『ここで待て!!』
そんな立札が置かれた場所で、3人は待たされていた。
ここは管理局の敷地。まだ使われていない新造の隊舎などがある。
「はやてちゃんと会うのはちょっぴり久しぶりだね。ちょっと痩せた?」
「なのはちゃん、フェイトちゃん、ご無沙汰やー。私も最近忙しくてな」
「……それにしても、この3人を集めるなんて……少し物騒、だね」
なのは、フェイト、はやては、3人が3人とも時空管理局が誇るエース級魔導師である。
ランクにしてオーバーS。どんなに困難な事件も、3人が揃えば解決してきた。勿論、他の仲間たちがいたからこその成果でもあるが……
ともあれ、上層部から直にお呼びがかかるのは異例の事態である。
何かキナ臭いものがある……フェイトの執務官としての勘が、そう告げていた。
「……にしてもなんやろ、この看板。『ここで待て!』て。えらい横柄な」
「みなさーん! お待たせしましたー!」
「あれ、あの子は……」
声のする方へ目を向けると、一人の女性が走ってくるのが見えた。管理局の制服を着こみ、髪を後ろで一つに纏めている。
「ふぅ……皆さんこんにちは! 武装隊広報部所属、美人管理局員のセレナ・アールズです!」
「え、セレナ? あの、なんで?」
「おお、お久しぶりやー」
関西弁を巧みに操るはやてだが、彼女は割とボケない。ましてや今回は重大な案件と聞いて、一管理局員として来たのだ。
決してノリが悪い人間では無いのだが、ちょっとしたボケはスルーだった。
「なんで私たちを集めたのか、聞かせてもらってもいいかな」
「はい! よくぞ聞いてくれましたフェイトさん!」
キリッ。セレナの表情が真面目なものになる。それにつられて3人の顔も、お仕事モードに切り替わった。
「改めましてこんにちは。本日お三方の案内と進行を務めさせて頂きます、美人! 局員の! セレナ・アールズであります!」
「……」
総スルーだった。
「案内と、進行……? なんの進行や?」
「はい。今からあなたたち3人に、あるルールを守っていただきます」
「ルール……?」
「……今この瞬間から、絶対に、笑ってはいけない」
……つまり、それほど真面目な話をするということだろうか? とフェイトは思った。それなら勿体つけずに早く話してほしいものだが。
「このルールを破った場合は、きっつーいお仕置きが待っています」
「……それで?」
ゴクリと息を飲み、なのはは先を促す。少しも笑えないほどの事案なのだ。何か言い方に含みを感じるが。
「あと、進行の私の言う事は必ず守ってくださいね。ルールはそれだけです。では早速参りましょう! もう始まってますからね! 3人ともこちらへ!」
……なんだ。ここでは話さないのか。
それにしても進行とは何の話だろう。
「……? はやてちゃん、どうしたの?」
はやては何やら真面目くさった顔をして考え込んでいた。
『絶対に笑ってはいけない』『きついお仕置き』……この言葉が、やけに引っかかる。
「あぁ、ごめん今行くよ」
何かキナ臭いものがある……はやての関西人としての勘が、そう告げていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はい! それじゃあそこの更衣室に入って着替えてください! 中に着替えがあります!」
『は?』
急に何を言い出すのかこの子は。
更衣室といっても、ここは屋外である。芝生にポツンと3つ、縦長の箱が立っていた。
うら若き乙女に、外で着替えろと?
「ちょ、セレナ、これは一体……」
「さぁさぁ! 早くお着替えください! 時間押してるんですから」
「え、ちょっと……」
さぁさぁさぁと3人は更衣室とかいう箱に押し込められた。
仕方ない、わけがわからないが言うとおりにしよう。何に着替えさせられるのかと思ったら、着慣れた地上部隊の茶制服だ。最初からこの服で来いと言えばいいものを。
「ちょ!? セレナ!! 何これ!?」
「あ、ちゃんと着替えてくださいねなのはさん。これは決まりですので。あ! フェイトさん! 大丈夫ですのでまだ出ないで!」
外から困惑するなのはの声がした。何かトラブルでもあったのだろうか?
