<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

とらハSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[38691] 【ネタ短編】絶対に笑ってはいけない管理局員
Name: もぬ◆b7479173 ID:672024a5
Date: 2014/10/17 23:37
※注意!  このssには、


      ・キャラ崩壊
      ・会話文多め
      ・尻


 などの地雷要素が含まれています。それらが苦手な方はお気を付けください。




・10月11日 オチまで書けたので嬉しくなってチラ裏から本板へ移動しました。あと、そのとき操作を色々と間違えて全削除してしまいました。感想が消えて残念…
 感想を下さった方、ごめんなさい。


・ハーメルン様の方にマルチ投稿させて頂きました。



[38691] 前編
Name: もぬ◆b7479173 ID:672024a5
Date: 2014/01/11 03:26
『ここで待て!!』

 そんな立札が置かれた場所で、3人は待たされていた。
 ここは管理局の敷地。まだ使われていない新造の隊舎などがある。

「はやてちゃんと会うのはちょっぴり久しぶりだね。ちょっと痩せた?」
「なのはちゃん、フェイトちゃん、ご無沙汰やー。私も最近忙しくてな」
「……それにしても、この3人を集めるなんて……少し物騒、だね」

 なのは、フェイト、はやては、3人が3人とも時空管理局が誇るエース級魔導師である。
 ランクにしてオーバーS。どんなに困難な事件も、3人が揃えば解決してきた。勿論、他の仲間たちがいたからこその成果でもあるが……
 ともあれ、上層部から直にお呼びがかかるのは異例の事態である。
 何かキナ臭いものがある……フェイトの執務官としての勘が、そう告げていた。

「……にしてもなんやろ、この看板。『ここで待て!』て。えらい横柄な」
「みなさーん! お待たせしましたー!」
「あれ、あの子は……」

 声のする方へ目を向けると、一人の女性が走ってくるのが見えた。管理局の制服を着こみ、髪を後ろで一つに纏めている。

「ふぅ……皆さんこんにちは! 武装隊広報部所属、美人管理局員のセレナ・アールズです!」
「え、セレナ? あの、なんで?」
「おお、お久しぶりやー」

 関西弁を巧みに操るはやてだが、彼女は割とボケない。ましてや今回は重大な案件と聞いて、一管理局員として来たのだ。
 決してノリが悪い人間では無いのだが、ちょっとしたボケはスルーだった。

「なんで私たちを集めたのか、聞かせてもらってもいいかな」
「はい! よくぞ聞いてくれましたフェイトさん!」

 キリッ。セレナの表情が真面目なものになる。それにつられて3人の顔も、お仕事モードに切り替わった。

「改めましてこんにちは。本日お三方の案内と進行を務めさせて頂きます、美人! 局員の! セレナ・アールズであります!」
「……」

 総スルーだった。

「案内と、進行……? なんの進行や?」
「はい。今からあなたたち3人に、あるルールを守っていただきます」
「ルール……?」
「……今この瞬間から、絶対に、笑ってはいけない」

 ……つまり、それほど真面目な話をするということだろうか? とフェイトは思った。それなら勿体つけずに早く話してほしいものだが。

「このルールを破った場合は、きっつーいお仕置きが待っています」
「……それで?」

 ゴクリと息を飲み、なのはは先を促す。少しも笑えないほどの事案なのだ。何か言い方に含みを感じるが。

「あと、進行の私の言う事は必ず守ってくださいね。ルールはそれだけです。では早速参りましょう! もう始まってますからね! 3人ともこちらへ!」

 ……なんだ。ここでは話さないのか。
 それにしても進行とは何の話だろう。

「……? はやてちゃん、どうしたの?」

 はやては何やら真面目くさった顔をして考え込んでいた。
 『絶対に笑ってはいけない』『きついお仕置き』……この言葉が、やけに引っかかる。

「あぁ、ごめん今行くよ」

 何かキナ臭いものがある……はやての関西人としての勘が、そう告げていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「はい! それじゃあそこの更衣室に入って着替えてください! 中に着替えがあります!」
『は?』

 急に何を言い出すのかこの子は。
 更衣室といっても、ここは屋外である。芝生にポツンと3つ、縦長の箱が立っていた。
 うら若き乙女に、外で着替えろと?

「ちょ、セレナ、これは一体……」
「さぁさぁ! 早くお着替えください! 時間押してるんですから」
「え、ちょっと……」

 さぁさぁさぁと3人は更衣室とかいう箱に押し込められた。
 仕方ない、わけがわからないが言うとおりにしよう。何に着替えさせられるのかと思ったら、着慣れた地上部隊の茶制服だ。最初からこの服で来いと言えばいいものを。

「ちょ!? セレナ!! 何これ!?」
「あ、ちゃんと着替えてくださいねなのはさん。これは決まりですので。あ! フェイトさん! 大丈夫ですのでまだ出ないで!」

 外から困惑するなのはの声がした。何かトラブルでもあったのだろうか?

「皆さん、着替え終わりましたか?」
「終わったけど……」
「私も終わったけど、なのは? 大丈夫なの?」
「………」
「なのはさーん? お着替え終わりましたか?」
「……セレナ。後でお話があるんだけど」
「ひえっ!? ちちち違うんですなのはさん私はただの進行役で……!」

 哀れセレナ。なのはの声色は久々にキレちまっている時のそれだ。

「そっ、それでは! はやてさんから出てきてください!」

 どうやらセレナは進行に徹することで色々と誤魔化すことにしたらしい。
 一つ目の箱から出てきたはやての姿は、機動六課時代にも着ていた、ミッド地上部隊の制服である。自分で用意したものではないが、サイズはあっているようだ。

「はい。本局海上警備部捜査司令、八神はやて二等陸佐です」
「いやー、貫録のあるお姿、流石若手の星、八神司令です。次はフェイトさんお願いします」

 フェイトが更衣室から出てくる。これもお馴染みの、執務官の黒制服を着こんだ姿だ。
 凛々しい表情で皺ひとつ無い制服を着こなす姿は、局員たちのあこがれの的でもある。

「管理局本局執務官、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンであります」
「はいっ、ありがとうございます。バリッバリのキャリアウーマンって感じで素敵ですね! ……えー最後、なのはさんお願いします」

 声をかけられたなのはは、更衣室の扉を少し開け、顔だけを出した。横に並ぶフェイトとはやての格好を確認し、愕然としている。

「なっ……! なんで……なんで私だけヴィヴィオの制服なの!?」

 更衣室から出てきたなのはの姿は、St.ヒルデ魔法学院初等科の制服だった。

「あはははははは!! なんやなのはちゃんそのカッコ……!」

 いい年した大人が小学生の制服を着ているという絵に、はやては笑ってしまう。
 そして、その瞬間。

 ――罰の時を告げるその音が、大気を震わせた。


 デデーン     はやて アウトー


「はっ?」

 謎のナレーションの後、はやての元に女性がやってきた。戦闘機人のウェンディだ。

「え? 何? ウェンディ? え、なにすんの、ちょ、ちょっとウェンディ、痛あっ!?」

 一閃。
 無言で現れたウェンディははやての尻をソフト棒で叩き、無言で去って行った。
 普段は少しウザがられるほど騒がしいムードメーカーであるウェンディが、一言も発さずにいなくなるという図は、何やら恐ろしいものがある。

「いたた……い、今のは一体」
「えー、今のようにですね。お三方が笑ってしまうと、おしりを思い切り叩かれちゃいます。ちなみに今回のお尻シバキ隊は、戦闘機人集団『ナンバーズ』の皆さんでーす」
「な、なんやてー!?」

 唐突に、捜査官として培った推理力と関西人の血がはやての中でスパークし、大回転してビッグバンが起きた。
 つまり今回の招集は、そういうことなのだ。

「なるほどな……読めたで、フェイトちゃん、なのはちゃん」
「な、何か分かったの、はやて?」
「はやてちゃん?」

 はやては二人に向き直る。二人とも今の一瞬の出来事で混乱しているようだ。
 執務官服のフェイト。ヴィヴィオ服のなのは。

「……フフッ」

 デデーン はやて アウトー

「ああ! なのはちゃん卑怯やで! なんでそんなん律儀に着るねん! あ、オットー、お願い優しく……痛っ!!」

     ・
     ・
     ・

「ええと、制服を見てお分かりいただけたかと思いますが、今日3人には『新人管理局員の一日』を体験して頂きます」
「全っ然お分かりいただけないよ?」
「まぁなのはちゃん。落ち着いて……」

 はやては明後日の方向を見ながらなのはをたしなめる。妙に似合っているその服装は、視界に入れるだけで笑いかねない。

「つまりな、私たちは、笑うとお尻を叩かれるんよ」
「どういうことなの……」
「これは『新人管理局員の一日』ってシチュエーションの企画なんや。これから多分、次々襲い掛かってくるはず……笑いの、刺客が」

 3人に戦慄が走る。
 『笑ってはいけない』という状況……それ自体が、なんかもう既に笑える。ツボが浅くなるのだ。『この仕掛けは自分を笑わせようとして作られたものだ』という意識が念頭にあると、どんなことにも笑ってしまうというのが原因だが……それはともかくとして。
 そこに次々と、先ほどのなのはの服のような仕掛けが待ち受けているとしたら……?
 既に2回の攻撃を受けているはやては身震いした。お尻に物理防護フィールドを展開しなければ。
 なのはは思った。こんな格好他の知り合いに見られたら死ねる!
 フェイトは疑問を感じた。仕事はどこ行ったの? 広報部って暇なの?

「じゃあみなさん、こちらへ! 私についてきてくださーい。笑っちゃだめですよー」

 進行の声で、一行は移動を開始した。
 これいつまで着ないといけないの? という声を無視し、一行は管理局の敷地を歩いていく。幸いなことに一般人どころか局員も姿がない。もしいたら明日のニュースでは、エースオブエースのコスプレ写真が一面を飾っているだろう。

「ちょっとなのはちゃん、出来れば私の後ろを歩いてもらえると嬉しいんやけど。笑てまう」
「な! 私だって好きでこんな格好してるわけじゃ……」
「なのは、私は可愛いと思うよ!」

 フェイトから入った謎のフォローに苦笑ぎみのなのは。
 と、ここでセレナの足が止まる。

「おや? 何か声が聞こえますね。みなさん静かにお願いします」
《……すけて……誰か……》

 広域発信の念話が聴こえてくる。どうやらSOS信号のようだ。

「誰かが助けを求めてるようですね。局員として見過ごせません! 行きましょう!」

 そう言いながら、割とゆっくり歩きだすセレナ。

「あの、こんなゆっくりでいいの?」
「あ、メタなこと言うとですね、今日の出来事は全部演出なので、心配無用です。安心して笑ってくださいね~」

 今不穏な発言を耳にした。どうやら本当に、仕事ではなく、この謎の企画のために呼ばれたらしい。

《助けて……誰か……》
「……あれ。この声ユーノくんじゃない?」
「あ、ほんとだ」
《誰か……力を貸して……》
「うわーっ、懐かしいなぁ」

 高町なのはが魔法に関わることになったのは、このユーノによる念話が発端だった。
 懐かしく大事な思い出につい頬が緩みそうになるが、いけない。今は笑っちゃダメなんだった。

《誰か……魔法の力を……》
「すごい念話飛んできてるけど、本当にこんなにゆっくりで大丈夫?」
《助けて……力を貸して……》
《誰か……誰か……》
「なんやユーノ君妙にしつこいなぁ」
《誰か……》
《………》
《………》
《……なのは……助けてなのは……》
「プフッ」
「くすっ」

 デデーン  なのは はやて アウトー

「なんで名指しやねん! いっつ!」
「もー、こんな不意打ちあり? あ、ディエチ、ディエチは優しい子だから痛くしないよね? ね? ……いったあい!?」

 この痛み。魔導師としての経験から判断すると、C……いや、Bランクの近接打撃ではないだろうか。
 甘く、みていた。この『お仕置き』とやらは、本物だ。

「ディエチはなのはちゃんに落とされたこと気にしてたんとちゃう?」
「いったた……あ、あの時は仕方なかったでしょ……」
「なのは、大丈夫?」

 尻をおさえて涙目のなのはに駆け寄るフェイト。
 3回叩かれてる私は心配してくれへんの? と思ったが、口には出さないはやてだった。プライベートなどで3人が集まった時ならば、この程度のなのは優先はよくあることだ。今は、いずれ来るだろうツッコミの時に備え、体力を温存しておかねばならない。
 お仕置きの時間を終え、4人は再び進みだした。

