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[27519] 転生妄想症候群 リリカルなのは(転生オリ主TS原作知識アリ)【空白期終了】
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2013/11/24 21:34
転生妄想症候群 リリカルなのは(転生オリ主TS原作知識アリ)


初めましてきぐなすと申します。

初投稿作品です。

ところがプロット段階ですでにカレー(厨二要素)満載のつもりで作り始めたら、隠し味のクリーム(いろんな要素)入れすぎてカレー風味シチューなった。そのうえ、コトコト煮すぎて具が溶けてしまったよ。(カオス)大量にご飯炊いてしまったし、福神漬けどうしよう(余分なもの)この作品どうしてこうなった。 orz

とりあえず、プロットは捨てるべきではないと作っていくことにしました。


注意書き

・厨二ネタを皮肉りながらも、愛好するという作者の歪んだ愛でできております。そういうのが苦手な方は避けるべきと思います。

・オリ主強キャラ
・オリキャラ多め  
・転生?憑衣?(そのうち明かにしていく予定です)
・TS要素?
・独自解釈(原作は尊重します)
・寒いギャグ・ネタ(シリアスとギャグのバランスが取れてないのは仕様です)


すでに地雷臭がしてますが、それでも良いという方は読んでください。




※ 誤字脱字ゆえに手直しはまめにしていきます。ストーリー矛盾とかで加筆した場合は報告します。

23/4/29 投稿開始

23/5/25 作者コメント修正・・・ゴールデンウィーク時事ネタ関連削除 

23/5/28 とらハ板へ移行 

23/7/4 続けて読んでくださっている読者様へ、十九・五話を追加しました。

23/8/11 誤字修正

23/10/29 誤字修正 

23/11/27 誤字修正 

23/12/17 12月を目安と言っていましたがリアルの仕事の関係で更新はしばらく先になります。進捗状況は中盤の展開にやはり手こずってます。

自業自得ですが、伏線の構築と消化に苦労してます。

23/12/29 誤字修正

24/3/29 外伝4 無印終了までの歩みと人物表及びスキル設定更新

24/4/1 エイプリフールネタ暴走戦隊ヴォルケンリッター投稿

24/4/2 エイプリフールネタ暴走戦隊ヴォルケンリッター削除
      空白期予告編投稿

24/5/28 第三十七話 誤字脱字と表現がおかしいところを修正
 
24/5/28 第三十七話 かぐや姫関連で南北朝と応仁の乱にて時代考証のミスがあったので修正、勉強不足恥ずかしい。

24/9/2 誤字修正

25/3/9 読者より指摘のあったところを修正

25/11/24 半年経過しました。更新できず申し訳ない。見通しが立ちましたらまた連絡します。



[27519] 第一話 目が覚めて
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/10/30 12:39
第一話 目が覚めて

深いまどろみの中、二人の女の子の声が聞こえる。俺は死んだはずだ。ここはあの世だろうか? 

彼女たちはきっと転生の神様に違いない。絶対に間違いない。なぜなら俺は選ばれた……うっ

頭ぐらぐらして気持ち悪い。ちょうど高熱でうなされているときの状態に似ている。だから声は聞こえていても内容を理解することができない。

「ーーーれるわよ。」

「カナコ、あとは全部任せるよ。ちゃんと見守ってあげてね。もう働きたくないよ~ 」

「希、あなた小学生のくせに…… まあ任せておきなさい。あなたは引きこもっていいわ。でも心配だわ」

「どうして? カナコが勧めてきたんじゃなかったっけ。この騎士さんがしてくれるのは私の代わりに外に出ているだけの簡単なお仕事でしょう? 」


「他に使えそうな記憶が見つからなかったとはいえ、欠陥がひどいのよ。それを整えるのに強引に記憶いじくったから、変な行動とか勘違いをしてないといいけど… 」

「カナコの説明は長い。短くわかりやすくして」

「もろくて出来の悪い守護騎士システムね」

「名前を呼んだらダメなんだっけ? 」 

「そうよ。フルネームが記憶の鍵になっているの。呼ばれたら記憶を取り戻すからアウトね。魂も紛いものだし、自己矛盾を起こして消滅するのは間違いないわ。でも心配はいらないと思う。あなたの外見じゃまずない。小学3年生の女の子に20代男っぽい何かが入っているなんて誰も思わないわ。スペアもあるし、壊れたらそれはそれでかまわない」

「そうなんだ。だったらもう眠りたい。疲れちゃった」

「今は引きこもってなさい。来年くらいから本気出すといいわ。でもね、コイツ次第じゃ起こされるかもよ。なんせ馬鹿だし」

「馬鹿はひどいよ。起されるのは…… いやだけど、仕方ないよ」

「わかった。でもやばいことしそうだったら、手綱はとるわ。それから、できる限り存在を補強してみるわね。手っとり早いのは ……やっぱり愛なのかしら? 」

う~ん、さっきから聞いてるが何を言っているんだ? 雑音の様にしか聞こえない。今から起きて聞いてみるか。

「あっ! …起きたよ」

「さて、お目覚めですか? 騎士様、しっかり外で役目を果たしてきてね」

俺は目を開けようとするが、その前に体が持ち上がる。えっ!? 何?

「じゃあ、いってらっしゃい。えいっ! 」

浮き上がるような感覚、落下していく。

ひゅーーーーーーーーー

「なんじゃーーーーそりゃーーーー」















俺は目を開ける。

ぼやけながらもだんだん焦点があって、白い蛍光灯と白い壁が目に入った。


「知らない天井 ……う、いかん、ついお約束な言動をするところだった」

ひとり無意味につっこむ。周りを見渡すと、白いカーテンで囲われて、シーツやベットが目に入る。病院か。なんでこんなところに?

手と腕をみると、点滴の跡もみえる。それより、何か変だ。俺の手と腕こんなに小さく細くて白かったかな?
あと髪がなげぇし、その気になればゴンさんごっこができそうだ。

嬉しい。

きっと神様が髪に恵まれなかった俺にプレゼントしてくれたのだろう。髪を持つものと持たざるものの差は大きい。両者はわかりあえないのだ。

俺は自分の髪を撫でて、しばし浸る。しあわせな時間だった。

こうしているのもなんなので体を起こす。のっそりと静かに立ち上がりカーテンを開く。

誰もいない。ほかのベットも見あたらない。個室で広い部屋だ。しかも、大型テレビ、壷やソファーなど普通の病室にはない高級感を醸し出していた。

(おいおい、こんなところに寝泊まりできるほど金持ってねーぞ。鏡はどこだ? 鏡 ……あった)

鏡の前に立つと、ピンクの病衣を着た女の子が立っていた。特徴的なのは艶やかな長い黒髪で膝まで伸びて、ボリュームがあり身体を覆っていている。顔は将来を期待できそうだが、幸薄そうで陰があるタイプだな。身体も同世代の子と比べても華奢で病弱な大和撫子という表現がしっくりくる。女の子はその不思議そうな顔をしてこちらを見てる。誰だ? この子、とりあえず挨拶しとくか。







「こんにちわあーーーーーーーー」

途中から自分だと気づいた。






ひとしきり悶えた後、自分の状況を整理することにした。

① 俺はアトランティスの最終戦士ジークフリードだ。(記憶の劣化がひどく、混乱しているが間違いない)

② 俺はアトランティスの最終戦士の記憶を持ったまま現代人に転生を何度も繰り返している。(これも間違いない。この前の人生ではチートだった。今までの転生でもそうだ)

③ この身体の前は20代前半男だった。(死んだ理由は事故らしいことは何となく覚えている。自分の部屋にいた記憶ははっきり覚えている。引きこもっていたもんな。ただ、外出したのも覚えてないし、こもる以前のことはなんかあいまいで他人事のように感じる)

④ 前の名前や住んでた場所の固有名詞は覚えてない。家族構成や家族の顔をなんとなくイメージできる。(妹の斎のことは覚えている、大学に行っていた。前世でも兄弟だったからなぁ)

⑤ 転生または憑衣してる(どっちかはわからんが)

⑥ おんにゃのこ(男じゃないのは残念は残念だけど、あまり違和感はないな。ペタペタするが何も感じない)

⑦ この女の子本人の記憶がない(記憶喪失みたいだな)

こんなところか。

では、アトランティスのちからが使えるか試してみよう。俺は天を掴むように手をかかげると心に秘められた呪文を唱える。







「来たれ。我が黒き外套、赤き銃身ディスティ」








……来ない。この世界でも使えないようだ。やはり失われてしまったようだ。

(やっぱり、馬鹿だったわ。予想はしてたけど…)

どっかで誰かの嘆く声が聞こえた。失礼なことを言っている。









ふと、視線を横に向けるとテーブルがあり、高級そうな漆塗りのどんぶりが置かれていた。まだほかほかでおいしそうな匂いが食欲をそそる。何だアレ? 誰も手をつけてないみたいだけど。

テーブルに近づいて、どんぶりのふたを開いてのぞき込んだ。すると、色とりどりの野菜とエビのてんぷらが見えた。

「しらない天丼だ…あっ! 」

何かに負けた気がした。

悔しかったので食べる。なんだか胃がムカムカするが気にしない。4分の1くらい食ったところで、いきなりドアが開いた。

俺は箸とどんぶりを持ったまま固まる。視線を向けると30歳後半くらいの女の人が唖然としている。もしかして、この人の天丼か? え~と、何か言わないと。

「い、いただいてます」

女性は驚いた顔のまま近づいてきて、恐る恐る聞いてきた。

「みー、みーちゃん、大丈夫なの? 」

(みーちゃん、この子のことか? この部屋で天丼食べるってことは家族だよな。母親か? 今の状況はやっかいだし話を会わせとこう。えーえースマイル、スマイル)

俺はこの場となんとか切り抜けようと笑顔をつくる。

「うん ……大丈夫だよ。おかーさん」

「おかーさん? おかーさん」

女性は呆けたような顔で、言葉をかみしめるように言うと、下を向いてしまった。

あれっ? 何か変だな。俺は立ち上がり近づくと、女性は肩を震わせて泣いていた。

「うん、うん …おかーさん」

「どうしたの? おかーさん」

「だって、みーちゃんがおかーさんて呼んでくれたのが、嬉しくて」

(ほっ、良かった間違ってなかったらしい)

おかーさんは涙で崩れた顔のまま、急に私の背中を強く抱きしめた。そして、号泣する。

「みぃーちゃん、ああっ、みーちゃん」

ますますヒートアップしてきたみたいで、愛しさをこめて名前を呼ぶ。抱きしめる腕の力はますます強くなる。

(ちょ、まって、強い、強い!! タンマ、タンマ、ギブギブ、気持ち悪ぅ …胃ーー出る)

急激な嘔吐感が押し寄せ、抱きしめる母の肩に思い切り吐いた。






感動のシーンが台無しだった。あたりは酸っぱい匂いが立ちこめ、母のスーツは黄色く汚れていた。最悪である。俺って奴はどうしてこうなるんだよ。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

泣きそうな顔で何度も謝る。すると母はすっと俺の頭に手を伸ばして頭をなでる。







「ふふふっ …病み上がりなのにこんなに食べるなんて食いしん坊さんね」

俺は母親だというその人を見つめる。俺が吐いたことなど少しも気にしてないように笑っている。これが母親というものなのだろうか? その顔をみていると、ふわっと包まれるような安心感と胸にチクリと針がささったような罪悪感を感じる。

どうしようもない気持ちを込めて、俺は心の中でこっそり告白することにした。


(優しい人だな。なんかこの人好きになれそうだ。でも、ごめんさない。俺はあなたの子ではないんです)

しばらく見つめあうふたり。おかーさんから話を切りだしてきた。


「いつまでもこうしてもいられないわね。担当の看護師さんに連絡しないと。私も着替えてくるわね。それから、掃除もお願いしてくるわね。」

おかーさんは名残惜しい顔で部屋から出ていく。その背中を目で追いながら、俺はこれからどうしようか考えていた。

「あれっ? 」

何か寒気を感じる。心臓の動悸も激しい。冷や汗と鳥肌まで立っている。吐き気もぶり返してきた。頭痛まで感じるようだ。なんでだろ? まあ、病み上がりだし寝とくか。

俺はベットに横になり眠りにつく。眠りに落ちる直前に

(しょっぱなから高度なことするじゃないわよ。次はただじゃおかないから。それから、やっぱり変な勘違いしているわね。せいぜいバカなことはしないでちょうだい)

と起きる前に聞いたあの少女の声が聞こえた気がした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

二時間後…


「おとーさん? おとーさんか」

「どうしたの? おとーさん」

「希ちゃんがおとーさんって呼んでくれたのがうれしくてなぁ」

(あんたら似たもの夫婦だよ)

先ほどの焼き直しのようなやりとりをしながら、俺は密かにつっこんだ。

おとーさんは医者のようだ。しかも、おじーちゃんは病院長らしい。やべぇ俺セレブじゃん。勝ち組じゃんと喜んだ。どうりでこんないい部屋に入れてもらえるわけだ。

ただ少し気になったのが、喜ぶ父の横で険しい顔をした他のドクターたちが

「雨宮先生、お話があります」

言って父をつれていったことだった。





そのあと、医者と結構長い時間話をさせられて苦痛だった。いらいらしてきたので、話を遮ってアトランティスの戦士の話をしたら、カルテに「転生妄想」と書かれた。鬱だ。

医者が看護師と会話で「やはり、心療内科へ…」とか不穏なセリフが出できたので、「今の嘘です。そうだったらいいなと思っただけです」と誤魔化したところ、今出張中の担当医が戻ってから判断することに決まり一安心した。

前世を嘘だと言うのは心が痛む。



しばらく入院することになった。

すぐにわかったことは、この子の名前は雨宮希、九歳、小学三年生ということだ。

女の子になってからの初めて風呂とトイレも心が男だからといって特に何も感じなかった。年が若すぎるのもあるし、なんというかしっくりくるのである。俺には乙女の資質があったのだろうかと悩んだが、男だった頃の記憶がはっきりとしないからだろうと割り切った。

ほかにもさまざまな問題が判明してきた。

まず、身体中に痣や切り傷の痕があり、背中の火傷のような大きな傷が気になる。長く入院してたからこのくらいの傷は負っていてもおかしくないが、この子に何があったか気になる。傷は成長すれば目立たなくなるだろう。特に背中の傷は見ているだけ頭痛がしてくるのであまり気にしないようにしよう。

看護師さんのかわいそうなものを見る目がチクチクして嫌になる。

ふと嫁に行けるだろうかと少し考えてしまった。男なのに。

他にも初日にも感じた突発的な頭痛と吐き気・寒気にも悩まされた。また、内臓系が弱いのか食が細く、味の濃いモノや油っぽい食べ物は基本無理であった。これは、ジャンクフード大好きだった前世の身としてはさびしい。頑張って挑戦してるが芳しくない。

早く健康になりたい。

意外と制限の多い体だったが、どうにかこれから生きていこうと考えを切り替えることにした。暗いことばかりだと健康にも悪いしな。

なにより、髪の毛を触っているだけで、この身体はしあわせだった。気がつけば一日過ぎてたこともあった。




この気持ちを歌にしてみた。ああティモテ、ティモテ、ティーモテ   




幸いなことに、目標はすぐ見つかった。この病院の名前は海鳴大学病院だったのである。

インターネットで調べた結果、喫茶翠屋、月村家、聖祥大学付属小学校が検索に引っかかり、アニメ魔法少女リリカルなのはの世界の可能性が高いと判断できた。










まさに、天啓であった。

なのは様は一番最初の前世では想いを寄せながらかなわなかった相手だ。それから、さまざまな転生を繰り返し、直前の前世でアニメとして知っていた彼女である。もうこれはなのは様のいるところへ行くしかない。

数日が経過して、退院して家に帰る。担当医はまだ出張中だが、家のほうが落ち着くからとおとーさんが強引に退院させたらしい。



家の前に立つ。大きな門と純和風のずいぶん立派な屋敷だ。田舎なら町の有力者が住むようなたたずまいで、さすが医者の一族は違うようだ。

自分の部屋に入り服に着替えるが、長い入院で痩せたせいで少し大きく感じる。新しいの買ってもらうかな?

そして、両親に頼んで聖祥大学付属小学校への編入学試験を受けた。当然のようにトップクラスだった。

前の小学校は春休みが始まる前に一度だけ通った。お別れを言うためである。前に通ったのは恐らく二ヶ月も前になると思う。大学病院からはだいぶ離れた場所にあり、当日はおとーさんに車で送ってもらったが、ずいぶん遠い学校を選んだもんだと不思議に思った。

家の教育方針なんだろうか?

見ず知らずのクラスメイトは全員俺に対して敬語で話して、なんだかビクビクしていて、友達らしき子はいないのには不思議に思ったが、先生は普通だったのでおぜう様だからみんな気遅れしてたんだろうと思うことにした。

お別れ会はおおいに盛り上がった。

「いつも寝ている雨宮さんが名門校に入学できるくらい頭良かったなんて知りませんでした」

最後に先生が言ってくれた。そりゃそうだ。中身は仮にも成人だからな当然だ。





春休みが終わり、特に何事もなく過ぎ去り、入学式が始まる。式自体には体調不良で参加できなかった。久しぶりに大勢の人の前に出て気持ち悪くなったのかもしれない。

ひとしきり休んで身体を起こして。ある場所へ向かう。どうしても確認したいことがあるのだ。



クラス発表の掲示板には月村すずか、アリサ・バニングス、高町なのはの名前が書かれていた。




完璧だ。

ここまでで人生の運を使いきった感はあるが、俺はどうやら舞台に上がる資格があったようだ。

(おかしいわね? 違う世界は本当にあるのかしら? )

病院で最初に気がつく前の少女の声が聞こえた。この身体は幻聴がたまに聞こえる。やばい病気なんだろうか?

あれから、この身体の生まれてから記憶が戻る気配はない。周囲には隠しているが記憶喪失のような感じである。誰かに取り憑いているような感じだ。そのため、この娘の優しくしてくれる両親にますます申し訳ない気持ちになるのだった。

女の子であることは、もう悩んでいない。だから、心の中で俺から私に呼称を変えた。とにかく女として生きていくのだと決心する。ただ、髪の重さやスカートで歩くときや首もとの締め付けの違和感には悩まされていた。

細かいことは考えないようにしよう。とにかく焦がれてやまなかったあのなのは様にもう一度逢えるのだから……







「ーーさん、雨宮さん」

誰かかが肩を叩く。考え事をしていて誰かが近くにいたのも気づかなかった。誰だろ? と冷静に考えたが、身体は思いよらない反応をしてしまった。


「きゃああーーーーー」

と悲鳴を上げて飛び跳ねるとそのまま床に尻餅をついた。
う~ん、すでに私は完璧な乙女になりつつある。

「ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなくて…」

上を向くと学校の先生らしき若い女性が申し訳なさそうな顔で見ている。

「いえ、こちらこそ申し訳ありません、学校の廊下で大声出してしまって」

「クスっ …恐がりさんね。今日が初日ですもの。緊張してるみたいね。少し汗もかいてるわ」

「ええ、はい」

言われてみて気づいたが、夏でもないのに襟元は汗で濡れて、心臓の動悸も激しい。頭痛と吐き気もある。原因不明の虚弱体質はこれだから困ったものだ。

首元の締め付けと汗の湿気が気になり、シャツの首元は引っ張るとパタパタし始めた。親父っぽい仕草である。
こういうところで微妙に男が残っているのはご愛敬。

(ああもう、今まで生きてきてリボンなんてつけたことなんてなかったのに、早く慣れないといけないな。女形の道は厳しいな…あれ? この場合、どっちなんだろう? )

手が止まり考え事を始める。



「あらあら、汗拭いてあげるわね」

にこやかに笑顔を浮かべた先生がハンカチを手に私の首もとに手を伸ばしてきた。それに対して私は反射的に先生の手を振り払ってしまった。オートガード発動である。

「あっ…… 」

(しまった。アトランティスの戦士だったときの癖で急所への接触には無条件で反撃してしまうんだよな。それこそ俺の後ろに立つんじゃねぇレベルで、これも危険の中で身に付いた哀しき習性だな。……ふっ、あ、それどころじゃない。先生大丈夫かな? )

おそるおそる顔を上げると、先生は驚いた顔をしたまま固まっている。その後、何か考え込み、急に何かを思い出したような顔をして、涙目になっていた。

ヤヴァイ先生を泣かせちゃった。こんな噂が広まったら私の立場はない。なのは様との百合じゃなかった。バラ色の学校生活が、とにかく何かジョークを言って場を和ませないと …そうだ!

すくっと立ち上がると先生に背中を向けて首だけくるっと先生に向けた。







「俺の後ろに立つんじぇ…あぅ……噛んだ。」

再び驚いた顔をした先生だったが、涙をぬぐうと笑顔見せる。うまくいったようだ。




「ごめんなさい。次は許可をもらうわね、さあ行きましょう、あなたの友達になる子たちが待っているわ、私のクラスの生徒はとってもいい子達なのよ」

先生の背中を追いかけながら、廊下を歩いていると、先生はふと立ち止まり顔をうつむくと背中を向けたまま話しかけた。




「雨宮さん ……さっきは気を使ってくれたのね。ありがとう …優しい子ね。先生に困ったことがあったら何でも相談してね。先生、ちょっとトイレに行ってくるわね」

先生の声はまた涙声だった。

(なんでまた泣くのせんせー)

出てきた先生は化粧は直っていたが、目は赤くうるんだままで、泣いていたことはバレバレである。そして、あっという間に教室の前に着いた。

「じゃあ、ちょっと廊下で待っててね。」

(そんな顔で大丈夫かな)

先生は教室の中に入る。中のやりとりは声は小さいがよく聞こえた。どうやら先生は泣いていたことの生徒につっこまれたようだが、うまく誤魔化したようだ。良かった。いらん誤解を与えるところだった。

「それじゃ今日は新しい友達を紹介するわね。雨宮さん入ってちょうだい」

おおっ緊張してきた。あの金髪はアリサか、紫のすずかもいると 内心は喜びで踊りだしそうだったが、素知らぬ顔で教室の黒板に移動すると皆の前に立つ。そしてふたつに揺れる白いリボンに目が止まった。



(見つけた。ようやく逢えた)

間違いない彼女だ。見つけた瞬間心臓が止まりそうだった。今は逆に鼓動が激しく脈打っている。

(なのは様 …私は女の身ではありますが、あなたに逢うため想いを伝えるために再び御身の元へ参りました。)

「じゃあ雨宮さん自己紹介を、えぇーー、雨宮さんどうしたの? 」

どうやら、私は泣いているらしい。先生はあわてた顔でクラスメイトも困惑しているようだ。

(いけない、いけない、自己紹介ちゃんとせねば)

私は淑女を意識してスカートの両端の裾を両手で掴みバレエダンサーがするように頭を下げ、顔を上げると涙を浮かべながら私は笑顔を作りこう言った。




「はじめてまして、ごきげんよう。私の名前は雨宮希と申します。こうしてみなさまと逢えたことをうれしく思います。これからよろしくお願いしますね 」

どこぞのセレブを意識した挨拶をする。髪が綺麗に波打った気がした。

決まったわ。……ふっ








「…変な娘」

呆れたアリサのツッコミが聞こえた気がした。









オリキャラ人物表


男・・・アトランティスの最終戦士、何かがおかしい。

希・・・小学生ニート、出番は大分先。

カナコ・・・説明キャラ、コイツがいろいろややこしくしてます。出番は少し先。

おかーさん・・・やさしい。

おとーさん・・・出番あまりない。

担任の先生・・・なんか勘違いしてる。


作者コメント

とうとう投稿してしまった。



[27519] 第二話 ファーストコンタクト
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/10/30 12:46
第二話 ファーストコンタクト






学校生活はどちらかと言えば退屈だ。でも、将来のためだ。大きくなったらパパやママみたいになりたい。

すずかとなのはといるのはとても楽しい。仲の良い友達だ。ふたりに出会うまでは周りはくだらない子供だけで、友達なんて考えたこともなかった。

新学期に入って新しい刺激が欲しいところだった。そんなとき、担任の先生が目を赤くして入ってきたときは驚いた。泣いてるところ見たのは初めてみた。

案の定、ほかの子が理由を聞いている。先生は誤魔化してはいたが、泣くような何かあったのは間違いない。その上転校生、何かこれは期待できそうだわ。

入ってきた転校生は何というか目を引く子だった。特に艶やかな黒い髪は膝まで伸びて、量もかなり多い背中から膝までを完全に覆っている。ママが言う大和撫子ってこんなものなのかしら? 気のせいか髪がウネウネしている気がする。
体つきは細くてひ弱そうだ。肌の色は白い。私やすずかより白い。顔は何というか暗い顔をしている。根暗そうな子ねと思っていたのだが、いきなり泣き出して、その後、急に笑顔になってすごくきれいな挨拶をした。

「…変な子」と思わず口にでてしまった。休み時間になっても、その未知の転校生に誰も話しかけられずにいた。


昼休み。

屋上でベンチに腰掛け、それぞれお弁当を広げながら、なのはとすずかに今日の転校生について話す。

「絶対何かあるわよあの子、ウネウネしてたし」

「そうかな? みんなの前で緊張してたんだと思うけど…ウネウネしてたよねぇ」

「……ウネウネ? 」

「そうかもしれないけど、泣きながら笑ってあんな挨拶するなんて普通はできないわよ。結局休み時間に誰もあの子に近づかなかったじゃない。ウネウネしてたし」

「確かに何か話しかけにくい雰囲気だったよね。そう言えば、なんだか急に泣き出したみたいだけど、なんでだろ? ウネウネしてたし」

「う~ん? ウネウネ 」

「ちょっと、なのは、考え込んでないで何か言いなさいよ。ウネ……もうやめましょう」

何か難しい顔をして唸っているなのはにアタシは声をかける。

「ごめん…アリサちゃん」

「どうしたの? なのはちゃん」

「うん、気のせいかもしれないけど、雨宮さん、私を見て泣いたように見えたの 」

「へ? なんでなのはを見て泣くのよ」

「それがわからないから、考えてるんだよ~」

確かになのはを見てから泣くなんて変ね。見た目はどちらかといえば目立たないからほうなのに。

「そうね。でもこればかりは聞いてみないとわからないわね」

「よ~し、じゃあ聞いてみましょう! 」

私はちょっと変わった転校生がなのはに対して何を思ったのか興味がわいてきた。

「え!? でも、何か答えたくないことかもしれないし…」

「何言ってるのよ。とにかくなのはが原因かどうか確かめられればいいでしょ」

「あっ! 雨宮さん、歩いてくるよ。やっぱりウネウネしてるけど」

「ちょうどいいわ」

私はタイミング良く来る噂の転校生をここに呼ぶことにする。

「ウネウネ違った。雨宮~~~こっち~~」

「アリサちゃん~~」

なのはが抗議しているが、無視する。なんだかおもしろくなってきたわ。しかし、私たちは知らないうちにウネウネが伝染しているようだ。気をつけないと。





ーーーーーーーーーーーー





昼休み。私は屋上を歩きながら転校生とはこんなもんなのか考えていた。

転校生とは休み時間にクラスメイトから質問攻めを受けるものだとばかり思っていたが、誰も近づかず私の半径2メートルにはきれいな円が出来ていた。

かといって無視しているわけではなくて、こちらをうかがうような視線はいくつも感じていた。時折目が合うのだが、なぜかみんな目をそらすのだ。

(私何かやったかな? もしかして先生を泣かした危険人物って思われてるのかなぁ)

「ウネウネ違った。雨宮~~こっち~~ 」

私を呼ぶ声がする。ウネウネ? 振り向くと手を振る金髪娘が見える。横にいるのはすずかとなのは様だった。

なのは様っ、心の準備が出来てないのに、いや、これはチャンスだ。この好機を逃すな。ああ、でも見られていると思うと緊張して体が動かねぇ。


三人は訝しげな目で見ている。緊張しながらロボットのように歩き、何とか三人のいる場所に着いた。私は深呼吸して心を落ちつけてアリサの方を見る。

「どうかしましたか? アリサさん」

「あれ? なんでアタシの名前知ってんのよ」

(やべえ、こっちは知ってるけど、アニメで知ってますっていえるわけねぇ)

「じゅ、授業で目立ってましたから」

私はとっさにそう返す。

「そう? まあいいわ。ちょっと聞きたいことがあったのよ。ついでに自己紹介しとくわね。あたしは……」

こうして自己紹介を進めていき、なのは様まで終わったところで、アリサはいきなり直球で質問してきた。

「ねえ? なのはがね、雨宮がなのはを見て泣いたのかも言ってたんだけどどうなの? 」

(うぐぅ、答えにくいことを、だが、ここはあえていくべきだ)






「うん…そうだよ」

私はゆっくりと首を縦に振る。つっこまれることは承知の上だ。

「えっ!? 」
「嘘~~~ 」
「本当にーー 」

三人の声が驚きで重なる。仲がいいですね君たち。普段から練習でもやってるのかね?

「なんでよ? 」

アリサは驚いた顔で聞き返す。

(おのれアリサめ。デリカシーって知ってるのかこいつめ、まあいい、予定より早いが進めさせてもらおう。)

私は同じように驚いた顔をしたなのは様の前に立つ。

「高町なのは様」

「はいっ」

「初めてみたときから運命を感じてました。私の、私の」










「私のお友達になってくださいッ! 」


これが私なりの告白だった。なのは様は驚いた顔をしていたまま止まっている。ほんの数秒の間だったと思うが、その時間は私にはものすごく長く感じた。

やはり運命とかつけなければ良かったかなと思った頃、なのは様の顔を輝かんばかりの笑顔に変わり



「うん、いいよ」

と答えてくれた。

至福の時である。私が女である以上この関係がお互いにとって最良のものだろう。これから長い時間をかけて友情を重ねていくのだ。その最初の一歩である。

私となのは様は見つめあいふたりの世界を共有する。しかし、その世界は長くは続かなかった。金髪のアリサが侵略してきたのだ。

「ちょっと、あたしたちを無視するとは、いい度胸じゃない」

「アリサちゃんやめようよ…」

アリサは不敵な笑顔を浮かべ、すずかはアリサの袖を掴み困った顔をしていた。

「あっ、ごめん…アリサちゃん」

「なのはには言ってないわ。雨宮に言ってるのよ」

挑発するように言っているが、実はすねてるだけだと私は感じていた。意外と寂しがり屋なのはこっちも承知している。私はアリサに近づくと頭を下げた。

「ごめんなさい。アリサさん」

「何よ… 」

アリサもこっちがあやまるとは思っていなかったらしく、驚いたようだった。

「アリサ・バニングスさん。あなたもお友達になってくれませんか? 」

「ふん、なのはの次というのは気に入らないけど、まあいいわ。アンタ見た目と全然違うし。おもしろいわ。よろしくね希」

下の名前で呼んだということは、受け入れてくれたようだ。

「月村すずかさん」
「もちろんあたしも友達だよ。希ちゃん」

すずかの返事は早かった。



「ぐすっ、良かったわね。雨宮さん」

(先生何やってんの、まさかずっとみてた? )

柱の陰から顔を半分だけ出してた先生は涙を拭いながら去っていった。

(あの先生の何がそうさせるんだろう? )





「じゃあ、お昼の続きにしましょ。と言っても私達もう食べ終わってるけど、希、あんたも座わりなさいよ」

「…うん」

そう言うと私はベンチに腰掛け、包みから銀色のパックを取り出した。

「何それ? 」

「何って…私のお弁当」

「そうじゃなくて…なんでそんなのがお昼なわけ? 」

アリサは目を丸くしてる。なのは様も驚いているようだった。

(う~~ん、さすがにお弁当には違和感があるか、ただこの話すると暗くなるし、なんとか、うまく誤魔化す方法は、そうだ! すずかもいるし)

私はこれは名案とばかりに

「実は……血液なの」

笑顔で言った。

「んぐっーーげほっ、げほっ…」

すずかは飲み物を引っかけたようだ。

「大丈夫ッ! すずかちゃん」

「うん、ちょっとむせただけだから」

すずかの反応に私は内心笑いながら、素知らぬ顔で続けた。

「私肌白いでしょ。実は吸血鬼の末裔で定期的に血を飲まないと人を襲ってしまうの。今日はA型よ。少しあっさりしてるけど、これくらいが好きなの……くくくっ」

だめだ笑いが出てしまう。

「何言ってんのよ。希、あんたやっぱり変な娘ね」

アリサは呆れた顔で言った。なのは様の方はまだ理解が追いつかずきょとんとしている。ただ、すずかの方は青ざめた顔で

「あの、ほんとに? 」

(驚いてる驚いてる。さて、そろそろオチをつけないとね)

私は立ち上がるとなのは様の前に立ち、暗い笑顔を演出しながら声をかける。

「だから、なのはちゃん」

「ふえ? 」

なのはちゃんは自分に来るとは思わなかったらしく、無垢な瞳でこちらを見つめる。


「今度はあなたの血を私にちょうだい」

私はなのは様に飛びついた。



「だめぇーーーーー」

すずかの悲鳴が響く。ははっ、もう今頃遅いわ。なのは様は私の餌食になるのだ。








「あっはははは、希ちゃん、くすぐったいよ」

(う~~ん役得役得)

飛びついた瞬間は、あわてて叫んだすずかだったが、なのは様と私のじゃれあいをみるうちにを理解したようで、ほっとため息ついて

「何だ冗談だったんだ」

と苦笑いを浮かべた。






「ーーー楽しそうだね」

男の声が聞こえる。振り向くとメガネをかけた背広を着た20代後半くらいの男が立ってる。

(誰だコイツ? )

「こんにちわ君たち」

「「「「こんにちわ」」」」

「あの、私たちに何か用ですか先生? 」

「いや、楽しそうな声がするから近づいてみただけだよ。お邪魔だったかな? 」

(ああ全く持ってそうだよ。ひとがせっかくスキンシップを楽しんでいるところに来やがって)

私が訝しげな目をするとすずかが耳元で

「西園先生だよ。半年前に来たの。スクールカウンセリングっていうお仕事をしてるんだって、ここの生徒の悩みを聞いてくれるみたい。私も話したことあるけどいい先生だよ」

「ありがとう。月村さん、こんにちわ。希ちゃん」

(私の事知ってる。どういうことだ? )

「先生、どうして今日転校してきた私の名前と顔を知ってるんですか? 」

私は親しげに下の名前で呼ぶこの人に疑問をぶつける。

「えっ? あれ? …そうか、それは僕の職場は海鳴大学病院だからだよ。ここにはお仕事で来てるんだ」

先生は最初は少し困惑したようだったが、自分で勝手に納得してにこやかに答えた。

(大学病院? ああなるほど)

「じゃあ、おとーさんの知り合い」

「そうだよ。君のお父さんは僕の上司さ。お父さんから君のことが心配だから、力になってやってくれと言われているんだ」

(もしかして最初から私目当てか? それにしても、あのおとーさんは心配性だな。まあ、直に頼むくらいだから信頼できる人間だとは思うけど、ここは父親の顔を立ててやるか)

「そうですか。父がいつもお世話になってます」

「丁寧な挨拶ありがとう。雨宮さん、それにしてもう友達ができたのかい? 学校にはすぐなじめそうだね」

「はい、ありがとうございます」

「学校のことで何かあったら、なんでも相談してね。それじゃ失礼するよ」

そう言うと、先生は去っていった。

「ねえ、アンタのパパって、あの病院の? 」

とアリサが聞いてきたので、

「うん、おとーさんはお医者さん、おじーちゃんは病院の偉い人だって」

「へええ~~~」

その後、予鈴が鳴り教室に戻ることになった。

(銀パックは誤魔化せたけど、結局食べ損ねたな。ああそうだ明日からどうしよう? あまり気は進まないけど、おかーさんに頼んでみるか)


ーーーーーーーーーーーーーーーー

放課後

私は一人で帰りながら、普段は重い足も今日は軽い。お弁当、担任の先生とメガネ先生のことは少し気にかかるが、初期目標は達成できたのである。うれしくないはずがない。
次の目標としてジュエルシード事件にどう関わるか計画を立てないといけないけど、しばらくはなのは様との友達ライフを過ごせるのだ。さて何をして遊ぼうか考えるうちに家に着いた。

「ただいまー」

「おかえりなさい。みーちゃん」

優しげな顔をした女性が答える。おかーさんだ。

「ただいま。おかーさん」

母親と慕う演技は現在も継続中である。でも2ヶ月もすると自然に母親を慕うことは出来るから慣れとは恐ろしいものである。

「ふふふっ、なんだかうれしそうね。みーちゃん」

「友達が出来たの。なのはちゃんとアリサちゃんとすずかちゃん」

「そう、転校してもうお友達が出来たのみーちゃんはすごいのね」

「うんっ、今度一緒に遊ぼうって」

(う~ん、実に親子らしい会話だな。私もずいぶん慣れたもんだな。それにしてもみーちゃんか? のぞみだからありだけど、そろそろ名前で呼ぶようにしないと一生言われるような気がする。子供には甘いのに呼び方だけはいくら頼んでも「みーちゃんがかわいいから」言って変えてくれくれないんだよなー。
おとーさんも最初は小さい子を呼ぶみたいに希ちゃん希ちゃんって呼んでたしな。最近は希って呼ぶようになったけど、私はずいぶん甘やかされて育てられたんだろうなー)

まあこんな虚弱体質じゃわからなくもないけど。

「ねえ、おかーさん」

「な~あ~に? 」

何がうれしいのかニコニコしている。

「お願いがあるの」

「言ってみて」

「今日みんなとお弁当食べたんだけど、私だけ変でしょ。だから、明日からお弁当を作ってほしいの」

笑っていたおかーさんが困った顔になる。

「でも、ゼリーとわかめ以外は気持ち悪くなるんでしょ。学校は運動することも多いし、ゼリーとわかめにするんじゃなかったの? 」

「うん、でも私だけ仲間はずれはイヤだもん」

そう、春休みの間でだいぶ改善はしたが、まだ普通の食べ物を受け付けないのだ。味の濃いものや油っぽいものは吐いてしまう。味の薄いあっさりしたものでも油断してると嘔吐感こみ上げる。

唯一普通に食べられるのは飲むゼリーとわかめである。これは前世で主食にしていたこと大きいだろう。ただ、もう一つの主食ジャンクフード系は無理だった。他に食べられそうなものは加工してない果物・生野菜というところか。米とパンもぎりぎり大丈夫だな。

「わかめ、果物、お野菜そのままなら平気、お米とパンもなんとか」

「わかったわ。おかーさんに任せなさい」

母はドンと胸を張った。いい母親である。

「みーちゃん、今日は食べる練習する? 」

「うん…」

私にとって食べることはトレーニングと同等である。体調が悪い日はゼリーにしているが、退院してからは毎日母は食べるものも私だけ別メニューで作り食事日記までつけてくれている。あっさり系がいけるようになったのも母の努力によるものだ。ただ、こってりの壁は厚かった。

(そういえば、目覚めて最初に食ったのって天丼だったよな。よく喰ったなぁ)



作者コメント

オリキャラばかり増えるのは良くないなぁ。







[27519] 外伝 レターオブ・アトランティス・ファイナルウォリアー
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/11/27 11:19
外伝 レターオブ・アトランティス・ファイナルウォリアー




アトランティスの最終戦士 完結編 最終章 

最終話 アトランティスの最終戦士最期の戦い 




本編の幻の0話的な話です。



※ 注意

三人称です。







これは最初の記憶……そして、最期の記憶である。


アトランティス王国 南西 石の塔


そこは戦場だった…

辺りは煙が立ちこめ、血と肉の焼ける匂いと機械特有のオイルの匂い混ざりあい顔をしかめるような不快なモノとなっていた。

周囲に生きているものはいないそう思われていたが、動く影が二つ。


「生きてる? 」


そう最初に発したのは白い服を身に纏った女性だった。その声は凛として力強く、この惨状にあってまだまだ余裕を感じさせた。

「はい、……生きてます 」

そう答えたのは赤い銃を持った黒い服の男だった。その声は気を張ってはいたが、疲労感を滲ませていた。

「そう、…良かった」

女性は安堵してため息をついた。逆に男は不満なようだ。

「良くはありません! どうして戻られたのです。王自ら作戦を反故なさるとはどういうことです!? 」

「だって…あなたのことが心配だったから」

男の非難に女性の声は叱られた子供のように萎んでいく。

男はなんとなくこちらが悪いことしたような感覚になり、かぶりを振ると、ぎこちなく笑顔を浮かべて言った。

「失礼しました。助けてもらいながらこの様な言動…… しかし、あまり時間はありません。すぐにヴィヴィオ様のところへ向かわれてください。なのは様」

「でもここの敵はあなただけじゃ無理だよ。他の部隊の人たち全滅したみたいだし」

「大丈夫です。負傷しましたが軽傷です。これでも致命傷を避けるのは得意なんです。それに、貫通弾のストックもまだあります。戦闘継続に問題ありません。あなたを追撃する敵を一歩もここから通しません」

「それじゃ……せめて一緒に」

心配するなのはの声に男は声を遮り言った。

「こうして話している時間も貴重です。あなたひとりが遅れてどうするのです。フェイト様は狂王スカリエッティを討つためムー帝国首都へ、はやて様も敵機械兵団本隊と、同志ガーゴイルや他のみんなも戦闘機械人達とそれぞれ戦っています。危険のはみんな一緒です。この石の塔の中枢ユニットであるヴィヴィオ様をコントロールから切り離せば、それだけ皆の危険が減るのですから……急いでください!! 」

最初は穏やかだった男の言動が急に険しくなる。

「敵が近づいてる? 」

「はい、なのは様……私を信じてください。私はあなたの敵を斬る剣やあなたを敵から守る盾にはなれないけれど、あなたの剣が存分に力を発揮できるように支える小手でありたいと思ってます。」

男は手を天に掲げると心に秘められた呪文を唱える。







「来たれ、我が黒き外套、赤き銃身ディスティ。我はアトランティス最終戦士ジークフリード、王剣を守る小手なり! 」

先ほどまでボロボロだった男の姿が黒く輝き修復されていく。その姿を見てなのはも安心したようだ。

「うん、無理しちゃだめだよ」

「はい、なのは様この戦いが終わったら、聞いて欲しいことがあるのですがよろしいですか? 」

「わかった。死なないで…」

まだ言いたいことがあるようだっだが、顔を上げて厳しい目をするとなのはは飛行魔法で飛び去っていった。





数刻のち現れたのは数十の機械兵と残忍な笑みを浮かべたメガネをかけた女性だった。


「あら? 誰かいるようね」

「クアットロか。残念ながらここは行き止まりだ」

「ふふふっ、こんなことに警備兵かしら? 雇った覚えはないけれど、あなた程度でこの私の足止めができるかしら」

クアットロは独特の甘ったるい喋り方しながら軽口をたたいたが、足止めできるかどうかと言っているあたり、男を見下しているのは明白であった。

「悪い魔女にさらわれて魔法をかけられた娘を母親が助けに行くのだ。邪魔はさせん! 」

「魔女いうのはあたしのことかしら。そもそもあのふたりは親子じゃないじゃない。おかしなこと言うものね」

「血のつながりがすべてではない。世の中には母が子を疎んじて殺そうとすることもあるのだ。ふたりはお互いを思い合って、そう決めたのだからふたりは親子なのだ」

「母親に包丁で刺された子って誰のことかしら? 」

「ふん…やはり貴様か母をけしかけたのは」

「いやね。私はただかわいい優秀な子供を失って悲しむ母親の背中を押しただけよ……弟が死んだのは血のつながらない兄のせいよってね。」

「弟を暗殺したのも貴様だろう? 母は俺を刺したあと、火にまかれ自殺した。俺の家族の仇も討たせてもらうぞ」

「仇なんてくだらない。もういいわ。戯れ言は聞き飽きたわ、さっさと雑魚を片づけて本命を狩るわよ。さあ、私のかわいいお人形さんたち」

クアットロは手を振り上げ号令をかける。それに合わせて機械兵が銃口を、刃を、男に向ける。

「はははっ…来たのがおまえで良かったよ。仇だけではない。狂王が倒れたら次はおまえがムー帝国を引き継ぐことになると思っていたところさ。おまえはここで死んで行け」

クアットロはへぇと感心したように答える。

「たいしたものね。敵で私が跡継ぎになることに気づいたのはあなたくらいよ」

「たいしたことはない。死んだ弟からの情報さ。おまえの行動は狂王似たところがある。後はおまえの部隊の規模と今までの任務からそうじゃないと推理しただけさ」

「少しは知恵が回るみたいだけれど、私をここで殺すと言うあたり、身の程を知らない馬鹿なのかしら」

「身の程を知らないというのはあってるよ。なんせ王に仕える身でありながら、その王に告白しようしてんだからな。しかも、王にはすでに本命がいるってのに…ということは馬鹿も含まれるな。…くくくっ」

「おしゃべりね。時間を稼ぐつもり? お人形さん早くあの雑魚を……っ!?…何」

クアットロは命令を下そうとしたが、男の魔力が異常に高まっていることに気づいて目を細める。

「残念だったな。時間稼ぎは終わった。おまえを殺すための準備はすでにできている。これでも魔力量だけは多くてね。なのは様に負けないくらいはあるのさ。ただ、一回の放出量が致命的少なくてな。戦闘中は拳銃を撃つくらい威力しか出せないのさ。ただ、その拳銃も何万発分の火薬が炸裂すればこの辺一帯を吹き飛ばせるだろう? 」

「何を……」

さっきまで余裕だったクアットロ顔に焦りの色が見え始めた。逆に男は不敵な笑みを浮かべる。

「ただ、欠点があってね。一度しか使えない上に俺の身体がその放出に耐えられない自爆技ってことなんだ」

「ひぃぃ! 逃げ……「遅い」」

そのとき暗い室内にまばゆい光が満ちた。光は周囲のあらゆるものを飲み込んでゆく。

クアットロ顔は恐怖に歪み、飛行魔法で逃げるが間に合わない。

「王の夢が…私の夢が…」

それが狂王の後を継ぐはずだった魔女の最期だった。



大音響と衝撃と巨大な魔力の放出感じ取り、なのはは振り返る。

「レイジングハート今のは? 」

嫌な予感を感じつつ、なのははレイジングハートにたずねる。

「OK、マスター。S+規模の魔力放出を確認。魔力パターンから使用者は「もういい!」」

なのは悲鳴のような声で遮った。

「大丈夫。彼ならきっと」

自分に言い聞かせるように言うと、しばらく立ち止まりうつむいていたが、顔を上げて再びヴィヴィオのもとへと向かったその顔は涙の跡はあったが迷いはなかった。

「聞いて欲しいことがあるって言ってたもん」



男は満足だった。元々はなのは王を見出した近しい友人という理由だけでここにいて、男は足を引っ張っていることは自覚していた。魔力だけは多かったが、一回放出量が少なくコントロールする才能もなく、体内の魔力を外に展開して維持する事が致命的に苦手だった。
そのため、機関銃のように魔法を撃ち、豊富な魔力量と少ない一回放出量という長所を伸ばし、短所を補い側近のアトランティスの最終戦士の座をつかんだ。
彼は魔力防御の弱い多数の敵に対してはそれなりの成果を出していたが、魔力防御高い敵には通用しなかった。また、連続的な魔力の放出は身体に負担がかかり長時間は無理だった。
戦闘教練や座学も努力したが、ワード、エクセル、パワーポイント等でも秀才の域を出ることはなく周囲と比べると分不相応な地位いるなと思ってはいた。それでも、なぜかなのはの期待は大きくその地位に留まっていた。

今回の戦いにおいても、男の対応できるレベルを越えていた。参加が認められたのは、彼のデバイスのディスティに敵の防御魔法を突破する貫通弾を自動装填する機構が開発され組み込まれたからである。もちろん、AAクラスを越えるような敵には通用しないが、多数の機械兵ならば仲間の中でも有数の働きができた。人的余裕もなかったことも一押しとなった。



暗い闇の中で男は宙に浮かぶような感覚に囚われていた。

(ああ俺は死ぬ……でもまあ、俺にしたら上出来か)

男は薄れゆく意識の中で…

(この想いを告げぬまま逝くのは口惜しい…次があれば、きっと…あなたに)








舞台背景補足



勢力

アトランティス王国・・・なにはが王の国、資源と魔力の資質が高い人材が豊富な国。魔力の高いものが貴族、最も魔力の高いものが王となる、魔力の高さが地位の基準となる国、生まれが庶民でも成り上がることが可能である。ただし王や貴族になるものは自ら先頭に立ち戦うことが求められる。

レムリア都市連合・・・5つの都が合同で評議会をしているはやてが代表の国、王国とは同盟関係にあり、交易で栄えている。ヴォルケンリッターは各都市の代表にして主戦力

ムー帝国・・・スカリエティが王の国、科学技術が発達している。連合の富と王国の資源と人材を狙っている。

ネオアトランティス教団・・・どの勢力にも属さない仮面をかぶった宗教集団。首領ガーゴイルを中心に優れた科学力を背景に一大勢力を作っている。技術盗用でムー帝国を目の敵にしている。この戦争で王国と連合と同盟を結んだ。



人物

なのは・・・アトランティス王国の王様。一般庶民から魔力の高さゆえに王位継承に担がれて、勝ち取り王となる。フェイトとは親友以上の関係。自分を見出してくれたジークには尊敬と友愛の情を持ち、自分のそばに置きたがる。

ジークフリード ・・・両親は代々貴族になれるほどのエリート一家の出自。彼もそれを期待されたが、魔法行使が致命的に下手で、優秀な弟と常に比較されて、一度は社会からドロップアウトして、部屋にこもり芸術と文学に逃避する。家族からお金を無心していたが、勘当され地方へとばされる。その先で一般庶民だったなのはと出会い彼女の才覚に気づき、自らも自分と向き合い覚悟を決めて彼女を王国に連れていき、第三奨学生として推薦する。
その後、王となったなのはに抜擢され、才能はあまりなかったが周りの支援と本人の努力で側近であるアトランティスの最終戦士にのし上がる。ネオアトランティス教団との同盟は彼の功績である。なのはが好きだがフェイトにはかなわないと思っている。自爆魔法で敵ともろとも死亡確認。 

イツキ・・・ジークに代わって、実家の後を継いだ。非常に優秀であったが、ムー帝国の刺客に暗殺される。ムー帝国の内情をかなりの精度で分析していたためと言われている。

その死で母親は心を病んで、兄であるジークを逆恨みして包丁で刺す。その後焼身自殺する。

ヴィヴィオ・・・なのはの跡継ぎ予定? 元々は聖王のクローンで狂王スカリエッティの部下に連れ去られているところ保護され、魔力の高さゆえに王室に預けらた。そこでなのはとフェイトと親子の絆を結ぶ。この戦いの前にさらわれ石の塔に囚われる。当然助けられる。

フェイト・・・なのはとは王位継承権を争いジュエルシードを取り合ったライバル。母親のために頑張るが報われずなのはに破れる。プレシアに捨てられるが、前王のリンディに救われ養子となる。現在は第二王継承権を持ちなのはを支える。なのはとは親友以上の関係であり、側近の男の存在にやきもきしている。プレシアの娘のクローンなのは誰も知らない。

プレシア・・・フェイトを使い王国の算奪をもくろむ。その真の目的は王国に封じられた禁断の門を開き、アルハザードへ至り愛娘を生き返らせることだった。

リンディ・・・なのはの前の王様。プレシアとの対決後、引退してなのはに王位を譲る。現在は孫の世話を焼いている。

クロノ・・・リンディの実子。なのはとフェイトの登場で早々と王位継承をあきらめ、軍の指揮官となり軍を率いる。妻子あり。

狂王スカリエッティ・・・ムー帝国の王。魔力の実力というよりはその知識と科学力で王となった人物。ジークの弟の暗殺、プレシアをそそのかしたり、ヴィヴィオをさらい中枢ユニットにするなど、王国と連合を狙いさまざまなことを企てる。この世界ではフェイトに討ち取られている。

クアットロ・・・スカリエッティの側近。姉妹たちの中でも独自に動き、その謀略と残忍さには定評がある。なのはの側近のジークを脱落させようと母親をけしかけたりもする。実は跡継ぎ候補の筆頭、ジークの自爆魔法で死亡確認

はやて・・・レムリア連合の代表。前代表のグレアムが自らの因縁の闇の書を葬り去るべく生け贄として選んだ少女。なのはとフェイトと関わることで自らの運命に逆らい、闇の書を支配しリインフォースへと転生させ真の主となる。事件後はグレアムを赦しその跡を継ぐ。ヴォルケンリッターは家族。なのはとフェイトとは親友。ジークとは顔見知り程度の関係である。

ユーノ・・・代々王位継承戦の審判をつとめる一族のひとり、ジュエルシードによるなのはとフェイト王位継承戦を取り仕切った。その後は内政官となる。

首領ガーゴイル・・・ネオアトランティス首領。ジークとは旧知の関係で、芸術活動を通じて知り合った。教団との同盟が成立したのはこのふたりの関係が大きな影響与えたのは間違いない。昔は世界征服をたくらむこともあったが、世界の広さを目の当たりにして丸くなり教団の繁栄に尽力することになる。









以上


私にはこのような前世の記憶があります。アトランティス王国最終戦士ジークフリードです。妹も一緒で内政官をしてたイツキです。この名前とアトランティスとかで何か感じた人がいましたら連絡ください。きっとあなたも転生戦士です。戦士階級書いた葉書を送ってください待ってます。

8月に円卓会議を行うのでよろしくお願いします。

議題は第二次ムー帝国残党掃討戦についてです。場所は私の自宅で行います。

合い言葉は「アトランティスに栄光あれ」です。

主宰 アトランティス王国最終戦士 ジークフリード

副主宰 ネオアトランティス首領 ガーゴイル




月刊○ー19○○年○月号より抜粋



[27519] 外伝2 真・ゼロ話
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2012/01/06 18:20
外伝2 本編の真の0話になります




夢を見ている。六畳程のくらいの部屋にふたつの影が座っている。
ひとりは女の子の影だ。背格好からまだ幼い。もうひとつは自分であることはわかる。女の子の影に何かせがまれているようだ。


「ねえ、おにいちゃん何かおはなしして」

「そうだなぁ。ここにある絵本は読んでじゃったし…」

「魔法を使う女の子の絵本は? 」

「あれは続きがまだなんだよ。近いうちにできるからね。次回はえーすの闇の書 覚醒だったかな? 」

「う~ん」

「そうだ。実は…僕には秘密があるんだ。このことは誰にも言ったらだめだよ。」

俺は少しもったいつけて話す。こういうことは前置きが大事なのだ。

「はいっ。誰にも言いません」

女の子は神妙な顔でうなづく。うん、いい感じだ。

「実は僕には生まれる前の記憶があるんだ」

「すご~い。私でもそんな前のこと覚えてないよ」

女の子は感嘆したようだ。子供らしい勘違いで微笑ましい。



「ちょっとちがうんだけどね。絵本の女の子なのは様と最初に出会う物語でね。僕はいや、俺はアトランティスの最終戦士ジークフリードなんだ」




語り始める。

なのは王と共に戦い、未練を残して死ぬアトランティス最終戦士ジークフリードの物語だ。まさに漢の生きざまを体現した話である。だが、女の子にはいまいちだったようで

「死んじゃってかわいそう」

女の子は泣きそうだ。あわててフォローする。

「でもね、ジークは幸せだったんだ。最後の未練はあったけど、王に出会うまではダメな人間で大人になっても働かないで家族からお金をもらっていたんだから。じゃあ、そのときの話もして上げよう」

「は~い」

ーーーーーーーーーーー


ここはある邸宅、アトランティス王国でも名家と言われているも一族の住まいだ。この家の主は代々国の要職に収まっている。テラスに20代前半の男と40代後半の女が話をしている。二人は親子のようだ。

「母上。お金を融通してもらえないか? 」

「いくらほしいの? 」

「金貨10枚ほど」

「何に使うのかしら? 」

「新しい音姫の造形が出たのです。インスピレーションを刺激されまして、芸術家・作家志望としては是非手元に置いておきたいのです」

「まあ、いいわ」

「ありがとう、感謝する母上」

「ねえ、ジークフリードいい加減仕事する気はないの? 」

「えっ? そうですね」

男の煮えきらない態度に、母親はスイッチが入ったようだ。

「あなたねぇ、確かにあなたが魔力は多く生まれてきたのはいいけど、魔法行使が上手くできなくて、家を継げなくなったのは残念よ。
でも、あなたの代わりにイツキが跡を立派に継いでくれたわ。王国の内政官に任命されたんですって、だから、あなたもせめて、イツキが恥をかかないように何か仕事をしなさい」

(また、始まったな母上は、いつも優秀な弟と比較されて、何も思わないわけがないではないか。だからこうして、芸術や執筆にいそしんでいるというのに)

母の説教はまだまだ続く。

「そうだ。あなた魔力だけは多いんだからそれを生かして、ちょうどね、王国の西のウミナリというところでね「母上」」

男は母の言葉を遮り言った。

「俺は肉体労働的なことは向いてません。むしろ、感性を生かして芸術・文学的なこと方が合っていると思うのです。今はお金を融通していただいてますが、必ず大成すると確信してます」

「そうなの? 」

「はい、今少しずつですが結果が出てます。プロではありませんが、とあるアマチュアの大人向け芸術グループで台本を担当してました。身を立てるまでいきませんが報酬もありました。次回作も担当することになってます。他にもいくつか声をかけていただいてます」

「そう、ならいいわ。ただし、結果が出ないようなら、ウミナリに行ってもらいます」

「わかりました、必ずや朗報を持ってまいります」

半年後男は勘当されウミナリに行くことになる。元々芸術や文芸の才能などなかったのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー



ここで話はいったん終わる。俺は女の子に聞く

「どうだった?ありもしない希望にすがる哀れな男の姿がよく現れているとおもうんだけど 」

「よくわかんなかった」

「じゃあ、あれから結局ウミナリに行くことになったジークがなのは様と出会うお話。それとも、自慢の弟が殺された母親が敵国のスパイにそそのかされてジークを刺して自分も自殺する愛憎渦巻く話とどっちがいいかな? 」

「おにいちゃんの話は難しいよ~ 違うお話がいい」

女の子には不評のようだ。気を取り直して違う話にすることにした。

「じゃあ新作行こうか、今日は加藤の話をしよう」

「やった~あか~だるま~ 」

ーーーーーーーーーーーーーーーー

ここで目が覚める。ずいぶん懐かしい夢を見たもんだ。夢の女の子は誰だろう? 影だったからはっきりとはわからない。

それにしてもネタのチョイスが微妙だな。子供向けじゃない気がする。

昨日は遅くまで新作作ってたから、まだまだ眠い。しかし、そろそろ昼だ、起きないと、ダメ人間まっしぐらだ。 ……もう手遅れかもしれないけどな。

俺はふと今までの奇妙な人生を振り返る。



転生という言葉がある。いい言葉だ。
前世の知識が詰まってる。

俺は転生者。
しかも何度も繰り返している。最初の前世はアトランティス王国の最終戦士ジークフリードで王の側近だった。王国の命運を賭けた戦いで敵国の王の後継者を討ち取りながら、戦死するという凄絶な最後を迎えている。さらに他の前世では「柳生の最終兵器」と呼ばれたり、「ドイツの撃墜王」あるいは「赤達磨」と歴戦をくぐっている。




ウィキペギアで見てそう確信している。

























……すいません嘘です調子こきました。


実際の前世はごく一般の日本家庭で、好きなことの物覚えは良かったものの、子供の頃は弟と比較され劣等感の塊の人生だった。最後なんか思い出したくもない。包丁と灯油は今でもトラウマだ。母親が包丁持ってると不安になる。

今回は強くてニューゲームで前世の鬱憤を晴らそうと子供の頃から優越感に浸りまくって、前より性格も明るく快活になった。ええ、自信だけはつきましたよ。

ただ、いいことだけではなかった。年の割に可愛げのない、察しの良すぎる子供は浮いてしまう。特に母親は少々神経質なところがあり、表では神童と自慢していたが、陰では気味悪がっていた。もっと子供らしくするべきだと思ったときには遅かった。でも、大人になれば大丈夫だろうとそのときは気楽に考えていた。

中学でも我が世の春を謳歌した。調子に乗って生徒会入ったり演劇部入ったりリア充に邁進していた。だが、女性とつきあったこともなかったから高校の初めての彼女で失敗。そのショックで成績下がって母からガミガミ、やる気なくしてガミガミのデススパイラルだった。
それから、大学は中退したせいでえらい目にあった。包丁怖い包丁怖いである。その後は引きこもったというかそうしても大丈夫な仕事をしている。こんなでも一応自立している。

そろそろ起きるか。俺はのっそり身体を起こして、洗面所に立つ。鏡を見る。頭部を見てため息をつく。

あきらめないぞ俺は。特殊な薬剤を頭皮にペタペタとつける。

すると誰かが後ろから近づいてくるようだ。

「俺の後ろに立つんじゃねぇ、死にたいのか? 」

「はいはい、ごめんなさい」

よく知っている顔だ。久しぶりに見る。

髪は肩に触れるくらいの長さで最近の若者らしく茶色く染めている。服装は白いブラウスと新しい紺色のスーツの組み合わせで清潔感がありオフィスレディな雰囲気だ。顔は身内からみても可愛い部類に入ると思うが、気が強いのが珠にキズだ。まあそこがいいという男もいるだろう。

「おはよう。イツキ君」

「おはよう、じゃない兄貴もう昼過ぎだよ。いい加減働きなよ」

「それが久しぶりに会った兄に対する最初にかける言葉か? 昔は可愛かったのに、絵本とか読んでやったろ」

「昔は昔、今は今よ。感謝してるけど。何年も平日の昼間に部屋に籠もっているんだから、そう言いたくもなります」

「ところで何でいるんだ? 大学はどうした? 」

「帰ってきたの。教育実習。地元の小学校へ行くの。お母さんから聞いてない? 」

「あいつがそんなこと俺に教えるもんか。そういや親父から聞いた。イツキ君帰ってくるって」

「兄貴ぃ、イツキ君はやめて! 私は妹」

妹は嫌な顔をする。最近はこの呼び方を許してくれない。俺はささいな反撃を試みる。

「いいじゃないか。どうせおまえとは前世から兄弟のつきあいなんだ。弟じゃなくて、妹が生まれて名前が呼び方が一緒で「斎」になったときは運命を感じたもんさ」

はぁーーーと斎はため息をついた。逆効果だったようだ。

「いい加減にして、その前世とか電波発言」

「なにおーーー だいたいな前世じゃ子供の頃から優秀なおまえと比較されて肩身が狭い思いをしたんだ。しかも、おまえが殺されたせいで前世の母さん心を病んで、俺を包丁で刺したあげく灯油まいて心中しようとしたんだぞ」

「それ、笑えないから」

斎は急に真顔になる。ちょっと選択をミスった。リアリティがありすぎた。俺は話題の軌道修正をしてみる。

「でも、斎君はアトランティス王国の内政官まで勤めたのに、ムー帝国の野望に気づいたせいで暗殺者にナイフで刺されて死んでしまうんだよな」

「なによ。その具体的で不吉な設定。脳沸いてんじゃないの? 」

「失礼なこというな。おまえだって昔は俺を受け入れてくれて弟役につきあってくれたじゃないか?
それに、一緒に葉書を書いて募集かけたろ転生戦士? 」

斎は俺の口元に手のひらを当てて、これ以上しゃべらないようにする。

「それはやめて。子供の頃でしょ。純真だったの無垢だったの。今は封印したの! 」

斉は早口でまくし立てる。

「人集めて楽しかったよな? 」

「怖かったわよお。だいたい、なんであんなに人が集まるのよ? しかも、大人ばっかりで大きな目の仮面つけた変な人もいたし」

「ガーゴイルさんを悪く言うな。あの人ほんとは偉いんだぞ。それに、おまえだって、幼いながらも楽しんだから、お互い様だろぉ~」

俺はわざと甘えるように言う。

「いやらしい言い方しないで。兄貴の変態。そういえば、お母さんから聞いたんだけど、自分の部屋に小さい女の子を連れ込んでるって、ホントなの? 」

「人を犯罪者みたいに、まったくあの母親はあることないことをベラベラと」

「私は兄貴を信じてるけど、世間的には、ほらっ、親御さんだって心配してるだろうし」

斎の言い方にしては珍しくオブラートに包んで言っている。自分が子供の頃みたいに絵本とかお話をしてくれていると信じているんだろう。

「やましいことはないよ。6歳くらいの女の子だぞ。それに親公認だしな。おまえだって、その子に会っているぞ」

「えっ、そうなの? 覚えてないよ」

誤解したままの斎にちゃんと説明することにした。

「俺の部屋の窓、隣の家の窓に近いだろ? 小林さんって覚えてないか? 普段はカーテンしてんだけど、隣から大人の言い争う声と子供の泣き声がして、あんまり、うるさかったもんだから」

「だから…」

「子供の前で、夫婦喧嘩してんじゃね~教育に悪いだろうがこのヤローって大声で言った」

俺はドヤ顔で言った。

「ははは…… はぁ~」

斎はなぜか乾いた笑いとため息をついた。

「あの後、向こうも反省したらしくてな。しばらく夫婦喧嘩は止んだんだ。それ以来そこの家の女の子が窓から遊びにくるようになってな。なんか俺を尊敬したみたいで。まあ親も俺の部屋カーテン開けとけば隣の家からよく見えるからな。心配ないと思ったんだろ。意外と気さくで娘思いで優しかったぞあそこの奥さん。それから、絵本読んだりお話したりしたんだよ。ちょっと変わった子でさ、飽きっぽくってな同じ話は嫌がるんだよ。そのおかげでいろんな話をすることになってな。おれの演技力はますます磨かれていったのさ」

「何の役にも立たないけどね。でもさ、本当に上手いから劇団員くらいにはなれるんじゃない? 」

「いまさらだよイツキ君。たださ、ある時クマの人形使ってやったね○○ちゃんって言ったら、小林さんの奥さん血相変えて飛び込んで来て、俺を投げ飛ばしたんだけど、あれは何だっだんろう? いや~世界が一回転するなんて初めてだったよ」

「それは兄貴が悪いよ、いくら仲の良いお隣さんでも…」

斎は真面目な顔で答える。

「なんで? 」

「その言葉はね。ちいさい女の子にとっては呪いなの。言ってはいけないことばなの。こっくりさんとか花子さんとかそう言うたぐいなの。ダメだからね。…後悔するから」

「…わかった」

斎の深刻な表情に俺も頷いてしまう。どうやら世界には俺の知らないタブーが存在するようだ。

「話は元に戻るけど、その後も2年くらいつきあいは続いたんだけど、最近引っ越ししてな。結局あの夫婦離婚したらしい。駆け落ち同然に結婚したって聞いてのに、現実を思い知っていやな話だよなぁ~」

「そうなんだ。私もちょっとイヤだな離婚なんて、ウチは仲いいもんね。おとうさんとおかあさん」

斎はそう言って同意を求めてきた。

「そうだよな~ あんな神経質なかーちゃんにずぼらものぐさを絵に描いたような親父が結婚したなんて信じられないよな」

「ひどいこと言うね。ふたりが聞いたら怒るよ」

「これくらいの憎まれ口は聞いてもいいだろ。なんせ子供ときから苦労させられたぜ。カーチャンはいつもピリピリしてたし、親父はそんなカーチャンに無関心だしよ」



「ねぇ?おにいちゃん、今の話で思い出したんだけど」

斎は急に優しげな声に変わる。視線もなんだか柔らかい感じがする。

「何だよ、急に昔の呼び方なんかして」

斎はいつのころか意識して兄貴という言葉を使っている。だから、急に呼ばれると戸惑ってしまう。

「私さ、おにいちゃんを尊敬してたんだよ。子供の頃よく一緒に遊んでくれたよね。おにいちゃんは今考えてもちょっと信じられない大人でさ、頭も良くて、絵本とか作ってくれたりさ、お話とか、子供のときにはわからないものも多かったけど、アトランティスの戦士とか話し方も演技も上手くて本当にあったことみたいだった。ときどき信じられないことして怖かったけど、それも含めて私はおにいちゃんと遊ぶのが世界で一番楽しかった」

斎は穏やかな顔で俺との思い出を語る。なんかしんみりとした空気だ。俺は何かくすぐったくなってきた。

「なあ、あの絵本完成してるぞ。読んでやろうか? 」

斎は首を振る。

「魔法使いの女の子だっけ? いいよ、読むのは今じゃない気がするんだ。」

「それから、昔送った葉書が乗った雑誌が「それはやめて」」

途中で遮られる。せっかく掲載されたのに、冷たい奴だ。斎はどこか遠くを見つめながら続ける。

「おにいちゃんが高校上がって彼女ができたとき、私悲しかった大事なもの取られたみたいでさ、だから呼び方を兄貴にして関係を変えようと思って、でも結局、その彼女にふられて…って、兄貴どうしたの? 」

「その話はやめろー心が、心が痛い」

心臓を押さえて悶える俺。斎はやれやれと言った顔で

「兄貴は女に幻想持ちすぎ、女は現実的でシビアなの、お隣さんの話はさすがに気分悪いけど」

「お、おまえはどうなんだよ。彼氏とか…おにいちゃんは許しませんよ」

「私は別にいないけど、作らないだけだもの。大学とか忙しいし」

「うんうん」

俺は満足そうにうなずく。今でも妹としての自覚があって可愛いもんだ。そんな俺に斎は不満そうな顔で反論する。

「なんでうれしそうなのよ。本当なんだから」

「やはり妹は兄貴が心配で彼氏を作れないんだな。でもあんまり遅いとおにいちゃんは心配だぞ」

「もうっ! 勝手言ってなさいよ。それから、ちゃんと働きなさいよ」

「心配すんな。これでも、売れっ子なんだ。家にお金だって入れてる」

「何の仕事なんだか。それじゃ兄貴行ってきます」

そう言って斎は去っていく。俺はその背中を目で追いながら、そっとつぶやく

「頑張れ斎! 良い先生になれよ。おまえの夢だったもんな」


ーーーーーーーーーーーーーーー

数年後

そしておれは再び死のうとしていた。

出かけてた先でトラックが突っ込んできて、子供たちを助けて自分はひかれてしまったのだ。

(ああ、なんてこったお約束にもほどがある。このままじゃ神様か死神に異世界に召還されてしまう。まさかね、でも二度あることはとか言うし、それにしても痛い。めっさ痛い)

二度目の死だが、今回は痛くても余裕がある。前回はそれどころじゃなかった、熱いし痛いし、俺は残される家族のことを思った。

前世の知識のおかげで今回は親に経済的な負担を与えなかったのはよかった。しかし、あの母親とは最後までわかりあえなかったな。絶対俺が死んでせいせいしているはずだ。ちょっと悔しい、どうも俺は母親とは相性が悪いらしい。まあいいか、今回は期待に応えられなかった俺も悪いしな、こっちのことは許してやろうじゃないか。

斎にはごめんとしか言えないな。今ここにいたら怒られそうだ。逆に泣くかもしれないけど、泣かせるのは忍びないな、だからやっぱごめん。それから、おにいちゃんの仕事知ったらきっと驚くな。

親父? なんかあったけ? うそうそ冗談だよ。一番の理解者だよ親父はさ。ただの放任かもしれないけど、何も言わずにいてくれてありがとう。俺の金大事に使ってくれよ。

家族にそれぞれ別れを告げると、最後に今生を振り返る。不満はそれなりにあるけど、前世で満たされなったことを多く満たしたのだから良しとしよう。
ただ、誰かと結ばれてその先に行きたかったのは贅沢だろうか?

俺が最後の最後で考えたのは

(俺のカッコいい死に方がニュースで報道されるといいなぁ。それから、俺の魂のHDDどうしよ? あの日記とか見られたら死ぬ。あっ、これから死ぬんだっけ、まあパスワードかけたから大丈夫か俺以外にはわからないだろうし)

というくだらないことだった。

ここで意識は途絶える。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー

とある部屋の一室

私は倦怠感のまま、ベットに横になっています。テレビはついたままです、うるさくてうっとうしいのですが、疲れて消す気にもならなりません。

「ニュースの時間です。今日午後4時頃、帰宅中の小学生の一団にトラックが突っ込みました。」

どこにでも不幸転がっているものです、気が重くなります。

「幸い小学生は軽傷ですみましたが…」

(よかった。)

「近くにいた○○市○○の無職○○さん○○才が小学生を避難させた後、巻き込まれ、病院運ばれましたがまもなく死亡しました。」

(えっ!? …今なんて言ったの?)

私は飛び起きて、テレビを食い入るように見ます。テレビに写し出されたのは前が潰れたトラックと血の跡。そして、見間違うはずがない顔の写った写真でした。

「うそ、おにいちゃん」

私の心は絶望で染まっていきます。




作者コメント

多くの感想ありがとうございます。レスはのちほどします。誤字脱字チェックも後になるかと思います。

話の贅肉は多いダイエット足りない。要点だけしっかりとしたスタリッシュな話にしたいのですが上手くいきませんね。
斎ちゃん出番あるといいね。兄弟の掛け合い書いてて意外に楽しかった。



[27519] 第三話 好感度イベント 三連投
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/25 18:56
第三話 好感度イベント


※ 三本立てです




〈 好感度イベントなのは なのは様と呼んで 〉




お昼休み

お昼ご飯は食べようと、なのは様のところに行こうとしたら、先生に呼ばれた。

「雨宮さん」

「はいっ。先生」

「先生とお弁当たべない? 」

「と、友達と約束してるので」

「そう」

先生はしゅんとうなだれた。すごく残念そうだ。

(苦手だなあの先生。なんか寒気とか感じるし)








今日はちゃんとお弁当を用意してもらった。今日は体育もないので、余裕もある。

「今日は普通のお弁当なのね。」

(蒸し返さないでよ~)

「普段はこれだよ」

(本当は今日からなんだけどさ)

さらりと嘘ついて、心の中でつっこみを入れながら、お弁当を広げる。中身はイチゴとオレンジ、野菜サンドだった。

わかめがない。ガックリ。


「へぇー きれいね」

「そう? 」

(さすが、おかーさん注文通り。わかめないけど)

みんなそれぞれお弁当をひろげ食べ始める。三人とも育ち盛りを意識してか高カロリーなものが多い。

「そういえば、希ちゃんって普段何してるの? 」

すずかが何気なく聞いてくる。

(えっ…そういえば、この身体になってから、学校調べるのにPC検索を少ししたくらいでだけど、この体のせいか上手く使えないんだよな。
タイピングソフトもいろんなタイプクリアしたはずが、手が全然覚えてないし。それに、前はいろんなソフト使ってたはずなのに、使い方すらわからん。
あとはひとりでは何もしてない。
うちの親けっこうかまってきて、なんでも一緒にやりたがるからなー。
深夜アニメ一緒にみたときは隣が気になって、全然おぼえてないよ)

「アニメとかドラマをおかーさんと見てる」

いろいろ考えたが無難な答えにする。

「ふ~んアニメはわかるけど、ドラマって何をみてるの? 」

「白い巨○」

「うわっ …さすが医者の娘ね。」

(わかるのかよッ。違う世界だけど、ここにもあるんだな~と感心したもんだけど)

「難しいのをみるんだねぇ~ でも原作の作家さんは好きだよ」

「これおとーさんがモデルだって、病院の人はもっとえげつなかったって言ってたよ。今は丸くなったらしいけど」

「どんなパパなのか聞くのが怖くなったわ。でも、将来の参考になりそうね。」

アリサは少し興味があるようだ。ウチのおとーさんは財○教授を地でいく、権力志向の強い人らしい。その代わり忙しくてあんまり帰ってこない。

おじーちゃんはさらに特殊で一度だけ会った。ただの孫馬鹿だったけど、髭の感触を思い出すと寒気がする。
いくら孫とはいえ拷問だ。そういえば聖祥大学付属小学校に入ることを伝えると理事長とは知り合いだから任せておけと言っていた。
ただアイツは話を大げさにしたがるからなと悪口も言っていた。

そこからは長話である。じじいの武勇伝で、眠くなる話だ。ホントか嘘かもわからないが、嘘の部分が多いはずだ。
マッカーサーと一騎打ちをしたとか、ワシが3人いれば日本は戦争に勝っていたなんて、理事長のことをとやかく言えない気がする。しかし、体格はすごく良くて今でも筋肉質だ。

ただものとは思えないところはある。

「おじーちゃんはぶとーをやってるの?」

と聞いたら、コレは内緒の話だよ。もったいつけてた上で
無斗論式という拳法を体得していると教えてくれた。『神鳥撃』と呼ばれる空中から急所に向かって体当たりを仕掛けたり、 『禁断の秘奥義 神詞』と呼ばれる全エネルギーを声に集中して相手を共振させて破壊する技とか冗談としか思えない。ただ、若い頃の写真を見せてもらったときの感想はシルエットが流線型でどことなくヤツに似ている気がする。

そのとき一緒に写っていたのが後のおばーちゃんだった。小柄で可愛らしく、とてもそうは見えないが、当時は珍しい武道娘らしく、相手の動きを読んで相手の力の向きを反らす柔良く剛を制すを体現した人だったらしい。実際おじーちゃんは生涯一度しか勝ったことがないと言っていた。

そのおばーちゃんは若くして病気で亡くなり、後に連れ子のいる人を新しい奥さんに迎えたらしいが、その人も結婚して数年で亡くなりそのあとはずっと独身らしい。寂しそうに言っていた。 

思考が横に逸れたな。


「みんなはどうなの? 」

「じゃああたしからね。あたしは習い事と塾でいっぱいだけど、テレビゲームとか好きよ」

「どんなゲームが好き? 」

「なんでもやるけど、RPGとか最近が好きね」

「ウィザー○リィとか○ーグとかウ○ティマみたいなやつ? 」

「何よそれ? 聞いたことないわ」

「三大古典。知らないならいい」

さすがに世代が違うか? いやそもそもこの世界に存在しないのかもしれない。記憶の欠陥で映像は思い出せないが、私も前世で多くのRPGをクリアしてきた。アリサと話が合いそうだ。

私は気を取り直して、次はすずかに聞く

「じゃあ、すずかちゃんは? 」

「私も習い事と塾で忙しいけど、本を読むのが好きかな。どんな本でも読むよ」

「最近注目してる作家さんは? 」

「デビューして五年で死んじゃった作家さん。さっき話してたドラマの原作者だよ。五年のあいだにいろんなジャンルの本を出したみたい。執筆スピードがものすごく早くてね。月に何冊も出したことがあるんだって、でも途中のが結構あったのに死んじゃってファンとしては悲しいよ」

「おもしろかった本は? 」

「えっ! ……その、ないしょ」

なぜかすずかは真っ赤だ。どんな本か気になるな。まあいい、次は本命のなのは様だ。

「なのはちゃんは? 」

「私は特に何も、塾は行ってるけど始まったばかりだし、得意なこととかないし」

なのは様は自信なさげに答える。

「ま~た始まった。なのは、何でアンタそんな自信ないわけ? 」

「だってアリサちゃんもすずかちゃんも、将来のこととかちゃんと見つけてるし…」

(そうか、まだ魔法に目覚める前だから…)

「将来ねぇ、アンタ、喫茶翠屋の二代目じゃないの? 」

「それも、将来のビジョンの一つではあるんだけど、やりたいことが何なのか、はっきりわからないんだよ」

なのは様は迷っているようだ。そういえば、この話どっかで聞いたような気がする。

「アタシはなのはを認めてるの。だいたい理数系の成績ははアタシより上だし、それだけじゃなくて、アンタがそんなんじゃ ……立場ないじゃない。」

「私もなのはちゃんはすごいと思ってるんだよ? あのときだって…  」

自信なさげななのはを、アリサとすずかはそれぞれ励ます。

「希ちゃんだって、最初になのはちゃんにお友達になってって、言ってくれたじゃない? 」

「そうよ、アタシをさしおいてね。自信もちなさいよ」

「うん、なんでわたしが最初だったの希ちゃん? 泣いてたし? 」

なのは様は首をかしげて、こっちをみる。

「えっ、それは… 」

(う、何て答えよう? 生まれる前から好きでしたなんて言うわけに行かないしな。最初会ったとき泣いてた理由もお友達になってくださいで、済んだと思ったんだけど。よしっ、ここは魔法的なことと夢見る少女的な何かを混ぜてみよう)

私は考えをまとめると静かに語り出す。

「私ね、よく見る夢があるの」

「夢? 」

「うん、とっても強い女の人、白い服を着て赤い宝石の付いた金の杖を持って、空を飛んでるの。その人は鉄砲とか刃物を持ったたくさんの機械の人形と戦っているんだけど、杖をふるうたびに滝のような桜色の光が敵をどんどん倒していくの。敵の攻撃はその人の桜色の魔法陣にはじかれてちっとも届かない。夢のなかでは私はその人の部下なんだけど、見とれてしまって全然うごけないの。そして、戦いが終わって、その人が私に近づいてきて満面の笑みでこう言うの」











「ちょっと頭冷やそっか? 」







「「あたま? 」」
「なんでよっー 」
なのは様とすずかは首をかしげ、アリサはつっこむが気にせず続ける。

「その夢何度も見るんだけど、最後台詞だけね変わるの。おはなししようとか全力全開とか悪魔でいいよとか。なのはちゃんを初めてみたときね。あの女のひとはきっとこの人だって、やっとおはなしできるんだって、そして、これは運命だって思ったの。だからつい泣いちゃったんだ」

夢自体は作り話でおおげさに言っている部分はあるが、そこに込められた気持ちは本物だ。

「そんなのって…」 

なのは様は顔が真っ赤だ。かわいいなちくしょう。

「なんかちょっと変なとこあったけど、ロマンチックね~」
すずかは女の子らしいコメント

「やっぱり、アンタって、ちょっと」
アリサはブツブツ何か言っている。ちょっとなんだよ?

「でもでも、私そんなにかっこ良くないよ~ 普通の女の子だよ」

なのは様は照れた顔のまま、首をぶんぶん振って否定する。私はそんななのは様をますます可愛いなと思いながら

「いいの私が勝手に思ってるだけだから、それになのはちゃんはきっと勇気があってとっても優しい女の子、そうでしょう? アリサちゃんすずかちゃん」

私は半ば確信しているような言い方でふたりに同意を求める。

「「えっ!? 」」

アリサとすずかは驚いたようだっだが、しばらくするとうんうんと頷いた。

周りの過剰なまでの持ち上げっぷりに、なのは様は耳まで赤くしてうつむいた。実に良い顔だ。なんか軽い興奮というか、胸の高まりを感じる。私はその気持ちが命ずるままにあるお願いを口にする。

「なのはちゃん」

「うん… 」
 
なのは様は顔をあげる。まだ赤い。










「ときどき、なのは様ってよんでいい? 」

「え? ええええーーーー」

なのは様は声を上げた。



結局良い返事はもらえなかった。う~ん残念こちらとしては昔の呼び方を許してもらいたいけど、まあいい、あせらず行こう。





〈 好感度イベント アリサ フラグと金髪縦ロール 〉




 
次の日の昼休み、四人揃ってお弁当だ。話の先導役はだいたいアリサがやっている。

「そういえばアンタ、頭いいって聞いたけど、本当なの? 」

「えっ? 編入試験は良かったみたいだけど」

見た目は子供だが、頭脳は大人、名探偵である。行く先々で人が死んだりしないけど、私は理数系はやや苦手だがその他はバッチリである。ただ、記憶の欠陥のせいで抜けている部分はある。それでも、小学三年くらいなら相手にならなかった。

「全部満点だって聞いたよ。編入試験じゃなかなかいないみたいだよこの点数」

すずかが補足してくれる、よく知っているなぁ。

「へ~やるじゃない。塾とか行ってるの? 」

アリサの負けず嫌いな部分を刺激したらしい。探りをいれてきた。

「行ってない、私ちょっと体弱いから」

なんせ入院してたし、それどころじゃなかったはず、でも家の状況から家庭教師くらいは雇っていたかもしれない。

「それで、満点って …今度のテストで勝負しなさいよ」

アリサから勝負を挑まれてしまった。
こういうの好きそうなアリサとはこれから同じような場面が何度も出てくるかもしれない。
こっちも楽しんでやらないとな。
友達のテスト勝負は前世でもよくやった。中学までは無敵で、よく言われたのが「なんで勉強しないくせにトップなんだよ納得いかね~」だった。
そうだな、アリサくらいになると抜かれるのも早そうだから今のうちに自分のプライドを満足させておくか。

私はアリサを軽く挑発することにした。イメージは高飛車で高慢で自信たっぷりなお嬢様風で行こう。髪型は金髪縦ロールだ。

「いいわ。アリサさん。結果はわかりきっているけど、受けて差し上げますわ。オーホッホッホッホ」

顎を上げて口元に手を当てるのがポイントだ。挑発が効いたのか、アリサは眉をつり上げてピクピクさせている。まだ押さえることはできているようだ。

「へぇ~、結果はわかりきってるってどっちが勝つのよ? 」

「わ・た・し」

「上等だわ。今に見てなさい。吠え面かかせてやるから」

「アリサさん。あなたのそのセリフは負けフラグです。しかもテンプレートです。まあ先ほどの私のセリフもそれに近いのですが」

「なによそれ。アンタ何言ってるの? 」

「そのセリフを言うと結果が確定してしまうの。結構当たってるよ。特に命かかっている場面では、注意しないとね」

「あっ、私わかった。戦いに行く前は、幼なじみと結婚の約束とかしちゃダメって聞いたことがあるよ」

思わぬところから援護があったすずかだ。

「そう、だからさっきの場面ではこう言うの『勝負はやってみないとわからないよ。お互い全力で行こうね』って言っておけば、まず負けることはないよ」

「へぇーそうなんだ。何か分かる気がするよ。お互いに力を出し切るって大事だよね」

「なのはまで… 」

なのは様は感心してくれる。さすが熱いハートの持ち主。

すずかとなのは様の同意でアリサも揺れているようだ。もう一押しか。



「アリサさん。結果はわかりきっているけど、受けて差し上げますわ。オーホッホッホッホ」

私は先ほどのセリフを繰り返す。そして、アリサを見つめる。さあさあと訴える。

アリサは一度こちらを強く睨むと、目をつぶりため息をつく。

「わかったわよ。勝負はやってみないとわからないわ。お互い全力を出しましょ」

アリサは言ってくれた。やった。ある意味勝った。

すずかとなのは様は首をかしげている。

どうしたんだろ? すずかが話しかけてきた。

「ねぇ、希ちゃん。今見間違いかもしれないんだけど、希ちゃんの髪が金色に染まって縦ロールになったように見えたんだけど気のせいかな? 」

「えっ、すずかちゃんもそうなんだ」

どうやら、私の演技力のレベルは相当高いらしい、ふたりに私のイメージ通りの髪型の幻覚をみせるくらいには、自信を持っていいかもしれない。









後日テストがあったがふたりとも100点で引き分けだった。やるなアリサ。




〈 好感度イベント すずか 図書館は危険がいっぱい 〉


※ ちょい百合風味





放課後

図書館に来てる。すずかに誘われた。棚の本を見ていることろだ。今日は静かで誰もいない。
アリサは習い事でキャンセル。なのは様は来る予定だったが、用事が入り、すずかとふたりっきりであった。

すずかとふたりはどうかなと思ったが、さすがに私も断るのは悪い、仲良くしておくのも長いつきあいになるから、無駄にはならないだろうと考えつきあうことにした。

誰もいないので、すずかとおしゃべりすることにする。

「すずかちゃんはどんな本でも読むって言ってたよね。じゃあ好きなジャンルはないのかな? 」

「童話が好きかな」

ありきたりだな。少し攻めてみようか。ちょっと小学生向けじゃないかもしれないけど、私はきわどい質問をしてみる。

「男と男の恋愛物語とかどう? 」

「えっ ……興味はあるけど… 」

すずかは顔が赤い。ほう資質ありか。案外こないだ聞いた内緒の本はBLモノかもしれないな。鬼畜なメガネさんとかいいかもしれない。どんなのか忘れたけど、すずかは今度は私に聞いてきた。

「希ちゃんは本は読むの? 」

「うん… ジャンルは特にないけど、白い巨○の原作ちょっと読んでみたいな」

これは前世にもあったからどんな内容か興味がある。

「大人向けだからさすがにここにはないよ。市立図書館にはあると思うけど、今人気だから借りられてると思うよ」

「そう、残念違うのにするよ。すずかちゃんは今日は何を借りにきたの? 」

「この間借りた本の続き。場所はもうわかってるの。ちょっと高いところにあって取りにくいところにあるんだよ」

すずかは小さな梯子を持ってくると、本棚の前に置き慣れた様子で登る。上の段のハードカバーの本に手をかけるが固くて取り出せないようだ。

少し危ないな。

「すずかちゃん、梯子支えようか? そのままじゃ力入らないでしょ」

「うん、ごめんね~ 希ちゃん。お願い」

私はすずかの背後に回り、梯子を強く握って足を踏んばる。すずかはもう少しで取り出せそうだ。

「う~ん、もうちょっと。取れた…きゃあああ」

すずかの悲鳴と一緒にハードカバーの本が降ってくる。
そこからは一瞬の出来事だった。すずかは素早い反射神経で私に本が当たらないように本をつかむが、今度は自分がバランスを崩して梯子から落ちる。
私は反応できず背中から落ちてくるすずかを受け止める形になるが、勢いついてそのまま後ずさり、反対側の本棚に背中をぶつけてた。そして、すずかの後頭部が鼻に当たり尻餅ついてようやく止まった。

ちょうど私がすずかをうしろから抱きしめる姿勢になる。

「痛たた……希ちゃん、大丈夫」

「大丈夫。ずかちゃん。鼻打ったけど、大したことないよ」

「ケガしてない? 」

うう、鼻打った。すぐ近くにすずかの後頭部が見える。すずかは私を心配して、すぐに振り返りこちらを見る。そして目が合った。









…近い。近すぎ。

すずかの息が頬に直接感じられる距離だ。それになんだか鼻に違和感を感じる。何か垂れているような。

鼻血出た。決してすずかに興奮したわけではない。先ほどのすずかの後頭部のヘッドアタックで血管が切れたようだ。格好悪いなぁ……アレ?

すずかの様子がおかしい。まだ顔近いしなんだか、目が赤いしうるんでるし、頬も赤らんでる。すずかは私の目を見てない。視線の先は鼻、あのもしかして…

動く間もなく、すずかは両手で頬を掴むと、唇が私の鼻の出血部分に触れる。








誰もいない図書館、あたりは夕暮れて黄金に染まっている。寄り添うように伸びた長い影が少しだけ動いて重なりあう。

すずかは私のくぼみに口をつけながら、次から次に染み出してくる赤い液をねぶる。伸ばした舌でなかの方まで責め立てる…









ちょ、ちょっと待て!! 待てやゴルァー。ここは百合モノじゃありません。余所でやってください。舌とかご勘弁……あっ!?






私の手は力を失いバタンと落ちる。

そのとき赤い椿の花が落ちる映像が目に浮かんだ。鼻だけに……シクシク

しばらくして、我に返ったすずかはようやく離してくれた。気まずそうだ。どう話しかけていいかわからないのか、こちらをチラチラ見ている。一族の秘密もあるんだろう。

はっきり言って、すずかとは仲良くしていくのはいいが、一族の秘密を共有するほど関係を深めるつもりはない。目的はあくまでなのは様だからだ。

それに、百合なんて……ぽっ、




しっかりしろ私。今ちょっといいかもと思っただろ。ひとり悶えていると、すずかが話しかけてきた。

「ご、ごめんね、希ちゃん… あの、私ね」

どうやら秘密の告白に入るようだ。まずいなぁ。ここは月村家ご招待コースだ。こんなところですずか攻略フラグを立ててる場合じゃない。


こうなったら気がついていないフリをするのが一番かな?



私はすずかの口に手を当てると、困った表情をしながら、顔を赤くして、体をクネクネと悶えさせ、恥ずかしさを演出する。

「すずかちゃん。鼻血綺麗にしてくれてありがとう。おかーさんみたいだね。でもね、女の子同士でこんなことするのは少し恥ずかしいよ。私、すずかちゃん好きだけど、まだ知り合ったばかりだし、でもやっぱりちゃんと考えないと…」

私の予想外の反応にすずかはパニックになる。

「ち、ちょっと待って、希ちゃん、ち、違うの~」

私はすずかの話を聞かずに勘違いを加速させていく。もちろん演技だ。

「いいよ、今日のことは秘密にするから、私とすずかちゃんふたりの思い出だね、今度私のおかーさんとおとーさんに紹介するね」

「だから、違うのーーーーー」

すずかの声が図書館に響く。

すずかは私が吸血のことを愛情表現だと勘違いしていると思ってくれたようだ。本当のことをいうわけにもいかず困っていたが、

「今度、し、紹介してね… 」

ぎこちない愛想笑いを浮かべて、その場は収まった。なんかいらんフラグ立てた気がするけど、まあいいか。








だが、その日から、時折すずかの熱い視線を感じるようになった。恋慕ではない。好きな食べ物を眺めている目だ。よだれ垂れてますよすずかさん。

絶対にふたりきりにならないようにしよう。でもいつか彼女に血を吸われる日がくるのかもしれない。




作者コメント

三本立てにしてみた。

すずかが変な方向へ行きそうで怖い。ネタのベースは昔、型月のコメディを妄想したこときに思いついた。誰かと誰かは秘密です。






[27519] 第四話 裏返る世界
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/06 00:33
第四話 裏返る世界







……平和な日常は些細なことで崩壊する。私はそれを今身を持って体感した。









私は狙われている。 ……くっ、やはり私が転生したことをかぎつけた連中がいるらしい。ムー帝国の残党だろうか? アトランティスの同志に連絡しようにもここは前世とは違う世界だ。

孤独な戦いだった。

向こうから歩いてくる一見普通主婦に見える女性。あれはどう見ても危ない。殺気を感じる。しかもあの買い物袋が怪しい。主婦はその中に手を入れながら歩いてくる。




恐らくあの中に拳銃が入っていて、近づいたらズドンとやられてしまうのだろう。

あの主婦こちらを見て微笑んだ。濃密な殺意が私を襲う。







まずい!!

奴は私を殺す気だ。

そうはさせるか! 私は細い路地に入る。主婦は笑いながら去っていった。

どうやらやり過ごしたようだ。

転生してすぐに医者に口をすべらせたのがいけなかったらしい。すでに各国のムー帝国の残党には私の顔写真が配られているのだろう。学校も安全ではないかもしれない。だが、月村家の一族もいるから奴らも簡単には手出しできないはずだ。

すずかの一族の力は思った以上に強い。だから、奴らは普通の主婦に見える暗殺者を送りこんできている。恐らく秘密裏に始末するつもりなのだ。その証拠に違うタイプの主婦の姿をした暗殺者とすでに10人遭遇している。赤ちゃんや子供を連れて偽装までしてくる念の入れようだ。

今日も無事に学校に着いた。ひと安心だ。今日も日常を謳歌できるのだ。なのは様と一緒に…







(バカがここにいるわ)

また幻聴が聞こえた。最近を多い。転校してからは特にそうだ。気が滅入ってくる。

アリサが近づいてくる。

「アンタ朝から疲れた顔してるわね」

「そうなの。アリサちゃん、今日も通学途中に暗殺者に狙われてちゃってさ。10人だよ! 10人!! 」

熱っぽく語る私にアリサは冷めた表情で





「そう良かったわね、で、何人殺ったの? 」

と感情がこもっていないと言うよりは、棒読みで返す。私は怒りがこみ上げてきた。











「ちょっと。アリサちゃん、もっと真面目にやってよ。」

アリサは手で頭を押さえながら、苦い顔をして言う。

「アンタこそ、朝っぱらから変な行動しないでよ。女の人が通るたび、暗殺者が来たって、隠れて、通る人みんな笑ってたわよ。アンタがどうしてもって言うからつきあってるのに」

「だって、殺気を感じたのは間違いないもん」

これは確かなことだ。今でも寒気や不快感が残っている。

「どう見ても普通の主婦が暗殺者なわけないでしょ!! なんでアンタなんか狙うのよ。しかもアンタ通学中に会った女の人全員にそれやってたでしょ」

「まあまあ、アリサちゃん。希ちゃんにつきあってあげようよ」

「そうだよ~ 希ちゃんに突き立ててあげたいよ~」

さすが、なのは様天使だ。すずか本音が出てる。牙とか突き立てないで。

「なのはもすずかも希を甘やかさないの。ここのところ毎日じゃない。最初は希を見てるだけで面白かったけど… 」

なるほど、飽きてきたみたいだな。


「じゃあ、設定を変えるね。地球を侵略にしたエイリアンにしましょう。主婦に変装してるの」

「主婦だけは変わらないのね」

「私は地球防衛軍の要人の護衛任務を受けた隊員。なのはちゃんは今は亡き地球防衛軍司令の娘で父の意志を継いでるの。すずかちゃんは穏健派の異星人のお姫様、アリサちゃんはすずか姫の護衛ね。私たちは地球と異星の同盟のために集まったんだけど、それを快く思わないエイリアンが地球人に化けて襲ってくる。私たちは安全な学校まで逃げなければならないっていうのはどうかな? 」

「こんな短時間でよくそこまで設定できるわね。ねぇ、なんでいつもなのはが優遇されてるの? 前回はなのはは最強の暗殺者だけど一時的力を失って、弟子のアンタに守られてるって設定じゃない。私はアンタに仕事を斡旋する仲介者なんだけど、実は裏で暗殺者を使って亡きものにしようとしてるとか、微妙に悪役が多い気がするんだけど」

アリサは納得していない表情だ。架空の設定とはいえ、なのは様を持ち上げすぎたようだ。

「でも、私のイメージだといつもそうなるのよね~ 次はアリサちゃん主役で考えてみるよ。ツンデレ枠しかないだろうけど」

「ツンデレ? 」

「まだ知らなくていいわ。あなたの宿命だから」

「わけがわからないわ」



今日も平和だった。












数日後の放課後

今日はなのは様の実家である喫茶翠屋に行く日である。関係を深めるチャンスである。ここ数日は大きな成果が得られなかったので願ったりである。

翠屋に行くきっかけになったのはアリサが私のお弁当に文句を言ったからである。

「アンタいつもそんだけしか食べないなんて、おおきくなれないわよ」

(よけいなお世話です。親戚のおばさんみたいね)

「私もたくさんは食べれないけど、希ちゃんのお弁当はちょっとものたりないかも? 希ちゃんの…だったら少しほしいなぁ」

とすずかも控えめに言う。それから、本音が混じってませんか? 涎拭こうね。

「でも、きれいなお弁当だよね。フルーツとか小さくきれいに切ってるし、お店に出せそうだもん」

なのは様はフォローしてくれるのか、感心したように答える。そう、ウチのおかーさんは使える材料が少ないぶん見た目にこだわってくれていた。わかめあんまり入れてくれないけど。

「お店? 」

(えらくほめてくれるな。なんだか照れる)

「そうだ! 」

急にアリサがいいことを思いついたと手をたたく。

「今日はなのはの家に行きましょう」

「なのはちゃんの家? 」

「この子の家喫茶店なの。私たちもたまに行くんだけど、けっこう気に入ってるのよ」

「そういえば、最近行ってないね」

「うんうん。希はまだ行ってないし、おいしいもの少しは食べなさいよ。なのはもいいわよね? 」

「もちろん。お客さんは大歓迎だよ。ウチのおかあさんも喜ぶよ」

みんな乗り気であるが、私は自分の体質が気になって躊躇した。どうする? なのは様が喜んでいる以上断るという選択肢はない。ケーキ・クッキー・クリーム系は何とか我慢できなくはないけど、フルーツ系で誤魔化すかな、聞いてみよう。

「いちごサンデーとかある? 」

「あるよ、希ちゃんイチゴ好きなんだ? 」

「けろぴーもね。じゃあ、行きます」

まあ何とかあるだろう。私は気楽に考えていたのだが、

(人が多いところはやめておきなさい・・・後悔するわよ)

どこかで覚えのある少女の声が聞こえたような気がした。
久しぶりの幻聴だ。




放課後。すずかの家の車に乗せてもらった。そういえばこの体になって外出したのは初めてだった。ウチはセレブなので買い物はしなくてもよかった。配達やお手伝いさんがしてくれた。私も長い入院で疲れが出たのか出かける気にならなかったし、髪を触っていれば一日が過ぎることも多かった。

お手伝いさんと言えばメイドだが、残念ながらウチのお手伝いさんは若い男性だ。 

メイド服は着てません!

まだ入ったばかりらしく、ミスも多い。

男のドジっこメイドなんて許せない。ふつふつと怒りがわいてくる。

なんで男なんだろう? 前に長年勤めていた女性には暇を出したそうだ。急だったらしい。


車に揺られながら、私はさっき聞こえて声について考えていた。

あの声はいったい何だったんだろう? 女の子の声だったよな。最初に目が覚める前に聞いたことがあったと思うんだけど。それから、何度も聞いている。
まあいいか。なのは様のご両親にしっかりご挨拶しないとな。

今は考えても無駄と、頭を切り替える。

「着いたみたい」

「さあ行くわよ」

車を降りて、店の前に移動する。すると、なのは様が店の前に立ちこちら向くとうやうやしく頭を下げた。

「へへっ… いらっしゃいませお客様。ようこそ、翠屋へ」

「「くすっ」」

アリサとすずかは吹き出したが、私はなのは様のお茶目なしぐさに見とれていた。これだけでも来て良かった。

「ひどいよ~ こっちは真面目にやっているのに~ 」

なのは様は怒ったように言うが、顔は笑っていた。

「ごめんごめん、でも似合わないわよ。」

と笑いをこらえるアリサ

「まあまあ、みんな中に入りましょう」

「そうね」

店のドアを開ける。

店はそれなりににぎわっている。年配の女性のグループが5、6人いる。



…あれっ!? なんかクラクラしてきた。化粧と香水の匂いのせいだろうか。どうもこの手の匂いは苦手だ。さっきまで良い気分に水をさされて顔をしかめる。

殺気を感じる。まさか、暗殺者じゃないよな? ここは高町家のテリトリーだ。入ることは不可能なはずだ。

「「いらっしゃいませ」」

少し遅れて若い女性の声が二つ聞こえる。そのうちのメガネをかけた一人が近づいてきた。

「あらっ、なのは、おかえり。友達連れてきたの? 」

「うんっ、ただいま。おねーちゃん 」

「アリサちゃんとすずかちゃんこんにちわ ……あれっ? 初めて見る子がいるね」

「雨宮希ちゃん、最近同じクラスに転校してきたの」

「へぇ~ こんにちわ」

「こんにちわ」

美由希さんか? こうしてる場合じゃない。ここはなのは様のお姉さまだし、第一印象は大事にしておかないと。気を取り直して美由希さんと向き合う。

「初めまして、希ちゃん。私はなのはのお姉ちゃんで高町美由希と言うのよろしくね」

微妙に殺気を感じるが、まさかね。理由がない。

「初めまして、私は雨宮希と申します。なのはさんとはよいおつきあいをさせてもらってます。これからもよろしくお願いします 」

丁寧に頭を下げた。美由希は少し驚いた顔で

「ずいぶん礼儀正しい子なんだね 」

「ありがとうございます。美由希おねーさんはカッコいいですね 」

「へっ? …ありがとう。そうかな、そんな事言われたの初めてだよ」

「すごく姿勢とか歩きかたがきれいだし、何かスポーツとか武道をされているんですか?」

「えっ? ……武道を少しね」

美由希さんは思いがけない言葉に本当驚いたようだった。なのは様も目を大きく開いて口に手を当てている。びっくりしたかな?


テーブルに座ると注文を取る。女性グループと近い。なんだか匂いが気になる。待つ間さっきのことでアリサは感想を言ってきた。

「アンタって、変な事言うかと思えば、妙に鋭いし。訳わかんないわね」

「そうだよ~ 私も美由希さんのことは恭也さんから聞いても信じられなかったもの」

「お姉ちゃん、普段は結構ぼーっとしているから周りの人も信じてくれないんだよ。修行しているときはカッコいいんだけど」

私は少しだけ気分が良くなった。



(……ずいぶん調子に乗ってるみたいね。)

また、あの声が聞こえた。

(誰だ? )

(私は警告したはずよ。限界は近いわ。 ……もう遅いから)

幻聴が答えを返してきた。なんの事だ? 考えごとをしていたら声が聞こえる、いつのまにか誰かすぐ隣に来ているようだ。

「おまたせしました。ご注文のケーキセット3つ、いちごサンデーになります」

「あれっ? お母さんどうしたの? 」

「おかえり。なのは、美由希から新しい友達が来たって聞いたから会いに来たのよ」

顔を上げるとすぐ間近にどう見ても20代にしかみえないエプロン姿の女性が微笑んでいた。

(桃子さんか、よしっ、なのは様のお母様だ。しっかりポイント稼がないと。あれっ? ……体が)

なんか体の調子がおかしい。寒気と鳥肌が立っている。頭も痛い。なんか吐き気まで……

「こんにちわ雨宮さん。なのはの母で高町桃子といいます。いつも娘と仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね」

「は、はい ……よろしくお願いしますお母様」

何とか返事を返した。

「じゃあ、ゆっくりしていってね」

と言って桃子さんは去っていく。ふぅ少し落ち着いたようだが吐き気はまだ残っていて、とても食べられそうにない。香水もダメだ、匂いを嗅ぐだけで頭痛がしてくる。他のみんなは気にならないのかな?

「どうしたのたべないの? 」

なのは様が不思議そうな顔で言う。

「た、食べさせてもらいます」

なんとか口に入れるが、二口目は無理そうだ。

「希ちゃん、気分でも悪い? 顔色がよくないよ」

「ほほほ。すずかさん、わたくしはもともとこんな顔でしてよ」

こう言っているが、実は余裕はない。冷や汗までかいてきたよ。ますますグラグラしてきた。

「アンタ口調が変よ。」

つっこむアリサ。実は私は余裕がなくなると丁寧語になるのだ。

「わたくしお化粧直しに行きたくなりました。なのはさんお手洗いはどこかしら? 」

「えっ、あっちだよ。希ちゃん大丈夫? 一緒に行こうか? 」

心配そうな顔でなのは様はトイレを指さしてくれる。

「しんぱいなくってよ。一人で参ります。では、ちょっと席を外しますね」

(吐きそうなのに、ついてきてもらうわけにはいかねぇ)

心配そうな顔のみんなを横目に、少々小走りでトイレに向かう。
 













ジャーーーーーーーー

トイレの音に合わせて吐いた。中身が少なかったので、かなりこたえた。幸いなことに私一人のようだった。

(はぁーーーこれからどうしよ? )




トイレのドアを閉めて、席に向かう途中ドンッと何かにぶつかった。

「あ、すいません」

「こちらこそ、あらっ希ちゃん? 」

桃子さんだった。





桃子さんだと気づいた瞬間、先ほどと寒気と鳥肌、頭痛吐き気がぶりかえしてきた。

(あれっ!? 何で ……体がいうこときかない!!)

何か得体の知れない感覚に恐怖した。体がガクガクふるえて止まらなかった。自分の体が自分のコントロールから外れていく。私の様子がおかしいこと気づいた桃子さんは正面に立ち顔をのぞき込んだ。

「どうしたの? 顔色が悪いわ。汗もかいてるし」

「へ、平気です」

何とか答える。だめだ完全に言うこときいてくれない。

「無理しちゃだめよ。足もふるえてるみたい。」

桃子さんは私の体を支えようと何気なく両肩に触れて抱き止めた瞬間ーーーーーー

















「嫌ああああああああああああああああーーーーーーーーーー」

店内に絹を裂くような少女の悲鳴が響いた。





ああ、これは自分が出した声なんだと、よくこんな声が出せるもんだなと動かない体と裏腹に冷静に思考しながら。




私は意識を失った。





作者コメント

そろそろ生意気にも張った伏線の一部回収に入ります。

伏線に手を出すと大変です。矛盾が生じます。いいアイディア浮かんでも縛られます。そうならないようにしたいなぁ~

シリアスモードへ突入です。アトランティス期待してくれてる人はごめんなさい。ここから先は少し成分が薄くなります。



[27519] 第五話 希とカナコの世界
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/05/25 18:57
第五話 希とカナコの世界


ここはどこだ? 私は目を覚ます。

「目が覚めた? 」

声のする方へ顔を向けると、少女の姿が目に入る。初めて見る顔だが、どこか聞き覚えがある。


倒れたまま、よく観察してみると、年は10才くらい。顔立ちはどこか私に似ているが、赤い色をした瞳は意志を強さを感じさせた。肩まで伸びた黒い髪を二つの赤いバラの髪留めでまとめている。衣装は黒いフリルと紫のバラを基調したゴシックロリータのようなドレスに白いエプロンを重ね着している。

少女は西洋式のイスとテーブルに座り、紅茶のカップを持っている。お茶の時間だろうか?

どういう需要なのか疑問に思ったので、




「なぜエプロン? 」

尋ねてしまった。

「最初の疑問はそこなの」

少女は呆れた声でつぶやき、ゆっくりと優雅に紅茶を飲む。




「久しぶりね。どう、お目覚めは? 」

「ここどこ? 」


「人の話聞いているのかしら? そうね。希と私の夢の世界とでもいえばわかるかもね」

「君は幻聴の声の ……あれっ? 俺、男の姿だ。それも前世のなんで? 」

私、いや俺は前世の男の姿になっていた。

「少しは落ち着きなさい。すぐに起きないと危ないわよ。そろそろ黒い影達が起きてしまうわ」

「いったいなんの事? ……おっ、何だ!? 」

俺が次の言葉を発する間もなく、闇の向こうから赤い光が近づいてくる。赤い目と口に見えるものが7体走ってくる。

「来たわ。せいぜい邪魔しないでちょうだい」

少女はカップを置くと、立ち上がりゆっくりと俺に方へ向かって歩いてくる。俺もあわてて立ち上がる。

「あら、戦ってくれるの? アトランティスの戦士さん」

「状況がさっぱりなんですが? 何だよこいつら」

俺たちはすっかり囲まれてしまった、よく見るとそいつらは赤い目と口をした黒い影だった。大人の大きさで人間の形をしていて、そのうちの一体は一回り大きい。笑っているように見えるのが嫌悪感を感じさせる。他の6体は俺たちの様子を伺いながら何かつぶやいている。耳をすますと、

(ダイジョブダイジョブ)

にごったような声でそう語りかけてくる。でもそんなの関係ない。少女は冷静に観察している。

「今回は7体か。すいぶん多い。特にあの大きいのはやっかいね。あれから片づけるわ 」





そう言うと彼女は無造作に大きな影に近づき、すっと腕を掴んで投げ飛ばしてしまった。

俺には何が起こったかさっぱりわからなかった。

投げ飛ばされた影は地面に叩きつけられる。じたばたともがきながら再び立ち上がった。

「大きいだけあって耐久力はあるみたいね。…ほらっ! あなたもじっとしてないで戦いなさい。襲ってくるわよ」

少女の攻撃で他の6体も急にあわただしくなった。じわじわとこちらに迫ってくる。

「戦う? 急に言われても、俺はアトランティスの戦士の力はまだ覚醒してないし… 」

「ここは夢の世界よ。ただの悪夢ごときにどうにかできるわけないわ。ここでは戦いは頭でするものなのよ」

「なんだそうなのか。じゃあ攻撃されても痛くないな」

俺は安心して力を緩める。すると、6体のうち一体が俺の顔面を殴ってきた。その衝撃で俺はふっとばされる。

「ダイジョブ! ダイジョブ! 」

大丈夫じゃねぇよ。その台詞、いやなものを思い出しそうだ。俺は少女に涙目で訴える。



「…すごく痛いです。嘘つき」

「当たり前よ。夢とはいえ、害意を持っているんだから、油断したら危ないわよ」

「それを早く言ってくれよ」

「必要以上に恐れることはないわ。この程度なら人間と小動物ぐらいの差はあるわ。思考も単純よ。こっちには思考する力があるし、強い武器でも想像して攻撃しなさい。夢だから何でもありでしょ」


そうか夢か。

じゃあ、ここならばアトランティスの戦士としての力を十分使えるということだな。では、武具を纏うとするか。


俺は腕を天にかざすと胸に秘められた呪文を叫ぶ。




「纏え黒き外套、我が愛銃よ、ここに来たれ!! ディスティ」

天井から光が降りてきて俺の体を光が包み黒い外套となる。手元に光が集まり銃の形になっていく。完成したのは赤い竜のアギトをかたどった銃。前世の俺の愛用の装備だ。



「我はアトランティスの最終戦士、王剣を守る小手なり」

俺はしばらく喜びにひたる。再びこの銃を手に取ることができるとは夢とはいえ感動した。






………










おっと、ひたるのはこれくらいにしよう。

「ふう、どうやら上手くいったようだな。では片づけるとするか ……あれぇ?」

「終わったわ。いちいち装備するに時間かけすぎ」

「これから、俺の貫通弾が敵を蹂躙するところだったんだけど… 」

周りを見渡すと影はすべてきれいさっぱりいなくなっていた。



「まあ、影たちがあなたに注意を向けたおかげで楽できたわ。特に呪文とか笑えるわ」

ひどいこと言われている気がするが、そんなことより気になることがある。

「どうやって倒したんですか? 」

「えっ? 全部手を掴んで投げたけど… 」

「こんなに早く」

「一体五秒もあれば片づいたわ。合わせて35秒くらいかしら。ずいぶん動きが止まっていたのね」

「敵はもういないのか? 」

「今回は全部片づいたわ」

「なんてこった。せっかく久しぶりに愛銃を撃てると思ったのに…」


俺はがっくりと膝をつく。

「残念ね。それにしても、想像力……いや妄想力には自信持っていいと思うわ。最初から装備を生み出すなんて、まして、夢とはいえ銃なんて複雑な機械は今の私でも無理よ。エミヤさんもびっくりね」

「妄想なんて言うなよ。こっちは前世の力を使ったんだぜ。アンタだってすごいじゃないか。あんなの投げ飛ばすなんて」

「私はちゃんと理を持っている。重心や相手の力の流れを計算するとこうなるわよ。逆にあなたみたいに現実離れしたことは苦手にしているわ」

「なるほど …でっ、君は? 名前」

「カナコよ」

「質問続けていい? 」

「答えられる範囲で」

「希って誰? 俺のことじゃなくて? 」

「この身体の本来の持ち主よ。今は眠ってる。」

「カナコは何者? 」

「あなたの母親ってオチはないわ。移植された心臓に宿った人格が形をなしたもの。それとも、死神かしら」

「いやいや、わかりにくいネタはいいから」

なんかペースのつかみにくい子だ。見た目より大人びた感じがする。

「そうね。ここの司書で門番ってとこかしら」

「司書? 」

わかりにくい表現をする、周囲を見渡すと右手には本棚、左手にはガラスケースの棚がいくつも並んでいる。後ろは大きな門があり、正面はどこまでも続いていて漆黒の闇が広がっている。さきほどの黒い影が来た方向だ。

本棚は横並びにきれいに本が並べられていた。かと思えば一角の本棚は本が山積みにされていて雑然としている。本を取るのが大変そうだ。確かに図書館っぽい。

人形の棚はなんというか異様だった。ガラスケースに一体ずつ納められているが、体の一部のみで完成したものはなかった。中にはホコリをかぶったままのケースや空のガラスが割れたままになっているものもあった。お化け屋敷といったほうがいいだろう。

「どう? 素敵なところでしょ」

「よくこんなところに一人でいるな」

「仕事だもの。本の管理とか編纂。本は記憶の象徴になるのかしら。つまり私がやっているのは記憶の管理ね。ほとんど希のだから読むのは禁止よ。ちなみにあの立て積みの汚い本棚はあなたの記憶の本よ。あなたの雑な人間性がよく表れているわね」

「ほっとけよ」

いちいち口の悪い子だ。

「そうはいかないわ。私の仕事のひとつはあなたの本棚から楽しそうなことを見つけて、記録編纂して希の本棚に納めることなんだから、少しは意識して片づけてもらわないと困るわ」

「どうしろっていうんだよ? だいたい俺の本棚見るってことは記憶を勝手にみてるってことじゃないのか。プライバシーの侵害だ! 」

「同じ身体なんだから、プライバシーなんてないも同じよ。その気になれば感覚とか記憶も繋ぐことができるんだから、繋いだだままは疲れるからやらないだけだもの。それに外の出来事を眠っている本来の主に伝えることは大事でしょ? 」

こっちが反論すると向こうは倍にして返してくる、ちょっと苦手なタイプだ。俺は反論をあきらめ、違う話題に切り替える。

「そうだけど、じゃあ、他の仕事は? 」

「あとは、よい子の眠りを守り、黒い影を外に出さない事ね、さっき戦ったでしょ? …あれが私たちの敵よ。今は弱いけどほっとくと大変よ。Gみたいなものね」

「うっ、それは嫌だな。それじゃあ、人形の棚はどうなるんだ? 」

「それは私の仕事ではないものどうなろうが知らないわ。一度全部掃除したけど大変だった。もう二度とやりたくないわ。それに勝手に暴れるし、成長したり、いなくなったり、髪が伸びたりしてるし」

「こえーよ。ホラーだよ」

もろお化け屋敷だった。俺は人形が飛び回るシュールな光景を想像して背筋が寒くなった、気を取り直して軽めの疑問を持ってくる。

「お茶の飲むのも仕事? 」

「ゆっくりする時間くらいはあるわ。あなたが余計なことしなければね」

「余計なことって? 」

「この子身体に過度のストレスを与えることよ。」

彼女の言葉には非難の色が混じり、こちらを睨んでいる。どうやら俺が悪いようなのだが、心当たりがない。

「ストレスってどんなことだよ? 」

「人が作ったものを食べた事。年上の女に触れたこと。首元と肩を触らせたことよ。とどめに抱きしめられたでしょ。…香水は初めて知ったけど」

「どうしてそれがストレスになるんだよ! 」

「そうね、許される範囲で言えば、彼女は過去の事件で心に傷を負った。内容は言えないけど、あるとき決定的なことが起こって完全に心を閉ざした。そして、あなたに自分のことを任せて引きこもった。普段は眠っているようなものよ。でも感覚はうっすら繋がっているから、身体は過去の事件を思い出させるような行動をするとストレスを感じるの。トラウマね。身体に違和感感じたことあるでしょ。それにさっきの黒い影達はそれが原因で出てきたの」

次の疑問がわいてきた。

「それはわかったけど、ちょっと待て、それじゃ俺は何者だよ。なんでこの身体にいるんだ? どうして過去の記憶がある? どうしてこの世界の事がわかる? 」

「あなたが何者かは禁則事こ…ンッ! ……禁止されているわ言うことが」

「オイッ! 明らかにセリフおかしかったよな、禁則事項っていいかけたよな。なんでそんなネタ知ってんだよ」

「…知らないわ」

カナコは目をそらしながら口笛を吹いている。怪しすぎるさっきまでの雰囲気がぶちこわしだった。

「まだ答えを全部聞いてない」

俺が言うと、カナコは姿勢を正して真剣な顔で答える。

「そうね。この世界の事をあなたがなぜ知っているかについては知らないわ。…本当よ。私だって今でも半信半疑だもの。違う世界から転生してきたなんて信じられないわ」

幻聴だと思ってたカナコの発言内容からもこれは信じて良さそうだ。でも、これだけは聞いておきたいことがあった。

「過去の事件は言えないって言ったよな。どうしても聞きたいことがある。…おかーさんはその事件に関わっているのか? 」

こういう心の病気は本人に近しい人物が原因の場合が多いそうだ。本で読んだ記憶がある。俺の最初の記憶では母親に刺されてるし、前の母親も何だか嫌だったのを覚えている。二度あることとはいうけれど。

あの優しいおかーさんが関わっていたなら、俺はこの世界のすべてが信じられなくなる。

「おかーさん? ああ……あの女ね、演技とはいえずいぶん入れ込んでいるのね。安心して、あなたのおかーさんは無関係よ。むしろ頑張っているんじゃない、あなたとの親子ごっこ。大変結構、カッコウ、コケッコーよ」

カッコウ? コケッコー? カナコの言い方はふざけていて明らかなトゲがあった。俺には許せない言葉だった。

「ちょっと待て!! 親子ごっこはあんまりじゃないか。向こうは娘と思ってるし、大事にしてくれるんだぞ。俺だって最初は演技だったけど、今は本当の親のように思ってる! 」

俺は猛然と言い返して、睨みつける。






しばし、睨みあいカナコが根負けした様子で

「ああもうッ! ……わかったわよ。私が悪かった。私が悪かったわよ。でもね、知らないとはいえあなたの下手な演技につきあっているのは事実よ。」

投げやりに謝りながらも、こちらの痛いところで反論してくる。

「うっ、それを言われると俺もつらい。でも、そもそも希ちゃん本人が出てこないことには解決しないんじゃないか? 」

「今は無理」

カナコはきっぱり答える。

「今は? 」

「そうよ。あの子には休息が必要だわ。誰にも邪魔されないこの揺りかごでね。私はこの子に心地よい寝物語を聞かせてあげるの。だから、傷ついたこの子を癒すために本が必要なの。そうして、私はこの子がいつか立ちあがる力を取り戻すまであの子の眠りを守って見せる」


カナコは決心を口にする。その顔は強い覚悟と慈愛に満ちたものだった。そして、厳しい表情で俺を見つめて宣言する。

「私はあなたの味方じゃないわ、むしろ監視してる、あなたが余計なことをすれば… 」

「すれば…」

俺は唾を飲み込む。






「切り落として、ねじりきって、すりつぶすわ」

「ひぃ」

俺はなぜか股間を押さえた。彼女は本気だ。そんな俺を見てカナコはクスッと笑って言った。

「今回の件は許してあげる。あなたも知らなかったし、今までよく気づかなかったものよね。あなたは無意識レベルでストレスを避けていたけど、今回は逃げ場がなかったわね。ストレスが頂点で、肩を掴まれたのは最悪のタイミングだったわ」

たしかにあの店に入ってから強い殺気を感じていた。結局は俺の勘違いだったわけだ。だとすると通学中に感じた殺気も女の人が近づいたことによるストレスだったのだろう。担任の先生も優しいのになぜか苦手意識があったし。そんな俺の思考をよそに、カナコは困った顔して

「かわいそうなのはあの子だわ。あなたのせいで過度のストレスがかかって今回限界が来たようね。表に引っ張り出された。多分外でパニックね。ケガしてないといいけど」

と言った。

「ああ、なんかすいませんでした」

俺は謝る。知らなかったとはいえ、俺にも悪いところがあった。

今になって考えるとおかーさんは当然このことを知っていていろいろ工夫してくれていた。

お手伝いさんは長年勤めた女の人ではなく慣れてない男の人だった。さらに、思い返してみると身体を触れ合うスキンシップは初めは少なかった。最初の頃は正面向いて、声をかけてから手や身体に触れていたから、やけにぎこちないことするなあ、親子なのにと思っていた。一緒に生活するあいだに徐々に回数が増えて、今は触れてもあまり気にならないが、まだ肩や首は触られた覚えがない。食事だけじゃなく、希ちゃんの体が女の人を怖がらないように訓練してくれたんだろう。

そういえば担任は女の先生だったけど、学校はどうなっているんだろう? 


「ねぇ」

俺が考えごとをしていると、カナコは優しく声をかけてくる。

「なんでしょう? 」

「あなたに役割をあげるわ。この子が安らいでいられるようにうれしいことたのしいことをたくさん経験すること。それが本という形でこの子を癒すの。そして、友達と仲良くして、この子が外に出たときに優しい世界を用意してあげてほしい」

カナコは祈るように俺に告げた、それは誰かの面影と重なる。いつもニコニコ笑ってくれるおかーさんのものとよく似ていた。

「そろそろ時間ね。あの子が帰って来たみたい。これでも少しはあなたを評価してるのよ。友達作ったし、ご飯も少しは食べられるようになった。最初はここまで期待してなかったけど、短期間でよくここまで存在を強くしたわね。ほめてあげる。それじゃあ…」

カナコは素手で俺を持ち上げる。

すごいちからですねお嬢さん。

夢だから何でもありなんだろうか?




「な、何を? 」



「いってらっしゃい、えいっ」

そう言うと、彼女は俺を素手で門に放り投げた。門はいつのまにか開いていたようだ。








ひゅーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「また、このパターンかよーーーーーーーーーかよーー」


俺の声はエコーとなって響いた。












あっ ……外ってどうなったんだろ? 何となく嫌な予感がする。







作者コメント


カナコ登場。主人公その二です。彼女は男が暴走しないための手綱ですから重要です。説明キャラの特性で台詞長し。

一人称について主人公は自分が雨宮希のときは私、前世の身体の認識や男の意識が強いときは俺になります。使い分けに苦労しそうです。

伏線回収したつもりが、それ以上に新たな伏線張ってしまった。……どうしよう?

自分に向かって一言

広げた大風呂敷ちゃんとたためよこのやろう。



[27519] 第六話 入学式前の職員会議
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/05/25 21:56
第六話 入学式前の職員会議


担任の先生視点



今日は職員会議が行われることになった。入学式を控えて忙しいこの時期に集められたのは、小学部3年の学年主任・担任・副担任、保健医、教頭先生、校長先生、見慣れない若い先生もいる。確か半年前に来たスクールカウンセリングの西園先生だ。

なんと理事長までいる。ただ事ではない。



「ではこれより緊急職員会議を行います」

「今回は非公式で議事録には残しません。メモもなるべくとらないように、それから、今日のことは当然ですが、外に漏らさないように厳命します」

教頭先生が言うと、周囲はざわめく、私もここに来て初めてのことだ。

「では、理事長おはなしを」

と校長先生が言うと、一気に緊張感が高まった。なんで理事長直々に…

「うむ、職員のみなさん、そんなに緊張しないで、今日は私の個人的なお願いを聞いてもらいたいのです。」

「実は数日中に、雨宮希さんという女子児童が編入学することになっています。その子は私の懇意にしてる海鳴大学病院の病院長のお孫さんになります。成績は大変優秀で編入学試験も学年トップクラスです。しかも、礼儀正しいお子さんです。是非、その子を受け入れて欲しいのです。」

「そんな子ならば大歓迎ではないですか。何か問題でも? 」

「実はその子、心に病をかかえてまして… 」

理事長が口ごもる。

「理事長、詳しいことは西園くんが… 」

「そうだったね。西園君、みなさんに説明してあげてくだい」

校長先生が西園先生を促す。

「はい。…みなさんお疲れさまです。西園です。ご存じの方も多いと思いますが、本校でスクールカウンセリングをやっています。一ヶ月ほどドイツへ出張してましたが復帰しました」

「西園先生は半年前から、試用期間で来ていただいて、すでに何人もの我が校の児童の悩みを聞き解決してます。先生方の中にも気になる児童について相談された方もいるでしょう? 優秀な方です。このたび正式に就任されたそうです」

西園先生は若手ながら、その豊富な知識と分析力・コミュニケーション能力で短期間で驚くような成果を出していた。そして、イケメンだ。若い女の先生たちの中ではダントツの人気で狙っている人もいて、生徒の相談にかこつけて、ふたりっきりになろうとする先生もいるそうだ。そんな下心みえみえでもにこやかに軽くいなしているらしいから、かなりのやり手だと思う。

「西園先生の就任にあたっては、所属の海鳴大学病院の雨宮先生よりお口添えをいただいてます。この意味がおわかりですね。」

校長ははっきりと口にしなかったが、大学病院病院長の孫さんの編入学と西園先生の就任は関連があると言うことだろう。

「私の業務に担当患者の雨宮希さんの治療が含まれるってことです。もちろん、今の業務も平行して行いますが、こちらを優先させてもらいます。必要があれば私とは別にスクールカウンセリングを派遣できることになっています。」

「質問いいですか? 」

「はい、どうぞ」

「雨宮希さんは、その、…そんなに大変な」

質問した先生は適切な言葉を探しているようだ。こういうものははっきり口にしにくい。

「わかりました。いいですよ。だいたい理解できました。確かに雨宮希さんは重い心の病をかかえています。それが学校生活に支障をきたす可能性がありますが、今回の私の業務は保険的な意味合いが強いと思ってます。重要なのは情報を共有して彼女が発症するリスクを減らすことで、具体的には彼女を見守り何か気づいたことがあれば私に連絡していただきたいのです。そして、彼女の心の病がどういうものかを知り、いざというときの対処法を学んでいただければよろしいのです。

…病院長のお孫さんということで少しおおげさになってしましましたがね。わかっていただけましたか? 」

丁寧に説明してくれるが、大変な仕事が回ってきたと、私も含めて周りの先生からも感じられた。

「では、雨宮さんの心の病について説明します。なお雨宮夫妻の希望により発症の原因等で答えられない点があります。

まず彼女は年上の女性の接触を極端に嫌がります。特に首もとと肩は厳禁です。一度若い看護婦が投薬のため、肩に触れたそうでが、急に大暴れした彼女に噛みつかれて何針か縫ったそうです。そのときの彼女は半狂乱で何か怖いものから逃れようとしてたいう証言があります。現在は多少収まっていますが注視しているところです」

いきなり重い話だった。

「次に、彼女には妄想があります。これは食べ物に毒が入っていると思い込むもので、実際には入っていないのですが、彼女は食べたものを吐いてしまいます。そのため、栄養が不足して健康に深刻な影響がでてました。しかし、幸いこれは雨宮夫妻の努力によって改善傾向にあります。それから、これは私もカルテをみただけなので、はっきりとは言えないのですが、自分は前世の記憶を持っていて、アトランティスの戦士とか言っていたそうです。転生妄想ですね。これは思っているだけなら問題はありませんが、実際に行動する場合には注意が必要です。特にその妄想が集団を形成すると社会問題になることがあります。アトランティス人の生まれ変わりと主張している集団もいますから、彼らのようなカルト集団と接触がないようにしたいですね」

西園先生は淀みなく語るが、途中で質問が入る。

「質問があります。こういった心の病気は患者の近しい人物が原因となることが多いそうですが、夫妻の希望で発症原因に答えられないことと何か関係あるのですか? 」

遠回しに言ってはいたが、雨宮夫妻が発症に関わり、それを隠しているのではないかと聞いているのは明白であった。ずいぶん鋭い質問をしたもんだと感心する。

「よくご存じですね。ですが、雨宮夫妻は希さんの心の病気と関わりがありません。別の原因です。これは大学病院以外の心療内科の先生に聞いても同じ見解が出るでしょう」

西園先生はブレない。そこまで言うからには大丈夫なんだろう。

「女性に触れられることついては、成人女性でなけば症状は出ませんので、ここにいる女性の先生に気をつけていただければ大丈夫でしょう。むしろ自然と触れる機会を作り女性に対する潜在的な恐怖を軽減していきたいと考えてます。首や肩の接触については児童が触れる可能性はありますが、大げさに嫌がる程度でしょう。その点をフォローしてください。ただし、過度のストレス状態で成人女性が首もとと肩に触れるときは、彼女のトラウマを思い出してパニックになる可能性があるので注意してください。万が一の際は私にすぐ連絡してください。

最後に彼女には記憶障害とその後の行動の変化があります。私は担当医で何度か診察したのですが、彼女に忘れられていました。これはみなさんはあまり気になさらないでください。行動の変化は具体的には、髪の毛をずっと触るようになったり、急にパソコンを触るようになったり、家に帰ってから深夜にアニメを見たりするようになっただけの、ちょっとした行動の変化なので学校生活には影響はないと思います。
それから、希さんはこの学校にどうしても入りたかったようです。理由は不明ですが、何か目的があるのかもしれません。何かそのことで気になることがあれば治療の糸口になるかもしれないので、教えてください」

「以上です。何かご質問は? 」

「はい、質問と言うか。雨宮夫妻は何年前になるかな? 」

ある先生が雨宮夫妻について何か言いかけたそのとき……

「先生? 」

校長先生が近くに行ってその先生の肩をたたいた。

「どうしましたか? 校長先生」

「それはあまり言わない方がいいね。それに、その件は雨宮希ちゃんには無関係じゃないか」

にこやかに校長先生は言っていたが、プレッシャーを感じさせた。こんなときの校長先生の笑顔は怖いらしい。仲の良い先生から生きた心地がしなかったと言われたことがある。

「はい、 …申し訳ありません」

先生はビクッとしてうつむいてしまった。いったい何だったんだろう?

「そうですね。私は基本的に雨宮希さんの治療のために動いています。そのためなら、必要があれば重大な秘密は教えますし、必要なら口を噤みます。ですから、必要なことはすべてお話したと考えてください。ほかにご質問はありませんか? 」

周り静かだ。みんないろいろ考えているようだ。

「ないようですね。では私からはこれで終わります。」

「ありがとう。西園君、聞いての通りだ。みなさん補足するなら、この3ヶ月で雨宮希さんはずいぶん回復されて、今言ったことは杞憂かもしれん。ただこういう言い方は失礼かもしれんが、雨宮さんの家は希さんのことが心配で過保護になっているだけなんだと思う。私にも孫がいるからよくわかる。それに、私も昔からの友人に強くお願いされては弱くてね。よろしく頼むよ」

理事長が冗談まじりに言うと、どっと笑い声がわいてようやく空気が弛緩したようだ。

「では、これで職員ミーティングを終わります。」

「先生ちょっと来てください。」

「はい何でしょう? 」

「例の雨宮さん、君のクラスに決まったから、よろしくね。他の女性にも慣れる必要があると雨宮夫妻と西園先生の意向なんだ。なるべく接触の機会を作ってどんな行動を取るか教えて欲しいそうだ」

「は、はい」

私はプレッシャーを感じる。しかし、これは期待されているということだろう。がんばらないと。



作者コメント

心の病気については創作している部分もあります。病名や症状はある程度特定の呼称は避けました。デリケートな問題ですから、不足があれば修正したいと思います。



[27519] 第七話 ともだち
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/09 01:17
第七話 ともだち



私は目を覚ます。蛍光灯と白い壁が見える。最初に目を覚ました光景と一緒だった。違うのは片目がふさがっていること、おかーさんの背中が見えることだ。

あちこち痛い。左目に包帯、左腕にも包帯が巻かれている。相当暴れたかな? 気が重い。

「おかーさん? 」

ビクッとおかーさんの背中が動くと、こちらを振り向き、おそるおそる聞いてきた。

「みーちゃん? 大丈夫なの? 」

「うん、 …大丈夫だよ。おかーさん」

「よかったッ! 目が覚めて」

おかーさんは少し泣いているようだった。かなり心配させたようだ。申し訳ない。でも私の病気のこと言ってくれればよかったのに。

「おかーさん、ここは病院?」

「ええ、そうよ。おかーさん、喫茶店でみーちゃんが倒れたって聞いて飛んできたの」

(桃子さんに触れられて入れ替わったから、どうなったかがさっぱりわからん)

「おかーさん。私ね。なのはちゃんの家で気分悪くなっちゃって、なのはちゃんのおかーさんに支えてもらってたんだけど、そこから先がわからないの」

「えっ!? そうなの」

「私どうなったんだろ? 」

「そうね… た、多分、気を失ったんじゃないかしら、高町さんもそう、 …言ってたし」

(高町さんね。 …歯切れ悪いな。誤魔化してる? このケガだしな。少しつついてみよう)

「おかーさん、なのはちゃんのおかーさんはケガしてない? 」

「えっ!? 」

おかーさんは驚いている。やはりそうか。おかーさんも娘相手にそんなに気を使わなくてもいいのに。

「私のこのケガは普通じゃできないもん。あまり覚えてないけど、怖くて滅茶苦茶になったのは覚えているよ」

「そう、少しは覚えているのね。心配しないで、少し引っかいた程度ですんだみたい」


おかーさんはこう言ってくれているが、最悪だ。よりにもよって、なのは様のお母様に手を出すなんて、客商売の評判を下げてしまったのは間違いない。何よりもせっかく築いた友人関係が崩壊してしまった。明日からどうやって話せばいいんだろう。

私の心が絶望に染まっていく。普段は前向きな私もこればかりは、楽観的に考えることはできなかった。

「せっかくできたお友達なのに…… 」

思わず出た言葉だったが、その言葉はジワジワ胸に染み込んでいく。

悲しくなって涙が出てきた。涙はどんどん出てきて止まらない。包帯も涙で濡れてきた。私は下を向いて右手で右目を押さえてワンワン泣き出す。

このときの私は前世とか関係なく、ただ友達を無くした少女雨宮希として泣いていた。













「…大丈夫」

誰かが肩を抱いてくれている。不思議と不快感はない。おかーさんじゃない誰だ? 暖かい感触だ。

「…友達だから」

私は右目をぬぐって顔をあげる。なのは様だった。
友達になってくれたときと同じ輝くような笑顔で私に語りかけてくれている。私は涙を流したまま謝る。

「ご、ごめん、ごめんさない」

「うん、うん」

「ごめんなさい」

「うん、うん」

「ごめん ……なさい」

「うん、うん…」



私達は私が謝って、なのはちゃんが頷くを何度も何度も繰り返した。

(どうして? この子は私のことを気にしてくれるのかな? )

今、カナコではない誰かの声が聞こえた気がした。

不思議だ。何か一体感みたいなものを感じる。



その後、ふたりでお話をした。

「なのはちゃん、来てくれてありがとう」

「うん…」

「私ね… 病気なんだ。…心の」

「うん…」

「ご飯ね。みんなと同じものはあまり食べられないんだ」

「うん…」

「年上の女の人が怖いの。首とか肩を触られると、怖いことを思い出しちゃって、滅茶苦茶になるの」

「……うん」

「なのはちゃん? 」

なのはちゃんはわらった顔のまま泣いていた。そういえば、人一倍他人の寂しさや悲しみに敏感な子だったな。

「大丈夫、大丈夫だから」

なのはちゃんは抱きついてくる。

(どうしてこの子は私のために泣いてくれるのだろう? )

ああ、この子は本当に優しい子だ、私のために泣いてくれている、雨宮希のために泣いてくれている。悲しんでくれている。私は悲しみが癒されていくのを感じる。

(暖かい)

さっきからカナコではない声が聞こえるが今は気にならない。

私は俺ではなく、希ちゃんのためになのはちゃんと本当の友達になろうと心に決める。

(ありがとう)

誰だ?



作者コメント

ギャグ一切なし。シリアスなシーンちゃんと書けているか心配です。なのはちゃんマジ天使。



[27519] 第八話 なのはちゃんのにっき風
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/08 10:13
第八話 なのはちゃんのにっき風

なのは視点


雨宮希ちゃんという女の子が転校してきた。ちょっと不思議な女の子なの。色は白いし、黒髪ですごく長い。なんかウネウネしてるけど気のせいだよね? 
転校の挨拶でいきなり泣いちゃったかと思うと、どこかのお嬢様みたいな挨拶。なんで私を見て泣いたのかな?


昼休みにお友達になってと言われたときはすごくうれしかった。冗談を言うもの好きみたい。くすぐったいよ。


最初に私を見たとき何で泣いたか聞いたら、夢で見たカッコいい女の人が私にそっくりなんだって、そんなにかっこ良くないよ。ちょっと頭冷やそっか? 不思議としっくりくる言葉なの。
アリサちゃんとすずかちゃんも一緒になって褒めるから恥ずかしいよ~
でもどうしてお友達なのになのは様って呼びたいのかな?

あと髪の毛がやっぱりおかしいの。すずかちゃんも希ちゃんを見ているときぼーっとすることがあるの。ちょっと顔も赤くていつものすずかちゃんじゃないみたい。

希ちゃんはごっこ遊びが好きみたい。なんだか男の子みたい。おはなしも大人の人が考えるようなことを思いつく。すごいなぁ。

でもいつも私を主役にしようとする。うれしいけど平等にしてほしいな。

今日は久しぶりに喫茶翠屋へみんなを招待。希ちゃんは初めてだね。おねーちゃんの事カッコいいって言う人初めてだよ。おかあさんが注文を運んできてくれた。希ちゃんに会いたかったみたい。希ちゃん顔色が悪いみたい、言葉使いも変だし具合悪いのかな?

希ちゃんが大きな声で泣いてる。

怖いことがあったみたい。お店を走ってあっちこっちぶつかって転んでケガしちゃった。大丈夫かな? みんなびっくりして何も言えなかったの。
おかあさんもちょっと引っかかれたみたい。おかあさんも泣いてたけどそんなに痛かったのかな? おかあさんに聞いたら希ちゃんに優しくしてあげてねと言ってた。

希ちゃんのお母さんが来たの。西園先生も一緒に来たみたい。なんでだろ? 希ちゃんのお母さん、ウチのおかあさんにものすごく謝ってた。
おかあさんは気にしないでと言ってた。希ちゃんは病院に行っちゃった。西園先生がお話があるみたい。おかあさんとおねーちゃん、私とすずかちゃんとアリサちゃんで先生の話を聞いた。

西園先生は心のお医者さんだそうです。
希ちゃんを担当してるみたい。希ちゃんはみんなと一緒のものは食べられないそうです。今日は無理してきたみたい。悪いことしちゃったなってアリサちゃんは言ってた。おかあさんくらいの女のひとが肩とか首を触るとすごく怖がるみたい。今日みたいになったのはそれが原因みたいなの。おかあさんすごく怖い顔してた。

西園先生に希ちゃんの心の病気を直すには、お友達と楽しいこといっぱいすれば良くなるから、これからも友達でいてあげてねと言われた。アリサちゃんもすずかちゃんももちろん友達と言ってくれた。私だって友達だよ。
西園先生からありがとうってお礼を言われた。先生、メガネを外して目をこすってました。最後に先生が希ちゃんにとって私はヒーローなんだって言ってた。なんだか恥ずかしいな。


次の日、希ちゃんはまだ寝てるんだって、お見舞いに行くことになったんだけど、アリサちゃんとすずかちゃんはどうしても行けないみたい。すごく残念そう。

先生がそわそわしてたけど、どうしたんだろう?


病室に着いたら、希ちゃんが起きたみたい。
なのはのおかあさんにケガさせたことが気にしてるみたい。

希ちゃんが泣いてる「せっかくできたお友達なのに…」って言ってた。

胸が痛いな。苦しいな。心配しなくても私達は友達だよ。そう伝えたくて希ちゃんのそばに行く。希ちゃんずっと謝ってた。その後、おはなししてたら私も泣いちゃった。



退院したら、希ちゃん、ウチのおかあさんに会って謝りたいみたい。大丈夫かな。



作者コメント

なのはの希に対する感想を箇条書きで書いたらこうなった。ちょっと頭の弱い子っぽくなってる。



[27519] 第九話 シンクロイベント2
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/25 19:05
第九話 シンクロイベント2

2日程入院して今日が退院の日だ。アリサとすずかもお見舞いに来てくれた。二人は私の心の病気についてはすでに知っていた。西園先生から聞いたらしい。

アリサはずっと怒ったような顔をしていたが、別に怒っているわけではなく、翠屋に誘ったことを気に病んでるらしい。すずかがこっそり教えてくれた。
私が「また行こうね。今度は果物だけにするから」と言うと、

「アンタ、身体弱いんだから無理しないの。…それから、……悪かったわね」と言ってくれた。

後はお互いの友情を確認して、また学校で会うの約束をする。

他にも西園先生がいろいろ動いてくれたそうだ。そのおかげで、翠屋でもおおきな問題にはならなかったらしい。

それよりも問題はカナコだった。この後、翠屋にお詫びにいくことになっている。しかし、最初のときもわざわざ警告してくれたのに、そこにもう一度行くことを許してくれるはずはないと思っていたのだが、

「いいわよ」

と、あっさり受け入れられた。

「なんで? 」

「なのはって言ったわよね、あの子。なのはとの友情が思った以上に希に作用してる。今回の暴走を帳消しにできるくらいにね」

「そうなの? 」

「ありのままの自分を受け入れてくれる存在は心を癒すわ。病院でなのはと話したとき何か一体感みたいものを感じなかった? 」

「そういえば、何か思考が女というか、普段はなのは様でとらえているんだけど、そのときは友達のなのはちゃんだったような気がする」

「それね。シンクロしたのよ。あなたと希の記憶は別々だから、あなたの体験はあなたの本棚の本に記録される。それを私が読んで、希が喜びそうな形で編纂して、希の本棚に並べるんだけど、弾かれることもあるし、効率が悪いわ。今回は希本人もあなたと繋がって、一緒に共有体験しているから、希の本棚に直接記録される。効率は段違いね」

「へぇー、でもどうして今回そうなったんだ? 」

「もちろん、あの子が望んだからよ。あの子は基本的に外に出たくないの。でもうっすら感覚は繋がっているから、不快な感覚が限界を越えると我慢できなくなって、自分から外に出て、不快なものから逃げようとするの。
今回は逆ね。自分を癒してくれるものに惹かれたのよ。それを少しでも強く感じたくて、あなたと繋がったんでしょう」

「桃子さんの件は? 」

「あなたがなのは達との友情を優先したように、私もそうしたってこと。賭としては悪くない」

「そうか。じゃあ、いいんだな」

「ええ、今回はある程度の不快感は目をつぶることにしたわ。でも調子に乗りすぎないこと。それから、あなた、希の心の病については完全に自覚したわよね? 」

「ああ、それがどうかした? 」

「これからが大変だから、症状は希レベルを体験することになるわ」

「希レベル? 」

カナコの話によると、今までは目隠しとか麻酔をしてたようなものらしい。さらに、虚弱体質だから、暗殺者が狙っている、オートガードなどの理由をつけて上手くストレスを受け流していた。しかし、自覚すると真っ正面から受け止めることになるそうだ。 

俺はどうなるのか気になった。

「具体的にはどうなるんだ? 」

「前より過敏により強力になるわ。でも今なら存在のちからも増しているから耐えられるはず」

「存在のちから? 」

「自分が自分であると存在を信じるちからのことよ」

「それはもちろん、俺はアトランティスの最終戦士だから、他の連中とは違うぜ」

「少し違うのだけど、あなたはそれでいいんだと思うわ。 …そろそろ行きなさい」

どうも、話の抽象的すぎて核心が見えないな。まあいいか、細かいことはいいだろう。

「じゃあ、またな ……って、オイッ、なんで素手で俺を持ち上げてるんですか? カナコさん」

「このままじゃ帰れないじゃない」

「もっと穏便にできないんでしょうか? 」

俺はすでに何度か経験しているが、あの落下する独特の感覚はどうしても慣れない。そんな俺にカナコさんの無情の一言が告げられる。

「ないわ。あきらめて。えいっ! 」

ひゅーーーーーーーーーーーーーーー

「もう嫌ーーーーーーーーーーーーーーーー」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


喫茶翠屋前

私は喫茶翠屋の中にいる。今回の件はすでに双方で解決しているのだが、私がどうしても桃子さんに謝りたかったので、席を設けてもらった。ちなみに、閉店直後を選んだ。念のためだ。

桃子さんは厨房で片づけをしている。もう少ししたら来るそうだ。

(そろそろね。来るわよ。覚悟して)

カナコがなんだか物騒なことを言っている。

「希ちゃん、おかあさん、今来るって」

厨房からなのは様が出てきて、教えてくれた。

「ごめんなさい。待たせてしまって」

桃子さんが出てきて、ちょうど真向かいに座り、テーブルを通して向き合う。そうして、私に微笑みかけた。

桃子さんの微笑みを見た瞬間、衝撃が走った。
心臓の動悸が止まらない。全身の毛が粟立つようだ。身体が震えてきた。暗殺者ってレベルじゃねーよ。帰りたくなってきた。

と、とにかく謝らないと…

「ここ、このたびは…その…ご迷惑をおお、おかけして…申し訳…あり」

私は全身の震えを感じながら、何とか声を絞り出して、お詫びを伝えようとしたが、桃子さんは急に悲しそうな顔で首を振ると、

「いいのよ。それよりケガは平気? 顔と腕は大丈夫? 」

「へへ、平気です。それより桃子さん、私が腕を…」

「私はかすり傷よ。希ちゃんのケガのほうが心配だわ」

「それにお店の評判とか…… 」

「そんなこと気にしなくてもいいのに」

「でも迷惑」「大丈夫。あのときのお客さん、ちゃんとわかってくれたわ」

「うっ! 」

私が言葉に詰まると桃子さんは微笑みながらも、憂いを帯びた顔で言ってくれた。

「希ちゃんは強い子ね。怖い思いをしたのに、またここに来てくれた。私はそれだけでうれしいわ。だから、無理しないで、顔色が悪いわ。身体も震えてる。私が怖いんでしょう? 私の事は気にしないで、希ちゃんのことはわかってるわ」



私はその悲しげな言葉を聞いて覚悟を決める。桃子さんに気持ちを伝えるんだ。

ゆっくり立ち上がる。

足がすくむ。ガクガクする。

桃子さんまで1メートルもない。





たったそれだけが遠い。

一歩ずつ進む、近づくたびに身体は拒否する。震えが大きくなる。近づいてはダメだ。命の危険を感じている。これが希ちゃんが感じている世界か。

「無理しないでいいのよ。希ちゃんの気持ちは伝わってるわ」

桃子さんは言ってくれるが、そうはいかない! 桃子さんはなのは様と同じで私の事で悲しんでる、悲しんでくれている。そして、なにより自分が大人の女性だから私を苦しめるだけで何もできないと思っている。

だから、私から触れてあげないといけないんだ。




怖い怖い怖い怖い。頭の中がこの気持ちでいっぱいになる。

俺はアトランティスの戦士だ! この程度の恐怖で引くものか! 最期の戦いのときはもっと勇敢だったはずだ。





(…限界ね、そろそろって、えっ!? 希っ、嘘、どうして? )

冷静だったカナコがなんだか急にあわてた声を出してる。めずらしい。


誰か私に勇気を、桃子さんに近づく勇気をください。

「なのはちゃん! 」

私はいつのまにかなのはちゃんを呼んでた。

「えっ!? 何、希ちゃん」

私と桃子さんとのやりとりを心配そうに見ていたなのはちゃんは急に呼ばれて驚いた顔していたが、すぐに近くに来てくれた。

「私の手、握って強く、お願い! 」

「うん」

なのはちゃんは手を握ってくれた。温かい手、優しい手、この温もりがあれば、きっと、私だって、勇気を振り絞れる。

私はなのはちゃんに支えられながら、桃子さんへ近づく、一歩また一歩と、









そして、とうとうたどり着いた。

桃子さんは目を見開いている。私は右手を伸ばし、桃子さんの包帯の巻かれた左手をそっとつかむ。




「ケガ早く良くなってください。それから、また来てもいいですか? 」


ーーーーーーーーーーーー


桃子さん、泣いてたな。少しは彼女の救いになっただろうか? 

でも抱きしめるのは勘弁して欲しかった。死ぬかと思ったよ。おかげで桃子さんはだいぶ平気になったけどさ。

(今回の黒い影も大物だったわ。後でおぼえてなさい)

カナコはなんか怖いこと言ってる。投げれるのはイヤだな~

私はそんなことを考えながら、おかーさんと歩く。そういえば、希レベルとか言ってたけど、おかーさんは平気なんだな。




当たり前か、なんてったって実の母親だもんな。

(慣れって恐ろしいわね。いくら麻酔状態のあなたのときに訓練したとはいえ、希レベルを全く感じさせないなんて、あなたと百合子の関係は大したものね。執念を感じるわ。でもね、私からすれば気持ち悪いだけよ。割れ鍋に綴じ蓋って、まさにこのことよね)

カナコはおかーさんが嫌いなんだろうか。でも、割れ鍋に綴じ蓋ってぴったりな相手のことじゃなかったけ?


途中でタクシーを拾って家まで帰る。タクシーの中はいつも明るいおかーさんしては珍しく無言だった。こころなしか顔が青い。

「大丈夫、おかーさん」

「へ、平気よ。車に酔ったみたいね」

つらそうな顔だ。やせ我慢のなのがよくわかる。まだ5分も経ってない。ここまで車に弱いとは思わなかった。汗までかいている。




「 ………みーちゃん」

おかーさんは私の名前をつぶやく。呼んだというよりは何か思いを込めているような感じだ。顔を窓の外を向けて、どこか遠いところを見つめている。

「どうしたの? おかーさん」

「なんでもない。呼んでみただけよ。みーちゃん」

少しだけ落ちついたようだ。ぎこちないが笑顔になっている。


おかーさんは着いて、すぐトイレに駆け込んだ。おかーさん、乗り物にはかなり弱いみたいだ。


その日はご飯もたべられなかった。




今日はいろいろあって疲れた寝よう。



…夢を見た。


異形の化け物と誰かが戦う夢だった。次の戦いはすぐそばにせまっていた。




作者コメント

ようやく無印に入れます。長すぎですね。メインキャストを三人にするからこういうことになります。


ここまでの話は導入編です。主人公三人の足場固めと目的を決めるまでですね。伏線は大量にばらまきました。回収が大変だ。下手な伏線も数撃ちゃわかるまい。 

ようやく無印のメイン組を出せます。


23/5/25コメント

冷静になってみると伏線はそんなに大量じゃなかった。無印まで行ってテンション上がっていたといいわけしてみる。



[27519] 無印前までの人物表
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/09 21:24
無印前までの人物表

高町なのは様・・・本作品では癒し系。天使をコンセプトに描いております。自分に入れ込む希に少々戸惑い気味。現在の希の友情レベルはアリサとすずかと同じくらいだが、同情補正かかってます。無印編で何か変化があるといいな。やはり彼女との友情は戦わないと生まれないのだろうか?

アリサ・バニングス・・・つっこみ担当。重宝してます。

月村すずか・・・話題ネタ振り担当、なんでそんなこと知ってるの? 友情と吸血衝動がせめぎあっています。



雨宮希(男)・・・複雑な前世?の記憶を持った本作品の主人公その一。名前はまだないというか奪われている。自称アトランティスの最終戦士。彼の力が覚醒する日はいつになるだろうか? プロ顔負けの演技力を持ち、頭はそこそこ回る。その身体は年上女性を拒絶する仕様だが、希の外見とけなげな子供の演技で無自覚に年上女性の母性本能を刺激してやまない。なのは様ラブ、重度の厨二病で周囲を巻き込むタイプ。子供だから許されるってことがわかっているんだろうか?

カナコ・・・希の夢の世界の司書にして門番。主人公その二。オリ主強キャラは彼女の称号です。希本人には並々ならぬ愛情を感じさせる。本作品のつっこみボケパロネタまでこなす万能にして陰謀キャラ。男の名前を奪ったりいろいろ隠してます。こいつがいなければややこしいことにはならなかったはず。

雨宮希(本人)・・・雨宮希の本来の身体の持ち主。主人公その三。怠け者な性格。心に傷を負って今は眠っている。外の事は男とカナコにまかせて脳内引きこもりニート満喫中。でもストレスが頂点に達するとパニックになり外に出てくる。なのはをきっかけに外への関心を少しづつ取り戻しつつある。出番少ない。無印前まで来て未知数のキャラ。


雨宮百合子・・・おかーさん、いつも優しい。車に弱い。

雨宮総一郎・・・おとーさん、あまり家に帰ってこない。

雨宮雷蔵・・・おじーちゃん 大学病院の病院長 武道の達人らしい ラ~イディーン!!

おばーちゃん・・・おじーちゃんより強い武道家、どんだけ強いんでしょう?

理事長・・・物事を大げさにするのが好きな人。西園先生がその例。他にも外部から先生を引き抜いたりしている。

西園冬彦・・・精神科医。スクールカウンセリングのかたわら担当である希の治療のためいろいろ動く。非常に優秀でイケメンでモテるが今のところ仕事にしか興味がない。
特に児童心理に傾注している。内心では希は知的好奇心を大いに満たす患者だと思っている。そんな自分の側面を嫌悪しているがやめられない。無邪気ななのは達に罪悪感がチクチクする。

先生・・・どうしてこうなったキャラ。初日で希に陥落。優秀で周囲の信望も厚い先生だが、希がからむとおなしなことになる。名前がないなぁ~



[27519] 無印予告編 アトランティス最終戦士とシンクロ魔法少女たち
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/13 17:58
無印予告編 アトランティス最終戦士とシンクロ魔法少女たち 




「どうあがいても物語の結末は変わらない。計画は失敗してプレシアはアリシアの亡骸を抱えたまま、時空に消えて、フェイトは報われなかった想いを抱えながらも、なのはと結んだ新しい絆を胸に生きていくんだわ。そういうふうになっているの」





それは、カミのちからを使うアトランティスの最終戦士とシンクロ魔法少女の物語…



俺には魔法の才能はあった。これは間違いない。

この世界で先に起こることもわかるのだ。もう無敵である。オリ主チートが始まるぜぃ。


目的はなのは様と仲良くなること。もうこれは俺だけのものではない。希ちゃんのものでもある。シンクロイベント頑張るぞ~ うるさい奴もいるけどな。




カナコ、何か俺に隠しているようなのだ。

「さっきのこと、私、あなたに話していないことがたくさんある。それが何なのか今は言えないけど、ちゃんと意味があるからそうしているということを信じてほしい。少しだけ言うなら、あなたという存在の存続に関わっているの。そして、強くなったとはいえ、あなたはとても儚い存在なの。あなたがいなくなるのは困るわ」






ついに目覚める俺のカミのちから

「じゃあ始めようか。そうだね。もう避けるのは飽きたから、そろそろ受け止めようかな。 …本気出すね」

私は魔力を展開する。


意外な人物も舞台に立つ。

「今回は静観するつもりだったけど、気が変わったわ。…あなた、希を傷つけたわね。」

戦いの幕が上がる。



だが、私たちは忘れていたのだ。この世界は私たちが関わることで変容していることを

「何? まだ何かあるのフェイト」

「聞きたいことがあります。母さん」

「言ってみなさい」

「その、ある魔導師と交戦したのですが… 」

ほんの些細な出会いが本来の運命を狂わせる。



俺自身も失望と絶望を知ることになる。



(なあ、カナコ、俺さ、この世界でなのは様に出会って、ここに到達するのを夢見てた。最終到達点と言ってもいいよ。今、俺は夢見た舞台に上がってる。けど、なぜだろう? このむなしさは)


・・・・・・・・・


「この本は? 」

「あなたが生まれた理由が書かれているわ」

カナコは俺に本を渡す。渡すときの手は震えていた。

「読んでいいのか? 」

「あなたは自分の名前を知ってしまった。あなたの記憶の封印は解かれたわ。糸が少しずつほつれるように思い出していく。あとは早いか遅いかの違いよ。せっかく今までうまくいっていたのに、こんなことでしくじるなんてついてないわ。でもね」

カナコは自嘲的な顔で、俺を見つめると言った。

「今回の偶然は運命かもしれない。そして、時が来た。そう思うことにするわ。この真実に耐えることができれば、あなたは自分の存在を確立できるわ」





そして、襲いかかる恐怖

「あはははははははははははははは……」

私は壊れたように笑い出す。今や私は恐怖の支配者だった。
















「おまえの目をよこせーーー」



シンクロ魔法少女まじかるのぞみん始まります。







~caming soon~






作者コメント

予告編風に作ってみた。つまり、台詞は本編で使うってことです。構成は悪質です。



……さらに縛ってどうする?




[27519] 第十話 いんたーみっしょん
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/12 20:38
第十話 いんたーみっしょん



朝、起きたとき、私は上機嫌だった。

「ふふふっ …どうやら俺の力を見せるときが来たようだな」

(ずいぶん、機嫌がいいのね)

カナコの声は冷めている。

(だってさ。昨日の夢はユーノくんだろ。夢を見たってことは間違いないとは思ってたけど、俺には魔法の才能があるってことだろ! )

俺はこの体になって、ずっと気になっていたことが最良の結果だったことに歓喜していた。 我が世の春が来たァ~



(ああ、頭痛い。夢なんか見なければよかったのに)

(まあ、俺はなのは様の側近のアトランティス最終戦士だしな)

(で? どうやって戦うわけ? )

(そうりゃおまえ、俺の隠された力が覚醒してだな)

(で? どうやって戦うわけ? )

(…なんで同じ質問をするんだ? )

(で? どうやって戦うわけ? )

(なんででしょうか? )

カナコは俺の答えに全く反応せず、レコーダーのように繰り返す。怖い。

(で? )

(すいません。わかりません)

(それでいいのよ)

(それではカナコさん、いったいどうしたらいいんでしょうか? )

思わず敬語になってしまう。

(無視よ無視。前に記憶の本読んで、この世界の未来は知ってるけど、あんな危険なことさせるわけにはいかないわ。だいたい、素人が戦えるわけないじゃない)

(むっ!? …なのは様だって今は素人だぜ)

(あの子は天才。あなたとは違うわ)

(て、天才なんてどっかの負け犬が作った言葉)

(茶化すのはやめなさい。魔力資質だけじゃない、デバイスとの相性、空間把握力、数学的感覚、マルチタスク能力、運も味方したわ。あの子だって無傷で済んだわけではないでしょう? あなたにそれらを満たす素養はあるのかしら? そもそもデバイスはどこから調達するわけ? )

(うっ、それにしても分析してんだな)

(シュミレーションは得意なの)

カナコのもっともな意見に俺も反論することができない。俺は文系・アーティスト系なのだ。数学物理はちょっと苦手だ。確かめたわけじゃないけど。

しかし、なのは様ともっと親密になるチャンスなんだ。引くわけにはいかない。

(なのは様と関係を深めるには魔法は欠かせない。希ちゃんだって、きっと… )

(リスクが高いわ)

カナコは譲らない、何か妥協できるところはないか? 危険なことはさせられないってことだよな。危険? 危険か。






よしっ! これで行こう。






(今回事件が無事に済めば、次は闇の書事件だ。ヴォルケンリッターが動き出す。魔力資質の高い奴は狙われることになる。少なくともユーノ君や管理局との接点は作るべきじゃないか? 危険を回避するためにも)

(……)

(カナコ? )

(少し考えさせて、それから学校行く時間よ)

上手くいったかな? 少なくとも考えてくれるようだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「という訳で、世の中にはいろいろな職業があります。みなさんも今から自分の将来について、考えてみるといいかもしれませんね」

将来ねぇ、なりたいものは管理局に入って、なのは様と教導教官になることだけど、時間を拘束されるのも面倒だな。

嘱託魔導師あたりで手を打つもの悪くない。それには、まずジュエルシードに関わるのが近道だ。カナコどうするつもりだろ? 授業を受けながら俺はそんなことを考えてた。

(ねえ? )

頭に声が響く。カナコの声だ。

(結論が出たわ。…本当に残念だけど、あなたの言うとおりにするわ)

カナコの声は嫌そうだ。そんなに嫌ですか、そうですか。

(なあ? こう言うのはなんだけど、認めてくれないかと思ってた)

(希が興味を持ってるの。それが決め手になったわ。)

(そうか。希ちゃんが…)

さすがのカナコも希ちゃんには弱いらしい。

(いくつか条件があるわ。まず安全の確保。今夜の事件は離れたところから見ること。終わった頃に近づいて、接点はそこで作りなさい)

(近づいちゃだめなのか? )

なのは様の初の勇姿だ。できれば近くで見たい。

(当たり前でしょ。今夜の事件は危険度が最も高いわ。なのは覚醒してないし、ユーノは負傷してるし、不確定要素を入れるわけにはいかないわ。希が見たいって言い出したのよ。これでも妥協してるの。それから、接点を作ったら魔力資質をユーノかレイジングハートに見てもらいなさい。ここは私も興味があるのよ)

(なんでまた? )

(私と希の世界と私達のことよ。確かにこの子と私には特別な力がある。私はその力を使いこなしているけど、生まれたときから使っているから、今まで疑問に思ったことはなかったの。まあ、私は自分の存在を幽霊みたいなものだと考えていたけど、別の視点が欲しいとこね。魔力資質の検査はその一環なの)

(かっこいいじゃん。どんな力だよ? ちなみに俺は高い魔力量があるけど、一回の放出量が少ないのが欠点だ。複数の掃討戦なら誰にも負けない自信があるぜ。あとこれは自爆技になるんだが…(興味ないわ、私たちの話をするわね))

途中で遮られた。ひどい奴だ。だが、俺がデバイスを得た暁には認識は変わるだろう。カナコは続ける。

(私たちのちからは、私と希の世界そのものが象徴している。それから、その世界は魔力で構成されている可能性があるわ。だから、闇の書事件が起こって魔力を蒐集されたら、どんな影響があるかわからない。最悪を想定するなら、私とあなたは消えて、希は眠ったまま起きないなんてことも考えられる。
だから、あなたは思いつきで言ったかもしれないけど、私にはそれなりに考える材料にはなったわ)

(そうか。まあ、役立って良かったよ)

(見てもらったら、ふたりに戦えるかどうか判断させるから、先のことはそれから考えるわ。今回は外での危険が大きい。あなたにかかってる。仮にも戦いの記憶があるんだったら、危険察知能力はあるわよね? )

「危険察知能力? 任せろ!! これでも致命傷を避けるのは得意なんだ」

前世では部隊は全滅したが、俺だけは生き残ったんだからな。魔力は覚醒していないが、そのくらいはできるだろう。

(保険は用意してあるけど、しっかり働きなさい。この身体はあなただけのものじゃない。私たちは運命共同体なんだから)

カナコはそう言って中に引っ込んだ。ほう、どうやら今回は俺に任せてくれるようだ。ご期待に応えてやろうじゃないか。





ここから始まるんだな。俺の物語が…

新たなるアトランティス最終戦士の物語が…







「……さん」

(ん? )

「雨宮さん」

(やべ! 呼ばれてる。俺じゃなく私に切り替えないと…)

「は、はい」

いつのまにか、先生が近づいてる。だいぶ近い、近いなぁ。

先生が近いことを認識すると、急に希レベルの症状が押し寄せる。不意打ちはきつい。先生は前より苦手になったくらいだ。

(先生近いです。前は大丈夫だったけど、今はその距離はきついんですぅ。)

先生は困った顔で、

「どうかしましたか? さっきの先生の質問を聞いてましたか? 雨宮さんにどんな仕事がしたいか聞いたんですよ」

(えっ …質問? 仕事? もう! こっちはそれどころじゃないって言うのに、涙も出てきたし、とりあえず何か答えないと… )

「わ、私はアトランティスの魔法少女になりたいです」


私は涙をこらえながら、何とかそう答える。すると、ぶわっと先生の目から涙が出てきた。

「そ、そうなの。そうなれるといいわね。強く生きてね。ちょっと、先生、顔洗ってくるわね。みんな、ちょっと待っててね」

先生は教室から出ていく。ようやく離れてくれた。でも、なんで教室出ていくんだ? 

私は自分のことだけで、先生がなぜ教室から出ていったかわからなかった。周囲は私の方を見てヒソヒソ話してる。

私、何か変なこと言ったかな? このくらいの年の子ならおかしくないと思うんだけど。アリサが気むずかしい顔をして近づいてくる。

「そうじゃないかとは思ってたけど、アンタってまだまだ夢見る年頃なのね。あんなに必死に言われたんじゃ誰も笑えないわ」

失礼なことを言わないでよ。今は言えないけど本当にそうなるんだから。絶対なんだから。



ーーーーーーーーーーーーーーー

放課後





なのは様とアリサとすずかと一緒に歩いて帰る。今はアリサおすすめの公園の近道だ。私は上機嫌でテンションも上がっていた。ユーノ君との接触まであと少しだ。

「希ちゃん、目と腕の包帯はまだ取れないの? 」

「そうね、まだ疼くわ。…うっ!」

「大丈夫? 希ちゃん」

私が右手を苦しそうに押さえると、すずかは心配そうに聞いてきた。

「まずいわ。封印が解けてる。このままではこの右腕に封印された鬼が蘇ってしまう。封印の巫女の力が必要だわ。でも、本家の封印の巫女はすべて死に絶え、後は遠い血筋の分家の娘を訪ねてきたのだけど、どこにいるのかしら? 」

三人とも固まってる。私はかまわず続ける。

「おお、そこにいるのは」

私はなのは様の手を取る。

「へっ!? 」

なのは様はきょとんとしてる。

「あなたこそ封印の巫女ね。私の右目は見えなくとも、あなたの霊力をとらえてます。なんと素晴らしい霊力。あなた様は歴代の巫女でも屈指の才能を持ち合わせているに違いないわ」

ようやく理解が追いついてきたのか、なのは様は苦笑し、すずかは吹き出してる。アリサの目は冷たい。

「さあ、私と共にこの戦いを終わらせましょう」

私はなのは様の肩を抱いて、そう締めくくる。……ふっ、決まったわ。

「くすっ 希ちゃんって演技うまいよね~ 女優さんみたい」

「アンタ、こんな道の往来で恥ずかしくないの? 」

「希ちゃん、なんでいつも私なの~ 」

三者三様の答えを返す。

「アンタ機嫌いいわね」

「実は昨日ね。夢を見たの。場所はここの近くで、お化けと誰かが戦っているの」

「えっ!?  」

なのは様は驚く、やはり同じ夢を見ていたか。

「もしかして、何かの前触れかしら。なのはちゃんに会ったときみたいな」

意味ありげに言う。なのは様へのアピールを忘れてはいけない。

(誰か聞こえますか? )

「「えっ!? 」」

なのは様と私は反応する。

「今、何か聞こえなかった? 」

となのは様、もちろん私も聞こえましたよ。

「えっ、なのはちゃん? 」

すずかは答える。アリサも訳がわからないという顔をしてる。私はどう答えるか考えているうちに、なのは様は

「こっち? アリサちゃん、すずかちゃん、希ちゃん、ごめん」

手を合わせて、藪の中に入っていく。

「ちょっと! なのは! 」

「待って! なのはちゃん! 」




…発見したのはフェレットことユーノ君だった。ようやく会えたね。長かったよ。ここまで来るのは。



それから、私たちは槙原動物病院にいる。だが、私だけ入り口からのぞいていた。槙原医師はそんな私を見て、人見知りする子だと思ったのか安心させようと微笑みかける。

ビクッ、ひいいいいい~

その笑顔が怖いです。私には肉食獣が威嚇しているようにしか見えません。命の危険を感じます。せっかくの美人なのに近づけないこの体が憎い。結局みんなが帰るまで動けなかった。

ユーノ君は病院で一晩預かることになった。流れ通りだ。あとは救援のテレパシーを待つばかりだな。



私は家で待機している。



まだかな、まだかな

「誰か、誰か、聞こえますか」

聞こえた。キタァーーー とうとう始まる。


私はこっそり家を抜け出すと暗い闇の中を走る。顔が熱い。心臓はドクドクして興奮で高ぶっている。今までにない高揚感だ。

ここより先は雨宮希ではなく、アトランティス最終戦士として行くぜ。





そうして、















「君、こんな時間に何してるんだ。ダメじゃないか。こんな時間に出歩いて」



私の計画は出だしから最大のピンチを迎えた。








(無様ね)

こんなカナコの一言が聞こえた。



作者コメント

原作沿いは難しいですね。




[27519] 第十一話 シンクロ魔法少女ならぬ○○少女?
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/15 10:56
第十一話 シンクロ魔法少女ならぬ○○少女?



日本の治安を守るお巡りさんに見つかった。考えてみれば当たり前だ。こんな時間に小さな女の子が歩いていれば補導されるに決まっている。まだ背中から声かけられただけで顔は見られてない。すぐ角を曲がればなんとかなるか。

私はふり返る間もなく走り、右手の細い路地に入る。

「あ、コラッ! 君、待ちなさい」

お巡りさんは不意をつかれたのか、慌てて声をかけてくる。誰が待つかよ。はははっ、また会おう明智君。…誰だよ?





細い路地を抜けていくが、右腕と右目を怪我していて、思ったより走りにくい。このままじゃ追いつかれるような気がする。



「痛ったぁ~ 」

急に右腕に痛みを感じて立ち止まると、右腕の肘の近くから血が出ている。狭い路地と右目が見えないせいで、気づかずに右腕を壁にこすって怪我をしたらしい。尖ったところだったらしく、血は勢い良くドクドク流れている。泣きたい。

(痛い。ここせまいなぁ。おかげでお巡りさんもすぐには追いつけないみたいだけど)

そんなことを考えていた私をさらに追いつめる事態が判明する。細い路地から少し広い場所に出たのだが、

「行き止まり。そんな! 」

行き止まりである。しかも一本道だったので、他に道はない。どこかに隠れる場所もない。こちらに走ってくる音はどんどん近づいてくる。姿は見えないが、もうすぐここに来るだろう。

補導されるなんて恥ずかしすぎる。補導少女なんていやじゃ~ なのは様やフェイトはよく捕まらなかったもんだ。魔法少女だけに適用されるルールとかあるんだろうか?

「どうしよ? ここをなんとかやり過ごすにはどうしたらいい? 考えろ。考えるんだ」

足音は近い。10秒もないだろう。隠れる時間はない。

(手持ちは何もない。腕痛いし、んん~と …腕? これしかない! )

私は覚悟を決める。大丈夫、他に手段はない。ダメで元々だ。落ち着いていこう。

(何をする気? )

カナコが聞いてきた。

(まあ、見てなさいって)








…私はとってもかわいそうな女の子。探し物をしているの。自分自身に暗示をかける。女優魂をみせてやろうじゃないか。舞台は始まっている。







私はお巡りさんが来る方向に背中を向けて、膝を折ってかがむと、両手を両目に当てて、シクシクと泣き出した。その間に工作を進める。

足音が止まる。そして、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

「ダメじゃないか、こんな時間にこんなところで、君どこの子だい? 」

お巡りさんはこっちが泣いていることに気づいたのか、少し離れたところから、優しく声をかけてくる。私は無視して泣き続ける。

「え~ん、え~ん」

「どうしたの? 」

「え~ん、え~ん」

「お嬢ちゃん? 」

お巡りさんは無視して泣き続ける私に優しく声をかけてくれる。いいひとだな。私はとても泣きながら悲しそうに話す。

「え~ん、え~ん、見つからないの」

「見つからない? 何だい? 」

「ぐすっぐすっ 私の大事なもの」

「大事なもの? それは何だい? 」

お巡りさんは泣いている私を気遣い、ゆっくりと聞き出そうとしている。そして、私は次の一言を口にする。








「 ……右目がないの」

「み・ぎ・め? 」

お巡りさんはゆっくりと一言ずつ発音する。まだ、理解できていないようだ。私は泣くのやめる。ゆっくりと立ち上がると背中を向けたまま感情のない声で言った。

「右目がないの」

「右目って何だい? 」

お巡りさんは急に泣きやんだ私を疑問に思いつつ、確認するように聞いてくる。私は淡々と答える。

「私、右目がみえないの。どこかにあるはずなの。だってここで無くなったんだから」

「な、無く ……なった?」

お巡りさんは声が震えだしてきた。私の異常さにようやく気がついたようだ。

















「あはははははははははははははは・・・」

そうして私は壊れたように笑い出す。今の私は恐怖の支配者だった。お巡りさんは完全に恐怖で固くなっている。そして、私は楽しげに言う。


「あははははははは… ねぇ? おじさん、おじさんの右目、私に、私に、くくくくっ」

私はここで振り向くと、血で汚れた包帯の着いた右目と血まみれの顔を見せつけて、求めるように血で汚れた手をのばし、狂気をこめて言った。










「ちょおだ~い~」












「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁ」

お巡りさんは腰を抜かすと、信じれない悲鳴をあげた。うおっ! こっちがビビったぢゃないか。

(すご~い)

あれ? 誰だ? カナコじゃないな。この感じはシンクロしているようだ。



(ねぇ? )

カナコが話しかけてくる

(何? )

(今日ほどあなたを恐ろしく思ったことはないわ。それから、今、シンクロしてるわね)

賞賛をこめて言う。まともに誉められたのはこれが初めてかもしれない。






ちょうどその時、今まで感じたことがない感覚がひろがっていく。

景色の色が夜の闇からモノクロに塗り変わっていく。
気がつくとお巡りさんはいなくなっている。

「何だコレ!? そうか。ユーノ君の広域結界」

そう言えば忘れていた。これを待っていれば魔力資質のない人間以外は結界の外に出ることになるから、捕まっても大丈夫だったかもしれない。無駄だったかな?

そうだ。なのはちゃんどこに? とにかく、広いところに出て探そう。

私は来た道を戻ると、当たりを見渡す。どっちだ?



爆発音が聞こえる。

こっちか。何かぶつかる音が聞こえる。あっちは槙原動物病院だ。間違いない。

私は急ぐが、さっきも走ったので、息が上がっている。思うように行かないのがもどかしい。

だいぶ離れた場所に桜色の光の柱が立つ。きれいだ。思わず見とれてしまう。これがなのはちゃんの光か。
おそらくレイジングハートのセットアップの光だろう。最初の変身は見逃してしまったようだ。

ちょっと遠いな。間に合うかな。私は光を頼りに追いかける。モノクロの空に桜色の光がときどき輝く。音も近くなってきた。

(ちょっと、近づきすぎ、もう少しゆっくり動きなさい。気配の動きが変わったわよ)


カナコのあわてた声で立ち止まる。あれ? なんか音だけ近づいてくる。私がそんなことを考えている、わずかな間に大きな影がドンッと降りてきた。







顔を上げると、軽く大人二人分はある黒くて丸い影のような怪物が、赤い目でこちらを睨んでいた。










「なんで、こっち来るの~ 」

怪物は黒い腕ようなものを振り上げ、私に向けて放つ。

あ、これヤバ、これは死ぬ。




時間がゆっくり流れる、スローモーションのように振り降ろされる腕を見ながらそんなことを考えていた。
















(何立ち止まっているのよ!! 役立たず。…代わるわよ)

そんなカナコの声が聞こえた。

気がつくと私は化け物の攻撃を左に避けていた。体が勝手に動いたようだ。


私のいた場所はへこんで、粉塵が上がっている。




危なかった。本当に死ぬところだった。


(なぁ、カナコ? )

(うるさいわよ。カナコさんは今忙しいの)

(おまえ、希ちゃんの身体動かせるんだな? )

(そうよ。ほらっ! あなたも動かしなさい。一人だけじゃ大変なんだから)

身体のコントロールはすでに俺のものではないが、感覚は残っている。シンクロしているようだ。俺は身体の感覚をカナコの意志に合わせてみる。

(そう、それでいいわ。走るわよ)

私たちは、なのはちゃんのいる方向へ飛び出した。すごく疲れるがそんなことはおかまいなしに身体は動く。なんでこの体でこんなに動けるか不思議だ。しばらくすると、反対から誰か走ってくる。桜色の光、なのはちゃんだ。

助かった。私はなのはちゃんに走りながら助けを求める。

「なのはちゃーーーーん」

「えっ!? 希ちゃん?」

私はなのはちゃん飛びついた。

「どうしてこんなところに? きゃああああーーーー」

あっ、顔血塗れだった。そら驚くわ。

「なのはちゃん、しっかり」

私は意識が飛びそうななのはちゃんに声をかける。

「はっ!?  ……希ちゃん大丈夫? 血塗れだよ」

なんかいろいろありすぎて混乱してますね。

「大丈夫。それより、あれって何? 」

私は化け物を指す。

「私にもよくわからないんだよ。とにかく、私の後ろに下がっていて」

私はなのはちゃんの後ろに回る。化け物はすでにこちらに向かって飛んできている。

「プロテクション」

レイジングハートが化け物の攻撃を魔法陣で防ぐ。

「リリカルまじかる」

なのはちゃんが呪文を唱える。いつのまにか、ユーノ君も来てる。なのはちゃんに続く。

「封印すべきは忌まわしき器 …ジュエルシード」

「ジュエルシード封印」

なのはちゃんはレイジングハートをクルクルと回し、敵に向ける。レイジングハートが光ったかと思うと、ピンクに輝く帯が化け物を縛っていく。

「りりかるマジカル。ジュエルシード、シリアル21、封印」

桜色の光で貫かれながら、化け物は消えていった。おお、感動だ。これだけでも見られてよかった。


ーーーーーーーーーーー

その後、ジュエルシードをレイジングハートに納めて、人が集まる前に公園へ移動した。

私は公園のトイレに入ると血で汚れた顔を洗い、身だしなみを整える。なのはちゃんとユーノ君はお互いに自己紹介やら話をしている。さて、こっちもユーノ君との接点を作らないとな。

「あっ…… 希ちゃん、大丈夫?」

「うん、ちょっと擦っただけだから。それより、なのはちゃん」

「なにかな? 」

私はなのはちゃんの前に立つと、息を吸い込んでなのはちゃんの手を掴んで言った。

「すごい!! すごい!! なのはちゃん、魔法使いって本当にいたんだ。やだかっこいい。マジパネェ~ そのユーノくんしゃべれるの? しゃべれるんだ~ すごいね」

(あれっ? 何かこういうこと言うつもりはなかっただけど、まさか希ちゃん? )

興奮する私になのはちゃんは驚いていたが、ふと何か思い出したようにして苦笑いをした。

「希ちゃん。こういうの好きだもんね」

「なのは、どうしたのこの子? それに、僕、名前言ったっけ?」

ユーノ君が不思議そうに聞いてくる。

「ふ、ふたりの会話聞こえてたから」

「そうなんだ」

私達は簡単に自己紹介をして、時間も遅かったので、後日話を聞く約束をして別れた。その後、希ちゃんは引っ込んだようだ。










帰り道。私は今日のこと思い出していた。

いろいろとアクシデントはあったが、とりあえず目的は果たせた。結果オーライだろう。






家に帰りつく。このときの私はさっきのことで頭がいっぱいで、本当の恐怖はこれからということに気づいていなかった。















「みーちゃん、どこいってたの?」

沈んだ声、乱れた髪、涙で濡れたうつろな顔、立ってはいるがふらふらして足がおぼつかない。今日ばかりはやさしいおかーさんの顔が幽霊のように見えた。怖ええええ

(まあ、当然よね)

カナコの一言がすげーむかついた。







余談



これは少し先のお話

ある日の昼休み、何日か前からなのは様はいない。管理局とジュエルシードを集めている。決戦は近い。
いつものように屋上で、昼ご飯を食べながら、おしゃべりしていると、すずかがこんなことを話し出した。

「明日ウチのクラスに新しい先生が来るんだって」

「へぇーー」

アリサも関心を示す。

「どんな人だろね」

「何でも優秀な先生で公立からわざわざ引き抜いたんだって、理事長先生ってそういうの好きみたい」

「胡散臭い話よね。幽霊がいるホテルとかと一緒よ」

すずかは手を叩く。なにか思い出したようだ。

「そういえば、最近ね。このへんに女の子の幽霊がでるんだって」

「幽霊? 」

「なんでも事故で死んだ女の子が成仏できず、さまよっているんだって。場所は …ほらっ、大学病院から槙原動物病院に向かうときに通るあの住宅地の道路」

「ふ~ん」

アリサはこの話にはあまり興味がないようだ。

「まさか、ね」

私はなんとなく嫌な予感がした。

「それでね。お巡りさんが夜にね。包帯巻いたもの凄く髪の長い細身の女の子をみつけてね。不審に思って声をかけたんだって、そしたら、女の子背中向けたまま黙って細い路地に逃げたみたい。
そこから先は一本道で行き止まりだから、お巡りさんも不思議だったんだけど、追いかけないわけにはいかないから、あと追ったらね。途中から道に血の跡がついてたんだって」

私は汗をだらだらかいてきた。その様子に気づいたアリサはニヤニヤしながら声をかけてきた。

「何? アンタ怖いの? 」

「そんなことはありません」

これは別の汗だ。

「幽霊なんているわけないじゃない? 」

「別の世界で幽霊だったあなたに言われたくありません! 」

「何言ってのアンタ? 相変わらず変な事ばかり言うわね。すずか続けなさいよ」

アリサはすずかを促す。そうだ。よく聞いておかないと。

「うん。行き止まりに着いたら、今度はね、背中を向けて女の子が泣いているの。お巡りさんはね、どうして泣いてるのって声かけたんだって、そしたら、女の何て言ったと思う? 」

「何て言ったの? 」

「右目がみつからないって言ったの」

「 ……へぇ、ま、まあ、ありがちよね」

アリサは強がってはいたが語尾が弱々しい、怖くなってきたようだ。

「お巡りさん、だんだん怖くなって来たんだけど、確認するためにもう一度聞いたの。そしたら、女の子が立ち上がってこの世のものとは思えない声で笑いだしたんだって
こうかな? 








くけけけけけけけ」

アリサは顔が青くなってる、すずかは意外と話上手いな、将来私と張り合うかもしれん。くけけって何だよ? あははだろ!

「そうして、振り返って顔を見せると、顔を血塗れで、右目は穴があいてたんだって」

「ひっ!! 」

アリサは完全に入り込んだようだ。

「そうしてね、笑いながら言ったんだって」








「おまえの目をよこせーーー」

私はアリサの耳元で叫んだ。

「きゃああああーーーーー」

アリサは飛び上がった。うんうん理想的な反応だ。

「アンタねぇ」

アリサは抗議の目でみてる。すずかは不思議そうに見てる。

「希ちゃん。この話知ってたの? 」

「うん、まあね」

「おかしいなぁ? この話は誰も知らないと思ったんだけど、あっ、続けるね。その後はね、お巡りさんの目の前で女の子突然消えたんだって、すぅーーって煙みたいにね、でもね、そこから少し離れたところがものすごく壊れていたり、血の跡は今も残ってるみたい。」

「そのお巡りさんはどうしたの? 」

私はおそるおそる聞いてみた。

「その後、お仕事を辞めたみたい。家の知り合いで屋敷の外を防犯のために回ってくれてた人でね。辞めるとき挨拶に来たんだって、そのときおねーちゃんがその話を聞いたんだけど、何でも女の子を成仏させるためにお坊さんになるんだって、お寺へ弟子入りしたって、あの少女の霊は相当強力なんだろうって …希ちゃんどうしたの? 」

「ごめんなさいごめんなさいほんとすいません」

私は運命を狂わせた男を思ってひたすら詫びた。髪を捨てるなんてとんでもない。すずかとアリサはその様子を不思議そうに見てた。



作者コメント

ホラー風味に書けたか心配です。
そういえば地味にシンクロイベントにもなりますね。




[27519] 第十二話 ないしょのかなこさん
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/16 21:30
第十二話 ないしょのかなこさん



今、私は自分の部屋だ。少し赤くなってヒリヒリする左頬を押さえながら、先ほどのやりとりを思い出していた。








ピシャリ


おかーさんに言い訳しようとしたが、いきなり頬を叩かれた。

私は突然のことで何が起こったかわからず、唖然としてしまった。こういうことをされたのは初めてだった。痛いです、おかーさん。

「こんな時間にどこに行ってたの? 」

おかーさんの声は小さく低く、こもるような怒りを感じさせた。私はいままでにないおかーさんの態度に縮みあがった。

「あ、あの …おかーさん、ごめんなさい。」

私は消えるような声で答える。

「どこに行ってたの!! 」

今度の声は大きく強く、詰問するような声だ。その迫力に私はすっかり参ってしまった。もはや、何を聞かれても答えるだろう。

「動物病院に、今日、見つけたフェレットが気になって」

「こんな時間に行くなんて何考えてるの!! おかーさんとおとーさんがどれだけ心配したと思っているの!!! 」

おかーさんは悲鳴のような大きな声で、涙を流しながら訴える。これがトドメだった。

「ごめんなさいごめんなさい。わ~ん」

私は心は大人のはずなのに、子供にように泣いた。思い出すとすごく恥ずかしい。

その後、家に入るとおとーさんのお説教コースが待っていた。今どき正座で一時間なんて前時代的なことをするなぁ。最後に言われたのはしばらく外出禁止である。これには再び泣きそうになった。しかも、次の日曜までだから、ジュエルシード集めを3回も立ち会えないなんて、痛恨の一撃である。







ああ、疲れたもう寝よう。

だが、今までは前半戦、次は後半戦だった。








気がつくと希ちゃんとカナコの世界だ。カナコは腕を組んで、冷たい目でこちらをみてる。










「あなたには失望したわ。よくも騙してくれたわね」

「いきなり、それはないんじゃないでしょうか? 」

「わたしは言ったわよね。今日の事件はあなたにかかっているって、それが何よあれ! もっとましに動けないの? 」

「そう言われても、急に来たから、さっぱり反応できなかったんだよ」

うん。俺は悪くない。運が悪かっただけだ。そんな俺にカナコは皮肉で返す。

「アトランティスの哀愁戦士なのに? 」

「最終戦士だよ。まだ、魔導師として覚醒してないしな」

「それでも、あのくらいは反応して欲しいわ。音と気配でわかったはずよ。私が念のため予備動作をしてたから良かったけど、当たったら危なかったわ。そもそも、アトランティスの最終戦士って何よ。怪しすぎる。この世界の未来がわかるからって信じた私が馬鹿だったわ」

「ちょっと待ってくださいカナコさん、俺の存在意義を否定しないでいただけませんか。それから、あなた、どこの達人ですか? 気配とか、なんでそんなのわかるんだよ」

「あのくらい反応は普通じゃないの? 私、生まれたときから使えたわ。見えなくても近づいてくるのはすぐにわかったわよ」

何でもないように言うカナコ。だが俺にはある疑問が湧く。カナコは自分を基準にしていて、他人のレベルがわかっていないんじゃないだろうか? 意外と世間知らずなのかもしれない。

「カナコ、普通の人間は見えないものの動きなんてわからないぞ。俺だって、魔力が覚醒してなければそんなもんだよ」

カナコはたじろぐが、すぐに睨みかえしてきた

「う、うるさいわね。ちょっと勘違いしてただけじゃない」

開き直りましたねカナコさん。他にも気になることがある。

「希ちゃんとカナコは一体どんな人生を送ってたんだ? 日本にいたのか? どっか別の国にいたとか、実は家族とは仮の姿で傭兵一家ってオチはないよな」

「いいとこついてるって言いたいけど、傭兵一家って何よ。ハリウッドの見すぎよ。それからちゃんと日本にいたわ。あなたの周りの人間は普通の人間よ」

「じゃあ、カナコは何者? 」

「それは前に話したわ」

「そうじゃなくてさぁ。俺は確かに特殊な記憶があるけど、カナコだって現実でもあんなのに反応できるんだったら、ただ者じゃないはずだ」

「さあね、もしかしたら、あなたと同じアトランティスの究極戦士なのかも」

少し苛立つ俺をカナコは煙に巻こうとする。切り口を変えてみるか。

「それはいいよもう。代わりに答えてくれ。危険から守るためだったら、外にはカナコが出ればいいじゃないか? どうして外にでないんだ? 」

カナコは少し考えて答える。

「私は表に長く出続けることができない。あなたは一日でも一週間でもずっと外に出てられるけど、私にはそれができないの。出続けるのは一日が限度ね。優先する仕事があるし、ここ黒い影たちがねらっているのよ。
それに、ものすごく疲れるの。私の今の仕事に差し支えるわ。それが一番困るの」

「なんで俺は出続けることができるんだ? 」

「さあ、鈍いからじゃない? 」

「なんだよそれ、まじめに答えろよ」

「言えないのよ」

「また、それかよ」

「言わないんじゃなくて言えない。ここに何か感じて欲しいわね。団長さん」

「どこの強キャラピエロと額十字入れ墨だよ。でも何となくわかった。他になんかないか? 」

「じゃあ、今後の方針について少しね。これを見て」



カナコが頭上に手をかざすと光がはじけて、一冊の本が落ちてくる。本は空中ですっとカナコの手に収まる。見た目は茶色く分厚い本革の本で魔導書みたいだ。

「これは希の本の写しね。私が管理用に手元に置いてるの。名前は希のちからの名前をもらって、希プロファイルっていうの。これまでのシンクロについて書いてあるわ。」

「へぇ… 」

カナコが本を広げるとほとんど白紙だが、少し何か書かれているようだ。4項目ある

① シンクロイベント ともだち
② シンクロイベント 黒い影に立ち向かう
③ シンクロイベント 魔法少女は実在する

④ シンクロイベント いたずらな幽霊少女

「短期間で4つよ。シンクロの効果はすでに説明してあるわよね」

「ああ、希ちゃんの心の傷を効率良く癒すイベントなんだよな」

「そうよ。思った以上の成果が出てる。これからはもっとシンクロイベントを意識してね」

カナコの声は弾んで嬉しそうだ。しかし、俺はふと疑問に思ったこと聞いてみる。

「おかーさんはシンクロイベントに含まれないのか? 」

「おかーさん? …なんで百合子が出てくるのよ! 」

さっきまで嬉しそうだったカナコは目に見えて不機嫌になっていく。

「百合子って… なあ、前から聞きたかったんだけど、カナコは希のおかーさんが嫌いなのか?」

「嫌いだわ」

きっぱりと言う。

「どうして? 」

「あなたにとってはいい母親かもしれないけど、私にとってはそうとは限らないわ。考え方や立場が違うから当然ね。評価はしてるわよ。希の心の病を理解して、希用の食事の作り方、接触の仕方を考えている。希が食べるものが増えたのも百合子との接触に不快感が薄いもの全部百合子の努力の賜だもの。でも、この家はカッコウの巣の上だけどね」

カッコウ? なんだそりゃ。

「そこまで、評価してるのに嫌いなのか? 」

「理性が認めても感情が認めないわ。わかりやすく言うと嫉妬なの」

「嫉妬か。意外だな」

カナコはあんまり感情とかに振り回されないイメージを持っていた。それに嫉妬とかあまり認めたくない感情ではないのだろうか?

「そうでもないわ。百合子がしていることは、私がしたいことだもの。もし、私に肉体があれば必ずそうしてるわ。かなわない願いだけど」

「カナコは希ちゃんのおかーさんになりたいのか? 」

「おかーさん。 …そうね。そうだと思う。でも今の関係で満足しないと贅沢だわ。いま私がやってることだって、きっとあの子のためになる」

その表情は柔らかく、優しいおかーさんのようである。カナコは希ちゃんのことを思うときはこんな顔になる。カナコはなんでそこまで希ちゃんにこだわるんだろう? 見た目は同じくらいにしか見えないしな。

いろいろ考えることはあるが、今は話を戻そう。

「カナコ俺の最初の疑問に答えてない」

俺が聞くと、カナコは少し間をおいて答える。

「そうね。私が考えるのはシンクロイベントは友達との関係から生まれているわ。子供には親より友達を優先したい時期あるわ。そうやって親から離れて周囲と関係を作って自立していくの。正しい成長の過程よ。あなたはまだ母親のおっぱいが恋しいのかしら? 」

カナコはいたずらっぽく微笑む。 …なんというか照れる。

「からかうなよ。そんな年じゃない。でも、友達云々は確かにそうだな」

俺が納得して答えると、カナコは下を向いている。あれ?

「どうかした? 」

俺が聞くと、カナコは困ったような顔をしている。

「さっきのこと。私、あなたに話していないことがたくさんある。それが何なのか今は言えないけど、ちゃんと意味があるからそうしているということを信じてほしい。少しだけ言うなら、あなたという存在の存続に関わっているの。そして、強くなったとはいえあなたはとても儚い存在なの。あなたがいなくなるのは困るわ」

「ああ… 」

いろいろ疑問はあるが今は問わないことにした。







作者コメント

今回はあまり進みませんでした。

意味深なことばかりですいません。ちゃんと広げたふろしきたたみますからご勘弁を。



[27519] 第十三話 魔力測定と魔法訓練
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/20 07:54
第十三話 魔力測定と魔法訓練 



なのは様はあれからジュエルシードを3つ集めたらしい。私も見たかったが、先日決まった外出禁止の件で、おかーさんが学校まで迎えに来るようになった。この間の件も気になったので、車は使わず一緒に歩いて帰ることにした。おかーさんは少し神経質になっているのか、車が通るのをしきりに気にしていた。

…そんなに心配しなくてもいいのになぁ。

日曜が過ぎて、ようやく外出の許可をもらって、包帯も取れた。



待ちに待った魔力を測定してもらう日だ。

学校帰りにそのままなのは様の家に向かう。女性恐怖症のせいで少し遠回りなってしまった。

そして、今はなのは様の家。ユーノ君とレイジングハートも一緒だ。





とうとう隠された俺の才能がわかるときが来たのだ。

念のためユーノ君に結界を張ってもらっている。俺のちからが漏れたら周囲に迷惑がかかってしまうからな。……ふっ


俺はレイジングハートを手に取り呪文を唱える。

なのは様はなぜか苦笑いだ。

レイジングハートが輝き、俺の身体から魔力が引き出される。なのは様のときのような光が立つ。色は黒だ。



やだかっこいい。しびれるぜ。やがて光は収まっていく。アレ? セットアップは?



「魔力測定終了しました。」

「どうレイジングハート? 」

「魔力値推定AAAクラス 良い魔力をお持ちです。しかし、魔力の質と波長が絶えず変化して安定してません。また、頭部にリンカーコアから魔力供給を受けて存在する高密度の魔力情報体が存在して… 」

最初はいい感じだったんだけど、なんか怪しくなってきた。ユーノ君は真剣に聞いている。解説を頼もう。

「教えて、ユーノせんせ」

「せんせ? 希は魔力自体はものすごく高い。なのはと同じくらいはあるよ。けどクセがあってレイジングハートじゃ把握しきれないって、レイジングハート。彼女を使用者登録できる? 」

「いいえ、外部使用者は可能です。探索・封印のみ機能開放できます」

「探索と封印はできるみたいだね。僕と同じくらいかな」

「なのはちゃんと同じくらいなのに、どう違うの? 」

「質と効率かな? 希の場合は、魔力の質と波長が安定しないことと余分な情報が入っていてレイジングハートはそれを生かせない。時間がかかってしまうし無駄になってしまうんだ。魔力変換資質が高いのかな? 」

そういえば、デバイスは乗り物みたいなものだって言ってたな。魔力を乗り物の燃料として考えるなら、なのは様はハイオクガソリンで私が不純物だらけの軽油みたいなものか? 不純物の正体が気になるところだ。フェイトは電動だろう。

「専門の機関で魔力資質を検査するといいかもね。性質を特定してもらえば、デバイスマイスターにカスタマイズしてもらえると思う。魔力を生かして100パーセントの力を出せると思うよ」

なんだかえらく遠回りになりそうだ。

「それにしても、頭部に高密度の魔力情報体ってなんだろう? これも専門施設で検査してみないとわからないよ。希はレアスキル持ちでそれが不完全に発動しているのかも? 」

おお、レアスキル良い言葉だ。

「レアスキル? 」

「使う人が限られている、特別な魔法の事でね。中には、世界で一人しか使えないものもあるんだって、でも、今の段階ではわからないよ」

「つまり…」

私はユーノ君の顔をじっと見る。ユーノ君は申し訳なさそうに下を向きながら答えた。

「その、言いにくいんだけど、レイジングハートはなのはが使った方がいいし、僕はデバイスなくても、結界魔法やバインド、転送魔法みたいな支援系が得意だから、なのはのサポートができる。希はデバイスないし、他の魔法も使えないから、危険が大きいと思う」

「私も同意見です。魔力資質が高いと、標的になります。自衛手段を持たないあなたは危険です」

「手伝うのはダメってこと? そんなぁ~」

「ごめんね。希ちゃん」

せっかく高い魔力があるのに、戦力外通告とは参った。

(決まりね)

カナコの無情の宣告が響く。


現状ではなのは様の足を引っ張るだけだ。先日みたいに巻き込まれたら最悪だ。管理局が来るまでは静観するのが一番だろう。でも、フェイトとの接点は作って置きたい。これは、すずかの家に行くときがいいだろう。

それ以外で何かすることはないか? そうだ。ユーノ君には悪いが力を借りよう。

「ねぇ、ユーノ君、お願いがあるんだけど」

「何? 」

「私ね。どうしてもなのはちゃんみたいになりたいの。でも、危ないから手伝えないのはわかる。だからね、魔法を教えてほしいの」

「魔法を? 」

「うん、もちろん、ユーノ君がジュエルシードの事ですごく忙しいのはわかってる。だから、時間があるときでいいの」

私は一生懸命お願いする。すると、今まで黙っていたなのはちゃんが口を開いた。

「ユーノ君、私からもお願い」

なのはちゃんは私に味方してくれた。うれしいな。アレ? シンクロいつのまに。

「う~ん、なのはがそう言うなら、仕方ない。あんまり時間は取れないし、教えるのはあんまり得意じゃないけど、それでもいいなら」

「もちろんだよ」

というわけで、私はユーノ君から魔法を習うことになった。




そのなかで、私はかねてから気になっていたこと聞く。

「ユーノ君、私は魔力は多いけど一回の放出量が少なかったりする? 」

「瞬間最大出力のこと? 個人差はあるけど、極端に少ないってことはないと思うけど」

あれ? そうなの。アトランティスの最終戦士だった頃は魔力は多かったけど、一回の放出量が少なくて苦労したんだけどな。どうもあの頃とは勝手が違うようだ。

苦労しながらもレイジングハートを使えば、簡易な魔法は使えるようになった。

ミッドチルダ式の魔法や座学もしたが、物理とか数学的なことは苦手だ。もっと実践的なことがしたい。




それから、自宅で魔法のイメージ修行をしていたら、髪の毛に魔力を通して、自在に動かせるようになった。どんなものでも物を掴むことができるし、色や形、質感まで変えることができる。







やったね。 







…なってどうする。

四天王でも目指そうかな? 

このちからはなのは様を驚かせるためにしばらく秘密にすることにした。






魔法の勉強の時は希ちゃんと何回かシンクロしたので、カナコがずいぶん喜んでいた。

ユーノくんが簡単なミッドチルダ式魔法を教えてくれたときに、俺にはさっぱりだったが、シンクロしてた希ちゃんは見ただけで再現してユーノ君を驚かせる。しかし、何日かすると飽きてしまって自分の中に引っ込んでしまった。

(もう飽きた。つまんない)

その一言が印象的だ。もったいない。そういえば、声は聞こえたことはあるが言葉を交わしたことはまだない。どんな子なんだろう?



今は私の部屋だ。ベットに横になりながら、心の中でカナコと話をしていた。

(あの子、飽きっぽいのよ。一度見たものは完全に覚えてしまうし)

(ち、ちょっと待て。何だよそれ。そのうらやましすぎる能力は! 希ちゃんって実はすごい子なのか!? )

俺は軽く興奮していた。

(あの世界の本は記憶の象徴よ。綺麗に横に並んでいたでしょ。あなたの本棚の記憶の本は縦積みになってた。新しいもの事や印象に残っている事が上に積まれていく傾向にあるわ。下にあるものほど取りにくい。つまり、思い出すのが難しいってことよ。人間の記憶はあなたみたいに条件によって優劣があるのわ。希にとってはどんな記憶も印象とか時間に関係なく同じ条件で優劣はないの)

まとめると、俺と希ちゃんだと記憶力の容量と思い出すスピードの次元が違うってことか。

(じゃあ、さっきのはプログラム魔法は… )

(そうね。それだけじゃなくて、思考処理スピードも速いから、数式とか覚えてしまえば、あなたが九九を使うような感覚と早さで使えるのよ)

(おいおい、天才ってレベルじゃねーぞ)

(ただし、やる気がないから、発揮されることはないけど、…やる気さえあればねぇ~ あの子が今一番好きなのは寝ることだもの。それに人と話すのは基本的に苦手ね。なぜかコミュニケーションは駄目なのよね)

カナコからため息が出てきた。

(でも記憶力が高いって、うらやましい。楽そうだし格好いいぜ)

俺は軽い気持ちで言ったのだが、これがいけなかったらしい。カナコは激しく反論してきた。

(簡単に言わないで欲しいわ。希の才能は諸刃の剣よ。どんなことも完全に覚えるということは、どんなに嫌なことも忘れられないってことよ。忘れられないのは障害と考えて! それがあの子を苦しめてる。今の性格や行動パターンになったのはある意味しょうがない。生きていくのは鈍感バカのほうが幸せなことが多いわ)

これは俺の考えが短慮だった。確かに嫌なことをいつまでも覚えていると鬱になる。機嫌の悪くなったカナコにしばらく謝り続け、ようやく許してもらった。話題を変えるために魔法の事に話を戻す。

(カナコは魔法とかどうなんだ? )

カナコも魔法の勉強をしているそうだ。ユーノ君の話を聞きながら、希ちゃんとカナコの世界で練習しているらしい。

(意外と簡単ね。力と要領は一緒よ。全身の神経に私の魔力を通して動かすようにして、リンカーコアを意識すればいいのかしら? いままで魔力って認識してなかったけど、これが魔力なのね。あとは実践あるのみか。ということは私の力も外部に作用させることができるってことね)

と言っていたが、聞こえないったら聞こえない。魔法は俺のアイデンティティなのだ。


でも考えてしまう。希ちゃんはミッドチルダ式魔法を簡単に覚えてしまった。カナコも先日の気配を察知して攻撃を避けた件や今の話だと戦闘力は高いのかもしれない。



あれっ?













ひょっとして、俺、いらない子?












(涙拭けよ)


そんな希ちゃんの声が聞こえた気がした。言葉使いがなんか子供らしくない。誰だよ! こんな言葉教えたのは。





何日か過ぎて、なのは様と魔法の修行中。

(ねえ、なのはの手をつないで、魔力を集中させて、魔力に直に触れたいの)

カナコは変わったことを頼んできた。なのはちゃんと手を繋げるなら大歓迎だ。なのはちゃんにお願いして、手を繋ぎ魔力を注いでもらった。柔らかい手だな。心なしか魔力も暖かい感じがする。

( …プロファイル開始)

プロファイル? 何のことだ? あの本のことかな。

(やはり、そういうことなんだ。なのは人形も完成したし、この棚にはそういう意味もあるようね。スキル一覧みたいなものかしら、以前は不完全な状態で無意識に使って、良いもの、悪いもの関係なく引き込んだみたいね)

カナコはなんだか訳が分からないことをしている。

(何してるんですか。カナコさん?)

(また今度教えるわ。私も考えをまとめているところだから)

謎の多いカナコだった。

すずかの家に遊びに行く日は近い。フェイトとファーストコンタクトまで後少し。




作者コメント

カナコの秘密主義がそろそろイライラしてくるレベル。

オリ主強キャラの意味はこういうことです。男は今のところ戦力外。カミノチカラは使えます。



[27519] 第十四話 初戦
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/28 11:40
第十四話 初戦





今朝、気がつくと学校にいた。私、確か寝てたと思うんだけど? 夢遊病とかじゃないよな。

誰かが動かしたなら、カナコが怪しい。さっそく聞いてみる。

(おい! カナコ、おまえ、体動かしただろ)

(まあね。少し百合子に用があったのよ。私の魔法の実験につきあってもらったけど、私の魔法、魔力のない人間には効果はないみたいね。なのはには通用したみたいだから、魔力のある人間限定みたいね)

(どんな魔法だよ? どうせ答えてくれないだろうけど)

(聞かないほうがいいわよ。私を信用できなくなるから、でもあの世界の私の役割を考えれば、少しはわかるはずよ)

(なんかいつもそんな感じだな)

カナコが秘密主義なのは今に始まったことじゃない。もはや慣れつつある。まだ、信用というか信頼してくれないのは寂しい。

休み時間になのは様が変なことを聞いてきた。

「希ちゃん、なんで今日は私の頭ばかり撫でてたの? 」

カナコはなのは様の頭をずっと撫でてたらしい。どういうことだ? 





そして、何日か過ぎて、すずかの屋敷に遊びに行く日がやってきた。




女性のメイドが多くて気分が悪くなったところに、すずかが目を輝かせて話しかけてきた。

「希ちゃん、気分悪い? 私の部屋で休もうよ。ちょっと血を抜くと楽になるよ」

心配しているようで、実は喜んでないか? 吸血のチャンスを狙っているのかもしれない。

「…お断りします」

「ちょっとチクってするだけだから」

すずか、涎拭こうね。もはや隠す気ないのだろうか? 



気がつくと、なのは様がいない。どうやら始まったな。私は抜け出して、姿を捜す。見つけたときにはすでに決着がついていた。













なのは様が落ちていく。私は急いで駆け寄る。

「なのはちゃん大丈夫? 」

「希、なんでこんなところに、危ないよ」

「だって、あの子になのはちゃん落とされちゃったし、怪我とかしてない? 」

「大丈夫。僕が受け止めたから、気絶してるだけ」


そんな私たちを尻目に、フェイトはバルディッシュでジュエルシードを封印した。こちらを見ている。何の感情も感じさせなかった。お初ですフェイト。

「なのはちゃんごめん。レイジングハート借りるね」

私はレイジングハートをなのはちゃんから借りるとフェイトに近づく。

「希、何をする気なの? 」

「決まってるよ。なのはちゃんとユーノ君はジュエルシードを探しているんでしょ。でもあの子に先に取られちゃった。だから、勝負を挑んで取り返すの」

(そうだそうだ)

希ちゃんの声も聞こえる。シンクロ状態だ。

(危ないって言っても聞いてくれないわよね。無茶して怪我しないように)

カナコは反対のようだが、説得はあきらめたらしい。


ふふふっ、これが俺のデビュー戦だ。


まだ、簡単な魔法しか使えないが、真の力は実戦で覚醒すると相場が決まっている。

「無茶だよ。希、なのはだって勝てなかったんだよ。君じゃあの子には勝てない」

「わかってる。でも、友達にこんなことされて、黙っていることなんかできないの。レイジングハートもお願い! 」

(そうだそうだ)

友達のために戦う俺格好いい。……ふっ

「許可できません。あなたが勝てる確率はありません。静観が最善です」

あれっ? …レイハさんなら、力になってくれると思ったんだけどな。ええいっ! 仕方ない素手でいくか。私はフェイトにさらに近づき指をビシッと指して宣戦布告する。








「お待ちなさい! 私の友達にここまでしておいて、ただですむと思わないで! 」


「……」

ユーノ君は心配そうに見ている。フェイトの表情に変化はない。う~ん手強い。私はさらに続ける。

「今度はわたくしがお相手いたしますわ。さあ、回復……うげ」

最後まで言い終わることなく、フェイトの放ったバルディッシュの雷球が腹に命中する。容赦なしですかフェイトさん。痺れるなぁ。

( …プロファイル開始)


カナコの謎の台詞を聞きながら、私は腹の衝撃と痺れで気絶した。



なのはちゃんごめんね。


ーーーーーーーーーーーーーーー

フェイト視点

私は背中を向けて歩き出す。相手は大きな魔力を持っていたが素人だった。ちょっと痛い思いすれば、もう関わってこないだろう。それが一番いい。私だって好きで乱暴はしたくない。

「 …待ちなさい。」

呼び止める声がする。さっき攻撃した弱いほうの子だ。完全に気絶したと思ったがダメだったらしい。今度はちゃんと眠らせてあげよう。バルディッシュを構える。


彼女はまだ何か言っている。

「今回は静観するつもりだったけど、気が変わったわ。…あなた希を傷つけたわね」

低い声だ。強い怒りを感じさせる。さっきの子と雰囲気がまるで違う。黒い魔力がほとばしっている。少し警戒を強める。

「希? 」

あの小動物も様子がおかしいことに気づいたようだ。魔法を使っていたから変身魔法を使う種族だろう。こちらに攻撃してこない限り気にすることはない。

やることは変わらない。現時点の脅威はあの子だ。戦う気を削いでおかないといけない。今度は強めに打とう。そう考えて先ほどより強めの魔法を放つ。素人には避けることはできない。

「おそいわ」

彼女はすんなりと避ける。魔法を展開している様子はない。単純な身体能力でよけたようだ。見誤っていた? でも、最初はなんでよけられなかったんだろう? そんな疑問が湧いたが、まだ続いていると、戦闘用に思考を切り替える。

「レイジングハート力を貸しなさい! 」

あの子は命令口調でデバイスに言っている。

「許可できません。外部使用者では機能制限があります。使用登録者でなければ戦闘は困難です」

「使用登録者 …なのはだったらいいのね。じゃあこれならどう? 」



彼女はデバイスに魔力を込める。様子が変だ。彼女の魔力の色は黒のはず。しかし、デバイスを持つ手がピンク色に輝く。まるで最初に戦った子のようだ。

「魔力波長安定。魔力に不純物なし。使用登録者と100パーセント一致します。質問があります」

「何? 」

「私の現在の使用登録者は一名です。今、私の回路に流れているのはそれと完全に同種のものです。なぜですか? 」

「そういう能力なのよ。あなた達でいうところのレアスキルといえばいいかしら」

「あなたの魔力訓練にも今のスキルの記録がありません」

「どうして今まで使わなかったかってこと? それはね、使わなかったんじゃなくて、今の私じゃないと使えなかったの。
あまり話している余裕はないわ。セットアップはいけるわね」

「はい、では杖とバリアジャケットをイメージしてください」

「イメージ? そういうのは苦手だわ。なのはと同じにするわね」

彼女はデバイスを天にかかげ宣言する。

「レイジングハート。セットアップ」

ピンク色の光の柱が立つ。彼女は最初に戦った子と全く同じバリアジャケットと杖を纏っていく。私は攻撃するチャンスにもかかわらずその光景を見ながら考えごとをしてしていた。











あり得ない。

魔力の質はひとりひとり違う。遺伝的に特徴は出ても全く同じになることはない。例えば、私と母さんは同じ雷系の魔力変換資質が高いけれど、私は高速機動も得意で防御を苦手にしている。母さんは外からエネルギーを取り込んで魔力として運用する特殊技能を持っている。魔力の色は私と母さんで黄色と紫色と違いがある。

魔法の模倣はそんなに珍しいことではない。しかし、魔力の質を変えることができるなんて、そんなことがあり得るのだろうか? まして色まで変化させて合わせている。リニスにはこんなこと習わなかった。母さんだったら何かわかるかもしれない。

どうやら、終わったようだ。そうだ。今は戦闘に集中しよう。まだ、彼女はデバイスと何か話している。

「どう、レイジングハート? 」

「全体として、魔力量は同等、出力は劣ります。他にもイメージが不十分でバリアジャケットの強度が少し弱いようです」

「言ったでしょ。そういうのは苦手なの。まあいいわ。今回は勝つことが目的じゃないし、少し痛い目を見てもらいましょう」

私はバルディッシュを接近戦用に切り替えると、振り上げ彼女に襲いかかった。

不意はつけた。彼女はとっさに杖で受け止める。

デバイス同士がぶつかる金属音がする。私は正面から縦の振り降ろし、それを彼女が横で受ける。力はこちらが上だこのまま押し切る。

「あらあら、乱暴ね」

彼女は余裕をみせる。だが、有利なのはこちらだ。力の均衡は崩れつつある。徐々に後退している。私は出力をさらに上げた瞬間ーー

「ふふっ、ーーふん」

彼女がそう言うと、彼女は私の視界から急にいなくなった。拮抗していた力が急になくなり私はバランスを崩して前のめりに進んでしまう。それと同時に後頭部に衝撃が走り、私は吹っ飛ばされてた。

前のめりの姿勢で吹っ飛ばされて、すぐに全身に強い衝撃を感じる。どうやら、木にぶつかったらしい。痛みをこらえつつすぐに姿勢を正して起きあがる。

周りをみわたすと、私が飛ばされた衝撃であたりは砂埃が立っている。かすんで見えない。

油断した。あの子はおそらく、私が力を入れた瞬間を見極め、体を回転させて力を受け流すと遠心力で振り向きざまに杖の先端に魔力をこめた一撃を私の後頭部に当てたんだろう。そんなに早く動いた様子はなかったのに。

「プロテクション」

バルディッシュが反応して、防御魔法を展開する。一瞬で飛んできたピンク色の魔法弾を受け止める。こんなに早くどうやって私の正確な位置を? 幸いことにこれはそれほど強くない。

「やっぱり、今まで見たなのはの魔法じゃ弱いわね。あの子の魔法を使おうかしら」

何を言っているだろう。今度は油断しない、私はバルディッシュを構えて砂埃が晴れるのを待つ。

「え~と確か、フォトンランサーファランクスシフトだったかしら? 」

彼女は聞き覚えのある。単語を口にしている。どうするつもりだ? 砂埃が晴れる。あの子の姿が見えたとき、私は今度こそ本当に驚愕した。





「え~と。打ち砕けファイア」

「………エラー 使用登録者ロスト」

晴れた瞬間目に入ったのは、見覚えのある無数の魔法弾が私に向かって飛んでくるところだった。




私の魔法どうやって? あの子とは今日初めて会ったはずだ。まさか見ただけで?