「皆さん、着替え終わりましたか?」
「終わったけど……」
「私も終わったけど、なのは? 大丈夫なの?」
「………」
「なのはさーん? お着替え終わりましたか?」
「……セレナ。後でお話があるんだけど」
「ひえっ!? ちちち違うんですなのはさん私はただの進行役で……!」
哀れセレナ。なのはの声色は久々にキレちまっている時のそれだ。
「そっ、それでは! はやてさんから出てきてください!」
どうやらセレナは進行に徹することで色々と誤魔化すことにしたらしい。
一つ目の箱から出てきたはやての姿は、機動六課時代にも着ていた、ミッド地上部隊の制服である。自分で用意したものではないが、サイズはあっているようだ。
「はい。本局海上警備部捜査司令、八神はやて二等陸佐です」
「いやー、貫録のあるお姿、流石若手の星、八神司令です。次はフェイトさんお願いします」
フェイトが更衣室から出てくる。これもお馴染みの、執務官の黒制服を着こんだ姿だ。
凛々しい表情で皺ひとつ無い制服を着こなす姿は、局員たちのあこがれの的でもある。
「管理局本局執務官、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンであります」
「はいっ、ありがとうございます。バリッバリのキャリアウーマンって感じで素敵ですね! ……えー最後、なのはさんお願いします」
声をかけられたなのはは、更衣室の扉を少し開け、顔だけを出した。横に並ぶフェイトとはやての格好を確認し、愕然としている。
「なっ……! なんで……なんで私だけヴィヴィオの制服なの!?」
更衣室から出てきたなのはの姿は、St.ヒルデ魔法学院初等科の制服だった。
「あはははははは!! なんやなのはちゃんそのカッコ……!」
いい年した大人が小学生の制服を着ているという絵に、はやては笑ってしまう。
そして、その瞬間。
――罰の時を告げるその音が、大気を震わせた。
デデーン はやて アウトー
「はっ?」
謎のナレーションの後、はやての元に女性がやってきた。戦闘機人のウェンディだ。
「え? 何? ウェンディ? え、なにすんの、ちょ、ちょっとウェンディ、痛あっ!?」
一閃。
無言で現れたウェンディははやての尻をソフト棒で叩き、無言で去って行った。
普段は少しウザがられるほど騒がしいムードメーカーであるウェンディが、一言も発さずにいなくなるという図は、何やら恐ろしいものがある。
「いたた……い、今のは一体」
「えー、今のようにですね。お三方が笑ってしまうと、おしりを思い切り叩かれちゃいます。ちなみに今回のお尻シバキ隊は、戦闘機人集団『ナンバーズ』の皆さんでーす」
「な、なんやてー!?」
唐突に、捜査官として培った推理力と関西人の血がはやての中でスパークし、大回転してビッグバンが起きた。
つまり今回の招集は、そういうことなのだ。
「なるほどな……読めたで、フェイトちゃん、なのはちゃん」
「な、何か分かったの、はやて?」
「はやてちゃん?」
はやては二人に向き直る。二人とも今の一瞬の出来事で混乱しているようだ。
執務官服のフェイト。ヴィヴィオ服のなのは。
「……フフッ」
デデーン はやて アウトー
「ああ! なのはちゃん卑怯やで! なんでそんなん律儀に着るねん! あ、オットー、お願い優しく……痛っ!!」
・
・
・
「ええと、制服を見てお分かりいただけたかと思いますが、今日3人には『新人管理局員の一日』を体験して頂きます」
「全っ然お分かりいただけないよ?」
「まぁなのはちゃん。落ち着いて……」
はやては明後日の方向を見ながらなのはをたしなめる。妙に似合っているその服装は、視界に入れるだけで笑いかねない。
「つまりな、私たちは、笑うとお尻を叩かれるんよ」
「どういうことなの……」
「これは『新人管理局員の一日』ってシチュエーションの企画なんや。これから多分、次々襲い掛かってくるはず……笑いの、刺客が」
3人に戦慄が走る。
『笑ってはいけない』という状況……それ自体が、なんかもう既に笑える。ツボが浅くなるのだ。『この仕掛けは自分を笑わせようとして作られたものだ』という意識が念頭にあると、どんなことにも笑ってしまうというのが原因だが……それはともかくとして。
そこに次々と、先ほどのなのはの服のような仕掛けが待ち受けているとしたら……?