《なのは……なのは……早く来てなのは……なのは……巻きでお願い……なのは巻き……》
「だからしつこいってホンマに」
「師匠っ! ナノハ・タカマチ、今そちらへ向かいます! なの!」
『!?』

 4人の背後から声がする。この面子の間では聞き馴染みの、なのはの声だ。しかし今のは彼女が発した声ではない。
 振り返ってみると、そこにいたのはどこかで見た顔の少女だった。短い髪を無理やりツーサイドテールに結っている。着ているのは3人が小学生だった時に見たことのある女の子らしい服だ。

「……もしかして、シュテル?」

 シュテル。星光の殲滅者。闇の欠片事件とか何とかでなんやかんやいろいろ縁が出来た、高町なのはのそっくりさんである。他にも同じ境遇の、フェイトっぽい水色の人とはやてみたいな顔の王様がいる。
 小学生の時のなのはの様な格好をしたシュテルは、4人を追い抜いて走って行った。

「誰か知り合いが出てくるのはある程度予測できたけど、まさかシュテルとは。あの子は超レアな登場人物やん」
「すごく久しぶりに会えて嬉しいんだけど、あれ私の真似してるの?」

 ユーノは無限書庫司書長という忙しい身であり、シュテルに至っては遠い世界の住人で、連絡も取れないはずだ。一体どうやって呼んだのか。

「皆さん、細かい事はお気になさらず。さっきの女の子を追いかけましょうか」

 後で問い詰めてやるとして今はこっちに集中しよ、物真似するならもう少し真面目にやってほしい、あの頃のなのは可愛かったなあ今も勿論可愛いけどね、等と考えながらシュテルを追いかけ、ユーノの元へ向かう一行。
 そうして駆けつけた先にあった光景は、強い光と暴風を放つ青い宝石と、風に飛ばされまいとして地面にへばりついている一匹の小動物だった。

「嘘……あれはジュエルシード……!?」
「あ、大丈夫ですよフェイトさん。演出です演出」

 懐からバルディッシュを取り出そうとするフェイトをなだめるセレナ。その間にも事態は進行していく。

「ユーノ師匠くん! 私が駆けつけたからには安心です! なの! このレベルの魔力波ならば、私が殲滅してみせますなのなのっ!」
「ああ、なのは! 助かっ……ウッ……ガガガ……アァッ……バアアアアアアァッー!!!!」
「ちょっと!? これユーノくん本当に大丈夫なの!?」

 封印が間に合わなかったのだろうか、ジュエルシードはさらに強烈な光を放ち、ユーノへと吸い込まれるように近づいていく。苦しげな声を上げながらユーノ自身も強く光輝き、みるみるうちにその体積を増していった。
 やがて光がやみ、そこに残ったものは。
 力強い二本の脚で地面をつかみ、太陽の光を背に天高く屹立する、体長10メートルをゆうに超えるであろう巨大なフェレットだった。

「………」
「………」
「……たぶん……」
『!?』

 全くわけのわからないシュールな光景に誰もが唖然としている中、頭上の方から、その雄々しい体躯に似合わないまるで賢者のような穏やかな声音が聞こえてくる。

「……たぶん……僕の、大きくなりたいっていう願いが……正しく叶えられたんじゃないかな……」
「………ンフフフフッ」
「んんっ」

 デデーン  なのは アウトー

「いっ今、フェイトちゃんも笑っいったぁーいっ!!」
「笑ってないよ。執務官だもん」
「どういう言い訳や」

 場にそぐわない、普段の倍くらい凛々しい表情をしているフェイト。軽装高機動型の魔導師であるうえ、臀部は彼女のバリアジャケットでも最も装甲の薄い部分である。
 たとえ断腸の思いで親友に嘘をついてでも、攻撃を避けなければならなかった。苦渋の決断である。

「むっ。新たなジュエルシードの気配だ! なのは、乗って!」
「あ、はい、師匠」

 巨大なフェレットはシュテルを背にのせ、素早い動きで去って行った。
 仕掛け人たちは唐突に現れ、嵐のように暴れたのち唐突に消え去る。この場はまるで何事も無かったかのような静けさだ。唯一先ほどと違いがあるとしたら、尻をおさえてうずくまるなのはの姿くらいのものだろう。

「うぐぐ……ノーヴェは力持ちなんだから加減してもらわないと……」
「な、なのは、大丈夫……? あの、ごめんね?」
「フェイトちゃんも笑ってたでしょ! 裏切りものー!」

 あかん。もう既に仲間割れしかけている。このままでは無事では帰れない。私たちに訪れるのは……確実な、痔――。
 二人の親友で、上官でもある私が、うまく場をまとめなくては。はやては気を引き締めた。

「はやてちゃん、はやてちゃん」
「ん?」
「コロナのまね」

 長い髪を二つ結びにして、小学生の服でポーズを決めている高町教導官。よく見れば顔が少し赤い。恥ずかしいならやらなければいいのに。

「ンンッ……ンフッフッフッ」

 デデーン はやて アウトー

「ああああもうっ! 全然おもんないのに! 全く笑えるポイント無いのに、あううっ!?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「許さん」
「ごめんねはやてちゃん、ちょっと魔がさしちゃって……機嫌直して?」
「なのはちゃん……後で仕返しするよ……覚悟しといた方がええで」

 この子はやってはならないことをした。自分が二人を想って団結を呼びかけようとしていた所にこれである。
 もはやただでは済まさぬ。後でなのはちゃんには本気を出した私のお笑いスキルの恐ろしさを、その形の良い尻でたっぷりと味わってもらおう。そう静かに暗い闘志を燃やすはやてだった。

 現在、なのは達一行はまだ屋外を進んでいる。すると、進行方向に4人の人影が現れた。

「おや? 一般の方が世間話をしてるようですね。こちらに並んで見守りましょうか」

 本来、局の敷地内で一般人が井戸端会議など滅多にない。割と雑な設定だった。
 世間話をしているのは、またも3人の見知った顔だ。

「あれ、エイミィ。お前もペットの散歩か?」
「おーっす、ヴィータちゃん。ほらアルフも挨拶!」
「わん!」
「おう。ザフィーラ、お前も挨拶しろ」
「てぇえおおおおおおおおああああっ!!!」

 全員セーフ。ザフィーラの叫び声には結構慣れていた。
 アルフとザフィーラは人間形態のまま首をリードに繋がれて、それぞれエイミィ、ヴィータに引っ張られている。しかもアルフは久々に見せる大人形態だった。とてもアブナイ絵である。使い魔の権利保護団体が見たら卒倒しそうな光景だった。

「……まぁ子供の頃は私もよくザフィーラと散歩に行っとったけどな……あくまで獣形態やからな……」

 こうやって懐かしい思い出をネタにされると、なんとも言い難いものがある。
 飼い主二人が世間話をしている間、使い魔二人はその後ろで大人しく立っている。よくできたワンちゃんである。

「……そんなわけでね、うちのアルフったら高級ドッグフードしか食べないんだよ。子供達より食費かかってるから困っちゃう」
「そうなのか? 大変だな。ザフィーラなんか安物で満足してるぞ」

 そんな会話が流れた後、アルフとザフィーラの顔つきが変わった。近接打撃の構えまでとっている。何故か一触即発の空気を醸し出した二匹。
 急に会話を始めた。人語で。

「あんたのご主人様は間違ってる! ご主人様の道を正してあげるのも、私たちの役割だろう!? 安物で満足なんか、出来るはずが!」
「……我が主は、この事は何もご存じでない。全ては私の意思だ……主の家計を守るのもまた、盾の守護獣たる我が務め。その為ならば、例え80グラム100円の、ぬぅっ!?」
「ほら行くぞ、ザッフィー」
「ヴィータちゃん、またねー」

 喋っている途中で首に繋がったリードを引かれ、えずくザフィーラ。4人は二手に分かれるようにして去って行った。
 残されたメンバーは、真顔ではやてを見る。確かザフィーラが食べているのははやての料理のはずだが、何やらはやては厳しい表情だ。もしかして今の話、実話?

「……いや、ザフィーラが……めっちゃ真剣な声で……ペディグリーチャムなる物を食してみたいのですとか言うから……」
「フフ」

 デデーン なのは アウトー

「いやな? そんなドッグフードに高い安いとかあるなんて調べてなくて、目についた物買って行ったら美味しそうに食べとったから……」
「もういいから。この話終わろ! あいたーーっ!?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「見えてきましたね! あれが本日のお三方の職場です!」

 行く手に建っているのは管理局の隊舎だ。
 新人局員の研修体験のはずなのに、隊舎にたどり着くまでに既に体力をかなり使わされた。しかも笑わせる内容は全然管理局員の仕事関係ない。一言文句を言いたい気分のメンバー達だった。
 せめて少し休憩がしたい。クーラーの効いた室内で。

「さ、こちらが隊舎入り口ですよー……おやぁ? あちらのベンチで休憩してらっしゃる方がいますね。新人として挨拶に伺いましょうか!」

 出た。この白々しい『おや?』ほど腹の立つものは無い。今度は誰だろうかと渋々3人は後に付いていく。
 隊舎入口から少し離れた屋外の休憩所。そこに座っているのは元機動六課フォワードのキャロと、その使役竜であるフリードだ。

「あ、キャロだ。会うの少し久しぶりかも」
「ストップですフェイトさん! 彼女何かお話中のようですよ。こちらで聞いてましょうか、皆さん並んで下さい」

 家族と言っていい存在であるキャロにフェイトが声をかけようとするが、それは止められてしまう。なるほど、仕掛け人にこちらから話しかけるのは禁止のようだ。
 残念そうな表情になりながらも進行役に従うフェイト。視線の先、休憩所でキャロが口を開いた。

「……最近フリードさー、エリオくんと仲良くし過ぎじゃない?」
「キュクルー」

 やさぐれた表情で気だるげにセリフを吐くキャロ。いつもとキャラが違うことに3人は驚かされる。
 話相手は竜のフリードである。

「あのさぁ、エリオくんの隣は本来わたしの場所なんだよ? いわばメインヒロインだよ。百歩譲ってもルーちゃんとかはサブだよ。フリードも長い付き合いなんだから、こう、空気を呼んでほしいと思うんだよね」
「キュクルー」
「フリードはあくまで一歩引いたところから接するべきだと思うの。むしろエリオくんの前ではわたしを立てる気遣いを……」
「キュクルー」
「わたしがいるのにフリードの話ばっかりするんだよ? いない時にも邪魔するなんてどうよ? 召喚獣としてどうなのよ?」
「………」
「だからさー、少しは弁えてほしいというか。竜と竜召喚士と、竜騎士くんの立場を……」
「うるせえ桃チビ」
「!? フリードリヒっ! 今何て言った!?」
「キュクルー」

 デデーン  なのは はやて アウトー

 チビ竜と桃チビは取っ組み合いのケンカを始めた。卵から育ててあげた主に向かってっとかキュクルーとか言いながら暴れている。しかし聞き間違えでなければ、フリードが人語を話したように聞こえたが……真相は謎である。
 「キャロがグレちゃった……」とオロオロしている一人を尻目に、残りの二人は尻を殴打されていた。痛そうに尻をさすりながら立ち上がる。

「キャロに意外なライバル出現やな……」
「お取込み中のようですね、皆さん行きましょう……フェイトさん! キャロさんは大丈夫ですよ!」

 進行に従ってサクサク、オロオロと移動を開始する一行。流れが大体わかってきたようだ。
 ついに隊舎へと足を踏み入れる。しかしここは笑いの刺客たちが潜む魔境だ。はたして3人は無事にここを出ることができるのだろうか。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「この部屋です。中で長官が待っていますので、挨拶をしましょう」

 今度はどの暇人が出てくるのか。まさか本当に上官が出てくるわけは無いだろうが、意外な人物で笑いを狙ってくるかもしれない。用心した方がいいだろう。
 失礼します、と司令室に入っていく4人。待っていたのは――

「えー諸君。今日はよくぞ来てくれた。長官の、高町・セイクリッドカイザー・ヴィヴィオです」

 偉そうに高級そうなイスでふんぞり返るヴィヴィオだった。
 なんだヴィヴィオか……まぁ確かに偉い人オーラは持ってる子だ。七色に光るし。しかし大物登場による笑いは回避出来たが、他の皆の反応はどうだろう。そう考えながらはやては横に並ぶ2人の様子を盗み見る。
 フェイトは「ヴィヴィオ~」などと言いながら手を軽く振っている。対する長官も満面の笑みで手を振り返している。あれ、フェイトちゃん普通に笑てへん? めっちゃ微笑んでるやん。
 なのははヴィヴィオと目を合わさないようにそっぽを向いている。娘に恥ずかしい格好を見られて気が気でない様子だ。可哀想に。

