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[37930] 万事屋はやてちゃん(リリカルなのは×銀魂)
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191
Date: 2013/09/16 03:07
前書きと謝罪

皆様、ファルコンアイズと申します。
なぜ前の板が残っているのに新しく作っているのか疑問を持っている読者様もいらっしゃるので説明いたします。実は作品のパスワードを忘れてしまい、小説を投稿できなくなっていました。
6月6日に削除依頼をだしているのですが、今の所処理されておりません。

ですので非常に心苦しいのですが、ここが削除される前に新しい板を作ろうと思います。サイトに負担を掛けかねない行為をして本当にすみません。




本作品の注意点

・本作品は、アニメ『リリカルなのはシリーズ』と『銀魂』、2つの作品のコラボです。
(2作品とも現在明らかにされている設定を最大限生かして執筆しています)
・2つの作品を合わせるという都合上、原作には存在しない独自の設定や解釈が存在します。
・最大限原作を尊重する事を心がけていますが、八神はやてや鳳仙など、一部のキャラクターの性格が変わっているのもあります。
・決して銀魂の空気一辺倒な作風にならないように努力を致しますが、原作を大切にされている方は、どうか不快に思われる部分を飲み込んで読んでください。






・本作品は、とらハ板にてUMA様が執筆されているクロスオーバー小説、『なの魂』に深く感銘を受けた作者が同作品を参考にして執筆しております。その為にいくつかの設定と展開に類似点があると思われますが、決して台詞や描写の引用、コピペなどはしていません。
・しかし明らかに露骨で、参考レベルを超えた描写などがありましたら、感想掲示板で報告をお願いします。可能な限り修正致します。また管理人の舞様による警告か、UMA様本人による苦情を受けた場合は、私は自分にできる最大限の謝罪と罰を受けた後、削除致します。
・本作品は、UMA様の作品なくして執筆しなかったものです。UMA様と作者の技量差を考えればありえないかと思いますが、例え冗談でもUMA様と『なの魂』を貶めるような発言は絶対にしないでください。






最期に、作者は未だに技量未熟な半人前でございます。故に本編で稚拙な文章を投稿してしまうことがありますが、もしも宜しければ感想などでそれらの短所を指摘してくだされば嬉しいです。勿論、ただ面白かったと言ってくれるだけの感想も大歓迎です。

それでは、本作品をお楽しみください。


追記
誤字を全体的に修正、もしも見落としがあればご報告下さいませ。



[37930] プロローグ 雪の中の誓い
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191
Date: 2013/06/25 00:23
 永遠を生きろ、そしてその知識を次代へ繋げろ。それが主の最後の言葉だった。
 私がただの本だった頃の話だ。おとぎの国から流れた力が原因で、全ての世界が戦乱に呑まれた地獄のような時代に主は生まれた。
 とても聡明な人だった。優しさや思いやりという言葉をどこかに忘れてしまった人間ばかりの世界で、主は嘆き苦しむ人に手を差し伸べ続けた。生まれた時から備えられていた人知を超えた知識と力を決して自分の私腹を肥やす為に使う事は無く、逆に世界の全てを幸福にする為に力を使い続けた。
 どうかしている、その知識と力を自分の為に使わないのは愚かだ、皆がそう言って彼を指差した。だがその度に主は微笑んでこう答える。

「……使っていますよ、自分の為に。皆が幸せになる事が私の望みですから」

 それが本心からの言葉だと信じる人はいなかったが、それでも主は変わらずにその力を誰かの為に使い続けた。
 それはとても危うかったが、同時に誇らしかった。この人の願う世界を作る手助けが出来る事が、彼という人間が私に頼ってくれる事が嬉しかった。彼がその力で誰かを助けた時はいつも思う。この人の望みが成就するのは決して遠くない未来だと。  
 ……だが現実はそんな純粋な願いを裏切り続けた。誰もが自分の為だけに銃を取り、相手を踏みにじって行く、そして最後には別の相手に踏みにじられる。主が人の為に努力をしようと人は、いや世界は変わらなかった。
 どれだけ周りの人を幸福にしても、外ではその何十倍もの人が不幸になる。どれだけ次元の海を渡ろうと、幸福ではなく不幸が渡ってしまっていた。
 何十年と不幸ばかりを見て、所詮は無駄な事だったのだろうかと私は諦めかけていた。いくら主が人を幸福にしようと頑張っても、この世界を覆う絶望の前には呑まれるしかないのか、その時の私には分からなくなっていた。
 だがそんな状況であろうと主は諦めずに信じ続けていた、人の本質は善意で出来ていて、自分の考えが理解されれば必ず世界の全てを幸福に出来ると。
 しかしその希望も、今まで助けてきた人達が、自分のせいで死んでしまった事によって絶望に変わった。
 そして気づいてしまった、不幸を振りまいているのは世界でも人でもなく、力を行使している自分自身だということに。その姿は本を通して私に伝わった。信じた世界に裏切られ、自分が招いた死に嘆く主の姿は悲しかった、だが慰めようにも私には声を掛ける口が無ければ抱きしめる体も無い、それがあまりにも腹立たしかった。
 主は散々悩み続け、その結果自害の道を選んだ、だが全ての世界を幸福にするという願いを捨て切れなかった主は、次の時代に任せようとした。その為に今までの力と知識を私に託してこう言ってくれた。

「どれだけ想いと力が強くとも、一人の人間は時代の前では無力だ。私はそれに気づかなかったせいでこの世界に最大の不幸を招いてしまった、すべては私の傲慢が引き起こしてしまった結果だ。だから私の想いと力を託す、それを次の時代、次の持ち主に与えてほしい。人は悪を知っても悪に染まらぬ事が出来る、こんな荒んだ時代でなければ、私の想いを理解してくれる人が現れる。だから永遠を生きろ、そしてその知識を次代へ繋げろ」

 それを最後に主を見なくなった。人を信じ、世界を信じた主は自分の全てを後世に託す為に、私にその役目を与えてくれた。元はただの本にそれまでの研究を書き連ねる都合で力を与えられたに過ぎない私にはあまりにも重過ぎる役目。
 だけどその想いに応えたい、主が信じた世界を形にしたい。共に見てきたからこそ分かる、どれだけ周りから非難されようと、どれだけ絶望に塗り固められようと、主がこの世界を愛していた事、そして世界を幸福にするためだけににその力を使い続けた事、その想いだけは嘘じゃなかったのだから。
 私は本に過ぎないが、主と同じようにこの世界を幸福にしたい。祝福を与える風になりたい。

 ・
 ・
 ・

 ある少女の話をしよう。
 誰よりも家族を愛し、自分の為に他人の不幸を望まない気高い魂を持った可憐な、この物語を彩る少女の話を。


 それは雪の降る日だった。少女は普段からお世話になっている知り合い、知人の間ではお登勢の名で通っている老婆に車椅子を押してもらって両親の墓参りに向かっていた。肌を突き刺す12月の寒気は雪と共に、まだ小学校に上がっていない幼い少女の体に容赦なく降り注ぐが、お登勢は持っていた和傘を少女の乗る車椅子を覆うようにかざす。

「お登勢さん、私は平気ですから無理しんといてください」

 自分を気遣っている事に気づいた少女は関西弁交じりの言葉を遠慮がちに言いながら和傘を退けようと両腕をバンザイするが、お登勢は和傘を持つ右手を少し上に上げ、少女の射程外へと避難する。年齢の割に背筋をまっすぐに伸ばしている彼女の背は高く、その彼女に高く上げられた傘を少女がどけるのはかなり無理があった。

「……ガキがいっちょまえに遠慮してんじゃないよ、私はアンタと違ってこの程度の寒さなんざなんともないのさ」

 そう言ってお登勢は自分を伺う少女の顔を見る。
 少し長い程度の茶色いおかっぱ頭と、くりっとして可愛らしい眼をした小柄の女の子。将来は間違いなく上玉になると、お登勢の経営しているスナックの常連達に評判の少女は、心配そうな表情で彼女を見る。

「で、でも肩や頭にたくさん雪が積もってるし、遠目から見ると傘を差してるのに雪まみれになってる変な人に見られますよ? ただでさえお登勢さん顔が濃いから妖怪みたいに見えるのに」

「随分な言い草だなオイ!? テメエは普段から私の事をそういう風に見てたのか! ここで捨ててやろうか!」

 恐らく本心から心配してるからこそ出てきた少女の言葉は、しかしお登勢がキレるのに十分な暴言だった。っというか余計なお世話にも程がある。
 だが少女はそんな反応が面白かったのか、ただにっこりと笑って返すだけだった。邪気のない笑顔を見せられてお登勢はそれ以上怒る気力もなくなり、やれやれと言いながら言葉を続ける。

「とにかく余計な気遣いなんかいらないよ、ババアの親切は素直に受けるのが子供の仕事だよ」

「むぅ、人が心配してるのに子供扱いは止めてくださいよぉ」

「アンタみたいなチンチクリンは世間じゃガキとして扱って正解なんだよ。せめてこの傘に手が届くくらいでかくなってから言うんだね」

「うぅ~、お登勢さんの意地悪!」

 完全に子供扱いされていることに気を悪くした少女は両方の頬を膨らませ、お登勢から眼を背けた。そんな微笑ましい姿に、大人ぶっていてもまだまだ子供だねと思う反面、そんな子供っぽい姿を見せてくれる事に、彼女は心のどこかで安堵していた。
 少女は同年代の子供達に比べて非常にしっかりしていた。両親がいないことが影響しているのか、周りの大人に迷惑を掛けられないと考えている節がある、生まれつき足が不自由である事にも悲観せず、一応は親代わりをしている自分にさえ面と向かって頼った事が無い。

「……いつまでもそんなんじゃ困るけど、今のうちだけでも頼りな」

 聞こえないようにお登勢はぼそっと呟く。
 目の前の少女が良くできているのは分かっている、両親を生まれて間もなく無くして、さらに歩けない体だと知った時、お登勢はまるで自分の事のように憤っていたというのに、当の本人は一度だってそれを理由に弱音を吐こうとしない。
 しかしだからこそ不安になる事がある。自分はこの子の助けになれているのか、またはただの重荷にしかなれていないのか、決して口には出せない不安が彼女にはあった。
 そんな事を考えているうちに町の墓地に着いた。様々な墓石が所狭しと並んでいるが、お登勢は慣れた足取りでその中を歩き、『八神家之墓』と書かれた墓石の前に少女の車椅子を置く。

「着いたよ、でも本当に何もしなくて良いのかい?」

「もう何度も言わせんといて下さいよ、いっつもここまで押してくれるだけでも感謝してるんですから、これくらいは自分でしないと」

 人懐っこい笑顔を向けながら、少女は墓の前で作業を始める。積もった雪を払いのける所から始まり、墓石に水を掛けて洗い清め、線香に火を付けてお供え物のおはぎを墓前に供える。
 見慣れているとはいえ、その手際の良さにお登勢は息を漏らしてしまう。自分は死んだ旦那の墓参りでここまで丁寧にやっていただろうかと思わず考え込むが、少なくとも供え物に手作りのお菓子を持っていく事は気まぐれでもなければやらない事は覚えていた、だが目の前の少女はそれをする為に前日におはぎを作っている。
 お菓子だけではない、せがまれても教えられなかった家事などををいつの間にか覚えて自分でやってしまう。お登勢は何度も止めさせようと説得したが、少女はいつも頑なに拒んでいた。
 それが自分のハンデをハンデと見られたくない少女なりの背伸びなのか、もしくは親代わりのお登勢に迷惑をかけている事に負い目を抱いているのか、本人にしか分からないがそれで折れるのはいつもお登勢だった。

「……情けないね」

 本当なら無理矢理にでも家事を止めさせなければいけないはずの自分が、こんな小娘1人に気圧されている状況は、誰の目から見ても情けない大人と思われてしまうだろう。本人の意志を尊重させていると言えば聞こえは良いが、結局はこの小さい少女の言葉に甘える為の言い訳にすぎないのだという現実に、お登勢は小さく笑う。
 そう考えているうちに少女は墓前で眼を瞑り、手を合わせている。お登勢も少女の隣でしゃがみ込み、同じように手を合わせて黙祷する。その時だ。

「おい、それ食いもんか?」

 墓が二人に語りかける。だがそれは墓が喋ったのではなく、その裏で寄り掛かっている男が喋っているだけだったのだが、真正面から見ると本当に墓が喋っているように見える。
 落ち武者、お登勢は男の生気の無い声と僅かにはみ出ていている白い羽織のボロボロ具合からそう判断した。
 突如飛来した異星人――天人(あまんと)――を相手に、この国を護る為に戦い続けた侍と呼ばれる連中の成れの果て。本当ならそんな危なっかしい奴を見かければすぐにでも少女を遠ざけるべきなのだが、この男はそこまで警戒する必要は無いと彼女は思った。スナックのママとして様々な境遇の人間を見てきた彼女は、雰囲気でどういう人間なのかを漠然と分かるのだ。

「お、お化け!? お登勢さん、お化けや!」
 
 しかし少女はまるでありえないものを見たような表情で墓とお登勢を交互に見て騒ぎ出すが無理も無い。繰り返すが大人ぶってはいてもまだ子供だ、しかし夜ではなく真昼間の時にお化けと勘違いするのもどうかと思うが。

「食べていい? 腹減って死にそうなんだ」

 男はと言うと少女の事を無視して墓前に供えられたおはぎを要求しだした。鼻が良い奴だと呆れたお登勢はこう言った。

「そいつは私じゃなくてこの子が作ったもんだ。食いたきゃこの子に聞きな」

「……えぇ!?」

 これに少女は再び信じられないものを見たような表情でお登勢を見る。確かに作ったのは自分だが、いきなり選択権を与えられるとは思いもよらなかった。
 どうしよう、こんな怪しいお化けに食べさせて良いのだろうか? 混乱した頭で必死に考えるが。

「……嬢ちゃんよぉ、それ食っていいか?」

 その少女の前に突然男が姿を現した。何日も洗っていない事が分かるほど汚れきった白い髪、どこか枯れている印象を与える精気の無い眼に傷だらけの胴当て、そして上から羽織った白い着物の至る所に黒く変色した返り血の後が幼い少女の目に焼き付いた。それと同時に、この男が自分には想像もできないほど苛烈な戦いに身を投じてきた事も理解できた。

「……ぁ」

 そんな怪しい男に対して、少女は不思議と警戒心が薄れていた。お化けではなく足の付いた人間だったという理由もあるが、その顔を見た瞬間、男がどういう人間なのか何となく理解できたのだ。
 あぁ、この人はそんな怖い人やない、そうに違いない。少女はそう確信した。目の前にいる人はテレビに出てくるような悪い人とは程遠い、そもそもそんな人がこんな所にいるはずがない。根拠はまるで無かったが、少女は自分の考えを信じることにした。
 人差し指を口に当て、う~ん、と考えること数秒。

「お母さん達が良いって言うのなら、食べてええよ」

 少女はいつもの調子で冗談交じりにそう答える。

「そうかい」

 それを聞いた男はそのまま迷うそぶりを見せずに墓前のおはぎをその場で食べ始める。まるで遠慮の欠片もない図々しい姿を、少女は何が楽しいのかニコニコしながらジーっと眺めていた。まさか本当に自分の両親と話したと信じているのか。
 おはぎを食べつくした男は何も言わずにまた墓の裏に戻ってしまう。少女は意を決して話しかけた。

「お母さんとお父さん、私の事で何か言ってた?」

 これに男は間髪要れずに答える。

「知らねえ、死人が口利くか」

 その言葉に周りが沈黙で支配されたが、お登勢は内心当然だと思っていた。目の前の男は幽霊でも何でもない、普通に生きた人間である自分達と会話をしている時点で死人と会話が出来るわけが無い。仮に出来たとしてもこの墓に肝心の少女の両親がいる保証なんてどこにもないのだ。

「むぅ、なんやねんそれ、お化けの癖に自分の存在否定すんな!」

 だが少女の方は納得がいかないようだ。冗談とはいえ一応は自分の親の許可を条件に出したというのに、そんな身も蓋もない事を言われて、はいそうですかと割り切る事は出来ない。

「誰がお化けだよ誰が、俺は正真正銘、重力に魂を縛られた人間だ。そんな得体の知れないものと会話なんてニュータイプの仕事だ」

男は男で訳の分からない事を言いながら手に付いたアンコを綺麗に舐める。
 
「人間ならバチ当たりや、それで祟られても知らないからな」

「大丈夫だ、死者に俺を裁く事は出来ねえ。そんな物はいないと信じれば幽霊なんて存在しない事になってんだ」

「どこの子供の理屈や!」

「ある漫画の主人公の妹が言っていた」

「ほんまに子供の理屈やないか!!」

 口論がどんどんエスカレートして何とも子供っぽい言い争いが始まる、すっかり蚊帳の外に置かれたお登勢は頭に手を置いて何度目かのため息を出す。この手の良い性格をした人間は幼い少女には荷が重いだろうと思った時だ。

「死人は口も利かねえしおはぎも食わねえ、だから勝手にテメエの両親に約束してきた」

 それまでの軽薄なものとは違う真面目な口調に、少女はきょとんとした表情で言葉を待った。そして男は僅かな沈黙の後に、こう言った

「この恩はぜってー忘れねえ、アンタ達の子供、これから生きていくには不自由だ。だからその足が治るまで、俺がこいつの足になって護ってやる」

 それが男、坂田銀時との出会い、雪の降る墓場で男は車椅子の少女を護ると誓い、少女はそんな嘘のような話を信じた。
 戦争の傷跡が色濃く残る日本の江戸で、少女、八神はやては最初の家族と出会う。




あとがき
 どうも皆様、ここまで読んでいただきありがとうございました。
 万事屋はやてちゃん、略して『よろはや』は如何だったでしょうか? プロローグは銀さんとはやての出会いを描いたものでしたが、作者の力量不足から原作のお登勢さんの出会いを改変しただけの代物になってしまいました。今後の課題です。



[37930] 第1話 高町なのは 魔法少女始めます 前編
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191
Date: 2013/06/25 00:25
 涙は嫌いだ。
 それが悲しみを呼び、悲しみは憎しみを生む。その憎しみが糧となって世界を壊す力となる。私が肉体を手に入れて数百年、涙が負の連鎖以外を呼び寄せた事なんて皆無と言って良い。
 だから私は泣く事を止めた。それで歪められてしまった今の私を止める事はもう叶わないけれど、少なくともかつての主が絶望していたこの世界を覆う闇に、この心まで支配されないように、そう固く誓ったはずだったのに。

 ・
 ・
 ・

 血と硝煙、後は狂気か。私が目覚める世界は決まってそんなものが充満している所だった。
 この場所も同じだ、肌を合わせた事も言葉を交わした事もない騎士達がその時代の主の命令のままに戦いを繰り広げ、最期は目覚めた私がその世界を破壊する。
 いつまでも代わり映えしない私の視界、違う所があるとすれば、目の前の壮年の男が激しく息を吐きながら未だに私の攻撃を受けて生き残っているくらいか。
 本来なら目覚める前にすべての敵対者を騎士達が葬るのだが、この男はその彼女達の攻撃を掻い潜り、ほぼ無傷でここにたどり着いたのだ。
 なるほど、少ししか戦ってないが確かにその実力が常軌を逸しているのが分かる。あらゆる時代で確実な勝利を上げてきた彼女達を退けるだけの事はあるな。私が相手でなかったら生き残れたろうに。

「ズァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 男はまるで地鳴りのような咆哮を上げながら血みどろの体で跳躍し、右手に持った番傘を音速で振り下ろす。もう何十回と見てきたが確かに凄い、剣よりも速く、それでいて鉄槌よりも重い一撃だ。
 そんな愚にもつかない事を考えながら左手をかざし、番傘を受け止める。次いで残った右手を握りしめ、驚きと焦りが入り混じった表情を浮かべる男の腹にめり込ませる。

「ガ八ッ!!」

 振りかかる血と唾液に不快感を覚えながら今度は左手で奪い取った番傘を男の頭上に振り下ろす、それより先に男が私の左側に回り込み、手刀を繰り出そうとする。満身創痍のはずだというのによく動けるなと感心しながらも私は番傘を離し、首を切り裂こうとする手刀を逆に手刀で貫く。
 貫かれた手から新たな鮮血が噴きだすが、この程度ではもう痛がってくれないらしい。男は間髪入れずに残った左手を握り締めるが、その上から私の右手が覆い、そのまま握り潰す。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!」

 肉から突き出る骨と血、想像を絶する痛みに耳をつんざく男の叫びが辺りに響き渡る。
 不愉快な叫びだ、こんな情けない声を上げるくらいなら何故私に挑む? 背中を向けて逃避する者を撃つなんて真似はしない。この男ほどの実力なら私が力を抑えている間にこの世界から逃げる事だって容易なはずだ。

「そんな醜態を晒してまで手に入れたいのか、私の力を?」

 無意味な問いを投げかける。この男が力に取り憑かれた愚か者なのは理解してるはずなのに、何故今になって私は口にしたのだろうか。両腕を塞がれ、後はせいぜい命乞いをするしかないはずの男に向かって。

「答えろ、今この瞬間にも私の体を食い破ろうとする力は、お前程度に制御する事は絶対にできない。それが理解できないほど愚か者ではあるまい、なのに何故求める?」

「……何を世迷い言を」

 もはや沈黙するだけだと思っていた男が初めて言葉を口にする。だがその声は弱々しく、このまま右手の力を強めればそれだけで死んでしまいそうだ。

「自身が御しきれぬからワシには不可能だと? 何と傲慢で愚かな考えだ。食い破られる? それは貴様が弱者に過ぎんからだ、その圧倒的な力は貴様という弱すぎる器を認めんだけだ」

 ……あぁなるほど、どうやら私はこの男を勘違いしていたようだ。この男は愚か者ではない、愚か者とは同等の思考能力のある者が間違った選択をするからこそ例えられる言葉だ。

「ワシを貴様と同一と考えるでないわ、世界の半分、夜を統べるこのワシが必ずその力を掌握してみせる。その暁にはすべての世界がワシの手中に収まるのだ、所詮はその時代の所有者を利用しなければ現界できん人形が、ワシを下に見るなどおこがましいわぁ!!!」

 思考が殺すか食うかの二択しかない下等生物には愚か者という言葉さえ褒め言葉になってしまう。
 もはや哀れで直視さえできない。そう思い込んだ瞬間、男の膝が大きく上がり、腹部に強烈な激痛が襲った。

「かはっ!?」

 騎士甲冑の上からでも悶絶するほどの衝撃が体を駆け巡る。
 拘束から抜けだした男はまだ使える右手を突き出す。完全に予想外の行動に対応できなかった私はそのまま右手で首を掴まれ、男に高々と持ち上げられる。

「侮りすぎたな」

 勝利を確信した笑みを浮かべならがも、首を絞める力が強くなるのが見て取れた。首の骨を折るなんて生易しいものではない。このまま引きちぎるつもりだ。

「そうだな」

 あぁそうだ、お前如きにこれだけの力が残っていたなんて思ってもいなかった。確かに侮りすぎた、お互いにな。

「ぬうっ!」

 男の体が白く光る無数のヒモで縛られる。この程度の相手に魔法を使う必要もないと思っていたが、流石に手加減をし過ぎてしまったようだ。首への拘束から逃れた私は苦悶の表情を浮かべる男を数メートル離れた所から凝視する。

「侮りすぎたな、いつまでも魔法を使わないと思っていたか?」

 右手をかざす、正三角形の魔法陣が浮かび上がり、その中心で白く輝く魔力の塊が膨れ上がる。手刀で首を跳ねるだけでも良いのだが、ここまで健闘した男に対してはそれなりに敬意を払う必要がある。

「ヌウウウウウウウウウッ!!」

 男は必死に拘束を解こうと体を震わせているが、疲弊しきった体に破られるほどヤワな魔法ではない。いや、例え万全の状態だったとしても男が拘束を解くのは不可能だ。

「これが実力の差だ、下等生物。砕け得ぬ闇に挑んだ無知を胸に、そして過ぎた欲望を抱えたまま、深淵の闇に呑まれろ」

 遂に私の体ほど巨大になった魔力の塊、見る者に死を連想させる魔力弾が私の手のひらで激しく輝く。
 あの男の耐久力は熟知している。防御に優れた魔導師でさえ塵芥(ちりあくた)にするこの魔力弾、如何なる防御を施した所で耐えられる道理は男にはない。
 たかが1人の為に過ぎた事をしていると心のどこかで笑う。敬意なんて言葉は自分を納得させるための言い訳でしかない、これはやり過ぎだ、だが同時に必然だ。自身の矮小な器を理解せず、膨大な闇を収めようとするその傲慢。私を弱い器と誤認する程度の知れた見識と知能。すべてを兼ね揃えた男が生き残るという選択はこの場にない!

「……手に入れるのだ」

 目前にまで迫る死に気でも触れたのか、男は私の存在を無視して何かを言っている。

「今度こそ手に入れてみせるのだ。憎き天敵を、この夜王の頭上で輝き続ける不遜な光を、このワシを」

「……」

「このワシを拒んだ太陽を、この手に……!!」

 まるで懇願するかのように叫ぶ男の姿に、先ほどの野獣の如き強さと気高さはなかった。

「……本当に救いようがない。本当にお前は」

 そして理解してしまった。その言葉が本心であると、世界を手中に収めるという言葉がその想いを隠すための詭弁でしかなかったのだと、たった今知ってしまった。

「哀れだな」

 放たれた魔力弾が男を覆い尽くし、そして泣かないと決めたはずの目から涙が溢れる。男の少年のようなウブな気持ちに気づき、それを表に出せない事を哀れに思った。
 そしてその気持ちが、かつての私が羨んだもので、それを今更になって思い出した自分こそが愚か者だと、理解してしまった。

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 二十数年前、突如宇宙から飛来してきた異星人、天人(あまんと)の台頭によって、侍の国と呼ばれた江戸は過去の物となった。
 圧倒的な武力を背景に結ばされた不平等条約によって、江戸には様々なものが彼等の都合によって流入し、そして淘汰されていった。
 澄み切った青い空は空力をまるで無視したゴテゴテの船が飛び交う事で発生する排気ガスで濁り、風流溢れる町並みはやれグローバルだの流行だのでハイカラなものへと変質していった。
 これは、そんな江戸で暮らす人達の話。

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 ・

 江戸の海鳴市にある町、かぶき町。
 ターミナルと呼ばれる宇宙船発着施設の恩恵をもっとも受けながら、古くからこの町に居を構える住人たちの非常識過ぎる気風が、同じく植民地に対する態度が非常識過ぎる天人達の性格と合致したからか、天人が我が物顔で闊歩する今の江戸では珍しく、基本的には平等な関係を築いている。
 同時に国家、酷い時には地球規模の問題の大半はここから発生することが多く、良くも悪くも地球の生命線を担っている町である。そんな町のとある住宅地にその家はあった。
 古き良き2階建ての木造住宅。その1階の屋根には『スナックお登勢』と書かれた、見るからに上等な物であることが分かる木製の看板が掲げられている。名前のとおり夜に営業するスナックバーの事であり、お登勢とはそこのママの名前である。
 そしてそのすぐ上の手すりには、1階とは対照的な安っぽいステンレス材の看板が貼り付けられており、『万事屋(よろずや)銀ちゃん』という文字が書かれていた。こちらは2階に住んでいる住人が営業しており、万事屋というのはようは頼まれればどんな内容の仕事でも請け負う何でも屋である。ちなみに『銀ちゃん』という文字のすぐ下には『はやてちゃん』と可愛らしく書かれている。
 今、『スナックお登勢』の脇に設置されている階段を一人の青年が上がっている。これといった特徴のない顔に丸めがねを引っ付けた様な青年は、万事屋の従業員、志村新八である。
 今日も今日とて今閑古鳥が鳴いている勤め先の前に立ち、引き戸を開けようとした瞬間。

「銀ちゃん! 人のものにイタズラせんといてって前も言うたやん! 何で約束を守らへんの!!」

「耳元でギャーギャーうっせぇよ、どうせ読めねえもんなんだから問題ねえだろ」

「中身が読める読めないの問題ちゃう! 人としてのマナーや!」

 突如、耳を塞ぎたくなるほどの怒声が居間から響き渡る。

「また怒らせやがったよあの野郎……」

 聞き覚えのある2つの声に新八は大きく肩を落とし、呆れながらも引き戸を開ける。草履を脱いで正面に続く廊下を進み、事務所として活用している居間の前で立ち止まる。
 喧騒の正体はやっぱりというか当然というか、中央のソファーで週刊少年ジャンプ片手に寝転がっている銀髪の男、万事屋のオーナー坂田銀時と、その銀時の横で目に涙を溜めながらもの凄い剣幕で睨みつけているおかっぱの少女、万事屋の古株従業員であり、一応は銀時の娘という事になっている八神はやてだった。
 よくもまあ飽きもせずに喧嘩できるものだと新八は呆れてしまう。彼が普段から知っているはやてならばこんな言い争いが起こる前にうまく立ち回るのだが、相手がダメ人間の化身で、人を怒らせる事に関しては天才的な話術を誇る銀時が相手では年相応の少女に戻ってしまう。

「あれ、なに? 自分だって人の大切なものを奪っといてどの口がマナーとか言ってんの? 人の振り見て我が振り直せって言葉知ってるぅ、はやてちゃ~ん?」

 お前にだけは言われたくないしそれが自分の行いを正当化する理由になると本気で思っているのか。まるで核心をついたと言わんばかりの銀時に、新八は軽蔑の目を向ける。
 正直この2人が何故ここまで言い争っているのかは自分の知る所ではないが、少なくとも目の前で半泣きになっている少女は理由もなく人を傷付けるような真似は絶対にしないし、この喧嘩もどうせ銀時が原因だという事だけは分かる。長年万事屋に足を運び、このデコボコ親子と行動を共にしてきたからこそ断言できる。
 しかしそんな新八の考えとは裏腹に、銀時の言葉を聞いたはやては先程までの強気な態度とは一転、モジモジと体を縮ませてしまう。まるで小動物のような弱々しさだ。

「うぅ~、その事はちゃんと謝ったやんか、そもそもあれは銀ちゃんが先に意地悪したのが原因やろぉ?」

「え? 都合の悪い事実は捏造するの? テメエの体を思っての善意をそう解釈しちゃうんだ。もう銀さん情けなくて涙がでてくらぁ」

 絶対に嘘だ、その言葉がまず頭の中によぎった。普段から間違った意味で唯我独尊で、傍若無人が服を着て歩いているような人間という、ジャンプ作品の主人公らしくない振る舞いの多いこの男が他人の体を気遣うなんて考えられない。そもそも他人の前に自分の体が糖で蝕まれているというのに。

「カップル限定ケーキを買う為だけに恋人役やらせてそのケーキを独り占めしといて何が善意や! 娘に恥ずかしい真似させてまで甘い物食べようとするお父さんの方がよっぽど情けないわ!」

 その事を思い出しているのか、顔を真っ赤にしながらはやては叫ぶ。恥ずかしかったのなら何でわざわざ恋人役なんてしたのかと問いたくなったが、それよりもケーキの為に親子ほど年の離れた少女を恋人に仕立てあげる銀時に対して頭を抱えずにはいられなかった。お前にはプライドとか男としての誇りはないのかと。

「オイオイ遂には責任転換し始めちゃったよこの子、そんなに自分から謝るのが嫌なの? あぁ~昔は生意気でも可愛げがあったってのによぉ、こんな大人げない子に育っちゃって銀さん悲しいなぁ」

 しかし銀時はそんな新八の心からのツッコミに気づかずに嫌らしい笑みを浮かべながらさらに訳の分からない御託を並べる。どこまでも自分が悪いとは微塵も思わないとはいい性格をしている。これが新八か、もしくはこの場にはいない万事屋の住み込み従業員の神楽なら至極まっとうな正論かさらなる屁理屈で返すか、鉄拳で物理的に黙らせる事ができるのだろうが、残念ながらはやてはそこまで口が達者でもなければ暴力で解決するような乱暴者でもない。

「……そんなんちゃうもん」

 もう精神的に疲弊しきっているというのに、銀時の屁理屈で構成された台詞に対して辛うじて反論するはやて。ある意味で健気だ。

「あれ、よく聞こえなかったけど何て言ったの? 謝るならちゃんと言ってくれねえとなぁ。はい、せぇの。『銀ちゃんごめんなさ~い、私が間違ってましたよ~』。ほら、ここまで言わないと将来ロクでもない大人になっちゃうよ、はやてちゅあ~~ん」

 しかしそんな少女の抵抗もどこ吹く風、わざわざ裏声まで使ってまるで似ていない声マネで人の気持ちを逆なでするような喋り方をしながら、銀時はニヤついた顔をこれでもかとはやてに見せ付ける。

「むうぅぅ~……!!」

 次々と出てくる挑発的な言動に、はやては言いたい事も満足に言えずに頬を赤くして下唇を噛み締め、下を向きながら恨めしそうに声を上げるだけだった。目尻に浮かんでいた涙はボロボロとこぼれていき、スカートに大きなシミを作っていく。

「……」

 新八は思った。これは親子喧嘩ではない、体と態度だけが無駄にでかいガキが小さい子を苛めて楽しんでいるだけだ。しかも無駄に口が達者なものだから相手の嫌がる言葉を使って主導権を握っていて悪質極まりない。

「アンタの方がよっぽど大人気ねえよ! なに子供相手にムキになってんだ!!」

 挨拶も忘れて額に十字の筋を立てながら思わず銀時にツッコミを入れる。家に入って第一声が虐待一歩手前の喧嘩に対する苦言という辺り、自分というキャラクターがどこまでいってもツッコミなのだなと悲しい事実を認識させられる。

「……し、しんぱちく~ん!!」

 もう白旗を上げる寸前だった状態でまさかの援軍登場に、はやてはさらに大粒の涙を流しながら手元のジョイスティックを操作して車椅子を新八に近づける。自分の服を掴んで声になってない声を上げるはやての頭を撫でながらハンカチでボロボロと溢れる涙を拭うている。

「聞いてや新八君、また銀ちゃんが私の本を変な事に使ったんや。今朝に高さを調節する為とか言って冷蔵庫の下敷きにしたんよ、神楽ちゃんも助けてくれる所か煽るだけ煽って遊びに行くしもう嫌やこの人等!」

 あぁ、どおりでいないと思ったらそういう事かと勝手に納得してはやてが掲げている物を見る。百科事典ほどの厚さを持つ革表紙の本が鎖で十字に縛られているという不気味な装飾で、幼い少女が所有するには似つかわしくない代物だが、普通の人間と感性が違うのか、はやてはどういう訳かこのイカつい本を気に入っており、大切に保管している。良く見ると鎖と重なっている部分がへこんでいる、冷蔵庫の下敷きになったせいで鎖が表紙に食い込んだのだろう。

「またぁ? ちょっと銀さん、いい加減にして下さいよ。この本はやてちゃんが勝手に触るなって何度も言われてたじゃないですか」

 もう何度目になるかわからない軽蔑の眼差しを向ける新八に反応した銀時は横にしていた体を起こし、普段は見せない真剣な目線を周りに向ける。

「……っうぅ!」

 その殺気の篭った眼光に新八は思わず怖気ずく、普段は死んだ魚の眼と言われるほど覇気のない銀時だが、今のような真剣な眼つきをしている時は冗談などは決して言わない。はやてに対する大人気ない行動も、彼にとってはやらざるを得ない程の理由があるのだが。

「……ぱっつぁん、テメエに血糖値のせいで週一でしか食わせてもらえないパフェを奪われた男の気持ちが分かるか?」

 他人にとっては大概どうでもいい事で怒っていたりするのだ。

「分かるわけねえだろ、んなくだらねえ事! つうかいい加減にしねえとほんとに糖尿病になるぞアンタ!」

 予想の斜め上を行った理由にキレる新八、いい年した大人が娘といっても通用する年の少女にパフェを横取りされた程度で根に持つのだから仕方ないと言えば仕方ない。そもそもはやてを利用して手に入れたカップル限定ケーキを独り占めしておいて奪われたとかどの口が言うのかとしか思えなかった。
 だが銀時はそんな新八を小ばかにするような表情で見据えて首を横に振り、言葉を続ける。

「オイオイ、あんま銀さん舐めると痛い目見るよ? こちとらパチンコでスッちまったもんだから財布の中身は五円しか常備してないんだ、だから甘いもん食いたくても食えねえんだよ、分かったかコノヤロー」

「それ偉そうに言うもんじゃねえし僕の給料はどうなるんだテメェェェエエ!!!」

 意味不明な事を得意げに語るその姿に我を忘れた新八は思わず銀時の頭を掴み、そのまま机に叩き付ける。木製の机は破片を飛び散らせながら真っ二つになり、床を陥没させるまでに至った。居間を粉塵が覆う。

「何が週一や! 銀ちゃん三日前に翠屋でケーキ1ダースも食べてたってすずかちゃんが言ってたよ、全然守れてないやんか! その事をなのはちゃん達に笑い話にされてほんまに恥ずかしかったんやからな!!」

 同時にそれまで自分の涙を拭くことに必死で、会話に参加してなかったはやてが思い出したかのように銀時に怒鳴り込む。
 こいつ医者の言いつけを一欠片も守ってねえ。そう呆れる新八を尻目に銀時は先ほどと同じ真剣な目線をはやてに向けるが、最初の事もあったのではやてにはその眼差しがもの凄くうそ臭く見えていた。さらに先ほどまで床に顔を突っ込んでいたせいで木片が頬や鼻の穴にいくつか突き刺さって血だらけになっており、それがうそ臭さに拍車を掛けている。
 余談だが翠屋とははやての友達の高町なのはの両親が経営している喫茶店の事である、外国で修行を積んだ高町桃子の作る洋菓子は非常に人気があり、甘い物に目が無い銀時はよくツケで食べに来る。

「はやて、ガキのお前には分かねえかも知れねえがな。恥とか世間体とか、んなもんかなぐり捨てて男は初めて一人前になれるんだ」

「恥と一緒に常識と人間の尊厳までかなぐり捨ててる人が言ったって説得力なんかないわ!」

 状況によっては割とカッコ良かったであろう台詞も、しかし普段この男の素行を誰よりも良く知っている少女には情けない言い訳でしかなかった。決まったと自負していた台詞が通用しないと判断した銀時はワザと聞こえるように舌打ちする。

「違ぇってほら、士郎さんが食いきったらタダにしてやるって言うもんだからつい張り切っちまってよぉ。これもあれだよ、友情を深め合う大人の付き合いって奴だよ」

 友情が食い過ぎの言い訳に使われていると知ったら士郎さんは何て思うだろうなぁ、と新八は僅かに考えた。店の商品を勝手に賭け事に使ってる時点であまり気にしないかもしれないが。

「自分の健康もきちんと管理できないのに大人の付き合いとかカッコええこと言うな! そんなんばっかりやから信用無くなって最近は依頼も全然こおへんねん!」

「テメッ、なに仕事が来ないの銀さんのせいにしちゃってるの!?」

 聞き捨てならないといった感じで銀時は顔から流れ出る血をボタボタと垂れ流しながらはやてに近寄る。それによって彼の通った跡の床が血で覆われていき、微妙にホラー染みていた。

「だってそうやもん、普段がダメダメやから誰も当てにしてくれなくなったんや、大体銀ちゃんは長谷川さんをマダオマダオ言ってるけど最近は住み込みでしっかり働いてるから今は銀ちゃんの方がよっぽどマダオや!」

 新八は首を上下に振って肯定する。かぶき町どころか海鳴市に住んでいる人間なら知らない人はいないと言われるほどの知名度を誇るこの万事屋だが、普段がダメダメというはやての言葉通り、その内容は決して良い物ではない。
 『テロリストと一緒に爆弾テロを引き起こした』
 『とある星の王女に腐った豆を食べさせた』
 『征夷大将軍を全裸にして王様ゲームを強行した』
 『オーナーが放送用カメラの前でチ○コを露出してお茶の間を騒然とさせた』
 正直言ってろくでもない悪評ばかりが広がっている。しかもそのすべてが嘘ではないから言い訳もできないときた。
 おかげで今では新規の客による依頼は殆どなく、知り合いからの同情で来る依頼で食い繋いでいる始末だ。そしてオーナーの銀時がそれらの悪評を払拭する為に努力しているかと言われればそんな事は微塵もなく、仕事が無ければ家でジャンプを読みふけるかさらに客足を途絶えさせるような騒動を引き起こしてばかり。マダオ――まるで、ダメな、オッさんの略――と呼ばれても仕方ない。
 だが当の本人はそれを頑なに否定したいらしい、銀時はドスの利いた声を出しながらはやてを睨みつける。
 
「バカ言ってんじゃねえよ、食べ盛りの娘2人にペットとメガネを死に物狂いで養ってる人間つかまえてマダオだ? テメエの目ん玉は節穴ですか?」

「オイイイイイイ!!! せめて物扱いは止めろ腐れ天パ! つうかテメエに養ってもらった記憶ねえぞコラ!!」

「月の家賃も払えんくせして良く言うわ! 神楽ちゃんと定春のエサ代なんて殆どグレアムさんのおかげで何とかなってるようなもんやないか! それにメガネは食費は掛かるけど毎日家事と電話対応してくれるから誰かさんと違ってスッゴク頼りになってますー!」

「はやてちゃんんん!? 僕なにかした! 君を怒らせるような事しちゃったの!!」

 最初にはやての本の扱いについて喧嘩してたはずなのにどうやったらここまで話がずれるのか、結局新八を交えたこの騒動は、家政婦ロボットが家賃回収の為にモップ型火炎放射器で強襲するまで続いた。

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 真選組屯所
 そう達筆に書かれた看板が掲げられている建物は、武装警察真選組の活動拠点である。真選組とは今の天人中心の世界を変えようと活動している攘夷志士から治安を守る武装警察である。ちなみに読みはしんせんぐみ、決してまえらぐみではない。

「何っ、本当かトシ?」

 決して広くない畳張りの一室で、真選組局長、近藤勲は怪訝な表情で手に持った報告書に目を通す。内容は攘夷志士の予測行動パターンをまとめたものに今日1日の天気。地球に持ち込まれた密輸武器の一覧と今月の隊士の献立表、さらにはキャバクラの明細書。そして。

「あぁ、落下地点でメーターを振り切るほどの魔力濃度もあった、確実だ」

 真選組の管轄内で起こった魔法関連の事件の内容だった。

「江戸だけで5つの地点で確認されている、他の場所でも同様の報告があったそうだ」

 真選組副長、土方十四郎は瞳孔の開いた鋭い眼光を近藤に向けながら咥えるタバコにマヨネーズそっくりな形のライター、マヨライターで火を付ける。傍から見るとシュール極まりない光景だが、昔から見慣れている近藤は特に気にする様子もなく目線を報告書に戻す。
 膨大な魔力を持った正体不明の物質が地球に落下、その簡潔な言葉に現場付近の写真を適当に貼り付けただけの、報告書というにはあまりにもおざなりな代物だった。

「だが現物が見当たらないのはどういう事だ?」

「誰かが持ち去った可能性があるな。何せ残留してる分だけであれだけの魔力だからな、本体を狙う奴がいてもおかしくはねえ」

 土方の言葉を聞いて近藤はふと考えこむ。幕臣や自分達のような警察を覗いて、それの価値を理解できるものがこの地球にどれだけいるのか。ただでさえこの世界は魔法関連の技術や情報は一般にはあまり知られていないというのに。

「思いつくのは魔法技術目的の闇商人くらいだが、連中にんな運搬能力があるとは思えねえ。一番臭ぇと思ってた春雨は最近ミッドの大魔導師に縄張りを荒らされてそっちに忙しいみてえだし、他に可能性があるとすれば」

「こいつの持ち主って所か?」

 無言で土方は頷く。桁外れに高い魔力を帯びた物質が複数も勝手に地球に落下するなんて都合のいい話はありえない、必ずそれを運搬してた人間がいるはず。2人の見解は完全に一致した。
 土方は懐を探り、一枚の写真を近藤に投げ渡す。そこに写っていたのはクリーム色の髪をして、中東で見かけそうな民族衣装を身にまとった少年だった。首には赤く光る宝石が掛けられている。

「山崎に探りを入れさせたら当たったぜ、そのスクライア一族のガキが入管を通して地球に入ってやがった、ご丁寧にデバイス持ち込みの許可証まで発行してな」

 吐き捨てるように言う土方。ミッドチルダに関係する部族が入国するだけでも最低2週間以上の手間がかかる入国管理局の審査をあっさり通り、さらにデバイスの許可証まで発行済みだ、否応なく背後で見え隠れする黒い存在を連想せずにはいられない。賄賂か恫喝か、どちらにしてもこの写真の子供は要注意人物と土方は読んでいた。

「なるほど、管理外世界である地球に迷惑を掛けない為に自ら回収に向かうか、自分のケツを自分で拭くなんてのは誰にでもできるものでもないのにこんな小さな子がねえ、ウチの隊士共にも見習わせてやりてぇな」

 だが土方とは対照的に、近藤はおおよそ警察とは思えない発言を濁りがまるでない笑顔ではっきりと言う。

「……近藤さん、普通に考えてそこは舐められてるって思う所だぜ、そうでないにしても、現地政府に報告しねえって事は、何かしら隠し事があるもんだ」

「バカ言うなトシ、舐めてるのなら隠してたとはいえ入管に手続きを取ると思うか? それにスクライアと言えば遺跡発掘を生業とする流浪の部族だ。別世界のお上の耳に入れたくない話の一つや二つあっても不思議はあるまい。」

 うんうんと1人納得したように頷く近藤を見て大きく息を吐き出す土方。昔から人を疑うのがとことんできないのは知っていたが、改めて目の当たりにするともはや一種の才能だなと悪い意味で感心してしまう。そもそもこんな密入国紛いな行為をしている人間を褒める事自体が土方にとっては理解できなかった。

「ま、だからってこんな危険な真似を黙ってやるのは感心しないな、さっさととっ捕まえて落し物探しでも手伝ってやるか」

 相手に邪な考えがあるなど欠片も考えない。救いようがないお人好しと呆れる反面、そんなお人好しだったからこそ、自分達を含めた隊士達が従うに値するリーダーである事もまた、覆しようのない事実だった。

「ったく、近藤さんは甘すぎらぁ」

 嫌味ったらしく言いながら、土方は写真の要注意人物改め『迷子』の捜索をする為、部屋を出た。

 ・
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 ・

――助けて――

 学校の帰り道、性格は悪いが自分達を妹分と言って可愛がってくれる優しい友達と待ち合わせをしている公園に辿り着いた瞬間、助けてと声が聞こえた。
 耳にではない、頭の中に直接響くような形容しがたい音が聞こえた時、最初は春の陽気に触れてボケてしまったのかと思った。

――助けて――

 だが二回、三回と続く事で、それが気のせいではなく、誰かが自分に宛てたメッセージであると高町なのははようやく気づく。

「すずかちゃん、アリサちゃん、今誰かに呼ばれなかった?」

 傍らにいる二人の親友はそんななのはの言葉に首を傾げるだけだった。
 周りには聞こえない、だけど自分にだけ聞こえる声。やはり幻聴かと落胆した時。

――助けて!――

 再び脳に響き渡る助けての声。それもさっきよりも大きく、今まさに命の危険を知らせているようだった。
 間違いないと、これほどはっきりと聞こえる声が幻聴なわけがないと確信する。

「なのはちゃん!」

「なのは!」

 なのはは声の方向へと走る。突然の奇行に慌てる二人を尻目に林道へと入っていった。途中、常軌を逸した量の犬のフンとおしっこが散乱していて、常識のない飼い主とペットもいるものだと不快な気持ちになるが、今は人命(?)救助が最優先だと心で復唱して止まりかけた足を再び動かす。

――助けて!!――

「ここだ!」

 慣れない短距離走をやって息が上がりながら、声の発声地点と思われる場所に辿り着いた。しかし辺りを見渡しても声の主はいない。代わりに異様なまでに落ちている白い毛と、何故か処理されていないフン、恐らくさっきの林道に落ちてたフンと同じ犬のものだろう。まったく飼い主の顔が見てみたいと憤るなのは。

「おう、なのは、やっと来たアルカ」

 聞き慣れた声、そして何より独特な口調になのははすぐに気づいた。橙色の髪を両サイドでお団子状に纏めたチャイナ服の少女、神楽は嬉しそうに近づく。

「神楽ちゃん!?」

 何でここに? と思ったが、よく考えたら自分達3人は彼女と遊ぶためにここに来たのだから、むしろ会わない方が不自然だ。それよりももっと驚愕すべき事が目の前で起こっている。

「ちょうど良かったネ、お前等が中々来ないから適当に散歩してたんだ。そしたら定春が変な生き物拾って来たから見せてやるヨ」

 大人の倍はあろう巨体を持つ白い犬、神楽のペットの定春は口を大きく開けた状態で佇んでいた。いや、と目を凝らすなのは。よく見ると定春の口の中でイタチのような生物が四肢を大きく広げて食べられるのを必死に阻止しているようだ。

――……た、助け、て――

 硬直するなのはに再び聞こえる助けての声、そして何かを懇願するかのように涙目になるイタチ、間違いない。

「定春、その子食べちゃダメーーー!!!」

 渾身のタックルで定春にぶつかり、ペッと吐き出されるイタチをキャッチ。クリームの体色をしたイタチのような生物は、もう食べられる心配がない事を察してか、両手の中でグッタリとなってしまう。ヨダレまみれになって多少汚くなっていたが、一先ず安心だと思わず息を漏らすなのは。

「何するアルかなのは! せっかく定春が遊んでたのに!」

「ワンワン!」

「あれは遊びじゃなくてただのイジメ! そもそも定春は食べようとしてた! 第一あんなの見たら助けるのは当たり前です!!」

 神楽と定春の突っ込みどころ満載な怒りに対して矢継早に反論するなのは。そりゃあ目の前で生きた動物の解体ショーを友人がやろうとしてたら止めたくもなる。

「別に止められるような悪い事してないネ、大体定春の胃袋なめんなヨ、そいつくらいなら問題なく消化できるアル」

 サラッととんでもない事をのたまう神楽に反応してか、イタチは顔を青ざめ、体中を震わせるという、とても人間臭い挙動をする。

「それが悪い事なの! 無闇に他の生き物を食べちゃダメ、可哀想でしょ!」

「ふざけんな! そんな事言ってそいつを独り占めしようとしてんのは分かってんだぞ! 誰にいくらもらったアルか守銭奴が!」

 しかしそんな真っ当な理由をどう捻じ曲げれば嘘と判断できるのか。ドスの利いた声で言い掛かりも甚だしい暴言を吐くが、普段から行動を共にしているなのはは怖気づく様子はなく、真っ向から見据える。