既に2回の攻撃を受けているはやては身震いした。お尻に物理防護フィールドを展開しなければ。
なのはは思った。こんな格好他の知り合いに見られたら死ねる!
フェイトは疑問を感じた。仕事はどこ行ったの? 広報部って暇なの?
「じゃあみなさん、こちらへ! 私についてきてくださーい。笑っちゃだめですよー」
進行の声で、一行は移動を開始した。
これいつまで着ないといけないの? という声を無視し、一行は管理局の敷地を歩いていく。幸いなことに一般人どころか局員も姿がない。もしいたら明日のニュースでは、エースオブエースのコスプレ写真が一面を飾っているだろう。
「ちょっとなのはちゃん、出来れば私の後ろを歩いてもらえると嬉しいんやけど。笑てまう」
「な! 私だって好きでこんな格好してるわけじゃ……」
「なのは、私は可愛いと思うよ!」
フェイトから入った謎のフォローに苦笑ぎみのなのは。
と、ここでセレナの足が止まる。
「おや? 何か声が聞こえますね。みなさん静かにお願いします」
《……すけて……誰か……》
広域発信の念話が聴こえてくる。どうやらSOS信号のようだ。
「誰かが助けを求めてるようですね。局員として見過ごせません! 行きましょう!」
そう言いながら、割とゆっくり歩きだすセレナ。
「あの、こんなゆっくりでいいの?」
「あ、メタなこと言うとですね、今日の出来事は全部演出なので、心配無用です。安心して笑ってくださいね~」
今不穏な発言を耳にした。どうやら本当に、仕事ではなく、この謎の企画のために呼ばれたらしい。
《助けて……誰か……》
「……あれ。この声ユーノくんじゃない?」
「あ、ほんとだ」
《誰か……力を貸して……》
「うわーっ、懐かしいなぁ」
高町なのはが魔法に関わることになったのは、このユーノによる念話が発端だった。
懐かしく大事な思い出につい頬が緩みそうになるが、いけない。今は笑っちゃダメなんだった。
《誰か……魔法の力を……》
「すごい念話飛んできてるけど、本当にこんなにゆっくりで大丈夫?」
《助けて……力を貸して……》
《誰か……誰か……》
「なんやユーノ君妙にしつこいなぁ」
《誰か……》
《………》
《………》
《……なのは……助けてなのは……》
「プフッ」
「くすっ」
デデーン なのは はやて アウトー
「なんで名指しやねん! いっつ!」
「もー、こんな不意打ちあり? あ、ディエチ、ディエチは優しい子だから痛くしないよね? ね? ……いったあい!?」
この痛み。魔導師としての経験から判断すると、C……いや、Bランクの近接打撃ではないだろうか。
甘く、みていた。この『お仕置き』とやらは、本物だ。
「ディエチはなのはちゃんに落とされたこと気にしてたんとちゃう?」
「いったた……あ、あの時は仕方なかったでしょ……」
「なのは、大丈夫?」
尻をおさえて涙目のなのはに駆け寄るフェイト。
3回叩かれてる私は心配してくれへんの? と思ったが、口には出さないはやてだった。プライベートなどで3人が集まった時ならば、この程度のなのは優先はよくあることだ。今は、いずれ来るだろうツッコミの時に備え、体力を温存しておかねばならない。
お仕置きの時間を終え、4人は再び進みだした。
《なのは……なのは……早く来てなのは……なのは……巻きでお願い……なのは巻き……》
「だからしつこいってホンマに」
「師匠っ! ナノハ・タカマチ、今そちらへ向かいます! なの!」
『!?』
4人の背後から声がする。この面子の間では聞き馴染みの、なのはの声だ。しかし今のは彼女が発した声ではない。
