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[30786] 目が覚めたら私があの子になっていた(ネタ)
Name: この小説はPCから投稿されています◆955184bb ID:c440fc23
Date: 2011/12/07 10:49
「ん? 眩しいなぁ」

 そう感じながら視線を動かすとカーテンが見えた。どうもその隙間から差し込む光がわたしの顔に当たったせいで目が覚めてしもたんやな。ま、ええわ。起きるには丁度ええ時間みたいやし。今日の予定は確か解散式やったなとそこまで考えて―――違和感に気付いた。

「何や? 目線が低い気ぃする……」

 しかもよく見れば部屋の内装も違う。どこかで見た事あるような気もするし、聞こえてくる声も自分がよく聞いとるものとちゃう気ぃする。……とりあえず背が低くなっとるのは間違いない。そう納得したところで、視線を動かして室内を見渡した。姿見でもあればええなと思ってやったんやけど……あった。

「えっと……」

 ベッドを移動して近くにあった鏡へ目をやる。そこには見覚えのある姿が映っとる。うん、それはええ。でも…………何で? 何でそれが見慣れたわたし自身やなくて”あの子”? しかもこれは……わたしが知り合った頃やんか! せめて今の年齢と同じにしてくれんと胸を触って楽しむ事が出来んやないかっ!
 あ、いかんいかん。まずは冷静にならんと。その理解を超えた状況に混乱する思考を落ち着かせるためにも深呼吸せな。何度か呼吸を繰り返し、改めて冷静に鏡に映る自分を見る。そこに映るんはおそらく九歳になる前かなった後のわたしの親友。髪をまとめる二つのリボンが特徴で、いつも明るくわたしを支えてくれた幼馴染。

「……なのはちゃん、やな」

 そう呟くわたしは八神はやてで二十歳の魔導師。そう、つい昨日までは確かにそうやった。機動六課最終日を明日に控え、解散式の挨拶を考えてもう当日を迎えるのみや。そう思って眠ったところまではしっかり覚えとる。ロストロギア絡みでこうなったんやろか? そう思うもそんな可能性はない。となるとこれは夢っちゅう事になるけど……

「……痛い、なぁ。となるとこれは」

 頬を軽めに抓ってみるなんて古典的な確かめ方をしたけど結果は予想通りやった。ま、今出来る事は一つ。とりあえず起きて着替えて今日を乗り切る事やな。なのはちゃんらしくせなあかんけど、そこは何とかなるやろ。

「喋り方だけ気をつけんとな。……訛りなんて出したら一発でアウト……だもんね」

 思わず本来の喋り方をしそうになって修正をかける。うー、出来るだけなのはちゃんの喋り方を思い出しながら言葉を発しないとあかんなぁ。そう自分へ言い聞かせる。気分はどこか偉いさんと話す時のように引き締めて、ゆっくりと着替えるためにタンスへ手をかけようとして―――なのはちゃんのプライバシーを侵害するようで少し気が引けた。

「ごめんな、なのはちゃん」

 わたしがこうなっとる言う事は、なのはちゃんはおそらくわたし―――八神はやてになっとるはずや。ま、意外とこのなのはちゃんの精神が二十歳のわたしに宿ってるなんてのもありやな。大穴で実はそっちもわたしのままなんて可能性も……それはないと信じよう。そう強く心の中で願って着替えの下着を取り出し、もう懐かしささえ感じる清祥大付属小学校の制服を眺めた……

―――フェイトちゃんは……変わってへんよな?





「なのは、どうかした? 今日はやけに静かだね?」

「あ、うん。ちょう―――っ!? あ、いやちょっと考え事してて」

 美由希さんからの問いかけについ口癖を使ってしもたので慌てて訂正。それに美由希さんは少しだけ小首を傾げた。うん、年上やけど可愛いな。後でさり気無く胸触っとこか。そんな事を思いつつも、一瞬疑われたかなとも思って冷や冷やしたのは当然やな。
 ま、何とか誤魔化せたようで何より。そのまま追及される事もなく「もしよければ相談になるからね」ってお姉ちゃんらしい事を言ってくれた。……正直嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが半々で複雑になったわ。少しだけシャマルを思い出したんはここだけの話。

 美由希さんの言った通り、確かにあまり喋らんようにしとるんは事実。答えた通り考え事しとるのもあるけど、本音は喋ってボロを出さんようにって注意したらそうなった感じや。でも、こうしてみると分かる。わたしもヴィータ達と家族やったけど、血が繋がった家族はどこか違うなぁって。

「悪い母さん。その」

「はいはい、お醤油ね」

「ね、恭ちゃん。今度の休みなんだけどさ」

「俺は朝から忍に押さえられた。だから好きにしろ」

「ホント? やった! 何しよっかなぁ~」

 全部言わんでも通じ合う。それが自然と出来てるんはやっぱり時間と血の繋がりがあるからやろな。わたしらも時間をかけてそういう風になっていったけど、一番の差は何と言っても……

「ん? どうしたなのは?」

「私達の顔に何かついてる?」

「え? あ……何でもない」

 自然と浮かぶ笑みを止める事が出来へんわ。そう、お父さんとお母さんがおる。これはわたしにとっては結構大きな事。わたしはどうしてもお母さん役をやらんといかんかったし、お父さん役はおらんかった。やからかな? 一番下の立場って経験した事が少ない。
 ヴィータ達と一緒に過ごすようになってからはお母さんでありお姉ちゃんでもあった。甘える事が出来る相手は……おったといえばおったけど、どうしても基本は自分がしっかりせんとって思う事が多かったし。

 そう思いながらご飯を口へ運ぶ。気のせいか記憶の中にあるどのご飯とも違う味がした。自分が何もせんでも家事をしてくれる人がおる。こんな幸せな事はないわ。なのはちゃん、堪忍してな。少しだけ……ほんの少しだけお父さんとお母さんがおる時間の温かさに浸らせて。
 体を意図せず借りてしまった親友へ心の中で頭を下げ、桃子さん―――ううん、お母さんへ笑顔で空になった茶碗を差し出した。夢かどうか知らない。幻でも構わない。今だけは、わたしは八神はやてやなくて高町なのはになる。

「おかわり!」

「はーい」

 お母さんの笑顔が無性に嬉しい。と、急にお兄ちゃんとお姉ちゃんが動き出す。つられて目を動かせば時計が急ぐ時間になりつつある事を教えてくれた。ちょ、今おかわりしたとこやのにっ! そこへ差し出される茶碗。反射で受け取り、中を見るを量はそこまで多くない。

「あれ?」

「それぐらいならまだ食べれるから」

 お母さんの言葉が心に響く。感謝しながらご飯を心持ち急いで食べて鞄を手にして席を立つ。うん、まだ余裕や。

「行ってきます!」

「「行ってらっしゃい」」

 こうしてわたしの高町なのはとしての一日が始まった。色々と分からん事だらけやけど……ま、どうにかなるわ。そんな風に軽く考えてわたしは走る―――と転んでしまうんはあれか。なのはちゃんの体に慣れてへんからか。そう結論を出して全力疾走はやめとく事にした。
 まずは学校終わったらうちに行って確かめておかんとな。わたしの体を動かしとるんがなのはちゃんかそうでないかを。目の前に見えてきたバスへ駆け寄りながら、わたしは今後の事を考える。出来れば寝て覚めたら戻ってくれるとええなと祈りながら……





「……どうしようか、これ」

 目を覚ましたら足の感覚が鈍いし思うように動けない。隣で寝ているはずの二人もいなかった。不思議に思いつつ這いずるようにベッドから出ようとした時、私は気付いた。それはベッドの横にある車椅子。それはかつて私の大切な親友が使っていた物だから。
 そう思った瞬間、私がしたのは自分の周囲の確認だった。予想通りと言えば予想通りだったけど、この部屋ははやての部屋で体ははやてのもの。しかも誰もいない事から闇の書―――夜天の魔導書が起動する前だ。だから分かる。つまり一人きりで車椅子の生活をしなければならないって事だ。あまり混乱しないのはどこか現実味が薄いからだろうね。

「…………はやても苦労したって言ってたし、私に出来るかな?」

 そう言いながら車椅子へ乗る。よく見れば簡単に乗れるような場所へ置いてあった。きっとはやてはこの生活を一人で送るために色々と考えてたんだ。そういうところからあのしっかりした性格が作られたのかも。にしても困ったな。本当なら今日は六課解散式で思い出の一日になるはずだったのに。

「これ、車輪を手で動かすんだっけ?」

 苦労しながら車輪を手で必至に動かす。思ったよりも力がいるな、これ。……あ、この車椅子自動で動くはずだ。はやてがその機能を使っていた事を思い出したので、車椅子を調べてみるとやっぱりあった。
 ゆっくりと進む車椅子。それに不思議な感覚を覚えながら、ふとこんな事なら車椅子生活の話を詳しく聞いておけばよかったなんて考えるのは仕方ないよね。何しろ正直現実逃避したくなるような状態だ。これが夢ならいいけど、現実にお腹は空いてるし意識もしっかりあるから困ったもの。否応なく夢じゃないって言われてるような気持ちになって、私はため息を吐いた。

「まずは食事だね。家事が出来ない訳じゃないけど……この状態では難しいかも」

 何度か訪れた事のあるはやての家。その構造を思い出しながらリビングを目指す。着替えは後回し。今はそれよりも顔を洗って食事にしよう。でも、誰もいないはやての家は正直新鮮で悲しい気持ちになる。私がここへ来るようになった時にはもうシグナム達がいたから賑やかだったし。
 こんな中で一人過ごしていたはやてには本当に頭が下がる。私も結構寂しい子供時代を過ごしたけど、それでもリニスやアルフに母さんがいた。だから一人じゃなかったし、体も健康で不自由は感じなかった。

 人気のない廊下を通り、リビングへ入った時に私はある事に気付いた。それはドアが大抵開けっ放しにされている事。最初はどうしてだろうと思った。一人の頃のはやては結構いい加減だったのかもなんて考えもした。でも、きっと違う。

「はやて、自分以外誰もいないから出来るだけドアを開閉しなくていいようにしてたんだ」

 それを考えて実行したはやての気持ちを察して私は涙が出そうになった。自分が暮らし易いようにと知恵を出すと必ず自分が孤独だと思い知る事になる。そんな中、はやては気丈に生きていたんだ。そう思うと胸が痛くなった。

「……そういえば、私が昔のはやてになってるなら今の私は子供のはやてかな?」

 これが夢じゃないとしたらそういう事だ。そう考えるとなのはとヴィヴィオの困惑する姿が目に浮かぶ。戻りたいけど、どうしてこうなったのかも分からない以上手の打ちようがない。そこへ聞こえてくるお腹の音。誰もいないけど気恥ずかしくなるな。

「と、とりあえず頑張ってみよう!」

 励ますようにそう言ってから私は冷蔵庫へ近付いた。こうして私の八神はやてとしての一日が始まった。色々と確かめたい事もあるけど、一番になのはに会いに行こうとそう思って。きっとなのはなら手を貸してくれるはず。事情を話しても仕方ないからそこは言えないけど、はやての現状を知れば力になってくれるから。
 優しい親友を思い出し、心の中ではやてに告げる。私が元に戻れた時、なのはだけじゃなくすずかにアリサも友達になってるから。シグナム達が現れる前に友達を作っておくね。それがせめてもの私に出来る事。例え夢でもいい。はやてが抱えるはずの寂しさを少しでも減らしてあげたいと思って……





「フェイト? どうかしたのかい? 今日は朝から何か変だよ」

「あ、その……色々と考える事があって」

 そう答えるとアルフさんは納得してくれたようで食事を再開した。一方の私は目の前の食事を眺めてため息一つ。朝誰かに揺り起こされたから、てっきり早起きしたヴィヴィオかと思ったんだよね。そしたらアルフさんで、しかももう見れないと思ってた大人モードだったから驚いたの何のって。
 そこからアルフさんに嘘を吐きつつ、状況を把握出来たのは一度大きく慌てたからだろうな。それにアルフさんが「フェイトがアタシを見て驚くなんて!」って言い出して泣きそうになったのもあるかも。おかげで朝から賑やかだったなぁ。

「……えっと、それでねアルフ」

 出来るだけフェイトちゃんの口調を思い出して喋る。つい気を抜くとさんを付けそうになるけど、そこは気を付けないとね。私がフェイトちゃんじゃないって思われると色々と問題だもんなぁ。

「んー? 何だい?」

「地球へ行ってジュエルシードを集めてきて欲しい。そう言われたんだけど」

「準備が出来次第行くからそのつもりで、だろ? 大丈夫だよ。フェイトがそうしたいんならアタシもそれについてくだけさ」

 うん、アルフさんはやっぱりフェイトちゃん第一主義だ。それにしても、分かってはいたけどプレシアさんは相変わらずフェイトちゃんを見る目が冷たい。あれでもフェイトちゃんはずっと慕い続けたから凄いよ。私も覚悟してたけど少し圧倒されたぐらいだし。
 時の庭園はあの時以来だから色々と思う事はあった。出来る事ならプレシアさんとの関係をどうにかしたいけど、それは難しい事を私は知っている。プレシアさんはフェイトちゃんをコピーとしか思ってくれない。人形とまで読んで突き放し、最後も差し出された手を掴まなかったぐらいだ。

 ……でも、実は気になってる事がある。それは虚数空間へプレシアさんとアリシアちゃんの入ったポッドが落下したあの日の事。ユーノ君が絞り出すように言ってた言葉だ。

―――もしかしたら、プレシアはフェイトの事を思って手を掴まなかったのかもしれない……

 あのPT事件でフェイトちゃんの処分が軽く済んだのは、プレシアさんの指示で動いていたと判断された事が影響してる。クロノ君からユーノ君が聞いた話だと、情状酌量の余地が大きかったのはそこが決め手だったらしいし。
 だから、私は確かめたい。本当はプレシアさんがフェイトちゃんの事をどう思っているのかを。私達へ言ったようにアリシアちゃんのコピーとしか思っていないのか? それとも……それとも娘として愛していたのかを。

「ね、フェイト。何だか今日はいつもよりも表情が変わるけどどうしたんだい?」

「えっと……き、気分がいいからかな?」

「ふーん、そんなもんか。ま、アタシはフェイトが笑ってくれてればそれでいいけどね」

 アルフさん、やっぱりフェイトちゃんが好きなんだ。うん、きっとアルフさんがいたからフェイトちゃんも頑張れたんだと思うな。だからフェイトちゃんの気持ちになって言っておこう。

「ありがとうアルフ。そう言ってもらえて嬉しいよ」

 でも、何故かそう言った瞬間アルフさんがこっちを見て固まった。な、何か変な事言ったかな? 出来るだけフェイトちゃんっぽく言ったつもりだったんだけどなぁ。そう思ってちょっと戸惑ってると、アルフさんが目を潤ませて抱き着いてきた。
 ちょ、ちょっと苦しい! これ結構強い力で抱き締めてるよ! しかも顔が胸に埋められてるから息苦しいし! でも助けてって言うのも変だし、一体どうしよう!? と、とりあえず苦しい事は伝えないといけないよね。

「あ、アルフさんっ! ちょっと苦しいから緩めてっ!」

 その声でアルフさんも我に返ったのか腕の力を緩めてくれた。本気で呼吸が出来なくなるかと思ったや。そんな私を見てアルフさんが気まずそうな顔をしてる。やっぱり気にしてる。とりあえず急に抱き着いてきた理由を教えてもらおうかな。

