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[24797] 錬鉄の騎士の新たな主(Fate/stay night×なのはThe MOViE 1st)
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:ddb1a2fb
Date: 2011/09/30 00:25
 チラ裏よりやってまいりました、メイシーです。

 このssはFate/stay nightとなのはThe MOVIE 1stとのクロスオーバーです。

 更新速度は不定期になってしまいますが、最低でも一ヶ月に一話は何が何でも更新しますのでよろしくお願いします。



[24797] プロローグ
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2013/01/09 01:23


 見渡す限り一面の荒野

 大地には無数の剣が突き刺さり

 空気中を火の粉が舞う

 地平線には炎が踊り

 遠い空には巨大な歯車が回る

 おびただしいまでの武器はそれだけで廃棄場じみている

 そんな瓦礫の国に男が独り

 紅い外套を翻し

 ただひたすらに歩み続けていた





            

 

               プロローグ










 それは長い旅だった。

 かけられた時間も、かかげられた理想も、かなえようとした人生も、何かと厄介だったからだろう。

 どれほどの道を歩もうと、行程はわずかとも縮まらない。

 休まず、諦めず、迷わず、まなじりを強く絞り。

 
 長い道を、歩いていた。


 どれだけ歩いただろう。この剣しかない孤独な世界を。

 どれだけ憎んだだろう。歪な自分の人生を。たたき落とされた無限地獄のようなこの場所で。

 何度も何度も、くだらない後始末をさせられて。

 そのくせ歩み続けるその先に、掲げた理想は叶わない。

 どれだけ歩みを続けても孤独な破滅しか待っていない。

 後悔だけがどうしようもなく募っていった。

 過去の自分をこの手で殺し、消えてしまいたいと想うほど。

 そうやって、この果てのない旅を終わりにしてしまいたかった。

 ふと、どうして終われないのだろう。

 そんなことを唐突に思いついて、気まぐれに考えてみた事があった。

 なに、時間だけはいくらでもある。じっくりと自分を見つめなおしてみよう、と。

 だが考えるまでも無く、答えはすぐに見つかってしまった。

 理由は、本当に単純だ。

 何処に行けば、何をすれば腰を休められるのか。

 そんな、一番初めに決めておくべき旅の終わりを、見つけることが出来なかったからだ。

 だからこそ、もうなにもかも終わりにしようと思ったのだ。
 




 だというのに、ようやく機会を手に入れたのに……それを為すことができなかった。

 いや、やろうと思えば出来ただろう。

 未熟者一人、始末することなど造作もない。

 だが……出来なかった。

 いつかの誓いを思い出すことができたから。

 あの時、何を美しいと思い、何を目指そうと思ったのか。

 あの染み入るような、どこまでも美しかった月夜に何を抱いたのか。

 それを思ったのは、一体誰だったのか。
 
 悔しいことに、未熟でどこまでも愚かだった過去の自分との戦いで。

 ――この記憶さえあれば、また、前を向いて歩んで行ける。

 見せられ続ける絶望も消えることのない後悔も。

 何もかも振り払って、前だけを向いて歩んで行こう。





 そう想っていたのに記憶はどんどん、どんどん摩耗する。

 永劫不滅のものなどない。

 いかに隆盛を誇った名機であれ、使えば使うだけ衰えていく。

 それは機械も肉体も、精神も記憶も、同じ事だ。

 あらゆるものは磨耗していく。

 何かを見るたびに色あせていく。

 ようやく取り戻せたいつかの誓いも。

 かつての主に精一杯の笑顔で告げた、大切な約束も。


「忘れたくない」


 心から、強く、そう思えた。

 少しの間でいい。生前の自分が選べなかった正しい道をほんの僅かでも歩む事が出来たのなら。

 それだけで、ちゃんと思い出せるから。





 だが、どれだけ望んでもそんな奇跡は起こらない。

 それに失望するだけの期待は最初から持ち合わせていなかったが絶望だけはどうしようもなく積み重なっていった。

 結局やっていることは、いつものように歩みを止めずただ進み続ける事のみだった。
 
 体は錆びていく。想いは擦り切れていく。

 そうしていつか、再び自らの愚かさを呪うようになってしまうのだ。
 
 大切なハジマリが、鉄で覆われた心の奥底へと沈んでいく。

 それが何より怖かった。取り戻した物がなんだったのか、そもそも何を取り戻したのかさえ、忘れてしまう事が。

 法廷の名の下に一生を終えるときにすら感じる事のなかったそれは、紛れもない恐怖だった。










 そんなことを考えているときだった。

 どこからか、声が、聞こえてきた。

周波の合わない雑音交じりのラジオのような。

 自分以外に、聞き取れるものなど誰もいないだろうとさえ思えるほどの微かな叫び。 

 聞き取れた自分が信じられなかったほど。
 
 だが、聞こえてくる言葉が何を意味するのか分かった時、あっさりと納得できた。

 なるほど、どうりで自分なら聴こえたはずだ。

 ――それは、紛れもなく、助けを求める声だった。

 いつも自分が便りにしていた言葉。

 いつだって、絶対に聞き逃すものかと誓っていた言葉。

 ――助けて――というか細い声。

 自分の願いが叶うのかと、空っぽになっていた心から僅かな希望が湧き上がる。

 いままで止まっていたのかと思うほどに心臓が騒ぎ出す。

 凍っていたのかと思うほどに体中の血が滾り出す。

 鉄で覆っていたはずの心が弾み出す。 

 今ここにあるのは止まりかけの機械ではなく、ゼンマイを目一杯巻かれて動かずにはいられないカラクリが一つ。

 歩みを止めて、道からはずれ、声のほうへと一心不乱に走り出す。

 自分の理想を叶えるために。

 自分の願いを叶えるために。










 わたしの名前は高町なのは。

 お父さんとお母さんが喫茶店をやっていて兄弟はお兄ちゃんが一人とお姉ちゃんが一人。
 
 今は小学校3年生で特に中が良い友達はすずかちゃんとアリサちゃん。

 なんの変哲もない普通の女の子です。

 のはずなんだけど……今、とてつもなくピンチです。

 なんで私はこんな事になっているのか。

 確かに、いつもとまったく同じ日常だったのかと聞かれればそうではなかった。

 朝「視た」夢は不思議な物だったし。いつもの友達との下校中にその夢を思い出し、草むらから傷ついたフェレットを見つけるなんて事もした。
 その子をなじみの動物病院に連れて行ったのは、自然な事だったとしても。

 よく考えれば今日はおかしな事が多い一日だったのだ。
 
 でもだからって、これはない。

 まるで出来の悪い漫画に出てくる悪霊のような。ゆらゆらとぐにゃぐにゃと。形が定まらない黒い影。

 それが、情けなく尻餅をついている私の目の前にいた。

 現実ではありえない、自分はまた不思議な夢を見ているんだと思いたいのに、影に突撃されめり込み無残な姿になった馴染みの動物病院が訴えて来る。

 これは、私の知っている場所で。私に理解できないモノがあったとしても、どうしようもなく現実なのだと。

 影には触手、とでも言えばいいのか。手足のように生えるそれらが蠢く。わさわさと。昆虫のように。その様子はなんとも言えず、その。

 すごく、気持ち悪かった。

 そんな光景から目をそらしたくて、意識を座り込んでいる自分に向けると、両腕の中に暖かい感触。小さな鼓動。

 そう、確か自分はこの場所に来た直後、吹き飛ばされ空を飛んでいたフェレットを助けたのだ。間違いなく、数時間前に病院に連れて行ったあの子を。

 視線を落とすと腕の中にはしっかりとキャッチに成功したフェレットがぐったりとして「来て……くれたの?」いて……って。 


「ふぁっっ!!?」


 し、しゃべったぁ!?

 空耳でもない。周りから聴こえてきたものでもない。間違いなく、私の腕の中にいるフェレットからの声だった。

 ちょっと待って欲しい。フェレットって喋れるんだっけ?


「え、ええと、何なの? なにが起きてるの!?」


 目の前には破壊された動物病院。

 そこにいまだにめり込んで、なにやらもぞもぞわきわきしている黒い影。

 そして腕の中には喋るフェレット。

 もう、なにがなにやら。頭がいっぱいです。
 
 座り込んだまま、なんとか目の前の現実を理解しようと喋るフェレットくんに問いかけた。
 

「あの、お願いがあるんです」


 焦った心が落ち着くような、真剣な声で言われた。

 やっぱり目の前のフェレットくんが喋っている事実に戸惑いが加速しそうになるものの。

 真剣な言葉には真剣な言葉で返そうと、混乱しているなりにもしっかりと身構え――


「僕に少しだけ、力を貸して!」


「え…………ふぇっ!?」


 ていたと言うのに、あまりに予想外な内容に変な声を出してしまった。

 でもしょうがない、突然そんな事言われてもどうしようもないと自分を慰める。

 私にはこんな状況をどうにかする力なんて持って無い。
 だって、私は普通の小学生で、アリサちゃんみたいに頭が良い訳でもなく、すずかちゃんの足元にも及ばない運動音痴で。
 でも、それでも、今フェレットくんが頼ってくれてるのはこの私で、ここには私しかいないんだから、私が何とかしなきゃならなくて―― 

 考えても考えても頭の中が纏まらない。
 
 そんな中でふと目の前を見ると、さっきまでめり込んでいたはずの黒い影が、何時の間にかコンクリートの壁から抜け出してこちらを睨みつけていた。


「…………ぁ」


 それを見て、体の奥からいままで感じた事のないような『怖い』という気持ちが一気に湧き上がってきた。

 今すぐ逃げなきゃいけないのに、体はまるで錆付いたように私の意志に従ってくれない。
 
 足が震えて、息が止まる。


「い……いや…………」


 怖い、怖い……怖い…………!!


「お、落ち着いて!!」


 どこからか、誰かに何か言われたような気がしたけど怖さでちゃんと聞こえない。

 耳は音を頭にまで伝えてくれない。ただ右から左へと流していく。


「だ、だれか……だれか――――」


 焦燥感だけが加速していく。

 ほんの数分の間に遭遇したそれらはあまりにも理解不能で。
 
 自分が置かれた状況はあんまりにも理不尽で。

 そんな中で、無力な私に出来たのは


 「――――助けて!!!」


 ただ大きな声で、助けを求める事だけだった。 





 ――しかしその叫びこそが、少女の運命を変える事となる。

   



 瞬間、腕の中から光が溢れ出す。

 それは目を開けることさえ叶わないほどに、世界を白く染め上げた。


「え……? これって、僕が封印したジュエルシード?」

 
 聞こえてくる困惑した呟き。
 
 その意味を考える事も出来ず、私はただ目を瞑っていた。





 がちゃん、という金属がぶつかり合う無骨な音。

 目を開けると、そこにはどこまでも紅い男の人が立っていた。
 
 見上げるほどの大きく、鍛え上げられた体。月明かりに照らされる燃え尽きた灰のような白髪。

 後ろにいる私には、前を向く彼の表情は見えない。間違いなく、今日出会った一番の非常識。

 でも、そこに恐ろしさはなく。

 私はその背中に、どこまでも頼もしさだけを感じていた。










 聞こえた声を頼りに細い細い道を駆け抜けた。

 息を切らすことなどない、疲れなど感じない体になってしまって。それでも、この身は変わらず同じゼンマイで動いている。

 気付いたときには、知らない街中に立っていた。

 呼ばれる側というのはいつも唐突だ。慣れたもので、はやる心はそのままにさっそく状況把握を開始する。

 まず、自分がいるこの町。

 この町自体は特に問題ない。自分の故郷ならどこにでもあるような、普通の住宅街だ。

 しかしこれは、結界……だろうか、が張られ辺り一帯を異界に変えていた。
 
 軽く解析してみると、今まで見たこともない効果とそれなりの規模を持つものだった。

 詳しく知りたいところだが、あまり時間をかけるわけにはいかない。

 今は保留を選択する。

 次に目の前でこちらを睨んでくる黒い影。

 どう見ても何かしらの魔術的な存在にしか見えない異形。
 
 なんにしても普通の生物ではないだろう。警戒するには十分な姿形だ。

 最後に、後ろで尻もちをついてこちらを見上げる少女を、軽く振り返ることで確認する。

 ――それだけで、自分のこの世界での存在理由が、彼女だと分かった。

 驚くいたことにこの少女、普通の人間としては信じられないほどの魔力量を蓄積していた。

 しかも制御などカケラもせずに垂れ流している状態だ。魔に対してまったくの素人であることに間違いはないだろう。

 そして腕の中にいるイタチ……いやフェレットだろうか、もこちらを見上げていた。

 このフェレットにも魔力を感じることからおそらく使い魔か何かなのだろう。

 しかし本題はそんな所にはない。それよりも大切なコト。

 私と、後ろにいる少女との間に、ほんのか細いパスが通っていた。

 今にも千切れてしまいそうな、あまりにも弱弱しいレイライン。

 それが、私と少女を繋げていた。 


「あ、危ない!」


 そこまで思考が及んだところで、少年のような声が聞こえた。

 おそらくあのフェレットの姿をした使い魔が発した言葉だろう。

 再び前を見ると、黒い影がこちらに突進してくるところだった。

 焦ることもない。視界に入ったときから、一瞬だろうと警戒を解いたりはしていない。

 当然のように、迎撃する準備はできていた。


 ―――――投影・開始―――――


 使い慣れた双剣〈干将・莫耶〉を手の中で作り出す。

 それを用いてすぐさま来るべき衝撃に耐えられるように防御の姿勢をとる。

 同時に、予想の範疇である大きな衝撃と音が夜の街に響いた。

 突進力もそれなり、コンクリート程度ならたやすく粉砕できるであろう攻撃はしかし、こちらの防御を貫く程ではなかった。

 結果、影は大きく後ろへのけぞることになる。盾を貫けなかった矛は弾かれるが定めだ。

 その隙を突いて渾身の蹴りを影へと叩き込む。

 蹴られた側はまるでピンポン玉のように奥の塀へと突撃しめり込んだ。

 それを視認し僅かばかりの安全を確保したところで、ようやく後ろで尻もちをつく少女と正面から向き合った。

 自らの望みが叶ったことで湧きおこる歓喜の感情で、声が震えぬよう気をつけながら。

 万感の思いをその一言に込め、自らの望みを叶えてくれた少女に問うた。


「問おう、君が私のマスターか」


 口から出たのは、胸の奥に大切に仕舞い込んでいた記憶の一つ。

 あの時出会った運命との、始まりの言葉だった。 












[24797] 第一話 今、私に出来ること
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2013/01/09 04:06





          今、私に出来ること





「え……マス、ター?」


 今日は、呆然とする事ばかりだ。

 ここに至ってもまともな返事なんて出来るわけもなく、私は間の抜けた言葉を返す事しかできなかった。     


「あのっ、それって……どういう意味ですか?」


 気を取り直し、こうやって落ち着いた質問が出来たのは自分でも大成功だと思う。

 なのに目の前に立つ変な格好をした男の人は呆れた表情で言ってきた。


「酷くか細くはあるものの、しっかりとパスが繋がっているというのに何を言う。私を呼んだのは間違いなく君だろうに」


「で、でも私、マスターとかパスとか何の事かぜんぜん分からないんですけど……」


「何? 何の知識も無いままに私を呼んだのか? ……いや、質問を変えよう。先ほど助けを求めたのは君か?」  


「え――――あっ、はい! それは、私です」


 最初は何の事だか分からなかったけど、すぐにさっき自分が叫んだことを思い出す。

 体の震えもいつの間にか収まり、さっきまで自分の中を支配していた感情は嘘のように消えていた。

 しっかりと足に力をこめて地面についていたお尻を浮かせ立ち上がる。

 そのおかげで見上げている事に変わりはないけれど、より目の前に立つ男の人をよく見ることが出来た。

 まず目を引くのが、始めて見る日本では珍しい白髪だ。染めている感じは無くて、自然な白。でもそれはどこか燃え尽きた灰を思わせた。

 立ち上がったにも拘らず、首を大きく反らさないといけないほどの背の高さと、紅い服に包まれても分かるほどの筋肉質な体。

 肌の色も日焼けとは違う褐色で、髪の色と相まって非常に特徴的な見た目だった。


「ああ、そうだろうさ。いや、パスが繋がっている以上そうでなければ困る」


 口元を皮肉気に歪めているのに、どこか嬉しそうな声でそんなことを言われた。

 そのとき、蹴り飛ばされた影がめり込んだ場所から、瓦礫がぶつかり合うような音が聞こえた。

 男の人もそれに気づいて、後ろに振り返るような形だった姿勢を影のほうに戻している。

 その広い背中が、良く見える形だった。


「とりあえず話はあれを始末してからだな。どうにも私は召喚そうそう面倒事に遭う様だ。
 もっとも、何もない平和な場所に呼ばれる事など無いのだから当然と言えば当然だが」


「あっ、ちょ、ちょっと待ってください!」


 何事かを呟きながら影のほうへと歩き出そうとした男の人に向かって、腕の中から喋るフェレット君が顔を出して言う。


「あれを止めるときは魔法による封印をしてください。そうしないといろいろと危ないですから」


 魔法、なんてとんでもない単語が出てきた。

 もう驚く事にも疲れた。

 目の前の人も当たり前のように魔法とか使えちゃうんだろうなぁ、とか当然のように考えていた。

 でも当の本人から返ってきた言葉は意外なものだった。


「……『魔法』か。残念ながら私は魔法を使う事が出来んのでな。あれは破壊して止めさせてもらう」


「えっ、魔法を使えないんですか? さっき、なにも無いところから剣を取り出してたのに……?」


 使えない。それが答えだった。

 あれ? じゃあ今手に持っている剣は何処から出したんだろう……。


「あれを破壊するのは危険です。内包する魔力がどんな結果を招くか予想できませんから」


「……ではどうする。見たところ、君が行えるとも思えんが」 


 そうだ。この人が無理だと言うのなら私かフェレットくんがやるしかないのだが、私は何がなにやらさっぱりだし、フェレットくんは怪我をして病院にいたばかりだ。

 でもアレを放って置く訳になんていかないし……。
  

「はい……。今の僕ではアレを止められません」


 申し訳ないと言うその言葉には、自分の無力さをかみ締める悔しさが宿っていた。

 そこまで言って、フェレットくんは私へと向き直り。


「だから、僕の声にこたえてくれたあなた、協力してください! お礼は何でもしますから!」


 そうして、同じ言葉を言われた。

 さっきと違うのは、目の前に誰だか知らないし分からないけれど、なぜだか頼りになると思える人がいるという事。

 そのおかげか、もう随分落ち着いて自分の答えを出すことが出来た。


「お礼なんて、いらないよ。私に出来る事があったら、何でも言って」
     

 今まで強張っていたのが嘘のように、笑顔でそう言えた。

 そうだ。自分に出来るとか出来ないとか。そういうことじゃない。

 ただ助けてと言われたのなら、助けてあげるのは当然だ。

 もしかしたらそれはただの足手まといにしかならないのかもしれないけれど、不思議と今は私ならきっと出来ると思えていた。

 そんな中、彼が軽く振り向き私達に言ってきた。


「話は纏まったか? 残念ながらあまり時間が無い。とりあえず私は可能な限りあの影の足止めをしているからその間に成すべきことを成してくれ」


 言うが早いか、彼は地面を蹴り影のいるほうへと跳んで行ってしまった。





 魔法、か。

 黒い影へと向かっている時に先ほどの会話を思い出していた。

 その時に出てきた魔法という単語。それの持つ意味をある程度知っている身からすれば当然のように魔法を使ってほしい、と言われたことに大きな疑問を感じていた。

 魔術師にとっての魔法とは文字通り『奇跡』と言い換えられるものである。断じて易々しく使うことは出来ないし、使っていいものでもない。

 しかしあのフェレットは魔法を使えば封印できる、と使える事が当たり前のように言っていた。

 それにいま張られているこの結界はなんだというのか。このような効果を持つものなど見たことが無いし、なにより余りにも大雑把だ。

 この場所に張られている結界の効果は簡単に言えば『術者が許可した者・あるいは結界内に入る能力を持ったもの以外は入れない』という類のものだった。
 これだけならまだいい。ごくポピュラーな認識阻害の魔術とも言える。

 しかしこの結界には、拒絶された者は結界内の術者たちを認識できず、かつ直接的な影響も受けないという効果があったのだ。

 言ってしまえばこの場所でどれだけ暴れようと、一般人は万に一つも傷ついたりしないという事だ。

 さらに疑問に感じたのはこの結界の持つ秘匿への配慮だ。

 一般人に対してはなるほど、有効だろう。しかし魔術師が自らの神秘を秘匿するのは魔術に関わらぬ者のみではなく、同じ魔術師も対象になる。

 いかにもここで何事かしていますよ、と自ら風潮して回る魔術師などいない。わざわざ命取りになるような事をする酔狂な者はいないのだ。

 そう考えると、この結界は同業者への秘匿という点において余りにも無防備に過ぎた。

 このような結界など、私の知るかぎり『魔術』にはない。 

 もちろん魔術の全てを知っている訳ではないし、むしろ使える魔術は人一倍少なくはある。

 だが、それでも、無関係な者たちを一切巻き込まなくて済む便利な効果をもつ魔術を、私が知らないわけがない。

 誰よりも、そんなものを求めていた私だからこそ断言する事ができた。

 そして、それらの考えを基にして一つの仮定が浮かび上がる。
 
 ――生前とは違う平行世界、または異界か。

 一見するとありえないような話だが、この身はすでに無と同意となり唯の力として使役されるだけの守護者だ。

 掃除屋として呼び出された戦場は生前自分がいた世界ではない世界だった、という事などそう珍しい話でもない。

 時間や輪廻の輪から外れているのだ。驚くほどの事でもないだろう。

 この世界にとっての当たり前と、生前いた世界の当たり前が違うというのなら、あのフェレットの発言にも説明がつく。

 結界の効果にしても同じだ。世界が違えば自分の知らないものくらいあって当然だ。

 問題は、あの少女が何故私を呼び出すことが出来たのか、という事である。

 などと思考しているうちに影の許へとたどり着く。

 
「さて、召喚されて初めての戦闘相手がこれではたいして気も乗らないが、いまの私にはあまり余裕が無いのでな。私のマスターが来るまでの足止めとしてお相手しよう」
 
 
 思考を止めて、目の前の敵に意識を集中する。 

 彼我の距離は5メートル。

 ようやくめり込みから開放された影にしても、私にとっても、一息で詰めることができる距離だ。

 いつものように、干将・莫耶を持つ腕をだらんと下げてどんな状況にも対処できるように身構える。

 影はそれを見て好機だと思ったのか、体から触手のようなものを複数生やしたと思ったその瞬間、一気にその触手で襲い掛かってきた。 

 速度は大したものでは無い。

 それを冷静に見切り、全て避ける。その後で引き戻されていく触手たちに刃を振るう。

 剣は抵抗など微塵も感じさせず、まるで空気を切るかのように容易く狙った物を断ち切った。切られた先が霞のように消えていく。
 
 しかし、影はそんなもの意にも介さず、新しく触手を生やす。一度に出せる数こそ変わっていないがこちらの攻撃でひるんだ様子がまるで無い。

 面倒な。魔力がある限り、いくらでも出す事ができるようだ。 
 
 戦闘中に改めて目の前のモノを解析してみると、どうやら膨大な魔力で出来た結晶を核として生成されているようだった。

 ということは、このままではジリ貧。先ほどのフェレットの言葉通り封印処理でもするしかなさそうだ。

 力ずくで破壊する、という事も出来なくはないのだが、その場合核である結晶内の魔力が暴発でもしないように中身ごと消し飛ばしてしまう必要がある。

 それはいくらなんでも現状ではキツイ。世界からの魔力供給でもあれば別だが、今回は世界からのバックアップは感じられない。

 あるいは、その必要は無いと世界が判断しているのかもしれなかった。

 それからは影が腕をひっこめては突き出して、そのたびに私が避けて切り裂く。これの繰り返しだった。

 だが、避けた結果近くにあった民家や塀などが次々破壊されていってしまう。

 これはさすがに後が不味い。

 結界で人に被害は及ばなくとも、物に被害は及ぶのだ。

 これ以上無関係な人たちの家が壊れていくのを見ているわけにもいかなかった。 


「はぁ。マスターには悪いが、私がもう片を付けてしまうか」 


 そう言って動かし続けていた体を止める。

 パスから感じ取れるマスターの魔力には、いまだに何の変化も無い。

 これ以上戦闘を続けても意味はなく、なにより私にもあまり余裕は無かった。

 現状ではキツイ、とは言ったがその場しのぎの一時的な封印処理もどきなら出来る。

 あまりやりたくは無かったが投影品が剣から乖離してしまうためこれ以上の魔力消費をしないうちに行わなければならない。

 しかたが無いと思い必要な物を投影しようとしたその時。


 ――桃色の極光が、天を貫いた――


 その正体は膨大な魔力。

 影と対峙しながらもそれを見ると、光の中にマスターが驚きながら立っているのが見て取れた。

 おそらく素人である彼女自身の魔力を用いて魔法とやらを使うつもりなのだろう。

 気がつけば影も光のほうへと意識を向けてた。

 目の前にいる私のことを忘れてしまっているのではないかと思えるほど。あるいは、その光に見入っていたのかもしれない。


「どこを見ている。貴様の相手はこの私だ」 

 
 頭に浮かべていた設計図を破棄し、時間を稼ぐ事にしなおす。


“――――投影、開始(トレース・オン)”


 複数の剣が空に浮かび影へと射出される。

 剣は地面に突き刺さって影を取り囲み、上からも逃げられないような形にする。

 そしてそれは、影にとって檻の役割を果たす。

 影は檻から抜け出ようともがいているが、剣には程度こそ低いもののある程度の概念が籠っていた。
  
 干将・莫耶でたやすく切り裂ける程度の存在だ。この檻をやすやすと抜け出ることは出来ないだろう。

 何もしなくても影は少しの間身動きが取れない。

 しかし、これは一種の賭けでもある。

 召喚時の私の魔力の残量はごく少なく、宝具の投影と真名開放がなんとか二回できる程度だった。

 その状態で影との戦闘、さらには概念が籠った複数の剣の投影。

 これにより現在の魔力は極少。影を力ずくで抑えることすらぎりぎりだ。

 いまだ光の中にいるマスターの準備が終わるのが先か、影が剣の檻から抜け出るのが先か。

 準備にどのくらいの時間が必要なのか分からない以上、分の悪い賭けである。

 しかし私はマスターに命運を賭けた。

 この程度の賭けならば勝つだろう、と。
  
 いかなる要素があって、どれほどの偶然が重なったのかは分からないが英霊である己を呼びだした彼女なら、と。





 そして賭けの結果が出る。

 影は力ずくで剣の檻から抜け出して、ぼろぼろの体を修復しつつも私へと襲いかかってくる。

 それに対して、ここまでかと再び投影を成そうとした時――


「なかなかに綱渡りで肝が冷えたが、ある意味ベストタイミングだったかな?」


――――空から、桃色の流星が降ってきた。

 それは私と影の間に割って入り、両手で持っていた杖を、影の方へと水平になるように突き出す。


「Protection(プロテクション)」

 
 機械から発せられたような声と共に、薄い桃色の半透明な盾が影に向けて展開される。  

 止まる事の出来なかった影がそれに体当たりして結果、影と盾が拮抗する形となった。


「くぅ……うっ……っ……!」
  

 苦しそうに絞り出される声。

 それは先ほまで空にいた、マスターのものだった。


「Hold out your strongest hand.(利き手を前に出して)」


 ふたたび機械じみた声が聞こえ、少女は言われた通りに利き手であろう左手を前に出す。
 
 
「Shoot the bullet!(シュートバレット)」

 
 前に出された手の先に魔力が音を立てて集まっていく。

 集められた魔力は球体の形を成し、破裂するのではないかと思われるほどに高まった瞬間。


「Shoot!(撃って)」


 の声と共に集められた魔力が、影へと撃ち出された。

 弾丸となった魔力は、大気を切り裂く音を立て影に直撃する。


「はぁっはぁっ……はっ……」


 息をつく彼女の突き出された左手からは、蒸発するような音と共に白い煙が僅かに立ち上っていた。


「ほう、見事なものではないか。だがどうやら今のでは力不足のようだ」


 影は魔力が放たれた斜め上方へと押し込まれ、先ほどまでと比べると格段に小さい三つの影に分裂していた。
 
 それらは空に飛ばされ、そのまま下にあったビルや民家の屋根の上に落ちる。

 少しの間、そこから彼女を見下ろし、何を思ったのか影は三つとも同じ方向へと屋根から屋根をつたい遠のいていく。


「あ、逃げた!」


 何時の間にか、足元にあのフェレットが来ていた。

 その叫びを聞いたのか、少女は息を切らしたまま空へ向かおうとする。


「追わないと……!」


「いや、やつらの足は私が止めよう。君は止まった的を狙い打てばいい」


 声で制して残り少ない魔力を総動員し影の真上まで一気に飛び上がる。

 剣を三本、弓につがえ狙いを定める。小さくなったからか影達は存外素早い動きをしていたが、そこは自身も弓の英霊として呼ばれるもの。狙いを外す道理は無い。

 矢にした剣を放つ。それは見届けるまでも無く、当然のように狙いをその場に縫い付けた。これでしばらく奴等はただの的となる。

 民家の屋根に着地し、影達が動けない事を確認する。
 

 ――そこまでして、背後に魔力の高まり感じた。紛れも無く、それは桃色の魔力光。


 振り向き確認して、急いで斜線上から身を外す。 

 白い装束を纏った彼女が手に持っていた杖は、形を変えどこか銃を思わせる形になっていた。

 
「まさか、封印砲!?」

 
 先ほどいた辺りからフェレットの驚きの声が聞こえてきた。

 どうやら見た目通り、射撃に類するもので間違いないようだ。

 
「さて、いきなりぶっつけ本番ではあるがここが頑張り所だぞ。マスター」
 

 桃色の魔力光が、影へと狙いを定める杖の先端へ集束していく。

 先ほどの一撃より、はるかに多い魔力の高まりを感じさせたその瞬間、影に向けてそれが一気に発射された。
 限界まで引っ張られたゴムのように、勢いよく飛び出していった弾丸は影と同じ数の三発。

 弾はそれが定めであるかのように目標へと向かっていく。

 射撃にそれなりの自信がある私から見ても、それはきれいな弾道を描いていた。
 
 最初に右端にいた影に当たり。

 次に左端にいた影に当たり。 
 
 最後に、真ん中にいた影へと直撃した。

 動いていないとは言え、三対同時にみごと全弾命中。

 影たちの姿は崩れるようにして消えていった。

 
「一撃で、封印した……」


 歩いて戻ってきた私を迎えたのはフェレットの茫然とした声だった。

 このときの私には分からなかったが、彼女が行ったのは、遠距離からによる大魔力を用いての強制封印。

 たった今初めて魔法を知った人間が出来る事ではないものだった。

 いくら優秀なデバイスが付いていたとしても、驚きの光景である。
 

「なんというか、出鱈目だな」

 
 とりあえず私は、今魔法を知ったであろう少女の魔力の高さと、射撃のレベルの高さから思わず声を出していた。

 どうやら此度のマスターも、自分には似合わないほどの優秀さを持っているようだった。

  










[24797] 第二話 今、私にしか出来ないこと
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2011/06/17 18:19