振り返ってみると、そこにいたのはどこかで見た顔の少女だった。短い髪を無理やりツーサイドテールに結っている。着ているのは3人が小学生だった時に見たことのある女の子らしい服だ。
「……もしかして、シュテル?」
シュテル。星光の殲滅者。闇の欠片事件とか何とかでなんやかんやいろいろ縁が出来た、高町なのはのそっくりさんである。他にも同じ境遇の、フェイトっぽい水色の人とはやてみたいな顔の王様がいる。
小学生の時のなのはの様な格好をしたシュテルは、4人を追い抜いて走って行った。
「誰か知り合いが出てくるのはある程度予測できたけど、まさかシュテルとは。あの子は超レアな登場人物やん」
「すごく久しぶりに会えて嬉しいんだけど、あれ私の真似してるの?」
ユーノは無限書庫司書長という忙しい身であり、シュテルに至っては遠い世界の住人で、連絡も取れないはずだ。一体どうやって呼んだのか。
「皆さん、細かい事はお気になさらず。さっきの女の子を追いかけましょうか」
後で問い詰めてやるとして今はこっちに集中しよ、物真似するならもう少し真面目にやってほしい、あの頃のなのは可愛かったなあ今も勿論可愛いけどね、等と考えながらシュテルを追いかけ、ユーノの元へ向かう一行。
そうして駆けつけた先にあった光景は、強い光と暴風を放つ青い宝石と、風に飛ばされまいとして地面にへばりついている一匹の小動物だった。
「嘘……あれはジュエルシード……!?」
「あ、大丈夫ですよフェイトさん。演出です演出」
懐からバルディッシュを取り出そうとするフェイトをなだめるセレナ。その間にも事態は進行していく。
「ユーノ師匠くん! 私が駆けつけたからには安心です! なの! このレベルの魔力波ならば、私が殲滅してみせますなのなのっ!」
「ああ、なのは! 助かっ……ウッ……ガガガ……アァッ……バアアアアアアァッー!!!!」
「ちょっと!? これユーノくん本当に大丈夫なの!?」
封印が間に合わなかったのだろうか、ジュエルシードはさらに強烈な光を放ち、ユーノへと吸い込まれるように近づいていく。苦しげな声を上げながらユーノ自身も強く光輝き、みるみるうちにその体積を増していった。
やがて光がやみ、そこに残ったものは。
力強い二本の脚で地面をつかみ、太陽の光を背に天高く屹立する、体長10メートルをゆうに超えるであろう巨大なフェレットだった。
「………」
「………」
「……たぶん……」
『!?』
全くわけのわからないシュールな光景に誰もが唖然としている中、頭上の方から、その雄々しい体躯に似合わないまるで賢者のような穏やかな声音が聞こえてくる。
「……たぶん……僕の、大きくなりたいっていう願いが……正しく叶えられたんじゃないかな……」
「………ンフフフフッ」
「んんっ」
デデーン なのは アウトー
「いっ今、フェイトちゃんも笑っいったぁーいっ!!」
「笑ってないよ。執務官だもん」
「どういう言い訳や」
場にそぐわない、普段の倍くらい凛々しい表情をしているフェイト。軽装高機動型の魔導師であるうえ、臀部は彼女のバリアジャケットでも最も装甲の薄い部分である。
たとえ断腸の思いで親友に嘘をついてでも、攻撃を避けなければならなかった。苦渋の決断である。
「むっ。新たなジュエルシードの気配だ! なのは、乗って!」
「あ、はい、師匠」
巨大なフェレットはシュテルを背にのせ、素早い動きで去って行った。
仕掛け人たちは唐突に現れ、嵐のように暴れたのち唐突に消え去る。この場はまるで何事も無かったかのような静けさだ。唯一先ほどと違いがあるとしたら、尻をおさえてうずくまるなのはの姿くらいのものだろう。
「うぐぐ……ノーヴェは力持ちなんだから加減してもらわないと……」
「な、なのは、大丈夫……? あの、ごめんね?」