「神楽ちゃんや銀さんじゃないんだからそんな事しません! 私は単にこの子が助けを呼んでたから助けただけです!」

 しかしいくら付き合いが長いと言っても所詮は小学3年生。自分の言葉の中に攻撃の余地がある事に気づいたのは、少女の顔が嫌らしい笑顔になってからだった。

「ブハハハハ! 何アルかお前! 動物が喋ると本気で思ってんのかお前は、小二が終わったからって中二病になるには早すぎるヨ。でもおめでとう、今日からお前の脳みそは立派な中二ネ、右手が疼くのはいつアルか、それとも眼帯付けるアルか、ゲハハハハハ!!」

 笑う笑う、人を小馬鹿にするなどという生易しいものではない。これまでの人生を歩んで来た事を後悔したくなるほどの罵詈雑言、同年代に比べて大人びていると評判のなのはも、これだけの言葉を前に目尻に涙を浮かばせてしまう。

「うぅ~、嘘じゃありません! そもそも年齢も頭の中も中二病な上にゲームでカグーラ・ジャスアントなんて名乗っちゃう神楽ちゃんが言っていい言葉じゃない! そんな名前読者に覚えられないし設定だけで編集者に笑われて終わるだけだもん!」

 具体的な反論に詰まり、つい神楽と同じような暴言をしてしまうなのは、普段の彼女ならこんな事が起こったらすぐに自分の過ちに気づき、相手が本格的に怒る前に何とか許してもらおうと謝罪をするのだが、頭に血が上ってしまっているせいか、はたまた相手が神楽だからなのか、全くそんな気配はなかった。

「テメエ今なんつった!? 人のセンスバカにするような育て方した覚えねえぞクソガキ! もう許さねえ、姉貴分としてテメエの間違い正してやるヨ!!」

「最初にバカにしたのはそっちだし神楽ちゃんに育てられた覚えなんかないもん! むしろ神楽ちゃんが育てたら絶対に悪い子になってたもん! 妹分として間違った事は何も言ってません!!」

 人は争いが活発になると、冷静な判断能力が鈍り、元の原因を忘れてしまう。
 どちらもこの喧嘩の原因の事なんてこれっぽちも思い出せないまま、勝手に争いを激化させるだけだった。

「……あの二人、何やってんの?」

「さ、さあ」

 なのはを心配して後を追った2人は、何故か会った瞬間に罵詈雑言が飛び交う口喧嘩をする友人達の奇行をただただ呆れながら見つめるだけだった。

――助け、て……――




あとがき
 本当はこのままなのはの初陣まで書く予定でしたが、アホみたいに長くなってしまうので分けました、プロットはあっても計画性なんてありません。
 今回の万事屋はやてちゃん、略して『よろはや』は、銀魂キャラvsなのはキャラを3つ同時に描いてみました。3つとも両方のファンが納得できるように頑張りましたが、やはり難しいですね。
 それはそうと、銀魂を知らずにこの小説を見てくださっている読者様がいらっしゃったら、銀魂キャラはなんて性格が悪いのだと深いの思うと思われますが、これはひとえに作者の技量の未熟さ故で、決してそれだけというわけではありません。確かに性格悪い奴が大半を締めてますけど。



[37930] 第2話 高町なのは 魔法少女始めます 中編
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191
Date: 2013/06/25 00:25
 その子達と初めて出会ったのは、2年生の始業式の事だった。
 先生達のお話が大きな体育館に響き渡る中、私はアリサちゃんとすずかちゃんと同じクラスになれた事が嬉しくて1人でニコニコしていた。それと同時に、また新しいお友達ができるかなってこれからの1年に思い馳せている時、たまたまその子が目に映った。
 他の子達がパイプ椅子に座っている中、手元にはガンダムに付いてそうなスティックとかボタンとかがいっぱい付いた車椅子で始業式に出ていた。
 ぽややんとした雰囲気の子だなって思ったら、その子と目があった。一瞬恥ずかしくなったけど、笑顔で手を振ってくれたのが嬉しくて思わず私も手を振った時だ。

「はやて~~!! 今日はお前の進級祝いに私がご飯作ってやるけど。赤飯と豆パンとどっちが良いアルか~?」

 後ろから聞こえる甲高い声、何となくアリサちゃんに似ている声色と同時に響き渡る扉を破壊する音。皆何事かと振り向くと、自動車くらいの大きさはある白い犬に跨っている女の子が見えた。
 びっくりした、なんて言葉じゃ足りない。いきなり体育館の扉を壊してくるなんて今時は攘夷志士だってやらない。しかもそれが私とそんなに年が離れていない女の子なら尚更だった。

「オラ触んじゃねえぞPTAの回しもんが! 私ははやてに用があるだけネ! はやて~、いるなら返事するアル~!!」

 どうやらその子ははやてって子に会いたいらしい。先生達を押しのけながら女の子は、白い犬と一緒にズンズンという擬音が良く似合う歩き方でどんどんこっちに近づいてきて、私は思わず身構えてしまう。

「おいそこの将来サイドポニーになりそうな奴、オカッパ頭で車椅子乗ってるガキ見てないか?」

「ふぇ!? わ、私ですか?」

 どういうわけか、女の子は私に聞いてきた。何で自分に聞いてくるんだろうと頭が混乱している中、ふとさっきまで目があった車椅子の子の顔が思い浮かんだ。その子に向かって指をさそうとした瞬間、私と女の子の間に見慣れたオレンジがかった金髪の女の子、アリサちゃんが割って入ってきた。

「ちょっとアンタ! いきなり上がり込んで何の用よ! なのはに何する気!」

「お前に用はないネ、Zになって影も形もなくなったランチみてえな奴が悟空ポジションの私に楯突こうなんて100年早いアル。とっととラケット片手にバーニングしてこいヨ」

「初対面の相手に失礼ね! そもそも悟空ポジションってどれだれ自分大好きなのよ! 第一私はどちらかというとブルマとかチチよ!」

 所々聞き覚えのある単語を交えながら口論する二人の声だけが体育館を支配する中、私は車椅子の子、はやてという名前らしい女の子に再び目線を移すと、その子は顔をうつ伏せ、体を震わせていた。病気かな、と私は立ち上がり、近づいて声を掛けようとした時。

「神楽ちゃん! 学校にはこーへんといてって言うたやろ!!!」

 顔をりんごのように真っ赤にしながらアリサちゃん達に負けないくらいの声ではやてちゃんは怒鳴った。正面に私の顔があることにも気づかず。
 後から聞いたけど、間近で怒声を聞いた私はそのまま気絶してしまったらしい。気づいた時には家のベッドで寝ていて、夜になるとはやてちゃんがわざわざ謝りに来ていた。神楽ちゃんと呼ばれたあの赤い女の子と一緒に。
 それがはやてちゃんと神楽ちゃんと友達になったきっかけ。この二人との衝撃的すぎる出会いは、お婆ちゃんになっても決して忘れる事はないであろうなと、私は思った。

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「大した怪我ではない、定春殿のヨダレが体の隅々までベットリネットリ付いてたおかげで治りが早くなってるみたいだ。いやぁ子供の頃から怪我した所にヨダレを垂らせば治るのが早いと聞くがこれほどとはな。うむ、ヨダレ万歳だな」

「……何でそれで治りが早くなるわけ? それと桂さん、物がヨダレですからベットリとかあんまり言わないでください。貴方が言うとほんとに気持ち悪くなります」

「お前の顔面にヨダレぶっ掛けてやろうか?」

 アリサ・バニングスと神楽のツッコミには歯牙にも掛けず汚い表現をこれでもかと連発する黒髪長髪の男、表向きは神楽の年上の友達という事で通っている攘夷志士、テロリストの桂小太郎は手に持ったイタチ改めフェレットをなのはに渡す。フェレットは体中に包帯を巻かれて雪だるま状態で眠っており、本来の原型を留めていなかった。
 ここはとある長屋の一室、イタチを巡って起こった大喧嘩は、なのはの親友であるアリサと月村すずかの仲裁で、双方は未だに火花を散らす怨恨を残しながらも一応は丸く収まった。
 定春が公園のそこかしこで垂れ流したフン――この件がなのはと神楽の喧嘩を再燃させたのは言うまでもない――を四人と一匹で処理してから、さあこのか弱いフェレットを病院で手当てしてあげようという話が持ち上がったのだが、学校帰りの小学生と毎日の食事にも四苦八苦する似非チャイナ娘に動物の治療費なんぞ出せるはずもなく、しょうがなくこの無駄に色々なスキルを持ってそうだったなんちゃってテロリストの隠れ家まで足を運んだというわけだ。それにしてもテロリストのくせに隠れ家の表札に堂々と本名を晒すのはどういう了見であろうか。

「でも大した事なくて良かったね、なのはちゃん」

「うん、ありがとうございます桂さん」

 すずかと一緒に自分の手の上でグッスリと眠っているフェレットの姿に安堵し、改めて桂の方に向き直して礼を言うなのは。
 本来ならば穏健派に転向したとは言え、幕府を脅かすテロリストとこれだけ親しくなるのは褒められる行為ではない。それは学校や周りの大人に飽きるほど聞かされてきたが、実際に桂の人となりを見てきた少女達にとっては的外れでしかない。確かにかつては武力行使による攘夷を目指していたが、今はそれが間違いである事に気づき、こうやって怪我をした動物の治療に一生懸命になってくれる人を嫌う理由なんてあるはずがない。

「礼には及ばん、リーダーやなのは殿達には日頃から世話になっている。それに未来の攘夷志士達の頼みとあらば聞かぬわけにもいくまい」

 もっとも、周りが警戒している理由はむしろこの突拍子のない電波台詞があるからなのだが、それに気づけるほど彼女達は大人ではなかった。

「オイヅラ、勝手に人の妹分共の将来決めてんじゃねえぞ」

 さり気なく勝手にテロリストの仲間にしようとする桂に速攻でツッコミを入れる神楽に、アリサとすずかは互いに向き合い、驚いたような表情をする。一応は自分達よりも年上と言っても、精神年齢は下手をすると小学生以下と思ってしまうほど子供っぽい言動が多い彼女が、あれだけ低レベルな口喧嘩を繰り広げた相手を一応は心配するような言動をするとは思わなかったからだ。
 何だかんだで彼女も姉貴分として自分達の事を護ってくれているのだなと、嬉しくもあるが少しだけ気恥ずかしくなった2人。

「……別に攘夷志士になる気なんてないけど、神楽ちゃんに決められたくない」

 しかし当のなのははそんな神楽なりの気遣いなんてお構いなく口汚く罵ってしまう。だが刺々しい口調に反して頬を微妙に赤らめており、単に素直になれないだけなのは明らかだったのだが、それが分かるような相手ならこんな喧嘩が起こるはずもない。眉間にシワを寄せて怒気を発する神楽を見てアリサとすずかは顔に手を置く。

「あぁん!? テメエなんつったアルか! 人生の大先輩に向かって乳臭ぇガキが生意気言ってんじゃねえぞコルァ!!」

「自分の将来が不安定な人に私の将来をどうこう言う資格なんかないって言いましたよ~だ! それに人生の先輩って言ったって私と5つしか離れてないくせに! 神楽ちゃんなんか毎日酢昆布臭いくせに!!」

 勝手知ったる他人の家。周りの事なんてお構いなしに罵り合う2人の間に入るアリサ達を無視して、桂はフェレットに顔を向ける。

「……」

『桂さん、どうしたんですか?』

 そう書かれたプラカードを片手に、オバケのQ太郎の出来損ないのような謎の生物(?)。桂のペット(?)であるエリザベスが訪ねてくる。

「いや、あのフェレット、ただならぬ気配を感じたのだが」

 それは普段の彼特有の妄想か、はたまた地獄のような戦場を生き抜いた戦士の感か。桂はそんな事を呟いた

 ・
 ・
 ・

 不愉快だ。オレンジの髪に狼の耳を生やした女性、アルフは数日前の出来事を憎々しく思っていた。
 彼女は人間ではない。彼女は使い魔と呼ばれる存在で、魔導師によって生み出された狼だ。幼い頃に死にかけていた所を小さな少女、今の主人に救われ、こうやって元気に歩き回ることができる。
 アルフにとって少女は誰よりも大切な存在だった。自分に命を与え、自分に自由になる権利も与えてくれた。だから彼女は少女の為なら命も投げ出すことができる。もしも傷つくことがあるのなら全力で護ってみせる。
 だが現実はそうはいかない。少女にも親がいる。理由は不明だがどうもその親はある魔法を行う為に様々な命令を突きつけてくるのだ。大型生物の捕獲、希少物質の確保、エトセトラエトセトラ。
 それは魔導師として一流である少女にとっても荷が重いものばかりだ。
 しかも命令を遂行したとしても自分の満足いかない結果になったら平気で手を上げる。この前も言われた通りの発掘品を持ってきたというのに、何が気に入らないのかそれをそのまま少女に投げつけてくる始末だ。だが少女はそれに怒るどころか、親に食って掛かろうとする自分をなだめる。
 育ての親しか知らない――まあ、その育ての親も数年前にどこかに行ってしまったのだが――自分には血の繋がった親子がどういうものなのかは知らないが、少なくともあんな簡単に手を上げるような奴は親じゃない。
 だが彼女にとって少女の言葉は何よりも尊い、たとえその結果が少女をより傷つけることになろうと、自分は言われた通りに動くしかないのだ。いつか少女が幸せになる日を夢見て。その日までこうやって無人の世界で憂さ晴らしにトレーニングをするに限る。

『アルフ、聞こえる?』

 頭に響く声、同時に目の前に現れた映像に映る金髪の少女。彼女の主人であるフェイト・テスタロッサが念話でこちらに話しかけてきた。

「フェイト、どうしたんだい?」

『うん、また母さんの探し物なんだけど』

「また? あの女、どれだけ働かせるつもりだい」

 まったく忌々しいといった感じのアルフだったが、フェイトはそれにムッと口を釣り上げる。

「ダメだよ、母さんは体が弱いから私が動くしかないんだから」

 今までの仕打ちを考えたらむしろフェイトが愚痴らなきゃいけないことなのに。理不尽だと思う反面、どこまでも自分のご主人様らしいと呆れる。

「オーケー、じゃあ今度こそアイツが満足するものを見つけようか」

「うん、私はもう現地の世界に付いてるから、また後で合流しよう。場所は第97管理外世界、現地の星の名前は……」

 ・
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 家に帰ってからずっと、なのはは悩んでいた。
 フェレットに関しては彼女の予想に反して両親の士郎と桃子、さらには兄の恭也と姉の美由希が快く受け入れてくれた。父親の士郎に至っては簿記を一時切り上げてわざわざフェレットの飼い方を調べてくれるほどだった。
 飼い主が見つかるまでの間までだというのに美由希はペットの名前に四苦八苦してしまう始末で思わず呆れてしまったが、それほどまでに真剣に考えてくれる事はとても嬉しかったし、やはり自分の大好きな家族だという事を再認識するくらいだ。

「……神楽ちゃんと喧嘩しちゃった」

 ポツリと口にする。そう、彼女が悩んでいた理由は、今日の神楽とのイザコザだった。
 別段、神楽と喧嘩するのは珍しい事ではない。そもそも1年生の頃からの親友であるアリサとすずかとの馴れ初めは小学生らしからぬ取っ組み合いから始まったのだから、単なる口喧嘩で悩む事はない。
 ただ今回は勝手が違う。なのはは少し頭に血が登りすぎて譲歩するタイミングを自分から潰してしまい、神楽は年長者らしからぬ言動と対応をしてしまった。単体ならそれほど問題にならなかったが、そのお互いの悪い面が今回の喧嘩で出てしまったのだ。極めつけは。

「テメエなんざもう妹分でもなんでもねえ! その薄汚ねぇツラを二度と私の前に晒すんじゃねえぞ!」

 桂の自宅で言われたこの言葉がなのはの心を深く抉っていた。アリサとすずかにはバカの戯言とか、どうせ後悔して向こうから泣いて謝ってくるから放っておけ――殆どアリサの言葉であるが――なんて言われたが、家族以外で初めて自分とたくさん接してくれた姉貴分からの拒絶の言葉は、想像していた以上に重い。
 パカっと携帯を開く。普段なら鬱陶しいくらい来るはずの神楽からのメールはまるでなく、自分のメールには一切返信しない状態が続いている。こんな状況になったのは神楽と友達になって初めての経験だった。
 神楽と一緒に住んでいるはやてにその旨を送信してみたが、そちらの方も返信がない。八方塞がり、まったく打開策が見つからない状態だった。

「どうしよう、嫌われちゃったよ……」

 枕に顔を埋めて、僅かに頭を揺らしながらむせび泣く。普段は良い子と評判のなのはだが、どうしようもない状況には泣きたくなるし、悩む事もある。まあこの喧嘩は客観的に見ると九割九分神楽が悪いのだが、そこに思いつくほど彼女も大人ではないし、他人の悪い所を見れない子供だった。
 今の自分にできるのは、このまま寝て次の日には気分が晴れるのを願うだけ、そう考えた時だ。

「うぅっ!?」

 頭、いや正確には脳に突然の激痛が襲う。まるで焼印を押し付けられたような形容し難い痛みが襲うが、それはすぐに和らいだ。

――聞こえますか? 僕の声、聞こえますか?――

 次いで聞こえる声、この感覚には覚えがある。あのフェレットを助けた時と同じだった。そしてこの声の主があのフェレットである事も。

――……あ、貴方は?――

 誰かに言われたわけでもなく、なのはは声に出さず、心で喋る。

――!? 聞こえるんですか! もう時間がない、お願いします、助けてください――

 返事がすぐに帰ってきた。その声色からフェレットが懇願している事が分かる。

「時間がない?」

――はい、いきなりですみません、でも本当に時間がないんです――

 思わず口に出してしまうなのはだが、フェレットにはその言葉も聞こえるらしい。

「……」

 なのはは思い悩んだ。誰かが助けを求めているのは分かる。だが具体的に何を助けて欲しいのか、そもそも自分に何ができるのか、まるで説明のない状態では彼女だってどう動けばいいのか分からない。
 そもそも助けて欲しいと言うが、それが真実かどうか怪しい。自分の問いに対してもまったく答えない時点で何かを隠しているかもしれない。

――お願いします! もう危険が……――

 最後まで言い切る事はなく、突然ぶっつりと言葉が聞こえなくなる。
 その瞬間、なのははいてもたってもいられなくなった。何か危ない事が起こるかもしれない。ひょっとしたら罠かもしれない。だがそれがどうした? そんな事がたった今助けを求めてる人を見捨てて良い理由になるわけがない。
 部屋を出て、出かけてくる旨を家族に伝えて夜の街を駆ける。恐らくあのフェレットがいるであろう、桂の家まで。

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「ほんとにさあ、酷いヨ。私はなのはの為にあのオコジョ見つけたし、ヅラからも護ってやったんだヨ。なのにあの態度はあんまりアル」

「ワフゥ……」

 時刻は8時。
 万事屋に帰ってきてから神楽は延々と愚痴を言って床をコロコロのように行ったり来たり。妙に元気のない定春はそんな神楽に相槌を打つかのように短く鳴くだけだった。

「いや、それどう考えても神楽ちゃんが悪いでしょ。そんなに落ち込むんならさっさと謝りに行けばいいのに」

「うるせぇぞメガネ、今の私は生理中の女のように気が立ってんだ。滅多なこと言うとぶっ殺すぞ」

「お前が滅多なこと言ってんじゃねえ! 小学生の前で生理とか言うな!!」

 声が付いたら確実に自主規制音が飛び交う会話の中、それを聞いていたのか、微妙に顔を赤らめているはやてが二人のあいだに割って入った。

「そうやで神楽ちゃん、人の嫌がる事はしたあかんって前から言うてるやん、じゃないと今もんじゃ焼き作ってるどっかの誰かさんみたいなマダオになってまうよぉ」

 ジッと台所を睨みつけるはやての目線の先には、家政婦ロボットの火炎放射器によって頭がアフロになっている銀時が熱い鉄板の上で一生懸命へらをかき回しながら遅い食事を作っていた。

「んだコラ、そんなに銀さんのアフロが珍しいか? 1秒300円な」

 背中から感じる視線にイラつきながらも手を止めずに憎まれ口を叩く銀時に、はやては小さくベロを出して応える。

「あんな風にお金のことしか頭にない人間になったらお先真っ暗なんやから、今から謝りに行こ。なのはちゃんも待ってるよ」

 ギュッと神楽の腕を掴むはやてだが、所詮はか弱い女の子。車や電柱を軽々と持ち上げる事ができる怪力娘に腕力で叶うはずもなく、あっさり引き剥がされてしまう。

「いやアル! それだとまるで私が負けてるみたいネ! 向こうから鼻水垂らして土下座しながら頼み込むでここから動かないネ!」

「それじゃ意味ないから! 何でなのはちゃんの方が先に謝るの!」

 新八のツッコミには歯牙にも掛けずに再びコロコロっと動き、最後には定春にダイブしてこちらに背中を向けてふてくされてしまう。普通に頭を下げて謝まってもらう為に土下座を強要するのはあまりに割に合わないのではないのだろうか。
 しかしこのままでは平行線だ、そう思ったはやては。

「……なのはちゃん、ゴメン」

 そう小さく言いながら携帯を取り出し、何やら操作をし始める。

「土下座はともかく、なのはちゃんの方は凄い後悔してるみたいやで」

 ピクっと体を僅かに揺らし、顔を再びはやて達に向き直すと、携帯のメール画面が目の前にあった。

『……今日神楽ちゃんと喧嘩しちゃった、どうしよう。私がもっと冷静だったらここまでの事にならなかったのに。このまま仲直りできないのは嫌だよ。PS この事は神楽ちゃんに内緒ね』

「……」

 内容を見た神楽は微妙に表情を歪めながらもその目は真剣そのものだった。てっきり自分と同じようにふてくされていると思っていた相手がここまで重く考えていたなんて思っていなかったからだ。

「あ~あぁ、なのはちゃんは神楽ちゃんと仲直りしたいって思ってんのになぁ。神楽ちゃんがほんのちょっとだけ素直になればまた友達でいられるのになぁ。ごめんなさいって一言を言うだけやのになぁ」

 わざとらしく喋りながら表情を伺うと。神楽は冷や汗を掻きながら携帯を持つ手をプルプルと震わせていた。いや、良く見ると体全体を揺らしている。いくらなんでも揺れすぎだ。

「ちょ、ちょっと神楽ちゃん。どうしたの?」

 あまりの不自然さにはやてと新八は目線を下に向けると、その揺れの正体が分かった。揺れていたのは神楽ではなく、下敷きになっていた定春だった。

「ワ、ワウゥ……」

「さ、定春!? どうしたの! 何か悪いものでも拾い食いしたんじゃ……」

 まるで痙攣してるかのように小刻みに揺らす定春に、思わず熱があるか確かめる為に近づく新八だったが、それがいけなかった。

「オゲエェェェェ……!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 そのデカイ顔面に見合う口から滝のように流れてくる黄色い液体は一晩寝かせたカレーのようにドロッとしており、あえてソフトに言うならばゲロである。それをモロに被った新八はあまりの汚臭にこの世のものとは思えない叫び声を上げならのたうち回る。

「こら定春! ゲロ。……吐瀉物はちゃんとトイレシートの上でしぃっていつも言ってるやんか!! 新八君も暴れんといて、広がるから!」

「目にイイイ! 目にゲロが入ったアアア!!!」

「こんなん神楽ちゃんのに比べたら量も匂いも大した事ないやろ!」

 可愛い顔してとんでもない単語を吐き出しているはやてはいつの間にかバケツとモップを手に持って床に広がったゲロの掃除に取り掛かった。本当に準備のいい。

「定春、家に帰ってからずっと気分悪そうにしてたネ、大丈夫アルか?」

 神楽はゆっくりと定春の背中をさする。さっきまでなのはのメールで動揺してたというのに切り替えの早い。そう思いながらも今日中に謝りに行かせる理由を考えながらゲロの掃除に勤しんでいたはやての腕が、そこで止まった。
 ゲロの中心、周りのドッグフードや米の欠片とは明らかに異なる異物が転がっている。丸くそれでいて小さい、まるでさくらんぼのように可愛らしい宝石だった。

「……これは」

 綺麗だな。それが最初の感想だった。美しい宝石に見とれる美少女という絵面は、周りがゲロだらけで、しかもその横でゴロゴロとやかましい雑音を出しながらのたうち回るメガネがいなかったら純真な少年の心を鷲掴みにするであろう。
 思わずその宝石を手に取り、周りのゲロを拭き取る。するとその宝石は生気を取り戻したかのように鈍く光りだす。

「あ、それあのオコジョが首に付けてたやつネ」

 同じく宝石を見た神楽が思い出したかのように口にする。

「もう定春、何でも噛んだり飲み込んだらあかんって何回言わす……」

 そう言い掛けた時だ。

「……あぁっ!?」

 突然痛みが襲う。脳を直接響かせるような激痛に頭を抱えるはやてに神楽とゲロから復活した新八が近づいて顔色を伺ってくる。

――聞こえますか? 僕の声、聞こえますか?――

 そして聞こえてくる幼い少年の声。

「!? だ、誰なん……?」

 思わず声に出したが、新八達の困ったような表情から、この声は自分にしか聞こえないものだとすぐに察した。

――……あ、貴方は?――

 間髪いれずに聞こえてきた声に思わず困惑した。先ほどの少年とは違う高い声にはやては思わず驚く。当たり前だ、突然頭の中で自分の親友の声が聞こえたのだから。

「なのはちゃん!? 何で!?」

 だが何も知らない新八からは奇異にしか見えなかった。突然頭を抑えたと思ったら今度はいきなり独り言を始めるのだから無理はない。
 だが神楽はなのはの名前を聞いて、何か思う所があるのか表情を険しくする。
 神楽達と同じようにはやての奇行を耳にしている銀時だが。

「あぁはいはい、構ってちゃんのはやてちゃんは可愛い可愛い」

 心配する素振りが全くなかった。

――!? 聞こえるんですか! もう時間がない、お願いします、助けてください――

「時間? 待って、どういう事? 助けてって……」

――時間がない?――

――はい、いきなりですみません、でも本当に時間がないんです――

 あぁ、なるほどな。はやては漠然とだが理解した。どうやら自分はこの頭に響く声を受信してるだけで、会話に入る事はできないらしい。痛みに耐えながら冷静に分析する。

――お願いします! もう危険が……――

 ブツッとそれから会話が聞こえなくなった。まるでテレビの電源を消したかのように。
 同時にそれまで自分を襲っていた痛みは嘘のように消えている。手の中の宝石もその輝きを失っている。

「はやて、どうしたアルか? なのはに何かあったのか?」

 自分の肩を掴みながら神楽が問いかける。どこか懇願するかのような表情と言葉に、目の前で苦しんでた自分よりもなのはの方が心配なのかと、少し嫉妬しながらはやてはゆっくりと神楽の手を退ける。

「……神楽ちゃん、なのはちゃん達と見つけたフェレットって今どこにおるん?」

「? オコジョならヅラが預かってるけど」

 正直言ってはやてには何も理解できない状況だ。
 愛犬の口の中から出てきた綺麗な宝石を触った瞬間に突然少年と親友の声が頭に直接響いて、しかもその会話の内容が切羽詰っていた。ただの妄想と切って捨てるにはあまりに非現実的な事が起こり過ぎている。
 本当ならここは何も聞かなかった事にして家でおとなしくしてた方が良いのかもしれない。少なくとも銀時ならこのオカルトな状況に怯えて布団に隠れるだろう。だがはやてには助けを求める声を無視できるほど非情にはなれなかった。

「新八君、ごめんやけど部屋の掃除しといて。神楽ちゃんは私と一緒に桂さんの家に行こ」

 はやての突然過ぎる言葉に驚く二人をよそに、はやては宝石を首に掛け、掃除用具一式を新八に押し付けると、神楽の手を掴んで外に出るよう促す。

「銀ちゃん、ちょっと出掛けてくるけど、もう本にイタズラせんといてな!」

「あぁ、行って来い行って来い」

 銀時の適当な返事を背に、神楽に車椅子を押してもらいながら、はやては万事屋を後にした。
 その銀時の真横、漬物を漬けている樽の上で重石の下敷きになっている鎖付きの本が淡く光り、自分達の後をつけるように浮遊移動している事にも気づかず。
 そして浮遊する時、上に乗っていた重石がごとりと音を立て、銀時の足の甲に直撃した事にも、勿論気づかなかった。

 ・
 ・
 ・

 優しい母の為に。少女、フェイト・テスタロッサの行動理念はそれだけと言っても過言ではなかった。
 常に自分の事を考えてくれた母、自分の為に何もかも投げ捨ててくれた母の豹変ぶりは彼女のパートナーであるアルフの言う通り異常かもしれない。だがそれは何かの目的の為に一途になっただけであり、その目的が達成されればまたあの優しい笑顔が戻ってくる。そう考えれば苦痛や暴力なんて彼女にとっては何も恐れるものではなかった。
 この地球と呼ばれる星に母が求めるものが落下した。ジュエルシードと呼ばれる古代文明の名残り、ロストロギアの一つ。それがどのような力を持っているのか彼女は詳しく知らないが、母が一刻も早く回収を望んでいるのなら、それが何であれ手に入れてみせる。

「第97管理外世界、あまり長居すると国際問題になりかねない、一刻も早く見つけないと」

 ビルの屋上から吹く冷たい夜風が自身を襲うが、それほど苦痛には感じない。レオタードのような黒い服の上から黒いマントを羽織っただけで露出は多いが、バリアジャケットと呼ばれる魔力で作成されたこの防護服は体を覆う部分以外もしっかり防御されている。勿論、普通のバリアジャケットに比べれば防御力の低さは歪めないが、彼女の戦闘方法を考えれば特にデメリットがあるわけではない。
 魔法。ここの世界では馴染みは薄いが、ミッドチルダに代表される世界では魔導師と呼ばれる者が行使するポピュラーな存在だ。それだけに魔法が認知されていない、もしくは普及していない管理外世界では使用を制限される。いつそれらの違法魔導師を取り締まる管理局や現地の武装組織に見つかるか分からない。母の為であっても周りの無関係な人を傷つけたくない彼女にとっては時間との勝負でもあった。
 広域探索を初めて数時間、そろそろ休憩しようかと考えた矢先、頭に直接語りかけるような声が聞こえた。念話と呼ばれる遠くの人間と会話のできる魔法だ。魔法技術に優れていない者でも使える反面、初めて使うと頭痛にも似た現象が起こるが、フェイトは特に痛みを感じることなく念話に耳を傾ける

――聞こえますか? 僕の声、聞こえますか?――

 アルフだと思っていたが、どうやら違うらしい。自分と同じくらいと思われる少年の声色は、パートナーであるアルフの声とは似ても似つかなかった。

――!? だ、誰なん……?――

――……あ、貴方は?――

 少年とは別に二色の声が聞こえた、どちらもこれまた自分とそう年の変わらない少女と思われる。だが何か様子がおかしい。

――!? 聞こえるんですか! もう時間がない、お願いします、助けてください――

 少年の言葉から、フェイトはようやく今の状況を理解した。どうやらこの念話は双方合意の上で行われているものではないらしく、少年が一方的に行っているみたいだ。それにしても秘匿性の高い念話を簡単に傍受されるとは、少年は素人かと錯覚してしまう。

――時間? 待って、どういう事? 助けてって……――

――時間がない?――

――はい、いきなりですみません、でも本当に時間がないんです――

 会話内容から察するに、少年は片方の少女とだけ会話しており、もう一人の少女の言葉が聞こえていない状況らしい。恐らくこの会話に入れていない少女がたまたまこのダダ漏れの念話を感じ取っているだけなのだろう。

――お願いします! もう危険が……――

 そこで会話が途切れた。同時に体に感じる悪寒。膨大な魔力反応を遥か遠方から探知した。

「この魔力は、ジュエルシード……!?」

 どうやらジュエルシードを集めているのは自分だけではないらしい、この念話の少年も何らかの目的で集めている。そして会話の途中で何らかの妨害、恐らく暴走したジュエルシードが実体化し、思念体となって襲っている。
 本格的な捜索はアルフが来るまではやらないつもりだったが、目の前にある餌に食いつかないほど彼女も我慢強くない。魔力反応がした方向めがけ、フェイトは飛翔する。

 ・
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 昼間は人工物特有の醜悪さが目立つ江戸のビル郡も、夜になれば街路灯などのライトアップによって一定の美しさを保っていた。
 光の1つ1つが自己主張するその様を、ビル群の中でも一際高い場所、この地球の入口とも言うべき宇宙船発着施設、ターミナルの屋上で、その少女は見下ろしていた。
 黒と赤を基調としたドレスのような服と、短く揃えた栗色のショートカットの髪が風に煽られるたびに揺れ動く。手に持つ朱色の杖の先端がビルの光に反射して艶やかに光る。その雰囲気は、どこか高町なのはを思わせていた。

「シュテルよ」

 突然、シュテルと呼ばれた少女の背後に現れた男。全身を黒い服で覆っており、顔にはボロボロの包帯を幾重にも巻いていて、隙間から見える二つの剥き出しの眼球からその表情は伺えない。

「地雷亜、調査はどうでしたか?」

「貴様の言う通り、思念体は攻勢に転じたようだ。だが結界を張った様子はない。どういう事だ?」

「妨害電波ですね、魔導師への対策として幕府は大規模な魔法を感知するとそのまま逃走されない為に町全体を覆う広範囲の対結界用の妨害電波を発信しているようです」

「それも想定通りというわけか」

「はい、少なくとも我々が動くまでもありません」

 そう言ってシュテルは予想通りの結果に満足したように笑う。これまで多少の誤差はあったが、あの石がこの星に落ちた事、それを追って少年が少女と会う事、この大筋は変わっていないし、小さな違いはすべて許容範囲内に収まっている。後はこのまま少女が石を巡ってもう一人の少女と対峙し、そこから自分達が介入すれば良い。
 わざわざ隠密に優れているが実力に不安が残るこの男を使って情報収集をした甲斐があるというものだと勝手に安堵した。地雷亜が次の言葉を発するまでは。

「……だがテスタロッサが既に地球に降りているが、それに関しては問題ないのか?」

 自分の心臓が一際大きく聞こえるのが分かった。自分の知っている知識からはありえない状況、大筋を大きく変える可能性のある事象に、彼女は表情を凍りつかせた。

「ふ、貴様でもそんな顔をするのだな」

「……」

 地雷亜の不愉快な笑みを無視してシュテルは言葉を続ける。

「彼女の動きは?」

「思念体に向けて移動している。今は思念体の一部を相手に手こずっているが、このまま行けばスクライアの小僧達とも鉢合わせだ」

 マズイ。たった一つの相違点が大きな歪みとなって全体の大筋を狂わそうとしている。だがここで自分達が動けば収拾が付かないかもしれない。うかつな行動はできない状況になっている。

「貴方はそのまま彼女を監視してください。私はスクライアの方へ行きます。状況次第では動くかもしれませんので、その時は私の指示に従うよう」

「御意。まあその時にならずとも俺は既にお前達の手足も同然ではあるがな、いつから対等な関係になったのだ?」

 いちいち癇に触る言動をするが、今はそんなことを気にしている場合ではない事を理解しているシュテルはそのまま飛行を始める。あの少女が初めて魔法と触れ合うその場所へ。
 
(不確定要素は可能な限り取り除く。王の為に……!)

 ・
 ・
 ・

 雨が降るわけでもないのに濁った雲が夜空を覆っていた。そんな不気味な光景の中、なのはは人気のない道をただただ走り続ける。
 昼間といい、今日の自分はとことん走る事に縁がある。体力に自信がなくて体育の時間はいつも辟易していたが、今回で少し自信が付いた。今日という日を無事に乗り越えたらもっと持久力を付ける努力をしてみようかなと呑気な事を考えた瞬間、地面をドリルで砕いたような音が一気に耳をつんざく。
 思わず足を止めて音の発生源である前方を見据える。

「……な、何、あれ?」

 ゆっくりと、なのはの視界に現れたそれは形容し難い形をしたなにかだった。
 あえて言うならそれは今日の夜空を覆っている真っ黒い雲のようだった。ブヨブヨとした不定形なのに妙に肉付きが良い。てっぺんにくっついている二本の触手には多少の愛嬌はあるが、充血したかのよう真っ赤な目がせっかくの愛嬌を殺している。
 心臓の鼓動が自然と早くなるのを感じる。今まで似たようなエイリアンを数えるのも馬鹿らしくなるくらい見てきたなのはだが、この黒い生物は今までのそれとは比べ物にならないと、理屈ではなく直感で理解していた。
 黒い生物は動かない。まるで珍しい物を見つけたかのようにその赤い目は怯えるなのはを見据えている。

「はぁ、はぁっ!」

 早く逃げなければ、頭では分かっているのに、恐怖で足がすくんでいるのと、そもそも自分に助けを求めていたあのフェレットの事が気がかりで、そこから動く事ができなかった。
 黒い生物の触手が凄まじい勢いで伸びる。距離にして10メートル以上の距離を瞬きする間もなく詰め、その先端がなのはの頭を貫こうと迫り来る。
 だがそれが叶う事はなかった。触手が触れる直前、なのはの目の前に緑色の真円が現れ、触覚はそれに遮られた。バチッという大きな音と共に触覚は再び黒い生物の中へと収納、元の長さへ戻っていく。

「間に合った……!」

 聞き慣れた声。
 さっきまで頭から響いていたあの少年の声を、自分の耳ではっきりと確認できた。
 声の発生源である足元を見ると、クリーム色の毛色の可愛らしいフェレットがいた。後ろ足だけで立ち上がって片手をかざすという奇妙極まりない光景であるが、それは間違いなくあの公園で定春に食べられかけていたフェレットだった。

「な、何、なんなの!?」

 眼前で起こっている出来事に、何度もフェレットに向けて問いかけるなのは。突然触手の化物が襲ってきたかと思えば、今度は喋るフェレットが手から魔法陣みたいなものを出して自分を護ってくれている。何から何まで非現実的過ぎて頭が追いついていない状況だった。

「すみません、今の僕の魔力じゃ長く足止めをする事はできません。早く逃げて下さい!」 

「えぇ~!? ちょ、ちょっと待って、あなたさっきは助けてって……」

「事情が変わったんです、勝手は承知ですけど。今はこのまま警察に連絡を……」

 喋り終える間もなく、黒い生物が再び触手を展開、ムチのようにしならせながら二本の触手はブロック塀を砕きながらなのは達の左右へと攻撃する。
 これに対してフェレット触手の動きに合わせて魔法陣を二つ展開、同時に黒い生物はそのまま突撃を始める。
 フェレットはこれも正面に魔法陣で防御するが、触手に比べてその質量は大きい。遮られながらも勢いを殺さぬまま突撃を繰り返す黒い生物の巨体の前に、魔法陣に少しずつヒビが入る。

「くっ!! は、早く……!」

 苦悶の表情を浮かべるフェレットは、それでも防御の手を緩めなかった。自分勝手な理由で他人を巻き込み、危険に晒した事への罪悪感、そしてこれ以上巻き込みたくないという使命感を持って。
 それはなのはにも感じ取れた。
 少なくとも、今の自分がここにいても足手まといにしかならない。だが助けて欲しいという最初の言葉にも応えたい。
 ならばこのフェレットの言う通り、まずはここから離れて彼の負担を減らし、それから警察に来てもらう。それが今の自分にできる事だ。

「っ。待っててね、すぐに助けに行くから」

 行動に移すのは早かった。なのはは踵を返し、そのまま一気に走る。少し離れてからすぐに携帯で連絡、そうすればあの刀を持ったおっかない人達が助けに来てくれる、そう信じて。
 そのまま10メートル以上先の曲がり角を曲がった時だ。

「……え?」

 なのはは自分の目を疑った。曲がった直後、視界には黒い物体があった。フェレットの危ないという叫びよりも先に、その物体は自分の体を後ろのブロック塀まで吹き飛ばした。

「かはっ!?」

 吐血なんて初めての経験だった。内蔵まで吐き出してしまうのではないかという錯覚を覚えながら、なのはは目の前の物体を見る。
 それは今フェレットが自分を逃がす為に必死で抑えていたあの黒い生物にそっくりだった。どうやら今抑えられているのは囮で、後ろから仲間が襲うつもりだったらしい。
 ジリジリと黒い生物が近寄る。だが今のなのはには逃げる術がない。叩きつけらたせいで体中が痛い。指一本動かすだけで泣きそうなくらいの激痛が彼女を襲う。

「止めろぉっ!!」

 叫びながらフェレットが必死で助けようとしてくれているが、最初の黒い生物に道を阻まれて思うように動けない。完全に逆転してしまった。

「あ、あぁ……」

 ジリジリと迫り来る巨体に怯えてうまく言葉が出ない。9年間の人生で初めて味わう死への恐怖が、今にも少女を押し潰そうとする。

(嫌っ、怖い、怖い……!)

 涙で周りが霞む。いっそこのまま気を失ってくれればどれだけ楽になるだろうか、だが激痛のせいでそれも叶わない。目の前の黒い生物が自分の体を殺すその瞬間をリアルタイムで感じてしまうのがあまりにも憎かった。

(怖い、怖いよっ 嫌だよ、誰かっ!)

 周りの景色が見えなくなるくらいまで黒い生物が近づく。このまま踏み潰す気だ。
 その絶望的な状況の中で、なのはは今まで出会ってきた人達との記憶が走馬灯のように蘇る。今の自分を形作ってくれた人達の存在、掛け替えのない人達。

(……こんな事になるなら、ちゃんとしておけば良かった)

 そして後悔していた。こんな怖い思いをするくらいだったら、せめて。

(死ぬ前に、神楽ちゃんと仲直りしておけば良かった!!)

 頭の中に浮かぶチャイナ服の少女、大喧嘩し、絶交状態になってしまった少女。
 死ぬのは怖い。だからってそれで自分の行動を否定したくない、誰かに責任を擦り付ける気なんてまったくない。だけど自分の中で解決したかった事をやり残したまま死ぬのは耐えられなかった。

 息さえままならない状況、真っ暗な視界の中で少しずつ圧迫されていくのを感じたなのはは。

「神楽、ちゃん……」

 ポツリと呟いた瞬間、圧迫していた体が楽になった。
 もう痛みも感じなくなったのかと思ったが違う。黒い生物が自分の体から離れている。いや、正確には吹き飛ばされていた。

「なのはああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁっ!!!!!!!」

 聞き慣れた甲高い声、見慣れたチャイナ服。紫の番傘を振り回すその姿は雨上がりの小学生を思わせる。
 だがその番傘を振るう力は小学生の比ではない。黒い生物を空高く打ち上げ、その先にある電柱をへし折りながら未だ飛距離を伸ばしている。

「なのは!? しっかりしろヨ!! なのはぁ!」

 ゆっくりと、だが力強く肩を抱きかかえる。化物を吹き飛ばす馬鹿力を発揮したその腕は、なのはが想像していた以上に可憐で、それでいて華奢だった。
 涙で滲んでいた視界が次第に明るさを取り戻す。間近にまで迫っているその顔もくっきりと写り、なのははようやくその姿を拝む事ができた。

「……か、神楽ちゃん」

「なのはぁ。遅くなってごめんな、もう大丈夫だかんな……」

 安堵の息を漏らすと同時に、今度は目に涙をいっぱいに溜め、どんどんしわくちゃの顔になっていく。
 怒ったり笑ったり泣いたり、本当に色々な顔になる子だなとなのはは少し笑った。

「そ、そんなっ!」

 フェレットも、それと対峙していたもう一匹の黒い生物も驚愕している。想定外の第三者の介入、そこまでは良い、一番の問題はよりにもよって。
 よりにもよって、その相手がこの97世界でもっとも悪名高い夜兎族である事だ。



あとがき
 まず最初に、更新が遅くなったこと、そして前後編のつもりがやたら長くなってしまったので結局三つに分けることになってしまって申し訳ございませんでした。どうやら自分は筆力の前に物語を短くまとめる力をつける必要があるみたいです。
 今回の万事屋はやてちゃん、略して『よろはや』ではなのはと神楽の扱いにかなり気を使いました。
 なのははまずこの作品を投稿する前に大のなのはファンである従兄弟がまず見て誤字脱字のチェック、そしてキャラの言葉遣いを調べます。今回で言えばなのはが神楽に対して言葉が悪いのではないかという指摘があったりと大変でした。そのおかげでこうやって可愛いなのはが描けていると思います。原作者の都築さんには感謝です。

神楽はもっぱら自分で違和感がないかどうかを調べます。(従兄弟は言うほど銀魂に詳しくないため)あまり汚い言葉を言わせてもただのチンピラになってしまうし、かといってそれを薄めるととんでもなく無個性なキャラになってしまう。ほんと空知の絶妙な言葉回しには舌を巻きます。



[37930] 第3話 高町なのは 魔法少女始めます 後編
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191
Date: 2013/06/25 00:27
「ほう、聞いていたよりも早いではないかぇ」

 無駄と思えるほど広い空間で、玉座を模した座具に腰掛けている女性は、目の前にある手の平ほどの大きさを持った水晶玉を見てポツリと呟いた。
 本来なら透明であるはずの水晶玉だが、彼女の目には黒いマントをなびかせ、手に持っている斧のような武器を持つ少女が、形容しがたい化物と対峙している映像が鮮明に映っていた。

「……シュテルめ、情報の共有とのたまっておいてこれを隠しているな、忌々しい小娘じゃ」

 手に持っている孔雀の羽を模した扇子を口元で広げ、ギリッと歯ぎしりする。隠し事はお互い様とはいえ、いざ自分が出し抜かれる側になるというのは気持ちの良いものではなかった。

「まあ良い、ならばわしも騙されたことに気づかず、偶然見つけた宝石の蒐集に務めるとしよう。あくまでも良好な協力関係を維持する為に動き、それが結果的に奴らを出し抜く形になるがの」

 だがそれも一転、まるで誰かに聞かせるように言い放った後、再び笑みを笑みを浮かべて水晶に映る少女の戦いを見守る。願わくば自分を出し抜いたいけ好かないクソガキにとって不利になる結果を夢見ながら。

 ・
 ・
 ・

 第97管理外世界、ラビット。
 この世界にはある種族が存在する。常識ではありえないほど透き通った白い肌。自身の何十倍もある重量物を軽々と持ち上げる腕力。どれほどの重傷を負ってもたった数日で全快する回復力。性格は凶暴で狡猾、あらゆる知的生命体とは少なくとも利害を抜きにした共存が望めない孤独な種族。
 夜兎族(やとぞく)、闘争を生業とする最強の傭兵三大部族の中で、なお最強と恐れられている死と破壊の象徴。
 フェレット、ユーノ・スクライアは夜兎の恐ろしさを直接見た事はないが、少なくとも相容れない存在である事は理解していた。元々遺跡の発掘や調査を生業とする流浪の部族であるスクライアの一族は自分達が生き残る為に情報収集に余念がない。ましてやそれが一度はすべての次元世界に対して侵略を始めた『愚か者の一端を担った』種族とあれば、細かく調べるのは当然の事だ。
 丁寧に調べ上げた結果、夜兎は恐ろしい存在、決して心を許してはならない存在という結論に至った。それが親から子へと語り継がれてきたからこそ、ユーノも直接体験していなくてもその恐ろしさを理解していた。
 だが、これはどういう事だろうか? ユーノの目の前にはそれまで教わってきた事すべてを否定してしまう光景が写っている。

「そ、そんなっ!」
 
 ユーノは目前の敵を無視して少女を見る。白い肌に特殊な民族衣装、そして手にもつ番傘。
 間違いない、だけどありえない。おおよそ夜兎の特徴を兼ね揃えているあの少女は、よりにもよってもっとも夜兎らしくない行動をとっている。すべてにおいて自身の利のみを優先するはずの種族が、誰かの為に涙し、仇討ちをしようなんて。

「神楽ちゃんあかん! なのはちゃんの携帯が壊れててこれじゃ救急車呼べへんよ!」

「大丈夫アル、あの化物ぶっ殺したらすぐに病院に連れてくから。はやてはなのはの傍にいといてほしいネ」

 足が悪いのか、車椅子に乗っているおかっぱの少女の頭に手を置いて顔に笑みを作る。するとそれまで涙目で弱々しかったおかっぱの少女も落ち着きを取り戻し。力強く頷いた。
 それだけやると、少女の蒼い瞳がユーノと対峙している黒い生物、ジュエルシードの思念体を睨む。返事を待つような雰囲気は欠片もない、完全に次の獲物を定めている目だ。
 その眼力、そして殺気が、思念体を動かせた。無防備なユーノを無視し、より驚異度の高い少女へと標的を定めたのだ。
 それまで饅頭のように丸い形が、今度は蛇の細長くなり、そのまま少女へと突撃。少女は間髪いれずに手に持った番傘を正面に広げる。

「ふんぬううううううううおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 その質量を活かした突撃を、足を引きずった跡を残しながらも耐え切った少女は、番傘の手元にあるトリガーを引く。すると傘の先端、石突の部分から激しい閃光と音が断続的に発生する。
 それはただの傘ではなかった。尋常ではない耐久性と、内部にマシンガンを備えた仕込み傘だ。思念体は煙を出しながら大きく後退、たかだかマシンガン程度では大したダメージにはならないのだが、あのまま至近距離で受け続けるのは得策ではないと判断したからだ。距離を取り、お互いに睨み合う1人と1体。

「私の妹分をあんなに傷つけて、タダで済むと思うなヨ」

 しばしの静寂も、しかしすぐに終わった。狭い路地で二つの怪物が交差し、辺りのブロック塀やアスファルトを瓦礫へと変えていく。
 ユーノはこれをチャンスと見て行動を開始した。夜兎の行動をすべて信じるわけにはいかないが、少なくとも時間を稼いでくれている。ならば今自分にできることは傷ついた少女を癒す事だ。迫り来る衝撃を押しのけ、フェレットの姿で地を駆ける。

 ・
 ・
 ・

≪Photon Lancer.≫

「ファイア!」

 同じ頃、離れた場所でもう一つの戦いが行われていた。ユーノ達の方向へ飛翔していたフェイトと、彼女の前に立ちはだかったジュエルシードの思念体だ。
 思念体はまるでピンボールのように跳ねながら空から放たれる細長い形状の金色の魔力弾、フォトンランサーを避ける。高速で放たれるその攻撃は、しかしその回避の法則性が読めない思念体には意味をなさなかった。
 フェイトはすぐに攻撃を止めた。誘導性を持たないフォトンランサーではどれだけ撃ってもあまり意味はない。それどころか標的を見失って民家や車に直撃してしまう。

「バルディッシュ」

≪Scythe Form.≫

 右手に持つデバイス、彼女の愛機であるバルディッシュは主の思考を読み取り、自身の形態を斧状から鎌状へと変化させる。魔力によって形成された金色の光刃が激しく光る。それを隙と睨んだ思念体は体中の触手をフェイト目掛けて伸ばす。

