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[12606] 【2章完結】魔法少女リリカルなのは 心の渇いた吸血鬼(型月さっちん×りりなの)
Name: デモア◆45e06a21 ID:164bc54b
Date: 2021/10/29 12:22
本っ当に長らく更新停止してしまっていまして申し訳ありませんでした。
デモアです。
戻ってきました。

更新停止の件とは別に、もう一つ謝らなければならないことがあります。
この作品、4章までは絶対に書くと昔から言っていたと思います。
申し訳ありません。現在書いている2章で完結とさせていただきます。
ただ、話の展開を変える気はないため、打ち切りのような形での幕引きに見えてしまうかも知れません。
重ねて謝罪します。申し訳ありません。

以下言い訳となってしまいますが、その判断の理由となります。
自分では社会人をやりながらの執筆活動は厳しかったです。
現在、諸事情あり職を離れており、その間にと執筆を再開したのですが、いくらでも時間がある状況で一月に2話書ければいい方でした。

勿論、自分もそのうち次の職に就くことになり、その時に再び更新が止まってしまうことが目に見えています。
そのため、完結作品として区切りを付けようと考えた次第でございます。
社会人をやりながらコミケに参加していた方々の物凄さを実感しました。



というか、月姫リメイクに先越されたの超ショック……






前書きとお詫び(だいたい0.5:9.5)

こんにちは。今まで、そこここの感想でたまに突然出現してきたデモアです。
トリップが違いますが、仕様です。変えました。何なら、今までのトリップで書いて証明しても構いません。

Arcadiaに投稿するのは初めてですが、一応、処女作ではありません。

さて、この小説は、とりあえずプロローグが長いです。
原作をそんなに知らない人でも楽しんで読める小説を書くのが僕のモットーですので、プロローグからこっていったら、どんどん長くなってしまい、プロローグが第0話になり、第0話が2〜3分割しなければいけなくなりました。
よって、リリなの世界に入るのは4スレ目になってしまいます。
前置きが長い作品に碌なもんが無いとは僕の体験談ですが、まさか自分の作品がそんなものになってしまうとは……

だって、さっちんが無理なくリリなの世界に行くにはあーするしか思いつかなかったし、志貴との……が無ければ性格やばいまま暴走するだろうし……

とりあえず、月姫をアニメでしか、又は漫画でしか見たことが無いという方も、問題なく読める作品になったと思っています。
第0話に空の境界出て来ますが、そちらの説明は全くと言っていいほど載せてません。第0話はプロローグ的存在なんで知らない人は深く考えずに読んで下さい。

当然のことながら、独自解釈、独自設定等が入ってきます。
前に感想版で「何故オリジナル要素付けたし」言われたのでここで明言しておきますが、さっちんの”アレ”は何とかなのは達と拳でバトらせようと苦心した結果です。なのは達の魔力弾を殴らせたかったんです! 非殺傷設定の魔力弾を物理的に殴る方法を何とか捻り出したんです! よくある『力技で』ってのでもよかったかもしれませんけどこの際だからと理由付けてみたんです!
と、言うわけで、そこら辺は許容してもらいたいです。別に原作設定に反してる訳ではありませんし、もうどうせなら『力技でやってる』と思って読んでもらってもかまいませんし、『だってさっちん』だもんとか『なんとなくできんじゃね?』的な感じで読んでもらっても何ら問題ありません。

あと、作者はとらハをやっておりませんしそこまで詳しくもありません。ご了承
下さい。

それと、もうひとつ。
第0話_aですが、リリなの作品クロスオーバーとは思えないほど暗いです。ダークです。
リリなのキター! 感で読もうと思う方は、第1話(又は第0話_b)からの閲覧を推奨します。多分問題ありませんし、そっからはちゃんとリリカルでマジカルなノリになる(……ハズ)ですので。



表に出すにつれて書いておかなきゃいけなかったことを書いてなかった事に気付いてしまいました。この場をもって書かせて頂きます。
実はこの作者、ネタ知識をごく自然に使用します。一度も突っ込まれなかったのでてっきり明言しているものだと……;;
以下、今までに使った情報のネタか否かを書いていきます。

・銃弾のジャイロ回転……本当です
・ATMの蛍光塗料……とある魔術の禁書目録のネタです真偽の程は知りません(待
・電流によって筋肉機能の低下……起こります
・飛び降り自殺の死亡理由……確か本当だった筈。でもどっかで聞いたことがあるって感じだからもしかしたら二次設定かも(ぉ
・狭いところで壁を力任せにぶち壊すことの出来る機械は無い……実際にはあるらしいです。しかも静かなのが。レスキューとかで使われてるらしい。上手いこと直せそうなら直そうと思います。情報提供ありがとうございます。
・剣道について……これはガチ。間違いない。始めようと思う人は覚えておくよろし。




……前書き、あったか?



[12606] 第0話_a
Name: デモア◆45e06a21 ID:164bc54b
Date: 2012/02/26 02:03
「それじゃあ、わたしの家はこっちだから。また明日、学校で会おうね。ばいばい」


わたし、弓塚さつきは今、とても幸福な気持ちに包まれていた。
今現在わたしがいるところは学校からの帰り道、大きな坂を少し過ぎたところ。
その坂の上には、遠野くんが新しく住むお屋敷がある。

そう、遠野くんだ。
中学二年生の冬休み、体育倉庫に閉じ込められてもう駄目だと思っていたところを、何でもないように助けてくれて、何でもないような顔で、

「早く家に帰って、お雑煮でもたべたら」

なんてことを言ってくれた。
その当時の中二と中三、今現在の高二と、計三年間クラスメイト。
あの体育倉庫の事件のときから、ずっと思いを寄せていた男の子。
今日、やっと話をすることが出来た――想い人。

当の遠野くんは、体育倉庫でわたしを助けたことも、それどころかわたしと中学が同じだったことも覚えてなかったけれど、それでも、あのときの事について、お礼を言うことは出来た。
……まだ、想いを伝えることは出来ないけれど。

下校の時に、偶然にも遠野くんとバッタリ出会って、今日から下校の方向が一緒になるということを知った。
なので思い切って、

「一緒に帰ろう」

と、誘おうとしたのだ。


――そう、“した”のだ。

ただ、実際に言おうとしてもすこしだけ固まってしまって、上手く言葉が続けられなかった。
言えたのは、

「わたしの家と、遠野くんの家って、坂に行くまで帰る道が一緒、なんだ、けど……」

だけ。しかし遠野くんは、そんな私の言葉に対していたっていつも通りに、

「そうなんだ。それじゃ途中まで一緒に行こっか」

なんて応えてくれた。そして、冒頭に至る。


その通り、今わたしがとても幸せなのは、もしかしたら嫌われているのではないかと不安に感じていた遠野くんと、今朝やっとお話ができて、その日の下校時にあの時のお礼と、わたしの気持ちをちょっとだけ……ほんのちょっとだけだけど伝えることが出来たからだ。


だが、気を抜いたらしたらスキップしそうな感覚の中ふと疑問が沸いた。
今日の昼放課に、遠野くんにした質問と、その元になった噂。

『遠野くん、このごろ夜になると繁華街のほうを歩いてない?』

『わたしが聞いた話だと、零時を過ぎてるっていうんだけど』

遠野くんにこんなことを訊いたのには当然、理由がある。
最近、夜の繁華街で遠野くんらしき人物がうろついているいう噂が、大きくはなっておらずとも少なからず耳に入って来ていたのだ。

遠野くんは否定したが、火のないところに煙は立たない。
別に遠野くんを疑ってる訳ではないが、やはり気になる。

よし。今日の夜にでも、繁華街の方に行ってみよう!


……後にして思えば、この時はテンションが変な方向に上がっていたのだろう。でなければ、こんな軽はずみな行動はしなかったはずだ。……多分。




夜。両親には適当なことを言って、家を出てきた。わたしは今繁華街にいる。面倒くさいので、制服のまんまだ。
12時はついさっき過ぎた。家に帰ったときの言い訳は考えてないが、まあ、何とかなるだろう。

12時になる少し前から繁華街をうろついているが、遠野くんらしき人影は見当たらない。
話に聞いたとおり、こんな時間でも出歩いているのは酔っ払いと警察ぐらいのものだ。

連続猟奇殺人が勃発しているこのときに、こんな時間に出歩いているのを警察に見咎められると面倒くさいため、わたしの足は、自然と更に人気の無いところに向かった。
しかし、それでも噂に聞いたような人影は見当たらない。
そしてやはりデマだったのだろうかと思い始めたとき、急に、体が引っ張られる感覚がして、


――――わたしの記憶は、ここで途切れる。












―――目が覚めた。

――――暗い。

―――――寒い。

――――――痛い……!!

「あ゛……が……」

体中が、痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い暗い寒い痛い――――――――――――――――――――っ!!







あれから、どれくらいの時間がたったのだろうか?
とにかく、もの凄く長い時間に感じられた。

相変わらず体中が痛いが、不思議なことに、自分の体について色々なことが分かるようになってきた。

まず、わたしの体が痛いのはすごい勢いで崩れていっているからだ。太陽の光をあびるとそれが早まってしまうから注意しないといけない。
体の崩壊を止めるには同じ生き物……わたしだったら人間の遺伝情報が必要。それを得るためには人間の血を吸わなければならない。

他にも、寒いと感じるのは体温が無くなったからだとか、
体中が痛いのは体が崩壊しているからだけじゃなくて、体中の血管がまだ人間のままだから、身体能力の上がった体の血液の流れに耐えられなくなって、あちこちがすぐ破裂してしまうからだとか。

――なんだこれは。これではまるで、吸血鬼みたいじゃないか。
これでは、死んでいた方がまだマシだったかもしれない。
だが、とりあえず、このまま消えてしまうのなんてイヤだ。理屈はさっぱり分からないが、やらなければいけないことは簡単だ。

わたしは倒れていた裏路地から体を起こし、所どころ乱れて汚れているが特に損傷は見られない制服の乱れを直し、ぱんぱんと埃を払ってから、食事をするために獲物を探し始めた。




最初の食事は、すごく美味しかった。適当な人を捕まえて血を吸ったのだが、体の痛みも薄れてもう何だって出来る気がした。
あまりにも美味しかったから、その人の血は残らず吸ってしまった。干からびてミイラみたいになっちゃったその人を見て、すごく後悔したが、生きていくためにはそうしないといけない。

結論から言うと、わたしはやっぱり吸血鬼になってしまったみたいだ。

でも、これではまだその場しのぎにしかならない量だった。



気がついたら、裏路地で血を吸っていた。
周りから悲鳴が聞こえる。そのまま回りを見渡すと、合計3人の男女がいた。今自分が吸っているのを含めて4人。
どうやら体の飢えに耐え切れなくなって、途中から意識が朦朧としたまま血を求めて歩き回ってたみたいだ。

とりあえずせっかくの獲物を逃がすわけにはいかないので、今吸っているものを投げ捨て、他の3人に襲い掛かった。

「ぎゃっ!」

「き、きゃあああぁが……」

凄い。昨日も思ったけど、身体能力が格段に上がってる。ある1人と一瞬で距離を詰めて、腕を横なぎに力を込めて振るうだけでその人の体は変な方向に真っ二つ折れ曲がり、もう1人の首めがけて腕を振るうと、刃物で切られた訳でもないのに首が飛んだ。

――アア、ナンダカ、タノシクナッテキタ……

「ひ……ひ……助け……」

残った1人が逃げようとする。
その背中を追いかける。

直ぐに追いついて、その体をバラバラにした。





わたしは裏路地を歩きながら、さっきのことを考える。
殺した後の体から血を吸ったが、何だか酷く胸やけがする。血に相性でもあるのだろうか。

最初のうちは心が痛んだが、今はそれ程でもない。所詮、自分は食事をしただけだ。人間達が他の動物を食べるのと同じだ。
それがだんだんと分かってきた。
――でも、なんだか自分が恐くなってしまう。このままいけば、そのうち、人の命なんて何も考えないバケモノになってしまいそうで。
――そして、そういう考えが、時間が経つにつれて、だんだんと薄くなっていくような気がして……

だが、嬉しいこともあった。
今まで近寄りがたかった遠野くん。その原因は、彼が常に身に纏っていた、何だかよく分からない不思議な空気だった。
でも今は、その空気の正体がわかる。
あれは今、わたしが纏っている空気だ。そこにいるだけで死を連想させる、死神の空気だ。

でも、遠野くんのまとうそれは、わたしのよりも遥かに濃い。
きっと、彼はわたしと同じ世界にいる、わたしより凄腕の殺人鬼なんだ。



――そういえば。
最初に吸った一人の血を吸ったとき、何かいつもと違う様な感じがあった。
それを思い返してみると、もしかしたら、自分の血を送り込んでしまったかもしれないということに思い至った。
人間の体に吸血鬼の血を送ると、その人間は死に切れなくなり、自我の無い血を送った吸血鬼の使い魔のような立ち位置の、人を襲う化け物になってしまう。
それは今のわたしとはまた少し違うのだが今は置いておこう。


気になって引き返してみると、何とそこに遠野くんがいた。
遠野くんはわたしに背を向ける形で、ついさっき作り上げた惨状の前で、わたしが血を送ってしまった死者に襲われていた。
幸いその死者は上手く作れていなかったため、すぐに死んで灰になった。

こんな時にこんなところにいるなんて、普通の人ならまずない。じゃあやっぱり、遠野くんはわたしの思った通りの人だったんだね。

でもまだ危険が残っていないとも限らない。
わたしは、血で染まっている肘から先を体の後ろに隠してから、遠野くんに呼びかけた。

「遠野くん。それ以上そこにいると危ないよ」

「――――!」

遠野くんが振りかえった。わぁ、結構驚いてる。

「弓、塚―――?」

何だか、無性にからかいたくなってきた。

「こんばんは。こんなところで会うなんて、奇遇だね」

「弓塚、おまえ……おまえこそ、こんな時間に何してるんだよ」

「わたしはただの散歩。でも、遠野くんこそ何をしてるの? そんなにいっぱいの人を殺しちゃうなんて、いけないんじゃないかな」

「人を殺したって―――え?」

遠野くんが周囲を見回した。
どうやら自分がどのような状況の中にいるのかを再確認したようだ。

「ち、違う、これは俺じゃない……!」

「違うことはないでしょう。みんな死んでいて、生きてるのは遠野くんだけなら誰だってやったのは遠野くんだって思うわ」

「そんなワケないだろう! 俺だってコイツに襲われかけたんだぞ……!」

遠野くんは、さっきまで死者のいた場所を指すけど、そこにはもう何もないのに気づいて、呆然となった。

「あ――――」

困ったな。想像以上に楽しいや、これ。

「ち、ちがう―――俺じゃ、俺じゃない、んだ」

あーあ、遠野くん、もう完全に混乱しちゃってる。もうそろそろ許してあげよっかな。

「弓塚さん、俺は―――」

「うん、ほんとは解ってるんだ。遠野くんは食事中に出くわしただけなんでしょう? いじわるなこと言ってごめんね。わたし、いつも自分の気持ちと反対のことをしちゃうから、遠野くんにはいつもこんなふうにしてばっかり」