「フェイトちゃんも笑ってたでしょ! 裏切りものー!」
あかん。もう既に仲間割れしかけている。このままでは無事では帰れない。私たちに訪れるのは……確実な、痔――。
二人の親友で、上官でもある私が、うまく場をまとめなくては。はやては気を引き締めた。
「はやてちゃん、はやてちゃん」
「ん?」
「コロナのまね」
長い髪を二つ結びにして、小学生の服でポーズを決めている高町教導官。よく見れば顔が少し赤い。恥ずかしいならやらなければいいのに。
「ンンッ……ンフッフッフッ」
デデーン はやて アウトー
「ああああもうっ! 全然おもんないのに! 全く笑えるポイント無いのに、あううっ!?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「許さん」
「ごめんねはやてちゃん、ちょっと魔がさしちゃって……機嫌直して?」
「なのはちゃん……後で仕返しするよ……覚悟しといた方がええで」
この子はやってはならないことをした。自分が二人を想って団結を呼びかけようとしていた所にこれである。
もはやただでは済まさぬ。後でなのはちゃんには本気を出した私のお笑いスキルの恐ろしさを、その形の良い尻でたっぷりと味わってもらおう。そう静かに暗い闘志を燃やすはやてだった。
現在、なのは達一行はまだ屋外を進んでいる。すると、進行方向に4人の人影が現れた。
「おや? 一般の方が世間話をしてるようですね。こちらに並んで見守りましょうか」
本来、局の敷地内で一般人が井戸端会議など滅多にない。割と雑な設定だった。
世間話をしているのは、またも3人の見知った顔だ。
「あれ、エイミィ。お前もペットの散歩か?」
「おーっす、ヴィータちゃん。ほらアルフも挨拶!」
「わん!」
「おう。ザフィーラ、お前も挨拶しろ」
「てぇえおおおおおおおおああああっ!!!」
全員セーフ。ザフィーラの叫び声には結構慣れていた。
アルフとザフィーラは人間形態のまま首をリードに繋がれて、それぞれエイミィ、ヴィータに引っ張られている。しかもアルフは久々に見せる大人形態だった。とてもアブナイ絵である。使い魔の権利保護団体が見たら卒倒しそうな光景だった。
「……まぁ子供の頃は私もよくザフィーラと散歩に行っとったけどな……あくまで獣形態やからな……」
こうやって懐かしい思い出をネタにされると、なんとも言い難いものがある。
飼い主二人が世間話をしている間、使い魔二人はその後ろで大人しく立っている。よくできたワンちゃんである。
「……そんなわけでね、うちのアルフったら高級ドッグフードしか食べないんだよ。子供達より食費かかってるから困っちゃう」
「そうなのか? 大変だな。ザフィーラなんか安物で満足してるぞ」
そんな会話が流れた後、アルフとザフィーラの顔つきが変わった。近接打撃の構えまでとっている。何故か一触即発の空気を醸し出した二匹。
急に会話を始めた。人語で。
「あんたのご主人様は間違ってる! ご主人様の道を正してあげるのも、私たちの役割だろう!? 安物で満足なんか、出来るはずが!」
「……我が主は、この事は何もご存じでない。全ては私の意思だ……主の家計を守るのもまた、盾の守護獣たる我が務め。その為ならば、例え80グラム100円の、ぬぅっ!?」
「ほら行くぞ、ザッフィー」
「ヴィータちゃん、またねー」
喋っている途中で首に繋がったリードを引かれ、えずくザフィーラ。4人は二手に分かれるようにして去って行った。
残されたメンバーは、真顔ではやてを見る。確かザフィーラが食べているのははやての料理のはずだが、何やらはやては厳しい表情だ。もしかして今の話、実話?