「だってフェイトがそんな笑顔するの初めて見たから嬉しいんだよぉ~!」

 ……うん、ごめんなさい。この頃のフェイトちゃんって元気な笑顔を見せてなかったんだね。感情表現にも気をつけないといけないんだ。反省反省。これが今日一日で終わるのか続くのか分からないけど、出来るだけ周囲に違和感を与えないようにしないといけないよね?
 答えはないのは分かってる。それでもつい問いかけた。相手は当然私が魔法と出会って初めてぶつかり合った親友。この体を突然乗っ取ってしまう事になった大切な友達へ。

―――それにしても、私が小さい頃のフェイトちゃんなら六課の私がフェイトちゃんになってるのかな? ヴィヴィオとフェイトちゃんが混乱してないといいけど……




作者のつぶやき
入れ替わりもの? それも一人だとありきたりなので三人娘をそれぞれあべこべにしてみました。中身は六課解散前日のなのは達で外見は無印開始前のなのは達。
起承転結の起だけですが、これで誰かが暇潰せたと思ってくれればいいかなと思います。続きは……気が向いたらで。



[30786] 第二話
Name: この小説はPCから投稿されています◆955184bb ID:c440fc23
Date: 2011/12/10 06:28
 さてどないしよか。今わたしの目の前におるのは気絶したフェレット。それが何かをわたしは知ってる。昔なのはちゃんから聞いたユーノ君との出会い。それを思い出せばこれがどんな事を意味してるかは言うまでもないしな。

「とりあえず病院に連れて行こう」

「そうね。待って。今近くに動物病院がないか検索してみるわ」

 すずかちゃんとアリサちゃんが動き出す中、わたしは手にしたユーノ君を見つめて小さくため息。間違いないわ。今日からこの海鳴で事件が起きる。ジュエルシード事件。なのはちゃんとフェイトちゃんが出会った運命の事件や。
 生憎わたしは話を少し聞いただけやから詳しくは知らない。それでもやらなあかん事は分かっとる。なのはちゃんはこの日の夜にレイジングハートを手にして魔法と出会った。つまり私は今日それをなのはちゃんの代わりにせなあかん。

「……責任重大やな」

 先を歩く二人に聞こえん程度に呟く。これが一日限りの夢ならええけど、何となくわたしには嫌な予感がしとる。意外とこれは夢とかやなくて現実で、一種の平行世界に迷い込んでしもたんとちゃうかなって。となるとわたしの動きはかなり重要になる。
 何せフェイトちゃんがわたしと友達になってくれたのは、なのはちゃんの活躍があればこそって事を知ってるから。この事件でフェイトちゃんの心をなのはちゃんが助けた言うんは本人からもそれとなく聞いとるしな。

「なのは、どうしたのよ?」

「早くしないと塾にも遅れちゃうよ?」

「あ、ごめん。今行くから」

 知らない間に足を止めとったみたいや。これからの事を考えると気が少し重いからなぁ。ここで頑張れんとこっちのわたしを助けるのも苦労するやろし。よし、気合入れ直してこ! そう思って軽く小走りにすずかちゃん達の後を追う。手にしたユーノ君へ少しだけ視線を向けて、絶対上手くやってみせるからと心の中で宣言しながら。
 あ、塾行くとなると時間遅くなるからうちへ行くの難しいわ。うー、しゃーない。こっちのわたしに会うのは……ちょう賭けに出てみるか。そんな事を考えながら隣に並んだすずかちゃんとアリサちゃんに置いていかれんように走る。でも、やっぱ走るのがちょう上手く出来ん気ぃする。なのはちゃん、もっと運動しとこな。思ったよりも運動音痴やないと思うし。

「あ、あそこよ」

 アリサちゃんの指さす方向に一軒の動物病院が見えてくる。あ、あそこはわたしも知ってる。ザフィーラが何度かお世話になったとこや。ほんまは健診は必要ないんやけど、一応周囲への誤魔化しもあって連れて行った事があったなぁ。
 初回はめっちゃザフィーラが渋って、それをみんなで宥めたけど脱走されて町内を探し回ったっけ。……主にシグナム達三人が。わたしは車椅子やったからうちで留守番しとった。そういえば、こっちのわたしがなのはちゃんやったら苦労しとるやろうか? ……うん、やっぱはよ会いに行かなならんな。

 病院の中に入ると受付でアリサちゃんが事情を説明し始めた。それを眺め、わたしはユーノ君を優しく撫でて念話を送ってみた。反応が欲しいんやなくて、今はそれぐらいしか出来へんからな。

―――もう安心してええから。今は少しでも体を休めてな。





 寂しい。もう何度そう思っただろう。あ、気付けば日が落ちてきてるや。室内灯を点けた方がいいね。それにしてもお腹すいたな。買い物に行きたかったけど、車椅子で外出するのが億劫で行けなかった。はやてはこんな生活を本当に送っていたんだと思って、また少し心が痛んだのは同情かな? そんな気持ちは抱いてないけど、もしそうだとしてもはやては許してくれるよね?
 なのはに会いに行くのは今日のところはやめた。昼間は学校があるし、よくよく考えたら知らない子が家に来たら驚くよね。なので今は何とか知り合える機会を待つしかない。一番確実なのは私がなのはと初めてジュエルシードを取り合った時だ。でも、一人であの温泉まで行くのは無理がある。

「とりあえず今はそれは後回しだ。えっと……スイッチはどこだっけ?」

 視線を彷徨わせて……見つけた。そこへつい歩いていこうとして―――車椅子から落ちそうになったところで自分の状態を思い出した。そう、今の私ははやてだった。実は何度か同じような事をしていた。無意識で動こうとするとどうしても足が動かない事を忘れてしまって、今のように車椅子から落ちそうになって現実を思い出していた。
 車椅子を動かしてスイッチを押す。どれがどれか分からないから、確かめるのも含めて一つずつ押していく。……何か不思議な感じ。ここは自分の家じゃないのに自分の家なんだから。正直あまり家の中を動き回る事はしなかった。はやての私生活を勝手に覗くようで嫌だったんだ。

「でも、これお風呂とかどうしようかな?」

 気付けば独り言が多い。それが寂しさを紛らわしたいからだと思って、はやてもそうだったのかなと考えるとちょっとだけ心が温かくなる。でもすぐにそれ以上の悲しみが押し寄せてくるけど泣きはしない。はやてだって耐えた事なら私だって耐えてみせる。
 これを可哀想とは絶対思わないようにしようと決めたんだ。私が逆ならそう思うから。これを楽しく過ごそう。他人になれるなんて滅多に出来ない事だしね。そう自分に言い聞かせて笑ってみる。一夜限りの夢かもしれないなら楽しまないと損だから。

 ……またお腹が鳴った。やっぱり駄目だ。何か食べる物を買いに行かないと無理だね。朝は冷蔵庫に残ってた食材を使って何とかなったし、昼間はご飯を炊いて少しだけあったレトルトを使って食べた。でも出来れば体にいい物が食べたい。はやての体のためにも。
 そう考えて時計を見る。時間は午後六時半を過ぎた辺り。正直子供が一人で出かけるには微妙な時間だけど行くしかない。はやてが一人で車椅子で外へ出かけていた時の事を思うと不安もある。あの頃はやては明るく「慣れればどうって事ないよ」って笑ってた。でも、私はそう言える自信はないから。

「…………だけど迷ってても仕方ないよね」

 自分を鼓舞するように呟いて、私は車椅子を動かした。向かう先は当然玄関。と、そこでふと視界に入る物があった。それは電話の近くに置かれた何枚かのチラシ。どれも共通するのはデリバリー可能なお店の物だって事ぐらいだ。と、そこでつい苦笑がこぼれた。

「はやても偶には手抜きしてたんだ」

 自分へあれこれ言い訳しながらチラシ片手に迷っているはやての姿を想像して、私は一人笑った。そしてふと気付けば、それが今日初めての心からの笑いだと思った。知らない内に気持ちが暗くなってたんだ、私。それをここにいないはやてに払拭してもらった気がして、そっと手を胸に当てて告げる。

「ありがとうはやて。やっぱりはやても優しいね」

 なのはとは違った優しさで私を支えてくれた親友の笑顔を思い出しながらお礼を述べてチラシを手に取る。ピザにカレー、パエリアなんて物まである。見てるだけでお腹が空くなぁ。ちょっと楽しくなりながら一人チラシ片手に唸る事数分。
 結局ピザにした。宅配はMサイズからって書いてあったので少し食べきれるか不安になったけど、空腹加減を考えると案外平気かもしれない。受話器を片手に持ってダイヤルする。その手が軽く緊張してるのは初めて同じ事をした時と同じ感覚がするからだろうな。

 懐かしさをどこかに感じつつ、私は電話越しに聞こえてきた声に何とも言えない安心感を覚えた。きっとはやてが宅配を偶に頼んだのはこれもあったんだろうね。夜に誰かと話が出来る。それがほんの僅かでもいい。他者の存在を感じたかったんじゃないかって。

「あ、えっとフェ……八神はやてって言います。番号は……」

 まず名前を聞かれたので答える。ううっ、うっかりフェイトって名乗りそうになったよ。続けて電話番号を告げると、店員さんの声が少しだけ柔らかくなった。あれ? 何で?

『はい、確認取れました。今月は注文するのが早いね、はやてちゃん。で、ご注文は前回と同じでいいのかな? サラダは今回どうする?』

「ええっと、今日は……」

 どうもはやての事を知ってるらしい。しかも結構親しいのか声が優しくて温かい。それが中年男性だからか、どこかお父さんのように感じられた。その他愛のない言葉がはやてを気遣ってるように聞こえて自分の事みたいに嬉しく思えてくる。
 きっとこれもはやての性格から出来た距離感だ。はやてはシグナム達がいない頃から自分なりに孤独と戦っていたんだね。そう思いつつ注文を告げた。そして合計金額と到着予定時間を教えてもらってもう電話も終わりだ。そう思った時……

―――それにしても今日は喋り方が違うね。

 そう言われた瞬間、私は重大な事を忘れていたと気付かされた。はやては喋り方に独特の節がある。それを私はすっかり忘れていた。

「あ、その、えっと……」

『あ、ちょっとごめんね。……分かった、今行くから。じゃ、ご注文確かに承りました。ありがとうございます』

 何か誤魔化そうとしたところで電話を切られた。少し小さく後ろから店長って呼ぶ声がして、途中で声が少し遠くなった時があったから今の人が店長さんなんだ。って、そうじゃなくて!

「ど、どうしよ!? 私、はやての喋り方なんて出来ないよ!」

 もしこれが明日も続くのならこれは大きな問題だ。下手になのは達と仲良くなっても、本当のはやてに戻った時に色々と疑われる事になる。な、何とか思い出してそれらしく喋ってみよう! えっと、まずは語尾からマネをしてみる。設定は宅配の人からピザを受け取る時かな。

「どうもご苦労様です。これ、お金です」

 ……駄目だよ!? 普通に話しても問題ないのはいいけど、これじゃ練習の意味がないから! あ、ならシグナムと話をしてる時のはやてを思い出してみよう。会話ならきっとはやてらしさが出せるはず。

「あのなぁシグナム。いつも言っとるけど、模擬戦に入れ込むんも大概にし。付き合うフェイトちゃんも大変なんや」

 …………これだ。これがはやての喋り方だ。えっと、ポイントは”や”とか”な”とかで終わらせる事かな? 細かい部分は無理だけど、こういう事を意識していれば本当のはやてに戻った時も違和感は少なくすむはず。
 でも何でだろ? どこかではやてに軽く怒られた気がする。私はそんな単純に表現出来るものじゃないって。もしこれがこの体のはやての声なら、心からごめんなさい。今の私にはこれぐらいしか表現出来ないんだ。

 それからしばらく私ははやての口調を練習した。テレビを見ながら突っ込んだりもしてみた。うーん、難しいな。なんでやねんって私には言い難いよ。そんな事をしてると来客を告げる音が鳴る。その時は宅配が来たんだとそう思った。

「はーい」

 少し大きめの声で返事をしながら玄関へ向かう。車椅子での移動も若干だけど慣れた。でもドアを開けるのだけは苦労した。これに慣れる事があるとしたら、ちょっと不味いかもしれない。それだけこの時間が続くって事だもんね。
 そんな事を考えながら何とか鍵を開けてドアを動かした先には予想通りピザの……え? 違う。そこには小さな女の子が立っていた。

「こ、こんばんは」

「な、なのは……?」

 しかも、今日は会えないなと思っていた親友が。どうしてだろう。この頃のなのはははやての家を知らないはずだ。それが自分から、しかもこんな時間に訪ねてくるなんてどうして? 混乱する私へなのはは驚いた顔を見せてこちらを指さした。

「嘘っ!? 何で名前知っとるんや? しかもその呼び方は……フェイトちゃんか?! どーなっとんや!?」

 機関銃のような怒涛の喋り。うん、なのはの声ではやての喋り方って凄い違和感だな。でも私は好きだよ、そんななのはも。…………って、そうじゃない! 今、私は何て思った!? どこからどう聞いてもなのはらしくない喋り方だったよね?!

「その喋り方はもしかしてはやて!? 何で?! なのははなのはじゃないの!?」

「それはこっちが聞きたい事や。……とにかく上がってもええかな? ご近所さんの目もあるし」

「う、うん。それと遠慮しなくてもいいよ。ここははやての家なんだし」

「……そうやけど、今はわたしなのはちゃんやし。ま、ええか。じゃ、えっと……お邪魔します?」

「あ、その、いらっしゃい……でいいのかな?」

 お互いにそう言い合って苦笑する。ああ、凄くほっとした。見た目はなのはだけど、この空気感は間違いなくはやてだ。そう思って私達は家の中へ入る。これが期せずしてもう一人の私達の未来を変える出来事に繋がると思わずに……





 室内に響くのは秒針が時を刻む音のみ。アルフさんは夕食を食べて少ししたら眠ってしまって、私は一人ベッドに座ってぼんやりと天井を眺めていた。プレシアさんが地球での滞在する事を考えてお金や寝る場所などを用意してくれてる。だから出発には時間がかかってたなんてね。フェイトちゃんがジュエルシードを探すのが遅れた理由が今日分かったよ。
 それを言われた時、私はフェイトちゃんがどうやって地球で生活していたのかを聞いてなかった事を思い出した。よくよく考えれば当然だ。フェイトちゃん達はこの時地球の通貨なんて持ってないし、頼れる相手もいない。それがあの事件の時はどうやって生活していたんだろうって思って当然なのに。

「……私、意外と抜けてたんだ」

 漠然と転送魔法を使ってるのかなと思ってた。でも、考えてみればそんな事してたら魔力を余計な事に使っちゃうもんね。普通は地球に部屋を見つけるか借りるかして過ごすよ。

「これ、プレシアさんなりのフェイトちゃんへの愛情……って事は言えないかな?」

 確かにジュエルシードを手に入れるために必要な事だし、効率とかを考えれば地球に滞在するのが一番だと思う。でも、もしプレシアさんがフェイトちゃんの事を本当に犠牲にしてもいいと思ってるなら、今日にでも出発させて用意出来次第寝る場所とかを教えればいい。
 その方が早くから探せるし見つけられる。でも、プレシアさんは私がすぐにでも地球に行きたいと言ったら、それを却下してそう返してきたんだもん。そこに希望を持つのは……駄目なのかな。今のプレシアさんが頼れるのはフェイトちゃんしかいないとはいえ、最低限の事はしようと見えるのは私の先入観?