「アークセイバー!」

 バルディッシュを両手に構え、その場で一回転。遠心力に物を言わせて光刃をブーメランのように回転させながら発射する。光刃は射線上にあった触手をズタズタに切り裂いて目標へと突き進んでいく。
 まるで弱まる気配のない魔力濃度を感じ取った思念体はそれを紙一重で避けるが、光刃は本物のブーメランのように180度ターンする。誘導弾である事を理解していた思念体はそれすらも回避しようとするが。

「セイバー・エクスプロード!」

 小さく呟くと同時に、避けられる寸前に光刃に込められた魔力がその場で爆発する。予想外の攻撃に対応できなかった思念体は直撃を受け、続けざまに放たれたフォトンランサーの連続射撃の直撃を受ける。道路をボーリングのように転がっていき、最後にはビルのシャッターに激突してその動きは止まった。思念体の体は巻き上げられた土埃によって隠され、状況を把握できない。
 終わったか、とフェイトは地上に降り、確認しようとするが。

「っ!?」

 地に足を着けた瞬間、矢継ぎに放たれる触手の攻撃。だが驚くのは一瞬、それらをすべてバルディッシュで切り裂きながら再びフォトンランサーを土埃めがけて発射するが、思念体はそれを真上へ跳躍して回避、そのままフェイト目掛けて突撃するが。その動きは空中で止まった。
 思念体の体を拘束する金色の輪、相手を拘束するリングバインドと呼ばれる魔法だ。空中で固定された思念体は体が宙ぶらりんになりながらももがくが、術者の魔力に左右されるそのリングは簡単には破壊されない。
 フェイトは上空の思念体目掛けてバルディッシュを向け。

「ジュエルシード……」

≪Arc Saber.≫

 渾身のアークセイバーを撃ち放つ。

「封印!」

 鋭い光刃が突き進んでいき、思念体をバインドごと切り裂く、真っ二つになった思念体は爆発と同時に上空に鮮やかな閃光が放たれる。
 フェイトは思念体が上空へ逃げる事を読んでいた。故にフォトンランサーを撃つと同時に真上に目線を合わせ、思念体が通過するであろうポイントにリングバインドを設置できたのだ。
 単純に封印するだけならもっと早くできたのだが、さっきのように小規模だが爆発が起こる。結界を張れない状況で地上で同じような事を行えば確実に被害が出てしまう。だからこそ空中で捕縛してそのまま封印する方法を模索していた。多少の誤差はあったが、やはり知能のない思念体は自分の予想通りに動いてくれた。

「バルディッシュ」

≪Yes, sir.≫

 フェイトはそのまま空中を浮き、さっきまで思念体がいた場所で輝く蒼い宝石、ジュエルシードに近づき、バルディッシュの切っ先を向けると、まるで磁石のように吸い寄せられていき、最後にはバルディッシュの中へと収納されていった。

≪Internalize No.17.No20≫

「やった……!」

 急いでいたとはいえ、合計21個も存在するジュエルシードを地球に降りた初日で2つも手に入れる事ができたのは運が良いなと無意識に心が弾んだ。しかもほかの物体を利用した異相体が相手ではなかったとはいえ、思念体の力は自分の想像を遥かに下回っている。これなら複数のジュエルシードが相手でなかったら戦いで負けることはまずないと断言できる。

「あっちでも戦いが始まってる。急がないと」

 最初に感じた魔力反応を示した方角を見る。今自分が戦った思念体は、理由は不明だがどうやら足止めをする為に自分と戦っていたみたいだ。魔力の大きさから判断してあそこにあるジュエルシードは1つ、それも手に入れる事ができれば幸先が良いにも程がある。
 急がなければ、フェイトは目的地に向かって飛行しようとした瞬間。

「っ!?」

 背中からの殺気に反応し、その場で振り返りバルディッシュを構える。ガキンという金属同士がぶつかり合う音が耳に響くのも一瞬、そのまま地面へと叩きつけられた。
 次いで左右から現れる人影、瞬きする間もなくフェイトは両腕を左右に突き出し、防御魔法、ディフェンサーを展開。金色の魔法陣に遮られた2つの人影は、攻撃が通らないと判断するや後方へ跳躍。

「何者だ!!」

 闇に潜む敵対者に叫ぶが、返事は返ってこない。当然そんなものを当てにしていないフェイトはバルディッシュを構え直し、全方位を警戒する。
 突然の攻撃、管理局の魔導師かと考えたがそれにしてはやり方が乱暴だ。彼等ならばまず自分達が局員である旨を説明して投降を促すはず。何よりも先ほどの攻撃に魔力を感じなかった。魔導師ではない人間をわざわざぶつけてくるとは思えない。
 ならばこの国の治安維持組織か、それはもっとありえない。如何に違法渡航者が相手とはいえ、有無を言わさずに命を奪うような攻撃を仕掛ければ責任問題だ。少なくとも真っ当な組織のやる行為ではない。
 ならば誰だ? 上空と地上、どちらも死角から攻撃をしてきた。それも自分の視界に入る前に姿を消すほどの素早い身のこなし、少なくとも素人ではないはず。
 しばらくの逡巡、だがそれは左右と背中から迫る殺気で中断し、マルチタスクのすべてを3方からの攻撃に集中する。フェイトはその場で地面を強く蹴って跳躍、敵対者達を上から捉える形になる。

≪Photon Lancer.≫

 回避される前に決着を付ける。空中を舞う自身の周囲に複数のスフィアを形成。そして。

「ファイア!」

 そのまま連続発射、槍状の魔力弾は散弾銃さながらの量で真下の3人に向かって行き。激しい閃光と爆音が鳴り響く。
 フェイトの予想通りだった。最初の攻撃といい今といい、それなりに腕は立つようだが行動がワンパターン過ぎる。確かに死角からの攻撃は有効だが、それだけしかしてこないのなら対策はいくらでもある。
 何度目かの土埃、今度は警戒しながら注視する。非殺傷設定にしたとはいえ少しオーバーキルだったかと後悔したが、その考えは一瞬で訂正する事になった。

「なっ!?」

 フェイトは驚きを隠せなかった。巻き上げられた粉塵が風によって流され、明瞭になっていくその場所には、フォトンランサーを直撃したはずの3人の敵対者が立っている。
 3人共確かに傷を負っているようだが、それで戦闘不能になるわけでもなく、手に持った刀を構えて正対する。だがフェイトが驚いているのはそんな小さな事ではない。
 それぞれ体型は異なるが、頭のターバン、背中のマント、鼻から下までを含めた全身を覆う布の全てが白一色の特徴的な服装。その耳は細長く尖っており、どこかエルフを思わせる。
 間違いない。過去に自分に魔法を教えてくれた先生が危険な種族の1つとして何度も注意を促していた、この第97管理外世界で傭兵三大部族の一角を担う存在。

「辰羅(しんら)っ!」

「……ジュエルシード、渡せ」

 そう言うと同時に、3人の辰羅族は地を蹴り、目の前で既に臨戦態勢のフェイトへと突撃していった。

 ・
 ・
 ・

 振り下ろす番傘が地面に大きな穴を穿つ。破片が顔に当たる不快感に耐えながら神楽は思念体に目を合わせる。
 紙一重で避けた思念体は触手を伸ばすが、顔を少し逸らすだけで難なく回避する。同時に体を捻らせて至近距離まで近づいた思念体の体目掛けて蹴りを一撃、その回転を利用してさらに二撃追加、計三撃。
 よろめいた所に番傘の横一線、まるでスライムのようにグニャリと形を変えながら右に吹き飛ばされる。その状態で触手による攻撃を敢行したが、威力も速度も低いそれは広げられた番傘に遮られた。
 だが触手は番傘に防がれるとそのまま神楽の左足を掴む。予想外の動きに一瞬驚く神楽は高々と持ち上げられ、地面へと叩きつけられる。

「ぬうっ!」

 ニヤリと目元だけで笑う思念体に、痛みを堪えながらブチギレて番傘を放り投げ、絡みついた触手を引きちぎるとそれを持って体を大きく何度も回転。

「ドゥオオオオオオオオオウリィアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!!!!!」

 身動きが取れない思念体を電柱に何度もぶつけながら砲丸投げの要領で放り投げる。建物を幾つも貫通しながら思念体は何度か受身を取り、最終的に大きな十字路でその動きが止まった。

「はぁ、はぁ……」

 既に10分は戦っているだろうか。息つく暇を与えない程の連続攻撃は、流石の神楽も疲労の表情を隠せないが無理もない。常人を遥かに上回る身体能力を持つ夜兎といえど休みなしに戦えばその動きは鈍くなる。
 こんなに疲れたのは自分が玉手箱でババアになって以来だなと、ふと昔の事を思い出していた。

(止めちゃダメアル! このまま押し切らないと)

 心で復唱しながら、番傘を拾って思念体に向かって走る。
 一見優勢に見えるこの戦いは、実際は思念体に攻撃の機会を与えない為にガムシャラに攻める事で実力の差を露呈させていないだけである。
 戦いが始まって数分で神楽は自分の不利を直感で理解していた。
 パワー、スピード、耐久力、魔力量、手数。どれを取っても自分が勝っている部分は存在しない。――魔力に関しては仮に勝っても大したアドバンテージにならないのだが――これだけ先手を取っていられるのだって、思念体の知能が低く、攻撃が触手一辺倒だからに過ぎない。
 万が一思念体が戦法を変えれば今の状況が逆転してしまう。その前に倒すか、この騒ぎを聞きつけた税金ドロボウに全部任せるしかない。――もっとも、神楽的に後者は何がなんでも避けたい所ではあるが――
 全力の攻撃を受けて未だに倒れる気配のない思念体の姿に舌打ちしながら神楽は跳躍。そのまま思念体の頭上目掛けて番傘をふり下ろそうとする。自分の腕力に落下速度も上乗せすれば、少なくともタダでは済まないはずだ。
 もはや自分が女である事を忘れているとしか思えない罵詈雑言が夜空に遠く響く。

「くたばれブサイクおはぎいいいいいい!!!」

 話は変わるが、思念体には言語能力がない。口はあくまでも他の生物の構造を真似ただけであり、機能までは完璧には再現していない。唸り声は未完成の結果である。
 だが思考能力は備わっているので、相手の行動を予測して回避したり、逆に攻撃に最適なタイミングを考える事もできる。思い通りに行ったら二つの赤い目を歪ませて笑いに似た表情を作る事ができる。
 そして思念体はその目元を大きく歪ませている。仮に、もし仮に発声する事ができるのなら、彼はこう言うだろう。

 バカが、くたばるのはお前だ。

 突然、思念体は体中から黒い煙を吹き出すが、コケおどしと判断した神楽は煙ごと叩き潰そうと振り下ろす。強烈な風圧は辺りの煙を一瞬にして吹き飛ばしたが、そこには思念体の姿はない。
 怪訝な表情でその場所を注視する神楽は気づけなかった。吹き飛ばした煙が自分の後ろに集まり、次第に一つの形を作っている事に。

「っ!?」

 振り向くよりも先に思念体がその巨体で背中に激突する、体が地面に何度も跳ねていき、再び距離を離されてしまう。
 マシンガンが効かない以上、遠距離戦になれば勝ち目はない。何とか体勢を整えて再び突撃しようとするが、正対した思念体の目が不気味に光るのを見た神楽は本能で動きを止め、番傘を広げて防御体制を取る。
 結果的にその行動は正しかった。見開いた赤い目から放たれた強力な魔力弾。砲撃と見まごうその一撃は衝撃波だけで周りの街路灯をなぎ倒し、番傘に触れると同時に一際大きな光を放ちながら爆発する。
 巻き上がる煙の中で、穴だらけになった番傘を構え、額や口、至る所から血を出している神楽は、肩で息をしながら倒れまいと踏ん張っている。
 本来ならこの煙に乗じて接近戦に持ち込まなければ自分に勝機はない。頭では分かっているのにダメージを受けすぎて体が言う事を聞いてくれない。
 そして思念体はそんな彼女を待ってくれるほどお人好しではない。煙が晴れると同時に触手が体に巻き付き、さっきのお返しとばかりにグルグルと周りにぶつけながら振り回し、それと同じだけ何度も地面に叩きつける。

「がふぁ!!」

 体中の骨が折れているのではないかと思わせるほどの苛烈な叩きつけ。腕の自由が効かない状態でなんとか番傘のマシンガンを連射するが、やはり望んだダメージを与える事はできない。
 もっと近い距離から撃たなければ怯んでさえしてくれない。締め付ける力が強くなるのを感じながらも逃れる方法を模索するが、周りの建造物などに激突するたびに頭の中が真っ白になっていき、正常な思考ができない。
 気を失う寸前、それまでの攻撃が嘘のように止んだ。そしてそのまま乱暴に自分の方へ至近距離まで近づけてきた。
 疑問符を浮かべる神楽だったが、思念体の見開いた目を見た瞬間、その行動の真意が一瞬で理解できた。
 至近距離からの連続魔力弾。間近で攻撃している自分へのダメージを考慮してるのか最初に比べてその威力はかなり下げられているが、それでも到底耐えられるものではない。しかもそれが連続でだ。
 魔力弾の雨の中、神楽はようやく自分と相手の実力の差を本当の意味で理解した。
 思念体は今まで遊んでいたのだ。最初こそ自分の分身――ジュエルシードさえ組み込まれていない使い捨てではあったが――が吹き飛ばされた時は神楽を驚異と思ったが、いざ戦ってみれば想像を遥かに下回るレベルの弱さだった。ある程度魔力を持っていたみたいなので今まで力を抜いて隙をついて蒐集しようかと思っていたが、よく考えれば近くにより極上の餌が無防備に留まっているのだからこの程度の相手から奪う必然性を感じなくなったのでこうして本気で潰しに掛かりにきたのだ。

「ヌウウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!」

 だが腐っても神楽は夜兎だ。魔力弾の雨の中でも自分を拘束する触手を引きちぎり、今にも新たな魔力弾を放とうとする赤い目に向けて渾身の鉄拳を叩き込む。
 行き場を失った魔力の塊はその場で爆発、爆風を直撃する形になった神楽は何度も再び地面をバウントし、ゴロゴロと転がりながらも受身をとって何とか立ち上がる。

「はぁ、はぁ、ウェ!」

 だがそれも一瞬、すぐに四つん這いになって口から血の混じった吐瀉物をぶちまけてしまう。内蔵が既にボロボロになっている証拠だった。
 同じく爆風を直撃したはずの思念体は少し苦しんだかのように唸り声を上げながらその場でうずくまっているが、深刻なダメージを受けている様子はない。恐らく予想外の攻撃にちょっと驚いた程度なのだろう。
 絶望的な実力差、もう笑いそうになる口元を必死に食いしばる。現実逃避をしている暇なんてない、自分の後ろに絶対に護らなければならない人達がいる以上、例えボロボロになっても立ち上がらなければならない、勝たなければならない。
 人を傷つけ、殺す事ばかり宿命づけられた血を持つ自分に居場所と優しさをくれた人の為なら、勝てない相手にだって勝ってみせる。

「……上等だ、とことんやってやんぞ三下ぁ!!」

 ・
 ・
 ・

 それまで動かす事さえできなかった体が、今じゃぴょんぴょんと何度もジャンプができる。
 焦点の定まらなかった視界は明瞭になっていき、吐血もなくなっていた。
 ユーノと名乗るフェレットは、ただ手をかざしただけだというのに、魔法を使ったかのようになのはの体を完全に完治させていた。まるで西派白華拳の内養功のようだと内心驚いていたが。

「なのはちゃんっ!」

 ガシッと自分の腰周りに抱きつくはやてに、なのはは慌てた素振りも見せず、ただその肩に手を置く。

「……はやてちゃん」

「ほんまに、ほんまに良かったよぉ!」

 止めどなく流される涙が自分の服を濡らしているが、自分を想っての結果だという事を理解しているなのははそれがどうしようもなく嬉しかった。ただやはり親友の泣く姿を見るのは気持ちのいいものではなく、頭を撫でて何とか慰めようとする。

「ごめんね、心配かけちゃって、でも私はもう大丈夫だから」

 チラリと横を見やる。さっきまで自分を懸命に治療してくれたフェレットが青白い顔になっているが、心配を掛けない為か無理やり笑顔を作ってなのはを見上げている。

「ありがとう、ユーノ君」

「いえ、元はといえば僕が巻き込んだんです。これくらいは当然……」

 そう言ってそれまで気力だけで立っていたユーノはまるで糸の切れた人形のようにその場で倒れこみ、慌てて屈みながら両手でその小さな体を支えるなのは。
 恐らく思念体との戦いがよほど響いたのだろう。さらに自分を治療する為にかなり無理をしていた事に思わず申し訳ない気持ちになるが、遠くから何かがぶつかり合う音が響き渡り、思わずその方向に目を向ける。
 かなり距離が離れていたが目を凝らして良く見ると、あの黒い怪物に一方的に攻撃を受けている神楽の姿があった。

「神楽ちゃん!」

 今まで彼女の戦う姿を何度か見た事はあるが、その大半は遊び半分だったり警察官とのじゃれあいであり、どちらかと言うと戦いごっこという言葉がピッタリくるものばかりで、本気で戦っている姿は片手で数えるほどしかない。
 だが今は違う、普段は使わない番傘を縦横無尽に振り回し、確実に相手の息の根を止めようとしている。そしてそれ程まで本気になっているにも関わらず、黒い化物を相手に手も足も出ない状況に驚愕した。いつも自分達が危ない目にあったら誰よりも先に駆けつける女の子、どんな事があっても絶対に負けなかった姉貴分の姿が痛々しかった。
 急いで助けを呼ばなければとポケットに手を突っ込むが、出てきたのは最初に化物とぶつかったことでボロボロになっている携帯だったものだけだ。
 ワラにもすがる思いではやてに向き直すが、はやてはバツが悪そうに首を降る。

「ごめん、こんな事になると思ってなくて携帯持ってきてへん……」

 なのはにとってそれは死刑宣告にも匹敵する言葉だった。
 絶望すると同時に後悔していた。あの時にその場で助けを求めていたら、悠長な事をせずにいたら、自分の浅はかさが今の状況を作っている事になのはの心が苛まれてしまう。
 今からここを離れて助けを呼ぶかと考えたがすぐに否定する、確実に手遅れになる算段が高い。
 なら自分達で助けるか、それはもっとありえない。何の力も持ってない小学3年生が怪物同士の戦いに割って入った所で事態が好転するわけがない。
 ならばどうすれば、何があれば彼女を助けられることができるのか。ただただそれだけがなのは達の頭の中を駆け回り、何かを思い出したかのように自分の手に平で戦いを観戦しているユーノの方に顔を向ける。

「ユーノ君、貴方は最初に私に助けて欲しいって言ったけど、それって私にあの怪物を倒せる力があるって事だよね?」

「え!?」

「教えて! どうすれば良いの? 私にできる事ならなんでもするから!」

 らしくなく声を荒げながら懇願するなのは。だがそれだけ今の状況が切迫しているという事は、弱っているユーノにも理解できるが、しばらく下を向いて考え込みながら、その重い口を開いた。

「それは無理です。確かに貴女にはその力はあります、だけどそれを使うために必要な物を僕の不注意で無くしてしまって手元にないんです。だから……」

「……そんな」

 唯一の希望が断たれた。まるでこの世の終わりに直面したかのような表情になる。
 いつも自分の事を護ってくれた大切な人が傷ついているのに、それを解決する力が自分にはあるのに、こうやってただ泣きじゃくるしかできない自分はなんて情けないのだろうか、次々と出てくる自分への嫌悪感に襲われる。

「……」

 そのなのはの横で、同じように助けを呼ぶ方法を考えていたはやてが、ユーノの言葉に思わず顔を上げる。

「あの、その必要な物ってどんなもんなん?」

「赤くて丸い宝石です。確かにこの土地に来る時までは首に掛けてたはずなのに……」

「……ぇ?」

 たらりと、自分の頬を伝う汗の感触が妙に印象に残った。そして今自分が首に掛け、服の下に入れているそれの存在をようやく思い出した。
 ……まさか? いやそれはないだろう。幾ら何でも都合がよすぎる。
 半分本音、もう半分は知らなかったから自分にはどうしようもなかったという言い訳を頭の中で反すうしながら、恐る恐るはやては首に掛けていた紐を手に取る

「ひょっとして、これの事?」

 顔色を伺いながら宝石を見せるはやて。家族が必死に戦っている時に不謹慎だと分かっているが、できれば外れてほしいなぁと考えるが。

「そ、それです! 何で貴女がそれを!」

 悪い方に考えが当たってしまった。

「えと、ウチのペットが君を食べようとした時に誤って毛に引っ付いてたらしくてな。そやから急いで返しに行こう思ってここに来て……」

 震えながらも嘘を交えて説明するはやて。まさかそんな大切な物がペットのゲロと一緒に出てきたなんて口が裂けても言えなかった。

≪いいえ、私は彼女のペットに捕食された後、吐瀉物と一緒に排出されました≫

 だがそんな思いを打ち砕くかのように隠された真実が3人の耳に木霊する。しかも声の主は他ならぬ宝石からである。

「しゃ、喋った!?」

 宝石が妙に女性らしい電子音で喋るという事になのはは思わず目を見開く。この地球で考えたら非常識極まりない事なのだが、はやては宝石が喋った事よりも事実をバラされた事の方が重要だったらしく、顔から止めどなく脂汗を流し始める。そして……

「ごめんなさい! ほんまにごめんなさい! そんな大切やったなんてあの子も知らんかったんです。多分知っててもきっとこれっぽっちも気にせずに好き勝手にしちゃうけども、決して悪気があったわけやないんです! あっても半分、いや7割くらいで残りの3割はちょっと意地悪しちゃう子供心なんです! 14歳にもなって恥ずかしい事だとは私も理解してますし怒る気持ちも分かります。お金で解決なんて汚い話と思うけど、残念ながらウチにはそんな汚い話をするお金もないので、毎日の御飯もお登勢さんや時々来てくれる石田先生の御厚意で何とかなってるような有様です。私にできる事なら何でもするからどうかあの子だけを責めるのは許してあげて下さい! お願いします~!」

 普段からは想像もつかない程の甲高い声で何度も頭を下げ、顔を涙でグチャグチャにするはやて。あまりに動揺しているのか、自分の言っている言葉の不自然さにも気付く素振りすら見せない。

「あぁ、あの~、そんなに謝らなくても、デバイスはこれくらいなら故障とかしないので」

 気にしないでくださいと、慌てながらも何度もなだめようとするユーノ。別段責め立てるつもりは毛頭ないし、むしろ完全に消化されて自然に還される前にこうやって返して来てくれた事に感謝しなければいけない立場なのだが、はやての姿を見るととてつもなくいたたまれない気持ちになる。
 そんな状況の中、バケモノに襲われたり姉貴分が死にかけてたり親友がなんか必死に謝っていたりと、自分の常識から測れない出来事に見舞われ続けてすっかり蚊帳の外に置かれてしまったなのはだが、はやてが手に持つ赤い宝石が淡く光るのを見て、ようやく我に返る。

「け、経緯をともかくとして、これで何とかなるんだよね!」

 涙を拭い、再びユーノに目を向けるなのは。定春に吐き出されたとか宝石が喋ったとか、色々と聞きたい事は山ほどあったが、今は何よりも神楽を助ける事が優先されていた。

「そ、そうです! はやてさん、すみません、それをなのはさんに」

「うぅ、ほんまにごめんなさい……」

 まだ申し訳ない気持ちでいっぱいであったが、神楽を助けたいという気持ちは同じ。はやては手に持った赤い宝石をそのままなのはに渡す。
 それは本当に小さな宝石だった。自分の親指ほどの大きさのサファイアのように赤い宝石。これが自分に力を貸してくれる。いや。

(神楽ちゃんを、助けてくれる……!)

「それを手に、目を閉じて、心を澄ませて」

「……」

 宝石を両手で優しく掴み、そのまま心臓の位置に近づける。すると自分の心臓の鼓動に合わせるかのように宝石もまた脈打ち、その光を強める。

「管理権限。新規使用者設定機能、フルオープン」

 ユーノの言葉は、この宝石の使われていなかった部分を開放する言葉だった。自分を中心に万華鏡のように完成された美しい円形の魔法陣、それと同時に頭の中で流れてくる文字の羅列。
 何故だろう、突拍子もなく頭に流れ込んでくるこの言葉、これこそが、自分が今口に出すべき呪文である事を、なのはは理解している。

「風は空に、星は天に、不屈の心はこの胸に、この手に魔法を! レイジングハート、セーットアップ!」

≪Stand by Ready, set up.≫

 瞬間、光が彼女を包み込む。
 光は夜空を穿つ大きな柱となり街全体を明るく照らしだす。それは近くにいたユーノやフェレットはおろか、神楽と戦っている思念体の目にもはっきりと写っていた。

≪魔力資質を確認、デバイス、防護服ともに最適な形状を自動選択 ≫


 ・
 ・
 ・

「……何て、魔力」

 それはより離れた距離で死闘を繰り広げていたフェイトにも感じることができた。
 あの爆発具合、砲撃魔法として放ったわけではあるまい。恐らくあれはそれまで使う機会がなく、所有者の中で眠っていたリンカーコアの魔力が一気に放出されたもの。だがあの量は異常というほかなかった。体内に蓄積できる魔力量には個人差があるとはいえ、あれだけの魔力を今まで使う事もなく溜め込んでいたというのか。一体どれほどの許容量なんだ?

「この星で、あれだけの魔力を持った人間が生まれるなんて!?」

 突然変異も甚だしいと考えながら、右手のバルディッシュで2人、左手のディフェンサーで1人の辰羅をそれぞれ抑えこむ。
 マルチタスクによる並列処理があるとはいえ、命を賭けた殺し合いの最中に余所見ができるのは、暗にフェイトと辰羅達の実力の差を示していた。
 元々辰羅は集団戦を得意とする傭兵部族。だというのに所詮は小娘1人と高を括ってたったの3人で戦いを挑んだのは致命的な戦術ミス以外の何物でもない。フェイトと彼等の間には実戦経験だけでは埋められない絶望的な力の差があるのだ。
 いや、格上との戦いでは必ず犠牲者を出してしまう彼等に比べ、知的生命体との戦闘こそ初めてであるものの、自分以上の力のある怪物との戦いが多い少女の方が、錬度の点で言えば優れている可能性もある。
 だがフェイトの方も攻めあぐねていた。長時間の広域探査とさっきの思念体との戦いで疲労が蓄積している事もあるが、少ないとはいえ数の利は向こうにある。1人を攻めればもう2人がその隙を突こうと死角から攻撃してくる。深追いすればこちらの隙をさらけ出してしまう。
 バインドで固めても向こうも魔法への対策を行なっているらしく、簡単に解除されてしまう。フォトンランサーでは大したダメージを与えられない。
 サンダーレイジは論外、拘束ができなければ素早い彼等には意味を成さない。スマッシャーならまだ可能性はあるが砲撃魔法の特性上、足を止めなければならない以上、防御に自信のない自分が確実に来るであろう致命的な一撃に耐えられるとは思えないしそれだけの魔力もない。アークセイバーも恐らく不可能だ、距離が近すぎる上に隙が大きすぎる。
 もっと辰羅達が不用意に攻めてきてくれればバルディッシュによる一撃を見舞う事ができるのだが、向こうも実力差は把握している以上、そんな自殺行為はやってこないだろう。

「くっ!」

 実力では勝っているのに相性が悪いとこうも戦いにくい。フェイトは焦りからくる自分への怒りで頭の中がいっぱいだった
 数えきれない程の打ち合い、だがそれは突然止まった。辰羅達は目線をフェイトに合わせず、あさっての方向を見たまま止まっていた。

「!?」

 自分が言える立場ではないが戦いの最中に余所見? それも3人同時に? 罠かと思ったのも一瞬、3人は一気に距離を取る。

「失態だ、シュテルの狗が見張っていた。マズイぞ」

「さらにもう1つの影、こちらも忍びに近い」

「これ以上は敵対行為として扱われる」

 見張り、敵対、シュテル。訳の分からない事を口々に言うと、瞬きする間もなく3人はその場を離脱。1人残されたフェイトは、その場で立ち尽くす。

「……」

 見逃された。相手側の理由がどうであれあのまま戦えば体力のない自分が根負けしていたかもしれない。その状況で一方的に戦いが切り上げられたのなら、それは見逃されたという他ない。
 何が実力では勝っていただ。肝心の戦いでそれを発揮できないのなら意味がないではないか。心の何処かにあった慢心が今回の無様な戦いを演じてしまったとフェイトは思い込んでいた。

「……あっちには行きたいけど、これ以上はもう無理か」

 予想外に戦闘に既に体力と魔力は限界に近い。口惜しいが既にジュエルシードは2つも手に入れている。スタートとしては決して悪くない。そう自分に言い聞かせて、フェイトはその場を後にしようとする。もしもまたあの辰羅達と戦う事になったら、次こそ勝ってみせるという気持ちを抱いて。そして。

「あの魔力の持ち主、一体誰だろう?」

 最期に、遠くから見える光の柱の主の正体を考えながら。

 ・
 ・
 ・

 きらめく光の柱が消えると同時に、そこには少女が1人。
 白と青に彩られたロングスカートの清廉で可愛らしい服だが、胸と袖の部分が金属で覆われていてる。左手にはその服に見合った先端に赤く輝く宝石を備えた杖。

「……え? えぇ!? えぇぇぇ~!!」

 無意識に手頃な建物の屋上に着地すると、なのははまず自分の姿に慌てふためく。
 以前真選組の副長が頭の病気を患った時に見せてくれたMS少女のように機械然とした服、バリアジャケットと呼ばれるそれはその見た目に反して殆ど重量を感じない。通常の私服を着ている時とまるで遜色がなかった。
 そして左手に持っている杖、レイジングハートはあの赤い宝石に幾つものパーツが組み合わさった代物らしい。こちらもかなりの装飾が施されているというのに運動音痴の自分が苦もなく振り回せるほど軽い。

「……魔法、なんだよね?」

 一通り慌てた後、今の自分の状況を説明できる、自分が呪文として使った言葉を呟く。
 服に杖、どれもこれも魔法という言葉からくるイメージからかけ離れてる気がしなくもないが、よく考えれば宇宙人のくせに語尾にアルアルつける怪しい日本語を話す知り合いがいるのだからこの程度は何も驚く事はない。

≪初めまして新しい使用者さん≫

 勝手に納得していると、聞き覚えのある声が杖から聞こえた。
 レイジングハートだ。先端の宝石を点滅させながらなのはに話しかけてきたのだ。わざわざ挨拶なんて丁寧な人(?)だなと感心しながら応える。

「えっと、初めまして」

≪魔法についての知識は?≫

「全くありません! 今日始めたばかりのピカピカです!」

≪分かりました、では全て教えます。私の指示通りに≫

 その時だ。レイジングハートの言葉が足下で響く爆音でかき消された。そうだ、こんな事をしている場合ではなかった。なのははそう思いながら下を見ると、あの黒い怪物、思念体と神楽の姿があった。

「神楽ちゃん!」

 遠目でわかりづらいがまだ生きていた。相変わらず防戦一方ではあるが少なくとも思念体への攻撃に耐える程度の余力は残していた。

「今行くから!」

 居ても立っても居られなかった、なのはは神楽へと向かう為にその場から飛び降りた。15mはある高さの建物の屋上であるという事を忘れて。

≪飛行を試みるのなら前もって仰って下さい≫

 しかし、新しい使用者の無謀極まりない行為に対して、レイジングハートは特に動じる事はなかった。

≪Flier Fin.≫

 その言葉と共に、なのはの両靴に現れる一対の光の羽。すると重力に任せて垂直に自然落下するだけだったなのはの体はそのまま思念体の方へと向かっていく。
 今更ながら自分の無鉄砲さを思い出すと同時に、そんな自分を一瞬でフォローしてくれたレイジングハートに感謝しながらなのはは安定も2の次で一直線に向かっていく。

「てあああ~~~!!!」

 両手でレイジングハートを構え、何とも気の抜けた掛け声と共に思念体の側面に突撃。まるで予想できなかった思念体は受け身をとる事もできずに体をアスファルトで引きずられていく。20mほど吹き飛ばされた辺りでその勢いは止み。あまりの痛みからか悶え苦しむように体を大きく震わせる。
 素人から見ても追撃するのに絶対のチャンスを、しかしなのはは完全に無視して急いで着地する。彼女にとってはまず神楽の安全が第一だった。

「神楽ちゃん! 神楽ちゃん!」

 まるで糸の切れた人形のように壁にもたれ掛かっている姿を見るや一目散に駆け寄り、何度も名前を呼ぶ。自分が思っていた以上に傷だらけの姉貴分の姿は見ていて痛々しく、何とかしてあげたいという気持ちが強くなる。

≪Recovery.≫

 その想いを感知したのか、レイジングハートは電子音と共に淡いピンク色の光を神楽を包み込むように放出。小さな怪我が見る見るうちに塞がっていき、光が消えると同時に神楽はゆっくりと目を開ける。

「なのは、お前怪我は平気なんか? つうか何アルかその服? トッシーか? トッシーが着せたんか?」

 完全回復とまではいかないらしく、弱々しい声を出しながら自分を見る神楽の姿に、必死に堪えていた涙が再び頬を伝っていく。
 何か言わないと、助ける為に来たのだと、今度は私が護ってあげると。何度もしゃくりを上げながら必死に口にしようとする。

「……ごめんなさい」

「あぁ?」

「神楽ちゃん、ごめんなさい。私のせいでこんないっぱい怪我しちゃって、私があんな事言ったせい怖い目に合わせちゃってごめんなさい、公園で傷付けるような事言っちゃってごめんなさい、桂さんの家で傷付けるような事言っちゃってごめんなさい、ほんとにごめんなさい、ごめんなさい……」

 だが実際に出てきた言葉は思っていたものと全然違っていた。必死になって助けて一応の無事を確認した瞬間、心のどこかでくすぶっていた思いが表面に出てきて、それを拭う為にとにかく謝りたくなってしまった。
 自分がもっと早く助けていれば、あの公園で喧嘩なんかせずにいれば。そればかりが頭の中をかき回し、意味も分からずにひたすら謝罪を繰り返す。
 まるで小動物のように縮こまる少女に、神楽は面倒くさそうに顔をしかめ、しかしすぐに同じように目尻に涙を溜め、自分の頭をコツンとなのはの頭に当て、鼻声になりながら語りかける。

「良いアル、こんなもんすぐに治るから気にする事ないネ。それより私の方こそごめんな、ヅラん家であんな酷い事言っちゃったけど、お前にはずっと妹分でいてほしいアル。はやて達にも言われたんだけど、お前がいないと寂しくてつまんないヨ」

 それは反則だ、なのははそう思った。
 普段の彼女ならこんな素直に謝ってきたりしない。照れ隠しから来る上から目線な物言いをしてうやむやにすると思ってたのに、その口で言われたらもう我慢できない。
 一度大きく顔を歪ませた後、その場で神楽に抱き付いて声を上げて泣きじゃくる。後々からかわれるのは承知していた、そしてそれが原因になってまた喧嘩になる事も予想できた、ただ今は目の前の大好きな友達に目一杯甘えたかった。
 ぶっきらぼうで口が悪くて怒りっぽくてすぐ手が出てしまう。でも気づいたら隣で笑ってくれる、寂しいと思った時は声をかけてくれる掛け替えのないもう1人のお姉ちゃん。

「私もずっと姉貴分でいてほしい、またアリサちゃんやすずかちゃん達と一緒に遊びたい、一緒に定春やはやてちゃんとお散歩したい、一緒に銀さんや新八さんの面白いな話をしたい、一緒にお父さん達とご飯食べたい……」

 そう言い終えた瞬間、なのはの背後で一際大きな爆音と閃光が響く。何事かと慌てて振り向くと、さっきまでもがき苦しんでいた思念体の攻撃をピンク色の膜によって防がれていた。

≪お楽しみの所を申し訳ありません、邪魔者が起きました≫

 2人は思念体を注視する。あの突撃がよほど響いているのか、激しく呼吸を繰り返しながらボロボロの体を引きずっている。その目には恐怖とも憎悪とも取れる感情が滲み出ており、それを発散されるかのように目から巨大な光の塊を生成していた。
 その光は、まだ魔法に触れて数分と経っていないなのはにも危険と判断できる代物だった。恐らくさっきの突撃で新たな敵が格上であると確信し、一気にケリを付けるつもりなのだろう。

「やばいアル、早く逃げないと」

≪今回避行動を取るとその瞬間発射されます≫

 既に思念体の魔力弾は2人を蒸発させるには不十分だが、少なくとも重症の神楽と一緒に避けるのは不可能と言って良い。シールドを使おうにも魔法の制御に慣れていないなのはがレイジングハートの補助を借りたとしても耐えきれるかどうか。いや、例えシールドが破られたとしてもなのはだけなら耐えきる事はできるだろう。

「……」

 回避もダメ、防御も恐らくダメ、ならばなのはの答えは決まっている。

「……レイジングハート、あれよりも強い攻撃ってできる?」

 残された手段は、どうやら膨大らしい自分の魔力と火力を持って思念体を全力全開で押し潰す。

≪貴女がそれを望むのなら、私も応えます≫

「なのは!?」

 なのはの言葉に神楽が驚く。火力に火力で応えるのは決して悪い方法ではない、だがそれは自分の力が――力を効率よく引き出す技量と言い換えても良い――相手の力を上回っている事が前提条件だ。そうでないのなら下策もいい所。そもそもまともに魔法を使っていないなのはに目の前の思念体以上の力を引き出せるとはどうしても思えなかった。
 だがなのはは止まる様子はない。呼吸を整え、体の内にある力を両腕に集めるようにイメージ。まるで教えられていないというのに、なのはは自然と行なっている。

「大丈夫、絶対に勝ってみせるから、じゃないと」

「……」

「じゃないと神楽ちゃんを護れないもの」

 足下に広がるピンク色の円形の魔法陣、次いでレイジングハートの先を思念体に向けて構える。

≪Cannon Mode.≫

 光がレイジングハートを包み、再び姿を現す。それはより鋭利に、そして攻撃的な『砲身』のようだった。
 ドクンと心臓が高鳴る、それに反応して体に充満していた魔力が砲身に集まっていく。同時に持ち手の一部が展開、グリップとトリガーが露出した。なのははグリップを掴み、トリガーに指を掛ける。

≪封印砲準備完了、トリガーを≫

 思念体は未だに動かない。瞬きする間もなく展開されたなのはの封印砲の強大さを感じ取り、それを上回る為に、ゆっくりと、確実に蒸発させる為に力を溜める。
 なのはもまだ動かない。まだ十分な魔力が集まっていないと判断したからだ。思念体の魔力弾を上回る為に、ゆっくりと、確実に相手を倒す為に、そして。

(神楽ちゃんを傷つけない為に!!)

 魔力が集う音だけが辺りを支配する。互いに膨張を続ける魔力を制御し、破裂する瞬間を見極め、相手を上回るその時まで。

「っ!」

 なのはは感じた。今この瞬間、確実に相手を超えた。トリガーを力いっぱい引き絞り、その強大な火力を解き放つ。

≪Divine Buster.≫

 レイジングハートの電子音と共に放たれた砲撃、反動で後ろに倒れそうになる体を必死で堪え、その光を前方へと向け続ける。そして思念体の魔力弾も寸分の狂いもなく発射、赤い光軸が吸い込まれるように向かっていく。
 2つの光が両者の中間点で激突、眩い光が物理的な力となって無人の建造物をなぎ倒し、暴風が木々を根本からちぎり取る。アスファルトは熱に焼かれ、カサブタのようにボロボロと剥がれていき、空中を舞っていく。
 その状況の中、レイジングハートは正確に計算を行い、1つの答えにたどり着いた。

 ――このままでは負ける――

 確かに火力は辛うじて上回っている。このままいけば新しいマスター、なのはは間違いなく思念体に押し勝つだろう。レイジングハートもそれを理解した上で魔力弾の撃ち合いに反対しなかった。
 だがたった1つの不確定要素を計算に入れ忘れていた。膨大な魔力の照射を続けるなのはがその反動に耐えられないのだ。少しずつ後ろへと傾いていく体を必死で元に戻そうとしているが、所詮は小学3年生、どれだけ頑張っても持続するはずもない。
 急いで自身のプログラムを走らせ、ディバインバスターの威力を向上、なのはが力尽きる前に決着を付けようとするが、それでも間に合いそうにない。

(お願い、もう少しだけ、もう少しだけ耐えて……!)

 腕の力が抜けていく、足が地面に付かなくなる。どれだけ思っても体は言う事を聞いてくれない。伸ばしきった両腕が少しずつ曲がっていき、思念体の魔力弾に押し負けていく。

(嫌! もうちょっとだけだから、お願いだから耐えて!)

 流れる涙と血が暴風によって空を舞う。前のめりになろうと足を踏み出そうとするが、反動でそれは叶わない。
 心は折れていないのに、この非力な体が、そして長続きしない体力が耐える事を拒否する。後ろに護りたい者があっても、これだけはどうしようもなかった。
 少しずつ、指が滑るようにレイジングハートから離れていく。もう少し、もう少しと心が喚きながら。そして。

「なのはああぁぁぁ!!! 腰が引けてっぞぉ、力入れるネ!!」

 重ねるように覆われた自分の両手、耳元で聞こえる甲高い声。
 少し動いただけで悶絶するほどの激痛に耐えながら、支えるように密着する神楽のぬくもりをなのはは感じた。

「神楽ちゃん!?」

「親子かめはめ波ならぬ姉妹かめはめ波じゃあああ!!」

≪かめはめ波ではなくディバインバスターです≫

「じゃあ姉妹ンバスターじゃあああ!!! 行くぞなのはぁ!!」

 歯を食いしばり、とんでもなくおっかない顔で力が抜けるような事を言う神楽。ひょっとしたら今この瞬間にも死んでしまうかもしれないというのに何て緊張感のないのだろうと半分呆れるなのはだが、どんな状況でも自分のペースを崩さない姉貴分の姿が、何よりも嬉しかった。

「うん! 行こう! レイジングハート! 神楽ちゃん!」

≪Yes, my master.≫

 心が満たされ、力が湧いてくる。あれだけ疲弊していた腕も足もまだ頑張れると踏ん張ってくれる。そしてそれが幻想でない事が自身の魔力弾が押し返した事ではっきりと分かる。
 じりじりと迫り来るピンク色の魔力に驚愕する思念体、その感情が雄叫びとして表面に表れる。だが思念体の赤い魔力弾の威力は変わらない。少しずつ迫り来る巨大な光に、もはや自分の攻撃は敵を貫く矛どころか主人を守る盾の役割さえ果たしていない事に気づいた。

「4倍だぁ――――っ!!!!」

 だがそれは遅すぎた、ピンクの魔力は圧倒的な力で赤い魔力を打ち砕き。障害を取り除かれた事で速度と力を増し、何処までも突き進む。

「ッ!!?」

 迫りくる光に飲み込まれ、思念体の仮初の体と心が蒸発していく。本来の用途から外れ、暴走を繰り返すだけだった思念体の核は、ようやく本来の純粋な蒼い結晶へと姿を変えていく。

≪Internalize No.s 18.≫

 光りに包まれた結晶、ジュエルシードは姿を現すと同時にレイジングハートに吸い込まれるように近づき、格納されていく。機械的な電子音がそれを知らせるように鳴り響いていく。
 それが終わると、巨大な爆炎と煙が夜空に昇り、少女の勝利の狼煙となっていく。
 あぁ、勝ったんだ。なのははそう思うと気力だけで立ち上がっていた体から力が抜け、重力に従って崩れていく。
 だが肌に触れる感触は冷たいアスファルトではなく、自分を支えてくれた温かく柔らかなものだった。重いまぶたを必死に開けると、いつもの橙色の髪をした姉貴分の面白い顔が映る。

「よく頑張ったアルな、もう大丈夫だから、ゆっくり寝てろヨ」

 いつもの横暴なものじゃない、何処か母性を感じさせる物言いが心地良い。あぁそうだ、これが見たかったんだ。この時々見せる優しい顔を。

「……うん!」

 置き去りにしてしまった親友達の顔が頭に浮かぶが今は凄く眠たい。何よりも少しでもこの柔らかい感触に包まれたかった。普段は恥ずかしくてできないからこそ、せっかくの機会を大切にしたい。
 そう思ったなのはは、神楽の言葉通り、ゆっくりと目を瞑る。

 ・
 ・
 ・

「過程は大幅に変わっていますが、大筋に変更はないようですね」

 ひとまずは安心だと、探知妨害の魔法を身に包んで思念体との戦いをつぶさに観察していたシュテルはゆっくりと安堵の息を漏らす。
 テスタロッサの早すぎる地球到着。
 本来なら銀髪の男が担う役割を持って現れた夜兎の少女。
 本来ならこの場にいないはずの同類で、そして遠く離れた他人の少女。
 自分のオリジナルが身に纏うバリアジャケットの装飾の違い。
 そして覚醒まで1ヶ月以上の猶予があるにも関わらず、自分と同じようにこの戦いを観察していた魔導書の存在。
 挙げればキリがない相違点の数々は、しかし結果的に大筋通りに進んだ事で全て払拭できるレベルに収まっていた。これならば自分が表に出る必要はない、いつもの様に傍観者に徹して、漁夫の利を狙うチャンスを待つだけだ。

「今が絶好の機会だというのに」

 本来ならこのような姑息な真似をするのは彼女の本意ではない。欲しいのなら自分の力で手に入れたいが、長い眠りについている敬愛すべき王と、不本意ではあるが今の所は自分と同格の立場にあるあの男がそれではダメだと言う以上は従うしかない。

「どちらにせよ、報告すべき事は山のようにできてしまった」

 忌々しい、あの男に情報を与えなくてはならないと思うと足取りが重くなる。闇に敗れ、人口のウイルスに敗れ、だのに王に気に入られただけで自身は何も成していないというのに、ただ地下で酒と女に酔うだけですべてうまくいくと思い込んでいるあの愚者の喜ぶ顔を想像するだけで身の毛がよだつ。
 憎悪ばかりが募る中、唐突にシュテルの頭のなかである人物の顔が思い浮かんだ。あの子は王と私に相手にされなくて拗ねてしまうかなと、王と甲乙付ける事ができない大切な家族、あの水色の少女の怒り顔を思い浮かべる。
 すると、それがよほどおかしかったのか、さっきまでのドス黒い感情は鳴りを潜め、しばらく忘れていた笑顔が表れる。
 そうだ、あの2人の為を思えば何処までもいける。2人の為ならこの身が自身の焔で焼かれようとも目的を達成させる。シュテルは心を落ち着かせ、その場を後にしようと振り返ると。

「随分と落ち着きがなかったな、傍目から見てもおかしかったぞ」

 見慣れた顔――と言っても包帯に巻かれてるから見えないのだが――、地雷亜の姿に再び気持ちが消沈する。そういえば監視を命じていたなと完全に隅に置かれた記憶を掘り起こす。だが今はこの不愉快な男の姿を視界に収めたくない。そう思って早足で地雷亜と背中合わせになる。見たくないとはいえ、一応報告だけは聞いておかなくてはいけない。

「どうでしたか?」

「テスタロッサは思念体を倒し、2つのジュエルシードを手中に収めた」 

「当然でしょうね」

「そしてスクライアの所まで行こうとしたがガス欠を起こしたらしく、そのまま撤退した」

 誰がそんな分かりきった答えを聞いたのだと言いかけた言葉を飲み込み、冷静に対応する。今はこの状況を一刻も早く抜け出し、あの男に一通りの報告をした後、久しく顔を見ていない家族の顔を見たい。それだけが今のシュテルのすべてだった。
 だが地雷亜の言葉の中に小さな違和感を感じ取り、怪訝な表情のまま再び聞き返す。

「彼女が思念体相手にそこまで苦戦するとは妙な話ですね、探査に力を入れすぎたのですか?」

「いや、思念体を倒した後、思わぬ乱入者と戦闘に入った事が原因だ。相手は辰羅族3人、十中八九華陀(かだ)の精鋭だろうな」

 ……何だと?
 再び訪れた驚愕の事実に、シュテルは顔を強張らせる事しかできなかった。だが心の奥底に眠っている怒りの火だけは消える事はなかった。

「奴等の探査能力も大したものでな、途中で俺が監視している事にも気づいて撤退した。自分からこちらの怒りを買う行為をしておいて、それに怯える姿は中々滑稽なものだったぞ」

 思い出したかのように小さく笑う地雷亜、それがシュテルの怒りのボルテージを上げる行為だと理解しているからだ。そしてその怒りの矛先が決して自分に向かない事もまた理解していた。

「……そうですか」

 辛うじて出てきた言葉には、抑えきれない怒気を含んでいた。それを聞いてむせび笑う地雷亜の声に、さらに怒りがこみ上げるのを感じながら。

「他に何か?」

「辰羅達は俺以外にもう1人監視している存在に気づいてたようだ。俺は見ていないがな」

「貴方は先に吉原に戻りなさい、私は華佗と話をしてきます。ただし鳳仙への報告も私が行いますので、余計な事はしないように」

「御意」

 それだけ言うと、地雷亜の気配が消えた。振り返るとまるで最初からその場に居なかったようにそこには彼がいた痕跡がまったく無かった。
 本当に帰ったようだ。それを確認したシュテルは右手に持った杖、ルシフェリオンを握る力を一層込める。

「華佗ァ……ッ!!」




あとがき
 この話を作るだけで実に4ヶ月もかかってしまいました。楽しみにされていた読者様方、まことに申し訳ありません。

 今回の万事屋はやてちゃん、略して『よろはや』では初めて戦闘シーンらしきものを描かせていただきました。まだまだ表現などが足りない作者のものゆえ、もしも変だと感じたら是非とも感想にてお願いします。

 さらにデバイスの英語部分は作者の英語力の低さからすべて日本語訳となっております。

ちなみにこの話を書いてる時、読者の1人である従兄弟とこんな話をしました。

従兄弟A「神楽なら思念体倒せそうじゃね?」

俺「……確かに」



[37930] 第4話 星光と孔雀姫
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191
Date: 2013/06/25 00:28
 そこは1年の大半をねずみ色の雲で覆われている星だった。陽の光は滅多に差し込まず、常に冷たい雨が振り続ける。かつては発展していたであろう事を予想させる天上を目指さんばかりに高く建てられた建造物郡も今では朽ち果て、そのすべてが見る影もなく倒壊している。
 そんな廃墟の1つ、四肢と首をバインドによって固定された女の甲高い叫び声が木霊する。余程の痛みが彼女を襲っているのか、それを紛らわすかのように叫び、体を持ち上げようとする。その度に彼女の尋常でない怪力によってヒビの入るバインドを必死に補強する複数の人物達。
 もう3時間は繰り返しているだろうか、絶え間なく行われるこの作業を、1人の男はただ笑いながら傍観していた。瓦礫の一部に腰掛け、手に持つ番傘で絶え間なく降り注ぐ雨を遮りながら。