遠野くんは、やっと落ち着いてきたみたいで、ようやく何かがおかしいと思いはじめたみたいだ。

「弓塚、おまえ――――」

「どうしたの?恐い顔して、ヘンな遠野くん」

――なんでだろう。そこまで面白くないはずなのに、何故かクスリと笑みが漏れる。
何だか、わたしじゃないみたい……

「弓塚―――なんでおまえ、手を隠してるんだ」

「あ、やっぱりバレちゃった? 遠野くんってば抜けているようで鋭いんだよね。わたしね、あなたのそういう所が昔っからいいなあって思ってたんだ、志貴くん」

わざとらしく志貴くん、と強く発音した後、わたしは両手を前に出した。
真っ赤に染まったわたしの両手を見て、遠野くんが固まる。

「弓塚、その手―――」

「うん、わたしが、その人たちを殺したの」

「な――――」

「あ、でもこれは悪いことじゃないんだよ。わたしはこの人たちが憎くて殺したんじゃないもの。生きていくためにはこの人たちの血が必要だから、仕方なく殺したんだから」

――――あれ? わたし、いつの間にそこまで割り切るようになったんだっけ?
まあ、そんなことはどうでもいいことよね。

あは。遠野くん呆然としちゃってる。

「殺したって―――ホントなのか、弓塚」

「嘘だって言っても信じてくれないでしょ? それともわたしみたいな女の子じゃこんなコトできないと思ってくれる?」

また、クスクスと笑みが零れる。
なにがそんなに面白いのか解らなかったが、愉快でしかたがないのだからしょうがない。

「どうして―――こんな、酷い事を」

「ひどくなんかないよ。さっきも言ったでしょう、わたしはこの人たちが憎くて殺したんじゃないもの。志貴くん、生きるために他の生き物を殺すことはね、悪いことじゃないんだよ」

そう。これは正論だと思う。どう考えても人間は、わたしがやったことより酷いことを他の動物たちにしてきているじゃないか。

「なにを―――! どんな理由があったって、人殺しは悪いことだろ!」

「そんなコトないけどね。あ、でも悪いことも一つだけしちゃったみたい。
 わたし、今日が初めてだから加減ができなくて、血を吸う時に自分の血もおくっちゃったの。そのせいで逝き残ったのが出てきて、志貴くんが襲われることになったわ。
 ごめんなさい。わたし、あうやく志貴くんを巻き込むところだった。そいつが成りきれないで死んでくれて、本当によかった」

「なにを―――なにを言ってるんだ、弓塚」

「今は解らなくていいよ。わたしもまだ自分自身のことを把握しきれてないから、うまく説明できないわ。
 けど、何日かすればきっと志貴くんみたいな、立派な――――」

言いかけて、未だに痛み続けている体の痛みが急に酷くなって、喉が苦しくなって。
また、吐血した。

「いた――――い。やっぱり、お腹が減ったからって無闇に吸ってもダメみたい。質のいい、キレイな血じゃないと、体に合わないのかな―――」

コホコホとせきが出る。その咳も赤かった。

「ん――――く、んああ…………!!!」

苦しい。早く新しい血が欲しい。早く血を吸わないと……

「おい……苦しいのか、弓塚……!?」

わたしの様子を見て、志貴くんが駆け寄ってくる……!!

「――――だめ! 近寄らないで、志貴くん!」

今近寄られると、わたし、志貴くんを襲っちゃう!!

「……ダメ、だよ、全然大丈夫じゃないよ、志貴くん」

「弓……塚、おまえ―――
 どうしたんだよ、いったい。人を殺したって言ったけど、そんなの嘘だろ、弓塚……? そんなに苦しいんならすぐに病院に行かないとだめじゃないか」

……まったく、志貴くんはいつでもどこでもお人よしだ。
わたしがこれをやったってことは理解《わか》ってるはずなのに、それを必死に否定しようとしてくれる。

「弓塚―――そっちに行くけど、いいな?」

志貴くんがどこまでも優しい声で話しかけてくれるけど、それだけはダメだ。絶対、ダメだ!
苦痛が続く中、とにかく激しく頭を振って志貴くんを拒絶する。

「どうして―――苦しいんなら、すぐに病院に行かないとダメだろう……!」

「……ダメなのは志貴くんのほうだよ。ほんとに、いつもいつも、わかってくれないん、だから」

「ばか―――それを言ったらさっきから何一つわからないよ、俺は―――!」

「あ……は、そっか、そうだよね……それでも、わたしに付きあってくれてるんだ―――」

また、血が出てきた。
とにかく、早いとこここから離れないと……

「……痛いよ、志貴くん」

体を後ろの方に持って行きながら、ついつい弱音が口を突いて出てきてしまった。

「……痛くて、寒くて、すごく不安なの。
 ほんとは、今すぐにでも志貴くんに助けてほしい」

ほんとに、何をいってるんだろ、わたしは。
こんなこと言っても、ただ志貴くんを困らせるだけだっていうのに。

と、だんだんと痛みが薄れてきて……

「―――けど、今夜はまだダメなんだ」

まだ体中が痛むけど、さっきまでの痛みがウソのようだ。元気が出てきた。

「―――待っててね、すぐに一人前の吸血鬼になって、志貴くんに会いに行くから!」

後ろを向いて、走る。志貴くんがきちんと反応できる前に、わたしはその裏路地から消えていた。
ふふっ。この体は本当に便利だ。こんなに早く走れるし、力も強いし。今からやる食事も、比較的楽に終わるだろう。



数時間後、わたしは一人、裏路地で震えていた。そこは、昼間でも太陽の射さない、睡眠にはうってつけの場所だった。
そこを睡眠場所にしようと決めたのだが、今のわたしは、到底眠れる心境じゃなかった。

今日の自分は、明らかにおかしかった。
今までだったら絶対に考えなかったことを、普通に考えていた。
人を殺すのを楽しいと感じたり、誰かの命を奪うことに何の抵抗もなくなってたり。
挙句の果てには、志貴くんとの別れ際、志貴くんを……
それは、今の自分が考えても魅力的な衝動だったけど、絶対にそんなことはしてはいけない。しちゃ、いけないのに……


その日は、いつの間にか眠っていた。






そして、次の日。

わたしは志貴くんに太ももを切られて、いや、切り取られて、公園にしりもちをついていた。

志貴くんはその間に逃げてしまっている。

わたしは切り取られた部分をもとの場所に押し当て、急いで再生を促していた。

―――えーと、何でこんなことになったんだっけ?

まず、目が覚めたら喉が渇いてて、血を吸おうとしたけど誰も歩いてなくて。
公園で一人苦しんでたら、志貴くんがわたしを探しに来てくれて。
最初のうちは自分を押さえ込んでいたけど、なんだかどうでも良くなってきて。

戯れ程度で、わたしのこと好き?って訊いたら、
たぶん、好きなんだと思うって言われて。(まったく、今までの自分が馬鹿みたい)

で、昨日も考えていた、志貴くんに吸血鬼《こっち》側に来てもらって、ずっと一緒にいてもらおうって考えを実行しようとして。
何故か上手くいかなくて。
そこまでされたのに、もう無理だって言ってるのに。まだ、わたしを元に戻したい。助けたいって志貴くんが言うから、じゃあ、おとなしくわたしの言うとおりになってよって飛びかかったら、志貴くんの予想外の身のこなしと、どこからともなく取り出したナイフで太ももを抉り取られた、と。

っと、修復完了。
じゃ、追いかけっこ、行きますか。


前を行く志貴くんを追いかける。こっちの方が断然早い。この分なら、すぐに追いついて……
繁華街に入ったところで、酔っ払いのおじさんにぶつかった。

「………………………………………!
 ……………………………………………………!
 …………………………!」

とりあえず、煩い。
そのおじさんの口を引き千切って、次に首を引き千切った。
そして、体を志貴くんに向かって投げる。

――見事、志貴くんの背中にクリーンヒットした。

そこに倒れこんだ志貴くんは、自分にぶつかって来たものを見て固まっている。
その間に、わたしは志貴くんの近くに着いた。

「あーあ、当てるつもりはなかったんだけどなあ。運動神経が上がったのはいいけど、狙いが正確になりすぎちゃうのって困りものだよね」

「あ―――」

志貴くんは、まだ倒れこんだままだ。

「ごめんなさい志貴くん、痛かったでしょう? ほんとは志貴くんが走ってく先に投げつけて、ちょっとビックリしてもらおうって思っただけなんだよ。ごめんね」

「弓塚、今の、は―――」

「うん? ああ、ソレのこと? 志貴くんを追っかけてる時にぶつかっちゃったんだ。
 なんだかんだってうるさいから、口と体を引き千切ったの。ペロッて血も舐めてみたけど、お酒で肝臓がやられてる男の人の血ってすごくまずいんだ。志貴くんも相手を選ぶ時は若くて健康な体にしなくちゃダメだからね」

志貴くんの雰囲気が変わった。

「人を殺して―――なんとも思わないのか、弓塚」

「思わないよ。話をする人間と食用の人間は別物だもん。志貴くんだって、友達用の人間と殺し用の人間は別なんでしょ?」

そう。志貴くんが凄腕の殺人鬼だっていうことは、もう疑いようもなくなってる。

「そりゃあわたしだって、初めはそんなふうにわりきれなかった。昨日の夜だって、自分自身がすごく嫌いだったんだから。
 でも、体中が痛くて、痛みを和らげるためには血を飲むしかなかった。だからたくさんの人を殺したわ。一人殺すたびに、カラダの痛みが和らぐかわりに、ココロが痛かった」

うん。最初は、ね。

「でも、だんだんと分かってきたんだ。今はまだチクンって痛むけど、そのうちそれもなくなっていくはずだよ。だって―――人を殺すっていう罪悪感よりも、命を奪うっていう優越感のほうが、何倍も気持ちいいんだから。
 言ったでしょ? すぐに志貴くんと同じになるからって。安心して。わたし、志貴くんみたいに人殺しが楽しめるような、立派な吸血鬼になるから」

「―――――うそ、だ」

志貴くんがうつむく。

再度上げた顔には、何か決心したような表情があった。

「――――弓塚。俺は、おまえを助けられない」

「そんなことないよ。志貴くんが大人しくしてくれれば、それでわたしも志貴くんも幸せになれるんだって」

「――――――
 けどな、それでも約束したから。―――俺は別の方法で、おまえを助けてやらなくちゃ」

志貴くんが、かけていた眼鏡をはずす。と、志貴くんから今までとは比べ物にならないくらいの殺気が漏れ出した。わたしが今までなんとなくで感じていた空気も、分からないほうがおかしいぐらいになっている。

「――――そう。やる気なんだ、志貴くんってば。でもだめだよ。おいかけっこはもうおしまい」

言って、一瞬で志貴くんの横まで移動する。
志貴くんは全く反応出来てない。そのまま、横腹を殴りつける。

「―――――!?」

志貴くんは、隣にあった建物の壁まで吹っ飛んでいく。
壁に背中を打ちつけて、とても苦しそうだ。

でも、ナイフを握り締めてふらふらになりながら立ち上がった。

「あれ、まだ動けるんだ。志貴くんってわりと頑丈なんだね。いつも貧血をおこしてるから、病弱なのかなって思ってた」

志貴くんに近づいていく。

「はあ―――はあ、はあ」

志貴くんは、荒い呼吸を繰り返している。

「だめだよ、そんなナイフになんか頼っちゃ。志貴くんの動きなんて止まって見えるんだから、てっぽうを持っててもわたしには敵わないのにね」

ちょっと大げさだけど、それでも間違ったことは言ってない。

「く―――」

それでも、志貴くんはまだ抵抗しようとする。

「―――もう。仕方ないな、少し荒っぽくするからね。だいじょうぶ、頭と心臓だけ生きてれば、あとはなんとかできるから……!」

志貴くんの腕を握って、そのまま引きずるように裏路地に向かって放り投げる。
うん。狙い通り。

「あ―――ぐ――――!」

背中から落ちて、そのまま悶えてる志貴くんに、

「ほら、そんなところで寝てるとタイヘンだよ、志貴くん……!」

「――――!」

追撃……って言ってもただ叩こうとしただけだけど、志貴くんはとっさに横に転がってこれを回避した。
びきっ、って音がして、地面に亀裂が入る。

「はっ―――く………!
 ………こ…………の」

志貴くんは立ち上がって、こっちにナイフを構えるが、もう、立ってるのもやっとって感じだ。

「もう、無駄だって言ってるのに、どうしておとなしくしてくれないのかな、志貴くんは!」

志貴くんの体に、腕をぶつける形で突っ込む。
だが、人間では反応できないくらいの速度だったのに、志貴くんはその腕をすり抜けた。

「―――――うそ」

もう、なんて往生際の悪い!

「このぉ―――おとなしくしてって言ってるのに!」

体を反転させ、志貴くんを殴りつける。
と、そこには、志貴くんが闇雲に振ったナイフが……!

「きゃあ―――!」

びしゃり、というおとがして、わたしの腕から血が流れる。

「しまっ―――弓塚、大丈夫か……!?」

さっきの痛みとその言葉で、わたしの中でなんだか分からない感情が渦巻いて…………

志貴くんの体を殴りつける。はじかれたように飛んで行く。

裏路地の壁に寄りかかる感じで、志貴くんは止まった。
そこへ、わたしは近づいていって……

「うそつき―――!」

思いっきり叫んで、手を振り上げる。

「……………」

志貴くんは、動かない。
そして、その腕を――――――――――――――――――――――――――――――壁に、打ち付けた。

「…………………え?」

そんな声にも、イラッっと来る。

「うそつき―――! 助けてくれるって、わたしがピンチの時は助けてくれるって言ったのに!」

やりようの無い憤りを、ただただ、そこら辺の壁にぶつける。

「どうして? わたしがこんなになっちゃったからダメなの? けど、そんなのしょうがないよ……!
 わたしだって、すきでこんな体になったんじゃないんだから……!」

もう、自分が何を言っているのかもわからない。

「……こんなに痛いのに、こんなに苦しいのに、どうして志貴くんはわたしを助けてくれないの!?助けてくれるって約束したのに、どうして――」

ただただ、感情のままに、叫び続ける。

「志貴くん―――志貴くんがわたしの傍にいてくれるなら、この痛みにだって耐えていけるのに。どうして、どうしてあなたまでわたしの事を受け入れてくれないの……!」

……………思考が、戻ってきた。
顔をあげる。そこには、ボロボロになった……いや、わたしがボロボロにした、志貴くんの姿…………

「―――志貴くん、わたし、……こんな、つもり、じゃ―――」

声が、震える。いまさら何を言っているのか。
志貴くんをこんなんにしたのは、完全に自分の意思だ。言い訳なんて、言える立場じゃ無い。
志貴くんを傷つけたのも、志貴くんに吐いた言葉の数々も、明らかに自分の意思で起こした行動だ。

なのに。

「………いい………んだ」

何で、そんなことが言えるの?

