーノの言葉には哀しみが宿っていた。
九歳と言えば、まだまだ何も考えずに遊び散らかしている頃だ。
その少年が『生きる意味』と向き合うというのは早すぎるのではないのか。

「……でも、戦いが進んでいく中で、僕は戦闘で必要な存在では無くなってきたんだ。僕の代わりの人が、僕よりも補助に適した人が仲間になったから」

元々対した魔導士でもなかったんだけど、と苦笑いを浮かべるユーノ。

「無力感、焦燥感に潰されそうな時に、無限書庫に出会った。……正直、神様からの贈り物かと思ったよ。ここならなのはの隣には立てなくても、後ろから支援出来るってね」

そうして彼の苦笑いは、何時の間にか自嘲の笑みに変化していた。
その口調は容赦無く自分自身を責め付ける辛辣なもので。

「僕は、僕が無限書庫の運営に必要な存在である事に、『僕自身』がなのは達に必要とされる事に、縋り付いていたんだろうね」
「……ユーノ」
「周りから激務と言われても、充実感はあったよ。それが僕を突き動かしていたんだ、虚しい事にね」

ユーノはそこで言葉を切り、手元の薄汚れた骨董品に手を伸ばした。
そして手中に収まったそれの表面を親指で撫でる。
何度も、何度も。

「でも僕が一度倒れてから、管理局から無限書庫を僕無しでも運営出来るよう改善しろ、と求められてね」

いつの間にか、ユーノの声は震えていた。
それは悲しみによるものか、それとも恐怖なのか。
そこから先の話はスネークも知っていた。
それでもユーノは辛そうに目を伏せ、声を絞り出すかのように続ける。

「目の前が真っ暗になった。やるかどうか、随分と悩んだよ。……当然の命令とはわかっていたけどね」

それでもやりきったんだろう、とスネークは言った。
ユーノは嫌々ね、と無理矢理の笑みを作り出す。

「今度こそ僕は、『僕自身』は必要とされなくなって、逃げ出した。必要無い存在だと面と向かって言われる前に、彼女達から逃げ出したんだ……!」

だから僕はもう彼女には会えない、と言ってようやくユーノは目を擦る。

スネークは何とも言えない気分で、天井を見上げた。
ユーノがあまりにそっくりだったからだ。
ソリッドの兄弟であるリキッド・スネークに。
そして、ソリッド・スネーク自身にも。
自分達のような戦士でもないこんな若い青年が、少年の頃から自分達と同じように悩み続け、そして今も苦しみ続けている。

――なんて哀しい事だろう。

スネークはたまらず、ユーノに語り掛ける。

「ユーノ、よく聞け。……地球にとある兵士の男がいた。その男は少しずつ平和へ向かう世界を、偽善と欺瞞が横行する世界だと憎んだ」

シャドーモセスでの出来事は、目を瞑ればはっきりと思い浮かべる事が出来る。
リキッドが、ギラギラと憎しみの籠もった瞳でスネークを睨み付けてきた事を思い出した。

「兵士は戦いが無ければ生きられない、そう信じて。その男は『自分を活かす場が失われる虚しさ、時代から必要とされなくなる恐怖』に苦しめられていた」
「……君も、かい?」
「ああ、俺も同じだ。戦う目的なんて無かった。唯ひたすら生きる為に銃を握っていた」

スネークも現実から目を背けてアラスカの僻地に閉じ籠もり、苦しみ続けた。
それで答えが出る訳も無いのに。
リキッドの指摘に反論出来ず口籠もる情けない自分がいた。

「だが、人には様々な可能性がある。辛い事に苦しみながらも周りの世界を見て、新たな道を見つける事が出来る」

それは、タルタスで美人が掛けてくれた言葉。
リキッドはそれに気付かないまま死んでしまったし、スネーク自身もつい最近まで気付けなかった。
ユーノは辛そうに頭を振る。

「……君は他の生きる意味があるかもしれない。でもっ僕には他の生きる意味は――!」
「ユーノ。……彼女はお前に会えなくて涙を流していた。お前の為に、だ」

息を呑み沈黙するユーノに、スネークは話し続ける。
こんなに活発に口を動かすのは何時以来だろう、とどこか意識の冷静な部分が疑問を訴えていた。

「……お前は確かに非力かもしれない。それでもお前は、なのはを守る事が出来る。……分かるか?」

ユーノの顔には、心底意外そうな表情。

「彼女の心を、支えてやれる。彼女はお前の能力でもなんでもない、『お前自身』を必要としているからだ」
「っ……!」
「若さを大事にしろ、お前も俺もまだまだやり直せる」

人生は短いようで、長いものだ。
いくらだって、本人次第でやり直せる。
本当に、それを望むのならば。

「『生きる意味』を曲解して受け止めるな。それを成し遂げる事が出来るのは自分自身しかないんだからな」
「……僕、は……僕はっ! う、うぐうぅ……」

拳を握り俯いて嗚咽を漏らすユーノをチラリと見て、天井を仰ぐ。
――ああ、疲れた。
男が泣くシーン等感動出来やしないし、見ていて気持ちの良いものではない。
しかしスネークは、ユーノを少しだけ羨ましく思った。


ユーノの嗚咽が止まる頃、既に手元の時計は九時を回っていた。
十時の約束を守るのならば、そろそろ準備して出発しないといけないだろう。
涙か、もしくはみっともなく泣いてしまった事への恥ずかしさの所為なのか、ともかく顔を赤くしているユーノ。
スネークは彼にタオルを投げ渡し、大事な事を伝える。

「十時にリニック公園、噴水前で高町なのはが待ってる。……どうする?」
「……ああ、僕ももう逃げやしない。スネーク……ありがとう」
「ユーノ。……『貸し』一つだぞ」

借りは昼間、既に返したのだ。
スネークはぽかんとしているユーノへ不適な笑みを向ける。
もう十分大きな『貸し』になっているだろう、と笑いかけた。
ユーノも成る程、と呟いて微笑み返した。

「ああ。いつか返すよ、絶対に。……そうだ、一つ聞いても良いかい?」
「何だ?」
「……君は僕と一緒にいて、君自身の『生きる意味』を見出だせた?」
「……いや。だが、お前と旅を続けて分かった事もある」

ユーノはすかさず、それは、と問い直してくる。

「『寿命、即ち人生とは、最適の遺伝子を後世に伝える為の猶予期間にすぎない』……という言葉がある」

お堅い哲学的な言葉だが、どこかで聞いた時は、ある意味真実だとも思った。
いや、そう思い込んでいた。
だがスネークがユーノと遺跡の発掘に向かう度、例外無く『それ』は厳然と存在していた。
まるで、そんな意見を打ち砕く為にあるかのように。

「お前と回った遺跡にはどこにも必ずお前の言う通り、『人の意志』が残されていた」

怒り、哀しみ、喜び。
そして、未来への想い。
スネークは彼と共に、それらを目にしてきた。

「人は『遺伝子』だけではない、別の物を未来に伝える事が出来る」

『遺伝子』という名の呪いや運命。
リキッドも、そしてスネーク自身も、それに束縛されていた。
だからこそ何を未来に伝えるのか見つけた時、それがきっとスネークの『生きる意味』になるのだろう。

「俺はこれから何を信じるか、何を未来に伝えるかを探す」

それを探すのが当面の目標である。
たくさんの時間があるのだ。
ゆっくりと、じっくりと模索していこう、とスネークは決意する。
ユーノはスネークの話を聞き、フッと微笑んだ。

「そう、だね……僕も、僕も何を未来に伝えられるかを探してみるよ。時間は僕にも君にも、たくさんあるから。……じゃあ行ってくるね」

スネークはテントから駆け出していくユーノを見送り、茶を啜る。
話をしただけなのに、完全に疲れてしまった。
他人の為に行動するなんて、スネークには慣れない事だ。
だが、悪くない気分でもある。
懐からタバコを取り出して、一服。

「――美味い」

スネークはそう呟いて、深く、深く息を吐いた。



ユーノはリニックの噴水公園から少し離れた場所にいた。
時間にはまだ余裕がある。
しかしなのはの性格を考えれば、彼女は既に待っているだろう、と容易に想像できる。
それでも今更になってユーノは緊張してきてしまい、出て行けないでいた。

「……情けないな、僕は」

手足が緊張して震える。
心のどこかで未だ、もうやめよう、逃げよう、と騒ぎ立てる弱さが残っていた。
その逃避は許されない。
もう逃げない、とスネークに言ったばかりなのにこんな有様では、やはり自己嫌悪もぶり返してくるものだ。
スネークがいつか話していた、張り詰めた気を和らげる時の秘訣を思い出して、ユーノは試みる。
目を閉じて何度か深呼吸を繰り返す。
人間は皮肉な事にどんな辛い事があっても、それだけでいくらかは平常心を取り戻す事が出来るのだ。
自分は何から何までスネーク頼りだな、と苦笑する。
思い返せば、今までスネークのような頼れる年上という立場で、ユーノに助言を与えてきた人間は少なかった。
むしろ、ユーノが周りを支えるために助言をし、励ます立場だったのだ。
本当にスネークと出会えて良かった、とユーノは心から思った。
スネークの励ましを無駄にしない為にも頑張らなければならない。
ユーノは意を決して、公園へと歩み出した。
もう、後悔はしたくない。

暗闇を照らす街灯の明かりは公園中央の噴水へと続いていて、どこか幻想的だった。
しかしユーノにはそんな風景を楽しむ余裕は無かった。
想いをよせる女性と久しぶりに会うのだ、歩いているだけで再び心臓が活発に活動しだす。
踏み出す一歩に掛ける体力と精神力は尋常ではない。
それでもユーノは、決して立ち止まらない。
一歩一歩確実に噴水へと進んでいくと、そこに彼女はいた。
――高町なのは。
管理局の制服ではなく、白を基調としたロングスカートに長袖の上着で、それは彼女のバリアジャケットを彷彿とさせる。
見慣れた筈のサイドポニーテールが懐かしい。
ユーノの接近を察知したのか振り返ったなのはは、穏やかな笑みを浮かべていた。
歩を進めて、互いの顔が良く見える位置まで近付く。
泣いてしまった事が気付かれないか、ユーノは少し不安を感じた。

「……なのは」
「……久しぶりだね、ユーノ君」
「うん。久しぶり」

それだけ言ってお互いに沈黙する。
噴水の音が辺り一帯に響いている。
その音がとても心地よくて、ユーノは何を言おうとしていたのか考えていたのに、その思考が奪われてしまう。
何を、考えていたんだっけ。
何を、悩んでいたんだっけ。
意識がふわふわとして定まらない。
そんな中、先に口を開いたのは、なのはの方だった。

「あはは、おかしいな。……話したい事たくさんあったのに、ユーノ君といざ会ったら全部吹っ飛んじゃった」

俯きながら語るなのはに、ユーノは何も言えなかった。

「寂し、かったよ」

ぽつり、と呟くなのはの声は震えていた。
ユーノは、なのはの様子に胸が締め付けられる思いをしながらそれを聞き続ける。
いや、聞き続けなければならない。
もう、彼女から目を背けてはいけないのだ。

「……なのは」
「ユーノ君が、黙っていなくなっちゃって。嫌われ、ちゃったの、かな、って……」

その声には次第に嗚咽も混じってくる。

「探しても、探しても見つから、なくてっ……もう会えないかと思って……そう考えたら、怖くて、怖く、てっ……!」
「なのは!」

ユーノはなのはを思い切り抱き寄せる。
なのはも嗚咽を漏らしながらも、ギュッと抱き返してきた。
こんなに小さい体を、なのはを泣かせてしまった自分を殴り飛ばしたい。

「なのは、ごめん。ごめんっ……」
「私は、貴方が、ユーノ君がいないと、ダメなんだよ」
「……僕は……僕には自信がなかった。君達の側にいる事が怖かったんだ」

ユーノの科白になのはは笑って、ユーノの頭をコツンと小突く。

「もぅ、バカ。……ユーノ君がいたから、私は安心して、空にいれたんだよ?」

勝手に思い込んで、勝手に逃げ出して。
本当に愚かだとユーノは自分でもそう思った。

「ああ、僕が馬鹿だったよ。……なのは」

抱きついていたなのはを一旦剥がし、彼女の肩に手を置く。
ユーノは目を閉じて、深呼吸した。
目を開き、しっかりとなのはを見据える。

「なのは……好きだ。誰よりも、君を愛している」

――言えた。
抱えていた想いをついに言えた。
勿論、なのはから目を逸らさない。
恐らく今の自分を鏡で見たら、ケチャップだって逃げ出す位真っ赤だろう。
だが、拍手喝采を送ってやりたい。
よく言えたぞ、と。
後は、答えを聞くだけだ。
ユーノはなのはの口が開くのをひたすら待つが、なのはは口を動かす前に、再びユーノに抱きついた。

「私も、貴方の事を誰よりも愛しています。……だから。だから、もういなくならないで。一人にしないで……!」
「わかった。……もう、離れないよ。僕が君を護り続けてみせる」

精一杯の告白に、なのはは優しく微笑んだ。
綺麗だ、と無意識に呟く。

「私は、お互いに護り合って、支え合うのが良いと思うよ?」
「……そう、だね。その通りだ」

確かにユーノが彼女の横で戦うには荷が重いかもしれない。
それでも彼女を支え続ける。彼女の笑顔は護ってみせる。
そう胸に固く決意する。
なのはが顔を上げ、ユーノと視線を合わせた。
上気した顔が愛しく思える。
なのははゆっくりと目を閉じていく。
――これは即ち、そういう事なのだろう。
いけ、もう一踏張り頑張るんだ、と自分自信を奮い立たせる。
そして、ユーノの顔はゆっくりとなのはの顔に近づいていき――

――新しい、ユーノ・スクライアの人生が始まった。



おまけ

リニックの噴水公園は中々の広さを持つ。
例えば、恋人の逢引きをこっそり隠れて伺う位には。
そう、ユーノとなのはが口付け合ったちょうどその時、その場にいたのは彼等二人だけではなかったのだ。
茂みからこっそりと様子を伺っていた野次馬達。
それが、ライトニングの隊長陣と部隊長、そしてシャマルとリインフォースだ。
彼等は皆ユーノと数年来の付き合いという事もあって、忙しさの中なんとか時間を作り、ここにいるという訳なのだが。

「……今回何の役にも立てんかったなぁ」

なのはとユーノのやり取りを見終えて、部隊長であるはやてが嘆息。

「なのはちゃんの精神的なフォローも皆に頼りっきりやったし、申し訳ないわぁ」

いつもの様な元気を失っていたはやてを、フェイトが慌ててフォローする。

「そんな事無いよ、はやてだって忙しいのに色々動き回ってくれたでしょ?」
「その通りですよ。あまり気を落とさないで下さい、主」

シグナムもはやてを小声で励ましたが、それは列記とした事実である。
皆、本当になのはやユーノを心配していたのだ。
それに、フェイトも夕方に慌てて飛び出していったなのはを追い掛けたものの、追い付いた時には情けない事に話は終わっていた。
自分も叱責してやりたい気分だ。

――そういえば、スネークと呼ばれたあの男はどこにいるのだろうか?
フェイトがそんな疑問を解決しようとする間も無く、はやてが声を上げた。

「まぁ、そういって貰えるとありがたいんやけどね。……にしても」
「にしても?」
「なのはちゃんに先、越されてもうたなぁ」
「……それ、結構前から予測出来てたでしょ?」

大げさな溜め息を吐くはやてに、フェイトは苦笑する。
なのはとユーノが互いに、友情を越えた感情を持っていたのは学生時代から自明だった。
「相手のいない私達は寂しい独り身」と冗談を言い合っていた学生時代が懐かしい。

「それでもっ! これでウチ等は行き遅れ確定や!」
「ちょ、はやて声大きいよ、なのは達に気付かれちゃうよ!」
「大丈夫や。なのはちゃんもユーノ君も二人だけの世界作っとるし、噴水もあるから気付かれん!」

うむむ、とフェイトが唸りながらも二人の様子を伺えば噴水のベンチで仲睦まじく話している。
はやての元気が戻ったのは良いことだが、同時に、また何か企んでいるのではないかと戦々恐々する。

「そう、今の私らが出来ること。それは妬む事しかないんや!」
「ね、妬むって……」

随分と縁の無い言葉が飛び出してきた。
拳をぐぐぐ、と握り締めるはやてを見て、フェイトは呆れてしまう。
嫉妬は見苦しいものだ。
冗談半分なのだろうが、これ以上余計な事に巻き込まれるのはフェイトとしても勘弁して頂きたい。
はやては意地の悪そうな笑みを浮かべて、フェイトの目の前にデジタルカメラをちらつかせた。

「カメラ? なんで……ってまさか」
「ふっふっふっ……」

わざとらしい笑い方をするはやてはカメラを操作すると、画面をフェイトに突き出す。
そこに移っていたのは、フェイトの想像通りのものだった。
なのはとユーノが抱きついている物、二人が見つめ合ってる物とそして、キスをしているシーン。
改めて目にすると、やはり見ているこちらが少し恥ずかしくなってしまう。

「いつの間にこんな物……」
「そう、これであの二人をからかうんや。それが寂しい私らに与えられた唯一の特権!」

はやては自信満々にそういうと、楽しそうに二人のやりとりを見ていたシャマルに声を掛けた。

「ここには私達以外おらんやろ? つまりあれを見たのは私らだけ。からかいがいもあるってもんや」
「ええっと、この周囲の反応は……はい。なのはちゃんとユーノ君を除いて、きっかり六つです。……あれ、六つ?」

シャマルが訝しむ。
ここには、はやてやフェイト、そしてヴィータとザフィーラを除いたヴォルケンリッター達の合わせて五人しかいないのだから明らかに一人多い。
勿論、リインフォースも頭数に含める。
シャマルの情報だから信用できるが、フェイトが見渡した限り人影は無い。

「あはは、まさかオバケとか言うんか?」
「は、はやてちゃん! 変な事言わな……きゃああああぁ!!」

突如叫ぶリインフォースに、一同皆振り返った。
しかし、怪しい人影は無い。
少なくともフェイトには、どこにも異常は感じられなかった。
リインは怯えた表情を露にして、はやての胸元に飛び込む。

「リイン、どうしたんや?」
「はやてちゃんっ、は、箱が、箱が喋ったです!!」

はこ。
……箱?
リインの言葉にはやてもフェイトも首を傾げた。
喋る箱など存在するのだろうか、と。

「リイン、箱が喋るなんてありえへ……ひゃあああ! は、箱が歩いとる!?」

はやての視線の先を追っていくと、確かに箱が歩いて、というよりは走っている。
フェイトは確信した。
あれは喋る箱のオバケ等ではない。
間違いなく――

「――唯の変質者だよっ! 捕まえて!」
「任せろ、テスタロッサ!」
「いや。その必要は無いよ、シグナムさん」
「……何?」

フェイトの後ろから声が掛かる。
振り向いてみれば、にこやかな表情を無理矢理貼りつけたような顔の、なのはとユーノ。

「ゆ、ユーノ。久しぶり」
「スクライアか、久しいな」
「うん、フェイトもシグナムさんも久しぶり。……それで、スネーク。君は、何をしているのかな?」

怖い表情で微笑んでいるユーノの言葉に、箱からもぞもぞと男が出てくる。
それはやはり、タルタスでフェイトが出会った男だった。
その男、スネークはばつの悪そうな表情を浮かべていた。

「……偵察任務中だ」
「そうかい、だけど残念ながら任務は失敗だよ。さぁ、趣味の悪い覗きをしていた捕虜を尋問しなきゃね」
「……拒否権は?」
「無いよ」

スネークと呼ばれた男が肩をすくめる。
ユーノがスネークが逃げないように拘束する。
それと同時に、顔を青くしたはやてがフェイトの脇腹をつつく。
フェイトがハッとすれば、ユーノと同様に、いやもっと恐ろしい笑顔のなのは。

「フェイトちゃんも、はやてちゃんも、皆揃って何をしていたのかな? まさか、あのスネークさんみたいに覗いてたりしてたのかな?」
「なのはちゃん、ちゃうねん! 私らなのはちゃんとユーノ君が心配で心配で! だから、あんな段ボール被った変質者と一緒にせんで――」
「段ボールを馬鹿にするとは、良い度胸をしてるじゃないか」

まさかのタイミングでまさかの突っ込みを入れるスネークを、はやてがギロリと睨み付けた。

「……いくらユーノ君の友達ゆうても、変質者には変わりないと思いますけど?」
「ほほぅ、君には段ボールの魅力が分からないようだな、度し難い」
「スネークさんは黙ってて下さい。……それで、はやてちゃんは、私達が心配で、こんなものを、撮ってたの?」

はやてがにこやかに微笑むなのはの手に収まったカメラを見て、しまった、と呟いたが既に遅し。
みしみし、と音を立てているのは気のせいなのだろう、きっと。
フェイトは言い訳する気も失せていた。
ヴォルケンリッター達やスネークも降参しているようで、諦めの表情を浮かべている。

「皆ちょっと、反省しないとね?」

カメラのデータを全て消すなのは。
これから一時間に渡って説教という名の拘束を受けるフェイト達だった。




[6504] 第七話「下痢がもたらす奇跡の出会い」
Name: にぼ◆6994df4d ID:78ad8cd3
Date: 2009/02/19 18:39

『子供の頃、憧れていた人はだあれ?』

恐らく大部分の人達がこの質問に、アニメや映画に出てくるヒーロー、スポーツ選手、父親等と答えるだろう。
夢に溢れて結構な事だ。
だが、そんなありふれた子供達とは違っていた男がいる。
その男が憧れていたのは、男の祖父だった。
――冷戦と呼ばれた、アメリカとソ連という超大国同士が睨み合った激動の時代。
男の祖父はソ連の人間で、アメリカ人の妻と子を持っていた。
大国同士の対立関係の中、引き離された家族。
どんなに辛かった事だろうか。
どれだけ寂しい思いをしただろうか。
それでも男の祖父は国を愛し、家族を愛し、冷戦を生き抜いた。
男が少年だった頃、祖父の膝の上で聞かされた体験談はどんなヒーローよりも格好良く感じられたものだ。
男の中で祖父は憧れの的であり、同じ道へと進ませる事を決意させる存在としては十分だったのだ。
そんな偉大な祖父に憧れたまま男は健やかに成長、祖父同様立派な兵士を目指したのだが。

「ぶええっくしょい!」

ニューヨークのセントラル・パーク公園で鼻水を豪快に飛ばすその男の名はジョニー佐々木。
米軍の次世代特殊部隊に所属。
今は誰もが認める立派な無職である。

第七話「下痢がもたらす奇跡の出会い」

ジョニー佐々木。
運動神経抜群・頭脳明晰で、持病の下痢を抱えながらも若くして次世代特殊部隊隊員に選ばれた天才だ。
正に誰もが認めるエリートであり、他界した祖父もジョニーを自慢に思って「いた」に違いない。
そう、もしも祖父が今のジョニーの有様を見たら悲しみに暮れる事は間違いないだろう。

こんな事になってしまった全ての発端は、シャドーモセス事件だ。
テロリストであるフォックスハウンドの隊員は超能力を用いて特殊部隊員を洗脳。
そこにジョニーも含まれていたのだ。
ジョニーの才覚に目が眩んだのだろう。
結果、テロリストとして自らの才能を遺憾なく発揮、大活躍してしまったのだから。
そんな訳で次世代特殊部隊の隊員達は「洗脳されていたのでやむなし」と上層部曰く寛大な処置となった。
起訴され裁判に掛けられるような事はなかったのだからマシなのかもしれない。
だがそれでも殆どが除隊処分されるか、閑職に回されてしまったのだ。
政府はこの事件をそもそも無かった事にしたいらしく、解決に導いた人々も同様に閑職に回したらしい。
つまりはトカゲの尻尾切り。
馬鹿馬鹿しい話だ、とジョニーは思わず悪態をついてしまう。
空はこんなに青いのに、公園の皆が平凡な生活の中笑って生きているのに、自分だけ惨めで泣きたくなる。
ポカポカと陽気が良いのだが、心の中はまだアラスカにいるんじゃないかと錯覚するくらいに吹雪いていた。

「あ"ああぁー……」

春もしばらく過ぎて、すっかり暖かくなったセントラルパーク公園。
疲れたようにベンチへもたれ掛かっていたジョニーはぱたん、と読み終えた本を閉じる。
呻き声が漏れるそこには、苦みを含んだ表情があった。
その手に収まっている本のタイトルは『シャドーモセスの真実』だ。

シャドーモセス事件解決における最大の功労者、ソリッド・スネーク。
彼をサポートした無線チームの一人が出版し、政府の陰謀を声高々に叫んで世間を騒がせている暴露本だ。
その本は当然、数か月前に起こったシャドーモセスでの出来事を事細やかに記している。
世間を騒がせているとは言っても、政府は勿論事件の存在自体を否定。
勿論、一般市民も殆どがフィクション小説を読む感覚で購入して騒いでいるに過ぎないだろう。
しかし、ジョニーはこの事件の真相を知っている。
なんせその事件の当事者なのだ、知らない訳が無い。
当然、『アレ』も。
『アレ』――メスゴリラにパンツ一丁になるまで装備を剥ぎ取られ、冷たい床に放置。
仲間に侮蔑の表情で叩き起こされてみれば、辺り一帯に広がる銃痕。
次いでやってきたのは、下痢と風邪による強烈コンボ。
重い体に絶え間なく襲い掛かるくしゃみ、だるさ、眠気、便意。
我ながらよくぞ五体満足でいられたものだ。
今思い出すだけでも恐怖に体が震えるその起因が、あの怪力アマの所為にあるというのだから、憎しみも無尽蔵に溢れ出てくる。
正に身悶えるような黒歴史。
今度会ったらボコボコにしてやる、と憎しみを拳に込めて握り締める。
閑話休題。

ジョニーのボスだったリキッド・スネークと、潜入してきた侵入者のソリッド・スネーク。
この本によれば争い合った二匹の蛇は、あの二十世紀最強の兵士である男のクローンだという。
その男の暗号名はビッグボス。
軍事関係者の間で史上最強の兵士と噂されている神話的な存在。
誰もがその名は知っている。
だが、彼と直接対面した人間は余りに少ない。
本当に実在していたのかどうかさえ不確かな存在だ。
そのクローンが事件を起こし、核が発射される直前まで事態が切迫していたなんて、誰が信じるだろう?
世間は同様に、「羊のドリー誕生よりも何十年も前に、そんな事が出来るなど有り得ない」と端から信じていないだろう。
確かに荒唐無稽な話だ。
だが、ジョニーは彼らをその目で見た。
鏡を置いているんじゃないかと疑ってしまう、瓜二つの姿を。
リキッド達の会話でもそれらしい事を言っていたし、恐らく事実なのだろう。
だが、リキッドの方はシャドーモセスで既に死亡してしまったらしい。
その生まれてから死ぬまで利用され続けた人生がジョニーには哀れに思えた。
結果、フォックスハウンドの中で生き残ったのは拷問マニアのオセロットだけのようだ。
おまけに噂ではオセロットはメタルギアの情報を持ち出して、世界中そこかしこの国に売っているらしい。
「ロシア再建、新しい世界秩序」等と拷問部屋で喚いていたのが牢屋の警備についていたジョニーにも聞こえていたが、そのつもりなのだろうか?
何にせよあんなドS野郎の作った国なんぞすぐに崩壊に陥る事は間違いない。
ジョニーはくく、と苦笑を漏らした。
だが、結局の所他人である彼らををいつまでも心配する余裕は今のジョニーにはない。

「そろそろ、やばいんだよなぁ……」

そう、今のジョニーは貯金を食い潰す金食い虫と変わりは無いのだ。
貯金を貯めなければ減少を辿るのみ、もうすぐ底を尽くだろう。
オセロットのように何か情報を持ち出しておけば良かった、と今更ながらに後悔。
諸外国の傭兵部隊に参加するなど、色々と働き手はあるだろうがエリートジョニーと呼ばれていた自分のちっぽけなプライドがそれを阻害している。
つまりは米軍から除隊処分を受け、何もかもにやる気が出ない無気力状態なのだ。
もういっそ、このままホームレスにでも――

「――うっ!!」

ぐぎゅるるる、とジョニーの腹が不気味な唸り声を上げた。
不味い、これは、不味い。
下痢という名の極悪非道軍団による襲来だ。
外世界への解放を願い、いざ出口へと進軍を開始している軍勢をいつまでも押し止めるのは至難の技。
冷や汗が洪水のように噴き出る。
そんな訳でジョニーは荷物を手に、便意と尋常に戦いながらトイレへと駆け出した。


「おい! 早く、出てくれぇ! おい、おい! ……くそぉっ」

ジョニーが公衆トイレ内のドアを叩くが、返ってくるのは虚しい沈黙。
トイレを明け渡すなんて、わざわざ話す迄もなく全力で拒否という事なのか?
ジョニーは内心で毒を吐き、ドアを睨み付けた。
蹴り飛ばしてやろうか。
二つあるドアはどちらも固く閉ざされている。
片方が無理となれば、もう一つの個室の人に早く済ませて頂くしかない。
今度は怒鳴り声が返ってくるかもしれない、と唾を飲み込みもう一方のドアの前に立つ。
そこはまるで天国と地獄を分ける境界線のようなもので、ジョニーからはドア越しの天国がはるか遠くに感じられた。

「すまん! 早く出てく……あれ?」

意を決したジョニーがドアを叩くと、あって然るべき衝撃が拳に返って来ない。
それどころかその古ぼけたドアは耳障りな軋む音を出し、小さな隙間を作った。
天国はこんなにも近かったのだ、ジョニーの顔がぱぁっ、と歓喜に染まる。

「……なんだ、誰もいないのかよ!」

ああ、なんとか間に合った。
最初から開けとけよ、とジョニーは安堵の息を吐いてドアを開けたのだが――

「……あれ?」

――視界に広がるのは暗闇。
勿論目隠しもされていない。
この真っ昼間に暗闇は似合わないし、ジョニーも暗い所は苦手だ。
混乱しつつも振り返ろうとして、視界の端に何かを捕らえる。
それを確認しようとしたジョニーを嘲笑うかのように強烈な光が場を飲み込んだ。
うおっ、と思わず目を閉じるがその光はなかなか収まらない。
平衡感覚を失い、思わず膝を付いてしまう。
地面が揺れている。
体が、揺れている。
自分の周囲に広がる世界が無理矢理書き換えられているかのような、奇妙な感覚。
永遠にも思える時間を耐え、しばらくして光は収まった。

――何だったのだろう。
呆然と、未だに目が眩んでいるジョニーに、怒鳴り声が掛かった。

「貴様、何者だ!」
「ぐっ……なっ、なんだよ、先客がいたなら鍵くらい……あれ?」

苦しげに声を発してから覚えたのは、途方も無い違和感。
怒鳴り声で気付いたのは、狭いトイレにしては、心地良さすら感じる圧迫感が無い事。
そもそも、怒鳴り付けてきたその声は女性の物ではないのか?
そんな疑問を胸にゆっくりと目を開くと、ジョニーを睨み付けてくる、スーツを身に纏い体の線をこれでもかと主張している麗しき女性が――

「お、女が男性用トイレにっ!?」

慌ててズボンに手をやり、ずり下がっていない事を確認。
愚息が晒されていない事に安堵しつつ、改めて彼女へ視線を向ける。
紫色の美しい髪でつり目が印象的な女性を筆頭に、同様のスーツを着ている眼帯の少女もいて、驚愕の視線をジョニーに注いでいた。
少女はともかく、紫髪の女性が色っぽい。
目に毒だ、と雑念を振り払う。
当惑のままに辺りを見回せば、質素なトイレではなく壁から床まで近未来的な空間が広がっていた。
休憩所なのか、机の上のコップから湯気が立ち上っている。

「ここ、どこ?」

あんたらだれ、と指差す。
紫髪の女性がそれに答えるかのように何か呟き、腕から美しい紫の刃が現われた。
それが向けられている先は、困惑しているジョニーな訳で。
ひぃ、と蚊の鳴くような情けない悲鳴が漏れ出る。
どんな芸当かはわからなくとも、突然それを向けられたら誰だって恐怖するに決まっているだろう。
ジョニーの頭の中を、一つの不吉な可能性が過った。

「そ、そうかっお前等ギャングなのか! なんてこった、公衆トイレがギャングのアジトに繋がってるなんて!」
「……公衆トイレ?」

たじろいでいるジョニーに、何を言っているのか分からないという表情を浮かべる眼帯少女だが、やはり警戒心を露にしている。
こんなにもツイてないとは、とジョニーは嘆息する。
ハリウッド映画も唸らせられる事間違い無し、出来過ぎな不幸さだ。
しかし、ジョニーとて厳しい訓練を耐えてきた元軍人だ。
少女まで構成員にしているギャングにそう易々とやられてたまるか。
懐のGSRを抜いて構える。
工場生産品なのだが、高威力・信頼性の高さでジョニーはこのハンドガンを愛用している。
使い慣れたアサルトライフルのFAMASでないのが残念だが、構える腕にずっしりとくるその重さがなんとも頼もしい。
相手の女性達も、銃を構えるジョニーを見て驚いているようだ。
もしくは、ジョニーの溢れる闘気に圧倒されているのか。
いやはや俺の実力も罪なものだ、と誇らしげにニヤける。

「……ほぅ、実弾か」
「ふはは、当たり前だ! 子供が使うおもちゃじゃないぞ!」

四十五口径だ、と脅しをかける。
まさか彼女達も元特殊部隊隊員が迷い込むとは思っていなかっただろう。
残念だったな、とジョニーは呟いて自分自身の格好良さにほれぼれする。
しかし、騒ぎを聞き付けたのかどこからともなく男が登場した。
刃を向けてくる女性と同じ色の髪をしていて、どこか不気味な雰囲気を惜しげなく放っている。
――こいつがリーダー格か。

「一体何の騒ぎだい、トーレ、チンク?」
「ドクター、侵入者です」
「……ほぅ」

敬語を使っているところを見ると、やはり彼の方が格上のようだ。
ならばチャンス。
そう、ジョニーの天才的な交渉術を見せ付ける時がやってきたのだ。

「おい、俺はシャドーモセスでテロリストだった特殊部隊の元隊員だ! 大人しくしてれば黙って帰ってやっても――」
「そのまま帰してやるとでも?」

トーレと呼ばれた女性がジョニーを冷徹な瞳で射抜き、画期的な提案を一蹴した。
うわこの女こええ、と思わず気押されてしまう。
さすが、ギャングと言ったところか。
まさかの交渉決裂にジョニーはくそったれ、と唇を噛み締める。
男も面白そうに笑って見ているだけだ。
ならば、多数相手でもやるしかないだろう。
女性を無闇やたらと撃つつもりはないので、威嚇射撃を続けながら脱出する事にする。
やれる、いける、頑張れジョニー。

ジョニーの決意を込めた表情に、一斉に殺気を放つトーレ達。
辺りは一気に緊迫した空気に包まれた。

――んぎゅうううぅ。

が、その空気は、獣の唸り声のようなもので一瞬にして霧散してしまった。
トーレ達も何の音だ、と怪訝そうな表情を浮かべる。
対して、顔を見る見る青ざめさせていくジョニー。
そう、ジョニーはすっかり忘れていたのだ。
彼の腹の中で、入り口をこじ開けようと暴れ回っている軍勢の存在を。
臨界点まであと少し。

「は、腹が……」
「……何?」
「はらが……やば、も、もう、漏れるぅ……!」
「なっ!?」

ジョニーの擦れた言葉に、身構えている女性達も絶句、後ずさる。
たまらず尻を押さえるジョニーに、ついにドクターと呼ばれたボスらしき男が笑い声を上げた。

「ははははっ! なかなか、面白そうだ、フフ、フフフ。彼をトイレまで連れていってやってくれ」
「なっ、ドクター!? っ……分かりました。ほら、来い糞男! 漏らしたら斬るぞ!
「トーレ、あまり脅してやるな。本当に漏らしたらどうする」
「ふ、おお、おおぉ……」

憮然とした表情を浮かべつつも腕の刃を引っ込めてジョニーへ怒鳴り付けるトーレに、それをなだめる眼帯少女。
ドクターと呼ばれた男はトーレに連れ出されて行くジョニーを一瞥。
無言でジョニーの荷物から零れ落ちた、タイトルに「シャドーモセスの真実」と書かれている本を手に取った。


数十分以上に渡った極悪軍団との死闘を無事終え、すっきりとトイレから出たジョニーは再び鋭い視線に貫かれた。
その視線はやはりトーレと呼ばれた女性の物。
チンクと呼ばれた眼帯の少女は見当たらなくて、刺々しい雰囲気が恐ろしい。
だがそれすらも気にならない爽快感と満足感があるので、ジョニーの立ち振る舞いも堂々としたものだ。

「……貴様、いつまでトイレに籠もってれば気が済むんだ」
「そんな事は俺の腹に言ってくれ」

ジョニーは腹を撫でる。
自分がトイレにいる時間が人生の何%を占めているのか、純粋に気になるものだ。
それでも、大事な体の一部である事に違いはない。
不機嫌そうな表情のトーレに、出すものを出して晴れやかな表情のジョニー。
中々不釣り合いな二人がそこにいた。
トーレは溜め息を吐くと、ジョニーの顔を見据える。

「まぁいい、ドクターから話があるそうだ。ついてこい」
「え、おい」

ジョニーの困惑した表情などどうでもいいのか、ツカツカと歩み出すトーレ。
ジョニーはこのまま逃げ出したかったが、出口がどこなのか分からない。
念の為に懐にGSRを――

「――あれ。……な、ぃ」

体をまさぐり始めるジョニーに気付いたのか、トーレがそれを嘲笑った。

「お前に腕が三本あったなら、尻を押さえながら拳銃を持っていられたのだろうがな」

ジョニーは顔を真っ赤に染める。
落とした事にすら気付かないとは、情けなさも百倍に膨れ上がる。
そんな訳でジョニーは、トーレについていく選択しか選べなかった。

しばらくの間歩くとトーレが立ち止まり、ジョニーの方へ振り返った。
恐らく無表情の彼女の後ろにある扉の向こうで、先程の男が待っているのだろう。
促されるままに緊張しながら部屋に入れば、ドクターと呼ばれた男と、秘書官らしき美人。
ここのギャングはやけに美人が多いな、と少しだけ男を羨ましく思う。
男はジョニーを見ると満面に笑みを浮かべて、空いている椅子へと誘う。

「やぁ、待っていたよ。……まず、君の名前を聞いてもいいかな?」
「名前を聞く前に自分から名乗ったらどうだ?」
「フフ、これは失礼。私の名は、ジェイル・スカリエッティだよ」
「……ジョニー佐々木」

スカリエッティは不審そうに見つめているジョニーに気付いているのかいないのか、笑みを絶やさずに話を続ける。
不気味、変態、変質者。
そんな言葉ばかりが脳裏に過る。
あまり関わりたくない相手だ。

「ジョニー君、君はシャドーモセスにいたのだろう?」
「……そう言った筈だが。それがどうした」
「この本に関して君が知っている事を聞きたい」

シャドーモセスの真実をかざすスカリエッティ。
狂気が見え隠れするスカリエッティのの笑みに感じるのは、底冷えするような恐怖。
もしかしたら自分は今とんでもない事に巻き込まれているのではないのか、と危惧。
――ああ、早く家に帰りたい。
心の中で嘆くジョニーだった。



「じゃあ改めて、変質し……ごほん、ソリッド・スネークさん?」
「……おい」
「あはは、気にせんといて下さい。……貴方の事は大体ユーノ君から聞きましたけど、もう一度『こっち』に来た時の話をお願い出来ますか?」

機動六課の部隊長室。
ユーノとなのはの一件の翌日、スネークはそこにいた。
L字型のソファに座っているのだが、部隊長の机と、それを縮小コピーしたような人格型デバイスだか何だかの机が印象的だ。
その人格型デバイスというのはリインフォースとかいうデバイスで、はやてが自ら製作したらしい。
スネークも段ボールの隙間からその小柄というより人形としか思えない彼女を見た時は、驚きの余り叫び声を上げてしまったものだ。
――人工的に作られた存在、なんて聞いてしまうとやはり、何とも言い難い複雑な心境になる。

だが、彼女が浮かべる笑みに憂いは存在していない。
優しい人間に囲まれながら楽しんで生きているだろう。
それならば、それでも良いのかもしれない。

周りには六課の隊長陣とユーノが揃っていて、スネークとはやての会話を見守っていた。
昨夜のような騒がしい若者でなく、漂う軍人としての風格にはさすがと言ったところか。
隊長陣の一人、タルタスの美人のフェイト・T・ハラオウン執務官がまさかユーノの幼なじみだったとは、世界は実に狭いのだと実感させられる。
向こうも驚いているに違いない。
スネークははやてに、ユーノに話したのと同様にシャドーモセスでの出来事を伝えた。
あくまでリキッドと自分の関係や、メタルギアの事は伝えずに。
なんとなくだが、気がひけるのだ。
話を聞き終えたはやては、疑問を露にする。

「やっぱり……よくわかりませんね。近くに魔導士がいたとか、次元転移装置の一種があったとか?」
「……さあな」
「それに地図に無い島、シャドーモセス島で起こったテロ事件。……私も地球の新聞はちょくちょく見てますけど、初耳です」

はやてはなのはとフェイトに視線をやり、彼女等もやはり首を振る。
スネークは一瞥して、フンと鼻を鳴らした。
悩むまでも無い、予想していた事だからだ。

「どうせ、政府が事件自体無かった事にしてるんだろう」

まさか自国の特殊部隊が反乱を起こして、後一歩で核が撃たれるところだったなんて言える訳がない。
空前絶後の大騒動になる事は間違いないだろうし、政府もそんな事態にはさせない筈だ。
そこで、ユーノが身を乗り出して不適に笑う。

「僕も十分予想が付く判断だと思うよ。外部には何の被害も出さずに事件を解決させたヒーローがいたんだからね、スネーク?」
「……茶化すな」

ニヤニヤしながら口を挟んでくる青年を軽く睨む。
この男、想い人と結ばれて調子に乗っているのだ。
全く良い身分だな、と悪態を付いた。

「……それにしても、凄い話ですね」
「うん。たった一人で潜入って……何ていうか、非常識」
「非常識ですぅ!」

なのははフェイトは俄かには信じられない、という声を上げ、リインフォースがそれに賛同する。
スネークは反応に困り、肩をすくめた。

「……人形にまでそんな事を言われるとはな」
「なっ!? 私は人形じゃなくて、立派なユニゾンデバイスですっ!」
「ふむ、お喋り機能付きか。子供に大人気だろうな」
「むううぅっ……」

甲高い声でスネークに反論するが適当にあしらわれ、不貞腐れてしまうリインフォース。
それを楽しそうに見ているなのははユーノの隣をしっかりキープしていて、離れないようにしているのがスネークにもよく分かる。
まだ昨日の熱が冷めないのか、熱々だ。
ユーノが女性陣に苦笑を返す。

「僕も最初はそう思ったよ。……でも、スネークは非常識も平気でやっちゃう男だからね。……うん、非常識だ。実に非常識だ」
「おいユーノ。……お前、貶してないか?」
「褒めてるんだよ、この非常識人間!」

爽やかな笑顔と言われても、嬉しくなんてない。
スネークは言いたい放題に言われてげんなりとしてしまう。
はやても苦笑を漏らすとぱちん、と手の平を打ち合わせて話の軌道を修正した。

「まぁテロの事は、海鳴に出張任務で戻った時にでも皆に聞くとして。スネークさん、これからどないするつもりですか?」
「……ユーノは管理局に戻るのか?」
「僕はまた無限書庫に戻るつもりだよ。まぁ、一から出直しさ。……スネークは?」

数日前まで呑気に発掘の旅をしていたのが急に地球への帰還という選択肢が出てきて、正に休む暇も無い。
それでも、よそ者の自分が異世界での旅を満喫するには十分な時間だった。

「そうだな、俺も地球に帰るか」
「そう、かい。……寂しくなるな」
「何、お前の方は会おうと思えば会いに来れるんだ。そう落ち込むな」

そうだね、と寂しそうに呟くユーノにスネークは笑いかけた。
出会いに別れは付き物だ。
別れに恐怖していたら何も始まらない。
思い出すのは、初陣の時の戦友。
その戦友は、死への恐怖で引きつった顔のまま胸に風穴を開けられて、スネークとあっけない別れを遂げた。
とどのつまり、笑って別れられるのは幸福なのだ。
数か月の間寝食を共にした友人との別れはやはり寂寥を感じるが、スネークはその事を忘れないようにしている。
とりあえず地球に帰ったらオタコンに顔を見せてやる事にしよう。
はやてもユーノを励ますかのように明るい声を上げた。

「まぁスネークさんが帰れるのは、色々手続きがあるからしばらく後になると思います」
「そうなのか?」
「ええ。事情があったとはいえ、あれだけの質量兵器を許可無く所持してた訳ですしね」

まぁ、逮捕されないだけマシという事か。
スネークは素直に反省の意志を表明する。

「手間を掛けさせて申し訳無い気持ちで一杯だよ。……で、それまで俺はどうなる?」
「六課の宿舎におって大丈夫ですよ。なんというてもユーノ君が信頼するくらいの人やから安心です」

ニヤリと不適な笑いを浮かべるはやてに、ユーノも気恥ずかしさが混じった微笑みを返す。
だが、スネークにとっては有り難い話だ。

「臭い骨董品に囲まれていない所で寝れる……素晴らしいな、有り難い」
「スネーク、君は何も分かってな――!」
「冗談だ」

ジトリ、と睨み付けてくるユーノへとそれを口にする。
女性陣は、今や定番になりつつあるユーノとスネークのやりとりを楽しそうに眺めている。
ユーノはそれも不満なのか、むすくれた。

「そうムキになるな、新しい生活を始めるのだろう? 最初からつまづくぞ」
「そうそう、ユーノ君にはまたレリック事件も手伝ってもらわなあかんからね。頑張ってもらわんと」
「……はぁ。そうだね、僕も出来る限り協力するよ」
「レリック、事件?」

聞き慣れない単語を耳にして、スネークははやてに問い掛けた。
ユーノが僅かに寂しさを残した表情で、はやての代わりに返答する。

「レリックっていうロストロギアがあるんだ。見た目は唯の宝石でも凄いエネルギーを秘めた結晶体。それを集めている連中がいる」
「少なくとも、その超エネルギー結晶体を善意で集めてる訳ではないやろうし。だから私達、機動六課がその対策として設立されたって訳です」
「……それを敵の手に渡したら大変な事になる、か。フン、どこかで聞いたような話だな……まぁ頑張ってくれ」

スネークの言葉に、はやてが自信を浮かべた表情で頷いた。
そういう面倒事に自分がいなければならない理由は、今回は無い。
そもそもスネークが協力したとしても、魔力も無いので足を引っ張る可能性も充分にありうる。
友人の戦いを見届けたいところだが、ズルズルと居座り続けるのも悪いだろう。
まぁしばらくの間はこの機動六課に滞在という事で、まだまだオタコンの顔を見るのは後になりそうだ。
のんびりと焦らずに今後の事を考えて行こう。
スネークはざらつく髭を撫でて、真っ白な天井を仰いだ。





[6504] 第八話「友人」
Name: にぼ◆6994df4d ID:54171542
Date: 2009/02/19 18:39

スカリエッティのアジトは中々広い。
大浴場、訓練スペース、居住空間。
いずれをとっても基地と言っても過言ではないものだ。

「なぁ、チンク」

そんなアジトの食堂に当たる場所。
ぐったりと椅子にもたれていたジョニーが声を上げ、ゆらりと立ち上がった。
食堂にいたチンクという眼帯少女がジョニーの声に視線を向ける。
いや、その背丈を考えれば見上げたと言った方が良いか。
他の戦闘機人達より一足先に自己紹介し合った彼女は、幼くて可愛らしい容姿だ。
しかし、落ち着いた言動と右目の眼帯が老成した雰囲気を醸し出している。
少なくともあのトーレとかいう怖い女性や、何を考えているのか分からないスカリエッティよりは好感が持てるだろう。

「何だ、ササキ?」
「俺の頬を引っ張たいてくれ」
「……ササキはそういう趣味があるのか?」

チンクは顔を少し赤らめて、美しい銀色の長髪を揺らしながら問い掛ける。
その言葉にジョニーの顔も真っ赤に染まった。
慌てて否定の言葉を紡ぐ。

「ち、違う! 俺にそんな性癖は――! と、とにかく思いっきり頼む」
「……まぁ、良いだろう。行くぞ?」

ああ、と答えて、来るべき衝撃に備えて歯を食い縛る。

「へぶぅっ!!」

甲高い、風船が弾けたような音と共に豪快に吹っ飛ぶ。
頬を襲った、予想を遥かに超える痛みにジョニーは悶え苦しんだ。
まるで焼けるように熱くて、痛い。
たちまち頬は赤い模様を作り出した。

「ひい、ひい! 痛い! 痛いぃ!」
「……ササキ、君は下痢に頭をやられたのか?」


容赦無く、と注文した当の本人が痛みに転げ回る様子を見て、チンクも呆れた表情を露にする。
自分から頼んでおいてこのザマだ、誰でもそういう趣味があると誤解してもおかしくは無いだろう。
ヒリヒリと痛む頬を優しく撫でて、ジョニーは立ち上がった。

「痛かった。痛かったぞ!」
「……当たり前だろう」
「つまり……夢じゃ、ない!? ……いや、夢の中なのに一晩ぐっすりと寝れるような夢だ。……こんなんじゃ覚めないか……?」

大げさと言っていい位に驚愕し、そして困惑するジョニー。
ジョニーは悪夢の一種だと信じていたのだ。
では、悪夢からの帰還を果たすにはどうすればいい?
――痛みだ。
予定ではこのまま現実世界へ舞い戻り、そのまま家に直行する筈だったのだが。
そんな甘い考えもチンクによって一瞬で砕け散ってしまったのだ。
絶望に次ぐ絶望に、地面へと崩れ落ちる。
ジョニーの行動に納得したのか、成る程、と呆れながらも頷くチンク。

「残念だが諦めた方が良い、これは夢ではない。紛れもなく現実だよ、ササキ?」
「理不尽っ……理不尽だっ……くそぉっ!」

悲痛な叫び声がスカリエッティのアジトに響いた。

第八話「友人」

『ここは地球ではない、異世界だよ』

そんな事をいきなり言われても、信じる馬鹿が一体何人いるだろうか?
そんな事を信じるのは、恐らく相当頭のイカれた愚か者に違いない。
ジョニーがそれを言われた時は隠しカメラを探した程だ。
他人の奇妙な言動を見れば誰だって面白いと感じるだろうし、視聴率を気にするテレビ局もそれを狙った番組を作る。
所謂ドッキリ番組だ。
当然ジョニーは自分がそのドッキリの出演者なのだと思っていたが、いつまで経っても司会の人間は出てこなかった。
さらに、スカリエッティとやらがジョニーに見せつけた技術は、確かに地球のそれを頭一つ分抜き出ていた。
ここにいる女性陣――戦闘機人と呼ばれるナンバーズの面々も、スカリエッティの技術で生み出された存在らしい。
そして何よりも頬に残った確かな痛みこそ、ジョニーのいる場所が異世界であるという現実を突き付ける最大の要因だった。
よく出来た脚本だ、と嘲りながら軽く聞き流していた昨日のスカリエッティの話を記憶の棚から引き出す。
スカリエッティはジョニーから粗方の情報を聞き出すと、満足気な表情でこちらの世界について話していたのだ。
魔法技術、数多くに渡る世界の存在、戦闘機人、そして時空管理局という組織。
本人曰く指名手配を受けている違法研究者であり、今のジョニーをのこのこと敵側の管理局の元へ行かせるつもりも無いらしい。
そこで元特殊部隊ジョニーを傭兵として雇う事にした、という訳だ。
と言っても魔力を持った魔導士の世界で、拳銃一丁のジョニーが役立つ機会などほとんどない。
つまり、自分達の事を知られてしまったジョニーを雑用係として監視下に置くという事だ。
命を奪われないだけマシ、そう前向きに考えるしか出来なかったジョニーは再び大きな溜め息を吐いた。

「まぁそう気を落とすな、ササキ。向こう――地球だったか、そっちでは無職だったのだろう?」
「……まぁ、な」
「だったら向こうでだらけた生活を送るより、まだこの状況の方が良いんじゃないかな?」
「……半ば監禁状態で一日雑用やらなんやらさせられて、賃金は寝床と食事だけ。ペットの犬猫だってもう少しマシな生活してるよ」
彼女が励ましてくれている事は分かる。
だが、愚痴らずにはいられない。

「まぁいいじゃないか、ドクターがササキに興味を持たなかったら、今頃死んでるぞ?」
「俺は今そんな穏やかでない場所にいるんだよ!」

滑らかな手つきで紅茶にミルクを注ぐチンクに、ジョニーは悲痛な面持ちで声を上げた。
お気に入りのエイリアスというドラマの放送があるのに、今回どころかしばらくは向こうのテレビはお預けだろう。
悲しみに暮れ、信じてもいない神様に祈るジョニー。
それに呼応したかのように誰かがジョニーの肩を掴んだ。
後方には誰もいない、壁側なのに。

「サッサキィーッ!」
「うぎゃああああぁぁ!!」

思わず叫び声を上げてしまうジョニー。
慌てて振り向くと、快晴の空をそのまま溶かしたような髪で明るい笑顔の少女。
みっともなく叫び声を上げたジョニーを見てけらけらと笑うその少女の名は、セインだ。
自己紹介の際に突如壁から出てきたので印象深く残っている。彼女の能力らしい。
今回もその能力を見せてくれたのだろう、心臓に悪い。

「あはは、驚きすぎ」
「……君か。えーと……セインだったか」
「おぉ、正解! いやぁ、ササキはからかいがいがあって良いなぁ、あはは」
「誰もいない筈の場所から声掛けられたら驚くに決まってるだろっ!」

笑い声を上げるセインに、恥ずかしさと怒りで顔を赤く染めるジョニー。
チンクも僅かに顔をしかめさせて、セインを叱り付ける。

「そうだぞ、ササキはおもちゃじゃないんだ。あまり遊びすぎるな、セイン」
「はーい、チンク姉」

さすがに姉のお叱りには従順だ。
心の中でチンクに喝采を送る。

「それに、ウェンディもな」
「あはは、あー、バレてたみたいッスね」

チンクが声を上げると、盗み聞きしていたのか気まずそうに少女が出てきた。
ウェンディと呼ばれる彼女もまた、セイン同様明るく活発で好印象だ。
彼女達のやりとりは、さすがに姉妹というだけあって、それに相応しい暖かみがある。
それが、ジョニーの中で疑問をふつふつと湧き起こさせた。

「なぁ、君達は、その……スカリエッティに作られたんだろ? それで、奴の言う事を聞いて戦ってる」

命令、という言い方はしない。
少女達は小さく頷いた。
続けて、何を言ってるんだ、と訝しむウェンディにセイン。

「君達はそれで良いのか?」

思い返せばリキッドも、自分を作った存在と戦いを繰り広げていた。
奴の憎しみに溢れたその瞳は、一生忘れる事は無いだろう。
それなのに、こんなに可愛らしい少女達は駒として動いている。
何の疑問も持たず、生活の一部を軽くこなすかのように。
ジョニーにはそれが大きな違和感だったのだ。
セインがジョニーの疑問に返答する。

「そんな事を言われても私達は特に目的とか希望とかある訳じゃないから、生みの親の言う事を聞いてるんだけどねぇ」
「確かに、そうかもしれない。けど――!」
「――ササキ」

チンクの声で沈黙が広がった。
その声は重く、先程までの柔和な表情も消え去っていた。

「君は、何故軍人になったんだ?」

その声でたったそれだけ問われただけなのに、ジョニーの体は動かなくなっていた。
まるで、金縛りに掛かったように。
ジョニーは視線を逸らさず、その小さな躯に相対した。

「……俺の爺さんに、憧れたからだ」
「君の戦っていた理由は、銃を握って人を撃っていたのは、君の祖父に憧れていたからかい?」

それは、と口籠もるジョニー。

「所詮戦う理由なんて誰も大した事じゃ無い。私達も、君もな。……ほら、ササキ、料理を作らないと」
「あ、ああ……そう、だな……」
気付けば先程までの空気はすっかり消え去っていた。
そしてそこには、丸め込まれてしまった惨めな男。
肩を落とすジョニーとは対照的に、セインとウェンディは目を輝かせた。

「ササキ、何を作るの?」
「……俺の母親直伝の日本式唐揚げだ」
「おぉ、期待ッス!」

何も言い返せない自分が少しだけ腹立たしくて。
それでも、席を立ち上がるしかないジョニーだった。



いつもならあって当たり前の、土の匂いが無かった。
おまけに、ふかふかした感触が体を優しく包んでいる。
――此処は、何処だ。
その謎に突き動かされるまま、スネークはゆっくりと目を開いた。
朧気な視界にはいつものような茶色でない、真っ白な天井。
体を起こして辺りを見回すと、塵一つ無い清潔な空間。
頭を振りつつベッドから降り立つ。
そう、ここは機動六課の寮だ。
武器は殆どが管理局が預かる、と没収されてしまい、非常に歯痒い思いをしている。
手元にあるのは直接的な殺傷力の無さから護身用としていち早く返されたM9だけで、これが今のスネークの身を守る唯一の武器。
どうせなら、確実に無害だと分かっている装備品位は返してもらいたい。
特に、段ボールは手荒い扱いを受けていないか不安だ。
見慣れた骨董品が無くてなんだか落ち着かないのは、綺麗にまとまった寮よりも小汚いテントに慣れてしまったからだろう。
オタライアに毒され過ぎたか、と一人ごちる。
窓から差し込んでくる朝日を横目に、スネークはシャワーを浴びるべく立ち上がった。

昨日機動六課隊舎の部隊長室で行われた、事情聴取とは程遠い和やかな情報交換会の後。
スネークは案内担当のリインフォースに連れられるがまま、六課を見て回った。
若い隊員が多いせいか部隊も明るく、アットホームな雰囲気が印象的だったな、と思い返す。
自身のかつての職場とは雲泥の差だ。
スネークはこういう雰囲気には慣れていない所為か、やはりどこか違和感を感じる。
長い間一人でいる事を選び、他人の介入を拒み続けた報いなのかもしれない。
それを思うと遣るせなくもなる。
ともあれ、その施設案内が済んでしまうと、とうとうスネークはやる事が無くなってしまった。
邪魔さえしなければ適当にブラブラしても良い、なんて言われたものの、目的意識もなく生活するのはさすがに苦痛を感じる。
朝の散歩、そして食堂での朝食。

――さて、午前と午後をどう過ごしたものか。

この苦悩がまだ何日も続くのかと思うと、気分も一層憂鬱になってしまう。
早く手続きとやらが終わる事をスネークは切実に願った。

「スネークさん!」

海を見渡せる隊舎の周りを散歩しているスネークに、女性特有の柔らかな声が掛かる。
振り返れば、誰しもが魅了されるであろう長い金髪を揺らし、柔らかな微笑みを浮かべながら美人が歩いてくる。
機動六課で会うよりも前にタルタスで出会っていた彼女の名は、フェイト・T・ハラオウン。
六課の制服ではなく、動きやすいラフな格好をしている。

「君は……フェイトだったな」
「はい。おはようございます、スネークさん」
「ふむ。……タルタスで会った時の制服も良いが、そういう格好も悪くないな」

フェイトはスネークの言葉に驚き、嬉しさを滲ませた表情に変わっていく。
素晴らしい美人だな、とスネークは改めて思った。
機動六課の隊長陣は美人揃いで、高町なのはも遺跡オタクには勿体ない位だ。
地球へ帰る前に一人ずつディナーのお誘いをしてみるかな、等と考える。

「覚えてたんですか? そんな素振り全然無かったから、忘れてるのかと思ってました」
「一度会った女は忘れない。美人なら尚更な」
「ふふ、お上手」

少しばかり顔を赤く染めて返答するフェイトに、本音さ、と微笑みながら告げる。
さすがにこんなタイミングではムードも無く、冗談や世辞に聞こえてしまうか。
フェイトはスネークの横に立って微笑んだ。

「これからフォワードの訓練なんです。スネークさんは何を?」
「暇を持て余していた所だ」
「……だったら、スネークさんも訓練を見ていきませんか?」

フェイトの思わぬ提案にスネークは、ふむ、と思考を巡らせた。
スネークは今まで、攻撃型の魔法は直接見た事がない。
戦闘空間を、まるで空を飛ぶ蛇ではないかと錯覚させるように乱れ飛ぶ翡翠の鎖が、一番付き合いの長い魔法だ。
他人の訓練なんてそこまで興味は持たないが、やはり『魔導士の訓練』という言葉には、スネークも僅かに興味を持った。

「……折角の美人の申し出だ、是非行かせてもらおう」
「はい、分かりました。すぐそこですよ、行きましょう?」

スネークは歩み出すフェイトの後を追った。
フェイトは歩みを止めずに振り返り、少し攻める口調でスネークに声を掛ける。
顔には、僅かだが非難の色。

「……一つ聞きたいんですけど、貴方はいつもそんな風に手当たり次第に女性を口説いているんですか?」
「とんでもない。心の底から褒めたくなる程の美人相手の時だけだ。君みたいな、な」
「そうですか、成る程。ふむ、成る程。……悪くない気分です」

笑顔がより濃くなったフェイトへ、それは何より、と笑い掛ける。
そのまま僅か数分歩いた所で、フェイトが立ち止まった。
スネークが連れてこられたのは隊舎屋外の端、海がよく見える場所。
そこにはなのは率いるスターズ分隊に、ライトニング分隊の少年少女達が待機していた。
なのはがいち早くスネークに気付いて声を上げる。

「フェイト隊長……と、スネークさん? どうしたんですか?」
「訓練見学のお誘いを受けたものでな。……だが、ここで訓練するのか?」

スネークは辺りを見渡してみるが、訓練に適した場所とはとても思えなかった。
穏やかな海面を見て気分を落ち着けてから訓練を、なんて事も無いだろう。
スターズ分隊の青髪の活発そうな隊員のスバルが、スネークの疑問を浮かべた表情を見て、得意気な表情を作った。

「フフフ……スネークさん、六課の技術力を見せて上げましょう! ……さぁなのはさん、お願いします!」
「……バカスバル。あんたも初めて見た時は驚いてたでしょ」

スバルがおどけて、オレンジ色の髪のティアナがそれに突っ込みを入れる。
なのははそんなやりとりを微笑ましい表情で見て、手元のパネルを操作。
それと共に、海面上に緑一杯の森林で埋まっている島が出現した。

「なっ……」

目を丸くするスネークを少年少女達は楽しそうに見ていたが、やがてスターズ副隊長のヴィータがぶっきらぼうに説明する。

「なのは隊長完全監修の空間シミュレーターだ」
「……VR訓練の発展型みたいなものか」

シャドーモセスに潜入する前に、勘を取り戻す為に行ったVR訓練をスネークは思い出す。
しかし技術的にはやはり、こちらの世界が圧倒していた。
あくまで仮想空間に人間が意識を潜り込ませるVR訓練に対して、こちらは『現実』にそれを引っ張ってきている。
この分だと飛行機に乗らずに海外旅行が楽しめそうだ。
この世界にオタコンを連れてきたら、感動の余りに再び失禁してしまうかもしれないな、と苦笑を漏らした。
VR訓練、という言葉になのはが意外そうな反応を示す。

「地球にも、こういう技術が?」
「……軍の最新技術に似たものがある。俺は余り好きじゃないがな」

それには痛みもある。
現実感もある。
そして、現実世界では起こっていない。
その奇妙な矛盾は実践での恐怖を抑制させ、正に新兵の訓練にうってつけなのだ。
しかし、画期的、革新的だと軍内部で称賛を浴びたその技術は、精神的な障害を身体に残す。

VR訓練に染まったその新兵が、生と死の隣り合わせである領域に踏み出した時。
その新兵は最初、老兵並の戦果を残すだろう。
まるで、ゲームを淡々とこなすように、確実に、正確に。
しかしVR訓練に無い、戦場にありがちなハプニングと何度も遭遇する内、その新兵は狼狽を極める。

これは空想なのか、現実なのか、と。

現実感の欠如だ。
そして、その答えを与えてくれる人がいない時、新兵は戦場から強制的に排除されるのだ。
スネークは、その一連の流れ全てが気に入らなかった。
軍の考えも、訓練の在り方も、その新兵の末路も。
ともあれ、地球も進歩してるんだなぁ、とどこか懐かしそうに呟くなのはにスネークは奇妙な違和感を感じた。
アフリカの原住民が先進国で携帯電話を弄ったりして文明的な暮らしを満喫している、という風景を見た時のそれと似ている。
だが、それは口には出さない。

「そう、地球は日々進化しているんだ。君がユーノとイチャイチャしてる最中でさえな」
「も、もぅ、からかわないで下さいスネークさん! ……ごほん。じゃあ皆、今日から個別訓練だけど張り切っていこうね!」

わざとらしい咳払いの後に、顔を赤くしたままのなのはが訓練前の挨拶をする。
はい、という新人達の威勢の良い返事。
若者達は、なのはの後をついて訓練場へと向かって行き、スネークもその後を追って行った。



「魔法世界での訓練を見た感想はどうだ、スネーク?」

一通り新人達の個別訓練を見終えたスネークに声が掛かった。
濃いピンク色の長髪をなびかせているのと、きりっとした目付きが特徴的な美人。
数少ない大人の女性であり、ヴォルケンリッターの将、剣の騎士の二つ名を持つシグナムだ。
本当にこの部隊は、スネークの古巣、ムサい男達が集っていた部隊とは大違いだと実感させられる。
美人が多くて、純粋そうな少年少女達がいて、どこか優しい雰囲気を放っている。

「シグナム、で良かったか? ……さすがに鉄槌を振り回したり、それを真っ向から受け止める少女は地球にはいなかったよ」

スネークは先程見た光景を思い出しながら、顎髭を撫で返答する。
シグナムも笑みを浮かべた。

「ヴィータとスバルか。確かに、初めて見たら驚くだろうな」
「……君は訓練には?」
「私は人に物を教えるのは得意としていないんだ」
「成る程。それで? 俺に何の用があるんだ」

どこかうずうずしているシグナム。
その瞳からは何かに期待している色が伺えた。
教官擬いの事を苦手としている人間が、わざわざこんな所にスネークを尋ねてきたのだから、大体の予測はつく。
溜め息をつくスネークの鼻先に木剣が突き付けられた。

「スネーク、お前の実力が知りたい」
「……魔力も無い男の実力を知った所で、後悔するだけだぞ」
「どうかな。スクライア曰く、『身体能力、危険感知能力、判断力。どれを取っても唯の傭兵とは思えない』そうだが?」

ニヤリ、と木剣を突き付けたままスネークに笑い掛けるシグナム。
随分と楽しそうだ。
余計な事を、とスネークは内心でユーノに悪態をつく。

「武器もロクに持たない男をいたぶるつもりか。良い趣味だな?」
「私を倒せと言ってるんじゃない、実力が知りたいだけだ。加減もするし、バリアジャケットも付けないでやろう」
「結構な心遣いだな、断る。高評価を得る事に興味は無い」

彼女の好奇心を満たす為に戦うつもりもない。
スネークがはっきりと断ると、シグナムが表情を一変させた。
笑みである事には違いない。
だが、木剣を下ろして腕を組んだ彼女の顔には、ニヤニヤとした陰湿な笑み。

「ふむ、さすが軍事大国の元軍人。絶対に適わない、手も足も出ない相手とは戦わない訳か。懸命な判断だ」
「……大した自信じゃないか」

明らかな挑発だ。
やすやすと乗ってやるつもりもないが、やはり不快にはなる。
シグナムはスネークに軽い足取りで近寄り、耳元に口を近付ける。
柔らかい香りが仄かに漂う。
まるで盗聴を警戒するかのように、そっと囁いた。

「もう一つ、良い事を教えてやろう、スネーク。お前の武器装備は既に本局から戻って、六課が握っている。あの、『段ボール箱』もな。……分かるか?」
「何だとっ……まさかっ!?」

絶望的な未来がスネークの脳裏をよぎる。
豪快に泥水を掛けられて、ふにゃふにゃにふやけ汚れきった段ボール。
かつては壮健たる佇まいだったそれの末路を想像して、シグナムの不適な笑みに怒りを募らせる。
卑劣な、とスネークは歯軋り。
懐のM9に手を伸ばす。
シグナムはスネークの反応を予測していたのか、一歩後退し、ますます機嫌良さそうに微笑む。

「さぁスネーク、どうする?」

シグナムはスネークの答えを楽しそうに待っている。
――馬鹿にされたものだ。
どうするもこうするもない、目の前にある選択肢はたったの一つだけなのだから。
スネークは距離を取ってM9を突き付ける。

「……手出しはさせんっ!」
「フッ、ようやく乗り気になったか? ……いくぞっ!」

スネークが戦闘態勢に入ったのを確認したシグナムは、木剣を構えて勢い良く突進してきた。

――一閃。

振り下ろされる木剣を回避する。
ブォン、と空気を切り裂くその音が、その速さが、威力の大きさを物語っていた。
木剣と言えど、当たったら只ではすまないだろう。
後方に跳躍、初撃を外した彼女へと引き金を引こうとして、スネークは戦慄する。
シグナムがそのまま、すぐ目の前まで距離を詰めていたのだ。
尋常ではないスピード。

(――躱せっ!)