「もうすぐだ」

 ポツリと男はそう呟いた、瞬間。

「ギィッ!!!!」

 女は体をくの字に曲げてその大きく膨らんだ腹を突き上げる。
 それが合図とばかりに腹から噴水のように流れる血、部屋一面が赤く染め上げられるその様を、しかしその場にいる人物達は特に気する様子はなかった。皆こうなる事など始めから予想していたかのように。
 グチャリと肉を引き裂く音、同時に女の腹から飛び出た一本の腕。ついさっきまで腹の中にいた胎児のものと考えるには異様な長さを持っていた。
 さらにもう一本の腕が腹を突き破る。二本の腕の主は肘を曲げて手頃な場所を掴み、一気に女から這い出る。
 それは赤ん坊というにはあまりに異常だった。見た目は既に4歳ほど成長しているその体躯、眼光には光が宿っており、既に外の世界を鮮明に映していた。だがそれは女の体に4年も眠っていたわけではない。普通の人間と同じく、10ヶ月程度の期間でこの大きさに成長したのだ。

「……イイイ、イキキキ? イイイキキキキキキキキキキキキ~~~!!!」

 まだうまく喋れないのか、胎児は周囲を見渡しながら歪な声を上げる。まるで普通の胎児が外の世界に触れた時に初めて自分で肺呼吸をするかのように。
 出産というには異様過ぎる光景、自分の腹から現れた怪物を見て女と男はこの世の物とは思えない笑みを浮かべる。

「よく生んだ、お前でなければこれの誕生に耐え切れなかっただろう」

 女に近づいた男が興奮しながら言う。

「あぁ、死ぬほどの苦痛だった。だがこれが生まれると考えれば耐えるのもわけなかった」

 絶え間なく流れる汗と血に衰弱しきった女は、しかし邪悪な笑みを絶やす事はなかった。そう、普通とはかけ離れた化物を作ったこの男と女もまた、普通とはかけ離れていた。

「後の事は俺に任せて、お前は安心して死ね」

 もはや数分と生きられない状態となった女に、男は冷たく言い放ち、腹から出てきたその胎児の首根っこを持ち上げ、周りの人物達と共にその場を後にする。

「あぁ、託した。これで私達の願いは成就する。我々を軽んじたすべての愚か者どもに目のものを見せてやれ。それはかつての古代ベルカに存在していた王達に並ぶ、まったく新しい王となるのだからな……!」

 ・
 ・
 ・

 豪華な装飾を施された長く広い廊下を早足で突き進む。忌むべきあの女の下衆な内面を体現したかのようなこの建物に入る行為自体吐き気を催す程の苦痛ではあったが、今回ばかりは拒絶感よりも怒りが彼女を付き動かしていた。
 関係者以外立ち入り禁止と書かれた看板を焔を宿した拳で粉砕して我が物顔で進んでいく。しばらくすると目的の場所にたどり着く、自分の身の丈を遥かに上回る巨大な扉が圧倒的な存在感を放っていた。
 ようやくあの高慢な顔を拝める。扉に手をかけようとした時、さっきまで感じなかった僅かな気配に思わず手を止める。

「何のつもりだ、シュテル」

 背中から掛けられた声に反応して振り向くと、目が痛くなるほど統一された白一色の服装にエルフのように尖った耳が特徴的な男達が5人、辰羅達は殺気を剥き出しにしてシュテルを睨みつける。

「何のつもり? 私は華陀に話があってわざわざ赴いただけですが? それ以外に私がこんな醜悪な場所に来ると思いますか?」

 耐性のない者ならこれだけで戦意喪失してしまいそうなほど憎悪にまみれた物言いに、しかし辰羅達は別段怯える様子はない。相手を忌み嫌い、憎んでいるのはお互い様だからだ。

「そんな話は我らの耳には入っていない、合意のないまま華陀様に謁見する事は許されん」

 腰に掛けた刀に手を掛ける、立ち去らなければこの場で斬り殺すという警告のつもりらしい。
 だがシュテルの表情は変わらない。この程度の修羅場ならとっくの昔に乗り越えている、それよりもまがりなりにも協力関係にある相手に恫喝紛いの行為に及ぶ彼等の愚かさに呆れるばかりだった。

「これは緊急を要する話です。一刻も早く確認をしなければ私達の同盟にも影響を及ぼすものです。貴方達では到底理解できない事は承知していますからこれ以上の問答は無用、早く消えなさい」

 相手を徹底的に見下すような言葉、彼女自身も驚くほど今は感情が高ぶっていた。望んだ闘争ができず、姑息な偵察ばかりの日々、到底仲間とは言えない協力者との連携、手に入れた情報を忌むべき男に提供しなければならない不満、そこに今度は同盟関係にある人物からの裏切り。それらすべてに対する憎悪がこの場で表面化している。

「貴様から亀裂を作るような行為をしておいてよく言う。そもそも貴様等マテリアルと我々は同盟は結んでも互いに必要以上に干渉しない事を忘れたか? だからこそ話し合いは事前告知が前提のはずだ」

 ついに辰羅達は鞘から刀身を晒す。問答が無駄だと思っているのは向こうも同じだったらしい、これが最後通告とばかりに刀の先をシュテルに向ける。
 シュテルは考えた。もう殺すか? 最初に協定を破ったのは向こうだ、雑兵5人の命でそれを帳消しにできるのならあの女も願ったりかなったりだろう。仮に間違ってても結局は雑兵の命、何も惜しむ事はない。
 彼女らしくない短絡的な思考に、しかし当の彼女はまったく気づく様子はない。久しぶりに戦える相手が目の前に現れた事から興奮しているのかもしれない。

「その言葉、そのままそちらにお返しします。とにかく貴方達と話す事なんて欠片も持ち合わせておりません、素直に自分達から私の視界から消えるか、私の槍で炭となり視界から消え失せるか、選んでいただけませんか?」

 真紅の光球、パイロシューターと呼ばれる誘導弾がシュテルの周りに次々と現れる。管理局の基準にしてAAAクラスの魔導師だからこそ成せるおびただしい数の魔力弾に、しかし辰羅達は失笑を禁じ得なかった。

「愚かな女だ、ここを何処だと思っている? ここは我らの居住地、我らの城、我らの巣、我らの縄張り」

「……」

「我らの狩場だぞ?」

 天井、壁、床下、至る所から浴びせられる殺気、ちょっとした広場と言っても差し支えない廊下は白装束の集団で満たされていた。
 だがこの状況を前にしてシュテルは笑う、愚か者はどちらだ? この建物に入った瞬間からサーチャーを発動させていないとでも思っていたのか? 既に自分が辰羅の群れに包囲されていた事なぞ最初から把握していた。
 むしろこれはちょうどいい、単品では脆弱極まりない辰羅も集団になればその真価を発揮する。家族の為に眠らせ続け、いい加減に錆びついた自分の槍と焔の力を磨くにはちょうどいい実験台だ。

「集え、明星。そして焔となれ、行きますよ、ルシフェリオン……」

≪委細承知≫

――そこまでじゃ、双方気を静め、得物を収めよ。貴様等はさっさとその場から離れるがいい――

 凛とした声が脳に木霊する、そしてそれはシュテルだけでなく目の前の辰羅達も感じた。

「……華陀」

 ポツリと声の主の名前を呟く。
 念話、魔法の中でも基礎中の基礎と言っても過言ではない伝達手段、だがこれ程の大人数にタイムラグ無しに一斉送信させる技量もさることながら、適当に教えたはずの魔法を我流で昇華させるとは、腹立たしいが魔法の才能は常人以上にある事をシュテルは認めるしかなかった。

「お言葉ですが華陀様、この小娘は許可無く我々の城に土足で上がり込んだばかりか、今にも牙を剥こうとしているのです。野放しにする事などできません」

 辰羅の1人が言う。

――黙れ、聞いてみればシュテルは早急にわしの耳に入れたいが為にこうやって足を運んだという。それを貴様達が言い掛かりをつけて足止めをしているだけではないか、早く立ち去るがよい――

「しかし我々とマテリアルの会合には必ず事前に報告する取り決めがあります、それを破った此奴をこのまま……」

――三度目はない、シュテルの邪魔をするな――

 僅かに濁った声でそれ以上の反論を封じる。辰羅達もこれ以上の追求は無駄と判断して、全員刀を鞘に収め、その場を後にしようとする。

「……忘れるな、貴様は必ず我々が殺す。せいぜいその時が来るのを怯えて待っているが良い」

 聞こえるように宣言した後、彼等の足下から円形の魔法陣が現れ、瞬きする間もなく一瞬でその姿が消えた。ただ1人残されたシュテルは再び巨大なドアと正対する。

――さて、いらぬ邪魔が入ったがもう大丈夫じゃシュテル、こちらに来るが良い――

 どこか楽しそうな声色で語りかける華陀に不信感が募る。この女は何故自分がここまで足を運んだのか理解できないのだろうか。下手をすればこのまま殺されても文句を言えない立場にあるというのに。
 しばらくの逡巡の後、扉に手を掛ける。これが罠だとしてもそうでないとしても、とにかく動かなければ何も解決しない。
 扉を開けた瞬間に感じたのはむせる程の甘い匂い、毒と勘違いして部屋ごと焼き尽くそうと思ったのも一瞬、その正体に思わず目を見開く。
 無駄に広い空間の中央に配置されたディナーテーブルの上に所狭しと並べられた洋菓子和菓子の数々。ご丁寧に周囲の空間を固定して時間経過による味の劣化も抑えられている。人が教えた結界魔法をよくもまあこんなくだらない事にアレンジできるものだと思わず呆れてしまう。

「よく来たなシュテル、いきなりの謁見には驚いたが歓迎するぞ」

 テーブルを挟んだ先からさっきの声が聞こえる。玉座を模した座具に腰掛けている目にも鮮やかな水色の髪をなびかせ、左手に持った孔雀の羽を模した扇子で口元を隠す女性、表向きはこの海鳴市を支配する四天王の1人、孔雀姫華陀が笑みを浮べてシュテルを見つめている。

「……お久しぶりですね、華陀」

「あぁ、直接会ったのは半年前、お主が目覚めた時が最初で最後だったな、空間モニター越しでは分からなかったが少しでかくなったようじゃ、いやいや童(わらべ)というのは成長が早いのぉ」

 まるで愛娘を愛でる母親のような表情、だがそこには愛情も母性もない、ただ表面だけ取り繕っているのが丸分かりだった。
 それだけでない、この女はいきなりの謁見に驚いたなど臆面もなく言い放ったが、本当に予想できなかったのならこの異常な量の菓子のもてなしは説明できない。明らかに自分がこの場に赴く事を知っている。盗聴か、もしくはこうなる事を初めから理解していたのか。

「まあ積もる話もあるだろうが今はゆっくりくつろげ、お主の為に世界中から美味と謳われる菓子を用意させてきた、確かお主はシュークリームを好んでおったな? 97世界でも有数の菓子生産地である酢胃津星の自慢のシュークリームじゃ、きっと気に入るはずだぞ」

 何でも漢字にすれば良いと思っているのではないだろうか? それを差し引いてもこの女が手を付けた物なぞ餓死しようと食べるつもりはなかった。そもそも彼女にとっては有名なパティシエの作ったシュークリームよりも家族が自分の為に作ってくれたシュークリームの方がほしいのだ。
 チャキッとルシフェリオンを華陀に向けるシュテル。周囲に部下がいないのは確認済み、妨害される心配はないし呼ばれる前に決着を付ける自信が彼女にはあった。

「答えなさい華陀、何故辰羅にテスタロッサを襲わせたのです? いや、何故テスタロッサが地球に降りた事を知っていながらそれを報告しなかったのです? 私達の目的には情報の齟齬があってはならない事は教えたはず、返答次第ではこの場で貴女を焼き尽くします」

 ルシフェリオンの先端に真紅の魔力が集まる、次いでその塊が紅蓮の炎へと変わっていき、ユラリと周囲にかげろうを作っていく。今にも発射されそうな小さな太陽を前に、華陀は小さく笑った。

「はて、何の事やら? わしはお主、いやディアーチェと鳳仙からの要請がない限りは静観に徹すると最初に申したのだが?」

 そんな事をする訳ないという口ぶりにルシフェリオンを握る力が強くなるが、辛うじて堪える。このまま焼き殺すのは容易い、だが雑兵の辰羅達の命と違い、表面上だけとはいえ同盟関係にある組織のリーダーを手に掛ければ後々面倒になる。殺すのは女が狼狽してその醜い本性をさらけ出してからでなければ、そう反すうしてシュテルは大きく息を吸う。

「見苦しいですよ、地雷亜の報告でテスタロッサが辰羅族に襲われた事が分かりました、貴女の差し金である事は明らかです」

「存ぜぬな、そもそも相手が辰羅だからといってわしの手の者と考えるのは早計というもの。辰羅とて一枚岩ではない、わしとは無縁の野良がいても不思議ではないだろう?」

 華陀の嘘に思わず吹き出しそうになる。長いものには巻かれろという言葉を地で行く辰羅が同種族で固められた集団の存在を無視してまで野良で生きる理由が何処にある? 仮にいたとして何故華陀はそれを放置してここでのうのうとしている? 何から何までチグハグすぎて指摘するのも馬鹿らしい

「現状私達以外に誰も知り得ないジュエルシードの落着に気づき、且つ私達の目を掻い潜ってこの地球に潜った野良がたまたま襲ったと? 偶然にしては出来過ぎてますね」

「わし等も万能ではない、この星で幕府の目を欺きながら違法渡航者を見つけ出すは容易ではない。穴があるのも当然じゃ」

「ならば何故今この瞬間にもその野良は見つからないのですか? あれだけの騒ぎを起こし、且つ魔導師のように魔法を使用した妨害行動を取れるとは思えない違法渡航者が未だに捕まらない理由は? 背後に魔導師がいる様子はなかった。ありえるのは最初からこの星に根を張っている者が匿っているから、幕府がするとは思えない、我々はありえない。結局は貴女へと行き着くのです」

「短絡的じゃのお、エクリプスドライバーのように魔法によるサーチャーを無効にする存在が流れている事は理解していよう? 奴等ならお主や幕府から隠れる事も可能じゃ、そしてわしにそのような駒がおるのならお主等と同盟など結ばんよ」

「それこそありえません、何故ならテスタロッサは死んでないからです。仮に野良辰羅達が感染者だったとして、ならば何故テスタロッサを始末できなかったのですか? 魔導殺しの名を持つのなら造作も無いことでしょう?」

 その言葉を聞くと、それまで余裕の表情を見せていた華陀の顔から笑みが消えた。先ほどの絶対者のような余裕がなく、冷徹で残忍な裏の顔でシュテルを睨む。

「……」

 ようやく仮面が剥がれたかと本来の冷たい顔を拝めて満足したシュテルはさらに言葉を続ける。

「華陀、私とてこのような事はしたくありません、貴女の軍団とそれを扱う統率力は後に王の力になります。ここだけの話をするなら私は王と違ってあの男、夜王の事は信用していません、彼はいずれ私達に牙を剥く、それを打倒するにはやはり貴女の力は必要不可欠です。だからこそ貴女の真摯な対応が今問われるのです」

 これに嘘はなかった、この大事な時期に仲間割れなど本意ではないし、華陀の持っている兵士達は魅力的と言える。来るべきあの忌むべき男との戦いを考えるなら是が非でも手元に置いておきたい。ここで華陀が素直に非を認めるのならこの関係を維持しても良い。勿論今後は自分の命令に対して絶対服従するという条件を付随させるが。
 長い沈黙が続く。無言を貫くというのなら少し痛い目にあってもらうかとルシフェリオンに力を込めようとした瞬間。

「シュテル、今回の一連の内容はすべて地雷亜からの情報と言ったな?」

 さっきまでの話とまるで繋がらない事を言い始める華陀。

「それが何か?」

 あまりに不自然なその言動に顔を歪めるシュテル。まさかこの期に及んで話題を変えて誤魔化そうなどと馬鹿げた事をするつもりなのだろうか、いや、話題を変えるにしてもそこでわざわざ地雷亜の名前を出す意味が分からない。言い様のない疑問が次々と思い浮かぶ。

「本当にそれは信用できるのか?」

「……何?」

 ……どうやらこの女は救いようがない馬鹿だったらしい。身の潔白を証明する為にくだらない妄想でお茶を濁そうとするとは、少し過大評価しすぎたようだと心の中で軽蔑する。

「今でこそ奴はお主の部下となっているがあれは元々鳳仙の手駒、奴がわしとお主の関係を崩す為にありもしない話をでっち上げたという可能性があるのではないかぇ?」

「面白いですね、貴女と私の関係が周りから崩したくなるほど深い信頼関係で結ばれていたとは思いもよりませんでした。まともな会話さえ殆どした事ないのに?」

「話をはぐらかすでない、今はお主があの男を信頼しているかどうかを聞いておるのじゃ」

「貴女に言われたくありません。少なくともこのような状態になる貴女よりはあの男を信用していますよ」

 一瞬、相対的にとはいえあの男の事を信じる旨を口にした事をおぞましく思ったが、華陀はそんなシュテルの考えなど歯牙にも掛けずにさらに言葉を投げかける。

「それは鳳仙の目的を理解した上で言っているのか?」

「……」

「奴の目的はこの世界にある力をを手に入れて自分以外のすべてをひれ伏させる事じゃ、求める物の違いこそあれどそれはディアーチェも変わらんはず。先ほどお主が言ったように相反する理由がある以上いずれお主等は鳳仙と敵対しよう」

「その通りです」

「対してわしはディアーチェが作り上げた世界で手に入る地位が目的、それはこうやって待つだけで手に入る代物、なのに自分からその地位を投げ捨て、必要以上に貴様等を挑発するような事を何故せねばならん? 絶対的な力? わしがそのようなものに興味はないのは知っておろう? それともディアーチェを裏切って鳳仙に与するか? それでは未だに奴が影で操っている地雷亜が自分達にとって不利になるような事を報告するのはおかしかろう。目的と行動が一致せん」

 そんな馬鹿なと嘲笑する、華陀の言葉は一見正当性があるように聞こえるが、結局は話の矛先を自分から別のものへと変えているに過ぎない。大体それは地雷亜の言葉が嘘であるという事が前提でなければ辻褄が合わない。仮定を前提にした話などに誰が騙されるというのだ、結局この話はすべて華陀が必死に自分の正当性を誇示したいがための詭弁だ、その筈だ。

「……」

 だというのに、シュテルはそれを絶対と言い切れなかった。
 確かに自分は華陀よりかは地雷亜の事は信用している。特に優れた偵察能力はその分野において一流の魔導師にも匹敵し、戦闘能力も決して低くはない。
 だが、とシュテルは思う、その信用はあくまでも華陀と比較してのものに過ぎない、さらにその信用も結局は能力であり、それを扱う本人にではない。もしもあの男がそれを利用して自分と華陀の両方を潰す事が目的だったとしたら? そしてそうする事によって一番得をするのは誰か?

「シュテルよ、状況的に見てわしが疑われるのは致し方ないにしても連中の言葉を鵜呑みにするのは危険ではないか? 奴等は今はマテリアルに従属しておるがそれは形だけのもの。実際はディアーチェのいない中で鳳仙とお主が対立しているのは知っているぞ、その状況下でわしとお主までもが対立し、連中は被害を被らないというのは話が出来過ぎている。そしてテスタロッサに関係する話もすべて地雷亜からもたらされたもの、地球に到着したという話だけなら信じるに足るが、辰羅に襲われたなどと言うのは本当かどうか」

「……」

 騙されるな、結局華陀は自分が無実であるという証明を全くできていない。本当に無実であるのなら話をすげ替える必要はないはずだ。そもそも目的が王の作り上げた世界での地位と言うのなら何故感染者を手駒にしていたら同盟を結ばなかったなどと言えるのだ? 都合の良い事を言っているのは華陀だ。
 だがシュテルはその言葉を口にできなかった、心のどこかで華陀の言葉に納得しているせいだった。自分は地雷亜から情報を聞いた時、それに嘘が混じっていたかを吟味してたかどうか、あの時に険しい表情をした自分を笑った地雷亜に何の疑問も抱かなかったのか、あれはまんまと騙された自分への嘲笑ではないのか。
 そんな困惑した表情を見て満足したのか、華陀は再び笑みを浮かべ、余裕の表情を作り上げる。不愉快を通り越して憎悪してしまうのを感じながらも、シュテルはそれを見て不思議と落ち着きを取り戻した。

(良いでしょう、今は貴女の口車に乗ってあげます)

 ルシフェリオンの先端で生成されていた炎が消える。そしてそのまま華陀に背を向け、自分がきた道を戻るシュテル。

「貴女の言い分は理解しました。未だに疑問は晴れませんがマテリアルに獅子身中の虫が潜んでいる事も事実。そして私がどちらも信用していない以上、下手に動いて一方が得をするというのも面白くないないので今回の件は保留とします。命拾いしましたね華陀」

「あぁ、信用されていないのは癇に障るが、お主が奴等の言葉を盲信していないと分かっただけでも安心できる。わしもお主と同じく鳳仙は好かんのじゃ」

「元は春雨の師団長同士というのにおかしな話ですね、貴女と鳳仙は大戦時代からの同期だというのに」

「同期だからこそ気に入らない部分が見えるものじゃ、奴のせいで傭兵三大部族の夜兎と荼吉尼は絶滅の危機に瀕した上、大戦でわしが得る予定だった富も名声も権力もすべて鳳仙によって台無しにされた。お主の存在がなかったらわしが奴と殺しあう事となったであろう」

 なるほど、仮にそれが本当だとしたら自分が華陀の自殺を未然に防いだ事になるなとシュテルは思いながら再び巨大な扉の前に立ち、ゆっくりと開ける。そして。

「……華陀」

「何じゃ?」

「今の所は貴女の戯言を信じましょう。少なくとも夜王を快く思わないという点では私達は似たもの同士ですから、だが私がこの場所に来た時に貴女はそれを謁見と言いましたがそれは間違いです。私は貴女を立場的に上と思った事はありません、私の上に立つのは王だけです、それだけは今後間違えないように」

 冷たい視線で華陀を凝視するのも一瞬、口元だけで笑みを作ってその場を後にした。そのまま長い廊下を歩き、最後に今日の起こった出来事を思い返す。

(これが吉と出るか凶と出るか、どちらにしてもこの事は夜王に報告はしなくても良いでしょう)

 ・
 ・
 ・

「う~ん……」

 知らない天上だ。正確には知っているのだがこうやって凝視した事がないから妙に新鮮な気持ちになっただけなのだがと、なのははよく分からない事を考えた。
 体を起こして周囲を見渡す。立て掛けられた時計は午前7時を指していた。
 フスマに畳、どれも自分の家では見慣れない物ばかり、その中で自分が横になっていた巨大なベッドが異彩を放っていた。自分が着ていた服は枕元に綺麗に畳まれている、じゃあ自分が今着ているものは? おもむろに確認すると明らかに自分の背丈に合っておらずブカブカになっているピンクのパジャマ、少し酢昆布臭い。
 胸元がはだけているのが恥ずかしくなってパジャマを弄っていると、ガラリとフスマの開く音がなのはの耳に入る。少し驚いて視線を音に彷徨に向けると、氷水とタオルを入れたプラスチックのさわらを手に持っている車椅子の少女、八神はやての姿が映った。

「はやてちゃん?」

 声をかけるとはやてはありえないものを見たような表情になるが、すぐに正気に戻ると今度は目に涙を溜め、車椅子をベッドに近づけてなのはに抱き着く。この時でもさわらを零さずにきちんと近くに置いとく辺り妙に丁寧だ。 

「良かった、あのままずっと起きひんとと思ってたから、ほんまに心配してたんやからな……」

 あぁ、そういえばこれで二度目だなと、なのはは昨日自分の身に起こった事を思い出した。フェレットのユーノの事、黒い怪物の事、そして自分の中に眠っていたらしい魔法の事。
 誕生日とクリスマスとお正月が同時に来たような騒動だったなとまるで他人事のように考えていた。

「ごめんね、もう心配ないから。それよりもここって神楽ちゃんの家?」

「……うん、あの後なのはちゃん眠っちゃって、なのはちゃんのお母さん達にどう事情を説明すれば良いか分からんかったからとりあえずフェレット連れて万事屋に泊まるって銀ちゃんが話してくれたんや」

 微妙に拗ねたような表情になるはやてに一瞬困惑したが、はやてはそんななのはを気にする事なくおもむろに自分のポケットに手を突っ込み、それをなのはに渡す。

「壊れたままやと怪しまれるって新八君が源外さんの所まで持って行ってくれたんや、アンテナから醤油出るようになってもうたけどここのスイッチ押すと出なくなるからあんまり気にしんといて」

 何て無駄な機能だと顔を引きつりながらなのはは思ったが、わざわざ修理してくれた事には感謝しなくてはならない。後でお礼をちゃんと言おうと考えながら携帯を自分の服の上に置く。

「そういえば神楽ちゃんは?」

「あの子は定春を散歩に連れてってるよ、昨日あれだけ怪我したんやから動いたあかんって言ったのに『私の日課を邪魔する奴はお前でも容赦しないネ!!』って言って勝手に出て行きおった、体中痛い痛いって言いながらな。普段はサボるクセに変な所で意地を張るんやから」

「あはは、神楽ちゃんらしいね」

「ほんまや、後そのパジャマなんやけど、ほんまは私の着せる予定やったんやけど全部洗濯に出してしもうてな、流石に銀ちゃんの寝間着はあれやと思って神楽ちゃんのを着せたんやけどどない?」

 どおりでブカブカで変に酢昆布臭いと思ったらそう言う事か。勝手に納得してなのははパジャマを見る。

「……えへへぇ」

 さっきまで恥ずかしい所がはだけてしまってさっさと着替えてしまおうかという考えが自然と消え、無意識に顔がにやける。何となくこれを着ていると昨日感じたぬくもりを思い出せたからだ。

「むぅ~、なのはちゃんさっきまでそのパジャマ邪魔そうにしてたのに神楽ちゃんのって分かった瞬間すっごい嬉しそうな顔になってるよ?」

「ふぇ!? そ、そんな事ないよ!」

「なってた! あ~あぁ、なのはちゃんも神楽ちゃんも相手の事になると私の存在完璧に忘れてるよなぁ、昨日も神楽ちゃんは何かあればなのはなのは、なのはちゃんは神楽ちゃん神楽ちゃん。お互い昨日は相手の名前何回言ってたんやろ? もう私なんていてもいなくても変わらないんやろなぁ、よよよぉ~」

「違う違う! そんな事絶対にないもん!!」

 濡らしたタオルを片手に嘘泣きを演じるはやてになのはは熟しきったトマトのように顔を赤く染めて抗議する。むしろ必死になればなるほど墓穴を掘って逆効果になるのだが、それに気づく様子はない。

「それを言うならはやてちゃんなんかいっつも銀さんの話をしてるもん! この前だってうちのケーキ食べ過ぎて病院行った話とかしてる時すっごい嬉しそうにしてたもん! それ以外にも銀さんの話になると決まっていつもよりはしゃいじゃうじゃん! それってドラマで言うなら片思いって言うんだよ!」

 片思いの言葉の意味を理解して言っているのか疑問符が出る使い方をするなのは。少なくとも親子の間に使う使う言葉ではないので慌てる必要は全くないのだが、はやては話の矛先が自分に向けられて焦っているのか、そこに突っ込む事はなく、なのはと同じように顔を真っ赤に染めるだけだった。

「……な、な、何を言ってるん!? あれはほんまはめっちゃ恥ずかしかったけどなのはちゃん達が笑い話にしてたから合わせてただけやもん! そもそも別に私ははしゃいでるんやなくてウチの家族は色んな意味で面白いから話題にしやすいってだけやし!」

「違います~! 神楽ちゃんや新八さんの時はそうでもないのに銀さんの時だけ反応が微妙に変わってます~!」

「それは神楽ちゃんの話するなのはちゃんの方やんか! 私は関係ないもん!!」

「だから私は別に神楽ちゃんに限った事じゃないもん!!」

「い~や、神楽ちゃんの時だけなってます!」

「なってませんなってません!」

「なってる!!」

「なってない!!」

 9歳の微笑ましい美少女同士の口喧嘩が万事屋の居間で響き渡る。これを分別を弁えた普通の大人が見れば背中がむず痒くなりながらも思わず顔を綻ばせるような光景なのだろうが。

「ウルセェェェ!! 静かに寝かせろクズガキ共がァァ!!!」

 目に優しい、というかオッサン臭い緑色の寝間着に身を包んだダメ人間、坂田銀時からすれば鳥のさえずりにも劣る鬱陶しい雑音にしか聞こえなかったようだ。





あとがき
 今回対して話が進んだわけでもないのに一万文字オーバーになってました。私としては文字数を半分に抑えられなかったのが心残りです。

今回の万事屋はやてちゃん、略して『よろはや』では可愛いなのはとはやてをとにかく描きまくるという事を心がけました。前半が何か変に重い話になってしまいましたので、せめて彼女達の周りは微笑ましいものにしたいという思いからです。
やはりはやては可愛い



[37930] 第5話 星光と夜王
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191
Date: 2013/06/25 00:31
 日の当たらない夜の国。そこはそう呼ばれていた。
 地下深くに築けられ、一切の光を遮断し、不細工な妓楼(ぎろう)と人工的な光だけが自己主張するその様は、その国の主の内面を表すかのように暗く、そして渇いていた。
 その有象無象に立ち並ぶ建物の中で一際その存在を誇示する巨大な妓楼の奥、闇の中で健気にも光を灯すロウソクの火が1つだけあるカビ臭い座敷の一室にて会話をする2人の人間。

「……そうか、遂にあの小娘がこの星に降りたか」

 そう言っておちょこに口を付けながら、老人は卑しい笑みを浮かべる。齢にして七十に届く男だが、着物の下に見える筋肉はまるで衰えを見せず、老人特有の貧弱さは欠片もない。

「はい、本来なら地球に到着するのはまだ先のはずなのですが、輸送船を襲撃した事があの大魔導師の動きを早めてしまったようです」

 その男を前にして、シュテルは片膝をつけて今回起こった出来事を報告している。視線は常に自分の足下、別に目の前の男を敬わっているからというわけではなく、単に視界に映したくないというだけなのだが。

「問題はあるのか?」

「ない、とは言い切れませんが、微々たるものです。輸送船があの宝石を落とし、それで彼女が地球へ降りる。時期が早まっただけで道筋は大きく外れてはいません。追い求めていた物を失う可能性がある以上、不安を抱くのも分かりますがそれは杞憂というものでは?」

 挑発とも取れる物言いをするシュテルに、しかし男は望んだ答えが聞けたのかただ笑うだけだった。その表情は何かを企んでいるような、少なくとも自分の益になる時にしか出せないような笑い方だった。

「ハハハ、地位も名誉も捨て、永遠と見紛う時を過ごす日々が無駄ではなかった訳か。ならば問題あるまい。後は来るべき儀式の時まで座して待つのみだ」

「はい、少なくとも今から我々ができる事はあまりありません。せいぜい思い通りに動かない人間の監視といった所でしょうか」

「それはレヴィと地雷亜、そして貴様の仕事だ、せいぜい都合の悪い駒を間引くが良い」

 余程愉快なのか、滑稽な程に絶え間なく笑い続ける姿にシュテルは思わず息を漏らしてしまう。

「勿論、そのつもりです」

 やはり苦痛だ。この男と同じ空間に存在するという事そのものが耐え難い。既に半年近く目的達成の為に行動を共にしてきたが、この男の喋り方、性格、思考、笑い方、怒り方、歩き方、腕を動かす仕草、箸の持ち方、酒の飲み方、この男を構成するナノ単位のパーツに至るまですべてが気に入らない。まがりなりにも協力者であるはずの男を何故ここまで嫌うようになったのか、最初にきっかけがあってそこから坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの理論で現在に至るが、そのきっかけが何であったのかは今のシュテルには思い出せなかった。
 もっとも、そのきっかけを思い出した所で今の自分の心境が変わる事はないと確信できる。元々お世辞にも人格者とは言えない凶暴な夜兎族を相手に好意的に見ろというのが無理な話だ。

「それと、ここに連中が集まるのはいつだ?」

 そんなシュテルの考えなど関係なしに男が問いかける。あぁ、そういえばもうすぐ彼等も合流するのだったなと肝心な事を忘れて思わず焦りそうになった。

「彼等は例の武装集団と接触、時期に我々の手足となる駒を持ってこの国に入るでしょう。王の目覚めもその時になると思います」

 もののついでとしてシュテルは家族の事を口にする。自分と男の盟主となる王の事を。

「……ディアーチェか」

 だがそれがいけなかった。王という言葉に男は眉間にシワを寄せ、それまで見せた事のない険しい表情を作る。その意味を理解したシュテルもまた無表情から一転、顔を険しくし、座敷にはそれまで無かった不穏な空気が充満していく。

「本来ならばもっと早くに、少なくとも貴様等と同時に目覚める手はずだ。だが蓋を開けてみれば目覚めたのは貴様とレヴィのみ、何故に彼奴だけ遅れるのだ?」

 またそれか、当初の予定よりもだいぶ遅れてしまった事は言い訳のしようがないが、自分が気に入らなければ同じ話を何度も蒸し返す器の小ささも男を嫌う理由だった。

「前にも申した通り、プログラムのバグとしか考えられません。我々は普通とは異なるプログラムで構成されているので手のエラーは珍しくありません。彼等もそのバグを取り除く方法が解明されない以上、王とリンクしているこの時代の少女が覚醒する時を待つしかないと結論づけています」

「バグ? バグが原因ならば彼奴と密接に繋がっている貴様達にも影響が出るだろう? ならば何故貴様とレヴィにはそれがないのだ? 王にだけ作用するバグなど、怠慢の理由としては幼稚だな」

 男は鼻で笑う。いつもなら不機嫌になりながらもそれで一応の納得をするというのに。不出来な頭のくせして無駄に知恵をつけては重箱の隅をつつく、つくづく人を不快にさせる男だとシュテルは思った。

「自身は何もせず、ただ惰眠を貪るだけの王を良しとするとは、貴様もレヴィも暗愚な王に忠誠を誓うとは愚かという言葉以外ないな」

 その言葉を聞いた時、シュテルの頭の中で何かが切れた。
 自分が罵られるのは慣れた。目の前の愚者のおかげで愚者の扱い方は覚えたからだ。だからこそ耐えてきた。だがよりにもよってこの男は代え難い家族を暗愚だ愚かだと罵った、それだけはこの半年では鍛えられなかった。

「生憎と、王はただ眠っているわけではありません。この時代で覚醒する為には相応の時間を要するというだけです。それを理解してるからこそレヴィは今も変わらずに私と王を慕っているのです。闇を真似るだけの不出来な貴方では到底理解できないと思いますが、かつて闇に敗れた時のように己の見識の浅さを露呈するだけですのであまり口に出さない方がよろしいかと」

 パキッと、陶器を砕けるような音が座敷に響き渡る。同時に男の右手の握りこぶしからおちょこだった物が砂となって下へと落ちてゆく。

「シュテル、貴様……」

「何か? 事実を語られ逆上する暗愚な王である貴方がこれ以上何を言いますか?」

 不穏な空気が座敷に充満していく。互いに触れてはいけないものに触れた事でそれまで押さえ込んでいた相手への不満がこの場で爆発したのだ。

「闇からこぼれ落ちた出がらし風情がこの夜王の闇を猿真似と同義と申すか、ワシの本質を見抜けぬ貴様が見識を語るとは滑稽だな」

「滑稽とは我々を、いえ。あの子と王を出がらしと捉えている貴方に当てはまる言葉だと思われます。そして訂正します、貴方の闇は模倣の域にも達していません。模倣が可能であればそもそも求めませんからね、追い求めたものに二度も惨めに敗北した貴方は他の誰でもない、唯一無二の欠陥品です」

 震える大気に敏感に反応したロウソクが揺れ動き、最期に微かなロウの香りを残して消えた。座敷には男とシュテル、そして闇だけが残る。だがその闇の中で互いに己の存在をこれでもかと誇示し、自分以外の存在を滅殺しようとする。

「理のマテリアルが、粋がるでないわ」

「せめて腕の1つでも奪って王への供物としましょうか」

 ルシフェリオンを男に向ける。先端に自分の怒りを具現化させたように苛烈に燃え上がる紅蓮の炎が現れ、瞬く間に肥大化していく。
 触れた者を骨ごと灰にする地獄の業火を前に、男はその表情を険しくしながら立ち上がり、ゆっくりと両腕を前面に構える。

「ルシフェリオン、これは間違った選択ではありませんよね?」

≪間違いは目の前の男以外にありえない≫

 愛機の言葉に思わず笑いながらも油断はない。互いに眼前の相手を敵と捉え、今にもその喉元に己の必殺を叩きこもうとしたその時だ。

「たっだいま~~! 見て見て、ツッキーと一緒に悪者退治したらこんなに三色団子貰ったんだ、一緒に食べ……」

 バカみたいに大きな声と共に勢い良く開けられるフスマから、長い青髪を左右に結った少女が、一昔前の泥棒が使ってそうな風呂敷の中に三色だんごを詰め込んで現れた。無数の串が風呂敷に穴を開けている。

「ちょっとぉ、電気も付けないで2人だけで何やってるの? ボクだけ除け者なんてズルいよ~!」

 頬を膨らませて文句を言いながら少女は座敷の隅に設置されているスイッチを一通り押していく。一瞬にして座敷には人工の光が差し、3人の姿が鮮明に写し出されていく。

「……」

(……レヴィ、少しは空気を読んで下さい)

 呆気にとられるとはこの事であろうか、さっきまで互いに殺気を剥き出しにしていたシュテルと男は、場違い極まりない少女、レヴィの登場で一気に萎えてしまった。今更振り上げた得物を相手にぶつける気力はなく、お互い静かに得物を下げる。

「それより早く食べようよ、取り合いにならないように一杯貰ってきたからね」

 そう言って風呂敷から団子を1つ取り出し自分の口に入れるレヴィ。するとまるでどこぞの料理漫画のようにオーバーなリアクションを取り。

「う~ん!! 悪くない、悪くないぞぉ!」

 これまたどこかで聞いたような台詞を言いながら口いっぱいに頬張る。そんなに美味いのだろうか? どう見てもただの三色団子なのだが。

「やっぱりヒノワンとスッチーのご褒美は格別だねぇ、そうだ、ジイちゃんには特別にボクがア~ンして食べさせて上げよう」

 どうせろくでもない事になる。そう考えたシュテルの予感はズバリ当たった。団子を1つ手に取って男によじ登ったレヴィは、ほら、お食べ。と何度も口に串を向けるが、団子はまるで口元に近づかず、鋭い串が男の頬や顎を突き刺すだけだった。見てて滑稽過ぎる上にそもそもそれはア~ンじゃない、ペットへの餌付けだ。
 男は鬱陶しそうに串を手で払いのけ、レヴィを片手で持ち上げると適当な壁に向かって投げる。壁に叩きつけられてそのままバランスを崩したレヴィは畳に落下、すると風呂敷に一杯に詰め込んだ三色団子が辺りに散らばる。

「あぁ~!! ボクの団子ぉ! 3秒ルール3秒ルール!!」

 急いで団子を拾い上げようとするがそう言っている間に3秒は既に立っている。それを理解したのか目から滝のように涙を流しながらう~う~とグズりだす。それだけならまだ可愛いのだが周辺に団子が散らばっているせいでコントにしか見えない。

「興が醒めたわ」

 何かもういきなりギャグマンガみたいなノリになってついて行けなくなった男は、しかし険しい表情を崩さないままその場を後にしようとする。

「逃げるのですか?」

 シュテルが男の背中に向かって話しかける。レヴィのせいでやる気がなくなってしまってはいたが、王達を侮辱した件をうやむやにするつもりはないらしい。

「貴様とてこの状況でワシとやる気力はなかろう? ワシもここで同盟相手を殺す事に何の益もないと気づいた。レヴィに感謝するのだな」

「私を殺せると? 傲慢もここまでいくといっそ清々し……」

 その言葉を言い終えるよりも先に、男の鋭い目がシュテルを睨みつける。

「ッ!」

 そこで喋るのを止めた。いや、喋る事ができなかった。睨まれる事など慣れているはずなのに、この男の時だけは体中の筋肉が萎縮し、言葉が続かない。レヴィが来る前はどれだけの殺気を浴びせられても問題なかった。だがそれは怒りによって感覚が麻痺したからに過ぎなかった。今の冷静な判断ができるシュテルなら理解できる。
 片腕を奪う? 笑えない冗談だ、その程度の実力差ならばこの男を今まで放置するはずがない。この男が何故古代ベルカの英傑達と同じ王の名を、夜王を名乗れるのか、少し考えれば分かるはずだというのに。

「自惚れるなシュテル。貴様がこの常夜の国でワシに意見できるのは、その力が地雷亜を上回っているから、そして王であるディアーチェとの協力関係を維持する事がナハトヴァールを手に入れる最良の行動だと考慮したまでの事。だが貴様等がおらずともそれを手中に収める策なぞ用意している。別段ここで貴様等との関係を潰しても構わんのだぞ?」

「……夜王ッ!」

 どこまでも不遜な態度を崩さない男だ。そう思っていてもシュテルはさっきまでの強気な態度とは一転、男の圧倒的な気迫にただ押し黙るしかなかった。ここで歯向かえばその瞬間殺される、確定しているその運命を変えるにはただ黙るしかなかった。
 男はそれに満足したのか、嫌らしく笑みを作り、そのまま座敷を後にする。

「……分からない、ディアーチェ、なぜあの男を、鳳仙を選んだのですか?」

 男への憎悪、そしてその男を利用と称してのさばらせているディアーチェへの不安にシュテルは思い悩む。このままで果たしてうまくいくのか、あの男にそこまで利用する価値があるのか。

「うわ~んシュテる~ん!! 団子が全部落っこちた~!! せっかく皆で分けようと思ったのにぃ。ジイちゃんのバカァ~!!!」

「……」

 それに追加して、こちらの事なんてまるで考えずにたかが団子に泣き崩れる家族の存在に、シュテルは大きくため息をつく。

 ・
 ・
 ・

 それを見つけたのは偶然だった。
 とある世界の遺跡から発掘された21個の蒼い宝石。古い文献には願いを叶える宝石として記されているそれは、たった1つだけでその次元世界を壊滅させかねない大地震、次元断層を引き起こす程の力を発揮する純粋なエネルギー結晶体である。
 だが、文献というのは発達した現代の水準で照らし合わせると極端に誇張されているかまるで見当違いのことが書かれている方が多い、そんな的はずれな内容ばかりを知っていたからこそ、大半の発掘班と輸送班はその宝石に危機感を抱かなかった。唯一慎重な姿勢を見せた現場指揮官、ユーノ・スクライアからの強い要望で管理局への報告こそ行ったが、後の対応はおざなり極まりなかった。専用の輸送船に載せるべき発掘品を経費削減の為に安かろう悪かろうな次元輸送船で運び出し、さらには近道と称してよりにもよって次元世界のソマリアこと――何故次元世界の住人が地球の国際事情を知っているのか疑問ではあるが――第97管理外世界の近くを渡るという横着極まりない行動をしてしまった。
 だからこそ、正体不明の魔導師による襲撃にまともな対応もできず、発掘した宝石はそのまま97世界の、それも数年前まで紛争が起こっていた地球という星にばら撒かれてしまった。さらに後になってその妄想染みた文献が実は完全に真実を記していたなんて発覚してしまったのだから関係者は例外なく頭を抱える始末だ。
 急いで回収しようとするのも当然の成り行きなのだが、上述の通り97世界は次元世界のソマリア。内乱の激しい管理外世界であるオルセアと比べれば平和であるが、それでも交流の殆どない管理局が回収へと赴く為には長期間の申請が必要となる。
 ましてや武器商人や犯罪シンジゲートなどが跋扈している中でそのような宝石の存在が露呈すれば話がややこしくなる事は必然、結局大部隊よりも個人で動いた方が制約が少ないという理由から、宝石を発掘したユーノが単独で捜索に乗り出した。
 それでも、厳しい入国審査を通る為に書類等は偽装せざるを得なかった。その途中でアンパンを頬張りながら追い掛け回す謎の男を振り切る為に無駄な魔力を消費し、暴走した宝石が思念体となり、戦闘時にはそれが原因で力尽きる事となる。

 ・
 ・
 ・

「以上が、僕から話せる内容の全てです」

 なのはが目を覚まし、神楽が悲鳴をあげながら散歩から帰ってくると、ユーノは万事屋の居間の中央の机の上でここまでに至る経緯を話した。
 あまりに突拍子のない話に頭がついていけない新八、なのは、はやては思わず頭に手を置く。自分達の住むこの世界が97世界と呼ばれている事は学校で習っていたからまだ理解できていたが、そこに魔法だの願いを叶える宝石ことジュエルシードだのと、それまでおとぎ話の中でしかなかったものが地球以外ではポピュラーな存在だといきなり言われて納得しろというのは無理な話だ。
 それでもまだ理解しようしている分3人はマシだった。神楽は完全に話に付いていく事を放棄して定春の上で爆睡しているし、銀時は最初から興味がないかのようにソファーに寝転んであくびをする始末、だがいくつかの話に興味があるのか、たびたび視線をユーノに合わせるのだからこの男は何がしたいのかよく分からない。

「神楽ちゃん、お話が終わったから起きていいよ」

 難しい話に区切りがついたことを察して、両手で神楽の体を揺らすなのは。
 それに反応して口にヨダレを垂らしながら虚ろな目を開ける神楽。オシャレという言葉からもっとも遠く離れた場所にいる彼女とはいえその姿は見ててあまりにみっともないと思ってか、ヨダレをハンカチで綺麗に拭き取る。

「ふぁぁ~、ようするにどういうことだヨ?」

「ユーノ君のお友達が運んでたジュエルシードが落っこちちゃったから、それを集める為に地球に来たんだよ」

 掻い摘み過ぎてまったく説明になっていないが、この程度の話でギブアップしてしまう相手に理解してもらう為の説明としてはまあ間違っていない。

「ジュエルシードって何アルか? 食ったらウンコまで光り輝く肉アルか?」

「それ違うから! ジュエルしかあってねえよ!」

 思春期の少女が平気でウンコなどと口にすることに思わず新八がツッコむ。まあ最初から説明を聞いていない以上こうなるのも仕方ない。

「だからね、ユーノ君は遠い所で遺跡の発掘をお仕事にしててね……」

「何でオコジョの分際でそんな偉そうな仕事してんだヨ、私達にさせるネ」

 なのはが話の内容を噛み砕いて説明しているが、自分のペースを崩しそうにない神楽に分かるように説明するのは並大抵のことではなかった。もっともユーノ自身は神楽に理解を求めていないのか、僅かに睨むくらいで特に気にする様子はなかった。

「……なあ、ちょっとええかな?」

 何故神楽が睨まれているのか僅かに不思議に思ったが、それよりもユーノの話に思う所があったはやては手を上げて質問をしようとする。

「それだけ聞いてるとユーノ君はそのジュエルシードを見つけただけで、輸送に関しては何も責任はないと思うんやけど? どうして自分でやろうなんて思ったんや?」

 そう、直接の原因は雑極まりない輸送をした輸送班か、輸送船を襲撃した魔導師にある。ただ発見しただけのユーノがここまでの事をする理由はどこにもない。
 実はこのフェレットにはとんでもなく邪な野望が隠されているのか、若干不謹慎な事をはやては考えたが、ユーノはしばらく俯き、その重い口を開いた。

「だけど、あれを発見したのは僕なんです。見つけただけとか、そんなことを言って他の人に責任を擦り付けるなんてできません。すぐに何とかしないと地球の人達にも迷惑を掛けてしまう。だからこの件も僕が動かなきゃって思って」

「……」

 邪どころかとんでもなく真っ当な正義感で動いていた。
 自分の心は何て汚いのだろうか、完全に親の影響を受けてしまっている事に恥ずかしくなって両手で顔を隠すはやて。

「大層な御考えだねぇ、だけどそれでそのザマじゃせっかくの正義感も台無しなんじゃねぇの?」

 しかしはやてとは対照的に、寝転がっていた体を起こし、ソファーで足を組んで若干不機嫌な口調で責める銀時に、ユーノは暗い表情になる。

「銀ちゃん、そういう言い方したらあかん。誰のおかげでなのはちゃんが無事やったと思ってんの?」

「そうですよ銀さん、この子がいなかったら神楽ちゃん達だってどうなっていたか分からなかったんですから」

 当然そのキツすぎる物言いに万事屋きっての常識人であるはやてと新八が反論するが、そんなもので黙るほど銀時は繊細ではない。先程よりもキツい語調でさらに言葉を続ける

「公園でぶっ倒れてたコイツを拾わなかったらなのは達も巻き込まれなかっただろうよ、そもそも地球に迷惑ってんならもう十分迷惑掛かってるからね、勝手にテメェんとこのデバイス使わせて化物退治の片棒担がせておいてよくそんな口が叩けるもんだ。拾う前に事故を未然に防いで欲しかったね俺ァ」

 相手を思いやるなどという気持ちを欠片も込めない言葉、なまじ言ってることは一理あるだけにたちが悪い。
 ただ銀時もユーノに対して悪感情ばかり持っているわけではない。漬物石によって足を怪我して動けない自分の代わりに神楽達を助けてくれたことは感謝しているし、ユーノの置かれた状況には彼なりに何とかしてやりたいと思ってもいる。問題は口が悪すぎる上に問題点ばかりをあげつらってしまうためそれが相手に伝わらないことだ。

「……すみません」

 案の定というかある意味仕方ないというか、ユーノは言葉が出なかった。半分以上難癖を付けてる部分はあるものの、確かにどんな理由があっても現地の人間にデバイスを使わせ、本来なら自分がやるべき封印を任せた事実には変わりない。
 彼自身が荒事に向いていないというのもあるが、そんな自分の特性を理解した上で回収を決めたというのに、己の浅はかさを指摘されてどんどん気持ちが沈んでいく。

「考えなし、もうちょっと言葉を選びいや」

 銀時の耳元でボソッと呟くはやて。彼女も銀時の言いたいことは理解しているがその非常識すぎる暴言には物申したかった。
 問題はそれでこの男が自分の態度を改めるような殊勝な性格ではないことだ。一応ユーノに配慮しているのか、聞こえないように舌打ちしてから銀時ははやてに顔を向ける。

「うっせーよ、んなこと分かってんだよ」

「分かってない、銀ちゃんそう言って相手怒らせたこと何回あると思ってるん? フォローする私の身にもなってよ」

「誰がテメーに頼んだよ誰が? 勝手にフォローとかしちゃって何? お母さん気取りですかコノヤロー」

「お父さん気取りもロクにできてへんから私がお母さんにならなあかんやんか、子供を叱るのは母親の仕事ですぅ」

 そう言いながらも小さくベロを出す仕草はどこまでも可愛らしい子供そのものだった。だが相手のためを思って毅然と言い放つち、あえて憎まれ口を叩く辺り、この2人は似たもの同士と言えるかもしれない。

「ケツも胸も出てねえガキがいっちょまえに言ってんじゃねえよ、せめて俺くらい年食ってボンキュッボンな体になってから言ってくれない?」

 発想が原始人以下のエロオヤジそのものである、そもそも人を叱るのに年齢も身体的特徴も全く関係ないという発想がこの男にはないらしい。よほど純情な人間が相手でなければこんな言葉に反応するのはありえまい。

「ボ!? ボボ、娘の体になに求めとんねんセクハラ男!!」

 しかし相手は蝶よ花よと――銀時以外に――育てられた可愛い女の子、体のことを言われて初々しく赤くなりながら反論するはやてに、掛かったなバカめと言わんばかりに憎たらしい笑顔を露わにする。

「え? どうしたの? 子供に言われたくらいでなに顔赤くしちゃってんの、なにムキになってるのはやてママ~ン? あ! すいませ~ん、都合が悪くなると娘に戻っちゃうお子ちゃまにはアダルトすぎましたねえ、ごめんねえ、俺アーチャーほど気が効いてないからさあ、何なら令呪でも使えば~?」

 手を口にやって笑いをこらえる仕草をしながらこれでもかと挑発を繰り返す銀時。バカなのかそれとも余裕があるのか、何故か最近見た映画のキャラクターの話まで持ち出してくる始末だ。

「うぅぅ~!! 私やって都合が悪くなるとシモネタで誤魔化すような人なんかに話を通じると思ってなんかいませんよ~だ! こんなんお父さんでもアーチャーでもない、弱くて性格の悪い部分だけ抽出したランサーや! 自害を強要されてもまるで同情できひん! 弱いだけならまだしも性格まで最悪なサーヴァントやったら自業自得や!」

 よほど悔しいのか同レベルの罵倒で応えるはやて。

「あぁ! 誰が全身青タイツだ! 弱ぇのはどっかのクソマスターの魔力供給が滞ってるからだろうが! テメエがもう少しまともなら士郎セイバーレベルなんだよ俺ァ」

「自画自賛も大概にせえ! 銀ちゃんなんかと比べたらどんなサーヴァントでも輝くわ! それに誰が魔力供給してへんって? 昨日レイジングハートが反応してたんやから私にやって少しくらい魔力あるはずや!」

「おいおいこの子さっき自分の言ったことがそのままブーメランになって返ってることに気づいてないよ、ゲイボルグが俺の心臓じゃなくてテメエに突き刺さってるよ、そんな才能があったら俺のパラメーターはオールAランクだよ。つうか魔力があるから何って? タイトルが魔法少女リリカルはやてに変更するのか、語呂悪すぎんだろうがよぉ、ウヒャヒャヒャ!」

 もはや相手を叩きのめすことしか頭にないバカの言葉が居間に響き渡る。そして屁理屈と難癖で構成された罵詈雑言に、はやては堪えていた涙をボロボロとこぼしながら悲痛な叫びを上げる。もうどれくらい泣かされているのだろうかこの子は?