「うおっほん! 八神はやて君! よろしく」
「え、あぁはい、よろしくお願いします」

 いつの間にかヴィヴィオがはやての目の前に来ていた。今日一日この部隊に所属する挨拶として握手を交わす。

「フェイト君! よろしく」
「よろしくお願いします、長官」

 二人と握手を交わし、最後の一人、なのはの前まで移動するヴィヴィオ。

「あ……ヴィヴィオ……その」
「……なのは……くん……ブフッ……一日、がんば、ンフフ……くれたまエヒヒヒヒヒヒ」
「くふふふ」

 デデーン  はやて アウトー

 肩を震わせながらなんとか挨拶を終えた様子のヴィヴィオ。釣られてはやても笑ってしまった。なのはは顔真っ赤。

「もーヴィヴィオ? 誘い笑いはあかんやろ……うわ! ノーヴェや!」

 尻を叩きにやってきたのはノーヴェ・ナカジマだ。
 お仕置き隊員達にも当たりはずれがある。彼女たちは一人一人、叩く威力が違っており、弱いのもあればかなりの強打もある。そして近接戦特化に調整された戦闘機人であるノーヴェの筋力は姉妹中でもトップの辺りに位置する。つまり、当たりだった。
 面と向かってうわ! などと言われた日には、最近は温厚なノーヴェも少し嫌な気分になる。手加減は出来そうにないようだった。

「お願い、ちょっと弱めにして? な? ノーヴェっ……! あ、あ……ひぐぅッ!?」

 懇願もむなしく、部屋に快音が響き渡る。ジャストミートだったらしい。
 うずくまり、尻をおさえて呻いているはやての声を無視し、長官ヴィヴィオが話を切り出した。

「さて、本日は局の魔導師として働いてもらうわけだが……君たち、コールサインは持っているかね」
「えっと……」

 コールサインというと、局員が作戦行動中に使う、各隊員たちの呼称のことだ。例を挙げると、ライオット1とかスターズ1とかいうアレのことである。
 尻を庇うようにしてゆっくり立ち上がるはやてが、苦悶まじりの声で返事をした。

「……いえ、持っていません」
「ふむ、では私が直々に考えてあげようか」

 嫌な予感しかしない提案だった。コールサインというのはわざわざ考えてつけるものではなく、所属部隊名やミッション中の役割からとる簡素なものである。

「ええと、では、はやてくんから」
「は、はい」

 一体どんなへんてこな呼称をつけられるのか。こんなくだらないネタでは笑うまいと、はやての身体が緊張で強張る。
 ヴィヴィオはそんなはやてのすぐそばまで近づき、わざわざ背伸びして、耳元で囁いた。

「歩くたぬき」

 ――コールサインでもなんでもないやん!!
 心の中で盛大にツッコむはやて。なんとも間抜けな言葉の響きから漂う笑いの空気を振り切ることに成功した。トップバッター特有の不意打ちを回避できたのは八神はやてだからこそ出来ることだろう。なお、フェイトの方からは吹き出すような音が聞こえたが、ジャッジには見逃されたようだ。

「次、フェイトくん」

 コールサインという名の、ただのあだ名。
 どんなひどいものが来るか分からないが、耐えるしかない。しかし耳元までやってくるヴィヴィオのタメが長いのがまたいやらしい。絶妙な間から、フェイトのあだ名が繰り出された。

「単身赴任」

 そこにはなかなか家に帰ってこないフェイトママへの恨みが込められているように思えた。フェイトに痛恨の精神ダメージ。他二人の顔が歪む。笑いをこらえているのだろう。

「最後、なのはくん」

 顔を近づけ、ヴィヴィオは不安げな表情のなのはを安心させるように笑顔を見せる。そこにあるのは確かに美しい親子の形だった。そして、娘から母に贈る言葉とは。

「ドメスティック・バイオレンス」
「ヴィヴィオ! そこになおりなさい!! 冷やすから!!!」
「どうどう! なのはちゃん、ンフッ、落ち着いて!」

 親子の絆ごと堪忍袋の緒がプッツンした。仲良し家族と近所でも評判の二人の間でも、言って良いことと悪いことがあるのである。しかしヴィヴィオは意外とスターライトブレイカーの痛みや教導官ゆえの厳しめな魔法教育を根に持っていたのかもしれない。
 これはまずいと他の二人が仲裁に入る。

「ごめんねなのはママ、これ台本だから……」
「ヴィヴィオ、そんな酷いこと言う子に育てた覚えはありません。ちゃんと後でなのはママに謝ろうね?」
「単身赴任」
「フフッハッ」

 デデーン はやて アウトー

 吹き出すはやて、瞬時に落ち込むフェイト。長官室はもうめちゃくちゃだ。
 見かねたセレナが、なのはをたしなめながら声を上げる。

「あ、ありがとうございました長官! これにて失礼します。皆さん、出ましょう」

 それから少し時間をかけ、落ち着いたところでぞろぞろと出口へ向かう一行。尻のダメージが大きいはやてもなんとか立ち上がり追従する。
 部屋から出かけた所で、思い出したようになのはが振り返り、言った。

「……ヴィヴィオ! 明日の晩御飯、ピーマン祭りだからね!」
「ええーっ!? なのはママぁ! そんな殺生な……」

 実に威厳皆無なセイクリッドカイザーさんである。
 一時は家庭崩壊の危機かと思われたが、よく思い返してみれば高町家では割とよくある光景だった。そしてそんな親子の愛に満ちたやりとりを見るフェイトの顔をよく見ると、頬がだいぶ緩んでいる。

「……フェイトちゃんさっきから普通に笑てるやん」

 指摘され、しまった!と言わんばかりの顔になるフェイト。
 ……しかし、ナレーションが聞こえてこない。それを察するとキリリと凛々しい顔になった。

「私が笑ってる? はやては何を言ってるのかな? そんなの、一つの世界に危険なロストロギアが二種類以上発見されるくらいあり得ないよ」
「……いや、それは割とあり得るんとちゃう……?」

 ジュエルシードと闇の書はなんだと言うのだろうか。
 言い訳はトンチンカンだが、フェイトがアウトになっていないのは事実だ。というか、一回もアウトになっていない無傷なんじゃ……?
 これはおかしい。贔屓じゃあるまいか。

「……もう。審判フェイトちゃんへのジャッジ甘くない? ちゃんとしてー」

 デデーン  はやて アウトー

「なんでやねん!!!!」

 理不尽な暴力がはやてを襲う。脚本の悪意が見えるようだ、とはやては思った。
 やってきたお仕置き人は……ナンバーズ3番、留置所にて拘留されているはずの、トーレだ。

「えっなんで? 何であの子がここにおるん? ちょ、待って……!」

 いきなりシュテルが出てきた辺りで予想していたが、この企画にはあり得ない人物も参加しているらしい。どうやったんだ、管理局。おかしな展開の連続に、流石のはやての頭もクエスチョンマークが飛び交っていた。

「いや、待って! あかん! オーバーSはあかん! いやああああああっ!!」

 ――お仕置き隊員達にも当たりはずれが存在する。つまり、トーレは唯一無二の大当たりだった。

「はやて……ご、ごめんね……」

 心にダメージを負ったなのは。未だ無傷のフェイト。既に死に体のはやて。
 だがまだ笑いの地獄は始まったばかりである。果たして3人はこの先生きのこる事が出来るのだろうか!





[38691] 中編
Name: もぬ◆b7479173 ID:672024a5
Date: 2013/10/11 01:31

「ここが休憩室ですよ。私が来るまでゆっくりしてて下さいね」

 長官室を後にしたメンバーに、ようやく休息の時が訪れる。
 開始から大して時間も経っていないはずだが、笑いを禁じられ、尻を何度も叩かれた彼女たちは疲労していた。

「はぁ、やっと休める……ねぇセレナ。着替え、無い?」
「ありません。あっ、あぁそれと三つの机はこちらから、なのはさんはやてさんフェイトさんの順に使ってくださいね、それではっ!」

 返答をした瞬間、昏い眼差しで自分を見つめてくるなのはから逃げ出そうと、早口ぎみになるセレナ。
 しかし踵を返して退散しようとした矢先、はやてに肩を掴まれ、止められる。

「待った。一個聞きたいことが出来たんやけど」
「ちょ、放してくださいはやてさん! 後で何でも教えますから!」
「だーいじょぶ大丈夫、なのはちゃんはセレナのこと襲ったりせえへんよ。今はまだ……」

 長い付き合いであるはやての見立てでは、なのはの頭冷やすゲージの溜まり具合は6割強といったところだ。まだ余裕がある。
 そんなことより先ほどのセレナの台詞だ。この休憩室では座る席が決まっている、と言った。つまり、最初の更衣室がそうだったように、ターゲットを特定したなんらかの仕掛けが施されているということではないか?

「セレナ……この休憩中に笑ってしまったら、どうなるん?」
「あ……すみません、すっかり説明を忘れてました。お察しの通り、休憩中も笑ってはいけません」
「ええーっ!? それ休憩って言わないよ!」
「はわっ!? すすすすみませんなのはさん! 私はただの下っ端でして! 何卒ご容赦を……!」

 ビビり過ぎである。椅子から立ち上がって少し詰め寄っただけでこんな反応をされては、不屈の心も傷つくというものだ。昔親友の赤い子に「悪魔め……」と言われた時のショックを思い出すなのはだった。

「やっぱり油断は出来ない、か……はい。セレナ、もう行ってええよ」
「はい! ごゆっくり! な、なのはさん。明日になったらその格好の事、きっと皆忘れてますよ! それでは失礼します!」
「うう……これでも敏腕教導官として売ってるのに……」

 敏腕? はやてが耳に挟んだ話だと……堅実に鍛えてくれた上で、教導時と普段のギャップが可愛い、笑顔が可愛い、バスターで撃たれるのが気持ちいい等、高町一等空尉は癒し系教導官として評判らしいのだが……そこをつっこむと笑ってしまいそうなので忘れることにした。
 セレナが去った休憩室は、自然と静かになっていく。余計な発言が笑いに繋がりかねないからだ。
 女三人寄ればかしましいと言うが、この日ばかりは楽しく談笑というわけにもいかない。重苦しい空気のまま時間が流れていった。

 しかし、八神はやての考えは、尻を守ることに集中している保守派の二人とは少し違っていた。彼女は虎視眈々と狙っていたのだ。自分を陥れた二人に報いを与える機会を。
 ノーヴェに叩かれたあたりからオートで発動していたフィジカルヒーリングによって、尻の痛みも落ち着いてきた。二人の緊張もほぐれてきた頃だろう。ここらで一発かましてやる。
 まずは話題作りから。普段通りのお喋りで切り出して、巧みなトークによっていつの間にか自然に笑わせようという魂胆である。

「二人はええよな。安産型やからダメージ少ないやろ」
「……はやてちゃん。セクハラだよ?」
「いやいや、純粋に羨ましいと思ってるんよ。私も二人みたいにスタイル良くなりたかったわ。中学生の時くらいから成長止まってしもうて」

 これは実際に、はやての小さな悩みの一つである。親しい上司からはいつまでたってもチビだぬき呼ばわりだ。少しでも大人っぽくみせようと、最近は髪を伸ばしたり大人の女性らしい服を選んだりしているのだが……。中三の頃は、なのはちゃんよりおっぱいあったのに。世界はいつだってこんなはずじゃないことばっかりや。

「この前もお酒を飲みに行ったら、未成年と間違えられて身分証見せる羽目になったし。フェイトちゃんみたいなグラマー美女になりたかったで……」
「ふーん」
「私は、はやてくらいの身長が可愛いと思うな」

 状況が状況なので、真顔で冷たい反応をするなのは。大分警戒されているようだ。
 フェイトは律儀に話題に乗ってくれている。甘い……甘いでフェイトちゃん。はやてはターゲットを絞った。

「そういえばフェイトちゃんは身長伸びるの早かったっけ? まぁミッド出身の外国人さんなんやから、日本人より大きくなるのも納得できるけど。昔はそれでお悩みやったよね」
「うん。その時ね、シグナムに相談したんだけど何て言ったと思う? 『背が高くなれば手足も長くなるから、剣の差し合いでは有利になるぞ』だって」
「あははははっ、あっ普通に笑うてもうた」デデーン