 張られている結界の影響か、異常なまでの静けさに包まれている住宅街。

 その中の最も高いビルの屋上で、青いひし形の宝石が三つ、宙に浮いている。

 そこに二人、赤い外套を着る青年と、杖をもち白いバリアジャケットを纏う少女が立っていた。










         今、私にしか出来ないこと










 目の前で浮遊する三つの宝石を見つめる。

 先ほどマスターの遠距離からによる高魔力砲によって封印されたもの。

 暴れていた黒い影の元凶なのだろうそれは、不気味なほど静かに宙に浮かんでいる。

 
「さて、こうして無事にあの影を止める事が出来たわけだが」


 言いつつ振り返り、後ろにいるマスターへと声をかけた。


「まずは、よくやった。魔法を使うのが初めてだというのに大したものだ」


 素直な感想を一つ。

 もちろん至らない点は多い。    

 たとえば遠距離による砲撃を外しなどしていれば、最悪の結果が待っていた。

 その最悪に対し、何の準備していなかったのは大きなマイナスだ。

 なれない戦場においては、常に最悪を想定して動くくらいでちょうどいい。

 だが、それはこの場で言うような事ではない。

 彼女はいきなり魔法と関わりを持たされて、戦いの中に放り込まれたのだ。

 酷評など、言っても仕方が無いだろう。


「あ、ありがとうございます。でも、ほとんどこのレイジングハートのおかげですから」


 手に持つ杖へと視線を向けて答える少女はどこか控え目だ。

 自分の手で解決した、と自惚れていない以上、いよいよもう私に言う事は無かった。

 
「そう謙遜することはない。これは間違いなく君にしか出来なかった事だ。もっと胸を張ればいい」


「そう、かな。そう言ってもらえるとうれしいです」


 はにかみ少し照れながら少女が言う。

 人を褒める、という事にあまり慣れていなかったのだが、無理をしてでも言って良かった。

 やはり、子供は笑っている顔が一番だ。


「っとまだ名前を聞いていなかったな。私の名は……エミヤだ。君達は?」


 少しばかり考えて、真名を口にする。

 本来なら英霊が自身の名を言う事など無い。

 歴史に名を刻む彼らは、その人生をほとんどが後世に伝えられてしまっている。

 その行いも、当然苦手とするもの、致命的弱点になるようなものでさえも。  

 だからこそ名を言う事など無い。

 名を知られるという事はつまり、生前の行い全てを知られるに等しいのだから。

 だが、まあ自分の場合は問題ないだろう。

 後世に語り継がれるような行いなどしていないし、この世界ではそもそも私が存在していたのかどうかも怪しいのだ。

 唯一魔力抵抗が低い事による心配はあったが、それよりも偽名を名乗るほうが憚られた。

 彼女には、多大な恩があるのだから。

 
「私はなのはです、高町なのは」


「僕はユーノ・スクライアです。ユーノが名前でスクライアが部族名です」

   
 足元からも声が上がる。

 先ほどまで私の隣にいたフェレットだった。

 しかもこのフェレット、使い魔か何かだと思っていたのだがどうやら違うらしい。

 先ほどさりげなく解析してみたところ、魔法によって姿かたちを変えているのが分かった。

 本来の姿はおそらく人なのだろう。

 部族名などがある時点で確定である。 


「あの、出来ればジュエルシード……いや、そこにある宝石を早くデバイスに保管したいんですけど……」  


 私がいきなり黙ってしまったからか、ユーノが控え目に言ってくる。
 
 
「いや、その前にこれの事について詳しく知っておきたい」


 そう言いつつ宙に浮く宝石へと手を伸ばす。

 人差し指の長さ程も無いそれを一つ掴み、解析を始める。

 その間、なのは達は初々しい会話に花を咲かせていた。


「えっと……高町さん」


「なのは、でいいよ。ユーノくん」


「それじゃあ……なのは。さっきはありがとう。突然だったのに、僕のお願いを聞いてくれて」

 
「ううん。助けてって、言われたんだから。助けられる力があったら、私は迷わず助けるよ」


「そっか……。うん、それでも、ありがとう」


「ふふっ、どういたしまして」

 
 解析を終えて一息つく。 

 なのはとユーノの会話が一区切りついたのを見計らってから、声をかけた。


「ユーノ、この宝石は一体なんだ?」


「それは……ロストロギアと定義される物の一つ。ジュエルシードという『願いを叶える石』です」


「願いを叶える……? でも、それならどうしてあんな事になったの?」


「あの影はジュエルシードの異相体。ジュエルシードは、生命体や特定の無機物を自身の駆動体へと変質し暴走させてしまう性質があるんだ」


「それじゃあさっきの影は、ジュエルシードが暴走しちゃってたって事なの?」


「うん。その認識でいいと思う」


「なるほど、な」


 解析を終えているそれを再び宙へと浮かび上がらせる。

 
「これはほとんど魔力によって構成されたエネルギー結晶体だな。そこにほんのおまけ程度に願いを叶える為であろう術式……というかプログラムのようなものがある。
 これの影響で、このエネルギー結晶体はややこしい代物へと仕立て上げられているのだろうな」


「そんなことを、触っただけで解るんですか?」
   

 私の意見を聞いてユーノが驚きの声を上げる。

 どうやら魔法にはそういう技術はあまり無いようだ。


「まあ、な。私に許された、数少ない魔術だよ」


「魔術……? 魔法じゃなくてですか?」


「ああ、魔術だ。いや、この話は後でいいだろう。今は……」


 ユーノは魔術について知りたがっているようだったが、無理やり話の方向をずらす。    

 今は、それより試してみたい事がある。


「何ですか?」

 
「じつは……ジュエルシードを使って、保険をかけておきたい」


「保険? いや、それよりジュエルシードを使うんですか!? それはダメです! いくら封印したとはいえ暴走する危険があります!」


「ああ、そういう訳ではない。私も、ジュエルシードを願望機として使う気はさらさら無い」


 そう、それ以外の使い方。

 これほど魔力を内包しているエネルギー結晶体だ。

 有効に使う術はいくらでもある。


「でも、それなら何に使うんですか?」


「とりあえずその前に……マスター、私との間にあるパスを認識できるか?」


「え、わ、私のことですか? えっと、パス?」


 いきなり話を振ってしまったからか、なのはが戸惑いながら答える。

 
「そうだな……。自分が何かと繋がっている感覚、でもいい。なにか感じないか?」


「繋がってる感じ……あ、あります。なんだか少し引っ張られるみたいな……」


「それだ。その感覚が私と君との間に作られているパスだ」    

 
 引っ張られる、というのはおそらく霊的存在としての格の差からくる物だろう。  

 英霊であるこの身に、人間のなのはが引っ張られてしまうのはどうしようもない。こればかりは我慢してもらおう。

 
「それは私がなのはの使い魔である証だ。いまからこれをジュエルシードを使って少しでも補強しておきたい」


「使い魔の証……。あっ、パスって魔力リンクの事だったんですか」


「魔力リンク? 君たち魔導師、だったか、はそう言うのか?」

 
 ユーノが言った呟きに疑問を投げかける。

 どうやらこちらの魔導師とやらにも使い魔はいるらしい。
  

「はい。通常使い魔、魔導師によって生成される魔法生命体は主と魔力リンクが繋がっていて、それを通して魔力供給を受けているんです」


「ああ。パスもそれと似たような物だ」


 というよりも言い方が違う、というだけに近いだろう。

 憶測でしかないのだが。


「でもそれを補強するというのは?」


「私がこの場所に呼び出された時のこと、覚えているか?」


「えっと、私が言った助けてって言葉に呼ばれたんですよね」


「うん。たぶん僕があらかじめ封印していたジュエルシードが、なのはの願いを叶えたんだと思う」


「そうだろうな。私の見立てではもっと多くの要因が働いているのだと思うが……今は置いておこう。
 ユーノが言ったように、私はジュエルシードによってこの場所に来れた。だが、随分と乱暴な方法だったようでな。
 なのはと私の間に繋がるパスが、今にも消えてしまいそうなほど弱いのだ」
 
 
「えっ!? それってかなり不味いんじゃ……」


「そっ、そうなんですか?」


「ああ。正直に言うと、私はパスが切れてしまうと元いた場所に強制的に引き戻されてしまうのでな。かなり不味い状況だ」


「それでジュエルシードで補強する、というわけですか……」


「そういうことだ。ジュエルシードに願いを懸けるのではなく、純粋な魔力としてパスに溶け込ませる。そうすれば暴走する事も無いだろう」


「確かにそうですが……。でも、ジュエルシードの願いを叶えるためにあるプログラムはどうするんですか?」


 そう、そこが問題だ。

 これをそのままにしてパスに溶け込ませるのは少々危うい。

 何が起こるか、いまいち予想できない。

 なら、せいぜい有効に利用させてもらおう。


「そのプログラムはある程度の魔力と共に凝縮して、パスを利用して、願いがなのはから私にのみいくよう固定する」


「でも、それだとエミヤさんが危ないんじゃ……」


「いや、それは君の願いしだいだ」

  
 なのはの言葉にかぶせる形で否定の言葉を言う。


「どういうことですか?」


「そうだな。たとえば、君が私に全力で走ってほしい、と願うとプログラムと共に凝縮した魔力が私へと流れ込み、身体能力の水増しを行う。
 さらに、私を今すぐ近くに呼び出したい、と願えばパスを頼りに、大量の魔力任せの強制的な召還を行うこともできるようになる」


「なるほど……。でも、そんな大量の魔力が流れ込んでも大丈夫なんですか?」


「いや、さすがに限度はある。そのための魔力量も調整するつもりだ」


 この案は聖杯戦争の時の令呪を参考にしたものだ。

 あれと比べると大雑把で性能は悪いが、その分魔力はこちらのほうが上だ。

 力任せの物になるが、それなりに使える物になるだろう。
 

「暴走は絶対に起こさないと誓おう。それでどうだ、ユーノ?」


「そこまで考えているのなら、かまいませんよ。もともと僕の物というわけでもないですし、封印できたのはエミヤさんとなのはのおかげですから」


「なのはも、これをしてしまえば私は正式に君の使い魔になってしまうが、かまわないか?」


「そうしないとエミヤさんは消えてしまうんですよね? だったら構いませんよ。それにエミヤさんは私を助けるために来てくれましたから。
 いまさら嫌だなんて言いませんよ」


「ああ、ありがとう」


 そうだな。この身は、君の助けを呼ぶ声に引かれて来たのだった。

 なら、君を助ける事だけが私の存在理由だ。

 まだ君に危険が降りかかる可能性が大きい以上、私が消えてしまうわけには、いかないだろう。

 
「では、具体的な調整をしよう」


「えっと、ジュエルシードの魔力をパスの補強と、プログラム対策用に使う分とに分けるんですよね」


 ユーノがすかさず的確な案を出してくる。

 だが、そこにもう一つ、付け加えるものがある。


「それと、ある程度の量の魔力を、今ここで私に取り込ませて欲しい」 


「あ、そっか。なのはからの魔力供給を行うより、ジュエルシードから取り込んだほうが効率的ですよね」


「なのはも今日初めて魔法を使ったからな。これ以上の魔力消費は控えたほうがいいだろう」


「それなら、どれくらいの対比で魔力を振り分けるんですか?」

 
「そうだな……パスの補強に5、私に対するなのはの命令権に4、私が取り込む分の魔力に1、と言ったところか」


「ジュエルシードは三つとも使うつもりですか?」


「ああ、できれば多いほうがいい。とは言ってもさすがに四つ以上は、多すぎて逆に危険かも知れんからな。これ以上はしない方がいいだろう」


 ジュエルシード四つで補強したパスなど、下手をすれば目視が出来るほどの、魔力が多すぎる状態になりかねない。

 何事も過不足無く、程々に。

 世の中、欲張りすぎるとろくな事が無いのだから。


「では、なのは」


「ふぇっ、あ、はい!」


 先ほどから置いてけぼりのなのはを呼んで、ついに実行する準備を始める。

 再びジュエルシードを一つ手に取り。


「ではなのは、左手を手のひらを下にして出してくれ」


「はい」


 こちらに小さな手が差し出される。

 その手を傷つけないよう、慎重に取る。

 そこにジュエルシードを近づけていく。

 なのはとユーノは固唾を呑んでそれを見守っている。
 
 それを視界に納めながら、イメージする。

 あの戦争で、己の左手に宿した聖痕を。

 決して忘れる事の無い彼女と、未熟だった自分との間に確かにあった、絆の形を――

 そして、なのはの小さな手にジュエルシードを押し込む!!


「うっ……!!」


 小さく、なのはが呻く。

 その声音は、痛みを耐えるような響きを持っていた。

 だが、弱音も何も言わなかった。

 だからこそ、そのまま何も聞こえなかったように残りの二つも同じように押し込んだ。




 
「大丈夫か? なのは」


 少しだけ乱れている呼吸を整えているなのはに、声をかけた。 
 
 こういう時、声をかけることしか出来ない無力さが、嫌になる。


「はい。ちょっと痛かっただけで、大丈夫です」


 なのはは笑いながらそう言ってきた。

 強い子だ。

 私は出来る限り優しく、慣れない手つきで、なのはの頭を撫でた。


「なのは、本当に大丈夫?」


「うん。大丈夫だよユーノくん。左手だって、ほら……え?」


 そう言ってユーノに見せたなのはの左手には、剣と鞘をモチーフとした模様、令呪が刻まれていた。

 



 高町なのはが、英霊エミヤの新たな主になった瞬間だった。












[24797] 第三話 手に入れたモノ
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2011/10/01 01:50




 少女はその夜、自身の運命を変える二つのものを手に入れた。

 一つは『魔法』それは、少女を空へと導く翼の名前。

 一つは『騎士』それは、少女の願いを叶える守護者の名前。










          手に入れたモノ








 
「さて、ユーノ。これで全ての工程が終わったわけだが、君から見て何か問題はあるかね? ジュエルシードの暴走の心配などは無いか?」


 二人してなのはの左手に刻まれた令呪を見ているところに声をかける。

 私から見るかぎり全て問題なく終わっていた。

 令呪も見た目そっくりに、なのはの手に焼き付いている。

 しかし確認作業というものは必要だ。

 分かっているつもりでも、意外なところに落とし穴があったりするのだ。

 そうでなくとも、私は『魔法』とやらの事は何一つ解らない。

 もしかしたら、魔術師である自分では気付けない、『魔法』を使う者にしか分からない異常が有る可能性もゼロではないのだ。

 
「そうですね…………うん、これといった問題は無いと思います。ジュエルシードも、魔力リンクの中にしっかり溶け込んでるみたいですし。
 暴走したりする気配もまったくありません」
 

「そうか。ならこれでひと段落ついたな」


「じゃあ、結界も消してしまいますね」


「あ、やっぱりそういうの張ってたんだ」


「なんだ。なのはは結界の事を知らなかったのか?」 


「うーん。知らなかったんですけど、なんとなく変な感じはしたし、人も全然見かけないし、変だなぁって思ってはいましたね」


 どうやら理解出来ていなかっただけで、結界の事はちゃんと感知していたようだ。

 ついでだ、気になっていた事を確認しておくか。


「それは『魔法』を初めて使った時よりも前から感じていたのか?」


「はい。レイジングハートを使ってセットアップする前から感じてました」

 
 レイジングハートにセットアップ、ね。

 よく分からない単語が出てくるが、聞き始めると終わらなくなりそうなのであえてスルーを選択する。


「そうか。ユーノ、なのはのように魔法の素質があるものなら結界に自然と気付いてしまうものなのか?」


「そう、ですね。結界なんて隠せる物ではないですから。少しでも魔法を使う素質があれば気付くと思いますよ」    


 いや、おそらく魔法の素質が無くともある程度勘の良い者なら気付ける。

 結界の効果で干渉出来ないのが救いだ。これが無ければ結界内に、魔法を使えない一般人が入り込んでしまっていただろう。

 それほどまでに、この結界は存在が分かり易い。  

 魔術と違って秘匿性が低いのだろう。

 魔術師の結界など、いかに気付かれないように張るかが重要だというのに。

 それを、ユーノいわく結界は隠せるよう物ではない、だ。

 どうやら、魔術と『魔法』は在り方からして大きく異なるらしい。

 これは早急に魔法の事をよく知る必要があるな。

 知らない、というのはそれだけ危険を孕んでしまう。

 理解できない物ほど、恐ろしい物は無いのだから。

 
「なるほどな。まだいくつか聞きたい事があるのだが……今日はここまでにしよう。なのはもそろそろ家に帰らないと不味いのではないか?」


「うっ。……そうですよね。こんな時間まで外に出てちゃいけないですよね」


 子供がこんな時間まで外に出る事が非常識だという事は理解しているらしい。

 質問に対する反応は、悪戯が見つかった時のそれだった。


「そうだぞ。なのはのように小さい女の子がこんな時間に外を出歩くのは危険だ。帰りは私に任せてもらおう」


「えっ? それってどういう意味で……ってきゃあ!」


 なのはの肩から腕にかけて片腕を回し、ひざの下から差し入れたもう片方の腕で足を支えて持ち上げる。

 俗に言うお姫様だっこの形だった。

 ちなみにコツは腕の力で持ち上げるのではなく、腰の力で持ち上げること。

  
「な、何をするんですかぁ!?」


 羞恥の為だろう顔が真っ赤だ。

 そして私がした事に対する驚きも含まれている。

 驚き3、恥ずかしさ7、くらいの割合だろうか?


「いや、この方法なら君を夜の街に放り込むことにもならないし、何より君に負担がかからない」


「そ、それはそうですけど別に私そんなに疲れてるわけじゃないし、自分で歩けますよ! というか、逆に負担になります!」


「ユーノ、君は私の肩の上に乗れ」


「え、あ、はい」

  
「聞いてますか!?」 


 顔を真っ赤にしたマスターの姿に、もっとからかいたい気持ちが湧いてくる。

 子供というのは良いものだ。

 感情を素直に表すし、何より可愛らしさが分かりやすい。


「おや、私はマスターの事を想ってやっているのだが……お気に召さなかっただろうか? それなら仕方ない。小脇に抱えて行くとしよう」


「私を降ろすという選択肢は無いんですか!? しかも小脇って!!」


「失敬な。私に大切なマスターを夜の街に放り込めと言うのか。それともなにか、君も女性だからな。自分の体重が気になったりするのかね?」


「違います!! 私、気にしちゃうほど重くないです!!」


「そうだな。抱きかかえているから良く分かる。君の体重は身長に対して至って平均的だ」


「うにゃぁ~~~~!!」

 
 涙目になったなのはに胸を両手で何度も叩かれる。

 もっとも痛みは全く感じないのだが。

 照れ隠しにガンドが飛んでくる危険があった時とは大違いである。

 
「いや、すまないマスター。少々からかいすぎた」


「まったくです! 女の子に体重の話をするなんてデリカシーが無いにもほどがあります!」


「くっ、すまない。確かに女性に振る話では無かったな」


 私の皮肉気な笑みが気に食わなかったのか、なのはは頬を膨らませていかにも不安です、と言った表情を見せる。

 それがまた可愛らしく、からかいたい気持ちが再び湧きあがってくるが、さすがにもうやめておこう。

 これ以上は後が怖い。


「まあ、冗談はこれくらいにして、実際君の体はかなり疲労しているはずだ」


「え……? いや、そんなこと無いですよ。さっきも言ったように歩いて帰れますよ?」


「いや、それは君が自分の体の疲労をしっかり認識できていないからだ。初めて魔法を使い、私との間に強引な方法でパスまで作った。
 君の体は今まで使った事の無い力を使ったのだ。間違いなくその影響が疲労となって出てくるだろう」


 そう、初めて魔法を使う、ということは今まで使われる事の無かった筋肉を急に使ったようなものだ。

 当然、そんな事をすれば筋肉繊維は傷つき筋肉痛になる。

 魔力を用いるとそれが疲労という形で出てくる。

 その上ジュエルシードによるものだとはいえ、人より霊的に格上の英霊とパスを結んだのだ。

 倒れて意識を失っても不思議ではない。


「とにかく無理はしない事だ。ここは私に任せてくれ」


「……はい。えっと、お願いします」


 私が本気で心配しているのが分かったのだろう。

 素直にうなずいてくれた。


「では、道案内を頼むぞマスタ―。念のため、落ちないよう私にしがみつくように」    


「うぅっ……はい! お願いします!!」


 吹っ切れたのか、恥ずかしさがぶり返したのか、私の胸にしがみつくなのはの顔は再び赤く染まっていた。










 夜にまぎれて跳躍しながら進む事数分。

 抱えられながら道案内をして、ようやく家の近くまで着いた。

 
「こ、怖かった~」


 エミヤさんの腕から降ろされながら出たのは、とっても情けない声だった。 

 
「何を言っているのだ君は。先ほどは魔法を使って自分で空を飛んでいたというのに」


「私が飛んでた時とは速度が段違いでしたよ!」


 思わず怒鳴っちゃったけど考えても見てほしい。

 時速数十キロの速さで跳んだり落下したりを繰り返していたのだ。

 それも魔法を使って飛んでいたときとは段違いの、とてつもない勢いの風を叩きつけられながら、だ。

 安全を保障されていないジェットコースターに乗るようなものだと思う。

 
「なのは、大丈夫だった?」


「う、うん。なんとか……」


 ユーノくんの心配そうな声に返した言葉には疲労感が多分に含まれていたと思う。

 いつの間にか戻っていた私服姿を確認しながら、気持ちを落ち着かせる。

 とりあえず、家に帰ろう。

 そう思って、ふと気になる事が出来てエミヤさんに尋ねる。

 
「あ、エミヤさんの事、お母さんやお父さんになんて言おう」

 
 すっかり忘れていた。

 家族みんな、いきなり私が知らない人を連れてきたら困るだろうし、何かしら理由が無いと……。

 
「その点は心配しなくてもいい。私の事を君の家族に言う必要はないさ」


「でもエミヤさんも私の家に来るんですよね? それなら理由を考えないと」


「いや、私は君に接する事さえできればいい。わざわざ家族に紹介しなくても君の部屋にこっそり忍び込ませてもらうよ」


 いや、そんな泥棒みたいな入り方しなくても。

 それに家のセキュリティは万全だ。

 そんなに簡単に忍び込めないと思うんだけど……。


「なに、心配いらんよ。とにかく私は先に君の部屋で待っていよう」


 むぅ……。少し納得できないけど言ってても仕方ない。

 とりあえず言われた通り早く家に帰ろう。

 
「じゃあユーノくん、行こっか?」


「うん。お願い」


 ユーノくんを抱え、家の方へと歩き出した。





 今、私は新たな主であるなのはと共に、なのはの自宅へと徒歩で向かっていた。

 とはいってもすぐそこだ。

 万が一にも見つからないように人の気配のしない場所に降りたのだが、そのせいで少しばかり遠回りするはめにはなったが。

 ちなみにユーノはなのはの腕の中。

 だいぶ無理をしていたのか、ユーノは自力で歩けない程度には疲労してしまっていた。

 少なくとも、なのはより疲労度は上であろう。

 しかし、それはそれ。これはこれだ。

 ユーノが人、それもおそらく声の感じから、なのはと同年代くらいの男の子だと当たりをつけていただけに私が持つと言ったのだが……。


「私が抱えて行きますよ」

 
 と断られてしまった。

 その時のなのはのユーノを見る目は、小動物を可愛がる女の子そのものだった。

 はたして、なのははユーノが本当はフェレットではなく人間だということに気付いているのだろうか。

 そんな道中。

 もう目の前、というところまで来たとき、なのはが呟いた。


「お父さんとかに見つかったらどうしよう」 

 
「……何の事だ?」


 いきなり随分と思いつめた声で言われたため、一瞬反応が遅れてしまった。


「いや、この左手にできた令呪、でしたっけ、を家族に見られちゃったらどうしようかと……」


「ああ、なるほど。そういうことか」


 遅い時間にまだ幼い娘が帰ってきて、しかもその手に刺青のようなものが入っていたら大騒ぎになること間違いなしだ。

 かといって、それがあるのは利き手の甲。

 隠そうと思っても隠せるような場所ではない。

 食事時など一撃でアウトだ。

 焦って当然である。

 
「安心しろ。令呪は見えないようにすることが出来る」


「どうやってですか?」


「それは、こういう風に……ほら」


「あっ、本当だ。消えちゃった」 


 それを見ていたユーノが、なのはの腕の中からひょっこり顔を出してくる。


「今のって、どうやったんですか?」


「いや、単純に私となのはを結ぶパスをギリギリまで閉じたのだよ」 


 これがまた、思わぬ誤算というか、幸運というか。

 ジュエルシードによって作られた令呪は、パスに溶け込ませる事によってできた物。

 その影響か、令呪は私となのはの間にあるパスの中継役としての役割を担っていたのだ。

 それをなのはとユーノにも、分かりやすく噛み砕いて教える。 

 
「それがどういう風に関係してくるんですか?」

 
 ユーノからの質問に、憶測だが、と前付けして説明する。


「なのはの手に宿った令呪は、私となのはとのつながりの強さを表していると解釈すればいい。
 パスを開けていれば、私となのはとのつながりは強くなり、令呪は目視が可能な状態となる。
 逆にパスを閉じて、私となのはのつながりが弱くなれば、令呪は薄れ、見ることが出来ないようになる、と言う事だ」  


「でも、エミヤさんはパスが閉じたりしちゃってたら危ないんじゃ……」


「確かに完全に閉じてしまえば不味い事になるが、そこまでする必要は無い。
 今のように、私の魔力が十全にあり、魔力供給を必要としない状態であれば何の問題も無いさ」 


 だから安心しろ。

 不安そうに、こちらを見上げてくるなのはにそう言った。

 そうこうしている内に、高町と書かれた表札のある和風じみた家を確認する。

 なのはの家族構成は、父、母、兄と姉が一人ずつの計5人家族なのだそうだ。

 それにしては随分と広い土地を持っているような気がしなくも無いが。

 もっとも、そんな事を言い出したらこの家より広い屋敷に、実質一人暮らしをしていた自分はどうなるんだ、という話である。

 そしてたどり着いた高町家。

 目の前の玄関にあるの戸の向こう側に、二人ほど人の気配がしていた。

 それをなのはに言おうとしたのだが、時すでに遅し。

 なのはは人の気配に気付いた様子も無く、私に一声かけて向こう側へと行ってしまった。

 数瞬の後、聞こえる悲鳴。

 私のことや令呪のことよりも、家族に対する言い訳を考えておくべきだったな、マスターよ。

 ちなみに気配を感じてからなのはが行ってしまうまで、実際にはそれなりの時間は有ったのだが、あえて言わなかった。

 この困難を自力で乗り越えられる力をつけて欲しい、という気持ち。

 どれも等しくマスターを思ってのことである。





 お姉ちゃんたちにユーノくんともども見つかり、事情聴取ののちユーノくんを飼う事になった。

 ひと段落ついたところで私はお風呂で素早く汗を流し、自分の部屋へと入る。


「ああ、遅かったな。と、なるほど風呂に入っていたか」


 そこには、赤い騎士が腕を組んで佇んでいた。


「……エ、エミヤさん。いつの間に入ってたんですか?」


「先ほど言っただろう? 君の部屋で先に待っていると。ちなみに君の部屋が此処だと解ったのは扉に君の名前が書かれた名札が掛かっていたからだ」   


「でもどうやって入ってこれたんですか? 家、結構セキュリティとか厳しかったと思うんですけど」


 お父さんやお兄ちゃんはすごく鋭くて忍び込むのは難しいと思うんだけど……。 


「ああ、それは少しばかり特殊な方法を使わせてもらった。どれだけセキュリティが優れていても素通りできる方法を、な」


「それってどんな……」


 方法なんですか? と訊こうとしてエミヤさんに手で制止された。


「それについて説明するのは少々時間がかかりすぎる。詳しい事はすべて明日にしよう。君はもう寝ると良い」

 
 言われるままにベッドへ座る。


「でも、エミヤさんはどこで寝るんですか?」


「私は寝る必要など無いのでな。この家の屋上でジュエルシードを警戒しながら待機しているさ」


 天井を指差しながらあっけらかんと言う、エミヤさん。

 眠らなくていい、なんてそんな。

 仮にそうだったとしても、夜通しそんな事させられない。

 それを言うと。


「なに、私にそんな心配は無用だ。ところで、ユーノはどうした? 姿が見えないが」


 話を強引に変えられた。

 納得いかないけど、これ以上言っても応えてくれそうになかった。    


「ユーノくんはお姉ちゃんに捕まっちゃってて、たぶん明日まで放してくれないと思います」


「なるほどな。まあ、ユーノには耐えてもらおう。君は早く寝たまえ。これ以上起きていると明日に響く」


「私そんなに疲れてないと」


 思うんですけど。そう言おうとして急に睡魔に襲われた。

 あれ? なんでこんなに眠く?


「言っただろう。君の体は君が思っている以上に疲れていると」


 言いながらエミヤさんは、座っていた私を横たおらせてから布団をかけてくれる。

 その間、私は全く抵抗できず、為されるがままになっていた。


「明日からジュエルシード集めも始まるのだ。今はゆっくり体を休めろ」


 瞼が落ちる。

 意識が白く、消えていく。

 でもその前に、とにかく一言だけ。
 
 
「おやすみなさい」


 気合でその言葉を伝える。

 随分と小さな声になってしまって、ちゃんと聞こえたか不安になったけど、どうやら大丈夫なようだ。


「ああ、お休みマスター。良い夢を」


 聞こえたのはぶっきらぼうで、でもどこか包み込むようなやさしい声。

 その声を聞いて、私は完全に意識を手放した。






 



 高町家の屋根の上。

 そこで霊体化して佇む。

 深夜を回り静寂に包まれた住宅街を見つめながら、物思いにふけっていた。

 自分は、何の冗談か、再び確固たる自意識をもって現界してしまっている。

 世界に呼び出されたわけでもなく、聖杯に引かれて召還されたわけでもない。

 一人の少女の、助けを求める声に引かれて、だ。

 その少女を守るためにと決意して、私はここに居る。

 だが、少しばかりの不安もあった。

 いまさら自分が誰かの為だけに存在できるのか、と。

 衛宮士郎が一人の為だけに生きるという事は、自らの理想を捨ててしまう、という事だ。

 そんなこと、出来るものか。

 考えるまでも無い。

 いくら理想を否定したところで、体は勝手に理想へと歩みを進めてしまうのだ。

 ただのくたびれた義務となっているそれに、自分はいまだに縋り付いている。 

 本来、英霊とは不変の存在だ。

 表面的にいくら変わったところで、その奥深く。

 根本的には、生前と何も変わっていない。

 そして、『正義の味方としてでは無い衛宮士郎』が接する事が出来るのは、一人しかいなかった。

 その一人を選ばなかった自分が、いまさら一人のために生きていく事など出来るものか。

 



 しかし、それでも。

 自分の願いを叶えてくれたなのはの為に、とそう思う。

 その思いは意味がない事かもしれない。
 
 どんなに逆らったところで、どんなに否定したところで、残り続けている感情。

 一人でも多くの人々を救うという考え。

 いくらひねくれようと、変わってくれないその想い。

 だが、それでも。


「頑張っていくさ。そう誓ったのだから」


 力強く自分の気持ちを口にする。

 ああ、せいぜい頑張っていくとしよう。

 どんな結果になっても後悔が無いように。

 何もかもが終わった後で、なのはが笑っていられるように。










 そして彼のマスターは、一人の少女と出会う。

 そこから、物語は始まる。

 それは、出逢いの物語。












[24797] 第四話 出逢いは戦い
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2011/10/01 01:50









出逢いは戦い










 ……ずいぶんと深く眠っていたような気がする。

 こんなに熟睡したのは初めてかもしれない。

 エミヤさんが言っていた通り、私の体はくたくたに疲れ果てていたんだろう。

 んーっ、とベッドから起こした体を伸ばす。

 ふぅ。とひと段落ついて、さあベッドから出て着替えようと思ったその時。 


『おはよう、マスター。良く眠れたかね?』


 いきなり、頭の中で声が響いた。


『うにぁぁああああ!! なに!? なにこれ!?』


 寝ぼけた頭に予想外の刺激。

 盛大な驚きを口に出さず、心の中だけに止められた自分を褒めてあげたい。

 
『そこまで驚く事は無いだろう。これは私と君との間に繋がるパスを利用した念話だ』


『い、いやいやいや! 何の前触れもなく頭に声が響いたら誰だってびっくりしちゃうと思うんですけど!』


 心の中で言い返す。

 さすがに昨日の事で、大抵の非常識な事を受け入れられるようにはなったと思うが、不意打ちにはまだ弱いです。

 それを知ってか知らずか、エミヤさんは理解を示してくれた。

 
『ああ、君が魔法を使ったのは昨日が初めてなのだったな。頭の中に声が響く、くらいではもう驚かないと思ったのだが。
 どうやら私の配慮が足りなかったようだ。すまなかったな、なのは』


 なぜだろう。

 謝られているのに気持ちが晴れないというか。
 
 声だけで判断してるけど、エミヤさん笑ってません?