思い切り上体を逸らして、切り上げられる木剣をすんでのところで回避。
態勢を崩しつつも、せめて一発、と回し蹴りを放った。
が、受け止められる。
スネークは地面に落ちた衝撃を無視して即座に立ち上がり、距離を取った。
ニィ、と笑みを深めるシグナム。

「やるなっ!」

高まる緊張と彼女の喜悦に染まった声色が、スネークのとある記憶に働き掛ける。

 ――さぁ、俺を感じさせてくれ! 俺に生きる実感をくれ!――

そう、あの男だ。
スネークが廃人になるまで追いやり、二十一世紀仕様のサイボーグ忍者として再度立ち塞がった友人、グレイ・フォックス。
彼から溢れていた、全てを飲み込み消し去ってしまうような殺気や狂気は無いものの、速さに関してはフォックスと良い勝負だろう。
シグナムが再度距離を詰めてくる。
彼女の胴体を狙ってM9の引き金を引くが、スネークの予想通り木剣によって弾かれてしまう。
何事も無かったかのように木剣を振るってくるシグナム。
まるでハリケーンだ。
スネークは避けるたびに精神をすり減らす。
スライドを引いてもう一発シグナムに向かって発砲するが、やはり綺麗な一閃の元、跳ね返される。
一発当たれば即ノックダウンするだろう一撃をなんとか避け続けながら、スネークは苦笑した。
参ったな、あの時とそっくりの展開だ。
騎士と忍者には何か通じるものがあるのかもしれない。
一発ごとにスライドを引く作業をもどかしく感じ始めると同時に、シグナムが声を上げた。

「どうした、スネーク? 闇雲に撃ってても私は倒せんぞ!」

そんな事はわかってるさ、と内心でぼやく。
無駄口を叩く余裕なんて無かった。
もう何発か避けた所で息をついて、シグナムを見据える。
となれば、別の戦法でいくしかない。
どうするか?

――分かりきっている答えだ。

スネークは変わらず、M9を構え続ける。
戦いの基本は格闘。
武器や装備だけに頼っていてはいけない。
友人の言葉を思い出しながら、ゆっくりと近付き。
空気が張り詰めた。
先程まで回避に撤していたスネークの様子が変わった事に、シグナムも警戒している。
鼓動の音が煩わしい。
シグナムの剣の間合いまでもう少し、という所でスネークは立ち止まった。
何をするのだろうか、とシグナムはワクワクしているようにも見える。
スネークは深呼吸をし、意を決して――

――M9をその手から放した。

緑の草地に吸い込まれていく銃に、シグナムも戸惑った表情。
彼女は、ほんの一瞬。
ほんの一瞬だけなのだが、それに意識を取られた。

その瞬間スネークは、可能な限り全速力でシグナムとの距離を詰めた。

「っ!」

スネークは左パンチで木剣を払い退けて態勢を崩させる。
そして渾身の右パンチを思い切り叩き込むが、シグナムは頭を捻って回避。
右の拳が虚しく空を切る。

――まだだ。
まだ、終わってない。

シグナムは既に態勢を持ちなおして剣を振りかぶっている。
スネークは思い切り体を捻らせ、跳躍。

「はああぁぁ!」
「うおおぉっ!」

遠心力で加速した足はグングンとシグナムに吸い込まれていく。
そして確かな手応えを確認する直前。
側頭部に受けた衝撃でスネークはあっさりと意識を手放した。



「う、ぐぅ……」
「あ、起きました?」

酷く、身体が重かった。
スネークが重たい目蓋をなんとか持ち上げると、再び真っ白な天井が広がっている。
側頭部がじんじんと鈍い痛みを主張している。
どうやら気絶していたらしく、窓の外の景色は既に燃えるような赤色に染まっていた。
柔らかい声でスネークを気遣う医務官のシャマルの横には、頬にガーゼを付けたシグナム。
瞬時に、意識を手放す直前までの記憶を掘り起こす。

「……やぁ、シグナム、おはよう。その頬はどうしたんだ?」
「ああ。お前が気絶した直後、滑って転んだ時にな。……まさか、銃を捨てるとは思わなかったよ」

ニヤり、と笑い合う。
どうやらスネークの最後の攻撃はちゃんと当たったようだ。
サイボーグ忍者や宿敵リキッドとの戦いでも大活躍したコンボの信頼性も中々。
パンチ、パンチの後の回し蹴りもなかなか良いかもしれない。

「それで? 段ボールは返して貰えるんだろうな?」
「ああ、勿論だ」
「……段ボール? まさか貴方達、そんな下らない事で……」

呆れた表情をするシャマルに、下らなくなんてないさ、とスネークは頭を振ってみせる。
何だかんだ言って、良い退屈しのぎにもなったのも事実だ。
シグナムが思い出したかのように声を上げた。

「だが、スクライアの言った通りだな」
「……奴は何て?」
「『スネークに武器装備を整えさせたら、並の連中なら敵じゃない』、と。後は……」
「後は?」
「『ああ見えて負けず嫌いな一面があるから、ちょっと焚き付ければ意外に乗り気になる』だそうだ。フ、事実だったな?」
「……酔っ払いたくなってきた」

訓練場でのシグナムの言動を思い出してげんなりする。
ユーノが大事にしている骨董品の数々に、スティンガーをぶちこんでやりたい気分だ。
シグナムがスネークの言葉に反応した。

「酒なら付き合ってやるぞ。ここは飲める連中が少ないからな」
「あ、それなら私も!」
「そうだな、ザフィーラやヴァイスも誘ってやるか」
「スネークさんが帰っちゃう前にやらなきゃね、だったら明日にでも――」

シャマルも乗り気なようだ。
既に飲み会を開く事は決定事項らしい。

「……美人は酒の最高のつまみだ、楽しみにしているよ」

こんな空間にいる事にスネークはやはり違和感を感じる。
それでも、悪くない気分だ。
少しだけ、地球に帰る事に未練を覚えるスネークだった。


おまけ

「おぉ、ササキの唐揚げ美味しいッス!」

ジョニーが料理に奮闘している中、ウェンディが顔を綻ばせた。
どうやら、日本人の母がジョニーに仕込んだ料理の腕は好評のようだ。

「おい、摘むのは一つだけだぞ」
「あいよー」

セインも唐揚げを一つ摘むと、それに赤い何かを――

「――ケチャップゥ!?」
「あたしは唐揚げにはケチャップ派だけど……どうしたの?」
「ケチャップなんて邪道っ糞だっ……糞っ……! 見たくもないっ!」
「何を騒いでいるんだ?」

ジョニーの魂の叫びを聞き付けたチンクが様子を見にやってくる。
セインとウェンディが首をかしげているのを見て、疑問の眼差しをジョニーに向けた。

「ササキがケチャップに異常な敵意を燃やしてるんだけど……。ササキ、どうかしたの?」
「あれは忘れもしないシャドーモセスでの出来事っ! 牢屋の警備に付いていた俺は一人の男を監視していたっ……そう、ソリッド・スネークだっ……!」
「……なんか、一人で話し始めたッスよ」

怒りに燃えるジョニーにたじろぐ女性陣。
ジョニーは構わずに話し続ける。
「奴は卑怯にもケチャップで死んだ振りをっ……! 卑劣っ……! 下劣っ……! ……ぐぐ、とにかくそれ以来、俺はケチャップは大嫌いなんだ!」

ジョニーの言葉に、呆れたように頭を振るチンク。
セインとウェンディも苦笑を漏らしている。

「そんな安直な手に掛かる方も……」
「大体、荷物は没収しなかったッスか?」
「いや、ちゃんと身ぐるみ剥がした。隠す場所なんて……」

ジョニーはハッとする。
一つだけ、思い当たる場所があった。

「ま、まさかあいつ、ケツのあ――うぐぉっ」

奇怪な悲鳴を上げて倒れるジョニー。
後ろには顔を赤くしたチンクが立っていた。

「下品だぞ、ササキ」
「……ごめん」

頭を擦りながら立ち上がるジョニー。
セインが頬を掻きながら、言い放つ。

「でも、そこしか考えられないよね」
「変態ッス」
「……セインもウェンディも、くだらない事をいつまでも考えるものじゃないぞ」

一応は二人を嗜めるが、チンクの中でスネークは変質者というポジションに落ち着いたのだった。




[6504] 第九話「青いバラ」
Name: にぼ◆6994df4d ID:7cbeea64
Date: 2009/02/19 18:41

動物は自らと異なる姿、異形を本能的に嫌うものだ。
人間はその中でも特にその傾向が強いと言えるだろう。
人間という生物は僅かな思想の違い、貧富の差、果てには肌の色が違うだけで、相手に容赦の無い悪意や敵意をぶつける。
そんな考えも時代の移り変りによって変化を遂げるが、根強く残っているのも事実だろう。
だがそんな考え方から、見放された男がいる。
その男は通常では存在しえなかった生物。
即ち『怪物』とも言い換えられる。
男の出自を知りながら、その世界の住人は男を『英雄』と呼び讃えた。

『英雄と呼ばれた怪物』である。

「……『英雄と呼ばれた怪物』、か。ますます興味を抱いてしまうじゃないか――ソリッド・スネーク君? ……フフ。フフフ、ハハハハハッ!」

白衣の男、ジェイル・スカリエッティの笑い声が、彼のアジトに不気味に響き渡った。

第九話「青いバラ」

真っ黒なタキシードを着用したスネークは、落ち着いた、それでいて気品溢れる内飾が施されている廊下をゆっくりと歩く。
成る程、空間に見合った格好の連中が闊歩している。
正直、あまりスネークが好む場所ではない。
タバコが欲しいところだな、なんて考えていたスネークは目の前の扉をノックして、ドアノブを捻る。
その部屋の中にいたのは、一人の男。
ハニーブロンドの長髪をリボンで纏め、旅をしていた時の小汚い服装ではなく、男の役職に見合うきっちりとしたスーツを着ている。
スネークは笑みを浮かべ、恭しく男に話し掛けた。

「スクライア司書長、会えて光栄だ」
「やめてくれよ、スネーク。君にそんな風に呼ばれると……こう、嫌な感じがする」

男――ユーノ・スクライアがブルッと震え、肩を竦める。

「何、司書長として返り咲いた祝いの言葉みたいな物だ」

一司書として出直す、なんて言っていたユーノだが、いざ無限書庫へ行ってみれば彼を待っていたのは熱烈な歓迎。
当時の司書長はその座をユーノに譲り渡すと嬉々として宣言し、司書達も歓迎の拍手を送った。
上層部もそれをあっさりと承認。
結果、一度は断ったユーノも再び司書長という立場に落ち着く事になった訳だ。
局内ではちょっとした話題にもなっているらしい。
自分の事を卑下していても、やはり能力面では素晴らしいものがあったのだろう。
ユーノは気恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻いた。

「それはどうも。……君もタキシードが意外と似合っているね、正直見間違えたよ」

スニーキングスーツよりもずっとマシ、と褒めるユーノ。
スネークは顔をしかめ、蝶ネクタイをいじってみせる。

「……どうも窮屈で行動しづらい。戦闘には向かないな」
「おいおい、わざわざ買って上げたんだ、そんなに文句を言わないでくれ。……それにしても、やっと意味が分かったよ」
「……俺がお前に同行を申し出た理由か?」
「うん。……君、ここのオークションなんかじゃなくて、六課の警備が目当てだろう?」

ズバリ言い当てるユーノに、正解だ、とスネークは笑った。
そう。ここはホテル・アグスタの一室、ユーノにあてがわれた控え室だ。
ここで行われるオークションで出品されるロストロギアを、ガジェットドローンがレリックと誤認する可能性がある。
その予測の元、会場の警備に機動六課がついたのだ。
話に聞いていただけのガジェットという自動機械にも興味を持っていたし、暇を持て余すのは不満だった。
そこに舞い込んできた、ユーノが鑑定の仕事を受けた、という話。
これを利用しない手は無い、という訳でユーノに同行を願い出て現在に至る。
六課の副隊長陣、シグナムとヴィータが一足早く警備についているのをチラリと見たが、隊長陣も既に到着している事だろう。

「……全く、君も相変わらず元気な男だね」
「ふかふかのベッドが安眠を提供してくれているからな」
「そう言わないでくれ、テント生活も悪くは無かっただろう?」

臭い骨董品さえ無ければな、と不適に笑うスネーク。
ユーノはしかめっ面を返しながらも、やはり苦笑する。
そんな中、控え室にノックの音が響いた。
やけに大きく聞こえる。

「ユーノ先生、そろそろ準備をお願いします」

はい、という返事と共に立ち上がるユーノ。

「もうすぐ開始か?」
「うん。君はこれから警備の所に行くのかい?」
「ああ。……とは言えガジェットとの戦闘は、直接は見れないだろうがな」
「空間モニターを用意してもらえれば御の字って事?」
「そういう事だ」

良く分かっているな、とスネークは苦笑して立ち上がり、控え室を後にする。

スネークがテラスへ出ると、見慣れたバリアジャケットを身に付けた少女達が立っていた。
スターズ分隊の隊員、スバルとティアナは緊迫した表情を浮かべていたが、スネークを見て驚愕している。
どうやら、タイミングは良かったらしい。
スバルが歓声を上げる。

「わぁっスネークさん、タキシード似合ってますね!」
「コラ、バカスバル! 全く……スネークさん、オークションは良いんですか?」
「……オークションよりも面白いものが見れそうだからな。敵襲だろう?」

はい、と頷くティアナは指揮を取っているシャマルに連絡を取り、空間モニターを表示させた。

「……これが、ガジェット・ドローン」

青掛かった、丸みを帯びたボディが群れを成して移動している。
小型が多いが、中には人の体よりも一回りも二回りも大きい型の機体も伺える。
このガジェットは、単体でAMFという魔力結合を阻害する空間魔法を発動する事が出来て、魔導士の天敵らしい。
スネークがそれらをじっくり見ようとする間も無くモニターから爆発音がこだまして、ガジェットは粉々に吹っ飛んでしまう。
六課の副隊長陣と、喋る犬だ。
騎士甲冑を身に纏ったシグナムが剣を一閃させれば、巨大なガジェットは切断面を曝け出させて爆発。
可愛らしい姿に反して溢れる闘気を放つヴィータが巨槌を振れば、打ち出された魔力弾がガジェットに寸分違わず命中し、例外無くそれらを破壊する。
そして喋る犬、ザフィーラが気迫の籠もった叫び声を上げれば、地面から生えた粛正の針がガジェットを貫く。
堅実だった現実感が音を立てて崩壊していくのをスネークは実感して、恐怖した。
魔法だのなんだの言われ続けたが、さすがに人形や犬が喋るのはやりすぎだ。

「……犬は喋らんぞ」

スネークが自身へ言い聞かせるようにそう呟いた直後、ユーノ自作の念話用カード型デバイスがシャマルからの念話を受け取った。

『ザフィーラは犬ではなくて、狼ですよ』

スネークはシャマルの弁に返事を返さずに溜め息を吐く。
そんなスネークの様子に気付かぬままスバルが、わぁ、と声を上げた。
二人ともモニターに釘づけになっている。

「副隊長たちとザフィーラ、凄い!」
「これで能力リミッター付き……スネークさん」

ふと思い立ったように、ティアナがスネークに視線を移した。
何だ、と返答。
副隊長達の実力に感動している訳では無さそうだ。

「スネークさんも射撃型ですよね?」
「まぁ、剣を振るったりする事は無いだろうな」
「……シグナム副隊長との模擬戦で接近戦を仕掛けて、見事一撃入れた、と耳にしました」

どこから漏れ出たんだ、と追求しそうになるのを堪える。
真剣味を帯びたティアナの言葉に、スネークは数日前の記憶を掘り起こした。
人質を取られてシグナムと止むなく戦ったその記憶は、自然とスネークを苦笑させる。

「相手が手加減をしていて、俺の方は麻酔銃しか装備を持っていなかったから取った戦法だ。いつもは銃に頼ってばかりの傭兵さ」
「それでも、凄いです。私なんて……。スネークさんは、何か接近戦の訓練を受けていたんですか?」
「……一般的な閉所における戦闘法、CQBなら」
「……そう、ですか。……私も……」

質問をスネークに投げ掛けてきたティアナは、どこか思い悩んだように見え、瞳が放つ光は弱々しく感じられた。
兵士なら誰でも習うだろうCQBの話を出して、スネークは嫌でも『それ』を思い出す。
屋内等二十五メートル以内での接近戦闘術を指すCQBに対して、敵と接触ないし接触寸前、銃の使用が難しい程近距離の戦闘術CQCだ。
伝説の兵士ビッグボスが最も得意としていて、彼の代名詞とも言える戦闘術。
スネークはザンジバーランドでその片鱗をはっきりと見た。
もしもスネークがそれを彼から直接習っていたとしたら、積極的に使っていただろうか?
ふと湧いた疑問に、どうだろうな、とスネークは首を振った。
潜入任務は現地調達が当たり前で、使える物はなんだって使うのが基本だ。
きっと使っているだろう、なんて思ったところで、それは意味の無い思考である。
戦場に『もしも』が介入出来る空間は存在無い。
そこには、絶対的な現実が悠然と存在するのみなのだから。
ともかくスネークは元々刃物が余り好きではないし、そのような状況でも知恵を振り絞り、時には力押しで問題無くやってこれた。
それが通用しなくなる位に頭の回転速度や体力が衰えた頃には、既に現役を退いているだろう。
ティアナはスネークの返答に黙り込んでしまい、スバルがそんなティアナの様子に気を掛ける。

「ティア、大丈夫?」
「……ん、なんでもない。スネークさん。ありがとうございます、参考になりました」

ティアナはそう言いながら何度か頭を振ると、再び力強い決意の籠もった瞳を取り戻した。
それに呼応したかのように、戦況ががらりと変わる。
順調に数を減らしていたガジェットの動きが良くなったのだ。
シャマルの声が脳内に響く。

『相手側に召喚士がいる可能性が大きいです、副隊長たちが戻ってくるまで防衛ラインを!』

了解、と威勢良く返事をして飛び出していくスバルとティアナ。
観戦するか、と歩きだすスネークに、シャマルのキツい口調が掛かる。

『スネークさんは危険ですから屋内に戻って下さい!』
「観戦したいんだが、チケットはいくらだ?」
『スネークさんっ!!』
「……ふむ、売り切れか」

了解、とスネークは肩をすくめて返事をし、ホテルの中へと戻っていった。



「ササキー?」
「んー?」

広大なスカリエッティのアジトの掃除に一息ついていたジョニーを呼ぶ声。
ジョニーが顔を上げると、騒がしいセインやウェンディとは違って落ち着いた雰囲気を持つ少女、ディエチがモニターに写っている。
こんなハイテクな機械にも段々と慣れつつある事に、幸せと恐怖が入り混じった不思議な感覚をジョニーは覚える。
ハイテクは好きだが、やはり地球が恋しい。

「ササキ、ドクターが呼んでるよ」
「……嫌だと言っておいてくれ」
「ええっ、それは不味いんじゃ……私も困るよ」

予想もしなかった返答に、戸惑いの色を見せるディエチ。
正直、スカリエッティは苦手だったのでジョニーは行きたくなかった。
それでも駄々を捏ねていると、恐らく怒り狂ったトーレがやってくるだろう。
彼女の刃が自身の身を切り裂く恐怖に身震いする。

「……冗談さ。奴は、何て?」
「確認したい事があるんだって」
「そうか。……はぁ。じゃあちょっと行ってくるよ」

昨日洗い浚い喋ったジョニーに、今更何を確認するというのか?
全く想像もつかないし、それだけに不安も感じる。
ジョニーは憂鬱な気分を腹に押し込めて立ち上がり、スカリエッティの元へと向かった。

「やぁ、ジョニー君」

相変わらず不気味な雰囲気を放つ男、ジェイル・スカリエッティがジョニーを笑顔で迎えた。
こんな奴と話す位だったら、ナンバーズの面々と親睦を深める方が遥かにマシだ。
ジョニーの口調も自然と堅くなる。

「何の用だ? 飯の用意はまだ――」
「――これを見てもらいたい」

ジョニーの言葉を遮ったスカリエッティは、いつも彼の傍にいる女性、ウーノに空間モニターを出現させる。
群れながら飛行を続ける機械兵器がモニターの画面上に映っている。
どうしても笑いを堪えられないのか、スカリエッティは満面に笑みをたたえていて、実に薄気味悪い。

「……こいつは、ガジェット・ドローンだろ? あんたが作った……」
「ああ、その通り」

AIを搭載した機械兵器ガジェット・ドローン。
ジェイル・スカリエッティが制作したそれは画面上で次々と破壊されていく。
戦っているのは、恐らく時空管理局と呼ばれる連中だろう。

「……やられているじゃないか、大丈夫なのか?」
「これにはさほど期待していないよ。……それよりも、見て欲しいものがあるんだ」

スカリエッティの合図に、ウーノが何やら操作を始める。
電子音と共にモニターの画面が変わり、男を映し出す。
ジョニーは目を見開き、顔を驚愕に染めた。

「こ、こいつっ!?」
「最近スクライア司書長の復職に合わせて管理局に保護された、『スネーク』と名乗る男さ。何故こんな所にいるかは不明だがね」

モニターの画面には忘れようもないあの男、ソリッド・スネーク。
シャドーモセスの時とは違ってタキシードを着用していて、バンダナは付けていないし髪も伸びている。
いやはや、本当にリキッドと瓜二つだ。
スカリエッティはジョニーの様子を見て、満足気な表情を浮かべた。

「さぁジョニー君、確認してもらいたい。この男は『シャドーモセスの真実』のソリッド・スネークで間違いないかな?」
「……髪は伸びてるけど間違いない、奴だ。……奴もこっちに来てるなんて」

管理局に保護された『スネーク』が『ソリッド・スネーク』であるという確証を得たスカリエッティは、やはりか、と呟いて笑みを浮かべる。
まるで恋焦がれるかのように、画面上のスネークに視線を向けた。

「……そうか、フフ、それは素晴らしい、フフフ……ウーノ、直接彼を見たい、ちょっと出てくるよ」
「お気を付けて、ドクター」

スカリエッティは、呆然としているジョニーを残して部屋を颯爽と後にした。
生命操作技術云々に固執するスカリエッティと、それによって生み出されたソリッド・スネーク。
どうやら、また面倒な事になりそうだ。
画面越しに写る、力強さが伺えるスネークの瞳は、それに気付いているのだろうか?
腹の痛みと戦いながら、自身の未来をひたすらに案じるジョニーだった。



僅かに残っていた、焦げる臭いが鼻を突く。
スネークはアグスタ近くの森林地帯、先程まで戦闘が続いていた場所に佇んでいた。
勿論、もうオークションは終わったので私服に戻っている。
散乱していたガジェットの残骸も、管理局の手によって回収されている。
それを紛らわせるようにタバコを取り出すスネークに、声が掛かった。

「スネーク!」
「ユーノか。……六課の連中は?」
「既に任務を終えて撤収していった。僕もこれで今日の仕事は終了だ」
「そうか、なら俺達も――」

スネーク、と言葉を遮るユーノに、何だ、とスネークは問い掛ける。

「……ちょっと、散歩しないかい?」



喧騒なミッド中心街を抜けて、外れの小さな公園に辿り着く。
ブランコと鉄棒、そしておまけ程度にベンチがあるだけだが、静かで落ち着いた雰囲気にスネークは好感を持った。
散歩している間は一言も言葉を発しなかったユーノが夕焼け空を仰ぐ。

「……こんな風にミッドを散歩するなんて、もう無いだろうと思ってたよ」
「おまけに、もう会う事も無いと思っていたなのはと再会、恋仲になった訳か」

軽い口調のスネークだが、ユーノの顔は真剣そのものだ。

「さっきなのはから聞いたよ。……帰る日が決まったんだって?」
「ああ、三日後だ」
「じゃあ、君とこうして散歩して話すのもこれで最後か」

ユーノは、そうだな、と微かに呟くスネークをしっかりと見据える。
一度深呼吸すると、噛み締めるように話し始めた。

「僕は君に感謝している。君のおかげで僕は新しい生き方を見つけられた。自分自身と向き合う勇気を持てた」
「……俺は少しアドバイスしただけだ。結局、何事も決断を決めるのは自分なんだからな」
「それでも。……それでも、君は僕の恩人で、かけがえのない仲間で――大事な親友だ」

これまでも、そしてこれからも。
ユーノがそう言って差し出してきた手を、スネークは無言で握り締める。
奇妙な感覚だった。
若者の手の暖かさと、そしてそれを感じる事が出来る自分がいる事が信じられなかった。
しばらくしてユーノは名残惜しそうにその手を離すと、寂しそうに微笑む。

「僕も精一杯頑張っていくよ。旅をしていた時と違って、ホワイトカラー(頭脳労働者)だけどね」
「俺は相変わらずブルーカラー(肉体労働者)のままだな」
「……君に頭脳労働は似合わないだろうしね」

笑い合い、スネークはタバコを取り出して火を付ける。
夕焼け空に、吐き出された紫煙が溶けていく。
スネークが今まで吸った中で、一番美味く感じた。

「いや、違うよ」

しかし。
スネークでもユーノでもない男の声に、そんな穏やかな空間は破壊された。

「君は根っからのグリーンカラー(戦争生活者)だ。ソリッド・スネーク君」

スネーク達の元に、白衣の男が歩み寄ってくる。
肩まで届く紫の髪に、狂気を含ませた表情。

(俺を、知っている?)

男の瞳からは戦意を感じられないものの、浮かべている薄ら笑いが嫌悪感を駆り立てた。
明らかに管理局員ではない。
鳥肌が立ち、全身の細胞が危険信号を放っていてその男が敵だと警戒している。
ユーノが驚愕を含ませた、今まで見たこともない形相で男に叫ぶ。

「お前はっ……ジェイル・スカリエッティ!?」
「やぁ、スクライア司書長、君とも初めまして……かな?」

訳が分からない。
スカリエッティを睨むユーノに、スネークは念話を飛ばす。

『ユーノ、奴は一体?』
『……例のレリックを集めている主犯格の男だよ』
「そう警戒しないで欲しいなぁ、私は戦いに来た訳じゃないんだ。スネーク君、君に会いに来たんだよ」
「……何」

スカリエッティは口の端を吊り上げる。
スネークはタバコを吐き捨ててM9を構え、その薄気味悪い笑顔を睨み付けた。

「フフフ、君は、グリーンカラーだ。戦いが君を生かしているし、君自身、誰よりも戦いを愛していている。心の中では戦いを望んでいるんだよ」
「……知ったような口を聞くな」
「事実だろう?」

そう怒らないでくれ、と言ってスカリエッティはスネークに近寄る。
スネークの瞳をじっくりと覗き込んで、笑い声を上げる。
警戒心か、嫌悪感か、ともかくスネークは一歩後ずさった。

「……ククク、君は素晴らしい、素晴らしいよスネーク君、最高だっ」

スネークは確信した。
この男、スカリエッティは狂っている。
何を言っても無駄だ。
ユーノは六課に連絡をしたようで、すぐに応援が駆け付けてくるだろう。
スネークは身構えているユーノをチラリと見てからM9の引き金を引こうとして、スカリエッティの言葉に硬直する。

「オリジナルである父親、そしてたった一人の兄弟を殺していながら、君の瞳は力強い光を放っている! 実に素晴らしいっ!」
「――なっ!?」

時が止まった。
この男は、管理局に保護された次元漂流者の『スネーク』ではなく、『ソリッド・スネーク』を知っていた。
ユーノが困惑した表情を浮かべてスネークに目をやる。
スネークも動揺を隠し切れずに、スカリエッティへと怒鳴った。

「貴様、何故俺の事を!?」
「代用品として産み出され、オリジナルを超えた……ハハ、科学者として興味を持たせられるよ。プロジェクトFよりも何年も前の技術で生まれたとは思えない完成品だ!」
「答えろっ! 何故知っている!?」
「……スネーク君、君は『青いバラ』だ。不可能を可能にする男。自然界には存在しない、人工的に作られた蛇……」
「ぐっ……」
「フフフ、さっきも言った通り、今日は会いに来ただけさ。いやぁ、予想以上に素晴らしいものが見れて良かったよ」

スカリエッティの足元に魔法陣が形成される。

「転移魔法だっ!」

ユーノが我に返って叫ぶと同時にM9の引き金を引くが、スカリエッティは腕を振るって弾き、平然とスネークに笑い掛けた。
魔法陣の放つ光が増していく。

「悪魔の兵器を一人で倒す程の実力に興味があるんだ。出来れば君の故郷、地球だったか、そこにはまだ帰らないでもらいたいなぁ、こちらが出向くには手間が掛かるしね」
「――スカリエッティ!!」

バリアジャケットを身に纏った六課の隊長二人が、スネーク達とスカリエッティの間に飛び込んでくる。
だがスカリエッティには、意に介する様子はない。

「フフフ、それでは。スネーク君、君は運命からは逃れられないよ。……また会おうっ!」

スカリエッティは不気味な高笑いを残して光に包まれ、姿を消す。
フェイトが声を荒げた。

「シャーリー、追跡を!」

スネークは苦虫を噛み潰したような表情と共にクソ、と毒づく。
正直、何が何だか分からない。
何故奴は自分の事を知っているのか?
リキッドやビッグボスの事を知っているのか?
そして何よりも、『運命からは逃れられない』という言葉が、スネークの胸に突き刺さった。
――ふざけるな。
それは戦いの中で生きるしか無い運命と、ビッグボスに縛られ続ける運命、どちらの意味なのか。
両方かもしれない、とスネークは拳を握り締める。
公園内は何事も無かったかのように落ち着きを取り戻していた。
フェイトがスネークに駆け寄る。

「スネークさんっ大丈夫ですか!?」
「問題無い。……大丈夫。大丈夫だ」

目蓋を閉じて呼吸を整えると、自然に気持ちも落ち着いてきた。
ふと横を見れば、なのはも心配そうな表情を露にしてユーノの傍にいる。
反応ロスト、という言葉がなのはの目の前のモニターから微かに聞こえてくる。
フェイトが複雑な表情の元、溜め息を吐いた。

「……なのは、とりあえず戻ろう。スネークさん、はやてが話を聞きたいそうですから、部隊長室までお願いします。ユーノもお願い」

ジェイル・スカリエッティという名前がスネークの脳内に深く刻み込まれる。
奴の高笑い。
青いバラだと言い放った事。
スカリエッティの全ての言動に対して、スネークは舌を打つ。
それは、新たな戦いの始まりの合図でもあった。

機動六課、部隊長室。
外はもう夜の闇に包まれて真っ暗になっている。
そろそろ涼しかった夜も夏の熱気が近づいてきて暑苦しくなるだろうが、部隊長室を包んでいるのは緊張感。
先程のスカリエッティとの出来事についてユーノから詳しく聞いたはやてが、スネークにゆっくりと問い掛けた。

「スネークさん。……あなたの事を、教えて戴けませんか?」

そう、ここにいる隊長陣、そしてユーノもそれを聞きたがっているのだろう。
スネークの出自について。
現在に至るまでの経緯について。
スカリエッティが言い放った、スネークは自身の父親と兄弟を殺した、という言葉について。
スネークもこの部屋に来るまでに覚悟していた事だったから、すんなりと話し始める事が出来た。
スネークは全ての記憶、経験を掘り起こし、ゆっくりと一つずつ話していく。
二十世紀最強の兵士、ビッグボス。
彼を複製するための計画、自分を産み出した『恐るべき子供達計画』。
兵士達の天国、武装要塞アウターヘブン。
地球上のあらゆる地点からの核攻撃を可能にした悪魔の兵器、メタルギア。
父親だと知らずにビッグボスと対峙して、彼を殺害した事。
二度の戦いでPTSD(心的外傷後ストレス障害)に掛かり、隠遁生活――現実社会から逃げ出していた事。
容赦無く寒風が吹き荒れるシャドーモセスで行われていた、新型メタルギア、REXの開発。
自由を求めて全世界を敵に回す事を決意した、『恐るべき子供達計画』によって産み出された兄弟リキッド・スネークとの戦い。

全てを話し終えた時、部屋にいる者は皆辛い表情に包まれ、言葉を失っていた。
確かに、こんなに非人道的で非現実的な話を聞かされたら絶句するのも頷ける。

「地球でもそんな、酷い事をっ……」
「……奴の言う通り、俺は父親と兄弟を殺した。……俺の人生で、一番のトラウマだ」
「それは、スネークさんに責任は――!」
「――いや。俺が一生背負っていかなければならない事だ」

辛い記憶に顔をしかめる。
なんとも気まずく居辛い雰囲気になってしまった事にスネークは少し後悔して、無理矢理に話を進めた。

「……で、だ。奴は――ジェイル・スカリエッティは俺に異常な執着心を見せていた。……奴について教えてくれ」

スカリエッティの狂気を滲ませた笑い顔を思い出して顔を歪めながらもスネークは問う。
黙りこくった四人の中、はやてがその問いに答えた。

「……科学者ジェイル・スカリエッティ。生命操作や生体改造に異常な情熱を持った次元犯罪者です」
「生命操作、だと?」
「人間の体に機械を埋め込めるよう調整して強力な兵士を作る戦闘機人や、外科的な介入によって後天的に能力を付与させて作り出す人造魔導士……です」
「……奴が言っていたプロジェクトF、というのも?」
「それは……」

口籠もるはやてに、神妙な面持ちでフェイトが乗り出してくる。
なのはが心配そうに彼女を見つめた。

「……フェイトちゃん」
「なのは、大丈夫。……スネークさん、プロジェクトFは……オリジナルの記憶を持たせたクローンを生み出す技術、です」
「! ……人間の完全複製、か。……奴は人間を、知的探求心を満たす為のおもちゃにでも考えているのか」

対象の能力、風貌を引き継がせて生み出されるクローンではない。
対象の情報をそのまま全て写し、まるで設計図通りに作られたプラモデルのように完全複製する計画。
スネークはますますスカリエッティに対する嫌悪感を募らせた。
人間の命は尊いものだ。
研究の為に弄ぶようなものではない。
倫理感を失った科学者こそが本物の悪魔かもしれないな、と毒を吐く。
フェイトが辛そうに、絞り出すかのように話を続けた。

「……私も、そしてエリオもプロジェクトFによって生み出された存在なんです。オリジナルの代理とさせる為に」
「何だって……!?」

今度こそスネークは飛び上がりそうな程に驚愕した。
二十歳にも満たない女性がそんな事実を毅然と受け止めている事が信じられなくて、スネークは茫然とする。
スネーク自身、自分がクローンだと聞かせられた時には、怒り狂うリキッドに何も言えずに動揺しきっていた。

「……エリオも、それを知って?」

はい、と頷くフェイトに、スネークは頭を抱える。
十歳程度の少年もがそれを抱えて生きている事に何とも言えない感情に襲われ、自然に口が動く。

「君達は、強いな」
「いえ。……エリオも私も、周りの皆が支えてくれたからこうしていられるんです。だからこそ、スカリエッティを止めなければ……!」
「スネークさんは、気にしないで地球に戻って下さい。スカリエッティは、私ら六課が必ず捕まえてみせます」

改めて決意を表明するはやてに、スネークは首を振った。

「いや。俺も……俺も、奴と戦う」
「スネークさん!?」

スネークの予想外の言葉に虚を突かれたはやてが非難の声を上げる。
当然だろう、魔力を持たない一兵士が戦線に加わる事を認めるなんておかしい事だと、スネーク自身そう思う。
だが、引き下がれない。
引き下がる訳にはいかない。

「……奴は、絶対に止めなければならない。このままでは帰れない」
「危険です!」
「そんな事は百も承知だ。今まで危険ではない任務なんて無かった」

ぐぅ、とはやてが唸ると同時に、今まで口を開く事が無かったユーノがおもむろに声を上げた。
その瞳はスネークをしっかり捉えている。

「……スネーク。奴は君を、戦いを望む人間だと言った。君の選択は、それを認める事になるんじゃないのかい?」

キツい言葉がユーノの口から飛び出るが、スネークの意志は変わらない。
それを認めるつもりも無い。
ユーノから視線を逸らさずに、スネークは言い放つ。

「いや、違う。俺は生きる為に、生の充足を得る為に戦うんじゃない」
「ふむ。じゃあ、何の為に?」

ユーノがまるで生徒に質問を投げ掛ける教師のようで、少し滑稽に思えた。
僅かに苦笑して、すぐに顔を引き締める。

「……俺の親友がこう言った。『俺達は、政府や誰かの道具じゃない。……戦う事でしか自分を表現出来なかったが――いつも、自分の意志で戦ってきた』」

それはグレイ・フォックスがREXの足の下で、死の間際に言い放った言葉。
どんな言葉よりも深く、スネークの体に染み込んだ言葉である。

「俺は、この言葉に忠実に戦う。これは誰の強制でもない、俺の意思で選び取る戦いだ。……奴を放ってはおけない!」

はっきりと、そう伝える。
ユーノは腕を組んでしばらく熟考すると、出し抜けに笑った。
そして、そのままスネークを見据える。

「成る程。……なら、僕も最大限協力させてもらうよ」
「ユーノ君っ!?」

女性陣が驚きの声を上げる。
はやてがユーノに詰め寄った。

「ユーノ君も止めてくれなアカンのにっ!」
「はやて、スネークの決意は固い。止めても無駄だよ」
「それでも! 魔力も持たない人が――」
「――そう、スネークは魔力を持たない。つまり彼はAMFに関係なく戦える。はやてだってシグナムさんから、スネークの実力を聞いただろう?」

うぅ、と口籠もるはやて。
この辺はさすがというべきか、ユーノはズバズバと言い返し、逆に黙らせる事に成功している。
口が回る男は頼れるな、とスネークは感心する。
観念した、と言わんばかりにはやてが両腕を上げた。

「……はぁ。分かりました、認めます。……ユーノ君もスネークさんも、意外としつこい所があるんやね……」
「蛇だからな」
「はは……じゃあ、スネークの地球への帰還は民間協力者という事で延期。ああそうだ、スネークの装備の許可も取ってこなくちゃね!」
「あ、ああ。そうだなユーノ、頼む。」

どこか上機嫌にも見えるユーノは、忙しくなるぞぉ、と気合いを入れている。
たじろいでいるスネークを見て、柔らかい微笑みを浮かべたなのはが、こっそりと耳打ちをしてくる。

(ユーノ君、スネークさんとお別れするのを誰よりも寂しがっていたんですよ)
(……どうせなら美人な女性に寂しがって欲しかったな。君みたいな)
(……フフ。照れてるスネークさんを見るの、初めてです)

スネークは照れ臭さを誤魔化すように言うが、フェイトもなのはもスネークの気持ちを察しているのかクスクスと笑っていて、どうにも落ち着かない。
何はともあれ、新たな世界での、新たな敵。
ジェイル・スカリエッティとの戦いが、始まる。


おまけ

機動六課部隊長での会議の後。
ユーノがふとスネークに目をやり、そのままジロジロと眺めていた。
しばらくはそれを耐えたスネークだったが、我慢できずに遂にユーノに顔を向ける。

「……さっきから何だ」
「スネーク。……君、随分と髪の毛伸びたねぇ」
「……む」

ユーノが手鏡をどこからか取出してスネークに手渡す。
成る程、確かにシャドーモセス潜入直前に切った筈の髪の毛はすっかり伸びている。
肩まで悠々届いた髪の毛を見て、改めてリキッドと瓜二つである事を自覚させた。
前髪に欝陶しさを感じ、掻き上げる。
――ふと、疑問。
シャドーモセスで、リキッドはマスター・ミラーに変装して、スネークを欺いていた。

「なのは達は知らないだろうけど、スネークと初めて会った時は短髪だったんだ。……スネーク、軽く切ったら?」
「……ユーノ。サングラスと髪止め用のゴム持ってるか?」
「え? 一応、あるけど。……はい」

何故持っているのかは敢えて突っ込まなかったが、有り難く受け取る事にする。
髪を纏め、後ろで一つに結い。
そして、サングラスを掛ければ完成だ。
手鏡を見ながら、明るい声になるように努めて声を出す。

「スネーク、マクドネル・ミラーだ! 懐かしいなぁ!」

ユーノ含め、部屋に居た人間は皆硬直。
この男は何をやっているのだろう、と。
ユーノはずれた眼鏡を押し戻し、その場を代表しててスネークに呆れた視線を向けた。

「……君、何やってるの?」
「……何でも無い。鋏を貸してくれ、切る」

スネークは素早くサングラスを外してゴムを取る。
髪の色こそ違うが、予想以上に外見もマスター・ミラーとそっくりだったのだ。

(……マスター、あんたには同情するよ)

記憶の彼方に残る、世話になったマクドネル・ベネディクト・ミラーはもうこの世にいない。
スネークは少しだけその鬼教官を懐かしんだ。



[6504] 第十話「憧憬」
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2009/02/19 18:47

「ティアナ・ランスターは凡人である」

誰も口には出さないが、それは誰よりもティアナ自身が自覚している事だった。
初出動も特に失敗した訳ではないが、取り分け成功した訳でもない。
日々の過酷な基礎訓練を続けていても、実力を得た実感は持てなかった。
このままでは、周りの優秀な仲間達をぼんやりと眺めながら一人取り残される。
このままでは、兄が叶えられなかった夢を代わりに遂げる事が出来なくなる。
ティアナがそんな劣等感や焦燥を強く感じ始めた頃、その人はやってきた。
高町隊長と八神部隊長の出身世界から迷い込んできた人。
魔力を持たず、素性もよく分からないのに、信用しても良いと思ってしまう不思議な人。
バンダナの下に伺える精悍な目付きが印象的な人。
自分には無い、信じるに値する「何か」を持つ人。
自分と同じ射撃型でありながら、シグナム副隊長に果敢にも接近戦を挑み、その実力を認めさせた人。
その人の名前は、ソリッド・スネーク。

第十話「憧憬」

ティアナはゆっくりと自分に向かってくる拳を、体を捻らせて回避する。
それに合わせ、スバル目がけて確かめるようにゆっくりと腕を振るい、銃口を向ける。
録画映像をスローモーション再生させたようなそれがしばらくの間続いた所で、ティアナが声を上げた。

「よし。……スバル、お願い」

了解、とスバルが威勢の良い返事をして構える。
全く同じような動きで、それでいて先程とは比べ物にならない速さで拳を繰り出すスバル。
空気を切り裂くそれは、正に閃光。
耳の中を、風が生み出す轟音が突き抜ける。
体を思い切り捻らせてなんとか回避するティアナだが、体勢を崩した所為でその後が続かない。
バランスを失って尻餅を付いてしまう。

「ご、ごめんティア!」
「い、つつ……大丈夫。……あれを避けられないんじゃ実戦で通用しないわね」

今の自分では避けるので精一杯だった。
歪みそうになる顔を必死に押さえつつ立ち上がり、時計を確認。

「……そろそろ早朝訓練か、この辺にしときましょ」
「うん! 今日も頑張ろーねっ!」

快活な返事と共に、大きく伸びをするスバルを見てティアナはポツリと呟く。

「……悪いわね、付き合わせちゃって」

現状戦力に不安を抱き、それを解消して行動の選択肢を増やす為の特訓。
自分のわがままに付き合ってもらっているのは有り難いがやはり、申し訳ないとも思ってしまう。
輝く朝日と対照的な暗い表情のティアナに、スバルが満面の笑みを振りまく。

「いいの! ティアは戦力アップで、私とのコンビネーションも増える。一石二鳥だよっ!」
「……ん、ありがと」

眩しい笑顔のスバルに、本当に良い友人を持ったな、とティアナは悟られぬよう微笑んだ。
思えばルームメイト兼コンビとして初めて会った時も、無愛想な自分と仲良くなろうとスバルは必死に声を掛け続けていた。
あれから、スバルは生まれ持った素質をどんどん伸ばして強くなっている。
それに比べたら自分はどれほど強くなったのだろうか、とティアナは自問した。
そして、芳しくない答えを自答。
急速に暗くなっていく思考を無理矢理中断させる。
今の自分は前進あるのみなのだ。
亡き兄の想いを引き継ぐ為に。

「自主訓練か?」

ふとティアナ達に掛かる、男性特有の低い声。
それは、ソリッド・スネークの声だった。
本当ならもうすぐ元々の世界に帰る筈なのだが、スカリエッティと対峙して何を思ったか六課の活動に協力するらしい。
詳しい素性を知っている隊長陣曰く、地球の傭兵で潜入任務のプロ。
五十頭のハスキー犬を家族にもっているらしい。
クールで、正に大人といった雰囲気を持つのに、部隊長は変質者と言っていたのが気になる所。
アグスタ然り、どこにでも現れるその様は神出鬼没の一言に尽きる。
おはよーございまーす、と元気な挨拶を返すスバルにティアナも続いた。

「おはようございます、スネークさん、接近戦の訓練をしていました。……スネークさんは何を?」

ほんのりと汗をかいているスネークは一言、日課だ、と返した。
体をベストコンディションに保つ為なのだろうか、がっしりとした、逞しい体付きがその成果を証明していた。

「接近戦? 君の役割は確か……射撃による後方支援と戦術展開じゃなかったか?」
「もっと行動の選択肢を増やそうと思いまして。……今やっている基礎訓練では中距離からの射撃ばかりですから」
「……射撃で行き詰まった時の為に?」

射撃と幻術しか出来ないから駄目なんだ。
それが通用しなくなった時、何も出来なくなる。
そんなティアナの思いは、スネークにあっさりと見抜かれた。
スネークが鼻を鳴らす。

「確かに君の所に敵が来ないとは限らない。それどころか、孤立無援の状態で複数に囲まれる事だってあるだろうな」

接近における戦いを視野に入れる事も重要だ、と。

「だが、付け焼き刃の訓練が実戦で通用するとも思えない。だからなのはも基礎訓練を続けているんじゃないのか?」
「それは……」
「焦らずとも、君の『武器』をじっくり磨いていけば良いと思うがね」
「でもっ! ……でも、じっくりなんてしていられないんです。私は凡人、ですので」

ゆっくり傍観していたのでは、本当に皆から取り残される。
凡人がエリート達を追い越すのは無理かもしれない。
しかし死ぬ気で努力すれば、少なくとも肩を並べて歩く事は出来る。
ティアナはそう信じていた。
この男性も、分類してしまえばティアナとは無縁の世界に生きる人間。
結局、非才の人間の気持ちなど、天才の人々には分からないのだ。
スネークが間髪入れず、重い表情と共に口を開く。

「戦場に凡人はいない」
「……え……?」
「戦場は自分の考えを貫く為に武器を持つ場所だ。ヒーローもヒロインもいない。エリートも凡人も存在しない」

スネークの鋭い目付きが容赦無くティアナを射抜く。
気押されてしまい、気付けば一歩後退していた。

「君は劣等感だか自己嫌悪だかを解消する為にここにいるのか? ……下らん考えは捨てろ、甘えるな」
「っ……!!」

何時以来だろう、これ程迄の怒りを覚えたのは。
目の前が真っ赤に染まり、心臓の鼓動が活発化する。
ティアナはそれを隠そうともせずに、スネークへ睨み返した。


(あなたに、何が分かる!?)

ティアナは内心で叫び声を上げた。
誰よりも尊敬していた兄が殉職した際に、「犬死にランスター」と嘲笑した連中。
この感情は、彼らに抱いたのと同じ感情だ。
この男、ソリッド・スネークも何も知らないのに、偉そうな事を言っている。
ふざけるな。
馬鹿にするな。
貴方に何が分かる。
そんな、様々な言葉がティアナの中を駆け巡り、消化されないまま腹の中に溜まっていく。
ティアナは荒い息を必死に抑え付け、スネークから顔を背けた。

「……失礼、しますっ……!」
「あ、ティア、待って! スネークさん、あの、その、ごめんなさい!」

我に返ったスバルが慌てた声を上げ、歩き始めたティアナを追う。
ランスターの弾丸に撃ち抜けない敵はいない。
その言葉を、自分の実力を証明してみせる。
ティアナはその決意を新たに、隊長達の待つ集合場所へと歩いていった。



「それでは、ミッションスタート!」

機動六課の訓練場、仮想廃都市。
なのはの威勢の良い掛け声と共に、八機のガジェット型が活動を開始した。
それらは目の前の敵を即座に認識して戦闘モードに移行すると、青掛かった光線を放つ。
スネークは即座に跳躍して完璧な側転を披露し、瓦礫の陰に飛び込んだ。
スネークの隠れる瓦礫を襲う猛射の嵐。
空気が切り裂かれ、衝撃の強さが瓦礫越しに伝わる。
初っ端から容赦が無いな、とスネークは眉をひそめる。
ここでじっとしていてもやられるだけだろう。
スネークはFAMASと呼ばれるアサルトライフルの弾倉が装填されている事を確認すると、チャフグレネードのピンを抜いた。
無数の金属片をばらまいてレーダーを撹乱させるそれをガジェットの群れに投げ付け――数秒の後、爆発。
スネークは別の隠れ場所に向かって飛び出しつつ、混乱してダンスを踊るかのように動き回るガジェット達にFAMASの弾丸を叩き込んだ。

そのアサルトライフルはブルパップ式と呼ばれる仕様を採用している。
通常のアサルトライフルは弾倉をセットする機関部を引き金とグリップの前方に付けているのだが、それを後方に付ける事で銃の全長を縮め、取り回しがより効くようにするのだ。
その機構はスネークの肩に大きな反動を残す短所も抱えているが、同時にFAMASが放つ渇いた音はガジェットを正確に打ち抜いて爆発音を響かせる。
初めて手にした時は反動の大きさに慣れず使い辛さを感じたものだが、「慣れ」に助けられた。
今ではその反動が頼もしく思える程まで使いこなしている。
スネークが廃ビルの中へと駈け込んだと同時に、チャフの効果が切れたのかガジェット達が見失ったスネークを再び探し始めた。
スネークは一息入れながら空になった弾倉を取り替える。
ああ、タバコが吸いたい。
訓練の時は吸ってはいけない、等となのはは一方的な言葉をスネークに浴びせると、そのままライターを奪ってしまったのだ。
迫力があったその姿を思い出し、意外と尻にしかれるのだろうな、とユーノに僅かだが同情する。
緊迫した状況の中、どっしりと構えながら吸うタバコ。
紫煙が肺を満たし、それをゆっくりと吐き出す瞬間。
実に、素晴らしい。
それを思い浮べるとやはり口が淋しくなってしまい、遂にスネークは火の点いていないタバコをくわえてしまう。
もうすっかりニコチン中毒だ。
俺が死ぬ時はタバコの箱を大事に抱えているに違いないな、と苦笑を漏らす。

『スネークさん、後四機ですよ。頑張って下さい』
『了解』

残り半分か。
スネークはなのはの念話に一言返事を返して、ガジェットの群れを隙間から覗く。
さっさと終わらせてタバコを吸う事にしよう、とスネークは決意した。
空の弾倉を掴むと、スネークがいる廃ビルとは反対の方向へそれを思い切り投擲。
からん、という音にガジェットが一斉に振り向く。
ガジェット達の真上に感嘆符が見えた気がしたが、とにかくスネークに背中を曝け出す形となった。
スネークはニヤッと笑うとすかさず飛び出し、そのチャンスを一秒も無駄にする事無くガジェット達にFAMASの銃弾を叩き込んだ。
辺り一帯に走る爆発の光。
ガジェットの最後の哀れな一機も、仲間がやられながらもスネークに一矢報いようと藻掻くが、数瞬後には鉄クズと化していた。
ガジェットの残骸が煙を上げ、同時に様子を見ていたなのはが降りてくる。

「お疲れ様です、スネークさん」
「ああ。……悪いな、そっちの時間を割かせて」
「いえ、全然大丈夫ですよ。……それより、なかなか良い感じじゃないですか? 全機破壊までもっと時間が掛かると思ってました」
「……いや、はっきり良いとも言えない」

言葉を濁すスネークの様子を感じ取ったのか、なのはもやんわりと口を開く。

「まぁ、空戦が不利なのは否めないですけど……」

その通りである。
そもそもスネークは空を飛べやしないし、スバルやティアナのような面白い移動手段も持ち合わせてはいない。
FAMASの5.56ミリ弾丸も小型のガジェット型だから打ち抜けるものの、大型の型には辛いものがあるだろう。
ガジェットのAIがより賢くなっていけば、先程の戦闘のように都合良く事が運ばなくなっていく事態も容易に予想出来る。

「……スティンガーの許可が下りればな」

破壊力がダントツに高い地対空ミサイルのスティンガーに、上層部は顔を渋くさせたのだ。
許可があれば使えるとは言っても、やはり「比較的クリーンで安全な魔法文化」を推奨している世界なら仕方ないのかもしれない。
ちなみに、爆発と同時に直径1.2ミリの鋼鉄球を700個、60度の角度で撒き散らすクレイモア地雷も、余りにえげつない兵器で非人道的だという事で許可は下りなかった。
クレイモアはともかく、スティンガーに関してはなんとかして欲しいものである。
その攻撃力の高さは武装ヘリを落とし、悪魔の兵器メタルギアREXを破壊し、時には気高いカラスをも撃ち落とせる程頼れる兵器なのだ。
ジトリ、と冗談味を混じらせた非難の視線を投げ掛けると、なのはが慌てた様子で手を振ってみせた。

「わ、私にそれを言われましてもっ!? それに、ユーノ君だってまだ頑張って上層部へ掛け合ってくれてるんですから……」

彼女の言っている事も確かである。
義憤に駆られて立ち上がった民間協力者、等と言った所で無限書庫司書長という立場のユーノがいなかったら、スティンガーどころか拳銃さえ握っていられなかっただろう。

「冗談だ、あいつにも感謝はしている」
「そうですよ。ユーノ君、やる気満々なんだけど、凄く忙しそうですし。……疲れが溜まってないと良いんですけど」

少しばかり表情に影が差すなのはに、スネークはニヤリと不適に笑った。
その瞳は、新しいおもちゃを手に入れた子供のそれで。
――髭を撫で、それはもうわざとらしく嘆きの声を上げる。

「ああ、本当に申し訳無く思うよ。君達の貴重な、いちゃつく時間を割かせているのだからな」

魔法の言葉、とはよく言ったものだ。
凛々しさと強さを兼揃えた不屈のエースが、十九歳の少女へと戻る。
熟れた林檎のように、なのはの顔は真っ赤に染まった。

「な、ななな、何言ってるんですか! からかわないで下さいっ!」
「ハハ、照れる事は無い。甘くとろけるような恋も良いじゃないか?」
「あ、あうぅ……あ、ほ、ほら! 次はスターズの二人との模擬戦ですからっ!」

ほらほら、と赤い顔のままスネークの背中を押すなのは。
誤魔化すのは下手らしい。
なのはは大きく咳払いをすると、頬に赤みを残しつつも隊長の風格を取り戻し、スバルとティアナを呼ぶ。
スネークは意気揚揚と廃ビルから降りてくるティアナと擦れ違い様に目が合った。
それは敵意か憎悪か、強がりか。
ともかく良い感情ではないそれに睨まれ、随分と嫌われたものだな、と残念に思った。
五年待てばなかなかの美人になりそうなのだが。
なのはとの模擬戦で、スネークが否定した接近戦に挑むつもりなのだろうか?
胸をよぎる悪寒を気にしない事にして、スネークは観客席へゆっくりと歩み始めた。
スネークが目の当たりにした模擬戦は余りになおざりな物だった。
本来の役割を放棄したティアナはスバルを囮になのはに接近戦を挑むが、素手で受け止められ。
部下の異常な行動に、年相応の明るく優しい笑顔を持っていたなのはも当惑や悲痛、怒りを入り混ぜた暗い表情を浮かべる。
もう誰も失いたくないから、もう誰も傷つけたくないから――
――強くなりたい。
そう言って感情を爆発させたティアナは、失意に沈むなのはにあっさりと撃ち落とされた。

匍匐体勢。
スネークはゆっくりと息を吐いて、狙撃銃PSG-1のスコープを覗いた。
スコープ内の十字線の中央が、スネークのいる場所から数百メートル程離れた所を捉える。
夕焼けの中でも、スネークがマーキングした黒点ははっきりと見えていた。
スネークは僅かな手ブレすらも許さずに引き金を引くが、弾丸の着弾点は黒点から大きく右に逸れる。
思わずこぼれる溜め息。
やはり管理局に預けられている際に、誰かがスコープを弄ったらしい。
せっかく狙撃の達人が直接調整していた代物なのにだ。
くそったれ、と悪態をつきながら目測での調整・試射を地道に繰り返す。
ようやく黒点に寸分違わず命中し、強張った筋肉をほぐそうと立ち上がったスネークに声が掛かった。

「スネークさん!」

振り返れば、何かが弧を描いて飛来してくる。
反射的にそれを掴むと、手慣れた感触。
声の主、なのはが薄く笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。

「ライター、まだ返してませんでした」
「……そうだったな」

先程の出来事からすっかり失念していた。
ライターの腹を撫でながら懐からタバコを取り出し、火を点ける。

「……狙撃銃の調整、大変そうですね」
「気温や気圧の違いですら誤差が生じるからな」

だからそもそも照準がずれていたら話にならん、と付け加える。
だが、難しい調整でもスネークにとっては重要な武器であることに違いはない。

「こいつは俺にとって、君達で言う長距離砲撃に当たる。……念入りにやらないといけない」

そうですか、と微笑むなのは。

「……それで、俺に何の用だ? ライターだけじゃないだろう」

切り出すスネークに、俯いて口を閉ざすなのは。
流れる、沈黙。
それはしばらくの間続き、ようやくなのはが口を開いた。

「私の教導は間違っていたんでしょうか……?」
「……ティアナか」

やはり模擬戦での出来事を引っ張っているようだ。
気持ち良く一服した所で携帯灰皿に吸い殻を押し込める。
なのはは普段では見れない沈痛な表情で頷いた。

「……はい。色々と悩んでいたのは知っていたのに、もっとティアナの心に関して気に掛けて上げれば……」
「心・技・体。この中で教える事が出来るのは技術だけだ。精神に関しては自分で習得するしかない」
いつの時代も、どの世界でも、それは変わらない。
なのはの顔が歪んだ。

「じゃあ、私は技術だけを伝えろとっ……!?」

詰め寄るなのはに首を振る。
技術も大切だが、最も大事なのは精神だ。
心と体は密接に繋がっている。
精神を教える事は出来ないが――

「――それでも、きっかけは与える事は出来る」
「きっ、かけ……?」

精神を構築させていく為のきっかけ。
スネークのその言葉に、なのはは口を閉ざす。

「ティアナは自分の事を凡人だと言っていた。……色々と、周りには相談出来なかったのだろう」

彼女は卑屈になり、それによって何もかも見失っていた。
スネークの予測になのはが申し訳なさそうに唸る。
そう意識させないように努めていたのだが、と。

「新米兵士にとって上官はやはり、特別な存在だ。過ちのきっかけを与えないように腹を割って話し合う事だな」
「……そうですよね。……そんな当たり前の事すら今まで私は――」

落ち込むなのはに、スネークは手を突き出して言葉を遮った。
全く以て、世話が焼ける。

「後悔するよりも反省する事だ。後悔し続けた所で、それは何も生み出しはしない」
「……! ……はい、分かりました。ティアナが目を覚ましたら、ちゃんとお話します」

エースオブエースの顔に明るさが甦ってくる。
――まるでカウンセラーだ。
スネークは自身をそう感じた。
勿論今までそんな経験は無いし、むしろ苦手分野だと思っていたのだが何時の間にか、皮肉にもそれ紛いの事をしている。
ありがとうございました、と頭を下げて立ち去るなのはを一瞥し、スネークは再びタバコを取り出した。


「……それで君か、ティアナ」

機動六課のロビー。
スネークが携帯灰皿を満腹にさせる位にタバコを楽しんだ頃、ティアナが目の前に現れた。
溜め息と共に目蓋を揉む。
ここの連中はもしかしたら俺の事を相談員か何かと誤解しているんじゃないのか?
そんな切ない疑問をスネークが抱こうとして、物凄い勢いでティアナが頭を下げる。

「申し訳ありませんでしたっ!」

続いてロビー中に響く謝罪の言葉。
至近距離での突然の爆音に、スネークの耳が悲鳴を上げた。
思わずタバコを取り落としそうになって、なんとかそれを堪える。

「……今まで失礼な態度をとってしまって、本当にすいませんでしたっ!」
「なのはと話し合ったのか」

顔を上げて頷くティアナ。
赤らんだ瞳、それでいてどこか吹っ切れた様子。
なのはは上手くやれたようだ。

「……スネークさんの、言った通りでした」
「……基礎をじっくりとやる、なのはの教導の意味か?」
「そ、それもあるんですけどっ……その、『劣等感と自己嫌悪を解消するためここにいるのか』って」

スネークは甘えるな、と喝を入れた日を思い出す。
ティアナは俯き加減に話し始めた。
管理局員だったティアナの兄、ティーダ・ランスターの事。
殉職した兄の夢を継ぐ為。
そして、ランスターは負け犬ではないと証明する為に、ティアナも局員になった事。

「思い返せば私、勝手に周りと才能を比べて勝手に落ち込んだりムキになって……本当にスネークさんの言っている通りだったと思います」
「……それで? 今はどうなんだ?」

シャドーモセスでオタコン達がそう問いかけてきた時のように穏やかな声で、今度はスネークが問う。

「執務官になるっていうのはやっぱり、私にとって意地とかちょっとした憧れじゃない、ちゃんとした夢です!」

ここ最近見られなかった晴れやかな表情を浮かべて決意表明するティアナ。
そうか、と微笑む。
やはり美人には笑顔が良く似合うな、とスネークは感心。
同時に、五年後を見たいという欲求も再び湧いてきた。

「だから……」
「だから?」

少しだけ顔を赤らめ、呟くティアナ。

「私に、射撃型としての経験や戦いのコツ、教えて下さい!」
「断る。なのはの教導で十分じゃないか」

即答。
そんな面倒臭い事はごめんだ、と拒絶する。
そもそもスネークは、物を教えるのは苦手なのだ。
けれども、さすがなのはの教え子というべきか、ティアナからは諦める様子が微塵も感じられない。
正に不屈の精神。