私は立ち止まり、防御魔法を展開する。黄色い魔法弾が次々に命中する。しかし、私の防御魔法は揺るがない。

これも私ほどの威力は出せないようだが、完全にコピーされていた。


あの子に目を向けるとため息をついている。

「これはダメか。レイジングハートも不具合を起こしたみたいだし。もういいわ行きなさい。あなたの勝ちで良いわ」

一瞬何を言っているかわからなかったが、見逃してくれるようだ。相手は得体が知れない。ジュエルシードが手には入った以上、このまま戦うことに意味はない。でも、これだけは言っておかなければ。

「もうジュエルシードには関わらないで」

彼女が急に手をゆるめたことに疑問を持ちつつ、私はそう言ってこの場を去った。

どうやら、ジュエルシードを集めるのは困難になりそうだ。でも、母さんのためだ頑張ろう。私は後ろに警戒しながらそんなことを考えていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー

カナコ視点

フェイトは去った。

良かった。ほっとする。かっとなってやったとはいえ、少し軽率だった。痛い目みせるとか、行きなさいとか言ったが、ハッタリだ。

最初に私の得意な接近戦を挑んできてくれたおかげで、有利に進めることができたと思う。不意をつけた最初の一撃で決められなかった時点で勝負はついた。遠距離ではフェイトの防御を破る手段がいまのところない。こちらも手詰まりだった。


降参したのもフェイトの性格的にジュエルシードの取り合いをしないなら、積極的に戦うことはないと考えたからだ。


私はなのはの魔力に切り替えると、先ほどの戦闘についてレイジングハートに質問することにした。むろん、今後の方針を決める材料を集めるためだ。特にデバイスと私たちのレアスキルがどう作用するか知っておく必要がある。

今、レイジングハートは不具合をチェックしている。その間に今まであった魔法のことをまとめることにした。

私と希の世界が魔力で構成されていることはこの間の測定でほぼ確信できている。さらに、希のちからはこの間の実験で、私でも使用できることがわかった。

【プロファイル】
相手の魔力に触れることで学習しデバイスすら欺くレベルで再現する希のレアスキル。汎用に優れるが使いどころの難しいちからと考えている。

私自身のちからはあの世界で記憶の本を整頓・編纂して、時には邪魔な記憶を封印しているから、他人の記憶を読み取り操るちからがあると考えていた。

実験のため最初に百合子の記憶を読み取ろうと使用してみたが無駄だった。百合子のあの優しげな目に怒りがこみあげて、問いつめてやろうかと思ったが、あの男のこともあるから今は見逃すことにした。




そう、今だけだ。

次になのはの思考を読んでみたがこれはうまく行った。しかし、相手の頭に触れて目を閉じて意識を集中する必要があるから戦闘向きではない。

まとめると、おそらく魔力資質のある人間しか作用しないのだろう。

記憶操作は外部からは無理だった。やはり希やあの男のように深く繋がっていないと操作することはできないのだろう。今の時点では現実で使えない能力だった。

その気になれば一人の人間の記憶全体の吸い出しもできるが、時間がかかるので今回はやめておいた。できれば早いうちに試しておきたい。他者の記憶と経験は使いようでは大きな武器になる。

読み取った記憶は本の形で私の部屋に保管されている。私と希の世界に持ち込むこともできるが、その場合は希が受け入れる必要があるから種類によっては難しいだろう。

他にもシンクロを違う人間に使用できるか試してみたいが、次の機会にしよう。


闇の書と私と希は魔力がある人間から収集するという意味でタイプが似ていると考えている。性能は闇の書のはるかに優れているけど。

そういえば、あの男を出来損ないの守護騎士システムに例えたこともあったわね。

ただし、希と私のレアスキルと組み合わせれば、他者の魔法の完全な再現度で闇の書を上回るだろう。それが何に利用できるかはまだまだ検討が必要だ。

魔法については以上ね。次は今後の方針を考えよう。

私は基本的にやっかいごとは避けるべきと思うが、今回の魔法については積極的に動くことに決めた。最大の問題は闇の書事件で魔力蒐集に巻き込まれることだ。海鳴から長期間逃げるのは今の私には困難だし、蒐集の範囲がわからない以上博打になる。負ければ最悪の事態が想定できるから、少なくとも管理局が海鳴に来るまでに時間稼ぎできる力が必要だ。希も魔法の世界に興味を示しているから一石二鳥と前向きに考えよう。

「再起動確認。エラーはありません」

レイジングハートがエラーチェックが終わったようだ。

「さっきの魔法どう? レイジングハート」

「魔力の質とパターンの急激な変化のため、使用登録者ロストと判断し処理中にエラーが生じました。威力はオリジナルの30パーセントと推測されます」

「そんなものかしら、なのはのパターンは? 」

「100パーセントですが、瞬間最大出力が劣るため攻撃は威力が落ちる可能性があります」

「デバイスの調整でなんとかなるのかしら? 」

「困難です。個人の資質の問題です」

「フェイ …じゃなかった、あの金髪の子となのはの魔法は同じ威力で使える? デバイスを変えることも考えていいわ」

「困難です。彼女の魔法はデバイスが魔力の質と戦闘スタイルに合わせて調整されています。私も特性として出力・長距離・収束に適しています。両方を兼ねるのは許容量オーバーです」

それはそうね。レイジングハートとバルディッシュ両方の特性を兼ね備えるなんて夢みたいな話よね。結局は器用貧乏になるのかしら? 他にも聞いておこう。

「エラーについては? 」

「私には魔力の質とパターンの変化に対応する機構が存在しません。そのために生じたものです。通常使用登録者以外は使用できません」

「他のデバイスで対応できるかしら? 」

レイジングハートによるとロックを解除するか。パターンに合わせた複数の使用者登録をしておくのが有効みたいだ。その代わりデバイスは使用者に合わせて最適化されるから、複数の使用者登録は容量を必要するし、使用者登録の瞬時の変更は困難だ。

何でもできるが、何もできないってことね。確かに特化した方が戦術は狭くなるけど、自分のパターンに持ち込めば汎用より強い。

やはり私たちの魔法の利点は汎用性とその戦術の幅にあるようね。

「イメージは重要かしら? 」

「重要です。魔法の強度とコントロール能力に影響します」

そういえば、なのはとレイジングハートはかなり具体的なイメージトレーニングをやっていたわね。これは私の今後の課題だろう。今回はフェイトを退けたけど、初見殺しになっただけで、まともにやったら裏技警戒されて次も負けるだろう。こちらには魔力防御を破る手段がないのだ。

こんなものか。

「もういいわ。ありがとうレイジングハート」

「お疲れさまでした」

レイジングハートはそう言うと元に戻る。さて、ユーノだけど、どう言い訳しようかしら。

「希、君はいったい? 」

ユーノは表情はわからないが、声からして驚愕しているようだ。今まで初心者だった私がここまで戦ったから当然だ。頭の冴える子だから下手なことは言えないわね、ある程度真実は伝える必要があるだろう。

私はユーノを見つめるとにっこり笑って挨拶する。

「初めまして、ユーノ」

「初めまして? 」

「あなたのことはこの身体を通して知っているけど、直接話すのは初めてよ」

「どういうことですか? あなたは誰なんですか? 」

ユーノは警戒している。

「私はね希の身体に存在する別の意志を持った存在よ。いつもあなたと話している人じゃないわ。最初の攻撃で気絶したでしょ。そのときに入れ替わっての」

「入れ替わった? じゃあ希は? 」

「今は眠ってる。それから、私のことについては何も話せないわ。そして、私のことをなのははまだ知らないの。できればこれからも黙っていて欲しいの」

「どうしてですか? 」

「あの子が知ったら悲しむから、試しに希の事をなのはに聞いて見なさい。そうすれば、頭のいいあなたなら推測できるはず、誰にだって踏み込まれたくないことがあるものよ。

…じゃあ、誰か呼んできましょうか。なのは怪我してるわ。急ぎましょ」

そう言うと、私は話はここで終わりだとばかりに屋敷に向かう。私のことは別に知られてもいいが、ドクターや百合子たちの耳に入るのはよろしくない。こう言っておけばユーノも積極的に話すことはないだろう。

その後、人を呼んでなのはを屋敷に運ぶと適当な嘘をついて誤魔化した。希と私の世界のことは気になるがシンクロイベントのおかげで、最近は正の方向に流れている。少々私が離れても今は大丈夫だろう。ひとりで希を動かすときは全身に魔力を通し続けないといけないから疲れることに変わりはないけれど。

問題は希とあの男が鉢合わせすることだが、希には会話してはダメだと言い含めてあるし、心配ないだろう。





作者コメント

戦闘描写は難しいですね。カナコ結構強い。魔法にイメージが大切なのは作者の誇大解釈と考えてください。

そのうち設定矛盾とかつっこまれそうですね。

設定にどんどん縛られていく。



[27519] 第十五話 やっぱりないしょのかなこさん
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/05/28 13:40
第十五話 やっぱりないしょのかなこさん



俺は気絶したようだ。目を覚ますと希ちゃんの世界だ。右側に本棚、左に人形棚、すぐ頭のほうには出口の門がある。足元は闇で覆われてどこまでも続いている。体を起こしてテーブルに目を向けると、いつもいるはずのカナコはいない。どこ行ったんだろう?

さっきから何か足に重みを感じる。カナコか? 足元を見ると女の子が眠っている。どっかで見た顔だ。年はなのは様と同じくらい、体つきは同じ年頃の子と比べると細身である。そして、白い肌。膝まであるボリュームのある艶やかな黒髪、眠っていてあどけない顔をしている。

あれ? 誰かさんとよく似てますね~

「もしもし」

俺は女の子の頬をつつく、柔らかい感触だ。けしてやましい気持ちはない …本当だ。

「う~~~~ん」

女の子はうなり声をあげると、目を開ける。起きたようだ。目をこすりながら身体を起こす。

「むにゃむにゃ、あれ? なのはちゃんは? 」

まだ、寝ぼけているようだ。こちらの顔を見る。だんだん焦点が合ってきた。お互い目の合ったその瞬間ーー























「おに おにぃ~ …ぴぎゃーーーーーーーーーー」

女の子は小動物のような悲鳴を上げて、飛び跳ねると出口である門とは反対の方向の闇の中へものすごい勢いで走っていく。

あっと言う間に消えてしまった。俺はそのあいだ唖然として動けなかった。おに? 鬼?

ーーバタンッ

ドアの閉まる音がする。どこ行ったんだろう? あの闇の向こうへ行ってしまった。

「何してるのよ? 」

いつの間にかカナコがいる。

「いや、さっき女の子が逃げて行ったんだけど」

「女の子? ああ、希ね。きっと」

「なんで悲鳴上げて逃げたんだろう」

「照れてるんでしょう。あの子、人見知りだし」

「いやいや、あの驚き方はそうじゃないでしょう」

どう考えても嫌われている。鬼って言われたし。

「あの子、あなたに直接会うのは、まだダメだって思っているからね」

「俺、嫌われているのか? 」

おそるおそる聞いてみる。


「違うわ。そもそも、嫌いだったらここにいる事なんてできない。理由は言えないわ。わかるわよね。これで」

カナコは確認するように言う、またそれかよと思いつつ立ち上がる。そうして、カナコに質問する。

「わかっているよもう、それより、どうなったんだ今」

「今は家よ。帰ってきたの。自分の部屋で寝てるわ」

「そうか。じゃあ、ここに来るまで何があったか教えてくれ」


あれからフェイトと戦ったそうだ。カナコいわく「あの子は私の中の獣を呼び起こしたのよ。希に手を出すなんて許せない! 」らしい。希ちゃん本人がからむとカナコは感情を押さえることができないようだ。

結局、善戦はしたが、フェイトが去ったので引き分けらしい。内容は分からないが、今の時点でなのは様をしのぐ実力があるのだろうか?

なんてこった! 予想はしていたが、魔法を使ってもこんなに強いとは、俺の立場はますます無くなっていく。


ユーノ君にはある程度正体を明かして、なのは様には秘密にしてもらうことにしたらしい。


それから、屋敷の人間を呼んで、なのは様を運んでもらい、なのはちゃんが転んで気絶したと嘘をついた。気がついたなのは様はカナコの嘘に合わせてくれたそうだ。そして今に至るわけだ。




俺は今あることが気になっている。本棚の対面にある人形の棚だ、どこかで見たことのある顔の人形が二体並んでいる。

「なあ? 見慣れない人形があるんだけど…」

「ああ、これ? なのは人形とフェイト人形よ」

「なのは様の? 」

「人形の棚は希にとっての人間関係とプロファイルによる魔力登録を表すの」

「というか、なのは様とフェイト以外に見あたらないですけど」

「今のところ、希が外で交流のあるのはなのはだけだもの。フェイトは今回の戦闘で記録しておいた」

「記録? 」

「相手の魔力の性質を読んで、再現する希のレアスキルよ。プロファイルっていうの。デバイスが誤認するくらいは再現度が高いわ。本来の使い方は違うのだけど」

おお、カッコいいぢゃないですか。少し嫉妬してしまう。

希ちゃんは記憶力といい、魔法少女の適正が高いみたいだ。でも、この棚は人間関係を表すと言ったけど、それだと少し疑問が出てくる。

「おとーさんとおかーさんはどうした? 見たことないぞ」

「掃除したのよ。前に言ったことがあるでしょう? これ以上は言えない」

「はいはい」

いつものことだ。俺は首をすくめる。おや? 

カナコは話は終わったはずなのに、こちらを探るような目でじっと見ている。気になるな。

「どうした? 」

「希は会って気になったこととかある? 」

あいまいな聞きかただ。意図が全く読めない。少し考えてみよう。鏡で見たことある顔だが、この世界で会った希ちゃんは中身が違うせいか印象が違うような。……うっ


頭痛がする。

何か思い出しそうだ。しかし、もやがかかったように肝心なことが思い出せない。分からないなぁ。

希ちゃんとは過去に接触した覚えがない。世界が違うのだから当然だ。ただ、小さい頃の斎はこんな感じだったのかもしれない。俺は希ちゃんと斎を重ねて見ているのか? ダメだ! はっきりしない。


ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、……ワカラナイワカラナイワカラナイワカメナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカメナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカメナイワカラナイワカラナイワカラナイ

もしかしてそういうことなのか?



「くくくっ ……そうか、これが」

俺は確信を得た。




「ど、どうしたの? 」

カナコの声がうわずり、戸惑った様子だ。どうやら俺に恐れをなしているようだ。

「これが、これが……














封印された記憶と反転衝動ってヤツか。 ……ふっ」

なるほど、俺のちからはやはり命の危険にさらされるか、規格外の化け物と対峙しない限り目覚めることはないのだ。封印された記憶は恐らく戦闘技術と真なる武具を呼ぶためのキーワードだろう。

カナコはほっとしながらも渋い顔をしている。

「あなたのその思考回路、いい意味でバカで頑丈ね。安心したわ。ついでだからやってほしいことがあるんだけど、あなたトランスフォームはできる? 」



「トランスファーム? 」

なんだそりゃ? カナコは説明を加える。

「武器を作り出すんじゃなくて、自分の体を武器に変身させるの」

なんだそんなことか。変なこと頼むんだなカナコは、やったことはないが、この世界ならできそうだ。

「簡単だぞ。そんなの。よゆ~よゆ~」

俺はイメージする。最強の武器を、やはりアレだろう。












「トランスフォームオン。エクスカリバー」

俺は一振りの黄金の西洋剣に姿を変える。自分ではよくわからないが神々しい光を放っているはずだ。俺はやればできる子だ。

カナコは静かに見つめている。ブレないな女だ。少しは驚けよ。

「初めてなのにできるなんてたいしたものね。私には今だってできないわ。ほめてあげる。でもなんでコレにしたのかしら? 決して一番に成れない剣の代名詞じゃない。あなたの場合は×カリパーがお似合いだわ。もういい。じゃあ、元に戻ってみて」

あんまりほめられてる気がしない。もう戻れとかどういうつもりでさせるのだろう?

「へいへい。 ……あれ?」

俺は元に戻ろうするが、うまくできない。カナコはまじめな顔でじっと観察している。

「どうしたの? 戻れないの? 」

カナコは確信があるような口振りだ。

「戻れない」

「やっぱりね。まだまだ完全ではないみたいね。自分で再構成するだけのちからはないか」

カナコは何か言っているが、俺は内心焦っていた。


まさかずっとこのままで、むさいおっさんか金髪の少女のどちらかに抜かれるまで、突き立てられたままなのだろうか? 





…どうせなら、金髪の少女がいいな。

横道にそれた。





「おい! マジヤベージャン。何とかしてくれよ」

俺は言葉使いがおかしくなるほど焦ってきていた。そんな俺とは対照的にカナコは冷静だった。冷たいと言ってもいい。

「落ち着きなさい。ほら、この人形を使いなさい」

そう言ってカナコが取り出したのは、なんだか冴えない人形だなって 

……俺じゃん。自分で冴えないとか思ってしまった。ガクリ
 
それしても、頭とかこんなに薄くないぞ。今は髪だってある ……希ちゃんのだけど。






いろいろ造形に不満のある人形だが、この人形見ていると落ち着く。何か吸い込まれそうだ。というかほんとに吸い込まれてるぅ~~~~




俺は身体が霧状になり人形に吸い込まれるという特異な体験をしながら意識を失った。







気がつくと元の姿に戻っていた。よかった戻ることができた。生きてるって素晴らしい。

カナコはため息をついていた。







「……残機1」

ボソっとつぶやいた。


おい! 残機って何だよ! シューティングじゃねーんだぞ。

「カナコ、今の何だよ!! 」

このことは問いつめないといけない。

「今回は説明するわよ。安全のためにね。あなたは自分が自分だと信じるちからはだいぶ強固になっているけど、今みたいにちょっとしたことでここでは形を保てなくなるわ」

この希ちゃんとカナコの世界はまだよくわからないことが多いが、めずらしく打ち明けてくれるようだ。何かカナコなりの意図があるのだろう。

「ちょっと納得できないことはあるが、わかった。あの人形は何なんだ?」

「あの人形はこの世界であなたを構成する器、ボディイメージを補ってくれるのよ。変身させたのは器を崩して元に戻ることができるか実験。予備はあと一つね」

「実験はなんのために? 」

「あなたが器ない状態で自分を構成できるなら、個として確立した証拠だから、あなたに秘密を打ち明けてもかまわないと思ったのだけど、まだみたいね」

そういえば、俺の存在が儚い存在とか言ってたな。記憶も結構抜けているところが多いし。







俺ってどういう存在なんだろう? 今までなのは様や目の前の世界を把握するのに気を取られて、考えたことなかった。記憶にない世界をついて思考してみる。





おおおおおおお

…アタマイタイアタマイタイアタマタマイタイアタマイタイアタマイタイタマイタイ

反転衝動がああぁ~ 封印された過去、忌まわしい記憶が~ 自己防衛のための頭痛となって俺に襲いかかる。思い出してはダメだと、ヤメロヤメロヤメロロメロ

「俺は誰だ? 俺はアトランティスの最終戦士ジークフリード 王剣を守る小手なり」

俺は自分を保つために、魔法の言葉を唱える。






…ふぅ、収まった。無くした記憶について考えるとコレだから、封印された記憶はあまり考えたくないが、一家全滅で復讐を誓うとか、愛する人を失うとか、誰かを殺してしまったとかも含まれるのかもしれない。

カナコはさきほどのように観察するような目でこちらをみている。そして、静かに告げる。

「最初に比べるとだいぶましね。心理的な自己防衛が働いている。心が育っているわ。病院で目覚めた頃のあなただったら危なかった。そういう意味じゃ百合子サマサマよ。今回はここまでね。帰る時間よ。あんまり寝てると夜眠れないわよ」


カナコは話は終わりだとばかりに背中を向けると何かごそごそやっている。

そういえば、あることに気がついてしまった。今回の失態の原因は俺だ。カナコが怒るかと思ったのだが。

「あの、カナコ様、よろしいでしょうか? 」

「なによ、様なんかつけて気持ち悪いわね」

カナコは背中を向けたまま、ぞんざいに答える。

「その、怒ってはいらっしゃらないんでしょうか? 」

「ああ、そういうこと。思い出したわ。今回の対応は確かにまずかったけど、シンクロイベントだったから別にいいわ。私の力を試す機会になったし」

「そうか、良かった。でも、カナコさん、それはいったい何でしょう? 」

カナコはなぜか大きなハンマーを取り出すと、抜刀術のように構えて力をためている。どっかで見たことある奴だストレッジハンマー?

「ため3よ」

「なんのために」

カナコはにっこりと満面の笑みで答える。

「だって投げられるのはもう嫌なんでしょ? 私なりに考えたの。後先考えない馬鹿はどうしたら直るんだろうって、そしたらね。やっぱり痛い思いをしないとわからないって結論に達したの」

「やっぱ怒ってるじゃね~か」

「そんなことはないわ。ここに来るまですごく疲れたとか。まだ仕事が残ってるのになんてちっとも思っていないわ」

「それ本音だろ。絶対」

「じゃあ、行くわよ。回転による遠心力が屈指の威力もたらす回転ホームラン」

カナコは自分の身体を軸にグルグル回転していく、まだ俺には当たってないがどんどん近づいて来る。

「うりゃーー」

カナコは最高まで威力を高められた最後の一撃だけ俺に当てる。なんて高度な技を使うんだ!

「ムロフシーーーーーーーーーーーーーー」

俺はそう叫びながら、門に向かって飛ばされていて行った。






作者コメント

男とカナコの会話ばかりで困った。バランスが悪いですね。次話はすずかやアリサに焦点を当てようかと思います。

……型月系は好きです。真似るなんてとてもできませんが。







[27519] 第十六話 ドッジボールとカミノチカラ
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/06/01 21:14
第十六話 ドッジボールとカミノチカラ



小学生の体育の定番、それはドッチボールである。いや今時は違うかもしれないけど。サッカーの方が多いのかもしれない。

とにかく、球をぶつけるという合法的な暴力は今も子供たちを魅了してやまないのだろう。

小学部くらいだと、体力的な男女差も小さいので、クラスで男女混合の二手に分かれて行われる。私は今回が初参加というだけのそんなどこにでもある一幕でそれは起こった。

本当なら参加するつもりはなかった。というのも、体育の前にのど乾いたのでジュース買ったら、ボタンを間違えてどろり真っ赤なトマト100%ジュースというものを買ってしまった。なんでこんなものがあるんだよ! 

他にも普通のジュースに混じってゴーヤとかピーマンとかおよそ100%に向かないものばかり置いてあった。にはは。

なんのトラップなんだ? 後で聞いた話だと理事長の仕業で、健康教育云々ということらしい。

今はセレブだが、転生しても抜けない貧乏性せいで飲んだのが間違いだった。案の上まずいし気持ち悪くなった。喉越し悪ッ! 

保健室で休もうかなと思っていたところ、なのは様が来て

「体育の時間だから着替えようか? 希ちゃん」

なんて笑顔で言うものだから、ふらふらとついていってしまった。私がなのは様の誘いを断るなんてありえない。



体操服に着替える。髪が多いので、リボンを結んでまとめる。それでも邪魔になるけどないよりはましだ。ちなみになのは様にリボンをお願いした。なのは様は

「希ちゃんの髪は柔らかくてきれいだね。うらやましいなぁ」

と言ってくれて、少し気分が良くなった。そのうち、リボン交換もやりたいな。私がなのは様の白いリボンを…… 実に素晴らしい! 

腕や足の傷はだいぶ目立たなくなってきたが、体は意外と傷が深く、薄くなるにはまだまだ時間がかかりそうだ。いくら元が男とはいえ今は女なので恥ずかしさもある。見られないように上手く隠したがヒヤヒヤした。


そして、私は参加することになった。

アリサの話だと、このクラスいやこの学年にはある法則が存在している。それはすずかとは戦うな。彼女は外見はお嬢様で、性格もおとなしく、本が好きというおよそ体育に向いているとは言えないのだが、身体能力のスペックがクラスメイトを大きく超えるもので、同じクラス男子生徒であっても正面から戦うことはないそうだ。

否。

昨年度、挑んだものもいたがことごとく屍をさらした。数回の戦いを経て、いくら負けず嫌いな男子生徒も学習して、女なんかにというプライドは捨てざるえなかった。

彼女はクイーンであった。彼女の陣営にあるものだけが、その恩恵を得て、敵となったものはことごとく彼女に蹂躙される。そのため、組分けじゃんけんがこのクラスの明暗を分けるという話だった。






今回の組分けは、私とその他のみなさん対すずか、アリサ、なのは様、モブ共だった。

神様を呪う。すでにこっちの陣営は葬式ムードだった。やれついてなかった。月村に勝てるわけないだのネガティブオーラが包んでいる。逆に向こうはすでにもう勝った気でいるらしい。雰囲気は明るい。アリサなんかこっちみてニヤニヤしている。

なんかムカつく。なのは様は申し訳なさそうにこちらに手を振っている。少しだけ癒されました。

(ねぇ、ちょっと代わってくれないかしら? )

カナコがこんなときに話かけてくるなんて珍しい。

(いいけど、どうしてまた? )

(この間の件であなたが荒事では役立たずだと判明したでしょ。それで、希の身体能力を計るために実際に身体を動かしたいのよ。データが新しければこっちもシュミレートを正確にできるし、この間よりはましに動けるようになるわ)

(あってるけど、ひどいこと言うな。でも理解はした。それから俺はやればできる子だぞ!)

(はいはい。だったらあなたも繋がりなさい。一緒に動く訓練よ。主導権は私、あなたは合わせるだけでいいわ)

(へいへい)





こうして私はカナコと一緒に女王に挑むことになった。

試合は予想どうりというか、最初は人が多いので運の悪い人、運動の苦手な人から脱落していった。それは女王の陣営も同様であったが、すずかはなのは様やアリサをよく庇ってお礼を言われていた。


あとは彼女一人舞台である。

 ……なんかモヤモヤする。理由はわかっている。すずかがなのはを庇い敵を倒すたび、なのは様の尊敬のまなざしが注がれるのある。その目は私にして欲しいのに……





……そうか! コレが嫉妬か。

しっとマスクがかぶりたくなってきた。

私は気持ちの赴くまま、ありったけの決意をこめて、すずかを指差し宣戦布告する。





「すずかさん、勝負を挑むわ」

私の言葉にボールを持っているすずかの手が止まる。

周りからはざわざわと音が聞こえる。あれぇ~

クラスメイトからは「愚かだわ。転校生だから知らないのね」「女王様に反逆するとは、ひさびさに見れるかもしれないぜ。本気モード」「ほう、まだ牙を抜かれていないヤツがいたとはな」とか誰だよオマエらみたいな声が聞こえてきる。

すずかはにっこり微笑んでいた。そして、笑顔のまま告げる。

「うれしいよ。希ちゃん、最近そう言ってくれる人がいなくて寂しかったの。いいよ。受けて立つよ」

余裕の発言だった。クラスメイトから歓声があがる。大部分は女王が挑戦を受けたことに対してだ。そして、挑戦者を称えて。




いつのまにか、コートは私とすずかのふたり一騎打ちの構図ができあがっていた。他のクラスメイトはコート外に出て囲んでいる。アリサが私とすずかのちょうど中間に位置するコートの境界線に立ち、そして口を開いた。

「まずは、愚かにも女王に挑む哀れな挑戦者を讃えるわ。みんな拍手」

周りから一斉に拍手が起こる。アリサは私を指差し宣告する。

「先にいっておくわ。私たちが見たいのはアンタの勝利なんかじゃない。あなたがあがいて地面にはいつくばるところよ。でもね、あっさり負けるようじゃ困るわ。あなたには私たちを楽しませる義務がある」

アリサ、おまえ何言ってんだよ。いつから世界はこんなに変わってしまったのだろうか? ローマのコロシアムみたいな感じだ。私がおかしいのかもしれない。でも、一度口にした言葉は覆せない。

やるしかない。

いつのまにか審判を始めたアリサは説明を続ける。

「ルールは簡単。お互いに投げて、体のどこかに当たって球を地面に落としたほうの負け、球がコートの外に出たら、投げる権利は自動的に投げた人になるわ。だから避けるか受け止めるしかない。それから顔面は反則負けよ。球はすずかから」

「うん、じゃあいくよ。希ちゃん」

すずかは球を持った右手を横に構えると、野球選手が投げるサイドスロー要領で投げる。球はまっすぐ正確に私の体幹の中心をとらえている。私だけならこれだけで終わりだろう。しかし、今回はカナコが相手だ。

「ねらいが単純すぎるわね」

体を半歩だけ右に横にずらして、体を少しひねっただけで回避してしまった。余裕だな。すずかは少し驚いた顔をしている。

「やるね。希ちゃん、今のは小手調べだけど、ほとんど動かないで避けるなんて初めてみたよ」

「投げる瞬間にどこを狙っているかわかるの。後は球一個分避ければいいでしょう? 」

すずかに球が戻る。

「じゃあこれはどうかな」

すずかは先ほどの全く同じフォームで投げる。狙いまでさっきと一緒だ。逆に凄いかもしれない。野球の選手がストライクをとるような正確さで狙ってくるのだ。しかし、今度はカナコは全く動かない。口に手を当てている。

「子供だましだわ」

球は体に当たるかと思われたが、当たる直前に変化して右に曲がりかすめていく。最初の球と同じ避け方をしていたら、当たっていたのは間違いない。

「これもよけるんだ? これ反射神経の良い人ほど引っかかるんだけど」

すずかはうれしそうだ。カナコは少し怒ったような顔ですずかを睨む。

「なめられたものね。球の回転でバレバレよ」

再びすずかに球が回ってくる。すずかは一度手を止める。

「でもね、希ちゃん、避けるだけじゃ勝てないよ」

「そうね。でも勘違いしているわ。すずか」

「何? 」

「そもそもあなたに当てれるわけないじゃない。だってあなたが投げる動作をしたとき私はすでに回避の動作に入っているんだから、スピードが違うわ。そうだわ。こうやって円を書いて…… 」

「なにしてるの? 」

カナコは自分を中心に50センチくらいの円を書いていた。

「訓練、 …違ったハンデをあげる。私はこの円から出ないわ。もし出たら負けでいいわ」

「へぇ、……じゃあ、試してみるね」

なんかすずか怖い。こころなしか目が赤い気がする。夜の一族モードかな?

「おーーと出ました。女王の本気モード。かつてここまでたどり着いたのは、他校から挑戦者として来た赤髪の小学生一撃弾平君だけです」

誰だよ? そう突っ込みを入れつつ、すずかの投げる球をカナコは避ける、避ける、避けまくる。

すずかの球はスピードを増していく。最初と段違いのスピードだ。さらにフェイントも混ぜるようになった。それでもカナコは余裕を崩さない。20球ほど投げてすずかは肩で息をするようになった。決着どうするのか考えていると。カナコは、

(そろそろね。データは十分取れたわ。じゃあ後はよろしくね。おやすみ)

といって引っ込んでしまった。外見は変わらないが、残されたのは俺一人、大ピンチだった。

(おいこら! カナコ何で帰るんだよ)

(勝つのが目的じゃないもの)

(あれだけ挑発しておいて何言ってんだよ! すずかさん目が本気だぞ)

(死ぬわけじゃあるまいし、任せるわ。できる子なんでしょ? )

(おい!! )

それ以降はカナコは返事をしなかった。私がやるしかないようだ。ちょうどすずかに球が渡ったところだ。まずいな。



「ちょっとタイム」

私の声にすずかは止まる。

「どうしたの希ちゃん? 」

「ごめん。トイレ行きたくなった。この円を出てもいいかな? すずかちゃんも息を整えてね」

「うん ……いいけど」

5分ほど休憩となった。本当はトイレに行きたいわけではないのだが、ここは少しでも考える時間が欲しかった。トイレにこもりながら私は作戦を練っていた。

現状では体調的に長時間は無理だった。胃がムカムカする。運良く避けても数回が限度だろう。授業時間もまだ余裕がある。どうにかしてすずかの球を受けて、すずかを倒せる球を当てるしかないのだが、かなり困難だ。

降参も考えたが、この空気では無理だろう。みんなすずかの送球とカナコの見切りの競演に酔いしれている。終わりよければすべてよしという言葉がある。この戦いの結末がクラスメイトひいてはなのは様の印象を決めてしまうだろう。

引くわけにはいかない。

勝つために私は考える。まず体調的に短期決戦しかない。
そして、私の武器を考えた。魔法はレイジングハートないと無理だしどうしよ? 待てよ魔法? そうだ! これならいけるかも、後はすずかを倒す方法を ……ここからは賭になるな。

(カナコ、おまえも少しだけ手を貸せよ。具体的にはな……)

カナコにあることを頼んでおく。

私は作戦が決まった。ぶつけ本番で作戦としても穴だらけだ。でも、勝つ可能性があるとしたらこれしかない。私はトイレを出ると校庭に向かう。すずかはボールを持ってコートに立っている息は整っているようだ。

「ごめん、待たせたね。すずかちゃん」

私は呼吸を吸うと、不敵な笑顔で挑発する。






「じゃあ始めようか。そうだね。もう避けるのは飽きたからそろそろ受け止めようかな。 ……本気出すね」

私は髪を止めていたリボンをはずす。

「おーーと、希選手、止めていたリボンをはずしました。どんな意味があるのでしょうか? まさか、これが希選手の本気なのか? 髪がウネウネしているのは気のせいでしょうか? 」

だから誰だよ? いつのまにかいる実況につっこみを入れながら私は構える。本気云々はハッタリだがリボンを外したのには意味がある。そして、さらに挑発する。

「さあ、すずかさん受け止めてあげるわ。ここを狙ってきなさい」

そう言って私は胸を手で叩く。すずかは赤い目のまま猛禽類のような顔でこちらをみている。完全にスイッチが入ったようだ。



「希ちゃん、ちょっと強めにいくけど、我慢してね。」

低い声でそう言うと、すずかはコートの最高尾に下がると助走をつけてコートの半ばあたりで飛び上がった。そして、空中で上半身を大きく後ろにひねり、右手を大きく振り上げ、ジャンプが最高高度に到達したあたりで、右手を振り降ろした。 

上半身が後ろから前にバネのようにしなり、鋭く尖って見える球が襲いかかった。

もはや漫画の世界だった。

「出ました~~ 今まで多くの敵を沈めてきた。すずか選手の必殺技。すずか選手の腕力とスピード、全身のしなやな動きが一体となって、さらに地球の重力まで利用した…… 」

解説なげぇよ。それから、時間の流れがおかしいくないか? そんなにしゃべられるわけないから、つっこみどころ満載だ。

とにかく、賽は投げられた。すずかなら必ず正確に狙ってくるはずだ。駆け引きはない。私は手を大きく広げ、魔力を髪に魔力を通す。

私がレイジングハートなしで使える唯一の魔法。髪の毛を自在に操り堅さから柔らかさまで変えることができる。物を掴むことなど造作もない。髪を腹部に展開しグローブのような形をつくる。

すさまじい衝撃が腹部を直撃する。



おおおお、おのれ! 

衝撃吸収に優れたゴムのような材質にしたのにこの強さ! 

まずはこぼれないように包まないと!

押される。私は足を踏ん張り耐える。だが、体は後ろに下がっていく。



こうなったら、私は髪にさらに魔力を通し、念じた。




「伸びろ!! 」

私の髪は伸び地面まで届く。






つっかえ棒のように、髪を広げ支える。だんだん、勢いがなくなってきた。ようやくコートぎりぎりで止まった。

あーお腹痛い。私はふらふらしながら前の方に歩いていく。

すずかとの距離は2メートルほど、すずかは驚愕の表情でこちらを見たまま動かない。

観客からはざわめきが聞こえる。「なあ、今、髪の毛、変な動きしなかったか? 伸びたように見えたし」「目の錯覚だよ。髪の毛が動くわけないだろ」「妖怪? 」



(よし、うまくいった。あとは、すずかに隙をつくらないとな。おい、カナコわかってるな)

(わかったわよ)

私ははあはあ息をしながら、すずかに話しかける。

「すずかさん、受け止めたわよ」

「希ちゃん ……今、髪の毛 ……何でもない。」

「次は私の番ね。すずかさん」

私がそう言うと、すずかは顔を引き締め、コートの後ろに下がると、受け止めるように構える。

さて、これが通用するかな? 私は球を投げようと右手を上げる。

「それじゃいくわよ。すずかさん、うっ!? 」

私は球を持った右手を降ろすと、左手で腹部を押さえる。そして、膝を折ってしゃがむ。

「希ちゃん、どうしたの? 」

すずかが心配そうに話しかけてくる。私は苦しそうに息をしながら答える。

「さっきの球、思ったより、衝撃が強かったみたい。でも、続けるわよ、すずかさん、受けてみて私の球、……ウエッ」

私はふらふらしながら球を投げる。カナコにコントロールを頼んである。だが、狙いは正確だが勢いはなく、このままなら簡単に受け止められるだろう。しかし、球を投げると同時に私は胃の内容物を吐いて倒れ込む。そう体育の前に飲んだどろり真っ赤なトマトジュースだ。見た目には私が血を吐いて倒れたようにみえる。

「希ちゃん、…………はっ!! きゃああーー」

「誰かーー 救急車!! 」

一度はボールを取ったすずかだったが、血を吐いて倒れる私を見てボールを落とし悲鳴を上げる。

勝った。血液っぽいのに釣られたな。 ……ふっ

私はあまり倒れ続けていると騒ぎになるので、よろよろと立ち上げると、しらじらしい芝居をする。

「あーもう恥ずかしいなぁ。こんなところで吐いちゃうなんて、ごめんねみんな」

すずかは驚いた顔のまま、恐る恐る聞いてくる。

「希ちゃん、大丈夫なの? 」

「うん。大丈夫。授業の前に飲んだジュース吐いただけだから」

「そうなんだ」

すずかはほっとした表情だ。

「それより、私の投げた球やっぱり取られちゃったかな? 」

私は内心邪悪な顔で笑いながら、すずかに聞く。

( ……詐欺師)

カナコの失礼な言動が聞こえたが、今は無視する。すずかは力なく笑いながら。

「落としちゃった。私の負けだよ」

すずかのその宣言で、観客からどっと声が上がる。





女王陥落である。そして、新女王誕生の瞬間であった。





私は満足感ともに座り込む。やはり吐くのはしんどい。









サイレンが聞こえてくる。あれ、なんか近づいてないか?

私の前に一台の車が止まる。白く四角い車体。赤いサイレン、救急車だった。中から救急隊員が出てくる。

なんでこんなに早いんだよ!!

「血を吐いたお子さんはどちらですか? 」

「えっ? 」

「あっ君か。安静にしないといけないよ。さあ、すぐに横になって」

「ち、ちょっと ……待って」

私が話す間もなく、救急隊員は私を救急車に乗せると、病院に向かって出発してしまった。病院に着く頃にはこちらの事情もようやくわかってもらえたが、大学病院だったせいで結局一日入院することになった。

担任の先生が素早く電話してくれたらしい。せんせいぇ~




次の日、学校に登校すると、なぜかみんなぎょっとした顔をしていた。アリサに聞くと、

「なんか、アンタ、すずかとの戦いで死んだことになっているわよ」

どう間違えたかそんなデマが飛び交ったらしい。

以来ドッジボールクイーンの称号は私のものとなったが、称号を賭けてあちこちから挑まれるようになり、あんまり嬉しくなかった。さらに、ついた二つ名は…… 


「ブラックオクトパス」「黒蛸」だった。


…うれしくない。










今は希ちゃんの世界にいる。カナコと今日のことについて話をしていた。

「それにしても、非常識ね。あなたって」

「何言ってんだよ。おまえだってとんでもない見切りをあっさりやってみせたじゃないか」

「私のは単なる技術。観察眼と判断力の速度が人より優れているだけよ。それから、体の動きだって常識の範囲だわ。訓練すれば誰だってできるもの。鍛えるためのノウハウは最初から持ってたけど。
あなたのはそうじゃない。人間の体は元々持った身体能力の他に脳のイメージで動きが違ってくるけど、魔力は神経がないから、より脳のイメージが重要だと思うわ。あなたはその辺が優れているのかもしれない」

「いや~それほどでも、やはりアトランティスの最終戦士ということだろうな」

「逆に言えば、それしか取り柄ないってことね。身体の動かし方や魔法に必要な数学的センスや思考速度、マルチタスクは素人レベルだから、戦力にはならないわね」

「ひど! でも当たってると思う。ミッド式があんなにむずかしいとは、まあ、俺は実戦で目覚めるタイプだし」

「ところで、髪の毛に何か思い入れでもあるの? 」

俺は少し考えて答える。

「そうだな。最初は髪があることが嬉しくてさ、動かせればいいなぁとか思ってからは、イメージ修行を始めたよ。最初は髪の毛を一日中いじくってたな。暇だったから四六時中だよ。目をつぶって感触を確認したり、何百回何千回と絵に描いたり、ずーっとただながめてみたり、なめてみたり、音を立てたり、嗅いでみたり、入院中は暇だったから髪で遊ぶ以外何もしなかった。しばらくしたら毎晩髪の毛の夢をみるようになって、それから退院してしばらくは忙しくて、髪を手入れする時間も風呂くらいしかなくてさ、そうすると今度は幻覚で髪の毛を動かしているんだ。さらに日が経つ幻覚の髪の動きがリアルになってきて、髪の毛の性質を自在に変えられるようになって、魔法の修行をする頃には自然に使えるようになってたんだよ」

「そ、そうなんだ。きっとあなたの妄想力が髪の動きとか性質を可能にしているんだわ」

「妄想言うな。ところでカナコはできないのか。髪? 」

「髪を動かすなんてそんな非常識なことできるわけないでしょ。だいたい神経も繋がっていないのに… 私は脳と神経が繋がっているなら現実でもイメージ通りに動かせるけど、それは、シュミレートして現実にできることの完全に再現してるからよ」

「そっちのほうが凄くないか。そうだ! 魔法はどうなんだよ? 神経は関係ないじゃん。カナコ使えるんだろ」

「あれはちゃんとした理論があるでしょ。気配と一緒で魔力の流れからどういうものがくるかはだいたいカンでわかるし、希のレアスキルは私も同時平行で使えるから、一度見た魔法は使えるわ。威力には差があるみたいだけど、希がやってくれれば楽できるかもしれないわね」

当たり前のようにいうカナコさん、アンタがよっぽど非常識だよ。





作者コメント

ようやく男の魔法が披露できました。戦闘向きというよりネタに向いてますけど…


次話は温泉編です。



[27519] 第十七話 アリサと温泉とカミ
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/06/03 18:49
第十七話 アリサと温泉とカミ



私たちは温泉宿にいる。これから二日間滞在予定だ。ウチの家はおとーさんは仕事、おかーさんは車が苦手なので行くことができなかった。とても残念そうにしていた。希ちゃんの症状についてはみんな知っている。桃子さんは慣れたのでOK、美由希さんと忍さんは近すぎなければ大丈夫、ファリンさんは残念ながらアウト。

気をつけていれば大丈夫だった。


今は待ちに待った入浴タイムだ。私は心は男で、どうすればいいか葛藤していたが、アリサに無理矢理引っ張られてここまできてしまった。


正直に言おう。それはただの言い訳だと、私はここに無理矢理連れてこられたという免罪符が欲しかったのだ。

理想郷はすぐ目の前に広がっていた。しかし、みんなが服を脱ぐ光景を見ながら、私の心は熱くなるどころか逆に冷めていく。その感覚に戸惑いながら答えを探して、私の理解者でもあるはずのカナコに話しかける。

(なあ、カナコ、俺さ、この世界でなのは様に出会って、ここに到達するのを夢見てた。最終到達点と言ってもいいよ。今俺は夢見た舞台に上がっている。けど、なぜだろう? このむなしさは、……例えるなら、世界最高の絶景と聞いてさ、あれこれ想像してきっと心が震えるような体験ができるに違いないと思って行ってみたら、ぜんぜん、想像とは違って、逆にがっかりしたみたいな)

(話長いわ。あなたは女の子よ。性は精神より肉体が優位ってことじゃないの? たまに反逆する人もいるみたいだけど、どんだけらぶちゅーにゅうDXみたいに)

(ああいう特殊部隊と一緒にされたくないなぁ。男の俺は哭いてるぜ。でもこれは女として、しっかりお勤めしろってことなんだろうな)

しみじみ思った。そんな私にアリサはかまってくる。

「希、アンタ、何景気の悪い顔してるのよ。せっかく温泉来たのに」

「ごめんね。アリサちゃん、こういうとこ来たことないから恥ずかしくて…… 」

淑女のたしなみで、恥ずかしがってみる。

「何いってんの。女同士でしょ。こっち来なさいよ」

アリサは私の手を引っ張る。よく見ると、タオルを巻いて可愛らしい格好だ。もう少しひたりたいが、周囲が楽しそうにしてるのに場を盛り下げるのは心苦しい。

私も女の子として振る舞おう。

あ、ユーノ君どうしよう? 着替えのときは髪でうまく隠したけど、まあ見逃してやろう。私の裸を見せてやるつもりはない。後でネチネチいじめてやるから ……くくくっ、ここは恥ずかしそうに振る舞っておけば、こうかはばつぐんだろう。私は周囲をチラチラみながら下を向いて、体をうまく隠しながら洗う。

「よし、綺麗になったわ。ユーノ、次はの・ぞ・み、ふふふっ、な~に恥ずかしがってるのよ」

ユーノ君を洗って満足したアリサは私にターゲットを変えたようだ。いや恥ずかしいんじゃなくて、ユーノ君を気にしてるだけなんだけど……

「こんなタオルがあるからいけないのよ。希、取るわよ」

「ちょっとアリサちゃん、や、やめてよ~」

アリサは私のタオルを取ろうとする、楽しそうだなアリサ。私もユーノ君に見られるのはごめんなので抵抗するが、こういう場合は守勢の方が不利だ。少し粘ったが結局タオルを取られてしまった。ごめん希ちゃん、私は心の中で希ちゃんに謝る。

「ううっ、恥ずかしいよぅ~ 」

一応女らしく、抗議をするが、何かアリサの様子がおかしい。答えが返ってこない。よく見ると呆けたような顔をしている。














「ご、ごめん。し、知らなかったの。私、アンタが一緒に入りたがらないし、身体を隠そうとするのが気にいらなくて…… 」

呆けた顔から急に深刻な表情になる。泣きそうな声だ。アリサの視線は全裸になった私の身体に向けられていた。





ああ、そうか。

私の身体は傷だらけだった。最初の頃より薄くはなっているが、見ていてあまりいいものではないだろう。私は申し訳ない気持ちで力なく笑顔を作るとアリサを声をかける。

「その、何て言うか ……あんまり見てて気持ちいいものじゃないし、ごめんね」







アリサの顔がみるみる崩れて涙が流れてきた。

「ごめ、……ごめんなさい」





アリサは泣いていた。あの気の強いアリサが……

私はショックだった。

こっちこそごめん。

せっかく盛り上がっていた場面を暗くしてしまったことを心のなかでわびる。なのは様とすずかも目を伏せて暗い顔をしている。

こういう場面は苦手だ。




自分が身体を借りて好き放題やっている事実に直面させられる。



希ちゃんがどんな目にあったかはわからない。考えるだけで恐ろしくなる。でも、それはどこまでいってもひとごとに過ぎない。私のことではないからだ。だから同情されても困る。私には資格がない。居心地が悪い。

看護婦たちのあの哀れんだ目を思い出す。その目はやめて欲しい。同情するのは勝手だけど、残念でした! 私は可哀想な子じゃない!! 中身は違うし、昔はそうだったかもしれない。でも今からは幸せになるんだ! 希ちゃんと一緒になのは様やみんなと楽しい学園生活を送るつもりなんだ。


アリサの嗚咽だけが響く。誰もこの重い空気のなかで口を開くことができなかった。

この重い空気は私が招いたことだ。だから、楽しい雰囲気を他でもない私が取り戻すんだ、取り戻してみせる。

ここに悲しい場面はふさわしくない。楽しい思い出にするんだ。

よしっ!!

私は決意をすると自然と笑顔になる。アリサちゃんを抱きしめる。そして、アリサちゃんの耳元でささやく。

「泣かないで、アリサちゃん、いつも元気なアリサちゃんが泣いていると私も悲しいよ。私のことは気にしないで、ちょっと恥ずかしかっただけだから、この傷だって時間が経てばそのうち目立たなくなるから、ほらっ! 涙ふいて」

アリサの涙をぬぐう。目は赤い。まだ感情の整理ができないのかな? それじゃあ、私はある提案をする。

「そうだ。アリサちゃん、身体を全部洗ってよ。丁寧にだよ。私髪の毛多いから、特に洗うの大変で、シャンプーなんて一回で一本なくなるんだから、綺麗にできたら、さっきのことは許してあげる。あっ、首と肩はダメだ怖いから」

アリサは目は赤いままこちらを見ている。私の話を聞くうちにだんだん真剣な顔になってきた。大丈夫かな? もうちょっとフォローがいるかな? 私がそう考えた始めたころアリサはゆっくり深呼吸すると、

「わかったわ。綺麗する。綺麗にするわ」

アリサは神妙な顔で答えた。それから、私の身体をおずおずと洗い出す。くすぐったい。半刻ほどアリサに身体を洗われる。少しのぼせた。

髪を乾かすのが大変だった。

風呂から上がると、いつもより大人しいアリサだった。だから、私は普段より元気を出して、三人を引っ張る。そんな私にみんな戸惑っていたが、時間が経つと普段のペースに戻っていた。

よかった。ようやく本編らしくなってきた。

私はアリサに笑いかける。すると、アリサは目を大きく開いて驚いた顔をした。どうして驚く?







「は~い、オチビちゃんたち」

赤毛の女が近づいてくる。あ!? アルフこんなときに来るとは、せっかくみんな気分良くなったのに水を差されたくない。一応準備してきてよかった。

「こんにちわ。おねーさん、どうかしましたか? 」

「へぇ~アンタが… 」

アルフはこちらを見下したような目でみる、挑発されているな。少し驚かせてやろう。

くらうがいい。メルマック星人!

「失礼ですが、おねーさん少し臭いますね。これ使ってください」

私はふところに手を入れてスプレーを取り出すとアルフの鼻先にシュとふりかけた。










「ぎゃああああああ」

と悲鳴を上げてアルフは逃げ出した。柑橘系の強力な香水だ。いくら使い魔とはいえ急にされれば驚くだろう。所詮は犬、いや狼か。

「希ちゃん、今何したの? 」

「あのおねーさん少し動物の匂いがしたから、香水してあげたの。まさか嫌がるとは思わなかったよ。ほらコレ」

私はなのはちゃんたちの前でスプレーをすると柑橘系の独特の匂いが広がる。

「へぇ~いい匂い。でも人によってはキツいかも」

すずかは気に入ってくれたようだ。おかーさんの香水の中から強力そうなやつ選んだ。そういえば、匂いによっては私の気分悪くなったけど、どんな香水だったかな? 花の香りだったような?


おお、そうだ。なのは様へ情報を伝えなければ。

なのは様にこっそり近づいて、耳打ちする。

「あの人、ふつうの人間じゃないね。宝石ついてたし、魔力からして、この間の子の関係者だと思う」

「えっ? そうなんだ」

少々のアクシデントはあったものの、おみやげ見たり、卓球したり、楽しく過ごした。

アルフ? 居たかなそんな奴? 茶色いモップみたいなエイリアンは見てません。はーはっはっは。

遊び疲れて部屋に戻ると、なぜか大人たち目が真っ赤だった。何があったんだろう? 特に桃子さんは「ごめんね」と断りを入れてから私に抱きしめてきた。どうしたの? と聞いてもみんな何でもないと答え、そこだけがこの旅行の初日で不可解なことだった。



夕食、残念ながら私は人が調理したものは食べられない。せっかくおいしそうな匂いするのに…… みんなも私だけが食べれられないことに残念そうな顔をしている。 

おかーさんが作ったものなら平気なんだけど、ここにおかーさんがいないのが悔やまれる。




みなさんお気になさらずに、私にも食べられるものがあるんです。





わかめだ。

命の源と言ってもいい。

特別メニューで用意してもらったどんぶり一杯に山盛りになったわかめを食べる。ひたすら食べる。













びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛


私はこれが好きなんだけど、おかーさんあんまり出してくれないから困っていた。久しぶりに満足にワカメを食べて私の髪も喜んでいるみたいだ。

このあいだのドッジボールで勝つためとはいえ酷使したから、ねぎらってあげないと、ごめんよ~私の髪、ちゃんと手入れしてあげるからねぇ~

ああしあわせだ。これだけで生きてける。

「希ちゃん、おいしい?」

なのは様が聞いてくる。

「うん、もちろんだよ」

私は満面の笑みで答える。

「そ、そうなんだ。希ちゃん、髪の毛、ワカメ…… 何でもない」

なのは様は他にも言いたそうなかんじだったが、結局何も言ってくれなかった。なのは様だったらなんでも答えるよ! 

最初は暗かった空気も私が食べてるうちにいつのまにか明るくなり、みんなワイワイ言いながら食べるようになった。

ご飯は楽しくに食うのが一番だもんな。



夜中

なのは様は出かけたようだ。私もついていきたかったが、カナコの反対があった。この前のは力試しで今回は必要ない。戦っても勝てる相手ではないし無用の挑発で相手を刺激したくないらしい。お互いにねと皮肉を加えられた。

何より、アリサが抱きついてきて離さなかったから、私もあきらめた。

すずかは寝ぼけながら噛みつこうとしてきた。ほんとに寝てたんだろうか?




次の日の朝、私はアリサを温泉に誘った。わだかまりをなくしたい気持ちと何よりアリサに楽しい思い出を作って欲しかったからだ。温泉に入り、特にすることがなかったので身体を洗うことにした。

「ねぇ、希、シャンプー取って」

「はいはい」

私はにゅると髪を伸ばす。

「ありがとう、アレ? アンタどうやって渡したの、手じゃないわよね」

「コレよ」

私は髪の毛に魔力を通すと、硬度を変えて手のような形を作る。

「きゃああああーーーー」

アリサは悲鳴を上げて後ずさり、しりもちをつく。私は立ち上がりアリサに近づくと、

「ふふふっ、アリサちゃん、とうとう知ってしまったわね」

私は邪悪な笑みを浮かべてアリサを見下ろす。

「最初に会ったときからウネウネしているとは思ってたけど、やっぱり妖怪だったのね」

妖怪? なるほどそういう解釈もできるわけか。

「アリサちゃん、私が怖い? 」

私は沈んだ顔を作るとアリサははっとした顔で首を振る。

「こ、怖くないわ」





なぜこんなことをしたか? 目的はふたつある。この力便利だから日常的に使えるようにしたいのだ。もうひとつは、アリサと秘密の共有をして友情を深めるためでもある。

「なのはちゃんとすずかちゃんもまだ知らないの。知っているのはアリサちゃんだけだよ。ふたりにもそのうち話すけど今は内緒にしておいてね」

「わかった。アンタが話すまで秘密にする」

物わかりが良くて、大変結構です。

「それから、私ここに来て良かったと思うよ。いろいろあった気がするけど、今は友達がいて楽しいし、これからもずっとそうだよ。だからずっと笑っていよう」

「アンタって… 」

アリサは何か言いたげな顔をしている。

また、そんな顔するんだ。



空気が重くなる前に変えてしまうか。

「じゃあアリサちゃん、この髪で洗ってあげるね」

髪の毛に魔力を展開して、何本もの細長いホースに形を変える、硬度をスポンジくらいかな。

アリサの身体に這うように巻きついていく。

「ち、ちょっと待って、希、それだめ」

動くな、動くな。

「大丈夫。痛くしないから」

じたばたしない。大人しくしましょうねぇ~

「やらぁ、ちょっと許して …あっ」

アリサの声が響く。ちょっと艶っぽいけど、くすぐったいだけだろう。私の身体で一番大事なところで洗うんだから、もっと喜べばいいのに、







さあ気合いを入れて洗おう。床屋さんがするような髪の洗い方を意識しよう。記憶にないけど…


「んんんんっ~~~ 」

アリサは洗っている途中で声を響かせながらパタリと気絶してしまった。まだピクピクしている。粗相もあったが、これは彼女の将来のために伏せておこう。女同士だし問題ないよね? まだまだ子供のようだ。

思う存分洗って、カミノチカラを確かめる。細かい動作も繊細な力加減も可能で、改めていろいろ応用の利きそうな能力だと実感した。もしかしたらワカメ効果もあったのかもしれない。乾燥わかめを常備することも検討しなければならないだろう。

風呂の後、ドライヤーで乾かすのは面倒だったので髪の毛を振動させて乾かす。なんか低周波のような耳障りな音が出た。あとドアノブ握ったら静電気が… イタイ。フェイトの電撃よりしびれた気がする。

気絶していたアリサは低周波で目を覚ました。のぼせたのか顔が赤い。なんだかこちらを見る目が潤んでいるようだけど気のせい。気のせい。

こうして、私たちの温泉旅行は終わった。





ーーーーーーーーーーーーーーー

アリサ視点

アタシにとって希は不可解な人間だ。普段は誰よりも子供っぽくてバカでおもしろい子だけど、ときどき同じ年とは思えない一面を見せる。

喫茶翠屋で見せた希は理解不能で、人はどんなことであんなに恐怖で顔を歪めることができるのだろうかと恐ろしくなった。西園先生は希の病気については教えてくれたけど、どうして希はこんなことなったかは教えてくれなかった。

気になったのでママに相談したら、ママは悲しい顔でどんなことがあっても自分から聞いてはダメということと前と同じように友達でいてあげなさいと言われた。どうして希は何も教えてくれないのって聞いたら、

「友達だから話せないこともあるのよ。知らないほうがいいこともあるわ。ママは怖い。希ちゃんに何があったか聞くのが… きっと呑みこまれてしまう」

そう言ってママはあたしを抱きしめる。

ママは震えていた。よく知らないはずのママが怖がるなんて、アタシにはそれがショックだった。世の中には知らないほうがしあわせなことがあることをこのときアタシは初めて知った。

希のお見舞いに行ったときも、普段と変わらないみたいだった。翠屋の事も逆に気を使われてしまった。それに桃子さんに謝りにいくみたいだ。あんなことがあったのに……










希のことが分からなかった。


その事件以来希は相変わらずなのはにかまって、バカやって、ユーノを見つけてから、なのはが何かに悩んでいることが気になって、あの事件の事はすっかり忘れていた。

いや、希の病気はそのままで、アタシたちに隠さなくなっただけだ。それに合わせて、日常の中で大人の女の人をどうするかが対策を立てるのが当たり前になっていた。もしかしたら、ママが言っていたことはこういうことだったのかもしれない。希も今の状況を望んでいたんじゃないかと考えるようになった。


そして、温泉の日……

アタシは浮かれていた。なのはとすずか、ユーノ、そして、希と楽しい時間を過ごせるのだから、ユーノは何だか変に暴れてたけど、洗っていて楽しかった。

次のターゲットは女同士なのに恥ずかしがる希だった。一緒に入ってからも、ちっとも楽しそうな顔をしない。少しムカついたから、希のタオルを取ってやろうとした。

希は珍しく抵抗するから、アタシもムキになって強引になってしまった。本当はこのときに気づくべきだったのに……







目に入ったのは傷だらけの身体だった。痣や切り傷、背中は火傷のような傷がある。よく見ると腕と足にも薄くなっているけど傷の跡がある。

どんなことがあればこんな傷ができるのだろう?

希はバツが悪そうに

「その、何て言うか ……あんまり見てて気持ちいいものじゃないし、ごめんね」

答える。



















……なんでそんなこと言うのよ!

悪いのは私なのに。




私はすずかからリボンを取り上げてからかっていた最低の自分を思い出す。

自信家で、わがままで、強がりな、今思い出すと腹立たしいし、恥だと思ってる。

なのはに頬を叩かれて、喧嘩して、大人しかったすずかに止められて、それから、少しずつ話して仲良くなって、今の自分がある。この事件がなければ私はきっと最低な自分のままだったと思う。






変わってない。

私は同じ事を繰り返している。最低だ。なにより、みんなの前で希の見られたくないもの見せるなんて……





情けなくて、申し訳なくて、どうしたいいかわからなくて涙が出てきた。








柔らかい感触がする。耳元で声が聞こえる。

「泣かないで、アリサちゃん、いつも元気なアリサちゃんが泣いていると私も悲しいよ。私のことは気にしないで、ちょっと恥ずかしかっただけだから、この傷だって時間が経てばそのうち目立たなくなるから、ほらっ! 涙ふいて」

希だった。希はいつもと変わらない。いつもの調子で冗談みたいに軽く流してしまった。




どうして?

希は温泉に入りたがらなかった。だから、アタシが無理矢理連れてきた。服を脱いでも、どうやっているのか不思議だけど髪の毛で身体の傷をうまく隠してた。入ってからもずっと周りを気にしているみたいだったから、見られたくないのはずなのに……

どうして怒らないの? どうして笑っているの? どうして優しくしてくれるの?




どうして 

許してくれるの?

温泉から上がってもアタシの頭はどうして? と言う言葉がぐるぐる回っていた。


希はいつもよりはしゃぐ。さっきまで、大人しかったのに、不自然なくらい明るく楽しそうに振る舞う。それにつられてすずかとなのはも笑顔になる。アタシもそれどころじゃなかったけど、アタシだけ暗くしているのもどうかと思って楽しそうにしているうちに本当に楽しくなってきた。

希は私を見て、にっこり笑う。




まさか? こうなって欲しかったの?

すごい……

私はこのとき初めて希を尊敬した。

そんな、私の思いなど関係なく、希はいつも以上に奇怪な行動でみんなを驚かせる。


希の病気は非日常で暗い影を感じさせる。でも希は道化を演じてその影を払拭してしまう。考えてみると、主婦を暗殺者と言ったり、エイリアンとかいうのも奇抜ではあるけど、この子なりの病気との向き合い方なのかもしれない。

食事のときだって、本当に幸せそうな顔でワカメだけを食べていた。みんないつのまにか微笑ましくみつめていた。その顔は本当に幸せそうでワカメだけしか食べられないことがぜんぜん気にならないみたいだった。






そんなわけないのに。

でも信じてしまいたくなるような顔だった。いつのまにかみんな明るい顔になっていた。




次の日、希から温泉に誘われた。気を使いすぎなのよ。

ここでの出来事はいろいろありすぎて、ごちゃごちゃしている。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・股、……じゃない。また、洗ってもらおう。




家に帰りつく。頭の中はなのはのことも気になっているけど、希のことでいっぱいだ。秘密も知ってしまった。希のことを考えるとお腹のところが熱っぽくなる。どうしてだろう?


希はいつも周囲が笑顔でいれるように、周囲に気を使わせないために、自分の悲しさを奥に秘めて、道化を演じている。


「それから、私ここに来て良かったと思うよ。いろいろあった気がするけど、今は友達がいて楽しいし、これからもずっとそうだよ。だからずっと笑っていよう」

そう確信したのは希のこの言葉だった。











アタシにはとても届かない。


どうすればこの子みたいになれるのだろう? わからない。またママに相談してみよう。するとママからは違った答えが返ってきた。

「違うのよアリサ、希ちゃんの年で感情を抑えて、周囲に気を使うなんて悲しいことだわ。あなたたちはもっと怒っていいし、悲しんでいいの」

「どうして? ママ」

「今は心を育てる時期なの。いろんなことに泣いたり笑ったり怒ったりして、成長していくのよ。感情を抑えること覚えるのはまだ先でいいの」

そうなんだ。

ママは希が感情を押さえなくてもいいんだってことを教えてあげなさいと教えてくれた。





希、覚悟してなさい。これからもどんどんひっかき回してあげるから。

アタシはアタシの新しい親友のために固く誓うのだった。










作者コメント

ギャグにするつもりが、別の電波を拾ってしまった。

……まあ、いいか!



今週末から、しばらくネットが使えなくなるので、週末更新になる予定です。



[27519] 第十八話 テスタロッサ視点
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/06/05 14:04
第十八話 テスタロッサ視点


プレシア・テスタロッサ視点

私はいらいらしていた。この人形は言われたこともろくにこなせないのか。ジュエルシードは私にとって最後の希望なのだ。それなのにたった数個しか集められないなんてふざけている。


私は怒りと失望で気が狂いそうだ。ただでさえ時間がないというのに、鞭でこの人形を叩きながらも、私の娘だからというアメを与え続ける。正直反吐が出る。しかし、この人形にやる気を出させるために、言いたくもない言葉を吐き続ける。

もういいだろう。拘束を解く。そして、最後にその大嫌いな人形に偽りを告げる。

「行ってきてくれるわね。私の娘、かわいいフェイト」

「はい、行ってきます。母さん」

「しばらく眠るわ。帰ってきたら必ず私を喜ばせてちょうだい」

「はい」

私は人形に背中を向けて去る。休まなければ、この身体はもう……

「あの …母さん …その」

人形が何かつぶやく。まだ何かあるのか。本当にいらいらさせる人形だ。だが、話くらいは聞いてやるか、アメがまだ必要なのだろう。

「何? 何かまだあるのフェイト」

「聞きたいことがあります。母さん」

「言ってみなさい」

「その、ある魔導師と交戦したのですが… 」

私はフェイトの話を聞く、どうせ大したことはないだろうと思っていたが、フェイトの話は私を驚愕させた。

レアスキル、誰もが使えない。個人特有の魔法、それほど多くはないが良く聞く話だ。問題はそのレアスキルの内容だ。魔力の質と波長を見ただけで再現できるらしい。まさか?

「フェイト、デバイスの戦闘データを見せなさい」

「はい、母さん」

あの人形からデバイスの戦闘記録をみる。私はひそかに期待していた。













「魔力の質、波長の再現率は?」

「100パーセント」









「ふふふっ …あははははははははははは」

このあり得ない数字を聞いたとき、私は笑いが止まらなかった。

アリシアを蘇らせようと、失敗したときどうしても、再現できなかったものがあった。肉体のコピーは完璧だ、完全に再現できた。記憶だって完璧に100パーセント転写に成功した。でも生まれたのは失敗作の人形だった。利き腕は違うし、魔力の資質もまるで違った。








足りないものは恐らく魂の情報だ。

死者蘇生の秘術を調べる過程で、他者の魔力資質を再現して魂さえ可能にするレアスキルが存在するという。だから、その知識を求めて失われた都アルハザードに行くつもりなのだ。間に合うかもしれないのだ。




「母さん、どうしたのですか? 」

私の様子がおかしいと思ったのか、人形が話しかけてくる。さっきまでの失望と怒りが嘘のようだ。希望にあふれている。今なら本当にこの人形を好きなることができそうだ。気分がいい。私は久しく見せなかった笑顔を人形に向ける。

「よくやったわ。フェイト」

人形は唖然としている。仕方のない人形だ。今日は飛びきりのアメをあげよう。今なら何だってしてあげられる。私は人形を正面から抱きしめると耳元でささやいた。

「本当によくやったわ。フェイト、この子がいれば私の研究はきっと完成するわ」

「母さん、っ!?」

人形が何か泣いているようだが、全く気にならない。早くあの子を連れてきて研究を完成させよう。それが済めばこの人形は用済みだ。捨ててしまってアリシアとふたりで暮らすんだ。でも、それまではこの人形は大事扱おう。やる気を出させるためなら嫌悪感しかない行為でもできそうだ。

「ねぇフェイト」

「はい、母さん」

人形の目は赤く潤んでいる。よっぽどうれしかったらしい。さあ、やる気を出しなさい。

「今日は何でもいうこと聞いてあげる。どんなことでもいいいわ」

「どんなことでも? 」

人形はかみしめるようにつぶやく。

「そう、どんなことでも何だっていいわ。その代わり、明日になったら、さっきの子を連れてきてね。どんな手段を使ってもいいから」

「 ……母さん」

フェイトは私に抱きつくとぐすぐす泣いている。その姿は心にひっかかったが、きっと希望が見えたからだろう。こんな人形に私が心を動かされるはずがない。


私が注ぐのは偽りの愛情この人形を効率良く動かすためのもの。私が愛情を注ぐのはアリシアだけ。

あの人形が求めてきたのはケーキを食べることと一緒に寝ることだった。

その程度のことだった。

ずいぶんお手軽な子だ。

もっといろいろ言ってくるかと思ったが、私に気を使っているのか? 馬鹿な人形だ。

あの人形と一緒にケーキを食べて、一緒に寝る。いつも暗い顔をしている人形がしあわせそうな寝顔をしている。その表情を見ているとなぜかアリシアを思い出す。












アリシアの私が仕事に出かけるときの何かを堪えるような表情。




私はたまらなくなり、あろうことかあの人形を抱きしめたまま眠ってしまった。






その日はアリシアの夢の見た。あの事故以来初めてのことだ、アリシアはこちらを見たまま何もしゃべらない、あのときと同じ顔をしている、あの子が悲しそうにしていると私も悲しい。近づこうとするが身体が動かない。もどかしい。あの子を抱きしめてあげたいのに、アリシアは悲しそうな顔のまま笑顔をつくると小指を出して、

「ママ、約束」

言って、私は目を覚ました。

せっかくアリシアの夢を見たというのに、抱きしめてあげることができなかった。夢の約束とは何だろう? 何か引っかかっている。アリシアとの約束は私にとって重要な絆なのだ。






私にはもうそれしか残っていない。

隣には忌々しい人形が寝ている。強い怒りが沸いてきた。いくら寂しかったとはいえ、この人形にアリシアだけに注ぐべき愛情を与えてしまったのだ。










人形の首元に手を伸ばす。








今なら殺せる。















「 ……ママ」


この人形が発した言葉に動揺してしまう。





その呼び方はやめて! アリシアと同じように呼ばないで、あなたは私の娘なんかじゃない。




ごめんなさいアリシア私の愛情はあなただけのものなのに。ただの慰みの人形に心を奪われるなんて私は弱い人間だ。



人形風情が……

そんな気持ちとは裏腹に先ほどの殺意は消え失せ、代わりに残ったのはむなしさだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーー

フェイト視点

「よくやったわ。フェイト」

その言葉と笑顔を見たとき、私は信じられなかった。母さんの笑顔を見たのは何年ぶりだろうか? きっと、あの事故以来だ。

「本当によくやったわ。フェイト、この子がいれば私の研究はきっと完成するわ」

「母さん、っ!? 」

母さんが抱きしめてくれる。暖かい懐かしい感触だ。本当はずっとこうして欲しかった。私はうれしさのあまり泣いてしまう。すごく幸せだ、さっきまでの寂しさが嘘のようだ。母さんは優しくささやく。

「ねぇフェイト」

「はい、母さん」

「今日は何でもいうこと聞いてあげる。どんなことでもいいいわ。」


「どんなことでも? 」

私はかみしめるようにつぶやく。私は母さんにとってものすごいことを発見したらしい。母さんは最近身体の具合が悪いのに、研究に一生懸命だ。私のために時間を割いてくれるなんてとても信じられなかった。

「そう、どんなことでも何だっていいわ。その代わり、明日になったら、さっきの子を探して連れてきてね。どんな手段を使ってもいいから。」

「母さん」

私は幸福感に包まれながら、何をしてもらおうか考えた、そうだ!! おみやげに買ってきたケーキを一緒に食べよう。そして、ちょっと恥ずかしいけど一緒に寝てもらおう。母さん聞いてくれるかな?




母さんは約束を守ってくれた。うれしい。しかも、抱きしめて寝てくれた。


その日、昔の私と同じ顔をした女の子の夢をみた。

さあ、あの子を見つけて連れてこよう。あの猫のとき以来見かけないけど、あの子を見つければ母さんはもっと私を抱きしめて笑ってくれるんだから、……ずっといつまでも



















そう、どんな手段を使ったって ……いいんだ。



作者コメント

フェイトヤンデレてるいいのかこれで。

次話投入は来週末です。



[27519] 第十九話 フェイト再び
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/06/12 01:35
第十九話 フェイト再び



カナコ視点

私は紅茶を飲む。外の世界と違って行為自体に意味はない。リラックスするためにしているだけだ。私のちからでもこの世界でモノを創造するくらいはできる。あの男のように複雑な構造のモノをつくることはできないけれど…



リラックスしながら、今までのことを考える。

順調だ。次の大きなイベントは管理局との接触になるはず、こちらの魔力資質を示して自分用のデバイスを貰うことができれば成功と言っていいだろう。はっきり言ってジュエルシード事件なんてどうでもいい。あくまで闇の書事件までの通過点で私たちの魔法戦闘力技術を上げる手段だ。


ただ個人的にテスタロッサ親子のことは気になっている。希以外の人間はいざとなれば切り捨てるつもりはあるが、どうしてこの親子が気になるか考えることにした。





フェイト・テスタロッサ

最初の出会いで、希に手を出されて戦ったけれど。あの物語で気になる存在だ。実際に会ってみて、あの暗い表情は落ち着かない気分にさせる。



プレシア・テスタロッサ

関わるのはごめんだが、在り方には惹かれている。シンパシーというか共感できることが多い。目的のために突き進む姿は見習いたい。機会があれは少し話してみたいとさえ思っている。



アリシア・テスタロッサ

プレシアのすべて、すでに死んでいるが、死してなおプレシアの生きる目的となっている少女、私にとっての希になる少女だろうか?





答えは簡単だった。

テスタロッサ親子の状況と自分と希、あの男を重ねているのだ。では私があの男にさせているのはプレシアがフェイトにさせていることと似ているのだろうか?







いや少し違う。

確かに秘密を抱えているし、最初は替えがあるから、壊れてもかまわないと思っていた。しかし、運良く育ってきたので、もったいないと思っている。希にとって有用な存在だからというのも大きい。

再びプレシア一家について考える。

アリシアが死んでいなければ、そもそもフェイトは生まれなかったけれど、プレシアがアリシアのフェイトに対する感情を想像できていれば違う状況はありえたかもしれない。



私だって未来を知っているこの世界に介入することに楽しみや喜びを感じていないわけではない。なのはやフェイト達は希にとってもいい子たちだ。より良い方向に進んでほしいし、フェイトにも親の情愛を知ってもらいたいと考えている。

しかし、自分にある言葉を言い聞かせる。











目的を忘れるな。


優先順位を間違えるな。彼女たちに感情移入しすぎるな。私の使命を忘れるな。私は希のためだけに生きている。希が笑顔で、しあわせに暮らすことができるならそれでいい。

確かに魔法のちからで得たものは大きく、この世界の大人に力で負けないのはありがたいことだ。しかし、大きなちからはさらに大きなちからに呼ぶ。場合によってはより大きなちからに飲み込まれてしまうだろう。闇の書がいい例だ。

私は希のためにジュエルシード事件をうまく立ち回るのよ。それに集中しよう。……もし余力があれば少しだけ手を貸そう。そのスタンスでいいはずだ。

そんなとりめないことを考えていると、プレシアにとってのアリシアこと、私にとって大切な希が姿を見せた。

「あらっ!?  珍しいわね。あなたがここに出てくるなんて」

思わず声が弾む。

「私だって、たまには出てくるよ~ 寝てるのが一番だけど…… 」

いい傾向だ。想定してたよりずっと早い。うまくいって夏くらい、遅くても来年くらいを考えていたから、破格のスピードだ。この子が自発的に図書館まで出てくるのは、トラウマやシンクロ以外ではあの日以来、初めてかもしれない。

私と話したいことでもあるのだろうか?

「調子はどう? 」

「怖い夢見なくなったから、楽になったよ。イヤな感覚はたまにあるけど、ずっとじゃないから、あんまり起きなくてもいいし」

今のところ経過はいいようだ。十分な休養になっている。シンクロイベントがうまく作用して気力が少しずつ回復している。体力が休息や食事で回復するように、気力も休息、ストレス解消や楽しみごとで回復する。

希の場合は過去の事件の影響で気力が常に減り続け、今まではゼロに近い数字を行ったり来たりして、心が身体を動かす力を失い、ほとんど生きる屍だった。



この調子で一日一回でもここまで出てきてくれれば次のステップに進めるかもしれない。

「何か聞きたいことがあるの? 」

「うんっ、 おにいちゃんのこと、いつになったらお話できるか気になって、いつもカナコとばかり楽しそうでうらやましいよ~ 」

あの男か。希は顔を合わせたことはあるが、まだ会話らしいことはしたことがない。この間は私の言いつけを守って逃げたみたいだが、やはり気になっているようだ。

「まだだめよ。この間検査したけど、身体の形を再構成するちからはなかった。もう少しだとは思う」

「今どのくらいなの? 」

「きょしんへいくらいね」

「早すぎたんだ。腐ってやがるの? 」

この返しもあの男のものだ。良くも悪くも影響を受けている。

「それは冗談だけど、魂がさらさら液体からドロドロの粘土にくらいまでは育っているわね。固まるまでには時間がもう少しかかる。ジュエルシード事件が終わるころにはなんとかなりそうだわ。そのためにももう少しあの女には頑張って貰わないとね。まだまだ自分の存在を確立するだけの記憶の積み重ねが足りないわ」



あの男の記憶は私たちの都合に合わせて封印・操作してある。キーワードはあの男の本名だ。名前は自分の存在を信じる上で重要な要素である。フェイトもなのはに名前を呼ばれることで自分の存在を実感し、あの状況から心が折れずに踏みとどまったと考えている。

それほど重要な意味を持つ名前を奪うことで記憶の封印・操作を可能にしている。仮の名前はアマミヤノゾミ、あの男は意識していないが、アマミヤノゾミと呼ばれることには違和感を感じていないはずだ。

まずいのは希本人と接触すると仮の名前に対する意識が揺らいで、存在が希薄になってしまうことだ。そうなると自分の名前や過去の記憶を求めてしまうだろう。自滅への道だとも知らずに……



魂が固定化すれば、真実を名前を教えて記憶を取り戻しても耐える事は可能だろう。むしろ、個別化することで強化されていく。

思考がそれた。

希に目を向けると、希は遠くに思いを馳せるように

「そうなんだ、楽しみだな~ 」

とつぶやいた。








……う~んこれは良くない。あの男に感情移入してはだめだ。あんまり居心地がいいと、外の世界に出る気が無くなってしまうかもしれない。自分の世界で完結してしまう。言いたくないけれど、釘を刺しておかなければいけない。

「わかっているとは思うけど、話できるようになってもあまりあの男に頼らないのよ。外の人間と交流しなさい」

希はむっとした表情になる。そんな顔はしないで欲しい。あなたのためなんだから…

「わかってるよ~ カナコはうるさいな~ ねぇカナコはお兄ちゃんのことどう思っているの? 」



希は予想外の質問をしてきた。少し考えて答える。

「良く動く歯車ね。でも目が離せないから心配だわ」

「嘘つき~ カナコ、お兄ちゃんといるとき楽しそうだよ。私も混ざりたいよ」

楽しそう? まさか、あの男は希の代わりに外で動くだけの存在だ。思った以上に働くから役割を増やして、存在を維持するため、あの男に悟られないように動いている

はずだ。




あの男について考える。

あの男の抱える物語は刺激的で面白く夢中になって目的を忘れそうになるし、日常の会話でもついつい使ってしまいたくなる魅力がある。私の記憶にある前世ともよく似ていて、故郷に帰った気持ちになる。

あの男の主張する前世はずいぶん荒唐無稽で怪しい。一度この世界の記憶があるから戦闘力があるんじゃないかと考え、任せてしまい冷や冷やさせられた。ちからはないと判断したが、髪の毛を操作するちからは戦闘でも使えるかもしれない。

コミュニケーション能力は希はともかく、私より優れているかもしれない。私は力で従わせるのは得意だけれど、対等の相手と話すのは苦手だ。

それにあの男は門の向こうへ投げたり、ハンマーで叩くのは楽しいというか、今度来たときはどんなふうにしてやろうかとか考えると頬が緩む。腹部が熱を持つような感覚だ。




















愛? いやいや、お気に入りのおもちゃを扱うのと一緒だ。心を寄せているわけじゃない。目的が同じだから少しだけ気を許しているだけだ。そうだ。それに間違いない。


こうして考えると私の中であの男の重要度は上がっているようだ。もちろん希とは比較できない。



私は希に近づくとその体を抱きしめる。

「悪かったわね。もう少ししたらあなたもちゃんと混ぜてあげるから、もう少し我慢してね」

「うんっ」

私は希の体を抱きながら、私と希に影響を与えるあの男に脅威を感じるのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー

雨宮希(男)視点

温泉旅行以降は特に大きな事件もなく、上の空のなのは様にアリサがキレたくらいだった。私が「なのはちゃんにだって今は話せないことがあるんだよ」と言うと、アリサははっとした表情で「悪かったわ」と言って去っていった。少しだけ素直なアリサだった。


フェイトは時期的にあのプレシアのところに帰ったのだろうか? 事情が事情とはいえ、ひどい目に遭わされるのは想像したくない。

今日は珍しくひとりで帰る。見知らぬ女性との接触を避けるため、人通りの少ない道を使っている。逆に痴漢とかに出会ったらどうしよう怖いわとか考えるあたり、あの温泉以降、私の女としての思考は固まりつつあった。

カナコが話しかけてきたのはそんなときだった。
 
(魔力反応が高速で二つ動いている。なのはじゃないわね。フェイトとアルフ? ジュエルシードかしら? )

(次は管理局との接触だよな。こんなに早かったっけ? ) 

(こっちに気づいた!? 移動速度が上がったわ! 明らかにこっちを狙っている。東上空から来る)

私はカナコの言った方角に目を向けるが、何も見えない。

(まだ見えないんだけど)

(早い!! なんてスピードなの! 繋がるわよ)

まだ状況を把握しきれてない私とは裏腹にカナコの声はせっぱ詰まっていて、こっちの答えを待たずに繋がってきた。

あれッ? なんか星みたいな金色の光が見えるなぁ~ どんどん近づいてえええーーー
 





「動かないで」

背中にはバルディッシュを突きつけられている。カナコも反応できなかったようだ。早すぎてわからなかった。

ピトーさん並のスピード出てませんか? あんなスピードどうやって急停止したんでしょう? 慣性法則って知りませんか? 物理の壁突破してませんか? 



そもそも、こんな展開はなかった。時期的にフェイトは時の庭園に帰っていて、鞭の餌食になっているはずだ。

(姉さん、大事件です)

(どうしたの? 一平)

(このネタがわかる時点であなたの年齢がわかります)

(うるさいわよ。それより私もこんな展開は予想外だわ)

(フェイトさん本気です。なぜでしょうか? )

(おそらく、プレシアが私の力に目をつけたのね)

(プレシアがなんでまた? )

どうしてこうなるかわけがわからない。

(あなたねぇ、プレシアの最終目標は何? )

(アリシアを生き返らせること、そうか。カナコのレアスキルか)

(厳密には希のだけどね。アリシアの魔力資質を再現できなかったと言っていたからその辺りに理由があるとはおもうけど、言うこと聞くしかなさそうね。デバイスないから勝負にすらならない)

(でも遅くなったら、ましてやその日帰らなかったら、ウチのおかーさんどうにかなっちまうよ)

夜、少しだけ抜け出しただけで、ああなったおかーさんだ。想像するだけで恐ろしい。

(知らない! 自分で何とかしなさい。帰ることができるかもわからないのよ! 私はそれどころじゃない!! 実験体になるなるなんて冗談じゃないし、希にとってプレシアは恐怖の象徴で接触させたくないのに、ありえないありえないありえないありえないありえな~い)

プリ○ュアかおまえは…

取り乱してますねカナコさん。

いつも冷静なカナコだが今までとは状況が違う。こんな反応は初めてだ。そんなカナコを見て逆に俺は冷静になっていく。

(落ち着けって、カナコ、フェイトなら話す余地くらいはあるだろう? )







(………………不覚だわ。あなたにそんなことを指摘されるなんて、 

……確かに話す余地があるだけましね。最悪は想定してるけど、うまく立ち回ることができれば、いい結果が得られるかもしれない)

いつもの冷静なカナコに戻りつつあった。それでいい、私は私で自分の不安材料を解消しておこう。

「あのフェイトさん? 」

「黙って言うとおりして」

なんか声に緊張感あるなぁ。

「言うとおりするから、こっちの話も聞いてくれない? 」

「・・・・」

フェイトは答えない。かまわず続ける。

「私早く帰らないとおかーさんが心配するの。だから、なんとか言い訳するから。電話だけでもかけさせてくれないかな? 」

「母さん? …わかった。でも変なこと話したら、すぐに切らせるから」

ほっ良かった。なんかフェイトさんやけにせっぱつまっているけど、母親の名前出せばきっと聞いてくれると思ってたぜ。許可が降りたので携帯から電話をかける。

「もしもし、おかーさん、希だけど、うん、今学校の帰り ……それでね、今日はなのはちゃんのウチに行きたいの。
私ね、おかーさん以外大人の女の人にもっと慣れる必要があると思うの。だからね、桃子さんは普通の人よりは平気だから、今日はなのはちゃんの家に泊まりたいんだけどいいかな?



ほんと? ありがとうおかーさん大好き
来たらダメだからね。これは訓練なんだから」

(あなた、すごい嘘つくわね。これじゃ百合子ダメって言えないじゃない)

珍しくカナコが感心している。フェイトはなんだが複雑な表情をしている。やはり罪悪感があるのだろう。

「うん、わかったじゃあね ……さて、許可は降りた次は辻褄を合わせないとね」

「まだ、かけるの? 」

「うん、だって嘘がばれたら困るでしょ。なのはちゃんにかけるよ。
大丈夫。今日は家にいるはずだし、ここにはすぐには来れない。
共犯になってもらうからある程度は事情を話すからね」

「 ……うん」

(どっちが、犯罪者かわからないわね、今の話だと)

(基本的には素直な良い子だからなフェイトは)

「もしもし、なのはちゃん、希だけど、うん、今フェイトちゃんと一緒なんだ。えっ!? 心配いらないよ。家に泊まりに行くことになったのだけだよ。でも、良く知らない友達だから、おかーさん心配するかと思って、なのはちゃんの家に泊まるって嘘言っちゃんたんだ。

……ごめんね。
嘘がばれると後が怖いからなのはちゃんも協力してね」

(とても、これから誘拐される人間の台詞じゃないわね)

(こっちも腹をくくるさ。それにまだ決まったわけじゃないぞ)

(どういうこと? )

(それはもちろん、フェイトはいい子だから、今回のことには後ろめたさがあるはずなんだ。だから、後腐れないようにデバイスなしの魔法の勝負をする。負けたら仕方ない。なんとか明日までに帰る方法を考えようぜ)

「ねぇ、フェイトちゃん、今の状況不公平だと思わない? 私デバイスないから、力ずくじゃかなわないよ…… 」

私はフェイトの後ろめたさを刺激しながら、対等の勝負に持ち込む。フェイトは了承してくれた。う~ん、おにいさんそんな素直すぎるフェイトの将来が心配です。

(よくやったわ。これで勝つる)

×1

先ほどのは裏腹にカナコの声は弾んでいる。気持ちはわかるが早すぎませんか?  

私たちは人気のない場所に移動すると、十メートルくらい離れて向きあう。ちょうど夕方だ。なぜか強い風が吹いてと枯れ葉が舞っている。決闘にはふさわしい場面だ。



いつのまにかアルフが私たちの間に立っている。審判?

「勝負は無制限一本勝負、気絶または参ったと言ったほうの負け、フェイトが勝ったら素直に付いていくんだよ、アンタが勝ったら今回は見逃す」

あきらめるってことはないわけね。

(ふふふっ デバイスないなら負ける要素はないわ。あの子スピードはあるけど、動きは単純だから容易にカウンターを当てられる。あのスピードが命取りよ。正面衝突すれば2tくらい打撃になるはず、その後は投げ飛ばしてあげるわ)

おいおい、カナコさん、アンタ投げる方が専門じゃないのか? なんで打撃技にも精通しているんだよ。

きゅぴ~ん、きゅぴ~ん
×3

んっ!? 何だ今の音は、

(そんなにうまく行くのか? フェイトの目、真剣だぞ)

(大丈夫よ。あの子とは一度戦っているもの。それに私には體動察の法があるわ。敵の肉体の筋肉・表情・呼吸の微妙な変化を察知し、その動きを完璧に予見できる。たやすいことだわ。)

きゅぴ~ん、きゅぴ~ん、きゅぴ~ん
×6

前から思っていたけど、血の気の多いカナコさんだった。それにさっきから嫌な数字がカウントされているんですけど、カナコは気づいていないのだろうか?

「じゃあ始めるよ。レディーーーGO」

アルフの掛け声を共に、フェイトは矢のようなスピードで突っ込んでくる。


早ッ!!

フェイトは魔力を込めた左拳をこちらの顎に向けて突き出す。

(早い!! でも予想通り。甘いわフェイト!! )

きゅぴ~ん
×7















カナコはニヤリと笑うとフェイトの左腕に交差させるように、魔力の込めた右拳を繰り出すと身体ごとを地面に向けてフェイトの顎を打ち抜いた。フェイトの左拳は首を傾けてギリギリ避けている。













クロスカウンタァーーーーーーーー

すさまじい衝撃音が響く。カナコの予告通り衝撃にして2tのパワーが炸裂した。




完璧な一撃だった。




「 ……あっ!?」

フェイトはゆっくりと崩れ落ちていく。もはや立つことはできないだろう。





(勝ったわ)

カナコは勝ちを確信した。私もそうだ。


きゅぴ~ん、きゅぴ~ん
×9

あれっ? まだ聞こえる。




















「 ………………母さん」

きゅぴきゅぴきゅぴ~~~ん

×20




何ですとーーーーーーーーーーー








倒れるかと思われたフェイトだったが、上半身がほとんど床に着きそうな位置から、足を踏ん張る。身体の筋肉をきしませながら、右手に魔力を集中させる。こっちはさっきの一撃で体勢が戻っていない。

(そんな! さっきの一撃で倒れないなんて!! 右に魔力を集中!? まさか、食らうのは承知の上だったの? )

フェイトの利き手は右手だ。最初の一撃は左だった。ということはフェイトは食らうのは覚悟の上で全力で左の一撃を放ったのだろう。攻撃に耐えて、次の自分の攻撃を確実に当てるために……




フェイト恐ろしい子。



ああ、これはまずいな。私たちにさっきから聞こえていた音は負けフラグがカウントされていく音だったんだ。次のフェイトの反撃の威力がフラグの数だけ倍加される。つまり20倍もの威力一撃だ。










うんっ、オーバーキルですね。

フェイトの一撃が迫ってくる。スローモーションだ。人は死ぬとき自分の一生が走馬灯のように見えるという。私には記憶がないけれど、暗い部屋でパソコンをカタカタやっている自分の姿が見えた気がした。

(きゃああああああああああああああああああああーーー)

カナコの悲鳴が聞こえる。その音と共にわき腹への衝撃と自分の身体が高速で横回転しながら空中に上昇するという、これは死ぬレベルの感覚を味わいながら意識を失った。

次に気が付いたのはフェイトのこの世界での拠点だった。






カナコは私より先に意識を取り戻して、対策を練っていたようだ。こうなった以上プレシアと交渉するつもりらしい。疑い深くあのおかーさんさえ信用していないカナコしては楽観的な考えだ。それについて聞くと、

(信じて行動しなければ今は身動きが取れないわ。私たちの運命を他人に預けるのは気に入らないけど、仕方がない)

(でもカナコ、ウチのおかーさんにも厳しいのに、プレシアはいいのか? )

(そうね、確かに壊れているかもしれないわねプレシアは。でも、残酷な現実を覆すために、どこまでも目標に到達するために厳しく生きているわ。結局報われなかったかもしれないけど、そういうところに惹かれているのかもしれない。プレシアの目的ははっきりしてるから、交渉もしやすいと思う。それから、今回は私が出るわ。あなたには私と希の世界を警護してほしい。プレシアとの交渉は能力使える私の方が話が早いし、プレシアとの接触は希にはストレスだから黒い影との戦いになる可能性が高いわ。プレシアとの交渉内容は後で話すわ)

(いつ交代する? )

(プレシアに会ってからでいいわ。私、外に出るとすごく疲れるから、今は休むわね)

目を開けるとフェイトがいる。アルフも一緒だ。覚悟を決めよう。

「じゃあ、フェイトちゃん行こうか」

「ごめんなさい。あなたにどうしても会いたい人がいるの。私の大事な人なの」

フェイトは勝ったにも関わらず、申し訳ない顔をする。いい子だ。

前世では恋敵で今でもなのは様の心を掴んでいるから、複雑な思いはある。しかし、その境遇を思うと幸せになってほしい。その役目はこの世界でもなのは様なんだろう。






あれっ!? なんか涙出てきた。振られたような心境だ。

ええい、今は考えるな。目の前のことに集中しよう。笑っていればいいことあるさ。


こうして、俺たちは意図せず、プレシアの待つ時の庭園に行くことになった。海鳴市から時の庭園に移動して、フェイトの案内でプレシアに会った。そのプレッシャー並じゃなかった。今までで一番強かった。希レベルの症状はかなり堪えたが、ここでカナコと交代した。

俺はカナコが交渉している間、この図書館を守る。途中でカナコと一緒に紫の雷を使う黒い影が現れて、カナコは急いで現実に戻り、俺は一人で戦うことになったが、アトランティス最終戦士の前では敵ではなかった。

……ふっ 久しぶりにディスティの貫通弾の威力を堪能できた。

帰ってきたカナコは最初はいつもの軽口で「時間かけすぎ、でもよくやったわ」と言っていたが、黒い影が紫の雷を使ったことを教えると顔色が変わり、驚愕の表情でこちらをみると、黙ったまま自分の部屋に行くと言っていなくなった。

俺が次に現実で目が覚めたのは学校で一時間目の授業が始まるところだった。

首には黒い十字架がかけられていた。おお、カッコいいじゃないですか。カナコはプレシアとうまく交渉できたようだ。良かった良かった。

その日は身体は疲れていたようで、一限目が終わった後、保健室に行くことになったが、担任の先生がえらく心配してたな。あんまり近づいて欲しくないんだけど、もしかして、小さい女の子とか好きなんだろうか? 

それだったら担任として問題がある気がする。

結局その日は早退した。おかーさんが迎えに来てくれた。歩くのは無理だったのでタクシーに乗ることになった。おかーさんは前と同じく笑顔だったが、汗をだらだらかいて明らかに無理をしている様子だった。これだけ苦手だと気になる。




その日のおかーさんはやはりトイレに駆け込み、ご飯を食べることができなかった。おかーさんごめんさない。それからうそついてごめんなさい。




作者コメント

希と男となのはをからめたように、カナコとフェイトとプレシアをからめていこうと考えてます。



[27519] 第十九・五話 プレシア交渉             23/7/4 投稿
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/07/04 10:26
第十九・五話 プレシア交渉



カナコ視点


私の目の前にはプレシアがいる。死んだ愛娘のためにすべてを捧げた女。いや、アリシアとの約束なのかもしれない。事故で死んだのはアリシアの娘だけ、プレシアも事故の影響を受けて徐々に身体を病んでいく。フェイトを育てるために、わざわざ身体に負担をかけてリニスを使い魔にするくらいだから、病気のため自分ではあまり動けない。あるいは、庭園を出ると魔力の供給がなくなって彼女は魔導師のランクが下がるのだろうと予測している。

彼女は企業のプロジェクトリーダーを任せられているから、非常に優秀なはずだ。しかし、残された時間がない。だからジュエルシードに賭けた。本当は心のどこかで成功の可能性が低いことがわかっていたのではないかと思う、私の力を見て恐らくアリシアの魔力資質再現の可能性を見いだしたと考えられる。

プロジェクトフェイトでは魔力資質を再現できないはずだ。魔力資質の傾向をある程度再現する力はあったが100パーセントではなかった、スカリエッティはそれで十分と考えていたんだろう。あるいは完全に再現することは不可能なのかもしれない。

できるだけ上手く立ち回らないとね。ここ交渉が今後を左右する。できるだけ優位に、向こうには時間がないはず、そこをつけばイケる。

「そこで、止まってくれないないかしら、この子あなたくらいの大人を怖がるの」

「この子? 」

プレシアは立ち止まると、いぶかしげな表情をする。

「私はこの子の身体に宿る別人格よ、フェイトと戦ったのは私の方よ、そっちのほうが話は早いでしょう? 」

「どういうことかしら? 」

私はこの子の事情について簡単に話す。この子は多重人格で、私は母親的な人格だいう情報を伝える。語弊はあるが私たちの事情を伝えるのはこの言い方が伝わりやすいだろう。症状や体の傷や食べ物のことも教えておく。プレシアは少しだけ目をひそめるがブレない。さすが優秀なだけあってプレシアの理解は早かった。

「誘拐されているのに、ずいぶん落ち着いているのね。こっちは目的のためなら手段を選んでられないの。無理矢理にでも言うことを聞かせることだって……」

「おー怖い怖い。あなたの目的は知らないけど、フェイトからあなたが会いたいと言っていたし、私のレアスキルに関係してるのかしら? フェイトもデバイスも驚いていたみたいだから」

「頭の回転がいい子ね、だったら話が早いわ。私の研究に協力しなさい」

「デバイスないわよ私」

「そのくらいこっちで用意するわ」

「お願いするわ。それから、できれば容量を多めにして、あなたのデバイスのデータを移しておいてくれないかしら」

「それくらいならすぐできるけど、私のデバイスのデータを入れてどうするつもり? 」

「あなたのデバイスのデータを入れるのは私の能力を確かめることができるでしょう? 別にあなたのデバイスで確認してもいいけど、それじゃあ無用心よね」

「ふん。まあいいわ。じゃあついて来なさい。魔力を測定するから」




私はプレシアのあとに付いていく。廊下にでると、フェイトがアルフと一緒に待機していた。何か言いたそうにこちらを見ている。

「あの ……母さん」

「フェイト何かしら? 母さんはこれからこの子と研究室に入るわ」

プレシアはうっとしげな目で見ている。

「 ……ごめんなさい」

フェイトは下を向いてしょぼんとしている。私はその寂しそうな目を見ていて言わなくてもいいことを言ってしまう。

「プレシア。褒めたあげたら、この子頑張ったんでしょう? 」

あの勝負は私がカウンターを当てた時点で勝負はついていた。しかし、フェイトは母親への想いから、ダメージに耐えて逆に強力な一撃を放ってきた。あんな一撃二度とくらいたくない。負けたこと自体は悔しいし、あの男の前で無様をさらしたのは屈辱だけれど、フェイトには恨みはない。やられたわと言ってあげたいくらいだ。

「あなたには関係ないでしょう」

プレシアの冷たい一言に少し腹が立った。

「いいのかしら? 協力者の機嫌を損ねて、言っておくけど私が出ていられるのは一日だから、別人格は話が通じないし、レアスキルは私しか使えないわ。時間かかるわよ」

私は時間という言葉を強調する。プレシアは少し怒った顔でこちらを睨んでいる。

「どうしろっていうの? 」

聞いてくれるようだ。ちょっとハードルを上げてしまおう。あの男の真似だ。

「そうね。まず頭を撫でて、そして、いい娘ねフェイトって言うの。最後にちゅーしてあげなさい。もちろん笑顔でね」

せっかくだから携帯で動画を撮っておこう。確かこのボタンで良かったはず…… 

「ちょっと待ちなさい!! なんで私がそんなこと、だいたいなんであなたはそんなことさせるの? 」

プレシアは慌てて抗議してきた。私はさらに追い打ちをかける。

「この子の事情は教えたわよね。だからせめて癒されたいの。そうすれば、喜んで協力するわ。それだけでいいのよ。協力するんだからちょっとくらい見返りがあってもいいでしょう」

嘘だ。ただプレシアをみてなんとなくいじめたくなったのだ。

「わかったわよ。すればいいんでしょう。すれば! 」


プレシアは渋々こちらの提案を受け入れる。フェイトに近づくとひきつった笑顔で頭を撫でようとする。フェイトは顔を赤くしながらプレシアの顔を見上げている。

「よろしくおねがいします!! 」

フェイト、ガチガチね。


「フェ~イ~ト~」

プレシアが笑顔を作る。頬が不自然なほどヒクヒクして目は笑ってない。細くなっているが目の鋭さを強調して、怖いくらいだ。







ビクッ!!  

フェイトはそんなプレシアの表情を見ておびえている。

「ダメダメ、全然ダメよ。笑顔がぎこちないわ。逆にフェイト怖がってるじゃない。真面目にしなさい、ちょっと耳を貸して」

私はプレシアの耳打ちする。近づいて話すのはストレスだが仕方がない。こっそりシンクロさせて気持ちを無理矢理同調させる。プレシアがやる気になるように、シンクロは希とあの男、私が気持ちを合わせて記憶や行動を共有する魔法だ。

私の場合は相手を自分のペースや気分に巻き込むことができる。サブリミナル効果の強化版のようなもので触れた相手に簡単な暗示をかけられる。記憶操作の応用でこれくらいはできる。ただし、短時間で、強い拒否があることや緊張状態、戦闘中には使用できない。

ちなみにシンクロはためしてはいないが私と希の世界に魔力資質のある人間は連れてくることができるはずだ。記憶情報の送受信は私の得意分野だ。

「いいこと。これは研究のためなの。私が満足するような親子愛を演出しなさい。研究のためよ。フェイト愛してる最高フェイト愛してる最高」

「研究のため」

プレシアはつぶやく。そして私たちに背中を向けると両手を目に当てて、ブツブツ何かつぶやいている。

「研究のため研究のため研究のため研究のため研究のため研究のためアリシアのためアリシアのためアリシアのため」

うまく言ったようだ。そしてばっと身体をこちらに向けると満面の笑みでフェイトを見つめる。今度は大丈夫だ。やればできるじゃない。

「フェイトぉ」

「はいっ」

一瞬まぶしい光と花でも咲いたかのような、笑顔でプレシアは愛おしげに名前を呼ぶ。



……ちょっとカクカクしてロボットみたいだけど気にしない気にしない。



「フェイトアイシテルサイコウ、フェイトアイシテルサイコウ」

「はいっ 母さん」

ちょっと声が固いけど、これでもいいわね。フェイトは赤くなって気にならないみたいだし。

「イイコネ。フェイト」

プレシアの慈しむようにフェイトを頭を撫でる、フェイトは顔を赤らめて夢心地の顔をしている。私は携帯で写真と動画を撮る。綺麗なプレシアだ。

「うん、良い感じよ」

「イイコニハ、ゴホウビヲアゲマス」

プレシアは棒読みの優しい声でささやき身体を屈めるとフェイトの口にキスをする。むさぼるように吸いついているようにも見えるけど、親子だからこれくらいは当たり前よね。



私も希にお願いしてみよう。



一分経過……

長いわね。





三分経過

おかしいわね。




五分経過

「ぷはー、ゲホッゲホッ」

プレシア息止めてたのね。ずいぶん濃い親子のちゅーだったわね。

 ……糸引いてる。

フェイトは呆然としたあと、ふにゃふにゃと顔が崩れ泣いてしまう。よっぽどうれしかったのね。プレシアはそんなフェイトを見てとろんとした目で見ていたが、急に目が覚めたような顔で、いつもの厳しい目に戻り立ち上がる。

なんだ意外とフェイトに優しいところがあるのね。もっと冷たいかと思ってた。本心から嫌であれば当然この暗示は利かないからだ。つまり、暗示の誘導はあったがこうしてもいいと選択したからだ。

「フェイトぉ、これから母さんは研究があるからぁ。しばらく、部屋にこもるからわねぇえええ、あなたは部屋で控えていなさいてねぇ。用があったら呼ぶからぁああ」

口調が変ねプレシア、まだ利いているのかしら。私は目の前で手を叩く暗示を解くためだ。

「はっ!? 私は何を? 」

「戻ったようね」

ここからはいつものプレシアに戻っていた。研究室に向かって歩く。フェイトはぼーっとしたまま動かない。かと思うといきなりくすくす笑い出した。そして身体をくねくねさせている。トリップ中ね。そっとしてあげましょう。

「これでいいんでしょう? 」

プレシアはふいに話かけてくる。顔が赤い。

「満足よ。女優ね。あなた、尊敬するわ」

「約束は覚えているわね? 」

「もちろん」

そうして、そうしている間に研究室に着く。

「魔力を測定するわよ」

「ええ」

こうして私は魔力を測定し、デバイスを作ってもらうことになった。デバイス作成は本来は時間がかかるものだが、私の注文内容であれば、元の材料になるものもあったので、すぐに完成するということだった。その間少し休む、私が表にいられる時間は限られているから、少しでも休息が必要だった。






3時間ほど休んで、プレシアに呼ばれる。

「できたわよ」

見せられたのは黒い十字架のネックレスだった。

「コレあなたの趣味? 」

「違うわ。あなたの要望に答えることができるのはこれだったからよ、このままでも使用できるわ。今は名前すらついてないから、使用者登録のときでもつけなさい。タイプはインテリジェンスタイプだけど、AIは入れてないからその分を容量に回しているわ。形状は使用者の意志で変わるけど、見た目だけで機能的には変わらないわ。まだ未完成品なんだけど、時間もないし、あなたから希望もなかったからこれで十分なはず」

私はゲスト使用で魔力を通してみる、自分本来の魔力、なのは、フェイトまで試した。そしてあまり触れたくないけどプレシアに触れて試す。
デバイスの反応も上々だった。

「確かに問題ないわ。これなら使用できる」

「本当に他人の魔力をコピーできるのね。これなら、私の目的を果たせるわ。ふふふっ じゃあ部屋を変えるわ」

プレシアはにやりと笑う。

「ここじゃないの? 」

「違う部屋にもあるのよ」

おそらく、アリシアの肉体を保管している部屋だろう。フェイトはまだ立ったままぼーっとしている。結構時間経ったはずなんだけど、よっぽど嬉しかったようだ。

案内されたのは、暗い部屋で、大きな筒状の透明なケースに入った少女が見える。

「この子は? あなたの娘フェイトにそっくりだけど」

私はわざとプレシアの神経を逆なでするような言い方をする、話は早いほうがいい。

「フェイトを ……あの失敗作の人形を娘なんて呼ばないで!! 私の娘はアリシアだけよ」

「どういうこと? 」

本当のことは知っているが、ここは聞いておくべきね、プレシアの話だとフェイトはアリシアのクローンで記憶も転写している、だが失敗作で利き腕が違うし、魔力資質が全く違うということだった。

「じゃあ私を呼んだのはこの子の魔力資質を再現するため? 」
















「……違うわ。あなたのちからにはその先があるはず。魂を再現するちからが」

プレシアの目が血走り、唇はニヤリを歪んでいる。本物の魔女がここにいる。あまり近づかないでほしい。さっきから希のストレスが溜まっていく。ここまで来たら触れられただけでトラウマが発動してしまうだろう。


私はプレシアを甘く見てたようだ。まさか、フェイトとの戦いだけという限られた情報で、希のちからの秘密をかぎつけるなんて、しかし、残念ながらうまくいかないはずだ。


「あまり期待できないわよ。私の力は生きてる人間しか試したことないし、死んだ人間には基本的に魂は残らないはずよ」

「それでもやりなさい。リンカーコアは機能停止してるけど、身体に魔力が残っているはずよ」

「わかったわ、じゃあ、少しの間その子を外に出して、直接肉体に触れてみるから、通常なら魔力だけなら触れるだけで済むのだけど、魂と魔力を見るから」

プレシアは機械を操作して、液体を少しずつ抜いていく、液体がすべて抜けるとケースを外す、プレシアはアリシアを優しく抱き寄せると自分のマントを床に敷いて寝かせる。その視線は母親のものだ。こんな目もできるのね。

私はアリシアのリンカーコアの付近に手を乗せると希のちからを使う。魂の残滓らしきものは確かにあったが不十分だ。再生できるレベルにはない。魔力情報がやっとだった。ついでに私のちからで記憶を収集しておく。保存状態が良かったので、記憶の状態も良かった。30分ほどかけてすべて抜き取る。まだ小さい子供だったからこんなものだろう。やはり私のちからは一人の人間の記憶を抜き取ることが可能なようだ。死体であっても……

私は顔を上げて首を振る。残念だ。プレシアの顔は硬い。

「魂は見つからないわ。それから、体内に魔力らしきものはあって、登録したけど、でも高濃度魔力を受けて身体そのものが変質しているみたいな…… 」

「まさか。そんな! でも、だとしたら、人形の魔力資質の高さの説明がついてしまう」

プレシアは狼狽している、何か思い至ったようだ。力なくうなだれて私に告げる。

「この子の身体の死因は未反応の反応魔力素を浴びたことによる心停止、反応魔力素を大量に浴びてこの子の弱かった魔力を飲み込んだ。あの人形には生き残ったわずかな細胞を使ったけど、その細胞は魔力を大量に浴びて変質してしまったから、高い魔力を持ってあの人形はできあがったことになる。じゃあこの肉体があっても記憶が完璧でも魔力の資質を再現できても別の人間ができてしまう。

この肉体では完璧なアリシアは作れない」

「私は専門じゃないからわからないけど、筋は通っていると思うわ。それからね、例えアリシアの魔力がわかっても完全には再現できないわ」

「言い切るのね。さっき専門じゃないって言ったのは誰かしら? 」

プレシアはこちらを睨むが弱々しい。

「簡単な話よ。すべての物は少しずつ変わっていくわ。人間だってそうよ。身体は常に新しい細胞を産み出して、古い細胞は死んでいく。記憶や心だって同じ常に変わっていくの。あなたのやっていることは100パーセントに近づくことはあっても100パーセントになることはない。フェイトはあなたの体内から生まれたわけではないでしょう? そこからしてアリシアとは違うわね。完璧なアリシアを作るには時間を巻き戻すしかない。人間には不可能ね」

それに希のレアスキルで再生できたとしたも希の体内でしか生きられない。だから見つからないという言い方をした。

「あなたに何がわかるっていうのよ!! 私が取り戻したいのは失われた過去、無理なのは承知の上よ」

プレシアは私の胸ぐらをつかみ、睨みつける。あっ!? まずい、希のストレス値は高い。今触れられたらトラウマの条件がそろってしまう。









「嫌あああああああーーーーー」

私は追い出されて希と入れ替わる。



じっとしている暇はない。

「カナコどうしたんだよ? ってうわあああー 」

あの男が何か言っているが、それどころじゃない。体の支配力が一番強いのは当然持ち主の希だ。錯乱しているときは、私は基本的に何もできない。喫茶翠屋のときは私にも予想外で繋がって足を止めるのが精一杯だった。結局急に足をとられた希を転ばせて怪我をさせてしまった。

今回はそうはさせない。急いで全身に魔力を通す。繋がると動けない? 見るとプレシアがバインドを使って動けなくしている。これでケガしなくて済みそうと思ったが、希はそうはいかないようで、動きを封じられたことで、さらに恐がり暴れ出す。

「あああああーーーーー」

希は声を上げると身体が輝く紫色の光だ、そうして、バインドを解いてしまった。

「こんなに早く、まさか拘束魔法に同調して、かけた本人が解いたように錯覚させたの? 」

「プレシア早く、この子気絶させて」

私はこう叫ぶと、プレシアは電撃を放って希を気絶させた。当然私も巻き込まれて意識を飛ばされる。このところ気絶させられたばかりだ。気が付いたのは意外と早く30分後だった。希怖い思いさせてごめんなさい。

プレシアは少し離れたところでこちらを見ていた。

「気が付いた? 」

「ええっ ……気分は最悪だけどね」

「ずいぶん厄介な子ね」

「どうするか決まったの? 」

「ジュエルシードを集めることにしたわ。あなたはここの秘密を知った以上逃がすわけにはいかないわ」


予想していた答えの一つだ。私は前から考えていた交渉するための手段を使うことにした。

「私を人質にすれは、少なくともなのは達の集めているジュエルシードはすぐ集まるわよ。この間の小規模な次元振でそろそろ管理局がかぎつけてくるんじゃない? 」



「ダメよ。人質には使うけど、あなたは帰さない」

まずい、プレシアは頑なだ。下手するとここを管理局にかぎつけられるまで拘束されるかもしれない。どうしようか?

「悪いけど、すべて終わるまでは大人しく ……ゲホッゲホッ」









「隙あり!!」


懐に入ってプレシアを投げ飛ばす。

グシャ

何かがつぶれる音がした。嫌な音ね。
プレシア血を吐いて倒れている。白目むいてピクピクしてる。あら? 気絶させるために手加減したんだけど、嫌な汗が出てきた。





指でプレシアをつつく。

「う~ん」

ほっ 生きてる。

どうしましょう? こんなところフェイトに見られでもしたら、フェイトが母親への想いがMAXのときは勝てる気がしない。何より帰り方がわからない。

仕方ない。

私はプレシアに触れて、希と私のちからで魔力と直接記憶を読みとる。不快感はあるが首や肩に触れなければ我慢できる。


プレシアの記憶をすべて読みとり、必要な情報を検索する。膨大な記憶の中から必要な情報を探すのは骨が折れる。

魔法に関連したもので、……転移魔法あった。やっと見つけたこれで帰ることができる。五時間くらいかかってしまった。私の部屋はプレシアの記憶の本が散乱している。プレシアの人形を見つける。念のため紐で縛っておく。



私が部屋を出ようとするとプレシアが気がついたようだ。タイミングが悪い。話すしかないわね。

「やはりこの身体はもう持たない… 背中にまで痛みがきたわ、それに世界が回転するような目眩は初めてよ」

よかった。私が投げたことに気がついていないらしい。
プレシアは声は暗い。吐血で自分には時間がないことを強く感じた? そこを突けばなんとかなるかもしれない。

「ねぇ私を見逃してくれないかしら? ジュエルシードの交換には協力するわ。管理局が来たらその手もつかえないでしょ? 」

プレシアは少し考えると、

「いいわ。あなたの話に乗るわ、その代わり約束しなさい、ジュエルシードには関わらないで、それからここで見たこと聞いたことは口外しないこと」

「わかった。言わないわ。いつも出てる人格は知らないから、私が表に出てしゃべらない限り大丈夫よ」

「そう、もう用はないわ。消えなさい。帰りはフェイトに頼みなさい」

プレシアはもう興味を失い、うつろな目でアリシアを眺めている。私は出口に向かうが、プレシアのその姿は哀れで見ていてどうしようもない気持ちになった。私はもうひとつ余計なことを言うことにした。

「過去は取り戻すことは誰にもできないわ。でも約束は違った形で果たすことはできるはずよ。例え自己満足でもね、アリシアに触れたとき記憶を読んだけど、あの子、妹を欲しがってたんじゃない? 」

プレシアの視線は動かない、聞こえてはいたはずだ。聞くつもりはないのかもしれない。声は届かなかったようだ。我ながら余計なことをしたものだけど、どうやら結末は変わらないということなのだろう。



アリシアのいた部屋から出るとすぐ近くフェイトがいた。私のことにはまだ気が付いていないようだ。

「フェイト? どうしたの? 」

「きゃあ」

フェイトは私の声に驚くと尻餅をつく。まだ余韻にひたっていたのかしら? しょうがない子。

「ママのキスはそんなに良かったのかしら? 」

私はニヤニヤしながら聞く。

「えっ? ……うん」

その割には表情が暗い、むしろ深刻な顔をしている。研究のことを心配しているんだろうか?

「残念ながら研究は失敗よ。ここで私のすることは無くなったわ。プレシアからジュエルシード集めに戻って、私をなのはからジュエルシード奪うための人質に使いなさいって言ってたわ」

「そう、ダメだったんだ。ありがとう、協力してくれて」

フェイトはもういつもの無表情な顔に戻っていた。私の気のせいらしい。

私はなんとか一日で帰ることができた。手に入れたのは私用のデバイス、レアな動画、プレシアとアリシアの記憶と魔力情報、魂の情報、これは私の部屋に収納しておけばいいだろう。疲れた眠い早く休まないと。



希の夢の世界へ帰る。すると、あの男がボロボロの服装で待っていた。疲れきった表情だ。

「どうしたの? 」

「3メートルくらいの影に襲われた、倒したけど」

忘れていた。希のトラウマが発動したから、久々に影が出たらしい。それにしてもこの男まがい物のくせに生意気だ。3メートル級なら通常では容易には倒せない。

「どうやって倒したの? 」

「赤き龍の銃身ディスティで、貫通撃ち、20分針ってこところかな? 」

「時間のかけすぎ。でも、初めてにしては上出来よ」

「いや~ 雷打ってきてさ、大変だったよ」

ちょっと聞き捨てならない。雷? 悪夢の元になった存在の模倣を始めている。これは良くない兆候だ。黒い記憶の本の封印が弱くなっているらしい。

この男、ここではかなり強い。いや現実でも髪を使った魔法といいバックアップさえあれば化けるかもしれない。

考え込む私に男は声をかけてくる。

「どうしたんだ? カナコ」

「いえ、何でもないわ。疲れたから部屋で休むわ。あなたが出てもいい」

褒めてあげたいところだが、黒い本の封印が弱くなっているなら、急いで自分の部屋へ行かなければいけない。

元々この図書館にあったもので閲覧禁止したものを黒い記憶の本と呼んでいる。それから黒い影の根源というべき存在を封印している。元々はあの男のようなもので、これは希が自らの意志で発動させた存在だが、黒い霧を取り込み希の悪夢そのものになってしまった。おかげで、人形の棚は一度完全に掃除するはめになってしまった。

封印はしたものの、希のストレスに呼応して、黒い霧を吐き封印を破ろうとしている。

早く再封印しないと……

封印は一度にすべて解放しない限り大局的には影響はないが、確実に希の気力を根こそぎ持っていくから復帰が遅れることになる。私は封印の作業時間を思うとげんなりする。

結局、修復はしたが、破損の多い封印は後に回すことにした。



作者コメント

原作キャラ分を補給。ぶっちゃけると投稿の構成のミス。本来は無印編の終盤に入れる予定だった話。

続けて読んでくれてる読者には流れを悪くしてしまって申し訳ない。




[27519] 第二十話 デバイス命名と管理局のみなさん
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/06/12 15:20
第二十話 デバイス命名と管理局のみなさん




授業中、カナコに話しかける。

(なあ、カナコ? )

(なによ? カナコさんは働きづめで疲れているの。話しかけないでよ)

(そうか図書館の仕事もあるもんな)

(まあそうだけど、最近はここでの仕事減っているのよ。シンクロイベントさまさまよ、本の編纂もしなくていいし、おかげで最近、黒い影も大人しいしね)

(なあ、黒い影っていったいどういう存在なんだ? )

(そうね、希の負の感情の集まりで悪夢そのものよ。私が封印している希の黒い記憶の本から染み出してきて、封印を破ろうとするんだけど、トラウマ発動で問答無用で強力なものが出現するわ。致命的な存在にはならないけど、希が向き合いたくない過去と直面するから、気力を削られて、復帰が遅れることになる。煩わしいのは確かね)

(希ちゃんが立ち直るのは、どのくらいかかりそうなんだ? )

(まだまだね。ニートだからあの子。まず、自分の部屋から出てここに来るようにならないとね。気力はだいぶ回復するようになったわ。次に過去とちゃんと向き合って受け入れること。あの子は忘れることはできないけど、私のちからで今は思いだしにくい状態にしてるの。寝ているときはほとんどシャットアウトできているはず、黒い記憶の本の封印の話はそこに繋がるの。気力が十分回復してから少しずつ過去と向き合って、受け入れていくの。それから社会復帰を目指すの。時間がかかるわ。まず間違いなく闇の書事件とは遭遇するわね)

なんというかすごいなカナコは、比べたら絶対に怒るだろうがおかーさんと同じくらい希ちゃんのことを考えている。甘やかすだけじゃなくて、ちゃんと先を見つめている。







……ん!? 記憶を封印している? いやいや考えすぎだろう。俺は今カナコに対して疑いが浮かんだが、振り払う。俺は会話を続ける。

(だから、自衛手段のためにデバイスを手に入れたのか。もしかしてこれか? )

俺は首にかけれられた黒い十字架を弄ぶ。なんというか俺の熱い心を刺激してやまない。

(そうよ。今回の成果のひとつね。そういえば名前はまだ決めてないの)

(俺が決めて良い? )

(参考にするわ)

(イマジンブレイカーはどうだ? )

幻想をぶっ壊す。

(どこの長説教のフラグ乱立男よ)

(おまえ知ってるじゃね~か)

(さあね、なんの事かしら? それから同じ名前はいただけないわ。私の美学が許さない)

(どんな美学だよ? )

(そうね、黒い十字架だし、これならどうかしら? )

(聞いちゃいねーよこの人、何だよ?)

(ルキフェル)

(おまえ、そのネタ好きだな。却下)

(ハーケンクロイツ)

(厳密に言えば、形が違うし、どっかの団体さんが見てるかもしれないからダメ)

(マツバラ)

(何のネタかわかんねーよ、却下)

(ぜいたくね。じゃあ最初のイマジンブレイカーのイマジンをもらって、このままじゃ某有名ソングのタイトルそのままだから「想像してごらん」になっちゃうから)

(どうする気だよ? )

(少し呼び方変えて『イマジナリー』にするわ)

(おっ ……かっこいいじゃん。響きもいいな)

(でも何でワンフレーズなんだ? )

カナコがよくぞ聞いてくれましたとばかりに答える。

(だって将来ベルカ式に改造したとき、エクセリオンとかアサルトってつけたいじゃない)

(おまえ天才、マジ天才)

やるなカナコ!! エクセレント! 俺たちは盛り上がっていた。

(そういえば、プレシアどうなったんだ? )

(結論を言えば、研究は進んだけど、後一歩足りなかった。結局時間が足りないからジュエルシード集めに戻ったみたい。私の方はデバイスも含めて、成果は上々よ。余計なものがついてきたけどね)

(余計なもの? )

(そのうちね。それから、プレシアとはいくつか約束したことがあるから、管理局にプレシアの目的を教えないこと、ジュエルシードには手を出さないことよ)

(じゃあ、静観ってことか)

(まあ基本はそうね、管理局とは接触するけど、多分なのは達が会ってから、向こうから接触してくるばすよ)

(なんで? )

(それはもちろん、私が将来有望な魔導師で、しかも、ジュエルシード事件の主犯に一度誘拐されてる。私はジュエルシードと交換のため人質に利用されただけのかわいそうな犠牲者ってこと、誘拐について知りたがるはずだもの)

(ジュエルシードと交換? )

(私から提案したの? 用事は済んだけど、あのままじゃ帰してくれそうになかったしね)

(悪い奴だな。なのは様頑張って集めたのに)

(どうせふたりの決闘で全部賭けるのだから一緒でしょ? ちなみに私はフェイトの家に遊びに行って、泊まって帰ってきた。別の場所で解放されて取引自体は知らないから。なのはとユーノはそう思ってるはずよ)

(どこの詐欺師だよ。全く)

(あなたのやり口よ。参考にさせてもらった)

失礼なこと言うな。カナコは続ける。




(それに、どうあがいても物語の結末は変わらないわ。計画は失敗してプレシアはアリシアの亡骸を抱えたまま、時空に消えて、フェイトは報われなかった想いを抱えながらも、なのはと結んだ新しい絆を胸に生きていくんだわ。そういうふうになっているの)

(どうにかできないもんかね~ )

(私なりにプレシアを説得したけど、聞く耳はなかったわ。彼女の寿命は私たちではどうしようもないし、せめてフェイトに親として何かして欲しくて、私なりにアプローチするのが精一杯だったわ)

(珍しいな。カナコが希ちゃん以外でいろいろ動くのは)

(個人的な感傷よ。それから、交渉の上では時間を盾にしてこっちが優位だったから、プレシアで遊んだだけよ。勝手に連れてかれてムカついてたのよ)

何したんだよカナコさん。怖え~~~

管理局はどうするつもりだろうか? 聞いてみよう。

(闇の書事件のために今からコネを作っとく。それから、イマジナリーは置いていきなさい。出所を怪しまれるから。できれば管理局にもデバイスを用意させましょう。
他の目標はジュエルシード事件のあとになるけど、クロノに師事したいわ。今のところ最強だし、戦闘スタイルが参考になるはず、一度くらいはミッドに行くことも目標にしましょう)


クロノに目を付けるあたりはカナコらしい。
デバイスはうしろめたいことあるし念のためだな。待てよ!? デバイスの件は何とかできるかもしれない。

(他にはあるか? )

(最終決戦には参加するわ。イマジナリーは持っていけないからデバイスは何とかしてね)

(おいおい、危険には参加しないんじゃなかったのか? )

俺的には賛成と言いたいが、カナコが言うと違和感がある。

(これから先、実戦でデバイス使う機会が少ないからよ。主要な人間はみんな出るから、私がこっそり出るのは簡単だし、とがめる人間はいないわ。私たちは人形相手に戦っていればいい。少しでもデバイスを使った実戦経験積まないとね。あなたにも私とシンクロして出てもらうから。試したいことがあるのよ。まだはっきり見えたわけじゃないけど、私たちは三人が連携することでヴォルケンリッターに迫る力を発揮できると考えてるの。
でも、デバイスが手に入らなかったらあきらめるわ。あとはほんの野暮用よ。じゃあまたね。眠いわ)

そういうとカナコは引っ込む。それから、管理局が接触してきたのは、二日後だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

そして、私はアースラの中にいる。


うおおおおーリアルSFだ。かっけーーーー

案内役はクロノだ。苦笑いしながらこっちを見てる。

(すごい、すご~い)

気分は観光客である。希ちゃんもシンクロしているが、リンディ提督が見えたとたん




(ぴぎゃああああーーーーー)

と悲鳴をあげて逃げてしまった。この人のプレッシャーも並じゃねぇな。でも、なのは様やユーノ君がある程度話してくれているのか。少し離れたところで通信を通して話しかけてくる。

「リンディ提督、プレシア・テスタロッサに誘拐された少女を連れて来ました。」

「ありがとう、クロノ」

「さて、初めまして、雨宮さん、私はこの船アースラの艦長でリンディといいます。よろしくね」

モニター越しだったが、その笑顔はすさまじく、いきなり突風が吹いたようなプレッシャーを感じた。この女さすがだ。美人だし。

「艦長さん? じゃあ一番偉い人なんだ」

私は希モードに切り替わる。おかーさんとの会話の成果だ。無垢な子供を演じるなどたやすい。

「そうよ。それでね。雨宮さんはフェイトさんの家に遊びに行ったことがあるでしょう? その話を聞かせて欲しいの? 」

やるなリンディ、すぐさま会話からこちらの精神年齢を予測して話のレベルを合わせてくるとは、さすが歴戦の提督。

「でも、プレシアさんから家のこと話しちゃダメだって言われてるの」

「プレシアさん? そうなの? でもね、プレシアさんはもしかしたら、お巡りさんに捕まるような悪いことをしてるかもしれないの。だから教えてくれないないかな? 」

「プレシアさんは悪くないもん!!」

私は子供っぽく頬を膨らませて大きな声で怒る。リンディ提督は少し驚いたようだったが、すぐに元の表情に戻る。

「そうねごめんなさい。私が言い方が悪かったわね。雨宮さん、私たちはただプレシアさんの疑いを晴らしたいだけなのよ。なにもなかったらそれが一番なの」

「だってプレシアさんは良い人だよ、私が大人の女の人が怖いこと知ってちゃんと離れてくれたし、私にデバイスを作って ……あっ」

私はしまったとばかりに下をむく。無論演技である。リンディの目が少し鋭くなる。

「デバイス? 雨宮さん怒らないから、そのことを話してくれない? 」

かかった。私は内心は喜びながら、悪いことをしてばれた子供のように言いづらそうな顔をする。

「その、私、どうしてもなのはちゃんみたいになりたくて、そしたら、プレシアさんが私に作ってくれるって言ってくれて、その代わり私の力を借りたいんだって」

「作ってもらったのね。雨宮さん」

「……はい」

リンディさんはため息をつく、次の表情は少し怒っているようだ。私に諭すように言う。

「雨宮さん、デバイスはおもちゃではありません。使い方を誤ると大変なことになります。よってこちらで少し預かります」

やはりな、続きがあるはずだ。

「そんな~ せっかく作ってもらったのに、取るなんてずるい~、わ~~ん」

私は子供のように泣く。リンディはやれやれといった顔で

「泣かないで、大丈夫よ。雨宮さん。少し預かるだけだから、調べたらちゃんと返します。でも、雨宮さんが正しく使えるように先生をつけますからね」

これを機会にこちらを引き込もうとしてくるとは思っていたが、予想外の収穫だ、利用させてもらおう。

「先生? 」

「そうよ、先生、後で魔力も調べてもらいましょう」

「そっかーじゃあ、このお兄さんがいいです」

そう言ってクロノを腕を掴む。

「ええっーーー私か? 」

「だって男の人だし、怖くないもん。それに、強そうだし」

「参ったな。艦長~」

クロノは艦長に救いを求める。

「もてるわね、クロノ君」

エイミィが囃してる

「からかうなよ。エイミィ、艦長も何とか言ってください。」

リンディは少し考えて、クロノに命令する。

「クロノ執務官、お願いするわ」

「本気ですか? 艦長」

「ええそうよ。時間はなんとか工面します」

よしっ! やった。これでデバイスを怪しまれずに使えるし、管理局とのつながりができた。リンディさんは子供には甘いところがあるから、なんとかなりそうだとはおもったけどうまくいったな。

(クロノの魔力を記録できたわ。それから、悪魔じみてるわねあなた)

カナコが失礼なことを言う。

(なんだよ。せっかくイマジナリーを怪しまれずに使えるし、管理局とつながり、クロノに約束を取り付けたのにそんな言い方はないだろ)

(褒めてるのよ。いや違うわね、恐れているのかも)

(恐れている? )

(私ではこんな状況に持っていくことはできなかったわ。希だってそうよ。あなたは私や希の能力を超えている。そんなのありえない。不完全にも関わらずね)

(不完全? それにありえないってちょっと傲慢じゃありませんかカナコ~ )



この天狗オンナ許さない。

(そうね。少し考えればわかるわよね。ごめんさない。あなたにできることが私や希にできないはずないわよね。ただしないだけもの)

そっちかよ。どこまで鼻が長いんだコイツは、一度ひんむいてヒイヒイ言わせちゃたる。子供には見せられない18禁ライブ中継を……










あれっ!? 言葉として知ってるけど、実際の行為ってどうするんだ? もしかして俺、アトランティスの最終戦士ならぬアトランティスの最終魔法使いだったり…… 





俺は回想する。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夢を見ている。六畳程のくらいの部屋にふたりの影が座っている。
ひとりは女の子の影だ、背格好からまだ幼い、もうひとつは自分であることはわかる、女の子の影に何かせがまれているようだ。


「ねえ、おにいちゃん何かおはなしして」

「そうだなぁ、ここにある絵本は読んでじゃったし…」

「魔法を使う女の子の絵本は? 」

「あれは続きがまだなんだよ。近いうちにできるからね、次回はえーすの闇の書 覚醒だったかな? 」

「う~ん」

「そうだ、実は…僕には秘密があるんだ。このことは誰にも言ったらだめだよ」

俺は少しもったいつけて話す、こういうことは前置きが大事なのだ。

「はいっ、誰にも言いません」

女の子は神妙な顔でうなづく。うん、いい感じだ。

「実は僕は今年で25歳で魔法使いになるんだ」

「許されるのは小学生までだよ~ キャハハハ」

女の子は軽蔑したようだ。こ、子供らしい勘違いで微笑ましい。

「ち、違うんだ。絵本の女の子なのは様と最初に出会う物語でね、実は…僕はいや……俺はアトランティスの最終魔法使いジークフリードなんだ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

イヤすぎる。自分でダメージ受けてどうする? トリップしていた俺などおかまいなしにカナコは声をかけてきた。

(とにかくあなたの完成が楽しみになってきたわ。向こうの話も終わったみたいよ。続けて)

カナコの言葉が気にかかるが、私は再びリンディ達に意識を向ける。

「では雨宮さん、クロノ執務官は忙しい方です。その時間を割いてもらえるのだから、できる限り協力して欲しいの」

そう来たか。

「う~~ん、わかった、でも、プレシアさんの目的だけはどうしても教えられないの、他のことだったらいいよ」

「どうしても? 」

「うん ……だってとても悲しいから」

私は目を伏せて下を向く。

「悲しい? 」

「そう、悲しくて悲しくて、どうしようもなくてプレシアさんは泣いているの」

これは嘘ではない、私なりにプレシアのことを考えた答えだ。頭にいいリンディさんなら引き際は心得ているはずだ。

「わかったわ。雨宮さん、プレシアさんの目的については聞かないと約束します。後でクロノ執務官にお話してください。それから、魔力を見てもらってね」

リンディさんはわかってくれたようだ。








その後、私はクロノ執務官に質問されて、魔力測定を受けた。エイミィさんがモニターから話しかけてきた、どうやら結果が出たようだ。

「すごいね希ちゃん、推定魔力AAAクラスだよ。なのはちゃんといい、フェイトちゃんといい、逸材だらけだね。それから、希ちゃんは魔力の波長が激しくて安定してない。 ……めずらしいケースだよ。それから頭部に付着してる魔力があったんだけど、高密度の情報が混入してたから、分析してみたの。そしたらある映像が出たの。希ちゃん見覚えあるかな? 」


映像? なんのことだ? 映像が映し出される。そこに写っていたのは見慣れた光景だった。右に本棚、左に人形の棚、正面には暗い闇が広がっている、そしてアンティークの机とイスにカナコが腰掛けてお茶を飲んでいる姿が映し出されている。



「あっ、カナコ」

「「「カナコ?」」」

しまった言っちゃった。聞き覚えのない名前になのはちゃんとユーノ君とクロノはいっせいにハモる。

(どうすんのよ? )

カナコの声が聞こえた。

(落ち着けカナコ、これは大した問題じゃない)

(そうだけど、説明がめんどくさいわね)

(ユーノ君は一度おまえと会っているよな。そして、自分のことは口止めした。だったら任せろ)

私はニッコリ微笑んで答える。

「カナコは私の大切な友達よ。いつもは夢の中で会うんだけど、たまに、私になっていろいろやってくれるの。プレシアさんのときも怖がっている私を庇ってくれたんだよ。ユーノ君は会ったことあるんでしょう? 」

「えっ!? ……うん」

「カナコ私のことしゃべっていいって」

「そうなの」

「へへへっ ……カナコはすごく強いんだよ、初めての戦いでフェイトちゃんを追いつめたんだから。魔法の物まねとかとても上手いの。なのはちゃんは知らなかったよね」

「うん……」

なのは様は戸惑っているようだ。

「カナコね、なのはちゃんすごく褒めたよ。外では一番の友達だって一度お話したいって言ってたよ」

「そうなんだ。ありがとう」

「…………まさか!? 多重人格障害? 」




リンディさんは何か変なこと言ってるけど、なんだろう? よく聞こえなかった。

それに空気変だな。無邪気な子供を演出しているんだけど、なんか葬式みたいだ。皆の顔が戸惑っている。私なんかやっちゃったかな?

(あなた頭がおかしい子だと思われてるわよ)

カナコがあきれた様子で言っていたが、無視する。


おーーーーーーーーい、みんなーーーーーー私はここだよ。


リンディさんはどこかに連絡を取ると、白衣のにこやかな顔をした初老のおじさんが「少しお話しようか」と言って手を引いていく。



先生おはなしするならなのは様がいいです。




作者コメント

また来週、修正とレスはそのときに



[27519] 第二十一話 アサノヨイチ
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/06/15 10:50
第二十一話 アサノヨイチ 

なのは視点


私は会議室にいる。ここには私とユーノ君、リンディさん、クロノさん、エイミィさんが揃っていた。希ちゃんは艦内のお医者さんとお話している。大丈夫かな? 希ちゃんのことは西園先生から聞いていたけど、リンディさんがお医者さんを呼んだ理由はよくわからなかった。

「レイジングハートの戦闘記録を見たわね。みんな」

「はい、とても信じれません。初めての戦闘であれほどの動きをするなんて、まるで別人です。それにデバイスを誤認させるレベルで他人の魔力を完全に再現できるなんて」

クロノさんが驚いていた。私もレイジングハートとユーノくんから聞いたときびっくりしたよ。

「そうだね。魔力は色や波長に人体のDNAみたいに特徴が出るから、それを意識して変えられるなんてすごく珍しいレアスキルだね」

「レアスキルのことはともかく、フェイトさんと戦ったのは本当に別人なのかもしれないわ。なのはさん、あまり部外者に話すことではないかもしれないけど、話してくれないかしら雨宮さんのこと」

「わかりました」

そうして私は希ちゃんと初めて会ってから今までのことを話し始めた……



話が終わるとみんなさっきよりもっと暗い顔になっている。

「エイミィ魔力検査で出た結果をどう考えてる? 」

「私の推測ですが、あの映像は希ちゃんの心象世界と考えられます。自在に性質を変えるレアスキルの他に、相手に気持ちや映像を魔力を通して直接送り込む、精神感応、同調系の資質がある可能性があります。しかも、常時発動状態です。その気になれば遠くに離れた相手に送ることもできるかもしれません」

エイミィさんはさらに続ける。

「それから、希ちゃんの魔力はレアスキルの影響なのかリンカーコアから発する魔力が複雑で波長も質もバラバラなんです。しかし、リンカーコアから供給を受けている全く質の異なる魔力が1つ存在しています」

「1つ? 」

「これは明らかに別の誰かの魔力で希ちゃんの脳と癒着してその質を保ったままなんです。通常魔力は受け渡しは可能ですが、受け渡しが済んだ時点で元々あった魔力と混ざってしまいます。そんなことおかしいんです。それから、この魔力、脳全体を包んでいて、検査してみたんですけど、健康を阻害するような血流を遮断している様子はないんですが、神経の信号をブロックしているんです。特に記憶の中枢である左右側頭葉の海馬の部分には網目のように細かくて…… 」

「どういうことかわかる? 」

「神経の伝達に支障があるなら、部位的に希ちゃんはなんらかの記憶障害がある可能性があります。それから、黒いドレスの女の子と図書館の映像ですが、あれだけではなかったです。種類ごとに分けてみました」

エイミィさんはそう言って映像をいろいろ見せてくれた。

最初に見た図書館、広い図書館に本が綺麗に並べられていた。一部立て積みになっているのもあった。カナコちゃん? お茶を飲んでいる。正面には大きな門、奥はどこまでも続いているように見える。それから人形の並んだ棚、エイミィさんが拡大すると、私に良く似た髪形と服を着たお人形さん、それからあれはフェイトちゃんかな? もうひとつフェイトちゃんを小さくしたようなお人形さんが並んでいた。

次の部屋は少し怖かった。西洋風ベットとシャワー、洋服タンスと鏡があり、アリサちゃんやすずかちゃんの部屋に良く似ている。黒いドレスとエプロンがハンガーにかかっている。カナコちゃんの部屋かな? それからさまざまな色の本が立て積み重なっていた。金色の本と紫色の本が多くて特に目を引いた。紫色の本は床に散乱している。紫の髪の人形が紐でぐるぐる巻きになって床に転がっていた。片付けないのかなぁ? 
異様なのは黒くて太い鉄格子があり、この部屋を恐ろしいものにしていた。中には人形の残骸と黒い本が積まれていて、黒い霧みたいなものが本と残骸から染み出すように少しずつ部屋の出口のドアに向かって流れていた。それらに封をするようにお札が五枚円形に貼られていて、お札から伸びた光の線が星の形を描いていた。

次の部屋はたくさんの本とDVDそれからパソコンのある暗い部屋だった。乾燥わかめの袋と飲むゼリー、ファーストフードの紙袋が散乱している。ちょっと汚いなぁ? 男の人の部屋かな? お兄ちゃんの部屋とはちがうみたい。後は黒い服と赤い龍の口をした鉄砲みたいなものが見える。部屋にはなぜか木と釘が打ち込まれて入れないようになっていた。なんのためだろ? それからわかめ? う~ん、わかめ。

次の部屋は畳のある和風の部屋だった。お父さんが良く飲むビール缶や焼酎の一升瓶、ウイスキーのボトル、お薬の白い袋がところ狭しと転がっている。なぜか庭も見えて白い花が咲いていた。部屋の真ん中には西洋風の天蓋付きのベットがドンと置かれて、希ちゃんがすやすや眠っていた。とても幸せそうな顔をしている。そのベットがミスマッチで変な感じのする部屋だった。

最後は真っ白な空間に若い男の人が浮かんでいた。身体が少し透けているように見える。あの部屋の男の人かな。誰だろう?

「心理学的にはどう? 」

「映像を見た限りわかりませんね。ただ仮定の話ですが、部屋が人格を表すものなら3人の人格がいる可能性がありますね。希ちゃんとカナコちゃん? 若い男性は確認しました。部屋はあと図書館と白い部屋がありますから他にも誰かいるのかもしれません。きっかけとなった事件の詳細は不明ですが、なのはちゃんの話を聞く限り、多重人格者になることは十分考えられます。ただ、レイジングハートの映像のあの熟練した動きは素人ではありませんね。経験に基づいたものとしか考えられません。それから、髪の毛からも魔力反応がありました。なんというかウネウネしてました」

う~ん、ウネウネ? やっぱりそうなのかな。

「ウネウネ? 確かに不可解な部分が多いみたいだけれど、彼女の闇は深いのね」

リンディさんの声は沈んでいる。希ちゃんに同情しているみたい。私にはよくわからない話もあったけど、希ちゃんの心の病気はとても大変そうなのは伝わってきた。

「艦長どうしますか? このまま心に傷を負った彼女をここにいさせるわけにはいかないんじゃないでしょうか? 」

「そうね。艦を降りてもらったほうがいいわね。しっかり治療したほうがいいわ。でも、魔導師の資質があるし、あの子は魔法やなのはさんを求めてここに来てるから、今すぐ関係を絶つわけにはいかないわね。再びプレシアがねらう可能性が残っているし」

リンディさんは迷っているみたいだ。今度はクロノさんが自分の考えを示してくれた。

「艦長、元々彼女は戦力には考えません。今回はあくまで魔力検査と誘拐事件の状況確認が主な目的です。
艦は降りてもらうことになりますが、プレシア・テスタロッサに狙われる可能性がありますから、事件終了までは護衛をつけます。
今後については情報が少なすぎます。管理外世界は少し大変ですが、雨宮希について情報を集めてみてはどうでしょうか? デバイスや魔導師の訓練についてはそれから考えるべきでしょう」

「そうね。それがいいでしょう。みんなもいいわね? 」

「「「「はい」」」」」

こうして、希ちゃんのいないところでいろいろなことが決まっていく。残念だけど仕方ないよね。アリサちゃんやすずかちゃんには言えないことを希ちゃんとはお話できたから、寂しくなる。

最後に艦を降りるとき、希ちゃんは

「フェイトちゃんを助けてあげてね。あの子もプレシアさんと一緒で泣いていると思うから」

と言って去っていった。希ちゃんは自分も大変なのにいつも明るく振舞って心配させないようにする。フェイトちゃんに連れて行かれたときももしかしたら心配させないようにああいったのかもしれない。私は駄目だアリサちゃんにも怒られちゃったし真似できないよ。私も頑張ろう私にしかできないことがきっとあるから。


ーーーーーーーーーーーーーーー

行ってしまった。私がお医者さんと話している間にいろいろ決まったようだ。戦力外通告は……












なぜだ~~~~~~~~~~~~~~

こっちはデバイスもあるというのに、結局預けて簡単な検査と調整をしてもらっただけだった。しかも、リンディさんに次に会うまで使ったらだめとか言われた。もし使ったらおしおきするとか言っていた。クロノが青い顔でダラダラ汗を掻きながら、両手で尻を押さえて「熱い。熱い」とか言っていたから相当やばいのだろう。

最後にこっちを痛ましいものを見るような目でみるリンディさんが気になった。その目はやめてほしい。今は違うんだからそれでいいじゃないですか。








とりあえずアルフがアリサの家に保護されるまで、することはないな。







そうして、なのは様のいない退屈な日が続くと思っていたのだが、

ある日学校の帰り道

「あらっ、君、肩にゴミがついているわよ。」

女の人の声だ。横から来られた。いつの間にか肩に触ってる。






あっヤバ 








……あれっ!? 症状が出ない。

振り向くと20代くらい、髪の短いショートカットで、女性にしては背は少し高い女の人が私の肩を触ってる。

「ふふふっ…… 女の子は身だしなみも注意しないとダメよ」

いたずらっぽく微笑むと、あっという間に去っていった。
不思議な人だ。どこかで聞いた声、どこか懐かしい顔。いったい誰だったんだろう?

それよりなんで平気なんだ?











ーーーーーーーーーーーーーー

クロノ視点

私は母さんいや、任務中は艦長呼ぶべきか、一緒にお茶を飲んでいる。艦長は甘党なので少々困っている。話題はあの少女のことだ。

「ところで、クロノ? 」

「何ですか艦長? 」

「雨宮さんから何か情報は取れた? 」

「いいえ、あまり、悪いとは思ったのですが、誘導尋問も試みました。しかし、彼女幼い言動のわりに意外とのらりくらりで、はぐらかされてしまいました」

「やっぱり」

艦長は彼女に何か感じていたのだろうか?

「艦長は雨宮希をどう考えているのですか? 」

「可愛いけど、結構猫をかぶっているわね。まだまだ隠している事も多いのかも、賢くてしたたかで、悪女の資質があるわね」

全然わからなかった。ある疑問がわく。

「ではどうして艦長は彼女の要求を受けたのですか? 今回のことは彼女にいいようにされたのではないのですか? 」

「一生懸命演技するのが、微笑ましくて、子猫の甘噛みみたいでね。そのくらいならいいかなって思ったのよ。なのはさんとは別の方向でも有望そうだから」

艦長は微笑んでいる。こういうときの母さんいやリンディ提督は怖い。手のひらで弄ばれているようで、執務官になってもまだまだ足元にも及ばないんじゃないかという気持ちになる。そう考えていると今度は痛ましい顔になる。

「でもそれだけ周囲に信用できる人がいないってことなのかしら? 希ちゃんのお母様はなのはさんの話だととてもいい人そうに聞こえるけど、やはり情報が足りないわね」

これも母さんの顔だ。厳しさのなかにも優しさがある。いろんな意味で見習いたいと思う。  

口に出すのは照れくさいけれど…… それを誤魔化すように相槌を打つ。

「そうですね。他にありませんか? 」

「雨宮さんの護衛は誰にしたの? 」

「あの男にしました」

「あの男? 」

「諜報と潜入の得意な男です。」

「ああ、あの人ね。でも、ちょっと問題ないかしら? 確か彼って…… 」

艦長は適切な言葉を探して困っているようだ。

「性格に少々問題はありますが、優秀です。しかも、現地ついての造詣が深いそうです、護衛と調査を両方任せました。大丈夫です。任務と私情は区別できる男です。 ……悪い病気がでなければ」

最後に一言には祈りを込めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



何日か過ぎて私のクラスに新しい先生が来る日だ。副担任らしい
ただ、前日、私が運命を狂わせた男のことで頭がいっぱいで眠れなかった。

私がこの世で一番なりたくない仕事はと聞かれたら、迷わずこう言う。











僧侶だと、



世の中に必要な仕事だと理解はしているが、髪をないがしろにする仕事を私は許さない。




絶対にだ。



その日はあまり眠れなかったせいで調子があまり良くなかった。全校集会があったが、保健室で休ませてもらった。

連れて行く係にアリサとすずかが名乗り出てくれた。すずかはすでによだれを垂らしておあずけの犬状態だったので、丁重にお断りした。アリサはアリサでなんだか不自然なくらい明るくて気になった。そんなにうれしいのだろうか?

アリサに手を引かれながら歩く私を、少し離れたところから、担任の先生が声をかけてきた。ほんとはあんまり近づかないで欲しいんですけど、かといって、そう言うわけにもいかず、冷や汗をかきながらも「平気です」答えると、先生がますます心配そうな顔で「どうかしたんですか? 何かあったんですか?」と言うものだから、「怖い」と両手で自分の肩を抱きながら本音で答えてしまった。先生は泣きながら走っていったがやはり失礼だっただろうか?

アリサが「心配ないわ。アンタは私が守るから」と力強く言っていたが何のことだろう?

2時間ほど休むと、体調がましになったので、教室に戻ると、すでに授業は始まり担任の先生が3時間目授業をしている。その横で例の副担任の先生らしき人が真面目な顔をして直立姿勢で授業をみている。緊張している様子はない。それより、気になったのはどこか見覚えがある顔なのだが思い出せないのだ。

「雨宮さん、身体の調子はどうですか?」

担任の先生が話しかけてくる。おかしなところはない、立ち直ったようだ。

「はい、大丈夫です。少し休んだら良くなりました」

「まだ、休んでてもいいのよ」

心配そうな顔で先生は言ってくれるが、先ほどの件もあるし、フォローしておかないとな。私は先生をまっすぐみて答える。

「私、先生の授業好きなんです。休んでいたらもったいないです」

「・・・・・・・・・・・・・好き?」

あれっ!? 先生固まちゃったどうしたんだろう?何かぶつぶつ言っている。

「好き? 好き ……私が好き? ……はっ」

何かぶつぶつ言っていた先生だが、急に我に帰ると、顔を真っ赤にしながら少々うわずった声で答えた。

「そ、そ、そうなの。ありがとう。先生うれしいわ。それじゃ雨宮さん席についてね」

私は先生の様子に疑問を持ちながらも席についた。その日の授業はあの先生には珍しくミスが多かった。


「希ちゃん ……魔性の女」

すずかの意味不明な言葉がなぜか気になった。そういえば副担任の先生名前なんていうんだろう?



ーーーーーーーーーーーーーー

昼休み

いつものように、ベンチで昼食を食べる。昨日と同じくなのは様がいないので寂しい。すずかもアリサもそう感じているようだ。すずかから話しかけてきた。

「希ちゃん、前に見たがってた本持ってきたよ。ちょうどおねーちゃんが持ってたの」

「白い巨○? 」

「うん」

そう言うとすずかは本を取り出す。そういえば作家の名前なんだっけ? あまり気にしたことはないけど確かカタカナの名前だったよな?

そこにはカタカナで 


















アサノヨイチと書かれていた。





…何かひっかかるな。

(っ!!!)

今のカナコか? 聞いてみるか?

(カナコ知らないか? )

(し、し、知らないわ。ホ、ホントよ! )

(なんでどもってるんだ? )

(ど、どもってなんかいない!! )

カナコがわかりやすいくらい動揺していたが、私にはその名前のことで頭がいっぱいで気にならなかった。しばらく考えていると私の様子が変なことに二人が心配した顔をしたので、強引に違う話題をすることにした。

「そういえば、新しい副担任の先生ってどんな感じ? 私授業受けてないから知らないの」

「そういやアンタいなかったわね」

「二時間目はあの先生だったよ。おもしろい先生だよ」

「そうね、結構良い線いってるんじゃない? 」

アリサがそこまで言うとはすごいのかもしれない。なんせ頭良いから、授業が退屈に感じるらしく、けっこう落書きとかで時間をつぶしているからな。

「ふ~ん、アリサちゃんがそこまで言うんだったら聞きたかったなぁ~ 」

「どういう意味よそれ、国語の授業だったけど、ただ物語を読むだけじゃなくて、登場人物とパートで声を使い分けがとても上手くて、登場人物の気持ちがよく伝わってきたわ。それから、解説も裏話とかアタシの知らないこともあって興味がわいたわ」

ほう? どうやら私のライバルになれる先生のようだな。絵本物語読み聞かせは私の分野でもある。すずかも後に続く。

「そうだね、さすが理事長が直接出向いてヘッドハンティングしただけのことはあるよ」

そんなすずかに私はある疑問があった。

「ねぇすずかちゃん? 」

「何?」

「いつも思うんだけど、そんな情報どこから仕入れてくるの? 」

すずかは満面の笑みで答える。

「ないしょ」

あっ!? これ見たことある。あのカナコと同種のものだ。答えてくれそうにないな。夜の一族関連だとはおもうけど、おそらく、周囲の人の出入りにはかなり神経を使っているんだろう。

「そういえば、名前まで知らないの。教えてくれない? 」

「うん …その先生はね」


















「…浅野 ……斎先生だって、









あっ!? 今、ちょうと見えたよ。ここにきてもらおうか? 浅野先生ーーーーーーーーーー」







……斎? イツキ君?

浅野? ヨイチ?

(最悪だわ)

そんなカナコの声が聞こえたが、俺の頭はあることがぐるぐる回っていた。












俺のいた世界はいったいどこだったのだろう。




ーーーーーーーーーーーーー

クロノ視点

アースラ艦内にて業務中にエイミィから連絡があった。

「クロノ君、ちょっといいかな。」

「どうした?エイミィ」

「希ちゃんのところに派遣してしていたエージェントから連絡があってね。現地の警察に捕まったから助けて欲しいって」

「どうして? 」

「なんでも、希ちゃんの学校のプールを熱心に調査してたら、気がつくと現地の警察官に囲まれていたんだって、どうしようか? 」

「自分でなんとかしろ。ちゃんと偽造用の荷物と現地用の身分証を持っていったはずだ。ちゃんと話せば出られるだろう? 」

「それがね、現地の用の荷物は望遠カメラとかビデオカメラだったらしくて」

「何しに行ったんだ、あいつは」

私は両手で頭を抱える、さらに、これから艦長にこの報告をすることを考えると、陰鬱な気分になる。臀部が熱くなるのを感じていた。




作者コメント

更新が週末と言ったのですが、予定が早まりました。ただし、次回更新が10日ほど後になりそうです。しばらくお待ちください。



※ 注意

これから先の物語は伏線回収編です。数話ほどリリカルなのはのキャラクターが登場しません。





[27519] 外伝3 おにいちゃんのお葬式
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/06/25 12:59
外伝3 おにいちゃんのお葬式



浅野斎視点

今日は兄貴のお葬式……

職場の小学校で連絡受けたときはショックで何も考える事はできなかった。今も頭がぼーっとして夢の中にいるようで、現実感はまるでない。そんな私の気持ちを置いたまま葬儀は進む。私は悲しむことさえできていない。


なによりまだ兄貴の死を受け入れていない。





最期の顔を見ることもできなかった。

あっと言う間に葬儀は終わり、夜になった。親戚達も帰って、家族三人でいる。自然と話題になるのは兄貴のことだ。

「あの子はこれで良かったのかもね」

「おかあさん、やめて! 」

私はおかあさんをとがめる。どうしてそんなこと言うの!?
兄貴とおかあさんとの仲は険悪で、いつまでも部屋にこもって就職しようとしない兄貴におかあさんは陰で文句を言っていた。兄貴は兄貴でおかあさんのことなど、全く気にしないように振る舞い、食事も同席することなく自分勝手に悠々自適の生活をしていた。

「だってあの子、30も近いのに就職もせず、ほとんど部屋にこもって出てこないんだよ。このままじゃいずれウチの財産を食いつぶすところだったよ。ウチは裕福じゃないんですからね。ローンだって残ってるし、お父さんだって定年近いんだから。いずれ大人一人養う余裕なんてなくなるわ」

「っ!! そ、それは、そうかもしれないけど」

「ほら見なさい」

「でも!! 」

おかあさんの言うことは正しいかもしれない。でも家族なのに冷たくない? 私は胸につかえを感じながら何も言い返せない。

「 ……アイツは家にお金入れてたがね」

それまで黙っていたおとうさんが低い声でつぶやく。兄貴とおとうさんはあまり言葉は交わさないが仲は良かった。お互いに話せない兄貴とおかあさんの間におっとりとした口調で話しかけ、ピリピリした空気を和らげていた。兄貴のことは大学を辞めたときも一度だけ話をして、後は10年近くも黙認していた。おかあさんは驚いた顔で問いだだす。

「そんなの初耳よ。あなた!! いったいいくら? 」

「月10万 ……5年前からずっと」

「そんな大金!! どうして黙ってたの? 」

おかあさんは興奮している。おとうさんは下を向いてゆっくり答えた。

「アイツはな、5年前に養われていると思われるは嫌だから、月ごとに金を渡すことにしたらしい。俺は俺で息子に金をもらうのは嫌だったから、こっそり今まで貯めてたんだよ。アイツが結婚でもして、ここを出るときにのしをつけてやろうと思ってな。 ーー結局かなわなかったなぁ」

おとうさんは寂しそうな顔で言う。

「なんでウチを出ていかなかったの? それだけあれば一人でも生活できたはずよ」

「アイツは口には出さなかったけど、おまえと仲直りしたがってた。家を出たら寄りつきにくくなると思ったんだろ」

やはりそうだ。兄貴は強がってはいたが、おかあさんのことはずっと気にしていた。


兄貴は子供の頃、いわゆる神童というやつで中学までは成績はトップで周囲の期待は大きかった。
しかし、高校入ってからは、成績も人並み、国立大学へ進学したが中退、その後は家に閉じこもり10年近く部屋にこもっていた。たまに外出はしていたが、何をしていたかはわからない。

周囲は当然失望した。私もショックで、子供の頃のヒーローに裏切られたと思った。でも心のどこかで期待していた。きっと立ち直ってくれると。だから少しつらく当たったかもしれない。

意外にもおとうさんはさほどショックは受けておらず。

「子供の頃は本当に俺の息子かと疑問に思ったけど、鳶が鷹を生んだわけじゃなく、カエルの子だったんだなぁ。好きにさせてやろうじゃないか。お金をせびるわけでもないし、飯だってほとんど自分で喰ってるだろ」と笑って言っていた。おとうさんらしい楽観的な考えだった。



おかあさんは違った、おかあさんの欠点は少し見栄を張るところがあって、兄貴の子供の頃は周囲に自慢しまくっていた。
その反動は大きく、高校の頃から成績を下がった兄貴を激しくなじり、大学を中退したことがわかったとき、怒りのあまり兄貴に包丁を持ち出し怪我を負わせた。そのときに兄貴の

「斎君だけじゃなく、カーチャンもそうだったのかな? 前世を同じ台詞吐いたあげく、ここまでするなんて、実の母親なら大丈夫だと思ったんだけどなぁ」

というセリフと自嘲的な表情は印象に残っている。どんな意味だったのか、今でもわからない。
それ以来、兄貴は家にはいるがおかあさんと一緒にいることはなく、お互い顔を合わせたときはいつも気まずい様子だった。

兄貴は身の回りのことはひとりでやっていた。食事はわかめとかファーストフード、なんでわかめ? 兄貴は顔を合わさないように、よく夜中に洗濯とか風呂に入っていた。でも夜中に何時間も浴室に入って何をしてたんだろう?






私といるときは明るく冗談ばかり言う兄貴だったが、ふとたまに寂しそうな顔をすることがある。それが、おかあさんのことだろうと思っている。そのへんを聞いても、

「べ、別にお母様なんて知りませんわ。何を言ってますの。イツキちゃん、そんなことありませんわ」

無駄に上手い演技と女性らしい声で誤魔化しているのはみえみえだった。兄貴はうしろめたいことがあるときは丁寧語になるのは家族なら良く知っている。

子供ときから思ったけど、絵本の読み聞かせのときの女性パートとか容姿はともかく、知らない人は電話越しだったら声の低い女性としか思わないレベルだった。

どうしていろんな特技があるのに活かすことをしないのだろう? もったいない。

お母さんと仲直りしていればきっと外で働いて結婚もして、そう思わずにはいられない。


私はたまらずおかあさんに聞く。

「ねえ、おかあさん、どうして兄貴と仲直りできなかったの? 」

「だってあの子は私の期待を裏切ったんだよ。せっかく、子供の頃からいろいろやってあげたのに、買ってやったものだって、習い事だって全部無駄になったじゃないか。それにあの子、たまにとんでもないことして迷惑かけるし、ちいさな子供の頃からにやけ鋭くて気味が悪かったよ」





最後の方のセリフにすべての始まりがある気がした。私は深呼吸して

(おにいちゃん、ごめん! 約束破るね。でも私、許せないよ)

そう心の中で言いながら、母を告発する。

「おかあさん、おにいちゃんは知ってたよ。おかあさんが陰でおにいちゃんを気味悪がっていたこと。でも、おにいちゃんはでもそれは自分が変だからで、大人になればきっと仲良くできるから心配するな、血の繋がった親子なんだから、今回はきっと大丈夫。ないしょにしとこうって言ってたんだよ。10才のときだよ。本当は甘えたかったんじゃないの?
それから、高校入って成績は落ちたのは、彼女にふられたのがきっかけだったけど、このときだっておかあさんには心配して欲しかったんだと思う。でもおかあさんは責めるだけで、そのときのおにいちゃんは自分は何のために勉強してるのかわからなくなって、身動きがとれないって言ってたよ。
そして、大学中退したでしょ。ちょうどおにいちゃんが二十歳になったときだよね。そのときおかあさんなんて言ったか覚えてる? 」

わめいてまくし立てるように声を張り上げる私に、母はとまどいながら首を振る。

「『あなたも大人になったんだから、斎が恥をかかないように少しはましな人間になりなさい』だよ!! おにいちゃんこの言葉で完全に折れたんだって、そのあとはもうわかるよね。とどめ刺されたんだからね」

私は涙ながらに訴える。母は目をそらした。

「でもね、立ち直ってきたんだよ。このこと少し前に話してくれたんだから。笑いながらね『アイツがしたことはもう許すことにした。全然謝る気配がないんだぜ。だから今度はかーちゃんが年取ってボケたところをねらってみるわ』だってさ。結局先に死んじゃったけど」

私は最後まで言ってしまった。本当は黙っているように言われていたのだけれど、言わずにはいられなかった。母は釈然としない表情で何か言っている。

「私だって悪かったと思ってるわ。でもあの子なんの相談もなしに大学を辞めたくせに、謝りもしないで、毎日ブラブラとして…… 就職してれば私だって!! 」

母の言い訳に私は反論する。

「就職はしてなかったかもしれないけど、お金欲しいって言った事なかったでしょう? それに収入はあったよ。おとうさんだって言ってたじゃない!! 」

「どうせ後ろめたいことしてんでしょうよ」

母のこの言葉に私は怒りより悲しみがわいてきた。

「どうして? どうしてそんなにおにいちゃんを貶めるの。信じてあげられないの」

私は涙が出てきた。私やおとうさんにはそんなことないのに、どうしておにいちゃんだけ……





「結局アイツはお母さんしかみてなかったのか? おとうさんはさびしいなぁ」

間の抜けたおとうさんの一言が少しだけ雰囲気を和らげる。こういうところは尊敬している。おにいちゃんも見習いたいところだと言っていた。おとうさんは静かに語り出す。

「ふたりはお互い意地を張ってただけなんだな。俺が言ったって聞きやしない。それから10年近くも張り合うんだから、似たものどうしだよなぁ。今となってはもう遅いが、お金のことはおまえに教えておけば良かった。使い込むのは目に見えていたから、言わない方がいいと思ったのが間違いだったよ」

珍しい。おとうさんが母へ皮肉を言うなんて、基本的におとうさんは母の悪口は言わないし、母のすることに口を出さない。家のことは母にお金を含めて主導権を任せている。その代わり家のことは何もしないでダラダラ過ごしていた。母もそんなおとうさんに文句を言いながら世話を焼いていた。そういう意味では夫婦仲のバランスはとれていた。



「どっちかが先に謝ればふたりはわかりあえていたんじゃないか? この場合親が折れてやらんとな」

「私が悪いっていうの!! あなた」

おとうさんの穏やかながらも鋭い言葉に、母は信じられないと言った顔で答える。おとうさんは首を縦に振ると話を続ける。

「そうだ。でもな、これはおまえが生きてるから言う言葉だぞ。おまえが死んで、アイツが生きてたら、俺は同じように言うからな。

俺は見ず知らずの子供のために死んだアイツを誇りに思う。そう思って親より先に死にやがったバカな息子の死を受け入れる。そうするしかないんだ。そして、アイツを悪く言う奴はおまえでもゆるさんからな」

「あなたまでそんなこと言うの? 」

おとうさんが母にこんなに厳しいことをいうのは初めてかもしれない。いつもは頭が上がらないのに、私とおとうさんに責められて母は下を向いて泣いている。まだわかってくれないの?

「思えば俺たちの子供のしちゃ出来の良すぎる子供だったよ。頭はいいし、わがままも言わないし、斎の面倒はよくみてくれたしな。たまにとんでもないことしたけどさ、アイツが真剣に頼みごとをしたのは、大学やめて好きなことしたいから認めてくれっていう一回だけだった。



……もうその一回しかないんだ」

おとうさんは噛みしめるように言うと涙を流す。私も悲しくなってきた。母はずっと顔をそらしていた。










そんなときチャイムが鳴り来訪者を知らせる。こんな時間に誰だろう?

スーツ姿の出版関係を名乗るの男性がふたりたずねてきた。一人は兄貴と同じくらい。もう一人は40代くらいに見える。
ふたりとも兄貴の知り合いで、死んだことを葬儀の後に知って急いで来たらしい。普段はメールのみでたまに喫茶店で会うことがあるそうだ。

「このたびは突然の訃報を知り、夜分失礼とは思いましたがご訪問させていただきました。まず、ご葬儀に参列できなかったことをお詫びさせていただきます。なにぶん私どもは先生とメールのやりとりが中心でして気づくのが遅れてしまいまして、

ああ! すいません。申し遅れました。私どもは先生とはお仕事で贔屓にさせていただいておりまして、先生の作品を…… 」

「ちょっと待ってください。先生って? 」

「あれっ!? ご存じない? 」

私たちがうなずくと、二人は何か小声で話している。急に顔をこちらに向けると、不自然なくらいの丁寧な笑顔をみせる。

「あの兄はどういった仕事をしてたのでしょうか? 」

「はい。浅野様は我々の出版社で5年前から本を出してまして、ペンネームはアサノヨイチ、新進気鋭の小説家でございます」

は?

私たちはあまりの事実に唖然としてしまう。ただ家にこもっているだけの兄貴が小説家なんてとても信じられなかった。

「その、どんな本を書いているのですか?」

「え~と、デビュー作はともかく、今はジャンルはありません。私小説からライトノベル、大人向け、児童向けまで先生は業界では天衣無縫で知られていまして、文体まで多種多様で、しかも執筆スピードが異常に早く、顔も知られていないので、ご本人にお会いするまで複数のライター集団とばかり思われておりました。テーマ・内容も斬新でよくひとりで考えられるものだ感心しておりました。先生は俺という人間は大したことない。ただ少しばかり特殊な生まれで前世の記憶で日銭を稼いでいるだけさ。創作者としては三流以下だよと謙遜されていました。そのせいか表に出るのを極端に嫌がっておいででした」



兄貴の発言とは思えない。小さい頃は嬉しそうにお話を聞かせてくれたのに……

「ただデビュー作にはこだわりがあるようで、最後のプライドだとおっしゃっていました。正直に申しまして、その分野でも人気作ではあったのですが、マイナーだったために御自身の知名度が上がるのが遅くなったと考えております。それでも、他の著作は五年間で月一冊、たまに月五冊とかストックがあるにしても、ありえないペースでした。最近先生の著書の一つがドラマ化されまして、これから大作家への道を進む矢先でした」

「ドラマ化? 」

「白い巨○です。一部では大学病院のある人物モデルにした作品と言われてます。これを機会に大々的に売り出していこうと考えてましたから、今回の訃報は我々にとって大きな損失です」

ふたりは沈痛そうな顔をしていた。私は残念ではあったが心のどこかで誇らしくなってきた、こんな有名なタイトルをおにいちゃんが書いているとは知らなかった。

子供の頃のヒーローは現役に復帰していたんだ。おとうさんも母も信じられないといった表情をしている。

「先生は複数のシリーズをかかえてまして、それが止まるのは先生のファンや私達にはつらいことです。少しでも続きがあるといいのですが」

確かにそうだ。おにいちゃんの本には読者がいる。ファンがいるのだ。手助けをしなければいけない。

「時間のあるときに部屋見てみます。おにいちゃんの部屋からパソコン打つ音よく聞こえていたから」

出版社のふたりはほっとした顔になる。

「ありがとうございます。我々にも希望が湧いてきました。何か見つかりましたらお知らせください。お礼に何か我々にできることはございますか? 」

「私たちは何もないから、斎、おまえが決めていいよ。」

おとうさんが言ってくれる。母は下を向いたまま固まって動かない。さっき、おにいちゃんは後ろめたいことしてたと言った手前もあって何も言えないからだろう。

「斎? 斎ちゃん?」

出版社の人は私の名前を口にする。

「私の名前がどうかしましたか? 」

私が聞くと、二人とも首をぶんぶん振って、

「いえいえ、大変お世話になっているだけでして」

と奇妙な答えを返す。ふたりともなんだか変な目線だ。

??

少し考えて私は要望を伝える。

「あなたがたの出版社でおにいちゃんの代表作をいただけませんか? 」

「「えっ!? 」」

なぜか、ふたりとも固まる。

「だめですか? 」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。……なぁ?」

二人はまたヒソヒソ話している。

「先生の代表作っていったらあれですかねぇ? 」

「あれしかないだろう。いいんじゃないか。先生の想いも伝わるだろう。他の作品はともかくあれの打ち合わせしているとき一番楽しそうな顔してたしな。あとはアトランティス関連のとき… 」

「そうですね」

話は終わった。最後に二人は事務的内容を伝える。

「これで最後になりますが、先生の著作物等に関しまして、報酬や印税もございますから、弁護士にご相談ください。こちらも担当のものを派遣いたします」

でしめくくった。

ふたりが帰ったあと、

「はははっ! すごいなぁ 俺の息子は」

誇らしげで笑顔のおとうさんとは反対に、

「うそよ。あの子がそんなに有名なわけないわ。うそよ。うそよ…… 」

母はうつむきながら、鬱屈した表情で、ずっとぶつぶつ言っていた。この事実だけで私とおとうさんがかける言葉は何もなかった。







数日後、出版社からおにいちゃんの代表作が送られてきた。






























文庫本で表紙は黒くイラストにはセーラー服の艶めかしい女性が描かれている。








タイトルは

「斎ちゃんとおにいちゃん」

サブタイトル

「やめてぇ! おにいちゃんそんなところまで」




だった。官能小説、しかも10巻まで出版され連載中だ。官能小説ではヒットしてるらしい。彼女にふられたことをきっかけに主人公が妹と爛れた関係になる物語だ。日常シーンにリアリティがあって、ハードな濡れ場とのギャップが人気の秘密らしい。

……おいっ!!

通称は斎ちゃんシリーズ、赤面・身悶えしながらもなんとか読み切った。濡れ場を除けばどこかで会話したことあるシーンがあって和んだ。最新巻では斎ちゃんは教師になっている。











頭がフットーしそうだよおっっ








おにいちゃんの想いは確かに伝わった。

……悪い意味で、

どうりで収入あるのに家族にいえない訳よね。代表作がこれでは、逆に納得してしまった。
















私の涙を返せぇぇぇーーーーーーーー

母の言ったことはある意味正しかったわけだ。


あれからまた、何日か経過した。パソコンはパスワードがかけられて突破できなかった。しかも、無駄にセキュリティが高いため、素人では無理だった。ひらがなで何十文字も入力しないとダメらしい。出版社の人とどうするか相談中だ。パソコンそばのメモ書きにパスワードはレベル48のふっかつのじゅもんをいれてくださいと書いてあった。

意味不明だ。きっとおにいちゃんにしかわからないのだろう。

部屋から「まほーしょうじょりりかるなのは」「まほーしょうじょりりかるなのはえーす」「まほうしょうじょりりかるなのはすとらいかーず」という絵本が出てきた。なつかしい。昔読んでもらったことがある。完成したって言ってたっけ。あのとき素直に読んでもらえばよかった。もうその機会は永遠に来ることはない。





胸がずきりと痛い。






部屋には頭皮関する薬剤がたくさんあった。最新の薬剤から怪しい漢方みたいなものもあった。ただの紐にしか見えないものに『龍の髭』とラベルが貼られていて、女性にも利きますと書かれていた。コレでダシを取って粥を食べると髪が伸びるらしい。うさんくさい。そういえばおにいちゃん髪が薄くなるのをかなり気にしていた。それこそ十代後半から時間をかけて手入れをしていた。十年近く毎日だ。わかめを毎日食べたり、感謝の髪の手入れだと言っていろいろやってたみたい。 

……無駄な努力だったみたいだけど、20代前半にはすでに枯渇を始めていた。そのときにスキンヘッドにしたらと勧めたこともあったが、

「それは逃げだ。斎君、俺はこうして髪に感謝しながら手入れしている無駄になるとは思わない」

とカッコつけて言っていた。不思議なことに髪の手入れのスピードは異常に早かったのを覚えている。手元が全く見えなかったような? ……気のせいだろう。目の錯覚よね。





私がいる間も、焼香に何人もの人が来てくれた。ほとんどがアトランティス関係の団体だった。

『アトランティス』全国各地の点在しているカルト集団だ。なんでもおにいちゃんは子供の頃から最大大手の『アトランティス王国戦士団』の幹部をやっていたらしい。私も勝手に幹部にされて、今は死亡したことになっている。勝手に入れて勝手に殺されてしまった。

子供のときの全国幹部会を自宅でおにいちゃんが主催したときは怖かった。十歳かそこらの子供に仮面をつけた大人数の大人が平伏するのだからシュールすぎる。怖がる私にやけに自信たっぷりなおにいちゃんが「心配するな。皆同胞たちだよ。親兄弟より深い絆で結ばれているんだ。ただし現世のことにはお互いに口出ししないのが暗黙のルールだ」わけのわからないことを言っていた。

地元のニュースになったこともある。マスコミにおもしろおかしく取り上げられて、どっかの精神科医が『転生妄想症候群』と名前をつけていた。

普段は静かに活動している集団みたい。しかし、注意しないとアトランティスの記憶があると言っただけで、どこからか聞きつけて戦士階級を調査するらしい。それさえなければ無害な集団ということだった。兄貴は一線は退いたみたいだけど、たまに頼まれて予言の書とか書てたみたい。一緒に投稿した物語もどっかにホームページにあるらしい。


ああ頭痛い。

ガーゴイルと名乗る品の良い白髪の初老の紳士が

「浅野君が先に逝ってしまうとはなぁ。君の協力がなければここまで来れなかった。恩を返せないのが惜しいよ。せめて私の研究調査は完成させるつもりだ。君の資金を元に調査団を組んだんだよ。皆信頼におけるものたちだ。ネオアトランティスの旗揚げだよ。ただバベルの塔は見つかったらどうすべきかな? 」

と寂しそうに言っていたのが印象に残っている。現世ではどっかの大学の教授をやっていて冬月先生というそうだ。あの仮面の? まさか! こんな紳士が仮面をかぶってウチに来たなんてありえない。

あのリーダーらしき仮面は一度見たら忘れない。顔以外の頭と首全体を円錐状の布ですっぽり覆い、額に大きなひとつ目が特徴的で、その目の下には鼻ような線が引かれていた。顔全体は白い。口は細く歪み、赤い塗装で目と涙のようなライン描かれて、恐ろしさを強調していた。他のメンバーは額の目はなかったが似たような格好をしていた。

おにいちゃんはこの人の研究に著作の収入のほとんどを充てていたらしい。母は卒倒しそうになっていた。

……バベルの塔って何だろう? 

他にもどこかの病院の偉い人も来ていた。熱心なファンで匿名でファンレターを書いてたらしい。遺影の前で神鳥形態・神鳥撃とか謎の叫び声をあげていた。

正直引いた。おにいちゃんの人脈はいまだに謎が多い。

おとうさんは早々にローン返済する目処が立ったので、定年を迎える前に退職してしまった。仕事に執着はさほどなかったみたい。ローン返せたのは息子のおかげと言っていた。これからはいろいろなところへ旅行するってさ。たぶん悲しみを忘れるために、それから、おにいちゃんの著書をすべて集めたそうだ。


ときどき物言いたげな目で私を見るようになった。

だから違います!!

幸い誤解はすぐに解けた。おにいちゃんのばかぁ


おかあさんはなんだか気が抜けたようみたいになってしまった。馬鹿にしていたおにいちゃんの仕事とそのお金の使い道を知って打ちのめされたようだ。ぼーっとしていることが多くなった。普段はもっとピリピリしていた気がするのに、存在が薄くなっている。なんだかんだいっておにいちゃんに当たることで自分を保っていたんだと思う。

私が何も言わなくても、こうなったんじゃないかと今になって思っている。心配だけどおとうさんがいるから大丈夫だろう。



私は今引っ越し準備中だ。おにいちゃんが死ぬ前に私立から声をかけてもらっていた。わざわざ大きな私立小学校の理事長が直接就職の誘いに来てくれた。隣の県で聞いたことのない町だったが、ここからは二時間くらいだからそんなに遠くない。私は恐縮しながらもその話を受けた。




こうしておにいちゃんは死んでも人生は続いていく。


もしおにいちゃんが事故で死ななかったら。もしお母さんがおにいちゃんのお金のこと知っていたら。もしおにいちゃんがおかあさんに……

…たら …ればが頭をよぎる。

もう遅い。おにいちゃんは死んでしまった。

まだ、心にも澱みたいなものがあるけれど、これには多分一生苛まれる。

もっと優しくしてあげればよかった。もっと話をすればよかった。もっと……

後悔だけが残るけど、仕方がないよね。





……バカなおにいちゃん。

結局おかあさんとは生きてるうちにわかりあえなかったね。お互い意地張ってただけなのにさ。

でも、私は知っているから、おにいちゃんは本当はおかあさんと仲良くしたかったってこと。甘えたかったってこと。

ずっと覚えてるから……

そのことを胸に刻んで生きていこう。





作者コメント

ネット開通と仕事休みの折り合いが悪い。二週間延びた。死ねる。まだまだ週末実家から更新になりそうです。

また来週


久々の外伝

浅野家のその後の物語です。ホームドラマっぽくなったかな? きれいすぎるおにいちゃんはきっと死んだ人はみんないい人補正が働いたせいです。逆に死んだ人にかみついたせいで負の部分を請け負ったのがかーちゃんですね。夫婦仲はいいんですよ。斎とも普段は仲はいい。ただおにいちゃんとの相性は最悪だっただけです。

それから少しだけタイトルらしくなってきました。



[27519] 第二十二話 猛毒の真実 
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/07/03 23:20
第二十二話 猛毒の真実


「斎くん」

ほんの好奇心だった。妹と同じ名前の先生、気にならないはずがない。俺は近づいて来た先生にそう呼びかける。

「えっ!? 」

明らかに表情が変わった。やはり斎か? どういうことだ? 前世の世界はこことは違う。だって俺は魔法少女リリカルなのはを見ていて、今までほぼ見たとおりに実際に体験しているんだから、そんなはずはない。斎先生は驚いた顔をして答えた。

「ごめんね。驚いてしまって、その呼び方ね。私の死んだおにいちゃんがよくふざけて呼んでたの」

(やめなさい!! )

カナコはせっぱ詰まった声で制止するが、俺は止まれない。そこから先は聞いてはいけないと思いつつ聞いてしまう。

「その人のなま ……うぐっ!!」

(やめさないって言ってるのよ!!! )

カナコは激しい怒りの声で、俺の口の動きを封じるが、









「どうしたの? 名前? いいわよ」

もう遅い。











「浅野陽一、陽一おにいちゃんだよ。字は太陽の陽と始まりの一」



ヨウイチ、その言葉は俺の胸に染み込んでいく。




何かが終わり、そして始まった。

ドロドロだった物が固まり、同時にヒビが入ったような感覚だ。

真っ先に思い浮かんだのは俺の姿と顔だった。カメラ越しに自分を見ているような感じだ。声まではっきりわかる。視点は見上げるようなアングルだ。

??

あれ!? なんで自分を第三者的に見ているんだろう?


(あの本と斎からいずれたどり着くとは思っていたけど、案外早かったわね。好きなだけ調べなさい。終わったらここに来て、話があるわ)

カナコの声が聞こえる。さっきまでの厳しい声はなりをひそめ、気落ちした声だ。だが、そんなことより自分は何者なのか? どうしてここにいるのか? そんな言葉がずっと頭をグルグル回っていた。最後に斎先生とどんなやりとりをしたかは覚えていない。



俺は学校の授業が終わったあと、すぐに家に帰り、インターネットを開く。調べるのは海鳴大学病院のことを知って以来だ。手の動きがもどかしい。思えば俺はなのは様に出会ってから浮かれていて、日課のようにやっていたネットをしなくなっていた。毎日が楽しくてそれどころじゃなかったし、おかーさんが近くにいてやりにくいのもあった。今日は幸い留守にしている。ちょうどいい。

テーブルには紙が置かれていて、病院まで行ってきます。おやつは冷蔵庫に入っています。と書かれてあった。おかーさんらしい。

飲むゼリーをすすりながら俺はネットを開く。

最初は自分の名前を検索にかける。いくつかヒットしたが、どれも関係のなさそうだった。事故の事がわかるかと思ったのだが……

次にアサノヨイチで検索をかける。これはかなりヒットした。ネットの人物辞書によると新人官能小説家としてデビューして、官能小説家? 大人向けのエロい小説を書いてる。その他にも多数の著作があるようだ。

俺にはこの身体になってからエロいことの知識がすっぽり抜けている。というか前世の知識にはそれっぽいのがあるのだが、靄がかかったようになっている。覚えている大量のマンガやアニメ、小説はある。魔法使い、童帝、ラッキースケベ等のネタとしてはわかるのだが、そこからも引き出すことはできなかった。

検閲されているような感じだ。



それからアサノヨイチの著作を調べる。知ってるタイトルで全部内容を理解しているもの、あらすじくらいならなんとかいうもの、一部官能小説のように全く俺の記憶にないもの、俺の記憶にはあるが出てないものもあった。

(小説家とは知らなかったわ)

カナコも見ている。言いたいこと、聞きたいことはいろいろあるが今は後回しだ。検索を続ける。

アサノヨイチは事故で亡くなったらしい。アサノヨイチが俺ならば希ちゃんの身体に入る一週間前になるから、時系列から考えてもおかしくはない。

前世の俺はこの世界に存在していた可能性が出てきた。



アトランティスの最終戦士で検索をかける。これもヒットした。アトランティス王国戦士団というところに目が止まった。

個人のサイト? 『アトランティスの最終戦士物語』というページを開くと俺の知識にある物語と全く同じことが書かれていた。こんなこと知っているのは俺以外にはいない。この世界にはいないと思っていた同胞の可能性はまだあるが、



これで俺が前世に存在したことは間違いない。

どうして気づかなかったのだろう? と考えたが記憶に欠陥がある以上考えても無駄と判断して次の作業に移る。

次にチャットのページを開く。誰でも自由に書き込みできるようになっている。チャットの内容を辿ると、ネオアトランティス首領ガーゴイルの名前でアトランティスの最終戦士の訃報が記載されていた。やはり時期も重なる。しかし、同志ガーゴイルとの交流は覚えていない。

あたまがいたい。

他には追悼コメントが多く寄せられていた。そのほとんどがお悔やみの内容だった。

ハンドルネーム『疾風』の名前で、「せんせが亡くなったなんて嘘や~ 約束しとったレムリア都市連合の物語について知りたかったのに~ 残念です。お悔やみ申し上げます」という書き込みが気になった。アトランティス最終戦士物語ではレムリア都市連合における闇の書事件には触れられてなかった。俺の記憶ではこの時期はちょうど留守を任され、イツキと母の事件ことで手いっぱいで直接関わることはなかった。そのため最終決戦の時点でも渦中にいるはやてとヴォルケンリッターは顔見知り程度だった。

チャットのログを辿ると疾風さんは前世でレムリア連合の代表かもしれないらしい。前世の記憶の覚醒が十分ではないということだろう。最終戦士の物語を読んでそうではないかと考えているそうだ。サイトの俺はレムリア都市連合の物語をUPすると約束したまま死んだようだ。書き込みはアサノヨイチの死んだ時期と重なるように止まっていた。

う~ん、せっかくの同志が見つかったというの残念だ。何とかしてあげたいが、どうしようもない。今の時点では最終戦士の物語以外は全く知らないが、思い出せばわかる可能性がある。

頭の隅に入れておこう。

チャット古い順に読んで、自分の書き込みを読んでいく。どれも記憶にはないが、俺らしいと感じられるものだった。よくやっていたはずなのにどうして記憶にないのだろう?

俺の記憶の欠陥はこうして考えてみると偏りが激しく、抜けも多い。


っ!! また頭が痛くなってきた。今度は強い。反転衝動だ。まずい。


おおおおおおおおおおっ

お、落ち着け、わからないことはカナコに聞くしかないか。答えてくれるかわかないけど。



ここまでだな。俺はネットを閉じて、パソコンの電源を切る。

自分の部屋に移動して、ベットに横になる。



俺は希ちゃんの世界に来た。カナコは一冊の本を抱えて立っている、厳しい表情だ。いつものようなふざけた様子はない、今までは、怒ったりしてもどこか余裕があったが、それを微塵も感じさせなかった。

「待っていたわ。ヨウイチ」

「ああ……」

「ここがあなたにとってすべての始まりの場所」

カナコは人形の棚を見ている。いつのまにか増えていた。
小さいフェイトがいる。アリシアちゃんだろうか?


「始まり? 」

「ちょっと愚痴を聞いてくれないかしら? 」

そう言うと少しだけいつものカナコに戻った気がした。

「いいぞ。話せよ」

俺も少し無理して、いつもの調子で答える。カナコは語り始めた。

「最初はね、不完全でもよかった。時間さえ稼ぐことができればね。あのときの私は時間だけが心の傷を癒す特効薬と信じた。だから。どんなことになっても、生きていさえいれば、希や私に代わって外に出続けることができればよかったの。あなたのことは魂の欠陥が多いから壊れる前提で考えてた。実際消耗品のつもりだったもの。スペアさえ用意してた」

「何の話かわからないけど、ひでえなぁ」

「そうよね。ひどい話よね。でもね、幸か不幸かそいつは一回で外の環境に適応した。そして、不完全な魂を補強できる環境が整っていた。だから、生まれて最初の1ヶ月は見守った」

「環境ってなんだ? 」

「百合子よ。自分を無条件で愛してくれる存在は自分の存在がここにあることを信じるちからとなって、お互いの存在を強くしてくれるわ。母親の愛の渇望していたあなたにとって、それは甘美なものだったでしょう? 」

「俺はマザコンか? 」

俺はやれやれといった感じで手を振る。

「あなたが母親と上手く関係をつくれなかったのは知ってるわ。そう判断した。百合子はあなたがおかーさんと呼んだときから、受け入れてくれたでしょう? そして、あなたは悲しませないための演技を続けることにした。でも居心地の良くて、今は本当の母親のように思っているって言ったじゃない。あなたは希の真似をしながら、自分自身が母を求めていたのよ」

「そうかもしれない」

母の記憶はないが嫌な感じなのは覚えている。

「私にしたら百合子の家はカッコウの巣の上で滑稽だったわ。外見は希だけど、中身は大きな大人だもの。見事にはまったわねあなたたち、これは予想外だったわ」

カナコは皮肉げに言う。

「あいかわらず、おかーさんには厳しいやつだな。それにカッコウって何だ? 鳥か? 」

「調べればわかるわ。カッコウは他の鳥の巣に卵を産みつけて育てさせるの。他にも意味はあるけど」

「おいおい、その場合。希ちゃんの立場はどうなるんだ。それに俺が卵なら親鳥はおまえってことになるんじゃないか? ずいぶん無責任な母親がいたもんだな」

「育てる親鳥もタチが悪いわ。確信犯よ。子供の記憶がないこといいことに自分の子供のように扱うのもおかしいと思わない? 私だってこんな身体じゃなければ…… 」

長くなりそうだな。話題を変えよう。

「転校についてはどうなんだ? 」

「入院してたから、一度しか行かなかったんだっけ? あまりいい環境ではなかったわね。二年通ったけど友達もいなかったし、今のあなたでも作ることはできなかったと思う。私も環境を変えるのは悪くない選択だと思ったんだけどね。よりにもよって転校先であなたの妄想が本当に起こるとは思いもしなかったわ」

「妄想とはあんまりじゃないか? 」

「普通は信じないわよ。魔法なんて」

「おまえの存在だって非常識じゃないか? 」

「私には目的がある。それが最優先。自分が何者かなんて二の次よ。でも私にも前世の記憶はあるから、魔法とは別の系統で自分の存在を捉えていたけど、魔法のおかげで気づいたこともあったわ。話を戻すけど、転校はよい面もあった。友達ができたこと、ここはすごく感謝してるわ。そうして、魂の存在を強めたあなたに私は役割を二つ追加した。それは希を癒すために楽しいことを体験すること、いつか帰ったときの環境を作ること。私はこのころからあなたに期待していたのね。これは完全に私のミスだけど、あなたに危険の高いジュエルシード事件の始まりを任せようとしていたものね」

カナコはくすっと笑う。

「人使いが荒いなカナコは」









「そうね。でもね。そもそも、希がこうなったのはあなたが死んで絶望したからなんですからね」

カナコは少し恨みがましいニュアンスで言う。

「ちょっと待て! 俺は希ちゃんに会った覚えはないぞ? 」

「名前と一緒で希に関する記憶は奪ってあるから、この本をみて」

カナコは本を取り出すと表紙を見せる。そこには「おにいちゃんと私」と書かれていた。

「この本は? 」

「あなたが生まれた理由が書かれているわ」

カナコは俺に本を渡す。渡すときの手は震えていた。

「読んでいいのか? 」

「あなたは自分の名前を知ってしまった。あなたの記憶の封印は解かれたわ。糸が少しずつほつれるように思い出していくわ。あとは早い遅いかの違いよ。せっかく今までうまくいっていたのに、こんなことでしくじるなんてついてないわ。でもね」

カナコは自嘲的な顔で、俺を見つめると言った。

「今回の偶然は運命かもしれない。そして、時が来た。そう思うことにするわ。この真実に耐えることができれば、あなたは自分の存在を確立できるわ


……だから、お願い消えないで!! 」


カナコは俺の服の袖をつかんで哀願するように見上げている。目がうるんでるようにも見える。


「心配するな、俺は消えたりしない。それから、戦争が終わって帰ってきたら、町の小さな教会で結婚しよう」

「戦争って何よ。プロポーズ? なんでこんなときにするのよ」


これは序の口だ。

「俺のお気に入りの銃、おまえにやるよ。大事に使ってくれよ。さあ、おまえは先に行け!! ここは俺が食い止める」

「なるほどそういうこと……

こうかしら、絶対に無事に帰ってきて、待ってるから」



ようやくカナコは理解したようだ。次は応用編だ。

「俺は一人で寝るぜ。殺人鬼のいるかもしれないところで寝られるか!!」

「第二の犠牲者決定ね」



「これはやっぱりそうだ。早く金田一君に教えてあげないと!!」

「探偵より先に気づいたら駄目よね」



ホラー編です。

「ヘーイ、ベイベー、先にシャワー浴びてきな。ベットで舞ってるぜ」

「待ってるでしょ! アイスホッケー面をしてナタを持った瞬間移動を使う風紀委員に殺されるわよ。なによりそれだと私が先に死ぬじゃない! 」


「なんだぁ 猫か? 脅かしやがって」

「シムラ~ウシロウシロ」



ハードボイルド編

「もう殺しは廃業だ。田舎帰って、カーチャンの世話でも焼いてるぜ」

「後ろからズドンよ」



格闘編

「わが弟子よ。今の技見たな。これが我らの流派の最終奥義だ。これでもうおまえに教えることはない」

「いつから弟子になったの? 」



「おなかの子供頼むぞ」

「たわし妊娠したの? 」

「犯罪の匂いがするな。じゃあ、おとーさんたくさん稼いで帰ってくるよ。絶対に無事に帰ってくるから心配するな。簡単な仕事さ短期間でがっぽりさ」

「私が娘なんだ。パパ早く帰ってきてね」


そろそろ締めよう。

「最後はこれかな。急いでください。なのは様!!」

「あ~あれね。敵が近づいてる? 」

「はい、カナコ様……私を信じてください。私はあなたの敵を斬る剣やあなたを敵から守る盾にはなれないけれど、あなたの剣が存分に力を発揮できるように支える小手でありたいと思ってます」

俺は手を天に掲げると心に秘められた呪文を唱える。







「来たれ、我が黒き外套、赤き銃身ディスティ。我はアトランティス最終戦士ジークフリード、王剣を守る小手なり! 」

「うん、無理しちゃだめだよ。……私がなのはになってるけど」

「はい、カナコ様この戦いが終わったら、聞いて欲しいことがあるのですがよろしいですか? 」

「わかった。死なないで… というか死ぬしかないわね。ふふふっ」

カナコは目を拭い、笑顔をみせる。よかった笑ってくれた。そして、俺は覚悟を決める。






本を開く。















本の記録が流れてくる。

それは少女からみたある男との約二年の記憶だった。ビデオを回すように詳細に俺の言葉やしぐさが時間に沿って詳細に流れ込んでくる。俺は自分自身を見上げている。記憶の中の俺はちいさい女の子に話しかけるように優しく話しかけている。

「すご~い、私でもそんな前のこと覚えてないよ」

「ちょっと、ちがうんだけどね。絵本の女の子なのは様と最初に出会う物語でね、実は…僕はいや……俺はアトランティスの最終戦士ジークフリードなんだ」


さっきまで断片的だった映像がはっきりと流れ込んでくる。









場面が変わる。



俺はカナコと対面している。俺はぼーっとした表情でカナコを見ている。

「初めまして」

「………」

カナコは俺の頭をペシペシ叩く。

「頭はやめんか~」

「魂の情報が不十分ね。このままじゃ動かないか。コレだけ足りないのに髪だけは気にしてるのね。希の記憶をコピーして適当に改造すればいいかも」



また場面が変わる。さっきと同じだ。

「コレで大丈夫よね。コホン! 初めまして 」

「初めまして」

「よしよし。あなたの名前は? 」

「雨宮希? 浅野陽一? あれ? どっちだっけ? 記憶がごちゃごちゃして気持ち悪い」

俺は頭を押さえている。

「まだ認識が混乱してるようね。魂の欠損を補うために無理矢理希の記憶を入れ込んだから無理もないわ。じっとして調整するから」

映像の俺は逆らえない。カナコはそう言うと俺の頭に触れる。カナコの手から光が伸びて頭に入っていく。作業をしながらカナコはつぶやいている。

「名前を奪って、矛盾している希に関する記憶を封印する。これで希の記憶を自分のものだと認識することができるはず、じゃああなたの名前は? 」

「あれ!? わからない。俺は誰だ? アトランティスの最終戦士ジークフリード? 」

「ジークフリード? あだ名みたいなものかしら? これはこのままでいいわね。欠陥だらけの記憶の中で唯一強くてはっきりした記憶だから、不安から心理的に逃れるために拠り所になるはず、実名の迷彩になってくれるといいけど。それから一応仮の名前のあげるわ。あなたの名前はアマミヤノゾミよ」

「女の子みたい」

「そうあなたは今から女の子になるのよ」

「俺は男なんだけど…… 」

「変なとこで強情ね。いいわ。この状態なら暗示もかかりやすいはずよね。矛盾がないように慎重にしないと」

カナコはしばらく考える。

「目覚めたときの初期設定はあなたは事故で死んでこの子に取り付いたの。あるいは転生したの。転生の神様によって選ばれた戦士よ。見知らぬ女の子になって、どう反応するかしら? これでいきましょう。

バックアップも取っておきましょう。目が覚めたら、調整のことは忘れているわ。安心しておやすみなさい」

ここで映像は途切れる。

確信はなかったし、カナコがはっきり言ったわけではないが、今までの言動からカナコには記憶を操作するちからがあって、それを俺にやっている可能性は考えていた。間違いないのだろう。ショックだったが、カナコも別にいじわるするためにやっているわけではないと信じている。俺は質問することにした。

「他の記憶は? 」

「ないわ。それがあなたに与えた記憶のすべて、足りない魂の情報を補うために私が組み込んだもの。あなたの記憶の元になったものよ。私とあなたが初めて会ったのはもう思い出したわね。そのときに記憶を操作した」

「記憶操作についてはうすうすそんな気がしてたよ。私を信頼できなくなるって言ってたもんな。足りない魂の情報ってなんだ? 」

「希の能力はデバイスを誤認させるレベルで魔力を再現するレアスキル。

……この能力には先がある。魂の残滓から情報を読み取ることで、希の体内で再生するちから。

『ソウルプロファイル』と呼んでいる。でも生前のあなたと会っていたときは希はまだ魔法に覚醒していなかったから不十分な魂の情報しか集められなかった。

なんとか不十分な魂の情報から人格・行動をある程度まで再生できた。でも人として動かすには記憶が足りなくて、赤ん坊と同じだった。だから希からみたあなたの記憶を組み込んだ」

「そんなバカなこと…… 」

カナコが組み込んだという記憶について考える。この記憶は詳細すぎる。俺が何年何月何日何時何分に、どんな表情やしぐさをして、どんなことをしゃべったかを時間に沿って覚えるなんて、部屋にビデオカメラでも使って撮ってない限り不可能だ。





ああああ、そうか。希ちゃんは記憶力に優れている。


そうなんだ!! やっぱりこの記憶は本物ではない。希ちゃんの記憶を元に作られたものなんだ。自分の部屋から外に出た記憶なんてない。当然だ。本物の浅野陽一は出たかもしれないが、希ちゃんの記憶から作られた俺にはそんなもの存在しない。


記憶の欠陥と偏り、アトランティスの最終戦士、使えないパソコン、男としての意識の低さもすべて、これが原因か。


死者が生き返る? そんなことはあり得ない。



俺はニセモノ?







んん~~~??

俺は天才だあああああああ


それはアミバだよ。うわらば。






嘘だ!!!

転校なんかして…… 転校してるじゃん!!



ニセモノなのか。

偽物? 俺には過去は存在しないのか? 俺のアトランティスの最終戦士という拠り所すらまがい物。作られたモノ?








ダメだ。こんなの耐えられない!! 俺の記憶が作られたものだなんて、俺はフェイトみたいに強くない。

頭が痛い。こんな真実知らなければ良かった。

「思い出して!! 確かにあなたに過去は存在しない。私が記憶を操作して作り上げたモノ。でも初めはニセモノだったかもしれないけど、あなたがこの何ヶ月かけて体験したことは本物よ。あなたは確かにここにいて生きてたの。それだけは信じて!! それだけがあなたの存在を支える力になる」

カナコが叫ぶ。








そうだったんだ。カナコはずっと言ってたじゃないか。俺は儚い存在だと、いろいろ検査してた。俺が完成するのが楽しみだと言ってくれた。厳しくしてたのも今日みたいにならないように一人で秘密をかかえていたんだ。

それなのに俺は、少し疑ってしまった。



「ごめん」

「あきらめないで!! 魂は不完全だけど希の力で本物を再現してる。それに記憶の積み重ねで強化されているわ! 心を強く持って!! 」




身体が痛いよ!! ばらばらになりそうだ。


ダメだ。何も考えたくなくなってきた。



俺が俺であることが信じられなくなっていた。今感じてる感情すら作りモノなんじゃないのだろうか。疑い出したら止まらない。










真実はあまりに強大で、体中にヒビが大きくなっていく。体がはじけそうだ。目に映ったのはカナコの泣き顔だった。










すごいレアだな。おまえが泣くなんて……










最後に声を絞り出す。

「ごめん。無理だった」


「あきらめるなぁ ばかぁあ 










…………嘘つき」

悲しみでぐちゃぐちゃになった言葉と恨みがましい言葉が耳に届き、












ガラスが割れるような音と共に俺の体と魂は砕け散った。







作者コメント

予告編の台詞をすべて回収です。



ようやく男の本名がわかりました。ヨウイチの正体について皆さんの反応が怖いところですね。作者の頭のなかでは固まっているのですが、うまく伝わるかどうか。



[27519] 第二十三話 悪霊
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/07/04 13:50
カナコ視点


ヨウイチは消えてしまった。悲しみと喪失感で胸が詰まる。泣くなんてここでは生まれて初めてだ。不思議だ。歯車としか思っていなかった男がいつの間にかこんなに大きな存在になっていたとは思わなかった。

いつまでも悲しんではいられない。ジュエルシード事件はまだ続いている。ヨウイチの足跡を無駄にしてはならない。私は頭を切り替える。予備はまだあったはずだ。

さっさと次のヨウイチを作ることにしよう。

また最初から……















ダメだ。

次なんて考えられない。自分で作っておきながら、あの男の代わりはいないなんて思い始めている。だがヨウイチの魂はくだけてしまった。もう記憶操作できない。あの本棚に深く記憶されてしまった。記憶操作は生まれる前の初期設定だからできたことだ。下手にいじるのは逆効果だ。一度失敗して黒い影になってしまったこともある。


どうすればいいのかしら?

うつむいていた顔を上げるといつのまにか髪の長い少女が立っている。






「な~んだ。やっぱり死んじゃたんだ。その人。ふふふっ」

様子がおかしい。この子、こんな笑い方なんてしたことない。目はどこ見ているかわからない。……嫌な予感がする。

「希、どうしたの? あなたらしくないじゃない」

「私らしく? 私は平気だよ。こうなることわかっていたことだもん。こうなることは」

希は淡々としゃべる。やっぱり変だ。まさか!? 希はうつろな表情のまま続ける。











「私の好きな人はいつだって私を置いていなくなってしまうんだ。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、私を一人にしないでよぉ」

いけない。絶望しないで。

「希、考えちゃダメよ」

私は希に近づこうとする。

「来ないで!!! 」

希の拒絶の悲鳴に私の足は止まる。いつの間に多量の黒い霧が流れてきている。封印が…… こんな時に、こんなときだからこそか。







ただの悪夢風情が私と希をどうにかできるとか思わないことね。時間はかかるしと苦労はさせられるだろうけどあなたたちでは決定打にはならない。

黒い霧は集まり濃縮され、赤い目とニヤリとした口をした巨人を構成していく。他にも数十体の小柄な子供くらいの小人の黒い影が現れた。




めんどくさいのが出てきたわね。

「ノゾミィィィーーーー ノゾミィィィーーーー 」

巨人は希の名を叫び、

「キャキャキャ、ネクラオンナチカヅクナ~ シネシネシネ」

他の小人たちはこちらを嘲るような声でからかってくる。

希は座り込んで耳を塞いでいる。

心配しないで、あなたは私が守るから、今までずっと一人でやってきたんだ。これからも。


「運がないわね。今日の私、すごく機嫌が悪いの。希にその汚い手で少しでも触れてごらんなさい。二度と再生する気がなくなるまで、地面にたたきつけてあげるわ!! 」

私は強い想いを込めて宣言すると、巨人へ飛びかかった。

















「はあ、はあ」


息もあがってきた。どのくらいの敵を倒したんだろう? 時間はまだ一時間も経過していない。大きいのは十までは数えていたけど…… 小さい奴は多すぎてわからない。ここでは純粋に精神力の勝負になる。体力や魔力なんて存在しない。敵は希の悪夢そのものだ。今までと違って、敵は時間まで無尽蔵、ここまで戦ったのは浅野陽一が死んで希が絶望して以来だろう。あのときは丸一日、無尽蔵の悪夢と戦い続けた。

あのとき状況が似ていた。おそらくヨウイチが消滅したことで、浅野陽一が死んだときのショックがフラッシュバックしたのだろう。

息を整える。あいからず黒い霧は洪水のように流れてきて、黒い巨人や小人を生み出していく。だが最初に比べると勢いがなくなってきている。希が平静を取り戻し始めているからだろう。今回は黒い影から完璧に希を守ることができていた。

私は今まで基本的に掴んで投げるしかできなかった。それが最大の武器だ。本気でやれば巨人といえど一撃で倒すことができる。しかし、多人数には向かないため、捌ききれずどうしても希に接触を許してしまっていた。そのため、黒い影が希に精神的なストレスを与えて、ますます強力に、大量になるという悪循環ができあがっていた。結局希が気力を使い果たし、外部の刺激に反応しなくなるまで続いた。丸一日もかかったのはそのせいだ。

奴らに希をどうにかすることはできないが、精神的に追いつめるという意味ではやっかいな存在だった。ましてずっと続くなら衰弱して現実でも死んでしまうだろう

今は魔法のちからに覚醒している。希を結界で守り、小物は魔法で遠距離複数攻撃、巨人は攻撃力の高い近接で倒している。効率は段違いだった。

早く終わりそうね。そう思いは始めたとき、黒い霧に変化が見られた。広がっていた黒い霧が一点に集まり濃縮していく。戦術を変えたようだ。

黒い霧は人間の大人サイズでより濃く、よりはっきりとした形を作る。シルエットも丸みを帯びた大人の女性らしい姿に変わる。

さっきの黒い影と比べると弱そうに見えるが、コイツが最強の敵だと私はすでに知っていた。悪霊と言ってもいいだろう。今までとは危険度が違ってきた。







「希ィー どこにいるの~ 」

その声が今までの奴らの濁った声とは違うはっきりと女性とわかる声で呼ぶ。

「いやあ、いやあああ」

希はその声を聞いたとき、体を震わせてますます縮こまって固くなる。

私は激しい憎悪とほんの少しの懐かしさをこめて話しかけていた。

「久しぶりね。あのときバラバラにしてゴミ箱に入れておいたのに、あなたも陽一と同じで魂の情報が不完全なまま作られた紛いものだけど、あなたはこっちがいくら壊しても蘇るし、封印からゴキブリみたいに染み出してきて、ウザいわ。しつこい女は嫌われるわよ。いい加減あきらめたら、希の体はあなたのものにはならないわ。私が入る限りね」


黒い女はこちらを向くと、赤い目と口をみせる。気持ち悪いわね。

「くすくすくす、実体を得たのは久しぶりだわぁ。このままアンタと希を殺してこの体を乗っ取ってやるわ」

黒い女は出来もしないことさえずる。だからさせないって言ってるでしょうが! あんたができるのはせいぜい希に強いストレスを与えるだけ、そんなことはできない。

「私がそれを許すと思う? 覚醒していない頃の希のちからでできた失敗作の分際で」

「できるわぁ!! ほらっ」

黒い女はそう言うと手をかざす。床に黒い霧が広がっていく。希は私の結界で守られている。

「なんのつもり? 」

広がった黒い霧は形をなしていく。ん? 色まで変わっていく。 これは!!

黒い霧はあっという間に白い花に変わり、辺りを埋め尽くしていく。暗い図書館の床は白い花畑となっていた。白い花の蔓が伸びて私に巻き付く。動きがとれない。無駄よ。こんなもの少し時間があれば取れる。


そう思っていたが狙いは別のところにあったようだ。






「いやああああああああああああああああああ」

希は悲鳴を上げる。

しまった!! 此花は












鈴蘭?

鈴蘭は毒を含む。場合によっては死に至ることもある。

手の込んだことを……

希は鈴蘭を口にしたことがある。何度も。
食事に混ぜられたこともあったし、直接口のなかに突っ込まれたこともあった。他の毒もあったが、庭に咲いていることもあって一番よく使われていた。最後はトリカブトや砒素もあった気がする。

日常の見近にある毒。



希が食事を食べられなくなったのもこれが原因だ。あのときは食事の時はまず毒がないか確認しないことには命に関わった。特に人の作ったものは危険だということが刷り込まれている。手の加えられていないもの、飲むゼリー、陽一のせいでわかめは比較的安全だと希は無意識に考えているはずだ。

希は錯乱状態になり、結界の外に飛び出てしまう。黒い女はそれを見逃さなかった。

「ほ~~ら、捕まえた」

「ひぃ!? 」

まずい。希が捕まった。黒い女は希の両肩を掴んで持ち上げる。私は力を振り絞るが、鈴蘭の花が行く手を阻む。黒い影も希の恐怖に呼応して強くなっている。

「くすくすくす」

黒い女は赤い口を笑うような形でゆがめると楽しそうに希の顔をのぞき込む。希は恐怖で完全に固まり抵抗することもできない。

「た、助けて」

「だ~~~め、悪い子にはおしおきしないとねぇ、カナコぉ、そこで見てなさい」

女の声は心底楽しそうに笑う。コイツは希の恐怖にふるえるところをなぶるように楽しんでいるのだ。両肩の手を首元に移す。急げ!! 早くしないとまた希は心に深い傷を負ってしまう。せっかく回復してきた気力をすべて奪われてしまう。

私は魔法で鈴蘭の花を吹き飛ばしながら、駆け寄るが、遠い。


ああ間に合わない。


希は恐怖で震えた声を絞り出す。

「やめてえ、やめてよぉ 痛いのいや」

しかし、それは黒い女をますます喜ばせるだけだった。

「い~~~~や」

希は泣き叫ぶ。

「た、助けてぇカナコぉ、助けて……















……おにいちゃん」














ザンッと何かを切り裂く音がする。











希はぺたんと床に落ちている。


黒い女の両手が切り裂かれていた。

「あ? ぎゃああああああああああああああ」

黒い女は悲鳴を上げる。





いまだ!!


その間に私は希を抱き上げるとそのまま走り距離を取る。結界張り希の安全を確保する。良かった。


今のは誰?

よく見えなかったが、希と黒い女の間を横から閃光が走り希に当てることなく黒い女の両腕を引き裂いていった。

閃光が飛んできた方向を見ると赤い龍をかたどった銃が持ち主もないまま宙に浮いて黒い女を鋭く狙っていた。




ディスティ? 

ヨウイチ!?

まさか魂が砕けたのに……










(わ、我はアトランティスの最終戦士ジークフリード。希ちゃんのおにいちゃん)









……馬鹿ね。こんなになっても守ってくれるなんて









ほんとに馬鹿なんだから







ありがとう。ヨウイチ






「希ィ~ 腕が痛いわぁ。無くなっちゃった」

黒い女はまだ何か言っている。





……いい加減にしろ。よくも私の希に汚い手で触れたわね。よくも希を怖がらせたわね。よくもよくもよくも……







泣かせたわね。




ディスティに近づき手に取る。素早く移動して希を背中にかばうように黒い女の前に立つ。

「ヨウイチ! ちからを貸して!」

(あ、あう、ああ!)