  はやて アウトー

 普段通りのお喋りで自然に笑わされたはやて。どうやら緊張がほぐれて油断していたのは、彼女の方だったようだ。
 素早く現れたお仕置き隊員は、片手剣、二刀流の扱いに慣れているディード。休憩室だろうが、構わずにお仕置き隊は入ってくる。やはり休息の時間など無かったのだ。
 過酷な状況に身を置かれている3人。他者から見れば少し気の毒でもある。しかし、このはやての場合は完全に自爆である。別室で待機して様子を見ていたナンバーズ達に同情の念はなく、やはり一切の手加減もない。いつだって全力全開だ。ディードの持つ紅く光るソフト棒が、うなりを上げてはやての尻へと振り落とされる。

「くうっ! 恨むでフェイトちゃん! っ……ぅあいったぁああああもう!」
「え……? ご、ごめん」
「自業自得だよはやてちゃん。私たちのこと笑わせようとしてたでしょ」

 ……今回は返り討ちにあったが、チャンスはまだあるはずだ。絶対になのはちゃんとフェイトちゃんを喘がせてやる……!
 諦めの悪さに定評のある八神はやては、内心でいっそう黒い炎を燃やしつつ、尻にかかったフィジカルヒールの出力をやや上げた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 一旦は懲りたのか、はやても大人しくなり、休憩室には再び静寂が訪れる。三人は部屋に準備されていた飲み物で一服し、ある程度の緊張を保ちつつもゆったりと過ごしていた。
 ここで、手持ちぶさたになったなのはが、自分の机に引き出しがあることに気付く。特になにも考えずに、何気ない仕草で、それを開いた。

「……? なんだろ、これ」

 引き出しから出てきたのは、一冊の本だ。厚さは辞書くらいはあるだろう。重いそれを手に取り、矯めつ眇めつしてじっくりと見る。

『私が佐官まで駆け上がれた666の理由』

 表紙にデカデカと書かれたそんなタイトルの、左下に目を凝らす。

『著 八神はやて』

「っ……!! う、んんっ」

 ――危なかった。あまりの不意打ちに吹き出すところだ。隣で何も知らずにぼーっと座っているはやての気配が、何故かさらに笑いを誘ってくる。こんな本出してたんだ。
 休憩室とは名ばかり。やはり仕掛けが施されている!

「……はやてちゃん、これ」
「ん? 何……ちょおっ、なんでなのはちゃんがそれを!?」

 本を見るや否や、素早くなのはからそれを奪い取るはやて。顔を紅潮させながら、両腕で本を抱えて表紙を隠す。
 その反応から察するに、どうやらあれは黒歴史の書らしい。

「机の引き出しに入ってたの。はやてちゃん、いつの間にそんなの書いてたの? あんまりキャラじゃないような」
「いやその、広報部にまんまとのせられて……あとこの頃は少し調子に乗ってたっていうか……」

 エッセイだか自己啓発本だか知らないが、のせられて辞書みたいなものを書くはやては相当アレだった。

「すごく分厚いよね……何ページあるの?」
「666ページやけど」
「フッ」
「今なのはちゃん笑たんちゃう?」
「え? せき込んだだけだけど? エェッフエッフ、んんーっ」

 ……アウトのアラームが鳴らない。どうやら先ほどの笑いは見逃されたようだ。なのははほっと胸を撫で下ろした。その一方で、恥ずかしいものを持ち出された上に笑いも取れなかったはやての心中はぐぬぬ状態である。
 そしてその間、関わらないように自分の席で大人しくしていたフェイトであった。

「……まぁこれは私が処分しておくとして。なのはちゃん、これ、引き出しの中に入っとったんやな?」
「うん。上の引き出しに」

 各机には引き出しが二つ付いていた。小物を色々入れられそうな上段、書類等をしまう用の下段だ。非常に分厚い『私が佐官まで駆け上がれた666の理由』は上段にちょうどギリギリ収まっていた。
 ここで先ほどのセレナの発言に感じた疑問が、はやての脳裏に思い返される。机まわりに仕掛けられているであろう笑いのトラップ……それはおそらく、引き出しの中身だ。
 そうとなれば攻略は簡単。引き出しは、開けなければ良い。見えている危険にあえて手を出すほど、はやては愚か者では無かった。

「二人とも、引き出しは開けないように――」
「あっ、なんかDVDが出てきたよ」
「またフェイトちゃんや!! もうこの子あかん!」

 いまいち笑いのツボが分からない、たまに人の話を聞かない、何故かジャッジに贔屓されている、天然マイペースのボケ殺し。それがはやてが倒すべき敵、フェイト・T・ハラオウンという女だった。
 さらに制止する間もなく、すぐに下段の引き出しも開けて確認している。唐突に行動力を発揮するフェイトにかなりヒヤヒヤさせられるはやて。

「下は何もない……私の引き出しから出てきたのはこれだけだね。『そこのプレーヤーで再生してネ!』ってメモも一緒に入ってたよ」
「あんな、フェイトちゃん……私は、引き出しは開けるなって言おうとしてたんやけど」
「あぁ、ごめんね? ほら、危険は早めに処理した方がいいと思って……執務官的に……」

 そんなことを言いながら、席を立つフェイト。部屋に備え付けられていたモニターの下まで歩を進め、DVDプレーヤーの電源を入れる。

「フェイトちゃん、まさか再生する気なん!?」

 そこまでおバカ……もとい、ノリのいい子だとは思わなかった。セレナもいないのだから、自分たちがこのDVDを見る義務など無い。叩かれたくないのならこの休憩室でとるべき行動は『大人しく座っていること』だ。フェイトはそれが分からないのか。そういえば一回も尻を叩かれていない。実は最初から仕掛人側なんじゃ……?

「私のところに仕掛けられてたモノは……私が何とかしないといけないっていう、責任があるから」

 真剣な表情で静かに決意を告げるフェイトに、はやては息を飲んだ。フェイトちゃんは仕掛け人なんかじゃない。ただの――アホや。
 言ってることは一見カッコよかったが、やってることはテロだった。DVDを見せられるのは1人ではなく3人である。
 ……まぁいい、せっかくの仕掛けを無視しては企画側も困るだろう。いざとなったら目と耳を塞げばいい。フェイトちゃんの恥ずかしい映像お宝VTRかもしれへんし、ここは放っておこう。ただし私の引き出しは開けない。
 なんだかんだでノリは悪くないはやてだった。

「はやて、何か今失礼なこと考えなかった? ……じゃあ再生するね」

 スイッチを入れると、モニターに徐々に映像が浮かびあがる。壮大なBGMとともに現れたのは画面いっぱいの文字だ。DVDのタイトルだろう。

『医療少女メディカルシャマル THE MOVIE』

 その文字を見て、一瞬にして自分が大爆笑している未来を予見したはやては素早く席を立つ。

『神楽井ゆずこちゃんは極々普通の小学生……』
「やっぱり見るのやめよ。ええな、フェイトちゃん」
「う、うん……」

 停止ボタンを押してDVDを取り出すはやて。ヴォルケンリッター達と繋がっているリンクのうちの一本から悲しみの叫びが聴こえてきたような気がしたが、無視した。
 正直な気持ちとしては、内容が気になるフェイトとなのはだったが、先ほどのタイトルからある知人の満面の笑みを連想し、ナンバーズ達にお仕置きされる自分を想像し、ここははやてに従うことにするのであった。

「今の映像の冒頭でわかったやろ。二人とも、もう引き出しとか部屋の備品には手を出さん方が」
「うわっ、なにこれ! 変なの出てきた!」
「私の話聞いてた? なぁ」

 なのはの引き出し下段から出てきた物。それは、押しボタンだった。
 小さな台に、洗練された丸いフォルムが鎮座する。人間の本能を刺激するその形を目にして、なのはの心に小さな衝動が沸き上がった。……押したい。
 ごくりと喉を鳴らすなのはを咎めるような視線で射抜くはやて。関西人の勘が言っている――ソレは、押してはならない。

「なのはちゃん……押すなよ。絶対に押すなよ!」
「………」

 わかっている。押したら取り返しのつかないことが起きるのは。だが……本当にこれをスルーしていいのか。見つけた仕掛けを放っておくのはセレナたちが可哀想な気がしないでもない。それに自分の机から出てきた物なのだから、はやてちゃんはきっと大丈夫だろう、押す権利は私にある。しかしあの打撃を進んで喰らいにいくのは馬鹿だ。半端な防御魔法でも抜かれてしまう。危険だ。でも押したい。とにかく押したい。その衝動はどんどん大きくなっていく。
 逡巡するなのはの頭上で、純白でピンクの翼を持つツインテール天使と、炎熱砲撃が得意そうな服装の悪魔が言い合いを始めた。

《ダメだよっ! 押したらだーめ! フェイトちゃん達に迷惑がかかるかもだよ》
《むしろ大歓迎じゃない? フェイトちゃんは一回くらい叩かれた方がいいよ》
《またヴィヴィオの制服みたいに恥ずかしい事になっちゃうかもしれないじゃない!》
《それは嫌だけど……笑って叩かれるのははやてちゃんだし、この状況なら武器になるから、内容によっては許せるかな》
《悪魔め……》
《悪魔で、いいよ……》

「えい」

 いつだって目の前の壁はぶち破ってきた。逃げない。自分の道を曲げたくない。
 そうして、なのはの手によってボタンが押された。忠告を無視し、自分の意思を貫き通した結果は――

 デデーン  なのは ギガントハンマー

「……えっ」

 休憩室の扉を開けて現れたのは……ヴィータ。先ほどは私服姿でザフィーラの散歩をしていたが、今はバリアジャケット姿で、デバイスもセットアップしている。

「……アイゼン」
《Jawohl!》

 重厚な音を立ててカートリッジがロードされ、グラーフアイゼンは巨大な槌であるギガントフォルムへと姿を変えた。ヴィータはそれを構え、後ろを向け、となのはに促した。
 その仕草で、これから自分に何が起きるのか、なのはは察してしまった。

「……ねぇ、ヴィータちゃん……嘘……だよね? こんなの……私たち、友達だよね……!?」

 泣きそうになりながら後ずさるなのは。はやてはだから言ったのに……と言わんばかりの呆れ顔で、合掌している。ご愁傷様というジェスチャーだ。フェイトを見ると、ほろりと涙を流しながら十字を切り、両手を組んで祈っている。やはりご愁傷様というジェスチャーだ。

「いや……やだ……うそ、ヴィータちゃん、そんな、あああああああああああああああっ!!!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 惨劇から十数分が経過したころ、なのはがゆっくりと席から立ち上がった。他の二人から見ると、一時は死んだんじゃないかと思えるほどの惨状だったのだが、ダメージは回復したのだろうか。流石は不屈の女、高町なのはである。
 ゆったりと、はやての元にやってくるなのは。その緩やかな動きは幽鬼のようにも見え、はやてに不吉な何かを感じさせた。その無表情からは何を考えているのか窺い知れない。

「な、なに? なのはちゃん」
「………」

 瞬間、桜色の光条がはやての身体に巻き付いた。それは瞬く間に身体を縛り付けていく。なのはによるバインドだ。

「な、なのはちゃん! 何のつもりや!」
「……あ、ほら。はやてちゃんの引き出しからも出てきたよ? ボ・タ・ン」

 はやては恐怖した。なのはの狙いは、引き出しを開けこちらを道連れにすることなのだ。その声音からは普段の朗らかさなど微塵も感じられない。どうやらハンマーで叩かれたときに、思いやりとか優しさとか色々とぶっ壊れてしまったようだ。なのはは実に楽しげに、嗤っていた。暖かさなど感じられない、獲物を狩る側の笑み。……ていうか笑っとるやん!!! アウトやろ!!
 はやてには分かる。あのボタンを押したら自分がどうなるか。だからこそ引き出しを開けないでいたのに、こんな形で仲間からの明確な裏切りがあるとは思わなかった。

「あかん……こんなんおかしいでなのはちゃん! やめて!」
「いいじゃない。2回もヴィータちゃんは出てこないだろうし、どんな仕掛けがあるか気になるでしょ」

 なのはは分かっていない。この世界には天丼――TENDON――というものがあるのだ。だから、それを、押してはいけない。はやては見えている危険に手を出すような愚か者ではない。ないのだ。

「っ……! フェイトちゃん! ヘルプ!!」

 もはやなのはは正気ではない。押すのをやめてはくれないだろう。この強固なバインドも短時間で破れるものではない。一縷の希望を抱いて、この場にいるもう一人の仲間に呼びかけた。
 助けを求められたフェイトははやてを遠巻きに見つめながら言った。