「ジュエルシードをプレシアさんに渡す事は出来ない。でも、それをしないとプレシアさんを助ける事は出来ない」

 世界かプレシアさんか。そう問われれば私は世界を取らざるを得ない。きっと今のフェイトちゃんでもそう判断してくれるはず。でも、この頃のフェイトちゃんなら……答えは多分プレシアさんだ。この頃のフェイトちゃんが一番大切に思っていた相手だもんね。

 そんな時、ふと思い出す言葉があった。いつだって世界はこんなはずじゃない事ばかりだ。そう、あの時クロノ君が言った言葉。そこに沢山の想いを込めて放たれた、クロノ君なりの世界との付き合い方。
 私もそれに込められた意味には同感。自分の感傷に他人を巻き込んで不幸にするのは間違ってる。それでも、それでも動いてしまうのもきっと人間。クロノ君の言い分も人間らしいなら、プレシアさんの言い分も人間らしいと私は思うから。

 正直ジュエルシードでアリシアちゃんを助けられるとは思えない。アルハザードへ行けばそれが出来るってプレシアさんは信じてる。でも、例えそうだとしても私はこう尋ねたい。

「仮にアリシアちゃんを生き返す事が出来たとして、先にプレシアさんが死んだ時どうしますか? 生き返らせて欲しいと思いますか?」

 その答えは私には分からない。これが自分ならそんな事は望まない。ヴィヴィオは凄く泣いてくれるだろうし別れを惜しんでくれるだろうけどそこで納得してくれる。ユーノ君は静かに泣いてくれるだろうね。でも、きっとその涙に誰よりも深い気持ちを込めてくれるはず。
 フェイトちゃんもはやてちゃんもすずかちゃんもアリサちゃんもみんな同じだ。大切な人が死んだのなら涙が枯れるぐらい泣いてくれると思う。私はそれだけで十分だ。誰かが自分の死を悼んで、そして忘れずいてくれる。それだけで十分だよ。

 アリシアちゃんは多分喋れたとしても生き返らせてなんて言わないはずだよね。だって、それは生きてる人の勝手な決めつけなんだもん。死んだ事に対して後悔してるとか満足してるとかって、結局それが本当に分かるのは本人だけだから。
 プレシアさんはそこを忘れて……ううん、きっと気付かない振りをしてる。勝手にアリシアちゃんの気持ちをそう決めつけて、自分が望む事が相手の望む事だって言い聞かせてる。誰も死にたくないって思うからそうに違いないって言い張って。

「プレシアさん。親なら……子供の幸せを自分勝手に決めつける事はいけない事じゃないですか?」

 昔の私なら言えない事。でも、ヴィヴィオを引き取ると決めた今の私なら言える。プレシアさんの行動はアリシアちゃんの事を思ってのものじゃない。それは自分を一番に考えた行動だって。大事な娘を亡くした辛さは……共感出来る。あの六課襲撃の後、崩れ落ちた隊舎でヴィヴィオの持ってたウサギのぬいぐるみを見つけた時、私も目の前が真っ暗になったから。
 あれの何倍も何十倍も上の苦しさや悲しさをプレシアさんは感じたはず。ううん、それ以上かもしれない。自分のミスで子供を苦しめた。或いは死なせた。それは言葉なんかじゃ言い表せないものがあるんだから。

 それとこうも思うんだ。もしアリシアちゃんが死んだ時の事を覚えてるとしたら、生き返った事を喜べないんじゃないかって。だって、また死ぬ事を経験しなきゃいけない。確かにその時の死に方が同じものになる可能性は低いから何とも言えないけど、同じ苦しみを味わうかもしれないって考えてもおかしくない。
 それってアリシアちゃんの幸せなのかな? また死の苦しみを体験するかもしれないって怯えるかもしれないのに。プレシアさんはそういう可能性は考えなかったのかな? それとも、都合の悪い事は全部思考から排除してるのかな?

「プレシアさんへいつか言わないと。アリシアちゃんの事を受け止めて前を向いていかないと駄目だって。だって、その亡くなった人が一番嫌がるのは……」

 そこで一旦深呼吸。これは自分へ言い聞かせてる部分もある。仮に自分もヴィヴィオを同じような状況で亡くしたとしても、あの子が笑いかけてくれる自分であり続けるために。

―――自分の事を理由にして、現実から逃げる事だから……




作者のつぶやき
海鳴ではフェイトとはやてが合流。一方なのはは、母となったが故にプレシアへの共感とそれに対する自分なりの答えを出すって感じです。
ありだと言ってくれた方、感謝です。ぼちぼち気の向くまま続けていきますので応援してくれると嬉しいです。



[30786] 第三話
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Date: 2011/12/21 08:50
「そっか、フェイトちゃんも理由に心当たりないんだ」

「うん。目が覚めたらはやてになってて。でも、まさかなのは……ちゃんがユーノ、君と出会う日なんて……」

 そう答えてフェイトちゃんがため息を吐く。完全に気疲れや。ま、当然やろな。何せ喋り方だけでなく呼び方まで変えなならん。わたしは最初からお母さん達がおったから意識出来た部分もあったけど、フェイトちゃんは一人やったから色々厳しいやろ。
 何せ意識しようとしても他者がおらんせいで中々それを保つのが難しい。誰かに会いに行こうとしても、元々この頃のわたしは知り合いおらんに近いしな。そう思い出した瞬間、視界が僅かに滲む。……悲しなんかない。丁度目ぇにゴミが入ったんや。うん、そうに決まっとる。

 しかし、こうなるとフェイトちゃんの体にはなのはちゃんが入っとる可能性が高い。フェイトちゃんの話やと海鳴へ来るんはもう少し後になるそうやし。それまではわたしが頑張らんといかん。唯一の収穫はフェイトちゃんがある程度はジュエルシードのある場所覚えとる事か。
 そう思って視線をフェイトちゃんから時計へ向けた。時刻は七時半になったぐらい。ついさっきピザの宅配が届いて、フェイトちゃんの代わりに私が出たんやけど……店長のおじさんが来てくれててちょう懐かしくて言葉に詰まったんは内緒。

 あの後、わたしはフェイトちゃんへ今日あった事を話した。そしてフェイトちゃんからも同じ事を聞いた。ちなみにここへ来れた理由は簡単。友達の家に泊まりに行く言うたらあっさり許可が出た。
 でも、ほんまは結構博打の行動やったからある意味わたしがフェイトちゃんで良かったわ。もしなのはちゃんやなくてもええように理由も考えてきたけど必要なかったし。

「そういえば、はやては買い物とか一人で行ってた―――んか?」

 うん、それでええ。現在わたし達は互いの喋り方を意識して本人へ近付ける訓練中。キッカケはフェイトちゃんが関西訛りを使うんは難しい言うから。わたしもなのはちゃんを普段から出来るようにするための練習なんやけどな。

「あー、うん。出来るだけ昼間にね。チラシ見てお買い得品とか使―――って料理してた」

「はやて、少し怪しかったね。気をつけて。後、音を上げ下げしない方がらしく聞こえるかも」

「成程。気をつけてみる。ありがとう、フェイトちゃん」

 はー、フェイトちゃんもやるもんや。わたしの喋り方はどうしてもなのはちゃんが若干訛っとるようになるからな。今のアドバイスは有難い。要チェックやっ! ……昔、こんな事をよく言うキャラがおるアニメ見たなぁ。何のアニメやったか忘れたけど。

「どういたしまして。でも、ちょっと私には無理かな? はやて程料理得意じゃないし」

「あー、ちょっとじゃなくてちょうって表現するのがわたし。じゃないも出来ればやないに変えてくれると助かるかも」

「そっか。ちょう難しいけどそれを意識してやってみるわ。……どう?」

「おー、結構らしくなってきたなぁ」

「よかった。でも、泊まるなんてよく嘘つけたなぁ。もしばれたらどうする気やった?」

「大丈夫。こう見えてもばれない嘘吐くのは得意だから」

 自信満々に言うとフェイトちゃんは納得してくれたようや。……ま、まぁ本音言えばもしばれても何とかなる思うてた。外出出来へんでも、なのはちゃんがレイジングハート手に入れたら言う事は夜に外出出来た言う事やから。
 でも、不安もあった。わたしになっとるせいでその辺りも変化起こしとったら……って。だからこそ泊まりに行くなんて嘘吐いたんやけどな。フェイトちゃんにそう言うとちょう深刻な表情を浮かべた。さすがはやてだねって言ってくれるんは嬉しいけど……やっぱフェイトちゃんもどこかで考えてたんやな。この状況が色々と恐ろしい事を。

 わたしがそう思ってフェイトちゃんを見つめると手にしたピザを口に運ぶところやった。と、それを口に入れた瞬間満足そうな顔へ変わる。ちょっ?! さっきまでのシリアスさはどこいった!? それにしても……わたしやのに何か違う気がする笑顔やな。こう、どことなくフェイトちゃんっぽいちゅうか。

「ん? ひょうかひひゃ?」

「食べるか喋るかはっきりし! あ、その……フェイトちゃん、口に物入れたまま喋ったら駄目だよ」

 あかん。ついつい突っ込んでしまうわ。天然系の相手は危ないかもしれへん。今後フェイトちゃんをすずかちゃん達に会わすにしても、下手すると私がボロ出す事になりかねんなぁ。しかし、相変わらずフェイトちゃんは可愛くてズルい。……体はわたしやけど。
 でも、今後の事を考えるとフェイトちゃんをこのままにしとく訳にはいかん。ヴィータ達が出てきてくれるんは誕生日やからまだ結構先の話やし。これが予想通りしばらく続くとなると車椅子での生活はフェイトちゃんには辛いからな。まだ何かあった気ぃするけど、今はそれが優先事項や。わたしが一緒に暮らせたら万事解決する。でもそれは厳しい。一番ええのはなのはちゃんが来てくれる事やな。そうすればここで一緒に暮らしてもらって凌げるし。問題はそれまでの期間どうするかや。

 ……って、わたしが一生懸命考えとるのにフェイトちゃんは一人ハフハフとピザに夢中。美味しそうに食べるなぁって、あー、チーズ垂れとる垂れとる! ティッシュ、ティッシュを渡した方がええか。それと飲み物持ってきたろ。ちょう待ってなフェイトちゃん。えっと……確か麦茶があるはず……

「あかん。結局お母さんしとる」

「? はやて、今の言葉完全にはやてになってたよ」

 うん、それは分かっとる。ふと気付けばフェイトちゃんに対して世話焼く自分がおったからなぁ。長年染み付いたもんは中々消えないもんやね。そう思って苦笑するとフェイトちゃんが不思議そうにこっちを見てくる。あー、ええよ。ただの思い出し笑いみたいなもんやから。
 一先ず、今後の事を踏まえた話をせんとあかんね。でもその前に、まずはフェイトちゃんからピザ一つもらっておこか。元はわたしのお金やし、これぐらい罰当たらんやろ。と思うも一応了承を得んとな。

「フェイトちゃん、一つもらっていいかな?」

「ん? うんい……ええよ」

「よく出来ました」

 そう言って笑顔でピザを手に取る。少し冷め始めとるけど、久々に食べる懐かしい味は不思議と心に沁みる感じがした……





「じゃ、はやては今夜の事も考えてここへ来たんやね」

「そう。なのはちゃんの家におったら夜に外出するのも止められそうだから」

「ユーノ君からの念話が聞こえたらすぐに行って終わらせる、か」

「うん。なのはちゃんの話だと最初の相手は大した事無かったらしいからね」

 はやてはそう言うと自信満々に笑ってみせた。なのはの戦い方や魔法はある程度覚えてるから再現出来る範囲で頑張るとまで言い切ったぐらいだ。でも、それを聞いて少し疑問になった事がある。はやてとなのはは得意な魔法や戦法がかなり違う。念話や飛行魔法ははやてもよく使うから平気だったけど、砲撃魔法とかはそうじゃないんじゃないかって。
 あれはなのは個人の資質が大きく左右した魔法。いくら体がなのはだからってはやてに同じ事が出来るとは限らないよ。そう思ってはやてへ忠告。

「でもなのはちゃんの魔法を使えるかどうかは分からんよ。もしかすると今の状態じゃ上手くいかないかもしれへんし」

「……実はわたしもどこかでその可能性を考えてる。その時は頑張って練習するよ。ユーノ君がいる事だし先生には困らないから」

 そう言うとはやては視線を時計へ向けた。あ、どこかはやての目が変わった気がする。あれは……昔から時々見てきた一緒にお風呂へ入った時の目だ。それだけでもう何を考えたか理解出来るのが嫌だなぁ。と、そこではやてへ一言。

「はやて、この体もはやてやけど?」

「っ?! い、嫌だなぁフェイトちゃん。わたしがそんな事するはずないじゃない……大人ならともかく」

 えっと、なのはの声でそういう事言われるとかなり気分が複雑です。というか、大人だったらしてたの? 自分なのに? そう問いかけるとはやてはその光景を想像したのか少し黙って―――苦笑い。

「それは何かこう……ご遠慮したいかも」

「でしょ? あ、間違えた。やろ? でも、お風呂か……」

「今日はわたしが手伝う。明日からは……かなり早い時間で良ければわたしが来るから」

「それって夕方ぐらいって事? でも」

 はやての申し出は嬉しいし有難い。でもさすがに毎日来てもらうのは気が引ける。そう返そうとしたら、わたしの言葉を遮るぐらいの速さではやてが口を開いた。

「気にしなくていいよ。まぁフェイトちゃんが気にするなら、この頃は週に何回かお風呂入れてくれるヘルパーさんを呼んでたからそっちを頼ればいいよ。でもいくらわたしの体だからって、知らない人に裸見られて尚且つ洗ってもらうのは平気?」

 ううっ、はやてがこっちを見ながら不敵に笑ってる。確かに知らない人に体を洗ってもらうのは結構気恥ずかしいかも。でも……だからっていつもはやてに来てもらうのは駄目だ。それに私ははやての耐えた生活を耐えて行こうって決めたんだし。うん! ならそれぐらいは大丈夫!
 その気持ちを眼差しに込めてはやてへ向ける。それだけで何かを感じ取ってくれたのかはやては笑顔を返してくれた。けれどそれはどこから見てもなのはの笑顔。何て言えばいいんだろ? 時々はやてと話してるのかなのはと話してるのか分からなくなるね、これ。

 あれ? そんな事を考えてたらはやてが私へ近付いてきた。そして後ろへ回り込んで車椅子を押し始めた。ちょ、ちょっとどこへ連れていく気? そう思ったのは少しの間。すぐにはやてがどこへ連れていこうとしてるかは分かった。
 そう、それはお風呂場。そういえば、はやては家の中に入るなりすぐにこっちへ向かっていった事を思い出した。あの時から私をお風呂に入れようと考えてたんだね。きっと昔のはやてもこうして友達と一緒に過ごす時間を夢見てたんだ。だって今のはやて、凄く嬉しそうな顔してるから。

「フェイトちゃん、ほんまにおおきに」

「えっ?」

「今まで一言も辛いって言わへんでくれる事。それがわたしはすっごく嬉しいから」

 はやての口調がなのはのものじゃなくて本来のものだった。その意味に気付いて私も心から笑顔を浮かべて気持ちを伝える事にした。

「はやてが教えてくれたんだよ。障害は不便だけど不幸じゃないって。その意味、私少し分かった気がするんだ。そういう状態だから余計に人の優しさが分かるし嬉しいって」

 そう、それは本当。あの店長さんの何気ない言葉。あれは凄く嬉しかった。きっとはやての状況を知ってるから余計に温かい接し方をしてくれたんじゃないかな。ただ仲がいいって訳じゃない。そこに見えない何かがあった。
 あの電話でのやり取りは事務的にだって出来るはずだ。でもそれをしないでくれたのはあの人の優しさ。単なるお客さんじゃないって考えてくれてる。そんな風に私は感じたから。と、そんな事を考えてる間に脱衣所に到着したね。

「さ、じゃあちゃちゃっと脱ごか」

「う、うん」

 はやてが素早く服を脱ぐ。一方の私は上着こそ何とかなるけど下は難しくて手間取っていた。実は着替える時も下は苦戦した。終わった時には軽く疲れたぐらいだったし。そんな私を見かねたのかちょっと苦笑しながらはやてが手伝ってくれた。
 はやても下を着替えたりするのは結構大変だったんだ。でも、同性とはいえ裸にされるのは思ってたよりも……は、恥ずかしいかも……

「これで後は……あ」

「どうしたの?」

 急にはやてが私を見て固まった。何か大事な事を忘れてた。そんな風に見えるけど……?