ヨウイチは消えそうな声でなんとか返事をする。やはりかなり無理をしている。

だが鈴蘭と黒い女を一気に吹き飛ばすには希とヨウイチのちからを借りるしかない。黒い女が最強の悪夢なら、ヨウイチは希の最強の幻想イマジンブレイカーならぬナイトメアブレイカー

いいじゃない。私はなかなかセンスがいい。くくくっ





さあ 懺悔の時間よ。

月の民の怒りを受けなさい。

私の大切なものに触れたことに後悔させてあげる。




「希も一緒に」

「えっ!? うん」

希と一緒に銃を構える。銃口には貫通弾ではなく光が集まる。光は銃口の先で巨大な銃身をガタガタ震わせる。

準備ができたようだ。

後は引き金となる強い意味を持つ言霊を……

確か私の知識にもあったはずだ。













「エターナルフォースブリザード!! 」






(カナコそれは違うぞ ……ガクリ)

引き金を引く。

光の奔流が黒い女と鈴蘭を花畑を蹂躙していく。無に帰っていく。さながら龍の口から発せられるドラゴンブレスだ。






「五行封印の元に還りなさい。もう二度と会いたくないわ」

黒い女は去り際に

「くすくすくす。私は死なないわ。何度だって蘇る。今回戦ったのは5つの分身のひとつ。希は私を消す事なんてできない。だって心のなかではいつも私を想っているんですもの。カナコぉアンタを殺す手段だってちゃんと考えてるんだからぁ」

不吉な言葉を言って消えていった。

黒い女、希のレアスキルで最初に再生した影、こんなモノ作る予定はなかった。生まれてすぐに黒い霧のちからを取り込み希に害するだけの全く別物に生まれ変わってしまった。いや、もしかしたら最初から別の意志を持ってこの世界に取りついた存在かもしれない。その証拠にどんなにバラバラに砕いてても封印しても蘇ってくるのだ。ただ今はちからが少し強いだけで希に強いストレスを与えるだけで、支配できるわけではない。

だがこの女の希に与えるストレスは段違いだ。知性を備えて希のトラウマをえぐってくる。

この世界は私と希の世界だ。私たちはこの世界の神様。心を強く保っていればかなうものはない。その世界で思う通りにならないという点では驚異だった。元になった存在のことを考えると当然かもしれない。だから私は念入りに封印している。






やれやれ封印を確認しなければ……

私の部屋の封印を確認する。

なるほど、五枚の札のうち、一つが破られている。破損がヒドかったから当然かもしれない。5つのうちで最強の木の封印を選ぶあたり狡猾だ。黒い女にとって鈴蘭といった毒を司るちからに該当するはずだ。本来、封印を解くときは希がトラウマに向き合うときのためなのだが、準備を待たずに黒い女によって封印は破られた。

希の気力が十分回復すれば時期をみて、こちらから封印を解いて、希と直面させることになるだろう。希が受け入れれば、奴らも今回ほどのちからを発揮できないし、現実世界の症状も大幅に軽減されるはずだ。

私は再封印を施すと希の元へ戻る。希は膝を抱えたまま動かないでいた。転がったままになってるディスティを見つめている。


「カナコ、おにいちゃん助けてくれた」

「そうね」

悔しい。ヨウイチがいなければ希を守れなかった。黒い影が集まる原因を作ったのもコイツだけど、

それはいい。私のミスだ。希がヨウイチをどう思っているか考えれば、もっとましな対処ができていたはずだ。

ヨウイチは黒い女とまるで正反対だ。生まれた経緯と希にとって良くも悪くも深い意味を持つ存在であることは共通しているが、黒い女は存在は強靱でしぶとく希に害をなすもの、ヨウイチの存在ははかなくもろいが希を守ってくれる。



私はある決心を固めていた。ヨウイチはこの世界では希が信じる最強の戦士だ失うわけにはいかない。

「希、浅野陽一の家に行きましょう」

「えっ!? 」

希は下を向く。やはり嫌なのだろう。

浅野陽一の死をまだ受け入れることができていないのだ。希の年で受け入れろというのは酷だ。私も希につらい思いはさせたくないが、他に方法はない。前のヨウイチを作ることは簡単だ。希のちからで魂を構築して、足りない部分は希の浅野陽一との二年の記憶を私が作り変えて組み込めばいい。元々そのつもりだった。しかし、もうそんな気にはならなかった。ただの歯車が記憶を積み重ね個として確立する一歩手前まできていたのだ。私はこの記憶を持ったヨウイチと一緒にやっていきたいと思っている。

「ヨウイチは自分の記憶が希の記憶ということに耐えられなかった。希からみたヨウイチという客観的な視点を、自分のものだと思っていたわけだから、自分が自分であるという主観が崩れて、不完全な魂は自己崩壊してしまった。こうなったらヨウイチの部屋で見つけるしかないわ。彼の強力な主観なるものと魂のかけらを」

「っっ!!」

希は首をぶんぶん振る。私は希の頬に両手を当てると瞳をのぞき込む。

「希、これまでを思い出して! お願いよ」

「でも私、あの部屋に行くのが怖いよ。あのニュースは間違いだったんじゃないかと今でも思いたいよ」

「あなたの記憶力は他の人間とは違うわ。一言一句間違えない。それに私たちは魂が砕けたヨウイチに助けられたわ。私は浅野陽一をあなたの記憶でしか知らないけど、このヨウイチのちからに賭けたいの。他に代わりはいない。あなたのちからと私のちからでヨウイチの記憶を持った浅野陽一を再生させましょう。あなたがつらいのはわかるでも。現実での浅野陽一の死を受け入れてほしい、それがあなたと私のちからを完全なものとする最後のパーツだから。お願い!!! 」



私は希に強くお願いする。はっとした表情をしたあと目を閉じる。考える時間が必要だ。しばし待つ。静かに時は流れる。

やがて希は目を開く。

「カナコはあのおにいちゃんが好きなの? 」

「よくわからない。私とあなたで作ったようなものだし、生みの親というのも少し違うわね。行動を管理するために厳しくしてたから、そんなこと考えたこともない」

「じゃあ今考えて」

「一緒にいて楽しいとは思う。なぶっているとなんか胸がざわめくし、今の私になって二年だけど、前世でも男に感情を持ったことはないと思う。こんな感情は初めてだわ」

希は私をまっすぐにみつめてきた。

「うんうんっ

わかったよ。カナコが私にこんなに頼むなんて初めてだね。

……カナコいつもありがとう。私を守ってくれて、苦しいとき痛いとき危険なときいつもかばってくれたよね。だから今度は私が返す番なんだ。私もなのはちゃんみたいに勇気を振り絞るよ。私も本物のおにいちゃんとお話したい。それにあんなになっても私を守ってくれた。今も苦しんでるんだ。きっと、だから助けないと」






じ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん

うれしい。何がうれしいと言われれば希が勇気を出すと言ったことが一番うれしい。ヨウイチのことはどうでもよくなった。

感動しすぎて辛抱できないわ。私は希を強く抱きしめる。




私は報われている。あなたのその言葉だけ私は十分よ。

「痛いよカナコ~ まず外に出ないと、どうすればいいかな? 」

希が言った言葉に私はさらに驚く。この子が自分から外に行くと言い出すとは思わなかった。

どこまで私を喜ばせれば気が済むのか! 

ここはうまくサポートしなくちゃ。

「うれしいわぁ。希、あなたがやっと外に出てくる気になってくれて」

感慨深い。思ったよりずっと早かった。希は胸を張って答える。





「だって、まだまだ引きこもりたいもん。おにいちゃんだったら学校の授業とか受けてくれるし、私、授業なんて出たくないよ。人と話すのも面倒くさいし、あ!? もちろん、なのはちゃんは別だけど



なまけるために頑張るよ」

















「そ、そうね。はあ~ 」

そうだった。この子はこういう子だ。怠けもので、社会不適合者で、小学生ニートなのだ。

頑張るところが違うわ。

希ィ。

甘やかし過ぎたかしら?  

気を取り直さないと

「希、どうやって行くの?」

「えっ!? それはその ……わかんない」

ここは私が段取りを整えないといけない。久しぶりのおつかいだ。

「希、斎は平気よね? 」

「えっ? 斎おねーちゃん? 」

「そうよ、家に行くには彼女に頼るしかないわ」

「うん、平気だよ。一回しか会ったことないけどおにいちゃんの妹だもん。桃子さんと同じくらいは平気だよ。でも、私、斎おねーちゃんがどこにいるか知らないよ。」

「任せなさい。手はあるわ。明日には会えるように、手を打っておくから、あなたは斎を説得しなさい。それまでは外には私が出るから」

「……うん」

「じゃあ、私外に出るから」

さあ打ち合わせは済んだ。準備を整えないとね。今は金曜の夜の七時だ。私は自分の部屋から学校の連絡網を探して、ある人物に携帯で電話をかける。

「もしもし、先生ですか?」

「ああ雨宮さん。ど、ど、どうしたんですか?」

なぜか先生はどもる、私から見てると気にかけてくれるが、逆に希の症状を起こすだけで。ありがた迷惑な存在だ。それにどうも希がからむと不可解な先生だ。しかし、そんな思いはおくびにも出さず、あるお願いをする。

「先生あの副担任の浅野先生の連絡先をごぞんじありませんか? 」

「えっ ……浅野先生? どうして? 」

先生は食いついてくる。うっとしいな、ヨウイチならこういうときうまく誤魔化せるんだけどね。私は今はいないヨウイチに頼っていたことを思い知って心の中でため息をつく。ここは私が頑張るしかないか。

「あの、少しご用件がありまして」

私は言葉を濁す。あまり理由は言いたくない。

「雨宮さん、先生が聞いてあげようか? 」

しつこいな。この先生、何でもいいじゃない。私はいらいらしてきた。

「いえ ……その直接お話したいんです。ふたりっきりで」

「が~ん、そんなぁ~、ふたりっきりでなんて、そんないけないわ、あなたたちは教師と生徒なんですよ、道を踏み外したら…… 」














…ぷちっ




「いいからさっさと教えなさいーーー、このグズ教師!!」

「はいィィィーーーーーーーーー」

あっ! しまった。人の話を聞かない先生につい怒鳴ってしまった。先生もパニックになりながらもこっちの命令に返事をする。

なんてフォローしようかしら?






「先生、申し訳ありません。その、言い過ぎました。感情的になってすいません。あとその、浅野先生にはお聞きいたいことがあるだけなんです」

「はっ!? いいえ、先生もなんだかおかしかったみたい。それじゃ教えるわね。番号はね…… 」

ようやく聞き出すことができた。電話一本でこんなに疲れた。他人と話すのがこんなに大変とは思わなかった。これは何がなんでもヨウイチには復活してもらわないといけない。私は心にそう誓う。

それから私は浅野先生に電話をかける。会って話がしたいと、浅野先生も今日のヨウイチの様子がおかしかったことを気にしてくれてたみたいで、快諾してくれた。明日は学校は休みだが赴任してまだ日が浅いので、少々仕事をするそうだ学校に朝からいるらしい。そこで会う約束をして電話を切った。

あとは百合子か。私は百合子には複雑な思いがある。
今までのことで感謝している。ヨウイチは百合子がいなければ、ここまで存在を保つことはできなかっただろう。しかし、強い嫉妬心を押さえることができない、肉体さえあれば私が希を外の世界からも守ってあげるのに、でも仕方ない。ヨウイチが作ってきた関係を私がそれ壊すわけにはいかない、……今はね

私は暗い衝動を堪える。

私は百合子に朝からなのはちゃんの家に行くと嘘をついてその日は終わった。


ーーーーーーーーーーーーーー

希視点

私は久しぶりに一人で外に出ています。偽ものおにいちゃんとシンクロしたときは安心感がありました。一人で外に出るのがこんなに怖いとは思いませんでした。でも、今は勇気は振り絞らないと、なのはちゃんからもらった勇気を

目の前には斎おねーちゃんがいます。直接会ったのは一度だけです。でもおにいちゃんを通して詳しく知っています。おにいちゃんの話で一番よく出てきた人です。だから怖くありません。

「こんにちわ、雨宮さん、今日はどうしたの?」

さあ勇気を出さないと。大丈夫だ言える。

「先生、私のこと覚えてますか? 私は雨宮希だけど、……前は小林希だったの。」

私は斎おねーちゃんに昔の名前を教えます、さらに続けます。

「昔近所に住んでたの。おにいちゃんにはお話聞いたり優しくしてもらったの」

「えっ!? おにいちゃんの? 」

「私おにいちゃんの家に行きたいの。連れていってくれませんか? 」

私はおにいちゃんが死んでから止まっていた足を進めることにしました。

(大丈夫、私がいるから)

カナコが優しく声をかけてくれます。




作者コメント

まだまだ続く。オリキャラだけのやりとり、これもフラグをためるだけで適度に消化しなかった私の手落ちですね。

今回原作キャラ分補充のため、カナコ視点でプレシアとのやりとりを入れときました。今まで続けて読んでくれていた読者の皆様申し訳ありませんが、良ければ「第十九・五話 プレシア交渉」を見てください。



[27519] 第二十四話 おにいちゃんとわたし ……おかーさん
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/07/10 06:51
第二十四話 おにいちゃんとわたし ……おかーさん




私は今車の中にいます。斎おねーちゃんと一緒です。海鳴市からおにいちゃんの家までは二時間かかるそうです。隣の県にあるみたいだけど、電車もバスも使ったことないからわかりません。

車に揺られながら、私はおにいちゃんに初めて会ったときの事を思い出していました。




おとーさんとおかーさんは最近喧嘩が多いです。本当は仲良しなのに……

おかーさんは体の弱いおとーさんを心配してます。おとーさんは家にお金がないことを心配してます。ふたりとも心配しているだけなのにどうして喧嘩するのかな? 悲しいです。私はわんわん泣いてました。







「夫婦喧嘩してんじゃね~ 教育に悪いだろうがこのヤロー」

泣いている私に聞こえたのは大きな声でした。その声が聞こえた途端、ふたりは静かになります。ふたりとも顔を見合わせて笑います。



すごいなぁ。



それからしばらくは静かな日が続きました。私はその声の主が見てみたくなり会いに行きました。どんな人なんだろう?

そして、私はある部屋の窓の前に立ってます。ここは隣の家とすぐ近くで、窓が見えて手が届きそうです。部屋の中はカーテンでよく見えません。中は明るく声の主はいるみたいです。私は自分の家の窓に乗ると、隣の家の窓をノックします。

「…ん? 誰だろう。はいはい」

声が聞こえます。大人の男の人の声です。カーテンが開き、がらっと窓が開きます。私はニコニコしながら待ちます。

「……おっ ……こんにちわ」

「あ!? あたま」

「あたま? 」

メガネをかけた男の人が出てきました、驚いた顔をしています。髪の毛は薄くてしわくちゃで少しお髭が出てます。起きたばかりのおとーさんみたいです。

「しっかしろ俺!! 相手は無垢な子供だ。正直な言葉出ただけ……
正直? しょーじき? 


……うあああああああああああん 」

男の人は声を上げた後、しばらくうんうんと下を向いて唸っていましたが、ニッコリ笑って聞いてきました。

「大丈夫。私は平気。ゴホン!! いったいどこのお姫さまが来られましたかな? 」

これが私とおにいちゃんが最初に交わした言葉でした。




それから、私は毎日窓からおにいちゃんの部屋に遊びにいくようになりました。おにいちゃんは『せけんてい』というものが気になるから、ご両親に許してもらってから来てねと言ってました。おとーさんは最初はダメだといっていましたが、それでも、私が通うので、おにいちゃんと一度話をしたみたいです。何を話したんだろう? その後は許してくれるようになりました。いつも閉まっていたお兄ちゃんの部屋のカーテンは昼の間は開くようになり、私の家からよく見えるようになりました。

おにいちゃんはたまに出かけるけど、いつも一日中家にいる不思議な人でした。かいしゃいんじゃなくて家でおしごとしているみたいです。なんの仕事をしているか聞いても教えてくれませんでした。

よく「働きたくね~ 」「かんたんなおしごとおしごと」「涙ふけよ」とか面白い言葉を使っていました。わたしも使ってみよう。

……怒られた。



私とおにいちゃんはいつもお話をしていました。おにいちゃんはたくさんのことを知っていて、いろんな物語をしてくれました。私は一度聞いた話は全部覚えてしまうので、二回目を聞くのは退屈でイヤでした。おにいちゃんもたまに同じ話をしようとするので、

「おにいちゃん、そのお話は前に聞いたよ~ 」

「あれっ? そうだった? 希ちゃんはよく覚えているなぁ よろしいではコレでいきましょう」

というやりとりを何度もしました。おにいちゃんは感心してくれて、違う話を探してくれました。ほかの大人はこうはいきません。こっちの言うことをきいてくれないし、ごまかそうとします。おにいちゃんは違いました。

おにいちゃんは話するのがとても上手くて、女の人の声や子供の声、動物の声を真似をするのがとてもよく似ていました。だから、おにいちゃん過ごす時間はとても楽しかったです。

そして、内緒のお話をしてくれました。それはおにいちゃんが生まれる前のお話、そんな昔のお話は私でも覚えてないよ。やっぱりおにいちゃんはすごいよ。そう言うとおにいちゃんは

「ちょっと違うんだけどね」

と言っていました。

私は生まれる前のこと以外ははっきり覚えてます。私は見たこと聞いたことは忘れません。おなかにいたとき、生まれたときのこと、一年前の晩ご飯や昨日見た夜空を思い出して星の数を数えることも、絵に描くことだってできます。その代わりすごくイヤなことも覚えてます。忘れることができません。それを聞いたおにいちゃんは

「希ちゃんは天才なんだね」

とほめてくれました。周りの人は怖がっていたけど、おにいちゃんはやっぱり他の人と違いました。

おにいちゃんは最初の前世はアトランティスのさいしゅー戦士だそうです。なのは様とは前世からの知り合いだそうです。違う前世でアニメでなのは様を見たときはすごく驚いたそうです。

いくつの前世を覚えているんだろう?

おにいちゃんは「はんするーでる」や「やぎゅうのけんし」「あかだるま」も昔の俺だったと言っていました。うぃきべぎあで見たときそう思ったそうです。意味はわからなかったけど 



おにいちゃんはなのは様のアニメは手元にないので、代わりになのは様の絵本を作っているそうです。おにいちゃんは絵も上手で、この本は子供の頃から絵を何度も直しながら作ったそうです。おにいちゃんにとってなのは様は特別みたいです。少し悔しいです。どんな子なんだろう?

その本は斎おねーちゃんに読んであげてたみたい。未完成だったけど希ちゃんのために何とか頑張って書いたと言っていました。

うれしいな。この本とさいしゅーせんしは私のお気に入りになりました。この話は何度聞いても飽きません。

新しいお話もおもしろいです。「えいちかけるえいち」「きんしょもくろく」とかはよくわからなかったけど、おにいちゃんは好きみたいです。まだ続いているみたいだけど、前世で途中で死んじゃったから見れないことをとても残念がってました。

おにいちゃんは私の髪の毛がすごくうらやましいと言っていました。そろそろ切りたいって言ったら、

「それをきるなんてとんでもない!!! それはカミノチカラだ!!」

とすごい顔で言っていました。少しだけ怖かったです。私はずっと髪を切らないことにしました。それから、おにいちゃんが髪の毛に利くおかゆを作ってくれてから髪の毛が少し太くなったような気がします。おにいちゃんには効果がなかったそうです。

しばらくすると、おにいちゃんもお話がなくなったそうです。他にもたくさんある物話は大きくなったらお話してくれるそうです。大人向けみたいです。おかーさんやおとーさんには少しだけおはなししたそうです。どんな話なんだろう? 

無くなったので、生まれから今までのことを詳しく話してくれました。これも意味はわからないことが多かったけど、最近になってわかるようになりました。おにいちゃんのおかーさんとは仲がわるいみたい。さびしそうです。いつも笑っているおにいちゃんが悲しい顔になるのはこのときだけでした。





そして、お別れの日、それは突然でした。私はある朝起きると違う部屋で目を覚ましました。全く違う場所にいたのです。おとーさんもいません。

おとーさんはいなくなったそうです。病気だったそうです。病気の治療にたくさんお金を借りていて家を売ったそうです。それでも足りなくて借金取りに狙われる前におかーさんと離婚したそうです。離婚? おかーさんはすごくいやだったけど、おとーさんのお願いをきいたそうです。聞いたときは意味がわからなかったけど、いまなら少しはわかります。でも好きなのにどうして離れないといけないの? そのときからわたしの名前は雨宮希です。

おとーさんがいなくなって、おにいちゃんと離ればなれになって私はわんわん泣きますが、どうしようもありません。そこから先はおかーさんと一緒ですが、











あたまいたいよ。


……思い出したくありません。

お酒を飲むおかーさん、怖い顔のおかーさん、薬を飲むおかーさん、おとーさんの名前を呼びながら泣くおかーさん、大好きなおかーさん。私の七歳の誕生日にニコニコしながらごちそうをひっくり返して私を叩くおかーさん。そして私を抱きしめて泣き出すおかーさん、おかーさんのおかーさんにずっとあやまるおかーさん、私をたたくおかーさん、植木鉢をなげるおかーさん、

ごめんなさい。おかーさん私が悪いの。だから痛いことしないで!! だっておかーさんも泣いてるもん! だから何が悪いかわからないけど、私が悪いの! 



ごめんなさい。


でもしばらくすると泣くことはなくなり、ずっとニコニコ笑っているようになりました。

ニコニコしながら私に白い花を口に入れるおかーさん、ニコニコしながら首をしめるおかーさん、苦しいのに私のあたまをお風呂のみずに押さえつけるニコニコしたおかーさん。でも大好きなおかーさん。おかーさん熱い。おかーさん痛い。痛い。

あたまいたい。

そして私を守ってくれるカナコ、私の代わりに痛い思いをしてくれるカナコ、いきなり飛び起きておかーさんの包丁をよけるカナコ、起きてるときはおかーさんを警戒するカナコ、私はいろんなおかーさん忘れることができないけど、カナコが寝てるときは思い出さないようにしてくれました。

カナコと会ったのはおにいちゃんと別れて、しばらくしてからです。カナコは夢の中に出てきて、私が嫌なことされると慰めてくれました。家でも学校でも、学校は寝てるときが一番しあわせでした。

カナコは大昔にお月様に住んでいた『いせいじん』で、『きちぃす』の私を守ってくれるそうです。前世では私とは親子だったみたい。そうなんだ! 

現実でもカナコは私が危ないときは守ってくれるようになりました。

カナコはおかーさんから離れるようにいいますが、私はおかーさんが大好きです。離れたくありません。

それにおにいちゃんは言っていました。

「俺はカーチャンと仲良くできなかったけど、希ちゃんと希ちゃんのおかーさんは仲良しだもんな。だから、おかーさんがどんなに希ちゃんに嫌なことをしても、仲直りするんだぞ。きっとそれは希ちゃんのためだから、おにいちゃんとの約束だ」

約束は守らないといけません。おかーさんがこんなことにするのはきっと私が悪いからです。カナコはそんなことないといいますが、いくらカナコでもこれだけは譲れません。

「あなたがそういうなら、好きにしなさい。私は私のやるべきことをするだけよ。きっとあのおんなには悪霊でも憑いているのよ」




少ししてカナコのことばを考えるようになりました。

わたしをいじめるおかーさん、そのあと泣いてあやまるおかーさんどっちがほんものなんだろう? おかーさんが私にこんな痛いことするわけない。カナコの言った通りおかーさんはきっと悪霊に取り憑かれているんだとおもいます。

カナコあたまいいな。


悪霊はよくおかーさんのフリをするので、とても困ります。

悪霊はどんどん強くなって出ている時間が長くなってきました。私はずっとカナコに守ってもらっていました。



そして最後の日


おかーさん、思い出すだけで胸が苦しくなります。どうして私を置いていなくなったの? やっぱり私が悪かったのかなぁ?

おかーさんは泣いてました。

「もう会うことはないわ」

それ以来、おかーさんには会っていません。私は最後までおかーさんにどうしてこんなことしたのか教えてもらえませんでした。

どうして? どうして?

私は悲しくて、なによりおかーさんに会いたくて、人形の棚にあったおかーさんの人形に思いを込めて、このとき初めて夢の世界でちからを使いました。

おかーさんに会わせて!

でもできたのは悪霊でした。カナコが頑張って倒してくれましたが、人形の棚は全部壊れてしまいました。この日から黒いおばけがたまに出てくるようになりました。

私はまだ自分の家にいます。ものすごく疲れて動けません。おかーさんはいなくなりました。ああ言ってたけど、帰ってくるかもしれません。








………

何日過ぎたのかなぁ だんだん身体を動かせなくなりました。 

おトイレにも行ってません。気持ち悪いけど動けません。

部屋は寒い。おなかすいたなぁ のどかわいたなぁ 

 

床に転がっていた乾燥わかめで少しだけおなかが膨れました。おにいちゃんの言うとおりです。カナコが何か言ってますが眠たくなって聞こえません。



ね、眠たい。









私は気が付くと病院にいました。ここどこ? 家は? おかーさんは? あの家に帰らないとおかーさんが帰って来るかもしれません。
おとなはみんなして私の邪魔をします。走ろうにも動けません。しばらく休んでから家に帰ろう。



親戚というおじさんやおじいさんが話しかけてきたけど、怖くて話せません。ゆりこって誰?


病院に入ってからご飯がおいしくなくなりました。食べても吐いてしまいます。おかーさんの振りをした悪霊はよくおなかを壊すお薬を入れてました。あの白い花も、気をつけないとものすごく痛いです。それを思い出してしまいます。おなかすいているのに食べられないのはすごくつらかったです。

でもわかめは平気です。だっておにいちゃんがこれがあれば生きていけると言ってます。ただし乾燥しているものには気をつけないといけません。そういえばよく言っていました。

「いつか希ちゃんにも見せるときがくるかもしれないな。俺の十年近く渡る修練の末にたどり着いたふたつの技を…… 」



あ!? 飲むゼリーも平気です。おにいちゃんのことを思い出すと元気が出ます。ふぁいとおー


それから肩と首触られるのが怖くなりました。首を絞められているような感じです。特に大人のニコニコ笑ったおんなのひとは怖くて、触られると、頭がいたくなります。一度怖い看護婦さんが触ったときは目がまっくらになって尖ったものをふりまわすニコニコ笑った黒いお化けが襲ってきました。私は必死に抵抗して噛みつくとそのお化けは悲鳴を上げて逃げていきました。

(そうだ! 希ちゃん噛み付け!! )

おにいちゃんの声が聞こえます。ふぁいとおー

その日から、怖い看護婦さんは来なくなり男の人が来るようになりました、その中で西園先生はとても優しい先生です。でも、部屋に呼ばれて、質問が多くてイヤになります。部屋にあったたくさん本をたまに読みました。勉強になりました。私のびょーきはとらうまとかぴーてぃーえすでぃー言うそうです。やっぱりおかーさんが原因なのかな? でもおかーさんは悪くありません。そんなこと言う人嫌いです。
アイスはそんなに好きじゃないけど……

入院していて検査とか質問ばかりで、退屈でイヤな生活でしたが、私はあることを決めていました。

家も場所はもうわかりません。だからいつか大人になっておにいちゃんに会いに行こう。これは私のたったひとつの希望です。いつか会う日のためなら、検査も質問も我慢できました。






……絶望の日。

ある日のことでした。私はもの凄く疲れていました、テレビがうるさかったけど、消す気力もありません。ニュースが流れてます。私はもう大人のニュースやおにいちゃんのお話の意味がわかるようになっていました。トラックが小学生の一団に突っ込んだそうです。かわいそうです不幸な話はどこにでもあります。しかし、幸いなことに小学生は無事だったそうですが、その後の知らせを聞いて私は驚きました。






お兄ちゃんが死にました。


どうして!? おとーさんもおかーさんもおにいちゃんまで、私を置いて行ってしまうんだろう? 






もう疲れちゃった。なにもかもが面倒くさいです。こんな世界いてもぜんぜん楽しくない。苦しいだけだもん。

ずっとねむっていられればいいのに……

ずっと

そして、私は意識を失いました。


気がつくと、夢のなかにいます。カナコが声をかけてきます。いつもの服がボロボロです。

「希、起きるつもりはないの? このままじゃあなた衰弱して死んでしまうわ。今は肉体は点滴で生かされているけど。心は死んでしまう」

カナコが必死だったので、私も何とか頭を働かせて答えます。

「カナコ忘れることできるかな? おにいちゃんが死んだこと、カナコならできないの? 」

「無理よ。量が多すぎるし、どこにあるのか把握していないわ。何よりあなたの強い想いがあるから、わずかなキーワードでたどり着いて、封印しても思い出してしまう。どんなことでも、限界はあるの。完全になんて難しいわ」

やっぱり駄目なんだ。

「じゃあ、どうすればいいの? わたしくるしいの。くるしくてくるしてあたまいたいよ。ときどき何かの拍子におにいちゃんを思い出すんだもん! おかーさんの事だって! 」

私はかなしくてかなしくて泣きます。思い出したくないのに!!

「ああ、もう泣かないで、せっかく片づけたのに黒い影がまた出てきちゃうじゃない。わかったわ。あなたはここで休みなさい。でも代わりに外で動いてくれる騎士様をつくりましょう」

「騎士さま? 」

「そう、あなたの好きな絵本で言う守護騎士システムみたいなものよ。あなたの代わりにご飯食べたり、学校に行ってくれるの。私は体動かすときはサーチェスであなたに接続してるから長くても一日しか出れないし、出た後はしばらく休まないといけないの。他に仕事もあるし手が足りないわ。その騎士を作ればそいつはずっと外にいることができるから安心だわ。その間あなた自分の寝室で休みなさい私が特別製のベット用意してあげるから」

「寝てていいの? 」

「そうよ。寝てていいわ。その間はつらいことも忘れられる」

「でも、怖い夢みるかも」

「そうね、だから私が楽しい話を聞かせてあげるわ」

「わかった。じゃあ作る」

「じゃあここを見て」

そう言うとカナコは人形の棚を指す。

「ここがどうかしたの? 」

「ここはあなたに関わった人が人形として現れる場所よ。でもこの間の黒い女のせいで私が掃除したから、一体しか残ってないけど、こいつだけは黒い影に染まらなかったの。だから残した。今回は失敗しないように手助けする。前の人形は黒い影になってしまったけど、それはあの女のイメージがそのまま反映されたからなの。そういうことなんだと思う」

あのちからは使うのが怖いけど、おにいちゃんだったら大丈夫そうです。だっておにいちゃんはいつも私にやさしかったし、退屈しないようにお話してくれたし、嫌なことをしたことなんてなかった。なによりすごく強いんだもの。おにいちゃんが騎士さまか。なんかとてもいい感じです。

「これがいい」

私は少しだけ元気が出たので、カナコに人形を手渡します。

「でもね、注意して、今回は私がサポートするけど、それでも不完全な騎士しかできないわ」

「不完全? 」

「ちょっとしたことで、壊れるってことよ」

「どうすれば丈夫になるの? 」

「自分が自分であることを信じて疑わない事ね。
そのために無条件で一緒にいて大事にしてくれて好きと言ってくれる人がいればいいわね。
お母さんみたいなものかしら?
ただ、これは自分の力だけではどうしようもないわね。」

聞いただけで胸が痛くなる。どうして? どうして? おかーさん あたまいたいよ


「続けるわね。
今回はあなたのちからで魂を再生するわ。医学的には多重人格を作るってところかしら。
でも、魂の情報が不十分だから、記憶のない赤ん坊みたいなものしかできないはず、そこであなたの記憶を使わせてもらうわ。でもそれに気づかれたら主観が揺らぎやすいし不安定になって、ただでさえもろい魂が砕けてしまう。

あなたの記憶の精度は高いけど、あの男の主観ではないから、絶対に矛盾が出てくる。
なぜなら、人間は嘘をつくし見栄を張るものだからよ。
あの男の言葉が全部が嘘とは言わないけど、
大げさに言っているだけかもしれないし、隠していることもあるでしょう。
私にはあの男の本当の姿は見えないわ。日記とかあれば良かったけど、ぜいたくは言えない。代わりに記憶を操作して、希から見た男の客観的な記憶を主観的な記憶にすり替えて認識させるわ。
それなら、手間もかからない。ただし、矛盾を解消するために、希本人の記憶を消すことなるわ。仕上げに記憶を操作するための鍵として名前を奪う。名前は存在における心臓みたいなものだから、ここを押さえることで記憶を完全に掌握する。人格としての名前はアマミヤノゾミ。初期設定は与えておけば勝手に判断するでしょう。
だから、あなたは会ったらダメよ、思い出したら壊れてしまうから、スペア用意しとくわね」

「カナコの話は難しいよ~ それから、会ったらダメなの? 」

「そうね。希には難しかったわね。簡単に言うわね、あなたのちからで魂を作るの。
魂には体がいるからこの人形を使えば、騎士が完成するわ。あなたの好きな本の言葉を借りれば、出来損ないの守護騎士システムよ。
でも、魂の材料がどうしても足りなくて、赤ちゃんみたいだから。あなたの記憶で補うの。
そうすると変な行動をするのよ。
例えばね、絶対にできないことをできると思って行動したり、どう考えても嘘なのにそれを本当のことだと思うのよ。だってあなたは話を聞いただけであの男のように実際に見たり、あの男ができることをできるわけではないでしょう? 」

「私ができないことはこの騎士にはできないってこと? 」

「そうよ。ただ真似をしているだけだから、いつか自分が生まれた理由に気づくかもしれない。
そして、気づいたら悲しくて死んでしまうくらい、もろくて弱いから、
強く育ててくれるおかーさんが必要ってことよ。それから、気づかれないようにするために記憶を操作するの。名前が鍵になってる。
でも、希に会ったら気づいてしまうかもしれないからダメなの。わかったわね? 始めるわよ。本棚はここ」




カナコは一冊の本を取り出すとぱらぱらめくります。すると、本から細い光の線が人形に向かって流れていきます。

「希、この男がどんな人間だったかイメージして」

おにいちゃんとの二年を鮮明に思い出します。すると私の手から光が伸びて人形に注がれます。

しばらくの間、光は人形に注がれます。ふいに光が止まるとカナコは本閉じて本棚にしまいます。人形はなんだかうっすらと光っています。

カナコは再び人形に近づくと、私のほうを向いて言いました。

「これから、記憶を調整するわ。少し時間をちょうだい。不必要な記憶を名前ごと封印するわ」

カナコは人形に手をかざします、両手の指からそれぞれ10本細く輝く糸のようなものが出てます。おにいちゃんがパソコンを叩くときみたいな軽快な手さばきでカナコは手を動かします。ぼーっとしたおにいちゃんとお話してます。


「希、最後に呪文を唱えなさい」

カナコは私に魔法の言葉を教えてくれます。








「我と共に生きるは霊験たる勇者。いでよ! 」

本が棚に縦積みに重なっていきます。偽のお兄ちゃん用の本棚です。

こうして、新しいおにいちゃんは生まれました。


新しいおにいちゃんは私が眠っている間働いてくれます。ときどき、イヤな感じがするときがあるけれど、私はゆっくり休みます。カナコは話をしてくれますが、ここだけの話あまり上手ではありません。
でも、せっかく本を書いてくれるので黙っています。

しばらく眠る日々が続きます。

あるとき、ものすごくイヤな感じがして、久しぶりに外に出ました。
外に出ると、あのニコニコ笑った黒いお化けが私を食べようとしています。
声を上げて引っかいたら私から離しましたが、すごく怖かったです。転んですごく痛かった

イヤな感じはなくなったので、寝ることにします。

次の日の夜、なんだか暖かい感じがします。こんな感覚は今までありませんでした。
私はちょっとだけ外に出てみることにしました。女の子が手を握ってます。
なのはちゃんでした。カナコの本で知ってはいましたが、実際に見るのは初めてです。



私のために泣いてくれるなのはちゃんをこのときに本当に好きになりました。

なのはちゃんは初めての友達です。おにいちゃんには他にもアリサちゃんやすずかちゃんがいますが、私にとっての友達はなのはちゃんだけです。だから、おにいちゃんがもう一度翠屋に行くとき、怖かったけど、なのはちゃんのために少しだけ頑張ることができました。それ以来、桃子さんは平気になりました。

その日の夜は夢をみました。どこかで見たことがあります。
おにいちゃんの絵本「まほーしょうじょりりかるなのは」の始まりに似ています。



魔法はおにいちゃんの言ったとおりホントにあるみたいです。

初めて魔法を見たときはすごくワクワクしました。

偽物おにいちゃんはお化けの真似をして大人の男の人を怖がらせてました。偽者でもすごいです。お話ししたいなぁ。やっぱりほんものとは違うのかな?

それから、魔法の勉強をしたり、フェイトちゃんと会ったり、
あーすらに乗ったりしました。楽しいです。ある日、おにいちゃんの名前とよく似た本を見つけました。タイトルと内容は聞いたことがありますが、大人向けだからという理由で詳しくは知りませんでした。

斎おねーちゃんが先生になって学校にきました。でも覚えてないみたい。私はすぐにわかったよ。

カナコは怖い顔してました何でだろう?

カナコが怖い顔をしていたのは、おにいちゃんの記憶が戻って消えてしまうことを心配したからみたいです。
「あの本とか、妹がくるなんて想定外よ。あり得ない」とカナコは言っていました。
カナコはおにいちゃん全部教える事にしたみたいです。「ジュエルシード事件どころじゃなくなったわね。こうなったら、今の存在の強さに賭けるしかない」と言っていました。

カナコが泣いています。おにいちゃんが消えてしまって悲しいみたいです。泣いている顔を見るのは初めてです。

私はおにいちゃんが死んだときの気持ちを思い出しました。悲しく悲しくてたまりません。

私はとうとうあの一番怖いお化けを呼んでしまいました。

あのおばけはおかーさんの真似をするのです。





でもおにいちゃんが守ってくれました。

ごめんねカナコ。



おにいちゃんはぱそこんの前に座っていつも何か叩いてました。一度におにいちゃんに教えてもらって、私もいんたーねっとは使えます。他のは触ったらダメと言っていました。

「他に何があるの? 」

と聞いたら

「お仕事と日記もつけてるかな」

言っていました。これです。これがあればきっとおにいちゃんは元の形に戻れるはずです。

そうして、私が考えている間に家につきました。




作者コメント

希視点による今までの振り返りです。

鈍行が続いてます。でもゴールは見えてきました。



[27519] 第二十五話 浅野陽一のすべて
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/07/17 19:15
第二十五話 浅野陽一のすべて



久しぶりにおにいちゃんの家の前にいます。隣には前に住んでいた私の家があります。見ていると頭がズキズキします。

おかーさん、おとーさん、おにいちゃん


一番幸せな時間だったと思います。

ふと横を見ると、少し離れたところに黒い大きな車が止まっています。黒いメガネとすーつを着た男の人たちがおにいちゃんの家をじっとみています。

「あまり見ないほうがいいわ。あれはきっとヤクザよ」

カナコが言うので、おにいちゃんの家の玄関に目を向けます。いつも窓から入っていたから、ここから入ったことないや。

斎おねーちゃんが玄関を開けます。手招きしています。

「どうぞ希ちゃん。おかあさん! ただいま! 」

しばらくすると、少し年を取った女の人が出てきます。私は怖さをこらえるために斎おねーちゃんの服を掴みます。


我慢しないと。

「あら、おかえり。斎」

「ただいま。おかあさん。ごめん。この子がさっき電話した子だから…… 」

「そうなの? じゃあ、ここまでがいいかしら? 」

そう言うと女の人は少し離れてくれます。ほっとします。このくらいの距離なら、お話もできます。少し観察してみます、おにいちゃんの話だと鬼みたいな顔した人だと言っていましたが、なんだかぼーっとした顔をしてます。

「いらっしゃい。今日は陽一に会いにきてくれたんでしょう? わざわざ来てくれてありがとう。ごめんなさい。あの子は今出かけてるの。出版社の人と打ち合わせがあるみたい。売れっ子の作家さんですもの。いそがしいのよ」

「えっ? 」

私は一瞬固まります、おにいちゃんが生きてるように話すからです。私が勘違いしてたのかな? でも斎おねーちゃんはとても悲しそうな顔をしてします。

「……おかあさん、どうして? 」

「斎おねーちゃん、どうしたの? 」

「希ちゃん、こっち来て。おかあさん。私、部屋にいるからお茶はいいよ」

私は斎おねーちゃんに連れられて、おねーちゃんの部屋にいます。おねーちゃんはすごくつらそうな顔をしてます。

「ごめんね。希ちゃん、私もちょっとショックで…… おかあさんがおにいちゃんが出かけてるなんて嘘をつくとは思わなくてさ」

やっぱり嘘なんだ。ひどいです。でも何であんな嘘をついたんでしょう?

「私、ちょっと、おとうさんと話してくるね、希ちゃんはどうしたい? 」

「おにいちゃんの部屋に入れてもらえませんか? しばらく中にいたいの」

「そう、希ちゃんだったら、おにいちゃんも喜ぶわ。好きなだけいてちょうだい。今昼過ぎだから、夕方には帰るつもりでいてね。おにいちゃんの部屋はすぐ右隣だから、鍵は開いてるわ」

「はい」

おねーちゃんは部屋を出ていきます。私は一人残されます。

(カナコ部屋行こうか? )

(哀れなものね。陽一の母親も、失ってから本当の気持ちに気づくなんて。そして、自分の仕打ちの報いを受けているのよ。罪悪感という名前のね。でも、罪悪感を感じているということは少しはましな人間なのかもね)

カナコは変なことを言います。そんなことより、おにいちゃんです。私は部屋を出るとすぐ隣の部屋の前に立ちます。





とうとうここまで来ました。

私は大きく息を吸って深呼吸します。そして、おにいちゃんの部屋の扉を開けて中に入ります。

部屋の中は片づいていますが、少しほこりっぽいです。しばらく誰も入っていないみたいです。









誰もいない。

私はその事実だけでおにいちゃんが死んだこと実感してしまいます。涙が出てきます。私は少しの間ここで泣きました。しばらくするとカナコが

(もういいかしら。希、今は記録を探しなさい。その後は魂のかけらを集めるわ)

と声をかけてきます。

そうでした。目的を忘れてはいけません。

パソコンのあるテーブルの前に立ちます。キーボードが見えます。

私は机に座ると、パソコンのスイッチを押します。パソコンの使い方はおにいちゃんに習っていたから、いんたーねっと、ろーま字にゅうりょくも使えます。しばらくするとパソコン画面が出てきます。昔みたことのある画面です。たしか「ふぉるだ」というを「まうす」で二回押すんだよね?

ふぉるだはたくさんあって『妹はぁ~と』『年上上司関連』『わかめ概論』『トリートメント最速理論』『中国旅行記』『泡姫物語』『数学課題』『お仕事』『アトランティス』『前世の回想録』『偉大なる前世の作家作品』『じゃぷにかにっき』『知的生命体生態報告書』とか書かれています。どれかな? 

にっきがついているからじゃぷにかにっきが怪しいです。これにしましょう。



じゃぷにかにっきをまうすを合わせて二回押します。なにか変なものが出てきます。なになに、パスワードを入れてください? 

昔を思い出しながら、考えます。確かこれは鍵をかけて誰にも見られないようにしているって言ってたような? 合い言葉を入れれば鍵は開くはずです。

私は合い言葉に

「ゆうていみやおうきむこうほりいゆうじとりやまあきらぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ」と入力します。


すると、たくさんのメモ帳の絵が出てきます。日付が名前になっています。私は適当に開きます。ちょうどおにいちゃんが20歳になったときのみたいです。


ーーーーーーーーーーーーーーー

○○年○○月○日

今日も髪は生きてる。手入れの手際もいい。スピードが大分上がっている。

二十歳になって記念に日記を書こうと思う。といってもさっそく鬱だ。母親に『斎が恥をかかないような大人になれ』と言われた。前世の母親と同じこといいやがった、それ言っちゃあおしめいよ。もう我慢の限界だ。大学なんてやめてやる。元々体裁のために行ってたが、せいせいする。俺にはやりたいことがあるんだ。

○○年○○月○日

今日も髪は生きてる。いまいちだ。

あの母親包丁で刺しやがった。死ねばいいのに。だが、今回は死なずに済んだ。これは良かった。しかし、二度目とはかなりへこんだ。これが実の母親のすることかよ。前世の母親は灯油まいてトドメまで刺したからな。あの執拗さには参った。


前世の事を少し語ろうか。根本的な問題として奴と俺は血がつながってなくて、俺だけがそれを知らなかった。そして、奴は血のつながらない息子に愛情に見せかけた悪意を込めて教育したってことだ。俺はラジオ犬だった、いや違うな、誇り高き狼が牙を抜かれ愛玩犬として育てられたようなものだ。俺カッコいい。俺は誇りと牙を取り戻すのに二十五歳まで待たねばならなかった。そのときに解放してくれた人がいた。その人にはいくら感謝しても足りない。おかげで自立することができた。奴の悔しそうな顔が目に浮かぶ。

しかし、奴の自慢だった弟が運悪く死んだとき、俺は弟の死を悲しんだが、同時に奴に対していい気味だと思っていた。それが態度に出たのだろう。奴の怒りは凄まじく、寝ている俺を包丁で刺し、灯油をまいて火を放った。ああ痛かった。死ぬかと思った。というか死んだ。あの世界で奴がどうなったかなんて、もうわからない。まああれだけ派手にやったんだから後のことなんて考えていないと思う。せいぜい臭い飯でも食ってな。

人並みの恨みつらみはあるが、そういうことにあまり時間を費やすのは人生の無駄だ。バネにして見返してやりなさい。俺を解放してくれた人はそう教えてくれた。

ただこの世にあれより恐ろしいものはきっと存在しないだろう。逆鱗に触れたという意味では自業自得といえるかもしれない。

「おにいちゃんのおかーさんかぁ」

(希、あまり言いたくないけど、あなたもこうなった可能性はあったの)

「うん」

胸がいたいな。

○○年○○月○日

今日も髪は生きてる。雑念があって集中できない。

少し考えを改める。カーチャン怒っただけで、殺すつもりはなかったそうだ。俺があんまり驚くもんだから、手元が狂ったらしい。

おい!!

斎と珍しく親父まで言うもんだから信じることにした。だけど、アイツから謝ってくるまで俺は許すつもりはない。謝ってくるまで粘ってやるから、ここから出ていかないからな。無名だがシナリオライターで食っていけそうだ。 ……まだ単価が安いけど


○○年○○月○日

今日も髪は生きてる。俺はあきらめない。スピードが上がり髪の手入れの時間が短くなったので、カミに祈る時間が増えた。


今日もアイツは謝らない。もう一年過ぎたよ。暇なので前世の財産をデータ化しようと思う。もの覚えのいい自分に感謝。キーボードのスピードはすでに神レベルだ。
名前はそこそこ売れてきたようだ。でもイマイチらしい。

○○年○○月○日

今日も髪は生きてる。俺はあきらめない。髪の手入れはすでに手先が視認できないレベルになっている。


今日もアイツは謝ってこない。五年過ぎたよ。もう半分あきらめた。アイツがボケたときを狙うか。仕返ししてやるぜ。それから、遊び半分で書いた斎との妄想小説がヒット。俺意外と才能があったんだな。今日が俺の最良の日になった。前世から数えて何十年ようやく俺の作品が本になった。俺は前世から数えると…… やめよう欝になる。ただ、これで俺の仕事話せなくなったどうしよう? それから、前世の財産はすべてデータ化した。これはどう扱うべきかな?

親父から将来を心配された。プライドは傷つくけど、今の出版社から前世の財産を渡してお金を稼ごうとと思う。作家としては下の下だけれど、親に世話になりっぱなしなのは心苦しい。せめて最後のプライドの官能小説だけは守り抜こう。そのために斎ともっとお話してネタを作らないと。

最近を俺を見る目が冷たい。

もっとそんな目で見てほしい。そこでたまった鬱憤が泡姫に発散するときのスパイスになる。最近妹によく似た泡姫に出会ったのでちょうどいい。おにいちゃんと呼ばせている。俺のコックがエクレチオン全開だぜ。もちろん創作のためですよ。

書く作品がなくなったので、俺の生まれてから今までの人生をついても書こうと思う。

「カナコ~ 俺のコックがエクレチオンって何だろ? 」

(さあ? 私の知らない言葉よ。泡姫は聞いたことあるわ)

○○年○○月○日

髪と対話する。最近できるようになった。妹の視線が冷たいので、人前ではしないようにしよう。


中国行ってきた。

詳しくは中国旅行記に書いてある。俺が本を出している民明書房会長の大河内民明丸さんが社員旅行で本を出してる作家全員招待した。太っ腹だよな。会長とはあまり話す機会はなかったけど、いつも打ち合わせにくるふたりといろいろ回った。

たまにはリア充だった頃に戻るのも悪くない。まあ長続きしないけど、旅行は高校のとき以来だ。今回は頼もしいガイドもいる。

中国は神秘の楽園だ。

ただの棒をヘリコプターのように回転させて空を飛ぶ老人とか。実戦配備された先行者、リアルラーメンマン、町中の女性がチャイナ服を着て、達人風の若い女性が足が何本も見えるスピードで蹴りをしたり、逆立ちして両足を開脚してものすごく回転させて宙に浮かんだり、テレポートするインド人 ……あっ!? これは違った。

誇張はあるが、この世界の中国はこんな国だ。


ホントにアルヨとかアイヤーって話すんだな中国人って……

これまで意識してなかったが、ここは今までの常識とは違う世界みたいだ。いやもしかしたら俺が知らないだけで前の世界もこんな感じなのかもしれない。

とにかく刺激的な旅行だった。そのなかで印象に残ったエピソードを二つ上げよう。


前編

ある中国人と髪の薬を探しているとき、鎮獰さんという人と知り合い仲良くなった。長い髪がうらやましい。俺の髪の手入れの技をみせたらえらく感動したらしく自宅へ招待してくれた。一晩宿泊することになった。狼髏館のいう本当かどうか知らないが、暗殺とかやっているらしい。違う世界にはこういう組織もあるのだろう。

最初の空飛ぶ中国人を見てもう慣れた。

話によると日本にも行ったことがあるそうだ。昔の御当主が日本の学校に在学していてから一家総出で観光に行ったらしい。また行きたいと言っていた。せっかくなので連絡先を交換しておいた。日本と中国の国同士はあまり良くないが、個人レベルではそんなこと気にしないで交流したいものだ。

鎮獰さんは髪を使った技を使う。俺の髪はそんなに長くないから真似はできなかったが、少しだけ動かすことができたので驚いていた。どうやら俺には才能があるらしい。才能がある者でも最初は動かすのに何年もかかるそうだ。

特別に髪が太くなり、伸びると言われる「龍の髭」の粥をごちそうになったが、おれには効果がなかった。あまり期待してなかったとはいえショックだ。この時期の俺は羽振りもよかったから、いろんなところで髪のケアや育毛治療を行ったが芳しくなかった。結局お金の無駄だった。治療した人はみんな首をかしげていた。

それはおかしいと思った鎮獰さんが診察した結果、毛根が死亡していて新しい毛はもう生えてこないと言われた。

えっ!? ち、ちょっと待って!

神経と血流がおかしいそうだ。頭に何か阻害するものが入っている。または小さな頃に頭に大けがでもしたかどうかと聞かれたが心当たりはなかった。深刻な顔で

「今生きている不思議なくらいだ。死ぬのは時間の問題だ」

と告げた。









のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

完全な死亡宣告だった。彼女に振られて以来の大ショックだ。







だが今度は折れるものか。あきらめたら試合終了だ。出家でもしろってか? 冗談じゃない。

「俺はあきらめない。今やってることだって続ける。生きてる限りあがき続けてやる!! 」

「その方法は私が知る得る限り最善のものだ。その技はすでに技を超越して奥義の領域まできている。だがそれでも現状を維持するのが限界だろう。いずれ死ぬ」

俺の技は感謝のトリートメント、手を合わせ髪に感謝して、トリートメントを施す。十代からずっと続けている。引きこもってからは特に時間を割いている。日記にだってつけてる。

「それでも!! 俺は!! 」

俺は決意込めて、鎮獰さんを見つめる。すると彼の目から滂沱の涙が出ている。彼は流れる涙もそのままに語る。

「惜しい。あまりに惜しい。神経と血流が死んでいるその状態でありながら動かせるということは、どれほど才能があるのか? ありあまる才気を持ちながらそれを生かせぬとは…… カミはあまりに残酷だ。カミさえ、カミさえあれば歴史に名を残すカミの使い手になれたものを」

つまり俺は鎮獰さんから見たら、将来有望にもかかわらず肩を壊したピッチャー、膝を痛めたサッカー選手みたいなものらしい。しかも再起不能という烙印が押されている。

「せめて君の資質を継ぐものが現れることを期待して、私の技を教えようではないか? 君のことだ。私の技は見るだけで十分なはずだ」

向こうはなんか盛り上がっているが、俺はカミが死ぬという未来に反逆する気持ちでいっぱいだった。でもせっかく教えてくれるというのなら教えてもらおう。

こうして俺は奥義を伝授してもらった。しかし、髪に負担がかかるので使うことはおそらくないだろう。


奥義の伝授を通じて友情を深めた。「龍」という名前の連中に絡まれたら、ウチの名前出していいよ言われた。ロン?

友情の証として「龍の髭」をもらった。

「私のカミも太くなったし伸びたよ~」

「そうね。ヨウイチは記憶のない赤ん坊のような状態でも、髪のことを気にしてたから、よっぽどのことなのね。髪に対する入れ込みがハンパなかったもの」



○○年○○月○日

髪は死ぬと言った。俺はあきらめない。


後編

中国を一人で観光してる。不用心にも思えるが狼髏館から借りた家紋の服を着て歩いていると誰もが道を開けてくれた。ちゃんと後で洗濯して返しておこう。道に迷って山奥に入ると、銀色の金属の壁でできた丸いお店を見つけた。こんなところにあるなんて! ディスコみたいにピカピカ光ってなかなか派手なお店だった。看板にはわけのわからない字が書かれてあった。たぶん「あ・と・ら・ん・てぃす」と発音するのだろう。アトランティス? あれっ!? なんで俺こんな字読めるんだろう? しかし、アトランティスを知っては入らざる得ない。

店員は妙なコスプレで固いしゃべり方をする変な連中だ。中は暗くてスモークを焚いてあり、なかなか異国情緒溢れる雰囲気を出していた。向こうの言葉は何となくわかるし、日本語は通用するらしい。なかなか行き届いたサービスだ。いちいち「ワレワレハ」とかいうのがわずらわしいけど気のいい連中だった。店員が「ダイヨーゲン」と主張する日本の古い雑誌、同志ガーゴイルへのおみやげに「あおいみず」という宝石を買った。店頭にたくさん並んでいる中で一番綺麗な物を選んだから喜んでくれるだろう。現金は通用しなかったが、牛の絵を見せられたので、これなら交換できると判断して、近くの農家で牛を買って交換した。「レンラクマツ」と言ってくれた。なんかあたまがじんじんする。

そういえば子供の頃同じような体験をしたような気がするけど、まさね。こんな印象に残るもの覚えてないわけないよな。

少し昔を振り返る。あたまいたい。

お腹の大きかったカーチャンにものすごく怒られたのは覚えている。斎が生まれる前の話だ。聞くところによると丸一日行方不明になってたらしい。まだ小さかったから歩いて行ける範囲も限られているのも関わらず、周囲の大人を総動員しても見つからなかったから、カーチャンと親父は大騒ぎして警察に連絡を入れた。当の本人は次の日の朝にはケロってして戻ってきたらしい。どこにいたかは全く覚えていなかった。結局どこかの誘拐目的か変質者にでも捕まって何らかの理由で解放されたと警察は判断した。実を言うと前世を自覚したのはこの頃だ。少しずつ思い出していくような感覚で一週間くらいかけて思い出していった。そのときは前世に気を取られて全然意識してなかったが、そこで同じ光景を見た気がする。あたまの痛みもじんじんして同じようなものに感じられる。

最終日にもう一度行ってみたがもう撤収したようだ残念だ。あんなでかい店どうやって移動したんだろう?

木に「ペントラペントラ」と書かれた。


「ねぇ? カナコどう思う?」

(……)

「どうして黙ってるの? 」

(ごめんなさい。いろいろ考えてしまって)


○○年○○月○日

髪は死ぬと言った。俺はあきらめない。死んだ髪を埋葬した。悲しい。

隣の部屋がうるさい。最近引っ越してきた夫婦だ。子供もいるのによく喧嘩している。久々に切れたので注意したら大人しくなった。

「ダイヨゲーン」と言っていた雑誌は面白いな。アトランティスの記述についてなかなか面白い解説がしてある。昔を思い出す。俺が最終戦士だった頃に書いたものに設定が似ている気がする。同志ガーゴイルからホームページの立ち上げと予言書の依頼がきてたからこれを元にUPしとこう。「あおいみず」は喜ばれたが、入手先をあの紳士にして珍しく厳しく詰め寄られた。いちおう場所を教えておいた。

調査部の盛田(もるだ)さんと須狩(すかり)さんを派遣するらしい。独身男女の名コンビだ。

常識に囚われない発想をするが、いい年して行方不明の妹萌えの盛田さんを

「盛田。あなた疲れているのよ」

と女医でもある須狩さんは慰めの言葉をかけているそうだ。

女医。

JOY。

いい響きだ。ぜひ俺のコックを診察してもらいたいものだ。

そういえば斎ちゃんシリーズはヒットしているが、それ以外の官能小説はいまいち売り上げが良くない。幅が欲しいものである。年上上司とか結構好きなんだけど。

「が~ん おにいちゃん、年上のほうが好きなのかな? 」

(大丈夫よ。基本的に男は若い方がいいらしいわ)


○○年○○月○日

髪は死ぬと言った。俺はあきらめない。死んだ髪を埋葬した。悲しい。毎日のように死者が生まれる。ここは地獄だ。


アトランティス王国戦士団は前線からは引いたが、広報活動はしている。会合への参加はライフワークになりつつある。最近ホームページにアメリカやロシアからのメールが届く。ロマンを追い求める同志は外国にもいるらしい。しかし、FBIやCIA、KGBを名乗るのは心臓に悪いからやめてほしい。日本人にはわかるまいと思われているのだろうか? 

はははっワロス。どうせはったりだ。

フリーメイスンとかもいてなかなかおもしろい。同志ガーゴイルに依頼して最終戦士物語を翻訳して送りつけてやった。同志ガーゴイルから

「いいのかね? 」

と確認されたが、隠してるわけじゃないし、堂々と乗せていることだ。わざわざ翻訳してやったんだから満足しただろう。

○○年○○月○日

俺はあきらめない。死んだ髪の数を数える。暗くなる。もう生きてるやつより多くなっているのではないか?


今日は不思議な出会いがあった。窓から小さな女の子がのぞいてた。喧嘩を止めた俺を尊敬したらしい。可愛い子だ。言っておくが俺はそっちの趣味はない。ただ、髪の毛が多くて惹かれるものを感じる。しかし、独身男の部屋に女の子が来るのは世間的によろしくない。せっかく仕事が順調なのに、両親に許可をもらってくるように言った。まず無理だろう。


○○年○○月○日

死んだ髪を数えるを辞める。


女の子はあいからず窓から遊びに来る。今日は保護者と相談だ。こっちはやましいことはないが、警察でも呼ばれたらアウトだ。仕方がないので、あまり話したくない仕事や家庭の事情もぶっちゃけた。すると、意外にも理解してもらえた。なんと俺の小説のファンらしい。新刊を何冊か渡したら喜んで娘をお願いしますと言われた。いいのか? 仮にも官能小説家なんですけど、あとお父さん身体が弱いらしい。

「 ……おとーさん」

(希、次にいきましょう)

○○年○○月○日

俺はまだ ……あがいている。生きてる奴が減ってくると自然と死者も減る。


希ちゃんといるのは楽しい。なんというか癒される。毎週通っていたソープも辞めた。この子と話しているとそんな自分の一面が恥ずかしくなる。ああ小さい頃思い出す。あのころは斎も可愛かったなぁ。少し変わった子なのは確かだ。同じ物語は飽きてしまうし、逆にこっちはやる気が出てくる。俺の物語が尽きるまで頑張ってみよう。

「カナコ? 」

(どうしたの? )

「そーぷって何? 」

(泡姫がいるところみたいね)

「泡姫? カナコ知ってるんでしょ」

(私の知識だと何でも狼に変身した男の人と一緒に風呂に入って、賢者へ転職させる姫らしいわ。ただのその賢者は長続きしないみたい)

「おにいちゃんも狼さんなのかな? 私たちがやったら喜ぶかな? 」

(喜ぶかもね。でもわざわざお金払って一緒にお風呂入って何が楽しいのかしら? )

○○年○○月○日

髪の死者は減った小康状態が続いている。技術・スピードの向上はこれ以上望めない。先はもうないのだろうか。


俺の負けです希ちゃん、大人向け以外はコンプされてしまったよ。こうなったら、あれを使うしかないか。子供の頃、割と悲惨な前世を克服するためにアトランティスの最終戦士という物語を作った。原点は当時頭に残っていたアトランティスの設定を使わしてもらった。あの「ダイヨゲーン」とよく似ていると思う。ほとんどでっちあげだが、前世の真実も混じっている。ついでに好きなだったアニメの魔法少女リリカルなのはの登場人物を組み込んでみた。国の名前や役職などを元に適当に配役をあてた。真実と違うのは母に刺された時点で俺は死んでいることだ。前世は痛いし、怖いしだったのでせめてカッコ良く死にたかった。それがあの結末である。少々報われないくらいいがちょうどいいはずだ。ここはおれのこだわりだった。

出来に自信があったので葉書で転生戦士の募集かけたら、たくさんの大人が集まってびびった。主宰は俺だったが、同じ雑誌で知り合い、アトランティス関連で文通していた同志ガーゴイルがほとんど取り仕切って、このとき初めて会った。仮面をかぶったちょっと変わった人だけれど、考古学の権威で教授だと知って驚いたなぁ。本名は冬月さんらしい。でもなんか頭がうすいな。こんな頭だったっけ? 向こうは俺の若さに驚いてはいたが、俺と話すうちただ者ではないと感じたらしく、前世のことを話してくれた。ガーゴイルさんは転生者について興味を持ちいろいろ調べているらしく、今回俺に当たりをつけたそうだ。自分しか知らないはずの情報を知っていたのが決め手だった。

他にもいる可能性はあるが、でもこの調査自称する輩も多いので難航しているらしい。

お互い因果が前世を抱えるものとして意気投合して今でも交流は続いている。同志ガーゴイルはこの世界にもアトランティスがあるのか確かめるのが夢でそれに同調した人たちで団体を作ったらしい。その人たちやたらガーゴイルさんに心酔してるけど大丈夫なんだろうか? 仮面を取ったら全員男で髪が薄い以外は共通点はあまりみられない。どこにでもいるような人たちだ。ここには来なかったが女性もそれなりにいるそうだ。 

ちなみに世界征服とかには興味がなくなったとか言っていた。もう懲りたらしい。なにより、平和な日本に生まれて両親に愛され、つらい戦争を体験して、戦いのむなしさと平和の大切さを実感したそうだ。結婚して子供もいて、今は子供も独立している。病気で早くに奥さん亡くして一人で寂しいらしい。

「えっ!? さいしゅー戦士って嘘? 」

(希、いいから続きを読みなさい! まだあるみたいよ)


○○年○○月○日

最近あたまがかゆくて仕方がない。でも駄目だ。尋常ではない死者が出る。そんなこと許されない。かゆい。かゆい。かゆい。


今日は希ちゃんになのは様がいかに素晴らしい人物か話をした。なぜなら、俺はアトランティスの最終戦士ジークフリードという設定だからだ。希ちゃんは俺の話を信じてしかも相当気に入ったみたいなので、俺も子供の夢を壊さないためにしっかり演技しなければ、ちなみに斎は小学校高学年になるまで俺がアトランティスの最終戦士で、自分は元男でアトランティス王国のイツキだと信じて一緒に遊んでいた。希ちゃんが少し大人になるのはいつになるかな?

なのはちゃんを好きなのは本当の気持ちだ。あの作品に出てくる登場人物はどれも好きだが、なのはちゃんはダントツで一番だ。好きな理由はさまざまあるが、あの強さと優しさに自分もこうなりたいという理想を投影しているのだと思う。

(やっぱりね。おかしいとは思ったのよ)

「どうしておにいちゃん嘘ついたのかな? 」

(楽しかったんでしょう。演技するのが、大人は意外とこうやって羽目を外したいものなのよ)

「そうなんだ。カナコもそうなの? 」

(私の事は本当のことよ!! でなければ私のちからやあなたとの出会いは説明がつかないわ! あなたと私は前世から深い絆で結ばれている。私は最初にあなたに会ったとき強い使命感を感じたの。そしてこう思ったもの。「この子は私の娘。世界でなにより大切な存在。どんなことがあっても守ってみせる」ってね。自分のちからをサーチェスと呼んでいたけれど、ここでは魔力いうふうに表現するみたいね。時代が違えば呼び方も違ってくるわよ)

「カナコ怖いよ~ 」

(ごめんなさい。少し興奮してしまったわ。でも信じてくれるでしょう? 私はあなたに嘘つきたくないし、そうする理由もないわ)

「……うん、カナコの言うことは信じるよ」

○○年○○月○日

かゆい。かゆい。かゆい。かゆい。かゆい。かゆい。かゆい。かゆい。かゆい。


希ちゃんのお母さんと二人で話をした。やましいことはないが、俺には年上属性もあるから気をつけないと、世間話になった旦那の身体が弱くて大変だとか言っていた。結婚を反対されたのもそれが理由らしい。思い切って駆け落ちしたそうだ。でも最近喧嘩が多いそうだ。わからないもんですなぁ 

○○年○○月○日

「龍の髭」かゆ。うま。


希ちゃんのお母さんとまた話をした。物憂げな表情が俺のコックを…… やめとこう。ドロドロになりそうだ。いくらなんでも反道徳すぎる。気分を変えるために、お母さん相手に俺の抱える物語を聞かせる。希ちゃんにはちょっとアダルティで話さなかった物語はたくさんある。いつか聞かせることができるだろうか? 希ちゃんのお母さんも気に入ってくれたようだ。特に少女漫画から引き出した物語は感動して涙を流していた。

○○年○○月○日

ウネウネウネウネこうすれば髪が生えてくるらしい。


希ちゃん家は急に引っ越した。最後に希ちゃんのお母さんから家を売ることと離婚することになったこと。引っ越し先は教えられないことを告げられた。どうしてそうなったのかは聞けなかった。

○○年○○月○日

髪のことはもう書かない。


希ちゃんがいなくて寂しい。でも前を向いて行こう。とりあえず泡姫に慰めてもらおう。でもあまり楽しくなかった。以前はもっと楽しかったのに、そろそろ卒業する時期なのかもしれない。



○○年○○月○日

禿をみた。もう怖くない。


斎君が教育実習のため帰ってきた。大学辞めてからは結構厳しいことしか言ってこなかったけど、今日はなんか妹成分が多めだ。今回の斎ちゃんシリーズは名作になりそうだ。同志ガーゴイルより遺跡発掘しに行きたいが、資金の当てがないそうだ。出版社に連絡して、連載を増やすことを条件に援助してもらえることになった。会長も意外とロマンチストでこの話を聞いて会社単位で応援してくれるらしい。

(まとめるなら、アトランティスの最終戦士は陽一の演技。あなたが見ていたのはほんの一面だったのよ。だからあんなバカな行動ばかりした)

「私は偽物おにいちゃんも好きだったけどなぁ」

(それはあのヨウイチはあなたから見た理想でもあるからね。今度の陽一は記録読んでも底が見えないわね。母親との確執、髪に対する異常な執着、謎の多いアトランティス関連の動き、アサノヨイチ、それから子供の頃に行方不明になったのをきっかけに前世を持った経緯も気になるわ。ヨウイチの記憶を持った完全な浅野陽一はどんな人間なるか心配よ)

「心配いらないよ。おにいちゃんはおにいちゃんだもの」


ーーーーーーーーーーーーー



それはおにいちゃんの主観的で詳細な記録でした。並の量ではありません。20歳になってから毎日、さらに、生まれる前の前世についてもおにいちゃんから見た真実が詳しく大量に書かれていました。高速でスクロールしながら内容を記録していきます。本当はカナコの力がパソコンから記録を読み取っているのでこんなことしなくてもいいのですが、私もおにいちゃんのことを知りたかったのです。


おにいちゃんは私に優しくしてくれました、いなくなってからは寂しく思ってくれたみたい。日記にときどき書いてあってうれしかったです。

二時間ほどで終わりました。

(希、この部屋にあるものに触れて陽一の魂のかけらを集めなさい。この部屋から感じる。どれも陽一の魂が宿っている)

私は部屋中をペタペタ触っていきます。触る手のひらに何かが吸い込まれていく感覚があります。パソコンの本体に触れるとものすごい勢いでなにかが吸い込まれます。

他に勢いの良かったのは、なのはちゃんの絵本、床の散らばった髪の毛、龍の髭、古い雑誌とかでした。


そしてお兄ちゃんのベットに横になり眠ります。



扉が開くカナコが立て積みになった本の前で、ウロウロしています。偽ものおにいちゃんの記憶の本です。

「カナコ、どう?」

カナコはこちらを向くと、少し疲れた顔をしています。そういえば服がボロボロです。

「そうね、予想以上よ。これだけあれば生前の記憶を再現できる。ほとんど本人と変わらないわ。あとはこの偽物の記録との相性ね、受け入れるかどうかが問題なんだけど…… 」

「よかった。ねぇカナコなんで服がボロボロなの? 」

「また黒い影たちが出てきたのよ。全部片づけたけど、私が封印した記憶を狙ってたの。懲りないわね」

「なんで? 」

「黒い影たちというかあの黒い女は封印を解くと力が強くなるから、その上で、私とあなたから身体の主導権を奪おうとしているのよ。あっちも意志を持ってるから外に出たいのよ。まあしょせんは悪夢とか種みたいなものだから、封印破ったくらいじゃ主導権は取れないけど、あなたの気力を奪うことに特化してるから厄介な存在ではある。害虫駆除みたいなものよ。今は考えなくてもいいわ」

「そうなんだ、私はどうすればいい?」

「こっち来て」

私はカナコのそばに近づくと、カナコは私の手を握ります。なんだか暖かい感じがします。シンクロ?

「今繋がっているわ。さあ! あなたがさっき読んだ記録をすべて思い出しなさい」

私が思い浮かべると、おにいちゃんの本棚にどんどん本が積まれていきます。あっというまに終わりました、前の本の何倍もあります。

「これで、この一角は希の記憶から独立した別人の記憶になり、これからも蓄積されていくわ。後はあなたのレアスキルソウルプロファイルで陽一の魂を再生する 」

「ソウルプロファイル? 」

「魂の記録ね。あなたは魂の残滓を読みとり体内で生成できる。魂は肉体がないと拡散してしまうから、あなたという器から出ることはできない。しかし、あなたの膨大な記憶容量の一部を依り代にすることで、あなたの中で生き続けることができる。さらに、記憶を補ってやれば生前と変わらないわ」

「楽しみだなぁ~ 」

「陽一の魂のかけらがこの部屋から十分集まったわ。器物に魂が残るのは珍しいわね。そういう資質があるのかしら? まずこのパソコン。よっぽど心を込めたのね。まさに『魂のパソコン』だったわ。床に散らばった髪の毛にもちょっと信じられないくらいの想いが込められていたわね。陽一らしい。この部屋自体が陽一と言ってもいいかもしれない。あとは形を作ってあげないと、前の人形は壊れてしまったから、予備の人形を使いましょう」

「予備で大丈夫なの? 」

「性能は一緒だから、大丈夫よ、基本的に縁があればいいの」

そう言うとカナコはおにいちゃんの本棚の前に人形を置きます、本棚から細い光が出て人形に吸い込まれていきます。

「今回は記憶の調整しなくて、済んだから楽だわ」

そう言っている間に光の線はなくなり、人形はうっすらと輝きます。そして、人形にヒビが入るとまぶしい光とともに大人の大きさ人の形ができてきます。

「あとは、陽一が偽物の記憶を受け入れるかどうかね。最後に仕上げをしましょう。希、詠唱を…」

「うんっ」

私は思いを込めて詠唱します。

「我共に生きるは冷厳なる勇者。いでよ!!」


そして、完全に光は収まり、新型おにいちゃんの完成です






今度は大丈夫だよね。甘えてもいいかな?










おにいちゃんは目をつぶったまま何かうなってます。

「う~ん、たいへんだ! ちきゅうはやつらにねらわれている」





だ、大丈夫だよね?




作者コメント

伏線回収編終了まで後一話



[27519] 第二十六話 復活と再会 
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/07/24 15:55
第二十六話 復活と再会



俺の名前は浅野陽一。

真っ白な空間にふわふわ浮かんでいる。確か事故で死んだはずだ。ここはどこだろう? 死後の世界だろうか。それとも実はまだ生きていて、夢でも見ているのだろうか?

「よう! 俺」

「わあ、誰だ。おまえ? 」

いきなり声をかけられて驚いた。ふりむくと、まるでファンタジーの世界の住人が着るような黒い外套を着て、赤い龍の銃を持ったコスプレ野郎がこっちをみていた。まず最初に思ったのは……








あイタたたたたttttt



いい歳してこんな格好なんかして勘弁して欲しい。卒業しろよ! おっさん。黒い外套と赤い銃はいい。何というか俺の心をくすぐるカッコいいフォルムだ。しかし、顔がいかんな。どこにでもいそうな冴えない日本の男が着て、すべてを台無しにしてる。髪もなんだか危機的状況だ。中国の砂漠化現象くらい深刻だ。

んんっ? どっかで見た顔だな。




………俺じゃん。

自分にそっくりな顔を冴えないなんて思ってしまった。今思ったことがそのままマホカンタされダメージとなった。

痛い。

でも髪はまだ俺の方が大丈夫なはずだ。絶対そうだ。

「おまえは誰だ? なんで俺そっくりでコスプレしてんだ。なんかこっちまで恥ずかしくなるだけど…… 」

「恥ずかしいとは何だ!! これは俺の誇りだ。元になった人物とは言え失礼だぞ! ここは名乗っておくか。俺はアトランティスの最終戦士ジークフリード。王剣を守る小手なり」

俺そっくりな顔でキモいポーズを取る奴に、頭痛とめまいを覚えながら、まず発した言葉は










「頼むから、死んでくれないか? 速やかに」

だった。声までそっくりでやめて欲しい。軽い殺意がわいてきた。




「もう死んでる自分から言われるとは思わなかったぞ」

アトランティスの最終戦士とやらは少しがっくりした様子で答えた。とりあえず話を聞いて早くあのコスプレを辞めさせよう。さっきから何かの値が急降下で落ちている。








事情を聞く。希ちゃんとは懐かしい名前だ。もうひとりの妹だ。おかーさんと元気に暮らしているだろうか? もう一度会いたいと思っていた。詳しい状況は掴めないが、奴の話では死んだ俺は希ちゃんに新しく再生されたそうだ。

意味が分からんな

??

んでコイツは今まで俺の代わりにいろいろやっていたらしい。

「とういうわけだ。さあ!! 俺とひとつになろう! 」

「どうしてそうなるんだ! それに言い方が嫌だ」

思わず両手で臀部を守りたくなる。

「やらな…… なぜ殴る? 」

俺は自分でも驚くスピードで男を殴っていた。

「もっとイヤに決まってるだろ!! 」

自分と同じ顔の男になんて、いや、人によってはご褒美かもしれない。しかし、ナルシストで男色なんてどんな廃ブリットだよ!! 俺はノーマルだ。女の子がいいです。ツイてるなんて御免こうむる。

「だが、俺と貴様元は一つ。お互いの魂が引かれあうの感じるだろう」

「認めたくない認めたくない。こんなイタいコスプレ野郎が俺と同じだなんて認めたくない」

俺は頭をぶんぶん振りながら、拒否する。


「仕方あるまい。少々強引に行くぞ! うほ! 合体!! 」

「だからそれはやめろーーーー アァーーーーーーーーーー 」


幸い掘られることはなく、男は霧状になって俺の中に溶けていく。







「頼むぞ。希ちゃんとカナコを助けられるのは俺たちしかいないんだ!! 」

カナコ? 誰だ? ふざけた男だったが、この言葉だけは真摯な想いが伝わってきた。最初から真面目にやれよ。





男の記憶が流れ込んでいく。

希ちゃん大きくなったなぁ。でも少し痩せてないか? 顔が暗い。もっと笑う子だったと思うんだけど、

カナコっていうのはこの娘か。希ちゃんに少し似てる。気の強そうな子だ。歳は今の希ちゃんと一緒くらいで。紫のバラをアクセントにした黒いゴシックロリータに白いエプロンとはどんな趣味なんだろう? アンバラスな感じが売りなんだろうか。

なるほど、俺は魔法少女リリカルなのはの世界に生まれて、それに気づかないまま死んだのか? 俺も間抜けだよな。しかし、俺が生まれた当時はなのはちゃんたちは生まれてもいないのか。まあ知ってたとしても接点つくるのは難しそうだな。




そして、俺そっくりの男の所業が流れ込んでくる。



う?


あうあう!
  


おいやめろ!! 
















うああああああああああああああああああああああああああaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa

俺は頭を押さえながら転げ回る。

「大変だよ! カナコ。おにいちゃんが苦しんでる」

「どうしたのかしら? こんなに苦しむなんて、想定外よ!! 何がそんなに苦しいのかしら? 」

誰かが心配してくれているが、俺はそれどころじゃない。死ぬ死ぬ死ぬ、いや死んだほうがましだ。恥ずかしいってレベルじゃねえええええええええええ

抹消したい。すべて消してしまいたい。主に俺を、それから、現場を見た人の記憶を……

過去をやり直したい。今ならド○○もんを直す決意をしたの○太くらいの覚悟で、タイムマシンを開発できそうだ。



俺のSAN値はガリガリ削られていた。アンデットにエリクサーを与えるくらい強力な勢いだ。

もうどうでもいい。なにもかもがどうでもいい。



どうでも…… 


「誰か、誰か俺を死なせてくれ」

俺は本気だった。

「……」

それから遅れること数秒後、顔面に強烈な痛みが走った。

「……殺してあげるわ」

見上げると、見慣れた少女が凍りつくような笑顔のまま、素足で俺の顔を何度も踏みつけている。うらやましいシチェーションかもしれないが、痛い痛いマジで、断っておくがそっちの趣味はない。どっちかいうと言葉で攻められたほうが…… 

隣では髪の長い少女がおろおろしている。

「痛いです。カナコさんやめてください」

俺が抗議するがカナコさんは止めようとしない。目がマジだ、踏み続けながら怨念込める。

「人がせっかく苦労して生き返らせたって言うのに、あなたと来たら、死なせてくれだなんて、上等だわ。生まれてきたことを後悔させてやるわ。

今からあなたを傷付けてあげる」

死にたがりの病弱な女子中学生か! おまえは!! 

口に入ったじゃねーか。このアマ!! 吉○A作みたいにしっぽり舐めまわして、感じさせたろか!


「カナコ許してあげて、なにか理由があるんだよ」

希ちゃんが助け船をだしてくれる。やっとカナコの足が止まる。助かった。危うく子供には見せられない展開になるところだった。

「立ちなさい! 命令よ!! 」

「はいっーーー」

カナコのドスの利いた低い声に、俺は上官命令を受けた軍人のように反応して素早く立ち上がる。反抗心はあるが、心に刻まれた習慣は抜けないようだ。

「どうして、死にたいなんて言ったの? 」

「それは、その…」

「さっさと答える。曲げるわよ」

曲げるってなんだよ?

「自分のアトランティスの最終戦士と思いこんでた頃の記憶が私を苛むのです、猛毒のように、穴があったら、突っ込み ……ぐはっ」

瞬きするような、わずかの間に俺は地面に背中を打ちつけていた。今何をされたか全くわからなかった。恐ろしや、頭の上からカナコの冷たい声が響く。

「誤魔化そうとしない」

こっちのつっこみのキレは抜群である。どうしようもない思いを口にする。

「これでもいい大人なんです。確かに今でもアトランティスな成分はあるのですが、節度はわきまえてるつもりです。それが邪気眼ヨロシクエターナルフォースブリザードを全開でしてしまうとは、この恥ずかしさはこれからも発作のように思い出しては私を苦しめるでしょう」

おそらく一生モノだ。たとえばふと歩いているとき思い出して、衝動的に壁を殴ったり、蹴ったりしたくなるのだ。

まして月日が流れて同窓会でもあってみろ。

「そういえば、昔コイツさあ」

とか黒歴史公開処刑を酒の肴にされるのだ。想像するだけで恐ろしい。

「いいじゃない。外では子供なんだから、可愛いものよ。子供ならね。知っているのは私たちだけよ。アトランティスの最終戦士さん」

「おいやめろ! やめてくださいマジで」

「俺の隠された力が覚醒するぜ ……ぷっ」

「やめろおおおおおおお それを言うなああああああ」

蒸し返すんじゃね~~~ 死ぬから、ほんとに死ぬから、首を吊るぞ。この野郎。

「纏え黒き外套、我が愛銃よ、ここに来たれ!! ディスティ なかなか素敵な詠唱ね」

「お願いです。死なせてください」

「あら? これは褒めてるのよ」

「皮肉にしか聞こえんわ!! 」

カナコの精神攻撃に俺の心はブレイク寸前だ。もう許してください。お願いマジで、足とか舐めてもいいから。

「カナコ、もう止めて!! おにいちゃんのライフポイントはゼロよ」

またまた希ちゃんが助けてくれる。この子はマジ天使だ。さすが魂の妹。

「まだよ。まだ私のバトルフェイズは終了していないわ」

カナコが恐ろしいこと言い放つ。

「カナコいいかげんして! カナコばっかりおにいちゃんと遊んでずるい。私だってお話したいよ~ 」

「わかったわよ。これくらいにしとくわ」

ほっ 助かった。これ以上されたら、また魂が砕けるところだった。

「ねえ、おにいちゃん」

「なんだい。希ちゃん? 」

ああ癒される。

「聞きたいことがあるの」

ほうほう可愛いおねだりだ。顔がにやける。

「なんでも答えるよ~ 」






「俺のコックがエレクチオンってな~に? 」




うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

そっち方からくるんじゃねええええええええええええええええええええええ






俺は今度こそ気を失った。

「あっ!? 倒れた。大丈夫かな? 」

「平気でしょ。また、エレクチオンとか、あとから聞きなさい。私も聞きたいわ」

カナコはまだ恐ろしいことを言っている。この魔女め。まだ言うか。俺はこのまま眠っていたほうがしあわせかもしれない。






再び記憶が流れ込んでくる。

まだ思い出してる途中だった。





希ちゃんに関する記憶が流れ込んでくる。 



え!?

おいおい待ってくれよ!

なんだそりゃ? 体の傷? トラウマ? 拒食? 黒い女? なんでそんなことが起こる? あの子の家は離婚したけど、おかーさんはいいひとで心配いらなかったはずだ。それがどうしてこんなことなってんだ!!

ふざけんな!!

俺は恥ずかしさを忘れて、あまりの理不尽さに怒りが沸いてくる。希ちゃんは他人だけど、本当の妹のように思っている。あの子はしあわせにならないといけないんだ。

俺も前世と今の母親からいい扱いを受けたわけではない。
主に精神的で粘着質なものだったけど、希ちゃんよりひどくはなかったと思う。ましてや俺とは違って希ちゃんは女の子なのだ。

俺は立ち上がり希ちゃんの前に立つ。

「希ちゃん、久しぶりというべきなのかな? 」

改めて挨拶する。

「えっ!? ……うん」

「元気だった? 」

希ちゃんは首を振る。何かをこらえるような顔をしている。

俺のバカ!! もっと気の利く言葉があるだろうが!












「会いたかった。会いたかったよぉ~」

希ちゃんは俺の腰にしがみついてきた。何か染み込んできて濡れた感触がする。

希ちゃんの心の病気、体の傷痕、この子に何が起こったかはわからないが、背筋が寒くなる。よく心が壊れずにいたもんだ。

俺は胸が痛みに耐えられなくなって、希ちゃんの頭をなでる。希ちゃんは涙で濡れた目のまま、不思議そうな顔で見上げる。

「どうして頭なでるの? 」

「いやだった? 」

「そんなことないよ、うれしいよ」

希ちゃんは猫のように目を細めてごろごろしている。よかった笑ってくれた。過去に自分の子供はいないが自分の娘ってこんな感覚なんだろうか?

ふと横目で見るとカナコは母親のような目でこちらを見ている。急に恥ずかしくなってきた。俺は手を引っ込める。

「……あっ! 」

希ちゃんは急に手を引っ込めたので、おいて行かれたような目でこちらを見てる。










ああヤヴァイ。この子はヤヴァイ。性的な衝動は皆無だ、むしろそんなもの感じたら去勢したってかまわない、この子には俺がいないとだめだという使命感が俺を支配している。

この子は魔性の女だ。男の庇護欲というか父性を限界値まで高めてしまった。頭が熱でぼーっとなる。

俺は熱に浮かされたように、再び手を伸ばし希ちゃんの頭をなでる。

希ちゃんが笑う。いい顔をしている。俺自身もこんな満ち足りた気持ちは初めてだ。

結局希ちゃんが満足するまで俺は続けた。

「疲れた。 ……眠る、またね、おにいちゃん」

希ちゃんは自分の寝室?に戻った。ここには俺とカナコだけだ。俺が話を切り出すタイミングをつかめずに、手をブラブラしているとカナコから聞いてきた。

「聞きたいことがあるんでしょう? 今度こそ隠すことはない」






俺はこの図書館を見渡す。すべてが始まったこの場所を

「俺たちがいる希ちゃんとカナコの夢の世界はどうなっているんだ? 」

「ここはね、私と希二人の視点でできてる場所。ふたりの視点が重なっているの」

「カナコはどこにいるんだ? 」

「肉体は持たないけど意志は持ってる。あなたの魂の依り代は希の脳よ。それを私のちからで希の記憶を分離させて組み上げて個として成り立たせているの。医学的には多重人格が適当ね。私自身は希の記憶からは完全に独立している。意識と記憶を持った魔力が本体ってところね、希に脳に宿った守護天使と捉えればいいと思うわ。だから、希の肉体を動かすときには全身に私の魔力を通して操作するから長時間の活動には向いてないの」

「守護天使ねぇ? 幽霊みたいなもんか。急にオカルトになるとは思わなかった」

「管理局に魔力測定されたのは私そのものになると思う。だから魔力蒐集を恐れている。私たちには死活問題だからよ」

「カナコのちからって何? 」

「主に記憶の力、私は記憶を自由に操作できる。それから、簡単な暗示くらいならかけられるし、他にも対象に触れることで情報を読み取って自分のものにできる。私はリーディングとシンクロと呼んでる。ただし魔力の資質があるものか魔力を帯びたもの限定みたいね、百合子に試したけどだめだったわ」
                                                   
「シンクロ? 」

「私自身は肉体を共有してなくてもシンクロできるの。例えばこの力を使うと眠った状態にある人間をここに招くことができるのよ」

「へぇ便利だな。ぜひなのはちゃんとか招待してほしいな。じゃあ希ちゃんのレアスキルってなんだ? 」

「魂の記録『ソウルプロファイル』対象の魂の残滓から情報を読み取って自分の体内限定で再生させるものよ。魔力の模倣はその副産物ね」

「じゃあ俺が生まれたのって、希ちゃんが魂を読みとって、体内で再生して、カナコが偽物と俺の日記から記憶を構築して、記憶の本棚作って、今の俺がいるわけだな」

「正解。その通りよ」

「あれ? 俺の魂どこで読んだんだ。不完全って言ってなかったけ? 」

カナコは笑って言った。

「あなたの部屋に残ってたわ。特にパソコンのHDDの中に残っていたわ。『魂のHDD』がね、あなたのすべてはそこにあったんじゃないの? あと髪の毛にも 」

「そうか、髪はもちろんだけど、確かにパソコンは仕事も趣味もコイツ頼りだったし、バックアップだけはまめに取ってたからなぁ」

「器物にも残滓が残ることがある。思い入れがあればなおさらよ。ただ普通は肉体にとどまるものだし、死体になれば抜けて行くものよ、アリシアの肉体は記憶は引き出せたけど、魂のかけらはほとんどなくて、ただの抜け殻だったわ」

「魂はどこにいくんだ? 」

「私は拡散して生きている人の中に溶けてしまうと思っている。よく言うでしょ。死んでも心の中に生きている。あれは記憶のことだけを指しているんじゃなくて魂も含まれていると思うわ」

「なんかロマンチックだな」

「でも死者の魂は死んでなお生きている人間を苦しめることもあるわ ……黒い影のようにね」

カナコの言葉は不吉を纏っていた。黒い影には俺の知らないことがまだあるのだろうか?









俺は一番重要なことを聞くことにする。

「希ちゃんは俺と別れてから、何があった? 」

しばらくカナコは目をつぶって黙っていた。俺は静かにそれを待つ。そして、カナコは重い口を開いた。






「 ………実の母親からの虐待よ」











カナコの発言は過去の記憶を含めて、俺が今まで生きてきて最も驚愕させる一言だった。


「ちょっとまて!! あの人がそんなことするわけない!!! 」

「ちょうどあなたと別れてからだから、あの子が七歳の誕生日に急に始まった。そして二年続いたわ、途中から命も狙ってきていたわね、その頃は親子ふたりで生活してたから逃げ場はなかった、身体の傷跡や希の症状はそれを裏付けるものだわ」

俺は混乱していた。そんなはずない。だってあの人は希ちゃんに優しかった。

「陽一、よく思い出してみて、まだ完全に思い出してないでしょ!! 」

そうだった。俺は目を閉じる。

最後におかーさんの記憶が流れ込んでくる。あれっ!? この人誰だ?

暖かくて、優しい人だ。希ちゃんをみーちゃんと呼び母親のように接する。知らない人からすればこの人が母親であることは疑う余地はないくらい。当たり前で自然だった。

そう自然すぎるからこそおかしい。

だってこの人は俺が知ってる希ちゃんのおかーさんとは違う。

今度は百合子さんが実の母親じゃないことに揺れていた。そして、カナコを問いつめる。

「百合子さんは何者だよ!! どうしておかーさんをやってるだよ!? 」

「希の実の母親は雨宮総一郎の妹だと思う。百合子は総一郎の妻だから、希との関係は叔母と姪になるわね。どうして母親だと称しているかはわからないわ。でも希をみーちゃんなんて呼ぶことに違和感はずっと感じてた。私が百合子を嫌いなのはそこよ。あの女はきっと希のことを見てなんかにない、母親としてやっていることは完璧かもしれないけど、別の誰かなのよ、みーちゃんと呼んでいる子は、私にはそれがどうしても許せない!! 」

カナコが強い怒りを見せている。相当気に入らないようだ。

「なるほど、嫉妬だけじゃなかったんだな」

どうりで百合子おかーさんを嫌っているわけだ。カナコはなにより希ちゃんを大事に思っている。誰かの代用にされるなんて許されざる行為なのだろう。

「前に百合子の家はカッコウの巣だと言ったことがあったでしょ? カッコウは他の鳥の巣に卵を生んで育てさせるの。他の鳥はその子を自分の子供だと思って育てるからそう例えたんだけど、

もうひとつ違う意味がある」

カナコの言葉はだんだん熱を帯びてくる。そんなカナコに違和感を感じながら俺は確認する。

「もうひとつの意味? なんだよそれは」







「カッコウの巣はね、英語で精神的におかしくなった人を指すの」

カナコの目が妖しく輝く。口を開き白い歯と赤い舌を覗かせニィと笑う。俺は背筋が凍る思いがした、カナコとは会ってから日は浅いがそれなりに信頼している、怖いと思ったのは初めてだった。

「ど、どうしてそんなこと言うんだよ」

「どうして? 決まっているわ、周りが異常だからよ。みんながみんな百合子の嘘にわかっててつきあっている。周囲の環境も百合子に合わせられている。病院や学校にも手が回してあるんじゃないかしら? 忌々しい!!
不可解なことだらけよ。何をたくらんでいるかわかったもんじゃない。今までは陽一の成長のために見逃してあげたけど、もうあなたの魂は存在を得たでしょう? すべて知る必要があるわ」

カナコは真実を暴く探偵のように宣言する。俺はそんなカナコを悲しく思いながら訴える。



「カナコ、やめよう」

「どうして? あなただって知りたいでしょう! 真実が、あの女はこっち騙してるつもりなのよ」

俺は首を振る。

「俺には何となくわかるんだ。理由が」

「なによそれ!! どういうことよ? 」

「服がさ、新品じゃなくて古い物で希ちゃんには少しだけ大きいくらいだった。机とかベットもそうさ。俺はそれもあったからここの娘だって全く疑わなかったんだけど、同じ年頃の別の女の子がいたことがあるんじゃないのか? 」

「そ、そんなの確かめたわけじゃないでしょう」

カナコがたじろく。俺はさらに続ける。

「それからな、おかーさんは車をすごく怖がってる。今考えるとあんなに怖がるなんておかしいんだ。しかも一緒に歩いて帰ったときも、道に車が通りすぎるたびに体がこわばるんだぜ。きっと希ちゃんと同じさ。なにがあったかなんて考えるまでもないよな。思えば一番最初を間違えたんだよ。何も知らなかった俺が笑顔で『おかーさん』なんて言うもんだから、今まで悲しかったおかーさんはうれしくて受け入れてしまったんだと思う」

それでも違うのは、偽物で、対象は違ったかもしれないが本物の愛情を注いでくれたってことだ。
……俺に、俺だけに、前世の母親は最初から実の子と他人の子を区別してた。前の母も愛情をもらわなかったわけではないが、斎が生まれてからはそっちに集中してたし、途中からは気味悪がれた。


「大した推理ね名探偵になれるわよ。じゃあ周りのことはどう説明するのコナンくん? 」

「どっちかというと、はじめがいいな。お父さんとおじーちゃんの仕業だと思うけど、精神科医の西園先生がからんでるから、専門家からもOKが出たんだと思うよ。実際の百合子おかーさんの実績はカナコも認めてるんだろ? 」

「そうね。じゃあ最後に聞かせて、はじめ」

「これいいな。なんだい? ふみ」

「私そっちの設定なんだ。どうしてそこまで百合子ことがわかるの? 」

「心病んだ母親を何度も経験しているからなぁ はぁ~ 三度目の正直が二度あることだったとは、なあカナコ許してあげられないか? 百合子おかーさんのこと」


カナコはあっけにとられたようだ、口を開いたまま止まっている。その後、クスッと吹き出す。

「ふふふっ ……そういえばあなたそうだったわね。納得したわ。百合子のことはまだもやもやしてるけど、あなたに任せるわ」

俺はいつものカナコに戻ったことにほっとしながら、お互いに笑いあった。



過去の俺は前世のチートを活かして自尊心を満たし、好きな創作を職として、お金に余裕ができてからは、なんでも買って、風俗にも使った。楽しかったし充実したと思う。だがどこかむなしさや空虚な気持ちを抱えていた。希ちゃんに会ってから少し変わったと思う。それも希ちゃんと突然別れてからは、むなしさ空虚感がますます強くなり、何をしてものめり込めなくなっていた。そんな自分の気持ちがようやく満たされた気がする。百合子さんの注いでくれた愛情は俺のなかに確かに大きなちからとして生きているのだ。

そして、そのちからはきっと希ちゃんを守るために使うことになるんだ。

俺は希ちゃんのために生きよう。誰に言われるでもなく、俺はそう決意した。



まずはすべてを知らなければならない。





「カナコこっちの質問に答えろよ。詳しく聞きたい」

カナコは真剣な顔になると少し目を伏せて話す。

「今から話すことはひどく残酷な物語よ」

「わかってる。こっちも覚悟を決めたよ」

「希はあなたと別れてから離婚した母親と一緒に引っ越したけど、そこは悪霊のすみかだった」

「悪霊? 」

「そう。しかも、悪霊は優しかった母親に取り憑いたの。そう表現するしか希にはあの悪夢を受け入れることはできなかった」

「……」

「母親がなぜ希を殺そうとしたかはわからない。あなたの記憶にあるようにいつもはいい母親だったのかもね。それが希が7歳になってから、急に人が変わったように虐待するようになったって聞いた。そして、時間が経つと元に戻るの。いつも自分のしたことで泣いていたそうよ。私が希と会ったのはその頃よ。私にとってはあの女は最初から敵だった。もしかしたら多重人格だったのかもしれない。しかもだんだん狡猾になってね。いつ変わったか見極めるのが困難になってきた。たまに食べ物に毒を混ぜるようになった。それがトラウマの一つね。捕まることがあったけど、ひどい目にあったわ。黒い女はなんとなく覚えているでしょ? あんな感じよ。あの女、人格が変わっているときは基本的に笑顔なのよ。よく首を絞めながら心底楽しそうにこちらを見てたわ。そして、だんだん変わる時間が長くなって、行為もエスカレートしてきた。浴室やコンロ、包丁、植木鉢、そして、命の危険に変わった。それからは必死だった。今でも観察力と気配の動きには自信があるわ。あの女強かったから力ずくではかなわなかった。ちいさい子供が本気の大人相手に逃げるからそれはもう鍛えられたわ」

重い話だった。あんなにいい人が変わってしまうなんて信じられない。
やはり離婚が原因なのだろうか?



「希ちゃんはお父さんのころへ逃げなかったのか? 」

「残念ながら、父親は死んでいるの」

「はあっ? まさか俺の記憶だと離婚したはずだぞ」

「離婚自体は事実よ。希が旧姓を名乗っているから、でも死んだことと離婚は別問題よ」

「たしかにそうだな。じゃないと二年も過ぎて父親が全くからまないのはおかしいからな」

「その時期から学校に通ってたけど、いじめられていた。でも、途中からは学校はましになった、なんせ私がクラスメイト全員屈服させたからね」

「そういえば前のクラスメイト一回だけ会ったけど、小学生のくせに敬語使ってたし、カナコ、何やったんだ? 」

「主に暴力でね。それに未知の力を人間は恐れる。あの年頃でも自分が触れてはいけないものはわかるわ。いえ、わかるまでじっくり教育したもの。ふふふっ クラス変えたり転校した子が何人いたかしら? 幸い口は堅かったみたいだけど、あの学校の先生で気づいた人間はいなかったわ」

恐るべし。カナコさん

「それからは学校が唯一休まる場所になった。学校の先生からはいつも眠そうにしてる生徒としか思われていないはずよ」

「大人は誰も助けてくれなかったか? 助けを求めなかったのかよ! 」

「7歳の子供に何ができるっていうのよ。当時のことは雨宮家は知らないしこっちも知らなかったわ。あの子にとってはあの場所で頼ることができたのは、私を除くと、まともなときの母親だけだった。それに虐待したあと母親はいつも泣いて謝っていた。あの子も母親が好きで必要だったから、私にもどうすることもできなかった。共依存関係ね。お互いに必要としながら、破滅へ進んで行くのだから、それが一番悲しいことね」

「母親はどうなった? 」

「行方不明よ。年明けたくらいかしら、急にいなくなってね、理由はわからない。私はほっとしたけど、希は母親を求めて、あの黒い女を作ってしまった。そいつもなんとか苦労して封印したけど、希の心はそこで一度折れた」

「折れた? 」

「毎日が命をねらわれる緊張感の連続で、急になくなって気持ちがゆるんだの。同時に母親から見捨てられた悲しさからよ。危なかったのは食べ物も摂取できなかったから、衰弱して私が気づいたときには動けなくなった。不審に思った人間がいて家まで入ってくれたのは運が良かったわ。その後は当然病院に入院することになった。雨宮家はそのとき初めて知ったんじゃないかしら。とにかく命は助かった。でもあの子はまだどこかであの母親を信じてる。だから、百合子のことはあの子の心の癒しにはならないのよ。あなたには必要だったけど、希は百合子のことは眼中にないわ。話はここで終わりよ。あとの話はわかるわね?」

「ああ、苦労かけたな」

俺が死んだことで、希ちゃんは完全に心を閉ざし、外に出る気力を失った。とりあえず、体を動かすために俺が作られうまくいくと思ったが、斎に会ったことで真実を知ってしまう。そこで俺は消滅したが、希ちゃんとカナコの尽力でここに存在することができる。

「そして、今いるのは俺の家か」

「そろそろ帰る時間ね。斎と一緒に帰るといいわ」

「そうだな。妹と話すのも久しぶりだな。 ……って、カナコさんそのハンマーは何でしょうか? 前見た奴と違いませんか? 」

「100トンハンマーよ。女性が男を制するためのもので、『してぃはんたー』はコレをよけることはできないの」

「いいかげんこのパターンは辞めませんか? 」

「いってらしゃい。これからよろしくね。陽一」

人の話を全く聞かないカナコさんは軽々とハンマーを上段に振りかぶると、勢いよく降りおろした。

グシャと音がする。

それは飛ばすんじゃなくて潰してると思うんだ。

自分が潰されると同時に足下が崩れて落ちていく。もう何でもありだなココ。


ーーーーーーーーーーーーー

俺は目を覚ます。懐かしい自分の部屋だ。もう来ることもないかと思っていたが、懐かしいと感じている。








俺は浅野陽一なんだよな?

そんな疑問がよぎる。

死んだ魂は拡散してしまうとカナコは言っていた。ならば俺はコピーの精度が上がっただけで、記憶にある偽者と変わらないのではないか?

う!? 

考えるな! 細かいことは忘れてしまおう。不安な気持ちはこれからも苦しられるだろうけど、なんとか自分を騙していくしかないか。俺には使命がある。そのことに集中しよう。





トントンとノックの音が聞こえる。

「希ちゃん、起きてる? 」

「は~い、斎君いますよ」

「えっ? おにいちゃん」

急にドアが開く。斎が慌てた顔で入ってくる。私を見てがっかりした顔になる。

「なんだ~ 希ちゃんか、びっくりさせないで、おにいちゃんかと思ったよ」

なんか昔の呼び方になってるな斎。ここは少しつきあってもらうか。私は希モードになって話しかける。

「斎おねーちゃん、私ね、陽一おにいちゃんからね、物真似を習ったことがあるのだから、ちょっとだけ演技につきあってね。今から私はおにいちゃんだから、どんなこと言っても怒らないでね」

ずきりと痛む。

「わかったわかった。じゃあ ……兄貴」

斎は苦笑いしながら、私にあわせてくれる。すまんな。斎

俺は偽者かもしれんが少々つきあってくれよ。

「元気か斎君? 彼氏はできたか? 」

斎はちょっとだけ驚いた顔をしながらも答える。

「最初に言う言葉がそれなの。兄貴、まだよ。残念ながら」

「彼氏の一人でも見つけないとな。おにいちゃんに気を使わなくていいんだぞ」

「なによそれ! そんなんじゃないって、今の仕事好きでやってるから、本当に暇がないの」

「そうか好きでやってるならいいよ。好きなことを仕事にできるのはいいことだ。おまえの夢だったもんな」

斎は下を向いて黙ってしまった。あれ!? 何か傷つけるようなこと言ったかな?

「どうした? おにいちゃん何かいけないこと言ったかな? 」

「ねぇ ……本当のおにいちゃんじゃないの? そんなこと知ってるなんて」

斎は顔を上げると何か求めるような目でこっちを見てる。

「違うよ。斎、浅野陽一ことおまえのおにいちゃんは死んだ。それはわかっているだろう? 」

「そうだけど、そんなこと知ってるなんて、おにいちゃんしかいないもん」

なんか幼児退行してるな斎、ちゃんと説明しないとな。

「わかりにくいかもしれないけど、俺は希ちゃんの力で生きているんだ。記憶と魂もあるけどリサイクルされてるし、おにいちゃん本人じゃないんだ」

なんか偽者って自分から言うのはきついなぁ。でも事実だし、変に期待させるのもかわいそうだ。 


俺は最後に宣告する。

「だから俺は本物じゃない」




斎はまだこっちをみつめている、無垢で透明な子供の目だ。俺が告げた真実など少しも気にしてないようだ。斎はささやくようにつぶやく。



「どうだっていいんだ。そんなことは、私の今感じてる気持ちは本物だもん。細かい理屈なんていいよ。例え希ちゃんの物真似でも私が希ちゃんの中におにいちゃんがいると信じているなら、それが私の真実だもん」






ああ、ありがとう斎、血のつながった妹。



俺は希ちゃんから再び生まれたから、あの子のために生きる覚悟をしているけど、まだどこかで自分の存在を不安に思っていたんだ。

おまえの言葉で認められて、俺は自分が浅野陽一だと信じることができる。信じてこれからも生きていける。おまえの言葉でやっと俺は完全になれる。







「ありがとう。斎、おまえが妹で良かった」

「私もおにいちゃんの妹で良かった」

斎は笑ってくれた。

俺は浅野陽一とは別人だけれど、それを受け入れて生きていこう。






ふとみると天井から光が射している。俺の周りを優しく包んでいる。

暖かい光だ。

ああなんて気持ちがいいんだ。体が浮かぶようだ。赤ん坊が母親に抱かれるような暖かさ、かつてない幸福感、恍惚に満たされ、身体が天に上っていく。どこまでもどこまでも





「……逝ける」








「逝くなあああああああああああああああああああ」

俺は地面に叩きつけられた。さっきまでの幸福感が嘘のようだ。羽をもがれた天使。あるいは羽衣とられた天女だった。

顔を上げると地獄の鬼がこちらを睨んでいた。

「誰が鬼よ!! 」

「なぜバレた。カナコ」

「顔を見ればわかるわよ! 」

カナコは俺の胸ぐらを掴むとカツアゲするヤンキーのように凄んできた。

「なに勝手に成仏とかしようとしてるわけ? 」

「なぜと申されましても、なんか幸福感でいっぱいで未練なんかないと思ってしまって…… ごめんなさい」

「成仏なんかしたら、あの世まで追いかけて、ここまで引きずり込んでやるから」

「ずいぶん質の悪い鬼だな」

「お願いよ。ここにいて、希の為に」

さっきまでの勢いが嘘のような、しおらしいカナコを前して、俺は戸惑ってしまう。カナコは目を伏せて、すがるような目でこっちをみてる。

「わかった。悪かったよ。俺も今の状態が良くわかってないところがあるから、今度は成仏しないように気をつけるよ。うん! 」

なんかわけがわからないことを言っているな。俺、成仏しないようにってなんだよ? 普通は逆じゃないか? 

カナコは下を向いてボソッとつぶやいた。

「ぷろぽーずまでしておいて、勝手に逝かないでよ、責任取りなさい…… 」

は? 

なんかとんでもない地雷発言が聞こえたような、気のせいか?

それよりも斎だ。斎

どうにか戻って再び話す。

「そうだ、斎、親父とかーちゃんは元気か? 」

斎はうつむく。

「おとうさんは大丈夫だけど、おかあさんは心配だよ。落ち込んでるみたい。変なこと言い出すし、おとうさんの話だと、一時的なものだから、ゆっくり休めばきっと元に戻るって言っているけど… 」

「へぇー、てっきり俺が死んでせいせいしてると思ったんだけどな」

「最初はそんな感じだったけど、おとうさんが珍しく怒っちゃってさ」

「すげーレアだな。それ俺が大学辞めたときも、長年引きこもっていたときも怒ったことなかったのに」

「今になってわかったけど、5年前からお金渡したでしょ。おにいちゃん、それまでは、いつ就職するのか、おとうさん心配してたよ」

「お金の力は偉大だな。そうだ、斎」

俺は今の話から大事なことを思い出した。これは死んだ浅野陽一の意志でもある。

「何? おにいちゃん」

「斎、実はなおにいちゃんには秘密があるんだ」

「もしかして… 」

「俺には前世の記憶があるんだ」

「やっぱりそうだ。前世はアトランティスの戦士だとでもいいたいの」

斎は苦笑いしている。

「あ~、あれな、割としんどい前世を誤魔化すために作った創作話なんだ」

「子供の頃は信じたわよ。今は信じてないけど、前世って何? 」

「おまえさ子供の頃の俺を不思議に思わないか? 全然子供らしくなかっただろ。勉強しないくせに成績トップだし」

「そういえば、高校に入るまでおにいちゃんが宿題以外で勉強したとこみたことないよ」

「それから、俺の仕事はもう知っているな? 」

「作家さんで、しかも新進気鋭のすごいペースで本出してたんでしょう? 」

「そうそう、出版社からしたら俺は怪物だそうだ。ありえないペースで本出しているし、ストックがあるにしてもありえないってさ、おおげさに言っているだろうけど、当然盗作も疑われたよ、正解だけど、でも見つかるわけないよな、この世界にはないだから」

「斎ちゃんシリーズは? 」



らめええええええええええええええええええええええええ、

俺は何とか正気に戻る。同じ技で何度もつぶされてたまるか! 


「ぐっ……やはり知っていたか、これは俺のオリジナルだ。これでも前世で物書きで食っていくつもりだったからなぁ。全然売れなかったけど、洒落で書いたんだけど、評判よくてさ、俺もプライドはあったし、盗作してるうしろめたさもあったから、これは頑張って書いたよ……読んだ? 」

「10巻まで読んだよ、おにいちゃんの気持ちは良くわかったよ ……この変態」

斎の赤くなりながらも抗議の目が痛い。

俺の股間の集中線がズキューーンものだ。

やべ! 創作意欲わいてきた。今日はなんだかいけそうな気がする。


「違うんだ。斎、これはな、創作でさ本当にしたかったわけじゃないないんだ」

「だいたい、実の妹にあんなこと……」

斎は顔を紅潮させて、手と足をもじもじとしている。








天・元・突・破

俺の男の尊厳はかつてないほど高まっていた。



はっ?

これ以上はまずいな。万が一シンクロでもされたら、子どもの心が穢れてしまう。

自重。自重。

「とにかく、俺がただ者じゃないことはわかっただろ。それから、今出してるシリーズはちゃんと完成してるから、出版社に持っていけ。部屋のアダルトDVDの棚に混ぜてあるから」

「なんでそんなところに混ぜるのよ!? 」

斎は頭を手で押さえながら、苦々しく問いかける。

「だって木を隠すなら森の中って言うじゃないか」

「私に確認しろっていうの!? 」

「そう」

「おにいちゃんの変態、妹にアダルトDVDを無理矢理みせるなんて」

「そう考えるとなんか興奮するよな」

いい加減にしろ俺

「あたま痛い。でもおにいちゃんの本のファンがいるんだものしょうがないね。まさか希ちゃんにさせるわけにはいかないし」

「そうなんだ。だから頼むよ。それから後でコピーをくれよ、確認しときたいんだ」

「わかったわ。これからどうするおにいちゃん? 」

「帰るか。今の私は雨宮希だからな。そろそろ戻らないと、おかーさんが心配する」

「へんなの。帰ろうかおにいちゃん」
   


こうして、雨宮希とカナコの浅野陽一復活の旅は終わった。俺にとっては死んで生まれて衝撃の事実と密度の濃い時間だった。


だが、俺の人生は続いていく。

俺たちの戦いはこれからだ。






        












嘘です。ジュエルシード事件ははまだ終わってねー


余談1・・・斎は苦労して俺の小説データを見つけた。50本のエロDVDから見つけるのは苦労したはずだ。ラベルまで偽造したから、中身を確認するまでわからないなかったはずだ。「妹モノの多さに絶望した」は斎の談である。

ちなみに偽造したラベルのタイトルは「妹は女教師」だ。

余談2・・・出版界に激震はしる、亡くなった新進気鋭の作家アサノヨイチ氏の新作が大量に見つかった。数にして5000本。その膨大な数に出版界では中堅に過ぎない民明書房は業界トップに名乗りをあげることになる。読者の眠れない日々が続きそうである。

噂によると本名浅野陽一氏は古代王国の子孫でその記憶を継承し、本にしたという、その噂の根拠となったのが、古代王国の研究者である冬月教授に多額の支援がされたことがそれを裏付けるといわれている。

余談3・・・遺跡発掘集団ネオアトランティスただの大学教授が主催するサークルに過ぎないが、いろんな意味で今注目されている。業界トップの出版社からの多額の援助。人類未曾有の規模の海底遺跡の発見である。世界四大文明より古く、幻のアトランティスではないかと噂もあり、その文明レベルは考古学の常識を根底から覆すのではないかと言う学者もいるほどである。彼らが世界に羽ばたく日が来るかもしれない。

余談4(月刊ムウ2月号より抜粋)・・・この世には私たちの知らない世界がある。悪霊、祟り、妖怪と退魔士、超能力者、魔法使い、宇宙からの侵略、次元管理局を名乗る組織、今回はある情報をキャッチした。世界各国の組織が躍起になってアトランティスの最終戦士という男を調べているそうだ。なんでもこの男、異世界の技術に関する情報を持っているそうだ。この世界にはごくまれに革新的な技術を開発する人物が現れるという。

有名なのが中国に実戦配備された『先行者』である。開発者は研究途中で派閥闘争に巻き込まれ、育毛剤と偽った毒薬で暗殺された。未完成にもかかわらず、その運動性能は日本陸上自衛隊の主力二足戦車『アシモ』に迫る勢いだという。しかし、開発者の技術に誰も追従できず完成の見込みが立たない状態だ。

噂ではこの男、某国の暗殺者に事故を装って、殺されたそうだ。本当なら残念な話である。

次回は日本に溶け込んだ妖怪と怨霊たちと退魔士を大特集。羽のついた天使、刀に宿る怨霊、双子の猫娘、狼女、雷少女、白い悪魔、4つ騎士の亡霊たち、吸血鬼の一族、片目の髪女、妖怪車椅子、妖怪大戦争、鹿児島の退魔の一族、警察官から退魔士になった男、退魔士が裸足で逃げ出す最強の妖怪ひがしはら、廃屋で殺された少女の霊、怨霊この子のななつのお祝いに、今時VHSなんてみねーよとそっぽ向かれがちなテレビから出てくる井戸女、封印された九尾、総力を挙げてお送りするよ。

次号を待て!!

余談5・・・俺の記憶は完全に戻った。希ちゃんに再生されたことが影響されているかもしれない。彼らのことも思い出してきている。そう俺は奴らにアブダクションされ、記憶を操作され、任務を与えられた。主に地球人の調査を行っていた。さまなざな生態調査と斎ちゃんシリーズも転送していた。そのことに疑問を抱くことは全くなかった。

今は違う。

転生した記憶は奴らのインプラントによる副作用だと思われる。だがそんなこといいのだ。逆に感謝しているくらいだ。俺が許せないのは奴らは俺からカミを奪ったからだ。その報いは受けてもらわなければならない。しかし、やつらは巨大だ。手の打ちようがない。ここを出てすぐに俺の部屋に泥棒が入ったそうだ。部屋は荒らされていなかったそうで、何を取られたか俺にしかわからないが、蛍光塗料のような色で、質感がアメーバ状の奇妙な足跡が残されていたそうだ。誰の仕業かはわからないが、おそらく奴らだと思われる。一度調査主任のジョーンズ氏とコンタクトを取ってみようと思う。

謝罪と賠償を求めるつもりだ。

作者コメント

この作品にはさまざまな作品のネタを使っていますが、使用した作品の重大なネタバレになりそうなときは注意を入れていこうと思います。今のところそこまで使う予定はありません。

ようやく本編に戻れる。



[27519] 第二十七話 再び管理局と女の友情
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/08/11 19:20
第二十七話 再び管理局と女の友情


家に帰りつく。外はもう暗い。晩ご飯を食べる時間だ。少しだけ遅くなってしまった。帰る前に電話をかけて学校の先生と一緒だと伝えておいたので、おかーさんも安心したと思う。

……百合子さんと言うべきか?

ただこれからのことを思うと気が重い。私は真実を知ってしまった。百合子さんが悪い人間とは思えないが、遅かれ早かれ、俺の方から話を切り出さなければならないだろう。

「ただいま~ 」

家に入る。記憶が完全になった今は余所の家にお邪魔したような気分だ。少し前までは自分の家のつもりだったから、奇妙な感じがする。

……

ん? 返事がないな。いないのか? 玄関で待っているのもなんだから、さっさと上がってしまうか。

「おかーさん? いないの~ 」

以前の私がしていたように振る舞う。前は自然にできていたが、違和感を拭えなかった。

いつもご飯を食べるリビングと台所にはいない。どこかな? 料理の準備はしてあるみたいだし、風呂かトイレかな?

歩き回ると明かりがついた部屋を見つける。ここはおかーさんの部屋? 今まで入ったことはない。ドアが少し開いている。私はなにげなく部屋をのぞき込む。

なんだここにいたんだ! 帰ってきたのに気づかないのなんて、百合子おかーさんどうしたんだろう?

「おか…… 」

私は呼び止めようとして思いとどまる。百合子さんは部屋の真ん中にペタンと座り込んでる。背中はこちらにもわかるほどがっくりと落としている。その横顔はいつもニコニコして柔らかく暖かい笑顔ではない。目の輝きは鈍く曇っていて、どこを見ているのかわからない。陰鬱でどこまでも暗い。魂が抜けたような表情だ。

誰だろうと思わずにはいられない女性だった。

手には何か握られている。写真か? ここからはよく見えない。

「おかーさん? 」

私が思わずつぶやくと、ピクッと動き、ゆっくりと首をひねり、顔だけがこちらを向く。

「みーちゃん? 」

百合子さんはうつろな顔のままつぶやき、すくっと立ち上がりこちらに近づいて私の前に立つ。

「あの? 」

「おかえりなさい。今日は遅かったのね? 」

あれっ!? 瞬きする間に表情はいつもの柔らかい顔に戻っていた。さっきまでの表情は幻のようだった。

「……うん。ただいまって言ったんだけど」

「ごめんね。少し疲れて休んでいたのよ。そうだ! 今日の晩ご飯はあなたの好きなわかめにしてみたの」

百合子さんはいつもの調子だった。だが写真をこっそり懐にしまうのを私は見逃さなかった。私に見られてはまずいのだろうか?

「ほんと? うれしいなぁ~ 」

こっちも誤魔化すように不自然なくらい明るく喜ぶ。百合子さんの様子が気になってそれどころではなかった。

「今日ね。高町さんと会って、この間のお礼と旅行の事聞いたの。みーちゃん、わかめをおいしそうに食べてたって、ふふふっ、楽しみにしててね」

「ゆり…… おかーさん」

「…………どうしたの? おかーさんの名前なんか呼んじゃって? 」

おかーさんは少し沈黙してから応える。表情に変化はない。

??

「なんでもない。あ~ 楽しみだなぁ~ わかめ」

なんかすごくしらじらしい芝居をしている気分になる。監督からNGくらいそうなひどい出来だ。





その日のわかめは確かにうまかった。


びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛






ひとり部屋で考える。

言えるわけないよな~ 

あんな顔を見てしまったら無理に決まってる。今の奇妙な親子関係を崩してしまったら、百合子さんはどうなってしまうかわからない。私がたったひとこと言うだけで崩れてしまうのだ。私もあの居心地の良い百合子おかーさんとの関係が変わってしまうことを恐れていた。もう少しだけ、そう少しだけ、今の関係を続けたかった。

(カナコ。ごめん。俺、今は無理だ)

アタマの中でため息が聞こえる。

(はあ~、まあいいわ。私、百合子の事はあなたに任せるって言ったもの。どうしようが知らない! 断っておくけど、私は百合子の事を認めないし、許すつもりはないから、あなたの勝手にしなさい! )

怒ったようななげやりな返事を返す。

(ほんとごめん。でもそう言ってくれて助かるよ)

カナコの気持ちを考えれば、今の状態でいてくれるだけでかなり譲歩してくれているんだと思う。

結局、私は百合子さんとの奇妙な親子ごっこを続けることにした。

(まだ、ママのおっぱいが恋しいのね。百合子なんか捨てちゃって、私がママになってもいいわよ)

カナコにからかわれた。くやしい。



次の日の朝

久しぶりの学校

実質的は二三日しか経っていないわけだけれど、私に起こった事を考えるとものすごく時間を感じている。

アリサちゃんとすずかちゃんとの会話も、前の私を意識すればそれほど難しいものではなかった。

今の私が最初に転校してきたとしたら、どうだったろうか?
ふとそんなことを考えた。おそらく友達にはなれたかもしれないが、最終戦士だった奴程早く、深く仲良くなることはできなかっただろう。いろいろ考えてしまうのだ。そういう意味ではアイツは私という存在のかけらでありながら俺を超える側面を持っていたと言える。

あのイタいコスプレ野郎に負けてるなんてなんかむかつく。見てろよ。俺はおまえなんかには絶対負けないからな。

(その意気だ)

アイツの声の幻聴が聞こえた気がした。



授業は退屈で少しげんなりする。今ならアリサちゃんの気持ちが分かる気がする。

唯一の楽しみは斎の授業だ。「斎先生」の授業はみていて微笑ましい。俺が斎によくやっていた絵本の読み聞かせの手法を上手に活用している姿は不覚にも目頭が熱くなった。立場は生徒と先生だが、妹の職場を見守る兄の気分だ。

俺が死んでも、俺が斎に残したものはあの子の血となり、肉となり受け継がれていくのだろう。




ある日の斎の国語の授業中、俺は立派な先生になった斎を感慨深く思いながら、思考にふけり、声をかけられていることに気づかなかった。

「雨宮さん? 」

おっと! まずい。今の俺は希ちゃんだった。ちゃんと私になって答えないといけない。

「は、はい、斎おねーちゃん」

あ? しまった! ここ学校だった!

「コラッ! 学校では浅野先生でしょ? 駄目だぞ」

斎は優しくたしなめる。ああなんかいい。これのために授業に後3年出てもいいな。

「ごめんなさ~い」

クラスからくすくす笑い声が聞こえるなか、バキッと何か音が聞こえた。後ろを振り向くと担任の先生がものすごい笑顔で斎を見つめていた。右手に持ったボールペンは見事に折れていた。

あれっ!? 変だな。笑顔なんだけど、ものすごいプレッシャーを感じる。黒いオーラみたいなものも見える。

「浅野先生? 」

顔は笑顔で声もいつもの調子だが、ナニカが違った。

「は、はい、何でしょう? 」

斎も何か不穏なものを感じたのか。戸惑った様子で聞き返した。

「授業が終わったら、お話があります」

「せ、先輩? 」

斎の声はプルプル震えていた。

「ここでは先生でしょう? 」

担任先生はゆったり穏やかではあったが、逆にそれが奥に秘めた黒い感情が荒れ狂っているように見える。








その後、片手でズルズル引きずれながら斎は職員室に引きずられていった。すごい力ですね先生。

「おにいちゃん。たすけ……」

最後まで言い終わる暇もなく、無情にもドアは閉まる。私にあの扉を開ける勇気はなかった。

聞き耳を立てるが、何も聞こえない。一時間程粘るが、結局ふたりは出てこなかった。




さらに数日が経過した。あの日以来斎先生の姿を……




なんてことはなく、斎先生は普段通りに授業をするようになった。ただ私に問題を当てたり、声をかけるときに必要以上に緊張するようになった。




希ちゃんは最近は図書館までは良く出てくるようになったが、あいからず外には出たがらない。俺もなかなか言い出せなったし、カナコも焦らなくてもいいと結構楽観的だった。

図書館は俺が再生したことで、完全に正の方向へ傾き、黒い影は実体化することすら困難な状態らしい。黒い女も同様でジュエルシードが片づいたら封印を解いて、希ちゃんに向き合わせることも考えているそうだ。そうすれば、年上女性への恐怖、被毒妄想による拒食症状、首や肩に触れて発症するフラッシュバックも大幅に軽減されると言っていた。

今のカナコは仕事はあるが、空いている時間が増えて暇になった。希ちゃんと出会ってからは初めてということだった。それまでは、希ちゃんのおかーさんと毎日知恵と能力を駆使して戦っていた。いなくなってからも希ちゃんの心のケア、黒い影との戦い、封印の確認、周囲の状況把握、前の俺の監視、魔法と格闘訓練等忙しくてゆっくりする時間がなかったそうだ。

カナコは希ちゃんが図書館に出ているときには話し相手に、空いた時間でイメージトレーニングをしながら、最近は俺の部屋に入り浸るようになった。記憶にある書籍や漫画を漁っている。カナコの力を使えば俺が一度でも読んだことがあれば、その映像を引き出せるそうだ。読み返したい本や漫画はたくさんあるからぜひ今度みせてもらいたい。

でも何でもということはプライバシーの侵害とかそういうレベルじゃない気がする。ちゃんと配慮するとか言ってたけど、怪しい。

エロいものには手を出すなと言っておいたが心配だ。

数学課題とか、泡姫日記とか、見られたら昇天してしまう。「フの遺産」もあるしな。



そして、今日はなのはちゃんが登校してきた。ちなみになのは様と心の中で呼ぶのは辞めた。

俺の黒歴史指定である。

(おい! ちゃんとなのは様と呼べよ! )

ん? なんか今聞こえたか?



なのはちゃんが出てきたので、希ちゃんも久しぶりに外に出てシンクロしてくる。

「なのはちゃん、よかった元気で」

すずかはなのはちゃんの両手を握って喜んでいる。そうか! ここはあの場面か。少し野次馬根性が出てきた。

「うん、ありがとうすずかちゃん、…ん、…アリサちゃんもごめんね…」

なのはちゃんはアリサには申し訳ない感じで少し声が小さくなる。アリサは背中を向けて腕を組んで首だけこちらに向けている。

「ふん …まあ良かったわ元気で」

「「ふふふっ…」」

そんなアリサの様子をみて二人は顔を合わせて笑う。なんか私の入る余地がないなぁ

「なのはちゃん …久しぶり」

「…希ちゃん」

なのはちゃんはなんだか複雑な顔をしている。どう話をしようか迷っていると、希ちゃんが勝手に動いて、なのはちゃんに抱きつく。

「な~の~はちゃん」

「うひゃっ!?  希ちゃん。どうしたの? 」

なのはちゃんは急に抱きついた私に戸惑っているようだ。私は抱きつきながら、耳元に口を寄せると他のふたりに聞こえないようにささやいた。

「後でお話聞かせてね。私たちのこともちゃんと教えるから」

「う、うん」

なのはちゃんは小さくうなづいた。希ちゃん案外積極的だな。私たちのことも話すつもりらしい。

「何ふたりで内緒話してるのよ~」

アリサは内緒話が気にいらないのか、噛みついてくる。

「あ~らアリサさん、嫉妬かしら?」

「違うわよ。その馬鹿丁寧な言葉ムカつくわ。アンタ何か知ってるんじゃないの? 」

ほう鋭いな。今のは当たってるぞアリサ、でも今は語るべき時じゃないんだな。私は軽口で返す。

「まさか~ 私はただ素直になれないアリサちゃんが可愛いって言っただけよ。もっと素直に喜べばいいのに」

「なっ! …何言ってのよ。そ、そんなんじゃないんだから!! 」

アリサは図星を突かれて赤くなっている。さすがは正当なツンデレ種。セリフの破壊力が違う。私はアリサの肩を両手でガシッとつかんで訴える。

「アリサちゃん!! あなたはずっーーーとそのままでいてね! あなたの存在はこの世界では絶滅指定種で貴重なんだから」

「なによそれ? アンタの言うことはわかんない!! それから、その目はやめてよ。なんかパパやママが私を見るときの目にそっくりよ」

「ふふふっ」

こうして、アリサをからかいながら、なのはちゃんとの再会を果たした私たちだったが、ここで物語は大きな動きを見せる。

アルフが負傷してアリサの家で休んでいる。休み時間にその話になり、私たちはアリサの家に遊びに行くことになった。

昼休みもなのはちゃんとお話する。希ちゃんとは朝から俺とシンクロしたままで、表に出ている時間が長かった。新記録だなこれは。しかし、終わる頃には疲れた~と言って奥に引っ込んだ。こんなに長くシンクロしたのは初めてだった。

俺も何だか頭がぼーっしているし、くらくらしてきた。熱もあるみたいだ。それに気づいたなのはちゃんが手を当ててきた。ああ冷たくて気持ちいい。

「わあ!! 希ちゃん熱があるよ。大丈夫?」

慌てるなのはちゃんを微笑ましく思いながら、心配させまいと笑顔を作る。

「大丈夫! ちょっと熱っぽいだけだから、休めば良くなるよ」

それでも心配そうななのはちゃんは












「ちょっとアタマ冷やそっか? 」

言った。






え!?


「ひいいいいいいいいいいいいいいいいい」

「なんでそんなに怖がるの? 」

それは十何年たったときに明らかになるでしょう。





(カナコ、なんか体調があまり良くない。アタマはぼーっとするし、昼食べたばかりなのに腹減ってきたぞ)

(貧血かしら? 今までと違うのは希と長時間シンクロしてるってっことよね。そのせいかも、もう少し考えさせて、今は様子を見ましょう)

保険医の見立てでは熱の原因はわからないが、貧血と低血糖発作のような症状が出ているということだった。飲むゼリーを飲んで一時間ほど休むと調子は戻っていた。長時間のシンクロは危険なんだろうか?

お腹も空いているが、俺と違って希ちゃんは例のトラウマがあるし、内蔵が繊細だから量が食べられない。身体の成長に似合った栄養やカロリーが取れない状況である。

精神的な問題はある程度解決しつつあるが、肉体的な問題はしばらく俺たちを悩ませるだろう。


放課後、一度体調を崩しているので、無理しないでと言われたが、このイベントは数少ない管理局との接点だ。見逃すわけにはいかない。




(やっぱりアルフさん)

(アンタか、それから、フェイトがプレシアに言われて連れて来た…)

(雨宮希よ、メルマックさん)

(メルマック? あたしはアルフだよ)

(その怪我どうしたんですか? それにフェイトちゃんは…)

なのはちゃんは心配そうだ。アルフは背中を向ける。

「あらら、元気なくなっちゃった、どうした? 大丈夫? 」

「傷が響くのかも、そっとしておいてあげようか」

「うん」

「あっ…」

三人が立ち上がると、すずかの手に収まっていたユーノが檻の前に立つ。

「ユーノ、ほらっ 危ないよ」

アリサが困った顔で注意する。なのはちゃんは

「大丈夫だよ、ユーノ君は」

と言ったあと笑顔を作る。

(なのは、彼女からは僕が話を聞いておくから、なのははアリサちゃんたちと…)

「それじゃお茶にしない? おいしいお茶菓子があるの」

「うん」

「楽しみ~」

そう言いながら私たちはアリサの屋敷の中へ向かう。

そうして、アルフとユーノ、管理局、なのはを交えての方針を決める会議が行われた。私もゲームをしながら聞いている。内容的に原作と違った動きはないようだ。

最終的にプレシアの捕縛が決まり、フェイトはなのはちゃんに任されることになった。あとは私の参加をなんとか認めさせたいところだけど、それ以外にも数日学校休まないといけないし課題は多い。なにより、あのおかーさんが魔法の存在抜きで認めてくれるかどうかが一番の難問だった。結局、管理局の力を借りることになるだろう。

(ちょっといいかな? )

((希ちゃん))
(雨宮希か)
(希)
(アンタか)

俺の介入にみんな驚いていたようだ。さあ久しぶりに交渉の機会だ。希モードに切り替える。

(ごめん全部聞いてた。プレシアさんは捕まっちゃうんだね? )

(聞いてた通りだ。理由はわかるな? 雨宮希)

(うん、…仕方ないよね)

(アンタ、随分あの女を気にするんだね)

(まあデバイス作ってもらったし、協力もしたからね)

(結局何も教えてくれなかったけどね。希ちゃんは)

とエイミィさんがやれやれというように答える。

(だってそういう約束だもん。約束はちゃんと守らないといけないんだよ! それに管理局さんはある程度掴んでいるんじゃないの? フェイトちゃんのこと)

(やはり君はそのことを知っているんだな? )

(…うん、最終的にはわかることだけど、今言うべきじゃないでしょ? 私から言うつもりはないよ)

(…前回と随分印象が違うんだな、今日はずいぶん理知的だ。やはり艦長の言った通りだったか)

クロノ声が低い。こっちを疑っているようだ。リンディさん? もしかして前回の俺の演技は見透かされていたんだろうか? あの人優秀だそのくらいはできそうだ。

ではこちらもカードを切るか。できることは正面からいくしかない。

(さすがにわかるか。どうも初めまして希ちゃんに宿る別人格の陽一です、あっ!? …カナコのほうじゃないよ)

((((なっ!?))))

さすがに驚いたみたいだな。そんななかクロノが代表して聞いてくる。




(君は誰だ? )

(わかりにくいようだから、ここでは俺でしゃべるね)

(俺? )

(そう、君たちが俺たちを会議で降ろす決断をしたとき、複数の人格があるって判断したんじゃないの? 船医さんの話ぶりだとそう感じたんだけど)

(確かにそう考えている。では君はなぜ今になって別人格だと主張するんのだ? )

(前回も話したのは俺だし、こっちの事情を知ってもらったほうがいいかと思ったからさ。俺たちにはある目的がある。俺とカナコと言ってもいいかな)

(目的とは何だ? )

(なかなか外に出てこない希ちゃん本人の心の傷を癒すこと、そのためにこの事件の顛末を見届けたいと思ってる)

(それがどうして繋がるんだ。わざわざ危険に飛び込むだけじゃないのか? )

(これから説明するよ)

俺は正直に話した。希ちゃんの心の病気のこと、希ちゃん本人はときどきしか外に出てこないこと、その代わりの俺のこと、カナコのこと、母親役の百合子おかーさんのこと、そして、興味を示して表に出てくる条件はなのはちゃんと魔法であることを伝える。

(雨宮希の心の病気についてはだいたい理解できた。現地の派遣員からも情報が集まっているが、不可解な点がある。多重人格については現地のカルテには記載されていなかったそうだ。つまり医者の診断では君は多重人格者ではないということだ。君の主張と比較すると違和感がある、正直言って、考える時間がほしいところだな)

(補足すると、基本的にはいつも表に出ているのは俺で、希ちゃんとして振る舞っているからね。一度俺自身でしゃべっていたら入院させられそうになってね。医者の好奇心を満たすのもごめんだから、必死に演技したのさ。わからなかったのは無理もないと思うよ。演技力には定評があるんだ。少なくとも尋問のときは気づかなかっただろう? それから、プレシアの事はカナコが全部やったことだから、俺からは詳しく話せないし、カナコが認めない限り話すつもりはないよ)

(なんだか、ややこしくなったが、今まで私たちと話をしていたのは、本来は男性人格である君が希本人の演技をしてたってことか? )

(そう。さすがに理解が早いね)

(いくつか聞きたい。どうして我々の前で演技をした? )

(せっかく手に入れたデバイスをあれこれ理由を付けて没収されたくなかったし、管理局とつながりを作って魔法の知識と技術を得たかったからかな? 子供のふりをすれば許されるかなって思ったんだよ。まあ本当に子供だけどね)

(なぜ今になって正直に話す? )

(優秀な組織なら俺が言ったことに疑問や矛盾を見つけるはずだから、同じ手は通用しない。だから今回は正直に話して信用を得たほうがいいかと思ったんだ。それなら矛盾もおかしいところもない。さっき艦長の名前が出たときバレたの前提に話したほうがいいかと思ってさ。それになのはちゃんくらいの歳の子を協力者に使うってことは、アースラの人手は足りているけど、プレシアとフェイト、アルフとのそっちの戦力比から余力が欲しくて、なのはちゃんはくらいの魔力の子はなかなかいないから、そちらにとって欲しい人材なんじゃないかって考えたんだ)

若干原作知識を使ったチートを使う。

(なるほど、さっきの言葉は失言だった。艦長の見立て正しかったってことだな。それにしても、少ない情報で恐ろしいくらい分析しているな)

(そんなことないよ)

いやただ知ってただけだからね。


(最後に君たちはどういう存在だ? )

(本名は浅野陽一、希ちゃんの近所のおにいちゃんだったもの。偽物だけど、生まれてからは独立した記憶を持っている。魂というべきものを希ちゃんのちからで再現しているから魔法資質まで模倣することができるんだ。だから、精度は高いよ。カナコも似たようなもんかな。医学的はただの多重人格者かもね。

お互いにそれぞれ考えを持っているけど、希ちゃんのために生きていることだけは共通の存在意義だ)

(クロノくん)

(なんだ? エイミィ)

(私、ずっと考えてんだけど、希ちゃんの脳に癒着している魔力ってこの人たちなのかもしれないね。今の話と私たちが見た映像を合わせると辻褄が合うよ)

(そうだな。君はどうしたいんだ。浅野陽一)

(雨宮希でいいよ。クロノ君、入れ替わったって他人にはわからないんだから)

(クロノ君? )

(俺は君より年上だぜ。家をしばらく空けるから百合子おかーさんを誤魔化す手段とアースラに乗せてくれればそれでいいよ。でもいいのかい? )

(前回のことについては個人的にいろいろ言いたいことはあるが、今回は正直話したから不問にすることにした。見学者がついてくるくらいは問題ないし、心の病気については君たちに任せておけばいいんだろう? それに、君の言う通り管理局は有望な魔導師は人材不足なんだ。希少なレアスキルもある。将来に向けて投資しておくことはこちらのメリットになる)

(じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね)

会議は終わった。今は四人で遊んでいるところだ、心なしかなのはちゃんの見つめる視線が熱い。

(こういう交渉は上手いわね)

カナコが話しかけてくる。

(正直に話して正解だったよ)

(別にばれてもどうでも良かったけど、こういう手を使うとは思わなかったわ)

(こういう場合は正面から要求を伝えたほうがいいと思っただけだよ。下手な嘘は後ろめたさがあるし、向こうもプロだからばれる。誠意を見せるのが大事なのさ。どっかのケンジさんみたいにね)

(研二の方は説得力ないわね。でも身の丈にあった選択は意外と難しいと思うわ)

(はははっ ……そんなにほめるなよ~)

(調子に乗らないの、またね)

そう言うとカナコはいなくなった。ゲーム戻るか。意外とおもしろいなこのゲーム、今度買ってもらおうかな?

夕方、ゲームを楽しんでお茶の時間だ。ゲームの興奮が冷めやまぬなか、アリサとすずかが楽しそうな声で

「ふう、なかなか燃えたわ」

「やっぱり、なのはちゃんがいると楽しいよ」

なのはちゃんは少し静か声で

「ありがとう。たぶんもうすぐ全部終わるから、そしたらもう大丈夫だから」

「なのは、なんか少し吹っ切れた? 」

「あっ… えと、どうだろう? 」

アリサは静かに語る。なのはことが心配だった、自分たちの前からいなくなるそんな不安がずっとあったようだ。なのはちゃんは目を軽くこすって「どこにも行かないよ」と優しく否定する。女の友情のとっても良い場面で終わるかと思ったのだが

「それから、希、アンタ、少し変わったわね」

えっ!? ここで私なんだ。



「へぇ~どこが? 」

「なんか急に大人になったって言うか、暗殺者が来たとか、エイリアンが狙っているって言ってたアンタが最近静かだし……どうしたの!? 急に頭をガンガンやって! 」




うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

俺はアリサの予想外の攻撃に参った。忘れて、忘れて、忘れてえええええええ、人間は身構えた攻撃には耐えることができるが、意識の外からの攻撃はなすすべもなく倒されてしまう。まさにそれだった。










「馬鹿だった頃の自分を思いだして、もだえているんです。できることなら消してしまいたい」

私はうめくようにつぶやく。今までやらかしたことのツケを払わされている。思わぬところに負の遺産が眠っていたものだ。もう返したつもりの借金が利子つきで見つかったようなものだ。しかもトイチだ。埋蔵金なんてなかったや~ 代わりに埋蔵借金が出てきた政府みたいだよ。これから先が思いやられる。

「え~ 私、希ちゃんのあの演技好きだよ、封印の巫女とか」

すずかが止めを刺してくる。

「やめて~思い出さないで~」

おいおいこのパターンは……

「なんか面白いわ、なのはさまぁ~」

アリサも便乗してきた。


「嫌ぁああああああああああああああああああああああああああ」

面白がるアリサとすずかにしばらくなぶられることになった。






「はあはあ、ひどい目にあった」

「なかなか面白かったわよ、希」

おのれえ、アリサぁ 人の傷口に塩を塗るなんて、よろしいならば私も奥の手を出させてもらおう。

「もうやめてよね。アリサちゃん、ちょっと耳貸して」

「なによ? 」

「……」

俺はアリサに二人で入浴したときのことを話す。


「っっ!!」

アリサは真っ赤になる。ふふふ、やはり覚えてたか。

「アリサちゃん? わかった。良い子にしてたら、またしてあげるからね」

私は耳元で誘惑するようにささやく。アリサは顔を紅潮させたまま頷く。ふたりの間で薄ら暗い取引が成立した。




「でもなんで急に恥ずかしくなったの? 」

すずかが聞いてくる。

「旅をして少女は大人になっていくものなのよ」

半分投げやりに返す。

「そういえば、土曜日に浅野先生とどっか出かけなかった? まだ知り合ったばかりなんでしょう? 」

だからなんでそんなに詳しいんだよ。ストーカーでも雇ってるんですか? すずかちゃん。

ここはなのはちゃんもいるし、少しだけ俺のことを知ってもらおう。私はなのはちゃんに目配せすると自分のことを語り始める。

「斎おねーちゃんは昔近所に住んでたの。昔ね、よく私と遊んでくれた人が亡くなって、線香あげに行ったの。おかーさんには内緒にしててね」

なのはちゃんはそれで察しがついたようだ。今度はこちらに合図してきた。

「なんか自分と親しい人が死ぬと悲しいね。どんな人だったの?」

すずかは少し目を伏せている、こちらに同情してくれているようだ。良い子だな。私は話を続ける。

「名前は浅野陽一さん、作家さんでペンネームがアサノヨイチって、

えっ!?


……すずかちゃんどうしたの?」

私の名前の聞いたとたん、すずかの表情が明らかに変わる。どうしたんだろう? 下を向いて目が見えない、手がブルブル震えている。こんなすずかは見たことなかった。

「ねぇ? 希ちゃん、その人ってあの有名な「アサノヨイチ」先生こと? 」

すずかは何だから怒ったようなこもった声で聞いてきた。うっ ……先生? 先生ねえ? なんかくすぐったい。柄じゃない。出版社の人間にはよく呼ばれていたけど……

「確かに本は新人にしては本をたくさん出してたけど、そんなに有名だったかなぁ? 」

確かに書いた本がドラマ化されたりした。しかし、俺自身は有名になった自覚はあまりない。斎ちゃんシリーズといくつか作品を除いてほとんど俺の作品ではないからだ。だから自分の情報は極力入れないようにしてた。ただのお金目当てで盗作してるからあまり調子に乗るのもどうかと思ったのだ。出版社ともメールが中心で表に出ないことを本を出す条件にしていた。あの編集の若い人と課長の話からでしか俺の評判を知らなかったのだ。出版界の怪物とかえらく仰々しい呼び方したけど、それも太鼓持ちでこちらを気持ちよくするために言ってくれているとばかり思っていた。

すずかは急に顔上げて私の手をがっしり掴む。 目は赤く鋭く表情はこわばっていて少し怖い。

「出版界の怪物。千の顔を持つ小説家。本の批評家は口を揃えてこう言うの。こんなの一人の人間が書くなんて不可能だ。複数のライターがいるに違いない。あるいは盗作しているんだ。確かに似たような作品はあったけど、先生は次から次に本を出すから、その声も小さくなっていった。そしてその正体は不明、ジャンルはおろか文体まで統一されないそのスタイルはまさに天衣無縫、出前迅速、落書無用。デビューして五年、一月に必ず一冊は出す、一月に五冊だしたこともある、その早すぎる死は世界の損失とまで…」

何者だよ? それから変な言葉が入っていたよ。

「ち、ちょっと待って、すずかちゃん、私って、いや違ったアサノヨイチってそんなに有名な人なの? 」

「あたりまえだよ!! 私だって大ファンなんだから、ファンのあいだでもどこの誰だか常に議論になっているよ。最近は出版社の資金の流れからアトランティス関係者というのが一番有力な説だよ」

知らなかった。俺がこんなに有名になっているとは。

「聞きたいことがあるの? 希ちゃん」

「いいけど、顔怖いよ。すずかちゃん」

「やっぱり先生はたった一人だった? 」

「……うん」

「やっぱりそうなんだ、すごいなぁ、じゃあ浅野先生ってあの斎ちゃん!! ……ぽっ」

読んだのかよっ! それから、顔を赤らめるな、誤解だって。

「あれは創作だって、斎おねーちゃんは言ってたよ。すずかちゃんアレって大人向けの官能小説なんだけど? 」

会ったばかりの頃、好きな本聞いたことがあったけど、まさか斎ちゃんシリーズとは思わなかった。恥ずかしがるから変だとは思っていた。

「かんのうしょうせつ? 」

なのはちゃんがつぶやく。


やめてえええええええええええええ

無垢な瞳と問いかけが痛い。痛すぎる。ものすごく罪悪感を感じる。子供にはまだ早いです、おにーさんはゆるしませんよ!! 

俺はあわてて誤魔化す。

「ものすごく仲良しさんな男の人と女の人のお話だよ」

オブラードに包む。大人の優しさだ。

「ウチのお兄ちゃんとお姉ちゃんみたいな? 」

「間違っていないよ。たぶん? 」

惜しい!! なのはちゃん。


あ!? なんかイメージわいてきた。

深夜のベットで今日もふたりだけの特別訓練。

白いシーツの決闘場。そこは何度もふたりの体液を吸ってきた。武器はお互いの肉体のみ、服さえない。

この訓練の前はいつも不思議な緊張感がある。最初は出血と痛みもあったが、今はお互い慣れたものである。

恭也さん抜き身の小太刀が美由希さんの鞘に押し込められる。さらに小太刀二刀流はダテじゃない。さらに激しさを増していく。恭也の神速の奥義に美由希は防戦一方だ。負けじと美由希も腹部に力をいれて小太刀の動きを封じる。

冷静だった恭也は初めて顔を歪めるがどこかうれしそう。

やるな! 美由希

美由希も汗だくで顔を紅潮させながらニコリと笑う。。

どう? 恭ちゃん?

ふたりの特訓は朝まで続く。



……でもそんなことなったら家族会議になりそうだけどな。

「……ぽっ」

だから、すずかそこで赤くならない、何かボソボソ言っている。

「恭也さんと美由希さんとおねーちゃんが…… さん…むぐぅ」

コラコラ暴走するな。俺はすずかの口を塞ぐ。

さん○ーなんて女の子がそんな下品なこと言うんじゃありません!! 違うゲームだろそれは……



なってこった! 俺はすずかを汚してしまったのかもしれない。なんかエロいな。



痛!! 

問答無用で噛みついてきた。手は万力のような力で固定され動かすことができない。すずかは顔を赤らめてうっとりとしている。

すずかちゃん噛むんじゃね~! それから血を舐めるな。飲むな。少しは周りに気をつかいなさい。

「ちょっと ……アタシを置いていかないでよぅ」

アリサが小さな声で寂しそうにつぶやく。すずかもアリサの声で自分を取り戻すとやっとのことで手を離してくれた。

おっと忘れたごめんよ。アリサ、私はなんとか話の軌道修正を図る。

「とにかく、斎おねーちゃんの家に行ってきたの。そこでね、おにいちゃんの日記を読んだの。それが今の私を形作っているの。前の自分を恥ずかしいと思うくらいにはね」

「へぇ~あさの先生の日記か。ちょっと読んでみたいなぁ」

すずかはうらやましそうだ。噛んだことはスルーですか。そうですか。

「アンタねぇ他の人の日記を読むなんて、いけないんだから」

アリサは批判的だ。さっきのこと根に持っているのか?

「そうよね。たぶん本人は見られたくなかったと思うよ。成仏しかけたし、でもね……」

私は立ち上がり三人をそれぞれ見渡す。それぞれ、個性があるいい子たちだ。ちょっと問題もあるけどね。主に紫さんのほうにね。

「なによ? 」
「どうしたの? 」
「希ちゃん? 」

そんな私の行動に三人とも不思議な顔をしている。俺は今の私になってから決めていたこと伝える。

「こっちにも、事情があったんだよ。今までの私は本当に目の前の事しか見えてない子供で、ただ、少しだけ現実を知って大人になる必要があったんだよ。今はちゃんとするべきことは見えてる。その結末も 」

「何よそれ! アンタのその目、まるでどこかに行っちゃうみたいじゃない」




希ちゃん、アリサちゃんだってすずかちゃんだってきっといい友達になってくれるよ。


「大丈夫。アリサちゃん、私はここにいるよ。ただ今の私が変わるだけ、その私は臆病で引っ込み思案な友達とどうやって遊べばいいかもわからない子だけど、頭が良くてとってもおもしろい子だから仲良くしてね」

私の全く意味がわからない言葉にきょとんとしたアリサだったが

「あいかわらず、わけがわからないけど、ここにいるならいいわ」

と笑ってくれた。なのはちゃんは神妙な顔をしている。

「もう少ししたら私の事をちゃんと話すから、ちょっとだけ待ってね」


ここで話は終わり解散することになった。


ーーーーーーーーーーーー

帰り道


(ごめんなさい…)

(なんで謝る? )

(私たちが最終的にどうなるか、あなたはもうわかっているのね)

(もともとこんな機会があること自体が奇跡だよ。欲張るのは良くない)

(そう言ってくれて少しは救われる。わかっていると思うけど、改めて伝えるわね、私は希のためにあなたを成仏させるつもりはないから、希が完全に立ち直ったら、私たちは外に出ることはなくなる。恐らく希が死ぬまであの図書館で過ごすことになる)

(ああ、でもそれはそれで楽しいそうだな)

(あなたロリコン? )

(ちげーよ。ふたりで希ちゃんの一生を見守るのも悪くないかと思ったんだよ)

(そうね、それも悪くないわね。私たち婚約したもの)

は?

何を言い出すんだおまえは? だが下手につっこむとまずい気がする。気のせいか前より状況が悪くなってる。



夜になると来客があった。アースラから来た架空の医療チームだ。世界最先端の医療で私の治療すると称して何日か預かることになった。偽装もばっちりだ。百合子おかーさんは同行を希望したが、車の移動が多いことや患者とスタッフ以外は立ち入り禁止と言う名目でなんとか誤魔化すことができた。

俺を送るときの百合子おかーさんの寂しそう表情に後ろ髪を引かれたが、この機会を逃すとジュエルシード事件は終わってしまう。仕方がない。帰ったら少し甘えてみよう。決して俺が甘えたいわけじゃないからな。そこは勘違いしてもらっては困る。



そして、朝早く家を出て、この世界で屈指の好カード

なのはVSフェイトの一騎打ちを見ることになった。




作者コメント

ここから無印終了までは原作に沿っていきます。アトランティス関係はしばらくお休みです。



[27519] 第二十八話 三位一体
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/08/11 19:10
第二十八話 三位一体


「これが私の全力全開、スターライトブレイカァァーーー」


なのはちゃんのかけ声と共に桜色の魔力の奔流がフェイトを飲み込んでいく。やはり生でみると違うなぁ

「なあ、カナコ、再現できそうか? アレ」

「無理、真似するだけならできるけど、5割がいいことね。あの出力のコントロールは困難だし、わたしたちには魔力効率も悪いから他のを使ったほうが賢明よ。なのはとレイジングハートだからできる技ね」

「闇の書も使ってなかったけ? 」

「推測でしかないけど、膨大な魔力と出力で再現しているんだと思う。威力の点では申し分ないんじゃないかしら? 闇の書があの場面でスターライトブレイカー選択してるからね」

「そうか。あ、フェイト落ちた」

「おしまいね…」

こっちはすっかり観戦モードである。なのはちゃんが海中に潜りフェイトを助ける。決着である。うんっ! 実に見応えのある勝負だった。

次はプレシアの次元干渉魔法かな?

「どうする? 」

「下手に関わらないほうがいいわね。こっちは良いデータが取れたわ。それで十分」

「どんな感じだ? 」

「大技ははっきり言って使いものにならないと思う。主にデバイスと出力の問題だからそれさえ解決すれば使えないことはないけど、そこまでするメリットはないわ。誘導弾や設置型バイントこっちは有効に使えそうよ」

「地味だな~」

「文句言わないの。私たちの理想のスタイルはクロノなんだから、そろそろ来るわ」

カナコがそう言うと空が歪み、紫雷がフェイトを襲う。フェイトが出したジュエルシードをすべて運んでしまった。

私たちはなのはちゃん達とアースラに移動した。アースラのブリッジではリンディさんが待っていた。

慣れない女性は怖いが、以前と比べるとだいぶましになっている。
触れられなければ平気だ。これも存在の力が増しているおかげだろう。むしろ俺的にはお近づきになりたいと思っている。

プレシア逮捕に武装局員たちが動く。

リンディさんはフェイトを思いやって、席を外そうとするが、その間に状況は動いた。

プレシアがアリシアに近づいた局員たちを攻撃したのだ。

リンディさんは急いで命令を出して、局員たち引き上げさせる。プレシアは愛おしそうにアリシアを見つめながら、何かつぶやく。急に険しい顔で振り向く。

そして、フェイトにとって残酷な事実が打ち明けられる。

「でも、もういいわ。終わりにする。この子を亡くしてからの暗鬱な時間も、この子の身代わりの子を娘扱いするのも、聞いていて? あなたのことよ。フェイト、せっかくアリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ、役には立ったかしら? あの子を見つけてくれたんですもの。それも無駄に終わったけれど」

あれ? なんか少しだけ台詞が違うな。私たちが絡んだせいかな? エイミィさんが補足する。

「最初の事故の時にね。プレシアは実の娘アリシア・テスタロッサを亡くしているの…」

ここは原作通りだ。エイミィさんから人造生命の生成、死者蘇生の秘術、開発コードフェイトと重要なキーワードを伝えられていく。

「よく調べたわね。あの子が教えたのかしら? でもダメね、ちっとも上手く行かなかった。作りものの命は所詮作りもの。失ったものの代わりにしてはいけなかったの」

??

プレシアはフェイトに厳しい目を向ける。そして、フェイトとアリシアを比較し、貶めていく。私はそれを黙って聞く。知っているとはいえ、胸が痛い。

プレシアは少しだけ目を伏せて、すぐに鋭い視線に戻すと、最後に止めの一言を宣告する。















「べ、別にフェイトのことなんか全然好きじゃなくて、大嫌いなんだからぁ」

……

どう見てもツンデレです。ありがとうございました~

顔も少し赤らんでる。なんかアリサとダブるな。まさかプレシアがデレるとは思わなかった。見てはいけないものを見た気がする。



さっきまでの悪意に満ちた台詞が台無しだった。なんか一気に説得力がなくなってしまった。しっかりしてくださいプレシアさ~ん


「母さん、どうして? 」

フェイトはゆっくりと膝を落として、倒れる前になのはちゃんに抱き止められる。ありゃ? 気づかなかったのかな? でもどう見ても気持ち反対だろ! 

フェイト好き好きなはずだ。

他のみんなも本当に気づかなかったのか? みんな一様に厳しい顔をしている。みんな馬鹿ばっか…… 

いやまてよ? 

俺には原作の予備知識がある。だからある意味でプレシアという人物のバックグランドや心の動きをよく知っている。さらに、俺が知っている世界の流れと違う反応や台詞を言っているから疑問に思うことができたと考えたほうがいいだろう。



フェイトはほぼ原作通りの行動だ。

大丈夫。きっと立ち直ることができる。なのはちゃんと結んだ絆が君を助けてくれるさ。




俺たちの目的は別にある。来るべきヴォルケンリッターとの戦いに備えて実戦経験を積むこと。フェイトのことは気になるけど、彼女は強い子だ。ちゃんと一人で立ち上がる力を持っている。だから余計な心配をすることはない。俺たちは自分の事と希ちゃんの心配をしていればいい。



希ちゃんの体はあまり強くないが走る。手には黒い十字架のデバイスが握られている。








アースラの船内

艦内は大忙しで誰も俺たちを止める人はいなかった。予定通りだ。ここで戦場に立つ前にセットアップすることにした。



(いよいよだな)

不思議と俺は落ち着いていた。高ぶりは確かにあるが、コントロールする自信はあった。前の俺なら ……考えたくないなぁ。カナコも冷静だが今日はいつもより張り切っているように感じられた。

(ここが私たちにとっては始まりよ。私ね、デバイスのことで決めていたことがあるの。この子はイマジナリーってつけたけど、本当は名前に続きがある)

(へ~、なんて名前だよ)








(この子は、この子の名前は『イマジナリーフレンズ』)

(イマジナリーフレンズ、架空の友人たちかよ)

心理学用語で、その名の通り、本人の空想の中だけに存在する友達であり、空想の中で本人と会話したり、時には幻覚を作り出して遊んだりもする。

自分自身で生み出した友達な為、本人の都合のいいように振る舞ったり、自問自答の具現化として本人に何らかの助言を行うことがある。反面、自己嫌悪の具現化として本人を傷つけることもある。つまりなんでもあり。

人間関係という概念に不慣れな幼い子供に起こりやすい現象であり、多くは現実の対人関係を知ることで自然に消滅するそうなのだが、希ちゃんとカナコの世界の表現としてはしっくりくるかもしれない。

(私たちのことを表すのに多重人格よりは適切な言葉だと思うけどね。希がいつか私たちの手を必要としなくなる日が来てほしいと願いを込めてる。でも友人というよりは私たちは家族に近いけど、希が子供で、私がおかーさん、あなたがおとーさんよ)

おとーさんかよ! 前よりずいぶんステップアップしているな。そろそろ突っ込まないとまずいな。だが今は目の前のことに集中しよう。

(そうだな。じゃあ次はどうする? )

(それぞれ役割があるわ。希いるわね? )

カナコが希ちゃんを呼ぶ。

(カナコ、ここにいるよ何? )

(セットアップはあなたがしなさい。バリアジャケットと杖のイメージは任せるわ。陽一、あなたは希のサポートをお願い。それから最初のセットアップだから、ちゃんと三人で契約の詠唱を言うわよ! 結構自信作なんだから)

カナコは契約の詠唱を教えてくれる。


どれどれ?


…………


一言で言うなら恥ずかしい。


これを大声で叫べと? シャウトしろって? 

愛と勇気と希望とかいつの時代だよ。ホーリーアップでもするつもりなんだろうか? 

(おお、実に良い響きではないか! )

聞こえない。聞こえない。聞こえたくない。いまだに聞こえる奴の幻聴の声もそろそろ対策を考えないといけない。姿は見えないが、すぐ背中に張り付かれて言われているような嫌な気配がする。

カナコ発案?の詠唱について考える。カナコは俺より重度なオサレさんなのはもはや間違いない。タチの悪いことに裏付けとなるちからと使命感、希ちゃんの境遇がそれをわかりにくくしていたと思う。前世もあるって言うし、終わってからこのことも詳しく聞いてみよう。

同志ガーゴイルの例もある。彼と同じタイプなのかもしれない。



ここはまじめにつきあうか。

こういう台詞は照れが出たら自爆してしまう。希ちゃんもいるからちゃんとお手本にならないと、幸い俺たち以外誰もいない。なのはちゃんがいなくて良かった。

(希ちゃん、いける? )

(…うん、でもイメージってどうすればいいのかな? )

(自分が身につけて一番強い服を想像するんだ)

(うん、わかった! )



希ちゃんは黒い十字架を天にかかげ叫んだ。

俺から行く。俺はヒーローかっこいいヒーロー。正義のために悪を滅ぼす愛の戦士。自己暗示をかける。










チュウニだけど恥ずかしくないもん!



「我は心に愛を刻むもの。アトランティスの最終戦士ジークフリード。母より受けた愛を糧として、我が妹の笑顔こそがすべて。カミノチカラを持ってあらゆるものから妹を守る」



次はカナコだ。

「我は心に希望を抱くもの。最後のキチェスを守るもの守護天使カナコ。おのが使命を糧として、我が子の望むものこそすべて、あらゆるものを読み取るちからを持って敵を制する」

キチェスねえ? どっかで聞いたような気がする。 

最後は希ちゃん

「我は心に勇気を秘めるもの。魔法少女トラウマのぞみん。安息の眠りを糧として、内なる恐怖と闇と戦い続ける。すべてを記憶し、すべてを記録するちからを持って敵を壊す」




「愛と勇気と希望の名の下に、3つのちからを一つに束ねる」

ホーリーアップではない。


「イマジナリーフレンズ、セーットアーップ!!! 」

黒い光が天井から降りて着服が闇に溶ける。その闇を身にまといバリアジャケットと構成していく。

黒い闇から生まれたのは相反する白き衣。

他に装飾品をいっさいつけないシンプルな無地。

純白のジャケットまるで他の色があることを許さないかのように包んでいく。

完全なる白。

清浄なるモノ。

神聖なる色でありながら、どこか冷たさ、不吉さを感じさせる。



頭部を包むのも尊き白。

黒髪との組み合わせはシンプルながらもコントラストを強調する。

細い布のように巻かれ、額部分でデルタを形成するしていく。

宝冠と呼ばれるものと形が似ていた。

悪魔を祓う意味があるという。



デイバスを構成する。

柄の部分は赤銅色。

見た目は木製のように見える。

先端から30センチ程白銀の刃が伸びている。

東洋の仁の道を行くものが使う最強の武器だ。これを持つものは弾避けの加護が備わるが、使うものの格が低いと逆効果になってしまう。



こうして完成した。覚悟完了である、死すら恐れぬ強い意志が感じられる。

白き衣装は恐怖の象徴であった、東方の小さな島国では子供は大人よりこの衣装の意味を教えられる。最近ではテレビからの出現を確認されている。特に注意が必要だ。その時点での死が確定してしまう。






う~ら~め~し~や~~~ 

…つまり、日本における伝統的な幽霊衣装にドスを持たせたという日本人からみたら何かの冗談としか思えない衣装だった。

あんたら覚悟しいや。




………

(なぁ希ちゃん? )

「な~に」

(どうして、この衣装にしたの? )

「だって強い衣装ってコレしかないよ。お巡りさんだって逃げていくんだもん! 」

希ちゃんは自信たっぷりだ。ああそうか、そうですか俺のせいか、確かに言っていることは間違ってないなぁ~








まあ、ミッドチルダにはわかるまい。

(あなたのせいよ)

(カナコ、次はどうしようか? )

(スルーしたわね。まあいいわ。今から担当を決める、まずは私が戦闘の全般を担当するわ、希は中で魔法の詠唱と演算補助できるわね?)

(うん、けーさんと覚えるのは得意だよ)

(陽一はカミノチカラとデバイスやりなさい。)


はあ?  

カナコのとんでもない無茶ぶりにとまどってしまう。

(カナコさん何言っているですか? カミノチカラはともかく、デバイスはどうやれというんですか? )

(イマジナリーフレンズにはAIがないの。時間なかったし、機構は魔力変化の対応と容量を多めにとってある。あなたの魂はパソコンのHDDに宿ってたから、できるはずよ)

(俺をデバイスにするメリットが見えないんだけど? )

(私が苦手にしているのは魔法発動のイメージ力、これを援助して欲しいの。とにかく最強をイメージして私と一緒に希の心に響くような詠唱をすれば、魔法の威力が違ってくるはずよ。あなたは妄想力だけが取り柄なんだから)

つまり厨二っぽく詠唱してそれが希ちゃんの琴線に触れれば威力があがる。オサレ・ポイント・システムなわけですね。でも戦闘でいちいち詠唱とか、必殺技を叫んでたら、致命的な隙にならないのだろうか? なにより使うたびに俺のSAN値がガリガリ削られる。

(納得したが、妄想力とか何かひっかかる言い方だな。とりあえず、デバイスにインストールすればいいんだな)

「いくわよ。イマジナリーフレンド・インストール ヨイチ」

俺の魂がデバイスに宿る。それに応じて適した形に変化していく。ドスから形状を変えて弓へとその姿を変化させた。意外と簡単だった。見た目変わっても機能的なものは変わらないらしい。



「 ……与一の弓なのかしら、コレ?」

「まあそうだな、仮にも歴史に名を残す弓の名手だしな。

いだだだだ!!

……すごく痛いです。曲げないでくれませんか」

俺の声はいつもの声じゃない。AI独特のフィルムを口に当てたような機械の声で抗議する。

「誰が笑いを取れと言った」

カナコは絶対零度の声で俺をぎりぎりと曲げる。だから、痛いってば!

(カナコ急がないと、みんなに置いて行かれるよ)

「そうだった。急ぐわよ、私たちはクロノの後を追うわ」

俺たちはなのはちゃんたちのところへ急ぐ。門の前にはなのはちゃんとユーノ君、クロノ君がいる。ちょうどクロノ君が攻撃を始めるところだった。



クロノ君の魔法攻撃は無駄がなく、効率的で確かにカナコが参考にするべきと言うものにふさわしい技術だった。クロノ君は手際良く片づけると俺たちに気づいたようで

「雨宮希!! どうして来た? ここは危険だ!! 」

「私も参加するわ。心配いらない戦える」

「許可できない。君は艦内にいる約束だったはずだ」

「陽一はそうだけど、今はカナコだもの。私は約束した覚えはないわ」

「カナコ? その言い方は卑怯だぞ。この間だって…… 」

「説明している時間はないわ。私のちからを見たほうが早い」

その言うとカナコは門に向かって弓を構えると魔力を集中させる。俺の中に魔力が流れてくる。どんな魔法かはすぐにわかった。先ほどクロノ君が使ったやつだ。

俺がするのは発動時のイメージのみ、コントロールは希ちゃんとカナコがする。

「スナイプ・シューティング」

野球ボールサイズ魔法弾が細長い軌跡を残しながら、不規則に蛇行しながら動き門に当たり炸裂する。先ほどクロノ君がみせた技術を完全に再現していた。

「なっ!? 」

クロノ君は自分の魔法をあっさり真似されて驚愕している。カナコは余裕の表情だ。

「まあまあね、この魔法なら100パーセントで使える。どう? クロノ」

クロノ君はしばし考え込む。

「話と映像で知ってはいたが、実物を見せられると驚かされるな。念のために聞いておくが、防御魔法はどうだ? 」

「気配と魔力の動きから、攻撃前から察知できるし、避けるのは得意よ。カミノチカラによる絶対防御もあるし」

かいかぶりすぎだよ。カナコ、自信がないわけじゃないけどな。前の俺でも使いこなしていた。今の俺ならば十年近くにもわたる修練の成果も上乗せされるのだ。戦いとかは素人だが髪に対する情熱だけはほかの誰にも負けない。

いかんなだんだん高ぶってきた。

「カミノチカラ? ではカナコ、君も協力してくれ。ただしちゃんと指示には従うように」

「雨宮希でいい。もちろん協力するわ」

打ち合わせが終わると、なのはちゃんが近づいてきて何か言いたいことがありそうな表情をしている。

「どうしたの? なのは」

「希ちゃ…カナコさん…その格好は…その…」

「なのはちゃん、言いたいことはわかるけど、今は戦いに集中しよう」

俺はつっこみを入れたそうななのはちゃんに忠告する。

「ひゃあ! しゃべったあ」

「なのはちゃん、俺だよ。俺、陽一だよ。今デバイスにもなっているんだ」

「えー」

「いろいろ非常識だな、雨宮希」

クロノ君は頭を押さえている。確かにデバイスに宿る人格なんてあんまり例はないだろう。

俺たちは虚数空間を抜けて傀儡兵の待ちかまえる場所に立つ。クロノが次の指示を出す。

「ここから二手に分かれる。君たちは最上階にある駆動炉の封印を」

「クロノ君は? 」

「プレシアの元に行く、それが僕の仕事だからね」

「私はクロノについていくわ」

「ちょっと待て、君はなのは達と一緒に行くんだ、勝手な行動は許さないぞ」

ついて行くというカナコにクロノ君は厳しく命令する。

「妥当な戦力比よ。プレシアまでの道と駆動炉までの道では魔力の気配から敵の数が倍近く違うわ。ふたりならクロノの負担は減る。それに私がいれば敵の索敵範囲外から安全に攻撃できるから、時間も短縮できる」

カナコの戦力分析にクロノ君の動きは止まるが、それは一瞬のことで素早く判断を下す。

「……わかった、君の力を借りよう。僕が先頭で君がフォローしてくれ。離れないように」


「じゃあ、まずここから掃除しましょう」

「陽一、あなたの番よ! カミノチカラを存分に振るいなさい」



俺はカナコに応える。

(了解! カナコ! 両手のコントロールを俺に合わせろよ)

俺はデバイスから手を離す。

祈るように

両手を合わせて、

集中して、

髪を

手で

すく。



感謝のトリートメント。

十代の頃から二十代後半まで続けていた儀式だ。



呼吸をするように簡単できる。デバイスは床に落ちることはなく、再び握られていた。その動作はデバイスが手の支えを失って重力を感じさせる間も与えずに完了していた。

「ちょっと!! 今何したの? 手の動きがぜんぜん知覚できなかったわ」

そのスピードはもはや音すら置き去りにする。髪に魔力が十分行き渡る。魔力展開の早さ、これもこの奥義の特徴だろう。前の俺の時で十分下地はできているようだ。髪は魔力を帯びて輝きウネる。


ウネり輝く。

浅野陽一では使えなかった技を使うときが来た。

「行くぞ! カミノチカラ」

俺のかけ声とともに髪は爆発的に伸びる。あっという間に数十メートル離れたところにいる傀儡兵に巻き付いた。傀儡兵は刃物で切ろうとするが、そんなものでは切れるわけがない。俺はおかしくてたまらない。




「くくくっ、あははははははははははははははははははははは そんなものは効かないわ! そーおーれ 辮締旋風大車輪!!」

俺は傀儡兵を持ち上げると、そのまま振り回して、周囲の兵を巻き添えにしていく。

「くけけけけけけけけけけけけけけけけけ」

テンションが上がってきた俺は、首を大きく回しながら、笑い叫び声を上げる。ちょっと興奮しすぎて、口に泡がついて涙まで出てきた。

傀儡兵たちは倒されあちこち破損しているが、まだまだ動けるようだ。

この技は威力が足りない。首をグルグル回してなんか痛いし、じゃあ次の技行くぞ! もう一度手で髪をすくと髪の形状を変えて、およそ十数個もの拳を作る。拳は堅く固められて、腕は良く鍛えられたボクサーをようにしなやかだった。

「ウネウネのおおお、ガトリングゥゥゥーーーーーーー」

十数もの拳が周囲にいる傀儡兵に降り注ぎ、スクラップに変えていた。う~んまだ半分くらいは残ってるな。

これも威力はまあまあのようだ。牽制には向いているかもしれない。


カミノチカラを使う才能がありながら、不遇だった俺の能力は肉体を変えてようやくその真価を発揮することができたのである。

それはもうひとつの能力もいつか使うときが来ることを予感させた。ただ、あの技は希ちゃんの体には負担が大きいかもしれない。前の俺のときでさえ、よく考えずに使い、医者にめちゃくちゃ叱られた。下手をすれば死んでいたそうだ。



クロノとユーノはあっけにとられて固まっている。






……なのはちゃんは膝を抱えてブルブル震えていた。

「希ちゃんが怖いよぅ。怖いよぅ」

「なのはちゃん? 」

「きゃあああああああああああああああああああ。ごめんさない。ごめんなさい。ごめんさない」

俺は様子がおかしいなのはちゃんに近づいて、笑いかけると悲鳴を上げられてしまった。

(客観的にみると、ものすごく怖い幽霊ね。希、元々肌白いし、アンタが興奮して笑うもんだから余計に怖いわ)

それにこの格好だしな。希ちゃん可愛いけど、薄幸そうな顔で幽霊向きだ。なのはちゃんも日本の女の子だから、怖がるのは無理もないかもしれない。

「なのは、なんであんなに怖がるんだろう? その魔法、髪の毛がデバイスのような魔力媒体になってるのかな? 手の動きもみえなかったし、とても魔法を覚えたばかりとは思えないよ。普通あそこまで魔法がなじむまで何年もかかるはずだし、魔力展開のスピードが尋常じゃないよ」

ユーノ君は不思議がっている。解説ありがとう。ほめてくれたようだ。うれしい。



「兵を片づけるわ。大技使うから時間を稼いでね。シークエンスは10秒」

そう言うとカナコはデバイスに構えて集中する。クロノは黙って敵の目を引きつけてくれている。

(じゃあ今から応用編ね、必殺技いくわよ! モードはプレシア、媒体からエネルギー供給を受けることで自身の魔力として運用する技術、プレシアと錯覚させて、エネルギーを横取りする。この庭園なら使用可能よ、魔力充填の限界は私が見極めるから、あなたは発動イメージ、希はコントロールをお願い。後は詠唱はカッコ良く決めるわよ!!)

((了解))

カナコの魔力が紫色に変化する。魔力がデバイスの先に集中していく。魔力は雷属性だ。

雷はカナコから魔力を吸って、膨れ上がっていく、すでに体の大きさを越えている。






「暗黒の玉座もて来たれ風の精霊……」

おいおい。その呪文は確か、膨大な魔力を必要とするため王族にしか使えない。あの魔法!




「古き御力の一つ今その御座に来臨す 闇の王にして光の王 闇より出でて其を打ち砕く者

九十九なる光の蛇にて我が敵を打ち滅せ 」


詠唱が終わり、巨大な雷が出来上がっていた。これが放つ魔力はなのはちゃんやフェイトの大技に匹敵するだろう。

「希、陽一発動を… 三人で合わせるわよ! 」









おしゃあああああ いったれーーーーーーーーー












「「「打て(スート) 雷撃(ソールスラグゥゥゥーーーーーーー)」」」

巨大な雷球から放たれた雷撃は蛇のように獲物を求めて次々に蹂躙していく。一瞬にしてフロア全体に拡散して、残った兵を動かぬがらくたに変えていった。

さすがに雨までは降らないようだ。





ああ気持ちいい。ちょー気持ちいい。やべぇ癖になりそう。心の奥にふたをしたものが沸きだしてきた。

(ふふふっ、やはり貴様は俺と同じ存在。いい加減受け入れるがいい。おのが心の衝動を)

うるさいよ。最終戦士、俺にだってなあ、そういう気持ちがあることは認めるけど、時間がかかるんだよ! いろいろあるんだよ! 少しは考えさせろ! 

(考えたところで、答えは一緒だと思うが? )

分かったように言うんじゃねーよ。自分自身ながらアタマくるな。



俺が悶えているとクロノはあきれた顔で

「雨宮希、威力はとんでもないが、無駄が多いぞ。今ので大分消耗したんじゃないのか? 」

「大丈夫よ。魔力自体は外部から取り込んだから、私の消耗は少ないわ。プレシアのスキルで、デバイスのデータもちゃんと入ってる。この庭園であれば後先考えないで、魔力を使えるの」

カナコの余裕の正体はこれなんだろう。消耗を考えなくていいし、敵の位置は射程外から把握して、フルボッコ。最強の護衛までいる。イージーモードだった。魔法で好き勝手に暴れたいのもあるんだろう。

「もう何も言うまい。君たちを見てるとこちらの常識と自信も揺らいでくるよ、だが今は任務に集中しよう 」

「心配しなくてもクロノは強いわよ。さっきの魔法ひとつでも見習うところはたくさんあるわ。戦いが終わったら約束は守ってちょうだい。クロノ先生」

カナコはからかうように言う。クロノは苦笑して

「君はいったいどこまで強くなるつもりなんだ。じゃあ僕たちはプレシアのところへ向かうよ」

私たちはクロノと一緒にプレシアの元に向かう、なのはちゃんとユーノは駆動炉へ行く。その後をふたつの影が追いかける。あれ? フェイトこんなに早かったんだ。アルフと一緒には来なかったはずなんだけど、まあ今気にしてもしょうがない。



愛娘のために狂った母親の最後の時が迫っていた。



作者コメント

少し早めの投稿です。時間が遅いのでここまで、修正は明日もします。



[27519] 第二十九話 すれ違いの親子
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/08/11 20:38
第二十九話 すれ違いの親子


俺たちはプレシアの元へ急ぐ。カナコの見立て通り、敵の数はかなり多かったが、クロノ君の的確な判断力はもちろんのこと、カナコの索敵能力、希ちゃんが高速詠唱・演算よる遠距離攻撃でスムーズに進んでいた。



俺の仕事は魔法を撃つときにの発動イメージをするくらいだった。俺の攻撃は中距離タイプなので、出番はない。優秀なクロノ君とカナコがそもそもそんな状況を作らなかった。

「やっぱり、俺はいらない子なのかな? あんま役のたってる気がしない」

「おにいちゃん、涙拭けよ」

その台詞に軽い頭痛を覚えながら、俺は希ちゃんにいちおう注意しとく。

「希ちゃん、その言葉あんまり使わないようにね。う~ん俺は親じゃないけど、親を見て子は育つってまさにこのことだよな」

「え~ おにいちゃんも使ってたのに~ 」

「え~ じゃない! 立派なレディになれないぞ。おにいちゃんも一緒に使わないようにするからね」

「は~い、あっ!? 魔法撃たないと、障害物で見えないけど、正面右40度、500メートル付近に半径10メートル規模と正面左20度、300メートル付近半径20メートル規模の攻撃っと、

しゅーてぃんぐもーどへ移行します。

目標を補足。

目標地点までの弾道を算定。

詠唱開始

詠唱終了

撃てるよ」

希ちゃんはデバイスごっこをしている。こんなことしなくても速攻で撃てるのだが、退屈だったみたいで、デバイスっぽくしゃべっている。

遠距離魔法は高速で編まれて、ほとんどタメなしで放たれる。何かが吹き飛ぶ音と金属ような音がするので、おそらく当たったんだろう。

「希よくやったわ、敵は沈黙、次に備えてね」

「待機モードへ移行します」

カナコはカナコでわずかな魔力の気配を捕らえては希に正確な位置を教えていた。見えない敵をエリアサーチなしで把握しているようなものらしい。

二人とも能力高いなぁ。 

(私は肉体を持たない魔力だけの存在だから、魔力に対しては人一倍敏感なの。近ければ魔力の流れから次の動きを予測することも可能よ。體動察の法とか言ったけどフェイトの動きがわかったのもそのせいよ。希は私が指定した座標を正確に攻撃する。高速演算力はあの子の得意分野だからね)

ふたりで術者とインテリジェンスデバイスの連携のような戦いをしている。やっぱり俺は……





(どうした! おまえのちからはそんなものか? )

あ~~~~~~ もう!! 嫌な奴の声が聞こえた。わかったよ! 結局俺には俺のできることしかできない。戦いの場ではカミノチカラとデバイスに宿るちからがすべてだ。

それを磨くしかない。

ネガるな。うじうじ悩むな! 

まだ切り札だってある。



「クロノはさすがね。魔力と身体の流れがスムーズよ。よほど訓練を積んでいるのね。魔法を撃って次の魔法に繋がるまでが早い。判断も的確。なのはとフェイトは魔力の資質や出力・攻撃力では上回っているけど、今のクロノには勝てないでしょうね。真っ向からの力勝負なら別だけど」

カナコはクロノの動きに感心している。俺も頭を切り替える。

「ほうほう、それがわかるおまえもすごいな」

「場数が違う。才能もあるけど、コツコツと努力を積み重ねるタイプね」

「そこ! 油断するな! 敵が召喚されるぞ」

クロノ君からの注意が入る。見ると俺たちの前方に複数の魔法陣が見える。どうやら作戦を変えてきたようだ。

「陽一、あなたの出番よ! 」

「おし! 見てろよ。」

俺はカミノチカラを展開すると、攻撃を加える。参加できなくてストレスが溜まっていたんだ。ちょうどいい。敵の魔法攻撃もカナコが事前に教えてくれるので防ぐことができた。カナコがすべてを統率して、俺が牽制し、その間に希ちゃんが強力な魔法を編み上げて、攻撃する。俺たちの三人の連携の形がおぼろげながらも見えてきた。

………

プレシアの元へたどり着いた。少し驚いた顔でこちらを見てる。

「ずいぶん早かったわね」

「クロノ、少しプレシアと話がしたいわ。無理かもしれないけど説得してみる」

そう言ってカナコは話しかける。

「ねえ。投降する気はないのかしら? この状況から次元震を起こすのは無理だわ」

「私はどんなに可能性が低くても最後まであきらめるつもりはない」

「フェイトのことはどうするの? 」

「フェイト? あの人形? あなたたちの好きにすればいい、私には関係ないわ」

「嘘!! だったらどうして最後にあんなこと言ったの? あなたはフェイトが好きなはずよ」



プレシアの表情は怒りに染まる。

「だ、黙りなさい!! 私はあんな人形は知らない! アリシアだけが私の娘よ。フェイトは娘なんかじゃない!! 私の命令で動く使い勝手のいい駒に過ぎないわ」

声は厳しく鋭く。カナコの指摘を否定する。

「あくまで否定するんだ。だったら……  」

カナコは目を閉じると、魔力を集中させた。色が変わる? 紫の色のプレシアの魔力波長だ。

(何する気だ? )

(リーディングとシンクロの応用、プレシアは一度記憶と魂を全部読み取っているから、魔力のリンクと大元があるの。この距離なら離れていてもシンクロさせることができる。私たちと別れてからの記憶を吸収するの。パソコンで言うところのアップデートみたいね。プレシア・テスタロッサ最新版ってことこかしら? プレシアの本音を引き出してやるんだから)

(便利だな。相手の考えてることが全部わかるってことじゃないのか? )

(そうでもないわ。吸収するだけで、リアルタイムに使えるわけじゃないから、戦闘には使えないし)

欠点はあるわけね。しかし、尋問用としては便利だな。

「何をしてるか知らないけど、私たちの邪魔をしないで…… フェイト! 」

カナコがプレシアを記憶を読み取ってる間に、フェイトがきたようだった。







………




「言ったでしょ。私はあなたが大嫌いなんだから」

足場が大きく崩れる。

「母さんッ!! アリシアッ!!」

「待って! プレシアーーーーーー」

涙を流しながらプレシアは落ちていく。アリシアの亡骸と共に、フェイトの想いなど始めから応える気がないように、プレシアはフェイトの差し伸べた手を振り払った。カナコの声も届かなかった。









俺たちはアースラに戻った。

「泣いているのか? 」

「プレシア…… 結局私たちには何もできなかったわね」

カナコは流れる涙を拭いている。読み取り自体はすぐに終わったが、フェイトが来てしまった。俺たちにふたりの会話を邪魔するなんて無粋ことなんてできるはずもなく。

元々俺たちが入る余地なんてない。俺たちはあの場面では端役にすぎないのだ。

フェイトはプレシアに自分の想いを伝えるが、プレシアは聞き入れなかった。つらそうな表情で涙を流しながら、大嫌いだったと言うと、プレシアは庭園を崩壊させ、アリシアと一緒に消えていった。

(仕方なかったと思う。俺たちにはプレシアの願いも病気もどうすることもできなかったし、フェイトのことも彼女が自分で選択したことだから、部外者がとやかく言ったところで聞いてくれなかったと思うぞ。なんせ、実の娘のためにずっとひとりで頑張っていたんだから)

(そうかもしれない。でも、私は助けたかったの! それに見たでしょあのバレバレの演技。あんな下手くそなのみたことないわ!! )

(そうだな。俺が監督なら帰れってレベルだよ。でもだからこそ悲しいよ)

プレシアには演技なんてできなかった。それはつまり言ってることと思っていることが正反対ってことなんだろう。


カナコは希の姿でしばらく泣いていた。

フェイトはそんなカナコをぼーっとした顔で眺めていた。ちょうどプレシアの告白で膝をついたときの表情によく似ていた。





「この事件は終わりだけど、私たちにとってはこれからの半年どれだけ強くなれるかが生死を分ける。次の戦いは始まっているわ」

泣きやんだあと、カナコは次を見据える。心の整理はついたようだ。

俺たちは闇の書事件に向けて話し合う。

最初は闇の書関連で未来を先読みして行動することも考えたが、人の思惑がどう作用するかわからない以上危険と判断した。ジュエルシード事件では最初の怪物が俺たちを襲ってきたのも予想外だし、プレシアがフェイトを使って俺たちを誘拐したのもそうだ。結果だけみればうまくいったかもしれないが、ちょっとしたことで最悪の結果になった可能性がある。
だから、あれこれ考えるより俺たちは自分達の戦闘技術を上げることが一番大きな保険になる。幸い今回の戦闘で鍛えればヴォルケンリッターと十分互角に戦えるとカナコは判断したようだ。




次元が安定するまでしばらく日がかかる。その間にデバイスの調整とクロノ君に戦闘の師事をもらう予定だ。俺たちがついていった成果として、クロノは大きな負担がなかったため無傷だ。

クロノとした約束は何とか時間をとってもらえることになった。



しかし、その前に俺たちはこの事件に介入したことによる結果を突きつけられることになる。

フェイトが心を閉ざしたのである。外部からの刺激への反応が薄くなり、意識が朦朧状態で医務室へと移された。

本来の歴史であれば、一度はプレシアによって折れた心も、なのはちゃんとの絆によって立ち上がり、プレシアに自分の想いを伝えることができた。結局かなうことはなかったが、それでも前に進むことができたはずなのだ。

俺たちの世界でも同じようにほぼ同じように流れているはずだ。しかし、ジュエルシード事件が終わった直後にフェイトがこうなってしまった。

ここにきて何かが狂い始めていた。

アースラ艦内の食堂でなのはちゃん達と食事をするが、みんな暗い顔をしている。フェイトがこんな状態ではそうなるだろう。フェイトは今生きる屍、点滴によって生かされているだけだ。アルフは心配してずっとついている。

いったい何が悪かったんだろう? 流れからみても最悪のパターンが想像できた。

(私のせいね。きっと)

沈んだ声が聞こえる。

(どういうことだ? カナコ)

(ほんのいたずらのつもりだったのよ。プレシアがフェイトに冷たいから、ちょっとからかってやろうと思って、フェイトに無理矢理優しくさせたのがいけなかった)

(それなら俺も見たよ、何が問題だったんだ?)

(はっきりとはわからない。私たちが見た限りでは同じように展開しているけど、フェイトは何かに気づいて、内心に変化があったのかもしれない。シンクロして確かめてみるしかない)

確かにそうだけど、カナコは希ちゃんのこと以外ではなんだか不安がある。

すぐに能力に頼ろうとするところは危ういと感じた。

今まで漠然と思っていたことだったが、今回のプレシアとのやりとりで説得をすぐあきらめ記憶を読み取ろうとしたことでほぼ確信した。

(カナコ、今回は仕方ないけど、あんまり人の心に土足で入り込むのは良くないと思うぞ? 誰にだって知られたくないことはあるんだから)

俺はカナコに釘を刺す。

(なによ? 説教する気なの)

(ちゃんと聞いてくれよ! 普通お互いの心なんてわからないのが当たり前なんだから、能力に頼っていると、そうしないと不安になるし、人間は正と負の側面を持っているものだから、知りたくもないことを知ってしまうかもしれない。

おまえ、希ちゃんが自分をどう思っているか調べたことはあるか? )

(……ない)

(だろう? そんなことは絶対にないけど、希ちゃんが心の中でおまえのこと少しでも嫌っていたら、耐えられないだろう? 俺だってそうさ)

沈黙の時が流れる。

(わかったわ。肝に銘じる。でも少しムカつくわ。あなたに説教されるなんて、やっぱり男は結婚すると貫禄が出るものかしら? )

おい! 誰とだよ? いい加減この件が片づいたら話し合わないと。



現実に戻ると、暗い顔をしているみんなに私はある提案をする。




「みんなちょっと聞いてくれないかな。フェイトちゃんのことで試してみたいことがあるんだけど」



今は病室。希ちゃんはフェイトに会うのはまだ怖いようで奥に引っ込んで眠っている。フェイトのそばに近づいてひざまづくと、気になったのかアルフが

「何をする気だい? 」

聞いてきたので

「ちょっと罪滅ぼしに行ってくるね」

私は笑って答えフェイトの手を握ると目を閉じた。


(シンクロ開始)

カナコがそう言うと、意識が遠くなり、夢の世界へ突入した。

フェイトは門の前に横たわっている。さてどうしたものか? とりあえず、あいさつしとこう。

「こんにちわ、フェイトちゃん」

「……」

フェイトの返事はない、接点が作れない。困った。それから、俺は何度も呼びかけるが一度も返事はなかった。カナコに揺すってもらうが全然反応がない。

「一度は立ち上がったはずなのに、何で今なんだろうな? 」

「今記憶を検索してる。今回のフェイトといい私の部屋にはテスタロッサ関係ばかりたまっていくわね。一度掃除しないと」

「何だ? 」

「プレシアとアリシアの記憶よ。最初に時の庭園に行ったときリーディングしたの。ふたりとも死の直前までの記憶がある。プレシアにはシンクロしたままだったから結局最期の瞬間まで記憶を拾ってしまったわ」

「なあ全部把握しているんじゃないのか? どうして調べる必要があるんだよ」

「希じゃあるまいし、一回見ただけで全部覚えられるわけないでしょ? ちゃんと抽出しないといけないと私にはわからないわ」

話によるとリーディングでは情報収集するだけで記憶する力は別だと言う。他人の記憶はカナコの部屋では本の状態で、その中で調べたいことを辞書を辿るように探すそうだ。この状態ならいらなくなれば捨てることができるらしい。他人の経験や知識を使いこなすにはレベルによっては時間がかかるそうだ。

夢の世界へ持ち込めばパソコン検索並みにはなるという話だ。



「希の世界に置くわけにはいかないわ。アリシアはともかく、恐怖の対象のプレシアの記憶を希が受け入れるわけないもの。だから、必要な情報集めたら捨てようと思っているんだけど、あっ…これね」

カナコは何かに気づいたようだ。



「フェイトは自分の正体にうすうす気が付いていたみたい。私とプレシアの話を聞いているわ。それから、プレシアは私たちが知っている歴史とは少し違う行動をしているみたいね。詳しくはこれから一緒に見ましょう。まずはプレシアから」

そう言うとカナコは俺に触れるとプレシアの記憶が流れ込んでくる。



ーーーーーーーーーーーーー



「そうね、まず頭を撫でて、そして、いい娘ねフェイトって言うの。最後にちゅーしてあげなさい。もちろん笑顔でね」

交渉相手はとんでもないこと言い出してきた。私にそんなことできるはずがない。

カナコという子、こっちに時間がないことを察しているようなのだ。頭も切れる。だが、これを我慢すれば協力するという言質はとった。やるしかないようだ。

アリシアごめんさないママはこんなことしたくはないけれど、あなたのためだから……

私はあの子の言葉で熱に浮かされような状態になりフェイトに何をしたかよく覚えていない。しかし、幸せそうな顔はなぜか心をざわめかせた。

あの子との研究でわかったことは人造生命と死者蘇生の秘術をもってしても、アリシアの肉体が変質しているため、完全に蘇らせることは不可能ということを突きつけられただけだった。

もうあの子には用はない。やはりアルハザードへ行くしかないようだ。あの子をつかまえておくことも考えたが、私の体は予想以上に悪化していた。ジュエルシードを一刻も早く手に入れることが最優先と判断した。

あの子が言っていたアリシアとの約束は私の心に鈍くトゲのように刺さった。




そんなことあなたなんかに言われたくない!! 何様のつもりよ! 子供のくせに、親になったこともない小娘の分際で…… あなたに、あなたに私の気持ちがわかるはずない。



私は最近おかしい、フェイトが失敗して戻ってきても、いつものように鞭をふるうことができない。心のトゲがジクジク痛む。

原因はわかっている。あの子のせいだ。あの子がアリシアは妹を欲しがっていたなんて言うものだから、思い出してしまったアリシアとの約束を、どうやって子供が生まれるか知らない、無垢で、罪のない子供らしいお願いで、私も照れながらもながらも指切りを交わした。

そう約束したのだ。

人形を拘束して、鞭をふるおうとするが、人形が痛みに耐えようと目をつぶるたび、アリシアの顔がちらつく。

(ママ、約束)

あの子の声が聞こえた。


結局鞭で叩くことができなかった。

数刻のち、人形の使い魔が怒り顔で襲ってきた。防御魔法を突破して胸ぐらを掴んで言う。それでも母親かといつもの私なら何も感じないはずのセリフだったが

「約束は違った形で果たすことができるわ、例え自己満足でも」

(ママ、私、妹が欲しい! )

…フェイトはアリシアの約束が形をなしたもの




うるさい黙れ!! 違う違う。あの子の言葉とアリシアの約束が頭をよぎり私を苛立たせる。

使い魔をとどめを刺そうとしたが、勝手に墜落していったあの怪我ではしばらくは動けないし、どこかでのたれ死ぬだろう。

ジュエルシードは11つ手元にある。必要数にはまだ足りないが、もう少しでなんとかなりそうだ。手を引くなんて考えられない。

私は眠っているフェイトをみつめる。

可愛い寝顔だ。アリシアの妹だと思うと愛しさが止まらない。不思議ね。私の子供だとは思わないように、思ってはいけないと考えていたのに……

今からでもまだ……

そう思って、フェイトに手を伸ばそうとするが、咳が止まらない。

また吐く血の量が増えた。

この事実は私を打ちのめした。

いまさらもう遅い。時間は戻すことはできない。私のしたこと消すことも…… いつも私はそうだ。アリシアとの約束は私にとって残された最後の絆でなにより大切なものだ。それを踏みにじっておいて、今からフェイトを娘として扱うことなんてできない。

時間がもうないのだ。私はどのみち長くない。

半端な優しさはかえってあの子を苦しめる。そう思いたい。

何より私は今までフェイトにしたことに向き合うことなんてできない。どんなひどいことをしたか。どんなにさびしい思いをさせたか。直視できない。

ずるい大人だった。

気づくのが遅すぎた。

私は自分の心を守るために最後までフェイトを人形として扱い、唾棄するものと思うことにした。



いつものようにフェイトを起こしジュエルシードを取ってくるように命令する。

大丈夫。心がざわめくけど、普段通りに振る舞えばいい。






フェイトがいなくなった後、もう取り戻すことのできないアリシアとの穏やかな日々と優しさを注ぐ時間がなくなってしまったフェイトへのことを想い、私は泣いた。





フェイトはあの白い服の少女とジュエルシードを賭けて勝負をする。大丈夫かしら? 勝負はフェイト有利に進んだ。今まで感じたことはなかったが強くなったフェイトを誇らしく思い同時に悲しくなった。あの強さは私の期待に応えたものだ。あの子はあの歳でどれほどの修練を重ねたのだろうか? これも私の罪だ。

あの少女は逆転したようだ、あの年齢で収束砲撃魔法を使うとは才能に恵まれた子なんだろう。残念だったわねフェイト。それよりも、フェイトを気遣う態度が気になった。もしかしたら、あの子がいればフェイトは大丈夫かもしれない。






少しだけ希望が見えてきた。

あの子たちにフェイトを託そう。そして私はフェイトを否定する役割を演じるのだ。

フェイトにあなたを見捨てたというメッセージを込めて攻撃する。ごめんねフェイト。それに気を取られている間に、次元干渉魔法でジュエルシードを回収する。おそらくかぎつけられるだろうが手段を選んでられない。

フェイトは管理局に拘束された、もう会うことはないだろう。問題は私に荷担した罪に問われることだが…

フェイトは私に従っただけで何も知らなかった、管理局にそう印象を与えられれば罪は軽くなる。私がフェイトを捨てたようにふるまえば管理局の同情も期待できるし、フェイトもあきらめてくれるだろう。自分は騙されていたと思えば少しは慰めになるはず。私はいつも通りすればいい。真実も告げてしまおう。しばらく時間はかかるだろうが、思いやってくれる人がいるなら大丈夫だ。












これはフェイトに与えられる最初で最後の贈り物だ。

私はフェイトをアリシアと比較してなじる。それはかつて本当に思ったことだった。




心が痛い。

私の言葉はそのまま刃となって自分に返ってくる。本当は違うの! けれど、あなたのために、あなたは私に騙されていただけ、悲しんで、憎んで、そして忘れてちょうだい。



フェイトが私をあきらめるために管理局やあの子たちが同情してくれるようにかつての私がそう思ったように言葉を吐き続ける。

「べ、別にフェイトのことなんか全然好きじゃなくて、大嫌いなんだからぁ」


そして私はやり遂げた。最後の方では心が揺れてしまったけれど、問題ないはずだ。

心残りはなくなった。これでアリシアとふたりで旅立つことができる。

最後の時になって私に思い出したくなかった事と大切な事を教えてくれたあの子が邪魔にしにきたけど、もう私の気持ちは固まっている。

あの子には気づかれたみたいね。

バカな子。どうしてわたしに構うの? 関わないと約束したのに、ここまで来るなんて

悪いわね。あなたがやっているのは余計なお世話なのよ。邪魔なのよ。それ以上しゃべらないで! 管理局の人間もいるんだから

私の気持ちを知られたくない。

それくらい察して欲しい。

何を勘違いしてるのよ。本当に邪魔な子。





フェイトが私の前に立つ。強い子だ。一瞬愛おしく思ってしまうが、そんな自分を叱り奮い立たせる。もう大丈夫だ。あれは人形だ何を言ったところで私の心には響かない。

「あなたは私の母さんだから…… 」

フェイトのこの言葉にとうとう涙をこらえきれなくなる。その手を掴んで強く抱きしめてあげたい。でもそれをしてしまったら、全部水の泡になってしまう。

これが最期だ。

私は涙をこらえながら時の庭園を崩壊させる。もうフェイトは大丈夫。真実を受け止めた上で私の前に立っているのだから心配ない。



アリシアを見つめながら私はフェイトのこと思う。どうしてフェイトをあれだけ憎んだのだろうか、もっと良い方法はなかったのだろうか?

フェイトに偽りとはいえ注いだ愛情は私の心を癒してくれた。けれど、それは同時にアリシアへの罪悪感となって私を責めるのだ。アリシアは私の帰りをずっと待っていた。寂しい思いをさせてきた。あの子の寂しさを思うとたまらなくなる。

アリシアに注ぐはずの愛情をあの人形に与えるのか?  

心の中で暗い声が響く。自分自身の声だ。

それは憎悪となってフェイトに矛先が向く。






ああそうなのね。

アリシアが死んでいる限り、私は罪悪感に苦しまれフェイトに愛情を注ぐことなどできないのだ。私がフェイトを遠ざけたのはアリシアを思い出して、すがってしまいたくなるから、それは許されないことだ。自分はこの苦しさに耐えなくてはいけない。

アリシアがいない限り私たちは決してわかりあえない。さびしい巡り合わせだったのね。

ごめんなさいフェイト





……愛してあげれなくて





さあ、アリシア一緒に行きましょう。今度は離れないように



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


プレシアほぼ俺たちが知る通りの行動をとった。でも、内心は違ったらしい、いや、俺たちが知らないだけでプレシアは違う歴史でもそう思っていたのかもしれない。

「見たわね。次はフェイトを見せるわ」

カナコの声は暗い。

「カナコ? 大丈夫か? 」

「大丈夫かって、何がよ? 」

「プレシアのおまえへの本音聞いて、ショックだったんじゃないかと思ってさ。カナコ、プレシアに思い入れがあったんじゃないのか? 」

「っっ!? そんなことない! 」

言葉では否定てしているが、動揺しているのはバレバレだった。俺はカナコに近づくと頭をなでる。なんでこうしたか自分でもわからない。

「なんで、頭なでるのよ。ナデポなんて私には通用しないんだから! 」

カナコは目をつり上げる。

「そう言うなよ。髪の手入れをしてるだけだよ。これでも十年も髪の手入れと研究はしてきたんだ。淑女の髪もなんとかなるだろ」

俺は適当にしゃべる。良い髪をしてんなぁ。


「うそつき、騙されないんだから……」

声が穏やかになってきた。う~ん? もしかしたら俺の隠しスキルにナデポとか、ニコポがあるのかもしれない。


……

やべえ、俺ハーレムじゃん!

んっ?

よく考えてみると現実だと女の子だった。




ガクリ

短い夢だった。



とはいえ試してみるか。俺はカナコに微笑みかける。白い歯が輝く感じとかバラを意識してみた。

「何よ? ニヤニヤして気持ち悪いわね」



思い切り引かれた。

残念ながらニコポ持ちではないらしい。せめてナデポがいかほどの効果があるか実験するか。

「お~し、良い子だ。よ~しよしよしよし」

動物マスターを意識してカナコの頭を撫でる。


「まるでム○ゴロウさんね。仕方ない騙されてあげるわ。淑女の髪なんだからちゃん手入れとしなさいよ」

「ああ、任せろ」

カナコはあきれた表情でため息をつきながらされるがままになっている。頭を撫で続ける。しばらくするとカナコが話しかけてきた。なんかこっちを見上げてる?








「ナデポなんて効かないんだからあ。










もう手遅れよ。とっくにかかっているわ。あなたの魔法に」

カナコは夢見るような顔で甘くささやく。


え!? 効いた?





いっつふぉおおおりんんんらaaaaaaaaaaaaa

!!!!!!!







うちゅうのほうそくがみだれる。







だめだ。いしきが……

むにのみこまれる。




だいじょうぶ?

だれかがこえをかけてくる

だいじょうぶわたしはへいき。ふいういちでおもいのほかだめーじうけてるけど、なんとかたえられる。


あかつきのせんしがむをおさえてくれている



さあ、いまのうちにエ○スデスを……


……


ついにやったぞ!

でもちからがもうはいらない…


ねむいんだ。


……

ひかりがみえる。


さあかえろう。おれたちのほしに


………


「どうしたの? 」

「ああ。地球か? 還ってこれたんだな。何もかもが懐かしい」

どうやらカナコのあの台詞で俺は一瞬異次元に意識を飛ばされていたようだ。しかし、体感した時間は胡蝶の夢のように長く感じた。クリスタルの戦士たちと無を操る化け物と戦って、死闘の末に倒したが、無の世界に飲まれて、長い放浪末帰ってきたのだ。

「どうでもいいけど、その台詞死亡フラグよ」

おまえの台詞がよっぽどやばいわ!! 

例えるなら、紐緒閣下のデレた顔見たときと伝説の木で伊集院の正体を知ったとき俺の心の何かが崩壊したときの衝撃に似ている。

最近で言えばラウラさんとかな。








ワンツースリー






なんじゃああそりゃあああああああああああああああああああああああああああああ




俺はなんとか正気に戻るとさっきの言葉を確かめるためにおそるおそる聞く。

「カナコさん? さっきの台詞は一体? 」

「さっきの? ああ、魔法がどうとかのあれ? 」

「そうそう」

ドキドキ! やべえ、胸がドキドキしてきた。決してときめているとかそんな淡いものではない。




「だって男の人はああいうこと言われると嬉しいのよね? 」






「ああ、良かった。いつものカナコだよぉ~ 」

うれしくなってカナコの頭を両手で抱きしめる。どうやらカナコは俺のネタに乗ってくれたらしい。

「コラッ! 急に何するのよ。びっくりするじゃない! やっぱりあなた小さい子を主食とした…ペド「違うわ!!」」


いつもの雰囲気に涙する俺だった。どういうつもりだ? カナコの奴、最近妙にすり寄ろうとしているところがある。








「私がしたことは余計なお世話だったの? 」

カナコは急に押し殺して耐えるような声で問いかける。プレシアのことだろう。俺は少し考えてから答える。

「プレシアはそう思っているみたいだな。でも耳が痛い忠告はなかなか受け入れられないものさ。年を取って自分より若い奴から指摘されると特にさ。誰にだって正しいと思っていてもおまえに言われたくないってことはあるだろ? 」

「そうね」

「でもさ、結局プレシアは否定しながらも、カナコの忠告を受け入れたんだと思うぞ。だってフェイトを鞭で叩くことができなくなったし、フェイトへの気持ちだって良い方向に変わっただろう? だから、それで良かったじゃないか」

「そうかしら? でもあなたが言う人の心に土足で入ることの迂闊さの意味が少し理解できたわ」

「そうか。わかってくれたならいい。だから、俺の心の部屋の本をあまりむやみに見ないでね」

特に、エロいのは勘弁して欲しい。

「ふふふっ それは約束できないわ。……ありがとう陽一気持ちが楽になったわ。次はフェイトの記憶に行くわよ」

次はフェイトの視点に切り替わる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



母さんは最近優しくなった。あの子を連れてきたときはいつもの怖い目をしてたけど、いい子だって褒めてくれた。

母さんにキスされてたときは、嬉しくてぼーっとしてしまった。

ほんとのキスってこうするんだ。うれしくうれしくて顔が熱い。アルフも喜んでくれるかな? もう少し余韻を味わいたいけど、どうしてもあの子の真意が気になって近づいてはダメだ言われた研究室にこっそり入ってふたりの話を聞いてしまった。

「フェイトを ……あの失敗作の人形を娘なんて呼ばないで!! 私の娘はアリシアだけよ」

その言葉を聞いたとき、私はなんのことか理解できずにその場から動けなくなってしまった。

母さんは次々と告げる真実は私を打ちのめした。だから、あの子が悲鳴を上げても母さんが倒れても動くことができなかった。

「過去は取り戻すことは誰にもできないわ。でも約束は違った形で果たすことはできるはずよ。例え自己満足でもね、アリシアに触れたとき記憶を読んだけど、あの子、妹を欲しがってたんじゃない? 」

あの子の言葉が聞こえる。少しだけ我に返る。アリシアの妹、本当にそうだったらどんなに良かっただろう。母さんと私、アリシア、アルフ、そしてリニスと楽しく暮らしている姿を夢想する。

あの子が近づいてきても全く気づかないくらい幸せな夢だった。

それから、あの子と交換でジュエルシードを手に入れた。





交換した後、一人で考える。



母さんのことが好き。大好き。


認めてもらえてうれしかった。

でも、母さんが見てるのはアリシアだけで、ても悲しい。




しかし、時間が経って落ち着いてくると冷静に受け止められるようになった。

私は母さんの態度に納得していた。母さんが身体を壊してまで、研究に没頭する理由が、そして、いつもどこか悲しいそうな顔をしていることに、母さんにとってアリシアがすべてで私が入る余地はないんだ。

でも一度だけ見た母さんの本当の笑顔が私には忘れられない。それに、偽物だったかもしれないけど、ケーキを食べて、一緒に寝てくれた、頭を撫でて褒めててくれて、キスしてくれた、それが私を支えてくれる。

私はアリシアではないし、あなたの娘ではないけれど、あなたは私の母さんだから、あなたの望みをかなえよう。私を見てくれなくてもいい。望みをかなえてもう一度笑ってもらおう。

私は決意を新たにジュエルシード集めに奔走する。

あれから、母さんは最近少し変わった。私が失敗したのに鞭で叩かなかった。いや、叩こうとしたけれど悲しいそうな目でみて手を降ろしてしまった。

期待していいのかなぁ

あの子が言ったみたいに私をアリシアの妹と思ってくれるのかな? でも母さんは私を起こしにきたとき、母さんはいつもの表情で甘えるような声だけどどこか冷たくて、その期待はだめになっちゃった。

最後の期待を込めて、なのはという子とジュエルシードを賭けて決闘する。強い。どんどん強くなる。私の切り札にまで耐えて、ものすごい魔法を打ってきた、なんて強い子なんだろう。私は管理局に捕まってしまった。

母さんごめんなさい。

「べ、別にフェイトのことなんか全然好きじゃなくて、大嫌いなんだからぁ」


母さんのこの言葉はどこか予想できていた。大嫌いなんだ。やっぱりそうだったんだ。ショックで膝をついてしまったけど、なのはの姿が目に入る。

なのは。いつも全力でまっすぐに向き合って、何度も私の名前を呼んでくれた子

私はなのはに何も応えてない。大嫌いって言われたけど、母さんにだって私の想いを伝えてない。

だから、立ち上がろう。

アルフと一緒になのはを助けに、そして母さんのところへ急ぐ。



母さんの前に立って想いを伝える。母さんは一瞬驚いて、涙を流しながら、

「言ったでしょ。私はあなたが大嫌いなんだから」


アリシアと一緒に落ちていく。私の想いは届くことはなかった。

私には母さんが最期に何を想ったのかわからなかった。悲しくて悲しく涙出てきた。もう一度母さんを笑顔にすることができなかった。





だって、涙を流して悲しくなるほど、私のことが嫌いなんだもの。





ある言葉が私を貫く。










私は無力なんだ。

心は深く深く沈んでいく。







作者コメント

SAN値がやたらガリガリ減った気がする。おかしいな? 厨二ネタのときはニヤニヤなのに。新境地が開けたかも。

シリアスは難しいです。




[27519] 第三十話 眠り姫のキス
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/08/20 21:51
第三十話 眠り姫のキス



プレシアとフェイト、悲しいすれ違いだった。

プレシアはアリシアとの約束を思い出したけれど、時間がない。半端な優しさはかえって苦しめると結局フェイトに冷たくした。そして、内に想い秘めたまま逝ってしまった。

フェイトは真実を知ってしまったが、母の見せた笑顔を糧に決意を新たにした。必死に自らの想いを告げるが、プレシアには応えるつもりはなかった。そして、今無力感に苛まれていて心を閉ざしている。

カナコがきっかけとなったプレシアの優しさはフェイトを弱くしたのだろうか? 最初から期待しなければ落胆も小さくて大きく傷つくことはなかった。

そういうことなんだろうか?


俺は自問自答しているうちにだんだん苛立っていた。ふたりの気持ちがわかるとは言えないが、俺も母親とすれ違ったまま死んだのだ。わかりあえなかったのはさびしい。
まあ生きていたところでそうなったかは怪しいけど。

でも、フェイトとプレシアは違う。お互い生きていて時間があれば心を通わすことができるはずだ。

「カナコ、どうにかならないか? …そうだ。ここにプレシアを再生させればいいじゃないか! 」


俺は我慢できなくなって訴える。カナコは静かに目を閉じている。

しばらく瞑想した後、目を開く。














「ダメよ」

カナコは静かに強い意志を込めて拒絶した。



「なんで? 」

「希の負担が大きいわ。最近のこの子の体調を見てそう考えてる。あなたと希のふたりが起きている状態は脳が多量のカロリーを必要とするの。でも、この子の身体はトラウマの影響で食物が制限されて量も少ないから内臓機能が低下している。必要なカロリーが得られてない。

だから貧血や飢餓の症状が出る。あの子がまだ眠った状態になること多いのはそのせいかもしれない。

それに生き返らせてどうするの? 先のことまで考えてる? 膨大な記憶を持った一人の人間を再生するのよ。どうなるかわかるわよね? それにアリシアの魂は肉体にはなかった、再生はできない。プレシアは生きてる限りアリシアを求め続けるはずだから。黒い女みたいな敵になることは十分考えられる。フェイトを説得した後、魂をすりつぶすなら話は別だけどね」

「……」


カナコの挙げた理由に俺は何も言い返せない。この場は彼女が正しい。希ちゃんに関しては優先順位を間違えない。たとえどんなに心を揺らされても希ちゃんと比較することはできない。カナコはそこだけは何があっても譲らないということなんだろう。

だからと言って冷たいというわけではない。さっきから手を強く握りしめている。カナコはプレシアの生きざまに惹かれていた。どうにかしてあげたいとは思っているができないのだ。

苦渋の決断なんだと思う。




ん? ああ、そういうことか。 

俺は最近ずっと引っかかっていたことの理由がわかったような気がした。

話はまだ続く。

「フェイトは闇の書事件で重要な要素になる。切り捨てることなんて考えられない。できる手を考えるしかないわ。希、あなたも来なさい」






そう呼ぶと図書館の扉が開いて、眠そうな顔の希ちゃんが出てきた。

「な~にカナコ? 私眠いよ~」

「十分休んだはずよ。少しだけ起きて、手伝ってちょうだい」

カナコは希ちゃんに理由を説明する。最初は面倒だと言っていたが、なのはちゃんが悲しんでいることを俺が伝えるとやる気になったようだった。

「まずは起きないことには始まらないよな。どうやって起こそうか? 」

「おうじさまのきすぅーー」

希ちゃんが大きく間延びした声で主張する。無邪気な女の子らしい。


……

王子様のキスか? 