「ごめんはやて……私も押したらどうなるか、ちょっと気になる」

 この時、二人の親友に裏切られたはやての脳裏に浮かんだ景色は、小3のクリスマス、病院の屋上で見せられたものだ。
 よみがえるトラウマ。今の二人はあの時はやての目の前でヴィータとザフィーラを貫いたのと同じくらいの外道に思えた。遠き地にて闇に沈めてやりたいレベル。まぁ今は別にリーゼ達もグレアムおじさんも1ミリも恨んでないけど。
 なのはの手が、ボタンへと伸びていく。もはや止めるすべはない。絶望が、はやての心を支配していく。

「いや……だめっ、やめて……! やめてぇぇぇえええええええええええええっ!!!!!」

 デデーン  はやて ギガントハンマー

 やってくるヴィータ。心なしか少し残念そうな表情のフェイトは天丼がお気に召さなかったらしい。なのははというと、てへぺろ☆とでも言ってそうな顔をしていた。はやての中に憎しみが沸き上がる。

「……ごめん、はやて」

 そんなヴィータの声を聞いたのを最後に、はやての記憶は数分間途切れることとなる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 数分後、休憩室は戦場と化していた。
 ダメージから回復したはやてが、なのはの持つボタンを押そうと襲い掛かったのである。そうはさせまいと応戦するなのは。逆にもう一度はやてのボタンを押してやろうと立ち上がる。そうして仁義なき戦いが幕を開けた。(※魔法は使用しておりません)
 取っ組み合いから始まった争いだが、現在は膠着状態にある。歴戦の魔導師たる二人は自分の守るべきボタンを片手に、互いに注意深く彼我の距離を測り、じりじりと詰めていく。そして巻き込まれたくないフェイトは膝を抱えて、部屋の片隅で震えていた。自分も戦いの原因に関わっていたのに卑怯なものである。罪悪感をもちながらも、二人から同時に責められるのを恐れて仲裁出来ないフェイトだった。

 ここで、はやてが攻勢に出た。本来、広域殲滅魔法を得意とする彼女とて、騎士の端くれ。魔法戦で活かすことは滅多に無いが実は少しクロスレンジの心得がある。
 もう尻を叩かれたくない、なのはに一泡吹かせてやりたいという一心がエースオブエースの不意を衝くに至り、絶妙な体捌きでなのはの守りを潜り抜けたはやての手が、ボタンに、届いた。

「とったっ!」
「あっ! やられた――」

 デデーン  はやて ギガントハンマー

「なんっっでやねんっ!!!!!」

 残念、なのはの持つボタンは、押した人間もしくはランダムで選ばれた人間がアウトになる代物だったらしい。
 ボタンを思い切り床に叩きつけるはやて。その背中には理不尽と戦う人間の哀愁があった。

「あはは……もうあかん……」

 虚ろな表情でギガントハンマーを受けるはやてはとても見ていられるものでは無かったという。
 それを目にしてようやく反省するなのはだった。次からははやてちゃんを労わろう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 数十分後。そこには何事も無かったかのようにお茶を飲むはやての姿が!
 出力マックスのヒーリング、痛覚遮断、複合多層式バリアを惜しみなく尻に展開した結果である。歩くロストロギアと呼ばれているだけはあった。
 3人とも仲間割れについて反省したのか、ボタンを引き出しの中に戻し、大人しく休憩している。
 しかしその安寧を壊すかのように、唐突にモニターの電源がつき、映像が流れ始めた。警戒し身構える3人。

『高町なのは一等空尉主演 機動六課プロモーション ミュージックビデオ『星空のspica』』
「な……!」

 流麗なイントロと共にモニターに現れるのは高町なのは。星空を背景に、教導隊制服やバリアジャケット姿で、憂いのある表情で佇んでいる。流れてくるのは本人の歌声である。
 時空管理局への入局を募るために撮影されたプロモーション映像の一つだ。モニターに映る自分の表情がまたなんとも恥ずかしく感じるなのはだった。当人としてはあんまりああいうキャラではないらしい。

「にゃーっ! ちょっと! 止めて! これ止めて!」

 モニターの前でぴょんぴょん跳ね回り、あの手この手で映像を止めようとするなのは。しかし停止ボタンはおろか電源スイッチも効かない。こうなったら壊すしかない……とレイジングハートに手をかけたところで、曲が終わり映像の再生が終了した。
 ……なんだかネタにされる比率が高い気がする。この企画のシナリオを考えた人は自分に恨みでもあるのだろうか。もうこうなったらはやてに笑ってもらうしかない、と振り向く。数十分前の反省をどこかに忘れてきたなのはであった。
 またもや理不尽にターゲットにされたはやてはというと、何やら真面目に考え込んでいる様子だ。眉根を寄せて、口元に手を当てて真剣な表情に見える。それを見てジト目になるなのは。

「……はやてちゃん。そうやって口隠すのやめなよ。笑ってるのバレバレだよ」
「………」
「………」
「……ブフッ、ンンッフフフフ」
「はいアウト」

 デデーン  はやて アウトー

「ぷくく……あれは耐えられへんっ……あーいっったぁっ!」

 すぐさま駆けつけたお仕置き隊員によって尻を叩かれるはやて。まだまだ痛みには慣れそうにない。お尻をさすりさすり、なのはに文句を言う。

「もー、なのはちゃんが見逃してくれたらバレへんかったのに」
「私はルールを公正に守っただけだよ。ねー、フェイトちゃん」
「う、うん……そうだね……」

 何回かお仕置きを逃れている故に、フェイトにはなのはの真顔が恐いものに見えた。


 休憩中にも関わらず、休憩前よりダメージを受けたメンバー達。だが、ここはあくまで休憩室。更なる笑いの地獄が3人を待ち受けているのである。
 はやての尻の運命やいかに!






[38691] 後編
Name: もぬ◆b7479173 ID:672024a5
Date: 2013/10/14 10:23
 はやてが尻を打たれてから間もなく、休憩室にセレナが戻ってくる。どうやら休息はここで終わりのようだ。

「皆さーん! 疲れはとれましたか? これから新人研修の一環として、隊舎での訓練や会議の様子を見学して回りますよー!」
「あぁ……来た……」
「もう終わりでええのに……」

 この休憩時間で疲れがとれたのはセレナだけである。最初のテンションが戻ったその明るい声が、3人にとっては腹立たしいことこの上ない。満面の笑顔なのもまた憎い、こちとら笑いを禁じられているのだ。
 とても渋い表情でセレナを見るメンバー達。さぁさぁと手招きする彼女に、嫌々ながら席を立ち、ついていく。

「最初は、えーっと……陸士部隊の教導見学ですね。外の訓練スペースへ行きましょう」
「また外? 段取り悪いなぁ……」

     ・
     ・
     ・

 そうして一行が向かったのは、屋外のグラウンドだ。運動場の端で見学するようにと指示され、3人は訓練スペースから少し離れたところで足を止め、グラウンドで整列している局員たちを見やる。あれが教導を受ける訓練生たちだろう。
 集合している訓練生達が注目しているのは、教導隊制服を着た一人の女性だ。

「えー、我が……じゃない、ウチが、本日貴様らの教導を担当する、八神子ガラスです……やで?」

 教導隊の白と青の制服があまり似合っていないその女性は、八神はやてにそっくりの顔立ちをしていた。しかし目つきや髪の色の違い、おっとり系ちび狸に比べて隠しきれない王気(オーラ)が溢れ出ているところから、別人だと分かる。
 教導と聞いて、なのはに扮したシュテルあたりが再出演するのではと予想していたはやてにとって、彼女――ロード・ディアーチェの登場は不意打ちだった。

「今回の訓練は、ふむ……シュートイベーション? なるほど。我……いや、ウチの魔法をひたすら回避し続けるというものらしいでんがな」

 手元のメモ用紙を見ながら話すディアーチェ。遮蔽物の一切が無いここで、広域型魔導師の攻撃を避けろとは、なかなかに無茶な教導である。これには現役教導官のなのはも少々引き気味だ。
 そして普段は自分がいくら貶されても怒らないという仏の八神は、ディアーチェの変な関西弁にイラついていた。語尾はおかしいしイントネーションも違和感あるし……

「そして王様が私と同じ声してるのがまたちょいムカ」
「あ、始まるみたいだよ……うわ、空から? 少しスパルタだね……」

 なのはの視線の先、ディアーチェは空に上がり弾幕を準備していた。散り散りに広がった訓練生たちは皆、弾丸の数や魔法陣の大きさを見て絶望の表情を浮かべている。
 陸戦魔導師が魔法戦を想定する場合、このように身を隠す場所の無い更地で相手が空戦広域型となると、チャージ前に撃墜するか全速力で遠くへ退避するしかないだろう。だからこんなものは弾丸回避訓練ではない、笑いの仕掛けだ。

「クックック……子ガラスめの真似などさせられて、ストレスが溜まっておったところだ……消し飛べェ!!」
「う、うわぁあああああああ!!!」
「冗談じゃねえ! 台本と違っ……!」
「ハァーッハッハッハ!! 存分に踊るが良い、塵芥共ッ!!」
「うわぁ……王様、ノリノリやなー」

 空から無数に降り注ぐ光が、地上の訓練生たちを薙ぎ払う。気の毒な悲鳴と共に一人、また一人と脱落していく。これが演技ではなくかなりマジな地獄絵図であることを、逃げ惑う訓練生たちの表情が物語っていた。はやてが思わず敬礼しそうになるくらいの壮絶さである。

「わ、あの人凄いよ」

 しかし、彼らが数を減らしていくほど、その異常な光景が露わになってきた。
 訓練生の中に一人、凄まじい反射と機動力で弾幕を回避し続けている人物がいるのだ。変則的な、それでいて弾道を正確に見切っているような動きは熟練の兵士を思わせる機動で、洗練されすぎていてなんかもう変態みたいだった。
 体格からして男性、容姿は……顔全体を覆うヘルメットを被っていて、誰だかわからない。訓練生の中で一人だけ顔を隠していてあまりにも怪しいこの男だが、おそらくこの企画の流れからいって知人の誰かだろう。だがあれほどの動きが可能な人物となると、かなり限られてくる。管理局でも有数の実力者に違いない。体格から見て……クロノ提督あたりだろうか。いやしかし……
 ヘルメットの男について予想を巡らせる3人。不意を衝く笑いに対抗するためにも、前もって展開を予測することは大事なのである。

「……ぬ? ほう、まさか躱しきる輩が出ようとはな。よい、全員集合せよ! ……何、立てん? 這ってでも来い!」

 回避訓練が終わったようだ。闇統べる教導官様の号令で、訓練生たちが元のように整列する。……何人か、気絶したまま集合出来ない者を除いて。
 列の先頭、なのは達3人からよく見える場所には、無傷のヘルメット男が立っていた。その目の前に降り立つディアーチェ。

「貴様か。見事な動きだったぞ、褒めてやる。素顔を晒すがいい」
「………」

 男はゆっくりとヘルメットを外した。そこに現れた顔は……

「……良い修行になった。礼を言わせてもらう」

 精悍な顔つきの美丈夫。なのはの兄、高町恭也だった。

「ええーっ!? な、なんでお兄ちゃん!?」
「……なのはのお兄さん、かなりの達人だとは聞いてたけど……」
「非魔導師なんやろ。もう人間やめてるんとちゃう?」

 外野の失礼な声をさらりと流し、恭也は身をひるがえした。

「今日は帰らせて頂く。また参加しても?」
「うむ。いつでも来るがよいぞ」
「感謝する。……美由希、行こう」
「うん、恭ちゃん」

 そして列の中から、なのはの姉の高町美由希が出てくる。今年でもう中々にいい歳だが、昔と変わらぬ美人のままだ。

「……ブフッ!!」

 デデーン  なのは アウトー

「お、お姉ちゃん……居たんだ……フフ、あいいっ!? ったたぁー……」

 お仕置きされているなのはを恨めしそうに見ながら、どうせ私は影薄いよーだ、との呟きを残して美由希と恭也は運動場を去って行った。
 美由希もまた弾幕を全て回避していたようだが、怪しげなヘルメットと派手な動きで恭也の方に注目が集まっていたのである。意外な身内の登場に一度は耐えたというのに、さらなる不意討ちになのはは吹き出してしまったのだった。

「よし、本日はこれにて解散!」
「だそうです。次は第一訓練室を見に行きましょう」
「訓練室か……多分シグナムとか、シスターシャッハあたり出て来るんとちゃうかな」
「想像しやすい……」