「……わたし一人でフェイトちゃん運べるかな?」

「あ……」

「た、試しにここで抱えてみるわ」

「お、お願いします」

 そうだった。今の私とはやては魔法も使えない状態。つまりただの子供だ。いくらはやての体が軽くても同い年の女の子、しかもなのはが抱えられるかは不安だよ。でも一応挑戦してみる所ははやてもなのはも似てるな。

 恐る恐るはやてが私の体を抱えようとする。私に出来る事と言えば出来る限り変な動きをしないようにじっとするだけ。あ、はやてが一旦止まった。何か考えてるけど……あれ? 今度は私の両脇に腕を入れてきた。

「これなら何とか」

「な、何だか妙な気分です」

 現在、私は引きずられてる。気絶した人を何とか一人で運ぶ時みたいな感じって言えば分かり易いかな。ちょっと気分としては複雑だけど、はやてが頑張ってくれてるのが伝わって自然と顔が綻んでく。まずは椅子に座らせてもらって静かに待つ。
 はやては湯加減を確かめてる。あ、ちょっと熱かったみたい。少し慌てて水を出して温度調節してる。その一連の動きはなのはというよりはやてらしかった。やっぱり外見はともかく中身ははやてだよ。

「……うん、これでええ。て、何でこっちを見て微笑んどるのか教えてくれるかフェイトちゃん」

「ふふ、その顔は大体分かってるんじゃないかな?」

「む~、中々意地悪な言い方を―――あ……」

 そこではやてが急に何かに気付いて額に手を当てた。その顔は失敗したと言ってるみたいだけど、私にはその理由が分からない。そう思ってはやてを見ていたら、その視線に気付いてはやてがこっちへ視線を向けてきた。あ、何となく分かってきたかも……

「フェイトちゃん、わたし達気付けばお互い喋り方が戻ってた」

「…………ほんとだ」

 予想が外れてた。私はてっきり湯船に入れるのをどうしようと思ったのかと。でも、確かに思い出してみればそうだ。きっとはやてが本音を言った時から私達の喋り方が戻ってしまったはず。……まだまだ意識が甘いなぁ。うん、でももう同じ失敗はしない。
 はやても私ももう一人の自分達にも友達になって欲しいから。だから精一杯本人を演じよう。きっとどこかでらしくない言葉や動きをしてしまうだろうけど、その時はその時だからね。

「と、とりあえず体洗おうか」

「そ、そうやね」

 ぎこちなくだけど再び物真似再開。と、そこで私はふと思い出す事があった。はやてが予想した通りこれが一夜限りの夢ではないとしたら、一体どうしたら私達は元に戻れるんだろうって。何せ未だにこうなったキッカケさえ分からない。もしこのまま死ぬまでなんてなったら…………色々怖いな。
 私達はこれから起きる事をある程度知っている。つまりその気になれば未来を変えられる。でも、それは私達の知ってる未来から逸れる事だ。そう、一つ変えたら全部が変化していって、本当なら防げる事が防げなかったり、或いは本来なら起きない事件が起きたりする可能性がある。

 その辺りはやてはどう考えてるんだろうか? それと母さんの所にいるかもしれないなのははどう動くつもりだろう? そう考えた途端、私は今までのどこか楽しんでいた雰囲気から一転し恐怖しか感じなくなってしまった。自分の行動がもしかしたら世界の未来を変えるかもしれないなんて。

「はやて……」

「どうかした?」

 だから助けを求めるように声を出した。ほとんど無意識にはやてへ縋るような手を伸ばしてまで。未来を知っている事。それがこんなにも怖い事だなんて思わなかったから。

「私達、こうしてていいの?」

 そんな曖昧な言葉の意味をはやては意外とあっさり察したみたいで、少し驚いた顔をしてから真剣な眼差しで私を見返してきた。その顔に私は知らず安心感を覚えた。だって、それはいつだってどんな時だってピンチを切り開いてきたなのはの顔と同じだったから。

「フェイトちゃんの考えは分かる。でも、考えてみて。わたし達がそれぞれ違う相手になっとる時点でもうわたし達の知っとる状況やない。今更未来を変えてもええのかなんて無理。何せ、スタート時点からもう違うてる。これでこのまま戻ればええかもしれん。でも、既にユーノ君はここへ来てる。わたしはなのはちゃんとして出会ってもうた。なら、もう細かな変化は起こしてしまっとる」

「……でも、まだ少しで終われる」

「かもしれへんな。これが今日一日で終わるなら、な。やけど、もしこれが今後も続くならどうする? はっきり言うわ。わたしはなのはちゃんと同じ行動を取り続けられる自信はない。似たような事は出来るかもしれんし、決断も近いかもしれん。でも一から十までは不可能や。そんなんきっとなのはちゃん本人でも無理。それが出来るんはこの頃のなのはちゃんだけや」

 はやての言葉が私にはこの状況は今日で終わらないと告げてるように聞こえた。尚且つどうやっても私達がいた状況と寸分違わず同じには出来ない事も。そう思って沈黙する私へ、はやてはそれまでの雰囲気から声を変えた。どこか噛み締めるようなそれに、私はただ耳を傾ける事しか出来ない。

「だったら、これから起きる事件を精一杯足掻いて防いだり変えたりせんとな。それで余計酷い結末になるとしてもわたしは構わへんよ。やって……」

「やって……?」

 そこではやては一旦言葉を切った。きっと自分なりの決意表明だ。そう思って私は黙ってはやての言葉を待った。

―――いつだってわたし達、全力で一番ええ結果を手に入れようとしてた違うか?

 その言葉を聞いた瞬間、私は一瞬盲点を突かれた気分になった。そうだって思わされたから。もし仮に、あの頃ジュエルシード事件の結末を知らされていたらどうした? それでいいと変化を嫌う? 違う。絶対足掻いたはずだ。絶対そうはさせないと。決して母さんを失ってなるものかと必死になったはずだ!
 そう思ったら知らずはやてへ頷きを返していた。そうだ……そうだよ。私達はいつだってそうだった。結末を知らないから頑張ってたんじゃない。結末を良くしたいから頑張ってたんだ。なら、今を悲観的に捉えるんじゃなく前向きに捉えよう。

 ジュエルシード事件も闇の書事件もJS事件も、ううん私達が直接関わってない事件だって知ってるものはある。これから生み出されるだろう多くの犠牲や悲しみを知ってる。それは、あの時防ぐ事が出来なかった襲撃を防ぎ、旅立つしかなかった人を助け、そして掴めなかった手を掴む事を可能にする可能性だ。
 それが結果的に余計悲しい結末を迎える事になってもいい。誰かが死ぬ事を知っているのに見て見ぬ振りを出来る程、私達は割り切れない。身勝手でいい。私達がこうなった理由。それが亡くなるはずの人達を助ける事なら、悲しむはずの人達を笑顔にする事だとすれば……

―――助けられる可能性があるのなら力の限り手を伸ばし続けよう。せめて、こっちでは流れる涙が減るように……

 うん、これでいい。でも、それは本当にこれが続く時だ。明日戻っていたらそれまでだし。そう考えるとすっと気持ちが落ち着く感じがした。気張りすぎずいよう。頑張るのは頑張らないといけなくなった時だ。そう自分へ言い聞かせてはやてへ笑顔をみせた。

「はやて、これだけは約束して。とりあえず今日は無理しないって」

「当然!」

 あっさりだけど、はやて らしい力強い答えだ。その後、二人で苦労しながらお風呂へ入ってユーノからの念話が聞こえるまで二人で色々と思い出話なんかをした。六課時代は中々出来なかったからか、気が付けば時間も結構遅くなっていた。そして、遂にその時が来た。
 はやてが真剣な表情になって立ち上がったんだ。ユーノからの念話が聞こえたみたい。私は聞こえなかったから、この頃のはやては魔法が使えない状態なんだと改めて知った。

「はやて、怪我しないようにな」

「勿論! それとフェイトちゃんも結構慣れてきたね、わたしらしい喋り方」

 そう微笑みながら言うとはやては急いで外へ出て行った。今の私に出来るのは、はやてとユーノが無事に今日を乗り切る事を祈るだけ。無力感を感じない訳じゃないけど仕方ない。あ、帰ってくる時に備えて何か飲み物でも用意しておこう。お茶でいいよね?
 と、そこでふと思い出すのは、この頃の私の体に宿ってしまっているだろう親友の事。一番動きにくい場所にいるために困っているはずだ。……母さんと問題を起こしてないといいけど。そう思って小さくため息。

―――なのは、今頃どうしてるんだろう……?







「分かっていたけど迷いそうだよ」

 誰もいない通路に私の声が響く。何か寝付けなくて現在時の庭園を散歩中。にしても、こうして歩いてみるとやっぱり広いよね、ここ。あの時は戦いながらだったし、そんな事を考える余裕もなかったなぁ。
 そんな風におぼろげながら記憶を手繰り寄せ、あの時見たような通路へ辿り着くと何とも言えない気持ちになった。そしてそのまま進むとやがてあの場所へと辿り着いた。時の庭園の中で私が一番強く覚えている場所だ。

「……ここでフェイトちゃんと初めて協力したんだよね」

 今でも昨日の事のように思い出せる。あの時、危なくなった私を助けてくれたフェイトちゃん。その表情はそれまで一度も見た事のないぐらい凛々しく力強いものだったっけ。それまではどこかに悲しさがあったけど、あの時はもうそれが無かったから。
 と、そこで私はある物を取り出した。それは待機状態のデバイス。フェイトちゃんを支える一つの力となった大事な存在。体はフェイトちゃんだけど心は私。そんな状態できちんと起動出来るのかなって思ったんだ。

「バルディッシュ、セットアップ」

 その瞬間見事に展開されるバリアジャケット。うん、良かった。これで心配事が一つ無くなったね。良かった良かった。もう一度待機状態に戻そうっと。今、海鳴ではユーノ君がジュエルシードを封印しようと頑張ってる頃かな? もしかしたらここの私と協力してるのかも。中身がフェイトちゃんだとしたら、きっと苦労してるだろうなぁ。
 だから早く行きたいんだけど…………そうだ! 転送魔法で簡単な捜索に行くって言ったらどうだろう? プレシアさんもそれなら許可を出す可能性があるかもしれない。そうと決めたら急ごう。プレシアさんがまだ寝てないといいんだけど。

「あれ? プレシアさんって確か体が弱ってるんだったよね? まさか……それを理由に余計体を酷使してないかな……?」

 ふと思い出した事が私の足を止めた。昔アルフさんからそれとなく聞いた事だからあまり自信はないけど、確かそうだったはず。そう思った瞬間、私は走り出した。アリシアちゃんのためにと動いているプレシアさんならそうしてもおかしくない。自分の事より娘の事を優先する女性だから。
 でも、それなら余計に自分を労わって欲しいとも思う。娘の幸せが自分の幸せ。それは分かる。分かるけど……このままじゃ誰も報われないから。せめてプレシアさんには生きていて欲しいと思う。それはフェイトちゃんだけじゃなくアリシアちゃんも思っているはずの事だから。

 無人の通路を走りながらどこかでこう思う。きっと私の言葉もプレシアさんには届かないと。所詮同じ母親と言っても、私はヴィヴィオを失っていないから。プレシアさんへ言葉を届かせる事が出来るとすれば、それは同じ状況にいる人しかない。
 今の私はヴィヴィオを失ってもプレシアさんと同じ道は歩まないと言える。でも、本当にそうなったらどうかは分からない。プレシアさんだって、最初から全てを犠牲にしても娘を幸せになんて考えてなかっただろうから。

 そう、きっとそうだ。私にだってプレシアさんと同じ可能性がある。ううん、それは誰にでもあるのかもしれない。ふとしたキッカケで変わってしまう事はあるから。それが良いか悪いかは別にしてもね。プレシアさんの考えを絶対間違っているとは言えないし、私の考えも絶対正しいなんて言えない。
 子供に先立たれる。それは親にとっては大きな喪失だ。それが不慮の事故や思いがけない病気などが原因なら私は……何とかまだ諦められると思う。でも殺人なら絶対無理。プレシアさんのように絶対受け入れる事は出来ないし、諦める事も出来ないだろうな。

「そっか。プレシアさんはどんな事でも受け入れたくなかった。それだけ…………愛していたんだ」

 私もヴィヴィオを愛してる。でも、今は密かに不安がある。それは自分が産んだ訳じゃないから。昔、小さい頃にぼんやり考えた事がある想像では結婚して子供が出来て……なんてものだった。それがまさか自分のお腹を痛める事無く子供を育てるシングルマザーになるなんてね。
 そう、だから不安がある。私には母としてプレシアさん程の強さがないんじゃないか。自分の血を分けた娘だからこそ、お腹を痛めて産んだ半身とも言える存在だからこそ、あれだけの執念みたいな想いを抱き続けられたんじゃないかって。

 そんな事を考えている間に私の視界にプレシアさんがいる部屋の扉が見えてきた。……正直訪れる事に躊躇いがあった。今の私は簡単な捜索をさせて欲しいなんて言えるかな。でも、それでも言うだけ言ってみよう。私に出来る事を精一杯したいから。

【母さん、夜遅くにごめんなさい。ちょっと提案があるんだ。もし起きていたら部屋に入れてくれないかな? 話だけでも聞いて欲しいんです】

 プレシアさんへ念話を送る。ノックしてもきっと聞こえないと思ったからだけどね。でも、念話なのに声が軽く上ずったように聞こえたのは気のせいじゃないはず。こんなに緊張するのはいつぐらい振りだろう。心音が煩いぐらい鳴ってる。まるで本当にフェイトちゃんになったみたいだ。若干そこで待つ。この時間がきつい。フェイトちゃんもこんな気持ちだったのかな? ……うん、だとしたらフェイトちゃんが辛抱強いのも頷けるね。