「……いいよ、弓塚さん」

「志貴……くん?」

「俺の血でよければ吸っていいよ。
 約束だもんな……キミと一緒に、いってやる」

…………何で……何で、この人は、こんな時に、こんな優しい言葉で、こんなことが言えるんだろう。

わたしは、志貴くんの膝元に跪いて、志貴くんをだきあげた。

「――――ほんとに、いいの?」

ささやく様に言う。
なんて事だ。結局は、その欲望に耐え切れなくなるんじゃないか。
その証拠に、今の声にも、明らかに喜びが滲み出ている。

「……なんだよ。今までそうしたくて散々追い回したんだろ。なんでここで遠慮するのかな、弓塚さんは」

「だって―――――わたし、本当にそうしたいけど、でも―――」

―――それをしたら、もう、本当にダメになってしまいそうで―――

泣きそうになりながら、聞こえるかどうかわからないぐらいの声を、呟いた。
昨日だって、今回だってそうだ。何とか今の自分に戻ってこれたけど、こんなことをしてしまったら、もう、ずっと吸血鬼のココロのままになってしまいそうで……

「…………」

志貴くんは、黙ってしまった。今の声が、聞こえたのかどうかは、わからない。

「―――痛いんだろ。なら、いいよ。俺はキミを助けられない。だから、弓塚さんの言う方法で助けるしかないじゃないか」

「………志貴………くん」

うん。と、頷く。
彼の優しさが、心に染み込んで、もう、胸が一杯で。
志貴くんの首筋に、唇を当てて、血を吸う。

「あ――――――」

志貴くんの体から、力が抜けていく。
志貴くんがだんだんと死に向かって行くのが、分かる。今さら、また、怖くなってきた。

「―――――――ぁ」

志貴くんの口から、声が漏れる。

「―――――――」

死に向かって行った力が、留まるのを感じる。

「■■―――■」

その時、遠野くんの体がいきなり不自然に傾いた。と、ほぼ同時に、左胸に衝撃が走り、少しして、痛みに変わった。

「っ……遠野……くん?」

「あ……弓……塚……」

遠野くんがそう呟くのが聞こえ、少しだけ体を離し、自分の左胸を見て、次に、遠野くんの顔を見た。

わたしの左胸には、ナイフが刺さっていた。
遠野くんは、罪悪感と、失敗したと言う様な緊張と、泣き出しそうな感情が混ざったような、見ているこっちの胸が締め付けられる様な顔をしていた。

「弓塚……ごめん。……俺は、こんな方法でしか……弓塚を、助けられない……」

途中から、遠野くんの顔を、涙がつたっていった。

――ああ……、そうか。

わたしは、遠野くんから体を離した。左胸からナイフが離れ、遠野くんの右腕が、地に落ちた。
ぬっくりと立ち上がり、後ろに一歩、下がる。
心臓を貫かれた左胸から、トクトクと血が流れていた。でも。

――でもね、遠野くん。吸血鬼になっちゃったわたしは、もう、心臓をナイフで刺された程度じゃ、死ねないんだよ。

これぐらいの傷なら、一晩もかからずに再生するだろう。血が足りなくなるので、何人かから吸わなくちゃいけないだろうけど、直前まで遠野くんの血を吸っていたので、そんなに多くはいらないはずだ。

「そっか――――やっぱり一緒には行ってくれないんだね、遠野くん」

「弓塚……俺は……お前を……」

遠野くんは、わたしを裏切るようなことをしたことに罪悪感を感じているのだろうか。
いや、遠野くんのことだ。そうに違いない。

そんな、気にすることないよ、遠野くん。

「でも、うれしかったよ。ほんの少しの間だったけど、遠野くんは、わたしを選んでくれたんだもん。」

だって、わたしの胸は、いま、とってもあったたくて、穏やかなんだから。

「それが出来るなら、きっとそれが一番いい方法だったんだよね。
 ―――でも、無理なんだ。
 もう、わたしはそんなに簡単には死なない。遠野くんじゃあ、わたしを殺すことは、無理だよ」

「違う……弓塚……俺なら……」

結構な量の血を抜かれて、たいして動けないだろうに、まだ、わたしを救おうと必死に動こうとしてくれてる。
やっぱり、やさしいなぁ、遠野くんは。

「……わたし、もっと遠野くんと話したかった。ほんとうに普通に、なんでもないクラスメイトみたいに話したかった。」

さあ、お別れだ。

「それじゃあ、わたし、もう行くね。このままここに居ると、また、遠野くんの血を吸おうとしちゃいそうだし。
 安心して。この町からは、出てくから。ばいばい遠野くん。ありがとう―――それと、ごめんね」

今度は、『またね』が言えないことに、悲しさを感じながら、わたしは、吸血鬼のスピードで、その場を離れた。




人気の無い通りを、走る。走る。走る。

まったく、あの場所では、もう、死んでもいいかなとかも思ったのに、再度一人になると、また、生への執着が蘇るなんて……自分の図々しさに腹が立つ。

胸の傷からは、まだ血が流れているが、既にそれ程でもなくなっている。隣町ぐらいで人の血を吸えば、すぐに良くなるだろう。
目からも、何か流れ出したが、そんなもの、これからどこに行くか考えてる間に、渇くだろう。



今夜中に、出来るだけ遠くの町まで行こう……。




あとがき

こんにちは。
気づいた方は気づいたと思いますが、最後のほう以外の全ての台詞は、全部、月姫の中から直で、一語一句変えずに書きました。いやー、しんどかった;;

まあ、一番しんどかったのは、遠野くんと志貴くんの使い分けでした。
それと、さっちんの一人称が私じゃなくてわたしだってことに気づいた時の衝撃はもう……^^;;

さて、一人称で書き始めたこの作品ですが、実は一人称、この回だけです(殴
次スレからは、三人称で書きます。変則的で申し訳ないこんな作品ですが、読んでやってください。

それと、第0話_bとこの回の間の時間の流れがおかしいです。原作設定と矛盾してますほんとうにすいません。
では。

誤字、修正しました。



[12606] 第0話_b
Name: デモア◆45e06a21 ID:06c8f9f1
Date: 2013/06/10 12:31
(あれから、いろんなことがあったなぁ……)

夜のビル街(とは言っても廃ビルだらけ)を歩きながら、弓塚さつきは考えた。
あれから、あの裏路地でのさつきと志貴との別れから、三週間程経った。
彼女の服装はあの時の制服のままだ。着替えは持ち歩いていない。旅の邪魔になるからだ。
洗濯は、コインランドリーで全部一気にやっている(この時、周囲の警戒は怠らない)。お金の出所は、裏路地を歩いている少女に暴行を働こうとした不埒な不良の財布の中からである。

彼女の今の立ち位置は……

(『放浪の吸血鬼』か。)

今や新聞を毎日飾っている、大量無差別殺人鬼であった。
その、殺された者から血が抜かれているということに加え、まるで旅でもしている様にその殺害現場が移動している為、付いた名前だ。
まあ、まんまそのままなのだが。

(まあ、吸血鬼の体が完全に作られてからは、以前みたいにやたらめったら飲まなきゃいけないわけじゃなくなったし。それは良かったかな。
 今でもあれぐらい殺してたら、ココロがまた、あっちに行っちゃうかもしれないし)

そう。彼女はあれから一度も楽しんで人を殺してなどいないし、人を殺すことに対して、罪悪感も感じている。
何度も繰り返してるうちにだんだんと簡略になっていって、今やご馳走様とあんまりかわりが無いが殺した者への祈りも捧げている。
それが、あそこで志貴に眼を覚まさせてもらったことが関係しているのは考えるまでもない。
実際、あの時の自分の状態の正体がわかっているさつきとしては、志貴にはいくら感謝してもしきれない。

(ああ、会いたいなぁ。みっくん、りんちゃん、ゆっきー、よーこ、………)

思い浮かべるのは、かつての二年三組のクラスメート(担任の国藤もたまに)。そして……

(遠野くん……)

もうそのことを思って流す涙は流しきったが、それでも気持ちが限りなく暗くなることは変わらない。
だが、今のさつきは三咲町を出た時よりも、格段にそっちに戻りにくくなっている。
その理由は、

(ああもう! 一体何なのあの代行者って教会コスプレ集団!!
 あなたは目立つ行動をしすぎたとか、あなたは今や教会のブラックリストに載っていますとか、
 訳の分からないこと言って火の玉とか訳の分からない玉とか雷とか変な色の衝撃波とか変な剣とか訳の分からない十字架とかでいきなり攻撃して来るし!
 しかも段々強くなってきてるし!)

そして、その全てを撃破してきた弓塚さつきであった。
具体的には、火の玉以下訳の分からない攻撃の殆どを殴りつけたりはたき落としたり跳ね返したりして、後は相手を全力で殴りつければ終了だった。終わった後はその人で食事することもしばしば。
一着しかない服に穴の一つも見あたらないことからも、彼女の無双っぷりが解るだろう。

まあ、殴ったりする瞬間はちゃんと痛かったりするのだが。

ここで三咲町に戻ると、かつてのクラスメートにまで迷惑がかかりかねなかった。勢いで飛び出して来たので、両親にも何にも言っていないので少しだけでも会っておきたいのだが、それもままならない。

実際、弓塚さつきが狙われ続けるのは、他の吸血鬼の様に死体を死者にせずそのまま放置しているため見つかりやすく、ある一点を根城にしていないため見つかりやすく、更には、代行者の撃退方法の無茶苦茶さが教会の危機感を煽っているためであるとは、本人の知るよしではない。

(えーと、ここって確か、観布子市ってとこだったよね)

『放浪の吸血鬼』のことは毎日新聞やニュースで流れるため、次にどの市町村に現れるか等の予測等も当然ある。そのためさつきは、今の自分の現在地について迷うことは無くなった。
だから何? と言われればそれまでなのだが。

と、さつきの前方に男の人影が現れた。もうそろそろ苦しくなってきていたさつきは、その人を今日の食事に決める。

ごめんね。と小さく呟いてから、一気にその人の元まで駆け寄る。
直前でその人が気が付いた様だが、もう既に遅い。

「え?……うわ!?」

両方の肩を掴み、後ろ、下向きに押す。当然、男は後ろ向きに倒れ、背中を地面に思いっきり打ち付ける。
その衝撃で動きが止まった瞬間に、血を吸おうと男の首筋に噛み付こうとして……

「………………………………………………………………………………ぇ?」

その男の顔を見て、固まった。

(遠野……くん?)

いや、さつきにも違うということは解っている。長くも短くもない黒髪、人の良さそうな顔立ち、眼鏡と、かなり容姿は似ているがそれでも明らかに違う。
だが、志貴のあの危うい様な雰囲気は無いが、それでも、お人好しそうな所とか、そこら辺の雰囲気とか、そして何より、弓塚さつきの直感が、この人と志貴を、完全な別人とは思わせなかった。
知らず、涙が溢れていた。

「っつ~~……、な、何? どうしたの?」

いきなり押し倒された相手に向かってこの台詞は何だとさつきは思ったが、そういうところもどこか遠野くんらしい。

(ダメだ……この人からは、吸えないや)

さつきは、急いでそこから逃げだした。

「え? あ、ちょっと!」

後ろからあの人の声が聞こえても、さつきは構わず闇の中に姿を眩ました。



……………数分後、ストーキング開始。






そしてその男、黒桐幹也は、

「何だったんだ、一体?」

一人つぶやいて、立ち上がった。いくら考えても、見知らぬ女子高生にいきなり押し倒されて、更には泣き出される理由に思い当たりなど無い。

「…………まあ、いっか。」

そう言って、幹也は当初の目的である、巫条ビルに向かった。


「……ここか」

呟いて、幹也は屋上を見上げる。鮮花や式が言っていた様な、空飛ぶ女の子とかが見えないかと思っていたのだが、自分には見えない。

試しにビルの中に入ってみる。確かに、『伽藍の堂』の様な普通じゃない空気はあるが、それだけだ。

(……屋上まで行ってみるか。うーんでも、エレベーターの方がいいか、それとも階段で一階ずつ見てった方がいいかな?)

結局、屋上まではエレベーターで行って、その後は階段で下りていくことにした。

廃ビルなのに何故エレベーターの電源が入っているのかという疑問は、その時は起こらなかった。



そして、屋上。
エレベーターのドアが開き、幹也が外に出て周囲を見渡すと、直後、固まった。

ビルの屋上で漂っている、9人の白装束を纏った少女達。いや、一人は少女ではなく大人の女性のようだ。
その姿は透けていて、まるで幽霊の様。
幹也はその、妖しくもどこか美しい光景にしばし心を奪われ……気が付いたら、その中の一人、大人の女性が目の前にいた。

不思議と驚きは無く、そのままその女性の目を見つめているうちに、思考に霞がかかっていき、そして……………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………



「コラーーー! 何やってるのーーーーー!!」

叫びながらいきなり現れた少女に、目の前の女性が殴り飛ばされた。いやもう、それはもう、吹っ飛ばされた。
吹っ飛ばされた女性は苦しそうに悶えていたが、やがて消滅するように消えていった。他の少女達も、同様に消えていく。

幹也は突然の出来事に呆然とした。

「はあ、はあ、はあ……、はあ、間に、合った……」

幹也が冷静になってよく見るとその少女は、先程ビル街で押し倒された、あの少女であった。エレベーターが使われた形跡は無いので、階段でここまで上ってきたということになる。

(……って、嘘だろ!?)