 新人研修ご一行はグラウンドを後にし、再び屋内へと戻っていった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 第一訓練室。シミュレーターなどを使った訓練が出来る施設だ。
 広い空間で訓練しているのはたったの一人。その女性は縦縞柄のユニフォームと野球のヘルメットを被り、大剣型のデバイスを携え佇んでいた。
 彼女の名はレヴィ。力のマテリアルである。

「ふっ! ……よし。ばっちこーい!!」

 一度だけ素振りをし、レヴィは構えを取った。綺麗なバッティングフォームで立ち向かっているのは、謎の巨大な装置だ。……バッティングマシンにしては大きい。魔力弾でも打ち返すつもりだろうか。なんにせよ、やはり普通の訓練ではないようだ。
 と、メンバー達が見つめる中、マシーンから大きな影が打ち出された。一メートル程はあろうかという謎の物体を、レヴィは手にしたバルニフィカスを大きくスイングし、打ち返した。

「……ってこっち来た!」
「おわっ!?」

 打ち返されたナニカが、訓練室の端にいた4人の元へと飛んでくる。それは素早くしゃがんだはやての頭上を過ぎ、壁に激突した。
 飛んできた物体が何なのか確認するため、墜落したそれに近づく3人。……それは人のような形をしていた。どうやら人形か何かのようだ。白衣のようなものを着ていて、頭の毛は紫色。

「……アア……ホシカッタナァ……」

 よくわからないセリフを言いながら煙を吹きだしたそいつは、等身大ジェイル・スカリエッティ人形だった。

「ウラミノイチゲキダトオモッテクレタマエ!」
「はぁっ!」
「ヤハリワタシノサクヒンハユウシュウダナ!」
「とおっ!」

 3人が振り返ってみれば、レヴィは怒涛の勢いで次々とマシーンから吐き出されるジェイル人形を打ち返していた。潰された蛙のような変な声を上げてかっとんでいく無数のドクター達。
 恐ろしくシュールな光景だった。なんという――予算の無駄使いだろう。

「……プッ」

 思わずフェイトの口から笑いが漏れた。すぐさま「こいつ今笑たで」みたいな顔でフェイトを指さすはやて。焦るフェイト。

 デデーン  フェイト アウトー

「ああっ! そんなぁ」
「ついに!」
「来たで!!」

 この展開を待ってましたとばかりに嬉しそうに肩を組み出すフェイトの親友二人。友情とは複雑なものだ。
 記念すべき一打目にやってきたお仕置き隊員は……マッチョな男も裸足で逃げ出す筋力の持ち主、トーレだ。実に引きの良い執務官である。既に涙目だった。

「うう……ついてないよ……」

 トーレによって、壁に手をつきお尻を突き出すようなポーズをとらされるフェイト。模範的なお仕置き体勢である。
 ソフト棒を振りかぶるトーレに顔を向け、潤んだ瞳でフェイトは懇願する。

「お、お願い……やさしくしてね?」
「ッ……!」
「ひゃうん!?」

 パチーン、と小気味好い音を響かせ、トーレは早足で去って行った。痛そうに尻をさするフェイト。
 しかし、何度も喰らっているはやてには分かった。本来のトーレの一撃は、パチーンではなく、ボゴォ! なのだ。この贔屓には不満を隠せない。
 ……なんでやねん、明らかに手加減しとるやないか。「痛いねー」やないでフェイトちゃん、そんなもんとちゃうで。ていうかさっきトーレ、「フェイトお嬢様……」とか言って顔赤らめとったし、なんやの? そっちの趣味なん? まぁフェイトちゃんは確かに可愛いけどな、むしろ可愛いからこそお仕置きと厳しいジャッジが必要なのでは? この脚本家は全然わかってない、私に変われ。
 どうやらはやては叩かれ過ぎて情緒不安定気味のようだ。

「では次の第二訓練室へ参りましょうか」

 セレナに従って一行は、レヴィが一騎当千とばかりに無数のスカリエッティ人形をブッ飛ばし続ける様子に背を向け、この部屋を後にした。
 第二訓練室は少し歩いた先にある。廊下に出て歩き出す4人。

「あれ、こんにちは。みなさんも訓練ですか?」

 すると、後ろから声をかけられた。この声は、元機動六課のフォワードにして最近同僚のキャロより竜のフリードと仲が良いらしい、エリオ・モンディアルだ。

「あ、エリオ……ってあれ?」

 声に振り向くが……そこにエリオの姿は無い。おかしい、さっき確かに声がしたのに。

「僕もこれから訓練なんですよ」

 また背後から声がした。いつの間に追い越されたのだろうか? 不思議に思いながらも振り向くメンバー達。そして……

「あ、あれ!?」
「シグナムさんと一緒に」
「わっ!」

 またいない。と思ったらすぐ後ろから声がし、フェイトは驚いてそちらを見る。すると一瞬だけ、ピンボケした輪郭ブレブレのエリオらしき何かが見えたが、瞬きするとまたいない。

「稽古つけてもらってるんです」「勉強になります」「楽しいですよ!」

 後ろだけでなく、左右両方、なんと天井からもエリオの声がする。
 高速移動魔法を使用しながら、床だけでなく壁や天井をも蹴り、縦横無尽に飛び交いながら話しかけてきているのだ。声のした所へ振り向いても、いない。たまにチラチラと赤い髪が視界に入る。ダンダンッ、という壁を蹴る音と風切り音を鳴らしながらこうも四方八方から話しかけられると、すごく、うっとおしかった。

「ストップ! エリオ、ストーップ!」
「あ、はい」

 なのはの声で、ようやく動きを止めるエリオ。あれだけの立体的な機動をしておきながら本人は涼しげな顔だ。無駄なことに高レベルの実力を発揮するのはやめてほしいものである。

「皆さん、第二訓練室へ行かれるんですか? 僕もご一緒させて頂きますね」
「あぁ、うん……」
「では、行きましょう!」
《Sonic Mo……》
「スタァアップ!! エリオ、落ち着いて! 普通に歩いて行こ? な?」

 懲りずに移動魔法を発動させようとするエリオに待ったをかけるはやて。何がそこまでエリオを駆り立てているのかは謎だ。
 妙にせっかちな彼をたしなめつつ、一行は第二訓練室へ向かうのだった。

====================

「紫電、一閃!」

 目的地へついた彼女たちが目にしたのは、剣の素振りに励むシグナムの姿だ。
 凛々しい顔つきと騎士の鑑のような人格、管理局内でもトップクラスの実力を持つ彼女は男女偏りなくファンが多い。今も、見事な剣技を披露していた。

「紫電……一閃っ!」

 何度も何度も繰り返し剣を振っているが、その度に、掛け声のイントネーションと剣の振り方を変えている。
 何やら鬼気迫るような雰囲気をまとっており、エリオはなかなか話しかけられない。無言でシグナムの訓練を見つめる一行。

「違うな……もっとこう、将っぽい感じで……」

 先ほどから何かが気になるのか、シグナムは難しい顔でぶつぶつ言いながら素振りをしている。
 どうやら――決め技をかっこよく魅せるために試行錯誤しているようだ。

「おおおおおッ! 紫電んんんん!!! 一閃ッ!!」

 生暖かい視線に見守られていることに気付かず、いろいろと迷走したポーズを取り始めるシグナム。
 見かねたエリオが声をかける。

「これだ……! ……紫電!」
「あの、シグナムさん」
「いっせンッンー、どうした? エリオ」

 デデーン  全員 アウトー

 誤魔化すように咳払いをし、素早く佇まいを直すシグナム。全員吹き出してしまったが、その赤い顔をみると少し居たたまれない気分になる。

「く、ぶふふ……シグナム、シグナムはいつもかっこええよ……あいたっ!!」
「ったーーい!?」
「いひゃっ!」
「はい、次は会議室ですよー」

 3人が尻を叩かれているのを見届けたセレナは、ここの仕掛けは終わりだとばかりに案内を再開する。第二訓練室で目にしたものと言えば、シグナムの自主練習だけなのだが……。

「見学ってこんなんちゃうやろ」
「なんか雑だよね」
「巻きで行きますよ! ではお二方、失礼しまーす!」

 まだ恥ずかしそうな顔をしているシグナムと、エリオに見送られ、一行は会議室へと歩き出した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ここがそうです。今日は本局から偉い人が来てるんですよ~。皆で見学させてもらいましょう!」
「それって重要なお話じゃないの……?」

 重役の会合など、末端の局員が傍聴していいものであるはずがない。無茶苦茶だった。
 セレナの言葉がそう思わせるのか、会議室の扉からは重苦しい雰囲気が漏れているように感じられる。大御所のにおいがする。

「し、失礼しまーす……」

 扉をノックし、はやてを先頭に入室するメンバー達。その部屋で待っていた大物局員達が、はやて達の眼に飛び込んできた。
 椅子に座っているのは、クロノ・ハラオウン提督、リンディ・ハラオウン統括官、レティ・ロウラン提督、そしてギル・グレアム元提督。あと、ユーノ・スクライア司書長。彼らの後ろにはアコース査察官と使い魔のリーゼ姉妹が立っている。
 こんな所に一度に集まるなどありえない面子だった。

「わ……グレアムおじさん?」

 数年ぶりに顔を合わせたグレアムは軽くはやてに微笑みかけた。
 はやてはとても暖かな気持ちを感じると同時に、こうも思った。何故こんなところで、尻を叩かれるところなんてグレアムおじさんに見られなければならないのかと。もっと立派に働いてるところを見せたかったのに。

「……ユーノくん」

 その声を聞いたユーノは軽くなのはに微笑みかけた。
 なのははとても暖かな気持ちを感じると同時に、

「……ふっ……んフフフフフッ……」

 デデーン  なのは アウトー

「お、思い出し笑いしちゃった……もう私、ユーノくんの顔見るだけで痛ーいッ!!」

 どうやらユーノは巨大フェレットから元に戻れたようだ。あの出来事を踏まえると、今の何事も無かったかのような爽やかスマイルが笑いを誘ってくる。
 それにしても、実に大物揃いの会議室だ。さらにグレアム元提督まで呼びつけるなど、本格的にこの企画が一体どのようにして成されたのか分からない。彼ら以上の地位にいる人間がこの企画の首謀だとでもいうのか。
 考え込む3人を他所に、セレナが話を進める。

「では、なのはさんとフェイトさんはあちらのイスで見学、はやてさんはこちらの空席に座って会議に参加してもらいます」
「……へ?」

 こちらの空席とは、笑いの仕掛け人にして上官の彼らと同じ席のことである。一人分だけ空いている席があった。

「本当は教会騎士団のカリム少将にお越しいただく予定だったのですが……『円卓にて振る舞われるのは、甘き優しさに潜む深緑の悪夢……まさか!?』とか言ってオファーを断られたんですよ」
「い、いや……なんで私が」
「八神二佐は海上警備部の司令官じゃないですか! 偉い人ですよ。ささ、どーぞ」
「はやてちゃん、がんばってー」
「見守ってるよー」

 よくわからない理由で、はやても会議に参加することになった。絶対に何らかの苦難が降りかかることだろう、今日はとことん自分にとって理不尽な日だ。既に他の二人は安全圏から鑑賞する姿勢である。腹立たしい。
 だが――グレアムおじさんの前では無様は見せられない。腹をくくって、はやては席に着いた。
 それを見届け、クロノが重々しく語り始める。

「よし、それでは今日の議題ですが――」
「あ、そうだ。ケーキ、食べる? 自作ものだけど」
「……だから、僕は甘いものは苦手だというのに」

 しかし、いきなり出鼻をヴェロッサによって挫かれた。魔法でケーキの箱を取り寄せ、机の上に置くヴェロッサ。まぁクロノがケーキを苦手だとしても、ありがたい差し入れではある。甘いものでも摂って気持ちを落ち着けられたら良いな、とはやては思った、のだが。

「大丈夫。甘さ控えめ。激辛ワサビ入り」
『え?』

 次の瞬間、軽快なBGMと共に、空中に大きなテロップが投影された。

『ドキッ! 高官だらけのワサビ入りケーキ・ロシアンルーレット!』

 急展開に動揺を隠せないはやて。いや……他の参加者たちも、戸惑っている様子だ。ユーノなどは「聞いてないよ!」とはっきり顔に書いてあり、青ざめている。
 いつの間にかマイクを手にしているヴェロッサと、机に皿を並べだすリーゼ姉妹。

「ルールは簡単。自分たちで順番を決めて、そこにある6つの一口大のケーキを一人一個ずつ食べてください。ただし、どれか一個には激辛のワサビが入っています」
「もう会議関係ない!?」