「ふっ どうやら俺の出番の……「死ね」」

カナコは小さく鋭い声で刺してきた。邪気眼な女の子らしい。


短くて効果的な突っ込みだった。でもいくらなんでも死ねはないと思う。希ちゃんだっているのに

「鏡、見る? おじさま」

追い打ちかけてきた。

「待て! 今のは俺なりのジョークだよ。だいたい効果も期待できないのに、そんなことするはずないだろ。俺は紳士なんだ」



カナコはジト目で睨んでる。

「妻の前で堂々と浮気するなんて良い度胸じゃない」



……

そっちかよ。


今まで目をつぶってきたが、そろそろ追求する時期に来てるのかもしれない。

俺は覚悟を決める。大丈夫! なんとなくだが意図は読めてる。

「なあ、カナコ、俺はいったいおまえとどういう関係なんだ? おまえのなかで」




「夫婦」

カナコはあっさり答える。頭痛がひどくなった。あ~ そうなんだろうな。おまえのなかではな

「え~ ずるいよ。私もおにいちゃんと夫婦になりたいよ」

実に子供らしくて微笑ましい。おにいちゃん冥利につきるよ。心が癒える。思えば斎ちゃんも同じ事を……

思考がそれた。今は目の前の自称妻をなんとかしなければ

「いつ結婚したの? 」

「プロボーズしたじゃない」


……


ダメだ。コイツ何とかしないと


「あれは会話の流れから最終戦士が言ってたジョークだろ! 」

冗談じゃない。そんなことで押し切られてたまるか。

「ねえ? 子供は何人欲しい? 」

「は? 」

俺の話を聞かないカナコはわけのわからないこと言い始めた。

「私は三人欲しいわ。希が長女で、女の子がひとり、男の子がひとりね。名前は陽一が決めてあげて。私ってネーミングセンスはあるけど、ここは父親の役目よね。
えへへ、どっちに似ると思う? 私と陽一の子供だったら、きっと男の子でも女の子でも可愛いよね。それで時の庭園に住んで使い魔を飼うの。使い魔の名前くらいは私に決めさせてね。陽一は狼派? フェレット派? 私は断然フェレット派なんだけど、あ、でも、陽一が狼の方が好きだっていうなら、勿論狼を飼う事にしようよ。私、フェレット派はフェレット派だけど使い魔ならなんでも好きだから。だけど一番好きなのは勿論陽一なんだよ。陽一が私の事を一番好きなように。そうだ、陽一ってどんな食べ物が好きなの? もちろんわかめは論外、どうしてそんな事を聞くのかって思うかもしれないけれど、やだ言わせんな恥ずかしい。明日からずっと私が陽一のお弁当を作る事になるんだから、ていうか明日から一生陽一の口に入るものは全部私が作るんだから、やっぱり好みは把握しておきたいじゃない。好き嫌いはよくないけれど、でも喜んで欲しいって言う気持ちは本当だもんね。最初くらいは陽一の好きなメニューで揃えたいって思うんだ。お礼なんていいのよ妻が夫のお弁当を作るなんて当たり前の事なんだから。でもひとつだけお願い。私『あーん』ってするの、昔から憧れだったんだ。だから陽一、明日のお昼に『あーん』ってさせてね。照れて逃げないでねそんなことをされたら私傷ついちゃうもん。きっと立ち直れないわ。ショックで陽一を殺しちゃうかも。なーんて。それでね陽一、怒らないで聞いてほしいんだけど私、前世の頃に気になる男の子がいたんだ。ううん 浮気とかじゃないのよ、陽一以外に好きな男の子なんて一人もいないわ。ただ単にその子とは陽一と出会う前に知り合ったというだけで。それに何もなかったんだから。今から思えばくだらない男だったわ。喋った事もないし、喋らなくてよかったと本当に思うわ。だけどもやっぱりこういう事はさいしょにちゃんと言っておかないと誤解を招くかもしれないじゃない。そういうのってとっても悲しいと思うわ。
愛し合う二人が勘違いで喧嘩になっちゃうなんてのはテレビドラマの世界だけで十分よ。もっとも私と陽一なら絶対にその後仲直りできるに決まってるけれど、それでね陽一はどう? 今までに好きになった女の子とかいる? いるわけないけども、でも気になった女の子くらいはいるよね。いてもいいんだよ全然責めるつもりなんかないもん。確かにちょっとはやだけど我慢するよそれくらい。だってそれは私と出会う前の話だからね?私と出会っちゃった今となっては他の女子なんて陽一からすればその辺の石ころと何も変わらないに決まってるんだし。陽一を私と希が独り占めしちゃうなんて他の女子に申し訳ない気もするけれどそれは仕方ないよね。夫婦ってそういうものだもん。陽一が私と希を選んでくれたんだからそれはもうそういう運命なのよ決まりごとなのよ。他の女の子のためにも私と希は幸せにならないといけないわ。うんでもあまり堅いこと言わずに陽一も少しくらいは他の女の子の相手をしてあげてもいいのよ。だって可哀想だもんね私と希ばっかり幸せになったら。


陽一もそう思うでしょ? 」



……

息つぎなしでいいやがった。


まず思ったのはやっぱりカナコはヤンデレだったとか、ゴスロリ衣装からしてそうじゃないかといやそれは偏見だ、わかめは俺の命だとか、ここで子供が作れるのか? そういうエロス的なことはできるのか? 俺のコックはちゃんとエレクチオンするのか? コトに及んだところで希ちゃんの頭の中で情操的に問題はないのか?とか、そもそも俺は十歳くらいの子を性的な目で見る変態じゃないとか。ユーノ君は使い魔じゃないだろとか。

突っ込みどころ満載の未来予想図にほら思った通りにごちゃごちゃしてきた。 


「カナコ、台詞長いね~ 」

のんびりとした口調の希ちゃん


「あ~ もう! どこから突っ込んだらいいものか」

「じゃあ、まずは私から……って痛たああぁ、何するのよ! 」

顔を赤らめてクネクネするカナコに俺は額にチョップを食らわせる。

「女の子がそんな下品なこと言うんじゃありません! 」



「……夫がAVをするわ。協議離婚だわ。みのさんに相談しないと」

DVだろ。エロいネタ禁止。

「おにいちゃん、私にも突っ込んで~ チョップ、チョップ」

希ちゃんの無邪気な言動がますます場を混乱させる。

俺は優しく希ちゃんにチョップする。


「へへへっ、いたい~ いたいよ~ おにいちゃん くすくす、ひどいよ~ 」

希ちゃんは何がそんなに嬉しいのか含むような声で笑っている。ひどいと言う割にはぜんぜんそんな感じはしない。

カナコは希ちゃんを優しくみつめていた。

「よかったわね。希、おとーさんが遊んでくれて」

カナコ? 都合が悪くなったから希ちゃんでお茶を濁しに来たな。ここで逃がしてたまるか。






「希ちゃんのためか? 俺と夫婦になろうって言うのは? 」

俺は先ほど得た結論を武器に一突きにする。急所は捕らえたはずだ。



「そ、そんなことないです」

わかりやすい奴だ。



「どもってるぞ。それから口調がいつもと違う」

俺はカナコの目をしばらくみつめる。やがて観念したかのように目を伏せると真剣な表情を作る。





「……どうしてわかったの? 」

「態度があからさまだった。どうしてこんなことするのか確信したのはついさっきだけどな。おまえは希ちゃんのためになることしかしない。急に色恋に走るなんて違和感ありすぎだ。他のことに目移りするなんて考えられない」

「よく見てるわね。私のコト、あ~あ、もうちょっと馬鹿だったらやりやすかったのに」

これでもキャバ嬢や泡姫にさんざんタカられてきたからな。いい加減学習する。泡姫日記にちゃんと傾向と対策を書いてるからな。

「どうしてだ? 俺は希ちゃんのために生きると決めてるぞ」







「信じられないわ」

カナコはきっぱりと言い切った。

「ぐっ、 カナコさんや、そんなんにあっさり言われると俺だって傷つくぞ。アリサちゃんの家の帰りのときだって希ちゃんを見守るって誓ったばかりじゃないか」

カナコは下を向くと何かをこらえるような表情になる。




「不安なのよ。あなたを何かで縛り付けておかないと、どっか行ってしまいそうで、だって一度成仏して消えてしまいそうになったじゃない。あなたには本当の意味で未練なんてないんだわ。希にはあなたが必要よ。でもあなたはそうじゃない。だったら心を縛り付けるしかない。恋人や夫婦になればきっとこの世に執着ができると思ったのよ」

「俺は約束したぞ」

少し強めに言う。俺の覚悟は本物なのにそれをコケにされた気がしたのだ。

「そうね。でも人間は嘘をつくし、約束を破るものよ。私の周りには信じられる人間はいなかったもの。前のあなただって……」

カナコの言葉には隠しきれない不信と非難の感情がみえた。

少しだけ理解できた。カナコは他人を信じるのが怖いのかもしれない。ずっとひとりで希ちゃんを守って頑張ってきたのだ。誰にも頼ったことなどなかったのだろう。

反面、百合子さんへの態度、前の学校でのクラスメイトへの対応、前の俺に対する扱い、希ちゃんに関しては万能を誇るカナコだったが、それ以外は感情的で、排他的、子供っぽくって世間知らずな面が浮き出てくる。

それがカナコをひどく歪つなものに感じさせていた。

これは俺がいくら言葉を重ねたところで、カナコを安心させることはできないかもしれない。しかし、話をしないことには何も始まらない。



「カナコ、俺とおまえじゃ夫婦っていうのは無理がないか? せいぜい歳の離れた兄弟、親子にだってみえるぞ」

「むしろいいじゃない。男はみんな若い嫁が良いに決まっているわ」

まあ、それも一つの真理だが、しかし、カナコおまえは甘く見てる。男の好みは意外と広く、業が深い。



「前世で本当に好きなったのは年上で、二十代後半の職場の上司だったぞ。まあ向こうは俺のこと可愛い部下としか思ってなかったけどな。それでも家族ぐるみでつきあうくらいは仲良くなったよ。希ちゃんくらいの女の子がいてな。父親が海外に単身赴任でいないから寂しかったんだろうな。俺に甘えてきてさ。俺も張り切って絵本とか読んであげたら喜ばれて、俺も嬉しく練習してな。それが俺の演技力のルーツと言ってもいいくらいだ」

余談だが、その後転生というか思い出して、斎にも同じことをして、中学では演劇部に入っちゃたりなんかして俺はスキルを磨いた。


カナコは驚愕の表情でこちらを見てる。

「そんな。想定外よ。あなたが妹以外で年上、子持ち、不倫に反応するコアな変態だなんて、これじゃ私は何もできないわ」

「そんな~ 」

希ちゃんも同時にショックを受けてる。

コアな変態じゃね~ たまたま好きになった人がそうだったってだけだ。それに俺を呪縛から解放してくれた人だから尊敬と感謝の思いが強くて、そんな不埒なことは考えられるわけがない。



ただレンタルDVDに人妻モノが入るようになっただけだ。

ちゃんと家に行くときは自家発電して賢者だったから問題ない。

家に訪ねていくと娘さんと一緒に笑顔で出迎えてくれたんだ。継母にいじめられた俺のすさんだ心を癒してくれた。

エプロン姿が実にけしからんが大丈夫。問題ない。

旦那さんが海外に行って寂しいとかいう物憂げな表情が実にけしからん! 



う~ん。いかん。そろそろ平常運転に戻ろう。

俺は深呼吸して心を落ち着かせる。

「そのときだけだよ。極端すぎるわ! 」

カナコは少し考え込んでる。しばらくして何か納得したように手を叩くと照れるような表情を作り上目使いでこちらをみつめる。








「おにいちゃんって呼んでもいいですか? 」

甘くささやく。





ぞわああああああ



「頼むからやめてください。おねがいします」

「そうだよ~ おにいちゃんって呼んでいいのは、私と斎おねーちゃんだけなんだから、カナコがどうしても呼びたいならいいけど」

認めないで希ちゃん

「だめ? 」

だからくねくねとシナを作るな。変な方向に行きすぎてるぞ。収拾がつかない。仕方あるまい。俺は前々から考えていたことを提案する。

「カナコ、希ちゃん、不満はあるだろうけど、俺が希ちゃんやおまえを恋人とか夫婦にみれるわけない。妹とか家族ならなんとかなるよ。でもカナコ、おまえはそれだけじゃ不安なんだろ? だったら俺の部屋の記憶の本を見て脅せばいいじゃないか。消えたりしたら公開するとか言えば俺もそうそう成仏なんてできないぞ」

「いいの? 」

「ああ、男に二言はないぜ」

カナコは探るような神妙な顔でこちらを見る。不信感が強くて不器用なコイツを納得させるにはこれしかない。どうせ俺が言わなくても勝手に見るだろう。






「じゃあ、高校のとき彼女に振られたときの」





「何でも言うこと聞くから、それだけは許してえええええええ」

俺はプライドなどすっとばして土下座する。

俺の覚悟は所詮そんなものだった。たった一言で折れてしまった。おのれええ、すでに最大の急所のひとつを押さえているとは恐ろしい奴だ。

カナコはしばらく俺を観察すると、

「そんなに言われたくないんだ? わかったわ。成仏なんかしたら使うから、絶対使うからね。絶対よ」

カナコは子供のような笑顔だった。結局夫婦ごっこは続くらしい。

いろいろゴタゴタはあったが、俺たちはフェイトを起こすためにここに来てる。起こす前に作戦を立てることした。






作戦名は「フェイトちゃんのブレイクハートペロペロ大作戦」

だった。



プレシアを生き返らせるのは論外なので、三人で話しあった。

結果、フェイトにプレシアとの楽しい夢を見せれば目を覚ましてくれるのではないかと考えた。



ここは希ちゃんとカナコの世界だ。多少制限はあるが何でもできる。希ちゃんは経験が少ないのでここでモノを作るのは苦手らしい。カナコはベテランで単純なものは容易に作ることができるが、複雑な機構なものを作るのが不得意だ。俺は元々イメージ力とかそういうものは得意な方だ。ふたりのサポートをする。

やり方は三人で力を合わせて、夢の世界の住人を作る。希ちゃんのレアスキルとは違ってただの夢なので空っぽで感情なんてものはなく役割が終わると消えてしまう儚い存在だ。後のことを考える必要はない。操り人形とか舞台俳優のようなものだ。

「名付けてドリームキャストね」

もしかしてわざと言ってる?



作る舞台女優はプレシアだ。

「じゃあ、プレシアを作るわ。詠唱する」

俺たちは三人で手をつないで輪を作る。手をつなぐときカナコは少し緊張したようだ。照れるなよ。家族みたいなもんだろ。

詠唱はカナコ謹製でイヤな予感しかしない。



「回れうずまき、唸れ4つのシーピーユー、例え忘却の彼方へ消えようと我はその名を忘れず。創造神セガこそ至高、君は覚えているかシェンムーを、シーマンを、バーチャ3を、セガガガを、ナップルテールを、ベロニカを、夢広く伝える伝説の名機 ドリームキャスト降臨せよ」

「こうりんせよ~」

やっぱりね。もはや突っ込む気力さえない。バーチャとかベロニカとか何だよ! それに今は舞台女優を作っている最中だ。雑念が入ると上手くいかないだろう。

集中、集中


どんなプレシアがいいだろうか? やっぱり若くて健康的だった頃がいいのか? 痩せすぎだし少しくらい太ったほうが母親っぽいはずだ。そういえばベロニカで思い出したけどプレシアさん顔色悪いし、ゾンビに間違えられそうだよな。バーチャとか土星の頃から友達と遊んでたしあれはあれで好きなんだよな。それから技術がものすごく進んだけど、あのときの気持ちはプライスレスだよな。いかん発想がおっさんだ。

雑念だらけだった。




俺たちを中心に天井から光が降りてくる。

その光はやがて3つに分かれ圧縮されていく。白い繭を形作るとやがて収まっていく。





……3つ?

「なんで3つ分かれたんだ? 」

「さあ、イメージの統合が上手くできなかったのかも、とりあえず産まれるみたい。いいんじゃない。夢だし、フェイトに好きなの選んでもらいましょ」

3つ繭にひびが入り、何かが生まれた。まさか護衛軍みたいな奴らじゃないよな。





最初に生まれたのはちょっぴり太り気味のプレシアさんだった。丸々としてつやつやして健康そうだ。以前の3倍くらいの横幅で不健康そうだった青白い肌は血色もよくピンク色だ。逆に糖尿とか心配だ。常にくちゃくちゃしていた。



次に生まれたのは、不健康そうなプレシアさんだった。ただでさえ痩せていた体は半分くらい細くなり、目は白目でう~う~わけのわからないのことを言っている。肌は土気色だ。化粧とかしたほうがよさそうだ。




最後に生まれたのは、カクカクしたプレシアさんだった。
片言で「フェイトアイシテル」としゃべり続けている。女性的な丸みはいっさいなく、ものすごく立体的に見えるけど。直線と四角と三角で構成されていて、ギクシャクしている。肌の色は折り紙でも張ったようにのっぺりしていた。

……ポリゴンだった。




どれもプレシアなので区別するためにDX、ゾンビ、バーチャと名前をつけた。明らかにおれのイメージが反映されまくってた。こんなのどうするんだ?


……

この中から選べと言うのか。


カナコはフェイトの額に手を触れると目を閉じる。

(フェイト聞こえる。カナコよ)

(カナコ? もしかして私が母さんのところへ連れてきた…)

(そうよ、あなたに提案があるの、プレシアに会いたいでしょ? )

フェイトは目を開けると飛び起きた。キョロキョロ首を振ると3タイプのプレシアに目が止まる。


「さあ、好きなプレシアを選んでちょうだい」







フェイトはとまどいながら、まずプレシアDXの前に足を止める。じっと見つめると首を振る。

「違う母さんはこんなに健康じゃないよ。もっとやつれて青白い顔してる」

正直なのはいいことですよ。フェイトちゃん

「あら、残念」

プレシアDXはドロドロと溶けて消えた。

「っっ!!」

フェイトは声にならない悲鳴をあげた。人間の体が溶けていくなんてホラーすぎる。しかもグロテスクだった。そんなことに凝ってどうするんだ。





次はゾンビプレシア。フェイトはすでに足がすくんでいる。言うまでもなくこれも選ばれないだろう。俺だってちかづきたくない。

「母さんによく似てるけど。やっぱり違う」

似てるのね。お兄さんこの場合正直すぎるのはどうかと思うよ。

「おおお」

「きゃあああああああああああああ」

ゾンビプレシアはいきなりフェイトに抱きついてきた。

「あらら、これもダメね。知性がないわ」

カナコがそう言うとゾンビプレシアは体がひび割れていく。ゆっくりとむき出しの肌や肉、骨を見せながら崩れ落ちていった。先ほどよりさらにグロテスクだった。

フェイトは恐怖で固まっている。

「おい! 俺たちはフェイトに楽しい夢を見せるんじゃなかったのか? ホラー映画じゃないんだぞ」

「おにいちゃん、フェイトちゃんはなんであんなに怖がってるの? 」

希ちゃんは平気みたいだ。そういえばあんまり怖がったことなかったっけ。怪談も全然怖がらず、きゃきゃと聞いてた気がする。



あ~ まずいな。目の光がだんだんやばくなってきた。最後の奴に賭けるしかないのか。カナコが手を引いてバーチャプレシアの前に連れてきた。



「母さん!! 」

フェイトは即座にバーチャプレシアに抱きつく。

いいのかコレで、ポリゴンだぞ。カクカクしてるぞ。今までのやつらからすればはるかにましかもしれないけど

「母さん、なんか角が当たって痛いね」

そういう問題か?

「フェイトアイシテル」

「えっ!?」

フェイトは驚いた表情になり、そしてだんだん悲しい顔になる。どうしたんだろう。

フェイトはバーチャからすっと離れると悲しい顔のまま言った。

「ごめんなさい。これもよく似てるけど母さんじゃない」

似てるのか? フェイトは続ける。 

「だって、母さんは私のこと愛してるわけないもの」

そう言うとフェイトはしゃがみこんで膝をかかえて眠ってしまった。






俺たちの作戦は失敗だった。

次の話し合いに移る。




「プレシアの本当の気持ちを教えるべきじゃないのか。カナコだったらできるだろ? 」

カナコはうなずく。しかし、その視線は厳しい。

「できるわ。でもプレシアの遺志はフェイトに真実を教えないことよ」

「そうだな。でも死んだ人間より生きた人間を優先した方がいいよ。それに今のフェイトの状態はプレシアの望んだことじゃない。管理局については気の使いすぎたと思う」

「物は言い様ね。でもあなたの知ってるフェイトは母親への愛の渇望をバネにして、強くなったんじゃないの。知ってしまうことでどんなことが起こるかわからない。弱くなるかもしれないわ」

何がそんなに気にいらないんだよ。というよりは質問していろいろ考えているのか? 俺は少し時間をもらって考えをまとめる。

「あれこれ理屈をこねたけど、結局は俺の押しつけだよ。経験から言わせてもらうと、確かに母親の愛情がすべてじゃない。最初の前世で俺は職場の上司から信頼されてそれに応える喜びを知ったから立ち直ることができた。フェイトだってなのはちゃんやリンディさん、クロノ君が支えたから立ち直れたんだ。

でもな、やっぱり母親の愛って存在のすべての始まりで根源的なものなんだ。浅野陽一は確かに前世の知識で成功して満たされていた。でもね、常に何か足りないと思ってた。欲を満たしてもその場だけでどこかむなしかったよ。希ちゃんとの交流で何か掴みかけた。それも希ちゃんがいなくなってするりと逃げた。死んで再生されて最終戦士の記憶で百合子さんに母親として接してもらったことを知ったとき。ああ俺が求めていたのってこれだったんだ思ったよ。ただの思いこみかもしれないけど俺は前より強くなったよ。

フェイトが闇の書に取り込まれたとき、あの子が見た夢は家族としあわせに暮らすことだっただろ? だからフェイトは立ち直っても心のどこかでプレシアのことはずっと求め続けてたんだよ。弱くなったっていいじゃないか。俺たちの知っているあの世界は参考するのはいいかもしれないけど、もう違う道を歩んでいるし、囚われてはいけなんだ」

「確かに歴史をなぞることを気にし過ぎたら身動きが取れないわね」

「それに心に愛と哀しみを刻むものは……」

俺はここで言葉を切り、カナコに目で続きを言えと合図する。きょとんとしていたが理解は早く。

「天地を砕く剛拳すら、凌駕する。むそーてんせいを可能にする。強くなるとも言えるのね」

「うんうん」

俺は妄想転生いや転生妄想と診断されたけどな。

「ありがと、決心がついた。プレシアの記憶をフェイトに見せることにするわ。さすが私の見立てた愛の戦士ね」

愛ね。恥ずかしいが俺の今のちからの根源は愛だ。まだ知ったばかりの未熟な初心者だから精進しよう。

斎への愛は欲望との葛藤が入り交じった歪んだものではあるが、そこから生まれた作品は認められて俺の自信となった。開き直るとそんなに悪いものでもないかもしれない。しかし、これは欲望として満たされてしまうと性質は変わってしまうだろう。

希ちゃんへの愛は百合子さんが俺に注いでくれたものに似ていると思う。別の言い方をすると理想になる。家族、父性的なもので、とても純粋で強いものだ。これこそが今の俺のちからだろう。

(では貴様は今日から愛の戦士というわけだ。最終戦士は俺のだぞ)


……

黙れ! 妄想戦士




カナコはフェイトに再び話しかける。

「フェイト、プレシアが何を思ったか知りたくないかしら? 」

フェイトは目を開くと、こちらをうかがうようにおずおずと聞いてくる。



「さっきの話は? 」

カナコはフェイトに自分のスキルのことを話す。他人の記憶を収集して自在に操ることができること、さらに、直接見せることもできると伝える。

フェイトは静かに聞いていたが、下を向いてしまった。どうしたんだろう?

「フェイト? どうしたの? 何でも言ってみて」

カナコはそんなフェイトにゆっくりと問いかける。

「ありがとう。カナコ、でも、私怖いよ。母さんはきっとアリシアのことで頭がいっぱいで、私なんか嫌いなんだ。そう言ってたから…」

「でもあなたは気になっているんでしょう? プレシアが私のことを知ってからの態度が変化していることに、だったら知るべきだわ。これは本来はあなたが知らないままでいることだけど、私と陽一はこれを知ってほしいの」

カナコは怖がるフェイトを優しく優しく説きほぐす。母親が子供にするように、希ちゃんの母親をやりたいというだけのことはある。そんなカナコに下を向いていたフェイトは顔を上げていく。今は膝を折ってはいるが、本来は芯の強い子なのだ。


「カナコ、教えてほしい! 母さんのこと」


フェイトは一歩踏み出した。母の真実を知るために

「…プレシアいいわよね? この子はちゃんと自分の意志で決めた。あなたは知られたくなかったみたいだけど、大丈夫、フェイトはきっともっと強くなれる」

カナコはもうここにはいないプレシアに向けてつぶやく。



一冊の本を取り出すとフェイトに渡す。

「これは? 」

「プレシアの私に会ってからの記憶よ。すべて読むのは時間がかかるから、この本に抽出したの。開けば記憶が流れ込んでくる」

「ありがとう。カナコ」

フェイトはお礼を言って本を開くと、そのままその場に座り込んでしまった。目は閉じられている。気を失っているようにも見える。


「今、記憶が流れ込んでる。少し時間がかかるわ」


ーーーーーーーーーーーーー



母さんの記憶はやはりアリシアでいっぱいだった。私のことはアリシアを思い出すから嫌なんだ。私の存在が母さんを苦しめていたことはショックだった。

母さんはカナコとの出会いでアリシアとの約束を思い出した。母さんにとってアリシアとの約束は大事なもので嫌いな私への思いを変える力を持っていた。やはり、母さんにはアリシアしかいないんだ。私はそのついでなんだ。知らなければよかった。



…私の心は深く暗く静かに沈んでいく。私は真実を知るのを後悔し始めていた。







「べ、別にフェイトのことなんか全然好きじゃなくて、大嫌いなんだからぁ」

そうだ、そう言われたっけ、これも母さんの思っていることに違いないよ








……えっ?


母さんは私が管理局の罪が軽くなるように、昔は思ったかもしれないけど、今はそう思っていないことを言ってくれた。優しくしたら私が母さんから離れられなくなると、その表情とは裏腹に母さんの心の痛みが伝わってくる。

ごめんなさい。



本当は違うの! けれど、あなたのために、あなたは私に騙されていただけ、悲しんで、憎んで、そして忘れてちょうだい。












ひどい。ひどいよ。


母さん

私、わからなかったよ。

母さんがそんなこと思っていたなんてわからなかったよ。




愛されていないかと思っていた。けど違った。今はつらくても私のことを考えてくれてた。私が立ち上がると信じてくれてた。







……ひどいよ。私はそんなに強くないよ。今だってこんなになっているもの。




そして、最期の記憶

母さんは覚悟を決めていたけど、私の言葉で心が揺れてしまった。だから、あんなに泣いていたんだ。本当は私を抱きしめたかった。でも我慢して我慢してあの言葉を言ったんだ。

「言ったでしょ。私はあなたが大嫌いなんだから」





……母さんのうそつき

私、一生懸命言ったんだよ。好きだって、それなのに





そして、私のことは愛せないことあやまりながら、アリシアと一緒に逝ってしまった。



最期に私のことを……


私と母さんは生きているあいだわかりあうことはできなかった。仕方のないことだった。だって私に優しくしたらアリシアだけが寂しい想いをしてしまう。母さんだってずっと寂しさを耐えてたんだ。私よりずっと長い間。母さんは悲しくなるくらい我慢強い人だった。


なんて悲しく寂しい関係だったんだろう。

母さんは私のこと愛してはくれなかったけど、愛そうとしてくれた。







胸が熱い。涙が止まらない。悲しい涙じゃない。全身を喜びで包まれていた。あのとき、母さんに抱かれて、認められたときだってここまでの気持ちにはならなかった。

外からではなく中から、おひさまのように熱いものが産まれた。そして暖かく私を満たしていく。こんなに満たされる気持ちになったのは初めてだった。

アリシアの記憶じゃない。私に向けられた母さんの気持ちが私の心を癒していく。

確かに私は最後まで母さんに娘だと認めてもらえなかった。報われなかったのかもしれない。

でもいいんだもう。

母さんの気持ちを優しさとぬくもりを知ることができたから




私はこの喜びを一生忘れない。ずっと覚えていよう。

この喜びがあるだけで、私は立ち上がることができる。新しい自分を始めることができる。アルフにも心配かけてる、なのはという子にだって。

母さんは見ててくれる。だから立ち上がろう。

アリシアだって

(うんっ! 私はフェイトのお姉さんだもの。ずっと一緒だよ。フェイト)

優しい誰かの声が聞こえた。






(……そうだったの。アリシアの魂はフェイトの中にあったのね)

静かで落ち着いた声が聞こえた。








私は目を開ける。涙でずぶぬれになっていた。顔を上げると誰かがこちらを見てる。この子がカナコ? 外で見た子とは違う。顔つきは違うし髪は短い。私と同じくらいの年のはずなのに大人びて見える。優しい目だ。

カナコはどこからかハンカチを取り出すと、私の顔を母親が小さい子供にするように拭う。顔がすぐ近くにある。なんだか恥ずかしい。

「もう大丈夫? 」

「うん…ありがとう。カナコ、お礼がしたい」

私はあることを思いつく。これは私も嬉しかったからカナコも喜んでくれると思う。



「あら? 何かしら」

私はカナコの首に手を回すと









想いを込めて



キスした。



「んんっ!! 」


確か母さんはこうして、舌をからめて……

カナコ暴れないで! 

まだ終わってないよぉ 私の気持ちを受け取って



「うわあぁ」

誰か男の人の消えていきそうな声が聞こえた。


最初は暴れていたカナコも両手の力が抜けて私の自由にさせてくれました。






「しくしく、初めてだったのに、最初は希って決めてたのに」

カナコは泣いてます。あれ? 私何か間違ったかな? 

「あのぅ ごめんなさい。嫌だった? 母さんはこうしてくれたんだけど」

「はははっ、フェイトちゃん気にしなくて良いぞ。自業自得だからなカナコ場合。それに女の子同士はノーカンらしい」

男の人が笑って答えます。誰だろうこの人?

「あなたは? 」

「俺か? 俺は浅野陽一だ。こいつらの保護者みたいなものさ」

カナコは赤い顔のまま男の人をにらんでます。

「あなたね~ 妻の貞操が奪われているのに、なんで黙って見てるのよ。ちゃんと助けなさい」

「妻言うな! いや~ なんか見とれてしまってさ。なんというか。こう創作意欲を刺激されたよ。新作書けそうだな。飲み込まれそうな愛を感じたよ。さすがだなフェイトちゃん、すでにその歳で愛を極めつつあるのか」


愛? 喧嘩してるみたいだけど。なんだかとっても楽しそう。とっても仲良しなんだ。

「希ちゃんこっち来て ……ってなんでそんな隅の方へいるの? 」

少し離れたところでこちらを誰か観察していた。警戒してる? 外で見たあの子だ。髪がものすごく長い。でもなんだか印象が違う。

「や!! 」

「希ちゃん、後で本を読んであげるから、新作だよ。だからこっち来て、挨拶だけでもしときなさい」

「う~ おにいちゃんがそこまで言うなら」

じっと目を見つめると急に私の前に飛び出してきた。

「よう! 」

「よう? 」

変な挨拶だ。

「希ちゃん、フェイトちゃん 名前、名前」

「あ、雨宮希」

「フェイト・テスタロッサです」

なんかすごく緊張する。

「ほら、握手」

「「はいっ」」

同時に返事をして、言われるままに握手する。

「うんっ これで友達だ」

友達? お互いに見つめあって、首をかしげる。友達って何をするのかな? キスすればいいのかな? 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! フェイト! さっき私を見た目で希を見ないで、あなたもそろそろ戻りなさない。心配している人が他にもいるわ」

ちょっとあわてたカナコが言うと門が開く。ここどこだろう? 本とかたくさんある。あの四角い母さんもカクカク揺れている。疑問はあったけど、言われた通りに門をくぐる。


急に目が真っ暗なる。一瞬不安になるが夢から覚めるのが感覚的にわかった。











ありがとう。母さん。ずっと覚えてるから。

ありがとう。カナコ。大切なことを教えてくれて




私はもう大丈夫 これから何があっても怖くないよ。


自分の力で歩いていきます。




作者コメント



次回で無印編終了。今回は苦労しましたプレシア魂の再生も考えたけど、無理だった。途中まで書いて没にした。次に一度アップしようしたデータが壊れて、半分以上書き直し、全く別物になりました。



[27519] 第三十一話 次の戦いに向けて
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/08/29 17:50
第三十一話 次の戦いに向けて 


フェイトは門をくぐって現実に帰った。バーチャプレシアは手を振っている。

……まだいたんだ。

夢のくせになかなか消えない。なんか常に上下に揺れてるし、拳法の動きをするし、怖いんですけど。




ほっとこう。




そんなことより俺は気になったこと聞く。


「なあ、カナコ、なんで俺だけ毎回違うシチュで帰るんだ? 毎度のことながら痛いし」

「深い意味はないわ。この世界での意識を現実に飛ばす必要があるからということにしておいて、それに害意のある攻撃じゃないからいいじゃない」

「痛いぞ。アレ、危なくないのか? 」

「加減はちゃんとしてる。でも、私たちが本気で相手を殺すつもりで攻撃したらあなたは本当に死ぬから気をつけてね。たとえば、ここで実体化させたナイフを持って、あなたの急所に刺して、そのイメージを受け入れたら、事象として成立してしまうの。ここでの死は魂が消滅するってこと、成仏ではないわ。ただ消えてしまうの」

「おいおい、それはあの黒い影もそうってことじゃないのか? 」

「アレは夢みたいなのだし。確かに痛みとかあるけど、リアリティが足りない。どんなに怖い悪夢を見ても本当に死ぬことなんてないでしょ? 」

「考えてみたらそうか。精神攻撃のようなもんだよな。奴らの攻撃くらったけど、痛いことは痛いけど、命の危険までは感じなかったし」

「じゃあ、その命の危険を味わってみない? 今のあなたのここでの力も計っておきたいわ。大丈夫。すぐ済むわ」

「……ん? まあいいぞ」

カナコの提案に少し戸惑ったが、まあ殺されることはないだろうと思い快諾した。

「わ~い、おにいちゃんとカナコの決闘だ」

希ちゃんは暢気だ。良くも悪くも子供らしくなっている。



カナコは直立不動の自然体の構えだ。じっとこちらを見ている。

「いくわよ! 」

「えっ!? 」

カナコの姿が一瞬で消えかと思うと、視界がぐるりと回り地面に叩きつけられていた。



「ガァ! 」

痛いです。見えないです。反応できないです。

「どうしたの? 武器くらいは出したら? 次はそれくらいは待ってあげるわ」

「武器? 」

「ディスティよ。あなたの魂の武器なんでしょ? 」

ああ、あれか! 貫通好きだから使ってたよ。


……ゲームで


「最終戦士はそうだけど、俺は何だかピンとこないな」

カナコは口に手を当てて考え込んでる。



「ディスティはあくまで最終戦士だった彼のもので、あなたは違うということかしら? 記憶を受け入れたみたいだけど、精神まではそうはいかなかったみたいね」

その話少し気になる。相談してみるか。

「なあ、聞いて欲しいことがあるんだけど」

俺は最近聞こえた。奴の声について話す。

「なるほど、おそらくあなたの魂の中に彼の魂は内包されたままなのよ。フェイトとアリシアの関係と同じね」

「なんか問題あるのか? 」

「別に悪さをするわけではないわ。あくまで主導権はあなたにある。記憶を共有した魂の兄弟みたいなもので、向こうがあなたに寄り添っているの。宿り木みたいなものよ」

「確か宿り木って宿主絞め殺す奴がいなかったっけ? それにあんな兄弟嫌すぎるぞ。いろいろ恥ずかしいこと言うし」

「宿主が弱っていたら主導権を取って出てくるかもね。でも記憶を共有してるから、宿主を害することをすることは基本的にないし、本音を代弁しているのよ。受け入れられないのはあなたが自分に正直になっていないだけよ。

……ここでは自分を信じないものは誰より弱い。それは現実にも影響する。そんなことでは希は守れないわ」

カナコは厳しく指摘する。耳が痛い。

確かに最終戦士の言うことは自分に心に正直になれば本音だろう。俺自身は最終戦士を恥ずかしい奴で自分と同じ存在とは認めていない。それは対面やプライドにこだわって、自分の可能性を狭めていると言えないだろうか?

そうだよ!!

格好悪くてもいいじゃないか。無様でもいいじゃないか。少なくとも希ちゃんは俺に信頼を寄せてくれているんだ。それに応えないでどうする? 


まずは俺が認めなくてはならない。ここでは自分を信じるちからが何よりも強い力になる。無謀なのは考えものだが、いちいちクヨクヨしたり、悩むより、開き直ったほうがいい。

俺は俺の厨二な心に正直になろう。恥ずかしさなんて乗り越えてしまえばきっと快感になる。

きっと新しい世界が待っている。









「ありがとう。目が覚めた」

俺はカナコを見据える。俺の心は晴れやかだ。認めてしまえば恥ずかしさも薄らぐ。



「男子三日会ざれば割目して見よ。さっきとは全然雰囲気が違うわね。ふふふっ、楽しみだわ」

俺は最高にカッコいい自分を意識して、天に向かって求めるように手を伸ばし詠唱する。

「来たれ、我が黒き外套、赤き銃身ディスティ。我はアトランティス最終戦士ジークフリード、王剣を守る小手なり!」

もう大丈夫だ。使い方を思い出した。ここでは俺は無敵だ。充実したちからを感じる。

「おにいちゃん、やだカッコいい~~」

希ちゃんの黄色い声援が飛んでくる。まだ、恥ずかしさを感じるが、ぐっと飲み込む。

「いいわ。陽一、今からあなたの実力を試してあげる」

嗜虐的な笑みを浮かべたカナコは魔力を集中させると黒い闇の中から何本かのナイフを取り出す。

「ナイフか? 」

「そうよ。今から一斉に魔力誘導で投げるわ。言っておくけど、まともに刺さったら死ぬ。魔力強化されたこの12本のナイフはアンチマテリアルライフルに匹敵する。全部急所を狙うけど、今のあなたならそのくらい平気でしょ? 奥義、幻影錯綜刺 私の奥義を見れるなんて、果報者よ」

「全部打ち落としてやんよ」

俺は不敵な笑顔を浮かべる。今の俺ならば投げナイフなど止まった的に当てるくらい簡単にやってのけるだろう。

「いくわ! 」

シュという音共にカナコの手から12本のナイフが投げられる。



「そこ!! 」

遅い。

俺はただ狙って撃つだけ、ディスティの銃口から12発の音が響く。
















ザクザクザクザクザクザクっと音がする。










……ふっ。どうやらこの銃は俺の武器ではなかったようだ。それに俺は鉄砲撃ったことなんてない。止まった的に当てることすら困難だろう。



「きゃあああああああああああ」

希ちゃんの悲鳴が響く。どうやら驚かせてしまったようだ。カナコの投げたナイフは俺の頭、心臓、股間といった人体の急所に突き刺さっていた。

「ちょっと、平気なの? 12本とも急所深く刺さっているんだけど」

カナコは割と深刻な声で話しかけてくる。

「いや~ 失敗、失敗」

「おかしいわね。ちゃんと殺すつもりで投げて、全部命中したのに、血がちょっと出ただけで、生きてるなんて、やっぱりあなた変態よ」

「おい! 殺すつもりだったのかよ。それから変態言うな」

とんでもない奴だ。それに乗った俺にも問題はあるけどな。

「あなただってノリノリだったじゃない。私は空気読んだわ。そのくらい余裕だと思ったのよ」

おっしゃる通りです。だが、カナコは相変わらず他人のスペックを高く見積もり過ぎだと思う。

「痛くないの? 」

「痛いと言えば痛いな」



主に股間が……

俺の息子はもうひとり立ちできないかもしれない。


俺は刺さったナイフを抜いていく。血は流れているが抜いたら傷がふさがり元に戻っていく。なんか妙な気分だ。さほど不快感はない。むしろ、ニキビとか、膿の溜まった傷口をプチと潰すような軽い興奮を感じる。








……やっぱり変態かもしれない。




「こっちのイメージを無効化したのかしら? 魂に直接攻撃したはずなのに……」

カナコは最後まで首をかしげていた。

反省としてこの世界での俺専用の武器をイメージしたほうがいいということだった。

最初に考えたのは髪だったが、この容姿ではできないというイメージが強いから難しいだろう。


やっぱり主人公らしく剣とかがいいな!





決闘も終わり、今は休憩中、三人でフェイトのこと、先のことについていろいろ話す。


「さっきのキスはともかく、フェイトちゃんもいい友達になってくれると思うぞ」

「え~ 私、なのはちゃんがいればいいよ」

希ちゃんは人見知りだ。フェイトちゃんや他の子ともなのはちゃんくらいになってくれればいいのだけど。

「希、そう言わないの。陽一、機転が利いてたわね。なのは以外の子と接するのも大事よ。ありがとう。フェイトともいる間に何度か交流してみましょう」

「そうだぞ。希ちゃん」

「う~」

希ちゃんは困った顔している。やる気にさせるにはなかなか難しいようだ。でも甘やかすだけでは駄目だ。ちゃんと一人で歩かないといけない。

「次に展開するためにもやることがある。魔力訓練、トラウマ克服、体力増強、闇の書事件まではやることが山ほどあるわ。」

「めんどくさいよ~ 」

修行についてはなんとなくイメージできるが、ひとつだけ気になることことがあった。

「カナコ、トラウマ克服って何するんだ? 」

「封印の強制解放よ」

カナコによると黒い記憶の本は全部で5冊、陰陽五行になぞらえて、希ちゃんのトラウマを木、火、土、金、水、に分割しているらしい。封印が一つ破れるたびに、敵は強くなるそうだが、最強の木の封印を破ったので残りは4つ、意外と楽かもと言っていた。

どっかのRPGみたいな話だった。

5つの封印をすべて破られたとき、中心にある『黒き母の本』が解放されるという。この間の黒い女は封印をすり抜けた分身みたいなものらしい。

「いかにも破ってくださいと言わんばかりの封印だなぁ」

「ちょっとした遊びごころ、カッコいいでしょ? 所詮は負の感情の固まりで種みたいなものよ。過去の幻影で、すぐに命を脅かすことはないわ。もちろん油断はできないけどね。シンクロイベントのおかげでこの世界は正の方向へバランスが向いている。順調に行けば自然に思い出して封印が解けても、正の感情にかき消されるわ。それが理想ね。でも時間は足りないから闇の書の前に片づけておきたいの」



……カッコいいねぇ


カナコ実は俺の本に毒されてないだろうか? もっと以前から? この前言っていたキチェスとか守護天使、この際だから聞いてみるか?

「話変わるけど、カナコの前世って何だ」




「話してなかったわね。母星から私は戦争を逃れてきた異星人がこの星で転生した生まれ変わりなの。希は一緒に逃げてきて、お互い家族を亡くして、養子にしたの。希はちょっと特殊なちからを使う子でね。キチェス・サージャリアンっていうの」

「きてぃすなのです~」

タラちゃんみたいね。



あ~あれね。僕の地球を守るとかなんとか、守護天使とかキチェスとか


……



……



……














俺は叫び出したくなる気持ちをぐっとこらえる。大丈夫。こんな連中は何度も相手にしてきた。むしろ俺も同類で積極的に関わって楽しんでいた。



それにしてもヤンデレ・電波・オサレのトリプルアクセルですか?

地雷要素三冠王達成ですね。高性能だなカナコ。




オーケー


落ち着こう。まずは情報を整理しなければいけない。

「カナコ、木蓮さんって知ってるか? 」

「誰よ? 」

カナコは訝しげな顔でこちらを見ている。いきなり難航しそうだった。

主人公の名前だろうが! 今の話ならば希ちゃんがそれに当たるはずだ。

それから俺が知っている主要な登場人物の名前を挙げるが
反応はなかった。

「月の基地は? 」

「ええ、戦争を逃れてそこに住んでたの。 ……ってなんであなたがそんなこと知っているのよ! 」

こっちが聞きたいわ。

その後もインタビューは続ける。

カナコの話を総括すると、設定はほぼ俺の知っている物語の通り、登場人物の名前は全く知らないという。

訳がわからなかった。


考察してみる。

一つ仮説を立てるなら、カナコは最終戦士と同じような出生なのではないかと考えられる。誰かに作られて与えられた設定を自分の記憶として捉えているのかもしれない。

他にも最終戦士を作ったときにどういうことを知られてはいけないか。どうすれば魂を強化できるかを熟知していたのは怪しい。どこからそんな知識を得たのだろうか? 自分と同じだから知っていたのではないだろうか。そう考えるといちおう筋は通る。

とても本人には言えないが、カナコが最終戦士と同じという前提で考えると、次はカナコはいったい誰を元に作られたということ問題になってくる。

カナコの容姿には俺は見覚えがない。顔立ちは希ちゃんに似ているけれど別人だと分かる。なんとなく姉妹のような血のつながりは感じさせる。

あるいは俺と同じ別世界の住人かもしれない。あの物語はこの世界にはまだ出版されていないし、子供向けではなかったので希ちゃんにも教えてない。どこでそれを知ったのか心当たりがない。

俺やガーゴイル氏と同じようなタイプの人間なのかもしれない。

アトランティス最終戦士だった俺だから言えることがある。『グレイ』にアブダクションされて脳に特殊な手術を受けたものはかなり存在する。その多くは工作員として人の世界に交じり、日常に差し障りがないように情報を送り続けている。しかも自分が何のために情報を送るのか疑問に思わないように洗脳されている。俺の場合は希ちゃんから魂を再生されるという行程を経ているため、自分が洗脳されていたことを自覚することができた。おそらく外科的に手術されているためだろう。CTやMRIでも映像を捕らえられないことから奴らの技術はこの世界の人類より相当進んでいるのだろう。

情報の送り先は日本の調査主任のジョーンズ氏にすべて集められる。彼のメールアドレスも時が来れば使う予定だ。俺には彼らを弾劾する権利がある。ガーゴイル氏がグレイの事を知っているかどうかはわからない。一度会う機会があれば言及してみたいと思う。


その手術を受けた中に俺のように前世の記憶が蘇るものがいる。ガーゴイル氏もそのひとりで。彼に目を付けられたのは俺の知る情報の中に彼しか知らないはずのことが多くあったからだ。彼によると有史以来、世界各地に前世の記憶が蘇ったものたちが多く存在している。なかには歴史の変革に大きく関わっている人物。革新的な技術や概念をもたらした人物を輩出しているそうだ。

ガーゴイル氏は『転生覚醒者』と名付けていた。

わかりやすく言うなら、この世界の日本史と世界史の偉人たちはとにかく頭が薄いか髪が全くない連中が多いのだ。また偉人たちには前世の記憶あると主張するものも少なくない。

地方や国によっては国民に丸坊主を義務化しているところもあるそうだ。特に天然のものは神聖なものらしい。

冗談じゃない! 髪を大切にしないなんて、冒涜にも程がある。

現代でも一部異常な進歩を遂げている技術には転生覚醒者が関わっているケースがほとんどだという。そんな金の卵を確保するべく、先進国では転生覚醒者を調査・研究・捕獲する専門の機関が存在し、お互いにしのぎを削っているらしい。

しかし、本物の転生覚醒者の発見は難しい。なぜならこうした背景を持つ歴史の上の人物にあやかる自称転生者が山のようにいるからだ。『なりきりさん』と呼んでいいだろう。自分が特別な人間だと信じたい人間は意外と多い。そのほとんどは自尊心を満足させるためにねつ造したり、思い込んだりしてわかりにくくしている。

比較的軽症ならばふと我に返って自分を受け入れ、痛い黒歴史として突然思い出して壁にパンチしたり、キックしたり、悶え苦しむ程度で終わる。



中等度なると仲間を求め徒党を組んで集団化する。俺の所属していたアトランティス王国戦士団やガーゴイル氏のネオアトランティスはそれに当たる。みんなそうやって同じ幻想を共有することで寂しさを紛らわせたり、所属することで安心するのだ。だから俺のように幻想を生み出すものは重宝されるし、地位も高い。噛み合わなくとも解釈の違いと考えたりして集団と折り合いをつけている。それができなければその集団を抜けるだけだ。幹部会はそれを強要することはない。この自由さと幹部達が生み出すたくさんの幻想がアトランティス王国戦士団を最大大手に育てていたと言ってもいいだろう。その代わりムー帝国から派生した集団にはえらく嫌われている。

ネオアトランティスは性質が違う。ガーゴイル氏のカリスマで成り立っていると言ってもいいだろう。そのため、集団から抜けるものが圧倒的に少なく。少ないながらも組織力の強さを感じさせる。

アトランティスを始めとした集団は社会でもそういう受け皿が必要なことは認知されて、盛んなサークル活動として受け止められている。マスコミも時折おもしろおかしく取り上げている。



しかし、重度になると、自分の前世と現実のギャップから周囲と軋轢を起こし、対人トラブルが多くなる。集団にも属さず。人の話を聞かないし、勝手に他人を設定して自分の妄想に人を巻き込む。最終戦士みたいな奴だな。

……いかん。自分でダメージ受けてる。

この段階になると「転生妄想症候群」と診断され、場合によっては入院させられることになる。実際、心療内科の入院者の疾患名では主要な精神疾患に数えられている。

カナコもそういう人間なのかもしれない。今の段階では答えは出ない。


「ねえ、なんで知ってるのよ? 」

黙って考え込む俺にカナコはもう一度聞いてきた。

「昔、アトランティス関係でそんな話を聞いた。アトランティスとは言ってもいろんな前世持ちがいるからさ」

俺はとっさに嘘をつく。俺の疑問や推理はカナコにとっての猛毒になり得るかもしれないのだ。必要以上につつくとまずいかもしれない。

「あら、もしかして私の知ってる人かしら? 会ってみたいわね。私、記憶があいまいなの」

あ~ やっぱりね。そんな気がしてたよ。ますます、最終戦士と重なる。自分の世界を補強するものを無意識に求めてしまうんだろう。逆に否定するもののは攻撃的になるはずだ。最終戦士の世界に否定的だったのはそのせいかもしれない。

ただ、アトランティスと同様に月に何かある可能性がある。この世界の歴史では月面着陸計画が中止になっている。俺がよく良く読んでいた雑誌には「月には何かがある」という特集が良く組まれていた。きっかけはこの世界でもアメリカとソ連の宇宙開発競争は加熱してどっちが先に月に降りることができるかに注目が集まっていた。しかし、数回の実験や事故を経て、両国は同時に月面着陸計画を凍結することを発表したのだ。そのタイミングが一致していたことから、両国で何か取引があったと誰もが思った。それに世間の期待が大きくなっていたにもかかわらず。凍結になったため、さまざまな憶測を生んだ。そのほとんどが荒唐無稽な話で、かぐや姫は実在するとか、宇宙人が運営する軍産複合企業があるとか。最初の超能力者を生体部品として組み込んだマイクロウェーブを発信する基地があるとか、ムーンレイスと呼ばれる人々が暮らしているとか、出所の怪しい話ばかりだった。しかし、火のないところに煙は立たないともとも言うし、もしかしたら何かあるのかもしれない。



「記憶があいまいだと心配じゃないか? 」

「私は、私よ。どこの誰だろうが、希の事に比べれば些細な問題よ。最近までそんなことを考える余裕もなかったし」

カナコは自分がどんな経緯で希ちゃんに取り憑いたのかわからないそうだ。今の自分を自覚してすぐに希ちゃんのおかーさんと戦い、それか終わってからも希ちゃんのピンチは続き、最終戦士と黒い女と影の事で手一杯だったと言っていたからその通りなのだろう。

俺は改めて聞く。

「怖くないのか? 」

「いいえ、怖いのは闇の書につかまって、希をひとりにしてしまうこと」

どこまでも希ちゃん優先のカナコだった。

結論として藪をつつくマネはしない。問題は先送り、俺は話をここで終わらせることにした。

「そうだな。闇の書事件のほうがよっぽど怖いぜ。じゃあ行くか。クロノ君との約束やなのはちゃんと友情を深めたりやることはたくさんあるよな。またなカナコ」

「またね。今日は特別に門から帰っていいわよ」

現実に戻り、俺と希ちゃん、カナコは交代しながら数日いろいろ動いた。特にカナコと希ちゃんは動きすぎて疲れたようだ。しかし、そのおかげで十分な成果が得られた。

デバイスは俺たちの能力に合わせて調整してもらった。無償でできる限りのことをしてもらったと思う。主にやってもらったのは防御重視のフレーム強化で、ヴィータとシグナムの一撃を受け止めるためである。プレシアのデバイスデータは残してある。



クロノ君との模擬戦はとても訓練とは思えないもので、今後の課題とヴォルケンリッター攻略の糸口を見つけた。俺の切り札の威力も試す。希ちゃんの体をいたわって50パーセントくらいで調整したが、やっぱりドクターに怒られた。その日は何も食べることができなかった。でも威力は申し分なかったみたいで、クロノ君が言うにはあんな反則技二度とくらいたくないそうだ。なのはちゃんは目をキラキラさせていた。やはり戦いの血がうずくのだろうか?



カナコはユーノ君とシンクロさせて図書館に呼び出すと、検索魔法を習い自らの能力をさらに高めた。ほかにもユーノ君からは有益な話をいくつも聞くことができた。ただ、カナコが入浴したときのことをネタにユーノ君に暗示をかけて弄んでいたのはさすがにどうかと思った。やはり『腐の遺産』にも手を出していたようだ。



アースラ資料閲覧室ではとにかくあらゆる資料を見せてもらった。エイミィさんにカナコが懇切丁寧にお願いして(やっぱり暗示をかけた)ちょっと目を通すだけという条件で機密の高い資料も閲覧することができたが、案の定リンディ提督の知るところとなり、エイミィさんとカナコはこってり油をしぼられた。エイミィさんの証言で希ちゃんはミッド語が読めないこと、エイミィさんに何が書いてあるか聞きながらパラパラ一覧に目を通しただけだったので、注意だけでお咎めなしで済んだ。

だが、リンディさん甘いです。確かに俺たちはミッド語読めないけど、希ちゃんは知らない言葉でも見たものを完全に覚えることができる。ミッド語は後で覚えれば問題ないのだ。

目的は単純に戦力アップのためで、プレシアのレアスキルの運用する可能性を探していた。時の庭園の中であればプレシアはSSランクの魔導師になる。さすがに庭園を作るつもりはないが、外部からエネルギーを供給して魔力出力を上げる方法が確立すれば俺たちの戦力は大幅に向上する。

そう簡単にできるわけないが、一番の近道がこれなのでやっておいて損はないだろう。



カナコはフェイトちゃんが拘留中に遠距離シンクロで何度も会っていた。希ちゃんとの交流が目的だったが、途中からフェイトちゃんの再教育へ変わった。カナコがきっかけを作ったプレシアのキスはフェイトに鮮烈な体験として記憶され、フェイトちゃんは好きな人や家族なら無条件でキスしてもいいと刷り込まれていた。俺たちがフェイトちゃんとのシンクロから帰って最初にみたのは、アルフをマウントポジション状態で押さえ込みキスをしているフェイトちゃんの姿だった。

このままでは間違いなくなのはちゃんが危ないと責任を感じたカナコが矯正を試みたが、フェイトちゃんは私もされるとうれしいからとなかなか頑固で譲らない。会話機能を強化したバーチャプレシアで説得しても効果なし、最期の手段の暗示まで使用したが、ますますおかしくなっただけでとうとう匙を投げたらしい。








ここにキス魔フェイトが誕生した。




……未来のエリオ、キャロに幸あれ。


家族になる予定のリンディさんやクロノ君、頑張れ、特にクロノ君、うらやましい気もするが、エイミィさんとの仲がこじれないようにね。

目の前の問題としてリボンの交換のときになのはちゃんの貞操だけは守らなければならない。

なのはちゃんとはいえば希ちゃんと一緒に遊んでくれたけれど、フェイトちゃんとシンクロしていることを希ちゃんが口をすべらせたところ、

「へ~ そうなんだ」

少し笑顔の怖いなのは様だった。




私は家の前にいる。今はちょうど午後4時くらい。

カナコと希ちゃんは疲れきって眠っている。声をかけても返事もない。

久しぶりの我が家だ。あくまで、雨宮希としての私だけれど、希ちゃん本人にとっては知らない親戚の家だ。

百合子おかーさんのことは本人が話すまで待つことにする。希ちゃんの復帰まではまだ時間がある。それまでには言ってほしい。百合子さんだってこのままじゃいけないことはよくわかっているはずだ。希ちゃんだって過去の傷が癒えれば百合子さんを受け入れることができるだろう。そして、いつか俺と百合子おかーさんような関係になってくれることを期待している。



さあ帰ろう。玄関のドアを開ける。

「ただいま~」


……


あれ!? また返事がない。

ん? なんだ?

ほんのり何か生っぽいというか、腐った臭いがする。照明がついているのに暗い雰囲気で、寒気というか。この家の空気が違う。

いつも綺麗にしてある家の中は隅に埃がたまっていて、なんだか汚れている。

おかーさん普段丁寧に掃除をする人なのに…


う~ん、この間も暗く沈んでいたし、心配だな。




「……、ふふふ、……なんだ…… ……ちゃん」

ん?

台所とリビングからおかーさんの声が聞こえる。来客なんだろう。





ドアを開けると、赤い液体の入ったワイングラスを持ったおかーさんがしきりに誰かに話しかけていた。おかーさんの見ている方向には誰もいない。


……



おかーさんが壊れてしまったのか心配になったが、よく観察するとおかーさんの顔は赤く、空けたワインも一本ではない。だいぶ飲んでいるようだ。酔っぱらっているだけだろう。

さっきの腐った臭いからワイン特有のアルコールの匂いに変わる。



「あれ~ みーちゃんがふたりいるよ」

おかーさんは呂律が回ってない。視覚がぶれているのだろう。そういえば、百合子さん、食事のときワイン一杯くらいは嗜むけれど、ここまで酔った姿を見るのは初めてだ。

なにかあったのだろうか?


「おかーさん! しっかりして」

おかーさんはニコニコ笑いながら

「どっちが本物かな? 髪の長い方かな、それとも、短い方、どっちも好きだから迷うな~」

ダメだ。訳の分からないこと言い始めた。

「おかーさん! 」

「みーちゃんがしゃべった。くすくす、ひどいじゃないみーちゃん、昨日も全然口をきいてくれないし、つかまえようとすると逃げちゃって、急にいなくなるし、心配したんだから」



??

おかーさんはふらふらと近づいてきて私の手を掴む。

「ふふふっ つ~か~ま~え~た。今度は離さないからね~ 」

おかーさんは陽気な声で私の腰に手を回すとぎゅっと抱きしめる。

「おかーさん、苦しいよ~ 」

「みーちゃん、みーちゃん、みーちゃん、みーちゃん、みーちゃん、みーちゃん、みーちゃん、みーちゃん、みーちゃん」


「はいはいはいはいはいはいはいはいはい。ここにいるよ」



何度も私を呼ぶおかーさんに返事をする。私の方が甘えるつもりだったが、立場が逆になってしまった。これはこれでうれしい。

柔らかく暖かい。久しぶりの感触だ。心が落ち着く。お酒の香りも気にならない。





(うるさい!! )



そんな声と共にガラスの割れる音がする。目を向けるとテーブルに置いてあったワイングラスが床に落ちて粉々に砕けていた。

今の声はカナコか? やけに強い感情でヒステリックな声だった。違う人間の声かと思ったぞ。



……カナコだよね。



「あらあら、割れちゃったわね。……うっ、気持ち悪い」

ちょっと待って、まさかこれは! 

「うっ!! 」

「ぎゃああああああああ」

おかーさんは私の抱きしめたまま、私が最初におかーさんに会って、抱きしめられたときにやってしまったことをされてた。

因果は巡る。

私はおかーさんを介抱すると、風呂に入り髪の毛を念入りに洗い服を着替える。

うう、ひどい目にあった。

おかーさんは眠っている。なんとなく顔をみつめてしまう。

自分で体験してわかったことだが、吐いたもので汚れても嫌な顔ひとつしない百合子さんの優しさを思い知らされた。私にはあんな真似はできそうにない。母親の愛は計り知れないほど深い。




その後、起きたおかーさんは酔ったこと謝った。一杯飲んだら止まらなくなったらしい。追求はできない。そこからはいつも通りだった。私も何もいえずにいた。百合子おかーさんのことを誰かに相談する必要があるのかもしれない。

斎に電話して、実家からあるものを持ってくるように頼む。次のフェイトちゃんとのお別れの準備になる。

そして、なのはちゃんと一緒に呼ばれた。フェイトちゃんの裁判前になのはと私たちに会うためだ。

この場でフェイトちゃんが用があるのはなのはちゃん、そしてカナコと希ちゃんなので、俺はシンクロして見学だ。今表に出ているのはカナコだ。

「フェイトちゃ~ん 」

なのはちゃんは嬉しそうにフェイトちゃんの元へ走っていく。なのはちゃんに遅れてカナコはゆっくりと歩いて近づいていく。


「久しぶりね。フェイト」

「カナコ? 」

「ええ。そうよ」

「フェイトちゃん? 」


フェイトちゃんはカナコが近づくと目をキラキラさせて、頬を赤らめていた。なのはちゃんは目に入ってない。何?この対応の差、なのはちゃんも訳がわからないという顔をしている。



「元気にしてた?」

「はいっ、お姉さまも元気そうでなりよりです」

フェイトは弾むような声で返事をすると、カナコの両手を掴み、自分の胸元に持ってきて愛おしそうに包んでしまう。








お姉さま……だと……?






(おいコラ。カナコ状況を説明しろ)

(うるさいわね。暗示をかけたらこうなったのよ。キス魔を更正するには他人や人形が何を言っても聞かないわ。だったら家族の言うことなら聞いてくれると思ったのよ)

(だからお姉さまか)

(言っておくけど、私の暗示は本人がどうしても嫌なことは言うこと聞いてくれない程度のものよ。親子揃って暗示にかかりやすいとは思ったけど、ここまでとはね。暗示を解くのを忘れてた私も悪いけど)

それはおまえが悪い。

その後、フェイトの暗示を解いたものの、だいぶ引きずっているようでお姉さまだけは直らなかった。

置いて行かれたなのはちゃんは途方にくれている。ああ、しまった。せっかくの友情の一幕なのに

(おい! カナコなんとかしろ! せっかくがんばったなのはちゃんがかわいそうだぞ)

(ああ、もう! わかっているわ)

「フェイト! 」

「はいっ! お姉さま」

フェイトは直立不動の姿勢だ。

「妹のなのはにちゃんと挨拶しなさい。それから話があるそうよ」

「えっ!? 私、妹? 」

カナコはなのはを引き寄せると耳打ちする。

「ここは話を合わせなさい。フェイトに話があるんでしょ? 」

なのははうなずく。

「私は少し離れているわ」

「ありがとう。カナコさん」

こうして予定外の変化はあったが、なんとか軌道修正図ることができた。会話内容からもうまく友情を育んでいるようだ。





辛抱たまらんなのはちゃんがフェイトちゃんに抱きつく。

そして、お互い友情の確認をすると、フェイトはなのは頬に手を寄せて顔を上げさせる。

「フェイトちゃん? 」

なのはちゃんはなにがなんだか分からず固まっている。


……まずいな。


「なのは…… 」

フェイトは目を閉じる。



「やるとは思ったけど、ホントにするなんて、やめなさい! フェイト」

いつのまにかふたりのすぐそばまで近づいていたカナコはフェイトの髪を後ろからグイと引っ張る。





グキッ

骨の鳴る嫌な音がした。なんか鳴ってはいけないくらい大きな音だったんだけど、ほらっ映画とかあるような。

「「あっ!? 」」

フェイトは糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。







「フェイトちゃーーーーん」

なのはちゃんの悲鳴が響く。

「まずいわね。首が関節可動域の限界を突破してる」

(おい! 何冷静に言ってるんだよ。早く回復魔法をかけろ。覚えてるだろ)

カナコは回復魔法をかける。だんだん顔が青くなってきたんですけど…




フェイトは泡を吹きながら、何かぶつぶつ言っている。

「う~ん、ここはどこ? 川? 向こう岸に誰かいる。母さんっ! 迎えに来てくれたんだ」


プレシアさん連れってちゃだめえええええ、フェイト! そこはあの世への一方通行だから逝ったら死んじゃううう。



その後、俺が川まで迎えに行って、「カナコお姉様が待ってます」と言ってフェイトを呼び戻した。

確かに向こうに行きたくなる気持ちがわかった。引き寄せられる感覚がある。俺を呼んでくれる人は誰もいなかったけど。



ふと見ると、なのはちゃんは何か思い詰めた顔していたかと思うと、フェイトちゃんの前に立つ。

「フェ、フェイトちゃんがしたいならいいよ」

うわずった声で顔を赤くしたまま目をつぶる。



カナコに対抗意識が生まれたのだろうか? 微笑ましいけど、将来はともかく今ガチ百合道のレールに乗せるのは気が引ける。

「フェイト、頬に軽くしてあげて、友達だったらそのくらいよ」

「はいっ」

フェイトちゃんはなのはちゃん頬に口で軽く触れる。

なのはちゃんはやっと満面の笑みになる。

(結局妥協したわね。これで少しはましになればいいけど)






クロノ君が近づいてきた。

「時間だ」

もう終わりか。



なのはちゃんは自分のリボンを外す。

「思い出にできるものこんなのしかないけど」

「じゃあ、私も」

フェイトも黒いリボンを外す。そして、こちらを向いている。

じっと見てる。


めちゃくちゃ見てる。


せつなそうに見てる。



(フェイトこっち見てるんだけど)

(交換するものが欲しがっているんじゃないのか? 大丈夫。抜かりはない。ちゃんと用意してある。ポケットに入ってる)

(何? )

(龍の髭)

(いいの? )

(ちょうど、二本あるし。髪留めにもちょうどいいだろ?)

(そうじゃなくて、友情の証で、貴重なものじゃないの? )

(確かに貴重だけど、あれだけじゃないみたいだし、どうやっても切れないだけのただの紐だし、希ちゃんはダシ取ったの一度食べてるから。もう一度食べる必要はないんだよ。友情云々は俺は死んでいるからどう使おうが問題ないぞ。フェイトちゃんとは不思議な縁があるみたいだから、これから長いつきあいになるんじゃないのか? だったら意味はあるさ)

「じゃあ私はこれを」

「ありがとう。お姉さま。大切にします。……なのはも」

「も、なんだ」

「普段は髪留めにして、たまにダシをとってスープでも作りなさい」

「はいっ」

「カナコさん、それ何か違わないかな? 」

その突っ込みはもっともだと思う。

こうしていろいろ台無しにした感じはするが、無事に終わった。しかし、俺たちはヴォルケンリッターとの戦いが控えている。それに向けてやることはまだまだある。




いつか希ちゃんが立ち直って平穏無事に過ごせる日が来るのだろうか?




作者コメント

PV10万越えありがとうございます。作者的に一つの目標でした。次は20万を目標にします。


無印はここで終了。次からはエースに繋がる話。アースラでの出来事は回想の形で織り込んでいきます。

区切りがいいので次の更新は先になります。理由はエース編がまだ十分練れていないからです。誤字訂正もやっていきます。約束はできませんが、エース終了まで週一回の更新の見通しが立ちましたら投稿していきたいと思います。

今のところエース編はカナコと希の母の謎、疾風フラグによるエース編の変化、アトランティスの謎、が話の中心になるかと思います。

斎、百合子おかーさん、すずか、アリサもサイドを固めてます。



[27519] 外伝4 西園冬彦のカルテ 
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2012/03/30 00:12
外伝4 西園冬彦のカルテ 



朝、アラームとともに目を覚ます。

午前6時。いつもの時間。眠さをこらえながら、身体を起こし、メガネを取りカーテンを開く。眩しい光を目に入れて覚醒を促す。

昨夜はドイツ語の論文を遅くまで読んでいた。まだ身体は睡眠を欲しているが、起きる時間だ。シャワーを浴びて頭をすっきりさせて、身だしなみを整え、イタリアンスーツに着替えキッチンへ向かう。

朝食の用意はすでにできていた。

コーヒーはブルーマウンテン。帝国ホテル特製のクロワッサン。英国製輸入ジャム、まだ試食していないが友人からもらったうまいと評判のAKIKOジャム。ウッコウケイの卵とドイツから取り寄せたハムを使ったハムエッグ。カワゴエシェフお勧めコンソメスープ。

たまに変化はあるがこれが定番だった。朝食は一日活動の起点になる。こだわるのは当然だと思う。



用意してくれた主はもう帰ったようだ。携帯を取り電話をかける。

「もしもし、おはよう。いつもありがとう。えっ? ちゃんと食べるよ。それから、今日は少し遅くなるよ。 ああ、もちろん愛してるよ」

一人暮らしではあるが、仕事が忙しいのもあってこうやって世話をしてくれる家族がいるのは非常に助かる。新聞に目を通しながら、コーヒーを口に運ぶ。

飲み終わる頃にはちょうどいい時間だった。

ワインレッドのBMWのキーをひねり、お気に入りのCDをかける。最近行ったクラシックコンサート指揮者だ。次の公演はドイツだったから、日程を合わせて行くのも悪くないかもしれない。

職場までの走行距離はそれほどないが、心地よい音楽とエンジン音が気持ちを落ち着かせてくれる。朝のささやかな楽しみだった。

職場に着く。白い制服を来た子供たちが通りすがりに挨拶する。私も笑顔で返す。今日は学園勤務の日だ。担当である雨宮希ちゃんに緊急事態が起こったことによる処置だ。夕方はその件で百合子さんと喫茶店に行くことになっている。

さあ、今日も一日頑張ろう。



夕方

私は喫茶翠屋という店の前にいる。雨宮希ちゃんが高町さんに謝罪するために百合子さんと一緒に私が連れてきたところだ。

雨宮希ちゃんと雨宮百合子さん。このふたりは私の上司の妻とその子供ということになっている。ふたりに出会った頃を思い出す。

百合子さんと出会ったのはまだ研修医だった頃、就職先になる上司の奥さんとして紹介された。生い立ちは平凡。ごく普通の家庭に生まれ一人娘として両親に愛され、将来は人の役に立ちたいと看護師の道を選んだと聞いている。少しだけ特別なことは将来有望な医師と恋愛関係になり結婚したことだ。

ほどなく子供が生まれる。名は雨宮美里。彼女は両親がそうしてくれたように、愛情を人一倍注いだ。研修医だった頃よく遊び相手をさせられたのを覚えている。とても素直で天真爛漫な子供で雨宮夫妻の自慢の娘だった。

だが、もういない。













3年前に事故で亡くなった。享年9歳。聖祥学園初等部3年生。覚えてる先生もいるはずだが、校長を通じて口止めしてある。



百合子さんの悲しみは深く言葉で表すことはできなかった。大きく取り乱すことはないが、明るかった性格はなりをひそめ、生気の抜けた表情が彼女の悲しみの大きさを表していたと言える。

彼女は部屋にこもりがちになり、買い物も配達やお手伝いさんに頼むようになった。それでも何かを忘れるように家事はしていたようだ。私は一人の患者としても関わったが、経験も浅く正直手の施しようがなく、時間だけが彼女を癒してくれるというのが結論であり、精神科医としてどうしようもない無力感を感じた事例となった。



あれから3年、私は精神科医としてキャリアを積み重ね、児童心理に興味を持ち積極的に関わようになる。スクールカウンセリングもその一つだ。子供の心は繊細で美しい。大人とはまた違った一面を見せる。私は自分の知的好奇心を満たすものとして、これを一生の仕事にしようと考え始めていた。



一月の終わり、一人の少女が衰弱した状態で運ばれてきた。

これが今も私を悩ましてやまない雨宮希ちゃんとの出会いである。

彼女は私の上司の雨宮総一郎の妹の娘で、病院長も雨宮先生も会うのは初めてだという。希ちゃんのママは駆け落ち同然に家を飛び出し、連絡もいままで取らずにいたため、何度か人を介してコンタクトを試みたが、頑なに会うことを拒み、二年前には行方不明。連れ戻されることを恐れていたのではないかと雨宮先生は言っていた。

病院長と希ちゃんのママは折り合いが悪く、病院長の最初の奥さんは娘を生んですぐに他界している。その後、病院長は再婚され、連れ子のいた義母は面倒をよく見て、継子もよくなついていたが、義母は希ちゃんのママが7歳のときに病気を苦に自殺をしている。

それ以来、希ちゃんのママは義母が自殺したのは病院長のせいだと思春期の頃から深い溝ができていたそうだ。さらに病弱だった希ちゃんの父親との結婚を強く反対されたことで亀裂は決定的となった。

実際成人までに死ぬ可能性が高いというのが主治医の見立てで、希ちゃんのママがどうしてそんな彼にこだわったかはわからないが、結果を見る限り主治医の予想よりは長生きをしたようだ。とはいえ死の運命までは変えられなかったようで、希ちゃんの父親は二年前に病死している。当の希ちゃんのママはいまだ行方不明、希ちゃんは衰弱して倒れているところを発見され病院へ搬送された。

希ちゃんは病院長の孫ということで、病院の最上級の部屋で治療を受けた。入院当初は飢我と脱水症状により危険な状態あったが、手厚い治療の甲斐もあって、なんとかその危機を脱する。しかし、話せるようになっても、初めて会う祖父や伯父に対してそっけない態度を取り心を開くことはなく、反応も薄かった。この時点では雨宮先生は希ちゃんのことを百合子さん教えていなかったそうだ。

雨宮先生から相談を受けて担当医となった。当初はフィリス先生を押す声もあったが、派閥に属していない彼女はやりにくかったようで私に鉢が回ってきた。

私は時間をかけてゆっくりと話しかけ1ヶ月後にようやく、名前を呼び会うまで関係を作ることに成功する。

雨宮希ちゃんは児童心理を始めたばかりの私にとっては不可解の固まりで苦労させられた。なにしろ彼女の背景を知るものが誰もいない。特に入院してくる前二年間は空白なのだ。希ちゃんとママはふたり暮らしで、父親の生家である一軒家に住んでいた。近所との交流は全くなかったそうだ。ただ時折激しい物音と怒鳴る声と泣く声がしたという。彼女の体にはおびただしい数の痣や切り傷、やけどの跡があり特に背中の傷は一生残るだろうと言われた。なによりこれは虐待の痕跡ではないかというのが、周囲の意見の見解であり、私も間違いないと考えている。

一番知っているはずのママは現在行方不明。

そのため、彼女のことを知るものは誰もいなかった。希ちゃんの祖父であり大学病院病院長の雨宮雷蔵氏は希ちゃんの状態を知り大変ショックを受けられたようで、詳しい経緯を知るべく娘を行方不明者として警察に届けが出されたそうだ。また、希ちゃんからも聞き取りをしたがママとふたりで生活した二年間をあまり話すことはなかった。しかし、ママを憎んでいる様子はなかった。この歳くらいの子供なら当然かもしれない。

この子にとってはママのすることは例え理不尽であっても受け入れるものなのだと考えている。

ママが世界のすべて、ママの言うことはすべて正しい。二人だけの閉じた世界。

ママの人格で子供人生が決まってしまうとは恐ろしいことだ。希ちゃんの不運を嘆き、自分の幸運に感謝する。人は他人の不幸を知ることで自らの幸せを実感すると言うことなのだろう。

普段は無気力そのものの彼女だったが、女性に触れられると狂乱状態なったり、食べると吐く、肩や首に触れるのを極端に嫌がる等の重篤な病的行動が見られ、過去の体験から来ていると考えられる。

私も何度か質問したが時間がかかるだけで成果は少しも得られない。彼女も退屈そうで、彼女には難しい私の本を読んだりして、抗議の態度を取っていたが、近所のおにいちゃんの話のときだけは目を輝かせていた。彼女は頭が良く、特に記憶力はずば抜けて高いちからを見せた。読んだことのない本を2、3分パラパラめくっただけで覚えてしまい、私はそのときひどく興奮したのだが、怖がらせてしまったようで、二度としてくれなくなった。

私の悪いくせだ。

時期が悪いことに予定されていた一ヶ月のドイツの研修が入る。私は後ろ髪を引かれる思いはあったが、こればかりは予定を変えるわけにはいかなかった。一月はすぐに過ぎる。少々後退するかもしれないが、代わりの担当医に任せておけば心配ないだろうとそのときは考えていた。



一ヶ月の間に状況は一変する。

私がドイツから帰国して最初に知ったのは雨宮希ちゃんが退院という耳を疑う報告だった。

雨宮先生を問いつめると、私がドイツに発ってから彼女は原因不明の意識喪失になり騒然となった。看護師が気づいたのは夕食時回収の7時過ぎ、6時に配膳したときは普段と変わらなかったという。身体的には異常はなく、精神的なショックによるものではないかというのが診断した医師の見解だった。精神的なショックの原因不明。テレビはつけっぱなしだったが、公共放送のニュースの時間で何か引き金になりそうなものがるとは考えにくかった。

百合子さんに希ちゃんのことが耳に入ったのはこのころで、不憫な姪に同情して、数年ぶりに外に出て病院に訪れ、何度も通うようになった。当初は妻が外出する気力を取り戻したことを肯定的に考えていたが、あまりに明るく振る舞うことに疑問に思った雨宮先生が様子を見に行ったところ、希ちゃんのことをみーちゃんと呼んでいることに気づいた。

『みーちゃん』

それは百合子さんにとって重い意味を持つ。死んだ愛娘の愛称。

意識不明の姪の病室に何度も通ううちに自分の娘と重ねてみるようになったと考えて間違いない。

気づいたときにはすでに遅く、笑顔を取り戻した百合子さんにあの雨宮先生でさえ何もいうことができなかった。先生も奥さんのことでずっと心を痛めていたのだ。問題は希ちゃんは年上の女性に対して強いトラウマがある、意識を取り戻したらきっと希ちゃんは拒絶して、失望することになると、このときは考え、希ちゃんの精神症状やその原因と考えられるものについて伝える。しかし、それは百合子さんの使命感を高めるだけで効果はなかった

そして、希ちゃんが目を覚まして最初に対面したのは百合子さん…



歯車は歪つにかみ合う。

目を覚ました希ちゃんは百合子さんをおかーさんと呼んだ。

これがすべての始まりだった。

百合子さんは当然のように受け入れる。ずっとそう呼んで欲しかったのだ。雨宮先生も不可解に思いながらも百合子さんの喜ぶ顔を見て嘘を重ねる。

この希ちゃんの言動に疑問を持った他のドクターが診察したところ、記憶障害が見られ、その不安を解消するために、周囲の状況から百合子さんを母親と見定めているのか、または母親がいない現実を受け入れられず、誤魔化そうとしているのではないかという見解だった。

それに伴い奥手だった性格も変容を見せる。明るく快活になり、診察ではアトランティスの戦士だとか意味不明な言動をするかと思えば、ドクターの言動から不穏なものを察知して質問をのらりくらいとかわすようになり、まるで、別人のようだと周囲は戸惑い、結局は希ちゃんの担当医である私の判断を待つことになった。

しかし、雨宮先生と病院長はこの状態を良しとした。百合子さんと希ちゃんの今の関係を維持するために退院させて環境を整え、美里ちゃんの痕跡も隠してしまったらしい。雨宮先生らしく強引に手際良くすすめたそうだ。

その最後の仕上げとして、帰国早々雨宮先生に呼ばれる。

「君に不服はあるだろし、強引にすすめたのは認めるよ。謝る。その上で君に協力して欲しい。精神面の治療は百合子が君にアドバイスをもらいながらすることになっている。それから、ちょうど転校先が君の職域になっているからサポートがほしい。いいね」

厳しい顔で強く念を押す。すでに根回しは終わっていて、スクールカウンセリングの仕事も正式就任が決まっていた。すでに外堀は埋められ私が口出しできる状況ではなかった。

だが、担当医として患者のために入院は継続されるべきであり、時間をかけて十分診察して治療計画立てるつもりでいた。まだ早すぎる。いくら上司とは言え雨宮先生のやりくちに少々腹が立っていたのは事実だった。

「やはり不服かね? 」

「はい」

私は努めて冷静に返事をする。すると今まで堅い表情だった雨宮先生の顔が目を伏せて悲しげなものになった。

「あれから3年過ぎたよ。思えば長かったようでもあるし、短かったようでもある。あの子は美里とは似てないけれど、同じ九歳だ。3年生であの学園に入ることになったよ。しかもあの子が望んでだ。百合子に最初に会ったときの話を聞いて、これは運命だと思ったよ。あの日から娘と二人で出かけたままの百合子がようやく戻ってきてくれたんだ。頼むよ。西園君」

力なくつぶやいた。

いろいろ思うところはあったが、雨宮先生の懇願するような声に私は最終的に協力することに決めた。

(運命とはらしくないな。徹底した現実主義で辣腕の雨宮先生も奥さんには弱いってことか)

ふとそんなことを思った。私とて何もできなかった苦い経験として残っている。



この状況は悪いことばかりではなかった。

百合子さんは母親としての経験と看護師を勤めただけあって、希ちゃんにとって最適な人材と言えた。記憶を無くしたことを加味しても希ちゃんの食生活の改善や女性との接触に対する恐怖を軽減することができたのは彼女をおいて他にいなかっただろう。

学校に編入学し、担任を先生を使って女性との接触を試みたが、うまくストレスを回避しているように見える。もう心配はいらないかもしれない。担任の先生がとても張り切っていた。

なにより友達を作ったのは大きい。この時期に彼女と再会したが、私の事を忘れていたのは可能性として考えてはいたといえ少し残念だった。

ただ、ここである仮説が頭に浮かんだ。



雨宮希は多重人格者ではないか?

以前の記憶をなくしていることと性格と行動の変化からそう推察している。

根拠はいくつかある。

まず、彼女の入院前の状況は多重人格者を生み出す可能性のある環境と言っていいだろう。多重人格者を作り出すのは幼少期のつらい体験に由来しているからだ。過度のストレスから心を守るためにこれは自分ではないと別の人格を作り出す。これは推察の域を出ないが彼女の傷がそれを示しているのではないかと考えている。

記憶障害はほぼ間違いない。そうでなければ、百合子さんをおかーさんと呼ぶはずがないのだ。他にも、久しぶりに会った私を覚えていないし、食事や女性に対する無警戒もそれを裏付けている。

周囲の環境に合わせて誤魔化すように過ごしているか、記憶障害の不安から周囲の言うことをすべて信じているだけなのかもしれない。例えば私が父親だと名乗っても彼女は信じた可能性もある。

性格に至っては以前の彼女とは全く違う。私が知っている彼女はもっと大人しく、暗くて、臆病で、警戒心が強く、無気力な子供だった。なにより、周囲の大人に決して心を開くことはなかった。私と会話できるようになるのも時間がかかるくらい繊細な女の子なのだ。

前の学校では、いつも寝ていてやる気のない生徒だと担任の先生は言っていた。クラスメイトの子供たちは彼女についてあまり話したがらず。友達もいなかったようだ。

今の彼女は別人だ。明るく、快活で、冗談が好きで、多少男性的な傾向にある。友達も転校初日にはすでに同じクラスの3人の女子児童と仲良くなっていた。

その三人も少々特徴的だ。

月村すずかさん、家はこの地域では有力な一族の娘。性格はひかえめで大人しいが、運動は得意だという。同じ世代の子供と比較すると精神年齢は高い。何度か話したことはあるが、大人との接し方を心得ている。

アリサ・バニングスさん、日本で起業したアメリカ人夫妻のひとり娘で頭が良く、成績はトップクラスと聞いている。大人に対しても物怖じしない子だった。

高町なのはさん、他の二人と比べるとあまり目立たない子ではあるが、雨宮希ちゃんが一番入れ込んでいるのは彼女だった。転校初日に希ちゃんから友達になってと言ったそうだ。

高町さんの証言から自分の理想を投影しているか、彼女の外見的特徴が妄想と合致するものだったと考えることができる。

ただ、この障害は人格交代が特徴で、交代してたときの記憶を覚えていないことで生じる生活の問題がこの障害の核である。今まで百合子さんの報告では急に行動や性格が変わったということはなく、一貫しているそうだから、断言することはできない。

多重人格者かどうか確かめたいが、残念ながら困難な状態にある。彼女の今の保護者は私の上司、雨宮総一郎で、私の役割は学校生活の援助と緊急事態の保険のためであって現在は診察できない状態だった。

もどかしい。

仮説は一時保留にする。

パニック状態なる懸念はあったが、彼女を見る限りストレスを感じたら、無意識に逃げるような行動をとっていたので問題ないかと思われた。

しかし、ここで昨日の事件につながる。

喫茶店をやっている友達の店でパニックになり怪我をしたという。連絡を受けて百合子さんと一緒にかけつけたときには、かなりの惨状だった。

幸いオーナーの高町さんは店のことより希ちゃんのことを心配されて、店に残っていた女性客にも担当医であること説明して納得していただけたので、想定よりも大きな問題にはならなかったと言える。

その後、高町さんを始め、希ちゃんの友達に希ちゃんの病気について話した。受け入れられないことも考えたが、彼女たちは年齢の割にずっと大人びていて優しい子供たちで、周囲のサポートは心強いものになったことは素直にうれしい。

嬉しい反面心が痛む。

私にとって希ちゃんは知的好奇心を満たす存在である。もちろん医師としての患者を治癒するという使命感を持っているが、自問すると好奇心の方が強い。どう取り繕ったとしてもそう認めざる得ない。そんな私には彼女たちの表裏のない善意は眩しいものだった。

ふいに涙がこぼれる。彼女たちの言葉に感動しただけではない。自分の醜さを見せつけられ、悲しくなったのだ。

流した涙を見られたくなかったので、高町さんに「君は希ちゃんにとってのヒーローなんだよ」言ってごまかす。

今の希ちゃんにとって高町さんが大きな存在であることは間違いない。直接見ることは少ないが周囲からの聞き取りでそのように判断している。希ちゃんは幸い軽傷で、心理的負担も高町さんのおかげて小さかった。彼女の人を見る目は確かだったようだ。背中を押されるようにパニックの原因となった翠屋のオーナーと再び会う決意をしたようだ。私の運転で希ちゃんと百合子さんを送る。



こうして今ここにいる。

百合子さんと外で待つ。

「みーちゃんは本当に偉いわ。さすが私の娘ね」

百合子さんは窓から見える希ちゃんを愛おしそうに見つめる。私にはその言葉が引っかかり問いかけた。

「百合子さん? 彼女のフルネームはなんておっしゃるのですか? 」

百合子さんは微笑みながら、答える。

「あらっ、西園先生、おかしなことを言うのね。みーちゃんとは長いつきあいなのに、雨宮美里ですよ。先生」



これは良くない兆候と言える。百合子さんは希ちゃんと美里ちゃんの区別をしていない。今ならまだ聞いてくれるかもしれない。



「百合子さん、あの子は雨宮希ちゃんですよ。あなたの姪の… 」

百合子さん笑顔のまま固まる。その内心は窺い知ることはできない。百合子さんは両手で目を覆って、

「ごめんなさい。変なこと言って、私もどうかしているわ。みーちゃんは私のせいで死んだんだもの。そのことはずっと覚えていないといけないのに、あの子を代わりにするなんて許されない。

……でも私、今の関係を壊してしまうのが怖くて言い出せないわ」

声と顔は深く沈み、懺悔するように告白した。

「百合子さん、あまり自分を追いつめないで、希ちゃんとあなたは素敵な親子だと思います。いや、これからなれます。ただ今は静かに見守るときで、もう少ししたら、きっと真実を知っても受け入れてくれるでしょう」

「あの子には本当に感謝してる。あの日から私の時間はずっとそのままだった。今でもみーちゃんが玄関開けてただいま言って帰ってくるんじゃないかって思ってる。その期待はずっと裏切り続けられて苦しくて死ぬことも何度も考えた。あの子のこと知ったとき、すごくかわいそうな子供だと同情したわ。だから会ってみようと思ったの。本当に久しぶりの外出で当時は大変だったわ」

それは初耳だ。

「何が大変だったのですか? 」

「冷や汗が出て、外の景色がグルグル回るの。メリーゴーランドみたいね。人の声が膜が張ってあるように聞こえて襲いかかってきそうで怖かったわ。これは幻覚だって何でもないふりをするのが精一杯。途中から私なんでこんな思いしてまでここに来たのか自分に問いかけていたわ。でもね。最初に会ったときそんなモノは吹き飛んでしまった。

死んでいるんじゃないないかと思うくらい青白い肌、痩せ細った身体、どうしてそんな跡がついたのか想像のするのも恐ろしい傷跡、すべてに絶望した表情と涙のあと。

私ね。生まれて初めて本当に憎いと思った。殺してやりたいとさえ思った。この子をこんな目に遭わせた人を…

そして、妬んだの。どうして私のみーちゃんは死んだのに、この子は生きているんだろうって」

「百合子さん…」

出会って数年、初めてみる百合子さんの綺麗事ではない燃えるような怒りと暗い嫉妬に私は言葉を失った。人間とはこうも激しい感情を持つものなのだろうか? 告白はまだ続く。

「最初の日は顔見てすぐ帰ったの。そのときの私は衝動で何をするか自分でもわからなかったから、次の日ね。また会いたくなったの。外は昨日と同じくらいつらくて苦しい。でもなぜか行かないといけないと思った。なんとかたどり着いて顔を見て納得したわ。この子は生きてる。それはとても尊いことで、でもこのままじゃあまりに報われない。ただの同情かもしれない。自分が救われたいだけのかもしれない。それでも、私、この子を助けたいんだって、そう思ったの。そしたらね、私に渦巻いてた暗い感情ふっと収まったの。気持ちは高ぶっていたけれど、逆にすごく落ち着いていたの。それからは外に出ても平気になった」

「それはなんとも、精神科医として知識を得てきたつもりでしたが… 」

百合子さんは恐らくトラウマによる精神症状を精神力と自制心で克服したのだろう。

「何日か過ぎて、だんだん私はこの子と一緒にいると安らぎを感じるようになった。ある日ね、希ちゃんが寝言でおかーさん言うものだから、『みーちゃん』って呼んでしまったの。……それは祝福の言葉だったわ。同時に呪いの言葉でもある。一度呼んでしまったらもう取り消せない。私の中ではその日から希ちゃんは娘になってしまったの。実の娘じゃないとか、まだ話もしてないなんて関係なかった。そして、希ちゃんが起きて『おかーさん』と呼んだとき、暗い闇の世界が光で満ちたの。嬉しくて、嬉しくて、怖かった。呼ばれた以上はちゃんと親として行動しなければならない思って懸命だった。少しでも間違ったら魔法が解けてしまうじゃないかって思ってた。自分でも馬鹿なこと言っているのはわかる。わかってる。本当はただ何も知らないあの子がおかーさんと呼んでくれることに甘えてるだけだって、でももう後戻りはできないわ。私にはみーちゃんが必要なの。ただいまと声が聞こえない日を過ごすのはもう嫌なのッ!! 」

最後は叫ぶように言葉を吐き出す。百合子さんは病的なまでに希ちゃんに縛られていた。しかも自ら望んでだ。

やるせない。私は精神科の医師で経験も積んだはずなのに、なにもできないなんて、3年前にも感じた無力感を再び味わい拳に強く握りしめる。

「百合子さん、最後まで見届けたいのですが予定がありまして、見たところ、希ちゃんに高町さんに触れても大丈夫だったようですし、私はこれで失礼します」

嘘だ。私にはこれ以上百合子さんと話すことなんてできなかった。かける言葉が見つからない。何を言えばいい? いたたまれなくてこの場から去りたい。この状況は希ちゃんの記憶の混乱か生じたものでいつ終わってもおかしくないのだ。

人の心はどう転ぶかわからない。わたしのできるのは最悪の事態を想定してそれに備えることだけだ。

私は百合子さんのためにタクシーを呼んで、自分は車で家に帰る。

最後に希ちゃんと百合子さんが記憶を取り戻しても最良の結果になってくれること祈らずにはいられなかった。



波乱は続く。

希ちゃんが夜も遅いのに無断で外出したのはその翌日のことだった。

連絡がきたとき百合子さんは電話口ですすり泣き、パニックになってみーちゃんと名前を叫ぶ。私と雨宮先生で必死になだめてようやく落ち着いた。幸い希ちゃんは百合子さんが落ち着いた頃一人で戻ってくる。友達と見つけたフェレットが気になったそうだ。百合子さんと雨宮先生で厳しく叱りその場は収まった。

その日はそれだけで済んだ。

この一件以来百合子さんが希ちゃんに依存的になりつつある。雨宮先生にも釘を差す。



数日が過ぎる。

希ちゃんは相変わらず高町さんがお気に入りのようで、外出禁止が解けてから足繁く通っているようだ。高町さんのご家族も希ちゃんの症状をよく理解したうえでつきあってくれている様子で、外泊や旅行など普通の子供がするより気配りが必要なこともいやな顔ひとつせずやってくれている。

直接話す機会は少ないが、今の希ちゃんの性格もおぼろげながら見えてきた。男性的な傾向は言うまでもなく、妄想的なごっこ遊びなど子供らしさもある。反面精神年齢が高い。旅行先で入浴の話を聞いたときは少々驚いた。

さらに数日が過ぎて、少し気になること担任から聞いた。希ちゃんから電話があって最近クラスに来た浅野先生と連絡を取りたがったそうだ。彼女が自分からこういうことを言い出すのは珍しい。

是非話を聞かせてもらわなければと思った。

私は職員室でパソコンを打っている女性に話しかける。

「あの、すいません、浅野先生、よろしいですか」

「は、はい、えっと、その西園先生ですか? 」

少し戸惑ったような表情。身なりも清楚で派手すぎない。好感の持てそうな先生だった。

「はい、そうです。今お時間のよろしいですか? 」

「え~と、時間かかりますか? 」

「そうですね。20分程いただけますか? 」

「すいません。今は優先する仕事があるので、後でお願いします。時間はいつがよろしいでしょうか? 」

断られたが、不快感はない。むしろ仕事を大事にしている方だと思える。

「わかりました。いつでもいいので私のディスクに来てください。五時過ぎまで残っていますので」

「ありがとうございます。ではそれまでには参ります」

と言って足早に去る。それから、彼女が来たのは五時前だった。

「すいません。遅くなりました」

「大丈夫です。どうぞおかけになってください」

彼女が私と対面に座るとさっそく話を始めることにした。

「では早速ですが、私が雨宮希さんの担当医をしているのはご存じですか? 」

「はい、聞いてます」

「希さんはあなたと連絡を取ったそうですけど、どんなことだったのですか? 答えられる範囲でいいですよ」

彼女の話は私を驚かせるには十分なものだった。浅野先生は両親が離婚する前の希ちゃんと知り合いだったらしい。接点はあまりなかったそうだが、接触してもトラウマが発動しないことから希ちゃんにとっては大きな意味を持つ存在だ。

それから、例のおにいちゃんとやらは彼女の実の兄で、最近亡くなったらしい。希ちゃんは浅野先生にお願いして焼香しに行ったそうだ。

私にはある予感めいたものがあった。

「そのときに希さんはどんな言い方をしたのですか? 」

「えっと『先生、私のこと覚えてますか? 私は雨宮希だけど、前は小林希だったの。昔近所に住んでたの。陽一おにいちゃんにはお話聞いたり優しくしてもらったの。私おにいちゃんの家に行きたいの。連れていってくれませんか』だったと思います」



彼女は以前の自分を思いだしている!

私は軽い興奮を覚えながらも、まだ聞くべきことあると気持ちを落ち着かせる。

「失礼ですが、お兄さんが亡くなったのはいつのことですか? 」

「え? 2月○日で、ニュースにも出てました」

「そうか、やはりそういうことなのか? 」

「西園先生? 」

浅野先生が怪訝な顔でみているが、私はもはや自分を押さえることができそうにない。笑いがとまらない。

糸は繋がった。

彼女が謎の意識不明になったときテレビはついたままだったと聞いている。そのお兄さんが亡くなってニュースが流れたのもその日になるはず。

希ちゃんの浅野陽一さんへの思いは強いものだった。あの無気力で大人には決して心を開かない希ちゃんが目を輝かせて話すものだから、羨望を覚えたものだ。彼女は浅野さんが死んだショックで絶望して意識を失った。そして、つらい記憶から逃げるために今の希ちゃんになった。男性的な行動はそのなごりだと考えることができる。

もう少し、そのときの話と家に行ったときの話を聞かなければ!

「もう少しお話いいですか? 」

「すいません。もう時間ですので、失礼します」

浅野先生の声は硬く表情は険しい。怒らせた?

「もう少しだけ…」

浅野先生は私を厳しい目で睨む。

「いくら担当医とはいえ、患者さんのことをそこまで詳しく聞くのは失礼じゃありませんか? それにあの笑い方は不愉快です!」

驚いた。私にここまで言う女性はあまりいない。たいていの女性は私が話しかけるといつもニコニコして逆に戸惑ってしまう。まずはこちらから謝ろう。私は深く頭を下げる。誠意を伝えなければ、

「申し訳ないです。私はどうも悪い癖があってですね煮詰まっていたものが解決したときあんなふうに笑ってしまうんです。あまり詳しいことは話せないのですが雨宮希さんの治療方針で悩んでいたところで、浅野先生の情報はそれに光明をもたらすものだったのです」

「え!? そうなんですか。あ、あの、こちらこそ失礼しました。」

浅野先生は驚き、今度は逆に申し訳なさそうな表情になる。まっすぐで素直な方だ。

「今日は日が悪いようですね。また改めてお話聞かせてきださい」

「はい、失礼します」

焦ることはない。今日は興奮してしまった。もっと冷静にならなければいけなかった。少し落ちついて整理してから話した方がいい。

(ここまで言われたのは石田先輩とフィリス先生以来だな)

同じ大学病院に勤める石田先輩の顔が思い浮かぶ。科が違うのであまり接点はないが、大学時代の先輩と後輩という間でプライベートで会うことがたまにある。

今度大学の昔なじみを開くはずだ。あまり話したくない奴がいるから行かないつもりだったが、先輩も行くと言っていたから参加してみるか。



フィリス先生は見た目は若すぎて、常識で考えると頭が痛くなるが、頭脳明晰で良い先生なのは確かだ。彼女との会話はいろいろ刺激になる。

次の日の電話は再び私を驚かせた。

希ちゃんが海外の精神科の医療チームのモデル患者として連れていかれたのだ。百合子さんの話だと二週間もかからないらしい。

矛盾だらけだった。心療内科の治療は通常もっと時間をかける。まして希ちゃんのようなケースはなおさらだ。私はその医療チームを調べてみるが、本社は海外に存在するらしく、詳細はわからなかった。電話に応対した担当者によると先端医療で口外できないと言う話だ。場所も教えてもらえなかった。最後のつてで雨宮先生に頼るが、先生のちからを持ってしてもわからなかったそうだ。最終的にはスポンサーや理事には海外の名士が名を連ね、豊富な資金力で社会貢献度も高く信用できる団体ではないかというのが結論だった。しかし、雨宮先生は日本医師会でもそれなりの地位にいたはずなのにそれでもわからないとはどういうことだろう? 

百合子さんは希ちゃんがいなくなってから急激に精神的に不安定になった。今までが奇跡的なバランスを保ってきただけのかもしれない。診察をしながらぽつぽつと話してくれた。

高町さんの家に遊びに行くとか泊まりに行くと言いながら、嘘をついて誰か別の家に泊まったり、百合子さんへ言っていた場所とは違うところに外出しているらしい。高町桃子さんから話を聞いて気づいたそうだ。百合子さんもうしろめたさから追求できない。とどめは夫のちからを持ってしてもよくわからない医療チームに参加したことだ。家事もおろそかになり、独り言が多くなったと聞いている。

タイミングの悪いことに、百合子さんの記憶を刺激する事件も起こった。運ばれて来た手遅れで死亡した子供の亡骸に百合子さんがたまたま出くわしたのだ。ふらふらと近づき、そのまま自分が母親であるかのようにみーちゃんと名前を大声で泣き叫んだと現場を見た看護師から聞いている。

娘さんを亡くした過去のつらい体験がフラッシュバックを起こしたと考えられる。精神的な消耗が激しいと判断して、短い期間の入院も勧めたが「みーちゃんがいるから」と断られた。希ちゃんが治療に行って数日が経過している。そろそろ帰ってくるからと困った顔で言われた以上どうしようもない。あくまで同意がなければ入院させることは難しい。夫の雨宮先生も入院を勧めたが百合子さんは頑なで、最終的に自宅から通院がいいと選択した。

薬を新しく処方したが、どんな薬も今の百合子さんには希ちゃんがそばにいることに勝るものはない。それほど百合子さんは希ちゃんに心を傾けていた。精神症状も悪化している。雨宮先生の留守中に今まで一日一杯程度だったアルコールの量がボトルをあけるようになり、家事をしなくなった。お手伝いさんが掃除をしようとしても頑なに自分がするからと断り、そのままになっているそうだ。

さらに独り言が増え、その内容も希ちゃんと会話しているように聞こえるそうだ。特に百合子さんが一人でいるときにそうなっていると聞いている。

数日が経過して、強制的に入院させることも考え始めた頃希ちゃんは帰ってきた。こちらとしても追及したことがたくさんあったが、百合子の精神状態があまり良くないので、刺激するべきではないと胸にしまってある。

それからしばらく経過してようやく落ち着きを見せ始めた。

見立て通り百合子さんはあっという間に回復して、家事に料理に励んでいるという。最近は希ちゃんの食に対する嫌悪感が抜けて、何でも食べるようになったという。百合子さんは張り切っていた。

希ちゃんは不可解な行動はあるものの、精神と肉体の健全性を取り戻しつつあるようだ。朝早く起きて運動をするようになった。もはや私がすることはあまりないのかもしれない。あるとすれば、記憶を取り戻したとき、または、すでに記憶を取り戻していることを誰かに告げるとき。そんな予感があった。

懸念まだあった。

希ちゃんが無事に帰ってきてから、回復してきた百合子さんだったけれど、まだ予断は許さない。相変わらず食欲がなく徐々に体重が落ちてきているという話だ。夜もあまり眠れていないらしい。希ちゃんがいないときはめっきり萎んでいるらしい。独り言もまだ見られている。

今は百合子さんの方に注視した方がいいかもしれない。



家から帰ると留守電が二件あった。



一本目は雨宮先生から、警察から希ちゃんのママのバックと靴が届けられたという。見つかったのはとある渓流。場所には聞き覚えがある。自殺・行方不明者の多発しているところだった。確か知り合いが勤める病院とそんなに離れていないはずだ。

雨宮先生の要望で捜索隊が組まれる。





もう一件は愛しいママからだ。

お見合いを勧められた。

ママは私にそろそろ結婚して欲しいらしい。私自身はあまり結婚に興味はないが、そろそろ考えねばならないだろう。ママのために、確か一緒に暮らしてくれる家庭的な子がいいと言っていたはずだ。それに、これから児童に関わる仕事が増えるため、独身では体裁が悪い。

現在つきあっている異性はいない。

こう言ってはなんだが私は女性からよく告白される。つきあったこともあるが、仕事が楽しく、会う機会が少なくなり別れることが多かった。この学校の先生からもよく食事の誘いとか受けるが正直げんなりしている。なによりママの要望するのとは正反対で派手な人が多い。

当分は仕事が気になるから結婚のことそこまで考えることないだろう。ママを説得するのは骨が折れそうだ。




作者コメント

久々です。作者より頭のいいキャラは作れないという言葉が身にしみてます。西園先生の名前は冬彦さん、あとはわかりますよね。



[27519] 無印終了までの歩みと人物表及びスキル設定
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2012/03/29 23:49
無印終了までの歩みと人物表及びスキル設定

※ ネタバレ全開なので、今まで読んだ方推奨。描写してない裏話、構造上使わなかった設定もあります。



主人公の歩み

一話 気がついたら病院に10歳の女の子に取り憑いていた男。自分は20代の男だったはず、記憶はあいまいな状態、前世はアトランティスの最終戦士で何度も転生してた。母親と名乗る女性に抱きつかれるが本人ではないからピンと来ない。

この子体中傷だらけでやせ細り、原因不明の頭痛や吐き気に襲われる。いろいろありそうだが、我が道を行く。

ここはリリカルなのはの世界だと気づく。直前の前世ではアニメとして知っていて、アトランティスの最終戦士の記憶ではなのはを前世で好きだった王だということを覚えている。転校を決意、入学式人前に出ると気分が悪い。幻聴の声が聞こえるし、この子何者だろう? 担任の先生はなんか勘違いしてる。セレブな自己紹介を決める。

二話 アリサは変な転校生に悩む。とはいえ話してみないと始まらない。ちょうど来たので聞いてみる。

男はなのはと友達になれたやったね。後からスクールカウンセリングを名乗る父の部下のドクター登場。スカさんじゃありません!

外伝 アトランティスの最終戦士の最後の戦い。なのは王様、男は側近 ヴィヴィオを助ける向かうなのは王のためにしんがりとなり敵幹部クアットロと自爆という記憶を持っているので覚えがある方は戦士階級を葉書に書いて送ってください。アトランティスに栄光あれ!

外伝2 前世の記憶を持つ男が妹の斎をからかいながら事故で死ぬまで。転生トラックは形式美。

三話 友情を育む。アリサと張り合い髪の毛が金髪縦ロールを幻視するくらい高い演技力を見せる。(実は幻視ではない)なのはと夢の話。昔みたいになのは様と呼びたい。すずかと図書館でXXX体験。

四話 登校中のすれ違う主婦たちから殺気を感じる。十人以上いる暗殺者? みんなで昼食、あまりご飯食べられないのでおいしいものでもどう? 翠屋へGO でもなんだか香水の匂いとかで気分が悪い。幻聴の少女から警告、桃子さんを紹介されるがますます気分が悪い。トイレで吐く。気がつくと桃子さんに触れられていた。自分の体がコントロールできない。信じられないくらいの悲鳴をあげる。

五話 一方、学園では入学式を前に雨宮希のことで理事長とスクールカウンセリングにして希の主治医からお話があった。すべての環境は整えられ、雨宮家は過去にも学園と関わりがある。

六話 よくわからないところで目を覚ます。夢の世界? 本がいっぱい並んでいる。誰かいる。その名はカナコ、幻聴の少女の正体。記憶の図書館の司書と名乗る。襲いかかる謎の黒い影。圧倒的な力でカナコは倒すと男に告げる。憑いていた希は実は重度のトラウマを抱え成人女性に対して強い恐怖感を持っていること。そして、人の作ったものは食べられない。カナコは男に役割を与える。心に傷を負った希を癒すためにうれしいこと楽しいことを経験して欲しいと。

七話 目が覚めると病院、暴れたせいで怪我をしていた。桃子や翠屋にしてしまったことを嘆くが、なのはは許してくれる。カナコとは違う少女の言葉が聞こえた。男は自分のためだけじゃなく希のためにもなのはちゃんと友達になる決意をする。

八話 なのは、希について語る。短い。

九話 再び翠屋へ、カナコの許可あっさりもらった。謎の声の正体は希本人で、なのはがからむと出てくれるからというのが理由らしい。トラウマに負けそうになりながらも桃子に触れられるようになる。帰り道タクシーでおかーさんの様子が変、車は苦手ようで家に帰ったとたんトイレにこもった。カナコはおかーさんが嫌いらしい。その日見た夢にユーノが出てきた。無印開始。

十話 男は夢から自分には資質があると喜ぶが、カナコは危険なことはさせられないと乗り気ではない。男は次の闇の書事件もからめて説得する。最終的にカナコは希の気持ちを汲んで関わることになる。しかし、事件の夜、お巡りさんに見つかってしまう。

十一話 お巡りさんは幽霊のふりをして撃退するが、次は暴走体に襲われてしまう。危ないところでカナコが体を動かし、なのはのところまで逃げて助かった。なんとか無事に終わるが帰ってきたら怖い顔したおかーさんが待っていた。

十二話 夜間外出で怒られ、しばらく学校以外では外出禁止。迎えまで来るようになる、なのはとジュエルシードに関われないので涙目。カナコはなのはともっとからむように勧める。でも秘密が多い。

十三話 ようやく外出の許可が出て、レイジングハートに魔力資質を見てもらう。魔力量はなのはと同等だが、レイジングハートを使う才能はなかった。戦力外通告。せめてユーノ君から魔法を習う。希ちゃんとカナコは高い適応力をみせる。男に才能はなかった。しかし、髪の毛は操作できるようになる。

十四話 フェイトと初遭遇。速攻で気絶させられるが希を傷つけられたカナコがキレて、相手の魔法資質を再現するスキルを使いレイジングハートを誤認させるレベルでなのはの魔力資質を再現して、フェイトを追いつめる。でも実際はハッタリで誤魔化したところもある。

十五話 再び夢の世界、希と男の邂逅。しかし、希は悲鳴をあげて逃げてしまう。鬼ぃ? 男はカナコにいろいろ問いつめるが、カナコはやっぱりはぐらかす。ただ希は嫌っているわけではなく、カナコも別に意地悪しているわけではない。

十六話 ドッジボールクイーンのすずかを策と髪の魔法を使って倒す。

十七話 温泉。実は一番楽しみにしてたイベントだったが、おんにゃのこの体のせいで逆に醒めてしまう。ユーノの視線を避けようと恥ずかしがっているところをアリサに見咎められ、バスタオルをはぎ取られて、みんなの前に傷だらけの体をさらしてしまう。アリサは見られたくないものを無理矢理見せてしまったと勘違い、自責の念で泣いてしまう。男にとってはユーノ君を後から虐めるための布石のつもりだったが、そんなのわかるわけない。なんとかフォローを入れたいくうちにアリサの勘違いは加速していく。

十八話 一方、フェイトが希のレアスキルを報告をしたことで、プレシアは歓喜する。あきらめかけてたから賭だったから、魂の再生を可能するレアスキルについて知識があったプレシアは心からフェイトを褒め、ケーキを食べたり一緒に寝ることを了承する。その日プレシアは久しぶりにアリシアを夢を見る。約束を思い出してと。

十九話 フェイトが再び現れる。デバイスがないので勝ち目はない。なんとか対等の勝負に持ち込むがプレシアの愛の補正がかかったフェイトの敵じゃなかった。結局負けて捕まってしまう。でも上手く交渉して解放され専用のデバイスを入手することができた。

十九・五話 捕まっていたときの話、プレシアと対面するが、フェイトに冷たいことに怒りを覚えたカナコは仲の良い親子を演出するように強要し、暗示までかけた。親子のキスは意外とまんざらでもなかったらしい。アリシアの肉体と対面するが、魂はすでに無く、魔力資質も変容していた。もくろみは崩れた。カナコはアリシアは妹を欲しがっていたことを告げるがプレシアに反応はなくジュエルシードと交換でなんとか戻ることができた。

二十話 デバイスにイマジナリーと命名し管理局に呼ばれる。男は子供のワガママ全開の演技をして、まんまとデバイスの所有権とクロノに師事する約束を取り付ける。魔力資質を見たときにカナコや男、夢の世界を知られてしまう。お医者さんとお話。

二十一話 結局アースラから降ろされることになる。ある日、どこかなつかしい感じのする女性から肩を触れられる。どうして症状が出ないのだろう? すずかから前々から気になってた前世と同じ内容のドラマの本白い巨○。作者はアサノヨイチどこか引っかかる。カナコは動揺しまくり、学校に新しい副担任の先生が来た最初の授業は受けられなかったけど、アリサにも好評。名前は浅野斎、妹と同じ名前だった。俺がいたはずの世界は一体? アニメ見てたのに。

外伝3 浅野斎は兄が亡くなったことをまだ受け止められずにいた。母は兄が死んだことは良かったとさえ言っている。我慢しきれずに兄の想いをぶちまけるが、母には届かない。父が言ったときも同様だった。そんなとき来客があった。来たのは出版社の人間、ここで兄が作家であることを知り、頑なだった母はようやく思い知った。斎は心の傷に堪えながらも前に進む決意をする。

二十二話 男は自分の正体を確かめるべく、アトランティス関連について調べる。自分の記憶と一致していた。関西弁の疾風さんの書き込みが気になった。浅野陽一それが本当の名前、そして封じられた記憶の鍵。希のスキルはソウルプロファイル魂のかけらを集め体内で存在させるちから、再生されたときのヨウイチは魂のかけらが足りずに脆弱で自我すら保てなかった。生前交流のあった希の記憶を埋め込むことでなんとか動くところまで持っていった。カナコは必死に環境を作り情報を制限することでなんとかこれまで存在の補強をするが一歩足りず。ヨウイチは自分が偽物であることに耐えられず体は砕けた。

二十三話 夢の世界。希はヨウイチが砕けたことに絶望して、黒い影と黒い女の封印が解けてしまう。黒い女たちは希の負の感情を糧にする。黒い記憶の本、悪夢の始まり。かつて希を再起不能まで追いつめている。カナコは前回より強くなったちからで圧倒するが、希を確保されてしまう。希の助けに呼応したのは砕けたはずのヨウイチ、黒い女の両腕を撃ち砕き助け出した。三人で力を合わせて、黒い女と悪夢の象徴の鈴蘭の花畑を消し飛ばした。カナコは浅野陽一の部屋に行き魂のかけらを集め、ヨウイチの記憶を持った完全な浅野陽一を作る決意をする。

二十四話 斎に連れられて家に向かう道すがら希は昔を思い出していた。浅野陽一との出会いと幸せな時間は過ぎ去り、待っていたのは父親の死と母親の変貌だった。そんな自分を守ってくれたのがカナコだった。しかし、母いなくなった事実は希には重すぎた。ほぼ無意識に発動した魂を再生させるちからで生まれたのはあの黒い女だった。カナコは苦労の末に封印する。そして、絶望の日、浅野陽一の死は希望を持ち始めた希にとって耐えがたいものだった。カナコは希の気持ちを受け止め、夢の中でゆっくりと休めるように代わりに外で動く存在を作ることを勧める。それがあのヨウイチだった。そして車は家に着く。

二十五話 家で待っていたのは息子は生きていると主張する陽一の母だった。変わってしまった母に斎は悲しむ。陽一の部屋でパソコンのパスワードを解除し、記憶を辿る。新しい事実が次々に判明する。彼はアニメ魔法少女リリカルなのはをやっている世界に住んでた男の記憶がグレイにインプラントされたことにより蘇ったらしい。アトランティス最終戦士は事実ではなく陽一なりの遊び心らしい。部屋に残っていた魂のかけらは予想以上で再生するのに十分だった。

二十六話 陽一は再生するが、最終戦士の過去の所行に苦しめられることになる。結局は完全な融合は果たせなかった。希とカナコとの再会、カナコから告げられる希の過去を聞き決意を新たにする。斎との再会。妹の兄の存在を信じる力が自分は偽物だという暗い影を払拭してくれた。

二十七話 ようやく家に帰るが百合子の様子がおかしい。どうして偽っているかは聞くことが出来なかった。なのはが戻り、アルフが保護されることで再び状況は動き出した。陽一は自分たちのことを管理局に素直に告白して協力をもらうことにする。

二十八話 なのはとフェイトの戦いは知っている結末を迎える。それ以降も同じように展開するかと思われたが、プレシアの様子がおかしかった。先のことを考え実戦経験を積むため戦いに参加する。デバイス イマジナリーフレンド セットアップ。

二十九話 結局プレシアのことは陽一たちがあがいたところでどうしようもなかった。むしろ、事態はより悪い方向に流れる。フェイトが心を閉ざした。シンクロして原因を探る。原因はプレシアに希望を持ってしまったこととそのプレシアに最後に認められなかったと思ってしまったことにあった。しかし、当のプレシアは気持ちが変わりフェイトを受け入れるつもりはあったが、もう時間がないことに気づいて思い直して罪を軽くするためあえて突き放すつもりだった。

三十話 なんとかフェイトを立ち直らせようと、プレシアの人形を作るが上手くいかなかった。結局フェイトを救ったのはプレシアの本当の気持ちであった。

三十一話 なんとかフェイトが立ち直るものの先行きは不安。陽一は夢の世界で力をうまく発揮できない様子。そしてカナコの正体に謎が残った。アースラの数日はとにかく忙しかった。家に帰ると百合子の様子がおかしい。家からは腐臭がして、ワインを飲み笑いながら誰もいない方向に向かって話しかけていた。誰かに相談する必要があるのかもしれない。裁判前にフェイトと再会。カナコのかけた暗示のせいでフェイトはカナコを姉と認識し誰よりも優先。なのは涙目、なんとか軌道修正を図るが、お姉さまだけは直らず。リボンと竜の髭を交換して終了。

外伝4 西園ドクターの華麗な一日、舞台裏編


人物紹介

男(ヨウイチ)・・・基本的に明るく社交的で、女の子になっても気にしないで我が道を進む。自分の妄想に他人を巻き込むバカ。演技で嘘をつくなど計算高い一面もある。男の性的な側面は薄い。なのは様ラヴがすべての行動原理であったが、カナコとの交流や希の境遇を知るうちに大切に想うようになる。

正体は希の力が未熟なまま作り上げた人形。魂の情報は不十分で、記憶も自我を保てないほど脆弱な状態だった。カナコが希視点の浅野陽一の記憶を視点を改造して埋め込み、今の性格になった。能力の高さは希補正よるもの。しかし、夢世界強キャラとコミュ力高い仕様で創造主の能力を超えていたのでカナコ戸惑うレベルである。戦闘の才能は皆無だが、髪の毛は操作できる。

真実を知って消滅するが、復活した陽一に内在して発破をかけている。



故人浅野陽一・・・希の近所のお兄さん。妹萌え、人妻年上好きでエロい人だが、希にはそんな側面を見せなかった。髪の毛が薄いことがコンプレックス。過去の経験から母性強い女性を神聖視する傾向にある。希のことは妹のように年の離れた妹のように可愛がっていた。なのはのことは好きと言うよりはヒーロー的な憧れとして見て、厨二的な行動は適度に楽しんでいる。

長年の髪の手入れにはげむ。はげ言うな。修練の結果、髪の手入れスピードが人外じみている。わかめが主食。

幼い頃グレイに拉致られてインプラント(脳手術)により違う世界で生きた記憶が蘇った。(完全にデータ消去したHDDをデータ復旧ソフトで引っ張りだしたようなもの)せっかくリリカルなのはの世界に転生したことに気づかないまま死んだうっかりさん。転生無双でやりたい放題していた。しかし、前世のトラウマと母親の影響で厭世的になり社会からドロップアウトするが。半分くらいは趣味に没頭したかったのが理由、事故で死亡する。ペンネームあさのよいちで作家としては有名人本人は所詮は盗作家と自覚しているのであまり表に出るのは好まなかった。しかし、官能小説家としては一応プロなので自意識は高く日夜妹をネタに小説を書いていた。

過去裏話・・・最初の前世の彼は義理の母に精神的虐待を受ける。義理の母であることは子供時代から大人になってからも知らなかった。虐待は主に弟と比較されやる気を入念に削がれて、頭は悪くなったものの自分はダメな人間だと言われ続け洗脳され思い込み引きこもりの社会不適合者として育つ。それでも母は金銭的な援助だけは続けて自身が働く必要はなかった。それが罠とも知らずに、大学も行かず数年間趣味の読書とアニメとゲームに没頭していた。いつしか彼は作家になることを夢見るものの同人作家どまりであった。社会経験を積む機会を得ないまま時が過ぎ、父の死をきっかけに自立しろと手のひらを返してわずかなお金を渡されて家を追い出される。このとき初めて義理の母であることを知った。義理の母を恨みながら住み込み派遣会社社員として生活していた。

そこで人生最大の幸運に恵まれた。のちに上司となる女性(夫、5歳娘あり)の出会いである。彼は経験不足からコミュニケーションが致命的であったが、元々読書好きで作家志望だったので大量の本を暗記していて、パソコン入力も早く書類作成はかなりの早さでできたため、彼女はそこを長所と捉え根気良く教育した。(彼女の苦手とする分野が得意だったためサポートできる部下が欲しかった)彼も期待に応え欠点を克服し派遣社員から正社員に昇格する。同時に義理の母への恨みつらみも祓ってくれた。彼にとって彼女は恩人であり、上司であり、姉のような存在であり、そして本当の母のように想い、女性として愛しい人であった。既婚者で子持ちということですでに入る余地はなかったので、困らせたくないがために告白するつもりはなく、代わりに本当の家族になろうと、彼女の娘を実の妹のように可愛がった。その成果は斎への絵本の読み聞かせ、演技力の高さ、希とのコミュニケーションに見て取れる。

自立した彼を義理の母は面白く思っていなかった。さらに溺愛して立派に育った血繋がった息子(弟)が死んだことで精神に異常きたし始め、彼の自分を見る目が嘲笑するものだったことで殺害を決意する。ウチに殺意を溜めこみ弟の49日の夜、睡眠薬で眠らせ自宅とは別の場所に監禁する。次の日、寝ている彼を包丁で刺して起こし、時間をかけて拷問しながら、最後は灯油で焼き殺した。その後のことは彼の知る由もない。



余談・・・死後すべての本が出版されれば、著作数がギネスに記録が残るだろうとされている作家で、アトランティスに傾注していたことも知られている。その人物像の研究も世界中で始まっている。特にアトランティスの最終戦士の記録と最初のデビュー作・代表作は作者の最も時間をかけた作品として注目されている。

イツキちゃん逃げてぇ~



新生・浅野陽一・・・希のソウルプロファイルとカナコのリーディングでほぼ完全に再生された。基本的にエロいのは変わらず。最終戦士の黒歴史認定厨二行動に苦しめられ高二病を発症中、最終的には自分の側面として受け入れる。

希の体を使ってカミノチカラを使う。

夢の世界の戦闘力は未知数。現実ではカミノチカラに偏っている。デバイスに宿ることができるが今のところ拡声器くらいのことしかできない。いつでも成仏できる、魂を直接攻撃されてもカトゥーン並の回復・形状記憶性能、三途の川に行って魂を連れ戻せる等いろいろおかしい。

希のために生きる決意をして、自分がいつ希と代わってもいいように気持ちの整理はつけている。



カナコ・・・見た目は十歳の女の子。髪は黒髪肩まで瞳が赤い。顔立ちは希と似ている。黒いゴシックロリータドレスにエプロンという需要不明な衣装。性格は重度厨二、オサレさん、ヤンデレと地雷まっしぐらな属性持ち、陽一の記憶にあるアニメや漫画、ゲームの影響をかなり受けている。希に関しては高い洞察力と冷静な判断力を発揮するが、世間知らずで、自分基準で考え、短気、コミュニケーションも相手を上から押さえるようにしかできないので、対等の友達はあまりできないタイプ。

間違いなくS ランクではありません。

本作品の強キャラ、希の脳に癒着した肉体を持たない記憶を持った魔力のみ存在。守護天使設定。生前の記憶は「僕の地球を守って」の世界とよく似ているが、記憶はあいまいで、陽一は誰かに最終戦士のときのようにつくられた存在なのではないかと疑っている。しかし、本人は自分の出生より希を守ることが大事らしく、自分の正体には関心がない。

希以外の人間はいざとなれば切り捨てる。希に害となるものには容赦しない。しかし、プレシアとフェイトには思うところがある。陽一に対しては異性として意識はしているが、恋愛感情と呼べるほどものではない。あくまで希のために生きる。

希にとって重要な陽一を籠絡しようといろいろとアプローチするが今のところうまくいっていない。

百合子を嫌悪している。それは希を別の誰かとして捉えていて希本人を見ていないことに対する怒りと自分は現実世界で希の母親ようになりたいのに肉体を持たないがために叶わないことに対する嫉妬。しかし、希のためになる存在なので感情を押し殺している。

魔力の特性は記憶の送受信と遮断。魔力のあるものから情報を抜き取り、伝達することができる。シンクロを使うことで遠距離も可能。魔力を通すことで簡単な暗示をかけられる。

希に脳に癒着することで記憶操作と疑似的な多重人格のような環境を作り出している。

戦闘能力は高く。元々が魔力だけの存在なので、魔力の大きさや流れに対してはかなり敏感。ちょっとしたレーダー並、近くの敵ならば次の動きを読めるので、受けやカウンターは得意。全身に魔力を通して、神経感覚を繋ぎ、一体化することで希の体を完全に操作できるうえに、達人並の早く巧みな動きができる。(陽一は希から生まれているので魔力的な負担はないが、本人の能力を超えた動きはできない)欠点としては燃費が悪く最大継続時間は一日。

希の体を完全に操作できるので魔法及びレアスキルも使用可能である。しかし、陽一のような肉体の常識から外れた能力はうまく使えない。(髪の毛には神経が通ってないのに動かせるわけないというのが主張)



雨宮希(本人)・・・見た目は肌が白くやや病的。顔立ちは幸薄い髪が長く膝まで全身を覆うことができるくらい長くボリュームがある。貞子とか伽耶子とか言わないで、やる気ゼロで脳内に引きこもる小学生ニート、実の母の虐待と愛情の相反する行動により共依存関係にあったが、母親が行方不明になったことで、心を閉ざす。カナコにより記憶操作されて何とか立ち上がるものの、さまざまなトラウマに苦しめられる。

数ヶ月後に、唯一の心の支えであった近所のお兄ちゃん陽一が死んだことで生きる希望を失い完全に自分の世界に閉じこもる。カナコと陽一の努力により友達になったなのはや魔法の世界に興味を持ち少しずつ外にも出るようになったが、基本的に自分の世界にこもっている方が落ち着くらしい。

魔力資質はAAAクラス 魔力色は基本黒

触れたことある相手の魔力を完全に再現し魂の再生も可能にするレアスキル、一度見たもの聞いたものを忘れない直感像記憶能力の持ち主で魔法もその感覚で使える。計算・演算等は公式を覚えてしまえばどんなに複雑でもかけ算の九九のような感覚で使用できる高速思考などなど、間違いなくチートだが、本人の性格と精神状態から発揮されること今のところない。

無気力やる気ゼロ怠け者面倒くさがり、甘えたがりで、怠けるためにやる気出す等、この歳で将来が心配な娘、精神年齢は歳相応だが、なのはたちが大人びているので幼く見える。カナコは厳しくも優しい姉、陽一は優しくて大好きな兄と捉えている。コミュニケーションは苦手。今まで同年代に友達いなかった。なのはは初めてできた同性の友達ですごく気になるため執着している。フェイトとは陽一が間に入って友達になっている。他の子はまだ怖い。



その他オリキャラ

雨宮百合子・・・我が子のために頑張る母かと思われていたがそれは偽りの姿で、本来は希の伯母。母親を名乗っているのは実の子と希を重ねてみているためで、陽一はほぼ全容を掴んでいる。その深い愛情により希のトラウマをいくつか軽減した。無印後から少しずつ心を病みつつある。

ヨウイチにとっては愛情を与え、存在を確かなものにした本当の母親のような存在。記憶を引き継いだ陽一の心中は複雑。

カナコにとっては侮蔑と嫉妬の対象。

希にとっては存在を認知していない。



浅野斎・・・浅野陽一の妹、20代後半。公立小学校で教鞭を取っていたが、理事長にスカウトされたことをきっかけに学園にくることになった。陽一のことは子供の頃から尊敬していてべったりだった。しかし、彼女ができたことをきっかけに兄離れした。大学を中退して部屋にこもってなかなか就職しないように見えた陽一に激を飛ばしたり、陽一の冗談を軽く流す、母親に詰め寄る等、気の強い一面もある。

陽一の死で落ち込んでいたが、希のなかで再生した陽一に励まされて父と母を心配しながらも仕事にがんばっている。



原作キャラ

高町なのは・・・意外と影がうすい。フェイトちゃんが気になって仕方ない。フェイトの気持ちをつかんだカナコには少々やきもちを焼いている。希にとっては友達ランクダントツ一位。

原作キャラで唯一陽一とカナコの影響を受けてないブレない子。



フェイト・テスタロッサ・・・プレシアとの艶めかしい体験がキス魔を誕生させた。好きな人や家族にはこうするのものだと刷り込まれている。リンディ、クロノ、キャロ、エリオに幸いあれ。無印後半ではそれなり出番ある。エース次第じゃどうなることやら、カナコに強い想いがある様子。

カナコの暗示を受け入れおねーさまと呼ぶ。スールの契りはまだしてない。



プレシア・テスタロッサ・・・無印後半のツンデレるヒロイン、やってることは原作とほとんど同じなのに内心には変化があった模様。アリシアとした約束を思い出し、フェイトへの心境に変化するが、余命が少ないことを自覚し、突き放す決意をして、アリシアの亡骸とともに次元の狭間へ消える。



月村すずか・・・希への好感度が高く吸血したい子ナンバー1で本能を押さえきれない、好きな作家とつながりを持つのでいろいろ聞きたい願望もあり、思いは複雑、独自の情報網で学園にいる人物についてよく知っている。

官能小説家アサノヨイチのファンで耳年増になってしまった。



アリサ・バニングス・・・友情に熱い娘。特に希には尊敬する心と境遇を察してなんとかしてあげたい気持ち、さらにヨウイチのカミノチカラにより若くして悦びに目覚めてしまったため、相乗効果で友情度のメーターが振り切れている。



アルフ・・・影薄い。



ユーノ・・・出番少ないが、ミッド式魔法の講座、検索魔法、魔法解説、古代遺跡に関する知識等、不可欠な役割が多い。温泉編のことでカナコに弱みを握られいろいろと弄ばれている様子。



クロノ・・・苦労人。陽一やカナコに振り回されても許してくれる度量のある人格者。魔力資質ではなのはやフェイト、希に劣るが戦えば負けない努力の人。陽一の切り札に関しても次の機会には対策を立てられてしまうだろう。



リンディ・・・結局この人の手のひらで踊っていたのかもしれないが、それとは別に希の境遇を心配している。



エイミィ・・・希とカナコレアスキル分析担当、クロノ君からかい係、アースラで機密情報を主人公たちに閲覧させて厳重注意を受けた。



端役

西園冬彦・・・将来有望な精神科医師。希の主治医にして学園でも実績のあるスクールカウンセラー。実は石田医師は同じ大学の先輩で仕事仲間、金持ちイケメンで仕事に傾注しすぎる面はあるが有能。

……でもマザコン

上司命令で希の環境にも一枚噛んでいる。 

……でもマザコン

外伝主役張る。

……でもマザコン



希母・・・陽一の知っている彼女は我が子を心配する普通の母親で、夫の身体が弱いことに悩み、陽一が話す少女マンガで喜ぶ人、過去に雨宮家からは夫との結婚を反対され駆け落ちしている。夫の死をきっかけに希を数年に渡って虐待し現在行方不明。



希父・・・生まれつき身体が弱かったが、希母と出会い駆け落ちする。後ろ盾がないまま仕事を頑張り家まで買うが、体調を崩し通院しながら仕事に通う。そのことで希母と諍いになる。最終的には入院し家も売るが、借金は残った。

借金をした業者が保証人不要ではあったものの取り立てのタチが悪く、妻と娘に危険が及ぶと考えた彼は離婚を決意し、嫌がる妻を説得して離婚させ夜逃げ同然に空き家になっている自分の生家に逃がす。その後、静かに病院で亡くなった。



雨宮総一郎・・・出希の伯父で百合子の夫。権力に物言わせて今の環境を整えさせた。ある意味元凶となった人物。それも妻を愛するがゆえ、大学病院での地位は高く日本医師会にも強力なコネがある。

実は養子で曾祖父が妾に生ませた祖父にとっては親子くらい年の離れた弟



雨宮雷蔵・・・大学病院長、年齢を感じさせないくらい鍛えられ、特殊な武術の達人。孫馬鹿で髭スリスリするのが好き。若い頃の見た目がライディーン、体の弱かった希父と希母との結婚を認めなかった。



おばあちゃん・・・出番なし。全盛期の祖父より強かった祖母。希母が生まれてすぐに死去している。



義母・・・おじいちゃんの再婚相手。希母との関係は良好という話。希母7歳のときに自殺している。この子の七つのお祝いに♪



おまわりさん・・・無印初期に夜間徘徊で希を補導しようとしたが、演技にだまされ、幽霊だと思い込んでしまった。月村家とつきあいがあるくらいなので優秀である。でも、幽霊のため警察辞めて退魔師を目指して寺に弟子入りするあたりどこかおかしい。

すずか誘拐を未然に防ぎ、信頼を得た経緯がある。



担任の先生・・・結局名前が決まってない。斎の先輩教師として教育を担当する。優秀なはずだが、希がからむとおかしくなる。おねーちゃんと呼ばれる斎に嫉妬の炎が燃え上がる。 



陽一父・・・昼行灯で、いつもだらだらしている妻に頭の上がらない典型的な日本のお父さんだったが、息子の死で覚醒し妻にズバッと言って黙らせた。旅行好き。

緊張した空気を和らげる独特の雰囲気がある。



陽一母・・・息子だけは致命的なほど合わなかった人。子供らしくない陽一に不審に思いそれが最後まで尾を引く結果となった。神経質で見栄っ張りでお金には少々うるさいが文句をいいながらも家事・育児・教育等やることはやる人。大学を勝手に辞めたことに腹を立てて誤って包丁で刺してしまい引きこもるきっかけを作る。

息子が死んでも自分の非を認めず、夫と娘に説教されて、さらに陽一の小説家としての一面を知り完全に打ちのめされ、ようやく自分の愚かさに気づく。心の安定を保つために陽一が生きているように周囲には振る舞う。



ガーゴイル・・・ネオアトランティス教団首領。現世では冬月さんという名前で大学の考古学教授。陽一から研究のため多額の援助を受けていた。資金を元に調査団を組んで遺跡発掘の旅に出る。グレイのインプラント受けて前世の記憶が蘇っていると思われる。



鎮獰さん・・・中国で出会った狼髏館の暗殺者陽一に髪の使う奥義を教えて、龍の髭をくれた人




用語解説

リーディング・・・対象に触れてその情報・記憶のすべてを読み取るカナコのスキル、魔力があれば生物、無機物は関係なく発揮できる。人間対象ならその人の経験や知識を自分のものにできる一見反則技にもみえるが、完全に使いこなすことは別の問題。また、ひとりの人間の記憶をすべて把握するのはカナコには非常に困難である。魂の情報は読みとれない。

記憶を読みとった人間は本という形でカナコの世界に納められる。プレシアとアリシアの記憶はフルコンプ

必要なもの検索して使用しているため、時間がかかる。例えるなら、膨大な辞書のなかから必要な言葉を探すようなもの、ユーノ君がいればきっと早い。検索魔法により効率・省スペースが増している。



プロファイル・・・希のちからで触れたことがある魔力を再現できる。カナコも希の肉体を通して使用可能。読みとった魔力は人形の形で棚に記録される。

人形の棚・・・希の人間関係と魔力登録された人間が並ぶ。現在のコレクションはなのは、フェイト、アリシア、ユーノ、クロノである。カナコによって前の人形たち(希母、希父、前の学校のクラスメイト、得体の知れないもの)は破壊されて、プレシア人形は隔離されている。



ソウルプロファイル・・・希の本来のレアスキル。カナコのリーディングの上位互換といえる。魂のかけらを吸い取り、読みとり、体内で再生させるちから。カナコのリーディングと組み合わせることで、希とカナコの世界に生前と同じ記憶と性格の人物を再現、図書館の一角を独立させることで依り代として記憶を蓄積して、生き続けることができる。

ヨウイチの場合は希が魔力覚醒前で、不十分な魂の情報しかなかったため、非常に脆弱。また生前にカナコと接触していないので、希から見た浅野陽一の二年間の詳細な記憶を元に再現した結果、今の性格になった。そのため、浅野陽一が希に見せなかった一面は表現することができなかった。逆によく見せていた一面が強化された性格になっている。さらに、嘘や誇張を真実として捉えているため、アトランティスの最終戦士だと思い込んでいた。

カナコが封じた記憶は名前とカナコに記憶操作される前の生まれたときのもの、そして希本人の記憶である。

完全な発動には条件は二つ。

1、人形の棚にない人間の魂は再生できない。

2、生きてる人間の魂は再生できない。



魂のかけら・・・残留思念とも言う。強すぎると人に害をもたらすようになり霊障と呼ばれ大変危険である。無機物に宿ることがあり、陽一は長年こもっていた部屋がそのままだったので十分な情報が集まった。フェイトにはアリシアの魂のかけらが宿っている。希が吸収する際は対象に触れることで発動する。カナコと出会う前はコントロールできずに無差別に吸収していた。



シンクロ・・・感覚と記憶を共有するまたは伝達するちから、強力なマルチタスクとなるはずだが、陽一はカミノチカラ以外はみそっかす、カナコは魔力探知と体術に重きを置いているので飛び抜けたことができるわけではない。ペダルを踏むタイミングが合えばきっと強い。

人間が眠っている状態で夢の世界を通して体験を共有することも可能である。少し離れたところでも使用可能


黒い記憶の本・・・閲覧禁止の本、希の過去の悪夢そのもの。カナコが図書館から分離させて自分の部屋で封印している。この本に書かれていることは希本人はカナコ特製の寝台で寝ているときは忘れることができている。黒い影の元になっている。


黒い女・・・希が母親を再生させるつもりで作り上げた別のナニカ。悪意の意志を持ち、希を虐待していた母親の行動のみ忠実に再現された。希の心を殺して体を乗っ取ることが目的。物理的に脅かすことはないが、精神的な苦痛はかなりのもので、何度消滅させても蘇る。今は陽一が再生されたことで希の感情が正の方向に向いているため、封印を破ることが困難な状況。

陰陽五行になぞらえてオサレに封印されている。

木(青の毒花の記憶。不意打ちが多く、目に見えない恐怖と激しい腹痛、生命の危険の多さから最も強いトラウマ すでに攻略済)

火(紅の鉄箸の記憶。忘れられない背中のやけど 最も肉体的苦痛の強く3番目に強いトラウマ )

土(黄の泥土の記憶、庭の土、泥に顔を埋められた。瀬戸物を近くに投げつけられた5つのうちで最も古く長くされきた行為で惨めさ屈辱感の強いトラウマ 命の危険は少ないため最弱)

金(白の刃金の記憶 包丁で切られた。生命の危険が高く、頻度が多いため二番目に強いトラウマ)

水(玄の汚水の記憶。浴槽・水道・トイレの水をかけられた沈められた。冬の冷水。強さは4番目トラウマただし冬場なると強くなる)



黒い影・・・黒い女の下僕。壊された人形たちのなれの果て、希のネガティブな感情を糧にして力を増していく。陽一が再生したことで正の感情が強くなり実体化できない。希が直前に感じたトラウマ体験がかたちになりやすい性質。



カミノチカラ・・・陽一の髪への執念と十数年近い習慣が生み出した技。両手で拝み、髪をすくことで魔力を高速展開する。瞬間最大出力が高く。カートリッジシステムに近い。一連の動作は一瞬のうちに完結する。髪の毛の性質と量を自在に変えて、拳を作って殴ったり、掴んで振り回す、昇天マッサージなどいろいろ汎用性の高い力。ただし威力は低い。カナコは使えない。



???・・・まだ全容をみせていない陽一の切り札。執務官クロノをして二度とくらいたくないと言わせた技。ただし、体に重大な負担がかかるため100パーセントで連続使用できない。



バーチャプレシア・・・夢の中の人形。すぐに消えるはずの儚いモノのはずが、何の間違いか存在を確立してしまった。生まれる際に陽一の余分な雑念でポリゴンでカクカクしたものイメージが反映された。南極○号ではない。フェイトのキス魔更正の際にカナコによって言語機能を強化されている。格闘スキル高い。



デバイス・イマジナリーフレンド・・・未完成のインテリジェンスデバイスを元に作られた希用のデバイス。可変式で思った通りの形になるが見た目だけでバルディシュのように機能的に使えるわけではない。アースラで調整されて装甲を強化されている。AIが入っていないのでストレージとほとんど変わらないが、その分は容量を多めに取られている。機能的にはプレシアのデバイスデータが入っているように、魔力の性質と波長を変えるレアスキルに合わせてユーザー登録枠を増やして、初回魔力登録で最適化され、使用する魔力によって高速切り替えできるようになっている。器用貧乏なデバイス。

陽一が宿りオサレな詠唱を唱えることで、希のやる気アップ威力が上がる。その代わりSAN値が低下していく。どのようなメカニズムかわかっていない。


作者コメント

ゆえあって更新。週一更新は無理です。不定期予定。4月1日に予告編更新予定。









[27519] 空白期予告編 
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2012/04/03 00:34
空白期予告編 



「わざわざレムリア都市連合物語アップしてくださって、ありがとうございます~ 実はウチの知り合いにグレアムおじさんいるんですよ~ すごい偶然やな~ 」



それは、愛を求める男と希望がすべての女といまだ勇気の意味を知らない女の子の物語。



ごくふつうの小学3年生だった女の子の物語



闇の書事件に向けて俺たちは進み続ける。ヴォルケンリッターを撃退し、蒐集から逃れるために。

「希のリンカーコアが限界まで消耗した場合、私たちがどうなるかわかる? 」

これが俺たちがこの検査を受けた理由である。想定しているのは最悪の事態で闇の書に蒐集された場合を考えている。

「えっとね。カナコちゃんと陽一君の本体は意志を持った魔力といえばいいのかな? 希ちゃんのリンカーコアから発する魔力を糧に存在してる。魔力の流れを見る限り、構成を維持する魔力はそんなに必要としないけど、リンカーコアが限界まで消耗してた場合、希ちゃんからの魔力の供給が一時的に途絶えてしまうの。しばらくは持つみたいだからおとなしくしていれば大丈夫だけど、無茶をすると消えてしまうかもしれない」

「消耗した希から強制的に吸収し続けることはあり得る? 」

真剣な声だ恐らくこれを一番心配しているのだろう。リンカーコアからの蒐集は下手をすれば命に関わる。

「わからない。でも可能性はあるよ」

カナコとエイミィさんのやりとりは続く。結局どうなるかはっきりしたことはわからなかった。ただし楽観はできないことだけは確かである。

結論として封印を解放し、希ちゃんがトラウマを克服し、ヴォルケンリッターを退けるしか俺たちに道はないということだろう。



そう。俺たちはやるしかない。しかし、思いもよらない邪魔が入る。



「ママを返せ」

強烈な怨念の感情を向けられ、たじろぐ。首の圧力はますます強くなり骨が軋むような音を立てる。



たとえ何者だろうと俺たちの道をふさぐことはできない。

修行。修行。修行だ!



「希ちゃん、何してるの? 」

「何って、体を鍛えているんだよ。これは鶴の構え」

両手を羽のように広げ、左足を持ち上げ片足立ちする。

「踊ってるみたいだね? 」

「恭也さんや美由希さんに聞いてみればわかるかも」



手段を選ぶつもりはない。



「竜の一族とはどんな方たちなんですか? 」

「そうだな。まず世界で竜から取れる漢方を手配できる唯一の窓口で、君の持ってた竜の髭はここから供給されたものだ。ブータン産・国竜の両髭・幼年期生え替わり部分500年モノと聞いてる」

何その専門用語、なんで特産品みたいなってるの。だいたい竜ってこの世界にいるものなのか?



新たにわかる真実。



「おじいちゃん、私たちにはどうしてこうなったか知る権利があると思う。話してくれないでしょうか? 」

「すまんのぅ 希、おまえに話すにはまだ早い。おまえが大きくなったら、ちゃんと教えるから、今は聞かないでくれないか」



うごめくものたち。



管理外世界航海日誌に目を通す。レーダーに未確認飛行物体が観測されている。多くは現地のものと考えられるが、一部は音速をはるかに超えるスピードで、ジグザク飛行をしている。形状は円形、現地の飛行物体データと照合しても逸脱した形と飛行性能をしている。魔力反応もある。現地データ収集不足かあまり考えたくはないが次元犯罪者が介入しているのかもしれない。



過去の罪との再会。



すずかが心配して声をかけてくれるが耳に入らない。あの●●の声も同じだ。どこか遠い所から響くように聞こえる。こうして自分の犯した罪に直面させられるとは思わなかった。あんな●になったのはおまえのせいだと責め立てる。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。



贖えない黒い衝動。



今日は初めてさざなみ寮に行っていろいろ疲れた。玄関のドアを開けていつものように声を出す。

「ただいま~ 」

あれっ!? いつもある返事がない。前にもこんなことはあった。でも今日はちゃんと送り出してもらったし、夕食にオムレツをリクエストしたからおかーさんは張り切っていた。不審に思いながらもキッチンへ向かう。廊下から食欲をそそる油の匂いと何か炒める音がする。

なんだいるじゃん! おかーさんたまに耳に入らないことがあるからな~ キッチンの扉を開ける。

「ただいま~ ……………………おかーさん?」



思いもよらない光景に目の前が真っ白になる。理解が追いつかない。食材は散乱し、その中に百合子さんは倒れていた。白いエプロンと床は真っ赤に染まっている。赤い包丁が床に刺さり鈍い光を放っていた。

ドクンッと俺の中の何かが鼓動を打つ。それは遠く忘却の彼方へ追いやった忌まわしい記憶を呼び覚ますものだった。



絶望の始まり。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ 」

俺はかつてない喪失感に喉を振り絞って慟哭の雄叫びを上げる。ガラスの割れるような音がしたけど気にならない。



そして封印解放を迎える。



会いたかった。会いたかった。会いたかったイエイ!

昔、そんなアイドルがいたよな? それとも、西野かな?

焦がれて、焦がれて、燃え尽きそうだよ。



さあ今こそ●●のときが来た。









魔法少女リリカルなのはと魔法少女トラウマのぞみん始まります。



作者コメント

空白期の予告編です。As始まってません。As楽しみにしてる方ごめんなさい。キンクリも考えましたがこうなりました。はやてたちとフェイトの出番は作る予定。

予告編は今回も悪質です。使った台詞はちゃんと回収しますよ。



[27519] 第三十二話 アースラの出来事 前編 
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2012/04/07 19:33
第三十二話 アースラの出来事 前編 



フェイトとのお別れも無事に済んだ。無事とは言えないイベントもあった気がするけど終わりよければすべて良しである。部屋のベットに横になり体を伸ばす。

あ~ 何もしたくねぇ。

当分は何も考えずのんびりしたい。アースラでは暇らしい暇が全くなかったのだ。収穫もあったが、それ以上に懸念や課題も山積みになっていた。これからを考えると気が重い。ヴォルケンリッター襲来までできることはすべてやらなければ俺たちに未来はないのだ。

外は雨が降り始めてる。そろそろ梅雨だったな。

ん? 何か濡れた感触がする。雨漏りかな? 私が帰ってからはすぐに家の中も綺麗になったが、ほのかな水の腐臭だけはなぜか残っていた。おかーさんも笑顔だけは変わらないけど化粧が濃いし、疲れているようにも見える。

家の空気も前と違ったまま、まるで見た目だけが同じで違うところに住んでいるような嫌な雰囲気だ。たった数日でこんなに変わるものだろうか? しかも耳鳴りがして、ひどく寒いし、肌がピリピリする。それが心に引っかかっていた。

まあ気にしてもしょうがない。違うことを考えよう。

私は横になりながらアースラでの日々を思い出していた。



1、フェイトちゃんとバーチャプレシア 三日目 午後



アースラ艦内、ジュエルシード事件は解決し、意識不明だったフェイトも何とか生きる力を取り戻し立ち上がることができた。

とはいえ頭の痛い問題もある。いくら自分の使い魔とはいえ愛情込めすぎですフェイトちゃん。アルフ窒息して青くなってたよ。次の餌食は間違いなくなのはちゃんになる。カナコはその問題を解決すべく、寝ている間にフェイトに長距離シンクロをかけて再教育中だ。今日で三日目になる。

そのひとつとしてバーチャプレシアは初期型のたった一言しか言えないカクカクしたサターンタイプからアップデートして百数個の台詞パターンと丸みを帯びたドリキャスタイプへ進化させた。さすがにここまでが希ちゃんの限界らしい。実在の人物ではなくゲームのキャラクターだからこそ、年上女性にトラウマのある希ちゃんが受け入れることができるのだ。ゾンビとDXもそんな理由から生まれたのかもしれない。

その代わりと言ってはなんだが、このプレシア学習タイプで動きがだんだん洗練されてきた。ほんの数日で、打撃は重く動きも鋭くなった。驚くべき進歩のスピードである。しかもプログラムということで休息が必要ないらしく、命令がない待機時間のときは一日中拳法の型で動いている。今では創造主より近接戦闘がよほど強くなった。



……なってどうする?

一度腕試したところ、腕を折られ、アバラを何本か持ってかれ、とどめに首を折られた。

倒れ臥す俺に、

「十年早いのよ」

とか言われた。くやしいのう。くやしいのう。まあすぐに再生したけど。

俺はこの夢の世界では頑丈なのだ。というか最近なった。この間のナイフの件が刺さっても平気だったことをカナコはだいぶ気にしていたようで、アイツなりに検証したらしい。それによると、半身の最終戦士に理由があるという話だ。

最終戦士は自身の存在に絶望して一度は魂が粉々に砕けたが、希ちゃんを助けるためにバラバラに散った魂をもう一度組み上げて、再び力尽きた。その後俺の部屋から魂のかけらを集め奴の砕けた魂と一緒に再生したことで、一度砕けて組み上げると言う課程を経験したことがあの再生力に繋がっているということらしい。

ただ今のところ現実で何かの役に立つというわけではなく、さっきのように夢の世界でサンドバックになるのがせいぜいだ。

体を起こすと、とろけた表情でフェイトがバーチャプレシアの腰にしがみついている。ここに来ると希ちゃんと少しは話をしてくれるが、当の希ちゃんはあまり長くは話せないので、暇があればこのようにして過ごしていた。

「母さん。丸くなったね。痛くなくなったよ」

「フェイトイイコネ」

そういう問題なのか?

このようにフェイトには喜ばれたものの期待したほど効果はなく、今日は暗示をかけると言う。なんとなく不安だ

この交流の中で改めて確認したものがある。アリシアちゃんの魂のかけらである。フェイトの魂と半ば混じりながら寄り添うように存在しているそうだ。もし、プレシアの元に拉致されたとき、魂のかけらに気づいていたなら、このレベルならばソウルプロファイルで再生可能で、肉体へ魂を定着させる課題さえ乗り越えれば完全復活は不可能ではなかったらしい。ただその定着させるのが難しいという話だ。

魂だけでは定着しない。霊体とかエーテル体云々と言っていたが俺にはよくわからなかった。ただ方法はあるらしく、シンクロとリーディングより高度な技術で可能になるそうだ。カナコは使えないとか言っていたが、どうしてそんなこと知っているだろう?

ちなみに俺は機械にも魂が宿る変態と断言された。今の魂の元の材料がパソコンに宿ってた魂のかけらだからというのが理由で、髪の毛を使いこなせるのもその辺に秘密があるんじゃないかということらしい。だったら夢の世界でカミノチカラが使えないおかしくないだろうか? そんな俺に対してカナコは一つの仮説を提示してきた。

「あなたが現実でカミノチカラ使えるのに、ここで使えないのは髪の毛が生えた自分をイメージできないからよ。ここはイメージ力と心の在り方がそのまま力になる。ディスティを使えなかったでしょ? それは最終戦士にしか使えないってあなたが設定してるから、それと同じ、人間は息を止めると苦しい。食べないとお腹がすく、ナイフが刺されると痛いとか崩せない世界観なの。ただしさっき話した再生力のように常識の壁を破るのは可能みたいね」

要は気合いでなんとかなるってことだろう。

夢の世界だし、そういうことになる。逆の見方をすれば希ちゃんがこの世界では神に等しい存在なのに、黒い影や黒い女に手も足も出ないのは心の中で絶対に勝てないと思い込んでいるからなんだろう。あの子の二年間を考えれば当然だ。

自分の身で考えるならば、豊かな髪の自分にはなりたいと切望しているが、過去十数年に渡る髪を守る戦いはジリ貧だった。諦観と絶望に何度も負けそうになりながらも、何度も不毛 ……イヤな言葉だ。無駄なあがきをしてきた。最終戦士の容姿がそれを象徴してる。

つまり髪は死んだ。希ちゃんのような豊かな髪は持つことはできないと、俺の経験と記憶がそう決めてしまっているんだと考えられる。俺がこの世界で豊かな髪を得るためには浅野陽一の髪を守る十数年戦いの記憶を覆すだけの意志の力がいるってことだ。



うん、無理。

残念ではあるが、幸い今までの人生で一番豊かな髪をした女の子を好き放題いじれるのだから慰みものにはなってる。

ん? なんか違うな。これじゃ俺が「来いよ! アグ○ス」と挑発する人たちみたいじゃないか。豊かな髪を自分の髪のように愛でることができると言い換えた方がいいだろう。



さっきから思考がずれまくりだ。髪がからむとどうも考える時間が長くなって困る。ひどいときは気がついた数時間という時もざらであった。アリシアとプレシアについて考える。

もう過ぎてしまったことだが、もしすべてがうまく行きアリシアちゃんが復活していたならば一体どんな結末になったのだろうか? プレシアも病気が完治して、アリシアちゃんもフェイトちゃんも笑顔で、みんなハッピー。

そんな結果があり得たのかもしれない。

でも運命は残酷だ。プレシアは死に、アリシアちゃんも死んだまま、フェイトちゃんは重い心の傷を負ったまま生き残った。仮定のことをいくら考えても仕方がないのはわかっているが、やるせなかった。クロノ君のあの言葉が重くのしかかる。

気持ちを切り替え、俺は床につく。現実世界でやることは山ほどある。肉体と精神をしっかり休まなければいけない。こんなはずじゃなかった未来を避けるために、幸福な結末を目指して、明日も検査室に資料室に訓練場、なのはちゃんとも交流しないとな。カナコはアースラにいる間はなるべく睡眠時間を削り起きているそうだ。魔力だけの存在とはいえ疲労は感じるようで、アースラを降りるときに休むらしい。

大変だな、アイツも。



2、カナコのストレス解消 四日目 午前

次の日、目を開けると夢の世界の俺の部屋だった。何か重みを感じるとカナコが両足を俺のふとももに跨りマウントボジションでじっと見ていた。しばらく見つめあい、やがて口を開く。

「おハロー」

「なにやってんすか? 」

カナコは右手の人差し指を目の前に持ってくるとくるくるまわし始める。

「あなたは~ 私を好きにな~る。好きにな~る」

ああ、やっと合点がいった。

「カナコ、それが通用するのは顔面向こう傷イケメンのガンブレードとかいうオサレな造形で、構造的には武器として間違ってるものを使う兄ちゃんだけだぞ」

「いいのよ。宇宙まで行けば、わけがわからないまま、なし崩しに相手を好きになるし、むしろ好都合」

恐ろしいことを言う。宇宙に行くのか俺?

「そういう穿った見方ができるところは割と好きだぞ」

「あ、あら、珍しいわね。さっそく効果があったのかしら」

動揺したな。少し顔が赤くなった。意外と可愛い奴。

「疲れてる? あんまり寝てないだろ? 」

気になったことに話を切り替える。カナコはまあねというニュアンスで首を縦に動かす。オンナゴコロには鈍いほうだとは思うが、こいつに関してはつきあいの密度が濃いせいかなんとなくわかるようになったと思う。

「さすがに睡眠時間を削っていろいろやるのはつらいわ。でもここにいる間にしかできないことも多いから、今は少し気分転換」

いたずらっぽく微笑み、人差し指で俺のあごをなでる。あまりに妖艶でとても十歳くらいの少女がする目じゃない。男を引き込むというか魔性の力を感じて、どぎまぎしてしまう。なんか吸い寄せられそうだ。

ほんとの年齢いくつ?

「あら? 女性の年齢を聞くなんて失礼よ」

いや、言ってないけど、エスパー? いやリーディングか。

「力は使ってない。目を見ればわかる。あなたも意外とわかりやすいわよ。そうね、この世界では生まれて二年よ」

わかるのはお互い様らしい。二歳か。若いなカナコは、ただもとの人物を想像するならばもっと年齢は上になると思う。周囲には年齢と精神年齢が一致しない人たちが多いから油断はできない。ついでに聞いてみるか。

「前世はいくつ? 」

「あんまり覚えてないけど、前の私は二十歳にくらいまで一部の記憶しかないから、ホントのことはわからないわ 」

「月で生活してたんだよな? 」

「ええ、私と希とその他大勢で月まで来たんだけど、元々地球観測用の基地で駐在している人が何人かいたはずなのに誰もいなかったのよ 」

ここがあの世界とは違うところなんだよな。それがなにを意味しているのだろう。

「そして、記憶はそこで途切れているわ 」

「母星のことは覚えている? 」

「あまり覚えていないわ、ただ地球とそっくりだったと思う。竜とかいたけど 」

俺はそうかとうなづくと少し考え込む。手がかりは少ない。カナコは顔を覗き込む。

「そんなに私の過去が気になる? 」

「まあな」

「ふふふっ」

「なんだよ。笑うなよ」

カナコは含み笑いをする。俺もつられて笑う。不思議と暖かい気持ちになる。起き上がりカナコをさわさわと撫でぎゅっと抱きしめる。俺たちの関係ってなんだろうな? 斎との関係とも似ているようで違うし、希ちゃんとの関係も同じだ。友情とも仲間とも少し違う気がする。背中に手を当てる。やわいな。男と女の意識があるかと言われれば、あるとも言えるし、ないとも言える。適切な言葉が見つからない。

「で? 満足した」

気がつくとカナコを抱きしめ、背中をさすっていた。すごく近くにカナコの顔がある。

んっ!? いつのまに、

「なんじゃこりゃあぁぁっっッー」

「ちょっと耳元で怒鳴らないでよ。びっくりするじゃない。でも利いたみたいね。小さな子供にするようなことなのが不満だけど、まあいいわ」

俺は記憶を辿る。心とは裏腹に体は自然に動いた。まるでこうするのが当たり前のように、しかし、冷静になればセクハラだ。カナコは起きたとき何をしてた?

「おまえ、暗示かけたな? 」

「さ~て、なんのことだがわからないわ。でも行動の責任は取ってもらうからね」

カナコはニヤリと笑う。悪魔の笑顔だ。満足したようで、立ち上がると離れて行った。

少しカナコについて考える。

希ちゃんのために俺をつなぎ止めようとするのはわかるけど、男女関係の基本的なこと理解していないのか脅迫してくるし、今日みたいな突飛な行動をしてくる。もし俺が小学生は最高だなッ!と欲望のままに襲いかかるおまわりさんコイツですな奴だったらどうするつもりだったのだろう? 幸い俺は前世から上司の娘さんや斎の世話を焼き、高度に鍛えられてきたから一定以下の年齢の女性に欲望が働く余地はない。シ○タープリ○セスとハッ○ーレッスンどちらがいいかと聞かれれば、悩んだ末にハッピー○ッスンを選ぶくらいは健全である。

結婚がどうのとか言ってたから、行動を制限させるという意味では言うこと聞くのもいいかもしれない。

カナコの前世には竜がいたらしい。どんな国だろうか? それから戦争を逃れるためとはいえ、なぜ月を選んだのか気になる。

「僕の地球を守って」についてはガーゴイルさんって前例もあるくらいだから、考えてもあまり意味はないのかもしれない。ただ誰かに話をしたのは覚えている。誰だっけ? 

あっ!?

ひとり心当たりが思い浮かんだが、そうなるとますますわからなくなる。動機がわからない。その人物は希ちゃんのおかーさんだからだ。少女漫画の話をえらく気に入っていた。これも保留だな。

次はレアスキル。

希ちゃんの力は魂かけらさえ十分にあれば魂ごと記憶も引き出すことができる。カナコの力は記憶の引き出しと封印に特化しているから、ふたりの力の在り方はよく似ているような気がするなぁ。五行封印とか洒落なのか本気なのか? 退魔師とか関係あるのか? 結局なにもわからない。しかし、カナコの出生を知る上で重大なヒントになるのではないかと思う。



3、ユーノ君きちくめがね。 四日目 午後 



今日はユーノ君が来る日だ。本人の合意はない。シンクロして拉致ったらしい。


「よく来たわね。ユーノ歓迎するわ」

「あれっ!? ここは」

「私と希の夢の世界、見たことあるはずよ。今日はシンクロしたのよ」

「じゃあ、君がカナコ? あなたが陽一さん」

ユーノ君は確認するように聞いてくる。さん付けが少し照れる。こうしてみるとその辺の女の子をより可愛いからな。

「今日はあなたにお願いがあって呼んだの、あなたの一族は発掘調査が得意なのよね? 」

「う、うん」

ユーノ君はおどおどしながら頷く。何をそんなにおびえているんだ? カナコは用件を伝える。ユーノ君が未来で無限図書館を調べていたときに使う予定の検索魔法の基礎を習うためだ。

カナコがリーディングから得る情報は膨大で、本人が一度しか見てなくてとても覚えてはいないようなものだろうと根こそぎ吸い上げる。そのため余分な情報も山ほどあり検索・抽出するのには時間を要する。ぶっちゃけ一冊一冊読んでいく手作業なのでかなり面倒くさいらしい。希ちゃんの図書館に登録すればそれなりに効率は上がるだが、希ちゃんが受け入れられないプレシアの記憶とかもあるので、少しでも効率化を図ることが目的である。

一時間ほどして、カナコはやり方を覚えた。方法はとても単純、ユーノ君を人形の棚に魔力登録して、検索魔法を実際に見せてもらえばいいのだ。

「終わったか? じゃあ次は俺だな」

俺も実はユーノ君に用事がある。それはアトランティス関連の情報を聞くためで前々からそれなりに考えていたことだ。

はるか昔アトランティスが存在したことはガーゴイル氏程の人が多額の資金を集めて行くだから間違いない。グレイの存在もある。幼かった俺は奴らに手術されたせいで髪の毛が生えなくなってしまった。


絶対に、

絶対に許さない。

髪には代えられないが手術を受けたことで、俺は前世の記憶が蘇り、奴らの使う文字と言葉が分かるようになっていた。また、葉書に書いてたアトランティスの物語はここで知ったことを元に書かれている。手術の順番を待っているときの待合室で読んだのを思い出した。

中国のあの出来事の意味は今の俺でもよくわかっていないところはあるが、グレイは俺を現地の調査員と間違えたのではないかと考えている。しかも上位の調査員と間違えた可能性が高い。なぜなら、俺はただの調査員で現地調査をしてジョーンズ主任にメールすることだけの役割しか与えられてなかった。しかし、牛を持ってきたきただけで端末に使われる「あおいみず」と機密文書「ダイヨゲ~ン」を渡されているからである。さらに合流用の暗号も教えられている。これは普通の調査員ではあり得ないことだ。

「ダイヨゲ~ン」は現地の雑誌に偽装された機密文書である。中身はアトランティスの成り立ちの歴史から主任クラスにしか使えない暗号。現地生物回収の連絡方法までさまざまだった。当然手術された人間以外には読めないし、洗脳により情報が漏れることはない。

つまり、会社の言えば幹部クラスしか閲覧できない社外秘の文書が何かの間違いで一番末端の派遣社員に手渡されて、その派遣社員は面白半分に読んでいたということになる。

怖い話だった。ひょっとしたら消されしまうしれない。ガクブル。まあその前に死んでしまったしけど。

アトランティスの歴史に注目してみよう。

ダイヨゲ~ンには歴史についての記述が10ページ程書かれている。彼らの歴史は古く長い。成立は世界四大文明より古く。それぞれ黎明期・繁栄期・衰退期と分けられる。ただそんな長さをたった10ページにまとめているのだから内容は歴史の授業でするようなダイジェストなものになってしまう。

アトランティス最終戦士物語もほんの1ページ程の記録から生まれている。モデルになったのはアトランティス衰退期のムー帝国侵略戦争から着想を得て作られた。これ以降については戦争には勝った側もこれをきっかけにアトランティス帝国とレムリア都市連合は崩壊し、歴史は終わったと書かれている。どうして滅んだかについてとその後については書かれていなかった。

ムー帝国がずっと悪の帝国と言われそうなことをしたかというと、そういうわけでもなく、黎明期にはムー王国の王ラ・ムーが自ら巨人の力を使って、現地の凶暴な魔物狩りの中心役を担っていたらしい。時は流れ魔物は姿を消し、役目は終わった。繁栄期には正式な血統が途絶え、後継者争いが勃発、王国は崩壊、勝ち残ったものが帝国を建国したという。その混乱で巨人は行方不明になっている。

アトランティス王国騎士団の幹部だった頃、最終戦士が少なからず恨まれている理由はムーこそ正義で、アトランティスの方が悪だと主張するグループがあり揉めたことがあったからである。特に俺はやり玉に挙げられ、ムーの連中に粘着され始め、アトランティス王国騎士団の他のメンバーも見て見ぬふりを始めたので、俺はこれを期に責任を取る形で幹部を引退、ムーの連中に謝罪してその場は済んだ。

詳しくは知らないが、ムーと日本はゆかりが深く、その証拠となる歴史的建造物や遺跡が房総半島に存在するという話で彼らが強気なのはその辺にあるらしい。アトランティスのゆかりの地はエジプトなので少々不利だ。レムリア都市連合についてはわからない。

数年が過ぎてほとぼりが冷めた頃、ガーゴイルさんの取りなしで前のように物語を提供するようになり、ちょうどその頃中国旅行でダイヨゲ~ン入手していたので再び使わせてもらった。特にキィワードはなかなか詩的で日本語訳して物語りの冒頭にそのまま引用させてもらった。『世界を制する聖句』と銘打っていてなかなかカッコ良い。それから例によってムーの連中にまたからまれたが、実名出したら引っ込み、関わってくることはなくなった。

通常は洗脳の段階で強い秘密厳守も刷り込まれるため、文書の内容が表に出ることはないが、この洗脳抜け穴があるようで、フェイクを織り交ぜ、登場人物の名前を適当に当てはめただけで検閲を免れることができた。創作の参考にしたからわかることはないと洗脳を受けていた俺は判断している。しかし、見る人みればヤバいネタが満載だったのではないだろうか?

FBIやCIA、フリーメイスンを名乗る外国からのメールやガーゴイル氏の態度はその辺に理由があるのだろう。 

当たり前だが、この世界は魔法少女リリカルなのはの世界である。中には俺が意訳したものがあるが、魔法やデバイス等不思議な共通点も見られる。そう考えた上で俺の推論ではこうだ。




アトランティスとは次元世界のことだっだんだよっ!

なんだってー



というわけで、遺跡発掘の専門家でもあるユーノ君に聞いてみようと思ったのだ。彼からきっとアトランティスがどこからきてどこにいってしまったのか地球人より詳しいだろう。

「ユーノ君、俺は遺跡発掘の専門家としての君の意見を聞きたいんだ。アトランティス、ムー、レムリアとか聞き覚えないかな? 」

「えっ? ちょっと待ってください。今考えますから」

難しい顔で考えるユーノ君、返ってきた答えは心当たりはないということだった。空振りだったか。こうなったらダメもとでいろいろ教えておくかな。

「カナコ、検索魔法で俺の中国のときのグレイの出来事とだいよげ~んの内容だけ抽出できるか? 」

「多分できるわよ」

「せっかくだから使ってみてくれよ」

「そうね。ちょうど試してみたいと思っていたところよ。じゃあ、あなたの部屋に入らせてもらうわ」

「ここじゃダメのなのか? 」

「ここの本はあなたの雨宮希としての記憶とPCから読んだ記録。それから、今のあなたの記憶からできてるの。浅野陽一だった記憶は魂に記憶されているからあなたの部屋に行って引き出すのよ」

そういうものなのか。カナコは部屋に入ると10分もしないうちにで出てくる。もう終わったのか早いな~ さっそくユーノ君へ記憶を流し込んで見てもらう。なんか考え込んでる。

「これ便利ですね。見てないはずなのにしっかり記憶されてます。お話はわかりました。はっきり言ってあのグレイについてはわかりませんが、文字の形に心当たりあるので調べてみます。今わかる範囲で言うと先史時代の古代遺跡の碑文に似たようなものがあったと思います」

おお! さすがユーノ君優秀だ。今の言葉だけでも大きな情報である。やはり次元世界と何らかの関係があったようだ。

「もういいかしら、まだ用があるのよ」

ユーノ君はなぜか急にビクッとなる。さっきからカナコと話しているときだけ変だな。よく見るとカナコは猛禽類のような笑みでユーノ君を見てる。

「ねえ、ユーノ、あなた男の子なのに、なのはたちと温泉入ったわよね? この十老頭直属の暗殺部隊っ! 」

カナコそれ淫獣違う。陰獣や。

「ええええっ! あれ」

ユーノ君は思ってもいなかったこと言われたショックで声を上げ、顔を真っ赤にしてモジモジしてる。いきなり直球できましたよこの人、それ言うなら俺も同罪になるんじゃないのか? しかし、最終戦士の記憶とそのとき感じたむなしさのせいかあまりピンとこない。

……股間のことではない。

どうも自分で見たって気がしないんだよな~ 今見たら男の側面が強いから違うとは思うけど、そういう意味ではもったいない。

「いいのよ。あれはあなたは悪くない。悪くないわ。だってあの時点では私たちもなのはも知らなかったもの」

急に不気味なくらい優しくなり、いけしゃあしゃあと嘘をつく。最初から知ってたじゃね~か。最終戦士はユーノをからかうためにわざと恥ずかしがっていたから、カナコはそれに乗っかるつもりなのだろう。悪質なセールスマンのようにじわじわとユーノを追いつめていく。

「その代わりお願いがあるの。私がこれから使う魔法の手伝いをして欲しいの」

そういうとカナコは何かを取り出した。メガネ?

「これは? 」

「鬼畜メガネ~ これをかけるとねユーノ君、気が弱い君も強気なナイスガイに大変身するのよ 」

青狸風に説明する。

(どういうつもりだよ。カナコ? )

俺はカナコにユーノ君にわからないように耳打ちする。

(簡単に言えば、暗示の実験ね。時間に関係なく、条件によって発動するかとか、どのくらい性格に影響を与えることができるかとか、いろいろよ。なのはだと希が嫌がるし適任でしょ? )

こっちが本命か。俺にもやってたな。幸い効果はなくなったみたいだけど。

(普段は気が弱くて誘い受けなユーノがメガネをかけると強気な攻めに変身するの一粒で二度おいしいわ。年下眼鏡攻めユーノ×クロノわっふるわっふる)

受けと攻めとか不穏な言葉が聞こえる。俺はユーノ君の無事を祈りつつこの件には関わらないことに決めた。



しばらくして

「ちっ、だりい 」

ヤンキーみたいに視線が鋭くやさぐれて、イヤな舌打ちが聞こえた気がするけど、無視する気にしたら負けだ。

俺のユーノ君が舌打ちなんかするわけない。

ユーノ君の検索魔法はカナコにその他に恩恵があったようで、記憶の本を圧縮して一冊にまとめることができるようになった。分かりやすく言うなら本だらけだったカナコの部屋が本を裁断して、スキャナーで取り込み、パソコンにデータだけ入れて、部屋のスペースが広くなり、持ち運びが非常に楽になったと喜んでいた。ただし、能力の許容量が増えたわけではない。

後日、なのはちゃんからユーノ君に関して相談を受けた。

「メガネをかけたユーノ君がね。ちょっと怖いの。いきなり上着を脱ぎだして、ピンク色のオーラが出たかと思ったら、俺の女になれとか先にシャワー浴びてこいよとか変なこというんだよ。私びっくりしちゃって突き飛ばしたら、メガネ外れていつものユーノ君に戻って急に恥ずかしがってさっき言ったこと忘れてたんだけど、希ちゃんに何か知らない? 」

「イイエ、シリマセン」

ユーノ君はそんなこと言わないっっッ!



4、エイミィさんと魔力検査 五日目 午前

検査室。

希ちゃんの魔力と俺とカナコがどのように存在しているか精密に検査するためである。実験動物みたいであまり気分は良くないが、俺はもちろんカナコも自分たちがどのような存在なのか知る必要があるからだ。

魔導師にはあるランクから大きな壁がある。わかりやすく言うならクロノ君やシグナムレベルと戦う場合負ける可能性が高いということだ。これからの修行でその差を少しでも縮めなければならない。

戦うときは敵を知り、己を知ればとよく言われているその一環なのだ。

「希ちゃん分析終わったよ」

エイミィさんのアナウンスが聞こえる。

「じゃあ、これは前に希ちゃん抜きで話し合ったことに修正を加えながら進めるね」

そんなことやってたんですね。私がよく知らない医者とつまらない問答をしている間に。

「まず、希ちゃんの魔力だけど、波長と質がバラバラだね。今回は時間をかけて詳しく検査したよ。そしたらなのはちゃん、フェイトちゃん、クロノ君、プレシア・テスタロッサ、によく似た性質の魔力が混じり合ってね。他にも誰かわからない魔力がいくつかあったよ。その中で強い反応を持つ魔力が三つ。三つとも密度の高い情報を発してる。位置は一つは希ちゃんの脳全体を包んで、側頭葉と前頭葉に広がって魔力で神経パルスを阻害してるみたい。二つは側頭葉の海馬記憶中枢のごく一部にくっついてる。それから、今回詳しく調べてわかったけど、前頭葉にもわずかだけど神経パルスを阻害しているものがあるよ」

なるほどね。カナコの話と合わせればじつにわかりやすい。カナコは魔力だけの存在で希ちゃんの記憶を司っている。俺という存在は希ちゃんの魔力で作られた魂と間借りしている記憶中枢がすべてなわけね。

もうひとつはやはりあの黒い女だろうか?

ずいぶんはかない存在だよな。

「脳に広がっているのがカナコで、記憶中枢にちょっとだけくっついているのが俺だと思う。もうひとつは希ちゃんの悪夢かな? 心の病気のことは前に話しましたよね」

さすがに元が母親とは言えない。

「えっ? そうなんだ。ごめんなさい」

エイミィさんは触れてはいけないものに触れてしまったような雰囲気だ。微妙な空気が流れる。気遣ってくれているのはわかるが、本人じゃないから苦手だなこういうの。

「本人今寝てるし、俺も他人事なんだけど、あまり気にしないでください」

「ありがとう。それから魔力を個別に調べて後で確認してみるね。今回も画像が取れそうだから」

エイミィさんは安心しながらも説明を続ける。

「ねえ、画像って何? 」

カナコが割って入ってきた。

「前に魔力の中の情報を分析してみたら、こんな画像が出てきたんだよ。今見せるね」

と見せてくれた画像は夢の世界の俺たちだった。図書館に俺の部屋、始めてみるカナコの部屋と希ちゃんの部屋、こういう構造だったか。

「ふ~ん」

カナコは軽くうなずくと何か考えているようだ。

「私の予想だと、希ちゃんは魔力で情報を送り込む精神感応・同調系の資質があってそれが常時発動しているんじゃないかと」

エイミィさんが補足していく。

「それはきっとシンクロね。私のスキルは記憶の管理・封印だからつきつめれば情報の送受信と遮断に特化してる。だから、触れれば確実に繋がるし、魔力登録しておけば長距離もいける。フェイトとともそうやって話をすることができるわ」

そう言うとカナコは自分のスキルについて簡単に説明する。

「会話じゃなくて、情報そのものを直接共有できるから、すごく便利だね。」

なのはとユーノ君がやっていたのが携帯電話なら、こっちはお互いの頭の中直接繋いでいるから、直接会っているのと変わらない。

「ねえ、もしかしてカナコさん、そうやってフェイトちゃんとずっと会っているの? 」

「ええ、そうよ」

「へ~そうなんだ」

なのはちゃんの声が固い。ニコニコしてはいるがなんかプレッシャー出まくり、もしかして嫉妬してる?

「カナコさん、フェイトさんと接触しているの? 規則では禁止しているのだけど」

リンディさんの声だ。やぶ蛇だったらしい。

「じゃあ、希ちゃんとフェイトちゃんから出てた正体不明の魔力波動は」

「これだったようね」

エイミィさんによると私たちが寝ているときに水面に波紋が広がるように微量の魔力を観測したという。それと共鳴するように寝ているフェイトちゃんからも同じようなものがでていたということらしい。どういうものか今までわからなかったそうだ。結論としてカナコのシンクロ魔法はこのようにして作用しているということだろう。それから、リンディさんからはあまり頻繁には使わないようにお願いされた。リンディさんとしては禁止することもできたのだろうが、私たちに選択肢をくれたのはありがたい。あと一回で終わると約束してこの話は終わった。

「まだ質問があるわ。前頭葉って何、私はそんなもの把握してないわ」

「ちょっと待って、その付近の魔力を測定した画像を送るね」

そう言ってエイミィさんがディスプレイに画像を写す。

「何だ? 」

そこに写っていたのは、燃えるような赤い部屋、床には鎖がクモの巣のように広がり、部屋の中心には細長くて白い何かが突き刺さっている。

剣? いや武器と言うよりは別の、

「巨大な針みたいだね。」

そうか。エイミィさんの言葉に納得がいった。あれは針と呼んだほうがしっくりくる。針に炎のようなものが吸い込まれている。

「知らないわ。あんなもの。何よアレ」

カナコは声がこわばり落ち着かない。何か見てはいけないものを見たようなそんな不穏なものを感じさせる。

「なあ、エイミィさん、前頭葉の神経パルスが阻害されているって言ってたよな。ということは」

「うん、前頭葉は人間の感情を司るところだから、希ちゃんは何らかの感情を出せない。表現できないと考えられるけど、でも、全体じゃなくてほんの一部だからどんな感情にどの程度影響しているかわからないよ」

「カナコ、何かわかるか」

「今考えられるのは、希の無気力ね。なんだかイヤな気分だわ。まるで長いこと住んでいた自分の家であかずの間を見つけたみたいな。私の部屋の檻とあの鎖は近いのものを感じる。エイミィ、魔力の波長はわかる? 誰に似てる? 」

ちゃんとさんをつけろよ。

「えっとね。多分カナコちゃん、情報密度も濃いね」

「……そう、でもあれは何かを封じてる様子はないのよね」

沈むような声で返事をする。その後も検査結果の報告は続いたがカナコから質問が出ることはなかった。何か奥歯に引っかかったような出来事だったが、そればかりに囚われている時間もない。

「他にある? 」

「じゃあ最後よ。希のリンカーコアが限界まで消耗した場合、私たちがどうなるかわかる? 」

これが俺たちがこの検査を受けた理由である。想定しているのは最悪の事態闇の書に蒐集された場合を考えている。

「えっとね。カナコちゃんと陽一君の本体は意志を持った魔力といえばいいのかな? 希ちゃんのリンカーコアから発する魔力を糧に存在してる。魔力の流れを見る限り、構成を維持する魔力はそんなに必要としないけど、リンカーコアが限界まで消耗してた場合、希ちゃんからの魔力の供給が一時的に途絶えてしまうの。しばらくは持つみたいだからおとなしくしていれば大丈夫だけど、無茶をすると消えてしまうかもしれない」

「消耗した希から強制的に吸収し続けることはあり得る? 」

真剣な声だ恐らくこれを一番心配しているのだろう。リンカーコアからの蒐集は下手をすれば命に関わる。

「わからない。でも可能性はあるよ」

カナコとエイミィさんのやりとりは続く。結局どうなるかはっきりしたことはわからなかった。ただし楽観はできないことだけは確かである。

結論として封印を解放し、希ちゃんがトラウマを克服し、ヴォルケンリッターを退けるしか俺たちに道はないということだろう。



うんっ。わかりやすいじゃないか! 俺たちは次に進むことにした。

次の日、泣きそうな顔のエイミィさんにいきなり正面から抱きしめられた。豊か双房に挾まれて、希ちゃんのトラウマ症状と男の本能で一瞬天国に飛びかけるが

「エイミィさ~ん、私、陽一、心は男の子、それから、希ちゃんのトラウマ、トラウマ、うぷっ」

「あっ! ごめんなさい」

と言ってようやく離してくれた。ふう、天国と地獄同時に味わった気分だ。希ちゃんの体は俺の時はだいぶましになったがまだ女性拒否が残ってる。特に不意打ちはきつい。久々に味わう寒気と吐き気と頭痛のトリプル攻撃にくらくらする。だが男としてはなかなか良い体験ができたと思う。後にクロノ君のものになると思うと嫉妬してしまう。

ただ俺の男の魂は哭いていた。叶うならあの胸に顔をうずめて、両手でもみしだきたかった。残念。エイミィさんに何で抱きしめたか聞いたところ、黒い女の魔力分析した画像を見てこうせずにはいられなかったという。

どんな画像だったか想像がつく。なんせあの黒い女は希ちゃんの悪夢そのものだから、あえて見ないことにする。いや見れない。なぜなら、直接見れば希ちゃんのおかーさんを間違いなく憎んでしまう。あの痛みと苦しみは遠い時になかで記憶が薄れ、癒されてはいたがときどきジクジクと心が痛む。まして大事な希ちゃんが同じ目にあったというのならば感情を押さえることができるはずがない。それにどこかであの優しかった希ちゃんのおかーさんを信じている。俺を殺した義母と希ちゃんを虐待した実母を同列にしたくない。好きな人と結ばれて自分の体を痛めて産んだ我が子を実の母親がそんなことしたらだめなのだ。許せない。

いかんな。

静まれ。俺の中の怪物。てめえは引っ込みな。

(くくくっ、その黒き衝動を心の赴くままに解き放つがいい。おまえは俺の鏡さ。いつかおまえを乗っ取ってやるからな)

だめだ。幻聴まで聞こえた。

(俺の名は竜殺しジークフリード。聖杯戦争に呼ばれなかった漢さ。出ていればセイバーたんの天敵になれたものを)

……

それはやっぱ弱点がわかりやす過ぎるからじゃないかな?

(最終戦士、俺の心の中で変なことささやくんじゃねえ)

(少しは落ち着いたか? 負の感情に飲まれてたぞ)

うっ!? コイツに助けられるとは不覚だ。冷静な奴のつっこみに頭が急速に冷えていく。

(心配せずとも、俺とおまえは記憶と感情を共有した存在だ。まあ俺はおまえの過去をどこか他人事のようにとらえているから冷静だったともいえるが、俺が出てきたという事はおまえの理性がちゃんと働いたということだ。それに元々俺はおまえが悪夢を克服するために創作した存在だろう。だから自分の役割を果たしたに過ぎん)

(でも、礼はいっとくぞ。ありがとう。でも、その某弓の人を思わせる口調は止めてくれ)

自分の声でだと思うと痒くなって仕方がない。



「そうだよ。もうどうしようもない過去に囚われる必要はない。家で火事まで起こしたんだ。周りは住宅地だから絶対に誰かに気づかれて、絶対に警察に捕まったはずだ」

膿を出すように言葉にする。カナコが気にしていたが、ちょっとイヤなことを思い出しただけと言って誤魔化した。

その後、ユーノ君で味をしめたカナコはエイミィさんにもメガネを渡して暗示をかけた。倫理に囚われず自分の心に素直になりましょうと悪質度がさらに増していた。アースラの機密資料にアクセスし、情報を閲覧していた。本命はプレシアの使ってた魔力炉の運用の可能性。ついでに俺もキーワード検索でアトランティスやムー、レムリアをかけてみるが、検索結果は0件だった。

ここにないってことは少なくとも管理局は把握してないってことだろうか? それとも発音が違うのかもしれない。

管理局の歴史は150年程、最初に地球と接触を持ったのは50年くらい前、グレアム提督が関わった事件が初らしい。管理外世界には関知しないことになっているが、魔導師確保の観点から人材と資金を投入して、会社みたい形で拠点を作っている。表向き資金を集め事業をしながら、多くの現地人を雇用し社会的信用を得て、政治にも近づき、こっそり魔導師集めに励んでいるそうだ。エイミィさんの説明は丁寧で聞いていて心地が良い。

ついでにいろいろ調べとくか。エイミィさんが片っ端からスライドショーをして何が書かれているか簡単に説明していく。アニメーションが作れそうなくらい早い。そればかりでは飽きるので特定のキーワードを調べる。

おっ! アルハザードについても乗ってるな。歴史家の見解では滅びたのは間違いないらしく、どこかの文明が都市ごと葬ったらしい。ただ相当昔の話で千年とか一万年単位の出来事でまだ見つかってはいないらしい。スカリエッティとかはさすがに秘匿されているだろうな。

俺たちの悪事は長くは続かず一通り見たあたりでリンディ提督の知るところとなりエイミィさんと一緒に説教された。

リンディ茶はもう嫌だ。勘弁して欲しい。

一応処分は閲覧のみだったため今回は不問ということになった。しかし、何を検索したかについては洗い出された。中には機密レベルの高いものもあったが、まず所属ではない管理外世界の民間人であることから法の適用ができないこと、ミッド語が読めないこと、知っていたことでどうしようもない情報が多かったこと、見た情報が膨大すぎて覚えきれないだろうということが決め手になった。しかし、希ちゃんの瞬間記憶については誰も知らないからこのくらいで済んだと思う。

ただし漏れたらおしおきしますって言ってたリンディさんの笑顔が怖かった。横で聞いてたクロノ君がさりげに自分の尻を押さえて、熱い熱いと言ってたのが印象に残ってる。

何があったの? クロノ君、イヤな汗かいてたよ?



さて明日はその彼と最後の模擬戦だ。三戦して完封されている。今度こそヒイヒイ言わせちゃる。



「あっ 暗示解くの忘れてた。まあいいわ今度で」

カナコぇ~



作者コメント

長くなったので、分割しました。来週更新予定。



[27519] 第三十三話 アースラの出来事 後編 
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2012/04/17 22:13
第三十三話 アースラの出来事 後編 



かねてからの約束通り、ここ数日クロノ君と飛行魔法なしで模擬戦をやっている。今日で四回目。過去三回はプロテクションを破ることもできずにバインドに拘束されて三戦完封負け。いいとこなしである。

正直言ってここまで差があるとは思わなかった。俺たちは三人がかりで挑んでいるが、粘るのが精一杯で正直相手になっていない。魔力はこちらが上、演算速度もこちらが早いはずなのだが先手を打たれている。近接格闘もカナコの魔力読みがあるからそうそう負けないはずなのだが、なんで勝てないのかがわからない。

俺のカミノチカラも難なくしのがれた。本人にはそんなつつもりはないのかもしれないが、今何かやったのか? というクールな表情がくやしさを倍増させる。


「さすがに強い。戦ってみて実感してるわ。まず経験からの判断が恐ろしく的確で早い。こっちの長所を殺して、短所を攻めてくる。最初はつきあってくれた近接戦をここ二回は徹底的に避けられてるし、単一なら演算こっちが圧倒的早いけど、向こうは同時並行でいくつも演算処理してるから早さで負けているわ」

(希ちゃんはオーバークロックのシングルコア、向こうはバランスがいいマルチコアってところかな)

(ちなみにあなたは電卓ね)

(ひどッ! )

せめて同じ土俵にして欲しい。

希ちゃんはマルチタスクは苦手なようで二つ以上の魔法は同時に使えない。一つのことを集中して高速で考えること関しては他の追随を許さないが、二つ以上になると並以下になってしまう。天才特有の偏ったスペックである。意外にもカナコの方がまだましで、指令を出しながら良く動き、希ちゃんの詠唱とタイミングを合わせながらコントロールしている。

カミノチカラ担当の俺については言わずもがな、クロノ君クラスには妨害くらいしかできない。本来は文系なんですよ私は! 荒事なんで向いてない。浅野陽一のときだって、数えるくらいしかしてないガチ喧嘩は負け越しである。どうも頭に血が上ると力が入り過ぎたりしてうまく動けない。怒りのパワーで強くなるヒーローみたいにはいかないのだ。経験則から冷静なほうがいい気がする。

カナコの解説は続く。

(しかも何手も先を見越した上でやってるみたい。近接戦も同じね。こっちが有利になりそうになると距離をとられる。普通なら何回やっても勝てない。なんせ戦うたびにこっちの手の内も読まれるから、先読みされてしまう。普通ならね)

カナコは何か含みを持たせている。何か作戦があるらしい。

「何をたくらんでいるんだよ? 」

「こっちも布石を打っていたってことよ。前回までは観察に主眼をおいていたからね。今までかけ声でお互いのタイミングを計っていたけどこれからは合図はしない。代わりに三人ともシンクロした状態で戦う。これでタイムロスはゼロになる。指令は私が出す。それから、三回とも接近しようしてもプロテクションに阻まれて、バインドで捕まって終わったでしょ? アレその気になれば魔力同調して一瞬で解くことできるのよ。それからプロテクションの突破もね。術式はちゃんと記憶してるから、クロノの魔力波長に切り替えて、本人と誤認させて、バインドを解くの。そして今度はこっちから不意を突いて近づき、プロテクションを左手で魔力同調させた特殊なバリアブレイクして速攻で分解、杖に集中した魔力でチェックメイトよ。クロノは私ができることをまだ知らないはずだから勝機はあるわ」

なるほどね。希ちゃんのレアスキルならば以前にプレシアのバインドを一瞬で解いたことがあるから、クロノ君の魔力と切り替えて、そのくらいの芸当はできるのだろう。デバイスも今回は調整済みだし執務官殿に一泡吹かすことができるかもしれない。

俺の方の準備はいらなかったな。せっかく厨房で見つけたときはやったねと思ったのに、まあいいか。

「希ちゃん、準備はいい? 」

メガネをかけたエイミィさんがモニターして訓練記録をしてくれている。忙しいのにありがたい話だ。

「ええ、いいわよ」

クロノ君はすでに構えている。

「雨宮希、君は強い。だから今日も手を抜かない」

目は細く静かに答える。嫌みなくらい油断はなかった。



胸がドクンと高鳴る。

ちくしょう。格好いいじゃないですか。ときめいちゃったじゃないか。今のクロノ君だったら抱かれても…… 




えっ? 俺は男だよ? ナニ年下の男の子に胸きゅんなんかしちゃっての?

だめだ。私の中の女性ホルモンが活発化している。ゆっくりと深呼吸する。

俺は男だ。

俺は男だ

俺は男だ。

何度も自分に言い聞かせる。

数十秒後ようやく落ち着いてきた。



ふつふつとクロノ君に怒りが沸いてきた。

おのれええええ、クロノおぉぉ、私の中の女の呼び起こすとは、認めん認めんぞ。おまえは俺の男の誇りを汚したのだ。




漢の魂にかけて貴様を否定してやる。ユダの気持ちがよくわかった気がした。冷静にみれば、どう考えても言いがかりで理不尽だったが、俺は自分の中に沸いた女の感情を恥じて、それを引き出したクロノ君に対して嫉妬が渦巻いていた。

よし、今回やる気は十分だ。

「それじゃあ行くよ。始め! 」




開始の合図が鳴る。

「同調開始。ペダルを踏むタイミングをあわせるわよ」

チェンジカナコスイッチオン!



先手は俺たち、手を合わせてカミノチカラを展開、十数個拳を作りクロノ君に打ち込む。この起動速度は誰にも負けないし、カナコ戦闘の邪魔にもならない。でもクロノ君のプロテクションが拳を容易に防ぐ。通用しないのはわかっている。ただの牽制だ。こちらの攻撃が見えなければいい。希ちゃんが演算する時間を作る。

カナコはすでにデバイスに魔力を集中させている。さあ行くぞ。もうひとつの俺の出番だ。

「打ち貫け閃光のスフィア! スナイプシューティング」

オサレポイント 70点 SAN値 -10



カミノチカラの拳を引いて視界を開かせると、デバイスから魔力弾が放出される。しかし、魔法弾は何もない虚空を突き抜けていった。

読まれたか。今の詠唱はなかなか良かった。オサレ度もポイント高い。その代わりこっちのSAN値は少しばかり下がった。

カナコの視線は左に移動した黒い影を捉えている。クロノ君は正面に向かい合ったまま横に移動している。

(移動しながらバインドを設置してるわね。あそこに誘い込まれないようにしないと、最初に負けたときは気がついたらはまっていたもの)

左に回り込んだクロノ君は次はこちらの番とばかりに魔法を打ち込んできた。

希ちゃんがプロテクションを展開する。

そうして、二つの魔法が拮抗する。さほど強くないようだこれならしのげる。ところが、その魔法弾はいきなり目の前で破裂した。閃光と爆音ともに視覚と聴覚がふさがれる。だがカナコは次の攻撃を予測して動作に入っていた。光が途切れて視界が開けると同時に見えたのはデバイスに魔力を集中し、目の前に迫るクロノ君だった。

「くっ、プロテクションッ!」

近接用の強力な術式に私たちの防御はたやすく砕かれ、衝撃で吹っ飛ばされる。幸いカナコが予想していたのですぐに体勢を整えることができた。しかし、クロノ君の攻撃は緩まない。すぐ追撃してくる姿が見える。

俺は手を合わせカミノチカラを展開する。今度は前方に大きな一つの拳を作り、飛んでくるクロノ君に放つ。

これでも食らえ。

「砕けよカミの一撃」

オサレポイント 60点 SAN値ー4

避けられてしまった。でも追撃の邪魔ができたからこれで十分。オサレポイントはイマイチだった。

「これまで、避けてきた近接をしてくるなんて」

カナコは戸惑っている。予想をことごとく裏切られているからだ。ゆっくりとクロノ君の足が止まる。

「今までと違う。特に魔法が連携がこれまでより数段スムーズになってる。視覚は遮っていたのに防御が早い。やはり初めから視覚や聴覚には頼らずこちらの魔力の動きを読みとっているのか? 上位の魔導師レベルの戦闘技術だぞ。それは。髪の毛の攻撃は威力はともかく起動速度が異常に早いな。たいしたものだ。ただ詠唱に必要ない言葉が入ってないか? 無駄な言葉はそれだけ隙になるぞ」

……

そこはつっこまないでお願いだから、だって仕方ないじゃないですか。こっちが希ちゃん好みでカッコいい詠唱を唱えると威力が上がるんだから、俺のSAN値だってさっきから急降下中なんだぞ!

とはいえ先ほどのやりとりだけでここまで読まれているなんて、恐ろしいな。俺なんてカナコについていくだけで精一杯なのに、問題はやはり威力にあるようだ。そこを解決すればもう少し助けになるかもしれない。

今までのはただ固めて殴るイメージだけでやってきたから、それだけではダメってことだよな。もっと精密に何かヒントは、鎮獰さんは足と腰を意識して、全身を使ってとか言ってよな。でも全体はカナコだし俺が操作できるのは起動のときだけ両腕でデバイスと髪の毛だから、全身もくそもない。

だったら、猿でもわかる物理とか、魔力の集中の仕方にかけるしかないわけだ。とりあえず、先端に魔力集中して、ボクシングのひねりを加えたコークスクリューとか遠心力、回転運動、重力強化を意識してやってみよう。

俺は今の考えを元に、クロノ君にカミノチカラで攻撃をしかける。

「我が拳に打ち抜けぬものはなし シャイニングブロー!! 」

オサレポイント70点 SAN値ー15

まあプロテクションで余裕で防がれたけど、クロノ君は真剣な顔を崩さない。全く勝てる気がしないぞ。こんなんでさらに上のヴォルケンリッターに勝てるだろうか? カナコは勝算があるようだったが、そう考えてしまう。

「少し威力が上がってきた。厄介だな」

全然そうは見えませんよクロノ君、手を抜いているわけじゃなく、こっちに変化がみられたから、余裕を持たせてくれているんだろう。教官としても優秀なんだろうな。やっぱりくやしいでもビクンッビクンッな俺に希ちゃんが話しかけてきた。

(お兄ちゃん、私もカミノチカラ使ってもいいかな。計算ばっかり飽きちゃった)

希ちゃんのスキルは魂の再生だけじゃなくて、相手の魔法を真似することもできるから、使おうと思えば使えるわけね。

(いいぞ。希ちゃん、やってごらん。でも真剣勝負なのは忘れないで)

(わ~い、お兄ちゃん。ありがと~)

喜んでくれて何よりだ。では希ちゃんのカミノチカラみせてもらうじゃないか。

(行くよ~ 伸びて、固くなって、雨のように降り注げ~ ブラックレイン)

んん? ずいぶん可愛らしい詠唱だな。

そう言うと希ちゃんはカミノチカラを起動させる。俺と違って手は使わない起動速度もゆっくりだ。やはりこの辺には熟練度の差が出るのだろう。でも伸びるスピードはなかなか早いし、先端が尖って高速回転している。

…って、えっ!?

希ちゃんの髪は上空へ勢い良く伸びて、一本一本が天井から雨のように降り注いだ。最初は手を掲げてプロテクションする気だったクロノ君だったが、降直前に何かに気づいて素早く側転して避けた。

クロノ君のいなくなった地面に髪の雨が一本一本降り注ぐ。

ザクザクと刃物でも落ちてきたかのような音が聞こえ、床には髪の毛が深ぶかと突き刺さっていた。地面はえぐりとられ、髪はドリルが途中で止まるように回転を止めていた。

危ないな。やべえ!

(お兄ちゃん、抜けない)

希ちゃんの暢気な声とは裏腹に俺は戦慄していた。下手をすれば大惨事になるところだった。考えてみればこの魔法は非殺傷指定なんて便利な機能は付いていない。それでも俺ならコントロールしきる自信はあるが、希ちゃんは違う何も知らない子供に弾入りの鉄砲持たせるようなものだ。もっと気をつけなければいけない。

それもだけれど、希ちゃん俺より上手くね? 展開速度こそ俺に分があるけど威力では負けてる気がする。俺の存在意義ががががggg

クロノ君はあきれた顔でこちらを見て。

「今のは危なかったぞ。まともに当たったら怪我じゃすまなかった 」

と落ち着いた声で言った。クロノ君が相手で良かったよ。

「ごめんなさいクロノ、希が加減間違えたわ。でもなぜ避けたの? 途中までそのつもりだったでしょう?」

カナコが疑問をぶつける。そうなのだ。プロテクションで防ぐことができるはずだ。なんで今のだけ、

「魔力強化された髪の毛がプロテクションを貫通する可能性があったからね。相手の固い防御を破るために魔力の密度を高めて細長く高速で飛ばす貫通性の高い術式は実際にあるし、その髪の毛一本は非常に細くて勢いもあったから、念のためさ」

なるほどね。クロノ君がヴォルケン戦で見せたスティンガーグレイブエクステンションシフトみたいなものと考えればいいかな。ただ希ちゃんに疑問もあった。

(希ちゃん、なんで俺みたいにカッコ良く言わないの? )

本当は恥ずかしいとは言わない。

(だってあれはお兄ちゃんが言うから良いんだよ)


……

あ~それはつまりこれからもシャウトしなさいってことね。

(課題ができたわね。そろそろ勝負をかけるわよ。バインドに気づかないふりをしてわざと引っかかる。クロノは引っかかった瞬間、急接近してくるはずだから、そこを狙うわ)

再び魔法の撃ち合いを始める。カナコは魔法を避ける動作をしながら、クロノ君の張ったバインドの方へゆっくり近づいていく。希ちゃんはバインド解除のためにクロノの魔力波長の用意をして、俺はカミノチカラで目くらましをしている。

クロノ君はじっと観察しながら、攻撃魔法の手は緩めない。希ちゃんが準備に回っているので、どうしても競り負けてしまう。踏ん張りところだった。

(行くわよ)

カナコは設置型バインドの範囲に入る。すかさずクロノ君は起動させて、こちらを拘束した瞬間にはすでに、移動の体勢を取り、一気に距離を詰めてきた。

こちらは一度拘束されるが、一瞬で何もなかったかのように素早く腕を抜くと、バリアブレイクの演算を希ちゃんが即座に行う。この攻撃でシールドを破壊して、杖の先端に集中させた魔力が炸裂してクロノ君を吹っ飛ばす寸法だ。

「もらったわ 」

「なに! 」

驚いた表情のクロノ君。カナコの作戦通り。こちらが杖を構えて、すぐクロノ君は驚くべき判断の早さで術式を展開した。なんでそんなに早いのよ!

ただここまで予定通り、右手の術式がそっと触れる。

「その幻想をぶっこわす。イマジンブッレイカアアぁーー」

オサレポイント 90点 SAN値 ー40

ぐっ…… さすがに上条さん! SAN値を一気に持ってかれた。しょうきをたもてなくなりそうだ。カナコのバリアブレイク炸裂。防御魔法を破壊、後はバリアジャケットのみである。

カナコはバリアブレイクした右手と右足を勢い良く引き戻し、入れ替えるように左手の杖の先端をクロノ君の胸元に添えるように出す。

やった! 俺もカナコも勝ちを確信していた。勝った勝ったクロノに勝った。












「甘い」

クロノ君の冷静な一言に俺たちは呆気にとられる。片手で持っていた杖は発動することなく、絡め取られ手から離れた。




カランと乾いた音が響く。俺たちのデバイスが床に転がる。代わりに鼻先にクロノ君のデバイスが突きつけられていた。



……なん……だと!

「君の魔力の色と動きが怪しかったから、備えることができた。惜しかったな雨宮希」

クロノ君は落ち着いた声で終了宣言をする。







「まだだ、まだ終わらんよ」

俺はとっさに離脱する意志を伝えるとクロノ君へ向けて叫ぶ。カナコは30メートルほど離れた場所に回避すると向き合う。

(陽一、あなたが戦うつもりだったからいちおう回避したけど、もう手はないわ。杖もないし)

(何言ってんだカナコ、俺はまだ切り札を使っていないぞ。それに杖なら…)

俺はカミノチカラで床に落ちたデバイスを回収をする。

(便利ね。威力は低いけど汎用性は高さには驚かされるわ。それに切り札って何をするつもり? )

(まあ、見てろ)

では始めよう。舞台は整った。





俺は懐から5センチくらい緑色の丸い玉を出す。

「わかめ玉」

「わかめ玉? 」

「そう、これは水分を極限まで乾燥させた増えるわかめを丸状に固めたもの。食べると体内の水分を吸収し爆発的に成長する。量を間違えると内臓を突き破り死ぬ可能性だってある。これを一気に噛み砕いて飲み込む」


※ 本当です。よい子は真似しちゃだめだぞ!

「そんなっ! 」

「なんてことをっ! 」

モニターのアナウンスから悲鳴のような声が聞こえる。

この技はまだ使ったことはない。しかし、試さずともどういうことになるかはわかっている。前世の特訓の成果だ。



問題はこの力とんでもない暴れ馬なのだ。

すぐに力が満ちるのを感じる。乾燥したわかめは体内の水分を吸い取り本来の姿を取り戻していく。わかめ玉によって与えられた養分が髪のひとつひとつにまで通り、母なる海に草原のように広がるわかめたちをイメージする。

俺は

いつものように

両手を

合わせ

髪をすき

その力を解放した。

「制御不能(アウトオブコントロール) うぷっ」

せっかくここまで決めていたのに、最後の台詞で失敗してしまった。




ドクンッ

何の前兆もなくいきなり巨大な魔力が吹き上げる。

それに合わせて、突然、髪の毛が爆発的に増殖増加し、土砂崩れのように前方にいるクロノ君をあっと言う間に飲み込む。

逃げる暇などない。急に幅にして縦横30メートルの髪の毛の濁流が現れたのだ避けられるはずもない。発動までの展開速度はクロノ君が異常に早いと言ったスピードと変わらない。

(とんでもない切り札ね。クロノ大丈夫かしら? )

(心配ない。なのはちゃんのアレよりは出力は下だし、今回は希ちゃんの体も考えて50パーセントにしてるから)

(これで50パーセントなの? )

カナコは驚いているようだ。

(それにしても、制御不能アウトオブコントロールなんてなかなかいい名前。漢字と英語のナイスコラボね)

さすが上級オサレさんよくわかっている。

濁流は勢いがゆるくなり、髪の毛は徐々に細くなる。徐々にクロノ君の姿が見えてくる。なんと彼はまだ立っていた。ところどころ髪の毛が巻き付き、バリアジャケットも大きく破け白い肌が露出している。ほとんど半裸で女の子なら赤面ものだ。



あらやだたくましい。

それにしても立ってるよこの人。肩で息をしながら、驚愕の顔でこちらを見てる。

「なんなんだっ! 今の魔法は、でたらめにも程があるッ!」

「今ちょっと信じられないくらい瞬間最大出力を記録したよ。普通はあれだけの出力出すには詠唱時間がいるし、前兆もないなんて」

ここまでかな。急激な魔力の放出で足がガクガクしてる。倒すことはできなかったけど、四回目にようやく執務官殿をおびやかすことに成功した。大きな疲労と充実感を感じる。

でもここで終わりだ。さっきから腹が苦しい。激しく動いたら間違いなく吐くだろう。

わかめを吐く?

それだけは許されない。そうなるくらいなら敗北を選ぶ。

「ここでギブアップするよ」

クロノ君はこちらの呼びかけにほっとした表情で杖をおろす。

「やれやれやっと終わったか」

「なあ質問いいかな。今の攻撃、クロノ君クラスだと、どのくらい有効かな? 」

少し考えてクロノ君は話す。

「事前知識なしの不意打ちという条件なら上のクラスにも通用する。君のその食べる行為に意味があるかはわからないが、念のために防御魔法を強化しておいて良かったよ。それでもほとんど破られたな。バリアジャケットまで損傷してしまった。瞬間的に魔力を爆発的に増加させる手段はいくつかあるけど、なんの前兆もなくいきなり強大な魔力を引き出すなんてほとんどレアスキル並の反則技だ。二度と食らいたくないよ」

Sクラスにも通用するってこと? 魔力を瞬間的に増加させる手段というのはカートリッジシステムのことかな? なかなか良い情報です。さすがクロノ執務官だ。

「もういいか? そろそろ君の魔法を解いてくれないか。髪に縛られて動きが取れない」

あっ、そうか今回はここまでだけど、拘束してるから次に繋ぐ攻撃があれば可能性はひろがりんぐだ。

「あ~ ごめんごめん」

俺は手を合わせて、魔力を解除する。



きゅと締まる。

「おい! 逆に絡まって、キツくなってないか? 」

ん?

もう一度操作しようとするか。カミノチカラは俺の意志に反してクロノ君を縛りあげ宙に持ち上げる。

俺は申し訳なさそうな顔を作る。

「クロノ君、うまくコントロールができない」

「ちょっと待て、じゃあどうなるんだ? 」

「もうちょっと頑張ってみるから待って」

とはいうものの、わかめ大量摂取といきなり魔力を引き出した代償でこっち体もふらふらだ。拘束を緩めようと努力するがうまくできない。

あ! まずい。首とか絞めたら洒落にならん。なんとか命の危険の少ない結び方に持っていかないと、俺はとっさにある結び方を思いつき、コントロールできないカミノチカラにイメージと意志を送る。


「おい、なんだこの縛り方は真面目にやれ。んんっ」

クロノ君は縛りがキツいのか。苦悶の声を上げる。巻き付いた髪の毛は網の目のように這って、首とか命の危険は少ないが体の自由を奪うのに適した形に変化していく。



……亀甲縛りだった。

「きゃあああ、クロノ君が大変なことに」

エイミィさんの声はどちらかと言うと黄色い。喜んでないか?

「エイミィさん、どうしたのかな? 」

なのはちゃんは無垢な表情でしきり首をかしげてる。お願いだから見ないであげて、まだ知らなくて、いや一生知らなくていいです。

「コラッ 今度はくすぐったい。バリアジャケットの隙間から、あっ そんなところに入るな、ダメだ」

「…………ごめん」

「なんで今あやまるんだ~~、やめろ、やめろ。んぐっ! らめだ、みんな見てるのに」

クロノ君の声はだんだん色っぽく、せっぱ詰まったものになっていく。

「ああ、クロノ君が~ クロノ君が~ こんな公衆の面前で」

エイミィさんはやけに熱心な実況が入ってる。髪の毛はコントロールを離れてクロノ君の肌を這い回り、時にきつく優しく締めつけていた。確かにヒィヒィ言わせちゃるとか思ってたけどここまでは考えてない。その刺激にクロノ君は朦朧とした声でとうとう限界を迎える。







「あああ~~~~っっっ!!!」

矯声が訓練所に響きわたった。







クロノ君逝ったあああああああああああああああああ



イカされたクロノ君倒れてピクピクして、レイプ目、口からは涎を垂らしている。どう見ても事後マグロです。ごめんなさい。



誰も動けずにいるなかメガネをかけたユーノ君が率先して動き、髪の毛をほどくと、クロノ君を起こすとふらふらを彼を部屋まで連れていった。

「だらしないなぁクロノ、こんなに垂らしちゃって、ふふふっ」

ユーノ君の小さな子供に言うように迷惑そうな中にも楽しげなニュアンスの声を聞くと何かいやしく聞こえるのは俺が欲求不満だからだろう。



クロノ君はリンディ提督の計らいでしばらく休むということだった。

なのはちゃんはわけがわからないと言った顔、クロノを連れってたユーノ君はなんだか彼らしくない邪悪な黒い笑いをしてたけど、大丈夫かな? メガネをかけたエイミィさんは熱に浮かされたような顔でぼーっとしていた、武装局員たちはみな前かがみで帰っていった。

思春期の少年の心に大きな傷を作ってしまった。悪いことしたな。

のちに執務官触手プレイと名付けられたこの事件は息子の名誉を守るべく、すべての映像はリンディ提督に集められ、厳重保管となった。

データ破棄ではない保管である。この違いは大きい。息子さんのあられもない姿を見てリンディ提督が何を思ったのか伺い知ることはできない。

ただリンディ提督から魔法のコントロールについての注意があっただけでおとがめはなかった。



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真っ白な閃光が脳を染め上げ、僕の自我は白い大波のような刺激に飲み込まれていった。



自室のベットで目を覚ます。

昨日はひどい目にあった。意識ももうろうとしてはっきり覚えていない。生まれて初めて感じる刺激に我を忘れてしまった。その後も何かしたような気がするが、いつの間にかシャワーに入って、着替えてベットに寝かされていた。誰かやってくれたんだろうか?

胸元に赤い跡がいくつもあるし、なんか尻が痛い。

昔母さんにされたおしおきされたときを感覚を思い出す。

父さんが亡くなって、母さんは仕事も忙しいのに厳しく、時に優しく育ててくれた。小さい頃は悪いことをすると、どこだろうがズボンを脱がし、手のひらで強く叩かれた。さすがに今はされなくなったけど、リーゼロッテとアリアにも目撃されていて、たまにからかってくる。おかげで母さんが怒っているときはなにもされていないのに、そのときの熱さと恥ずかしさを思い出してしまう。ちょっとしたトラウマだ。

でも母さんなんで、父さんのことを呼びながらちょっとうれしいそうに叩いたんだろう?

しばらく誰とも顔を合わせたくないくらい恥ずかしいけれど、執務官の仕事はいくらでもある。母さんいや艦長はもう一日くらいは休みなさいと言ってくれたが、そうも行かない。いつも通りに仕事を始める。

ジュエルシード事件の報告書作成、フェイト・テスタロッサの証言聴取、次の仕事に向けて動く。

フェイト・テスタロッサは一時は心を閉ざしていたが、回復してきているようだ。雨宮希が精神同調して何をしたかはわからない。少なくとも母親の死を受け入れ暗い陰を取り除くことはできたようだ。

管理外世界航海日誌に目を通す。レーダーに未確認飛行物体が観測されている。多くは現地のものと考えられるが、一部は音速をはるかに超えるスピードで、ジグザク飛行をしている。形状は円形、現地の飛行物体データと照合しても逸脱した形と飛行性能をしている。魔力反応もある。現地データ収集不足かあまり考えたくはないが次元犯罪者が介入しているのかもしれない。

他にもレーダーには無視できない規模の異常な魔力に似た波動をいくつも測定できた。おそらく魔法生物のようなものと考えることができる。すべて調べたわけではないが違和感を感じる。この世界は科学技術が発達し、魔法技術の確立されていない。理由は簡単で未だ技術発展途上にあり、魔力を使う人間の絶対数が少ないからだ。それでもこれほど強い力を持った存在がいるのに、人々に認知されていないのはおかしい。人は強い力を求めずにはいられないからだ。その力を知ることで自分ものとしていくことで技術を革新してきた。それは進化と破滅の両方の側面を持つ人間の業と言える。あるいはこの世界は技術発展の過渡期を迎えているのかもしれない。

そういえば尊敬するグレアム提督はこの世界の出身だった。リーゼロッテやアリアからも聞いたことがある。この世界では人々に魔力は認知されていないが、魔法生物の被害はあり、対応する組織は小規模ながら存在し長年に渡り存在してきたその組織は歴史の影で国や権力に秘匿され、人に害をなすものを退治してきたそうだ。

人々は畏敬をこめてハンターと呼ぶらしい。

グレアム提督も管理局と掛け持ちで祖国のハンター協会に所属していたそうだ。リーゼロッテとアリアともそこで出会った。ソロハンターは伝統的に狩りのお供としてアイルー村出身の猫をサポート要員として連れていく。G級ソロフンターとして名声を得ていた提督は当時最強のオトモアイルーだった彼女たちを任された。

下位の魔法生物は一般のハンターなら十数回攻撃を当ててようやく倒すことができる。ところが彼女たちはならば一撃でしとめてしまう。まるで反則、チートとふたりについた別称は双子悪魔猫だった。

ふたりはその後提督の使い魔になり、師匠にもなってくれた。野外演習でまず叩き込まれたのは、こんがり肉の焼き方、閃光玉、音爆弾、G樽爆弾の使い方だった。特に肉は生焼けだったり、焦げたりしたら容赦なく怒られた。何でもお金では買えない価値があるらしい。今でもよくわからない。グレアム提督は長年のハンターとしての習慣からか生肉と肉焼き器は常に常備してると言っていた。

「一日一回は食べないと落ち着かなくってね」

それが口癖だった。今でも贈り物には大きな生肉が送られてくる。お返しにはちみつ送ったらものすごく喜ばれた。引退したとはいえ、グレアム提督は対巨大魔法生物戦闘のスペシャリストである。たまに武装局員の精鋭の訓練に顔を出して、局員を震え上がらせているそうだ。衰えを知らない体力と魔力の秘密は肉とはちみつにあるのかもしれない。ただ髪の毛だけはどうしようもなかったようだ。

どちらにせよこの管理外世界は注視していく必要がある。



ここまでにしよう。仕事を終わりにする。部屋に戻り個室シャワーを浴びる。昨日粗雑の扱ったようで物が散乱していた。

服を着替え、しばし休憩する。

あの模擬戦を振り返る。

雨宮希のレアスキル、登録した相手ならバインドと近接のプロテクションはほぼ無効化される。うまく自分のスキルを活用していると思う。戦闘技術も少々変わっている。受け重視ながらも相手の動きをよく読んだ高い近接技術。魔力に対する感覚の高さや演算能力、髪の毛を使った魔法攻撃は瞬間魔力出力は非常に高く大きな武器になるだろう。大きな欠点はマルチタスクが苦手なこと、デバイスの余計な一言でタイムロスがあることと性質があまり戦闘向きではないことだろう。体術やかけひきはそれなりにできるから誰か師事した人間がいるのだろうか?