『……いえ、一応ユーノくんの声を、さっきみたいな感じで昨日聞いたんですけど……』


『なにか違いでもあったのかね?』


『えっと、なんて言うか……感覚が違う、みたいな』


 昨日、頭に響いたユーノくんの声も似たような感じだったが、それとはまた別なような感じがする。

 なんと言うか。

 深いのだ。言葉が伝わる場所が。


『ふむ……。ユーノやなのはが使った魔法での念話は、今使っているパスを利用した念話とはまったくの別物だからかもしれないな』


『そうなんですか?』


『そのあたりの説明は時間があるときに。具体的には今日の学校が終わった後に、だ』


 あ、そう言えば。

 そろそろ準備を始めないと。

 のんきに話していられるほど、朝の時間に余裕は無い。


『そ、そうでした。っと私が学校に行っている間、エミヤさんはどうするんですか?』


 ユーノくんは家に居られるからいいけど、エミヤさんはどうするのだろう。

 私の部屋にまた入ってもらって、学校が終わるまで待ってもらおうか。


『私はなのはが通っている学校の近くで待機しておこう。いろいろと調べたい事もあるしな。何かあったら今のように、心の中で私に話しかけてくれればいい』 
 
   
『はい。分かりました』


 訊きたい事はたくさんあるけれど、今は我慢しよう。
 
 学校から帰ってきてから思う存分、ユーノくんも加わって話せばいい。

 そう思いながら私は身支度を整え、部屋を後にした。





「なのは、変なこと訊くようで悪いんだけど、昨夜なのはの部屋に誰かいなかったか?」


「えっ!? そ、そんなことないよ? 私、お風呂から上がった後すぐに寝ちゃったし」


 お父さんからの質問に緊張で体が硬くなる。

 な、なんで分かったんだろう。

 声とか聞こえちゃってたのかな。


「そうか。少しなにかの気配を感じたような気がしたんだが……気のせいだったか」


「あはははは……」


 気配って。

 漫画やアニメの中だけの物だと思っていたんだけど。

 いや、魔法があったくらいだから気配を感じられるくらい出来るのかな?

 なんにしても、私のお父さんは、気配を感じ取れる人でした。





『なのは、聞こえる?』


『ユーノくん? うん。聞こえるよ』


 ユーノくんからの念話は授業中に届いた。

 それにしても本当にエミヤさんのとは違う。

 なんでなんだろう?


『今、大丈夫?』


『うん。大丈夫だよ』


 本当は授業中だからダメなんだけど。

 今はユーノ君の話に対する好奇心が勝り、つい頷いてしまった。

 授業より大切な物が、きっとあると思うんです。


『あ、それとエミヤさんがどこにいるか知らない? 僕が念話を送ろうとしても見つからないんだ』


『うん。分かった。私からエミヤさんに話しかけてみるね』


 学校の近くいるって言っていたから、ここから念話を送っても届くよね。

 ユーノ君から意識をはずして、エミヤさんに心の中で話しかける。


『エミヤさん? 聞こえますか?』 


『どうかしたか、なのは』


 思ったとおり、エミヤさんの返答はすぐにきた。

 でも。

 
『あれ? ユーノくんがエミヤさんを見つけられないって言ってたのに』


『ユーノが私を探していたのか?』


『はい。念話を届けたいって』


 ユーノくんは私に念話を届けられたのに、近くにいたエミヤさんは見つけることすら出来なかった、というのはどういう事だろう。


『おそらく、ユーノの念話は私には届かないのだろうな』


『そうなんですか……。なにか方法はないんですか?』
 

『いや、あるさ。なのは、今からパスを開く。左手を誰かに見られないように隠しておけ。そうすれば君が仲介役となって、私にもユーノの念話が届くようになる』


 なるほど。

 ぜんぜん分からない。

 あとで詳しく聞いておこう。 


『はい。……いいですよ。お願いします』


 左手に右手を重ねて、令呪が浮き出ても見えないようにする。 


『ユーノくん。聞こえる?』


『うん、なのは。聞こえるよ。エミヤさんの方はどうだった?』


 そのとき、パスを通じてエミヤさんから声が聞こえてきた。


『ユーノ。私だ。ちゃんと届いているか?』


『エミヤさん。すみません、何度か念話を届けようとしたんですけど出来なくて』


『いや、そのあたりは私に問題がある。今、こうして話しているのもなのはを間に挟んでいるからこそだ。
 今度から私に念話を届けるときは、まずなのはに送ってくれ』


『それって、どうやっているんですか?』


『先ほどなのはにも言ったが、パスを利用してだ。厳密にはなのはが受け取った念話を、パスを通して私にも届かせている、といったところだな』


 ほぇ~。なるほど。

 パスっていうのは随分と便利な物らしい。  


『それで、どうしたユーノ?』


『実は、昨日言えなかった僕の事や、ジュエルシードの事について話しておきたいと思って』


『それは構わないが……なのは。君は今、授業中ではないのかね?』


 うっ、バレちゃってる。

 でも、聴きたいし、気になるし。

 今お預けされちゃうと、授業に集中できなくなると思う。

 それをエミヤさんに言うと。


『はぁ、まあいい。私もジュエルシードの情報はすぐにでも欲しかった所だ。そういうわけでユーノ、話を始めてくれ』


 呆れられました。


『あ、はい。それじゃあ、話を始めさせてもらいますね』





『次元世界、それにロストロギア、か』


『エミヤさんも聞いた事は無いんですか?』


『ああ。私も初めて知った言葉だよ。それにしても、あんなものが後17個もあるのか』

  
 ユーノくんが話してくたのはユーノくんがこの世界とは別の、違う世界から来たという事。

 そこで見つけたロストロギアと呼ばれる、21個のジュエルシード。

 それらが事故でこの世界に散らばってしまった、という内容だった。


『すみません。僕のせいで』


『気にする事無いよ。事故じゃどうしようもないんだし。それにそのおかげで私は、ユーノ君やエミヤさんに出会う事が出来たんだから』

 
『そうだな。過ぎた事を言っても仕方がない。なのはが言ったように、私は君のおかげでここにいる。感謝こそすれ責める気などないさ』


『二人とも……。はい、ありがとうございます』

  
 ユーノくんの感謝の言葉。

 それを聴いて、少しだけうれしくなって、頬が緩む。


『さて、話も終わった事だし、なのはは授業に集中するように』

 
『うっ。……はーい』  


 もうちょっとお話したかったんだけど。

 しょうがない。帰ってからのお楽しみにしておこう。


『それじゃなのは。授業、頑張って』

 
『うん。ユーノくんも早く体、治してね。エミヤさんもまた後で』


『ああ、了解した。せいぜい学生らしく勉学に励め、くれぐれもサボったりする事の無いように、な』


 釘を刺されしまった。

 というか、最後の言葉が皮肉ってどうなんだろう。

 少しだけ、そう思った。





 なのはとの念話を終え、パスを閉じる。

 最後に釘を刺しておいたが、まぁ大して効果は無いだろう。

 魔法と言う非現実的なものに触れ、それを操る術を手にしたのだ。

 今までどおりに過ごせというほうが無茶である。

 どうしても数日の間は、浮ついた気持ちが離れないだろう。

 そんな事を思いながら新しく本を手に取る。

 今、私は街中に有る図書館に来ていた。

 ちなみに服装はあの鎧のままでいる訳には行かなかったので、適当に投影した物を着ている。

 黒一色の、我ながら味気の無い格好だ。

 しかしこの体格で、この肌の色だ。

 道行く人々から妙な視線を感じていた。

 ちなみにここに来るまで、何人かの女性にホストですか? と尋ねられた。

 私の見た目が悪いのか、身に着けている服装が悪いのか……。

 何はともあれ、この場所に来た目的は当然この世界の情報収集だ。
 
 文化や言語、習慣に基本的なマナー。
 
 これらは人と関わる上で必要不可欠なものだ。

 その国々にあるそれらを調べ、自分がそれに合わせるのが基本。

 郷に入っては郷に従え、だ。

 しかし、あまり気にする必要はなさそうだ。

 このなのはのいる星、地球は私が生前いた地球とほとんど変わっていないのだ。

 呼ばれた国も、私の故郷と名前や文化まで同じだった。

 それこそ平行世界だと言えるほどの僅かな違いしかない。

 だが、表向きの事はほとんど同じでも、裏側の事情はまったく異なっていた。

 まずこの世界に魔術は無い。

 あまり詳しく調べてはいないが、これは断言できる。

 魔術とは、魔術師によって刻まれた魔術基盤に接続し、魔術回路によって魔力を流し込む事で発動する。

 もちろん例外はあるし、その際たるものは自分なのだが、基本的には変わらない。
 
 私とて程度は低いが、オーソドックスな魔術を一通り使えるのである。

 にも拘らず、この世界ではそれらを使う事ができなかった。

 強化や投影などの例外的な魔術は使えても、通常の魔術を発動させる事が出来なかったのである。

 これは魔術基盤が無い、という証拠だ。

 そして魔術基盤が無い以上、魔術は使えない。

 使えない以上、魔術師などいる筈が無いのである。

 開いていた本を閉じ、棚へと戻す。

 その後もいくつかの資料を取って見てみたが、大して収穫は無かった。

 数時間後、調べ物も終りそろそろなのはの元へと行こうと思ったとき、都合よくなのはの方から念話が入ってきた。

   
『エミヤさん、私は学校が終わったのでこのまま帰りますけど、今何処に居るんですか?』

 
『今は街中にある図書館に来ているところだ。少しばかり調べ物をしていてな』


『調べ物、ですか』


『ああ、まぁそれも今終わったところでな。今から君のところへと行こうとしていたところだ』


『それならわざわざ来てもらうのも悪いですし、家にそのまま帰ってくれてもかまいませんよ?』


『確かにここからなら学校よりも君の家のほうが近いが……。なのは、君は誰かと一緒に帰るのかね?』


『いえ、すずかちゃんとアリサちゃん、いつも一緒に帰ってる友達がお稽古があるからって、先に帰りましたから今日は一人ですね』


『む、それはいかんな。少し待っていてくれ。すぐに学校まで行こう』


『いや、でもそんなの悪いですし……』


『君を一人で帰らせる方が私は心配だ。いいから、私が行くまで待っていろ』


『過保護すぎると思いますけど……』


 苦笑と共にそんなやり取りをする。

 その時――なにかの、鼓動のような、音がした。


『……! エミヤさん、今のって!?』


『ああ、おそらくジュエルシードが発動したのだろうな』

 
 感じた魔力は昨日触れた魔力とまったく同じものだった。

 どこかでジュエルシードの魔力がもれ始めている。

 また昨日のように、異相体を生み出しているのかもしれない。


『私、急いで言って来ます!』


『待て、なのは。君一人で行くのは危険だ。私かユーノが合流するまで待て!』


 この子はまだ初心者だ。

 いくら素質が凄かろうと出来る事は限られすぎている。


『でも私、もし誰かが傷ついちゃったりするのは絶対に嫌なんです!』


『それは分かるが、今は自分のことを優先しろ。君にはまだ一人で事態を収められる能力はない』


 誰かが傷つくのは嫌だ、なんて何度と無く自分が口にしてきた言葉だが、言われるとなかなかに不安をあおる言葉だな。

 人目の無い場所で霊体化し、なのはのいる学校へと向かう。


『それはそうですけど……ごめんなさい! やっぱり私、先に行きます!』


『こら、待て! なのは!』

 
 それ以降なのはからの返事はなく、私は更に速度を上げて学校へと急いだ。 
       




 私がその場所に着いたとき、もうすでに誰かが戦っていた。

 いくつもの雷の柱が立っているのが見える。

 間違いなく魔法によるものだった。

 その光景に少しだけ気後れする。

 魔法のこと、ぜんぜん知らない私が、あの中に入っていってもいいのかなって。

 でも、すぐその思いを放り出す。

 もしかしたら、いま戦っている人が負けちゃうかもしれない。

 怪我しちゃうかもしれない。

 そう考えると、ここでこうして見てるだけっていうのは、とてもじゃないけど耐えられなかった。


「レイジングハート、これから努力して経験つんでくよ。だから教えて、どうすればいいか!」


 首にかけてうたネックレスについている待機状態のレイジングハートに声をかけた。

 
「I will do everything in my power.(全力にて、承ります)」


 返ってきたのは、心なしか今までより力強い声。 

 昨日はちゃんと出来たし、今日もレイジングハートが一緒。

 だから、きっと大丈夫!

 自分に言い聞かせて、レイジングハートを手にとる。


「Stand by Ready」


「レイジングハート、セーットアーップ!」


 着ていた学校の制服がバリアジャケットに変わる。

 そのまますぐ空へと向かう。

 昨日はふらふらしながら、遅くしか飛べなかったけど、今日は昨日よりも速く、上手く飛ぶことができた。

 上から、戦っている様子を見る。

 戦っているのは、翼を生やしたトラみたいなの。

 あれがたぶん、昨日ユーノ君が言ってたジュエルシードの異相体だ。
 
 そしてもう一人、空からでも良く目立つ、きれいな金髪の女の子。

 私が見たのは、地面にいるその子に向かって、今まさに、空を飛んでいたトラが襲い掛かっている所だった。


「いくよ! レイジングハート!」


「Ok」


 短いやり取り。

 それだけで意志を伝えられる。

 レイジングハートを前に突き出すように構えて、思いっきり突撃する!


「てえええええーーーーーー!!」


 初めて出す全速力。

 そのまま減速しないで、異相体に直撃!

 轟音を響かせ地面にぶつかる。

 立ち上がる土煙。 

 異相体は私に跨られる様に、うつ伏せで倒れ付していた。

 その体もぼろぼろだ。

 上半分はまだしも、下半分なんて骨だけの状態になっている。

 その隙に、早く封印しないと。


「ジュエルシード、封印!」

 
「Sealing」
 

 レイジングハートを突きつけ、封印しようとしたそのとき。    

 
「グ、ガアアアアアァァァァア!!」


「あっ……!」


 もう動けないと思っていた異相体が、這い出して空へと飛び出してしまう。

 追いかけないと……!

 そう思い、飛び出そうとしたそのとき。

 空へと逃げたジュエルシードの異相体に、いつの間にか飛び上がっていた女の子が仕掛ける。

 その子は黒い鎌のような物を大きく振りかぶって――


「ジュエルシード、封印!」


 真っ直ぐに振り下ろし、それを切り裂いた。

 直後に起こる爆発。

 立ち上った黒い煙が晴れる。

 その場所には、昨日も見た、封印された後のジュエルシードが浮かんでいた。

 それを呆然と、立ち尽くして見ていた。

 私なんかとは違う。

 とても上手な戦い方だった。

 その子は振り返り、ジュエルシードへと杖を伸ばす。

 
「ま、待って!」


 きっとこの子は、ジュエルシードを持ち帰ってしまう。

 なんとなくそれが分かった私は、思わず呼び止めていた。

 でも、その後が続かない。

 自分が何を言いたいのかが、浮かばない。

 そんな私を見下ろす彼女は、杖をこちらに向けて、魔力弾を作り出す。

 このまま何もしないと撃たれる――

 そう思って、魔法を使い空へと飛び上がる。

 彼女と同じ視点の高さ。

 ジュエルシードを挟んで、向かい合うような形になる。

 落ち着いて、声を絞り出す。


「あの、あなたもそれ……ジュエルシードを探してるの?」


 身を乗り出して、素朴な疑問を投げかけた。


「それ以上近づかないで」

 
 返ってきた答えは、とても冷たい言葉だった。

 
「いや、あの、お話したいだけなの」


 私は戦うつもりなんて無い。

 そう伝わるように、話しかける。


「あなたも魔法使いなの? とか。なんでジュエルシードを、とか……」


 そう言いながら、また少し、身を乗り出してしまった。

 それがいけなかったんだろう。

 彼女の横に待機していた魔力弾が、私のほうへと飛んできた!

 急いで上に飛び上がる。

 撃たれた三つの弾を避けて、あの子がいた場所にまた目を向ける。

 でも、いない。

 何処に……?

 そう思ったときに、自分の背後に悪寒が走った。

 振り向くと、いつの間にか回り込まれていた。

 彼女は再び鎌を振り上げ、私のほうへと切りかかってくる!

 また上に飛び上がり、ギリギリのところで避ける。

 そのまま一息つく暇も無く、下から一気に距離を詰められる。

 そして再び、鎌を振り下ろしてくる。

 でも今度は避けることも出来ず、レイジングハートで食い止める形になった。

 目の前に火花が散り、鬩ぎ合う。


「待って! 私、戦うつもりなんてないっ!」
 

 近くで見詰め合う状態になり、相手の顔が良く見えた。

 整った、可愛い顔。

 黒に統一された、体に張り付くような服とマントのバリアジャケット。

 きれいになびく長い金髪。

 そして透き通った、赤い、吸い込まれてしまいそうな瞳。

 その奥には――


「だったら、私とジュエルシードに関わらないで」


 その声で、意識を目の前の事に戻す。

 
「だから、そのジュエルシードはユーノ君が……」


 相手からすれば、私は何を言っているのか分からないようなことを、口に出してしまう。

 そうじゃなくて、そのジュエルシードは危ないもので……!


「くっ!」


 彼女がうめいたのと、私が弾き飛ばされたのはほぼ同時だった。

 必死に抵抗して後退を止める。

 何とか落ち着いたとき、ある程度距離の空けた場所にいる彼女が、鎌を振り上げる。

 また切りかかってくるのか、それとも魔力弾を打ち込んでくるのか。

 どちらでも対応できるように、シールドを用意する。

 
「Arc Saber」


 どこかレイジングハートに似ている、機械のような声が聞こえ後、鎌がこちらに向けて振り切られる。

 それと同時に、刃の形となった魔力が水平に回転しながらこちらに飛んできた!

 それに驚きながらも、あらかじめ用意しておいたシールドを張る。


「Protection」


 突き出したレイジングハートの先から出る桃色のシールドと、金色の刃がぶつかり合う。

 再び拮抗し、押し負けないよう更に力をこめようとして――突然、刃が爆発した。


「きゃあああ!!」


 予想外の衝撃に何の防御も取れず、ただ吹き飛ばされる。

 体が痛んで動かせない。

 何とか目だけを開いて、見えた彼女の隣には二つの魔力弾が浮かんでいた。

 あ、ダメだ。

 その光景を見て、のん気にそんな事を思った。

 そしてそのまま、何も出来ず落ちていく。

 追い討ちをかける魔力弾が発射される前に、彼女がごめんね、と言った気がした。

 迫ってくる金色の魔力。

 避けることなど出来るわけが無い。

 どうしようもなく、ただすぐに来るだろう痛みにだけ覚悟を決めたそのとき。

 赤い、閃光が見えた。 
    
 



 学校に着いたというのに、なのはの姿はすでに無かった。

 しかたなく最大までパスを開き、それを頼りになのはの元へと急いで駆けて行く。

 まったく、人の言う事を聴かないマスターだ。

 一人でジュエルシードの封印はまだ危険すぎるというのに。

 怪我をする前に急がなくては。

 強化の魔術を用いて、更に速度を上げる。

 そしてようやくなのはを見つけたのは、学校から少し離れたところにある、緑が多く湖のある森のような場所だった。

 しかしそこには、なのはともう一人。

 長い金髪の、なのはと同い年くらいの少女もいた。

 ジュエルシード自体は封印しているようだが、なぜか二人は戦ってる。

 
「ちっ。まずいな。このままだとなのはが叩き落とされる」


 今、どういう状況で何故こうなっているのか見当もつかないが、それは後回しだ。

 どうやら金髪の少女は、なのはと違い訓練を積んでいるらしい。

 どんどんなのはが劣勢になっていく。

 そして金髪の少女がブーメランのような形状の魔法を放ち、なのはがそれをシールドを展開して防御する。

 が、ブーメランのような魔法が爆発し、結界が破られなのはが吹き飛ばされた。

 しかもその上、追撃をかけるつもりか、少女の両隣りに一つずつ魔力でできた光球が浮かぶ。

 それらは電気を帯びているのか小さな雷が見て取れた。


「くっ、間に合え!」 

 
 右手に干将を投影する。

 自身の体に限界まで強化をかけて、一時的に人の目に映らないほどの速さを得る。

 地面を蹴り文字通り閃光となって、なのはへと左手をのばす。

 そして――

 左手にはぐったりとした様子のなのはを抱きかかえ、右手では二つの魔力弾を切り裂いていた。

 干将を破棄し、両手でなのはを抱きかかえて地面に着地する。

 煤で汚れてしまっているなのはを素早く地面に下ろし、背後の空に佇んでいる少女へと振り向く。

 干将・莫邪を投影していつでも戦闘が出来る準備をする。

 そして敵意を、向かってくるのなら容赦はしないと、言葉を用いず目で報せる。

 それは、ちょっとした交渉だ。

 剣を持ち地面に居る以上、私は彼女の邪魔が出来ない。

 逆に彼女が向かってくるのなら、いくらでも相手をする。

 むこうも遠距離からの攻撃は、先ほどしたように切り裂かれてしまうと分かっているだろう。

 防御できないほどの大技を用いようとしても、よほど発動速度が速くなければ、なのはを抱えて避けるられるだけだということも理解しているはずだ。

 ジュエルシードを持ち去られる代わりに、こちらにももう危害を加えない。

 それが私と、今向かい合っている少女との取引だった。

 その証拠に、金髪の少女は少しの間こちらを眺めて、何もせずに振り返り、封印されたジュエルシードを持ち去っていった。

 それをただ黙って見送る。

 弓で撃ち落す事も出来たが、なのはが負傷している。

 こちらとしても戦うには不味かった。

 相手の戦力も、あの少女一人とは限らないため迂闊に手は出せない。

 そして飛んで行った少女が見えなくなってから、干将・莫邪を破棄し、なのはの方へとしゃがみこむ。

 
「大丈夫か? マスター」  


「すみません、助けてもらって」


「気にするな。私は君のサーヴァントだ。助けるのは同然の事だ」


 そう言ってなのはを再び抱きかかる。


「あはは……。私、抱きかかえられてばかりですね」 


「そう思うなら一人で歩けるようになりたまえ。それまでは、私がこうやって、君を抱きかかえる事になるぞ?」


「……エミヤさん、意地悪です」


「今頃気付いたのかね?」


 そんなやり取りをしていても、なのはの視線は少女が飛んで行った方へと向けられ続けていた。










 こうして少女たちは出逢う。

 それは、出逢いの物語。












[24797] 第五話 魔法と魔術
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2011/06/17 18:06







     魔法と魔術










「なのは! 大丈夫!?」


 声のした方へ体を向けると、こちらへと走ってくるユーノ(フェレット)がいた。
 
 この短時間で家から此処まで走ってきたのだろうか。

 それほどまでになのはの事が心配だったのか、それとも自分のせいで巻き込んでしまった、と思っている少女が傷つくことに耐えられなかったのか。

 おそらく両方だろう。
 
 まだ僅かにしか言葉を交わしていないが、責任感が強く優しい子だという事は判っていた。

 
「ユーノくん。私は大丈夫。エミヤさんも助けに来てくれたし。……えっと心配掛けて、ごめんね」

 
 謝罪の言葉を口にするなのはを腕の中から降ろし、彼女の着る服に着く煤と砂を掃う。

 そうしながら視診するなのはの体は、ほとんど傷ついておらず無傷と言っても良いくらいだった。

 先ほどまで戦っていた金髪の少女が手加減をしていたのかもしれない。

 実際、手加減をしても余裕で勝利できるだけの実力をあの少女は持っていた。

 
「怪我はなし、と。私にはおもいきり吹き飛ばされたように見えたのだが……外傷はかすり傷程度、まぁ問題無いだろう」


 しかし手加減をされていた、だけが理由ではないだろう。

 手で触り解析したなのはの着る服は、魔力で構成されているものであった。

 これが防護服の役割を果たしているのかもしれない。

 よくよく見てみると、袖口などがハードシェル装甲でネジ止めまでしてあった。 
        
 見るからに防御力が高そうなこの服のお陰、というところだろうか。 
 
 
「ユーノも、わざわざ此処まで走って来てご苦労だったな。が、すまない。ジュエルシードを確保する事が出来なかった」


 此処にはもうジュエルシードは無い。
 
 そしてなのはを私が腕に抱きかかえていた。

 それだけ材料があれば、この場で何があったかを推測するのはそう難しくない。 

 
「誰かに奪われた、という事ですか……」


 昨日の影のような、ジュエルシードによって作られた異相体もいないのだ。 

 当然この結果が導き出される。

 
「それなりに訓練された相手でな、魔法を覚えたてのなのはでは荷が重かったし、私がなのはの元に行くのが遅くなったのも一因だ。本当に、すまなかったな」

 
 そう、もっと早く私が辿り着いていれば、こんな事にはならなかっただろう。

 少なくとも、なのはを傷つけることは無かったはずだ。


「いえ……それはもう仕方の無い事ですから。それよりも僕たち以外の魔導師が出てきた事の方が問題です。これからどうするか考えないと」 


「確かにな……。そのあたりも含めて家に帰って話そう。私は昨日と同じように、先になのはの部屋に行っておくからな」 


 魔力を薄め霊体化する。

 そうして、人に見えず干渉すらできない状態になる。

 傍から見れば、いきなり消えてしまったように見えるのだろう。

 後ろから聞こえてくるなのはとユーノの困惑した声を後に、なのはの家へと向かった。










「あれ、え、えぇぇぇぇぇ!? エ、エミヤさんが、消えちゃった」 


 それは、本当にいきなりだった。

 私達に背を向け先に家に行っていると言ったエミヤさんは、まるで景色に溶け込むようかのように消えてしまった。

 さっきは手に持っていた剣がいきなり消えてたし、もしかしたらエミヤさんの使っているのはそういう魔法なのかもしれない。  

  
「今のは……転移魔法? それとも、幻術魔法? どっちにしても何の兆候も無かったし、魔法を発動した痕跡もないし……」


「ユーノくん。今のも魔法なの?」


「えっと、どうだろう。エミヤさんは魔法を使えないって言ってたし、もしかしたら魔法とはまた違う技術なのかもしれない」


 そう言えば昨日そんな事を言ってた記憶がある。

 でも魔法じゃ無ければ何なのだろうか。

 あんな不思議なこと、魔法としか言いようがないと思うんだけど。

 
「うーん、考えてもしょうがないかな。家に帰ってエミヤさんに直接聞こっか」 
 
 
 家に帰ってからいろいろ教えてくれると言っていたし、その時詳しく教えてもらおう。

 張っていた結界を消してバリアジャケットも解除する。

 
「それじゃ、ユーノくん。一緒に帰ろっか」

 
「うん。そうしよう」


 ユーノくんを腕に抱えて帰り道を歩き始める。

 心の中では、どうしてもさっき会ったあの女の子の事が気になっていた。





「おかえり。なのは、ユーノ」


 昨日と同じように、部屋に入るとエミヤさんが腕を組んで立っていた。

 
「はい。ただいま、です」


 そう返事を返して、ユーノくんを降ろしカバンを机の上に置く。

 さて、聞きたい事や知りたい事がたくさんある。

 これからいろいろお話してもらわないと。

 と、その前に。


「あの、エミヤさんって気配を消したり出来ます?」


 いきなり何を言っているんだと自分でも思ったがしょうがない。

 出来なかったらこの部屋で話す訳にはいかなくなるんだから。


「それは出来るが……どうかしたのかね?」


 不思議そうに聞いてくるエミヤさん。

 そうですよね。いきなりこんな事聞くのは変ですよね。

 というかやっぱり出来るんですか……。


「えっと、実は……」


 今朝、お父さんに言われた事をエミヤさんに話す。

 それを聞いたエミヤさんは、少しだけ驚いたような表情をした。


「君の父親は気配を読む事が出来るのか。立ち振る舞いからかなりできると思ってはいたが……もっと注意するべきだったか」


「あれ? エミヤさんってお父さんを見た事あるんですか?」


「ああ、君の家族は一通り確認済みだ。君の母親以外、何かしらの武術を修めている事はすぐにわかったよ」  


 確かにお兄ちゃんとお姉ちゃんは、お父さんと剣の稽古をよくしている。

 でもそういうのは、見ただけで分かるものなのだろうか。

 気になって聞いてみると


「無論分るさ。立ち振る舞いや気配がまるで違うからな」

 
 という事らしい。

 うーん。私の家族って、私が知らないだけで結構すごいのかもしれない。


「だが、私の気配が分かるとなると厄介だな。この家に居る時は常に気配を消しておこう」


「えっと、お願いします」


 なんだか少し、心苦しかった。    


「では、魔法の事や私の事の説明。そして、今日遭遇したもう一人のジュエルシード集めをしている少女についての話を始めよう」


 来た。昨日から知りたい事がたくさんある。

 学校に行っている間、お預けされていたので気になって仕方がない。  

 
「じゃあ、なにから始めますか? 聞きたい事、いっぱいあるんですけど」


 魔法の事。

 エミヤさんの事。

 これからどうするのか、という事。


「じゃあまずは僕から。魔法の事について説明しますね」

 
 そう言って最初に話し始めたのはユーノくんからだった。

 私としても、自分が使えるようになった魔法についての事だ。一番知りたい事でもあったからちょうどよかった。 


「魔法というのは自然摂理や物理作用をプログラム化し、それを任意に書き換え、書き加えたり消去したりすることで作用に変える技法と言われています」


 ……初っ端から難しかった。

 私、魔法とかほとんどなんとなくで使ってたから、そんなに難しいものだと思ってなかったんですけど……。 

 
「魔導師にはリンカ―コアと呼ばれる器官があって、これで空気中にある魔力素を取り込んで魔力とし、それを用いて魔法を使います」


「では魔法はリンカーコアの有る人間にのみ使う事が出来る技術、という事か?」


 エミヤさんからユーノくんへの質問。

 エミヤさんも魔法のことはぜんぜん知らないみたい。


「はい。そうなります。魔法は『変化』『移動』『幻惑』のいずれかの作用を起こすもので、個人によって得意不得意が違ってきます」


「私が使った魔法ってどれになるの?」

 
 私が魔法を使ったときは、ほとんどレイジングハートにまかせっきりだったから。

 自分が具体的に何をしたのか、正直ぜんぜん分からない。

 
「なのはが使った魔法はダイレクトに魔力を放出するシンプルな砲撃魔法。それと対象を弾き飛ばす性質を持った防御バリアをつくる防御魔法。
 空間の一部を切り取って、特殊な性質を付与する結界魔法。三つとも『変化』にあたる魔法だよ。あとは『移動』に当たる飛行魔法、かな」


 分類はかなり細かく分けられるようで、一度に覚えるのはちょっとつらい。       
     
 それにしても、けっこういろいろと種類があるんだなぁ。

 
「では攻撃魔法や防御魔法は、魔導師が魔力素を取り込んで作り出した魔力を、放出したり固めたりする物と解釈してもいいのか?」 


「そうですね。物によっては付加効果などを含むものもありますが、基本的にその解釈でいいと思います」


「そうか……」


 エミヤさんはそう言うと、少し考え込むように腕を組んだ。


「ユーノくんは何が得意なの?」

 
 その間に私が質問。 

 得意不得意があると聴いたときに知りたかった事をたずねる。

 
「僕は結界魔法が得意かな。だから結界魔導師、とか呼ばれる事もあるんだ。他にも捕縛魔法とか変身魔法とか一通りは使えるよ」

 
「魔導師にも種類とかあるの? それなら私は?」


「なのははたぶん砲撃型。砲撃が得意な砲撃魔導師になると思う」


 砲撃……砲撃かぁ。

 うん。ちょっとカッコイイかも。


「僕からはこれくらいです。次はエミヤさんに説明してほしい事があるんですが……」


 魔法の説明はひとまず終了。

 次はエミヤさんの事についてだ。  

 
「そうだな。ではまず私がどういう存在か。そこから話を始めよう」


 