 ……駄目だ、反応がない。今夜はもう部屋に戻ろう。そう思って扉から離れようと少し歩き出した時、不意に念話が聞こえた。

【入りなさい】

 抑揚のない声。感情が欠片も感じられないもの。それが私には若干不思議だった。プレシアさんがフェイトちゃんに対して嫌悪感や拒否感を露わにしてないからね。朝話した時はこうじゃなかったんだけど……どうしてなんだろう?
 とりあえず待たせると不機嫌になると思ったので急いで部屋の中へ入った。そこには椅子に座ってこちらを見つめるプレシアさんがいた。気のせいか視線が朝と違う気がする。眠いからなのかな? と、とにかくあの話をしよう。

「え、えっと、転送魔法で地球へ行って簡単な捜索をしようかと思って」

「捜索……?」

「少しでも時間を無駄にしたくないんです。母さんのためにも」

 その瞬間、プレシアさんの片眉が少しだけ動く。きっと母さんって呼び方に反応したんだ。朝の時もそうだったから。

「……勝手になさい」

「あ、ありがとう母さん。それともう一つだけ」

 意外だ。あっさりと許可を出してくれた。あまりにあっさりすぎて拍子抜けしたぐらいだよ。さ、でも一番言いたいのはこの後。プレシアさんはまだ何かあるのかと不満そうな表情だけど、ここで引き下がったら意味がない。

「何?」

「体をしっかり休めて欲しくて。母さん、最近顔色悪いから」

「何を言うかと思えばそんな事。私の心配する暇があったら少しでも魔法の訓練をしてなさい」

 ……分かっていたけど堪えるな、この言われ方って。フェイトちゃんはこういう会話を普通にしてたんだから凄いよ。もうこれ以上の会話は無理だね。あまり部屋にいるとプレシアさんが気分を悪くするだろうし、早く部屋を出よう。
 そう思っておやすみなさいとだけ告げて急ぎ足で部屋を出る。気のせいか、その間ずっと見られているような気がした。それも苛立ちからのものじゃなく、まるで監視されているようなそんな類の視線を。それもあって自分でも分かる程早足で歩いていた。

 部屋を出て大きく息を吐く。凄い疲れた。ほんの少し話すだけでこんなに神経を使うなんて……ね。通路を歩きながらこれからの事を考える。今から地球へ行こう。フェイトちゃんが私になってるとすれば、きっとジュエルシードを探し出してるはずだから一旦合流したい。そうじゃなくても色々確かめたい事もあるし。
 どちらにしてもアルフさんを起こさないといけないな。少し悪い気もするけど、きっと許してくれるはず。もしこの頃の私に宿ってるのがフェイトちゃんなら早めに会っておきたい。だって、フェイトちゃんって結構天然だもんね。

「私になってるって気付いても口調や呼び方でミスしてそうだからなぁ……」

 無いと思いたいけど、絶対とは言い切れないのがフェイトちゃんの怖い所。とりあえず部屋に戻ってアルフさんを起こそう。そして念話でフェイトちゃんへ…………って、ちょっと待って。今、私の体はフェイトちゃんだけど心は高町なのはだよね?

「念話って……どっちに呼びかける事になるんだろう……」

 リンカーコアはフェイトちゃんだからフェイトちゃんへ呼びかけると私へ念話が届くのかもしれない。でも心へ呼びかける魔法だとすれば私に届くはず。そこまで考えて私はプレシアさんの最後の視線の意味に気付いた。

「まさか、あの念話での返事を最初フェイトちゃんへ返したら私に聞こえなかったとか?」

 だからプレシアさんは私へ不信感みたいなものを覚えたのかもしれない。だとすると怖い。思わぬ所でフェイトちゃんじゃないと思われたとしたらと思うと……いきなり不味い事しちゃったかもしれない。でも、そうだって確信はないし考えすぎかもしれないからね。
 その事を確かめるのも含めてやっぱり早く海鳴に行かないと。下手をすると不味い事になりかねない。急いで動こう! そう思うと知らず走り出していた。お願いだから私の思い違いであって欲しいと思いながら、私は一人時の庭園を駆けた……



作者のつぶやき
念話が本当になのはの推測通りか否かについては次回で。
ユーノとクロノが入れ替わるなどの他キャラの方も期待している方がいますが、そこまでやるとややこしいのでごめんなさい。自分にはそこまでの力量がないんです。
やりたいとは思うんですけどね。特にグレアムとレジアスとかリンディとプレシアみたいなところを。
それと、自分は小説版のなのはを知りません。なのでそちらと違う事があっても寛大なお気持ちで流してやってください。至らぬところばかりだと思いますが、自分なりに精一杯やっていきますので……



[30786] 第四話
Name: この小説はPCから投稿されています◆955184bb ID:c440fc23
Date: 2012/03/20 22:19
「大丈夫?」

「あ、ありがとう。君は僕の声を聞いて来てくれたんだね」

「そう。で、わたしはどうしたらいいの?」

 目の前には黒い影みたいな存在。周囲はある程度壊されたらしく地面に穴があったり病院の壁が崩れたりしとる。さっと状況を確認しつつ戸惑いを浮かべながら足元のユーノ君へ問いかける。正直何をすればええかは知っとるし怖くもないけど、いきなりレイジングハート渡して言うたらあかんからな。なので今はいかにも何も知りませんって顔して話しとる。
 わたしの問いかけにユーノ君は首にかけた赤い宝石を渡そうとしとる。詳しい説明をせんのはちゃんと状況を理解しとるからか。今は悠長に話を出来る場合やない。小さくてもユーノ君はユーノ君や。さ、問題はここや。わたしが果たしてなのはちゃんと同じようにデバイスを展開出来るかどうか。それがまず一つ目の不安。次に魔法を使えるかどうかやな。

「これを使って」

「……分かった。何て言って使えばいい?」

「あ、それは今から僕が言う言葉を続けて言って」

 わたしはそんなユーノ君の言葉に目が思わず点になった。は? ちょっとユーノ君、そないな暇ないんやけど? レイジングハートセットアップ言えば展開されるちゃうの? なのはちゃんはいつもそうやっとったよ? そう思いながらもわたしはユーノ君が喋る長い言葉を律儀に言っていく。

「不屈の心はこの胸に! レイジングハート、セットアップ!」

 ……ホントはこないな事言わなあかんのか。なのはちゃん、危機的状況で冷静にこれ言えたんは尊敬するわ。わたし、今までの経験なかったらちょう怖いもん。と、そないな事感じとる間に見慣れた格好へと姿が変わった。白いバリアジャケットに赤い宝石のついた杖。うん、見事ななのはちゃんスタイルや。
 そないな事を考えとると影が飛び掛かってきた。それでプロテクションが勝手に発動したんは驚いたな。ま、確かに身を守らなとは思うた。でも、それだけで魔法使えるとかどんだけなのはちゃんの体は凄いんや? なのはちゃんは天才的な魔法の才を持ってるいうユーノ君の評価はどうか思うとった。でもそれが正しいと証明されたわ。うん、なのはちゃんは才能と努力であれだけの強さを得たんか。

 プロテクションで弾き飛ばされたから相手が動かなくなった。それを見てユーノ君とわたしは揃って頷いた。好機はここや。そこでユーノ君がくれた指示は……

「さあ! 封印魔法を!」

「それはいいけどどうすればいいの?」

 予想通りのものやったけど、実はわたし、なのはちゃんが封印魔法を使うたところ見た事ない。やからどうすればええのか今一つ分からへんからな。ユーノ君がおそらくなのはちゃんに魔法を教えた先生やし、それを頼れば間違いない思うから尋ねるのは正解やと思う。
 わたしの問いかけにユーノ君ははっきりとこう言うた。わたしだけの呪文を唱えてって。……結構人任せな説明やな。これで即座に反応したなのはちゃんはかなり素直やったのか、それとも魔法の才能ちゅうんがそこまで作用したのか。ま、ええわ。呪文、呪文っと……

 そう考えた瞬間、頭に浮かんだのはある言葉。正直二十歳で言うんは抵抗ある言葉やった。そうか、なのはちゃんがこの言葉を使うてたのは封印魔法の時か。いつだったかフェイトちゃんがからかい半分で言っとった言葉。それはここで生まれたんやなぁ。

―――リリカルマジカル、ジュエルシードシリアル21封印!

 恥ずかしい思いながら呪文を唱えたその瞬間、レイジングハートからピンクのリボンみたいな物が出現した。おー、これは見事なもんやな。それがあっという間に影を包んで動きを止めた思うと消滅する。残ったのはひし形の宝石みたいな物だけ。これがジュエルシードやな。
 そないな事を思うてレイジングハートをそれに近付けた。いや、ユーノ君がそうして言うからなんやけど。これでどうなる……おおっ! ジュエルシードがレイジングハートへ吸い込まれた! 成程。こうやって保管しとったんか。

「これでいい。ありがとう、助けてくれて」

「別にいいよ。で、とりあえず……詳しい話を聞きたいしここから移動しない?」

 わたしがちょう困り顔で周囲を見渡してからそう問いかけるとユーノ君も察してくれたようで即座に了承してくれた。うん、何せ今までの戦闘……言うたら言い過ぎか。とにかくごたごたであちこち被害が出とる。大半は最初からやけど、きっとそんなん関係ないわな。
 結界魔法使えたらこうはならへんかったけど、わたしもなのはちゃんもそれが得意やないからしゃーないわ。ユーノ君は多分使いたかったけど使えんかったと思う。何せ体にはまだ傷残っとるもんなぁ。そもそも本調子やったら自分で封印しとるはずや。

 そんな時、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。それに小さくごめんなさいと呟いてからその場を後にする。ユーノ君はわたしの腕の中へいらっしゃいやね。まだ怪我も完全に治ってへんし、これから行く場所はここからちょう距離あるから。
 向かうは当然わたしの家。いや、一応八神家と呼ぼか。これから話す事は本来なら人に聞かれたら不味い事。あ、フェイトちゃんもユーノ君に会えたら喜んでくれるかもしれんな。色々取り留めもない事を考えながらわたしは走る。

「それでどこへ行くの?」

「わたしの親友の家。今日はそこにお泊りしてるんだ」

「えっ? よく外に出れたね?」

「うん、その子はちょっと訳ありで一人暮らししてるの。とっても仲良しの優しい子で、わたしが頭の中で声が聞こえるって言ったのを信じてくれたんだ。だからこうして外に出れたって訳」

「念話の事を信じてくれた、か……。本当に仲がいいんだね、君とその子は」

「勿論っ!」

 ユーノ君の言葉にわたしは自信満々に返す。当然や。何せわたしとフェイトちゃんは十年以上の付き合いがある。あ、そうや! なのはちゃんが来るまではユーノ君にフェイトちゃんの傍にいてもらおか。今はフェレット状態やけど、その気になれば元の姿に戻れるはずやし。
 小さいとはいえ男の子やから力仕事をやってもらえる。おおっ、これはええお手伝いさんになるわ。そうと決まれば早速提案や。善は急げやないけど速度を落として一旦停止。ええと周囲に人は―――おらんわなぁ。なら何も警戒する必要もないか。一旦ユーノ君を下ろしてっと……

 わたしが止まって周囲を見渡した辺りから不思議そうにしとったユーノ君。その疑問符がありありと雰囲気に滲んどる。小首を傾げてわたしを見上げる様はほんまに可愛い。見つめ合う事十秒ぐらいでユーノ君がこう切り出した。

「どうしたの?」

「えっと、この辺りで一旦自己紹介しようと思って。わたし、高町なのは」

「あ、そういう事か。僕はユーノ、ユーノ・スクライア」

 わたしの自己紹介にちょう戸惑いながらも自己紹介を返してくれるんはユーノ君らしいな。その優しさと律儀さに微笑みつつ、わたしは本題を話す。

「じゃユーノ君だね。実はユーノ君にお願いがあるんだ」

「えっと、何?」

「今から行くわたしの親友なんだけど、一人暮らしなのは言ったよね?」

「うん、それがどうしたの?」

「その子いつも一人で寂しい思いしてるんだ。それに車椅子だから色々と不便なの。だから、もしよかったらこっちにいる間一緒に暮らしてあげて欲しいなって」

 ユーノ君がその言葉にどう答えてくれるか。それをわたしは受けてくれると確信しとる。ごめんな、ユーノ君。きっと優しいユーノ君はこないな事頼まれて嫌と言えるはずない。その証拠に今もちょう困った感じやけど拒否する雰囲気はない。
 そのまま考え込む事数分ぐらい。遂にユーノ君は何か意を決したように頷くとわたしを見つめてきた。お、結構凛々しい気ぃする目や。見た目フェレットやからどこか締まらんけど。ま、それはご愛嬌か。

「なのはさん、一つだけいいかな?」

「何? それとさんはいらないよ」

「じゃあなのは、助けてくれた君のお願いは叶えたい。でも、僕は男なんだ。君の親友は多分女の子でしょ? いくら何でも手伝える事と手伝えない事があるよ。例えばお風呂とかね」

 あー、そうか。ユーノ君はそこ心配しとるんか。まだ子供言うても考え方はしっかり男の子やな。確かにそれはそうか。でも、さすがにもう少ししたら親友がもう一人来るから心配ないとは言えへんしなぁ。今はとりあえず話し相手としてだけでもええ言うか。……わたしの一番寂しかったんはそこやし。
 わたしの事を真剣な眼差しで見つめるユーノ君へ少しだけ笑みを返すと、若干その眼差しが緩む。うん、ユーノ君の気持ちは分かったからな。それをちゃんと伝えよう。そう思って声に嬉しさを込めて告げる事にした。

「それは心配しないで。お風呂とかはヘルパーさんを呼んでるから。ユーノ君にお願いしたいのは基本的に話し相手なんだ」

「そうなんだ。それなら僕でも大丈夫だけど、この姿で僕が話せる事を知ったら怖がらないかな?」

「わたしが頭の中で声がするっていうのを信じてくれた子だよ?」

 わたしがそう言うとユーノ君は一瞬だけ呆気に取られてから苦笑交じりに頷いてくれた。うん、これでええ。さ、早く家に行こか。そう思うて動き出そうとした瞬間、わたしとユーノ君の目の前から信じられん相手が現れた。
 その相手はわたしとユーノ君を見て小さく頷くと静かに近付いてくる。わたしとしては正直今にも名前を呼んで色々確認を取りたい相手や。ユーノ君は目の前の相手が誰か気になっとるみたいで不思議そうに小首を傾げとる。

―――こんばんは、なのは。

―――フェイトちゃん……?