 ツッコミを抑えきれないはやて。だが……周りの高官たちは一瞬動揺したものの、すぐさま事態を理解し、冷静な表情になった。流石は管理局でここまで上り詰めて来た方たちである。
 しかし彼ら本局の高官たちにワサビケーキを食べさせようとするなど、なんと怖いもの知らずの脚本家だろうか。相手がレジアス中将あたりなら首が飛んでもおかしくはない。

「……リンディ、甘いものお好きでしょ。どうぞ」
「あらやだそんなことないわ。レティこそお先に」

 既に腹の探り合い(?)を始めている参加者たち。最初に食べる役を押し付けあっている。

「君なんかいつもワサビみたいな色の服着ているだろう。魔力光だってワサビ色じゃないか。さぁユーノ、遠慮せず行け」
「フェレットに薬味を与えるなと習わなかったのかい? 君が行けよ、ハードボイルドなキャラでやってるんだろ。ワサビくらい平気じゃないか!」
「んぐっ、むふふ……」
「ふひゅっ」

 仁義なき彼らのやりとりに思わず笑ってしまうなのはとフェイト。(※既に笑ってしまいましたがこのままお楽しみ下さい)
 と、ここでグレアムが重い口を開いた。

「私が行こう。先陣を切るのは老兵の役目だ……後は、若い者に任せるさ」
「グレアムおじさん……」

 彼ははやてに目配せをし、自ら危険へと赴くと言う。やはり人格者だ。はやては感激した。
 他の提督たちも感じ入ったのか、クロノが立ち上がって言った。

「そんな。大恩あるあなたに、そんなことをさせるわけにはいかない。……僕が、いきましょう」

 するとそれに感化されたのか、他の参加者たちも次々声を上げる。

「あら? じゃ私が行こうかしら」
「……いや、でしたら僕がやりますよ」
「私がいきましょうか」
「いいや、私が……」

 わかっていたことだがやはり皆、人の良い人間ばかりだ。そしてはやてもまた、グレアムにワサビ入りケーキを食べさせるくらいなら自分が当たっても良いと考えている。
 だからここで、はやてが皆と同じように名乗り出たのは当然のことだった。

「あの、私が行きますよ」
『どうぞどうぞどうぞ』
「コラァーッ!!! なんやこの流れ!!!!」

 一斉にどうぞと譲る高官たち。あまりの仕打ちに、はやては上官達に全力でツッコんでしまう。それも仕方のない事だろう。
 それを楽しそうな表情で見ているグレアムと目が合い、何もグレアムおじさんまでこんなネタに乗らなくても良いのに……と恥ずかしそうなはやて。

「もう……じゃあ、い、行きます」

 まんまとトップバッターに選ばれてしまったので渋々ケーキに手を伸ばす。
 これか……いや、これか……? 仕掛け人たちがああも一番手を嫌がったということは、もしや全部にワサビが入っているのではないか……? 疑心暗鬼がはやてを襲う。
 ワサビは嫌だ。これだけお尻を叩かれて、その上刺激物など口にしては――最悪、切れ痔になってしまうんじゃ? それだけは嫌や……! いくら入院慣れしていても、お尻の治療で入院はしたくないはやてだった。
 長い時間をかけ一つを選びだしたはやては、当たりませんようにと聖王に祈りを捧げながら、ケーキを、口にした。
 ……会議室に緊張が流れる。

「……!! ……セェエエフ!!!」

 はやてが口にしたのは普通の美味しいケーキ。安心感のあまり涙が出そうになったが、ぐっと堪える。自分以外のほぼ全員が落胆したような表情になっていたが気にならなかった。

「よかったね、はやて。さて、残りの皆さんには、食べるケーキを順番に決めて頂いたのち、一斉に口にしてもらいましょうか。巻きでいきましょう」

 再び、重苦しい空気が部屋中を覆った。参加者たちは目で合図をするのみで順番は決めず、思い思いのタイミングでケーキを手にする。見た目や重さからは全く違いが判らず、どの順でどれを選んでも結局は運の勝負なのだ。
 全員にケーキが行きわたった。腹芸の得意なリンディや普段冷静なクロノも、緊張の面持ちを隠しきれていない。

「皆さん選びましたね?……それでは、どうぞ」

 ヴェロッサの一声で、一斉に、ケーキを口に運んだ。
 長く無言の状態が続く。一体、誰が当たりを引いたのだろうか。

「……あれ?」

 全員食べ終わった様子だが、誰も苦悶の声は上げない。ワサビに当たった誰かが我慢をしているのだろうか。

「……僕はセーフだ」
「僕も」
「……私も平気よ」
「ヴェロッサ君、このケーキ美味しいわ」
「はは、ありがとうこざいます……」

 ……そして、全員の目が彼に向けられた。ケーキを口にしてからは微動だにしない、ギル・グレアムに。

「……いや? 私は、平気だが?」
「じゃ、じゃあ……」

 グレアムは顔色一つ変えずに平気だ、と言う。最初から全部、ワサビは入っていなかったということなのか。そう確認するように、ヴェロッサに視線が集まる。

「いや、そんなはずは……」

 その時、ヴェロッサの視界の隅に崩れ落ちる人影が映った。同時に、ドサッという人が倒れたような音がして、全員がそれに気づき、倒れた人物たちに駆け寄った。

「リーゼ!? だ、大丈夫か、おい!」

 進行のアシスタントをしていたはずのリーゼロッテとリーゼアリアだが、泡を吹いて気絶している。何が起きたのかわからず焦る参加者たちの中で、一人落ち着き払った彼は照れたように頬を掻きながら笑い出した。

「いやあ、はっはっは。どうやら味覚がリーゼ達にフィードバックしてしまったらしい。こんな風にバレてしまうとは」
「え……グレアムおじさん、まさか」
「日本には様々な食文化があるのだな。なんとか辛いのは我慢したのだがね……」

 ドキッ! 高官だらけのサビ入りロシアンケーキ! で当たりを引いたのは、グレアムだった。
 本人は当たったのが悔しく、ちょっとした悪戯として嘘をついたようだが、何故か使い魔のパスを通じてリーゼ姉妹に刺激が飛んだらしい。とんだとばっちりである。

「おじさん、猫にネギとかワサビはあきませんよ?」
「ああ。リーゼ達には後で謝るとしよう」
「僕に当たらなくて良かった……」
「セレナ、こういう恐ろしい企画はやめてくれと言っておいてくれ……」
「あら。私は結構楽しかったわよ? ……グレアムさん、大丈夫ですか?」
「なに、心配ないよ。だが英国人でなければ駄目だったかもしれないな、ハハハ」
「では、これにて会議終了ですね」

 デデーン  なのは フェイト アウトー

 リーゼ姉妹の犠牲だけで済ませ、明るい空気のまま会議室を出られそうだと思ったメンバーだったが、そうはいかなかった。

「えー! 見逃してくれたと思ったのに!」
「後からまとめてやるんだね……」

 高官たちが見守る中、二人の尻を叩きに現れたのは――ナンバーズ4番、メガ姉ことクアットロだ。姉妹の中では最も罪状が重いはずだが……まぁ、そんなことは最早関係無いようだ。
 クアットロは現れるなり、すぐさまフェイトの尻を「んひゃう!」叩き、なのはの元までやって来た。その顔には悪ガキのような表情を浮かべている。

「……いたっ! ……へぶっ!?」

 なんと、メガ姉はルール通りなのはの尻を一打するだけでなく、その後尻を蹴とばし、逃げるように去って行った。なのはは床に顔からつっこむ形になり、場の空気が凍る。

「クアットロはなのはちゃんに恨みあったんやろなぁ」
「だ、大丈夫ですかなのはさん。お仕置き隊の皆さんには真面目にやるように言っておきますので……ヒッ!?」
「……次……あの子来たら……怒る……」

 顔が下の方にあるからなのか、地の底から響くような唸り声をあげるなのは。聞く者に恐怖を感じさせるような、冷たい怒りを孕んでいる声。
 その場の全員が引きつったような表情になりながら、重役会議は閉会となった。何も会議などしてはいないが。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 見学の時間を終えた一行は、休憩室に戻ってきていた。少しの時間しか経っていないのにどっと疲れた気分の3人。部屋の扉を開け、自分の席に座ろうとする。

「……うわー、はい出ました。こういうしょうもない嫌がらせ」

 なのはとはやての机の上。そこにはそれぞれの引き出しの中に仕舞ったはずの、あの忌まわしき二つのボタンが置いてあった。恐らく休憩室を留守にしている間に誰かがわざわざ移動させたのだろう。

「やだ、もうこのボタン触りたくないよ」
「同感や……」

 もう一度押すなどということは、絶対にありえない。再び引き出しに入れてしまおうと、自分の机に向かうはやて。
 文句を言いながら苛立ち気味に引き出しを開け放った。

「まったく、もうこんなボタン見たくもないねん――ふひぇっ、はーーっ、はっ、んッ、ンフッ、フフフアハハハ……」

 デデーン  はやて アウトー

 はやてが開けた引き出し。空のはずのそこに仕舞われていたのは――
 真顔ではやての顔を見つめてくる、リインフォースⅡだ。

「は、リ、リイン、中でスタンバイしとったん? プフフ……あいたぁっ!! ふふ……」
「助かった……これは誰でも笑っちゃうよ」

 真顔のまま引き出しから飛び立ち、リインフォースはそのまま無言で休憩室から出ていった。仕掛け人というのも大変だ。
 ……そして、今度はなのはの引き出しに注目が集まる。そこに仕舞ったボタンもまた、机の外に出ているのだ。同様の仕掛けがあるとみていい。

「今のを踏まえると、アギトが収まってる可能性もあるな」
「……じゃあ、開けるね……」

 深呼吸をし、なのはは引き出しを開ける。ボタンは目に見えない場所にしまいたいし、仮にアギトが入っていたら開けないと可哀想だからだ。……いけない、想像しただけで笑いそうだ。

「……えい!」

 気合と共に開け放たれた引き出し。なのはの視界に飛び込んできたものは……
 深緑の瞳でこちらを見つめてくる一匹のフェレット。

「ブフーーッ!!!」

 デデーン  なのは アウトー

「ど、どうやって先回りを……んへっ、えひぇひぇひぇ……いたーっ!?」

 引き出しに収まっていたユーノは「失敬!」とだけ残し、俊敏な動きで部屋を去って行った。再三に渡り登場するとは、もうなのはを狙い撃ちに来ているとしか思えない。

「ここでユーノくんは卑怯だよう……」
「大丈夫? なのは」

 散々叩かれ、涙目で痛がるなのはに駆け寄り、声をかけるフェイト。しかしよく考えてみればまたフェイトの引き出しだけ仕掛けが無い、それを察するとジト目でフェイトを睨むなのは。
 素早く一歩踏み込み、フェイトの脇腹に手を伸ばした。

「こちょこちょこちょっ」
「ちょ、あ、なのはっやめ……! あははは!!」

 デデーン  フェイト アウトー

「こんなの酷いよ!? ……きゃんっ!!」
「実力行使」
「流石なのはちゃんや……!」

 まるで一仕事やってやりましたと言わんばかりのドヤ顔を見せるなのは。何も悪いことはしていないフェイト本人にとっては理不尽だった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 休憩時間を思い思いに過ごす3人。だが、その平穏は隊舎中に鳴り響くアラーム音によって終わりを告げられた。
 どうやら緊急事態のようだ。現役の魔導師である3人はすぐに警報に反応し、表情を強張らせる。

「みなさーん! 大変です! 凶悪な指名手配犯が隊舎の裏庭に現れましたあ!」

 管理局隊舎に犯罪者が出現? そんなことが起こり得るのだろうか。そいつはわざわざ捕まりに来た阿呆なのか。

「犯人は一名です! なのはさん達はフォワードチームと合流し、逮捕に向かってください!」

 一名。こういうのを飛んで火にいる夏の虫というのではないか。
 色々とツッコミ所をスルーして指示に従い、出撃のため3人は走り出した。隊舎の裏口へと向かう。
 その途中で、横合いから声をかけられた。

「フォワードチームのスバルです! 力を合わせて犯人を捕まえましょう!」
「あ、スバル……じゃあフォワードってもしかして」
「はいっ。他の3人も現場に向かっています!」

 どうやらチームというのは、元機動六課のフォワードたち4人のようだ。
 なのはが手塩にかけて育て、その後も成長を続けているストライカー達。さらにオーバーSランクの魔導師が3人だ。犯人1人に対して過剰な戦力である。