 ユーノに変わって、今度は私が説明役となる。


「私は英霊と呼ばれるものに分類される。この英霊というものから説明しよう」


「英霊……ですか。ユーノくんは知ってるの?」


「ううん。僕も初めて聞いたよ」


 ユーノならもしかしたら知っているのではないか、と思ったがそうでもないらしい。

 やはり魔導師と魔術師は全くの別物なのだろう。


「知らないのも無理はない。英霊とは、おそらく私がいた世界の魔術師にのみ知られている事だろうからな」

 
 もっとも、これは推測で何の根拠もないのだが。

 しかし、魔法について一通りの知識があるユーノが知らないのなら、おそらく間違いないだろう。


「英霊というのは死後に信仰を集めた英雄がなる存在だ。彼らは時間軸から切り離され『座』と呼ばれる場所に迎えられる」


「死後……ということは」


「エミヤさんって……幽霊だったの!?」


 ユーノの信じられないという声の後に響く、なのはの驚愕の声。

 驚いて当然ではある。

 すでに死んでいる者が目の前に居ると言っているのだから。

 
「幽霊、とは少しばかり違うが、まぁ分かり易く言ってしまえばそうだ。私は魂だけの存在ですでに死んでいる」


「魂だけって……なら今の肉体はどうやって存在しているんですか?」


 ユーノは考古学者だけあって良い質問をする。

 幽霊に対する恐怖よりも、知的好奇心の方が勝ったのだろうか。 

 つくづく子供らしくない子供である。


「今の私の肉体は高密度の魔力によって構成されている。だからこそ魔力供給は私にとってはまさに死活問題となる」


「なるほど。エミヤさんにとってのマスターって、とてつもなく重要な存在なんですね」


「じゃあ、エミヤさんがさっきいきなり消えたのも体が魔力で出来ているからなんですか?」 


 ようやく持ち直したのか、今度はなのはから質問される。

 あれだけ盛大に驚いていたのに鋭い指摘をしてくるのだから、この子もなかなか侮れない。

 
「そうだ。あれは魔力の密度を薄める事で、見たり触ったりできない霊体となっている」


「それで私の部屋に見つからずに入る事が出来たんですか」


「そういう事だ。だが霊体となっている時は私も物理的に干渉する事が出来ないのでな。こうして直接話したり戦ったりするときは実体化するという訳だ」


 これもまた推測でしかないのだが、おそらく霊体化してしまえば魔法を無効化することも出来るだろう。

 霊体に干渉するためには魔法ではなく魔術的、魔力ではなく神秘が必要であるはずだ。


「私の事についてはこのくらいだな。何か聴きたい事はあるか?」


「それじゃあエミヤさんが使っている、何もない所から剣を出すのはどうやっているんですか?」

 
 ユーノの質問にふと思い出す。 

 そう言えば魔術について何も説明していなかったな。

 必要無いとは思うが簡単に説明しておこうか。


「あれは魔術と呼ばれる物。その中でも私だけが使える技術を使っている」


「魔術……ですか。魔法とはどう違うんですか?」


「そうだな……。まず魔術を使う者、魔術師には魔術回路という疑似神経が存在している」


「魔導師のリンカーコアとどう違うんですか?」

 
 先ほど聴いたリンカーコアの役割を思い出しながら、少しばかり考えを巡らせる。


「リンカーコアは空気中から魔力素を取り込み魔力へと変換する、魔術回路もこれと似たような事はできるが、もっと異なる方法で魔力を確保する」


「異なる……。具体的にはどういった方法なんですか?」


「魔術師の魔術回路はな、術者の生命力を魔力へと変換する事が出来るのだよ。魔術師達は主にそうして魔力を得ている」


「生命力って……。 それは少しばかり危険すぎるのでは?」


「確かに、使いすぎると体に悪影響を及ぼしてしまう。だから魔術師は普段から少しずつ魔力を生成し、体内に蓄積させる」


「どうして大気中の魔力素を取り込む方にしないんですか?」

 
「そちらのほうが手間がかかるからだ。わざわざ外から吸収するより、自分の中にあるものを使ったほうが早いし、確実だからな」


 自身の安全を度外視してでも魔術の研究を進めたい。

 そんな考えがあるのも理由の一つかもしれないが。    


「でも、なんでそんなにやり方が違うんですか? 同じ魔力を生み出すためなのに」


「同じ魔力、では無いのだが……。おそらくは、大気中にある魔力量の違いから来るものだろう」


「えっ、世界が違ったら空気中にある魔力量も違うんですか?」


「私の世界ではそうだが……。その辺りはどうなのだ、ユーノ」


「確かに、大気中にある魔力量は世界によって違いが出ます。一般的には通常濃度の±15%が適正値で、それ以上でもそれ以下でも回復が阻害されるといわれています」


 やはり違いは出るようだ。

 世界が違うのだから、それも当然といえば当然か。


「私が生前いた世界は、今いるこの世界と比べるとそれこそ枯渇している、と言っていいほど大気中の魔力が少ない。
 だからこそ大気中にある魔力に左右されない方法で、魔力を生み出すことができる仕組みが出来たのだろう」


「なるほど。そういうことですか」

 
 納得したように、うんうんと頷くユーノ。

 どうでもいいがフェレットがそんな仕草をすると違和感がとてつもないな。

 もっとも、なのははその様子に目を輝かせているが。


「では、話を戻そう。魔術回路にはもう一つ重要な機能があり、それが魔術基盤へと接続する事だ。こうする事で魔術は使う事が出来る」


「魔術基盤というのは?」


「魔術師が世界に刻み込んだ魔術理論の事だ。このルールとシステムに則って魔術は起動する。主には学問や宗教の形で刻まれる事が多いな」


 ちなみに、もっとも広い魔術基盤を持つのは教会による”神の教え”だ。

 
「それって、この世界にもあるんですか?」


 なのはの声には期待と少しばかりの不安が含まれていた。

 なのはにとっては魔法や魔術は違う世界のもので、この世界に無い物、なのだろう。


「いや、今日それを調べてみたが、この世界には魔術基盤は無かったよ。となれば当然、魔術師もいない」 


 そう、魔術基盤とは魔術師がいて初めて存在するのだ。

 魔術師がいない以上、魔術基盤などあるはずがない。 

     
「? ではエミヤさんはどうやって魔術を使っているんですか?」

 
 ユーノの、これはまた的確な質問が来る。

 確かに魔術師がおらず魔術基盤がない以上、私が魔術を使っているというのは矛盾している。

 まったく、本当に聡い子だ。


「私が使う魔術は少しばかり特殊でな。魔術基盤が無くとも使う事が出来るのだよ」


 そう。衛宮士郎の魔術は自身の外側である『世界』へと接続するのではなく、内側にある『自分の世界』へと接続するものなのだから。

 そこに、魔術基盤は必要ない。


「だが、魔法ほど万能なものではない。空も飛べんしな」


 まったく、魔術で飛ぼうとすれば相当技量の高い魔術師でなければ無理だというのに。  
   
 魔導師は魔法覚えたてのなのはでも飛べるのだから、羨ましいものだ。


「では魔術の説明はここまでだ」


 魔術師の目的については語らない。

 知ってどうなる物でもないし、理解するのも難しいだろう。


「あと話す事といえば……これからどうするか、という事だが」 


 魔法の無い世界での活動、故に敵対するのはジュエルシードの異相体くらいの物だと思っていたのだが。

 どうやらそう簡単にはいってくれないらしい。

 敵対する者が出てきた以上、今までよりも危険が増すという事だ。

 それならばもういっそここで引いてしまうか、それとも敵対しながらでも集める事を優先するか。

 どちらかを選ばなければならない。


「ユーノ、君はどう思う?」


 ジュエルシードの発掘者。

 なのはが魔法に出会うきっかけを作った者に、問いかける。


「……僕は、なのはには手を引いて欲しいと思っています。相手が訓練を積んだ魔導師なら危険です。後は、僕一人でやって行かないと」


 まぁ、そんな事だろうと思った。

 ユーノは、自分のせいで誰かが傷つく事が嫌なのだろう。


「そうか。……なのは、君はどうしたい?」


「私はユーノくんのお手伝いをしたいです。それにあの子の事も気になるし……。このまま終わっちゃうのは、嫌です」


 答えた声には、何の迷いも込められていなかった

 なのはも優しく責任感の強い子だ。

 解決しないまま、見て見ぬふりをして終わる事は出来ないのだろう。


「なのははこう言っているが、どうするかね? ユーノ」


「なのは……でも、本当にいいの? また今日みたいに戦う事になるんだよ?」

      
「それはユーノくんも同じでしょ?それに私はあの子の事が気になるし……。大丈夫! いざとなったらエミヤさんが助けてくれるから。そうですよね?」


 ……そこで私に頼るか。

 案外、この子も強かなのかもしれない。

 もっとも、それは私にとっても望むところではあるが。 


「ああ。もちろん。君が望むのならば、いつでも助けに入ろう」


 だが、勝手に助けに入る事はしてはいけないだろう。

 なのははあの金髪の少女が気になると言った。

 ならば、なのはは一人であの少女と向き合うべきだ。

 そこに、私が入り込む場所は無い。


「はい! 頼りにしていますね、エミヤさん」


「ああ。引き受けた」


 これで当面の方針は決まった。

 話が一段落ついたところで霊体化し、警戒のため屋根の上へと行く。

 最後に見たなのはの表情には、何らかの決意と意志が見て取れた。







 


 海鳴市にある公園の一つ。

 大きな噴水があり、夜にはそれが幻想的な美しさを演出する。

 その噴水へと続く階段に、一人で座っている少女がいた。
 
 輝くような金色の長髪に真紅の瞳。

 数時間前なのはと戦い、ジュエルシードを持ち去っていった少女だった。

 その少女――フェイト・テスタロッサは目の前に浮かぶモニターに話しかけていた。
 

「アルフ、お疲れ様」


 モニターに映るのは10代後半から20代前半ほどの女性。

 アルフと呼ばれたその女性が、フェイトの声を聞いて無邪気な笑顔を浮かべた。


「フェイト! いま第四区画の広域サーチが終わったところだよ。それで、発動前のジュエルシードも一つ見つけたよ」


「ありがとう。遅くまでごめんね。私のほうは夕方に封印した一つだけ」

 
 アルフの喜びと安堵のこもった声に対し、フェイトの声にはいたわりと申し訳なさが入り混じっていた。


「そう……。それにしてもフェイトとぶつかったこの二人。まさか、管理局じゃないよね?」


 敵意。アルフの声にはそれがにじみ出ていた。

 フェイトもそれが分かったのだろう。少しあわて気味にアルフの言葉を否定した。

   
「それは違うと思うよ。魔法もちゃんと使えてなかったし」


「確かにあの子供のほうはそうみたいだけど……あの赤い格好したやつはどうなんだい。少なくともまるっきり素人っていう風には見えないけど」


 そう。彼女の一番の懸念はその男にあった。

 フェイトの魔力弾を一瞬で切り払うその姿は、どう見ても戦闘に慣れたそれだった。 


「そうだね……。でもあの後追いかけてこなかったし、あの女の子を守ることを優先したみたいだったから、もしかすると使い魔みたいなものかもしれないよ」

 
「主人があんななのに使い魔があれっていうのは、あんまり納得いかないんだけどねぇ」


 フェイトの言葉にアルフは懐疑的だ。

 フェイトも自分が言った言葉をあまり本気にしていないのか、すぐに自分の意見を取り下げる。

 
「まぁ、それは確かに。でも考えても仕方ないし、一応これからは警戒して常に二人で一緒にいよう。向こうが正確に何人いるか分からないし」

 
「そうだねぇ。効率は落ちるかもしれないけど、向こうに捕まったりしたら目も当てられないし」


「それじゃあ、アルフも一段落したら私のところに来て。そこから二人で動くようにしよう」


 あいよー。という声を最後にモニターが閉じる。

 少女の前には噴水と照明が作り出す幻想的な光景だけが広がっていた。 












[24797] 第六話 トレーニング、開始 
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2011/10/01 01:54








          トレーニング、開始









 薄暗い中にかすかに日の光を感じる時間帯。
 
 早朝独特の静謐な空気。

 そんな中、私は警戒のためにとなのはの家の屋根に霊体化したまま、昨夜から待機し続けていた。

 
「ん、今日はずいぶんと早いな」

 
 強固な、しかし意図的に限りなく閉じているレイラインからマスターの起床を感じ取った。

 とは言っても意識があるかないか、位のことしか分からないのだが、これはこれで便利なものである。

 それにしても随分と早い。

 昨日はこれほど早くに目覚めてはいなかったというのに。

 いや、昨日遅かったのは体に疲労がたまっていたから、だったか。 

 そして彼女の本来の起床時間今ぐらい、ということか?

 ……それはないか。いくらなんでも早すぎる。

 そんなことを考えていると、パスを通して声が届いてきた。


『エミヤさん。聞こえますか?』


 どうやら自分に用があるらしい。

 聞こえてきた声は、寝ぼけた様子も無く思いのほかしっかりとしていた。

   
『ああ、聞こえているとも。おはよう、なのは。今日はずいぶんと早いな』


『おはようございます。実は、エミヤさんにお願いしたいことがあるんです』


『……そうか、分かった。すぐにそちらへ行くから待っていろ』


 どうやら重大な事のようだ。

 念話で聞こえてきた声は重く、何らかの決意が込もっているように思えた。

 自分もそれに答えられるように、少しだけ緊張感を高めておく。 

 そして霊体のまま、なのはの部屋へと下りた。

 そこには私服姿で立つなのはの姿があり。

 そしてその隣には、相変わらずフェレットのままのユーノもいた。

 もっとも人間の姿になられると、なのはの家に居る訳にはいかなくなるので、そのままフェレットの姿でい続けてもらわなければならないのだが。

 
「さて、こんな朝早くからどうしたというのだね? 
 昨日起きるのが遅くなり大変だった事に反省した、というのなら結構な事だが、それにしても少々早すぎると思うぞ?」   


「いや、そうじゃなくて、その……」


 なのはは両手を左右に振りなが否定するが、続く言葉はしどろもどろ。

 言いたい事はあるのだろうが、それをまだしっかりと口に出せるところまでには行っていないのだろうか?

 いや、それなら私を呼び出したりはしないだろうし、単純に言う直前になって迷いでも生まれたのかもしれない。

 なんにしてもこちらからは何も言わず、ただ成り行きを見守る。


「なのは、大丈夫?」


 それを見かねたのか、隣にいたユーノが心配そうになのはに声をかけた。

 ユーノはなのはのお願いとやらを知っているようだ。

 昨夜、私がいなくなった後にでも話していたのだろう。
  
 
「うん。大丈夫」


 なのはの言葉は自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

 それから目を閉じて、落ち着くように数回深呼吸する。
 
 次に目を開けたときには、しっかりと力強さを感じられる目になっていた。


「エミヤさん、私に戦い方を教えてください!!」
 

 先ほどまでのしどろもどろな様子は何処へやら。

 なのはの声には強い意思と、絶対に引かないという覚悟があった。 

 しかし戦い方、か。

 予想通りではあるのだが。

 昨日戦う事を決めたときには、もうそのつもりだったのかもしれない。

 今のままでは到底敵わない事を、なのは自身が一番よく分かっているが故に。

 
「お願いします! 私、どうしてもあの子にお話を聴いてもらいたいんです!」


 私が答えなかったからか、頭まで下げて懇願してくる。

 とりあえず動きが大きくなるのはかまわないが、できれば声を大きくするのはやめて欲しい。

 今の時間帯は早朝、家族に気付かれたらどうするのやら。

 いまさらな話ではあるのだが。

 
「ああ、頭など下げんでいい。誰も断ってはいないだろう」


「それじゃあ……!」


 ……正直な所、こんな少女に戦う術など教えたくはない。

 どうしても戦わなければならないというのなら、この小さなマスターではなくサーヴァントたるこの身が戦うべきなのだ。

 だが、そうも言ってられない。

 そんな事をしても意味がない。

 私があの少女と戦い勝利したとしても、なのはの願いは叶わないだろうから。

 なのは自身が昨日出会った少女と向き合い、ぶつかり合わないといけない。

 そうしなければ、なのはの言葉は、あの少女には届かない。


「ああ、かまわんよ。君があの少女と最低限渡り合えるだけの力をつけるのは、私としても安心できるからな」


「はい! よろしくお願いします!」


 というわけで己がマスターを鍛える事となった。

 ユーノと喜び合っているなのはを見ながら何を教えるべきか考える。

 魔法を使えるわけでもない自分が、何をなのはに与えられるだろうか。

 空を飛べる時点で地に足をつけずに、空での戦いが主体となるだろうし……。

 そんな、あまりにも前提が異なる魔導師への師事に頭を悩ませながら、家の近くにある公園へと向かう事になった。

 なのはとユーノは高町家の面々に気付かれないようにこっそりと、私は霊体化してあっさりと家の外へと出た。

 そして公園へと続く道を歩き始めた。

 ……ちなみになのはは気付かれていないと思っているようだったが、ばっちり家族には気付かれていた。
 
 だというのに、何も言われないなのはは案外信頼されているのかもしれない。 





「それじゃあエミヤさん。トレーニング、よろしくお願いします!」 


 所変わってエミヤさんとユーノくんと三人。

 朝早くだから誰もいないんじゃないかな、という考えのもと早朝の公園に来た。

 考えは的中して今、この場所には私たち以外誰もいなかった。

 
「ああ。始めるとしよう。と言っても私は魔導師ではない以上、今教えられる事は大して無いのだが」


 ずいぶん意気込んできたために、ちょっと拍子抜けしてしまった。

 でも言われてみるとそうだ、エミヤさんは魔導師じゃなくて魔術師なんだった……。

 昨日あっさりとあの女の子の魔法を切り裂いていたから、戦い方をよく知っていると思ったのに。

 うぅっ。考えたらずだな、私って……。

 
「まて、そんなに落ち込む事は無い。私とて戦いによって多くの人々に影響を与えてきた者だ。魔法以外に教えられる事はいくらでもある」


「本当ですか!?」

 
 沈みかけた気持ちに一条の光。

 声にも思わず力がこもる。


「ああ、君の期待は裏切らんさ。だがその前に、いくつか決めておきたい事ある」


「何をですか?」


「役割分担を、だ。たしか、ユーノは一通りの魔法を使えたな?」


「はい。結界魔法が一番得意ですけど、それ以外にもいくつか使う事ができます」


 これは昨日ユーノくん自身が言っていたことだ。


「ならなのはに戦闘に用いり易い魔法をすべて教えてやってくれ」


「分かりました。なのはが学校から帰ってくるまでに候補を上げておきます」 


 そうしてどんどん私のトレーニングメニューが決まっていく。

 私を置いてけぼりにして。

 何だろう、一昨日から時々除け者にされているような……。

 いや、話に入っていけないから仕方ないんだけど。

 しかも私のことに関して真剣に話しているのだから、文句なんて絶対に言えない。

 なにこのジレンマ。

 そんな事を考えながら話が一段落するのを待っていた。  

 
「まぁ。こんなものだろう」


「あ、話がつきました?」

 
 ようやく終了。

 いや、別にそこまで掛かったわけでもないんだけど、どうしても長く感じてしまう時間だった。

 
「とりあえずな」


 明日からのメニューはこんな具合になったらしい。


・早朝、エミヤさんによる鍛錬


・昼間、レイジングハートによる戦術指南


・夜、ユーノくんとの魔法練習



「あれ、昼間って学校にいるときですか?」


「本当なら学業を疎かにするなどもっての外なのだが、さすがに時間がない。遅れた分はこの騒動が終わってから取り戻せばいいさ」

 
 授業中、というのは驚いたが確かにやろうと思えば出来る、と思う。

 昨日授業中に念話で話したときのようにすればきっと大丈夫だろう。

 というわけで、今から早速エミヤさんによる鍛錬の始まりだ。


「それで、具体的には何をするんですか?」


「なに、至極簡単なことだよ。君はただ『目を閉じない』これだけをすればいい」    


 ……? えっと、どういうこと?


「どういうことですか?」


 ユーノくんが私に代わってエミヤさんに聞いてくれた。

 いや、本当に。そんなことをしてどうするんだろう。


「これからなのはには『敵意』を感じられるようになってもらう」


「敵意、ですか?」


 なんだか気配並みにあいまいな物が出てきたような。


「ああ。これから私が君にあらゆる『敵意』を見せる。君はそれを目て、感覚を磨き、感触になれてもらう」


「それってどんな意味があるんですか?」


「戦闘を行う以上、これが出来なければ話にならない。
 逆に言ってしまえば、これさえ出来れば相手の『敵意』を避けることも、その隙間に自分の『敵意』を入れることも出来るようになる」


「……本当に目を閉じないようにするだけでいいんですか?」


 敵意を感じるなんてことが、それだけで出来るようになるんだろうか。

 口からでた言葉はそんな不安から来るものだった。


「こういうものは見て慣れるのが一番だ。もちろん苦労はするし、少しばかりつらい思いをしてもらうことになる。君に、その覚悟はあるか?」


 エミヤさんが真剣な顔で私に問いかけてくる。    

 苦労なんて百も承知だ。私はあの子とお話がしたい。

 そのためならいくらだって頑張れる。 


「もちろんです!」


 私はまっすぐにエミヤさんを見て、元気よく言い切った。





 なのはから返ってきた声は、実にいい声だった。

 諦めない、やり抜いてみせる、という気概に溢れている。


「ではさっそく、始めるとしようか」


「はい! がんばります!」


 なのはの声に頷いて、気持ちを切り替える。 


「では、今から戦闘訓練を始める。ユーノ、少し離れていろ」


 両の手に使い慣れた双剣を投影する。

 それを見たなのはの表情が少しばかり強張る。


「そ、その剣で何をするんですか?」


「そんなに不安がるな。先ほども言ったように、君はただ目を閉じないことだけを意識すればいい」


 強張ったなのはの表情が、さらに引きつったのを確認して。

 まずは上から、垂直に真っ直ぐ剣を振り下ろした。

 ――なのはに触れる、寸前の場所で。


「うにゃあ!? な、何するんですか、エミヤさん!」


「だから言っただろう。君にいろいろな敵意を見せると。そのためにはこのやり方が一番効率的だ」


 刃物は人がもっとも恐れる物の一つだ。

 しかし、目の前で振るわれるそれを恐れることなく、しっかりと見極められるようになればずいぶんと変わる。  

 こめられる敵意を感じ取るだけでなく、回避能力も今より飛躍的に上昇するだろう。


「ほら、おびえて目を瞑っては何の意味もないだろう。ぎりぎり君に反応できるであろう速さに私も抑えるからしっかりやりたまえ」


「うぅっ、すっごく怖いけど、でも、どんどん来てください!」


 


 朝日がすっかり昇る頃には、なのはの体は震えに震え、涙目になってしまっていた。





 家に帰り、なのはが朝食を食べ登校すると、私はなのはと距離を置くことになる。

 いくらなんでも学校にまで霊体化して付いて行くのはやりすぎだ。

 何よりなのはの、魔法とは縁のない普通の日常を邪魔したくなかったというのもある。
  
 とは言ってもあまり離れすぎると昨日の様な事になりかねないので、すぐに駆けつけられる程度の距離感を保つ。

 今日は学校から程近いビルの屋上。

 そこから教室にいるなのはの姿を観察していた。  

 今は授業中。みな席に着き教師の話をノートをとりながら聞いている。

 聞いている、のだが……。


「ほう、案外上手くできているのだな」


 なのははしっかりとノートをとっているし、教師の話にも耳を傾けているように見えるが、じっくり観察するとどこか上の空。

 おそらくマルチタスクを利用して、レイジングハートによるトレーニングを受けているのだろう。

 ちなみにマルチタスクというのは複数の思考行動のこと。

 魔導師たちはそれに加え、魔法処理を並列して行う意味合いも含むのだとか。

 これは魔法、あるいは魔術を用いる戦闘において最重要のスキルである。

 というのも、戦闘中は常に動き続けなければならず、その中で相手の動きを読み、予測し、備える。

 当然こちらからの攻撃では、魔法や魔術式の発動、それらを相手に当てられる隙を見つけ出さなければならない。

 これらを常に複数、しかも同時に展開しなければならない。

 とくに魔術、いや魔法か、は動きながらでは最初はどうしても集中力が落ち、失敗してしまう事がある。

 なのはもまだ教わったばかりだからだろう、精度が甘い。

 少し注意して見れば、違和感を感じられてしまう。

 その証拠に、なのはの後ろの席にいる友人であろう少女二人が、不思議そうになのはを見ていた。





 そして放課後。

 なのはが一人歩いているところに霊体のまま合流する。


『お疲れ、なのは』

 
『あっ、エミヤさん』


 なのはが私のいる方へと笑顔を向けてくる。

 どうやらパスを明確に感じ取る事が出来るようになったらしい。

 見えていなくとも、私がどの辺りにいるのか位は把握できるのだろう。

 
『授業中の訓練、上手く行えたか?』


『たぶん、大丈夫だと思います。先生にも何も言われませんでしたから』


 どうやらある程度は誤魔化す事ができていたようだ。

 しかし、それはなのはとそれほど親しくない者だけだろう。


『それなら構わないがな、しいて言うなら、二人ほど君が授業以外の何かをしていることがばれていたぞ』


『えっ、本当ですか!?』


『ああ、君より後ろの席の、黒髪の子と金髪の子だ』


『それは……たぶん、私のお友達です。そうですか、ばれちゃってましたか』


『君のマルチタスクは精度がまだまだ甘い。明日からは少し気を付けるんだな』


『はい……。そうします』


 このとき、もっと強く、それこそ上手く出来るようになるまで止めておけ、とでも言うべきだったかもしれない。

 もっとも、言ったところでマスターが素直に応じるかは疑問だが。





 家に帰ってからユーノくんも加わって三人、昨日ジュエルシードが発動した場所に来ていた。

 これから魔法の訓練を始めるためだ。

 ここなら人気も無いし、念のため結界を張っているから誰かに見つかることもないはずだ。

 もう一人の魔導師、昨日この場所で会ったあの子には知られてしまうかもしれなかったけど、エミヤさん曰く


『ジュエルシードがない以上、向こうも手は出してこないだろう』

 
 との事だった。


「それじゃあ、ユーノ君。よろしくお願いします」


「うん、よろしくなのは」


 フェレットなユーノ君にお辞儀して、魔法の訓練を始める事にする。

 私達の隣にいたエミヤさんがちょっと複雑な表情をしていた。

 何故だろう? 
 
 エミヤさんはあんまり表情が変わらないからよっぽどの事だと思うんだけど。 

 
「それじゃあこれから、いろいろと魔法を教えていくんだけど……」


「どうかしたか、ユーノ」

 
 考え込むように口を閉じてしまったユーノ君に、エミヤさんが声をかける。


「あの……僕はあまり攻撃魔法は得意じゃないので、防御魔法や捕縛魔法を重点的に教える事になると思うんですけど、それでも構わないですか?」


 ユーノ君の表情は不安げだ。


「むしろそちらのほうが都合がいい。防御面を鍛えておけば、昨日のように瞬殺されてしまうこともないだろう」 


 それを聴いて、ユーノ君の表情も安心したものになる。

 そして私は、エミヤさんからさりげなく言われた台詞に落ち込んだ。 





 気を取り直して、さぁ始めようとなった時。


「ああ、その前になのは。一つしてほしい事があるのだが」


 エミヤさんからそう言われた。


「何をですか?」


「簡単な事だ。なのははプロテクションという防御魔法を使う事が出来るだろう?」


「えっと、はい。レイジングハートに教えてもらいましたから」


 少し考えてから、一昨日のことを思い出す。

 そういえばエミヤさんと異相体との間に割り込んだときに使ったのは、あの魔法だった。


「それで少し試したい事があるのでな。今ここで使って欲しいのだよ」


 試したい事。 

 バリアの強度とかを見るのかな?

 そんな風に疑問を抱きながら言われた通りプロテクションを張る。


「これでいいですか?」


「ああ、かまわない。そのままで少し待っていてくれ」


 そう言うとエミヤさんは朝の訓練にも使った双剣の黒い方だけを出す。

 朝の訓練のせいだろうか。

 不思議と、体に震えが――。

 
「いや、ビビリすぎだろう」


「な、なのは! 大丈夫!?」


「だ、大丈夫! 大丈夫だよ! 目を瞑ったりなんかしてないよ!?」


 どうしてもあれが目の前で振るわれる光景を思い出してしまう。

 もう、完全にトラウマだった。


「少しやりすぎたか? まあいい。そのままでいてくれよ、マスター」


 そう言って剣を振り上げ垂直に、一直線に振り下ろした。

 その剣はバリアに触れたと思うと――スパッ、と何の抵抗もなく、バリアを切り裂いてしまった。    


「あ、あれ? 怖かったからかなり魔力込めて作ったのに、こんなにあっさり……」


 そう、いま張ったシールドは始めて使ったあの時のものよりずっと強く作った。

 それがここまで簡単に壊されると、ちょっと自信を失くしそうである。


「やはり、か……」


「何かわかったんですか?」


 エミヤさんの呟きを聞いて質問してみる。

 
「ああ、どうやら私が使う武器は君たち魔導師が用いる純粋な魔力にとことん相性が良い様だ。だがここまでとなると……少し考え物だな」


 エミヤさんから帰ってきたのは少し困ったような答えだった。

 相性が良いのに困るってどういうことだろう?


「まぁいい。邪魔をしたな、なのは」


「いえ、ぜんぜんそんな事はないですけど……」


 エミヤさんは持っていた剣を消して下がっていった。

 訓練を始めろっていう事なんだろう。

 
「それじゃあユーノくん、……ユーノくん?」


「あ、うん。ごめん、始めようか」

 
 そうして私の魔法訓練が始まった。





 なのはに一通りの魔法を教えて、今は辺りを自由に飛び回ってもらっている。

 そのため僕もエミヤさんがいる場所まで下がり、空を自由自在に飛びまわっているなのはを見つめていた。 


「なのはの調子はどうだ? ユーノ」

 
 そうしているうちに、エミヤさんのほうから声をかけてきてくれた。

 
「すごいですよ。まるでスポンジみたいに教えた事をどんどん吸い込んでいくんです。なのはは間違いなく魔法の天才ですよ」


「ほう、さすがは私のマスター、と言ったところか。もっとも私にはいささかもったいないほどに優秀なようだが」 


 その声には、少しだけ自虐の色が混じっているように思えた。

  
「エミヤさん、聞いていいですか?」


「何をだね?」

 
「エミヤさんがさっき使ったあの剣。あれは、いったい何なんですか?」


 ずっと気になっていた事を尋ねる。

 あの剣は決して普通の剣ではない。

 なのはのプロテクションは僕の目から見てもかなりの魔力がこもっていた。

 それをあれほど簡単に破壊してしまうなんて、信じられない。


「そうだな……。私の使う武器、あれらは少しばかり特殊でな。魔力のように、物質ではない曖昧な物には絶大な効果をもたらす物が多い」


「それってエミヤさんのいた世界独特の物なんですか?」


 少なくとも僕は見た事も聞いたこともなかった。

 理解できない危険な物。

 そういったものを見ると、どうしてもロストロギアという可能性が浮かんできてしまう。 


「おそらく、な。君たちの魔法はどちらかと言えば科学のようなものだろう? その点、私たちの魔術は神秘や概念のようなオカルトに近いものだ」


 神秘に概念? 