「スネークさんの経験は私にとっても凄く役立つと思うんです!」
「またなのはに無断で勝手な事をしたら――」
「なのはさんも推奨していました。お願いします!」

余計な事を、と内心で盛大に毒付く。
周りから振り回され続ける事の多いこの人生は、スネークを休ませるつもりはこれっぽっちも無いらしい。

「あいつめ……とにかく、嫌だ」
「スネークさん!」
「絶対に嫌だ!」

終わらない押し問答をたっぷり十分間。
スネークは頭を縦に振る事しか出来なかった。

「ありがとうございますスネークさん、快諾してもらえて感激です!」

何をぬけぬけと。
ぱぁっ、と表情に明るさを咲かせるティアナに、げんなりしつつ文句を言おうとするが、警報がそれを阻害する。

「!! しまった!」

警報音と共に、スネークに容赦無く突き刺さる赤い警報灯の光。
そこかしこに現れるALERTの文字によって、緊迫感が満ちてくる。
慌ててSOCOMピストルを取出し、数十秒後にはぞくぞくとロビーに傾れ込んでくるであろう敵兵への準備を整える。
ソファーの陰に身を隠すスネークにティアナが怒鳴った。

「スネークさんっ何してるんですか、出動ですよ!」
「え? あ、あぁ……」

今まで、警報音に反応して逃げたり隠れたりが常だったので、自然と体が反応してしまった。
スネークは自身の情けない行動を恥じると共に、今までの事を振り返って嘆息する。

「……大丈夫ですか?」
「何でもない。……それより、君はもう大丈夫なのか?」

誤魔化すように問い返す。
なのはに撃墜され先程目を覚ましたばかりなのか、やはり疲れも滲ませている。
しかしティアナは、問題ないと言わんばかりに力強く胸を叩いてみせた。

「大丈夫です!」

スネークはティアナに瞳を覗いた。
そこからは、意地や気負いはいささかも感じれない。

「……よし、なら行くか」
「はい!」

まだまだ甘い所もあるだろうが、少しばかり頼れるような目付きになっている。
スネークはそんなティアナと共に駆け出した。



ジェイル・スカリエッティのアジト。
モニター上ではガジェット型が踊るかのように、鮮やかな飛行を続ける。
スカリエッティがそれに視線をやっていると、新たなモニターが表示される。

「やぁ、ルーテシア。君から連絡してくるなんて嬉しいよ」
「……遠くの空にドクターのおもちゃが飛んでるみたいだけど、レリック?」

モニターに映るルーテシアという名の少女の言葉に、スカリエッティはくつくつと笑う。

「だったら、まず君に連絡しているさ……おもちゃが破壊されるまでのデータが欲しくてね」
「……壊されちゃうの?」
「私の作品達がより輝くように、『デコイ』として使うガラクタさ」

少女の顔には表情が感じれない。
声にも抑揚は無く、それが逆にスカリエッティの笑みをより深めさせる。

「レリックじゃないなら私には関係ないけど……頑張ってね、ドクター」
「ああ、ありがとう。優しい、優しいルーテシア」

ごきげんよう、と幼い声が響き、モニターが閉じられる。
スカリエッティは緩む頬を抑えようともせず、機動六課にいるであろう男に思いを馳せる。

「そう。君と同じさ、スネーク君。多くの物を犠牲に作り出される、最高の作品! ……待っていてくれたまえ」

ウーノ、と呟くと同時にモニターが現れる。

「ウーノ。私は『アレ』の作業に戻るよ、こっちの方を頼む。データが取れ次第送ってくれ」

了解しました、と間を空けずに返ってくる了承の言葉を聞いて、スカリエッティはそこから立ち去った。


おまけ
機動六課の休憩所は、今日も賑わっていた。
そこの一角のテーブル、自由待機の新人四人とたまたま同席したスネークも同様だ。
歳の離れたスネークがいても、話し辛い、気不味い雰囲気はそこに無い。
最年少のエリオとキャロ曰く、理由は分からないが話しやすい、との事。
そんな中、ふとティアナが疑問の声を上げた。

「そういえばスネークさん、弾薬の補充とかどうしてるんですか?」
「……何?」
「いえ、いつもどこからか持っていますよね? 何故――」

ティアナが言い切る前に、それを遮る。

「――ティアナ。……細かい事を気にしてはいけない」
「! りょ、了解しました!!」

ビシィッと敬礼するティアナ。
スネークは、それでいい、とバンダナを撫でながら頷いた。
続いて、そのやり取りを見てしばらくの間笑っていた新人達の中、赤髪の少年エリオが声を上げる。

「あの、僕も気になってた事があるんですけど」
「言ってみろ」
「スネークさん、いつもタバコ吸ってますけど……タバコって、害があると分かっていても吸いたくなる程美味しいんですか?」

子供らしい質問に、スネークはニヤリとする。
よしきた、とスネークがタバコの魅力を精一杯伝えようとすると、フェイトから念話が飛んできた。

『エリオに変な事吹き込んだら、タダでは済みませんよ?』

少し離れたテーブルでなのはと談笑しているフェイトと視線が合う。
優しい表情、そして穏やかな瞳の先に黒い何かが見えた気がして、鳥肌。
彼女はすぐに視線を逸らすと、何事も無かったかのように談笑を再開した。

「……まぁ、体に悪い事は確かだな。だが、吸うだけがタバコではない。分かるか?」

スネークの言葉の意味が分からないのか、首を傾げる新人達。
タバコに存在価値に、吸う以外のものが思い当たらないようだ。

「……発想が貧困だぞ。任務では限られた装備を最大限に活用し、臨機応変に使いこなさなければいけない」
「臨機、応変」
「例えば、赤外線センサーを見る時にもタバコの煙は使えるし――」

思い出すのは、十年前の事。

「――タイムが2000増えたお陰で任務失敗(ゲームオーバー)せずに済んだ」
「たい、む? 2000?」
「ハハ、気にするな」

よく分からない、といった顔のスバルやエリオ、キャロ。
勉強になります、と一人感動して聞き入っているティアナ。
スネークも思わず苦笑してしまう。

「……よくわからないですけど、スネークさんにとって凄く大事な物だって事は分かりました」
「まぁ、それで良い」

そう話すエリオに、キャロも賛同の頷きをする。
スバルが身を乗り出してくる。

「ほんと、タバコの無いスネークさんなんて想像出来ないです! 後、子供の頃もですねっ」
「……俺だってガキの頃はあった。普通に駆け回って遊んでたぞ」

その時について色々教えて下さい、と興味津々に詰め寄る新人達。
まるでエサをねだる雛鳥のようだ。
スネークは自分の出自を思い返して少しだけ気分が沈むが、数十年前を思い出して懐かしむ。

「……子供の頃一番好きだった遊びはかくれんぼ。嫌いだった遊びは――やはりかくれんぼだな」

まさかの矛盾。
戸惑う新人達に、スネークは説明をする。

「隠れても、誰も見付けてくれないんだ」
「……成る程、隠れるの得意だったんですねっ?」

スバルが楽しそうに笑う。
しかし、スネークにとっては良い思い出とも言えない。

「五時間程ずっと隠れて待っていた事があってな、それで嫌いになった」

スネークは負けず嫌いな性格の所為で五時間もひたすらに待ち続けた記憶を思い出して、怒りに震える。
あれのお陰で今の忍耐力も付いたのだと、スネークは信じていた。

「……ねぇねぇエリオ君、スネークさんて……」

ちょっと、変だよね。
キャロが隣だけに聞こえるようにそっと囁き、エリオが頷く。
スバルも苦笑。
やはりティアナだけが先ほど同様に、忍耐力が素晴らしい云々と言ってスネークを賛美していた。
穏やかな時間が機動六課に流れていた。



[6504] 第十一話「廃都市攻防戦」
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2009/02/20 18:03

「戦う理由を自問しない兵士はいない。いるとすれば、そいつはイカれた殺人鬼だ」

そんな言葉を、いつかどこかで聞いた記憶がある。
成る程成る程、実に的を射た考えだ。
それでは、自分はどうなのだろう?
顎に手を当て自問してみる。
祖父に憧れて兵士になり、そのままがむしゃらに頑張ってきた。
しかし、それは直接の理由には成り得ないだろう。
かといって殺人衝動があるわけでもない。

「所詮戦う理由なんて誰も大した事じゃ無い。私達も、君もな」

銀髪の少女――見た目よりもずっと年を喰っているらしいが――チンクの言葉を思い出して再び頭を抱える。
今まで自分は何の為に戦ってきたのだろう?
そしてこれから、何の為に戦っていくのだろう?
ジョニーは消えぬ悩みに悶えた。

第十一話「廃都市攻防戦」

スカリエッティのアジトでは、ジョニーを「ササキ」と呼ばずに「ジョニー」と呼ぶのは三人だけだ。
まず、イカれた変態科学者のスカリエッティ。
そしてその秘書的立場のウーノ。
最後に、怒らせると異常に怖いトーレ。
正に相手にしたくない三人が勢揃いだ。
トーレに関しては、怒っていない時には普通に話せるのだが、怒らせたが最後。
シンプソンスケールによって強さを表すのなら、文句無しで最大級のカテゴリー5に分類されるであろうハリケーンが来襲し、ジョニーはたちまちズタボロにされてしまう。
ジョニーは今、その三人に対していた。

「――頼む! 俺も行かせてくれ!!」
「何故だい? 君が行く必要があるのかな?」

いつもなら薄ら笑いを浮かべているスカリエッティは珍しく、無表情で淡々と疑問を口にする。
ぐぐ、と唸るジョニー。
そう、ジョニーは出撃したナンバーズのディエチ・クアットロ・セインの助けに行く事を志願したのだ。
理由は簡単。
ナンバーズの実力は訓練を間近で見ていたジョニーも十分知っていたが、その相手があの機動六課だと予測されたからだ。
ホテルのアグ・スターだったかアゲ・スターだったか、そこでの六課の戦闘はジョニーが見た事も無い光景だった。
派手な格好の少女が巨槌を振るい、女性騎士が稲妻の如く剣を踊らせ、犬が喋っていた。
犬が喋るなんてのは元来有り得ない事だ。
それを見た時は驚きのあまり腹の中で消化されてないスパゲッティを矢の如く吐き戻す所だった。
正に奇想天外。
正にジャパニーズ・サブカルチャーの世界。
おまけに、彼らよりも強い連中がまだいるらしい。
そんな連中と戦うと聞いて不安にならない訳もないだろう。

「そうよ、ジョニー。トーレが監視として行くのに、貴方が行っても意味は無いと思うけど?」

ウーノの言葉に頷くトーレ。
GSRという拳銃一丁のジョニーが行った所で何が出来るか、と。
当然の判断だろう。
だが、ジョニーに引き下がるつもりはさらさら無かった。

「……スカリエッティ。俺は正直、あんたが嫌いだ」
「ほぅ、それで?」
「でも……あの娘達は良い娘達だ。助けてあげたい。力になりたいっ」

クアットロのような、何を考えているか分かりづらいのもいる。
それでも、力不足でもあの優しい少女達を守ってやりたいとジョニーは思っていた。
ジョニーは勢い良く、決して軽くはない頭を下げた。

「……頼む!」
「……ふむ、良いだろう。トーレ、頼んだよ。ジョニー君、君もなかなか面白い男だねぇ」
「わかりました。ほらジョニー、来い。すぐ出発するぞ」
「あ……ありがとう! 待っててくれ、準備してくる!」

部屋から飛び出していくジョニーと、トーレ。
スカリエッティは口の端を僅かに吊り上げた。

「ドクター、良かったのですか?」
「ああ、どうにかなるとも思えないしね」

それに、と肩をすくめるスカリエッティ。

「そこまでの情報も知らせていないし、局に捕まったのならそこまでさ。トーレにもそう指示は出しておいてくれ。彼への興味は殆ど無かったが……やはり地球の軍人には面白いのが多いなぁ」

どうなるのだろうか、とくつくつと笑いながら歩み始める。
寄り添うように隣を歩くトーレと共に、スカリエッティも部屋から立ち去った。



「バイタルは安定しているわね。危険な反応も無いし、心配ないわ」

薄暗い路地裏。
高いビル群に日の光が差し込む事を阻まれたここは、街の喧騒とも殆ど無縁になっている場所だ。
シャマルがシーツに横たわった少女の簡易検査を終え、同時にその言葉に周りの空気が少しだけ穏やかになる。
休暇中の新人達の内、ライトニング分隊がレリックケースを持った少女を保護、慌ただしくスネーク達も現場に急行。
周りにはなのはとフェイトの定番コンビと、私服の新人達、そしてスネークが揃っていた。
フェイトが長い金髪を揺らし、申し訳なさそうに口を開く。

「ごめんね皆、お休みの最中だったのに……」
「休暇なんて何らかの事情で潰れるのが定石だ。気にしてもしょうがないだろう」
「スネークさん。それでも……」

長期休暇の中、午前二時に突然叩き起こされてそのまま単独で任務へ、というのがざらだった自身を考えれば、こちらはどれだけマシだろうか。

「いえ、大丈夫です!」
「平気です!」

新人達が素晴らしいやる気を見せる。
さすがに、若いな。
自分だったら上官相手に最後までゴネているに違いないだろう、とスネークは感心する。
フェイトも新人達の様子に再び頼れる上官の顔に戻り、なのはが指示を出した。

「ケースと女の子はこのままヘリで搬送するから、皆はこっちで現場調査ね。スネークさんもお願いします」
「了解」

ああそうだ、となのはがふと呟き、スネークに近寄る。

「頼まれてたこれ、シャーリーから預かってます、どうぞ。……これがあれば遠距離でもロングアーチを中継して私達と念話が出来ますよ」

その言葉と一緒に手渡されたのは、ネックレスがついた弾丸型デバイス。
大きさは四十五口径だが、少し薬莢の長さが長い。
地球で火薬の性能が低かった時代の、装薬量を増やす為に施された仕様だ。
シャドーモセスで戦ったロシア人の男、オセロットを思い出し、皮肉る。

「リボルバー用の弾丸をデザインに使うとは……シャーリーはなかなか『良いセンス』みたいだな?」
「……え?」
「何でもない、気にするな」

スネークは苦笑しながら、それを一撫でするとポケットにしまった。
ティアナがデバイスを取り出し、新人三人に振り返る。

「皆、短い休みは堪能したわね!」
「お仕事モードに切り替えて、しっかり気合い入れていこー!」

はい、という威勢の良い返事と共に眩い光が放たれ、バリアジャケットを身に纏った新人達が現れる。
四つの視線がスネークに注がれた。

「スネークさん、準備は大丈夫ですか?」
「問題無い。行くぞ」

軽さと丈夫さで定評のあるM1-11ボディアーマーもスニーキングスーツ越しに着用し、正に無敵になった気分だ。
スネークはFAMASライフルを手に頷くと、新人達と共に地下水路へ駆け出した。
暗くジメジメと湿った空気が蔓延している水路をひたすらに駆ける。
立ちこめる臭いは容易にスネークの眉をひそめさせ、不快感が一層募る。
そんな中スネークの脳内に響く、女性の声。

『――私が呼ばれた現場にあったのはガジェットの残骸と壊れた生体ポッドなんです。ちょうど五、六歳くらいの子供が入るくらいの……』

ギンガ・ナカジマ。スバルの姉らしい。
ハキハキとよく通った声と、そしてスバルをチラリと見てから、なかなかの美人なのだろうと推測する。
何故かギンガという名前を聞いた時、ムカムカしてしまった事だけ気になったのだが。
下らない思考を除外し、スネークはギンガの話に集中した。
生体ポッドという言葉には本能的に嫌悪感を抱いてしまい、同時に嫌な予感もする。

『近くに何か重い物を引きずった跡があってそれを辿って行こうとした最中、連絡を受けた次第です。それから……』

前の事件で生体ポッドによく似た物を見た、と緊迫した声が聞こえてくる。
はやての声が被さった。

『私も、な……』
『人造魔導士計画の素体培養機。……これはあくまで推測なのですが、あの娘は人造魔導士の素材として造り出された子供ではないかと……』
(……人造生命体、か)

『造られた』生命、『造られた』存在。
スネークは誰にも気付かれぬように溜め息を吐いた。
キャロがそれについての疑問の声を上げ、スバルがいつに無く神妙な面持ちで答える。

「優秀な遺伝子を使って人工的に生み出した子供に、投薬とか機械部品の埋め込みで後天的に強力な魔力や能力を持たせる……それが人造魔導士」
「倫理的な問題は勿論、今の技術じゃどうしたって色んな部分で無理が生じるし、コストも合わない。だから――」
――よっぽどどうかしてる連中でも無い限り、手を出す事は無い。
そう付け加えるティアナに、そうだな、とスネークは一言だけ放った。

『……こちらスネーク。はやて、聞こえるか』
『聞こえとりますよ』
『今ティアナが言った通り、そんな技術はよっぽど頭のイカれた連中しか使わん』
『……。はい、それで?』

自身の出自を振り返って嫌な妄想が膨らみ、それを思い切り掻き消す。
もしも、あの少女が自分と同じなら――

『――誰かの意志によって生まれた存在ならそれは即ち、少なからず『何か』に利用するために存在させられている事を示すだろう』

考えられるのは、かつてのスネークのように何かしらの方法で監視されている、もしくは追われているか。
ボロボロだった少女を思い出して後者の可能性が高い事を認識し、拳を強く握り締める。
なのはの声が脳内に響いた。

『それってつまり……』
『何者かがあの少女を追っていて、その少女がいるヘリは危険という事だ。レリックケースもあるなら尚更な。六課に戻るまでに攻撃されそうな地点は……』

沈黙が広がる。
念話越しに、誰かが息を飲む声が聞こえて。
スネークは六課から少女を回収した地点までのルートを思い出し、ぼそりと、それでいて力強く呟いた。

『廃棄都市区画。恐らく廃ビルの屋上から狙って来るだろう』

ヘリを落とすには開けた場所が一番。
それはスネークが誰よりも知っている事だ。
シャドーモセス然り、ザンジバーランド然りである。
はやての声がより真剣味を増した。

『……わかりました、私が出ます。私が空の掃除をするから、なのはちゃん、フェイトちゃんはヘリの護衛を。ヴィータとリインはフォワード陣と合流、ケースの確保を手伝ってな』
『了解!』
『はやて、俺も廃都市区画に向かって索敵、無力化させる』
『……大丈夫ですか?』

はやての心配そうな声が響いてきて、思わず苦笑してしまう。
もしもこれがはやてでなくキャンベル大佐だったのなら、頼む、と一言言われて出撃するのが関の山だろう。
スネークが否定的な態度を取り、「君がやらねば他に誰がいる?」というやり取りを何度繰り返しただろうか。

『PSG-1の調整も済んでるからな。手頃なビルから敵を狙撃する。問題無い』
『……なら、お願いします』

信頼に満ちた声で許可が下りる。
了解、とスネークは返事をして新人達から浴びせられた視線に気付く。
驚愕と尊敬を混ぜさせた表情だ。
スバルがおもむろに口を開いた。

「スネークさん、凄い読みですね……」
「……戦場では『カン』も大切だぞ。理屈だけでなく、全神経で危険を感じ取れるように気を張り巡らせる事だ」

勢い良く首を縦に振る新人達を一瞥し、軽く深呼吸。

「俺は一足先にこのドブネズミが好きそうな場所からおさらばだ。……ティアナ」
「はいっ」

周りへ細心の注意を払いつつ、オレンジ色の頭に言葉を投げ掛ける。
所謂『アドバイス』だ。
正直慣れてはいないが、不思議と嫌な感覚でもない。

「常に敵の身になって考えウラをかけ。頭の善し悪しではない。常に頭をフル回転させて、考えろ。頭を使って行動するんだ。……こっちは頼むぞ」
「……了解です。スネークさんも頑張って下さい!」

返ってくるのは、頼れる返事。
互いに頷き合って、スネークは出口へ向かった。



「……到着っ! ここでいいんでしょ?」

鼓膜が破れるのではないかと錯覚させられるブレーキ音の後、後部座席と瞬間接着剤ばりに密着させられていたスネークは前方に大きくつんのめった。
声は低いが明るい口調で問うタクシーのアラブ系の運転手に、スネークは嘔吐で返した。
到着の衝撃で現れた座席のエチケット袋に、たんまりと吐き出す。

「あー、すいませんね、俺のタクシーに乗った客は皆そうなるんですよ。今まで吐かなかったのは一人か二人だけ」
「……」

身振り手振りで流暢に喋る運転手に目をくれる余裕も無く、体を襲い続ける吐き気と戦い続ける。
どうやら「当たり」を引いたらしい。
新人達と別れ市街地に出て、廃都市区画へ行くためにタクシーを捕まえたスネーク。
急いでいる、というスネークの言葉に長身の運転手は快諾。
そのままタクシーとは思えない速度――時速三百キロは超えていたかもしれない――でここまで辿り着いた訳だ。
何故この男が平気でいられるのか、何故こんな馬鹿げたタクシーなのか。
スネークは多くの疑問を抱いたが、もはや聞く気にもなれなかった。

「……ああ、ここでいい。助かった、さっきも言ったが緊急だから料金は管理局に――」
「料金はいいですって。ついこの間子供が産まれたんでね、サービス! 俺の名前はダニエル、息子の名前はレオ。覚えておいて損はないですよ」
「それはめでたいね」
「警察みたいな組織より信用出来ない組織は他に無いけど――ごほん。……まぁ、頑張って下さいよ、んじゃ!」
「……ああ」

運転手は陽気に笑うと、再び爆音を奏でながら去っていった。
精神的な疲れから溜め息を吐く。
あの男が運転するタクシーに「客への配慮」という言葉は無いようだ。
まぁ、あの男は声が妙にスネークと似ていて、親近感を持てた。
とにかく結果オーライという事にして、スネークは念話を飛ばす。

『こちらスネーク』
『シャーリーです、スネークさん大丈夫ですか!? 物凄い勢いで移動してましたけど……』

レーダーを追跡していたら動きが余りに速すぎた、と驚きの声を上げるシャーリー。
周りのアルト、ルキノも驚いているようだ。

『クレイジーなタクシーに「運良く」出会えたものでな。……ヘリは今どこに?』
『ヘリももうすぐ廃棄都市区画に入るところです』
『了解』

結果オーライとは、よく言ったものだ。
一言返事をして息を整えると、当たりを見渡す。
狙撃をするなら高い場所。
ヘリを狙う敵と鉢合わせられる可能性もある。
視界の中、一番高いビルを目指してスネークは走り出す。
誰かを守る為に狙撃銃を握るのは、スネークにとって初めてだった。



「ふぁ、ああぁ……」

ビルの屋上に立つジョニーの大きな欠伸が、乾いた青空に響く。
思えばこちらの世界に来て以来の初めての外出。
視界を埋め尽くす青空は素晴らしいが、廃都市という場所が場所だけにやけに埃っぽい。
おまけに、本当にクアットロ達の監視という役割なので、待機している状態が続いていて暇で仕方がない。
やれる事と言えば、ジョニーの隣に立つ反応の薄いトーレへ話し掛けるか、双眼鏡で色々と見渡す位。
トーレを初めとした戦闘機人達は、双眼鏡等使わずとも瞳に埋め込まれた機械で遠距離でも楽々視認出来るらしい。
ジョニーが双眼鏡でやっと確認出来るクアットロとディエチの二人も、トーレにはアフリカ原住民も真っ青な視力によって見えているのだろう。
双眼鏡に黒点が映り、慌ててトーレに呼び掛けた。

「トーレ! あれが標的のヘリだろ?」
「ああ、あれだな」

クアットロ達もヘリを確認したのか、ディエチが布に巻かれた大砲を取り出した。
そしてそのまま、姿にそぐわない大きさの砲台を構える。
直後、眩しい紅色の光に包まれる砲台の先。

「……凄い」

これだけ離れているのに、光が収束する際に放たれる音がこちらまで聞こえてくる。
発射をする前でも、その威力の大きさがジョニーにも容易に想像出来た。
数秒が経ち、収束された光は『後方』から乾いた破裂音が聞こえたと同時に放たれる。
アニメで見るような太い光線は、轟音と共に真っすぐ空へ伸びていき――

――虚空の彼方に消え去った。

「外したっ……!」

慌てて双眼鏡を覗くと、腕を押さえて膝を突くディエチ。
ジョニーは直感した。
これは狙撃だ。
では誰が? そしてどこから?
思い浮かぶ可能性は一つ。
後方、頭一つ高いビルに振り返って叫ぶ。

「スネークだっ!!」

同時に、からん、という金属音が鳴ってジョニーの足元を転がる。
――グレネード。

「トーレッ逃げろ!!」

一瞬だけトーレに視線をやると、ジョニーの心配を余所に既にスネークがいるであろうビルへと飛び立っている。
畜生、と毒付く。
とにかく、スタングレネードにしろ破片グレネードにしろ、直撃は不味い。
ジョニーは後方に思い切り飛びずさり――

「うわあああああぁぁ!?」

――体を襲う浮遊感。
そしてスタングレネードが放つ二百万カンデラの光を背に、ジョニーは廃ビルから落ちていった。
体が何度かバウンドして、激痛に悶える。

「あぐっ……ううぅ…………ゴホッゴホッ!」

鈍痛が重く体に響き、悲鳴を上げる。
ビルの下に敷いてあった、綿の飛び出た大きいマットに落下したお陰で、致命傷は避けられたようだ。
……幸運なのか不幸なのか分からないところだが、助かった。
衝撃でマットから噴き出される大量の埃を吸い込んで、ジョニーは咳き込んでしまう。

「……ゴホッ……クアットロとディエチはっ!?」

砲撃は命中せず、おまけにディエチは負傷。
正に絶体絶命のピンチで、すぐに助けに行かなければいけない。
焦りながらも周りの空を見渡すと、漆黒の球体がどんどん膨張を続けている。
恐らく、攻撃魔法。
ジョニーは息を整えると、脇目も振らずに駆け出した。


息を切らして立ち止まったジョニーが空を見上げると、白い戦闘服を身に纏った栗色の髪の女性魔導士。

(見えそうで……見えないっ……!!)

彼女が向ける武器の先には、追い詰められたディエチ、クアットロ。
さらにその先に、もう一人金髪の魔導士が武器を構えている。
こちらも同様、見えそうで、見えない。
とにかくジョニーは、挟み撃ちとなっているその状況を睨み付けた。
トーレの姿も見えない。
自分がやるしかないのだ。
幸い、誰もジョニーの存在に気付いていない。
二人の魔導士の武器に光が帯始める。
恐らく先程のディエチの大砲同様、光線を飛ばしてクアットロ達を木っ端微塵にするつもりなのだろう。

(そんな事、させて堪るかっ!)

急いで懐からGSRを取り出して、天に構える。
銃口の先には青空があるのみで、人を捉えててはいなかった。
勿論、ジョニーに拳銃の才能が無いという訳ではない。
ジョニーは雄叫びと共に引き金を引く。
彼女達を守るという信念、そしてトーレへの信頼を胸に。

「うおおおおおおぉぉ!!」

撃つ。撃つ。
弾倉に込められた全ての弾を撃ち尽くす。
乾いた音が廃都市の空に何度か響き――
――一瞬。
ほんの一瞬だが、魔導士達の意識がジョニーに向けられた。

「っ! トーレエエエエェッ!!」

頼む、と悲痛な願いを込めて腹の底から叫び声を上げる。
それに呼応したかのように、クアットロとディエチが消えた――いや、助けられた。
安堵の息を吐くジョニーも、そのまま『何者か』に抱き抱えられて、その場所から姿を消した。
どすん、という鈍い音と共に女性特有の柔らかい感触が消えて、堅い地面とキス。
口の中に砂利が入ってしまい、不快で堪らない。

「ぺっぺっ……コホン。……トーレ、信じてたぞ。素晴らしいタイミングだ」

自分達を抱き抱えて脱出したトーレに笑い掛ける。
疲れたように感謝の言葉を述べるクアットロとディエチだが、未だ不機嫌な様子のトーレ。

「……。まぁ、お前の時間稼ぎで間に合ったのは事実だが――」
「だろ? だろっ?」
「……調子に乗るな。さっさと立て、撤退するぞ」

胸を張るも、一蹴されてしまうジョニー。
何とも肩透かしを食らった気分になり、しょぼくれてしまう。

「……そういえばトーレ、スネークは?」

立ち上がりながらふと思い出したかのように問うジョニーに、トーレが僅かに苦渋をにじませた表情を浮かべる。

「……私が追った時には、既に汚い段ボールが散乱しているのみだった。やはりドクターが目を掛けるだけはある」

逃げ足は速い、と言うトーレの瞳からは僅かに悔しさが伺えた。
魔力探知に捕まらない、というのもジョニーやスネークの大きな強みだろう。
だが、さすが伝説の傭兵と言われただけはあるようだ。
その後ジョニー達はセインと無口の少女に合流し、宇宙開拓時代になるまで味わえないと思っていた奇跡のワープ魔法でスカリエッティのアジトへ戻っていった。
――結果的には大惨敗。
ヘリの撃墜には失敗、ディエチは腕を負傷。
レリックケースは卑怯にも中身だけ抜き取られて掴まされた。
それでも、ナンバーズと無口の少女が失意に沈む中、ジョニーだけは仲間を守れた達成感に大いに浸り、笑みを浮かべていた。
仲間を守る為に戦うのも、悪くないものだ。

おまけ

ビルの屋上に着いて早々、ジョニーの腹が暴走し、唸り声を上げた。
空調の利いていたスカリエッティのアジトから久々に出て、環境の変化に悲鳴を上げたのだ。

「と、トーレ、ちょっと、おれ、あの……失礼!!」
「早く済ませてこい、馬鹿者」

トーレもさすがにジョニーの腹具合の悪さに慣れたようで、うんざりしながらも、シッシッと手を払った。
ジョニーは慌てて階段を下り辺りを見回すが、ボロボロに朽ち果てた空間。
当然トイレなど期待出来そうもない。

(……ここでするしかないかっ!?)

否。
ジョニーのそれは臭いがキツい。
こんな所でしたらたちまち臭いが籠もり、行き場を無くして屋上へと届く事だろう。
子供の頃からの経験則だ。
トーレの怒り狂う声を想像して身震いする。
だが、いよいよそんな悠長な事を言っている余裕が無くなってきた。
ジョニーは尻を押さえ、覚悟を決める。

「……仕方がない!」

ズボンを下ろしたジョニーの視界の先に、ある物が入って来た。
ボロボロになって底の抜けた、人一人が入れそうなドラム缶。

「……」





「戻ってきたか、そんなに度々トイレに立つなんてお前は――何を嬉しそうにしている?」
「トーレ、今俺は新たな生活の知恵を発見出来た事への喜びで一杯なんだ」
「……何?」
「フッフッフッ、気にしないでくれ」



スネークの前に、バリアジャケットを身に纏った女性達が降りてくる。
なのはとフェイト、そして部隊長のはやてだ。
フェイトがニッコリと笑い掛けてくる。

「スネークさん、お疲れ様です」
「ああ」
「ナイスな狙撃やったですねぇ」
「……はやての戦闘服は初めて見たな」

くるりと回って、どうですか、と問い掛けてくるはやてに握り拳に親指を上に突き立ててみせる。
照れ臭そうに微笑むはやての隣に立つなのはが、他の二人と違って真剣な表情で一歩前に出た。

「スネークさん、私達が追い詰めたのとは違う敵の会話を聞いたと……」
「ああ、奴らの会話で『ディエチ』、そして『クアットロ』という言葉が出てきた。それがヘリを狙撃していた奴らの暗号名だろう」
「後、男の人がトーレって叫んでました」

ふむ、と唸る。

「イタリア語の数字だろうな。……ウーノ、ドゥーエ、トレ、クアットロ、チンクエ、セイ、セッテ、オット、ノーヴェ、ディエチ、ウンディチ、ドディチ、トレディチ」
「成る程、もっと大勢いる可能性が高いと……ってスネークさん、凄い!」
「スネークさん、アメリカ人やなかったんですか?」
「勉強した。英語・フランス語・ロシア語・イタリア語・日本語・チェコ語、そしてサル語なら完璧に話せる」
「すご……え?」
「あはは、サル語だなんて……相変わらず冗談が上手いですね」

苦笑する三人を眼光で黙らせる。

「キーウキキッキー、ゥキッキーキッキキッウキィ。『こちらスネーク、潜入地点に到着』って意味だ」
「……」

沈黙。
沈黙。
ひたすら沈黙。
パァン、とはやてが突如手を鳴らし、声を上げた。

「さぁ、ヴァイス君がヘリをこちらに寄越してくれるからそろそろ行きましょか!」
「……おい君達、信じてな――」
「スネークさん、凄い!」
「格好良いです! ささ、ヘリに戻りましょう?」
「……」

さぁさぁ、と背中を押すフェイト。
スネークは憮然とした表情で唸った。
三人とも完全に信じていないが、それは紛れもない事実だ。
直接会った時間は十数分でも、友情が揺らぐ事など有り得ない。

(……そうだろう、ピポスネーク?)

スネークは小声でボソリと呟いて、懐かしい戦友を思い出しながらヘリへと向かっていった。



[6504] 第十二話「未来」
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2009/02/22 21:10
銃を持ち、イラクで初めて人を撃ち殺した瞬間から、スネークがその重さを考えない時はなかった。
人が銃を握る時、その手に掛かる重さは『キログラム』という単純な単位だけではない。
人が人命を奪う度、その責任は絶える事なく積み重なっていくものなのだ。
それは誰にでも平等に、そして正当に、その手にのしかかっていく。
そしてスネークの手に掛かる重さは、あまりに重く感じられた。
これからもそれは重くなっていくのだろうか。
その答えは、まだスネークにも分からない。

第十二話「未来」

『伝説の傭兵』、そして『不可能を可能にする男』。
常に冷静沈着、どんな困難にも果敢に立ち向かう男。
そんな風に呼び讃えられてきた歴戦の兵士スネークは、珍しく困っていた。
表情にこそ表れてはいないが、逃げ出したい気持ちで一杯である。
機動六課の寮の一室、スネークの視線の先には、泣きじゃくる少女。
そして、その少女を必死にあやしながらスネークに念話を飛ばすなのは。
さらにその周囲で、新人達があたふたしている。

『スネークさん、助けて下さい……』
『断る。公費で腕の良いベビーシッターでも呼んでこい』
『ううぅ……』

聖王教会に行く件で、大事な話という事でスネークも隊長三人と同行する事になったのだが。
六課が保護した少女ヴィヴィオはなのはに懐いてしまって、離れたくないと駄々を捏ねたのだ。
なのはは新人達にヴィヴィオの面倒を見るように頼んだのだが、この通り。
子供の世話に慣れていない新人達は、この世の終わりなのではないかと思わせるような金切り声で泣き喚くヴィヴィオに圧倒されて、おたおたしているだけ。
結果、なのはは何を血迷ったのか最年長のスネークに事態の収束を頼んだ訳だ。
しかし、スネークも子供のあやし方等知っている筈もない。

そんなにっちもさっちもいかなくなった状態で、ふと現れた空間モニターはスネークにとってまさしく天恵そのものに思えた。

『あの、何の騒ぎ?』
『あっフェイトちゃん。実は……』

一層強まる泣き声。
よもやこんな場所でこんなうるさい子供と相対する事になろうとは、なんとも複雑な気分である。
その様子を見て事態を把握出来たのか、「すぐに行く」と言葉を残すフェイトとはやて。
数分後には、到着したフェイトによって騒々しかった空間は、魔法を掛けられたかのように落ち着きを取り戻した。


静音効果が高く、静かなヘリの中。
そこで、なのはが照れ臭そうに苦笑していた。

「ごめんね、お騒がせして……」
「いやー、ええもん見させてもらったわ」
「観客は楽しいだろうがな……そういえばフェイト、君はあの人形を使ってヴィヴィオに洗脳でも掛けたのか?」
「んなっ!?」

失礼な、とフェイトがむすっとする。
だが事実、ものの数秒で子供を大人しくさせたそれは、スネークにはサイコ・マンティスもびっくりな魔法に見えたのだ。
フェイトが人形を揺らすと同時にヴィヴィオが頭を揺らしていたので、あながち間違いでもないと思ったのだが。

「……私、子供あやしたりとか、そういう経験は豊富ですから」
「子持ちという事で解釈しても?」
「ふふ。スネークさん、次そんな妄言を口にしたらチョップをお見舞いしますよ。甥っ子と姪っ子の事です」
「あ、ああ。すまなかった」

軽い冗談だったのだが。
笑顔で右手を構えるフェイトの目が怖くて、スネークはすんなりと謝る。
女性は怒らせると何時の時代も恐ろしいものだ。
微笑ましくそれを見ていたなのはとはやてだったが、はやてがふと神妙な面持ちになった。

「……しかし、あの娘はどうしよか? なんなら教会に預けとくんでもええけど」
「平気、帰ったら私がもう少し話して何とかするよ。……今は周りに頼れる人がいなくて不安なだけだと思うから」

優しい瞳で語るなのはに、スネークも頷く。
あんな小さい少女に、あまり不安や重荷を背負わせるべきではない。
たとえ人工的に造り出された生命だとしても、幸せになる権利は十分にある筈だ。
多くの生命を奪ってきたスネークはともかく、あの純粋な少女には。
聖王教会、大聖堂の一室。
どうぞ、というノックに対する返事と合わせて、なのはとフェイトが入室と共に敬礼して名乗り上げる。

「高町なのは一等空尉であります」
「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官であります」
「ソリッド・スネークだ」

敬礼どころか敬語すら使わないスネークに、なのはとフェイトが諫めるような視線を送る。
ふむ、と唸って流れるような金髪を揺らす女性、そして黒い制服に身を纏った黒髪の男に向き直る。
びしっと背筋を伸ばして、直立不動。

「失礼致しました、民間協力者のソリッド・スネークです。大仰に敬礼もした方がよろしいでしょうか?」

皮肉たっぷりに言い放つ。
ぷっ、と はやてが堪え切れずに吹き出した。

「スネークさんの敬語、何と言うか、合わへんですね」
「安心しろ、俺もそう思う」
「普段通りで構いませんよ。……初めまして、聖王教会、教会騎士のカリム・グラシアと申します。どうぞ、こちらへ」

清楚な美人のカリムがくすくすと笑っている。
スネークが会える美人は戦場ばかりという事もあって、どうしても性格に難がある女性ばかりだが、ここは地球と違い新鮮な気分。
この世界に住民票を移すのも良いかもしれない。
スネークはそんな事を考えながら、案内されるがままに席につく。
こういう高貴な雰囲気の場所は正直苦手なのだが、我慢するしかないのだろう。
口元の寂しさから、タバコをくわえたくなる。
クロノとなのは達から呼ばれた男がスネークに向けて口を開いた。

「初めまして、スネークさん。貴方の事はユーノから伺ってますよ」
「またか。……奴は何と」
「『頑固で負けず嫌いで強がりで意地っ張りな所があるけれど、十分信用出来る男』だと」

肩をすくめる。
正に言いたい放題だ。
頭が痛くなるのを感じながらも、スネークは差し出された手を軽く握り返した。
ユーノがシグナムを初め、色々と吹聴していそうで不安に駆られる。
が、そんな悩みに苦しめられる余裕も無くカーテンが閉まり、緊迫した空気に包まれた。
こほん、というクロノの咳払い。

「――六課設立の表向きの理由は知っての通り、ロストロギア・レリックの捜索と、独自性の高い少数部隊の実験例だ」

クロノ、カリム、そしてクロノとフェイトの母親リンディ・ハラオウンの支援。
さらに、三提督とかいう上層部の連中も協力を確約しているらしい。
たかが実験部隊、とは言えないだろう。
カリムが立ち上がり、その手に収められたカードを束ねていた布を取り去る。

「かの三提督までもが動く理由は、私の能力と関係があります。私の能力、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)」

眩い光と共にカードはカリムを取り囲むように円を描いて浮遊。
まるで、ケチなマジシャンが好みそうな演出だ。

「これは最短で半年、最長で数年先の未来を詩文形式で書き出した預言書を作成する事が出来ます」
「……預言だって?」

預言能力、即ち未来を見通す力。
二つある月が上手く重なった時にしか発動せず、回数にして年に一回。
古代語なので解釈も変わり、的中率も高くない、との事。
――頭が痛くなる。
スネークは目蓋を揉みながら口を開いた。

「それで、その未来予知の内容は相当酷いんだろうな? ……勿体ぶらずにさっさと教えてくれ」

どう考えてもその預言関連でここに呼ばれた事は間違いないのだろう。
――数年前から、ある事件が書き出されている。
カリムはそう言い、クロノ、はやてに視線を向け、頷き合う。
そしてゆっくりと噛み締めるように話し始めた。

「旧い結晶と無限の欲望が交わる地。
死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る。
死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ちる。
それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ち、天国が誕生する」

法の船が砕け散る、という言葉になのは、フェイトが息を呑んだ。
スネークも眉をひそめる。

「それって……」
「……まさか」
「ロストロギアをきっかけに始まる、管理局地上本部の壊滅。そして――」

――管理局システムの崩壊。
一同言葉を失い、ひたすらに重苦しい雰囲気が漂った。
強固だと信じていたものが崩壊するというのは、確かに愕然とするのも仕方がないだろう。
まして数多の世界を管轄する管理局が無くなれば、影響は計り知れない。

――だが、馬鹿馬鹿しい。

スネークはカーテンを開けて部屋に光を取り込むと、大きく伸びをする。

「俺に解釈させてもらえば……翼。翼、ふむ。その預言は鳥人間コンテストの開催と失敗、だろうな」
「なっ……」

カリムがスネークへ唖然とした表情で視線を向けた。
続いて、明確な非難の色。
茶化している場合ではないだろう、と。

「そう『ビビる』必要も無いという事だ。狙われるのが分かっていて、その対処の為に君達は日々準備をしている。違うのか?」
「それは、そうですけど……」

流れるような動作でタバコを取り出して、くわえる。

「未来予知なんていらない。未来を変えていく勇気があれば、十分だ」
「そう、ですね。……でも」
「ん?」

ここは禁煙です。
その言葉と共に、シュッとカリムは素早い動作でスネークの口元のタバコを奪い去り、ゴミ箱に捨てる。
そこにあったのは、先程とは違う優しい微笑み。

「スネークさんの言う通り、希望を捨てず、前を向いてしっかりやるべきですね。局を、そして世界を守る。……皆さん、改めてお力添え、お願いします!」

決意の籠もった表情で頷き合う若者達。
スネークも、誰にも気付かれぬように拳を握った。
恐らく、スカリエッティが絡んでくるのは間違いないだろう。
どうせ碌でもない事を企んでいるだろうし、それを実現させてやるつもりもない。
絶対に。



「陸士108部隊より出向となりました、ギンガ・ナカジマです。よろしくお願いいたします!」

夏の暑さ漂う八月もあっという間に過ぎて、気付けば九月に突入。
よく通った挨拶と共に、落ち着きのある微笑みが六課の訓練場に振りまかれた。
周りにはお馴染みの新人達と隊長陣、そして珍しくシグナムもいる。
そして六課に出向扱いでやってきたギンガ・ナカジマだ。
スバルの二つ上の姉でありさすがよく似ているが、スバルとは違った美しさを持った美人である。

「……予想通りだな」

気付けば、スネークはそう呟いていた。
暖かく迎えられたギンガはスネークの言葉にキョトンとする。

「え、と。ソリッド・スネークさんですよね。何がでしょうか?」
「俺の予想通り、君は美人だった」

前回の出撃では声しか聞いていなかったからな、と付け加える。
途端に顔を赤く染めていくギンガに、スネークは苦笑を溢した。
こんな事を軽くあしらえないのでは、まだまだ若い。

「えええっ!? い、いきなり何をっ!」
「スネークさん、ギン姉を口説かないで下さい!」
「あのっ私まだそういう事にはちょっとっ! その、ごめんなさい!」

何だかんだで振られてしまった上、スバルに詰め寄られてしまう。
スバルは普段と違ってなかなか凄みがあり、その迫力にたじろぐスネーク。
そんな中、ふとスネークは殺気を感じた。
――誰もいない後方から。
勿論振り向いても誰もいなかったが、直後頭に感じた鈍痛が、何かがいた事を必死に訴えている。

「スネークさん、程々にして下さいね」

にこにこ。
穏やかに、そしてどこまでも優しい笑顔のフェイトが手を擦っている。
色々と聞きたい衝動に駆られたが、なんとかそれを堪える。
自重した方が良さそうだ。
今だに微笑んでいるフェイトが、そうだ、と手を合わせた。

「なのは。後でやる隊長戦、スネークさんにもフォワードチームに参加してもらわない?」
「いいねー」

なのはが賛同して、その横のシグナムも目の色を変える。
冗談じゃない。

「ふむ、久々にスネーク、お前と手合せ出来るな」
「……おい。俺はやるなんて一言も――」
「やるんですよ、スネークさん」

ね? とスネークの肩を掴むフェイト。
美人だからと言って男が何でも聞くというのは、思い違いも甚だしい。
スネークは振り払おうとするが、力強くキリキリと掴まれていてそれが出来ない。
みしみし、と音がするのはきっと、気のせいなのだろう。
流れる冷や汗。
六課手製のペイント弾を手渡され、スネークは遂に諦めた。



ALTERNATIVE MISSIONS
SEARCH FOR SNAKE
LEVEL 10

ソリッド・スネークを捕らえ、部隊長室へ連行せよ!
段ボールを被って隠れているかもしれない。十分に注意しろ!
制限時間 30分00秒
スネーク 1人

「……なんてね」
「なのはママ?」

首をかしげるヴィヴィオ。
何でもないよ、と苦笑を返して、繋がった手を優しく握り返す。
保護責任者としてなのはが親代わりとなる事に志願したので、この少女は今は愛娘という形だ。

隊長チームとフォワードチームの模擬戦でスネークは善戦。
彼はフォワード達と上手く連携しつつ、彼をしつこく狙うシグナムにペイント弾を何とか当てた直後、フェイトに撃墜された。
中々の健闘だったのだが、訓練の後から行方が知れない。
まぁ、それ自体はいつもの事。
しかし部隊長のはやてが、話があるという事でスネークを放送で呼び出したのだが、反応が無い。
そこでなのはに任務が与えられた訳だ。

「まだりょうにかえらないのー?」
「うん。スネークさんを探さないとね」
「へびのおじさんっ!」

最初こそヴィヴィオはスネークに近づこうとしなかったが、今は『蛇のおじさん』という愛称と共によく懐いている。
幼い子供でも話し掛けやすい何か、信頼出来る何かが彼にはあるのだ。
とはいえ今回のように呼び出し放送も無視したりと、色々性格に問題があるのだが。
そんな不思議な男スネークは、なのはの予想を裏切ってあっさりと見付ける事が出来た。
相も変わらずタバコをふかし、ベンチにゆったりと腰掛けている。

「へびのおじさーん!」

ヴィヴィオがスネークに向かって声を上げるが、反応が返ってこない。
様子がおかしい。
なのはが何度か声を掛けても結果は変わらず、肩を叩いた所でスネークはようやく振り返った。

「なのは、ヴィヴィオか。何だ?」
「何だ、じゃないですよ。スネークさんこそどうしたんですか?」
「……未来予知、いや、預言関連で少し昔の事を思い出していた」

そう語るスネークは、どこか寂しそうで、憂いに満ちていた。
普段のような、頼れる精悍な様子も伺えない。
何か、思い悩んでいるのだろうか。
ヴィヴィオを抱えて隣に座る。

「あの、私で良かったら何でも話して下さい」

君に話す事でもない、と苦笑してみせるスネーク。
それさえも無理矢理作ったものに見えた。
なのはには、六課でスネークを見ていて改めて分かった事がある。
なのはの恋人ユーノも言っていたのだが、スネークは他人から気遣われることを好んでいない。
そして自分一人で何でも抱え込んで解決しようとする節があるのだ。
それが、自分の宿命であるかのように。
なのはは思わず口を開いた。

「人は一人では生きてはいけません。スネークさんはもう少し人を頼った方が良いと思います。……だからお話、聞かせて下さい」

スネークには不器用な所があるのだろう。
だが、彼も普通の人間だ。
困っているのなら周りに助けを求めるべきだし、なのは自身、助けてあげたいと思っている。
スネークは、なのはとユーノの恩人なのだから。
頑固だな、と呟くスネークへ、なのはも明るく笑い掛ける。
もう何度言われたか分からない。
となれば、開き直るしかないだろう。
しばらくの沈黙の後ボソリと、いつもよりも低い声でスネークが話し始めた。

「……俺は。俺はシャドーモセスで色々な男と戦い、殺してきた。マンティス、レイブン、そしてリキッド」

スネークが静かに語り始める。
リキッドという名前は、以前スネークから聞いた話で知っている。
彼の、たった一人の、兄弟。

「彼らは皆こう言った。『お前には過去も未来も無い。今この瞬間だけを生きて戦い、人を殺している怪物だ。救われる事は無い』とな」
「そんな事はっ……」
「……ユーノとの旅で俺は、『人は未来に想いを伝える事が出来る』と知った。あいつとの旅以来、俺はそれを探し続けてきた」

タバコの先から流れる煙が儚く夕焼け空へ消えていき、スネークはそれをぼんやりと眺めている。
なのはも何も言えず、追うように黙って見ているだけ。

「俺は確かに作られた怪物なのかもしれない。おまけに、生まれながらに子供を作る能力を持たない存在だ」

生まれつき子供を作る事が出来ない体質。
それは余りに残酷で、悲しい。
もしも自分だったら、なんて想像ですぐに背筋が凍る。
ほんの少しだけ、ヴィヴィオを抱える力が強くなる

「そんな俺は果たして本当に、未来へ何かを伝える事が許されるのか? そもそもそれ自体間違っているのか?」

スネークは戸惑いを隠すかのように力強くタバコを揉み消し、携帯灰皿に突っ込んだ。

「その確証を得られないままに銃を握っている事に、ふと不安を抱いた。それだけだ。ただそれだけなんだ」

――悲しい人。
なのははそっとスネークの手を取る。
この手には、今までスネークが奪ってきた多くの生命に対する責任が積み重なっているのかもしれない。
だがそこには同時に、人である事を証明する暖かさがあった。

「スネークさんは怪物ではありません。私やユーノ君、部隊の皆が証人です。……それに貴方にだって、未来を夢見る事は出来ます」
「……未来を夢見る?」

聞き返すスネークに頷きを返す。
なのはの膝の上でウトウトと舟を漕いでいるヴィヴィオを優しく撫でた。

「ヴィヴィオや皆が幸せに、笑って暮らす事が出来る未来。それを実現する為にスネークさんが伝えられる事もきっとあるはずです」
「……未来の為に戦う、か。ありがちな話だ」
「世界は、そんなありがちな出来事の集合体ですよ」

柔らかい笑みを浮かべる。
スネークはそのまま沈黙し、しばらく立ち尽くす。
そしてだしぬけに、なのはへと振り返った。
普段の力強い精悍な目付き、そして信頼できる、頼れる表情。
いつもの、ソリッド・スネークだ。

「なのは、参考になった。……ありがとう」
「いえ、困った時はお互い様です。スネークさんのお陰で、私もユーノ君も笑っていられるんですから。……あ、そうだ」

ふと、スネークを部隊長室へ連行する任務を思い出す。
すっかり忘れていたようだ。
ヴィヴィオを揺すって起こす。

「ヴィヴィオ、そろそろ行くよ。……スネークさん、はやてちゃんが呼んでます。部隊長室へお願いします」
「ああ、分かった。今行――おいヴィヴィオ、髭を触らないでくれ」
「んー、じょりじょりー」

なのはは苦笑しながら寝惚けたヴィヴィオと手を繋ぎ、立ち去るスネークを見送った。
彼がどうか自分という存在に自信を持ち、強く、そして幸せに生きていく事を願って。



「スネークさん、どうぞ」

機動六課・部隊長室。
スネークを待っていたのは、厳しい表情のはやてだった。
いつものような好感を持てる温和な笑顔ではない。
スネークの遅刻を怒っている訳でも無さそうだ。
ソファーに座らされたスネークが一息付くと、はやては早々に重い口を開いた。

「早速ですがスネークさん、先日の聖王教会での話を覚えていますか?」
「……公開意見陳述会が狙われるという話だろう?」

勿論だ、と呟いた。
公開意見陳述会。
預言の解釈によって、敵に狙われる可能性が高いと危惧される催し物。
そもそも地上本部のレジアス・ゲイズ中将は預言自体信用していないらしい。
地上本部は本局と確執があり、本局側も表立った介入が出来ない。
だからその対策として地上で自由に動ける部隊、即ち機動六課が誕生した、と。

「……公開意見陳述会は中止にでもなったか?」
「いえ」

はやては腕を組んだまま、スネークの軽口にも反応を示さない。
自然とスネークの表情もより引き締められていく。

「スネークさん。貴方は公開意見陳述会の警備に行けなくなりました」
「……何だって?」

予想もしない宣告に、スネークは呆然と呟く。

「レジアス・ゲイズ中将自ら却下したんです。『魔力を持たない男を警備に付けるほど地上本部は脆弱ではない』と」

――何とも胡散臭い。
溜め息と共に目蓋を揉む。
そんな理由だけでないのは明らかだろう。

「……どういう事だ?」
「分かりません。何故中将がスネークさんを除外したか……」
「俺を会場に近付かせたくない?」

だとすれば、何故。
無言が返ってくる。
理由も目的もさっぱり分からない。
まさかとは思うが、スネークがどこぞのイカれた男のように、突然銃を乱射し始めると思っているのではないだろうか?
数秒の間、場を支配する沈黙。
……埒が開かない。

「何かある事は間違いないな……まぁ、許可が下りないなら仕方がないだろう。俺は当日大人しく留守番しているさ、酒でも飲みながらな」
「……何か、嫌な予感がします」

俯くはやてに、不安か、と問い掛ける。
気丈に部隊長という立場を努めていても、やはり年相応の弱さ、そして不安を抱えているのだろう。

「……ん、不安はいつだってありますよ。皆の事、これからの事。でも、今は悪寒が霧のようにずっと掛かってて……嫌な気分です」
「大丈夫さ、なんとかなる」

なんとかなるさ、ともう一度力強く続ける。
先程なのはに励まされ、ポジティブ思考に拍車が掛かっているようだ。
自信有りげに話すスネークに、ようやくはやてが顔を上げ、頬を緩めた。

「フフ、なんやスネークさん、結構楽観的なんですね」
「俺のモットーだからな。……希望を失ったら最後だ。希望が無くなったと思い込んだ瞬間に、無力になってしまう。絶望は死へとつながる」
「……そうですね。なんとかなる、なんとかしてみせる。ここを乗り切れば事態は必ず好転する!」

はやてはグッと腕を構えてスネークに向き直る。
部隊長らしく自信のある、頼れる目付きに戻っている。

「スネークさん、頑張りましょう!」
「そうだな」

未来の為に。


それから、一週間。
九月十二日、公開意見陳述会当日。
既に前線メンバーは警備に付いている。
そして今、機動六課で待機していたスネークの目の前には一人の男がいた。
笑みを浮かべているが真意が掴み辛い、緑の長髪男。
手元の時計にチラリと視線をやると、午前十一時五十五分。
公開意見陳述会の開始まで後三時間を切った所だ。

「初めまして、スネークさん。ヴェロッサ・アコース査察官です」
「アグスタで見た顔だな」
「あ、覚えてくれてたんですか。嬉しいなぁ」
「……何の用だ」

スネークとアコースを挟む机の上には、FIM-92A、通称スティンガーミサイルが静かに鎮座している。
スネークがシャドーモセスで活用、現在は局が保管している筈の携帯用地対空ミサイルだ。
スネークの装備でダントツの重量と破壊力の武器。
コレが今ここにあるという事は――

「――スネークさん。時間がありませんので、単刀直入に言います」
「……言ってみろ」
「つい先程、スカリエッティのアジトを発見しました。……貴方に単独潜入任務を頼みたい」

目を細めて、睨み付けるようにアコースを見る。
交差する視線。
戦いが、始まるのだ。



[6504] 第十三話「MGS」
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2009/02/28 01:11

薄暗い、小部屋。
天井の隅に存在を主張している機械が、一定のリズムで首を振っていた。
――監視カメラだ。
何度か往復するカメラがそっぽを向いた瞬間、スネークはSOCOMピストルでカメラを正確に撃ち抜いた。
専用の減音器の効果で、発砲した途端に音に気付いた敵が傾れ込んでくるという事も無い。
火花を散らし、力なくうなだれていく監視カメラ。

(……よし、ここで一休みしよう)

息を吐く。
スネークがここ、スカリエッティのアジトに潜入してから既に三時間程経っている。
少々埃っぽい小部屋の物陰に座り込むと、ブロック状の携帯食糧を口に放り込んで水筒を取り出す。
緊張が多少解れて、疲労を実感する。
思ったよりも体は疲れていたようだった。
スネークは乾いた喉に潤いを与え、おおよそ五時間前、ここに来る事となった原因の記憶を掘り起こした。

第十三話「MGS」

「つい先程、スカリエッティのアジトを発見しました。……貴方に単独潜入任務を頼みたい」

目の前の男、ヴェロッサ・アコースが淡々と切り出した。
――単独潜入任務だって?
スネークは心のどこかで半ば予想していたのかもしれないその言葉を聞いて、大きく溜め息を吐いた。
勿論相手に聞こえるよう溜め息をついたのだが、反応は無い。

「……奴は、データとしては多く残っているが逮捕歴は無い男……だったか、よくもまぁ見付ける事が出来たな?」

ヴェロッサは頷く。
それに合わせて緑の長髪が緩やかに揺れた。

「よくご存知で。ナカジマ三佐やフェイト執務官の、地道で丁寧な捜査のお陰ですよ。……色々と情報もありましたしね」
「……情報?」
「ああいえ、まだ確証の無い事です、お気になさらず。時間がありません、本題に入りましょう」
「フン、知る必要のある者にだけに伝える『ニーズ・トゥ・ノウ』か。……引き受けるとはまだ言っていないぞ」

状況を確認してからでも良いでしょう、と穏やかに言われて言い返せなくなる。
スネークは鼻を鳴らすとおもむろにタバコを取出し、口にくわえた。
が、ライターが見付からない。
くそ、と毒づく。

「発見は今から一時間前。アジトの場所はミッド東部森林地帯です」
「……俺に頼まんでも、他の優秀な局員様を掻き集めれば良いと思うがね」
「そういう訳にもいかないんですよ、これが」

スネークはクロノとカリムの話を思い出して、地上と本局の対立か、と問い掛ける。
ミッドチルダ地上本部と本局の対立。
本局が協力を申請しても強制介入という言葉に言い換えられて、いざこざのきっかけなっている。
それが枷となり表立った戦力投入は出来ない、と。
つまりは組織同士のいざこざ。
それで自分にとばっちりが回ってくる訳だ、地球のように。
ヴェロッサは座り直して手を組み、一層真剣な表情でスネークを見据えた。

「はい。本局は地上で表立った行動を起こせませんし、六課前線メンバーも陳述会の警備で一杯一杯。おまけに奴のアジトは高濃度のAMFで満たされています」
「……AMF。アンチ・マジリンク・フィールド」

魔力結合を阻害させるそれは、魔導士の天敵とも言える。
だが、そもそも魔力の無いスネークとは縁の無い話。
――成る程、大体読めてきた。

「対AMF戦に慣れてない教会騎士団。戦力的にも未だ不安なこの状況で真っ先に思い付いたのが――」
「俺という事か、成る程。……それで? 俺を単独潜入させて何をさせたいんだ」

スカリエッティの戦力を壊滅させられる力はスネークには無い。
あくまでスネークは一人の戦士なのだから、戦術核よろしく投入して相手を消し炭にするなんて不可能。
そもそも陳述会の終了を待ち、六課を含めた総力で総攻撃を仕掛ければ良い話だ。
それは即ちスネークにしか出来ない特別な任務を課す、という事。

「……私は義姉の、騎士カリムの預言を信じ、同時に憂慮しています。陳述会は局の『鍵』。ここを何とか切り抜けたい気持ちで一杯です」
「あんた等は地上の預言無視を非難してるが、預言を信じすぎでもあるな」

盲信の域に値するよ。
スネークがそう皮肉るが、彼の表情に変化は見られない。
だからこそ、とヴェロッサは力強く呟いた。

「貴方に頼みたい任務は二つ。……まずはアジトの極秘調査。貴方にはリアルタイムで映像を自動で録画・送信する端末を持って潜入して欲しい」

――つまり、敵戦力とアジトの構造の斥候。
敵を知る事が勝利への近道なのは言うまでも無いだろう。

「そして可能ならば、陳述会を襲うであろう敵戦力ガジェットドローンを統制する管制機能の無力化。……既にはやてからも許可は取れている」

後は貴方の判断だけだ、と付け加えるヴェロッサをスネークは軽く一睨みして黙り込む。
未来へ向けた二重、三重の手。
よく考えているじゃないか、とスネークが冗談混じりに褒めると微妙な笑いが返ってくる。
しかし、随分と難しい事を頼んでくれた。
恐らく警備は厳重だろう。
かなりの危険も覚悟しなければならない。
――だが、俺に打ってつけの任務じゃないか。
スネークのそんな考えが顔にも出ていたようで、ヴェロッサが体を乗り出させた。

「……貴方程の適任者はいない。アジトに張り巡らされている蜘蛛の巣のような魔力探知にも掛かる事も無いし、相当の戦闘力・精神力を兼ね備えている」
「お褒め頂いて恐縮だ」
「それに恐らく私の能力では、奴のアジトで先程言った任務をこなすのは難しいですからね」
「ふん……潜入方法は?」

それは潜入任務の根底であり、何よりも重要な位置を占める。
ニヤリ、とヴェロッサが不適な笑みを浮かべ、緊迫した空気が霧散していく。
整った顔立ちだが、真剣な表情よりはよく似合っていた。

「ズバリ、段ボールです。スネークさんが重宝しているとユーノ先生から聞きました」
「……ほぅ、段ボールを選んだ理由を聞こうか」

ヴェロッサは肩をすくめてみせ、スネークに明るく笑い掛けた。

「敵の不意を突いて潜入、という事を考えればこれは、一見古典的に見えても極めて有効な手段だ。……違いますか?」

目を見開く。
この男、よく分かっているな。
スネークは勢い良く同意の頷きを返した。
ヴェロッサが机の上のスティンガーに手を置き、表面を何度か撫でる。

「管制室に向かうまでに何かしらで必要になるでしょう。その為に何とか許可を取りました」
「……ユーノが走り回って取れなかった許可か。奴も泣いて喜ぶだろうな」

私も苦労したんですよ、とヴェロッサは軽く微笑むと、再び顔を引き締めた。
他に質問はありますか、と問うヴェロッサに、スネークは顎髭に手をやって何度か撫でる。

「無線サポートは?」
「シャリオ・フィニーノ一等陸士が。彼女は貴方の様子をモニタリングしながら、送られてくる情報を元にアジトのデータを順次作成していきます」

シャーリーか、と呟く。
ムサい男の声を聞いているよりはずっとマシだろう。

「……陳述会が無事に終了すれば、貴方からの情報を元に全戦力で総攻撃を仕掛けます。失敗すれば自力で脱出して頂くか、長い間救援を待って頂く事になりますね」
「ぞっとしないな」

陳述会の防衛に失敗するという事は、相当数の戦力が機能出来なくなる事を示すのだから。
そうならない事を祈るばかりだ。
ヴェロッサが大きく息を吐く。

「さて、話すべき情報は以上です。ソリッド・スネークさん、改めて。……この任務、引き受けて頂けますか?」

ヴェロッサは胸ポケットからライターを取出し、火を点けてスネークに差し出した。
ヴェロッサの瞳をじっと見据え、目の前の男から返ってくる真摯な眼差しと向き合う。
数秒の沈黙。
スネークはゆっくり頭を動かしてタバコに火を与え、何かの儀式のようにヴェロッサに見つめられたまま一服し、煙を吐き出す。

「良いだろう。……引き受けた」

――戦いを決断。
為すべき事を為すために、ソリッド・スネークは立ち上がる。


『こちらスネーク、待たせたな。地下三階に到着した』

順調ですね、と女性特有の柔かく高い声が脳内に響いた。
シャーリーだ。
単身潜入しているスネークの寂しさを紛らわせる、数少ない癒しの一つ。

『地下一階と地下二階はさすが、警備が厳重だったな。そっちの状況は?』
『お疲れ様です。こちらも問題無し、ですね。陳述会も異常無く進行しています』
「油断は禁物だな。……早く済むに越したことはない、急ごう」

地下に展開されているスカリエッティのアジトがどこまで続いているかは分からない。
エレベーターには四階まで表示されていたが、そこが必ず終着駅とは限らないのだ。
違うエレベーターから地下九十九階まである、なんて事は無いだろうな。
そんな不吉な考えに身震いして、即座に振り払う。
そんな恐ろしい事はアウターヘブンだけで十分だ。
地獄の梯子登りを思い出し、眉が寄ってしまう。

『地下一階の型、地下二階のⅠ、Ⅱ型格納庫は見ていていて気分が良いものでは無かった。Ⅲ型も恐らくこの階辺りに収納されているんだろうな』
『やはりそこで大量生産されているんでしょう。尚更管制システムを止めておきたい所ですね』
『そうだな。……よし、じゃあまた寂しくなったら連絡する。君の作業の邪魔にならないようにな』
『フフ、いつでも大歓迎ですよー。お互い頑張りましょうねっ』

スネークは通信を切ると立ち上がり、行動を開始した。
潜入任務の大前提は、敵に気付かれぬ用に気を付け、可能な限り接触しない事だ。
敵の隙が針の穴程の大きさであっても見逃す事の無いように、丁寧に索敵。
――まるでモグラだな。
苦笑を漏らしつつ慎重に進んでいく。
とは言え、今のスネークの相手はガジェット達が大半だ。
一分一秒を完全にコントロールする事の出来ない人間。
対して、体内に記されたプログラム通りにしか動けない機械達。
どちらが厄介なのかは言うまでもないだろう。
じっくりと冷静に、かつ迅速に進む。