「行きましょう! はやてさん! フェイトさん! なのはさンフフフ」
「ああッ! スバル、笑ったね!? もうっ……!」

 着ている本人は忘れかけていたが、なのはの格好はSt.ヒルデ魔法学院初等科の制服である。初見の人間に対する破壊力はいまだ健在だ。
 スバルにも後で報復してやろうと考えるなのははこの数時間のうちに寛容さを失ってしまったようだ。

「あそこです!」

 スバルの誘導に従い、現場に辿り着くメンバー達。すでに他の3人――ティアナ、キャロ、エリオは、指名手配犯の男と対峙していた。

「ん……? やぁ、よく来た!」
「うっわ、出たー……」

 はやても思わず嫌そうな顔をする人物。狂ったような笑みを顔に張り付けたその男の名は……ジェイル・スカリエッティ。確かに、歴史に名を残す凶悪犯罪者だった。
 ……もう何故彼が留置場の外に出てきているのか気にならないメンバー達3人は、かなりこの企画に毒されてしまったのかもしれない。特にこの男と因縁があるはずの執務官殿は、先のレヴィによる華麗なバッティングを思い出し、笑いを必死にこらえて不自然なほど凛々しい顔つきになっていた。

「なのはさん達は、私の横に並んで下さい。あ、横一列で。そのまま動かないで下さいね」
「う、うん……」

 スバルの指示通りに並ぶ。すると7人が横一列に並ぶという、連携も何もないフォーメーションが出来上がった。実戦ではこのようなポジショニングはしない。例によって笑いのための陣形ということだろう。
 並んだのを見届け、スカリエッティはまず端に並ぶはやての前まで移動し、口を開いた。

「それにしても素晴らしい! 君たちは非常に興味深い人間だ。闇の書の主にエースオブエース……両名とも同じ管理外世界の出身でありながら、高ランクの魔導師だ!」

 そのまま横に、一列に並ぶ彼女たちを順繰りに観察するように、一人一人の顔を見ながらゆっくりと歩を進めていく。

「タイプゼロにFの遺産たち……! おおっ、真竜の召喚士まで!」

 そして、どんどんテンションを上げながら、はやてとは反対側の列の端に位置する、ティアナの目の前までやってきた。

「………」
「………」

 しかしスカリエッティは無言でティアナをスルー。
 一人だけ無視されたティアナはというと、しょんぼりと悲しそうな顔になっていた。

「……んフッ」
「フフ」

 デデーン  なのは はやて アウトー

「ちが……ティアナ、私は別にティアナのこと馬鹿にしてるわけじゃないよ! ……フフフフ」
「ティアナ、そんなあからさまにしょぼくれた顔せんといて、いっっ!!」
「いたっ!……いな、もうっ! ごめんねティアナ?」

 二人のお尻を叩いた後、久しぶりに顔を合わせたのだろうか、スカリエッティに向けて挨拶するように少し手を上げて合図し、セインは去っていった。神妙な表情でそれを見届け、スカリエッティは口上の続きを話し始める。

「それで、はるばるこの隊舎まで私がやって来たのは――」
「みなさーん!! 超大変です!」

 しかし、休憩室に残っていたはずのセレナが割って入り、ドクターの演説は中断された。
 やってきたセレナは息も絶え絶え、いかにも緊急事態といった様相だ。

「セレナ? 一応今、捕り物中なんだけど……」
「そんなドクターに構ってる場合ではありません! 緊急事態なので、3人は今すぐついてきてください!」
「あれ、いいの……?」

 フェイトがちらりと視線を向けると、スカリエッティは何やら不満そうな顔だ。
 しかし3人を促すようにティアナが、とてもテンションの低い声で言った。

「この人は私たちが捕まえておきますから、なのはさん達は行ってください……」
「う、うん。わかったよ」
「あの、私の出番は……」

 聴こえてきたスカリエッティの声を無視し、3人はセレナに追従してその場を後にした。

 道中、フェイトはセレナに説明を求める。

「一体何があったの?」
「すぐそこの敷地内に3体の巨大怪獣が現れたんですっ! よく見える屋上に向かいましょう!」
『怪獣!?』

 それは……なんという超展開なのだろう。『新人管理局の一日』がここまでハードであっていいものなのか。
 階段を駆け上がっていく一行。一応武装隊所属なだけあって意外と体力のあるセレナを先頭に、運動不足気味のはやては少し遅れたり、それを見たフェイトが昔はなのはも運動音痴だったなぁと呟いたりするという一幕を挟みつつ、4人は屋上へとたどり着いた。
 そこで彼女たちが目にした光景は。

「グオオオオオオオオッ!!」
「キシャァアアアアアア!」
「えっ、ちょ……キュ、キューッ!?」

 怪獣大決戦! 白天王VSヴォルテールVS巨大フェレット。
 というか2体の召喚獣に苛められている、巨大化したユーノだった。

 デデーン  全員 アウトー

「またでっかくなっとるし。今日ユーノくん大活躍やな……あいっ!! つう~……」
「こ、これは……! ふふっ、もう……ユーノく、うひゅっ、くく……息……出来ない……」
「あ、チンク……少し弱くして? ……ひあっ!」

 約一名、どうもツボにはまったのか、笑いすぎて死にそうな人間がいるが大丈夫なのだろうか。
 それからしばらくして、フェレットを軽く攻撃していた二体の召喚獣が、動きを止める。そして……地面に、正座した。
 屋上からよく目を凝らしてみると、ヴォルテールと白天王の視線の先には小さな人影が見える。……召喚士の、キャロとルーテシアだ。正座したそれぞれの召喚獣の前で、手などを振り回して暴れている。
 なるほど、どうやら説教されているようだ。召喚士の命令を無視して暴れてでもいたのかもしれない。

《誰か助けて……力を貸して、魔法の力を……》

 最後にそんな内容の念話を発信し、傷ついた巨大フェレットは消えていった。おそらく元の大きさに戻ったのだろうが、一体どういうストーリーなのかさっぱりである。
 なのはは眼を閉じて深呼吸をし、脳内にチラつくフェレットの影を振り切り、己を落ち着けた。

「ふーっ、ふーっ……耐えた!」
「どうやら事態は収束したようですね、休憩室へ戻りましょうか」

 休める。その言葉を聞き、3人は再び安息の部屋へと戻っていった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 開始からどれだけの時間が経っただろうか、メンバー達は体力、精神力ともに限界に近づいていた。
 そして部屋の外から足音。また、セレナがやって来る。今度は何かと身構える3人。

「なのはさん、フェイトさん、はやてさん……お疲れ様でした! これで研修は終わりです!」
「……ほんと?」
「……やっ……たあぁ~……」
「疲れた……」

 ついに、この地獄にも終わりの時がきた。
 彼女たちは耐えきったのである。安堵し、涙すら流れそうな感動が、そこにはあった。
 セレナに案内され、隊舎の出入り口まで移動するメンバー達。

「さて……改めまして、本当にお疲れ様でした。ここで日程は全て終了です」
「リインフォース……見てる……? 私、泣かへんかった……強くなったよ……!」
「やっとこの服から解放される!!」
「それにしてもこの企画、一体何だったの……?」

 メンバー達も緊張から解放され、ようやく本当の安らぎが訪れる。
 と、セレナはどこからともなく看板を取り出し、はやてに見せた。

「ここで解散にしましょうか。はやてさん、これを声に出して読んでください」
「ええと……『せやけどそれは、ただの夢や』……?」

 口にした瞬間、はやての身体が淡く光りはじめ……そのまま無数の粒子となって消えてしまった。

「……えっ!? まさか夢オチなの!?」

 なのはもまた、光の粒となって消えてゆく。親友が次々消える光景を目の当たりにして、一瞬混乱するフェイト。
 しかし……なんとなくだが、やっと分かった。これが夢なのだということが。

「では、本当にお疲れ様でした、フェイトさん!」

 セレナも敬礼しながら別れを告げ、同じように消えた。……だが、中々フェイト自身の身体は消えない。どういうことだろう。
 困惑するその背中に、フェイトが昔耳にしたことのある、懐かしい声がかけられた。

「フェーイトっ、今日は楽しんでもらえた?」
「……アリ……シア……?」

 過去の己と全く同じ姿の少女。プロジェクトFによって生まれてきた自分にとっては、クローン元であり、姉。
 幼いころ、闇の書の夢の中で会った彼女、アリシア・テスタロッサがそこにいた。
 なるほど。アリシアが出てくるなら、それはなんでもアリなわけだ。こんな風に登場したのなら、何か自分に言いたいことがあるのだろう。
 残っていた疑問も晴れ、フェイトは久々に会えた姉と話すことにした。

「……もしかして、アリシアがこの夢、みせたの?」
「そう。わたしこそが、この番組の監督。脚本家にしてジャッジマンにしてディレクターにしてスペシャルパーソンなのだ!」
「そうだったんだ。はやて、怒ってたよ? 脚本担当出てこい! って」
「ええー、ハヤテはカンサイジンなんでしょ? あれぐらいの扱いは、むしろオイシイって感謝されるべきじゃない?」
「そうかな……なら、いいのかな」

 余談だが、このアリシアの持っている知識はあくまでフェイトと同じである。つまりはやては普段からフェイトにそういう目で見られていた可能性があるということだ。

「おっきくなったねー。これじゃあますますわたしの方が妹みたいだなぁ……」
「そんなことないよ。アリシアは今でも、笑顔が可愛い、私の大好きなお姉ちゃん」

 背を屈めて目線を合わせ、優しく頭を撫でる。しかしアリシアは頬を膨らませ、不満げな顔だ。

「むぅ。背ばっかり大きくなっちゃって。お姉ちゃん的には、ちょっとしたくつじょくだよ?」
「あぁ、ごめんね怒らないで? ……あ、ほら、シャーリーから貰った飴玉あげるから、許して?」
「……よろしい。この場はこれで、てうちとしましょう」

 制服のポケットを探ると、何故か飴が出てきた。まぁ、実際子供達によくあげたりしているので、夢であろうとこれは自然なことだ。
 飴を受け取ったアリシアは嬉しそうに顔をほころばせ、右手でフェイトの左手を握った。

「少し、歩こうか」

 手を繋ぎ、二人は当てもなく歩き出す。

「ねぇフェイト? 最近、あんまり笑ってなかったんじゃない?」

 言われてみれば、そうかもしれない。この頃は次元世界の治安も悪くなってきており、自分は『魔導殺し』関連と思われる凶悪事件を担当している。仕事に忙殺されてミッドチルダの家にも帰れず、少々疲れていたかもしれない。しかしそれは……仕方のないことだ。

「まぁそうだけど……わたしは、フェイトにはいつも笑っていてほしいって、思うんだよね。だからさ……」

 くるりと振り向き、アリシアはこちらをじっと見つめながら、言う。

「笑って。フェイトは、笑ってもいいんだよ」

 ――ああ。そんなこと、知っていたはずなのに。こんなにも響くのは何故だろう。
 ……それくらい、こんな変な夢を見せてまで言うことじゃないだろうに。全く、ヘンなお姉さんだ。

「……ありがとう、アリシア」

 そうして、フェイトは微笑んだ。
 ようやくこぼれた自然な笑顔を前に、アリシアは――

 ――してやったり、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ババーン!! フェイト、アウトー!」
「え……えぇーーッ!?」

 高らかに宣言するアリシア。台無し過ぎる。天真爛漫な姉に、フェイトは頭を抱えたくなった。

「ああ、フェイト……こんなにも立派になって……!」
「リ、リニス!? なんで!?」

 どこから出てきたのか、リニスは成長したフェイトの姿を見て、涙を流しながらフェイトの姿勢を四つん這いの形に持って行く。

「フェイト……ごめんなさいね、あんまり痛くしないから」
「か、母さん!? 嘘っ……!」

 さらにいつの間にかそこにいたプレシアが手に持っているのは……フェイトにとって色々と思い出深い、ムチ型のデバイスである。
 何をされるのか察したフェイト。逃げようとするが、リニスによって抑えられ、抜け出せない。

「あの! ちょっと、待っ……」
「さらばだ妹よー! 元気でねっ!!」

 最後に見えたのは、花が咲いたような笑顔で手を振る姉の姿。
 そして、鋭い感覚が尻に走り――――



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^



 その日。ミッドチルダの高町家では、久しぶりにフェイトを加えての団欒を満喫しているようだ。
 楽しそうに笑っているなのはが見ているのは、全体的に緑色の夕食に阿鼻叫喚するヴィヴィオ。そんな二人を見守るフェイトも、笑顔だ。



 これから先何があろうと、こんな日々が続けば良い。そう、私は思う。


 私たちが笑っていてもいい、そんな日常が――――。






感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.051246881484985