「止めろオオオオオオ!!! もう話がズレまくって意味分かんなくなってんぞ! つうかいい加減はやてちゃん泣かすの止めろダメ親父!!」

 どんどん泥沼化していく低レベルな口論が周りにお構いなしに繰り返されることに新八がついにキレた。最初にユーノの行動に関して言い合っていたのにどうしてここまで話が脱線するのやら。

「……」

 ユーノはユーノでそんな親子の喧嘩なんか気にする素振りもなく延々と自分の不甲斐なさを心の中で責めてる始末、完全に自分の世界に入ってしまっていた。

「失敗は誰にもであるよ」

「え?」

 そんなユーノに優しく語りかけたのは、神楽に分かりやすく説明することを放棄したなのはだった。

「誰だって自分が関わってた話で大変な事が起こって、それで自分に何とかできる力があるなら頑張りたいって気持ちってすごく分かる。結局それで失敗しちゃって、色んな人にご迷惑を掛けるのは確かに悪いことだよ? だけどそれがまだ取り返しの付く段階で落ち込んだり塞ぎ込むのはもっと悪いこと。私ははやてちゃんが持ってきてくれたレイジングハートのおかげで今まで気付けなかった魔法の力を使えるようになったし、神楽ちゃんのおかげで死にそうな所を助けてもらって、あのジュエルシードもちゃんと封印できた。何よりユーノ君があそこにいたおかげで怪我も治ってこうやって私が知らなかった事をいっぱいお話してくれてる。ほら、ユーノ君が落ち込む理由なんてまったくないんだよ、むしろユーノ君が来てくれたから自分にできるかもしれないことがちゃんと自覚できたんだ。だから落ち込まないで、少なくとも私は迷惑だなんて思ってないから」

「なのはさん……」

「なのはで良いよ」

 膝を曲げ、ユーノと同じ目線で語るなのはの顔は優しかった。その表情はどこまでも純粋で、少なくとも同情や打算が含まれていては絶対に出せないほど暖かった。

「……なのは」

「うん!」

 よくできましたと頭をそっと撫でるなのは。撫でられることに慣れていないのかユーノは恥ずかしくなって何度も振り払おうとするが、動物の性か、妙に気持ちよくてなすがままである。
 そのやり取りげ原因か、さっきまで騒がしかった銀時達は静まり返り、自然となのは達を眺めていた。

「流石やなあ。どっかの誰かさんになのはちゃんの爪の垢を煎じて飲ましたいくらいやわ」

「あぁ、そうだな。どっかのクソガキに飲ませりゃ俺の苦労も少しはマシになるのにな、なんなら銀さんの垢飲むか? 足の爪でならできるぞ」

「テメエは空気読んで黙ってろ」

 しかしやっぱり万事屋、どんな時でも減らず口と皮肉に余念がない。

「それとね、ユーノ君が良ければなんだけど……」

 顔を紅潮させ、口をモゴモゴと動かしながら何かを言いたげななのはの姿に、ユーノは不覚にも可愛いなと考えてしまった。

「ジュエルシード探しの手伝いをさせてほしいんだ。さっきも言ったように私は迷惑なんて感じてない、自分に何とかできる力があるなら誰かの助けになりたいんだ。きっとそれがユーノ君にとっても、皆にとっても迷惑にならない方法だと思うの」

「も、勿論! なのはが良いって言うのなら僕も……」

「ヌオオオオオウリャアアアアアアアア!!!!!!」

 瞬間、華奢な拳が頭上に現れる。ユーノは驚愕の表情をしながらもその場で大きく跳躍、間一髪ではやての足元まで移動してどす黒く光る拳を回避、さっきまで陣取っていた机は粉砕され、その勢いは床下を陥没されるにまで至る。

「神楽ちゃんんん!!! お前は何やってんだ!!」

「神楽ちゃん! いきなり何するの! ユーノ君に当たる所だったよ!」

「イラッとしたアル! 私だけ除け者して皆で話してたかと思ったらいきなり2人だけの世界作ってるのが! 出会ってちょっとしか経ってねえ分際でなあなあで付き合うバカなカップル見た気分アル!!」

 どうやら自分が知らないうちに勝手に話が進んでいるのが気に食わないらしい。だがそれは話を理解せずに爆睡している自分が悪いと考えるまでには至っていない。

「人の話聞かないで寝てるのが悪いんでしょ! 八つ当たりしないで!」

 当然そんな無茶苦茶な理由にツッコむなのは。神楽は正論を言われて僅かにうなり声を上げて押し黙るが、一度ユーノの顔をこれでもかと恨みを込めて睨みつけ、再びその口を開く。

「私の許可なくあぶねえことしようとするテメエに言われたくねえヨ! 何がジュエルミート探しアルか! んなもん私は認めねえからな!」

「だからジュエルシード! いい加減にジャンプの話しないで! それにいくらダメって言ったって私はやります! 絶対に譲りません!」

 決定事項だとばかりにこれ以上の反論を封じようとするなのはだが、精神年齢がヘタすれば自分よりも低い神楽には意味を成さない。むき出しの歯をギリギリとこすらせる。

「また怪我したらどうするつもりアルか! お前に何かあったらアリサもすずかも美由希達も悲しむんだぞ! テメエのケツもまともに拭けねえガキが背伸びすんじゃねえヨ!」

 さっきよりもキツイ言葉を浴びせるが、それを聞いたなのはの目が潤みだし、どんどん涙が溢れていく。確かに神楽の言いたいことはなのはにも理解できた、自分だけでは何にもできなかったことも、自分の身に不幸が起これば家族や友達が悲しむことも。だがだからといって困っている人をほおっておいていい理由にするなんてとてもできなかった。

「今度は魔法もちゃんと上手く使えるように練習するもん! 誰も泣かせないように頑張るもん! それでも危なくなったらまた助けてよ!」

「あんなおはぎのバケモン何度も相手にできるか! 銀ちゃんや新八と一緒でも勝てるか分からないんだぞ! 何でも私に頼ればどうにかなると思ってんじゃねえぞ!」

「そんなことない! だって神楽ちゃんがいなかったらあの時だって勝てなかったもん! ユーノ君やレイジングハートだって一緒にいてくれるし私にとってはいつでも頼りになるもん!」

 それなりに微笑ましい空気だったなのはとユーノの話は、不機嫌な態度を臆面もなくさらけ出す神楽によってやかましい口喧嘩に戻ってしまった。

「あぁ~どうしよう、僕がなのはを巻き込んだせいで神楽さんが……」

 激しさが増すばかりの2人の口喧嘩に再び自己嫌悪に陥るユーノを見て、はやてと新八は小さく笑いながらそれを否定する。

「違う違う、あれはユーノ君のせいじゃないよ」

「そう、あれはただの嫉妬や、大好きな妹を他の誰かに取られちゃって駄々こねてるだけ、妹は大好きなお姉ちゃんにやりたいこと否定されて癇癪起こしてるだけ、私やって妹なのになぁ。結局は何かあればなのはのは、何かあれば神楽ちゃん神楽ちゃん……」

 私だって2人のこと大好きなのになぁと、はやては2人の関係を僅かに嫉妬して自分の太ももに乗るユーノを撫でる。

「銀ちゃん、あぁなったなのはちゃんはテコでも動かへんよ、そうなったら神楽ちゃんも何やかんやで手伝ってしまうやろうし、このまま放っておくわけにもいかんよな?」

 どこか勝ち誇ったような表情のはやてに、銀時は心底不快そうにしながら、しかし諦めたように肩をすくめる。

「へいへい、どうせここまで話を聞いちまった以上はこうなる予感はしてましたよ銀さんは、もう好きにしやがれメスダヌキ」

「決まりや! ユーノ君、ウチは頼まれたら落し物探しでも何でもしてくれる万事屋をやってるんや。流石に今は家計も苦しいからタダってわけにはいかないけど、あの2人のためにちょっとウチに依頼してくれへん?」

「依頼?」

 ・
 ・
 ・

 日が沈んでも人工的な光によってその賑わいが止む気配がないかぶき町の市街地とは異なり、長屋や小さな雑貨屋が密集している住宅地は、月明かりの優しい光によって照らし出さられている。
 その夜の世界にて、テロリストのくせに堂々と顔を晒して我が物顔で闊歩する長髪の男、桂は月を背にして舗装のされていない道を歩く。昨日のなのは達が起こした騒動の中心となった市街地は警察組織達によって厳戒態勢となっているが、遠く離れたここにはその手は回っていない。
 だから身を隠すことなく安心していたのだが、後ろから感じる視線に気づき、桂は小さく息を吐く。

「今宵は満月が顔を出す日、8月にはまだ遠いが、かぐや姫が月に帰るにはもってこいなのだが」

 呆れたように振り返ると、電柱の上で自分を見下ろす金髪の少女、フェイトに視線を合わせる。月明かりの光が2つに結った髪を神々しく輝かせ、右手に持つ黒い斧がその美しさを引き立てている。
 それに反して桂を見やるその目はどこか濁っている。何かを成さねばならないという覚悟と信念、だがその成さねばならない何かに対する迷いと疑問が混合していて、一種の危うさを孕んでいる。

「まったく世間知らずのお姫様はこれだから困る。こっちは変な化物に家を破壊されるわ、なのは殿から預っていたフェレットに逃げられるわと散々だというのに、俺にかつての求婚者達の姿を重ねたか? そんなに下界の人間の不幸が楽しいか?」

「他人の不幸を笑う趣味はありませんし、その境遇には同情します」

 八つ当たり気味に愚痴る桂に、フェイトは思ったことをそのまま口にする。確かに目の前の男の普段の行動や前科などを知らなければ同情するには十分なものではあった。
 だが桂はそんな同情など気にしない素振りをする。内心は攘夷という崇高な目的のために日々研鑽しているというに、やれ電波だアホだと、口を開けば罵るばかりの身内に囲まれていたため、初めて心配されたことに嬉し涙を流したくて仕方がなかったのだが、それを暴露すると久しぶりに決めたこの状況を台無しにしてしまうため、必死に堪える。

「ならばどうして帰らぬ? 穢れた地上が気に入ったか? おてんばも構わんが月の使いに迷惑をかけてはならんぞ」

「帰ろうと思いましたが、まだ私の罪は残っていたようでしたので、今は私を慕う月の使いと共にその罪を償うためにここにいます」

 その罪がどんなものなのか肝心の罪人である自分は何も知らないのだが、自分の置かれた状況を考えれば、きっとそれはとても重い罪なのだろうなと、フェイトは少し笑う。

「ほう、20年もの歳月を費やしてなお残る罪か、童話とは違い業が深いようだ。ならばどうすればそれを償える? あの無理難題な宝を集めることか? 仏の物というわけにはいかんが攘夷志士特製の鉢ならいくらでもくれてやるぞ」

 何でも特製と付ければ高級感が出ると勘違いしている桂にフェイトは首を横に振る。

「月に帰る際に落とした天の羽衣と不死の薬を集めることです」 

「……あれは帝にくれてやったのではなかったか?」

「落としたものを贈り物と勘違いしているだけです。それを集め、必要としている人の所に持っていきます」

「ならば他を当たれ、生憎とそんなものがあるのならとっくの昔に攘夷を成しているのでな。せいぜい月人の機嫌を損ねないことだ」

「いいえ、貴方は持っています。その袖の中に隠している蒼い宝石、それこそが私にとっての羽衣と薬です」

 ピキリと、周りの空気が凍る感覚をフェイトは感じた。桂はその言葉に大きく目を見開き、おもむろに袖の中に手を忍ばせ、その宝石を前に出す。

「何も聞かずにそれを渡して下さい。私にとって必要なものなんです」

 声色が震えているのを感じる。さっきまで毅然とした態度から一変、懇願するように目の前の宝石を求める姿に、しかし桂は心動かされることなく冷静に言葉を続ける。

「できんな、これは長谷川殿と一緒に公園のゴミ箱を漁っている時に見つけたもの。すぐに巷で騒ぎの元凶となっている化物の核だと分かった。今は眠っているのか大人しいが、やましい者が持てばすぐに覚醒することは理解できる。これ1つにどれほどの魔力が込められているのかな、かぐや姫? いや魔導師殿」

「ッ!?」

 その言葉は戦いの合図となった。フェイトは自分の周囲に金色の光球を展開、刹那にそこから無数の弾丸、フォトンランサーを発射。
 桂は腰の刀を抜いて横一閃、迫り来る雷槍を切り伏せるが、それを読んでいたフェイトは同時に電柱から飛び降りる。バルディッシュをアックスフォームに維持したまま桂に迫る。
 戦斧と刀が重なりあい、小さく火花を発生させる。勢い良く斬りかかるフェイトのバルディッシュを相手に何度か打ち合うが、戦斧から繰り出される圧倒的な力に少しずつ後ずさる。

「くッ!」

 華奢な体に騙された。いや、戦場に立つ戦士にとって自分の命を預ける得物が不得手なものであるはずがないのに、小さな少女と斧というアンバランスな組み合わせをそのまま自分の有利と判断した浅薄さを苦々しく思いながら桂は大きく後退。
 戦斧というものは重い。故にそれを扱う戦士もその重量を利用した圧倒的な破壊力で攻めるが、裏を返せばスピードはその重量が枷となって制限される。
 ならば一度距離をとってこちらの準備を整えて攻勢に転じれば勝機はある。本来ショートレンジからロングレンジまで対応できる魔導師を相手に刀しか持たない侍が距離を取るというのは愚策以外の何物でもないが、バリアジャケットの形状、最初のフォトンランサーから、桂はフェイトが近距離特化型の魔導師であると判断した。
 恐らく砲撃は使えないか不得手なはず、またフォトンランサーによる攻撃が来たとしても対応は容易だった。その筈だった。

「何ッ!?」

 驚きを隠せなかった。距離にして3メートルは離したはず、それをフェイトはたった一足でまた至近距離まで迫ったのだ。
 再び繰り出されるバルディッシュの乱撃、本来重く、手数に劣るはずの斧を相手に、刀が防御に回るという奇妙な光景が現実に起こっている。
 かつて彼が経験したあの地獄のような戦いでも確かに魔導師との戦闘はあった。だが少なくとも接近戦でここまで後手に回るような無様な経験はしたことはない。

(攻撃が全部受け流されてる、この人とんでもなく強い!)

 だが驚愕はフェイトも同じだった。
 斬り合いにおいて負けることはないと自負してあった自分の繰り出す攻撃を紙一重で受け流し、刀への負担を最小限にしている桂の実力は自分の想像を遥かに上回っている。

(でも、辰羅に比べたら戦いやすい、これなら負けない!)

 魔法を使わない純粋な技量では互角か少し自分が有利、ならばとフェイトバルディッシュを握る力を込める。

「バルディッシュ!」

≪Scythe Form.≫

 バルディッシュから聞こえる駆動音、一瞬にして黒い戦斧は光刃を出す鎌へと変化させ、そのまま攻撃を続ける。

 目まぐるしく切り替わるその武器に舌打ちしながら光刃の切っ先を刀で受け止める桂、しかし。

「アークセイバー!!」

 光刃はそのままバルディッシュから離れ、桂を上空へと打ち上げる。
 すぐに刀の角度をずらして光刃から脱出する桂、だいぶ高い所まで上げられたが受け身を取れば大事には至らない。
 少しずつ落下する自分の体、予測落下地点に備えて体を身構えようとするが。

「……クソッ!」

 自分が通過しようとするその空間に嫌なものを感じた桂はそこに体が触れる前に刀で一閃、するとその空間から金色のリングが切断された状態で姿を表し、すぐに消滅した。

(嘘!? あの一瞬でバインドに気づいた!)

 魔力を感知しているようには見えない、勘だけで対応する桂にフェイトは再び驚愕する。

「ッグ!」

 だがそれだけだった。バインドを破壊することに集中した結果、受け身が取れないまま地面に仰向けのまま落下、全身が強打し、激しい激痛が襲う。

「勝負ありです、渡して下さい」

 足下に転がり落ちた刀を蹴り、ちゃきッとサイズフォームの切っ先を桂の喉元に向けるフェイト。
 圧倒的な実力差を見せつけられ、得物も蹴り飛ばされ、しかし桂は未だに抵抗の意思を見せるが、打ちどころが悪かったのか、胸が圧迫されるような感覚に襲われ、意識が朦朧としていく。

「……何のためにあんなものを、俺でさえ危険と理解できるもの、魔導師の君なら分からないはずがなかろう」

 残された力を振り絞り、何とかフェイトの真意を聞こうとするが、フェイトはその表情を暗くするだけだ。

「必要なんです、決して悪いことに使う訳じゃありません、全部終われば必ず返します、だから……」

 バルディッシュを持つ右手が震える。目的のために、大切な人のために、そう覚悟を決めたはずだというのに、いざこうやって相手を傷つける立場になると、どうしても躊躇してしまう。
 このまま追い打ちをかけて動けなくした後にゆっくり手に入れてしまえばいいのに、殺すわけじゃないのに、何故こんなに怯えてしまうのだろう。

「……どうも君自身も迷っているようだ」

 震える手からフェイトの気持ちが揺れていることを感じ取ったのか、桂は痛みを堪え、言葉を続ける。

「君が何故こんなことをしているのかは知らん、だが少なくとも君自身が必要としているわけではあるまい。ならばこんなものを必要としているそのロクデナシに言ってやれ、影に隠れ、幼い子供を手足に使う卑怯者が、このまま目的を成就できると思うなよと」

「ッ!!」

 頭の中で何かが切れる音がした、そしてその瞬間、震えていた腕が止まり、躊躇していた心が白くなる。
 もう容赦なんかない。勢い良くバルディッシュを天に掲げ、その切っ先を桂に向けて振り下ろす。


「ぐわああああ~~!!!」





あとがき
 今回でようやく話が動いた気がします。自分のスローペースには呆れるばかりです。

地雷亜、華陀、鳳仙と、銀魂キャラと険悪ムード全開なシュテル、口を開けばはやてに正論で突っ込まれてそれに対して屁理屈で反論する銀さん、何故かなのは大好きっ子になってる神楽。
これだけ本筋に絡まない話で構成されてたらそりゃ展開も遅くなりますね、反省します。

さて、今回のあとがきはちょっとお遊びで、銀さんの現在のステータスでも載せておきます。多分物語に反映されることはないおまけです。


その名の通り侍の英霊。しかし特に難しい条件があるわけではなく、刀剣――もしくはそれに類似した武器――で戦闘をした経験のある人間すべてが該当する。それ故に基礎ステータスは低く設定され、マスターの魔力に左右される。

英霊の個体能力に拠らないクラス基本能力。
筋力:D
耐久:E
敏捷:E
魔力:E
幸運:E


坂田銀時

 CLASS


 マスター
八神はやて

 真名
坂田銀時

 性別


 身長・体重
177cm 65kg

 属性
中立・善


 パラメーター
筋力:C
耐久:B
敏捷:C
魔力:D
幸運:C
宝具:E


 クラス別能力
騎乗:C
あらゆる車両を乗りこなし、一部の神獣、魔獣にも騎乗可能。ただし免許が必須。


 保有スキル

心眼(偽):D
直感・第六感による危険回避。虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。

直感:D
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。Dランクならば絶体絶命の状況下に限定して自信が生き残る可能性を導く

戦闘続行:E~A
往生際が悪い。決定的な致命傷を受けない限り生き延び戦闘可能。ただし本人の精神状態によってランクが変動する。

白夜叉:A
感情が高ぶる、もしくは絶体絶命の状況で発動するスキル。魔力と幸運と宝具を除いたパラメーターを+を1つ付ける。

約束:A
他者と決めた誓い。筋力と耐久を1ランク上げる。



[37930] 第6話 星光と醜蜘蛛
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191
Date: 2013/06/25 00:32
 大切な人だ。喚くことしかできなかった自分のために誇りにしてた仕事も、多くの成果も投げ捨てて一緒にいる時間を作ってくれた母。たとえどれほど辛辣な言葉を投げかけられようと、傷つけられようと、それは理由があってのことだからしょうがない。これが終わればまたいつもの優しい人になってくれる。根拠のない願望は、フェイトにとっては唯一の希望だった。

「君が何故こんなことをしているのかは知らん、だが少なくとも君自身が必要としているわけではあるまい。ならばこんなものを必要としているそのロクデナシに言ってやれ、影に隠れ、幼い子供を手足に使う卑怯者が、このまま目的を成就できると思うなよと」

 だからこそ、桂の言葉は許容できるものではなかった。母がどれだけ苦しい思いをしているのかも理解していないのに、一方的な言葉を投げかける無責任さが我慢できなかった。

「ッ!!」

 金色に光る魔力刃を頭上へと持ち上げ、地べたに這いつくばる桂の喉元に狙いを定める。

「……貴方に分かってもらう気はありません、貴方が悪いとも思わない。でも母さんをバカにしたことだけは!」

<<こちらに接近する熱源を確認。なんだこの化物は?>>

 その言葉に我に返ったフェイトはバルディッシュの示す方向を凝視する。無数に輝く夜空の星々の中で一際大きな輝きを放つ光、それは航空機が放つジェットエンジンの光だ。後方に噴射炎の後を残しながら近づいてくるそれは、しかし航空機というにはあまりにも異質だった。
 純白のシーツに黄色い口と雑な目が描かれたその顔、言葉を選ばなければ酷く気持ち悪い生き物だか子供の落書きだからよく分からないその物体は、手に持つ白いプラカードの『くたばれクソガキャアアア!!!』という文字を掲げながら、黄色い口をパカっと開く。

『桂さんに手を出すな!!』

 口から放たれた青白い閃光。荷電粒子、ビーム兵器だ。高密度の粒子の存在に驚くのも一瞬、フェイトは桂からジュエルシードを奪って空中へと退避。

「ぐわああああ~~!!!」

 ビームは桂に触れると同時に爆発、辺りは濃密な黒煙に満たされる。あの男を助けに来たのではないのだろうかと疑問に思ったが、再び自分に向けて発射されたビームに、その疑問がかき消された。

「蓮蓬(れんほう)!? 何でこの星に!!」

 そのありえない造形から推測される正体に驚きながら迫り来るビームを避け、または切り裂きながら謎の生物(?)にフォトンランサーを発射。謎の生物は航空機では絶対にありえない機動をもって回避しながら加速、ジェットエンジンの生み出す圧倒的な馬力を持って翻弄する。

「速い、けど!」

 だがその直線的な加速に対して緩やかなカーブを描いてフェイトは謎の生物の後ろを取る。速度だけならば謎の生物に軍配が上がるが、空中でのドッグファイトを行なう上でその速度が仇になることがある。特に運動性が劣悪であれば尚更だ。
 焦っているのか再びビームを乱射する謎の生物。だがそのすべては苦もなく回避されていき、フェイトは攻撃態勢へと移行する。

「アークセイバー!」

 金色の魔力刃がバルディッシュから離れ、吸い込まれるように目標へと突き進む。回避が間に合わないと察した謎の生物はプラカードを前に出す。
 その姿にフェイトは僅かに驚く。まさかあんな板で防ごうというのだろうか?
 ガリガリと火花を散らせながらプラカードで止めるのも一瞬、謎の生物はそのまま魔力刃を受け流した。勢いをなくした魔力刃は目標に追尾することなくそのまま消えていく。
 なんて規格外な存在なのだろうか、そう思ったのも一瞬、謎の生物が再び加速を始める。そのまま特攻しそうな勢いでフェイトへと肉薄する。

『死にさらせ!』

 そう書かれたプラカードを振り下ろすが、アックスフォームに戻したバルディッシュによって根本まで切断される。
 ビームがまともに命中しないことから遠距離戦では勝ち目がないと判断してプラカードによる接近戦を選んだことは、しかし完全な戦術ミスだった。

『ゲッ……』

「バルディッシュ」

 フェイトの言葉を合図にバルディッシュの上部に施された金色のコアが鈍く光る。力強さを感じさせる戦斧から、より鋭利な槍、グレイブフォームへと変化させる。
 その鋭い先端で謎の生物の腹部と思われる部分を刺突。だが謎の生物は両腕で迫り来るバルディッシュの中棒を掴み、自身の白い布に触れる寸前で堪える。

『ナメんじゃねえぞ小娘が!』

 切断され、空中を舞うプラカードにそう書かれている。だがこの状況はむしろフェイトにとって好都合だった。
 バルディッシュの周囲を走る金色の環状線。次いで先端で同じく金色の魔力が集う。

「スパーク……」

『しまっ!』

「スマッシャー!!」

 掛け声が合図となって魔力の塊が爆ぜる。ほぼゼロ距離で受ける形になった謎の生物は雷のエネルギーによって地面へと押しやられていく。

「え、え、エリザベス! 待て! こっちにくるんじゃ!」

 射線上に入っている桂を巻き込む形で。
 
 ・
 ・
 ・

 雷と見紛う一撃が地上を照らす。
 激しいスパークと轟音が響くその戦場を、シュテルと地雷亜は遠く離れた森の中で観察する。

「恐ろしい女だ、まさか無傷で狂乱の貴公子を倒すとは」

 包帯の隙間の眼球から見えるフェイトの戦闘に、地雷亜は淡々と感想を述べる。
 彼が狂乱の貴公子、桂小太郎を生で見るのは初めてであったが、数年前まで止むことがなかった地獄のような戦争、一般に攘夷戦争と呼ばれる戦いで多くの天人を葬り、未だに幕府から一級の指名手配を受けている男を手玉に取り、あまつさえ援軍に来た謎の生物さえ苦もなくあしらった少女の実力は驚愕に値した。

「彼女の戦闘スタイルは防御力の低さを妥協してそのリソースをスピードに向けた接近タイプの魔導師です。辰羅のように集団で攻められればその弱点が顕著に出てしまいますが、こと一対一においては私でも危ういでしょうね」

 むしろこの戦いの結果を当然と言いたげなシュテルの言葉に訝しむ。
 らしくないと思った。珍しく共同で偵察すると言った時も驚いたが、この負けず嫌いが相手の力量を認めるだけならともかく、わざわざ自分が負ける可能性を口にするとは。
 自分の考えている以上にあの未来の執務官様はお強いのか、はたまた華陀か鳳仙のどちらかと何かがあって鬱憤が溜まっているのか。どちらにしても普段と違いすぎて気持ちが悪いと言わざるを得ないと地雷亜は考えた。

「それよりも地雷亜、あの謎の生物、蓮蓬族だと思いますけど桂はいつの間にあれを手懐けていたのですか?」

 シュテルは黒焦げになっている桂を押し潰すように倒れ込んでいる謎の生物を凝視する。白い布に口と目を引っ付けたようなふざけた格好に、意思疎通は一貫してプラカードで行なう。こんな特徴の塊のような種族はそうはいないはずだ。
 蓮蓬。あの夜兎、辰羅、荼吉尼の傭兵三大部族が名を馳せていた影で勢力を拡大させ、そして大戦でもっとも大きな損害を被った幻の傭兵部族。最高指導者である米堕の死を持って敗北を悟り、生き残りの多くは管理局の保護観察下に置かれたということになっているが、帰ることのない指導者を待って未だに抵抗を続けている者もいるという話だ。
 ここ97管理外世界は蓮蓬達の故郷だと聞く、一部の残党が力を蓄えるために戻ってくるのは十分に考えられる。

「いや、それはありえない、連中は大戦後は次元を渡る術を失って管理世界に取り残されているはずだ。そもそも蓮蓬達のあの布の下は人間型の生物だ。魔力もなく足からジェットを噴射したり口から荷電粒子を発射する能力なんて持っているはずがない。」

 その予想を否定する地雷亜、それを聞いたシュテルは僅かに不機嫌そうに、しかしすぐに納得して僅かに頷く。
 確かにそうだ、今の蓮蓬には次元を渡る力も機材もない。この世界での知識は十分とではないとはいえ、それでも自分には一般知識としてその程度のことは理解していたというのに失念していた。気に食わない相手とはいえ、間違いを正してくれたのなら一応の感謝はしなくてはいけないと考える。

「それは良かった。ただでさえ私達の知る知識には現実とは齟齬が多い状態ですから、蓮蓬まで関わってきたらどうなるかと」

 勿論、ここで彼女達が戦闘をしていたのは嬉しい情報ではない。結界が張れない今の状況では幕府側に正体が露呈してしまう。幕府が本気になればすぐにジュエルシードの存在に気づき、フェイト達にとっても、そして自分達にとっても行動に制約ができてしまう恐れがある。
 あくまでも隠密に、かつ自分の知る記憶と合致する状況をギリギリまで再現する。それこそが先の見えない未来で目的を達成させる絶対条件だ。

「今の所、注意すべき相手は裏切りのマテリアルとこの世界に流れた感染者達、そして影で辰羅を差し向けた華陀だ。我々とは違う目的で動く連中には気を配る必要がある。特に華陀は我々同様ジュエルシードを狙っている。いずれは殺しあう事となろう」

「同感です。テスタロッサ達の動きも継続して監視しますが、彼女達にも注意を払う必要がある」

 最終的に敵対する夜王と貴方も含まれますけどと、シュテルは心の中で思って僅かに笑う。地雷亜もそれを察しているのか、同じように笑いながらシュテルを見る。
 いずれは敵となる相手と手を取り合って行動する。虫酸が走るほどの嫌悪感を、しかしシュテルは胸の内に秘めている信念と改めて向き合うことで落ち着かせる。

「今は無理でも、いずれは全員殺しますよ……」

 頭の中を駆け巡る忌々しい連中の顔を思い出しながらポツリと呟く。
 あぁそうだ、いずれ敵対するとはいえ、利用できるかぎりは協力しよう。そして地雷亜の言う通り、いずれは全員私の手で殺してやる。王の心をむげに否定した裏切りのマテリアルも、予想外に流れた感染者達も、常に自分達を見下して勝ち誇った気になっている華陀も。
 すべては自分にため、そしてレヴィと王のために、障害になるものはなんであれ焼きつくす。しばらく監視を忘れて陶酔していた時だ。

「じゃあその前に、あんた達がジュエルシードを狙ってる理由を聞かせてもらおうかい?」

 ここに本来いるはずのない第三者の声に驚愕した2人は振り返る、そこにいたのはオレンジの髪をなびかせ、頭上に2つの獣の耳を備える女性だった。

「ったく、やっぱりアタシ達以外にいたようだね」

 女性、アルフは思ったとおりだと言わんばかりに顔を歪める。
 最初にフェイトからこの97世界に必要な物があると聞かされた時、アルフは言い様のない不安があった。
 今は大人しくなっているが、かつての97世界は違法な兵器やロストロギアの取引を主な収入源としていた大規模な犯罪シンジケートの根城になっている世界。そこに偶然探し求めていたロストロギアが数年前まで紛争が続いていた地球という星にたまたま落ちたなど出来過ぎていると考えていたからだ。たとえるなら飢えた肉食獣の群れに意図せず生肉が降ってくるレベルだ。
 だがそれが誰かの意図によって仕組まれたことだとしても、あのムカつく女がやれと言えばフェイトは首を縦に振ってしまう。たとえそこにどんな危険が潜んでいようと。
 だから急いだ。一足先に現地に到着したフェイトと少しでも早く合流するために。ただでさえ地球は対魔導師用の技術を所持している。いくら優秀な魔導師と言われてるとはいえ、自分というストッパーがいなければどんな無茶をするか分かったものではない。
 フェイトが3つ目のジュエルシードを発見したと同時に地球に着き、これから合流しようと思った矢先にこの連中だ。

「さっさとフェイトの加勢に行こうとしてみたら、随分と怪しい連中に出くわしちまったねえ」

 アルフは自分を凝視するシュテルと地雷亜を見据える。
 この世界でいう忍者のような服にボロボロの包帯で顔を隠しているという異様な男。その男から体中からかもしだす異常な殺気が肌にまとわり付く。
 もう片方は背丈がフェイトと同じくらいのショートカットの少女、黒と赤に彩られたバリアジャケットと手に持つ真紅のデバイスが怪しく光っている。
 不安が当たってしまった、本来この星にいるはずがない魔導師と現地の人間らしき男が自分達と同じようにジュエルシードを狙っている。それも自分とフェイトの存在を初めから知っていたかのような口ぶり、明らかに普通じゃない。

「バカな、何で貴女までこんな早く……」

 まるで存在してはならないものを見つけてしまったような表情でそう呟くシュテルをみてアルフは確信した、こいつらは自分達がこの地球に来ることを知っている。それも自分が本来なら遅れて到着することも。

「失態だなシュテル、広範囲サーチャーは貴様の仕事だったはず。この距離まで気づかなかったのか?」

「……言い訳はしません、いずれ汚名は返上します。撤退しますよ地雷亜」

「殺してはいけないのか?」

「自惚れないで下さい、貴方では辛うじて防衛戦ができる程度、殺しは最後の手段と考えなさい」

 地雷亜は本意でない命令に短く舌打ちするが、それを戒めるようにシュテルが睨みつける。それに観念したのか、やれやれと首を振りながらも納得してその場を後にしようと足に力を込めようとする

「逃がすかよ!」

 アルフは周囲に複数のオレンジの光球を展開、次いでそこから同じ色の短い槍の弾丸、フォトンランサーを発射。シュテルは空中、地雷亜は真横へと回避、着弾と同時に爆炎を吹き出して辺りは煙に包まれる。

「撤退は構わんが俺が逃げるための手伝いはしろよ、気に食わんが確かに俺が相手にできるレベルではない」

「分かっています、シューター!」

 空中から真紅の光球、パイロシューターを3つを放射状に発射、誘導弾特有の複雑な軌道で逃げ道を塞ぎながらアルフへと肉薄する。

「なめるなッ!」

 正面から迫る光球の1つをシールドで打ち消す。次いで背中へと突撃する2つの光球を振り向きざまに回し蹴りの要領で吹き飛ばす。
 攻撃が止むと同時に地を蹴って自分に背を見せながら逃走を図る地雷亜に向かって駆ける。
 シュテルが再度パイロシューターを発射するが、速度ののらない誘導弾など話にならないとばかりにアルフは避け、さらに殴り飛ばす。

「まずい、ここでは砲撃できない」

 シュテルが愚痴る。殺してはならないという制約もあるが、ただでさえフェイトは自分達の目に見える範囲で砲撃魔法を放ってしまっている。それに続いてこの森一帯を焼け野原に変えるほどの魔法を放ってしまったら自分達の居場所を幕府に教えてしまうようなものだ。仕方なく低空で飛行しながら地雷亜を追うアルフを追撃するが、不規則に並ぶ木々をぬうように飛ぶのは容易なことではなく、その差は縮まらなかった。
 直感に任せた行動が結果的に相手の動きを封じる最良の手段になったことを理解していないアルフは、何となくラッキー程度に思いながら地雷亜に接近する。

「速い、このままでは追いつかれる」

 地雷亜は懐に備えたクナイを両手の指の間に8つ挟み込んで投擲、背中を見せて逃げる相手がその態勢を崩すことなく攻撃してきたことに驚いたが、結局はそれだけだった、アルフはプロテクションですべて弾き、お返しとばかりにフォトンランサーを発射、フェイトのそれに比べて威力も精度も低いが、その分数で補う。

「チッ、こちらは全力を出せんというのに奴はお構いなしか」

 木々の間を変則的な動きで飛び回って回避する地雷亜。しかし愚直に突き進むフォトンランサーは別の目標に着弾と同時に炸裂し、大量の破片が撒き散らされる。それによって地雷亜の足が止まった所をアルフは見逃さなかった。

「炸裂か、厄介な効果を!」

「もらったあ!」

 包帯で覆われた顔に全力の右ストレート。衝撃で吹き飛ばされながらも地雷亜はクナイを投擲、それに合わせるようにシュテルがパイロシューターを発射。この状態で上へ回避したら逃げられるかもしれない。前後に挟まれた形になったアルフは一瞬だけ逡巡してその場で立ち止まる。前方のクナイをすべて弾きながら自分の周囲に魔法陣を展開、すると魔法陣からいくつもの鎖が現れて近くの大木に絡みつく。鎖が力任せに大木をへし折り、パイロシューターを巻き込みながら倒れこませる。

「面白使い方をしますね」

 本来相手を拘束する魔法であるチェーンバインドを守りに使うとは、殴られた地雷亜の存在を忘れて僅かに心が踊る感覚を覚えながらシュテルはルシフェリオンを前に突き出し、足の止まったアルフに向かって突撃。専門ではないが砲撃ができないのであれば仕方ない、それにたまには接近戦も悪くない!
 一気に至近距離まで詰めてルシフェリオンを横薙ぎ、片手で防いだアルフは残った左手をシュテルの腹部にめり込ませる。

「ふうッ!」

 ヒートスーツ越しに伝わる衝撃に吐血、だが苦痛よりも喜びが湧いた。左手に焔を宿して同じように殴りかかるが、アルフはそれを片腕で防ぎながらシュテルを地面に叩きつける、ぬかるんだ地面に仰向けに倒れこんだシュテルに追撃の右ストレート、だがシュテルはシールドを展開して堪える。

「答えろ! アンタ達は何者で、何でアタシ達を知ってるんだい! 何でジュエルシードを狙ってる! 何でアタシ達を監視す……ッ!」

 怒気を孕んだ言葉が言い終える前に自分の背中を狙っての投擲、目配せでプロテクションを張って弾きながら顔だけ後ろへと振り向くと、サルのように木々を飛びながら手に持つクナイで切りつけようとする地雷亜の姿が目に写った。

「雑魚は大人しくしてろ!」

 地雷亜の体をチェーンバインドの鎖が巻き付く、両腕を拘束され、空中でミノムシのように宙ぶらりんとなって身動きが取れなくなる。

「雑魚と思ってる相手を気にかける余裕があるのですか?」

 シールドを解いて広げた右手をアルフの胸元に当てる。パイロシューターと同じく真紅の魔力の塊が生成され、ゼロ距離で発射される。魔力を圧縮して発射する基礎中の基礎、シュートバレットだ。
 強引に引き離して再び立ち上がってパイロシューターを9つ発射。未だに吹き飛ばされた反動で態勢を整えられないアルフはフォトンランサーを一斉発射、隙間が見当たらないほどの濃密な弾幕の中をパイロシューターはすべて相殺され、その場で四散した。
 黒い煙が森の中で満たされる。もはや山火事と錯覚してしまうほどの爆発が吹き荒れる中シュテルは再び構え直す。

「ルシフェリオンッ!」

<<承知>>

 長らく出会わなかった強敵にそれまでの鬱憤をはらすかのようにシュテルが叫ぶ。ルシフェリオンもまた主に合わせるように呼応する。
 魔力が体中に満たされる、身体能力を再び向上させて、いつ攻撃が来ても問題がないように、相手を上回るために。

「うおおおおおお!!!」

 アルフが雄叫びを上げる。地面を転がりながら立ち上がり、拳を固く握りしめながらシュテルに接近、それに合わせるようにシュテルもルシフェリオン構えてアルフに肉薄する。
 ガキンという音が何度も響く。アルフの拳や蹴りを駆使した乱打を棒術の要領でいなし、時に焔を纏う掌底や裏拳を駆使して攻勢に転じるシュテル。
 隙を見計らってルベライトと呼ばれるリング状のバインド魔法でアルフの動きを封じようとするが、そのたびにバインドブレイクで一瞬にしてかき消される。
 思い通りにならない戦いが今だけは心地よい。それだけ相手が強いという証拠であると同時に自分が強いという証。
 模擬戦では少し本気を出してしまうとすぐに終わってしまう月詠や、どうしても遊び半分になってしまうレヴィ、そもそも格が違いすぎて逆に手も足も出ない夜王との戦いとは違う、届きそうで届かないこのギリギリの闘争を積むことで自分の力が上がる実感がある。この感覚をもっと長く留めたい。より強くなるかもしれないという実感を1秒でも体感したい。

「……残念ですね」

 だがそうも言ってられない。これは本気の戦いではない。自分達の正体を知られないための撤退なのだ。今この瞬間にもテスタロッサが援軍に駆けつけてくるかもしれない、幕府の警察が迫ってくるかもしれない。これ以上自分達の姿を見られる訳にはいかない、何よりも王のために。

「本当に残念です、ようやく実感が湧いたというのに」

「何をゴチャゴチャ。ぁッ!?」

 喋りかけた言葉が途切れ、振るわれる拳が空を切った。シュテルがその場を下がると、アルフは糸の切れた人形のように前のめりに倒れる。その背中には鋭い刃物の傷口が存在し、そこから赤い血が止めどなく流れ出る。
 じっと前を見据えるシュテル。血の着いたクナイを持っている地雷亜がぼおっとその場で佇んでいる。

「お、お前、いつの間にチェーンから、それにこんな近くまで……」

 確かに拘束したはずだと、信じられないものを見る目で地雷亜を見るアルフ。
 どうやって抜けたのか、バインドブレイクをしたとしたら必ずバインドの破壊音が聞こえるはず、力ずくで破壊しても同じことが言える。いくら戦いに集中してたとはいえ聞きそびれるなんてマヌケなことはありえないはずなのにと、慣れない思考を繰り返す。

「肩の骨を外して抜けた。投擲でも良かったのだが風切り音で気づかれる可能性があったから気配を消し近づいた。直接手に掛けた方が確実だと思ったのでな」

 聞いてもいない事をベラベラ喋りながら血の着いたクナイを懐に戻す。そしてニヤリと口元を歪めながら地に伏せるアルフを見下ろしている。

「貴方の敗因は3つ。1つは彼を雑魚と侮り、完全に戦力に数えなかったことです。2つ目は彼の防御力を甘く見たこと、普通の魔導師なら貴方の一撃で戦闘不能になるのでしょうけど、存外彼もしぶといのですよ。3つ目は最初にテスタロッサにこの戦いを報告しなかったことです。最初から1人で戦わなければ我々の行動にさらに制限を掛けられたのに」

 口から流れる血を拭い、同じように笑みを浮かべるシュテル。同時にルシフェリオンからの電子音に耳を傾ける。

<<テスタロッサがこちらの戦闘に気づいた模様、警察組織も近づいてきている>>

 その言葉にアルフが反応する。致命傷を負った体で何とか立ち上がろうとするが、まるで頭と体を切り離されたように言うことを聞いてくれない。

「ふ、フェイト、来ちゃダメだ」

「ご安心を、我々は彼女をどうこうするつもりはありません。元々戦いを仕掛けて来なければ貴女にも手を出すつもりはなかったのですから」

「お前のやったことは無駄というわけだ」

 嫌味ったらしく言いながら地雷亜は早足でその場を後にする、そしてそれに追従するようにシュテルも後を追い、何を思ったのか一度振り返り、自分の長いロングスカートの両端を摘んで深く頭を下げる。

「それではアルフ、今回はこれまでということで、心配しなくてもそちらから仕掛けて来なければ我々は何もしません、むしろジュエルシードは貴方達に手に入れてもらいたいので」

 少女らしい笑顔で見つめ、簡易的な治療魔法を施すと、それで満足したようにシュテルもまた闇の中へと消えた。

「フェイト、ごめん……」

 1人取り残されたアルフは最後に掛けられた言葉の真意を探ろうと頭を駆け巡らせ、途中でその意識は途絶えた。

 ・
 ・
 ・

『以上のことから、住宅地とそこから数キロ離れた森で火災が発生したという報告を受け、警察はこれらの事件をクソッタレテロリストのカス桂、失礼しました、攘夷志士の桂小太郎による犯行と見て捜査を始めています。しかし現場には非常に高濃度の魔力反応が検出されたという報告から、専門家は数年前の亜流のベルカ式使いの残党によるテロ活動ではないかという指摘もあり、情報は錯綜しております。現場から花野でした』

 桂の部分だけ多文にリポーターの私情が垂れ流された中継を見ながら、銀時はシャカショコシャカショコと歯ブラシを巧みに扱い、歯の汚れを隅々まで落としていた。

「おいおい、ヅラの奴ついにやっちまったみてえだぞ、こりゃ二度と顔も拝めねえかもなあ。いっそ俺の記憶からもアイツの存在を消去してえよ。神龍に頼めねえかなあ、奴の存在を抹消して下さいって?」

 どうやったらそこまで人を貶めることができるのか不思議でならない彼の罵詈雑言を聞き、ちょうど机に朝食の準備をしていたはやては眉間にシワを寄せて銀時を睨む。本人は凄んでいるつもりなのだろうが、圧倒的なまでに怒気が足りず、可愛い以外の言葉が思い浮かばない。

「こら! 友達が疑われてるのに何て言い草や! そんなんばっかり言ってると自分が同じ立場になった時に後悔するで」

「誰があんな電波バカと友達だってんだ、大体生まれてこのかた世間様に見られても恥ずかしくない生き方をしてる俺がどうやってテレビで容疑者の扱い受けるわけ? 銀さんがテレビに映る時、それはジャンボの宝くじで一等を取った時だけだよはやてちゃん」

 台詞のすべてが矛盾に満ちているうえに妄想も甚だしい。正直どこからツッコミを入れてやろうかと考えたはやてだが、玄関の引き戸を開ける音でその考えはかき消された。
 トコトコと軽い足音がどんどん近づいてくる。そして廊下に通じる引き戸があけられると、軽くおめかししたツインテールの少女、なのはが笑顔で出てきた。

「ごめんくださ~い、はやてちゃんと神楽ちゃんいますか~?」

「とっくに家に入ってる奴の台詞じゃねえよな、それ? なに我が物顔でお邪魔しちゃってるのこの子?」

 オレンジのリュックサックを背負って現れたなのはに歯ブラシの先をビシっと突きつける銀時。その勢いでブラシにこびり付いていた溶けかけの歯磨き粉が僅かに掛かる。さっきまで人が口に入れてたものだけになのはは慌ててハンカチで顔を拭う。

「いらっしゃいなのはちゃん、何や友達の心配もロクにせえへん変な人がおるけど気にしんといてな」

「お~い、そんな遠回しな言い方されると余計腹立つんですけどお、はっきり言ったらどうなのはやてちゃ~ん?」

 わざわざ自分の方をチラリと見ながら挑発する言い方にカチンときた銀時。はやてはそれを聞くと妙に冷めたような表情になるのも一瞬、再び笑顔を作ってなのはをみる。

「銀ちゃんの汚い歯ブラシなんか突きつけられて嫌やったやんな、お風呂で洗い流す? きっと殺菌消毒の方がええと思うけど?」

「殺すぞクソガキイイイ!!!」

 バイキン呼ばわりされたことにブチ切れて歯ブラシを叩き折る。よほど怖かったのか微妙に涙目になるなのはだが、はやては特に気にする素振りもなくそのまま無視する。さすがに手馴れている。
 その時だ、なのはのリュックがもぞもぞと動き出す、慌ててリュックのチャックを開けると、クリーム色の体色をしたフェレット、ユーノが飛び出す。

「ユーノ君もおはよう」

「おはようございます、はやてに銀時さん。それとありがとうございます。一緒にジュエルシードを探す手伝いをしてくれるなんて」

「ええよええよ、ウチは依頼って形でやってるんやからむしろユーノ君はお客様や、それに……」

 ペコリと小さく頭を下げるユーノに、はやては僅かに表情を曇らせる。どこか罪悪感を感じているその顔に思わず首をかしげるなのはとユーノ。

「あぁ、俺とはやては病院だから今日の手伝いは新八と神楽だけだ。悪いな」

 それを聞いたなのはは驚きながらまずはやてを見た、少し目を細めながら次は銀時を見る。次にまたはやて、交互に見ながらう~ん、顎に手を当てて考えこみ、決心したように銀時を見る。