「……いや、ザフィーラが……めっちゃ真剣な声で……ペディグリーチャムなる物を食してみたいのですとか言うから……」
「フフ」
デデーン なのは アウトー
「いやな? そんなドッグフードに高い安いとかあるなんて調べてなくて、目についた物買って行ったら美味しそうに食べとったから……」
「もういいから。この話終わろ! あいたーーっ!?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「見えてきましたね! あれが本日のお三方の職場です!」
行く手に建っているのは管理局の隊舎だ。
新人局員の研修体験のはずなのに、隊舎にたどり着くまでに既に体力をかなり使わされた。しかも笑わせる内容は全然管理局員の仕事関係ない。一言文句を言いたい気分のメンバー達だった。
せめて少し休憩がしたい。クーラーの効いた室内で。
「さ、こちらが隊舎入り口ですよー……おやぁ? あちらのベンチで休憩してらっしゃる方がいますね。新人として挨拶に伺いましょうか!」
出た。この白々しい『おや?』ほど腹の立つものは無い。今度は誰だろうかと渋々3人は後に付いていく。
隊舎入口から少し離れた屋外の休憩所。そこに座っているのは元機動六課フォワードのキャロと、その使役竜であるフリードだ。
「あ、キャロだ。会うの少し久しぶりかも」
「ストップですフェイトさん! 彼女何かお話中のようですよ。こちらで聞いてましょうか、皆さん並んで下さい」
家族と言っていい存在であるキャロにフェイトが声をかけようとするが、それは止められてしまう。なるほど、仕掛け人にこちらから話しかけるのは禁止のようだ。
残念そうな表情になりながらも進行役に従うフェイト。視線の先、休憩所でキャロが口を開いた。
「……最近フリードさー、エリオくんと仲良くし過ぎじゃない?」
「キュクルー」
やさぐれた表情で気だるげにセリフを吐くキャロ。いつもとキャラが違うことに3人は驚かされる。
話相手は竜のフリードである。
「あのさぁ、エリオくんの隣は本来わたしの場所なんだよ? いわばメインヒロインだよ。百歩譲ってもルーちゃんとかはサブだよ。フリードも長い付き合いなんだから、こう、空気を呼んでほしいと思うんだよね」
「キュクルー」
「フリードはあくまで一歩引いたところから接するべきだと思うの。むしろエリオくんの前ではわたしを立てる気遣いを……」
「キュクルー」
「わたしがいるのにフリードの話ばっかりするんだよ? いない時にも邪魔するなんてどうよ? 召喚獣としてどうなのよ?」
「………」
「だからさー、少しは弁えてほしいというか。竜と竜召喚士と、竜騎士くんの立場を……」
「うるせえ桃チビ」
「!? フリードリヒっ! 今何て言った!?」
「キュクルー」
デデーン なのは はやて アウトー
チビ竜と桃チビは取っ組み合いのケンカを始めた。卵から育ててあげた主に向かってっとかキュクルーとか言いながら暴れている。しかし聞き間違えでなければ、フリードが人語を話したように聞こえたが……真相は謎である。
「キャロがグレちゃった……」とオロオロしている一人を尻目に、残りの二人は尻を殴打されていた。痛そうに尻をさすりながら立ち上がる。
「キャロに意外なライバル出現やな……」
「お取込み中のようですね、皆さん行きましょう……フェイトさん! キャロさんは大丈夫ですよ!」
進行に従ってサクサク、オロオロと移動を開始する一行。流れが大体わかってきたようだ。
ついに隊舎へと足を踏み入れる。しかしここは笑いの刺客たちが潜む魔境だ。はたして3人は無事にここを出ることができるのだろうか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「この部屋です。中で長官が待っていますので、挨拶をしましょう」