一体、何階あると思っているのか。この短時間で登り切るなど、もはや人間の出来ることではない。

「……もう、限……界」

そう言って、少女は幹也に体を預けるように倒れて来た。
幹也が慌てて受け止めると、わずかな寝息が聞こえ、ほっとする。

だが、直ぐにその少女の体の冷たさに気が付いた。

「な!? …………何でこんなに……まるで死人じゃないか。と、とにかく……住所……も、聞けないし……」

行き先は、決まった。



『伽藍の堂』。そこは、歴代最高の人形師であり、教会から『橙』の名をもらい、今は封印指定にされて逃亡中の魔術師、蒼崎橙子の仕事場兼隠れ処兼住処だった。

今は真夜中である。だがしかし、そのような時間に自分の張った結界の中に入ってくる者達を感知して橙子は眠りから覚めた。
一人はよく知っている『伽藍の堂』の住人、黒桐幹也。別にそれならわざわざ起きたりはしない。自分に用事があるのなら、向こうが勝手に起しに来るだろう。
問題はもう一人の方だった。知っている者ではない。が、害意ある者なら結界が自動的に排除するはずだ。

こんな時間に、幹也と一緒に、人払いの結界が張ってあるこんな場所に来るなんて魔術師《こっち》側の人間に決まっている。仕事の依頼だろうか。だがしかし、ここがそんな簡単に見つかるはずは……

考えながら、無意識に煙草に火を付ける。
疑問はそいつがここに来れば解けると、橙子は、水色のショートヘアの髪をガシガシと書き、眼鏡をかけた。


…………が、

「おい幹也。お前は一体何を持ってきたんだ」

しばらくして、幹也が気絶した少女を担いで来た時、橙子は思わず眼鏡を外してそう言った。
仮にも世界最高の人形師。少女の正体は、一目見た瞬間に看破した。

「え……っと……、幽霊を殴れる女の子?」

「……は?」

だが、その予想外の回答に、不覚にも橙子は持っていた煙草を落としてしまった。



(あれ? ここ、どこだっけ?)

目が覚めて早々、さつきの頭にそんな疑問が浮かんだが、取りあえず、

「んくっ、んくっ、んくっ」

口に突っ込まれていた輸血パックの中の血を飲み干した。

「ふー、生き返った」

と、改めて回りを見回す。
自分が寝ているのはソファーの上だった。
そして、自分の目の前には二人の人間がいる。

そのうちの一人、志貴に似ている男性を見たとき、さつきは全部思い出した。

(志貴くんに似ているこの人のことが気になったから、後を付けてみたら、
 なんだか屋上に変な感じのあるビルに入ってっちゃって、しかもよりにもよってエレベーターで屋上まで行っちゃったもんで、急いで階段駆け上がって屋上まで行って、
 そしたら何か半透明の女の人がこの人にやばそうなことしてたから、思いっきりぶん殴って、で、血が足りなくてのどが渇いてたときに無理したもんで疲れちゃったからそのまま寝ちゃったんだ。
 じゃあ、ここはこの人の家?)

とそこまで考えて、さつきはもう一人の人間、水色のショートヘアーをした女性を見る。知らない人間だ。
男の人が、どういう表情をすればいいのかわからないというような微妙な表情をしているのに対し、この女性ははっきりとこちらを睨みつけている。

(…………輸血パックを口に突っ込まされてたってことは、この人達、わたしが吸血鬼だってことに気付いてるんだよね?)

「あ、あの……」

「うん、気が付いて良かったよ。君の体、死人みたいに冷たかったからさ、危険な状態なのかと思っちゃって。
 ……まさか、吸血鬼だとは思ってもみなかったけど」

「………」

男の人に出鼻を挫かれたさつきは、そのまま押し黙ってしまった。
そこに、女の人の方が声をかける。

「取りあえず、いきさつはこいつから聞いた。聞いた限り、かなりヤバイ状況だった様だな。
 ひょっとしたら、こいつを失ってたかも知れん。
 うちの従業員を助けてくれてありがとう、吸血鬼少女。
 私は蒼崎橙子。で、こっちが黒桐幹也」

「あ、はい。こちらこそ、血を提供していただいて、ありがとうございます。
 弓塚さつきです」

「ふむ……」

橙子は、少し考え込む仕草をした。

(私の名前を聞いても何の反応も無し、か。
 だが、こいつは十中八九間違いなく……)

「さて、単刀直入に聞くが、お前、ここ数週間世間を騒がせている放浪の吸血鬼だろ?」

「…………」

(やっぱりか……)

橙子は頭を抱えた。どうしてこんなやっかいなものを抱えなければならないのか。

別に、橙子はさつきの今までの人殺しについてとやかく言うつもりはない。
テレビや新聞の状況、教会のデータが正しいなら、この吸血鬼が殺した人間の数は、普通の吸血鬼と同じくらいか、むしろ少ないぐらいだ。生きていくために必要な殺しなら、仕方ないだろう。そもそも興味もない。

問題は、この吸血鬼が教会のブラックリストに登録されていて、もうそろそろ埋葬機関まで出てきそうだというところにある。
聞くところによると、『弓』が丁度日本に滞在中らしいので、そいつが出てくることになるだろう。
橙子も教会に追われる身である。ここが見つかれば、かなり厄介なことになる。

(いっそ、このままほっぽり出すか……いや、危機的状況に陥ったときに、ここに逃げ帰ってくる可能性がある。
 しかも、その場合は高確率で代行者のおまけ付きか……)

もう、いっそのことここで始末するか。
橙子が半ば本気でそう考えた時、さつきが口を開いた。

「あの……あなた達、わたしのこと、怖くないんですか?」

その質問には、幹也が答えた。

「いや……、正直、解らない。君がこのごろ起こっている連続殺人犯の吸血鬼だってことは理解したけど、
 僕にとっては、泣き虫の恩人だし」

半分からかっていた。

「なっ! 泣き虫って!」

と、今までの会話、この吸血鬼の行動から、橙子の脳裏にある仮説が浮かんだ。

(もしかして、こいつ……)

「おい、弓塚さつき……だったか?」

「は、はい」

「お前、人間の感性が残っているのか?」

その言葉に、さつきの体が強ばる。

そう、弓塚さつきが怖がっていた吸血鬼のココロ。その正体は、紛れもない、吸血鬼の力を手に入れた、弓塚さつきの心なのだ。
強力な力を手に入れたものは、その力に溺れる。
最初はいけないことだと解っていたのに、繰り返しやっていくうちに、その感覚がなくなっていく。

よくある話だ。さつきは、そうなりかけながらも、心の芯の部分でまだ人間だった頃のことを忘れないでいたため、あの時、戻ってこれたのだ。
人を殺す度に、そのことを重く受け止めていたのも、殺した後に、その人の為に祈ってたのも、全て、感情が麻痺しないようにするためだった。

「…………以前は、そうなっていました。でも、引き戻してくれた人が、いたんです。
 わたしを、ずっと助けようとしてくれていて。
 苦しいときに、優しい言葉をかけてくれて。
 わたしに、人間の心を取り戻させてくれました。
 そのお陰で、未だに人間の心を忘れずに済んでいます」

「………」

(と、いうことは、こいつは只単に知識が不足しているだけなんだ。
 わたしの名前を聞いても何の反応も示さなかったところからして、こいつ、闇《こっち》の世界にかなり疎いな。
 教会に執拗に狙われる羽目になったのも、その為か。今自分がおかれている状況すらつかめていないんじゃないか?
 仮にも幹也の恩人だ。それに、教会のデータを信じるならコイツ、概念武装での攻撃やら魔術やらを『殴った』とか何とか……
 丁度、珍しく『あの人』もこの世界にいるし、ここは………)

思案すること数十秒、橙子は結論を下した。

「よし、お前を三日間だけ、ここに置いてやる。その間、お前の置かれている状況の享受、血の提供、知識の提供、今後のアフターケアまでやってやろう」

「……はい?」

さつきは、急展開に頭がついて来れてない。

「……風呂にも入れるぞ?」

「よろしくおねがいします!!」

ほぼ条件反射で答えが返ってきた。



さつきは、風呂に入った後ソファーで寝てしまった。昼間でも日の光が当たらないように工夫してある。
寝間着には、橙子のお古を使っていた。
色々な説明は明日の夜だ。

「あの、すいません。僕が勝手な行動をしたばっかりに……」

幹也が橙子に謝っている。

「まったくだ。だが、お陰で面白い仕事が出来そうだ」

「え?」

「幹也、私は地下に籠もる。弓塚が起きたら呼べ」

「え?あ、は「それと、式への説明もお前がやれよ」ええ!?」

「『ええ!?』じゃないだろう。お前が持ち込んだ種だ。お前が責任取らんでどうする」

「う……」

何も言えなくなる幹也だった。


その日の昼、『伽藍の堂』に来た式が見知らぬ人外がそこに居るのを見つけ、早速殺そうとするのを幹也が必死になって押しとどめたとかなんとか。
余談だが、幹也のその行為のせいで式の機嫌が更に悪くなったとかならなかったとか。
更に余談だが、幹也は式の原因が悪いのは人外を殺せなかったからだと思い、自分が他の女性を庇ったからだとは考えもしなかったとかなんとか。


まあ、そんなこんなで夜。

さつきの前には、両儀式、黒桐幹也、蒼崎橙子がいる。さつきは渡された輸血パック(5つ目)を飲みながら、式を紹介されていた。
さつきは、式にも志貴のような空気を志貴よりも強く感じていたが、それは、志貴のほうは強大な何かが押し込められている感じで、こちらはだだ漏れにしている感じだ。

式はさつきの自己紹介を、

「昼にコクトーに聞いたから良い」

と一蹴した。明らかに機嫌が悪い。だが、橙子が式の耳元で何か囁くと、何故か少しばかり機嫌がよくなったどころか、さつきが生存本能を覚えるくらいの壮絶な笑みを浮かべた。

(あんまり深く考えないどこう……)

と、眼鏡をかけた橙子が口を開いた。

「じゃあさつきさん。今からあなたの置かれている状況を説明しましょうか。
 ハッキリ言って、あなたはは世界的に指名手配されていると言っても良いわ」

口調が変わっているのは、眼鏡をスイッチにした性格変換のせいだ。
さつきも、最初はかなり戸惑った。

「はい!? せ、世界的に!!?」

全国的にならまだ分かるが、まさか世界的に追われているとは思っていなかったさつきは驚く。

「……やっぱり、何も知らないのね。あなた、今までに幾度となく神父やシスターの格好をした者達を撃退してきたでしょう」

「だ、だってあれは、向こうがいきなり……」

「あなたが目立つ行動をしすぎたからよ。あれでは気付くなという方が無理な話ね。もっときちんと死体を隠さなきゃ。
 あと、各地を回ってたのも問題ね。吸血鬼がうろついてますよーって、教えてるようなものじゃない」

「う…………」

考えてみればそうだったかも……と、さつきは思うが、

「で、でも、まさか吸血鬼ハンターみたいな集団があるなんて知らなかったし……」

「それでも、あなたも元は人間でしょ。死体を隠す程度の機転は、効かせられなかったの?」

「う………」

ささやかな反論も、完璧にたたき潰された。

「まあ、そこら辺は今とやかく言っても仕方が無いわ。取りあえず、そこの組織は全世界に根を張り巡らせてると考えてもらった方がいいわね。縄張り争いみたいなこともあるけど、それは考えなくていいわ」

「はい……。でも、他にも吸血鬼はいるでしょうに、何でわたしがそこまで執拗に……」

「えっとね、たぶん一番の原因であり失敗は、あなたの代行者の撃退方法」

「え?」

「あなたが普通の方法で下っ端の代行者を撃退したり、逃げおおせたと言うのなら、話はここまで大きくはならなかった。
 精々が、厄介な吸血鬼が現れたってぐらいの話で済んだのよ」

「えっと……それって、わたしの倒し方が普通じゃなかったってことですか?」

弓塚が疑問の声を上げる。そこで、橙子は眼鏡を外した。

「普通じゃないどころか、異常だ。お前、魔術を素手で殴り飛ばしたと聞いてるぞ」

「ああ、飛んできた火の玉や雷とか殴りましたけど、あれって吸血鬼はみんな出来ることなんじゃ……」

「そんなわけあるかアホ。で、どういう原理でそういうことをしているのかを、見せてもらいたい」

「え?」

「わたしがお前に火球を投げつける。それを、式の方へ殴り飛ばして欲しい」

「「ちょっと待(っ)て(下さい)!」」

「だって、他のところに向かったら、いろんなもの焼けちゃうし、式なら安全に『処理』できるだろ?」

「そんなもの、お前が処理すればいい」

「私は観察してなきゃいけないんだよ。
 何なら、幹也に受け止めさせてもいいんだぞ?」

「……ちっ」

「って、何でわたしが火球を投げつけられなきゃいけないんですか!?」

「うーんと、これはお前がここを出てった後のアフターケアにも絡んでくるんだ。
 このまま出てったらお前、確実に教会の代行者に殺されるぞ。
 今でも、世界のトップ7の内の一人が出てくるって話もあるんだ」

「う……わかりました」

「まあ、私の単純な興味もあるがな」

「「「……………」」」

突っ込んだら負けな気がした一同だった。

「じゃあ立て。うーんと、じゃあ、私はあっちに立つから、式はそっちで弓塚はそっちだ。幹也は邪魔にならないところに適当にいろ」

言いながら、さつきが立つ部分に不思議な文字の羅列を書いている。

「……何してるんですか?」

「センサーみたいなものだ」

さつきの質問に、橙子は簡潔に答えた。作業が終わると、橙子は自分の立ち位置に向かう。

「じゃあ、行くぞ。***、****、**!」

橙子が煙草で空中に文字を描きながら何事か呟くと、その文字の所に人の顔程の火球が生み出された。
それが弓塚に向かって飛んでいく。

「そー、れっ!」

何とも気の抜けるかけ声と共に、弓塚が火球を殴りつける。橙子はその様子を、スキの無い目で観察していた。じゅっと音がして弓塚の拳が焼けるが、弓塚が腕を振り抜くと、火球は式の方へ飛んでいった。
既にナイフを構えていた式は、火球に向かってナイフを一降り。すると、火球が消滅した。

橙子は、そちらには目もくれずにさつきの元へ近寄ると、床に描かれた文字を見つめる。暫く何事か呟いていたが、

「成る程。確かにそれなら筋は通る。だが、魔術の魔の字も知らないやつがこんなことをしているとは……いやはや、才能とは恐ろしい。
 弓塚、式、ご苦労だった。もういいぞ」