「もう銀さん、お父さんの奢りだからってシュークリーム20個は食べ過ぎって言ったじゃないですか!」

「はいなのはちゃ~ん、何で病院っつった瞬間に銀さん疑うのお? 普通こっちの方をまず思い浮かべるもんじゃねえの? ぶっ殺されたいの?」

 朝から機嫌が最高潮に悪い男は目の前で車椅子に乗っているはやての頭をグリグリと拳を擦り付ける。微妙に力を込めているせいか、はやては苦痛を訴えながらその手をどけようとバンザイする。

「銀ちゃん八つ当たりすんな~、痛い~!」

「あ、はやてちゃんなんですか」

 少しバツが悪そうにベロを出して誤魔化そうとするなのはに、銀時ははやてから手を離し、そのままなのはの額にデコピンをお見舞いする。力を入れた中指が親指から勢い良く飛び出し、額に指の跡を残す。

「ごめんな、今日は足の状態を診てもらう日ってことすっかり忘れてもうて」

 予想外のダメージに頭がクラクラするなのはにシュンとなりながら謝るはやて、本来自分が言い出したジュエルシード探しの手伝いに、当の本人が初日から参加できないということを申し訳なく思っているようだ。

「ううん、そんなこと気にしないよ。はやてちゃんの体には変えられないし、気持ちだけでも嬉しいよ」

 ジンジンと痛む額を抑えながら笑顔で応えるなのは。それが嬉しいのか、同じように笑顔でうんうん、と何度も頷くはやてに、傍目から見ていたユーノは微笑ましいなと顔を綻ばせる。

「つうわけだ、新八が来たらとっとと出ろよ、遅れるとうるせーんだよあのオバはんは」

「こら! 石田先生のこと悪く言うな!」

 しかしそれも一瞬、再び銀時の余計な一言で喧嘩を始める2人。これはしばらく終わりそうにないと思ったなのはは、ふとこの部屋の小さな違和感に気づいた。
 いつもなら2人の喧嘩を煽るか無視して定春の背中で酢昆布をかじる、身も蓋もない言い方をすると今回万事屋がジュエルシード探しを手伝う原因を作ったチャイナ娘、神楽がいないのだ。

「神楽ちゃ~ん、どこ~?」

 勝手知ったる他人の家、すぐ近くの和室に繋がる戸を開ける。いや、正確には開けてしまった。

「よく来たな、なのは……」

 和室で腕を組み、仁王立ちで佇む変な男がいた。
 茶色いマントをたなびかせ、右肩に何かの動物の頭の骨を肩パッド代わりにしており、背中に装備している刀が特徴的である。まるでどこかのRPGのキャラクターみたいな姿だが、しかしなのはがもっとも目を引いたのはその男の顔だった。
 ほりが深く、十字の傷を負っている顔、アゴヒゲと眉毛は真っ黒のくせになぜか髪の毛は橙色で不自然極まりない。そこにさらに声が女性のように甲高いのだからもはや気味が悪いレベルだ。

「……何でゲームのカッコになってるの、神楽ちゃん」

 もうツッコむのバカらしくなっているが、そうなると話が続かなくなるので仕方なく問いかけるなのは。
 そう、このアンバランス極まりない謎の戦士。かつて全身をドライバーに変えられた神楽が元の姿に戻るためにとあるオンラインゲームをプレイする際に作ったゲームキャラクターなのだ。だが本来架空の世界で作られたはずのキャラクターの姿をなぜ神楽が現実に変身(?)しているのか、もう小学3年生の理解を完全に超えてしまっている現実に頭が追いつかない状態だ。

「何言ってるんだ、これから始まるのはジュエルミート争奪戦なんだぞ、あのおはぎの化物はもちろん、いつ美食會の連中が乱入してくるかわからないんだぞ」

「神楽ちゃん、ジュエルシードだからね? それに美食會も多分来ないよ?」

「不本意ではあるが、お前を護ると誓った以上、私も今まで以上に強くならねばならない。そのために秘められた第三の人格を開放させ、こうやって真の姿をさらけだしたってわけだ」

 もう何を言っているのかわけが分からなかった。彼女の理想の男性像なのか、一応は歴戦の勇士であることを連想させるその顔つきはしているのだが、元の声が神楽のままなので異様なまでに滑稽だった。
 ようは散々悩んだ結果、とりあえず見た目くらいは強く見せようと思ってどこから仕入れたかわからない着ぐるみを着たらほんとに強くなった気になってゲームの時の脳内設定を爆発させたといったところか。

「リーガルマンモスの中はまさに魔境、どれだけの激しい戦いが来るかわからない。だが安心しろなのは、私はこの命のがロウソクが燃え尽きるその瞬間までお前を護ると。だから誓ってくれ、この戦いが終わったら戦いや殺し合いなんかとは無縁の世界で幸せに暮らすと、その秘められた力を振るう必要がない女性らしい生活に戻ると」

「……」

 一体今の神楽の設定では自分はどういう立ち位置にいるのだろうかとなのはは一瞬考えた。いや、その時の気分によってそれまでの設定が180度変わる彼女の脳内で今この瞬間の設定を求めたところで無意味だと悟って首を振る。今の自分にできる事はとりあえず新八が来るまではこのツッコミの塊のような空間を放置すること、そして。

「……えへへ、ありがとう、神楽ちゃん」

 トチ狂っているとはいえ、自分を護ってくれるために頑張ってくれる大好きな姉貴分の好意に目一杯甘えることだ。





あとがき
 えぇ~、まずは二ヶ月以上も投稿が遅れて申し訳ありません。筆が進まなかったということもあったのですが、途中で始まったなのはイノセントにもはまってしまって時間がかかってしまいました。

 今回のよろはやを書いてて思ったこと、なんかシュテルの性格が悪くなってしまって反省。



[37930] 第7話 親の心子知らず 子の心親知らず
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191
Date: 2013/06/25 00:33
第一印象は凄く可愛くていい子、元々お登勢さんが柄にもなくよく自慢していたから期待はしていたが想像以上だった。
 自分の質問にはいつも笑って答えてくれるし、診察も嫌な顔ひとつしない、普通ならまったく進展しない治療に文句を言ってもおかしくないのに、それに対してさえ笑顔でお礼を言ってくれる。いい年して親ばかになるお登勢さんの気持ちがよく分かった。
 だけど一番驚いたのは私の必要以上のお節介をいつも受け入れてくれることだった。自慢ではないが私は医者として患者に必要以上に干渉してしまう悪癖を持っている、メンタルの面でも助けになりたいという理由からくるそれは、しかし殆どの患者にとって鬱陶しいものとしか思われなかった。自分でもこのお節介がただのやり過ぎでしかないと理解していても、生来持ち合わせてしまった性分は中々改善できずにいる。
 だからいつも余計なお節介を焼いて、それで患者が傍目から見て迷惑そうにしたら結構後悔してそこで止める。医者としてどころか人間としても問題のあるこの悪癖を、彼女はいつも笑って迎えてくれていた。
 正直嬉しかったのかもしれない、何となく自分を受け入れてくれている気がして相手のことなんてこれっぽっちも考えずにはしゃいだ挙句、ついには勝手に暴走してしまった。

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「もうすぐ誕生日って聞いたからさ、一緒にご飯食べに行かない? お登勢さんには内緒で」

 主治医になって1年経ったある日、彼女の誕生日を知った私は休日を利用してちょっと有名なレストランで一緒に食事をしようと電話で誘った。もはや医者の領分を完全に超えている、というより言葉だけ聞くとただの変質者ではないか、だけどそれを理解したのは残念ながら言葉を言い終えた後だった。
 どう考えても引かれる。だけど後悔は先に立たない、しばらくすると受話器の向こうで騒がしい音が聞こえた後、ぶつりと切れてしまった。

「……やっちゃった」

 ツー、ツーと、無機質な音が響きながら、自分のバカな行動にうなだれてしまう。
 いつもこうだ、ちょっと仲良くなると調子に乗って人のプライベートにズカズカと入り込んで傷つけてしまう。あの子には年の離れたお登勢さんを除いてまともな親がいないのだから、恐らく母親くらいの年齢であろう私を見て少しだけ心を許したにすぎない、よく考えれば分かることを有頂天になってしまって、まだ小学生にもあがってない彼女の思いを踏みにじってしまった。
 もう終わりだ。いつものように自己嫌悪に陥っていた時、なぜかあの子からまた電話が来た。内容は大体想像できる、優しい子だからなるべくこちらを傷つけないようにしながら断るのだろうなと、これまた勝手に決めつてしまう。
 しかしそんな私の考えは覆された。彼女は今すぐデパートに来て欲しいなどと言ってそのまま切ってしまった。私はわけが分からずに軽く身支度を整えて家を出た。今日がたまたま休みでよかったなどと思いながら待ち合わせ場所で彼女に出会うと、いきなり手にいっぱいのチラシを持ってデパートの中に入るようせっつく。
 着いた場所は服売り場、それも普段病院で缶詰になることが多い私にはあんまり縁のないオシャレなものばかりが置いてある。ある程度目星が付いているのか、ご丁寧にチラシには外食に向いてそうな可愛い服が赤ペンで印が書かれている。
 まさかと思って思わず彼女に問いかけると。

「はい、いきなりでびっくりしたからお登勢さんに内緒で財布とか準備するのが大変でした」

 ……開いた口が塞がらなかった。
 誘った自分が言えた立場ではないが、たかが誕生日のお食事会で何を考えているのだと思った。もっと軽い気持ちでやればいいのに。それを察したのか、今度は少し恥ずかしそうにしながら笑顔でこう応えた。

「だって、せっかく石田先生が誘ってくれるんですから、私も恥ずかしい格好なんてできませんよ」

 ……これがもうすぐ6歳になる子供の発言だと言われて何人が信じるだろうか? 結局その日の休みは彼女の洋服選びに費やされた。

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 それから当日のお食事会。まさか自分だけ変な格好で行くわけにもいかないので少しだけ気合の入った服で彼女と待ち合わせの場所で落ち合う。

「石田先生、こっちです~!」

 笑顔で渡しに手を振る彼女の姿は眩しかった。雑多な人混みの中ですぐに見つけることができたのは車椅子のおかげもあったが、何よりも私が選んだ服が彼女に非常にマッチしてたおかげか、車椅子が浮いてしまうほど彼女は輝いて見えた。
 別に自分のセンスを褒めるわけじゃないけど、元々素材の良かった彼女の可愛らしさを引き立ててくれてるその服は周りからも注目を浴びていた。よくあれでお登勢さんにバレなかったなと呆れながら私達は目的のレストランに入っていく。
 それからは落ち着かなかった。自分の身の丈に合わない店だったということもあったが、自分以上にナイフとフォークを使いこなせていない彼女の危なっかしい行動にヒヤヒヤした。私も含めてグラスや皿を落とした回数も一度や二度ではきかない。

「あはは、やっぱり慣れませんね」

 ナイフを落としてベロを出す彼女に、だんだん申し訳ない気持ちが強くなった。
 何をやっているのだろうか? こんな小さな子に慣れない服を着せて慣れない店で慣れない作法を強いさせて、本当なら楽しくしようと思ってたのに、何から何までフォローさせてばかり、これではどっちが子供かわからないではないか。

「ごめんね、全然楽しくないよね? 私が誘っちゃったばっかりに、ほんとにごめんね」

 こんなことなら誘わなければよかった。後悔ばかりが募って思わず顔を伏せてうなだれる。空回りしてばかりの数日間、彼女のためにと思った行動は結局は迷惑なものになっている。
 正直、もう彼女にお節介を焼くのはこれまでにしようと考えていた時だ。彼女は私を見ながらこう言った。

「そんなことないですよ! 確かにいきなり2人で食事行こう言われた時はほんのちょっとびっくりしたけど、迷惑なんてこれっぽっちも思ってません、先生が選んでくれた服もスカートがちょっと短くて恥ずかしい以外は可愛いし、ナイフとフォークにちゃんとした持ち方があるなんて知らなかったり、今日は色んなことを知ることができてほんとに嬉しいんです」

 慌てながら自分をフォローしてくれる彼女からは、私への同情とか、哀れみのようなものは感じなかった。どこまでも純粋に、ただ本当に感謝の気持から言葉が出てきていたのが分かった。

「この服も、実は私も良いなって思ってたから、選んでくれた時、趣味が一緒やって思って凄く嬉しかった。早くこの服でいっぱい歩き回れるようにがんばって病気を治します。ほんで先生にたくさんありがとうって言いたいんです」
 
 料理を食べながら泣きそうになった。鬱陶しがられないかと、嫌われないかと、患者さんのためにと言いながら自分のことばかり考えていた私には彼女が直視できないほど眩しかった。
 店を出て彼女と別れた時、私は決心した。こんな子の主治医を担当させてもらえることを感謝すると同時に、この子の病気、原因不明の歩行障害を何が何でも治してあげたかった。普通の子のようにいっぱい走って笑って、将来絶対に似合うであろう素敵なウェディングドレスを着れるように、この子を幸せにするために。
 それは今も変わらない。相変わらず診察の時に他愛のない世間話に花を咲かせ、暇な日は決まって差し入れとかを渡しに自宅まで足を運ぶ。いきなり現れて父親と名乗ってきた変な天然パーマの男も最初は探偵を雇って正体を探ろうとしたけど、今ではお互いに皮肉を言い合うくらいには信頼している。
 最初はお世話になったお登勢さんが可愛がっている子だかという理由も今じゃすっかり変わってる、私はあの子がはやてちゃんだから、あの子の足を治してあげたい。

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 いつもの日課として終わるはずだった。
 一向に治る気配の足の状態を調べて、素人には皆目理解できない小難しい話が終わった後に、「お薬を出しておきますね」と意味のない処方薬を貰ってとっとと家に帰る。それが銀時にとっては口やかましいお節介女の忌々しい顔を見なければならない苦痛な、しかしはやてにとっては大好きな先生と会える嬉しい日課のはずだった。

「もう一度言ってくんねえかなあ」

 だが今日に限ってはそうじゃなかった。いつものように帰ろうとした瞬間、はやてだけ廊下に放り出され、診察室で主治医の石田医師と2人だけになった瞬間から銀時は嫌な予感がしたが、それがズバリ当たってしまった。

「……このままだと、はやてちゃんは長く生きられないかもしれない」

 そう告げる石田医師の表情は暗かった。それなりに付き合いのある銀時も見たことがないその表情が、長く生きられないという言葉がたちの悪い冗談ではないことを示している。

「歩けない病気にも種類があるの。まったく歩けないのは脳に送られる信号が何らかの理由で足に伝わらないのか、それとも足か腰のどちらかの神経に異常があるのか、前者ははやてちゃんの場合、足以外は健康体そのものだから除外ね、そもそも主治医の私が神経科な時点でこれはありえないし。だけど後者なのかと言われると分からないの、足の病気ってどちらかというと高齢か持病持ちの人じゃないとこういう症状は起こらなくて、あぁごめん、坂田君には難しすぎたか」

 サラッと人の頭の程度を低いと決め付けるような暴言を吐く医師の顔面に思わず銀時は鉄拳を見舞いたくなったが、自分には理解できないことは理解しているため寸前で我慢する。
 今は彼女を殴る暇はない、はやての体に何が起こっているのか、それは解決できる問題なのか、それだけが銀時のすべてであり、石田医師も理解しているからこそ言葉を続ける。

「ただ原因は分からないけど足の神経が麻痺してることは確かなの、そしてその麻痺は以前まで正常だった場所にまで広がってる。何の前触れもなくね」

 麻痺が広がるというのはどういう理屈なのか、人体の知識はおろか人間が持って当たり前な一般常識や道徳が致命的に欠けている銀時に答えが出せるはずもなかった。石田医師は暗い表情を隠そうともせず、言葉だけはあくまでも事務的な風を装おうとする。
 

「このままだと内臓機能にまで影響を及ぼしかねない、今の進行状況から考えて長く見積もって10年、ううん、もっと短いかもしれない」

「10年ってオイッ……」

 10年。その言葉にそれまで無表情だった銀時の眉間が僅かに歪んだ。
 それはどれくらいの年月なのだろうか?
 自分の体から今以上に悪臭を放ってしまうくらいなのか
 家賃家賃とうるさいクソババアが家政婦ロボ相手にボケるくらいなのか
 居候中のチャイナ娘がおしとやかな性格になるくらいなのか
 メガネがコンタクトレンズにクラスチェンジするくらいなのか。
 なんにしても普通の人間からしたらあまりに短すぎることだけは分かる。たったそれだけの時間しか残されていない、その残された時間さえ子供らしく外を走り回れない。子供らしく振る舞うことさえ許されない。

「ったくよお」

 考えれば考えるほど分からなっている感じだった、ただでさえできの悪い頭が答えの出ない問答を繰り返して余計悪くなっているのだろうなと石田医師は思った。銀時はコンプレックスである天然パーマの銀髪を何度もグシャグシャとかき回しながらうなだれる。

「……ごめんなさい、私も知り合いの医者全員に駆け回ったけど、地球どころか97世界のどの星の設備でも治療法はないって言われて、もうどうすることもできないって言われて、本当にごめん」

 そんな銀時に石田医師は謝罪を続ける。だが医者として彼女には何の非もない、ただ治る見込みのない病気が患者の命を蝕んでいると当たり前の報告をしただけ、それを理由に避難するというのならそれは間違いだ。
 だが医者として問題ないとしても、はやてと銀時、2人の親子の友人として何もしてやれない自分の不甲斐なさを痛感し、意味もなく謝ってしまう。いくら立派な肩書きを持っていても、確かな技術を持っていたとしても、それは人間性とは無関係なのだから。

「……石田先生よお」

 長い沈黙、それを破ったのは銀時だった、顔を上げて未だに悲痛な面持ちの石田医師を見据える。

「あと10年で、アイツはどれだけ笑えるんだろうな?」

「……なに言ってるの?」

 突拍子もない質問にキョトンとなるのも一瞬、父親のくせに娘の状況を理解しているのか疑わしく感じて思わず睨みつける石田医師。

「正直アイツの寿命が10年しかねえって言われてもピンとこねえし、それを知ってもアイツが俺達に文句言ってくるとも思えねえ。せいぜいドラマの感動シーンで心を痛めるのと同じくらいにしか感じねえだろうよ」

「バカ言わないで、これはドラマじゃなくて現実、実際にあの子に起こってる不幸なの。そんな他人事に……」

「そういう奴なんだよ、別に無理してるわけでも強がってるわけでもねえのに自分の足のことを他人事のようにしか感じてねえ、この前もアイツの菓子をパクったのがばれて喧嘩してたら、『私は長生きできんのやからいい加減に体だけやのうて頭も大人になってよ!!』なんて言いやがってたぜ。ありゃ勘づいてやがるよ」

 笑い話のように語る銀時とは裏腹に、石田医師は言葉が出なかった。
 死んでしまうかもしれない、健康な人が言えば単なる冗談で済ませられる話だ。だが未知の病気に蝕まれ、いつその身に不幸が訪れるか分からない状態にある子供がそんなことを言ってしまうなんて正気ではない、それではまるで。

「何よそれ? それじゃはやてちゃんは最初から治療を諦めてるってこと?」

「そうなんじゃねえの? ここに来るのもどっちかっつうとテメエに会いたいって理由のほうがデカイみたいだよあの子。こっちは患者でもねえのに毎回私生活にちょっかいかけてくるオバはんには気が滅入ってくけどな」

 投げかけられる皮肉が酷く遠く聞こえる。自分が想像している以上に少女の考えが常軌を逸しているせいだった。
 今まで彼女は主治医の範疇を超えるほどはやてを気にかけていた。幼いのにいつも周りを思いやり、笑いを絶やさない少女が眩しくて、その笑顔を悲しみに変えないために頑張ってきたというのに。それがはやてにはまったく届いてなかったのがたまらなく悔しかった。

「まあ早いうちに聞けて良かったよ、それならこっちも覚悟はできるしよ」

「……やめてよ、そんなこと言うの」

「俺ァ大して頭よくねえからこれからも病気に関しては先生に任せるけどよ、アイツ自身が完治するのを諦めてて実際長く生きられねえっつうなら、せめて残ってる時間の中でアイツが目一杯笑えるようにバカやるのが俺の仕事だ」

「やめて!」

 ガタリと音を立てて石田医師は立ち上がる。その目には怒りとも侮蔑とも取れる何かが宿っていた。
 分かっている、すべてが彼の本音ではないことに、だけど許せなかった。たとえ血が繋がっていなくても、たとえ傍目から見てイジメてるように見えていても銀時ははやてのことを家族だと思っている、絶対に悲しませてはならない存在だと思っている。
 だからさっきの言葉は彼にとっても苦渋の決断だったのだろう、自分に助ける術がないのなら、せめて生きてる限りは泣かせないようにしようと、未だ父親として不出来な彼が考えた娘への想いなのだろう。
 だけどそれは医師として、男の友人として、何よりもはやての友人であろうとする自分にとって決して容認できる言葉ではない。どんなに本人が望んでいようと、その選択を選ぶまでにどれほど辛い思いをしていようとも、親が子の命を見捨てるなんてあってはならないのではないのか。

「……そんなこと言わないでよ、あんな小さな子にそんな言葉を言わせてるのよ。おかしいわよ。もっと私達は罵られてもいいはず、最低な大人のレッテルを張られたっていいはずなのよ。なのにあの子は何も言ってくれない、最初から諦めてるから意味がないと思っちゃってるの。それなのに父親の坂田君まで諦めたら終わりじゃない」

「……」

「訂正する、治療法がないなんてありえない。97世界にないなら別の世界にあるはずよ、私が絶対に見つけるから諦めたようなことを言わないで、はやてちゃんにも言わせないで。10年間笑えるんじゃなくて、笑顔だけの人生じゃなくても普通におばあちゃんになるまで生きていける人生にしてみせるから、だからもっとあの子が子供らしくできるように頑張ってよ……」

 勝手な言葉だ、自分の台詞を客観的に判断した石田医師は、それでも震える声でその思いを続けた。
 やりすぎてる、1人の患者相手にどう考えても異常だ。それは本人も理解している。理解しているからこそ開き直っている部分があった。
 医師にとって医者や患者なんて関係なんてとっくの昔に意味がなくなってる。彼女は結局はやてが好きだから、あの笑顔がなくなってほしくないからこんなに必死になっている、それがここにきて爆発してしまった。
 そんな石田医師を見やる銀時の目は相変わらず覇気がなかった。だがその激昂した医師の顔が何故かはやてと重なり、大きく息を吐きながらこう思った。

――何で自分の周りの女はこう気負いすぎる奴ばかりなのか――。

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 空気が重い。車椅子を銀時に押してもらって歩道を進みながらはやては今の状況にげんなりしていた。
 原因は分からない。病院で診察が終わった後、いつもならどんな些細な話でも必ず自分も同伴させてくれた石田医師が突然銀時と2人だけで話がしたいと言って自分をほっぽり出し、それが終わったかと思うといつものやる気のない顔の銀時と妙に暗い表情の石田医師。何があったのかと聞くと少しだけ笑顔になって何でもないという医師の顔が痛々しかった。

「なあ銀ちゃん、ええかげんに話してよ。石田先生と何があったの?」

「大したことじゃねえよ。このまま甘いもの食ってると取り返しのつかねえことになるからやめろって言われただけだ。いつものお節介だ」

 そして銀時に至ってはこれだ。しかもさっきまでと全く違う話になっているのだからまともに隠す気がないのではと思ってしまう。
 頭の中がモヤモヤすると同時に足の付根がズキッと痛む。ここ2、3日前から気持ちが沈むと決まってこの症状がでる、以前に話して薬はもらってはいるがあまり効果はない。足が動かないのは正直諦めているが落ち込むと痛み出すのは何とかしてもらいたいとはやては大きく息を吐く。
 大好きな先生の悲しい顔を見るのは辛い、自分に話してくれないのも辛い、足も痛いの三重苦。1つ1つなら耐えることは簡単であるが、それがまとめて襲ってくるのは辛いことだった。

「はぐらかさんといてよ、私やって家族やのに」

「お子様にはちょっと刺激が強すぎるんだよ、テメエに黒の書を直視できる度胸があんのか? 辛い思いするだけだよ」

「本当のことを話してくれないほうが辛いんやよ?」

 少しだけ、滅多に見せない弱みを見せたはやてに、銀時は額を僅かに歪め、ポーカーフェイスを気取っていた表情にかげりがでた。

「大人の話にガキがツッコんでんじゃねえよ。人の内緒話に首突っ込むような恥知らずな育て方をした覚えはないよ俺は」

「だって銀ちゃん……」

「ガキはガキらしく同じガキのトヨタ君と仲良く手紙でも出し合ってろ小鴉丸。今度は髪飾りじゃなくてケーキでも送ってもらえよ」

 それを聞くとボンッという擬音がよく似合うほどはやての顔が真っ赤になる。誰にも話していないはずの自分と文通相手のペンネームを上げられ、さらには1ヶ月ほど早い誕生日プレゼントとして送られて、今も大切に補完している髪飾りの存在をあっさりバラされているのだからしょうがない。

「ひ、人の秘密を探っておいてどの口が言うんや!まったく説得力なんかないわアホ!!」

 両手を握りしめたまま何度もグルグルと振り回すが、銀時は身をよじらせて回避する。完全に攻撃が通らないと察するや、はやてはうーうーと唸りながら両手を膝に戻す。
 結局、どれだけ問い詰めようと適当にはぐらかされて口論になり、自分が言い負かされて有耶無耶にされる。もう何回も繰り返されているやり取りであるが、やはり納得がいくものではない。

「みんなして私のこと子供扱いして……」

 聞こえないようにポツリと呟く。涙が視界を滲むほど溢れ、ポケットに入れていたハンカチで懸命に拭う。
 分かっているつもりだった、銀時と石田医師が自分に内緒で何を話しているかなんて。お登勢もそうだが2人も完全に自分を子供扱いしてバレてないと思っているのだろうが、伊達に万事屋の手綱を何年も握っているわけではない。今の空気から考えれば答えなんて1つしかないではないか。
 特に最近は銀時がコソコソと携帯で石田医師と連絡を取っていて、そのたびにこちらの顔色を伺うような仕草を繰り返す。それだけで話の内容が自分に関係していることなんて明白だ。
 内容は予想できる、自分に話せない理由も分かる。結局はそれを認められない自分に原因があることを再認識してはやては膝においていた鎖付きの本をギュッと握り締め、何かを決意したかのように大きく首を縦に振る。
 銀時達の言う通り、やはり自分はまだ子供だ。いつまでも現実を直視しようとせずに相手から答えを求めてばかり、そんなことでは2人も安心してくれないだろう、まずは自分から素直にならねば。

「なあ銀ちゃん」

「んだよ?」

 さっきまでとは打って変わって楽しげな声色で語りかけてくることに気持ち悪さを感じたが、一応平静を装う銀時。

「私な、新八君も神楽ちゃんも定春も大好きやで。新八君は銀ちゃんのせいで前のバイトクビになって仕方なくウチで働くことになったようなものなのに私達のために一生懸命になってくれるし、神楽ちゃんも銀ちゃんに単車にハネられて見捨てられようとしてたのに万事屋のことを大好きって言ってくれる。定春は万事屋全員集合って雰囲気になってもハブられること多いのにふてくされずに一緒にいてくれる。昔の金丸さん達が居た頃の万事屋も楽しかったけど、私は今の万事屋がすごい好き。みんなが私達の家を居場所って思ってくれるのが、家族って思ってくれるのがすごい嬉しいんや。これって銀ちゃんのおかげやねんで」

 昔、茶屋でバイトをしてた新八の店で銀時は楽しみにしてたパフェをこぼされたという理由で他の客をなぎ倒し、その責任を取らされる形で辞めさせられた新八。ヤクザの構成員として働いてた時に、ジャンプを買おうか悩んでいた銀時の前方不注意でひかれた神楽。ペットであるという都合上、どうしても忘れられてしまうことが多い定春。
 それぞれ銀時のせいで人生の路線を切り替えざるを得なくなった2人と1匹、それがなぜかな、はやてには切り替える前よりもどこか楽しげに見えた。休みなんてないに等しい、仕事はキツイ、給料は払われないことが多い、ご飯は当番制、良い所なんてまずないと断言できるはずの万事屋は、以外にも銀時の存在で上手く回っていた。

「銀ちゃんと万事屋を始める前は私はお登勢さんに申し訳ないっていつも思ってたけど、銀ちゃんのおかげでお登勢さんに甘えっぱなしやった自分から抜け出すことができた。こうして今があるのは銀ちゃんが万事屋を始めてくれたからなんやって」

 銀時は思った。やっぱりこいつは何も理解してない。そもそもお登勢は必要以上に甘えてこないはやてをいつも心配してたし、万事屋を始める理由も自分の存在が大きかったことを分かっていない。誰か1人のおかげで今があるはずがないのに。
 しかしはやては言葉を続ける。自分が本当に言いたいことを言うまで、自分が納得行くまで、銀時は鬱陶しく思いながらも耳を傾ける。

「でもそんな楽しいことも永遠ってわけにもいかへん。新八君はいつか道場を継がなあかん、神楽ちゃんもいつかお父さんの所に帰る日が来るし定春もそれに付いて行くと思う。私も銀ちゃんもいつまでもこのままなわけない、頭では分かってるつもりやったんやけど、ホンマにつもりなだけやった」

 何か口に出したくない言葉がだんだん近づいてくる感覚を覚えながらはやては震えていた。覚悟を決めてもいざそれを実行しようとすると決心が揺らいでしまう。だけどそんなことでは意味がない、どんどんその表情が怪訝になっていく銀時を尻目に大きく呼吸をする。

「でも、そんな私のワガママで今を続けたら銀ちゃんを縛ってしまう、それだけは絶対にイヤや。なのはちゃんやって今日みたいに頑張ってるんやから、今度は私が頑張らなアカン」

「……」

 少しずつ語られるはやての思いに、銀時はなぜか嫌な予感がした。別に少女の思いを否定するわけではないのだが、そもそもはやてが何を思って暴露しているのか全く理解していなかった。

「銀ちゃん、私は万事屋のみんなやなのはちゃん達と同じくらい石田先生のことが大好きや」

「俺ァ嫌いだけどな」

「本当なら嬉しいって思わないとアカンかったのに、怖いって思ってごめん、でももう大丈夫やから! 私にとってむしろすごい幸せなことってやっと気づいたから!」

 手元のスティックを操作して銀時から離れ、その場でターンして正対する。もう今にも爆発しそうなくらい紅潮させている顔で銀時を見ながら、はやてはついにその言葉を口にする。

「わ、私は、先生が、石田さんが幸恵お母さんになっても全然問題ないから! さっちゃんやったら困るけど大好きな先生なら大歓迎やから! 明日から、いやもう今から花束でも指輪でも買って正式にプロポ……」

 ガツンッと硬い拳がはやての頭上に叩きつけられる。あまりにも気持ちいいくらい響くその音に周りの歩行者も思わず振り返るほどだった。

「いたーーい!! 何すんの! 人がせっかく勇気を出したのに!」

「何すんのじゃねえ! いきなりわけ分かんねえことほざいたと思えばなにおぞましいこと言っちゃってんの! 何でよりにもよって俺とあいつが両思いになってんの! ぶっ殺すぞマセガキ!!」

 顔面怒りマークだらけになりながらさらにゲンコツを食らわせる銀時、しかしそれを察知したはやては肌身離さずもっていた鎖付きの本でガード。ちょうど中指の第二関節が鎖の部分とぶつかり、銀時はこの世の物とは思えない叫びをあげながら道を転げまわる。

「何やねん! 人に隠れてコソコソ電話したり今日みたいに2人きりで話しあったりしてまだ認めへんのか甲斐性なし! 私の目なんか気にしてる暇ないやろ!」

「誰がテメエなんぞに気い使うかボケ! 勝手に誤解して舞い上がってんじゃねえ! つうか俺ァ頼まれてもあの女にそういう目は向けねえから、銀さんもうちょっとレベル高い子目指してるから!」

「高望みすんな! ぬ~べ~以上にダメ人間な銀ちゃんがこれを逃したら一生結婚できひんやんか! さっちゃんみたいな人にしか好かれてないくせに!」

「顔も知らねえ文通相手に発情してるテメエにいわれたくねえよ! 髪飾り片手に居間で悶えてたのはどこの誰だ!」

「うわあ~~! 言うな~! こんな所で人の秘密言うな~!」

 もはや人の目なんて気にも止めずに互いに激しい罵り合いを繰り広げる2人だが、周囲の人達は奇異の目で見るのも一瞬、またかと、かぶき町の名物とも言える2人の親子の喧嘩を微笑みながらスルーしていた。





あとがき
 今日の更新で分かったことは、私はストーリーが大して進んでいない時のみ筆が早いということ、全然ダメダメですね、すみません
 今回の万事屋はやてちゃん、略して『よろはや』は特にこれといった考えで書いたわけでなく、単に銀時と石田先生のはやてに対する思い、はやての2人に対する思いを表現しただけでした。問題はそれをしっかりできたかどうか不安です。



[37930] 第8話 目覚める魔導書
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191
Date: 2013/06/25 00:33
苦しくもどこか楽しかった夢が途切れ、途方もなく長い眠りが唐突に終わりを告げた。周囲を見渡すと真っ暗なだけで何もない空間、そこには私1人しかいない。それが意味するものを理解して小さく息を吐く。それがまた多くの命を無に帰すことだと分かっていたから、私が存在するだけで無用な破壊を招いてしまうことを理解しているから。
 本来ならここに今回選ばれてしまった主が来るはずなのだが、どういうわけだろうと私は本を通して外の世界を見る。白い雲がまんべんなく広がる青い空が美しい。地上から昇る黒煙で形成されてない雲を見るなんていつ以来だろうか、地平線まで広がる炎によって彩られる赤い空以外の本来の空を見るなんていつ以来なのだろうか。

「顔も知らねえ文通相手に発情してるテメエに言われたくねえよ! 髪飾り片手に居間で悶えてたのはどこの誰だ!」

 怒声が聞こえた。妙な着物をだらしなく着ていて、腰にさした木剣と銀髪の髪が印象深い。
 あぁ思い出した。夢の中でよく私を重い物で下敷きにしたりその汚らしい髪を押し付けて人を枕代わりにしてた、何かあればいつも私に暴力を振るっていた男だ。目を覚ます直前の記憶を思い浮かべる、どうやらこの男の拳で中途半端に目覚めてしまったらしい。まったくはた迷惑なことだ。

「うわあ~~! 言うな~! こんな所で人の秘密言うな~!」

 次いで聞こえた幼い声に振り向く。癇癪を起こしているのかヒステリックな声を出しながら頬を赤らめている少女。
 ……そうか、この子が今回の選ばれた主。いや、私なんかに選ばれてしまった被害者なのか、見る限り争いなんかとは無縁そうな、私が傍らにいる資格なんてないほど純粋な人なのに。
 罪悪感が重くのしかかるが、同時に少しだけ安堵した。夢の中でこの子を見てきたから分かる。恐らくこの子は歴代の主達のように狂気に呑まれて欲望に囚われることはないだろう。何よりそれを望みはしないだろう。
 良かった。私の重ねてきた罪を押し付けることになってしまうが、これで終わりのない負の連鎖が終わるかもしれない。やっと私の暴走に巻き込まれ、望まぬ戦いを強いられてきた彼女達に安らぎが来るかもしれない。
 もしも神がいるというのなら、どうかこの私の闇に終焉を、私の名が戻ることを望みます。

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 爽やかで温かい陽気な風がひゅるりと青い空を掛ける。
 鬱蒼と生い茂る草原はそのたびに揺れ動き、美しいダンスを披露して見るものを魅了する。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 そんな美しい舞踏会の中、新八はこの世のものとは思えない形相で後ろに迫るゴリラ、ジュエルシードが特定の生物や無機物を取り込んだことで変化する異相体から全力で逃げていた。ゴリラと言っても万事屋のペットである定春が霞んで見えてしまうほど巨大な体躯で、体中に白い紋様がいくつもあしらわれている。
 その豪腕は軽く振るわれるだけで地面を大きく抉り、力を込めればちょっとした地震を起こす。それに反して走る速度は自動車のそれと変わらない。何の防具も装備していない新八では軽く触れられただけでその場でひき肉と化してしまうだろう。

『新八さん、聞こえますか? こちらの準備は整いましたので指定された場所まで異相体を誘導して下さい』

「準備できてるのならテメエも来やがれエエエ!!! なんで僕だけであんなゴリラの相手しなきゃいけねえんだ! つうか神楽ちゃんはどうしたアアア!!!」

 すぐ後ろで自分の命を奪おうと迫る死神の存在が焦りを生んでいるのか、耳に備えたインカムから聞こえるユーノの声にツッコむ新八。この絶体絶命な状況でも理不尽なことに対するツッコミを欠かさないのはある意味大物というか緊張感がないというか。

『すみません、でも今の僕じゃこの罠の遠隔操作はできないし、それと神楽さんはなのはを護衛すると言って聞かなくて……』

「あのエセチャイナ野郎! どう考えてもなのはちゃんより僕の方が護衛必須だろうがッ!!!」

 明らかに守る対象を間違えてることに怒りを露わにする新八。それを隙と捉えたのか、ゴリラは右肩に備えられたアタッチメントを展開、6連装のガトリング砲から毎分6,600発もの速度で20mmの弾丸を新八に向けて吐き出す。

「ギャアアアアアアアアッ!! もう何でもいいから早く封印してくれエエエエ!!!」

 しかしそんな高速弾をジグザグに走ることで辛うじて避ける新八。もう人間、というか生物としての性能を軽く凌駕しているその動きに感情のないはずのゴリラも追いかけながら口をポカンと開けて唖然となる。
 その時だ、ゴリラを中心に4つの魔法陣が展開。そこから緑色のヒモが複数現れ、ゴリラの体に幾重にも巻き付かれる。

「成功だ!」

 近くで確認したユーノが喜びのあまり声を上げる。物質に寄生した異相体の実力は思念体の比ではない、未だ全快ではないユーノ、思念体にさえ手も足も出なかった神楽、凄いのは魔力量のみでコントロールがド素人のなのはでは正面から挑めば苦戦を強いられる。だからこのように罠を仕掛けたのだ。
 ユーノが隠密性の高い罠を仕掛け、新八と神楽が囮となって誘導、動けなくなった所をなのはの魔法でとどめを刺す。単純だがそれぞれが徹底した役割分担をすれば相手が異相体であろうと被害を被ることなく目的を達成できる。はずだった。

「どこが成功だアアアアア!! なに僕まで一緒に縛ってんだお前は!」

 逃げ遅れて罠に巻き込まれた新八が叫ぶ、単に相手を拘束するだけの魔法のはずなのだがなぜか亀甲縛りになっており、心なしか非常に苦しそうだ。

「あぁ! す、すみません! 今解きますから……」

『おっしゃアアア、今だなのはッ! どでかい一発かましてやれゴルァ!!』

 インカムから聞こえる神楽のやかましい声。まずいと思って新八とユーノは空を仰ぐ。目線の先には元気玉よろしくピンク色の光球がその体積を増して膨張していくのが見えた。

『はい! 高町なのは! いきます!!』

 既に準備は万端だとばかりの気合の入ったなのは返事が、新八にとって死の宣告に聞こえた。

「ギャアアアアアア!! なのはちゃんタンマタンマ! こっちも動けないから、僕まで巻き込まれるから!」

「なのはダメだ! 新八さんがまだ逃げてない!」

『くたばれゴリラアアア!!!』

 必死に攻撃を止めさせようと声を張る2人の声は、しかし空中でなのはの首に掴まる神楽の叫びによってかき消される。それにしても空も飛べないのにどうやってなのはを護衛しようというのだろうか。

『ディバイイイン、バスター!!!』

 名称と共に光球は太く長い光軸へと変わり、ゴリラと新八へと一直線に進んでゆく。激しい轟音と衝撃を伴う粒子、それでいて熱量を一切もたない光が草原を覆い尽くす。

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「なのは! 攻撃のタイミングは神楽さんじゃなくて僕の指示で撃ってってあれほど言ったじゃないか!」

 プンプンと机の上で腕を組みながら怒るユーノの声がジャンクフード店、ヤスノハウノに響き渡る。
 結局草原でのジュエルシード捕獲作戦は、その場に巨大なクレーターを形成したことと、新八が全身包帯まみれのミイラ男になった以外は完璧に成功したといっても良かった。しかしの指示を無視して勝手に攻撃したことは褒められた行為ではない。そもそもそれのせいで新八が思いっきり重症を追ったのだから当然である。

「いくら非殺傷設定でもまったく無傷ってわけにもいかないし怪我しても今の僕じゃ治療できないし、何より君はまだ魔力運用が完璧じゃないんだから過信しちゃダメ! あれだけの砲撃魔法をこの国の政府に捉えられないように探知妨害するのだって大変なんだから!」

「……ごめんなさい」

 矢継早に繰り出される説教にシュンと落ち込むなのはに、向かいの席から見ていたミイラ男、もとい新八がちょっと可哀相かなと思ったのかまあまあと場をなだめようとする。

「まあまあユーノ君、まだなのはちゃんは魔法を使うようになって間もないんだからしょうがないよ。こうやってジュエルシードも確保できたんだし」

 某ひとつなぎの大秘宝を探す海賊漫画で出てきた砂漠の町で長鼻男と同じ姿にされてこんな寛容になれるのは本人の人柄か、もしくは単なる考えなしか、どちらにしても怪我を負った本人が許してしまうのでは仕方がないとユーノは小さく頷く。

「ごめんねユーノ君、私魔導師なんてテレビでしか聞いたことなかったから、自分がそうなったって思うとはしゃいじゃって、でも次は先走ったりせずにちゃんと言いつけを守るから!」

「いや、僕も言い過ぎた。元々協力を頼んだのは僕だし、何よりもまだ素人のなのはのことを考えてなかった」

 お互いに頭を下げる姿が妙に微笑ましいと新八は僅かに笑みを浮かべる。言葉や考え方はすごく立派だが、こういうのを見る限りユーノは自分よりも幼いのだろうかと考えた。

「そうネ、そもそも肝心な時になのはを止められなかったお前が言っても何も説得力ねえぞオコジョ」

「ユーノです! そもそも僕の声を遮った神楽さんに問題ありますからね! あれさえなければそもそも新八さんだって怪我しなかったんですから!」

 だというのに空気を読まずになのはの隣で野次を飛ばす神楽に収めていた矛を再びむき出しにする。万事屋でのやり取りの時もそうだがどうもこの2人は相性が悪いというか、互いに毛嫌いしているきらいがある。

「んだコラア! 包丁で惨たらしく殺したあと犬肉と一緒に火災樹にして食うぞハクビシンもどきがッ!!」

 もう怒りを超えて殺意を持って罵倒する神楽。どうでもいいがハクビシンはネコ科の動物で間違ってもフェレットの仲間ではない。
 これ以上まずいと思ってなのはが2人の間に入ることで一応は沈静化する。新八や銀時が同じ事をすれば間違いなくドギツい罵倒と共にその鉄拳が振るわれたのだろうが、さすがの神楽も相手を見て対応を決めるようだ。

「それにしてもたった1つ手に入っれるだけでもこんなに大変とはね、あんまり焦っても意味ないし、気長にやっていくのが一番かな」

「……多分、そうは言っていられないかも知れません」

 新八一言に反応したユーノは神妙な顔で呟いた。 

「どういうこと?」

 言葉の重み、何よりもその雰囲気に違和感を感じてなのはは問いかけた。
 確かにジュエルシードが危険な代物だという話は本人から聞いているし、外の世界からは犯罪組織の温床という不名誉な称号をもらっているこの97世界でそれを欲しがる人間が大勢いる事も理解している。だが時間を置けば時空管理局と呼ばれる組織も応援に来てくれるし、仮に幕府に正体が露見しても話せば理解してくれるだろうと思っていたからだ。だが。

「僕達以外にも最初からジュエルシードを狙っている人がいるかもしれないんです」

 え!? と目を点にしながらユーノを見る3人。

「僕が万事屋さんで事情を話した時に言いましたよね? ジュエルシードを運んでいた輸送船が謎の魔導師の襲撃にあったって、あの時は単に97世界に住み着いているただの野良魔導師だと思っていました。船員の証言から確かにその魔導師は97世界の方面から現れたことが分かりました。でも船の破損状況からそのランクは最低でも総合AAA以上はあるという結論に至ったんです」

 ランク、AAA、聞き慣れない単語に首を傾げる3人の顔を見て、ユーノは慌てたように説明する。

「ランクは大雑把に言うとその人が持っている資質や魔力の量、他に魔法をどれだけうまく使えるか、どれだけ多くの任務をこなせるかという魔導師の力量を表す順位みたいなものです。SからFまであって、原則的にAランクからはAAや+や-を付けて順位を付けるんです。ただ空戦に特化した空戦ランクや陸戦、これら両方をこなせる総合もあるんで一概に魔導師の強弱を決められるものでもないのですけど、ある程度の目安にはなります」

「へえ」

「ちなみに思念体や異相体は個体差はあっても大体Aランク、そしてその輸送船を襲った魔導師は推定AAA、Aランクの最上位がAAA+ですから、それがどれだけ凄いのかは想像できると思います」

「す、凄い徹底してるんだね……」

 それまでゲームやアニメの中でしか表現されていないと思っていたアルファベットによるランク分けが現実にあることに苦笑いする新八。今の自分はどれくらいなんだろうかと好奇心を露わにするなのは。しかしその2人とは対称的に神楽だけはユーノの話に違和感を覚えた。

「でもおかしいアル。そんなランクと船を襲うことと何の関係があるんだヨ?」

「極端にランクの高い魔導師は無許可で管理外世界に渡航、滞在することは違法行為なんです。それを理解してあえて管理外世界に滞在するのは何らかの犯罪に加担しているか、もしくはその世界に求めるものがあるからです。だけどAAAとなると管理局でも全体の5%しか存在しない高ランクで、エイリアンバスターや夜王が相手でも複数人で挑めば一時的に渡り合える程の魔導師。民間からも引く手数多の凄腕が中身の期待できないオンボロの輸送船を襲うわけがありません」

「つまり、その魔導師さんは最初から輸送船の中身を理解していたってこと?」

 こくりと、なのはの言葉に頷くユーノに、新八達は背筋が凍る思いになった。今回戦ったゴリラの異相体、神楽が手も足も出なかった思念体でさえAランクだというのに、自分達と同様にジュエルシードを狙っていると思われる魔導師はそれよりも2ランクも高いというのだから無理もない。

「もちろんこれはあくまでも僕の仮説ですけど、これが本当なら僕達は知能のない異相体の他に対人を想定した戦いも覚悟しないといけません。そうなると僕の罠も新八さんを囮にする作戦も通用しない」

「何で僕が囮になるの前提!? いや確かにAAAとかそんな凄そうな人を相手に正面から戦おうなんて思わないけど!」

 さり気なく今後の自分が辿る運命に反論する新八だが、それでも周りの重い空気は変わらない。
 特になのははユーノの言葉にスカートを強く掴みながら震えていた。まだ自分は魔法を覚えて数日しか経っていない新米なのに、そんな凄い人が仮に存在したとして、果たしてちゃんと戦えるのだろうか。自分が原因でユーノ達を危険な目にあわせてしまうのではないのだろうか。想像しただけで頭の中がグチャグチャになってしまうその恐怖。

「大丈夫だぞなのは、AAAとか+とかそんな中二臭え奴が敵に出てきても私が全部やっつけて護ってやる!」

 両肩から感じるぬくもりによってそれが一瞬で消え失せた。顔を上げるといつになく真剣な表情で見つめる神楽の顔。

「神楽ちゃん……」

「だから絶対に無茶すんなよ? お前に何かあったら桃子のおばちゃんにもうケーキ食わせてもらえないかもしれないし、アリサやすずかだって笑えない。何よりお前がいないと私が耐えられないアル……」

 普段から気丈に振る舞うチャイナ娘の本音がポロッと出てきて、なのはは少しだけおかしくなり、さっきまで感じていた震えも収まっていた。
 不思議だった。単体では決して思念体にも異相体にも勝てないのに、それ以上の敵が相手でも絶対に護ると語る少女がとても頼もしく見えて、そして自分がその少女の言葉を信じていることに。

「うん、絶対に無茶しないよ。だから私が危なくなったらまた助けてね」

 だからこそ、こうやって濁りのない笑顔で答えることができた。その笑顔に神楽も、そしてそのやり取りを見ていた新八も自然と笑う。

「……果たしてどこまで信じていいものか」

 聞こえないように呟くユーノを除いて。
 ジロリとなのはと笑い合う姿を注視し、そこに夜兎族特有の打算や虚言が含まれていないかを観察する。彼もできることなら神楽の事は信用したいと考えてはいる。だがなのは達の命を預っている彼にとっては最悪の可能性も想定しなければいけない。
 だからこそ対人を想定した戦いの話をする時、暗に『神楽を戦力とみなしていない』と取れる発言をしたのだから。

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「シュテルと地雷亜、確かにそう言ったんだね?」

 日が西に傾いてオレンジ色の空が広がる中、高層マンションの一室で狼形態でソファーに寝転ぶアルフの背中をさすりながらフェイトは昨日の夜に起こった出来事を聞いていた。

「あぁ。昨日の夜にフェイトの戦いを観察してる所を偶然見つけてさ、どうやら連中もジュエルシードを狙っていたみたいだから事情を聞こうと思ったけど、結局返り討ちにあっちゃった……」

「気にしないで。アルフが無事だったことが私には何よりも嬉しいから」

 バツが悪そうに下を向くアルフの頭を撫でる。気恥ずかしいのか手を払いのけようとするその仕草が母性を掻き立てるのか、フェイトはさらに手の力を強める。普段なら非力な彼女なんてすぐに引き離してしまうアルフの力は、しかし今では見る影もない。
 包帯が巻かれた背中を再び撫でる。あの夜、倒れていたアルフに付けられていた傷は出血こそ止まったが未だに完治していなかった。刃物に対魔法用の毒物でも施されていたのか治療魔法もほとんど効果はない。母親クラスの大魔導師か、もしくは回復に特化した魔導師なら難なく治療できるのだろうが、今の自分にはそれだけの能力ががないことが腹立たしかった。

「私も辰羅達の口からある程度聞いたよ。あの時の戦いはシュテルの部下に見られていたって言ってたけど、話を聞く限りその部下は多分地雷亜のことだろうね」

「あぁ、他の仲間の名前を口に出さなかった所を見るとそれで正しいと思う」

 別の世界から来た魔導師が現地の忍を使って偵察をする。妙な話だとフェイトは顔を歪めた。たとえフリーであろうと魔導師が管理外世界に許可無く渡航するのは犯罪行為だというのに、あろうことかその世界の人間と妙な行動をするのだから。しかもそれが過去の大戦を題材にした映画では夜兎と荼吉尼に並んで出演する辰羅とも繋がりを持っているとのだから余計だ。