 そこにおったんは金髪の女の子。わたしの親友フェイトちゃんやった。でも、すぐ分かった。このフェイトちゃんの中身は予想通りなのはちゃんやって。何せ躊躇いなくなのはちゃんの名前を口に出したもん。やっぱこうなってくると私たち三人揃って入れ替わりしとるんやな。しかし、何でここにおるんやろ?
 そう疑問を抱いたけど、とりあえず念話を送る事にした。相手は勿論目の前の親友。まずはどう挨拶しよか。あ、そうや。どうせやからわたしがはやてやって教えたろ。そう軽い悪戯心が働いて、わたしはほんの少しなのはちゃんを慌てさそとした。

【まさかもうこっち来る思わんかったわ。行動早いな、なのはちゃん】

【えっ? その喋り方ははやてちゃんなの?! 何で!? どうしてっ!?】

 予想通り混乱した。とそこで状況を思い出した。ここには何も知らんユーノ君もおるし、あまり取り乱させるんもよくないな。自分でやっといて何やけど……。そない思うてもう一度念話を送る。落ち着いてもらうために出来るだけ声の感じは穏やかな風に心がけて。

【詳しい話は後でするな。今はわたしについてきてくれるか?】

【わ、分かった。もしかしてはやてちゃんの体にはフェイトちゃんが?】

【ま、そんなとこや】

 そう話を締め括りわたしはなのはちゃん―――見た目はフェイトちゃんを不思議そうに見とるユーノ君へちらりと目を向ける。色々聞きたい事もあるやろうけど今はそれを後回しにしてもらおか。さて、そのためにはユーノ君向けのお芝居をせなあかんな。よし、ここはなのはちゃんへ軽く目配せしてと……

「フェイトちゃん、もしかしてはやてちゃんの家に行くの?」

「え? あ、うん。もしかしてそっちも?」

「そう。今日お泊まりしてるんだ」

「そうなんだ。じゃ、一緒に行こうか」

「うん。一緒に行こう」

 さすがなのはちゃん。すぐにわたしの目配せの意味を悟ってくれたわ。しかし我ながらなんちゅう三文芝居や。ユーノ君も疑問が消えないらしく、わたしの腕へ戻される時も小首を傾げたままやった。なのはちゃんが苦笑しとるんはそういう事やろ。ま、ええわ。
 一応ユーノ君は今のやり取りからわたし達の関係を推察してくれたようやし、これで説明する手間が省けた思えばええか。でもこれ、今日一日で戻ったら色々ユーノ君に申し訳ないなぁ。というか混乱しか起きへんちゃうかな?

 ……考えたらなんや軽く頭痛なってきた。これ以上この事考えるのはやめよ。そう結論付けてわたしとなのはちゃんはユーノ君と一緒にフェイトちゃんが待つ八神家へと向かった。そこでこの状況が明日以降も続いた時のための事を話し合うために……





「あ、帰ってきた」

 はやてが出て行って十分は経ったかな。そろそろ帰ってくるだろうって思っていたら予想通りのタイミングで玄関から人の気配がした。でもなんとなくはやてだけじゃない気がするけど……きっとユーノがいるからだ。そう答えを出したところで飲み物を用意してあげよう。
 そう思って車椅子を動かす。食器棚から二人分のグラスを用意して麦茶を取り出すために次は冷蔵庫へ。あ、その頃はユーノって動物の姿してたっけ。じゃあ申し訳ないけど小皿にミルクで我慢してもらおう。そんな事を考えながら準備してるとはやてがリビングへ入って……あれ?

「何でわた―――っ……フェイトちゃんがおるの?」

 あ、危なかった。思わず私って言いそうになったよ。何とか言わずに踏みとどまれたのは、はやてと一緒になのはも口に指を当てて注意を促してくれたから。でも何でここになのはがいるの? 私が海鳴へ来るのはもう少し後になるはずなのに。
 疑問を浮かべながら何とか自分を落ち着けようとしてると、ユーノが私の傍へやってきた。そして一度だけはやての方を見て何かを確認してるみたい。あれ? はやてが少し笑いながら小さく頷いた。それを見てユーノが私の肩へ登ってくる。ちょっとくすぐったいな。そして私の耳元へ顔を近付けてくる。何するんだろうと思っていると、その瞬間はやてが私に向かってこう言ってきた。

「驚かないでね、はやてちゃん」

「えっと……どういう事?」

「はじめましてはやて。僕はユーノ・スクライア。よろしく」

 少し身構えているとユーノが自己紹介をしてきた。うん、これなら驚かないよ? だって私は知って―――この頃のはやては知らないよね。だから驚かないでってはやては言ったのか。でも、今更驚くのも変だし……どうしようかな?
 そう思ってるとユーノは何かに気付いたのか少し優しい声で謝ってきた。どうもさっきの言葉で私が驚き過ぎて呆気に取られたって思ったみたい。その気遣いに私は思わずユーノらしいと思って笑みが浮かんだ。

「気にしないでいいよ。確かに驚いたけど平気や。ユーノ君、やね。私は八神はやて。よろしくな」

「うん、よろしくはやて」

 これでいいのかな? そう思ってはやてへ視線を送ると、はやてはこっちを見てなかった。なのはと二人で何か話してるみたい。表情が少し真剣だから真面目な話をしてるんだろうけど……何だか仲間はずれにされたみたいで悲しいです。
 するとユーノが私の頬へ体をすり寄せてきた。きっと悲しいって気持ちが顔に出てたんだろうね。ユーノはその温かさで私へ一人じゃないよって言ってくれてるみたいだった。ふふっ、ユーノはやっぱり優しいな。

「ありがとな、ユーノ君」

「どういたしまして」

 返してくる声もとっても優しい。こんなに優しいユーノなのに、どうしてクロノは仲良くしてあげないんだろう? いつも会うと言い合いをしそうな会話しかしない二人。何とかして二人を仲良しに出来ないかな? あ、なのはに相談してみよう。多分二人がどうしてああいう関係になったかを知ってるだろうし。

 思い出すのは初めてクロノとユーノと過ごした時の事。私があの事件での裁判を受けている頃だ。いつもは優しい二人が何故か互いの顔を見ると喧嘩するような言葉を言い合うのが不思議でしょうがなかった。
 クロノもユーノも相手の事が嫌いとかじゃないのは分かってるんだ。それにそういうやり取りが二人にとっては自然だったとも思う。だけどやっぱり出来る事ならもっと笑顔で話して欲しかった。私やなのは達みたいな友達として。

「はやてちゃん、ちょっといい?」

「え? あ、うん」

 考え事をしてると不意にはやてが声をかけてきた。見ればもうなのはがいない。どこに行ったんだろう。すると私の視線ではやてはその疑問に気付いたみたいで小さく笑った。うん、こうして笑うとやっぱり見た目はなのはだ。

「フェイトちゃんは話したい事があるみたいなんだ。で、先に部屋の前で待ってるって」

「そっか。分かった」

「ユーノ君はここで少し待っててもらっていいかな? さっきの事に関する詳しい話はまた後にして欲しいんだ」

「分かった。僕の事は気にしなくていいから」

 ユーノに見送られる形で私ははやてに車椅子を押してもらいながら部屋へ向かう。そこは当然はやての部屋。廊下に出るとなのはが本当に部屋の前で待ってた。それを見てはやてが小さく苦笑しながら「入っててもいいって言ったのに」って呟いた。
 私も同じ気持ちだ。私も結構言われるけどなのはも基本律儀なんだよね。とりあえず三人で部屋へ入る。昔のはやての部屋で三人揃って話すなんて何年振りだろう? そんな風に思っていると自然と懐かしさで頬が緩んでくる。どうやら二人も軽く笑ってるところを見ると同じ事を考えたみたいだ。

「えっと、まずはなのはちゃんがどうやってこっちに来たかを教えてもらおか」

「その……プレシアさんへ軽く偵察してくるって言ってここへ来たんだ。座標も私が覚えてたから、アルフさんへはプレシアさんから座標は聞いたって誤魔化してアリサちゃんのコテージ前へ転送魔法でね」

「そっか。それでアルフはどうしたの?」

「アルフさんはそこから別行動中なんだ。アルフさんはアルフさんでジュエルシードを探してる」

 なのははそう言って少しだけ苦笑い。アルフだけに働かせてるみたいで嫌なんだね。でも母さん……か。分かってはいたけど、ここだとまだ会えるんだよね。なのははやっぱり母さんの事を良く思ってないんだろうな。なのはからしたら母さんが私にしてた事は許せる事じゃないだろうから。
 海鳴にいる間は大丈夫だろうけど時の庭園へ戻った時が問題だ。あの途中で戻った時だって私は……。思い出すのは鞭を持った母さんの姿。あの時は怖い顔をしていたように思った。でもこうして思い返してみると違う気がする。

 母さん、本当は悲しかったんじゃないかって。アリシアを生き返らせる事が出来ない事や私とアルフを頼るしかない事に対して。そう、自分が無力だと言われてるって感じてたのかもしれない。

「それにしても思い切った事したな。自分のした事で未来変えてまうとか考えんかった?」

「むしろ変えたかったから動いた、かな。このままじゃプレシアさんを助ける事が出来ないから」

 なのはが私を見つめてそう言い切った。それは私への宣言だった。母さんを助けたいって。そうなのはの目は言ってた。姿が昔の私だからか、どこかそれはあの頃の自分から言われたみたいにも思えて返す言葉が出てこない。
 なのはは本当に優しいね。あの時は私を助けてくれて、今度は母さんを助けようとしてる。でも私はまた何も出来ない。今のはやての体じゃ魔法は使えないし満足に動く事も出来ないからだ。そう思うと涙が出てきた。一つは自分の無力さに、もう一つははやての現状を少しでも疎ましく思った自分に対して。

 最低な事を考えた。そう思って泣いている私を見てなのはとはやてが揃って少し驚きを見せた。でも、すぐに微笑んで私の手を握ってくれる。

「フェイトちゃん、心配しないで。絶対プレシアさんを助けてみせるから」

「勿論や。わたしとなのはちゃんで何とかしてフェイトちゃんとプレシアさんが笑えるようにしてみせるな」

「でも、それにはフェイトちゃんの力も必要だからね」

「せや。フェイトちゃんの覚えとる今後のプレシアさんとの事、それが何かの手助けになるかもしれんし」

「なのは……はやて……」

 二人のぬくもりが手から伝わってくる。三人で頑張ろうって私へ言ってくれているようで余計に涙が流れてくる。でも、それはさっきまでの嫌な涙じゃない。それは喜びの涙だ。私が無力じゃないって二人は言ってくれた。うん、やっぱり私は幸せだ。こんなにも優しい親友が傍にいるんだから。
 その感謝の気持ちを込めて二人の手を握り返す。それで二人も私の気持ちを感じ取ってくれたみたいで、嬉しそうな笑みを返してくれた。その笑顔で私も笑顔に戻れた。ありがとうなのは、はやて。もう私悩まないから。母さんを絶対助けてみせるんだ!





 フェイトちゃんの表情に明るさが戻った。それを確認して私ははやてちゃんと小さく息を吐く。プレシアさんの名前はフェイトちゃんに少なからずいい影響を与えないって分かってはいたけど……まさかあそこまでとは思わなかった。でも、それって今でも大好きだからだよね。
 そう思えばフェイトちゃんらしいといえる。と、そこで思い出す事があった。あまりに自然過ぎて忘れてたけど、私はやてちゃんと念話したよね? あの時、はやてちゃんはどうやって念話したんだろう? フェイトちゃんと思って念話を送った? それともやっぱり私―――高町なのはと思って送ったのかな?

「あの、はやてちゃんに聞きたい事があるんだけど」

「あ、それはいいけどちょっと待って」

「ん? どないしたフェイトちゃんって……あ~」

 急にフェイトちゃんが待ったをかけた。その理由をはやてちゃんが聞こうとして何かを思い出したみたいに苦笑してる。私にはまったく分からないんだけど何かあったっけ?

「なのはちゃん、悪いけど当分は私をはやてとして扱ってくれるか?」

「え? フェイトちゃん、急にどうしたの?」

「わたしが説明するね。実は、わたしとフェイトちゃんはそれぞれになりきっておかないと周囲に気付かれるって思ったんだ。特にわたしの口調は癖が強いからいきなり話せるものじゃないし」

「で、しばらく練習としてお互いに口調や呼び方も真似る事にしたんよ。やからお願い」

 突然の申し出に戸惑いを隠せないけど意図してる事は分かった。確かに私もそこは最初に気付いた事だし、そういう事なら頑張ろう。でも、三人でいる時も気を抜けないのは辛いなぁ。

「分かった。じゃあ改めて……なのはに聞きたい事があるんだ」

 ううっ、自分で自分の名前呼ぶって凄い違和感。しかも呼び捨て。きっと同じ気持ちを二人も味わったんだろうって思った。だって、呼ばれたはやてちゃんも聞いたフェイトちゃんも妙な顔してる。それはそういう事だよね。
 それでもお互いに苦笑してすぐにいつもの感じになるから凄いかも。うん、これが私達の雰囲気だよ。友達が宝物って言葉が分かる瞬間だ。

「私と会った時念話してくれたよね。それ、どうやったかを教えて欲しいんだ」

「えっと……あ、そうか。無意識でやってたけど、今のわたし達って複雑な状態だもんね」

「そう、体と心が別々なんだ。だから念話ってどういう捉え方で送ればいいのかなって」

「その時、なのはちゃんはどうやったん?」

「「あ、あの時は」」

「あー、フェイトちゃんやなくてなのはちゃんに聞いたんやけど?」

「……ごめんなさい。間違えました」

 うわ、これ結構難しい。つい自分がなのはだって思ってるから無条件に反応しちゃうよ。そんな私の心境を理解してるのか、はやてちゃんもフェイトちゃんも苦笑いで気にしないでいいからって言ってくれた。しっかり意識してないと駄目だ。今の私はフェイトちゃんなんだから。

「じゃあ気を取り直して……実はあの時、わたしは相手がなのはって分かってた。だからなのは相手へ念話を送ったの」

「なら、念話はその心へ呼びかけるって事?」

「どうだろうね? 頭に話しかけたい相手を思い浮かべてする魔法だし、もしかしたら大事なのはその人の認識じゃないかな?」

 どういう意味だろう。そう思ったのは少しだった。きっと念話を使う相手が送る相手をどう捉えているかで念話は成立している。だから、私達は互いの外見が違っても念話が出来る。逆に私達が入れ替わってるって知らない人は外見で私達を本人だと思い込んで念話出来る。
 つまり、今のプレシアさんにとってのフェイトちゃんは私。心が高町なのはのフェイト・テスタロッサなんだ。だからプレシアさんからフェイトちゃんへの念話は私へ聞こえる。そうはやてちゃんは言いたいんだ。よし、それを確かめるためにも後でユーノ君に……あっ。

「どうしたんや、フェイトちゃん?」

「えっと……ユーノ、には私の事教えた方がいいかな?」

「魔法が使えるって事? うーん、それは明日次第かな。これが今日で終わる事も有り得ない話じゃないし」

「何の前触れもなくやったもんね。あ、もんなだった」

「こほん、はやてちゃん? それを言うなら、もんなやった……だね」

「あぅ、気をつけます」

 しまったって顔のフェイトちゃん。何か凄い新鮮な光景だ。だって反応は確かにフェイトちゃんのものなのに外見ははやてちゃんだもん。はやてちゃんがそんな顔するのあまりないからなぁ。だから素直に可愛いなって思う。こういう仕草とかでも分かる人は別人だって分かるかもしれない。うん、気をつけよう。アルフさんやプレシアさんへ接する時は普段以上にフェイトちゃんらしく、だね。

 そう自分へ言い聞かせていると、同じような事をはやてちゃんがフェイトちゃんへ言っていた。それを聞いてフェイトちゃんは困り顔。そうだよね。中々仕草まで変えられないよね。私もフェイトちゃんらしい仕草は無理かも。それに私らしい仕草って何があるのかも分からないし。
  その後はやてちゃんがユーノ君へ念話を送ってもらってさっきの仮説の実証をした。ユーノ君は私―――つまり高町なのはへ念話を返したにも関わらず聞こえたのははやてちゃん。これで私がプレシアさんから抱かれた疑念のようなものが気のせいだったと分かった。