「なんだ。協力者に説明は無しか」

式が、ソファーに向かいながらぶつくさ言う。幹也は、肉が焼けた音がした弓塚を気遣っていたが、

「この程度なら大丈夫」

と言われた。実際、やけどはもう治りかけていたので、そのまま引き下がった。

「その説明は明日する。明日はちょうど『あの人』も来る。その人にも協力してもらった方が都合がいい」

「誰ですか? 『あの人』って?」

幹也が訪ねると、橙子はお楽しみだと、もったいぶって答えなかった。

「さて、では次だが……、幹也、お前はもう帰れ」

「はぃえ!?」

いきなりの帰れ宣言に、幹也は『はい』といおうとして失敗する。

「ここから先は、男子禁制だ。見たら即刻私と式が粛正に向かう」

本気の色を込めて言う橙子に、幹也は冷や汗を流す。

「で、では……失礼します」


幹也が完全に『伽藍の堂』から出て行くのを確認すると、橙子はさつきに言った。

「では、別の部屋に向かう。式、お前も来るか?」

「いや、オレはいい。そっちで好きにやってくれ」
「そうか」

「あ、あの……一体、何をするんですか?」

さつきが不安そうに聞く。

「ああ、身体測定みたいなもんだ。今日中にやらなくちゃいけないし、なにより、これをやらんとお前へのアフターケアも出来やしない」

「……………」

何だか、毎回同じ理由で丸め込まれているような気がするさつきだった。


さつきは、指示された部屋に入った。そこは、真ん中にテーブルの様なものがあり、回りにも訳のわからないものが置いてあり、何だか怪しい部屋だった。

橙子も入ってくる。眼鏡をしている。これからの作業には必要らしい。

「よし、じゃあさつきさん。服を全部脱いでそこに横になって」

「え!?」

その言葉に固まるさつき。

「ま、まさか橙子さん、そんな趣味が……イタッ」

優しくなったはずの橙子の拳骨が落ちた。

「魔術的な身体測定だから、色々特殊なの。さっさとして」

「うう……」

まだ渋っているさつきに、橙子は眼鏡を外し、

「仕方無いか……」

指をパチンと鳴らした。
とたんに、さつきの体から力が抜けてゆく。

「え?え?え?」

もう完全に力が入らなくなり、ぺたんとすわりこむどころか、倒れてしまった体に、さつきが疑問の声を上げる。

「さっきの魔方陣にしかけをしてあってな。対吸血鬼用の奪力魔術だ」

「え、ええーーーーー!!?」

「さて、始めるぞ。全く、服を脱がせることからやらなければならないじゃないか」

「ちょ、ちょっと待っ!」

「途中から麻酔も使うから。目覚めたら明日の夜だろう」

「そ、そんな勝手に」

完全に弓塚の言葉を無視する橙子だった。






「あ……ダメですとうこさん、そんな……ひゃっ!」

「あ……ひいっ!!」

「アッーーーーー!」

弓塚の体に麻酔が投与されるまで、その部屋からはそんな声が聞こえ続けたとかなんとか。





あとがき

さて、空の境界メンバー登場! そして、既に正体バレバレの『あの人』とは!?......この際だからFate/stay nightの方も出したくなって来た......

てゆーか、本当はこの回でなのは世界まで行く予定だったのに......なのは期待して見てくれた人、本当にごめんなさい。


次回から、独自解釈や、キャラの性格の独自創造が入ります。許容出来ない人はご遠慮下さい。出来るだけ変にはしないつもりですが……

誤字、脱字、ミス及び書こうと思っていたのに書き忘れて読者の方を混乱させてしまった部分を修正しました。
思っていたより格段に多かった……orz
どっかのあかいあくまにうっかりスキルでも染されたか?



[12606] 第0話_c
Name: デモア◆45e06a21 ID:06c8f9f1
Date: 2013/08/17 03:19
「う……ん……」

『伽藍の堂』の応接室、そのソファーに弓塚さつきは寝かされていた。

「んー、よく寝た」

裸に毛布一枚で。

「………へ?」

どこぞのアニメの様に自分の体を見下ろさなければ気が付かない訳もなく、さつきは自分が何故こんな姿で眠っているのか考えて……

(……ボッ)

すぐさま思考を中断……しようとして失敗した。

「※☆●◇♀〆#▼□≒∀★ーーーーー!!!」



――――――――――――――――――――――――― しばらくお待ちください ―――――――――――――――――――――――――



「もうお嫁に行けないーーー!!」

弓塚さつきは半泣きになりながら叫んでいた。
とは言え、大分落ち着いて来ており、それを最後に静かになった。

「はあ、はあ、はあ……」

叫びすぎて息切れをおこしていたが。

さつきは自分のそばに畳んで置いてあった制服を着て、回りの状況を確認した。どうやら『伽藍の堂』の住人は全員どこかに出かけているらしい。いくら呼んでも出てこない(それ以前にあれだけ大騒ぎして出て来ない時点で確定な訳だが)。

「ふう」

取りあえず、自分が寝ていたソファーに腰掛けたさつきであった。

「まったくとうこさんたらあんなひとだったなんておもわなかったこんどあっ」

その口からは呪詛の様な言葉がダダ漏れになっていたが。

「まずはじょうくうひゃくめーとるまでうちあげておちてきたところをてっちゅうでなぐりつけてふっとんでったとこ……?」

と、その呪詛(笑)が不意に止まり、さつきは自分の頬を濡らすものの正体を確かめるために、そこに手をやった。
返ってきたのは、冷たい水の感触。

(……………?)

なんで、涙なんか……というさつきの疑問は、胸の内に意識を向ければすぐに出てきた。さつきの胸は、温かい熱に包まれていた。
昨日、おとついの夜なんかは慌ただしくて実感出来なかったが、こういう、穏やかでのんびりした時間は、弓塚が長い間忘れていたものだ。
それだけじゃない。
おとついや昨日、弓塚は普通に他の人と話していたが、考えてみれば、それも三咲町を出て以来、初めてのことだった。
こんなに安心して眠ることが出来るのも、裏路地で寒くて堅い地面の上で眠らなくて良いのも、実に三週間ぶりだった。

(……むう。今回だけは、許してあげよ……)

と、早く帰って来ないかなーなどと考えながら、『伽藍の堂の』の住人の帰りを待つさつきであった。





一番早く帰ってきたのは幹也と式だった。式は見るからに不機嫌であり、幹也は紙バッグを3つも持っている。

「あれ? 起きてたんだ弓塚さん」

そうさつきに声をかける幹也に対し、式はずかずかと応接室に入り込み、さつきが座ってるのとは別のソファーにどかっと腰掛けた。

(…………)

話しかけない方がいいと肌で感じたさつきは、幹也のみにはなしかける。

「はい。ついさっき。幹也さん達は、なにをやってたんですか?」

さつきがそう訊いた直後、応接室をものすごい殺気が包み込む。
その殺気にかたまるさつきに対し、幹也はそれを感じてもいないのか(実際は、ああ、また式は不機嫌だなぐらいにしか感じてない)、何ともなしにそれに答える。

「ああ、ちょっと君の服を買いに……ね。一つしか持ってないみたいだったから……」

殺気が更に膨れあがった。
それで、さつきは大体のことを理解した。

(ああ、ようするに……)

さつきは立ち上がると、殺気をかき分けながら式の前まで行って、一言。

「頑張ってください」

言った瞬間殺気の矛先が一瞬さつきに集中したが、顔を上げた式は、さつきの視線に何かを感じたのか、

「……ふんっ」

と、顔を背けてしまった。殺気もおさまっている。

「?」

と、部屋の中に入ってきて、さつきの言葉に首をかしげる幹也に、

(この朴念仁!)

今度は弓塚の殺気も+された。しかしそれでも幹也は首をかしげるばかり。

さつきははあ、とため息をつくが、彼は自分のために服を買って来てくれたのだ。その行為を無為にする訳にはいかない。

「わざわざありがとうございます、幹也さん。でも、どうしていきなり服のことなんか……」

時間なら昨日もあったはずだが……と、そこでさつきは気が付いた。ここは応接室。自分はさっきまでどんな格好でここにいた? 隣には何があった? そして、幹也が昼間、ここに来ない可能性は?

さつきの発する負のオーラに、流石の幹也も冷や汗をかく。

「い、いや、見てない見てない。絶対見てない! そりゃまあ、入ってきた時に不可抗力で少しだけ毛布からはみ出してるところが見えちゃったりもしたけど、それだけ! ほんとにそれだけだから!!」

「……ほう。おいサツキ。その話、詳しく聞かせろ」

「え、式さん知らないんですか?」

「オレは、自分の部屋にいるところをいきなりこいつが訪ねてきて、顔を真っ赤にしながら服を選ぶの手伝ってくれって言われて連れ出されただけだ」

「…………」

さつきは、あまりのことに声が出なかった。
幹也にぶつける殺気が、だんだんと大きくなっていく。

さつきは、自分がどんな格好でここにいたのかということと、幹也の行動に関する自分の考えを、包み隠さず式に話した。

話が終わる頃には、二人から巻き起こる絶大なまでの負のオーラ。
唐変木の幹也もこれには流石に身の危険を感じ、紙袋をその場に置いて、部屋から逃げ出そうとした。

が、幹也が扉の前に付くと同時に、その扉が開かれ、橙子が入って来た。

「おいおい何だ? この廊下まで届いてくる殺気は?」

必然的に、部屋の方まで押し戻される幹也。

「コクトー、お前、今どこに行こうとしてた?」

「幹也くん。少し、頭冷やそうか?」

ギ、ギ、ギと、壊れたブリキ人形の様に振り向く幹也。そこには、純和風で蒼眼の死神と、茶髪ツインテールの魔王がいた。これはたまらんと、すぐさまジャンピング土下座に移行。

「すいませんでした!」

「「ふう」」

死神と吸血鬼は、揃ってため息を吐くと殺気を霧散させた。その思考に行き着いた理由はともかく、その行動は完全な善意なのだ。そこまで責めることは出来なかった。

「おい幹也。お前、なかなか愉快な状況だったみたいだな」

「勘弁してください橙子さん」

幹也は、気が抜けた様に床に座り込んだ。

と、

「おい。ワシはいつまで待っとりゃいいんじゃ?」

と、廊下から聞き慣れない声が聞こえた。

「ああ、すまん。入ってくれ」

橙子と幹也が道を空けると、廊下から、四角い顔に短く刈そろえられた白髪に、短く刈そろえられたヒゲを生やした初老の男性がいた。
これだけ聞くと厳格そうなイメージを持つが、その顔には、イタズラ小僧の様な笑みが浮かべられている。

式とさつきは、その人が人外であることを即座に理解したが、橙子が連れてきた人なので普通に対応。

「トウコ、誰だ?」

式のその言葉に、橙子は思わず苦笑する。

「ここに鮮花でも居れば卒倒してたかもしれんな。
 この人は、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。
 世界で五人しかいない魔法使いの一人で、第二魔法の使い手だ。
 あと、死徒二十七祖の第4位もやってるな」

「「「 ・ ・ ・ ? 」」」

言葉の意味を殆ど理解出来てない一同。

「あー、とにかく、世界で五人しかいないものっそいことが出来る人の内の一人で、
 普通に考えたらまず勝つことの出来ない吸血鬼の中の一人ってことだ」

橙子の紹介も、自然と投げやりなものになる。

「おいおい。何かかなり投げやりな紹介な気がしたんだが?」

苦笑するゼルレッチ。
急いで幹也がフォローする。

「えーと、魔法ってのについては、以前橙子さんに聞いたことがあります。
 確か、橙子さん達が使っているのは魔術で、現代の科学技術で結果の再現が可能な神秘。
 で、その上位に位置するのが魔法で、そちらは結果の再現が不可能な、本物の神秘……でしたっけ?」

「そう。その通りだ」

「ご託はいい。で、何でそんなご大層な人がこんなところにいるんだ?」

幹也の精一杯のフォローをご託の一言で殺す式。橙子は頭を抱えている。「全く。知識が不足しているのは式《こっち》もだったか……」等と呟いている。だが、

「はっはっは! 橙子よ、お前の工房の住人は実に愉快な者達だな!?」

……当の本人は気にもしていなかった。

「式、流石にそれは失礼だよ」

「五月蠅い。それよりもさっさと質問に答えろ」

「ん? おお、すまんかった。いやな、何やら面白いことをする吸血鬼を保護したから、そいつを使ってちょっと遊んでみんか誘われたんでな。面白そうだから乗ったまでよ」

「「「……………」」」

予想の斜め上を行く回答に、言葉を無くす一同。

さつきは橙子にアイコンタクトを試みる。

(あの……、橙子さん、まさかとは思いますが……その、『面白そうな吸血鬼』って、わたしのことじゃ……)

(そうに決まっているだろう)

(……ヒドイ……わたしは玩具ですか……)

そのまま床にのの字を書き始めた。

「えっと……所長、ゼルレッチさんとはどういったご関係で……?」

「ん? ただの知り合いだが……」

「へえ、出会ったきっかけとかわ!?」

語尾が変だが、何らおかしくはない。何故なら、その瞬間橙子が何気ない顔のまま幹也の顔スレスレに火球を飛ばしたからだ。

((成る程。『あの人』がらみか……))

それ以上は聞くまいと、心に誓った幹也と式であった。



「で、これがそこの、弓塚さつきの使う能力の、こちらで調べたデータなんだが……」

全員がソファーに座り、橙子がゼルレッチに資料らしき紙を渡している。
ゼルレッチがそこに目を通す。

「……ほう。これはこれは。確かに、このデータからならそういう結論にたどり付くが。
 まさか、成り立ての吸血鬼でこんなことが出来るようになるとは。
 確かに、これは興味深いな」

「だろう? でもな、こっちで調べても解ったのが、魔術を殴ることが出来る理由のみでな。
 どうやってそういう現象を起こしているのか、全くわからないんだ。
 後で体を調べたが、元から付加されてる訳でも無かった。一応、魔術を使った形跡は有ったには有ったんだが、それも何とも微妙なものでな。
 どういう術式を使えばこんなことが出来るのか、全く解らん」

と、そろそろ式が痺れを切らした。

「おい。そっちだけで楽しくやってんな。
 こっちにもちゃんと理解出来るように説明してくれ」

橙子とゼルレッチがそちらに顔を向けると、残りの二人も、式と同じで、話の内容を知りたいというような顔をしていた。

「ああ。すまんな。取りあえず、理屈はすっ飛ばして、起きている現象のみをわかりやすく説明すると……
 そうだな。『概念の付加』だな」

「『概念の付加』?」

声を上げたのはさつきだけだが、三人とも解ってないのは表情でわかる。

「あー、そもそも、概念ってものを理解してるやつ、居るか?」

「えっと、『意味』……みたいな?」

「そうだ。それでいい。弓塚はな、何かを殴るとき、自分の拳に、『殴る』……まあ、厳密には『打撃を与える』だが、そういう『意味』を付加させてるんだ」

「「「 ・ ・ ・ ?」」」

またもや疑問符を浮かべる三人。

橙子とゼルレッチは、さてどう説明したものかと顔を見合わせる。

「えっと、拳で殴ろうとしてるんだから、その拳が殴るという意味を持つのはおかしいことじゃないんじゃあ……?
 それに、どうしてそれで火の玉とかが殴れたのかとか、わかりませんよ」