「……地下三階は居住区か?」

ポツリと呟く。
リフレッシュルームに、ベッドルーム。
綺麗なキッチンルームまである。
恐らく廃都市区画の戦闘で出会った少女達――戦闘機人の生活スペースなのだろう。
彼女等が見当たらないという事は、やはり陳述会が危ないという事か。
――そして今、スネークの前方にはトイレがある。
入るか、入らずにこのまま調査を進めるか。
躊躇無く入る事を選び、自動扉の前に立とうとしたその時。
突然、扉が開いた。
勿論、スネークが開けたのではない。
トイレの中から男が現れ、互いに視線を合わせる。

――数瞬の沈黙。

男の頭上に、真っ赤な感嘆符が浮かび上がった。

「!! で、でで、出たぶほおおぉっ!」

男の顎に、スネークの拳が綺麗に埋まる。
強烈な一撃によってノックアウトされた男は、ゆっくりと倒れ込んだ。
このまま放置は不味いだろう。

「こいつは……」

頭の上で星を回すこの男は、廃都市区画で戦闘機人と共にいた男だった。
トイレの中へと引きずって、体をまさぐる。
なかなか鍛えているな。
引き締まった体に感心しながら目当ての硬い手触りに気付いて、それを取り出す。
――拳銃だ。

『シャーリー、聞こえるか』
『聞こえてますよ、危なかったですね』
『――この男、やはり地球人だ』

えええっ、と戸惑いと精一杯の驚きに満ちた声が返ってくる。
拳銃をじっくりと観察して、間違いない、とスネークは呟いた。
廃都市区画で発砲する場面があって気になっていたが、まさか本当に地球人だとは。
根拠を尋ねてくるシャーリーに解説。

『こいつはGSR、地球製のガバメントだ。……特徴的なデザインのスライド、やはり間違いない』
『はぁー、そうなんですか……』
『何故この世界に……よりによってスカリエッティに協力を?』
『……わかりません。でも、悩んでいても仕方がないですよ。気にせずに進みましょう』

そうだな、と呟いて男の体を再び引きずり、個室の便器に掛けさせる。
勿論GSRは没収。
しばらくはそのまま眠っていて貰いたいものだ。
トイレから出てその横、色の違う扉をくぐる。
巨大通路だ。
ガジェット型が巡回している。
それまでの階と同じ構造だが、大きく異なるものがあった。
壁に格納されたガジェット型と――

「――人体実験の、素体……」
『これは……酷い』

数えきれない人間達が、培養液の中にいた。
死んだように眠っている、という言葉が良く似合う。
スネークと同じ、利用させられる為だけに造られた――

「――っ……!!」

自分が目の前の培養液に浸かり、それを白衣の男達が眺めている。
そんな情景をスネークは想像して、大いに後悔した。
胃の中の物が逆流して、激しい吐き気に襲われる。
やめろ、落ち着け、違う。
自分にそう言い聞かせ、吐き気を必死に押さえ付ける。

『スネークさんっ……スネークさんっ! 大丈夫ですか!?』
『……問題無い』

スネークも、試験官の中で産まれたわけではないだろう。
下らない妄想を振り払うかのように、頭を振る。

『……助けてあげなきゃ、ですね』
『ああ。……そうだな。必ず、助ける。その為にも今は前へ進もう』

身を翻してエレベーターに向かい、地下四階へ。
しばらく順調に進んで行ったスネークは、ふと物音に気付くとすぐに段ボールを被って静止する。
段ボールの穴から様子を伺った。
ガジェット型、蜘蛛のような脚を付けた多脚型だ。
わしゃわしゃと動く様は、気持ちが悪いの一言に尽きる。
通り過ぎるのを待ってからそのまま走り出す。
ガジェット型が三体程巡回飛行している中に、チャフグレネードを放り込んで――爆発。
青い機体が披露する三流のダンスを横目に通路に飛び出し、ふむ、と頷いた。
このアジトの構造が大体把握出来た。
円を描くように巨大通路が走り、その円内部に様々な部屋が存在している。
とすると、地下四階の中央部分に管制室があるのかもしれない。
そこまで思考した所で、スネークはある事に気付いた。
それまでの階の巨大通路には無かった、円の外側へと続く扉がある。
いよいよ地下四階が特別な階だという確証が深まってきた。
スネークは警戒しながら扉をくぐり、進む。
待っていたのはガジェットの群れと、空間モニター。

『やぁっスネーク君、よくここまで来れたねっ! さすがだ、素晴らしい!』

まるでサンタクロースを待ちわびる子供のような、歓喜の声。
――ジェイル・スカリエッティ。
やはりスネークの潜入に気付いていたようだ。

「だが、ここから先へは進ませないよ」
「スカリエッティッ!!」
「ここで死んでもらう! 私がそれをじっくりと見ていてあげよう……フフフ、ハハハハハハッ!!」

スカリエッティの口元が狂喜に歪む。
首領から合図を受け取ったガジェット達がスネークへの攻撃を開始した。
気の早いⅢ型が一体飛び出し、スネークのFAMASにセンサーを撃ち抜かれて爆発。
スネークはそのまま薙ぎ払うようにミサイルランチャーを装備したⅠ型の群れを葬ると、周りをざっと見渡してⅢ型残骸の陰に隠れた。
――Ⅰ型八機と、Ⅲ型三機。
息を吐いてリモコンミサイルのニキータを構える。
この遠隔操作可能な偵察ミサイルのスピードは非常に速く、正確な操作が難しい。
だがフォックスハウンドの元教官で、徹底的な厳しさから鬼教官と呼ばれた男を思い出してスネークは胸に自信を湧かせる。
自分はあのマクドネル・ベネディクト・ミラーから、三ヶ月ものニキータ訓練の末合格を貰ったのだ、と。
ミサイルがスネークの肩、発射管から飛び出してⅢ型残骸を迂回し、ガジェット達から放たれる光線を潜り抜けて、見事命中。
マスターが見ていたら、誇りに思ってくれるだろうか。
その場を震わせる爆発は恐らく、ニキータのミサイルだけではなく巻き込まれたガジェットのもあるだろう。
覗き込んで、敵の数が随分と減っている事を確認。
よし、と力強く呟く。
スネークは続いてSOCOMピストルを手にしゃがんで覗き込み、そのまま飛び出し撃ちに派生させる。
伝説の傭兵の手元から乾いた音が三度鳴り、爆発音が同じ数だけ響く。
――後はⅢ型二体だけだ。
スティンガーを構えて飛び出し、成型炸薬弾を撃ち出す。
アームを取り付けられた二体の内一体は防御するようにアームを交差させ、もう一体はスネークへとそれを伸ばしている。
無駄だ、とスネークは呟いて、成型炸薬弾がガジェットを破壊する様を眺める。
大きな爆発をきっかけに、騒がしかった空間が一転して静まり返った。
土煙が晴れ、スネークはモニターを睨み付けた。

『……素晴らしい、凄いよスネーク君! 思った以上だ!!』
「この程度か、スカリエッティ?」
『……クク、クククッ!!』

不気味な笑いを残して、モニターが消え去る。
フン、と不満気に鼻を鳴らせて、ガジェットの残骸を跨ぎながら歩く。

『シャーリー、それらしい所へ来たぞ』

目の前には一際大きな自動扉。
最もこれがスカリエッティの寝室への扉等と言ったら話にならないのだが。
二秒、そして三秒経っても返事が返ってこないことに気付く。

『……シャーリー、こちらスネーク。聞こえてるか』

――返ってきたのは、雑音塗れの返答。

『スネ……さ……! ……課……敵襲……!』
『っ!? ……どうしたっおいっ! シャーリー!』

敵襲だって?
奴らが襲うのは、陳述会ではなかったのか?
シャーリーからの通信が、遂に沈黙した。

「ぐっ……」

どういう事だ。
言い様の無い不安と戸惑いに駆られるが、引き返す訳にもいかない。
身を焦がす焦燥にスネークはそれまでの疲労を無視して、銃口でポインティングさせたままゆっくりと扉の横に立つ。
一番緊張する瞬間。
特別な場所へ続くであろう自動扉がその大きな口を開いた瞬間、スネークが待ち伏せていたガジェット達によって蜂の巣にされる、という可能性も十分に有り得る。
いくら常人離れだの非常識だの言われていても、体を容赦無く蹂躙されては生きていられない。
余りに身近な『死』に脈打つ鼓動を激しくさせながら体を最大限隠して扉を開け、最大限の警戒を払いながら中を確認する。
――誰も、いない。
どうやら通路のようで、先に何かあるのだろう。
緊張感を保ちつつそのまま通路を抜けて巨大な空間に出るが、やはり誰もいない。
ガジェットさえも、そこを悠々巡回している事は無かった。
反対側に扉が確認でき、その先にまだ道がある事を示している。
時間が無い状況の中一刻も早く管制室へ急がねばならないのに、スネークの足が動く事は無かった。
――その空間の中央にある物に目を奪われていたからだ。

「『コイツ』は……」

スネークは半ば呆然と呟く。
周りの音は消え去り、『それ』が放つ威圧感によって生じた鳥肌が全身に伝わる。
目の前の『ソレ』は静かに、それでいて圧倒的な存在感と共にスネークを見下ろしていた。
アニメに見るような、より人間の形に近い巨大ロボットだ。
灰色掛かった細身の機体はおおよそ十数メートル。
腕に当たる場所にそれぞれ装着されている翼。
無骨な戦車、そして名前の通り恐竜という印象だったメタルギアREXに対して、こちらはまるで、有翼人そのもの。
視認できる武装は股に光る自由電子レーザーに、両肩の付け根の上にそれぞれ装着された魔力砲。
そして、REXには存在していなかった頭部に視線を移し――

「――レール、ガン?」

頭の上に、まるで角のように生えていた。
メタルギアREXの右肩に装着されていた物より小型化されているが、やはり間違いない。
通常のロケットとは違って推進燃料を燃やさず、磁場を使って大砲のように核弾頭を超高速で射出する事が出来るレールガン。
既存の弾道ミサイル検知システムからの追跡を回避できるそれは、政治的な面でも米政府のとっておきだっただろう。
こいつも核弾頭を発射する為のレールガンなのだろうか?
予期せぬ機体の登場で当惑するスネークの目の前に、突如空間モニターが現れる。
見間違える事はない、あの男。

『スネーク君、これは素晴らしい風格だろうっ?』
「スカリエッティ! こいつはっ……こいつは一体っ!?」

スネークはモニターの中、底の見えない深い笑みに怒鳴り掛ける。
だが、怒鳴られたスカリエッティの表情には変化が見られない。
それどころか目を細ませ、余計に口の端を吊り上げさせていく。
――狂喜。

『フフフ……メタルギアさ』

やはり、と唇を噛む。
スカリエッティはリキッドやビッグボスの存在、そしてスネークの出自を知っていたのだ。
メタルギアの事を知らない筈もないのだろう。
だが、スネークの脳内には止まらぬ疑問が埋め尽くす。

「どうやって……REXの設計情報を手に入れた」

当然、メタルギアREXを意識しての設計、そしてレールガンの改良タイプなのだろう、明らかにREXを彷彿させる部分が多い。
シャドーモセスでスネークを苦しめたREXの自由電子レーザー、作った本人曰くオタコン式ライトセーバーを始め、何かしらの手段でそれらの情報を手に入れた事は明白だ。
地球に行ったとでも言うのだろうか?
モニター上のスカリエッティはスネークの言葉に反応を示さず、恍惚な表情を浮かべる。

『スネーク君。君はメタルギアとよく似ている』
「……何?」

革靴の小気味良い足音と共に、スカリエッティがロボットの股を抜け、スネークの前に現れる。
陶酔しきっているその顔に、スネークはSOCOMピストルを躊躇無く向けた。

「君はメタルギアのコンセプトが『核搭載二足歩行戦車』だけだとでも思っているのかい?」
「……地球上のどこからでも核を撃てる、という目的を目指して作られたのが事実だろう」

核爆弾。
ヒロシマ、そしてナガサキで証明された核の威力は確かに未来へ伝えられた。
だが広く伝わった核に対する畏怖の念は、不幸にも核廃絶の道を作らない。
冷戦時代に突入して、待っていたのは核軍拡だ。
「やられたらやり返せ」という主義の元に作られるのは、「やったらやられる」という現実。
結果、敵も自分も報復攻撃の恐怖で縛り上げる事で均衡を保つ、所謂「核抑止論」が完成したのだ。
東西の明確なイデオロギー対立が核軍拡を助長、核軍拡がさらにイデオロギー対立の溝を深める。
それが冷戦であり、核の恐怖を象徴していた時代だった。
――そして、冷戦が終結する。
そんな訳で、、国家間の核抑止の必要性は薄れてしまった。
それでもやはり、一見して無くなった核攻撃の恐怖でも、宗教対立等で知られる地域紛争ではやはり脅威として残ってはいるのだが。

そういった中で革変を起こすために登場したのが、メタルギアという兵器だった。
メタルギアは強靱な足によって誰にも頼らずどこへでも赴き、自由気まま、どこからでも好きな場所へ核攻撃を行える性能を持つ。
どんな悪立地でも構わずに、だ。
『特定不能な地点からの核攻撃』という圧倒的な戦略的優位性を持ち、軍事バランスを簡単に引っ繰り返す事が出来る兵器。
ビッグボスがそれを用いて世界に宣戦布告し、そしてシャドーモセスで新たな核抑止の時代を作り上げるために開発された悪魔。

「ハハハ、違う。そんな物は副産物に過ぎない。君もメタルギアも、数々の代償を経て作り出された怪物。不可能を可能にする象徴っ……!」

それを、スカリエッティは狂ったような笑みと共に、即座に否定してみせた。

「メタルギアの本来の趣旨は、革新的な変化を遂げる時代と時代を繋ぎ、そして突き動かしていく事だよ」
「っ!? これはっ……!」

不意に地面から生えた赤い糸に足を取られる。

立ち上がる間もなく、何本もの赤い糸は縦横無尽に飛び回ってスネークの周囲を囲い、小さな檻を形成してしまう。
――しくじった。
スネークは悪態をついた。
にんまり、とあくどく笑うスカリエッティ。

「そう、偉大なる『金属の歯車』さ! ……なぁスネーク君、私は君を尊敬している、敬愛している!!」
「お断わりだ、嬉しくも無い」
「フ、フフ、フハハハハッ! ……だからこそっ! 私はメタルギアのコードネームをこう名付ける事にしたっ……!」

上昇し続ける抑揚を抑えきれないのか、スカリエッティはバッと腕を広げると、メタルギアを仰ぐ。
自分が作り出したそれを楽しそうに、そして何よりも愛しげに見つめ、言い放った。

「このメタルギアのコードネームは『SOLID』。……そう。――メタルギアソリッドさっ!!」
「メタルギア……ソリッド」

スネークは呆然と呟いた。
こんな物が自分をモチーフに作られた、等と聞かされれば嫌悪感もそれ相応に募っていくだろう。
更に、メタルギアの機体に小さく光っている『MG-SOLID』の文字に気付いて、舌打ち。
スネークは身動きが取れない状況の中、戦意を枯らす事無くひたすらに睨み続ける。

「貴様の狙いは何だ。レールガンで……メタルギアで核攻撃を仕掛けてどうするつもりだっ!?」
「フフ、良いだろう」

教えてあげよう、とスカリエッティは手元のモニターを操作し、スネークの目の前へモニターを表示させる。

「これ、はっ……!!」

炎に包まれた機動六課。
別画面では戦闘機人達の一人が幼い少女――ヴィヴィオを抱いて夜の闇の中を飛行している。
それは、どんな言葉・表現よりも分かりやすく、的確に管理局の敗退を示す図。
――くそっ、間に合わなかった。
スネークはたまらず歯軋りした。
ロングアーチスタッフ達の安否が気になる。
ぐ、と唸って、怒りを露にする。

「少女に手を出す程の変態野郎に付ける薬は無いなっ……!!」
「フフ、首尾良くいったみたいだ。……ゆりかごの起動ももうすぐか、楽しみだなぁ」
「……ゆりかご?」

スカリエッティがまた新たなモニターを作り出し、そこに戦艦が表示される。

「旧ベルカの巨大戦艦、質量兵器さ。あの少女が『聖王のゆりかご』起動の鍵となるんだよ」
「……貴様の切り札か」
「ゆりかごが二つの月の魔力を受ける事が出来る位置まで上昇出来たら、その実力を遺憾無く発揮する事が可能になり――このゲームは私の勝ちさっ」
「それがすんなり成功すると確信しているのか?」

管理局も体勢を立て直し、全力でそれを阻止しようとするのは自明だ。
ヴェロッサの顔を脳内にフラッシュバックさせる。
愚かな、と鼻で笑うスネークだが、スカリエッティには気にした様子は全く無い。

「当然、ゆりかご上昇への邪魔が入るだろうね。地上をガジェットや戦闘機人で攻撃したとしても、君の優秀な仲間達がそれを食い止める可能性の方が大きい。だが――」

――その為のSOLIDさ。
そう言ってスネークへ陰湿に笑い掛けるスカリエッティ。
悪寒が体を震わせる。

「まさか……」
「ミッド地上本部に核攻撃を行う。レールガンが放つ超高速の不意打ちによって自らの巣を失い、動揺と絶望に喘ぐ哀れな局員達……」

うっとりとした表情のスカリエッティ。

「……クク、そこから崩していき――ゆりかごは無事、軌道上に到着さ!」
「ミッドを核で消滅させるつもりかっ……!?」

さもどうでもいい、と言わんばかりに首を振ってみせるスカリエッティ。

「……ゆりかごは防衛面で戦艦後部・下部に死角があるから、SOLIDをそこに配置出来れば正に完全無欠っ……!!」
「あの化け物は飛ぶのか」

勿論さ、と陽気に笑ってみせるスカリエッティ。
その為の翼なのだろう。
――気に入らない。

「君の世界はなかなか優秀だ。クローン技術については勿論の事、機械工学、特にロケット工学に関しては参考になる部分が多かったなぁ」

やはり、地球に行ったという事か。
嫌悪感が噴き出してくる。
スカリエッティは指を軽やかに踊らせモニターを全て閉じると、白衣を揺らしながらスネークに近づいてくる。
目と、鼻の距離。
赤い檻越しに、スカリエッティの吊り上げられた口元がゆっくりと下がっていく。
――初めて見る、奴の無表情。
その奥に、僅かだが憎しみが伺えた。

「……なぁ、スネーク君。『SCENE(時代)』によってあらゆるものの価値観は変異する。昨日の悪は今日の正義に成り得るんだ」
「……何を言っている」
「我々は今は世界から忌まれる、『倫理』という壁に押しやられた存在だ。……そう。僕も君と同じ、人工的に造られた怪物なんだよ」
「……」
「そして同時に、『GENE(遺伝子)』も、『MEME(文化的遺伝子)』さえも未来へ伝える事を許されない存在だ」

未来に伝えられる事。
伝えるべき想い。
例え造り出された存在でも、自然に老いて、自然に死んでいく事が許されなくても、明日が無いとしても――!

(――俺にも未来を夢見る事は出来る!)

スカリエッティの言葉等には惑わされない。
つい先日なのはと話した事を思い出して、スネークの精神が自然と否定の声を上げた。

「何を信じるか、何を未来へ伝えるかは自分で決める。……お前の被害妄想に耳を傾けるつもりは無い」
「いいや、これは事実だ。今の我々には過去も、未来も無い。そして私はそれを黙って見ている程呑気では無い! ……SOLID、そしてゆりかごで時代を突き動かす!!」

拳を握り、何かを振り払うかのように腕を振るうスカリエッティ。
スカリエッティの憎しみの対象は彼を造り出した存在か、それとも自分という存在が認められる事の無い世界に対するものなのか。
完全に興奮しきっているスカリエッティの言葉は止まらない。

「そして生まれる新たな時代、世界っ! ……君や私のような『外側』の者達へと与えられる『天国』――アウターヘブンの完成だっ!!」

アウターヘブン。
そのたった一言で、スネークは怒りで真っ赤になる。
ふざけるな、とスネークは内心で盛大に毒付いた。
過去の亡霊が頭をもたげさせ、不快感は顔をしかめさせていく。
メタルギアだの、アウターヘブンだの、いくら何でも程というものがある。
ビッグボスもスカリエッティも、狂気に取り憑かれているのだろう。
そんな事を認める訳にはいかない。

「居場所が無いと妄想した挙げ句、全てを破壊して瓦礫の上で悠然と佇むのか?」
「ほう、妄想? 一個人ではなく社会が我々を造り出しておいて、それなのに我々は社会から評価されない。それは事実だろう」

スネークが反論しようとして、いやむしろ、とスカリエッティがそれを遮った。

「むしろ、社会は我々を淘汰しようとさえしている。淘汰すべきものだとしてね」
「……」
「そんな世界と相対さない方がどうかしている。それが私の考えだよ」
「……そして、俺と相容れない考えだ」
「フッ……とにかく、その為にも今はこれ以上君に動いて貰いたくないんだ」

だから、とスカリエッティをしなやかに指を踊らせる。
直後、高速で飛来する光弾。
頭部への重い衝撃に、堅固だったスネークの意識はあっさりと刈り取られた。
カリムが恐れていた預言が、実現しようとしている。



[6504] 第十四話「決戦へ」
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2009/02/26 15:22

酷く心が重く感じる。
以前に味わった事のある、懐かしい感覚だ。
ただ、傍観しているしかなかった八年前。
辛い現実を前に苦しんでいる大事な人へ、笑顔を取り繕って大丈夫、と励ますしかなかった事件。
恐怖と悲しみに身が凍り付き、喉の活動制御が困難になって。
彼女の前で、平静を装って喋る事がどんなに辛かった事か。
――そして今現在も。
恋人の娘、さらに大事な親友も手の届く所にいない。
だが以前のように、負い目を胸にひたすら悲しんでいるつもりは無い。
『傍観』という名の逃避はもうしないと決めたのだ。
それは世界で最も嫌悪すべき物なのだから。

第十四話「決戦へ」

ユーノが重たい目蓋を持ち上げると、ぼんやりとした視界が広がった。
自分はどうやら眠っていたらしい。
おぼろげな意識を覚醒させようと体を起こし頭を振った所で、ずり落ちる毛布に気が付く。

「……仮眠室か」

ユーノはボソリと呟いて、毛布を拾い上げた。
最後の記憶は、聖王のゆりかごについて纏めたデータを各部署に送った所で途切れている。
――スカリエッティがゆりかごを保有していると仮定。
恐らくそれが二つの月の魔力を最大限活用出来る場所、衛星軌道上へと飛び立つ筈だろう、と。
次元跳躍攻撃さえも可能になるそれを許すのは非常に危険であり、予言の完成に一役買う事は間違い無い。

「……ふぅ」

起きて早々重い溜め息をついて立ち上がる。
誰かが寝てしまったユーノをここまで運んでくれたのだろう。
ここ、無限書庫備え付けの仮眠室は幾度と無く世話になった場所だ。
もしかしたら、局の寮よりも使用頻度は高いかもしれないな。
ユーノはぼんやりとそう考えながら、別のベッドで鼻提灯を揺らし爆睡している司書を横目に無限書庫へと戻った。

「アルフ、ごめん。寝ちゃってたみたいだ」

無重力空間。
ユーノは緩やかに揺れているふさふさの尻尾に向かって声を掛けた。
声に反応して振り返った、頭から耳を生やした少女は軽い挨拶の後、苦笑しつつ手を振ってみせる。

「いいんだよ、ユーノは陳述会の後からずっと働きっぱなしだったじゃないか」

むしろもっと寝てな、と容赦の無い言葉を浴びせられてしまい、思わず苦笑する。
十年来の友人であるアルフも、以前からちょくちょく手伝いに来てくれているのだ。
感謝の念が絶える事はない。

――公開意見陳述会が襲われ、地上本部と機動六課が壊滅してから四日が経っていた。
正に、歴史的大敗と言える。
マスコミもこの事件について朝昼晩引っきりなしに騒ぎ、一向に止む気配は無い。
怪我人多数、行方不明者三人。
行方不明者の内訳はギンガ・ナカジマとヴィヴィオ、そしてソリッド・スネーク。
前者二人は襲撃で誘拐されたのだが、スネークは違う。
彼はスカリエッティのアジトに単身潜入して、今も通信が繋がらない状態になっているのだ。
皆ユーノと顔見知り以上の仲であり、心配で心配で堪らないのだが。
――ともかく、六課が態勢を立て直したら、本局は総攻撃を仕掛けるつもりらしい。
現在も地上は単独調査を主張しているが、状況が状況だ。
世論も本局を後押しする事だろう。
その為ユーノは事件後、無限書庫に籠もってゆりかごの情報収集に努めてきた。
いつ総攻撃が開始されても支障の無いように。
それもなんとか間に合ったようで、安堵の息をつくばかりだ。
ようやくこの事件における、無限書庫司書長ユーノ・スクライアの仕事は終わったのだから。

「……アルフ、それでちょっと六課に行ってこようと思うんだけど」
「おー、行ったれ行ったれ。通常業務は任せときな、仮眠室の奴も叩き起こすよ。なのは達も大変だろうけど、顔くらいは出しときなー」

ありがとう、と頷いてアルフの頭を撫でる。
照れ臭そうにしながらユーノの手を払い除けるアルフが何とも微笑ましい。
事件後なのはとは軽く通信で会話した程度だから、彼女の顔を直接見たかった。
他の六課隊員も気になるところである。
現在は次元航行艦アースラに拠点を移し、六課隊員達がぞくぞく乗り込んでいるのだろう。
ユーノは通信ではやてを呼び出して、疲れ気味の、それでもやる気と負けん気は衰えていない顔に声を掛けた。

「やぁ、はやて。送ったデータ、見てくれたかい?」

勿論、と勢い良く頷くはやて。
そのまま決意の籠もった表情で、絶対に止めてみせる、と眼光鋭く言い放った。
――現状、機動六課がそれを食い止める際に重要な位置にいる事は明白だ。
部隊長であるはやての肩にも相当な重圧が掛かっているのだろう。

「う、うん、そうだね。……あー……他の隊員は、大丈夫かい?」

ユーノは思いがけず深刻な雰囲気になった事を後悔して、無理矢理話題を変える。
――もう少し自分には話力があると思ったのだが、これは我ながら苦しいな。
はやてもそんなユーノの心情を見抜いたのか、真剣な表情を崩して明るく笑った。

「プッ……フフフ、私は大丈夫やから、ありがとな。んー、まだフォワード陣で治療しとる隊員がおるけど、他は大体何とかなったかな」
「決戦は近いみたいだね。……そっちにちょっと行きたいんだけど、いいかな?」
「ん、大丈夫や。なのはちゃんもやっぱり落ち込んでるみたいやし、励ましてあげてな」

連絡しといてあげるな、とからかうような笑みを浮かべたはやてに苦笑する。
了解、と一言告げて、ユーノは転送の準備を始めた。


懐かしいな、とユーノはアースラの通路を歩きながら呟く。
初めてここに乗船してからもう随分と年月が経っている。
思えばユーノが十歳かそこらの頃、スネークは二十四歳程。
一回り以上も年が離れている彼は、実は気が置けない友人だなんて少しおかしいとも思う。
……だが、他に形容する言葉が見つからない。
ユーノが苦笑していると、不意に目の前から歩いてくる人影に気が付いた。
何処か大人びた雰囲気を持ち、なのは曰く、スネークを特に尊敬している少女。

「……ティアナ・ランスターさん、だっけ?」
「す、スクライア司書長!」

慌てて敬礼をするティアナに、堅くならないで、と優しく声を掛ける。
正直、そこまで堅くなられても困るのだが。
ユーノはスネークとの初対面で、彼に敬語で話していた。
そんな記憶はユーノの体に鳥肌が立たせる物として十分過ぎ、ブルッと震えてしまう。
もし今スネークに敬語で話せと命令されたら、大事な段ボールを三階建てのビル屋上から川へ投げ捨ててでも拒否してみせる。
――色々な意味で、随分と毒されたものだ。

「……あの、スクライア司書長は何か御用があってこちらに?」
「うん。なのはや他の隊員達の様子が気になったからね」
「あぁ、成る程。なのはさん、喜ぶと思いますよ」

可愛らしい笑顔を向けてくるティアナ。
……何だか、周りの皆からそう言われているような気がしてならない。
ユーノ自身は、そこまでバカップルだとは思っていないのだが、からかわれているのだろうか?
ハハ、とユーノは乾いた笑いを返す。

「ティアナさんは怪我とか、大丈夫なのかい?」
「はい、私は掠り傷程度で……これからシャーリーさんの元へ行く所です」
「……え?」

まだ病院にいてもおかしくない筈の名前が出て来て、ユーノは軽く耳を疑った。
彼女は、スネークから送られた情報をハードコピーする為最後まで残り、負傷したのではなかったか?

「シャリオさんって、確かスネークの無線サポートに付いてて……怪我したんじゃ?」
「ええ。シャーリーさん、まだ完治していないのにスネークさんから送られた情報の纏め作業をしてるんです」

だからせめて私はそのお手伝いを、とはにかみながら答えるティアナ。
ユーノはふうん、と呟いて顎を撫でる。

「……僕もなのはと会った後に、行かせてもらって良いかな? ちょっと気になるし」
「あ、はい。全然構いませんよ、お待ちしています」

――意外にも、すんなり了承された。
こうも信用されている事を喜んで受け取るべきか悩みつつ、ユーノは笑顔でティアナと別れる。
そのまま居住区画へ向かって数分歩き、目当ての部屋の前に人影を確認。

「――ユーノ君っ!」

笑顔と共に、意気揚揚と栗色の髪を揺らしながら走り寄ってくる女性。
彼女を見て、ユーノも大いに頬を緩ませた。

「なのは!」

ブレーキを掛けずに突っ込んでくる恋人。
ユーノはその衝撃をしっかりと受け止める。
――鼻孔をくすぐる女性特有の甘い香り。
だがそれも一瞬で、すぐに離れていってしまう。
公私混同はよろしくない。
いつまでもここでくっついている訳にもいかないだろう。
とりあえず、と部屋の中へ入る。

「……ごめんね、押し掛けちゃって」
「ん、大丈夫。嬉しいから。……送られてきた資料、見たよ。大変な事になっていきそうだけど……」

僅かだが、なのはの顔に不安の色が浮かんだ。
攫われたヴィヴィオの事。
聖王のゆりかごの事。
彼女も色々な不安と戦っているのだろう。
だが、ユーノはその為にここまでやって来たのだ。
なのはの肩に手を置き、その澄んだ瞳を見据える。

「……なのはも、スネークみたいに気遣われたりするのは得意じゃ無いから――」
「そんな事は無いけど……」
「――だから、一言だけ。……大丈夫。きっと、大丈夫だから」

なのはが息を呑んだ。
少々の照れ臭さに襲われて誤魔化すように、熱が籠もり始めた頬を掻く。
なのははそのまま、ボスッとユーノの胸に顔を埋める。

「余計なお世話かもしれないし、スネークの励まし程説得力は無いと思うけど……ね」
「ううん……元気、出たよ。ありがとう」

彼女の声が潤んでいくのを感じながら、何も言わずに抱き締める力を強める。

「……この事件を無事解決出来たら、ヴィヴィオを正式に娘にしようと思うの」
「……なのはも母親かぁ」

少女もいつの間にか大人の女性となっている事に、年月の流れが早い事を実感させられる。
なのはが穏やかに笑いながら、ユーノを見上げた。

「ユーノ君も、ユーノパパなんて呼ばれるようになるんだよ?」
「そうか。……そうだったね」

互いに微笑みあって。

「ああ、そうだユーノ君。大事な話があるんだけど」

――気付いたらすっかり、頼れる高町一等空尉殿の顔に戻っている。
事件関連かい、と問い、なのはの微妙な表情での頷きに首を傾げる。

「とりあえず、フェイトちゃんの所に行こう? そこで詳しく話すよ」
「……わかった」

アースラの廊下を仲良く肩を並べてしばらく歩き、目的地に辿り着くとなのはが扉を開ける。
――幾つも展開されたモニターと、忙しなく手を動かし続けている女性達。
頭に包帯を巻いたシャーリーと、ティアナ。
その隣に、フェイトがいた。
ティアナが真っ先にユーノ達に気付いて振り返り、軽い敬礼で迎える。
それによって残りの二人もドアへ振り返る。

「あぁユーノ、なのは、来たね」
「ユーノ司書長、こんにちわー」

思い思いの挨拶。
ユーノはそれに軽く手を振って答えた。

「やぁ。……シャリオさん、怪我は大丈夫なのかい?」
「はい、休んでなんかいられませんよー。任務は終わってませんからね、スネークさんの頑張りは無駄に出来ません」
「……そうだね」

――皆、強いな。
自然とそう呟いてしまったが、誰にも気付かれなかっただろうか心配になる。
それはどうやらユーノの杞憂だったようで、シャーリーがユーノに向き直った。
それで、と早速話を切り出す。

「スネークさんから送られた情報、最後の方は映像は正常に受信仕切れてなくて、音声も途切れ途切れなんです」
「……それで最後の部分だけざっと確認したら、こんな言葉が残されていたの。はやてちゃんにも伝えたんだけどね……」

なのはの緊迫した声に、ユーノは唾を飲み込んだ。
フェイトがシャーリーに視線をやる。
神妙な面持ちで頷くシャーリーが、手元のモニターを操作。
雑音と共に、音声が再生される。

『シャー………そ…し………イツ……!?』

――何を言っているのかさっぱりだ。
音声の中に雑音が混じっているのではなく、雑音を掻き混ぜるようにスネークの音声がちりばめられているといった感じか。
それでも、緊迫した空気は音声越しによく伝わってくる。
ユーノはしばらくの間続いたそれから最後にはっきりと、一つの単語を聞き取った。

『……レール、ガン』

何だって。
ユーノはモニターを前に大声を上げた。
――その単語には聞き覚えがあった。
いつかスネークから聞かされた、シャドーモセス事件における重要なキーワード。
シャーリーが、音声の停止したモニターを消す。

「――そう。スネークさんが話してくれた、磁場で核爆弾を発射する質量兵器」
「……奴は、スカリエッティは核攻撃をするつもりなのかっ……?」
「……」

ユーノが呆然と呟いた言葉を誰も否定出来ないのか、無言がひたすら返ってくる。
しかし、とんでもない話になってきていないか。
ユーノは頭を抱えたくなりながらも、それを何とか抑えつけて一呼吸置く。
自分自身凄く動揺しているのがよく分かるな。
どうやらそれはフェイト達も同じようで、深刻な表情の奥に不安が見え隠れしている。
ユーノは荒い呼吸を整えた。
――狼狽していても仕方がない。
明るい声になるように努めて、眼鏡を押し上げる。

「……まぁ、でも。スカリエッティがどこへ核を撃ち込むつもりでも、頑張って止めるしかないよね?」
「ユーノ、言うね……」

ポジティブ思考の発言に、フェイトが唸る。
感心しているのか呆れているのかは分からないが。
微笑しているなのはがいる事だし、胸を張る事にする。

「スネークなら、おまけに『なんとかなる』『どうにかする』って自信満々に付け加えてるよ
「……ふふ、そうかも」

楽観的なスネークの事だからそう言って、自分と周りを奮い立たせるだろう。
違いない、と数か月もの間スネークを見てきた女性陣の穏やかな笑いが零れる。
レールガンについて、知ったような顔をしているティアナやシャーリー。
ユーノはふとそれが気になって、フェイトとなのはに視線を向けた。

「フェイト、なのは。……スネークの事、皆に話したの?」

スネークも必死に隠したがるような過去でも無い、別に話しても構わない、とは言っていたが。
気軽に話すような事でもないし、隊長陣三人とユーノは、極力話さないでいた。
他にスネークの出自を知っているのは、クロノとカリム、ヴェロッサだけである。

「……うん。スカリエッティがスネークさんに固執してたっていう事やレールガン。それに……」

なのはがちらりと視線を向けると、フェイトがどこからか本を取り出した。
久しぶりに見る日本語で書かれたそのタイトルは――

「『シャドーモセスの真実』……?」

シャドーモセス。
聞き間違えるはずもない地名がタイトルになっているその本を受け取って、ぱらぱらと捲る。
以前にスネークが話した内容が、彼を無線でサポートした女性の視点で詳細に記されている。

「海鳴のエイミィから送られきてね、翻訳版が日本でも話題になっているんだって」
「……向こうではどんな反応なのか、エイミィさんに聞いた?」

答えが大体予測出来るが、聞かずにはいられなかった。
友人として、スネークが侮辱されるのはどうしても我慢出来ない。
『一々反応して、どうにかなるものでもあるまい』
『気にしていても仕方が無い』
そんな風にスネークは言うのだろうけど。

「ん、荒唐無稽っていう意見が殆ど。……最初はね」

――最初?
今は八割が信じているとでも言うのか?
ならばその八割が信じるに至った経緯は?
湧き続ける疑問を早口で捲し立てるユーノに、フェイトはこれ以上無い位にたじろいで話を続けた。

「じ、事件日の米軍の異常行動が、最近報道されたんだって。アラスカ近海に出現した原子力潜水艦や爆撃機……」
「……」
「色々な報道機関で『第三国の軍事侵攻』だとか『軍の一部によるクーデター』だとか憶測が飛んだらしいんだけど……」

シャドーモセス事件の詳細を語ったこの本が、それらを一蹴したという事か。
何たって事実を元に書かれているのだ。
パズルピースのように上手くはまる辻褄によって信憑性が高める事は間違いない。
ユーノは顎に手をやりそう呟き、フェイトも同意の頷きを見せる。

「米政府は事件を否定しているけど、それで結構信じる人は増えちゃったみたい」
「……複雑な気分だね」
「信じる人達は、スネークさんを英雄視しているか、もしくは……その……」
「――嫌悪感?」

うん、と小さく頷くフェイト。
自分達とは違う存在へと向ける、異形を嫌うという、人間の、生物の本能。
――スネークが何時、それを望んだというのか。
スネークが父親を殺し、戦友を殺し、心身共にボロボロになるまで戦って世界を核戦争から守り、今も必死に歩みを進めている。
奴らに、そんなスネークへと嫌悪の視線を向ける資格があるのか。
そう考えれば考える程ユーノは心が冷え込むのを感じ、表情が堅くなるのを実感する。
それに気付いたのかなのはが不安そうにユーノの横顔を見上げ、握り拳をそっと手の平で包み込む。
それだけで心が暖かくなるのだから、心強いものだ。
念話でありがとう、と一言送る。
更にティアナが一歩前に乗り出して、力強い表情をユーノへ見せた。
スネークを尊敬している少女の想いの強さが滲み出ている。

「スネークさんがどんな生まれ方をしていても、あの人が尊敬に値する人だという事に違いは無いです!」
「……ティアナさん」

柔らかい微笑の後、シャーリーも動かし続けていた腕を止めユーノを真っすぐ見て、ティアナに同意する言葉を吐く。
あの人は信用出来ます、と。

「あの人は『何か』を持っています」
「……『何か』?」

反射的に聞き返すが、それは以前からユーノも思っていた事だ。
スネークやなのはが持つ、言葉に表せない『何か』。

「強い人。信じるに足る人。他人の期待に応える事が出来る人だけが持つ『何か』を。……それに、見た目よりもフランクでしたしね」
「……うん、そうだね。ありがとう、ランスターさん、シャリオさん」

逆に励まされてしまったな、と照れ臭さを感じて、彼女達に笑い掛ける。
見ず知らずの他人がどう思おうが、そんな事はユーノやなのは達には関係無い。
ユーノは改めて決意を固める。
もう逃げない。
傍観は終わりだ。

――これ以上何も失う事無く事件を終わらせてみせる。



公開意見陳述会から一週間後。
刻む足音が強く耳に残る程、静かな空間。
少し薄暗いそこには、二人の男がいた。
ジョニー・ササキと呼ばれる男、そしてその視線の先、格子の付いた扉を挟んで半裸の男。
『不可能を可能にする男』『伝説の英雄』等と持て囃された兵士。
ベッドに腰掛け黙って俯いているその男の名はソリッド・スネーク。
――寝ているのだろうか?
違う、とジョニーはその考えを振り払う。
スネークはシャドーモセスの独房にいた時、無線で何か話していたかと思えば、シャドーボクシングの真似事をしたりしていた。
壁を飽きる事なく何度も叩いていた様はまるで、誰かに操られていたかのようだった。
ジョニーが何度大声で注意した事か。
それでも言う事を聞かなかった事を考えると、このスネークの状態は異常。
少し心配しつつ、少々抑え気味に声を掛ける。

「おい、スネーク」
「……お前か」

スネークが顔を僅かに持ち上げ、バンダナの下に覗く鋭い瞳でジョニーを射貫いた。
ピリピリした空気が流れ、ジョニーは一瞬だがたじろぐ。
何でもない様子だったスネークを確認して、ジョニーはポケットをまさぐった。
目当ての物をスネークに投げ渡して、選別だ、と一言。
スネークの装備から抜き取った、ライターとタバコだ。
スネークは微かに困惑した表情でタバコの箱とジョニーに視線を行き来させる。
やがて軽くタバコの箱を掲げて、ジョニーに感謝の意を示した。

「俺の装備は?」
「纏めて置いてあるよ。……気分はどうだ?」
「……最悪だよ。ここ一週間変態科学者に加えて、お前の仲間の美女達にまで裸体をじっくり観賞されたからな」

タバコをくゆらせながら皮肉気に話すスネークへ、それは災難だったな、と苦笑する。
スカリエッティはクローンとして造られたスネークに大層な興味を抱いていた。
あんな奴にじっくりと、なぶるように身体検査されるのを想像したら、同情の一つもするさ。
それでも、シャドーモセスで行われたオセロットの拷問よりはマシなのだろう。
――身動き出来ないよう回転ベッドに縛り付けて、気の向くまま電流を体に流す。
数十秒の間断続的に響き続けたスネークの、人間が上げるものとは思えないぞっとするような悲鳴。
そして加虐の喜びでオセロットの顔に浮かぶ、官能味のある恍惚の表情。
ジョニーはそれをありありと思い出して、体を襲う寒気に身震いした。
そんなジョニーへ、おい、とスネークがだしぬけに声を掛ける。

「お前、地球人だろ?」
「えっ? あ、そ、そうだが……よく分かったな?」

ピシャリと言い当てられて、訳もなくどもってしまう。
この異世界では、人間に猫耳が生えているなんて事はない。
ジョニーを一見して、どこの出身なのかなんて分かり得ないのだ。
まさか、シャドーモセスで捕まった時からずっと俺を覚え――

「――GSRはこの世界に無いからな」
「……ああ、成る程ねー」

一度はスネークに奪われたジョニーの愛銃が、奇しくも主人の出身証明書になった訳だ。
説得力のある言葉に、下らない考えを一蹴する。
よくよく考えたら、多くのゲノム兵の中の一人なんて覚えている筈もないか。

「お前はどうやってこっちに?」
「……トイレから」
「……」

沈黙と共に、痛々しい空気が流れる。
トイレに駆け込んだら、不思議な光に包まれてこっちに来た。
――脚色しようの無い事実だ。

「ケツはちゃんと拭いてきたのか?」
「……出す前に飛ばされた」
「……それは残念だったな」

それっきり、沈黙。
対話と言う物は、黙っていたら進まない。
二人きりの時なら尚更だ。
ジョニーは困ったような呻き声を上げる。
スネークも押し黙っていたのだが、ふと思い立ったように一歩前に乗り出した。

「……何故奴は、スカリエッティはメタルギアを……俺を知っている?」
「うっ、それは……」

スネークからしたら、当然の疑問である事には間違いない。
思わず閉口。
冷や汗が背中を伝う。
そもそも、ジョニーが『シャドーモセスの真実』をスカリエッティに手渡した所から、奴の暴走が始まったのだから。
口籠もるジョニーに、スネークは不審そうに眉をひそめさせた。

「どうした?」
「……その、俺が奴に『シャドーモセスの真実』を渡したのが原因で」
「……『シャドーモセスの真実』?」

何だ知らないのか、と問い直し、スネークの首が縦に振られる。
地球、先進国でなら噂位聞く筈なのだが。
――こいつ、いつからこっちにいるんだ?
そんな疑問がジョニーの脳裏を過る。

「あんたのサポートをした、ナターシャだったか、ロマネコンチだったかがあそこで起きた事件の全てを記した本さ」
「……ナスターシャ・ロマネンコ?」
「ああそう、それ。その本のタイトルが『シャドーモセスの真実』ってんだ」

今やあんたは知らぬ者のいない有名人なんだぜ。
そう付け加えると、複雑な表情が返ってくる。
やはり良い気分はしないのだろう。
スネークは疲れたように唸り、目蓋を揉んで座り直した。

「奴が作ったメタルギアにはREXの情報が色濃くあった。彼女がその本に、設計情報を綺麗に印刷したとでも言うのか?」
「いいや。フォックスハウンドの生き残りがREXの情報を、モセスから持ち出して売り捌いてるんだよ。……誰だか分かるか?」
「まさか……」

オセロットさ、と小声で呟くと、スネークは苦渋に顔を歪ませて鼻を鳴らした。

「オセロットめ、ふざけた真似を。……奴は何が狙いなんだ?」
「金を集めて国を作るんじゃないのか? 『戦慄! 恐怖のロシア大帝国』なぁんてさ」

どこのB級映画だ、と間髪入れずに突っ込みが返ってきて苦笑する。

「……まぁオセロットはともかく、スカリエッティは多分奴から情報を買って、作るのに役立てたんだろうさ。その……SOLIDをな」
『SOLID』という言葉でスネークの眉がピクリと動いたのを、ジョニーは見逃さなかった。

自分の名前が付けられているのだ、相当な嫌悪感を持っていても仕方がないか。

「それで奴は『メタルギア』を作れたという事か。……それで?」
「……え?」
「お前は何がしたい?何故奴らに協力しているんだ」

ここへ世間話をしに来たのか、とスネークはタバコの火を揉み消してそう言った。
ジョニーはここへ来た目的を思い出して、真剣な眼差しをスネークへ向けた。

「俺の爺さんは元GRUの兵士だった。エリート兵士って奴さ」
「……GRU。旧ソ連軍参謀本部情報部か。お前が兵士になったのは、祖父の影響か?」
「ああ。爺さんは俺の憧れだった。だから俺は兵士になった。でも……」

――それは戦う理由には成り得ない事に気が付いた。
紆余曲折を経てここへ飛ばされ、スカリエッティやナンバーズと邂逅を果たし。
その後、ナンバーズ達を守りたいと思うようになった、と。
スネークはおもむろに立ち上がって、ジョニーに負けず劣らずの真剣な眼差しのまま近付いた。

「彼女達は、少なくとも五番からは、スカリエッティの計画に直接賛同していない」
「……生みの親の命令を聞いているだけ、か?」
「彼女達が自分の意志でスカリエッティの言う事を聞くなら、俺はそれでも構わなかった。……でも聞いちゃったんだよ」
「……何を?」

低い声で問うスネークにジョニーは壁に寄り掛かって、数時間前の事を思い出した。
――成功に終わった局の襲撃だが、一人だけ出た重傷者。
ナンバーズの五番・チンク。
ボロボロになってアジトへ帰ってきたチンクは、メンテポッドでずっと眠ったままだった。
数多いナンバーズの中で、取り分け異色の雰囲気を放った戦闘機人。
『此処』に飛ばされて半ば放心状態だったジョニーにも良くしてくれた。
最大の作戦開始が数時間後に迫る中、彼女が目を覚ましたと聞いて嬉しくない筈が無い。
ジョニーは飛び上がって喜び、彼女の元へ向かって――それを聞いた。

『外の世界を、見たいと思うか?』

妹達にそう質問するチンク。
チンクを慕うノーヴェを始めとして、そこにいた誰もが数秒、答えに詰まった。
それも仕方がない、初めてそんな事を考えたのだろうから。
チンクの妹達が出した答えは、皆と一緒にいれれば良い、という至極単純明快な物。
対して少しだけ寂しそうな微笑を返したチンクの横顔をこっそり覗いて、ジョニーは確信した。
――チンクは外の世界へ解放される事を心のどこかで願っているだろう、と。

「……どうやら、そいつらにもまともな思考力はあるみたいだな」

容赦無く毒舌を吐くスネークに向き直る。

「あんたが伝説の傭兵として聞きたい事がある。……俺は彼女達を外の世界に導きたい。だが、本当にそれは正しいのか? 彼女達の為になるのか?」

それを肯定するだけの自信が無い。
彼女達の為を思い、少なくとも自分の意志で戦う彼女達へ牙を剥くのだから。
本当はやはり、彼女達を守るために局をボコボコにのめすのが正しいのかもしれない。
ジョニーは俯いて再び壁に寄り掛かり、背中の気配が答えを言う事を待った。

「……俺は英雄じゃない。英雄であった事もない。今までも、これからもな」

スネークはまずそこから否定した。
俺は唯の兵士に過ぎないんだ、と。
そして唯の兵士が、自身の考えを一言一言、噛み締めるように話し出す。

「正しいという事に規範は存在しない。……大事なのは、信じる事だ。正しいと信じる思いがどんな形であれ未来を作る」
「……正しいと、信じる?」
「スカリエッティも自分が正しいと信じて行動しているし、俺も奴を止める事が正しいと思っている。……誰に聞く事でも無い、お前が判断するんだ」

……要は自分で考えて、それを貫け、という事か。
予想外の回答に苦笑しつつ、思考を巡らせる。
何が本当に彼女達の為になるのか、自分が何をしたいのか。
――そんなの、分かり切っているじゃないか。

「……彼女達が、スカリエッティの元にいる事が良いとは思えない。――外の世界を見せてやりたい!」
「それがお前の信じる事か」
「心のどこかで、『外の世界で普通に暮らしてみたい』と思っているのはきっと何人もいる筈だろっ?」

落ち着け、とスネークにたしなめられる。
ジョニーは荒くなった呼吸を抑えつける。

「スネーク、時間的に作戦はもう始まっている頃だ。……だが、あんたは今こうして捕われている。絶望的な状況だと思わないか?」
「……いいや、まだだ。まだ、終わってない。必ず奴を止める」

力強く拳を握る『伝説の英雄』と直接話して、ジョニーは確信した。
伝説の英雄は、ソリッド・スネークは、まだ諦めていない。
内面で燃え盛る闘志、絶対に折れる事の無い不屈の意志。
これ程頼れる仲間はいないぞ。
だったら、賭けてみようじゃないか。
――不可能を可能にする為に。
扉の横に取り付けられた端末を操作して、ロックを解除する。

「スネーク、彼女達をスカリエッティから解放させる。……あんたの力を貸してくれ」

独房からゆっくりと出て来たスネークは頼れる目付きで、黙って頷いた。
――それぞれの思い、様々な思惑を交錯させた戦い。
それの始まりを示す狼煙が、立ち上る。


おまけ

それほど長くなかった話も終わり、再びモニター上をシャーリー達の手が踊り始める。
ユーノはその様を少し眺めて、おもむろに声を上げた。

「……じゃあ、僕はそろそろ退散しようかな。ごめんね、忙しいところを邪魔しちゃって」
「ああ、いえいえ。ぜんぜ――」
『――これはっ!!』

シャーリーの言葉を遮るように、いる筈の無いスネークの声が響いた。
モニター上のスネークが発した、様々な感情を含ませた声。
視線がモニターに集まり、モニター一杯に映し出されたそれを見て、全員が一様に固まる。
ロッカーに貼り付けられている、際どい水着を着用した女性の写真。
――所謂、グラビアアイドルの写真。
ごそごそ、とモニターの中のスネークは荷物をまさぐり、取り出したデジタルカメラを構える。

じじー。
かしゃり。
ぴぴっ。

スネークは保存されたデジタルカメラの映像を素早く確認、仕事をやり遂げた表情で一言。

『……よしっ』
「よしっ、じゃない!」

その場にいたユーノを除いた、四人の綺麗にハモった突っ込みが響いた。
そう、ユーノも男だ。
ぶら下がったメロンには否が応でも目を奪われてしまう。
なかなかだな、と内心で水着女性に拍手を送る。

「……?」

なのはが唯一突っ込まなかったユーノに訝しげな視線を向け、彼のそんな心境に気付いてしまった。
そして、ユーノはなのはの様子に気付かずに、じっくりとモニターを観賞している事が致命的だった。
なのはが目を吊り上げる。

「――っ痛ぅ!?」

グリグリと断続的に足を襲う痛み。
ユーノは足を踏んでいるなのはの顔を見て、ようやく事態を把握したのだが、時既に遅し。

「ユーノ君、随分熱心に見てるね!? ……全く、前も部屋にイケない本を隠し持ってたし……!!」

なのはの暴露に、うわぁ、と痛々しい視線がそこかしこからユーノへと降り注いだ。
違うそれはスネークから拝借したものだ、男は皆そういうものだ、なんて言い訳も逆効果。
ユーノが全てを諦め掛けたその時――何故かなのはが表情を崩した。
顔を赤らめ微笑を浮かべながら、上目遣いにユーノを見る。

「――もぅ。そんなに興味があるなら、一言言ってくれれば良いのに……」
「え。……い、言ったら?」

ユーノはごくりと唾を飲み込んで尋ねる。
なのはは、事態を見守っているシャーリー達でさえ真っ赤になる程の艶めかしい表情でクスリと笑って顔を近付けた。

「……フフ。『我慢しなさい』って言ってあげる」
「ぁー……」

……女は恐ろしい。
そうだろ、スネーク。
ユーノの嘆息が部屋中に虚しく響いた。



[6504] 第十五話「突破」
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2009/02/28 01:13
『さぁ、いよいよ復活の時だ!
 私の「スポンサー」諸子、そしてこんな世界を作り出した管理局の諸君。
 偽善の平和を謳う聖王教会の諸君もっ。
 見えるかい? これが、君達が気にしながらも求めていた絶対の力!
 旧暦の時代一度は世界を席巻し、そして破壊した古代ベルカの悪魔の兵器――
 ――聖王のゆりかご。
 見えるかい……待ち望んだ主人を得て、古代の英知の結晶はその力を発揮するっ。
 我々をあるべき未来へと……偉大なるアウターヘブンへと誘う奇跡の力!
 さぁっここから夢の始まりだっ!!』

第十五話「突破」

「……始まったな」

ジョニーが天井を仰ぎ、スネークも黙って虚空を睨み付けた。
激しく揺れる地面。
耳を震わせた地響き。
それらはもうすっかり収まっているが、恐らくゆりかごは発進してしまったのだろう。
――もはや、一刻の猶予も無い。
目の前のジョニーもそれを分かっているのか、表情が目に見えて変化し、焦りの色が浮かんでいる。

「ほら、あんたの装備だ」

ばさり、と飛来するスニーキングスーツ。
スネークは乱暴に投げ渡されたそれを素早く身に付けた。
ぎゅうぎゅうに締め付けられた体も、一週間ぶりの懐かしい感覚を喜んで受け入れているようだ。
――やはり、これが俺の制服だな。
続いてボディアーマーを着用し、装備をざっと点検する。
全て異常無し。
シャドーモセスではスネークの脱獄を予想したのか、オセロットが装備に爆弾を仕掛けていた。
さすがにここでは、そこまで捻くれた奴はいないらしい。
スネークは炎上する六課を思い出して少し不安になりながらも、通信用デバイスに手を伸ばした。
地下で長時間放置された所為か、冷え込んだデバイス。
それを手に取って背筋がゾッとなるのを感じながらも、繋がってくれ、という祈りと共に通信を開く。

『……こちらスネーク。聞こえるか』
『スッ……スネークさん!! 無事ですか!? 今どこにっ!!?』

瞬時に脳内を駆け巡る叫び声に、スネークの体が悲鳴を上げた。
女ってのはどうしてここまで甲高い声を出せるんだ。
落ち着けシャーリー、と平静を装って声を絞りだし、映像を送信する端末を起動させる。
これで向こうは、こちらの様子をモニター出来る筈だ。

『今まで捕まっていた。ちょうど脱獄した所だ』
『――っ~! 心配したんですよぉっ!!』

スネークは少々涙声のシャーリーに一言謝って、苦笑しながら頭を掻いた。
どうやら、相当心配を掛けたらしい。
真剣な声ではやてはいるか、と問う。
どうやらそれは答えるまでもない質問だったようで、すぐに回線は繋がった。

『スネークさん! ……無事で何よりです』
『ああ、心配を掛けたな。はやて、そっちの状況は?』

はやては安堵の息を漏らしながらスネークの無事を祝うと、早口で今起きている事態を説明する。
向こうも大変な騒ぎになっているらしい。
攫われたヴィヴィオとギンガ。
聖王のゆりかご発進、地上本部へ向けたガジェット・戦闘機人の進攻。
この事態に本局も動きだす、との事。
次元航行艦に拠点を移した機動六課もまもなく出撃するようだ。

『……はやて。ここにはメタルギアがある。スカリエッティは核攻撃を企んでいるぞ』

その後ゆりかごに合流するつもりだ、と。
恐らく通信が途切れていて自身しか知らないであろう情報をはやてに吐露。
はやてがメタルギア、と複雑そうに呟く。
向こうにいるスタッフ達のどよめきが聞こえてきて、スネークは下唇を噛み締めた。

『メタルギアは俺がどうにかするつもりだが……そこかしこでAMF戦になるだろう、こっちにはどれくらい増援を送れる?』
『六課からはフェイト隊長、そして教会騎士団が。だから……そちらへ行けるAMF戦可能な戦力は精々三、四人だけです』

ゆりかごへの戦力投入が一番大きい、との事。
――それだけ来れるなら十分だ。
スネークは笑いながら、はやての申し訳なさそうな苦笑を軽く流す。
むしろ、フェイト一人でも何と心強い増援か。
コホン、とはやてが咳払い、瞬時に緊張した声色に変化した。

『それでは。……スネークさん、貴方の目的はアジトの斥候、管制システムの無力化でした』

ああ、と頷く。
アジトの斥候は完遂とは言えないだろうし、管制システムについては手付かずの状態。
なんとも情けない話だが、後悔している暇は無い。
数秒の沈黙を経て、機動六課部隊長の命令がスネークに下される。

『ですが今から任務は変更となります。スネークさん、メタルギアを最優先で止めて下さい!』
『……メタルギアの核発射とゆりかごへの合流を阻止、だな。了解だ、部隊長』

そういった任務をもう何度繰り返したか。
ともかく復唱して確認し――口をつぐむ。
不意に黙り込んだスネークへ、はやてが訝しげに声を上げた。

『……スネークさん?』
『はやて。……これで全て、終わらせるぞ』

スネークはこの世界に来て、自分が臆病だと自覚した。
湾岸戦争に参加してから現在に至るまで疲れたように戦ってきて。
一人ではどうにもならない状況がある事がシャドーモセスで思い知らされたのだ。
誰だって、独りぼっちでは戦えない。
独りぼっちで戦ってる奴なんていやしない。
そんな中で、『スネーク』という重力圏に引き込まれた人が、その人生を変えていく。
自分の介入によって、自分の所為で誰かが傷付く。
現在に至るまで何事も自分で始末を付けてきたスネークは、それを酷く恐れた。
どうにもならない事だとしても、謝罪の念、そして自責の念が込み上げてきたのだ。
メタルギア。
アウターヘブン。
少なくともスカリエッティの計画に、ソリッド・スネークという存在が何かしらの影響を与えた事は間違いなかったのだから。
――だからこそ、ここで全てを終わらせる。
メタルギアを破壊、スカリエッティを止めてみせる。

『スネークさん、頑張りましょう!』
『……ああっ』

脳内へ響く力強い励ましに、そして胸に根強く留まり続ける責任感に戦意を高め。
スネークは頭を何度か振ってもやを払い、目の前の現実に向き合った。
――さぁ、一刻も早くメタルギアを破壊しなければ。
急かすような視線を向けてくるジョニーに頷きを返す。

「スネーク。どうするんだ?」
「管制システムは後回しだ。時間が無い、まずメタルギアを破壊する。お前、何か弱点とかわからないのか?」

こちらの世界へ来てずっとここにいたのなら、何か有用な情報を知っていてもおかしくは無いだろう。
確固たる信念を持って戦う事を決意した戦士ジョニーはふむ、とひとしきり唸って――

「――さっぱり分からん」
「……」

深い嘆息を漏らす。
ジョニーが悪怯れる様子も無く頬を掻いたので、スネークは止むなく質問を変える事にした。
何でもいいから知っている事を教えろ、と。
――股間に生えた卑猥なレーザーと頭部のレールガン、両肩に載せられた魔力砲。
既にスネークが知っている情報がジョニーの口から飛び出てきて再び溜め息。
それを見たジョニーが顔を赤くし、口を尖らせた。

「あれについては遠巻きに見ただけなんだよ! スカリエッティが俺にぺちゃくちゃ話すとでもっ!?」

――それもそうか。
確かに、自分が黒幕だったとしてこの男に包み隠さず話す事は無いだろう。
スカリエッティの判断に初めて同調。
そんなスネークの反応が余計不満なのか、ジョニーは男前の顔を歪ませる。
「ふんっ。……ああそうだ、アレはAMFを搭載している。と言ってもあんたや俺には関係ないか」
「何だと? ……魔導士にとってはやはり、大きな脅威になるな。それで、メタルギアはどこに?」

メタルギアの格納庫は殆ど一本道だ、とジョニーが扉へ顎をしゃくった。
――ならば、前進あるのみだ。
扉へと足を進めるスネークの背中へ、ジョニーの声が掛けられた。

「スネーク。格納庫への通路にはガジェットの群れが待ち構えている」
「突破するしかない。……お前は? 元々は向こう側の人間だろう」
「俺があんたの脱獄を幇助したのはもう知れ渡っているだろうよ。俺ももう奴らにとっては外敵扱いって事」

ジョニーは肩をすくめてわざとらしい溜め息を吐いてみせた。
スネークは苦笑しながらFAMASを構えようとして、ある事を思い出す。
豊富な装備品を漁ると振り返り、ジョニーの元へと歩み寄った。

「ほら。GSRだけでは心許ないだろ」

各種グレネードと、サブマシンガンMP5SD。
このサブマシンガンは減音器が標準装備されている。
抑えられた反動と、高い命中率。
『VERY EASY』な人向けの良銃なのだが、歴戦の傭兵であるスネークが使う機会は殆ど無かったのでちょうどいいだろう。

「弾薬が足りなくなったら俺に言え、分けてやる」
「うおぉっサンキュー、色々悪いな! ……でもあんたどんだけ弾薬持ち歩いてるんだよ?」

歩く弾薬庫。
そう言いたげな顔でMP5を点検し扉へと構えるジョニーに、スネークは不適な笑みを送って親指で額を指した。
親指の先には、もはや体の一部でありスネークの代名詞とも言えるようになったそれ。
縫い付けられた「∞」のマークに秘められた、意味通り無限大の可能性。
そう、どんな苦境も共に乗り越えてきた相棒だ。
心配いらん、と言ってスネークは声を張り上げる。

「『無限バンダナ』だ。……さぁ、行くぞっ!」



ソリッド・スネーク生存。
その吉報は瞬く間に機動六課を駆け巡り、ティアナの耳にも飛び込んできた。

スターズ隊長高町なのはの娘ヴィヴィオ。
そして二週間程前に六課に出向した、スバルの姉ギンガ。
そして両者と共に捕まったと予想された頼れる年長者の存在は、六課に大きなダメージを与えた。
当然、ティアナもそうだ。
親友の姉ギンガとは懇意な間柄だったし、スネークも隊長陣と同じ位に尊敬していたので気が滅入っていたのも事実としてある。
勿論いつまでも落ち込んではいられないので、自分自身を奮い立たせてはいたが。
その行方不明者の一人である彼が無事だった事に、六課メンバーの間にも僅かだが安堵が漂った。
メタルギアの存在と核発射の可能性がおまけとして付いて来たがそれが気にならないくらい、伝説の傭兵が立ち上がった事に六課の士気も上がっていた。
全てを取り戻そう。
無事に事件を解決しよう。
その誓いを共有して、機動六課の隊員達は再び立ち上がったのだ。
そして今ティアナがいるのは、六課の輸送ヘリの中。
自らのデバイスであるクロスミラージュを撫でながら、数分前にスターズ隊長から言われた言葉を思い出していた。

誰よりも強くなった、とは言えない。
けれど、どんな相手が敵でも、どんな状況でも絶対に負けない。
守るものをを守れる力、救うべきものを救える力。
絶望的な状況に立ち向かっていける力。
ここまで頑張ってきたフォワード部隊の皆はそれが身についている、と。

本当にそうなのか。
少しだけなのはの言葉に対して不安が過り、ティアナは頭を振ってそんなもやを振り払う。
自分はエースオブエースと、伝説の英雄から教えを受けたのだ。
今自分を卑下するのは、彼らを侮辱するも同然。
拳をぎゅっと握り、近づく戦いへ向けてティアナは戦意を高めた。
――が、数分後には気が抜けてしまった。
何故か。
鼻を啜り涙を拭いながらヘリへ搭乗するスバルの所為だった。

「……出動前になぁに泣いてんのよ」

ティアナは隣へ座るスバルへ、呆れたような視線を送る。
――大体原因は分かっていた。

「なのはさんに、頑張って、って言おうと思ったのに……」
「逆に励まされて帰ってきた? ……バカね、あんたがなのはさんを励ますなんて十年早いって事でしょ」

ティアナはそう畳み掛け、涙目のスバルの頬を軽くつねる。
鼻声で何やら唸っているが気にしない。

「なのはさんを励ましたいなら、誰よりも強くてずっと立派にならなきゃ」
「……うん」

分かったらいつまでも泣かない、とスバルの背中を叩く。
スバルもいくらか調子が戻ったようで、ティアナに笑顔を見せた。
単純にも見えるが、結局のところはそれも彼女の長所であり、強さだ。