「……フェイト。こんなこと言っても無駄だろうけど無茶しないでおくれよ。シュテルはバカみたいに強かったし部下の地雷亜と組んだら多分手に負いないよ。その上あの傭兵部族までジュエルシードを狙ってるんだ。アタシの怪我が治るまで絶対に動かないでおくれ」

 今にも泣きそうな声でアルフは意味がないと分かりつつも自重するように訴える。それを聞いたフェイトは険しかった表情から一転、再び元の柔らかい笑顔で見つめながら何度も頷く、

「ありがとうアルフ。でも大丈夫、その話を聞く限りシュテルと地雷亜は私達から攻撃しなければ何もしてこないみたいだから単にジュエルシードを集めるだけなら問題ないよ。もちろん辰羅のこともあるからしばらくは彼等の手が届かない遠い場所のものから探すから心配しないで」

 結局自分が動けない間も捜索活動自体は続けるというフェイトの言葉に反論しようとしたが、自分の柔らかい体毛に気持ちよさそうに顔をうずめるその姿を見て詰まってしまった。普段は気負い過ぎて余裕がない少女が見せる年相応の仕草があまりにも愛らしくて、それでいて自分の言葉が今のままでは届かないことを理解しているから。

「あの人達よりも先に手に入れてみせる。誰かを傷付ける前に、母さんをこれ以上悪く言われる前に……」

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 どうしたものだろうか。今日のジュエルシード探しを終えて万事屋に戻ってみると、先に帰ってきていたらしいはやてと銀時の険悪なムードに当てられること数時間。新八は心の底からそう叫びたくなった。

「……ちょっと出費がかさんでるなあ、明日は遠い所まで買い出しに行こ。石田先生の車で」

 机の上で簿記をしているはやてがわざとらしいくらい大きな声でそう言ってようやく理解した。こいつらまた石田先生絡みで喧嘩してやがる。
 この2人が喧嘩する原因の中でも多いのはまずはやてがいつも大切にしている鎖付きの本。次にはやてのお子様下着を勝手に触ること。そして石田医師だ。特にはやては色々と気にかけてくれている医師のことを大切に想っており、彼女を悪く言われるとよく怒る。まあ大半はいきすぎた暴言を吐く銀時に問題があるから基本的にはやてに理があるのだが。
 普段ならまたかよと呆れながら無視して適当な時間になったら家に帰るつもりだったのだが、この状況を放置したら一週間は続く可能性がある。何とかして仲直りさせなければと思案する。

「はやて~、お腹すいたアル。ごはんは?」

 そんな新八の必死の考えとは裏腹に、自分の欲望に忠実な神楽は定春にまたがって虚ろな目で夕飯の催促をする。それに気づいたはやてはノートを閉めるといそいそと車椅子を動かして台所まで移動する。いつもならちゃんと返事をする人間が無言で行動をするのは不気味以外の言葉が見当たらなかった。

「……ええっと、銀さん今度は何やらかしたんですか?」

 時計の秒針が規則正しく動く音が支配する万事屋の居間。これはチャンスとばかりに不機嫌な雰囲気を惜しげもなく晒し出す銀時に問いかけるが。

「別に~、そこのチンチクリンが勝手に怒ってるだけで俺は何も知らないよ新八君。聞くならはやてちゃんに聞けば~?」

 挑発するような声色で答える銀時。その大人げない態度だけで今回の喧嘩は相当根が深いことが理解できたが、同時にこうなってしまうとはやての方から折れない限りは解決しないという結論に至った。

「私も人の私物を勝手に見るようなデリカシーのない人が不機嫌になってる理由なんてまったく知らへんけどな!」

 その小さな体から想像できない音量で叫ぶはやてにがっくりとうなだれる。向こうも取り付く島がないのではどうやってこの居心地の悪い空気から脱することができるのかわからないからだ。
 額に怒りマークを出しながら台所を見据えた銀時はその場で大きく深呼吸。そして。

「手紙に得意料理を延々と書く子は言うことが違うねえ。さり気にトヨタ君の好きなもの書いてたのは驚いたな銀さんは! でもお前がそれを作ってる所1回も見たことないな~! 嘘付いといてデリカシーとか良く言えるな~!」

 必要もないのにわざわざ両手をメガホンのようにしてこれでもかと喋る。
 マズイと思った次の瞬間、銀時の鼻から鮮やかな鮮血が迸り、次いでゴトンとフローリングに落ちる鎖付きの本には真新しい血液が付着していた。

「ヌアアアアアア!! 鼻が、鼻が曲がったアアアッ!!!」

「ちょっとオオオ!! 大丈夫ですか銀さん!」

 ゴロゴロとその場で転げまわりながら辺りに血を撒き散らす銀時に駆け寄る新八。どうやら本に巻きついた鎖が運悪く鼻に直撃したらしい。その様子を冷ややかに見ながら神楽は大きくアクビをかき、そして本を投げた張本にであるはやては頬を目一杯膨らませながらしゃくりを上げて泣いている。

「銀ちゃんのアホ! 常識知らず! 怠け者! 糖尿病患者! 恥知らず! 怖がり! ニート侍! 甲斐性なし! ツッコミ下手! ギャンブル狂! シモネタ! パクリ! パラメーターにAなし! 必殺技なし! 9話も連載してて1回も戦ってへん上に出番も私の方が多いってどんな主人公や! 何でもオイイイって言わせればギャグが成立すると思うな! 本気で天然パーマで苦しんでる人達に謝れ、なんちゃって天然パーマ!!」

 ダンッ! とフスマが閉められ、居間には銀時の悲痛な叫び声だけが残る。

「ヌオオオ、あのガキャア、親に手を上げるなんざいい度胸してるじゃねえか!」

「娘にぶたれる親の方がよっぽど情けないアル天パ。頼むからしばらくなのはに話しかけるなよ、バカがうつるから」

 心底軽蔑するように言い放つ神楽に、はやてはどうでもいいのかと思った新八だったが、またいきすぎた過保護な発言だろうと無視してモップで血の着いたフローリングを掃除する。

「チクショウ、あの野郎最近反抗的になってきやがったな。いっぺん焼きいれてやるか」

 そう言って銀時は台所まで足を運ぼうとしたが、ふと目線を下に落とすとさっき自分の鼻を潰した憎き本が転がっている。
 
「……!」

 頭の中で何かが開いめいたような音がしたのか。何をするつもりだと呆れる新八を尻目に本を机の上に置き、ゴソゴソと押し入れを探り始める。

「ちょっと銀さん、ただでさえ今はやてちゃんの機嫌悪いんだからこれ以上話がこじれるようなこと……」

 そこで新八の言葉が止まった。
 ギザギザの歯が幾つも外縁にまとわり付く物々しいその物体、銀時が持ち手の紐を引っ張ると同時に黒い煙を出し、まるでエンジンを始動させたような音と、同時に外縁の歯が高速で回転し、聞いているだけで耳を塞ぎたくなるような甲高い音が響き渡る。
 見てるだけで生理的恐怖を感じるそれは、伐採などに使うためのチェーンソーであった。

「ようし、やるぞ」

「オイイイイイイイ!!! やるって何をだ!! 殺るのか! 殺っちまうのか!!」

 あまりに非常識すぎるその光景に間髪入れずにツッコむ新八。

「ちげえって、今日はこの本の鎖に何度も痛い目に遭わされたからな。もう二度と俺のような被害者が現れねえように切り取ってやろうと」

「全部テメエの自業自得じゃねえか! それはやてちゃんの大切な本つってんだろ! やめろバカヤロー!」

 ジェイソンみたいなホッケーマスクを被る殺人鬼、もとい銀時を後ろから羽交い絞めするが、腐っても主人公。その状態のままチェーンソーを大きく振りかぶり、机の本に向かってその刃を突きつける。

「神楽ちゃん何とかして! このバカマジでやる気だから! マジでいっちゃってるから!」

「ようし銀ちゃんばっちこい! 新八は私が押さえといてやるネ!」

「お前も煽ってんじゃねえで止めろ!! つうかはやてちゃん何してんの! 君の本やばいことになってるよ!!」

 神楽と取っ組み合いになっている新八の訴えも虚しくチェーンソーは本の鎖に接触。激しい火花と金属がこすれ合う音が鼓膜を突き破らんばかりに響きくが……。

「ヌオオオオオオ!! やっぱり切れねえ! ルナ・チタニウム製かこの鎖は!!」

 同じ箇所に刃を当て続けるが、鎖は切断どころか傷さえ付いている様子がない。元々チェーンソーは硬いものを切断するのに向いていないとはいえこれは異常という他なかった。

「クソオ、負けてたまるかアアアッ!!!」

「やめろおおおおッ!!!!!」

 しかしそれで諦めるような銀時ではなかった。机の上に乗っかってチェーンソーを本の上から押し付けて強引に切り裂こうとする。大人1人分の体重がチェーンソーの先に集中し、本への圧力が増していき、そのギザギザが鎖からそれて表紙に触れようとしたその時だ。

「ッ!」

 本を中心に球形のエネルギーが形成。それに押し上げられる形となったチェーンソーが弾かれていく。
 ホッケーマスクをかぶった銀時も、いつの間にか殴り合いにまで発展していた新八と神楽も驚きを隠せなかった。だが問題はそれだけでなかった。
 フローリングに黒い正三角形の模様が浮かび上がる。まるで魔法陣のようだと3人が思うと同時に本はその場で空中を浮き、人間の心臓のように激しく脈打つ。そしてその度に周りを覆う鎖が悲鳴を上げる。チェーンソーではビクともしなかったそれは、本の動悸に合わせるようにミシ、ミシと鳴り、小さなヒビが無数にできていく。

「ち、ちょっと銀さん! 何なんですか! 一体どうしちゃったんですかあの本!」

「え? 何これ? ひょっとして結構マズイことになってる?」

 予想外の出来事に困惑する新八と銀時。そして本から尋常ではない気配を感じたらしい定春が何度も唸り声を上げて威嚇する。

「……カッケー」

 そんな中、1人だけ2人とは異なる感想を呟く神楽。今この場で尋常ではない現象が起こっているというのにまったく気にする素振りがない。

<<……主の魔力適性、水準未満。されど外部からの激しい攻撃から緊急を要すると判断。守護騎士システム以外の機能を一時的に凍結。守護騎士システムの起動開始>>

 重々しく、妙に色っぽい電子音が本から聞こえ、そして最後の動悸に合わせるかのようにびひ割れの鎖が飛び散る。
 1ページ。2ページ。3ページ。
 目一杯開かれた本は真っ白の紙を一枚ずつめくり始め、最後のページに到達。そして。

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 瞬間、万事屋のすべてが白い光りに包まれる。

 ・
 ・
 ・

「アアアウアァァァッッ!!」

 模擬戦用の広い空間で激痛からくる自身の叫び声が響き、それがさらに頭の痛みを増幅させるていたが、シュテルは怒りよりも先にその痛みから逃れようとのた打ち回る。
 今まで戦いによって得た痛みとは根本からして違う。まるでノコギリで脳みそをゆっくりと傷付けるような鈍くて形容しがたい激痛。いくら頭を押さえつけてもそれから逃れることができずに倒れこみ、本人の意志とは関係なく体をくの字に曲げてエビぞりになる。
 傍目から見ると異様極まりないその光景を、練習相手をしていた地雷亜はその状況を理解しているのかニヤリと笑って眺める。

「思っていたよりもに早かったな。あれの起動は1ヶ月以上も猶予があると貴様の口から聞いたが?」

「そんなこと貴方に言われなくても分かっています! 私とてなぜ今この時にあれが目覚めたのか検討もできていないのですから……!」

 感情的に喚きながらも痛みが消えることはない。何とか立ち上がって自身の手の平に真円の魔法陣を展開。魔法陣の中心に赤い粉末の入った小さな小瓶が現れるや否やシュテルはそれを掴みとり、フタを開けると中の粉末をすべて飲み干す。
 粉末が体の隅々まで行き渡るのを感じると、さっきまで襲っていた耐え難い激痛がようやく薄れていく。

「無様だな。イレギュラーに対応できずに後手に回って傍観し、遂にそのツケが自分に来るとは」

「……私達が必要以上にでしゃばった結果想定不可能な事態に陥るよりも最良の方法だと考えた結果です。それを思えばこの程度の頭痛も」

「パイプ役が負うべきものではない。悪いがこれ以上貴様の考えに賛同するつもりはない。勝手に動かせてもらう」

 呆れたようにその場を後にしようとする地雷亜。だがその動きは両足、胴体にまとわり付いた真紅のリング、ルベライトに止められる。
 不愉快に思いながら首だけを動かし、バインドを仕掛けた本人、シュテルを睨みつける。

「何をするつもりですか?」

「貴様の痛みの原因を断ちに行く。正確にはあの女の四肢を奪い、本と一緒に吉原まで連れ……」

 そこで地雷亜は言葉を切り上げて首を少し横に曲げると、さっきまで自分の頭があった空間には極大の炎が通過する。僅かに焦げ付いた包帯が千切れていき、風にのって流れていく。

「ふざけたことを、今彼女にそんなことをすればそれこそ危険です。なぜ我々がここまで回りくどいことをしているのか理解できないのですか? 貴方の行動はこれまでの積み重ねを無に帰す行為ですよ」

 頭の回らない愚か者への怒りをぶつけながらシュテルはルシフェリオンの先端から再び炎を生成する。たとえここで地雷亜を殺してでもこれまでの成果を台無しにするようなことだけはさせないために。
 だが地雷亜はそんなシュテルの行動に鼻で笑い、包帯越しにも分かるほど表情を歪めた。

「殺さなければ良いだけの話だ。そもそもその回りくどい行動をして目の前の餌に食いつかなかったことで得たものは何だ? 貴様達の中から離反者が現れ、感染者が流れ、テスタロッサは想定以上に地球に到着した。さらに華陀まで離反の動きを見せている。どうだ? すべて貴様が記憶の再現とやらに固執して放置した結果だ。その後の世界を知っていれば意味があるのだろうが、今ここで生きている俺からすればまるで無意味でくだらない計画だ。貴様の積み重ねたものはチャンスを不意にしているにすぎん」

「……ッよくもぬけぬけと!」

 らしくなく饒舌に罵る地雷亜の言葉が訓練エリアに木霊する。シュテルはギリッと歯を鳴らして目の前の愚者を撃ち殺したいという欲望に必死に抗う、
 確かに当初の予定よりも目に余る相違点が増えたのは否定のしようがない。シュテルも地雷亜も絶好のチャンスと理解しつつあえて見逃した数も計り知れない。だが目先の利益に食いつき、長期的に見れば破綻をきたしかねない不安定な未来に可能性を見出すなどできるはずがない。先を知っているシュテルと知らない地雷亜、2人の差は結局それしかなかった。

「しかし私の言う通りにしたことで結果的に修正可能な状況になった。彼女の魔導書の起動も想定外ではあってもそれで計画を変更するかどうかを決めるのは貴方ではありません。これ以上命令に背くのであればこのまま焼き尽くします」

 脅しではない。シュテルの魔法は確実に地雷亜の胴体を捉え、ひとたび発動させれば確実に絶命させる一撃を放つだろう。さすがに自分の命を天秤に掛けられては計画もへったくれもないと理解したのか、地雷亜は大きく舌打ちする。
 それが抵抗の意志を挫いたと判断してルベライトを解く。良かった、気に入らない相手とはいえこれ以上駒を失うのは危険が伴う。頭の痛みが完全に消え失せ、安堵の息を漏らした時だ。

「……ならば今貴様の身に降り掛かっている苦痛を取り去ってもらう。それまで拒否するのならば俺は今後貴様の命令では動かんし協力もしない。そうなれば俺への命令権は鳳仙に戻ることになる、それは望むことではないだろう?」

「それは既に取り去りました。今更心配することではありません」

「そんな一時的なものではない。本来3つに分けられるはずのものをすべて貴様が受けているからそんな醜態を晒すんだ」

 シュテルの心臓が一際大きく高鳴る。地雷亜の言葉の意味を感じ取り、次に何を強要するのかを理解してしまったからだ。

「ディアーチェを起こせ。既に魔導書が起動したのなら奴が目覚める土台は出来上がっているはずだ。それが無理なら月詠に押し付けているあのおちゃらけ娘を使えば……」

「バカを言わないで下さい! 私1人が耐えれば済む苦痛をなぜあの2人に押し付けなければならないのですか!! なぜあの魔導書が完全に起動するまでディアーチェを覚醒させなかったと思っているのですか貴方は!! 特にレヴィはダメです! あの子にだけはこの痛みを味あわせたくない!!」

 それ以上の言葉を言わせないがために感情的に叫ぶ。今までの理知的な雰囲気をかなぐり捨て、嫌悪すべき相手に懇願してまで大切な家族を巻き込ませないという揺るぎない信念。しかしそれは地雷亜にとっては知ったことじゃなかった。

「耐えた結果が今の醜態だというのが理解できないのか? そんな爆弾を抱えて偵察や戦闘の最中に起こされては本末転倒だ。それに連中とて家族の貴様が耐えていると知れば喜んで苦痛を分かち合うだろう」

「違う! 苦痛を無理やり共有するのは家族なんて言いません! 私にとってあの2人はもっと……」

「これ以上議論するつもりはない、俺にとってはお前の苦痛は少しでも和らげることが重要なんだ。そうだな、1日だけ待ってやる。それ以降俺の目に看破できない異変があると判断すれば俺は鳳仙の下に戻る。そうなれば奴も独自に行動を起こすことができよう」

 話は終わりだと言わんばかりに地雷亜は徒歩でその場を後にしようとする。その後ろ姿にルシフェリオンを急いで構えるが、途端にに冷静になった頭が魔法の発動を拒否する。
 ここで地雷亜を殺して何になる? 少なくとも魔導書の主をここに連れて来るという暴挙とは違い、計画を順調に進めるために足手まといになりかねない自分の枷を解こうとしているだけだ。その彼を殺せば確実に今の同盟関係は崩れる。いっそ前者の暴挙を押し通そうとしてやもなく手に掛けたと報告するかという言葉が頭によぎるがすぐに否定する。あのめざとい鳳仙と華陀が相手ではいずれバレてしまう。
 あらゆる思考を巡らせるも、遂に地雷亜の姿が消えるその時まで答えが出せなかった。1人訓練エリアに取り残されたシュテルはその場で膝をつき、悲痛な声を上げる。

「……どうすれば、どうしたら良いのですか。ディアーチェ。レヴィ」

 ・
 ・
 ・

 断続的に流れる爆音と閃光が止み、視界がクリアになっていく。
 銀時達はまずさっきまで空中に浮いていて、そして今は机の上でパタリと倒れ込んでいる本を凝視する。今まで巻き付いていた鎖は今はなく。表紙に施されている十字の装飾が目を引いた。

「ど、どうなってんだ。これ?」

 おっかないと感じながらも本に触り、ある程度ページを捲ってみるが中身は白紙で何も書かれていない。別に呪いの言葉とか、見た瞬間1週間で死んでしまう呪いのビデオのような展開を期待していたわけではないが、あれだけの騒ぎを起こしておいて実は何もありませんでしたじゃ肩透かしもいい所だった。

「分かりません。確かにさっきまで浮いていたはずなんですけど」

「分かった! きっとその本に封印されていた魔王が銀ちゃんによって解かれたんだヨ! そして再び魔王を封印するには優秀な術者の力を本に込めて再び魔王の前に……」

「んなわけねーだろ」

 ベシっと神楽の頭を叩く銀時。なんであれだけの出来事でそこまで妄想できるのか不思議でならない。

「でもこれはやてちゃんに何て説明するんですか? いきなり鎖がなくなったって言っても信じてもらえませんよ?」

「んなこと言っても俺達が原因じゃねえんだから正直に言うしかねえだろ」

「いやどう考えてもアンタに原因があっただろ! 何しれっと捏造してんだ!」

「え? そうだっけ? おかしいな、確かはやてが直し忘れた本をしまおうとした時に起こったのかと」

 とんでもない捏造である。確かにすべてが銀時に責任があるかと言われれば疑問が残る点が多すぎる気がしないでもないが、それでも発端ははやての鎖付きの本をチェーンソーで切り裂こうとしたことであるのは疑いようのない事実であるというのに。
 本を片手にあーでもないこーでもないと議論を繰り返すが。

「もー、さっきから何暴れてるん3人とも? ええ加減にせんと今日のご飯作ってあげへん……」

 はやての微妙に怒ったような声色が爆発音で途切れた。

「はやて!?」

 神楽の表情が引きつる。爆発は居間で起こったものではなく今はやてがいる台所から聞こえた。背中に嫌なものを感じながら3人は我先にと台所に急ぐが、競争しているわけでもないのに周りを押しのけて自分が一番乗りしようとするためかえって時間がかかっている。

「おい! ガスの元栓はちゃんとしめとけってあれほど……」

「はやてちゃん! ちょっとどうしたの! 何があった……」

「オイはやて、大丈夫アルか……」

 ほぼ同時に台所に着いた3人は、ほぼ同時に喋り、そして目の前の光景にほぼ同時に言葉を失った。
 台所は足の踏み場もないほど食材が散乱しており、しかもそのすべてが爆発に巻き込まれたかのように黒く焦げている。銀時が大切にとってあったいちご牛乳もすべて床に飛び散り、周囲には甘ったるい匂いが充満している。だが3人が驚いているのはそんな小さなことではなかった。
 車椅子の下敷きになって目を回して気絶しているはやての先。ドアが外れた冷蔵庫の前にいる4人の人間が黒いインナースーツを着て跪いていた。

「闇の書の起動、ただいまをもって確認」

 頭に生肉を乗っけているピンク色の髪を後ろでまとめている女性。凛とした声が耳心地が良いと新八は感じた。

「我ら闇の書の守護騎士。蒐集のため、主の剣となり盾となる存在にございます」

 隣で金髪をボブカットにした女性は対称的にふんわりと優しい声色。棒アイスが落ちていても落ち着いていて、わけの分からないこの状況でも安心感を与えてくれる。もっとも銀時にとっては風呂あがりに食べようと思っていた棒アイスがその女性の足下で無残な姿になっている方が驚愕だったが。

「あらゆる厄災から夜天の主を護る雲の騎士」

 大柄で色黒、それに反して汚れのない白髪の男。その頭の上には2つの獣耳、そして後ろから見える立派な尻尾が印象的である。体中に1年以上も放置して腐っている納豆がまとわりついても平然としている姿を見て、銀時と新八はただ者ではないと感じ取る。

「もぐもぐ、ヴォルケンリッター。ご命令を。これうんめえ……」

 トリを努めるは赤みがかったオレンジの髪を2つの三つ編みでまとめた少女。外見ではなのはやはやてよりも幼く見える少女は一応膝をついていたものの、冷凍ウインナーを堂々と口に頬張っており、人の家の食料に何を手を出しているのだと拳を強く握るも、寸前で抑える神楽。
 長い沈黙、すぐにはやてを助け起こさないといけないのは理解しているのだが、目の前で冷蔵庫の残り物のせいで見るも無残な姿になっている4人の姿に動けなくなっている銀時達。

「何やってんだいアンタ達」

 結局それを破ったのはやかましい騒音にブチ切れて文句を言いにいってやろうと駆けつけたお登勢であった。





あとがき
 やっとヴォルケンリッターを出せました。これでようやく書きたいことができるので私自身とても嬉しいです。
今回の万事屋はやてちゃん、略して『よろはや』(この略称流行らせたいからあとがきでしつこく書いてます)でヴォルケンリッター達の台詞をどのように変えるかを考えるのに苦労しました。過度な原作コピーを防ぐためとはいえ完全に変えると私の素人臭い台詞になってしまうためなんとかアレンジを加えてみました。



[37930] 第9話 新しい家族
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191
Date: 2013/06/25 00:34
 透明なカプセルが所狭しと並んでいる広い部屋に1人の少年が寝ていた。カプセルの中は黄色い液体で満たされており、その中心に何かの胎児のような白い物体が浮かんでいる。
 精密機器の1つが鈍い音を出す。規則正しいその音に少年は目を開ける。あぁ、そういえば実験中に寝ていたんだ。覚醒した頭でそう考えると座り込んでいた体を起こして目の前のパネルを操作する。常人には理解できない文字の羅列が並んでいる画面を何度もスクロールする。

「あはは。そうか、遂に目覚めたんだな」

 画面の1画に表示された画像。茶色い表紙の中央に金十字の装飾が施された分厚い本が映し出されている。
 闇の書。少なくともこの世界ではまだそう呼ばれている悪魔の魔導書がようやく覚醒した。どういうわけか本来よりも早く目覚めているが、少年はそれを声に出して笑った。この早すぎる起動は彼が忌み嫌う人物にとって決して歓迎されない自体だったからだ。

「……でもどうするかな。まだこっちから動くには戦力が足りない。未だにゆりかごは使いものにならないし、代替品も間に合っていない」

 しかしその笑いもすぐに失せ、手に持つ白い杖を握る力を強める。確かにこの早すぎる起動はあのいけ好かない王達の顔が蒼白になるほどの大事件だ。
 だがそれはこちらにとっても同様だ。あのいけ好かない連中と違って本来辿るべき歴史を気にする必要がないとはいえ、それでも自分達にとってまったく無害とは言い切れない。もしもこれを察知して管理局が早く対応したら、もしもそれで連中の正体がバレて自分の存在まで露見したら。
 この世界が辿るべき歴史に拘る必要はない。しかし最終的に自分の目的を達成させるなら必要な妨害とそうでない妨害の取捨選択は不可欠だ。

「まあ良い。それは金時が全部やってくれるだろう、なら僕はギリギリまで準備に勤しませてもらうさ」

 状況を見極め、ここぞという時に動いて漁夫の利を得る。忌み嫌っている連中と同じ結論にたどり着いていることに、当の少年はまったく気づかなかった。

 ・
 ・
 ・

「お目覚め下さい。我が主」

 優しくて、それでいて儚い声が頭の中から聞こえる。耳心地の良いその声にはやては目を開けると、真っ暗で何もない空間が一面に広がり、その中心で片膝を付いている銀髪の女性が目についた。

「初めまして、いえ、お久しぶりでございます」

 女性ははやての存在を確認すると顔を綻ばせ、柔らかい笑みを浮かべた。すごく綺麗な人だと分かっていたが、その笑みが彼女の美しさを際立たしており、同性の自分でさえ思わず見とれてしまう。

「……えっと、あなたは?」

「私はあなたが幼き頃より大切にされていたこの本。夜天の魔導書の管制融合騎にございます」

 女性の差し出した本を手に取る、革表紙に金十字の装飾が施されたその本、間違いなくそれは自分が持っているあの本だ。

「管制、融合騎?」

「本そのものだと考えていただいて結構です。そしてあなた達と過ごした日々は夢として記憶しております。もちろんあなたの大事な家族であり、何かあれば私を酷く扱っていたあの銀髪の男、銀時のこともしっかりと覚えています」

 微笑みかける女性からにじみ出てくる怒気を感じて乾いた笑いをする。確かに銀時は昔から自分へのイジメと言ってはよく本にひどいことをしていた。その本そのものである彼女からしてみれば内心怒りマークで一杯なんだろうなと軽く同情する。

「それやと他の人のことも?」

「はい。いつも私を本棚に入れてくれたり、間違えてゴミ回収者に渡してしまった新八も、中身を見たいがためにその豪腕で鎖を引きちぎろうとした神楽も、オモチャと勘違いしてよく噛んでいた定春も、あなたとともに過ごしている家族の中で私が知らない者はいません」

「……何やごめんな、ウチの家族が一杯迷惑掛けたみたいで」

 シュンと下を向いて人差し指で本をなぞるように触る。冗談のつもりで言ったことが想像以上にはやてを傷つけたと勘違いした女性は慌ててしまう。

「気にしないでください。意味が違うとはいえずさんに扱われるのは慣れていますので。それにたとえそのような仕打ちを受けてもあなた達と過ごした日々はとても楽しかった」

 その言葉に暗くなっていた顔が明るくなり、いつもと変わらない笑顔を向ける。人の言葉に笑ったり泣いたり、感情表現が豊かなお方だと女性は思った。

「あれ、でもおかしいな。確かこれって鎖が絡まってたはずやけど」

 はやてようやく自分の知っている本と微妙な差異に気づいた本来なら本としての役割を奪っていた鎖がなくなっていることは喜ぶべきなのだが、物心ついた頃からセットで存在していたものがいきなりなくなっては戸惑わずに入られなかった。首を傾げながら女性に問いかけてみる。

「鎖はあなたが魔導書の主として真に覚醒なさるまで外敵からその存在を隠すための枷です。本来なら覚醒の時はまだ先の話だったのですが、銀時が何を思ったのか無理やり外そうとしてしまって、結果的に今回の誤作動を起こしてしまって……」

「えぇ!? もう銀ちゃんのやつ~、あれだけこの本に変なことしんといてって言ったのに~!!」

 恐らく自分が台所で作業をしている時にあの鎖を外そうとしたのだろうと、大阪に住んでいた頃から隙を見せれば勝手に本の中身を見ようとしていた銀時の単純な行動に怒りを露わにする。
 だが本人はこれでもかと憤怒しているように見せても、傍から見るとプンプンという擬音がよく似合う怒り方をしていて、それがとてもかわいらしくて女性は声を上げて笑ってしまう。

「しかしご安心を、想定外ではありましたけど4人の守護騎士達は正常に機能しております」

「守護騎士?」

「夜天の書とその主を護る剣と盾でございます。彼らはその力と知恵を持って主に尽くしてくれるでしょう。あなたの思うままにお使いください」

 女性は人差し指ではやてのおでこにコツンと触れる。何をしているのだろうと思ったのも一瞬、頭の中に流れる見知らぬ4人の姿が映し込まれていき、彼らが誰で、どういう存在なのか、それが記憶されていく。

「ここはあなたの夢を介したまどろみ。目を覚まされればここで話されたことの殆どを忘れてしまわれますけど、こうすることで彼らのことを信じてくだされば幸いです。」

「彼らって、ちょっと待って、あなたは?」

「私は本来なら主に出会うべきでない存在。ここ以外で私は存在してはならないのです。ですから……」

 女性が言いかけた言葉を呑み込む。何事だろうと思ったはやては自分の体が白く光り、少しずつ上へと上っていっていることを理解した。

「え? えぇ!?」

「お目覚めの時がきました。僅かばかりですが、こうやってあなたとお話しすることができて嬉しかった。もう悔いはありません」

 まるで風船のようにのぼる自分の両手を握り、さっきまでとは打って変わって悲しい表情で見つめる女性の顔にはやては確信した。

「……あかん、あなたも来て!」

 ああ、この人は嫌がってる。本当は同じように現実に出たくて、一緒にいたい気持ちで一杯なのにそれができなくて我慢している。握られる両手の力を込めて、ここにいてほしい、自分も一緒に連れて行ってほしいと子供のようなわがままを心で言っているんだ。

「最後にお願いします。あなたの思うままにお使いくださいなどと言いましたけど、あの4人の騎士達は今まで辛く、悲しい戦いばかりを強いられてきました。だからせめて最後の夜天の主であろうあなたの手で幸せにしてあげてください」

「うん! 約束する! 絶対にする! でもそれはあなたも一緒や! みんな一緒やなきゃ意味がない! だからお別れなんて絶対に駄目や!!」

「特に紅の鉄騎には優しくしてあげてください。幼いあの子にはいつも辛い思いをさせてしまった、だから最初はあなたの家族に反発してしまうかもしれません。恐らく神楽と喧嘩してしまうでしょう、いつまでも傍にいてあげてください。そして……」

「分かってる! もう会った瞬間いきなり殴り合ってしまう光景が普通に想像できるのが怖いくらい思いついてしまう。でもそう思うのならあなたも一緒に止めるべきや! 私だけやと多分無理や!」

 離すまいとしていた手が滑り出し、女性を置いて上へ上へとあがってしまう。何度も降りようとしてもそれに抗えない。体をバタつかせようとしても夢の中だというのに変わらず動かない足を憎々しく思いながらはやては女性を見る。

「そして何より、あなたに祝福の風が在らんことを……」

 ・
 ・
 ・

「……あれ?」

 目を開けると見慣れた天井が映った。掛け布団を押しのけて上体を上げると、いつも自分が使うベッドの上だと理解したが、時計を見ると短針はまだ8の字に指しかかろうとしている所、寝るには早すぎる。
 そもそも銀時への復讐のために彼の皿にだけ自己流で配合した激辛スパイスを入れたカレーを入れようとしていたところだったはずだ。なのになぜベッドで寝ていたのか。ボケた頭で延々とはやては考えたが、自分に掛けられた声に反応してそれは止められた。

「やっと起きたか。ほんとに世話の焼ける奴だよ」

「主、ご無事でしょうか?」

 しゃがれた老婆声と凛々しい声のした方へと振り向くとタバコを吹かしている老婆、お登勢がにやけた顔を作りながら見ていた。その後ろにはせんべいをボリボリ頬張っている銀時、その銀時の隣で壁を背にしているピンク色の髪をした女性と、ボディービルダーと思ってしまうほど逞しい体つきをした男性がいた。

「お登勢さん、何でここに?」

「騒がしかったから文句言ってやろうと来てみたらいきなりアンタが車椅子の下敷きになってたんだよ。まあ大したことなさそうだったからここに寝かしつけるだけにしたんだけど」

 それよりもと、お登勢は目線を女性と男性に合わせる。2人はそれに気づいて姿勢を改め、目をはやてからお登勢に合わせる。

「こいつら知り合いかい? 銀時によるといきなり冷蔵庫の中から出てきてアンタを主だなんだと言ってたそうだけど」

「主?」

 そんなものになった記憶はない。だというのにそう言われたのは初めてではないと、はやては頭を抱えて記憶を探ってみるが、肝心なところが霧が掛かっているかのようにぼやけて思い出せなかった。

「だから言っただろ、こいつら新手の詐欺師だって。適当な奴の従者の振りして銀行から金を巻き上げるあるじあるじ詐欺ってやつ?」

「待ってください、先程も申しましたように我々は主の父君方を謀るようなことはしておりません」

 銀時のよく分からない言葉に眉を吊り上げながらも柔らかい口調で反論する女性。だが一度こうだと決め付けた銀時の言葉がそれで止むことはない。最後のせんべいの一欠けらを女性達に向け、それ以上の言葉を封じる。

「ひとんちの冷蔵庫から出てくる野郎が言ったって説得力ねえよ。どこのSDガンダム? 詐欺師じゃなかったら腹空かした泥棒さんですかコノヤロー」

 そもそも万事屋の冷蔵庫に4人もの人間が入るスペースなんかない。だが状況的にそれがもっともしっくりくるらしい銀時はそのまま追及するが、女性の相方らしい男性がそれに待ったを掛ける。

「父君様。恐らく闇の書が外部から攻撃を受けたことで我々の出現座標をそこに移したのでしょう」

 闇の書? はやてはその言葉に言い様のない違和感を覚えた。単語を聞いたのも初めて、現物さえ多分見たことない。だがその闇の書と呼ばれているそれは、間違ってもそんな名前ではない。そんな気がした。

「闇の書って何? 新しい魔法カードか何か?」

「父君様が机に置いてある本のことです。闇の書とは代々選ばれた主に偉大な力を与える魔導書。そして我々は闇の書によって生み出された主を護るための守護騎士システム、ヴォルケンリッターです」

 男性の目配せする方向には、せんべいのカスが付着しているさっきまで鎖の巻きついていた本がある。どうやら銀時が肘掛に使っていたらしい。

「あぁ!? 銀ちゃんおせんべいの食べカスは気いつけてって言うたやないか! 本がべとべとになっとるやんか~!」

 無残な姿になっている本を目の前にはやてはボケていた頭が一気に覚醒し、怒りの矛先を銀時に向けるが、当の銀時はまったく気にする素振りを見せず、めんどくさそうに本に付着したせんべいのカス払ってはやてに放り投げる。ギュッと胸の中で抱えて猛獣のうなり声を真似ているつもりらしい情けない声を上げながら敵対心を露にする。

「月の書でも太陽の書でも良いけどよお、仮にテメエらがその守護月天のマキリ・ゾォルケンリッターだとして、何ではやてを主に選んだのか気になるんだがねえ。つうか肝心の主様に知らせずにいきなり出てくるか普通?」

「父君、闇の書です。そして守護月天ではなく守護騎士でヴォルケンリッターです」

 どこぞの手段と目的が入れ替わってしまったロシアの魔術師の名前――と言ってもこの場にいる5人はそんなことまったく知らないが――を言われて訂正する女性。既に似たようなやり取りを何度も繰り返していたのか、女性はうんざりしながら言葉を続ける。

「闇の書は優れた資質を持たれるお方をランダムで選出し、そのお方が生誕されると同時に姿を表します。故に主はやてが知らないのも無理はありません。そして選ばれた理由は歴代の主達同様その優れた資質が所以かと」

 それを聞いた銀時とお登勢は一度見合わせ、同時にはやてを見る。女性と男性もそれに釣られるように視線を向ける。一度に4人もの人間が無言で見つめてくるのが嬉しいやら恥ずかしいやら、はやては照れながら笑う。

「……も、もう。そんな真剣な眼差しで見んといてやみんな、ちょっと恥ずかしいやんか」

「よし、テメエらの勘違いだ。このアホにそんな才能があるとは思えねえ。見つめられただけでアイドル気分になってるような奴だぞ?」

「誰がアホや誰が~ッ!!」

 有頂天になって恥ずかしいと思ってしまってギャーギャーと銀時に喚くはやてだが、これ以上話が逸れてしまってはキリがないと察したお登勢はそのまま話を続けた。

「その資質があるかないかは置いとくとして、結局アンタ達はあの子の従者になって何をするつもりなんだい?」

「望むのであれば闇の書に魔力を蒐集させ、主はやてに覚醒した闇の書の偉大な力を与えることができます」

 女性の言葉にお登勢は眉を潜ませた。既に本と主を護るためにいかにもやばそうな4人の騎士が冷蔵庫から現れたというだけで非常識だというのに、その上でさらにとんでもない力を得る方法があると聞いては怪しむのも無理はない。

「……どうやるんだいそんなもの?」

「魔法を扱う者、もしくは魔力を持つ者は体内に魔力を生成するリンカーコアと呼ばれる器官を持っています。それを闇の書に与え、空欄になっている666のページをすべて埋めることで闇の書は完成します」

「器官っていうくらいなんだから内臓みたいなものだろ? そいつを盗られた魔導師はどうなる?」

「うまく蒐集できれば数日で回復しますが、誤れば大きな後遺症を残すか、最悪の場合……」

 いつの間にか話に耳を傾けているはやての顔を見て女性は黙りこむ。それの意味する所を理解したお登勢と銀時は元から険しかった表情をさらに強張らせる。

「ようは大魔王の力を手に入れるために魔法使いを襲いまくれってことか」

「……端的に言えばそうなります」

「勘弁してくれよ。テメエらの前の主様はどうだったか知らねえがな、こちとら貧しくても慎ましく暮らしてる善良な市民だよ、そんなラスボスがやりそうな外道行為なんぞに手を染めちまったら即警察行きだっつうの」

 嫌味と僅かな怒りを含んだ言葉をぶつける銀時に、女性と男性は反論もせずに受け入れている。
 今回選ばれた主とその家族が歴代の主達とは色々な意味で違っていたからこれらの話もする必要はなかったのだが、それでも闇の書に選ばれた者の特権としてそれらの力を知る権利があり、彼女達には知らせる義務があった。だがその力を望まない彼らにしてみればまさに余計なお世話だった。

「もちろん、主が望まないのであれば我々もそれに従うまでです」

「従うつったってどうすんだよ? テメエらみたいなおっかねえ連中が四六時中付きまとってたらそれこそ危険だわ。それにこちとら食べ盛りのガキと犬養ってるからこれ以上坂田家のエンゲル係数上げるような真似はできねえんだぞ」

「その必要はありません。父君が出て行けと仰るのなら今すぐにでも立ち去ります。しかしお側にいられなくても我らの使命は変わりません」

「たとえ闇の書を求めていなくとも、我々はこの命尽きるまで主はやてに……」

「そんなんあかんよ、シグナム。ザフィーラ」

 突然、名乗っていないはずの名前を呼ばれたことにシグナムとザフィーラ、そして銀時達は驚愕して声の主であるはやてを見る。

「主はやて」

「確かに私は闇の書の力なんていらんよ? それはいろんな人にご迷惑を掛けてしまうことって分かってるから。それでも私はこの本の持ち主で、あなた達の主っていうのになってるんなら、私にはあなた達の衣食住をきちんと面倒見る義務が発生してる。住むあてがあるならともかく、準備も何もせずに出て行くなんて真似は絶対に許さへんよ」

 普段と変わらないぽややんとした声色。しかしそこには幼い少女らしからぬ揺るぎない想いが宿っている。
 本人もなぜこんなことを言っているのかは理解していない。そもそも初対面であるはずの守護騎士に対してこの物言いは失礼とさえ感じてさえいた。だが彼らが銀時に責められているのを見た時、知らないはずの名前が頭の中から浮かび上がり、同時に彼らと離れてはいけないと感じてしまった。妄想とも言える思い込みは、しかし絶対だと確信できていた。

「しかし我らの存在は父君様の仰るようにこの世界では歓迎されません。あなた達のご迷惑を掛けるのは我々の望むことではありません」

「それなら歓迎されるようにしっかりこの世界の勉強をしていったらええ。銀ちゃんの言葉なんて大体は自分がめんどくさいからもっともらしいこと言ってるだけやから何も気にすることあらへん」

「おーい、一応テメエのためを思って言ってやったのに何ムカつくこと言っちゃってんのはやてちゃ~ん?」

「そもそも従者やのに主と距離を取るなんて変や。そんなんで私を護るなんておかしな話やで」

 もっともな話を聞かされてザフィーラは黙りこむ。確かに主従関係にある者たちが離れ離れになった状態で護るだの付き従うだのというのは妙な話だ。
 しかし本来は主をあらゆる面でサポートするのが彼ら守護騎士の使命。なのに召喚されて早々その主に自分達が助けられるなんて笑い話にさえならない。何とか理由をつけて説得しようと顔をしかめようとするが。

「・・・・・・それとも迷惑やった? こんな小娘なんかが主で。面倒見るなんて生意気言って怒ってる? 余計なお世話やから私から離れたい? 鬱陶しいから一緒にいたくない?」

 それを察したはやては顔を俯き、声のトーンを幾分か落としながら口にする。闇の書を持つ両手を震わせ、何度も鼻をすすって涙を堪えようとしている。

「待ってください! 決してそのようなことはありえません。むしろ我々のような臣下を気遣うお心に感激しております」

 単に迷惑を掛けたくないから離れようとしただけだというのに、いつの間にか主そのものを避けるのが目的のような言い方をされて思わず声を荒げて否定するシグナム。

「ほんま?」

「私もシグナムも、そしてこの場にはいない2人の騎士も心は同じです。主が望まれるのなら常に行動を共にしましょう」

 ザフィーラの言葉に銀時とお登勢は頭に手を置いてうなだれる。同時にさっきまで震えていたはやての体がピタリと止み。満面の笑みで顔を上げる。

「決まりやな。今日から4人は私の騎士であると同時に新しい家族や」

 あまりの豹変振りからようやく自分達が騙されたことに気づいたシグナム達。しかし今更前言撤回なんてできる空気ではなく、己の考えの至らなさをただ後悔するだけだった。
 その2人をよそに、はやては呆れ顔のお登勢に顔を合わせ、さっきまでとは打って変わって悲しげな顔になる。

「ごめんなさいお登勢さん、勝手に話を進めてしまって。でも私はどうしてもこの子達と離れたくないんです。家賃も必ず人数分払いますし、滞納もこれからはなるべくしないように努力します。せやから一緒に住まわせてください」

「……ったく犬猫を飼うのとはわけが違うんだよ」

 さっきのような相手を騙すような雰囲気は感じられない。自分の本音をすべてさらけ出しているその表情に、お登勢は嫌味を言いながらもタバコを口から離し、肺の中の煙をすべて吐き出す。外に放り出された副流煙が天井にぶつかり、大きく膨らんでいく。

「少なくとも今の倍の家賃になるのは覚悟しな。それで納得できないのなら内臓でも何でも売って金稼いできな」

 はにかんだ笑顔を向けられ、パッとはやては明るくなる。思わず自分のベッドにまで近づいたその両足を抱きしめ、「やっぱりお登勢さんも大好き!」と恥ずかしげもなく言ってのける姿が微笑ましく、お登勢はやれやれとため息をつく。

「・・・・・・父君、申し訳ありません。あなたに背く形になってしまって」

「過失は主ではなく主の計略に気づけなかった我らの責任。叱るのならばどうか我々だけでお願いします」

 銀時の方へ向き、片膝を突いて頭を垂れる2人。別段さっきのやりとりに彼女達を責める理由はないのだが、主を想ってのその行動に銀時は心底めんどくさそうに頭を掻き、そのまま背中を向けて話しかける。

「別にどうこうするつもりはねえよ。そもそもさっきのテメエらの話からこういう展開になるとは思ってたしな」

 一応は一家の大黒柱である自分の返事を聞こうとしないはやての態度に若干不機嫌になったが、どうせダメだと言った所で聞く耳もたないことは分かりきっていた銀時は勝手に納得して最後のせんべいの一欠けらを口にする。今となってはさっさとこの話を切り上げて夕飯にありつきたいという思いが強くなるばかりだった。

「それよりもとっとと他の2人にも話してやれ。言っとくがここに住む以上は稼いでもらうからな。ただでさえ今は依頼もねえんだからよ」

「もちろんです。我々は騎士として、主のご家族を困らせるような・・・・・・」

「もういっぺん言ってみろエビフライ頭ッ!!!」

「何度でも言ってやるよ似非チャイナ! 変な言葉使ってキャラ作ってんじゃねえッ!!」

 シグナムの言葉をかき消す2つの声がふすまで隔てられた隣の部屋から鳴り響く。

「ひゃん!」

 雷鳴のような怒声に思わずお登勢に抱きつくはやて。2つの声はどちらも甲高く幼さが残る印象を与えており、銀時達はそれぞれ聞き覚えのある声に大きくため息をつきつつふすまを開ける。

「2人ともやめなさ~い! 隣で主様が寝てるんですから!!」

「ギャアアアアアアアアアア!!! 買ったばかりの机に穴がアアアアアアッ!!!!」

「テメエそれは私が取っておいたごはんですよなんだぞ! 勝手に食ってんじゃねえぞこの盗人が!!」

「勝手に食ってませんー、そこのメガネに食ってよろしいですかってちゃんと聞きましたー。テメエのかどうかなんて関係ありませんー!」

 ふすまを開けて最初に目をしたのは砕かられて原型を留めていない中央の机を挟んで取っ組み合いをする神楽とオレンジの少女だった。お互いに相手の両肩を掴み、後ろへと押し出そうとするが、力が拮抗しているのか、一向にその場から動く気配がない。

「神楽ちゃんもうやめろオオオ! たかがごはんですよ1つ取られたくらいでどんだけ大人気ねえんだ君はッ!!」

「ヴィータちゃんもダメ! 相手は主様のお姉さんよ!!」

 同時にその様子を見かねて新八と金髪の女性がそれぞれの相方を後ろから羽交い絞めして無理やり引き離すが、既に殴り合いにまで発展している2人を止めるには遅すぎた。案の定怒りを抑える気のないヴィータと呼ばれた少女と神楽は握りこぶしを作りながらもがきだす。

「だってシャマル、コイツがいきなりあたしのこと殴ってきたんだぞ! こんなヒョロそうなのにすっげー痛かったんだぞ! 殴られたまま引き下がれるか!」

「テメエがひとんちの食料勝手に食ってんのが悪いんだろうが! あと何が殴られたままアルか! 思いっきり私の鼻へし折りやがって! 乙女の柔肌を何だと思ってるアル!」

「鼻折られて何でゲロ吐くんだよ! そんな乙女がいるか! しかもそれあたしにぶっ掛けやがって、絶対ぶっとばしてやる!」

「上等だガキンチョ! 騎士だか何だか知らねえが私に敵うと思ってんじゃねえぞ!!」

 乙女から遠く離れた罵詈雑言が居間を支配する中、銀時達は周りを確認する。
 見るも無残に粉砕された中央の机。その隅で転がるカラのごはんですよの瓶。そして異様な異臭を放つ黄色くて視界に入れるのもおぞましい消化不十分のゲロ。
 あの短い時間の間によくもまあこれだけ暴れられたものだと呆れを通り越してブチ切れそうになっている銀時は、しかし辛うじて作り笑顔を作って隣のシグナム達を見る。

「オイ、俺確か言ったよね、あの2人は新八達と一緒に隣で大人しくさせとけって? 何でこんなことになっちゃってんの?」

「父君様、無礼を承知で申し上げるなら、それはあのご息女様にも問題があるかと」

「知ってるよ~、会話からそういうの全部分かっちゃってたよ~銀さんは。でもあのチンマイのってテメエらと同じ守護騎士でしょ? 騎士ってのはあんなに怒りっぽいものなの?」

「すみません父君、ヴィータは外見通り精神も幼くて、それがご息女を不快にさせたと思います」

 そもそも神楽は娘でも何でもないと言いたくなったが、今はそんなことに無駄な体力を使いたくなかった。拳を鳴らしながら喧騒の真っ直中に割って入り、今にもその鉄拳を神楽とヴィータの2人に叩きこもうとしたその時だ。

「こらッ! ヴィータも神楽ちゃんも喧嘩はやめなさい!!」

 キーンという音がその場にいる全員の耳に聞こえるほどの大音量、微妙に電子的な音が混じったその声にその場にいる全員が後ろを向く、そこにはいつの間にか車椅子に乗りながらどこから持ってきたらしい拡声器を口につけていたはやてがいた。

「もう、ほんまに会って早々喧嘩するなんて思わんかったで。あの人に言われた通りや。ん? あの人って誰のことや?」

 無意識に口にした自分の言葉に違和感を覚えながらはやては手元のジョイスティックを操作して車椅子を神楽達に近づけ、両者の間に割って入る。これで少なくとも殴り合いには発展しないだろうと思ったからだ。

「主様すみません! ヴィータがいきなり姉上様に失礼な真似を!」

 申し訳ないように金髪の女性がヴィータに代わって片膝を付いて謝罪する。自分が来るなりまず頭を垂れるその行為に、さすがは騎士と思うと同時に、何か嫌な気分になったはやては首を振りながら両手で女性の顔を持ってその顔を見る。