「いや……それとはまた違うんだが……
 はて、どう説明したものか……そうだ。私がたまに、ものすごく古い骨董品を買うことあるだろう?」

「ええ。そのせいでこちらの財布がただの布きれになることもしばしば」

「その理由はな、その品に、長い年月をかけて魔術的な『意味』が付加されてるからなんだ」

「……あぁ」

式は何かに気が付いた様だが、

「「………………………」」

さつきと幹也は惚けたままだった。

「うーん。で、その魔術的な『意味』ってのはな、現実にまで浸食してくるんだよ」

幹也が、頭を抱えながら言った。

「つまり、付喪神みたいなものですか?」

黙り込んだままだったゼルレッチが口を開く。

「惜しいが、違う。が、良い線をいっておる。もしも、その、付喪神を多くの人々が知っておるならば、
 全ての物体には、『長い年月がかかると神が宿る』という意味を持ち、八百万の神になるだろう」

「『意味』と言うのは、人間のイメージみたいなものですか?」

「うーむ。そう思ってくれて構わんだろう。
 人々から、これはそういうものだと思われ続けたものは、その思われていたものと同じような力を得る。
 うむ。魔術師連中が聞けば、色々と矛盾や例外を突きつけられそうな解釈だが、まあ、そんな感じでよかろう」

と、ゼルレッチは締めくくったが、さつき、幹也の二人はそれさえも理解するのに必死なようだ。

「わかったかい? お前たち」

「「ま、まあ……何とかイメージは……」」

「まあ、何となくでいいよ。理屈で考えようとして、一般人が理解できる様なもんじゃない。
 んで、弓塚がやってることなんだが……自分の拳に、『殴る』という概念を与えることで、あらゆるものを『殴る』ことが出来る拳にしている、ということのようだ。
 全く、自分の肉体を概念武装と同等にするとは。非常識にも程がある」

(………)

何となく、理屈は理解できたさつきではあったが……

「だがな、これではまだ疑問が残る。そこでだ。さつき、もう一回、ちょっと実験に付き合え」

どうやら、まだややこしいことがあるらしい。

「へ!?」

さつきは、とっさに体を両腕で隠すような仕草をする。

「そっちじゃない。また、ある物を殴って欲しいんだ」

「は、はい。そっちなら……」

橙子の言葉に、あからさまにホッとするさつき。

「じゃあ、ちょっと待て。*****,**,***,*****,*,****,*!」

橙子が、今度は空中にいくつかの文字を描きながら何事かを呟く。
と、さつきの前に半透明の青色の膜が現れた。

「式は、直死で見た方がわかりやすいだろう」

橙子のその言葉に、式は目を入れ替える。

「じゃあ、そー、れっ!」

さつきが、目の前に見える膜を殴る。と、その膜はセロファンを殴られた様にやぶけ、消滅した。

「ふむ。やはりな。式、わかったか?」

橙子の言葉に、

「ああ。一つ、殴れなかったな」

「「?」」

その言葉に、首をかしげるさつきと幹也。

「今私が張ったのは、結界だ。だが、その結界はただの境界線のようなものでな。普通は触れん。
 で、だ。私が張った結界は、1つじゃ無いんだ。もう一つ、お前が殴った結界の前に、同等の能力を持った不可視の結界がある」

「は、はぁ……」

「だが、今その不可視の方はお前に殴られなかった。
つまり、お前は自分が視認した物体が、あたかも個体であるかのようにして『殴る』ことができるということだ。
 これがまた面白くてな。つまり、お前の拳に付加された『概念』は、お前のイメージのみを参考にしていると言って良い」

「えっと、視認しなきゃ、いけないんですか?」

「あー、ちょっと言い方に語弊があったな。そういやお前、今までも透明な結界を殴って壊したことあったんだっけか。
 うーん。ここら辺の説明は式ならすぐ解ると思うんだが……いきなり理解しろというのはな……。
 いいか弓塚、先程はお前のイメージを参考にしているという言い方をしたが、誤解の無いようにきちんと言おう。お前が物を『殴る』には、その物体が『殴られる』とどうなるかを理解してないといけないんだ」

「成る程。オレと同じというわけか」

橙子の言葉に式は納得の様子を見せるが、

「「はあ」」

残りの二人は、言っている"言葉の意味"は分かったが理解できないという様子だった。

「まあ、物を殴るってのは案外見た目通りみたいだから、『自分が認識した物体は殴れる』って考えでいいと思うぞ」

「はい……わかりました」

何とか理解した(?)一同であった。

(まあ、どうやって概念付加なんてことやってるのかは、全く解らないんだがな)

(しかし、その『概念』が作用するものは、弓塚さつきが理解したもののみ。これは、この娘が何らかの魔術を無意識下で発動し、概念付加を為し得てるとしか思えん)

((中々に面白いじゃないか!!))

魔術師と魔法使いは、互いに好奇心に胸を高鳴らせていた。

「で、だ。私は今から、とある作業の続きに入らねばならん。その間に、弓塚、お前、シュパインオーグ氏に色々と訓練してもらえ」

「……はい?」

「お前の能力にはまだ可能性がある。それに、自分の能力、ちゃんと使いこなしておきたいだろう?」

「……ええ、そりゃあまあ。でも、ゼルレッチさんは……」

さつきは、迷惑じゃないかとゼルレッチを見るが、ゼルレッチは、顔に笑みを貼り付けながら、

「ワシなら構わん。喜んで指導してやろう。場所は?」

とあっさりと引き受けた。

「この建物の裏に、広いスペースがある。結界もそこまで広げといた。じゃあ決まりだな。では」

「え、あ、ちょっと……」

話は決まったと、そそくさと出て行く橙子にさつきは慌てるが、もうどうにもならない。
更に言うと、橙子は去り際にしっかりゼルレッチとアイコンタクトを取っていた。

(調査の結果、後でちゃんと報告してくれよ?)

(ああ、勿論だとも)

…………南無。



数時間後

「ゼルレッチさん! これは一体!?」

「こ、これは……! いかん! このままでは!」


場所は変わって、地下である作業をしていた橙子は、自分の工房内の異変に気が付いた。

(これは……式たちが消えた? いや、ある一定の空間が隔離されてるのか? 全く、流石は魔法使い。人様の工房で、よくもまあこれだけの結界を張れるものだ)

気が付いたのだが、今は魔法使いが訪れている時。多少のでも多大でも、何が起こっても不思議ではないと、この時、橙子は深く考えはしなかった。



数分後、またもや場所は変わり、応接室。

そこでは、多少ボロボロに(服なんかは完全に吹き飛んだので、式が着替えさせた。昼間に買っておいて良かったと、幹也はため息をついた。)なったさつきがソファーで寝ていた。気絶させられたと言っても良い。
その回りには、式、幹也、ゼルレッチが居る。三人とも、酷く疲れた様子だ。

「ふう、ふう。……ふう。……全く、まさか■■■■まで発現させるとは。その効果とあいまって、予想外だらけだわい」

ゼルレッチは、そう良いながら手にした輸血パックから血を飲む。

「「…………………………………………………………………」」

他の二人は、もう疲労困憊の様子だ。
まだ多少元気のある式が立ち上がった。

「今日はもう帰る。何だか酷く疲れた。あれが何であるか、明日きちんと説明してもらうからな」

幹也は、もう寝ていた。





「――――を発現させたあぁぁぁぁぁ!!???」

「ああ。しかも、その能力が厄介な上、本人の理性が無くても全く問題無いときた。
 ワシも、まさか宝石剣を抜くことになるとは思わんかったよ」

「人の工房の中で、一体何をやってるんだあんたら……
 一体どれほどの神秘を具現させれば気が済むのか、最初の内に目安を言っといてくれ……」




弓塚さつきは、頬を叩かれる感触に、目を覚ました。

「う……ん……」

「ほら、早よ起きんか」

「へ?」

さつきが目を開けると、目の前にはゼルレッチがいた。

「え? へ? あれ?」

(わたし、どうしたんだっけ?)

さつきは、頭を捻って思い出そうとする。

(えっと、強引に特訓やらされることになって、式さんや幹也さんも見物に付いてきて、
 半ば強制的に、それなりに進歩もなくやらされてた特訓中に、ゼルレッチさんが

 『お前の魔術は、お前の思考に裏打ちされているとしか思えん。もしかしたら、『殴る』以外の概念も付加出来るかも知れん。
  よって、一度、自分の内側を見つめ直してみろ。大なり小なり、進歩があるはずじゃ。ワシが魔術で後押しする』

 って言うもんで、じゃあやってみようってことになって……あれ? その後どうなったんだっけ?)

と、そこまで考えたさつきの目の前に、輸血パックが差し出された。

「ホレ。取りあえず、飲め。かなり疲れているはずじゃ」

さつきは言われて初めて、自分の体がかなり疲労していることに気が付いた。
輸血パックを受け取り、

「あの、あれから、どうなったんですか? ゼルレッチさんに魔術をかけられてからの記憶が無いんですけど……」

言ってから、血を吸う。

「何と……一つも覚えとらんのか……その説明は後でする。好きなだけ飲んだら今度は風呂に行け。昨日は入れんかっただろう。恐らく、今日もこれを逃したら入ってる暇も無いぞ」

「……へ? 昨日?」

と、そこでさつきは、人間だったころの癖で、ついカーテンを閉められた窓を見て…………

その隙間から入ってくる日の光を見た。

「へ? お昼!?」

「そうだ。お前は今日、ここを出て行かねばならん。だが、その前にお前に魔術的な知識を与えておかんと、かーなーりまずいことになるという結論が昨日出てな。時間が惜しくて、この時間に起こした。
 別に辛くも何ともなかろう。今までだって、暇だから長時間睡眠していただけだろうに。
 と、言うわけで、お前が風呂から出てきたら、早速勉強会じゃ」

と、そういわれてさつきは、以前橙子から聞いた言葉を思い出した。

『よし、お前を三日間だけ、ここに置いてやる。その間、お前の置かれている状況の享受、血の提供、知識の提供、今後のアフターケアまでやってやろう』

(そっか。あれから、もう三日経っちゃったんだ……)

知らず、寂しい思いがこみ上げてくる。そんなさつきを見て、ゼルレッチは、

「いや、まあ、何も今からずっと勉強尽くしって訳でもない。休憩時間に、幹也くんや式くんと談笑するぐらいは出来るだろう。
 ほれ、早く支度せい」

「はい……」

答えて、さつきは今の自分の格好に違和感を持った。服が、制服じゃない。

「あれ? わたし、いつの間に着替えたんだっけ?」

その言葉にギクリとなるゼルレッチ。知らず、視線がある方向に向く。

さつきがそちらを向くと、そこには、無残にもボロボロになった制服と下着が……。

「えっと、ゼルレッチさん? これは一体どういうことですか?」

死徒二十七祖第四位であり、朱い月の月堕としを止めた吸血鬼が、一介の吸血鬼少女の威圧感に尻込みした瞬間であった。





夜。

『伽藍の堂』の地下に、全員が集合していた。そこは、真ん中に巨大なテーブル、回りにはどう見ても人間にしか見えないものが転がっている。
さつきは頭の使いすぎでオーバーヒートを起こしている。そのため、そちらに関心をもつ余裕は無い。
そんなさつきの様子を見て、橙子が言った。

「おーい。大丈夫か?」

「だ、大丈夫です……」

明らかに疲れ切っている。輸血パックから血を吸ってはいるが、あまり回復した感じはない。
まあ、本人が大丈夫だと言ってるんだしと、橙子はそっちを丸投げにしてゼルレッチに話しかけた。

「で、どうだった?」

「ああ、全く。こやつの飲み込みの早さには呆れたわい。
 普段から無意識的に魔術を使ってたからなのか、親元の吸血鬼が余程優秀で、その知識が流れ込んでるのか、はたまた才能か。
 とにかく、吸血鬼、魔術、それとこやつの■■■■のことについて、必要不可欠な知識や、基礎的な知識は大雑把ながら詰め込んだぞ」

「さつきさん、頑張ってましたから」

幹也がフォローを入れる。幹也は、最初から最後まで休憩の度にさつきに会いに来ていた。途中からは式も来るようになり、三人はいつも道理の調子で談笑していたのだった。そこに、さつきはかつての学校を思い出していた。それが彼らなりの気遣い(式はどちらか微妙であるが)であると気付いたさつきは、二人にとても感謝していた。

「そうか。では問題ないな。では、最終段階だ。これを見てくれ」

言うと、橙子はテーブルの上に置いてあった布を退けた。
その下から出てきたものには、流石のさつきも反応する。

「え!? わ、わたし!!?」

そこから出てきたのは、間違い無く裸体のさつきであった。しかし、年齢が著しく後退しているが。

「そういや、弓塚にはまだ言ってなかったか。私の特技は人形作りでな。本物の人間と寸分違わぬ人形を作ることが出来る」

「に、人形? これが?」

まだどっかから子供を捕まえてきて形成手術をしたと言われた方が納得できるとさつきは思った。

「ほう。流石、なかなかのもんじゃの」

「へー、流石は橙子さん。そっくりじゃありませんか」

ゼルレッチと幹也が当然の様に褒めるので、さつきもそれを橙子が作った『人形』であると認識することにした。

「で、でも何でわたしの人形なんか……」

あの時やった『身体測定』はこのためだったのかと、さつきは納得しながらも、疑問を投げつけた。

「いやな。お前、このまま出てったらもう確実に殺されるんだよ。
 近くでは埋葬機関の代行者がうろついてるし。何処へ逃げても、この世界にいるかぎりお前は確実に殺される」

はっきりと断言されて、弓塚の背中に冷たいものが滑り落ちた。

「だから、シュバインオーグ氏の力を借りる。シュバインオーグ氏の力は教えてもらったか?」

「は、はい。世界旅行……って、まさか!?」

弓塚は驚愕の声を上げる。後ろでは、ゼルレッチがにやにや笑っていた。

「そうだ。お前を、無限にある平行世界の一つに飛ばしてもらう。で、だ。この人形は私からの選別でな」

「は、はあ……」

「この人形の肉体は、スペックを除けばほぼ人間のものだ」

「え!? もしかして、わたしの魂をそっちの人形に移すんですか!!? それって、わたしが人間に戻れ…………ませんよね……」

勢いこんでいたさつきだったが、途中からがっくりとしていった。

「ほう。そこまで解るか。これは本当に優秀だな」

「ごまかさないで下さい! 吸血鬼は、一種の呪いの様なもので、魂に深く刻み込まれているせいで、肉体を取り替えても取り替えた肉体が吸血鬼のものになってしまうハズです!」