「ティア、ありがと」
「はいはい」

照れ臭さからそっぽを向くティアナに、スバルが微笑み。
ふと思い立ったかのように声を上げた。

「ティア」
「何?」
「……スネークさんって、強いよね」

スバルは治療の為アースラへの搭乗が遅れていたが、彼女にもスネークの過去は話されたようだ。
「私はティアやギン姉達がいたし、この身体の事で何度も悩んで相談して、励まされて。……でもスネークさんはそんな素振り全然見せなかった」
とある男の遺伝子を再現する為だけに生み出された存在。
彼の瞳が放つ光は、そんな望まぬ運命に押し潰される事無く、余りに眩しくそして強い、と。
――確かにそうだ。
ホテル・アグスタの一件でティアナが醜態を晒した時も、ティアナの心中を即座に見抜いて的確な言葉を与えてくれた。
達観した眼差しで。
だが、ティアナは知っていた。
地球の人々がスネークに嫌悪の眼差しを向けている、と聞かされた時に見た、ユーノの激昂を堪えた表情を。
只の友人としてではなく、シャドーモセス事件直後からスネークを見ていたからこその反応。

「……スネークさんは今も、自分がしてきた事に苦しんで、辛い思いをして、悩んでる筈よ」
「……」

きっと、そうなのだろう。
それでも。

「それでもあの人は戦う事に、生きる事について自分なりの答えを出そうと頑張ってる。私達と一緒に戦いながら。だから私達も――」
「――うん。頑張ってギン姉もヴィヴィオも全部取り戻して、事件を無事解決させる!」
「そういう事。いい、スバル。気合い入れていくわよ!」

おうっ、とスバルが拳を突き出し、ティアナもそれに合わせる。
絶対に、負けない。
その想いを胸に。



「ジョニー、アイテムだっ!」

等間隔に灯りが設置された、代り映えのしない通路。
絶え間なく響く銃声、それを彩る爆音、そして兵士達の雄叫び。
戦場が奏でる定番のBGMの中でさえ、スネークの芯が通った力強い声は共に戦う戦友へと届く。
ジョニーは突っ込んでくるガジェットをGSRで撃ち抜き遮蔽物の陰に飛び込んだところで、親指を突き立ててスネークへ反応を見せた。
スネークは彼へ弾薬やグレネードの詰め合せを投げ渡し、ついでに前方の無人兵器の群れへグレネードを放り投げる。
爆発音、そして辺りに散らばるガジェットの破片。
ジョニーが弾をリロードしているのを横目に遮蔽物から躍り出て、FAMASを標的へと構えて引き金を引く。
悲鳴代わりの爆音。
進行ルートを塞ぐように群がるガジェット達を葬り弾倉を取り替えた所で、スネークは正面を向いて声を張り上げた。

「突っ込めっ!!」
「う、おおおおおぉぉっ!」

FAMASの5.56弾とMP5の9ミリ弾、そしてガジェットが放つミサイルや熱光線が空中を忙しなく飛び交う。
意外にもジョニーの腕が良い事もあって、ガジェットは出現する度確実に殲滅され数を減らしている。
しかし同時に、スネーク達にも疲労は蓄積していく。
さらに着実に前進してはいるものの、そのスピードは亀のようにゆっくりで焦りを押さえるのにも一苦労だ。

そんな中。

「ううぅっ!!」

唐突に、ジョニーの時が止まった。
勿論、ガジェット達がそれを見過ごす事などない。
スネークは毒付き上半身を無理矢理捻って、彼を狙うガジェットへFAMASの引き金を引いた。
ジョニーを殺そうとするガジェットが側頭部を射抜かれ、小爆発を起こす。
青冷めた表情のジョニーに慌てて駆け寄り、彼を庇うように弾幕を張った。

「どうしたっ!?」
「は、腹が……と、といれ……」
「っ~~!!」

途方も無い怒りに襲われ、頭を引っ叩いてやりたくなった。
下痢か、と怒鳴り付けると、ジョニーは弱々しく頷く。
こんな戦場で、とスネークは心底呆れ、もう一度怒鳴る事に。

「お前が胆のう炎でも一向に構わんが今は我慢しろ!!」
「ヒッ……く、くそぉっ、最後の二錠だ!」

ジョニーは懐から何かの錠剤を取り出して口に放り込んだ。
さらに片方の手で尻を押さえ、もう片方でMP5を操るという妙技を披露する。
このくそったれめ、とスネークも毒付く。
この通路すらも通り抜けられないかもしれない。
だがそれは幸運な事に杞憂だったようでしばらくの後、苦痛に顔を歪ませたジョニーが笑顔を浮かべた。

「――スネーク、出口!」

歓声に似た叫び声。
壁の格納スペースから続々と現れるガジェット達の向こうに、扉が見えた。
チャフグレネードのピンを抜き、敵の頭上目がけて投げ込む。
爆発と同時にジョニーがMP5の弾丸を敵へとばらまき、その間にスネークはスティンガーを構える。
――弾は既に装填完了だ。

「隠れろっ!」

スネークはその言葉と同時に飛び出すと、生き残った敵へ狙いを定めてスティンガーの引き金を引いた。
強力な爆発が起こり、吹き飛んだガジェットの残骸がスネークの真横を掠めていく。
よし、と頷こうとして、背後から聞こえてくる音に振り返る。
――ガジェット達の増援。
しかも、数が多すぎる。
スネークは、休む暇も与えてくれない彼らへ舌を打った。

「うへぇ……」
「――おい走れ、置いてくぞっ!!」

呆けた表情で大群を眺めていたジョニーの体がビクッと震える。
スネークは全速力の走りで扉へ向かって駆け抜けた。
ガジェット達は邪魔な仲間の残骸を何の躊躇も無く蹴散らしながら、グングンとスネーク達との距離を詰めてくる。
スネークが扉を抜け、続いて息を切らしながらジョニーも駆け込む。
扉をロックしろ、と膝を突いたスネークが言う前にジョニーの指は扉の横へと伸びていた。
電子音の後に続いたガチャリ、という音がロック出来た事を知らせる。
同時に扉を挟んで、泣き喚く赤ん坊のようにガジェット達が騒ぎ立てるのがスネークの耳にも届いた。
深呼吸を繰り返して息を整える。

「おい、腹は大丈夫か、この糞男」
「……なんとか。こいつに助けられた、しばらくは持つ筈だ」

ゲリ止まーると丸文字の日本語で書かれた、錠剤の空き箱を振るジョニー。
随分と分かりやすい下痢止め薬。
ありがとうジャパニーズ、と空き箱にキスしながら小声で呟くジョニーを一睨みして弾倉を交換する。
一生このまま休んでいたいところだが、そういう訳にもいかないだろう。

『スネークさん、大丈夫ですか? 怪我もしてみたいですけど……』

柔らかで優しいこの声はシャーリー。
戦場にいるスネークにとっては正に天使のような存在だ。

『ああ。念入りなマッサージとビールがあれば問題ない程度さ』
『帰ったらマッサージしてあげますよ。だから、頑張って下さい!』
『それは夢があるな。よし、さっさと終わらせる事にしよう。じゃあな』

無線を閉じたスネークは立ち上がり、ジョニーもそれに続く。
と、ジョニーが座り込んだ。

「い、つぅ……」
「おい、大丈夫か?」
「ハハ……メッチャ痛いし疲れたし、もう死んじゃいそう」

生傷だらけの――スネークも人の事は言えないが――ジョニーは歯を食い縛って軽口を叩き、ゆっくりと立ち上がった。
生きてる証拠さ、とスネークも苦笑する。
先程までの戦いが嘘のように静まり返ったこの部屋には、扉が三つあった。
スネークがジョニーへ視線をやると、彼はスネークの意図を汲んだのか扉の一つを指差す。

「……あっちの扉がメタルギアの格納庫だ」
「よし、じゃあ――」

いざ、対決へ。
一呼吸置いて歩を進めるスネークを、ジョニーが引き止めた。

「――待ってくれ。俺はこっちへ行く」

ジョニーがもう一つの扉へと体を向けた。
この先は管制室へ繋がっているんだ、と。
スネークはジョニーの考えを理解して、顔を顰める。
この男はたった一人で、管制室へ向かうつもりなのだ。
管制システムの無力化という、スネークの元々の任務を果たす為に。

「俺が管制システムを、ウーノを止める。あんたはメタルギアを頼む」
「……だが」
「時間の猶予が無いのはあんたも分かってるだろう? メタルギア相手は俺には荷が重すぎる。せめてこっちは任せてくれ」

スネークは一度大きく唸って、諦めたように息を吐いた。
分かった、と目の前の戦友の肩に手を置いて、一言。

「――死ぬなよ」

ケラケラ、とジョニーは明るく笑ってみせる。
あんたは俺の体に流れた血の強運さを知らないのか、と。
――生憎、下痢男の血なんて知らないね。
そう微笑むスネークに、ジョニーは大げさな動きで驚きを表現した。

「俺の家は代々長男にジョニーと名付ける風習がある。父さんも、爺さんの名前もジョニーだ。いつか俺に息子が生まれたら、そいつもジョニーになる訳さ」
「ジョニー一族、か」
「爺さんは昔、あのビッグボスと殺り合って生き残ったんだ。爺さん曰く、奴が眼帯を付ける羽目になったのはそれらしい」

おまけに数々の死線を紙一重でこなしてきたんだぜ、と鼻を高くするジョニー。
――その話が本当なら、確かに凄い話だ。
ビッグボスは『二十世紀最強の兵士』と呼ばれた男。
老いても尚アウターヘブンやザンジバーランドであれだけの強さを見せていたのだ。
……全盛期の彼と殺し合って手傷を負わせ、生き延びるとは。

「俺はこのジョニーという名前、そしてこの体に流れる血を誇りに思っている。……スネーク、こっちは任せてくれよ」
「……分かった。そのジョニー一族の血とやらを信じよう。そっちは頼むぞ」

おう、と威勢の良い返事が返ってくる。
一歩進もうとして、またしてもジョニーがスネークを引き止めた。
眉を顰めて不満気に振り返る。

「まだ何かあるのか」
「もし、あんたが彼女達に会えたら伝えて欲しい事があるんだ」
「……何だ」
「……その。『君達は外の世界を是非見るべきだ、ジョニーが言うから間違いない』って」

俺が会うとしたらウーノだろうし、とジョニーは小声でその伝言をスネークに託すと、照れ笑いを浮かべる。
この男なりに思うところがあるのだろう。
スネークは分かった、と神妙な面持ちで頷き、会って間もない戦友へと左腕を突き出した。
ジョニーもその意図を理解したのか、左腕を絡ませる。
それは軍隊式の挨拶。
そして軍人として、仲間として互いを認めあった証。

――幸運を。

二人はそう言い合って、互いの健闘を祈った。



[6504] 第十六話「希求」
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2009/03/01 00:08

等間隔に設置された灯りが、視界の端で勢い良く流れていく。
だが、その速さが気に入らない。
――もっと、もっと急げ。
どれだけ急いでも、時間は待ってくれないのだから。
最後までやり遂げる使命。
成し遂げなければならない使命がより、体を奮わせる。
しかし、ふと、顔を顰める。
走り続けた事による苦痛からではない。
とある事に気付いたからだ。

――俺はいつも、置いてきぼりだな。

様々な出来事に振り回され、いつも出遅れ、そして気付いたら多くの物を失っている。
追い付きたい、という単純な望みが湧き上がってくる。
その為にも、スネークはひたすらに走る。
戦いの中へと向かって。

第十六話「希求」

バンダナの先を揺らしながら駆け込む先は、この地下アジトの中でもかなりの巨大さを誇る空間。
そこは、一週間前にスネークが捕縛された場所だ。

「……メタルギアッ!!」

スカリエッティご自慢のメタルギアも、異様な存在感と共にスネークを待ち構えていた。
その機体に与えられたコードネームはSOLID。
荒い息を整える最中にも迫り上がってくる不快感に、スネークは顔を歪ませる。
……急がねば。
起動前に破壊出来るのならばこれ以上に幸運な事は無い――
――の、だが。
C4プラスチック爆弾を取り出したスネークの前に、モニターが現れた。
見間違える事も無い、全ての元凶。
画面一杯の薄ら笑いにスネークは怒鳴り声を上げる。

「……スカリエッティッ!」
『――やっと蛇が巣から出てきたみたいだっ! ジョニー君の手引きで出てきたみたいだが、目的はSOLIDの破壊かい?』

言うまでもない、とスネークは嘲笑う。
核の発射等、許すつもりは無い。
――ここで、メタルギアを破壊する。

「……管理局も本格的に動いている。下らない計画は諦めるんだなっ」

スネークの言葉にスカリエッティが目を丸くする。
そしてクスクスと笑ったかと思えば、さもおかしいといった様子で大声を上げた。

『フフ、下らない? 下らないだって? 君が言うか、スネーク君!』
「……」
『私達は皆、世界の闇として、影として作られた怪物だ。呪われた運命に今も束縛されているっ』

リキッド・スネーク。
噛み締めるようにゆっくりと、その名前を呟くスカリエッティをスネークは睨み付ける。

『彼もそうだ。彼も運命から解放されようと自ら立ち上がった。……君によって、それも失敗に終わったがね』
「……奴はただ、盲目だっただけだ」

ビッグボスの遺伝子を再現する為に、「優性」ソリッドの対極である「劣性」として生み出されたリキッド。
彼は自分という存在に関わった全てへ復讐しようと決起した。
遺伝子という名の呪いに縛り付けられた、体中に付き纏う絶望を打ち破るために。
溢れる憎悪を自分自身の呪われた肉体にも振りまき。
そして、『スネーク』の系譜には未来など無いと信じきって。

――しかし、道は一つではない。
落ち着いて周りを見渡してみれば、未来へと繋がる道は無数に広がっているのだ。
スネークも、戦いの中で生の充足を得る事が自身の人生における全てだと思っていた時期がある。
確かにビッグボスを再現する為に生み出された戦士である以上、戦いとは切っても切れない縁があるのかもしれない。
逃げ続けて、それでも逃げることの出来ない戦いを幾度と無く経験してきたのだから。
それでもスネークには、自分の為だけでない戦いを選択する事が出来る。
子供達が悩み、苦しみ、そして笑い合う未来作りの一旦を担う事が出来る。

「――未来は誰にでも、どんな生まれ方の人間にも平等に存在している。それに気付いていないのはお前達だ」
『いいやっ我々に未来なんて無い! 作られた理由がある限り、存在理由は作った連中にしか無い。これは……「私」という全存在を賭けた戦いだ!!』

自分という者は自分以外の何者でもない。
そんな当たり前の事が否定される恐怖。
たった一つの悲痛な願いを元に、スカリエッティが戦って目指すのは、何者にも束縛される事の無い支配の外側に存在する天国。
強い抑揚でそれの創設の決意を語るスカリエッティに、スネークは辟易した。
――これ以上話していても無駄だ。

『……スネーク君。つまりは君も、本来はこちら側に来るべき存在なんだけどね、どう思う?』
「ふん、丁重にお断わりさせて貰おう。……俺は貴様等を止める。絶対に、だ」

ははは、とスカリエッティが笑い声を上げる。
まるでスネークの答えを予想していたかのように。

『大層な自信だ。まぁその選択が、現実から目を背け続けてきた君の象徴かもしれないねぇ』
「……」
『フッ、フフフッ、SOLID対ソリッド……被造者同士の決戦だなんて、心が湧き立つよ!』

スカリエッティの軽口に、やはりか、と眉を顰める。
――この変態野郎が俺を生かしておいた理由。
それはメタルギアによって無惨に殺されるソリッド・スネークを見たかったからに違いない。
だが、そう簡単に負けてやるつもりなど、さらさら無い。
スネークは無言で身構え、それに合わせてモニターに映るスカリエッティも行動を起こした。

『君の戦いを観賞したい所だが、ゲストの相手をしなければならないのでね。ここで失礼させて貰うよ』

ゲスト、という言葉にスネークは反応。
そして、思い当たるのは。
――フェイトか?

「……シャーリー、彼女に注意するように言っておいてくれ」
『分かってます!』

嫌な予感がする。
わざわざスカリエッティがフェイトの元へ出張るのだ、何かある事は間違いない。
この化け物を倒すだけでは駄目。
スカリエッティを、ゆりかごを何とかしないと事件は解決しない。
生命の息吹を吹き込まれたのか、メタルギアが活動を開始。
その角張った翼を目一杯広げると同時に、耳をつんざく咆哮が空間全体に響いた。
野獣を連想させるそれは、人間の恐怖心を駆り立てるには十分な物だ。
スネークは普通の人間なら立ちすくんでしまう圧力にも屈せず、真っ向から立ち向かう。
ともかく今は目の前の戦いに集中だ。
そう自分に言い聞かせ、思考を切り替える。

『――さぁっ! 歴史の闇に還るかっ、それとも歪な「影」として「光」に抗ってみせるか……スネーク君っいくぞ!!』

スカリエッティの演説が終わり、モニターが消失する。
戦いの始まりは、メタルギアの肩の魔力砲が放つ閃光。
――スネークはこのような敵と戦ったきた長年の経験で、攻撃のタイミングを予期していた。
大体は自己満足の演説の終了と共に、だ。
それらの経験を喜ぶべきかどうか、微妙な心境だが。
ともかく、攻撃の始まりが分かれば避ける事は可能。
スネークは消し炭にならぬよう、思い切り横にローリングして回避する。
先程まで立っていた場所に魔力砲が着弾。
弾ける光と熱風がスネークの頬を焦がす。
その衝撃で一瞬スネークの目の前を星がちらついて、激しい耳鳴りが襲った。

「っ――!!」

スネークは声にならない叫びを上げると、頭を何度か小突いてふらつく体を何とか立ち上がらせた。
――俺は今、メタルギアと戦っているんだ。
スネークはREXのミサイルを避けた時を思い出して、そう改めて自覚させられた。
身を翻し、スティンガーで脚部を攻撃する。
駄目だ、効いていない。
悪魔に動じる様子は感じられなかった。
もう一発今度は腹に撃ち込んで、同様の結果に舌を打つ。
このメタルギアの装甲はやはり、相当な物なのだろう。
当ても無くちまちま撃ち込む余裕も時間もない。
何の情報も無いのはさすがに辛いか。

『スネークさん! 過去のメタルギアはどうやって倒したんですか?』

堪えきれないのか、シャーリーが苦しげに声を上げた。
――アウターヘブン、ザンジバーランド、そしてシャドーモセス島での戦い。
起動前に破壊したTX-55メタルギア、そしてスネークの親友フランク・イェーガーが操縦するメタルギア改Dは致命的に脚部が脆かった。
リキッドが操るメタルギアREXは、センサーを集結させたレドームを壊し、コックピットを抉じ開け中から破壊した。
――つまり、この化け物との戦いではどれも参考に成り得ない。
それを早口で伝えると、シャーリーの苦しげな声が返ってくる。

『AI制御された無人機にはコックピットなんて無いでしょうしっ……うぅ~……!』
『……なんとかなる、弱点は何かしらある筈だ』

自身が勝利した姿を思い描く。
そしてもう一度、なんとかなる、と内心で呟き。
そうやって自分自身を勇気付け、スネークはメタルギアに向き直った。
それに、こいつは無人機。
リキッドやフランクが操縦したメタルギアから感じた程の威圧感、恐怖感は感じなかった。
巨大ロボットは人間が直接動かすべき、なんてのはオタクの友人の弁だがよく言ったものだ。

メタルギアの唸りが再び部屋を満たすと同時に翼が動き、青い噴射炎が地面に向かって噴き出された。
ふわり、とその巨体が持ち上がる。
――本当に空を飛んだぞ、おぞましい。
器用に羽の向きを変えて、軽やかに、スネークへと近付いてくる。
そして自由電子レーザーが力を蓄え始めるのを見て、スネークは戦慄した。
あれに当たれば体が綺麗に分断される事は間違いない。
スネークはフランクを思い出して、彼の二の舞にならないように直ぐに行動を起こした。
高密度のレーザーが甲高い、耳障りな音を出しながら発射され、スネーク周辺の空気を切り裂く。
スネークはジグザグに走り回る事でかろうじて回避。
苦し紛れにチャフグレネードを投げ、それがセンサーを撹乱させる事を期待するが、やはり動じない。

――くそったれ。

寿命が縮むような恐ろしい攻撃の中、悲嘆に暮れる余裕も無く回避していると、しばらくしてメタルギアが綺麗に着地してみせた。
どうやら、レーザーでスネークを切り刻むのは諦めたようだ。
しかし、メタルギアは安堵する間を与えてくれない。
メタルギアの翼を包むカバーが開き、オレンジ色の中身とミサイルポッドが露出。
どうやらホーミングミサイルで応戦する事を選んだらしい。
飛ぶだけでは無く、攻撃能力も兼ね備えていたのだ。
標的を定めて飛来する幾つものミサイル。

「ぐぉっ……!!」

スネークは回避行動を取ったお陰で体がバラバラになる事は避けられたが、メタルギアの足元へと吹っ飛ばされてしまった。
なんと運が悪い事か。
寝転がった状態で呆然とメタルギアを見上げる。
それは、畏敬の念さえ呼び起こす程の巨体だった。
――そして、俺を滅ぼす悪魔の兵器だ。
メタルギアの賢いAIも転がり込んだスネークを見逃すつもりは無いらしく、巨大な足を持ち上げて彼を踏み潰そうとした。
ゴロゴロと体を丸太のように転がして、体がぺしゃんこになるのを寸前で回避する。
揺れる地面の所為で、体を起こす事すら一苦労だ。
それでもスネークは急いで立ち上がり、可能な限り全速力で距離を取る。
――光が見えてきた。

(ミサイルポッドが弱点に違いない!)

堅い外殻に身を包んでいるという事は、中身は柔いのだろう。
少なくとも、翼は落とせる。
ならば、スネークはそれを狙うだけだ。
翼のカバーが開くまで逃げ回り、射出されるホーミングミサイルの網を掻い潜りながら、カバーが閉じる前に攻撃する。
そこまで妙な既視感と共にシミュレーションした所で、なかなかハードじゃないか、と苦笑する。

「……だが、やるしかない」
『スネークさんっ……頑張って!!』

祈るような応援に、ああ、と短く返して拳を握る。
スネークはおおよそ三、四分間だろうか、メタルギアが繰り出す猛攻を必死に凌ぎ、機会を待った。
勿論象に豆鉄砲を撃ち込むような事なのも分かっていたが、スティンガーやグレネードを何発も撃ち込んだ。
余りにも絶望的で長い、数分間の攻防の後、ようやくメタルギアが動いた。
肩に付けられた二発の魔力砲がそれぞれ光を帯び、順番に爆ぜる。
スネークはハリウッドの映画を思わせる見事なダイビングを披露させ、その二発を辛くも避け切った。
それに合わせてメタルギアの翼カバーが開く。
中々悪知恵は働くようだ。
数秒後には、追い詰められたスネークに爆撃が降り注ぐだろう。

――そしてそれは、最大のチャンスでもある。

スネークは無理矢理な態勢でスティンガーを放った。
成形炸薬弾がメタルギアの右翼に直撃するのと、ミサイルポッドからホーミングミサイルが射出されたのはほぼ同時。
右翼から発射されたミサイルは、数瞬後に自らが飛び立った巣を攻撃されて巻き添えを食らい誘爆を起こし、それがさらなる追撃となる。
爆発音を覆い隠す程の、恐ろしい、甲高い悲鳴がメタルギアから発せられた。
ざまあみろ、だ。
右翼が大きく火花を散らして、だらしなく肩からぶら下がった状態になった。
元気な左翼が、より右翼の不恰好さを際立たせている。
――これで、飛ぶ事は出来なくなったぞ。
少なくとも、ゆりかごとの合流は不可能。
だが、スネークにそれを喜ぶ暇は無かった。
左翼から飛び出した四つのミサイルはまだ生きていて、スネークに依然として牙を剥いているのだから。
毒付く暇もなくスネークはスティンガーを放る。
そしてFAMASを構えると、がむしゃらに5.56ミリ弾丸を空中にばらまいた。
奇跡的に弾倉が空になった時には四つのミサイルは見事に破壊され、スネークに着弾する前に弾けていた。
スネークは咄嗟に腕で爆風から顔を守ったが、スニーキングスーツ越しでも伝わった焼けるような痛みに悶える。

『――っ、スネークさんっ!!』
「っ!? くそっ!」

ほんの一瞬の隙。
慌てて振り返ると、メタルギアが地面を揺らしながら迫っている。

『甘いぞ、スネーク!』

そんな幻聴が聞こえたような気がして、慌ててバネのように体を跳ね起こした。
けれども既にメタルギアは踏み潰さんと足を上げていて、スネークはその影にすっぽりと埋まっている。
駄目だ、間に合わない。
本能的に腕を上げて体を庇う動作を取るが、無駄である事は自明だった。

――俺はここで死ぬのか。
これで、終わりなのか。
スネークは遂に目を閉じる。

そして、轟音が響いた。

「っ……!?」

空気が止まる。
おかしい、俺はまだ生きているのか?
そんな疑問と共にうっすらと目を開けば、影に覆われていたはずの足元が照らされていて。
その光に導かれるまま頭上を見上げると、翡翠のバリアがメタルギアの足を受け止めていた。
スネークが、何が起きているのかを把握する前に、怒号が飛び込んでくる。

「早く、逃げろっ!」

この場所にある筈の無い叫び声。
だが、スネークの体は自然とそれに反応していた。
瞬時にローリングし影の外へ飛び出して、声の元へと視線を向け、目を丸くする。

「――ユーノ!?」
「やぁ、スネーク。……ふむ、少し重いね、ちょっと待ってて」

彼が平然と言うや否や、翡翠の巨大なバリアが鉛直方向上向きに加速。
二足歩行のメタルギアはバランスを崩し、轟音と共に不様な格好で転んでみせた。
スネークは土煙の先のメタルギアをちらりと見て、得意気な表情のユーノに向き直る。

「何故っ……!?」

何故此処にお前が。
その単純な疑問さえ余りの驚きに、喉で詰まり言葉となって出てこない。

「おいおい……分かるだろう? 君を助けに来たのさ」

スネークと対照的に、フフン、と得意気に眼鏡を押し上げているユーノ。
幻では無いようだ。
スネークの口から動揺、驚愕、安堵を筆頭とした、様々な感情を乗せた息が漏れ出す。
――少なくとも、悪い物ではない。

「ゆりかごの場所が分からなかったのか、方向音痴。ヴィヴィオは向こうだぞ」
「なのはと分担作業さ。向こうはなのはが、こっちは僕が、ね」

クロノから無理矢理許可を取ったんだ、と明るく笑うユーノ。

「……司書長様がわざわざ助けに来て下さるなんて、全米が感動の渦に呑み込まれるよ」

スティンガーを素早く拾い上げながら皮肉るスネークへ、ユーノは途端に真剣な表情を見せると首を振ってみせた。
僕は無限書庫司書長ではないと、そう言って。
ユーノは訝しむスネークに素早く近寄り、治癒魔法を掛ける。
体を包む柔らかな光と、暖かい感覚。

「今は仲間として、親友として恩人を助けに来た、唯のユーノ・スクライアさ」

――無視し続けても存在を主張していた傷の痛みが、やんわりと遠退く。
司書長としての仕事は全て終わらせてきたからこれはプライベートだね。
そんな、余りに場違いな軽口を叩いているユーノが憎たらしくて――非常に心強い存在だった。
スネークは一歩前に出て、スティンガーに弾を再装填する。

「フン、貴重なプライベートを潰させてしまって申し訳ないよ。……体は鈍ってるんじゃないのか、相棒?」
「まさか。君の後ろは任せてくれよ」
「よし。……あのグロテスクな翼はもう動かんが、ここから完全に手詰まりだ。どうする」

――翼を落としたところで、核発射は止められない。
涙が出る程ありがたい増援でも、攻撃力に関しては些か頼りない。
堅牢な複合装甲はそう易々とは砕けないだろう。
ユーノが視線を走らせ、おもむろに呟く。

「一つ、考えがあるんだけど。聞いてくれるかい?」
「待ってくれ、ポップコーンとジュースの準備がまだだ」
「……君、僕の事どう思ってるんだ」

ヒクヒクと顔を引きつらせながら視線を向けてくるので、スネークは肩を大げさに竦めた。

「クドクドと無駄に長話をする骨董オタク、と言ったところか?」

骨董オタク、という言葉にユーノはその顔に、あからさまな不快感を滲ませた。
青年は怒りを露にしながらスネークへ詰め寄る。

「オタクは止めろ! そもそも僕が、要点を分かりやすーく簡潔に話さなかった事があるか!?」

単純明快、簡単な質問。
スネークは顎髭に手をやり、記憶を掘り返して。
ざらざらとした感触を味わいながら、即答。

「ふむ、無いな」
「うおい! くそ、助けに来た事を今更後悔してるよっ」
「はは。……へらず口はそこまでだ。考えとやらを教えてくれ」

君から始めたんじゃないか、とむすくれるユーノへ、スネークは不適な笑みを投げ掛ける。
戦場でユーノとこんな掛け合いをするのも久しぶりだ。
ユーノは呆れたように大きく溜め息を吐くと、考えの内を話し始めた。

「君が六課にやってきたくらいの頃。フェイトがガジェットⅢ型残骸の動力部に、ロストロギアを見つけたんだ。」
「ロストロギアが、Ⅲ型に?」
「局の保管庫から盗まれたものさ。……それの名前は、ジュエルシード」
「……随分気前が良いじゃないか」

大量に戦線投入されているガジェットⅢ型。
嫌になる程見続けてきたそれに、過去の貴重な遺産が組み込まれる。
どうにもおかしい話だが、ある程度の推測は可能だった。
いくらでも代えが効く機体の心臓、動力部へそれが組み込まれていたという事は――

「盗みだされたロストロギアは二つで、残りの一つはまだ見つかっていない。恐らく……」
「――動力として出力可能なロストロギアが、メタルギアに組み込まれている……?」

そういう事。
ユーノが神妙な面持ちで一言、そう頷いた。
そのⅢ型はテストで、その結果が好評を博してメタルギアにも使用される事となった、という憶測。
成る程、信じる価値はありそうだ。

「それさえ止めれば、なんとかなると思う。……動力部の位置は――」

ちらり、と藻掻き続けるメタルギアを一瞥するユーノに合わせて、スネークも視線を巨体に向ける。
――人間は心臓から体中に血液を送り、脳が下す命令で活動している。
スネークが可能性の最も高そうな胸部に注目し、その事に気付いたユーノが同調の意志を見せる。

「心臓発作を起こさせる訳か。そのジュエルシードとやらを破壊すれば良いのか?」

とんでもない、とユーノが慌ててその案を却下した。

「暴走したら適わないからね、僕が封印処理をするよ。確保しなきゃ」
「封印処理? ここからパパッと出来ないのか」
「無茶言わないでくれよっ」

魔法が何でも出来ると思い込まないでくれ、とユーノが不満気な表情を見せた。
――まずった。
スネークが後悔する間もなく、そのままユーノの愚痴が始まる。

「あーあー、そもそもここはAMF濃度が酷くて僕にはとてもよろしくない環境なんだよ、って言っても君みたいな魔法いらずで戦える非常識人間には分からないかなっ?」

あぁ成る程、と少し気圧されつつ頷く。
メタルギアにはAMFが搭載されているとかジョニーが言っていた事を思い出して、後悔。
さすが伝説の傭兵、なんてしつこく皮肉るユーノへスネークは素直に謝罪し、話の軌道を修正する。

「すまなかったユーノ、落ち着け」
「……ゴホン。ともかく、ジュエルシードは体内深くにあるだろうから、せめて胸部外壁を崩してこじ開けてくれれば僕が何とか――」
「――成る程な、了解だ」

あっさり返事をしたのが逆に妙な不安を与えてしまったのか、ユーノが大丈夫かい、と問い返してくる。
スネークは苦笑し、この世界で最も長い付き合いである親友の肩を軽く叩いた。

「なんとかなるさ。どうにかこじ開けてみせる、任せておけ」

一瞬の間を置いて、ユーノがくく、と笑いをこぼした。

「そうか。……そうだね、君がそう言うなら心強い事この上ない」

滑らかに、それでも機械らしい動きで立ち上がり始めるメタルギア。
そして同時に発せられる、怒りの咆哮。
身構えたスネークの背中に、ユーノから物憂げな声が掛かる。

「スネーク。いつか、君に話したよね。……地球にばらまかれてしまったロストロギア」

何ヵ月も前。
汚いテントの中で話された内容を思い出し、そして直結する。
――そのロストロギアが、ジュエルシードか。
スネークは無言を貫き、メタルギアが立ち上がる様を睨み付ける。

「ジュエルシードは、象徴なんだ。僕の弱さ、僕の罪のね。ここで……これで一つの区切りを付けるっ」
「――ユーノ。……さぁっ行くぞ!!」

掛け声と共に始まったコンビ戦。
それを彩るかのようなメタルギアの爆撃。
勿論、それらが目標へと到達する事はない。
スネークの前に展開された壁が、それらを全て受け止めるのだから。

『いつも通り、攻撃に集中してくれて構わないよっ』
『それはどうも、遠慮はしないから安心してくれ』

とても苦しい状況の中、最後に行われてから半年ばかり経っていた相棒を共にした戦い。
その合間の、軽口の叩き合い。
それらの全てが、酷く懐かしく感じた。
ユーノが作り出す障壁が、降り掛かる攻撃からスネークを守り。
時には鎖がメタルギアを捕縛し、動きを止める。
スネークは親友が生み出した隙を最大限利用。
正確に、コツコツとスティンガーをメタルギアの胸部に当てていく。
まるで扉が開くのを、ひたすらノックして待ち続けるかのように。

――そしてようやく、堅い扉が軋みの声を上げる。

何発目だろうか、スティンガーの成形炸薬弾がメタルギアに喰らい付いた時。
ギギギ、と。
確かにその異質な音は、メタルギアの咆哮に混じって、スネーク達の耳へと届いた。

『――ユーノッ!』
『うん!!』

それまで援護に回っていたユーノが、スネークの呼び掛けに含まれた意味を瞬時に理解。
グググ、と溜める動作を見せる。
スネークもスティンガーにもう一発弾を素早く装填して、照準を合わせた。

――これで、終わりだ!

ランチャーからミサイルが射出され、真っすぐメタルギアに吸い込まれていく。
盛大な爆発音と共に、メタルギアが実際に痛みを感じているかのように咆哮を上げた。
胸部を覆うプレートがずるり、と剥がれ落ちるのと同時に、スネークの真横を高速で通り抜ける影。
それは、メタルギアの体内奥から漏れる青い光へと、ロストロギア――ジュエルシードへと数秒で到達する。

「……、――ジュエルシード、シリアル八……封印っ!!」

呪文の後に、メタルギアの体内を突き抜けるように眩い光が放たれ、空間を支配。

――スネークが目の眩みから復帰した時には、全てが終わっていた。

余りに小さな宝石は既にユーノの手の中に収められていて、メタルギアに流れる時間は停止している。
こんな物がメタルギアの中枢を担っていたなんて。
力が抜けたかのように、メタルギアソリッドはガクン、と膝を付いて、そのまま倒れこんだ。
――勝った、か。

『スネークさん、ユーノ司書長! やりましたね! 凄かったですよ!』
「ケホッ……気に入ってもらえてよかっ……ゲホッ、ゴホッ!」

シャーリーの声が響くのだが、生じた土埃を思い切り吸い込んでしまって、苦しげに咳き込むスネーク。
彼と対照的に、感慨深げなユーノがスネークの元へ舞い戻る。

「スネーク、罪や過ちは誰にでもある。それらが消える事はないけれど、僕らは前へ進まなければならない。それが人間なんだからね。……やっと、一区切り付いたよ」
「ゲホッ……そりゃあ、おめでたい。だが、この事件はまだ終わりじゃない」

そうだったね、と苦笑するユーノ。

「フェイトの所にスカリエッティが行く筈だ、急いで追うぞ」
「了解であります、中尉っ」

青年の、慣れていないのか不格好な敬礼。
スネークは複雑な気分と共に、それに対してジトリと視線を向ける。

「……似合わんから止めておけ」
「むぅ……」

黒幕がまだ残っているのだ、こんな事件はさっさと終わらせてしまおう。
スカリエッティにだけは、負けられない。
奴の考えを認める訳にはいかないのだから。



[6504] 第十七話「人間と、機人と、怪物と」
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2009/04/01 14:06
 スネークが突き出した右腕は、軽くいなされて。
 その拳は手応えを掴むどころか、掠める事すら無く、空を切っていた。
 それと同時に、急激な速度でスネークの視界全体が何かに埋まる。
 直後に感じたのは、顔への衝撃。

 ――強烈な、肘打ちだ。

「ぐぁっ……」

 痛い。
 けれど、苦痛に喚く程のものではない。
 フランクの一撃に比べればこの程度、屁でもなかった。
 よろけそうになるのを、スネークは必死に堪える。
 だが、直後に掴まれた右腕が老人によってさらに強く引かれ。
 スネークは姿勢を崩し、バランスも奪われかける。
 不味い、と内心で呟くも、全身に襲い掛かってきたのは気持ちの悪い浮遊感。
 スネークの見ていた世界がぐるり、と回った。
 その体重が大きな音を立てる。

 何だ。
 何が起こった。
 俺は今、何を受けた。

 ――CQCだ。

 スネークが鈍痛に喘ぎ、それを理解するまで0.5秒。
 世界が一回転したのはつまり、近接戦闘術のクロース・クォーターズ・コンバットことCQCで、柔道よろしく豪快に投げ飛ばられたのだった。
 その年老いた犯人は腕を放すと、スネークへ哀みの視線を向ける。

「武器も装備もないお前に何が出来る? ソリッド・スネーク」

 その老人は、動作全てが壮健そのものだった。
 彼が年老いた人間であると判断出来る要素は、生え際が後退した白髪と、顔に深く刻まれた皺、そしてしわがれ声だけ。
 まだ為すべき事を為すまで死ぬ訳にはいかない、と言わんばかりの気迫がそこにはあった。
 それは、この老人にとり憑いた戦争の狂気が溢れ出てきた物なのだろうか。
 ともあれ、それに屈する訳にはいかない。
 スネークは鈍痛に顔を歪ませながらも老人を見上げ、それに真っ向から立ち向かう。

「最後まで決して諦めない。いかなる窮地でも成功をイメージする。……あんたの、言葉だ」

 老人は目を伏せる。
 しかし、数秒の沈黙の後には、何事も無かったかのように言葉を返した。

「私も、時には過ちを犯す。……ならば楽にしてやろう、我が息子よ」

 スネークは目を見開いた。
 我が息子、と言ったのは老人。
 その言葉を投げ掛けられたのは、ソリッド・スネーク。
 それはつまり、「因縁の敵」「かつての上官と部下」というものだけだったスネークとその老人の関係を、より複雑にする言葉だった。

 父親。
 この男が、俺の。

 唐突に親子関係を語った老人に、スネークは呆然とする。
 しかし、動揺する暇は与えてもらえない。
 老人の右手に何時の間にか収まった化け物銃の銃口が、スネークを捉えようとしていたのだ。

「――っ!!」

 身体を必死に折り曲げると同時に、薙払うように足を振るう。
 確かな手応えを知らせるかのように、銃弾は射線から逃れたスネークに当たる事なくその真横で跳ね。
 甲高い金属音と同時に、老人がバランスを崩し、転ぶ。
 スネークは全身の痛みを無視して立ち上がり、急いで走り出した。

『スネーク、何か武器を探せ! 素手ではビッグボスに適わないぞ!』
「分かってる! ケスラー、何か奴についての情報を!」
『……スネーク、諦めろ。神話的存在の彼に勝ち目は無い』
「このっ、くそったれ!」

 一方からは必死なアドバイス。
 もう一方からは絶望でも落胆でもない、淡々と敗北を語る声。
 スネークは後者に向けてありったけの罵声を浴びせて通信をブチ切り、駆け出していった。

第十七話「人間と、機械と、怪物と」

 ソリッド・スネークと、ビッグボスの戦い。

 それは、ソリッド・スネークの運命の始まり。
 それは、ソリッド・スネークをPTSDという病に叩き落とした、彼の悪夢。
 それは、ソリッド・スネークが「父親殺し」である事を決定付けた、彼のトラウマ。

 ティアナ・ランスターは、隊長陣を除く六課隊員の中で、いち早くその戦いと結末について知った人間だった。
 訓練場に朝日が差し込む中。
 どういう話の道筋でそれを聞いたかは、余りの衝撃に殆どティアナの記憶には残っていない。
 恐らくは、スネークがふっかけてきた「家族」についての話から派生したのだろう。
 幼い頃に死んだ両親と、兄の事について話した記憶と。
 スネークが表情を僅かに曇らせたものの、意外とすんなりそれらの話を吐露した事がティアナの印象に深く残っていた。

 アウターヘブン。
 ザンジバーランド。
 場所を変え、多くのものを失いながらもスネークが決着を付けようとようやく追い詰めた宿敵。
 その宿敵ことビッグボスは、スネークへ父親である事を告白。
 勿論それで戦いが終わる訳もなく、死闘の末にスネークはビッグボスを殺害。
 スネークはそんな中、動揺していた心を押さえ付けて、こう自分に言い聞かせたのだという。
 それこそが――

「窮地の中でも、成功して勝利するイメージを持ち続けろ、か」

 小さく開かれたティアナの口から漏れだした言葉は、すぐに霧散してしまう。
 そこは薄暗く、大量の埃が住み着いた空間。

 戦闘機人達を迎撃する為にスバル等と共に廃棄都市区画に出撃。
 結果、単身で閉鎖空間に閉じ込められて、まさかの一対三。
 それが、今ティアナが直面している圧倒的に不利な状況だった。
 負傷した足では満足に走り回る事も難しい。
 そして、身体を襲う小さな虚脱感の群れが教えてくれるのは、頼りの幻影達が次々とやられていく現実。
 結界破壊スタッフの到着に期待したい局面だが、果たしてイタチごっこの状態の中で期待して良いものか。

「……無理に、決まってるじゃない」

 ティアナは小さく呟き、顔を苦くさせる。
 スネークはポジティブなイメージを持って戦ったと言っていたが、果たしてどうやったらそんな事が自分にも可能になるのか。
 今この危機的状況に陥ってから初めて、その言葉が、そしてそれを遂行した彼がどれだけ凄い事かをティアナは実感する。
 自身が戦闘機人達を下すなんてイメージは、目一杯唸ったところで一向に湧いてくる事はなかった。

「むしろ、逆よね」

 ティアナはそう小さく吐き捨てる。
 むしろ、これは負け戦としか思えなかった。
 怖い。
 逃げ出したい。
 無理に決まっている。
 絶対に、勝てない。

 ――殺される。

「……っ」

 浮かび上がるのは想像もしたくない嫌な現実と、情けない心の内ばかり。
 それとセットになって付いてくるのは、押し潰されそうな程の不安。
 そして、絶え間なく伸し掛かってくる死の恐怖。
 それ等によって、魔法陣の上にかざされたティアナの腕が否応無しに震える。

 けれど、どうしてだろう。
 負に押し潰される事を拒むかのように、自身の中に溢れ返るものがあった。

『希望を失ったら最後だ。
 希望が無くなったと思い込んだ瞬間に、無力になってしまう。
 絶望は死へとつながる』

『信じることだ。
 全身全霊をかけて信じれば、願いは叶う』

『恐怖と立ち向かい恐怖を克服するには、恐怖から逃げていてはいけない。
 自ら進んで恐怖に身を投じる事だ』

『後悔するよりも反省する事だ。後悔は人をネガティブにする』

『諦めるな、やるしかないだろう?
 お前が信じたものを、想いを、信じ抜くんだ』

『ティアナは凡人なんかじゃない。
 射撃と幻術で仲間を守って、知恵と勇気でどんな状況でも切り抜ける事が出来る。
 ……絶対に、出来るよ』

『大丈夫。ティアなら、絶対出来るよ。
 ……だって、ティアだもん!』

 その正体は尊敬する人達の教えと、友の励まし。
 それ等は結局の所、当てのない精神論の類に過ぎないのかもしれない。
 それでも、その言葉の群れはティアナの不安を討伐してくれているのか、何処に残っていたか分からない力が不思議と湧き上がる。
 とても、心強かった。

(やれる。……絶対に、勝てる)

 手の震えは、何時の間にか治まっていた。
 相も変わらず自身の脳内に勝利の空想が湧き出る事は無い。
 けれども、その身体を励まし、奮い立たせるだけの気力は再充填されたらしい。
 伝説の英雄と同じように、とはいかないが、今はこれで十分。

 思えば、閉鎖空間の中でこれだけ見つからずに隠れていられるのも中々の奇跡よね、とティアナは微笑む。
 空間の片隅に打ち棄てられた段ボールに視線をやる。

『身を隠すには敵の探しそうなポイントは避けるべきだ。
 常に敵の身になって考えウラをかけ。
 頭の善し悪しではない、常に頭をフル回転させて、考えろ。
 頭を使って行動するんだ』

 そうして不意に思い出すのは、そんな言葉。
 いつだったか彼が話していたそれを、無意識の内にに実行出来ていたのかもしれない。
 私も少し位は成長しているのかな、とティアナは苦笑する。

「発見されました。三方向から真っすぐ向かって来ます」
「……シューターとシルエット、制御オーケー、現状維持。……後は、此処で迎え撃つわ」

 ティアナは相棒の言葉を受けて、壁を支えに立ち上がる。
 私は、あのエースオブエースと、伝説の英雄から教えを受けたんだ。
 その事実は血肉となり、誇りとなって、ティアナの全身を鼓舞する。
 諦めるな、自信を持て、と。

「……それに、決めたのよ」

 未来に想いを伝える。
 いつかスネークがそんな事を語っていた時、ティアナは一つの確信をしていた。
 スネークの意志は兄が持っていたのと似た思想で、何よりも尊ぶべきものなのだ、と。

『ティアナ。父さんも母さんももういない。けれど、彼らの物語は今も俺達の中で生きている』
『……物語?』
『ああ、そうさ。そして、俺達もそれを未来へ語り伝えていかなければならないんだ。それが「生きる」って事なんだよ』

 それは、誰よりも大好きだった兄ティーダの言葉。
 兄と仲良く暮らしているとはいえ、両親がいないという事実は消えない。
 当時、幼いティアナがそれについて思考を巡らしているのが――ようするに、寂しかったのだが――ティーダの目についてしまったらしい。
 兄の話に、幼いティアナは小首を傾げる。

『……よく分からないよ、兄さん』
『はは、難しかったか。ティアナが今練習している狙撃術の中にも、父さんや俺の想いが、生きた証が、物語が伝わって生きているんだ』

 だから寂しがる必要はない。
 死は敗北では無いんだ、とティーダはティアナの頭を撫でながらそう言って。
 子供だったティアナが妙に納得し、そして安心した記憶。
 今になって、ぼんやりとだが、ティアナはようやく理解する。
 兄が語っていた言葉の意味を。
 他者の人生に、自身の物語を刻み付けるという行為の意味を。

 だから、ティアナは決心したのだ。
 執務官の道を目指すのと一緒に、スネークの生き様を、物語を自身に刻み付けていこうと。
 ユーノ司書長や自身を初めとした、多くの人間を変えていった彼の存在。
 それこそが、ティアナの「未来へ伝えなければならない」事なのだと直感したから。
 そして、兄の想いも叶える事になるとも信じていたから。
 そんな訳で、スネークが唯一その身に受けて刻み付けた、CQCと呼ばれる戦闘技術のメソッドの僅か一端。
 渋い顔をされながらもティアナはそれを必死に懇願して学んだし、より「スネーク」を記憶するために交流を図った。

 彼から受け継いだものを、そして自身が学び、感じたそれらを消す訳にはいかない。
 まだ死ぬ訳にはいかない。
 無事にこの事件を収束させ、「生きる」んだ。
 自身に与えられた多くの時間は、未来は、この先に広がっているのだから。

 ティアナはその決意の下に握った拳から、堅い感触を改めて実感し。
 ふと、その手の中に収まった相棒に語り掛ける。

「……本当はさ、随分前から気付いてたんだ。私はどんなに頑張っても万能無敵の超一流になんて、きっとなれない」

 冷静で的確な言葉が返って来る事はない。
 ティアナは相棒の優しさに感謝しつつ、続ける。

「悔しくて、情けなくて、認めたくなくて。それは今も変わらないんだけどね。……でも。此処では、関係ない」

 何故なら、此処に凡人はいないのだから。
 そして此処には、エリートも、英雄もいない。
 ――そう、此処は戦場だ。
 此処に立っているティアナ・ランスターは、自分の意志で立ち上がった一人の戦士なのだ。

「何時までも、コソコソしてんじゃねえええぇっ!!」

 ――爆砕。

 耳をつんざく怒声と共に突入してくる二人の戦闘機人。
 刹那、頭上に振りかぶられる二刀。
 ティアナは瞬時に歯を食い縛って、クロスミラージュでそれを受け止める。
 ガギィッ、という精神衛生上よろしくない金属音と、それに合わせて悲鳴を上げる負傷した足。
 それ等が、改めてティアナに実感させた。
 この娘達は、本気で私を殺しに来ている、と。
 一対三で潰しに掛かるだけの価値があると判断されたのだ、涙が出るほどありがたい高評価ではあるが――

「うおりゃあああぁーっ!!」

 紅髪の戦闘機人による、遠心力が働いた回し蹴り。
 ティアナは無理矢理頭上の凶器を押し退けて、回避行動に移る。

「……くっ」

 何とか、直撃は免れた。
 紅髪の少女の攻撃は古びた壁を容易く粉砕。
 辺りを見渡す事が難しくなる程の埃を巻き上がらせている。

(……此処から出ても多分、もう一人に狙い撃ちされるっ!)

 だとしたら、此処で出来うる限りの事をするしかない。
 ティアナは囮として幻影を発生させ、少女達が突入してきた入口から逃げ出るように演出。
 それと同時に部屋の片隅、一見何の役にも立たなそうな箱――段ボールへと全力疾走した。
 それを被り、クロスミラージュをダガーモードへと変形させ。
 
 じっ、と息を殺して、待機。
 
 鼻をつく独特の匂いに、ティアナは微笑を浮かべた。
 成る程、この緊張状態では中々悪くない。
 戦場と段ボールと煙草はセットだ、という言葉を思い出して。

 ――煙が、徐々に晴れていく。

 それと同時に、囮の幻影が撃ち抜かれて消滅。

「どこにっ!?」

 聞こえてくるのは、焦りの声。
 恐らく電子的索敵によって、此処にティアナがいる事は分かっている筈。
 それでも、此処にティアナはいない。
 彼女達には見えないのだから。

 ややあって、紅髪の少女に、待ちに待っていた一瞬の隙が生まれた。
 ティアナは足の痛みを無視して、段ボールから飛び出る。

「反応はまだ此処――後ろっ!」

 もう一人の少女に気付かれる。

 ――でも、遅い。

 ティアナはそう呟いて、紅髪の少女の足元目掛けて駆け。
 数瞬後、その手に光る魔力刃は、紅髪の少女の足から火花を散らせる事に成功。
 少女が毒突きの後、即座に距離を取ったティアナを憎々しげに睨み付けた。

「ぐっ……て、めぇ、ふざけてんのかっ」

 ティアナが誘導弾を展開させると同時に、三人目の後衛型の少女が合流。
 じっくりと、少女達の陣形を確認する。

「使えるものは何だって使う。人間ってのはそんなもんよ。……ふざけてたとしても。あんたの厄介な足は、潰す事が出来たわ」
「……クソが」

 親友のデバイスを模したそれは、優先的に潰すには十分な脅威である事をティアナはよく知っていた。
 それを無力化できた以上、まだまだ勝てる確率は十分に残っているし、むしろその確率は高くなっている。
 何故なら、ティアナの前方には紅髪の少女、後方には二刀流の少女と後衛の少女。

 ――その陣形が、挟み撃ちの形に「戻って」いたのだ。

 戦場での達人は臨機応変に作戦展開を行えるもの。
 戦術マニュアル通りに行動すると、パターン化してしまう為に戦略が見破られてしまう。
 それがこの少女達には、顕著に現れていた。
 それに気付かずか、今度は二刀流の少女が静かに口を開く。

「そんな戦法に頼るのだから……度胸は、ある」
「褒めてくれてありがとうって言いたいところだけど、伝説の英雄お墨付きの戦い方よ。命を掛けるには十分」

 ――もし、先程と同じなのなら。
 前衛二人が攻撃を同時に仕掛けてきて、討ち損じた場合に後衛による強力な魔力砲が襲い掛かってくる筈。
 確実で、堅実な戦法。
 だからこそ、攻めるべきタイミングがそこに生まれてくる。
 そのタイミングを間違えたら、恐ろしい結果が待ち受けているのだけど。

 それでも、なんとかなる。
 やるっきゃない。
 頑張れ、私。

 そう気合いを入れ直したティアナは、じりじりと迫る少女達を睨み付けた。
 と、その時、その空間全体の空気が変わった。
 この感覚の正体は分かる。
 結界が消滅したのだ。

(……結界破壊スタッフ?)

 いや違う、とそれを即座に否定。
 少女達の様子から、結界を張っていた元凶がどうにかなったのだと推測する。

「……結界、壊れたわね」

 少女達は独白のようなティアナのそれに、無言を貫いている。
 ティアナは一拍間をおいて、切り出した。

「……ふむ。ゆりかごもあんた達のアジトも、崩壊直前みたい。諦めて投降した方が身の為よ」

 勿論、そんな事は分からない。
 連絡を取って戦況を確認する余裕なんて欠片も無いのだから。
 だが、ティアナのブラフに紅髪の少女が掛かった。

「こ、んのおおおぉっ!!」

 突撃。
 同時に、残りの二人も動いた。

「――ここっ!」

 誘導弾を前衛二人へと発射。
 勿論これは避けられるが、数瞬の時間稼ぎにはなる。
 ティアナは振り返って、後衛の少女が抱える武器の砲門を狙撃し――

「――っ!?」

 魔力砲を撃ち出す為にチャージをしていたそれは、暴発を起こす。
 同時に、ティアナはダガーモードで二刀流の少女の攻撃を受け止めて、誘導弾を操作。
 後衛の少女と、二刀流の少女へと一直線に向かわせる。
 一つは呻く少女の顎、もう一つは力でティアナの防御を押し切ろうとしている少女の後頭部に着弾。
 どさり、と二人の少女が同時に崩れ落ちる。
 紅髪の少女が、呆然として、唖然として、一歩踏み出した。

「ウェンディ! ディード!」

 悲痛と言うよりは、本当に信じられないといった叫び声だ。
 その瞳の奥には狼狽が揺れている。
 しかし、ティアナの全身も限界の軋みを上げていた。
 ぜぇ、ぜぇ、と溜まった疲労に息が切れ、怪我を負った足の感覚も鈍り始めているのがはっきりと分かる。
 それでも、ティアナは必死に腕を上げてクロスミラージュを構え直すと、一人残った少女を見据えた。

「貴方達を、保護します。……武装を解除しなさいっ」

 一対三という圧倒的不利な状況を一気に覆したのだ、極限状態にもその言葉には力強さがあった。
 ギッと紅髪の少女がティアナを睨み付ける。
 少女は降参する気配は勿論の事、その戦意が揺らぐ素振りすら見せなかった。
 このまますんなりと戦いが終わる、なんて都合の良い展開は期待出来ないらしい。

 続く、膠着状態。

 それを打ち破ったのは、ティアナの言葉だった。

「……あんた、名前は?」

 ティアナの質問に、紅髪の少女の動きが止まる。
 寸前まで殺し合ってた敵がこんな質問をしてきたら、動揺するのも仕方ないだろう。
 事実、目の前の少女はティアナの真意を読めている様子ではない。
 それでもティアナはクロスミラージュを突き付けたまま、返事を待ち続ける。
 十秒程してだろうか、ようやく紅髪の少女の口が開いた。

「……ノーヴェ」
「ノーヴェ、ね。……あんた、何でここまで戦い続けるの?」

 罪を認めて保護を受ければ新しい人生を生きる事が出来る、なんてのは周知の事実だ。
 ティアナの質問に、ノーヴェが一瞬だけ倒れ伏す姉妹へと視線を向けた。

「……あたし達は道具だ。この世界にいる以上、チンク姉と、皆と一緒にいる為には、使い捨てられないようにいなきゃならねえんだよ」
「だから、スカリエッティに従うっていうの? ……バカな事を――」
「うるせぇっ! 戦闘機人達は、戦う為に生み出された道具だ、兵器だっ! 戦って、生き残った機体だけがそこにいられる。そんな世界なんてっ……!」

 ――それは下らない思い込みね、と。
 ティアナは淡々と、ノーヴェの言葉を遮る。

「そんなの、自分達の殻に閉じこもって、酔っ払っているから言える台詞だわ。……甘えてんじゃないわよ」

 甘えるな。
 その一喝で、口調に怒りを滲ませる程度だったノーヴェが、一瞬で激昂した。
 いつか、スネークにそう言われた時のティアナと同じように。

「てめぇに、あたし達の、何が分かるってんだあああぁぁっ!!」

 ノーヴェが地を蹴った。
 その短い距離は一瞬で詰まる。
 突き出された、右腕。

 その姿が、スバルと重なった。

 何度、スバルやスネークと共に、繰り返し練習してきただろう。
 何度、それを決める自身の姿を想像しただろう。

 当たれば確実に死ぬとか、そういう事は思考の外側にあって、無意識に体が動いていた。

 いつも通りだ。
 ティアナは、思い切り踏み込む。
 頬を砲弾のような拳が掠めていくが、気にも止めずに顔面へと右肘を叩き込んだ。

「ぅ、ぐっ!」

 ノーヴェが呻き声と同時によろけ、強烈な肘打ちを喰らった顔面に右手をやろうとする。
 しかし、ティアナはそれを許さなかった。
 ノーヴェよりも早く、空いた左手でその右腕を掴み、残った力を振り絞って、引く。
 姿勢を崩すノーヴェ。
 ティアナは間髪入れずに足払いを掛けて彼女からバランスを完全に奪うと、そのまま腕を決めて――

「ぐああぁっ!!」

 ――投げ飛ばした。
 すぐさま苦痛に歪んでいるその顔面にクロスミラージュを突き付けて、喉から声を絞り出す。

 分かるわよ、と。

「あ……んだとっ」

 顔を歪めたノーヴェが睨み付けてくるが、ティアナはそれを跳ね返して、その手をゆっくりと放す。

「戦う為に作られた兵器だって、笑うことも、優しく生きることも出来る。……戦う為にしか生きられないなんて、言わせないわ。絶対に」

 それだけは、否定しなければならなかった。
 何故なら、ノーヴェが持っている常識から外れた例外達を知っているから。
 ノーヴェの言っている事を認めるというのはつまり、彼ら自身の生き方を否定する事になってしまうから。
 だから、この少女にも教えてやらねばならない。

「戦闘機人に生まれたけど誰よりも人間らしく、バカみたいに優しく、一生懸命生きている子を、私は知ってる」

 ティアナが見てきた、不屈の心を持った親友の存在を。
 親を殺し、家族を殺し、そんな絶望の末にも未来を信じている男の存在を。

「……辛い境遇に悩んで苦しみながらも、前に進もうと必死に努力している人を、私は、知ってる!」

 声を張り上げるティアナ。
 ノーヴェは困惑しているのだろうか、その視線は定まらずに彷徨っている。
 ティアナはその傍らへとしゃがみ込んだ。

「俯いてたって、目を逸らしていたって前には進めないわ」
「……」
「自分自身で顔を上げて前を向いて、自分の人生を『生きる』のよ。……私も、付き添う位は出来る」

 ノーヴェは何も答えない。
 しかし、数分してだろうか、おもむろにその顔はゆっくりと上がる。
 彼女の瞳は困惑に満ちているが、それでも戦意が抜け落ちていた。
 ティアナはクロスミラージュを待機状態に戻すと、ノーヴェの肩に手をやる。
 暖かいじゃない、とその体に微笑んで。

 口を、開いた。

「――貴方達を、保護します」


 ◆


「何も、出てこないね」

 滑るように空中を移動していたユーノはぽつりと呟く。
 アジトの通路は、拍子抜けするくらいに何も無かった。
 ガジェットの群れが襲い掛かってくると覚悟していただけに、気勢も削がれるというもの。
 今は小話が出来る程度には余裕がある。
 ユーノの横を走っていたスネークがそれに対して同意の頷きを返した。

「この状況だ。恐らく、戦力を分散させずに集中させているんだろう」

 確かに、何かとわらわら出現するガジェットも無限に存在するわけではない。
 ゆりかご護衛、地上本部への侵攻等々にかなりの数を割いているという訳だ。

「……ようするに、僕らみたいな『ぺーぺー』よりも、潰すべき相手の所に当ててるって事かぁ」

 ぺーぺー、という表現が気に入らなかったのか、僅かにムッとするスネークに、ユーノは苦笑する。

「君、なのはとかフェイトとかと張り合うつもり? ここは地球じゃ無いって事を忘れちゃいけないね。僕には到底無理、無理」

 亭主関白とは縁が無さそうだよ、と付け加える事も忘れない。
 ふむ、とスネークは顎髭を撫でながら軽く唸る。

「地球が恋しいところだな。……ともかく、敵がいないなら、それはそれで結構な事だ。急ごう」

 スネークがその言葉と共に、再び前を向く。
 うん、とユーノは頷いて一息つくと、一人の女性について思考を巡らせ始めた。

 ドクター・ナオミ・ハンター。

 遺伝子治療の専門家であり、シャドーモセス事件でスネークを無線サポートした女性。
 彼女は、スネークと深い関わりを持っている。
 この男こそが、彼女の生涯の仇であったのだ。
 フォックスハウンド隊員時代のスネークは、ナオミの命の恩人であるビッグボスを殺害、さらに彼女の兄であるフランク・イェーガーを廃人にまで追い込んだ。
 新たな未来を与えてくれたきっかけ、自分を唯一認めてくれた血の繋がらない家族を失う絶望。
 ナオミは会った事もないソリッド・スネークへの復讐を誓い、一つの計画を始める。

 フォックスダイ。

 そう名付けられたそれの正体は殺人ナノマシンだった。
 フォックスダイはまず、大食細胞に感染する。
 そして蛋白質工学で生み出された、人間のDNAを認識する事が出来る賢い酵素の出番が来る。
 その認識酵素は感染者から自身に設定された遺伝子配列を読み取ると、活性を示す。
 それを合図に、フォックスダイは大食細胞の組織を使ってTNFεを作り始め。
 免疫細胞間の情報伝達を行うサイトカインの一種であるそれは、血流に乗って心臓に達し、心筋細胞のレセプターに結合。
 結果、刺激を受けた心筋細胞は急激な細胞死を起こし、その人物は死ぬ。

 つまり、フォックスダイは相手が誰であるかを判断し、それが自身の対象プログラムに入っていた場合、その人物を殺害する訳だ。
 一見すれば只の心臓発作。
 それは老人だろうが子供だろうが、ましてや伝説の男でさえも関係なく襲い掛かり、食らい尽くすもの。

 その凶悪な殺人ナノマシンがナオミの手により、スネークの体内に今現在も潜んでいる。
 しかもシャドーモセス事件の直前における、ナオミが行ったプログラム改変によって、発動の時期は一切不明との事。
 今から十秒後にもスネークが苦しみ悶えつつ絶命する可能性も十分にある。
 むしろ、今まで生きていられたのが奇跡と言っても良い位だ。
 それ等の恐ろしい事実に、ユーノは体を震わせた。

(いつ死ぬか分からない恐怖に怯えながら生きていけ、というのがナオミの復讐だったのだろうか)

 隣を走るスネークにも聞こえない程の音量で、記憶の内部をなぞるように呟く。
 それはユーノが読んだ「シャドーモセスの真実」の一文で、著者であるナスターシャ・ロマネンコの考えだった。
 ただ殺すのではない、考えられる限り残忍で、精一杯の憎悪に満ちた復讐行為。

 もし本当にそうだとしたら、あんまりだ。
 ぐぐ、とユーノは拳を握る。
 スネークが大勢の命を奪ったのは事実。
 今も尚、地球上には、自分の大切な人を殺したスネークが「伝説の英雄」と呼ばれる事に苦い思いをしている人間がいるのだろう。
 おまけに、シャドーモセス事件のお陰で、その呼び名は裏の世界に留まらず、表の世界中に拡散してしまった。
 知らぬ者のいない、自然界には存在しない蛇。
 スネークもそれらの現実を自覚している。

 けれども、それらを引き起こした戦いはスネークが望んだものではなかった。
 彼自身に、咎められる謂れなんてものは無い筈だ。
 そんな自身の考えは「友人による安易な庇い立て」だと非難されるのだろうか、とユーノは自問する。
 とはいえ、非難されようが軽蔑されようが、ユーノの考えがブレる事はない。
 少なくともこの世界では、誰よりもスネークの事を知っているのだから。
 
 スネークの、人殺しで血塗れた体と呪いが掛けられた遺伝子と、消えることの無い罪を。
 そしてそれ等に対する贖罪の念が、スネークの意識の根底に根強く留まっている事を。

『人殺しが正当化される事は無い。正当化される時代も無い』

 今や懐かしい、二人旅の最中。
 スネークがそんな風に語っていた事を、ユーノははっきりと覚えている。
 そして、その次にスネークが吐いた言葉も、ユーノが忘れる事はなかった。
 彼は、殺人という行為を徹底的に乏しめたところで、こう吐き捨てたのだ。