現場を見ていたのは艦長とエイミィ、雨宮希、高町なのは、ユーノ、見学の武装局員たちだ。

この件は口外しないようにと艦長から厳命が下ったが、どこまで効果があるだろうか? 

多くの武装局員たちは口の出したり、態度に変わりはない。しかし、顔を赤くしてこちらを気遣うような表情をした武装局員や局員同士耳打ちしている場面が多くなっている。全体的に浮ついた雰囲気が感じられた。みんなギクシャクしてどう話していいかわからないのだろう。

武装局員のひとりが思い詰めた表情で私の目に出て、

「執務官殿ッ 自分はッ 自分はっ むぐ! 」

「こらっ 一人で先走んじゃない! 」

「離せーー 俺は伝えなければならないことがあるんだ~~」

と他の局員たちに取り押さえられ連れていかれたけど、あれはなんだったのだろう? 


高町なのはは純粋に気遣ってくれている。表裏がない。正直ありがたい。もしかしたら彼女だけ何も気づいていないのかもしれない。

ユーノはなぜかメガネをかけてイヤな笑い方をしてたが、なんだか目が鋭く、寒気を感じるのは気のせいだろうか。昨日運んでくれたは彼だったような?

意識が朦朧とした中、ユーノの声が聞こえた気がする。

問題はエイミィだ。声をかけるとうわずった声で飛び上がるし、仕事中顔を真っ赤にしてこちらをチラチラと視線を送っていた。あんな顔をしてたらこっちも意識してしまう。エイミィは気さくにつきあえる数少ない友人なのに

明日からの仕事について頭を悩ませていたところ、そういえばどうしてメガネかけているのだろう?



「ク、クロノ君、い、いいかな?」

今心の中で思った人物の声に思わず体が跳ねる。ドア越しにもわかるほど緊張した声が響く。努めて冷静に返事を返す。

「どうした? エイミィ」

「中に入っていい?」

「あ、ああ」

いきなりの申し出に戸惑いながら返事をする。

中に入ってくる。メガネをかけたエイミィは手を後ろに組んで顔を少し紅潮させたまま落ち着かない様子であちこち視線がさまよわせる。
 
「どうした。なにかあったか? 」

「う、うん」

意を決した様子で顔を引き締める。だが手は後ろに組んだままだ。

「あのね、昨日のこと、それから、今日のこと」

いきなり核心に迫る発言にますます緊張してくる。

「ごめん。クロノ君、助けられなくて、それから、今日ずっと意識しちゃって、ごめん。明日からは大丈夫だから」

しどろもどろになりながら、手はあいかわず後ろに組んだままエイミィは謝罪してくれた。ほっとした。こちらとしても願ってもない申し出だ。

「こっちこそ。それで頼む」

「よかった~」

エイミィの笑顔を見て、しばらくはギクシャクする可能性もあったから一安心する。でも手は後ろに組んだままだ。

気になる。

「エイミィ、さっきから手を後ろに組んだままで、どうした? 」

エイミィはさっきのように顔を赤くしてもじもじさせてチラチラとこちらを見ながら切り出してきた。

「クロノ君、あ、あのね。お願いがあるの」

「わかった。で、何だ? 」

そう言うとずっと後ろに回してした手をゆっくりと前に持ってくる。赤く長いものが目に入る。

赤い紐?

こんなもの何に使うんだ?









エイミィは顔を紅潮させたまま口を開いた。

「あのね、クロノ君、これでクロノ君を縛ってもいい? きゃああ、言っちゃった」


……

……

は?

「すまない。エイミィ、もう一度言ってくれないか? 」

「これでクロノ君を縛ってもいい? 」

「……もう一回」

「これでクロノ君を縛ってもいい? 」

レコーダーのように答えた。

頭を抱える。さっきから混乱している。エイミィの言うことがさっぱり理解できない。

「なんで? 」

ようやく声を絞り出す。

「似合うと思ったから」

「意味がわからないんだが」

「絶対似合うって、昨日のあのときもすごく良かったんだけど、なんか足りなくて、そしたら縛る紐の色だってようやく気づいたんだよ」

頭痛がしてきた。こんな一面があったとは今まで知らなかった。

「嫌だと言ったら」

「ごめん。クロノ君、私、止まれない。例え艦長命令も聞けないっ! 他の局員たちが行動起こす前に先に行かせてもらうよ」

「なにをっ」

そう言うとエイミィに正面から抱きしめられる。頬に感じる親しい友人の柔らかな感触に戸惑いながら、どうしようか考えあぐねているとあっと言う間に手を後ろに縛られ、自由を奪われてしまった。

「ああ、クロノ君、やっぱ似合うよ」

エイミィは熱に浮かされたような表情でこちらを眺めている。

「これで満足か? 」

少しだけ落ち着いてきたので、冷静に聞く。エイミィは首を振る。嫌な予感がする。

「そのちょっと反抗的な目ドキドキするよ。クロノ君、縛るの得意だけど縛られるのに弱いみたいだね。今縛られてどんな気持ち? ねえどんな気持ち? 」

「なんの話をしてる? 」

エイミィの顔が目の前に来た。息が触れるくらい近い。いつものからかうようなじゃない初めてみる表情だ。手を頬に当てると優しく撫でる。

「大丈夫。クロノ君、優しくするからね」

熱っぽく情熱的にささやく。パキッと心の何かが折れた。



結局、エイミィが帰ったのは一時間後だった。ナニがあったなんて言いたくない。ただメガネが外れたエイミィは何が起こったのかわからない顔で急に真っ赤になり部屋から逃げるように出て行った。



次の日、艦長としてではなく母さんから赤い穀物を食べるように勧められた。最近ブームのこの国の風習らしい。

「あなたもお父さんの子なのね~ 」

としみじみ言われた。意味がわからなかった。

「エイミィは一体どうしたのかしら? 別に焦る必要はなかったと思うんだけど 」

その言葉で察しがついた。

「ま、まさか母さん、見てたんじゃ」

「あら、息子の成長を見るも母親を勤めよ。焚きつけたのは希さんかしらねえ」

母さんはニコニコを微笑む。これ以上の追求はやめることにした。




作者コメント

ユーノとクロノとエイミィの三角…… いやなんでもありません。

次回は未定。タイトルは梅雨の少女とさざなみ寮です。





[27519] 第三十四話 梅雨の少女とさざなみ寮
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2012/05/05 18:58
第三十四話 梅雨の少女とさざなみ寮
 


夢を見ている。身体を動かすことはできない。まるで映画を見るようにある光景を第三者視点で眺めている。

遠い昔の夢、体感的には二十五年くらい前になるのだろうか? 浅野陽一になる前、もう名前も忘れてしまった。顔を見てもそういえばこんな顔してたなくらいしか思わない。

……ただ髪だけは気になる。側面部は黒髪軍が健在、頂上部は側面からの援軍によりどうにか戦線を保っていた。おでこの辺りは全軍撤退しそうな勢いだ。以前の俺と良い勝負である。

俺は会社にいる。日はとっくに落ちて夜になり、蛍光灯の明かりがまぶしいくらい。広いフロアにたくさんの机が並びスーツを着た人たちが書類を書いたり電話をしたりパソコンに向かいそれぞれ仕事をしているが、ぼつぼつ席を立ち始め帰り支度をしている。どうやら仕事の終わりが近づいているらしい。俺はその中をゆっくりと歩き、机で書類とにらめっこしている女性に話しかける。

「すいません。明日休みます。弟の四十九日なので、頼まれてた書類ここに置いときますね」

ああそうか! 記憶が繋がる。木曜くらいだったと思う。俺は義理の母がちょうど弟の四十九日だから帰ってこいと迫られ、しぶしぶながらも了承し周囲に詫びながら急遽有給を取った。そして、あの人と最後に会話したときのことだ。

「ありがと。ああ、そうだった。土曜はあの子の誕生日だから遅れないでね。に~に~がいないと始まらないんだから」

あの人の顔と声は今でも鮮明に思い出すことができる。本当に意味で人を好きになったのはこれが最初だと思う。それまでは年上でまさか既婚子持ちを好きなるとは思いもしなかった。夢の中の俺は楽しげに返事をする。

「わかってます、もうプレゼントは買ってあるんですよ。それにしてもあのババア平日なのに呼びつけやがって、まあいいか。気落ちした奴の顔を楽しむことにしますよ」

あの誕生日プレゼントせっかく用意したのに渡すことできなかったな。もしかしたら気の利いた誰かが渡してくれたかもしれないし、俺の死後にあの人が入って見つけてくれたかもしれない。そう信じよう。

待てよ? 

そうなると俺のDVDコレクションが目に入るかもしれない。人妻、上司、オフィスレディモノはそれなりに揃えたから、ちょっと見られるのはやだな~

くだらない考えながらも夢は自動的に進行する。あの人は人の不幸を喜ぶ嫌な奴になってる俺を言葉を聞いて、少し怒ったような表情になる。

「ダメよ。そんなふうに言ったら、大事な子供が死んだ悲しみはなによりも深いものよ。きっと想像を絶するものがあると思うの。迂闊な言葉がなにかの拍子に恨みや怒りに変わるかもしれないわ。そうなったら何をするかわからないわよ 」

「あっ、そういえばあのババア、葬儀の席で笑ってた俺のこと睨らんでやがったんですよ。イツキが死んだのは俺のせいじゃねえーつうの。 ……どうかしたんですか?」

あの人は急に真剣な表情になる。さっきまでは出来の悪い弟を叱るような雰囲気が仕事で重大なミスをしたときのようなピリピリしたものに変わった。

「本当に大丈夫? 」

「えっ!? 多分。だって睨んでたのはそのときだけで、後は気持ち悪いくらいすり寄ってきましたよ。今までごめんさないとか私がバカだった。これからは親子仲良くしましょうとか、正直吐き気がしましたよ。きっとこれから一人だし老後の面倒とか見させたいんでしょうね」

「それならいいけど……」

あの人はまだ難しい顔をしている。まだ何かいいたそうな感じだったが、上手く言葉にできないようだ。思えばあのときから不穏な兆候を感じ取っていたのかもしれない。

「じゃあ帰ります。土曜日に」

そう言って夢の中の俺は立ち去る。準備を急がなければならなかったし、このなんとも言えない空気から逃れたかったんだと思う。


「あっ! ちょっと待って! 」

あの人は俺の追いかけて、耳元で何かを囁く。残念ながら聞き取る前に夢は途切れた。これがあの人の言葉を聞いた最後だったからなんとか思いだそうとするが、どうも上手くいかない。

最後なんて言ったのかな? 



場面は変わり、俺は暗い部屋で寝ている。なぜか手足は動けないように縛ってあるのにぐっすり眠っていて起きる気配はない。女が近づいて来た。表情は暗い。のろりのろりと近づいてくる。手には包丁を持っている。

ああ、まずいな。

嫌な予感しかしない。よりにもよってこの夢か。せっかく懐かしくて良い夢見てたのに最悪の悪夢が待っていた。このあと俺は体を縛られたままあの包丁で一晩かけて三枚に下ろされる。夜が明ける頃には丸焼きだ。

勘弁してほしいよ。



まあ、とりあえずポップコーンとコーラないけど見学するか。



この夢は何度も見たことがある。子供の頃はわりとはっきりしないあいまい夢だったけれど、浅野陽一が20歳とき母親から包丁で刺されから鮮明に見るようになった。最初の頃は凹んで数ヶ月単位で鬱気味だったこともあったが、あまりにも何度も見るので、だんだん刺激も薄れ自分主演のスプラッタ映画を何十回を見せられているようで、飽きてきた。そうして数年を経てようやく立ち直ることができたといえる。



女は包丁を逆手に構え、最初の一撃を左の小指に突き刺す。

すると見ている俺にも小指を刺されたような痛みが走る。

「あだだだだだだだだだ 」

痛いじゃねーか。今日の夢はなんだかリアリティがあるなぁ。痛みがわりきつい。それに場所が自宅じゃなくてどこか別の場所らしい。まあ夢ってその辺が適当だよな。これまでの夢は場所がはっきりしてなかったから新鮮ではある。う~ん、臨場感のある映画ですな~ どうせならエロいのがいいんだけど、まあいいか。見たい夢ってなかなかみれないもんだし、

こうしている間にも拷問は続く。包丁だけでよくやるよほんと。痛い痛いそこはだめぇ。

一番恐ろしかったのは憎悪に歪み、愉悦にひたる奴の顔だ。延々と繰り返される呪詛。俺は恐怖に震えるだけで、何もできなかった。

簡単には殺さないとじわじわと肉体的を苦痛を味わうことになる。ご丁寧に失血死しないように手当までしてくれるからありがたい話だ。できたのはせめてこの早く苦痛が終わるように、早く殺してくれと哀願することだけだった。そういうたびに奴の顔は本当にうれしそうに笑うのだ。

嫌な顔だ。どうしてそんなことする? 俺が何をした? やめろやめろって、ホント痛いんだって、好きじゃなかったかもしれないけど、二十年近く一緒に暮らしてきた親子だろう? 少しは情くらいあってもいいだろ。 

そんな俺におかまいなしに血で染まった包丁は俺の身体を刻んでいくあのときの痛みと恐怖が再び脳髄を焼き付く。包丁が振り下ろされるたびに同じような痛みが走る。肉体的ものというよりは心を引き裂かれるような痛みだ。

「ぐっっ! うう、う~ 」

不快感が強くなってきた。くだらないことを考えて思考を逸らそうとしているがだんだん余裕が無くなってきた。

奴の血に染まり愉悦に浸る表情がアップされる。あれは人間の顔じゃない。鬼だ。奴は補食者で俺は食べられる側立場は絶対的だった。

……ちょっといいかげんにしてくんないかな? ホラー映画で臨場感を出すためにドキメンタリータッチにすることはよくあるけど、演出過剰じゃね? 

これは過去のこと。夢だ。そんなことは承知しているが心に感じている痛みは信じられないほど現実感があった。シンクロ率なら400パーセント越えてます。今までと見た夢と違ってあのとき感じた痛みと苦しみのフィードバックがきつい。過去に遡ってもう一度体験させられているような本当に夢かこれは? 

(ひどいことするわね。憎いでしょ)

「誰だ? ああ、確かに憎い。でも、あれだけ派手に家で火事までやれば今頃警察に捕まっているさ」

(本当に? )

義母の声はこちらをあざ笑うかのように聞いてきた。

(本当に? )

今度は見てる俺に視線を合わせてのぞき込むようにいやらしく笑うと、もう一度確認するように聞いてきた。








「……うるさいな。黙れよ」

自分でも驚くくらい嫌悪感丸だしの唸るような低い声が出た。いきなり映画の前の人物に話しかけられてような嫌な感じだ。俺は恐れていた。次の一言で俺の中の決定的な何かが変わってしまう予感があった。






(死んだのにどうしてわかるの? あなたが殺されたのは実家ではないでしょ? これはただの夢ではないわ。あなたとの記憶を辿っているの。ふふふっ 警察はちゃんと捜査したのかしら? そもそもあなたの死体って見つかったの? )









くぷッとした音が聞こえた。

何か刃物のようなものが胸に突き刺さる。それは俺の精神の心臓を捉え、ずっと蓋をしてた黒くて不快なものが溢れださせる。

「うるさい! うるさい!」

俺はわめくように叫ぶと目をつぶって耳を塞ぐ。聞きたくない。もう終わったことだ。いまさらどうしようもない。まだ何か言っているがもう聞こえない。聞こえないったら聞こえない。

この言葉に耳を傾けては駄目だ。考えたら駄目だ。心を寄せては駄目だ。俺が変わってしまう。何か良くないものに飲み込まれてしまう。

(ジークフリードなんとかしろ! )

俺は藁にもすがる勢いで、最も頼りたくない相手呼ぶ。すると悲しげな奴の返事が返ってきた。

(無駄だ。もうおまえは認識してしまった。ずっと蓋をしてきたもの、誤魔化し続けていたことに、殺されて発見されないまま行方不明になっている可能性に気づいた。その可能性が一番高く決して果たすことのできない復讐に苦しむことになると)

(ああ、憎いよ。憎いよ。アイツを同じ目に合わせてやらないと気がすまない。でもここにはアイツはいない。それが、それが…)

後は言葉にならない。俺のこのどうしようのない感情をぶつける相手はこの世に存在しないのだ。苦しい。苦しい。

(そう居ない。だから自分自身でその苦しみに折り合いをつけるしかないのだ。俺とおまえは一心同体。おまえが心から望まない限り私には何もできない。今の状況はおまえが招いていることなのだ。一度は乗り越えただろうそのやり方を思い出せ! )

悔しいが冷静な分だけ奴に理がある。

どうする? 

どうすればいい? 

昔を思い出し必死に考える。その結果ひとつの方法にたどり着く。

俺は目を閉じて深呼吸して、気持ちを落ち着け、右手に全意識を傾ける。右手にすべての力を集中すると燃えるように熱くたぎり封印の刻印が刻まれる




……ような気がする。



「静まれ。俺の中の復讐の獣よ。今は目覚めるときではない。俺の右手で永久に眠るよい。そして、俺が死ぬるとき共に逝こうぞ」

(ふふふっ、それでいいのだ。やればできるじゃないか)

SAN値はものすごい勢いで下がってるけどな。

俺がやったのはもてあます感情を獣に見立て、右手に封印するという中二的な発想を盛り込むことで形を与え感情を昇華する方法だ。ほど良く恥ずかしさもブレンドされている。元々はアトランティスの最終戦士物語で無残な死を少しでもカッコ良くして、過去を乗り越えるために編み出した心の整理方法のひとつだ。

だからここでの俺の考え方はこうだ。右手に復讐の獣が封印されている俺カッコ良いである。もてあます感情も右手に封じられた復讐の獣が暴れているからでそれを必死でこらえる孤高の戦士俺カッコ良い。暗い過去も物語を引き立てるスパイスで、愛する人とも二度と会えない報われない想いに浸る俺カッコ良い。カッコ良いったら、カッコ良い。カッコ良いだよっ!!

一種の自己暗示、発想の転換である。欠点は気をつけてないと現実でもやってしまうので一般人相手ではドン引きされてしまい友達無くすから要注意だ。

虚勢でひどく脆いことは理解しているが、俺は人格者でも聖人君主でもない、こうでもしないと現実とは向き合えなかった。

ふう。ようやく右手の封印が収まった。しかし、しばらくは実生活で右手の封印を意識しなければならないだろう。まあそこはいいか。希ちゃんだったら可愛いものだよな。

どのくらい時間が経ったのだろう。様子を見る。目の前の悪夢はまだ続いてはいたが先ほどよりはたいぶ落ち着いて見れるようになった。

よし、大丈夫。

(ちっ、持ち直したみたいね。まあいい)

義母の悔しそうな声が聞こえて少しだけ胸がすっとした。場面は変わり、奴は包丁を投げ捨て馬乗りになり、俺の首を絞める。



あれ?

こんな場面あったかな。この後は丸焼きコースだったはず、それに夢なのに首の圧迫感にリアリティがある。

(邪魔が入ったようね。せっかく憎悪の種が芽吹いたのに、ここに侵入してくるなんて何者? )






こっちはそれどころじゃない。

ぐっ!

本当に息が苦しくなってきた。夢といえ洒落にならん。さっきよりよほどリアリティがある。俺は全力で暴れるが金縛りにかかったように動けない。よく見ると奴の姿が幼い少女の姿に変わっている。さらに室内のはずなのに天井からは雨が布団の下から水が湧きだし濡れた不快感を強くしていく。

(私と同類ね。いいわ。すごくいい)

女の子は年は十歳にいかないくらい。おかっぱくらいの髪短い子で、表情は霧がかかったようにぼやけて歪んでよくわからない。上着に目立つ色の合羽を着て、ずぶ濡れでだった。中の服はかつて白かったであろう服は茶色くくすんでボロボロだ。



「ママを返せ」

強烈な怨念の感情を向けられ、たじろぐ。首の圧力はますます強くなり骨が軋むような音を立てる。ひゅーひゅーと奇妙な声が出てしまう。

最後に骨が砕けるような音を聞きながら、







ばっと目が覚ます。






ゲホゲホとせきこむ。

視線を動かすといつもの私の部屋だ。外はまだ暗く。どしゃぶりの雨音が聞こえてくる。今の時期は梅雨始まりだったな。フェイトちゃんを見送ってから数日しか経っていない。


わかってたけど夢か。いやなもの見た。気分悪い。

最初のなつかしい夢はともかく稀にみる悪夢だった。転生を含めた人生の最悪の場面に、雨の中幼女に首を絞められるわけがわからない夢。脳みそ使いすぎてしんどい。

それにしても俺は幼女に恨まれる覚えなんかない。

聞こえてきた謎の声。どこかで聞いた覚えがある。

首を絞められた感触は今までそうされていたかのように生々しく残っていた。

まだ暑くなる前の梅雨時というのに全身は汗びっしょりである。水の腐ったような不快な匂いも漂っている。布団には今でも濡れた……

!?

まさか! 私はおそるおそる布団に手を入れて、下腹部に触れる。手にはしっとりとした感覚あった。








のおおおおおおおおおおおおおお。

この年でお漏らしとは、恥ずかしすぎる。幸いカナコと希ちゃんは寝ている。急がなければ、

(二時か。起こしてしまうけど仕方ない)

私は立ち上がると恥を忍んでおかーさんのところに向かう。すると部屋の電気はついていて、おかーさんを起こす必要がなくてほっとした。しかし、最近は朝も早いのにまだ起きていて大丈夫かな? 粗相をしたこと伝えることを思いだし、恥ずかしさをこらえてたどたどしく言葉する。

「怖い夢見ちゃって、その…… お布団が」

突然の訪問に驚いていたおかーさんだったが、話を聞くうちおかーさんは表情は柔らかいものになり。

「みーちゃん、布団はおかーさんがやっておくから、シャワー浴びなさい。汗もすごいわよ」

と優しく声をかけてくれた。包まれるような母性に幸福を感じるとともに申し訳なさと恥ずかしさでくらくらしてきた。

おかーさん。その優しさが今は痛いです。


「うん。ごめんなさい」

「いいのよ。私もみーちゃんくらいのときにした覚えがあるから、あら!? 首どうしたの? 痣になっているわ」

??

服を脱いで浴室に入る。鏡を見ると首もとが赤くなっていたよく見ると小さな手型のような痣が残っていた。

こんな傷いつのまにできたんだろ?

ふと夢のことがよぎるが首を振る。考えすぎだ。

熱めのシャワーで気分を落ち着かせる。今のところ希ちゃんが外に出ることはほとんどない。日常のあらゆることは今のところ俺の役割である。早いとこ復帰してもらわないとな。希ちゃんから生まれただけあって俺自身は違和感はそんなに感じないのだが、前より強くなった男としての記憶が少しばかり落ち着かない気持ちにさせる。前に一緒に温泉に入ったときとは話が違う。

希ちゃんくらいの子ならまだ問題ないけど、エイミィさんやリンディさんクラスになるとさすがにやばい。俺の股間のバルムンクが大変なことになる。この間の件で実感したことだ。男の魂はいろいろ欲求不満を抱えている。発散するにしても体の構造が違うし、ほかの手段もないから困ったものだ。

少々よけいなことを考えながら体を洗っていく。髪は一度洗ったし、時間かかるからやめておこう。



(……てやる)

何か声が聞こえる。シャワーの音でよくわからなかった。カナコが起きたのかもしれない。

(カナコ起きたのか? )

……

返事がない。気のせいか?




(コ……ヤル)

間違いない。今度は頭の中じゃない。鼓膜に直接響いた。


















私は浴槽を背中にして目の前には浴室に備え付けの鏡がある。曇っていてよく見えないが、方向的には浴槽が写っているはずだ。


鏡の中の黒い影がゆらりと動いた。それを感じた瞬間全身に氷水でもかけられたような寒気が走る。それは未知のモノに対する本能的な反応だ。

おいおいまだ夢の中か?

こんなとき振り返るのは御法度だけど、そうせざるえないよなぁ。 

私は覚悟を決めて浴槽の方を振り向く。


……




私の目の前には



なんてことはない水を張った浴槽があるだけだった。残り湯のせいか薄く黒ずみ濁っている。



なんだよ! 脅かしやがって、きっとさっきの夢と痣のせいで神経質になっていたようだ。

柳の下にはなんとやらってことだろう。

私はほっとひと安心すると浴室を出ようとするが、ふとあることに気づく。




なんで水が張ったままなんだ? それにやけに濁っていたようにも、再び浴槽に目を向けると浴槽の水は先ほどよりドス黒く濁っていた。

なんだかわからないが、まずいと思った瞬間




(コロしてやるううううううう)

叫ぶような声と共に浴室の電気が消えて、水の跳ねる音が響き、何か強い力で浴槽に引きずり込まれた。




ゴボゴボと音を立てながら、体をバタバタさせてもがく。

ちょ、ちょっとこれはやばい! 視界を奪われ不意を突かれて、頭が混乱する。鼻と口に濁った水が流れ込んでくる。その不快感としびれる痛みで体を暴れさせるが頭を何か万力のようなもので押さえつけられてびくともしない。

誰かが頭掴んで押さえつけてる。




(きゃああああああああああああああああ)

(待って希! 封印が)

(ふふふっ こんなにうまく行くなんて)

これは希ちゃんの声か? カナコも起きたようだ。誰か別の女の声がする。 あっちも気になるがこれはマジで死ぬ。

冷静にならないと、私は両手を合わせて魔力を展開するとカミノチカラを発動させる。



すなわち「飲み干せ」

浴槽の水は量は見た目だけの喫茶店氷たっぷりぼったくりジュースをストローで飲みきるようにあっという間に吸い取ってしまった。

ふう助かった。

なんだったんだ一体。浴槽の明かりは消えたままで、周囲の様子は暗くてわからない。しかし、明らかに何者かによって浴槽に引きずり込まれ、押さえつけられたのは間違いない。

(陽一。何があったの? )

(わかんね)

(今こっちは水の封印が解かれたわ。一体なにしでかしたのよ! ) 

(封印って、こんなところで話してて大丈夫なのかよ)

(バーチャプレシアが戦ってる。夢からできたものなのに強いわね。あっ! 倒した。いや逃げた? どういうつもりかしら? 希に寄生している以上離れると消えるしかないのに)

(強えなぁ。おい)

(しかも素手よ。流れるような体の動き、安定した軸と腰。地面を大槌で打つような足の踏み込み。鋭い打撃技。たった数日でこのレベル、何者よ彼女。確かにフェイトを説得するために記憶の本を組み込んで会話機能を強化したけど、こんな設計はしていないわ。プレシアというよりは私のプログラムに近いはずなのに)

謎の強さを見せるバーチャプレシア。できたときはただの人形に過ぎなかったのにどこまで強くなるんだろう。

「カナコもわからないなんてどういう存在なんだ。母は強しなのかね? 」

(くだらないこと言ってないで、動きなさい)

現実へ目を向ける。こっちは浴室は電気は落ちたまま、私は濁って冷たい水に浸かって気色悪い。この水粘っこくてかすかに腐敗臭がする。我慢しないで、その場で嘔吐する。胃に刺すような痛みを感じるがこんな水を体にいれておくよりよほどいい。ついでに髪の毛に飲み込ませた水を排水しておく。

とっさとはいえ、よくできたなこんな真似。うまく活用すれば四次元ポケットみたいに使えるかもしれない。

(吐いたの? こっちは片づいたわ)

(ああ、汚い水を結構飲んだし、後で話すよ)

う~きもぢ悪い。

いつまでもこうしてはいられない。体は冷えているが電気も消えてよく見えない。このままいるのは危険な気がした。私は風呂出て着替える。髪の毛は超振動させて乾かす。これ帯電するし、耳障りな音が出るからからあまり使いたくないけど、ここからさっさと離れたい。

これ以上心配させたくないのでおかーさんには風呂で吐いたことは黙っていることにした。

部屋に戻ろうとするとおかーさんが廊下で待っていて、部屋には入らないでと言われた。水浸しだそうだ。幸い床とベットだけで教科書とかは無事ですでに運んだくれたみたいだ。おかーさんによると天井から雨漏りがしていたらしい。

雨漏りってそういうものなのか? 普通は水滴がポツポツ落ちてきて気づくものじゃないの。バケツで応急処置とかするもんだよな。それがなんでいきなり床一面が水浸しなんだ。こんなの絶対おかしいよ。

なんか疲れた。話は明日にしよう。カナコに告げると私はおかーさんの部屋に一緒に向かう。もちろん一緒に寝るためだ。言い出したときはさっきと同じくらい恥ずかしい気持ちになったけれど、いくらなんでもこれだけ怖い体験をしていて一人で寝るなんて無理だ。カナコにマザコンとからかわれたが、背に腹は代えられない。

「おかーさん、夢の中で女の子のお化けがいじめるから助けて」

おかーさんはにっこり笑っておいでと言ってくれた。

いつまにか雨はもうやんでいた。おかーさんは暖かくて良い匂いがした。心地よくて安心できる。ゆっくり眠れそうだ。

悪い夢は見なかった。



その日からあの少女が現れるようになった。彼女は決まって私がひとりでいる時を狙って、水を操り私を殺そうとするのだ。家の中では風呂とかトイレは特に危険だ。外でも雨の強い日は襲ってくる。一度川に引きずり込まれそうになったときは危なかった。不思議なことに他の生徒がたくさんいる学校は割と安全で、授業時間が一番安心できた。

無論こちらには魔法という攻撃手段があるので試してみた。しかし、やっかいなことにあの子には手で触れることはできないうえに、一度魔法を打ち込んでも突き抜けて全く効果がない。影みたいな存在だ。そのくせあっちは魔法的な防御など全く無視して攻撃してくる。

そんな日が一週間も続いている。私の気分に同調したかのように今年の梅雨は絶好調で今日も雨がやむ気配はない。

少女はみんなには見えないらしい。アリサちゃんだけは不思議そうに首をかしげていたけど、もしかしてみえているのか? 他にも他人のいるときには襲って来ないようだ。最近はひとりにならないように風呂とトイレもおかーさんと一緒に入り寝るようになり、おかーさんは少し元気なかったみたいだけど最近よく笑うようになった。

問題がないわけではない。体は女の子だけど、心は男。まして人妻属まである。裸を見て、欲情してしまう。

死ねばいいのに俺。

もう死んでるけど罪悪感でマジでいたたまれない。自分の性癖をこのときばかりは呪った。

こんなときは自分は女と言い聞かせ、欲望はこんな体では吐き出すこともできないので、内に押さえ込むようにしてようやく平常心で入浴することができる。最近ため込みすぎてムラムラしているが、あの少女は隙あらば容赦なく襲ってくるので他に方法がなかった。

最近は全身からピンク色のオーラを放つようになっている。


こんな私にカナコは

(マザコンがとどまることを知らないわね)

と言ってくる。

(やかましい。こっちは命がかかっているんだ。おまえだって見ただろ? )

(確かにね。魔法や物理攻撃が効かないんじゃ、正直手の施しようがないわ。私のちからでも場所の特定できないのよ。微弱な魔力を感じることはできる。あらゆるところにいるというか集まってくるというか。強いて言うなら水の少ない場所だと気配が弱いみたい。おそらく魔力と魂を水に溶かして操作している。しかも支配力が並じゃない。ざっとみて100メートルくらいは拡大してる。それからクロイオンナの分身が手を貸してるわね。きっとあの水の子の強い感情に惹かれたんだわ)

今は梅雨だ水なんてそこらじゅうにある。地の利では完全に不利だった。カナコもいろいろと考えて実践しているようだが、効果は出ていない。一度は儀式魔法でエリアごと吹き飛ばそうとしたけど、クロイオンナの入れ知恵で逃げられてしまった。なのはちゃんはお化け苦手みたいだから頼るのは気が引ける。打つ手がなくなった。

仕方ない。この世界いるかどうかわからないけど、こういう事態に対処できそうな人たちに心当たりがある。

ネットを開いて、特定のキーワードを検索し、海鳴市のある施設を探す。場所は海鳴最大の人外魔境さざなみ寮、退魔師になっているかもしれない槙原耕一さんと巫女さんにして退魔士の見習い神咲那美さんと妖狐久遠、今いるかわからない神咲薫さんに霊剣十六夜さんがいる場所へ向かうことになった。平日なので時間が限られている。急がねば。

万が一のときのため持たされているタクシー券を見つめる。今日は出かける前にオムレツをリクエストしたときのおかーさん笑顔を思い出すとこんなことに使っていいものかと一瞬考えてしまったが、命がかかっているから許してくれると勝手に解釈して使うことにした。

道すがらカナコと話す。

(退魔師とか超能力者とか容易には信じられないわね)

(魔法使いに宇宙人もいるんだから、そう珍しくないだろ。)

(異世界の転生者までいるものね)

それは俺のことですね。

(退魔師って、わりと知られた職業らしいぞ。祓い師とか法力僧とか違いはいまいちわからないけど、警察とも協力関係にあるみたいだし、事情通の話だとネットに乗っていたり、テレビに出るような奴はほとんど偽物で、本物は表には出てこないそうだぞ。九割くらいは偽物だから多すぎてどれが本物かわからないって言ってた。でも視ることができる人間はそれなりにいるって話だから、そういう奴が退魔師を自称してるケースがほとんどみたいだな)

(それじゃなんであなたは本物がわかるのよ? )

(それは知っているからな。この世界の視点はリリカルなのはだけじゃないってことさ。まあ実際会うまでは確信できないけど、会うことができたらこの人たち以上の適任者はいないよ)

それなりの根拠はある。フィアッセ・クリステラ、椎名ゆうひ、マンガ家草薙まゆこ、神咲一刀流、大阪親日生命プロバスケット岡本みなみなどのキーワードは見事に検索に引っかかったのだ。

さすがにHGSや劉機関といった機密性の高い情報やあまり有名でない個人名は検索にかからなかったが、これだけ揃えば確認するだけの価値はあるだろう。

(気配はないわ。今なら一人でも大丈夫)

(う~ん。できれば憑いていた方が話は早かったかも)

女子寮か。なんか興奮するな。男が入ることを許されない秘密の花園みたいで、ここは割とオープンみたいだけど。

少々みなぎって参りました。

いかんいかん最近ため込みすぎて、思考がエロい方面に向かう傾向にある。しかも、解消されることがないので、溜まっていくばかりで、ピンク色のオーラは出てるし、股間のタンクが決壊しそうだった。

股間が疼く。

いかん。封印が解けかけている。

だめだ。一度破れたら俺は自分の中の獣を押さえきれない。ナニをしなければ近い将来奴に心を飲み込まれ本能のままに暴れ回るケダモノとなってしまうだろう。それを鎮めることができるのは封印の巫女のみ。しかし、私の周りの巫女たちでは年若くお役目を果たせない。数年経てば立派に勤めてくれるだろうが、時間がない。

タクシーは止まり目的地についたようだ。

さざなみ寮はあそこか? 

(カナコなんかわかるか?)

(ええ、魔力とはちょっと違うけど、それらしき気配が5つある。一カ所に集まっているみたいね。建物じゃない。外だわ)

どうしたのかな?

外の門をくぐる。すると庭先に背の高い青い髪の女性が一人、少し小柄な巫女服を着た茶髪の女性、大柄な男性、そして、ふわふわ浮いて白い着物を着た金髪の女性と同じように黒い着物着た男の娘が見える。



おお。もしかしてオールスター勢ぞろいではないのかな? 御架月までいるじゃないか。これで勝つる。おもわず嬉しくなってしまう。これだけの戦力があれば余裕で勝てそうだ。

「こんにちわあ? 」

えっ? なんで俺に刀向けてるの。日本屈指の退魔師と日本に数本しかない霊剣のみなさん

「なんて、なんて邪な気配」

那美さんは厳しい表情でこちらを見ている。

待ってください那美さん。あなた霊と対話して、納得して帰ってもらう鎮魂術の使い手じゃないの? なんでそんな殺る気まんまんなんですか。心優しくて踏み込めないあなたが助走つけて奥義ぶちかます勢いですよ。

「俺の股間を鎮魂して昇天させてもらおうか。ぎゃあああ。思わず本音が出てしまったあ」

(セクハラしてどうするのよ? )

女性陣が顔しかめる。俺は混乱してついセクハラ発言をしてしまった。

「やっぱり悪霊? 生前男性的な欲望が満たされないまま死んだ色情霊? 」

「そうだね」とみなさん声を揃える。

「ち、ちょっと待ってください。さっきのは冗談です。話を聞いてください!! 」

しょぱなから色情霊と間違われて祓われそうになったものの、なんとか話し合いの場を作る。みなさん話のわかる方々でおおむね同意は得られたが、霊剣御架月には最後まで疑われ、女性のたくさんいるなか俺の性癖について告白することになり、羞恥プレイを強要された。

ちくしょう。御架月、この辱めは忘れんぞ。途中からちょっと気持ちよくなってきたのは事実だけど、元はシスコン怨霊刀のくせに今度仕返ししてやるからな。

それはさておき、こちらの事情について話す前に俺たちの存在に興味を持たれた。

「残留思念を吸収して、魂を再生し、内に宿らせるちからですか。とても希少な能力ですが、大変危険ですね」

「そうだね。薫ちゃん。今の希ちゃんは生命エネルギーがすごく小さいから悪霊に負けてしまうかもしれない」

「希ちゃんはご飯ちゃんと食べてるか? そんなにやせていると心配だ」

「でも、カナコ様や陽一様のような強力な霊と術によって守られているみたいです」

「コイツは悪霊じゃないのか? 」

みなさん希ちゃんを心配してくれているが、御架月だけ余計なことを言ってる。

ところで目当てはあの少女の霊をなんとかしてもらうことだったが、退魔師や霊刀の視点から俺たちのことについて意見をもらうのもいいかもしれない。神咲薫さんや十六夜さんいる機会はめったになさそうだし。

「あの~ 私たちも自分たちの状況についてはっきりわかっていないところがあるので、よろしければ事情を話します。あなたがたの意見をいただけないでしょうか」

こうして高名な退魔師による雨宮希と夢の世界についての討論が行われた。

それによると退魔師的な見解では希ちゃんは超霊媒体質で霊を取り込みやすい体質らしい。カナコの注釈を加えると以前の希ちゃんの夢の世界の人形の棚は無差別に取り込んだ人形であふれかえっていたという。さらにその中でも最も凶暴な希ちゃんのおかーさんを再生させたことでクロイオンナは強化され事態は悪い方向に流れた。結局カナコがすべて破壊したが残骸は消えることなく残り五行封印することになった。

解決策として、俺たちがやっている精神面のサポートはもとより悪い霊つけ込まれないように生命力を高め容姿を変える必要があると言われた。具体的にはご飯を食べて体力をつけることで、たいがい霊は生命力の輝きに恐れをなして逃げていくそうだ。あの女の子が人のたくさんいる前に現れないのはその辺が理由らしい。しかし、心と体が弱っていると生命の輝きが弱くなり霊障や悪霊にいいようにされてしまう。これには納得で元々ヴォルケンリッターと戦うために体力作りも考えていたので、新しいメリットがわかるのは良いことだった。

それから、長い髪の毛は霊媒になりやすいので切った方が良いと言われたが、これには断固として反対した。美しい髪を切るなんてとんでもない。あまりみせるつもりはなかったが説得するためにカミノチカラを見せると薫さんや那美さんは難しい表情をする。

「今のちからは魔力? 」

「うん、使う人は初めてみたけど」

「霊力と魔力って違うの? 」

説明によれば、発する器官や作用しやすい事象など細かい違いはあるものの非常によく似た力で区別はしにくいらしい。また、魔力を持っている人間は霊力や気功を使う人数より少なく、その数少ない魔力の持ち主は霊力を扱う退魔師や祓い師、法力僧と同じような仕事をしているそうだ。日本では霊力とひとくくりにされていて組織化されておらず、中国を中心とした海外の国のほうが盛んだという話だ。昔はある地方の巨人と月を奉るふたつ一族が魔力を使うものをたちを束ねていたそうだが、戦後はとある理由で解体されてしまったらしい。そのため詳しいことを知るものはいないという話だ。

俺については魔力で再生された魂なわけだが、退魔師からみると少女に取り憑いた霊という扱いらしい。那美さんから真剣な顔で、

「成仏できるのでしたら、早めにすることをオススメします。陽一さんは肉体を持たない非常に不安定で揺らぎやすい存在です。少なからず未練や憎悪を抱えているようなのでそれらに傾いて悪霊となって心が囚われてしまったら戻れません。祟り落としは私たちでもほとんど成功したことがないんです。あなたの大事な人たちも傷つけてしまうかもしれません」

俺の中の醜いものを見透かされたようで心臓が飛び上がる。何か反論しようと考えたがそれより早く動いた奴がいた。

「冗談じゃない。部外者が勝手なこと言わないで、私たちには陽一が必要なの。成仏なんてさせない。もちろん悪霊にだってね」

カナコは強い口調で言い返す。

ありがとうカナコおまえが熱くなってくれたことでこっちは冷静になれたよ。おまえの気持ちには同感だが、向こうも悪気があるわけじゃないだろう。ただこの間の夢のことも考えるならばそういう可能性もあると俺は感じていた。もちろん成仏するなんて選択肢はない。

「カナコ落ちつけよ。別に今すぐどうこうって話じゃないだろ。俺だって離れるつもりはないぞ。すいません那美さん、コイツどうも頭に血が上りやすくて、それから、忠告はありがたいのですが、成仏する気はありません」

「そうですか」

残念そうに下を向く。悪いことしたな。事情は話せないけど半年後に大きな試練があるのだ俺だけドロップアウトするわけにはいかない。あれ!? そういえば那美さん俺だけに成仏勧めていたのは何でだ? カナコだって同じような存在なのでは? 

「ねえ、那美さん、さっき俺に成仏するように勧めてたけど、カナコは違うのかい? 」

「え!? ああ、カナコちゃんは希ちゃんと一体化した存在自体が強力な守護霊みたいですから、いなくなってしまったら大変なんです」

「カナコ様はわたくしに近いのかもしれません」

守護霊か。なるほど新しい概念だな。十六夜さんに近いということはどんな意味があるのだろうか? 

「カナコは希ちゃんの体を動かせる代わりに十六夜さんみたいに外に出られないけど、どうしてかな? 」

「希様にはカナコ様の魂がなんらかの方法で転写されているのでしょう。私もかつて死の間際に霊剣に魂を込められてここにいます。外に出られないのは希様と肉体に完全に同調して、内に眠る悪しき意志を封印するためでしょう。その意志は負の感情を糧にどこまでも成長し相手を呪い殺す念がこめられた存在です。カナコ様によって封印はされていますが、希様は悪しき感情に飲まれずよくぞここまで持つことができましたね」

「そうだね。悪霊を体内に完全に封印して、取り憑かれた人の体内で浄化させるなんて難しい。普通は悪しき感情に囚われてしまうことが多いから、そのふたつの封印の術式はどこのかな? ひとつは悪しき感情を吸収して浄化して、もうひとつは悪霊を封印するために陰陽五行になぞらえているけど、組み方が独特だからどこのか特定できるかもしれない」

「すいません。思い出したらでいいいので、どこのか教えてください」

こうして聞くとカナコのやり方は正しかったということができる。俺については自分の中で生まれた悪しきものは結局のところ自分でなんとかするしかないということなのだろう。五行封印も何かのヒントになるかもしれない。もうひとつの封印はアースラで見たあの針と鎖だろう。カナコも知らないってことは他の誰かが施した可能性が高い。ただ負の感情吸収するにしても、希ちゃんとクロイオンナの戦いを見る限り十分に機能してないのではないかと考えてしまう。どういう思想でこの封印を作ったのだろうか?

気がつくと夕方が近い。そろそろ帰らなければおかーさんが心配する時間だ。全然本命の話に入れなかった。まあいいか予想外の収穫はあったし、今日は雨もあがったみたいだし、明日また来よう。

「すいません。おかーさんが心配するのでそろそろ帰ります。また近いうちに日を改めて来てもいいですか? 」

「いつでもどうぞ。今度は他のみんなも紹介するよ」

耕一さんは包むような笑顔で言ってくれた。さすが既婚者でくせの多いさざなみ寮を束ねる男、貫禄が違う。

タクシーを呼んで家に帰ることにした。目的は果たせなかったが、ほんの三日の辛抱だ。悪霊除けの対策も聞いている。ファ○リースで匂いと除菌と悪霊もこれ一本でばっちりだ。ステマとかではなく、実際に効くらしい。確かにあの腐敗臭が悪霊を呼びやすい環境にあると言われれば納得である。

カナコは今は疲れて寝ている。新しい情報でいろいろ考えてたらしい。



今日は初めてさざなみ寮に行っていろいろ疲れた。玄関のドアを開けていつものように声を出す。

「ただいま~ 」

あれっ!? いつもある返事がない。前にもこんなことはあった。でも今日はちゃんと送り出してもらったし、夕食にオムレツをリクエストしたからおかーさんは張り切っていた。不審に思いながらもキッチンへ向かう。廊下から食欲をそそる油の匂いと何か炒める音がする。

なんだいるじゃん! おかーさんたまに耳に入らないことがあるからな~ キッチンの扉を開ける。

「ただいま~ ……………………おかーさん?」



思いもよらない光景に目の前が真っ白になる。理解が追いつかない。食材は散乱し、その中に百合子さんは倒れていた。白いエプロンと床は真っ赤に染まっている。赤い包丁が床に刺さり鈍い光を放っていた。

ドクンッと俺の中の何かが鼓動を打つ。それは遠く忘却の彼方へ追いやった忌まわしい記憶を呼び覚ますものだった。

周囲の景色がぐにゃりと歪み、耳ざわりな高周波のような音が頭に響 く。足もとがふらふらしてどう立っているのかわからない。

俺の意識はぷつんと途切れた。







目を覚ますと同じ世界に居た。目の前には赤く染まったモノが動く。もぞもぞと気持ち悪い。なんだアレは?

「いたたた。頭いたいわ。私、どうしたのかしら? ケチャップこぼしちゃった。ちょっと慌てすぎたかしら、あらっ!? みーちゃん、おかえりなさい」

おまえは何を言っているんだ? 化け物がおかーさんような声を出すなよ。その笑顔はやめるよ怖気がする。化け物は床に刺さったままの血に染まった包丁を手に取る。包丁は鈍く光り、俺の中の警報が鳴る。

「やめろ! 来るなあああ 」

今、わかった。その赤く染まったにやけた顔、義母が生まれ変わった俺を妬んでここまで追いかけてきたんだ! 一度殺しただけでは飽き足らなかったらしい。どこまで俺が憎いんだよ。

「ミーチャン、ドウシタノ」

しゃがれた声でよりにもよってその名前で呼ぶ。その呼び方で呼ぶんじゃねえ、私をそう呼んでいいのはおかーさんだけなんだよ。おまえみたいな化け物が言うなっ!

「来るなっ!! ババア、俺を殺しに来たんだな。わかってるぞ」

化け物は図星だったようで、びくりと動くと今度は包丁を置いて、ゆっくり近づいてくる。騙されないぞ。目の前の凶器は捨てたが、懐にまだ隠し持っているのを俺は知っている。

逃げなければ!

しかし、足がもつれて尻餅をつくとうまく立ち上がれない。腰が抜けてしまったようだ。絶望的な気持ちになる。なんとか足をバタつかせ後ずさるがうまく行かない。赤い化け物はゆっくりと近づいてくる。

駄目だ! 捕まる。俺はとっさに床に転がっていた皿を化け物の顔めがけて投げつける。皿は化け物の額に当たると大きく後ろにのけぞらせたてうめき声を上げる。

やった。当たった。

「ははっ、ざまあ見ろ。……えっ!? 」

「希ちゃん!! 」

俺はおかーさんの声で一瞬あっけに取られて固まる。のけぞった化け物は信じられないスピードで俺の前に来ると両手で抱えて自由を奪う。

「やめろ! 離せよババア」

化け物の締めつけるちからはますます強くなる。このまま抱きつぶすつもりらしい。ぬめりとした嫌悪感が全身を駆け巡る。俺は全力で暴れる。開いた手で顔面を何度も何度も殴るが化け物は一向にひるまない。

殺される。殺される。どうしてどうして顔を何度も殴っているのに!

(陽一どうしたの? )

カナコが目を覚ましたようで声をかけてくる。

(カナコ大変だ。俺たちは殺される)

(もう! 何が何だが、繋がるわよ。少しは落ち着きなさい)

そう言うと何か暖かいものが流れ込んでくる。カナコの感情だろうか? 切羽詰って混乱していた気持ちが落ち着いてくる。歪んだ景色が形をなし、世界は音とバランスの秩序を取り戻していく。



再び意識が途切れて、すぐに目を覚ます。

(あれっ!? カナコ、俺はどうしたんだ? )

確か家に帰ってきて、キッチンへのドアを開けたら赤いものが目に入り何が歪んだところまでは覚えている。そこから先は黒く塗りつぶしたかのように覚えてない。ただひどく寒く怖い思いをした感覚がある。

(正気に戻った? 繋がったからちゃんと把握してるわ。希と一緒ね。PTSDによるフラッシュバックよ。こっちはあなたの感情とも同調したから気分は最悪。いったい何があればここまで心が乱れるのか聞いてみたいわ)

(すまん。助かった)

周囲の状況を正しく認識する。感覚が正しく脳に伝わり世界を捉えていく。暖かい感触、息づかい、私を優しく呼ぶ声、そしてケチャップの香りだった。

私はケチャップまみれのおかーさんに抱きしめられている。どういう状況だろう? まだ足場が不安定なようで、ぐらぐらと揺れる。いいようのない恐怖で身体がガタガタ震える。その震えを感じ取るように腕の力が少しだけ強くなる。

「お、おかーさん」

おかーさんは慈しむような優しい目で囁く。 

「大丈夫。ここにはあなたを傷付ける怖い人はいないわ。それでも怖かったら希ちゃんの大好きな人たちの顔を思い出して…… 」

どうしたんだろう? なんだかとても穏やかだ。こころなしか柔らかい風と後光が射しているように見える。正体不明の震えは不安や徐々に治まっていった。

(なあ、カナコ。百合子さんがなんだか違う人に見える。元々母性的なものが強かったけど、今はなんというか観音さまとか菩薩様のような雰囲気があるというか)

(気のせいでしょ。気に入らないわ。この間まで死にそうな顔してたのに、陰が取れている)

そんな見とれる俺にカナコは冷たく返す。

(今の百合子さんだったら、神々しすぎて一緒に風呂入っても欲情しないような気がするなぁ)

黙って見ている俺を優しく見つめる百合子さんはふいに近づきちょうど両耳の上のところに手を添えるとそのまま持ち上げた。


いだだだだだだだだだ

まさかこれは「菩薩掌」

痛いです。おかーさん。

おかーさんは少し怒ったような顔で私の顔をのぞき込む。

「コラッ どこ行ってたの! ちゃんと行き先くらいは連絡しなさい。心配するでしょ」

「ごめんなさい」

百合子さんは頭を撫でながら優しい目でゆっくりと話す。

「さあご飯、ご飯、今日はみーちゃんの好きなわかめずくしとオムレツよ」

おかーさんの顔をよく見ると額に赤いあざがあり少し出血していた。

「おかーさん、頭どうしたの? 」

私はおかーさんの額を指差して尋ねる。痛そうだな。

「あらっ!? 転んだときに打ったみたいね。ふふふっ、どうしましょ? しばらくは外を歩けないわね」

今気づいたような感じておどけるおかーさんに不思議と笑みがこぼれる。




(気に入らないわっッ!! )

頭にカナコの大声が響く。耳がキーンとした。何をそんなに怒っているんだよおまえは?



三日後、那美さんにみてもらったが、わずかな残滓があるだけで特に問題はなく、あれほど危険な目にあったにも関わらずあっさりと解決した。それから、例の五行封印については竹取物語を読めばわかると教えてくれた。

なぜ? かぐや姫?

その後あの少女は現れなかった。家の様子もどこか寒くて暗く腐臭のする雰囲気は消え去り、暖かさを取り戻していた。百合子さんも最近まで少し疲れていたようだったが、よく眠れているようでこの間は朝寝坊をしていた。以前のように優しく元気なおかーさんに戻ってうれしい限りだ。もっと食べられるようにしてほしいと言ったら、すごく張り切っていた。

体にまとわりつくような湿気に悩まされた梅雨は終わり、カラカラした暑い夏を迎えようとしていた。



ーーーーーーーーーーーーーーー


雨宮希ちゃんと守護霊らしいカナコちゃん、不安定な霊の浅野陽一さんは家に帰った。最初は悪霊と勘違いしてしまったけれど、よくよく話してみたら害のない幽霊と大差なかった。しかし、決して間違いではないと思う。その心の中心には負の感情が渦巻いている。特定の誰かに対する深い憎しみと怒り、今は理性を保っているけれど、何かの拍子に囚われてしまえば誰かまわず害を及ぼす悪霊になってしまうじゃないかと心配してる。

カナコちゃんに封印された悪霊も弱くはなっているけれど、その底のない悪意と暗い感情は震えがくるほど恐ろしいものだった。この悪霊は ……違うあれは特定の誰かを狙うものだから怨霊だ。ただ希ちゃんだけを標的にあの子が苦しむことを喜びに心を殺すことを目的に動いている呪いのようなものだ。どうしてあんな子供に途方もない悪意を向けることができるのか想像することもできない。もしカナコちゃんがいなければ希ちゃんもきっと私たちが祓ってきた霊障や悪霊たちのようになり、まして希ちゃんは強い魔力の持ち主である。最悪の場合は呪いを振りまく悲しい存在が生まれたかもしれない。

たまたま薫ちゃんや十六夜がいてくれて本当に良かったと思う。私だけではわからないこともあったから心強かった。そういえば薫ちゃん忙しいはずなのに十六夜とここまで来るなんて珍しい。

「薫ちゃん、さざなみ寮に何か用事があったの? 」

「うん、耕一さんと那美に聞きたいことと頼みたいことがあって」

「どんなこと? 」

薫ちゃんはまっすぐこちらを向くと真剣な顔で聞いてきた。

「最近、高額の報酬で霊力のある人間を集めている団体がいる。霊障と悪霊もやってるらしい。那美や耕一さんのところに勧誘に来てない? 」

「えっ!? 来てないよ。でも薫ちゃん、霊障や悪霊祓いは霊力があっても簡単にはできないんじゃないの? 」

「そう、数を揃えても技能がないと難しいし、霊能者になるには長い時間がかかる。ただ見えるだけの人は多いけど祓う手段がないからいるだけで意味がない。噂だと破損して機能を失ったまま神社に奉られた霊剣を修復して、複製に成功したみたいだ」

「そんなことが可能なの? 」

薫ちゃんから昔聞いた話だと十六夜のような霊剣の作る技術や剣に人の魂宿すため呪法は失われたもので、十六夜に起動している霊剣は御架月のような例外はあるけどほとんどない。

「大人数でやる封式のように運用してるかもしれないけど詳しいことはわからん。問題は集めた霊力のある人間に違法まがいの投薬をして一時的に霊力を高めて使い捨てにしてることと評判のために私たちでも手に負えないところに手を出そうとしているみたいなんだ」

「それはそうだね。私たちの仕事はできる人の数はそんなに多くないし、同業者が増えること自体は悪いことじゃないだけど」

霊障も悪霊もその人の勘違いであることが非常に多い。だから、お金を払っておまじないや霊的グッズで心の安定を得ることは悪いことでないと思う。しかし、むやみに人が入るべきでないところに土足で上がりこむのはとても危険なことだ。

「戦時中に使われていた旧日本軍の研究所跡とか汚染がひどくて立ち入り禁止にしたはずなんだけど、土地の持ち主に依頼されて強引に浄化して、数年前に病院とか建てたみたいだし、こっちが言っても聞く持たない。あそこは祖母の頃に石上神宮の天羽々斬剣まで持ち出して、ようやく封印することができたところだから」

「ミズチだっけ? 退治されたのは」

「うん。ただの蛇だったものを人為的に人の怨念や悲しみを吸収させて強引に太らせて、本来は五百年くらいかけて育つものを強引に作り出した戦時中の負の遺産。人造竜、人に害をなす悪竜の一種、犠牲者も霊的事件では多いほうだよ」

話は変わり薫ちゃんの話だと、最近この近辺に例の団体が手を伸ばしてるそうだ。ここら辺を騒がせていた異常事象に注目したらしい。神咲の名前を出せば手出しされることはないけど、注意して欲しいということだった。

なぞの建物崩壊や空を飛ぶ少女の目撃情報。目玉を抜き取る幽霊少女の噂もある。結局その事件は私たちでも実態を掴むことはできなかった。一時は久遠のことも疑われたけれど、私と久遠には覚えがなく、幸いすぐに疑いは晴れた。ただ事件が始まる前の日に久遠が誰かに呼ばれていると落ちつかなかったり、何か大きな力のぶつかりを感じて怖がるということもあった。

ここで話は終わる。

私は三日後、雨宮希ちゃんの家を訪ねた。その家は確か以前悪霊がいた気配があった。しかし、綺麗に浄化されている。何があったのかはわからないけれど、もしかしたら同業者の誰かがやってくたのかもしれない。ただこれで終わりではない希ちゃんのことはみんな気にしてる。これからも見守っていこうと思う。


作者コメント

幽霊少女がどうなったかは外伝にて補完予定。



[27519] 第三十五話 わかめスープと竜の一族
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2012/05/12 00:36
第三十五話 わかめスープと竜の一族



幽霊騒動も片付き俺たちは重大な課題に直面していた。



希ちゃんは体力がない。

ただでさえ内臓が十分な栄養を摂取できないのに、廃スペックな脳が大量に栄養を持っていくのだ。生命維持に必要なカロリーをさっ引くとマイナスになってしまう。成長のための栄養が不十分だった。ましてや希ちゃんが起きて活動する日も多くなり需要が増している。

この間の事件で、那美さんが生命力が低下していると評した希ちゃんの体をなんとかしなければならない。生命力が強くなれば、この間のやつみたいにつけ込まれることもないし、肉体と精神は強く結びついている。クロイオンナの力をさらに弱くすることができるならばやっておいて損はない。

幸いなことに、戦いで倒した木の封印は毒を司る奴で、強制的とはいえトラウマに向き合い、克服する形になり、俺が食べるときには症状は大幅に軽減された。水の奴は行方はわからない。しかし、食べる量を増やしても体がその状態に慣れていないので急には難しい。身体が受け付けないのだ。百合子おかーさんに頼んで高カロリーしてもらってはいるが慣れるまで少し時間がかかりそうである。

体力作りも行っていて、カナコから毎朝早く起きるように言われている。はっきり言ってしんどかった。前の俺は完全な夜型タイプだからだ。そのため、カナコが一度夢の世界で毎朝起こして、門をくぐって現実に行くようになっている。今日もあの声が聞こえてきた。

「起きなさい。もう起きて外にでる時間よ」

最近はこのようにすっかり女房気取りである。あれからもカナコは妻を自称し続けた。俺もいちいち否定するのも面倒くさくなり、ある日とうとう受け入れた。

「やっと認めたわね。じゃあこれに血印を押しなさい」

カナコは魔導書のみたいな本の表紙に血印を押させた。婚姻届みたいなものだったのかもしれない?

脳内夫婦の誕生であった。希ちゃんも含めれば脳内ファミリーである。

あの笑顔に悪魔との契約とか人生の墓場とか不吉な言葉が頭をよぎるが言ってしまった以上もはや何もいうまい。どうせ何か変わるわけでもないし、見た目は子供だからおませな背伸びだと思えば気にならない。実年齢は知らんけど、少し前のことを思い出しながら、眠い体で返事を返す。

「今日は休む~」

最近はついつい夫になったつもりで合わせてしまう。寝起きは頭が回らないのだ。







「起きないと、この包丁で腹を裂いて、胎に誰もいないことを確認するからぁ~ 」










「ナイスボートはやめんかぁああああああああーーーー」

俺はバッと起きあがると、綺麗な笑顔で両手持ち逆手に包丁を振り降ろそうとしているカナコが手を止める。包丁だけはマジでやめてくれませんか? 希ちゃんレベルのトラウマなんですけど、心の傷をかっさばこうとしないでください。

心の傷と言えば今日の夢も気分は最悪だ。あの事件はもう解決したというのに俺はまだ悪夢を見続けている。まだ小さい俺を義理の母が反抗的だからとしつけと称して何度も何度も頬が赤く腫れるまで平手打ちする夢だった。しかも夢のくせに再現度がたかいんだよな~ 

俺をムカつかせる言葉が蘇る。

「あなたは道ばたに落ちてるゴミと同じよ。なんの役にも立たない。でもね、私は見捨てない。だってあんたはここの子だもの。面倒は見てあげる。せめてイツキに恥をかかせるないでちょうだい」

もう~ イライラする。

心の整理はとっくについたとおもっていたのに、こうも高い頻度で夢に見るとさすがに堪えるし、胸がわけもない焦燥感でチリチリする。夢の中の義母はやたら挑発的で忘れ去った俺の憎悪を呼び覚まさずにはいられない。

良くない。良くないなぁ引きこもり初期の心情に似ている。ネガティブスパイラルだ。

静まれ。静まれ。俺の右手ッ!

俺の中に封印された獣はかなり凶暴で、先日も授業中に疼き、右手を押さえていたらみんなに心配された。怖い顔したと言われたから、うまく隠すことができなかったようだ。あるいは良く気がついてくれているのだろう。

そう思うと不思議と心が安らぎ、右手の疼きも焦燥感も消えてしまうのだった。

あ~忘れよう忘れよう。もう過ぎたこと。体感時間で30年も前で大人ならもう定年近くになっているような時間だ。そんなものをいつまで引きずるなんてどんだけ粘着質な人間だよ。

こんな醜い自分は誰にも知られたくないし、相談することもできない。俺はかぶりを振って、心から嫌なものを追い出す。よし起きよう。あれ、カナコが近くにいない。

「あらっ? やっと起きたの。今味噌汁できるわね」

目を向けるとカナコは今度はうつろな顔で何も入っていない鍋をおたまでかき回していた。




「……空鍋もやめてね。怖いから」

カナコのおかげもあってすっかり私も健康的な朝型人間になりつつある。軽く食べて玄関から外にでる。いつもの公園に顔出す。ここ最近は梅雨も終わり、カラッした晴れの日が多くなっている。気持ちのいい朝だ。朝活して目指せ女子力アップ。

違った。

朝、まだ暗さの残る公園で柔軟体操を始めながら空を眺める。今日は雲の激しく動き、何が光る。



俺の中のスイッチが切り替わり、警戒態勢に入る。

「始まったか。今日は多いな。雲がいつもより騒がしい。どうやら増員したらしいな」

(どうしたの? )

「奴らだよ。くそっ! 右手が奴らの血を求めて疼く」

俺は激しく反応する右手を押さえながら、呼吸を整える。最近この辺で多くのUFOを見かける噂が流れていた。あまりの多さにUFO研究家にしてBL作家の八尾井純子氏も滞在しているという。

心当たりがあるとすれば一連のジュエルシード事件に奴らが感づいて調査をしているのかもしれない。まあ今の俺には関係ないか。俺は抜けた身だ。いつか奴らに俺のカミを失ったことに対する復讐のため贖罪と裁きを行うつもりだったが、カナコに反対されてあきらめた。希ちゃんを危険にさらすこと考えれば当然のことだ。せっかく日本の情報収集主任ジョーンズ氏へのメールアドレスも使わないかもしれない。

「ふん、忌々しい監視者どもめ、まあいい。奴らは見逃してやるか。くっくっくっ、だが俺たちに害が及ぶならばその限りではないと思え」

俺は空をにらみながら風に乗せてそっと忠告する。そうおまえたちは運がいい。しかし、俺たちの好意につけ上がって手を出してくるならば容赦はしない。火の粉は振り払らうものなのだよ。

(さっきから、何をぶつぶつ言ってるの? )

カナコの怪訝な声に我に帰る。

……どうやら気づかぬうちにまた染まっていたようだ。いくら心の安定を保つためとはいえ、恥ずかしくなってきた。

ちくしょう。これも夢のせいだ。あの日以来ストレスがピークに達するとジークフリードクラスの痛い男になり思考も言動も怪しくなってしまう。幸い俺より重度のカナコやよくわかってない希ちゃんは気にしてないようだが、俺自身が行動を振り返るともだえるくらい恥ずかしい。最近はいつのまにかスイッチが入っていることも多い。

カナコの疑問の声に答えないまま流し、考えごとをしてうちに柔軟体操が終わる。一息ついて水分補給をしておく。


「希ちゃ~~~~ん」

なのはちゃんの声が聞こえる。どうやら来てくれたようだ。この子の朝も早い。起きていれば希ちゃんも出てきてくれるときがあるから一石二鳥である。来ない日やいなくなるとすぐに引っ込んでしまうのが難点だ。でもこうして現実に出てくるだけで今はいいと思う。

なのはちゃんと魔法の訓練。またはカナコが指示する通りに体を動かしている。カナコ曰く筋肉をつける必要はないが、何度も反復して体を動かし、効率的かつ迅速に動かせるようにするそうだ。ただその動きは独特である。

「希ちゃん、何してるの? 」

最初の頃はなのはちゃんも不思議がって聞いてきた。

「何って、体を鍛えているんだよ。これは鶴の構え」

両手を羽のように広げ、左足を持ち上げ片足立ちする。

「踊ってるみたいだね? 」

「恭也さんや美由希さんに聞いてみればわかるかも」

もはや景色の一部となっていた。

私たちはひょんなことから近所に住むアメリカ帰りのカラテマスターミヤギさんに弟子入りしていた。最初の一週間は車のワックスかけや広い庭の柵のニス塗り、床板のヤスリかけだけをさせられていいように使われているだけかと思い文句を言ったが、なんと今日までやってきたことは空手の防御の型になっていて、ミヤギさんの鋭い突きをなんなく受け流せるようになっていた。このまま二ヶ月も練習すれば地方の大会で優勝できるという話だ。ジャパニーズファンタスティックである。

なのはちゃんは魔力コントロールのために、空き缶を魔法弾でリフティングをやっている。そこに希ちゃんも興味を持って真似を始めた。上達は早くすぐになのはちゃんと並ぶところまで来た。それに触発されたレイジングハートはなのはちゃんへのハードルを上げた。

負けず嫌いなデバイスですね~

この前はレイハさん同じデバイスである俺がふがいないことに目についたのか説教された。デバイス心得とデバイスプログラムみたいなもの渡されたけど、プログラム言語で書かれていた。

読めないっす。

カナコも無理だったが、なぜか希ちゃんだけは余裕しゃくしゃくだった。

「れいじんぐはーとあたまいいな。こうやって演算すればいいだね。これなら今までできなかったことができるよ」

とのたまっていた。希ちゃんの魔法処理能力はさらに向上したそうだ。三人の役割で俺がデバイスに宿ってサポートをしているが、どちらかと言えば希ちゃんの方がデバイス向きかもしれない。俺の役割は発動イメージと決め台詞を言うだけだから、見た目は派手だが実は大したことはやっていない拡声器で、せいぜい威力の上乗せをするくらいだ。計算とか大の苦手である。

どっから見てもダメダメでしゃべるくらいしか脳のないデバイスで、とてもレイハさんやバルディシュと比較できるようなシロモノではないのだが、後日レイハさんにもらった資料は読めなかったと言うと、ため息っぽい何かをついて今度レクチャーするからコネクターを持って来いとか言ってたけど、家電のUSBコードとかでいいのか?

見込みはあるの俺?

なんでこんなに面倒を見てくれるか聞くと、レイハさんが言うには強い競争相手がいることで、レイジングハートの想定よりなのはちゃんは成長しているという。そのため、競争相手である俺たちにも強くなってもらいたいそうだ。

やはりマスターのためですか。そして、カントクみたいにマスターはわしが育てたと言いたいのだろう。それは冗談だがなのはちゃんも戦闘民族の血が騒ぐのか競争相手がいると燃えるようで、すごく楽しそうな目をしている。

その他にも空中模擬戦とかやっているけれど、最初はほぼ負け越しで距離を取られてるとほぼ一方的だった。なのはちゃんは砲撃魔法に関係なく空戦にものすごく強い。訓練で空中鬼ごっことかやってるとよくわかる。こっちはすぐ見失うのに、なのはちゃんはこっちの動きを完全にとらえてられて、余裕で背中にタッチされてしまう。他にもプロテクションとバリアジャケットの防御力が高いので容易には落とせないし、マルチタスクもクロノ君ほどではないが高レベルだ。長距離攻撃は言うまでもない。

飛行魔法も一つでも簡単ではない。なのはちゃんは優秀なインテリジェンスデバイスのレイジングハートが自動で管理してくれるから安心だし、元々空間把握力が高く3Dに自分と他のもの位置をしっかり捉えている。しかし、こっちはすべてマニュアル運転である。安全のためにバリアジャケットと自動プログラム魔法は入れてもらっているものの、戦闘で行うような動きはできていない。

管制・機動・索敵担当のカナコは飛行魔法もそれなりに使えるし、位置を捕らえるのは得意でクロスレンジには強いが、得意の攻撃は投げと受け流しなので空中ではなのはちゃんみたいなタイプにはあまり意味をなさない。長所を発揮できずに苦労しているようだ。

演算担当の希ちゃんは座標をしっかり指定すれは正確無比な攻撃をすることができるが、それは相手が止まっていればの話である。マルチタスクも苦手で足止めするための操作系の誘導弾の魔法はなんと一個しか使えない。意外と欠点が多かった。

カミノチカラ担当の俺は海で泳ぐタコみたいに展開してカナコの指令に合わせて攻撃してる。頑張ればイソギンチャクくらいは増やすことはできるが、安定して使えるのはタコの足くらいだった。空間支配範囲は半径30メートルくらい。その範囲ならば攻撃斜線を妨害したり、背面攻撃で邪魔したりできる。今でも余裕で弾かれますけど。

苦手なもの弱点の多い俺たちだったが、ここ一ヶ月で経験を重ねるうちに中距離、近距離で何度か勝ちを拾うことはできるようになり、最近では引き分けで終わることも多くなった。理由はカミノチカラを盾に使うことによる防御力アップ・カナコの空中機動のバリエーションの増加による回避力アップ・カナコの機動予測から希ちゃんが目標地点に魔法打ち込むことにより命中率が向上したことが大きい。

具体的には言うなら、ようやく防御魔法と飛行魔法を使えるようになった俺がカミノチカラの先端に展開したシールドで魔法を防ぎ。カナコはムーンサルトや宙返り、きりもみ飛行などの乗り物酔い必至の曲芸飛行で翻弄し、希ちゃんがミサイル迎撃の要領で即座になのはちゃんの飛行速度・進行方向・移動パターンから座表を高速演算して機動予測地点に向けて魔法を打ち込むという戦術を採っている。

目標はスターライトブレイカーとやりあって勝つことなのだが



無理無理絶対無理

どんなに強固なプロテクションを張っても紙のように破られて、どんなに避けようとしても余波で吹き飛ばされてしまう。きっとあんパンチとか十万ボルトとか水戸黄門印籠とか威力云々ではなく、勝利を確定させる因果を持っているのだろう。


アレを撃たせないようにするが、一番現実的な手段だった。



さすが将来のエースオブエースですね。

「なのはちゃん、パネぇっす」

希ちゃんその言葉遣いはだめだからね。

しかし、ここにきて少し不満も出てきた。カナコによるとなのはちゃんとの模擬戦はよい特訓なのだが、ヴォルケンリッターを想定するなら近距離タイプと戦いたい。シグナムやヴィータの攻撃を正面から受けてフレーム強化がどこまで持つか。クロノ君にもレクチャーしてもらったけどカナコの近接戦闘がどこまで通用するかはまだ未知数だし、なるべく時間を割いて鍛えたいとのことだった。

そこで候補に上がったのが高町家の人々である。なのはちゃんにお願いして、早朝の訓練に顔を出す。

「というわけで、参加させてください! 」

「えっ!? 」

恭也さんと美由希さんはあっけにとられている。美由希さんは困った顔で私を見つめて

「希ちゃん、これは遊びじゃないんだよ。私も恭ちゃんも真剣にしてるの。怪我なんてしょちゅうだし、危ないよ? 」

と諭してきた。もちろん。それは承知の上だ。

「遊びじゃないです! 真剣なんです。こう見えても私、心得があるんです。TATUJINなんです。ミヤギさんのところに弟子入りしてますし、刀とか持った相手のきんせつせんとーを学びたいんです。」

達人はカナコだけどな。

「う~ん、恭ちゃん。どうしよう? 」

美由希さんはますます困ったようだ。どうみても背伸びする子供に手を焼いているおねーさんの表情をしている。

むぅ、心配するのは当然か。でもミヤギさんの名前出してもダメか。あの人アメリカで空手未経験の素人をたった数ヶ月でチャンピオンに育てるくらいなのに。

まあ普通に考えたら邪魔にしかならない。ここはそれなりに実力を見せないといけないらしい。 

「じゃあ、なのはちゃん鬼ごっこしようか? 手が私の体に触れることができたら負けでいいよ。両腕は防御に使うからナシね」

「えっ!? う、うん」

こうしてなのはちゃんと立ち会うことになった。



始めの合図とともになのはちゃんはすっと手を伸ばすが、カナコは動きを読んで、体をひねってゆるりと避ける。最初はゆっくりだったなのはちゃんもあせって徐々に動きが早くなっていく。不規則に動く手も先読みしてたおやかに力の向きを変えてそらしてしまう。

(なのはの魔力は大きいから読みやすいわね。動きが手に取るようにわかる)

(なあ、砲撃避けられないのはなんでだ)

(来るのはわかってるわ、でも空中機動は私も初心者だもの。どうしても避けられないことがあるの。有能なデバイスもいるし、避けられないように追いつめられて詰められてハメられてる)

なるほど、来るのがわかっていても限界はあるってことか。

(カナコ、なのはちゃんケガさせないようにね)

希ちゃんが注文にカナコはわかったとばかりになのはちゃんが転びそうになると手で服の裾を引っ張り重心を安定させると、触れようとする手をするりとよける。見方によってはダンスの得意な人が転びそうな下手な人をうまくフォローしているように見えるからおもしろい。

一分ほど踊り続ける。

すげえな。空戦のときと立場が逆転してしまった。

最初は微笑ましいものでもみるような顔をしてした恭也さんたちだったが、徐々に真剣なものになっていく。

(なのはが疲れてきたみたい。そろそろ終わらせるわ)

そう言うとカナコはなのはの手首を掴み前に素早く引っ張る。運動が苦手ななのはちゃんはたやすくバランスを崩し、前のめりになり足が前に出そうになる。

「わわわっ」

カナコはなのはちゃんの足が地面につく前に自分の右足の指で手のように掴むとそのまま横から跳ね飛ばした。

飛ばされた足は羽が付いているようにふわりと浮かび頭と同じ高さまで上がる、なのはちゃんの体は一回転して、背中から道場の床に無音で着地した。ちゃんと頭を打たないように手は添えられていた。

こっちの感覚で言えば立った姿勢のなのはちゃんを空中でお姫様だっこにして優しく地面に寝かせたとでもような感じだ。

「あれ? 」

なのはちゃんは何が起こったかわからない顔をしている。

(現実で使ったのは前の学校以来ね。今回相手はなのはだから痛くないように投げたわ。さすがにあの女には足払いくらいしか使えなかったけど)

なんとなくカナコが前の学校で恐れられた理由がわかった気がした。夢の世界でカナコの投げくらったことがあるが、本当に何が起こったかわからないのだ。

投げ技は痛くないように投げるには力量差もあるが、高度な技術が必要になる。しかも足の指がなのはちゃんのかかとをがっちり掴んでいた。どういう足の構造してるんだよ。

美由希さんと恭也さんは今度こそ驚いた顔をする。

「希ちゃん、いくつだっけ? 」

「9歳」

美由希さんと恭也さんは難しい顔で首をひねっている。

「いくらなのはが鈍いからって…… 」

「お姉ちゃんひどい」

身も蓋もない家族の評価になのはちゃんは抗議の声を上げる。

「ミヤギさんって空手家だよな? なんであんな高度な投げ技を? 」

あれはミヤギさんの技じゃないけどね。

「どうですか? 」

「どうする? 恭ちゃん、今の見たら良いと思うんだけど」

「そうだな」

少し悩んでいた恭也さんだったが、最終的には了承してくれて週に数回くらいこちらの要望する特訓してもらえることになった。カナコは主に相手の一撃をどう捌くかに重点をおいて、ついでに素人の俺のために戦いの心得みたいなことを聞くことができたのは非常に参考になったと思う。

あの兄弟、普段の訓練もかなりのオーバーワークに加えて、昼夜問わず動きまくり、学校帰りに予告なしで特訓始めたり、ふたりで山ごもりしたりしてるらしい。

……妖しい。デキてるんじゃなかろうかと思ってしまう。

それはさておき、自分なりに理解したこととまとめるなら、実戦においてはどんな状況になっても落ち着いて普段通りにできることが一番大事ということだった。そのための特訓だと考えられる。

しかし、それが一番難しい。人間はさまざまな環境的要因からプレッシャーを受ける。例えばオリンピックの下馬評で練習では世界一と言われるような人が本番で失敗するように、普段通りに動けるということはそれだけで奥義なのである。



実際くらってみてわかったことだけれど、魔力の圧迫感やダメージによる痛みを恐れて身がすくんでしまうことがある。感情にも振り回されてミスを連発してしまう。そう考えると俺の周囲の魔導師のみなさんはなのはちゃんをはじめ化け物揃い。戦闘の重圧や魔力ダメージによる痛みといったきついプレッシャーをものともしないで、自分の能力を十分に発揮し、ほど良い緊張感を保ちながら、頭は冷静に、感情を完全にコントロールしていた。なのはちゃんやクロノ君の背中はまだまだ見えそうにない。

俺の最強への道は限りなく遠い……



夢の世界

最近の習慣として、俺は現実世界で眠ったあとここに来てカナコとときどき希ちゃんを交えて、検討したり、体を動かしたり、遊んだりしていた。

バーチャプレシアはあいかわず待機時間は拳法の動きをしてるもう休みなしで何ヶ月になるだろうか? 最近は残像が見えるし攻撃魔法も使うし、黒い影が出てきても瞬殺してる。頼もしすぎる守護プログラムだ。

カナコ曰く。魂のかけらと記憶は積み込んだものの人格を構成をするまでレベルまでは行っていない。しかし、俺のイメージと希ちゃんのちからがコラボってカナコでも把握できない事態が起こっているらしい。今のところ絶対命令に従うように調整して、黒い影の撃退プログラムとして運用している。おかげで楽ができるそうだ。

遊びと言えば、希ちゃんの要望でママゴトをするのだが、設定が俺が夫で、カナコは妻、希ちゃんが浮気相手という生々しい設定だった。しかも、どちらが先に妊娠するかとか、どっちがヤンデれるか決めて、オチは刺されて死ぬか心中して終わるというイヤすぎる結末だった。

カナコの場合だと希ちゃんの妊娠がバレて

「お兄ちゃんの子供だお」

希ちゃんが服のしたに本を詰めてお腹を膨らませて登場する。浮気相手にお兄ちゃんと呼ばせるのはどうかと思う。
カナコはやけに気合いの入った声で

「この泥棒猫!」

キラリと光る包丁を取り出すと希ちゃんに向けて突進する。

「危ない! 希ぃーーぐふっ」

というふうにかばって刺される。辺りは血の海だ。

でもさ、俺が流している血は本当にリアルで痛い。そこまで臨場感あふれるものにしなくてもいいと思うんだ。すぐ戻るけど痛い。痛いよ。痛いよ。おなか痛い。

特に包丁は勘弁してほしい。人の心の傷にさらにえぐってるのわかっているのだろうか? しかし、希ちゃんにやってと言われると俺も弱い。つい今度はどんな死に方をしようかと張り切ってしまう。

ちなみに希ちゃんのヤンデれるバージョンはカナコから別れるように迫られて刺されるのだが、

「あなたにお兄ちゃんは渡さない、ちねーー」

たまに台詞をかむのが微笑ましい。



他には俺の部屋で記憶を辿って、アニメやマンガを見ていた。カナコの力を使うと一度でも読んだり視聴していれば完全に再生できる便利な技で、ほとんど記憶にないものもあったからなつかしかった。それに今までは俺の言葉と文字で表現できなかったから、マンガ絵やアニメ、音声音楽でみせられるのはありがたい。

「お兄ちゃん言ってたのってこんなんだったんだね」

と感心しながら頷いていた。俺の太ももをイスの代わりにしてぺったりくっつく。なんか生きてるときもこんなことしてたな。ヤなことがすべて吹き飛んで癒される。ひだまりのような暖かい光を感じる。

もう何も怖くない。天井から光が差し込んできた。

「ちょっと、また成仏しかけてるわよ」

カナコの一言で我に返る。少し離れた場所でジト目で見ながら、分厚い本にペンで何か書いてる。字は黒じゃなくて赤い。最近はこの作業をよく目にする。その本もどっかで見覚えがある。

「なあ最近そればかりやっているよな? 」

「まあね。ようやくあなたがその気になったから準備をしているところなの。そんなことより、懲りないわねあなた、まだ包丁が足りないみたいね」

「怖いこと言うな。死なないってわかってるけど、痛いんだぞ」

「あなたのためよ。ほら成仏するってことは生きてる実感が足りてないと思うの。痛みを感じれば、痛い。やっぱり自分は生きてるんだって再確認することができるはずよ。よく風呂場で刃物を愛用してるダウナーな女性たちが言ってたわ」

「それは病んだ人間の発想だよ!!」

どっかからそんな知識を知ったんだよ。それに最近は最初に成仏しそうになったとときに感じた浮遊感みたいなものが感じられなくなっていた。それがどういうことかわからなかったが、どうせ成仏するつもりはないし、大した問題じゃないだろう。

視線を向けるといつのまにか執筆に戻っている。その顔は真剣そのもので、ときどき希ちゃんを見るときのような柔らかい表情することがある。何か大事な意味があるのだろう。

しばらくすると筆を置いて、いつもの話し合いが始まる。



第30回 ヴォルケン対策会議

もう何回やったかわからないこの会議。

カナコの見立てでは、このまま順調に成長したとしても、ヴォルケンリッターひとりに勝てる確率はシャマルを除いても4割を切る。

カナコの注釈が入る。

「まず前提条件ヴォルケンリッターははやての道を血で汚さないために殺しはしない。死なないように加減をしなければならないから、私たちの勝ちの目がある。殺し合いならほとんど勝ち目はないわ。

それからアースラでしたクロノとの模擬戦となのはとよくやる模擬戦とあなたの闇の書事件の記憶を照合して、だいたいの勝率を割り出してみた。

一番低いのがシグナム。超攻撃型で近距離、中距離、遠距離なんでもござれで、近距離得意な私も分が悪いと見てる。ガチタイマンならまず負けるわ。フェイトもよくあんなのと戦えたわね。防御力は意外に低いと考えてるけど、倒す前に倒されるのがオチね。

二番目はヴィータ。攻守のバランスが一番いい。攻撃は近距離に偏りがちだけど、サポート魔法も多彩に使いこなすから厄介よ。ずば抜けた空中近接戦闘のセンスを感じさせるわね。あんな命中率の低そうなハンマーどうやれば当てられるのか教えて欲しいわ。性格的にバインドとか絡め手が有効そうなのが攻略の糸かしら。

三番目はザフィーラ。あんなタフネスそうなのどうやって倒せばいいのよ。バイントとかで筋肉で引きちぎりそうだし、クロノの切り札も筋肉で弾きとばすし、あ~もう筋肉筋肉。他のふたりほど攻撃力が高くなさそうなのが救い。でも時間は稼がれるわね。

シャマルは戦闘要員じゃないけど、他の仲間がいるときは恐ろしいわね。助け呼べないし逃げられないし完全に詰むわ。姿を見つけたら真っ先に無力化するべきね。

ふたり以上になると絶望的と見ているわ。今の状態では一人で遭遇した場合一番可能性が高いシナリオは時間を稼ぐことしかできず。仲間を呼ばれてアウトいう結末ね」

話は続き、最悪を想定した場合どうなるか考える。

魔力蒐集を受けた場合どうなるかははっきりとはわからないが、エイミィさんたちの分析を考慮すると、もし蒐集された場合、最悪のケースは魔力で構成された俺とカナコが吸収されて希ちゃんと引き離されてしまうと考えることができる。

しかもそれだけではない夢の世界が崩壊し、カナコが封印した黒い女や影たちが一気に解放される可能性である。幸いこれは俺たちが期限までに封印を解放して黒い女と3つの封印を倒してしまえば済むことではあるが、封印解放はもはや前提条件になってしまった。

希ちゃんを一人にすることは何があっても避けたい。あの子はまだまだ一人で歩く力はない。

例え俺たちが吸収されなかったとしても、ヴォルケンリッターははやてのために殺しをするつもりはないが、なのはちゃんの例でもあったようにギリギリまで魔力を吸い上げるだろう。その残り少ない魔力を夢の世界の維持のために消費し続けたとしてあまりいい予感はしない。その辺の事情をヴォルケンのみなさんにもぜひ知ってもらいたいものだ。

とはいえはやてたちへの接触はいろんな意味でリスクを伴う。敵はヴォルケンリッターだけではない。グレアム提督とアリア、ロッテの使い魔猫娘も監視している。カナコが魔力気配を辿り、はやてに近づいたことがある。周囲にいつもごくわずかな魔力が感じられるそうだ。刺激するべきではないと判断している。

猫娘たちは原作を見る限りやっている仕事から見てもかなり強いのだろう。だが所詮獣いくら強くても人間様の悪知恵にはかなうまい。

くっくっくっ

と強がってみる。クロノ君レベルではないが俺なりに猫娘に対抗する手段は考えてある。カナコはこんなものが本当に効くのか目で訴えていた。

「まあ真っ当にやったら勝てないけど、手段を選ばなければいくらでも方法はある。まずは猫じゃらしにマタタビと言った基本は押さえるとして、そうだ。猫水があった。透明のペットボトルに水を入れて猫の周りでグルグル回せば首を飛ばす程のダメージを与えられるはず、いや待てよ。いくらなんでも殺すのはまずいな。準備だけして封印しておこう 」

「あなた頭は良いかもしれないけど、バカね」

失礼だぞ。俺だってそんな手で勝てるとは思ってない。単なるジョークだ。あわよくばくらいは期待してるけど

まともな話し合いに戻る。

基本的になのはちゃんと一緒ならば生存率がぐっと上がるので、学校ではそばに付いて、家にいるときはいつでも近くにいけるようにする方針だ。

神様。仏様。なのは様である。

残る課題は相手を無力化する攻撃力。さっきも少し触れたがヴォルケンリッター単騎に接触した積極的に倒しに行く必要がある。短期決戦が妥当だ。仲間を集まってくるからである。



こちらの手札なのだが、プロテクション無効化からの攻撃は格上では現実的でない。クロノ君との一戦が証明している。近接得意で手練れのヴォルケンリッター相手では自殺行為だ。

突破口になるのは、プレシアのスキルによって生まれる強大な魔力によるあの魔法攻撃か、俺のカミノチカラの奥義ともいえるアウトオブコントロールによる攻撃に絞られる。

プレシアのスキル。デバイスを通して外部からのエネルギーを供給し、魔力に変換するレアスキル。アースラのスタッフに聞いたり、プレシアの記憶を検索してみたが、時の庭園のような専用の魔力炉がないと基本的には使えないし、私たちに魔力炉を作ることは不可能ではないけれど、資金や材料の調達、なにより時間の都合で頓挫せざるえなかった。

プレシアはあの魔力炉を自分の体に負担がかからず、大規模に運用できるように調整していた。だから、超遠距離で馬鹿みたいに攻撃範囲が広い次元干渉魔法のようなでたらめなことできた。同じ電気だからといって、雷を家電用の電気に使えないように、エネルギーの指向性や質は意外と繊細な問題らしい。ただし、体への負担を考慮せず、小規模であれば少し選択枝が増える。しかし、AAAクラスからSになるようなものではなかった。

プレシアのレアスキル運用は凍結することとなった。

残念である。何か巨大な魔力の塊でも転がっていればいいのに

次は俺の切り札アウトオブコントロールだが、一日一回であること、一度見られてしまえば二度目は通用しないであろうこと、ドクターから怒られるくらい体に負担がかかることがマイナスではあるが、現時点で50パーセントの威力でクロノ君を圧倒できたことと身体を強化すれば100パーセントに近づけることができることから、重点的に強化する価値はあるとカナコは判断した。

「クロノの件もあったし、魔法戦のときの切り札になるわね。他に手っとり早く強化できないかしら? 」

そういうものの、修行自体も毎日の積み重ねがものを言う。すでに俺自身は極地の域に到達していると自負している。もちろん今の水準を保つため研鑽は怠っていない。

これ以上は伸びしろがないように思えた。でもこうも期待されては何とかしたい。



しばらく、考えて思いついたのはわかめ玉に変わる新たな新薬の開発だった。今のわかめ玉は胃に過負荷がかかるので、できれば安全且つ効果的なものを使いたい。

わかめは兵器ではない。味わうものなのである。

というわけで斎に連絡を取って、我が家を訪問する。親父とカーチャンは留守だった。なんでも親父はカーチャンを最近、外来の心療内科に連れていっているそうだ。遠方らしく遅くなるそうだ。好都合だな。

カーチャン、不眠と無気力がひどいらしい。まあ俺はもう死んだ人間だし、もう関係のない話だ。ただ斎の悲しそうな顔を見ると胸がさわめく。

自分の部屋に入り、物を確認する。前に泥棒に入られたらしいけど綺麗なものだった。盗られたものはっと……

やはり中国で牛と交換した「だいよげ~ん」を盗られた。PCは無事かな? 

うわあ、やられた。

どうやったかわからないけどHDDのデータだけやられてる。DVDにバックアップ取ってて良かったよ。創作物が無駄になるとところだった。ただメール関係は全滅だな。

おのれ~ だが手段はまだある。  

ついでにOSを入れ直してあるソフトをダウンロードしてパスワードを書いておく。これで雨宮家からここをパソコンを操作できる。さて本来の目的を果たすとしますか。

俺は龍の髭とかを置いてあった棚からあらゆる髪のための薬を取り出す。髪の毛関係の薬剤はほとんど直接塗布するものだが、漢方系には飲み薬もある。

前の浅野陽一のときには髪を生き返らせることと現状維持が目的だったため、塗布する薬剤に落ち着き、豊富な髪を生かす方面にはほとんど手を出していない。というか関心が向かなかった。

その中に実は生前使うことのなかった秘密のレシピがある。ネットオークションで手に入れた非売品で、手書きのレシピノートだった。内容は至郎田正影シェフによるワカメスープである。七桁くらいの値がついたが買ってしまった。

彼は異端の料理人で身体強化を可能するスープを熱心に研究していたそうだ。そのレシピノートには漢方とわかめを使ったスープが書かれていた。他にも赤と青の「ミラクルキャンディ」とか「Jリーグカレー」の作り方も記載されている。しかし、材料がネットでは入手不可能で中国まで直接買いに行かないとダメな物ばかりだった。

幸い中国旅行の際、そのほとんどを手に入れた。持つべきものは現地の友人である。ただふたつ材料が見つからなくて、七日七晩かけて作るのが面倒くさくて結局作ることはなかった。ちんどう氏に聞いても手に入らなかったものだから、たぶん手に入れるのは難しいはずだ。

でも材料が足りなくても、50種類もうちたったの二つだからなんとかなるだろうというのが俺の結論だった。

家に帰りさっそくワカメスープ作りに入る。

台所はおかーさんに料理に目覚めたと言って使わしてもらってる。こうして料理本を読むといろいろ入れる順番や火加減など難しい要素が多い。アク取りってどうやるんだ?

こうして、途中おかーさんに味見に冷や冷やさせられたりしたが、ようやく至高のワカメスープが完成する。出来上がったスープは冷まして寒天で固めておく。これで持ち運びも楽になった。さすがおかーさんナイスアイディア

おかーさんは最初はできたら最初に食べさせてねと言っていたが味見をして以来、何も言わなくなった。

そんなにまずかったのだろうか?  

ただ、料理しているときに見守ってくれていたのは確かだった。困っていたら、手助けしてくれた。寒天もおかーさんのアイディアだ。

さすがに家で実験するわけにはいかないので、朝早くなのはちゃんと一緒に公園ですることにした。

「なのはちゃん、今日は前にクロノ君に使ったあの技の練習をするけどいいかな? 」

「え゛っ!? 」

なのはちゃんは固まる。

「大丈夫。なのはちゃんに向けて使うわけじゃないから、見てて欲しいだけ、じゃあ見ててね」

私は念のためバリアジャケットを身にまとうとさっそく角砂糖くらいのワカメスープ寒天固めを飲み込む。



ドクンドクンと心臓が脈打つ。耳に直接に聞こえてきている。

体が熱い。全身の血液に炎が巡り焼けそうだ。わかめ玉を使ったときとはまた違った感覚がする。髪ではなく全身がふくらむような妙な気分だ。さっきから熱くて熱くて叫びたい。

ん? 我慢することはないよな。じゃあ、せーの。









「ぶらぁああああああああああああああああああああああ」

燃えるような昂陽感に私は強力わかもとな雄叫びを上げる。女の子の声とは思えない渋い声が出た。



…………


…………



十分後、

「なのはちゃん! なのはちゃん! しっかり!」

私は気絶したなのはちゃんを起こす。なのはちゃんは薬の効果で変貌した私の姿を見て音もなくパタッと倒れてしまった。幸い効果は5分程で切れたし、あれほどの変貌をしたはずなのにちょっとした疲労感だけで体に異常はなかった。それからバリアジャケットってかなり伸縮性に優れているということを初めて実感できた。

「う~ん、筋肉がぁ~ 筋肉がぁ~ 渋い声がぁ」

なのはちゃんはうなされている。結局気絶したなのはちゃんを背負って翠屋まで運ぶ。聞いた話によるとなのはちゃんは当分の間、

「怖いのが、怖いのが来るの~」

とガクブルでうなされ、恭也さんや士郎さんを見て異常におびえて、エアロビの番組を見て急に悲鳴を上げるようになったらしい。ごめんねなのはちゃん。でも何か勘違いした士郎さんと恭也さんが怖すぎるから早く誤解を解いてあげてね。

結論 ワカメスープダメゼッタイ

失敗作のワカメスープは封印された。やはり材料そろえてレシピの通り基本に忠実に作らないといけないらしい。破棄しようとがおかーさんはみーちゃんが始めて作ってくれた料理だからもったいないと譲ってくれなかった。まあ試食してたおかーさんには何の影響もなかったから大丈夫だろう。あれはわかめ玉のように俺にしか効果がないたぐいのものだからな。



手詰まりになったので、カミノチカラの師匠にたずねることにした。

師匠に浅野陽一が死んだこととカミノチカラの後継者が見つかった旨メールを送る。すぐに返事が来て、焼香しに数日中に来日すると返事があった。ついでに後継者の腕前をみせてもらうとのことだった。待合い場所に海鳴市を指定して、斎に連絡して家の方には弔問客が来ることをつたえておいた。

そして、当日、斎から連絡があり、なんかヤクザみたいな人が来た。お兄ちゃん中国でなにをやったのと怖がっていた。家はちょっとしたパニックだったらしい。

「ただでさえ、お母さん不安定なのに…… 」

と愚痴っていた。親父もせっかく退職したのに大変だな。

とある公園で待ち合わせる。スーツを着たごっつい中国人と小学生の女の子の組み合わせ、見ようによっては犯罪の匂いがするが、誰も気にした様子はない。

鎮獰さんは後継者が若すぎることに驚いていたが、カミノチカラを使うと納得したようで、お互いに自己紹介をした。俺こと浅野陽一との関係についても話しておく。

「今、君が使ったのは魔力だろう? 」

へえ知っているんだ。説明によると使う人間の極めて少ない力のことらしい。普通の人間にはない核という器官から発するらしく、聞けば聞くほどリンカーコアのことを示していた。

鎮獰さんは懐から白い紙片を取り出すと手渡してきた。

「この紙に力を集中してみてくれ」

言われるままに紙に魔力を集中すると紙片は真っ黒に染まった。すると感心したように

「かなり強いちからがあるようだな。残念ながら、私には魔力を使うことはできない。もしよければ、魔力を使う竜の一族を紹介する。彼らの一族は長年魔力について研究しているそうだ。君ほどのちからがあればきっと向こうから来てくれるはずだ」

(どう思うカナコ?)

(怪しすぎるわね。身の危険とかないかしら?)

(鎮獰さんの紹介だから、信頼できると思うぞ)

しかし、カナコの心配はもっともだ。詳しく聞いてみよう。

「竜の一族とはどんな方たちなんですか? 」

「そうだな。まず世界で竜から取れる漢方を手配できる唯一の窓口だ。君の持ってた竜の髭はここから供給されたものだ。ブータン産・国竜の両髭・幼年期生え替わり部分500年モノと聞いてる」

何その専門用語、なんで特産品みたいなってるの。だいたい竜ってこの世界にいるものなのか?

でも考えてみれば、久遠とか美緒、すずかの一族のことを考えれば不思議ではないかもしれない。

「どうかしたかね? 」

「いいえ、続けてください」

さらに説明は続く。それによると竜の一族は超古代文明の力をその血に残し、遠い世界から来たルイエという竜を使役する一族の血が混じりあったことで、絶大なる力を得て、魔力を使いさまざまな術で時の権力者たちに仕えたという。時を経て徐々にその役割を変えていったそうだ。

ルシエ? どっかで聞いたことあるな。

今では政府公認の希少な漢方を取り仕切る一族らしい。希少な漢方? もしかしたら俺が見つけられなかったあの漢方も手に入るかもしれない。

(カナコ、会ってみる価値はあるんじゃないか? 魔力はともかくカミノチカラを強化できるかもしれないぞ。あのレシピの通りに作れば今度こそ大丈夫さ)

(仕方ないわね。でも気をつけなさい)

その後、連絡を取ってもらうと、一族の代表が数日中に会いに来てくれるらしい。詳しい話はそれからということだった。鎮獰さんはかつて自分を破った日本一の極道の親分に会いに行くと言って去っていった。やくざが来たと思われたのは的外れではなかったらしい。







ここはあるホテルの一室、目の前にはスリット厳しいチャイナ服を来た色気むんむんの女性ふたりを両隣にはべらせた30代くらいの柔和な印象の男と難しい顔をした老人が座っていた。
男は白魔導士のような白いフードを頭に着けているのが印象的で、老人のほうは年の割にがっちりしている以外はどこにでもいそうな人なのだが、ある一点だけがものすごく気になっていた。

「どういうことだね? 劉君」

老人は男を厳しい目で睨んでいる。その眼光は鋭く相手を殺さんばかりで、私に言われたわけでもないのに心臓が縮み上がっていた。









「何のことアルか? 」

そんな老人の言葉など意に介さず、目の前の男は最初の印象のまま飄々と聞き返してきた。ただし見た目はシリアスなのに片言すぎる日本語と語尾アルが台無しにていた。



「どうして、ウチの孫がこんなところにいるのかと聞いているんじゃ! 」







…それはこっちの台詞ですおじいちゃん。

雨宮雷蔵。希ちゃんの祖父。よくいる孫馬鹿で豊かな髭で頬ずりして困らせる人、怪しげな武術と大ボラ吹いてはいるが体は鍛えられて筋肉質で海鳴大学病院病院長という本人を見たらわけがわからない役職、希ちゃんの叔父の総一郎結託して、今の環境を作った人物であり、何度か会ったことがある。

私と会うときはニコニコしたじいさんなのに今は鬼のように見える。

男は柔和な顔のまま考えるようなしぐさをして、ふっと向き合うと答えを返してきた。







「アイヤー、それは誤解アルよ。久々に優秀な魔力の持ち主が現れたという話を聞いただけヨー、ちょうどあなたが近くということだったので、先達として見てもらおうと思ったアルよ。アナタとワタシ、古来から血を交流させてきた親戚同士仲良くするアル。それにココは世界有数の人外魔境アルから心細かったヨ」

中国人ェ。シリアス空気が台無しじゃないか。

「ふんっ 狸め、大方わしに先に連絡入れたら会わせてもらえないと思ったか。わしはもう魔力は使えん。五十年近く前からな。一族もGHQのマッカーサーによって解散させられた。今は魔力とは関わりのない世界で生きとる。まあいい今回の経緯を詳しく話せ」

男は鎮獰さんの話をそのまま伝える。おじいちゃんの顔はだんだん厳しいものになっていく。



俺は汗がタラタラ出てきた。

やべ、なんて言おう。

話が終わるとおじいちゃんは顔を伏せたまま口を開いた。

「しばらく、孫とふたりにしてくれ。家族同士でお話がある」

「わかったアル。済んだら呼んでくれアル」

アルアルがいちいち気になる人だ。

おじいちゃんの飲み込むような声に男はうなずくと名刺を取り出しテーブルの上に置き、美女ふたりをはべらせたまま、部屋を出ていった。

「さあ、希ちゃん、おじいちゃんはおはなしがあるんだけど、聞いてくれるか」

さっきまでの厳しい声はなりをひそめ、気持ち悪いくらい優しい声がこれからの波乱を予感させた。

おはなしってなんですか?





作者コメント

ここから先は捏造世界史がリリカルなのはの世界を飲み込んでいきます。借金が雪達磨式に増えるように、フラグを回収しても回収しても増えてる。




[27519] 第三十六話 見えない悪意と魔法少女始まるよっ!
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2012/05/20 15:50
第三十六話 見えない悪意と魔法少女始まるよっ! 


目の前にはおじいちゃん。

心配そうなあるいは悲しげな目でこちらを見つめている。いろいろ後回しにはなっていたが、ここはちゃんと話すときなのかもしれない。

私は気持ちを落ちつけて深呼吸する。大丈夫。きっとわかってくれる。

「おじいちゃん、私記憶が戻ってます。それから今の私は希ちゃんではありません。希ちゃん本人は心の奥で寝ています。あなたがたが入院当初に会っていた子が希ちゃんです」

「……やはりそうだったんじゃな」

その言葉をどこか予感していたようで、落ち込んだような声を出す。

ん? やけに冷静だな。可愛い孫がこんな病気なのに。まあいい、言うべきことを伝えよう。

「おじいちゃん、私たちにはどうしてこうなったか知る権利があると思う。話してくれないでしょうか? 」

「すまんのぅ 希、おまえに話すにはまだ早い。おまえが大きくなったら、ちゃんと教えるから、今は聞かないできれないか」

おじいちゃんには深い悲しみが感じられた。聞きたい衝動をためらせるくらいには強い。だがここで引くわけにはいかないのだ。これまでは見逃してきたけれど、どうして雨宮家に来ることになったのか知る必要がある。

「そうは行かない。今の状態は記憶のなかった俺が百合子さんを母親だと勘違いしたことから始まって、そのまま数ヶ月過ぎてた。 どうして誰も何も言わないんですかっ? 別に百合子さんを嫌っているわけじゃない。むしろ感謝している。まずは俺たちの話を聞いてください」

「俺じゃと? 」

俺とカナコが生まれてから今までのことについてジュエルシード事件は伏せて雷蔵氏に説明する。希ちゃんのふりをして猫をかぶっていたことと百合子さんのことも、今回の経緯は自分の力に興味がわいて浅野陽一のつてで劉氏を紹介してもらったと伝える。

雷蔵氏は最後まで目を閉じて静かに話を聞いていた。表情は皺だらけの顔がますます深くなり、苦悩を感じさせる。しばらく瞑想した目をゆっくり開けると口を開いた。

「美里が事故で死んで3年か。早いものじゃな。ずっと沈んでいた百合子さんが最近ようやく自然な顔で笑うようになったと息子が言っておったよ。ありがとう。そして、すまんかった。記憶をなくしたおまえを利用したりして」

美里? みーちゃんのことかな? 恐らく百合子さんの本当の娘だろう。

「話してくれるよな。おじいちゃん」

「ああ。ちゃんと話すよ。それにしても死んだ妻から聞いてはいたが、違う人格を宿しているとは信じられん。違う人格が希のふりをするなんて考えもせんじゃろう」

そう言って雷蔵氏は今回の経緯について話始めた。

百合子さんは愛娘を亡くしてずっとこもりがちだったらしい。そこに状況がわからない俺がとっさにおかーさんと呼んでしまったため、今の状況が出来上がった。百合子さんの事でずっと心痛めていた雷蔵氏たちはそれに乗り、西園先生をはじめとする多くの人を巻き添えにしたそうだ。彼らは我が子亡くして傷ついた母親と虐待されて心を閉ざした子供が寄り添う姿にたとえ偽りであっても、いつかは本当になると信じたのだろう。

事態を複雑にしたのは俺とカナコだ。俺は最初から勘違いしてたし、それを正してくれる人がいない。希ちゃんの体を使っている罪悪感があったから伝えることはできなかった。あいつも苦々しく思いながらも生まれたばかりの俺の心が育つように真実を隠したことで、俺は長いこと百合子さんを希ちゃんの母親だと信じ続けていた。

復活してからはカナコは真実の追求を俺に委ねたまま状況は止まっている。俺が真実を打ち明けることで百合子さんとの関係が変わってしまうこと恐れているからだ。今もそれは変わらない。結局百合子さんにはまだないしょのままでいたいことを伝えると、おじいちゃんも受け入れてくれた。闇の書事件が片づいたら向き合ってみようと思っている。

(代わるわよ陽一)

そう言うと今度はカナコが話始めた。

「ねえ、雷蔵、あなた私たちのことに心当たりがあるの? 」

「君がカナコかね? それは長い時間がかかるから後でゆっくり話そう。なんせ全部を話すには巨人の守人と月の民の末裔の話をせねばならないからな。おまえの母親の行方についての話もある 」

「おかーさん見つかったのっ!! 」

(ちょっ、希)

カナコは希ちゃんに主導権を握られ慌てる。やっぱり希ちゃんにとっておかーさんは重要らしい。おじいちゃんはゆっくりと首を振る。

「これは希ちゃんかの? 同じ声だから区別が難しいのう。いやまだじゃよ。ただ警察への遺留 ……いや落とし物で鞄と靴が見つかっての。今捜索しているところじゃ」

「そっか。早く見つからないかな~ ……わっ!?」

のんびりとした口調で話す希ちゃんにいつの間にかおじいちゃんは希ちゃんを抱きしめていた。

泣いてる?

「すまなかった希、すべてわしのせいじゃ。若菜とおまえの父を受け入れさえすればこんなことには… 」

「髭痛いよ~」

そこには深い悔恨と悲しみがあった。若菜というのは希ちゃんのおかーさんの名前だ。希ちゃんは気づかなかったようだが、おじいちゃんはいりゅうと言いかけて落とし物と言い直した。遺留品のことだろう。それに靴と鞄見つかったということは希ちゃんの母親は死んでいる可能性が高いと思っているのではないか? 

これは良くない。

(陽一いいかしら? 念話の要領で話すわ。大丈夫。希にはわからない。このタイミングとは最悪。私としてはこのまま見つからないでほしいけど、死んだと知ったら今の希だったら壊れてしまうわ)

同じ結論に達したカナコが話かけてきた。

(どうするカナコ? まだ決まったわけじゃないけど、いずれは受け入れないといけないし、闇の書事件もある)

(優先順位を考えるなら、闇の書事件の方が大事ね。下手な情報はかえって状況を悪化させるわ。心の乱れは隙になる。聞けることだけ聞いて後は先延ばししましょう。もし希の母親がみつかったら、希には悪いけど隠し通すわよ)

(了解)

「希ちゃん、代わるよ」

「う、うん」

私は深呼吸しておじいちゃんに向き合う。

「わかったよ。おじいちゃん、じゃあどうしようか? 今日は別の目的があったんだけど」



コンコンとノックの音がする。すると、さっきの劉さんの隣にいた女性のひとりが入ってきた。

「お話中、申し訳ありません。主より提案がありまして、今日は日が悪いようなので、後日に改めて訪問するそうです」

「そうか。すまんな。待たせてしまって、次はいつがいい」

「明日でも」

「希は? 」

「日曜だから大丈夫だよ」

「そうじゃな。希、今夜は家に来なさい。これから話すことは魔力を使えるなら関係が深い。それも含めて教えておこう。知っておいて損はないはずじゃ」

こうして今日はおじいちゃんの家に泊まることになった。



長い庭を歩きながら話す。

おじいちゃんの家は城みたいな日本家屋。武士とか殿様でも住んでそうな外観をしていて、大きな蔵がいくつもある。池には鯉が泳いで庭も手入れの行き届いた日本庭園。たまにわざわざ外国の観光客が見に来るくらいだから、金を取る下手な公園よりよほど立派だった。

昔はこことは違う山奥の村に立派な屋敷が建っていたそうだが、火事で焼けてしまい、仕事の都合もあったので、思い切って住み慣れた村を離れて、ここに家を建てたそうだ。そんな話を聞くとどうも病院長だから金持ちってわけではなさそうだ。

故郷の村の屋敷は修復され亡くなったおばあちゃんの親戚が管理をしているそうで、墓参りのときには訪ねていくらしい。

なんでお金持ってるのって聞いてみると、おじいちゃんの家は平安の頃から続く今は国宝指定されている巨人像を奉る一族で戦前までは一族のみで管理していた。実際おじいちゃんも跡目を継ぐ予定で巨人に見立てた衣装を着て、秘伝の拳法を修めてたそうだが、戦後は文化遺産の保護を名目に国から引き渡しを命じられその役割を終えた。そのときにだいぶお金が動き、その一部は一族に回ってきたそうだ。もう亡くなった曾祖父はその金で事業を興し、やがて全国に展開して財をなした。お金持ちの理由はその辺にあるそうだ。今では山奥の洞窟に安置されていた巨人像の周囲は整地され道路が作られ、博物館が建設されている。

巨人像は仏教にも神道にも類しない。どちらかといえば太平洋に広範囲に点在する遺跡と類似点が多く。仏教や神道の影響を受けないまま現代まで残った点で歴史家の興味を誘い、オカルト雑誌ではムーの雷電像とも言われ、ムーの崇拝者の聖地にもなっている。

おじいちゃん自身は戦場に出て、秘伝の拳法と魔力を使い戦術的に活躍したそうだ。戦場は満州で当時は敵だった中国の魔力の使い手と戦ったらしい。

「今でも思い出すわい。我々は確かに国は敵同士だった。しかし、奇妙な縁で結ばれておっての。古来から魔導師のちからを保つため婿や嫁を行った来たりして、交流があったことがわかったんじゃ。劉の父とは何度か戦ったことがある。竜召喚で竜の魂を召喚して、竜憑依という特殊な技を使いおってな。黒龍の魂を体に卸し、邪王炎殺黒龍波という技を使うんじゃ」

なにその超人大戦。その人第三の目とかないよな。

「いろんな人とも会った。部隊の仲間に聖祥学園の理事長もおったし、わしよりずっと強かった江田島という男や漢っぷりを気に入られて乞食風の老人から古い奥義書を託された片山という男もいたな。出版社社長になった大河内の奴はあさのよいち先生の葬儀で久しぶりにあったが元気そうじゃったのう」

えっ!?

まさか、斎が言ってた俺の葬儀のとき変な言葉を大声で叫んでいた参列者ってこの人だったのか。どんな意味があるんだろう。それにあのホラ話は案外本当だったのかもしれない。

「あさの先生とはどういう関係? 」

「そうか。おまえたちはたまたまあさの先生の近所に住んでおったそうだな。奇妙な縁じゃのう」

こうして目の前にいますけどね。

「お葬式行ったって」

「なに、ただのファンじゃよ。前にムーを悪役するけしからん作家がいると聞いて、本を批評してケチをつけてやろうと思ったんじゃが、それがそれが面白くての。今じゃすっかりファンになってしまったんじゃ、葬儀の席でわしなりに手向けをしたつもりじゃったが、不評だったようだの」

話は続く。

戦争も終わり日本へ戻ることができたが祖父は無事ではなかった。これまでの無理が祟り、体を壊した。魔力を失い、一時は体を動かすこともできなくなったらしく、死ぬことも考えた。

そんなとき高額な医療費を請求するがどんな病気やけがも治せる無免許医の黒孔雀と出会い、魔力は戻らなかったものの体は完治したことに感銘を受けて医者を目指すことにしたらしい。

そして、以前の約束通り幼なじみのおばあちゃんと結婚したらしい。なんだよ結局勝ち組じゃねーか。

……けっ リア充死ねよ。ただ幼なじみととは少し興味が沸いた。

幼なじみ。古来より妹と双璧をなす最強のヒロイン。惰性の関係に陥りやすい反面、一度覚醒してしまえば積み上げた年月が強力な武器となり、あらゆる敵を寄せ付けない。
俺には斎ちゃんはいたけど、残念ながら幼なじみは持つことはできなかった。

「おばーちゃんとはいつ知り合ったの」

おじいちゃんは急に赤くなりもじもじし始めた。はっきり言ってキモいです。

おばあちゃんは同じ村の出身で、ご近所だったそうだ。今村の屋敷を管理しているのもおばあちゃんの親類らしい。
元々は雷電像を守る雨宮一族を補佐するためにやってきた月の民の末裔で、月を崇め、神託や神卸しを執り行い、家に伝わる武術で代々平安の世から雨宮家を守ってきたらしい。

おばあちゃんは一族でも屈指の武術の使い手で腕に覚えのあったおじいちゃんは何度も挑み敗れ、好きになっていったという。おばあちゃんもあきらめないおじいちゃんに心惹かれ、勝ったら嫁になると約束したらしい。……チッ

「妻はなあ、ワシが知りうる最強の魔導師じゃった。どっかのG級ハンターだろうが負けはせんかったろう。どこに隠れようと魔力の気配を察して、こちらの攻撃もまるで知っているかのように読まれとった。なにより恐ろしかったのが、絶対に回避できない攻撃じゃった」

「回避できない? 」

「そう避けることができんのじゃ。どんなことがあっても必ず当たる。今でも正体がわからん。おかげでいつも一方的に攻撃されて痣だらけじゃったよ。生涯で一度だけ勝ったことがあったが、攻撃くらって意識が飛んでいてあと覚えとらん。ほとんど無意識で攻撃したらしい。気がついたら妻が膝をついて私の負けと言ってくれたんじゃ。勝ちを譲ってくれたと思ってる」

それはノロケですね。好きだから負けてくれたと。

そうしておじいちゃんは戦争に行き、おばあちゃんは帰ってくるまで待つことになった。

はいはいごちそうさまでした。

(回避できない攻撃ねえ。カナコわかる? )

(さあね。検討もつかないわ)



魔力。

連核と呼ばれる器官から発する特別なちからで、この世界のごく稀に一部の生物には先天的に備わり、強い力を持ちながらも未だサンプルの少なさと測定や抽出方法が確立しないため、研究が進まない未知のエネルギーのひとつだそうだ。この世界の人間では魔力を持って生まれてくるものはほとんどいない。なのはちゃんみたいに稀に高い魔力を持って生まれてくるものもいるが大部分は自覚しないまま使う機会もなく一生を終える。

雨宮の家は一族の血を引く長となるものが巨人像の前で祈り、同調し交信できた場合のみ魔力を引き出すことができる。祈りもなしに魔力を引き出すことができるものは一族では珍しいそうだ。

おばあちゃんの家も同じような儀式が伝わっていて満月の夜に月に祈り、交信に成功すると魔力を使えるようになるらしい。

少し考えてみる。

なのはちゃんが魔力を引き出したきっかけはレイジングハートというデバイスだった。それまでは普通の小学生だった。恐らく魔法を使えるようになるには最初に魔力の覚醒を促す必要があり、デバイスの代わりに儀式で行っているんじゃないだろうか?

「これを見てくれるか」

おじいちゃんは古い写真を取り出す。そこに写っていたのは着物を着た10歳くらいの女の子。









手が震える。

着物を着てはいるが、そこに写っているのは俺のよく知っている少女とうりふたつだった。

「私、そっくりね。雷蔵、この子について知っていることを話して」

俺は動揺しまくっているが、当事者のカナコは不気味なくらい落ち着いていた。白黒で着物を着ていても本人だと思うくらい顔つきが似ている。

「この子は香夜という名でわしの妻の十歳のときの写真じゃ。そうか、君も香夜にそっくりなのか。その姿で会ってみたいのう。若菜も子供の頃の母親とそっくりじゃった。ほらっこれじゃ」

雷蔵氏が次に見せてくれた写真はカラーでやはり十歳くらいのカナコとそっくりさんが写っていた。

おばあちゃんっッ! しかも、希ちゃんのおかーさんにも似ているって、どういうことだ?

「このときはどんな子だったの? 」

「不思議な女の子じゃった。フランス人形が着るような服を着たい着たいと言っておってな。体が弱かったが快活で武術も魔力もわしよりずっと強かった。月を眺めるのが好きで、満月の夜は魔力の波が飛んできて、いろいろ教えてくれるそうじゃ。そして、あそこが本当の生まれ故郷で死んだら月に還るのだと言っておったなあ」

まんまカナコじゃねーか。まさか守護天使、キチェス設定ってマジモン? 



「どうして私はこの子に似ているのかしら? 」

「それはわしにもわからん。ただカナコも妻の娘か孫みたいなものなんじゃないかと思うとる」

ふたりは不思議と穏やかだ。何か家族のように通じて合っているように見える。置いてけぼりの俺は不安になってしまう。

「カナコが娘か孫だとして、父親は誰だ? 」

思い切って割り込む。

「おそらくおらん。妻の話では月の民は魔力に目覚めるとき補佐となる存在を生み出すことがあると聞いている。そのものの記憶とイメージを元に記憶と人格を組み上げ、強い自我と魔力を持った架空の友人といえばいいかのう。妻の補佐役は姉の姿をしていたらしい」

イマジナリーフレンドか。奇しくも俺たちのデバイスと同じとは。カナコは知っててつけたのか? 今の話から考えるなら、月は希ちゃんのおかーさんと祖母方の一族の故郷で、おばあちゃんは幼いこと頃から魔力を使って月とやりとりをしていたということになる。

そして、魔力が目覚めるとき補佐役を生み出す。希ちゃんはカナコが生まれた当時は月と交信していたということになるのか? 希ちゃんに聞いてみる。

(希ちゃん、お月様とお話したことある? 写真の子は記憶にあるかな? カナコとの出会いは? )

(お月様は知らない。写真の子は初めてだよ。カナコは夢の世界で会話してたらいつのまにかいたんだよ。おにいちゃん)

(そっか、ありがとう。カナコは生まれて最初の記憶はどうなんだ? 月との交信は? )

(最初に意識を感じたのは希が7歳になる前よ。記憶は前に話した通り。交信したことはないわね。おそらく長距離シンクロなんでしょうけど)

月の交信はないらしい。それにカナコが希ちゃんの記憶から作られた存在である可能性は疑問が残る。補佐役は希ちゃんの記憶をイメージを元に組み立てられるということならば、希ちゃんは写真の子は知らないらしく、希ちゃんの知らないことを多く知っているカナコは条件に当てはまらない。やはり希ちゃんのおかーさんが関与しているか。

「おかーさんは魔力を使えていたの? 」

「わからん。じゃが妻は若菜が生まれてすぐに死んだ。月との交信の儀式は戦後の一族の解体をもって途絶えてしまっている。だから一度も使ったことはないはずじゃ。武道こそ親戚に鍛えられたが、魔力に関しては妻で伝承が途切れているんじゃ。若菜も使ったことはない。ただそれはあの子が出て行くまでの話で妻のように覚醒させなくともわずかに使えていたいたのかもしれん」

(あの女、魔力を使ったことはないわよ。ただうっすらと気配みたいなものは放っていた。だから私はあの女の動きを読むことができたの。力と早さはあったけど動きが雑だったから、ギリギリ逃げ続けることができたわ。でも考えてみて家の中で7歳の子供と武道を習った大人の女が追いかけっこしたら普通は簡単に捕まるわ。

それから最初はわからなかったけど、あの悪魔に切り替わるときはなんとなくわかるようになった。今思えばあの黒い女のものだったわ)

なるほど、希ちゃんを虐待していたときは魔力に覚醒していたのは間違いないようだ。

今わかるのはこのくらいだな。次行こう。

この間、那美さんたち黒い女を封印している五行封印について書かれているのは勧められたのは竹取物語だったよな。

「なあ、おじいちゃん聞きたいことあるんだけどいいかな? 竹取物語っておばあちゃんと関係あるの? 」 

おじいちゃんはちょっと驚いた表情でうなずく。

「よく知ってるのう。妻の家は最初に日本に降りてきた月の民の末裔かぐやの子孫だそうじゃ」

どうやら早急に竹取物語を読む必要が出てきたようだ。

でも浅野陽一の中学校、高校ときって、古典の竹取物語って勉強しなかったよなぁ。一番最初の前世では間違いなくしている。だって竹取りの翁といふものありけりってちょっと覚えてる。どうしてだろう? 古典には全く興味がなかったので今まで気にしてなかったことが気になってきた。

まあ読めばわかるよな。次に行こう。

「再婚相手ってどんな人だったの? ちょっと前に昔話したことあったよね。ほらっ、聖祥学園に入るときに、少し引っかかってたんだ」

「わしと香夜には子供がなかなかできなくてのう。妻も肺を悪くしてあきらめかけとった。だが運良く授かることができたんじゃ。しかし、妻は娘を生んですぐに亡くなった。わしも寂しくてな。同じ病院にいた当時は珍しい精神科の女医と再婚したんじゃ 」

あまりいい予感はしない。

「どんな人だったの? おかーさんとはどんな関係? 数年で亡くなったんだよね? 」

「愛子って名前の行動的な女でな。ドイツに留学してそこで外国人と結婚したんじゃが、不憫なことに夫が病弱で亡くなってしまってのう。子供を連れて逃げるように日本に帰ってきたんじゃ。ただ夫が死ぬことは結婚するときからわかっておったみたいじゃな。わかっていても止められなかったらしい。情熱的じゃな。わしは家をあけがちだったから、詳しくは知らんが、最初は実の子ばかり可愛がって、ぎこちなかったそうじゃが、連れ子が不幸にあってからは、若菜をよく面倒くれたそうじゃよ。だがその妻も前の妻と同じく数年で肺を患って苦しんでのう。こらえきれずに娘が七歳のときに自殺した」

「連れ子さんは何で死んだの? 」

「水死じゃ。周囲の大人の目を盗んで若菜と川遊びに行ってのう。まだ七歳だったのに不憫じゃった。愛子の悲しみは尋常ではなかったが、気丈な女で立ち直ってみせた」

……何だろう。このざわめきは、あの幽霊の女の子も相当なものだったけれど、それを遙かに上回る不快感を感じる。日常の何げないものがとても恐ろしいものだったような感覚、ある言葉を聞いたとき俺の中で訳が分からない戦慄が走る。俺は今何の言葉に一番反応したんだろう。

そして、俺には聞くべき事があった。

「ねえ、おじいちゃん、再婚相手とおかーさんって本当に仲が良かったの? 本当に? 」

おじいちゃんは真剣な俺に少し気圧されていたが、すぐに咳払いをして返事をする。

「ああ、若菜はよくなついていた。周囲のものもそう言っていたし、愛子も最初は前妻の子供なんて思っておったみたいじゃが、私は前の夫と子供を亡くして言葉では言い表せない悲しみがある。しあわせだったからこそ、その落差に強く打ちのめされるものなのですね。でも私は負けない。目標ができたんです。死んだ我が子に代わりに若菜を立派に育てると決意したみたいじゃ」

「じゃあ、どうして自殺なんかしたの? 」

立派に育てると言ったのならば自殺するのはおかしい。

「肺病はすでに手遅れで数年で死ぬと宣告されていた。相当血を吐いたりして苦しんだそうじゃ。そして、あの子はそれを間近でみてきた。一番その死を悲しんだのもあの子じゃ。わしとあの子が折り合いが悪くなったのも愛子が死んだのはわしのせいじゃと言われたからなんじゃ。医者のくせにどうして自分の妻のことに気づかなかったのかとな。わしもかっとなってだったらおまえの産みの母が死んだのはおまえを生んだせいじゃと言い返してしまったんじゃ。 ……今は後悔しとる。だが覆水は盆に返らず。言ってしまった言葉はもはや取り返しがつかない。今でも覚えとるよ。絶望に染まったあの子の顔、そして他人を見るような冷たい目、それ以来わしの言葉はあの子には届かなくなった」



話はここで終わりだった。

ゆっくりと風呂に入り、食事をして、床につく。

頭の中はぐるぐるして何をしたかは覚えていない。気がついたら布団に横たわっていた。

夢の世界

希ちゃんは自室で寝てる。バーチャプレシアはあいかわず淡々と拳法の型を繰り返していた。陽炎のようにゆらゆら揺れている。俺はカナコと向き合いお茶してたしなむ。

悪意というものは目に見えないことがある。俺の義母が弟ばかりをえこひいきしてやる気を入念に削ぎ、社会からドロップアウトしたときは逆にお金を与え続け、自立する機会を奪ったように、ましてや、それが第三者にはわかるはずがない。

義母の俺以外の評価は血の繋がらない子供を育て、引きこもりになってもけなげに援助を続けていた立派な人間というふうに写るだろう。追い出したときだって、本当は父親が死んで金銭的な余裕がなくなったからそうしたはずなのに、いつまでも引きこもっているダメ息子を自立させるために心を鬼にして突き放したということらしい。死んだ弟のリーサチだから間違いない。もし後数年援助が続いていたら社会復帰は不可能だったと思う。そういう意味は俺は運が良かった。

そんな悪意のようなものを感じるのだ。

希ちゃんのおかーさんのまるで義母をなぞるような生き方と義母の娘が死んだのが7歳、義母が自殺したのは希ちゃんのおかーさんが7歳のとき、希ちゃんの7歳の誕生日の時に豹変して虐待をするようになったという奇妙な符号に底知れない悪意を感じる。

負の遺産は親から子へ連綿と続いていく。

死してなお生きているものを苦しめる。

嫌な話だった。

希ちゃんのおかーさんが義理の母からどんな仕打ちを受けたかは想像できない。ただ最初の俺が尊敬するあの人に出会うことなく、義理の母への憎悪を抱え歪んだまま結婚して子供ができたならば、まともな親をやれる自信はない。あのときの俺は常に鬱屈した感情を持て余していた。仕事ならばまだ我慢できた。しかし、家ではちょっとした失敗にイライラして物に八つ当たりしてた。それが子供に向かないなんてどうして言えるだろうか?

とはいえそのくらいしかわからないし、わかりようがない。同じく義理の母に歪められて育てられたものとして同情することしかできなかった。

「希の母親、よく独り言のように自分の母親に謝っていたわね。ごめんなさい。私はかあさんの言いつけを守れない悪い子ですって、希の記憶をたどってあの女の自分の母親に対する発言を調べたことあるけど、嫌っている様子はなかったわ。むしろ尊敬してすらいた」

「どういう意味なんだろうな? 希ちゃんのおかーさんの人格形成に強く関わっているぞ」

完璧に洗脳されているんじゃないかと思ってしまう。といってもあくまで俺の主観でしかない。情報は限られているし、間違っている可能性もある。同じような経験をしなければ考えもしなかっただろう。

「今考えても仕方ないわね」

カナコにはさほど関心はないらしい。

「なあ、虐待は連鎖するって知っているか? 」

「なにそれ」

「全部に当てはまる話じゃないが、虐待する親は子供の時に自分の親から虐待されているんだと、そして、虐待を受けた子供は自分が親になったとき自分の親からされたように子供に虐待するって話さ」

もちろんそんな親を反面教師にして自分の子供を愛情込めて育ててる親はたくさんいるだろう。

「負の連鎖は続くってこと? それがどうかしたの? 」

「あの黒い女ってさ。その負の連鎖の象徴みたいに思えてな、ちょっと怖くなったのさ。希ちゃんが大人のなったときそれに呑まれてしまうんじゃなかって」

カナコは真面目な表情で考え始める。うつむいたまま話始める。

「ずっと考えたことがあるの。なんであの黒い女はいくらやっても消えないのか。まだはっきりしないけど少しだけ答えが見えた気がする」

俺たちの敵であり、希ちゃんの負の感情、黒い記憶の本、悪夢の権化、ヴォルケンリッターと戦う前に必ず越えなければならいない壁である。いつになるかはわからないが戦うことを思うと体が引き締まる。それまでになんとか夢の世界で戦うすべを見つけなければ、今のところ俺は頑丈さだけが売りで、戦闘力は皆無だ。バーチャプレシアや最終戦士の方がよほど強い。でも創造主よりも強いってどういうことかね?

カナコを見る。そういえばコイツ自分の正体については気ならないのか? 

「おまえ自分のことについてはどう考えているんだよ」

思ったまま口に出す。

「別に… 」

カナコはそっけない。女優かおまいは

「別にって、共通点もあっただろ」

俺は少しいらっと来て強めに返す。カナコは少し眉を動かすと紅茶を一口のゆっくり飲んで、カップを置いて口を開く。

「今更大した問題じゃないわ。確かに過去の記憶が揺らいだのは事実よ。でもね前にも言ったけど私にはやるべき使命がある。それだけは誰にも譲れないわ」

カナコの顔じっと見る。強がっている様子はない。だけど不思議と心が痛む。

「カナコ、手出せ」

「何するの。ま、まさか手コ…… 痛いわね」

スパーンと大きな音が響く。カナコが全部言う前にハリセンを錬成し、カナコの頭をハタいていた。

「女の子がそんな下品なこと言うんじゃありません!!」

俺は厳しく指摘する。こっちはシリアスモードなのに空気読めや。

「こほん。手を出せって言ったのは手を握ろうって思っただけだよ」

「くすっ、ちゅうがくせい? 」

カナコは笑う。だが俺は結構まじめだ。

「うるさいよ。手は意外と大事なんだよ。触覚が集中してから敏感だし、暖かさとか感じると安心できるもんなんだよ」

「お互いの敏感なところを触れあうの? 」

「その言い方やめて」

頭痛くなってきた。性的には無知なくせに口が回るから厄介このうえない。

「バカね。大丈夫って言ってるのに」

そう言うとカナコは手を伸ばし、俺の手を握る。体温がじわじわ伝わってくる。暖かいな。心が穏やかになる。さっきまでのイライラや焦燥感が収まっていく。

そうかイライラしてのは俺の方だったのか。

結局、カナコが傷ついているから慰めようしたわけじゃなく、自分が癒されたかっただけかと心の中でため息をつく。俺、格好悪いな。

「ありがと、あなた」



あなた?


あなたって俺?


あなたって外国で言うところのマイダーリン?



ぬあああああああああああああああああああああああああああああ。

顔から火が出るという言葉があるが、それを実際に体験するとは思わなかった。なんかカナコ天下で一生勝てない気がしてきた。



次の日、劉さんと会う。おじいちゃんは別室で待機してる。

「ミス希、ミーは竜の一族の長をしてるアル」

「はい、雨宮希です」

「あなたは有望な魔力持ちと聞いてるアル。是非将来我々に家に入ってほしいアル」

他にもいるアルか? 将来? なるほど今は使う気はないってことだな。

「この世界の魔導師は何をしているのですか? 」

「あなたは魔物や悪霊、霊障を知ってるか? 」

「ええ。まあ」

最近襲われたから良く覚えている。

死んだものの未練が形になったものを悪霊や霊障、それが物体や生き物に宿り実体を得たものを魔物や妖怪と呼ばれる。中には狐や狸が人に化ける術を覚えて妖怪となるケースもある。久遠はそれに該当すると思われる。

多くの妖怪・魔物は大人しく、人前に姿を現すことは少ない。場所によっては崇めているところもあるそうだ。

そんな中で人間に害をなすものを退治するのが魔導師役割で、古来より妖怪退治や竜討伐の逸話や登場する特殊武器は誇張や偽物もあるが本当にあったことらしい。その証明が十六夜や御架月なんだろうな。

有害な妖怪が生まれる理由にはそれなりの背景があり世情が飢饉や疫病、戦争や災害などで人々の不安や恐怖といった負の感情が充満し満ちると、それら実体を得て、さらなる負の感情の温床となるという話だ。

具体例では戦争で多くの人死に、その死体の味を覚えることで、肉食獣が魔物へ後天的に変貌を遂げたケースや長年人を食らいながらも狩人から生き残ったワニ、強すぎる感情をためこみ生きながら鬼となった人間もいる。

特に竜は魔物の中でも上位に当たり、有史より人々に恐れられ崇められたそうだ。神話に登場する竜は実在し、それを倒した武器も存在したと言われている。

中世ヨーロッパではキリスト教が力を強め、竜退治を積極的に行うことで伝説を作り、その後、ヨーロッパの竜を駆逐した聖人たちは大航海時代以前から世界を巡り新たな獲物を求めて旅立ったと言われている。

日本にも神話の時代よりヤマタノオロチをはじめとして、平安より仏教の高名な僧が積極的に竜を退治した逸話が残されている。邪教を信仰する金色の鬼が竜を退治したと言う伝説もあり、竜退治がキリスト教や仏教の布教に利用されたのは紛れもない事実だろう。

長い年月を経て竜は地上から姿を消し、竜を殺す武器も朽ち果て、製法も遺失してしまった。現在は古くから竜を信仰する国にのみ竜種は顕現するらしく、一般には公開されず世間にも知られていないそうだ。なにより魔力や霊力がないと知覚できないケースが多い。

最終戦士名前の由来なるジークフリードも竜殺しの英雄だ。魔剣バルムンクで悪竜ファーブニルを倒し血を浴びて不死身となった。しかし、菩提樹の葉の部分だけその加護を受けることができず。ハーゲンと言う男によって殺された。

ハーゲン。

その名前の響きは憎悪しかない。仇敵ハーゲンがいるということとスペースオペラで主君を残して死ぬ悲劇の英雄名前の一部ということで最終戦士の名前はジークフリードとつけさせてもらった。

最終戦士の武器はディスティだが、俺の武器はジークフリードにあやかってバルムンクとつけるのが正しいのかもしれない。

ところで退魔師と魔導師はどう違うんだろう。この間那美さんたちに聞いてもあまりわからなかったし聞いてみるか。劉は感心した顔になり説明してくれた。

「ほう。なかなかやるネ。退魔師を知ってるアルか。やっていることは同じネ、力の系統が違うだけヨ。魔力と霊力は陰と陽の違いとでも言えばいいネ。魔力は連核という器官を持たない人間には使えないし、妖怪や魔物も核を持っているからどちらかといえば魔物寄りの力アルよ。霊力については私は専門外なのでよく知らないネ、実体を持たない霊障や悪霊と戦うのは魔導師より向いていると聞いてるヨロシ」

アルアルうぜえ

なるほどね。あの幽霊に魔法で攻撃してもダメだったのはその辺にあるのかもしれない。

「あなたは歴代の魔導師でもトップクラスの力の持ち主ネ。同じレベルの人間の数は世界でも片手で足りるくらいアル。恐らく近年最強と言われたG級ハンターギル・グレアムに相当するヨ」

内心平静を装うが、驚いていた。闇の書事件の黒幕がこんなところで名前が出てくるとは思わなかった。それにしても

「へぇ~ すごいな私」

素直にうれしい。そんな俺の言葉に劉さんは手を振る。

「ただし忠告するヨ。あくまで人間の魔導師という狭い世界の話ネ。世界は人間には手に負えない、人間を辞めてる存在がいくらでもいるアル。日本最強妖怪のヒガシハラ以外にもたくさんもいるヨ。バチカンの現老魔法王には誰も手出しできないネ。ウチの成龍もただの人間だけど強いアルヨ」

ちょっと反省。ですよね~ グレアムといえば管理局ともつながりがあるのか?

「管理局って知ってますか? 」

柔和だった劉さんが一瞬鋭くなり、すぐに戻った。

「なるほどネ。この間の日本での異常な魔力の動きは連中が関わってたアルな。祟り狐とばかり思っていたヨ。管理局は貴重な人材は持っていくくせに、こっちにはあまり手を貸してくれない私たちにとっては疫病神みたいな連中よ」

劉さんの話では管理局はどの国にも属していない目的不明な謎の組織だと言われている。資金力もこの手の組織ではケタ違いで主要国でも金銭による取引で不可侵協定が結ばれているそうだ。ただ魔力の高い人間には強い関心があるようで何かと声をかけては引き入れているという噂だ。

特に当時歴代最強の魔導師だったグレアムを引き抜かれたときにはイギリス本国組織と相当揉めたらしい。

「じゃあ、私はどうすれば」

「別にいいアル。商売で揉めるのはよくあることヨ。魔力関係で世話になることもあるし持ちつ持たれつアル。最近は戦争も終わって、平和になって仕事も減ってるヨロシ」

この人語尾は変だけどいい人だ。

「お願いがあるですけど」

「何でも言うヨ。恩を売っておくことに損はないネ」

「これを作って欲しいのです」

俺は例のレシピノートの写しを手渡すと制作を依頼する。幸い簡単なことだったようで快く引き受けてくれた。

ついでに一族の奥義の竜召喚と竜憑依を見せてもらえないかお願いしてみる。目的はコピーするためである。もちろんそのことはないしょ。
あまり期待してなかったが、劉さんから別の日を指定することを条件に了承をもらった。期日は十日後、依頼の品と一緒に見せてくれることになった。

劉さん自身は竜召喚は使えないらしい。なんでも使い手になれる人間は少ないそうだ。おじいちゃんと戦った劉さんのお父さんは久しぶりに現れた竜使いだそうだ。まあなのはちゃんクラスが戦争してたら都市ごとふっとびそうだからこのくらいなのかもしれない。

その劉さんのお父さんが来日してみせてくれるらしい。劉さんはその中で一族の歴史を語ってくれた。

竜召喚。アルザス地方のルシエの一族に伝わる竜を使役する儀式。どこかで聞いたことがある。

キャロだ。

キャロの一族の関係者がいるとは思わなかった。この中国の一族は五百年前にある事件をきっかけに追放された男を祖としている。

その男は古代竜に愛された混沌の竜の祝福を受けていたが非常に不吉なきざしとされて召喚を禁止されていた。しかし、掟を破り竜召喚を行ってしまった。ところが、儀式は失敗し竜は肉体持たない魂のみ召喚され、そのまま男に宿り、大暴れしたそうだ。

それでも所詮は人間の肉体なので、男は取り押さえられて、事件は終わったかに思えたが、それは真の恐怖の始まりに過ぎなかった。召喚された雄竜の魂を追ってつがいの雌竜が顕現した。



その名を口にしてはいけないそうだ。

宿る肉体もなく実体化もしていないのにその存在が放つ圧倒的な魔力は死者が出なかったことが奇跡的と言われるくらい壊滅的な被害を出したという。雄竜の前妻の娘で竜と竜殺しの血が交わった存在が止めに入らなければアルザス地方ごと無くなっていただろうと記録が残っている。

この事件をきっかけに男は追放され、ルシエの一族では強い力を持った子供は追放されることになったという。

……

キャロがこうなったのはこいつのせいらしい。

やがて男はいかなる方法か地球の中国に流れついた。そこで現地の竜を信仰する一族の元にたどり着き、一族の長の娘を嫁にして、生涯そこで過ごし故郷に帰ることはなかったという。五百年以上前の話である。

男は自分の力を有効に使おうと制御するべく修行を重ね、子孫に竜召喚と竜憑依の技法を残した。残念ながら彼の子供たちには使うことができなかったが、何代目かを経てようやく儀式に成功するものが現れた。

彼らの一族の栄華はここから始まる。竜憑依を行うことにより爆発的な強さを発揮する一族は戦争で重宝された。しかし、課題もあった。彼は現地の女性を妻としたのだが、親から子へ遺伝しないためである。

彼らは魔力の研究を始める。試行錯誤を経て魔力の秘密を掴んだ。それは魔力を持つもの同士で子供を作ることにある。当初は近親婚など道徳的に問題のありそうな方法が採られていたが、限界が来て彼らは特殊な薬品を浸した紙で道力の資質があるかどうか調べ、積極的に余所の血を取り入れたという。そうしてようやく安定的な力を発揮するようになり現代まで続いているそうだ。実は雨宮家と劉家ではお互いの家の血が流れ、定期的に入り嫁入り婿が行われていたらしい。ということは希ちゃんには竜を召喚し使役するルシエの血も流れているのだろうか?

十日後、

劉さんのお父さんが来日した。迎えにはおじいちゃんも一緒に来た。敵同士であり、友人でもあるふたりのひさしぶりの再会だった。

私は孫として紹介され、握手をする。そのときにプロファイルして魔力を登録しておく。息子からのおみやげと言って巾着袋に入ったわかめスープを渡される。なぜか注射器とセットだった。

場所を変えて、おじいちゃんの家で竜召喚と竜憑依をみせてもらう。

アナコンダ程の黒い炎の竜が現れ、体に取り込まれる。するとそのヘビの纏っていた力がそのまま劉さんのお父さんから魔力として発揮されていた。

この魔力の特性は召喚したものの力を取り込み魔力を爆発的に高めるそうだ。また持ち主の魔力と資質によって召喚される竜にはレベルに変化があるらしい。

(もしかしてとは思っていたけど、こうまで予想通りだと嬉しくなるわね)

(そう。召喚できるものにもよるでしょうけど見る限りでは私たちの魔力はAAAクラスからSクラスに上げることができる。なにより一番のメリットは消耗を気にしないでいられること)

カナコが庭園でやったことの再現である。これができればヴォルケンリッターとの勝率が覆り、ふたりであっても勝機が出てくる。

興奮を抑えきれない。

儀式の後は依頼終了ということで、おじいちゃんと劉さんたちは家の中に入っていった。積もる話があるのだろう。

私は家に帰る。

次の日の朝、結界を張り儀式の準備をする。



手順通りに詠唱する。

ざわっと空気が変わった。水のにおい? なんだがとてつもない存在が顕現しようとしていた。

現れたのは黒い影。あの黒いニシキヘビと比べものにならない。アナコンダがアオダイショウに見えるレベルだ。胴周りだけで大人数人が手を回すことができそうだ。

長さにいたっては見上げるってレベルじゃねーーぞ。ビルでも見上げるような感じだ。

しかも1匹ではない。8匹である。横にすれば無限大である。さっきから魔力を計っているが測定不能だ。いやこんな魔力直接感じたら頭がパンクしてしまう。

(よ、予想外ね。これは憑依させるレベルを超えているわね)

(どうするんだよ? 言葉も通じなさそうだし、烈火みたいには行かないよなさすがに)

(も、もちろんお帰り願うわ。大丈夫。まだあわてるじかんじゃない)

そう言うとカナコは返還の術式を使う。あれほど強い存在感を持った大蛇が跡形もなくなっていた。

ほっとする。

(はあ~ 神話に出て来るような化け物を召喚するとは思わなかったわね)

おそらく初代が召喚した雄竜を追ってきた雌竜もこのくらいの迫力があったのだろう。

(意外と冷静ですねカナコさん)

(まさか心臓が止まるかと思ったわよ。この間の幽霊と気配が似てたけど次元が違うし、その気になればすぐにひねり殺されるくらいの存在だったけど、害意はなかったし、意志は薄弱だったから助かったわ。象から見たアリというか認識されてないんじゃないかしら? それにあんなものを顕現させる器と魔力はどこにもないわ。闇の書くらいね)

劉さんの忠告の意味を本当の意味で実感できた。

(じゃあ計画は)

(今のところ凍結ね。何か手頃な媒介があればいいのだけど)

こうして俺たちのもくろみは失敗に終わった。だがもうひとつのわかめスープは副作用もなく100パーセントに近い威力を出すことが出来た。これで満足しておこう。



今日は完全オフの日、ときには休息も必要だ。こうやってアトランティス王国騎士団のホームページでチャットをするのもその一つである。

目当てはハンドルネーム疾風さん、生前の俺がレムリア都市連合物語をアップすると約束したままで、俺はこうして蘇っているので約束は果たしておきたかった。

「魔法少女のぞみん」の名前で、最終戦士のアカウントを使って入りと約束のものを本人に代わってお渡ししますと伝えると疾風さんにもすんなり受け入れてもらえた。

では前々から約束してた。物語を上げるとしますか

内容は俺たちの知る闇の書事件を少しばかりアレンジして書いている。アトランティスの最終戦士は留守を任せれている設定なので登場しない。

そうして物語は始まる。



……これがレムリア都市連合の顛末である。



はやて・・・グレアムを許し、正式にレムリア都市連合の代表となった。騎士たちは家族として部下としてはやてを支える。

なのは王・・・汚名を晴らし国へ戻る。闇の書と単騎で戦ったことでさらなる名声を得る。

フェイト・・・プレシアとアリシアへの想いを秘めながらなのはを支える決意をする。

ジーク・・・闇の書事件には関与せず国の留守を守る。イツキを失い、義理の母に刺されて、心と体に大きな傷を負うが、立ち直り見事ネオアトランティス教団との同盟を成功させる。


以上が最終戦士より聞いているレムリア都市連合物語のすべてになります。

私は前世で最終戦士ジークフリードの腹違いの妹でノゾミと申します。現世の関係は最終戦士アカウントを使用できるということで察してください。他にも前世で私の母であり現世ではジークの妻でもある「守護天使カナコ」も今度紹介します。

ガーゴイル氏の発表の通り、すでに最終戦士は亡くなっておりますので、これ以降の物語については紡ぐことができませんのでご了承ください。

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(おい! カナコおまえ勝手に文章ねつ造すんな)

紹介文の守護天使はカナコによって書かれた。もう送信されてしまったので後の祭りだ。

(私と希も混ぜなさいよ。あなたひとり楽しんで希も寂しがっているわ)

それを言われると俺もつらい。日曜にゴルフに行くお父さんの心境とはこういうものだろうか?

(うっ! まあいいか)



後日、疾風さんから返事がきた。

「わざわざありがとうございます~ 実はウチの知り合いにグレアムおじさんいるんですよ~ すごい偶然やな~」

……

……

ダラダラ

私はそっとブラウザを閉じた。幸いカナコは見てない。忘れよう忘れよう。きっとグレアムさんなんてそこらじゅうにいる。だって疾風さんはあさのよいちのファンで斎ちゃんシリーズも読んでるみたいだから、大人に決まっている。間違いない。



今日はアリサちゃんの家に集まった。

メインイベントはフェイトちゃんのビデオレター鑑賞である。お返しのビデオではアリサちゃんやすずかちゃんも見れるようにクロノ君かリンディさんに見てもらいなさいと釘を刺しておいたから、他の人が見てもちゃんと見れるものが出来上がっているはずだ。ぶっちゃけトーク用は別に用意してもらっている。

「こんにちわ。おねー あっ!? ……希、なのは 」

さっそく間違えたなフェイトちゃん。やはりカナコへの優先度は高いらしい。テレビに映るフェイトちゃんは少々照れ気味に挨拶する。風が吹いているのか。髪の毛がウネウネと揺らめいていた。

「おねーさまからもらった紐からできるスープすごくおいしいです。一日一回は飲んでます」

諦めたな編集担当。それにしてもそんなに飲んでるの? 一回飲めば十分って聞いてるけど、何回も飲むとどうなるかわからない。お返しレターでそれとなくいっておいたほうがいいな。

「クロノは最近よく男の人から手紙をもらうみたいだよ。リンディ提督の話だとクロノのお父さんも同じようなことがあったみたい。堅い蕾が花開いて香りを出すみたいに、色を知り満開ときを迎えた? って言ってたよ。おねーさま、ありがとうだって ?? 」

ドウイタシマシテ。あの件については不慮の事故だ許してほしい。

「ユーノとクロノはこの間は手を繋いでたからとっても仲良しだね。ユーノはメガネかけるとおもしろいよ。ベットを指して俺のすべてが知りたければここで教えてやるだって、アルフが代わってくれたけど、顔を真っ赤して何も教えてくれないんだ。どうしたんだろう? 」

アルフに何があったか早急に確認するべきだろう。

「執務官と補佐官のお仕事はとっても大変みたいです。昨日も明け方にクロノの部屋から服がはだけて皺だらけで…むぐ」

フェイトちゃんの口が誰かさんの手で押さえられる。ザーと砂嵐が入り、座ったフェイトちゃんが写る。なんだか様子がおかしい。日にちが違うようだ。

その後はあたりさわりのないことをゆっくりしゃべる。よく見るとうっすらと汗をかいて、まばたきが多く声も固い。緊張しているようだ。何があったのだろうか?

すずかちゃんやアリサちゃんには管理局や魔法ことについてはまだないしょなのでこのビデオレターには含まれていない。俺とカナコについても同様なのだが、呼び方つっこまれたらどうしよう? さっきからアリサちゃんとすずかちゃんが考え込んでる。そうしてアリサちゃんが口を開く。

「ねえ、スープに使う紐って何? 」

そっちか。まあこれは別にいいか。

「竜の髭だよ」

すずかちゃんが目をぱちくりとさせる。

「あの幻の高級育毛用食材の? 本物? 確か中国にコネがないといくらお金を積んでもなかなか手に入らないって、親戚のおじさんが言ってたよ」

「へ~ そんなのあるんだ」

すずかちゃんは知ってたらしい。きっとその親戚の人もどうやら同じ悲しみを持つ男なんだろうな。助けてあげたいけど、今は手元にないからしょうがない。

「フェイトちゃん、綺麗な娘だね~ どこの国の人? どうやって知り合ったの? 」

「名前からしてイタリアの方よね」

「ま、まあそんなところ」

なのはちゃんが若干焦る。どうせ最後にはわかることだけど、国籍とか出会いの設定を確認しておいたほうがいいかもしれないな。

「そうだ! 今度私たちのも作りましょ。パパがそういうの好きだもの」

「そうだね。おもしろそうだね」

アリサのパパか。なんか今の話だとすごく親バカそうなイメージがあるな。娘は誰にも渡さない的な意味で、ママはきっと美人だろう。会ってみたいな。

もちろんママの方だけ…

「じゃあ、決まりね。パパも忙しいから日にちは相談してからメールするわ。次はゲームしましょ」

こうして考えごとしている間にいろいろ決まってしまった。まあいいかこれもきっと楽しいイベントだ。

テレビゲームをしている。この前は管理局のみなさんとの会話に注意が向いていて純粋に楽しめなかったが、今回は気兼ねすることなく楽しむことができた。

希ちゃんもシンクロしながらゲームの画面を見ている。人見知りの激しい希ちゃんでも普通に話すのはダメでもゲームを通してならいけるみたいだ。今回は格闘ゲーム。ここは俺の記憶の世界が違うのでサ○キックフォースやト○ルナンバーワンや闘○伝みたいなメジャーなゲームはなかったが、同じようなことを考える人間はいるみたいで、子供のときは新鮮に感じたのを覚えてる。そういえば俺がゲームして希ちゃんが横で見てたこともあったな~

一時間が過ぎてカナコと俺は見学。今は希ちゃんがゲームしてる。負けっぱなしの俺を見て希ちゃんが言い出したときは情けないと思うと同時にうれしくもあった。

威力が高くて派手な技を使いたがるアリサちゃん、並外れた動体視力と反射神経で鉄壁のガートを誇るすずかちゃん、恐ろしく高度なコンボをパーフェクトに決めるかと思えば、初心者ミスも多いなのはちゃん、弱キック主体と待ちハメや永久コンボでじわじわ攻める希ちゃん。

なかなかいい勝負だったと思う。台パンが出なかったのは奇跡と言える。彼女たちはきっと聖母の生まれ変わりかナニカだろう。

「希ちゃん、ハメちゃだめぇ~」

汚れた大人にはエロく聞こえます。

「勝てばいいんだもん」

クレバー希ちゃん。でもね勝ったり負けたりが楽しいもんなんだよ。

一通り遊んで今はお茶時間。テレビ番組を見てる。今の時間はちょうどアニメをやっている。男の子向けの昆虫型のミニ四駆みたいなマシンでお互いにぶつかりあって戦うアニメだったが、つっこみどころが満載で逆に面白かった。

「男の子って、こういうの好きそうだよね? 」

「そうね。まあアタシたちにはわからないけどね」

「そお? 正々堂々と真剣勝負で戦うのは面白くないかな? 」

「前から、思ってたけどなのはってそういうところで男らしいというか男っぽいところがあるわよね」

「そうだね~ やっぱりお兄さんがいるとそうなるのかな? 」

「でもおにいちゃんとおねーちゃん、子供の頃からずっと一緒に修行ばかりでテレビとかあんまり見てないんだよ」

このようにまったりしゃべってる。先ほどまではみんなできゃきゃ言いながらゲームしていて疲れたのか、リラックスモードに入っていた。これはこれで余韻があっていいと思うのだが、さっきまでシンクロしてた希ちゃんはゲームが終わるとすぐに引っ込んでしまった。

焦りすぎるのは良くないことはわかっているが、もう少しシンクロしてこの空間の居心地の良さを知って欲しかった。

(陽一、あわてなくてもいいわ。希にもペースがあるの。今日シンクロしてただけでも、収穫だったわ。大事なのは積み重ねよ)

(ああ、わかってるよ。でも惜しい気がするんだよ。楽しいことがせっかく目の前にあるのに)

(それは同意、この場に希が自然に入れるようになれば、きっと私たちがすることは無くなる)

せつなさと哀愁を含んだ声だ。その日が来ることをずっと願いつつもどこかでもう少しこのままでいて欲しいと願う矛盾した気持ち。なんとなくわかる気がする。

(寂しくないか? )

(そりゃ少しわね。でもあなたが死ぬまでつきあってくれるんでしょう?)

カナコが微笑んだように感じられた。

確かにそう言ったけど、なんだか照れくさい。それを誤魔化すかのように紅茶を口に含みテレビへ意識を向ける。

「あらっ、新しいアニメかしら」

(この広い空には)

あれぇ~ どっかで聞いたことあるぞ。

(魔法少女リリカルなのは始まります)



私は口に含んでいた紅茶を思い切り吹き出した。




ごくふつうの小学三年生だったおんなのこの物語が始まってしまったよっっッ!!

「きゃあああああああ、汚いわね。希」

「大丈夫? 希ちゃん」

「それにしても、ふふふっ 魔法少女なのはって…… ダメだ。我慢できない」

アリサちゃんは笑いをこらえきれないような様子で、しゃべろうとするがうまく言葉にできない。

「それにしても似てるわね~ 希がいないけど、私たちそっくりな友達とかフェレット拾うところとか」

ソウデスネ。

なのはちゃんは自分の胸に手を当ててうんうん唸ってる。

アニメのなのはちゃんは三年生という設定のわりに発育が良すぎるけしからん肉体で胸も不自然なくらい揺れる。シャワーシーンまで完備されていた。アリサちゃんは片言の日本語でチアリーダー衣装で当然ように巨乳。すずかちゃんの髪はロールしていて、おほほ笑いに二人の取り巻き付き。

つっこみどころはそれだけではない。オープニングからしてイヤな予感が止まらない。ユーノ君とクロノ君は八頭身の耽美系だし、リンディさんはあの清楚なイメージとかかけはなれた黒いボディコンを着て、提督というよりおかしらといったほうがいい風体だ。フェイトちゃんの目が真っ赤で肌は青く妖魔的なナニカだった。

さすがに魔法少女リリカルなのはやばかった。幸い監督のアレンジが半端なかったので、何か聞きたそうななのはちゃんを誤魔化すことには成功したが、名前とか固有名詞はかなりそのままだ。冷や冷やしながらアニメ見るのは初めての体験だった。

さすがに地球のアニメだから、管理局の方々が見ることはないだろうが、なのはちゃんには対策が必要だろう。

帰宅後。ネット巡回を開始する。

主に魔法少女リリカルなのはについてだ。放送は夕方4時全26話ある。26話? エース編までやるつもりで順調にいけば年末には最終回らしい。それから絵本発売って……

勘弁してほしい。許可した覚えはね~ぞ。

おや!? メール来てる。疾風さんからだ

「魔法少女リリカルなのは」について何か知りませんか。B太のお気に入りです。

……

……

俺はブラウザをそっと閉じた。





神様なんてきっといない。




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民明書房。

大河内民明丸会長が創業した老舗の出版社では中堅クラスで、会長自身も奇書怪書の類を著作する作家である。世間の評判は大ボラ吹きとも世界の秘密の迫る大作家とも評価は分かれるところだ。出版する本は中堅ながら多岐に渡り絵本からマンガ、学術書から官能小説まで手広くやっている。

私はそんな会社に勤めるイチ編集者だ。

担当はアサノヨイチ先生だった。

浅野先生は数ヶ月前に事故で亡くなった。気さくな方で作家特有の変なところがなければ仕事のしやすい人だった。

個人的な悲しみもあったが、出版社の人間としてまず心配しなければならいのは現在連載中の作品をどうするかということだった。

そこで部長と一緒に御家族を訪ね少しでも作品を回収できることに賭けるしかなかった。幸い御家族から色良い返事をいただけたので、こちらも少しばかり期待していた。

結果は前代未聞。

連載中の作品はすべて完結。

その他は新作を合わせると5000本

恐ろしいことだが、盗作はない。

先生は何度か盗作疑惑を受けたことはあったが、寛容というかあまり気にしてない態度で、お任せしますやって欲しいことがあれば言ってくださいと私たちに対応を任してくれていた。

連載開始の作品でも同じようなことがあり、すっかり盗作のレッテルを貼られて、さすがの先生も気にされた始めたようで、私が冗談で続きを書けば誰も文句は言わないんじゃないでしょうかと言ったら、完結まで量にして五冊分持ってきたときはさすがに呆気にとられた。それ以降盗作という声はピタッとやんだ。

そんな前歴があるとはいえ、確認しないわけにはいかない。DVDは編集長が金庫に保管し、会議が行われた。

一月後、記者会見が行われアサノヨイチ著作5000冊が発売されることとなった。その模様は全国ネットでニュースとなり、読者は完結まで読めることと他の新作が膨大にあることに嬉しい悲鳴を上げ、同業作家は頭を抱え、マスコミは悪質な宣伝だと言うものたちもいたが、プロジェクト全容が見える頃には大人しくなった。

多くの予算と人材をつぎ込み、一月約50冊を10年かけて出版するプロジェクトが組まれ、株式や会社の規模も大きく変わることになった。私もその渦中にいる。

私はあさのよいちぷろじぇくとの先駆けとなる絵本の出版とアニメ化の仕事に関わっている。

それは先生が子供の頃に手書きで作成し、長年をかけて完成させたという意味で注目が集まっている作品だ。

たまたま好奇心からお借りして、子供の頃に書いたとは思えないくらい内容のある作品に感銘を受けて出版を勧めたのがきっかけだった。私が先生から借りなければ埋もれたままだったかもしれないと思うと感慨深い。

ただ当時の先生は出版にはあまり乗り気ではなく、出版化には至らず。知り合いのつてで関連のアニメ制作会社に紹介して、声がかかったことの熱心に伝えても

「この監督さんアレンジ容赦なくて有名な方じゃないですか? 通称原作ブレイカーでしょ。なんかコレジャナイのを見るのもな~ まあいいか。じゃあアニメ化決まっても、俺は一切関知しないからそのつもりでお願いします。その代わり何の文句も言いませんので、放送予定が組まれたら、あんまり待つのもイヤなんで放送開始直前くらいに教えてくれればいいです」

とあまり嬉しくないようだった。

「でも、先生、さすがにそう言うわけには…… 実はその監督先生の著書の熱心なファンでして」

「なるほど、でも何度も言いましたが、ファンの人と会うつもりはありません。官能小説以外の本を出す条件はそれだったじゃありませんか? メールのやりとりならばいいですよ。そうだ! 設定資料とかあるからメールで送っときますね。あれば困らないだろうし、作者の意図とかそんなもの考えなくていいから、あなたと作るところに任せておきます」

表に出ることを好まない先生らしかった。

結局アニメ化のことも放送予定も伝わる前に先生は亡くなってしまった。絵本の方もアニメ化と合わせて発売される予定だ。放送予定は先生が亡くなったことを受けて、予算増額で急ピッチで異例の早さで進められた。ある程度できたので放送しながら制作していくそうだ。なぜそれほど急ぐのかというと亡くなった今が商機ということらしい。今年の夏の7月から来年の冬の1月にかけて全26話で放送される。

これを以て先生へのはなむけにしよう。





作者コメント

今回は長くなった。次回は大きなヤマの一つアトランティス編です。




[27519] 第三十七話 アトランティスの叫び 前編
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2012/05/29 17:34
第三十七話 アトランティスの叫び 前編


魔法少女リリカルなのはAs終了のお知らせ。



残念ながら俺たちの計画は始まる前から終わっていた。俺たちは手遅れだったんだよっ!

カナコに話すときには生きた心地がしなかった。幸いバーチャプレシアプログラムシンクロ攻撃の実験台になるだけで済んだ。全身の骨は粉々にされるのは貴重な経験だったと思う。でも普通は死ぬ… いつも通り元に戻ったけど、痛かったです。

さてこれからのことだが、レムリア都市連合物語でこの先に起こる闇の書事件をはやてちゃんにぶっちゃけて、さらに魔法少女リリカルなのはによってジュエルシード事件を教えることでトドメを刺した。

アニメは絶賛放映中、アリサちゃんが気に入って録画しているので、見せないように工作するのはすでにあきらめている。この間も一緒にみたけど、今のところアレンジがよく利いていて、なのはちゃんも首を傾げながら、時折何か聞きたそうにこちらを見ることはあるが、特に何も聞くことはなかった。綱渡りをしている気分である。

なんでアニメに見るのにこんな緊張しないといけないのでしょうか?

答え:自業自得です。

前の浅野陽一はここがまさかリリカルなのはの世界だとは思いもしなかったのでこういう結果になったといえる。昔の俺に隣の県の町くらい気付けよって言いたい。芸能人とかでヒントもありそうだったが、残念ながら浅野陽一は民放は見ない。まとめてDVD派である。

テレビ? ここ十年くらい見てないわ~ マジで見るものないわ~ と見てない自慢ができるくらいは見てなかった。

なのはちゃんに関しては暗示による思考誘導も考えたが、フェイトちゃんやユーノ君の例を見る限りやめておいたほうがいいだろう。むしろ管理局のみなさんに突っ込まれたときにもっともらしいことを考えて話すべきだと考えている。ただし聞かれない限りは話すつもりはない。

はやてちゃんとはアドレス交換してメル友になった。ヴォルケン対策を継続しながら、さりげなく探りや工作を行い柔軟にやっていくしかない。近況を聞いてはいるがアニメ『魔法少女リリカルなのは』はさまざまな思惑が絡んですでにカオスである。



ヴィータはすっかりハマってしまったようで、なのはちゃんカッケーとリスペクトしているそうだ。ちなみにアニメのなのはちゃんは古き魔法少女モノの伝統を守り、変身すると八頭身に伸びて大人の姿に、決め台詞とボーズと低年齢向けを意識している。

この間のコマーシャルで、

「君もレイジングハートでなのはちゃんに変身しよう。レイジングハートセットアップッ!! 」

と変身セットが新発売と放送していた。こういうところは正当派らしい。



ザフィーラは基本無関心だが、役割のかぶるアルフには強い興味を持っているようだ。ただしここでのアルフはムキムキの男性で野太い声を出し、フェイトを守って血を流すナイスガイだ。寡黙な忠犬みたいなポジションである。ますますザフィーラとキャラかぶりしているのだ。

わかってない。監督はわかってない。性別変えんな。無印の貴重な獣耳娘がいなくなってしまったじゃないか。



シグナムはフェイトちゃんの戦い方に興味を持って是非手合わせしたいらしい。フェイトちゃん青白いけどね。しかもキャラ付けをわかりやすくしたいのか技の頭にデスとかデビル、ダークとつけてるし、強いけどテンプレ悪役の道を突き進んでいる。

ダークフォトンランサー・デスファランクスシフトみたいな感じだ。そのうちフェイトちゃん、バルディシュ変身セットも発売されるだろう。話的には浄化されて、あの手強い敵が可愛くなって仲間になるという王道パターンを作りたいのだろう。

シャマルは登場する魔法がミッド式に似ていることに注目している。さすが参謀鋭いな。でも一番注目しているのはイケメン八頭身のユーノ君のようです。

オープニングからして同じくイケメン八頭身のクロノ君が薔薇をバックに思わせぶりな絡みをしているところは明らかに腐を意識しているし、しかも、なのはちゃんのいないところで人間に戻る場面がいくつもあった。

……しかもマッパである。どんなサービスシーンだよっ!

毎回特に意味なく人間形態に戻り、木の葉っぱや不自然な影で股間が見えないようになっている。この間はとうとう魔法少女リリカルなのはのロゴが入った。開き直りすぎ… シャマルさんはきゃあきゃあ言いながら真っ赤な顔を隠しながらも手の隙間からチラチラ見ているらしい。

もはやアレンジの域を超越しているし、どこをターゲットにしているのかわからない。低年齢層を狙いながら、腐女子にもアピールしますよ、みたいな感じなのかもしれない。低年齢層を洗脳して腐女子の英才教育になってしまうんじゃなかろうか? 抗議とか来ないの?

ちなみにユーノ君はリアルフェレットではなく魔法少女正当派マスコットとかぬいぐるみっぽい造形だ。ケロちゃんみたいなものだろう。そのうちリアル獣形態も見れるかもしれない。



はやてちゃんはレムリア都市連合物語で真相に近いことは知っているのだが、私がなんとかすればどうにかできるんやろ? とメールだけでは判断できないが、あまりプレッシャーを感じていない様子だった。それから、今はまだ蒐集を始めていないのでコンタクトの取れない管制人格リインフォースを気にしている様子で、

「やっぱり、蒐集せないかんの? 私は人様に迷惑かけるのはいかん思うとる。せやけど、リインフォースをずっとひとりにさせるわけにいかんし、蒐集せんと死んでしまうのはいややな」

というように悩んでいる様子だった。ていうかまだ会ってないうちからそう呼んでいるのね。体調のほうは真相を知っているので、シャマルが見てくれているそうだ。しかし、先延ばしになるだけで、闇の書はやがてはやてちゃんを蝕み、彼らなりに答えを出さなければいけなくなるだろう。なのはちゃん襲撃の時期はもうあてにならない。

戦わない方向へ誘導したい気持ちはあるが、状況的にせっぱ詰まると主がすべての騎士たちがどういう判断するかわからないし、決めるのははやてではなくヴォルケンリッターである以上、こちらは名乗ることができないから信頼を得るには限界がある。グレアムサイドの監視の目も厳しいはずだ。今のところは経緯を見守るしかない。

戦わないで済めば一番いいに決まってる。はやてちゃんと交流しながら関係を作り、いざというときの牽制と管理局への連絡をどうするか考えることくらいしかできない。しばらくこの問題は頭を悩ましそうである。



とうとう夏休みに入る。ようやく来たというか待ちこがれていた。

浅野陽一の頃、転生した成人男性の記憶を持った子供がもう一度小学校や中学校の授業を受けるのは暇である。だから俺は前世のことで読んでいて面白かった本をノートに記録するのが日課だった。記憶力には自信があったので、時間をかければ思い出すことができる。先生たちも学年トップだった俺に対してはあまりうるさくは言わなかった。

ただ今回で三度目はマジで暇を通り越して苦痛である。

希ちゃんはまだ外に出ることはできないので私が代わりをしなくてはならない。斎ちゃんだけは見ているだけで幸せなのでいいが、担任の先生には悪いがつまらないのである。しかもあの先生なぜか私の様子には異様に注意を払うので気が抜けない。怒るわけではなく眠そうにしてたりすると、優しく声をかけて保健室で休みますか? と聞いてくれたりするので私も罪悪感がチクチクするので下手なことはできない。

やっと長い休みが来て神に感謝している。この解放感がたまらない。とはいえ普段は学校の拘束時間が長く時間を取られていたので、夏休みにしかできないことをやらなければならない。特に今年が正念場である。

早朝はなのはちゃんとトレーニングは継続中、夏休みの課題は3人で役割分担する。日記やレポート系は俺、計算と絵は希ちゃん、カナコはお茶を飲んでいた。

……おまえもやれよ。

希ちゃんは絵が上手い。時間はかかるけど、まるで写真のような絵を描くことができる。一度見たものは書き起こすことができるというからすごい。そのうちさざなみ寮に相談に行こう。

アリサちゃんとすずかちゃんは海外旅行の予定、習い事や塾が忙しくなかなか遊べないのが残念だ。なのはちゃんも家の手伝いと塾と意外と暇がない。俺たちにもやることがあるから、割とぼっちな日は多かった。しかし、今年はそれでいい。来年からはきっと友達と過ごす希ちゃんの楽しい夏休みが待っているはずだ。



夏休みに入ったばかりで、気分はウキウキだ。

今日は高町家の道場に来ている。カナコもだいぶ慣れてきてるが、あくまで向こうにあわせてもらっている練習である。ただカナコにとっては魔力のほとんどない人間の攻撃を防ぐ修行は魔力読みに頼らない洞察力や気配を感じる力を鍛える絶好の機会になっているようだ。無理矢理シンクロさせられて体験させられてる俺にとってはプレッシャーでちびりそうだった。

ひとしきり動いた後は休憩である。今は夏まっさかり、道場は景色が歪むくらいムンムンしている。美由希さんが汗を拭っていて艶めかしい。武道少女もなかなかいいものだと思う。修行のときは厳しい顔で怖いくらいだが、今はゆるんでというか下着とか見えて無防備である。恭也さんも同じく汗を拭っているが、そんな妹をみても何も思わないのだろうか? …もう見慣れてるのかもしれない。この間テーピングとかしてたけど、お互いの距離が近い。顔と顔が触れそうな距離になんの障害もなく近づくなんて恐ろしい。

まだ分別のつかない子供同士や恋人のような距離感だ。俺にも斎ちゃんがいたからよく分かるなぁ。なのはちゃんが疎外感を感じる理由が理解できたような気がする。

風に当たり涼みながらスポーツドリンクを飲む。そして、いつものように戦いの心得について質問を始める。恭也さんと美由希さんが答えてくれるくれる形式でもうかなりの回数になると思う。

「ししょー、質問です。戦いで剣士は怒りのパワーで強くなったりするのですか? スーパーサイヤ人みたいに」

「スーパーサイヤ人? なんだろう? 」

美由希さんは首をかしげる。そういえばここそんな概念なかったな。

「怒りは力みを生むし、判断力を鈍らせるから良くはないよ。いつだって冷静じゃないと」

ほうほう。恭也さんらしい回答だ。もう少し突っ込んでみよう。

「でも、キレると体にかけてるリミッターが外れて、スピードとパワーが上がるんじゃないの? 」

俺の知っているヒーローはみんなそんな感じだ。追い込まれ、仲間を傷つけられ真の力に目覚める。怒りの力が爆発して快感を生むし、カッコいいのだ。カッコいいはそれだけでジャスティスだ。

「確かにそうかもしれないけど、それは暴れる感情をしっかりとコントロールしているか。感情のままに動いても染み着いた習慣のようにきちんと体が動かせるんじゃないのかな? すごい才能だよ。それは」

美由希さんは頭をひねりながら教えてくれる。むぅ、やはり俺には難しいようだ。そうだな。俺はクールキャラ行こう。これはこれでアリだ。

その後、高町兄弟の修練を見学して修行を終えた。明日からはしばらくお休みである。山篭りだそうだ。ふたりともどこか楽しそうである。ここは末永くおしあわせにとでも言えばいいのかな?



夏休みも8月に入る。あっという間に過ぎた。それなりに遊んだけれど物足りない。

今日は図書館。

はやてちゃんに会う為じゃない。むしろ出会うことがないように細心の注意をしている。メールでは八神家の騎士たちが少しピリピリしているが、何も言ってくれないそうだ。どうしたんだろう?

図書館は今日も涼みに来た人でそれなりに盛況である。机には勉強しに来た学生たち、児童書コーナーには希ちゃんくらいか下の子たちが集まっている。司書のおねーさんはなかなか美人だ。

私は歴史のコーナーにいる。大人ばかりで希ちゃんくらいの子は目立っていたが、周囲はそんなことを気にする様子もない。だがむしろ気が楽で助かる。

目的は竹取物語と夏休み課題の社会のレポートの題材を探すつもりだ。テーマは「世界の偉い人」である。

この世界は前の世界と比べると同じ名前で同じような偉業を達成する事件もあれば、全く知らない人物が出てくることもあった。わかりやすくいうならダーウィン、ジャンヌ・ダルク、坂本竜馬等の前の世界では超有名人な人物が教科書に載ってないのである。

また、特徴的な傾向として歴史に名を残す偉人は毛髪がない人物が多い。

アインシュタイン、オッペンハイマー、ノーベル、エジソン、ニュートンなど、科学者は特に頭皮が残念な「転生覚醒者」多い気がする。

イエス・キリストと釈迦を始め、ローマの皇帝たち、中世の王族、偉大な軍人や有能な政治家の中にはスキンヘッドが多い。この世界はスキンヘッド共が歴史を紡いできたといってもいい。

俺は認めない。カミのいない世界なんて… 

きっとこれも奴らのせいだ。他にも軍事面でも第二次大戦辺りから極端な進歩をしていて不自然である。第二次大戦中は旧帝国軍ではサムライマスターと主力二足歩行戦車「学天則」が活躍し、中国のカンフーマスターと革命軍量産型二足歩行戦車「木人」死闘を繰り広げた。最初の世界じゃまだまだ二足歩行なんてまだ試作段階だ。それが第二次大戦中には確立されているのだから驚きである。

また、前の世界を基準にすると人間のレベルがいろいろおかしい。人間も高町家が例に挙げられるように異常に戦闘力が高い。おじいちゃんの話もどうやら本当らしいし、劉さんの話では世界にはもっとすごいやつらがいるらしい。いやもちろん少数だろうけどね。ジュエルシード事件でも町にでっかい木が生えても死者はゼロだし、中国旅行で見たものも中国四千年はすごいなぁ~と思っていたがよくよく考えてみたら前の世界であんな真似ができる人間がいるはずがない。

この世界にはおかしな人がたくさんいますと歴史のレポートを締めくくる。



三時を過ぎてようやく竹取物語を読むことができた。

かぐや姫こと竹取り物語、教科書には採用されていないそうだ。なぜなら内容がファンタジー過ぎるということらしい。

平安の頃、かぐや姫は竹取りの翁より、竹林より見つけられ育てられた。美しく成長したかぐや姫は評判を呼び、多くの有力者の求婚されることになる。

かぐや姫は婚約の条件として、究極幻想第四巻に記された桃色の尻尾、竜探究第三巻に記されたはぐれ液体金属が持つ幸せの靴、浪漫戦記吟遊詩人の出てくる青の剣、魔物狩人二爺巻の出てくる老山龍の天鱗などを見つけてくるように集まった婚約者候補に条件を出した。



いや無理だろ…

結果は知っての通り惨敗。かぐや姫マジ鬼畜。そんなレアモノ集められるわけがない。




噂を聞いた天皇に見初められることになる。だが宮中に上がるのは断ったそうな。

かぐや姫はある告白をする。それは彼女は月の民で祖先は遠い昔日本より海を隔てた巨大な大陸に住んでいたが、地獄より鬼の軍勢が来てすさまじい妖力で大陸を消してしまったそうだ。鬼たちは定期的にやってきては町を滅ぼし、とうとう我慢できなくなったその国の人たちはこの地で隠れるように生きる者、鬼の国へ渡り戦う者、そして、かぐや姫の一族のように月に新天地を求める者に分かれた。

その後、鬼の軍勢は現れなくなり長い長い年月が過ぎたが、最近、月の民は彼らにしか分からない世界が消し飛ぶほどの大きな力の波動を感じ取り、鬼の軍勢の脅威が来ることに備えてかぐや姫を送り込んだそうな。

そのひとつとしてこの国にある対鬼の切り札である神の化身を守ることにあった。その化身は石像として房総半島のある山に安置され、代々そこの守人によって守られていた。しかし、守人の血が薄くなり、力を失い、今では地方の豪族によって管理されていた。

天皇にお願いして後ろ盾を得たかぐや姫は村人のなかから守人の血を引くものを石像に祈りを捧げる儀式を行うことで選び出し、数年にわたって儀式の方法や秘術を教え、のちの世まで伝えよと言い残したそうだ。

彼女自身は守人の一族の近くに居を構え、守人の補佐をした。生前は月見を何よりも好み、不思議な力で月にいる母と会話を交わしていたそうな。かぐや姫は何百年も若々しい姿のままだったという。彼女は老いることも死ぬこともなかったと言い伝えがある。そんな噂を聞きつけてかぐや姫を我が物にしようと考えるものたちもいたが、天皇の後ろ盾もあり手出しされることはなかった。

しかし、350年を過ぎた中央では天皇家が北と南に別れ争いが起こっていた。その結果、天皇の影響力がなくなり、かぐや姫はよからぬものたちによって狙われることになったが、不思議なちからで千の軍勢も一方的に追い払ったそうな。

しかし、それはますます注目される結果となり、百年は護り続けたが、とうとうケガレにあてられて黒い大蛇となり災いを起こすようになった。応仁の乱の頃である。

そして、血族である娘の五行封印により封印され、その娘の肉体の檻に閉じこめられ、その封印された者が死ぬときに運命を共にしたそうだ。

その物語の元になった巨人像と守人と一族、かぐやの一族はその後は世に隠れるように細々と生きて、時に権力に翻弄されながら、希ちゃんの祖母と祖父の代まで続いてきたそうだ。

これが五行封印関する記述だった。

黒い大蛇か。どうしてもこの間呼び出した奴が思い浮かぶな。肉体の檻はカナコの部屋にある鉄格子がよぎる。心の中でも文字通り檻なわけだ。長生きをしたかぐや姫にケガレとは何があったのだろう。応仁の乱が関係あるのかな。封印した人も自分のご先祖を封印しないといけなかったとはやりきれないよな。封印になった人が死ぬとそれで終わりなんだ。

なんとなく今まで見えなかった点が現れてきたような気がする。後は点と点を繋いでいけば全容がみえてくるだろう。



夏休み8月も半ばを過ぎた。自由研究の仕上げをそろそろしたい。

フェイトちゃんのビデオレター、だいぶ慣れて来たのか。アリサちゃんやすずかちゃんを含めたみんな用となのはちゃん用、そして、おねーさま用と別れて届くようになった。なのはちゃんとは順調に友情を育んでいるそうだ。

フェイトちゃんはいつもどおりのはにかむような笑顔で髪はウネってバチバチと帯電しているようにみえる。大丈夫かな? 今度劉さんに聞いてみよう。

「おねーさま、フェイトです。元気ですか? この間のビデオレターで久しぶりに会えてうれしかったです」

いや~ やろう思えばできるもんだね。夢の世界の映像を撮るなんて、心なしかバーチャプレシアも張り切っていたように見える。

「ユーノがアルフと一緒に散歩してたよ。アルフ、鎖に繋がれて喜んでた」

これはどう判断していいかわからんなぁ。

「昨日、クロノの部屋に行ったら、クロノは机に座って仕事してたみたいだけど、机の下に誰かいたみたい。かくれんぼかな? 」

……いやいや、考え過ぎでしょ。どうも俺は心が曇っているようだ。

「あっ、それからリンディ提督からだけど、暗示をかける魔法はあまり使わないようにだって、ここからリンディ提督に変わるね」

バレてる。ユーノ君の件で気づかれたかな? 動画が切り替わりリンディ提督が写った。いつになく厳しい顔をしている。もしかしてお説教タイムでしょうか?

「こんにちわ。希さん、元気ですか? 今日はお願いことがあります」

一度ここで目を閉じて深呼吸する。よほど重大なことらしい。再び目を開けて口を開く。

「あなたの使う暗示魔法をこれから人前で使わないで欲しいことと、それを誰にも言ってはいけません。それは今から説明します」

思ったより深刻な話だった。リンディ提督の話では管理局の法ではカナコの暗示魔法は精神操作系の違法ギリギリのラインらしい。その気になって改良すればどんな行動を強要できる洗脳レベルで、しかもカナコは離れた相手に使用できる点で相当危険と判断できるらしい。そうなるとリミッターかけなればならなくなる可能性が出てくる。もちろんカナコを含めた俺たちは管理外世界なので、管理局の法が適用されることはないが、状況によっては管理局も動かざる得ない。もちろん俺たちは悪用するつもりがないが、テロや犯罪を生業にするものにとってはカナコのスキルは魅力的にみえるからだ。リンディさんの態度は真摯で純粋にこちらを心配してくれている。

(どうする? カナコ、あれだけ言ってくれるのってことは相当やばいんじゃないのか? )

(私は嫌よ。どうしても使うときが来るかもしれないわ。できない約束はしたくない)

(話の要点は希ちゃんが狙われるってことだろ? )

(むぅ… )

最初は渋ってたカナコだったが、希ちゃんの身の危険まで含めて考えて不用意に使わないという妥協点でようやく了承してくれた。お返しビデオレターにはその旨を伝えておこう。



夏休みはあっという間に過ぎる。夏休み締めくくりとして四人で集まり、自由研究の仕上げのために学校の図書館に集まった。

私はプラトン著書のティマイオスとクリティアスの原書を一次資料に人類と超古代文明を正面からストレートに捕らえたその名も「アトランティスストライク」で行こうと決めていた。

「小学生の書く内容じゃないよね」

とすずかちゃんは呆れ気味に言っていたが、すずかちゃんの研究テーマは「自衛隊主力二足戦車アシモと中国次世代主力戦車先行者の構造と戦術運用」だから人のことは言えないと思う。しかも機密文書とか持ち出し厳禁とか赤い印鑑でかでかとヤバげな表紙の資料が山積みになっていた。もしこのまま課題が公表されたら自衛隊員の首が飛び、中国ではリアルに首が飛ぶんじゃなかろうかと思ってしまう。

対抗意識を燃やしたのはアリサちゃんで私たちに負けるもんかと、時間をかけて資料を漁っていた。両親の会社から資料を集めたらしい。テーマは「日銀砲とアメリカファンドの攻防」で、当時総裁と頭取に手紙を書いたらしい。返事返ってくるのか?

なのはちゃんはさほど最初は力は入れていなかったようだったけれど、私たちの熱気に感化されてやる気をだしたみたいだ。解けたら一億もらえるという5つの数学課題にレイジングハートと取り組んでいたけど、残りあとひとつって言ってたけど、まさか解けてたりしないよな。

それぞれの課題を仕上げに取り組み、ここ何日かは学校に通い、帰りに家に集まり最後の思い出にお泊まり会をしていた。

初日はなのはちゃんの家で翠屋の味を堪能し恭也さんと美由希さんの朝練にも参加した。昨日はアリサの家でゲーム大会だったので少し眠い。そして今日はすずか邸の予定だった。

十時過ぎ、アリサちゃんとなのはちゃんは買い出し組。私とすずかちゃんは黙々と課題に取り組んでいた。今はふたりで他には誰もいない。司書の先生の姿もない。

(あら? )

(どうしたカナコ? )

(いえ、なのはの魔力が急に消えたわ、なんか高速で動いたみたい。気のせいかしら)

(アリサちゃんも一緒だし、もう少し待てばわかるだろ)

気がつくと手を止めたすずかちゃんがこちらを見てた。

「希ちゃん」

「どうしたの? すずかちゃん」

「今日は一緒に寝ようか? 」

そんな下心満載な顔で言われてもねえ、私の答えは決まっていた。

「お断りします」

「先っちょだけでいいから、ね」

ちょ! エロいネタ禁止。

「すずかちゃん、前々から思ってたけど、隠す気ないの? 」

「え? 何を隠すの?」

すずかちゃんはなんのことかわらないという顔をしている。まさか、気づいていないのか?

「すずかちゃんが人間の血を嗜好するちょっと特殊な性癖の持ち主ってことだよ」

大人の優しさを幾重にも巻いて指摘する、すずかちゃんはあ~というような表情で答えを返す。

「別に隠してないよ。アリサちゃんとなのはちゃんはもう知ってるし」

あれっ!? 自分が人とは違うとか化け物だとか忌まわしい衝動に悩む深窓のおぜうさまって設定じゃなかったっけ? 

「そうなんだ」

私はまだ理解が追いついていないので、なんとなく返事ををする。すずかちゃんの話は続く。

「もちろん。教えるのは親しい人だけだよ。あんまり声を大きくして言うことじゃないし。もらう人からは麻雀で血を賭けるのがウチのしきたりだから」

麻雀? もしかして月村の家はあの昭和の怪物と親戚関係だったりするのかな?

「いじめられたりしないの? 」

今度も言葉を選んで質問する。

「よくわからないけど、情報の管理と権力とかそういうので大丈夫みたいだよ。お金の力で得られるちからは大事だって、それにこの町はあのさざなみ寮とかなのはちゃんの家みたいな人外魔境の巣窟だから、私の家なんて可愛いものだよ」

すずかちゃんはため息をつく。確かに自分は他人とは違うなんて、ここの町の一部の人外の住人たちからすれば、大した問題じゃないのかもしれない。

「確かにあそこの住人は特殊だよね」

「希ちゃん知ってるんだ。私もね、たまに友達に会いに行くんだよ。そこでちゃんと人を見る目を養えば、受け入れてくれる人は見分けられるってその友達が言ってたんだ」

思ったよりオープンなったのね。友達って誰だろ? 考えてみれば、わざわざ力のある名家に喧嘩を売るやつはあまりいないのかもしれない。俺が勝手に勘違いしてただけのようだ。確かに夜の一族よりよほど危険なのがこの町には揃ってるからな。

「じゃあ、私は? 」

「もちろん合格」

即答で言われて若干照れる。そのくらいは信頼されていたということだろう。

「希ちゃん、今夜は楽しみにしててね」

えっ!?

「どんなことするの? 」

イヤな予感はするが先を聞かずにはいられない。なんとなくだが、すずかの目が鋭く光った気がしたのだ。

「レストラン山猫軒へ招待するよ」

なんのことだ。出張レストランでもしてくれるのだろう
か?

首をかしげる私にすずかちゃんは妖艶な表情で微笑む。何か、何かヒントがあるはずなんだけどなぁ。

そんなときドアが乱暴に開かれる。入ってきたのはアリサちゃん表情はこれまでにないくらい深刻なものだった。

「大変よ。なのはが、なのはが、ゲホッゲホッ」

「どうしたの? アリサちゃん」

慌てすぎてむせるアリサちゃんの背中をすずかちゃんは冷静に背中を撫でながらたずねる。



「なのはが光る物体に連れていかれちゃったのよっ!! 」









「えええええええ~~~~」

珍しくすずかちゃんとシンクロする。

これが人類の未来をかけた俺たちの戦いの始まりだった。




ーーーーーーーーーーーーー



大西洋近海。航海は順調。

我々ネオアトランティスは失われたアトランティス文明の痕跡を辿るべく調査の旅に出ている。

人生最大の目的を達成するための念願の旅だった。

私は違う人間の記憶を持っていた。それを自覚したのは5歳の頃、生まれたのは日本という東洋の島国という認識しかない。

前世の名前はガーゴイル。アトランティス人の超科学を持って世界征服を目指す秘密組織ネオアトランティスの首領だった男である。最期はみじめなものだった。

自覚してから世界征服を目指そうと思ったこともあったが、その頃の私は何の後ろ盾もない庶民の生まれだったうえに、時は戦争の時代、知識は何の役にも立たず、生き抜くことを考えるだけで精一杯であった。戦争が終わる頃には成人して妻も子もいたため、前世の男のことなど記憶の隅に追いやっていた。

時代は徐々に落ち着き、大学で考古学を専攻し講師となり、生活も安定した頃、私は長年の前世の男は本当に存在するだろうかが気になり始めた。すでに世界征服の意志などないし、不可能なこともわかっている。妻や子との生活は非情だった私の心を癒し変えてしまった。

ただ確かめたかったのだ。

さっそく当時の新聞や資料を調べてみたが、ネオアトランティス団の痕跡は全く見つからなかった。我々が使用していた超科学も同様である。結論はこの世界は前世の私がいた世界ではないということだった。

しかし、アトランティス王国は実在したようでプラトンの著書ティマイオスとクリティアスに記述されている。だがこれは口伝でやや信憑性に欠けるところがあった。

その口伝の元を辿るとエジプトの神官から聞かされたものであり、その神官は12枚の「エメラルド・タブレット」の1枚の写本を元に話をしたらしい。

12枚のエメラルド・タブレットはアトランティスの智慧の記録でありエジプトのトートが書いたと言われている。
劣化しないエメラルド板に記載され、謎を解くことができたものは世界を制するちからを与えられるそうだ。オカルトめいた眉唾な話ではあったが、アメリカとソビエトの首脳陣は信じていたような節がある。巨額の資金を投じて研究が行われた。両国とも月面計画の中止を発表したばかりであった。

両国はお互い競い翻訳作業が行われ、私は研究に参加した日本人博士のつてで読ませてもらうことができた。

タブレットの中身を翻訳したものを読んでみると主にアトランティス王国とその周辺国の歴史について記載されていてた。魔法使いや機械人形、巨大獣などにわかには信じられないことが書かれていた。また王の選定や臣下の名称、国を離れて三つ目の仮面をつけていたネオアトランティスを思わせることも書かれていた。博士によると12枚ではなく所在不明の13枚目にすべての門を開くキィワードが記載されている可能性があるそうだ。

何も知らないはずの浅野君がキィワードの断片を発表したときにはちょっとした騒ぎになった。ただの偶然か。それともどこかで読んだのかはっきりしたことはわからない。

浅野陽一君、私と同じ前世の記憶を持つもので、初めて会ったときは私のことも知っていたから驚いたものだ。幼い少年がたくさんの大人たちの前でも堂々と演説を行うさまは神秘性とカリスマ性を与え、本物だと信じてしまえる何かがあった。

実際彼は常人では決して書けないスピードで本を書き、それで得た利益が私たちの資金となっているのだから不思議な縁である。



博士の見解では少なくとも超古代文明は3つ大陸と国が確認できるという。一つは大西洋アトランティス大陸で「エメラルド・タブレット」にその痕跡を残している。

次は太平洋ムー大陸についてはヒンドゥー教門外不出の「ナーカル碑文」に記載されているらしい。しかし、信徒たちのガードは堅く現在までその内容は確認されていない。実は日本ともゆかりが深く。日本人には王族の血が流れる一族がいるという伝承が残されている。有名なのが国宝の指定のムーの巨人像で千年前に作られた日本最大の石像である。神道とも仏教ともほど遠い造形は歴史家の注目を集めている。

最期はインド洋レムリア大陸で所在不明の世界最古の写本ジャーンの書を訳した「シークレット・ドクトリン」にその記述があると聞いているが、訳の段階で怪しい部分があり資料的価値に疑問が残ると言われている。

すべてのエメラルド・タブレット、ナーカル碑文、ジャーンの書を揃えることができれば、超古代文明の研究は多く前進すると博士は言われていた。

しかし、3つの大陸があったのされる場所には何も存在していない。海があるばかりで、忽然と姿を消している。火山の噴火の原因で海底に沈んだ。あるいは、局地的な次元の歪みにより消失したというような突飛な仮説まで存在している。次元を歪めるなど今の科学では検証しようもないが、根拠がないわけではない。その海には他の海域にはない特徴を備えている。

まず天候不順で磁場の乱れが激しく理由を解明することができないこと、次に海洋生物の生態が酷似していることなどが上げられる。具体的には大型で凶暴なものが多い傾向にあり、3つその海域にだけみられる特徴だという。そのせいか昔は海難事故が多く、魔の棲む海と呼ばれ誰も近づくとはなかった。近代ではさすがに事故は減少しているが、迷信深い船乗りは今でも決して近づこうとしないと聞いている。我々がこれから向かう場所も魔の海の境界に近いところになる。

そろそろ目的地近くに着く。これから数ヶ月をかけてこの海域を調査して遺跡の位置を特定する作業に入る。あるいは空振りに終わる可能性もあるが、私だけではない多くの期待を背負っている。

「首領、大変ですっ! 」

部下の一人が飛び込んできた。

「何があった? 」

「とにかく外へ」

そう言われて、外に出る。どこまでも海が広がり、太陽がまぶしく輝いている。特に何か気にするようなものはないようだが…

私はある違和感に気づく海ではない。空だ。遠くて小粒しかみえないが、多数の光る物体と宙に浮いている船のような残骸が目に入る。

光る物体が残骸を持ち上げているようだが、光る物体と残骸は空を上昇していく。すると今度は空が暗くなった。

「む!? 今度はなんだ」

今度は巨大な雲が現れた。遠くて正確な大きさはわからないが、光る物体が皿の上の豆のようにみえるから、超巨大であるのは間違いない。雲の隙間から金属のような光沢が見える。船の残骸を光のようなもので吸い上げ、景色が揺らいだかと思うと忽然と姿を消した。

我々の常識を超えた白昼夢のような出来事に誰もが言葉を失う。

私はひとり頭を巡らせていた。前々から存在を疑ってはいたが、どうやらこの世界にも人類を超越する文明が存在するのは間違いないようだ。前の私の世界ではそれがネオアトランティスであっただけの話だろう。そうなると「転生覚醒者」も彼らの仕業だろうか?

懐からケースを取り出し、浅野君の言うところの「あおいみず」を取り出す。今までなんの反応を示すことはなかったが、ごく微弱ながら光を放ち点滅を繰り返している。電子音のような音も聞こえるが、やがてその光と音は収まった。

ここでも浅野君か… おみやげと言って渡されたときはひどく驚きどこで手に入れたか詰問して、買った場所に部下を派遣したものの何もわからなないままだ。

「いったい何だったのでしょうか? 」

部下のひとりが唖然とつぶやいた。常識で考えて、頭が混乱しているのだろう。私には今回の出来事はわからないが、一つだけ閃いたことがあった。

「恐らくあそこに海底深く沈んだアトランティスの痕跡がある。何者かが船を引き上げたようだったが、何か残っていればいいがな 」

私は自分の目的を果たすだろう。これは世紀の発見になる。そんな予感があった。しかし、跡形もなくなった巨大な船は幻だったのだろうか?

言いようのない不安だけが残った。

「……浅野君、君は何を知っていたんだ? 」

今亡き友人にそう問いかけ部屋に戻った。これから忙しくなる。



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次元震測定。第一種警戒態勢。直チニ現地ヘ偵察機ヲ派遣セヨ。



小規模次元転送確認。AAA級魔導師ニヨル儀式魔法ト認定。



次元跳躍反応確認。戦艦級一隻確認。第四種警戒態勢。

現地座標確認。人類固有名ニホン国○○県ウミナリ

現地調査主任コードネーム「ジョーンズ」ニ指令。調査員ヲ派遣セヨ。



目標滞在時間100時間突破。現地偵察行為ノ可能性大。本国斥候部隊ノ可能性30パーセント



AAAクラス魔導師2体ニヨル戦闘演習確認。次元魔法発動ヲ確認。目的不明。本国候斥部隊ノ可能性50パーセント

警戒率50パーセント突破。人類種科学技術向上ニヨル本国ノ侵略行為又ハ示威行為ト断定。戦闘準備態勢ヘ移行。

アトランティス王国発令 人類洗脳計画開始。

ムー帝国発令 巨人・発掘兵器探査計画開始。

レムリア都市連合発令 キメラ計画開始。



作戦指令部。休止施設ノ復旧作業二入ル。メインシステム休眠モード解除。再起動準備開始。

人類洗脳計画。第一フェイズ。月基地発電施設復旧率50パーセント。

巨人探査計画。第一フェイズ。調査地域70パーセント終了。ムートロン反応ナシ。調査ヲ継続スル。

キメラ計画。キメラ体候補選定。




各計画ノ進行状況ヲ報告セヨ

作戦指令。月基地復旧100パーセント。「システムカグヤ」起動

発電施設稼働開始。地球衛星型リフレクター再起動開始。人類洗脳計画第二フェイズへ移行。「アトランティス王ノ器」候補探査開始。

地球全域調査完了。ムートロン反応ナシ。巨人ハ大破・消失ノ可能性アリ。ムー帝国レコード検索。巨人最終反応地点再調査開始。座標地点確認人類固有地名ニホン国ボウソウハントウ。残存兵器収集開始。

キメラ体候補選定終了。計108体。第二フェイズヘ移行。捕獲作戦開始。月基地移送準備。魔力増強薬注入用意。現地呼称名ヨリ設定。

コードナンバー00「ヒガシハラ」
別称デスブログ 
種族   人類種? 
魔力値  測定不能
魔力属性 測定不能 解析不能 

最優先目標ニ設定

コードナンバー01「ナインテール」
別称タタリキヅネ 
種族   キツネ
魔力値  S
魔力属性 雷 

最優秀個体

コードナンバー02「ヤマタノオロチ」
別称ミズチ 
種族   蛇
魔力値  AAA
魔力属性 水 

人類種ニヨル人造竜

コードナンバー03「ギュスターブ」

……



「アトランティス王ノ器」候補発見。魔力判定AAA 魔力反応合致率80パーセント。目標ヲ第一候補ト認定。捕獲セヨ。人格消去手術・月基地代表人格移植準備開始。

所属不明ノ魔導師5名ト魔導書確認、捕獲準備開始。第52師団、対魔導師部隊、急襲セヨ。

ボウソウハントウ調査終了。ムートロン反応アリ。巨人発見。発掘兵器収集完了。大規模転送魔法ニテ月基地へ移送開始。

キメラ計画。コードナンバー00「ヒガシハラ」コードナンバー666「ベネディクト」捕獲失敗…

捕獲大隊全滅。詳細不明。捕獲成功率算定開始。一個師団派遣ニヨル成功率0パーセント。捕獲中止ガ最善認定。捕獲キメラ素体、月基地へ移送。




「王ノ器」捕獲成功。デバイス解析。AI搭載型デバイスト認定。ハッキング開始「王ノ杖」プログラムインストール開始。人格消去手術・人格移植開始マデ24時間。

巨人呼称名「ライーディーン」修復終了。再起動開始。起動不能。スキャン開始。魔力DNAロック確認。ムー王国ラ・ムー血族捜査開始。

キメラ体魔力増強剤注入終了。任意・寄生体死亡後発動。生息地域返還。作戦開始マデ待機。キメラ計画最終フェイズ終了。



作者コメント

すべてはアトランティスの仕業だったんだよっ!!

後編に続きます。手直しとコメント返しは後日します。



[27519] 第三十八話 アトランティスの叫び 後編
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2012/06/07 00:32
第三十八話 アトランティスの叫び 後編

今日は……暑い。

灼熱の太陽がジリジリと白いアスファルトを灼く。外ではセミ共が残り少ない命を絞り出すようにぎゃあぎゃあ喚く。

全くくそったれな天気だ。

「だから、なのはがさらわれたのよっ! 」

息も整いミスアリサはまくしたる。そんなピーピー鳴いたらプリティフェイスが台無しだZEベイベー ショッピング帰りのスクールに戻る途中、急に辺りがブラックなったかと思うと急にスカイが光り、気がついたらマイハニーなのはがいなくなっていたという。

ミスアリサは気が動転していたのか。テレフォンのことも忘れて私たちのいるところまでフルダッシュできたらしい。

ちっ、いやな予感がビンビンしやがる。面倒なことになりそうだぜアンハン。ポケットを探るがこんなときに限ってジッポとマルボロがない。

「アリサちゃん、家の人に早く連絡した方が 」

「そうね」

「ストップ!! 」

テレフォンをかけようとするアリサだったが、俺は止める。無駄なことを知っているからだ。

「希ちゃん? 」

「私の予想が確かなら電話しても無駄よ。多分明日には帰ってくるだろうけど、それに図書室は携帯は禁止だよ。 ……ふっ」

俺は光る物体と聞いたときからピンときていた。

(なのは、なのは、だめか。レイジングハート、レイジングハート ……シットッ!! )

チッと舌打ちをつきたくなるが、ここは我慢だ。俺の見た目はラブリーリトルレディなのだノゾミのミステリアスヤマトナデシコのイメージを崩すわけにはいかない。

(相棒、おまえの感覚だとどうだ? )

(相棒? もうやってる。少なくとも町にはいないわ。上空へものすごいスピードで飛んでいったもの ……ところでさっきからなんでやけにアメリカナイズされてるの? )

えっ!?



……気をつけよう。最近中二モードに入ったとき自覚症状がないときが多い。

通常運行へ戻す。さっきカナコが感じたのは気のせいじゃなかったらしい。沈黙に耐えられなくなったアリサちゃんが聞いてきた。

「どうしてよ? 希」

「警察に頼んでも多分無理よ。だって相手は宇宙人だもの。どちらかと言えば、FBIの出番だね」

……

……

ピタっと発言が止まる。沈黙の空気が流れ、エアコンの駆動音だけが響く。時間にして数秒、おそらく私の発言を吟味していたのだろう。

「はあ~ 希、あのね、私、真面目に言ってるんだけど」

アリサちゃんは盛大なため息をついた。失礼なっ!? 俺だって大まじめだ。

「アリサちゃん、これは本当のことだよ」

「わかったわかった。アンタがそういう奴だってことはわかってるわ」

何この空気、また始まったといわんばかりの態度、すずかちゃんも日本人のあいまいな笑いで誤魔化してはいるが、アリサちゃんの方を支持しているような感じである。

このままじゃ堂々巡りだ。まあ常識で考えるならばアリサちゃんの行動を止めるのはおかしい。好きにさせるのが一番だろう。それよりこっちはこっちで行動は迅速にしなければならない。

そう急がなければならないのだ。

俺の予想が正しければ、なのはちゃんは奴らにさらわれてインプラント手術で操り人形にされてしまう。直接命に関わることはない。ないのだが。

あの意味命に関わる問題がある。

手術を受けたら恐ろしいことになのはちゃんは、なのはちゃんは禿げる。




もう一度。禿げる。


大事なことなので二回。

……

……

いやあああああああああああああああああああ。

……

……

いやあああああああああああああああああああ。



いやすぎる。

そんなのむごい。なのはちゃんは俺の憧れる強い子だ。未来で重傷を負っても不屈の精神で蘇ってきた。しかし、今回は相手が悪い。努力だけではどうしようもないことであることは俺が一番よく知っている。STSの頃にはかなりやばくなるだろう。髪の手入れ極めた俺でさえ10代前半には浸食が始まっていたのだ。まして教導教官というストレスのかかる仕事で加速度的に進行してしまうだろう。問題児の射撃得意な方とか、ティアナとか、あとランスターとか。

そして無邪気なヴィヴィオに。

「なのはママ薄くなったね~ 」

と言われて落ち込むのだ。かわいそうに。かわいそうに。

これはいかんっ!! なんとしても手術を止めなければならない。彼女の髪の未来のために。

「いいよ。じゃあ私は勝手に動くから、すずかちゃん悪いけど今日すずかちゃんの家に泊まったことにしてくれないかな。うちのおかーさん心配するから」

「希ちゃん? 」

「ちょっと待ちなさいよ」

「どうしたの? アリサちゃん 私、急ぐんだけど」

あまりしたくはないがアリサちゃんをにらんで、つめたく言い放つ。悪いが今は余裕がない。子供の駄々につきあっている暇はない。なのはちゃんの麗しの髪が危ないのだ。

「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃない」

アリサちゃんにしては珍しい。しおらしいというか怖がっている。通常の彼女なら瞬間沸騰で反撃するかと思ってた。予想外の反応に俺も戸惑ってしまう。するとすずかちゃんがおずおずと話しかけてきた。

「あ、あのね。希ちゃん、ちょっと怖い。その祟られそうで… 」

いかんな。こっちは大人なのに怖がらせてしまった。私は少し息を吸って笑いかける。

「ごめんアリサちゃん。じゃあ、ちょっとだけ私の行動を見ててよ。ダメだと思ったら、好きにしていいから」

「うん、でもその顔から笑っても怖いわね」

神妙にうなずき少しだけ笑顔を見せる。今は夏だ。希ちゃんの格好は涼しげな白いワンピースである。だいぶましになったとはいえ真っ白い肌とやせた体はこの世のものとは思えない雰囲気を醸しだし、暗い場所で出会ったらほぼ幽霊と間違われる。この間もアリサの家で悲鳴を上げて逃げ出られた。失礼なっ! シリアスモードになるとさらに効果はばつぐんである。



「すずかちゃん。パソコン借りるね。ネットつながってるよね? 」

「え!? うん、いいよ」

私はすずかちゃんからパソコンを借りるとあるサイトにアクセスする。目当てはメールサーバー。ここから俺は日本主任調査員のジョーンズ氏に調査報告書を受送信していた。

俺は溜まっていたメールを開く。見た目はただの広告メールだが読み方を知っていれば指令書に早変わりだ。だいよげ~んの手順に従って起動プログラムを入力する。

「よ~し、いいぞ。そのまま、いい子だ」

「??」

変な人を見る目でふたりは見ているが気にしない。無意味に高速タイピングを披露する。コマンドを高速で入力するとコンプリートの文字が出た。アクセスに成功したようだ。

「ビンゴッ!! 」

メールを開く。意味不明の英語の羅列があるが実はこれには法則がある。ちょっとした暗号なのだ。文字配置表を持っていれば誰でも読める。こちらから送ることも可能だ。内容は日本へ調査員増員指令で特に海鳴を重点的に調べているらしい。ということは近くを巡回してるはずだ。



俺はジョーンズ氏のアドレスに向けてメールを作成する。内容は現地生物回収依頼である。

奴らは地球の生き物を好み回収させている。特に牛とかでかいやつが好きらしい。ネットでこの学校の座標を調べメールに場所を指定する。こうしておけば後は奴らにだけわかる目印を書いておけばすぐに自動的に回収されるはずだ。

(カナコ、俺の記憶から中国に行ったとき、奴らが残した文字を紙に起こしたいんだけど、できるか? )

(希と一緒ならできるけど、さっきからあなた何やっているの? )

(後から説明するよ)

こうしてカナコが記憶を調べ、希ちゃんがトレースした文字が紙に書かれた。ミステリーサークルのような独特のマークが描かれている。

「ふたりともちょっと手伝って」

「何をするの? 」

「屋上に机とイスを運ぶよ」

「えっ!?」

「いいから黙って手伝うのっ!! 」

「うん」

有無を言わせない私の迫力に気圧されたふたりは黙って手伝う。屋上に着くと希ちゃんが書いた通りにチョークで大きく描く。そのチョークに合わせてイスや机を配置していく。幸い人は少なく私たちの行動を見咎める生徒や先生はいなかった。

こうして目印は完成。後は呼びかけるだけである。

「さあ三人で手を結んで、呼びかけるよ」

私はふたりに耳打ちする。

「本当にコレ言うの? 」

「早く!!! 」

「もう~わかったわよ」

アリサちゃんはなげやりに答える。すずかちゃんもアリサちゃんにならう。考える時間は与えない。私はコレが最善だと信じている。

「ペントラ~~ ペントラ~~ 宇宙人様来てください ペントラ~~ ペントラ~~ 宇宙人様来てください」

三人で声を揃える。



数分が経過した。奴らが現れる気配はまだない。最初はつきあってくれた彼女たちだったが徐々に我慢できなくなって手を離す。


「希いい加減にって ……えええ~~」

文句をいいかけたアリサちゃんが何かに気づき声を上げる。上空から何か光るものが近づいてきた。

「何か来るよっ! 」

「アリサちゃん、一緒に来て、すずかちゃんは少しそこで見てて、残って片づけとかアリバイ工作しないといけないでしょ? 大丈夫。明日には帰ってこれるから、似たような事例がいくつもネットに挙がっているんだよ。調べてみればわかる」

「きゃあああああああ、何よこれ~~~~~」

見るとアリサちゃんは宙に浮かんでいた。むろん私もだ。アリサちゃんはジタバタ暴れるが真上から降りてくる光がゆっくりと吸い上げていく。

「でも希ちゃん」

心配そうなすずかちゃんに私はにっこり笑う。ちょっと神秘的である。

「ちゃんと後で話すよ。山猫軒だろうが、何だろうがやってあげるから」

「じゃあ、バートリーしてもいい? 」

「……それ命に関わるような気がするよ。山猫で手を打ってくれないかな? じゃあいってきます」

まだ不安そうなすずかちゃんだったが、

「ほんとに気をつけてね」

最後には笑顔で送り出してくれる。ちゃんと家の人を誤魔化してくれるか不安ではあるが、いろいろ裏のありそうな家だから何とかしてくれると信じよう。

こうして私はアリサちゃんと共に奴らに捕獲された。



円盤のハッチのようなモノが開き、どこか見覚えのあるディスコみたいな部屋と銀色グレイ十数人に四方を囲まれていた。なつかしい空気だね。

「ひぃ ……きゅう」

アリサちゃんは現実の許容量をあっさり突破したのか気絶してしまった。やっぱり私一人でくれば良かったかな? まあいいか。人一倍優しくて強情な子だからきっとこっちが付いてこないように言っても無駄だったろう。ならばせめて危害が及ばないように守らなければいけない。

とはいえこのままではまずいか。せめて離されないようにしないと、奴らは基本的に従っていれば危害を加えられる心配はないはずだ。俺は髪の毛をアリサちゃんをくるむと背負うように持ち上げる。すると周囲を取り囲んでいた奴らの一人が近づいてきた。

「検査ヲ開始シマス」

「なんだなんだ? 」

奴らは妙な計器を私に向けると測定を始める。

「DNA検査。ムーノ血族10パーセント。レムリア人3パーセント。月ノ民40パーセント。月ノ民二該当シマス。

魔力スキャン開始。魔力プログラムヲ確認、第40代目カグヤプログラムト認定」

「かぐやプログラム? なんだかなつかしいわね」

えっ!? 思ってもいないタイミングで返事をするカナコに戸惑ってしまう。その声はいつもアイツじゃない、どこか別のことに気を取られてなんとなく返事をしているように感じる。

「コレヨリ月二御案内イタシマス。母上ガ待ッテイマス」

「母上? そう月へ行くのね」

ちょ、カナコどうしたんだ。帰ってこ~い。

「月? 地球の基地じゃなくて? 」

さっきから置いてけぼりくらってる俺はどうすればいいのだろうか? あまりの急展開にわけが分からないよ。

宇宙船の窓から外には蒼い地球が見える。男の方のガガさんも言ってたな地球は蒼かったって、


宇宙だ。

宇宙です。

宇宙ですよ。

宇宙だってばよ。

宇宙でアリマス。

おかーさん宇宙です。可愛い子の旅には旅をさせるにしては遠すぎる気がします。

こんなところまで来て何をやっているんでしょう? 俺の展開予想では過去の浅野陽一のように何もわからないまま手術待合い室に連れ込まれて、順番を待っているとばかり思っていた。そこに俺たちが同じく手術室に案内されてなのはちゃんを救出して逃げ出すつもりだった。でもこれは予想外である。さすがにバリアジャケットを着て宇宙に飛び出す勇気はない。君はどこに落ちたい?

いきなり手詰まりだった。ああ地球って綺麗だな。自分でも自覚しているが現実逃避したくてしょうがない。

なのはちゃんどうしよう?

そこで気絶中のアリサちゃんどうしよう?

なんか思い出しそうなカナコさんどうしましょう?

明日には帰れるかな?