そう、自分が吸血鬼になったときの様に。と、さつきは拳を握りしめた。

「ああそうだ。だから、わたしでも八年が限度だった」

「……はい?」

「呪いを誤魔化せる期間だよ。この人形の肉体の、普通の人間と違うところはそのポテンシャルだけだ。
 新しい世界へ行っても不老で気味悪がられては困るだろう? 吸血鬼が太陽の光を浴びれないのは、時間経過による肉体の崩壊を促進させるからだから、これで太陽の光も大丈夫。肉体の崩壊自体が起こらないから、血も飲まなくていい。流水は、吸血鬼に対する概念武装の様なものだから、それも問題無い。
 だが、さっきお前自身が言った通り、この肉体はだんだんと吸血鬼の肉体に近づいていく。呪いは誤魔化しているだけだから、完全には無理なんだ。で、完全に今の状態に戻るのが、八年後、この肉体が今のお前の肉体年齢に追いついた時だ」

ちなみに、ポテンシャルがそのままなのは肉体が魂に引きずられるからである。
魂の方は吸血鬼として固定されてしまっている以上、わざわざポテンシャルまでごまかすと肝心の大元のごまかしの期間が短くなってしまうのだ。

さつきは途中から、橙子の言葉を呆然となって聞いていたが、だんだんと目が潤んできて、終いには泣きながら橙子に抱きついた。

「なっ、ちょ、弓塚!?」

まさか泣かれるとは思ってなかった橙子はうろたえる。
その姿はまるで、娘に泣きつかれる母の様で。他の三人は、その姿を暖かい目で見守っていた。



ちなみに。橙子の説明を聞いたゼルレッチ達の会話。

「『伽藍の堂』の人形《モビルスーツ》は化け物か!」

「何ですかそれ?」

「いや、どっかの平行世界で聞いたことのある台詞じゃったが、はて、どこじゃったか」

「はあ……」



閑話休題《それはともかく》

「おい、落ち着いたか?」

「は、はい……。すいません」

数分後、ようやく落ち着いて来たさつきは顔を赤らめながら俯いていた。

「全く。で、確認するが、いいんだな?」

「へ? 何がですか?」

「お前の肉体を取り替えr「お願いします!」……」

ソッコーで答えが返ってきた。

「……あと、平行世界へ飛ぶことだ」

「?」

橙子がやや呆れながら続けるが、さつきは何故、そんなことを自分に聞くのかわからない。という顔をしている。
そこに、ゼルレッチが説明をする。

「弓塚。お前、平行世界へ行くという意味を、理解しておるか?」

「え、はい。この世界と、違う道を歩んだ別世界に行くってことでs「そして、もう二度と帰って来れないということでもある」!!」

その言葉に、さつきは体を強張らせた。

「好きな時にこっちに戻ってこれるとでも思っとったか? 確かに、ワシがいれば出来るじゃろう。だが、ワシがそこまで面倒を見るとでも?」

確かにそうだ。何故気が付かなかったのか。最近はあちこちの世界を渡り歩くアニメが多かったから、忘れていたとでも言うのか。この世界から出て行ったら、ほぼ確実に、もうこの世界には帰って来れなくなる。そして、それは……

(遠野くん……)

暗くなるさつき。
だが今の状態のままでも、それは同じことだ。さつきは決心した。

「はい。覚悟は、出来ています。構いません。わたしを、平行世界へ連れて行ってください」

さつきの言葉に、ゼルレッチは頷く。

「さて、では始めるか。さつき。お前には平行世界へ飛ぶ前に、やってもらわなければならない仕事が一つある」

「はい。何でしょう」

「お前を追ってきた代行者、この当たりをうろついてるんだよ。
 このままお前が消えてしまうと、いずれここを見つけられる可能性がある。そいつを何とかしてくれ」

「あ、はい。じゃあ、今から倒して来ます」

バコンッ!
そう言ったさつきの頭を、橙子が殴った。

「馬鹿かお前は! そうなったら、また新しい代行者がここに来るだけだろうが!!
 大体、今お前を追ってきてるのは『弓』だ。お前が勝てる相手じゃない」

断言した橙子に、さつきは頭を抑えながら訪ねる。

「は、はい……。でも、じゃあ、どうすればいいんですか?」

「その代行者を、今から指定する場所におびき出してもらえばいい。何。お前の姿を見せて、あとはそこへ全力で逃げればいいだけさ」





そして、一時間と少し後。

町を歩いていたさつきは、背後からの殺気に気が付いた。間違い無い。急いで裏路地へ向かう。
あとは、言われた通り目的地へ全力で走るだけ。


数分後。

「だけって言ってたのにーーーーー!」

さつきは、観布子市の外に出ていた。
その間、後ろから飛んでくるナイフや剣を避けながら。

「ひぃーーー!」

しかも、そのナイフや剣の、一つ一つの威力が簡単にコンクリに突き刺さるぐらいなのだからたまらない。
更に、それが信じられない量で飛んでくる。

(貴方ホントに腕二本ですよね!?)

しかも、距離が全然開いてる気がしない。
後ろを振り返りたい衝動に駆られながらも、そんなことをしていたら串刺しになるので、とにかく自分のカンを頼りに剣を避け続ける。

……と、言うのは嘘だ。別れ際、橙子がさつきに『お守りみたいなものだ』と、手のひら大の、変な模様が描いてある石を持たせたのだ。魔術を知ったさつきはそれが高度な魔術だということは解ったが、どういうものかは解らなかったため、ありがたくもらっておいたのだ。

「橙子さん、絶対こうなること知ってたでしょー!」

まあ、その石のお陰で後ろから飛んでくる凶器の位置が解るのだから、一応感謝はしておくが、やはり不満は残る。
と、さつきの背筋にぞくりと冷たい物が走り、急いで身体を捻ると、さっきまで身体があった場所を剣が通り過ぎて行った。

「もーいやーー!」




さつきは、ようやく目的地の森にたどり着いた。森の中では式が立っており、さつきは助かったという面持ちで式に駆けていった。
と、式が顔を上げると、そこにあるのは蒼い相貌。手にはいつの間にやらナイフが握られており、

(…………え?)

式が一息でさつきの元に駆けてくる。0になる距離、次の瞬間、さつきの身体は一瞬でバラバラになった。

薄れゆく意識の中。さつきは、

(何で……?)

ただ、呆然と、思った。





「……う……ん」

意識が戻ってくる。

(あれ? でも何で? わたしは式さんにバラバラにされて……)

「やあ、起きた?」

「み、幹也さん!?」

「しっ! あんまり大きな声を出すな。一応結界は張ってあるが、気づかれでもしたらどうする」

橙子の言葉で、さつきはピーンと来た。自分の姿を見ると、それは9歳児のもの。しかも裸体。

「……橙子さん? わたし今、ものっすごくあなたを殴りたいです」

「あまり魅力的なお誘いじゃないな。ほれ、服着ろ」

橙子が、さつきが持っていた制服に似せた服を放る。それは見事、さつきの顔面に掛かった。人形作りの息抜きに作ったらしい。恐るべし。

「しかしまあ、肉体のみを完全に『殺す』とは、流石だな式も」

「やっぱりそーゆーことですかっ!!」

「ああ、あの代行者なら気にしないでいいぞ。式が、『いきなり吸血鬼が飛びかかってきたから切っといた』的なこと言ってうやむやにするから。
 お前の身体が切られる瞬間は見られただろうし、どうゆうからくりだったかは解らないぐらいの距離だったから、多分大丈夫だ」

「………」

さつきはもう、完全に諦めて服を着る作業に戻った。




数十分後。式がやってきた。

「時間掛かったな。式」

その橙子の言葉に、

「こっちも色々大変だったんだ。一体どうやったのかとか、敵意たっぷりに問い詰められて。
 お前、向こうから見てただろ? って言っても、それでも何かやったでしょう! なんて」

「まあ、上手くいったんだからよしとしようじゃないか。では、シュバインオーグ氏、頼む」

半ば強引に話を断ち切る橙子。もう、確信犯に間違い無い。

「うむ。では、蒼崎。それと皆。こちらを見ないでもらえるかな?」

「了解した」

橙子は当然のように、幹也と式はそれにならって、さつきは魔術について聞いていたので、ためらわず後ろを向いた。
位置関係は自ずと、最前列に橙子、式、幹也。その後ろにさつき、その後ろにゼルレッチとなった。

よって、別れの言葉は、弓塚が背中に、他の三人は自分たちの後ろにかける形になった。

「橙子さん」

「ん?」

「色々と文句も沢山ありますが、これだけ言わせてもらいます。ありがとうございました」

「ん。確かに受け取った」

「式さん」

「何だ?」

「……頑張ってください」

「………ふん」

「幹也さん」

「うん?」

「もう少し、式さんを見てあげてくださいね」

「え?」

「さつき……お前、今度会ったら絶対殺す」

「アハハハハ……」

頃合いを見計らって、ゼルレッチが声をかける。

「もう、いいかな?」

「あ、あと、ゼルレッチさん」

「ん?」

「短い間でしたけど、ありがとうございました。先生」

ゼルレッチは、暫くポカーンとしていたが、

「はっはっはっは! 先生と来たか。流石にそれは予想外じゃったわい!」

ゼルレッチは大笑いした。さつきも釣られて笑った。
暫く笑い合った後、

「では、行くぞ」

「はい。幹也さん、式さん、橙子さん、ゼルレッチさん、さようなら」

「元気でね」

「おう」

「ああ、お陰で良い仕事が出来た」

「達者でな」

それぞれにそれぞれの言葉を贈られ、弓塚さつきは、その世界から姿を消した。

「あのような乾いた心を、潤す世界に、巡り会えるといいの……」

ゼルレッチは一人、ぽつりと呟いた。





p.s.
「行ったぞ」

「行ったな」

「ふう。これですっきりした」

「そういえばゼルレッチさん、さつきさんが行った世界って、どんな世界なんですか?」

「ランダムじゃ」

「……はい?」

ゼルレッチの言葉に、幹也の目は丸くなる。

「その方が、面白かろう?」

「……それって、うっかり宇宙とかに放り出される心配は?」

「……あっ」

遠坂家のうっかりの呪い、あれはもしかしたら、そんな生やさしいものではないのかも知れない。



p.s.2

「おい、これは本当なのか?」

「ああ、もう殆ど間違いないじゃろ」

「……一番非常識なのは、これだな」

「ああ、半分はちゃんと魔術を使ってるが、残りの半分が……」

「「力業で押し切ってるだけとは……」」

「だが、まあ、この魔術もきちんと最後まで作れば、力業使わんくても出来るだろう」

「たぶんな。まあ、ワシはいらん。研究するなら好きにするがいい」

「うーん、式がまた腕を無くしたら考えてみるか」







あとがき

どうも。やっと飛び立ちましたさっちん。長かった……
すいません。謝ります。ですからみんな、石を投げないで。 m(_ _)m
えー、式キャラ崩壊、橙子さんはっちゃけすぎ、ご都合主義満載と、ヒドイ回ですはいすいません。

ホントは発現まで6ヶ月かかるハズのあれを、宝石爺の協力で3週間でやっちゃいました。イタイイタイ。マジでごめんなさい。
爺が宝石剣抜いたの何で? っていう人、それはゼル爺の魔力も周囲の魔力も吸い取られちゃったから、まだ魔力のある空間から持ってくるしか大威力魔術打つ手がなかったからです。

でも、宝石爺は僕の中ではああいうキャラなんです。それは本当です。気に入らないってだけで朱い月に反抗した人のはっちゃけっぷりは半端無いんですはい。
そしてプロローグ、それは本編の伏線、ご都合主義設定、独自解釈説明をやるためn(銃声


さて、第0話_bの後書きでも書きましたが、aの方とbの方で時間の流れが変かも知れません。
月姫の中には、詳しい年月日は出なかったと記憶していますが、そこら辺が詳しく解る人は、遠慮無く指摘して下さい。
矛盾点も、同様にお願いします。宝石爺の口調も、これ変! って感じでしたら、指摘お願いします。


てか、誰でも楽しめる(ryとか言っておきながら、式の容姿どころか性別までまともに書いてなかった罠 orz



[12606] 割と重要なお知らせ
Name: デモア◆45e06a21 ID:697ce29c
Date: 2013/03/11 21:50
本当に申し訳ないのですがまた設定に変更を加えます。

具体的には、さっちん魔術師設定、あれ無くします。枯渇庭園関係の諸々も全部吸血鬼としての能力ってことにします。
魔術基盤のこととか色々とこじつけで設定考えてたんだけども固有結界が吸血鬼の能力でおkならさっちんに魔術回路持たせる意味ないし、更に言うとそれに付随する効果が邪魔で邪魔で。

魔術回路持ってると魔力持ってるモノから魔力感じ取れちゃうじゃないですか。あれが本当に厄介なんです。
これまでもそれに引っかからないようにと色々と工夫してましたが今回は致命的過ぎました。ついでに今までの、非殺傷設定と概念付加設定の変更によって起こった変だったとこも修正するつもりです。

元々原作設定に沿わせる為に付けた設定だったので、吸血鬼の能力で問題ないならそっちのがいいし。今までは修正が大変だったので放置してましたが、ちょっと今後の話の方で流石に無視できなくなりました。

今回のは流石にちょちょっと修正とか無理なので裏でこれまでの話をちょくちょく書き換えていって準備できたら一気に変更になります。

ただ、修正すると言いましても今言ったとおりある程度裏で修正してから一気に入れ替えになりますので、作品としてはGardenから急に設定が変更されることになります。マジすんません!