「で、これからだけどフェイトちゃんはどうする?」

「私は一旦帰るよ。それでもしこのままなら明日ここへ来るから。えっと……母さんにはジュエルシードが落ちた街で空き家が見つかったって嘘吐いて」

「あ、なら今日手に入れたジュエルシードを持っていくといいよ。偵察の時に空き家を見つけた街にあるって証拠になるから。なのはちゃん、お願い」

 私が告げた言葉にフェイトちゃんがそう言ってはやてちゃんを見た。その言葉を受けてはやてちゃんがレイジングハートからジュエルシードを取り出す。手渡されたそれを受け取り、私は小さく頷いた。一つだけならプレシアさんも使いようがない。しかも、これで海鳴へ滞在するキッカケが出来る。
 プレシアさんからはとりあえずお金の面だけどうにかしてもらおう。それならすぐにでも用意出来るはず。そこまで考え、私はふとある事を思い出してバルディッシュを取り出した。そしてレイジングハートを持つはやてちゃんにも視線を向ける

「バルディッシュ、今日のこの会話は絶対誰にも―――」

 教えないで。そう言おうと思った。でも、その時ある顔が思い浮かんできた。その相手に、今後の可能性を考えて少しだけ謝罪の意味も込めてこの事を知る事が出来るようにしておこうと。

「ユーノ以外へ教えちゃ駄目だよ。あとは今後何かあった時も話題に出しちゃいけないから。ユーノ以外は例外なくでお願い。例え私から聞かれてもね」

”イェッサー”

「そうか。レイジングハート、こっちもだよ。決してユーノ君以外へは教えちゃいけないし話題にしないようにね。仮にわたしが教えてって言っても」

”分かりました”

 バルディッシュとレイジングハートが了解してくれた事で私はほっと息を吐いた。この会話は今の私達三人以外に聞かれたらいけないもの。それを彼らが話題に挙げるかもしれない。その可能性を無くしておきたかった。
 もし明日私達が戻ってしまって、この体のフェイトちゃん達が覚えていない行動を確かめようとした時にも知られる事はないように。ユーノ君だけはもう誤魔化しが出来ないけどそれは諦める。さすがに人の記憶まで操作出来ないからね。

 それに……実はちょっと淡い期待もある。ユーノ君なら私達が戻ってしまった後に今日の出来事とこれからの出来事で真実に気付いてくれるんじゃないかって。そうなればユーノ君はデバイス達へ問いかけてみるかもしれない。今の私達の話を聞いている唯一の存在である大切な二人の仲間から。

 この後、私は八神家を出てある程度移動した所でアルフさんへ連絡し合流。アルフさんへはジュエルシードの事は内緒にする。今後の動きに備えてね。そして時の庭園へ戻りプレシアさんへジュエルシードを見つけたと報告ついでに渡すと一瞬驚きを浮かべたものの、特に何の労いの言葉もなかった。
 それでもいい。別に褒めてもらいたくてやってるんじゃないから。でも、少しだけ悲しいのは否めない。この頃のフェイトちゃんだったら、きっとここで褒めてもらえるって思っただろうから。だからちょっとだけ気持ちが沈む。それを振り切ってるようにあの事を告げた。

 それは街の近くに空き家を見つけたという嘘。明日にはそこを拠点としたい事を提案すると思った通りすぐに許可が出た。なので資金面だけ準備をお願いして部屋へと戻る。アルフさんへは思いの外早く拠点が用意出来たため、明日からそこへ行く事になったと説明。
 すると、それを聞いてアルフさんの表情が歪む。うわ、これはあまりいい感情を抱いてないや。これでもフェイトちゃんの前だから抑えてるんだろうけど、それでもかなり顔に出てるところからして普段からプレシアさんを良く思ってないって分かる。

「ふぅん、さすがに手回しが早いね」

「明日ある程度の資金を受け取って出発するから。転送場所はあの湖畔ね」

「了解。明日から忙しくなるねぇ」

「うん、そうだね」

 アルフさんへ神妙な声で返した。それにアルフさんが何も言わなかったのは今のがフェイトちゃんらしかったのかな? でも、明日から忙しくなる。もし戻ったらの可能性だけが怖いけど、そうじゃないなら明日からが本番だ。
 私達が知る未来。それよりも少しでもいい結末を手にするために。出来る事なら全ての人達を助けたいけど、私達は三人しかいないし神様じゃない。自分達の周囲で手一杯だろうね。だからごめんなさい。自分勝手ですけど今はプレシアさんを助ける事だけ考えます。

 もしかしたらプレシアさんがいればリインフォースも助けられた可能性がある。プレシアさんは大魔導師なんて呼ばれた人だし、元々は研究者だった。なら、夜天の魔導書の管制プログラムだったリインフォースの事も何か手を打ってくれたかもしれないんだ。
 一つの命を守る事から派生して他の命を守れるかもしれないんだ。それがはやてちゃんやフェイトちゃんが危惧した事態の悪化へ繋がるかもしれないけど、それでもやっぱり私は変えられるのなら変えたい。

 届かなくても最後の最後まで精一杯手を差し出して、こっちへ必死の想いで伸ばされた手を掴むために。一つの命を助ける事が多くの命を助ける未来へ繋がると信じて……



作者のつぶやき
あけましておめでとうございます。やっとの三話目。これで三人集合……なんですが、少々展開を考え直して長くても中編ぐらいの話にします。
次回はおそらく予想外の話になりますので、更新をお待ちください。



[30786] 目が覚めたら私が別人みたいになっていた
Name: この小説はPCから投稿されています◆955184bb ID:c440fc23
Date: 2012/03/29 04:47
 どこかで目覚ましみたいに電子音が鳴ってる。それが私の認識だった。目覚まし時計はかけてあるけど、それは携帯のはずだからこんな音じゃない。でも、ちょっとうるさいなぁ。そう思いつつ仕方ないので目を開ける。音の出所を探して眠い目を擦りながら視線を動かすけど……あれ?

「どこ、ここ……」

 目に入った景色は見慣れた私の部屋じゃない。しかも、何となく目線が高いような気もするし胸の辺りに違和感がある。とりあえず音を止めようとそのする方へ近付く。でも、そこには私が見た事も聞いた事もないような装置があって、それが電子音を出していた。
 どう止めたらいいのか分からず困惑する事数十秒。すると急に聞き慣れない声が後ろから聞こえてくる。それに驚いて振り向くと大きめのベッドの上に金髪の小さな女の子と同じ髪の女の人がいた。女の子の方はまだ寝てるみたいで可愛いパジャマ姿だからいいんだけど、声を掛けてきた女の人はその……恰好がちょっとすごい。

 黒の下着姿で横になってるんだもん。しかも綺麗でモデルさんとかかなって思うぐらい。で、その人と私はしっかり視線が合った。でも、どこか視線が合った瞬間その人が戸惑う。
 えっと、人見知りする人なのかな? あ、知らない相手がいきなりいるから戸惑ってるんだ。そう考えれば当然だ。そうやって自分を納得させて私はその人の言葉を待った。

「あ、えっと……それ、点滅してる部分を押せば止まるはずです」

「ほんと?」

 問いかけるとお姉さんは小さく頷いてくれた。なので早速点滅している場所を押してみる。……本当に止まった。さすが大人だな。そんな風に思いつつも軽くそこで違和感を感じた。今、あの人子供んの私に丁寧語使ってなかったかな?

「あの、ちょっといいですか?」

 なので思い切って聞いてみる事にした。ここがどこで女の人が誰なのか。これが夢かもって一瞬考えたけど、それなら起きた時に眠気なんか感じないはずだし。そう思って私は目の前の女の人へ尋ねた。ここはどこで貴方は誰ですかって。何故かそれまで女の人は困ったように部屋の中を見渡してたけど、私の問いかけに目を見開いて驚いた。
 それがどこか可愛らしく見えて私はつい笑ってしまう。大人っぽくなかったんだ。うちのお母さんにもこういうところあるけど、意外とこういう部分って誰にもあるんだなぁって思えて嬉しくなった。あ、でもこの人外国人みたいだけど日本語出来るんだ。

 そんな場違いな事を考えながら私は目の前の女の人を見つめた。その視線をやや困惑気味に受ける女の人を内心で不思議に思いながら、私はただ質問の答えを待った。

「あ、あの私はフェイト・テスタロッサって言います。でも、その……」

「フェイトさんですね。私は高町なのはって言います」

 やっぱり外国人だ。フェイトさん、か。綺麗な名前だなぁ。と、そこで私はふと目に入った写真に目をやった。ベッド脇に置かれたお化粧台に何故か私と小さい頃のフェイトさんみたいな子が写っているものがあった。
 もしかしたら小さいフェイトさんは妹さんとかかもしれないけど、一緒に写ってるのは間違いなく私だ。でもどうして? 私に金髪のお友達はアリサちゃんしかいないし、こんな写真撮った覚えもないよ?

 私が視線を写真に向けている事に気付いたのか、フェイトさんも視線を写真へ向けた。そして……何故か驚いた声を出した。

「えっ?! 私、こんな写真知らない!」

「ええっ?!」

「あ、アルフどこ? お願い出てきて。母さんとも念話が通じないし、起きたら知らない人と知らない部屋にいるし……」

「ちょ、ちょっと待って。フェイトさん、今何て言いました?」

 信じられない言葉が飛び出した。あれ? てっきり私はフェイトさんの部屋だと思ってたのに。あと念話って何? とりあえず混乱するフェイトさんを落ち着かせてお互いの状況を整理しよう。そう思って私はフェイトさんへ自分の事を説明する。でも、なんだろう。段々フェイトさんが不思議そうに小首を傾げ出した。

「なのはさんって九歳なの?」

 信じられないみたいな声でフェイトさんが問いかけてくる。何か変な事でも言ったかなぁ。ちょっと前に誕生日を迎えたばかりなんだけど。そう思った時、私はある事に気付いた。さっきから大人のフェイトさんと話してるのに目線がしっかり合ったままな事に。慌てて鏡を探した。そして見つけた鏡に映ったのは―――見た事のない女の人だった。

 髪の色はお母さんそっくりで、髪を下ろしてるから余計そんな印象が強い。見た感じは若い頃のお母さんかな。でも、何となく分かった。これはお母さんじゃないって。だってお母さんだとしたら納得いかない事ばかりだもん。お母さんは外国のお友達がいるけど、フェイトなんて名前は聞いた事がないから。

「……えっと、私の疑問分かってもらえました?」

「…………はい」

 軽く項垂れる私にフェイトさんはそう申し訳なさそうに声を掛けてきた。どうも下着姿なのが恥ずかしいみたいで、ベッドのシーツで体を隠してる。それがすごく似合ってて思わずため息を吐いた。色気があるってこういう事言うんだ。
 すると、フェイトさんは私の反応に小さく首を傾げる。それが意外と違和感がなくて可愛い。私も大きくなったらこんな大人になりたいな。そう思ったけど、今の私は何故か大人だった事を思い出してまた軽く項垂れる。ううっ、夢なら覚めて欲しいよぉ。

 そんな風に思いながらこれからどうしようとフェイトさんへ相談しようとした時だった。突然頭の中に聞き覚えのない声が響いてきたのは。

【あの、なのはさん、起きてますか? もう全員集合してるんですが……】

「えっ? 今、声がした……?」

「声?」

「あ、その……こう頭の中に」

 詳しい説明をしようとするも、また同じ声で起きているかを確認する声が聞こえてくる。どうしようと思いながらとりあえずフェイトさんへ説明。それでフェイトさんは理解してくれたのか、何かを探し出した。そしてすぐに金色の物を見つける。
 それを手にして安心するような息をフェイトさんは吐いた後、それへ声を掛けた。それが何を意味するのか知らない私としては興味津々で見つめるしかない。すると信じられない事が起きた。

「バルディッシュ、お願いがあるんだけどいい?」

”何なりと”

「すごい……喋った」

 男の人みたいな声がそのバルディッシュっていう名前の物から聞こえてきた。それにフェイトさんは笑顔をみせると、私へ呼びかけている相手に心当たりはないかって尋ねてくれた。それに即座に返事を返すバルディッシュ。うわ、私もこういうの欲しいな。パソコンとかをいじるの好きだし、いつかはこんな機能つけてみたい。
 でも、これって確実に今の技術じゃ無理だよね。……あ、そっか。今は未来にきてるんだもんね。じゃ、私もその内こういうの買えるんだ。そんな事を考えつつ、私はフェイトさんとバルディッシュの会話を聞いていた。

 そのままフェイトさんはバルディッシュにお願いして念話という事をしてる人へメールで連絡してくれた。文面はちょっと大変な事になったのでそっちには行けませんだって。

「うん、これでいいはず。でも、念話を知らないって事は魔法も知らない?」

「魔法? 魔法ってあのゲームとか絵本とかに出てくる?」

「……やっぱりそうなんだ。じゃ、なのはさんは魔法文化のない世界で暮らしてたんだ」

 私の反応にフェイトさんはそう言って考え込んでしまった。それと同時にまた聞き覚えのない声が聞こえてきた。でも、それは頭の中じゃなくて耳に直接聞こえてくるもの。機械のようで人のような不思議な、なのにすごく心落ち着く声。
 その声の相手は私が寝ていた場所の近くにいた。綺麗に輝く赤い宝石がついたネックレス。その宝石が点滅して私へ呼びかけてた。マスター、何故教導へ行かないのですかって。

「えっと、一つ教えてくれるかな?」

”何でしょう?”