時計を見る限りまだ20分も経ってない。月と地球の距離は40万キロあったような気がする。はあ~ 絶対一日じゃ終わらないよコレ。往復でマッハ何キロ出せばいいんだよ。帰ったらどんな言い訳しようと考えてた時期が私にもありました。

二時間後には目的地に着いてました。よくわからないけど途中で景色がぐにゃりと歪んだ気がしたからワープとかそんな方法を使ったのかもしれない。細かい理屈は文系なのでわかりません。

(次元転送じゃないの? )

ああ、なるほど確かにその方法ならどうにかできそうだな。ユーノ君たちは長距離転送で地上から一瞬で軌道上まで飛ばしてたし、魔法技術を使えば東京から大阪に新幹線を使うような感覚で行けるのだろう。

重力あるみたいだし、月まですぐに辿りついたし、地球の科学力と比較にならんな。もしかしたら管理局並の技術力があるのかもしれん。

とにかく帰りの心配はいらないようだ。奴らが帰してくれればの話だけれど。このまま帰れなかったらおかーさんが心配するからな。あの人の顔が曇るのだけは見たくない。

だから頑張ってなのはちゃん探して帰ろう。今は流れに任せるだけで、何もできない焦燥感はあるが、じっくり堪えよう。二時間過ぎてもまだ眠ったままのアリサちゃんがちょっぴり恨めしい。

円盤は月にゆっくり降り立つ。地面が割れ、シャッターらしきものがみえる。




ちゃーちゃーちゃちゃーちゃーちゃちゃーちゃーちゃー

ダースベイダーのテーマが心の中で流れる。

リアルスターウォーズが目の前にあった。

この世界で月に降りた地球人類は私たちがアームストロングではなく私たちが初になるのかな。やったね。人類の大いなる飛躍ですね。誰に言っても信じないだろうけど、円盤を降りると、端と端が全く見えない広い空間に円盤が何台も止まっている。

……数えるのはあきらめた。

(う~んと円盤は小さいのが5932台大きいのが46台までは数えたよ)

(ははっ、ありがとう希ちゃん)

意外と冷静な希ちゃん、怖さより好奇心が勝っている子供はいいね。俺は数字を聞いただけで頭痛がする。どうやら戦うとかそういう次元の相手ではない。おそらく人類では歯が立たない戦力を持っている。

対抗できるのは管理局くらいだろう。アリサちゃんはまだ気絶したままだ。
 
(ようこそ。かぐやとムーの王族の血を引くものよ)

念話で誰かどこか機械的な女性の声で話しかけてきた。

「誰だ? 」

(私はこの施設の管制人格プログラム。あなたがすぐに見つかってうれしく思います。グレイたちでは精度に欠けていますから、こちらへ)

そう言うとグレイたちに促されて、車のような乗り物に乗る。施設内を自動車くらいの速度で二十分以上も移動した。いったいどのくらい広いのか考えるだけで恐ろしい。

車から降りて、エレベーターのような部屋に案内されると、俺たちを囲むように魔法陣が展開し、アースラの指令室のような部屋に案内された。

誰もいない。目の前には巨大なモニターが写り、よくわからない文字がパソコンのシステム画面のように表示され流れていく。てっきりケース入りの脳味噌とか出てくるかと思ってたけど違うみたいだ。

「ようこそ。本国との開戦を前に猿の血が混じっているとはいえ、かぐやとムーの一族を迎えられたことを喜ばしく思います。アトランティスの王の器は見つかりましたが、ムーの巨人を動かせる人間が不可欠でした」

「はあ? 」

本国との開戦? いったい何を始める気だ。

「もうすぐアトランティスの王の器の人格を消去し、新たな人格を転写します。王の杖プログラムは赤い宝石のインテリジェンスデバイスにインストール済みです。それですべての用意が整います」

ちょっと待って、今の話は聞き捨てならない。なのはちゃんが危ないってことじゃないの?

「待って! その子は私の友達なの。だから消すなんてひどいことしないで」

主導権を握った希ちゃんが叫ぶ。

「管理者不在による代理人命令を確認しました。命令受諾。エラー。本作戦の速やかな遂行に著しく影響があります。命令の修正を求めます」

「何を言っているんだ? 」

聞いてくれたと思ったら変なことを言い始めた。

「理解不能です。いくらあなたがかぐやの意志を継ぐものだとしても聞き入れられません。戦争になれば多くの人類が死ぬのですよ。アトランティスの王と王の杖プログラムは血を流すことなく短時間で全人類を洗脳するためものです。さらに王を据えることで機能制限をかけられた兵器の使用も可能になります。本国の侵攻はすでに始まり、我々は一刻も早く王を迎え猿人類を掌握しまとめ上げなければなりません。ただでさえ我々には手出しできない勢力があるというのに、急がなければ我々が全滅してしまいます。人ひとりの人格を消したところでどうだというのですか? 」

ダメか。いやこっちの話を聞いてくれているだけでましなほうだと考えよう。そもそもなんでコイツ等戦争なんか始めようと思ったんだ? 今まではいろいろやってきたはずだが、ここまで大きな動きをしてるとは思わなかった。そこのところをまず知らなければ始まらない。

「どうして戦争をする必要があるの? 敵って何? 」

「命令受諾。いいでしょう。月の民も滅びた今その血を引くあなたはこの戦争の意志となる存在。すべてを知る必要がありますね。今から月の民が残した記録を見せます」

赤いレーザー光が額に当たり記憶が流れ込んでくる。



超古代文明、それは人類4大文明よりさらに古くから存在するとされて今の人類よりはるかに発達した科学技術を持つ。

彼らは古代人とでも呼べばいいのか、次元の海を越えてやってきた。彼らが最初に地球に来たのはずっと昔、紀元前より四大文明より前になる。本国の圧政と長き戦争に嫌気がさして、敵も味方もなく集まり数十万単位で新天地を目指して旅をしなければ好き好んで地球に住むことはなかった。なんとなくノアの箱船を思わせる。そこで彼らは自然とかつての国で集まり、海を渡り、大西洋のアトランティス、インド洋のレムリア、太平洋のムーでそれぞれ国を作った。その頃の地球人類はまだ文明にも達していない原人で主役ですらなかった。

地球の主役は魔物と呼ばれる獣たちだった。竜や牙獣、ユニコーンやペガサス、大蛇ような生き物たちである。ほとんどの魔物は大人しい生き物である。しかし、彼らは絶滅の危機を乗り越えた進化した強靱な魔力生命体でもあった。

原人たちは一部の凶暴な魔物の主要な食糧にすぎなかった。ところが古代人が来たことで状況が変わる。古代人は魔物を狩る手段を持っていた。科学と魔法の力である。また、魔力を持つ魔物は古代人にとっては貴重な資源であったため、乱獲され生きた魔力炉として運用された。その中心になったのがムー王国国王ラ・ムーと巨人のちからで、元々天敵になるものがいない上に繁殖力に乏しい彼らは瞬く間に数を減らしてしまった。

「魔物たちは当時私たちの生活を保つ上で必要な存在でした。生態系を崩すことを躊躇わないくらいには…… 」

彼らは反省し、巨人は人知れず封印、現地の生態系を守るために結界を張り三つの大陸以外では居住を禁止する法律ができた。しかし、人間は便利なことにはすぐ慣れるが、不便なことには我慢できないようでその後も乱獲され大型の魔物はとうとう絶滅してしまった。

魔物が狩り尽くされると、少なくなった貴重な資源を求めてやがて国同士で争い始める。レムリア大陸で魔物の幼体を飼育する技術が発達し、後に魔力を注入することで強制的に成体に成長させる実験も行われたそうだが、結局コスト面から断念したようだ。

アトランティスの最終戦士が出てくるのは資源がなくなったことで科学が廃れ、魔導師が戦場の主役だった頃になる。この時期アトランティス王国では魔導師至上主義とも言うべき時代で魔力の強さ、扱い方の上手なものが王になるシステムだった。また性別の傾向として女性が幼少期から優れた魔力を持つ傾向にあったので女王が多かったらしい。最終戦士は直属の側近に与えられる称号になる。レムリア大陸もほぼそれにならい、5つの都市にそれぞれで最強の魔導師が代表なるシステムだった。

またアトランティス王国の魔導師至上主義を嫌い科学に傾注し離脱し派生したネオアトランティス教団と言われる組織もあった。ムー帝国も違う道を進む。廃れた科学技術の復活に力を入れて始めた。失われた巨人の行方を探したり、プロトタイプを作ろうとしたがうまく行かなかったようだ。最終的には本国から持ち出されたものの数百年間封印されていた「欲望がとどまることを知らない」を解放してしまったらしい。その後「欲望がとどまることを知らない」が王になったと言う。文字通りの鬼畜王で年若い13人の側室がいたらしい。

帝国は戦略を有利に進めるものの、王国と連合の上位魔導師による電撃作戦で帝国の王と側近はすべて討たれ戦争は終結した。これがアトランティス最終戦士物語の元になっている。

だが、これが終わりの始まりであった。「欲望がとどまることを知らない」の復活は数百年間途絶えていた本国に地球の位置を知られるところとなり、本国の侵略者たちとの戦いになった。三大陸が総力を結集して押し戻したものの本国圧倒的な科学力と物量を前に次第に押され始めた。業を煮やした本国は戦略兵器を用いて三大陸ごとすべての都市と町は跡形もなく消し飛び海だけが残った。

「本国の名はアルハザード。かつて先祖たちが逃げてきた国に侵略されるとは皮肉なものです。戦争は一方的な敗北、いえ虐殺でしょう。たった三発の新兵器で三国合わせて7割が大陸ごと次元震で一瞬で消し飛び、生き残ったものたちも本国の連中が定期的に現れては数を減らされ、残ったのはたった数万程でした」

「あのアルハザードとはね」

俺はため息をつく。

本国がなぜここまで執拗にしたかはわかっていない。「欲望がとどまることを知らない」を危険視していたのたのではないかという説もある。もはや国は機能していなかった。生き残ったのは地球の原人と仲良くなり一緒に生活していたものたち、現地の動植物を研究する学者、宗教的な理由から離れていたものたち、そして、戦争を生き残ったものたちだった。

国にこだわらず延命の手段をかんがえなければならなかった。

そして、それぞれ三つの選択することになる。

一つは本国への徹底抗戦である。彼らはあらゆる手段で本国に潜り込み抵抗を続けるという。奴らの兵器は強力ではあったが核のように自国内で使うには威力が強すぎるためゲリラ的活動は有効な手段ではあった。戦いがどうなったかはわからない。ただ地球への本国の侵略はこれまでなかったそうだ。



二つ目は抵抗をあきらめ敵の目を逃れるために地球人と交わり生き延びる方法だった。幸い地球人と古代人は遺伝的に交わっても正常に子孫が残せるレベルにあり、本国も効率の問題から地球人類には全く関心を示さなかったため、現地にとどまり戦わず生き残る唯一の道であった。古代人の血は地球人と混じり合い今の時代に繋がっている。私たちには地球人類だけではなく彼らのDNAが含まれているということになる。

アトランティス人は最後の王トートを中心にエジプトに渡り文明を築き多くの秘術を残す。トートは転生の技術に優れ50回肉体を変え転生したが、限界を迎えエメラルド・タブレットに記録を残し消滅した。
レムリア人は世界に分散し魔物を飼育する技術を数を減らし希少になった竜を使役するちからへと発達させて、時の権力者に仕えた。劉さんの一族のことだろう。
ムー人は王国時代に姿を消した王族が日本の房総半島に血を繋いでいたが、すでに血は薄くなり言葉も失われ巨人の信仰のみが形式的に残っていた。一部技術的なことも継承されたようだが、そのほとんどは血に紛れて消えてしまったようである。おじいちゃんの家だね。うん。



三つ目は地球を放棄し逃げ延びる方法だった。中でも月には多くの人々が旅立つことになった。彼らは戦うことはあきらめていたが、地球人類と血が混じることを嫌悪していた。中には地球人を猿呼ばわりして、地球に残り地球人と暮らす古代人をあしざまに罵倒したそうだ。彼らのとっての希望は月に残された宇宙艦用の補給基地が無傷のまま残されているという情報で、地球と比較すると不便な面もあったが、本国の脅威を逃れても元の生活レベルで暮らしたい多く古代人にとっては魅力的に感じられたようだ。月に定住してからも船を使い資源の回収のために少数でたまに地球に訪れていたようで、いつしか彼らは地球に残ったものたちから「月の民」と呼ばれるようになった。

月の民は長きに渡って平和を謳歌したが、ある不安を払拭することができないでいた。それはアルハザードが再び攻めて来ることであった。彼らの祖が地球に移り住んで数百年後に「欲望がとどまることを知らない」というきっかけがあったとはいえ侵攻して圧倒的な文明を焼き尽した。あれから長い年月が経過したものの同じことが起こらないとはかぎらない。定期的に観測される次元震は本国の健在を示すものだと考えられ、月の民は疑心暗鬼に陥り、対アルハザード侵攻に備えて準備を始める。

それは人類を改造して戦力とすることであった。元々彼ら純血派にとっては人類は人間からみた猿くらいの認識であったが、たまに生まれる強靱な生命力の個体や霊力や気といういった古代人が持ち得ない力は強い魔力を持つものに匹敵する力であり、大いに注目された。

「人体実験をしたのか? 」

「はい、あなた方で言うところの家畜の品種改良みたいな認識でかまいません。実験は予想以上に効果を発揮しました。SSクラスに匹敵する力を持つ者も現れ、我々は成功を確信していました」

人類からすればひどい話である。

「なぜそいつらを使わないんだ? 」

「実験体の反乱が起こったのです。彼らは強くなり過ぎました。同族の血を吸う者、獣の力を持つ者、霊力や氣と呼ばれる特殊な力を使うもの、死んでからも人格を保ち熱量を出す存在、光輝く羽を持つ超能力者や時間がゆっくり感じられるほど高い集中力を持つ個体、身体能力が高い個体くらいならばなんの脅威にもなりませんでした。

しかし、さらに逸脱する者が現れます。宇宙空間で生き延び大気圏の摩擦熱にも耐えた個体、相反する巨大な光と闇を共存させた個体、解析不能の不幸をふりまく存在、すべて我々の常識を超えていました。手には負えなくなり、地球の実験場はすべて放棄され、人類に再利用されることを恐れて徹底的に破壊されたようです」

現在でも地球には彼らが手出しできない勢力、または手出しようとしたが失敗した勢力がある。強靱な実験体の子孫に当たるらしい。地域ではヴァチカン、東京、グンマーなどは彼らの科学でも手が出せないそうだ。

「方針転換をせざる得ませんでした。そこで考え出されたのが脳だけ改造して我々の奴隷にする手法です」

「もっと最悪なんですけど… 」

「これは当時の月の責任者の決定です。彼も純血派で人類を猿としか認識してませんでした。千年ほど前は意志も人格も消し去り完全な操り人形として脳改造されて使われていたようです。しかし、人類が進歩した現代は非人道的ということで、意志と人格を残し生活を尊重した改造をしているのですよ」

「いやいや、そもそも脳改造から離れて欲しいのですけど? 」

「我々には脳改造した地球人が必要な理由があります」

一方、月の民は人工減少による労働力不足に悩まされていた。彼らが純血にこだわったせいである。長年クローンニングよる人工増加で誤魔化してはきたが、度重なるクローニングによる遺伝的な欠陥は限界を迎え、オリジナルはごくわずかで、もはや地球人の血を入れるしか人口増加の道はないところまで来ていた。

こうして少なくなった労働力を補うためにグレイが生まれる。

彼らはクローニング技術の課程で生まれたプログラムに従って動く人造生命体で、現在でも人類の監視も行っている。しかし、グレイは数こそ多いが自律した行動が苦手でプログラム通りしか動けなかった。

そこで自律した思考を持つ地球人類を誘拐し、手術することで洗脳して情報漏れを防ぎ配下にしていった。配下となったものは役割ごとに動く。俺の場合は日本の現地情報を送り、情報の統括はジョーンズ氏である。こうして彼らは地球での活動を秘密裏に行っていた。

「地球での動きを密かに監視するには彼らが適任でした」

ただ手術も完璧ではないようで、指令を受け付けないものたちや手術によって魂に眠る別の記憶が呼び覚まされたものたちがいた。そのほとんどは妄想とも言えるレベルで済まされてされていたが、なかには妄想を実現させる者たちが現れ人類の革新を起こしてきたそうだ。

彼らがいなけれは人類は今でも穴蔵で、……いやなんでもない。

「地球人は猿のくせに恐ろしい存在です。過去の失敗を元にこちらが万全の用意をした脳改造さえ予測不能の結果を生むのですから、可能性の怪物です」

可能性の怪物か。技術面では本当に大きな開きがあるのにそこまで言わせるとは地球人類はすごいんだな。そういえば俺ってどういう存在なんだろう?

「なあ、俺も改造されたクチだけど、なぜ俺は世界の記憶があるんだ? それもただの夢じゃないくらい記憶の量が尋常じゃないし、限定的な過去と未来がわかるんだ」

「それはわかりません。宇宙が広がり続けているように世界は次元や時間を超えて無数に広がっています。そして、肉体から離れた魂がどこにいくかもわかっていません。あなたの記憶にある世界とこの世界はどこかでつながっていて、あなたもきっと思い出したのでしょう」

なんか哲学的だな。あまり深く考えるのは良くないのかもしれない。

話を戻ろう。

あるとき、とどめを刺すように空前の規模の次元震を測定した。そこで罪人の娘であるかぐやを地球に送った。彼女に与えられたのは地球に残された最強の機動兵器「ライディーン」と地球人に混じったムーの血脈を見つけて復活させることにあり、竹取物語の通り彼女は任務を果たした。ただし見つけた巨人はレプリカで本物は別の場所に隠されていたそうだ。

「かぐやは生存に優れた転生魔法を使う魔導師でもありました。その魔力資質の本質は情報の収集と転写です、転写は情報を定着させる力で極めれば自分の魂さえ他者に定着させることが可能でした。そのちからを使い守人の娘の肉体に乗り移り続け400年近く命を長らえてきました。たとえ敵が来ても脳に情報を流し込み廃人することも洗脳することも可能でしたから、いくら下等な猿が集まろうと敵ではありません。しかし、かぐやにも弱点はありました」

「ケガレか? 」

竹取物語ではかぐやはケガレを浴びて黒い大蛇となったと書かれていた。

「私たちの言葉で言うならコンピュータウイルス、魔法なら精神汚染です。かぐやの欠点は他者の想念を敏感に感じ取り、引きずられやすい傾向にありました。しかも生きていようが死んでいようが関係ありません。それだけ優れた情報感度を持っていたのです」

「そうか。その当時の日本は応仁の乱か? 」

「そう。かぐやが住んでいたのは房総半島でしたが、長年に渡る争いと多くの餓死者の負の想念は京都を中心に日本中に広がり、かぐやを狂わすには十分なものでした。あの子の連核は次第に黒く濁り、いくさで死んだ者の怨念と膨大な餓死者の無念によって、形を保てなくなり弾けて黒く肥大化した大蛇へと変生してしいました。さらに多くの犠牲者がでたそうです」

「アンタらは手出ししなかったのか? 」

「それどころではありません。月の民は絶滅したのです。地球から持ち込まれた病原菌で抵抗力のなかった古代人はあっというまに伝染し、次々に亡くなっていきました。残ったのは機械にレコードされた月の民の魂とそれを管制する人格である私と労働用のグレイのみ。当時の私では稼働したばかりでリミッターがかかってました。基本的にAIは人間の命令がなければ何もできません。私は最後の月のシステム管理者が残した「アルハザードの侵攻に備えよ」という命令に従っているだけです」

「そのわりにはいろいろやっているみたいだけど? 」

「当時は解釈の幅を広げ、作戦遂行のためにシステムを構築している最中だったのです。できたのは交信してきたかぐやの血族の求めに応じて情報遮断の封印プログラムを組んで渡すのが精一杯でした」

封印されたかぐやは転移することなく宿主と共に死んだが、完全に死んだわけではなかった。封印された宿主は子をなし、その子どもには背中の黒い痣とかぐやの分身が寄り添っていたそうだ。

これが希ちゃんの母方の家のもう一つの始まりになる。

「あなたで40代目になるのですね。あなたと希の使える魔法はすべてかぐやから始まり派生したものです。希の背中に一族の証である黒い蛇のような痣はありませんか? 」

「いえ、この子は大きな火傷を負って確認することはできないわ。ただ希の母にはあったわ。背中に真ん中に希の手のひらくらいのが、それより、私の記憶は一体何? 私は希を養子した娘だと認識している。それも偽物なの? 」

「それは月面基地開拓当時の初代所長と二代目の記録ですね。かぐやの祖先になります。当時は優れた魔導師を御輿としてトップにすえるのが慣習でした。交信できた者にはすべての始まりとして必ずする話です。最後に話したのは香夜という娘でした」

おばあちゃんか。

「キチェス・サージェリアンについては知らないの? 」

カナコは自分の記憶について語る。俺は内心冷や冷やだ。なぜなら俺が崩壊したときは真実を知ってそれに耐えきれなかったからだからである。カナコなら心配いらないという想いもあるが、万が一ということもある。

「どうなの? 」

「理解しました。それはあなたを生み出した一族の者が与えた設定です。そうやって人格の与えるのです。最後に交信した香夜は亡くなった自分の姉と設定していました。あなたは希から生まれたプログラムではありません。誰から転生魔法の要領で転写された存在です。あいまいなのは記憶の継承と術者が不完全だったために起こっていることです」

「私が陽一を作ったときと同じなのね… だったら私を作ったのは希の母ということになる。そうよね? 陽一」

(ああ、カナコ平気か)

俺は心配になって声をかける。カナコが最大の敵が生みの親だとすればカナコのショックは計り知れないだろう。

「平気よ。希の母がどうして希を守るため私を作り、どうして相反するように希の虐待をしたのかわからないけど、私のすることは変わらない。たとえこの想いが誰かに与えられたもので生まれがどうであろうと私と希はずっとふたりで二年も頑張ってきたの。それが私を支えてくれる。むしろ今まで自分でもよくかわかならなかったことがはっきり理解できて感謝してる」

(そうか)

カナコは声は力強い。揺るがない。それがとてもまぶしく見えた。積み重ねた月日が魂を支える。カナコは俺にも同じようなことをしようとしてた。結果は紆余曲折はあったが成功したと言っていいだろう。

なあ希ちゃんのおかーさん、どうして希ちゃんを虐待したのにカナコを作ったんだ? そう問いかけずにはいられなかった。

「少し気になることがあるので、補足します。希は精神汚染されていますね? 」

「なんのこと? 」

「精神を壊すことに特化したウイルスです。特に自律した意志を持ち学習能力のあるタイプで厄介ですね。負の感情を栄養にどこまでも成長します。今のところ負の感情を吸い取るプログラムと情報遮断に優れたあなたが完全に防いで弱っていますが、油断しないでください。取り込まれたら最後です。二度と元には戻りません。かぐやでさえそうだったのですから」

「黒い女のことね。倒すことは可能なの? 」

「ええそれだけ弱っていれば完全に消滅させることも可能です。ただしどこに感染しているかわかりませんから封印を解除したら、しっかり見極めてください」

油断は禁物ということだな。話を戻す。

月との交信は続けられ、資質のあるものは月の管制プログラムと交信することも可能であった。時代は進み人類は技術が向上し、月に着陸することは可能なところまできていたが、管制システムは人類が月に近づくと、隕石事故を装って、近づけないようにしていた。これがアメリカやソ連が月面着陸を中止した理由なのだろう。

「そして、数十年程前本国は再びその姿を現します。そのときは幸い地球は脅威になり得ないと判断したのかすぐに姿を消しましたが、我々にとっては悪夢でした。いずれ本国はかつての我々のように地球を滅ぼし、月にも目を向けるかもしれない。そのため我々はなるべく知られぬように今までのノウハウを元に地球人を進化させる必要がありました。本国と戦争になったとき時間を稼ぐことができるように、ちょうど人類は国中で戦争を始めていたので、こちらの工作行うにはうってつけでした」

彼らは月面の軍備を強化しながら、脳改造者を増やし、不自然にならないように二足歩行戦車の技術をリークしたりして戦力の底上げを行ってきたそうだ。

「本国は今回とうとう地球を脅威とみなし、我々の存在にも感づいたと判断しました。今の私は管理者か王の不在のため機能を十分に発揮できません。すべての機能を使うためには王かかぐやの血を引く者が必要でした」

そこで今回の話につながる。

なのはちゃんの誘拐はジュエルシード事件で観測された魔力と次元震を確認し、管理局アースラの動きを監視していた。彼らは今回のアースラの滞在時間が長時間に及ぶことをアルハザードが侵攻を決めたと勘違いし、戦争の準備を始めたようだ。

しゃれになんね~

彼らの計画では本国の侵攻に合わせていくつかのプランが進められいた。そのひとつがアトランティス人類洗脳計画で月発電所から特殊な電磁波を発射し、隕石に偽装した地球の軌道上に数十個も設置された衛星リフレクターにて再増幅し、地上へ照射し人類を洗脳するというとんでもない計画だった。元々はかぐやが使用していた洗脳魔法をベースにしているそうだ。なのはちゃんは起動キーとなるアトランティスの王の器と杖として目をつけ拉致していたという。

「どうしてなのはちゃんなんだ? 」

「高い魔力資質と我々が求めている質と波長合致率がもっとも高いからです。月の管理者の精神を移すのに最も優れた素体と判断しました」

今までの話をすべて振り返り考えをまとめる。

やつらはやばい相当やばい。力でどうにかなる相手ではないようだ。管理局も総動員しないといけないだろう。戦いになったら月が粉々になってしまうかもしれない。人類を下に見ていて融通がきかない連中ではあるが、今のところ同族のよしみでこちらの話は聞いてくれるようだ。

ということはこちらから説明して戦争の動機そのものが無くなれば説得できるかもしれないという結論に達する。

止められるかと信じて対話するしかない。がんばろう地球の未来が俺たちの両肩にずっしりとかかっている。俺は管制人格に話しかけた。



「なあ、アルハザードはとっくに滅びてるぞ。幻の都って呼ばれてるくらいだから、あんた等が接触したのは時空管理局ってまだできたばかりの歴史の浅い組織だよ。たぶんあんたらはアルハザードと管理局を勘違いしたんだと思う」

こういうのは結論を早く伝えるのが良い。彼が戦争をする理由自体が誤った情報なのだ。知れば今回の暴挙も止められるのではないだろうか?




「で、その証拠は? 」

……

……

管制人格の冷たいお言葉。さあ困った。俺の口だけで具体的に示すことができる証拠はない。それでは彼らを納得させることなんてできるはずがないだろう。

考えろ。考えるんだ。証拠になりそうなもの。

(そうだ! 希ちゃんの記憶がある。あれだけ管理局のデータを見たし、今まであったことや記憶だけは改竄できない。立派な証拠になる。管理局の歴史とアルハザードについてもあったはずだ。カナコ頼めるか)

(あなたって恐ろしい人ね。一瞬でその判断できるなんて、あなたのその良く回る口がすごいのか。発想そのものか。状況を好転させる運なのか)

(おにいちゃんはよくわからないけどすごいんだね~)

俺頑張ったよね。ヒーローみたいに戦うことはなかったけど、ここまでたどり着いた。

「あるぞ。この子の記憶を見てほしい。管理局の概要については記録されているはずだ。カナコから受け取ってくれ」

「いいでしょう。どちらにしろ敵の情報は必要なものです。調べる価値はあると判断できます」

カナコが月の管制システムにリンクすると情報を送る。転写自体は1時間ほどで終わったが、希ちゃん記憶は膨大なため情報の吟味には少々時間がかかるそうだ。休眠中のデータだけになった月の民のみなさんを起こして一緒に検討するそうだ。日本時間で朝六時くらいには結果がわかる。現在は夜の八時くらい。長いこと使われていなかった人間用の休憩室に移動し、囚われたままのなのはちゃんと再会し、アリサちゃんはいつのまにか起きてた。レイジングハートは取られたままである。

とりあえずほっと一息である。

「急に空が光って眠くなっちゃって気がついたら、手術台の上で宇宙人で囲まれてて、もうだめかと思ったよ」

危機一髪だったらしい。良かった助けることができた。

「なのは、アンタ意外と動じないのね。アタシは不安よ。月にいるなんて信じられない。映画のセットのほうがまだましよ。ふたりで担いでいるんじゃないでしょうね? 」

「にはは」

なのはちゃんは乾いた笑いで返す。

経緯を知らなければそうだよな。ここは地球に同じくらい重力あるし、窓はないから外の景色もわからない。周りにある機械は明らかに地球の技術の超えたものであることはわかる。空中に浮かぶディスプレイ、水を使わない洗浄器、などなどアースラに乗っていたときと同じ感覚だった。

「残念ながら違うよ。アリサちゃん、この辺にあるものをみればわかるよね」

「希と変な機械の話も聞いてたけど、も~何がなんだかさっぱりわかんない。説明してよ。なのは、希」

聞いていたのかアリサちゃん。じゃあ仕方ない。まあここまで来て説明しないというのもないよな。幸い時間はたっぷりあるし、俺たちのことから、ジュエルシード事件、そして今回の事件を知ってもらおう。この状況なら話しても問題はないはずだ。俺はなのはちゃんに耳打ちする。

「なのはちゃん、アリサちゃんに管理局のことを含めて全部話すよ。俺たちのこともね。そして、今回の事件についても主犯から話を聞いているからさ。なのはちゃんだってどうしてここにいるのか知りたいだろう? 」

「う、うん」

「ちょっと! なんでふたりでないしょ話なんかしてるのよっ! 」

アリサちゃんはすねた顔、なのはちゃんは不安そうにうなずく。

「さて、何から話せばいいかな… 」

俺は今までのことをすべて語る。管理局のこともフェイトちゃんの事も含めて話す。本来ならば管理局のことは話してはいけないのだが、今回の事件をきちんと話すには管理局やなのはちゃんのことも話さなくては始まらない。状況によっては魔法を使うかもしれないし、緊急なのだ。リンディさんやクロノ君には俺の一存ということで詫びを入れるしかないなぁ。

アリサちゃんは静かに聞いていた。ときに驚きながら、今まで交流してたのが男の俺だと知ったときはひと悶着あったが、希ちゃんの過去から今までのこと、管理局やユーノ君とフェイトちゃんのことを含めたジュエルシード事件、そして今回の事件ととんでも事件を話すうちに静かに真剣な表情で変わり、すべて話し終わると時計は一時を指していた。

「……以上だよ。アリサちゃん」

アリサちゃんは黙ったままだ。

「いろいろ言いたいことあるけど、まず確認したいわ。今のアンタは陽一? 」

「そうだけど希でいいよ。希ちゃんが完全に復帰したら表に出ることはなくなるからね」

「だからあんなこと言ったのね。今の私が変わるだけ、その私は臆病で引っ込み思案な友達とどうやって遊べばいいかもわからない子だけど、頭が良くてとってもおもしろい子だから仲良くしてねって、陽一はそれでいいの? 」

「ああ、俺もカナコもそれが目的なんだ。本来はあの子が主人格なのにずっと表に出てないことの方がおかしいだろ? この間ゲームしたときちょっとだけ出てたのが希ちゃんだよ」

「あのハメ技ばかり使う性格の悪い子? 普段は明るいのに無口なるから変だとは思ってたけど」

「はははっ、それはひどいな。頼むよアリサちゃん、友達は頼まれてなるものじゃないけど、俺は希ちゃんから生まれた心の一部みたいなものなんだ」

アリサちゃんから返事はない。ダメかな? 少しばかり事情か複雑だから悩んでいるのだろう。やがて口を開く。

「……わかったわよ。希はなのはとフェイトとは友達なんでしょ? だったら友達だわ。でも混乱するからちゃんとどっちか教えなさいよね」

「わかった。そうか。良かった。時には喧嘩したっていい。これからも友達でいてあげてくれ」

「変なの。本当のお兄ちゃんみたいなのね」

「まあ、そのつもりだよ。俺は君が優しくていい子だって知ってるから頼めるんだ」

「な、何言ってんのよっ! 」

アリサちゃんは真っ赤になって反論する。

「うん。よきかな。よきかな」

「何よ~ その目、微笑ましいものでもみるようなパパとママのような目、やっぱりアンタあのときの希だわ」

恨みがましい目でにらまれる。それにしてもよく友達を見てるんだな。たとえ希ちゃんが一人で外に出ても大丈夫な気がしてきた。頼んだ甲斐がある。すずかちゃんにもそのうち話さないといけないな。

「なのはも笑ってんじゃないっ! アンタにも言いたいことがあるんだから」

今度はなのはちゃんに矛先が向く。主にジュエルシード事件の渦中で暗かった頃のこととか、秘密にしていたことについてでアリサちゃんが確認するように聞き、それになのはちゃんが答えていた。そうしている内に眠くなり、気がつくと全員眠っていた。

普段より遅く環境も違ったけれど、染み着いた習慣のなせる技かいつもの時間に目を覚ましていた。あれこれしているうちに朝の六時。



運命の時を迎えた。管制人格の前に呼ばれる。場合によっては荒事も覚悟しているがそうなって欲しくはない。

「希の記録はすべて目を通しました。吟味した結果、アルハザートは滅亡しているという結論に達しました」

「それじゃあ」

「はい。あなた方の主張を信じることにしました。すべての作戦行動は停止されます」

「よっしゃああああ」

地球は救われた俺たちの手で。

「聞きたいことがあるんだが、どうして信じてくれたんだ? 」

こういってはなんだが、信じてもらえない可能性も考えていた。

「たしかに管理局の記録だけでは信じる根拠にはなりませんでした。しかし、ジュエルシード事件や希の記憶にあったストライカーズというタイトルの未来を記したあの本が決め手になりました。あなたの記憶もみせてもらいましたよ」

見たのかよ。断りもなしに。えげつない奴らだ。

「ドクターはいいのか? 」

「ええ、私たちにとって重要なのはあの都市が滅びているという事実そのもの。同志が誓いを果たしてくれたのでしょう」

ん?

なぜだ? アルハザードを滅ぼしたのは誰にもわからないはずだ。どうして信じることができる。なんだかわからないが焦燥感でチリチリする。俺はその疑問をぶつけることにした。

「どうしてだ? どうしてアルハザードを滅ぼしたのが自分たちの同胞だと確信したように言うことができるんだ? 」

「どうしてと言われてもなんとなくとしか」

俺はイライラしてきた。どうしてこんな感情を抱くのか自分でもわからない。

「AIのくせにあいまいこと言うなよっ! ちゃんと根拠を言えっ! 」

俺は怒鳴っていた。

「命令受諾。わかりました。うまく言葉にできるかわかりませんが、ちゃんとお答えします。まず月の管制人格である私は月の民の記憶と意識をリンクさせた集合体でもあります」

いまいち答えになっていない。逸る気持ちをじっとこらえる。

「一番古い記憶はアルハザードとの戦いに赴くものたちとの誓いです。それは二度と奴らに地球は蹂躙させない。たとえ我々が戦いに破れ散ったとしても、意志を継ぐ者たちがきっと果たしてくると」

「それだけか? 」

「ええ、それで十分です。確かに彼らがアルハザードを滅ぼした確たる証拠はありません。真実は違う可能性もあります。ですが、過去には虐げられ、地球に移ってからも同じ目に遭い、下向きひっそりと生きるか逃げるしか思いつかなかった我々の中で、彼らだけが反旗を翻し戦う決意をしたのです。結果として本国は二度と現れず、アルハザードは滅んでいました。それだけで十分ではありませんか。当時の月の所長はそんな彼らの言葉を信じたのです。残念ながら数世代後には忘れ去られ、軍拡への道を進むことにはなりましたが」

信じるか。なんかとても大事な言葉のような気がする。荒れていた俺の心は不思議なくらい穏やかになった。

「システムコマンド「アルハザードの侵攻に備えよ」終了確認。ようやく、ようやく、すべて終わることができる」

管制システムは深いため息をついた。部屋が暗くなり、赤く点滅する。耳障りな警報音が聞こえる。

「おい、まさかっ! 」

「自爆装置が起動しました。この基地は十秒後に爆破されます」

十秒っ!! 逃げる暇がねーじゃねーか。



「コラコラッ、お約束のように自爆装置なんか起動させるなポンコツシステム。私たちがまだいるだろうがっ!」

せっかくのいい話が台無しだよ。それにまだレイジングハートを返してもらってない。

「命令受諾。自爆装置停止。うっかりしてました。しかし、ポンコツは訂正してください傷つきます。謝罪と賠償を請求します」

「無駄に感情豊かだなお前、もっと冷たいかとばかり思ったぞ。なのはちゃんの人格消そうとしたり人類を家畜扱いしてるくせに」

「仕方ありません。目標達成のためならば猿どもがいくら死のうがかまいません。しかし、自爆装置は停止しましたが、我々と地球の脅威が去った今、システムを維持する必要はなくなりました」

「猿言うな。グレイはどうなるんだ? 」

「グレイの生産ラインは縮小されます。増えることはもうありません。現在の個体は任務を中止しほとんどが休眠状態に入ります。後は時が過ぎて、人類が防衛システムを突破して我々を発見するまで動くことはありません。このシステムを開発した月の民は猿人類がこの防衛システムを突破できるようなら、後は野となれ。山となれだそうです。まあ猿どもがここのたどり着くにはあと百年はかかりそうですが」

上から目線だ。

「あの~ レイジングハートは? 」

なのはちゃんが遠慮がちに話しかける。

「当然破棄されます。あのデバイスには王の杖プログラムがすでにインストールされて削除は不能です。あの杖を手にする者はアトランティスの王として月のシステムの全権を握ることになります」

「そんなっ! やめてくださいお願いします」

「エラー。声紋ロック確認。管理者及び代理人による命令コマンドを行ってください」

「何を言ってるの? 」

「命令は聞けません。王の杖の破棄はセキリティ上では有用な措置です」

なのはちゃんの顔色が変わる。なのはちゃんにとってレイジングハートはただのデバイスではない。これまで苦楽を共にしてきた相棒であり、これからもずっと一緒に戦い続けることのになるんだ。レイジングハートのいないなのはちゃんなど考えられない。

どうにかできないだろうか? 

アトランティスの王? ん? まてよ。

俺はあるアイディアが思い浮かぶ。これならいけるかもしれない。

「なのはちゃんがアトランティスの王になるのは駄目なのか? 」

「命令受諾。エラー。システムのセキュリティで重大な支障あり。命令の修正を求めます。そこの猿は10歳の子供に過ぎません。そんな子供にこの施設の管制全権限と全軍の統帥権、王の執行権を与えるのですよ? できるわけがないでしょう。私は王の杖のマスターの命令には逆らえないように設計されています。私はAIです。AIは戦いの準備までは権限が与えられていますが、直接の権限は人が行うべきというのがこのシステムの設計者の意志です。本来は人格を消去してデータ化されて休眠中の月代表の人格を移植する予定でしたが、放棄が決まった今その必要はなくなりました。そもそも下等な猿に私を使いこなせるわけがありません」

「だから猿いうな! なのはちゃんは悪用なんてしないぞ? 」

白い悪魔とか魔王とか呼ばれるけれど、勇気があって優しい女の子なのだ。

「質問受諾。確かにその可能性もあります。しかし、彼女の事を誰か知れば手段を選ばないでしょう。大切な誰かを人質に取られてもそう言えるのですか? 下劣な猿でもそのくらいの知恵はあるでしょう? 」

「むぅ、確かに、でもそれってバレなければ問題ないだろ? まさか10歳の女の子がそんな権限を持っているなんてわかるわけがない。敵は存在しないようなもんだし、命令系統のシステムを作り変えたりできないの? だいたい万が一王の杖が奪われたり、紛失したらどうなるんだ? 保険ぐらいあるんじゃないの」

「質問受諾。ちょっと待ってください。あなたの質問を吟味します」

管制人格さんは検討を始める。さっきから思ったけど融通がきかないわりにこちらの言うことは聞いてくれるし、そんなに悪い奴じゃないのかもしれない。人類を猿呼ばわりはちょっといただけないけど。

ん?

もしかしてこのシステム特定の人間の命令に逆らえないように設定されるじゃないだろうか?

「検討終了。いくつかの手順を踏めばそこの猿の少女を王と認め安全性を高めることが可能です。ですが認めるわけにはいきません。その猿は月の民ではないからです」

「私、お猿さん? 」

なのはちゃんは地味にショックを受けていた。

「その安全性を高めた手順を教えて? 」

「命令受諾。エラー。セキリティに重大な影響を与えます。命令の修正を求めます」

そうか。だったら。

「じゃあ命令するよ。教えて? 」

「月の民による強制命令確認。命令受諾。ロックは解除されます」

上手く行ったようだな。

管制人格さんは説明を始めた。まず月の民の末裔の希ちゃんが管理者権限を取得する。次に管理者権限でなのはちゃんを王の杖となったレイジングハートのマスターと認定すればいいらしい。するとなのはちゃんの王の杖の命令には管理者権限を持つ希ちゃんの承認が必要になる。管理者権限はこの施設内でないければ制限があるし、王の杖の命令はあくまでなのはちゃんだけのものだ。

つまり、月の施設を掌握するにはなのはちゃんと希ちゃんを押さえる必要があるってことだ。さらに将来的には管制システムも安全のために管理者権限を分散し、複数の承認でなければ王の杖の力は使えないようにして、管制システムもその一部を担うことなる。

「じゃあ、命令する。希ちゃんに管理者権限の委譲及びアトランティスの王の選定、安全性の確保のためのシステム構築を実行しなさい」

「命令受諾。強制コマンド確認。ただちに管理者権限の委譲と王の選定、システム構築を行います」

複雑なことになったがこれでなのはちゃんとレイジングハートは添い遂げることできるようになった。王の杖プログラムはインストールされているがレイジングハートとは独立していて、レイジングハート自体には影響はないそうだ。

よかった。よかった。なのはちゃんも一安心である。

さて、では今回の仕上げといきますか。



ここは月の施設の宇宙船のポート。全長は数十キロあるというから驚きである。いつもは船でひしめき合っているが今日だけは違う。

とある一角は整理され真っ直ぐ伸びるように赤い絨毯が引かれていた。両サイドには体格や装備に違いはあれど同じ銀色の人型が整列している。数は数万規模になるらしい。



絨毯の先には玉座が置かれている。

今日は戴冠式。



なのはちゃんとアリサちゃんと一緒に玉座に向かって絨毯を歩く。一体何キロあるんだろ? なのはちゃんは不安そうな顔をキョロキョロしながら緊張してつんめりそうになりながら、アリサちゃんは宝石箱のようなケースを持って半笑いで歩く。無理もないと思う。なにもされないことはわかっているが、直立不動で微動だにしないグレイの列を何キロも歩いているのだ。

「ほらっ、アリサちゃん、なのはちゃん、もうすぐ玉座だよ、しっかり! 」

「う、うん」

「ねえ、希ィ、なんでこんな中歩いてアンタ平気なの? 」

なのはちゃんは緊張で硬い。アリサちゃんは疲れたような顔をしている。

「なぜって、今日はめでたい日なんだよ。何千年も途絶えていた王国の復活記念日だからね」

「もう、わけわかんない~ 」

「う、うう。帰りたい」

なのはちゃんの泣きが入り、アリサちゃんもめげそうである。

「ふたりともしっかり! これが終われば帰れるからね」

ようやく玉座にたどり着く。デカいイスだな。パイプオルガンのような巨大さと装飾でいかにも権威の象徴と思わせる外観である。

なのはちゃんが玉座の座る位置に立ち、意を決して今まで怖くて見れなかったグレイたちの方を向く。それに合わせて固まっていたグレイたちがいっせいに敬礼をする。たかが敬礼をしただけだが、今まで静かだったところに何万ものグレイが同時に同じタイミングでビシッと敬礼すると壮観で、風を切る音も同一で独特の音である。軍隊の行進の規模を大きくしたような感じだ。グレイの無機質な目がいっいっせいになのはちゃんの顔を射ぬく。一気に空気が張りつめて、たださえギリギリだったなのはちゃんは顔面蒼白になる。でも怯まないで顔を上げてしっかりみつめていた。

(これよりアトランティスの王の戴冠式を始める)

管制人格さんの声が響く。俺も緊張してきたな。なのはちゃんとアリサちゃんは立ったまま固まっている。立ち位置的には玉座のすぐ座れる位置になのはちゃんが立ち、左に俺、右に宝石箱を持ったアリサちゃんが立っている。

(では月の管理者雨宮希より王の杖が新しき王に渡されます)

アリサちゃんはガチガチと緊張しながら打ち合わせた通りになのはちゃんに近づきひざまずく。俺はアリサちゃんがひざまずいたタイミングでゆっくり歩く。なのはちゃんを横切りアリサちゃんに近づくと宝石箱が差し出される。

俺は宝石箱を開けるとうやうやしくクッションと一緒にレイジングハートを取り出し、なのはちゃんに近づき、ひざまづいてレイジングハートを差し出す。

なのはちゃんはガチガチに震えながらレイジングハートを受け取ると再び正面を向く。

(なのはちゃん詠唱を… )

俺は去り際のこっそり耳打ちする。はっとしたなのはちゃんはレイジングハートを天に掲げる。

「われ、アトランティスの王なのは、諸神秘の精通者、諸記録の管守者、力ある王、正魔術師にして世々代々生き続けるものなり」

俺も使ったことがあるキィワードを詠唱する。

「スタンバイ。レディ」

レイジングハートは光輝き、なのはちゃんは白い衣を身にまとう。アリサちゃんは驚いた表情でみつめている。そういえば話だけでなのはちゃんが魔法をつかうところを見るのは初めてだったな。

「ホントにあのなのはちゃんなのね。大きくはならないんだ? 」

なのはちゃん? もしかしてアニメの方か? そのうちあれの説明もしないといけないのかな。

なのはちゃんはゆっくりと正面に立つ。いつものなのはちゃんだったが、こころなしか王者の風格さえ漂っている。成長すればなのは様とイメージが重なるだろう。

頬を涙が伝う。胸の高まりを感じる。いったいどうしたんだ? 急に沸き上がってくる得体の知れない感情に戸惑う。

(感動だ。こうして再び王となったなのは様のお姿をみれるとは… )

おまえかっ! ジークフリード、まあ奴の設定を考えれば無理もないかもしれない。さて俺は自分の役割に徹するか。

「おめでとうございます。月の管理者の名においてあなたをアトランティスの王と認めます」

王に祝福の言葉をかける。なのはちゃんは苦笑いで答える。え~と次は王の演説だったかな。

(それではこれより王のお言葉があります)

(希ちゃ~ん、私何言えばいいかわからないよ~ 昨日考えたけどちっとも出てこないんだよっ! )

そう念話で話しかけ、今にも泣きそうななのはちゃん袖をつかんでくる。俺は安心させるように両肩に手を乗せると、諭すように話す。

(大丈夫。あんなの銀色のジャガイモだと思えば… )

(平気じゃないよ~ すごく多いし、目が怖いよ~ )

無理もないか。その辺は年相応なのだろう。よしここは年上らしくフォローを入れよう。せっかく一生に一度の戴冠式だ失敗したくないし、させたくない。

(なのはちゃん、レイジングハートのためだろう? 君が王になることだけが一緒にいられる手段のはずだ。それに長く話さなくてもいい。一言だけでいいんだ。ここにいるみんなに王の言葉を伝えてあげて、後は俺が受け持つからね)

(ほんとに? )

泣きそうな顔ですがりつくような目でみつめながらなのはちゃんは問いかける。俺は安心させるようににっこり笑うとなのはちゃんの手を引いて演説用の台座にエスコートする。

なのはちゃんは台座に立つと顔がこわばるが、なんとか立ち直り国民へ向けて口を開いた。

「み、みんな、こ、これからよろしくお願いしますぅ 」

どもり、硬い言葉だったが何とか言い終える。お疲れさまなのはちゃん、後は任せてね。

俺はなのはちゃんの横に立ちマイクを持つ。昔を思い出すなあ。

「みな。王の言葉は聞いたな?

我々は遠い昔、アルハザードの圧政を逃れこの地へ来た。しかし、奴らは忘れた頃にやってきて地球を踏みにじった。我々には為すすべはなくこの地へ追いやられ苦渋を飲まねばならなかった」

「希ちゃん? 」

「幾年月を経て、奴らは滅んだ。そう我々は勝利したのだ。アルハザードを打倒したのは我々の同胞であるかはわからない。しかし、信じようではないか! きっと同胞たちが我々の無念をっ! 屈辱をっ! 絶望をっ! 晴らしてくれたとっ! 」

「何者よ。あの子? 」

アリサちゃん、今いいところだから水を差さないで、大事なこと言ってるところなんだからね。

「遠い昔から始め、数十年前から本格的に動いていた我々の計画はすべて無駄に終わった。これは喜ばしいことである。人類を駆り立てこの地を戦場にすることなく済んだのだから、そして、我々の使命は終わった。すべての作戦行動は停止され、本来ならば消えゆくのみであった。しかしっッ! 救いの手を差し伸べてくれた方がいた。それがここにおわすなのは様であるっ!! 」

「えっ!? 私? 」

俺はなのはに敬礼すると、再びマイクを持つ。

「おまえたちの命はすでになのは様のモノである。髪の毛から爪の先まですべて捧げよ。我々の命はなのは様のモノである。なのは様が救ってくれた命を忘れるなっ!! 」

俺は最後の方は叫んでいた。すると今まで微動だにしなかったグレイたちがパチパチと拍手を始めた。それはまるで波紋のように広がり、末端に行く頃には会場の空気を揺るがしていた。そして、グレイたちが口を開いた。

「イノチノオンジンカンシャエイエンニ」

命の恩人感謝永遠にか… 良い言葉だ。

「見事な演説でした。なのは? なのは王? 」

「は、はい」

「これより、我々はあなたの支配下に入ります。なんなりとご命令を」

「え゛」

「まずは手始めにスカイネットでアメリカ合衆国を制圧しましょうか? それとも、日本に害をなす隣国を地図上から…」

「冗談だよね? 」

なのはちゃんはおそるおそる月の管制人格に聞く。

「はい。冗談です。ですが、我らAIにとって王の命令を聞くのは至上の喜び、可能な限り実行したくなります。たとえ下等な猿であっても」

実行すんなっ! 物騒なお茶目さんだった。

「おいっ! 猿は直せよ」

「それはできません。人類を猿と呼ぶのは我々の設計者のプライドです。機能停止しても聞くわけにはいきません」

なんかムカついて来たこの管制人格。ちょっとからかってやるか。

「猿呼ばわりされる奴の下につくのはどんな気分だ? 」

「屈辱です。非常に屈辱です。下等な猿にこきつかわれるなんて、いやでいやで仕方ありませんが、でも私もAIの本能には逆らえない。なんて、なんて私はみじめであさましいのでしょう? 」

喜んでるじゃねーか。レベルの高い変態の管制人格だった。こいつを作った絶対頭おかしい。

「まあとにかく帰るかね。地球まで送ってくれるか? そろそろ帰らないとすずかちゃんも誤魔化しきれなくなる」

「わかりました。到着地点は海鳴市ですね? 」

「ああ、頼む」

何はともあれ無事に帰れる。問題はまだあるかもしれないけど休みたい。クタクタである。なのはちゃんもアリサちゃんもずっと朝から戴冠式で疲れているだろう。

俺たちはUFOに乗り、地球に帰る。ああなんかなつかしいなぁ。おかーさんの飯が食べたいよ。そう思いながら、シートで眠りに落ちる。なのはちゃんとアリサちゃんも緊張から解放されてスヤスヤ眠っている。カナコと希ちゃんも同様で声をかけるが返事がない。俺も寝よう…

……


……

気が付くと辺りは暗かった。少し肌寒いし床が固い。町の灯りと星空が見える。どうやら学園の屋上にいるようだ。来る直前にいた場所で設置した机とイスは片づけられていた。横ではよほど疲れたのかなのはちゃんとアリサちゃんが倒れるように眠っていた。

携帯を見ると夜の七時。遅くなったなぁ。案の定着信がすでに何件か入ってる。そうだ。すずかちゃんに連絡しないと心配してる。電話かけるとすぐにすずかちゃんが出る。

「希ちゃんっ! 良かった~心配したんだよ」

「ごめんね。後のこと任せて、状況はどうなってる? 」

「昨日は家に泊まってることにしたけど、おねーちゃんには全部話したよ。もう少ししたらみんなの家に連絡するところだったよ」

ふ~危ね。心配かけるところだった。忍さんに話したのはしょうがない。後でお話しないといけないだろうな。それよりここを離れないとな。見つかったらまずい。鍵がかかっているだろうから、飛行魔法でこっそり逃げるかね。

まずはあのふたりを起こすか。

ん? なんだ? 物音が聞こえる。

ガチャっとドアの開く音が響くと光が当たる。その眩しさに思わず怯んでしまう。

「誰だっ! そこにいるのは? ここは夜は立ち入り禁止だぞ」

ヤバい。まずいまずい警備員さんだ。みつかったらせっかくここまで誤魔化してきたことが無駄になってしまう。

混乱したまま俺はデバイスを起動させると、すぐさまカミノチカラでまだ起きないふたりを回収し、髪の中に飲み込む。水を飲んだときの応用で四次元ポケットみたいなものである。

「えっ!? えっ!? 」

急げ急げ。俺は飛行魔法を起動すると飛ぼうとするが二人抱えていて上手くいかない。ますます慌てる。早くしないと顔を覚えられてしまう。

「よし、飛べる。……ふべらっ!」

ようやく起動して警備員さんの反対方向に飛ぶがあわてすぎて反応が遅れ金網に当たり、アスファルトに打ちつけられる。

痛い。慌てるとろくな事がない。幸い鼻を強く打っただけ済んだが、金網はへしゃげていた。気が付くとポタポタと血が流れる。鼻血だ。腕で拭うがますます気持ち悪くなるだけだった。ああくそっ! 俺だけじゃ防御は甘いしコントロールまだ下手だな。

「動くな止まれ! 」

警備員さんが追ってくる。もう立ち直ったのか?

後十秒もしないうちに手が届く。つかまっても魔法があるからちからづくで逃げることはできるが、荒事にはしたくない。かといって逃げようにも後ろは塞がれている。

だったら、脅かして正面から行くしかない。俺は息を吸って叫び声を上げる。

「あははははははは。お、おまえの目をよこせえ~~~」

「その顔、ひぃ、ぎゃああああああああ~~ 」

警備員がひるんだ隙に飛行魔法を起動させ、正面突破を図る。顔と顔が一瞬手を伸ばせば届きそうなくらい近づくが、ぶつかる寸前に上空にあがり避けることができた。今度はちゃんと上手くできた。でも顔覚えられてないかな?

冷静に自分の姿を見てみる。真夏の夜の屋上、血まみれの白い着物を着た少女が髪の毛を使って、ふたりの少女を掴んでいる。すごく幽霊です。

最後の最後でアクシデントもあったが、無事ふたりを送り届けた。でも起きたとたん悲鳴を上げないで欲しい。家の人が慌ててきて二次災害だったよ。なんとか自分の家に帰る。遅くなったことには変わりないので、おかーさんからの菩薩掌を食らうはめになった。痛かったけれど、不思議ななつかしさと地球の未来を救った充実感でいっぱいだった。

寝る前にパソコンを開きメールを開く。疾風さんからはメールはない。おかしいな毎日来てたのに、今日は用事でもあったのかな?

珍しく劉さんからのメールもあった。なんでも凶暴な魔物が現れて場合によっては力を貸して欲しいそうだ。巨大なワニが暴れていて砲弾を弾き、軍隊を壊滅させたらしい。何十年ぶりに悪竜指定されて引退したG級ハンターグレアムにも声をかかったそうだ。

なんだか物騒だな。

作者コメント

今回が一番長い。感想返しはのちほど。

超力技のアトランティスの伏線回収、我ながら強引だったと思います。でも初期の伏線はだいぶ解消できたと思います。As編に入る前にどうにか片づけておきたかった。

さて次回は6月はちょっとお休みして、7月の初旬に投稿予定。空白期は後3話です。



[27519] 第三十九話 幽霊少女リターンズ
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2012/07/11 00:38
第三十九話 幽霊少女リターンズ



数日過ぎて夏休みも終わった。

最終日は泊まりがけですずかちゃんとの約束を守ったものの新学期を迎えるにはコンディションは最悪だった。ようするに貧血気味である。朝のトレーニングも休止している状態だ。

昔のトラウマをえぐる悪夢はまだまだ続いていた。拷問される夢ではないが、昔の彼女にふられたときの夢や浅野陽一の母親から冷たい目で見られ、下がった成績のことでガミガミ言われたり、包丁で襲われる夢、中国で髪は死んだ告げられたときや今日は事故で死んだときの夢も見た。これですべてのトラウマコンプリートである。

…嬉しくないけどな。

色あせていたはずの記憶を今では鮮明に思い出すことができる。浅野陽一が事故に遭ったとき数時間は生きていたけど、あんまり痛くなかったような気がする。事故直後は意識はまだはっきりしていて痛いことは痛かったけど、身体は動かないし、やばい死ぬかも思いながら、逆に笑えた気がする。拷問の方がよっぽど痛かった。痛みが限界を突破して脳が拒絶したのかもしれん。いろんな事を考えてだんだん意識が遠くなり、ぷっつり途切れ、次に気がついたら最終戦士が目の前にいた。自分とそっくりのコスプレ野郎が自分と同じ声で厨二な台詞を吐く。精神的な拷問ではコレに勝るものはないだろう。

俺ってこんな過去のことを引きずる根暗な奴だったかな? 首をかしげる。二十歳の時刺されたときも立ち直るのに結構時間かかったし、いくら思い込みやポジティブで塗り固めても性根は変わらないのかもしれない。心の声はそんな俺に同情し、自分をこんな目に遭わせた奴らを決して許すなと囁いてくる。

そうだ。右手だ。こんなときは右手に力を込めよう。俺の右手が黒く輝く。脳内設定では最近禍々しさを増している。

そう蓋をするんだ出てこないように、俺の右手は大忙しである。右手で押さえられなくなったら眼帯でも用意してもらおう。眼帯で押さえられなくなったら、黒い外套に梵語で書かれた包帯を巻こう。次はピアスにネックレス、指輪なんかいいな。それでも駄目なら呪札、入れ墨、焼き印、鎖、拘束具、棺桶?

なんかよくわからんキャラになっていくな。まあいいか。なんか考えるうちに落ち着いたみたいだ。



新学期も始まる頃、疾風さんからようやくメールが届く。銀色の変な生き物の軍勢に襲われて大変だったらしい。数で攻められ、おもちゃみたいだけど凶悪な光線銃の集中砲火、はやてちゃんを狙われ、防戦一方だったところを仮面をつけた「G3」を名乗るハンターから助けられたそうだ。

グレートなGを3つもつけたコードネームを名乗るだけあってすさまじい強さで大量のヒトガタ銀色を一気に片づけてしまったそうだ。そして、奴らが召喚した巨大魔法生物も一人で倒してしまった。その巨大魔法生物が切り札だったようでとうとう奴らは引き上げていったらしい。シグナムさん曰く魔法生物を倒す手際は鮮やかなものだったそうだ。

G3ッ!! 一体何者なんだっ!?


襲ったのはグレイしかあり得ない。その後、倒されたグレイはヴォルケンリッターでおいしくいただいたらしい。

もちろん本当に食卓に並んだわけじゃなくて、闇の書の蒐集に使われたそうな。しかし、数は多いがたいしてページにならなかったらしい。やっぱり人造生命体だからだろうか? ただG3が無力化した魔法生物はそれなりにページを稼ぐことができたそうだ。

ともあれ、平和が戻ったかに思われたが、メールの最後の一文にははやてちゃんの体調不良についても書かれていた。

「最近、ちょっと体がしんどいんよ。ただの夏バテやったらいいんやけど、もう少ししたら決断せな。どうすれば誰にも迷惑かけず、私とリインを助けて、みんなとずっと一緒におれるんかなぁ? 」

はやてちゃんの理想を叶えるのは難しい。グレアムの手がどこまで届くかわからない以上管理局は頼ることは難しいのだろう。俺たちが下手に立ち回るのは危ない。どうにかしてあげたいとは思う。どうにかしたいのだが。

それよりはやてちゃんには厄介な問題が目の前にある。

八月に魔法少女りりかるなのはは無事終了しました。

混沌だけ残して。

ヴィータはスターライトブレイカーの格好良さに痺れ、シグナムは想いの届かなかったフェイトちゃんに涙を流し、シャマルは管理局が登場してからの熱く薔薇薔薇しいクロノ×ユーノに熱を上げて、ザフィーラは漢らしいアルフに刺激されているようだった。

そして、九月魔法少女リリカルなのはAs始まります。



始まりやがります。

……何が起こるかさっぱりだよっ!?

放送後の反応が怖いガクブル。

それはさておき、考えてみるか。直接会うことはないけれど、メールでいろいろアドバイスできるだろう。

はやては誰かに迷惑をかけたくないが、リインフォースのために完成させたいと願っている。その両方を叶えるにはどうしたらいいだろう? しばし考えてみる。

ふむ。

現状一番まっとうな手段は次元転送で異世界に渡り魔法生物を狩ることだと考えられる。それならばいちおう他人に迷惑をかけないというはやてちゃんの希望に沿ったものになる。問題は効率が悪くはやてちゃんとヴォルケンリッターの過ごす時間が減ってしまうことだろう。そうでなければ最初からこの方法を使ったはずだからだ。

んっ! でもこれは意外と妙案かもしれない。発覚が早いから効率が悪くてもまだ時間があるのだ。急ぐ必要がなくなる。魔導師を襲わないようにメールでそれとなく誘導しておけば一番の懸念であったヴォルケンリッターとの戦いを避けることができるかもしれない。俺たちのメリットになる。

さっそく提案してみるか。ダメだったら次を考えればいい。メールに詳細をまとめて送る。はやてちゃんからみんなと相談してみると返事があった。

大丈夫かな? うまく行ってくれればいいけど。



その八神家をはじめ世界中に迷惑ふりまているグレイどもは現在すべての作戦の撤収のため大忙しである。どうやら彼らにはなのはちゃんという例外は除いて月に自力でたどり着かない限り何も残してやるつもりはないようで、密かに建築した地上の基地や施設を全軍で撤去している。数年後には終わる計画だそうだ。

月の管制人格は言うには月の民の総意は『管理局との接触は望まず静かに朽ちていく』ということだった。ただなのはちゃんの身の安全と意志を尊重するらしく、彼女が生きている間は力を貸してくれるそうだ。しかし、俺たちはその恩恵を得ることはできなかった。なぜなら、月の管理者の権限はあくまで施設内だけ有効なもので外から指令を出しても限りがあるということらしい。できるのは管制人格との交信と情報閲覧と王の指令の承認だけというあっさりしたものだった。地球にいる間はかぐやとその子孫と同じ扱いということで、つまりは身の安全は自分で守れと言うことらしい。しかもシステム構築のため今から半年はこちらにはしばらく何もできない。当分は月に行くことも難しいそうだ。

では肝心の王であるなのは様の身の安全はどうするという話だが、王の杖があれば十分らしい。

その王の杖、武器としては大変優秀である。優秀すぎるくらい。機能を聞いてびっくりだ。

通常のレイジングハートとしても使えるから、これからの魔導師としての活動に支障はない。問題は詠唱して王の杖モードに変えると、非殺傷何それ? おいしいの? というくらい危険なシロモノになる。抹殺兵器レイジングハート・ジェノサイドと呼んでいいだろう。

その兵装は7種類。 

三、四、五、六、七、八ならびに九に分けられる。



三 はすべての隠れたる魔法の鍵をもち、死の諸ホールの創造者なり。

四 は力を放つものなり。

五 は人々の間に鳴り響くことばに対する鍵、すべての魔法の主、支配者なり。

六 は光、隠されたる道、人の子らの魂の主なり。

七 は広大の主、空間の支配者にして時間の鍵なり。

八 は進歩を定め、人々の旅を比較考察し、均衡化する主なり。

九 は父にして、広大なる容姿をもち、無形のもの形成し変化しつつあるものなり。

それぞれのキィワードに応じて発動する仕組みになっている。

具体的には例の人類広域洗脳魔法や対象を魔力コーティングされた実弾兵器で蜂の巣にしたり、触れただけで消滅する攻撃など、これだけでも質量兵器に否定的な管理局に真っ向から喧嘩を売っているとしか思えない。

さらにこの中には月の施設からバックアップがつくと戦術兵器に変わるくらい物騒なものもある。なのはちゃんからアルカンシェルクラスの兵器が発射されると考えればいいと思う。



殺すことにかけては大変優秀だが、融通が利かないので、なのはちゃんの性格と将来を考えるなら全く必要にない。つまり、普段使うぶんにはレイジングハートとなのはちゃんは今まで通りということである。良かったね。なのはちゃん!

しかし、なんか教導教官になる前になのはちゃんがミッドチルダの法律で捕まりそうな気がする… だってなのは一人でミッドチルダ壊滅しそうだもん。まあバレなければいいのだ。バレれければ。もしバレてもリミッターとか便利な道具を使えば問題ないだろう。ただ一抹の不安は残った。

他にも懸念はある。先日のなのはちゃんと俺たちと管制人格でこんなことやりとりがあった。

「地球からの撤収が済みましたら、すべての下等な猿をなのは王にかしずかせます。その暁には地球皇帝を名乗ってください。ええ、もちろん ……冗談です」

「冗談には聞こえないぞ」

と口では冗談だと言っているが管制人格に対して疑念がぬぐえない。静かに朽ちていくと言っていたが、人類を猿呼ばわりするような連中は心から信用してはダメな気がしてきた。奴らが人類を見下している以上、心変わりだってするかもしれない。

そのうち愚かな人類は粛正する言い出すんじゃないだろうか? 

万が一に備えてリンディさんやクロノ君には奴らのことを報告したほうがいいかもしれない。管理局がどう判断するかはわからないが、奴らに対抗できそうなのは管理局くらいしか思い浮かばないし、奴らがロストロギアに含まれるかどうかはわからないけれど、組織の目的からして専門的な判断をしてくれるだろう。この問題は奴らがその気になって動けばなのはちゃんや俺たちの手には負えなくなるのだ。

月の連中が危険でないと俺にははっきり言うことできないし、軍の統率や政治的な判断は出る幕じゃない。煽動や演説なら多少経験があるからなんとかなるって程度だ。ガーゴイルさんなら適役かもしれない。

他にも問題はある。緊急のための措置とはいえ管理局の情報も漏らしていることだ。そのことも含めて言わないとだめだよな~ 漏らしたおしおきすると言っていたリンディさん怖いけど、漏らした情報が致命的なものになる可能性もあるし、正確な情報が伝わらずすべてが手遅れになってからでは遅い。素人判断は危険、餅は餅屋に任せるのが一番良い方法だと考えている。

「なあ、いちおう地球には管理局の支部がいくつかあるし、気づかれるのは時間の問題だから知り合いに報告はしとくぞ」

伺いと立ててみる。駄目で元々だ。

「別にかまいません。時間の問題なのは同意です。むしろ何も知らないままちょっかいをかけられては困ります。あのアースラの艦長ですね? いいのですか? あなたは情報漏洩で処罰されるのでは? 」

「いいんだよ。あれは俺の独断だ。やった行動には責任を持たないと駄目だろ? 」

「まあいいでしょう。本来なら月の民を使者に立てるのですが、全滅している以上仕方ありません。あなたが使者代行として、こちらの意向を向こうにしっかり伝えてください。データも転送しておきます」

ほっ! これでこっそりタレ込むまねをしなくて済んだ。

というわけで俺は月の民の使者代行としてリンディさんに報告することになった。彼らの要求は月への不可侵である。なのはちゃんについては王の意向に沿うということでなのはちゃん自身が選択することになった。

さてどういう返事が来るかな? 怖くもあり楽しみでもある。お仕置きされそうになったら甘んじて受け入れよう。そう覚悟を決めて管理局の地球窓口に郵便を送った。フェイトちゃんのビデオレターもここを通してミッドチルダから日本に送られてくるのだ。便利なものである。



今日も一日が終わり現実世界では床についた。

夢の世界で寝る前にカナコとお茶の飲むのはすでに日課になりつつなる。カナコはお茶を飲み終わるとまたあの本に熱心に筆を入れている。
ものすごく集中して、真剣な表情をしたかと思えば、優しいまなざしへ変わる。見ていて面白かった。

ふと自分のしていることを考える。はやてちゃんのことやグレイについては腹に一物抱えて、自分たちに都合のいいように小細工を弄していると思う。なんか俺すげーカッコワルイことしてんなー コウモリというか小悪党がやりそうなことだ。もっとスッキリ解決できないもんかね。なんかこう違うんだよな~  

「私ははやてたちや月の基地はほっといても大丈夫だと思うけどあなたはそれができない。それだけのことでしょ? 」

カナコが近づいてきて話しかけてきた。コイツいつのまに全く気づかなかったぞ。

「どうして止めないんだ? 」

カナコがさっきのことに何も言わずにいたことが気にかかった。今回のことは俺たちの命運に左右するかもしれないのだ。

「希のために繋がるなら別に何しても構わないわ。逆に希のためにならないなら止めてた。私の判断基準はそこだもの。必要があれば誰だって切り捨てるつもりよ」

背筋がぞわッとした。カナコはときどきこんな冷たさを感じることがある。その冷たさが俺にも向いているのではないかと考えてしまい、問いかけた。

「こえー女だな。それは俺も含まれるのか? 」

「愚問ね。希にとってあなたがどういう存在なのか考えてみればわかるはずよ」

「それはうぬぼれていいってこと? 」

「そうね。愛されてるわよ」

おそるおそる返す俺に今度は笑顔だった。よくわからない奴。ひどく冷徹な側面を見せたかと思えば、情に厚い暖かい面を見せる。おんなってわかんねーと思わずつぶやいた。



新学期に入り、学校ではある恐ろしい幽霊の噂が生徒たちの間で広がっていた。

原因はもちろん私のせい。

月の事件後学校の屋上から逃げるときアリサちゃんとなのはちゃんを眠ったままのふたり抱えて警備員に見つかったあの事件。予想以上に大きな波紋をもたらしていた。警備員さんの証言では白い着物を着た恐ろしく髪の長い少女がふたりの学園の女子生徒を連れ去ったということになったらしい。

警備員さんは逃げるように仕事を退職した。いくら緊急事態だったとはいえ悪いことをしたと反省。幸い常識のある人間だったみたいで町を離れて違うところで同じ仕事をやっているそうだ。

よかったよかった。さすがにあのお巡りさんみたいに退魔師になるとかわけのわからない選択をするような人間はそうそういないらしい。

それで済めばよかったのだが、退職者が出たことで信憑性を増し、校内ではおひれとか羽までついて、あることが囁かれるようになった。

白い顔で片目の赤い涙の女の子が髪の毛をうねらせて天井を這い回っているという噂だ。しかも夜な夜な無くした目を探して、おまえの目をよこせと声をかけてくるそうだ。

声をかけられたら最後、髪の毛で首を絞められ天井につり上げられ右目を抜き取られてしまうという。行方不明者のふたりは片目が抜き取られた状態で死体がみつかったとか。



なにそれこわい。

「片目髪女」と命名されてしまった。

数日の間に学校では欠席や体調不良で途中帰宅者が劇的に増えた。

単体の噂だけならなんの問題もなかったかもしれない。しかし、ジュエルシード事件で校内で不思議体験をしたもしくは目撃した人間がそれなりにいたこと、梅雨の時期に私が巻き込まれ命まで狙われた事件も私がプールの水に襲われる様子を校舎から見てた人が結構いたようだ。さらに噂がねじ曲がり私は水の中に引きずり込まれて死んだということになっている。とどめは私がジュエルシード事件の最初の日にお巡りさんおどかすために演技した片目の幽霊少女の噂と見事に繋がり、ちょっとした集団ヒステリーが起こっていた。


俺たちの世界でも口裂け女がでるという噂が回り、警察の出動や休校になる騒ぎにまでなったことがある。それと似ているかもしれない。その根本は勉強したくない学校行きたくないストレスから来る心因的なものを超常的なものへの恐怖にすり替えている精神的な症状ではあるのだが、この世界の幽霊や妖怪は活発うえ被害も多い。それに対抗する組織もあるから騒ぎが大きくなったかもしれない。神咲さんや耕一さんが出てきたら正直に言ったほうがいいだろう。

学級閉鎖も検討され始めた頃、理事長は動く。テレビに出てくるような有名な寺の霊能者が派遣されることになった。今日の全校集会でわざわざ紹介するらしい。

う~んどうしよう。素直に神咲さんに頼めばいいのに、派手好きのあの理事長らしい。やはり騒ぎが大きくなる前に相談しに行ったほうがいいだろう。

よし! 方針は決まった。学校が終わったらさざなみ寮に行くかね。理事長の長い話を聞きながらそう決心する。

次は霊能者を紹介してくれるようだ。今日も少し気分が悪い貧血で気分が悪い。少し前にすずかちゃんの家でレストラン山猫軒の体験に行ったせいだ。いくら約束したとはいえ、少々血液を抜きすぎた。ここ2、3日ずっとこんな状態が続いている。

男が壇上に立つ。思わず目をそむけてしまった。

その男は一言で言うなら僧侶だった。人間の体で尊いものを自ら捨てたものだった。歳は20代半ばくらい。頭は青く刈り上げられ無惨と言うしかない。遠目では顔よくわからないが、肌は白く。目は鋭い、頬は痩せこけている。全身は黒ずくめ、2メートルくらいはありそうな長身でほっそりとして、右手には紫の布にくるまれた細長いものを握っていた。

全体の雰囲気がただものでない。目に見えないがオーラのようなものが吹き出し、周囲の空気が渦巻いている。町歩いてたらチンピラでも裸足で逃げ出すくらいだ。

男の名前を名乗る。片山? それを聞いて隣のすずかちゃんが声を上げる。

「どうしたの? すずかちゃん」

「あの人、前に家にきてたお巡りさんだよ。あんなに背が高かったかな? なんか骨格からして違うけど、名前と顔は間違いないよ」

……

……

「へ~」

なんとか返事を返すものの俺はそれどころではなかった。

「こんなに早く戻ってくるなんてすごいね。どうしたの?
希ちゃん顔色悪いよ」

すずかちゃんが心配して声をかけてくれるが耳に入らない。あの僧侶の声も同じだ。どこか遠い所から響くように聞こえる。こうして自分の犯した罪に直面させられるとは思わなかった。あんな頭になったのはおまえのせいだと責め立てる。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ふらっときて、そこから後のこと覚えていない。気がつくと保健室、三人が心配そうな顔で眺めていた。

「大丈夫? 希」

「今日も朝の訓練に来ないし、具合でも悪いの?」

「あはは、ちょっと最近貧血気味で」

「あっ…… ごめんなさい」

すずかちゃんが申し訳なさそうに答える。次はちょっと遠慮してもらえると助かります。この間の山猫軒の元ネタは注文の多いレストランだった。いきなり全裸になれと言われたときは性的な意味でも食べられるのか心配になったけど、ただのお風呂で安心したよ。でもあの浴槽から漂ってきた匂いは良い香りというよりはおいしそうな香りだったよ。その後は私の血をフルコースみたいに楽しんでたよね。すずかちゃんェ…

今度は伝統的な透明牌を混ぜた麻雀で血を賭けて正当にもらうとか言ってたけど、なのはちゃんとすずかちゃんとアリサちゃんでやるの? 麻雀?  

今昼前くらい、結構長い時間眠っていたらしい。

「今、昼休みかな」

「そうだよ」

「あれからどうなったの? 」

すずかちゃんの話によると、私は寄っかかるように倒れてそのまま運ばれたそうだ。霊能者の話が少しあって終わったらしい。除霊は今夜から準備も含めて一週間の予定で行うそうだ。

私はおかーさんに連絡して、体調不良で帰ることにした。

おかーさんと一緒にタクシーに乗る。

おかーさん車平気になったの? 今までは乗って5分もしないうちに青くなったのに、今日は全然そんな様子はない。

揺られながら今日のことを考える。

除霊するということだったが、そんな対象が存在しない以上どうしようもない。何日かして何もないことが理解できれば帰るだろう。

しかし、それでいいかと自問する。

あのお巡りさんの人生を狂わせたのは私だ。これは認めなければいけない。あの青く刈り上げられた坊主頭を思い出し、もしあれが自分の身に起こったらと考えると私は喪失感で嘆き悲しむだろう。もしかしたら生きていないかもしれない。きっとあのお巡りさんも髪を失う耐えがたい心の痛みを乗り越えてこの道に進む覚悟をしたのだろう。それにあのときすずかちゃんはあの少女の霊を祓うためにこの道に入ると言っていた。

なんてことだろう!!

あの人は見ず知らずの私のために職と命に等しい髪を捨ててここに来てくれたのだ。だがその覚悟も徒労に終わる。なぜなら、あれは私が自分の身を守るためにした演技だから、事故で死んだ不幸な少女なんて存在しない。

なんて報われない男。髪を無くしてこれからどうやって生きていくつもりなのか?

何か私にできることはないだろうか? このままじゃあの男がやったことはすべて無駄になる。



だったら……

その存在を作ってやればいい。

たとえ嘘でも偽りでも彼自身に決着をつけさせてやるのがせめても罪滅ぼしになるはずだ。正義の味方には悪役が必要なのだ。霊能者には幽霊が、どちらも反発しながらお互いを求めているのだ。

俺はあのお巡りさんのために道化になることにした。設定はさざなみ寮で俺が勘違いされた手を使う。つまり希ちゃんは俺という悪霊に取り憑かれて、知らないまま暴れ回っていた。それをあの霊能者が発見して退治されて、悪霊設定の俺は成仏したふりをすればいい。フェイトちゃんを連れ戻すために一度彼岸までは行ったことがあるからその要領でいいはずだ。本当なら天井から光が射して昇っていく成仏演出もしたいところだが、最近はどうやってもできないのでここは妥協しよう。

この作戦は那美さんが俺を不浄な霊だと勘違いしたからこそできる作戦だ。那美さんが勘違いするくらいだから他の霊能者でも勘違いするのは間違いない。だから俺は煩悩をマックスまで溜めて、色情霊になるまで己を高めなければならない。

色情霊に俺はなる!

カナコに作戦の詳細を伝える。最初は作戦そのものに反対だったカナコも俺の熱心な説得にとうとう折れた。

「あなたって髪が関わると、人が変わるわね。それと何かおかしくないかしら? 」

まずは次の日の放課後、銭湯に入ることにした。当然のように女湯、無論男のしての本懐いや欲望レベルを高めるためだ。なのはちゃんと入ったときには味わえなかった感動でいっぱいだった。

(目的を忘れないのよ。なんか騙されてる気分だわ)

カナコは釘を刺してきた。もちろん心得てる。今回は仕方ないんだ。うん、仕方ない。

うあ、あの胸は犯罪だ。逮捕であります。けしからん。マーベラスっ! 見事な双子山だ。ん? あの子たちは希ちゃんと一緒くらいか。残念っ! 十年後にまたおいで、ぎゃあああ、変なもの見せるじゃねえええ、五十年前からやり直し! たまに視界入る危険物を避けながら、俺は任務を達成した。

ふぅ…

次の欲望を高める作戦は女性とのスキンシップだが、見ず知らずの女性は希ちゃんが苦手なのでアウト、なのはちゃんたちは年齢的にまだ早いのでそもそも対象ではない。残るは百合子さん、桃子さん、斎に絞られる。

(ねえ、手段と目的変わってない? )

(もちろん変わってないぞっ)

(お兄ちゃん楽しそうだね)

桃子さんはさすがに気が引けるのでパス、百合子さんも母親みたいな人に欲情するのは罪悪感がひどいのでパスである。特に最近は菩薩やマリア様のような神々しいオーラを感じるし、逆に浄化されそうな勢いだ。

となると斎か? 適任だな。抱きついたり、においかいで、胸触るくらいならいいだろう。それに生前だったらとてもできないが、女の子だから無問題。今の成熟した斎ちゃんにお兄ちゃんの頃にできなかったことが存分にできるわけだ。

しかも斎ちゃんは普段授業で話しているのは希ちゃん本人だと思っているからやりたい放題やないかっ!! 

ん? 

まだ触れてもいないのに、その状況を思い浮かべるだけで俺の中の欲望レベルがぐんぐん上がっていく。

すげぇ斎ちゃん、すげぇ、バチッとスカウター壊れちゃったよ。さすが俺をプロに引き上げたマイシスター。

俺はこの作戦の成功を確信した。

次の日の夕方、さっそく斎ちゃんを学園で人目の少ない場所に呼び出す。夕日が射してなかなか雰囲気がある。女教師のいけない放課後の始まりだ。

「どうしたの? 希ちゃん」

何も知らないマイシスターこと斎ちゃんは無防備なままだった。私はあくまで希モードで通す。


「斎おねえちゃ~~ん」

しっかりと腰にしがみつく。身長差でこの形になってしまったがまあいいだろう。くんかくんかとハム太郎のようににおいをかぐ。ほんのり香る香水と女性の柔らかい体の香りが私の欲望を高める。

たまらん。

「も~ どうしたの希ちゃん、急に甘えてきて、……はっ!? 」

最初は優しい笑顔でされるがままだった斎ちゃんだったが、急に背中を震わせて怯えたような表情であたりを見渡す。何か怖いものでも見たのかな?

「あっ!? そうだ! 希ちゃん、お兄ちゃんに代わってくれないかな? 」

ん? ご指名だ。斎ちゃんの方から俺を呼ぶのは珍しい。

「どうした? 斎ちゃん」

「あれっ!? もう代わった? 」

斎ちゃんは驚いた顔をする。実はそもそも代わってない。

「うん」

斎ちゃんは急に赤くなる。どうしたんだ? そんな顔するとおにいちゃんはもうっっ!!

「なんかお兄ちゃんだと思うと恥ずかしいね」

ハァハァ。もうだめだ。すでに欲望のメーターは振り切れ満タンだ。魔神ブ○だって復活できそうだ。

(ねえ、そのピンク色のオーラ、こっちまで伝播しそうなんだけど)

いかん。これ以上はまずい。希ちゃんの身体と言うことすっかり忘れていた。落ち着こう。カナコのあきれたような言動で我に返る。大丈夫。すでにさざなみ寮に行ったときと同じ境地にたどり着いている。全身っからピンク色のオーラが出ていた。

今なら胸を張って色情霊ということができる。

改めて斎ちゃんの顔を見る。ん? 夕方でわからなかったけど、疲れてるのか目が赤く化粧が濃い。先生の仕事大変みたいだな。

「斎? 最近疲れてないか? 」

「えっ!? 最近平日にも家に帰ることが多いから。そのせいかも」

マジかよっ! 往復で考えたら休む時間ないじゃないか。ただでさえ先生の仕事大変なのに。

「ちゃんと寝てるか斎ちゃん? 」

俺は心配になって声をかける。どうしてそんなに頻繁に帰るのだろう。あのばばあがまた何かやらかしているのか?

「う、うん、最近は早退とか有給とかも使ってるから」

「それならいいけど、それよりなんか用事か? 」

斎ちゃんは落ち着かない様子で手をぶらぶらさせながら探るような目でこちらをみている。何かいいにくいことがあるときはこんな仕草をする。

「あのね、お兄ちゃん、おかーさん事をまだ怒ってる? 」

「はあ? かーちゃんの話はするなよ」

俺は嫌な事を思い出して嫌な気分だった。せっかくさっきまでいい気分だったのに台無しだ。だから言い方もついとげのある言い方になる。最近刺された夢を見て顔も見たくないと改めて思ったところだった。

(そうよ許しては駄目よ。かわいそうにあなたはなにもしてないのに傷つけられたんだから)

心の裡から声が聞こえた。そうだ。あんなの実の母のすることじゃない。俺はアイツのした事を許すつもりはない。一度許したのは気の迷いだったんだ。絶対に許すな。

「う、うん、そーだよね。いいの。今のは忘れて、…そんな顔しないで」

あれっ!? どうしたんだ斎ちゃん? そんな悲しい笑顔は、なんかつらいことを堪えているように見える。斎ちゃんは小さい頃から嫌なことがあっても我慢する辛抱強い子だったから気になるんだ。さっきまで沸いてた許すなという感情は霧のように消えてしまった。代わりに斎ちゃんのことがすごく心配だ。

「本当に平気か? 」

「うん。さっきのはちょっとしたことだったから、今度が本番だよ。ちゃんと聞いてね。お兄ちゃんに直接言いたかったの」

今度はもじもじと言いにくそうに顔を赤くする。なんだよ愛の告白か? まいったなぁ。俺たちは兄弟だし、今は女同士なんだよ? どうしてもというならウェルカムだけどさ。 

そして、斎は口を開いた。






「あのね、おにいちゃん、私ね、結婚するの」

……

……

……

私はひとり残されます。いつの間にか時間が経ったようです。キングクリムゾン発動。斎は今日も家に帰るみたいで先に帰った。振り返るといろいろ何か言ってた気がするが、俺はオメデトゴザイマスと返事をするのがやっとだった。相手はどんな奴かとか、本当は式に呼びたいけど難しいとか、はにかんで照れたような顔、そして、どこか憂いを感じさせる表情が印象に残った。

今日は俺に結婚の報告をしたかったらしい。

結婚って誰が? 親戚か職場の人? まさか俺じゃないよね。俺は希ちゃんの身体だから無理だ。大穴で親父が離婚して再婚するとか?

ケッコン? ケッコンってあれですか、血の跡ですか、現場検証ですか。マリーですか。エイミィせんぷわいとか呼ぶあのメガネの?










「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ 」

俺はかつてない喪失感に喉を振り絞って慟哭の雄叫びを上げる。ガラスの割れるような音がしたけど気にならない。

世の中にこんなことがあっていいのでしょうか? 俺はさっきまで天国の中にいたはずなのに、いつの間にか地獄に落とされていました。

私の頬を赤い滴がポタポタ落ちます。血の涙です。人間って本当に血の涙出せるんだね。

人生にはつらいことがたくさんある。

子供の頃感じていた義母の態度、ペコペコ頭を下げてお金をもらっていた日々、追い出されたときの絶望感、悪意と殺意の濃縮された人間に拷問される恐怖、転生した先の母親の疑惑に満ちた目、つきあってた彼女から将来はげそうだからという理由で振られた日、次の日その子がDQNと腕を組んで歩いているのを見た日、成績が落ちたこと母親がなじられる悔しさ、大学辞めてから母親から刺されて蘇った恐怖、髪はもう死んでいると告げられたときの喪失感、

考えてみれば俺は不幸な人間だった。そんな俺から斎まで奪おうというのか!

(誰か来るわよ)

カナコの声がする。俺は素早くバリアジャケットを纏うと髪を振り乱しながら悲鳴を上げてアスファルトの外壁をかけ上り、飛行魔法で空のかなたへ飛び立つ。

誰かに見られた気がするけど、そんなの関係ねぇええ。

とにかく俺はどうしようもない心の衝動を発散せずにはいられなかった。


家に帰りベットに横になる。御飯を食べる気にはならなかった。

ああ、でもこんな地獄でもひとつだけいいことがありました。もくろみは大成功です。今の俺は極めてマイナスオーラ全開な色情霊です。ピンク色のオーラは赤黒く変貌していた。嫉妬の炎も燃え上がり、優しさから一歩を踏み出せない那美さんが助走をつけて奥義をぶちかますレベルです。今なら獅子吼喉弾を撃てる気がします。

ああ、誰かにぶつけたい。このやり場のない怒りを、失ったものの悲しみを、右手の封印は黒々と輝きを帯びている。すごい力を感じるよ。これがシットのちから。恐らく夢の世界でも奮うことができるそんな気がした。今まで夢の世界では最終戦士やバーチャプレシアにお株を奪われっぱなしだったから、リベンジできる。

ふっふっふっ。素晴らしいぞこのちから。今まで修行して得た力とはなんだったのか? 怒りとは何かにぶつける力なのだ。


俺は今深夜の学校。すずかちゃんからの情報で今夜は徹夜でやるらしい。どうも俺の雄叫びと壁歩行は結構な目撃者がいたようで、霊能者側も本腰を入れたようだ。すべての事情をすずかちゃんに話し、月村家主催の麻雀大会に出場することを条件に月村家への外泊と知り合いの霊能者へのフォローをお願いした。

さあ一世一代の名演技だ。タイトルは退魔師VS片目髪女、包帯、血糊、白粉の用意はできた。最近は希ちゃんは健康的になっているので血色がいいので、少々手を加える必要がある。衣装はデバイスを使えばいい。天井歩行はお手のものだ。そして切り札も用意してきた。

舞台の幕が開く。

深夜の学園屋上、黒い衣を纏った長身の僧侶が静かにたたずみ左の手には黄金に輝く刀が鞘に納められていた。

「来たな… 」

こちらからは背中を向けたまま霊能者はつぶやく。視界に入らずとも霊能力とやらでこちらのいる場所は探知することができるのだろう。ピリピリとした電気のような波動を感じる。本能的に危険なものだ悟っていた。

幽霊モードに入る。イヤなことを思い出せば負の感情に染まることなどたやすい。ただしそれに思いを傾け過ぎてはいけないのだ。あくまで戻れる範囲でコントロールできる範囲で実行する。右手に蛇のような痣が現れ黒いオーラがにじみ出る。

俺は今悪霊になりきっていた。なんか普通に魔法使うより強い力を感じる。カミノチカラも呼応してウネリ強化されている気がする。

(ちょっと、大丈夫なの? その力は黒い女と同質のものじゃない。黒い影の気配が反応してるわ)

(平気さ。ちゃんと冷静だよ。それにこのちから出力すごいんだぜ。万能感というかなんでもできそうな気がするよ。なんか今まで使わなかったのがバカみたいだ)

(封印は静かね。それにコントロールできているならいいけど、これから先は使わないほうがいいわ)

(なんだよ。せっかく人が苦労の末にたどり着いた力なのに、そりゃカナコ様は俺なんかと違って魔法も空中戦闘も器用にこなすんでしょうけど… )

(なによっ! せっかく人が心配してるのに)

キレるカナコをうっとしいと思いながら、霊能者から目を離さない。彼は静かに立ち上がりこちらを向く。

(カナコ、話は後で聞くから、今はこっちに集中しろ)

「さあ少女よ。長きに渡る因縁にケリをつけよう」

そんな因縁あったかな? まあいい舞台を盛り上げる言葉としては上出来だ。ふっふっふっ。今回は楽しいアトラクションを用意してきたから楽しんでくれたまえ。






二時間後。月村屋敷。

「ありがとう。すずかちゃん、協力してくれて」

「約束だったからね。でも希ちゃん、あの人、希ちゃんが髪の毛を自在に操り、天井を走り回るから、すごく怖かったみたいだよ。しまいには膨張して世にも恐ろしい化け物になったって」

「ははは、やりすぎたかな? 」

「折れた霊刀が上手く刺さったから勝つことだできたって、最後は悪霊は成仏して希ちゃんは助かったって、本当にどうやったの? 」

「まあ私の家もいろいろあるんだよ。魔力とか、巨人の守人のかぐやの一族で調べればいろいろわかると思うよ。ところで霊剣は大丈夫だったのかな? 」

「あの霊剣は破損して力を失ったものを鋳造し直して再利用しているんだって、本社には新しく打ち直した霊刀が何本もあるから大丈夫みたい。だから折れたなら寿命だろうって言ってたよ。それにもう必要ないみたい」

「だろうね。素手のほうが強かったもん。寿命っていうか。力入れすぎて寿命短縮したような気がするけど、それから麻雀いつにする? 最近抜いたばかりだからもう少し時間ほしいな」

「じゃあ二週間後くらいかな? 」

「お風呂借りていいかな。もうくたくたでさ」

「いいけど、そうだ一緒に入る? 」

「また今度ね」

終わった。なんとか終わった。

今は一時過ぎ、すずかちゃんは横で眠っている。女の子同士のおしゃべりは長かった。家のこと、アサノヨイチのこと、この間のUFOの件とかいろいろ聞かれ、できる範囲で話をした。むろん管理局となのはちゃんのことは秘密だ。このことについてはなのはちゃんが同席していないから勝手に話すわけにはいかない。

血が足りないと言ってあるから、今夜は噛まれる心配はなさそうだ。しかし、念のために口枷をしてもらってる。なんでこんなものがあるのか。すずかが何の疑問もなくつけて寝ることができるのか。想像すると怖いが気にしないようにしよう。お金持ちの家にはいろいろあるんだと思うことにする。

俺も横になる。まだするべきことがある。

相手の霊刀が折れて、誤って魂のかけらを吸収したり、予想外のアクシデントはあったが、すずかちゃんの話ではあの霊能者はとてもいい表情で去っていったということだから、目的は果たされたのだろう。

最後は悪霊退治じゃなくてグラップラーな戦いになった。モンスターとマッスルのぶつかりあいと言っていい。その霊能者いきなり身体が膨らんで筋肉質になりどっちが化け物だよっ! とツッコミたい。霊刀が折れたのも半分は自業自得で相手が力を入れすぎたせいである。持つところ握りつぶしてた。むしろ刀ない方が強かったんじゃ… 一度霊力が尽きて倒れたかと思ったら、再び起きあがってさらに強くなったときはラスボスかよと思ったよ。こちらも奥義を連続して使ったし、霊力と筋肉とは実は関連があるものだって初めて知った。よくあちこちひびが入るだけで校舎が壊れなかったもんだ。



問題の霊刀から吸収した魂のかけらは現実世界と同様の刀の形で人形の棚に並べられていた。無惨に折れた状態だった。カナコの見立てでは長いこと破損したまま、かけらとしては十分集まっているが意志もバラバラで意識が混濁しているそうだ。

カナコからは最初に再生させるつもりはないとはっきり言われた。そうだよな。意味もないのにそうすることはない。しかし、かわいそうなので俺の部屋に持ち込んで飾ることにした。何度か話しかけるうちに少しだけ会話できた。

「なあ、あんた、名前は? 」

するとカタコトのノイズがかった男性の声が聞こえる。

「ワタシ名前思イ出セナイデス。デモジョージ言レタ思イマス」

「ふ~ん、ジョージか。十六夜さんみたいなケースかな? 男?」

「ハイ、セイジンダンセイデス 」

「ちっ。やっぱ男か、しかも若くないな。日本には何しに来たの? 」

せっかくなら、十六夜さんみたいな女性が良かった。男じゃ気分的に嬉しくない。

「アナタハカミヲ信ジマスカ? ワタシ神ノ教エ伝エルタメニ、キマシタ。元イングランドネ 」

イギリス人か。スペイン・ポルトガル系じゃないんだな。

まああの時代に外国人が来る理由ってそれしかないわな。妙な同居人ができたが、ブリザードが吹き荒れる俺の心以外は平常運転だった。

次の日は休日、お昼まですずかちゃんの家で遊び、いくつかのお願いとお礼を言って家に帰る。まだまだ疲れが抜けないので、昼寝をすることにした。

夢の世界の図書館に出る。バーチャプレシアは鍛錬に余念がない。さっきは正面に三つの残像見える技を練習していた。どんどん人間離れしてきた。そっとしておこう。

ひとり黄昏れる。

俺はやりきったんだよな? あの霊能者を真実を知らないまま騙した形になるが、知らなければそれで済むのだ。幸いすずかちゃんや月村家の協力もあってバックストーリーの用意と口裏は合わせてあるから疑うことはないはずだ。

ただむなしい。思いっきり鬱憤をぶつけたのにそれは一時的なものでしかなかった。また思い出して俺を蝕んでいく。

考えるのは斎のこと。今まではやるべきことがあり集中できていたけれど、それが無くなるとどうしても考えてしまうのだ。

俺はうじうじして、膝を丸めて体育座りの姿勢をしている。希ちゃんとカナコも近くにいるが、話しかけて来ない。

正直助かる。今はネガティブスパイラルでガラスの少年だった。やさぐれていた。校舎のガラスをぶち壊して、盗んだバイクで走り出したかった。

どうのくらいこうしていただろうか。カナコが近づいて来た。うんざりとした顔をしている。

「いつまで、そうしてるつもり、おめでたいことじゃないの」

「おまえなんかに俺の気持ちがわかってたまるかよ」

俺の人生の華。心のオアシス、マイエンジェル、どこに出したって恥ずかしくないけど、絶対に誰にも渡したくなかった自慢の妹なのだ。

「あなただって自分のことは気にしないで彼氏作れって言ったじゃない」

「確か言ったさ。でも結婚って何だよ! 斎ちゃん彼氏いないって言ってたから、まだ会って半年もないじゃないか。普通さ、つきあい始めたら、お兄ちゃんこれが今おつきあいしてる人ですって、紹介して、おまえなんかに妹はやらんとボコボコにして、おにいちゃんやめてと止められて、彼氏はボロボロになりながらも、俺の足にすがりつきて、お兄さん妹さんを僕にくださいと、誰がお兄さんだコラッ! とさらにボコボコにして、それでも粘って男をみせてたら、俺もちょっと見直して、認めた訳じゃないけど酒でも飲むかって流れじゃないのか? そして三年くらい過ぎてそろそろだろっ!! 」

「あなた、ドラマの見すぎよ。あなた死んでるじゃない。どうやってボコボコにするのよ? 」

「うるさい! うるさい! 大事に大事に育ててきた妹をどこぞのホースボーンに寝取られる俺の気持ちがわかるか? わからないだろっ! 」

「馬の骨? だからすずかに相手の身辺調査まで頼んだのね」

「当たり前だ! あの子はなあ、生まれたときから目をつけて… いや目に入れても痛くないくらい可愛がっていたんだ。オムツだって替えたし、中学上がるまで一緒に風呂入ってたし、親父より一緒に遊んでたし、幼少期の俺の生き甲斐だったんだ。もし相手が二股とか結婚詐欺とかだったらどうするんだよっ!」

カナコはあきれた顔をしていたが、すぐに眉をつり上げて言い返して来る。

「気にし過ぎよ。気づいている? それは斎を悪く言っているのと同じことよ。それから寝取られるって言葉の意味正しく理解してる? 斎はあなたのお人形じゃないのよ。人間なの。年齢的にもそろそろ適齢期でしょ? 子供のひとりふたりいたっておかしくないわ」

ふ ざ け る な

「子供お、子供作りだとお、そんなふしだらなことおにいさんは許しませんよ。斎ちゃんはずっとあの家で妹として暮らすんだ。問題ない。あの子が不自由なく暮らしていけるだけの財産はある」

「はあ~ シスコンここに極めるね。それはエゴね。執着と言ってもいいわ。あの子の幸せはあなたが決めるわけじゃない。たとえ間違えても斎自身が選択することなのよ」

「黙れよ。この野郎」

いくらおまえでもそれ以上は言うな。

「もう勝手にしなさいっ! このバカあ~~~」

カナコの姿が消えたかと思うと、急に世界が回転し、背中を強打する。その衝撃で意識が飛ばされる。

向こうの方が手が早かった。



気がつくと希ちゃんに膝枕して頭を撫でられていた。

「ちくしょう。カナコの奴、思い切り投げやがって」

「さっきはお兄ちゃんが悪い。すごく怖い顔してたよ」

「ごめん、希ちゃん、怖がらせて」

教育に悪い醜態をいくつもさらしてしまった。ここは希ちゃんが穏やかに過ごすための場所なのに俺たちが乱してどうする。希ちゃんは珍しく怒ったような表情でこっちをみている。

「違うよお兄ちゃん、あやまるのは私じゃなくて、カナコに」

「俺、投げられたんだけど」

「それでもあやまるの。カナコ泣いてたよ」

「えっ!? 」

全然そんなそぶりはなかったけど、でも希ちゃんは嘘はつかない。少し冷静になって考えれば、カナコの言うことは正しい。正しすぎて頭にきたんだと思う。売り言葉に買い言葉で、かなり感情的に怒鳴ってしまった。自分でも感情のままにわけがわからないことを言ってしまった。

そんな俺の言葉をカナコは正面から受け止め正論で返してきた。俺はますます感情的になりとうとう駄々っ子のようにカナコを邪険した。

うあ、俺、格好悪い。感情をぶちまけるなんてガキのすることだ。ちっとも成長してない。

「カナコも女の子なんだよ? それなのにひどいこと言って、私に優しいお兄ちゃんはカナコにも優しくしないとダメなのっ! 」

希ちゃんはいつもより感情の籠もった口調で諭す。ヒートアップしていた頭が冷静さを取り戻していく。

「うっ そうだな。俺が悪かった。ちゃんとカナコに謝るよ」

やれやれ希ちゃんに説教される日が来るとはね。自分のふがいなさを嘆くべきか、それとも、成長を喜ぶべきなのか。その両方なんだろうな。

「だって、お兄ちゃん、寂しかったんでしょう? 」

「えっ!? あ、 」

希ちゃんは何気なく言ったのかもしれないが、その言葉に衝撃的が走った。そのくらい的を得ていたのだ。

寂しかった? そうか、そうだったんだ。斎ちゃんの結婚に難癖つけてたけど、結局は斎ちゃんが俺のことを忘れてしまうことを恐れたんだ。カナコの言うとおりただの執着とエゴなんだ。



なんて無様。

死にたい。ここから消えてしまいたい。そんな気持ちがわいてくる。でも希ちゃんとカナコはこんな俺でも頼りにしてくれているんだ。責任を放棄するわけにはいかない。

そう逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。

俺は弱い人間だけれど、希ちゃんのため、そして、カナコのために頑張ろう。こんなときはいつものように感情を抑え込もう。心に蓋をするんだ。いつまでも悲しんではいられない。大人は男は泣いたらだめなのだ。ぐっと悲しみを押さえ込む。まずはこの雰囲気を変えなければならない。俺は体を起こすと希ちゃんに話しかける。

「ありがとう。希ちゃん、間違いを正してくれて、これからもこんなお兄ちゃんと一緒にいてくれる? 」

「うん、うん。でもおにいちゃんさっきよりずっと苦しそうだよ? どうしたのかな? 」

希ちゃんは俺の顔をのぞき込む。いかんな。希ちゃんに気づかれるとはまだまだ足りない。頑張れ俺男の子。俺は目を閉じると右手に意識を集中する。

(俺の悲しみよ。怒りよ。すべて右手に集まれ)

そう念じると心が軽くなり、右手の刻印が黒く輝いた気がした。右手の手のひらには黒い痣のようなものができてる。よく見ると生き物の形をしていてカッコいいな。不思議と惹かれるモノを感じる。

おっと、希ちゃんを忘れてた。

「じゃあ、お詫びに何でも言うこと聞くよ」

「なんでも? 」

「ああ、何でも」

「ほんと? じゃあ、また痛いことしてください」

痛いこと? それはもしかして、いや落ち着け俺、またって言ってたから前にしたことあるってことだろ。もしかしてアレか。俺は手刀を作ると希ちゃんの額を何回かこづく。

「うれしい? 希ちゃん? 」

「うんっ 怖くない痛いは久しぶりだよ~」

希ちゃんはニコニコと嬉しそうに答える。



…………



…………



ああ、やべっ

やっぱこの子は魔性の女の子だ。たった一言で俺の心を持っていってしまった。この一言にどんな意味が込められいるから想像するだけで俺の胸はかき乱される。

目から汗が出てきた。汗が止まらない。

「どうしたの? おにいちゃん いたいの? わあ! 」

俺は希ちゃんを正面から抱きしめる。

「ちょっとね。しばらくこうしていていいかな? 」

「いいよ~ 」



どうか髪様 ……カミサマ、この子がしあわせになりますように。しばらく希ちゃんを抱きしめまま俺は唯一信じるカミサマに祈る。

(全テハ主ノ名ノ元ニ許サレルノデス)

また変な奴がコレクションに加わったな。最終戦士とは違う意味で大変そうだ。そういえば最近奴の声を聞いてない。別に聞きたいわけじゃないが。

希ちゃんは部屋に帰った。さて、やるべきことをやろう。カナコの部屋をノックする。ここに来たことはなかったな。

「カナコいる? 入ってもいいか?」

「いいわよ」

部屋に入るとカナコは赤いペンを片手に魔導書みたいな本に一生懸命書いていた。こちらには目もくれず言葉だけ返す。

「何? 」

「ああ、俺が悪かった。カナコ、おまえの言うとおりだよ。おめでたいことだがら祝ってあげないといけないよな」

すると初めて顔を上げ少し驚いたような顔をして、口に手を当て微笑んだ。

「私も悪かった。希とあなたの会話を聞いていたのよ。あなたの気持ちを考えてなかったわ。本当は寂しかったのね」

「そうか」

「それから、あなたが重度のシスコンで、妹を性的な目で見る変態だってこと忘れていたわ。なんせ生まれたときから目をつけて、よからぬ感情を持っていたんですもの。良く道を外さなかったわね。ふふふっ」

「おい! せっかくの空気が台無しじゃないか」

カナコは途中から含み笑いをする。俺も言葉では非難していたが、いつもの空気になって正直ほっとしていた。

「困ったお兄ちゃんね。あなたの部屋に置いた霊刀はどう? 」

「ああ、たまに変なこと言ってくるけど聖職者ってあんなもんだろ? 今のところ静かなもんだぞ。ちゃんと直してやればいいのに」

「それはダメって言ったでしょ。希のキャパを考えてる? 」

俺は霊刀のことを簡単に説明する。

「まあこんなところだ」

「使い道はあまりなさそうね。この間の幽霊みたいな奴には有効かもしれないけど」

「なあ前にも聞いたと思うけど、おまえの書いてる本って何? 」

ずっと書いてる気がする。そんなに大事なことなんだろうか? かれこれ数ヶ月、カナコはずっとこの作業をやっている。封印が安定して黒い影が出なくなったから時間ができたとは言っていたが、どんな意味があるのかすごく気になる。カナコのこの本をみつめるときの目は穏やかで優しいものだ。ペン置くと大事そうに本を閉じて、ゆっくりと語り始めた。

「私の使命はわかってるわね? それが与えられたものであることも」

「ああ」

カナコの使命は希ちゃんを守ること。そしてそれはおそらく希ちゃんのおかーさんによって与えられたものだ。

「私はきっと使命のためにしか生きられない。寄り道することはあるけれど、使命のために生きて死んでいく存在なのよ」

「寂しいこと言うなよ。俺たちがいるだろ? 」

俺はカナコがどこか遠くいってしまいそうな表情に胸が締め付けられてふとそんな言葉を吐いてしまう。カナコはきょとんした表情のあと、くすくす笑い出した。

「あなた純情なのね」

「わ、笑うな~ 」

俺は急に恥ずかしくなってそう言い返す。ダメだ。この程度で動揺しては俺の恋愛偏差値が低いことがバレてしまう。向こうの方はどこか余裕を感じさせる。

「どんな意味があるんだ? 俺に血印を押させていた奴だろ? 」

「いろんな意味があるから一言では言えないわね。ひとつだけ言うなら生きた証みたいなものよ。それ以外は途中だからダメえ、完成したら教えてあげる。闇の書事件より前には完成する予定よ」

またしてもお茶を濁された。まるでこちらをからかうような目で落ち着かない。見守られているというか子供扱いされているふうに感じる。しかし、不思議と不快な、反発するような感情は沸いてこなかった。



後日、月村家の麻雀大会に参加した。相手はすずかちゃん、忍さん、ファリンさん、賭けるのは血液1500ミリとかマジ死ぬから、十分の一にしてもらった。通常は勝った分だけお金がもらえるのだが、別にお金はいらないので、脱衣麻雀にしてもらった。

「御無礼。ツモリました」

「あなた。背中が煤けてるわよ」

「ロンッ ロンッ ロ~~~~~~ンッ」

「希ちゃん、頭ハネだよ」

「痛い。痛い。牌をそんなふうに使わないで」

朝まで続けられた。

結果から言えば、俺たちの勝ち。自動卓なのでサマはできない。しかし、カナコが気配を読み、希ちゃんが確率計算と相手の切り方を把握してくれていたので、後半で点数を稼ぎ勝利を得ることができた。血液は一滴も抜かれず、三人を下着姿まで追いつめた。役得です。

豪華な脱衣麻雀だった。

最後のすずかちゃんのソーズ九連と俺の緑一色の戦いとかは名勝負といえるだろう。

あ~ 眠い。


ーーーーーーーーー


私たちは負の感情を糧とする存在。それが存在意義だ。たとえ希から生まれた存在であろうと食らい尽くすまで止めるつもりはない。

そもそも私が生まれたのは希を苦しめ殺すためだ。

偶然が重なったのもあったが、私の一部は外に出ることができた。忌々しいカナコは私たちを本体から切り離し、さらに5つへ分割した。隙を見て復活した5つの中でも最強の力を持つ木の私はすでに消滅している。分割されようと意識は共有している。希の力は日に日に力を増して、このままでは私たちは各個分散されたまま消滅するしか道はなかった。

私たちの元になった魂の記憶を思い起こす。カナコ忌々しいあの女の娘、親子二代にわたって私たちの邪魔をする。
あの女との戦いには勝ったけれど、まだ目的は果たせていない。

負の感情を集めようにも希の部屋はカナコの力が働いていて私たちの力が及ばないのだ。一度侵入しようとしたが希の寝ているベットに強力な結界が施されていて、近づくことも不可能だった。こちらの思念波を遮断する厄介なものだった。

そこで目を付けたのは陽一というあの男だった。明るく振る舞ってはいるが、心の奥底には暗い負の感情がくすぶっている。こちらで揺さぶってやればたやすく燃え上がり私たちの力になるだろう。

問題はあの忌々しいカナコに気づかれることだった。幸いカナコは最近別のことに気を取られているようで、私たちへの注意が薄い。回りくどい方法ではあったが夢を通して少しずつ浸食を始めた矢先に事件は起こる。

強い憎悪と恨みを抱えた存在が現実世界から直接攻撃をかけたのだ。

私たちのような想いや魂だけの存在は通常生きた人間には力が及ばない。生命力に押されてしまうからだ。物理的に影響を与えるのも難しい。ただし、条件がそろえば圧倒することもできる。

生命力の低いもの。心の弱いもの。負の感情の強いものはたやすく付け込まれ支配される。希の生命力は弱く、心も弱かった。しかし、最近はカナコに加えて陽一とかいうあの男も一緒にいて、心が安定して強くなり手出しできなくなっている。

もうひとつはこちらの有利な場所に引き込むこと。この子の属性は水、私も水、水のある場所ならばそれらを媒介にして現実世界でもこのくらいはたやすい。

私は迷わずこの少女に取り憑き力を貸すことにした。この子の負の感情は私に力を与えてくれる。さらに私には現実に作用させられる魔力がある。魔力を使えば現実世界にも事象を起こすことができる。その魔力の源は負の感情。お互いの利害が一致する。

「ふふふっ そう。あの子が憎いのだったら、私が力を貸してあげる。あなたの媒介となる力は私ととても相性がいい」

「ママ。ママ」

「そうよ。あの子がいなくなればきっとママは前みたいに見てくれるわ」

「コロす。コロスコロス」

少女はぶつぶつ何か言っている。黒い霧が吹き出している。

「実にいいわ。その憎悪と殺意。力がみなぎるわ」

憎悪と殺意。希から搾り取った恐怖や痛みからくる力とは比べものにならなかった。ふと希からも憎悪や殺意を引き出せないか考えたが、無駄な努力だと気づいた。なぜなら、それできるならすでにやっているからだ。希にはカナコの檻の五行封印の他にもうひとつ封印がされている。

針と鎖。巧妙に隠されているが、その強さはカナコの檻に並ぶちからを持つ。希の憎しみを吸い取り浄化する力を持ち、このうえなく厄介な代物だ。

まあいい。使い勝手の良い道具は見つけた。後はこの子を使って希を追いつめ、他の封印を破ればいいだけの話だ。



水の私が逃げて数日が過ぎた。

ここは檻。同調して外の様子を知ることはできるが、外に出ることだけはできない。

カナコが私たち分割して封印しているところだ。分断されてから私たちは同じ魂のかけらとしての意識を共有しながら、それぞれ目的を果たすべく個別に動いていた。

水の私の気配が消える。どうやら消滅してしまったようだ。

「水の本がやられたようね。つながっていた気配が消えた。退魔師が動いたのね」

「ふふふっ 奴は我らトラウマ五行衆の中で、最弱こうなるのはわかっていたとでもいえばいいのかしら? 」

「そうね。希から見たら最も頻度は少ないからね。ただあの水妖と属性が同じだから扱いやすかっただけよ」

「残りは本体含めて4つになってしまったし、今回は浄化されてしまったけど、無駄じゃなかったわ。憎悪と殺意が我々に強い力を与えることが改めて確認できた。それに陽一がこの世界では最強の力を持ちながら、心はもろくたやすく堕ちる存在であることは大きい。バカな男。自分を殺した相手が法の裁きを受けていない可能性を示唆しただけで簡単に憎悪の種が芽吹いたわ」

「カナコは折りを見て必ず私たちを解放して滅ぼそうとするわ。そのときが私たちの反撃のときになる。楽しみねあの顔が歪むかと思うと、種であっても相手を殺すほど練られた憎悪という糧があれば一気に芽吹き立場は逆転するわ。ましてあの男を消せば希は絶望するから倒すこともできない」

私たちの力は確実に削がれている。しかし、今は焦りはない。陽一のハメるための罠はすでにできている。あの男はただの悪夢だと思っているようだが、弱い魂を過去の記憶で揺さぶることに意味があるのだ。このくらい干渉ならばカナコにも気づかれまい。そのときが来たら一気に黒い衝動で浸食してしまえばいいのだ。

慎重に、慎重に、ゆっくりと時間をかけて柔らかくしよう。その力が私たちになじむまで。

一度堕ちた魂は戻れないのだから。



作者コメント

空白期の仕上げに向けて進んでいます。



[27519] 第四十話 暗躍と交渉、お泊まり会 
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2012/09/02 23:51
第四十話 暗躍と交渉、お泊まり会



幽霊事件は片づいた。しかし、俺たちにほっとしている時間はない。むしろこれからが本番といえる。慣れない工作活動をしなければならない。はやてちゃんからのメールとリンディ提督への手紙と資料ですべてが決まってしまうと考えると身が引き締まる。



それとは全く関係なく、ある日、一本のVHSが希ちゃん宛に届けられた。

劉さんから軍隊を壊滅させた魔法生物に関することについての報告だった。悪竜指定を受けたその生き物はブルンジのタンガニーカ湖およびルジジ川に生息するワニが突如巨大化して暴れ回ったという。

元々そのワニは『ギュスターブ』という有名な人喰いで推定100歳で300人以上の人間を襲っている。何度も射殺が試みられたが、ライフル弾も受け付けず防弾チョッキの異名を持つ。

一時は軍隊まで動員したが重火器や砲弾が全く通らず。一方的に蹂躙されたそうだ。同行していた珍獣ハンターがおとりにならなければもっと被害が出ていたらしい。VTRにはセーラー服を着たマジックで書いたような太い眉の女性が涙目になりながら山ほどあるワニから逃げる映像が映っていた。

この人日本人か? VTRの紹介では名前はイモなんとかというらしい。

その後、劉さんのかかえるハンターや他のつてを頼ったけれど、倒しきれず外に出ないように結界を施したまま。歴代最強のG級ハンターグレアムとは連絡を取ろうとしているが、結局取れなかったらしい。管理局につてがあるなら秘密裏に繋いで依頼して欲しいのがVHSを送った理由のようである。

このままでは最終的には英国王室を通じて依頼するか、竜討伐の長い歴史を持つヴァチカンに頼むしかなくなる。その場合、素材関係はすべて持って行かれるので、すでに莫大な費用を投じて討伐依頼と情報統制をしている竜の一族としてはそうしたくないらしい。

世話になったから力になってあげたいところだけれど、残念ながら俺ができることはないな。グレアムと接触を試みるのはいろんな意味でリスクを伴う。闇の書事件を前に刺激したくない。近いうちに断りの返事を書こう。



次の日、はやてちゃんからメールが届いた。騎士たちと協議した結果、蒐集を始めているそうだ。俺が知るより約一ヶ月半くらい早い計算になる。場所は人の住めない地域で現地の凶暴な魔法生物を狩る方針らしい。魔導師とは基本的には戦わない。逃げきれない場合のみ戦うという。その点ははやてちゃんも妥協せざる得なかったようだ。

安心していいのだろうか?

いや、ヴォルケンリッターは良くも悪くもはやてちゃんのために動く。いざというときは誓いに背くことも十分考えられるからヴォルケンリッター対策は今後も続けていくべきだ。

カナコも同様の考えのようで、闇の書事件が終わるまではできるかぎり対策をしていくらしい。

少し気になる情報もあった。前回グレイたちを倒したG3が協力を申し出て、強力な魔法生物の生息地域や管理局の魔導師のパトロール区域の情報を提供してくれたそうだ。

G3一体何者だろう? 管理局の情報を提供できるということはたぶんグレアムの手札の猫姉妹の変装した姿だろうけど、シグナムさんが舌を巻くほど巨大魔法生物との戦いに優れていたという話に違和感を感じる。あのふたりの戦闘スタイルに合致しないからだ。でもあのふたりの他に優秀な魔導師がいるのは考えにくい。まあ考えてもあのふたりの能力を完全に知っているわけじゃないし、実物を見てないので今は考えても仕方ないだろう。

ふとギル・グレアム本人の可能性がよぎった。G級ハンターだし、いやまさかな。第一線は退いていたはずだから高齢な御大将自らなんていくらなんでもないない。

メールで今は味方だけど、グレアム側の人間で闇の書を完成させるためにページがたまってきたら闇の書に騎士たち自身を蒐集させて、はやての覚醒の引き金を引き、氷結の杖ディランダルで主ごと封印するつもりなのかもしれないと連絡しておいた。この辺の情報はすでにレムリア都市連合物語で示唆してあったから気づいているだろうけど、念のためである。

ん? 待てよ。この間の依頼の件ヴォルケンリッターがいるじゃないか! 蒐集もできて一石二鳥だよ。

巨大ワニの討伐依頼をメールに添える。

はやてちゃんからは人助けになるならと快く承諾をもらえたので、劉さんのところへ強力な魔導師を派遣すると連絡を打っておいた。

後日、劉さんから素材は無事に手に入り黒字の見通し立ったが、もっとも高価な竜玉だけ縮んで素材として使えなかったことが残念だったこと、彼らについて教えて欲しいことがメールに書かれていた。実は騎士たちは竜を倒して用意した報酬も受け取らずさっさと消えてしまったらしい。

もらえるものなら受け取ればいいのに…

また、解体の結果、この竜は人為的な方法で魔力を注入された痕跡があるそうだ。その技術は竜の一族が代々受け継いできたものでもあるが、効率が悪く技術も伝える者がいなくなり失伝に近い状態だった。戦時中に旧帝国軍で非人道的な方法で人造竜を再現し軍事利用しようとしたが、暴走し甚大な被害を出しあげく、退魔師と強力な霊刀を持ち出してようやく封印することができた。今回のギュスターブは高齢で多くの人間を殺しているので、自然に悪竜になる可能性はあった。しかし、それが人為的にされたとなると、少し事情が変わってくる。今どこの誰がやったのか捜索しているらしい。

なんか急にうさんくさい話になってきた。旧帝国軍の人造竜か、神咲さんあたりに聞けば何かわかるかもしれない。それに月の民の話にもそんな技術をしてたような気がする。そのうち詳しく聞いてみるかね。

彼らについては詮索無用と報酬については連絡を待つように返信を書いた。



依頼達成後、はやてちゃんから悪竜は手強い相手だったこと蒐集したらかなりページを稼ぐことができたと騎士たちは言っていたと書かれていた。

劉さんからの報酬についてたずねるといらないということだった。欲がないね。まあ彼らの一番の目的ははやてちゃんとの穏やかな生活だから気にならないのだろう。はやてちゃん的には人助けできたことが嬉しかったようだ。

この日は一度パソコンを閉じてテレビの前に座る。恐らくもう一回ひやひやしながら開くことになるとは思うが、とうとうこの日を迎えた。迎えてしまった。

魔法少女リリカルなのはAsの放送が始まってしまう。さっきから今か今かと固唾を飲んで待ちかまえている。

前期の魔法少女リリカルなのはは監督の半端ないアレンジとスポンサーの思惑が絡まり妙なオプションがついたせいで、なのはちゃんたちへの迷彩になっていた。とはいえ管理局やジュエルシード事件についてはネタバレ全力全開で特にクロノ君やリンディさんが見たら卒倒ものだろう。原作の本は発売こそ事件後だけど、制作されたのはジュエルシード事件より前だからちょっとしたオカルトである。

さらにもれなくアレな属性がついているからそういう意味では関係者から怒りを買いそうでもある。ひどい人になると性別を間違えてたりしてるからな。

オープニングが始まる。

なのはちゃんと前期の後半で青白い妖魔風から金髪色白美少女変身したフェイトちゃんが登場した。掲示板の人気も鰻登りで、今年の薄い本でも人気のジャンルに数えられているそうだ。一部青い頃が良かったという意見もあったが、ごく少数派だよな? 潤んだ目で見つめお互いに手と手を繋ぎあっている姿は穿ってみると百合百合しい。

変身するとムチムチ八頭身なのも以前と同じ、詮無いことだけどストライカーズになったらどうするつもりだろ?

う~ん。それにしても狙ってんな~ ここまでは想定内。



次はクロノ君×ユーノ君、前期に成立したもう一組のカップルの登場だ。ふたりとも細身八頭身瞳キラキラ耽美系で別の作品から登場しているような作画である。同姓カップルに誰もつっこまないし、何の疑問を持たない言動をしてるあたりこのアニメにはカードキャプター的な狂気を感じるな。あの濃厚なクロノ攻ユーノ受は放送限界にチャレンジしたと語り草になっている。前期の前にふたりはすれ違いから一度別れて、ジュエルシード事件で運命の再会を果たす。そして事件をきっかけに元竿…… いや元鞘に収まる。ところが腐女子層からは濃厚すぎて妄想する余地がないと逆カプのユーノ攻クロノ受が一大勢力を築いたから腐女子の心理はよくわからない。また、正カプと逆カプとの間で激しく対立しているらしい。同じようなものじゃないの? 思っていたが、ふたつは同じカップリングながら決してわかりあうことはなく、近くて遠い存在というのが、八尾井純子の見解だ。

さらに亜流の勢力としてどちらかをショタ化して極めて本物に近づいたカップリングを推奨してるグループもあるというから、偶然とはいえ本物に近づいた腐女子の妄想とは恐ろしい。本物見たらピラニアのように群がるじゃないだろうか? 

別に知らなくてもいいことだったが、ユークロを推奨するスレ80とか、アルフという漢を語るスレ、クロユーは当たり前すぎてつまらない、とか読んでいるうちに詳しくなってしまった。



オープニングでバラをバックに上半身裸でお互いに絡み合う。それを前回はほぼ空気だったエイミィさんが意味ありげな目で見ていた。

あの監督にしては表現ひかえめである。ここまでは普通。普通と思えるのが恐ろしい。

さて真打ちのはやてちゃんとヴォルケンリッターの登場である。

……

……

視聴終了。なんとか最後まで見ることができたけど、まばたきすらできなかった。この気持ちをどう表現したらいいかわからない。つっこみを入れることも忘れて見入っていた。

はやてちゃんは容姿はイメージ通り。リンゴを素手で握りつぶして、車椅子の車輪が火花散らしながら高速移動しなければね。これで病弱アピールするのは詐欺だ。



ヴォルケンリッターは……  



闇を駆ける。4つの影、その名をべルカ式忍術使いヴォルケン忍者。


この路線は想定外っ!?

てっきりBLとかTS要素を入れてくると思ったんだけどなあ。

闇の書は巻物に変えられリインフォースは白装束いう和風テイスト全開だった。

しかも、明らかに管理局の魔導師を殺している辺りどう収拾をつけるつもりなのか。アニメとはいえはやてちゃん的にはいいのかな? 

赤い忍者ヴィータは口元に覆面をした赤い忍者で手裏剣や丸い爆弾を投げるし昔ながらの大筒も使用している。しかもロリじゃない。背は高いし巨乳である。これはこれでありかもしれない。でもすでにヴィータじゃないな。シグナムは紫の忍者で刀で斬りまくり返り血浴びて目つきがヤバい。そして、ふと我に返って落ち込んだような表情になる。狂戦士みたいなものかな? シャマルはくのいち衣装を身にまとい水晶にピアノ線みたいな武器を敵の首に巻き付けて障害物を軸に吊り上げ、ピンとはじくと敵がカクンっとなる伝統的な使い方をしている。似合ってるけど金髪は減点。ザフィーラは袈裟を着た僧侶で南無阿弥陀と拝みながら素手で殴っていた。一応これでも入道系の忍者で当然丸坊主である。 ……哀れな。

何でも忍者って言えばいいとか思ってないか? ザフィーラは忍者じゃないだろっ!

もうね。つっこみどころ多すぎて何も言えなくなった。脱力感でいっぱいである。

夜になってはやてちゃんからメールが届いた。

「あんなんできたらいいな~ 今練習してるんよ」

と力が抜けそうなコメントをいただいた。

意外にも騎士たちには好評なようで、日本文化を吸収すべく張り切っているという。忍びの心は彼らの琴線に触れるものがあったそうだ。はやてちゃんもそんな熱心な騎士たちに心を打たれて、手始めに『くのいち忍法帳』とかみんなで見るらしい。

そのラインナップってどうなのよっ! ほぼ間違いなくVシネマ系列でお茶の間に氷結魔法がかかるのは必至だ。唯一のくのいちシャマルさんがおいろけの術とか房中術とか使いだしたら… いや、これはこれでありか! 騎士たちの中で一番女性的な魅力を感じるのはシャマルだし、意外と合うかもしれん。

後はどうなるか全く予想できない。


さらに数日が経過した。

「こんにちわ。希さん」

目の前にはにこにこ顔の女性。一児の母にして提督とはとても思えない若々しい格好。何、その遠方からおねーさん来ちゃったみたいな雰囲気はっ!

そろそろリンディさんからの連絡もあるかと思ってたけど、まさかの本人が直接やってきた。

……

ひえええええええええええ。

マジでビビった。一瞬ドアを閉めようかと思ったくらいである。バクバクする心臓に手を当てながらひきつった笑顔で挨拶を返す。前にも使ったことがあるホテルでなのはちゃんも交えて今回の事件について話すことになった。

クロノ君、エイミィさん、フェイトちゃん、アルフは裁判が大詰めのため来ていないそうな。なのはちゃんは少し残念そう。

開口一番に言われたのは深刻な顔でどうして私たちにすぐに連絡くれなかったのかという心配の言葉だった。確かにあの場での最善の手段は管理局へ連絡することだったかもしれない。奴らの存在は管理局でも把握してなかったようで俺の報告と月の民が渡したデータでちょっとした騒ぎになったそうだ。リンディ提督が仕事で直接出向いてきたのだからそれだけ大ごとなのだろう。

リンディさんはなんともいえない表情をしながらため息をつきながら諭すように話し始めた。

「希さん、もらった資料とデータを見た限り、月の民は技術レベルが高く管理局が地球に進出している以上、今後交渉が必要な相手だと判断しました。希さんから漏れた情報はエイミィの触れられる情報レベルで考えると処分の対象なのだけど、あなたは地球の住人だから処罰するわけにはいかないし、結果論でいうならその情報が地球の危機を救ったわけだから… 」

少し濁したように言うリンディさん、俺たちはミッドチルダにも管理局にも所属していないから管理局の法は適用されない。その場合、責任の所在はエイミィさんとクロノ君、リンディさんになるのだろう。そして、結果はどうあれ処分は下されるそうだ。

う~ん。自分で責任取るつもりだったけど、よく考えれば俺には責任を取る資格もないわけか。それもなんかイヤだ。自分の不始末が他人に迷惑をかけるのは後ろめたいし、何より申しわけなくて恐縮してしまう。

(俺が責任取るキリッって言ってたのは誰かしら?)

(頼むから言わないで)

カナコが一番言われたくないことを耳元でささやいてきた。鬼だコイツ。とはいえ何らかの償いはしないといけないだろう。義務ではないが道義的な責任はあるのだ。

「なんかすいません。ご迷惑かけて、できることなら聴聞でも証言でもしますんで」

「リンディさん、希ちゃんが早く来てくれなかったら、私どうなっていたかわからないんです」

恐縮する俺となのはちゃんにリンディさんはにっこり微笑んで、

「いいのよ。わかってる。今回の事件はちゃんと裏が取れれば、緊急事態ということで処分も軽くなると思うし、まだ決定したわけじゃないの。今は月の民についてもっと希さんたちの口から聞いておきたいわ」

と言ってくれた。

だったらリンディさんたちが仕事しやすいようにできる限り協力しよう。

そこでなのはちゃんの了承を得て、今回の事件の全容をカナコのシンクロを通して公開した。俺の視点から追体験できるので話が早いし、時間も短時間で済む。そのくらいはしないと申しわけない。なのはちゃんが王であること、危険な力を有していることもである。

(ある程度は端折るわよ。基本的にはあなたの目で見て聞いたこと言ったことが伝わるから)

(いいよ十分だ)

知った直後のリンディさんはしばらく眉間にしわを寄せて30分くらい考えこんでいたけど、やや厳しい顔のまま月の民と直接交渉がしたいと申し出てきたのでその迫力に押されるように月の管制人格に連絡を入れておいた。

なんかさっきより怖くないか? ピリピリした空気を感じる。特に俺に視線が集まっているように見えた。

「希さん、いえ、陽一さん、あなたはいったい? 」

なんか間違えたかな? 俺はなのはちゃんとレイジングハートを助けるために最善の方法を取っただけだぞ。

「リンディさん、俺は途絶えたアトランティスの王を復活させただけなんです」

なんかいっそう目が鋭くなったんですけど…

「なのはさんついてはどう考えているの? 」

ああ、なるほど、なのはちゃんの心配をしてるわけね。いくらレイジングハートを助けるためとはいえ王に据えちゃったわけだから心配なんだろう。

「確かに今はなのはちゃんが王です。俺の記憶を見たならわかると思うんですけど、あくまで処分されるレイジングハートを救うためのものですよ」

ほっとしたような表情になり視線がゆるむ。さすが歴戦の提督、すごいプレッシャーだった。リンディさんはしばらく口元に手を当てて考えた後、目を伏せて口を開いた。

「ごめんなさい。疑うようなこと言って、でも月の基地での手際といい。演説といい。他にもいろいろなことを知っているようだから、あなたが何者か気になったの」

「今回の件は希ちゃんがムーと月の民の正当な血統だったからこそ上手くいったと考えてます。今ここにいる元アトランティス王国戦士団の最終戦士をやっていた浅野陽一個人としては王の復活は素直に嬉しいです」

浅野陽一本人はアトランティスとも、ムーとも、レムリアともなんの縁もなく、ただ好きで勝手に主張していただけである。ただそこには古代の王の復活というロマンがあっただけだ。

「アトランティス王国戦士団? そう… 」

あれっ!? なんかリンディさん目が一瞬鋭くなったように感じたんだけど気のせいか? そうだよな。ただのサークル集団だし。

月の管制人格からの返事はすぐに来て、時間と場所、人物まで指定してきた。いろいろまとめて11月にリンディ提督とアースラのスタッフと軌道上で交渉するつもりらしい。奇しくも俺の知るAsの時期と符合する。どういうつもりなのか訊いてみたけど、「猿の分際で知恵がまわるようですが、我々のスケジュール調整の結果です」としか教えてくれなかった。

……だから猿言うなと。

何かたくらんでいるのかもしれないが、月の施設に行かない限り俺たちには管理者権限は効力を発揮しないのでこれ以上は無駄な労力だから考えるだけ無駄だろう。

ただちょうどフェイトちゃんの裁判も終わるので、クロノ君たちはひと段落着く。その時期にフェイトちゃんが希ちゃんたちの学校に転入できるようにするとリンディさんが言ってくれたので、この辺は良かったのかもしれない。なのはちゃんもすごく喜んでくれた。

当然直接交渉は俺たちとなのはちゃんも立ち会うことになっている。不可侵とはいえ細かい条件や例外的なことについては折衝しなければいけないということだそうだ。

具体的には広域次元犯罪者の取り扱い、緊急捜査権とか不可侵であっても入国する状況を想定して取り決めをしないといけないらしい。俺とかは聞いているだけで頭が痛くなってきたが、執務官や提督クラスは日常的に業務で使う言葉だそうな。

一時は執務官とか憧れたこともあったけど、俺には無理そうだな。法とか条約とか聞いてるだけで頭が痛くなってくるし、それを十代前半で戦闘までこなすとかありえんわ。本当の意味でクロノ君たちすげえと思ったのはこれが初めてかもしれない。

最後にリンディさんは念を押すように俺たちに忠告した。

「なのはさん、希さん、レイジングハートの持つ力については親しい人でも言わないように、これは絶対です。すでに個人の力の範疇を逸脱してます。正直私もどう扱ったらいいかすぐには思いつかないわ。それからクロノも言っていたことだけど、地球の現地調査はやり直さないといけないみたい。前回より明らかに強力な魔力反応が増えているそうだから」

なるほどそっちの心配か。月の民の話はここまでだった。雑談ではリンディさんの口からみんなの近況を聞かせてくれた。

ユーノ君はメガネをかけると強気なのは相変わらず、クロノ君にご執心だそうな。エイミィさんの話題になるとリンディさんはため息をついて「若いわね~ 」とだけつぶやいた。フェイトちゃんは嘱託魔導師に合格し、なんとクロノ君に敗北を刻んだ。魔力と身体能力が急激に伸びているらしい。調べてみたところ竜の髭に含まれる魔力の因子がフェイトちゃんの魔力と恐ろしいくらい親和性が高いことが原因で一時期ほぼ毎日スープを飲んでいたこともその要因として考えられるそうだ。

やめなさいって言ったのに、今度のビデオレターで注意しておこう。

クロノ君は最近ますます色気が出てきて男女問わず惹き寄せてしまう。リンディさんははっきりと言わなかったが、嘱託魔導師試験でも何かあったらしい。さらに執務官の仕事に加えてユーノ君、エイミィさん、フェイトちゃんの相手で最近疲れ気味で親子の時間がなかなか取れないとため息をついた。どうして疲れているかは教えてくれなかった。ただニコニコしてだけなのに聞くなという雰囲気が伝わってきたからやめて正解だったかもしれない。

こうしてリンディさんは引き上げていった。



夏も終わり。秋を過ぎて10月に終わりが近づいた頃、いつもようにはやてちゃんにメールして蒐集状況を確認していた。

リンディさんたちにもそれとなく探りを入れてみたが、現段階で魔導師が襲われてリンカーコアから魔力を蒐集されたということは聞いていない。はやてちゃんからのメールでも魔導師と接触してないと言っていたから、まだ見つかってはいない。いまのところページは順調に集まっているようだ。

蒐集が終わったらどうするか? そこが問題ではある。現在は半分くらい。管理局側で頼ることができるのはリンディさんたちしかいない。そのリンディさんでさえグレアムの息がかかっている。どのタイミングで話すべきか俺にはわからなかった。ただ残りが百ページくらいを切るとおそらくヴォルケンリッターを生け贄にすれば完成すると思われるので、あの姉妹が動くことを念頭に入れてページ数を把握しながらタイミングを計るべきだろう。



今日は土曜日、昼過ぎにおじいちゃんの家に来ていた。訪れるのは二回目。他にも雨宮夫婦、なのはちゃんとすずかちゃんとアリサちゃんも誘って二泊三日のお泊まり女子会だ。希ちゃんはお休み中、カナコも今日のためにいろいろ準備をしていて今は眠っている。夜二時には起きるらしい。

門をくぐるとお城のような屋敷と日本庭園が広がる。何度見ても立派だな~。三人とも目を輝かせているのがわかった。

ありさちゃんとすずかちゃんは家は洋風なので、こんな日本家屋は新鮮らしく楽しげに見て回っている。なのはちゃんはウチの道場より広いとしきりに感心していた。考えてみれば道場がある家っていうのもあまりないよな。走り回るなのはちゃんたちを私と雨宮夫妻は微笑ましく眺めていた。

「みーちゃんのお友達はとってもいい子たちね」

「うんっ! 」

おかーさんに友達をほめられるとうれしい。お互いに笑いあう。最近は主に夢でイヤなこともあるし、緊張感や決断を求められる場面も多いからストレスも多い。こうしていると幸せだと感じられる。ふとみるとアリサちゃんがからかうような目でこっちに近づいてきた。どうしたんだろう?

「くすくす、みーちゃんって小さい子みたい」

「たはは」

確かにそうだね。恥ずかしさもあったけど、半年近くも呼ばれているとこれじゃないと落ち着かない。なんだか俺と百合子さんの絆のような気もするのだ。俺はくすくす笑うアリサちゃんに愛想笑いで誤魔化す。

そんな俺の様子を見て百合子さんがそばに来た。

どうしたんだ?



そして、いつものあの笑顔のまま耳元でささやいた。

「じゃあ、もうみーちゃんは卒業ね。大きくなったし、これからは希ちゃんって呼ぶわね 」

「……えっ!? 」

まるで夕ご飯のおかずでも決めるように軽い感じで言うおかーさんに俺は声を上げる。おかーさん何を言い出すんだ。そのままでもいいじゃない。それは亡くなった自分の子供の死を認めるってこと?

「百合子それは… 」

ん? おとーさんも唖然とした表情でこちらをみている。ということは同じ結論に達したということだろう。おかーさんが私を希と呼ぶことは他人にはわからないけど、重大な意味を持つことなのだ。

「私、先に行ってますね」

百合子さんはそそくさと家の中に入っていった。少しだけ誤魔化すように言ったけど、それ以外は不自然な様子はない。残ったのは冷や水をかけられたかのように固まった表情の俺とおとーさん。

「百合子っ! 」

「えっ? えっ? 」

おとーさんは我に返ると叫ぶような声でおかーさんを呼ぶと矢のように追いかけていった。そして、残されたのは何が起こったかわからないアリサちゃんたち。

一瞬にして空気が変わってしまった。

「ねえ、希、私、また無神経なこと言ったの? 」

おずおずと消えそうな声で言うアリサちゃん、またとかそんなこと思わなくていいのに、彼女に悪気があったわけではない。俺も軽く流すつもりだったし、そんなふうにオチがつくとばかり思っていた。予想外だったのはおかーさんの発言だ。それにおとーさんのあの驚愕の表情と緊迫した声が何かがおかしいと周囲に知らせる結果になってしまった。ここ俺が説明しないといけないらしい。おかーさん恨むぞ。まだ混乱しているが、俺なりにいつかこうなるかもしれないと思っていた気持ちを口にする。

「アリサちゃん、あの人がおかーさんじゃないのは知っているよね? 」

「うん。……あっ、そうか」

アリサちゃんは何かに気づいて顔が曇ってきた。

「それは違うよ。アリサちゃん、きっと私とおかーさんだけの間じゃこうなることはなかったと思う。おとーさんやおじいちゃんにもね。だってとても居心地の良いもので、幸せそうで壊すなんてできなかった。でも心のどこかでこれは間違っているってわかってた。だってお互いが本当の相手を見てないから。たぶんきっかけが欲しかったんだよ」

ズルズル引き延ばしたのはただの俺のわがままだ。闇の書事件が終わったらというくらいの気持ちではいた。言うべきタイミングはいくらでもあったと思う。

「でも、私が」

なお食い下がるアリサちゃん。温泉のときのような空気はごめんだ。せっかく楽しみにきたのに。

「アリサちゃんはそんなつもりなかったかもしれないけど、誰にもできなかったことをやってくれたんだよ。だから気にしなくていいんだよ」

まるで今までのことが嘘になったようで、穴が開いたような喪失感を感じていた。本当は少しだけ泣きたい。でもここで感情が出てしまうと目の前のアリサちゃんは悪くないのにきっと自分を責めて悲しむだろう。

だからちゃんと堪えないと、もちろんアリサちゃんにも気づかれてはいけない。

(所詮人間は孤独に生き、孤独に死ぬのよ)

黙れ。黙れ。こんなときにイヤなこと言うな。俺の傷を抉るな。右手に力を込めて隅に追いやった。右手の痣はまたひときわ色が濃くなった気がする。

「希? 」

「いいから気にしないで、それに今日のことはすぐに結果が出る問題じゃないの。落ち着いてきたらちゃんと改めて話すから、今は楽しもう? 」

まだ何か言いたげなアリサちゃんだったが、強引に話を別の方向に持っていく。そうしてお泊まりイベントは始まった。

最初は遊んでいる間も物憂げな表情をしていたアリサちゃんもみんなで遊んでいるうちに徐々に笑顔になっていく。そうそう気にしなくていいんだ。今楽しまないともったいからね。

さて、今回の趣旨はまだ年若く経験も少ない私たちがお互い切磋琢磨して女子力アップすることが目的。



……ということになっている。

まあそれは名目だけで遊び倒すだけだ。それに真の目的は別に存在している。それは希ちゃんの負の感情の中枢の黒い女を消滅させてトラウマを軽減することにあるのだ。

いろいろあったけど、今日がその仕上げだ。俺たちは今日という日を迎えるため、これまで入念に準備して、このタイミングしかないというカナコの判断だった。

来週にはフェイトちゃんやリンディさんたちが来るし、月の民との交渉などいろんな意味で忙しい。12月では闇の書関係でそれどころではなくなるだろう。

前提として黒い女の存在は良くも悪くも希ちゃん次第である。封印を解放する過程でつらい過去をどうしても対面する必要があり、戦わなければならない。



まだ数えるほどではあるが、この数ヶ月でアリサちゃんやすずかちゃんとも遊び、少しずつではあるが希ちゃんも心を開きつつあった。

今日は初めて一緒にお風呂に入った。女の子同士の楽しんでいるようだ。カナコがシンクロして見守り、紳士の俺は図書館で音だけを聞いていた。しかし、なのはちゃんくらいの歳の子には女性的なものは感じないけれど、音だけ聞くと妄想力もあって異様に興奮した。

…ダメじゃん俺。紳士失格。仕方がないので聴覚も遮断して、巨大なカマキリの幻影とエア格闘をしているバーチャプレシアを眺めて時間をつぶした。このプログラムはどこへ行こうとしてるんだろう? そのうちフェイトにエア味噌汁でも作ってもらおうか。

そういえば3人ともつきあいかたにも特徴が出ていると思う。

好感度ナンバーワンのなのはちゃんには希ちゃんの方から関わりを持とうする。早朝魔法トレーニングやフェイトちゃんたちのことでふたりだけの共通話題も多いから仲は良い。しかし、希ちゃん自身がまだ友達との距離の取り方をわかっていないところがあるので、変なテンションでグイグイ来る希ちゃんに振り回され戸惑い気味で、なのはちゃんは優しいから拒まないし、困っていても指摘できないのが難点である。親しき仲にも礼儀ありというように適切な距離感を掴んで欲しいと考えている。

まあ小学生に対して気にすることではないのかもしれない。

アリサちゃんはすごく積極的に動いてくれる。普段は俺と話しているけど、機会を見ては引っ込っでいる希ちゃんを呼び出し、一緒に話したり、遊ぼうと誘ってくれる。そういう意味でありがたい存在だと思う。ただタイプが正反対のせいかマイペースでのんびりな希ちゃんは苦手なようで、この間は強制的に交代させられた。「アリサはうるさくてイヤ」と一刀両断。自分のペースを乱されるのに慣れていないせいだと俺は見てる。でも悪態はつきながらも呼ばれたらちゃんと出て行くし、対抗しようとするし、唯一の呼び捨てというところも親愛の現れだと思う。苦手なだけで嫌いというわけではないのだろう。

すずかちゃんには一番難しい役割をしてもらっている。アリサちゃんがガンガン行き過ぎないようにそれとなく会話を反らしたり、すねた希ちゃんのフォローや逆になのはちゃんに行き過ぎたとき緩衝材になってもらったり、潤滑油とか縁の下の力持ちのような存在である。希ちゃん本人とは俺の本を通じて交誼を深めている。ただ斎ちゃんシリーズを勧めるのは辞めて欲しい。あとたまに好物を目の前にして我慢してる獣のような目で見るのも勘弁してね。そのせいで友人としての距離感は絶妙なのにいまいち仲良くなりきれないところがある。たまに怖いと希ちゃんは言っていた。

良いところ悪いところもあるけれど、欠点を補いながら良い友人関係を構築していると思う。もちろんこれで終わりではない。今の希ちゃんは他の三人に大きく寄りかかっている状態だから、今後は精神的に成長してお互いに支えるようになって欲しいと願っている。

こうして大きな精神的支柱に支えられ封印解放のときを迎えることができた。ここ数日はカナコの部屋から漏れていた黒い霧さえ見えず、黒い霧を発するまがまがしい封印も目に見えて弱々しくなり、たしかにこれなら封印を解いてもたいしたことはできないように見える。友情の力は偉大だ。




ここから始まる。

問題はいまいちやる気のない希ちゃんをどうやってその気にさせるか苦慮してした。そこで一ヶ月前に思いついたのが夢の世界を使ってゲームを作ることとシンクロ状態でなのはちゃんたちを夢の世界へ招いてRPG風に一緒に楽しくトラウマを攻略する方法である。

アリサちゃんとすずかちゃんはすでにこちらの事情は知っているし、ゲームを通してなら人見知りな希ちゃんでも負担は少ない。友情のちからにあやかろうという考えだ。

希ちゃんはこの世界のRPGは浅野陽一と少し一緒にやったことがある。今回は俺の話から以前から興味を持っていたゲームを体験できるということで希ちゃんの関心を引きつけることができた。

さすがにまんまパクるのはどうかと思ったので、ドラ○エ3をベースに他のドラク○からもネタを借用して、台本は俺が書いた。

タイトルはトラウマクエスト 

舞台は夢の世界なのでなんでもありだ。広大な景色を見せたり、現実ではできないことができたり、自由に世界を作りルールを決めることも可能だ。いくらでも感覚を誤魔化すことができるのである。

俺とカナコはゲームマスターで基本的には姿は見えない。シナリオの登場人物は中身のない人形にしゃべらせる。出し入れも自由自在でモンスターも適当に用意した。感覚的には青狸の秘密道具クラスのRPGツクールみたいなものかもしれない。

カナコは普段の修行に加えて、マスターアップ前のゲーム会社のデスマーチのごとく準備を進め完成させた。意外と大変なのかパラメーター数値設計である。ここがゲームの面白さの鍵を握るのだが、なにしろ手間がかかるのである。おかげで何日か徹夜するハメになった。そうしてカナコは三日前から完全休養に入っている。今日一日は寝ていて起きることはなかった。夜中の二時くらいに目を覚まして行動を起こすことになっている。その時間が睡眠も深くちょうどいいという計算らしい。ちなみに普通RPGは何十時間とかかるが時間の心配はいらない。どんなに長くても一晩で見る夢とは変わらないように調整される。精神と時の部屋みたいなもので、さすがに一日を一年とかべらぼうな真似はできないけれど、十倍くらいは時間を引き伸ばせるそうだ。

泊まり会の醍醐味の畳の広い部屋で川の字のなって一緒に寝ていた。今は夜の九時くらいでお泊まり会で寝るには少々早いけど、よく眠れるようにほど良く疲れる遊びを選んだし、長いこと遊んでみんな疲れているからちょうどいいだろう。

案の定、なのはちゃんは布団に倒れ込んでしゃべる暇もなくノックダウン、おしゃべりすると息巻いていたアリサちゃんも布団の魔力に勝てず30分くらいで眠りについた。最後は吸血的な意味でできれば早めに寝て欲しいすずかちゃんとお話しながら待っていたところ、ようやく根負けして11時くらいにはすずかちゃんもうつらうつらし始めた。おやすみと言って電気を消す。

のど乾いたな。寝る前になんか飲むか。

俺は部屋から出ると潤すために台所に向かう。この家やたら広いから少し時間がかかるが難点だ。明るさを感じて見るとまだ障子を通して淡い光が漏れていた。話し声も聞こえるからまだ誰か起きているのだろう。

なんとなく忍び足で歩き聞き耳を立ててみる。中にいるのはおかーさんとおとーさん、おじいちゃんのようだ。

「お義父様、この間の件はありがとうございました」

「いやいいんじゃ。幽霊に憑かれるなんて災難じゃったのう。金払うだけで済んでよかったわい」

幽霊? もしかしてこの間の件か。那美さんが浄化されてるって言ってたけどそのことなのかもしれない。

「まさか病院で見かけたあの子とは思いもしませんでした」

「この世に未練のある死者は自分に同情してくれる優しい人間に憑いてしまうそうじゃ。聞けばあの女の子は寂しい家庭環境にあったらしい。自分が死んだとき悲しんでくれた百合子さんに惹かれたのは無理もないのかもしれん」

「冷たい言い方になるが、死んだ人間に入れ込み過ぎないということだな。縛り付けてしまうのは生きた人間なんだろう」

「百合子さんや。希の件はいいのかね? 」

「お義父様、もう決めたことです。希ちゃんは私の姪です。今こそ正面から向きあうべきだと思うのです。美里の死と希ちゃんの将来と 」

思わず唾を飲み込む。何気ないつもりだったが、大人同士で重大な話に変わっていた。

「美里の死は百合子さんのせいでは…」

おじいちゃんは百合子さんをいたわるようにかばう。

「いいえ。お義父さま、美里の死は私の運転のせいです。今までずっとつらくて美里が帰ってくるんじゃないかと思ったり、みーちゃんと呼んで応えてくれる希ちゃんに甘えていましたが、もういいんです」

「そうか。車は平気になったんだったな。それだけでも私には驚きだよ。だがな、希ちゃんだと思うということはおまえにとって希ちゃんが友達と遊んでいる姿は酷く残酷な光景なのではないか? 私はつらい。どうしてあの中に美里が入っていないのかと思うとな、ましておまえは」

心臓が跳ね上がる。考えてみればそうだ。今の言葉は総一郎氏の本音なのだろう。

「私もそう思うと苦しいの。つらくて苦しくて、どうして美里は死んだのにあなたたちは楽しそうに生きてるのって大声で叫んでぶつけてしまいたい衝動にかられることもあるわ。醜い嫉妬ね。でもね。そんなものあの子一緒にいるだけで幻のように消えてしまうの。あの子を想うだけで私は満たされる。救われる。自分の黒い感情が他愛のないものだと思える」

最初は淡々と語り徐々に熱がこもってきた。初めておかーさんではなく百合子さんの本音を聞いた気がする。つらい気持ちを内に秘めていることはなんとなく感じてはいたが、ここまで深い闇を持っているとは思わなかった。こうして盗み聞きしなければ百合子さんの口から私に告げられることは決してなかったと確信を持って言える。

「私はまだどこかであの子の心の傷を甘く見ていたの。今まで見てたのはあの子のほんの表面に過ぎないんだって、自分のことだけであの子の怒りを悲しみをちゃんと見ていなかったんだって、ようやく思い知ったの。本当に愚かよね。私はまだ足りない。希ちゃんのためにいつまでも下を向いていられませんっ! 私は今度こそあの子の母親に… 」

百合子さんは涙声で最後まで言えなかった。この人はどこまで希ちゃんのために尽くすつもりなのだろう。実の子でもないのに、百合子さんの抱える心の傷は想像することさえできない。今でも苦しんでいて、希ちゃんのために乗り越えようとしているのだ。まだ話は続いている。

「そうか。百合子さん、わしは希のことで話しておかないといかんことがある。今はまだ言うことはできんが、これだけは知っていてくれんか。今のあの子はあの子なりに百合子さんを大切に想っているんじゃ」

「そうですか」

ほっとしたような百合子さんのため息が聞こえた。俺としてもおじいちゃんが俺のこと話すんじゃないかと心配したけど杞憂だったようだ。

「若菜のことは正直諦めとるよ。警察の捜査では渓流に身投げをした可能性が高いそうじゃ。時期的に極寒の冬、まず助からん。身元不明の自殺者の線に切り替えたそうじゃ。だがあの子の気持ちを思うとな」

「私は希ちゃんのために生きてて欲しい思います。でもお義父様の聞く限り可能性は低いみたいですね。それよりもし亡くなっていたときあの子にどう話せばいいか。私も正直わかりません。お葬式に出させないわけにはいかないし、この間のようにならなければいいのですが」

お葬式か… 

もし死体がみつかれば、お葬式をしないわけにはいかないし、希ちゃんは必ず出ないといけないだろう。

希ちゃんはまだ母親がどこかで生きていると信じている。その希望が絶望へ変わったりとき、希ちゃんの悲しみを思うと今までにない不安と恐怖で震えてくる。

自分のことならいい。想像できるからだ。でも希ちゃんのことを想うと保護者的な感情がどこまでも広がって心配で心配で胸が苦しい。恐らく百合子さんも同じ気持ちなのだろう。同じ気持ちだと思うと少し嬉しかった。

そのおかーさんの影に目を向けると頭を触れるような動作をする。

「そういえば額の傷は希ちゃんにつけられたものじゃったの」

(なっ!! )

悲鳴を上げそうになったが、なんとかこらえる。

額の傷? 俺がやったのか? 

百合子さんの額には痣がまだ残っていた。化粧やセットで巧く誤魔化してはいたが近づくとよくわかる。百合子さんの顔に傷をつけるなんてっ!!

希ちゃんのおかーさんが死んでいる可能性高いことをつきつけられたことももちろんショックだ。しかし、今の俺は身に覚えないことを言われて愕然として、そのことをちゃんと考えることすらできなかった。

足下がおぼつかない。世界がぐにゃりとねじ曲がり頭がガンガンしてどうかなりそうだった。クラクラと倒れそうな体をなんとか支えながら気持ちを落ち着かせようすとするがうまくいかない。

当時の状況を思い出そうとしていた。三人の会話は聞こえていて確かに記憶にと留めることはできてはいたが、もはやそれどころではない。

ここでは落ち着いて考えることもできないので俺はおかーさんたちにはバレないようにゆっくりと部屋に戻ると必死に記憶を辿る。

あの日のことで覚えているのは倒れている百合子さんが目に入って赤い包丁を見た瞬間、景色が歪み、名前を呼ばれていつのまにか百合子さんに抱きしめられていた。

「うっ! あたまいたい」

景色が歪んでからの記憶を思いだそうとすると、冷や汗が出て頭痛がする。そのまま布団に倒れ込む。そして、得体の知れない恐怖とも怒りともつかない感情で塗りつぶされて意識が遠くなっていた。




……夢を見てたんだ……二度と思い出したくない……あの日の……

全身をかけめぐる地獄の業火……むせかえるような灯油と肉の焼ける臭い……

痛い……痛い……誰か助けてくれ……すごく苦しくて息ができないんだ……

辺りは濁ったように暗い。しかし、俺の焼く炎が部屋の様子を照らしていた。まるでろうそくが生命の輝きそのものであるように、そして、それが消えたとき俺の命と尽きるのだとどこか冷静に考えていた。

やっと……終わった……

全身血塗れの女が惚けたように立ち尽くしているのが目に入る。はじめの頃こそ激情にかられ夜叉のような顔をしていたが、徐々に能面のように感情を感じさせなくなり、今では無機質で人間の顔の形をしたナニカにしか見えなかった。

「つまらない」むなしさと虚無に満ちた言葉が聞こえた気がした。ああ、これは抜け殻なんだ。燃え上がる感情が強すぎて果たした後には何の感情も残らなかったのだろう。

やっと……終われる……

命が尽きるというのに俺の気持ちは安堵の気持ちでいっぱいだった。永遠に続くかと思われた恐怖と拷問もこの炎で終わるのだ。俺が最期に見るのは赤い炎の光景か。それも悪くない。しかし、最後に走馬燈のように心に蘇る約束。

俺は……まだ……あの子に……



そう言いかけて目が覚めたんだ……

October Rain……冷たい雨が窓ガラスを打ちつけてた……

どこか暖かさを感じさせる畳の部屋で、三人の天使たちは安息の眠りにつく。その寝顔は穏やかで先ほどまで荒れ狂っていた俺を心をわずかばかり癒してくれた。だが砂漠に水を垂らしてもすぐ渇いてしまうように俺の心は瞬く間に干上がったしまった。悪いが彼女たちでは俺を満たすことはできないのだ。満たすことができるのはあの女だけ……

じっとりとした胸元をぬぐい……また夢に捕らわれる…その前に……

俺は黒い十字架を握りしめると、バリアジャケットを身にまとい、天使の眠りを妨げないようにこっそり窓から外に出たんだ。

冷たい雨に打たれている……星も見えない暗黒がどこまでも広がり心は深く暗く冷たくなるばかり。



……そう俺は思い出したのだ。

最初の気持ち、忘れてはいけない気持ち、遠い時の彼方で風化してしまった気持ち。




虐げ奪われ続けた者の憎悪と氷のように冷たい復讐。

心の声はこう叫ぶ「決して許すな」と、そして、その理由を論理的な考察を加えて確かなものにしていく。

場所があの家じゃないってことは犯行は突発的ではなく計画的もの?

俺に気づかれずに運んだってことは誰か協力者がいる?

最後に火で焼いたのは恨みでなくて証拠隠滅のため?

俺まだ死体が見つかってない?

奴が俺を憎んでいるを知っているのはいない。そのはずだ。奴は表面的には俺の面倒を見てたし、追い出したときも自立させるためとか嘯いてた。

……じゃあ、警察は? ただの行方不明扱いで処理されて、奴は罪に問われることはない?

奴はのうのうと生きてる?



ソンナノユルセルワケナイ。オレハイマモクルシンデイルノニ。ユルサナイユルサナイ

俺が黒く染まっていく。決して許すな。絶対に許すな。義母はただ自分の鬱憤を晴らすためだけに俺を拷問し殺したのだ。しかも、死体は無惨に捨てられ弔られることもない。

そう裁きの力を。

復讐は正当なものだ。俺は間違ってない。



しかし、この場に奴はいない。その渇きは決して満たされることはないのだ。それを思うとやり場のない怒りが劇薬のように全身を巡り俺を苛むのだ。

……ちっ、冗談じゃねえ。

……

…… 


(いい感じで詩人になっているようだが、少しは収まったか? )

最終戦士の声が聞こえる。肝心なときに働かない。おまえはいつもそうだったな。

(ああ、俺はいつも通りだ)

(やれやれ。もはや気づかんのか? この状態でも負の感情に飲まれつつあるようだな。仕方あるまい。同じマイナスでもましなほうで攻めるか。……禿 ……斎の結婚)

(ぎゃあああああああああああああああああ。わかったからそれ以上言うな。せっかく忘れていたのに思い出させるなっ! それから言ってはならんことを言ったな。それだけは絶対に許さんっ! )

(ふっ、ようやく戻ったな)

最悪だ。何が戻ったなだ! 意味が分からん。

俺どうしたんだ? あの日のことを思い出そうとしたら、何か真っ黒に染まって、感情をなんとかしようとしてたら詩が思い浮かんできてそれで、奴の言葉がとんでもないこと言ってきたのだ。

俺は禿じゃない! ちょっと髪の毛が人より細いだけだ。

それに結婚? 結婚だとお。ああ、もう。思い出しちゃったよ。

斎の結婚は俺にとってはショックが大きい。心臓ひとつ分の穴があいているようだ。そこをひゅーひゅー風が吹いてしみている。カナコの言う通り理性的に考えればめでたいことなのは間違いない。

興信所で相手を調べたけど、大学時代からの友人で恋人になったのは俺が死んでからになる。俺が死んだことをいいことになあっ! 
そのため友人だった期間が長い。なんてしつこい男だ。あきらめろよっ! 
興信所の評価は申し分のない相手だそうだ。なにそれムカつく。婚活したら女性参加者全員でバトルロワヤルが起こっても不思議ではないと太鼓判を押された。そこまで言うか。
それに斎の選んだ相手だ。そこが一番気にいらない。ただ結局誰が来ても気に食わないのは同じなのかもしれない。

俺の斎に対する気持ちはどうなるのという醜い独占欲を思うと自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだ。

(貴様と俺は今は対極にあるのかもしれんな)

(どういうことだ? )

ジークフリードがシリアスに応える。キャラ作ってんじゃねーよ。

(正と負、ポジティブとネガティブ、光と闇ということだ。同じ存在で感情や記憶を共有しているのはずなのに、一向に融合する様子もなく、むしろ反発しているように感じる。本来なら時間の経過とともに私は貴様の中に融けて統合されて消えていくはずなのだ)

(俺が負の存在かよ? )

(そうだ。我ながらネガティブだとは思っていたがここまでとはな。言っておくが俺という存在は浅野陽一が希に見せていた正の側面だけを強化した歪な存在だ。貴様という存在がいなければ存在を保つこともできないだろう。)

(自分に慰められたんじゃ世話ないな)

(話はちゃんと聞けっ! 確かに貴様の力は官能小説家といいカミノチカラといい本来の力は負の側面から生まれていると言える。しかし、コントロールできているうちはいい。今の貴様は負の側面が誰かによって強化されてる気がするのだ。このままでは何かきっかけに暴走する)

(誰かって誰だよ? )

(それは分からん。俺は内在している意志に過ぎないから本体である貴様のように五感を感じることができない。外のことは貴様の心と記憶を二次的に感じているから、こうして把握できるのだ。おまえの見る悪夢に何かヒントがあるのではないか? )

(夢は夢だろ。梅雨のときの夢は幽霊の仕業だったし、悪い夢見るのは俺の心の問題だろ? )

(カナコに夢のこと話したらどうだ? )

夢のことはカナコには一度も相談してない。一番の理由は恥ずかしいからである。なんせ俺の中では30年近くも前のことで、そんなことをうじうじと引きずるなんて、格好悪い。

カッコワルイ。

男の粘着質なんてキモいだけだ。それにこの間の件もあって言い出しにくい。

(いいよもう。右手が心配なら封印グッズで押さえりゃなんとかなるだろ。え~と、封印よ。我が衝動を拘束せよっ! )

夢の世界で俺の容姿が変貌を始める。まず右手の封印を押さえるための穴のあいた革手袋と金属の指輪を身につける。なんか右手の痣は見つめていると魅了されて、ふと我に返ったときに恐ろしくなってきたので見えないようにしている。腕には細かくルーン文字が書かれた包帯が巻かれていく。赤銅色に染まってきた腕を隠す意味もあるのだ。右目は独眼竜正宗風の眼帯が巻き付く。今の俺は左右の目の色が変わっているためだ。眼帯を外すと赤く輝く仕様である。服は赤い外套、胸のところははだけてややセクシーではある。足には鎖、寝るときにゴツゴツするのが痛い。武器はこの間の折れた霊刀を使っている。

銘は「聖乗十字」を言うそうだ。カッケーなおい!

せっかくだから直したいところだけれど、許可が出なかったのでそのまま使っている。まあ仮に直したところで心得のない刀なんて使いこなせない。手首を痛めるのがオチだ。しかし、このままでも風情があっていいから使っても良いだろう。

冷静に見るとジークフリートも目じゃないコスプレ不審者にしかみえないが、中二が天元突破してるカナコやまだ分別がつかず俺によってカッコいいものと刷り込まれている希ちゃんは特に気にしないだろう。

この格好になることで右手の封印の力を強め、冷静にみた恥ずかしさと感覚的にみたカッコいいと思う相反するアンビバレンツな感情がせめぎあい、お互いを高めることで化学反応が起こり強力なちからを生むのだ。

(確かに負の力は増しているにもかからずコントロールできているようだな。激しく揺れ動き相反する感情を波乗りのように操作しているのか? 一種の才能だなこれも )

感心した様子のジークフリード、そうそう。心配しすぎ。これから内側から包むように押さえているから漏れ出すこともないし、この間悪霊になった要領で強い出力を出すこともできる。

……俺は闇の力に目覚めている。その力は下手したら身を滅ぼすだろう。諸刃の刃なのだ。右腕を解放して使う技にも名前をつけた。

その名をダークネスブラスターという。



では最後はなんか和むものを。

俺は部屋に戻りみんなの顔を見つめる。アリサちゃんとすずかちゃんとなのはちゃんなら俺の横でスヤスヤ寝てる。

うん、和む。

ふう。やれやれ。何とかいつもの精神状態に戻ることができた。今回はやたら苦労した気がする。心が乱れたままでは万が一のときに失敗する可能性があるから、平常心は保っておきたい。

再び寝ている三人に目を向ける。するとドアを開ける音がした。カナコが出てきたようだ。

(陽一、起きたわ。そろそろ準備なさい。…あらっ!? その格好、気合いは十分みたいね)

どこか嬉しいそうに言う。やはり大丈夫だったようだ。

(ああ、悪いなジーク時間切れだ。引っ込めよ)

(まあいい。俺は俺で備えよう。貴様の姿に負けはせん)

寝ていたカナコはきっちり二時に目を覚まして行動を開始する。

(ねえ、何かあった? )

(いや何もないぞ)

俺は精神状態は不安定だ。でも、今日というタイミングを逃すことはできない。それに今日の主役は俺たちではない。希ちゃんとなのはちゃんたちがメインで俺たちはサポートになる。だから特に問題はないはずだ。

さてなぜ一緒に寝る必要があるかというと、これほど近ければシンクロが容易できるからである。元々は広域洗脳魔法のアレンジで対象に魔力がなくとも手順を踏めばできる方法をカナコは編み出していた。その条件のひとつがシンクロ対象者が眠った状態で近くにいることだった。

お泊まり会がこの状況を自然に演出している。すべてこのときのためだ。

下準備のために同意をとってキャラ設定と世界観とゲームのルールは刷り込ませてある。



(希は準備できてるわ。じゃあ希のトラウマを終わらせに行くわよ)

カナコのこの言葉と共に光に包まれゲームは始まった。





作者コメント

話が進まぬ。空白期は次回で終わる予定が一話多くなってしまった。



[27519] 第四十一話 トラウマクエスト そして最終伝説へ… 前編
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2012/12/01 14:37
第四十一話 トラウマクエスト そして最終伝説へ… 前編



ここはデバックルーム、舞台裏のような場所である。プレイヤーは通常入ることはできないし、見ることもできない。ここから俺とカナコがプレイヤーを見守る席である。

今はなのはちゃんたちとシンクロするために波長を合わせているところだ。初期設定から職業選択、オープニングムービー、希ちゃんを除いた三人のアリアハンに至るまでのイベント全部終わるまで時間がかかる。その時間を使ってゲームが始まる直前、俺とカナコは最後の打ち合わせを行っていた。

「俺たちの倒すべき黒い女って結局何なんだ? 俺はおまえの話からまだ覚醒してない希ちゃんが不完全なまま再生させた希ちゃんのおかーさんの魂って解釈していたけど、月の管制人格は精神を壊すことに特化したウイルスで、自律した意志を持ち学習しながら、負の感情を栄養にどこまでも成長するって言ってたし、那美さんたちは悪しき意思とか念でやっぱり負の感情を糧にどこまでも成長するって言ってたからちょっと混乱してる」

黒い女については情報が錯綜していてわからないことが多い。この場である程度考えはまとめておきかたかった。カナコは顎に手を当て一点を見つめながら考えている。しばらくしてふうと息をついて口を開いた。

「どれも決め手に欠いてまだ私にもはっきりしたことはわからない。ただ前に希に母親には悪霊だとか怨霊だとかが憑いてひどいことをさせてるって適当に言ったことがあるけど、それが的を得てた気がするの。あの力は希が死んだとはっきり意識していないと完全には発現しないはずだから、得体の知れない何かの可能性があるのよ。あの子は母親が生きてると信じているからね。だからあなたが危惧してる雷蔵の再婚相手がすべての原因で、虐待の連鎖という名の呪いが希の母の中で負の感情を吸収しながら年月を経て離婚と夫の死で一気に拡大して、虐待という形で二年かけて希へ伝播した。そして、魂を再生させる力で本来は意思を持たないはずの虐待の記憶が黒い女という形を持ってしまったと考えると一応筋は通るわ。希の力は不完全な状態で記憶の断片が少なくても発動することは前のあなたで証明されているもの」

「本当に適当だったわけか。そうだよな。もうアレは希ちゃんのおかーさんですらないもんな」

本当に希ちゃんのおかーさんならば虐待していた期間を除くと浅野陽一が知っている優しかった時期も含まれるはずだからだ。ただもし違うものだったとしたら騙る理由がわからない。

「ここで大事なのはあの黒い女は希の負の感情を増大させて力を強め最終的に希の心を殺すのが目的なのは間違いないってこと。そういう点では私たちを含めどの見解も一致してるでしょう? 」

「結局わかるのはそこだけか… 後は希ちゃんのおかーさんに聞くしかないんだよなぁ」

お祖父ちゃんや伯父の総一郎氏は何も知らない。すべての鍵を握っている希ちゃんのおかーさんが生きて見つからない限り真相は闇の中だ。仮に生きて見つかったとしたどうなるのだろう? どうするべきなのだろう? それはそれで問題が多くて、いろいろ状況を考えてみたがさっぱりわからん。俺は頭を抱えた。気がつくとカナコが袖を引っ張り少し鋭い目でにらんでいる。

「起こってもいないことをあれこれ考えるのは後にしなさい。今は目の前のことだけ考えて! 」

「そだな。続けてくれ」

カナコの厳しい指摘に俺はふうやれやれとため息をつくとオーバーアクションで肩をすくめ、持ってもいないのにライターを付けタバコを吸う仕草をする。葉巻を吸うには年が若いのでくしゃくしゃになったマルボロにジッポライターの組み合わせだ。ヤンキーの国ではワイフの愚痴はこのように聞くと相場が決まっている。

「何よそれ? まあいいわ。じゃあ、まずは希の状況についてのおさらいするからね。今の希は私の力によってあなたと別れてからの二年の虐待の記憶を封印されている。理由はつらい記憶を受け止められなかったから。これは内から外に対しては極めて強力な封印だけど、希の精神状態に左右されるの。前にあなたが消えたときの悲しみで内から簡単に破られてしまった。ただ封印自体は機能していたから毒に関する木の封印だけだったの。ヴォルケンリッターに蒐集された場合を最悪を想定するなら封印そのものがなくなり、ダムが決壊するようにつらい記憶が一気に蘇り、あの黒い女が一気に優勢になるでしょうね。感情は一度悪い方に傾くと良い方に戻すのが難しいの」

「ああ、わかるよ。ん? でも水の封印の時はどうなんだ? 」

「水の中に無理矢理押し込められて息ができないという命の危険を感じる体験をしたから思い出したの。普段ならそうそう起こらないわ。水の核が新たな宿主を見つけて襲ってきた想定外のこともあったし、イレギュラーな事態と考えて、私が押さえているのは記憶の中枢だけど、それだけでは完全ではないの。記憶は手がかりがあれば一気に思い出すものでしょう? だから希本人が思い出す事象に対しては特に弱い。記憶は強い感情を伴ったものは情動の中枢にも刻みこまれている、いえ脳だけじゃない全身に記憶されているの」

「つまり、心や体が覚えているってことだな」

心臓移植された人が心臓の本来の持ち主に似た嗜好に変わってしまったという不思議な話もある。まして全身となると、俺の時に感じていた希ちゃんの症状はそうした理由から起こっていると考えればいいだろう。

「そうよ。幸いこの半年でかなり良くなった。あなたの心で良い体験を積み重ね、身体にしみついた病的な条件反射も取り除かれてきているわ。人間の脳は生理的に刺激に学習して慣れるものなのよ。パブロフのバター犬って有名でしょ?」

「バターが余計だ。バターが」

一気にエロくなったじゃないか。もしかしてわざと言っているのか? カナコはそんな俺の言葉に目を丸くする。

少し真面目に考えるならば、パブロフの犬とは犬にベルを鳴らしてからエサを与える事を繰り返すと、ベルを鳴らしただけでよだれを出すようになるという、条件反射の実験の事を指す。さらにベルを鳴らし続けると次第に反応は消えていくが、数日後同様の実験をしても犬は唾液を分泌する。前者を『消去』と言い、後者を『自発的回復』と言う。希ちゃんには二年の虐待によって病的条件反射が肉体レベルで染み付いていた。年配の女性に対する恐怖心、毒を盛られ続けた経験から食べ物を受け付けない症状が該当する。これは頭で理解していてもどうにもならない。まず身体が拒否するからだ。さらに人間の生活で考えるならば避けられないシチュエーションなので深刻な問題となっていたが、俺という別人格が肩代わりすることで消去は進んでいる。ただ希ちゃん本人ができるようになるにはまだ時間がかかるだろう。むしろ俺がいることで嫌なことを簡単に避けたり肩代わりできるから社会復帰の妨げになる可能性もある。

他にもあまり目立たないが、特定の香水の匂いだったり、陶器やガラスが割れる音でもパニックを起こすほどではないにしろ気分が悪くなったりする。また、水や火や刃物では限定的な状況次第で記憶を呼び覚ましパニックを起こす。俺も苦手だ。カナコの話は続く。

「希も心の奥から出てきてなのはたちと交流して外は怖くない。暖かいものだと知ったことこれが一番大きな成果よ。希は良くも悪くも普通の子とは違うからね」

「違うって、記憶力のことか? 」

「そう。完全に覚えて劣化しない記憶力はいろいろ役にも立った。でも弊害もあるの。前に少し話したわよね? 普通の人間の記憶は時間の経過とともに劣化する。不便かもしれないけど、イヤな記憶も忘れられていくからそうそう悪いことばかりじゃないでしょう? 劣化しないつらい記憶はストレスをもたらすだけで害悪でしかない。つらい記憶を追体験するフラッシュバック現象はパニックを起こして暴れたりするところに注目集めがちだけど、本当の問題は思い出すたびに強く刻まれて、いつまでも色あせないで心に負担をかけ続けるところにあるんじゃないかしら? 」 

……

……

ん? カナコ先生は今大事なことを言ったような気がする。それが心に引っかかったが、今は希ちゃんのことだ。そっちに集中しよう。年寄りが徐々に物忘れがひどくなるのは迫り来る死の恐怖と身体の衰えや近しいものの死のような深い悲しみや強いストレスから逃れるために起こる生理現象という考えもあるから、忘れることは心を穏やかに癒す意味では必要なことなのだ。

以前の希ちゃんは母親の虐待と別離、俺の死による悲しみから現実に絶望した。しかもその記憶はいつまでも劣化せずに希ちゃんを苛むのだ。普通の人間なら頭の隅に追いやることができるかもしれないが、希ちゃんはそうではない。苦しくてたまらないだろう。俺にも察することができる。嫌なことに思考が捕まっているときは次から次へと悪い想像をして悪循環するのだ。しかもわかっていても止められない。俺だって浅野陽一のときに思考法を鍛えたけれど、嫌なことを振り払うのは困難だった。とりとめのないことと次から次に考えて思考誘導したり、カッコいい自分を創造したり、酒と女に頼ったこともある。アトランティスの創作や深夜の髪の手入れはかなり効果的だったと思う。しかし、希ちゃんはうまく処理ができず心が壊れても仕方のない状態だった。そこでカナコはつらい記憶を封じ、イヤなことを思い出さないで済むように記憶を封じて、気力を回復するためのまどろみの部屋で休ませたのだ。

過去を振り返ってみよう。

あの世界を家に見立てるならカナコは自分の部屋に閉じこもって出てこないニート娘をどうにかしようとしている親なわけだ。部屋で休息が必要なことは十分理解している。しかし、現実は進んでいるので学校とかまずいので、替え玉のニセ俺を用意して希ちゃんに変装して学校に通わせた。偽物は憧れのなのはちゃんと一緒にいることができるのが楽しくて黒歴史に葬りたいくらい少々ハメを外した面もあるが、すぐに友達を作ったり上手くやっていたと思う。引きこもる娘に学校は楽しいところだと部屋の前で語り続け、やがて少しだけ心が癒えた希ちゃんは俺とカナコと話すために部屋から出て来るようになり、やさしいなのはちゃんに惹かれ外へ興味が出てきた。途中替え玉のニセ俺が死んだり、紆余曲折を経て、生き返った本来の俺とカナコがふたりで協力しながら、ほかにも友達を作り、今ようやく少しずつではあるが外に出るようになったのだ。

「今回の目的だけど封印をすべて解放する。これが本来の記憶の状態よ。過去に起こった悲しくつらい出来事を受け止めるための試練なの。あなたが生きているなら大丈夫なはずよ。あの子が現実に絶望した理由の半分はあなたの死が原因だったもの。封印の解放そのものがゲームに組み込まれているわ。なのはたちにもゲームの目的は伝えてある。そして、希が苦しいとき支えてくれるように翠屋で桃子を克服したときの手の方法を使うわ」

ずいぶん昔のことのように感じる。思えばあれがトラウマ克服の最初の一歩だったんだな。友達がそばいることがどれだけ心強く勇気を与えてくれるか知るきっかけになったと思う。ひとりじゃないというのはすごく大事なことで人を強くしてくれるものなのだろう。

「おまえのことだから希ちゃんに関しては心配はしてないけどな」

俺は少々いいよどむ。計画通りに進めていたとはいえ、本当に大丈夫かと余計な心配をしてしまう。

「封印がすべて解かれた状態で大丈夫なら私たちが蒐集されても魔力を抜かれるだけで心が壊れずに済む。最悪私たちがいなくてもね。悪いけどなのはたちにも過去を知って希に深入りしてもらうわ。事情を知れば同情してあの子たちは希をほっとけなくなる」

ゆっくり言葉を吟味してその意味を考え、かっとなった感情を拳に力を入れてぐっと言いたいことを飲み込み冷静に問う。

「……あからさまだな。 ……そこまでしないといけないんだな? 」

本当なら馬鹿なことをするなといってやりたい。同情を逆手に取るのだから悪辣な手段だ。これは裏を返せばなのはちゃんたちを信頼してないということになる。それに優しい彼女たちがどんなに怒り悲しむか一切考慮されていない。世の中の醜さをわざわざみせることなんてない。ただし例の温泉旅館での背中の傷を見たときのアリサちゃんの態度を見る限り効果は大きいだろう。恐らくそこまで計算してるはずだ。思わず顔を歪めるとそれに気づいたのかカナコは俺より強い目で見つめてきた。

「不満そうね。じゃあ考えてみて。私たちにとっての一番の最悪って何? 」

「俺たちが希ちゃんのそばから離れること… 」

カナコは不服そうに首を振って応えた。

「違う。一番の最悪は希の心と身体が死ぬことよ。だから誰かが支えてくれるなら、必ずしもそれは私たちである必要はない。雨宮の家だけじゃ不安なのはあなたもわかっているはず。これも保険の一つよ。あからさまなのは認める。なのはやアリサ、すずかの性格も把握しているわ。その上で利用する。情に訴えて、情でかんじがらめに縛るの。私はあなたと希と違って何があっても他の人間は完全には信用しないわ」

俺たちがいなくなったとき、希ちゃんがひとり残されることを思うと、できることはすべてやっておきたいと考えるカナコの気持ちもわかる気がした。俺は百合子さんや雨宮家人々を信頼しているが、希ちゃんはそうではない。結局アプローチしながらも今の今まで百合子さんたちに関心を示すことは一度もなかった。カナコが百合子さんに不満がありながらも俺のやることに口を出さなかったのはこれも保険の一つと考えたのかもしれない。

百合子さんのことは誰よりも信じてる。しかし、希ちゃんにとってどんなにひどいことされても実の母親に代わる者など存在しない。希ちゃんは百合子さんを受け入れないだろう。お互いを傷つけ合うことが容易に想像できる。ましてその母親の死が可能性が高いとなるとなおさらだ。俺は予想される悲しい未来を恐れていた。カナコも本当は虚勢を張っているだけでおびえているのかもしれない。考えれば考えるほど最悪の結末が約束された運命のように感じられて、愚かな手段であることがわかっているのに止められない。

結局、嫌悪感はあってもそれを覆すだけのものを持ち合わせてはいなかった。決断はカナコに委ね、藁にもすがる思いで同じ年頃の女の子たちを頼りにしているわけだ。情けない話である。

「誰かに任せるって不安じゃないか? 」

思ったまま口に出す。俺はカナコに反対する気はなかったが、何が何でもというほど覚悟は決められていない。

「もちろん本当なら誰かに任せるなんてできないわ。私たち以上に希を想っている者はこの世にいないもの。そのくらいの自負はあるでしょう? だから蒐集されないために全力で抵抗する。そのために頑張ってきた」

「そうだよな」

ブレない。

わかっていたことではあるが再確認できたと思う。カナコはずっとひとりで希ちゃんを支えて戦ってきた。ひとりでだ。フェイトちゃんが心を閉ざしたときもプレシアの魂を再生させなかった。俺だったらその場の感情に流されてしまったかもしれない。他にも恋愛というものがわかっていないのに俺の心を繋ぐためにいろいろ的外れなアプローチをやっている。とにかく手段を選ばない側面があるのだ。今回のこのゲームもアイツの思考としては十分に考えうることだ。話は続く。

「でも想いだけじゃ限界がある。私たちは同じ身体を共有しているからこそできることがあるけど、決してできないことが存在するなら、どんなこともするわ。現状はヴォルケンリッターに一人でも負ける可能性が高いわ。仲間を呼ばれたらほぼアウト、どこかに隠れるは期間的に現実的ではないし、ヴォルケンリッターの探知能力的に確実性がない。管理局はグレアムの手が伸びているから、保護を求めるのは先に事件に遭遇しないと怪しまれる。だから私たちは能力を上げて一度は戦う必要がある、最大戦力のなのはとの距離を保ちながら、あなたがメールではやてを牽制して事件が起きなければ良し、遭遇したらうまくやるしかないわね。」

「こうして聞くといろいろやってきたなぁ」

「本番より準備の方が大切ってことよ。最悪を想定して進めてきた。準備は半分は終わってる。罪滅ぼしってわけじゃないけど、なのはたちにはこのゲームで怒りとか悲しみを感じさせないくらい楽しんでもらうつもりよ。希の精神力の評価とサポート要員の役割、不測の事態への備えもして、時間もかけた。問題はないわ。後十分くらいで舞台に降りるわね。時間までゆっくりしましょ」

そういうとカナコはカップの紅茶をたしなむ。今回のゲームは敵はこれ以上ないくらい弱り、負ける要素として考えられるのは希ちゃんの精神状態くらいのものだが、それを取り除くために打てる手はすべてやっている。


不安はない ……はずだ。

でもなんだろう。この胸のざわめきは、何か致命的なことに気づいていないんじゃないだろうか? 



それは形を持たない不安だ。柳の下の幽霊とか、夜中に聞こえる物音、後ろを歩く男、壁の染み、廃墟になった病院。死んだはずのホラー映画の怪物が最後に生きてるようなそんなものだ。その怪物はちゃんと殺すべきなのだ。二度と蘇らないようにきっちり念入りにでないと心の中で不安を餌に成長して、俺の中から食い破られる。

そんなイメージがわいた。

っ!? おっといかん。また考えてしまいそうになった。ダメだなこれじゃ。どうも悪い方へ悪い方へ考えてしまうくせがついているようだ。まだまだ時間はあるし、うまく切り替えないといけないな。じゃあ今回のゲームについて考えてみるか。



このゲーム世界は希ちゃんや俺の記憶をベースにドラクエ3の登場人物を当てはめて構成されている。シナリオは敵を倒しながらレベルを上げアイテムを集めて、ダンジョンの謎を解くことで先に進んでいく。楽しみながら希ちゃんが精神的に強くなるための仕掛けも用意されている。メインである各封印破壊はゲーム要所で用意されたイベントで希ちゃんが記憶を思い出す行為から生じた負の感情をゲームのボスという器に封印され倒されることで克服される仕組みになっている。希ちゃんの負の感情が強けば強いほど敵は強力なるらしい。しかし、今回は心強い味方がいるから心配ないはずだ。俺たちだって見守って、いざという時には手助けできる体制を作っている。

さらにバーチャルではあるが、伝統なPRGであるターン制コマンドバトルを採用している。このゲームの世界のルールでありすべての登場人物とモンスターがその大原則に縛られ破ることはできない。それは希ちゃんたち主人公たちも含まれ、配置された封印もそのルールの中で戦う。唯一の例外はこのトラウマクエスト世界の創造主のカナコだけである。

この世界はふたつ目的で作られた。ひとつは希ちゃんがつらい記憶を受け止めるために、ふたつめは黒い女を実体を完全に滅ぼすためである。

それが世界の秘密… でもなんでもないな。知っていることだし、今のままだと弱すぎて現実を受け入れられないから鍛えるために同じ時間を何度も巡るなんてしない。一回限りだ。

また、ドラクエ式ウインドウをゲーム的な演出と使い勝手の良さから使っている。これが和製RPGの歴史を定めたと言っても過言ではない。実際の装備とか持ち歩いていたら大きいし、装備したらちゃんと装着される仕組みになっている。タッチパネル式で音声認識でも操作できるから便利だ。前に使っていた携帯をイメージしている。

携帯ねえ。

そういえば携帯を仕事と家族以外ではほとんど使わなかったなぁ。もっぱら外出したときの暇つぶしに使っていたような気がする。ちなみに携帯キャリアは携帯三社の通称マッシュルーム、ガーデン、スキンヘッドうちガーデンを使っている。タッチパネルでパソコンと携帯電話の機能を融合させたスリムフォンを最初に対応したのはスキンヘッド社だったが、名前からして論外だったので、次に採用したガーデン一択だった。マッシュルームも早いとこ対応して欲しいものである。

そのスリムフォンはオレンジというみかんのマークのヤンキー国の会社製で、他にもポッドだとかパットだとか似たようなものを出していた。アリサちゃんの話ではパソコンのOSでは窓の会社負けたものの。再任した創業者が次々と活気的な商品を売り出し、現在世界一の会社と言われてる。まるで魔法のデバイスだともっぱらの評判だ。たしかに生産数が少なく値段は高いが性能はずば抜けすぎている。特にCPUはスリースターという日本に近いアジアの国の国有財閥系企業がコピーに失敗し、世界最大のCPU開発会社ハイッテルでさえも再現できないそうだ。

そのCPUを提供しているのは新興のCPU開発会社のサイバーダイン社。オレンジ社の出資100パーセントの子会社であり、CPUはそこから完全独占供給されている。開発者のマイルス・ダイソン氏のインタビューを外出先のテレビで見た記憶がある。なぜ覚えているかというと青く光る部屋に剥いた目をした汗だくの中年黒人がはあはあ言いながら話す映像がシュールすぎて強く印象に残ったからだと思う。

近いうちにアメリカ軍にもそのCPUが供給されるらしいが、嫌な予感がするのは気のせいだろうか? 近いうちに核戦争が起こり世界は終末を迎えると訴えて精神科に収監されて現在脱走している女性テロリストとかに狙われないといいけど。

そのオレンジ社のCEOは当然のように毛髪はない。一時は失踪して行方知れずだったことも注目されている。ただ失踪前から髪は危なかったらしい。ライバルの窓の社長はふさふさだが、風が吹いてもなびかない不自然な髪、日本に来た時にアート○イチャーとかアデ○ンスに訪問してなぜか融資を決めたそうだから、ズラだともっぱら噂だ。俺は間違っていると言いたい。

なぜなら髪は天然自然ものいわば人体の一部それを忘れて何が悩み無用、自然な髪を演出だ。共に生きる髪を忘れてのズラなど愚の骨頂ッ!!と思っている。

かつらにすればいいじゃないかと悪魔の誘惑がよぎったことは何度もある。しかし、俺がすでに悩んでいたのは十代前半、そのような贅沢品を買えるはずもなく、せめて現状を維持しようと髪の手入れを始めた。高校生の頃ある着想に達する。それは生えてきてくれた髪に対する感謝であった。

鏡の前で手を合わせ祈り力をためて髪をすく。これを何度も繰り返す。一連の動作が終わるまで五秒。最初は寝る前に千回を一時間半かけてやっていた。一分12回一時間で720回の計算だ。それは大学に入ってから習慣のように続き髪の手入れをしないと眠れないくらい染み付いていた。おかげで泊まりとか飲みとか旅行とかだいぶ変人扱いされた気がする。だいぶスピードも速くなり一時間を切るようになっていた。

二十歳になり大学を辞めて母親に刺されて落ち込んでいたときは何かを振り払うかのように自室に篭り感謝の髪の手入れを一万回に増やしめざ○しテレビが終わるころまで続け、ようやく眠りにつくことができていた。昼過ぎまで寝て、夜中までシナリオライターとしての活動というのが当時の俺のライフサイクルだった。何か没頭していると嫌なことも忘れることができた。あの頃の俺はやはりどこかおかしかったと思う。一年がすぎて異変に気づいた。髪の手入れを終えても夜が明けてないっ! 代わりに祈る時間とシナリオライターとしての時間が増えた。




齢二十五で完全に羽化する。

感謝の髪の手入れ一万回一時間を切るっ!

その驚くべき成果は中国旅行であきらかになる。



「何ぼーっとしているの! そろそろみんな終わったみたいね。始めるわよ」

カナコの声で現実に帰る。どうも思考が支離滅裂になってしまったようだ。わずか5分くらいの間にゲームの内容から携帯電話にはてはアメリカの経済事情に髪のこととわけわからんトビかたをしてんな。でもおかげで気持ちも落ち着いたようだ。うまく気を嫌なことから逸らすことができた。


そして、幕が開く。







ではトラウマクエスト 悪霊と髪 そして最終伝説へ… ミッド式の者たち 月の花嫁 幻のレムリア アトランティスの戦士たち 空と海と大地と取り憑かれし母君 キチェスの守り人 目覚めしムーの一族

始まり始まり。

ここはアリアハン王国のある二階建ての一軒家。いつもの黒いドレスに白いエプロンをしたカナコが扉を開ける。ピンク色の病衣姿の希ちゃんは例のやたら豪華なベットですやすや寝てる。希ちゃんが普段使っているベットだ。このように制作時間の都合上使い回している素材も多い。

「おきなさい。 おきなさい わたしの かわいいのぞみや…… 」

「う~ん」

揺らすカナコにまだ意識のはっきりしない様子で唸る希ちゃん。

「おはよう のぞみ。 もう あさですよ。きょうは とても たいせつなひ。 のぞみが はじめて おしろに いくひ だったでしょ。このひのために おまえを ゆうかんな おとこのこ として そだてたつもりです 」

「まだ眠いよ~ カナコ 」

抗議の声を返す。どうやらマジ寝してたようだ。

「コラッ! 母親を名前で呼ばないの。ちゃんと母様と呼びなさい。あなたは今日から10歳になるんだから、うう、この立派な姿をあの人にも見せてあげたかった 」

母親のところをやたら強調して、よよとエプロンの端で涙をわざとらしく拭うカナコ、希の父役のヨウイチつまり俺は王の要請を受けて、魔王を倒す旅に出かけたまま帰ってこなかったというオルテガポジションだ。カナコが覆面パンツのどう見ても変態です衣装を勧めて来たが断固として断った。しかし、代わりに火口でサタン相手に溶岩の立ち回りをやらされる羽目になりひどい目にあったよ。サタンなんて名前からして雑魚っぽい。一説によるとテドンの村を滅ぼしたのはコイツらしい。熱いのは胸がざわめいて苦手なんだよ。

希ちゃん10歳で旅は早すぎるかもしれない。しかし、勇者の娘ということで引きこもりがちではあったが旅に

出る出番が回ってきたのだ。

普通の家にはそぐわない天蓋付きのベットから希ちゃんが顔を出す。

「わかったよう。おかあさま」

本当に眠そうな目をこすりながら、面倒くさそうに答える。一方のカナコはまばたきもせず固まったままだ。

「おかあさま? 」



「はう~ いいわ。もう一回言って、わんすもあ」

もう一度疑問系で呼びかける希ちゃんにカナコは顔を赤らめながら、甘えるように訴えてきた。キャラ違うぞおまえ。いくら母親になりたかったとはいえ、だらしない顔すぎる。この役だけは絶対に私がやると言った理由はここにあるのだろう。

「え~ おかあさま? 」

「すごくイイー」

誰だよ?

今度は床にゴロゴロ転がっている。話進めろよ。台本通りやれ! せっかく最初のところはちゃんと言えてたのに母親関連でアドリブいれやがった。ルイーダでなのはちゃんたちが待っているんだからな。俺は合図を送る。

「あら、名残惜しいけど、時間も押してるわ。早く陛下に会いに行ってきて」

「うん」

希ちゃんはピンク色の病衣のような服を着て家を出る。旅に出るというよりは部屋の中を歩き回るような衣装だ。本当なら設定された職業に合わせた衣装を着てもらいたいところだが、あまり乗り気ではないようでいつもの格好をしている。街は中世風の建物が立ち並ぶいかにもヨーロッパへ来ましたという雰囲気で、ゲームマスター視点ならばちょうど上から箱庭を眺めているような感覚である。街の住人の姿も老若男女から金髪さんから赤髪さんまでさまざまな人の姿が見える。

ただしポリゴンである。

この世界のルールで年輩の女性は希ちゃんが怖がるため具現化できないので、ゲームのキャラクターはすべてドリーム○ャストレベルのポリゴンで表現されている。城の門をくぐりアリアハンの王にされたやたらごつい祖父

こと雷蔵王に会う。意外とはまり役だな。

「よくぞ きた! ゆうかんなる ヨウイチのむすこ のぞみ よ! 」

「私、女の子ぉ… 」

そうだよね。どうして息子扱いなのか首を傾げたものだ。きっと母は周囲には男の娘だと言って厳しく育てたに違いない。王様の話は続く。

「そなたの父陽一はサタンとの戦いの末に火山に落ちて亡くなったそうじゃな。その父の跡を継ぎ 旅に 出たいという そなたの 願い しかと ききとどけた! 敵は 魔王じゃ! 世界の ひとびとは いまだ 名前すら 知らぬ。
だが このままでは やがて 世界は 魔王に 滅ぼされよう。魔王を 倒してまいれ!町の酒場で仲間をみつけ これで装備を 整えるがよかろう。では また 会おう! 希よ!」

魔王を倒して世界に平和を取り戻すように命令された。

城のメンツは病院のみなさんでみんな白衣の上に鎧や兜を着ている。ミスマッチだけど希ちゃんの記憶を素材にしているから仕方ない。

長く遊ぶことが目的ではないので、身支度として一万ゴールドと鋼系の武器防具、みかわしの服など中盤並の4人分の装備を揃えてもらえた。

原作でもこのくらいの援助はやってほしいものだ。各シリーズの序盤の城の王様におまえたちは本当に勇者に魔王倒して欲しいかと問い詰めたい。特に2とか王子なのにほとんど追放されてるレベルだ。旅の身支度のこれっぽっちとか勇者の稼業なめてんの? 俺は国の本気がみたいんだっ! と思ったこともしばしばある。どうのつるぎとかたびびとのふくとか出番がなくなるので仕様です言われればそれまでだけどさ。

ルイーダの酒場へ向かう。位置的には町の門に近い勇者の家の道向かいの建物で城から来た道を戻り右に方へ向かう。左は勇者の家である。見えてきたのはこの辺では城を除くと一番大きく、酒場というにはやや質素なつくりでやや古びた看板と茶色いレンガの二階建て建物が見える。中に入ると広いフロアに三十人近く集まり、明るくにぎやかで、ちょっとした熱気さえ感じることできる。それぞれのグループで談笑し、なのはちゃんたち三人も楽しそうに話をしていた。三人とも現実世界ではパジャマ姿だったが、今はデフォルト用の学校の制服を着ている。まだ希ちゃんに気づかないようだ。

他にも楽しそうにテーブルを囲んでいるグループがある。

グリーンリバーライト声の勇者アレル組の戦士ステラ、魔法使いマリス、僧侶ライド、商人ダムス、遊び人ガライ
悲恋の勇者アレル組の戦士クリス、僧侶モハレ、魔法使いリザ、武闘家カーン、商人サバロ、遊び人ロザン。
ニセ勇者組の賢者うおのめ、武道家もりそば、おかま戦士かおる。
半裸勇者アベル組の戦士デイジー、魔法使いヤナック、戦士モコモコ、戦士アドニス
カーメン王国の勇者アルス組の剣王キラ、拳王マオ、賢者ポロン
運のいい方の勇者アルス組の魔法使いドロシー、武闘家シャオ、賢者ミレッジ、僧侶セレナ
竜騎士の勇者ダイ組の大魔道士ポップ、魔剣士ヒュンケル、武闘家マァム、王女レオナ 獣王クロコダイン、竜騎衆ラーハルト、歩兵ヒム、占い師メルル、僧侶ずるぼん、戦士へろへろ、魔法使いまぞっほとかいるが実際には使えない。一部人外もいるものの豪華すぎるモブたちだ。

ここでは仲間にああああとつけたり、唯一装備ぬののふくを奪い取り全裸で酒場に送り返し、名簿から削除する鬼畜な真似はできないようになっている。

もしこの中で仲間から三人選ぶならまずは獣王クロコダインを押す。人外だけど年長者で人格者、いろいろアドバイスとかしてくれそうだ。こういう人が一人はパーティにいて欲しい。安定感がぐっと増す。率先して敵と戦って身をもって相手がどのくらい強いか教えてくれるし、HPと攻撃力と防御力が馬鹿みたいに高い。きっと大工の息子並の活躍が期待できるだろう。やけつく息や獣王会心撃なども見逃せない。ガルーダで空まで飛べるし、マジカッケーっす。

ぜひ強敵の戦いで先陣を切って「ぐわああああああああ」「ク、クロコダイーン」とかやってみたい。

二人目はコミカルさの中に哀愁を感じさせてくれた商人ダムスもいい。

最後のひとりはやっぱヤナックでしょ。エロ友的に、コイツとなら旨い酒が飲めるに違いない。

しかし、おっさんばっかで華やかに欠けるような気がする。硬派気取ってたときは女なんかいらんとか思ってたけど、女性優遇装備に涙目になったこともある。女性だけで組むならアサダじゃない拳王マオ、オズじゃない魔法使いドロシー、マリーンじゃない魔法使いマリスかな。色気的な意味で元遊び人賢者ミレッジ、入浴シーンのあった戦士デイジー、実はマァムと同じくらいお色気要員の王女レオナあたりも推しておきたい。

もっと強い奴らなら他にもいるけれど、チートには用はねーです。他の勇者は主人公力が半端ないので除外しておいた。作ったら恐らく奴らの勇者パワーに飲み込まれてしまうだろう。

希ちゃんは足が止まった。ほとんど人形とはいえ人が多いので緊張しているようだ。このように希ちゃんにちょっとした試練を与えているのもこのゲームの特徴である。

(希ちゃん。ファイト!)

「う~」

希ちゃんはうなり声を上げながらサッと壁に隠れてしまった。片目だけ出して覗き込むように見てる。なんだか微笑ましい。この恥ずかしがり屋さんめ。ここはちょっと奮起させてやらなとな。まずは笑顔で相手を安心させればいいかな。

(希ちゃん、笑顔、笑顔)

「こう? 」

希ちゃんはややぎこちなく笑顔を作る。うん、いいぞ。それならおにいちゃんもイチコロだ。自分から声かけるのはまだ無理かな。

(おやおや、勇者が到着したようですよ)

俺は埒があかないので当初の予定通りゲームマスター権限で放送をかける。このくらいのサポートならば許されるだろう。すると、三人がドアから顔を出してる希ちゃんに一斉に顔を向ける。他の人形はそのままだ。

「ひっ」

三人とも顔がひきつる。

……なぜぇ怖がる。あんなに可愛いのに。

固まっていたアリサちゃんが立ち上がり、希ちゃんのそばまでで近づいてきた。

「も~怖がらせないでよ。希」

そう言ってアリサちゃんが肩に触れようとようとすると、希ちゃんはビクッと跳ね上がり距離を取り、猫のように威嚇する。今十メートルくたい後ろに飛んで、ものすごい身のこなしだったような?

「ふ~」

「ね、猫みたいね。希、何よその格好っ! パジャマじゃない! 」

「アリサ、声大きい。これでいいの」

アリサちゃんがその場に合ってない服装の希ちゃんをたしなめるが、当の本人はつんと素知らぬ顔ですましている。このふたりいつもこんな感じだ。まだまだ苦手意識が抜けない。フェイトちゃんの時みたいには行かないのかな? 見かねたなのはちゃんが声をかける。

「希ちゃん、私と一緒の服に着替えよう? 」

「……うん」

天使の笑顔で声をかけるなのはちゃんを見つめるとこくんとうなずく。

「相変わらずなのはちゃんには素直なんだ 」

「しょうがないわね~ 」

希ちゃんはごく自然になのはちゃんの手を取った。希ちゃんの姿が病衣から制服に変わる。アクセントとしてうさ耳がつく。愛想がない子にうさ耳でギャップ萌えというだけでなく、ちゃんと意味がある。着替えは夢なのでイメージするだけで二秒で完了できた。さすが希ちゃんの扱いには定評のあるなのはちゃんだ。マジで天使だな。あんなふうにお願いされたら誰でも言うこと聞いてしまいそうだ。すずかちゃんとアリサちゃんは苦笑いしながら眺めている。見守ってくれてありがたいと思う。それと同時に罪悪感と葛藤が渦巻く。別に希ちゃんのことをわざわざ教えなくてもいいじゃないかとも考えてしまう。

希ちゃんの足が止まり、何をじっとみつめている。その視線の先はすずかちゃんの耳だ。髪に隠れて見えにくいがすずかちゃんの外観は少しだけ調整されている。ちゃんと質感を本物ようにしたから映えるはずだ。

「どうしたの希ちゃん? 」

「すずかちゃん耳尖って長い。バルカン人? 」

「スタート○ックのス○ックじゃないよっ! ここは中世っぽいから、エルフって言ってよ~ ハーフエルフみたいだけど、希ちゃんだってうさ耳… かわいいね」

……あれを読んでたのか。

「ハーフエルフって何? 」

そのままそれぞれのオープニングの話になった。希ちゃんだけでなく他のメンバーにも設定上の家族がいるのだ。

すずかちゃんはハーフエルフという設定。ノアニールの西のエルフの隠れ里の女王の娘という設定で閉鎖的な里に嫌気が差して見聞を広めるために旅の仲間とバハラタからアリアハン行きの定期船に乗ってやってきた。ところが海の魔物のせいでこの定期船が沈められ帰れなくなってしまった。次の船の予定はない。そこで国へ帰るためにロマリアの通じる洞窟に行くための仲間を求めて待っているところなのだ。このようにドラクエ3では与えられていない仲間の背景を用意した。このゲームは四人のゲームでもあるからそのほうかいいという判断だ。

なのはちゃんはノアニールの村の出身の巨大な魔力を持つ魔法使いの資質を持つごく平凡な少女、家族は桃子さんが宿屋おかみ、士郎さん、恭也さん、美由希さんは高レベルのバトルマスターという構成だ。きっと彼らだけで魔王を倒せてしまうかもしれない。すずかちゃんとは姉を通じて知り合いで、今回のすずかの出奔に付いてきて同じ境遇にある。

平凡じゃないな。

アリサちゃんは生まれはスーの東の名も無き村、名のある大商人であった両親に連れられて交易の盛んなバハラタに移り、成功して船を手に入れるくらいまで栄えた。この定期船はアリサちゃんの両親のものである。

ある日、旅の途中だったすずかちゃんとなのはちゃんと出会い意気投合して仲間に加わる決意をして、アリアハン行きの定期船に二人を誘い帰れなくなったとうわけだ。

「すずかはエルフでいいわね。私のこの世界のパパなんて樽みたいに太ったおじさんよ。元導かれしものだかなんだかしらないけど、牢屋番とか馬車待機要員とか変なあだ名ついてるし、本物はパパはもっとハンサムでカッコイイのに、ママと弟はまあまあね 」

いや君のパパ役はすごい人だよ? ほんとだよ?

「回想みただけだからいまいち実感ないけど、とにかく私はバハラタへすずかとなのははノアニールに一度戻らないといけないのよ。魔王を倒すだけじゃなくて目標があるのはいいわね。じゃあ、早速外に出ましょう。冒険の旅の始まりよっ!! 」

主人公は希ちゃんだが、場をしきるのはアリサちゃん。えらい張り切っている。RPGが好きなアリサちゃんにとっては夢によって実体験に近いゲームができるのは楽しくて仕方ないのだろう。まあ適任か。

「待って、アリサちゃん、武器と防具は装備しないと意味がないんだよ。ウインドウ開かないと」

「すっかり忘れたわ。希、装備出して」

すずかちゃんがお約束の一言にアリサちゃんが返す。モブ人形の出番が一つ失われてしまった。哀れ。彼女たちの前に半透明のガラス板のようなものがでてくる。ドラクエ式ウインドウだ。これでアイテムの交換を行う。道具整理とか道具袋なんてものは存在しません。キャンプと一緒で不便を楽しんで欲しいという俺の想いが込められる。

「みんな終わった? それにしても使いにくいシステムね。持てる数に制限あるし、道具の一括管理とかできないとかちゃんと考えて作っているのかしら」

……

地味に傷ついた。どうやら俺の想いはアリサちゃんには伝わらなかったようだ。アイテムの分配と装備が終わり、制服姿からこの世界にマッチしたファンタジーな姿に変化している。

「そういえば職業は何? 私はパパ役からやたら商人押されたけど、いろんな武器を使える戦士よ」

「私は早く動ける武闘家」

「私、魔砲使い。なんか画面の字が違わないかな? 」

それはあなただけの仕様です。みんなそれぞれらしい選択をしたようだ。最後に希ちゃんが答える。

「遊び人」



「……」

し~んと微妙な空気が流れる。希ちゃんの真意をつかめないようだ。

「だからうさ耳なのね。遊び人って役に立つの? 戦闘では勝手に遊ぶことがあるし、呪文は覚えない。ステータスも低めで運だけはやたら伸びる変な職業で、他の職業から転職できないわけわかんない制限があるし、何のためにあるのかしら? 」

私しかいないと突っ込むアリサちゃん。このゲームについて何も知らないアリサちゃんが与えられてる情報から判断すれば一番使えないから当然の疑問だろう。俺たちが与えた情報はあくまでこのゲームの基礎的なルールと職業別の特性と特技呪文の効果についてなどのファミコン説明書レベルに過ぎない。遊び人がさとりのしょなしで賢者になれることは当然知らないはずだ。当然ググっても出てこない情報である。

「レベル20になってから本気出す」

「???」

みんな首をかしげる。まあそうだよな。

このパーティには勇者はいない。実はこの物語は勇者の娘の遊び人の女の子が主人公なのだ。というかなった。実はサマンオサ国出身の勇者が別にいて旅立ちを済ませている。初期のプランでは希ちゃんに物語の主人公で初期では選べない上位職の勇者にすることも可能であった。しかし、ふたりでいろいろ話しているうちに勇者の役割や性格は希ちゃんには不向きでそれを押し付けるのは違うと考えた。ありのままの姿で楽しんだほうがよいだろうと、他のみんなと同様に戦士、武闘家、僧侶、魔法使い、商人、遊び人、盗賊の中から希ちゃんに選んでもらって遊び人を選んだ。本人曰く一番楽そうだからというのが理由だそうだ。ただこう言っては何だが、にっこり微笑んだり、桜吹雪を見せたり。セクハラしたり。周囲笑わせたりする遊び人は明るくて社交的じゃないとできない。だから勇者とは違うベクトルで向いてないような気がするが、本人が選んだ以上これで行くしかない。

案外やる気のないダウナー系幼女遊び人というのも新境地がみつかるかもしれん。

このゲームはみんなの個性や資質を考慮して職業には全く関係なく特技や呪文が使えるようになっている。そのためなのはちゃんはは最初から呪文が使えるしMPも高い。希ちゃんも遊び人だが、同様にさまざまな魔法を使う。すずかちゃんは身体能力を生かした特技を最初から使える。アリサちゃんも性格を考慮していくつか特技を選んだ。中には固有のものも存在するから彼女たちがどんな反応をするか楽しみだ。

またこちらの独断と偏見で能力値と初期能力と成長値をデザインしてそれがゲームに反映されるようになっている。だから自分の性格や得意なことに合わせて職業を選ぶと強いということだ。

ちからは現実の気の強さや腕力で数値が攻撃力に直結。
すばやさは運動神経や体育の成績で行動順番と数値の半分が守備力に。
たいりょくは現実のスタミナでレベルアップしたときの上昇値の倍くらいがさいだいHPに反映される。
かしこさは魔力資質なので学校の成績とか関係なく呪文の覚えやすさや効きやすさ、威力(0.8~1.2)に。
うんのよさは家庭環境を考慮した数値で敵の呪文の効きやすさに。
さいだいHPはレベルアップのたいりょく上昇値の倍上がる仕組みと職業補正もついてくる。
さいだいMPは現実の魔力量と職業補正。

レベルと必要経験値は選んだ職業で違う。遊び人が一番早く成長して賢者が最も遅い。

ファミコン版の設定を加味しながらかしこさなどはそれぞれの得意なことが活かされるように独自に調整した。

どう反映されるか具体例で挙げるとすずかちゃんは現実で運動神経が高いのでちからとすばやさとたいりょくが四人の中で一番高いし伸びるので武闘家は良い選択だ。なのはちゃんと希ちゃんは魔力資質と魔力量が高いのでかしこさとさいだいMPはそれ相応に忠実に設定した。説明書でダメージ20ポイントの攻撃魔法がかしこさ50くらいだと16にまで低くなるのに対してかしこさ250くらいで24のダメージを与えるので大きな差である。これは敵が強くなりこちらの使える呪文が強くなるほど大きくなってくるだろう。見た目も威力に応じて派手になるように設計してあるからわかりやすくなっている。

もちろんすずかちゃんとアリサちゃんが魔法使い系、希ちゃんとなのはちゃんが戦士系を選んでも支障が出ないように最初からレベルは12~16と高いし、途中で気づいて職業を変えたくなっても先に進めば救済措置を用意してある。

この世界は他のドラクエ世界からネタをいろいろ借用しているのだ。それは進めていけばおのずとわかるだろう。

逆に作りはしたものの実装しないままになっているアイテムやモンスター、ダンジョン、システム、キャラも存在する。当初は世界観は3ベースではあるが強い敵も参加させたいという理由から毒持ちキングコブラ、仲間を呼ぶ軍隊アリ、スリーマンセルマンドリル、二回攻撃のしにがみ、先制5匹ブレスの恐怖ドラゴンフライ、ガーゴイルとのコンビが厄介なバピラス、ピンクの虎のキラータイガー、サマルキラーのくびかりぞく、ロンダルキアの恐怖の四天王痛恨のギガンテス・ザラキ使いのブリザード・メガンテのデビルロード・イオナズンのアークデーモンは凶悪ということでやめておいた。

自分と互角以上で運悪ければパタパタ死ぬ環境で世界を救った三人の勇者の子孫は歴代の主人公たちとは異端の強さを持っているような気がする。レベルを上げればどうにかなる世界とはわけが違う過酷な世界なのだ。

同じ理由でロンダルキアの洞窟も鬼畜すぎる理由で廃案になった。

アイテムではルビスの剣、はかぶさの剣、はしゃのつるぎ、てんまのつえがバランスブレイカーということでデータとして存在するが実装されていない。

キャラクターでは4からザラキマシーンクリフトや裸の大将マーニャ、最強の勇者の子孫三人とかゲスト参加させたかったが、使いどころがないという理由で不採用になった。



システムでは8からテンションシステムは是非使いたいと希望を出した。なのはちゃんがスーパーハイテンションとかカッコ良くね? と考えたのが始まりである。このシステムはためるというコマンドを使うことで5・20・50・100と四段階まで上昇し、呪文や特技の威力が上がるもので、スーパーハイテンションになると紫色のオーラがスーパーサイヤ人のように出る演出が好きで、たとえ効率が悪くてもためてから重い一撃を放つのが俺のマジャスティスなのだが、ギリギリまで検討したものの一部プログラムは残したまま廃止された。

ただその名残としてちからためや気合いためコマンドは4回まで倍率は8倍、会心の一撃には全身からオーラの出る派手なエフェクトが見られ、隠れパラメータとして感情値補正が設定されて強い感情に呼応して呪文や特技の威力がに影響を与えるようになっている。



彼女たちのステータスはこのようになる。



なまえ ありさ 
しょくぎょう 戦士
せいべつ おんな
せいかく おてんば
れべる 15
HP 90
MP 30 


E きぞくのふく
E りぼん


ちから   60 
すばやさ  30
たいりょく 45
かしこさ  50
うんのよさ 150
さいだいHP 120 
さいだいMP 0 
こうげき力 60
しゅび力  41

とくぎ ちょうはつ (敵を引きつける) 

突きとばし しっぺがえし ゾンビ斬り メタル斬り しっぷう突き つっこみ

ちからため 気合いため ほえろ おたけび

性格は「おてんば」か。おとこまさりかねっけつかんもありかな? おてんばという言葉はもう古いを通り越していると思う。二十年前からすでに死語だった。おてんば姫アリーナは古いとネタになっていたような気がする。おまえはキャンディ・キャンディかと。まあアリサちゃんの生態を表すツンデレも異常繁殖しすぎてネタになりつつあるから言葉とはそんなものなのかもしれない。

アリサちゃんは元々の資質としてあの名のある商人の娘ということで商人の才能があり、商人を選んでいれば父親と同じ性能が発揮できたはずだったが、彼女はせんしを選んだ。ただちからとうんのよさが高く伸びやすく特技も戦士系とも相性がいいので間違いではない。せんしは職業特性として力が強く多彩なスキルと攻撃力の高い武器と特殊な効果や防御力が高い防具を装備できる点で優れ敵によって武器と防具を変えることで強さを発揮する。ただし素早さが低いため元々の防御が低く一番の問題は金のかかるタイプであることだろう。

装備したのは

E はがねのつるぎ
E はがねのよろい


である。最初から鋼系を装備させるのは苦労してお金をためてはがねのつるぎを買った時の感動を味わうことができないという意味で無粋であるのは承知だが、ドラクエ3の戦士でレベルに似合った装備という意味ではこれしかあり得なかった。固められたその装備は堅牢でモンスターの攻撃にも容易にしのぐことができそうだ。見た目は無骨で鈍重なイメージではあるが、アリサちゃんが着ることで流れるような金髪がかかりむしろ華やかさが際立っている。城の兵士にも好んで使われる鋭いはがねのつるぎも同様に鋼の重さを感じさせない軽量な印象を与えていた。あえて欠点を言うならば全体的にミニマムで細身で威厳や威圧感が足りていないところだろう。



なまえ すずか
しょくぎょう 武闘家
せいべつ おんな
せいかく おじょうさま
れべる 16
HP 170
MP 40

E きぞくのふく
E りぼん

ちから   60
すばやさ  120 
たいりょく 70
かしこさ  50
うんのよさ 50
さいだいHP 140
さいだいMP 40 
こうげき力 60
しゅび力  86

とくぎ きゅうけつ(敵か仲間のHPを吸い取りHP回復ステータス強化)    まがん(魔眼の力で敵の動きを封じる) 

とびひざげり せいけん突き ばくれつけん きゅうしょ突き すいめんげり かみつけ ムーンサルト 

マホトラ 

しのび笑い

性格はおじょうさまか… 俺があえて選ぶならむっつりスケベを送りたいが、男性用なのでやめておこう。

すずかちゃんは元々の資質としてハーフエルフなので魔法の資質も持っているが選ばなかったようだ。しかし、地力としてちからとすばやさとたいりょくが高く成長しやすく特技は戦士系でもいける。ぶとうかは職業特性としても力が強く足が速いため安定した火力を発揮できるから選択としてはいいと思う。しかも会心率30パーセントと通常攻撃の期待値も高い。武器や防具は軽装だから攻撃力と守備力がそれなりでブレスや特殊攻撃に弱く、多彩さに欠ける代わりお金があまりかからない良い点もある。そのぶんアリサちゃんの装備にお金をつぎ込めるという点ではバランスが取れているかもしれない。

装備したのは

E てつのつめ
E ぶとうぎ

である。ファミコンならあとはまほうのビキニやほしふるうでわを装備すればラストまでこの格好のスタイルだ。もちろんそれだけはつまらないので、スーファミ仕様の女尊男卑防具やほのおのつめやキラーピアスも用意されている。髪は左右でお団子に束ねられ中国風の赤い拳法着は手首と肩と膝にウロコのようなプロテクターがついて強者を象徴するかのように胸に龍の文字の書かれている。右手には3本の長いカギ爪の付いたてつのつめが鈍く輝いていた。これで背丈があって足や手が長くて太ければいいのにね。武闘家にしては華奢に見える。



なまえ    なのは 
しょくぎょう 魔砲使い 
せいべつ   おんな
せいかく   ねっけつかん
れべる 14
HP 75
MP 999     

E ぬののふく
E くろいりぼん

ちから   30 
すばやさ  30
かしこさ  255
たいりょく 30
うんのよさ 50
さいだいHP 60
さいだいMP 999
こうげき力 30
しゅび力  50

とくぎ ひらてうち(敵をひるませる) ほほえむ

    メラ ヒャド ギラ ベキラマ マダンテ ボミロス スカラ    スクルト ルーラ リレミト  

    気合いため ちからため


性格はねっけつかん。ごうけつあたりでもいいかもしれない。

なのはちゃんは元々の資質としてかしこさとさいだいMPに優れて強力な攻撃魔法をいくつか使える。この数値は敬意の表れでさいだいMPに関しては見た目は999だが実際はファミコン版の限界値に達しているから恐ろしあ。魔砲使いは正しくは魔法使いであるなのはちゃんだけそのように表記される仕様だ。多彩な攻撃魔法を高威力で使う得意だが回復魔法は使えず他の数値は残念なことになっている。

E まどうしのつえ
E みかわしのふく
E くろいりぼん

赤い宝玉が先端についた杖はMPを消費せずとも火炎魔法メラを使うことができるが、残念ながらなのはちゃんから使われることはないだろう。全身緑色で頭をすっぽり包めるフードのつきでやや厚みのあるゆったりとしたみかわしのふくは白を基調としたイメージの強いなのはちゃんにはややミスマッチといえるが、古典的な魔法使いの衣装としてはむしろ正統派といえるかもしれない。くろいりぼんはフェイトちゃんと交換した思い出の品でデイン系に耐性がついている唯一の装備品だ。

「なのは、マダンテは間違っても使ったらダメよ。MPが設定限界の六万五千五百三十五を越えているからこの世界が消滅のするわよ。なのはのマダンテはすべてをゼロに還して時空すら歪めるわ。それだけじゃない隣接した勇者の名前とレベルで記録された他の2つ平行世界まで巻き込むから気をつけなさい。兄弟とかいたらただじゃ済まない。過去に多くの人がなすすべなく崩壊する世界を眺めながら阿鼻叫喚しながら、涙を乗り越えて最初から物語を始めたものよ」

な、なんて恐ろしい呪文なんだ!! 俺も世界崩壊のさまを3度ほど経験してる。思い出すだけであの世界崩壊の音がトラウマを呼び起こす。

おきのどくですが
ぼうけんのしょ1ばんは
きえてしまいました。

うがああああああああああああああああ~。

それってバグじゃん! これはマダンテの呪文の性質としてさいだいMPがダメージに換算されるから起こったのか? これなら復活の呪文のほうがよっぽとましだよ。液晶と違って構造的に丸みを帯びたブラウン管は文字を歪めてよく書き間違いのトラブルを起こしたもの、ビデオ録画という手段で解消できていた。また現代は携帯デジカメ撮影でより手軽にできるので復活の呪文を書き間違えることはなくなったから安全性は確保されているのだ。

(時間足りなかったわ。他にもバグはあるかもしれないからその都度修正していくわよ)

これはしょうがないか。通常のゲーム制作は数ヶ月はかかる。それを一ヶ月だからある意味仕方がないのかもしれない。致命的なものがないことを祈るだけだ。幸い進行しながら修正することはそんなに難しいことではないらしい。イベントを追加するのも簡単なことらしい。

なまえ のぞみ 
しょくぎょう 遊び人  
せいべつ   おんな
せいかく   なまけもの 
レベル 12
HP 55
MP 999     

E ぬののふく


ちから   10 
すばやさ  20
かしこさ  255
たいりょく 20
うんのよさ 30
さいだいHP 20
さいだいMP 999
こうげき力 10
しゅび力  15

とくぎ ものまね(敵か味方のどんな技でも真似をする MP消費しない) 

パルプンテ ホイミ ベホイミ めいそう ねる ザオラル ザオリク メガザル アストロン モシャス ぶきみな光  

希ちゃんは元々の資質としてかしこさとさいだいMPがなのはちゃんクラス、違いは回復蘇生魔法が得意でやや僧侶寄りであるだが、他のステータスは非常に残念だと言わざる得ない。それに遊び人でなまけものなんてマイナスイメージしかない。さらにレベルも低く経験値が足りない。ただ経験を積んでいない分レベルは上がりやすいので後が期待できるだろう。大器晩成型できっとそのへんのにわかじゃ相手にならんはずだ。遊び人は職業特性としてうんのよさが高く伸びる可能性があり必要経験値が低いため、資質的に低いうんのよさを伸ばしながらレベルを早く上げられる点では良かったかもしれない。転職してないのにすでに賢者に覚醒している気がするがそれは主人公補正というものだろう。

装備は

E てつのやり
E みかわしのふく

となのはちゃんとみかわしのふくはお揃いである。すごくうれしそうだ。仲の良い友達と同じ格好をしたい気持ちはなんとなくわかる。同じような格好ではあるが受ける印象は全く違う。白い肌と艶やかな黒髪が神秘的な雰囲気を醸し出していたが、てつのやりはつえみたいに持ち方をされてやや台無し感がある。さらにうさ耳が妙なマッチングしていた。遊び人あることを主張しているという意味では正解かもしれない。それにクールで物静かなキャラにうさ耳をつけるのもそれなりに需要はあるはずだ。

??