今度はどの暇人が出てくるのか。まさか本当に上官が出てくるわけは無いだろうが、意外な人物で笑いを狙ってくるかもしれない。用心した方がいいだろう。
失礼します、と司令室に入っていく4人。待っていたのは――
「えー諸君。今日はよくぞ来てくれた。長官の、高町・セイクリッドカイザー・ヴィヴィオです」
偉そうに高級そうなイスでふんぞり返るヴィヴィオだった。
なんだヴィヴィオか……まぁ確かに偉い人オーラは持ってる子だ。七色に光るし。しかし大物登場による笑いは回避出来たが、他の皆の反応はどうだろう。そう考えながらはやては横に並ぶ2人の様子を盗み見る。
フェイトは「ヴィヴィオ~」などと言いながら手を軽く振っている。対する長官も満面の笑みで手を振り返している。あれ、フェイトちゃん普通に笑てへん? めっちゃ微笑んでるやん。
なのははヴィヴィオと目を合わさないようにそっぽを向いている。娘に恥ずかしい格好を見られて気が気でない様子だ。可哀想に。
「うおっほん! 八神はやて君! よろしく」
「え、あぁはい、よろしくお願いします」
いつの間にかヴィヴィオがはやての目の前に来ていた。今日一日この部隊に所属する挨拶として握手を交わす。
「フェイト君! よろしく」
「よろしくお願いします、長官」
二人と握手を交わし、最後の一人、なのはの前まで移動するヴィヴィオ。
「あ……ヴィヴィオ……その」
「……なのは……くん……ブフッ……一日、がんば、ンフフ……くれたまエヒヒヒヒヒヒ」
「くふふふ」
デデーン はやて アウトー
肩を震わせながらなんとか挨拶を終えた様子のヴィヴィオ。釣られてはやても笑ってしまった。なのはは顔真っ赤。
「もーヴィヴィオ? 誘い笑いはあかんやろ……うわ! ノーヴェや!」
尻を叩きにやってきたのはノーヴェ・ナカジマだ。
お仕置き隊員達にも当たりはずれがある。彼女たちは一人一人、叩く威力が違っており、弱いのもあればかなりの強打もある。そして近接戦特化に調整された戦闘機人であるノーヴェの筋力は姉妹中でもトップの辺りに位置する。つまり、当たりだった。
面と向かってうわ! などと言われた日には、最近は温厚なノーヴェも少し嫌な気分になる。手加減は出来そうにないようだった。
「お願い、ちょっと弱めにして? な? ノーヴェっ……! あ、あ……ひぐぅッ!?」
懇願もむなしく、部屋に快音が響き渡る。ジャストミートだったらしい。
うずくまり、尻をおさえて呻いているはやての声を無視し、長官ヴィヴィオが話を切り出した。
「さて、本日は局の魔導師として働いてもらうわけだが……君たち、コールサインは持っているかね」
「えっと……」
コールサインというと、局員が作戦行動中に使う、各隊員たちの呼称のことだ。例を挙げると、ライオット1とかスターズ1とかいうアレのことである。
尻を庇うようにしてゆっくり立ち上がるはやてが、苦悶まじりの声で返事をした。
「……いえ、持っていません」
「ふむ、では私が直々に考えてあげようか」
嫌な予感しかしない提案だった。コールサインというのはわざわざ考えてつけるものではなく、所属部隊名やミッション中の役割からとる簡素なものである。
「ええと、では、はやてくんから」
「は、はい」
一体どんなへんてこな呼称をつけられるのか。こんなくだらないネタでは笑うまいと、はやての身体が緊張で強張る。
ヴィヴィオはそんなはやてのすぐそばまで近づき、わざわざ背伸びして、耳元で囁いた。
「歩くたぬき」
――コールサインでもなんでもないやん!!