 いままで聞いたこともない単語が出てきた。

 本当にエミヤさんの使っている技術は、魔法とはまったく違う事を実感させられる。


「ユーノ、出来ればあまり私が使っている魔術について口外しないでくれないか」


「どうして、ですか?」


「特殊、というのはあまり良い物ではなくてね。知られる事によって無駄な危険を生む事もある。なのはには、そんな迷惑をかけたくない」


 ……確かに、あれほどの切れ味を持つ剣を欲しがる人は多いだろう。

 もしかしたら、この人はそのせいで、生前いろいろな目にあってきたのかもしれない。


「分かりました。誰にも言わないようにします」


「ああ、頼む」


 エミヤさんと二人、再び辺りを飛び回るなのはを見つめた。  












[24797] 第七話 譲れない願い、届けたい想い
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2011/07/03 03:00











          譲れない願い、届けたい想い










 放課後、なのはが校門から出てくるのを霊体化して待っている時の事だった。

 授業が終わり帰宅する子供たちは基本、何人かのグループで固まっている。

 その中から目的の一組を見つけ出す。

 いつものように、なのはと他二人。

 先頭を大股で歩いている、いつぞやの少女とはまた違った色合いの金髪を持つ気の強そうな少女。
 
 その後ろには黒髪の落ち着いた雰囲気を持つ少女。

 どちらもなのはと同学年、同じクラスの子達だ。

 が、いつもは三人仲良く話しながら帰っているというのに、今日は少しばかり様子が違っていた。


「なのはちゃん、今日もこれないの?」

 
 遊びの誘いだろうか。

 それにしてはあまり楽しそうに聞こえない。

 少なくとも、これから遊びに出かけるような空気ではない。

 質問の仕方からして、ダメな事は分かっているがそれでも少し期待しているといった感じだ。


「うん……ごめんね」


 なのはにもそれが見て取れたのだろう。

 答える声には元気がなく、その表情は分かりやすく沈んでいる。


「別にいいわよ……。大事な用事なんでしょ?」


 こんどは先頭を行く少女。

 ふてくされた声と不機嫌そうな顔から、苛立ちと不満が見て取れた。

 
「ごめん」


 ここで謝るのは逆効果にしかならないと思うが……。


「――っ! 謝るくらいなら、事情くらい聞かせてほしいわよ!」


「……ごめんね」


 思ったとおり、謝ることしかしないなのはに痺れを切らしたのか、先頭を行く少女が歩みを止めて勢い良く振り返る。

 語気を荒くしながら不満をぶつけるが、それでもなのはは同じようにただ謝るだけだった。

 それに耐えられなくなったのだろう、再び前に向き直り大股で歩き出す。

 
「じゃあね! 行くわよ、すずか!」

 
「あ……ごめんね、なのはちゃん。また明日!」


 すずか、と呼ばれた黒髪の少女はなのはへと謝った後、大股から駆け足へとスピードを上げた金髪の少女のもとへと走っていった。

 
「うん……。また明日」


 なのはは独り、走っていく二人に手を振っていた。





『君たち三人がケンカとは、なにかあったのかね?』

 
 珍しく一人で、しかも落ち込んだ様子で歩いているなのはに念話で声をかけた。 

 もちろん原因は先ほどの会話でおおよそ分かっていたので、聴かなくてもいいことではあるのだが。

 さすがに小さい子供が落ち込んでいるのを見て、何もしないわけにはいくまい。

 第一、なのはは私のマスターだ。

 マスターの精神的なケアもサーヴァントの務めだろう。 

 
『はい……。私の友達の、金髪の子のほうがアリサちゃんで黒髪の子のほうがすずかちゃんっていうんですけど。
 最近私、魔法の練習ばっかりだからぜんぜん遊んだりしてなくて、そのせいで今日もすずかちゃんのお誘いを断っちゃったんです』


 とのことだった。

 想像していた通り、これも魔法がらみで出てきてしまった問題の一つである。

  
『私にはあの子がそんな理由で、君に対し怒っていたわけでは無いように見えたがね。君に大切な用事がある、という事情を理解し受け入れていたように見えたが』


『そう、ですね。アリサちゃんが怒ったのは私が用事があって遊べないからじゃなくて……』


『君が困っているのになんの相談もしてくれないから、かな?』


 なのはは知らないかもしれないが、あの二人は授業中のなのはの様子がおかしい事に気付いていた。

 それを含めて考えると、なるほど。心配して当然だ。

 授業中ずっと上の空で、放課後もなにやら忙しそうにしている。

 だというのに、自分達には何の相談もない。

 これで心配しない者を友達とは言わないだろう。


『それでも、魔法の事とかを話すわけにはいきませんから』


 そう、それが厄介なところだ。

 この問題は、包み隠さず全て話してしまうのが最も簡単な解決法だ。

 しかし、今回はそれが出来ない。

 ほかの手段を用いようとしても、なにぶん時間がない。

 打つ手無し、八方塞。  

 切羽詰っている現状ではどうしようもない。

 とはいっても、これはある意味必然だ。

 非日常とは、係わりが深くなれば深くなるほど、それまでの当たり前の日常から抜け出していってしまう。

 上手く両立するのは、難しい。 
 

『たしかにな。それは私も同意だ。何の力も無い人間を巻き込んではいけない』


『はい。だから、しかたないんです』


『だが――たまには君も、魔法のことなど忘れて友達と遊んだらどうだ?』


 ――だからと言って、日常を放棄してしまう事もないだろう。


『いや、でも私、そんな余裕なんて無いですよ』

 
『確かに今の君では力不足にも程があるからな。この差を埋めるためには遊んでいる暇など無い』


『はい……』


『しかし――君はよくやっているよ。少しくらい、息を抜いてもかまわないだろう』


 なのはの熱意は、私から見ても過剰といえるほどのものだ。

 このままでは、そう遠くないうちに体がもたなくなる。

 何事も行き過ぎれば毒となってしまう。

 なのはにはまだその境目が分からない。

 なら、それを判断し助言する事も、サーヴァントの役割だろう。


『でも……ジュエルシードのことがあるのに遊んだりするのは、ユーノ君に悪いと思うんです』


 またこの子は……。

 思わずため息が出そうになった。

 なのははこの年齢でありながら遠慮というものをしている。

 高々小学三年生が覚えるには早すぎるものだ。

 もちろん無ければいいというわけでもないが、なのはのそれは、いささか以上に行き過ぎているように感じられた。
 

『ユーノはそんな事で君を責めたりしないだろう。逆に、今の君には罪悪感を覚えるのでは? あれはそういう性格だぞ』


 もっともそれはユーノも似たようなものである。

 なのはが自分の事をないがしろにしてまで協力してくれている、とユーノが知れば間違いなく落ち込むだろう。

 やっぱり自分ひとりでやるべきでは、などと思いかねない。

 正直、二人にはもっとわがままになって欲しいとさえ思えるほどだ。

 責任を背負ったり、遠慮したりなど、大人になってからいくらでも出来る。

 子供でいられる限られた時間を、もっと子供らしく過ごしてもらいたい。

 大人の勝手な押し付けでしかないのかもしれないが、そう思わずにはいられなかった。 


『でも……』


『なのは。何事もバランスが大切だ。君が魔法の練習をやめたくない気持ちも分かるが、それだけでは体がもたなくなるぞ。
 たまには身体と精神を休める事も必要だ。それに……』


 いったん、言葉を切った。

 それから少しだけ、言葉を選んで。

 
『自分のことを理解してくれる、支えてくれる存在はとても貴重なものだ。そういう者がいてくれるというだけで、救われる。
 どれほど辛く、困難な道であろうと、歩いていける力をもらう事ができる』 


 かつての友を、思いだした。

 そう、友情とは、たとえ最後が裏切りによって終わってしまったものだったとしても。

 一時でしかなかったとしても、結局理解される事はなかったとしても。

 友だったという事実だけで、十分に満たされる。

 何物にも変えがたい、宝物だ。


『まぁ、小難しく言ったが、ようは友達は大切にしろという事だ』


 最後の言葉には、思わず苦笑が混じってしまっていた。 

 まったく、その友の声も、仕草も、顔すらも忘れてしまっているというのに。

 我ながら、よく言えたものである。


『そう、ですね。今度、思いっきり二人と遊んできます』 


 だが、その成果は十分にあったようだ。

 今のなのはには、先ほどまであった沈んだ表情は無くなっていた。


『ああ。それでいい』


 そう言ってくれるのなら、似合わない事を言った甲斐もあるというものだ。










 海鳴市のとある街中。

 見上げるようなビルがいくつも並び、大勢の人々が行きかう場所。

 それに比例して、いくつも設置されている横断歩道。
 
 今現在、『止まれ』を示しているそれらの一つに、フェイトはいた。

 立ち止まり信号が青くなるのを待つ多くの人の中でも、よく目立つきれいな金髪。
 
 その色と対比させるように、髪に括ったリボンから服まで黒で統一されている。

 その顔は横断歩道の向こう側、自分の正面にいる親子に向けられていた。


「今日のお昼ご飯、なに?」


「ん~そうねぇ。何にしよっか」


 数メートル離れていても聞こえてくる元気な声。 

 その親子は今日のお昼ご飯のメニューについて話しているようだった。

 至極当たり前の、幼い子供がいる家庭なら毎日のように繰り返される、心温まる光景。

 それはフェイトに、かつての自分と母との記憶を思い起こさせた。



  

 それはもう、いくつの時だったか分からないほど昔の話。

 至極当たり前だった、母との思い出と言うほどでもない、日常の一コマ。

 そのときは何をしていたんだっけ。

 クレヨンを使って画用紙に何かを楽しそうにに書いていた。

 ああ、そうだ。

 このときは、母の似顔絵を書いていたんだった。


『はい、おまたせ』

 
 優しい母の声が後ろから響き、笑顔でその元へと走っていく自分。

 そんな自分を見て柔らかい笑顔を向ける母。

 あの時は、笑顔が沢山あふれていた。 

 
『ジャムいっぱい入ってる?』


『うふふ、もちろん』


『わぁーい! ママ、大好き!』


 そんな、暖かな日常。

 幸せだった日々。

 無邪気にはしゃぐ自分と。

 今でもはっきりと思い出せる、母の優しい笑顔。

 その笑顔は今向けられる表情とはあまりにも違いすぎて、胸が苦しくなる。

 だからこそ、再びあの笑顔を向けられるためなら、自分はなんだって――――。





 信号が青に変わる。

 立ち止まっていた人々が一斉に動きだし、フェイトも思い出の海から浮かび上がる。

 周りの人々と同じように歩き出し、先ほどまで対面にいた親子とすれ違う。

 親子は仲良く会話を続けている。

 それを横目で眺めて、少しだけ目を閉じる。

 そこに浮かび上がってくるのは、優しかったかつての母の、暖かな笑顔。

 取り戻したい、時間の記憶。

 再び開けたフェイトの瞳は悲しい位、強い決意に満ちていた。

 ――優しい記憶は、この胸に。

 愛しさにに震えても、孤独に泣いても。

 譲れない願いを抱いて、少女は一人、歩みを進める。

 その先に、取り戻したい幸せな時間があると信じて。










 学校から家につくころには、なのはの様子はすっかりいつも通りに戻っていた。

 そしていつものように放課後のメニュー、ユーノとの魔法訓練に入る。 

 
「そう、集中して。心の中に、イメージを描いて」


「ん~~」


 目の前の光景を何をするでもなく見守る。

 
「そのイメージを手にした杖、レイジングハートに伝えて」


「うん……。レイジングハート、お願い」


 しかしこうして観察すればするほど、魔法とは便利なものだとつくづく思う。

 
「Stand by Ready」


「イメージに魔力を込めて、呪文と共に杖の先から一気に発動!」

 
 魔術は利便性を求めるようなものではない、というのも理由の一つなのだろうが。


「イメージを魔力に……。リリカルマジカル! えっと捕獲魔法、発動!」 


 ん!? 

 
「やった! 成功!?」


「いや、してない!」


 今、聞き捨てなら無い言葉が聞こえたような……。

 いや、聞き間違いだろう。それに今はそれどころでは無いようだ。
 
 
「ふぇ? ……ひゃあぁぁぁ!!」


 なのはの悲鳴と、その直後に響く爆発音。 

 
「失敗すると爆発か……。相変わらず迷惑だな」


 魔法が便利ではあることは間違いないのだが、やはり使いこなすにはそれなりの努力が必要らしい。

 これでも最初の頃より随分とマシになったほうだ。

 爆発音は先ほど捕縛魔法として発動した魔力が弾けたのだろう。 

 ちなみになのはの悲鳴は、突然私に抱きかかえられたからだったりする。

 そうして、腕の中にいるなのはとユーノを降ろす。

 私が魔法訓練を見守っているのは、このような事態で怪我をしないように防ぐためだった。

 それにしも、出来る魔法と出来ない魔法との差が激しすぎる。

 基本的な魔法は満遍なく扱うことが出来るのに、そこから少しレベルが上がると途端に得手不得手が顔を出す。

 才能豊かではあるが、それもかなり偏っているようだ。


「びっくりしたーっ」


「大丈夫、なのは」


「うん、何とか。ありがとうございます、エミヤさん」


「どういたしまして、出来ればもっと爆発を大人しくしてくれると助かる」


 なまじ魔力が大きいため、制御を失敗したときのリスクがとんでもない。

 今も、先ほどの爆発の影響で非常に小規模ながらも浅いクレーターができていた。
    

「うぅ、ごめんなさい……。はぁっ。なかなか上手くいかないなぁ」


「でもすごいよ。たった数日でここまで出来るようになってるんだから」


「たしかに、少しは爆発の規模も小さくなったか?」


 言いながら服についた土埃を払う。

 地面を直すのにまた手間取りそうだ。


「こんなことじゃダメですよね。よし、もっともっと頑張ります!」


「意気込むのはかまわないが、あまり魔力を込めすぎてくれるなよ。後片付けが面倒だ」


 再びもとの位置に戻り練習を再開する。

 それにしても、よくへこたれないものだ。

 何度失敗しても投げ出さないし、諦めない。

 なのはは目標に真っ直ぐ突っ込んでいくタイプだ。

 どうしようもない壁に突き当たらないかぎり、この調子で突き進んでいくだろう。

 どんなマスターでも、私が振り回されるのは変わらないようだ。
 

「攻撃とか防御の魔法はもうコツが掴めているんだけどなぁ」


「なのははエネルギー放出系が得意の砲撃魔導師だからね。元の魔力が大きい分、収束とか圧縮とか、微妙なコントロールが苦手なんだよ」


「分かりやすく言うと、なのはが力任せでおおっざっぱな性格、という事だ」


 離れたところから意訳してやる。

 案外当たっていると思うのだが。


「はうぅぅ。やっぱりそういう意味だったんだーー!」


「ええ!? いや、違うよ! 今のは、その、言葉のあやで……」


 意外と和気藹々としている訓練風景だった。





 その後もユーノからいくつか指摘をもらい、補助魔法の練習は終了。

 なのはは攻撃魔法と防御魔法の自主練習に入っていた。 


「なぁユーノ、前々から思っていたのだが、魔法は人に使うには威力が高すぎないか? 砲撃魔法など普通の人間が当たったら消し炭になるぞ」

 
 となりで共になのはの様子を見ていたユーノに聴く。

 これは魔法を初めて見たときから持っていた疑問だ。

 いくらなのはが身に着けている防護服(バリアジャケット、と言うらしい)が優れているとはいえ、あれだけでは心もとない。

 もちろんそのために防御魔法が存在するのだろううが。  

 
「あ、そういえば言っていませんでしたね。魔法には非殺傷設定というものがあって、これを用いれば物理的なダメージを無くす事ができるんですよ」


「何だと?」


 今、なんと言った。

 物理的ダメージを無くす?


「えっと、攻撃魔法は術者の設定によってさまざまな効果を与える事ができるんですよ。
 非殺傷設定は主に純粋魔力ダメージによって対象の肉体を傷つけることなく、行動力だけを奪うための設定なんです」


「そんなものまであるのか……。いや、魔法とはつくづく便利なものだ」

  
「もちろん外傷を避けられるだけで、それなりに衝撃や痛みはつたわりますけど。魔術にはないものなんですか?」

   
「ああ、魔術とは魔力によって起動する神秘だからな。いくら魔力の設定をしたところで何の意味もないさ」

 
 この時、本気で魔法を使える者をうらやましい、と思った。


「なのはにこの事はもう言ってあるのか?」


「はい、そもそもレイジングハートは常に非殺傷設定にしていますから。あ、そういえば……」


 何かを思い出すように腕を組む。

 相変わらず仕草がいちいち人間らしくて違和感が途方もない。

 こればかりは慣れる事が出来そうにないな。
      
 
「なのはにこの事を言った時『それなら安心して全力全開で戦えるね!』ってすごくうれしそうに言っていましたよ」


 ……何故だろう。

 その言葉を笑顔で言っていたであろう我がマスターを想像すると、妙な寒気がした。

 冷や汗まで出そうになった。

 首を振ることでその感情を追い払い、なのはに視線を移す。

 その時のなのはは、とてもいい笑顔で攻撃魔法の練習をしていた。
 






[24797] 第八話 知りたいのは、瞳の奥のその秘密
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2011/10/01 01:55




 夜、放課後に行っているなのはの魔法練習が終わると、そのまま街の中心部へと行く。

 目的はもちろんジュエルシードの探索だ。

 なんでもその辺りにジュエルシードの魔力を感知したらしい。

 当然なのはを一人で歩かせる訳にはいかないので私も実体化し、以前購入した服に着替えて共に行動している。

 唯一ユーノだけは別行動だ。

 敵対するものがいる以上、万全の状態ではないユーノを一人にするのは気が引けたが、何でもフェレットの大きさでしか通れない所を探すのだとか。

 遺跡探索を日常としていたユーノは、その辺りお手の物なのだろう。  

 そして今夜、二人と一匹でジュエルシード探索へと夜の街に繰り出した。










          知りたいのは、瞳の奥のその秘密










「エミヤさん、その服どうしたんですか?」


 一緒に街の中を歩いているなのはが聴いてきた。

 そういえばまだ言っていなかったな。


「街中で鎧など着ける訳にはいかないからな。君が学校に行っている間に買っておいたのだよ」


 確か召還された翌日に買ったのだったか。

 あの時は随分とホストだ何だのと言われたが、今日は声を掛けられることもない。

 
「はぁ、それはいいんですけど。なんだかものすごく見られているような……」   
 

「まぁ、確かにな」


 声こそ掛けられないものの、なのはの言う通り多くの視線を感じた。

 さすがにこの時間帯に、小学生と大人が一緒に歩いているのは不味いか?

 年齢的には私となのはは親子でも通じるはずだが、如何せん私を見て日本人だと思う者はいないだろう。

 
「いや、問題はそこじゃないと思うんですけど……」

 
「なんだ、先ほどから嫌に歯切れが悪いな」


 言いたい事があるのなら、はっきりと言ってくれたほうが私としては嬉しいのだが。


「いや、エミヤさんがそんな格好をしていると、なんて言うか……」


「まさか、君までホストみたいだと言うつもりか――!」


 などと中身のない会話をしている時だった。

 
「え、これって――!」


 空が、ありえない速さで雲に覆われていっていた。


「これは……魔力を流しているのか?」


 感じるのは空気中に流れていく魔力。

 まさか、これでジュエルシードを刺激して発動させるつもりか。

 
「なのは、バリアジャケットを装備しておけ」


「あ、はい!」


 だとすれば、戦いの時は近い。

 なのはに準備をさせてジュエルシードの発動に備える。


「さて、どこにある――?」
 




 多くのビルが立ち並ぶ街の中心地。

 その中でも最も高いビルの上。

 そこに黒を特徴としたバリアジャケットに身を包むフェイト。

 そして一目見ただけで分かる、人とは明らかに異なる形の耳と尻尾を持つ使い魔のアルフがいた。


「確かに、この辺り」


「うん。でも、細かい位置が特定できない」


 二人もなのはたちと同じ目的で同じ場所にいた。

 だがそこまで。

 なのは達同様、大まかな位置は特定できていたが、それ以降の進展がない。

 発動さえしてしまえば一発で分かるのだが、いつ発動するかは完全に運しだいだ。

 だが、その運に頼っている時間は、この二人には無かった。 

 
「仕方ない。ちょっと乱暴だけど、魔力流を打ち込んで強制発動させるよ」


 魔力流とは魔力の流れを発生させ、一時的に空間内を高密度な魔力で満たす魔法だ。

 それにより範囲内の魔力に強く反応する物、ジュエルシードを探知することが可能となる。
 
 しかし。


「大丈夫? かなり魔力を消費するけど……」


 そう、一見便利な魔法ではあるが、その分消費する魔力量が多い。

 探知した後に行わなければならない封印作業の事も考えれば、あまり有効的な手段とは言えない。

 それを承知で心配して声を掛けてくる使い魔に、少女は落ち着いた声で、しかし力強く言った。 


「平気だよ。私、強いんだから」


 手に持つデバイス、バルディッシュを空へと向け。ありったけの魔力を流し込む。

 魔力は雷となって天にのぼり、雲という形で街を覆っていく。

 その直後。


「これは、広域結界……! やっぱりいやがったか」


 魔力流を打ち込んだ場所に、どこからか結界が張られる。

 誰が張ったのか、予想はついていた。

 
「見つけた」

 
 魔法を発動して僅か数十秒、ジュエルシードの強制発動に成功した。


「向こうも気づいてる。フェイト!」


「うん。アルフ、男の人の方はお願いね」


「フェイトも、無理しないように、ね!」


 魔導師と使い魔二人、夜の街へと飛び込んで行った。  
  
  



「思ったよりも近いな。なのは、行くぞ!」


「はい!」

 
 なのはは空を飛び、私は地面を走る。

 ジュエルシードの発動を感知して、居場所を突き止めたのがつい先ほど。

 もちろんそれは自分達だけではなく、この仕掛け人、あの少女も分かっているはずだ。

 単純な移動スピードは向こうの方が上。

 出来るだけ速く、先に着かなければ。

 
「あ、あそこです!」


 なのはが指し示す方向に、宙に浮く小さな宝石を見る。   

 
「この距離だ。なのは、ここから封印してしまえ!」


「はい! レイジングハート!」


「Cannon Mode.(カノンモード)」


 なのはの声に応じて、杖の形態をしていたレイジングハートが砲撃用の形へと変化する。

 そして桃色の光を放つなのはの魔力が集まっていく。


「Divine Buster.(ディバイン・バスター)」


「あああーーっ!」


 なのはがジュエルシードに向け、トリガーを引く。

 その直後、大量の魔力がジュエルシードに向けて放たれたが、しかし。

 ジュエルシードを挟んだ向こう側からも、同量の魔力が放たれていた。

 そして、桃色と金色の魔力が共にジュエルシードにぶつかり合う。


「ううっ、ジュエルシード、封印!」


 一際大きく発せられた光に、思わず腕で目を隠す。

 魔力同士がぶつかり合う爆発音が響き、次第に収まっていく。


「ジュエルシードは……!」


 見てみると、先ほどまで発動していたジュエルシードはしっかりと封印されていた。

 こうなれば大人しい物である。


「なのは、大丈夫か?」


 息を整えながら空から降りてきたなのはに声を掛ける。

 本当ならもう休ませてやりたいところだが、そうもいかない。


「はぁっ――。ふぅ、もちろんです。それじゃあ私、あの子の所に行ってきますから」


「ああ、がんばって来い」


 そう言うと、なのははジュエルシードのある方へと飛んでいった。
 
 その目的は言わずもがな。

 まだまだ勝つ事は難しいだろうが、真の力とは戦いの中でこそ発揮される物。

 後はなのはしだい、だ。

 マスターの成功を祈るとしよう。


「さて、隠れていないで出てきたらどうだ? お互い手持ち無沙汰だろう?」


 どうやら敵は一人ではないらしい。

 目視は出来ないが気配が一つ、無人のはずのビルに紛れ込んでいた。

 
「なんだ。やっぱり気づいてたのかい? 気づいてなかったら不意打ちかましてやろうと思ってたのに」


 聞こえてきた声は若い女性のもの。

 その声と共に近くにあったビルから姿を現し、立ちふさがるように私の前に跳んで移動してきた。

 となると、彼女の狙いは足止めか。


「私のご主人様がいくら強いったって2対1は避けたかったんでね。あんたの相手は私だよ」


「そんな事をせずとも私はあの子達の邪魔はせんよ。1対1の真剣勝負に割り込んでいくほど無粋ではないさ」


「へぇ~。そんな余裕かましてていいのかい? あんたのとこの、あれ初心者だろ? 魔法覚えたての奴に負けちまうほど、フェイトは弱くないよ」


 フェイトとはあの金髪の少女のことか。

 その人物の事をご主人様、と呼ぶという事は……。


「なるほど、君はあの少女の使い魔か?」


「そういうこと。だから――フェイトの邪魔は、誰にもさせない」 
 

 使い魔の瞳に一気に敵意がこもる。

 そして次の瞬間――――若い女性の姿から、大型の狼へと姿を変えた。

 狼は威圧するように遠吠えを轟かせ、こちらを変わらぬ敵意をこめて睨み付けている。

 どうやらこちらのほうが素体のようだ。

 先ほどまでの人の姿はユーノと同じ変身魔法によって作り出していたものらしい。

 いやまぁ、獣の耳と尻尾をそのままに人間の姿をしていたため、解析するまでも無く分かっていた事だが。

 
「やれやれ。手は出さないと言っているというのに、血気盛んな事だ」


 そう言ってこちらも戦闘態勢に移行する。

 しかし、いつも愛用している干将・莫耶は投影しない。

 なぜかと言うと数日前、なのはの協力の下魔法に対する宝具の有用性を確かめたのだが、それがあまりにも不味かった。

 あまりにも威力が強すぎたのだ。

 なにせ無造作に剣を振り落ろしただけだというのに、なのはのシールドを切り裂いてしまった。

 このあたりはなのは達の使う魔法が、極論ただの魔力の塊であり、なんの神秘も宿していないのが原因なのだろう。

 もっともそれだけなら相性が良くて好都合、なのだが。

 どうやらユーノいわく、魔法は人を無闇に傷つけない物、死なせるなどとんでない、のだそうだ。

 非殺傷設定というものがある以上、当然といえば当然だが。

 そしてそれにより、相手を傷つけずに無力化することを可能とする。

 だとすれば、下手に相手に傷を負わせたりすると、非常に警戒されることになる。

 そんな事をすれば私が魔法を使っていない事が知られてしまうし、それはまだしも私の使う武器の異常性が知られてしまうのは不味い。

 万が一どこかから情報が漏れ、私の武器目当てに魔導師たちが寄ってくる、などという事になったら目も当てられない。

 生前、少なからずそういうことがあった身としては、異常性を知られるのは、百害あって一理なしなのだ。      
    
 
「あれ、なんだい? あんた、前の時みたいに剣を使うんじゃないのかい?」


 こちらが徒手空拳でいる事に疑問を持ったのか、狼の姿のままで問いかけられる。

 どうやら、前回接触した時の事はすべて知られているらしい。


「いや、私は無手でもそれなりに自信があるのでね。少なくとも、獣相手に武器は不要だ」


 嘘っぱちに皮肉もこめる。

 はっきり言って無手で戦うことに大して自信は無い。

 戦うときはたいてい武器を投影し、憑依経験を利用して技術を高めたり、身体能力の水増しなどを行っていたのだ。

 もちろん素手での戦い方は一通りこなせるし、易々と負ける気もしないが、それでも武器を持つときと比べるとその戦闘力の差はかなりのものになるだろう。


「へぇ、言ってくれんじゃないの……!」


 こちらの挑発にあまりにも簡単に乗ってきてくれた敵に感謝しつつ、気を引き締める。


「それにしても武器を使わなかったり、フェイトよりずっと弱いガキンチョを援護もせずにぶつけて来たり。あんた、なめ過ぎじゃないかい?」


 こちらの挑発に対するお返し、という事だろうか。

 先ほどからあった、声に含まれる嘲りの感情が一際強くなった。

 いつもなら軽く受け流すか、挑発し返すかするところなのだが。

 言われた言葉に、一つ、見過ごせないものがあった。

 
「それこそまさか。君こそこちらを見くびりすぎだ。あまり私のマスターを――なめるなよ」



     

 大口を開けてこちらに噛み付こうとする狼の動きを見切り、ぎりぎりで身を翻し避わす。

 今度は人の肌程度軽く切り裂いてしまいそうな、鋭くとがった右足の爪を振りかざしてくる。

 これを手で横から軽くはたき、攻撃の進路を僅かにずらせて避ける。

 そこで敵に大きな隙が出来るが、それを突かせないように魔力弾を放ってくる。

 となればこちらは反撃が出来ずに回避をとってしまう。

 そしてその隙に相手は態勢を立て直し、また攻撃してくる。

 先ほどから始まった私とこの使い魔との戦闘は、この繰り返しだった

 こちらが無手で一撃の重さに不安があることも一因だが、それだけではなくこの狼、なかなかに良い攻め方をする。

 が、単調すぎる。

 戦闘開始二、三分で、もうほとんどの動きの癖やパターンを掴めていた。

 しかしこちらもそれですぐ、どうこう出来るわけではない。

 この使い魔、と言うより今のところ魔法を使える者全員に言えることだが、基礎防御力がかなり高いのだ。

 魔導師はバリアジャケットによって、この使い魔は動物が素体だからか。

 なんにせよ、打撃による攻撃がほとんど通らないのだ。

 そしてこちらは徒手空拳。

 かなりの手詰まり具合だった。

 もっともこの状況を打開するあてはあるのだが……。


「エミヤさん! すみません、遅くなりました!」

 
 と、あてがきたな。


「なかなかにいいタイミングだぞ、ユーノ」

 
 視線も意識も敵に向けたまま、声だけでユーノに声をかける。 


「ちっ、なんだい。もう一匹いたのかい」


 攻め手を緩めず、めんどくさそうに呟く目の前の狼。

 しかし目線は僅かに新しく現れたユーノに向いている。

 そういえば先日の戦闘でユーノは、フェイトと呼ばれる少女が去った後に来たからな。

 知らなくて当然か。

 しかし、まぁ。


「戦闘中に敵から目を離すとは。いくらなんでも油断しすぎではないのかね?」


 振るわれてきた右前足を正面から掴み取り、無理やり上に引き上げる。

 
「え、うわっ!」


 この驚きは自分の攻撃があまりにも簡単に止められた事によるものなのか。

 悠長な事を考えているうちに狼の胴体が丸々無防備になる。

 そしてそこに、渾身の力をこめて蹴りを叩き入れる――!


「ぐ、ごはっ――!」 


 そのまま近くにあったビルに激突し、力なく倒れこむ。

 さすがにいくら防御が優れているとはいえ、英霊の渾身の攻撃を防ぎきる事はできまい。

 もっとも回復するのにそう時間は掛からないのだろうが。 

 だが、今必要なのは僅かでもいいから動きを止める事。
 
 それさえ出来れば、終わらせられる。
 
 倒れこむ狼の元へ走りより上からのしかかって、動きを封じる。

 
「ユーノ、捕縛魔法を頼む」 


「あ、は、はい。リングバインドでいいですよね」


 とまぁ、そういうことだ。

 わざわざ倒さずとも動きを封じてしまえばいい。

 そしてその点においても魔法はとても優秀だ。

 ユーノの足元に魔法陣が浮かび、狼の体にいくつもの輪の形をした魔力が固定される。
 
 これで動く事はできない。

 のしかかっていた狼から離れ、ユーノのほうに声をかける。

 
「いや、助かった。私がまともに魔法を使えない以上、君を頼る事しかできなくてね」

 
 実際はまともにどころか、欠片も使えないのだが。

 その辺りは敵がすぐそこに居るからであって、決して少しでも見栄を張りたいからではない。

 ちなみに私も魔法を使ってみようとした事はあるのだが、当然のごとく出来なかった。

 リンカーコアがないので出来る訳が無かった。

 もしかしたら気付いていないだけで、私の体にもリンカーコアが有るのではないかと思い、ユーノにその有無を調べてもらったがやはり無かった。
 
 まぁ、魔術師が自分の体にあるものを把握していない訳も無いので当然だが。 

 ところで、リンカーコアが無い状態で非殺傷設定の魔法が当たるとどうなるのだろう。

 この体は魔力で出来ているのだから、もらった攻撃力分の魔力量を削り取られてしまうのだろうか。

 英霊同士の戦いはお互いの魔力の削りあいであるため、この仮説はなかなかに信憑性があるな。

 今度試してみよう。


「さて、ユーノ。私達のやるべきことはひとまず終了だ。後はなのはに託すとしよう」


「やっぱり、援護はしないんですね」


「ああ。なのは自身がそう望んでいるからな。よほど危険な事にならないかぎり手は出さんよ」


「そうですか……。でもそう簡単に負ける事は無いですよね。なのはも頑張ってきましたから」


「そうだな。どうやらなのはは本番に強いようだし、勝ち目はあるだろう」


 空を縦横無尽に飛び回る二人の少女の戦いは、一進一退の接戦だった。

 基本的には金髪の少女が戦いの主導権を握っているが、なのはもそれによく喰らい付いている。

 
「っと、ユーノ。一応ジュエルシードの様子を見ておいてくれないか。私はここでこの使い魔を見張らなければならないのでな」


「はい、分かりました。暴走などの兆候があればすぐになのはを経由して、念話で伝えますから」
 
 
「いや、出来れば念話は使わないでくれ。戦闘中になのはの意識を少しでも逸らしたくないからな」


「それなら……そうだ。ここにリングバインドを設置しておきます。何かあったときは消滅させることで知らせます」


「ああ。それでいい。頼んだぞ」


「はい。僕も一応ですがあの二人を刺激しないように、ジュエルシードから少し離れたところで見張ってる事にします」


 私の目の前の何も無い空間にユーノはバインドを作り出し、そのままジュエルシードの方に走っていった。

 隣で縛られている狼はまだ目を覚まさないし、ジュエルシードから感じる魔力もある程度落ち着いている。

 ここはゆっくり戦闘観戦といこう。





 目の前に居る名前も知らない女の子。

 その子から放たれる魔法を必死になって避ける。

 でも、驚いた。

 こんな速さで動いてるものをしっかりと見て、反応する事ができるなんて。

 運動はもともと苦手で、だからこそエミヤさんに頼み込んだりしたんだけど。

 こんなに上手くいくようになるとは思わなかった。

 泣きそうになっても頑張って耐えた甲斐があった。

 そんな事を考えながら目の前に居る女の子を見る。

 私はどうしてこんなに頑張ろうって思ったのか。

 私の正面で飛んでいる、この子の目を見る。

 思わず吸い込まれそうなその目は、悲しいくらいに強い。

 そして、それを見たとき――なんとなく分かったような気がした。

 私が戦う理由。

 始めて出遭ったときに思ったんだ。

 「知りたい」って。

 この子が瞳の奥に隠してる寂しさと、儚い強さの、その理由を。





 高町なのは。

 私立聖祥大付属小学校 三年生。

 そういった彼女と私は戦っていた。

 その感想は、正直驚いた。

 前に戦ったときは丸っきりの素人だったのに、今は私と空戦をしている。

 進歩がとてつもなく早い。

 特にすごいのはその避け方だ。

 ベストアングルから撃っているにも係わらず、すべて避けられてしまう。

 その上避けながら向かってきたりまでする。

 攻撃面でもシューターはもう誘導弾になっているし、そのせいでとても避けづらい。

 そんな事を考えているうちに、また目の前に魔力が迫っている――!