「ええよシャマル。どうせ神楽ちゃんにも問題があるって分かってるから」

 シャマルと呼ばれた女性はいつの間に自分の名前を知ったのだろうと怪訝な表情になるが、はやてはそんなシャマルを特に気にする事なく神楽達へと向き直す。

「待つアルはやて! そもそもコイツが私のごはんですよを勝手に食べたのが悪いんだぞ!」

「そんなんまた買ってあげるから我慢しい、そもそも神楽ちゃんはお姉ちゃんなんやから妹には譲ってあげなあかんやん」

「ちょっと待て! いつから私がこのドグサレチビの姉貴になったアルか!」

 聞く耳持たないといった感じで人差し指を神楽のおでこに付け、それ以上の反論を封じる。その様子をヴィータニヤけながらアッカンベーをして挑発するが、刹那に振り向いたはやての顔が目に写って硬直してしまう。

「あ、主様……」

 やばいと思ったのも一瞬、はやてのチョップが頭に直撃する。神楽の鉄拳に比べれば大した攻撃ではないはずなのだが、怒らせてはいけない相手からの攻撃は精神的に来るものがあるらしく、うーと唸りながら頭を何度もこする。

「ヴィータも、ほしいなら新八君やのうてちゃんと神楽ちゃんに聞かなあかんやん。それなのにこんなに散らかるまで喧嘩して」

「だってあの似非チャイナが」

「似非も本物もない! これからはあんたのお姉ちゃんになる人やで? 仲良くせなあかん」

「……お姉ちゃん?」

 チラリとヴィータは神楽を見る。相変わらずこれでもかと殺意と怒気を発生させてはいたが、お姉ちゃんという言葉に思う所があるのか、僅かに頬を染めているのが見えていた。

「ちょっと待ってはやてちゃん、いつの間に神楽ちゃんとこの子が姉妹になったの?」

「たった今。ヴィータだけやのうて、シャマルもシグナムもザフィーラも今日からウチの家族になったんや。新八君も仲良くしてな」

 にんまりと可愛い笑顔を見せながらとんでもないことを言うはやてに新八とシャマルは面食らう。

「え、えええええええ!? 家族って、ちょっと銀さん、どういうことですか!」

「シグナム! ザフィーラ! ちょっと何で? 何で家族になってるの!」

 思わずさっきまではやてと話してた銀時達に問いただすが。

「どういうことも何もねえよ。新しいパシリが増えたってだけだ」

「すまない、いつの間にか主はやての中ではそんな話になってたようで」

 あきらめろといった表情の銀時達にさらに驚く新八とシャマル。はやてが寝ている間は居間で大人しくしてろと言われていたが、いつの間にそんな話にまで発展したのかまったく理解できなかったようだ。

「もう遅いから服とか食器は明日買いに行くとして、とりあえず今日のご飯やな。カレーだけやと物足りないから骨付き唐揚げも作って今日はご馳走や、もちろん新八くんの分も作るから今日はウチで食べていってな。寝る場所は居間も使えばええやろ、布団は後でお登勢さんに持ってきてもらうし、それからそれから……」

 傍目から見ても分かるくらいウキウキしながら台所へと移動するはやてに、その場にいる全員はその後ろ姿を眺めることしかできなかった。





あとがき
 非常に中途半端な所で終わってしまい申し訳ありません。今回は個人的にどうかなーって展開が目につきやすいかなって思いました。特にお登勢さん出す意味あったかな?
 ほんとはこのまま神楽とヴィータが河原で殴り合う所まで書こうと思いましたが、長くなりすぎるし途中で私が力尽きました。
 そんなぶつ切り状態で終わりましたが、次回からはようやくヴォルケンの戦闘シーンに入ります。それにしても早く次郎長とシグナム戦わせてえわ。



[37930] 第9.5話 星光と月光
Name: ファルコンアイズ◆49c6ff3b ID:5ab2f191
Date: 2013/12/05 20:50
 最初に芽生えた感情は、会ったことも言葉を交わしたこともない敬愛な家族へのどうしようもない愛情だった。
 不遜で思ったこととは正反対の態度を出してしまう愛おしい王。天真爛漫という言葉がよく似合い、無垢な笑顔が何よりも愛おしいあの子。どちらの方が大切なのか。そんな思考を最初から放棄してしまうほど同じ重さを持つ2人。
 一番最初に持っていたはずの自身の持つ使命、生まれた意味は今となっては曖昧ではあれど、彼女達を想うこの感情だけは風化などしない。これだけがあれば、私はどのような苦痛に苛まれようと満たされる。

「久しぶりだのお、マテリアスS。貴様の生誕に立ち会えたことを嬉しく思うぞ」

 目を開けると、故意に肉体を作り変えていると分かる女の艶やかな顔が見えた。か細いロウソクで照らされることでその美貌は面妖なものになり、女のうそ臭さに拍車が掛かっている。
 周囲を見渡す。どこぞの王宮を彷彿させる絢爛な室内。本来あるべきシャンデリアの光が消されており、ここが本来の意味からかけ離れた用途で使われたことを認識させられる。

「……華陀?」

「ほう、よもや覚えていたとは意外だぞ。さすがは理と言ったところか」

 感心。というよりも小馬鹿にしたような女、華陀の口ぶりに僅かに心が乱れた。確かに自分を自分たらしめたのは今この時であるが、たかだか数十年しか生きていない女に下に見られる覚えなんてない。

「Dとの出会いから今日。決して平坦な道ではなかったが、それらの苦労も今となっては良き思い出じゃ。大戦時代での貴様からの助言、大儀であった」

 笑みを絶やさない華陀の耳障りな笑い声。最初に芽生えた家族への愛おしさを消し去ってしまうほどの嫌悪感がのしかかる。今すぐにでもこの一体を更地にしてしまいたい欲望を抑えながら私は華陀に一瞥する。

「心にない礼は不要です。貴女がどういう人間なのかは理解していますので。そして私には確かにその時の記憶はあります。しかし今の私としての意思は皆無でしたので、この場では初めましてと言っておきます」

 抑揚のない声で私は両端のスカートを摘み、軽く頭を下げるが、華陀はそこに敬意がないことを理解しているのか、忌々しげに鼻を鳴らす。

「面白くない小娘じゃ。貴様がこちら側にこれるようにとあれこれ手を尽くしてやったというのに、感謝の1つもせんのか」

「感謝はしています。しかしそれは互いの利害が一致しているからこそ成り立っているのは理解しているはずです。でなければ今私に刃を向ける理由もないのですから」

 後ろに振り返ると同時にルシフェリオンを構え、不自然に建てられている巨大な柱に焔を発射する。柱が破壊される直前に2つの影が飛び出し、間髪入れずに左右から近づいてくる。

「止めよっ!」

 突き立てられた2つの刃の先が私の眼球の目の前で止まる。華陀の制止の声によるものか、はたまた左右に広げられた私の両手の平から発射寸前の魔力弾を受けることを察したのか、2人の男達は忌々しい顔をさらけ出しながらもその場で微動だにしない

「躾がなっていませんね。たとえこれが偽りの同盟であろうと、目に見える形で襲撃するとは」

「……この程度の攻撃に対応できないようではこの同盟に価値がないと判断するだけよ。お主とて駒がその役割を成し遂げるだけの力があるかは確認したいであろう?」

「なるほど。ではもう文句はないのではありませんか?」

 その駒の暴走を慌てて止めようとした女の屁理屈としてはまあ悪くないなと微笑む。隠密能力には疑問が残るが、確かにこの2人の身のこなしと連携には感嘆に値する。そしてその攻撃を苦もなく捌いた以上、この同盟に意義はないはずだ。

 広げた両手をだらりと下げ、ゆっくりと歩み始める。こうやって肉体と力を持つことができた以上、もはやこの場に用はない。早くあの場所に、私とあの子達が拠点とする地下に行かねば。

「今後は空間モニターを連絡手段とし、魔法の教授はそれで行います。次に会う時はすべての関係者が揃った時であること願います」

「……惜しいな、お主がわしの駒であったなら夜王なぞ使わずとも計画を完遂できるというのに」

「過剰な自信は身の破滅に繋がりますよ? さらに私の力だけでうまくいくと思っているのなら、それは私への評価が高すぎると言っておきましょう」

 と言っても、この力を評価してくれるのは悪い気はしない。そうだ。これは私の焔。愛する者を護るため、害する者を滅するだけの力はあるのだから。
 ある程度離れると私の足下を円形に魔法陣が描かれる。やっと会いに行ける。あの子達に。

「待て」

 不意に、華陀ではない声に驚くが、それが私の目に刃を突きつけた男の1人だということに気づき、思わず眉をひそめる。

「どうしました? 首輪の繋がれた番犬を殺すのは気が引けますが、主人からの命令も守れないのならこの場で火葬するのもやぶさかではありませんよ?」

「我ら辰羅。我らの主を貶められたまま指をくわえていると思うな」

「いつか貴様のその顔を苦悶の表情に変え、生きたまま臓腑を引きずり出し、我らを軽んじた報いを受ける日を怯えて待っているがいい。マテリアルS」

 声色からは判断できない。だがその心中はどこまでも激昂していることが分かる。

「良かった。辰羅が相手であれば退屈はしませんね、その報いを受ける日が来るべき儀式の時か、もしくはあなた達のご主人が同盟に亀裂を作った時かは分かりませんが、楽しみにしておきます」

 楽しみが増えたことに心がさらに弾んだ。最初に華陀の顔を見た時は最低な目覚めだと思っていたが、愛する家族を護る以外にこの力を振るう理由ができるとは思っていなかった。これで純粋な笑顔で彼女たちに会える。

「それと、マテリアルSなどと呼ぶのは今後はやめて下さい。今の私には新しい個体名が存在するのです。この肉体と力に相応しい真名(マナ)、しっかりと覚えておきなさい」

 饒舌になると同時にどうしようもなく抑えられない感情。当たり前だ。一体どれだけの月日を孤独に過ごしたと思っているのだ? たった今生まれた自意識であるとはいえ、私はそれ以前から存在していた。その間、あの子達に会えなかったと考えただけで狂いそうだ。
 会いたい。それが今の私のすべて、王、レヴィ。
 あなた達は私の戦う意味。
 あなた達は私の笑う意味。
 あなた達は私の怒る意味。
 あなた達は私の涙の意味。
 あなた達は私の生の意味。
 あなた達は私の死の意味。

「シュテル・ザ・デストラクター」

 あなた達は私の名の意味。

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 人生は何が起こるか分からない。柳色の髪をカンザシで止め、額から左頬にまで伸びた古傷が特徴的な女性、月詠は無意識にそんなことを考えた。
 地上の法から外れた地下都市吉原。そこの自警団の頭領として後ろ暗い生き方をしてきた自分が、得物であるクナイや短刀の代わりに茶屋で買った桜餅を包んだ袋を携え、周りに見知った顔がいないかキョロキョロと怯えながら目的の場所まで歩く姿。数年前では考えもつかないことだ。それが自分にとって良いことがどうかはともかく。

「なぜわっちが毎回こんな醜態を晒さねばならんのじゃ」

 別段、彼女はやましい気持ちがあるわけではない。ただこの町で特別一緒にいる機会が多い友人に呼び出しをくらったので、仕方なく赴いているだけ。手土産の桜餅は単にその時の季節に合う菓子を友人が好んでいるからという理由でしかない。普段自分が愛用しているキセルをくわえていないのは、見つかったら体に害があるだのなんだのと偉そうに説教されるのが嫌なだけ。周りの目を気にするのは、その友人がまだランドセルを背負っていてもおかしくない見た目で、自分と一緒に談笑している時の姿をたまたまこの町の太夫に見られて恥ずかしい思いをしたから誤解されたくないだけ。
 湧き出る言い訳の数々。それが突然自分を偽っているように感じてそこで止める。

「……やめじゃ。奴をダシにするくらいなら会わんほうがマシだ」

 なんとなく、自分の言い訳を聞いてしまった時の友人の表情を考えると、妙な罪悪感が見まわれてしまう。口調や性格は大人びているが、それ以外は茶目っ気もあるし、変なところで傷つきやすい歳相応の少女であるということを忘れそうになる。

「同じ背丈でも、レヴィは相応にわんぱくだから気が楽なのだがな」

 寝食を共にしている水色髪の少女、レヴィと友人を比較して、思わず微笑ましいと思って口許を緩ませる。昔では考えられないほど丸くなった自分、そんな自分を前にして受け入れてくれる友人。
 もうどれくらい前になるだろうか。彼女が生涯護ると誓った太陽以外にこれほど感情をさらけ出すきっかけを作ってくれた友人と出会ったのは。厳しい掟の下、多くの屍を踏みつけながら、不意にこぼれ落ちる弱みを見られても安心できる。太陽が人間としての誇りをくれたのなら、友人は人としての優しさをくれた。
 戦士として不要でしかないその無駄を必要と頼り、大事な家族であるはずのレヴィを自分に託してくれた。それは今の月詠にとっては絆の証、誇りでもあった。

「ったく、何を心にもないことを思っているのだろうな、わっちは」

 くだらない考えを繰り返しながら目的の場所にたどり着く。自分が寝食をする妓楼から少し離れた巨大な建物。和式の建造物が立ち並ぶこの町の中で異彩を放つ近代的な造形の建造物は、内部もまたそれに見合ったものだった。
 ひと目を気にすることなく正面から入って少し歩き、目的の扉に差し掛かろうとするが。

『現在作業中。許可無く立ち入る事なかれ』

 そう書かれた看板の字を見て、月詠は無意識にため息をつく。

「まったく、誰のために足を運んだと思っているんだあの小娘は?」

 話があるので時間になったら会いに来てほしいと言われたからこうやって足を運んだというのに、当の本人は部屋にこもって作業中。怒りよりも呆れが勝っていた。そもそも立てるのなら玄関前にするべきだろう、何で部屋の前?
 アホらしいことを考えながら鬱陶しい看板を押しのけようと手を前に出す。だが看板に触れる直前、何か小さくて柔らかい物が押しのけてそれを邪魔する。視線を字から自分の手の先に移すと、そこには自分の顔くらいの大きさをした小さな物体が1匹、看板の上を陣取っていた。

「……シュテゆ、何をやっておる? 門番の真似事か?」

 頭にちっちゃな猫耳、尻にしっぽを生やしたミニマムサイズの人間(?)。周りがシュテゆ・ザ・キャットと呼んでいるその小人は、言葉を理解しているのか、看板をどかせようとする手をガッチリと掴みながら頷く。

「ご主人の言いつけか? 生憎とわっちはそのご主人に呼ばれてここに来たんじゃ。だから大人しく退いてくれんか?」

 手に力を込める月詠に対し、シュテゆは眉間を険しくして何度も首を横に振りながら腕を伝って顔にダイブ。

「ぬ!? こ、こら! 止めんか!」

 視界を奪われて慌てて顔に張り付くシュテゆを引き剥がそうとするが、シュテゆは四肢をガッチリと月詠の顔に固定し、一向に離れようとしない。
 主人に従順で与えられた命令は絶対に守る。まさにサーヴァント。そんなことを誇らしげに語るレヴィの憎たらしい顔を思い出しながらあっちへふらふらこっちへふらふら。

「ええい鬱陶しい! 離れろ!」

 遂には手探りでシュテゆの尻尾を掴み、渾身の力で引っ張ってようやく引き離して放り投げる。シュテゆはそのまま放り投げられた先にある壁に激突する瞬間に体勢を整えて壁を蹴り、そのまま地面に着地。目尻に一杯の涙を流しながら頭と尻尾の毛を逆立てて威嚇する。

「怒るな! いきなり襲ってきたのが悪いんじゃろ!」

 そのままクナイを投擲してやりたいという気持ちを抑えこみ、代わりに手に持つ袋から桜餅を1つだけ掴み、シュテゆ目掛けて投げ込む。
 するとさっきまでの泣き顔が獲物を狙う狩人の顔へと変わる。空中で桜餅をキャッチし、大きく一瞥するとソソクサとその場を去っていく。

「ご主人の言いつけよりも食い物か、大した門番じゃの」

 所詮は気まぐれな猫(?)かと小バカにして改めて看板をどけ、ようやく扉に手をかけようとした時、ズシンと頭に何かが乗っかってきた。
 イラつきながらもその正体に察しがついた月詠は前に出した手でそのまま自分の頭に乗っかる何かを掴みあげる。

「何のようじゃ、チヴィ?」

 目の前で2つに結ったツインテールを掴まれて宙吊りになっている水色の小人。チヴィ・ザ・トレジャーがムスッとした顔で睨んでいた。普段は瓜二つの大きい方、レヴィと一緒で笑顔の絶えないはずなのだが、どうも機嫌が悪い。
 するとチヴィはその体躯に見合う小さな手の平を上にして月詠に突き出す。その行動の意味を理解して大きく頭を下げる。

「ぬしも桜餅が欲しいと? 生憎とこれは奴への土産でこれ以上は渡せん。黙って大きい方と一緒に日輪か鳳仙にまんまる水色でも貰って……」

 言い切るよりも先にチヴィの腕が目に直撃する。予想外すぎる攻撃に大きく悶絶してチヴィを投げ飛ばし、普段の彼女らしからぬ声を上げながらその場をゴロゴロと何度も転がる。

「貴様あああ!!! 餅の代わりに爆薬を口に入れてやろうか!!」

 片目を抑えながらスリットの入った生足からクナイを取り出してチヴィに斬りかかる。しかしその体は未だに地面に寝転がっており、何とも情けない姿である。
 当然そんな力の入らない姿勢から来る攻撃をチヴィは何度も躱す。しまいにはキャンディの棒を取り出してクナイを相手にチャンバラゴッコ演じる。完全に舐めていた。

「貴様ぁ、そこまで死にたいのなら願いどおりにしてやろう!」

 溢れる怒りを沈め、ゆっくりと立ち上がって短刀とクナイを両手に持って構える。どんなヤクザやマフィアが相手でも失神させてしまいそうな冷酷な双眸でチヴィを睨み、その凶刃を叩き込もうとした時だ。
 バサリと何かが落ちる音が後ろから聞こえる。得物をチヴィに構えたまま首を曲げて後ろを見る。
 そこにはいつの間にか自分の手から離れていた桜餅の入った袋を持ち上げようとする小人が2人。白を基調とした服に金色のロングと、黒を貴重とした服に銀色のショートと、それぞれ対になっている2人。

「……見えているぞ、プチロード、め~ちゅ」

 名前を呼ばれてビクッと体を震わせた2人は、まるで壊れたおもちゃのような音を出しながら首を曲げて月詠を見る。

「チヴィを囮にして人の物を掻っ攫うか。レヴィも貴様らも毎度くだらん悪知恵ばかり働かせおって。」

 指の間に挟んだクナイを扇状に広げ、目の前で交差させながらゆっくりと深呼吸そして。

「貴様らそこになおれえええええええええええ!!!」

 狭い廊下で縦横無尽にクナイを投擲。鋭利な先端を持つその凶器を、3人の小人たちは空中を浮遊しながら必死に回避していき、まるで目標に命中しないクナイは至る所に突き刺さり、廊下はどんどんと穴だらけになっていく。
 一体どこにそれだけのクナイを収納するスペースがあるのか、普段の彼女ならまず疑問に思うだろうが、今ではチヴィたちに対する怒りで我を忘れ、その凶刃で息の根をとめるまで止まりそうにない。

「人の部屋の前で何をしているのですか?」

 すると、抑揚のない声と共に真紅のリングに体の自由が奪われ、風切り音が止む。月詠は冷静になった頭でチヴィたちを見ると、同じように真紅のリングで体の自由を奪われているのが見えた。次いで声のした方向、ようするに看板の後ろにある扉に目を向けると、ふともものあたりまで露出している、なんとも特徴的なピンク色の和服に身を包んだ幼い少女が1人。

「月詠。私も人のことを言える立場ではありませんが、貴女も女性なのですから、声を荒らげたり刃物を振り回すような行為は必要以上にしないことをお勧めします。それに何をされたか存じませんが、チビットを相手に怒ること自体大人げないと言わざるを得ません」

 人差し指を上に突き出し小さく振りながらクドクドと喋る少女。月詠の友人であるシュテルは、まるで暴れん坊の子供を諌めるようにジロリと睨みつけるが。

「……貴様が」

「?」

「そもそも貴様が原因じゃろうがああああああああ!!!」

 ・
 ・
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 まるで巨大な削岩機で何十メートルも削られたような跡の地面に、地雷亜は1人立っている。
 数日前、フェイト・テスタロッサが桂小太郎とそのペットを下したその場所に人気はない。周辺の民家の住人は警察によって仮設住宅に誘導されており、今は一部の人間しか立ち入ることができないはずだった。

「巧妙に隠されているが調べた痕跡が残っている。妙だな」

 ベテランの鑑識が裸足で逃げ出すほどの観察眼で周りを調べ、包帯に隠された顔が歪む。
 表向きは桂一派の攘夷志士による爆破テロとして処理されているこの事件現場、管轄の警察がわざわざ自分たちが立ち入った痕跡を隠蔽する理由はない。事実、その警察たちの調査の跡はしっかりと残されている。
 かといって自分の知らない所で他の同盟相手が立ち入ったかと言われればそれはもっとありえない。確かに地雷亜たち地下組織の人間にとっては自分たちの痕跡を残すのはよろしくない。だがそれはここを管轄している警察組織の協力がある以上、そこまで考える必要がない。
 そうなると可能性があるのは、他の第三勢力がここの調査をしたことになる。

「だがそれは誰が。いや、どこの組織が、と言うべきか」

 少なくとも魔法に関する知識が一般人以上にあることは確かだろう。尚且つ自分たちにその正体を知られたくない組織となると限られてくる。1番可能性が高いのは華陀だが、あのジュエルシードの騒動から間を置かずに自分たちの怒りを誘発するような行動をするのかは疑問が残る。だがそれ以外となるともっと大きな組織になるが、そこまでいくと戦闘と諜報が専門の忍びが考える範疇を超えて頭が痛くなる

「っち、こういう時に限って偵察は俺任せとは、シュテルめ」

 本来なら必ず近くで自分に命令を下すリーダーの不在に思わず愚痴る。あの模擬戦での場での一件以来、シュテルは偵察行動のすべてを地雷亜に任せて自分は部屋にこもっている。
 恐らくお互いに納得のいく方法を考えているのだろうが、あれからもう数日は立っている。どう答えを出すのかは勝手だがせめて提示した期限くらいは守ってほしいものだとその場で溜息をつき、そして。

「何も知らせずにまた独断行動か。相変わらずこちらの意図を汲めんようだな」

 ギョロリと動かした剥き出しの眼球の先には、隠密という言葉に真っ向から喧嘩を売っている白い衣装を身に包んだ辰羅の集団だった。
 数は10人。しかも全員が腰の刀に手を掛けている状態。仲良くおはなしをしようという雰囲気でないことは明白だ。

「いくら立入禁止とはいえ、どこに目があるか分からん状態で目立った行動をとるとは。華陀はあくまでも俺たちの管轄外での偵察を任されていたはずだが」

「なぜ華陀様が小うるさいガキとその言いなりになっている狗共の言葉に耳を傾けなければならん? ここは華陀様が支配する地、そこで騒ぎが起これば我々が調べるのは当然の帰結といえよう。むしろこの件の報告を怠って我々を出し抜こうとしたシュテルに行動にこそ問題があるぞ」

 先頭に立つ辰羅の言葉に後ろの集団も鼻を鳴らす。あくまでもシュテルへの反発から来た行動に静かに笑う。相変わらず仲が悪い。

「確かに、俺たちはあくまでも対等な同盟関係。シュテルの言葉を必要以上に聞く義理がないが、最初に協定を反故にして、独断でジュエルシードの蒐集を強行したお前たちからそんな言葉を聞くとは思わなかった」

「それはあくまでも貴様の証言にすぎん。我らとマテリアルの間に亀裂を作り、最後に漁夫の利を得ようとする貴様の言葉を信じたシュテルもマヌケだが、それをこの場での我々の行動への反論として通用すると考えている貴様はマヌケを通り越して哀れだな」

「……なるほど、華陀はそうやって言い逃れたのか。幼稚だが互いに信頼関係がない今のマテリアルを相手にした言い訳としては上等か」

 これで思念体が現れてからのシュテルの妙な態度に合点がいった。先頭の辰羅から放たれる怒気を増長させるように地雷亜は絶え間なく笑い続け、落ち着くと同時に言葉を続ける。

「なら、挨拶ついでにお互いに有益な情報の共有をするか?」

「何だと?」

「ここは既に誰かが調査した跡が残っている。巧妙に隠蔽されている所から見て、我々と裏で繋がっている警察でも、俺たちマテリアルでもない」

 僅かに驚愕の表情を作る辰羅たちの態度から、ここで華陀の組織が調べていたという線は消えた。華陀は権謀術数を旨としているが、少なくとも部下には最低限の情報を提供している。もしもここでの隠蔽行動が辰羅たちであるのなら逆にポーカーフェイスを維持するはずだ。

「俺も散々考えた結果、あることを思い出した。お前たちがテスタロッサと戦っている所を監視していた時だ。まあこれは俺の妄想らしいからお前たちには信憑性が薄いみたいだが」

「くだらん御託はいい。貴様は何を知っている?」

 ここにきて嘘だと理解していることを利用してまで人をコケにした態度に、辰羅は怒気を含ませた言葉を浴びせる。

「その妄想の中でお前たちの言葉の中に引っかかるものがあった。俺の姿を確認したあと、お前たちは他にもう1人の存在に気づいてた。俺は直接この目で見ていないが、恐らくそいつが調べたのだろう」

 根拠は全くない。だが疑わしいのであればそれを前提に話を進めることで相手に納得させて情報を得る。即興で考えた稚拙な考えだが、意外にも通用したようだ。辰羅たちは鋭い眼光はそのままに、しかし耳だけは傾けている。

「お前たちはあの場でそいつを見たはずだ。なにか情報になるものはないのか?」

 僅かな沈黙。上辺だけの同盟相手に情報を与えるか否か、与えた上で自分たちが得になるかどうか。様々な思惑が絡み合っているのが見て取れる。シュテルならば辰羅たちにとっても利になるカードを使って情報を引き出すのだが、あくまでもそのシュテルの部下にすぎない地雷亜ではこれが限界だった。
 無駄骨になるか、そう思った時だ。

「貴様に近い」

 辰羅の1人が口を開く。だがその簡素すぎる言葉に地雷亜は訝しむことしかできなかった。

「どういうことだ?」

「俺はその戦闘に参加していた1人だが、あの時に感じた視線は忍びとは別のもののように思えた。忍びに近いとは思うのだが、忍びとは言えない何かだ」

「……俺のように忍びとは違う」

 わけが分からない。普通はそう思うだろう。だが少なくとも自分だけはその言葉の意味が理解できる。地雷亜は辰羅たちに怪しまれないように感情を押し殺す。

「話すことは以上だ。納得したのならさっさと消えろ。貴様らにうろついては南極の二の舞いになりかねんからな」

「ふん、古い話を持ってくるとは意地が悪い」

 足を折り曲げ、バネのようにしながら大きく跳躍。重力に従って落ちる体を風にのせながら地面に着死する瞬間に同じことを繰り返す。
 辰羅たちの姿を見失う距離にまでいくと、その場で立ち止まり、堪えていた笑いを一気に表面に出す。

「俺たちのしていたことは茶番だったわけか。なら、予定よりも早く凄惨な殺し合いが起こるだろうな……!」
 
 ・
 ・
 ・

 赤い布が敷かれた長椅子に腰掛け、目の前の箱を開けると、独特の甘い香りが解き放たれて心が踊った。中にはクレープのようにアンコを優しく包んでいるピンク色の薄い生地と、その生地に巻き付いている少し色の抜けた緑の葉っぱ。
 手にとって再び香りを楽しむ。蓋を開けた時と同じように甘い香りに、渋みのある葉の香りが絶妙に混ざり合い、少し癖になりそうである。
 前を通り過ぎる遊女や男たちの目を気にすることもなくそのままかぶりつく。コシ餡ならではのまとわりつきながらもサラッとした食感が固めの生地から飛び出し、口の中いっぱいに広がる甘味。それだけなら重くなるところを巻きつけられた葉の塩っぽさが引き締めてくれる。この塩っぽさが薄ければアンコの甘味が勝ちすぎて飽きがきやすく、濃すぎれば逆にその甘味を邪魔して台無しになる。こんな地下の町にこれだけ絶妙なバランスを保てる職人がいることに、シュテルは感心と喜びを覚えた。

「葉っぱも一緒に食うのか。食べにくくないか?」

 隣で同じように腰掛けている月詠が意外そうに見ながら桜餅を口にする。シュテルとは違い葉っぱを剥がして包み紙のように持っている。

「これは熱い緑茶と一緒です。アンコは単体だとすぐに飽きがきますけど、適度に渋みのあるものを一緒に摂取することで止まることなく食べられる。むしろ一緒に出されているのですから食べるのは当然だと思いますけど?」

 えへんと、ない胸――この小さな体であったら逆に怖いが――を張りながらあっという間に1つを平らげ、2つ目に取り掛かる。普段は見せない笑顔に若干の不気味さを覚えながら、月詠は横目でシュテルを見続ける。

「当然かは分からんが、それならもっと味わって食え。ぬしとのいざこざの間にチビットのバカどもにいくつか食われて数が少ないんだ」

 あの廊下での騒動のあと、小人、チビットたちはルベライトが解けるやいなや隙を見て袋の中の桜餅をいくつか強奪したことを思い出して、手に持った葉っぱをグシャリと握りつぶす。
 子供のイタズラと言えば微笑ましいが、そのイタズラで目を殴られたり醜態を晒された彼女からすれば、殺意の波動に目覚めるには十分なのだろうなとシュテルは思った。

「あの子たちも寂しいのですよ。普段の貴女はレヴィにばかり構っているからあぁやって相手にしてもらおうとしてる。押し付けている私が言っても説得力なんてありませんけど、もっと気にかけてあげて下さい」

「なぜわっちなのだ? 世話を押し付けてきたぬしはともかく、日輪でも鈴蘭でも他に相手はいるだろうに」

「彼女たちは部屋からでることもままならないからでしょう。あとは貴女のことが1番好きだから、では理由になりませんか?」

 口に含んだお茶を吹き出し、鼻水を垂らしながらその場で咳き込んでいる。意外に鈍いのだなと微笑んだシュテルは2つ目も完食し、さらに箱に手を伸ばしたが、何度まさぐっても桜餅の柔らかい感触が伝わってこない。

「ッ!?」

 ようやく既に空っぽであることに気づいて手を引っ込める。僅かに焦りの表情を出しながら隣の月詠を見ると、既に落ち着きを取り戻し、呆れながら大きく息を吐く。

「……だから言っただろう。味わって食えと。チビットにいくつか食われていると」

「ち、違います。箱の容量が大きかったからまだあると思うのは至って普通であり、もっと食べていたいとかそんなことはなくてですね、そもそもチビットに食べられたと言ってもまさかそんなに少なくなるなんて考えもしなかったのですから……」

「別にぬしの食い意地が張っていることをどうこう言うつもりはないが?」

「嫌な言い方をしないで下さい! ただ今日は食欲が旺盛なだけであって。あっ……」

 結果的に食い意地が張っていると自分で認めていることに気づいたシュテルは恥ずかしさのあまり両手で自分の顔を隠す。覆いきれていない頬は薄く赤みを帯びている。

「あぁ~、まあ気にするな。意味もなく腹が減るのはよくあることじゃ。わっちもぬしに言われて禁煙をしてると口が寂しくなって必要以上に何かを口にする機会が多いからな」

 まったくフォローになっていないことは自覚しつつ、放置しておくと恥ずかしさのあまりどこかへ走り去ってしまうと思って適当に合わせながらまたお茶をすする月詠に、シュテルは何度か頷き、少し誇らしげな表情で改めて月詠に顔を向ける。

「それは朗報です。禁煙して食欲が増したということは、喫煙していたことで体内に蓄積されていた毒素が除去された証。今まではその毒素が本来あるべき食欲を削ぎ、結果的に必要な栄養を取れない状態が続いていたのです。だから月詠もこれからも禁煙を続け、健康な体を維持していくべきです。」

 単に今までくわえていたものがなくなって口が寂しかったからそれを紛らわしていただけで、決して食欲が増したわけではないのだが、自分の持論が証明されたと確信して笑顔で演説を続ける。

「別にわっちは健康マニアというわけでもないし、そこまで気にしておらん」

「マニアでなくても健康には気をつかうべきです。月詠は同性の私から見ても羨ましいほどの美貌の持ち主なのですから、それがタバコで損なわれるなんて友人として見過ごせません」 

 美貌に対して気を使っていない人間にそれを言ったところで大した意味はない。しかし面と向かって容姿を褒められるのはやはり悪い気持ちはしないのか、シュテルから僅かに顔をそらし、話題を変えようとする。

「くだらんことを言う前に本題に入れ。話があるからと来てみれば看板を立てて役に立たない門番を使うわ。ようやく会ったと思ったらいきなり外に連れ出してこんな休憩所まで引っ張るわ。何がしたいんじゃ?」

「……それについてはすみませんでした。貴女を呼び出したことを忘れて作業に没頭してしまって、本来なら部屋で話そうとも思っていたのですが、今は見られたくないものがあったので」

 キュッと丈の短い和服を持つ手が強くなるも、すぐに元の硬い表情になって言葉を続ける。

「月詠。レヴィの様子はどうですか?」

「何も変わっておらん。暇さえあれば吉原で暴れるならず者を倒すか、部屋でダンボールを被るゲームをするか鳳仙に会いに行く。あとは周りの建物を壊してわっちに殴られるだけじゃ」

 そうですか。短く言ったシュテルは自分の袖をまさぐり、白いカプセル状の薬の入ったビニール袋を取り出してそれを渡す。
 カプセルは僅かに透けており、中には赤い粉末のようなものが入っていた。

「近いうちにレヴィは体調を崩すと思われますので、私が許可するまで外出を禁止、そしてそれを毎日寝る前に飲ませるようにして下さい。強い衝撃を与えると爆発する危険がありますので、飲んだあとは運動などさせないようにお願いします」

 とんでもなくおっかないことを口走っていることは自覚しているが、事実である以上は話さなければならない。怪訝な表情で袋を見つめる月詠に冷静に説明していく。

「なぜ体調を崩すと断言できる?」

「それは言えません」

「何の薬じゃ? 非売品か?」

「風邪薬みたいなもの、と捉えて下さい」

 そんな信用出来ないものを飲ませられるか。怒鳴りたい衝動を抑えながら、月詠は形だけでも平静を装う。

「……体調を崩すと理解していたとして、なぜ今まで黙っていた?」

「言えません」

「鳳仙や師匠はこのことを知っているのか?」

「言えません」

「……なら何を問えば答えるのじゃ?」

「……言えません」

 何を聞いても明確に答えを出さない。少しずつ表情が険しくなっていく月詠を、シュテルは申し訳無さそうに見つめる。
 また魔法関係か、一方的に話だけをして、質問には一切答えないことは今までもあった。その場合は決まってこの星ではマイナーな概念、ようするに魔法が関係していた。自分では相談相手にもなれないのかと食って掛かろうとしたが、どこまでも悲しげに見つめてくるシュテルに、月詠は苛立っていた感情が薄れていく。

「シュテル。ぬしが鳳仙や師匠と何かを成そうとしているのは知っている。そしてそれがわっちには荒唐無稽としか思えないほど大きなものであることもだ。そんな怪しいぬしと一緒にいるのは、他のバカどもとは違って鳳仙に心までは屈服していないと分かっていたから、何よりもぬしにとって大事な家族だと言っていたあのアホの世話を頼んできたからじゃ。他の者からすればわっちは鳳仙の走狗としか思われていないにもかからず、ぬしはわっちを信頼してくれていた。なぜじゃ?」

「それは、貴女が私と同じく、別の誰かのためにあえて茨の道を歩んでいると分かったから」

「あぁ、そういう意味ではわっちたちは似たもの同士。初めて会った時から互いに思っていたことじゃ。だがな」

 立ち上がり、渡された薬を眼前に突き出す。赤い粉末が月詠の怒りに反応しているのか、何度も点滅を繰り返している。

「ぬしは何も答えず、下手をすれば爆発するわけの分からん薬を渡してレヴィに飲ませろと言うだけ。自分以外を下等と見る鳳仙と師匠が何らかの秘匿情報を持って強要するのなら諦めもつく。だがあのアホを家族と言い、わっちにここまで頼んでくれるぬしにまで同じことをされたら、今までのことがすべてウソなのかと不安になるのじゃ」

「そんなことは……」

「信頼しているのはわっちの独り善がりだったのか、シュテルにとってわっちは体よく利用できるだけの存在なのかと。こうやってるのも所詮は形だけのママゴトなのかと……」

「それだけは違いますッ」

 普段の冷静さとは一転、激昂して喚くようにその言葉を否定する。今にも泣き出してしまいそうな目には形容しがたい力が滲み出ていた。

「分かって下さい、などとおこがましくて言えません。だけど信じて下さい。私は夜王や地雷亜とは違います。貴女を下等などと思ったことは一度だってありません。対等な友人だと思っているからレヴィやチビットたちを託せたのです。ただ私が成そうとしていることはあまりに大きい、知れば貴女は自分から関係者になってしまう。最終的にどうなるかも正直言って分からない。そこに月詠を巻き込みたくないのです」

 薬を持つ手を両手で優しく包む。信じてほしいからそうしているというより、不安な気持ちを抑えこむために人のぬくもりを求めるために無意識にやっていた。
 家族以外はすべて信じるに値しない塵芥の如き存在。その中でようやく手に入れることができた友人に離れられることが何よりも不安だった。すべてを明かすことはできない、だけど見捨てないでほしい。都合がいいことは分かっていても、それがシュテルの正直な気持ちだった。

「……2つだけ答えてくれ。この薬は絶対にレヴィに害を与えないか?」

「王の臣下として、レヴィの家族として、月詠の友として、それだけはないと誓います」

「わっちに頼んだのは、信用の証と考えていいか?」

「信頼の証です」

 偽りのない毅然とした口調、まっすぐと見据える目が先の言葉がウソではないと語っていた。
 月詠は背を向け、ゆっくりと歩を進める。薬の入った袋は決しては離すまいと懐に仕舞い込む。

「……ぬしの覚悟は分かった。元々話せない事情があるのはお互い様じゃ。一方的に聞き出そうとしたことはすまなかった」

「いえ、それが普通の対応です。私はこの町ではよそ者なのですから」

 そしてそのよそ者を今では友として支えてくれているのは貴女だと、心で語りかける。それを察したのか、月詠は笑ってシュテルを見る。

「ではついでにお節介でも焼いてやる。わっちもあまり人に言えたものではないが、ぬしのその服は寺門通の真似か知らんが、丈が短すぎて屈むと下着が見えるぞ」

「ッ!? 月詠!」

「禁煙させてくれた礼じゃ。今度任務で地上に出る機会があったらぬしに洋服でも買ってやる」

 恥ずかしそうに両手で下半身を押さえ込みながら怒鳴るシュテルを横目にその場を後にする。

 ・
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「もう、変な所で意地悪を言うのですから」

 雑多に立ち並ぶ遊郭を歩きながら、シュテルはさっきまでの月詠とのやり取りを思い出す。
 はっきり言ってデリカシーがない。確かに自分の見た目は幼い少女ではあるが、人並みの知識を持つ相手をあのように茶化すなど、同じ女性とは思えないほどだった。
 そもそもこの服自体、この国に入った当初から着ていたにも関わらず今更になって指摘するなど間違っている。ようするに今まで友の下着を周りの有象無象に見られていることを承知で黙っていたというのだろうか。次々と湧き出る不満に比例してどんどん歩く速度も早まっていく。

「……これは、彼女が困ってしまうくらいたくさん服を買ってもらうことで償っていただきましょう」

 次に会う時にイジる楽しみを思いつき、今日のところは怒りを収めようと誰に見せるわけでもなく微笑んだ。

「ッ!」

 その時だ。遊郭を通り過ぎ、壊れた電灯が絶え間なく点滅を繰り返している暗い道。普段ならば何も気にすることなく進み、そのまま自分の家まで行くところを、シュテルは立ち止まり、僅かに沈黙する。

「いつまでも隠れていないで出てきなさい。何か伝えたいのでしょう?」

 暴発寸前の怒りを発散させるかのように口を開くと、目の前の電灯の点滅に合わせるように現れた見慣れた包帯顔に思わず顔をしかめた。

「月詠の時は随分と上機嫌だったはずなのだが、奴とのお喋りの余韻を消されて不愉快か?」

 地雷亜のどこか楽しげな声色に体が強張る。さっきまでの談笑を見られていたとは、相変わらず表情が見えなくても人をコケにすしていることが分かるその人間性は醜悪の一言に尽きる。自分の見られたくない部分を暴かれてしまったことに、しかしシュテルは平静を装いながらまっすぐにその醜い姿を見据える。

「あんな不出来な女を相手にそう見えるとは、貴方の観察眼もあてになりませんね」

 予想とは違う言葉だったのか、地雷亜は僅かに意外そうに目を見開くが、すぐに口許を歪めて低く笑う。どこまでも人の神経を逆なでにする笑い方だった。

「不出来とは言ってくれる。お前から見れば未熟に見えようが、あれは俺が手塩に掛けて育てた弟子だぞ? 少なくとも俺の表の後任を任せるレベルには達してる」

「あの程度で? 私の模擬戦の相手にもならず、せいぜいレヴィの世話係にしか使えないではないですか。どうやら地雷亜、貴方は実力はあっても師匠としての才能は乏しいようで」

 笑みを浮かべながら一歩ずつ近づき、地雷亜と背中合わせになる。基本的に顔を合わせたくない相手には無意識にこうしてしまう。

「月詠には例の薬を渡すために会っただけです。これで貴方が懸念する問題はすべて解決しました。約束通り今後も私の手足となってもらいます」

「期限を大幅に遅らせた人間の言葉とは思えんが、まあ良いだろう。」

「それで、テスタロッサの戦闘跡地の調査では何か有益な情報はありましたか?」

 大して期待していないが、この男が何らかの独断行動をしているのなら何もなかったと答えるはず。些細なことでも新しい情報があれば報告するように命令している以上、何もなかったとは口が裂けても言わないはずだからだ。

「……ック!」

 だが地雷亜の反応はシュテルが予想し得なかったものだった。抑えこんでいた感情が漏れるように、少しずつ笑い続ける。

「有益どころか、俺たちのしていたことがすべて茶番になってしまうほどの事実を手に入れたぞ。これを聞いてお前がどう行動するのか楽しみだ」

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 昼夜を問わず人工的な光が吉原の町を照らし続ける。だがその光の恩恵は中央しか受けられない。
 地上からの顧客などが行き交う中央を囲む東西南北は、発展に乗り遅れたスラムだった。地下からの開放、中央で王を気取る老人からの支配脱却を謳いながら、具体的な計画も持たずにただ惰性で生きているだけのはみ出し者が根を張るゴミ溜め、稀にとんでもなく行動的なレジスタンスが現れることもあるが、その場合は老人の擁する兵隊によって刈り取られてしまう。
 月詠が歩いているのは南に位置するスラムだ。他の三方の中でもとりわけ荒廃が酷く、長い間中央からも忘れ去られているこの集落。その一角にある古びたビルに目が止まると、周りに目配せしたあと、その中へと入っていく。
 電気もまともに通っていない廊下は肌寒く感じるが、慣れていたのか、特に気にすることなく歩を進めると、小ぢんまりした扉を見つける。手にかける瞬間、自分の周囲に人の気配がないか再び目配せし、心配はないと判断して扉を開ける。
 そこはかつてはこのビルの重役たちが使っていたと思われる視聴覚室だった。大型のモニターと、今は見るも無残な姿になっている椅子と巨大な木製テーブル。その部屋の中心にくたびれた姿で集まっている集団を見て、月詠は安堵の息を漏らす。

「頭! どうしたんですか?」

 見慣れた姿に、集団の1人である女性が驚きながらも駆け寄る。個性的な和服を着こなし、忍者のように口許を覆う黒いマスクと手に持つ薙刀が特徴的だった。

「次の集まりはまだ先のはずですけど、あまり来る回数が多いと鳳仙が嗅ぎつけるんじゃ」

 それを聞いて何人かが窓に集まり、周囲を見渡すが怪しい人影はない。月詠は手を上げ、心配はないと言ってさらに言葉を続ける。

「すまんな、どうしても話したいことがあって来たんじゃ。ほかの連中を集められるか?」

「今すぐは無理ですね、目立つ行動を取ると計画が漏れる可能性があるから、なるべく単独行動をするように指示しておいたので」

「ふむ、ならここにいる面子にだけでも話しておくか」

 そう言って大型モニターへと近づく。その場にいる全員が月詠の姿を追い、固唾を飲んで言葉を待っている。

「まず事前の報告もなくここに来たことを許してほしい。早急に皆の耳に入れてほしい情報が手に入ったので居ても立っても居られなかったんじゃ」

 周りがざわめく。危険を犯してまでわざわざここに来るとはよほどのことなのだから無理はない。大きくなるざわめきに、月詠は手を出して言葉を紡がせる。

「今回わっちは訳あって鳳仙と繋がりのあるあの魔導師の家まで向かった。その時は奴の部屋に入ることは叶わなかったが、中の様子は見ることができた」

 さっきよりも大きなざわめきが視聴覚室に響いた。
 鳳仙と繋がりのある魔導師の存在は以前から月詠から聞かされていた彼らにとって、その情報は喉から手が出るほどの重要なものだったからだ。心の中にある希望がどんどん膨らみ、高なっていく鼓動を抑えながら、次の言葉を今か今かと待ち続けている。

「それを見た時は興奮を抑えるのに必死じゃった。物資も乏しく武器も貧弱、その日暮らしの生活を敷いているぬしらにようやく地上の光を照らすことできる。そう確信できるほどのな」

「頭、それは一体……」

 たどたどしい言葉使いで聞いてくる1人に、鋭い表情でこう言った。

「魔導師の扱うデバイスじゃ、まだ製造途中ではあったが、魔導師から聞いた話と合致しているから間違いない」

 その言葉が放たれた瞬間、心の底からの歓声が視聴覚室を覆った。
 想像以上、神は見捨てなかった、誰に聞かせるまでもなく全員がそう謳い、中には感嘆のあまり涙をながす者もいた。

「形状からそれは近接のブレード型だった。ならばコツさえ掴めば魔力のないわっちらにとっても強力な武器になりえる。強大すぎる鳳仙に対抗する手段がようやく手に届いたんじゃ」

 その熱が届いたのか、次第に自分の声量が大きくなっていくが、ここまで来てそれを抑えられるほど、彼女は冷静ではない。拳を勢い良く机を叩きつけ、その喜びを露わにする。

「皆、こんな絶望ももうしばらくの辛抱じゃ。どのような犠牲を払ってでも必ずそのデバイスを手に入れてみせる。そして憎き夜王を必ず打ち倒し、この町から日輪という太陽を、天上に降り注ぐ太陽を取り戻すぞ!!」

 全員がその声に応えた。あらゆる苦痛を強いられ、蔑みに耐え続けた日々が報われる瞬間を手に入れた。憎き夜の王である鳳仙を殺し、この町をあらゆる束縛から開放し、真の自由を手に入れる。誰もがその時を心待ちにする。自分の手で太陽を手にすることを。
 だが喜びに満ちた空間の中、ただ1人の女性だけが暗い表情だった。雑多な叫び声の中で逡巡を繰り返し、意を決して女性は問いかける。

「でも頭、そのデバイスを作ってるのは例の魔導師なんですよね?」

「そうじゃ。ここまで怪しまれずに近づけたことが奇跡に近かったが、わっち程度なぞ取るに足らない存在と思わせたのが成功したようじゃ、今となっては奴の慢心に感謝せねばな」

「だけど、話を聞く限りじゃ頭はその魔導師と仲が良かったんですよね。いくら最初から利用するのが目的だったとはいえ」

「わっちが情にほだされると思っておるのか? バカにするな。個人的な感情とこの町の自由、天秤にかけるまでもないだろう。それにな」

 続けて言おうとした瞬間、懐に忍ばせた薬の存在に気づき、思わず胸を押さえつける。僅かに舌を噛み、苦悶に満ちた表情を作るが、それを見られる前にいつもの冷徹な顔を作り、月詠はこう言った。

「……今までくだらん友情ゴッコを続けていたのはこの時のためなんじゃ。むしろようやく奴を出し抜くことができることに感謝したいくらいじゃ」

 ・
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「うわーん!! また負けた―!!」

 テレビ画面にゲームオーバーを意味する英文字が出た瞬間、青髪の少女、レヴィはコントローラーを放り投げ、大の字で寝転がる。その横には、いかに敵に見つからずにあらゆる地形から核ミサイルを発射する戦車を破壊するネイキッドな伝説の傭兵が主人公のメタルでギアなゲームのパッケージが置かれている。

「こっちは残り少ない残弾なのにボスの銃だけ無限仕様なんてあんまりだ! 周りも白い花だらけで全然見えないし、どうやって勝てっていうんだよー!!!」

 どうやら最後のボス戦がどうしても勝てずに行き詰まっているらしい。ある時は無限乱射してくる銃撃にやられ、またある時はいきなり近づいてきてCQCを決められて自分の武器をバラされ、またある時は時間が過ぎてミグに爆撃されるという敗北を延々と強いられ、ただでさえ短気な少女がついに癇癪を起こしてしまったようだ。

「あーあー、攻略法を見ようにもここってパソコンないから調べられないし、かといってシュテるんやツッキーは今いないから代わりにしてもらえないし、ヒノワンとスッチーは間違いなくできないから当てにならないし、せっかく時系列順に進めようと思ったのにこのままじゃPWまで進めないよ……」

 この場に当人たちがいないことをいいことに言いたい放題なことをのたまうが、それでゲームがクリアできるわけもない。アホな頭をフル回転させて、何とか現状を打開する最善の策を模索する。その時だ。

「そうだ!」

 頭に視界の狭い兵士たちがたまたまプレイヤーを見つけた時に現れるビックリマークを出したかと思うと、ゲームの電源も消さずにパッケージを片手にそそくさと部屋を後にする。

「ジイちゃーん! このゲームの攻略本買いたいから一緒に地上まで付いてきて! 大丈夫、ジイちゃんの代わりにボクが傘持っててあげるからさ!」

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「うわああああああああん!!! 何だよー! せっかく外にでる機会を作ってやったのにー! ジイちゃんのバカアアー! 引き篭もりいい!! 暴力ジイちゃあああん!!!」

 バカみたいにデカイ泣き声と、頭にデカイコブを備えて戻ってくると、そのまま座布団に顔をうずめてしばらく呻き続けていく。





 あとがき
またまた思いっきり更新が遅れて申し訳ございません。そして前の話でヴォルケンの話を書くと言いながらぜんぜん違う話になってしまい、本当に申し訳ございません。

本来この話は10話で挿入される予定の話だったのですが、また長くなってしまったので独立させました。そして今後は大きな話の時以外はシュテルが中心の話はこうやって幕間っぽくしていこうと思います。


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