心の中で盛大にツッコむはやて。なんとも間抜けな言葉の響きから漂う笑いの空気を振り切ることに成功した。トップバッター特有の不意打ちを回避できたのは八神はやてだからこそ出来ることだろう。なお、フェイトの方からは吹き出すような音が聞こえたが、ジャッジには見逃されたようだ。
「次、フェイトくん」
コールサインという名の、ただのあだ名。
どんなひどいものが来るか分からないが、耐えるしかない。しかし耳元までやってくるヴィヴィオのタメが長いのがまたいやらしい。絶妙な間から、フェイトのあだ名が繰り出された。
「単身赴任」
そこにはなかなか家に帰ってこないフェイトママへの恨みが込められているように思えた。フェイトに痛恨の精神ダメージ。他二人の顔が歪む。笑いをこらえているのだろう。
「最後、なのはくん」
顔を近づけ、ヴィヴィオは不安げな表情のなのはを安心させるように笑顔を見せる。そこにあるのは確かに美しい親子の形だった。そして、娘から母に贈る言葉とは。
「ドメスティック・バイオレンス」
「ヴィヴィオ! そこになおりなさい!! 冷やすから!!!」
「どうどう! なのはちゃん、ンフッ、落ち着いて!」
親子の絆ごと堪忍袋の緒がプッツンした。仲良し家族と近所でも評判の二人の間でも、言って良いことと悪いことがあるのである。しかしヴィヴィオは意外とスターライトブレイカーの痛みや教導官ゆえの厳しめな魔法教育を根に持っていたのかもしれない。
これはまずいと他の二人が仲裁に入る。
「ごめんねなのはママ、これ台本だから……」
「ヴィヴィオ、そんな酷いこと言う子に育てた覚えはありません。ちゃんと後でなのはママに謝ろうね?」
「単身赴任」
「フフッハッ」
デデーン はやて アウトー
吹き出すはやて、瞬時に落ち込むフェイト。長官室はもうめちゃくちゃだ。
見かねたセレナが、なのはをたしなめながら声を上げる。
「あ、ありがとうございました長官! これにて失礼します。皆さん、出ましょう」
それから少し時間をかけ、落ち着いたところでぞろぞろと出口へ向かう一行。尻のダメージが大きいはやてもなんとか立ち上がり追従する。
部屋から出かけた所で、思い出したようになのはが振り返り、言った。
「……ヴィヴィオ! 明日の晩御飯、ピーマン祭りだからね!」
「ええーっ!? なのはママぁ! そんな殺生な……」
実に威厳皆無なセイクリッドカイザーさんである。
一時は家庭崩壊の危機かと思われたが、よく思い返してみれば高町家では割とよくある光景だった。そしてそんな親子の愛に満ちたやりとりを見るフェイトの顔をよく見ると、頬がだいぶ緩んでいる。
「……フェイトちゃんさっきから普通に笑てるやん」
指摘され、しまった!と言わんばかりの顔になるフェイト。
……しかし、ナレーションが聞こえてこない。それを察するとキリリと凛々しい顔になった。
「私が笑ってる? はやては何を言ってるのかな? そんなの、一つの世界に危険なロストロギアが二種類以上発見されるくらいあり得ないよ」
「……いや、それは割とあり得るんとちゃう……?」
ジュエルシードと闇の書はなんだと言うのだろうか。
言い訳はトンチンカンだが、フェイトがアウトになっていないのは事実だ。というか、一回もアウトになっていない無傷なんじゃ……?
これはおかしい。贔屓じゃあるまいか。
「……もう。審判フェイトちゃんへのジャッジ甘くない? ちゃんとしてー」
デデーン はやて アウトー
「なんでやねん!!!!」
理不尽な暴力がはやてを襲う。脚本の悪意が見えるようだ、とはやては思った。
やってきたお仕置き人は……ナンバーズ3番、留置所にて拘留されているはずの、トーレだ。
「えっなんで? 何であの子がここにおるん? ちょ、待って……!」
いきなりシュテルが出てきた辺りで予想していたが、この企画にはあり得ない人物も参加しているらしい。どうやったんだ、管理局。おかしな展開の連続に、流石のはやての頭もクエスチョンマークが飛び交っていた。
「いや、待って! あかん! オーバーSはあかん! いやああああああっ!!」
――お仕置き隊員達にも当たりはずれが存在する。つまり、トーレは唯一無二の大当たりだった。
「はやて……ご、ごめんね……」
心にダメージを負ったなのは。未だ無傷のフェイト。既に死に体のはやて。
だがまだ笑いの地獄は始まったばかりである。果たして3人はこの先生きのこる事が出来るのだろうか!