 俺は快楽殺人者でなければ殺人鬼でもない。
 けれど、人殺しには違いないさ、と。

「……救いが、無さすぎる」

 何がだ、と横から声が放たれてようやく、無意識に呟いていた事をユーノは自覚。
 どうやらその言葉はしっかりと彼の耳に届いてしまったようで、怪訝な表情が向けられる。
 何でもない、なんて苦し紛れの言い訳をユーノはするが、スネークが深く追求する事はなかった。
 ユーノはいつの間にか汗ばんでいた握り拳を拭いつつ、重い口を開いた。

「スネーク、教えてくれ。その……フォックスダイについて」

 その疑問を口にするだけで、ユーノの体にどっしりと疲れが伸し掛かった。
 同時に、スネークを纏う雰囲気が僅かに硬いものへと変化。
 それは、誰も気付かない程の、小さな異変。
 ユーノは辛うじてそれに気付く事が出来た。

 彼はフォックスダイについて、ユーノ達に一言も話していなかったのだ。
 あくまで、リキッド等フォックスハウンド隊員を抹殺する為に送り込まれていた、という表現。
 当然ユーノ達もシャドーモセスの真実を読んで初めて知り、驚愕した訳だ。

 スネークが話さなかった事情。
 スネークが話せなかった事情。
 それは彼の体内にフォックスダイが存在していて、いつか発動する事を示している。
 彼としても、知られたくなかったのだろう。
 ユーノ自身、せめてこの事件が終わるまではと思い救援に来たものの、本人を前にしたら聞かずにはいれなかった。
 シャドーモセスの真実か、と全てを悟ったらしいスネークへ、ユーノは小さな頷きを返す。

「君は、フォックスダイを撒き散らす為に、送り込まれたんだよね?」
「ああ、哀れな捨て駒として雇われた訳だ。……リキッドもそれによって、俺の目の前で死んだ」

 それで、とユーノはその先を促した。
 俺についてはもう心配はいらないんだ、という有り得ない答えを期待しながら。
 本に書かれた内容ではなく、本人の口から聞くまでその望みを捨てる事が出来なかったのだ。
 僅かな間を置いて、スネークが口を開く。

「……フォックスダイは、俺の体内にまだ存在している。いつ発動するかは分からん」

 平然と呟かれた言葉にユーノはやり場のない憤りを覚えた。
 彼の表情は感情に彩られてはいないし、その瞳も恐怖に揺れる事なくひたすら前へ向けられている。
 どうしてそんなに落ち着いていられるんだ。
 何時その心臓が活動を止めるか分からないのに。
 未来に想いを伝えていくと力強く語っていたのに。
 ユーノ自身は既に感情の高ぶりから、涙腺が緩み始めているのに。
 叫び出しそうになったユーノは、それらをぐっと堪えて首を振る。

 ――平気な訳が、無い。

 スネークは、目の前で自分と同じ姿を持つリキッドがナノマシンによって死ぬ場面を目にしたと言った。
 いわば、いつか来るであろう自分の未来を第三者の視点で眺めるという、あまりに非現実的な出来事。
 その恐怖は何倍にも膨れ上がった筈だ。
 それでも伝説の英雄は平静を装い、前を向き続けた。
 与えられた時間を精一杯生きる為に。
 そして何よりもこの男は、ユーノを始めとした友人達への人間らしい優しさを持っていたから。
 ユーノはそれ等の事実へ糞、と毒づいた後、気を取り直して再び問い掛ける。

「……血清は? ナオミさんとはリキッドとの対決前以来、一度も話していないのかい?」

 ユーノは『シャドーモセスの真実』の内容を鵜呑みにしているが、そこには確かにリキッドの台詞として記されていた。
 ナオミにしか分からないが血清は確かにある筈だ、と。

「……確かにフォックスダイの血清はあるようだ。感染した筈のオセロットはどこぞで生き延びているらしいからな」

 だったら血清を探して、とユーノは言い掛けて、その言葉を飲み込む。
 それがどれだけ難しい事か、分かってしまったからだ。
 スネークの表情が僅かだが曇っている。
 その事に、ユーノはすぐに気が付いた。

「だが俺は、『七十年代の恥部』とやらは、今や追われる身だ」

 そんな言い方はやめてくれ、とたまらずユーノは声を上げるが、スネークはそれを無視する。

「放っておけば勝手に死ぬ『誰もが蒸し返したくない暗部』に、合衆国最大機密の一つである殺人ウィルスの血清をむざむざ渡すとも思えん」

 勿論、管理局でも医療用としてのナノマシン研究は行われている。
 しかし本の片隅に小さく載っている情報だけで、製作者や資料も無しにフォックスダイの効果を解析してどうにかするなんて、不可能だろう。

 僅かな希望すらも断ち切られる絶望感。
 果てない無力感。
 恐らく、今の自身の顔は相当酷い事になっているだろうな。
 ユーノの思考の一部がまるで他人事のように、そうぼんやりと考えている。
 それと対照的に、厳しい現実を淡々と話していたスネークの表情には、柔らかい微笑が浮かび上がっていた。

「『あらゆる生命に寿命があり、それをどう使うかは本人次第だ』……ナオミの言葉だ」
「……」
「その上で、彼女は『生きろ』と俺に言い残した」

 寿命をどう使っていくかは個人に与えられた自由である。
 その言葉を当たり前だと鼻で笑うか、深いものだと熟考させられるか。
 少なくともユーノは、その言葉がスネークにとって必要不可欠なものである事は率直に理解出来た。

「そしてフランクやお前達の言葉のお陰で、未来へ続く道標の一つを信じる事が出来た」
「……スネーク」
「例え一分後に死ぬとしても。……俺は。俺は、最期までそれ等に対して忠実に、未来を生きる。想いを、伝えていく」

 へこたれてなんかいられないさ、と明るい声を上げるスネーク。
 彼の走る速度も幾分か速くなったようだ。
 自身の考えを見透かしているかのような言葉に、ユーノの顔にも自然と苦笑が零れる。

 ――だとしたら、自身に出来ることはただ一つ。
 仲間として、親友として、それを黙って受け入れる事だけだ。
 いずれ来るであろう最期の一時まで。
 ユーノはそう決意する。
 彼も、それを望んでいる筈なのだから。

「だからこそ、こんな下らない事件はさっさと終わらせよう。早く帰って、ビールでも呷りたい気分だ」
「そうだね。……僕も何があろうと最後まで、最大限、君をフォローしていくよ。スネーク」
「感謝する。……だがお前、本当にこっちへ来て良かったのか?」

 やはりゆりかごに行ったほうが良かったのでは、と。
 ふと、スネークが訝しむ声を上げた。

 ――恋人との分担作業として君を助けに。

 ユーノは再会時と同じように軽く返そうとするが、彼の表情がより真剣味を増していたので、それも適わず。
 追求の視線に耐えられず、遂に諦め、努めてそっけなく返した。

「……君に死なれたら、困るからね」
「困る?」
「ああ、非常に困るよ」

 その言葉の意味を知りたがるスネーク。
 この様子だとさっぱり分からないらしい。
 ユーノは一呼吸置いて、切り出した。

 僕は君の名前を知らないんだ、と。

 途端に、スネークが黙り込んだ。
 そう、ユーノはスネークの本名を知らない。
 暗号名ソリッド・スネーク。
 伝説の英雄。
 不可能を可能にする男。
 知っているのはそういう呼称だけ。
 だから、一度として本名で彼を呼んだ事はなかった。

「僕の過去やら何やらをみーんな知ってる友達の名前すら知らないなんて、不公平極まりないよ」

 それとも、友達だと思っていたのは僕の思い上がりだったのかな。
 ユーノはそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。
 そうしてスネークも、ようやく合点がいったらしい。
 俺の名は、と口を開くスネークを、ユーノは慌てて手で制する。

「それについては、この事件の後に、聞く事にする。……だから。皆で無事に帰ろう、ね?」
「そう、だな。そうしよう。……楽しみにしておけ、本名は平凡だ」
「はは、ありがとう。期待して待ってるよ。……それより、大丈夫? 疲れたんじゃない?」

 ――先程までの雰囲気が一転。

 悲しい事に、スネークはもう三十代も半ばだ。
 いわば、中年男性。
 体力の衰えというものは正直に体へと現れるし、それを無視して無茶をすれば大きな反動が返ってくる事だろう。
 ユーノのからかい半分な心配に、やはりスネークは不満を露にする。
 体力の衰えは誰にでも来る事だが、それを直視するのが少しだけ悔しい、といったところか。
 勿論、彼のスピードは全く衰えていない。

「ふん、問題ない。それとも、抱えて飛んでくれるとでも言うのか?」
「あはは、まっさか。何言ってるんだい、三十三歳七十五キロ。いやぁ、君のジョークにはいつもキラリと光る何かがあるねえ、あははは」

 只空を飛んでいるだけと言っても、きっちりと魔力は消費されていくものだ。
 エースオブエースと違って魔力量も破格ではないのに、暑苦しい男を抱える等ユーノにしてみれば堪ったものではない。
 これぞ若者の余裕だ、とばかりにユーノはくるりと一回転して陽気に笑い飛ばす。
 スネークは憎々しげに舌打ちすると、そのまま顔の向きを前へ戻してしまった。

「ふん、ザンジバーやモセスでやった地獄階段での鬼ごっこよりはずっと楽さ」
「そ、それはあまり笑えないけど。……よく生きていたね、君」
「似たような事を誰かに言われたな。まぁ安心しろ、ユーノ。お前も後十年すれば笑っていられなくなる」
「残念。それでも僕、ギリギリ二十代だ」

 俺は四十代半ばか、なんて声を低くするスネークがどうにもおかしくて。
 ユーノは再びくく、と笑いを漏らした。

 ――こんな他愛の無いやり取りも、後どれくらい出来るのだろうか。

 ユーノはそんな考えが浮かぶと同時に、逃げるようにかぶりを振った。

(さっき、彼を最期まで見守ると決心しておいて……僕は何を考えているんだ)

 ――それでも。

 それでも、せめてこの事件が終わるまでは、何も考えずに、彼と笑っていたい。
 怪物と呼ばれ、蔑視される、誰よりも人間らしいこの男と共に。
 そんな小さな弱さくらいはせめて、認めて欲しい。
 ソリッド・スネークの、一人の友人として。

 ユーノはそんな思いと共に、隣の親友に合わせて速度を上げていった。



[6504] 第十八話「OUTER」
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2010/01/15 02:41

 一番古い記憶は、大好きだった母さんと微笑みあった記憶。
 だけど母さんといたのは私じゃなくて。
 死んでしまった私の姉さん、アリシア。
 アリシアの記憶を受け継いで生まれてきた私はだけど、アリシアにはなれなかった。
 母さんは私の手を取ってくれなかった。
 少し寂しい記憶を残して逝ってしまった。
 私の大切な子達にはそんな思いをさせたくなくて頑張ってきたけれど――それでも、頭の片隅の淀みを拭えない。

『思いを押しつけているのではないのか?』
『一方的なものではないのか?』

 ……怖い。

 その疑問と直視するのが、怖い。
 あの子達の笑顔を見る度に、怯えてしまう。

 ――私は。

 自分の子供達にそれを確認する勇気すらない私は、あの子達の親だと胸を張って言えるのだろうか。


 第十八話「OUTER」

 厄介だな、とフェイトは心中で吐き捨てた。
 フェイトもある程度の予想はしていたが、やはりスカリエッティのアジトに展開されているガジェットの数は半端ではない。
 いくら薙払っても、わんさか湧いてくる。
 さらに、共に突入したシスターシャッハと離れ離れになってしまった。
 そのシャッハの前に戦闘機人が現れた事を考えると、より警戒を深めなければならない。

「はあぁっ!!」

 駆け抜けて、一閃。

 確かな手応えと、背中に爆音を受けた所で一呼吸しようとして――

「――っ!」

 振り返り、きぃん、とバルディッシュで飛来した何かを弾く。

「……流石、素晴らしい反応ですね」

 その声と同時、無人兵器が小手調べは終わりだ、と言わんばかりに攻撃を止めた。
 現れたのは、公聴会で自分の前に立ち塞がった二人の戦闘機人。
 結構な因縁と、少しの焦りからフェイトは眉を顰める。
 貴方は我々には勝てない、等と宣っていた紫髪の戦闘機人が声を発した。

「フェイトお嬢様。こちらへいらしたのは帰還ですか。それとも、反乱ですか」

 淡々と、問われる。
 フェイトはその機械地味た無表情に白々しいと内心で毒づいて、身構えた。

「犯罪者の逮捕、それだけだ」

 努めて感情を押し殺した筈の声はしかし、怒りが確かに漏れ出ている。
 フェイトが相手側に棚引かない事など向こうも分かっている筈。
 それでも尚、紫髪の機人は食い下がった。

「フェイトお嬢様。貴方の居場所はそちらではありません。お考え直しを」

 何を偉そうに。
 お前達に私の居場所を決められて堪るか。
 考え直すも糞もない事なのに、しつこく喚くな。
 様々な言葉が巡り、それでもフェイトは苛立ちを抑えつけて機人達を睨み付けた。

「自分の居場所は自分で決める。――私には、家族や仲間がいるっ」

 フェイトは自分に言い聞かせる様に語調を強める。

「貴方なら分かる筈です。お嬢様もエリオ・モンディアルも、その身体に掛かった呪いが消える事はない」

 同時、巨大モニターが現れる。
 映っているのは――

「エリオ、キャロ!」

 フェイトの大事な子供達。
 埃塗れで、所々に傷を作り、それでも戦っている。

 まるで傀儡だ、と紫髪の戦闘機人がそうはっきりと呟いて、モニターから視線を外す。

「……黙れ」
「作られた身体、作られた記憶、呪われた運命。救いは、無い。その事をお嬢様は良く理解しておられるでしょう?」
「黙れっ!」
「現実から目を逸らし、あるべき未来を考えようとしなかった貴方が我々を批判出来るのですか!?」

 戦闘機人の語調が荒くなる。
 ピリピリとした空気の中、戦闘機人は責めるような目付きでフェイトを見据えて。

 貴方もプレシア・テスタロッサと同じだ、と。

 確かにそう、言い放った。
 フェイトが拳を強く握り締める。

「何を――!」
「違うとでも? では何故彼等はあそこにいるのですか? 何故彼等は貴方の戦場で血を流しているっ!?」
「っ……」
「いいえ、言わずとも分かります。貴方は彼等を失う事を恐れ、いいように操っているのでしょう?」
「ち、ちがうっ……」

『思いを押しつけているのではないのか?』
『一方的なものではないのか?』

 フェイトは思わず俯く。
 誰にも言えず溜め込んできたものを、容赦無く突き付けられ。
 不安が、恐怖が、溢れた。

「母親と同じ。自分の為だけに、周りの全てを道具として利用する。
 取り繕った甘い言葉を掛け続けて、巧みに誤魔化して。……違いますか?」
「私、私は……」

 足に力が入らなくなって。
 へたり込もうとして。
 フェイトは、思い切り歯を食い縛った。

(子供達が戦っているのに、私だけが挫けるのは……駄目!)

 何とか踏張って。
 視界の隅――モニターに映るエリオとキャロの瞳を見て、フェイトは既視感を覚え。
 瞬間、その正体に気付いた。

 彼等の瞳の奥に、ある。
 一番の親友と、尊敬する人が持つ光。
 不屈の意志と、最後までやりとげる使命。
 それが確かにあった。

「……ぅ」
「……今、何と?」

 か細い呟きは、戦闘機人に届かなかった。
 フェイトは顔を上げる。
 今度は届かせるために。
 相手の言葉の全てを否定する為に、腹の奥から思い切り、声を絞り出した。

「――違うっ!!」

 深呼吸。
 バルディッシュを突き出して睨み付ける。

「あそこは、私の戦場ではない。……エリオとキャロの戦場だっ」

 モニターに映る子供達に、弱々しさは感じられない。
 間違いなく、六課で見聞きした事を、仲間の意志を受け継いでいっているのだ。
 まだ十歳なのだから、相当苦労して、相当努力したのだろう。
 そんな、誇るべき自分の子供を信じられなくてどうする、私。
 フェイトはそう一通り自己嫌悪して、それによって自らを奮い立たせる。

「たとえ命令されたとしても、誰の強制でもない、あの子達が選んだ戦いだ。誰かが肩代わり出来る物ではない、あの子達だけの戦いだ。
 あの子達は、あの子達自身の戦いをしている。……失ってはならない物を守る為に!」

 高ぶる感情の中、フェイトの冷静な部分が考えていた。
 前の私ならきっと、動揺して、挫け、崩れ落ちてしまっただろう、と。
 けれど、決してそうはならない。


『悩み、迷いながらも歩み続ける。
 そうすれば道は、誰にだって見付ける事が出来る』


 いつか、尊敬する彼にそう言った言葉は、自分への励ましでもあったのかもしれない。
 フェイトはそう思って、一瞬だけ苦笑して。
 キッと相手を見据える。

「私の名前はフェイト。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン!
 紛い物なんかではないし、誰の使いでもない。……私達は、自分の意志で、自分自身の戦場にいるっ!!」

 迷う事はない。
 恐れる必要もない。

「バルディッシュ、行くよ」

『yes sir』といつも通りの返答が、フェイトにはとても頼もしく思える。

 オーバードライブ、真・ソニックフォーム。
 ライオットザンバー・スティンガー。

 ――起動。

 体が軽くなるのを実感して、二刀をしっかりと握り直す。
 フェイトの奥の手は、戦闘機人達に確かな警戒心を与えた様子だった。

「……装甲は薄い。一撃当てれば――セッテッ!」

 風を切り裂いて飛び込んでくる銃声。
 沈黙を保っていた戦闘機人が目を見開いて、左肩を押さえる。
 続いてもう一つ銃声が響くが、紫髪の戦闘機人が斬り返す。
 それが狙撃による物だと認識した瞬間、フェイトは動いた。
 感覚を爆発させて、一瞬で詰め寄り。

「――あああぁあぁぁっ!?」

 バルディッシュを、彼女の右肩へ、突き刺した。
 無表情だった戦闘機人の顔が歪み。
 だらりと垂れた右腕付け根の刺し口から火花が散り、彼女の得物が地面に転がる。

「っ、速い……!」

 腕を突き出した紫髪の戦闘機人が眉を顰め、呻くと同時、フェイトの脇腹から血が流れ落ちる。
 傷は浅いが、防御の全てを犠牲にしスピードへと回した結果だ。
 ともかく、これで片方は無力化出来た。

「――スネークさん、ユーノ!」

 距離を取ったフェイトは、通路の奥から姿を現した二人に歓喜の声を上げた。

「無事で良かった……!」
「や、フェイト。待たせたね」
「……」

 連絡を受けてはいたものの、元気な姿を見る事が出来た喜びは計り知れない。
 だがしかし、フェイトに近付いてくるスネークの表情は堅く、険しかった。

『フェイト、スカリエッティは此処にいないのか?』

 会ってから開口一番でそれなの、とスネークの念話に困惑。
 フェイトは平静を装いつつ、分かりませんと返答する。
 フェイト自身、この戦闘機人達を撃破してシャッハと合流、その後スカリエッティの下へ向かう予定だったので、分かる訳もない。

『……ふむ。どちらにせよ、今はあいつを何とかせんとな』

 フェイトが小さく頷くと、スネークは一歩踏み出して声を張り上げた。

「おい、スカリエッティの居場所を教えて貰おうか」
「それは無理な相談だ、ソリッド・スネーク。私達は未来の為に戦っている、引く訳にはいかない」
「奇遇だな、俺もそうだ」
「……私達とは相容れない正義の下でか」

 いや、と声を上げるスネーク。
 口調は軽いが、表情は真剣そのものだ。

「生憎、十年前から正義の為に戦った事はない。正義を語り戦って、世界が良くなった事など、歴史上一度もない」
「……ふん。どちらにせよ、排除するまでだ、人間」

 瞬間、戦闘機人の姿が消え、フェイトも飛び出した。
 スネークを庇うようにガギィッ、と二刀を交差させ、戦闘機人の攻撃を受け止める。

「……ぐうぅっ!」
「貴方の、相手は、私だっ……!」
「――分かった、俺は五月蝿いハエを落とそう」

 スネークが素早く視線を変える。
 その先には、大量のガジェット。

「……はいっ、スネークさんも、頑張ってっ」
「フェイト、僕も……!」
「大丈夫、ユーノは、スネークさんのフォロー、お願いっ」

 フェイトは拮抗状態のまま答え。
 分かった、とユーノがスネークの側へ駆け寄る。

「ユーノ、どうした。フェイトの手伝いは良いのか? ホッとしているみたいだが」
「べっ、別に戦闘機人を相手せずに済んでホッとしてる訳じゃないよ! 僕は、そもそも戦闘専門じゃないの。 
 この場合フェイトの邪魔になるだけだし、適材適所って奴。ああもう、こう見えても一応Aランクなんだ、舐めてもらっちゃ困る! っていうか君一人ってのも心配だしさ!」
「はは、心配してもらえるだなんて、涙が出るほど嬉しいな。…………さぁ、いくぞっ」

 フェイトは後ろで繰り広げられる会話に仲が良いなぁ、と僅かに微笑んで。
 思い切り、押し返す。

「ぐっ!」
「……っ!」

 距離を取って、大きく息を吸い込んで、力が湧いてくるのをフェイトは実感する。
 横目で、両腕を不能にしながらも未だ戦意に燃えるセッテと呼ばれた戦闘機人にも警戒。

「セッテ、待機していろ! ……お嬢様。一対一で、決着をつけましょう」

 にやり、とフェイトは笑う。

 迷っても悩んでも、もう挫けない。
 決して、へこたれない。

 その決意と共に、身構え――

「――貴方達を、逮捕します!」





 巣を守る蜂。

 倒しても倒しても果敢に飛び出してくるガジェットは形容するに、その通りだった。
 対する自分は駆除業者の代理人というところか、とジョニーは内心で呟く。
 同時に壁際、柱の陰へと滑り込んで。
 グレネードのピンを慣れた手つきで抜き、放り投げる。

 ――爆発。

 先程から、これの繰り返しだった。
 降り注ぐ射撃の嵐に戦々恐々としながら、攻撃、破壊、そして前進。
 均一的な直線通路だから起こる、パターン化された戦闘。

 ここは、俺の知らない世界だ。
 そして俺は今、そこを駆け抜けている。

 ジョニーは荒い息の中、そんな風に考えていた。
 此処には、無線機で駆け付けてくれる仲間はいない。
 戦う目的についても、国家への忠誠や愛国心、ましてや祖父に対する憧れの想いでさえもない。
 戦闘機人の少女達を救う為に、少女達へ牙を剥くのだ。

 知らない世界を走る恐怖。
 体中に伸し掛かる疲労感。
 今までの自分がいなくなってしまうような、身悶えするような心細さ。

 だがしかし、心身を蝕むそれ等があってもジョニーの胸中に立ち止まりたいという欲望は一向に湧いてこなかった。
 自分に出来る事と出来ない事を受け入れ、勇気を体中に奮い湧かせて現実に向き合っていくしかないと分かっていたからだ。
 それは非常に精神を削る行為である。
 けれど――

(――あの伝説の男だけにしか出来ない事じゃない!)

 見えない恐怖、そして見える恐怖のどちらとも戦いながらも、ジョニーは必死に走り続ける。
 少女達に、外の世界を見せる為に。

「けど、これはちょっと、不味くないかっ!?」

 何せ、一対多数。
 壁際の凸凹以外に遮蔽物の無い一本道で無人兵器の軍隊と戦うのは、ジョニーにとって体力的にも精神的にも辛かった。
 致命傷は無くても、生傷の数は数え切れない。
 心は折れていなくとも、押し寄せる不安に軋んだ音を立てている。

「うおおおぉっ!」

 ジョニーは絶望を振り払うように腹の奥から声を上げて、サブマシンガンの9ミリ弾をばらまいた。

 ――爆発、爆発、誘爆。

 
 ひゃっふう、と雄叫びを上げるところだろうがそんな余裕はない。
 映画でしか見れないようなその光景は、ジョニーへ笑いをもたらしてはくれなかった。
 幸い、弾薬にはゆとりがある。
 管制室までこの調子でいくのだろう。
 とても辛いが、この調子で行けば管制室まで何とか辿り着けるまでの所まで来た事だけは救いか。

「もうちょっとだ、頑張れジョニー!」

 気合いの一声で自身を鼓舞するジョニー。
 やる気も否応なく再充填され、それまでの疲れも多少は吹っ飛んだ。
 吹っ飛んだのだが。

 ごとん、ごとごとごと、と。

 そんな物音に振り返って、ジョニーは凍り付いた。

「……ひっ」

 血の気が失せたジョニーの視線の先には、大量のガジェット。

 挟み撃ち。
 ピンチ。
 ヤバい。
 絶対無理だ。

 絶望的な言葉の数々がジョニーの脳内を占領する。
 うああ、と壁を背に息を呑んで。
 いやらしくじりじりと迫るガジェット達を弱々しく睨み付けるジョニー。

「きょ、強行突破あるのみかっ!?」

 スネークから手渡された武器は各種グレネードとサブマシンガン、そして別れる際に受け取ったC4爆弾のみ。
 この数に効果があるかは分からないが、チャフで撹乱し態勢を立て直す。
 多少の傷は覚悟しなければならないだろうが、今のジョニーに選択できる道はそれだけだった。

(や……やるぞっ)

 チャフに手を伸ばし。
 気合を入れ直したジョニーはしかし、それを発揮する機会は得られなかった。

「うおああぁぁっ!?」

 突然奇妙な浮遊感に襲われたのだ。
 真っ暗に染まる視界。
 そして、強く服を引っ張られる感触。
 ジョニーはそれ等の感覚に、まさか、と視線を彷徨わせる。
 と同時に浮遊感が消え失せ、ジョニーは地に転がった。
 腰からじわりと広がる鈍痛に顔を歪め。
 それでも急いで起き上がったジョニーの前には――

「――セインッ!」

 驚きの視線を向けるジョニーに対して、セインは別段変わっていない様子だった。
 その異常に一瞬当惑して、ジョニーは再確認する。
 彼女等にとって自分は、突然に反旗を翻した裏切り者だという事に。

「……何故、此処に?」

 言葉を選ぼうとして、それでもそんな問い掛けしかジョニーの口から出てこなかった。

「んー、向こう側にあたしと同じ能力の奴がいてさ、逃げ回ってた」
「逃げ回ってたって……このアジト中を?」

 スカリエッティのアジトは広大だ。
 下手をしたら戦闘機の空中戦にも引けを取らない事をやっていたのかもしれない、と目を丸くするジョニー。

「うん、トーレ姉はSオーバーの相手してるから。まぁ、此処はあたしの庭だし」
「……それで俺を見付けて、か?」

 セインがジョニーの問いを無視して、彼の間近へと詰め寄る。
 ジョニーはもう一度彼女の顔を確認して眉を顰めた。
 そこにあったのは、快活な彼女には全く似合わない悲痛な面持ち。

「ササキッ、ササキはあの男に何を言われたの……!?」

 ジョニーはその言葉で、セインの意図を瞬時に理解した。
 彼女達は、自分が局側に誑かされて裏切ったと思っている。
 ジョニーの反応を促すように、セインがぐい、ぐい、と軽く揺さ振った。

「……違うんだ、セイン。俺は自分の意志で行動している」
「嘘! ササキの事だから良い待遇とかちらつかされてっそれでっ……!」

 顔を真っ青にさせたセインが、ジョニーの体を必死に揺らす。

「ねぇササキ、今なら間に合うよ。こっちに戻ってきてよ! ササキがいないと私達……淋しいよっ」

 ジョニーは自分よりも一回りも二回りも小さな少女の両肩を掴んだ。
 彼女の気迫に負けぬ様、その瞳を真っすぐに捉える。

「違う。俺が局側についたのは……君達の為だ」

 ぇ、とセインが小さく漏らした。
 ジョニーの言葉が余程想定外だったのか、目を丸くしている。

「良いか、君達はスカリエッティの下に居るべきじゃない。外の世界へと解放されるべきだ」

 数日前のチンクの言葉を思い出したのか、セインがジョニーから視線を逸らした。
 ジョニーは肩を掴む手に、言葉を発する喉に力を込める。

「スカリエッティに協力する理由もないだろ? スカリエッティの野望に賛同している訳じゃないだろう?」

 静かに問うと、セインは困ったように唸る。
 やがて不安に揺れる瞳をそのままに、ジョニーの方へ顔を向けた。
 それでも相変わらず、視線が交される事が無い。

「わ、私、理由は、ある。……理由、あるよっ!」

 言葉を詰まらせながら叫ぶセイン。
 直後の、どうしてというジョニーの問いにセインは黙り込んだ。
 それは答えを探している沈黙である事は明白で。
 だが、あえてジョニーは黙って返答を待った。

「……だって。……だって、私達は造られた生命で、今の世界は私達が胸を張って居られる場所じゃないから……!」
「違う。それは違うぞ、セイン」

 同時に、キッとセインがジョニーを睨み付ける。
 違わない、と張り裂けんばかりの大声が響き渡って、ジョニーは思わずたじろぎそうになった。

「違わないよ! 外に疎い私達でも、外の連中がどう考えてるか分かるもん!!」
「……俺はっ? 俺だって外の人間だ!」
「ササキは変人だもんっ!!」
「な、馬鹿、おっ俺は至って正常だ!」

 多少不便な体質を抱えているが、真っ当な青年だという自覚はある。
 それなのに変人と真っ赤な顔で言われてしまうと、ジョニーも声高に反論するしかない。
 が、そんなジョニーに反してセインの熱はあっさりと引いた。

「……私は、皆と居られれば良い。でも他の皆が苦しむ世界を壊すって言うなら、私も戦う。戦うもん……」
「……セイン」
「外の連中を殺す事だって構わない。……奴等が『化け物』って言うなら、『化け物』らしく――!」

 ――パン!

 薄明かりの中、ジョニーの想像以上に甲高い音が鳴り響いた。
 身体能力もずっと劣っているだろうジョニーだったが、それでも平手打ちを止める事が出来なかった。

「化け物なんかじゃない。君は、君達は人間だ!」
「――っ」
「何度でも言うぞ。君達は外の世界を知るべきだ。……そりゃあ、外には酷い奴ばかりなのは確かだ。
 人間よりも政治を優先させる奴もいる。命のやり取りに充足を感じるバカもいる位だ。だけど俺は知ってる。……良い奴だって、腐る程いるんだ」

 ジョニーは一歩歩み寄って、セインの頬を撫でる。
 勿論そこから感じる体温も、少しだけ顔を赤らめるセインの様子も、人間のそれだった。

「体は機械でも、心は人間だ。俺が断言してやる、何度だって言って見せる。……君達は、人間さ」
「っ、……ぐずっ……」
「自信を持て。君は知らないかもしれないが、外の世界にもそう言ってくれる奴はたくさんいるんだ」

 ジョニーはゆっくりと手を離し、扉へと体を向けた。
 弾倉の交換を済ませて、戦闘準備を万全にする。

「セイン、待ってろ。俺が解放させてやる。君達が外の世界で一緒にいられるように、笑い合えるように!」
「……信じて、良い、の?」
「それは……それは、君が自分で決める事だ。だって、君は人間なんだから。
 君達の人生は君達のものだ。自分の人生を精一杯、自由に生きろ」
「……ササキ、私は――」
「――その上で聞かせてくれ。……俺を信じてくれるか、セイン?」

 扉へと視線を向けるジョニーからはセインの様子が伺えない。
 数秒の間を置いて、背中を突かれる。
 振り返った先には、俯き、ゆっくりと手を差し出しているセイン。
 ジョニーは一瞬停止し、それでも迷わずにセインの手を取った。
 と、同時。

「う、おっ」

 ジョニーの体が浮いた。
 勿論マジシャンの奇術による浮遊ではなく、セインがジョニーの手を掴んだまま移動を始めたのだ。
 セインの能力をフル活用した数十秒間にも満たない空間旅行の末に辿り着いたのは、ジョニーの知っている場所だった。

「此処は……管制室前じゃないか。セイン、これは――」
「あたしは、戦っている最中にしがみ付いてきたササキを振り払っただけ」

 え、と小さく洩らすジョニー。
 セインは人差し指を立てて、「確認」を一人進める。

「ササキがどういうつもりかは知らないし、あたしは自分の戦闘に夢中になってたからササキに気を回す余裕は無かった。分かった?」
「……良いのか? 君は――」
「分かったっ?」
「あ、あぁ、分かった。ありがとう、セイン」

 どもりながらもジョニーは答え、感謝を告げ。
 よろしい、とセインは目頭を拭うと、寂しそうに微笑んだ。

「信じる。私、ササキを信じるよ」
「……ありがとう」
「私達、負けたら全てが終わると思ってた。私も、皆もドクターからそう言われ続けてきたしね」

 ジョニーは彼女の頭に手を置き、ゆっくりと撫でた。
 気持ち良さそうな彼女を見て嬉しいという感情に満たされる。

「でも、待ってる。ササキの言葉を信じて待ってるよ」
「任せろ。何たって俺はジョニーの血筋だからな」
「あはは――む、来たか。じゃね、ササキ。……ササキに会えて私、ちょっと安心したよ」

 微笑んで勢い良く壁の向こうへと消えるセインを見送って、ジョニーも気合いを入れ直して。
 GSRを構え、管制室へ飛び込む。

「っ! ……むぅ」

 誰も、いない。
 室内は、中々の広さだった。
 奥に長いその部屋の中央には、それに合わせて設置されたのか大きな作業台。
 そして、その奥にどっしりと構えている巨大な機械。
 あれが恐らく母体だろう、とジョニーは慎重に歩みを進める。

(ウーノは此処にはいないのか……?)

 いる筈だった人物の不在にジョニーは顔を顰め、作業台に視線をやる。
 その陰なら、人一人位優に潜めそうだ。
 不届き者が潜んでいるかもしれない、と注意を払いつつ、一歩一歩確実に踏みしめ。
 ばっ、と踏み込む。

「――っ、…………ふぅ」

 無人。

 結局不届き者等は存在せず、ジョニーは何事もなく端末の前に辿り着いた。
 誰もいないなんて事はまず警戒を高めるべき要素だ。
 ジョニーもそれは重々理解しているが、罠だとしてもどうしようもない。
 戦闘機人達にはジョニーといえども手も足も出ないのだから。

「時間が無い。……やるぞっ」

 たどたどしい手つき。
 しかしはっきりとした意志の下、ジョニーは空間モニターを起動させて操作を開始する。
 要は、ガジェット達を行動不能にさせれば良いのだ。
 それさえ出来れば、形勢は一気に傾く。

「えっと……」

 ピピッ。

 ぼん。
 ぼぼぼぼぼぼ。

 大量のモニターがジョニーの前に現れた。
 ぱちくりと、瞬き。
 圧倒的情報量。
 数秒、佇んで。

「うん、無理だ。俺には手が付けられないな、こりゃ傑作はははは」

 無理無理、とジョニーは首を振る。
 そのまま踵を返そうとして。

「いやいやいや、それじゃダメだろっ!」

 蹲り、頭を抱えるジョニー。
 ハイテク分野や比較的得意だけれど、複雑過ぎて地球っ子のジョニーの手には負えない。
 同時に、腹の奥で鳴り響く不快音。

「ストレスは、腹に、悪い……あー、くそっ」

 ウーノに操作させるつもりだったのに、どこにいるのか、それも適わない。
 取り得る最終手段としてジョニーの思考に颯爽と現れた選択肢は――

「――ぶっ壊すしかないかっ」

 AIと管制システムによって組織され、脅威になっているガジェット。
 AIをコントロールする事は出来ずともせめて、管制システムを破壊すれば多少なりとも効果はある筈だ。

「C4設置なら得意なんだ、よ、っと」

 ジョニーはスネークから受け取ったC4を手に、その全てを慎重かつ冷静に端末へと貼り付ける。
 
 後は、この場所から離れて起爆スイッチを押すだけ。
 もう後戻りは出来ない、と立ち上がろうとして。

「っ――!?」

 感じたのは、後方に確かな人間の気配。
 敵だ、とジョニーの全身が危険信号を発する。

(足音はしなかったのにっ――)

 数瞬後、ジョニーの手は無意識の内にGSRへと伸びていた。
 つまり、全力で抗う敵だと直感が示している。

「任務、完了というところか?」

 低く呟かれた声に、身体を捻って。
 銃口を敵へと向けたと同時。

「――がっ!!」

 頭部に重い衝撃。
 引き金を何とか引くものの、銃口は見当違いの方向へと向いているのが確認できた。
 銃を握る手が相手の腕によって押され、銃線を逸らされていたのだ。

 ――駄目だ、此処で終わっちゃいけない。

 そう思いつつも、世界はぐにゃりと崩れていく。
 感覚は鈍り、急速に闇が視界を覆い尽くしていく。

(く、そ。せめ、て……)

 薄れゆく意識の中。
 ジョニーは自分の責務を強く想い――C4のスイッチに、指を添わせた。




 ズズン。

 そんな重く響く音と強い地面の揺れに、その場にいる全員が動きを止めた。
 が、それも一瞬。
 真っ先に戦闘機人が動き始め、フェイトも戦いを再開する。
 目にも止まらぬ高速の戦いは、スネークにも手出しのしようがない。
 と、スネークへガジェットの射撃が降り注ぎ、それをユーノが防いだ。

「スネーク、気を付けて!」
「分かってい……待て、様子がおかしい」

 ユーノの注意に返答したところで、スネークは奇妙な異変を感じた。
 ガジェットのカメラ、目の動きがおかしい。
 忙しなく細かく動き、焦点が定まっていない様子だ。
 同時に、別のガジェットが――戦闘機人へと飛び掛かった。

「何っ!?」

 勿論、一瞬の内に斬り捨てられるが、戦闘機人には明らかな動揺の色。
 フェイトにもガジェットが飛び掛かろうとして、スネークは直ぐ様FAMASで狙い撃った。
 ――ガジェット達は今、見境が無い状態だった。
 ガジェット同士の戦いにはならずとも、それ以外の、ボスである戦闘機人にすら無差別に攻撃を加えている。
 きっちりと隊列を組んでいたのが今は、各々がはしゃぎ回る子供のように勝手気まま行動している。

「スネーク、これは!?」
「……間違いない、ジョニーだ。管制システムを操作、いや、破壊したのか?」
「っ……」

 その言葉に戦闘機人が僅かに反応を示したのをスネークは見逃さなかった。
 手当たり次第に銃弾をばらまいて、ふと思い出したように戦いを続ける戦闘機人へと声を上げる。

「……そういえば、ジョニーから伝言があるぞ! 『外の世界を見るべきだ、ジョニーが言うから間違いない』だそうだ!」
「……裏切り者の、戯言だ」

 数瞬の沈黙の後に吐き出された言葉は苦し紛れだった。
 明らかに、うろたえている。

「戯言? 奴は君達の為に、外の世界を見せる為に、行動を起こしたらしいぞ?」
「関係無い……私はドクターに従うっ」

 戦闘機人はフェイトへ猛攻撃を加えながら、直ぐ様反論した。
 その言葉に、スネークはFAMASの引き金を絞りながら、大声で嘲る。

「『外側の者達』へと与えられる『天国』かっ? 馬鹿馬鹿しいにも、程があるっ」
「それが、私達の選んだ、道だっ!」
「『スカリエッティの道』だろうっ?」
「違う!」
「……いいだろう、教えてやる。自分達の殻に引き籠もって、酔っ払っていても……日の光を拝む事は、一生、ないぞっ!!」
「――だ、まれええぇッッ!!」

 スネークの叫びが、逆鱗に触れたようだった。
 戦闘機人が、光となる。
 文字通り光速でスネークへと迫り――

「させ、ないっ!!」

 ――フェイトが間に割り込む。

 交わる剣。
 火花が散る中、必死の形相で、フェイトが声を上げる。

「道は、いくらでも見付ける事が出来る……私にだって、貴方にだって!」
「が、ああぁっ!」

 戦闘機人は弾け飛ばされるが、怒号と共に、フェイトへと再び飛び掛かる。

「ライオットザンバー……カラミティッ!」

 フェイトの二剣が交わって大剣と化し、振りかぶされ――

「はあああぁっ!!」
「うおおおおぉっ!!」

 ――衝突。

 戦闘機人の武器が、砕け落ちる。
 そして、そのままの勢いを残して、戦闘機人が吹き飛んだ。
 フェイトが瞬息で詰め寄り、大剣を突き付ける。

「貴方達を……逮捕します」

 苦しげに呻く戦闘機人にフェイトが静かに告げて、勝敗は決した。

「…………我々の、負けだ」

 落ち着いたのか、戦闘機人に抵抗する素振りは見られない。
 セッテと呼ばれた戦闘機人も、がっくりと項垂れている。
 だが、これで終わりという訳にもいかない。
 粗方のガジェットを停止させた所で、勝負の余韻に浸る事も無くスネークは戦闘機人へと駆け寄った。
 まだ、やる事が残っているのだ。

「意識を失う前に教えて貰おう。奴は何処だ。……スカリエッティは、何処にいる?」
「……」

 言いあぐねる戦闘機人に、答えろ、とスネークは声を強めた。
 フェイトの所にいると思っていただけに、焦りも大きい。

「……ドクターは――」

 紫髪の戦闘機人の声を遮るように巨大な空間モニターが現れた。

『――私は、管制室にいる』
「スカリエッティッ!!」

 モニターには何も映っていない。
 ただ淡々と、奇妙なまでに静かな声が響く。
 と、スネークの視界が突如茜色に染まった。
 ユーノが慌てた声を上げる。

「ス、スネーク!」

 隔壁ロックが、スネークとユーノ達を分断するように大量に出現したのだ。
 管制室へと続く道のみ、隔壁が張られていない。

『さぁ。私の下まで来たまえ、スネーク君』

 ぽつりと漏らして、モニターが消失し、沈黙が広まる。
 そして、そこから抜け出すようにスネークが動き始めて、それにユーノが反応した。

「スネーク!!」
「……行ってくる」
「待って、駄目、危険だ! せめて隔壁を解除するまでっ……!」

 ユーノの必死な声に、スネークはゆっくりと振り返る。

「管制室にはジョニーがいる筈。奴が心配だ、行かなければならない」
「……糞っ、フェイト、急ごう!」
「うっ、うん!」

 もはや、一刻の猶予も無い。
 スネークに待つつもりはなかったし、ユーノもそれを理解しているのだろう。
 ユーノがフェイトと共に、モニターとの睨めっこを始める。

「――スネーク、すぐに行くから、死んじゃ駄目だよ!」

 その言葉を背に、スネークは元来た道へと駆け出していった。



 休む事無く走り続け、メタルギアの残骸を横切り。
 ジョニーと別れた小部屋に着いて漸くスネークは足を止めた。
 呼吸を整えつつ、通信を開く。

『シャーリー、聞こえるか。状況はどうなってる?』
『あ、はいっ、ナンバーズは全員無力化、なのは隊長達がゆりかごから脱出中です!
 地上のガジェット達は突如統率が崩れ、順調に撃破されていってます。だから、残るは――!!』
『スカリエッティだけ、だな。分かった』
『スネークさん、私には応援する事しか出来ないけど……頑張って下さいっ』

 了解、と一言返して通信を切り、気がかりなくジョニーが進んだ道を踏み出す。
 途端に、大量のガジェットの残骸がスネークを出迎えた。
 足の踏み場を探すのが苦労しそうな数だ。

(全て、奴が一人で片付けたのか……?)

 真偽は定かではないが、考えている時間も惜しい。
 スネークは掻き分けるように、迅速に進む。

(……一匹もいないとは)

 進んでも、進んでも、ゴミが広がっているだけ。
 正に、不自然。
 先程のスカリエッティの様子を思い出して、警戒を強める。
 そうしてやはり敵と遭遇する事もなく、スネークは一際大きな扉の前へ辿り着いた。

「此処に、スカリエッティが……」

 深呼吸の後、M9に弾が装填されている事を確認し――管制室へと踏み込む。

「……」

 静寂が支配する空間。
 そして漂う、焦げた匂い。
 中央に設置された台の向こう、部屋の奥に、巨大な機械――恐らくはジョニーが破壊した、中枢だ。
 その横。
 ぽつりと佇む後ろ姿を、スネークが見間違える事は無かった。

「来たか」
「……スカリエッティ」

 振り返るスカリエッティ。
 同時、スネークは初めて『それ』を見て、思わず眉を顰めた。
 スカリエッティの顔には、笑みがあったのだ。

 スネークが初めて見る、人間らしい、狂気に染まっていない、穏やかな笑みが。

「待っていたよ。ソリッ……いや、『スネーク』君」


 終焉が、近付く。



[6504] 最終話「理想郷」
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2010/01/15 18:06

 未来というものは曖昧なものだ。

 十秒後に大地震が起こるかもしれない。
 もしかしたら十日後には宝くじを当てて大金持ちになっているかもしれない。
 今日生きていた人が明日生きているかかどうかも、明日の世界が今日の世界と比べて良くなっているかどうかさえも分からない。

 曖昧であるから、未来というものは未来足り得ている。

 そんなはっきりしない存在だからこそ、人間は必死に人生を生き抜き、自身の意志を信じて戦い抜くのだろう。
 そうする事で明日の世界の、自身の理想と現実とのギャップが縮まっていくと信じて。

 世界はそうやって形作られる。
 これまでも。
 そして人間が存在する以上、今後もそうやって続いていく筈だ。
 それが世界のあるべき姿なのだから。

 尊うべき意志の下、男達は終わりなき戦いへと漕ぎ出していく。


 最終話「理想郷」


 コツリ。
 コツリ。

 管制室。
 その世界に靴音だけが強く響く。
 数歩スネークへと歩み寄ったスカリエッティは、穏やかにスネークを迎えた。

「スネーク君。よく此処まで来たね」

 口の端から血が流れている女性の戦闘機人を、まるでお伽話に出てくるヒーローの如く抱えているスカリエッティ。
 死んでいるように見えるな、とスネークは一瞬思考して、すぐに頭を切り替える。

「スカリエッティ……ジョニーはどこだっ!」
「ふむ。無事かどうかで言えば、無事さ。だがもう、此処にはいない」
「どういう――!」
「――最高評議会。……私を作った製造者達はつい先程消滅した。ナンバーズの手によって、ね」

 自身の創造者達への復讐が完了した事を語るスカリエッティは、それでも奇妙な程に落ち着いていた。
 そこには歓喜も何も無い。
 これまでスネークが見てきた、狂気に染まった違法科学者の面影は全く感じられなかった。
 スネークは荒い息を抑えて、一歩踏み出す。

「……悲願の一つ目は達成か? だが残念だったな、そこまでだ」
「ああ。メタルギアも、ゆりかごも墜ちたね。……私の負けだ」
「後は貴様だけだ、諦めて投降しろ。局員も直に押し寄せる」
「――私の願いは破綻した。『外側の者達』の未来を作り出すという希望も潰えた訳だ」

 完全敗北を前に、スカリエッティに動じる気配は無い。
 それどころか、絶望し、落胆する様子さえ感じられない。
 その不自然さが、却ってスネークには不気味なものとして映る。

 見てみたまえ、とスカリエッティがゆっくりと女性の戦闘機人を壁際へ下ろした。
 胸部に大きな赤い染みが浮かんでいる。
 ジョニーがやったのだろうか、とスネークが思うと同時、スカリエッティが戦闘機人の頬を撫でる。
 ゆっくりと、愛しげに。

「彼女――ウーノは、評議会やこの世界の倫理からしてみれば、元戦闘機人の残骸に過ぎない」

 残骸なんかじゃない、と。
 小さく呟いたスネークの声はスカリエッティの耳にも届いたのか、漸くその表情に変化が現れた。
 薄い微笑みだが、確かに彼の口元に浮かぶ。

「ああ、これは『ウーノの死体』なんだ。決して物なんかじゃない。彼女の死は『サンプルの損失』という言葉では片付けられない」

 私も凡そ、君が掴み取った答えと同じ意見さ、と。
 スカリエッティが、横目でスネークに視線をやった。

「……何だと?」
「人が何故生きるか。人生とは何なのか。――過去で受け継いだ物を、現在を通して未来へ伝えていく為だ」
「……」
「だが化け物の烙印を押された以上、私達にはそれすらも許されなかった」

 スカリエッティはそこで首を振り、再びゆっくりと立ち上がった。
 視線を天井へと向け、腕を突き上げる。
 何かを掴むかのように握り締められた、拳。

「世界を真っさらな状態に戻し、そこから築き上げる私達の『天国』……その為の闘争は、敗北に終わった」
「お前の言う『外側の者達』にも自由はある。未来へ想いを伝える事は出来る」

 ピクリ、とスカリエッティがスネークの言葉に反応を示した。
 ゆっくりと視線を下ろし、スネークをジッと見据える。

「いいや、それはまやかしの自由だ。君を含め、今我々がいるのは内包的な自由の中でしかない」
「内包的な自由?」
「ああ。立ち塞がる壁に囲まれた中での、消極的自由。」

 スネークの目に映るスカリエッティの姿が一瞬、リキッド・スネークと重なった。
 その男はビッグボスのクローンとして造られたという呪いに縛られ、それから解放される事を一途に望んでいた。
 奴が言っているのもそういう意味なのだろうか、とスネークはスカリエッティを無言で睨み付ける。

「気付けば周りに厳然とそびえ立つ壁。私は此処にいる、なんて叫び声もかき消される。……じりじりと壁は迫り、それ等に押し潰された時、我々は消えるんだ」
「……壁を取り払う為に、この決起を?」
「私は使い捨てられるつもりがなければ、過ちの『倫理』なんて物にも縛られるつもりはないのさ。
 ……我々に必要なのは、Libertyではない。『外側の者達』の本当の救いは、Freedomのみが与えてくれるっ」

 しかし私は弱い、とスカリエッティはぽつりと洩らす。

「私だけでは世界を変える事なんて出来やしなかった。世界を新たな方向へ導く為のきっかけ……歯車、ギアが必要だったんだ」
「メタル、ギア」
「フフ。まぁ結局、私は壁を一時的に押し返す事しか出来なかった訳だ」
「……少なくともこの事件によって、世論の注目は人工生命等の問題へと向く事になる」

 この事件の正当性を認めるつもりは毛頭無いが、と付け加える事もスネークは忘れない。
 これだけの騒ぎとなったのだ、間違いなく一石を投じた事にはなる。
 だが、スカリエッティはすぐにそれを鼻で笑ってみせた。

「それも表面的なもので、根本的な解決には至らないだろう。何も変わる事は無い。
 我々は決起を起こし、そして失敗に終わった。それが事実としてただ蓄積されていくだけだよ」

 スカリエッティが自嘲の笑みを浮かべ、黙り込む。
 数秒の沈黙が場を支配。
 そして、それを破ったのもやはり、スカリエッティだった。

「……っ!」

 先程まで欠片もなかった闘志が剥き出しとなってスネークへと伝わる。
 切れ長の瞳がギッとスネークを射抜いて。

「それでも、まだだ。まだ終わってない。私には、君と戦わなければならない理由がある」
「……何故」
「君は私を倒さなければならない。そして私も、君が何者なのかを確認する必要があるのさ」

 ばさり、とスカリエッティが白衣を揺らして、戦闘態勢へと入った。
 その手の先には鋭い爪が光っている。

「くっ……!」

 戦いは避けられないらしい、と。
 スネークも覚悟を決め、M9を握り直す。

「時間がもう無い。未来に絶望だけが残るか、それとも一片の希望が残るか、はっきりさせよう。さぁ、スネーク君。……行くぞっ!」

 戦闘開始の合図と同時に、スネークは思い切り横に飛び込んだ。
 元々立っていた場所に、赤い糸のトラップが発動。
 前回同じものに捕まり、敗北を喫した事をスネークは忘れていなかった。
 もしそれに再び掴まったら、拘束状態の中で致命的な攻撃を喰らう事は間違いないだろう。
 スネークは転がりざまに、M9の引き金を絞る。
 が、当然スカリエッティは腕を振るい、それを弾き返した。

「良い反応だっ。だが私を倒すつもりなら、その武器では難しいよ!」
「殺すつもりはない。俺はお前を引っ捕えに来たんだっ」

 スカリエッティが放った高速の魔力弾をスレスレの所で避け、スネークは叫んだ。
 スカリエッティの口から高笑いが響く。

「ハハハッ、そんな言葉を吐くなんて、私と同じ怪物とは思えないね! ……君は誰よりも人殺しを楽しんでいるんだよっ!」
「俺は殺人鬼ではないっ!」

 スネークは魔力糸による追尾をしっかり見極めながら回避しつつ、怒号を上げる。
 が、即座にスカリエッティがそれを嘲った。

「違うとでも? 誰よりも戦いの中で生の充足を得てきた君がっ? 事実今、君は戦場にいるじゃないかっ!」
「違う!!」

 今までのように、生きる為に、戦う為に戦場にいるのではない。
 目的を果たす為に、戦うんだ。
 スカリエッティを殺害するのではなく、あくまでも無力化して拘束する。
 スネークはその想いをM9の引き金を引く事で示した。
 勿論弾き返されるが、スカリエッティは歯を食い縛るスネークを見て笑みを深めている。

「良いだろう……自身の想いを貫きたいのなら、私に勝ってみせろっグリーンカラーッ!」

 再びスネークへ魔力弾が降り注いだ。
 しかも、大量に。
 スネークは部屋の中央、作業台の陰にしゃがみこんで、それをやり過ごす。

 そして、沈黙が広まった。

 糞、とスネークは毒づいて、試しに空の弾倉を放ってみる。
 その瞬間、光弾が台から飛び出た弾倉を撃ち抜いた。
 良い腕だな、とスネークは舌を打つ。
 魔力弾を追尾させるように操る事は造作でも無い筈だ。
 そしてその選択を選べば、難なくスネークを倒せるだろう。
 勿論スネークも倒されるつもりは全く無いが、より苦戦する事は火を見るよりも明らか。
 スカリエッティがそれをしないという事はつまり、スネークを試しているのだ。

 私を倒すだって? やれるものならやってみろ、ふふん。

 そんなスカリエッティの意志が沈黙を通して伝わり、スネークはもう一度舌を打った。
 蛇に甘く見て掛かると、執念深く追われる事になる。
 後悔させてやろう、とスネークは決心するものの。

(……どうするか)

 スネークとスカリエッティの間は、おおよそ十数メートル。
 対スナイパー戦の例としてスタングレネードを使用し奇襲するという手があるが、こちらの装備も筒抜け。
 恐らく、大方の戦法は予測されている。
 台の陰から飛び出した瞬間に放たれるであろう魔力弾を運良く回避したとして、次弾発射までに勝負を終える事が出来るだろうか。
 M9の麻酔弾を当てたとして、効果が現れるまでに胴体に穴を空けられる可能性も十分ある。
 常時展開型の防壁を張る事が出来たのなら、あの薄ら笑いを思い切り殴り付けてやれるのだが、それも難しい。
 スネークは思考を巡らせるが、良い突破口が浮かんでくれない。

 となれば、いつもの『どうにかやってみる』しか無い。

 そもそも魔法使いとの実戦というものはまだ二度目程度ではないか、等とスネークはM9に弾を込めつつ眉を顰める。
 一度目は、偉大なる無限書庫司書長。
 バインドであっさり縛られ敗北した記憶を思い返して、スネークは溜め息を吐く。
 あそこから、ユーノとの二人旅が始まったのだ。

(ユーノも初めの頃は、魔法世界で戦うのは難しい、なんて飽きもせずに毎日言ってたな)

 確かに大変だ、と一瞬だけ苦笑。

『何とかなる』
『いや、何とかならないよ』
『大丈夫だ、問題無い』
『いやいやスネーク、君ねぇ』
『心配するな、もっと厳しいのも経験してきた』
『いやいやいや、僕の気が済まないって。……ああもう。仕方ない、じゃあ――』

(っ!!)