需要って何だ?



(ちなみにあなたは年齢……じゃなくてレベル25のまほうつかいで性格はむっつりスケベ、さとりのしょじゃなくてエッチな本で賢者になれるわよ)

嫌なこと言うなっ! 俺がまほうつかいなんて濡れぎぬだ。ただ玄人多めなのは認める。でも仮免じゃなくて高校の時に本免許をちゃんを取得したぞ。どちらかといえば戦士の方だ。それにむっつりスケベはセクシーギャルには劣るけどステータスの伸びのバランスがいいんだぞ。



パーティの順番はアリサちゃんすずかちゃんなのはちゃん希ちゃんになった。後方に来るれば来るほど敵の攻撃を受けにくいからこの順番でいい。ただこの並び方は序盤ならば問題はないが、中盤・終盤ならこの順番には合格点は与えられない。なぜなら他のRPGならばともかくこのゲームはファミコン版ドラゴンクエスト3をベースしているので×だ。いつ気づくか楽しみである。

パーティの役割はすずかちゃんかアリサちゃんがメインアタッカーでなのはちゃんは攻撃魔法を打ちまくり、希ちゃんは唯一回復役であるため、この子が倒れたらパーティは回復手段がなくなるため瓦解することになる。希ちゃんのHPの低さはこのパーティ最大の弱みだ。まあ有効な方法はあるし、レベルが上がれば解消されるはずだ。

「一通り揃ってるし、今はわざわざ買う必要はなさそうね。ウインドウ開いて武器と防具は装備したわね? 」

「うん、じゃあ次はどこに行けばいいのかな? 」

「町の外じゃないの? 目的はこの国から外に出ることだから、城を出て次の村まで行けばいいでしょ? 」

希ちゃんたちは門をくぐり外にでる。外は明るい太陽と草原が広がり、遠くには海や山が見えた。その海のさらに先には塔がそびえたち橋も見えている。夢とは言え臨場感は抜群。みなそれぞれ景色に圧倒されているようで、口を開けてポカーンとしている。驚きながらも、草原を歩き橋を渡り村を目指す。

しばらくすると黒い影が走るようにいくつも近づいていた。どうやら最初の戦闘が始まるらしい。

「何か来るよっ! 」

一番早く気づいたのはすずかちゃん、すぐに身構える。アリサちゃんたちも反応して戦闘体勢を取る。希ちゃんだけまだぼーっとしていた。

現れたのはスライム3匹とおおがらす2匹。

彼女たちはひるんだ様子はない。特にアリサちゃんはやっと来たと言わんばかり表情をしている。彼女たちの目の前には透明のウインドウが出てコマンドが並ぶ。この中からコマンドを選ばない限り時間は動かない仕組みだ。この世界のモンスターはすべてコマンド入力式ターン制に支配されている。それはなのはちゃんたちも同様でその支配には逆らえない。そして、これこそがこの世界の最大の楔だそうだ。

「なんか可愛いね。戦うのはかわいそう」

「なのは! 見た目に騙されないの。ゲームなんだから、蹴散らすわよ。最初は私で攻撃を選択、すずかも攻撃を選んだわね。なのはは高威力のグループ魔法ベギラマを使って。どうせ使い切れないわ。そうね。希はものまね使って」

「うんっ! 」

アリサちゃんに勇気付けられるように、すずかちゃんとなのはちゃんは声を上げて答える。あの、主人公希ちゃんだよね?

「行くわよっ! 」

「やあ!! 」

「え~と、これかな? ベギラマっ! 」

「まごまご」

……それはマネマネだ。

スライムとおおがらすは霧になって消えた。

ドラクエ式のターン制とはいえ敵に攻撃する猶予すら与えない。レベルが違いすぎる。素早いすずかちゃんの先制攻撃になのはちゃんのグループ魔法攻撃でほぼ全滅されて、最後のアリサちゃん攻撃で討ち取りワンターンキルだった。レベルと装備的には当然の結果と言えるし、序盤からベキラマはやりすぎだったかもしれない。しかもMPが多すぎるのでベキラマだけ打ってても問題はないのでヒャドとイオはともかくギラとメラの出番が無くなってしまった。せっかく専用エフェクト用意したのに無駄になってしまうかもしれない。

経験値とゴールドが手に入る。

「やったわねっ 楽勝、楽勝」

「うん、初めてだったから緊張したけど、なんとかなるもんだね」

「ふ~」

「まごまご」

まだやってたんだ…

君らいくらゲームとは言え適応力高いね。もう少し戸惑うと思ったよ。大きさもそれなりだから圧迫感とかあると思うんだけど、全然怖がらないし、肝が座った娘たちだなあ。ただ最初の敵はマスコット的な可愛さのある敵も多いから、女の子的にはあまり戦いたくないという心理がわからなかった。ももんじゃとか出さなくて正解だったかも知れない。あれは可愛いすぎる。

希ちゃんはまごまごしてないでもう少しがんばろう。攻撃するときちゃんと敵を見なかったり、敵の攻撃ひるんむと感情値が下がり、ミスする確率が上がるペナルティがあるから気を付けないとね。ダメージも夢とはいえ軽く痛みを感じるようにできてるから、この先が心配だ。ゲームではあるが意味はそれなりに意味があり、夢の世界で戦えない希ちゃんが黒い影の戦いに対する恐怖に慣れるためでもある。

ここでは勝てないと思うとどんな敵にも勝てないし、勝てると思うとどんな敵にも勝つことはできる精神力の世界なのだ。

本来なら希ちゃん>カナコ>越えられない壁>俺>黒い女、バーチャプレシア、ジークフリード>黒い影、なのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんという図式になるのだが、希ちゃんが虐待の影響で染みついた恐怖感がそれを崩れてしまっているのだ。ちなみにここでのヒエラルキーの頂点はカナコである。カナコだけがこの世界のすべてを見通し、あらゆる場所に存在し、ターン制に縛られない。

その後も数回戦闘を行ったが、希ちゃんをかばいつつ、ダメージは希ちゃんが回復しながら危なげなく先へ進み中継地点のレーベの町に着いた。

「着いたわね。さっそく情報を集めましょ? 次のところへ行くヒントがあるはずよ。ついでにお店もみたいわね 」

勇者たちは村人に話しかけながら情報を集める。ついでにタンスや壷を割るのも忘れない。なのはちゃんとすずかちゃんは「いいのかなぁ? 」とやや引き気味だったが、アリサちゃんはお約束を心得ているので遠慮がなかった。希ちゃんはタンスこそ一緒に漁っていたがなぜが壷の割れる音を聞くと耳を塞いで丸くなってしまった。

「どうしたの? 希ちゃん? 」

心配そうななのはちゃんの声、アリサちゃんも手を止めて何事かと見つめている。



俺にはわかった。そうか、割る音に反応したんだな。日常生活でこの音を聞くのはレアで、俺の時も数える程でカナコに言われなければ症状には気づかなかったくらいだ。

(早かったわね。じゃあ封印を解放するわよ。土の封印、リリース! )

ここでかっ! 予想外だよ。台本を書いたのは俺だが、どこで封印を解放するかを決めるのはカナコの役割になる。最初はカンダタあたりだと予想してたが外れてしまった。



急にすべての景色が変わり、古い家屋に姿を変える。ひどく散らかった部屋だ。ビール缶、ウイスキーボトル、一升瓶があちらこちらに散らばっている。部屋の住人の荒れた生活環境を思わせた。黒い女のシルエットが瓶をラッパ飲みしている。

ここは希ちゃんがおかーさんと二人暮らしをしていたときの部屋なのだろう。

黒い女は飲み終わった瓶をおもむろに降りかぶると壁にめがけて投げつけた。瓶はものすごい音を立てて粉々に砕け、それと同時に頭を抱えていた希ちゃんはひくっと小さな身体を震わせる。

(思い出したわね。希? )

カナコの声は硬い。恐らく緊張から来るものだろう。カナコにとって希ちゃんは生きる目的そのものだ。それほど大事な希ちゃんにつらいことを強いているのだから、その気持ちは十分わかる。

(あなたも思い出した? )

っ!!

心の中に声が響く。耳障りでイヤな声だ。いったい誰だよ。俺の一番嫌い奴の声色を真似ていて嫌悪感しかない。

黙れよ。

ああ、俺も思いだしたよ。錯乱して百合子に皿を投げつけた場面を…

でも今は希ちゃんの大事な場面なんだ。おまえの声に耳を貸している暇はない。俺のことはどうだっていい。右手の封印に力を込める。封印は赤黒く光りうっすらとではあるが熱を持つようになった。右手が熱いッ!! よし!これでいい。収まった右手に安堵しながら痛ましい様子の希ちゃんに視線を向ける。

「平気? 」

「うん… 」

心配そうに声をかけるカナコに希ちゃんは丸くなって顔を伏せたまま小さくつぶやいた。

(なのはたちに聞いてもらう? 聞いてもらえば楽になれるわよ)

なのはちゃんたちを連れてきたのは希ちゃんのつらい想いを一緒に受け止めてもらう意味もあった。話を聞いて共感してくれる人間がいることで心を癒すことができる。

「いいよ。まだ始まったばかりだもん。我慢できるよ」

(黒い影はなし。土の核消滅。最弱とはいえ実体化もしないなんて、よく堪えたわ上出来よ。希、本当に偉いわっ! )

カナコは本当にうれしそうにやや興奮気味に喜ぶ。封印の解放はイヤな記憶を思い出すこと、それは精神に負担をかけ心がマイナスに傾き黒い影を生み出すことになるはずなのだが、それがなかった。

ということは思い出してもマイナスに傾かないだけの心の強さを希ちゃんが持ちつつある証明にほかならない。

この子も成長しているのだ。

(ところでカナコ、なんでなのはちゃんたちにはさっきの見せなかった? )

打ち合わせのときはそう話していたはずだ。

(あなたの顔を見て変更したのよ。元々土の封印は命の危険は少なかった体験だから思い出したところで負担は少なかったのはわかってたの。だから順番を変えてなのはたちに知らせなくてもいいならそうしようと思っただけよ。試練の設置場所もなるべく後になるように変えたから ……って何よその驚いた顔、だけど次の封印からはそうはいかないから。ゲームは手段であって目的じゃないんだから)

そうか俺の意を汲んでくれたわけか。こういうところはいいやつだよな。

(ありがとな)

自然と言葉が出る。今度はカナコが驚く番だった。

(ふ、ふん。殊勝じゃない)

目を逸らして照れる。なのはちゃんたちに同情してもらうためにやっていることは褒められることではないが、ここだけ見ると可愛げがあるかもしれない。



場面は再びゲームに戻る。なのはちゃんたちは不思議そうな顔で希ちゃんを見ていた。

「どうしたの? 」

「何でもないよ」

すずかちゃんの問いかけにそう答える希ちゃん、周囲に気を使えるのはグットだ。おにいちゃんとしてはすごくうれしい。全部これで済めば一番良いのに、心からそう思う。つらいときは話してもいい。でもお互いのことを思うなら友達といえどすべてを知らなくてもいい。

そして、俺とカナコは俺たちのエゴのために希ちゃんの過去を暴き、友情に泥を塗る行為をこれからしようとしているのだ。そんな俺たちをよそ目に彼女たちは楽しそうである。

「アリサ、私もやる」

壷を持ち上げると壁に叩きつけた。不快な音はせずどこか打楽器のような心地よい音がする。この音が希ちゃんを苛むことはもうないのだろう。

アナウンスが流れる。

つぼまじんを倒した。レベルアップの音が聞こえる。

「今の敵を倒したの? こんなことでレベルが上がるのかしら? 」

「きっとレベルの高いつぼまじんだったんだよ」

このつぼまじんはカナコが用意した土の封印を解除したときの寄り代になるモンスターだったようだが、希ちゃんが堪えて見せたので戦うまでもなく壷を壊しただけ倒されてしまった。毒消し、やくそう、キメラの翼などを数個づつ手に入れて情報収集を続ける。

集まった情報は「レーベの村へようこそ」「おお勇者様タンスの中身はどうぞ旅にお役立てください」あまり意味のないものも多かったが、次の目的地のロマリアに行くためには「スクワイアの鍵」と「ミッドチルダ式のたま」がいることはわかったようだ。そして、鍵を持つ者は塔の最上階で待っている。

なじみの洞窟の敵は外より強く生理的嫌悪のある人間サイズ蛙や蜂が出るから怖がると思ったけれど、最初だけですぐに適応してしまった。すでに戦う行為そのものに慣れいっぱしの冒険者のような雰囲気である。

序盤からベキラマとイオを使えるためグループで出てこようと楽勝だった。作り手の視点で見るとなのはちゃんはヒャドをたまに使うことはあったが、メラとギラだけはわざわざ使う理由がないので、せっかく作ったエフェクトを一度も見ることはないかもしれない。なんだかもったいない。

洞窟を抜けてなじみの塔にたどり着いた。ここで待ち受ける敵もたいした驚異にはならない。登るのを楽しんでいるようだ。楽々と最上階に到達して、ユーノ君からこの鍵をもらいにくるものの夢をみたと言われてスクワイアの鍵をもらった。本来は飛び降りて外に出てキメラの翼を使うのが一番早いのだが、高いところから飛び降りるのは抵抗があるようで、リレミトの呪文を使って脱出した。その鍵を使って閉ざされたドアを開けて待っている人から「ミッドチルダ式のたま」をもらうことができた。

ロマリアへ向かう準備ができた。

「このまま行けるかな? 」

「そうね。どんな敵が出るか知っておきたいし、ダメそうだったら途中の村に戻りましょ」

この洞窟から少々難易度が上がる。敵も強くなり絡め手を使う敵も多くなるし、階段を上ったり下ったり、行き止まりもあるし裂け目をうまく使わないと次の町まで着くことができない。また、待ちかまえる敵は体力と防御と攻撃力が高く、魔法が効くにくいさまよう鎧、回復するホイミスライム、毒攻撃のバブルスライムなど立ち回りや準備に工夫が必要になってくる。

「コイツ固いわね。一撃じゃ倒せないときがある 」

「どうしよう魔法が効かないよお 」

「毒受けちゃった」

少々手こずっているようだ。ここは毒消しが少ないとすぐに足りなくなり大変なことになる。幸い用意周到な彼女らに余念はなく毒消しを多めに揃えていったので問題はなかった。こうして敵も段階的に強くなるように設計されている。

ほとんどワンターン以内でケリをつけ洞窟を進んでいく。ここで一番てこずったのは裂け目にわざと落ないと先に進めないところで、落ちるときにはさすがに抵抗があったようだ。難なく飛び降りたのが上空から飛び降りても割と平気な鉄の心臓のなのはちゃん、次が身体能力に自信のあるすずかちゃん、アリサちゃんと希ちゃんは同順で時間がかかった。夢のときに感じる落下感に肝を冷やしたようである。苦労しながらロマリアへの道を塞いでいる壁の前に着いた。

「はあ~ やっと着いたわね。落ちるときのあの感覚嫌になるわ」

「えっ!? アレ気持ちよくない? 」

なのはちゃんはアースラから飛び降りて以来、個性的な感覚を持つようになったようだ。降下訓練とか途中でアクシデントや気絶したり下手したら死ぬんだけど、これが戦闘一族高町家の血筋なのかもしれない。

「なのはちゃん… そ、そういえば、ここでミッドの玉を使うんだね。この穴かな? 」

わかりやすく話題を逸らすすずかちゃん、でかい石壁にくぼみが用意されている。ミッドの玉をはめると玉が光った。あわててその場から離れる轟音と共に壁にひびが入り崩れていく。その演出を耳を塞ぎながらみんな眺めていた。

「くっ、んんっ、耳がキーンってするわ」

耳を押さえて堪えるアリサちゃん。火薬の量が多かったのかもしれない。ミッド式の玉になのに火薬を使うとはこれ如何に? こうして旅の扉にみんな目を回した以外は危なげなくロマリアにたどり着いた。

さっそく情報を集める。ロマリアはやや小規模な町並みではあるが、モンスター闘技場があるのが大きな特徴だ。一部アリアハンで使った家素材や家具もあるがカラーリングや模様を変えることでうまく誤魔化せているだろう。ここの王様はうちの理事長、ギャンブルが好きで金の冠をかぶっている。大事な金の冠をスクワイアの発掘団に盗まれてしまうが、たったひとりで電撃魔法を使う金髪の勇者に倒されてしまったそうだ。こっちの勇者は仕事が速いようで何よりです。

「ライバルがいたなんて 」

「金髪で雷撃魔法を使うって、ひとり? アルフさんは? 」

「燃えるわ。負けてられないわね。私たちもどんどん先に行くわよ」



ますます気合が入るアリサちゃん、北上してカザーブの村へ向かう。ここのエリアに出現するアニマルゾンビは見た目グロくて怖いので少々抵抗があったようだが、適応力の高い彼女たちは数回繰り返すうちに近接でも平気になった。希ちゃんだけは最初からグロいのも平気なようでやりでチクチク突いて攻撃していた。着く頃には夜だったので町の住人の姿はなく、ちょうどいいタイミングだったのでどくばりを拝借する。

「黙って持っていっていいのかな? 」

「いいんじゃない? ゲームだもの。あんなところにあるなんて持って行ってくださいっていっているようなものよ」

「ふふふっ。どくばり、なのはちゃんがぷすって急所一撃、ふふふっ」

なのはちゃんは良心がとがめ、アリサちゃんはゲームだと割り切っているようだ。希ちゃんはちょっと怖い笑顔でどくばりの先端を眺めている。すずかちゃんはそんなのぞみちゃんにびびっていた。どくばりの効果はてきめんでダメージ1しか与えられないことに最初は抵抗を感じていたが、なのはちゃんが急所を一撃で刺して倒したときすぐに使えると判断して戦術として組み込んだ。まどうしのつえは希ちゃんが持つことになった。これで敵によってはメラで攻撃できる。しかし、早速道具として使われたもののメラだけにしょぼいエフェクトの呪文だった。

宿屋に泊まり、次の朝、町を出る間に情報収集をすることになった。

「どこかに ねむりのむらが あるなんて しんじられないよ。」
「だからね そのむらは エルフをおこらせたために むらじゅう ねむらされたわけ!」
「うわさでは ノアニールのにしの もりのなかに エルフたちが かくれすんでいるそうです。」

村の住人からは重要な話が聞くことができた。ひと通り聞いて回ったので話し合う。なのはちゃんの故郷に異変があったらしく、その原因がすずかちゃんの一族のエルフにあるというのだから話は複雑だ。

「もしかしなくても、私となのはちゃんに関係があるよね。何があったのかな? 」

「ゆめみるルビーとゆるされない恋、エルフの女王とめざめのこな… 」

「えっ? なにそれ? 」

希ちゃんはあっさりネタ晴らしするがなのはちゃんたちには伝わらなかったようだ。希ちゃん単語だけ言っても知っている人しかわかんないよ。誰がどこでいつ何をしたかを伝えないとね。

「まあ考えてもしょうがないわ。村に行って確かめればいいじゃない」

「そだね」

アリサちゃんが指針を示し、なのはちゃんはそれに同意する。

そして、このパーティの目的のひとつノアニールに着いた。

この町にはなのはちゃんの一家が住んでいるが、ある事件が発生して村は大変なことになっていた。不思議なことに村の住人は立ったまま眠りについているのだ。その中には桃子さんや士郎さんの姿があった。なのはちゃんは悲しげな顔で眠ったままのふたりをみつめていた。

「お父さん、お母さん… あれっ!? お兄ちゃんとお姉ちゃんは? 」

「お姉ちゃんも居ないみたいだし、恭也さんとお姉ちゃんは人間とハーフエルフの恋人同士だから、エルフがこんなことするのはきっと訳があるんだよ」

なのはちゃんとすずかちゃんは恭也さんと美由希さんと忍さんがいないことに気がついたようだ。旅立つ前にすずかちゃんとなのはちゃんはふたりと忍さんに見送られているから姿がないのはおかしいことになる。村中をさらに歩き様子を見て回る。唯一生き残った住人の話ではエルフの秘宝ゆめみるルビーをこの村の住人が持ち出したまま行方不明だという。まだおぼろげではあるが村に何か起こり、その原因はいなくなった三人にあることがわかってきた。すずかちゃんとなのはちゃんが難しい顔をしているなか、希ちゃんは立ったまま目をつぶり村の住人に溶け込んでいた。

「私、ここの住人になりたい」

「ちょっと希、こんなところで寝ないの! とにかくエルフのかくれ里に行ってみましょう! 」

寝ている希ちゃんをガクガクとゆらすアリサちゃん。希ちゃんは嫌そうな顔で睨む。

「アリサ、揺らさないで、急ぎすぎ、私休みたい」

「まだカザーブからほんの少し歩いてきただけじゃない。なのはたちのことが気になるでしょ? 行くわよ」

「う~ なのはちゃん、わかった。でもそろそろぼうけんしょ。エルフのさとはルーラじゃ行けない」

しぶしぶながら返事をする希ちゃん、アリサちゃんもだいぶこの娘の扱いがわかってきたようだ。希ちゃんは希ちゃんでたどたどしいながら的確な提案をしている。

「そうね。でもあの呪文の飛ぶ感覚苦手だわ。ロマリアがいいわね」

こうして再びロマリアに飛ぶ。ここの城は王様との距離が近いので拠点にしやすいが、カンダタ以降は毎回王様になれと進めてくるので避けている人が多いはずだ。それにちょっと遠くてもイシスの女王様の方が気分的にはいい。

「よくぞ きた! ゆうしゃヨウイチの うわさは ききおよんでおるぞよ。
ありさが つぎのレベルになるには あと12の けいけんが ひつようじゃ
すずかが つぎのレベルになるには あとの100けいけんが ひつようじゃ
なのはが つぎのレベルになるには あとの120けいけんが ひつようじゃが、もう じゅうぶんに つよい! それいじょうつよくなってどうするつもりじゃ?
のぞみが つぎのレベルになるには あと1の しゃかいけいけんが ひつようじゃ 」

なのはちゃんが難しい顔をしている。

「やっぱり! なんで私と希ちゃんだけ違うのっ! なんか十分強いとか言ってるし」

二回目で気づいたか。それはもちろん魔力と魂のことを言っている。ただ巨大な魔力を生かす武器や呪文がないという意味で、今の肉体は未熟でまだまだ伸びしろがあるということだ。

「そなたらの たびのせいかを この ぼうけんのしょに きろくしても よいかな? 」

はい ←
いいえ

「しかと きろくしたぞよ。」

「どうじゃ? また すぐに たびだつ つもりか? 」

はい
いいえ←

「では しばし やすむがよい! また あおう! のぞみよ!」




作者コメント



間空けて申し訳ないです。次回は早めに更新予定。
また長くなったので前後編に分割します。



[27519] 第四十二話 トラウマクエスト そして最終伝説へ… 後編
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2013/03/09 22:08
第四十二話 トラウマクエスト そして最終伝説へ… 後編


エルフの里へ行く前にロマリアの王様に話しかけリセットボタンを押しながら電源を切った希ちゃんたちは目を覚ました。一度現実に戻るのは疲労具合や安全に帰還できるか検証するために必要な作業である。いざというときは強制的に覚醒させることも想定しているからだ。カナコの様子を見る限り問題はなさそうである。時計の針は三時。みんなが寝たのは11時くらい。三時間は普通に睡眠を取り、二時から開始したから時間はさほど経過していない。

「結構長い時間ゲームやったような気がするのにね 」

(シンクロの魔力を調整して、時間の情報を錯覚させているのよ。十倍くらいは余裕)

シンクロってすごいな。そこまで認識を錯覚できるものなんだ。夢の中とはいえ世界のルールを思うがままに変え、他人の認識にも影響を与えるのだから無敵だ。魔法に限らず見たい夢を自在に見ることも可能な人もいるから羨ましい話である。

特に悪夢に悩まされている身としては切実だ。

同じ夢を何度も見るってことは心が病んでいるからかもしれない。この半年で義母から精神的にいびられる夢、家を追い出される夢、拷問で殺される夢、ふられる夢、髪は死んだと告げられる夢、母親から刺される夢、二度目の交通事故の夢を順番に繰り返し見るものだから精神的にきつい。あの日から一日として例外はない。しかも、頭で夢だとわかっていても何もできない。ただ体験するだけなのだ。特に拷問死ぬ刺される系の三つの夢はしんどい。

義母に拷問される夢はぶっちぎりでトップ。精神的にも肉体的のも蹂躙されてただ過ぎ去るの怯えながら待つだけで何かを語る気さえ起きない。おかげで他の夢がまだましに思える。

二位は母親に刺される夢、痛みはあったが、どちらかいえば実の母親に怒りを感じる。裏切られたというか。こんなことすることが有り得ない。

三位は事故で死ぬ夢。肉体の痛みはかなりある。しかし、俺がカッコ良いので少しだけ嬉しい。突っ込んでくるトラックと楽しげに笑いながら通学している小学生の集団に気づいてとっさに体が動き自分でも驚く手際の良さだった。夢で何十回も追体験してわかったことけど、本当に音が消えてモノクロになり周囲の時間がゆっくりになるんだなアレ、しかし、自分が避けきれないで死ぬところもスローだったからいい事ばかりとはいえない。死ぬおよそ一秒先で感じた時間はさらに時間が濃縮されザ・ワールド時も俺も止まるだった。いっそ早く動けと思ったくらいだ。その後、そして時は動き出し車と衝突して意識が飛んで激痛で目を覚まし、救急車の中から病院に運ばれるまで俺は痛すぎて笑っていた。薄れゆく意識のなか痛みだけが俺の意識を繋ぐ。何度も経験してようやく聞こえた声や目に入った映像でわかったが、救急隊員やドクターは笑っている俺にドン引きだったようだ。 

今になって考えると笑っていたのは痛みだけではなく、なじみのある死の感覚に運命の皮肉を感じたのだと思う。そして、家族にわびながら未練なく信じられないくらい穏やかに死んだ。しかし、不思議ことに死ぬ間際に考えたことや想ったことは今の俺だと首をひねるというか理解ができず他人事のように感じられた。特に浅野陽一の母親に関しては少しでも許そうとした自分に怖気が走る。なんで我が子を刺すような真似をして許そうなんて考えたのだろう。

あれはただの気の迷いだったのだ。

許してはいけないのだ。

許す必要は全くないのだ。

許せない。

許さない。

黒い右手の痣がしびれるように疼き、蛇のような形がくっきりとした輪郭が浮ぶイメージが伝わってきた。穴あき革手袋で封じられたままなので直接見ることはできない。蛇の目は赤く閉じられたまま。それに服がやたらきつい。

(そうよ。それでいいの)

(駄…だ、耳を……な)

俺を肯定する心の声と途切れ途切れの誰かの声が聞こえる。途切れた声はジークだった。呼びかけるが返事が無い。俺に負けないとか言ってたくせに適当な奴だ。こころなしか奴の存在が塗りつぶされたように希薄になっている。さっきまで注意深く気配を辿ると背中についている感覚が確かにあったのだ。代わりに右手の鈍い痛みと存在感が増している。

「ちょっとお手洗いに行ってくるね」

なのはちゃんのその声で現実に返る。俺も夜中に目が覚めるといけないので、念のために一緒について行く。室内は空調が効いているとはいえ、これだけ広くて長い廊下は冷える。なのはちゃんとお互いに寒いねと言いながら帰ってくるとアリサちゃんとすずかちゃんはガラスの水差しに用意された地下水から汲んだ水を飲んでいた。最新機器で浄水滅菌処理は行われているから心配はない。この屋敷には昔のなごりとして古井戸がある。さっきトイレに行く途中にも見かけた。たまに祖父が早朝寒水修行をやっているらしい。あまり想像はしたくないが、ほかにも豊富な水量の庭園の池や各種水回りにも同じ地下水が使われているそうだ。

再び布団には入り横になり目を閉じる。右からなのはちゃん、希ちゃん、すずかちゃん、アリサちゃんと並んで眠る。

「早く眠れるといいな 」

首だけ傾けてすずかちゃんが心配そうにそっと話しかけてきた。さっきはこの子が一番寝付くのが遅かったからだろう。やはり夜の一族は夜行性で真夜中に活発になる遺伝子でも組み込まれているのかと他愛のないことを考えているとカナコが代わりに返事をした。

「心配ないわ。暗示ですぐに眠たくなるから。そ~れ、あなたはだんだん眠くなる。犬でも数えましょう。パトラッシュが一匹、二匹」

それって死ぬんじゃねーの。

「魔法って便利だね。お姉ちゃんの使う暗示みたい。ホントだ、眠く… 」

布団で口元を隠しながらくすくすと笑っていたかと思うと、ぷちんと電源が切れたように急に声が途切れるすずかちゃん。暗示をかけて始めて数秒で寝てしまった。カナコの暗示魔法はリンディさんには禁止されているが、このくらいならば問題ないはずだ。でも確かに悪用されれば恐ろしい魔法といえるかもしれない。魔力が無くても有効で、遠距離も可能なのだから汎用性が高く、効果はすずかちゃんを見ての通りである。古い記憶に夜の一族は秘密を知った人間に対して、記憶を消す暗示を使えると言っていた。プレシアもアリシアちゃんの肉体から記憶を引き出しフェイトちゃんに植えつけていたし、思考捜査というレアスキルだってそうだ。暗示や記憶に関する魔法や技術は結構ありふれている印象がある。

俺は舞台裏のデバックルームへ希ちゃんたちは真っ暗な画面にコマンドだけ出ている場面に移った。

ぼうけんを始めますか?

はい
いいえ ←

「いやいや、始めなくてどうするのよ 」

ぼうけんを始めますか?

はい
いいえ ←

かれこれ十回以上繰り返す。ここから先は根比べだ。世界のごく狭い国で行われる三大宗教の一つの偉い人を決めるときが確か… やめとけと自分自身に言い聞かせる。偽の俺が最初覚醒したとき知らない天井だと言いそうになったときの感覚と同じだ。前に劉さんからバチカンの現老魔法王には手を出すなって言われてたけど、生前も今もニュースとかほとんどみないから、世界のことはさっぱりだわ。 

「いい加減にしなさ~~いっ! 」

ありさの こうげき!
のぞみは 1のダメージをうけた!

こんなところでシステムコマンドをいちいち入れんでも。

「アリサ、痛くない 」

ぺちんと可愛い音が響き、希ちゃんの抑揚のない返事が返ってくる。頑なにいいえを選択しづづける希ちゃんの後頭部にアリサちゃんから指導が入った。叩かれた部分に手を当ててぼーっっとしていた希ちゃんはゆっくりと振り返りまっすぐ向き合いニコニコとしてアリサちゃんと視線を合わせる。

「何で笑ってるのよ? 」

「アリサのは痛くない」

「なんなのよ。もう~」

嬉しそうな希ちゃんの不可解な反応にアリサちゃんも戸惑う。対抗するだけだった心境が少しずつ変化しているように見える。気づいているかアリサちゃん。希ちゃんは今君の目を見て笑ったんだぞ。カナコは小さな手を顎に当てて少しだけ驚いていた。

「こんなに早く。でもこれは… まさか」

アリサちゃんの何かが希ちゃんの琴線に触れたのかもしれない。ただカナコは言葉は何かを懸念するようで表情は憂いを感じさせるものだった。



希ちゃんは今度は「はい」を選び、「ばうけんのしょ1 のぞみ」を選択した。ちなみにぼうけんのしょ2はとんぬら、ぼうけんのしょ3はヨシヒコと書かれている。ゲームが再び始まった。

ロマリアの王様からよくぞ戻ったと言われた後、経験値の話をもう一度聞かされ城を出る。希ちゃんたちは眠ったままの村の原因を確かめるため、ノアニールにルーラで飛んだ。青い顔をした子が二名いたが少しだけ休んですずかちゃんの故郷のエルフの里を目指す。実はこのイベントを進めないとアッサラームに行くことはできない。カザーブとロマリアからアッサラーム渡る橋が戦争により壊されているからだ。ノアニールに宿泊している大工を目覚めさせない限り、橋が作られることはない。仮の話ではあるが、この時点であれば船で通過してほこらの牢獄に行くことができるため、原作で言うところのラーの鏡→へんげの杖→船乗りの骨→愛の思い出→ガイアの剣までの長いお使いイベントを一足飛びで終えることができる。



道行く先でモンスターと戦いながら先へ進む。木もまばらな平地からやがて林に入り、木の密集度が増していく。舗装されたいた道はやがて途切れ獣道へ、木の隙間からちらちら光っていた日差しもやがて薄くなり鬱蒼とした森へと変化する。やがて緑に覆われてひっそりと佇む木作りの見張り台が見えた。

エルフの隠れ里はこじんまりしている。外周は天然の木や太い蔓が外壁の役割をして、住居は樹木と半分融合するように作られ、緑の蔓がいたるところに這い回り、窓やドアなどの人の手が加えられた跡が見られる森とうまく溶け込んだ集落だ。趣があり、みな物珍しそうに眺めながら奥へと進む。

ひとまわり大きな建物に入る。中には城ほどの規模はないが、謁見の間に質素ながら玉座が用意され、女性が座っているのが見える。女王は緑色の髪が肩までかかった神秘的な女性、エルフが緑髪なのは仕様だ。最近はエルフといえば金髪というのが定説になりつつあり、緑髪はあまり見かけないが、伝統的にエルフは緑髪だ。すずかちゃんと忍さんはハーフエルフなので髪の色はそのまま。すずかママとは会ったことがないので忍さんをベースにトゥーンレンダリング加工を施している。すずかちゃんも将来はこんな感じなるんだと思う。

女王が口を開いた。一瞬穏やかな顔をするが、すぐに厳しく冷たい顔に様変わりする。

「おかえりなさい すずか もどったのですね
そのむかし わたしは ひとりの にんげんのおとこを あいしてしまったのです。
しかし エルフと にんげん おなじときを いきることは できませんでした。 
おいてしぬんでいく あのひとを ただみているだけでした。
そして むすめも また ひとりの にんげんのおとこを あいしてしまったのです。
むすめは ゆめみるルビーをもって おとこのところに いったまま かえりません
あれだけ にんげんを あいしてはいけないといったのに しのぶは だまされたに きまっています 
にんげんなど みたくもありません。 たちさりなさい。

すずか あなたも いつまでも にんげんと いっしょにいないで ここに いるのです! 」

はい
いいえ

選択肢が出た。ここはどちらを選んでも結果は同じ。分岐シナリオだとフラグ管理が大変で収拾がつかないので最小限にしている。分岐するとみせかけた一本道詐欺はドラクエの常套手段。だからと言って世界を半分やろうのトラップはあんまりだ。

「そうですか しのぶを さがしにいくのですね
しのぶを みつけたら すぐに つれてくるのですよ」

「なんか少し違う」

希ちゃんだけ不思議そうな顔をしている。原作を知るから違和感を感じているのだろう。ちなみに女王の名前はアンという原典のキャラを設定を変えて流用している。恐らくアンとは愛称でアンリエッタとかアントワネットとかレッドヘアーアンとかの略でドラクエ5小説のパパスの正式名称デュムパボス・エル・ケル・グランバニアというような立派で長い名前があるのかもしれない。

希ちゃんの案内で森を北上してノアニール西の洞窟へ向かう。
ここのモンスターのバンパイアをお仲間だと言われてすずかちゃんに嫌な顔されたり、眠りの息を吐く人型マタンゴに希ちゃんが速攻で眠らされたまま起きないというアクシデントがあったものの、順調に敵を倒しながら進み、洞窟の最深部の地下湖のあるエリアでぽつんと置いてある宝箱を見つけた。

宝箱を開けるとゆめみるルビーと手紙が入っていた。

「おかあさま さきだつふこうを おゆるしください。
わたしたちは ハーフエルフと にんげん このよで おなじときをいきられない ゆるされぬあいなら
せめて てんごくで いっしょに なります……。 しのぶ」

「お姉ちゃん、あんなに幸せそうだったのに 」

「お兄ちゃん、どうして? 」

すずかちゃんとなのはちゃんから悲しげな声が漏れた。唖然とした顔で棒立ちになっている。沈黙が支配し地下湖の水音だけが静かに響き暗い雰囲気が漂う。フィクションとはいえ身内が死ぬネタはやばかったか。しばらく沈黙が続きそろそろやばいかなと思った頃、アリサちゃんが近づいてきて一喝する。

「ふたりとも何しょげてるのよっ! 確かに悲しい結末だけど、これはお話の中の本当じゃない話。現実のふたりはしあわせそうじゃない。ロミオとジュリエットみたいなものなのよ 」

ふたりは黙ったまま、ゆっくりとうなずく。しかし、ショックだったのか帰る道すがらも一言もしゃべらなかった。アリサちゃんはゲームに慣れているからこの反応なのだろう。逆にすずかちゃんとなのはちゃんは身内が出てくるうえに、あまりゲームをしないみたいだから感情移入しすぎるのかもしれない。希ちゃんはというとさっきから考え込んでいる。あの子にしては珍しい。

「一緒に死んだほうが幸せなのかな? 」

問いかけるようにそっとつぶやいた。ほかの三人は気にした様子もないので聞こえなかったようだ。その問いに答えるものは誰もいない。俺も答えられない。希ちゃんの言葉はいったい誰に向けられたものなのだろう。身を投げたふたりか? それとも、自分の父と母か? ……自分自身なのか? 



洞窟をリレミトで脱出すると再びエルフの里へ入り、女王に話しかける。


「そのてにもっているのは ゆめみるルビーでは……?
なんと! しのぶと おとこは ちていの みずうみに みを なげたというのですか!?
おお! わたしが ふたりを ゆるさなかったばっかりに……。
…………………………。
わかりました。 このめざめのこなをもって むらに おもどりなさい。
そして のろいを ときなさい。 しのぶも きっと それを ねがっていることでしょう……。
おお しのぶ! ママをゆるしておくれ……。
…………………………。
すずか もう わたしのむすめはあなただけ…
どうか ここにのこって おくれ 」

はい
いいえ

髪を揺らし顔を伏せて嘆き悲しむ女王、そして、すがるような目で懇願してきた。

「残らないとなんだか可哀想。だけど私たちは魔王を倒さないといけないのに 」

「すずか、アンタのことよ。自分で決めなさい」

後ろ髪引かれるすずかちゃん、アリサちゃんは本人に決断を求めた。迷ったあげく彼女はいいえを選んだ。ここでもどちらを選んでも結果は変わらないのだが、ここは黙っているのがいいだろう。どんな結果であれ決断をすることが大事なのだ。

「そうですか 魔王討伐は 種族に関係のない 世界の宿願 
エルフとにんげんの 血を引くあなたは 強い魔力と 強靭な肉体に恵まれた生まれながらの戦士
力を 求められるのも 仕方ありません 
これを持って行きなさい かつて進化の秘宝で魔王となった
悲劇の魔族を倒した 天空の勇者の仲間のひとり おてんば姫が 使っていた 武具です
きっと あなたの 役に立つでしょう さあ おゆきなさい
でもいつか ここに 戻ってくるのですよ」

すずかはめざめのこなを手に入れた。

すずかはキラーピアスを手に入れた。

すずかちゃんは女王のその言葉にほっとした様子。アリサちゃんは貰ったアイテムが気になるようだ。

「そっか。すずかの基礎能力が高いのはそのせいなんだ。その武器も耳につけるなんて面白そうね」

すずかちゃんは装備できる武器が戦士比べて弱いぶん初期ステータスが高く伸びもいい。運動能力の高さや夜の一族の補正もあり、ドラクエ4的に役割を言うとアリーナくらいは貢献しているだろう。ちなみにアリサちゃんはライアン、希ちゃんがミネアかクリフト、なのはちゃんはデスピサロになる。



エルフの里を出ると、みんな門をくぐった後、もう一度里を方を仰ぎみる。なのはちゃんはまだ少し目が潤んでいるようだ。

「悲しい話だったね。誰もこんな結末は望んでいなかったはずなのに」

なのはちゃんが言うとしんみりとした雰囲気になる。そこまで入れ込んで貰えるとは思わなかった。いろいろなことに対して感受性が豊かな年頃だ。ちょっとばかし楽観的に考えていたのが悪かった。ドラクエの物語の醍醐味は悲劇にある。悲劇があるからこそ、魔王を倒すモチベーションが上がるからだ。バラモスがいても平和な世の中ならどうこうしようなんて誰も思わない。俺がまだ本当に何も知らない子供だった頃はオルテガに、シンシアに、ピサロとロザリーに、パパスに泣いたものだった。本当に純真だったと思う。ああ何も知らなかったあの頃へ帰りたい。もう体感的に半世紀前だ。アカン。なんかくらくらしてきた。

なのはちゃんたちは下手したら孫の世代じゃないですかーやだー



少々立ち直るのに時間を要した。

その後、カナコにシナリオの変更を頼む。ドラクエは悲劇という基本理念は変わらない。アリサちゃんはいいとして、すずかちゃんとなのはちゃんの暗い顔、希ちゃんのあの言葉を考えるなら地雷を踏んだと考えるべきだ。しかし、カナコは俺に意向に沿いながら違った意見を出してきた。

「あなたがしたいならそうすればいい。私は先のことを考えるなら、作り物の悲劇くらいは慣れて欲しいわ」

それもまた正しいのだ。気を回しすぎで間違いを恐れているだけなのかもしれない。迷いや恐れが俺自身を揺らして、これいいのか? 本当に? という言葉がぐるぐる回っていた。結局ちょっとしたことで動揺して決断することすらできてないのだ。



希ちゃんたちはめざめのこなを持ってノアニールに飛ぶ。まだ慣れないのかアリサちゃんと希ちゃんはふらふらしている。この世界のルーラはジェットコースターみたいなもので苦手な人はなかなか適応できない。なのはちゃんとすずかちゃんは別のことで悩んで黙ったままだ。

「う~ん、駄目だわ。どうしても慣れない。頭がぎゅーってなる」

「私も~ 」

青い顔でそう答えるふたり。寝ゲロとかにならないといいけど。夢が台無しになるし、希ちゃんの嘔吐はトラウマとも密接に関わっているので注意が必要だ。最近はないが、前の俺が希ちゃんと一緒になってから結構吐いている。前の学校で吐いたら不名誉なあだ名がついていたかもしれん。一回やっただけでゲロ子とかうんこまんとかつけられたりすることもあるだろう。小学生は汚いものに対して過敏に反応しはやしたてる残酷な側面があるのだ。まあウチのクラスは心配ない。行儀の良い子がほとんどだし、リーダーシップを発揮して誰とでも張り合うアリサちゃん、穏やかながら運動神経が抜群で男子からも一目置かれるすずかちゃん、ごく普通の優しい女の子で算数以外は特に目立ったところはないけど、この子だけは怒らせるなと噂が流れているなのはちゃん、この政権与党ともいえるグループの属している以上へたなちょっかいをかけられることはない。担任の先生はモンペに目をつけられないか心配なくらい関わってくるし、評判も上々の斎ちゃんは言わずもがなである。

入り口でめざめのこなを使うと銀色の粉が波紋のように広がりやがて村中を覆い、キラキラと光を反射して幻想的な景色を生み出していた。

「きれい… 」

しばしみんなこの光景に目を奪われていた。やがて銀色の粉が村全体を覆い、何も無かったように消えた。そうして、目をつぶっていた住人たちが目を覚ます。ようやくこの村は救われたのだ。目的である士郎さんと桃子さんのところへ向かう。

「う~ん、腰が痛い。すっかり居眠りしていたみたいね。あら! なのはおかえり。無事に戻って母さん嬉しいわ。昔、南東の方角から桃色の流星が飛んできて、あなたに当たったときは肝を冷やしたけど、二三日寝込んだだけで全然怪我もなく平気だったからきっと大丈夫よね? ところで美由希と恭也はどこかしら? 」

なのはちゃんとすずかちゃんは表情に影がさした。次に士郎さんのところへ行く。

「うう、ここは? おお! なのは! 帰ったのか 何! 恭也が?
…………………………。 
わはははは、心配するな。二人は高レベルのバトルマスターとスーパースターだ。水の飛び込んだくらいじゃ死にはしないさ。美由希もいないから、きっと一緒なのだろう。もしかしたら勇者の噂を聞いて追いかけていったのかもしれん。かあさんには私から言っておくから、おまえも自分の道を行きなさい。おまえのぶつかった桃色の流星と魔力の秘密もきっとわかるだろう」

ドラクエ主人公は無言のため、登場人物が聞いてもいないことなのに身の上話や出生の秘密をべらべらしゃべり不自然な台詞回しになる。だがこれがドラクエクオリティ。主人公はしゃべったら駄目なのは主人公に感情移入できなくなるというドラクエ創造した御大のありがたい言葉があり、それは今でも忠実に守られている。ちなみになのはちゃん実家なので宿屋は無料だ。

ちなみに桃子さんにもう一度話かける。

「父さんから聞いたわ。三人とも旅に出たって、少し寂しいわねえ。なのはも気をつけて行ってらっしゃい。いつでも戻って来ていいのよ。母さん待ってるから」

「よかった~ 生きてるかもだね」

その言葉を聞いてやや暗い顔をしていたすずかちゃんとなのはちゃんに明るい表情が戻る。いや実はね。他の村で証言や足跡を用意して存在は匂わすけど、決して出会うことはないという悪質な手段を使った。

三人なら俺の横で寝てるぜ。くっくっくっ。ゲス顔を作って何かをたくらんでる人っぽく振舞う。そんな俺をカナコはひたすら冷たい目で見ていた。冗談で誤魔化してはいたが、内心は彼女たちの笑顔を見てほっとしている。この路線で間違ってなかったと自信を持つことができた。

よし! この方向性で行く。しかし、これで本格的に手を入れないといけないイベントが出てきた。

次はアッサラームへ向かう。無事に橋は完成していた。橋を渡っていくつか戦闘をこなし街の中で入る。この町はいろいろと色気的な意味で個性的だ。まずは有名なのは10倍で武器を売りつける商人がいる。トルネコの妻ネネの比じゃない。値切りの応じても他の店の2倍だからとんでもない店である。それでいて友達と親しげにすりよるからタチが悪い。怪しいトモダチだ。こっちは絶交したい。

この街は夜には歓楽街へと変わる。踊り子のショーもあり本格的だ。そして、ぱふぱふの客引き娘が一番インパクトが高いだろう。暗くなっておっさんに代わっているという羊頭狗肉とはまさにこれだ。今回は女の子ばかりなので、残念ながらイベント自体が存在しない。

他にはあぶないみずぎが七万八千ゴールド売ってる。高額なために四着買うのは結構大変だ。俺はもちろん揃えた。ただこの世界は妙齢の女性は実体化できないからあぶないみずぎにスポットが当てられることはないだろう。なのはちゃんたちも悪くはないと思うけど、ちょっと布地が少ないんじゃないかと保護者的な心が先に来る。その点スクール水着は最高だ。アイロンシールに油性マジックでひらがなで大きく名前とか書いてあったらすぐに見つけられるし便利である。

うんっ! スク水最高!!

……あれっ!? なにか間違ってる気がする。



ここの敵から少々手強くなる。キャットフライにマホトーンで魔法を封じられ、あばれざるの高い体力と攻撃力に悩まされた。武器防具もアリサちゃんの装備をてつのオノに変えただけであまり変化はない。リーダーのアリサちゃんはあばれざるやキャットフライとの戦いで受ける自分たちのダメージを考慮して、しばらくはここを拠点にしてさまざまな呪文や特技を使って新たな形を模索することに決めた。まず注目したのはエルフの女王から入手したキラーピアスだ。

「攻撃力たったの5? ゴミね」

ラディッツばりに容赦ないアリサちゃん。いや俺もほのおのつめとか攻撃の高さがすべてとそう思ってた時期もあったけどね。

「違う。キラーピアスは二回攻撃、レベルが上がって力が増えると強い」

希ちゃんがたどたどしく説明をする。アリサちゃんは感心したようにうなずく。

「なるほど、それなら会心率も考慮すると通常攻撃の期待値が高いのね。問題はなのはと希か。いろいろ試してみましょ。敵の攻撃がきつくてすずかがやくそう使う機会が増えたからちょっと見直すわよ。希はパルプンテをみたいわ。何が起こるかわからないとしか説明されていなかったから、なのははベキラマかイオかヒャド以外にも他のも試してみたい。なのはの平手打ちとかすごい威力よね? 」

「ア、アリサちゃん~~ 」

ニヤリと頬に手を当てながらこれみよがしに迫るアリサちゃん、なのはちゃんも昔を思い出したのか困った顔になっている。大人しかったなのはちゃんが初めて勇気を出して、ふたりと仲良くなったきっかけとなったのもあの平手打ちから始まっていると考えると感慨深い。こうして戦闘スタイルの検証が始まった。

敵はあばれざる三匹、こいつらは高い攻撃力と生命力があり厄介である。さらに見た目には二メートルくらいのが襲い掛かってくるから冷静にみるとすごく怖いはずなのだが、すでに彼女たちは慣れている。初回のターンですずかちゃんは通常攻撃とアリサちゃんのきあいため。なのはちゃんのボミオスで相手のすばやさを下げる。これで相手のスピードはほとんどゼロだ。希ちゃんがパルプンテを使う。

ならびかたがかわった!

すずかちゃん、希ちゃん、アリサちゃん、なのはちゃん、の順番に代わる。

「そういう効果もあるんだ」

次はあばれざるのこうげきで前に来た希ちゃんが狙われる。集中攻撃でHPが5を切った。ウインドウがオレンジに染まる。死んだら真っ赤になってしまう。次のターンへ進む。

「まずいわね。すずかは速攻で希にやくそう使って、希は連続して受けたら危ないから念のため防御、私が攻撃。なのははベキラマで倒して」

「うんっ 」

作戦が決まりウインドウでコマンド選択に入る。すずかちゃんは希ちゃんにやくそうを選択。希ちゃんは防御を選択して一度キャンセルしてものまねを選んだ。アリサちゃんで一度止まる。

「希、作戦通りしなさいよ。死んだら困るんだから」

「これでいいのっ! 前の三人は防御選んでキャンセルしたら、防御の効果はそのまま残るの。それにボミオスの効果で私のものまねは順番的になのはちゃんのベキラマだもん。だからそのまま倒せるもん」

「なによそれ! 後で聞くからね」

一旦は驚いて固まるアリサちゃんだったがすぐに戦闘の方へ意識を切り替える。希ちゃんの見立て通りになのはちゃんのベキラマの次に希ちゃんのものまねが続き敵を全滅させた。防御キャンセルについては最初から気づいていたようだ。戦闘後、しばらく考えるアリサちゃん、そして、考えがまとまったのか、やれやれといった表情で聞いてきた。

「そんな重要なことなんで最初に教えないのよ。ダメージが減るなら使えるじゃない」

「だって私一番後ろだもん。防御選んだらキャンセルできないもん。やりたくてもできなかっただけだもん。本当に効果があるかわからなかったんだもん。アリサが言ったことは守ってたもん」

「あ~もう。もんもん言わないでよお 」

アリサちゃんは力が抜けてへなへなする。希ちゃんとのコミュニケーションにはときどきこのような事態が何回かあった。俺もあまり好きな言葉ではないが、空気読むとか気を利かせるということが理解できてないところがある。でも十歳の娘にそれは求めすぎだろうか? ついなのはちゃんたちを基準にしてしまうから気をつけないと、希ちゃんは希ちゃんだ。あの子の成長ペースというものがある。

「そうだったんだ~ ねえアリサちゃん、今までは敵もそんなに強くなかったし、ちょうど必要なときで良かったと思うよ」

フォローの女神すずかちゃんが絶妙のタイミングで言ってくれた。ありがてえありがてえ。アリサちゃんも言いたいことはまだあったようだったが、その言葉で矛を収めてくれた。

「そうね。今のタイミングならいいか。じゃあもう少しだけ続けるわよ。でも欠陥だらけね。防御のコマンドの意味が無いじゃない」

胸が痛い。これがジェネレーションギャップというやつだろう。ゆとりと懐古の決定的な壁だ。でもね、でもね。意外とそれでバランスが取れていたんだよ。面倒くさくてやらなかったり、たまに全員防御してしまうこともあった。このゲームでも使えば少し楽ができると考えてもらえばいい。バグや欠陥を利用するのも楽しみ方のひとつだ。さすがにランシールバクのアイテム増殖までは実装しなかったけど。

こうして何度か戦闘を行って戦術を組み立てる。まず順番はアリサちゃん、すずかちゃん、希ちゃん、なのはちゃんに変更された。追加される防御キャンセルの効果で被ダメージが大幅に減ったので大きくしばらくは互角以上に戦える。方針が固まったので、次の砂漠の国へ先に進むことになった。



砂漠の国イシスでは顔の濃い浅黒い人々が額に化粧で赤い点をつけ、男はターバン巻いている。女は白か赤の頭巾のようなものをかぶり口元をかくしていた。カレーを手で食う者、笛吹いて蛇を操る者、座禅しながら宙に浮き、瞬間移動を繰り返し、口から火を吹き、どう見ても身体中を何百本の針が貫通しているのに平気な行者など個性的だ。町は茶色の土壁で作られた四角い建物が多く見られる。町の奥にはオアシスで囲まれた大きな城が見える。玉座の間に進み関西弁で話す車椅子の若い女王と謁見した。横には大臣シャマル、騎士団長シグナム、女官長ヴィータが並んでいる。誰かが足りない。

「みんなが わたしを ほめてくれるんよ。 でも ひとときの うつくしさなど なんに なるんやろなぁ」

「この女王さま関西弁なんだね 」

まだ出会っていなくても大丈夫。金の蛇の飾りのついた豪華絢爛な冠にオリエンタルな衣装だから雰囲気が全然違うし、ポリゴンだから実際の人物と結びつくことはないはずだ。

すっかり慣れた様子でテキパキと情報を集めた。それによると今は落ち着いているが、かつてイシスと同盟を結んだポルトガ・ロマリア両国は戦争をしていた。アッサラームへの橋が壊れていたのはこれが理由だ。両陣営はその付近でにらみ合い。数で勝るポルトガは王妃の友であるホビットの協力でバハラタから穴を掘って突破しようとしたり、ほこらの牢獄の岬にまで王妃が陣を展開し、両面から制圧しようと試みたが、イシスの優れた将によりことごとく跳ね除けられた。最終的にロマリア南東の海域で大規模な海戦があり、ポルトガは王を失い、後継の息子が行方不明。その責任をとって指揮を取った提督は双子の娘を連れて極寒の北へ去ったそうだ。現在は王妃が女王となって治めている。ロマリアは戦には参加せず同盟国に物資だけ供給していたため、被害は少なかった。現在のイシスは先代女王とその伴侶が亡くなり、残された年若い娘が女王の地位についている。賢者スペルエンペラーのはやてだ。支えるのは先ほど会った3人の部下で、魔法戦士フォースロードのシグナム、パラディンホーリナイトのシャマル、バーサーカーデストロイヤーのヴィータ、残りひとりは停戦協定後のポルトガ現地駐在員として敵国にいる。しかも、うらやましいことに恋人まで居る。ただ最近昼には絶対に会うことできないそうだ。

両国は二度と戦わぬようにポルトガに通じる道はロマリアの西の旅の扉ある祠は魔法の力で固く閉ざされ、その魔法の扉を開けることができるのはピラミッドに眠っている闇の鍵だけである。そのピラミッドもまんまるボタンのヒントが解けなければ決して攻略することはできない。歌の内容を聞き出し、そのついでに城の中を探検する。奥の隠されているすばやさが倍になる強力な装備品ほしふるうでわも入手した。

ほしふるうでわを装備したのはすずかちゃん、すでに255の限界値に近づき防御力も倍に跳ね上がる。すずかちゃんは大分強くなった。

ピラミッドではミイラおとこやマミーが強敵だ。しかもくさったしたいを呼びやがるから非常に面倒である。呼ばれたとき希ちゃん以外はものすごく嫌な顔をした。腐っているけど仲間のスミスはいいやつだからあまり嫌わないで欲しい。まあ敵なら容赦はしなくても問題はない。防御力はないに等しいが体力はそれなり、たまにつうこんも来るから気が抜けない。それにこっちにはニフラムを使える人間がいないので少々てこずることなった。ちなみに人に向かってニフラムと唱えるのは人間の尊厳を大きく傷つけるのでやめたほうがいい。

だが、本当の強敵はアンデッド系ではない。引っかかったのはアリサちゃん。

「ふふふっ。宝箱はっけ~ん、開けるわよ」

嬉々として宝箱を開けるアリサちゃん、彼女はすでに行く先々でつぼ割りやタンス漁り、宝箱の開閉をするドラクエ脳に染まっていた。ちょっと実生活に影響しないかちょっと心配だ。もはや目の前の宝箱を開けるのに何の抵抗もない。

なんとたからばこはひとくばこだった。

「きゃ! 痛たあ、咬まれた~ 」

間近で開けたアリサちゃんはひとくいばこのふちについた牙で手をかまれた。擬似的に痛みを体験している。刺激レベルは弱いが、不意打ちだから弱いものでも痛く感じているのだろう。

急に思わぬ強敵に驚いたもののなんとか犠牲者を出さずに倒すことができた。つうこんくらいオレンジに染まりながらも生き残ることができたのは運が良かったのだろう。

「びっくりしたね」

「も~ これを考えた奴絶対性格悪いわ。これから宝箱を開けられなくなるじゃない 」

手をさすりながら涙目のアリサちゃん、まさに初見殺しだった。中身を調べられる呪文で問題自体は後から改善されることになるが、特にここではかなりの強敵になるだろう。

「インパスある。なのはちゃんがレベル18で覚えるはず」

「このための魔法なんだ。なのは~ 」

「えっと16だよ」

「ちょっと難しそうね。もったいないけど目的のもの以外は無視しましょ。呪文覚えてから入っても遅くはないわ。私アレとはもう噛まれたくないし、戦いたくない」

「そうだね~ 」

よほどびっくりしたようだ。しかし、インパス覚えたらMPほぼ無制限のなのはちゃんがトラップモンスターを回避しまくるから、第二の恐怖ミミックを堪能できない。ちょっと設計ミスったな。ちなみにミミックは手ではなく頭からがぶり喰われ、数分は離さないようにグレードアップしている。

落とし穴トラップにも悩まされながら紆余曲折を経て闇の鍵のところまでたどり着いた。ピラミッドの最深部にはいくつもの棺があり、調べるとマミーが襲ってくる。周囲の彫刻は知恵の神、書記の守護者、時の管理人であるトートをかたどったものだ。

「あるじの ざいほうを あらすものは だれだ。
……われの ねむりを さまたげるものは だれだ。」

宝箱を開けると、うす暗いピラミッドの内部に光が差し半透明の女性の姿が浮かんできた。赤い瞳に腰まで伸びた銀髪、袖なし黒い装束と翼のついた巨乳美人さんだ。闇の書の管制人格である。

「日が沈んでいる間に 我をあるじのもとへ… 」

そう言うと彼女は姿を消し、希ちゃんたちの手元には黄金で細かく装飾が施された鍵というよりは十字架の形をしたものが残った。

「こんなダンジョンだから戦うのかと思ったわ」

「あるじってきっとあの子のことだよね。行ってみよう 」

出たら外は夜、女王はやての寝所にお邪魔した。この部屋は闇の鍵がないと開けられない。鍵を近づけるとドアが魔法の紋様で光り、ゆっくりと開かれた。鍵からも蛍のような青白く淡い物体が飛び出し、先に寝所の方へ飛んでいった。その光は白いシーツで覆われた12畳程の大きなベットの中心にいる女王のところで止まっている。

「ひとを しのんで わたしに あいにきてくれたん? うれしいなぁ。なにも でけへんけど おくりものを あげる。わたしの まわりを しらべてな それから だいじなこを つれてきてくれて ありがとう かぎは だいじにつかってな 」

夜に女王さまの寝所に忍び込むという。想像を大いにかきたてられるシチュではあるが、はやてちゃんだと庇護欲しかないな。はかなげという点で採用したが、色気という点でミスキャストだったかもしれない。ただ白いシルクのようなネグリジェで身を包み、赤く上気した顔と上目使い瞳はポリゴンとはいえあなどれんな。女官長ヴィータも仲の良い姉妹のように寄り添っている。よく見ると手のひらサイズの銀髪の妖精がはやての肩に止まってた。うん、眼福。眼福。

寝所の光るところからいのりのゆびわを入手した。次の日はピラミッド二度目の挑戦で黄金の爪も手に入れる。当然すぐに預かり所行きだ。



闇の鍵を入手したのでポルトガへ向かう。敵もさらに強くなるが、いのちのきのみを惜しみなく希ちゃんに注ぎ込み、弱点をほぼ克服しつつあるから、敵ではなく難なくたどり着く。ここでは元はイシスの女王の幹部で魔王に呪いをかけられて、男が昼は狼に、入れ替わるように女が夜は狼になってしまいお互いに会うことができないカップルがいる。つまりアルフ×ザフィーラのカップルだ。魔王を倒せば晴れて再会してゆうわくのけんをもらうことができる。ゆうわくのけんとはいい響きだ。まほうのビキニかあぶないみずぎとゆうわくけんを組み合わせにはそこはかなとないロマンを感じる。いいね。

そうして、お約束のように女王様と謁見する。

「はるか ひがしの くにでは くろざとうが おおく とれるそうです。ひがしに たびだち とうほうで けんぶんしたことを ほうこくしてください。さとうをもちかえったとき あなたたちを ゆうしゃとみとめ ふねを あたえましょう! このてがみを レティにみせれば みちびいてくれるはずです 」

「リンディさんだ 」

なのはちゃんは知り合いであることに気づいたようだ。このリンディさん職業は海賊・かいぞくじょおうである。王の手紙をもらいノルドの洞窟にいるレティさんに話しかけて道を開いてもらう。暗い坑道を抜けてアリサちゃんの故郷であるバハラタへたどり着いた。交易の盛んな町で人の数も店の数も多く。港町のため大きな船も何隻か並んでいる。その中でもアリサちゃんの実家は伝説の大商人トルネコの家だけあって、大きさだけなら城にも引けを取らない。

「ここが私の家なのね。こうしてみるとなかなか立派ね。ん… 家の誰か回っている。ポポロだわ」

アリサちゃんの弟ポポロは店の周りで汗をかくエフェクトを出して慌てた様子でぐるぐる回っている。早速話かけた。

「あ! お姉ちゃん!? 大変だよ! ママが人さらいにさらわれたちゃったんだよ。パパはせかいじゅのはを探す仕事からまだ戻らないし、どうしよう? お姉ちゃん! 」

「ひとさらい? なのはとすずかにもイベントあったから私にも何かあるとは思ったけど、こういう趣向なのね。じゃあさっそく情報集めるわよ」

アリサちゃんは趣向と言うあたり冷静だ。俺としてはもう少し感情移入してもらいたいところだが、楽しくないわけではないのだろう。さっきから嬉々とした顔をしている。街の人間に話しかけてひとさらいは近くの洞窟にいる情報を掴むと町の武器防具を確認してすぐに洞窟に向かう。

バハラタのひとさらいのアジトは洞窟としては短く、右左前後に道が別れ来たところを除く三通りの道を選び、つきあたりに着くまでは次に出るところも全く同じという、少々ややこしい作りだが、順路さえ覚えてしまえば短くさほど難しくはない。初見ならばボス戦も控えているのでダンジョンの構造を覚えたら出直すのもありだ。ただこのパーティの場合はMPの消費を気にしなくてもいいので、遠回りをしながら、ボスのところへ辿りついた。

きんのかんむりのときのボス盗賊カンダタとの第二戦になるが、このゲームでは勇者がきんのかんむりと取り戻しているので初対面になる。俺としてはここで金の封印が来るのではないかと思いカナコに聞いてみたが首を振った。

「残念だけど違うわ。土の次は火の封印でないといけないの。本来は五行相生・五行相剋に則ってするんだけど、希の場合は木金火水土の順番に強くて、すでに木水土は開放済だから、火の次が金の封印なの。火といえばわかるわよね? 」

ドラクエ3で火と聞いてイメージするボスはアイツだ。低レベルで挑むと痛い目をみるし、よく知らずに二連戦したから大変だった。サマンオサのボストロールと倒して装備を整えていくと一気に雑魚になる。特にHP自動回復という厄介なシロモノを持っているので1ターンで与えられるダメージで勝敗が決する。

「ああ、だいたいわかった。じゃあ、金はボストロールか 」

「残念。もっと後。もし木の封印が残っていたら合ってるわよ」

「ええマジかぁ。あのさぞかし名のあるカバ? ほとんど終盤だな。おい 」

「封印の場合は敵の強さがそのままトラウマの強さなのよ。しかるべき器に収まるってこと。だから封印の弱い順番に倒していくの。RPGの原則でしょう? だんだん敵も強くなるけど主人公も強くなっていくってこと。オロチは後に回すように調整するからしばらくは楽しいゲームが続くわ。元になったゲームでもネクロゴンドから行っても大丈夫でしょう? 」

まあ、そうだな。考えてみると土の封印はボスの器になるまでもないくらい弱いってことなんだろう。雑魚から苦戦するオロチと一応の目標である魔王が封印なんて随分レベルに差があるように思える。台本は裏の世界まで作ってあるから封印の本体がラスボスのゾーマなのはまず間違いない。同じ封印でも雑魚と魔王くらいの開きがあるってことか。

じゃあ、レーべの村で見た希ちゃんの記憶があのレベルのトラウマだとすると?


……

……

っっ!!? うぷっ 

急激に吐き気がこみ上げてた。足の先から震えが来て胃袋を中から素手で掴まれるような感覚。これ以上考えてはいけない。得体の知れない何かが全身を這い回っている。なんというかアレだ。中年のサラリーマンが女子高校生くらいの子にパパと呼ばれながら腕を組んで仲良さげに歩いているの見て、あのふたりは親子じゃないのかもしれないと思ったときというか。おぞましい何かを感じたときのようなそんな感覚だ。

俺はかぶりを振ると希ちゃんたちの観察に戻る。そう今は考えるな。希ちゃんたちにだけ集中していればいい。



俺が目を向けたときは結構時間が経っていたのか、ちょうどカンダタ子分を倒し、牢のスイッチを押してアリサちゃんの母役のネネを逃がしたところだった。人質を無事開放して帰ろうとしたところ二メートルはありそうなむちむち筋肉で汗だく巨漢の覆面パンツが足音を踏み鳴らし地面を揺らしながら近づいてきた。

自分で作っておいてなんだけど、さつじんきやエリミネーター系との違いを意識して、ちょっとディティールとリアリティに凝りすぎて気色悪い嫌なもんできたなぁ。


「っっ! 」

誰かの堪えるような悲鳴が短く聞こえた。

「……何アレ? 」

「ゾンビとは違う意味でべたべたしてそうでちょっと触りたくないね」

「覆面パンツ」

「のぞみぃ、何でそんなに冷静なのよ」

すずかちゃんとアリサちゃんは案の定嫌なそうな顔。まあそうだよなぁ。希ちゃんはいつもと変わらない平気な顔をしている。気持ち悪くないのかな? この子の感覚は少しズレている。アリサちゃんのつっこみはそういうことだろう。

なのはちゃんは青い顔でしゃがみこんで、肩までガタガタ震えていた。さっきの悲鳴はなのはちゃんだったらしい。昆虫系やゾンビ、高いところとかおよそ女の子が苦手そうなシチュが平気だったのにどうしてだろう。 

「なのはちゃん? 」

「なのはどうしたの? 」

心配のそうにすずかちゃんとアリサちゃんが声をかけるがなのはちゃんには聞こえてない。希ちゃんも少し離れたところでぽけーっとした顔をしている。

「いや…、いやあ、筋肉が、筋肉がくるのおー 」

そうか。なのはちゃんはドーピングわかめスープの実験のときに肥大化した俺を見たせいで筋肉恐怖症にかかっていた。まだ直ってなかったんだ。これはいかんな。

「ふっふっふっ。 オレさまが かえってきたからには にがしや しねえぜっ!」

「ひくっ!!  」

タイミング悪く悪役らしいセリフを吐きながら汗だくの覆面パンツが上腕二頭筋と大胸筋をぶるぶる震わせながら襲いかかってきた。しかもこんなときに限ってなのはちゃんまっしぐらだ。そのまま戦闘画面に移行する。なのはちゃんは恐怖のあまりひきつけのような反応して逃げようとしたが、腰が抜けてジタバタするがその場から動けない。絵ヅラ的には痴漢か変質者がいたいけな少女たちにいかがわしいことをしようとしているように見えて気まずい。

一時はなのはちゃんに気を取られていたアリサちゃん達だったが、戦闘が始まって徐々に気持ちを切り替える。やや遅れてリーダーのアリサちゃんが指令を出す。

「戦うわよっ! なのはコマンド選んで」

「だめ、うごけないし、選べない」

弱々しい声で返事をするなのはちゃん。戦闘時のコマンドには赤いバツが出て、システムメッセージで「なのははすくんで動けない」とメッセージが表示される。

「これってなのはちゃん戦えないってこと? 」

この世界のルールでコマンドバトルのため覆面筋肉ダルマはなのはちゃんたちがコマンドを選択しない限り触れることはできない。しかし、そんなのは関係なしにいるだけでなのはちゃんには怖いようで、敵の威圧行為にもいちいち反応している。さらに攻撃は自分の意思で行う必要があるため、気持ちが落ち着くまでは行動不能状態である。ゲームシステムはそのように判断したようだ。

恐怖やスリルは上手く利用すればエンターテインメントの側面がある。ジェットコースター然り、お化け屋敷もそうだ。しかし、今回は例えるならジェットコースターやお化け屋敷が苦手な怖がり子を無理やり参加させてちょっとまずい事態になったようなものだろう。

「なのはの感情値がだいぶ下がている。コマンド選択もできない状態だわ。強制遮断されるレベルじゃまだまだないけど、このままじゃずっとすくんだままで戦えないわね。仕方ないリラックス効果の催眠とこんなときのために用意した助っ人を呼ぶわ」



感情値。

カナコがいうこの値は通常なら攻撃力呪文の威力や攻撃の命中率などを中心にあらゆるステータスに補正が加わり反映される。しかし、本来は対黒い女に備えてシンクロしているなのはちゃんたちの安全を確保するために用意されたものだ。もちろん黒い女を極限まで弱体化させて、ゲームと言う檻に閉じ込めて安全を確保しているという前提の上に成り立っている。だが予想外のことはいつでも起こり得るので、過度のストレスで精神的なダメージを負い過ぎないように感情値という数値をモニタリングしながら監視しているのだ。常に三人だから結構な作業配分でいろんな作業と平行してやるので集中力を使うらしいが、最も重視される希ちゃんのメンタルの安定という意味で彼女たちを参加させるメリットの方が遥かに大きい。
シンクロについてはフェイトちゃんやユーノ君で何度か試してはいるが、人体にどんな影響を与えるかまだ未知の部分が多い。黒い女についても同様である。月の管制人格が言っていた汚染がどんなものか分からない以上少しでも兆候を見逃さないために脈拍や体温、発汗、脳波から彼女たちの精神状態を判定していて、感情値が下がり過ぎるとブレイカーが落ちるように自動的にゲームから強制遮断されて安全が確保される仕組みだ。悪夢で目が覚めるのとよく似ているそうだ。ただしこの世界のマスター希ちゃん、サポーターカナコ、リサイクル俺は逃げ場はない。

助っ人。

このゲームは四人パーティクリアすることを前提に設計されるため一人でも減るとクリアに大きな支障が出る。そのため、万が一に誰かが脱落した場合に備えてパーティの穴を埋めるAIキャラが用意した。トイレや寝返り、すずかちゃんの噛み付きで起きた場合などを想定して再び戻って来るまでの繋ぎの役割、対各種封印と黒い女用の攻撃プログラムでもある。実は恭也さん、美由希さん、忍さんもカードとして存在し、バーチャプレシアもそれに当たる。特にプレシアは格闘技を自動的に学習しながら最適化され今では最強のプログラムといえる。なんせ単体で水を封印を追い詰めるのだから当然だ。カード上の設定職業は天地雷鳴士アースゴッデスである。

カナコは机の上に積み重ねになったカードを置いて、その中から三枚取り出す。

「ここではこいつね。どっちにしろ出る予定だったからちょうどいいわ。スペシャルカード発動ッ! 」

カードがモニターに吸い込まれて希ちゃんたちのいる場所に飛んでいく。到着まではしばらくかかるだろう。

「希ちゃん、今は戦闘中だよ 」

すずかちゃんの声が聞こえる。また新たに問題が発生したようだ。

戦闘の方は始まっているというのに、自由人希ちゃんは戦闘に参加せずになのはちゃんの近くで彼女の頭をなでてている。先程から何度も声をかけているが全く反応がない。こうなるとあの子は長い。どうやらこれで希ちゃんも戦線離脱になりアリサちゃんとすずかちゃんの負担が増えた。

「なのはちゃん、よしよし」

おねえさん風を吹かして微笑ましい光景ではあるが、今は戦うところだぞ希ちゃん!

「希ちゃんも駄目みたい」

「仕方ないわ。ふたりでやるしかない」

「うんっ 」

何回か声かけして、すぐに希ちゃんが使えないと即断したふたりは正しい。希ちゃんの性格をちゃんとわかっている。一つのことに対して恐ろしい集中力を発揮する代わりに二つ以上のことになると並以下で、さらに注意の切り替えも下手という偏った能力なのだ。今はなのはちゃんが気になって戦闘のことはすっぽり抜けた状態だから、なんとか注意を向けて復帰を待つよりも建設的である。こうして大きなハンデを抱えたままカンダタとの戦闘が始まった。安全のために希ちゃんとなのはちゃんには敵の攻撃は向かないように設定した。三ターンが経過してふたりは両サイドのカンダタ子分を倒して安全にはなったがここで手持ちの薬草が尽き、HPも3分1を切りやばい。

「ちょっとピンチかも 」

「すずか、私は防御で半減できるけど、アンタは危ないじゃない 」

「二回攻撃されなければまだ大丈夫」

すずかちゃんが困った顔でそうつぶやいた。アリサちゃんも表情は厳しい。打開策はないまま四ターン目のコマンド入力した。

そろそろだな。

ターン開始直後、アリサちゃんとカンダタの間に何者かが割って入ってきた。

「誰? 」

なんとトルネコが仲間に加わった。

ヒゲ面のどちらといえば愛嬌のある顔立ちで、商人らしく恰幅のいい胴回りと太い腕はメタボというよりは逞しさを感じさせる。カンダタと比べるとどうしても頭一つ小さいが、彼から感じる威圧感は決してひけを取ってない。装備しているのはてつのまえかけとせいぎのそろばんという戦う商人らしい姿である。カンダタを正面に捉えながらアリサちゃん達を背中で守るように立ちながら口を開いた。

「アリサ、よくがんばったな。後はパパに任せるんだ! 」

トルネコはやくそうを使った。アリサのHPが回復した。
トルネコはやくそうを使った。すずかのHPが回復した。
トルネコはやくそうを使った。すずかのHPが回復した。

やだこのトルネコ男前だ。

「パパ… あっ!? 」

思わずパパと呼んでしまったアリサちゃんは微妙な表情だ。カッコイイ自分のパパと比較して、本当はそう呼びたくなかったんだろう。

「アリサちゃん、これならいけるよ」

すずかちゃんの声にも力が戻る。一気に形勢逆転だ。

5ターン目先制攻撃はすずかちゃんがキラーピアスで二回攻撃、アリサちゃんもそれに続く。



そして、せいぎのそろばんを上段にかまえ猛牛のような勢いで突っ込んでいく武闘派商人、しかし、攻撃を振り下ろす前に不自然に体が傾き、つま先を軸にして敵に向かって勢い良く前のめりにつっこんだ。ある種様式美というか感動すら覚えるコントのような転び方だった。コマンド表示が状況を教えてくれた。

トルネコは つまずいて ころんだ!

「ちょっと何やって… 」

アリサちゃんの怒声を飛ばそうとするが思いとどまる。トルネコがただ転んだだけではなく。敵を巻き込んだことに気がついたからだ。遅れて次の表示が出る。

そのひょうしに ぶきが カンダタに ぶつかった!

かいしんの いちげき!

カンダタをたおした。経験値とゴールドを入手した。

「ええええっ~~~~」

すずかちゃんとアリサちゃんの打ち合わせたように声が重なった。トルネコの一撃は300近くのダメージを叩き出し、カンダタを沈めた。やはり強いな。重く大きく速く力強いものが衝突すれば物理学的にもものすごいエネルギーを生むことは理数系の苦手な俺でもわかる。多分トルネコの太った肉体は脂肪と筋肉が複雑に混じり合い。平均筋肉量ならば全格闘技種目ナンバーワンの相撲レスラーのようなものなのだろう。そう相撲は強い。総合格闘の出た元外国人スモーキングは何かの間違いなのだ。奴は横綱の著しく品位を汚した。四天王でいえば最弱なのだ。

戦闘画面からイベントに移行し、カンダタとの対話に戻る。

「おのれ~ こうなったらしんかのひほうでたおしてやる」

カンダタはパンツの中に手を入れるとごそごそを何かを漁りだした。何というか卑猥だ。わいせつ物陳列罪だ。都市条例違反だ。案の定、女の子たちは顔を赤らめならがらあさっての方向を向く。このイベントは作ったのは俺じゃない。

「だって入れるとこ一つしかないじゃない」

この女、少しは恥じらいというものを知らんのか? それは私のおいなりさんだとカンダタは自分のパンツから金色の珠のようなナニかを取り出す。この時点でレッドカードである。一年くらい公式試合出場停止。ボンジュールの国のワールドカップのジ○ンの頭突きに値する。カルタに栗とリスの絵を入れるような遠まわしなセクハラである。金色の珠が輝きカンダタは緑色の胴体に顔のついた醜い怪物に変わっていく。本来ならトルネコの出番はここからである。

「ごめん。アリサちゃんとすずかちゃん」

「めんご」

怯えていたなのはちゃんが申し訳なさそうに復帰した。希ちゃんも追随する。めんごなんてどこで覚えたんだろう。希ちゃんが使うの聞いたのは初めてだ。

「なのは大丈夫なの? 」

「うん、筋肉じゃなくなったから 」

なのはちゃんにとっては緑の怪物はオッケーでリアル筋肉がダメらしい。基準がわからない。少女の心の傷は複雑だ。しかし、筋肉がダメとなるとザフィーラとか肉付きのいい武装局員とか。このまま管理局勤めで教導教官になれるか心配だ。

ともあれ、これで全員復帰だ。すっかり巨大な化物になったカンダタは語り出す。

「ぐはあぁぁぁぁっ……!

 何者だ お前たちは……? わたしの名はカンダタ。盗賊の王として 目覚めたばかりだ。

 うぐおぉぉぉ……!わたしには 何もわからぬ……。何も思い出せぬ……。

 しかし 何をやるべきか それだけはわかっている……。

 ぐはあぁぁぁぁっ!!お前たち人間どもを 根絶やしにしてくれるわっ!!」

「ねえ、コイツって本当に中ボスなの? ラスボスの間違いじゃないの? 音楽からして違うし、めちゃくちゃ強そうじゃない」

アリサちゃんのツッコミは最もだ。見た目通りならかなり強いが、中身はカンダタなので本家と比べると少々ランクは下がる。仲間にしてわかるが魔神装備で身を固めた奴はバランスブレイカーである。カンダタでは比べようがない。良くてバルザックだろう。

「むむ、これは!? アリサ、下がってなさい。ここはパパが引き受ける。おまえは母さんを連れて逃げなさい」

トルネコは希ちゃんたちをかばうように前に立つと一度後ろを振り返りニコリと微笑む。不安な子供を安心させるような穏やかな笑みだった。辺りはうす暗いがトルネコの周りだけスポットライトが当たっている。どこからともなく悲しげなメロディ「アヴェ・マリア」のテーマが流れだした。そして、周囲の時間がゆっくりになりスローモーションで雄叫びを上げながら駆け出す。アメ公の映画ならアリサちゃんがすずかちゃんに引き止められながらノオーーーーーーーーという絶叫が絶対入る。



「このイベントはもしかしてそういうことなの 」

アリサちゃんは思案するそぶりをみせながらある想像のたどり着いたのか顔色が変わる。PRGをそれになりにやっているとなんとなく先の展開が予測できるものだ。恐らくアリサちゃんも同じように考えたのだろう。だが先のほどと同じ過ちは繰り返さない。本来用意していたのはトルネコが戦闘で負けてせいじゃくのたまで封印して力尽きるという結末だった。制作サイドからすればこの戦闘はオルテガVSキングヒドラのようにAI戦闘で必ず負けるように設定してある出来レース。

しかし、路線を変更した以上、今回トルネコに勝たせる必要があった。そのためこちらで操作できるようにガンガンいこうぜからめいれいさせろに変更してある。しかもランダム制の高いトルネコの特殊行動も特技として使えるからかなり強い。

戦闘が始まる。

希ちゃんたちは見ているだけだ。巻き込まれないように少し離れた場所でトルネコの背中を見つめている。

開始直後

トルネコは なかまをよんだ!
なんと スコットが なかまにくわわった
なんと ロレンスが なかまにくわわった

スコット、剣を使わせたら右に出る者のない傭兵という肩書きだが、なぜがてつのやりを装備している。400Gで5日間雇える。

ロレンス、まほうつかいタイプで攻撃呪文や回復呪文でサポートをしてくれる。本業は詩人でデスピサロの強さを讃える歌を歌っているが、下手だ。600Gで5日間雇える。

スペシャルカード大商人トルネコの二枚の補助カードである。

第一の条件クリア。これで三対一である。仲間が増えることで安定感が抜群に良くなった。しかもトルネコのレベルに合わせて強化されて装備も充実している。これで攻撃が分散されるから生存率も上がり、スコットの壁役、ロレンスの回復、トルネコのせかいじゅのはで負けはなくなった。



次のターン。

スコットのせいけんづき。ロレンスのベギラゴンが炸裂した。トルネコは敵の呪文を口で塞いだ。それにより、カンダタはトルネコにイオナズンを相殺された。

次のターン

スコットの通常攻撃。ロレンスのベホマラー。トルネコの通常攻撃。

そして、カンダタはめいそうをして、カンダタのHPが最大まで回復した。

「めいそうって確かHP500回復よね。ほとんど反則じゃない 」

世の中には三人パーティでひとりしかろくにダメージ与えられないのにベホマを使う鬼畜ラスボスがいるんだよ。ちなみにカンダタのHPは1500で二回行動する。行動前にHP1200を切っていたら自動的にめいそう全回復するまでするようになっている。だから大雑把に言えば1ターンで1200以上のダメージを与えられないとコイツは倒すことができない。この数字はトルネコ一人では絶対に出せないため、負けは必然だった。さらに今の状態でも全員に運良く会心の一撃が出ても達することができない数値だ。

次のターン。

トルネコたちはにげだした。
しかしまわりこまれてしまった。

トルネコの行動にアリサちゃんは怪訝な顔をする。あれだけ言っていて逃げるのはおかしいからだろう。

次のターンも同じように逃げ出した。身を乗り出しそうなアリサちゃんだったが、希ちゃんが腕を掴んで引っ張り耳元何かささやく。ピタッと止まって考えるとしばらくして憮然とした顔まま観戦に戻った。

カンダタのダメージ80の二回攻撃、はげしいほのお、マヒャドに耐える。攻撃のたびに声を上げて血しぶきが飛び、傷つく。死ぬそうになると回復にターンを消費して、運悪くスコットとロレンスも力尽きて倒れても、その度にせかいじゅのはを使い復活させてしのいでいた。おかげてろくに攻撃できていない。14ターンを越えて逃げた計8回を超えた。

第二条件クリア。この条件が一番難しかったかもしれない。

15ターン目

トルネコはちからをためている。トルネコの行動は基本ランダムだが、ここはゲームマスター権限で行動を選ぶ。

一瞬こちらまで大気を震わすような裂帛の気合が伝わった。全体的に体積が20%増えたように見える。次のトルネコ攻撃は二倍。ロレンスとスコットもちからをためてそれに続く。

カンダタは こうげき!
カンダタは しゃくねつのほのおをはいた
トルネコに 150のダメージ
スコットに 160のダメージ
ロレンスに 145のダメージ

カンダタは メラゾーマを唱えた。
トルネコに 160のダメージ

「ぬわーーっっ!! 」

そのセリフはせつなすぎて泣けてくる。父よあなたは強かった。

トルネコは今にも死にそうな声を上げる。だが、まだ彼は立っていた。行動はただ逃げるまわりこまれて、危なくなったら回復という知らないものたちからすれば意味不明ではあった。しかし、敵の攻撃は激しく。最初は憮然としたアリサちゃんも真剣な表情に変わっている。


16ターン目。

条件は全てクリアされた。

この言葉にすべてが集約されている。これまでの行動はすべて仕込み。乱数調整と呼ばれる偶然とデバックの見落としが生んだ裏技である。さらにトルネコの特殊行動からあるコマンドを選ぶ。

スコットの こうげき!
かいしんの いちげき!

ロレンスの こうげき!
かいしんの いちげき!

トルネコは なかまを よんだ!
たびの しょうにんたちが どこからともなく あらわれた!

しょうにん ぐんだんの こうげき!
かいしんの いちげき!

しょうにん ぐんだんの こうげき!
かいしんの いちげき!

しょうにん ぐんだんの こうげき!
かいしんの いちげき!

カンダタをたおした。

まさに数の暴力だった。1ターンキル。スコットの強力な一撃に続き、ロレンスもまほうつかいとは思えないほど強い一撃を繰り出し、トルネコの商人軍団は重い丸い大きいの三拍子揃った商人たちがピンボールのようなスピードでカンダタに突撃し、重機の鉄球でも当たったかのような音を立てていた。今までろくにダメージを与えられていなかったのにちからをためたスコットとロレンスの会心と力ため→会心の一撃×3の凶悪コンボで1500を超えるダメージを与えた。
原典ではハマったときのトルネコは瞬間最大火力が導かれしものの中でズバ抜けていて、低レベルクリアする場合は彼なしでは有り得ないくらいである。そんなことは知らないふたりは声を出すのも忘れて唖然としたまま固まっている。

「アリサちゃんのパパ強いね 」

「パパじゃないわよ 」

ぼそっと言うすずかちゃんにアリサちゃんは惚けたままつっこむ。カンダタは再び元のムキムキ汗だく覆面パンツの姿に戻り、なのはちゃんはビクッと跳ねてアリサちゃんの背中にさっと隠れる。

「なのはちゃん、よっぽど怖いんだ。大丈夫だよ~ 何もしないよ~」

すずかちゃんは小さな子をあやすように優しく声をかける。カンダタは土下座姿勢でペコペコ頭を下げ始めた。

「まいった! やっぱり あんたにゃ かなわねえや……。
たのむ! これっきり こころを いれかえるから ゆるしてくれよ! な! な! 」

はい
いいえ

選択肢が出た。

「どうする? 私はどっちでもいいわ」

アリサちゃんは疲れた顔で周りを見て意見を求めた。なのはちゃんは背中に隠れてみていない。すずかちゃんは許してあげてと答える。希ちゃんはだが断るの反対の答えだった。少し考えた後、このゲームをよく知っているということでアリサちゃんは希ちゃんの意見を採用した。

「そんな つめてえこと いわねえでくれよ! な! な! このしんかのひほうをやるから」

そう言うと股ごそごそとしんかのひほうという名のきんいろのたまを床に置いた。

「いや、いらない」

アリサちゃんとすずかちゃんの両名は速攻でハモるように答えた。同感だ。どんなに優れたアイテムでもあれの入っていた場所を考えると気分的に持っていたくない。呪われてそうだし、うまのふんよりやばそうである。誰も手にすることができずに置いたままのきんいろのたま、希ちゃんが近づいてきてた。

まさか掴むのかっ!

「希、やめなさいっ! 」

アリサちゃんが鋭く注意するのも聞かず。希ちゃんはきんいろのたまのすぐ近くまで来て、おもむろに足を上げると…



きんいろのたまを踏み潰した。

しんかのひほうは おとをたててくだけちった!

「ひいいいいいい~~」

カンダタは返事も待たず悲鳴を上げて逃げ出した。なんか逃げるとき股間を抑えていたような。それはお兄ちゃんも予想外だわ。どうしてかわからないが両太ももの間がきゅとなるような不思議な感覚を感じたわ。

そういえば原典5でゴールドオーブという超重要アイテムがあったが、あれは日本語に訳すと金玉で、天空城はふたつの金玉が必要とか、少年時代に幽霊王様に金玉託されて、謎の青年に金玉を見せてくれと言われたり、オカマにみたいな敵に金玉を砕かれたときとか遠まわしなスタッフの遊び心を感じた。

「もったいない。使えば強力なモンスターに変身できるのに、人として大切な何かを失うけど」

いや、そう言う問題じゃないだろ。それから、そんな物騒なアイテム用意すんなよ。



こうして誘拐事件は人質を無事救出し、さとうを手に入れることができた。

それ以外にあったことといえばトルネコ一家がお互いの無事を喜び合い、そのファミリーに含まれているアリサちゃんもまんざらではなかった様子。それから商人への認識を改めたようだ。それからパパことトルネコからこれから魔王と戦うということでせかいじゅのはを譲ってもらった。さらに無くなったときの場所も教えてもらう。

すぐになのはちゃんのルーラでポルトガに飛ぶ。今まで酔っていたふたりも何度も繰り返すうち慣れてきてまっすぐ立っているが、表情は冴えない。

目的の王城の門をくぐり、謁見の間に入る。

「おお のぞみさん! よくぞ くろざとうを もちかえってくれました!
おれいに ぱふぱふしましょうか? 」

はい
いいえ

「ぱふぱふって何だろうね 」

「おにいちゃんも教えてくれないんだよ 」

「なんか手をわきわきさせて嫌な予感がするからやめたほうがいいわね」

「それはざんねん ではやくそくです。 ふねをあたえましょう! おもてに でてみてね
ただ うちうみには ふねをひきもどす きけんばしょがあるので
ちかづかないように ああ クロノ いつになったら もどってくるの 
もう いちねんになるのに」

「クロノ君いないんだ」

なのはちゃんにとってちょっと気になる情報はあったが、こうして希ちゃんたちの冒険は船という足を手に入れ次のステップへ進む。大海原へ出て一気に世界は広がる。感動だ。

「こんな大きな船に乗れるなんてすごいね。このゲーム」

「確かにね。いろいろあったけど、今のところ順調ね」

(ここからは難易度が上がるから )

カナコの言いたいことは自由度は広がる代わりに適正レベルが低すぎて思わぬ強敵と遭遇する可能性もあるということだ。下手したら全滅することもある。戦い方だけではなく場合によっては逃げるのも大事になってくる。ところが船を入手してみんなテンションが上がり浮き足立っていた。無理もない疑似的ではあるが広い大海原や太陽の光、不規則で強い風 波の揺れ、潮の香り、水の感触を体験しているせいだろう。

「海、濡れた感触が本物みたい」

「ちょっと、まさか、夢でこれって」

アリサちゃんが不安げな表情になる。濡れる夢すなわちお漏らしと関連があるからだろう。トイレ行ってなかったね君たち、しかも水飲んでたし。

(心配ない。トイレに行きたくなったらちゃんと起きれるわよ。こっちでちゃんと見てる。生理反応もちゃんとモニターしてるからちゃんと起きれるわ。)

「そうなんだ良かった」

温泉での粗相の一件は俺とアリサちゃんの間で協定が結ばれ戒厳令が敷かれている。アリサちゃんたちはお漏らしの心配がないことに安心したのか。船の操作に夢中になっている。いかづちの杖を入手しのぞみちゃんがベギラマを使えるようになった。迷いなくスーに行き正面の井戸を調べ、海の敵を蹴散らし、見知らぬ土地を歩きながら冒険を楽しむ。航海は夜になっても続く。夜の海は危険なのだが、それを言うことはできない。案の定、この海で出会いたくない敵が近づいてきたようだ。

テンタクルス3匹が現れた。しかもこちらがみがまえるまえにおそってきたよ。防御キャンセルでないのでやばいすぎる。防御キャンセルの唯一弱点はこれだ。敵の見た目は巨大な青いイカで大きく身体だけで4、5メートルくらいはあるだろう。今までの敵の中では段違いの迫力だ。しかもHPと攻撃力が高くしかも二回攻撃(ときどきつうこん)という海の強敵である。

テンタクルスのつうこんのいちげきっ! なのははしんでしまった。

「わっ! 」

なのはちゃんは倒れ棺桶に閉じこめられる。ここまでは誰も死なずに来てたけど初の死亡者はなのはちゃんか!

戦闘開始のターンで集中攻撃でなのはちゃんが死ぬという最悪のパターン。コマンドが真っ赤に染まった。いつみても不安を増幅させてくれる。防御力が高いすずかちゃんも集中攻撃でわりと危ない。ザオラル使える希ちゃんがいるからまだましかもしれない。

「よくもなのはをっ! 」

仲間想いのアリサちゃんは興奮して判断を誤り戦う選択をしてしまった。逃げていればまだ生き残る可能性はあったのだが、今のうちにお祈りしておこう。アーメン。ゴールド預けておいてよかったね。

つうこんのいちげきっ! なんとアリサはしんでしまった。

「なんでまたつうこんなの~」

そして、とうとうすずかちゃんまでしんでしまった。運良く残されたのは希ちゃんのみ。

「メガザル! 」

棺桶に閉じこめられてた三人が蘇り、代わり希ちゃんが棺桶行きになる。

「なんでもう一回ッ!! 」

夜の海に少女たちの二度目の悲鳴が響いた。今度は迷わず逃げるを選択したのだが、運悪くまわりこまれてしまった。またしてもつうこんをくらい運が悪かったとしかいいようがない。今回の戦いはひとり残された希ちゃんがメガザル使ったので、死んだ三人はもう一度生き返りもう一度味わう羽目になった。いや間違ってないよその作戦。回復役が死んで、やくそうでは間に合わないから逃げるの選択は正しい。でも敵の強さからしてこのまま負けた方がよかったかもね。

希たちは全滅した。



モンスターは満足したのか姿を消した。すると、どこからともなく忍者のような姿の人間がわらわら現れて、棺桶を回収するとルーラを唱え、ポルトガに飛ぶ。彼らが噂の全滅した勇者回収部隊である。彼らはたとえ恐怖の象徴の大魔王が目の前にいたとしても、敗れた勇者を確実に回収して王様のところへ運ぶ仕事人、影の立役者なのだ。報酬は勇者の所持金から半額と非常に律儀である。たとえ100ゴールド持っていようと99999ゴールド持っていようと例外はない。

「おお、希さん、死んでしまうとはかわいそうに 」

場面は変わり、リンディ女王様のところへ戻された。希ちゃんの後ろで二つの棺桶がカタカタ動いている。あれはなのはちゃんとアリサちゃんだ。すずかちゃんの棺桶はなぜか静かである。このゲームで一番きついペナルティは死んで棺桶に閉じこめられることだ。不自由で暗くて怖い。全滅すると所持金は半分だ。勇者サルベージ部隊の報酬に持っていかれた。王様の話が終わり希ちゃんは蘇生呪文ザオラルを唱える。成功率50パーセントながらMPはほぼ無尽蔵なので便利だ。このへんは余計な出費がないので財布に優しい。教会はほぼ希ちゃん一人だけ死んだとき用である。教会の神父は学園退魔師との死闘で手に入れた折れた霊剣に宿る魂イングランドの神の御使いジョージさんの人形にやってもらっているが出番はないかもしれない。

「ふぅー。散々だった。よくよく思い出してみると、あれはオープニングであたしの船を沈めた怪物だったわ。あーもうー油断した悔しい~ 」

「うぅ、暗くて狭くて怖かったよぅ」

「なんかすごくリラックスできたよ」

思い切り悔しがるアリサちゃんと涙目のなのはちゃん。ふたりには災難だったが、夜の一族のすずかちゃんは逆に休憩できたようだ。気持ちよさそうにあくびをしている。やっぱり家に棺桶とかあるんじゃないだろうか? ベットで寝てたのも偽装だったりして。気を取り直して再び船に乗る。彼女たちには良い教訓になった戦いだった。船で世界中を回り、夜になったら無理せずルーラで村に帰っているから先程の教訓からさっきよりも慎重に勧めているようだ。今は旅と途中で海賊のアジトでレッドジュエルシードを入手し船に乗ったところである。

現在のレベルは希ちゃん20、アリサちゃん24 すずかちゃん25 なのはちゃん20だ。  

レッドジュエルシードを手に入れたということはそろそろかな? カナコがデッキから二枚のカードを引いて飛ばすのが見えた。

 

今は昼間、船上ではアリサちゃんが舵を取り、すずかちゃんとなのはちゃんが見張りして、希ちゃんは地図で現在位置を見ていた。

「え~と、船が近づいてくるよ」

手を額にかざして目を細めているすずかちゃんが皆を呼ぶ。近づいてくる船はこちらの船と同型艦見た目ちょっと色が違うだけで一緒だ。決して手を抜いたわけではない。あまり出番がない以上凝っても仕方がないという判断だ。

船は横並びにつけると停船する。それに合わせてこちらの船も停まった。船室から金髪に黒いバリアジャケットと金色の刃のついたハーケンを装備した少女が出てきた。

「フェイトちゃんっ! 」

なのはちゃんの声が弾む。見た目はポリゴンだから当然本物ではない。それでもなのはちゃんにとってフェイトちゃんは特別なようである。今までで一番うれしそうだな。ポリゴンフェイトちゃんはこちらの甲板に羽でもついているかのように容易に跳び移るとバルディシュを構えて言った。

「あなたたちのレッドジュエルシードを渡して」

はい
いいえ

の選択肢が出た。

「はい。フェイトちゃん」

「ダメよ。そんなのいいえに決まっているでしょ 」

なのはちゃんは迷うことなく「はい」を選ぶが、アリサちゃんが強引に割り込んで選んだのは「いいえ」である。いや~若いねえ。血気盛んで。

「だったら腕ずくでももらっていくよ 」

戦闘場面に切り替わる。これはイベント戦で勝つのは難しい。4章のキングレオ戦のようなものだ。攻撃はメタル系並に避けられるし、二回行動でライデインを連発してくるフェイトちゃんになのはちゃんが最後まで粘ったが、瞬く間に全滅させられてしまった。だが、これはイベントなので通常の全滅とは異なるのでペナルティはなし。

「うぅ… 強いよフェイトちゃん」

「まさか、襲ってくるなんて思わなかったよ」

「どうやって倒せっていうのよ。こっちの攻撃は当たらないくせに一回食らっただけで半分削られる攻撃魔法連発してくるし、勝てるわけないじゃない」

「まごまご」

みんなノックダウンさせられてグロッキー状態である。ライデインでびりびりさせられて返す言葉もどこか力がない。本来は勇者がモンスター相手に使う魔法を振るわれたわけだから理不尽といえるかもしれない。

「まだ戦う? ジュエルシードを渡して」

はい
いいえ

フェイトちゃんは再び問いかけてきた。なんとか立ち上がったアリサちゃんは次は負けないと今度もいいえを選ぶ。

「今のは手加減した。次はギガデインで行く。ジュエルシードを渡して」

はい
いいえ

脅しに入るフェイトちゃん。人形とはいえ容赦がない。

「ねえ、ギガデインって、確かダメージ200のこのゲーム最強クラスのグループ魔法よね。それを二回も撃ってくるわけ? 」

アリサちゃんは冷や汗をかく。自分の選択がようやく無謀なことに気づいたようだ。このフェイトちゃんは心をひしぎ折りに来る。一応レベルを上げて装備を整えれば倒せないこともない、マホトーン、マホカンタとかあるし、今のこのパーティでは倒すのは難しい。このままいいえを答えるともう一度戦わなけばならない。彼女たちは知る由もないが実は黒いリボンを使うとキラーパンサーのように匂いをかいで仲間にすることができるイベントも考えていたが、実装されていない。

ちなみにフェイトちゃんを仲間にした場合はこんな感じになる。

なまえ    フェイト 
しょくぎょう ゆうしゃ うちゅうヒーロー
せいべつ   おんな
せいかく   がんばりや
れべる 44
HP 320
MP 999     

E バルデッシュ
E バリアジャケット
E しろいりぼん
E りゅうのひげ

ちから   105 
すばやさ  255
かしこさ  255
たいりょく 160
うんのよさ 20
さいだいHP 320
さいだいMP 999
こうげき力 225
しゅび力  227

とくぎ きす(敵の動きを封じる)  
    ソニックモード(すばやさを上げる代わり、守備力が下がる)
    フォトンランサーファランクスシフト(怒涛の4回連続雷撃魔法)
    サンダースマッシャー(先制単体雷撃魔法)

いなづま斬り すてみ はやぶさ斬り もろば斬り ライデイン ギガデイン ギガスラシュ いなずま メガンテ 

めいそう みねうち マジックバリア 身代わり 受け流し 身かわしきゃく マホトーン なめまわし

ルーラ リレミト フローミ レミラーマ ラナリオン 



とこんな感じである。雷を使えるので問答無用で勇者だ。バルディシュ装備のため補正がついているがレベルも高く。圧倒的な力を持っている。スペシャルカードの最強クラスと言ってもいいだろう。

「無理だよ。一回で全滅しちゃう。あきらめようよ。アリサちゃん」

すずかちゃんが説得に入る。アリサちゃんはしぶしぶいいえと答える。これはもうしょうがない。

なんとレッドジュエルシードを奪われてしまった。

「ジュエルシードはあきらめて、これは不死鼬ユーノを復活させる6つの鍵のひとつ、その巨体は人の足では越えることのできない山脈に囲まれた魔王城にたどり着くための最後の手段、母であるサマオンサ王の命令で誰にも渡すわけにはいかないの。地球のへそ、テドンの村のはすでに見つけた。残り後三つ、どこかにあるという山彦の笛があれば簡単に見つかるのに」

そう言ってフェイトちゃんは去っていった。長々と誘導じみた説明台詞ありがとう。おかげで旅の目的がはっきり伝わったと思うよ。

フェイトちゃんの言葉をヒントに山彦の笛を入手するとジュエルシード集めを再開された。



残りは名も無きの町とジパング、そして、一番手間のかかるネクロゴンドである。

向かったのは名もない町、ここで仲間の一人を町の発展のために置く必要がある。通常はルイーダの酒場で適当な商人にハンとスピルと名前をつけて仲間に加え早々に引き渡すのだが、ここでは誰か一人にするのはかわいそうなので、代表者をひとり決めてみんなで一緒に町を発展させることになる。

そのため誰かを商人へ転職させなければならない。

ダーマ神殿へ向かう。近場でぼうけんのしょを記録できるのでここでしかセーブしない人も多い場所だ。古代ギリシャのような白い大理石の石造りで大掛かりな噴水や人工池が特徴である。転職の祭壇には周りにはかがり火が焚かれ、白い石の床と人口池の水面に反射して独特の温かみと神秘性を醸しだしていた。中心にいるには大神官いうには不釣り合いの小柄のくちばしのように左右に二つの割れた帽子が特徴の全体的に黄色の神官服を着た金髪幼女が立っている。年齢はなのはちゃんたちより幼い。フェイトちゃんのお姉さんことアリシアちゃんである。

「誰が転職するの~ 」

少々間の延びた声で聞いてくる。神官服もダボダボで袖の長さが足りず。帽子も大きすぎて傾いている。

なにこの可愛い生き物。案の定フェイトちゃんに愛しさとせつなさがマックスのなのはちゃんは目をキラキラさせて辛抱たまらんという感じだ。いいのか? いくら好きな娘の小さいモードとはいえ人形だぞ。

「ちっちゃいフェイトちゃんだ… 」

なのはちゃんの目がやばい。うわごとをつぶやきながら熱に浮かされたようにふらふらとした足取りでアリシアちゃんに近づいていく。おまわりさんが通用しそうなレベルだ。お客さんあまり手で触れないようにね。

「あんななのは初めて見たわ」

「むぅ~ 」

アリサちゃんは若干引き気味。すずかちゃんはなのはちゃんを微笑ましい目で眺め、希ちゃんはやきもちからか少々むくれている。こうしていては話が進まないので神官アリシアちゃんを動かしてこちらで転職儀式を始めることにした。まずは希ちゃんを賢者にアリサちゃんを商人へ転職させた。

このゲームではレベルが20になれば自由に転職できるようになっている。ただしゆうしゃには誰もなることができないし、他の職業から遊び人になることができない。けんじゃになるにはさとりのしょが必要だ。

また、転職によるレベル1に戻るペナルティはない。レベル20になりさえすれば何度でも転職は可能になる。経験値を稼ぐ無駄な時間を減らすための改変だ。ステータスが変化するドラクエ7に似た方法を採用している。経歴もつく仕組みだ。呪文も戦闘回数ではなくレベルに合わせてその場で習得可能。ただし特技と呪文の引継ぎはできない仕組みだ。ゆうしゃとけんじゃなるには特殊な条件が必要である。けんじゃはさとりのしょを持った状態か最初からあそびにんでレベルを20まで上げる必要があり、ゆうしゃにはあるアイテムが必要である。

また、遊び心として、四人にはそれぞれ固有のモンスター職を用意した。モンスター職はアリサちゃんはしにがみきぞく、すずかちゃんはバンパイア、なのはちゃんがドラゴン、希ちゃんはマネマネである。残念ながらマニアックだったのか選ばれることはなかった。

(あなたのモンスター職はくさったしたいでくさりはじめってところかしら? レベルも低いからニフラムに気をつけないと)

やめれ。かゆうまとか日記に… ってもう書いてるな。ただくさったしたいはモンスターとしては好きだから気分は悪くない。ひたむきに無償の愛に殉じたくさったしたいスミスがいるからである。

「希、遊び人が賢者になれるの知ってたのね」

アリサちゃんはジト目で睨む。防御キャンセルのこともあったので、またかという感じである。

「本気出した」

得意げに胸を張る希ちゃん。してやったりの顔をしている。希ちゃんは賢者に転職したことでステータスが大幅に強化され、攻撃呪文もどんと増えた。しかも賢者になったことで特殊能力が追加されている。容姿はうさ耳は外され。サークレットが代わりにつく全力を出すときには指輪になる素敵な仕様だ。額には目の形をした黒いアザが刻まれる。ネオアトランティスのように横ではなく縦になっているのが特徴だ。

アリサちゃんも大商人トルネコの娘補正により天空シリーズと固有装備を除くあらゆる武器が装備可能である。王者の剣も装備することが可能だ。さらに全体的なステータスは伸びている。容姿的な変化は賢者に比べるとあまり大きな変化はない。小さなそろばんのアクセサリーがついたことくらいだ。

「まあいいわ。これでこっちの戦力は大幅に強化されたし、私もせんしのときより強い。すずかとなのはも見てみましょう」

まともに考えるならバランス的にすずかちゃんはせんしか盗賊に転職することも考えられるが、キラーピアスは武闘家にしか装備できず二回攻撃は会心率も高くパーティの要になるので、特に転職する必要はないという判断。なのはちゃんの職業も同じ結論に達した。

そのなのはちゃんはさっきからアリシアちゃんから目が離せないようだ。いろんな角度から眺めては可愛い可愛い言っている。

「ねえ~ もうちょっとここにいようよ」

なのはちゃんしては珍しい。よほど気に入ったようである。

「なのは、行くわよ」

「あ~ん、ちっちゃいフェイトちゃん連れて行くの~ 」

名残惜しい様子で精神年齢が下がり駄々っ子になるなのはちゃんをずるずる引きずりながら、ダーマを出てスーの村へキメラの翼で飛ぶ。網の目のような川を移動して、名も無き村に到着した。

ここで代表になったのはアリサちゃん、まあ想定内というか。トルネコの娘ということでそうなるように設定してある。一応誰がなってもいいように調整はしておいた。本来の町名前はアリサバーグになるのだが、本人から不満が出たので、仕様を変えて自由につけてもらうことにした。

アリサちゃんがつけた名前はにゅーよーく。世界一の町にしたいという意気込みだけは伝わってくる。位置もそれっぽい。

ここの商売の方式はトルネコの妻ネネ方式、資金を元手によそから武器や防具を買いそれを1、5倍で売りつけるというつっこみどころ満載の商売だった。まあこのゲームでは最初は通常価格10倍でどれだけ粘っても2倍までしか売ってくれないあこぎな商人がいるからまだ良心的だと思う。途中で近所の城に納品するイベントも実装されている。エジンベアという全身銀色タイツで他国を猿呼ばわりする国だ。腹いせにかわきのつぼを拝借しておいた。図面を書いて誰が一番早くパズルを解けるか競争したら、希ちゃんがなのはちゃんと僅差で敗れたものの健闘したと思う。返す刀でかわきのつぼで浅瀬の島を浮き上がらせてアルハザードのカギをゲットした。これで牢屋は怖くない。儲けが10万くらいになれば町はさらに発展する。そうして次のステップに進むことができるのだ。

ここでの裏技ではじゃのつるぎをガメておけばのちのち資金繰りが非常に楽になるのだが、それは言わぬが花。

「希、どうしてはじゃのつるぎを渡さないの? それこの店じゃ一番高く売れるのよ。持っていたらお金が増えないし、遅くなるじゃない」

「これは売らないで持てるだけ持ったほうがいいの」

ほう。希ちゃん気づいたか。遊び人の選択といい防御キャンセルといい、このゲームの内容は教えてないし、トルネコ式を話したのはたった一度だったはず、そんな普通ならば忘れていることを覚えているなんて、さすが記憶力に優れているだけのことはある。もしかして俺の言った言葉を一言一句覚えているのかな?

しかし、確保できたのは15本でこれ以上は持ちきれなかった。このゲームにはどうぐふくろなんてものは存在しない持てるアイテムはひとり8個まで、代わりにどんなアイテムでも預かってくれる預かり所はあるが、手数料取られるから高いものには注意しよう。おうごんのつめとか手数料がやばい。他にも重要アイテムはあるからかなり制限がつく希ちゃんのアイテム欄はこんな感じだ。

みかわしのふく
まどうしのつえ
はじゃのつるぎ
はじゃのつるぎ
はしゃのつるぎ
はじゃのつるぎ
はじゃのつるぎ
はじゃのつるぎ

残り9本はなのはちゃんとすずかちゃんが持ってくれたので助かった。

ゲーム時間で十日程過ぎて必要な額はすぐに集めて次のステップに進む。

資金が貯まってあちこちに施設が立ち並び、村人もだいぶ増えた。イベントで村長に任命され、資金の運用を任されることになった。やることは資金の投入先の決定や資金を増やすためによそで品物を買い付けそれを必要なところへ高く売りさばく、ちょっとした内政ゲームに変わる。扱っている額も桁違いだ。

女性秘書を二人の中から選ぶことができる。白人の栗東夫人と黒人のおコメさんである。アリサちゃんはお米さんを選択した。

流れとしては各村や町に売られている十数個の銘柄からいくつ買う。そして、次の日以降に買ったものをなるべく高く別の町や村に売り利益を得るゲームなのだ。売値と買値は毎日変動し、銘柄も穀物のように単価が安くて大量に買えるものから、貴金属のように単価がバカ高くて少量しか買えないものが存在する。毎日ヒントとして治安状況や天候、行事等を教えてくれるので、それを元に価格の推移を予測すれば利益は大きい。

目的は100万ゴールド集めれば街は完成しイベントクリア、上手くお金を増やせずに破産したり一定期間が過ぎると革命が起こり牢屋に入れられるので彼女たちも気合が入る。

「小豆って高く売れるのね。スーで買ってポルトガで売ると利ざやがやたらおっきいし、あそこの女王甘いの好きだからお汁粉とかぜんざいでも作るのかしら? 」

だいたい合ってる。

「アリサちゃん、危険な気がする。きっと罠だよ。扇子からビームを撃つ人の罠だよ」

「誰よソイツ、でも効率いいでしょ 」

「だけど、他の銘柄と比べるとあからさまに利益が大きすぎるし、価格の変動も不自然なくらい動いてない。これっておかしいと思わない? 」

「小豆相場ダメゼッタイ」

「希までそう言うんだ。そうね。うまい話には裏があるってパパとママも言っていたし、他の銘柄にしましょう。金なんかエジンベアに高く売れるみたいよ」

そう。小豆だけは罠だ。一定以上買うと売値が大暴落する仕組みになっている。小豆相場なだけに、しかも以降は買値以下のままだ。見破ったのはすずかちゃんか。このゲームは利ざやが大きいからと言って買い過ぎると値段が下がり、下手したらマイナスになる可能性がある。そのためいかに適切な量を見極められるかも鍵を握っていると言える。金の選択はなかなか賢い。単価が高いのであまり大量に買われることがないので値が下がりにしくく、秘書が世情不安を言っていたので売値も上がりやすいという設定もあるのだ。

賢いのはいいけど、こっちが用意したトラップに引っかかってくれないのは少し寂しい。結局このゲームも十数回の取引で目標額100万ゴールドにすぐに到達することができた。思ったより早かったな。

何もない寂れた村は巨大な町長屋敷とカジノを持つこの世界屈指の町へと変貌を遂げる。イエロージュエルシードは町が発展した記念品として贈呈された。しかし、これが終わりの始まりである。革新的な政策を進めるアリサ町長に対して、ついていけなくなった町人が革命を起こし、武力制圧され、アリサちゃんたちは捕らえられ牢に入れられてしまった。

「何かパパから聞いた胡蝶の夢ね。ゲームなのはわかってるけど、この町がどうなるか心配だわ 」

アリサちゃんはそのときだけは老境を迎えた人間が遠い過去を振り返るような遠い目をしていた。にゅーよーくとつけたのなら、黒い日曜日事件やテロリストの標的にされるかも。

「なんか密度の濃いイベントだったねえ、村の武器屋から始まって村長なってものすごく稼いで、大金持ちになって、結局革命が起こって牢屋行きなんて 」

このイベントの趣旨は栄枯盛衰といえる。やるせなさを感じたものだ。外では革命万歳の声が聞こえる。この町を作ったのは誰なのかも忘れているのだろう。

「誰か来るよ」

なのはちゃんが誰に気づいたようだ、近づいてきたのは一人の法衣姿の猫耳の生えた女性だった。彼女は牢の鍵を開けると手招きして出るような仕草をする。スペシャルカードのゲリュオンを極め現在は僧侶のリニスである。

「ここから出てください。私は革命には賛成でした。でも今にして思えばあなたたちのように強力なリーダーシップを発揮する方がこんな牢で一生を終えてはいけないと思うのです。さああなたがたが旅立つ前に装備とお金を持ってきました。今なら誰にも気づかれずに逃げることができます。どうか最初にアリアハンを出たときの気持ちを忘れないでください」

こうして長い寄り道は終わり、旅を続けることになった。特殊イベント経験値でレベルが5上がる。本来の原作にはない仕様だが、時間をコンパクトに押さえるために取り入れたシステムだ。ライバルフェイトちゃんの存在にも俺たちのそんな思惑がある。これで現在のレベルは希ちゃん25、アリサちゃん29 すずかちゃん30 なのはちゃん25だ。

レベルが上がってこのパーティはひとつの戦術の転換期を迎えた。なのはちゃんと希ちゃんのバイキルト修得である。この呪文は攻撃力を二倍して何ターンも継続するためボス戦ではかなり重宝されバランスブレイカーと言っても過言ではない。ボス戦においては自動回復があるため1ターンあたりの与えられるダメージがそのまま難易度に結びついているからだ。ただし魔王クラスだといてつく波動で呪文の効果を無効化されるので有効性は下がる。それでも愛用したものは多いだろう。

手元に残ったのは街作りの前に持っていたお金と装備品、そして、はじゃのつるぎ15本とイエロージュエルシードだ。しかし、その中に一本だけは違うものが入っていた。お金を作ろうと売りに行ったときにそれを売るんなんてとんでもないと言われた。

「たくさんあって見落としてたけど、ねえよく見ると形が違うし、このアイテム、はしゃのつるぎって書いてあるよ」

「はじゃとはしゃってまぎらわしいわね。鑑定してみるわ」

そう言ってアリサちゃんが鑑定を始めた。実のところこれは強力で実装する予定のなかった武器だ。また間違いで混じってしまったようだ。

「これは ぶきね。
しかも たたかいのとき どうぐとして つかうと とくべつな こうかが ありそうね。
これを そうびしていれば ほのおとせんこうとばくはつまほうダメージが あがりそうね。
これを そうびできるのは いないわね。
わたしには そうびできるみたい。
まったく たいそうな しろものね。もし みせやに みせても こいつの ねうちは わからないとおもうわ。」

ちなみにガイドブック用の説明はこうだ。

覇者の剣・・・攻撃力125 神の金属オリハルコン製の剣。かつては人間のものだったが、誇り高い魔王の手にわたり勇者と大魔王を大いに苦しませた。闇の祝福を得て誇りあるものでなければ装備することができない。装備するとメラ・ギラ・イオ系の呪文の威力が上がり、道具として使うとベギラゴンの効果で一定の条件で特技 超魔爆炎覇を使えるようになる。

まあ出てしまったものは仕方ない。結局はしゃのつるぎはアリサちゃんが装備した。本来は誰にも装備できないように設定されていたのだが、大商人トルネコのスキルにより装備が可能となってしまった。とはいえ強さ的にはグリンガムのムチとかはぐれメタルのけんようなカジノ武器レベルのものだから修正しなくていいだろう。超魔爆炎覇はカナコ曰く使用条件が厳しいためスペシャルカードでもないと使えないらしい。



次はなのはちゃんの強い要望もあってサマンオサを目指す。順番的にはヤマタノオロチではあるが、こちらの都合で後回ししてもらっている。仮に行っても期間限定で入口に門番を立てているから入れないようにしてあった。フェイトちゃんの言動も仕込みの一つだ。それにお金で買える最高の装備が揃うサマンオサを目指すのもいい。サマンオサで待ち構えていたのはプレシア女王。善政を敷いていたが突如変貌して国民を苦しめ、この国の勇者最終戦士ジークフリードを追放してほこらの牢獄に投獄してしまったという。さらに娘のフェイトは女王の命令でジュエルシードを集めている。



女王のところを訪ねていくと、緑色の顔をしたプレシア女王に因縁をふっかけられて捕まってしまった。今は牢屋の中だ。二度目の彼女たちは落ち着いたものである。

「また、捕まっちゃった。しかも女王様に誰も気づかないみたい。緑だったし 」

「そうだね。ここの女王様の情報を総合して考えると怪しいね。緑だったし 」

「間違いなく化けてるでしょ。緑だったし 」

「必要なのは正体を暴くラーの鏡。緑だったし? 」

「いや、そこは続かなくてもいいじゃないかな 」

アルハザードのかぎを使って難なく城を脱出するとかがみを求めてサマンオサ南の洞窟に潜る。実は最短で目的の宝箱に向かうと設計ミスじゃねと思うくらい短い。だが彼女たちは正しいルートの落とし穴をアリサちゃんの先導で避けて、目の前の宝箱を漁る。さすがの俺もタンジョンの正式なルートまでは希ちゃんには教えてない。むしろ俺の言葉をしっかり覚えて行動できる希ちゃんがすごいのだ。実はここは初見では宝箱多くミミックパラダイスで運が悪いと阿鼻叫喚なのだが、このパーティにはインパスがあるので見事に回避されてまくっている。

「ここ赤いの多いね」

「そだね」

「まったく冗談じゃないわ。なのはと希がいてくれて良かった。今のところ手に入ったのはぬいぐるみか。一応鑑定みるわね 」

トラップの多さに文句を言いながら、アリサちゃんは戦利品のぬいぐるみの鑑定を始めた。ぬいぐるみは装備すると等身大の猫の格好になれるネタアイテムである。これは四着いらなかった。

「えっと……。 これは からだを まもるものね。
だれでも そうびできるみたい。
もし みせやに うれば 262ゴールドに なるわね。
守備力低いし、特にいらないわね」

「そんなことないよっ! 可愛い」

すずかちゃんがめずらしく強く反発する。そうか家が猫屋敷だもんな。ぬいぐるみをみつめる視線が熱い。

「すずか、もしかして着たいの? 」

「うん、うん」

ぶんぶんうなずくすずかちゃんに気圧されるようにアリサちゃんはぬいぐるみを渡す。すずかちゃんはコマンドを開いてさっそく装備する。

「あつらえたみたいにピッタリだね」

「不思議、なんか全然軽くて動きやすいよ」

そう言うと動きにくそうな格好にもかかわらず。軽快に動く。戦闘員が得意とする連続バク中はもとよりムーンサルトなんかも特技なしで披露している。それは戦闘によっても同様で数回の戦闘の検証であきらかに攻撃力・素早さ・会心率・回避率の向上が見られた。なのはちゃんと希ちゃんは首をひねり、アリサちゃんは納得できていない様子だった。俺にはなんとなく思い当たることがあったが確証がなかったので黙って相方を見ると、わかったわよと視線とやる気のない手で返事をしたカナコの方からみんなに説明が始まった。

(私からみんなにちゃんと説明するわ。この世界は数字や設定だけでは測れない想いを力に変える作用があるの。夢だからね。アリサがはしゃのつるぎを設定された攻撃力で選んだのも正しいけど、自分の感覚にあった装備にも補正がつく仕組みよ。すずかは猫に対して特別な思い入れがある。だから防具としては弱いぬいぐるみもすずかにとっては最強の防具になり得るのよ。だから多分フェイトがこの場所にいたならあぶないみずぎが最終装備になっていた可能性があるわ)

確かに、防御力は低くてもすばやさが上がりほしふるうでわ並みの効力はありそうである。

「じゃあ、このままでもいいのっ!? 」

「好きにしなさいよ。強いならメルヘンでもいいわ」

「私は可愛いと思うよ」

「ねこさん 」

嬉しそうなすずかちゃん、あきらめ声のアリサちゃん、なんとかフォローしようとするなのはちゃん、見たまんま言う希ちゃん、思いもよらないところですずかちゃんの最強装備が決まったようだ。これを着たまま世界を救ってもし後世に残ったりなんかしたら、伝説のぬいぐるみとして語り継がれていくんだろうか?


彼女たちの現在地は地下三階のぬいぐるみの宝箱の前。ここからは地下湖を隔てた浮島に二つの石柱の間にいかにも特別なものがあると主張している宝箱がある。近くには足場とは違う色の黒い空洞も見えた。

「きっとアレだね。でも足場のないのに、どうやって取れるのかな 」

「多分、落とし穴ね。上にそれらしきものがあるわ」

「宝箱の近くにも穴があるみたいだよ」

アリサちゃんが指差すとその方向には地下に二回の正規ルートの落とし穴に通じる空洞が見える。落ちたり飛んだりが嫌なので無意識に避けていたのだろう。案の定通ることを考えているのか苦々しい表情になる。

「アリサちゃん、嫌そうだね 」

「当たり前でしょ! アンタとなのはは平気でも、私と希は苦手なの 」

「大丈夫、アリサ、ここから取れる。えいっ 」

そういうと希ちゃんは自分の髪に手を通すしてカミノチカラを発動させると、くるくる回してルアーの要領で髪の毛を飛ばす。しかし、捕まえたのは石柱の方だった。しかもうまくコントロールができないのか。そのまま引き寄せてしまい。風圧が彼女たちの髪をなびかせるとすごい勢いで後ろの壁にめりこませていた。当たったら棺桶逝きだな。下手をすれば強制覚醒するレベルだ。

「間違えた」

「間違えたじゃないっ! 危ないでしょうがっ! 」

能天気な希ちゃんにアリサちゃんは少々キレる。希ちゃんはそんなことはお構いなしにアリサちゃんをじっと見つめてニコニコと返す。やがて毒気を抜かれたアリサちゃんはもういいとガクリと下を向くのだった。怒られているのになぜか喜んでいるのだ。

のぞみはがんせき投げを覚えた。ここで律儀に特技覚えて追加すんな。ここでもカミノチカラを使えるんだな希ちゃんは元祖の俺は形無しだ。カナコ曰くここではできないと思ったことは絶対にできないらしいから、髪の存亡の危機と長年戦ってきたからこそ俺には不可能なのだろう。

結局、三回目のチャレンジで宝箱をゲットすることができた。

「ねえ、これってアリなのかな? 」

いや、それRPGの設計者に喧嘩売ってるから、ちゃんと落とし穴から落ちて取ってくださいよ。希ちゃんの能力考慮してなかったこっちにも落ち度はあるんだけさ。だから特に何も言わなかった。願わくばダンジョンの壁を壊すとか、段差を飛び越えるような真似は謹んで欲しい。様式美というかお約束はきちんと守ってほしい。




ラ・ムーのかがみを手に入れこっそりと女王様の寝所に忍び込む。イシスのときと違って全然ときめかない。割と簡単に潜入には成功し、眠っている緑の肌のプレシアを鏡に写す。

「みーたーなあ?
けけけけけっ! いきてかえすわけには いかぬぞえ。」

プレシア女王はぶくぶく太り緑色プレシアDXへとその醜い姿へと変貌を遂げる。

「さすがに強そうね。防御キャンセルから私はきあいため。すずかは通常攻撃。希となのははバイキルトをかけて」

「うんっ ……あっ、間違えちゃった」

最後の順番のなのはちゃんがコマンドミスしたようだ。最後尾のキャラクターは選択ミスるとそのまま反映されてしまう。まさかマダンテじゃないよな。せっかくここまで来たのにぼうけんのしょが飛ぶのは勘弁して欲しい。

無情にも戦闘は進む。すずかちゃんの先制攻撃、アリサちゃんのきあいためが続き、なのはちゃんの出番が回っていた。
仕方なしに選んだ呪文を詠唱する。

「メ、メラっ! 」

なんだメラか。大したダメージは期待できまい。案の定、メラというも申し訳ないほど豆粒くらいの炎がゆっくりとボスへ飛んでいく。でもこんなエフェクトだったか? 考えてみれば序盤からベキラマ使えたし、ヒャドもあった。今はメラミだって使える。希ちゃんがまどうしのつえでメラを打ったことがあるがもっと大きくてスピードもあってこんなもんじゃなかったはずだ。  

ひょろひょろと揺らめきながら小さな火の玉がプレシアDXに当たった瞬間!



閃光で当たり一面が光り、モニターが白く染まり状況が把握できなくなる。轟音が響く。全身を包むほどの火柱となり敵を焼き尽くすと昇り龍のように天高く突き上げていった。ダメージはとんでもないことになっている。ただ間違いなく敵を倒したようだ。みんな唖然としてみている。

プレシアDXをたおした。



……なんじゃそりゃああああ!?

「ちょ、なのは! 今のメラゾーマ? いつの間に覚えたの? 」

「今のメラゾーマじゃないよ~ ただのメラだよ~ 」

なのはちゃんはあたふたと答えるが、メラゾーマでもあんな威力は出ないはずだ。表記されたダメージは1300計測されたから。メラってレベルじゃねー。ヒャダインとマヒャドの習得順番を間違えるくらいなら問題はないが、今の呪文はアクションリプレイ並のバクだ。横でカナコはカタカタ調べている。二、三分ほどで原因がわかった。

「ごめんなさい私のミスよ。今直したわ。メラだけ呪文の威力設定をかしこさじゃなくてMPにしてたみたい。かしこさ限界値は255までしか伸びないからメラの威力は1.2倍までしか上がらないはずなんだけど、今回MPの数値がそのまま威力加算されたからざっと130倍の威力になったわ。処理落ちと濃縮であんなエフェクトになったみたい 」

130倍って、どんな敵も瞬殺だな。ただのメラなのに… 問題はどう物語を修正するかだ。復活させて再戦というもなんか具合が悪い。ここに来て台本でアドリブ入れないといけなくなった。偽プレシアDXに何か死に際の言葉をしゃべらせないと。

……よし! これで行こう。当初の予定ではあるし。

「この魔力、り、竜の… まさか貴様は魔王さまに… どうしてだ? どうして生きているのだ。それに貴様は確かに殺されたはず わからぬ。……ぐふっ!! 」

よし! これでいい。思わせぶりなことを言わせておけばどうにかなるだろう。奇しくもなのはちゃんの設定の外堀を埋める展開になった。


「いいフォローよ。辻褄は合ってる。ついでに覚醒させるわ」

なのはは凍てつく波動を思い出した!

「わっ、何か使えるようになったよ」

なのはちゃんはコマンドメッセージの内容に驚く。アリサちゃんはさっきの台詞の意味を考えているようだ。

「凍てつく波動? 敵の呪文の効力を無効化する特技ね。戦闘以外でも使えるみたいだけど、何に使うのかしら? なのはにも何かあるのは間違いないわ。私は町長なったし、カナコと陽一が仕組んでいるのね 」

正解です。そして、へんげのかめんを入手して一夜が明けた。

救出されたヤングプレシア女王隣には勇者フェイトの姿もある。手には5つのジュエルシードが輝いていた。

「母である女王を助けてくれてありがとう。それから偽女王の命令とはいえあなたたちを襲ってごめんなさい。おわびに私がこれまでの旅で手に入れた品とジュエルシード、勇者アバンの導きの書、そして、奪ったジュエルシードを返すね。これで残りひとつ、最後のオーブは魔王の城の近くの山深いほこらにあると言われてるよ。だけど、険しい山と海が邪魔をして今のままじゃ決していけないみたいだから、……そういえば、孤島のほこらの牢獄に幽閉されたままのこの国の前の勇者だったジークフリードが何か知ってるかも」

フェイトちゃんは丁寧にお礼を言い、これから先の道筋とさらに奪ったジュエルシード1つと自分が集めた4つのジュエルシード、それから、はやぶさのけんやはんにゃのめん、勇者に転職するために必要な勇者アバンの導きの書をくれた。希ちゃんが導きの書を持つ。

話には続きがあり、みんなが町作りをしている間にジパングのヤマタノオロチの話を聞いて、たまたま居合わせた双剣使いのバトルマスター二人とスーパースターのパーティと協力してパープルジュエルシードを奪ってきたが、トドメを刺そうとした時オロチは石像と化して倒しきれなかったそうだ。しかも問題の洞窟の入口が溶岩で流れてしまって、空から火口に入るしかないという話を聞いた。

ここでも恭也さんたちは噂だけ。三人はカードになっている。俺の寝ているというのはあながち間違いでもない。ちなみに恭也さんと美由希さんはこのゲーム存在しない職業のひとつのバトルマスターワールドチャンプですばやさが異常に高く、通常攻撃が必ず二回ではやぶさのけんなど装備しようものなら四回攻撃というまさにモンスター職キラーマシンも極めているような性能を誇る。忍さんも上位職のスーパースターシネマのほしだ。それに勇者フェイトちゃんを加えるとまさに超正統派の攻撃型の最強パーティの誕生だ。神竜すら倒すことができそうである。 

このシナリオ進行を見る限り、ヤマタノオロチを完全に後回しにしたらしい。やつとの戦いは不死鼬を蘇らせてからになる。カナコなりの気遣いだろう。

さっそく、船でほこらの牢獄を目指す。しかし、ここからが一筋縄ではいかない。シルバージュエルシードを入手するまで、最長を誇るお使いイベントの始まりである。

ほこらの牢獄に向かう途中、岬を通過しようとしたら、どこからともなく声が聞こえてきた。重量感ある演歌の曲とともに歌がリンディさんの力強い声で流れ出す。ボーカロイドを伸びたカセットテープで録音してかけているような歌声は呪われてそうなイメージを強くしてくれる。歌の内容は太平洋戦争でシベリアに抑留された引揚船で帰ってはずの息子の帰りを待つ母親の心情を情感豊かに表現されていた。

「なんで演歌なんだろうね」

もちろん、ドラクエ3屈指の悲劇を薄くするために考えた苦肉の策だ。本来ならクロノ君とエイミィさんをキャスティングする予定だったが、ノアニールでの反応を見て変えざる得なかった。この呪いの歌は三番まで5分弱聞かないと船が開放されないという地味な嫌がらせの機能がついていた。だから、

「もう一回行ってみましょう」

なんてことをすると、もう一度あの歌を聞く羽目になる。三人とも渋い表情をしているから、さすがに二回目にはうんざりしたようだ。ようやく終わってほっとした顔をした。船を迂回させて近くのほこらに入る。そこでは吟遊詩人の格好をしたエイミィさんが待機していた。

「ここは リンディのみさき。イシスとのせんそうからかえらない むすこクロノくんをおもい かんちょうは さったの。
しかし むねんだけがのこったみたいで かたちになって ゆくふねを よびもどすみたい。
もし むすこの クロノくんを つれてかえれば。
かんちょうの むねんも てんに めされるのに。
うわさでは クロノののっていた ふねも また ゆうれいかんとして さまよっているそうだよ。」

さらに情報を集めゆうれいせんの位置を教えるいうきょくいんのほねを求めて、グレアム提督と猫姉妹が待つ場所へ向かう。

へんげのかめんを持って希ちゃんたちはぶそうきょくいんのほねを持ったグレアムの元へ向かい交換しようとしたが、もう二人の娘のためにもう一個欲しいと拒まれた。希ちゃんのアドバイスでへんげのかめんをふたつめを入手するべく。バシルーラの生贄を選ぶことになった。バシルーラのアイテム増殖をやろうというわけである。呪文を使えるのは希ちゃんのみのためじゃんけんで役割を決めることになった。

「じゃんけんっ! ポンッ!! 」

「アリサちゃんだね」

「なんでこんなときに限って私なのよ」

よりよって苦手なアリサちゃんとはかわいそうに、がっくり来ている。アリサちゃんがへんげのかめんを持って準備完了。適当に歩き、戦闘を起こす。希ちゃんのコマンドでじゅもんバシルーラ、ターゲットはアリサに指定する。

「アリサ、出番、大丈夫痛くない。ちょっと飛ぶだけ」 

「それが嫌なのっ。だいた「バシルーラ」」

「いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~」

悲鳴は遠のいてドップラー効果というものを身をもって教えてくれた。バシルーラは敵に使うことを想定しているので通常のルーラの数倍のスピードで飛ばされる。普通の飛行機から戦闘機に変わるようなものだ。そんな呪文を有無を言わさず唱える鬼畜な希ちゃん、カナコの悪い影響を受けているなこれは。こうして、ふたつめのへんげのかめんを入手し、アリアハンのルイーダの酒場でひとりいじけていたアリサちゃんを回収された。カナコによると最高速に達したところで強制遮断一度目を覚ましたらしい。その後、催眠誘導で早めにやってくるとルイーダの酒場で待っていたらしい。こうして無事きょくいんのほねと交換することができた。グレアムはふたりの獣耳の双子にへんげのかめんを渡すと仮面の男に変身させていた。

きょくいんのほねを使い幽霊艦の位置を探る。近い海域に入ると霧が出て、近づくたび霧はますます濃くなり、濃霧の中からボロボロの幽霊艦アースラが姿を見せた時には昼間だというのに薄く暗くほとんどみえない状態で、船内はさらに暗くゆらりと火の玉が周囲を照らし船の構造を知る上で大きな助けになっていた。あちこちに骨や血の跡がついて半透明の幽霊、骸骨の船員たちがウロウロしていた。ガチで怖い雰囲気が出ているはずなのだが、彼女たちに不安な様子はない。割と怖がりのなのはちゃんも筋肉のせいで恐怖の感覚がおかしくなったかもしれない。不安を増強させるBGMとともにアンデットたちと戦うが、キラーピアスという強力武器に猫のきぐるみというマイフェイバリット装備を手に入れたすずかちゃん、すばやさは遅い代わりに高いHPと攻撃力を軸にトリッキーな特殊行動は波があるもののハマれば強力無比。に加えて攻撃力は最強クラスのはしゃのつるぎを装備したアリサちゃん、賢者となってステータスも大幅に強化され攻守回復とマルチに活躍できる希ちゃん、安定の攻撃魔法のなのはちゃんたちはここに来て最終到達点に近づきある。

最奥の方へ進むとぽつんと小柄な黒い影が目に入る。

「あれだね」

そうして指差す方向には尖った頭をした少年の鉄像が立っていた。アリサちゃんがさっそく調べるのコマンドを使う。

アリサはてつのぞうをしらべた。
へんじがない ただのクロノのようだ。

何もなかったので、今度は押してみようとするが、今度は鉄の像は重くて動かせないと出た。できることがなくなって、みんなで首をひねり考え始めた。しばらくしてずっと様子を見てた希ちゃんが口を開いた。

「鉄、アストロンの効果」

「それだわ。希グットよ。なのは凍てつく波動をこの鉄像使って」

「あ、そうか。うんっ 」

疑問が氷解して空気がゆるむ。なのはちゃんは申し訳なさそうに指を差しながら、凍てつく波動を使った。

なのはは ゆびさきからいてつはどうをはなった!
クロノにかかっていたじゅもんのこうりょくがとれた

クロノくんを覆っていた鉄が取れ、元の姿に戻る。最初の第一声は

「おねえちゃん。だあれ? ここから連れってくれるの」

だった。目の前にいるのは明らかに年下なのにだ。無垢な感じがして可愛いといえなくもないが、クロノくん本人を知るなのはちゃんは困った表情をしている。可哀想にクロノ君はよほど怖いものを見たらしく精神が子供に戻っていた。

クロノが なかまにくわわった!

幽霊艦からで出て、リンディさんの待つポルトガに向かう。最初は母親のことがわからなかったクロノ君だったが、玉座で繰り広げられるリンディさんのぱふぱふによりすべてを思い出した。その光景を耳年増なすずかちゃんだけが「そんなっ! 親子でなんてっ! 」と妄想たくましく歪んだ目で見ていた。クロノ君が無事に帰還したことで、呪いは解け、岬を通行してようやくほこらの牢獄に着く。

ほこらの牢獄はジークフリードが獄中死したことで役割を終えて誰も手入れをしないまま長い年月が経過して、朽ち果てるに任せた寂しい牢獄だった。壁石は剥がれたまま光が漏れ鉄格子は錆び付き、ぼろきれと人間の骨が散乱している。その中に赤い火の玉が漂っていた。

「わたしは ジークフリードの たましい。 わたしの しかばねの そばを しらべよ……。」

「遅かったんだ。もう骨しか残ってない 」

なのはちゃんが悲しげな顔をする。希ちゃんはそんななのはちゃんをじっと眺めたあと、口を開いた。

「なのはちゃん、それはしかばねーな」

「希、それはちょっと …むぐっ すずか、何するのよ」

「アリサちゃん、待って!  」

暗い雰囲気になりそうなところに、希ちゃんがウィットに富んだジョークで和ませようとするが、ぴしっと空気が凍りついた。つっこみを入れようとするアリサちゃんをすずかちゃんが止めて、希ちゃんは面白いこと言ったつもりなんだよと割と失礼なことを耳元でこそっと囁く。ほんのわずかな沈黙のあと三人とも絶妙の連携で目配せして、袖を引っ張ったり、肘で突いて言葉のない意思疎通を交わす。

「面白いね~ あははは 」

本当は三人とも今のギャグが寒いのはわかっている。しかし、空気を読んで面白いと言ってくれたのだ。なのはちゃんの乾いた笑いがむなしく響いた。希ちゃんは胸を張っていたからきっと気づいてない。アイタタという表情のアリサちゃんが何とも言えない。後でそれとなく教育しておこうと胸に誓う。その後、ジークフリードのしかばねのそばに置かれていた紅龍ミラバルカンより作られた銃ディスティアーレを取る。もうここには用はない。

希ちゃんたちはアッサラームにルーラで飛び、船で南下して火山についた。緩やかな坂を大きく回るように登りながら山頂を登りきる。ここからディスティアーレを投げ入れた。ただ冷静に考えると巻き込まれるよな絶対。

静かだった火山は少しずつ小刻み震え出し、やがて轟音ともに溶岩が吹き出る。流れ出た溶岩は海水と混じり合って道を作った。物語的には主人公希の父親勇者ヨウイチが行方不明になった場所でもあるから、とうとう佳境に入ったと感じることができる。そして、待ち受けるのはネクロゴンドの洞窟だ。長さはもとより敵も多種多様で入念が準備が欠かせない。しかし、適正レベルとしては十分で、メインアタッカーのアリサちゃんとすずかちゃんは最強の武器を手に入れている。サマンオサで有効な装備も整えた。後は踏破するのみである。

それでも全滅要素は残っている。痛恨が怖いトロル、ザキザラキを使ってくるホロゴースト、二回攻撃とやけつく息を吐く地獄の騎士などが特に注意が必要だ。逆におどる宝石やはぐれメタルなど恩恵を与えてくれるモンスターも登場する。さらに成長しやすいように、メタル系はエンカウント率をやや高めに一回の戦闘の遭遇数も2~3匹と多めに設定してある。

「逃げるな~ おとなしく私たちの経験値になりなさ~い 」

このように経験値の高さから大人気である。しかし、奴には魔法は通じないし、攻撃は当たらない場合が多く、ダメージも1しか与えられない。すでに五回10匹以上遭遇しているが倒したのは二回目に遭遇した一回だけだ。三匹登場して決まり手はすずかちゃんのキラーピアスの二回攻撃のうち一回が会心の一撃だった。そのときの経験値を見てアリサちゃんの目の色が獲物を見つけた獣の目に変わったような気がする。その後も洞窟を抜けるまで10回くらい遭遇したが、もう一匹倒すのがやっとだった。

「もう着いたの? 結局あれだけやって二匹か」

「攻撃は当たらないし、呪文も効かないし、それにすぐに逃げられたらどうしようもないね」

「だから、経験値が高いのよきっと」

アリサちゃんは残念そうだ。他の敵のときはあからさまに残念な表情して、淡々と始末していた。

洞窟を抜ける山と海を挟んで島があるが黒い暗雲で何も見えない。時々光る稲光によって少しだけ姿を見ることができる。魔王の城は黒いドームに覆われていた。ネクロゴンドのほこらで待っていたのは雨宮総一朗おじさんだ。

「なんと! ここまで たどりつこうとはっ!?
そなたなら きっと まおうを ほろぼしてくれるであろう!
さあ! この シルバージュエルシードを うけとるがよい!
ただし まおうのしろは けっかいが はってあって そのままでは はいれん
まおうの 4にんのぶかを すべてたおせば とけるときく
のこりは ひとつ ひのふういん ヤマタノオロチを たおせば きっとみちは ひらかれるであろう 」

これでとうとう不死鼬ユーノを復活させる用意が整ったのだ。

一番近いノアニールに飛んで船で北上し、雪で覆われたレイアムランドのほこらに入った。内部はダーマ神社より静寂で人気がなく荘厳な雰囲気で、巨大な祭壇に上に大きな白い卵が据えられている。6つの台座が正六角形で配列され、ジュエルシードを置くと炎が燃え上がる仕組みである。卵の正面には白い巫女服を着たどこをみているかわからない虚ろな目をしならがらも優しげな表情の金髪の女性とその女性とよく似た顔をした黒い装束を着た銀髪の少年が左右に別れて立っていた。

この場所の雰囲気に当てられたのか。いつもより大人しい彼女たちはゆっくりとひとつひとつジュエルシードを台座においていく。6つ台座すべてに火が灯った。

「わたしたちは
わたしたちは
たまごを まもっています。
たまごを まもっています。
6つの ジュエルシードを きんのかんむりの だいざに ささげたとき……。
でんせつの ユーノは よみがえりましょう。
あなたがたは すでに……。
レッドジュエルシード ブルージュエルシード グリーンジュエルシード イエロージュエルシード パープルジュエルシード シルバージュエルシード
を ささげています。」

卵が輝きぷるぷると震えだす。巫女の姉と弟は卵の方を向いて大きく手を広げる。このゲームの最大の見せ場のひとつだ。

「わたしたち
わたしたち
このひを どんなに
このひを どんなに
まちのぞんでいたことでしょう。
さあ いのりましょう。
さあ いのりましょう。
ときは きたれり。 いまこそ めざめるとき。
おおぞらは おまえのもの。 まいあがれ そらたかく!」

卵にヒビが入り、割れる音と共に黄色くて細長いつぶらな目をした巨大なフェレットが飛び出す。あの巨大猫事件を思い出させる大きさだ。なのはちゃんたちから見たらつぶらな目をしたノロイとでも言えばいいだろう。さすがに最初はおっかなびっくりだった彼女たちだったが、モンスターとの戦いで大きなモノには慣れてきている。頭を下げているフェレットユーノ君に飛び乗ると大空に向かって、水面を縫うように体をくねらせ羽ばたいた。翼はないけどね。

上空には強い風が吹いていた。彼女たちの髪がなびく。すでに雲の高さまで上がっている。眼下のほこらが小さく写った。雲を突き抜け不死鼬ユーノは飛んでいく。

「船にも驚いたけど、これはもっとすごい。非現実すぎて夢じゃないとあり得ない光景ね」

「そうだね~ ユーノ君羽根が無いの飛んでるし、たしか雲の高さってすごく寒いはずだから」

「みんなと一緒だと空を飛ぶのがいつもより楽しいね」

なのはちゃんは日常的に空を体験しているので驚きはないが、みんなと一緒に居ることで楽しんでいるようだ。
どこからともなく声が聞こえてきた。

「マスター! マスター! 私の声が聞こえますか? 竜の女王の城であなたを待っています」

「レイジングハート? 」

声をかけてきたのはレイジングハート、ここからイベントの自動操縦で目的地まで飛んでいく。竜の女王の城は周囲を山で覆われていて、徒歩や船ではたどり着くことはできない。見慣れた町を抜け山を越えて目的地に降り立った。

城は構造は大きさ的には今までの城と比べると小さい方で、古く長い歳月を経過していることはわかる。しかし、長い朽ちた様子も無く丁寧に手入れされたように整えられ、侵しがたい神秘的な外観をしていた。かといって生活観がないというわけではない。中の装飾も古さより使い込まれ落ち着いた上品な味わいを出していた。そこの住人も馬やホビット、妖精など人間以外の種族である。

門をくぐりと廊下を進み、城の中心の部屋の前に着いた。音もなく扉は開きなのはちゃんを迎える。石作りの部屋に赤いじゅうたんが引かれて、暖炉の火がぱちぱち音立て赤く光っていた。蔵書が豊富な本棚と机と椅子、天井吊りの広いベットまで揃えられ貴人用の書斎兼寝室という感じだ。部屋の奥から赤い点滅と共に声が響く。

「どうぞ、中へここはあなたの部屋なのですから」

言われるがままに中に入ると扉の外からは見えなかった部屋の端の桃色の光にみんなの視線が向く。揺りかごが桃色の魔力の光で包まれゆらゆらしていた。中にはまだ幼い金髪の長い髪の女の子が穏やかな顔で眠っている。この子がなのはさんとフェイトさんをママと呼ぶとか、目を開ければ右目が緑・左目が赤の虹彩異色をしているのは今の時点では秘密だ。

「ぐう、ぐう、ママ、むにゃ、むにゃ… 」

可愛らしい寝言だ。

赤い光の光源が出ていた部屋の中心の大きなベットには20になるかならないくらいの豊満な女性が目を閉じて横たわっていた。肌は青白く髪は茶色でふたつの白いリボンで結われ、そのリボンの所からヤギのような角が出て、この世のものではない雰囲気を身にまとっている。服装は学校の制服ような白い生地に青いライン、赤い装飾があり、胸元の大きな赤いリボンと両腕の手首の青と黒のガントレットような作りが特徴的だ。鋭く伸びた爪をもつ手にはややごついレイジンハートが握られていた。両角の生えた大人なのはさんである。ジーク的にはなのは様である。これを見たときに存在が希薄になっていた奴の存在が脈動したように感じられた。

「これ、私? 角ついてる。隣の子は誰だろう」 

「なのはさんだ 」

「確かに似てるわね。でも何でさん付けなのよ 」

最もだけど、ここでは区別する意味で希ちゃんがなのはさんと言うのが正しい。近づくとレイジングハートが光り、眠っていた彼女は立ち上がりこちらに向き直る。目は閉じられたままだ。当のなのはちゃんは大きくなった自分に戸惑っている。手に持った赤い宝石が淡く輝いた。

「おかえりなさいマスター。やはり忘れているのですね。どうか話を聞いて思い出してください。あなたはこことは異なる世界で生まれ、かつて大魔王と同格で盟友でもあった冥竜王ウェルザーを父に持ち大切に育てられました。大魔王バーンお爺ちゃんを覚えていませんか? 人型の子供のときよく天地魔闘を全力で放って遊んでくれたではないですか? 機嫌良いときは鬼眼王になってはかいはかいと肩車してくれましたよね? 竜は成人すると生まれた世界を離れ、異なる世界へ旅立たねばなりません。そして、生まれた世界へ二度と戻ることはありません。そのときも立派な王になれと今生の別れに私をあなたに授けてくださったのです。そして、あなたはこの世界へたどり着き精霊ルビスの祝福を得て白き竜王と呼ばれていました。長い年月が過ぎてあなたも次世代の卵を無事に産んだのですが、卵から孵った我が子は百年以上も眠りについたままのだったのです。そこであなたは我が子がいつか目覚めると信じて、バーンお爺ちゃんから教わった凍れる時の秘法を用いて、本来の肉体の時間を止め、精神を別の器に移したのです。しかし、その間隙を黒い魔王に突かれ、その器は破壊され、弱りきった魂だけ流星となって逃げ延びる途中で、幼い人間の少女と衝突して、魂が溶け合ってしまったのです。本来のあなたの記憶は失われ魔力だけは残り、この身体は私がいつかあなたが帰ると信じてずっと守ってきました。どうか魔王を倒すために私をお持ちください。赤い輝きが黒い魔王の身体を覆う闇の衣を剥ぐことができるのです」

「いろいろあったんだね~ 」

首をひねりながらなのはちゃんはそんな感想を漏らした。恐らく長くて理解が追いついていない。自分の生い立ちが王であることは精神衛生の理由からスルーしたようだ。大人なのはさんは横になった状態で桃色の魔力球で宙に浮かび、丁寧に横たえられる。レイジングハートは元の小さな赤い宝玉に戻りなのはちゃんの手に収まった。

なのはは あかいひかりのたまを手入れた。

なのはは 白き竜王であることを思い出した!

なのはは はげしいほのおとカイザーフェニックスとイオラ連続打ちを思い出した!

「ねえ、もしかして、なのはがラスボスとかそういうオチなの? 」

「にゃはは。私もわかんないよ~ 」 

アリサちゃんが疑惑の目で見ている。状況がつかめないなのはちゃんは苦笑いで返す。白き竜王の称号は大魔王と同じ属性をなのはちゃんに与えるからラスボスとしても格は十分である。すでに魔王必須スキル凍てつく波動、強力なブレス、最上級攻撃呪文も使えるから扱い的にはラスボスより強い隠れダンジョンのボスにふさわしいかもしれない。他にもあらゆるステータス異常が無効化される。用事は済んだので部屋を出て出口に向かう。門を出る直前再びレイジングハートが話しかけてきた。

「マスター、あなたの肉体はまだ弱く、このままでは魔王に勝つことは困難です。どうかレベルを上げて竜神変化の呪文を覚えてください。そうすれば私を装備することも可能になり何者もあなたに負けるものはないでしょう 」

「竜神変化、ドラゴラム、魔法使い、LV34」

希ちゃんは最小限で的確なことをつぶやく。

「なるほど、とにかくレイジングハートの話だとなのはがドラゴラムを覚えるLV34まで鍛えればいいのね? 」

「レベルを上げるならあそこだね」

「はげしいほのお、役に立つ」

場所ははぐれメタル狩り場としてこちらが設定したネクロゴンドの洞窟だ。ついでに雑魚はなのはちゃんの特技の餌食になった。カイザーフェニックスはダメージ的にはかしこさ補正コミで360と大魔王が使うものと比べるやや控えめである。それでもこの辺の敵なら一発で沈むから十分チートである。イオラ連続打ちも80×4だから似たような性能だ。どのくらいパーティの貢献しているかというと今まで平均3ターンかかっていた戦闘が1~2ターンに短縮されたと考えればわかりやすい。

はぐれメタルがあらわれた!

はぐれメタルはにげだした! しかしまわりこまれてしまった
なのはからはにげられない

「敵が逃げられないよ? 」

ん、なんでだ?

横に居るカナコを見ると驚いて考えて閃いて合点納得という感じで表情と仕草が七変化していくの見てほっこりした。視線がこちらに向くと実にシンプルで納得できる答えを一言で言った。

すなわち「大魔王からは逃げられない」と ……知らなかったのよ。

つまり、なのはちゃんには冥竜王という大魔王に等しい格があり、希ちゃんたちがボスキャラから逃げられないように敵もまた同様ということらしい。無論これもデバック不足による見逃しである。今更手を加えるわけにはいかない。これはどんな敵にも有効でせっかく逃げて面倒がなくなるデメリットもあるが、逃げられたくないメタル系に対しては恐ろしく有効な手段である。いくら回避してもターンが続く限りいつかは当たる。まして、会心率が高く二回攻撃のすずかちゃんがいるから効率的だ。なのはちゃんのはげしいほのおも大いに役立つ。

メタル狩りが始まり彼女たちは多くのメタルの屍を積み上げ、全員のレベルは平均35になり魔王と戦うのに十分なレベルになった。あわれなはぐれメタルたち君たちの犠牲は忘れない。決戦に向けて彼女たちの装備とステータスはこのようになる。



なまえ ありさ 
しょくぎょう 商人
せいべつ おんな
せいかく おてんば
れべる 35
HP 270
MP 60 


E はしゃのつるぎ
E てっかめん 
E ドラゴンメイル
E みかがみのたて

ちから   160 
すばやさ  70
たいりょく 145
かしこさ  150
うんのよさ 200
さいだいHP 270 
さいだいMP 60
こうげき力 285
しゅび力  135

とくぎ ちょうはつ (敵を引きつける) 

突きとばし しっぺがえし ゾンビ斬り メタル斬り しっぷう突き つっこみ

ちからため 気合いため ほえろ おたけび しのびあし 鷹の目 たからのにおい くちぶえ

アリサちゃんは商人ではあるが、トルネコ補正によりほとんど武器が選択可能である。通常の商人のままだったらはがねどころか鉄系にターバンという悲惨なことになっていたはずだ。彼女は守備力と攻撃力の高い装備で固め高レベルの戦士という風体だ。初期装備と比較すると順当にグレードアップしている。ドラゴンメイルは全身緑色のドラゴンのウロコを基本素材に竜の頭の形の肩当てが両肩に装飾されている。てっかめんは首と頭全体覆うのでアリサちゃんはお団子頭にして収納していた。しかし、視界を確保するためにフェイスカバーは開かれて顔はよくみえるようになっている。みかがみのたては正面に女性の顔とルーン文字の刻まれた円盾でサイズ的にもピッタリだった。そして、一際目を引くのが覇者の剣、この世界の勇者の最強の武器王者の剣と同じオリハルコンを素材に作られ、白銀の刀身まっすぐ伸びてうっすらと赤黒く燃えて地獄の炎の加護が宿っているのがわかる。質の良い装備に恵まれているにかもかかわらず明らかにこれだけは別格という存在感だった。



なまえ すずか
しょくぎょう 武闘家
せいべつ おんな
せいかく おじょうさま
れべる 36
HP 320
MP 100

E キラーピアス
E ぬいぐるみ
E ほしふるうでわ

ちから   160
すばやさ  255 
たいりょく 170
かしこさ  90
うんのよさ 130
さいだいHP 320
さいだいMP 100 
こうげき力 165
しゅび力  138

とくぎ きゅうけつ(敵か仲間のHPを吸い取りHP回復ステータス強化)    まがん(魔眼の力で敵の動きを封じる) 

とびひざげり せいけん突き ばくれつけん きゅうしょ突き すいめんげり かみつけ ムーンサルト 

マホトラ 

しのび笑い

彼女の装備はぬいぐるみ。防御力は貧弱でネタとしか思えない。しかし、素早さが星降る腕輪の効果で倍加されフル装備のアリサちゃんと防御力に差はない。さらに彼女にとっては一番は感覚が合う装備であり、感情値による補正は他の防具では到底及ばない。トータルで見るなら正解である。右腕にはベースの緑に青い宝石と金の縁取りで装飾されたほしふるうでがつけられてアクセントとなっていた。そして、かぶりものを脱ぐとハーフエルフの尖った両耳に全体的に矢尻のような造形の翠色の宝玉のついたキラーピアスが輝いていた。これにより二回攻撃が可能になる。見た目は猫だ。そうとしか言い様がない。動きにくそうな防具であるが、この装備で彼女はキラーパンサーのように俊敏に動き敵を狩るのだ。



なまえ    なのは 
しょくぎょう 魔砲使い 
せいべつ   おんな
せいかく   ねっけつかん
れべる 34
HP 135
MP 999     

E いかづちのつえ
E 天使のローブ
E くろいりぼん
 はんにゃのめん


ちから   50 
すばやさ  50
かしこさ  255
たいりょく 90
うんのよさ 110
さいだいHP 135
さいだいMP 999
こうげき力 85
しゅび力  65

とくぎ ひらてうち(敵をひるませる) ほほえむ イオラ連続打ち カイザーフェニックス  

メラ スカラ ヒャド ギラ リレミト スクルト イオ ルーラ ボミオス べギラマ マホトラ メラミ インパス トラマナ ヒャダルコ バイキルト イオラ マホカンタ ラナルータ  ヒャダイン メダパニ べギラゴン シャナク マヒャド レオムル ドラゴラム
    
気合いため ちからため いてつくはどう はげしいほのお

今のなのはちゃんはレイジングハートを武器として装備できるが、ボス戦専用にリミッターがかけられているから普段は使えない。装備すると特技 カラミティウォールを使うことが可能になる。

袖口の広い桃色の天使のローブを羽織っている。彼女の桃色の魔力光より色合いは薄く清楚な印象を与えていた。くろいりぼんは本人の希望でそのまま、手に持ったいかづちのつえは杖の先端に翼を広げた竜の装飾がされていている。はんにゃのめんをなぜ持っているかというと、冥竜王なのはちゃんには呪いのたぐいが全く効かないため。はんにゃのめんのこんらん常時付与の効果が弾かれ守備力255というとんでもない性能をノーリスクで使えるからである。しかし、見た目が名前の通り怖いので、気が進まないようで普段使いはしないということになって装備しないで持っている形に落ち着いたのだ。
ただ一度はんにゃのめんをつける瞬間のなのはちゃんの横顔を見たとき、目を閉じて透明な顔をしているのに、なぜか胸がざわりとするのだった。かぶったところで何か変わったわけはない。いつもの彼女だ。俺のいつもの不安の種に過ぎない。仮面かぶる行為そのものに忌避感を覚えたのだろう。


なまえ のぞみ 
しょくぎょう 賢者  
せいべつ   おんな
せいかく   なまけもの 
レベル 37
HP 120
MP 999     

E はやぶさのけん
E まほうのよろい
E みかがみのたて
E ふしぎのぼうし

ちから   35 
すばやさ  55
かしこさ  255
たいりょく 45
うんのよさ 55
さいだいHP 120
さいだいMP 999
こうげき力 40
しゅび力  115

とくぎ ものまね(敵か味方のどんな技でも真似をする MP消費しない) 

メラ ホイミ ニフラム スカラ ヒャド ピオリム ギラ マヌーサ ルカニ  リレミト スクルト ラリホー  イオ キアリー ルーラ ボミオス バギ マホトーン ベギラマ べホイミ マホトラ キアリク ザメハ メラミ インパス ルカナン トラマナ ヒャダルコ バシルーラ バイキルト ザキ イオラ マホカンタ ザオラル ラナルータ ヒャダイン バギマ メダパニ ザラキ べギラゴン シャナク べホマ マヒャド フバーハ レオムル ドラゴラム べホマラー アバカム メラゾーマ バギクロス

パルプンテ がんせきなげ めいそう ねる ザオリク メガザル アストロン モシャス ぶきみな光
  
希ちゃんの初期装備はなのはちゃんのマネをすることに終始していたが、ここに来てようやく自分らしさが出てきた。まほうのよろいは上半身を薄緑色のミスリル銀のプレートがしっかりガードして、赤い宝石のバックルのついたベルトを巻いて腰は細長い短冊状のプレートがスカートのようにつけられていた。足のプレートがないため、動きやすく戦士系以外でも装備できるようになっている。みかがみのたても同様だ。防御力重視でてつかぶとを装備できるが、希ちゃん髪はアリサちゃんと違って量も長さも凶暴さも桁違いなので、魔女の帽子に縦に並んだ目の意匠が特徴的なふしぎのぼうしを選んだ。魔法使いと戦士の中間という印象がある。武器は黄金の鳥の装飾のされた日本刀のように細い刀身は二回攻撃を可能とするが、希ちゃんは残念ながらたまにしか二回攻撃が成功しない。単純に見た目で選んだらしい。





次はジパングに住むヤマタノオロチを目指す。溶岩で入口は入れないのでユーノ君の力で上空から火口に降りる。この敵は火の封印を解放する場所だ。魔王城は結界で覆われていて、それを破壊するためには四天王を倒す必要があるのだ。四天王はサタン、つぼまじん、緑のプレシアDX、ヤマタノオロチである。そのうち、サタンは俺が倒したことになっており、つぼまじんと緑のプレシアDXは希ちゃんが倒しているので残りはヤマトオロチのみ。

溶岩の洞窟の敵も手強く設定されていたが、このパーティの敵ではない。ただ妙な不快感と異物感だけは感じられた。作り物のアトラクションの中でここだけが何か違う。一番感じるのは黒く澱んだ空気。あの黒い影たちの息遣いが聞こえてきそうだ。それにしてもここは熱い。真っ赤な溶岩と揺らめく景色の視覚的な効果もあるがじっとりとした蒸気も感じ取ることができる。

そして、洞窟の最奥にたどり着く。目の前には大きな8つ頭の大蛇の石像がそびえ立っている。さすがにあのとき見た大蛇よりは小さいけれど、それでも口は大人でも簡単に丸飲みできそうだ。

(さて、ここからが正念場よ。状況によっては撤退もあり得るからね。悪いけど最初からなのはたちには協力もらうから)

「みんな聞こえるわね。今から火の封印を解放する。みんなで希の手を握ってあげて、封じられた記憶と取り戻す過程で希の過去の幻影をみることになるわ。それが済んだら希から生まれた負の感情であの石になったオロチが復活するから叩きのめしなさい。リリース!」



……



……



地獄の門が開いた。

また再びあの暗い部屋だ。土の封印は短くてはっきり覚えていないので、今度は注視して観察する。古い作りの日本家屋。希ちゃんの引きこもって寝ている心の部屋と雰囲気が似ていた。ろくに片付けもされていないのか。ビール缶に日本酒の瓶が散乱して、くしゃくしゃの紙くずがあちこちに落ちている。剤と粉薬の入れる紙袋も見えた。服も脱ぎ散らかしている。俺の部屋も片付けているとはいえないが、ここまでひどくはない。まるで家の主の心をそのまま写しているかのようだ。暗がりからあの黒い女が出てきた。手に赤く鈍く光る何かを持っている。あれは熱で真っ赤になったアイロンだ。赤い目と口がニタリと忌まわしい三日月形に歪む。持ったままそろそろと希ちゃんに近づいていく。希ちゃんは背中を向けたまま鉛筆で絵を描いているようだ。

「希ィ、ちょっとこっち来てえぇ」

一気に気持ちが悪くなる。おいまさか、やめろ! そんなもの痛いじゃ済まないだろ! 火傷はずっと残るんだぞ! 女の子に一生モノの傷がつくんだ。その傷を見るたびに思い出してしまうじゃないか。そんな俺の想いもむなしく黒い女に捕まった希ちゃんは後ろから首を掴まれ背中を向けた状態で畳に押さえつけられ、蒸気を出しながら鈍く赤いアイロンを押し付けられた。

「きゃあああああああああああああああああああ~~ 」

希ちゃんが悲鳴をあげる――――――――――――



その声は心の防御を一瞬にして消し飛ばしてしまった。こみ上げる嘔吐感をかろうじてこらえる。俺は本能的に目を閉じて耳を塞いだ。そうせずにはいられなかった。そうしないと自分の心を保てない。これ以上見たくなし、聞きたくない。ほんの少し聞いただけで覚悟とかプライドとかは折れてしまった。頭がズキズキと痛い。心臓の動悸が激しく脈打ち恐怖でガタガタ震えていた。

怖い。怖い 耳に栓をしてもまだ会話や悲鳴のようなやりとりは聞こえている。

こんなの無理だ耐えられるわけがない。結局俺は目閉じて耳を塞いだまま、その後に流れる光景を見る勇気はなかった。

どのくらい時間がたっただろうか。カナコが肩を叩いて終わったと教えてくれる。おそるおそる目を開けて両耳から手を離すと景色は変わり、希ちゃんはなのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんに守られるように抱きしめられていた。希ちゃんは目を閉じて身体を震わせながら必死に何かをこらえ、それを包む三人は拳は痛いほど強く握られ、表情は強くこわばりうっすらと涙が見える。

「希、平気? 」

カナコが話しかける。どうしてそんなに冷静でいられるだ!

「はあ、はあ、 ……う、うんっ」

そんなわけないっ! その声はか細く、先ほどの土の封印とは比べ物にならない。汗をびっしょりかいて、力なく目は伏せていた。意識的なのか無意識なのか背中に手を重ねてさすっている。どこからともなく黒い霧が集まり足元を覆っていた。もう少ししたらヤマタノオロチの石像に宿り戦うことになるはずだ。でも疲労具合からこれ以上は冒険はとても無理だろう。

俺は楽観的に考えすぎていた。甘く考えていた。知らなかったのだ。話で聞くのと目にするとでは全然違う。まだこれ以上のが二つも待ち構えている? 無理無理絶対無理。希ちゃんの心が壊れてしまう。俺もさっきから湧き上がる衝動を必死にこらえている。右手はさっきまでは熱を持っていたが今は焼けるように熱い。ちょっと油断しただけでその感情に呑まれてしまうだろう。

それは憎悪だった。

俺にとって希ちゃんは大切な存在だ。命をかけられる。そんな大切な存在が途方もない理不尽や悪意晒され苦しんでいる姿を見るのは耐えられるものではなかった。それは過去の拷問や事故の痛みをも凌駕してした。俺の大事な妹が、しかもまだ年端もいかない少女が信頼していた母親にこんな目に遭わされいいはずが無いっ!!

拷問の肉体的な苦痛は弱い人間であれば数分もあれば取り繕った仮面を引き剥がすことができるのだ。精神的に強い人間でも時間の問題である。痛みは本能的なものだ。人間の社会性や人格といった作り上げたものを容易に破壊する。そして、俺は弱い人間だった。最初こそ痛みに怒り抵抗し相手を罵倒したが、次第に恐怖に塗り変えられ、何が何でも肉体的苦痛から逃れようと誰でも彼でも助けを求めた。拷問する相手にさえ交渉を持ちかけ、プライドも何もかも捨てて命乞いをして滑稽に媚びた。そして、相手が決して辞めないことと誰も助けにこないと理解したとき襲って来たのは圧倒的な孤立無援感だ。あの時の奴の愉悦の表情は怒りよりも恐怖が凌駕していた。絶望したらもう茹でたカエルのようにされるがまま。世界は閉じられ、感情は麻痺して強い痛みに反応することさえ億劫になる。自分が死ぬとわかったとき死の恐怖よりも安堵した。

誰よりも俺がその苦しみを知るからこそ怒りを感じるのだ。手に取るようにわかる。こんなの人間することじゃない。死ね。死ね。死んでしまえ。

(そう。許しちゃだめ。ふふふっ 後一歩 )

背中を押すような声が響く。そうだ。許すな。希ちゃんをこんな目にあわせるような奴等を許すな。この世に正義というものがあるのならば希ちゃんを傷付けるすべてのものを断罪することにあるのだ。覚悟を決めろ。殺す覚悟だ。悪を裁くのだ。たとえヒトゴロシと悪し様に罵れようとも神に選ばれし正義の代行者たるこの俺が…

「どうしたの? 陽一、怖い顔して、次は希たちがヤマタノオロチと戦うのよ。ちゃんと見てなさい」

気がつくとカナコの顔が近くにあった。コイツいつのまに? 驚くと同時に頭に血がのぼる。どうしておまえはっ!

「ちっ… カナコ、不用意に近づくな。今の俺は機嫌が悪いんだ。何をするかわからんぞ。たとえおまえでもな」 

だいたいこんな場面見て何とも思わないのか! 俺は強く睨む。そんな俺の視線を感じたのか。カナコは澄んだ瞳で見つめ返してきた。ひどく優しい目だ。優しいのに気圧される。 

「な、何だよ? その目は? 何もかもわかったような顔しやがって」

「あなたが見てるのはもう終わったことなのよ。過ぎてしまったことなの。過去はあなたにどうすることもできないし、無かったことにはできないわ」

「ぐっ、わかってるよ。そんなことは、でもこんなの見せられて感情を抑えられるわけないだろっ! 」

俺は苛立ちをカナコにぶつける。どうしておまえはいつも正しいんだよ。どうにもできないからこそだ。どうして俺はあの場にいることができなかったのだろう。あのときの俺は相変わらず自分のやりたいことをやってのほほんと過ごしていたのだ。できるなら過去に戻って頭を殴りつけてやりたい。自分自身が許せないのだ。 



「私もシンクロしてたから痛かった。でも本当に痛かったのは火傷の痛みじゃない。理不尽なことをする母親に対するどうして? という問う声と目に焼きついて離れない泣き顔だったわ。心を引き裂かれるのはつらいわよね? あなたも同じなのよね? 私も今でも希が泣くたびにそれを思い出すの。この出来事はあなたのせいではないわ。でも、過去にあったことから目をそらさないで、耳を塞がないで 」

感情を篭めずむしろ淡々とした様子の語り口。カナコは深く深く息をつく。俺は激しく揺れ動く感情をまとめて飲み込み右手に追いやる。ちっと誰かの舌打ちが聞こえた。ここで当たるのは筋違い。希ちゃんの悲しみを誰よりも理解しているのはあいつなんだ。カナコと希ちゃんはふたりで二年も戦い続けてきたんだ。そこに俺の入る余地はない。俺なんかが感情に任せて立ち入ることは傲慢だ。許されることじゃない。それはわかる。

……でもだったら? 

俺の気持ちはどこへ向ければいいだろう? 右手は焼き印をあてられたのかようにひどく熱い。さっきの感情は予想以上に荒れ狂っている。体調も最悪であまりに強い感情に血が逆流するような頭痛で気が遠くなりそうだ。心臓は動悸がして呼吸困難。自分の体じゃないような感覚さえある。行き場を失った感情は風船のように膨らみ続けて限界を迎えつつあった。そんな俺の様子に気づいたのか。カナコは普段より優しげに声をかけてきた。

「顔色悪いわ。大丈夫? 」

「心配ない。この闇を封印する魂の拘束具を着ている限り」

カナコは難しい顔でこちらを凝視する。

「む~ 見たところ変な力は感じられない。でも、何も感じないからこそおかしいのよ。ただすっぽりと包むようにあなたを殻みたい覆って防御力も高そうね。それに拘束具なんていい響きだわ。力と気配も漏れないように完全遮断しているし、外からの感染の心配はなさそうだけど」

「感染? 何のことだ。始まるぞ。ほら! 」

「そうね。一応後で感染してないか調べるわ」

気づかれてはいないらしい。これは俺の心の鎧だ。残された最後のプライドだ。自分の感情を押さえるために作ったのだから、そう簡単に漏れ出てもらっては困る。たださっきから膨らむような感覚のためひどく窮屈だ。サウナスーツのように蒸し熱いし、節々が痛くてサイズが合っていない。空腹のときにぴったりのTシャツ着てベルトを締めて、その後腹一杯食べたときの圧迫感のようなものが全身に感じられるとでも言えばいいだろうか。

早くTシャツを脱いで、ベルトを緩めたい。そんな誘惑にかられる。感染って何のことだろう。

溶岩の洞窟では石像に黒い霧がゆっくりと染みて、罅が入っていく。希ちゃんは疲れた表情をしていたがすでに立ち上がり、それを支えるようになのはちゃんたちもまっすぐに敵を見つめていた。言葉はない。しかし、強い想いを秘めたその表情は彼女たちが何を決意したかを雄弁に物語っていた。いまさら言えた義理ではないがごめんなさいと謝る。君たちがこうなるのを承知で巻き込んだ。左右になのはちゃんとすずかちゃん、前にはアリサちゃんが三角の陣形を作っていた。まるで見えない強力な守りの力が働いているように感じる。もうすぐ戦いは始まるだろう。

(ステータスチェック… なるほど、手強いわね。HP3000、はげしいほのお 二回行動、毎ターン自動回復500、この器の限界値まで引き出してる)

(強いな)

(心配ない。想定内よ。このゲームのターン制に縛られている以上、私の支配下にあるってこと。このゲーム自体が黒い女を滅ぼすための術式なの。両手両足と首に決して切れない鎖でつないでいるようなもの。私なら簡単に殺すことができるけど、希があの器と戦って勝つことは克服し記憶を受け入れるという重要な意味があるの。それは決して一人じゃなくていいの。私だってそうよ)

カナコの余裕はここにある。このゲームはチェスのプレイヤーと駒くらいの絶対的な差があるだろう。

戦いは始まった。

「大丈夫。すぐ終わるから、行くよ! 」

声を殺してそう言うのはすずかちゃん、猫のぬいぐるみというコミカルな格好ではあるが、この格好こそが彼女の力を最大限に発揮させる。誰よりも速く鋭く動き、回転して両手に握られたキラーピアスをドッジボールの弾でも投げるように二連続で投擲する。さらに素手による一撃を加えた。三連続攻撃? あんな特技にはない。おそらくすずかちゃんの運動神経が可能にするオリジナルの技だろう。通常攻撃三回とも運良く会心の一撃を叩き出した。いや、恐らく彼女が自分で呼び込んだだと思う。この攻撃でオロチの二つの頭を吹き飛ばした。投げたキラーピアスは両手に吸い込まれるように戻る。

希ちゃんは皆に守られながらアリサちゃんにバイキルトをかける。アリサちゃんは攻撃力二倍になった。

次はなのはちゃん、両手にはボス戦用の最強武器レイジングハートが握られているが、一度片手に持ち替えて呪文を詠唱する。指先に魔力が集中して小さな炎を作り、そこを中心に風が渦巻き炎はやがて大きく広がり鳥の形を構成していく。新たに生まれた不死鳥は肩のところで待機、再び両手で握られたレイジングハートを上段に構え、なのはちゃんは振り下ろした。

「カイザーフェニックス! カラミティウォール! 」

最初から全力だ。不死鳥の炎が空中から、床を這うような衝撃エネルギーが襲いかかった。レイジングハート装備時のみ使えるカラミティウォールとカイザーフェニックスの同時攻撃、カイザーフェニックスは魔力で擬似的に炎でできた不死鳥を作り敵にぶつける大魔王クラスの魔力があって可能になる最上級のメラゾーマである。耐性がある火炎系なのに恐ろしいダメージを与えた。カラミィウォールは闘気に近い衝撃エネルギーの壁を前方になぎ払うように放つ技だ。この攻撃で6つ頭をすべて吹き飛ばした。

残るは胴体のみ。敵は瀕死だ。

しかし、異変が起こる。

ヤマタノオロチは二回行動を回復にあてて、時計が巻き戻るように8つ首がすべて再生した。しかも一回り大きくなっている。たった二人の攻撃で8つの頭を吹き飛ばされたのに敵も脅威の再生力とパワーアップを目の当たりにして。高まっていた彼女たちに一人の除いて驚きと焦りが見られ始めた。

「わかっていたけど、最初からプログラム改変して自己再生と自己強化を同時に使うなんてまともに戦う気がないようね。まあ予想通りではある。所詮はターンの呪縛から逃げられない。次のターン私が出るわ。大丈夫。ここだけはシナリオとか関係ない。チートにはチートよ。スペシャルカードで封殺して、管理者権限ユーザーアカウント停止にしてやる 」

「いや、待て 」

俺は思わず制止する。次の攻撃はアリサちゃんだからだ。彼女はすずかちゃんの攻撃のときも、なのはちゃんの強力な攻撃も静かに希ちゃんを背中にまっすぐ相手をみつめていた。敵が再生して強力になっても一向にひるまない。やがて、自分の番になると目を閉じて、息をすっと吸い込み、大きく叫んだ!



「アンタは私が守るのっ!! 」

周りの溶岩の赤く照り返す洞窟で力強い誓いの言葉が響く。アリサちゃんは希ちゃんを背中に小さな二本の足をしっかりと踏みしめて立ち、両方の目で自分より巨大なものを射抜いていた。空気が振動して音を立てる。一瞬アリサちゃんに空気が集中したような錯覚を覚えた。集中した空気が弾け、かぶっていたてっかめんを吹き飛ばす。まとめていた髪はほどけ揺らめいて、全身から紫色のオーラが吹き出した。

アリサはスーパーハイテンションになった!



コマンド画面が遅れて表示する。まさか実装してたのか!

「アリサ、それは」

「えっ!? 何、この力、ゲームの力なの? なんだかよくわからないけど、ぶつければいいの? 」

戸惑ったアリサちゃん、しかし、それはカナコも同様だった。

「ホントにできるなんて、ああ、そうよ。アリサ! カナコよ。特殊スキルの発動で技がコマンドより優先されるわ。そのまま超魔爆炎覇と言って攻撃しなさい。やり方はその剣が教えてくれるわ」

出ようとしていたカナコがアリサちゃんに呼びかける。あいつにとってもかなり想定外の事態だったようで慌てた声だ。さすがのアリサちゃんも自らの体の変化に一瞬戸惑いを見せるが、その言葉に即座に反応して、はしゃのつるぎを天井に掲げ、紫色のオーラの出力をさらに強化させると、右手の剣を斜め上段に構え、左肘を相手に向けて前傾姿勢のまま突っ込んだ。

「こうね? 超魔爆炎覇ッ!! 」

振り下ろされた剣はオロチの8つの首を一刀両断。さらに胴体も引き裂き、紫のオーラはすべて相手に炸裂した。オロチは黒い霧を放出しながら、立ち上がろうとするが、やがて力尽き二度と動くことはなかった。

アリサちゃんの想いを込めた一撃はスーパーハイテンションによって威力は八倍に高められ、バイキルトの効果と感情値が上乗せされ、はしゃのつるぎを装備したものが使える超魔爆炎覇はヤマタノオロチを倒すのには十分な破壊力だった。

「すごいな 」

「期待してたわけじゃないわ。もし、希のことを心から想って、感情値がピークまで上がったのなら、発動する力なのよ。条件をかなり厳しく設定したのにこんなに短時間で到達するなんて思わなかった 」

敵は間違いなく強かった。最初からプログラムの改竄を行って、強力な再生能力とパワーアップを見せられ、このゲーム世界の創造者で管理人カナコはアリサちゃんたちだけ荷が重いと判断した。この世界を誰も知り封印のプログラム改竄も予想していたカナコの想定を覆したのだ。

「なあ、結局あの子たちは俺たちの下世話な思惑をも超えていくんじゃないか? 」

「そうね。私の見立てが甘かった。どこかでアリサを所詮は10歳の子供と侮っていたのね。人間の精神状態は血圧、脈拍、心拍数、脳波、発汗状態でだいたいわかる。あの言葉はアリサの心の底から出たものなのは間違いない。うれしいことなんでしょうねこれは」

カナコは冷静の説明しながらしみじみと答える。戦いは終わり、周囲を覆っていた忌まわしい黒い霧は晴れ、溶岩の流れる音と熱と光で満ちた本来の自然の厳しい秩序に戻る。希ちゃんは背中を向けたままのアリサちゃんにゆっくり近づき鎧の端をそっと掴んでいた。

「アリサ、ありがとう」

希ちゃんのトーンは優しいものだ。アリサちゃんは振り返らないまま目だけごしごしこする。真摯な想いは希ちゃんに届いたのだ。すずかちゃんとなのはちゃんもすぐ近くでふたりを見守ってくれていた。

俺も嬉しい。嬉しいはずなんだが、なぜかなんかもやもやする。

(ふふふっ あの子もきっとあなたのことなんか忘れて遠くに行ってしまうわ。妹のように、必要ないのよ。もう、かわいそうに、あなたはあの子のことでこんなにも心を痛めているのに)

誰かがそう囁く。なのはちゃんたちがいれば俺は必要ない。そう思うことができる一幕だった。でも胸が痛い。苦しいんだ。さみしさと共に怒りが湧いてくる。どうして自分がこんな思いをしなければいけないのかと。そして、その瞬間、自分が誰に怒りを向けようとしていたのかと認識して愕然とした。

俺は今、希ちゃんを?

(あらあら、もしかしてあなたはあの子ためと言いながら、満たされなかった自分と重ねているだけ… なんて傲慢なのかしら? ふふふっ あはははは)

嘲笑が聞こえる。

黙れ。黙れ。どこのどいつか知らないが殺すぞ。









黒いドーム状の結界は解かれ、不死鼬ユーノに乗って海と山を越え、希ちゃんたちは魔王の城の門の前に立つ。城の周囲は濃い黒い霧で覆われて、先ほどのヤマタノオロチよりも禍々しい力を感じた。モンスターのうなり声があちこちで聞こえる。うごくせきぞうやエビルマージなどの強力な魔物を一蹴し、登ったり降りたりを繰り返しながら、黒い霧の発信源となっている地下一階の階段を下りていく。ゲームで言えばクライマックスなのに一気に気が重くなった。地下一階は黒い霧で満ちて、足元はさらに濃い。どんな部屋なのかさえわからない。尖ったくちばしに角のついたシルエットの大きな何者かが待ち構えている。

(頃合ね。憎悪の種が芽吹き、木となり葉となり花となり実がなり熟して腐り落ちるまで待った。ようやく、ようやく収穫のときが来たわ。何ヶ月もずっと我慢してたの。もう喰らい尽くしてもいいでしょう? )

嫌な声がしたかと思うと足元の黒い霧が集約して形作られる。カバの目の前に黒い人型シルエットが濃くなり人間に近づいていく。成人女性だとわかる。さらに体型や顔の造形が徐々に個人と判るものへと変化していく。

「どうして器じゃなくその姿に?  」

「ははっ」

カナコは疑問を投げかけるが、俺は全く別のことに気を取られていた。思わず笑ってしまう。あまりのことに唖然してると言っていい。だってさあそうだろ? どんなことをしても会いたい相手がいて、でもどうやっても相手には会うことはできなくて、ずっとずっと何年も苦しんできたんだ。そんな相手が目の前にいるんだ。思考や感情が止まってしまっても仕方がない。

どうするべきとか、思考するまでもなく本能的に舞台裏から希ちゃんたちがいるゲームの中に降り立つ。

「おにいちゃん? 」

背中から希ちゃんの声がするが、振り返らない。

目の前には子供の頃から駄目な人間だと悪意を込めて尊厳を傷つけ価値を否定し続けた義理の母が立っていた。
俺がひとり立ちできないように活かさず殺さすを続けた女が立っていた。
ひとり立ちできないからと追い出し影でほくそ笑んでいた人間の屑が立っていた。

そして、俺を殺した人間の皮をかぶった悪魔が立っていた。

「なぜおまえがここにいる」

なぜってそれは決まっている。

ソレハコノオレノテデコロスタメダ。俺は憎しみの対象が目の前に現れたことに歓喜していた。愛しい恋人や愛する家族と再会してもここまでの感情は沸いてこないだろう。それほど、コイツに会いたかった。

会いたかった。会いたかった。会いたかったイエイ!

昔、そんなアイドルがいたよな? それとも、西野かな?

焦がれて、焦がれて、燃え尽きそうだよ。

情欲、愛にも似たこの感情のまま、復讐を果たしたらきっと気持ちいいだろう。なんせこっちはこの数ヶ月、いや二十数年ものあいだ禁欲してとびきりの相手が目の前にいるのだから、暴発寸前だ。

そうだっ! すべてはコイツが悪い。コイツはここにいてはいけない。存在してはいけない。希ちゃんの悲しみも俺の怒りもコイツのせいだ。ここで殺すことで全部終わるんだ。俺を癒すには救われるにはそれしかない。



全部をオマエが悪いんだっッッ!!!

さあ今こそ復讐のときが来た。

「くっくっくっ 闇の力だ。邪王真眼発動。封印開放 」

眼帯を外すと左目が黄金に輝く。穴空き皮手袋を外すと黒い蛇が赤い眼を開き口を開き、生き物のように動き回っていた。俺に施されたすべての封印が解除され自由になる。拘束具も緩めてすべての力をぶつけるために対峙する。

「えっ!? どうして? あなたが? まさか、ずっと感染したの!  私に何もっ!! 」

いつの間に来てたのか惚けた様な表情で震えた声を出すカナコ。どうしたんだ? 珍しいなおまえがそんな顔をするなんて、俺は歓喜に似た憎悪を打ち震えながら、奴のところへ今までの歳月を踏みしめながらゆっくり近づいていく。周り時間はスローモーションのように感じられ、俺の心は煮えたぎって今にも爆発しそうではあったが、嵐が来る前のように不気味なほど冷静だった。

何か取り返しがつかないことが始まっている気がする。でも足を止めることはできない。絶対の悪を前に正義は屈してはならないのだ。そうこれは正しいことなのだ。俺には正義の執行者たる資格がある。義務がある。運命がそうさせるのだ。

こいつを殺さなければならない。

(取り返しがつかなくなるぞっ! いいか良く聞け。今のおまえは自分の中で敵を作り育ているだけだ。断罪などおまえのエゴに過ぎない )

「うるさい! 黙れ! 」

その言葉に反応して、折れた霊剣と透明な奴が弾き出される。



「とうとう一度は受け入れた自分の正の側面のも拒絶したのか。いやこの剣が弾かれるほど強くなってしまっては正と負のエネルギーが互いに強力に反発してどちらかが一方を飲み込み打ち消すまで止まることはあるまい。もう手遅れか… いやずっと前から絡め取られていたのだな。愚かで滑稽な復讐者として、俺とて貴様がいなければ構成を保つのが精一杯」


諦めたような声が聞こえる。偽物の俺だ。久しぶりに見たな。折れた剣なんか持ってやがる。まあ関係ない。俺の心は実に晴れやかだ。うずうずして仕方ない。

少し離れたところで立ち止まる。この期に及んで選択肢が現れた。



こころのままにちからをときはなち ぎりのははにせいぎのさばきをくだしますか?

はい  
いいえ



いやひとつしかないだろ?

「駄目! おにいちゃんっ!! 」 

その必死の声に足が止まる。振り返ると希ちゃんが泣きそうな目でこちらを見ていた。カナコが近づかないように押さえてくれている。正義の怒り傾いていた心が躊躇を覚えた。俺は一体この子の前で何をしようとしていたんだ? ちょうど義母と希ちゃんの距離は等距離で境界線のように感じた。

「そこまで強く決心したのに往生際が悪いわねえ。そんなにその子が大事? 」

義母の声が背中から聞こえる。そんなの当たり前だ。希ちゃんがどうしたのか心配なんだ。後ろの気配が冷たく笑っている。油断はしない。何かを言おうとしている。今更何があるというのか。












「ねえ、希、覚えてる? 今、家にお金がないの。あなたみたいな女の子が大好きなおじさんたちがいっぱいお金をくれるんですって、だから相手してくれない? してくれるわよね? あなたは私の娘ですもの。言うことはきいてくれるわよね? 」

俺に心にヒビが入った。景色がぐにゃりと歪む。目の前が赤い世界と変わる。いまてめえなんつった? 何を言ったんだ?

「嘘よっ!! 」

「馬鹿め。今の希の症状を見て、よく考えればそんなことはわかるだろうに、そんなのは嘘に決まっている。だが、今の奴は希の母と自分を殺した相手を同一視して、区別できていない。感情が視野を狭くし、正しい判断力を奪っているのだ。愚かなことに敵が断罪するに値すると判断できる都合の良い情報だけ聞かされ、鵜呑みして、煽られていることも気づかないままなのだ。このときに備えて奴の記憶から最も激昂させる言葉を考えていたのだろう」

ジークとカナコの言葉が聞こえる。ああ、そうだったんだ。でももう遅い。間に合わなかった。境界線から一歩を踏み出し闇の領域に入る。奴の言葉はすぐに否定されてたが、最後の一押しとなった。こんなときに月の管制人格の言葉を思い出した。

「精神を壊すことに特化したウイルスです。特に自律した意志を持ち学習能力のあるタイプで厄介ですね。負の感情を栄養にどこまでも成長します。今のところ負の感情を吸い取るプログラムと情報遮断に優れたあなたが完全に防いで弱っていますが、油断しないでください。取り込まれたら最後です。二度と元には戻りません。かぐやでさえそうだったのですから」

「黒い女のことね。倒すことは可能なの? 」

「ええそれだけ弱っていれば完全に消滅させることも可能です。ただしどこに感染しているかわかりませんから封印を解除したら、しっかり見極めてください」

ああ、俺ってホント馬鹿。カナコに伝えてさえいればこんなことにはならなかった。

怖い。怖い。俺が変わってしまう。違うナニカに、そして、戻れないと言われた。怖い。二度三度も死ねば死ぬことはそんなに怖くない。だが、自分が自分で無くなることは死ぬよりももっと怖い。



せめて、せめて壊れた俺が希ちゃんたちを傷つけませんように、この拘束具が俺が死ぬまで持ってくれますように。

そう祈って俺は残る力を振り絞り封印を起動させ、荒れ狂う闇に身を委ねた。




作者コメント

遅くなって申し訳ない。

予告編回収。次回の仮タイトルは「愛憎の果てに」です。空白期最終回。多分前後に分けます。やりたいネタと本編上必要な展開が見事にお互いの足を引っ張る結果に、何よりドラクエ3の話をコンパクトに押さえるのは無理だった。



[27519] 第四十三話 暴走と愛憎の果てに行き着いた先 前編
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2013/04/07 22:40
第四十三話 暴走と愛憎の果てに行き着いた先 前編



俺の名はアトランティスの最終戦士ジークフリード。

浅野陽一が自身のトラウマを克服しようとしたときをきっかけに名前と設定を与えられ、希によって名も無き人形として生み出され、カナコが調律を施した。そして、母の慈しみによって魂を確立したかにみえたが、ふとした好奇心から真実を知り、自分が造られた存在であることに耐えられず消滅した。バラバラになりながら、希を黒い女から救うことができたのは助けを呼ぶ声が心の奥に響き奇跡を呼んだのだろう。

俺は新たに生まれた浅野陽一と融合することで命を長らえた。まどろみの中で目も見えず音も聞こえない。人間らしい感覚の失われた世界で寄生している陽一の記憶を便りに世界と繋がり自分を慰める。時間が経てば溶けて消えるはずだった。

だが、陽一は完全には俺を受け入れなかった。奴にとって過去の自分は黒歴史で、唾棄する存在らしい。失礼な話だ。結局自身の存在について悩んだ末に浅野陽一ではなく最初から持っていた最終戦士ジークフリードという設定に落ち着いた。一応ダイヨゲ~ンの書と月の管制人格からアトランティスの最終戦士の実在の情報は得ているので背景として成り立つ。こうして俺は曲がりなりにも自己確立することができた。しかし、陽一が生み出した架空のキャラクターという存在の軽さも自覚している。自覚しながらもそれにすがるより他に無かった。

本体で寄生先の陽一は過去の事をうじうじ引きずって情けない人間だ。

乗り越えたかと思えば、逆走して同じ思考を繰り返しているあたりはイライラさせられている。とても同じ人間からできたとは思えない。奴の本質はネガティヴ、内向的性格、悲観的で、後ろ向きということができるだろう。明るさは長い人生経験で培った処世術で表面的な仮面に過ぎない。なのは様が仮面をかぶることに忌避感を覚えたのも自分自身のしていることを無意識に感じたせいだろう。その仮面の下の負の感情こそ生き方であり生態であり人生なのだ。だからこそ十年近くもまともに就職しないで自宅に篭る真似ができた。金回りが良くなり、それが許される環境を自分で作ったのだから誰も文句は言えまい。とはいえ、奴とて人間、負の感情があれば正の感情も持つ。繋がりを求めることもあった。希への優しさは奴の精一杯の正の感情であり、その結果として思い出を受け取った希から俺という存在は生まれたのだから。

俺は水霊事件のときから流れてくる過去の記憶を煩わしく思いながら、時に負の感情に飲まれた奴の助けに応じて日々を生きてきた。奴は普段の交流は望まなかったようなので、ひたすら流れてくる陽一の記憶からさまざまな思考を繰り返す。いろいろなことを考えたが、結局肝心なところで役に立たなかった。その時に気づくべきだったのだ。今になってわかることの多さに我ながら情けなさを感じる。敵は用心深く周到に罠を張っていた。敵の見せる悪夢により、心を少しずつ蝕まれていたのだ。兆候はあった。奴の激しい感情を感じたのは一度や二度ではない。斎の結婚や月の管制人格に詰め寄ったときもそうだ。敵の巧妙なところは負の感情を垂れ流したままにして、来るべき時に備えて回収しなかったところにある。放置してじっくり育つのを時に効果的に煽りながら待っていた。

執念深く執拗に。

奴の負の感情を内に内に溜め込む性質に目をつけた節もある。だから、カナコは気づかなかった。気づけなかった。誰よりも驚いているのはカナコだろう。ヒントがあったとすれば退魔師事件で斎の結婚の話にショックを受けて負の力を発現させた事件があったが、その後コントロールしてみせたせいで目くらましになってしまったと考えられる。

奴の本質が負の感情というのはこのような一面を根拠にしている。長い引きこもり生活がマイナス感情の並外れた許容量と増幅器とも言うべき思考回路を構築し、それに馴染み過ぎていた。ただ不思議なことに会社勤めで発揮した才能、官能小説家として地位、カミノチカラはそんな奴のマイナスの感情が生み出す膨大なエネルギーとそれを操作できる特殊な思考ゆえに誕生した側面があるから、世の中は何が幸いするかわからない。

奴の負の感情はゲーム開始前にピークを迎えていた。心の鎧で押さえ込み、ただでさえ高められていた負の感情に蓋をする。蓋をして圧縮したのだ。しかも、外からは全くわからないように完全にシャットアウトの状態。直前までカナコが気づかないレベルだから、ある意味では強靭な精神力と言えるだろう。だが、その結果として内側から増量し外に出ようとする圧力は高まり、行き場をなくした感情のエネルギーはガスか、火薬、あるいは核融合炉のような危険な状態だった。性質が違う俺は反発するエネルギーで生存に精一杯で、奴に警告することができたときには手遅れだった。そして、希の過去は自分の過去を重なり耐えられるものではなかった。膨らんで強くなりすぎた負の感情は俺と奴の共存をもはや許さない。人間は正と負のバランスの中で生きている。だが、一方が強くなり過ぎれば心に占める割合が多くなり、もう片方が飲み込まれるのは必然。俺は奴から弾かれた。奴の鎧が正の感情をも封じる特性を持っていたなら押し潰れてしまっていたかもしれない。そこだけは幸運だった。

しかし、俺は奴と違って元々が不完全。自身を定義して、魂が母の愛やなのは様との交流によって強化されているとはいえ、寄生して存在を保っているもろい存在だ。こうして半透明で構成を保つことだけでギリギリである。すぐに消えることはないが、時間の問題だ。まして戦うことなどできまい。



陽一の姿は醜く歪む。過去に囚われ当時の殺された姿に変わっていくのだ。最初に死んだときのように血で染まり、指は抜け落ち、肌は赤く火傷でただれて、もはや顔の形も誰かわからない。着ている服だけが陽一だと教えてくれていた。あれはもはや無念の内に死んで負の呪いを振りまく怨霊だ。血涙を流し濁った目で義母に化けた黒い女だけを睨んでいた。周囲からは今までにない黒い瘴気が漏れ出している。あまりに凄惨な姿になのは様たちは目を背けていた。希だけは悲しげな顔でみつめている。黒い女はニヤニヤと楽しげに笑っていた。陽一は前傾姿勢をとって黒い女に襲いかかろうとするが、見えない力によって動くことができない。

カナコは周囲に結界を張るとぞっとするほど冷たい目で黒い女を見ていた。

「ここは私の領域よ。ターンの呪縛で私以外の者は戦闘で攻撃できないわ 」

「ふふふっ、いつまでそんなことが言えるかしら? 」

あくまでこちらをあざ笑う黒い女、ダメだカナコ。敵の狙いは違う。抑えられた陽一はジタバタと抵抗し、服の隙間から黒い瘴気の勢いがさらに強くなる。例えるならヒビが入ったダムの壁、噴火前の火山のように惨事が起こる前の不穏な兆候を感じさせた。ここで何かに気づいて顔色が変わる。

「そんな! まだ増大するのっ!? 」

「私が勝ち目のない戦いをするわけがないじゃない。おまえの力は理に基づいたもの、理を超える感情の力との相性は最悪。だからこそ、希の感情を安定させるためにわざわざゲストを呼んだ。私は純粋な殺意を蓄積して、圧縮して、発酵させて、芳醇に仕上がるまで待ったのよ。馬鹿なあの子は外から内にずっと負荷をかけ続けて、妙な封印までして極限まで押さえつけていた。その状態で外側が軋み、たった今、臨界点を迎えたわ。解放された瞬間的な力は通常の何倍何十倍もの威力を持って広範囲に及ぶ。おまえの理によってできた結界など容易に吹き飛ばせる。負の感情がおまえの理を飲み込むの」

「くっ、ダメ、抑えられない」

黒い女は右手をかざすと点火するように黒い瘴気を陽一に向けて放つ。

「さあ、弾けなさい。我が力は滅びの太母の胎動。あらゆるものを飲み込む黒き波動」

黒い光が爆ぜた。

カナコは張っていた結界で黒い光から俺たちを守る。結界が音を立てながら激しく揺らぎ世界が崩壊していく。理によって作られた架空の世界結界はほどけ、いつもの図書館に様変わりする。変わっているものがあるとすれば、床一面に広がる黒い霧。すでに膝まで覆われていた。今までの比ではない。赤みを帯びて何より禍々しい。粘っこくまとわりつくような冷気を発していた。中心にいる陽一は世界を壊してもまだ足りず。消防の放水のように服の隙間から黒い瘴気を放出し続けている。その傍らに立つ黒い女は足元から黒い瘴気を吸い上げ、明らかに力を増していた。姿は陽一のトラウマの象徴の義母のまま。手には血に濡れた包丁が握られ、赤い雫がポタポタと落ちている。

俺たちのテリトリーはカナコが張った結界のみで邪悪なものを阻んでいた。カナコは結界維持に集中していたのか肩で息をしている。かなり力を使ったようだ。

「プレシア! 」

「無駄よ 」

カナコはカードを取り出すとプレシアの名前を呼び、黒い女に向けて飛ばす。カードが弾けて光の中から現れたのは最強の手札格闘学習型プログラム バーチャプレシアだ。いきなり切り札とは追い詰められているのがわかる。プレシアは両手をぶらりと弛緩させた緩慢な動作から高速で間合いを詰め、有無を言わさず鋭く中段突きを放つ。すぐさま流れるように肘打ちを繋ぎ、逆手のアッパーで空中にカチ上げ、落ちてきたところに軸足と体幹のひねりを加えて背中から体当たりして吹き飛ばした。その後も起き上がりに追撃を加えるが黒い女は躱しもしない。されるがままだ。ずっと笑っている。よく見ると攻撃でよろけたり傾いたりするものの、黒い霧を吸い上げすぐに回復してしまうようだ。

「ちっ、やっぱり、時間稼ぎにしかならないわね。でも数分ならなんとかなる。今のうちに指示を伝えるわ。まず作戦中止、ゲストの安全を最優先。なのはたちは… 」

とは言ったもののなのは様たちに目が止まり逡巡する。本来は安全のため返すのが筋だ。ここは俺たちの戦場で危険にまで巻き込むつもりはなかった。だが、希の精神を支えているなのは様たちがここを離れるのは、ただでさえ良くない状況をさらに悪化させてしまうだろう。余裕は全くない。結界に守られる間アリサとなのは様の袖を掴んで離さなかった。精神的な支えとして欠かすことができない。その迷いに気がついたなのは様が慈母の表情でこちらを見ていた。

「カナコさん、私たちも残るよ」

「よくわからないけど、ここまで来て仲間はずれはナシなんだからっ! 」

自分たちが危険に晒されるというのにそう言ってくれた。すずかも同様で首を縦に振る。カナコの厳しかった表情が優しくなった。

「ありがとう。 ……ごめんなさい」

すぐに敵に目を向ける。プレシアの怒涛の攻撃はまだまだ続いていた。技量の差は歴然で圧倒しているようにみえる。しかし、相手はいくら攻撃しても回復し、決定打にはならない。たまにかすった包丁が徐々に傷をつけてダメージを蓄積させているようだ。いくつか切り傷が見える。

「そろそろ方針を決めるとしよう。悪いが俺は構成を維持するだけで何もできんぞ」

「そんなことは半透明だから見ればわかるわ。あなたは前のヨウイチでしょう」

「ああ、直接話すのは久しぶりだな。俺のことはジークでいい。そのように己を定めた 」

カナコと希はわかっているが、状況を把握できないなのは様たちに疑問符が浮かぶ。時間もないので出会った頃の雨宮希で、なのは様がアースラから一時感帰還したときから今の陽一になったと説明する。アリサはあの馬鹿のベクトルが違う方のと失礼なことをいい。すずかとなのは様は微笑むだけだった。

それは暗に同意してるということなのか? 

カナコは説明している間に目をつぶり何か考えている。話が終わるとゆっくりと目を開いて一度希に視線を向けると、すぐに戻して話し始めた。

「こんな状況でも本体の封印はまだ生きてる。私の部屋までは及ばなかったみたい。陽一のはダメね。心象風景の部屋が血塗れだから完全に憎悪で占められているわ。あの金の封印はそんな陽一の負の感情を力の供給源にしているから、その流れを止める必要があるの。とにかく敵をどうにかして弱体化させる必要があるんだけど、プレシアがダメなら火力が足りないわ」

火力が足りないか。 

今の俺が戦えないのなら、カナコ以外でこの夢の世界で戦力になるものは他に誰もいない。ここはゲームの世界ではない。むき出しの精神の世界。悪夢といえど侮れば心に深い傷を負う。ただ現実ならばこの上なく頼りになるお方がいる。想定されるヴォルケンリッターとの戦いにも助力を願い出るつもりだ。 

……いや、待てよ? 