 どうしても避けることが出来ず、防御をとる。

 そこで生まれる僅かな停滞。

 その時、彼女、高町なのはが話しかけてきた。


「目的があるなら、ぶつかりあったり競い合う事になるのは、仕方が無いかもしれない。だけど、何も分からないままぶつかり合うのは嫌だ!」


 真っ直ぐに私を見つめて、真っ直ぐな言葉を向けてくる。


「私も言うよ、だから教えて! どうしてジュエルシードが必要なのか!」


 それに対して私は。

 私の戦う理由は――。

 頭に浮かんでくるのは、優しかったかつての母の笑顔。

 そして、今の変わり果ててしまった母の顔。

 
「私は……」


 思わず顔を伏せてしまった。

 何と言えばいいのか、分からない。

 あの真っ直ぐな言葉に、何と返していいのか分からない。

 そう思っていると、視界の端にあるものが飛び込んできた。

 少し破損しているビル。

 積み上がっている瓦礫。

 そしてその場所に――アルフが、倒れていた。


「――っ」


 一気に動揺が走った。

 アルフが相手にしていたはずの男の人の姿は見えない。

 でも、ダメだ。このまま二対一に持ち込まれたりしたら、負ける。

 ジュエルシードを取り逃してしまう。

 母さんの願いを、叶えられなくなってしまう。

 それだけは絶対に、嫌だ!

 バルディッシュを近距離戦闘用のサイズフォームから、大魔法用のグレイヴフォームへと変形する。

 ジュエルシードまでは、彼女よりも私のほうが近い。
 
 これなら……!

 ジュエルシードに向けて一気に加速する。

 後ろから、当然追ってこられる。

 しかもこの子、短距離加速力が凄い。

 追いつかれそうになる。

 でも、この調子で行けば!

 目の前にまで来たジュエルシードに、デバイスをぶつけようとしたその時。

 誰かに、素手で掴まれた。










 空間把握能力、というものがある。

 それは平面の地図を見たとき、脳内で立体化でき適切にその場所を認識・判断できるというような能力だ。

 そしてこの能力を用いれば、死角から飛んでくるものを始めからから見えていたかのように、正確に捉える事ができる。 
  
 なのははこの数日間、必死に頑張ってきていた。

 それは近くで見てきた私が一番良く分かっている。

 だが、それでもまだあのフェイトという少女には及ばない。

 純粋に戦闘を目的とした訓練の時間差による、確固とした戦闘力の差がそこにはあった。

 しかし、なのはのもつ天性の空間把握能力。

 それが両者の絶対的とさえ言える差を埋めていた。

 二人が向かい合いながら交互に魔法を撃ちあう。

 フェイトは四つの魔力弾をなのはに放つ。

 なのははそれを危うい動きで、しかし余裕を持ってかわす。

 この回避能力、というか攻撃に対する見切りの巧さは、私との訓練が役に立っているのだろう。

 涙目になって微かに震えている小学三年生に、当たらないし加減しているとはいえ、真剣を目の前で切りつけ続けた甲斐があったというものである。

 それに対しなのはの魔力弾は誘導追尾性能付である。

 だからといって当てられる訳ではないが、フェイトのすばやい動きに対する戦術としては大正解だ。

 事実かなり避けずらいし、それによって回避のため減速を強いられている。  
 
 なのはがその隙を突き少しばかり大きめに距離を置く。
 
 そこから威力よりも速度を重視した砲撃魔法を放つ。

 さすがに避け切れなかったフェイトが防御し、後ろに下がる。

 レイジングハートが教えたであろう戦術はかなりの的確さだった。

 と、その時――ほんの少しだけ、ジュエルシードから感じる魔力量が上がったような気がした。 

 それと同時にユーノが設置したバインドが消える。

 どうやらまだやるべきことは残っているらしい。

 バインドに捕まったままの狼を確認し、ユーノがいる場所へと走っていった。





「どうかしたのか、ユーノ」

 
 エミヤさんが走ってくる。

 どうやら即席で考えたバインドによる方法は上手くいったようだ。

  
「はい、実はさっきジュエルシードから漏れ出てる魔力の量が一瞬だけ多くなったんです」

 
「やはりか。私の方もそれを感じていたが、大した量ではなかったし気のせいかとも思ったのだが……」

 
 エミヤさんが考え込むように腕を組む。

 僕もそれにつられる様に、今起こった現象について考えてみる。

 ジュエルシードは封印状態のまま放置されていた。

 封印が強引だったからか、魔力が少しばかり漏れ出ているが、特に周りに影響は及ぼしていない。

 単純に時間が経過した事によって、漏れ出る魔力量が増えたのか。
 
 それとも……。


「そういえば、さっきなのはが一際大きい魔法を使いましたよね?」


「ああ。威力こそ低めだが砲撃魔法だった。その直後に私はジュエルシードから感じる魔力量が大きくなったのだが……」


 大きな魔法を放った後で量が大きくなった。

 もしかして。


「周辺にある魔力に反応している……?」


「だとすると不味いな。これ以上戦闘が続けられるとジュエルシードが暴走しかねん」


 とはいっても今の僕じゃ封印し直すほどの力は戻ってないし、エミヤさんも魔法は使えない。

 となれば……。 


「やむを得んな。二人の戦いを止めてこよう」


「やっぱりそうなりますか。なのはの邪魔はしたくなかったんですけど……」


「さすがに、そうも言ってられん。ジュエルシードほどの魔力を持つ物が暴走したら、下手をすればこの町一つ消し飛ぶ事も有り得るからな」


 確かに。

 内包する魔力が爆発するような暴走がもし起これば、本当にとんでもない被害が出かねない。

 ここは無理やりにでも止めてしまうべきだ。

 
「さて、それでは――――っ!?」


 エミヤさんがジュエルシードのほうへ歩き出してすぐ、声にならない驚きを発する。

 
「どうかしたんで、ってええええええ!?」

 
 不思議に思って見たエミヤさんの視線の先には、二人の魔導師が競い合うようにジュエルシードへと突撃してくる姿があった。

 今さっき魔力に反応してるって仮定が出て、二人の戦いを止めよう結論が出たばっかりでこれは無い。 
 
 あんな風に突撃なんかしたら間違いなく、ジュエルシードは封印される前に暴走するよ!
  

「エミヤさん!!」


 そう呼びかけた人は、目もくらむ速さでジュエルシードの元へと跳んでいった。






 ジュエルシードと突撃してくる魔導師二人の間に急いで割り込む。

 もともとの距離が近かったため、ぎりぎりで間に合った。

 しかし、だからといって二人が止まれる訳ではない。

 全力でスピードを出すとすぐには止まれないのは当然だ。

 そのまま私に突進してくるような形になる。 

 突き出されたデバイスが、私の体に当たりそうになる直前。

 ――横からの形で、二つのデバイスを掴み取った。

 右手になのは。左手にフェイト。

 驚きに満ちている目の前の二人をデバイスごと、ジュエルシードから引き離すために、それぞれ反対方向に放り投げる。


 「きゃぁっ!」


 「くっ!」


 バリアジャケットを着ているのだ。
 
 着地によるダメージの心配は無いだろう。

 そして急いで後ろにあるジュエルシードの状態を確認する。

 するとそこには、今にも破裂しそうな風船のごとき状態のジュエルシードがあった。

 これは、不味い。

 破壊してしまおうにも宝具を投影する余裕すらなさそうだ。

 よってなのは達の封印魔法も間に合うべくも無い。

 先ほどユーノにも言ったようにジュエルシードは非常に危険だ。

 万が一にもこんな形の暴走などさせるわけにはいかない。

 となれば……。


「――くっ、うう……っ!」


「エミヤさん!?」


 力ずくで押さえ込むしかない。

 今やっていることは単純だ。

 暴走しそうになっているジュエルシードを手でつかみ取り、自分の魔力で無理やり押さえつけているのである。

 外に漏れ出そうになっている魔力に私の魔力をぶつけて相殺させる。

 ともすれば私の魔力が空になり消えてしまいかねない方法だった。

  
「止まれ、この――はぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあああっ!!」  

 
 が、どうやら成功したようだ。

 手は大量の魔力によって焼きただれ、自身の魔力もかなり持って行かれてしまったが、何とか抑える事ができた。

 そのことに気が抜けた事もあるし、何より大量の魔力消費も手伝って膝から崩れるという失態を犯してしまった。

 さすがに膝に手を置き倒れこむことは避けられたが、それでも片方の膝を折って地面に、もう片方の膝に手を突き、しゃがみ込んでしまった。

 しかし、このとき私の最大の失態は、ジュエルシードを手放してしまった事だろう。

  
「フェイトっ!」


 そう言って目の前に転がるジュエルシードを拾い上げて投げる女性。 

 先ほど戦った使い魔の、人間時の姿だった。

 
「しまった……!」


 と言っても、もう遅い。

 おそらく目を放した隙に、バインドから抜け出たであろう使い魔は主人の下へと走ってき、そして彼女に放り投げられたものは――。


「ジュエルシード、封印!」


 鎌の形をしたデバイスをもつ少女。

 彼女の主である魔導師に一閃されていた。
 
 そしてその直後、主人の下にたどり着いた使い魔と共に、フェイトと封印されたであろうジュエルシードもろとも消えてしまった。


「……はぁ。奪われてしまった、か」


 あまりにも一瞬の出来事に少しばかり呆然としてしまって。

 一瞬の隙を突かれた事に対する油断と、己の未熟さからきた失態に思わずため息が出ていた。












[24797] 第九話 信じている想い
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2011/08/02 02:18




 酷い、夢を見た。

 それは、いままで見た事も無いような夢で。

 どうしようもなく、切ない夢だった。










          信じている想い










 目の前に広がっている景色は、一言で言えばお墓みたい、だ。

 遠い空には大きな歯車が回っていて。

 空気中には火の粉が舞う。

 そして地面には、剣が、刺さっている。

 まるで、墓標のように。

 延々と、延々と。

 炎が踊る地平線の彼方まで、無限に。

 その光景は、とても怖かった。

 もしかしたらいつもの訓練の影響で、剣がとっても怖くなっていたからかもしれない。

 でも何より一番感じたのは、切なさだった。

 胸の奥が締め付けられるような。

 一人ぼっちで取り残されたときにくる、あの感じ。 
    
 悲しいような、苦しくなるような、行き場の無い気持ちが。

 胸の奥に溜まっていく。





 そんな、酷い、夢を見た。 
  


  

「――――っ、はぁぁっ」  


 目が覚めたとき、まだ空は真っ暗だった。

 でも今の私はどうしようもなく、目が冴えてしまっていた。

 昨日はたくさん動いて、体はまだ寝たいと思ってるはずなのに。

 着ているパジャマは汗でびっしょり。

 心臓はうるさいくらい高鳴っている。

 
「はぁ、はぁ――ふぅっ」


 荒れている息を整える。

 あんまりうるさくすると、同じ部屋で寝てるユーノ君が起きてしまうかもしれない。

 だから、誰にも気付かれないように、静かにゆっくりと自分の体を落ち着かせる。

 
『なのは、どうかしたのか』 


 頭に響いたのはエミヤさんの声。

 そうだ。誰にも見つからないように、と思っていてもエミヤさんには分かっちゃうんだった。

 こんな夜中に申し訳ないと思う反面、自分以外の人の声を聴けたことに、どうしようもなく安心した。


『いえ、すみません。ちょっと、寝つきが悪くて……』


『何だ、こんな夜中に跳ね起きてしまうほどの、嫌な夢でも見たのかね?』


 いつも通りのエミヤさんの声。

 少し小ばかにしたような、けれども頼もしい声。


『はい。ちょっと、見た事も無いような夢だったので思わず飛び起きちゃいました……』

 
 本当になんだったんだろう。

 あの見ただけで、胸を締め付けられるような光景は。

 そう思っている内にも、夢の記憶はだんだんと薄れていく。 


『……夢、か。それは具体的に、どんな夢だった?』


『え、どんな、ですか?』


 エミヤさんの声の調子が僅かに変わる。
 
 いつものような余裕たっぷり、自信たっぷり声ではなく。 

 奇妙なくらい、エミヤさんの声は真剣みを帯びていて。


『その、見た事も無い景色なんですけど……』


 そう言って話し出した私は、自分でも驚くほど夢の内容を具体的に喋っていた。

 さっきまで忘れてしまいそうだったのに。

 まるでエミヤさんの声を聴くたびに、その光景を思い出しているかのように、私はすらすらと話していた。

 そして話し終えた後に。


『……墓標のように無限に連なる剣、か。そうか。その景色か』


 とっても重苦しい声で。

 エミヤさんは呟くように、そう言った。


『あの景色を知っているんですか?』


 でももしそうだとしたら、何で私がエミヤさんが知っている景色を夢で見たんだろうか。

 
『ああ、すこし、な。まぁいい。夢などすぐに忘れてしまうものだ。日が昇る頃にはどんな夢を見たのかなど覚えていないだろう。
 それよりも君は早く寝てしまう事だ。昨日は疲れただろう。同じ夢を、そう何度も見る事は無い。安心して、眠るといい』


 いつに無く優しい言葉。

 それにすっかり安心してしまったのか、汗でぬれたパジャマから着替えた私は、とてもあっさりと眠りに落ちていった。 





「しくじったな……」


 いつものように監視のためにいた屋根の上で、一人呟く。

 原因は先ほどのなのはとの会話だった。

 なのはが見た夢、それは間違いなく私の心象風景だった。
 
 私となのはは霊的に繋がっている以上、こういうことは当然予想される事象だ。 

 もちろん私も思い浮かんではいた。

 というより思い出していた、か。

 英霊は霊体であるが故に、夢を見ない。
 
 しかしサーヴァントとそのマスターは霊的な繋がりを持ち、睡眠時に相手の記憶を垣間見る事がある。

 マスターは契約したサーヴァントの過去を夢で見る事があるのだ。

 だが、それはあくまで第三者の視点、映画や演劇を見る感覚で英霊たちの記録に触れているのに過ぎない。

 今回の夢もそれに近い。

 私の心象風景に、なのはがパスを通じて迷い込んできてしまったのだろう。

 迂闊だった。

 もちろん普段はこんな事にならないよう、パスを極力閉じるようにしている。

 なのはに危険や異常が現れたときに、分かる程度の必要最小限に抑えていた。

 だが、今日だけは違った。

 数時間前に行ったジュエルシードを力ずくで押さえ込む作業。

 あれに膨大な魔力を費やしてしまっていたからだ。

 最初にジュエルシードから得た魔力量の余裕を、根こそぎ持っていかれてしまった。

 今の私は存在する事自体は問題なく出来るが、全力戦闘、高ランク宝具の投影、および真名解放に危険を伴うまでになってしまっている。

 だからこそマスターであるなのはからパスを通じて魔力を得ようと思ったのだが……。

 その結果がこれである。

 睡眠時は魔力を回復するのに最も効果のある時間帯だ。

 だがそれと同時に、無意識であるからこそ他者に深く干渉していってしまう。

 このまま睡眠時になのはから魔力を供給し続ければ、いずれは私の過去を見てしまう事もあるだろう。
    
 だが、それは不味い。

 あれは、私の過去は、子供が見ていいようなものではない。

 子供に受け入れられる物ではないのだ。

 世界の醜さを、人の愚かさを、マスターであるあの少女が知るのは、まだ早い。

 
「ままならないな」

  
 再確認したジュエルシードの暴走時の危険性。

 それを知ってなおジュエルシードを求める敵対する少女の目的。

 心もとない自身の魔力量。

 いくつも抱えている不安事項に頭を悩ませながら再び、夜の景色へと意識を戻した。   





 翌朝、なのはは家の庭にたたずんでいた。

 昨日の疲れを引きずらないために、今朝の訓練はしないと言ったはずだが……。

 夜中の夢の件もある。

 少し心配しつつ霊体化したまま、なのはの隣に立ち話しかけた。


「何だ。結局眠れなかったのか? 今朝はゆっくり休んでおくよう言ったというのに」


 なのはも隣にいることくらいは解るようになったのだろう。

 大して驚きもせず、返事を返してきた。


「いえ、眠れなかったわけじゃないんです。ただ……あの子の事が気になって」


「それは、フェイトと呼ばれていたあの魔導師のことだな」


 夢ではなく、こちらが原因だったようだ。

 いままでも散々意識してきていた相手と、昨日ようやく会うことが出来た。

 なのはにも想う所があるのだろう。


「あの子、なんだかすごく寂しそうな目をしてたんです。それに、私を撃った時、ごめんねって言ってました」


 なのはが撃たれた時、というと初めてあの少女と出会ったときの事か。

 あのときは随分と切羽詰っていたため、彼女の表情などは私には見えなかったが……。 

 なのはは、しっかりと見ていたらしい。

 だからこそ、その翌日から魔法の訓練を始めるなどと言い出したのか。


「きっと理由があると思うんです。戦ってでもジュエルシードを集めたいと思う理由」


「だから話がしたい、か?」


「はい。そのために――」


 そこから先は言葉にしない。

 口にはしなくとも、その目が言葉以上に語っていた。

 ――今よりもっと、強くなる――と。










 場所は、今現在授業を受けるなのはがいる学校の、すぐ近くにある広い泉。

 普段は多くの者が憩いの場として利用するであろう場所。

 しかし、そこにある小屋がなぜか破壊されており、修繕中の看板が置かれている。

 そのせいで快晴で心地の良い昼下がりだというのに、まったく人通りがなかった。

 そこに、私服姿の私とユーノはいた。

 これから大の大人がフェレットに話しかけるという、見られれば一発で危ない人認定を受けてしまいかねない行動を執るのだから好都合ではあるが。

 だが、何故わざわざなのはが学校に行っている間に共に居るのかというと……。

 
「それで、話って何ですか?」


 こういう訳だ。

 私はユーノと話したい事があった。

 できれば早急に。それこそ、学校が終わるのを待つことが出来ない位に。
 
 ちなみにわざわざユーノにここまで出向いてきてもらっているのは、私がなのはを介さなければ念話が出来ない事、そして常になのはのそばを離れたくなかった事などが理由だ。

 
「私が君に話しておきたい事は……ジュエルシードのことだ」


「昨日のことがあったから、ですか」


 これが話題。

 どうしても早く話しておきたかった事。

 
「ああ、昨日のジュエルシード。まさかあそこまで危険な状態になるとは正直思わなかった」 


 あの時、ジュエルシードはおそらく、なのはとフェイトの戦闘によって撒き散らされていた魔力に反応していたのだろう。
  
 そして反応の大きさが一定量を超えた時、ジュエルシードの内包する膨大な魔力は外側に向けてはじけてしまう。

 封印していようとお構いなしに。

 しっかりと保存していなければ、何が起こるか解ったものではない。

 ロストロギアと呼ばれるものの危険性を、改めて感じさせられてしまった。

 
「だからこそ思ったのだが、ロストロギアに対処するための組織などはないのか? あれらを公的に管理しない訳にはいかないだろう」


 初めてユーノからジュエルシードの話を聴かれた時から思っていたことだ。
 
 次元世界が無数にあるのなら、それらに多大な影響を及ぼしかねないロストロギアを管理する組織はないのかと。

 もっともあの時は21個ものロストロギアがこの魔法文化のない地球に落ちてきたというのに、回収に当たるのが発掘者であるユーノしかいなかった訳で。

 そんなものは実在しないのかもしれないと思っていたのだが、さすがに昨日のあれを見てそんな軽い考えは吹き飛んだ。

 あれは、放置しておいて良い物ではない。

 
「ええ、エミヤさんの言う通りロストロギアのの規制を働きかけいる、時空管理局と呼ばれる司法機関があります」


「ならば、ああ、ここからが本題なのだが、なぜこの世界にその時空管理局の者が来ていない。ジュエルシードのような危険物を確保するための機関ではないのか」


 そこが問題。

 ジュエルシードはとびきり危険なアイテムだ。

 願いを叶えるなどと言いつつも、起こしているのは無差別破壊。

 昨日私が阻止できなければ、街一つ消し飛んでいた、いやそれ以上の被害が出てもおかしくなかった。

 だというのにいまだにその時空管理局とやらからは、なんのアクションもない。    

 
「まさかとは思うがユーノ、今回のジュエルシードに関する事件、なんの報告もしていないのではないだろうな」


「いえ、そんなまさか! そもそもジュエルシードがこの世界に落ちてきた理由になった事故は、管理局にそれを輸送する時に起きた事なんです」

 
「にも拘らずこの現状か……。いや、まてよ。ジュエルシードがこの世界に落ちてきたのは事故が原因で間違いないのだな?」

 
「はい、そうですけど……。なにか引っかかる事でも?」


 ユーノの言葉から僅かな疑惑が浮かんでくる。

 それを腕を組み、いくつかの可能性を考えつつある仮説を立てる。

 
「……ユーノ。その事故、もしかしたら何者かによって故意に起こされたのかも知れん」


「えっ? 故意にって……事故ではなく事件だということですか?」


「そうだ。おかしいとは思っていた。この魔法文化のない世界に君以外でジュエルシードが落ちてきた事を知り、確保に向かって来る者がいる事に」


「それじゃあ、あのフェイトという魔導師が――!?」


 この仮説は、あながち間違っているとは思えない。

 あまりにも都合がよすぎるのだ。

 ユーノがジュエルシードを見つけ出したのは偶然かもしれない。

 しかしそれが事故によって魔法文化のない、いや管理局の介入が及びずらい地球へと落とされ、その数日後にはジュエルシードを欲する魔導師が現れて。

 これが全て偶然か?

 まさか、それはあまりにも出来すぎた偶然だ。

 これはもう、必然と呼べる話。

 そしてその必然を起こすのは――いつだって、人の意思だ。


「ユーノ、ジュエルシードに関する事件は、君が思っている以上に複雑なものかもしれないぞ」


 そして、人の意志がジュエルシードほどの巨大な力を欲したのなら。

 自分が、今ここに居るのもまた、必然なのかもしれない。


  


 なのはの授業も終わり、私達はなのはと共に帰路に着いた。

 
「エミヤさんとユーノ君。二人そろって何の話をしていたんですか?」

 
「いや、これからは今まで以上に面倒なことになるかもしれないと話していてな」


 ちなみにユーノはなのはの腕の中。

 私は実体化している。


「ユーノ君?」


「えーっと、僕達が思っていた以上に大きい規模の事件になるかも知れないって事」


「ふーん?」


 なのはは首を傾げている。

 もともと大して興味もなかったのだろう。

 思うになのはの頭の中は、すでにあのフェイトという魔導師に的を絞っている。 
 
 それが少しばかり視野を狭くしているのだろう。

 まぁ、今はそれでかまわない。

 それくらいの集中力を持っていなければ、いろいろときついだろう。

 脇に目を振るより、一直線に視線を固定し向かっていったほうが遥かに強い。

 周りが疎かになっているともいえるが……それは私が補えばいい。

 今のなのはにそれほど多くを求めるべきではない。

 ……しかし、こう言うとまるで猪だな。

 こうと決めると立ち止まることなく、全力でぶつかる。

 そこに容赦も躊躇いもない。

 実になのはにふさわしい。


「エミヤさん、どうかしたんですか?」


 なのはが自分が見つめられている事に疑問を持ったのか、問いかけてくる。


「いや、なに。私のマスターのすばらしい長所を再確認しただけだ」


「えっ、えっと、ありがとうございます」


 えへへ、と恥ずかしそうに笑うマスターを見ながら家に帰る。

 実に平和な午後だった。
  




 時の庭園。

 そこはフェイト・テスタロッサの母である、プレシア・テスタロッサがミッドチルダの魔法技術によって作った場所。

 次元間航行も可能な移動庭園である。
 
 その一室に、彼女達はいた。


「確かに、ジュエルシード。間違いないわ」


 そう口にするプレシアの前には、宙に浮く三つの宝石。

 フェイトが母に頼まれて集めた、エネルギー結晶体ジュエルシードである。 


「はい、母さん……」


 答えるフェイトの声は、とてもではないが母に対する物とは思えないほど弱弱しい。

 本来感じるはずの親愛はほとんどなく、表れているのはただ不安ばかり。

 視線もプレシアに向く事はなく、下に固定されている。


「よく頑張ったわ、と褒めてあげたいところだけど……!」

 
 だが、それはプレシアも似たようなもの。

 いや、彼女の方がより子に向けるにはふさわしくない感情、苛立ちと怒りが満ちていた。

 プレシアが立ち上がる。

 その動作だけでフェイトは体を萎縮させ、怯える様に視線を上げる。


「私はあなたに、何て伝えた?」

 
 プレシアが言いつつ、フェイトのほうへと歩いていく。

 フェイトは答えられずに、ただ言葉にならない声をあげる。

 
「21個のジュエルシード、全部を集めてくるようにって言ったわよね」

 
 魔法によりプレシアの手に、あるモノが現れる。

 それをフェイトにもよく見えるように、胸の前まで持ってくる。   

 
「あれは母さんの研究にどうしても必要なの。なのにこんなに時間を掛けて、たった三つ?」

  
 プレシアの声にこめられる感情が一層強くなる。

 
「んっ? それは?」

 
 そしてようやくプレシアはフェイトがこの場所に着てから、ずっと何かを持っていることに気付いた。 

 両手で、大事そうに提げている物を。


「あの、母さんに……」


 フェイトがプレシアに差し出したのは箱だ。

 誕生日などにはよく目にする、ケーキを入れるための箱。

 フェイトの声にはいまだに怯えがあったがもう一つ、母に対する思い遣りが篭っていた。

 だがそれが、プレシアの逆鱗に触れた。

 
「っつ!!」


 差し出されたフェイトの手に、鋭い痛みが走る。

 プレシアが持っていたモノ――ムチを叩きつけられることによって。

 
「そんな事をする暇があったら、言われた事をちゃんとおやりなさい!」


「ごめんなさい……!」

 
 フェイトが頭を下げて謝っても、プレシアの怒りは収まらない。

 手の中にある鞭は形を変え、短い棒状のものから、材質はそのままに長いひも状になる。

 
「残念だわフェイト。私はあなたを叱らないといけないわ」


 その言葉に、フェイトは目を瞑り体を硬くする 

 プレシアはそんなフェイトに向けて、手にあるそれを勢いよく振り上げ――。



 フェイトとプレシア、二人の居る部屋の外にアルフはいた。


「なんで、なんでだよ……」 


 いつものように人間形態で。

 腰を下ろし両脚の膝を立てて。


「ちゃんと言われた物を、持ってきたじゃんか……!」 


 体を怒りと悲しみに震わせて。

 聞こえてくる、鞭が人を打つ音と小さな悲鳴に耳を塞いで。





 過酷な現実と届かない想い。

 激しい痛みを耐えるのは、柔らかな思い出があるから。

 優しい母を取り戻すため、少女は再び空へと向かう。












[24797] 第十話 そんな日常
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2011/08/11 00:23









          そんな日常










 高町なのはの朝は早い。

 まだ薄暗く、太陽が完全に顔を出していない時間帯に起床。
  
 その後ある程度身だしなみを整え(洗顔や着替えだ)フェレットのユーノを連れて近くの公園へ。

 何故ユーノまで一緒に行くのかというと、なのはは家族には朝家を出るのはユーノの散歩に行ってるから、と説明しているためだ。

 しかしあまりにも時間が早いのと、家に帰ってくるまでの時間が遅すぎるので全面的に信じられてはいないようだ。

 にも関わらず何も言わないのは、なのはを信じているからか。

 高町家の住民は小学三年生を信頼しすぎである。
  
 もっともその信頼は、なのはが長年の生活で勝ち取ったものである。

 普段の行いの良さとは、こういう場面で生きてくるものなのかとつくづく思った。

 そして今朝もまた身構えて、自分の目の前すれすれで振られる真剣を必死に目で追っていた。

 
「ん……もう随分と目を瞑らなくなってきたな」


「そ、そうですか?」


 この訓練をし始めてから、はや十数回目。

 なのはの目から恐れもなくなり、しっかりと剣の軌道を追えるようになっていた。

 今まではそうなるたびに、少しずつ剣の速さを上げてきていただけだったのだが。


「ここまでくれば十分だろう。そろそろ、次の段階へ行くべきか?」


「本当ですか!? ぜひお願いします!」


 なのはが顔を輝かせて言ってくる。

 今までは同じことを延々としていただけだったからな。

 しかもなのはは最初の頃は苦労していたとはいえ、このごろは実質立っているだけの状態だった。

 もちろん気を抜く事はなかったが、やはり退屈さはあったのだろう。

 この辺りでやることを変えるのも良いかもしれない。

 
「では、今から鍛錬のレベルを一段階上げる。しっかりとついて来い」


「よろしくお願いします!」


「では、まずは説明だ。これから君には目だけではなく、ある程度体も動かしてもらう」


「あ、それなら着替えたほうがいいですかね?」


 そう言うなのはの服装は始めて出会ったときと同じ、いたって普通の私服だ。

 比較的動きやすい格好ではあるが、スポーツ用の服装という訳でもない。

 
「いや、これからはもしもの事も考えてバリアジャケットを身に着けてもらう」


「……え? 私、これから何されるんですか? 動くだけなら魔力を消費するバリアジャケットはいらないんじゃ……」


「何を言う。もしもの事があったらどうするつもりだ」


「何ですかもしもの事って!?」


「それをこれから説明するのだろう。もう少し落ち着け。誰も悪いようにはせん」


 そういう私を、なのはは不安げに見つめる。

 どうも鍛錬時のなのはの視線には、ところどころに不信感があった。

 あれか、初めて鍛錬を始めた日に、いきなり剣を振り回したのが原因か。   

 まったく、こちらはなのはの事を第一に考えてやっていたというのに。

 従者として、主のためだけを思い行った結果がこれとは。

 我が主は優しすぎて涙も出ないな。


「あれ、何だろう。急にエミヤさんを怒らないといけないような気がしてきた」

  
 それにしてもこの少女、随分と鋭くなったものである。


「まぁ、いい。とにかく説明を続けるぞ」


「なんだかいいように流された気が……」


 無視。

 誤魔化すときは、聞こえなかった事にするのが一番簡単な方法だ。


「いままで私は君の目の前すれすれで剣を振るう事により、さまざまな『敵意』を見せてきたが、これからはそれを君に直接ぶつける」


「え゛、それって、私に切りつけてくるってことですか?」


「ああ、と言っても全てではない。これから君に私は、今まで通りの当たらないギリギリのところで剣を振る。
 だが剣を振り始めてちょうど二十回目、このときに君を本当に切りつける」


「でも、バリアジャケットを着ているから大丈夫ですよね? 本当に切れたりしないですよね?」


「……なのは、私がいつも使っているこの剣は、よく切れるぞ」


「バリアジャケットの意味ないじゃないですかー!!」


「そんなことはない。バリアジャケットは魔力でいくらでも再構築できるが、君の私服はそうもいかないだろう」


「何度も切られる予定なんですか!?」


「それが嫌なら避けられるようになれ」

 
 その言葉が止めになったのか、なのはもおとなしくレイジングハートを起動してバリアジャケットを装着する。

 なんだかんだ言っても、本当に切ったりしないと思ってくれているのだろう。

 これも一つの信頼の証だ。

 本当は宝具である干将・莫耶を用いず、何の概念も神秘もない武器を使えばいいだけの話なのだが。

 なのはも実際に切れるほうが緊張感が増すはずだ。

 どうせ切れないのだから、と高を括っているより上達は早いだろう。

     
「では、準備はいいか? 先ほども言ったように、私はちょうど二十回目で君を切りつける。しっかり見て、数えろ。一瞬たりとも気を抜くなよ」


「はい!」


 なのはが腰を落として身構える。

 先ほどまでの沈んだ表情はなくなり、真剣な顔へと切り替わる。

    

「では、いくぞ」


 そこにめがけて、今までのどの鍛錬よりも素早く切りつけた。





 数分後、そこにはぼろぼろのバリアジャケットを纏ったなのはがいた。

 うつぶせになり倒れ伏している。

 そこにあわてて駆け寄る小さなフェレット。

 そしてそれを見下し腕を組む自分。

 我ながら、使い魔としてどうなのだろうと思った。

 まぁ思っただけでなにも変える気はないのだが。 
 




 朝の鍛錬が終わり家に帰ると、ちょうど朝食が準備されいている。

 それをなのはも加えた高町家全員で食べた後登校。

 その途中でいつもの二人と合流し、なのはの学校生活が始まる。

 相変わらずなのはは授業中に、マルチタスクを用いてのレイジングハートによる魔法訓練と勉強を両立させている。

 しかし前と異なるのはなのはの様子が、ほとんど普段と変わらないことだ。

 あれなら誰かに不審に思われることもないだろう。

 ちなみに私はその様子を、学校の外から霊体化して眺めている。

 事実だけ書けば、小学生の授業風景を隠れて遠くから覗いているという非常にアレな存在となってしまう。

 最初の頃こそ、なのはを心配しての行いだったが、さすがにそろそろやめるべきか。

 学校の屋上に行って見張りでもしていよう……。

 ちなみに昼の間ユーノは、なのはの家でひたすら眠り続けているらしい。

 魔力の回復がいまだに終わらないからだ。

 何でも地球に来たとき魔力適合が上手くいかず、常に車酔いのような状態にあり、なかなか思うようにいかないそうだ。 

 それを含めての魔力消費が少ないフェレット姿、という事らしい。
 
 なんとも難儀な話である。




 
 下校中、話し相手がいなかったからだろう。

 霊体化している私になのはが念話で話しかけてきた。


『エミヤさんは、あの子……フェイトちゃんのことをどう思いますか?』

 
『あの魔導師の事か? そうだな、私は直接対峙したのはほんの一瞬だけだったからな』


 少しばかり考え込む。

 彼女の事は、ジュエルシードを何らかの理由で求める者。

 おそらくは彼女自身はジュエルシードに対する興味をもっていない。

 黒幕、ジュエルシードを輸送中に事故に見せかけてばら撒いた者の命を受けて来ているのだろう。

 なのはと違い、戦闘タイプは速さを売りにした軽装高機動型。
 
 狼型の使い魔を持ち、なのはが気に掛けている人物。

 と分析しているが、なのはが聴きたいのはそういう事ではないだろう。

 
『そうだな……。必死すぎる、といった感じか。あれほど幼いというのに、何も知らないだろう世界に来て戦ってまで目的を果たそうとする。
 なにが彼女をそこまで動かしているのか、何故そこまでするのか、私には分からない』

 
 あの子は危うい。

 強く、必死であるが故に、今にも壊れてしまいそうに見える。

 そして一度壊れたら二度と直らないような、そんな気がする。

  
『私は……優しそうな子だなって思いました』


 なのはの言葉はどこまでも穏やかで、優しさに満ちていた。

 そのことに少し、驚いた。

 会っていきなり戦闘を仕掛けられたというのに、なのははそんな事を思ったらしい。

 話を聴きたいなどと言うのだから、なのはがそう感じていたのも納得といえば納得だが。

 
『でもたぶん、あの子が頑張るのにそこまで深い理由はないと思うんです。もっと単純で、当たり前のような理由で動いているんじゃないでしょうか。
 それがあの子にとっては譲れない事で、絶対に叶えたい事で、だから、あんなに強いんだって思うんです』


 私には分からないが、実際に戦ったなのはがそう感じたのなら。

 誰よりもあの少女の事を気に掛けていたなのはが思ったことなら。
 
 なのはの言う事が、正しいのかもしれない。


『……君も、意外とよく考えているのだな』


『意外とは余計です!』


『いや、これは失敬。つい思っていたことが口に出てしまった』


『エミヤさんって私の使い魔なんですよね?』


『もちろん。私の全ては君のためにあるといっても過言ではない』


『いや、そこまで言われると重いです』


 いつか軽々背負えるようになって欲しいものである。

 私はそう簡単に君から離れないぞ?