 防壁を展開する簡易デバイス。

 スネークは記憶をなぞるようにそう呟いて、ポケットの中にある物を思い出した。
 懐に手をやって――それが確かにある事を確認、ロックを解除する。
 一か八かだ、とスタングレネードのピンを抜き取る。

(……賭けだな)

 意表をつく、最善の手段。
 そしてこの賭けを外したら、全てが終わる。
 だがしかし、一歩でも退く訳にはいかない。
 いつかは意を決して猛射の嵐へと飛びこんで行かなければならないのは、どこの世界でも変わらない。
 スネークは深呼吸と共に、決意を固める。

「何時まで隠れているつもりだいっ? さぁ、いい加減出てきたまえ!」

 スカリエッティが痺れを切らしたようだ。
 足元に魔力糸を発生させる魔法陣が展開し始めたと同時、スネークは動いた。
 スタングレネードを空中へ放り投げ、直後の閃光と爆音をやり過ごして猛ダッシュ。
 不意打ちの時にこそ真価を発するスタングレネードはそこまで効果をもたらさなかったらしく、スカリエッティが気絶したり目を眩ませている様子は無い。
 だがしかし、放たれた魔力弾はスネークの胴体に穴を空ける事はなく、ギリギリ頬を掠めるだけだった。
 頬から噴き出る血は、スカリエッティの狙いが僅かに狂った証。
 ようやく得た一瞬の隙で、スネークは全速力で駆け抜ける。

「――っ!!」

 気付かれた、と内心呟いて。
 それでも、スネークは立ち止まる事無く直進する。
 あと数歩という所でスカリエッティがスネークの顔前へと手をかざした。
 キュイィ、と魔力が収束する音がスネークの耳に嫌でも届いて。
 スネークも懐にあるカード状のそれを掲げ、起動させた。

「っ、それはっ――!?」

 刹那、スネークの前方の視界が緑色に染まった。
 変色する魔力弾の光が収束しきったようだ。
 スネークは歯を食い縛り、そして。

(――信じるぞ、ユーノッ!!)
 魔力弾が、炸裂。

 スネークの目と鼻の先で光が弾け、激しい衝撃と同時、ガラスが砕け散るかのように緑色の視界が消失。
 スネークは勢いを残したまま、渾身の力で――

「ぐ、あぁっ!!」

 ――スカリエッティを、殴り飛ばした。
 直ぐ様M9に持ちかえて、銃口を突き付ける。

「動くなっ! ……拳は届いたぞ、俺の勝ちだ」

 今のは、と目をぱちくりさせるスカリエッティ。
 スネークは油断せずに口を開いた。

「無限書庫司書長手製、防壁を張る、カード式簡易デバイス」
「……魔導士ではない、魔力を持たない人間が使用するデバイスで、ここまでシールドの強度が強いものは見た事が無いよ。まさか、相殺するとは」
「……何だって?」
「少なくとも私は全力で撃った。いや、驚いたな……つ、ぅ」

 今度はスネークが目をぱちくりさせる番だった。
 使用する機会も無く存在すら忘れていたそれが、中々良い物だと今更知ったのだ。
 あっさりとくれた割りには結構良い仕事をするらしい、とスネークは表情を変えずに思考。
 ともかく、内心でユーノへの感謝の言葉を述べて。
 もう一度、スカリエッティを睨み付ける。

「もう一度言うぞスカリエッティ、俺の勝ちだ。少しでも抵抗する素振りを見せたら、局へ連行するまで眠っていてもらう」
「ああ、安心してくれ、もう抵抗しない。……私の負けだよ。スネーク君、君は素晴らしい。
 やはり君は唯一、壁を壊せる可能性を持った存在のようだ」

 殴られた頬を変色させたスカリエッティは、ゆっくりと上半身を起こすとずりずりと移動。
 横たわるウーノの傍の壁へ寄り掛かった。

 その瞳から戦意が急速に抜け落ちていく。
 スネークもM9が必要ないと判断して収めると、頬から流れる血を拭ってその傍へとしゃがみ込む。

「俺は……」
「君も私も、闇の世界から生まれた存在だ。いてはならない怪物。……フェイト・テスタロッサ達とは比べ物にならない位に淀んだ、陰」

 と、スカリエッティがスネークの瞳を覗き込んだ。
 同時にスネークも彼の瞳を見る事となったのだが、その奥にいつか見た狂気は全く無かった。
 まるで憑き物が落ちたかのように澄んでいる。

「私は異邦で私同様に造り出された君と出会い、君の瞳を見て、君に惹かれたんだ。……なぁ、スネーク君。私は君を尊敬している、敬愛している」

 それは前にスカリエッティが吐いた言葉。
 お断わりだ、嬉しくも無い、とスネークがその時と同様の言葉を返すと、スカリエッティは苦笑を浮かべる。

「ク、クク、手厳しいね。私にはもう、未来へ想いを伝える事は許されない。……だから一つだけ、聞かせてほしい」

 スネークは沈黙を貫く。
 それを了承の合図と受け取ったのか、スカリエッティは静かに口を開いた。

「大衆は腐った倫理に馴染んだ。リキッド・スネークや私は、形は違えどそれぞれの世界に満ちていた倫理を傷つけようとした」
「……」
「だがしかし、君は全てから逃げ出した。君はそこで何を見た? その倫理が蔓延る世界へ再訪して何を思った?」

 教えてくれ、スネーク君、と。
 穏やかな口調で問うスカリエッティに、スネークは視線を逸らして俯いた。
 アウターヘブン。
 ザンジバーランド。
 数々の戦いを終えアラスカに逃げ籠もり、そしてシャドーモセスを経たスネークは今、やはり戦場にいたのだ。
 もはや、逃避は許されない。
 だがしかし自分には多くの人間と触れ合う中で、自分自身と向き合う勇気が持てた筈だ。
 スネークはそんな確信と共に顔を上げ、きっぱりと言い放った。

「人には誰しも、未来へ伝えられる物がある筈だ。……俺は、俺が犯した過ちを、人類の間違いを未来へ伝えていく」
「それが、君の選んだ道かい?」
「それが、俺が正しいと信じる生き方だ」

 スネークの言葉と同時に、スカリエッティはニヤリと笑った。
 期待していた答えを聞いたからだろうか、そうかぁ、と一人呟いている。
 だが、スネークはそこで言葉を止めない。
 しっかりとスカリエッティを見据えて、口を開く。

「そしてスカリエッティ、お前は一つ間違えている」
「……ほぅ。言ってみたまえ」
「俺やリキッド、そしてお前の言う外側の者達も普通ではない事は確かだ。歪な、人工的に造られた存在」

 その通りだ、と平然とした顔で肯定するスカリエッティ。

「けれど同時に、それ以上の確固たる事実がある」
「……?」
「俺達は戦う事しか出来ない消耗品でも、誰かの意志を果たすという事に束縛された人形でも、ましてや野獣、怪物でもなく、一人の人間だ」

 え、と虚を突かれたかのように唖然としているスカリエッティ。
 スネークは口調を強くして、畳み掛ける。

「人間は、自身が『交換不可能な唯一の存在』だという事に拘る存在だ。……自身だけの『かけがえの無さ』を強く求める存在だ」

 それは怪物も、と。
 素直に認められないのか、スカリエッティは否定の言葉を吐き捨てた。
 スネークはスカリエッティの顔前へと手の平を突き出して、それを制止する。

「本物の怪物には、そんな自己愛は許されやしない」
「っ……」

 ――恐らくこの男は自身が怪物であると確信していた筈だ。
『男と女が愛した結果として、その生を受ける』という『自然』から迫害された形で造り出され。
 化け物、怪物、社会の闇等という呼称を当然の如く受け続ける。
 その世界で生き続けた時には既に、人間と言い張るだけの自信は掻き消されてしまうだろう。
 正に、俺と同じだ。
 そんな風にスネークは考える。

「『自分』が『自分』である事に、『自分』として見られる事に強く拘る。
 ――俺達はどうしようも無い程に、人間なんだ。お前と出会って、俺はそれを確信した」

 動揺を露にするスカリエッティ。
 単なる自己正当化と言われたらそれで終わりだ。
 だが、信じ抜く。
 スネークはその決意と共に唯々じっと、彼の反応を待つ。

 およそ数十秒だろうか。
 瞳の奥に狼狽を揺らしつつもやがて、うっとりとしたような視線でスネークの顔を見上げた。

「……面白い答えだ。いや、本当に素晴らしいよスネーク君、想像も出来ない答えが返ってきた。……実験した甲斐があった」
「――実、験?」
「ああ。……そうさ、君の置かれた環境に一味加えさせてもらった」

 スネークは目を見開いた。
 一体、と詰め寄る。

「この世界に打ち捨てられた君は、仲間を得て、戦いを決意した。一度は戦場から逃げ出したのに、ね」

 まさか。
 有り得ない。
 そんな言葉がスネークの脳内を駆け巡る。
 高鳴る心臓の鼓動に合わせて冷や汗が背中を伝い、スネークは身震いした。

「預言によって見通された未来を変える為、仲間との協力の下、異能達と戦いを繰り広げ。
 メタルギアを破壊し、私を倒し……見事、ジェイル・スカリエッティ一味を、無力化した」
「これが全て、演出っ!?」

 自身の選んだ行動であると思いつつも全て仕組まれていた、なんて事はスネーク自身、何度も経験している。
 が、まさか此処でもとは予測していなかったのだ。
 余りの衝撃に、スネークは乾いた声を漏らすしかない。
 スカリエッティがくく、と小さく笑う。

「何、私が介入したのは一部だ。それにそんなに大それた物でも無い。これは個人的な確認作業でしかないよ、安心したまえ」
「……不愉快極まりない話だ」
「フフフッ……このストーリーが完成した事は私の計画の失敗も意味するから不本意だけれど、この実験で知れた事は、とても素晴らしい物だった」
「糞っ。……確認作業、とはどういう事なんだ?」

 つまりは、過程に所々要素を加えつつも、結局最後にはスネークがスカリエッティを倒すというストーリー。
 スカリエッティは自ら、それを作り出したという事だ。
 その行動の意図は全く読めない。
 体中に纏わり付く得体の知れない気持ち悪さに、スネークはごくり、と唾を呑んだ。
 同時に、スカリエッティが口元を歪める。

「遺伝子の制御。情報の制御、感情の制御! ……それ等を突き詰め、完全なる個人制御へと到達した時、どうなるか分かるかい?」

 一泊の間。
 スカリエッティはあくどく笑って、答えをゆっくりと口にした。

 歴史の流れをコントロールする事が可能になるんだ、と。

 スネークは即座に首を振った。

「馬鹿な。歴史を制御する事なんて――」
「――特定の状況下で一定のストーリーを背負わせる。そうする事で個人を、ひいては歴史を一定の方向へ誘導する事が出来る」
「……」
「脳を制御する訳でもない、誰にも気付かれない内に、囲われた自由の中へ放り込む。そういう理論の確認さ」
「……だとしたら貴様は、俺をどういう方向に誘導するつもりだったんだ」

 睨み付けるスネーク。
 それを真っ向から受けつつ、さあね、と涼しい顔で返すスカリエッティには答えるつもりは無さそうだった。
 舌打ちの後、どういう狙いがあってそんな理論を実証しようとしたんだ、とスネークは質問を変えて問い掛けた。
 そのとんでもない理論が実験によって実証されたとして、敗北した以上今後スカリエッティ本人にそれを行う事は不可能に近いのだ。
 実験とやらを受けたスネーク自身も、それによって何か大きな変化を感じることも無かった。
 この世界に来て自身に芽生えた未来への想いについては、それに触発されて作られたものではないのだから。
 ユーノとの旅で向き合う事を決意したそれまでも仕組まれたものだとしたのなら、それこそ堪ったものではない。
 そんな意志の籠ったスネークの質問にスカリエッティは苦笑し、小さく肩を竦める。

「言ったろう、私は君に惹かれたんだ。君がどう未来へ進んでいくのか、本当に壁を取り払う事が出来るのか。
 ……私は君に掛けてみたくなったんだ。そして君は私の期待に応えた」
「……」
「スネーク君。この実験で知れた事は重要だよ。奴等の目的がどういう結果になるかぼんやりとだが見えてきたしね」

 奴等、とスネークがすかさず聞き返すものの、スカリエッティはそれを無視して続ける。

「……全てが数えられ、予測され、そして制御される時、その世界は現実を放棄する」
「現実を、放棄……?」
「そう。現実は現実である事を放棄して、仮想現実へと変貌を遂げるんだ。
 即ち、見通す事の出来ない未来への恐怖から解放された『天国』がそこに生まれる。それが奴等の最終目標」

 全てが予測される世界。
 あって当たり前な筈の「不測の事態」が欠落した、絶対的安定に満ちた世界。
 スネークは想像と同時に眉を顰めた。
 そんな世界は天国ではない、と。

(もしそんなものが天国だというのなら、俺は――)

 これまでに感じた事のない感情がスネークの中で湧き上がっていた。
 怒り。
 恐怖。
 絶望。
 どれにもしっくりと当てはまらない、明確には言い表わせない激情だった。
 スネークはもやを払うかのように、何度か頭を振る。

「……本当にそんな事を目論んでいる連中が?」
「あぁ。……だが良い気味だと言えば良いのかな。フフ、奴等はそう簡単に奴等の望む未来を作れはしない! ハハ、ハハハッ!」

 まるで子供のような、明るい笑い声。
 スカリエッティがふう、ふう、と息を落ち着けている様を見ながら、スネークは思考に暮れていた。
 途方も無い目標だ、と。
 確かにそれが正しい理論だとしても、実行するのは容易ではない。
 全てを制御するとしたら、力が必要だ。
 つまりそれを行うだけの莫大な金と、人々の隅々にまで渡って浸透させなければならない巨大なシステムが。
 週刊誌やインターネットで冗談混じりに話される陰謀論なんて足元にも及ばない、正に誇大妄想とも言える話だ。
 大真面目に話すスカリエッティだが、そんな事をしでかそうとする連中の存在をスネークは容易に信用しきれなかった。
 ともかくスネークは、『奴等』とは何者なんだ、と再び尋ね掛ける。
 ふむ、とスカリエッティは顎に手を当て。

「そうだな……スネーク君、君の世界に帰っても、『らりるれろ』という言葉は絶対に忘れるな」
「『らりるれろ』? それがお前の言う、『奴等』の正体? ……待て、『奴等』は地球にっ!?」
「さぁね、私に話せるのはここまでさ。いずれ君の世界でも聞く事となるだろう。……君の運命、宿業、戦争。『スネーク』の全てはそこに帰結する」

 スカリエッティと対峙するまで予想もしていなかった話に、スネークは言葉を詰まらされる。
 地球に『らりるれろ』とやらがいるのだろうか。
 そもそも、それが人間とも限らない。
 個人なのか、団体なのか?
 スカリエッティが話していた事を実現させるだけの力があるのか?
 脳内を駆け巡るそんな疑問は解消されることなく巡り続ける。
 だが、先程の話からスネークが受けた、言い様の無い恐怖だけは確かにあった。
 それを見抜いたのか、スカリエッティがスネークへ笑い掛ける。

「何、絶望だけではない。スネーク君」
「……何?」
「言った筈だ、奴等はそう簡単には目標を達成出来ないと。……この実験はあくまで理論を実証する為の物でしかないんだ」
「――つまり……実験によって理論の不備が見付かった、という事か?」

 スカリエッティは大きく頷く。

「宣言しよう。この実験は限りなく成功に近い、失敗だ。例え完璧にストーリーを演じさせた所で、個人を完全に制御する事は出来やしない」

 君がそれを実証したんだよ、とスカリエッティは微笑む。

「奴等はきっとこう言うだろう。ストーリーの中で個人に生じた感情――個人が考え、
 そして感じた物は単なる副産物でしかない。エンディングに大きな変化をもたらす事はないだろう、とね」

 全く受け入れる事の出来ない考えに、スネークは眉を顰める。
 スカリエッティがそれを見てニヤリと悪どく笑った。

「だが、私は違うと確信した。それは単なる副産物等では有り得ないし、その個人だけの物だ。
 ほんの少しのほつれ……唯一、誰にも制御の出来ないそれこそが、希望となる」

 ふぅ、とスカリエッティは息をついて、それでも話を止めない。
 饒舌に語られる言葉はまるで、まだまだ言い残した事があるとでも言うかのような色を含んでいて。

「――スネーク君。君はビッグボスの代替品として造り出された存在だ。
 やっている事も大して変わらないのかもしれない。彼の人生をなぞっているだけなのかもしれない」

 下らない、とスネークはその言葉を一蹴する。
 確かに自身と同じ遺伝子を持つ者と戦った、という意味ではそうかもしれない。
 だが、根本的な違いは厳然と存在している。

「俺はメタルギアで決起するつもりなんて無い。奴とは違う」
「……そうかい。ともかく、君は、君なんだ。ビッグボスではなく、一人の『個』を持っている。私が保障する」
「……」
「スネーク君。ビッグボスの複製としてではなく、ソリッド・スネークとして戦う事を、貫け」

 元よりそのつもりだ、とスネークが素っ気なく返すと、スカリエッティは満足気に頷いた。

「……私の『無限の欲望』は君の中で生き続ける。私は君を見続けているよ。『スネーク』を、『スネーク』が変えていく世界を、最後までね」

 吐き出すように言い切った後。
 あぁ、疲れた、とスカリエッティはゆっくりと瞳を閉じた。

「『人間にとって、生は欲望だ。人間は唯一、死そのものをを望む事が出来るのだから』……成る程、私は確かに人間なのかもしれない」

 何かが変だ、と。
 スネークはそう違和感を抱き、すぐにそれの正体に気付いた。

 スカリエッティの手が、震えている。

「……スネーク君、ありがとう。怖くて仕方がないが……君のお陰で、私にも勇気が湧いてきた」
「……?」
「誰にも渡さない、渡すものか。この身体も、意志も、そして死も――私だけのものだ」

 まさか、とスネークが口を開こうとして、スカリエッティが懐に手を突っ込んだ。
 引き抜かれたその手には、一丁の拳銃。
 ジョニーの、GSR。

「待――!」
「スネーク君、ありがとう。――さらばだ」

 次の瞬間。
 パァン、と。
 GSRが乾いた音を響かせた。
 頭から赤い花を咲かせて、あっさりとスカリエッティが崩れ落ちる。
 隣の戦闘機人と寄り添うように。

「な……」

 気付けば、そこには硝煙や血の臭いと、静寂が残るのみ。

 ――死んだ。

 ジェイル・スカリエッティが、死んだ。

 その事実が、スネークに突き刺さる。
 呆然としているスネークの目の前には、誰よりも人間の生に執着していた男の死体。
 やがて人の足音が近付いてくるまで、スネークはその死体をただじっと見つめる事しか出来なかった。

 その死体の顔には、安らかな微笑が浮かんでいたのだ。


 ◆


 スカリエッティの蜂起、そして全面対決。
 全てが終わってから数日が経っていた。
 世間の慌ただしさが治まる気配は全く感じられない。
 地上本部の襲撃を始め、ミッド住人達へ発せられた避難勧告すらもこれまでに例の無い大事件だったのだ。
 そこに地上本部トップの死亡が加われば、尚更の事である。

 だからこそ、ユーノの目の前を煙草をふかしながらゆったりと歩く男は、騒ぎに乗じてさっさと元の世界へ帰ろうとした訳だ。

 その男――ソリッド・スネークがしみったれた別れを苦手としている事を、ユーノは誰よりもよく知っている。
 大勢に囲まれた中での別れは経験していないらしいし、それが自分に合わない事も理解しているのだろう。
 ユーノ自身、スネークから突然連絡を受けて無限書庫を飛び出してきたのだ。
 そうして慌てて駆け付けてみれば、地上の転送ポートの稼動率はこの騒ぎによって渋滞状態という事で、今に至る。
 つまり、順番待ちの時間を潰す為の、暇潰しの散歩だ。

「懐かしいね」

 ユーノはぽつり、と一言漏らす。
 此処は、ユーノとスネークが初めてスカリエッティと対面した公園だった。
 あの時同様人気の無い公園を、二人で散歩。
 二人の立ち位置も、あの時と全く同じだ。
 スネークはそれを気にも止めていないのか、そういえば、とユーノに向き直る事無く声を上げた。

「他の六課隊員達の様子は?」
「……うーん、まぁ、んー」

 遠くを見つめているスネークに、ユーノは曖昧な返事を返す。
 ゆりかごへ乗り込んだ隊員の中ではヴィータが一番の重傷者であった。
 なのは、ヴィヴィオの方も色々と激戦を繰り広げた結果、残ったダメージはやはり重い。
 が、死者が一人もいないという奇跡と事件が解決した解放感がプラスだった。
 面会する人皆、明るい雰囲気に包まれている事がユーノの記憶にはとても印象深いものとして残っている。
 重傷のヴィータは未だベッドの中とはいえ意識もはっきりしているし、
 他の隊員達も極力体に負担を掛けないように、という制約を課せられてはいるものの、既に退院するレベルにまで回復。
 どれも医療スタッフの懸命な治療によるものだ。

 それを説明するとスネークは振り返り、呆れと感嘆が交じった苦笑を浮かべた。

「ゆりかごは内外共に相当な激戦だったと聞いたが。……タフな部隊だ」
「うん、さすがはやての人選だね」

 機動六課の強みは何ですかと問われたら、ネガティブを受け入れ、乗り越える勇気を持った部隊だとユーノは即答するだろう。
 隊長達が持つ困難に屈しない不屈の精神が、種を蒔くように隊員達へと受け継がれていっている。
 地上本部襲撃からそれ程間もないのに、各々が苦難を乗り越えて勝利を掴み取っていった事がそれを証明していた。
 ユーノは咳払いをして眼鏡を押し上げると、スネークへ非難の色が強い視線を向ける。

「でもさ、こんなにもすぐに帰るだなんて、随分とせっかちだと思うな」
「……分かるだろう」

 すぐに肩を竦めるスネーク。
 ユーノは、んんん、と大きく伸びをして、穏やかに答えた。

「うん、分かるよ。君がそういうのを苦手にしてるって事くらいはね」

 困ったように顎髭を撫でるスネーク。
 無限書庫は良いのか、という彼の下手な話題逸らしにユーノは苦笑し、頬を掻く。

「まぁ、黙って帰られるよりはマシか。……無限書庫は、無理矢理時間を取って来たよ、ちょっと位は大丈夫さ」

 さすがに「心配する位なら直前ではなく前もって連絡しろ」とは言わない。
 そうか、と短く返すスネーク。
 生じる沈黙。
 途端に寂寥の念が胸中に湧き上がり、それが大きく膨れ上がったので、ユーノはすぐに沈黙を破る事を選んだ。

「ねぇ、スネーク。……えっとさ、帰ったらメタルギアの破壊活動をするんだっけ?」
「ああ。メタルギアが拡散している今、放置していたら再び核抑止の時代が訪れかねない」

 誰か誘うの、とユーノは間を置かずに問い掛ける。
 さすがに一人では出来る事にも限りがある。
 活動を維持していくにも資金は必要なのだから、人数のバランスというのはある意味死活問題だろう。
 とはいえ、ユーノにはスネークがこれから言うであろう名前について、既に心当たりがあるのだが。

「オタコンを誘ってみようかと思っている」
「やっぱり。えーと確か、覗きとハッキングでFBIをクビになったとかいう、アニメオタクの可哀想な人だよね?」
「そう、そのオタコンだ。……そこまで邪険に扱う事も無いだろう」
「……君のせいだろ」

 ギロリ、とユーノはスネークを睨み付ける。
 その男と雰囲気が似ている、と言われた事を根に持っているのだ。
 話を聞く限り、オタコンについて良い印象は少しもユーノの中には湧いてこなかった。

「ふん。……まぁ、断られたら僕を頼っても良いよ? 君一人だと凄く心配だし」
「ほぅ、随分な言い草だな。お前は――」
「――君、料理出来たっけ?」
「……む」

 完全勝利、と拳を握るユーノ。
 目玉焼きの焼き加減すらも分からないこの男の食生活を、ユーノは一時期全面的に担っていたのだ。
 平静を装いつつも多少悔しそうに見えるスネークの姿が、ユーノにとっても気分爽快だ。

「……食生活に不安を覚えるが、何とかやってくさ」
「あはは、頑張ってね。……それで? NGOとして活動していくのかい?」
「ああ、そうだ。反メタルギア組織……『フィランソロピー』」
「ふぅん、『フィランソロピー』か。はは、随分な名前だ。皮肉が効いてて良いね」
「まぁ、NGOとしては過激なグループになる事は間違いない」

 スネークがぐるり、と辺りを見渡し、ユーノも何気無しにそれを倣う。
 事件後という事もあって、人の影は疎ら。
 遠くに喧騒が聞こえ、ユーノにはまるで外界から切り離された世界のように思えた。

「また、俺の新しい戦いが始まる。……此処には何か、縁があるのかもしれない」
「彼とも此処で会ったんだよね」

 ジェイル・スカリエッティ、と呟いて、目を伏せるスネーク。

「スカリエッティの事、気にしてるの?」

 気にしない筈もないだろう、とスネークは呆れてみせた。
 続けて携帯灰皿に吸い殻を突っ込んで、二本目に火を点けている。
 止めても無駄な事は分かっているので、ユーノも口を挟まない。

「あれ程自身の人生について拘ってた奴が自殺したんだ、複雑さ」
「それだけ、今回の事に全部賭けてたんじゃない? 入念に計画してさ。……でも、最後に言ってたのは結局どういう意味だったんだろうね」
「……『らりるれろ』」

 スネークとスカリエッティのやり取りは記録され、局の中でも重要機密とされている。
 この記録を公表したら余計な混乱を起こすだろう、と判断されたのだ。
 巨悪は倒れ、平和が訪れた事になっているのだから。
 とはいえ、スカリエッティの話は余りに抽象的過ぎた。
『らりるれろ』について地球でも聞けるという事は、何者かが非管理世界である地球に干渉している可能性もあるが、それも定かではない。
 スカリエッティが一度地球に赴いた際、「『らりるれろ』という存在がいる」と聞き、それをスネークへ伝えただけなのかもしれない。
 結局の所、この事件に関しては『らりるれろ』は関係ないのだろう、という結論で終息した訳だ。

「地球に存在して、俺が再び聞く事になる。『恐るべき子供達計画』関連かもしれんが……はっきりせんな」
「後味悪いよね。なんて名前だっけ、彼も行方不明なんでしょ?」
「ジョニーか。あいつについては無事だと信じるしかないな。新米で情けない所もあるが、強かだよ」

 やれやれ、とスネークが肩を竦めて嘆息を漏らす。
 ユーノにしてみれば面識すらないのだから、何とも言い難い。
 だからスネークと同じ仕草をする事しか出来なかった。

「……あれもこれも、気にしていても仕方ないって事か。何とかなる、前へ進むしかない、だもんね?」

 その通り、と。
 スネークがニヤリ、と笑って頷いた。
 ユーノも微笑み言葉を続ける。

「でもね。……僕も一つだけ、スカリエッティに同意している部分があるんだ」
「おお、あの変態科学者のようになるなんて残念だよ、ユーノ」

 即座に茶化してみせるスネーク。
 真面目な話だよと突っ込んで、ユーノは口を開いた。

「自分が何者であるかなんて誰にも分からない。それでも、君は君だ。その心も身体も、コピーなんかじゃない。……君だけの物だ」
「……ああ、そうだな」
「僕のクローンがいたとして、それは僕ではないし、『僕』は僕だけさ」

 そこまで一息に言い切ると、ユーノは口の端を吊り上げた。

「……僕の知っている『スネーク』は、僕に段ボールの貸しがある筈だけど?」

 この世界で段ボールを被るという行為に肯定的な人間は少ない。
 もしもユーノの協力がなければ、スネークが六課で段ボールをお目に掛かる機会は激減していた筈だ。
 ふむ、とスネークが唸る。
 五秒程して、その顔にあくどい笑みが浮かんだ。

「……確かにお前が俺の知っている『ユーノ』なら、預かっていた骨董品を俺が壊した、と白状しても怒らない筈だな」
「!? んな、あれは大事に預かってくれってあれ程っ……!!」

 ユーノの激昂と共に、スネークが吹き出した。
 ユーノも数秒間の停止後、スネークの意図を理解して、笑いを溢す。
 そう、『スネーク』だとか『ユーノ』だとか、そんな事を深く考えるまでも無い確固たる事実があるのだ。

 少なくとも僕等は友達だ。

 その単純な事実が、ユーノにはとても嬉しいものだった。
 暫く笑い合って落ち着いた頃、おもむろにスネークが手を差し伸べる。
 いつかのように、握手を求めているのだ。
 ユーノはその求めに快く応じようとして――躊躇った。

 この握手を交わした時、一つの決着が付き、新たな始まりが訪れる。

 何事にも始まりがあり、そして終わりがある。
 完全な終焉なんてものは無い。
 どんな終わりにも様々な始まりが付属して付いてくるのだ。

 スネークの旅立ち。
 人間なら誰しもが持つ、見える事の無い未来への恐怖。
 それ等に対して面と向き合う為の心の準備がユーノにはまだ出来ていなかった。
 自身の腑甲斐なさが情けなく思えて、ユーノは頭を振る。

(……恐がる事なんか、無いんだよね)

 他者との出会い、別れ。
 多くの物語をその体へ記憶して、それをまた他者へと受け継がせていく。
 それをひたむきに続け、不確定な未来を『生き抜く』事で、死は敗北では無くなる。
 それを喜びこそすれ、恐れる必要は無いのだ。

 自分を励ましてようやく、ユーノはスネークの手を取った。
 大きな、ごつごつとした手。
 少しの淋しさと、こうして握手出来る喜びがユーノの胸を占め。
 同時に、スネークが芝居掛かった声を上げた。

「初めまして、スクライア司書長。俺の名前はデイビッドだ」
「え、あっ。……はは、そっか。デイビッド。うん、初めまして。……デイブ、君が困った時は絶対、助けにいくからね?」
「ほぅ、局の人間としてはよろしくない台詞だな。地球だぞ」
「……喜んでくれても良いと思うんだけど」

 ユーノは口の先を尖らせた。
 同時に事件当日を思い出して、スネークをきつく睨み付ける。

「そもそも君、僕が上げた簡易デバイスのお陰でスカリエッティに勝てたんじゃなかったっけ」
「ふむ、自惚れか。確かに助かったが、あれが無くても何とかなったさ」
「言うねぇ。それにしたって感謝の言葉の一つ位あっても良いと思うんだけどなっ?」

 握手を解除した後、おー助かったありがとう、と青空へ紫煙を吐き出しながらぶっきらぼうに告げるスネーク。
 目すら合わさずに吐かれたその言葉がユーノの心を満たす訳もなく。
 結果、疲労感と敗北感によって、ユーノは項垂れた。

「全く……ああそうだ、簡易デバイスは壊れちゃったみたいだけど、どうするの? 今ならまだ替えを――」
「いや、いい。もう使い物にはならないが、お守り代わりとして地球に持ち帰る事にする。俺がこの世界にいた証としてな」
「そうかい。……まぁ、寂しくなったらそれで僕を思い出してくれよ」

 と、スネークが考え込む姿勢を取った。
 とてもわざとらしい。

「ふむ、夜寂しくなって一人で眠れない、なんて状況に仮に襲われたらそうする事にしよう」
「うあ、すぐに忘れ去られそうで怖いね。……でも本当に、デイブ。
 君は少なくとも孤独ではない。世界中を敵に回したとしても、僕は君の仲間であり続けるよ」

 ユーノ、とスネークが呟いて。
 ユーノも気恥ずかしさを押し殺して、息を吸い込んだ。

「君はこう言われるのは好きじゃないかもしれないけど、言わせてもらう。君はやっぱり、僕にとって『伝説の男』だ。――元気でね」
「……あぁ。今までありがとう、ユーノ」
「こちらこそ。ありがとう、スネーク」

 ユーノは万感の想いを乗せて、もう一度言葉を発した。

 本当にありがとう、と。





「……どうなってるんだ」

 地上本部。
 転送ポートが設置されている部屋へ戻ったと同時に、ユーノの目の前でスネークが顔に手を当てて呻いた。
 それも当然。
 隊長陣やヴィヴィオを始めとした機動六課の面々が、そう広くない部屋に犇めいていたのだから。
 ユーノはそれを見ても動揺せず、素知らぬ顔ですすす、となのはの横に待機。
 彼女の足元にしがみつくヴィヴィオの頭を撫で、すぐ側の車椅子に座るヴィータへとそっと囁く。

「外出許可、よく貰えたね」
「ふふん、許可は貰うもんじゃなくてもぎ取るもんだ」
「成る程。説得力あるよ」

 と同時、困惑しているスネークに答えるように、部隊長であるはやてが一歩踏み出した。

「お礼の一つも伝えられないまま帰す訳にはいきませんよ。いやホンマ、間に合って良かったです」

 お前まさか、とユーノに振り返って睨み付けるスネーク。
 何だいスネーク、と目の前の顔とは対照的に優しく微笑みを返すユーノ。

「お前、言い触らしたな」
「言い触らすな、とは一言も言わなかっただろう?」
「……全く」

 そう、ユーノはスネークから連絡を受けた直後に機動六課のメンバーにも伝えていたのだ。
 褒められこそすれ――実際、ユーノはなのは達からグッジョブコールを受けたのだが――責められる謂れはない。
 同時にはやてが溜め息を漏らすスネークの手を、両手で優しく握り締めた。

「スネークさん、ありがとうございました。貴方がいてくれたお陰で、六課としても、私個人としても、とても助かりました」
「……ああ。こちらこそありがとう、はやて。世話になった」
「まぁ変質者というのが、唯一アレやったんですけどねぇ」
「一言余計だぞ。……またな」

 本名不明、年齢不詳、通称ソリッド・スネーク。
 そんな自分を六課に置いてくれた恩義は感じているのだろう、スネークは素直に感謝の言葉を述べた。
 ニコリ、と明るい笑顔で下がるはやてに代わって、なのはが前に出る。
 体は大丈夫なのか、と問い掛けるスネーク。

「大丈夫ですよ、お気遣いありがとうございます。それよりスネークさん。はい、これ」

 なのはは至っていつも通りの柔らかい微笑みを返して、手を突き出した。
 スネークへ手渡されたのは、小さな紙片。

「私の実家の住所です。何かあったら尋ねてきて下さい、助けになりますから」
「ああ、分かった」

 意外にも即答。

(……あー、これはその気がさらさら無いっぽいな)

 軽く流そうとしているのは明らか。
「迷惑だろうし面倒でもあるから絶対に行かない」とでも思っているのだろうか、とユーノは思考する。
 なのはもそんな考えに至ったのだろうか眉を顰め、念を押した。

「世の中には色々な人がいますし私の家族もそういうのは慣れてますから、気にしないで押し掛けて下さいね」
「了解だ」
「……良、い、で、す、ね!」
「あ、あぁ、分かった、分かったとも。……すまないな、何かあったら頼らせてもらう」
「はい、分かりました。……ユーノ君の事、私の事、六課の事。色々と、ありがとうございました。どうか、お元気で」

 なのはは最後に少しだけ寂しそうな微笑みを残して、フェイトと入れ替わった。
 前に出てスネークを見つめるフェイトの顔は、無表情。
 どうしたのだろう、とユーノが思う間もなく、フェイトはツカツカとスネークの顔前まで詰め寄って。

 ――ぼすっ。

「ぐぉふっ!」

 スネークの情けない呻き声がその空間に響いた。
 どよめく群衆。
 よく見てみれば、フェイトの握り締められた拳がスネークの腹に収まっている。
 うわぁ痛そう、とユーノが半ば他人事の如く思うと同時。
 第二撃がぼすっ、という音と共に放たれる。

「ぐっ!」
「エリオに色々吹き込んだり」

 ぼすっ。

「うぐ、お、おい」
「笑えない冗談をたくさん吐いてたり」

 ぼすっ。

「待て、フェイト」
「六課で色々と変な事をしてくれましたよね」

 どすっ、と。
 今までで一番強力な音のパンチと共に、フェイトがスネークの胸板に頭を持たれ掛けさせた。

「……でも、貴方と出会えて嬉しかった」
「ごほっ……フェイト?」
「貴方の言葉が、存在が、私の力になった。貴方のお陰で私はこの戦いの中、挫ける事無く私の思いを信じ、貫く事が出来た」
「……それは、君自身が既に持ってた強ささ」

 そこでフェイトはスネークから離れて首を振る。

「いいえ、そんな事。私は感謝してるんです。……だから、言わせて下さい」

 ――ありがとうございました、と。
 感謝の言葉を述べて、フェイトがゆっくりとスネークの手を取った。

「約束して下さい。……またいつか、会いましょう。絶対に、お互いに元気で。――絶対ですよ、いいですか?」
「……ああ、約束する。またいつか、きっとな」
「絶対。絶対ですからねっ」

 最後の方は震え気味でそう念押しすると、フェイトが三歩程下がって俯く。
 それを皮切りに、ヴィヴィオやフォワード部隊、そしてそれまで特別親交の無かった隊員達がスネークへ押し掛けた。
 有名人にサインをねだる一般人、という光景と少し被っている。

「……伝説の男が形無しだ」

 揉みくちゃにされているスネークを見て、ユーノは苦笑する。
 涙と多人数に囲まれながらの別れという、スネークが一番危惧していた状況の中で、本人はまんざらでも無い様子だったのだから。
 と、ユーノは視界の隅に、次の予約をしている局員が待っている事に気付く。
 腕時計で時間が迫っている事を確認し、はやてを促した。
 ぱん、とはやてが両手を打ち合わせて。

「ほら、そろそろ時間です。――スネークさん、最後はキチッとした締め、お願いしますよ」
「なっ」

 はやてのよく通る声が響いて、途端にスネークは狼狽。
 結果、ユーノへと視線で助けを求めてきた。
 不器用だなぁ、とユーノは苦笑しつつも、助け船を仕方無しに出航させる。
 きっと、暫くは出航する事の無い助け船だろうから。

「うーん……そうだね。スネーク、君はこの世界で僕と旅をして、六課で皆と一緒に戦って、スカリエッティと対峙して、何を感じたんだい?」
「……」
「これからどうしていくのか、君が選ぶ道が何なのか。改めて教えてくれよ、ソリッド・スネーク」

 スネークは合点を得たのか、ふむ、と呟いて顎髭を撫でる。
 空間に満たされる沈黙。
 そして、言葉を選ぶかのようにゆっくりと話し始めた。

「……人の人生は、子供達に遺伝情報を伝えるだけじゃない」

 コツ、コツ、と。
 静寂の中、スネークが転送ポートへと歩みを進める。
 ユーノは眼鏡を押し上げつつ、彼から視線を逸らさない。

「人は、遺伝子では伝達出来ない物を伝える事が出来る。
 言葉や文字や、音楽や、映像を通して。
 見た物、聞いた物、感じた事、怒り、悲しみ――喜び。
 俺はそれを伝える。伝える為に生きる」

 スネークはそこで言葉を切って息をつくと、その場にいる者達を見渡した。
 視線が合って、ユーノは力強く頷く。
 スネークも微笑みを返し、すぅ、と息を吸って再び口を開いた。

「俺達は伝えなければならない。
 俺達の……愚かで、切ない歴史を。
 それ等を伝える為に、デジタルという『魔法』が、地球にもある。
 人間が滅びようと、次の種が世界に生まれようと、例え世界が滅びようと。
 生命の残り香を、後世に伝える必要がある。
 未来を作る事と過去を語り伝える事は、同じなんだ。
 皆、世話になった、ありがとう。……じゃあな」

 感謝の言葉で締め括った直後、合図を受けた局員がパネルを操作。
 伝説の男はあっさりと、一瞬で光の彼方に消え去った。
 まるで、映画を見終わった後のような、不思議な感覚が体一杯に満たされ。
 ユーノはぼんやりとその余韻に浸った。

 やがて退室していく隊員達。
 はやても、んん、と体を伸ばして出口へと足を進める。

「さぁて、私も仕事せな。……ユーノ君」
「……何だい」
「色々と、ありがとな」
「……ん、」

 ほな、と手をひらひらさせて立ち去るはやて。
 それに合わせて、思いの他明るい表情のフェイトが出口へと向かう。
 それをなのはが引き止めた。

「フェイトちゃん。……良かったの?」

 なのはの言葉の意味がユーノには一瞬分からなかったが、すぐにその意図を理解する。
 フェイトの気持ち。
 彼女がスネークへ好意に近い感情を持っている事はユーノにも分かっていた。
 それをスネークへ伝えなくて良かったのか、という事だ。

「ん、大丈夫。私、此処に来る途中ね、自分の気持ちについて改めて考えてみたの。
 ……私は多分、あの人に憧れてた、尊敬していただけなんだと思う。月並な答えだけど、ね」
「フェイトちゃん……」
「あの人はとても良い人だった。素晴らしい人だった。男として、というよりも人間として」

 それに、とユーノ達へと振り返らずフェイトは言葉を続ける。

「今の私の好意が、彼の重荷になる事を私は知ってる。
 だからせめてもの我儘として、またいつか、お互い元気な姿で会うっていう約束を取り付けた。……それで、良いの」
「……本当に?」
「うん。私は、私の人生を生きる。スネークさんがくれた勇気を大事にしながら。――じゃあエリオ達が待ってるし、私も行くねっ!」

 一瞬だけ振り返ったフェイトは、早足で駆けていく。
 入れ替わるように、次に予約していた局員が足早に入室してきた。
 ユーノの隣に佇むなのはが、静かに口を開く。

「ねぇユーノ君。フェイトちゃん、あれで良かったのかな」
「……フェイト、ちょっとだけ泣いてたけど、スッキリした顔をしていたよ。彼女自身が納得できたのなら、僕はそれで良いと思う」
「……そっか、そうかもしれないね」

 一泊の間。
 なのはがユーノ、そしてヴィヴィオへと優しく微笑んだ。

「ユーノ君、ヴィヴィオ。私達も行こっか」
「ん、そうだね」

 ちらり、とスネークが最後に立っていた場所へユーノは視線をやって、瞳を閉じた。

(……スネーク。君は悩み、迷いながらも、自分の信念を貫いていったよね。
 僕は君のお陰で、全てから逃げ出した自分を唯々傍観するだけの立場から抜け出す事が出来た。
 僕自身を信じ抜く勇気を持てた。
 スカリエッティも君との出会いで、少しは救いを得る事が出来たんじゃないかな。
 僕は、君がそうする事で影響を与えた物、君がいる事で変わっていった事を未来へ伝えていくよ。
 この僕を含めて、ね。
 それが僕があげた簡易デバイスだけでなく、君がこの世界にいた証として、『生命の残り香』としてこの世界に残り続けるんだ。
 ――スネーク、ありがとう)

 ユーノはゆっくりと瞳を開く。
 と、彼女の足元にいたヴィヴィオがなのはを引っ張るようにしながら駆け寄り、ユーノの左手を掴む。
 ユーノも笑みを深めて、きゅっと握り返した。

 ――感じるのは、確かな温もり。

「……よし。今日も精一杯、生き抜くぞぉっ!!」
「おーっ!」

 ゆっくりと、しかし着実に。

 歩みは刻まれていく。




[6504] 1+2−3=
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2010/01/15 18:29

 pipipi……


 pipipi……


 pipipi……


 pipipi……


 pipi



「はいはいこちらユーノ。クロノ、どうしたの?」



「ユーノ、スネークは!?」



「うお、どうしたの? スネークはもう帰ったよ、僕も今戻った所。あぁクロノ、見送り出来なくてざんね――」



「――いいか、ユーノ。スカリエッティについてだが……奴の死因は銃による自殺だった」



「え……? まぁ、そりゃあ、頭に銃弾を撃ち込んだら死ぬだろうね、当然さ」



「だが、検死で奴の体内からTNFεが検出された」



「なっ……どういう事?」



「……TNFεはFOXDIEの効果で発現する――」



「そんな事は分かってる! 糞……それで?」



「TNFεと心筋細胞のTNFレセプタが結合する直前の段階まで進行していた。
 ……スカリエッティに、FOXDIEが発動していたっ」



「……スネークのFOXDIEが、奴に感染して?」



「いや、彼のはシャドーモセス事件直前に注入されたものだ。その段階で奴が対象に入れられていたとは、考えにくい……」



「スカリエッティは、地球に行っていたみたいだ。メタルギアREXの技術情報なんかを手に入れていたし。
 だから、オセロットだっけ、その人と接触した時に何かあって、FOXDIEに感染させられた……としか考えられないよ」



「……ユーノ、それについてだが。アジトに残されていた記録によると、奴が最後に地球へ行ったのが、その……」



「……どうしたの?」



「――約七ヵ月前。……シャドーモセス事件発生の、翌日なんだ」



「なっ……じゃあ、一体…………?」





『LYRICAL GEAR』







[6504] エピローグ
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2010/01/15 18:12

 走る。

「ぜっ……ぜぇっ……」

 走る。

 前を向いて。
 腕を振って。
 がむしゃらに足を進めて。
 ただそれだけの、数分にも満たない単純な作業。
 それによって、老いた俺の全身は既に疲労困憊状態に陥っていた。

「ごほっ……ごほっ、ごほっ……はぁ、はぁ」

 息は既にすっかり上がってしまっていて、呼吸も辛い。
 頭に十分な酸素が送り込まれていないのだろうか、意識がぼんやりとし始めた。
 体重を支える両足が上げる金切り声も、もはや無視出来ないレベルにまで到達している。
 そう、ポンコツという形容が良く似合うこの弱り切った老体が限界を主張しているのだ。

 お前は既に限界だ。
 此処がお前の終着点なのだ、と。

「ぐうぅっ……!」

 拳を握り締めると同時、擦れた呻き声が口から漏れ出て。
 只でさえ走る速度の遅さは気に入らない程のものだったのに、少しづつ、確実に失速していっているのだから悔しさも拭いきれない。
 どれだけ急いでも、時間は待ってくれない。
 どれだけ嘆いても、体が朽ち果てていくのは止められない。

 それなのに、この命懸けの全力疾走を放棄して座り込みたくなる欲望すら湧き上がってきた。
 糞、と俺は奥歯を噛み締めて、その欲望を押さえ付ける。

 もういいんだ。
 もう止めてしまおう。
 君がこれ以上無理をする必要は無いんだ。

 そんな言葉の数々が口から漏れ出ぬよう、必死な想いで激情を堪える親友。
 俺の姿を見て、声には出さずとも憂いを見せるかつての上官。
 俺の変貌振りに哀しい好意を寄せる戦友。
 俺の体に振り掛かった運命と自身の罪を嘆く、俺が廃人にした男の妹。
 得体の知れない壮絶な何かに襲われ、闇に囚われた若者。

 そんな彼等を見るのは辛かった。
 それが全て俺自身に起因している事が堪え難かった。
 苦しむのは未来のある若者ではなく、俺だけで良い筈なのに。
 自分自身が世界を狂わせた元凶であるという事実。
 その絶望を絶えず突き付けられる苦しみは、数十年生きてきた中で一番辛いものだった。

 俺の居場所は無い。
 俺が居る時代は無い。
 俺には、残された時間はほとんど無い。

 だが俺は、まだくたばる訳にはいかない。
 まだ、戦わなければならない。
 俺には全てを一に戻す義務がある。
『スネーク』の全てを終着点へと帰結させ、そして消し去る責任がある。
 全てを放棄し、ベッドの上で静かに死を迎える等という選択は、俺には許されないのだ。

 勿論それは、とても困難で、壮絶で、孤独な戦いだろう。
 最後に待ち受けているであろう自分自身との戦いは、今まで経験したどんな戦いよりも凄まじい恐怖に満ちている筈だ。

 それでも険しい道程を経て全てを終える事で、親友達の世界と、未来へ繋がる希望が守れるというのなら。
 あの男のように死の間際で微笑を浮かべる事は出来ないかもしれないが、俺はきっと逝ける。
 きっと、歴史の闇へと還る事が出来る筈だ。

 だから、俺は立ち止まらない。
 立ち止まる訳にはいかないんだ。
 決意と共に、俺は老いた体を叱責して走り続ける。


 たとえ走る事も、歩く事すら出来なくなったとしても。


 俺は這い蹲ってでも、絶対に辿り着いてみせる。



 俺の、宿業の原点へと。



 エピローグ


「世界中に未だ根強い批判の声があるAIネットワークについて、ですか」


「ええ、そうですね。確かに、システムによる感情操作が倫理的でないという指摘も理解出来ます」


「ですが、そこまで忌み嫌うものでは無いとも思いますよ。例えば仕事で行き詰まっている時、コーヒーで気持ちを落ち着ける。煙草を一服する。
 言ってしまえばそんなものです。システムの介入で私がレイシストになる訳でもベジタリアンになる訳でもない」


「そう、その通り。むしろこれは感情の不均衡がもたらす害悪を軽減してくれるんです。――貴方の手元、そうそれ、二つ目の批判についても話は繋がります」


「『絶対悪である戦争を経済の主体にするのは暴挙という声も』――ええ、勿論私も戦争は反対ですよ。ベトナムの話を祖父から聞かされて育ちましたからね」


「ですが、ここでもう一度我々の主張を思い出して頂きたい。……これは『戦場浄化』なのです」


「例えば民間人への虐殺、略奪、強姦行為。少なからずシステム導入前には、それ等戦争にいつもついてくる汚物があった」


「はい。過剰な興奮による敵捕虜への暴力行為や、多くの軍規違反はどうしても消し去る事は出来なかった……今まで!」


「米国もイラクでは多くの醜態を晒していたんですよ。……ええ、戦争はなくならない。だとしたら、せめてそういう問題を解決出来るこのシステムを受け入れるべきだと思いませんか?」


「その通りっ、石油経済が後退していった今、長年抱えてきた懸案事項を解決し経済にも好影響を与えるという事実に目を向けるべきなのです!」


「この感情無きシステムは、感情無きシステムだからこそ救世主になりえたのですよっ!」


「辛辣な言葉ですが、反戦争経済派の方々は現実を理解していないとしか思えない!」


「石油枯渇がいよいよ現実味を帯び、我々が人工的に石油を生み出せない以上っ代替経済主体の創造は不可欠だ!
 貴方もそう感じませんかっ? 反戦争経済派の糞共――!
 ――……。……はは、失礼、そういった理想、空想主義の方々と接触する機会はいくらでもあるでしょう?」


「いやいや。はは、最近は五月蝿いのが多くて。ごほん……ええ、貴方みたいなまともな記者が相手だから舞い上がってしまいました」


「――そろそろ時間ですね。写真は? ……おお、そうですか、既に撮られましたか」


「こちらが許可したブロック内でしたら構いませんので気にせず撮影して下さい。ええ、お疲れさまです。それでは」


 ――。


 ――――。


 ――――――。


 疲れた。

 本当に、疲れた。
 人当たりの良い笑みを浮かべながら、好印象を与える相鎚を打ち続けるのがどれだけ大変か。
 何が『システムが人間を前世代の戦争から守る』だ、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
 ……糞、顔が強張ってしまう。
 感情を押し殺して、発言を纏めたメモをカバンへと押し込み、一息。
 すすす、と移動、外へと踏み出す。
 同時に兵士達が出撃していくのを眺め、堪えられずに内心で舌打ちする。
 そうして私は振り返る事もなく、その敷地内から早足で出ていったのだった。



 ――二十一世紀へ突入してから早、十数年。



 世界は、今日も平常運転で回っていた。
 国家や思想の為でも、利益や民族の為でもない戦争が繰り広げられている世界。
 金で雇われた傭兵部隊と、作られた無人兵器が行う不毛な代理戦争に満たされた世界。
 多くの人間達がそれを無意識の内に受け入れ、同時に依存している世界。
 それが私の住む世界の『平常』として定着していた。

 世界がこうも変わってしまったきっかけは、一体どこにあったのだろうか?

 あのアームズテック社が数々の無人兵器を開発した時?
 民間軍事請負企業――PMCが国連決議で承認された時?
 どこぞの経済評論家が皮肉で言った「戦争経済」という言葉が爆発的に広まった時?
 ID銃なんて代物が広く普及し始めた時?

 とんでもない。
 どれも正しい答えである筈がない。
 答えは簡単。
 私からしてみれば、そのきっかけは間違いなく一人の男に起因していると断言出来るからだ。


「……今回も、外したかぁ」

 足元の小石を爪先で軽く蹴とばしながら、一人ぼんやりと呟く。
 ここは南米の紛争地域に近い、非戦闘区域。
 私のようなしがない記者が何故人と砂埃でごった返す市場にいるかといえば、それなりの訳がある。
 私は、この世界を変えた張本人――だと勝手に確信している――である、一人の男を追っているのだ。
 その男の暗号名は、ソリッド・スネーク。
 誰もがその名を知っている、反メタルギア財団の一員。
 かつて世界を救った英雄、そして世界を破壊した犯罪者と呼ばれる男。
 正に、変わりゆく世界の歯車的な役割を持つ存在だ。

 思えば、私の人生における転機というのも、スネークの名が「シャドーモセスを救った英雄」として広まった時だった。

 2005年。
 アラスカの孤島、シャドーモセス島にある核兵器廃棄所を米国の特殊部隊が占拠した。
 首謀者はリキッド・スネーク率いる、ハイテク特殊部隊フォックスハウンドの現役隊員と、次世代特殊部隊の面々。
 アラスカで隠遁していた元フォックスハウンド隊員ソリッド・スネークは、テロを鎮圧する為に再び召喚され、その島へ単独潜入したのだ。

 曰く、ソリッドとリキッドが二十世紀最強の兵士の体細胞から作られたクローンだとか。
 曰く、遺伝子治療を施された兵士――ゲノム兵の存在だとか。
 曰く、二十一世紀を導く悪魔の兵器――核搭載二足歩行戦車メタルギアだとか。

 米政府が知られたくなかったであろう機密情報の数々が、スネークの活躍を記した本によって盛大に暴露されたのだ。
 事件に解決側として参加した経済アナリストが書き上げたその暴露本の発売直後は、スネークを英雄視する声も少なくなかった。
 事件当日の米軍の奇妙な行動。
 そして事件の存在を全否定しつつも辞任した、当時の大統領ジョージ・シアーズの事も世論を後押ししたのだろう。
 若くして大手新聞社に記者として勤めていた私も、生まれ持った好奇心によって、頭の中をソリッド・スネーク一色に染めていたのだ。
 それはもう、抱えている記事を全て放り投げ、スネークについて四六時中考える位に。

 その後私は米政府、ひいては世界の闇というものを深く思い知った。
 精力的にシャドーモセス事件関連でテレビに出演し、「論理的」に政府擁護を繰り広げる政府高官と、それを援護する番組構成。
 伸び続けるソリッド・スネークの罪状リスト。
 時間が経って気付いてみればその事件は無かったものとされ、事件を知る数少ない一般市民にとっても911における陰謀説と同じ位のネタ的存在へと変貌していた。

『テロリストが核ジャック、だって?
 ははは、貴方は熱心なハリウッド映画のマニアみたいですね。
 ええ、人間のクローンなんて「論理的」に考えれば存在しないし、勿論我々は遺伝子操作等という反倫理的な事は何もしていません。
 それでも下らない与太話を信用して我々を批判する者は、例外無く敵でしか有り得ませんよ!』

 米政府はそのような事を恐ろしい程に真っすぐ、ひたすらに主張し続けた訳で。
 効果は、絶大だった。

 噂によれば、私同様ソリッド・スネークの足跡を辿っていた記者も数人行方不明になっているらしい。
 記者達の身に何が起こったのかは、想像もしたくない。
 結果、スネークという存在に騒いでいたマスコミも鳴りを潜め、記者達の間でもスネークを英雄視する事はタブーとされたのだ。

 ――私を、除いて。

 私は、愚直なまでにスネークを追い続けた。
 たとえ新聞社を解雇されようとも。
 記者仲間が私の今後を心配し、スネークを追うなんて危険な事は止めろ、と忠告しようとも。
 しかしまぁ、2007年に原油を搭載したタンカーと共にスネークが海に沈んで死亡したというニュースを聞いた時からしばらくは、唯々落ち込んだのだが。
 自暴自棄になって安酒に溺れた事は、今も尚鮮明に記憶している。
 それでも、その後二年弱もの間は新型メタルギア等、事件の裏を必死に洗っていたのだ。
 事件からいくら時間が経っても流出した原油の回収が一向に終わらないという、不穏な空気を頼りに。
 不可能を可能にする男が、そう簡単にくたばる筈が無いと信じて。
 そうして私は、この目でスネークを目撃した。

 2009年。

 死んだ筈のスネークの名を語るテロリストが、海洋除染施設を占拠したあの事件で。
 ナビゲーション・ソフトウェアのエラーによる暴走とやらで海軍の巨大戦艦がニューヨークに突っ込んだ、あの日に。
 私は、見たのだ。
 一般人からは、惨事に駆け付けた特殊部隊の軍人に見えたであろうその姿を。
 トレードマークとされる長いバンダナの下に力強く光る、あのどこまでも真っすぐな瞳を。
 あ、と声を上げた時にはその姿は人込みの中に消えてしまったのだが、それ以来私はスネークの追跡に全力を注ぐ事になった訳だ。

 結局の所、テロリストはソリッド・スネークではなかったと公表された。
 軍が自国に被害を及ぼしたその事件は、米軍による他国への表立った軍事介入を抑制するのと同時、世間にスネークの死をさらに強く印象付けたのだ。
 そんな訳で私は一人寂しく、PMCが台頭し始め、少しずつ変わりゆく世界をスネークを追う為に廻り続けて。

 ――今に、至る。

 世界は変わった。
 戦争も。
 世界体系も。
 そして、人々の考えさえも。

 例えばの話だが、スネークの名前を先進国の街中で出してみたとしよう。

「ああ、あの世界的犯罪者か」
「確か原油積んだタンカーを沈めたテロリストだったよね?」
「でも、もう随分前に死んだんだろ」

 等々、否定的な言葉が軒を連ねて返ってくる。
 今や、スネークを「伝説の英雄」というかつての呼び名で呼ぶ人間は一握り――いや、私だけかもしれない。
 シャドーモセスという島の名前を知っている人間ももはや絶滅危惧種レベルの数だろう。
 もしそれをインターネット掲示板上で喚いたとしても、

『そもそもシャドーモセスとかいう島が載ってる地図なんてねーんだよボケ、ソースも出さずに脳内妄想語るな死ね粕、はい論破』

 こういった一見説得力のある書き込みで、瞬殺される事は間違いない。
 はぁ、気が滅入る。
 ――そういえば、軍事的な理由とやらで地図から削除されているその島には、解体もされていない核弾頭が未だに放置してあるのだろうか?
 元々は核廃棄施設だったのだし。

 ……ともあれ、スネークが所属するNGO団体はここの所メタルギア関連の活動を行っていない。
 一般人からすれば、肉体労働専門だったスネークが死んだ以上、ちっぽけな団体に出来る事は無いと考えているのだろう。
 しかし、私はスネークの生存を信じている。
 時折耳にする「PMCの経営者を暗殺者が狙っている」という噂があったからだ。
 その経営者の名は、通称リキッド・オセロット。
 シャドーモセス事件における首謀者だった男とその腹心の男の名が混じったそれは、私にとって偶然とはとても思えなかった。
 私はもはや、それに縋るしかなかったのだ。
 スネークが暗殺者でなかったとしても、PMCという組織の奥に何かしらの手掛かりがあると踏んだ訳である。
 だが、その暗殺者がどこにいるかは私に分かる筈もない。
 となれば、経営者の居場所を追っていくのが一番という事で。
 戦争経済のカモとされ、経営者がいるという情報を掴んだ私は此処、南米にいるのだ。
 しかしというか、やはりというべきか、今も芳しい結果は得られていない。
 経営者は中東にいるという情報もあっての事だったので、賭けは外れてしまったようだ。
 少しばかりどころか、存分なまでの手痛い失敗に、吐き出す溜め息も深い。

 と、服を引っ張られる感覚によって、意識が現実世界へと戻ってくる。
 活気溢れる市場の通りを歩く私の目の前には、一人の少年。
 乾いた風が引き寄せたのだろう七、八才位のの少年は、小さな手をずいっと私へと差し伸べていた。

 ふむ。

 友好を示す握手を所望していないのは明らかで、恐らく目的は異邦人である私のポケットの中身。
 私は砂埃に塗れたポケットを弄った。

「すまないが、これで我慢してくれ」

 喧騒に掻き消されないよう、強めに声を出して。
 少年の手の平にそっと収めたのは、赤いビニール袋に梱包された飴玉二つ。
 ちなみにどちらもアップル味ではなくマンゴー味。
 少年は明るい笑顔を浮かべ、私のプレゼントを受け取ってくれた。
 飴玉を手にたたた、と駆け出していくその姿に、少しばかり苦笑。

 ――もしも私が新聞社で記者を続けていたら、どうなっていたのだろう?

 きっとこの位の子供と、美人とは言わなくても気が利く優しい妻がいる筈だ。
 一戸建ての家を建て、日々平々凡々に暮している事だろう。

 同時に、ゾゾゾッと背筋を震わせる。

 そこにいる自分自身が、後悔に満ちた表情を浮かべている姿を想像したからだ。
 その地獄を考えれば、中年の男が同じく中年の男を何年間も追い回しているこの腐った現状もいくらかはマシに思えるかもしれない。
 スネークを諦めなかった若かりし頃の自分、お前は素晴らしい決断をしたよ。

 思えば私はモセスの真実発売直後からいる『スネークを追う者』の中では、恐らく貴重な生き残りだ。
 表向きは小さな通信社に所属する『まともな記者』なのだが、それでも足が着くこともなくここまでやってこれたのも一種の奇跡。
 PMCに対する風当たりが良い社を選んだのは正解だったようだ。
 まぁまだまだ人生は長いのだ、前向きに行こう。
 PMCへのインタビュー記事の原稿や、システムの優秀さを示す写真データも纏めて社に送ったし、経営者の足取りについてもう一度――

「――ん?」

 ふと、怒鳴り声が聞こえた。

 少し離れた場所で、男が血相を変えて何か捲し立てている。
 ……喧騒の所為で聞き取れない。
 が、男の異常に誰もが気付き始め、注目を集め始めていた。
 彼のどす黒い服装は、血で染められた物だったのだ。

 次いで、日常では聞く事の無い異質な音。
 何だろう、と空を見上げる。
 視界の隅を何かが横切った気がした。
 辺りを見渡し、先程の少年を見付ける。
 立ち止まる少年や、辺りを見渡している周りの人間を見ると、幻聴では無い事は確実。
 どくん、どくん、と心臓が高鳴る。

 知っている。
 私は、耳に飛び込んでくるその音の正体を、知っているぞ。

 しかし、それは認める事は出来ない。
 何故ならそれは、こんな所で見る事なんて有り得ない、存在していてはいけない異邦者なのだから。
 違う。
 違ってくれ、頼む。


 ――死神のお通りか。


 いつか、どこかで聞いた台詞が脳内を巡って。
 私の視線の先、飴玉を握り締める少年が空を仰いだ、その時。

 轟音と共に、地面が揺れた。

 少年が立っていた場所に、物凄い量の砂埃が撒き散らかされ。
 私を含め、その場の人間達の思考が異常事態を受けてフリーズする。

 平和な市場へと勢い良く降臨したのは、どこまでも気持ちの悪い「脚」だった。

 アーヴィング。

 アームズテックが作り出した無人兵器。
 戦車以上の実動数を誇る、今時の戦場の代名詞がそこにいて。
 砂埃が収まるも、少年の姿はそこにはもう見えなくなったいた。

「――うわあああぁぁっっ!!」

 湧き上がる悲鳴と同時に、次々とそのおぞましい殺戮兵器達が降り立った。

「に、逃げろぉっ!」

 その声を皮切りに市場はたちまち、阿鼻叫喚の地獄絵図に変貌。
 棒立ちだった私はようやくハッとして、逃げ惑う人々の背中を追うように、震える足を叱責して駆け出した。

 死にたくない。
 まだ死ぬ訳にはいかない。
 でもこんな奴等を相手にどうやって?
 誰か助けて。
 怖い、怖い、怖い。
 頭の中を絶望的な悲鳴が目まぐるしく駆け巡る。

「どっ……どうなってるんだ!?」

 叫ぶと同時、牛とも豚とも言えない奇妙かつ恐怖心を煽り立てる鳴き声を背中に受けた。
 動画越しにしか聞いた事の無かった咆哮が、腹の奥を揺らす。
 合わせてすぐ傍の店が弾け飛んで、周りの悲鳴が強まる。

「……な、ぜっ?」

 ふと。
 頭の中に、一つの疑問がこびり付いた。
 これだけ心拍数が上がって、息も切れているのに、その疑問は警報を鳴らすように語り掛けてくる。

「げほっ――何故、こ、こに?」

 此処にこのデカブツが投入される筈は無かった。
 この異常な投入数は戦争経済の恩恵を受けられるとは到底思えない。
 そもそも、AIに統制されたその無人兵器は、罪の無い非戦闘員を傷つける事は有り得ないのだ。
 システムの管理下で「倫理」を守り抜く事によって戦場での虐殺や人権侵害を減らす、所謂「戦場浄化」こそが彼等PMCの大義名分なのだから。
 戦争経済に反対している平和団体への殺し文句として定着してる位だ。

 ……ならば、何故?
 何故、此処に大挙して押し寄せた?
 何故、PMCの基本理念とは正反対の行動をとっている?
 必死に巡らせる思考の中で、辿り着く答えは一つだけだった。

「……利益をっ、損なってでも投入するだけの価値がある、ゴホッ、『何か』! ――『何か』が此処にあるっ?」

 確証はなくとも、確信は既に根付いていた。
 PMC連中の目当てである『金銭的利益ではない何か』とは、何なのか?
 それだけ重要なものなのか?
 走りながらもその答えを探す私の視界に、飛び込んでくるものがあった。


 一人の、老人。


 妙なスーツを纏ったその老人はバンダナを揺らしつつ、時代の流れに逆らうかのように人並みを掻き分け市場の中心部へと駆けていた。
 当然出口へと走る私とすれ違い、その距離はどんどん開いていく。

 ……なんてこった。

 開いた口が塞がらない。
 まさか、そんな訳はない。
 だって、彼はまだ四十代の筈。
 あの老人が「彼」である筈が無いだろう。

 ……けれど。

「く、そぉっ!」

 急ブレーキと共に、反転。
 私は自らの直感を信じて、逆走を始める。

 ――あの瞳の光を、私はよく知っているんだ。

 皺だらけの老人に劣る程運動神経が良い訳ではないが、なんせ足場が悪い。
 建物の残骸や、市場の商品だった物が散らばっていて、老人を見失わないようにするのが精一杯だ。
 見るのが初めてでないとはいえ、死体を直視しないように駆ける。
 ともかくパパラッチばりの必死さで追跡してみれば、アーヴィングが老人を狙っているのは傍目にも明らかだった。
 事実、目の前のアーヴィングも、すぐ近くの私には目もくれずに老人を追い掛けているのだから。
 と、老人の前方にいたアーヴィングがしゃがみこんだ。
 同時にガガガ、と頭部に備え付けられた機銃が火を吹く。

 老人は遮蔽物を巧みに利用しつつ、それをギリギリの所で避けていく。
 間髪入れずにもう一体が唸り声を上げ、老人へと突進。
 やはり老人は華麗な横ローリングを決めて回避、何事も無かったかのように疾走する。

 只々、恐ろしい。

 たった一人の人間を倒す為だけに、ここまで力を注ぎ込むなんて。
 それでも老人はその事態をあらかじめ把握していたのか、その後ろ姿に恐怖は欠片も感じられない。

「……凄い」

 そう口にした私はそこでようやく、高揚感が体中に満ち溢れている事を自覚した。
 尋常ではない手汗をズボンで拭う。
 ……恐らく今私の体内では、恐怖よりも期待が先行している。
 私はきっと、彼が「あの男」である事を望んでいるのだ。

 ――もし、彼が本当にスネークなのだとしたら、私は彼に確認しなければならない事が山ほどある。
 シャドーモセスの真実の、真実。
 米国から、世界中から否定された歴史の闇。
 私が約十年間追い求めてきた物全てを、確認する。
 そうして、彼の答えに満足した私は、言ってやらなければならないのだ。

 やはりあんたは、伝説の英雄だったんだな、と。
 
 だから、逃がさない。
 逃がしてたまるか。

 走る事数分。
 私はヘロヘロになりつつもやがて視界の奥、広場にヘリを確認した。
 今にも飛び立ちそうなヘリは、ずっしりとしたローター音を響かせている。
 操縦席から大きく手招きしている男と、ヘリへと乗り込んでいる女性。
 ……成る程、あれが老人のゴールという訳だ。
 と同時に、一体のアーヴィングが老人の横方向から飛び出してきた。
 一人の人間にするには過剰としか言い様が無い殺人キックをお見舞いしようとしていたのだ。

「危ないっ――『スネーク』!!」

 反射的に飛び出していた叫び声は、老人に届いたのだろうか。
 ともかく、老人は直ぐ様前方へと飛び込んで、アーヴィングの攻撃を回避した。
 その老体からは想像出来ない反射神経だ。

 しかし、そこで異変が起きた。
 直ぐ様立ち上がろうとした老人が、再び地面に崩れ落ちたのだ。
 まるで、今まで当然のように存在していた世界が、突如崩壊したかのように。
 咳き込んでいるのか、その老体は大きく揺れている。
 何か病を患っているのだろうか、等と思考に暮れる余裕は無かった。
 首に注射器らしき物を押し当てている老人の前に、アーヴィングが立ち塞がっていた。
 無人兵器からしたらちっぽけ過ぎる足元の老体を踏み潰すつもりなのだろう。
 老人に避けるだけの余力も時間もなさそうなのは傍目にも明らかで――!

 不味い。
 不味い。
 マズいっ!

 ――助けなければ!

「な、何か、何かっ!」

 老人を見殺しにするという選択を一瞬でかなぐり捨てて、荷物を漁って。
 私はみすぼらしい所持品の中、一番大事で、一番堅いであろうカメラを手に、無謀にも振りかぶった。
 一瞬でもこちらに意識を向けられれば、老人が助かる可能性はグンと上がる筈。
 それがこのカメラの価値と比べて、どれだけ重要な事であるかは考えるまでもなかった。

 ――だが、間に合わない。

「くそおぉっ!!」

 唸り声を上げたアーヴィングが勢い良く足を上げて――



 時が、止まる。



「……ぇ、ぁ?」

 そこにいる複数体のアーヴィングは皆、停止していた。
 いや、させられていた。
 それぞれの体中に光が走っているのだ。
 淡い緑色に光るその鎖はまるで――蛇。

 とても、幻想的だ。

 これは夢なのだろうか。
 ぎぎぎ、と抵抗を続けながらも全く動けずにいる最新の無人兵器達は、自身の構造故に機銃を足元の老人へ向ける事が出来なくなっている。
 遠くに人々の悲鳴とヘリのローター音がある中、そこに奇妙な静寂が生まれ。

 それを打ち破る声が、青空に響き渡った。


「……やっと、八年前の約束を果たせる時がきたね」


 スタリ、とまるで天使のように悠然と大地に降り立った、一人の青年。
 ハニーブロンドの長髪をリボンで纏めた一見普通の青年は眼鏡を押し上げると、柔和な笑みを浮かべる。

「――やぁ、助けに来たよ。ソリッド・スネーク」

 呆然としている老人同様、カメラを振りかぶったまま唯々立ち尽くす私。

 あぁそうか、分かった。

 分かってしまった。

 私はたった今。

 遂に、私の知らない世界へと――「スネーク」の重力圏内へと踏み出したのだ。




[6504] 後書き
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2010/01/15 18:33
 リリカルギアはこれにて完結となります。

 エピローグは次回作のプロローグっぽく見えるような気もしますが、やはりエピローグです。
 今度はリリカル側が、最後の戦いに臨むスネークを助ける為に地球へ飛ぶぞ! みたいな。
 少し妄想を広げてたりします。

 さて、携帯からちまちまと書き始めたのが2008年の七月位で、別所に投稿し始めたのがその七月末。
 恐ろしいですね、一年以上過ぎてしまいました。
 とは言っても、その年の十二月に十六話を書き終えていたという事を考えれば、2009年は一体何をやっていたんだという話なんですが^^;
 まぁそこは皆様も想像しているのかもしれませんが(感想掲示板にも書きましたが)、
 納得いかない部分をごっそり書き直してたり、リアルの生活が響いて執筆時間が取れなかったり、熱を失って別の事にハマってたり等々です。
 情けないですね、持続性の無さが伺えますね。
 ともあれこんな私がなんとか完結まで持っていけたのはやはり、皆様のたくさんの支援があったからこそです。
 応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。
 コメントも物凄く励みになりました。

 そもそもこの作品を書くきっかけになったのは、MGS4発売。
 プレイして感涙にむせび泣き、それに合わせて歴代MGSをプレイして同様にボロボロ泣きました。
 そんな中MGS2ラストでのスネークの長台詞を聞いて「どうにも雷電へ言ってるようには聞こえないな」と、改めて思ったんです。
 そして多くの人が抱いたかもしれない、「MGS1と2でスネークのキャラがめちゃくちゃ変わった、豹変した」というのをその時思い出しました。
『きっとこの長台詞は、MGS1から2にかけてスネークが自身で理解した時に言った台詞なんじゃないかな』と。

 ソリッド・スネークとは何者なのか。
 何の為に戦うのか。
 未来に何を伝えるのか。
『この時点の』スネークがそれらの答えについてどう結論を出したのか、MGS1と2を繋ぐ話として書いたつもりです。
 途中サウンドステージによって許可があれば質量兵器も使える云々の設定が出てきて動揺もしましたが、一応構想通りに連載を終える事が出来て安堵してます。

 この作品を読んで、素直につまらないと思った方も大勢いるでしょう。
 展開が早い事や空気扱いのキャラがいる事に違和感を覚えた方も多いかもしれません。
 それでも、少しでも「面白かった」「良作だった」と思って下さる方がいるのなら、私としては書いて本当に良かった! と嬉しい気持ちで一杯になります。

 気が向いたら需要の無さそうな後日談や時系列バラバラな番外編、又は他作品でもちまちま書いていこうかなと思います。

 そんな訳で、最後にもう一度。
 この作品に長い間付き合って下さった皆々様、本当にありがとうございました!



[6504] 番外編「段ボールの中の戦争 ~哀・純情編~」
Name: にぼ◆6994df4d ID:bd132749
Date: 2009/02/23 20:51

『これを読んでいる貴方も既にご存じかもしれないが、ミッドチルダでは最近とある噂が流れている。
 噂はこう言っていた。
 歩く段ボールを見たら死ぬ、と。
 それを見たと騒いだピザ屋の店員がその二日後に交通事故で亡くなって(哀悼の意を表する)出来た噂だ。
 それを聞いた私は誰よりも早く段ボールの悪魔をUMA(未確認怪奇生物)だと確信し、ピーナッツバターとカメラを手に実態を捜索した。
 きっと段ボールの中は身の毛もよだつ怪物が潜んでいるに違いない!
 そう信じて行った丸々二日間もの捜索の末、手ぶらの上に泥塗れになって帰ってきた私を記者仲間は「馬鹿じゃないか?」と嘲笑した。
 そんな噂は記事どころか酒のつまみにすら成り得ない、と。
 私は余りの悔しさに、溢れる涙で枕を盛大に濡らす事となった。
 しかしその直後から世間は、ピザ屋の店員が段ボールの悪魔を見たとされる場所付近を初めとして起こった異変に気が付き始めた。
 蛇や鼠や鳥、果てには魚介類まで様々な動物の死骸が発見されたのだ!
 恐るべき事にどれも喰い荒らされたものばかりで、それが何日もの間場所を変えて続いた。
 その哀れな動物達は恐らく、人間のいない時間帯に段ボールの悪魔を目撃してしまった所為で捕食されてしまったのだろう。
 私は段ボールの悪魔の存在を確信した。
 当然噂にも拍車が掛かり、記者仲間の糞野郎も手の平を返してゴシップ集めに乗り出した。
 
 そしておおよそ二週間、管理局をも巻き込んだ騒動の末!
 