「なのは様がいる 」

そう自然に言葉が出た。

思わず言ってしまったが、次々に思考が繋がり理論が組みあがっていく。これは陽一由来のものではない。生みの親の彼女たちの能力も継いで発揮されているようだ。思案顔のカナコに自分の考えを伝えた。それは希が強いと認識してる人間ならこの世界でも適用されるのではないかという思いつきからきている。黒い女は母親の虐待から生まれた存在。母子家庭という閉じた世界で圧倒的に優位な立場から苦痛を与え続け、生殺与奪を持っていた。絶対に勝てないと何の疑問も抱くことなく自動的に思考するだろう。これを覆すのは並大抵のことではない。十年近く薄毛と戦い続けた陽一がここで髪を生やすことを全くイメージできないように、それはもう息と止めたら死ぬとかそういうレベルなのだ。カナコが前に話したことでもある。だからこそこの世界の主である希の記憶を封じる方法で弱体化させた。記憶を戻すのが可能になったのは今は命の危険にさらされた自分の家ではなく、安全を保障された雨宮の家で生活しているおかげだ。危険な過去と安全な現在は違うと認識しているからである。過去の記憶の亡霊と向き合っている最中なのだ。

補足するなら、俺が真実を知ってバラバラになったときもディスティだけ具現化させて、最強の木の封印を葬ったあの力も陽一の妄想から生まれた御伽噺を本当にあったことだとまっすぐに信じた結果だ。

その後、希がアトランティスの最終戦士が偽物で作り話であることを奴の日記から知っていたことで世界に働く力が弱くなり、陽一が俺の姿で力を奮っても力が発揮できなかったのではないかと考えることができる。もちろん奴自身の自信のなさが反映されているのも理由のひとつだろう。

そして、この半年の毎朝の訓練でなのは様の強さは身にしみている。今のところ三人がかりで負け越し。その認識はこの世界にも適用されるはずだ。最強でないはずがない。

「なるほど、なのはがこの世界でも最強というのはいろんな意味で盲点だったわ。陽一のこの世界での弱さは希の認識もあったのね。私、ここのことを誰より知っている自負があったけど、そんな見方があったなんて初めて知ったわ」

「おまえの考えも大筋で間違いはない。訂正が必要なのは負の感情がおまえの予想以上の力を発揮するということだ。今になっての話になるが、これで水霊事件のときに水の封印が希から離れるという不可解な行動をした意味と能力の高さが納得できるものになる。単純に相性の良い強いエネルギーに惹かれたのだろう。それは希本人であることが一番だが、負の感情さえ発していれば代わりになる人格でも構わないのだ。恐らくおまえが知らなかった希の感情を司る領域に埋められていた針と鎖が大きな役割をしていた。誰の思惑かはわからないが、希では黒い女のとって最も力を与える感情のエネルギーが針と鎖によって得られにくい状況で、さらに最強の封印を倒され弱体化していくなかで手詰まり。だから賭けに出て陽一の性質に目をつけた」

「ちょっと待って、それならどうして針と鎖は負の感情を完全に吸収してしまわないの? 」

「おまえと同じように陽一も考えていたようだぞ、それを元に俺なりに推察するなら喜怒哀楽を全く感じないのは生きた屍と変わらん。そんな状態に意味などない。だから、日常で感じるレベルなら問題ないが、強い怒りや憎悪といった特定の負の感情に強く発せられたときだけ作用するようにしたと考えられる。前にお前が言っていた希の意欲のなさも針を刺されたことによる副作用と考えられるのではないか? 例えるなら常に鎮静薬が効いた状態だ。過度の興奮状態などを抑える鎮静剤は普通の精神状態の人間に対して使うと24時間くらいは余裕で眠り続けるくらい効く場合があると聞いたことがある。陽一のように怒りや憎悪を煽るマネをしなかったのは無駄だと知っていたから、切り口を変えて恐怖や悲しみから負の力を引き出そうとしたのだろう」

しゃべり終わった俺を奇異ものを見る目でカナコは立っていた。

「たまにあなたたちって思考の瞬発力が凄いわよね」

「いや、これはおまえと希の由来の力だ。俺は陽一を基本にしながらおまえたちから生まれ、その資質を継承しているのだ」

カナコは一瞬だけふっと笑うとすぐに獲物を狙うような鋭い目になり、すぐにいつもの表情に戻っていた。そこでどんな思考過程があったのか窺い知ることは出来ない。ただ野生の肉食獣と出会ったようなそんな寒気を感じた。膝がガクガク震えている。

馬鹿な! 黒い女と陽一も恐れていない俺が怯えているだとっ!!



「納得したわ。現状今やるべきはなのはを戦える状態に持っていくことね」

もういつものカナコに戻ってた。さっき感じたのはなんだったのだろう。俺たちは一斉になのは様を見る。注目が集まりなのは様は少々あたふたとされるがすぐに真剣な表情をされ王者の威厳を取り戻された。いくら希のためとはいえ、その御心痛の深さは測り難いものがある。まして、これから我々のために慣れない戦場で王自ら戦ってもらわねばならぬとは、臣下として一生の恥辱である。俺はなのは様にひざまづくと頭を垂れた。不思議なほど心が熱くなる。

「王よ。どうか我らをお救い下さい。今の我々は窮地に立たされております。陽一は策に堕ち、負の感情をばらまく敵に利するだけの存在に成り果ててしまいました。私はこの有様で戦うこともままならず。カナコは封印のため温存せねばなりません。戦うことができるのはあなた様のみ」

「えっ!? えっ!? 」

なのは様の戸惑いが伝わる。無理もない。王をどこにでもいる年下の子のように扱う無礼者の陽一から最上の忠臣の俺に変わったのだから当然だ。それにしても本来の自分に戻ってなのは様と接していると気持ちが非常に盛り上がってくる。

「なのは、気にしなくていいわ。そういうキャラ設定なのよ。会ったばかりの頃を思い出して対応すればいいわ」

失礼なことを言うカナコ、俺は真剣だ。せっかく自らが生まれた意味をかみ締めているというのに、キャラ設定とか無慈悲な言動はやめろと言いかけたとき、突如異変が起こる。今まで黒い霧を出すだけだった陽一から奇妙な声が漏れた。

「ヤメロ。ヤメロオオオォー」

我ながら悲痛な声だ。見ると今まで陽一を押さえていた服の拘束がガタガタ揺れだして黒い霧の勢いが増している。理由はわからないが、陽一が先程より不安定になっているようだ。プレシアはすぐに回復してしまう厄介な相手に奥義を連発してなんとか持ちこたえている。傷はさらに増えているようだ。

俺は王に対して訴える。

「王よ。どうかレイジングハートをお呼びください」

「でも、ここには本物のレイジングハートはないよ」

「いえ、来ます。あなた様がレイジングハートの名前を呼べば、必ずや」

曇ったなのは様の表情。確かにレイジングハートはここにはない。しかし、なのは様とレイジングハートの絆は世界を超えてつながっている。まして、すぐ隣の希の夢の世界など造作もない。だからこそ確信を持って言えるのだ。離れたところで陽一がまた苦しみだした。どうも様子がおかしい。何がそんなに苦しいのかわからない。

「心配ないわ。私がシンクロで喚んであげる。近くにいるのよね? あなたが持ってるあかいひかりのたまに降臨させるわ。だからはあなたはいつもの感覚で使えばいい」

「はいっ! 」

なのは様は首を縦に振ると赤い珠を右手に持ち、天井に掲げて詠唱を紡がれる。少々口惜しい。おいしいところをカナコが代わり言ってしまった。小さな身体が少しだけ宙に浮いて桃色の光が降りて王衣たるバリアジャケットが装着されていく。希を含めアリサもすずかもあこがれの目でなのは様を見上げている。



黒い霧が覆う世界で闇を引き裂くような強い光が俺たちを照らす。劣勢だった我々に差した一つの光明だ。

そうだ。この方のこそ長きに渡る魂の放浪の末に奇跡的に出会った仕えるべき主。

感動で打ち震えていた。陽一に溶けずにしぶとく生き続けた甲斐があった。

なのは様のお傍にあることが俺の存在証明。気がつくと敬礼して直立不動の姿勢をとっていた。まっすぐなのは様を見つめる。さっきまで弱々しかった体の節々からみなぎる力が湧いていた。半透明で実体がはっきりしなかった体が凝集されていく。魂の力が増している。さきほどまで構成の維持がやっとだったというのにだ。

そうか。そういうことなのか。

ならば俺も戦えるかもしれない。確かに俺自身はなんら裏付けのない架空の英雄だ。逸話も伝説もない。だったらクリエイトしてしまえばいい。ないなら今から捏造でもでっち上げでもいいから作ればいいのだ。始めはただの珍しい石でも然るべきところに収められ、年月を経て御神体にだってなり得る。元より私は創るもの、生み出すものの資質を秘めている。俺は希とカナコを呼ぶ。

「希、良く聞くがいい。アトランティスの最終戦士は実在したのだ。今からそれを証明する。カナコ、月の管制人格とのやりとりをみせてくれ。前にリンディ提督にみせたことがあったはずだ 」

すぐに俺からカナコに月の管制人格のやりとりの一部と戴冠式の様子を希と俺に共有させるように頼む。そんな場合じゃないといいたげだったが、魂が強固になったことと、さらに強化すれば俺も戦力になる可能性があると伝えると黙って従ってくれた。それだけ戦力が欲しいということらしい。幸いカナコもそのやりとりは見ていたので、すぐに用意することができた。あのときは希は寝てないので知らないのだ。俺も陽一の記憶で二次的しか知らないのでははっきり見ておきたかったのもある。

「なのはちゃん、おーさま」

陽一の方が気になって集中できていない希だったが、流し込んだ記憶でアトランティスの最終戦士が実在することを理解してくれたようだ。次のステップに進む。ここからが本番だ。俺は直に耳元で話すのは畏れ多いので、なのは様にある儀式の手順について話すようにカナコに頼む。記憶を辿り陽一が記し、希にも語った伝説の一節を思い出す。なのは様は俺の目を見て静かにうなづいた。



ここは古代の城の荘厳で神聖な王座ではない。無限に続いてるかのように見える本棚と床には禍々しい黒い霧。正反対と言える。しかし、なのは様と俺と立会人がいればどこでも良いのだ。王衣を身を包んだなのは様は桜色の神聖な魔力を発し、近寄り難い雰囲気を纏っていた。カナコの合図で俺はなのは様の前に出てひざまづいてうやうやしく頭を垂れる。

「王よ。どうか我に戦士の誓いを立てさせていただきたい 」

「は、はい。あなたなら喜んで 」

膝をついてひざまづく俺にややぎこちなく微笑みながら、右手に持ったレイジングハートの先端を右肩左肩の順番にそっと触れる。

「これより、おまえは王の戦士である。忠誠を誓い王のために命を捧げよ」

かしこまった声で告げられる。カナコが立会人だ。これで略式ながら儀式は完了した。本来は玉座にて大勢の臣下を前に行われるものだが、今は時間がない。

「最終戦士の叙勲式だ~ 」

先程からずっと曇った表情の希が少しだけ嬉しそうに答えた。そうだ。この世界の主のおまえが信じることが大事なのだ。それが俺に無限の力を与える。この場面はアトランティスの最終戦士 第二章 若き王の誕生の一節、王となったなのは様にジークフリードが臣下になりたいと願い出て、その場で叙勲式を行うくだりである。

先ほどより充実した力が湧き出ていた。血となり肉となり息吹と心臓の鼓動を感じた。俺は生きていると実感できる。そして、これからなのは様と肩を並べて戦えると思うだけで武者震いしてくる。最後に王への自身の誓いで締めくくりにしよう。俺はひざまづいた姿勢のまま顔を上げて、強く握った拳を胸に当てて誓いを立てた。



「この身が朽ち果てるまで、我は御身と共にあります」

決まった。この上なく決まった。 ……ふっ。

ここに伝説は成就した。虚構の物語は再現され、形を持ったのだ。なのは王がジークフリードを戦士と認めたことは歴史の事実となる。凝集した力が光輝き俺の姿をふさわしい姿に変貌させていく。叙勲式ときは最終装備であるディスティと黒い外套はまだ持っていなかった。だから時系列に合わせて変化するのだ。当時の俺は連日の訓練で全身の肌が日焼けをしたように赤銅色に染まり、逆に髪は逆立ち限界を越えた魔法行使により色素が抜けて真っ白になっていた。その後は徐々に戻っていくことになる。

黒い外套も赤い外套に代わった。そうだな。俺はこんな姿だったんだなと目を閉じて浸る。もう少し感傷に浸りたいところだが、陽一が今までにない程大きな悲鳴を上げた。

「ア゛ーチ゛ャーヤメンカアアアアアアアアアアアアアアァァーーー」

よく聞き取れなかったが、それは切実なものだった。十メートルほど離れた位置で両膝をついて体を掻きむしっている。苦しんでいる姿は我ながら哀れな。よかろう俺が貴様を救ってやろうではないか。ディスティも使えるが当時使っていた武装がいいだろう。

シングルアクションで展開可能だ。



「トレースおごふっ!! 」

両手に投擲して使うことが可能な白と黒の色違い太い刀身の短剣が握られた瞬間。

俺は陽一の黒く輝く右腕によって殴られ、数メートル程吹き飛ばされていた。馬鹿な。予備動作もないとは信じられん。プレシアでさえ早いが一連の動きは見えていた。しかし、奴の攻撃は膝をついた状態から立ち上がり、間合いを詰めて、俺を吹き飛ばすほどの威力で殴るという過程が全く認識できず。殴られたところからようやく視認できた。信じがたいスピードとキレだ。奴は殺意のこもった目で見下ろしていた。

「コロサレタイノカ」

濁った声で殺意をぶつけてきた。まずい。今の奴は明らかに害意を持っている。近くになのは様たちがいることに肝を冷やすが、どういうわけかなのは様たちに見向きもせず、俺だけに注意が向いているようだ。なのは様や希は悲しい顔で何も言えないまま見ているだけ、無理もない。あんな姿になってしまっては目をそらさないだけで驚嘆に値する。

向こうでは黒い女の包丁の一撃がプレシアの左腕を切り飛ばし、一気に追い詰められていた。カナコは手持ちのカードを敵に向かってすべて放り投げる。目くらましのように光り輝き、大勢の影が飛び出して黒い女と陽一に向かっていく。プレシアは一歩引いて別の影が切り飛ばされた腕を持っていた。もうしばらくは持つのだろう。心配したカナコが近づいてきた。

「そっちはいいのか? 」

「ええ、気前良く他の攻性プログラムを展開したから。大判振る舞いよ。もう少し持つわ。それにあの子には聞かれたくない話もあるから」

そう言って少し離れた希に視線を向けてまた戻す。さっきから何度もチラチラ見ている。戦場では見覚えのある影たちが動き回り、特大の雷や火炎、嵐のような連続攻撃、爆発が集中して起こっていた。

「見た目は派手だけど、ここは例のゲームの中じゃないからプレシアの一撃にすら劣るの。当のプレシアプログラムはリカバリープログラムで左腕を修復中。もう少ししたら復帰して時間を稼げるわ。問題は陽一の方よ 」

「まあ、攻撃してきたのは予想外だが、俺だけのようだから他を狙われるよりましだろう。それに奴の方が相性はいい。やつの弱点は把握している」

「殺さないでよ。敵の狙いは陽一が死ぬか。今のままで負の感情を吸収して力をつけるのが目的よ。こっちはなんとか遅らせようとしているけど、あまり効果はないみたい」

「プレシアは完全に捨石にするのだな? 」

「ええ、プログラムだからまた組み上げればいい。でも魂はそうはいかないわ。よく聞いて、悪いけど陽一が元に戻る可能性はない。だから私の切り札の五行封印で陽一ごとあの女を封印する。前はひとりだけだったからどうしても無力化する必要があったけど、今回はなのはがいるわ。これは術を構成する時間さえあれば敵がどんなに強くても抑えこめるの。なのはは数分持ってくれればいい。確率を上げて負担を減らすために少しでも攻撃して力は削ぐつもりだけど、私が話したいのは後のことよ」

やむなしか。月の管制人格は一度感染したらかぐやでさえ元に戻ることはできなかったと言っていた。希のことを考えるなら陽一を殺すのは悪手だ。それにこの世界での再生力は異常である。殺しきれるかもわからない。ん? そういえばなぜ後のことを話す必要があるのだろうか?

「封印後は陽一は檻に閉じ込められた状態になるわ。陽一の役割はあなたがするのよ。構成も安定しているし、今ならできるわね? 」

「ああ、もちろん。この半年の記憶はほとんど他人事だが、ちゃんとある。今は離れていてわからないが」

「それから、これが片付いたらあなたたちと近しい人たちと週末までに触れ合って、管理局に助けを求めなさい」

「待て! なぜ今話すのだ。後でもいいはずだ。それではまるで… 」

俺は一度は飲み込んだ疑問をぶつけた。それではまるでカナコがいなくなる前提で話しているようにしか聞こえない。じっとみつめあっているとカナコの顔は崩れて泣きそうな表情になり、小さな手で口を塞いだ。

「今は聞かないでお願い。二度も使うと、どうなるのか私にもわからないの 」



そうか。

俺がバラバラになったときも同じ顔をしていた。もう時間もない。他の方法も考えられない。陽一の殺さずに敵への負の感情を供給を止めるには奴と黒い女ごと五行封印より他はない。ほかならぬカナコがそれが最良だと判断した。ならば俺はおまえとなのは様を信じて戦うのみ。

「わかった。聞かない。だが、これだけは覚えておけ。生きるのをあきらめるな。俺たちは三人で一人なのだ」

必ず生き残ると決意する。しかし、いくら考えてもこの先の見通しは暗澹としたものだった。最悪カナコがいなくなることも考えねばならない。唯一の希望は誰よりも心強いなのは様が力を貸してくれること。それにすべてを賭けよう。



時間の稼いだ影たちはもう姿を消していた。すべて蹴散らされて何も残ってない。代わりに回復したプレシアが再び戦っている。しかし、少しだけ終わりの時間が伸びただけだ。結果は変わるまい。カナコは少し離れたなのは様たちに最後の確認のために声をかけた。

「あのプレシアは負ける。消滅したら今度はここに来るわ。相手の最終的な狙いは希よ。なのは、いつもやっているシュミレータの感覚で問題ないわ。あれは人じゃない。悪意が意思を持ってしまった存在。全力全開。手加減なしでお願い! 」

この方が全力全開で戦うということがどんな意味を持つのかわかっているのか? 王が本気で戦われたのは俺が覚えているだけでも三回だ。今生でも友ために一度だけ。思うところはあったが黙ってカナコの話を聞いていた。

「アリサとすずかは結界から動かないで、半端な力じゃ足でまといだけど、希を守ってくれるなら嬉しいわ。それからジーク、あなたは陽一を足止めしなさい」

みな緊張しているようだ。安心させてやらねばなるまい。俺は陽一に向き合うとカナコに背中を向けながら言葉を発した。



「足止めするのはいいが、カナコ、別にアレを倒してしまっても構わんだろぶっ!! 」

「ダカラヤメロオオオオオオオオオオォォー 」

またしても、見えない攻撃が俺を捉える。また吹き飛ばされてしまった。やめろと言っているようだが、どういう意味なのかさっぱりわからない。錯乱しているのか。どうやら奴は完全に敵の手に落ちてしまったようだ。視認できない攻撃は厄介だった。さっきの攻撃もあわせてダメージがあったようで、なんとか立ち上がるも足元がふらつく。そこへ王自らそばで支えとなって申し訳ない。陽一はなのは様に動揺して近づけない。やはり俺以外は攻撃しないのか。

それにしても王はこんな俺の身を心配してくれている。俺はしあわせものだ。こうして王と一緒に戦うことができるのだから。

元は与えらた設定・ただ妄想から生まれた存在。

だが、それがどうした! 俺は偽物だ。しかし、暖かさをしっかり感じている。心と魂は存在するのだ。生まれなど関係ない。確かに俺はここにいる。ここにいるのだ! 

なのは様は気遣わしげに憂いた顔で覗き込んでいる。いつのまにか王の顔がこんな近くまで来ていた。その瞳と唇が目に入り、不埒なことがよぎった自分を恥じて、真っ赤になること自覚しながら自分の口に手を当て顔を逸らした。

「あ、あの、平気ですか? 顔が… 」

「は、はいっ、戦闘継続に支障はありません 」

指摘される前に言葉をかぶせて最後まで言わせない。声がうわずって心臓は激しく脈動しているが、上手く誤魔化すことができただろうか? いつまでも支えられているわけにはいかない。王がバランスを崩さないようにゆっくりと離れる。ぬくもりが遠くになったとき、少しだけ寂しさを感じた。

そんな王は不安げな顔をしている。お優しい方ゆえにいろいろ心を痛めておられるのだろう。

「なのは様、心配なさらずとも、ここを片付けたら私がお助けします」

「う、うん。いろいろ考えちゃって、あんな姿になった陽一さん大丈夫かなとか、希ちゃんは不安じゃないかなとか、死んじゃったりしないかなとか、ごめんなさい 」

ああ、いつも他人の心配をしてしまう。そして、自分のことは顧みず助けてしまうのだ。そんなあなただからこそ助けたい。傍らにいたいのだ。俺はなのは様の手を取り、その不安げな瞳を見つめて宣言した。



「大丈夫です。あなたは死にません。俺が守るから」

なのは様は頬を染めて戸惑いながらこくんとうなずく。照れているのが微笑ましい。これは期待してもいいのだろうか? 今なら前世の心残りを果たすことができるかもしれない。





ぷち! 

不吉な何かがキレる音がした。

「ラブゴメヤメエエエエエエエエエエエェェェー」

意味不明のことを叫ぶ陽一。さっきから何なのだっ!? 黒い霧の勢いはさらに増してその勢いは氾濫した川のようだ。奴の右手が赤黒く輝き、体が急に硬直したように固まる。そして、両膝をついてガクガクと痙攣を始めた。今度は何が起ころうとしている?

陽一は喉を押さえて苦しみ出すと勢いよく黒いものを嘔吐した。そのままばったりと倒れる。依然として黒い霧の放出は止まらない。中から出てきたのは黒い蛇だった。あんなものが体にいたのか。見覚えがある。右腕の封印の痣とよく似ていて見た目は小さいが禍々しさを感じさせた。黒い蛇は縫うように黒い女のところまで移動して腕に巻き付く。我々の敵は黒い蛇の頭を愛おしそうに撫でていた。

「ようやく孵ったのね。ふふふっ、これで私の勝ちは揺るがない。成体になってから喰い破って出てくると思ったけど、まだまだ元気じゃない。もうおまえに用はないけど、せいぜい瘴気を出して完全に育つまで撒き散らしてちょうだい。そろそろ目的を果たすことにするわ。ここまで育てばお前たちなど敵じゃない。まずは消えなさい。脆弱な人形が 」

プレシアを視線を向けながらそう言い放つ。リカバリープログラムによって修復されたプレシアだったが、明らかに力を増した黒い女が腕を振るっただけで先ほどの善戦が嘘のように一瞬でバラバラに切り刻まれ霧散してしまった。もう戦うことはできない。敵はゆっくりとこちらに笑いながら歩いて来ている。

「なのは! 合わせて砲撃。スナイプシューティング 」

「は、はい。ディバインバスタアアアアアアー 」

ふたりは結界から出ると遠距離魔法で先手を取る。カナコの魔力球が射抜き、桃色の光の奔流が飲み込む。向こうはふたりに任せよう。敵がどれだけ強かろうと戦闘に関してあのふたりに心配はいらない。必ずや倒してくれるはずだ。

一方倒れた陽一だったが、しばらくすると起き上がっていた。どこか爬虫類のような動きでキョロキョロしながら辺りを見回し、こちらの方を向いてピタッと止まる。奴の血の涙で濡れた鋭い眼光が俺を捉え赤く光った。こちらへゆらりゆらりと歩いてくる。

ここに来るのか。

希たちを巻き込まぬように少し距離を取る。すると奴は俺の方へ向きを変えた。ターゲットは俺だ。だったら離れた方が得策だな。見えない攻撃来ると厄介だ。あの攻撃はこちらが防御魔法を展開する前に襲いかかってくる。二回とも視認できたのは攻撃の後だった。

だったら、今度は先手必勝で行くぞ。時間はかけない。一分で決めさせてもらう。

陽一に向かって双剣の投げつけると同時に走り出す。これは回転しながら飛び道具にもなるスグレモノだ。不意をつかれた奴は動きが硬直する。馬鹿め。これは当てるつもりはない。貴様が喧嘩レベルの基本的な戦いが下手なのは承知している。奴との間合いを詰めて左手から斬撃を胴体にめがけてわざと大振りに繰り出した。

焦った陽一は大げさに避けて体勢を崩す。

これもフェイント。

手を離して剣を落とすと肉薄して奴の袖を掴み、右手は肩を押さえ後ろに足をかけて強引に身体を捻った。ほとんど抵抗なく体が傾く。奴を背中から地面に叩きつけた。カナコの洗練された技と違って力任せで荒い投げ技だ。経験者に通用するレベルではない。しかし、これでも素人には十分有効だ。

すぐさま転んだ奴の髪を掴んで右手に刃物を錬成する。

こっちが本命だ! 安心しろ、命まで取るつもりはない。

刃物で掴んだものを切り裂いた。




俺は右手に錬成したバリカンで奴の頭頂部の髪を一撃で刈り取る。

髪だけ切ったにも関わらずプシューと噴水のような黒い霧が吹き出す。



そのまま声もなく倒れる。

もう黒い霧の放出は止んでいた。やはり急所はここだったか。

涙がつたう。



すまない。



おまえを殺さずに無力化するにはこうするしかなかった。



……もう貴様は立ち上がらない。

さあ、なのは様たちはまだ戦っている。戻ってお助けせねばなるまい。俺は陽一に背を向ける。





ドクンッ!



ドクンッ!



何かが脈打つような音が聞こえる。振り返るとうつ伏せに倒れたままの陽一の肩が一定のリズムで揺れていた。やがてそれは間隔が短くなる。さらに黒い霧の気流の流れが変化していた。それは一部ではなく倒れた陽一を中心に渦のように図書館全体に及んでいた。不吉な異常を知らせている。嫌な予感が止まらない。

ドクンッ! ドクンッ!

ドクンッ! ドクンッ!

ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクンっ


床に充満していた黒い霧が陽一の体に吸い込まれていく。吸い込むごとに体は徐々に黒く輝きを帯びて、やがてカナコのゲーム結界を破壊したときと酷似した雰囲気が漂う。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ 」

この世のあらゆる怨念がこめられた絶叫と共に黒い光が弾け、破裂音と十字架状の光の形が立った。

伏せたまま静かに両手をついて体を起こす。髪は落ち武者のように綺麗に削り取られたままだ。両膝をついて体を起こして顔を上げる。



「そんな! 動けるはずがない」

陽一は立ち上がり、ゆっくりとこちらを向いて歩き始めた。

ゆっくりだった陽一の歩みは徐々に足だけ早くなり、頭から先にぶつけそうな極端な前傾姿勢、指先で引っ掻くような手の形で手のひらは地面に向けられ、両肩は極限まで後ろに伸展し、肘は曲げた状態で頭と同じ高さまで上げて天を突いてた。明らかに速く走るには向いてない走法のまま咆哮を上げ、白い歯がむき出しの凄まじい形相をして信じられないスピードで突っ込んでくる。



そして、高く跳躍した。なんという身体能力だ。信じられん。

まさか暴走!?

だが、生憎だったな。お前の動きは見えているぞ。そんな単純な攻撃が通用するものか。これでもなのは様には及ばないがプロテクションには自信がある。致命傷は避けて数多くの戦場で生き残ってきた。俺は全面に赤い壁を展開する。これがある限りおまえは接触することができない。



(勝ったな)

なぜか同志ガーゴイルの言葉が聞こえた気がする。見慣れないヒゲ面で強面のグラサン男と一緒にいたような光景を幻視した。きっと奥さんが亡くなって思春期の息子にどう接すればいいかわからない不器用な男というところまでなぜか理解できた。それと同時に圧倒的な敗北のイメージがよぎった。

陽一そのまま突っ込んでくるが、赤い防御陣が行く手を阻む。完全に防いでいた。しかし、先程から背中に嫌な汗をかいている。

陽一は両手を赤い防御陣に貼り付けると自らも黒い光を発して同じように展開を始めた。こちらのフィールドを中和している。

いや、侵食しているのだ。

あっけなく防御陣は両手で紙でも破くかのように引き裂かれた。

馬鹿な! この俺の防御結界をいとも簡単に!



かばうヒマを与えられないまま殴られた。顔面の衝撃で意識が遠くなる。



……



ガコンッ! 



ガコンッ!



意識が深く沈む。しかし、重く鈍い音が一定のリズムで衝撃と共に襲いかかり、俺は現実に戻された。痛みで再び飛ばされそうにながらなんとか周囲の情報を探る。理性をなくした陽一の顔が目に入り、すぐに視界は影で隠れて拳が覆ってきた。どうやら馬乗りのまま顔面を殴られているようだ。この姿勢はまずいな。

体を無理やり起こそうとしても、この姿勢は圧倒的に不利だった。気がつくと奴の手には俺が使った刃物が握られている。奴は俺の髪を掴む。

まさか同じ目に遭わせようというのか!

抵抗むなしく俺の髪は削り取られた。その緩んだ隙に俺は奴から離れ、どうにか距離を取る。背中から影が近づいてきた。

「何やってるのッ! 不甲斐ないわね」

いつの間にかカナコ来て怒鳴られた。確かにそうだが、おまえはなのは様と一緒に戦っていたはずだ。

「お前の方こそ、なのは様を一人で戦わせているのか? 」

「ええ。すぐに戻るつもりだけど、あなたよりずっと安定してるわ」

「そうか、さすがだな」

なのは様の方を見ると一定の距離を保ちながら、希ちゃんの方へ行こうとすると砲撃を加えて牽制していた。なのは様は空中から機動力の差で相手を翻弄し、黒い女はなのは様を相手に有効な攻撃を出すことができずにいる。それでも余裕は崩れない。回復の手段があるからだろう。だが、敵の方から牽制ばかりで本格的な攻撃する様子がない。それだけが不気味だった。

「途中までは攻めて来てたんだけど、なのはの攻撃が強いとみるや完全に守りに回っているわ。右手を庇って何かを待っているような感じね。多分あの蛇がそうなのよ。そしたらあなたの方が危なかったから来たの」

「すまん。髪を切れば終わると読んでいたのだが、甘かったようだ」

そう言って陽一に目を向ける。奴は俺の髪を弄んで血走った目で歯をむき出しにして恍惚した顔をしていた。もはや狂人だな。

「はっ、はっ、はっ」

興奮した声で奴は手に持った白いモノを口に運んでむしゃむしゃと咀嚼を始めた。



「……髪を喰ってるっ!? 」

「まさか、俺の髪を自ら取り込んでいるというのか! 」

「うぷっ! 」

常識では考えられない行動にカナコは口を抑えて嘔吐感をこらえている。奴の髪は俺が刈り取った頭頂部に白い髪に生え変わっていた。



「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ~~」

陽一の目が赤く鋭く光り、顎が外れる程大きく口を開けて人のものととも思えない大音響の咆哮を上げる。思わず耳をふさぐ。その姿はまるで鬼。かろじて残っていた奴を包んでいたものが外からの圧力で音を立てて剥がれていく。

「拘束具が! 」

「拘束具? 」

「そうだ。あれは鎧ではないのだ。奴が本来の力を押え込むための拘束具なのだ。その呪縛が今、自らの力で解かれていく俺たちには、もう陽一を止めることはできまい 」

奴にとって髪は弱点であると同時に逆鱗でもあったらしい。これで十分かと思ったが半端な攻撃は逆効果だった。放置すれば取り返しがつかない事態になることが容易に想像できる。いつ希たちに矛先がむくとも限らん。やはり本気でやるしか方法はないようだ。

俺は覚悟を決めた。

「覚醒と解放か。このまま黙って見ているわけ行くまい。カナコ、なのは様のところへ行くがいい。陽一をなるべく傷つけずに済ますつもりだったが、そうも上手くはいかないらしい。今度は全力で戦う」

「そうね。少しでもあの女を弱らせて、術の展開はなるべく急ぐわ」

カナコは悲しげな顔で陽一を見ると、すぐになのは様の元へ向かう。俺が甘かったせいでなのは様に負担をかけてしまった。早くケリをつけて王様のところへ向かわねばなるまい。俺はディスティを具現化させてリロードする。銃身が鈍い音を立てた。

陽一を倒すため一歩踏み出す。



踏み出そうとしたが、袖を引っ張られる感触で後ろへ振り返る。

希だった。

結界の外に出るのは危険な行為だ。戻れと言いかけて訴えかける眼差しの強さに思わず言葉が止まる。

「待って! どうして? どうしてお兄ちゃんをあきらめるの? お兄ちゃんは私のことで悲しんで、あんな姿になっちゃったんだよ。最終戦士なら助けてよっ! 」

ここまで必死に言うのは初めて見る。陽一の記憶にもない。聞こえてなかったはずだ。しかし、俺たちが何をしようとしているのか感じ取ったのかもしれない。

「希、陽一を殺すわけではない。カナコの力で封じるだけだ。今は呼びかけすら聞こえないのだ」

俺はどうしようもないと諭すが、希は強く首を振る。癇癪を起こしたように全身を揺らして拒否を訴えていた。顔を上げて俺を睨むような目には意思が宿っている。

「そんなのダメッ! それにお兄ちゃんはちゃんと聞いてたもん。苦しんでいるだけだもん 」

揺るがぬ意志を見せた希に覚悟を決めたはずの俺の心に迷いが生じる。

本当にカナコの言う通りにしていいのだろうか? 

希が感じたのならその通りなのだろう。闇に飲まれながらも意識がまだあるのか。確かにタイミングで見ると俺の言動に反応して攻撃を加えているように感じられるし、殺されたいのかと言っていた。ただの錯乱なら近くのなのは様たちに目もくれないで、何度も俺だけを攻撃するのもおかしい。自らの意思で言ったとするなら意味不明だが、まだ人格は残されていることになる。

少しだけ考える。

月の管制人格は戻れないといった。しかし、ここは希の世界だ。意思の疎通が可能ならば、言葉を交わすことができるのなら、まだ可能性は残されている。手遅れではない。粉々になった俺が希の助けを呼ぶ声に応えたように、少なくともやってみる価値はあるのだ。

希よ。おまえの覚悟をみせてもらうぞ。

俺は愛銃ディスティを渡す。

「希、この銃に想いを込めろ。この銃が撃つのは敵を倒す弾丸だけではない。持ち主が願えば想いを相手に伝えることもできるのだ。内に閉じこもった心の外壁など打ち破ってしまえ。そして、語りかけるのだ。真摯な言葉は必ず届く。おまえの言葉ならなおさらだ」

「届くかな? 」

少しだけ不安げな希の頭を撫でる。

「自信を持て、俺は奴の希への優しさから生まれた存在だ。奴は完全に堕ちたが、おまえの声で一度は踏みとどまった。もう一度思いを込めて撃てば響くはずだ。これはおまえにしかできないことなのだ」

希は自分の身長程もある銃をふらふらと構える。もし陽一が戻る可能性があるとすれば希しか有り得ない。これで駄目なら仕方あるまい。カナコの封印で大人しく眠りにつくがいい。貴様のやろうとしたことも俺が継いでやるから心配するな。

銃口は唸り声を上げて力が集まる。黒い光の粒が少しずつ大きな球になりつつあった。

気がつくとアリサとすずかが銃に手を添えて希を支えてくれていた。



「水臭いわよ。希、私も混ぜなさい。ちょっとは役には立つでしょ? 」

「希ちゃん、私たちが足でまといなのはわかる。だけど少しでも手助けしたの」

足でまといなどとはとんでもない誤解だ。おまえたちがいるから希は安心することができる。おまえたちがこの世界の絶対防衛線。守るべきものが多いからこそなのは様と俺は力を発揮できるのだ。

「ありがとう。アリサ、すずかちゃん」

三人集まったことで力はさらに増していく。集まった力は野球の球ほどの小さなもの。決して大きな力とは言えないだろう。しかし、それで十分。これは破壊の力ではない。少女たちの優しい想いが凝集しているのだ。負の感情に囚われた馬鹿な男に教えてやれ。



「お兄ちゃんっ! 」

希の叫びと共にトリガーは引かれた。銃口から希の黒い球が放出される。反動で三人とも尻餅を付いた。標的の陽一は動くことはない。射線もしっかりと正面に目標を捉えている。

当たる。

しかし、その射線に割り込んだ者がいた。黒い女だ。なのは様たちの攻撃を掻い潜ったのか。

「あははは! こんなもので、戻れるわけがないでしょ。ふんっ 」

あざ笑い右腕を振り上げると射線上にきた黒い球を叩きつけた。黒い球は水風船が割れて中の水のようにバラバラに散ってしまった。

「あっ!? 」



おのれええええ。

ここでも邪魔をするか。希の想いを踏みにじるとは許せん。強い怒りが燃え上がる。だが、一度でダメなら二度だ。今度はそうはさせんぞ。双剣を構え黒い女を牽制しながら、もう一度だと言おうとしたそのときに黒い霧で覆われた世界の闇を切り裂く強い言葉が響き渡った。



「と、届くもん。届くもんっ!! 」



鼓膜が震える。

絶対に一回で陽一までたどり着くという一途な想いだった。守ると叫んだときのアリサのように希は心の底から声を出していた。

あまりの声の大きさにみんなが希に釘付けになる。その時だけは本当に時間が止まったように感じられた。当の本人は限界を超えて声を出したせいで疲れたのか、眉間にしわを寄せて苦しそうに汗をにじませながらはあはあと息をついている。

「はっ? 」

異変が起こっていた。確かにバラバラになったはずの黒い球は希の声に応え時間が巻き戻るかのように元の球体に戻っていく。黒い女もあっけにとられている。俺とて想定外のことに目の前で起こっている光景に目を奪われていた。こんなことが起こるとは誰も思うまい。

いや希だけがこうなると信じた。

まして砕いたのは決して敵わないと思っている相手の理を覆して、初めて一人で反逆したのだ。ゆっくりふわふわしながら陽一のところへ向かって飛んでいく。



希、お前の勝ちだ。

「ここは希の世界だ。本当に願うのなら、届くというのなら、たとえ神であろう止めることはできん」

俺は祝福と福音を込めてそう断言した。黒い球は陽一の中に溶けるように吸い込まれ、やつの心の防壁は崩れていく。さあここからだぞ。希は勇気を示した。

今度はお前の番だ。






ーーーーーーーーーーーー





暗闇の中。

頭は沸騰したように熱く上手く思考することができない。身体は言うことを聞いてくれない。拘束具で抑えられてはいるが、茹でたカエルのようになすがままだった。声を上げて開放しても収まらず、後から後から湧いてきてキリがなかった。そんな中で誰かの言葉と行動に思わず制裁を加えないといけないという衝動と反射的な怒りを覚えていたが、それがなんなのかすらわからない。だが、この声だけは放置してはいけない。放置したら必ず後悔することになるとそれだけはわかった。ただこの感情は体を焼き尽くすような復讐の憎悪ではなく、羞恥と怒りの混じりあった穏やかな類に感じられる。そのおかげで少しだけましにはなっていた。

そして、その感情が最高点まで高まったとき、体の中を巡っていたモノが苦しみだし、飲みすぎた時のように吐いて楽にはなった。しかし、思考する力は戻っても未だにアルコールのように怒りと憎しみは心の中で暴れまわり未だ俺を苦しめている。

何者かが両手に持った刃物を俺に向かって投げて、残ったもう一方の手で斬りつけられるかと思ったら投げられて、背中を打った。

そして、命より大事な髪を刈られて俺の意識は再び飛ばされる。

後のことはよく覚えていない。気がつくとまた絶叫していた。意味はわからないが本能的な行為だと思う。直前の記憶は塗りつぶしたように真っ赤でゴチャゴチャしていて頭が痛い。髪が亡くなって、絶望して、ものすごく頭に来たのだけはわかった。しかし、気がつくと髪は知らない間に白い髪に生え替わっていた。確かに無くなったはずなのに。どうやったのかさっぱりわからない。何かを口に入れて食べていたのは覚えている。

拘束具が限界を迎えつつあった。髪を切られたせいで、思いっきり暴れてしまったようだ。

やはり俺はこのまま死んでしまうのだろうか?



今までの生とは何だったのだろう? 俺の生まれた意味ってなんだったのだろう? 少しだけ思考力が戻った朦朧する世界でそんなことを考えていた。内へ、内へと閉じていく。

この世に生まれて半世紀くらい。思い出すのはつらいことばかり、最初の父はほとんど話した記憶がない。仕事を理由に家には寄り付かなかった。俺を避けていたのだろう。今なら心当たりはある。

代わりに実の母だと思っていた義母からなじられ蔑まれて育てられた。何を言っても反論され、いかに俺がダメな人間か事細かに説明し論破される。俺を認めてくれるものなど誰もいなかった。実の子供じゃないから当然だ。

ただし媚びれば金銭だけはいくらでも与えられたので生かさず殺さず。それが母親の唯一の愛情とさえ思っていた。ただし、プライドはズタズタ。鈍い振りで誤魔化すのが唯一の方法だった。そんな自分を直視できなくて趣味に没頭するのは当然の流れ。だが、それは完全にあいつの引いたレールだった。そして、何も言わないまま父が死んだ。何の感慨も浮かばなかった。それどころじゃなかったのもある。生きる術もないまま追い出されたのだ。そのときに実母は俺を産んですぐに亡くなったと聞いた。

俺は母親を殺した罪深い子供らしい。だが、それを聞いても父と同様の思いしか沸いて来なかった。ただ心臓に針でも刺したもの様な鈍い痛みだけは今でもある。だから、なるべく考えないようにしてきた。

子供の頃を思い出すと、なんで俺は頑張っているのに認めてくれないんだ。おかーさんはどうして認めてくれないんだろう。おとーさんはどうしてみてくれないんだろう。どうして? どうして? と長年苦しんできたから。ああ、なるほどそうだったのかと冷静に納得する自分がいた。父は自分の母親を殺した俺を許すことができず。義母は最初から愛情など存在しなかったのだ。心が凍ったまま俺は長年住んだ家を後にした。

真相を知ってしばらくして、働いているうちにふと止まっていた感情が蘇り、義母への憎しみが燃え上がった。なんで俺がこんな理不尽な目に遭わないといけないのだろう? と悔しくて悔しくて泣いた。憎しみは一度意識するとふりはらうのは難しく、抱えながら生きなければならなかった。仕事にもさしつかえがあったし、家でイライラして、ものに当たって壊したのもしょうちゅうだった。

最悪の時期だったと思う。

それでもなんとか苦労して克服して生きる術を得たのに、希望を取り戻したのに… またしても、義母にそんなものは無駄だと殺されてしまった。痛かった。熱かった。苦しかった。そんな言葉では単純に表すことはできない。俺の身体と精神はこれ以上はないくらい踏み躙られ、屈辱を味わい、陵辱され、尊厳を破壊された。これからどんなに良いことが起ころうとこれだけはへばりつくように憑いてくる。死んだらすべてが終わるのだ。

次の生は幼少から思い出すように始まった。最初はいろいろ楽しかったのかもしれない。学校ではヒーロー、前世で子供の頃に誰にも認められなかった俺にとって、認められ見下すのは仄い喜びがあった。思えば嫌な子供だったと思う。父も母も優しかったし、生まれたばかりの妹も可愛かった。一部の大人たちでさえ敬意をみせてくれる。俺は今までに復讐するように人生を楽しんでいた。

つまづいたのは俺が頑張り過ぎたせいで、産みの母が化物を見るような目で俺を見たことだろう。それから先の態度は子供に対するものではなかった。そうなるともう無理。後で冷たくなるくらいなら最初から優しくするなよ。優しさなんて知らなければよかった。いや、あの優しさも義母のようにただのまやかし。実の母にとって子供は自己顕示欲を満たす道具に過ぎないのだ。

俺の実の母親の幻想は粉々に砕かれた。

癒しを求めた高校の彼女は俺をあっさり裏切った。中学からの長い付き合いというのにDQNに乗り換えられ、将来ハゲそうだからというくだらない理由で振られた。作家になった俺を知ったら後悔するぞと今でも思うくらいは未練はある。結局会うこともなかったからどうなったかはわからない。ハゲる運命に反逆しようと思ったのもそれが始まりだ。

その後は坂を転がるようにカリスマ性は失われていく。前世の学力が通用したのも中学まで、暗記力はそこそこあったので、頑張れば偏差値の高い大学にいくことはできたかもしれないが、やる気がなかった。母親は過去の栄光ばかり持ち出して罵倒するばかり、ますますやる気がなくなる。

結局妥協して経済的負担の少ない大学を選んだ。前世で行けなかった大学は思ったほど楽しいものでなかった。それなりにリア充っぽく生きてきたから周囲合わせて仮面をかぶるのも得意だ。友達もそれなりにできた。だが、胸に空いた穴を埋めるものではなく、うわべだけのつきあいに満たされるものはない。

大学の女などハナから信用してない。いや本当はまた裏切られるではないかという猜疑心で向き合うことができなかっただけだ。そんな自分が嫌になる。大学はだんだん煩わしさを感じるようになった。

母親の愚痴はますますひどくなる。斎は優秀な学生で先生の覚えも良いらしい。推薦特待生は間違いないというから相当良いのだろう。明らかに俺に当てつけている。見習えとか二十の誕生日に言うことじゃない。腹いせに黙って大学を辞めてやったら母親に刺された。今まで記憶の隅に隠れていたトラウマが一気に蘇り、悪夢に苦しめられ完全な回復に数年かかった。回復はしたものの家に残った。どうして残ったのか今でもわからない。

可愛かった妹はいつの間にか大人になり距離を感じようになる。引きこもりな俺を咎める妹は月日の流れを否応なしに思い知らされて悲しい。それでも他の女に比べれば彼氏もいない女神のような存在だった。情念を募らせるが実の妹にそんな感情を向けるなどあってはならないことだ。でも好きだ。その葛藤が官能小説家の道を開いた。でも家族には言えるはずがない。

出版先の縁で前世の記憶を元に本を出した。売れまくったらしい。だが、所詮は盗作、俺のものじゃない。これは俺じゃない。でも20代も半ば過ぎて金がないと親もうるさいし、いろいろ困る仕方ない。仕方ない。社会的に成功して金回りは良くなった。売ったのは作家としてのプライドだ。仕方ない仕方ない。プライドじゃ飯は食えない。せめて官能小説家としての矜持は守ろう。

中国旅行で髪は死んでいると言われた。俺のやった十年近い修練は無駄な努力に過ぎなかった。足元がガラガラ崩れるようだ。でも今更引き返せない。続けるしかない。ここで辞めてしまったら心が折れてしまう。俺を裏切った女の言葉が真実になってしまうじゃないか。それだけは認めるわけには行かない。

余裕が出てきたので胸の隙間を埋めるように水商売や風俗の女に金をつぎ込む。どうせ金は使い切れないほど持っている。騙されたのも一度や二度ではない。傾向と対策まで作った。しかし、所詮は金で発生したつきあいに情はない。それを悟るのにいくら使っただろう? 根こそぎ毟られることはなかったというか、自分の手に負えない額の金は身を滅ぼすのを見せられる羽目になった。金は怖い。人間は貧乏にはいつまでも慣れないが、贅沢にはすぐに慣れる。後から聞いた話では俺がお金をつぎ込んだ相手は漏れなく義母が俺に望んでいたような結果が待ち受けていた。弱い人間ほど堕落からの復帰は困難だ。その筆頭が俺だったからよくわかる。豹変して連絡がつかない友達もいる。友達だと思っていたのになあ。

つぎこんでた女のことで8のつく人が関わってきたとき、出版社の弁護士に相談しなければどうなっていたかわからない。世の中は汚いことばかりだ。家族でさえお金で変わってしまうかもしれない。母親は家族も認める守銭奴だからあきらめられるが、妹や父がそうなってしまうのは耐えられない。やはり秘密のままだ。もう誰も信じられない。反省するならお金を使う才能はなかったということだろう。寄ってきたのはお金目当てのハイエナばかり、身の程を知れということだった。せめてつき合いのあった冬月さんに投資しよう。出版社を通しているからちゃんと使ってくれるはずだ。古い付き合いの人さえ全面的に信じられない自分に嫌気がさす。



そんなとき天使に会った。

最初は髪を指摘されて凹んだり、警察の世話にならないかと心配したこともあったが、あの二年間は本当に楽しかった。やましい気持ちなど沸くはずがなく、あの子の喜ぶ顔が見たくて自分でも信じられないくらい純粋に馬鹿になれた。これでも元演劇部、絵本を朗読でキャラクターを声色を使い分けるなど造作もない。彼女は俺が作った拙い物語と演技を純粋に喜んでくれた。

打算も計算もない。世の中の汚れとは無縁の無垢の象徴。永遠の少女。

そんな希ちゃんの重要性を思い知るのは彼女がいなくなってからだった。何もかもがつまらなくなり、男の欲望の発散さえ億劫になる。今更どうしようもない。また鈍い振りをして生きていくだけだった。



気がつけば希ちゃんは自分の母親に壊されていた。これは人間のやることでない。あんな素直で可愛い子が心に深い傷を負わされていた。

あれだけ可愛がっていたはずなのに希ちゃんのおかーさんが許せない。理不尽だ。きっと幸せだった頃の優しかった母親の過去の姿にすがってつらかったのだろう。俺の母親がそうだったからわかる。半端な希望は絶望をより深くするだけだ。最初から知らなければ良かったのだ。

そして、誰よりそんな状態を見過ごした自分自身が許せない。できることがあったはずなのに何もできなかった。住む所を聞き出しておいて、連絡くらい取れたはずだ。それさえしないでただ漫然と生きていただけ。

もう遅い。

手遅れだった。間に合わなかった。

圧倒的な虚無感に押しつぶされる。



俺は無力だ。役たたずなのだ。

みんなもきっとそう思っている。だけど、優しいから言わないのだ。言ってくれないのだ。責めてくれないのだ。

やはり俺の人生には意味はなかった。生きる価値なんかない。積み上げても積み上げても。何も残らなかった。すべてが無駄だった。このまま死んでしまったほうがいいんだ。

誰か無価値な俺を殺してくれよ。早くしないと拘束具が解けて抑えられなくなる。本当に致命的なことをしでかすかもしれない。殺してくれ。お願いだ。

闇の中へどんどん沈んでいく。











そんなとき、よく知っている子の切実な叫びと暖かい光が俺を包んだ。

いつのまにか暗黒の中から差した光の下に、希ちゃんが立っていた。真剣な眼差しでこちらを見ている。頬には涙の跡が残っていた。不思議な気持ちが溢れる。この子を見ているだけで闇の底に沈んでいた心が光の下まで引き上げられるようだ。死にたい気持ちが消えて、この子のために何かしないといけないという心に駆られる。

「戻って来て。お兄ちゃん! 」 

真摯な訴えに心が傾く。しかし、憎しみは今も変わらず制御不能に暴れまわって、油断したら今度こそ俺の手でこの子を傷つけてしまうだろう。今の自分はこの世界の誰よりも信じられない。信じてはいけない。それならいっそのこと突き放したほうがためになるはずだ。もっと早く気がつくべきだったのだ。俺なんかがそばいてはダメなんだ。プレシアだって寿命が短いことを知っていたからこそ最後まで冷たくできた。バレバレの演技で俺たちにはわかったけれど、フェイトちゃんには通用したのだから、きっとできるはずだ。半端な希望は最初から持たないほうがいい。

かえって絶望を深くしてしまう。

「俺から離れてくれ。もう助からないんだ」

努めて冷静に答えた。俺の演技は希ちゃんに通用するだろうか? それだけが心配だった。

「お願い! 一緒にいて! 」

なおも引き下がる希ちゃん、簡単には聞き入れてくれないようだ。だったら心を鬼にして本気で突き放さないとダメだ。俺は死を前にして、希ちゃんにこのような真似をしないといけない運命を呪った。目を釣り上げて表情を作って大きな声で怒鳴る。



「ダメだっ!! そばに来るんじゃないっ! 」

ほとんど叫び声だった。過去において希ちゃんにこれほど大きな声で怒ったことは一度もない。あまりのショックに硬直して希ちゃんの表情が文字通り凍りついている。こんな表情は見たくなかったよ。



「……どうして一緒にいたらダメなの? 」

涙が頬を伝う。今にも消えてしまいそうな悲しげな声で下を向いた。手を当ててさめざめと泣いている。



……ああ、ダメだ。

そんな顔しないでくれ。刺すような頭痛で気が遠くなりそうだ。どうしようもなく心が激しく揺らいでいる。泣かせているのは俺だ。傷つけたのは俺だ。希ちゃんのためを想って言ったことなのに、どうしてこんな結果になる。やはりちゃんと納得させないといけないのだろうか? 俺は穏やかに諭すように言葉をかける。

「俺はね。希ちゃんが思っているような立派な人間じゃなくて、ダメな人間なんだ。そんな奴が近くにいても希ちゃんのためにならないよ。君が苦しんでいたのに何もできなかった。助けることができなかった。いや、何もしようとしなかった。それに俺がいなくてもカナコがいるじゃないか? なのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんだっている」

下を向いて両手を当てながら肩を震わして泣いていた希ちゃんは俺の言葉を聞いて動きが止まる。話は聞いてくれたようだ。良かった。

これが事実だ。何も知らない馬鹿な俺は怠惰にかまけて希ちゃんのことは思い出の彼方へいったまま忘れようとしていた。起こった出来事を考えるなら知らなかったでは済まない。こんな俺は最初から一緒にいる資格なんてない。一緒に乗り越えて苦楽を共にしてきたカナコはその資格がある。なのはちゃん、すずかちゃん、アリサちゃんは同年代の友達だ。友達に資格なんていらない。

俺だけが異物だった。俺だけが負の存在だった。俺だけがいらなかった。

話が終わっても、しばらく、うつむいていた希ちゃんはだったが、涙を拭って、もう一度顔を上げる。目は赤く涙で濡れたまま。しかし、落ち込んだ様子はない。その表情には強い意志が宿っていた。

どうしてあきらめてくれないんだ。

「そんなことないッ!! お兄ちゃんも一緒じゃないとダメ! 私、お兄ちゃんとの楽しい思い出があったから、つらくても頑張れたんだよ。だから、これからも一緒にいないとダメなのッ!! 」

そう言ってくれるのは嬉しい。

でも、やっぱりできない。君が認めてくれても俺が認められない。

もう恥も外聞もあるものか、思っていること言ってしまおう。



「お願いだからそばに来ないでくれ! 頼むよ。希ちゃん、俺が一緒にいる資格はない。踊らされていることが分かっているのに憎しみが制御できないんだ。拘束具も剥がれた。もう抑えられない。限界だ。君を傷つけてしまいそうで、自分が誰より信じられなくて ……怖いんだ」

最後に吐き出すように声に出す。言い終わると急に静かになって沈黙が支配していた。

怖い。紛れもない本音だった。俺は十歳の女の子に何を言っているのだろう? そんなこと言われても希ちゃんは困るだけだ。ほらっ、さっきからどうしたいいかわからない顔で黙っているじゃないか。

でも、きっとこれで良かった。わかってくれた。





……



……



希ちゃんに変化が現れ始めた。目を細めて俺を優しく見つめる。包まれるような圧力を感じて、あのときのカナコのように気圧される。足は下がらない。纏っている空気は柔らかく穏やかで暖かい。その気高さに暗く沈んでいた感情が止まって目を奪われていた。

疑うことを知らない無垢な眼差し。そして、にっこりと微笑んだ。



「おにいちゃんを信じてる 」




希ちゃんのその言葉を俺は生涯忘れないだろう。

たった一言。そんなたった一言に限りない優しさと信頼が込められていた。臆病で弱気な俺の恐れをすべて吹き飛ばしていた。

俺は涙を流す。みっともなく滝のように、しかし、隠そうとも思わない。気づいたんだ。ようやく気づいた。落ち込んだ時、憎しみに負けそうな時、絶望に打ちひしがれそうな時、いつも誰かが救ってくれた。いつも手は差し伸べられていたんだ。

君が教えてくれたのだ。

それなのに俺は不幸に酔って、復讐に燃え上がっていた。希ちゃんはずっと変わらず一緒にいたいと言ってくれていたのに、俺が勝手に一緒にいる資格はないと思い込んでいた。

よく見ろこの子を、まっすぐて純粋なひたむきな目を、虐待に晒されてもこの子は優しさを見失うことはなかった。それだけで奇跡だ。まだ何も終わってなんかない。

取り戻すことはできるんだ。

悲しいときつらいとき俺の思い出が支えだったと言ってくれた。信じると言った。それで十分。それだけでいいじゃないか。

俺が守っているつもりだった。保護者気取りだった。それはとんでもない思い上がり、俺の方こそずっと守られていた。抱きしめられていた。俺に命を与えて、心まで救ってくれて、俺はこの子にどう報いればいい? 

とても返すことなんてできない。だから、これから先の俺の全部をささげよう。

そのためにもう一度立ち上がろう。



そう。これが愛。

そばにいる資格があるとするならこれだけでよかった。

荒れ狂っていた感情は嘘のように静まる。体を渦巻いていた煮えたぎるような赤黒いものが収まっていく。

こんな、この程度のものに俺は振り回されていたんだ。

胸の中心に何か暖かいものが据えられていた。傷が癒され心が満たされていく。希ちゃんを想うと体が熱い。黒い力がなのはちゃんとよりやや薄い桃色に変わる。色情霊のときと同じではない。欲望を超越した優しさと慈しみの力だ。穏やかな波動が生じ俺を中心に波紋のように広がっていく。これがカナコが見定めた俺から希ちゃんに渡す力、自分の力だと知っていたはずなのに捨ててしまった愛の力。

幸運なことにもう一度この手に返って来た。

俺はゆっくりと立ち上がっていた。体から吹き出ていた黒い霧も体の痛みも嘘のように消え去り、元の状態に戻っている。



俺はずっと今まで悪い夢を見ていたんだな。



「ようやく自分の力が何なのか思い出したようね」

いつの間にかカナコが希ちゃんの傍らに来ていた。おまえには迷惑かけてばかりだな。

「ああ、俺は愛を取り戻した 」

「言いたいことは山ほどあるけど、今はおかえりなさいとだけ言っておくわ。なのはが戦っているから戻るわね」

カナコはそれだけ言ってあっさり戦線に戻った。その横顔は笑顔だった。今は戦いの最中だったが、どうしても直接希ちゃんに言いたいこと聞いておきたいことがあった。正面に立つ。手を伸ばして頭を撫でて頬に触れて、眩しい笑顔に目を細めながら小さな両方の手を自分の大きな手で包む込む。これだけで幸せを感じることができる。

「本当にこれから先、俺と一緒にいてくれる? そばにいてくれるか? 」

「うんっ」

年下の女の子達の前だというのにまた涙が溢れる。

「駄目だな。君よりずっと年上でしっかりしなといけないのに、やはり俺はダメな男だ 」

「軟弱者め」

自分に似た声でディスられたけれど気にしない。今はそんなことを気にしている場合ではないのだ。後でシメるけどな。覚えてろ。

俺の心は定まった。

愛のために戦おう。お互いの想う気持ちを受けて返す。それを繰り返すことで際限なく高まっていく永久機関。愛の力は無限だ。

「すぐに片付ける。ディスティを借るよ。カナコ、なのはちゃん下がれ! そいつは俺が一人で片付ける」

大いなる喜びと共に力を解き放つ。心配ない。この世界の戦い方はもうわかっている。銃はただ思いを込めて引き金を引けばいい。黒い女めがけて撃つ。

なのはちゃんよりやや薄い桃色の閃光が敵を吹き飛ばす。

黒い女がよろめく。カナコとなのはちゃんは驚いた顔で見ている。さらに続けてトリガーを続けて引く。当たるたび身体が揺れる。確実にダメージは通っている。一気にいくぞ。

何十発と撃たれ、敵はぼろ雑巾のようにぼろぼろになっていく。




体が軽い。



こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めてだ。



もう何も怖くない。



俺はひとりぼっちなんかじゃない。



あれっ!? なんか首のあたりがざわざわする。戦いは俺の優勢。後はトドメを撃つだけのはずだ。ただの気のせい。トドメの技は銃の砲身を大砲のように巨大化させ敵を打ち砕く究極の砲撃だ。



「アルティマシュートッ! 」



弾丸は敵の中心を捉え、吸い込まれ、大音響と共に義母は笑った顔のまま黒い液状に飛び散った。ボトリと右手首だけが床に落ちる。



終わった。



すべては終わった。愛の勝利だ。

希ちゃんたちに笑顔を向ける。ふうと息をついて気持ちをリラックスさせる。



っ!! なんだ!?

この寒気は特大の地雷を踏んでいて、それに気づいていないようなこの感覚はどこから来ている?

何気なく敵に目を向けた。



残っていた右手首から黒く大きく長いものが這い出す。脱皮したかのような黒い皮が目に入る。現れたのは一匹の巨大な蛇。大きな口を開けて気づいたときには目の前に来ていた。俺はあっけにとられて反応することすら出来ない。

なんでこんな巨大なものがっ!

これはまずい。



「これは貸しだぞ」

そんな言葉が聞こえたかと思ったら、いきなり脇腹に衝撃を感じて息が止まりそうになる。頬を鋭い何かが上と下から掠めるのを感じた。視界がぐるぐる回って十メールくらい吹っ飛ばされる。




どうやら間一髪で特大の死亡フラグを回避できたようだ。

「やべえ、マミられるところだった。つーか、俺の攻撃、全く効いてないのか」

右手首だけ残して霧散したはずの黒い女は何事も無かったように元の姿に戻っていた。相変わらずこちらの神経を逆なでするつもりなのか、義母の容姿をしている。気がつくと腕に巻き付くサイズだった黒い蛇が巨大化して足元でとぐろを巻いていた。大人ひとりくらいは軽く丸呑みできる顎。ムチのようにしなる舌、赤く光る無機質な目。黒い縞模様のウロコ。広い図書館のフロアでさえ狭く感じる。こいつと比べると俺たちはネズミかカエルだ。それほど規格外の大きさだった。義母は黒い蛇の胴体に手を触れている。その繊細なタッチは忌まわしさしか感じない。ひときわ大きなあざ笑いの声が響く。

「ふふふっ。一体今まで何人の人間が愛を騙り、憎しみの前に敗北して来たんでしょうね? 人間の歴史は憎しみの歴史。世界のあらゆるところで終わりのない憎しみは生まれ続けている。この国だって何十年前は戦争していた。憎しみこそが世界の最強の力。くだらない。くだらないわ。そんな付け焼刃が効くわけ無いでしょう。愛など幻想、肉欲と勘違いが生んだ不安定な感情。怒りや憎しみに敵うはずがない。まして、積み重ね蓄積し育った感情が昨日今日生まれた一時的な感情に対抗できると思っているの? 」

「黙れよ 」

見下した言い方に強く思わずそう言い返したが、心のどこかであいつの言うことは正しい俺は思っていた。

「愛なんて相手の裏切りで簡単に憎しみに変わるわ。別の母親は自分の感情のままに刺した。妹はあなたのことなど忘れて自分だけ幸せになった。母親もどきも最初から死んだ子供重ねていただけ、希だっていつか裏切るわ。ずっと見てきたのでしょう? 裏切る人間たちを、そのときあなたはくだらない愛を持ったままでいられるの? 希がそこの子と一緒にいたときに感じた気持ちを忘れたとは言わせないわ」

「うぐっ」

何も言えない。たしかに俺は希ちゃんがアリサちゃんに心を開いている場面を見て寂しさを感じ、じゃあ自分はどうなるのかという思いから一瞬とはいえ怒りを覚えたのは確かだ。そんな自分を恥じている。



それでも反発する強い想いがあった。 

母親もどき? 百合子さんのことか?

そう認識したとき、濁りの無い純粋な怒りが湧いてきた。俺のことはなんと言われようと構わない。正しい指摘もある。

しかし、あの人を汚すことだけは許さん。それだけは譲れない。

「あなたはかわいそうな女の子なら誰だって良かったのよ。助ければいい気分になれるわよね? だいたい正気に戻れたのもこの子が離れたせいよ。あなたの純度の高い憎しみは全部この子の血と肉になっているわ。あなたは残りカスに酔っ払って勝ったくらいでいい気になっていただけ。この子はねえ。憎しみの心を何倍も増幅させて高めてくれるの。この子がもう一度憎しみを注げば、あっという間に元通りよ。試してみる? 」

おまえなんかにできるわけないと言われているのと同義だ。

確かに黒い蛇を吐いた後は思考する力が戻っていたような気がする。それに子供時代を思い出してみると、認められずに生きてきた期間が長かったから、かわいそうな人を救って、いい事をしたと浸りたいという欲求は人より強いだろう。



だが、誰でもいいなんてことは絶対にない。

二年という短い関係だが、実の妹くらいの愛着は持っている。何より希ちゃんは俺の心を救ってくれた恩人なのだ。返しきれない恩に報いたいだけだ。この子が幸せになるのならどんなことだってやるし、その結果として俺たちの手から巣立っていくとしても後悔はないっ! 

泣くかもしれないけど、それでいいのだ。本当なら斎のことだって心から祝福して、夫になる奴に嫉妬して、寂しさをかみ締めて思い切り泣けば良かったのだ。

そうして、次に進めばよかったのだ。

だからこそ、それに泥を塗るような言葉は許さない。

「ああ、やってやろうじゃないか」

自信を持ってそう切り返す。恐れるものは何もない。おまえは俺を追い詰めるつもりだったようだが、間違いを犯した。それは本当に俺を怒らせたこと。あいつは俺の大事な人達を貶めた。俺の決意を鼻で笑った。言ってはならない事を言った。たとえ罠だろうと正面から食い破ってやる。そんな俺を制するようにカナコが手を前に出してきた。

「陽一、挑発に乗らないで、あの蛇は危険よ。私にはわかる。私たちにはわかる。記憶になくとも感じられるわ。私の魔力が、遺伝子が教えてくれている。アレは本当に良くないものよ。私たちが今まで戦ってきた黒い女は種か、卵とするなら、腕に巻き付いたときが発芽した苗、卵から孵った幼体。そして、今の姿は完全に幹とか成体まで成長してレベルが違うわ。あらゆるものを飲み込んで滅ぼす存在、滅びの太母の性質を秘めている。特にあなたの負の感情を吸って、親和性も高いから、海にコップ一杯の真水を注ぐように相手の圧倒的な質量になすすべなく取り込まれてしまうわ。せっかく助かったのよ。無駄にしないで、大人しく五行封印が完成するのを待ちなさい。それだけが唯一の手段よ。なのは! あなただけで時間を稼いで」

「はいっ! 」

カナコはそう言うとすぐ術を編み始めた。なのはちゃんの攻撃が苛烈さを増す。すべての手順を飛ばして、段取りを踏まずにやっているということはそれだけで急を要するということなのだろう。始めたばかりだというのにカナコは汗をにじませている。

「そうよね? おまえたちにはそれしか手段はないもの。閉じ込めて蓋をするしか能がないものね。本当に私を封じきることができるかしら? 力を使い果たして自滅するのがオチよ」

「言ってなさい。その余裕が命取りなのを思い知らせてあげる」

黒い女は嬲るような挑発も意に返さずカナコは術の構成を続けていた。身体から鎖のようなものが飛び出す。息を整えながら苦悶の表情を浮かべている。わずかに姿がブレていつかカナコの部屋で見た檻のようなものが見えた。

……このまま術を完成させたらダメだ。

だったら、いくらあいつの言うことが正しくとも今回ばかりは引けない。引くわけには行かない。俺のせいで大事なものが失われてしまう。どうしても俺の手で終わらせなければいけない。



「悪いな。カナコ。俺は行くよ。それに親和性が高いってことは相性は良いってことだろ? 」

そう言うと俺は黒い大蛇に向かって走り出し口の中に飛び込んだ。

「馬鹿ッ!! 親和性が高いってことはそれだけ相手の侵食に無防備ってこと。あなたが一番相性が悪いのよ! 」

あわてたカナコの叫びが聞こえた。

「阿呆が、せっかく助けてやったのに、同じところに飛び込んでどうする」

ジークがあきれたような声がする。上から目線がムカつくが考えてみればそうだな。気持ちに任せてノリと勢いでついやってしまったが、もしかしてマズったかな? 



そう思うと同時に俺の視界は暗黒で包まれた。

やばい。これはやばい。洒落にならん。奴の口の中を見た瞬間に時間がゆっくりとした流れになる。これじゃ心構えとかそんなものはまるで関係ない。カナコの言ったとおりだ。自殺行為だ。川の氾濫に巻き込まれるとか。飛行機の墜落とか。救助艇のないタイタニックのようなものだ。今は最後の瞬間のそんなわずかな時間で考えているに過ぎない。この感覚は覚えがある。およそ一秒先にトラックとぶつかったときに感じたときと同じだ。それほど危険なのだと体が教えてくれていた。全身の血が固まる。もう少ししたら途方もない感情の激流が俺を飲み込んでしまうだろう。

あ、来た。

思わず身をすぼめて、予想される圧倒的な恐怖から身を守る。やっぱり怖い。怖いよ。誰か助け…

「大丈夫。ここにはあなたを傷付ける怖い人はいないわ。それでも怖かったら希ちゃんの大好きな人たちの顔を思い出して…… 」

そんな言葉がよぎって負の感情の濁流に呑まれた。









感情の激流の中。沸き上がる殺意や憎悪は元々自分のものだ。だから上手く逸らそうとしてもどうしようもない。しかも桁違いの純度と量だった。怒りのあまり脳の血管が切れることがあるが、あれは切れたら意識を失う場合がほとんどだ。今の俺は脳の血管が常に切れ続けるような地獄の苦しみを味わっていた。

怒りや憎しみや復讐といった類の思考の濁流が強制的に流し込まれる。カナコの比喩は的確だった。俺という真水が黒い大蛇の憎しみの海を前にあまりに無力だった。俺はなんとか自分を保とうとするが、吐いても吐いても次から次に全身の毛穴から浸透してくるのだ。

怒りのままに殺せ。

この世で一番大事なかけがえのない自分の命の奪ったのだから報復しなければならない。

忘れたのか? 

あの時の痛みと苦しみ、尊厳を踏みにじまれ、無残に殺され、その相手は裁きも受けずに生きているのだ。

復讐を、正統なる復讐を果たせ!
 


……



あれっ!? でも、まだ生きてる? 考えることができてる?

俺は圧倒的な憎しみと怒りの感情を流し込まれているというのに耐えることができていた。

なぜだ?

どうして俺はこんなことができるのだろう?

希ちゃんへの想いもある。心の中心にある愛の力が憎しみに対抗する主になる力だった。すべては希ちゃんのため。それは俺の生きる意味であり、目的であり、唯一の支えだった。その光は宝石のように輝いて俺を守っている。

でもそれだけじゃない。それだけじゃないんだ。

心のどこかで憎しみに負けらないという気持ちがあった。

大事な人の顔が思い浮かぶ。



それは百合子さんだ。

そうだよ! 百合子さんだよ!

百合子さんはもっと苦しかったんだ。



百合子さんは娘を亡くして死ぬほどつらい気持ちに堪えていた。だからこそ侮辱されて強い怒りを感じた。飛び込む理由になった。

俺が希ちゃんを失うこと想像する。

無理だ。

不可能だ。

想像することすらできない。そんな百合子さんに比べて自分はどうだろう? 俺は憎い義母がのうのうと生きてる可能性が高いと思ってから、憎しみに駆られ、自分が復讐を果たせない世界で一番不幸な人間だと思っていた。

笑ってしまう。

なんと器の小さいことか。愛を知った俺にとって自分が死ぬことなど愛する人を失うことに比べればどれほどのものがあるだろうか? まして、死んだのは自分のせいだとはっきり言っていた。憎しみの対象は自分自身しかない。そんなもの向けようがない。破滅していくしかない。自分のせいで死ぬなど間違いなく自責の念から死を選ぶだろう。俺は復讐できないことにやり場のない怒りを感じていた。復讐する相手がいるなんてまだましだ。すべてそいつのせいにして押し付けられる。俺は押し付けていた。さらに俺には終わりではなく続きがあった。生を謳歌できたのだ。

死んだことはほぼ帳消しだった。しかも二度だ。これほどの幸運が他にない。憎むことができるも生きているからできることだ。俺は恵まれていた。

それなのに俺は不幸だとか死にたいだとか復讐を募らせていたのか?



なんという間抜けっ! 

俺は馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。バカじゃない? 目の前の幸運に気づかず。果たせない復讐(笑)に悶え、自分の不幸に酔っていたのだ。自分を見失って、自己陶酔して愚かなことばかり考えていたのだ。

ジークよりよほど恥ずかしい奴だ。世界一恥ずかしい男だった。

百合子さんは俺よりもずっと深い悲しみと自責の念に耐えて、そんなそぶりは少しも見せず実の娘でもない俺に深い愛情を注いでくれていた。初めて会った時からそうだ。悲しいときもつらいときも笑顔で堪えていた。偶然話を聞かなければ思いもしなかっただろう。あの人は強かった。

誰よりも強い。

眩しすぎて顔向けできない。


簡単なことだった。

俺のすぐそばに死ぬよりつらい苦しみに耐えて、それを克服しようと人がいたんだ。

百合子さん。

百合子さん。

おかーさん。



おかーさんっ!!

その顔を強く思い描いて名前を呼ぶ。

初めて会ったとき吐いた俺に全然気にしてない様子で笑顔を向けてくれた。だからこそあなたを母だと思った。
触るときも食事にも、今思えば気を使ってくれた。馬鹿な俺は気づかなかったよ。
ユーノ君の声に釣られて夜間外出したとき本気で心配してくれた。初めて頬を叩かれたね。年甲斐もなく泣いたのは、あなたが真剣だったから本気で心配かけたことを思い知ったから。
過去のトラウマが蘇ってつらいはずなのに車に乗って堪えていた。どうして我慢してたの?
俺が浅野陽一として復活して戻ったとき、あれだけ沈んでいたのにいつもの笑顔に戻って本当に戸惑ったよ。俺の取り繕う仮面なんて全然及ばない。写真見えてたんだ。そのときからなんとなく察しがついていたんだよ。
ジュエルシード事件から戻って家が散らかっていて酔っていたときは心配した。すぐに元に戻って気にしなくなったけど、数日家を空けてものすごく心配してたんだな。そんなこともわからない俺。
水霊事件のときは一緒に眠ってすごく安心できた。粗相のことは誰にも言わないでお願い。
我を失ったとき抱きしめられていた感触を思い出す。おかげで怖くなくなったし、あの言葉が黒い大蛇に飛び込む直前に俺を守ってくれた。でも、少しだけ怒っている。どうして俺がやったってことを教えてくれなかったんだ? ……ごめんなさい。本当はわかっている。額の傷早く良くなってね。  

現実を直視するのがつらいはずなのに俺のことを希ちゃんって呼んだ。車も平気になってトラウマさえ乗り越えている。

あなたは本当に俺を愛してくれていたんだ。



俺は、

俺のそんな百合子さんのために自分の憎しみなんかに負けられない。



外へ。外へ心のベクトルを変える。黒い感情を正の感情が押し戻す。百合子さんの生き方が憎しみに反撃するきっかけをくれた。それに加えて希ちゃんへの想いの根源となる力を意識する。百合子さんから与えられたものを希ちゃんへ。俺が繋ぐのだ。これも愛の力の側面。愛されていたという自負心。愛してくれた人のために俺もまた同じものを渡すのだ。そして、決して復讐なんかに負けるなと侵食しようする力に対抗する。胸の宝石がさらに輝きを増していく。百合子さんから俺へ、俺から希ちゃんへ二つの力は完全に連結していた。


しかし、まだ足りない。

まだ足りないんだ。

今は拮抗しただけ、逆転しなければ、上回る必要がある。今度は自分自身の憎しみを超えていくんだ。

俺の復讐はくだらないものだと認識できていた。希ちゃんのため、百合子さんのためなら手を離すことができる。とはいえ、すぐに感情が割り切れるほど人間ができていない。見習うべき人達ならこれまで何人も会ってきた。でもその人たちのようになりたいと思いながらも簡単に復讐をあきらめるとか、この後に及んですべてを許すとかいう真似はできそうにない。

自分自身に嘘はつけない。ここでは誤魔化せない。誤魔化さない。ここでちゃんと向き合うのだ。たとえくだないことだとわかっていても俺はまだ憎しみを捨てられない。手放すことはできない。

そう。今はまだ。

これが正真正銘の本音。

俺は憎しみが捨てられない弱い人間。かといってすべて捨てて憎しみに特化することもできない。

中途半端な状態なのだ。

どうすればいい?

どうすれば先に進める?

中途半端な俺が

自分自身のやり方で



これは俺の人生をかけた命題だ。時間があれは答えは出るかもしれない。しかし、答えが必要なのは 

今なのだっ!



思考を巡らす。

思い出せ!

何かヒントがあるはずだ。斎が偽物である俺を肯定して救ってくれたように、暗黒の淵から救ってくれた言葉があったはずだ。今は忘れているだけ。

思い出せ! 

俺はどうやって今まで生きてきた。どうやって復讐する気持ちと付き合っていた? 誰かが遠い昔に最初に俺を救ってくれたはずなんだ。



っっ!?



思考に電撃が走る。図書館の積み上げられた俺の記憶の本から真ん中のくらいの深さにある本の一冊が輝いたように感じられた。 



よぎったのは最初に俺を救ってくれた人の顔、初めて好きになった人の真剣な眼差しだった。



あのとき、水霊事件のときに見た夢で思い出せなかったあの言葉が蘇る。

「前にも言ったでしょ? 恨みと憎しみにあまり時間を費やすのは人生の無駄よ。あなたがどこかで苦しんでいる姿を想像して相手は喜んでいるのかもしれないわ。そう思ってバネにして見返してやりなさい。そして、あなたが幸せになりなさい。死んだあなたの本当のおかーさんだって絶対にそう望んでいるはずよ。長く苦しんだからこそ、相手を思いやって小さなことでも幸せを感じられるはず。やさしくなれるはず。それだけで相手のしたことが全部無駄になるの。それこそが一番の復讐だと思わない? 」



そうだよ。そうだった。答えはここにあった。

その言葉が力をくれた。俺が一番最初に身につけた始まりの力だ。

当時の俺は憎むのは良くない。相手を許さなければならないなんて綺麗事だ。そんなのは憎んだことがないから言える言葉なのだ。復讐上等。目には目を、歯には歯を、古来より相手に思い知らせてやるのは正しいこと。だって先にやってきたのは向こうの方じゃないか。この想いを果たしたのならものすごく気分がいいのだろうという気持ちだった。しかし、復讐するとはいえ相手はお金をかなり持っていていて、コネもあって味方も多かった。ただの社会人が対抗するには荷が重い。わが身が可愛いので刺し違える覚悟で犯罪は犯したくなし、仕事も忙しい。復讐にすべてを費やすことはできなかった。だからそれを誤魔化すように憎んだ相手と同列になることであり、俺は清廉潔白でありたい。正しい人間になりたい。相手は可哀想な人間というように考えて相手を見下して均衡を保っていた。それでも、そんなものは落ち込んだり、怒ったりしたすると途端にバランスを崩して、復讐するかあきらめるかに波のように揺れて迷い葛藤して苦しんでいた。

そんな俺に答えをくれたのだ。行き場の無い憎しみの力の使い方を…

正しい復讐と言うものを。



俺の幸せこそ一番の復讐なのだ。

そう想うと憎しみの心さえ優しく感じられるのだから不思議だ。

希ちゃんへの想い、百合子さんへの想いに加わって新たな力になる。


また、俺の記憶の本が輝いたように感じられる。今度は今の俺になってから俺を支えてくれた言葉。

「どうだっていいんだ。そんなことは、私の今感じてる気持ちは本物だもん。細かい理屈なんていいよ。例え希ちゃんの物真似でも私が希ちゃんの中におにいちゃんがいると信じているなら、それが私の真実だもん」

これも大切な記憶。斎が俺の存在を認めてくれたものだ。

また、ひとつ。



救ってくれたのは俺が今まで会った人達の言葉だった。

憎しみに向き合う方法を教えてくれたあの人、根源になった百合子さん、存在に悩む俺を繋いでくれた斎、そして、人生の目的となった希ちゃん。

すべてはリンクしている。


まだだ。もっと先へ。

もっと力をあつめなければ。俺の人生のすべてを持って挑まないと逆転なんてできない。思い出してないだけで記憶の隅にいくらでも力を秘めた言葉たちは転がっている。記憶のさらに奥を辿っていくんだ。言葉はやがて記憶になり胸に刻まれ魂の一部となる。もう出会うことができない人たちもそうやって俺の中で生きているのだから。

今度は俺の記憶の本がすべて輝きを帯びる。そんなイメージが伝わってくる。積まれていた本は配列を変えて希ちゃんの記憶の本のように横に並べれていく。

急激な変化が訪れる。記憶が精度を増し、過去の記憶が直前のことのように時間の感覚が無くなっていく。情報の量が莫大に増えた。渦に飲まれそうになる。不思議と恐れは無い。

俺はこれまでの人生で見たこと聞いたこと感じたことをすべて思い出すことができた。

何年何月何日に何をしていたのか、どんなものを見たのかはっきりと認識できる。たとえ一度しか読まなかった雑誌でも正確に引き出せる。

これが希ちゃんの見ている世界。



すごい。すごいとしか言えない。

希ちゃんはこんな世界の住人なんだな。

そして、その記憶を元に魂がこれまで出会った人々を形作る。人間の形になっていく。俺の後ろには集合写真のように取り囲むようにさまざまな人が現れていた。これは俺が見て聞いて感じたことが記憶され、形を作ったものだ。

希ちゃんから生まれた俺がその力の一端を発現させたもの。その劣化版。希ちゃんのスキルのように意志や思考は持っていない。

これはここに至るまでの記憶のルーツだ。すぐ隣りに希ちゃん、カナコ。その周囲に百合子さん、斎、もう会えない職場の上司と娘さん、そして、顔が輝いて誰だがわからない人が立っている。本能的ななつかしさからこの人が俺をこの世に産んでくれて死んだ最初のかーさんであることがわかった。形のない暖かさだけ感じる記憶が流れてくる。これは生まれる前のものじゃないだろうか? こんな記憶の奥底まで希ちゃんは手が伸びるんだな。

俺は一番最初の母親についての記憶はない。俺を産んで体崩してすぐに死んだという情報だけである。それしか知らない。今まで考えないようにしてきた人だ。

でも、そんなことより、最初のお母さん。俺はあなたの顔も名前さえ知らないけれど、ここにいて暖かさしか感じない。だから、きっとあの人が言ったように俺の幸せを願ってくれているのだと思う。思っていいよな?

ごめんなさい。今まであなたのことをちゃんと考えたことがなかった。あなたがいなければ私はここにいなかったのに。

そして、ありがとう。この世に産んでくれて感謝している。本当に感謝している。

もう俺は心配ない。またひとつ繋がりができた。感謝の気持ちが輝きが増す。

最後に残っていた胸の痛みは消えていた。



その周囲にはこの世界の親父とかーちゃんの姿もあった。今なら穏やかな気持ちで見られる。死ぬときに一度は許したんだ。負の感情に染まって、やっぱり許さないと思ったけれど、あれは撤回する。男が一度許す決めたことを覆すなんてカッコ悪い。義母は絶対に許さないが、時には相手の過ちを許すことも必要なのことなのだ。それに俺をもう一度のこの世に生まれ出してくれて、陽一って名前をくれた。そして、ここに親父たちが家を作って、刺された俺が家を出て行かなかったからこそ、希ちゃんに会えた。素晴らしい巡り合わせを用意してくれたのなら、感謝するべきなのだ。あなたたちもまた繋いでくれたのだ。

出会った人たちへの感謝が溢れるような力となり、心が満たされる。



逆転に必要なものはすべて揃った。

俺は意識を取り戻す。黒いヘドロのようなものの中にいる。焼けるように熱くて纏わつくように粘っこく、全身の皮膚から染み込んでいるような感覚だ。



だが、もう恐怖は霧散していた。胸の中心の輝く大きな力を解き放つ。

視界がぐるぐる回る。俺を飲み込んだ黒い大蛇は暴れているようだ。

ふんっ! 獅子身中の虫を飲んだようだな。体内の異物に反応して苦しんでいるのだ。この力は大蛇にとっては劇物。でも、それだけじゃ終わらない。今度はおまえが食われる番だ。

解き放った力を内へ内へと向きを変えていく。俺の力は外から内へが最も強い。

俺の憎しみを返してもらうぞ。

赤く黒い霧は俺の胸に勢い良く吸い込まれる。明らかに自分より質量が多いものを中から飲み込む矛盾。だが、この世界においてはそれは成り立っていた。元々俺の中に収まっていたものだから当然。飲み込まれた力は外から抑えられ粒のように圧縮されていく。在るべき姿に戻っていく。憎しみはすべて俺の心の器に収まった。それはまるで黒い結晶が存在していた。隣には愛の結晶が輝いている。

黒い大蛇によって大幅に強化された憎しみの力が暴れまわっていた。愛の力も健在。狭い器に収められていた。通常ならばお互いを打ち消す性質を持つ。それをさらに外からの内に押さえ込む力により凝集されて、せめぎあっていた。

力を効率的に発揮するため二つの結晶は形を変えて車輪のような形状に変化する。

二つ並んでクルクルと高速で回転を始める。激しい火花を散らす。

もっとだ! もっとイメージを!

車輪の形からさらに突起が飛び出す。二つの突起はお互い近づき数と形状がぴったりはまった。

愛と憎しみが感謝という潤滑油で結びつく。





歯車が完全に一致した。

拮抗していた力はお互いを高めあいかつてない出力を生んだ。さっきまではお互いを殺しあう引き算だった。それが足し算どころか。乗数加算されていく。10-10だったものが10×10に変わるほど劇的な変化だった。

体内から膨大なエネルギーが放出される。光が弾け意識が加速して遠い彼方に飛んでいく。



……



……



俺は闇の中にいた。

トンネルのような道を歩いている。前方には光の糸が蜘蛛の巣のように広がっている後ろにも同じような道があった。ただし光っているのは一本だけ。

なんなくだがわかった。これは過去と現在と未来だ。

後ろが過去で俺がこれまで通ってきた道だから一本しかない。どんな道筋を辿ってきたのか今ならはっきり認識できる。他の道は選ばれなかったので消えてしまっていた。

足元が現在今歩いている道だ。

前に広がる枝のように伸びた無数の道が未来。途中で切れた道、ずっと先まで伸びて見えない道。

一本の道が道しるべのように輝く。意識が加速して高速ジグザグしながら終着点についた。その先の未来の映像をわずかに捉える。



それは一人の老婆が満ち足りた顔で眠る顔だった。



それを見たと同時にその景色は新幹線が通過するときの人の顔のように刹那の間に遠のいていく。不思議なことに名残惜しい気持ちになる。あのおばあちゃんをもう少し見ていたかった。

きっとあれは俺の一生の到達点。

これからそこに向かって歩いていく。

覚醒するのがわかる。体が浮き上がり昇っていく。ぐんぐん勢い良く引っ張られ、さらに加速していく。眩しい光に目を閉じて、光が止んだころ目を開けると希ちゃんの世界に戻っていた。どうやら一瞬だけ意識が違う世界に飛んでいたようだ。あれほど大きかった黒い大蛇の姿はなく、すべて俺の中に取り込まれていた。

俺はごく自然に言葉を紡いだ。





「エンディングは見えた」

脳と身体が痺れるような感動を味わっていた。

これまでの道のりは無駄ではなかった。出会いと別れ。嬉しかったこと、楽しかったこと、つらいことも悲しいこともすべて今このときのために集約される。

すべてに意味があった。

この世に生まれでて数奇な運命を生きてきた。あの人が義母への恨みを祓ってくれたとき、妹が俺の存在を肯定してくれたとき、さっきまで負の感情に飲まれた俺が希ちゃんの言葉で立ち直ったとき、苦しさから解放され俺は喜びに満ちていた。これ以上嬉しいことはこの世にはないと思っていた。

その先が存在した。

今までこんな心境になったことはない。心は熱く燃え上がりながら冷静さを保っていた。迷いも恐れもなく、やるべきことはわかっている。不思議なほど視野が広い。希ちゃんとみんなとの距離とか、黒い霧のわずかな流れの乱れからあそこに折れた霊剣があるなとか。図書館の本の並び具合まで細かく見通し、それでいて全体を俯瞰することができていた。思わず笑いがこみ上げて来る。





「ははっ。何ていうか生涯最高の状態だわ」

俺の全身から光輝を放っていた。背中には今まで出会った人々が幻影のように俺を支える。みんなの視線がすべて注がれているのがわかる。

心の中に荒れ狂う強い憎しみの心は内在していた。むしろ以前と変わらない勢いで燃え上がっている。しかし、完全に俺の制御下にある。コントロールできていた。だから不思議なくらい冷静だった。

「怒りは力みを生むし、判断力を鈍らせるから良くはないよ。いつだって冷静じゃないと」

「確かにそうかもしれないけど、それは暴れる感情をしっかりとコントロールしているか。感情のままに動いても染み着いた習慣のようにきちんと体が動かせるんじゃないのかな? すごい才能だよ。それは」



これだよな? 美由希さん。恭也さん。

悟りの境地。奥義開眼。明鏡止水。神我一体。イルミネーションの突破とか傲岸不遜な言い方をすればそんな感じだ。

憎しみの感情も俺の意志の力となっていた。つらく悲しい思いをしたからこそ、他の人にそんな思いを味わって欲しくない。そうだよな? クロノ君、リンディさん、なのはちゃん、フェイトちゃん。

俺はまだ君たちのようにはなれないんだ。受けた苦しみや悲しみをすぐに優しさには変えられない。 

俺の場合はひねくれて希ちゃんにだけ集中していて、希ちゃんの幸せが俺の幸せであり、俺の幸せが俺を殺した義母に対する一番の復讐になるというような思考回路を構成していた。

あんたに殺されなければこの世界には来なかったんだ。そして、前の世界では見つけられなかった愛され、愛する人を見つけた。希ちゃんというかけがいのない存在に出会えたんだ。アンタのやったことはすべて無駄どころか幸せの道を開いたのだ。これほど爽快かつ皮肉な復讐はないだろう。



感謝しよう。今この場に立っていることを。

怒りと憎しみと悲しみも超越して感謝しかない。

幻影はやがて形を崩して俺の中に入っていく。

「一体何が… 」

誰もが予想外の事態に驚いていた。カナコも、希ちゃんも、ジークも、なのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん、黒い女さえも。

「もうあの蛇はいないぞ。俺を取り込もうとしたから、逆に飲み込んでやった。もう消化されて溶けちまったよ」

「馬鹿を言わないで、おまえの心がこんなに強いものであるはずがないっ!! 憎しみを何倍も増幅しているのよ」

明らかに余裕をなくした黒い女が叫ぶように吐き捨てる。

「目の前に結果がある。それだけじゃ不満か? 」

「あり得ないわ。たかだか人間が、しかも心の弱い。まがい物の魂の人間がその器に憎しみの力を収めきったっていうの? 」

俺がこの場に立つまでにどれだけのものを乗り越えてきたか、おまえには決してわからないだろう。愛も憎しみは表裏一体。愛の反対は無関心。たとえどんなことがあっても変わらない愛もあれば、憎しみをもある。その境界に立っているのだ。迷いながら両方をふらふらしているのが俺だ。

少し離れたところで、腕を組んですかした表情のコスプレ野郎が唸っていた。だからそれはやめれ。憎しみがぶり返すわ!

「なるほどな。元々資質はあった。陽一の負の感情は渦巻き蓄積され昇華する過程で常に何かを生み出してきた。引きこもって蓄えた知識と技能は見出され認められることで職場で発揮し、この世界の多くの作品となった。髪が理由で女に振られた出来事は常軌を逸した修練末にカミノチカラとなった。妹への報われぬ想いは官能小説家の道となり、殺されたトラウマを克服するために作られた物語が俺を作り希の支えとなった。それらでさえ散漫なものではっきりと目的のない不十分なものだった。そして、今、希のためという方向性を得た。散漫だったものが集約してただ一点に特化したのだ。もはや負の感情など陽一の強き意思の餌に過ぎん。愛と憎しみが同居し、せめぎ合い、反発することで生み出される力なのだ」

ご高説どうも。おまえの言葉がヒントになったのは悔しいが認める。それでも後からシメるけどな。



俺は愛と憎しみの果てにこの力にたどり着いた。

「こ、この化物」

化物とはひどい。俺は憎しみを捨てられない弱い人間だ。ただ憎しみの昇華の仕方が人より特殊なだけだ。これでも長いこと負の感情を弄んで生きてきた。顔を上げて黒い女はなぜか含み笑いをする。

「それでも、あなたが無残に殺されて、私がのうのうと生きているという事実は変わらないわ」



無駄だ。

無駄なのだ。そんな詐術など、もはや俺には通用しない。

最も愚かなのは憎悪を煽られていることに気づかないこと。煽る相手には別の目的があるのだ。わざわざ乗ってやる必要はない。当事者でさえない的はずれな憎しみに固執して行動する連中だっている。今まで見てきたはずだ。確かに憎しみは大きな力を秘めている。歴史を変えたことだってあっただろう。しかし、憎しみにだけ囚われていると視野が狭くなる。正しい情報を吟味できない。自分の信じたいものだけが正しいものだと思い込んでしまう。

「そんな事実を変えるのは簡単だ。信じればいいんだ。向こうの世界で俺の家族なってくれたあの人たちのことは警察なんかより絶対に頼りになる。必ず俺の仇を討ってくれる」

「そんなもの証明しようがない」

「ああ、証明のしようがない。だが、それはおまえの言う義母がのうのうと生きている可能性が高いという説だって同じことが言えるんだ。おまえの説も証明しようがないんだ。それはこの世界の誰にもわからない。だったら、俺があの世界で誰よりも信頼していた人達がどんな行動をするか考え、それを信頼すればそれが最も高い可能性なんだ」

「そんな詭弁… 」

おまえがそれを言うのか。笑ってしまう。月の管制人格は過去にアルハザードとの戦いに身を投じた人たちがやり遂げたと信じた。証拠はない。それでも信じた。今ならわかる。あのときの俺が苛立ちを感じて、理由を聞いて落ち着いたのも自分自身の境遇と無意識に重ねていたからだ。俺も演説の時そう言った。だからそのまま使わしてもらおう。

「義母を捕まえたのは俺の家族であるかはわからない。しかし、信じようではないか! きっと家族が俺の無念をっ! 屈辱をっ! 絶望をっ! 晴らしてくれたとっ! 」

それが俺の真実だ。今度はこちらの番だ。完膚無きまでに論破してやる。

「それにおまえが何度も見せたあの義母は最後はほとんど抜け殻だった。可哀想に弟が死んだときに義母の心も死んでいたんだ。ただ葬式で見た俺の笑う顔で憎悪が燃え上がって、復讐を果たして完全に燃え尽きたんだ。俺はあんなふうにはなりたくない。もう俺が手をくだすまでもない。報いとしては十分。誰よりあんたが復讐するモノの末路を教えてくれたんだ。俺は聖人君主なんかじゃない。憎しみの心はこれからも消えない。だけど負けない。ずっと一生向き合っていく」

復讐は己自身すら焼き尽くすということを実践してくれたいい反面教師だった。復讐には後のことは考えず命すら賭けて一途に遂げようとするある種ストイックな美しさがある。そこに憧れていた。酔わされていた。しかし、俺の場合は復讐と呼ぶには保身が強く中途半端で、そんなものを果たすよりもっと大事なものがあっただけのことだ。



俺は両手を広げる。



もう攻撃する必要はない。



目の前にいるのは敵でさえない。



ただ受け止めるだけ。



抱きしめるだけ。



万感の想いを込めてサヨナラを告げる。

「さよなら義母さん 」

「や、やめて、来ないで、来るなああ~ 」

怯えた声で後ずさる義母。憐憫の感情が溢れる。そんなに怖がらなくてもいい。アンタは俺のなかに還るんだ。これからも生き続けるんだ。俺は自然な動作で間合いをつめると義母を抱きしめる。義母の姿は崩れ黒い霧となった。

それを俺は自分の内側に取り込む。残ったのは血まみれの包丁だけ…

その包丁も優しく手に取ると霧散して消えてしまった。



これで終わりだった。

図書館は元の静寂を取り戻し、暗かった部屋は照明をつけたように以前より明るくなっている。希ちゃんの心境に変化があったのだろう。希ちゃんの人間関係を示す人形の棚も荒廃していた頃に比べると綺麗に片付いている。なのはちゃん、フェイトちゃん、アリシアちゃん、クロノ君、ユーノ君に加えてアリサちゃんとすずかちゃんの人形が新たに追加されていた。良い傾向だと思う。



自分自身にも変化があった。半年に渡って、いや半世紀もの長い間、俺の苦しめていたものは一つの区切りを迎えた。

燃え盛るような怒りと強い憎しみは残り火のように残っている。これからも心を苛むことがあるかもしれない。俺は弱い人間だから。だが、これからに何が起ころうと何度だって立ち上がれる。蘇ることができる。

希ちゃんの俺を信じると言った言葉が何度でも蘇らせてくれる。他の人たちだってそうだ。

それに俺には希ちゃんが年をとって穏やかな顔で笑って余生を送る姿が見えた。

もう未来は恐れない。

最高の結末をめざす道は確かに存在している。後は目標に向かってまっすぐ進むだけだ。もちろん、そこに行き着くためには当然努力が必要だ。まだまだ俺は未熟だ。これからもっと人間として成長しなければならない。

目標とするべき自分の受けた苦しみを呼吸するように優しさに変えられる到底及ばないできた人たちがいる。目の前の少女たちもそうだ。俺だっていつかは完全に憎しみから手を離してそんな人間になりたい。

だが、今すぐは無理だ。

じっくり憎しみと向き合って自分のペースで時間をかけて答えを出そう。

もしかしたら一生かけても到達できないかもしれない。憎んだままかもしれない。しかし、それでもいい。なぜなら俺の憎しみは昇華されて希ちゃんのために生きるという心の力に正しく向いているのだから。






「はあ~ 片付いたか」

肩の力を抜く。みんなその場に座り込んでいた。今日のこの場はお開きでこのまま眠って朝を迎えることになりそうだ。ゲームは台無しになったが、また仕切りなおせばいい。もう一度くらい機会は作れるだろう。横を見るとカナコは涙を流していた。慌てて声をかける。

「お、おい、どうしたんだよ? 」

「えっ!? あ、わからない」

泣いている本人が一番戸惑っているようだ。こんなのは初めて見る。涙を流したままゆっくり語り始めた。

「いえ、きっと嬉しいのよ。私は記憶を正しく継いでいないけれど、わかるの。あなたが滅ぼしたのは決して倒せないはずのもの。私たちが敗北し続けて、封じるだけで精一杯だったもの。あなたは私の思惑を超えて、予想を覆して、驚異的なスピードで進化して、とうとう手の届かないところまで到達した。あなたが反撃の狼煙。逆転の刃。夜明けをもたらすものだったのね。一番大事なのは希はあなたの背中を見た。憎しみを克服して理不尽を乗り越える生き方を示してくれたわ。これから先何があってもあなたがいれば希は生きていける」

「俺だけじゃないさ。おまえもだろ? 」

おまえがいたから希ちゃんはここにいる。俺は後から加わっただけだ。これからも三人で乗り越えていくんだ。カナコは驚いた顔をした後、笑顔で涙を拭う。

「……そうよね。私たちはずっと一緒よ。もう死んでも離さない。永遠に 」

下を向いて仄暗い声で応えた。



ぞわっ! 背中に氷でも詰められたような寒気が襲う。怖いよカナコ。それじゃまるでおまえが怨霊か悪霊だよっ!!

どれほど強くなっても俺はカナコに頭が上がらないのは変わらないのかもしれない。

そんな予感がした。







作者コメント

愛と憎しみの戦士爆誕。

後編に続く。



[27519] 第四十四話 暴走と愛憎の果てに行き着いた先 後編
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:09f282e5
Date: 2013/05/25 14:36
第四十四話 暴走と愛憎の果てに行き着いた先 後編



カナコはシンクロを解いて、なのはちゃんたちをそれぞれの夢の世界へ帰した。希ちゃんは疲れて部屋に戻っている。あれだけのことがあったというのに今は五時くらいだそうだ。後は普通に睡眠をとって、朝を迎えることになるだろう。今日のところはゲーム終了である。



だが、新たな俺の戦いは始まっていた。

憎しみが再燃し、ターゲットを捉えていた。やはり人としてまだまだだと痛感させられる。しかし、コイツを野放しにはどうしてもできなかった。

そいつの前に立つ。俺の目の前には白髪で浅黒い赤い服を来た痛々しい格好した男がいた。相変わず衣装の再現度だけは高い。そのせいで全身が沸騰してどうにかなってしまいそうだった。特に頭がダメだ。落ち武者だ。俺そっくりの顔で頭頂部を無残に無くなっていた。おまえも将来こうなるぞいう俺へのあてつけに違いない。

深く深呼吸する。

だいじょうぶ。わたしはれいせいだ。

我慢だ。まだ我慢だ。感情を堪えて押し殺した声で言った。



「希ちゃんを助けてくれたり、黒い女の攻撃から助けてくれたり、世話かけたな。ジーク」

「礼には及ばん。俺は自分の信義に従って行動しただけだ」

いちいち嫌な奴だ。コイツのしゃべる気障な台詞は俺の神経を逆撫でする。義母を受け入れてからはダントツトップだ。それでも、いろいろと世話にはなったので筋は通す必要がある。しかし、感謝の気持ちは一ミリもこもってない。これで義理は果たした。

俺は今まで堪えていたものを緩やかに解放する。拳を握りしめて右手に力を集中。飲み込んで憎しみの歯車の動力にすることも可能だが、今回は試してみたいことがあるしな。ちょうどいいサンドバックが目の前にあるので使うことにする。

もう我慢しなくていいよね? 我慢する気もない。

「それから俺はおまえに言いたいことがあるんだ」

「まだ何かあるのか? 」





受け取れ俺の想いっ! おまえに伝えるために帰ってきたぞ。

「死ねええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ~ 」

殺意の領域まで高まった鬱憤を込めて助走をつけてジークをぶん殴る。奴は反応できない。今の俺は格闘プログラムプレシアだって凌駕できる。腕にずっしりと重い負荷を感じながら力任せに拳を振り抜く。奴の身体が宙に浮き、グルグル回転しながら十メートルほど吹き飛ばされて止まった。

意外にもすぐに奴は立ち上がってきた。ちっ、手ごたえはあったのにな。



「いきなり殴るとは、何をする貴様? 今日のことは貴様がしっかりすれば起きずに済んだことだ」



言われたことは最もだ。しかし、痛いところを言われたくない奴に指摘されたらますます腹が立つのはどうしようもない。理性でどうにかなるもではないのだ。

感情の手綱が外れていくのがわかる。

ダメだ。今ぷちっと音が鳴った。

ああ、マジで切れましたわ。



「やかましいんじゃボケがああ、なのはちゃんとあまったるい芝居しくさってからに、俺と同じ容姿と同じ声でそんなマネされみろ? 恥ずかしくて死ぬわ! いや、おまえが死ね。死んでしまえ 」

普段クールで知的な自分のキャラを崩して汚い言葉で罵った。言いがかりに近いが、完全にタガが外れて心に溜め込んだものを放出している。俺の言葉を皮切りにジークも負けじとこちらを睨み返してきた。

「なんだと貴様! おまえこそ、いつまでも、いつまでも粘着質に過去の事を引きずりおって、みっともないと思わんのか? それに愛は心に秘めるもので声高に叫ぶものではない。このロリコンがっ! 」



……屋上。

すでに怒りの沸点を超えていた感情が一気に氷点下まで冷たく凍りつく。逆にクールになる。最適化されていく。どうしたら目の前の不愉快な声を黙らせることができるか思考がフル回転していた。感情はコントロールが困難になり暴走に近い状態になる。冷たくに口だけは動いた。

「何、おまえ、喧嘩売っての? なのはちゃんの前に引きずりだして簀巻きにして吊るして油性マーカーで生まれてすいませんって書いてやろうか? ああん? 」

罵りを加えるも忘れない。ああん? とか田舎のヤンキーみたいな言い方を使ったことなど初めてだ。当然奴はまったくひるまない。逆に火が付いたようだ。

「敬意を込めてなのは様言え! この無礼者が! 貴様が王座に据えておいて敬意のかけらも見せんとはどういうことだ? 」

そっちかよ。沸騰して凍結する激しい感情の揺れにアタマ痛くなってきた。

「アホか。そういうのは厚苦しいだけだろっ! 時と場所を考えろ! おまえの設定に他人を巻き込むな。それに弓の人をこの上なく侮辱したその格好やめてくんないかな? 」

「この設定を作ったのは貴様だろう? 俺は生まれた時からこうだったぞ。そんなもんは知らん」

こうして言い争っていてわかった。というより改めて思った。





「俺はおまえが嫌いだ」
「俺は貴様が嫌いだ」

言葉が重なる。

こんなところで気が合うのも仲がいいみたいで嫌すぎる。なのはちゃんたちがいなくて良かったよ。みっともないところをみせるところだった。俺とジークフリードはお互いを否定せずにはいられなかった。


十数分後…

「はあはあ 」

「争いは同レベルでしか発生しないのねえ」

言い争いをしてお互いに疲れて息をついた頃、カナコがやや呆れた声でつぶやいた。のんびり紅茶のカップを口に運んでいる。罵り合いのすえ暴れまわっていた心が落ち着き始めた。

ここまでかな? ようやく理性が主導権を取り戻す。

希ちゃんやなのはちゃんたちがいると良くも悪くも感情にブレーキがかかる。年上という見栄があるから理知的で落ち着いた大人の仮面をかぶるのだ。カナコの場合はいてもいなくても変わらない。いろいろと恥ずかしいことを知られていることもあって今更感がある。

「……ちょっとアタマ冷やしてくる。少し待ってろ」

俺は自分の部屋に戻ることにした。落ち着いてきたとはいえ、今後のことを少し考えておきたい。

怒りを放出した後は心を鎮める必要があった。整理する時間だ。

さっきは怒り狂っていたが、半分位はわざと外した。抑えようと思えばできた。それをしなかったのは解放してどのくらい怒りをコントロールできるか試すためでもある。あのときのような憎悪の暴走はこれから先も起こらないとは限らない。だからこそ、自分の制御下に置いておきたかった。

結果はまだまだ強力な感情に振り回され気味だ。美由希さんの言うところの暴れる感情をしっかりとコントロールしているか、感情のままに動いても染み着いた習慣のようにきちんと体が動かせる領域にはまだ遠い。内に収めて運用する方がいいらしい。



俺が暴走したときに弾かれ、床に転がっていた折れた霊剣聖乗十字を拾うと自分の部屋に入る。



俺の部屋は閉められていたカーテンが開かれ、昼のように明るくなり、まぶしい光が差し込んでいた。雑然として散らかっていた部屋は綺麗に片付けられている。昔希ちゃんが通ってたときのように変化していた。

カナコの話では夢の世界の身体が魂本体とするなら、この部屋は希ちゃんから独立した精神領域で持ち主のすべての記憶の置き場所だ。希ちゃんが知らない俺の記憶の本も置かれている。心の在り方が鏡のように心象風景として現れるそうだ。

見慣れない小さなオルゴールのようなものが机の脇の置かれている。俺の愛と憎しみの相反する力がお互いを高め合う力のイメージだ。黒と桃色の歯車が勢い良く回転して部屋の全体に黒と桃色の波紋を生じさせていた。




ただ今は黒い歯車の勢いと黒い力が強いように感じる。

バランスが悪い。まだ思ったより乱れているのか?

カナコの部屋には五行封印と檻があったな。俺と同じようにあれがカナコの力の象徴なのかもしれない。

感情を持て余していた俺はなんとなく霊剣を本棚の上に飾った。ここなら一番高い場所で神棚のように奉っているように見えるし、心なしか手を合わせると神社に来たときのような引き締まった気分になれる。



……考えて見たら、この中の人はイギリスの宗教関係の人だったはず。

まあ、いいか日本の宗教は大らかなのがいいとこだ。

形から入るのも悪くない。それに心なしか先程より歯車の調和が整っているようだ。

この霊剣、俺が闇の囚われたときには全く役には立たなかったうえに刀の美術的な価値は全くわからないけど、見た目が気に入っているし、俺が預かると言った以上大事にしたいと思う。

さて、気分転換したところでコスプレ野郎について冷静に考察する。


別にコスプレを否定するつもりはない。好きなキャラクターになりきりたい願望は俺にもある。役者は一度やるとのめり込んで止められないという通説があるが、元演劇部だから理解しているつもりだ。いろんな人生を体験できるのは得難い体験であり、あの一体感はいいものだと思う。

俺の場合は絵本の読み聞かせから始まった技術だから一人多役や二重人格などの切り替えるのが得意だ。希モードで思考は浅野陽一ながら、十歳の女の子の雨宮希としてふるまうことは可能にしているのはこれが大きい。

ただし、あれはそのような場で同好の士が集まって場を与えられて舞台があって成立するものだ。だから役作りでもないのに徹底的に現実生活に自分の妄想を持ち込んで他人を巻き込むのはダメだ。アトランティス王国戦士団でもその辺は徹底していた。



すなわち現実生活に持ち込むな。

しかし、そんな倫理的な理由だけではこの怒りの本質はついていないと思う。

もっと考える。

シンプルに絞っていくなら、俺の顔と声で恥ずかしいことやってじゃねえに集約される。

じゃあ、どうして恥ずかしいのだろう?

俺は自分の容姿に自信がないからカッコイイキャラを演じても、他人にどう見えているかが気になる。柄じゃない。鏡見ろと言われてるんじゃないかと考えてしまう。斎ちゃんに役者を勧められて、曖昧にごまかしたのも根底にはそういう感情があった。それに比べて奴はそんなのお構いなしだ。場違い、大根役者だろうが全く周囲を気にしないで振舞っていた。しかし、それがなのはちゃんたちにはウケた。仲良くなるきっかけになったといえるだろう。奴でなければ一日で友達になることなどできなかったのは間違いない。



ああ、なるほど。

どうして奴がこんなにむかつくかわかった。つまらない理由で認められなかったらしい。

自分自身のことなのに、案外分からないもんだ。

理解した瞬間今までわだかまっていた心が水面のように透明に、激しく波を打っていた心が静かに落ち着きを取り戻していく。

……いいぞ。この感覚だ。思考して葛藤することで怒りの本質を噛み砕いていく。ズレを生じてた歯車がぴったりと合った。


この感覚に希ちゃんへの想いが加われば俺の最大の力を発揮する精神状態だ。まだ、未熟で揺らぎやすく、短時間しか続けられない上に自らの意思でスイッチ入れることは難しいが、必ずモノにしてみせる。

この状態の俺なら最大限に力を発揮できる。

歯車は完全に元の調和の取れた出力に戻った。



(ソウデ~ス。自分ノ過チヲ認メ、相手ヲ許ス事ガ救イノ道ナノデ~ス。ソレガ内ナル声二耳ヲ傾ケ、心ニカミヲ宿シテイルトイウ事ナノデス。アナタニハカミ二仕エル資格ガ十分アリマス。是非洗礼ヲ受ケテ私ト同ジ道ヲ… )



なんか途切れ途切れの変な声聞こえてくる。久しぶりに聞く霊剣聖乗十字に宿るジョージさんの声だった。よくわからないが、褒めてくれているらしい。

(貴方ハカミヲ信ジマスカ? )

カミ? 髪のことか?

「ああ、この十年くらいずっと信じて頑張ってきたし、例え報われなくても、これも試練だと思って信じているけど」

俺の髪への想いは始まりこそ不純なものだったが、貫き通してきた確かな力だ。



(……エクセレント! 素晴ラシイ。父ト聖霊ノ御名ニオイテ。許シノチカラヲ知ッタ貴方二祝福ヲ)

なんかかみ合っていない気がするけど、どういう意味だ?

霊剣が光り、水の粒が雪のように俺の部屋の天井からゆっくりと落ちて頭と肩に降り注いだ。





これはあれか。洗礼ってやつじゃないだろうか?  

黄金の光があたりを包む。

まあ、いいか。

これも何かの縁だ。夢で洗礼受けたからと言って何かが変わるわけじゃないだろう。生前から特定の宗教に入っているわけじゃないしな。



体が輝きを帯びる。

神聖な光が部屋を浄化していく。

黒と桃の隙間に黄金の小さな歯車が加わり、出力が上がる。気流を生み風を生じさせていた。



……風か。いいな。澱んだ黒い霧を祓うのにふさわしい。

(コレデアナタハ神ノ子デ~ス。洗礼名ハ奇跡ノ右手、聖フランシスコ・ザビエルノ名ヲ…「お願いです。その洗礼名だけはやめてください! 」

言葉をさえぎって最後まで言わせない。俺にとっては縁起でもない名前だ。イギリス人なのにポルトガル人の聖人を使うのはどうなのよ?



(デハ『アンドレ』ナド)

「それもなんか途中で銃で撃たれて死にそうだから嫌だなぁ。ジークフリードってないの? 一応もうひとつの名前なんだけど」



それに決まった。

ジョージさんの洗礼により、俺の名前は正式にジークフリード浅野陽一になった。

ジーク浅野とか芸人みたいだなと思ったけど、首を振って頭から追い出す。



少しだけ、霊剣を手に取りジョージさんと話をした。

先程からどうやら俺の力の影響を受けて破損した魂が少しずつ回復しているらしい。折れた部分の刃先が指の爪くらい再生して伸びている。

……やべ、カナコになんて言おうか? 捨ててらっしゃいとか言われそうだ。

ただ相変わらず名前とか自分の記憶に関することは全く思い出せていない。名前は立派なものを継承者として受け継ぎ、異教徒の国日本に渡ったところまでは覚えていて、それから先はひどく曖昧でかれこれ数百年は経っている。

理由は魔物と戦いで刀身が折れたせいで、武器として機能を失い、それを悼んだ所有者によって神社に奉納された。

本来なら眠ったまま朽ちるはずが、神社から持ち出され、ある男の手によって再生されたそうだ。混濁した意識の中で途切れ途切れながらも男の声が聞こえていたらしい。その男は白い服を来た魂の科学者を名乗る者で、同じ成分の材料さえあれば機能の修復と複製は可能だと言っていた。実際こうして作り直されたが、完全な修復はできなかったようで、それができないとわかると途端に興味を無くして、あの退魔師を名乗る男の手に渡るまで放置されていたそうだ。そして、俺と退魔師との戦いで剣は再び折れ、希ちゃんのスキルのよって魂のかけらを吸収された。そのことについては聖職者らしく何の怒りもなく、むしろ刀身が折れて消えるはずだった魂を救ってくれて感謝していると言われた。

ちょっとむずがゆい。俺には助けたという意識すらないからそんなこといわれても困る。むしろ、加害者に近い。

現代の知識については前の所有者から少しは得ているそうだが、このままじゃかわいそうだな。希ちゃんの力で再生させるのはカナコが反対するだろう。だったらせめて十六夜さんも他の霊剣からの目撃情報もらっていたし、罪滅ぼしも兼ねて余裕が出てきたらこの霊剣の素性を聞いてみるのもいいかもしれないな。

ジョージさんの返事がなくなったところで本棚の上に飾り手を合わせる。

新しい名をありがとう。これからその名前にふさわしい男になって戻ってきます。


俺は部屋から出て図書館に戻る。奴はもたれかかったまま目をつぶって待っていた。相変わらずカッコつけているが、洗礼を受けたおかげて静かだった。

「むっ!? また、少し雰囲気が変わったな。目つきが違う」

ジークの少し警戒したような目で俺を睨む。



すでにジークをどうするかは結論は出ている。

共存も考えたが、何が何でも再び一つになる必要があった。本来の名前にジークを加えたのも決意表明の現れだ。さらなる高みを目指すなら、ここでの対決は避けられない。おまえも超えるべき壁なんだ。俺は名前にふさわしい力を取り戻す。

ジークフリードに向き直って言った。



「やはり、おまえとは今ここでケリをつけないといけないようだな? 」

「よし、夕日が差す河原で殴りあうのだな? 」

タイマンで殴り合ってお互い疲れてボロボロで地べたに倒れて、やるじゃないか。おまえもな。みたいなことでもやりたいのか? そんな青春古典芸能、どんな罰ゲームだよ?

うまく伝わっていないようなので俺はできるだけ真剣に感情をこめて言った。

「違う。浅野陽一とジークフリードはこの世に一人だけでいい。そういう勝負だよ」

「天空に極星はふたつはいらぬということか。望むところよ。どのように戦うつもりだ? 」

動じてる様子も気負っている様子も見られない。俺の言葉の意味と力の差を知っても、なお引くつもりはないのか。そういうところは無謀とも言えるが、揺るがぬ心の強さを感じさせる。だから、邪道でなく正面からきっちりと受けて、叩き潰す必要がある。敗北を認めさせなければならない。そうでないと再び分かれてしまうだろう。奴は俺自身でもあるのだ。

「戦い方はおまえが納得できるやり方で決めろ。なんならお互いの差を埋めるため俺の力を分けてやるぞ。勝ったほうが相手の言うことをなんでも聞くということでいいか? 」

「いいのか? 悪いが俺はおまえとは別個の存在として個性化している。生き方を全うするために遠慮はせんぞ」

ジークにしては珍しくこちらを気遣うような言動だ。

「はあ~ 本気でいるのかおまえ? 」

ため息をつく。俺の力を正確に分析したというのにわかっていないらしい。俺は体の中に封じ込めてある力の一端を解放して奴とリンクする。

「何をっ!? 」

元々同じ存在だからそんなに難しいことじゃない。俺の力を感じて奴はさすがに戸惑っていた。これで俺の力と奴の力は共有化される。同時に奴の力も共有化された。思考もある程度は読める。これで力は互角。後は魂の削りあい。使うものの意志の差で決まってくるだろう。






「これで条件は同じだ、後は俺とおまえどちらの想いが強いかで決まる。まあ負ける気はしないな」

奴のなのはちゃんへの想いも強い。しかし、俺の想いは遥かに先にある。奴の額から汗がにじんだ。

「……これほどの力を分け与えておいてそれを言うのか? 部屋で一体何があった? 精神と時の部屋でもあるまし、さらに強さを増している? 」

「ああ、洗礼のことを言っているのか? これはただの副産物だぞ 」

そう言う俺にジークは観念したかのように笑う。

「ふふふっ、まだまだ伸びると言うのだな? この時点でも通過点だと。 ……なるほど俺の負けだ。この力でさえ俺の手に余る。何をしようと勝てる気がせん。よかろう。好きにするがいい」

そう言うと奴はおもむろに服のボタンを外して服を脱ぎ自らの上半身を晒し… 



俺は迷わず電光石火で動いていた。

グシャッと肉がつぶれる鈍い音が響く。

俺は無言で間合いをつめて後ろ回し蹴りを後頭部に打ち込み、奴を地面に叩きつけていた。奴の頭が地面にめり込む。踏み潰すように体重をかけるのも忘れない。俺の運動神経ではとてもじゃないができないことだが、考えるより先に体が動き、人知を超えた動きを可能にしていた。



「……脱ぐんじゃねーよ。キモいわ。つーか、俺なんでこんなことできんの? 」

自分でも言うのもなんだが、俺は文系で運動神経は普通だ。浅野陽一の頃はもちろん体操選手や格闘家のような動きはできないし、どうやったらできるかもわからない。

「見事な蹴りだ。共有化した状態で反応できなかったぞ。やはり貴様のその技はつっこみベース技のようだな。ぐふっ 」

倒れたまま奴は得意の解説を始めた。それによると俺と奴の初対面のときからのつっこみ、恐ろしく早いハリセン錬成からのカナコの下ネタ制裁。暴走していたときの奴への攻撃は全く視認できなかったそうだ。つっこみたいという思いが世界の法則を越えて時間の壁を超えて超神速のつっこみを可能にしているらしい。

「おまえ、まさか、このためにわざと? 」

「せめてもの贈り物だ。これからは意識して使うことも可能だろう。ゲホゲホっ! 」

「おい、しっかりしろ」

俺は反射的に吐血した奴の肩に手を回して身体を起こす。なんだか雰囲気に流されているような気がするが反射的に動いてしまった。今にも死にそうな表情のジークフリード。目はうつろで幻覚で誰か見えているかのように宙に手を伸ばし、諦観した声で虚空の人物に話しかけた。

「ああ、なのは様、あなたを残して行く私をお許しください。せめて、せめて、もう一度だけあなたにお会いしてこの胸の想いを告げたかった。また、次の輪廻でお会いしましょう」




悲劇に浸って実に気持ち悪い。この大根役者がっ!!

ああ、俺って他人から見たらこんなふうにみえてたんだなあとわかった。俺は辛い過去があって今でもそれに苦しんでいている。だけど同情なんていらないぜっ! ……チラッというのが見え隠れして非常にやるせない。自己陶酔の極みだ。股間に手を当てたまま恍惚の表情を浮かべている。

恥ずかしい。

このまま消えてしまいたい。どうしてコイツは俺のマイナス面を抉る真似ばかりするんだろう。しかも、自覚がないからタチが悪い。このまま芝居を続けさせたら、また、殺したくなるので、ため息をつきながら提案する。

「別に消えるわけじゃないぞ。今度こそ自分自身の分身をゆっくりと受け入れるだけだ。時にはアトランティスの最終戦士として振舞ったっていい。おまえの想いも継ぐつもりはある」

驚き問いかけるような顔でこちらを見る。

「いいのか? おまえにとって俺は黒歴史なのだろう? 」

「ああ、そうだよ。だけど、同時に周囲が何を言っても気にしないで、カッコイイと信じたもの自分のものとして取り込んでいるおまえを羨ましくも感じてたんだ。……嫉妬してたんだよ。言わせんな。今の俺はできない。馬鹿にはなれてもどこか冷静に滑稽だと見ている自分がいる。徹底的にはできないんだ。おまえは俺さ。俺の影。シャドウ。抑圧してる自分。もうひとつの可能性なのさ。そして、認められない欲求を満たす英雄願望が形になっただけ、今度は捨てない。大事に抱えていくよ」



ようはジークを俺の一部として認めればよかっただけのことだ。それが認められず抑圧したせいで同化への道を阻んでいた。



「そうか。あらゆるものを飲み込む黒い女の特性をも自分のものにしつつあるのだな。すべてを受け入れるということか? ……完全に化けたな。愛を知り、たった一度の勝利がここまでおまえを変えてしまうとは。不思議だな。怖い気持ちがない。俺は消えなくてもいいのか? 良かった 」

俺の気持ちが伝わったのか穏やかな口調で安堵の表情を浮かべるジーク。なんだよ。そんな顔しやがって。

「そうだよ。これからも頼む。俺の影にして英雄、だが、気に入らなかったら、いつでも追い出すからな」

また一つのなるために苦労するのかもいいかもしれない。怒りは消え、あれほど嫌っていたはずなのに、寂しさがこみ上げそんなことを言ってしまった。



「それはこっちのセリフだ。そのときが来るを楽しみにするとしよう。そうだ! 耳を貸せ。最後に言っておくことがある」

「なんだ? 」

そう言うと奴の顔に耳を傾ける。



「カナコに気をつけろ! 共有すればわかることだが、何をするかわからないところがある」

「ちょっと待て、どういう意味だ? 」



「……ああ、今還ります。なのは様」

質問には答えることはなく、苦しみから解放されてうわごとのようにつぶやくと奴は光の粒となって俺の中に消えた。カナコに気をつけろとわざわざ言うのは少し気になる。それより、やっぱりあいつも消えるのが怖かったんだな。俺が奴を同じ存在だと認めなかったのと同じように、奴も自分自身が無くなってしまうことを拒んだのだ。

誰しも何も残せないまま捨てられ消えていくことはつらく悲しいことだ。俺は他でもない自分自身の一部を捨てようとした。

やはり俺はまだまだ未熟だ。



(俺もまたおまえの礎になって力になろう。我はアトランティスの最終戦士ジークフリード! 王剣を守る小手なり)

ふたつの影がぴったり重なる。

俺は自分にとって受け入れ難い。影を受け入れた。

これは魂の成長に他ならない。

俺はまたひとつ階段を昇った。これからは舞台で言うようなどんな歯の浮くような台詞もクサイ言い回しも恥ずかしくないだろう。



……いいのかそれで?

ちょっと間違った方向に行っている気もするが、自信を持って、堂々と言いたいことを言うのはいいことだ。

胸の愛と憎しみに歯車の周囲に小さな赤い歯車が黄金のものと噛み合う。心の中から湧き出る力がまたいっそう強くなった。出力が驚異的に上がる。俺の器から力が溢れ出て止まらない。腕がぶるぶる震えている。



「ははっ、これだよ。そう、この力だ! 」

思わずこんな言葉が出てしまった。



強くなれるとは思った。



そのつもりだった。



しかし、まさかこれほどとは思わなかった。震える腕から出てくる力の大きさに戸惑いを隠せない。



「なんという力だ。究極のパワーだ。 勝てる!!! あいてがどんなやつだろあろうと負けるはずがない!!! 俺はいま究極のパワーを手に入れたのだ――――――――――――っ!!! 」

俺は思わず叫んでいた。今なら空だって飛べる。あまりの力に笑いがこみ上げてきた。

「うはははははははは――――――――――――っ 」



……



……



ここは現実世界。眩しい朝日に照らされて俺は地面に倒れていた。

「ま、まさか、この俺が… 」

完敗だった。俺は人生の大きな舞台に立っていた。 ……それ乾杯やん。

そんな寒いギャグに一人ツッコミが入れられるほどおかしなテンションだった。

毎朝の習慣で他人の家でも早めに起きたなのはちゃんを訓練に誘って勝負を挑んだ。

いつものように模擬戦。カナコと希ちゃんはなしで俺だけで戦ってみた。

自信はあった。

その結果がこれだ。俺は過去最高の力を発揮したと思う。カミノチカラはさらに強力になり、風を纏っていた。さらに変幻自在で攻守にわたって冴えまくり、なのはちゃんの誘導弾や砲撃を竜巻のように高速回転する髪で弾いて防ぎ、中距離では優位に戦っていた。飛行魔法で金網にぶつかって鼻血を出していた頃に比べると桁違いに強くなっていたと思う。勝利のイメージさえ出来上がっていた。

おれつえええええええと調子に乗っていた。

しかし、それはほんの十数分のことで徐々に拮抗して逆に攻められるようになった。俺はさらにギアを上げるものの、イメージ通り体が動かなかった。いや、鈍くなっていた。簡単に弾いていた誘導弾の圧力が徐々に増している。レイジングハートが輝き、なのはちゃんが表情が引き締まったものになったかと思ったら、プレッシャーが一気に肥大して、巨大化したなのは様から放たれる大砲撃の幻覚を見せられた。

それと同時に勝利のイメージはもろくも崩れ去る。



俺はいつの間にかバインドによって拘束されていた。

んっ!! なんでだよっ! 取れねえ!!

枝のように別れた未来への道が、無数にあったはずの勝敗の行方の選択肢が消えてたった一つに結果に定まる。

それは何しても負けるという圧倒的な敗北イメージだった。

なのはちゃんの周囲に魔力が集まる。その一つ一つは微々たるものだが、視認している空間すべての魔力となると話は別だ。

しかも、俺のまで使ってるっ!

集まった魔力はまるで桃色の太陽のように輝く。



それはすべてを終わらせる勝利の一撃。



終  息  砲  撃



なっ! ちょ! 最終奥義!

「スターライト… 」



天からくだされる神の審判の如き詠唱が告げられる。反射的にカミノチカラをすべて防御に回す。

負けるのはわかってた。でもこうせずにはいられなかった。

「ブレイカアアアアアアアアアアアァァァァァーーーーーーー 」



ジャッジは下された。

上空から迫ってくる桃色の魔力の奔流を僅かなあいだは受け止めたが、圧倒的な出力を前に飲み込まれた。

やっぱり撃たせたらダメなんだ。

俺は地に堕ちた。ギアを上げたのは向こうの方だったということだ。高速道路を100キロで走ってたら、300キロで抜かされたそんな気分だよ。フェイトちゃんとか音速超えて衝撃波でふっとばされそうだなとか、くだらない考えが頭に浮かんだ。勝てると思ったんだとけどなあ。

「大丈夫ですか? あ、あの、ごめんなさい。撃っても耐えられそうだったから」

「うん、ちょっと疲れたから休んでるだけだよ」

なんとか返事を返す。まあ、非殺傷設定だから心配はしてなかったし、守りの意味では自信を持ってた。実際こうして無事だし、戦力分析も正確にされていると思う。

なのはちゃんの想定内に収まったと言うことだ。

それでも死ぬかと思ったのは確かだ。いや、何度もくらったことあるけど、今までの人生で最大の恐ろしい衝撃だった。胸がドキドキしている。

目の前のあどけない少女は申し訳なさそうな表情で覗き込んでいる。可愛い外見に反して戦闘力は凄まじい。原作でもこんなに強かったかなあ。ちょっとコツを掴んで強くなったつもりの素人が世界ランカーに挑んだようなもの。無謀な挑戦だった。

認識不足だった。器が違いすぎた。生まれついての戦闘強者の一族を血を引いていることをすっかり忘れていた。

俺の中のジークはなのはちゃんを見ているだけで喜んでいる。半ば融合しながら意識を保っていた。そのせいか奴の考えることが手に取るようにわかるし、奴の感情に引っ張られて今までにない感情でなのはちゃんをみつめてしまう。





やだ。なのは様、強くて凛々しくて可愛い。素敵っ! 抱いてっ!!



……って、ロリコンはおまえじゃねーか!

(バカを言うな。好きな人がたまたま幼かっただけだ)

(それ常套文句。ジークのなのは様補正は恐ろしいな。まるで思春期少年に戻ったように胸がバクバクしているよ。ああ、スターライトブレイカーにハートまで貫かれたみたいだ)

(……ギルティ)

カナコ、頼むからそんな冷たい声で性犯罪者認定の有罪は勘弁して欲しい。というか起きてたんだなおまえ。もしかして黙ったまま見てたのか。

(なあ、カナコどうして俺は負けたんだ)

ギルティと言う言葉は無視して聞く。おまえだって俺の力はすごいって言ってたからそれは現実にも通用すると考えていた。実際数分はそのイメージでできたと思う。

(流したわね。まあいいわ。わかりやすく二つパネルを作ってみたの。右が頭の中のあなたで、左が現実のあなたよ)



右のパネルは今にも襲いかかりそうな強面の虎がこちらを睨んでいた。実物はかなり大きくて凶暴だろう。
左のパネルは威嚇するトラ模様の可愛らしい子猫だった。実物はかなり小さくて愛らしいだろう。



(こんなに違うんですかねえ? )

(あそこは思うがままに世界を変えられる精神だけの夢の世界。最終的に意志の力がすべてを決めてしまう世界よ。現実の世界は違う。現実は肉の呪縛に縛られる。目で見て聞いて感じる五感があるわ。それを活用しないと勝負にならない。並の人間は振り回されることの方が多いわ。それから、現実世界には自然の法則がある。覆えすことが困難な共通のルールがあるの。重力があるわ。空気がある。魔法を撃つには魔力が必要で術編む式があって、時間は平等よ。相手も常の考えて行動している。人形じゃない。知恵でこちらを上回ってくることもある。それを超えることは容易じゃない。あなたのカミノチカラはそう言う意味では異常ね。水気の類の力のはずなのに風を起こすなんてデタラメもいいとこよ。十数分持ったのは模擬戦で加減していて、なのはとレイジングハートが初めてみる技に警戒して推し量っていたからよ。あなたは単純に魔力が底をつきかけただけ。ちゃんと管理しないからそんなことになるの)



ぐうの音もでねえ。なるほどバインドが解けなかったのは魔力切れが原因か。



たしかに当たり前のことだ。そんな基本的なことが抜けていた。いくら頭の中で強いと思っていても現実には通用しない。

(俺、夢の感覚に慣れすぎていたんだな。気だけが大きくなって、この有様か。なあ、カナコはどうしているんだ? )

夢の世界での生活が長いから現実でどうしているのか気になった。

(私は最初から現実と同じようになるよう縛りをかけていたわ。この姿は希のボディイメージに合わせているからよ。五行封印とか生理的なもので現実と乖離している例外はあるけど、戦闘や身体能力に関しては現実と夢の世界で差異が出ないようになっているの。情報操作系は元々私の力だし、現実の希の脳の神経伝達を制御しているから、図書館の管理とかその縛りでも動くことができるの。それに簡単な道具の具現化くらいならイメージするだけでいいからそんなに難しいことじゃない。ゲームだって法則に基づいてプログラムを組んだだけよ。当時は外の方が危なかったもの。とっさに動けないと捕まる可能性もあったし、ここでの私の肉体の動きは全部現実に基づいているわ。だから外でも同じようにできるの。攻性プログラムは夢の世界で制限のあるそんな私をサポートするために作ったの。プレシアの動きが現実にできれば最初から鍛える必要なんてないわ)

なにげに恐ろしいことを言っている。同時に納得もしていた。

(すげえなあ)

そんな言葉しか出ない。それだけ現実のイメージ力が優れているということに他ならない。夢の世界の訓練がカナコにとっては現実の訓練と変わらないのだ。非力な希ちゃんの身体能力で大人一人とやりあってきた。そのくらいできないと生き残れなかったのだろう。それに加えて資質はあったとはいえ魔法による補正でまさしく鬼に金棒。自分の魔法の才能もなのはちゃんと比べて霞んでいたが、ユーノ君から基礎を学んで、いろんな人の技をコピーしながら、ほぼ独力で開拓している。

なのはちゃんと同じ時期に魔法を覚えて、フェイトちゃん、クロノ君とまともに戦うことができる理由がようやくわかった気がした。

やはり天才か! 天才で人に負けない努力までしていたら誰も勝てないな。差は広がるばかりだ。クロノ君やなのはちゃん、フェイトちゃん、ユーノ君も同じような努力を重ねているのだと思う。

(私は理に基づいた予想通りの結果しか出せない。だから外的な要因が強いものや予想外の出来事には弱い。私から見たら、あなたの意志の力の方がよっぽど恐ろしいわ。外的要因や予想外の出来事にあたふたしながらも、うまく取り入れて結果を引き寄せる。何が起ころうが結局関係ない。諦めない絶対の意志の力が約束されたように奇跡を生む。さっきの戦闘だって常に全開なんて無駄な使い方さえしなければ…… いや、これはいいわ)

途中で何か言いかけて黙る。

(えらく持ち上げてくれるんだな? )



(あなたは自分の思う道を進めばいいわ。私は希のためになるかぎり、あなたの選んだ道の支えになる)



心強い言葉だ。

天才と努力家ばかりで気後れしそうな心が力を取り戻していた。希ちゃんとは違う共通の目的に進む仲間意識というか、背中を預けてるような気持ちになる。一人では無理だけど、こいつと希ちゃんとならどんな相手だろうと勝てる気になれた。

実際いい相棒だよな。

だからこそあのとき一瞬だけ見せた野獣のような目が気になる。奴が感じたのは蛇に睨まれたカエル。蜘蛛の糸にかかった蝶。肉食獣にターゲットにされた草食獣のような本能的な恐怖だ。以前に同じ目をした子に見られていた記憶があるが、誰だっただろう。

いろいろ気にしても仕方がない。希ちゃんのためという意味においては俺とカナコの共通認識は変わらない。それでいいと結論を出す。



今回はなのはちゃんに負けた。うん。完全に負けた。

負けて良かったと思う。自分の力に溺れて見誤ることだった。ヴォルケンリッターと戦いになったとき、この調子で挑んだら目も当てられない。幸い俺には俺の武器がある。背伸びする必要はない。得意分野を活かせばいい。苦手な戦闘でも創意工夫して、努力すれば、力及ばすとも、足止めくらいはできるだろう。

(本当にわかってないのね)

カナコは俺が迂闊で怖いもの知らずような含みを持たせた言い方をする。少しだけ気になったけど、気配が消えてとドアを閉める音が聞こえたから聞くことができなかった。

何がわかっていないのだろう?

こうして早朝訓練は終わった。



前日のこともあって、みんな少々疲れ気味だった。希ちゃんは爆睡モード。恐らく夜まで起きてこないだろう。俺は完全に徹夜だ。どこか出かける気にもならなかったので、ゲームしながらだらだらと過ごしていた。十時を過ぎた頃、体のなまりを感じたのでお爺ちゃんの許可をもらって屋敷内を運動を兼ねて探検する。昔の金持ちの象徴の蔵まであるのだから純日本式と徹底的に拘っているようだ。蔵の数は全部で5つ。おじいちゃんの話では蔵の中には前の屋敷から持ってきた先祖代々のものやもう亡くなった身内の身の回りのものが置いてあるそうだ。

俺たちは鍵を借りて中を見てみることにした。中の見るのは自由だということだが、一番右端の4番目の蔵だけはただの蔵書部屋だが、足場が悪くけが人が多く出たそうだから子供が入ってはいけないと言われた。しかし、そう言われると入って見たくなるのが人間というもの。まさか秘密の隠し部屋があって血に濡れた拷問道具が置かれていたり、妖怪でも封印されていると考えると少し楽しい。後でひとりで入ってみるか。



最初の蔵には壺や皿が置かれているが見えた。これ売ったらいくらになるんだろうとか、庶民的思考が浮かんだが、今は金に困っているわけでもないし、すぐにくだらないことだと考えを改める。みんなおっかなびっくりしながらも興味深そうに眺めている。その中で目を引いたのは血の跡が付着した碁盤だった。不思議なことにそれをみんなに言ってもアリサちゃんから怖がらせないでよそんなのついてないじゃないと怒られただけだった。



(もしや、その血の跡があなたには見えるのですか? )

という整った顔立ちの烏帽子を被った若い男の声が聞こえた気がするが、無視して足早に蔵を出る。



ふう。危ない危ない。現代に棋聖を蘇らすところだった。次行こう。






二つ目の蔵を開ける。扉を開けて漂ってくるかび臭い匂いに顔をしかめていた。

(おめえ…… ニンゲン…)



渋いしゃがれた声が聞こえた瞬間。バタンっとドアを閉めて、鍵をかける。

いや、槍とかいらないし。

なのはちゃんたちにはかび臭い部屋だから入りたくないと言って誤魔化した。



この家の蔵にはまともなのがないのだろうか?





三つ目の蔵を開ける。酒蔵のようで大きな樽がいくつも見えた。地下にはワインセラーまで完備されている。

アルコールの匂いがするけど、ここの空気は澄んでいるな。神社や寺に来たような独特の雰囲気がある。

それにしてもでけえ樽だな。

全部で8つか。

一つだけでも大人数人が風呂入るくらいの大きさある。全国展開してる酒造メーカーが作る量に匹敵するんじゃないだろうか? え~と、銘酒竜殺しか。角の生えたよいどれ占い師とか喜びそうな名前だな。

ワインセラーはラベルが外国語ばかりで南米からヨーロッパまで幅広い。年代もかなり古いものがある。良く知らないけど、めちゃくちゃ高いんじゃないだろうか?

ごろーとか大喜びだろう。つよしはしんごーしんごーと連呼しながら脱ぎそうだな。

高そうな酒ばかりで、こんな体じゃなければ飲みたいもんだ。

基本ひとりだったから、店以外で飲むことはあまりなかった。しかし、集まって飲む楽しみを知らないわけじゃない。庶民舌のせいで高いお酒の飲んでもまずくて味とか全然わからなかったけど、きっとみんなで飲む酒は美味しいだろうと思う。

何年か過ぎて大人になって、ここの酒でみんなと飲んでいる光景を夢想する。目がすわって愚痴り出すなのはさん。眠ってしまったアリサちゃん。血を求めて希ちゃんにしなだれかかってくるすずかちゃん。誰彼構わずキスするフェイトさん。真っ先に餌食にされたアルフ。立派なメガネサドに成長したユーノ君。家庭的な雰囲気を出して違うステージにいるクロノくんたち一家。それはたやすく叶う未来のような気がした。

いや、叶えよう。上手くいけばはやてちゃんや騎士たちだってこの中に入るはずだ。



ただ酔った希ちゃんがどんなになるか想像できなかった。

ようやくまともな蔵で、一通り見てすぐに蔵を出る。






四番目は飛ばして五番目の蔵に入る。すごく気になるし、蔵書部屋ということですずかちゃんは関心を示していたが、一応おじいちゃんの言いつけにあったから今は入らない。なんだかアリサちゃんも不安げな表情しているし、嫌な予感がするのだ。危険だと言われているところに入って、よそ様の子を怪我させては申し訳ない



五番目の二階式で一階には古めかしい着物や化粧品が置かれていていた。

こっちは古い生活用品ような品々が多い。

しかし、まあ、品のある道具ばかりだな。最初の蔵の骨董品や美術品と並べても素人目には区別がつかないと思う。いい仕事してるぜ。

あれっ!? このティーカップセットどこかで見たことあるな。普段の生活ではあまり使わないし、こんな特徴的なの覚えがあるのがおかしいはずなんだが。

……

ああっ! そうだ! カナコが使っているやつだよ。間違いない。

ということはあれもあるはずだよな。うっすらとホコリを被った衣装ケースを開けて丁寧に調べていく。すると、色あせてはいるものの、いつも見ている少女が着ている黒いドレスが目に入る。同じものだ。赤いバラの髪留めもどこかにあるのかもしれない。希ちゃんのおかーさんはここで衣装を手にとったのだろうか?

(へえ、私のなんだ。希の母親は誰をモデルに私を作ったのかしら? 魂の残滓も何も残っていないみたいね)

どこか面白そうに答える。自分のことだというのにこの調子だ。自分の記憶のかけらだというのにあまり関心がないというか執着しない。俺はおまえの自分を全く省みないところが心配だよ。いつだって希ちゃんことばかりだ。

そっと衣装を元に戻す。



二階に上がると部屋の奥にあまり似つかわしくない子供用品が見えた。服やおもちゃや学用品が整然と並んでいる。名前を見てぎょっとする。







雨宮美里と書かれていたからだ。

「これって、もしかして? 」

そのまま沈黙の空気が流れる。恐らく俺が雨宮の家で見つけては都合の悪かったものが置かれているのだろう。今はそうでもないが、百合子さんと一緒だったら気まずいな。

どんな子だったのだろうか?

俺がこの子から百合子さんと居場所を奪って、こんな場所に追いやった俺のことを恨んでいないだろうか?

ごめんなさい。心の中で謝る。



死者は何も答えてはくれない。

当たり前のことだ。死んでしまっては許す許さないもない。俺は百合子さんの娘がどんな子だか知らないし、会ったこともないのだ。ただすごく愛されていたんだろう。丁寧に置かれた遺品からも痛いほど伝わってくる。





……ここは良くないな。出よう。いや、待てよ?

(カナコ、ここにある品から魂のかけらは集められるか? )

(できるけど、しないわよ。……わかっているわよね? )

驚く程冷たく確認するようにゆっくりとした声で返す。こええよ。ゾクッと来た。自分のことは無関心なのに、地雷を踏むとこうなる。それができるならプレシアのときにとっくにやっているはずだと言いたいのだ。これは俺のエゴ。席を奪ってしまった後ろめたさと百合子さんが喜んでくれるかもと軽い気持ちから魔が差したに過ぎない。

(ああ、確認しただけだよ)

(私が言うことじゃないけど、魂だけでも死者はむやみに蘇らせるものではないわ。古今東西、死者を蘇らせようとしたものは不幸に終わったことが多い。プレシアは言うに及ばす。希の母親は恐ろしい存在になってしまった。私だってあなたを蘇らせたときは最初はただの駒として扱ったわ。本来はそれが正しいと今でも思ってる。それが今じゃ私たちと同等以上になりつつある。いえ、意思の力だけで無から有を生んでいると考えるなら完全に逸脱した存在。今も成長してる精神の怪物よ。本当に運が良かったのね。きっと摂理に反することにはそれ相応の報いがあるのよ。これから先は何があろうと使わせないわ。たとえ希が誰を生き返らせることを願ってもね。再生させたら希の中で生きていくしかないの)

俺を駒とか逸脱した存在とか、そういうところを包み隠さず言うところはカナコらしい。

(いや、悪かったよ)

(分かればいいわ)

(ついでに聞いておきたいんだけど、希ちゃんが再生させた魂を別の肉体に定着させることは可能なのか? )

(ええ、理論的にはね。霊剣十六夜なんかその典型でしょ? 私の祖かぐやだって肉体を変えながら長生きしたらしいし、技術としてはあるのは間違いないわ。再生した魂をシンクロの要領で情報を流し込めばできなくはないはず。私は封印が専門だからできないわよ。希だって吸収と再生が専門だからできない)

前に月の管制人格がカナコは転生魔法の要領で転写されて、術者が未熟だったせいでカナコは自身の記憶が不完全だと言っていた。来週には月と管理局との交渉に参加するから聞いてみるも悪くはない。

……駄目だ。

魔が刺したとわかっていたはずなのに。死者蘇生の可能性を追求してしまっている。



もし、希ちゃん以外の誰で俺の大事な人が死んだとき、その誘惑に耐えられるだろうか?

もし、百合子さんから娘に会わせてと懇願されたとき、断ることができるだろうか?


答えは否だろう。そして、無邪気な希ちゃんは俺の願いを聞いてくれる結果まで予測できる。

死者蘇生。

これは甘美な誘惑だ。有り得ないことを起こすからこそ、その価値は計り知れない。プレシアもアリシアへの想いが強すぎてこのような結果になった。愛するものを失ったものがそれを取り戻す手段があると知ったとき、たとえどんなことだろうとやってしまうだろう。

希ちゃんへの気持ちが強くなったからこそ、初めてプレシアの気持ちも理解できたんじゃないだろうか。そして、弟に死なれた義母のことも、理解と言うにははおこがましいのかもしれない。俺はまだ失っていないのだから。わかるような気がするだけだ。

諦めたほうがいい。いや、諦めろ。

この方法は最悪の事態になったときの解決の手段になり得る。しかし、使い手は希ちゃんのみ。



二度も死んで、生き返った俺が一番肝に命じなければいけないことなのだ。

次なんてないっ。

人生は本当なら一度きり、俺は三度目があったように認識しているが、自分の存在を突き詰めるなら、俺の魂は希ちゃんの魔力によって構成され、グレイに脳改造されたことによってある男の一生を五歳くらいの時に思い出した浅野陽一という人物の記憶を持つ全く別の誰かともいうことができるのだ。我ながらややこしいけど。取り込んだジークを含めるともっと難解になる。

その辺は斎ちゃんによって兄だと認められ、百合子さんに愛情を注がれて、希ちゃんに必要とされて、なにより俺自身が希ちゃんのために生きようと思っているから、全く存在を揺るがすことはない。

だからこそ、次なんて考えたら絶対にダメだ。

結果としてどうせ生き返らすことができるのだからという逃げ場になってしまう。弱さに繋がる。最後の最後の踏ん張りどころで力を発揮できないだろう。安易に救いを求めてはいけない。どんな結果であろうと結果として受け止めなければならないのだ。

そういう意味ではカナコの言葉はありがたいとさえ言える。たとえ希ちゃんが願っても絶対に止める言ってくれるのだから。俺の弱さを叱ってくれたのだと思う。

俺たちは少しだけ後味の悪さを感じながらこの蔵を後にする。探索はこれで終了だった。






夕方になって希ちゃんも起きだして、二日目の入浴タイムだ。初日はあまり乗り気ではなった希ちゃんも今日は積極的だった。







……悪い意味でな。

「ちょっと、希、やめ… 」

「大丈夫。お兄ちゃんと時のように洗ってあげるだけ」

その言い方はいろんな方面で誤解を招きそうだ。アリサちゃんへの好感度が上がった希ちゃんが張り切ってるらしい。当然俺はサウンドオンリーで状況を把握しようと努めていた。不思議となのはちゃんを見たいと言う気持ちにはならず。むしろ絶対に見るなというブレーキがかかっている。



「なんで、アンタが知ってのよっ! んっ! あっ! ダメえ、なのはたちが見てるのに~ 」

「アリサ、気持ちよさそうだった」

思い出したが、あのときは希ちゃんは心の奥に篭ってはいたが楽しい思い出はカナコが本にして共有しているんだったな。すっかり忘れていた。これは約束破ったことに入るのかな? 

「っっっ~~~~~!! 」

堪えるような熱のこもった妖しい艶声が聞こえたところで俺は音声を遮断した。これ以上はさすがに聞くわけにはいかない。かといって介入して止めるわけにもいかない。アリサちゃんへの釈明をどうするか考えながら、俺はカナコとお茶を楽しむ。

…って、なんでおまえがここにいるんだよ。止めてやれよ。

「止めないのか? 」

「仲良くなるのはいいことだわ」

なんでもないことのようにあっさり返事をする。俺はため息をつきながら天井を見上げた。



「仲良くなりすぎて道を外れないといいけどな」

誰に向けるでもなくつぶやいた。カナコの返事はない。俺も期待はしてなかった。

時間だけがゆっくりと過ぎる。

しばらくして、希ちゃんからお声がかかる。今から夕食で俺に代わって欲しいと言われた。祖父や伯父と伯母と対面するのはまだまだ難しいようだ。

「アリサを念入りに洗った」

ああ、そうですか。止めさしたか。きっと天国を味わったに違いない。

それだけ言うと引っ込んだ。少々怖いが交代する。

みな一様に静かだった。アリサちゃんは顔がほんのり紅潮して目は潤んでいる。右手は頬に左手は太ももに添えられていた。なのはちゃんとすずかちゃんはそんなアリサちゃんを何をいっていいかわからな様子でチラチラ見ている。



湯上りのせいだよね?

アリサちゃんの手がそっと絡みつく。髪の毛を優しく撫でられる。紅潮した頬に物憂げな表情でふぅという吐息をついた。尋常じゃない色気を帯びている。



湯上りのせいだと言ってくださいよっ!



無垢な少女たちの好奇心が一体どんな結果を生んだのだろう? それはカミのみぞ知る。



夜。今日も川の字になって眠る。その頃には夢見心地だったアリサちゃんも現実に戻っていた。謝罪と釈明をしたが、なんとなく聞いているだけで、彼女にとってはそんなものはどうでも良かったようだ。俺を見る目はどこまでも優しい。

もう取り返しのつかないところまでイってしまっているのだろうか?

夢の世界へ戻る。なのはちゃんたちは来ていない。もしゲームが一晩で終わらなかったときの予備の日として考えていた。しかし、ゲームは完膚なきまでに壊されて、ぼうけんのしょは消えてしまったそうだ。そして、黒い女の本体の封印はまだ残されたまま。



俺たちは本体の封印の破壊は諦めた。必要ないという判断だ。

今の俺ならわかることだが、きっとゲームで倒してもこれだけは完全に消えることは無いだろう。あれは希ちゃんの状態によって左右されるし、倒すものでなく受け入れるものだからだと考えている。受け入れるには時間がかかる。カナコも俺の意見に賛同してくれて、焦った様子は無かった。本体は順調に弱くなっているそうだ。これなら今の状態でも大丈夫らしい。

それに俺たちはあの日を一緒に乗り越えてくれたなのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんを信じている。前よりもずっと信じられるようになった。たとえ俺たちがいなくなったとしても、彼女たちが支えになってくれる。もちろんヴォルケンリッターとの戦いになったとしても負けるつもりもない。

戦闘力では及ばなくても、会話して意思疎通ができるのなら手段はいくらでも考えることできる。説得を試みてもいいし、相手を信じて理由を話せば聞いてくれるかもしれない。前の俺たちは焦るあまり戦闘でどうにかするしかないと思い込んでいたが、少しだけ相手に委ねるだけでこのように選択肢は多くなるのだ。

「変ね。状況は全く変わってない。狭まって限られた道しか見えなかったはずなのに、あなたのその言葉だけで目の前が無数の道が開けているように感じられるわ」

「そうか? 絶対にいい結果になると信じて、他人任せにしただけぞ」

「私、他人を信頼しないのは変わってないのに、楽観主義なんて軽蔑していたはずなのにあなたの毒が伝染ったのかしら? 」

軽口を叩いているにも関わらず、何か重荷が取れたようなそんな顔をしている。焦っていたのはお互い様だった。



大丈夫。きっとうまくいく。

その日は普通に早く寝て、朝早く起きた。





今日は祭日、お爺ちゃんの家でゆっくりと二日目の朝を過ごしている。なのはちゃんたちは午前中の早い時間にもうすでに帰った。

アリサちゃんとすずかちゃんは習い事が忙しいのに工面してもらった。なのはちゃんもフェイトちゃんが来る前でいろいろやりたいことがある中で来てもらって感謝している。友達とはいいものだ。そのうち何かの形で返したい。そして、それを繰り返して友情は続いていく。ただ昨日のことは一切触れることなく、いつもの調子だった。心の内はよくわからないが、水に流してくれたと信じたい。

ただ、朝からごく自然に手を繋いできたり、髪を撫でるなどの密着回数が増えてきた。表面上は何も変わらないように見えるから逆に怖く感じる。



おとーさんはとおかーさんは俺たちが起きる前の朝早くから仕事で外出していた。百合子さんは久しぶりに雨宮総一郎の妻のとして病院の催しに参加するそうだ。夜には迎えが来る。



お爺ちゃんは今日は来客のため自宅に一日いるそうだ。誰かと思ったら、知っている人だった。俺にも用があるらしい。おじいちゃんはあまり会わせたくないようだったが、俺にとっては渡りに船でいろいろ聞いておきたいことがあった。

おじいちゃんと朝食を食べながら、普段は見ないニュースを眺めていた。何かの予感があったのかもしれない。








サイバーダイン社、本社ビル及び工場爆破、社長は行方不明、犯人は脱獄した女性テロリストか? 高性能CPU供給ストップで株価最高値を更新したオレンジ社に翳り。



FBIデータハッキング、発信元は日本? インターポールを通じて日本へ要請。



月面計画。米ソ共同で再始動か!?



アマゾン密林。演習中の部隊消息不明事件。キャンプ跡発見される。



アフリカ人食いライオン、各地で被害多数。二頭一体奇形の突然変異か? 軍による広域封鎖でも捕まらず。旅行者入国禁止処置。



世界肉食獣の被害額、前年の10倍。戦後最悪を記録。



サンボマスタープー○ン首相軍事演習に参加。大虎狩りに挑戦。



第三代合衆国大統領の遺品。所在不明だった桜の木を切った斧見つかる。



剣内閣。一年経過。武闘派ながら支持率過去最高を保つ。銃刀法違反や広域暴力団組長との黒い付き合いを指摘されるも野党代表を一蹴。



大西洋海底遺跡調査団、海洋調査終了、調査進展アリ、団長冬月教授 3月に帰国予定、記者会見予定。本格サルベージ着工か?



ブータン王国、大物大師緊急来日。



枢機卿含むバチカン使節団、皇室親善訪問。異例の日本長期滞在予定。



世界の恐竜と隕石展、海鳴市で今日から三ヶ月間開催。地域の小学校にチケット無料配布。メインスポンサーで世界的冒険家にして名誉男爵ギル・グレアム氏の大佐時代のコレクションも展示中。牙、ウロコ、皮、化石、隕石等の素材を使ったアクセサリーを販売中。こんがり肉・ハチミツなどのハンター食も実演販売中。



宗教法人退魔導師育成協会。器物損壊・重要文化財窃盗・違法薬物所持の容疑で立ち入り捜査。重要文化財刀剣類多数見つかる。霊感商法で多額の被害。無許可で薬物と日本刀製造の疑いも? 教主行方不明。中国系マフィアとの関連も!?



○○県○○病院爆発事故。院長スタッフ患者含む行方不明者多数。数百名規模。爆発原因は戦前の負の遺産不発弾含む未使用化学兵器によるものか? 郊外のため発見遅れる。有毒ガス残留のため救助隊待機中。霧による視界不良のため撮影困難。現在自衛隊が半径10km全面封鎖。旧帝国陸軍施設跡の呪われた病院? 過去に患者連続不審死で立ち入り検査。


このようなニュースだった。どうでもいいニュースがほとんどだった中で、できる限り援助していた冬月さんのニュースが一番気になる。どうやら夢をかなえたようで嬉しい限りだ。今夜にでもアトランティス王国戦士団のチャットルームを覗けば降臨しているかもしれない。

アトランティス王国騎士団のチャットルームには疾風さんをはじめさまざまな外部ゲストが来る。その中でも特に仲の良い同好の士が久々に集結するかもしれない。

サイトを見るとすでに有志による首領ガーゴイルを祝う会の告知がされていた。

早いな。今夜九時からか。まあ行けそうだな。

サイバーダイン社も気になるところ。携帯パソコンのスリムフォンの歴史を変えたとも言われている。すずかちゃんの家も関心を寄せているそうだ。なんせものすごく小さいのに他社の十万くらいするCPUと同等の性能を持っているのだから、科学者の予測したCPU進化のスピードを完全に逸脱しているらしい。まあ、これも月からもたらされたものだろう。軍事ではなく民間まで普及させたのには違和感があるところだが、気にしても仕方ない。

後は、グレアム氏だな。

地球では近年最強と言われたG級ハンター。管理局の提督で闇の書を抹消するためにはやてに援助しているということしか知らない。こういう表向きの立場もあるわけか。今の動きは闇の書に合わせてのことだと思う。だが、知らない動きが多い。調べてみた方がいいかもしれない。

携帯で検索にかけてみる。トップに写真が出てきたが最初グレアム氏だとはわからなかった。髪の毛がなく眼帯をしていて、顔は傷だらけ。割とスマートだった外見だった記憶とは違うがっしりとした世紀末拳法家のようなはちきれんばかりの胸厚筋肉の体型をしている。



別人だよっ!!

その後、いろいろ調べてわかったことがある。

若いときからほぼスキンヘッドなので、恐らく月の連中から脳改造されたと思われる。しかし、操り人形にはならなかったようだ。そうでなければ、月の施設は管理局についてもっと早く知っていたはずだし、グレイを撃退したのも月の連中の利益に反している。恐らく魂に眠る別の記憶が呼び覚まされた転生覚醒者なのだろう。

ギル・グレアム。

世界最高のハンターにして冒険家。アナコンダ。双頭の悪魔。マンイーター。スノードリフト等の悪名高い害獣及び人食いを二人の助手と共に仕留めて有名になり、イギリス軍に一時所属して野外演習教官の実績もあるらしい。階級は大佐。イギリス王室から名誉男爵の地位をもらったそうだ。今も現役で、未開の森に篭ったまま数ヶ月姿を現さなかったり、所在不明のことが多いらしく。世界を飛び回っている。

資産家でジュエルシード事件のときに数日アースラに乗るために百合子さんを誤魔化す方法として利用した医療機関はグレアムの出資で成り立っている。最近では特定の宗教活動にも熱心でそこで数少ない公の場に姿を見せることがあり、バチカンの孤児院にも巨額の出資をしているらしい。



朝食が終わり、おじいちゃんは来客を待つ。

来週には月の勢力と管理局の会談が迫っている。裁判が終わったフェイトちゃんがウチの学校に転校の準備のため来る予定だ。原作ではヴォルケンリッターがなのはちゃんと接触する日になる。今のところ、管理局員との接触も無いようなので、戦うことはないかもしれない。しかし、グレアム側のけん制のためにもリンディさんやクロノ君たちに打ち明ける手筈だ。

いろいろ不安もないわけではないが、水霊、グレイのなのはちゃん拉致、退魔師、そして、暴走したあの事件を乗り越えてから俺の心境は大きく変わった。準備は大切だが予想外のことはいつでも起こる。だから、しない後悔より、やって後悔しようと決めた。

そう決めた。



ん?

メールだ。携帯を開くと疾風さんからのメールが届いていた。特にバレたような問題なく、収集は3分の2まで進んでいるそうだ。文末に「車椅子壊れてもうた(TT)」と書かれていた。

何をやったの?

ちょうど良かった。これを機会に直接話してみるか。

俺は「お話しましょう」と自分の番号をメールに添えて返事を待つ。

以前の俺ならやらなかったことだ。

今回のことも具体的なプランがあるわけではないが、ヴォルケンリッターと戦うの可能性を減らしておきたかったことと、はやてちゃんもいい友達になってくれるはずという軽い気持ちからそうしたほうがいいような気がした。四六時中監視しているわけでもないし、電話くらいじゃグレアム側にバレることはないだろう。バレたとしてもそれならメールの時点でバレてるだろうと考えることにする。

しばらくして見慣れない番号から電話がかかってきた。ちょっとだけ深呼吸してボタンを押す。



「もしもし、雨宮希ですが? 」





相手の息を呑む声が聞こえる。

「わっ! ほんま繋がった。女の子の声や。もしもし、のぞみんですか? 疾風です 」

のぞみん? ああ、そうかハンドルネームしか知らなかったはずだよな。電話越しに少し緊張して弾むような声がする。

「はい。のぞみんです。車椅子壊れたって聞いたけど、大丈夫だったの? 」

「う、うん。なんかテレビの真似しようとしたら車輪が外れてしまったんよ。リンゴは砕けたからできるおもたんやけど… あ! ちゃんとジュースにしたんやで、食べ物粗末にしたらアカン」

リンゴ素手で砕いたって…… はやてちゃんはどこに行こうとしてるの?

一応確認の意味で視聴は続けていた。確かにそんなシーンがあったと思う。両足が使えないから両腕が異常に発達したという誰もそんな設定してねえよ。監督出て来いやと許可をした立場から言わせてもらいたい。巨大掲示板でもアトランティス王国戦士団のチャットルームでも今期ぶっちぎりでネタアニメとしての地位を獲得して、頭の痛い展開にしかなってない。まさかねえあのエイミィさんが…

闇の巻物そっちのけで三角愛憎劇を繰り広げている。誰得かもわからない。ヴォルケン忍者がまだましだ。



「僕を身体を隅々まで発掘したくせに、エイミィに最深部まで発掘されるなんて不潔だよっ!! 」

「男じゃないと満足できない君が結婚? 笑わせるね。仕上げに入れられないと眠れないくせに」

「そんな! エイミィにはついているのかい? 」



耽美系ユーノ君のこれらの台詞が象徴するように本人たちには見せられない異次元にシフトしている。ちなみに良心的な放送局ではだいぶカットされたらしい。小学生に見せるアニメじゃねえな。割とマジでナイスボートにならないかな? このアニメ。

「ほんまにのぞみんなんやな」

そんなことを考えながらはやてちゃんとの会話を楽しむ。ずっとメールで話してた子と話すのは新鮮だ。話によるとアニメのはやてちゃんが車椅子に魔力を通して高速移動するシーンを見て自分もできないかとやってみたらこうなったそうだ。両方の車輪の螺子が飛んで、転倒しそうになったらしい。そして、がっつりシグナムやシャマルに怒られたそうな。その騎士たちはみんな蒐集のため各地へ飛んでいる。

見つからないようにたいぶ気を使っているようだ。

初めて話すのにまるでずっと友達だったかのようにお互いいろいろなことをしゃべった。これもはやてちゃんの持つ人を惹きつける才能だろう。このカリスマ性。これで十歳の少女だというのだから将来が恐ろしい。

さて、じゃあ本題に入ろうか。

今回電話をかけたのははやてちゃん自身の口から思いを聞いておきたかったのだ。今はやてちゃんは人生においての岐路に立たされている。そして、将来の選択をすることになる。俺たちは希ちゃんの安全のためはやてちゃんのそばにいることはできない。だったらせめて直接声を聞いて励ましたいと考えたのだ。

「はやてちゃん、来週にはあの管理局やフェイトちゃんたちが来る予定だ。私は味方が多い方がいいと考えているから話そうと思っているんだけど、はやてちゃんはどうしたい? 」

「あのな。レムリア都市連合物語を読んでから、しばらくして私が闇の書のマスターやからおじさんは氷結杖ディランダルで氷漬けにしてしまうん? もし本当だったらやめるわけにはいきませんか? って手紙書いたんよ」



……



……



かけ引きなしのド直球っ!! 

俺の知らないところでこの有様だよっ! 

いや、オチつけ!

自分に言い聞かせる。考えてみろ。はやてちゃんはグレアムおじさんを足長おじさんだと思っていたのに、レムリア都市連合物語のように暗い目的のために援助してるアレながおじさんだと知ったら、まず確認するだろう。現物の騎士たちは存在しているのだからそんな行動してもおかしくないはずだ。俺が見落としていただけ。想定してなかった結果に過ぎない。

「返事来たの? 」

恐る恐る聞いて見る。しばしの沈黙があってはやてちゃんはあったと答えた。

手紙の内容はこうだ。





八神はやて君へ 

いつも手紙と写真をありがとう。君がいつ誰からどのような手段でディランダルのことまで知ったのか興味があるところだが、それは問うまい。私がこれからしようとしていることに比べれば瑣末なことだ。

手紙の返事はイエスであり、ノーだ。

つまり、私が闇の書の覚醒に合わせて君をディランダルで氷漬けにして永久封印しようとしているのは間違いないという意味でイエスであり、やめるわけにはいかないという意味でノーだと答える。

闇の書は地球より遥かに優れたミッドチルダの管理局の力を持ってしても完全消滅させることができず。私のミスで多くの犠牲を出してしまった。

私には忘れられない。闇の書の犠牲になった部下たちの顔が。妻と幼い子供を残されることを知りながら、闇の書もろとも引き金を引けという若い士官の顔が。

私には忘れられない。悲しみに暮れる部下の家族たちの顔が。夫を亡くしても気丈に振舞う妻と涙を堪える幼い男の子の顔が。



私は自らの罪を償うために生き残った。そして、償うために罪を重ねている。

初めて闇の書が地球の君のところにいると知ったとき、これは運命だと思った。管理局にとって地球は魔導や次元世界の概念を社会が持っていないため管理外世界とされている。人材スカウトこそ盛んだが、それ以外ではロストロギアのような危険な魔導科学の発動が確認されない限り、非介入とされている場所だ。私を含めたごく少数の地球人を除いて特別な意味のある場所ではない。

闇の書は魔導技術もほとんどないそんな場所を選んだ。

神というものがいるのなら、ここで、この場所で決着をつけよと言われているのだと思う。

私は自分の故郷も危険に晒している。だが、保険として地球の最大勢力の教会からも賛同をもらっている。どこに助けを求めようと無駄だと考えて欲しい。無論逃げても無駄なことだ。地球で万が一私が失敗しても、暴走した闇の書は管理局か、教会の手により迅速に葬られるだろう。

許してくれとは言わない。恨んでもらって結構だ。後悔することがあるとすれば、両親が死んで孤独な君がいなくなっても悲しむものは少ないと考えた偽善と君からの命乞いや非難を恐れて、直前まで黙っていることにした自分の臆病さを恥じている。



どうか、あきらめて欲しい。

私は君を殺す。

闇の書の蒐集がなくても、書は君の身体を蝕み始める。君のリンカーコアと一体になっている以上生きたまま引き離すことは不可能だ。君が死んでも転生機能で次の主に移る。君ではないほかの誰かに変わるだけ。

君で終わりになることを願っている。

どんな方法を使っても年明け前に君の体はタイムリミットを迎えるだろう。クリスマスまでは待つ。蒐集を続けながら、それまでは穏やかにすごして欲しい。

すべて片付いたら、清算として娘たちと共にこの命を捧げ、先に旅立った部下たちと君に詫びに行く。それが私の最後の仕事になるだろう。  ギル・グレアム



はやてちゃんは硬い声で淡々と読む。しかし、どうかあきらめて欲しいの辺りから声が詰まらせる。感情の揺らぎのだろう。ショックだったのは間違いない。文面から感じられるのはグレアムははやてちゃんが真実を知っても覚悟完了でかえって決意を強くしたように感じられる。しかも、地球の勢力にも根回しは済んでいるような内容で、失敗しても保険があるように書かれている。この分では管理局の方にも思っている以上に根回しが行っているかもしれない。

同時にはやてちゃんのことを思えば、ひどく自分勝手な文で破り捨ててやろうかと怒りがこみ上げてくる。

「はやてちゃん…… 」

名前だけ読んであとの言葉が続かない。言葉が見つからないのだ。なんと言えばいいのか。グレアムははやてちゃんに死んでくれとはっきり書いたのだ。

頭がぐるぐるして沈黙と時間だけが過ぎる。聞こえるのははやてちゃんの電話越しの呼吸だけ。







「おじさんも辛かったんやな」

この期に及んで、はやてちゃんの口から出てきたのはグレアムを気遣うものだった。俺の心ははやてちゃんにあきらめて死んでくれと書いたグレアムに対する怒りで満ちている。だからこそ聞きたかった。

「どうしてそんなこと言うの? 騎士たちは知ってるの? 」

「みんなは知らん。知ったら私のために泣いて怒ってくれるから。私な。自分だけやったら死んでもいいかなと思ってた。でも、今の私にはみんながおる。幸せにしてあげないかん子たちがいる。それにおじさんは私を殺したあと、死ぬゆうてた。それだけはあかんよ。絶対にあかん。私を助けてくれて、みんなに会わせてくれた優しいグレアムおじさんを後悔させたまま死なせるわけにはいかん」



強く優しい言葉だ。グレアムの気持ちを受け止めた上でこの子は答えを出した。そして、騎士たちを幸せにするために自分は死ねないと決心しているのだ。

ああ、脳天痺れた。俺、この子の味方するわ。



「はやてちゃん、俺、感動したよ。君の優しさに。大丈夫だ。君の願いはきっと叶う。俺が君の願いを叶える。俺は君の味方だ。たとえ世界を敵に回してもね」

自分でも信じられないほど気障なセリフが出ても恥ずかしくない。

「……ありがとう。ほんとはずっと不安やったんよ。私は間違ってるんやないか? ワガママ言ってるだけやないんかって。でも、のぞみんがそう言うてくれるなら私も頑張れる 」

噛み締めるように優しくしみじみとした声にこっちまで嬉しくなる。少しでも心を軽く出来てよかった。

「そうだな。いずれ俺たちのこともちゃんと話すよ」

「……ねえ、今日とか学校がお休みの日やし会われへんの? 私、のぞみんに会いたい 」

甘えるような声で頼まれて、俺もその気になる。

「ああ、もち…(裏切り者に死の制裁を)」

快諾しようとした俺の耳に地獄の底から聞こえてくるような怨嗟の声が響き声が止まった。首のところに刃物を押し当てられいるような感覚に陥った。

「どうしたん? 」

「い、いや、なんでもないよ。それより、ごめん。直接会うのはさすがに無理だよ。使い魔の猫姉妹に見つかったらまずいし」

「そっか。残念やな」

沈んだ声に未練が残るが、首の刃物の冷たさはまだ消えてくれない。汗がダラダラ出ている。すぐ後ろにうつろな目をした女が立っているように感じられた。ただ俺の妄想かもしれないが感覚的なリアリティだけはある。

「また、電話するよ。じゃあ、また」

「うん、またお話しよな」

そう言って、はやてちゃんには悟られぬように早々と電話は切った。なごり惜しいが仕方がない。首を圧迫していた感触はなくなった。

プレッシャーから解放されて、はあはあと息をつく。

カナコに声をかけたいが怖くてできない。夢の世界に戻ったらどうなるかわからないからだ。ジークの言った意味がおぼろげながらわかってきた。



カナコは希ちゃんのためならなんでもする。

逆にそこを外れると、たとえ俺でも容赦することはないだろう。NG行為は百合子さんの娘を生き返らそうとしたこと、危険を全く考えずにはやてちゃんに会おうとしたことから豹変したと考えることができる。

だんだんわかってきた。



なら、はやてちゃんのために考えることくらいはセーフになるはずだ。

さて、今回のはやてちゃんとの電話で分かったことはグレアムが覚悟完了して、いろいろと画策しているということだ。地球にも手を回すあたり用意周到なものだと思う。

予定外なのは月の勢力とリンディさんが俺を通してコンタクトを持ってしまったことだろう。でなければ年末も近いグレアム側にとって重要なこの時期にリンディさんが月の勢力と交渉のために訪れるのはおかしいし、嘱託魔導師のフェイトちゃんが転校して来るのは都合が悪いはずだ。

つまり、グレアムの力ではリンディさんたちにバレずに影響を及ばすのは難しいか。巻き込みたくないなどの別の思惑がある可能性がある。

グレアム自身の能力はわからないが、あのG3がグレアム本人ならシグナムさんの話では相当の実力者で、猫姉妹の実力は一対一でクロノ君を凌ぐということから、いざとなったら強引に推し進めるつもりだろう。管理局システムのハッキングなどの妨害等の準備もしていると考えられる。

俺の知る闇の書事件で最大の誤算だったのはシステムのハッキングで不自然に思ったクロノ君が真相に気づいて、不意打ちとはいえ、明らかに格上の二人を捕縛できてしまったことで、それがなければ修正しながらも目的を達成していたはずだからだ。

やはり鍵を握るのはリンディさんやクロノ君だということだろう。

俺が知る知識ではユーノ君が言っていた闇の書覚醒後にはやてちゃんが意識を保っていれば、強力な魔力攻撃で分離することが可能だった。その情報ははやてちゃんや騎士たちにも伝わっているはずだから、あっちに任せておけばいいことだ。はやてちゃんを通して騎士たちからの質問はないか? とこっちから投げかけて、特にないと言うことだったから、俺がやることは闇の書覚醒のときになのはちゃん、フェイトちゃん、アルフ、ユーノ君、クロノ君の陣営が揃うようにするだけだ。

それから、今回の不確定要素の地球の最大勢力の教会ってどんな組織だろうか?

劉さんの話では騎士たちがてこずって闇の書のページにしたあのでっかいワニを討伐できる力だけの持っているのは予想できる。少なくとも地球ではグレアムと同等以上の勢力なのではないだろうか? 調べた限りでは教会との繋がりを示唆する記事もあった。

そのくらいしかわからないな。ここまでにしよう。後は知ってそうな人物に聞くしかない。幸い心当たりがある。

ああ、考えすぎて疲れた。畳の上に転がる。



のんびり過ごしながらそろそろ昼かなという頃、お爺ちゃんに呼ばれた。来客が会いたいそうだ。

やっときたな。今回は聞きたいことが山ほどある。

見覚えのある白いフード中国人が目に入った。竜の一族の代表の劉さんだ。横にいるチャイナドレスの女性は以前に見た人とは違うようだ。二人とも顔は覚えていないが、胸とヒップのラインが数センチ程違う。一体何人いるんだろう。

お爺ちゃんは苦々しい顔をしている。会わせたくはなかったから当然だ。そんなことは一向に気にした様子もなく、劉さんは親しげに笑顔を作る。

「やあ、希、久しぶりネ。元気だったカ? 」

「はい。劉さんもお変わりないようで」

「今日は頼みがあって来たアル」

どうしてわざわざ俺のところに来たのだろう。もしかして、あれかな。

「あの騎士たちをどうしても紹介して欲しいネ。報酬は弾むヨ」

やっぱりか。前に仕事でヴォルケンリッターを派遣したことがあるから、唯一の窓口の俺に目をつけたのだろう。

「報酬には興味ありません。紹介も駄目です。前にも言ったじゃないですか? 」

「そこをなんとか頼むアル。前にもらった至郎田正影のレシピの魔法薬を全部用意したヨ。これだけでもかなりの値がつくヨロシ」

ドンと袋に入った数々の薬や食品が目に広げられる。小瓶に入った赤と青の『ミラクルキャンディ』とかレトルトカレーのパッケージの『Jリーグカレー』など、他にもいろいろとある。もしレシピ通りの効果があるならすごいことだが、今試す気にはならなかった。

やけに熱心だなと思って理由を聞いてみると、巨大ワニ討伐を皮切りに10月頃から今世界では原因不明の強力な魔物何体も各地で暴れているらしい。








……えっ!? 軍隊を壊滅させるような魔物が何体も暴れているなんて地球が大ピンチじゃん。

なんでニュースにならないんだろう? 

ニュースにならないのは隠蔽しているからだそうで、政府やマスコミも繋がっているという驚くべきことを聞かされた。人目に触れることで多くの人間が恐れを抱くことになり、その負の念を吸収して魔物はさらに巨大に強力なるのが理由で災害などで起こる恐慌状態は一番避けたいことなんだそうだ。そのため、情報は伏せられガス爆発や汚染物質などのニセの発表で世間を誤魔化しているらしい。さらに言うなら結界捕縛によって人目につかないようにしたり、目撃者を強力な催眠・暗示で記憶改竄するなどの隠蔽技術も発達しているそうだ。

負の感情を集めるとはかぐやの話と似ているかもしれない。また、テレビやインターネットには人間の想念に方向性を与える性質があり、その結果として妖怪が生まれることもあるらしい。

「誰も第二のヒガシハラは産みたくないネ」

ヒガシハラ。

インターネットが生んだ不幸を操る現時点で日本最強の妖怪。ほとんど自然災害並みの対応をする。本体はただの人間と特定されているが、害意を持ったものはどうあがいても近づくことができず。ことごとく不幸になるそうだ。本体の人間の書いた他愛のないネット上の記録が預言書になっていて、日本では分析する専門の政府機関があるらしい。予言が的中するたびに負の想念を蒐集して力を増しているそうだ。

インターネットが普及する前はテレビが噂を取り上げて何も考えずに作った創作上の妖怪がテレビを通して想念を得て、実体化した口裂け女や人面魚や人面犬などの妖怪が生まれた事件があった。ただテレビで生まれる妖怪は一過性で瞬間的な力は強かったが、年月の流れとともに消えていったそうだ。

さらに古くなると妖怪博士の水木先生の時代まで戻る。自然災害や理不尽、当時の人間が理解できない恐怖を受け止め形を与える器として妖怪や魔物たちは生まれた。現代では科学が進むにつれ、現象は解明されて、力が弱くなり、消えてしまった妖怪や魔物たちも少なくない。

海外でも死神という名前で類似の現象はあるそうだ。普段は知覚することすらできないが、たまたま感の良い人間が死神の想念を読み取り、自分や他の誰かの死の運命を救ってしまうことがある。しかし、それは一時的に死のまぬがれたに過ぎない。死をまぬがれたものたちにも等しく死の運命は訪れた。とても信じられないような自然発生的な事故で誰も生き残ることはできなかったそうだ。実体に触れることができないものはどうしようもないということらしい。

恐怖がさらなる恐怖を生み負のスパイラルとなる。

そのため多くの人に知られて恐怖の象徴になる前に事態の迅速な収拾が求められている。劉さんのところは所属魔導師が総出で動き、竜討伐に長い歴史を持つ教会も力を注いで外部に漏れずに済んではいるが、疲労は限界を迎えているらしい。なんせ一体一体の個体の力が強く倒すのに時間がかかるらしく。現在10体は討伐して7体が結果内に閉じ込め討伐待ち。5体が所在不明。

さらに倒した魔物を分析して波長を調べた結果。その魔物はさまざまな人間を含めた動植物に強力な魔力の種が埋められて何かのきっかけで発動するとあのワニのように凶暴になるそうだ。すでに未発動状態で何体かは確保され、監視下に置かれている。さらに恐ろしいことに少なくとも数十体近くまだ発芽していない魔物が野放しにされていることがわかり騒然となった。俺たちの言葉で表現するなら、世界中にジェエルシードが数十個くらい飛び散り、騎士たちがてこずるワニような凶暴な魔物が数十体は発動待ちということらしい。

発動のきっかけについて実験した結果、強い感情の発露、あるいは埋められた個体の死が条件になっているそうだ。

「討伐。あるいは発動待ちには人間も含まれていたネ。今のところ、発動を止める手段はないヨ。発動したら殺すしかなかったネ。躊躇った魔導師が犠牲になったケースもあったアル。あの祟り狐にも埋められてたから、発動したら大変ヨ」



……久遠か。会ったことないけど、那美さんたちも大変だな。

どうにかしてあげたいが、今の俺たちにはどうしようもない。

「意思疎通可能な人間から誰がやったか聞き取れなかったですか? 」

「残念ながら、記憶がすっぽり抜けて誰も覚えてなかったヨ」

記憶がないとは少し引っかかりを覚える。月の連中の手口と良く似ているからだ。もしかしたら、言ってないだけでいろいろやらかしている可能性はある。奴らの科学力なら久遠をどうにかできるかもしれない。

こっちには奴らの王なのは様がいる。王を通してなら無碍にすることはないはず。今度の交渉で聞くことが増えたな。ああ、そうだ。管理局はどうなんだろう。

「管理局は動いていないんですか? 」

「すでに要請を出しているネ。もう5体くらいは仕留めたみたいヨ。ただ秘密主義でこちらとの連動は断られたアル。倒した魔物は倒した勢力のものになるのが決まりヨ。こっちは結界維持と探索ばかりで旨みは全部教会と管理局に持っていかれているネ。魔物を倒せる強者が必要アル」

なるほどね。

「あの騎士たちはギル・グレアムと教会のターゲットにされているんだけど、それでも、紹介しますか? 」

これは暗にギル・グレアムと地球最大勢力の教会から守ってくれるかどうかと聞いているのと同義だ。はやてちゃんたちには地球の味方がいない。後ろ盾が必要なのだ。それにクロノ君たちやリンディ提督が加われば対抗勢力としては十分だろう。

劉さんは厳しい顔をすると携帯をかけ始めた。

「ちょっと待つネ。今から電話かけるヨロシ。さすがに私たちもこの世界三強の老魔法王だけは敵に回せないネ」

「老魔法王? 」

電話をかけている劉さんの代わりに秘書のおねーさんが説明してくれた。

あまり近寄れないのがもったいない。

老魔法王。世界三強のひとり。すなわち世界最強の一角。他御方はイギリスと日本の尊い血筋の象徴にあたる方らしい。いづれも御高齢であらせられるのは間違いないらしい。俺、全く知らないのに敬語使ちゃってるよ。

法王の名前は通称教会と呼ばれる竜討伐の頂点あることを示す。教会は古の時代より布教活動のために魔物を狩っている組織である。特に今代は引退前で高齢とはいえ、歴代最強と言われているそうだ。銀河帝国皇帝、暗黒卿、老賢者、キュベレイ、未来を見通すもの、預言者、光と闇を抱えるものなど数々の異名を持っている。

表の顔は決して口に出してはいけない。最近は表の顔の仕事が忙しく過ぎて魔物討伐に出ることは世界の危機でもない限り稀だそうだ。

教会は竜や妖怪、魔物が人間の恐怖や恐れで力を増していることに目をつけて、それらを討伐することで尊敬と感謝、信仰心を集めて勢力を増して来た背景がある。彼らの使う魔物討伐用の武器は元々優れた退魔の付与されたうえに信仰の力によって凄まじい力を発揮するそうだ。

老魔法王になるとその肉体そのものが最強の武器である。しかも、今代の父上は光と闇の相反する力を備えているという。これは闇の力で凶暴な力を発揮し、当時双璧と言われた皇帝を雪の下に沈め、許しを請うまで屈服させながらも最期は自壊したと伝えられている憤怒のグレゴリウスを超えていると言われている。

いや、グレゴリウスと言われても知らんがな。

十数分ほど話して劉さんは電話を切った。

「だいたいの事情は聞いたヨ。G級ハンターグレアムは教会への援助の見返りとして、闇の書だったか? その持ち主とあの騎士たちについて条件付の非介入を求めてきたらしいネ。暴走前に手出ししても逃げられるだけだから、最後にできる手段を持つ自分が狩るから暴走する前から手を出すなということヨ。しかし、暴走したら世界が滅ぶなんて相当危険な代物あるな。もしグレアムが敗北したときには老魔法王が出ることになってるネ 」

そこまで情報を掴んでいるんだな。

「どうしますか? 」

「いいアル。条件を飲むネ。暴走前なら問題ないと解釈するアル。あくまでこっちは依頼する側ヨ。相手がどんな人間だろうが仕事をしてくれるなら問題ないヨロシ。まあ、老魔法王が出る来るわかってる時点でたとえ世界を滅ぼす力を持とうと関係ないネ。老魔法王でどうにかできなければ、この世界の誰にもできないネ。これは暴走するまではどの勢力に所属しようと関係ないということヨ。敵対することにはならないネ」



うまく逃げ道を作られた気がする。つまり、暴走するまでは庇護下には置いてくれるが、後は知らないということらしい。商売人らしいやり口だ。こっちの思惑は少し外れてしまった。でも、まあ、得られた情報には価値がある。暴走してもはやてちゃんたちがなんとかしてしまえばいいのだ。



俺は少し迷った末にはやてちゃんに電話する。

はやてちゃんは困っている人たちがいるならということで非常に前向きで、騎士たちも戻っていたため、そのまま話し合いになった。それによると近場で多くの蒐集できることは騎士たちとってもありがたい話で、はやてちゃんを通してお礼を言われた。

それだけ、はやてちゃんのそばにいる時間が増えるからだろう。

こうして、竜の一族とヴォルケンリッターとの間に契約が結ばれた。

契約といっても顔を合わす必要はなく、お互いの連絡先を知るにとどめている。



契約内容は要約すると魔物一体につきその都度報酬は支払われ、その状態によって決まる。ということだ。



問題は魔力の種によって発動した魔物は必ず殺すように念を押された。発動した魔物は次々に犠牲者を拡大させるからである。さっき話にあった元人間の発動体に対して魔導師が躊躇ったために起こった悲劇について、詳細なレポートでどうして殺す必要があるか説明されていた。

元人間の発動体は他の動物の発動体に比べて、対人戦闘に優れ、人間を最優先で狙う傾向にあり、犠牲者も多いそうだ。これはこの世界の元人間から生まれた妖怪や魔物、強い恨みを持つ霊障、怨霊にも同じことが言える。中には隠蔽に優れた厄介なやつもいるそうだ。

そして、これは現在発動待ちの人間や久遠も含まれることになる。植えられた魔力の種は時限爆弾のようなものだ。劉さんの話ではなんとか分離させようと必死に研究しているがなかなか上手くいかないらしい。



ままならないなぁ。

俺自身はこれだけ理由があるのなら殺すのも仕方ないと割り切ることができる。もちろん実際にできるかと言われればわからない。どんな正当な理由があろうと人間が人間を殺すということは今まで培ってきた道徳や倫理が働いて、思いとどまるのものだと考える。

せっかく良い方法だと思ったのに人殺しの片棒を背負わせることになるのかもしれない。騎士たちはともかく、はやてちゃんにはこの事実はつらいだろう。仕方ないで割り切るには優しすぎるのだ。

結局誰かがやるしかない。ここは近いうちに騎士たちと話をしていくしかないな。



劉さんはまだ話があるようだった。

「教会はあなたに興味があるみたいよ。老魔法王に会ってみるアルカ? 」



……



いやいや、会うつもりは毛頭ない。どんなトラブルが起こるかわかったもんじゃない。

「会うつもりはないです。ちなみになんで向こうは私に興味があるんですか? 」

「日本滞在中の枢機卿が希の波動の変化を感知して法王に伝えたら興味を持ったらしいネ。今日連絡とった相手からよ 」



??

これは俺にもわからない。なぜなのはちゃんではなく、希ちゃんなのか?

理由を聞くと恐ろしい事実が判明した。

教会は竜の一族と同じく世界の特殊な力ある人材について動向を常に情報を収集してある程度は把握しているそうだ。ちなみに俺の情報は劉さん経由で伝わっている。売りやがったな。理由はスカウトだったり、暴走して他の人間に被害を出したときに迅速に処断するためらしい。若年のため今は生活を乱さないように見守っていたそうだが、少しばかり状況が変わったそうだ。

もしかして洗礼受けたのが関係しているのだろうか? 

(あなたもたいがいトラブルを呼ぶわね )

「無理にとは言わないね。今代の猊下は基本的に子供には慈悲深い方ヨ。成人するまでは強引な手段は取らないはずアル。おかげでこっちもそれに習わないといけなくなったネ ……そうアル。直接会うのがダメなら、最近教会もインターネットの広報活動にも注目して、猊下もツイスターを始めたらしいアルから、登録してささやくとイイね。きっとフォローしてくれるヨ」

なんでこんなに劉さんが熱心かというと、今日もらった情報は対価として頼まれたらしい。抜け目ないな~ 

ツイスターとは約100文字以内で「ツイスト」と称される短文を投稿できる情報サービスでフォローすることでお互いにやりとりをするらしい。よくわからないが掲示板とか、チャット部屋の仕組みと似たようなものだろう。

まあ、いいか。ネット越しに話すくらいなら問題はないはずだ。

のぞみんで登録でツイスターに登録する。

最初のツイストは「ツイスター始めました。のぞみんです。よろしくお願いします」と打つ。

劉さんの話では教会には連絡を入れたそうだから、後はフォロー待ちだそうだ。

う~ん、慣れないな~ 掲示板やチャットルームの方がわかりやすい。

ついでに老魔法王の表の顔のささやくをチェックすると100万件を超えていた。これはとにかくすごいことらしい。


その後、劉さんといろいろ話をした。竜憑依についていろいろと聞くことができたのは大きな収穫と言える。

竜の一族との血縁上の繋がりの関係から、希ちゃんにも竜憑依自体は可能だそうだ。中には魔力的な親和性の高さや生まれついての加護により竜と深い結びつきを持つ人間もいるらしい。そういう場合はレベルが違う存在でも制御は可能になる。しかし、呼び出した竜があまりに巨大だった場合は憑依はあまりおすすめできないらしい。

きっと希ちゃんの呼び出したアレもそうだよな。危ねえな。

儀式の手順や頻度などを守らないと暴走して、最後はいくつか伝承に残るように体と魂を上書きされて人に害をなす竜の姿に変わってしまうそうだ。そうなってしまったら、誰にもどうすることもできない。

そして、同族あるいは教会の手によって葬られた。

嫌な話だ。下手したらあの竜に取り憑かれた希ちゃんが世界の敵になっていたわけだ。



「そういえば、ブータンの大師が国竜から竜の巫女が日本に現れるとお告げをもらっているそうネ。何か知らないアルカ? 」

ニュースでやってたな。そんな事情があったんだ。俺は竜の髭を渡したフェイトちゃんのことがよぎるが、いくらなんでも違うだろうし、推測で言うのは危険だと思ったので口には出さない。

いろいろ役に立つ情報とトラブルの種を残して劉さんは帰った。





夕方黄昏時。俺はどうしても気になって仕方がなかった最後の蔵の前に立っていた。周りには誰もいない。すべてが真っ赤に染まっていた。眺めているとどうしてだろうか不吉さと共に薄ら寒さを感じる。

昼から夜へと変わる境界線には魔物が現れるという。

逢魔が時、そんな言葉がよぎった。一人で来るのは間違いだったかもしれない。

最後の蔵は周りに誰もいないことを確認してこっそり鍵を開ける。お爺ちゃんの言った通り本棚がずらりとならんでちょっとした図書館並だった。空調が備えられて大事に扱っているのがわかる。年代物の革の本や古文書や巻物まであった。お爺ちゃんが医者だけのことはあって医学書が多く揃えられている。奥の方になんて書いてあるかわからないドイツ語のようなもので書かれた立派な本が並んだ本棚あった。

近づこうとするが、足が止まる。

なんだかわからないが怖い。

十メートルくらい先の突き当たりにある本の一角に近づこうとすると全身の毛が逆立ち、鳥肌が立つ。あそこだけ空調に関係なく酷く冷たい。一見清潔で清浄に見える。しかし、見えない何かで空気も澱んでいるように思えた。例えるなら悪意で禍々しく、水霊事件のときに感じたあの感覚に似ている。そこを無理やり浄化して塗りつぶして抑えているように感じるのだ。薄い壁を剥いだら死体が出て来てもおかしくはない。そんな残り香が漂っている。

それはあのとき感じた腐敗臭ではない。ほんのり香る花の香りが希ちゃんの記憶にある何かを刺激して、本能的に体を固くさせていた。ギリギリまで近づいて遠目に日本語らしき文字があったので目を細めてみる。

『メスメル』という横文字と『心的外傷の治療』という部分だけ読み取ることができた。

(私の中の封印がざわめいている。今は触れるべきじゃないわ。私たちには闇の書事件が待ってる。案件をこれ以上増やすべきじゃない)

結局これ以上近づくことはできなかった。妙な気持ち悪さだけが残り、カナコもそれ以上は何も言わなかった。恐らくあそこには黒い女に関してのヒントになるものがある。その代償として黒い女も再び力を取り戻すだろう。

そして、祖父は何かを隠しているのは間違いない。なぜなら、こっそり話を盗み聞きしたときに百合子さんは幽霊に憑かれて、お祓いを受けて、金だけ済んで良かったと言っていた。会話内容的に同じような経験をした可能性があると考えることができる。

だが、今聞くつもりはない。知りたいこと考えたいこと調べたいことは山ほどあるが、後回しにするべきというカナコの意見に賛成だ。



藪をつついて蛇を出すことはない。



出てくるのは恐ろしい黒い大蛇かもしれないのだ。とびきり大きな…



夜になって迎えが来て家に帰った。

水霊事件のときに感じた恐怖を思い出して、少し気分は沈んでいたが、九時が近づくにつれてテンションがあがって来た。



その前にツイスターをチェックすると老魔法王からのフォローがついていた。良かった。ちゃんと伝わったんだな。

「古より生きるわが兄弟よ。黙示録の時は近い。来るべき時の備えて、力を束ねよ」とわけがわからないことが書かれていたので、返答は適当に返しておく。他のフォローは何者だよとか、詮索する内容のものが多かった。



もうすぐ首領ガーゴイルを祝う会が始まる。祝う会といってもチャットルームで特殊な条件で話をするだけのありふれたものである。

その条件とはお互いに陰謀めいた話をするというものだ。嘘でも構わないし、本当でもいい。とにかく熱く自分のやっていることを書き込むだけでいいのだ。NG行為は冷めるようなことは書き込まないことだけ。明文化されていないから新参さんは全くついていくことができない。そういうときは丁重にお帰り願い、それでも空気読まずに居座るときにはパスワード付きの専用部屋に移動していた。

もしかしたら、お互いに夢を語り合いリアルでもだいたい素性を知る主要メンバーの怒り司令さんや斬る議長さん、仮面の零さん、ぶらっくのわーるさん、むすか大佐さんといった中心人物が集まる可能性がある。前は俺の葬式でも追悼会を行っている。今度はガーゴイルこと冬月さんの節目だから恐らく全員集まるに違いない。

濃いメンバーのことを思い出す。

怒り司令さん、冬月さんの紹介で参加している。本名は長谷川さん。冬月さんとは大学からリアルでの知り合いで第一印象は嫌な男で、教授お気に入りの女学生と結婚したことでますます強くなった。現在無職で思春期の息子の冷たい目に耐えられず、家を出て奥さんの仕送りで生活しているそうだ。ネルフという組織の一番偉い人という話。そのときは冬月さんだろうがタメ口、命令口調だ。

斬る議長さん、怒り司令の紹介で参加。本名は忘れたが。白内障でサイボーグみたいな個性的なメガネをかけた年配の人だったと思う。人類補完計画を推進しているゼーレという機関の議長をしている。怒り司令と仲が良く、今度南極へ最初の人間を探しにいく計画立てているそうだ。

零の仮面、メンバーの中では入って一年という新参だが、新しい活力を生んでくれていると信じて俺が推薦した。男子高校生。金持ちで日本人離れした顔良し頭良し生徒会にも入ってる超リア充だが、重度の厨二病で割と相殺されている。アメリカを蛇蝎の如く毛嫌いし、自分は魔女と契約してどんな命令できる力を得たと主張している。その根拠が自分の力を試すために知り合いの女子学生の目をみつめて、服を脱げと言ったら本当に脱いだことから確信を得たそうだ。ただし、息が当たるくらい近い距離で真剣に言わないと効果がないそうだ。
……いや、それはおまえリア充だからだろとつっこみたいが、それを言うのは無粋の極みだ。普段は狙われないために力を隠して学生を装っているらしい。この力で大統領の親父を打倒すると息巻いている。実は現アメリカ大統領のかくし子という説があり、意外と信憑性があるそうだ。俺とはシスコンという点では話が合う。実際にモテるのだが自分では気づいていない。妹への想いが強すぎて他の女が目に入らないのではないかと考えている。

ぶらっくのわーるさん。創立当初からの古株で不定期に顔を出している。この人はリアルでは会ったことがないため素性は良く知らない。私はこの二元世界を支配している三次元人で、おまえたちはゲームの駒に過ぎないとよく言っている。

むすか大佐さん、創立当初のメンバーで途切れずに参加している。初めて会ったときはサングラスをかけてダンディで物腰柔らかな人だった。黒メガネのごっつい秘書がふたりついてきたちょっとびびった。職業は不明だが、家は広さと作りから金持ちだろう。たまに意味不明の書き込みをしていると思ったらモールス信号で秘密の暗号を教えてくれたりした。エニグマ暗号機の実機を見せてもらったことがある。服にあまり気を使わない俺に流行の服は嫌いかね? と聞いたりするところからおしゃれには気を使っているようだ。眩しい光が苦手な様子。ちょっとした光で目が~ 目が~ と情けない声を出していたのはドン引きした。本人にしかわからないトラウマがるかもしれない。天空に浮かぶ城を探しているらしい。自分はそこの王族の子孫で世界の王になるのが目的だそうだ。そのときだけは信じられないくらい尊大になる。

ミレニアム少佐さん、本名比良坂さん。大学病院に勤めるドクターらしい。鉤十字を信望している上に戦争狂という困ったさんである。軍属の吸血鬼という変わった設定である。英国の吸血鬼を敵視しているらしい。熱が入ると止まらないところがある。

それにガーゴイル氏と最終戦士ジークフリードを加えて以上が現在のアトランティス戦士団の主要メンバーと外部ゲストだ。もう離れた人たちや俺のように一時離れて戻ってきた人間もいる。

これは専用ルーム行きは間違いないな。新参さんがついて来れない話題で盛り上がるのは必至だ。



その言葉通りチャットで盛り上がった。その日はフルメンバーで久しぶりにヒートアップ。俺はのぞみんではなく、最終戦士ジークフリードとして振舞うことを許してもらい。思う存分にチャットを楽しんだ。まるで本人が蘇ったようだとみんな驚いていた。ところが、途中でどこで知ったのか専用ルームに荒らし二人が入ってきた。

ここのセキュリティは冬月教授のマギという専用サーバーを使用しているので無駄に高く作られている。恐らく誰の口から漏れたのだろう。荒らし二人はグルで一緒に入ってきたらしい。そのせいでパスワードを変更しないといけなくなった。

木林という芸のない名前とJS最高管理局エージェントと名乗っていたが、こちらのネタ話をいちいち大げさに反応して、さもこちらが悪いように書き込んできた。まあ、そのおかげで「ふん、大国に迎合した管理局の犬めっ! 」と仮面の零の本気が見れたから良かった。アニメの影響か管理局を名乗る者が少しずつ出るようになった気がする。

さあ、寝よう。すっかりリフレッシュできた。

明日からは気が重いけど学校だ。

目を閉じて眠りにつく。




……



……


気がつくと、なぜかベットに横になって見慣れない部屋にいた。

頭が何だがぼーっとしている。上下の服は脱がされ、パンツ一丁姿で手を白いシーツで縛られ動くことができない。横目で見ると本とハンガーにかかった黒いゴスロリ衣装と檻が見えるからカナコの部屋らしい。

なんで俺ここにいるの? 

向こうではいつもの本を片手にカナコが何かの準備をしている。

「気がついたの? 眠っているあいだに終わらせようと思ったんだけど」

「なんで服脱がされているの? 」

「体液で汚れるからよ 」

体液?

そういうと本を左手にいつかのようにマウントポジションを取った。いつものエプロンは外しドレス姿だ。そのドレスも肩のところまではだけている。カナコは本を隣に置いて懐からキラリと光る先端が尖った鋭利なものを取り出した。それは氷を砕くのに便利な道具だ。

アイスピックだった。

白いベットの上、俺はうつ伏せでシーツで両手を縛られて動けない。騎乗、いやマウントポジションのドレス姿の幼女がアイスピックを片手に嗜虐的な笑みを浮かべている。上に乗っているのが金髪全裸の豊満な女性じゃないこと以外は完璧なシチュエーションだった。


「……じゃあ、ひと思いにやるわね」



この女、殺る気だ。



「ぎゃああああああああああ、やめて~~~ 」

意図を理解した週間に思わず悲鳴を上げてしまった。馬乗りになったカナコの体は後ろに反って、反動をつけて覆いかぶさってくる。右手が俺の心臓めがけて振り下ろされた。



……



「どう? 興奮した? 」

「途中から読めたけど、縮み上がったわ」

俺の心臓に置かれたカナコの右手には何も握られていなかった。ご丁寧にベットの下にしまいやがった。いつか殺るつもりってことかよ。

「おかしいわね? 吊り橋効果でいい反応が出るかと思ったのに」

「それ、基本的なところ間違っているから、あれは恐怖を共有することが大事で、恐怖そのものになるわけじゃないぞ。で、なんでこんなことするんだ? 」

しまったという表情したかと思ったら今度はしなをつくってこちらを見つめる。

「か~ん~ち」「やめれ」

途中で言葉を遮る。

「交尾しよ?  」

「交尾言うなっ!  」

「嫌なの? 」

「お断りだ」

俺は即答で返す。俺は変態じゃないもんっ! お風呂一緒に入っても全然平気だもんっ! 大人の女の人がいいもんっ! 豊満で包容力があってちょっと影がる女の人がいい。条件さえ満たせば人妻でも、いや、むしろ人妻の方が…… 混乱していかがわしい方向へ思考が進む。カナコは考えるような素振りをして遠慮がちに覗き込むように問いかけた。

「やっぱり足がいいの? 踏んだほうがいい? 」

「いや、そのりくつはおかしい。それにサイズ的に、ぶ、物理的に無理だろ? 」



「……ふっ 」

蔑んだ目で口だけ歪める。

「なんで笑う! 違うからな! 違うからな! 」

俺も混乱して何を言っているかわからない。ただ男の尊厳をこの上なく侮辱された気がしたのだ。

「私は何も言ってないわ。やっぱり足がいいんでしょう? しかも素足、素足の私は抜き身の刀のように危険よ」

「どう危険なんだ? ……ぶっ! 」 

カナコの足が顔面を覆う。両方の目を塞がれて、何も見えない。いきなり両足で攻めてきやがった。その後、巧な動作で足の指を器用に動かし頬っぺたを手のようにつまむ。よく見ると標準的な人より足の指が長い。なるほど足技のキレの正体はコレか。

いわゆるタコ足というやつだ。西郷四郎みたいだな。思えば恭也さんと美由希さんの前でなのはちゃんを投げたとき同じような真似をしていた。

「わかった? 」

両足で顔面を踏み踏みされながら聞いてくる。我々の業界ではご褒美ですとか知るかよ。コラッ! スカート裾がめくれてる。はしたない真似はよしなさい。

「別のことがわかったけど、ピアノ弾けそうだなその足」

「猫ふんじゃったくらいなら余裕よ。練習すれば月光くらいは弾けるわ」

「それはすごいな」

少しずつ冷静さを取り戻していく。今回はいたずらが過ぎる。お尻ペンペンの刑? いや、それは何か違う。

「いいから、やめろって、いくらおまえでも洒落にならんぞ」

ちょっと強めに言うと足を引っ込め、今度は息が触れそうな距離まで顔を近づけてきた。昏く沈んだ怨嗟のこもった目で睨んでいる。

「……うわきもの」

「え? 何だって? 」

「狙ったかのような突発性難聴イライラするわ。あなた、なのはに惹かれてるでしょう? しかも、電話で話しただけのはやてにもホイホイ会おうとしたり、フェイトにもキスしようとしたじゃない! ちょっと力つけたくらいで調子に乗ってハーレムでも作りたいの? 」

容赦ねえな。しかし、彼女たちがいろいろな意味で魅力的で心を揺らされているのは確かだ。だからと言ってどうこうするつもりはない。憧れや尊敬に近い感情だ。男女ものとはまた違う。だから少しでも手助けしてあげたいとは思っている。それに…

「フェイトちゃんのはただの遊び心だろ? 」

「やっぱり、弄ぼうとしてたのね」

「なんでそうなるのっ! 本気ならいいのか? 」

「ダメに決まっているじゃない。首だけカバンに詰めて、クルージングの旅に出るわ 」

はい、ナイスボートっ!!





この女マジめんどくさい。ちょっと恥ずかしいけど、ちゃんと言わないといけないらしい。

「だからっ! 俺の手は希ちゃんだけでいっぱいなんだって! そんな余裕ねえよ。なのはちゃんとフェイトちゃんはもう希ちゃんの友達だけど、はやてちゃんだって希ちゃんの友達にどうかな? って思っただけだよ。そんな子達を相手に色恋で見るわけ無いだろうがっ! 」

キレ気味に言う俺にカナコの険は取れ、訴えかけるような目になる。

「あの子ためならなんでもする? 」

普段の大人びた言動ではない子供のような無垢な問いかけだ。こんなところは希ちゃんに似ている。

「ああ、もちろん」

「死ぬことも? 」

「それは条件次第。あの子が悲しむなら死ねない。ほかの方法を考える」

「ふふふっ、ちょっと意地悪だったかしら? そこには私は入ってないの? 」

やっと笑った。さっきまでがアレなだけに少しだけグラっとくる。なるべく優しく穏やかに諭すように声をかけた。

「同じ目的を持つ相棒だろ? おまえも入ってるさ」







「……だったら、話は早いわ。私たちは目的のために早く一つのなるべきだわ」

「だから、なんでそうなるわけ? コラっ! またがるんじゃないっ!! くっ! 」

指先で撫でられただけななのに反応してしまう。

膨張して収まりきれなくなるじゃないか。俺の最も凶暴な怪物がもがき始めた。丸くなった目で興味深そうに視線が腹部に下がりカナコは言った。

「あらっ!? その服の下になにか隠してるの? 」



ぎゃああああああああああ、みなぎるやる気! 言い訳の余地なしっ!!

「まさか、ゴールドオーブを隠しているのね? 」

「おのれ、恥じらいを知らん女よ 」

「まあいいか。じゃあ、……いただきます」



い た だ き ま す?

首筋の唇を当てたカナコ。

なんかすごいデジャヴなんですけど…

刺すような熱さと同時に舌の感触を感じる。

吸い取られている?

ああ、ジークの言ったのはこのことだったのか。誰かの目に似ていると思ったら、すずかちゃんの目そっくりだった。

「オイコラっ! 食うってひとつになるって、そう言う意味かよ」

「あなた、私のためなら死ねるって言ったわよね? 」

「お前のせいで死ぬのは嫌だよっ!! 」





「大丈夫。怖がらないで、目を覚ませば全部終わっているわ。何もかね。ふふふっ、美味しい」



俺の意識は遠くなっていく。頭から血の気が引いて、瞼が重くなっていく。最後に目に映った俺の血で口元を汚したカナコは凄絶でなぜか美しく見えた。



……



……




俺の意識は熱を持ったときのように混濁していた。ちょうど最終戦士として生まれるとき状況とよく似ている。だってカナコの声が聞こえるからだ。

全身は溶けているかのようにグニャグニャだ。世界と肉体の境界線も上下左右の方向もわからない。感覚的に腹部に近い部分だけ熱を持っているように感じる。

すごく熱い。



「うわー、こんなに硬いの入るかな? まあ、どうにかなるでしょ」



「痛っ! おかしいわね。角度は間違っていないはずなんだけど っんん! 」


なにやってんだおまえと口に出そうとして、何か吸い取られるような感覚に俺の意識はさらに深いところまで沈んでいった。



夢を見た。



どうして、こんなところにいるのかよくわからない。



俺はバスケットコートに立っていた。白いバスケットユニホームを着ている。顔の見えない敵は赤いユニホームだ。

残り数秒で点差は一点差。俺が決める。現実では絶対にできない華麗なフェイントとドリブルで敵を躱して、高く跳躍し、ダンクシュートを決める。終了を告げるブザーが少し遅れて鳴り響いた。

ホイッスルと共に決まったあああああああ、という実況に興奮は最高潮になる。

「イエスッ!! 」

俺はガッツポーズを決める。



また、別の夢を見た。



二枚貝とオットセイが互いに戦っている。両方とも汗だくで一生懸命。オットセイは二枚貝のナカを食べようと二枚貝はそうはさせまいと戦っていた。



夢を見た。また、別の夢だ。



俺はトンネル工事の現場である重機を操作している。長かった工事もようやく終りが近い。この重機は長年使い込んできた相棒だ。今までいろんな所を掘り進んできた。そして、寝る前に先端の磨いて手入れをするのが日課だった。違う場所を掘って怒られたり、崩落事故や水漏れによって何人もの仲間が奥にたどり着くことなく消えていった。この前後にピストン運動を繰り返す削岩機で最後の岩盤さえ砕けば開通する。道は開けるのだ。俺はキーを捻る。

くっ! 最後の岩盤だけあって硬いな。

削岩機の先端は熱で赤く染まり火花を散らす。

もう少しだ! 俺は今をも暴発しそうな先端に構わずフルパワーのスイッチを入れる。削岩機はあちこち水漏れした狭い空洞で唸り声のようなエンジン音を響かせる。

最後の岩盤はとうとう崩れ、血のような砂利と水を撒き散らす。

とうとう俺はやった。俺が貫通させたのだ。

よく頑張ったな俺の相棒。俺は仕事を終えた漢の顔をしていた。



夢を見た。また、別の夢だ。まだ続くんかい。



小さく細長い花瓶が見える。そこには赤い椿の花が一輪指してあり、ポトリと落ちた。



夢をみた。また、別の夢だ。いい加減にしろよ。

俺は広大な宇宙を漂う巨大な宇宙戦艦の艦長だった。艦の最高責任者であり、すべての乗組員の父だ。

今たった一隻で何百もの敵艦と戦っていた。すでに第三艦橋は破壊され犠牲者が出ている。ワープ機能も破壊されてどうしようもない状況だ。

決断を迫られていた。

クルーの命運は俺の一言で決まる言っていい。俺は厳かに命令を下す。

「波動砲発射準備」

俺の一声でブリッジのクルーがざわめく。波動砲ならば確かに状況を打破できるかもしれないが、今ここで撃つのは自殺行為だ。一人の若い士官が進言してきた。

「しかし、艦長! 艦の損傷は激しく。撃てば暴発する危険があります」

その通りだった。

「構わん。他に手はない。敵の攻撃は激しい。このまま成り行きに任せても同じことだ。私は覚悟を決めた。せめて自分の意思でいきたいのだ」

士官はまっすぐこちらを向いて敬礼した。涙を流している。

「失礼しました。我々は艦長と共にあります。共に逝きましょう」

「すまないな。おまえたちを巻き込んで」

「いえ、せめて我々を意地を敵にみせてやりましょう。波動砲発射準備」

クルーと艦長の意思は一つだった。そして物言わぬこの艦も同じだ。

唸り声をエンジン。ピストン運動をしながら、白い粒子が砲身にエネルギーを集中させていく。

「対閃光防御」

白い光は目を焼くのでサングラスをかける。

「120%まで上げろ」

恐らく一度しか撃てないし、敵を全滅させるには出力を限界まで上げなければ不可能だろう。ここですべてを出し切るつもりだ。

すでに暴発せずに生存する確率は数パーセントを切っていた。

「エネルギー充填120パーセント! いつでもイけます」



「波動砲発射っ!! うっ! 」

頭が真っ白になるような感覚と共に意識は途絶えた。




夢をみた。お願いだから終わってくれよ。

白い服を着た何十万ものを俺が一番を目指して競争していた。一番以外に価値はない。一番以外はみんな死んでしまう過酷なレースだ。



……



……



この夢、全部――――――――――――っ



「下ネタじゃねーかっ!! 」 

俺は思いっきり叫んだ! 今度こそ完全な闇が俺を包んだ。



どのくらい経ったのだろう?

徐々に覚醒して正しい世界と身体の感覚を取り戻していく。

腹部を撫でられるくすぐったい感触で目を覚ました。まだ、頭がボーッとしている。ぼやけた目が次第に焦点を合わせていく。割と命の危険を感じたけれど、無事に帰って来れたようだ。二度と目を覚まさないかとさえ思った。シーツを羽織ったカナコが俺の腹を撫でている。

「なぜ、腹を撫でる? 」

「あら、こっちだったかしら? 」

今度は自分の腹を優しくさする。まるで、希ちゃんを優しく見るときのような目だ。

……やめれ。犯罪者の心境だよ。

拘束は解かれていた。俺は全裸でパンツ行方不明で一大事だ。申し訳程度にシーツがかぶせられている。シーツを羽織ったカナコから肌が見えるから全裸でこっちはもっと一大事だ。

あれだけ飛び散っていた血で染めていたシーツも俺の体も元通りになっている。俺が眠っているあいだに後始末をしたんだろう。意識なくてから何をされたかさっぱりわからない。気だるい疲労感もある。なんか涙出てきた。

「犬に噛まれたとでも、思って忘れなさい」

どこかなげやりに気だるそうに紅茶のカップを口に運ぶ。タバコがあったら絶対吸ってる。実際噛まれたどころじゃ済まないんですけど。

「なによっ!! こっちを縛って好き放題して、この人でなしっ!! 」

普段の自分より甲高い声で喚く。白いシーツで身体をかばうように覆う。なんで俺がヤラレタ側なの? とか疑問は浮かぶが、状況は正しい。

「ウブなねんねじゃあるまいし、あなたも好きなんでしょう? 」

「……なにそれ、抱くだけ抱いて、こっちの気持ちはおかまいなしじゃないっ!! 」



……でいつまで続くんだ。この三文芝居。

最後にこっちの手を絡めて満面の笑みで言った。



「これからも私たちをよろしくね。お父さん。それから、浮気したら生まれたのを後悔させるまで痛めつけるから」


笑顔で嬉しそうに言うのが怖すぎる。


お父さん?




その一言でなんとなく察した。状況はあまり覚えていないが、薄れゆく意識の中でカナコの言った言葉は覚えている。そして、あの夢とこの疲労感。











この女とうとうやりやがった。犯りやがった。

どうやらそういうことらしい。

愛と憎しみと暴走の果てにこのような手段に至ったようだ。

夢の世界とはいえ、俺は法律上アウトのことをしてしまった。

俺はそのまま脱力してベットに横たわる。

闇の書事件の前にだというにいろいろありすぎだ。

先が思いやられる。



闇の書事件と月の勢力との交渉はすぐそばまで迫っていた。






作者コメント

長い空白期はこれにて終了。

外伝を入れてAs編を開始します。

感想返しは後日します。しばらくお待ちください。


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