『そう言えば昨日ユーノ君と何の話をしていたんですか?』


『ああ、そういえばなのはにはまだ言っていなかったな』


 なのは自身あまり興味が無さそうだったため言わなかったが、いい機会だ。
 
 今のうちに言っておこう。

 そう思い、そのうち来るかも知れない管理局の事を噛み砕いて分かりやすく教えた。

 ジュエルシードをこの世界に落とした犯人がいるかもしれない、ということはあえて伏せた。

 言っても仕方ない事ではあるし、所詮憶測だ。

 そうしてなのはに説明し終わる。


『管理局、ですか。でも、その人たちが来ちゃったら私はジュエルシードを集めるのを止めさせられちゃうんでしょうか』


 ああ、そのことは考えていなかったな。

 確かになのはは最初の頃より強くなったとはいえ、巻き込まれただけの魔法も知らなかった元一般人だ。

 管理局のほうから、後は自分達に任せて君達は大人しくしている様に、などと言われる可能性もある。


『そうだな。やはり、そうなるのは困るか、なのは?』


『もちろんです。私はフェイトちゃんと話したいのにそれが出来なくなっちゃうじゃないですか』


 なのはが言っている事は客観的に見れば子供の我侭、となってしまうのだろう。

 だが、だからと言って主の願いを聞き届けない訳には行かない。

 
『まぁ、そのあたりは何とかしてみせるさ。君が願うのなら、私が何とでもしてみせよう』


 幸い管理局は対応が遅い。

 こちらが何とかしなければ、多くの被害が出ていた事。

 ジュエルシードの封印には魔力の大きさがモノを言い、なのはは素質的にうってつけと言えるほど向いている事。

 なのはにジュエルシードの収集を、管理局に認めさせるための材料はそれなりにある。

 
『頼りにしていますよ、エミヤさん!』


 笑顔で言ってくるなのは。

 当然。

 マスターからそう言われた以上、サーヴァントとして失敗する訳にはいかなかった。

 そしてここで、この話はいったん終わり。

 その後は、今日あった面白い事や授業でこんな事をやった、などのたわいも無い話に花を咲かせた。

 そんな話をしている自分が少し、可笑しくて。

 なのはを笑顔に出来る事が少し、嬉しかった。 
  

 

  



 そしてなのはが学校から帰った後は、再び近くの公園に行き魔法訓練が始まる。
 
 今は最初の頃と比べてユーノが教える時間が減り、なのはが一人でレイジングハートとなにかをしている時間が多くなった。

 
「ユーノ、なのは今何をしているのだ? あれも君の指導か?」


「いえ、今はなのはがレイジングハートと相談してやっているみたいです。
 僕が何をしているのか聴いても、なんとなく思いついたことを出来るかどうか確かめてる、としか言ってくれないんですよ」


「……それは、放って置いても大丈夫なのか?」


「んー、レイジングハートがいますから、無茶な事はしないと思いますけど」


 いや、どうだろう。
 
 なのはにしてもレイジングハートにしても、必要なら平気で無茶をするように思うのだが……。

 まぁ、私が何か言っても水を差すことになりかねないし、ユーノの言う通りレイジングハートは優秀だ。

 自分の主に負担だけを掛けるような無駄な事はしないだろう。


「ところでユーノ、話は変わるが以前話した管理局とやらの者達はいつ来ると思う? ジュエルシードがこの地に落ちてだいぶ経っただろう」


「そうですね……。管理局は慢性的に人手不足だと聴きいますから。
 今までちゃんと封印してきたのが裏目に出て、ジュエルシードはそれほど危険がない物と認識されて後回しになってる可能性もありますし」


 そうなると非常に困る。

 もちろんジュエルシードを全て封印する事で、物事が何もかも解決するのなら何も問題はないのだが。

 おそらくそうはいかないだろう。

 もし本当に、ジュエルシードが何者かの手によってこの世界に落とされて。

 フェイトと呼ばれる魔導師がその回収のためにこの世界に来たというのなら、問題はジュエルシードを全て封印した後に起こるはずだ。

 それは不味い。

 そこまでする者を、今のなのはや私だけで食い止めるのは難しい。

 
「出来れば、ジュエルシードをすべて封印し終わる前に来て欲しいものだが……」


 まだまだ先は見えない。

 事件の終わりは、いまだ遠い。 












[24797] 第十一話 信用と信頼
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2011/12/29 18:32









          信用と信頼










 時空管理局L級次元巡航船・アースラ。

 現在任務により第97管理外世界、現地名称『地球』を目指して次元の海を渡っていた。


「みんなどう? 今回の旅は順調?」


 そう言いながら指揮艦長の指定席に座るのはアースラ艦長、リンディ・ハラオウンである。

 
「はい、予定に遅れもありませんし、ロストロギアによる被害も観測されていません」


 答えるのは16歳の若さでアースラの管制主任を勤めるエイミィ・リミエッタ。

 手に持つポットを慣れた手つきで使い紅茶を入れながら現状を報告する。


「ロストロギアが管理外世界に落ちたというのに、何の被害もないのは少し不思議ね」


「ロストロギアの発見者であり報告者のスクライア一族の少年が先行調査の許可を取っていますから、その子がうまく事態を収拾しているのかもしれないですね」


 本来管理局の管理外世界での捜索探査は、確実な証拠かよほどの危険性がなければ人員を割くことが出来ない。

 さらになのは達の活躍により、ジュエルシードの暴走は最小限に抑えられているため、管理局はジュエルシードの危険性を正しく認識できていなかった。

 故に、本来ならば万年人員不足の管理局がロストロギア絡みであろうと、辺境である管理外世界の捜査を行うのは難しかった。

 にも拘らずアースラが地球に来たのはロストロギアの発掘者、ユーノ・スクライアの証言があったためだ。

 その上アースラには都合よく地球に程近い別地区での巡航があり、その帰りに確認の意味合いをこめて地球の現地観察を行う事になったのである。


「際立った危険性が確認できないとはいえ、ロストロギアの回収は慎重に行うべきだわ。頼むわね、クロノ」


「もちろんです。僕はそのためにいますから」


 リンディの声に答えたのは、バリアジャケットを着た黒髪の少年。

 その手には、鉄で出来たようなカード。

 待機状態のデバイスが握られていた。 




 
 前回のジュエルシードの封印から数日が経った。

 その間ジュエルシードの反応が一切なくなったため、探索も一時的に取り止めた。

 もちろん反応が無いからといって探索を止めるべきではないのだが、それよりも今はなのはの戦力強化を優先したかった。

 故に、なのはは学校に行っている以外のほとんどの時間を訓練に使っている。

 いや、マルチタスクにより授業中も訓練を行っているのだから、起きている時間のほとんどをなのはは強くなるために使っていた。

 しかし今日、新たなジュエルシードの反応を感知した。

 都合よく学校が終わってすぐだったので、現場に直行する事ができた。

 そして、今回の発動場所は海鳴市工場地帯の資材置き場。

 結界を使うまでも無く、人気の無い場所だった。

 
「なのは。私は霊体化して君の邪魔にならないようにしておく。くれぐれも、戦うときはジュエルシードから離れて戦え」


「了解です。封印は後回しでいいんですよね?」


「ああ、周りには誰もいないし、結界もユーノが張ってある。幸いジュエルシードはまだ完全に発動していない。あれなら、ユーノでも封印できるだろう。
 他のことは気にせず、全力で行って来い」


「はい! いつも通り、全力全開で行って来ます!」


 元気よく答えるなのはは、初めて会ったときと比べ物にならないほどの自信が見える。

 これなら大丈夫だろう。

 少なくともフェイトに引けをとることは、もはやない。

 私は霊体化し、姿を消す。

 なのははジュエルシードのほうへと歩いていく。

 それと同時に、反対側からフェイトが歩いて来るのが見えた。

 当然目指す先はなのはと同じ、ジュエルシード。

 そして二人は三度目の再会を果たす。

 なのはの後ろにはユーノが、フェイトの近くにはあの使い魔が。

 それぞれ二人の邪魔をしないように立っている。

 なのはとフェイトは共に無言。

 しかし周りの空気は、次第に張り詰めていく。

 そして、電子的な音と共にフェイトの手に斧型のデバイスが握らた。

 なのはもデバイスを起動させ、杖型のレイジングハートを胸の前に構える。 

   
「フェイト、ちゃん?」


 初めて、なのはがフェイトを名前で呼んだ。

 伺うように、確認するように。


「フェイト・テスタロッサ」


 初めて、フェイトが自らの名を口にした。


「私は、フェイトちゃんと話をしたいだけなんだけど……」


 なのはの望み。

 何の偽りも無い素直な気持ち。

 それに対するフェイトの答えは――


「ジュエルシードは、譲れないから」


 なのはの願いに、付き合う暇は無い。

 それが、彼女の答えだった。 

 フェイトがバリアジャケットを装着し、本格的な戦闘態勢をとる。

 同時になのはのもバリアジャケットを装着し、戦う覚悟を決める。


「私も、譲れないから。理由を聞きたいから。フェイトちゃんが何でジュエルシードを集めてるのか。
 どうしてそんなに、さびしそうな目をしているのか――。私が勝ったら、お話、聞かせてくれる?」


 フェイトは答える事は無く、無言で返す。

 勝ってから言え、という事だろう。

 二人の間にある空気は、今にも弾けてしまいそう。

 デバイスを構え、何かが合図になったのか。それともただの偶然か。

 二人同時に相手にめがけて走り出した。

 特別魔力がこもっている訳でもない。

 しかしこれから始まるであろう、空を駆け巡る戦いを告げる一撃。

 二人の魔導師がデバイスを振りかぶり、相手に叩きつけようとした瞬間――。



 蒼い光が、落ちてきた。

 すぐさま臨戦態勢をとる。

 霊体化は解いていないが、なのはと落ちてきた光の間に立ち、いつでも守る事ができるようにする。


「そこまでだ!」


 光が収まり、現れたのはなのはより少し年上程度に見える男子。

 方膝と手を地面につけて、静止の声をかけるこの少年はかなりのやり手なのか。

 突然の出来事に固まっていたなのはとフェイトの両手両足が、バインドに捕まっていた。


「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ」


 バリアジャケットを装着し、右手にデバイスを持っていることから魔導師なのは間違いない。

 そして立ち上がり、何も持たない左手を周りに見せ付けるように空へと向けると、そこには顔写真のついた、身分証明書のようなものが立体映像として浮かんでいた。

 一瞬、この場にいる全ての者達の動きが止まる。

 その中で、いち早く今の状況を理解し驚きの声をあげたのはフェイトの使い魔、アルフだった。

   
「管理局!?」


 その反応に満足がいったのか、少年は腕を下ろし周りを見渡しながら告げる。

  
「さて……事情を聞かせてもらおうか」


 む、どうしたものか。

 彼が真に管理局の者であるのなら、こちらとしては願っても無い。

 むしろ来るのが遅いと言ってやりたいくらいだが、それは置いておこう。

 問題は、彼が身分を偽っている可能性がまったく無いと言えないところにある。

 先ほど見せた立体映像が、身分を保証するものなのかもしれなかったが、あいにく魔導師や管理局の事は門外漢なのだ。

 明確な判断が出来ない。

 その上、今なのははバインドで捕まっている。

 煮るなり焼くなり、やろうと思えば好きに出来ると言う事だ。
 
 そう私が思考している間にも、状況は変わっていく。

 誰よりも一つ高い位置にいたアルフが、素早く複数の魔力弾を待機させていた。

 大人しくつかまるつもりは無い、という事か。

 だがこれで彼女達が管理局に見つかっては不味いような事を行っているのは確定だ。

 でなければ、わざわざ自称管理局の者に敵対するような行動はとらないだろう。

 っと、言っている場合ではないな。

 なのははまだ呆けていてバインドに捕まったまま、防御態勢すらとろうとしていない。

 このあたりはまだまだ素人同然。戦闘力の強化ばかりを優先してきていたツケか。

 しかたなく防御のため霊体化を解こうとしたが……。


「何をやっているんだ、防御態勢くらいとれ!」


 その前に、クロノがなのはを守るように、ドーム状のシールドを発動させた。

 そこに降り注ぐアルフの魔力弾。

 それとほぼ同時に、フェイトに使われていたバインドが砕けた。

 あたりは土煙が立ち込め視界を奪う。彼女はこれを狙っていたのだろう。

 こちらの視界を奪った隙に主を逃がす。

 作戦は上手くいき、後はフェイトが逃げ出せば何の問題も無かった。


「フェイト!?」


 だが、ここで問題が発生する。

 フェイトが逃げずに、ジュエルシードの確保を優先したのだ。

 その隙を、管理局執務官は見逃さなかった。

 土煙の中から、私が今まで見た事のない速さの魔力弾が放たれる。

 それは視界が奪われていたとは思えないほど正確に、無防備なフェイトの背中に直撃した。


「あっ! く、っう……」


 執務官、という肩書きは伊達ではないのだろう。
 
 そのたった一撃で、彼女は自力で立ち上がることすら出来なくなっていた。


「フェイト!!」


 アルフが、悲痛な叫びと共にフェイトの元へ行き、ぐったりとしている彼女を抱き上げる。

 その時にはもう、視界を奪っていた土煙は晴れていた。

 クロノが手に持つデバイスをフェイトたちに向ける。

 アルフもそれに気付き、フェイトをかばうように抱きしめる。

 それに対し、何を思うでもなくクロノが魔力弾を放とうとしたその時、なのはが叫んだ。


「だめっ! 撃っちゃだめ!」


 どうやらなのははこれ以上、フェイトが傷つくのを見たくないようだ。

 
「君は何を――ちっ!」

 
 クロノがなのはの言葉に反応した僅かな隙を突いて、アルフが飛び上がる。

 当然クロノはそれを追いかけようとするが……。


「おっと、君の行動は間違っていないが、私もマスターの意志を無視する訳にはいかなくてね」


 クロノのデバイスを横から掴んで狙いを外し、力ずくで止めた。

 その時には、アルフとフェイトの姿は消えていた。


「なっ、いつの間に……!」


 困惑も一瞬、クロノは空いている手を私に向けて魔力弾を放とうとする。

  
「まぁ、待て。私は君と敵対するつもりは無いし、危害を加えるつもりも無い」


 クロノに手を突き出すことで、触れる事も無く動きを制止させる。

 
「あなたは……何なんですか?」

 
 鋭い目をこちらに向けて、油断無く身構える。

 見た目はまだ幼さが残る少年だが、未熟では無いらしい。

 
「それについては、私のマスターを捕まえているバインドを解除してからにさせてもらおうか」

 
「ふぇ?」


 話を向けられた我がマスターは、そんな可愛らしい声を上げた。


 


 あれから数分後。

 私となのは、そしてユーノはジュエルシードを回収したクロノに連れられ次元巡航船、とやらにいた。

 本来ならここまで従順に従う義理も無いし、まだ彼等が私達の味方と決まっていた訳ではないが。

 それでも私はクロノが、アルフの攻撃からなのはを守ったとき悪い存在ではないだろうと確信した。

 単純な事だと思うが、自分の人を見る目には、それなりに自信があった。

 
「うわぁ、すごいですね」


「想像よりもずっとSFチックではあるがな」


 魔法、という言葉に惑わされそうになるが私の感性から言うとこれは完全に科学技術による物にしか見えなかった。

 もしかしなくても、魔導師達にとっての科学と魔法は大差がない物なのかもしれない。

 
「ああ、君。バリアジャケットは解除して」


 クロノが思い出したようになのはに指摘する。

 さすがに武装した状態のままで良い訳が無いか。

 
「あなたもです」


「私か? 私は別に魔導師ではないからな。今着ているこれはただの布切れだよ」


 当然嘘っぱちで、私が身に着けるこの赤い外套、名を赤原礼装と言いとある聖人の聖骸布であり一級の概念武装だ。

 外敵ではなく外界に対して非常に有効な守りとなっており、対魔力の低い自分にとっては生命線となる。などと言っても通じないだろう。

 概念にしても神秘にしても、彼等には観測できない以上ただの布であることに変わりは無い。


「そう、ですか。わかりました。……でも君はそっちが本来の姿じゃないんだろ?」


 私の言葉に納得しかねるような返事をした彼は、今度はユーノに言葉を向けた。

 というか本来の姿という事は、やはりユーノは変身魔法を使っていたのか。


「あ……そういえば、ずっとこの姿だったから忘れていました」


 言ったすぐ後に、光を放ちながら魔法が解除され本来の人の姿に戻っていく。

 光が収まったそこには、人間形態に戻ったユーノ。

 見た目はなのはと同い年くらいの、金髪の男の子が立っていた。  

 ユーノも長い間姿を変えていたからか、ついうっかりしていたらしい。

 だがなのはよ。何故君がそこでポカンとする。

 
「なのはにこの姿を見せるのは久しぶり、だっけ?」


「あ……あ、あ……あ……」


 我がマスターは尻餅をついて、あわあわしていた。

 しかしなのは、人に指を向けるのは感心しないぞ。どこぞの娘はそれだけで相手を呪ったり出来るからな。


「なんだ、なのははユーノが人間だと知らなかったのか?」


 言いながらなのはの手を取り立ち上がらせる。

 
「いや、だって初めて会ったときからフェレットの姿でしたし」


「ええ……あれ? そうだったっけ」


 どうやらお互いに認識のすれ違いがあったようだ。


「たとえそうだとしても、ユーノの話を聴いたら人間だと気付きそうな物だろうに」

 
 フェレットが遺跡の発掘などしてたまるか。

 
「いや、そうですけど……ユーノ君が大して何も言わなかったから、私も聞かないほうがいいかなって思って」


 考え方が大人すぎる……。

 まったく、思い遣りが出来過ぎるというか、自分を抑え過ぎているというか。 

  
「とりあえず、こちらを優先してもらってもいいか」


 クロノがこちらに振り返って声を掛けてきた。

 どうやらつい話し込んでしまっていたようだ。大人しく従おう。


「あ……はい!」


 再びクロノの先導の元、移動を開始した。





 たどり着いた部屋を見て、思わず頭を抱えたくなった。

 というのも、部屋の中は何故か畳が敷かれ、桜まで咲いている。

 おそらく現地の人間の文化に合わせることで、我々の警戒心を和らげる事を目的としているのだろうが……。

 壁や通路はSFじみた作りのままなので違和感がとてつもない。

 なのはも私と似たような気持ちなのが表情から伝わってきた。

 ユーノはそうでもないらしい。特にリアクションは無かった。温度差からくるこの複雑な気持ちを誰か言葉にして欲しい。

 
「わざわざご足労、ありがとうございます。どうぞこちらへ」


 そう言ったのは、部屋の中で座布団の上に綺麗に正座している女性だった。

 時空管理局提督および次元巡航船アースラ艦長、リンディ・ハラオウン。

 なのはとユーノが席に着き、紹介された彼女の肩書きと名前がそれだった。


「なるほど……あのロストロギア、ジュエルシードを発掘したのはあなただったんですね」


 緑茶を差し出しながら優しくユーノに話しかける。

 随分若く見えるがこの女性。

 なのはの後ろに立っている私の更に後ろ。通路の柵にもたれて腕を組んでいる少年、クロノ・ハラオウンの母親であるらしい。       


「なのはさんはロストロギアのことをご存知?」


「あ、はい。ユーノ君が説明してくれました」


「そうですか。ならわかると思いますがあれらは私たち管理局や保護組織が正しく管理していなければならない品物。
 特にあなた達が捜しているジュエルシードは先ほど簡単に解析したところ、まず間違いなく次元干渉型のエネルギー結晶体。
 流しこまれた魔力を媒体として、多くの世界に被害をもたらす次元震を引き起こす可能性もある危険物」


 そう言いつつリンディという女性、手元にある緑茶に角砂糖を入れた。

 ……いや、ちょっと待て。


「わっ」


 なのはも思わず驚きの声が出ているようだが、気持ちはよくわかる。

 そんな私達の気持ちに気付くことなく、後ろにいるクロノが話を続ける。


「たった一つのジュエルシードでも街を一つ消し飛ばす位の力を持っている。複数個集まって動かした時の影響は計り知れない」


「大規模次元震やその上の災害、次元断層が起これば世界の1つや2つ、簡単に消滅してしまうわ」


 言いながらリンディ提督、更にミルク投入。

 ……世の中には抹茶ラテというミルクティー風の抹茶も確かに存在するから否定はしないが。

 それにしたって日本風の湯飲みでそれをするのは勘弁して欲しい。

 私は見た目こそ違って見えるが中身はこれでも日本人。

 筆舌に尽くしがたい複雑さを感じる。

 なのはともども、なんともいえない表情でリンディ提督を見るはめになった。

 
「そんな事態は防がなきゃ」


 言いつつ、抹茶もどきを彼女が飲む。

 それでも入ってきた時から変わらない彼女の柔らかな笑顔が変わることは無かった。

 ……美味しいのだろうか?

 
「だから、これよりジュエルシードの回収は私たちが担当します」


 おっと、あまりの事態に呆然としすぎていた。

 話がいつの間にやら最も重要な所まで来てしまっている。

 
「君たちは今回のことは忘れて、それぞれの世界に戻るといい」


 これは当然だろう。

 なのはがいくら素質的に恵まれていたところで、彼女が魔法覚えたての民間人であることに変わりは無い。

 クロノの言い方は少しきついが、こちらを思い遣っての言葉である事に違いは無い。


「そんな、でも……」


 だが、なのははそれで納得出来まい。

 ユーノも何も言わないが、本心では受け入れたく無いのだろう。拳を握り、肩を震わせていた。 


「まあ急に言われても気持ちの整理もつかないでしょう。今夜一晩……二人で話し合ってそれから改めてお話をしましょ」


 リンディ提督が笑顔で、なかなか意地の悪い事を言ってくれる。

 それなりの地位を持っているのだからただ優しいだけでは無い、ということか。


『なのは、君はこのまま、手を引く気はあるのか?』

 
 念話で、なのはの意志を確認する。


『エミヤさん……。私は、嫌です。このままフェイトちゃんとお話も出来ずに、終わっちゃうのは、嫌です』


『そうか……。ああ、了解した。任せておけ』


 私の戦いは、どうやら今からのようだ。


「いや、それには及ばない。そもそも君達に任せるつもりも無い」


「なっ、何を言っているんですか、あなたは!」


「……それは、どういうことでしょうか」


 クロノは感情的に、リンディ提督はそれまでの笑顔を抑えて冷静に、私の言葉の意味を問いかけてきた。

 
「任せるつもりは無い、これが全てだよ。理由としては至極単純。信用ならんからだ」


「管理局が信用なら無いのですか?」


 よく言う。わざわざこちらの危機感を煽って協力させようとしていただろうに。

 柔らかい態度に騙されそうになるがこの女性、伊達に提督などしていないのだろう。なかなかのタヌキだ。

 それを指摘してやってもいいのだが……さすがに止めておこう。

 必要以上に相手の反感を買う気は無い。

 
「当然だ。ロストロギアの危険度を君達は正しく認識できているようだが、そのくせこの世界にジュエルシードが落ちてから君達が来るまでに随分と時間が掛かっているではないか。君達はこの世界の住人の事など、どうでも良いのではないか?」


 答える言葉は出来る限り嫌みったらしく。

 いつの間にか、意識するまでもなく出来るようになった口調で、自分自身の物となった口調で、話を続ける。


「それは違います。確かに管理局は慢性的に人手不足で手が回らない事もありますが、この世界に来るのが遅れたのはこれといった被害が出ていなかったからなんです」


「だが事実として、なのはがユーノと出会っていなければこの世界は多大な被害を被っていた。死者も多く出ていただろう。君達も、これくらいはわかるはずだ。
 被害が出てからでは、遅いのだと」


「それは、本当に申し訳なかったと思っています。だからこそ、これからの事は私達が責任を持って事態の収拾に努めさせていただきたいんです」


「だから、それが信用できんのだ。君達は何も行動で示せていない。綺麗で立派な言葉だけで人を信じられるほど私は純粋ではないのでね。
 これからも今まで通り、なのはがジュエルシードの封印を行う。君達はとっとと帰ればいい。人手不足なのだろう?」 


 正論に皮肉で返す。

 慣れたやり方だった。


「……それは、出来ません」


 後ろから、声が掛かってきた。  
 
 
「僕達は次元世界に生きる人々の生命と財産を守って、平和な日常を維持し続けるために戦っています。このまま何も終わらせずに帰ることなんて、出来ません」


 力強く、真っ直ぐな言葉だった。

 何一つ偽りが無いのだろう。言っている事は綺麗事だというのに笑い飛ばす事ができないほどの、確かな情熱が篭っていた。

 それが、私には少し、眩しかった。


「……君の覚悟はわかったが、だからと言って我々もこのまま手を引く気はない。敵対している魔導師の対処とジュエルシードの回収は譲れないな。
 君達がどうしても関わりたいというのなら、こちらのサポートのみにしてもらおうか」


「いえ、それではそちら方に掛かる負担が大きすぎます。せめてジュエルシードの回収は私達でさせてもらいませんか」


「それは君達のこれからの行動次第だな。私達は敵対する魔導師に用がある。それ以外のことを任せてもいいと思える程度の信用を、君達がこちらから勝ち取ればいい」


「――分かりました。それで、手を打ちましょう」


「母さ、いや艦長!」


「仕方が無いわ、クロノ。私達が遅れたせいでこの世界を危険にさらせたのは動かしようも無い事実だもの。ここは、信頼回復に努めましょう」


「っ、……はい」


 こんな物だろう。

 向こう側も特に問題は無いようだ。

 強いてあるとすれば、後ろにいるクロノが悔しそうにしている事くらいか。

 はたして彼の悔しさは民間人に主導権を握られる事か、それともそうさせてしまっている自分の無力さか。

 きっと、後者だろうな。と自分の経験が告げていた。 
 

「話は終わりだな。では帰るぞ。なのは、ユーノ」


「あっ、はい」


 振り返る事も無く、アースラを後にした。





 夜、なのはの部屋で三人で話していた。


「えっと、結局どうなったんですか?」


「アースラでの交渉の事か?」


「はい。聴いてたけど、途中からどういう事か分からなくなってきちゃって……」


 なのはが困ったように苦笑いを浮かべる。

 まぁ、子供にはまだ早かっただろう。

 ユーノも似たような表情である事だし。いや、もうすでにフェレットに戻って?しまっているので、表情はなんとなくそう思っただけなのだが。

        
「そうだな。わかりやすく言えば、我々は管理局のサポートの元、ジュエルシードの回収を行える様になったという事だ」


「それって良い事、ですよね?」


「少なくとも、こちらが不利益をこうむる事はないだろう。君の望み通り、フェイトと話す機会もあるだろう」


「――はぁ、よかった。エミヤさん、ありがとうございます」


「頭など下げてくれるな。私は君のためにここにいるのだ。どうとでも扱き使うといいさ」


 なのははまだ私のことを使い魔として捉え切れていない。

 もっと遠慮なく何でも言ってほしいのだが……それこそまだまだこれからだろう。

 なのはは私のことを信じてくれているが、全幅の信頼を寄せることは出来ない。

 それだけの理由が、まだ無いからだ。 

 しかし、理由の無い信頼などそれこそ信用ならない。

 信頼は、これからどんどん積み上げていけばいい。


「それにしても、よく管理局がこちらの要望を聴いてくれましたよね」


 これはユーノから。

 ここでその疑問を解消してやるのはた易いが……。


「こちらの要望は、向こうにとっても都合がいい物だっただろうからな。断りはしないだろうさ」


「どういう事ですか?」 


「それは…………君達で考えろ」


「えっ、教えてくれないんですか?」


「ああ、自分達で答えを導き出せ。そうすれば、必ず得る物があるだろう」


 交渉における駆け引き、いかに相手を上手く利用できるか。

 そんな大人の持つ暗い考えを、わざわざ子供に教える理由がどこにある。

 いま教えなくても、大人になるにつれて自ずと知る。理解できるようになっていく。

 それまで、自分が隣にいればいいだけの話だ。

 そうして、二人そろって頭を傾げ始めた子供達を見ながら。

 クロノのように、真っ直ぐだった頃の自分を少し、思い出していた。 












[24797] 第十二話 停滞、そして進展
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2011/12/29 18:43