 ……段ボールの悪魔は捕まえられるどころか確認すらされず、気付けば動物の死骸が発見される事も無くなり、事件はようやく鎮静化した。
 何が言いたいかって?
 私を馬鹿にした記者仲間にこう言いたいのさ。
 「お前こそ馬鹿だったじゃないか?」とね。
 ちなみに私は今現在もこの悪魔を捜索している。
 何か情報があったらギガ・サプライズのマクゴールデン宛によろしくお願いしたいものだ。
 お礼に我が家に有り余っているピーナッツバターを喜んで差し上げたいと思う――』

新暦三十八年八月 雑誌『ギガ・サプライズ』 チャーリー・マクゴールデンの記事より抜粋。


リリカルギア番外編「段ボールの中の戦争 ~哀・純情編~」

古代遺物管理部機動六課。
そこの部隊長八神はやては部隊長室でのんびりコーヒーを啜っていた。
忙しい時はとことん忙しくなる機動六課では、休める時に休んでおかなければ体が持たないのだ。
只でさえ、事務関係の仕事は山ほどある。
新人達にも思う存分訓練に明け暮れてほしい所だが、それも難しいものがある。
そして、おおよそ十五分しか経っていないはやての休憩時間は涙目のルキノに潰される事になった。

「……どないしたんや、ルキノ?」

内心で溜め息を付くが、大事な部隊員の為。
何でもない風を装って、頼れる部隊長に戻る。
これを、とルキノが震えた声で机に勢い良く叩きつけた雑誌を目で追う。
随分と年季の入った雑誌だ。

「何々……『悪魔は確かにいた!』か。物騒なタイトルやな」

ずず、ともう一口コーヒーを飲み込む。
はやてはひんやり冷たいアイスコーヒーを味わいながら記事を読んでいく。
曰く、段ボールが勝手に歩いて大騒動。
結局確認は出来なかったらしい。
どこかで聞いた事がある話だ。

「『それ』を昨日の昼間に隊舎の外で見ちゃったんです! 私、私っ死んじゃうんでしょうか!?」

んなアホな、と内心でぼやくが、目を真っ赤に腫らすルキノの様子は至って真剣だ。
わざわざこんな古い記事まで持ち出してくる行動力には感服させられる。
はやては何度か頭を振ると、卓越した推理力によって犯人をものの数秒で特定した。
――どう考えてもあの男、ソリッド・スネークの仕業だろう。
記事は四十年程前の物なので何ら関係は無いだろうが。
思えば、初めて出会った時からスネークは段ボールを被っていた。
そんな事を部隊員に話すのもどうかと思っていたし、無闇に被らないという約束もスネークとしていた。
そんな訳で、知っているのはその日にいたメンバーだけである。
即ち、ヴィータを除く隊長陣とシャマルとリイン、そしてユーノだけだ。
だからスネークが異常な程、段ボールに執着している事を知っている人間は少ない。
話さずにいた事が裏目に出たかもしれん、とはやて一人ごちて立ち上がった。

「安心しぃ、ルキノ。私が解決したる。……約束を破る愚か者は――」

――粛正やっ!!

貴重な休みを阻害させた原因、変質者ソリッド・スネークへの怒りを胸に、はやては駆け出した。



休憩所。
そこにいるのは美味しくタバコを吸うスネークと、エリオの二人だけだ。
エリオの肩に乗っている美味そうな小龍はあえてカウントしない。
どうやら風呂上がりらしく、エリオの体からほかほかと湯気を立ち上っていて、シャンプーの香りが漂っている。
そして机の上には、色とりどりの包装紙に包まれたお菓子の山。
新人達で食べる予定なのだろう。

「皆、なかなか来ないんですよね……」

お菓子に視線をやり、ポツリと呟くエリオ。
スネークは不適な笑みと共にエリオの肩を叩いた。

「……エリオ、女の長風呂には慣れておく事だ。その『先』を楽しみに待ちながらな」
「はい、皆とお話しながらお菓子を食べるの好きなんですけど、やっぱり毎回待ち惚けですから……頑張って慣れます!」

屈託のない笑顔でエリオが言った。
そういう意味で言ったのでは無いのだが、やはり十歳には通じなかったか。
まだまだ若いな、と口からそんな言葉を溢すと、目の前の少年はすかさず目を輝かせた。

「え、と。スネークさんが前に言ってた大人の遊びって奴ですか? タバコはフェイトさんからきつく止められちゃったんですけど、他に何があるんですか?」

興味深々といった様子。
さすがに青少年に女性との一時について熱く語るつもりは無いが、大人の特権等思い浮べればいくらでも出てくる。
スネークはニヤリと笑って、休憩所備え付けのトランプを取り出す。

「例えば、気のしれた仲間とやる賭けポーカーなんて最高だぞ。タバコを吸いながら思考を巡らすのは刺激的だ。何ならルールを――」

ひょい。
みしみし。
ばき。

「フェイトさん!」
「――やぁ、フェイト」

エリオが嬉しそうに声を上げる。
対してスネークは、にこやかに微笑むフェイトに緊張と共に挨拶をする。
何という事だろう。
スネークの手の中にあったトランプはフェイトによって瞬時に奪われてしまった。
ちょっと強く握りすぎちゃった、とフェイトがトランプのひび割れたプラスチック容器を見ながら呟くの聞いて、タバコを取り落としそうになる。

「スネークさん、私言いましたよね? エリオに変な事を吹き込まないで下さいって。ね?」
「あー、すまない、悪かった。反省している」
「……もぅ」

こういう時に言い訳しても無駄だろう。
平謝りするスネークに、フェイトは不機嫌な表情で唸る。
そして、何か思い付いたかのようにスネークへ向き直った。

「スネークさん。貴方、お酒はどれくらい飲みますか?」
「浴びる程飲むな」
「……賭けポーカーは?」
「最近はやっていないが、ユーノにはいくらか貸しがある。俺は結構強――」

スネークが言い切る前に、フェイトは光の速さで動いた。
フェイトはエリオを抱き寄せると、まるで親の仇のようにスネークを睨み付ける。

「酒、タバコ、ギャンブル……典型的な駄目大人じゃないですか!」
「なっ、なんだって? 俺は……!」
「ニコチンの摂取、止められますか!?」

――駄目だ、俺には出来ない。
呆然と呟くと同時に、納得する。
ギャンブルや酒はともかく、タバコを取り上げられたら干からびて死んでしまうだろう。
やはり、出来ない。
スネークが気力を減衰させていると、突如休憩室の扉が開き、甲高い声が響いた。

「そう! 約束も守れないニコチン中毒の変質者には粛正をっ!」

湧いて出てきたのは、部隊長のはやてだ。
そしてその後方、休憩所入り口には新人達三人と、なのは・ヴィヴィオの親子、涙で目を赤くさせたルキノがいる。
ああ、今日は特に賑やかだ。
もう慣れきってはいたが、やはり溜め息を漏らすスネークだった。



「俺は知らん!」

休憩所に、スネークの悲痛な叫びが響いた。
他の隊員達はこの部屋の名の通り、休憩を満喫していた。
はやては、眉を顰める。
この男は、ルキノが段ボールを見たとされる時間にアリバイが無かった。
それでも認めるつもりは無いらしい。

「とぼけないで下さい、昨日段ボールを被って隊舎の外を歩いていたでしょう!」
「知らん! 本当に知らん!」

ええい、強情な。
ルキノは心配そうに様子を伺っているが、他の部隊員は我関せず、といった様子だ。
だが、こんな事は小学生でも簡単に推理出来る。
どう考えても、スネーク以外に有り得ない。

「この部隊に、いやぁっ! この世界に段ボールを好き好んで被るような人間はスネークさん以外におらへ――」

――スネーク!

はやての叫びを遮る声と共に、男が乱入してくる。
そこに現れたのは、余りに意外な人物。
ああ、すっかり忘れていた。
段ボールを被る男はスネーク以外にもいたのだ。
そのハニーブロンドの髪と無限書庫司書長の肩書きを持つ男の名は、ユーノ・スクライア。

「ユーノ君、どうしたの!?」
「ユーノさんっ!」

なのはが頬を染めて嬉しそうに声を上げ、ヴィヴィオが満面の笑みで駆け寄る。
ユーノはヴィヴィオの頭を撫でながら、興奮覚め遣らぬ面持ちでスネーク達へ向き直った。
スネークがそこにいる誰もが思っているであろう疑問を口にする。

「ユーノ、昨日通信で話したのにわざわざどうした」
「いや、ちょっと時間が出来たから。それよりスネーク、見てくれっ!」

ユーノは素早く休憩所から立ち去ると、数秒で戻ってくる。
わざわざ六課に来てまで見せたい物は――

「――なんや、段ボールやないか」

大した物でもない。
なのはだけは呆れたように溜め息を付いていた。
そして、スネークの反応は火を見るよりも明らか。

「ほぅ、段ボールか。……っ! こ、これはっ!?」

ぽとり。
タバコがスネークの口からあっけなく落ちた。
スネークは慌ててそれを拾い携帯灰皿に突っ込むと、驚愕をありありとその顔に表しながら段ボールへと駆け寄った。
はやては、その様を呆然と眺める事しか出来ない。

「二層か。厚さは……十一ミリ。強化段ボールだな!?」
「その通り!」
「……大きさもちょうど良い」

こんこん、と滑らかな動作で段ボールをノックするスネークに、はやては口元を引きつらせる。

「悪くない。堅さもまるで鋼のようだ。手触りも……良い」

スネークはまるで愛玩動物を扱うかのように段ボール表面を撫でる。
続いてゆっくりと段ボールを持ち上げると、感嘆の息を吐いた。

「さすが、軽い。……むっ、外ライナーと内ライナーに使われているのはやはり――」
「もち、バージンパルプさっ!」
「――素晴らしい。一般段ボールの十倍もの耐圧縮強度を誇るというのは本当のようだな。……ユーノ、これ程の物、良く手に入れたな!」
「全くの偶然だよ。重量物の運搬に使われる所を頑張ってなんとか二つ貰ってきたから、慌ててここに来たのさ」
「ハハ、これをそんな用途で使うのは余りに勿体無いな。……ありがたく貰う事にしよう」

マシンガントーク、という言葉がはやての脳裏によぎる。
よく分からない単語が飛び交っていたがはやては気にしない事にして、スネークを再度睨み付けた。

「やっぱりどう考えてもスネークさんやないですか! ……もうええ」

不毛な言い合いだ。
これ以上話していても時間の無駄。
スネークから強化段ボールとやらを奪い去る。

「没収っ……! 没収やっ……!」
「なっ……」

勘弁してくれ、とスネークの嘆く様子に頭が痛くなるのを感じる。
いい大人がおもちゃを取り上げられた子供のようにヘコむんやない、と聞こえぬように毒付いた。

「はやて、本当に俺は知らないんだっ」
「問答無用。これは処分させて貰います」

求めるは、果てない猛省と自省。
しかし、処分という言葉にユーノとスネークが猛然と食らい付いた。

「処分? 処分だとっ!? どうするつもりだっ!!?」
「はやて、あんまりだよ!!」
「うっ……」

余りの剣幕に押されて、一歩後ずさる。
この男達、たかが段ボールの為に何故ここまで頑張れるのか。
たじろぐはやて。
憮然とした表情で抗議を続けるスネークとユーノ。
小さな少女の手が、おもむろに上がった。
ヴィヴィオだ。

「じゃあ、わたしがもらってかぶるっ」

寄り添っていたなのはが苦笑の元、ヴィヴィオの頭を撫でた。

「ヴィヴィオが被る物じゃないよー」
「でもユーノさん、まえにかぶらせてくれたよ?」
「……ふーん」

爆弾発言。
冷や汗と共に見る見る萎縮していくユーノ。
なのはが俯いた。

「……ユーノ君、ヴィヴィオに何を吹き込んでるの?」
「いや、なのはこれはっ!」
「骨董品については理解できるけど、段ボールは周りを巻き込むのやめてって言ってるのに……」
「なのは、ゴメンっ、なのはっ!」

――ちょっと、お話しようか。

そう呟いたなのはに、ユーノはどこかへと連れ去られた。
ユーノに負けず劣らず冷や汗を流すはやては、引きつった笑いを浮かべてヴィヴィオに尋ねる。

「なぁヴィヴィオ。昨日も、段ボール被ってたん?」
「うん、たのしかった!」

太陽のように明るい返事が返ってきた。
スネークが無言ではやてから段ボールを取り戻し、鋭い視線をやる。

「はやて、俺じゃなかったな?」
「ちゃ……ちゃうねん! 私は涙を流す部隊員を想って……!」
「冤罪に対する謝罪の意は無いのか」

さも大事そうに段ボールを抱えるスネーク。

ごほん。

自分でもわざとらしいと思う咳払いの後、はやては出口へと体を向けた。

「――むむむ、時間が! じゃあ、私はそろそろ仕事に戻ります。部隊長はほんま忙しいわぁ」

撤退。
決して敗走では無い事は断言させてもらう。
背後から痛々しい視線を感じるが、気のせいだろう。
ああ、今日も機動六課は平和だ。




「ご機嫌ですね、スネークさん」
「ああ、冤罪と分かった事だし、こんな良質の段ボールは久しぶりだからな。……どうだティアナ、被ってみるか?」
「え、えーと、任務で敵を欺けるのは凄いと思いますが……その、私生活で被るのは……」
「……そうか」
「……あれ? でもそういえば、ルキノが歩く段ボールを見た時間って、ヴィヴィオはなのはさんとお散歩していたような。……まぁ、いいか」

段ボールの悪魔は確かにいた。



[6504] 番外編「充実していた日々」
Name: にぼ◆6994df4d ID:e9c4bb79
Date: 2010/02/15 19:57
『こんばんは、リアル10ニュースの時間です。
 米国マンハッタンの現地時間未明、原油を積んだタンカーが沈没しました』

 高町家に、滑らかにニュースを読み上げる声が響いた。
 談笑を遮る形でテレビを付けたのは、僕だ。
 だって今日は、一週間に一度の楽しみなのだから。

「ふむ、事故かな?」
「結構大きなニュースだね」
「原油……大変ねぇ」

 それぞれ一言感想を述べる親娘達。

「えーと、チャンネル回してもいいですか?」
「どーぞ、どーぞ」
「どうもー」

 見たいのは、ローカル番組のニュースだ。
 何故ならば。
 今付けている放送局では、僕の親友――スネークが扱われる事はほぼ、ない。
 合衆国の圧力があるとかなんとか噂があるけれどともかく、僕の知ってる限り、
 スネーク寄り、つまりまともにニュースとしてスネークを扱うのはその番組だけ。
 タンカー沈没ニュースも少しは気になるけど、優先順位には逆らえない。 

 そんな訳で、申し訳ないと思いつつもそのままチャンネルを変えようとして――

『当初は衝突事故との報道もありましたが、あのフィランソロピーのソリッド・スネーク容疑者によるテロ事件だと米政府が発表し、今後一層騒動になると思われます』

 ……今、聞き慣れた名前が聞こえた気がする。

 いやいや、幻聴だろう。
 そうに違いない。
 気のせいだね、うん。
 僕も疲れが溜まってるのかな。
 今度、なのはとヴィヴィオと温泉にでも行こうか。
 気を取り直してチャンネルを変えようとして。
 画面の中で、カメラの前をスタッフが素早く駆け抜ける。
 そのままアナウンサーの女性へと紙を渡し――。

『はい――え!? ……え、あっはい、続報です。米政府の発表で、先程スネーク容疑者の遺体が発見、収容されたとの事です。
 繰り返します。米政府の発表で、スネーク容疑者の遺体が発見、収容されたとの事です』


 ――な。


 な、


 な、


 な、



「なんだってーっ!!?」



 番外編「充実していた日々」



 住めば都、なんてことわざがあるけれども、とても的を得ている。
 僕のいるこの部屋は……あまりに『綺麗』だ。
 前にねぐらにしていたあそこと違ってきちんと整理整頓されているから、とても広々と感じる。
 勿論埃が目に見えて積もっている所も無いし、小虫の気配も全く感じられない。
 そればかりか、鼻をくすぐる優しい匂いが随分と懐かしい。
 正直に言って、少しだけ居心地が悪かったりする。

「……」

 それは、僕の相棒も同じだったようで。
 僕の相棒――ソリッド・スネークも、ただじっと壁に寄りかかってジッとしている。
 お互い、どぶねずみ生活が長すぎたのだ。
 だからあの薄汚い部屋が『住めば都』の都で、此処――タカマチ家は未来都市というに等しい場所だ。

 と、ノートパソコンがエラー音を吐いた。

 思わず唸ると同時、視界の隅でスネークが顔を上げる。
 どうした、と小さく問い掛けてくる彼に、僕は椅子の向きを変え、肩を竦めた。

「だめだ、やっぱりガードが固いよ」

 見飽きた文字列。
 愛国者達か、と。
 パソコンの画面に映るその文字を、覗き込んできたスネークが読み上げる。

「僕らみたいな連中に、国家機密を見せる気はさらさらないみたいだ」

 僕とスネークが所属する、世界中に拡散したメタルギアを排除する為の組織フィランソロピー。
 僕が情報を手に入れ吟味し、スネークが行動を起こす。
 そんな肉体労働と頭脳労働のがっちり組み合わさったこのコンビが、こんなに苦戦した事は無い。
 むしろ大敗北といっても過言ではないだろう。
 メタルギア関連の情報を探る僕等の前に、愛国者達という単語が鉄壁となって立ち塞がるのだ。
 このまま引き下がるつもりもないが……さて、どうしたものか。
 大した愛国心だ、と皮肉るスネークに、僕は眼鏡を押し上げた。

「でも、ようやく落ち着けるようになって良かったよ」
「……乗り気では無かったがな」

 何言ってんのさ、と表情をわずかに苦くさせるスネークへ声を上げる。
 タンカー沈没後、こそこそと逃げ回っていた僕等だったが、スネーク本人が此処、日本のタカマチ家の住所を僕に差し出したのだ。
 ……そう。
 スネーク曰く、魔法世界で出来た、コネって奴。

 魔法世界。
 魔法世界。
 魔法世界。
 うーん。

 僕の顔から胡散臭さを感じたのか、スネークが口を開く。

「高町家の証言でも不満足か?」
「信じられるかぁっ!」

 モセス事件終結後、忽然と姿を消していたスネークがひょっこりと現れた時は驚いたものだ。
 あの精悍な眼差しを再び見る事が出来て、本当に嬉しかった。
 フィランソロピーの誘いも、一発OKした。
 今まで何処にいたの、という質問に対して帰ってきたスネークの答えに、愕然した。

『異世界にいた』

 ――遂に、伝説の英雄の頭が狂ったと思った。
 フリーズする僕だったが、スネークの言動はやはり今まで見てきた彼らしく。
 ああこれはきっと何か酷い事があってそこの記憶だけ摩り替えたんだねうん、と自己解釈していたのだが。
 
「お前だから話したんだ。……信じろとしかいえん。証拠といって魔力切れの簡易デバイスしか――」

 スネークが取り出したカード型デバイスとやらを思い切り睨み付ける。
 これに魔力が篭っているとバリアが発生、衝撃を緩和させる云々。
 ……そんなのパワーレンジャー変身グッズとしておもちゃ屋でいくらでも売ってる。
 
「……ねぇスネーク、実は僕のお気に入りのロボフィギュア、喋るんだ」
「――何?」
「火星人が地球人の生態を調べる為に、魂をフィギュアに憑依させてるんだよ」

 恐るべき火星人侵略計画を話す僕。
 それに対してスネークが大きく溜め息を吐いた。
 そして、「寝言を言うな」と言わんばかりに呆れた視線を僕へ向けてくる。

「言ったろうオタコン、得体の知れん物を食う時はきちんと調べろ、と。
 行き当たりばったりに何でも食べて体を壊す愚か者なんてそうはいない。
 ……待てよ、幻覚を見るだなんてお前まさか、アレでも食べたんじゃ――」
「君の言ってる事もそれくらい胡散臭いって事だ! くっそぉ、異世界だって!?
 空間転移装置だの、空間モニターだの、念話だの、そんな、そんな非現実的な物――!」

 ニヤッと笑うスネーク。
 そして彼の口から。
 見たかったのか? と一言。
 それによって僕の理性は、一瞬で崩壊した。

「――見たかったさああぁ!! ねぇ、転移装置技術について何か聞いた? 
 高性能AI搭載の無人兵器と戦った感想は? 念話ってどんな感じなのっ!!?」
「……落ち着け」
「落ち着けない! くそ、くそ、君だけ楽しんでさ!」

 肩を竦めるスネークを睨みつつ、荒い息を抑える。
 そこに、ぴんぽーんと間延びしたチャイムが鳴り響いた。
 次いで、モモコさんの柔らかな返事声。
 ドアを開く音が微かに聞こえてくる。
 そして今度は、ドタドタと五月蝿い足音が近づき始めたところで、スネークが僕の肩を軽く揺すった。

「オタコン、どうやら魔法世界を証明出来そうだ。……来たぞ」
「まさか……ユーノ・スクライアかっ!!」

 魔法世界での出来事は話半分とはいえ、大筋は把握している。
 その中でやはり、到底好感を持てそうに無い人物。
 僕は身構え、警戒を強める。

「スネーク!!」

 勢い良く部屋へ駆け込んできたのは、整った顔の青年。
 スネークの顔を確認するなり破顔させ、彼の下へと駆け寄った。
 ……身構えている僕の存在など気づいていないのか、素通り。
 まさかの、素通り。

「久しぶりだな、ユーノ」
「本当! いや元気そうで良かったよっ!」
「お前もな」

 微笑むスネークに彼、ユーノは溜め込んでいたものを吐き出すように息を吐いた。

「皆心配してたんだよ。生死不明の後、君の死体回収のニュースまで流れたんだからね」
「はは、お前も驚いたか?」
「ふふん、そんな訳ないだろ。君が死ぬ筈が無い。……リキッドの遺体だよね?」

 正解、と頷くスネーク。
 ユーノがそれを見て満足気に微笑んだ。

「僕だけ『全く』動揺しなかったから、心配じゃないのか、とか言われちゃってさ。
 いやぁ、困ったもんだよ、ほんと。皆スネークのしぶとさを知らないのさっ!」
「そうか。……他の連中も元気そうだな」
「うん、六課も解体されて皆それぞれの道を歩んでるよ、充実してる。君と同じように、ね」

 充実、という言葉にスネークは少しばかり苦笑して、僕へと視線を向けた。

「紹介する、ユーノ。こいつが――」
「――ああぁっ!?」

 来たな。
 バッと身構える。
 今初めて気づいたかのように迫ってくるユーノ。
 意外な事に、僕と同様敵対心を抱いている筈の彼の顔には、満面の笑みが。
 にこやかに握手を求めてきたので、動揺しつつも応じる。
 想像と全く違う展開だ。

「いやぁどうも、初めまして!」
「え、あ、うん。初めまして」
「貴方の事はスネークから何度も聞いてますよ、会えて光栄です!」

 何だスネーク、出鱈目を。
 実は普通に良い奴じゃ――

「――エマーソン博士!」

 ……は?

 時間が止まる。
 聞き間違えた、かな。
 うん? と聞き返す。

「あ、失礼。……ハインリヒ博士!!」
「な……!」

 呆然としてしまう。
 同時にスネークが溜め息を吐いて、そっぽを向いた。
 ユーノが再びあっと声を上げ、実にわざとらしく申し訳なさそうに苦笑。

「あーごめんなさい。あなたの経歴、趣味の印象が強すぎて、本名がどうにも……ねぇ、オタク・コンベンションさん?」

 スネークの我関せずの姿と、彼の薄ら笑いで僕はやっと理解した。
 こいつ、敵だ。
 全60兆の細胞が、敵意に燃える。

「ぼ、僕も話には聞いてたよ。随分頼りない記憶力だねぇ、に、ににに似てるだなんて心外だな」
「こっこっちも、夢一杯の妄想世界に浸るオタコンさんと同じにされたら堪らない!」
「夢や想像から技術は生まれるんだ! 壷だの小物だのの泥臭い骨董品に比べたらずっとマシさ!」
「なっななな!! 過去の英知をバカにするなんて信じられないこの人! 信じられないこの人!!」


 がちゃり。


「――ご近所に迷惑だから、もう少し、静かにね?」


 ばたん。


「……」
「……」

 僅か数秒の出来事。
 空気が一瞬で凍りついた。
 モモコさん、すごく怖い人だ。

「ふむ、なのはの親だな」
「……お、オタコンさん、とりあえず、一旦、落ち着きましょう」
「う、うん」

 深呼吸。
 そしてごほんという大きな咳払いの後、ユーノが口を開いた。

「さて、スネーク。何があったか聞かせてくれるかい?」

 ユーノが眼鏡を押し上げる。
 先ほどと違う真剣な眼差しは、とても二十歳とは思えない。
 いくつもの困難を乗り越えてきた瞳だ。

「……俺達の下に、匿名で情報が届いた。海兵隊が新たなメタルギアを開発している、とな」
「匿名? ……ごめん、続けて」
「俺達は演習へ向かうタンカーに潜入し新型の写真を撮影、後に公開して圧力を掛ける予定だった。
 だが同時に、オセロットとその取り巻きが新型を奪取する為に潜入していたんだ」

 オセロットという名前が出て、ユーノが眉を顰める。
 スネークがこちらの事もある程度話していた、というのは本当らしい。

「海兵隊司令官が新型開発を進めていたのは、緊急即応部隊としての重要性が薄れてきたと言われている海兵隊の実情。
 そしてメタルギアの亜種が拡散している現状に危機感を抱いていたかららしい。でも、それが気に入らない組織もあったようだね」
「メタルギアに対抗する為に、新型メタルギアを……って事か」
「結局オセロットは取り巻きをも裏切って新型を奪い、タンカーを沈めたって訳。僕達は誘き寄せられた。騙されたのさ」
「――成る程。スネークがタンカーを沈めたって報道で溢れてますからね」

 事の顛末はおおまかにだが、話し終えた。
 だがユーノの顔にはまだ疑問が残っている。

「……匿名の情報を信じた理由は?」

 ごもっともな意見。
 実は、と口を開こうとして、スネークがそれを遮った。

「まぁ、色々とな。裏は取ったんだが、まんまと嵌められた」

 これについては、僕のちょっとした負い目だ。
 申し訳ない気持ちで一杯になるけれど、スネークの気遣いがありがたかった。
 僕の事情を汲み取ってくれたのか、ユーノがそれについて追求してくる事は無かった。

「……タンカーは原油を積んでいなかったんだよね?」

 今度はしっかりと頷く。
 報道では原油タンカーの沈没となっている。
 タンカーを極悪非道なテロリストであるスネークが沈めたのだ、と。
 実際に原油は流出し、その映像も世界中を忙しなく駆け巡っている。

「タンカー沈没後、本物の原油タンカーを沈めて見せたんだ。偽装の為にね」
「それって……」
「ああ、並大抵の事じゃない。相当巨大な組織が動いてる」

 今まで相手にしてきた中でも、ダントツで危ない匂いがする相手。
 スカリエッティの話を覚えているか、とスネークが口を挟んだ。
 ――魔法世界の話だ。
 忘れるもんか、とユーノが強く頷く。

「新型について『愛国者達に返してもらう』とオセロットが吐いた後、海兵隊の司令官が口にしたんだ」
「まさか……」
「『らりるれろ』か、とな」
「……!!」

 ユーノの顔が驚愕に染まる。
 彼の脳内でも、『愛国者達』と『らりるれろ』との間に等式が引かれているだろう。

「待って、という事はやっぱり……」
「どうした、ユーノ」
「……スカリエッティが地球に行っていた、というのは君も知ってるよね」
「REXの情報だな?」
「オセロットと直接接触があったかは未確定だけど……その日が、モセス事件翌日だったんだ」

 今度は僕達が驚愕する番だった。
 決して偶然ではないだろう。
 冷静沈着なスネークでさえ、目を丸くしている。
 奴とらりるれろ――愛国者達は随分前から関係を持っていたのか、と確認するように呟くスネーク。

「いや、それだけじゃない。スカリエッティの検死で、彼にFOXDIEが発生していた事が分かったんだ。勿論、君のが原因ではない」
「何!? ふむ……オセロットと何かあったという事か。『身体も、意志も、死も私だけのものだ』……奴は、自身が感染していた事を知っていた?」
「分からない。……でも、『スネークの全てがらりるれろに帰結する』というスカリエッティの話は現実味を帯び始めたと思う」
「……」

 繰り広げられる、異世界での出来事についての会話。
 僕は一人、唸る。
 遠い異世界での出来事という事もあってか、情景が想像しにくい。

「ねぇ、そのスカリエッティとやらの話って信憑性あるの?」

 仮にこちらの世界の誰かと長期間交流を持っていたとしても、スネークに対して真実を話したとは限らないのだ。
 ガセを掴まされた可能性もある。
 しかし僕の質問に、スネークは意外と自信を持っているようだった。

「確かに奴は頭のネジが外れかかっていた『人間』だったが、信じる価値はある」
「スネークと同じ意見です」
「……君達がそう言うなら別に良いけどさ」
「鳥乃将死其鳴也哀、人乃将死其言也善ということわざもあるしな」

 まさかのスネークからのことわざ紹介。
 日本のことわざであったっけ? とスネークへ聞くユーノ。
 ――僕の出番だ!

「教えてあげるよ、ユーノ。中国のことわざだね。古代中国、ペットの鳥が山賊の射った矢から主人を守ろうと身を呈したんだ。
 でも勿論、小さい体じゃどうにもならない。主人諸共射抜かれてしまった」
「な、生々しいですね」
「鳥は申し訳なさそうに、哀しそうに鳴き声を上げて息を引き取った。
 主人は死ぬ直前、鳥のそんな主人想いの行動に深い感謝の言葉を心から述べたんだ。
 つまり……えーと、人が死ぬ直前に言う言葉は、誠実、真実であることが多いって意味だね、うん」
「へぇー……詳しいんですね」
「ふふふ、まぁね」

 スネークが疑わしい目で見てくる。

「懲りてないな、オタコン。散々メイリンに絞られたみたいだが」
「え、何、スネーク、絞られたって?」
「あっ興味持つなよ! おい、スネークも!」

 スネークがあくどい笑みを浮かべ、僕をチラリと見据えた。
 ユーノも興味津々といった様子。
 不味い、これは不味い。

「作戦中、こいつが思い立ったように突然――」
「ああああ! そうだ、これ、これ!」

 渾身の速さでパソコンを操作し、目的のページを開く。
 そして、割り込むように彼らに見せ付ける。
 そこに映るのは、僕等の名前。

「お、来たかっ?」

 よし、食い付いた。
 スネークの弾んだ声に、僕はニヤリと笑った。

「更新されたみたいだよ」
「……これって――」

 ユーノの顔が嫌悪に歪む。
 そう、FBIのウェブサイトだ。
 彼にとっては友達を凶悪犯罪者に仕立て上げている相手とあって、不快なのだろう。

「まぁ、そう嫌な顔しないで……ほら!」
「おー、来たな」

 クリック一つで、ずらりと。
 大量に表示されたのはそう、僕等の――『箔』だ。
 フィランソロピーの二人の、罪状リスト。
 そこに新たに付け加えられた文字。

「……環境テロ。はは、予想通りだな」
「うわぁ……凄い量。君達、嫌われてるねぇ」

「でもユーノ、面白いだろ? ここまでくると」

「……確かに、世界中の犯罪者の中でも、はは、郡を抜いてる」

 そうだスネーク、これで資金稼ぎできるかも。
 名義上フィランソロピーのメンバーに加えますよって!

 フィランソロピーのメンバーを名乗る権利を売る、と?

 そうそう、世界中にはそういう名声を欲しがるロクデナシもいるだろ?
 加入翌日にはこのサイトに名前が載るだろうし!

 冴えてるぞオタコン、資金難が解消だ。
 まぁ、問題はそんなロクデナシが本当にいるかどうかだな。

 え、お金払えば加入させてくれるの?
 ……じゃあ僕も加入しようかな、フィランソロピーに。

 お前が加入してどうするっていうんだ。

 だって君等だけ楽しそうで羨ましいんだもの!


 ははは――


 ――ん


 ――……さ、ん



「――に、兄さん」

「……ぅ」

 覚醒する。

 重い目蓋を押し上げて、サニーが呼んでいる事を理解。
 眼鏡を掛ける。
 時間だよ、とその少女が時計を指差した。

「ありがとう、すぐ戻る」

 彼女の頭を撫でて、ゆっくりと立ち上がり。
 この機体、ノーマッドの後部ハッチを開いて、外の空気を目一杯吸い込む。

 ――随分と懐かしい夢を見たなぁ。

 はっきりしていく意識を実感しながら、足早に歩く。
 指定の場所で立ち止まり、あたりを見渡して。
 その男が、もの凄い勢いで僕の下へ駆け寄ってきた。

「ハル!」
「やぁユーノ、久しぶり」

 ユーノ・スクライア。
 顔を見るのは久しぶりだけれど、まだまだ若さが滲む彼を見て苦笑する。
 僕も今では立派な中年だ、と改めて実感させられるから。
 彼と初めて会った頃には、まだ若者といってもセーフだった時期だったのに。
 と、荒い息で肩を上下させるユーノが、ギッと僕を睨み付けた。

「なんで、今まで連絡しなかったっ……!!」
「開口一番でそれか、まぁ落ち着きなよ。機内で話そう」

 連絡を一方的に絶ってから、もう随分と経つ。
 それが急に再び送られてきたら確かにびっくりだろう。
 僕は振り返って、ノーマッドへと歩みだす。

「……スネークは?」

 体が硬直する。
 隠し通すつもりも無いが、今すぐ話す気には到底なれなかった。

「……任務中だよ」

 紛れも無い事実。
 平静を装ってそれを話し、僕は再び足を進める。
 荒れる気配漂うノーマッドへと。







「は、はは……」


 ユーノの空笑いがノーマッドに響く。
 僕は、黙って彼の言葉を待つ。


「なに、これ」


「――なんだよ、これ!」


 ユーノが簡易台へと写真を叩き付ける。
 映っているのは、一人の男。
 パッと見て、老人。
 色素の抜け落ちた白髪、目の周囲の窪み、皺でたるんだ肌。
 とても四十代には見えない。

「……スネークの写真だ」
「どういう事だって、聞いてるんだっ!!」

 ユーノがどん、と台を叩いた。
 それを聞き付けたサニーが、二階からそっと覗いて来る。
 僕は微笑んで、手を振る。
 サニーは小さく頷いて、顔を引っ込めた。

「……ごめん」
「こっちだって」

 ユーノが謝り、続いて僕も謝罪を口にした。
 友達の異様な変貌を眼にして動揺するなという方がおかしい。
 それでもすぐに冷静さを取り戻せるのが、彼の凄さだ。

「急激な老化が始まった。スネークは今、診察を受けに行っている」
「……連絡しなかったのは」
「スネークが固辞したからだ。君達に連絡すれば、余計な騒ぎになるって」

 そう言ってから、再び僕は謝った。

「ごめん、正確には、君に連絡するのを拒んだんだ。君なら、絶対にこっちの世界にに来るからね」
「当たり前だろっ……って、もしかして……」
「うん、スネークには黙って君を呼んだ」

 ユーノが顔を顰める。
 真意を測りかねているのだ。

「地球の医療技術じゃ、スネークの残り時間がどれだけなのか分かるだけだ。その時間自体に変化はない。
 ……まぁ、それでも必死に頼み込んで、今行ってもらってるんだけどね」
「つまり……こっちの世界に?」
「うん、もしもそっちの技術でこれ以上の異常老化を食い止められるなら、と思って」

 確かにスネ-クに黙って行動するのは悪いと思う。
 だけど僕としてもスネークは、命の恩人で、共に戦ってきた仲間で――かけがえの無い親友なのだから。
 ただ朽ち果てていく彼を黙って見ているのは、我慢ならなかった。

「今行っている医者の検査結果を全てそっちに送る。どうにか出来そうなら、また連絡してほしい」

 引き受けてくれるかい、と口にして、一瞬の間も置かずに返答が返ってきた。

「分かった。『依頼』として引き受けるよ」
「それとユーノ」
「……何、ハル」
「呼んでおいてあれだけど、恐らくこれが最後の戦いになる。……君は関わっちゃいけない」
「……どうして」

 不満そうな視線を向けてくる彼に、僕は釘を刺す。
 根本的な意見としては、スネークと一緒だからだ。

「これは僕達の戦いだ。僕達の責任だ」
「……君達だけで、全て背負うと?」
「そもそもこうして地球が変わってしまったのは僕達の所為だ。君が背負う必要は無い」

 ユーノが顔を歪める。
 多分、僕が言っているのは、自分勝手な我侭だ。
 それでも、未来を背負う若者に、僕等の重責までをも負わせたくは無い。
 眼鏡を押し上げて、彼の肩を掴む。

「僕達の事は忘れて、君の人生を精一杯進め。
 僕達と一緒にいるよりも先に、君にも守るべき人がいる筈だ」

 言い切ると同時。
 ダン、とユーノが勢い良く立ち上がる。

「話は、それだけ?」
「……うん」
「じゃあ僕、行くよ。依頼については、また」
「あぁ……すまない」

 後部ハッチを開ける。
 ユーノは振り返ることも無く、さっさと行ってしまった。

「……これで、いいんだ」

 自分に言い聞かせ。
 ごめんよ、ともう一度内心で呟く。
 ずり落ちた眼鏡を再び押し上げた。

 さぁ、僕も色々と準備をしないと。
 もう後戻りは出来ないんだ、後悔している暇も余裕も無い。
 タイムリミットが目に見えて迫り来ているのだから。

 全てを終わらせよう。
 僕等の、世代で。




[6504] 番外編「続・充実していた日々」
Name: にぼ◆6994df4d ID:e9c4bb79
Date: 2010/03/12 18:17

 不安は氷解していた筈だった。

 私のママは苦痛を受け止めながらも、迷う事なく真っすぐ私を助けに来てくれた。
 ヴィヴィオは兵器ではなく人間で、ママの大切な娘だよ、と言ってくれて、とても嬉しかった。
 自分の足で立てた事も、それをママが褒めてくれた事も、希望が広がっていくようだった。

 けれど消え去った筈の不安は、またもぶり返してきた。

 ママが微笑む。
 大丈夫だよ、と励ましてくれる。
 悩む間もなく、あっという間に『そこ』へ着く。
 私がついてる、とママがまた言ってくれた。
 でも、怖い。
 私は、ママの足にしがみ付いて。
 そぉっと、覗き込んで。

 がばっ! と抱き寄せられた。

 ――あったかい。

 びっくりして、顔を上げる。
 ヒビの入った眼鏡の向こうに、包み込まれるような優しい笑顔があった。

「ヴィヴィオ、お帰り。ママもパパも心配したんだよ」

 パパ、と呟いてみる。
 なんだい、と返事が返ってきた。
 胸が暖かい何かに満たされ。
 私の中に残っていた不安は、今度こそ消し飛んだ。

「――っぐす、パパ……パパァッ……!!」

 堰を切ったように涙が溢れ出てきて。
 泣きじゃくりながら、思い切り抱きつく。
 パパはそんな私の頭を、ずっと、優しく撫で続けてくれていた。


 私の、大切な記憶だ。



 番外編「続・充実していた日々」



 私――高町ヴィヴィオの家には、結構な数の写真がある。

 どれくらいかというと、リビングでうだーっとだれている時さえ視界に入ってくる位の数だ。
 例えば、ママとその旧友達との集合写真。
 パパが無限書庫前で司書さん達と並んでいる写真。
 パパとママが寄り添う写真。
 幼い私が二人に抱きついている写真。
 私の各種記念日写真。

 色々あるけれど、そのどれもが『ほとんど』笑顔で一杯だ。

 ほとんど。

 そう、ほとんど。

 私の視線の先。
 リビングの戸棚の中央にたった一枚、その例外は存在する。
 そこに写っているのは、穏やかな微笑みを浮かべているパパ。
 いや、それはまだ問題ない。
 見惚れてしまうその微笑みは、百点満点モノだ。
 問題は、その隣。


 無表情の、男の人。


 この家の笑顔満載写真の群れにそぐわない、無表情。
 よーく目を凝らしてみるとムスッとしているようにも見えるけど、とにかく愛想の欠片も感じられない。
 おまけに、カメラ目線ですらないのだ。
 その視線を辿ると、パパの手に握り締められたタバコの箱。

 これは、パパが取り上げたタバコを奪い返さんとチャンスを伺う蛇の目。
 つまり、ニコチン中毒の中年男性って訳だ。

 一見、呆れる位の駄目人間。
 ニコチン中毒なんて私にとって、酒癖悪い・ギャンブル中毒と同じ位駄目な部分だもの。
 その致命的な悪癖にはアウトー! と宣言してやりたい。
 まぁ、もしそこを矯正したらちょっとは考えるけども。
 パパには遠く及ばないが、雑誌に載るような、アクセをじゃらじゃらさせてそうな男達とは一線を画する格好良さがあるし。
 ともかく、人間性というものはそう簡単に表現したりはできるものではない。

 なんとこの人、伝説の英雄なのです。


 ソリッド・スネーク。


 地球の裏社会の住人。
 パパの十年来の親友。
 手榴弾を片手に戦車と一対一で戦って何故か勝ってしまう変人。
 パパとママをくっつけたきっかけの人。
『XXねん、ちきゅうはかくのほのおにつつまれた!』という危機から三度地球を救った英雄。
 段ボールを被ってみたりする可哀相な人で、パパに段ボール好きの特性を刷り込んだ大罪人。

 こうやって彼のプロフィールを振り返ってみると、突っ込みどころ満載だ。
 不可能を可能にする男なんて呼び名は、あの写真からは想像も出来ない。
 っていうか段ボールって酷過ぎでしょ。

 ちなみにあの写真はパパやママには大好評だったりする。
 何でも、スネークさんらしさが凝縮された一枚だかららしい。
 タバコが大好きで少し不器用な、彼らしい写真。

 話によればスネークさんがこの世界にいたのは一年にも満たないし、
 彼と共に旅をしていたパパ以外の人は、スネークさんとは数ヶ月の面識しか無いとの事。
 勿論当時幼かった私なんかは、六課の皆の明るい笑顔が記憶を占めていて、彼の事はうろ覚え。
 覚えている事といえば、六課の中で最も背の高い男らしい人で、じょりじょりと独特の手触りだった顎髭。
 そしてパパと二人で段ボールを愛でる可哀相な後ろ姿と、私が彼を蛇のおじさんと呼んでいた事位かな。

 正直に言おう。
 そんなスネークさんは私にとって、水のような存在だ。
 物みたいに言うのは悪いかもしれないが、的を射た表現だとは思っている。
 我が家では彼を話題に出すと、文字通り会話に花が咲くのだ。
 我が家では、彼の話題は尽きる事はない。
 良い事も悪い事も、パパはありのままを話し伝えてくれた。
 そんな訳ではっきりした記憶は無くとも、彼の性格だったり所業だったり悪癖だったり、そして――

 ――私と少し似た境遇の人だという事についても、私はよく知っている。

 会った事はほとんどなくとも、彼は私ととても近い位置にいる人なのは間違いなかった。

 だからこそ。
 最近の我が家の暗さというのは、私にとって由々しき事態だった。

 原因は、スネークさん側。
 パパは六年程前から、スネークさんの所属する地球のNGO団体と連絡をちょくちょく取り合っていた。
 それがしばらく前の事、突然途絶えたのだ。
 スネークさんは所謂アウトローと言われる存在で、彼等が意図的に連絡を絶てば当然、こちらからはどうしようもない。

 何があったのか?
 彼等は無事なのか?
 連絡を絶たねばならない理由でもあるのか?
 何故?
 何故?
 何故?

 ――何も、分からなかった。

 それからスネークさんの名前は、我が家では禁句となった。

 名前が出る度、文字通りずずーんと場の空気が沈むし、パパはそれでも手掛かりを掴もうと必死に藻掻くし、
 ママは気丈に微笑んで、それでも辛そうなのはバレバレだし、そんな二人に私も自然と暗くなって、二人はそんな私を見て無理して平気そうに振る舞って、と。
 家族皆で負のスパイラルにはまっていたのだ。

 ――が。

 つい四日前、事態が急転した。

 スネークさん側から、連絡が入ったのだ。
 パパは仕事をばばっと切り上げると地球へ飛んだ。
 私もママも、興奮やら安心やら怒りやら様々な感情が混ざった表情のパパを見送りながら安堵の息を漏らしたのは記憶に新しい。

 無事なようで何よりだ、と。
 命さえあればいくらでも立て直せる、と。

 パパも心の底からそう思っていたのは間違いなかっただろう。
 なのに、地球から帰ってきたパパの顔に浮かぶのは「絶望」だけだった。
 私が事情を聞いても何も話してくれないし、良い事ではないのは確かだし、ママには話したみたいだし。
 私はこの四日間、ずぅーっと、どぎまぎしているのだった。


 さて、現在リビングには私とパパ二人だけだ。
 ママは、管理局に助っ人としてお呼ばれ。
 ママから頼まれていた家事を先程終えた私は、ぐにゃりと頬杖を付きながらダラダラしている。
 そして最重要人物のパパはというと。
 スネークさんの写真から視線を外すと小さく溜め息を吐いて、ちらり、とソファーに座るパパの様子を伺う。

 ――落ち着いている素振りで、さりげなく時計の方を気にしていた。

 パパがそうやって時計を確認するのも、数えただけでもう30回は優に越している。
 スネークさん絡みで何かあるのだろう。
 そしてこの数十分でその頻度が跳ね上がっている所を見ると、それはもうすぐのようだった。


 ぴんぽん、ぴんぽん。


 チャイムの音。
 私とパパが立ち上がるのは全く同時だった。

「あぁヴィヴィオ、僕が行くよ」
「ん、私行きますー」
「大丈夫。僕が出る」
「やっ、お出迎え位させてよ」
「だーめ」
「むぅぅ……」

 やはり、ガードが堅い。
 パパは私の頭をボフボフと撫で付けると、半ば強権的に私を押し退けて玄関へと向かっていった。
 亭主関白とは基本的に縁がない家庭だけど、いざという時はやはり父親が一番強いなぁ。
 間もなくドアが開く音と、男性の声。

 ――クロノさんの声だ。

 どういう事だろう。
 スネークさんとクロノさんて接点あったっけ?
 スネークさんはパパとの旅の後はずっと六課に寄生していたらしいけど。
 大した会話もなかったのか、間も置かずに足音が客室へ遠ざかっていく。
 いけない。
 私は慌ててリビングを飛び出した。

「クロノさん、お久しぶりです! あの、今日は――」
「あぁヴィヴィオ久しぶり聞くまでもなく元気そうだな結構結構、そういえばそろそろボーイフレンドの一人もいてもおかしくないだろうがどうだい?
 まぁ君の容姿と性格を考えたら心配する必要もなさそうだなはっはっはっじゃあ僕はユーノと話があるからまた」

 どたどたどたどた、ばたん。

 硬直する私。
 マシンガントークなんて形容で良いのか迷うくらい高速の会話――いや、会話ですらない。
 クロノさんは一方的に吐き捨てて、そのまま客室へと消えていってしまった。

「……くうぅっ何よ、今の! っていうかクロノさん滑舌良すぎでしょー!?」
「ヴィヴィオ」

 歯噛みすると同時、名前を呼ばれる。
 パパだ。

「大事な話をするから、ちょっと部屋に戻っててね」
「……何の話?」
「大事な話」
「スネークさんの話でしょ?」
「……凄く大事な話なんだ。部屋に戻ってなさい」
「私だけ仲間外れとか酷い、私にも教えてよぅ!」

 どうしてどうしてと喰らい付く私に、ヴィヴィオ、とパパの語調が強まる。
 うぐぅ、本気の目だ。
 私が怯んだ一瞬を見逃さなかったパパは、そのまま客室へ。

 一人、ぽつんと立ちすくむ。

「……なによ、それ」

「なによぉ、それー!!」

 ぐおおお、と不満と怒りとやるせなさを吐き出す。
 ずだだん、ずだん、と地団駄を踏んで。
 ぜえぜえ、と荒れた呼吸を整えて、思考。

 このまま傍観を決め込むか? ――否。
 では、今すべき事は? ――行動なりっ!!

 きっと、スネークさんに何かあった事は間違いないのだ。
 私だってスネークさんの事は心配だもの。
 私はまだ子供だけど、何かしら役に立てるかもしれない。
 困っている人がいて、その人の役に立てる力があるのなら迷ってはいけない。
 そう言ってくれたのはママだ。
 それなのに私だけ仲間外れにされて、我慢できる訳が無い。

 だから、我慢しない。

 私はなのはママと血の繋がりは無くとも、親娘として共に暮らしてきたのだ。
 ママの不屈の心は私の心にある。
 確かに感じる事が出来る。

 拳を握り、勢い良くガッツポーズ!

「だから、私は決して屈しないっ!」
『――まぁヴィヴィオの「不屈の心」は、言うならむしろ「頑固」寄りだと思うけどねぇ』
「うぐっ……」

 いつかのパパの突っ込みを思い出して、閉口。
 ごほん、ごほん。
 とにかく、ここで引き下がる訳にはいかない。

 いざ、出陣!

 決意と共に客室へ殴り込もうとして、パパの豹変と言っても過言ではない怒った顔を想像して。

「……とりあえず、まずは情報収集しよっかな」

 偵察任務は大事だもんね。
 私は膝をついて、客室のドアへと耳をぴったり付けるのだった。





「結論から言おう。……手遅れだ」

 極力感情を押さえ付けたような声色。
 唇を噛み締めると同時、どさりと机の上に資料の山が乗せられる。
 僕は一瞬だけそれに視線をやって、再び対面するように座るクロノの目を見て、彼の言葉を待った。

「染色体の中、テロメアという部位を知っているか?」

 一番聞きたくなかった単語だ。
 ゆっくりと頷く僕に反して、一応確認しておくか、とクロノは必要の無い筈の説明を始めた。

「細胞分裂の回数に関わる部位だ、これをすり減らすようにしながら細胞分裂が起こる」
「……知ってるよ」
「三十年。四十年。五十年と細胞分裂を繰り返す。……テロメアがすり減ることによって、人間は老いるんだ」

 クロノ、と長年親しんできたその名を呼ぶ。
 話し辛い内容であっても、話してもらわなくては困るのだ。
 クロノが決意したのか、すぅっと息を吸い込む。

「…………ソリッド・スネークの急激な老化の原因は恐らくそれだ。彼のテロメアは磨耗しきっている。テロメアが意図的に短く設定されて彼は生まれたんだろう」
「愛国者達め。……ねぇ。フェイト達にも、話した?」
「……いや」
「……そっか、ごめん」

 言える訳もないか、と質問を後悔。
 ともかく、スネークを襲った早老症の原因自体は半ば予想していた事。
 周知されているクローン技術の問題点よりも気になる事は他にある。

「FOXDIEの影響は?」

 この九年間僕がずっと恐れていた、「FOXDIEの発動によるスネークの死亡」は起こる事はなかった。
 標的プログラムのバグか、突然変異か――ともかく安心は出来ない。

「さっぱり。FOXDIEのデータを設計者と一部の人間しか所持していない現状、スネークの老化への関連性、今後の彼の体調への影響、どちらも何とも言えない」
「……そっか」

 殺人ウイルスのデータを所持していると思われる人間が誰なのか位は分かる。

 米政府。
 FOXDIE設計者であるナオミ・ハンター。
 シャドーモセス事件時、それを受け取ったと主張するナスターシャ・ロマネンコ。

 米政府はともかくその二人と接触出来れば、と僕も出来る範囲内で探してみたけど、結果はこの通り。
 勿論思い過ごしだろうけど、言外に「それを見付けられなかった僕の過失」を責められているように聞こえてしまって、僕は思わず俯きそうになった。
 それをなんとか我慢して、縋る気持ちでクロノを見る。

「本当に、もうどうしようもないの?」

 もはや意味の無い質問に、クロノの顔が苦渋に歪んだ。
 けれど、申し訳ない気持ちよりも、諦めきれない思いがそれを上回ってしまったのだ。

「……テロメラーゼ療法によるアンチエイジングにしても、癌細胞の活性化だとか、色々と副作用は大きい。僕等の世界が出来る事は無い。……すまない」

 絶望的な宣言に、拳を握り締める。
 血が滲む程、強く、強く。
 そして瞬間、僕はもっと残酷な疑問がまだ残っている事に気付いてしまった。

 スネークの体が、後どれだけ持つのか。

 クロノが手を組んで、僕から視線を外した。


「……老化の経緯から判断するに。彼の寿命は、持って後――」


「――半年だ」


 瞬間。
 えっ、と間の抜けた声が口から漏れ出る。

 ……今、クロノはなんて言った?

 はん、とし?
 はんとし、はんとし、はんとし――。

「半、年?」

 六ヶ月。
 約180日。
 約4400時間。
 それでスネークは、死ぬ。

「嘘だろ」

 今度こそ僕は完全に打ちのめされた。
 全身を震えと寒気が襲う。

「嘘だろっ……」

 脳がその事実を理解すると同時に、視界が滲み始めた。
 僕は思い切り唇を噛んで、嗚咽を堪える。

「事実だ。……すまない」
「ぐっ……、君、が……謝る事じゃ、ないよ」

 落ち着け、まだ泣き崩れる時ではない。
 眼鏡を外して、涙を拭う。
 深呼吸。
 もう一度ゴシゴシと目元を拭って眼鏡を掛け直すと、クロノは話はここからだと言わんばかりに身を乗り出した。

「辛い話だが、僕等の世界が彼に出来る事は無い。……それでもユーノ、君なら出来る事がある」
「……」
「ユーノ、スネークを助けにいってやれ。他の誰でもなく、君が行くんだ」

 クロノが正式なものとして言っているのかどうか、僕は一瞬判断出来なかった。
 地球は管理外世界。
 僕等のような魔法使いは、魔法使いとして彼等の世界に関わってはいけない筈なのだが。

「八年前のJS事件への関与が濃厚だったリボルバー・オセロットが、表立った行動を起こし始めた……地球の経済主軸を握るPMCのトップとしてな」

 頷く。

 この数年で地球は激動した。
 技術革新によって広がるID認証。
 無人兵器の爆発的な増加と共に軍事請負企業が台頭。
 石油経済に取って代わり戦争経済が浸透。

 その動乱の中心に、リキッド・オセロットはいたのだ。

 クロノは未だ「移植した腕に意識を乗っ取られるなんて胡散臭すぎる」と、リボルバーの名前で呼んでいる。
 対して僕なんかはそういうのもあっておかしくないと思っているし、スネーク曰く「間違いなく奴の雰囲気だった」と話しているので律儀にリキッド・オセロットと呼んでいるのだが。

「これまでは、あくまで関与しているかもしれないというレベル――しかも消息不明の男というだけあって、こちら側からは手を出せなかった」

 ……成る程。
 クロノの言わんとしている事が分かってきた。

「だが四年前のプラントでの、『オセロットが魔法世界について知っていた』というスネークの情報によって容疑が固まった訳だ」
「……その発言の証拠がある訳じゃない。あくまで証言だよ」
「貴重な証言さ。それに……スネークの現状を考えれば、その証言をこれ以上吟味する時間的余裕もない」

 彼はオセロットの有力な手がかりでもあるからな、とクロノがニヤリと笑う。
 溜め息を一つ。

「それにもう一つある。地球は管理外世界だ。万が一にも魔法で辺り一帯吹き飛ばしました、なんて事態は避けなければならない」
「……それで僕か」
「ああ。証言者と親交の深い、防御・支援魔法に特化している事で著名な無限書庫司書長ならば安心、という訳さ」

 要するに、地球へ行く大義名分が出来た、という事だ。
 僕は頭を振って、喰い下がった。

「スネークは指名手配されてるけど、その辺りはどうするの?」
「問題ない、いや、問題なくしてみせる。接触対象である情報提供者は指名手配犯ではなく、あくまでNGOの一団員だ」

 用意周到な事だ。
 顔を顰め、うぅんと唸る。
 何故、僕がこうして地球行きを渋るかというと単純な理由がある。
 そう、スネークを助ける為に地球へ飛ぶ事についてが、この数日間の最大の悩みだったからだ。

「実は……助けに行こうか、迷ってる」

 僕がそう思いを口にした瞬間、クロノが固まった。

 予想通りの反応だ。
 そして、廊下からゴトッと物音が聞こえた。
 これも予想通りで――はない。

(……物音?)

 ……まさか。

「ユーノ、お前――!」
「ごめん、ちょっと待って」

 立ち上がり、ドアノブに手を掛ける。
 そして、バッと開くと同時に。

「ヴィヴィオ! ……って、あれ」

 観葉植物。
 僕の骨董品コレクション。
 写真の数々。
 いくつかのぬいぐるみ。
 スネークとの思い出の品である強化段ボール。

 見慣れた空間。
 何処にも異常は無かった。
 愛娘の悪癖が発動して、盗み聞きでもしていたと思ったのだが。

「……気のせいかな」

 ごめん、と再び部屋に戻り、クロノの鋭い眼差しに迎えられながら椅子に座る。
 何とも言えない居心地の悪さを感じて、僕はもう一度溜め息を吐いた。

「どういう事だ、ユーノ」
「迷ってる。僕は……行かない方が良いのかもしれない」

 同時に、クロノがいきり立って猛然と詰め寄ってきた。

「何時まで腑抜けているつもりだ! ……半年、たったの半年だ! スネークはその弱り切った体で戦おうとしているんだぞ!」
「っ……」
「僕は彼と話した機会も少ない。だが、彼がこの世界でしてきた事は知っている。僕にとっても彼は恩人だ……無為に見ているつもりはないっ!」

 だからこそ、迷っているんだ。

 そう吐き捨てた僕の意図が掴めないのか、クロノは初めて困惑の色を露にした。

「ジュエルシード事件で初めてなのはと出会って、なのはの暖かさに触れて、僕は本当に幸せに思った」
「……のろけか?」
「まぁ、聞いてよ。……あの時、やるせなくも感じていたんだ。僕の不始末を君達にも背負わせた事実と、それに安堵する僕自身に」

 今でも鮮明に思い出せる。
 なのはの快活な笑顔と、彼女の力を目の当りにした時の無力感。
 そして、なのは達に頼る事で安堵を感じていた自分の情けなさを。
 今でこそ「僕だから出来た事もあるんだ」と言えるけれど、スネークに諭されるまでは地獄のように思っていたものだ。

「多分スネークは今、僕が感じたよりもずっと辛い思いをしてる。僕が行って、余計に彼を傷つけるなら本末転倒だ」


『これは僕達の戦いだ。僕達の責任だ』

『君が背負う必要は無い』

 ハルが言った言葉は、僕に背負わせたくはない、という風にも聞こえる。
 ハルも、スネークと同じように重い責任を感じているのは間違い無いだろう。

 僕だって彼等の苦しみの大きさは知らなくても、それが地獄のような苦痛である事位はは理解出来る。
 それなのに、その僕が単純な善意だけでしゃしゃり出て良いのだろうか?

 クロノが押し黙る中、脳内には嫌な想像ばかりが溢れ出てくる。
 老いたスネークの写真を思い出すと同時に酷い寒気を感じて、僕は身震いした。

「怖いんだ。いざ行ってスネークに拒絶されるのが、これ以上彼を傷付けるのが」

 クロノが心底困ったように息を吐いた。

「じゃあ、どうするというんだ。……見捨てるとでも言うのか」
「そうじゃない。そうじゃないんだ。……でも、僕は――」


「――ああもう、まどろっこしい!!」


 その怒号に、僕は息を呑んだ。
 勿論、クロノではない。
 その声の正体は、どたんばたんと殴り込んできた、ヴィヴィオのものだ。
 ――このお転婆娘。

「ヴィヴィオ、部屋に戻ってなさいってあれ程――!」
「――パパはっっ!! ……パパは、私がゆりかごから帰ってきた時の事、覚えてる?」

 ドアを開けたままに、突撃してきた愛娘。
 彼女に強い口調で遮られると同時に八年前の事を尋ねられて、僕の頭は一瞬で冷静さを取り戻した。
 ゆっくりと眼鏡を押し上げる。

「……勿論、覚えているよ」
「私に一言目、何て言ったかも覚えてる?」

 当時については、昨日の事のように思い出せる。
 母親の足元からおずおずとこちらを覗いてくる少女の姿。
 あの時僕は直ぐ様屈みこんで、その少女を抱き寄せたのだ。

「『お帰り、ヴィヴィオ。パパもママも凄く心配したんだよ』」

 口にして、少しだけ気恥ずかしくなる。
 それはヴィヴィオも同じだったのか、彼女の頬がほんのり赤く染まった。
 ごほん、と咳払いの後、ヴィヴィオは空いているソファーに腰を掛ける。

「私も……不安だった。私の生まれについて知ったパパに、もし嫌な顔をされたらどうしようって」

 ヴィヴィオが懐かしむように笑う。
 けれど、それは彼女の杞憂だった。
 確かにゆりかご関連の情報を集めたのは僕だ。
 だけど、あの時はそんな『気に掛ける必要もない事』よりも、ヴィヴィオやスネークの安否自体が気になっていたのだ。

「パパって呼んで良いのか迷って、怖くて、不安で。それでもパパがいつも通りにそう言ってくれて、本当に嬉しかったな」

 あの頃は何よりも充実していた。
 僕の生きる理由が見付かって、皆の笑顔があって、スネークもいて。
 時代は変わり、地球も変わり。
 僕もハルも、そして……スネークも、変わってしまったのだろうか。

「ね、パパ。巻き込ませちゃった責任っていうか、その辛さみたいなのは私にも分かるよ。……八年前の事件は、私にだって責任はあるもの」
「……ヴィヴィオ、」
「でもね、それでもママは大丈夫だって、私がついてるって励ましてくれた」

 今度は、パパの番じゃないかな、と。
 まだまだ幼いと思っていた少女の言葉が、僕の全身に響き渡った。

「全部の責任を一人で背負い込んで、一人で戦い続けて、これからもそうするつもりで、苦しくない訳ないよ。
 不安に決まってる。……一番の友達のパパが励ましてあげなきゃ。スネークさんは一人じゃないよって」
「っ……」
「もしそれでもこっちへ帰れって言われたら、私が怒鳴り込みます! パパ、怖がる必要なんてないよ、何事もまずは信じてやってみなきゃ!」

 苦笑する。

 何一つ言い返せなかった。

 今まで悩んでいた自分を情けなく思うと同時に、娘の成長を目の当りにして嬉しく思う。
 ヴィヴィオはきっと気付いていないだろう。
 人にそれを諭してやる事が出来るだけの高みに、彼女が既に到達している事を。
 やはりなのはと……僕の娘だ。

「ヴィヴィオ、ありがとう。――確かにクロノの言う通り……僕は腑抜けてたのかもしれないね」
「『確かに僕の知っているユーノなら』、こんな所でいつまでも悩んでいないだろうな」

 微笑むクロノの言葉に、そうだ、と頷く。
 地球は変わった。
 僕もハルもスネークも、年月の流れに合わせて変化の波に呑まれてしまったかもしれない。
 けれど、そんな事を深く考えるまでも無い確固たる事実に、八年前気付いたじゃないか。

 僕は、スネークの友達だ。

 だから、もう一度伝えに行かなければならない。
 君は少なくとも孤独ではないんだ、と。

「行くよ。……僕は、行く。スネークを助けるんだ」

 拳を握る僕に、クロノは大きく頷いた。

「よく言った、ユーノ。……よし、僕は行動に移ろう。君もすぐに動けるよう準備しておけよ」
「……あぁ、分かった」

 ハルはこう言った。

 僕には守るべき人がいる筈だ、と。

 なのは。
 ヴィヴィオ。

 大切な家族は、勿論守る。
 だけど、彼らだって、僕にとっては大切な人なんだ。 

 だからもう、迷わない。
 もう、へこたれない。
 約束を、果たしに行くんだ。

 待っててくれ、スネーク。



「今度は……僕が助ける!」





 おまけ





「よし、じゃあ私も準備――」
「「ヴィヴィオは駄目だよ(ぞ)!!」」
「っ……で、でも私も行きたいっ!」
「駄目に決まってる!」
「行きたい、行きたいー! パパはこんな可愛い娘を連れて行きたくないの!?」
「――……」
「悩むな、親馬鹿」
「ご、ごめんクロノ。……とにかく駄目だよ、このお転婆娘め」
「な、何よぅ、反抗期らしさも見せない可愛い娘の私にお転婆って! ……この、けちんぼオタライア」
「な、ヴィヴィオ、親に向かってその言い草! ならあれだけ言ったのに盗み聞きしてた事にも言及しなきゃね!!」
「え、ええぇ、そこ責める!? 私あんな良い事言ったのに! 私すっごくいい事言ったのに!」
「それとこれとは別! ……なのはが帰ってきたら叱ってもらわなきゃ、ヴィヴィオ、なのはの怒りを想像しなが
ら反省しなさいっ」
「ママの、いかり? …………いぐにっしょん・ふぁいあー?」
「そう――憤怒の、炎だああぁぁっ!!」
「きゃあああぁっ!! ごめんなさい、ごめんなさいママ、許してえぇっ!!」

「……相変わらずの恐妻家だな」



感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.12330484390259