「あなたの名前は? その、信じてもらえないかもしれないけど今の私は九歳の子供なんだ」

”分かりました。私の名はレイジングハート・エクセリオン。レイジングハートと呼んでください。初めて出会った日から貴女と共にあるインテリジェンスデバイスです”

 私のとんでもない言葉を疑う事無く赤い宝石―――レイジングハートはすぐに名前を教えてくれた。それが何だかとっても嬉しくて、思わず私はレイジングハートを優しく持ち上げた。ネックレスなんてつけるのは初めてだけど、無性に身に着けたくなったから。
 でも中々上手く出来ないで苦戦してると、それを見たフェイトさんが近付いてきた。しかも、そのまま私の後ろへ回ってレイジングハートを着けてくれたんだ。

「ありがとうございます」

”感謝します”

「ど、どういたしまして」

 私とレイジングハートがお礼を言うとフェイトさんは戸惑いながら返事をした。でも、その顔がどこか嬉しそうに見えて私も微笑んだ。あまり笑ってくれない人だけど、すごくいい人だっていうのは分かったから。
 でも、これからどうしよう? これが夢じゃないなら大変だし、そうだとしてもこれからが色々困る事になりそう。レイジングハートから教えてもらわなきゃいけない事がたくさんあるな。そう思いながら私はフェイトさんやレイジングハートへ今の自分が知りたい事を尋ねていくのだった……





「……そっか。なら一先ずさん付けを止めた方がいいかもね。一緒の部屋で暮らしてるぐらいだし」

「うん。なら……フェイト、ちゃんでいい?」

 そう言ってなのはは私を見つめる。それに私は小さく頷いた。本当は凄く嬉しかった。だって母さんやアルフにリニス以外の人と話すのは初めてだったし、年上の人だったから結構緊張したけど同い年ぐらいって分かって安心出来たから。
 バルディッシュが教えてくれたのは、私となのははその、と、友達で……しかもこの一年一緒の部屋で暮らしていた相手という事。それと、今も寝息を立ててる女の子はヴィヴィオと言って、私となのはが親代わりをする事になった孤児みたいな存在らしい。

 母さんや父さんもいない子だって、そう聞いた時は私はヴィヴィオに同情した。もし私も同じ事になったら生きていけないから。母さんがいなくなったらなんて考えるだけでも怖いし悲しい。リニスがいなくなった時も悲しかったけど、きっと母さんがいなくなったらそれ以上の苦しさを感じただろうし。
 だからバルディッシュへ気になって母さんの今を確認した時は嬉しかった。管理局に入って今も元気に働いているんだって。それも私やなのは達が頑張った結果。そうバルディッシュもそしてレイジングハートも教えてくれたんだ。

 だからなのはと私はつい自然と嬉しくなって笑顔を見せ合った。もしこれが未来の予知みたいなものだとしても、いつか出会えるはずだからその時にまた頑張ろう。そう言ってなのはは私を励ましてくれたし。あ、思い出したらまた涙が出そうだ。

「どうかしたの?」

「ううん、何でもない。でも、困ったね」

「そうだね。お互いいきなり大人になっててお仕事してるって言われても……」

「とりあえず他の人達に説明して分かってもらうしかないんじゃないかな。その、大人の私達の知り合いがいるんだし」

「それしかないね。じゃ、とりあえず着がえよっか」

 考えても仕方ない。そう思って私達は動き出す。着る物はバルディッシュ達が教えてくれたからいいんだけど、下着を着けるのが凄く恥ずかしい。なのはも同じように戸惑ってるし私も困る。ブラジャーの付け方なんてリニスにも教えてもらってないし、どうしようか。
 そう思ってると、なのはが私の背中へ回って着けてくれた。思わずお礼を言いそうになるけど、それを遮るようになのはが笑ってこう言った。さっきのお返しだからって。……な、何だろう? こういうやり取りは慣れてないから反応に困るよ。

 それでも私もなのはのブラジャーを着けてあげてお互い様にした。その後は着た事のないワイシャツを着て、初めて見る管理局の制服をお互いに手に取った。

「何かお仕事する人って感じだね」

「そうだね。でも、違和感が凄いする」

「にゃは、私も。学校の制服なら慣れてるんだけどなぁ」

「学校に行ってるんだ。どんな所なの?」

 なのはの口から出た単語につい反応しちゃった。私はずっとリニスに教えてもらう事しか出来なかったから、学校という場所が分からない。着がえを終えて私はなのはの話へ耳を傾ける。初めて聞く事の連続で疑問や興味は尽きないけど、そうもしていられないとバルディッシュ達が教えてくれて私達は慌てて部屋を後にしようと動き出す。
 ドアの前に立ち、後は出るだけとなった私達二人はそこで揃って同じ方向へ目を向けた。未だに眠るヴィヴィオの事をどうしようと思ったんだ。置いて行った方がいいのか。また連れて行くべきなのか。その答えを出そうとする私達へ聞こえてくる声があった。

【なのはっ! フェイトっ! 悪いけど今すぐあたしらの部屋へ来てくれ! 大変な事になってんだよ!】

「今のって……」

「念話、だね。しかもかなり焦ってる。バルディッシュ、今の念話相手は誰?」

”騎士ヴィータです。よろしければ部屋までご案内しますが?”

 私の問いかけに即座に反応してくれるバルディッシュを頼もしく思い、私は小さく頷いた。期せずして事情を話させそうな相手に呼ばれた。これで少しはこれからの事を相談出来るかもしれない。そう思って私はバルディッシュの言葉に頷いた。

「お願い。行こう、なのは」

「うん。でもあの子はどうする?」

”大丈夫ですマスター。もう少しすれば寮母の方が来られます。その方がヴィヴィオを見ていてくれますので”

 なのはの心配にレイジングハートがはっきりと答える。うん、マスター想いのいいデバイスだ。その答えになのはが息を吐いて安心するのを合図に私は走り出した。それに続く形でなのはが走り出して―――大きくバランスを崩す。あ、廊下に倒れた。

「ううっ、体の大きさが変わったせいで上手く動けないよ」

「だ、大丈夫?」

 あまりにも見事な転び方だったから思わず止まっちゃったけど、結構大きく転んだ。怪我とかしてないといいんだけどな。そう思ってなのはを起き上がらせる。するとなのはは苦笑してこう言った。転ぶのは慣れてるから平気と。
 ……多分なのはは速く走るのが苦手なんだろう。そう判断して私は心持ち速度を落として走る事にした。なのはもそれなら大丈夫なのか転ぶ事無くついて来てくれる。こうして私達はバルディッシュの案内でヴィータという人が待つ部屋へ向かう。そこで更なる混乱が待っているとも知らないで……





「それで、本当に私達を覚えてないのね?」

「う、うん。何や知らんけどごめんなさい。わたし、今まで一人やったから」

 わたしがそう言うとシャマルさんちゅうお姉さんが寂しそうな顔を見せた。シャマルさんだけやない。シグナムさんやヴィータちゃんなんかもどこか悲しそうや。さっきからわたしの右肩に乗ってるリインちゃんなんかは悲しみとかやなくて困惑が顔に浮かんでるし。
 いや、目ぇ覚ましたらやけに足が軽いし胸が大きくなってた時はホンマ驚いたわ。でも一番驚いたんはやっぱり今の状況やろな。わたしは大人になってて家族が出来てる事。寝る前は一人やったんがいきなり五人もの家族がおるってすごい変化や。

 周囲の光景は見慣れない景色。わたしはベッドに座って目の前のシャマルさん達を見つめてる。ザフィーラちゅう狼さんもお喋り出来るんには思わず大声出してまったけど、もう今は平気。ヴィータちゃんはリインちゃんとわたしの傍にいてくれてる。
 どうもわたしがみんなと出会う前の頃の年頃やって知って寂しくならんようにしてくれてるみたい。……これ、夢やないかな? でも夢にしてはやけにはっきりしてる。それにわたしが大きくなってるのも納得出来ないから現実なんやろうけど……

「はやてちゃん、本当にお姉ちゃんの事も覚えてないんですか?」

「えと……ごめんな。ホンマにわたし目ぇ覚ますまで家で一人暮らししとったんよ」

「リイン、はやてはこんな嘘言わねぇよ。きっと本当にあたしらと出会う前の記憶しかねーんだ」

 ヴィータちゃんがそう言うとリインちゃんが何とも言えない顔をした。それがわたしの心を締め付ける。小さな妖精みたいな妹。それを慰める事も出来ん自分の情けなさに。でも、せめて少しぐらいはわたしも年上らしくしたい。
 そう思って恐る恐るリインちゃんの頭を撫でる。ゆっくりと柔らかくを意識しながら。今は覚えてないけど、これから覚えるようにするな。そう笑顔で言って。それにリインちゃんが少しずつ嬉しそうな顔になってく。

「はやてちゃん……やっぱりはやてちゃんはいくつでもはやてちゃんです!」

「それは何や嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになる言葉やな。でも、きっとええ意味でわたしは変わらんって言ってくれたんやな?」

 わたしの確認にリインちゃんは元気よく頷いてくれた。心なしかそれにヴィータちゃんも笑顔を浮かべてくれとる。と、気付けばシャマルさん達もわたしを見て笑みを見せてくれとった。それがわたしは大きくなっても今と同じような振る舞いをしてた証に思えて安心出来た。これならわたしも何とか大人の自分らしくやってけるかもしれん。
 そないな風にわたしが現状へ自信を持ち始めた途端、それをぐらつかせる話が聞こえてきた。それはシャマルさん達の話す内容。子供のわたしでも分かる厄介事をどうするかについて相談しとった。

「それにしても、今日は解散式があるのにはやてちゃんがこれじゃ……スピーチはなしの方向にする?」

「最悪そうするか。このままではご自分だけで課員達へ話は難しいしな。まず、ありきたりになってしまうがそれらしい短い内容を考えるしかあるまい」

「それがいいだろうが、主の事だ。きっと今日という日のために何か良い話を考えていたはず。どこかにメモでもあれば利用出来るのだが」

「せめて少しでもはやてちゃんの言葉を、ね。ザフィーラ、あなたの気持ちは分かるけどさすがに」

 うん、なんや今日大事な集まりがあるようや。でも、何でわたしが話をする事になるんやろ? そう思ってヴィータちゃんへ問いかけてみる。どうしてわたしが話をするとかになってるのかを。

「な、ヴィータちゃん。どうしてわたしが話をする事になるん?」

「ええっと、今日でこの機動六課って部隊が解散になるんだ。で、今のはやてはここの部隊長って言って……要するに一番偉い立場なんだよ」

 ヴィータちゃんの言った言葉にわたしは思わず目を点にした思う。いや、いきなり自分が一番偉い人や言われてもなぁ。でもそれが事実なんはさっきの話から分かる。シャマルさん達もわたしの方を見てどないしようかと考えてる。
 リインちゃんはヴィータちゃんと一緒でどこか不安そうな表情をわたしへ向けてた。心配してくれとるんやね。確かにわたしは今まで大勢の人の前で話をした事もなければ、そもそも大勢の人と会った事さえないわ。

 それでも一番のお偉いさんが記念になりそうな日に話をせん訳にもいかへんからな。何を話したらええかは分からんけど、とりあえず話をする事はやったろ。そう思ってシャマルさん達へ笑顔で言った。わたしなりにスピーチしてみるわって。
 わたしはてっきりそれにみんなが驚く思った。でも、誰一人驚かんとむしろ微笑んでる。理由が分からず不思議そうにしとるとそれにシャマルさんが苦笑しながら教えてくれた。

「はやてちゃんならそう言うかもって思ったから」

「……そうなんか?」

「はい。主は昔からしっかりしておいででした。ですので、今回の事もご自分なりに頑張るかもしれないと」

 シグナムさんが笑みを浮かべながら言い切ってくれた言葉が無性に嬉しくて少しだけ視界がぼやける。ああ、ホンマに家族なんやなって……そう思えたから。と、そこで何かヴィータちゃんが見つけたのか枕元へ近付いた。
 どうもこの時代……の言うんがええのかな。大人のわたしが残してたスピーチのメモがあったらしい。でも内容は話すものを書いてある訳ではないらしい。言いたい事の要素だけを抜き出してあった。

 ヴィータちゃんからそのメモを渡してもらって目を通す。それぞれの道とか人との繋がりとかホンマに部分部分の言葉しかなかった。これでどんな話するつもりやったんやろうか? そう思いながらメモを眺めてると、シャマルさん達もその中身が気になったみたいでわたしの手元へ視線が集まってちょうくすぐったい。
 でも、さすが十年以上一緒におるからか、みんなはこれだけで大人のわたしがどういう事を話そうしとったかを分かったみたいや。何せ同時に納得の声出したもん。いや、息ぴったりでわたしは驚いたぐらいやったから。

「これでみんなは分かるんか?」

「ええ、大体は」

「はやてちゃんらしいなぁって思うぐらいだけど」

「実に主らしい内容です」

「だな。はやてならではって感じだ」

「リインでもそう思うですよ」

 わたしの質問にみんな笑顔で返してくる。それが嬉しく思えるけど、何やろ? ちょう羨ましくもある。わたしにはみんなと出会った記憶はないしこれまでの時間も知らん。その時間を知ってるもう一人の自分へ嫉妬してまうわ。むー、何とかその間の事を教えてもらいたいな。
 そないな事を思って質問をしよ思った時や。誰かが部屋を訪ねてきたみたいでシャマルさん達が動き出した。わたしもそれに続く形で腕で体を動かして―――車椅子がない事に気付いてはたと思い出す。今の自分はもう自分の足で動ける事を。

 恐る恐るゆっくり立ち上がる。大丈夫やって分かってるのにそうなってしまうんはしょうがない。初めての感覚に戸惑いながらもわたしはしっかりと二本の足で立ち上がる。それが何とも言えん気持ちをわたしに与える。感無量ってこういう時に使うんかな?
 そないな事を考えて立ち尽くすわたしへリインちゃんが不思議そうな顔を見せた。小首を傾げるとこがかなりかわええわ。小動物みたいな感じやし、ホンマ癒し系やなぁ。

「はやてちゃんどうしたですか?」

「あ、その……私、自分の足で立つの初めてなんよ」

「あっ! そうでした。はやてちゃん、昔は車椅子だったって言ってたです」

 納得がいったとばかりに手を打つリインちゃん。あれ? リインちゃんはわたしが車椅子やった事を聞いた事しかないんやろか? それがちょう気になったので早速質問。何でリインちゃんはわたしが車椅子やった事を知らないのかを。

 シャマルさん達の話やとみんなは九歳の誕生日に出会った言うてた。でも、その時は車椅子やったのは多分間違いない。と、そこでわたしはふと気付いた。みんなの名前聞いた時、リインちゃんだけ名前が長かった事を。
 リインフォースツヴァイ言うてたもんなぁ。でも、みんなリインって呼んでる。ツヴァイまでが名前やったらツヴァイって呼べばええ気がするし、わざわざリインって呼ぶ必要ないような……? 呼び易いからやろかな。そう思ってわたしはリインちゃんの答えを待つ。

「リインはシャマル達よりもはやてちゃんと会ったのが遅いんです。お姉ちゃんははやてちゃんが車椅子の頃に会ってますけど、リインが出会った頃はもう普通に立ってましたから」

「て事はリインちゃんのお姉ちゃんはシャマルさん達と同じ時に出会ったんか。ん? なら今その人はどこに?」

「かなり昔に遠い旅に行っちゃいました。でも、今もはやてちゃんの事を大事に思ってますよ」

 その言葉と表情でわたしは何となくリインちゃんに辛い事を話させてしまったと気付いた。儚い感じの微笑み。そんなん浮かべて旅に出た言われたらな。やって、わたしももしお母さんやお父さんの事を聞かれたら似たような雰囲気になってまうやろうから。
 リインちゃんのお姉ちゃんはもうこの世におらん。そう分かったわたしは申し訳なく思ってリインちゃんへ謝った。でも、それにリインちゃんは平然と気にしないでええからって言ってくれた。その顔はすごく綺麗な笑顔。

「お姉ちゃんはリインの中にいます。これは今のはやてちゃんにも言わなかった事ですよ? リインはお姉ちゃんと夢の中でお話しした事があるんですから」

「……夢の中で、か」

 リインちゃんのようにわたしも夢の中でええからお母さんやお父さんと会ってみたいな。そないな事を思って俯いた時やった。突然シャマルさん達の驚くような声が聞こえてきた。それにわたしとリインちゃんは反応して部屋を出る。
 そしてシャマルさん達がおる場所へ行くとそこには二人の女の人がおった。かなりの美人さんで、格好からしてここの関係者ちゅうのは分かる。すると、とんでもない言葉が聞こえてきた。

―――だから、ここにいる私達は局員になる前の高町なのはとフェイトちゃんなんです。

 ……どうやらわたしの仲間が出来たようや。そないな事を考えながらわたしは目の前の二人を見つめる。混乱する周囲を余所にわたしはどこか遠い目をした。これからどないなってまうんやろうな? とりあえず頑張るだけか。そう自分へ言い聞かせて……



作者のつぶやき
逆行した三人娘と入れ替わりで未来へきたなのは達。長編には出来ないと思って中編程度でまとめようと思っての展開です。急な方向転換で申し訳ありません。
次回はこの後からスタート。局員としての日々を知らない三人なりの六課最後の日になります。


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