          停滞、そして進展










 とある一室。

 コンクリートに囲まれた、太陽の日差しも月の光も星の輝きも入ってこないような暗い所。

 そんな場所の壁際に、場違いにしか思えない一つのベッド。

 そしてそれに備え付けられた電気スタンドのみが、あたりを照らしていた。

 
「だめだよ! 管理局まで出てきたんじゃ、もうどうにもならないよ」


 その傍らで、アルフが今にも泣き出しそうな声で主人に訴えかけていた。

 
「大丈夫、だよ」


 その声に答える主人――フェイトの声は弱弱しい。

 執務官の一撃を防御もできずに直撃した彼女の体は包帯がまかれ、動くのもままならない状態になっていた。

 
「大丈夫じゃないよ……! ここだって、いつまでバレずにいられるか。
 あの鬼ババ、あんたのかーさんだって、フェイトにひどいことばっかする! あんなやつのために、もうこれ以上……!」

 
「母さんのこと、悪く言わないで」


 アルフの言葉は、たった一人の主人への思いやりと懇願がこもっていた。

 だが、フェイトはその言葉を呑み込むわけにはいかず、拒絶する。

 なぜならフェイトにとって一番大切な、たった一人の母を否定する言葉だったから。

 
「言うよ! だってあたし、フェイトが心配だ。フェイトはあたしのご主人様で、あたしにとっては世界の誰より大切な子なんだよ。
 フェイトが泣くのも悲しむのも、あたし嫌なんだよ……!」


 耐えきれず、アルフの目からは涙が溢れていた。

 そんな使い魔に、主人は優しく頭を撫でて語りかける。


「ごめんね、アルフ。だけど、それでも。わたしは母さんの願いを叶えてあげたいの」


 フェイトを想うアルフ。

 母を想うフェイト。

 どちらも、誰かに対する思い遣りに溢れているのに。

 二人の想いは分かち合い難く、交わることのないものだった。










 アースラに招かれて数日がたった。

 さすがに人員と設備が充実している組織の手を借りられるのは強い。

 今までどこを探しても、気配すら掴めなかったジュエルシードが順調に集まっている。


「捕まえた、なのは!」


 かく言う今も、ジュエルシード封印のための戦闘の真っ最中。

 ちょうどユーノの鎖状のバインドが、ジュエルシードの生み出した鳥獣型の異相体を捕らえたところだった。


「うん!」

 
「Restrict lock!」


 追い討ちを掛けるように、なのはが手に持つレイジングハートを目標に向け突き出しバインドを発動させる。

 魔力の結合は安定し、失敗の兆しも見えない。

 結果、今までのどの鍛錬の時よりも上手くいき、鳥獣の首を締め上げる。

 前々から思っていたことだが、案外なのはは本番に強い。

 あまり気負いしない性格が良い方に働いているのだろう。


「そう! バインドを上手く使えば動きの速い相手は止められるし、大型魔法も当てられる!」


「うん!」


 なのはの魔法は一発の威力が高ければ高いほど、準備に時間が掛かる。

 警戒するまでもなく軽々と避けられるし、なにより撃たせる前に仕掛けられる。

 どれだけパワーが大きかろうが中らなければ意味がない、といういい例だ。

 それを考えると、相手の動きを一時的に止められるバインドはなのはの基本戦術において、もっとも大切な要素になってくる。

 魔力保有量の少ない魔導師相手なら、下手をするとバインドに捕まえた時点で勝利を確定させる事が出来るかもしれない。

 もっとも、いまのままでは相手の裏をかかない限り捕まえる事など到底出来ないだろうが。

 特別得意分野でもないため、まだまだ練習量が足ていない。

 今まで防御や回避に重きを置いていたため、補助魔法などは後回しになっていたのも一因かもしれない。

 しかしこればかりは素人のなのはが僅かでも勝利の可能性を見出すために必要な事だった。

 どれもこれもと欲張って、中途半端に修める事になるよりもよほどいいだろう。

 ところが、思ったより早くなのはは防御をモノにしていた。素質的に相性が良かったのか、なのはの努力の賜物か。

 今のなのはの防御を抜く事は、そう簡単には出来ないだろう。

 だからこそアースラに身を置き、常に管理局の監視が入る事になったのを契機に、私達は修行の方針を攻撃方向に転換する事にしたのだった。

 
 
 なのはがジュエルシードの封印に入る。

 結局今回も私の出番は無かった。

 もともとがなのはの経験を積ませる事が目的の一つなので、ジュエルシードの封印に私はあまり必要ない。
 
 なにより今のなのはは大した力も知能も持たない異性体ごときに後れを取る事もない。

 だが、私はなによりも管理局への情報流出を避けたかった。戦闘時における私の動きを見せたくなかった。

 私の投影自体は、傍から見れば察知が困難な物質の転送にしか見えないだろう。

 戦闘に用いれば少しばかり厄介だが、脅威と呼べるほどの物でもない。

 問題なのは、投影された武器のほうにある。

 使い方によるが、明確な脅威として認識されるのはそう難しくは無いはずだ。

 宝具の真名開放など使った日には何を追及されるか分かった物ではない。

 だからこそ、私は表立って戦う訳には行かない。

 今まで以上に、周りの目を気にしていかなければならないだろうから。

 我ながら、この私が周りの目を気にするというのはおかしな話だと思う。

 人を助けるためなら魔術の秘匿すら守ろうとしなかったこの自分が。

 そう思っただけで自嘲がこみ上げてくる。

 ……きっと、生前のように一人なら、こんな事は考えなかっただろう。

 自分に降りかかる負荷など、他人の命を前にした私にはどうでもいい事だったから。

 そして、それは今でもきっと変わっていない。

 だが、今の私にはなのはがいる。

 守るべき、何よりも優先すべき存在が、ある。

 故に、私の執るべき行動など始めから決まっていた。



 封印を終えたなのはがこちらに降りてくる。

 それを軽く手を上げて迎えながら、こちらを監視し続けているナニカに一瞬だけ視線を向けた。  

    



 アースラ艦内。モニタールーム。

 情報収集を主目的としたこの場所は薄暗く、画面から発される光だけが室内を照らしている。

 今ここにいるのは二人、空からみた街の全貌を映し出す画面を見ながら現状に嘆いていた。


「あーやっぱりだめだ。見つからない」

 
 キーボードを叩いて操作をしていたエイミィがじれったそうに声を上げた。

 同意するように頷き、クロノも率直な感想を一つ。


「向こうもなかなか優秀だ」


「おかげであれから二つもこっちが発見したジュエルシードを奪われちゃってる。手強いな……」


 声に悔しさが混じってくるがそれも当然だろう。

 相手はまだ幼い少女とその使い魔のあわせて二人。

 方やこちらは艦船一つに多くの人材と機材。

 条件は明らかに偏っている。だというのに相手を補足できず、その上出し抜かれもしている。

 現状は最善とは言いがたい。


「だがジュエルシードの回収自体は順調だ。今もちょうどなのはが一つ封印し終えた所だ」


「本当だ。なのはちゃんもすごいねー。聴いてみると、ちょっと前まで魔法のことすら知らないまったくの素人だったって言うんだから、驚きだよ」


「確かに。才能があって、努力もたくさんしたんだろう。良い講師もいたみたいだしな」


 モニターにはジュエルシードの封印を成功させたなのはとユーノが映っていた。
 
 
「……エイミィ、君はなのはの使い魔だという彼の事をどう思う」


 クロノの声のトーンが、一つ落ちる。


「彼って、エミヤさん? どうだろう……。でも、素人の使い魔にしてはいろいろ凄過ぎるとは思うかな」

    
「ああ。僕も同感だ」


 彼等がアースラに身を置いてから何度か行ったジュエルシードの封印。

 その全てになのはが出向き、いくらか異相体との戦闘も起こった。

 だというのに、エミヤはなのはに同行するだけで、戦闘には一切参加せずにただ近くで眺めているだけだった。


「どういうことかな? 交渉とかの能力を優先させて戦闘力を大してつけなかった、とか」


「いや、ジュエルシードの回収が目的なのにそんな事をする理由が無い。なによりそんな器用なまね、素人には到底出来ないはずだ」


 魔導師にとっての使い魔とは、動物などに生成した人造魂魄を憑依させる事で作り出され、主人に使役される魔法生命体だ。

 彼等は存在しているだけで主の魔力を消費させてしまう。

 当然ながら高性能な使い魔になるとそれだけ消費魔力も大きくなる。逆に言えば、高性能な使い魔を持つ魔導師はそれだけランクが高いという証明にもなる。

 その観点から見れば、なるほどなのはは優秀だ。

 魔力量ランクは破格のAAAランク。

 その資質だけならば、高い権限を持つ反面、優れた知識と判断力、実務能力が求められる執務官に僅か11歳の若さでなったクロノすら遥かに凌駕している。

 そのなのはが作り出した使い魔ならさぞ優秀ではあるだろう。

 だが、それでもまだ腑に落ちない。

 時空管理局提督の地位を持つリンディにすら引けをとらない交渉術。

 戦闘態勢にいたクロノですら、気配を感じられないほどの隠密性。

 これほどの使い魔を、はたして魔力量が多いだけに過ぎない素人が作り出せるものだろうか。 


「それにあの一目見ただけで分かるほど鍛え抜かれた身体で、戦闘が不向きだなんて冗談にしか聴こえないな」


「まぁ、それは確かに。でもそうなるといよいよとんでもないねー。さすがに戦いまでなのはちゃんより上って事はないよね?」


「いや、少なくとも僕にはとても戦いの素人だとは思えなかった。むしろ向かい合ったときは百戦錬磨の戦士に感じたよ」


 クロノがはじめてエミヤと対峙したとき、気付く間もなくデバイスを抑えられ、動きを止められてしまった。

 それほどの威圧感を、あのときクロノは感じていた。


「じゃあなんでジュエルシードを封印するときは何もしないんだろ。魔法が使えないって訳でもないだろうに」

 
 使い魔は普通、主の魔力資質を受け取ることで魔法を使うこともできる。

 当然なのはの使い魔であるエミヤも魔法を使えるはずだ。と思うのは魔導師の常識から考えて正しい認識だろう。

 もっとも実際は、彼は自分が持つただ一つの魔術しか使えないのだが。


「なのはに経験を積ませたいのか、戦えない理由でもあるのか。もしかしたら僕達の監視があるから、かもしれない」


「それって、管理局に知られたくないようなことがある、ってこと?」


「彼は管理局をあまり信用していないみたいだからな。その可能性は案外高いかもしれない」


 それはこの間の問答で分かりきっている。

 管理局に出来る限り情報を漏らしたくないと考えているのなら、これまでの行動にも納得がいく。


「なんにしても、注意ぐらいは続けておくべきだな」


「了解。極力気付かれないようにサーチャーを飛ばしておくよ」


 その言葉に頷きながら、クロノは画面に視線を戻す。

 画面の先には、腕を組んで木にもたれかかり、いつもの様にただ主の戦闘を眺めているだけのエミヤの姿。

 その赤い外套をまとう自称・使い魔と、クロノは一瞬だけ、目が合ったような気がした。   
     




 これまでに集められたジュエルシードの数はこちら側が4個。向こう側、フェイトたちが推定3個となっている。

 ここまではよかったのだが、その後がどうも続かない。

 いままでは陸地を主に周り回収してきたが、いよいよ海上方面にまで目を向けなければならないだろう。

 クロノ達もそれが分かっているようで、捜索範囲を既に地上以外にも向け始めたらしい。

 しかしいきなり見つかるはずもなく、私達は少しばかり暇を持て余す事となった。

 現在はアースラ艦内の食堂。

 なのはとユーノと共に、出されたクッキーをつまみながら雑談に興じている。

 今話題になっているのはちょっとした身の上話。

 お互いの、今よりももっと幼かった時のことが話題になっていた。

  

 ユーノはなんでも、両親が物心ついたときから他界していたらしい。

 しかし親の愛情をまったく知らないというわけではなく、遺跡の発掘を生業とするスクライア一族全員を家族として育ってきたらしい。

 血の繋がった唯一無二の絆こそなかったものの、多くの家族がユーノにはいたのだろう。

 それは決して恵まれている訳ではないが、少なくとも不幸ではなかったはずだ。

 それと同時に歳に似合わぬ責任感の強さや博識振りにも納得がいった。

 つまりはユーノの家族もお人よしばかりという訳ではなく、一族の一員としてしっかりと働かせていたようだ。

 幼い頃から積極的に遺跡発掘の現場に向かわせて、仕事を覚えさせられたそうな。

 それはもしかすると、肉親がいないユーノが少しでも早く自立できるようにと、思い遣っての事だったのかもしれない。

 ユーノの話が終わり、こんどはなのはが話し始めた。 
   

「家、私がまだちっちゃい頃にね、お父さんが仕事で大怪我しちゃって。しばらくベッドから動けなくなった事があるの」


 昔を思い出すような表情で語るなのはは、少しだけ辛そうに見えた。

 話の内容からも分かるように、気持ちの良い思い出ではないのだろう。

 
「喫茶店も始めたばかりで、今ほど人気がなかったから、お母さんとお兄ちゃんはずっと忙しくて。お姉ちゃんはずっとお父さんの看病で。
 だから私、割と最近まで家で一人でいること多かったの」


 喫茶店、とはなのはの両親が営む『翠屋』という店の事だろう。

 今でこそ盛況だが、開店当初は客足も少なかったらしい。


「だから、一人でいることには慣れてるし、結構平気」


 少しだけ、場の空気が重くなる。

 これがなのはにとっての傷、だったのだろう。

 トラウマ(精神的外傷)、と言うほどではないだろうが拭いきれない、なのはの行動原理に深いところで関わっている記憶なのだろう。

 ……なのは自身、まだフェイトに何を伝えるべきか迷っている節がある。

 このあたりで自分の気持ちを見直してもらうためにも、少しばかり触れてみるべきか。


「ああ、そういうことか。君は、一人でいることしか出来なかった自分が、悔しいのか」


「えっ?」


 なのはが僅かにうつむけていた顔を上げる。

 思いもよらないことを言われた、そんな表情だった。


「何も出来なかった自分が悔しくて、せめて迷惑は掛からないようにしよう、困らせないようにしよう。幼い頃の君はそう思ったのだろう。
 だからこそ今の君は、昔の自分と同じ目をしているフェイトのことが気になる。違うか?」


「……そう、ですね。そうかもしれません」


 なのはが少しだけ微笑んで頷く。

 きっとなのはが持っている気持ちは、高町家の者達も気付いている事だろう。

 だからこそ、そんななのはの行動を咎めもしなければ追求もしない。

 今だってそうだ。このアースラに滞在するにあたって、学校には休校届けを出している。

 その許しを、なのはの家族はあっさりと出した。

 普段我侭を言わない、顔色を伺って迷惑を掛けまいとしている。

 そんななのはからの願いを、彼等は断れなかったのではないだろうか。

 それが幼かったなのはを一人にさせてしまっていた後ろめたさからくる物なのか、信頼からくる物なのか、あるいは両方なのか。それは私が知る由もないことだが。

 なんにしても、なのはに対する家族の行動もこれで少しは理解する事ができた。

  
「ならばなおさら、その気持ちを相手におもいっきりぶつけなければな」
 
 
「あ……はいっ! そうですよね!」


「あはは……」


 口を歪めておどけるように言う私に、元気よく頷くなのは。少し引きつり気味のユーノ。

 それはもう、いつも通りの光景だった。


『エマージェンシー!! 捜索区域海上にて大型の魔力反応を確認!』


 唐突に艦内にアラートが鳴り響く。

 どうやら事態の進展があったようだ。


「すまない、ユーノ。さきにクロノ達のところへ行っておいてくれないか」


 椅子から立ち上がった二人に待ったをかける。

 
「どうかしたんですか?」


「いや、少しなのはに言っておきたい事があってな。すぐに終わる」


「分かりました、僕は先に行っていますね」


 追求する事もなく簡潔に頷いて、ユーノが部屋を出て行く。

 本当に、あの子は物分りがいい。

 
「エミヤさん?」


 不思議そうに首を傾げてくるなのはを見る。

 そこにいたのはいつも通りの、あどけなく、可愛らしい少女だった。


「なのは、気持ちを伝えるときのコツを教えておこう」


 片膝をついて、なのはに視線を合わせて。

 今度は私が、昔を振り返りながら言葉を選ぶ。


「自分の気持ちを伝えるときに、小難しい言葉など要らない」


 今ではほとんど薄れてしまっているあの剣戟の記憶。


「ありふれた言葉でいい」


 その中でぶつけられた想い。


「ただ真っ直ぐに、伝えればいい」

 
 それだけは、今でもはっきりと残っている。


「それが出来れば、どれほど心を閉ざした人間にだろうと、君の言葉は必ず届くだろう」


 ――どうしようもなく絶望していた自分でさえ、あの未熟者の言葉が届いたのだから。

 なのはが目を見開く。

 私の言葉から、何かを受け取ったらしい。

 
「……エミヤさん。私、フェイトちゃんに何を伝えたいのか、ようやく分かったような気がします」

 
「そうか……。ではいこう。君の言葉と想いを届けるために」





 もう、迷いはない。

 伝えたい言葉は確かな形に。

 君の元へと、羽ばたいて行く。












[24797] 第十三話 信じた想いを心に抱いて、伝える答えは一つだけ
Name: メイシー◆9fb748c3 ID:38f40151
Date: 2011/12/31 04:58










          信じた想いを心に抱いて、伝える答えは一つだけ










「フェイトちゃん!?」


 アースラの司令室に入ったときのなのはの第一声は、驚きと困惑に満ちていた。

 大型のモニターに映し出されているフェイトの姿を見ればそれも納得できるが、今はまず状況確認を急ぐとしよう。


「クロノ、状況は?」


 問いは簡潔に素早く。

 それを読み取ってくれたか、クロノの答えも素早かった。


「フェイト・テスタロッサが大規模な儀式魔法を用いて、海に落ちていた六つのジュエルシード全てを強制発動させました。今は封印中です」


 それを聴いて思わず、といった感じで反応したのは当然のようになのはであった。


「あの、私、急いで現場に――」


「その必要はない」


 クロノがなのはの言葉を遮るように、強く断言する。

 続く言葉は、なのはには受け入れがたい物だっただろう。

 
「放っておけば、あの子は自滅する。自滅しなかったら、力を使い果たしたところで叩く」


 なのはが息を呑む。

 この子には、到底思い浮かばない発想だろう。

 私や彼らが当然の様に至る考えなど、人一倍思いやりのあるこの子には。

 
「捕獲の準備を」


「了解」


 クロノの指示にスタッフの一人が答える。

 モニターでは、六つの水柱が意志を持ってフェイトとアルフに襲い掛かっていた。

 その姿と動きは、まるで大蛇の様。 

 あれが今回の異相体なのだろう。

 今までのように生物を取り込んだものではなく、水という自然物を取り込んだ形だ。

 しかも場所は海だ。資源も逃げ場もいくらでもある。

 たった魔導師一人と使い魔一体でどうこう出来る物ではないだろう。

 かく言う今も、アルフが捕まって身動きが取れなくなっている。必死に足掻いているが、拘束から抜け出すには時間が掛かるだろう。

 フェイトも大規模魔法を放った影響だろうか。彼女の動きにいつものキレはなく、次第に追い詰められている。


「残酷に見えるかもしれないけど、これが最善」


 リンディが誰かに言い聞かせるように言う。

 彼女の言っている事は正論だ。戦力を温存して尚且つジュエルシードとフェイト達を確保する。

 これ以上の選択などない。
 
 誰よりも確実に、世界の安全を優先すべき彼等には。

 なのはもそれが分かっているのだろう。


「でも……」
 

 小さく呟き、口を閉ざして俯いてしまった。

 さて、どうしたものか。

 私も存在上、世界の安全を第一に優先して動くべきなのだが……。

 
『なのは、行って』

 
 突然頭に、ユーノの声が響いた。

 
『僕がゲートを開くから、行ってあの子を』


『でも、ユーノ君……』


 ユーノはなのはの願いを優先した、か。


『エミヤさんもお願いできますか?』


 当然のように聴いてくるその言葉には、断られるはずがない、きっと協力してくれる。という想いが透けて見えるようだった。

 その言葉が、信頼が、純粋さが、少しばかり眩しかったのだけれど。

 もとより、私が高町なのはのサーヴァントである以上、やるべき事は始めから決まっていた。


『いや、行くのは私ではなくユーノ、君だ』


『え? だってそんな、僕なんかよりエミヤさんの方が――』


『ユーノ、それは間違った認識だ。己の力、そして他者の力を正確に捉え、客観的に分析できなければいつか痛い目を見るぞ。
 もう一度、冷静に考えてみろ。場所は海の上だぞ。飛ぶ事のできない私に何をどうしろというのだ』


『あ……』


 なのはとユーノが二人そろって、そうでした。みたいな声を上げる。

 まったく、ユーノくらいは気付いてもよさそうなものを。

 まぁいい。次に生かすことが出来るのなら、失敗もまた尊い物になる。  


『そういうわけだ。私はリンディ達の相手をしていよう。君達が、フェイトの元へ向かえ』


『はい! 了解です!』


『あの、後のことはお願いします!』


 二人がゲートの方へと走っていく。

 その背中を、頼もしいと感じたのは、きっと気のせいなどではないはずだ。


「君達は!?」


「え?」


 二人に気付いたクロノとリンディが、それぞれ驚いた声と間の抜けた声を上げた。

 意外な事にリンディ提督、突発的出来事にあまり強くないらしい。
 
 
「すみません。高町なのはとユーノ・スクライア、指示を無視して勝手な行動をとります!」


「あの子の結界内へ……転送!」


 まばゆい光がゲートから発せられる。

 それが収まった後には、もう二人の姿はなかった。

 電光石火。アースラスタッフに身動きどころか言葉を挟む隙すら与えない見事な早業だった。

 
「エミヤさん。僕は貴方がいれば、二人を止めてくれると思っていたんですが」


 クロノがこちらを睨みながら恨めしそうに言ってくる。

 これは曲がりなりにも私のことを信用してくれていたということか?

 だとすれば、随分手酷い裏切りをした事になるのか……。

 主を裏切るのに比べれば、なんでもない事ではあるのだか。 

  
「買い被ってくれるな。私は使い魔。君達の行いが正しかろうが、マスターの願いを優先するのは当然だろう」


「だからといって、ジュエルシードが彼女達の手に渡るのがどれほど危険な事か、分かっているはずです!」


 当然。あれほどの魔力結晶体を複数個使って成す事など陸でもないに決まっている。 

 だが、それとこれとは話が別だ。


「別にここでなのはが手伝う事に問題はあるまい。封印という面のみで言えば、むしろ協力したほうが安全ですらあるだろう」


「しかしそれをフェイト達に奪われては――」


「なら封印が終わり次第、君が回収に行けばいい。何なら、私が手を貸してもかまわんぞ?」


 意訳、確保はしてやるから封印までは好きにさせろ。
 
 私でもジュエルシードの異相体相手ならともかく、魔導師が相手であるのならば、足場さえ何とかなればいくらでも遣り様はある。

 
「……分かりました。クロノ執務官、封印が終わり次第、エミヤさんと一緒にジュエルシードの確保に向かってください」 
 

「……はい、艦長」


 さすがにリンディは話が早い。少し考えた後、こちらの意図を理解し頷いてくれた。

 それだけ経験豊富ということか。

 対してクロノははあまり乗り気ではないようだ。

 彼にはもう少し柔軟性が欲しいところだが、それも経験を積んでいく内に自ずとついていくだろう。
 
 さて、漁夫の利を狙う大人たちの汚い思惑もそこそこに、モニターに眼を移す。

 残り全てのジュエルシード。

 我々と彼女達との封印合戦もこれで最後だ。

 故に、なのは。君が胸に抱く本当の想いをフェイトに伝えるには、ここが正念場だぞ。

 そう、パスを通してなのはに伝える事もなく、己の中だけ呟いた。 





 転送された先は雲の上。

 隣にはユーノ君も一緒だ。

   
「僕はアルフの方へ行くから、なのははフェイトのところに!」

 
「うん! 分かった!」


 猛スピードで落ちている途中でも聴こえるように、二人で大声で確認し合った後、ユーノ君が離れていく。

 さぁ、私も行かないと。


「いくよ、レイジングハート……!」


「All right.」


 胸元から返ってくる自信たっぷりの声はいつも通りに、それが私に力をくれる。

 体は戦いに向けて高揚してるのに、頭の中はすごく冴え渡ってる。 

 きっと今なら、何でも出来る。


「風は空に、星は天に」


 上にはただ青空だけが広がって、下は分厚い雲が一面に広がっている。

   
「輝く光はこの腕に」


 その雲達を押しのけて。


「不屈の魂(こころ)は、この胸に!」

    
 一直線に、あの子の所へ!


「レイジングハート、セーットアーップ!」


「Stand by Ready.」


 桃色の光が私を包んで、戦うための衣装に変わる。

 そして雲を突き抜けたその先に、あの子の姿を見つけた。

 ちゃんと飛んでるし、大きな怪我をしているようにも見えない。
 
 ここからだとよく分からないけど、きっとフェイトちゃんの顔はすっごく驚いてるんだろうな。

 目線をずらせば、アルフさんはユーノ君と向かい合っている。

 
「フェイトちゃん」


 だから私は、この子と向き合える。


「手伝って、ジュエルシードを止めよう!」


 目の前のフェイトちゃんの表情は険しい。

 なら私は、大丈夫だよ、二人で一緒にやろうって気持ちをこめて。


「Divide energy.(ディバイドエナジー)」


 レイジングハートからフェイトちゃんに、私の魔力が飛んでいく。

 私がレイジングハートから教わった、魔力の渡し方。

 
「Charging.」


 フェイトちゃんのデバイスから男の人の力強い声が聞こえた。

 それと同時に、弱まっていた魔力の刃が、いつもの形に戻る。


「Charging completed!」

 
 レイジングハートのその言葉は、上手く言った事を私に教えてくれていた。

 ――はぁっ、よかったっ。

 教えてもらった後、実際にやってみようと思ったけど、たまたまユーノ君と一緒にいなかったし、エミヤさんは魔力の受け取りが出来ないとかで断られちゃったし。

 実はやるのはこれが初めて。

 よかった、上手くいって。


「二人できっちり、はんぶんこ!」


 その時ちょうど、ユーノ君とアルフさんのチェーンバインドが水柱に巻きついて、動きを止めるのに成功していた。

 二人ともすごい。私にはあんな大きなバインドは作れないや。

 だから、今がチャンス。


「ユーノ君とアルフさんが止めてくれてる。だから今のうち! 二人でせーので、一気に封印!」


 そのまま返事も聞かずに飛び上がる。

 何でか分かんないけど、きっとやってくれるって、思ったから。

 上へ上へ、ジュエルシードを全部一気に巻き込むために。

 でも封印が終われば、クロノ君がジュエルシードを回収しに来る。

 そしてたぶん、エミヤさんも。

 だから、今のうちに考えておこう。

 フェイトちゃんに言う言葉を。私の気持ちが、一番伝わる言葉を。


 
 ――あの時、エミヤさんに、私は一人でいることしか出来なかった自分が、悔しいんだって言われた。

 すごいと思った。

 だって、エミヤさんの言った通り、私は悔しかったんだ。

 小さい頃から、ずっと思ってた。



 私が幼稚園に入る前の年。

 詳しい話は聞かされなかったし、今も聴く事ができないでいるけれど、お父さんが事故にあって入院した。

 それは夫婦の夢だった「駅前の喫茶店」を始めた矢先の事。

 今みたいに、お客さんがいっぱい来てくれる事もなかったとき。

 お兄ちゃんは今の私と変わらないくらい小さくて、お姉ちゃんはまだお兄ちゃんにべったり甘えてたくらい小さくて。

 私はそれより、もっともっと小さくて。 

 真っ白なベッドの上で、ずっと目を覚まさないお父さん。

 そんなお父さんや家族の暮らしを支えながら、私達子供に寂しい思いをさせないようにと一生懸命だったお母さん。  

 大好きで、しょっちゅうやってた剣術の稽古も中断して、家のことやお店の手伝いをしていたお兄ちゃんとお姉ちゃん。

 私は本当に小さくて。

 毎日必ず訪れる、家でひとりぼっちになってしまう時間が悲しくて。

 誰もそばにいてくれないのが、どうしようもなく寂しくて。

 自分は本当はいらない子なんじゃないかとか、今なら絶対に思わないような、そんな事ばかりを考えてた。

 だけど、それは違った。

 本当にたまたま夜中に目が覚めて、偶然見つけてしまった、とても辛そうにしていたお母さんが。

 ――私を見つけて、笑ってくれた。

 辛そうにしていた事なんて、まるでなかったかのように私に笑いかけた。

 
「ごめんね。いつも一人にしちゃって。寂しいよね。だけど、お父さんが元気になるまでの間、後ほんの少しだから。 
 そしたらきっとまた、家族みんなで遊びにだって行けるから」

   
 そう言って抱きしめられたあったかな腕の中で感じたのは、うれしさと切なさと。

 ただ守られて、心配されて、何も出来ないまま、待ってることしか出来ない小さな自分。

 そのときに分かったのは、悲しいのは。

 悲しい事を前にしても、悲しんでいる人を前にしても、何もする事が出来ない。

 何の力もない、あんまりにも小さくて無力な自分。

 だから。

 一人のときに、たくさん泣いた。
 
 今度は寂しいからじゃなくて、ただ悔しくて。

 どうして、私はどうしてお父さんを治してあげられないんだろう。

 どうして、あの病院の真っ白なベッドの上から、お父さんを連れ出す事が出来ないんだろう。

 どうして、お兄ちゃんとお姉ちゃんに好きな事をさせてあげられないんだろう。

 どうして、私はお兄ちゃんやお姉ちゃんの代わりに、家のことやお店の事が出来ないんだろう。



 あるとき、お兄ちゃんとお姉ちゃんが言ってくれた。

 
「なのはがいてくれるから、父さんも母さんも、家族みんなが頑張れるんだ」


「そうそう。なのはが笑ってくれれば、お姉ちゃん達だって元気百倍! いくらでも頑張れちゃうんだから!」


 だから、私は単純に。


「じゃあ、いつも笑ってる! みんなが元気になるように!」


 それしか出来ないと、小さいながらも分かっていたから。

 いつも思ってた。

 私の手はどうしてこんなに小さいんだろうって。
      
 だから、フェイトちゃんに初めて会ったとき、すぐに分かった。

 ああ、私と同じだって。

 だから、思ったんだ。

 同じ気持ちを、分け合いたいって。

 寂しい気持ちも、悲しい気持ちも。

  
 少しの間、閉じていた目を開ける。

 この場所からは、いろいろな物が見渡せた。

 バインドで捕まっている水柱も、必死に食い止めているユーノ君とアルフさんも。

 そして、最大出力形態に変形したバルディッシュをもっているフェイトちゃんも。

 
「ディバインバスター、フルパワー! 一発で封印、いけるよね!?」

 
「Of course master.(当然です)」


 魔力は残り半分しかないけれど、レイジングハートと、フェイトちゃんが一緒にいてくれるなら。

 きっと、絶対、大丈夫。

 デバイスの先に、魔力を充填していく。

 ここから先は、ただ撃ち抜くだけ。

 そして、雷が走る音。

 フェイトちゃんの方も、準備満タンになっていた。

 それじゃあ。 

 
「せぇーのっ!!」


 掛け声に合わせて、一気に攻撃!


「サンダー――!!」


「ディバイーン――!!」


 水柱に小さな雷が走る。

 目の前の桃色の光が、限界まで膨れ上がる。

 ユーノ君とアルフさんが、バインドを解いて離れていく。

 そして――


「レイジッ!!」


「バスターッ!!」


 二つの魔法が放たれて、辺りを眩い光で白一面に染め上げた。



 海の中から、封印されたジュエルシードが六つ、私達がいる高さまで浮かび上がってくる。
 
 それをフェイトちゃんと二人、並んで見届けた。

 ようやく、終わった。

 ようやく、伝えられる。


「フェイトちゃんに言いたい事、やっとまとまったんだ」


 全てを分かり合うことなんて、絶対に出来ない。

 すれ違わないなんて、きっとない。

 だけどきっと、私達は同じ痛みを知っている。

 分け合って、伝え合える想いがある。

 今は私の一方的な気持ちだけど、勝手な片想いだけど。

 でも、必死だった。  


「私はフェイトちゃんといろんなことを話し合って、伝え合いたい」


 私だけじゃ、まだ小さな翼だけど。

 二人でなら、もっと強く羽ばたけるから。

 エミヤさんの言った通りに、難しい事なんて言わない。

 見つかった答えを、たった一つの言葉に変える。


「――友達に、なりたいんだ」  


 これで、良いんですよね? エミヤさん。











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