勿論変更点書き終わるまで更新しないとかは無いんでそこは御安心を。



[12606] 第1話
Name: デモア◆45e06a21 ID:8a290937
Date: 2013/05/03 01:21
意識ははっきりとしている。だが、何にもわからない。
ここがどういう所で、自分が今どういう状態なのか。周りが暗い訳ではない。ただ、理解が出来ない。

出発前にちょっとした浮遊感が襲ったが、その後は、この、状況や時間、何もかもが理解出来ない空間にいるだけだ。
自然と不安が沸き起こるが、自分をここへ送り出したあの豪快な爺さんを思い出すとその不安も直ぐにかき消える。

やがて、その理解出来ない空間に、やっと理解できるものが現れた。それは――光。
それを認識した瞬間、弓塚さつきは、新たな世界にその存在を定着させた。




―――――魔法少女リリカルなのは ~心の渇いた吸血鬼~ 始まります。








新しい世界に降り立ったさつきが最初に感じたのは、浮遊感。
だが、それは出発時にも感じたことなので、それ程気にはしなかった。

―――が。

「……へ?」

その後、直ぐに襲ってきた自分が落下しているという感覚。それは流石に気にしない訳にはいかなかった。

「きゃあああああぁぁぁ!」

だが、叫びながらも空中で体制を立て直し、段々と近づいてくる地面との衝突に備える。ちなみに、周りを見る限り今は夜。ああ、夜景が綺麗だなぁ…… なんて思いながら、眼下を見やる(そんな余裕があるのに何で叫んでるんだ等とは訊かないでほしい。ジェットコースターと同じようなものだ)。
予想される自分の着地地点は林の近くの広場だった。その向かいにはとてつもなく大きな洋館が……

「――っ!」

着地の瞬間、膝を曲げることで衝撃を吸収する。ちょっと(かなり)足が痛いが、骨などは折れてない。
どうやら、元の身体《からだ》と退行した分以外は同スペックというのは本当らしい。もうちょっと穏やかな方法で確かめたかったのだが。

「つ~~~っ! 全く! ゼルレッチさんったら移動先ぐらいもうちょっときちんと設定してよ!!」

本当は宇宙に放り出されていてもおかしくなかった(というよりそっちの確率の方が遥かに高かった)事を知らないさつきは愚痴る。

(でもま、これでこの身体の性能に問題が無いのは分かったし、あとは身長とか腕の長さが変わったせいで動きづらい所があるだろうからそこら辺を慣らしていけば問題無いかな。……今度はちゃんともっと穏やかな方法で)

だが、そのさつきの思いは、

「わー、大きな家だなぁ……。遠野くんの屋敷とどっこいどっこい?」

この直後、粉々に砕け散ることとなる。

「遠くの方には塀まで見えるしやっぱ広い…………って!
 それじゃあここってこの家の敷地!?
 ってことはわたし今不法侵入者!?
 
 ………お、お邪魔しまし……っ!?」

急いで身を翻して駆け出そうとしたさつきだったが、パシュッという音と共に自分の背後、先ほどまで自分の体があった場所を超高速で何かが通り過ぎて行ったのに身を竦ませた。それが向かった先へ目をやると、地面が少しだけ捲れ、その前には小さな穴が。先ほどの音と組み合わせて考えると……

(ってどう見ても銃弾の痕ですよね!? しかもこの威力って鉛弾で直撃コース!!?
 こーゆーのって普通威嚇射撃からとかゴム弾とかじゃないのっていうかこの世界には銃刀法無いんですかーーー!!?)

有ります。
ついでに言うと、あんたは威嚇射撃で済む地点をすっ飛ばして最深部まで来てしまったんです本当にありがとうございました。

そんなことを考えているうちに、銃弾が飛んできた方向で何かが光るのが見えた。

(やばっ!)

さつきは吸血鬼だ。夜目は利きすぎるぐらいに利く。そして、そのさつきの目にはそこに巧妙に隠された銃がこちらへ照準を合わせているのがはっきりと見えた。
さすがのさつきでも、自分へ向かって放たれた後の銃弾を回避するなんていうことは出来ない。訓練すれば出来るようになるかも知れないが、今はまだ無理だ。

当然、吸血鬼の体でも痛いものは痛いし、あの威力だと絶対に無傷とはいかない。と、なると。

(打たれる前に移動して、取り敢えずこの家の敷地から脱出!)

思うより先に、体が動いていた。先ほどの銃から飛び出した銃弾は、ぎりぎりでさつきの体には当たらなかった。

が、飛んできた銃弾は1つだけでは無かった。

一気に3、4発。

(……まあ、予想出来たことだよね。っていうか、じゃあ……)

もう足を止めてなんていられないと、さつきは戦慄と共に悟り、遮蔽物のある林の中へ即効で逃げ込む。
その時に色々見回してみれば、目がいいからこそ分かるものの、普通なら気がつかない様にところどころに銃口が。
素人のさつきが注意深く見てこれだけ分かるということは、他にもまだたくさんあるということなのだろう。実際、先ほど飛んできた弾丸の半分は、どっから飛んできたのか分からなかった。

(っていうか、まさか他の罠も仕掛けられて無いよね?)

一応警戒してみるが、それらしきものは発動しない。と、言うより、時々アニメに出てきそうなドラム缶みたいなロボットが銃を持っているのが見えるのは気のせいだろうか? 気のせいであって欲しい。

(……っ! またっ……!)

次々と飛んでくる銃弾を銃口から逃れることで避わし、ジグザグに動く事で照準を合わせづらくし、見えないところから飛んでくるものは木を盾にして半ば運で逃れる。だが、やはり体格が変わったせいで動きづらく、時々足を縺れさせたり目的地までの到着時間を計り損ねたりする。しかも、

(熱っ!熱っ!!)

ついさっきまで体温の無い体だったのに、今では体温のある体だ。最初の内は体がぽかぽかすることに感動していたが、今はその体で走り周り、体温が上昇していた。
体温が無いことに慣れていたさつきにとって、今の体はいたるところが熱い。
勿論、そんな状態でもそうでなくても銃弾全てを避けきれるわけも無く。

「痛ッ!」

左腕の前腕に弾が当たる。衝撃と共に激痛が走る。痛みで一瞬目が霞むが、止まれない。

(このくらい、あの時の痛みに比べれば……)

比べるのが人間としての自分が死んだ瞬間というのは些か反則な気もするが、この際どうでもいい。

「ッッ!」

また当たった。今度は右わき腹。
だが、塀はもう目の前。藁にも縋る思いで必死に駆けてゆく。

「くッ!」

地面を思いっきり蹴り、塀を飛び越える。道路に膝を着き急いでその家から離れる。


もう大丈夫だろうと思えるところまで来ても、さつきは安心出来なかった。

(なんで、異世界来て早々こんな散々な目に会わなきゃいけないの……)

かなりドンヨリした気分になりながら、さつきは夜の町を駆けていった。





そして、その出来事が起きる、数日前。

海鳴市、私立聖祥大附属小学校に通うそれなりに普通の三年生、高町なのはは、高町家の次女、三人兄妹の末っ子である。栗色の髪をツインテールにした、かなり可愛い部分に入る女の子である。
そして彼女は春先のその日、夜の町中で白い衣装に赤い宝石の杖を持つ魔法少女になった。

「へ? え!? な、なんなの……これ……」

取り敢えず、起こったことを有りのまま話そう。
朝、不思議な力を使う男の子が変な化け物に襲われる夢を見たと思ったらその夢に見た場所で電波を受信。怪我しているフェレットを拾い、動物病院にそのフェレットを預けた夜、又もや電波を受信しそのフェレットに助けを呼ばれ、急いで駆けつけたらそのフェレットがまた化け物に襲われており、フェレットを連れて逃げたらそいつが「ボクは別の世界から来た。君には素質がある。魔法の力を貸して」とかイタイ事を喋り出し、言うとおりにしたらいつの間にか魔法少女になっていた。何を言っているのか分からないだろうが作者も何を書いているのか分からない。頭がどうにかなりそうだっt(ry

閑話休題


「来ます!」

「え?」

フェレットが叫ぶ声に反応し、なのはが化け物の方を向くとその怪物は軽く5メートルは跳び、なのはに向かって落下してきた。

「きゃっ!」

ついさっきまで普通の少女であり、運動神経も切れていたなのはにまともな反応が出来るはずも無く、ただ杖を顔の前に突き出し、顔を背けるだけ。
が、

《Protection》

その杖が自動的に桜色のシールドを張り、なのはを守った。

「ん……うう……」

化け物はしばらくシールドと競り合っていたが、やがて耐えられなくなったのか、破裂して四方八方に飛び散る。
その欠片は液体の様でいて、なのに凄まじい破壊力だった。それが当たった電信柱が折れ、塀や地面には穴が開いている。

「へ、ええ~」

なのはが、呆けた様子でそんな声を漏らした。



「ボクらの魔法は、発動体に組み込んだ、プログラムという方式です。
 そして、その方程式を発動させるために必要なのは、術者の精神エネルギーです」

取り敢えず一時退散しながら、なのはの腕の中にいるフェレットが説明を始める。

「そしてあれは、忌まわしい力から生み出されてしまった思念体。
 あれを停止させるには、その杖で封印して、元の姿に戻さないといけないんです」

あれの元は危険なだけで別に忌まわしい力等では無いはずなのだが、こう言うことであれは倒さなければならない物だという認識を無意識的に与えたのだろうか。

「よく分からないけど、どうすれば……?」

なのはは困った様に声を上げる。

「さっきみたいに、攻撃や防御等の基本魔法は、心に願うだけで発動しますが、より大きな力を必要とする魔法には、呪文が必要なんです」

「呪文?」

「心を澄ませて。心の中に、あなたの呪文が浮かぶ筈です」

取り敢えず、言われた通りにしてみるなのは。
目を閉じ、心を落ち着かせる。

その間に、さっきの化け物が体を修復させて飛び掛って来た。触手の様な物を体から飛び出させて攻撃してくる。

だがなのはは、今度は落ち着いて対応した。
杖を自分の前に突き出し、防御の念を送る。

《Protection》

触手は、シールドに阻まれてなのはに届かず、自然消滅する。そのことにたじろぐ化け物。その隙に、なのはは心に浮かんだ呪文を紡いだ。

「リリカル マジカル!」

「封印すべきは、忌まわしき器! ジュエルシード!!」

フェレットが叫ぶ。

「ジュエルシード、封印!」

《Sealing Mode. Set up》

なのはの杖の形態が変化し、宝石を覆っている金色の装飾の下の部分から魔力で作られた翼が飛び出す。
その後、杖から飛び出したリボンが、化け物を縛った。

《stand by. ready》

「リリカル マジカル! ジュエルシード、シリアル21、封印!」

《sealing》

かくして、ジュエルシードの封印は成功した。
ジュエルシードはレイジングハートの中に保管し、レイジングハートは待機状態……赤い宝石に戻った。
だが、周りには破壊の後。

「も、もしかしたら……私、ここにいると大変アレなのでは……
 取り敢えず……ご、ごめんなさーい!」

急いで逃げた。


場所は変わって、公園。

「ね? 自己紹介していい?」

そこまで走って来たなのはは、自分の膝に乗っているフェレットに尋ねた。
何と言うか、子供ゆえの順応の早さは恐ろしいというか、そもそもそいつのせいで訳の分からないことに巻き込まれたというのに、神経が図太いのだろうか?

「あ、うん」

フェレットも、少々戸惑い気味である。

「えへん。私、高町なのは。小学校三年生。家族とか仲良しの友達は……なのはって呼ぶよ」

最後はとびっきりの笑顔である。

「ボクは、ユーノ・スクライア。スクライアは種族名だから、ユーノが名前です」

「ユーノ君か。かわいい名前だね」

と、そこでユーノがうな垂れた。

「ん?」

「すいません……あなたを……」

その言葉に、なのははユーノを持ち上げて訂正させる。

「なのはだよ」

「……なのはさんを、巻き込んでしまいました……」

その言葉に、なのはは僅かに眉を顰めるが、

「ん……私、たぶん平気。そうだ。ユーノ君怪我してるんだし、落ち着かないよね。
 取り敢えず、私の家に行きましょ。あとのことは、それから。ね?」

なのはのその言葉で、取り敢えず色々な説明は保留となった。


その後、なのはは勝手に家を出て行ったことに対するお叱りを家族から受けたり、ユーノをペットとして飼う承諾を受けたり、
あと、これが一番の原因なのだが、なのはの母の桃子がユーノに夢中になってしまい、ユーノがもみくちゃにされて時間が無くなってしまったため、諸々の説明はまたもや次の日まで保留となった。


次の日、なのはは学校に行っている間に、念話と呼ばれる心で会話する方法で家にいるユーノから色々と事情を聞いていた。

曰く、ジュエルシードはユーノの世界の古代遺産であること。
曰く、ジュエルシードの本来の力は、手にした者の願いを叶える、魔法の石であること。
曰く、ジュエルシードは力の発現が不安定で、前の日の夜の様に単体で暴走して使用者を求めて、周囲に危害を加えることもあるということ。
曰く、たまたま見つけた人や動物が、間違って使用してしまい、それを取り込んで暴走することもあるとのこと。
曰く、ジュエルシードは元々ユーノの世界から別の世界へ運ぶところを、途中で事故か人為的災害に合ってしまい、この世界へばら撒かれてしまったこと。
曰く、この世界に散らばったジュエルシードの数は21個とのこと。
曰く、ユーノはそれを回収するためにこの世界へ1人で来たということ。

そのことを聞いて、なのははユーノに

「でも、それって別にユーノ君のせいじゃないんじゃあ」

と訊くが、

「でも、あれを見つけてしまったのは僕だから。ちゃんと見つけて、あるべき場所に返さないといけないから」

と言われた。
傍から見れば、ただの無謀な行為だが、本人は必死だったのだろう。

その後、ユーノは自分の魔力が戻るまで休ませてくれればいいと言ったが、なのははそれを断り、学校が無い時間は手伝えるから、自分も協力すると言い出した。
ユーノも最初は渋っていたが、なのはの必死の説得により、半ば流される様にお礼を言っていた。




以上の様なことがあり、なのはとユーノは、その日から毎日夜の鳴海市を徘徊してジュエルシードを探していた。さつきがこの世界へ来た夜も、また。







そして、その弓塚さつきであるが、夜の住宅街の外れで困り果てていた。
さつきの体は、人間と変わらないように作られてはいるが、さつきの魂が入った瞬間から、だんだんと吸血鬼に近づいて行っている。そのため、まだ普通の人間と同じぐらいの域を出ていないが、肉体の崩壊も起こっている。
つまり、何が言いたいのかと言うと。

肉体の崩壊があると言うことは、それを補うために存在する肉体の修復……血を吸うことによる体の復元も出来ると言うことだ。
ちなみに、あまりに酷い傷や、致命傷を負ったりすると吸血衝動が蘇ってくるかもしれないと橙子から聞いている。

さつきが受けた腕とわき腹の傷は、あの家からかなり離れた後、物陰で確認したら銃弾がめり込んでいた。比喩でも何でもない。銃弾の頭ら辺が、肉に突き刺さって止まっていた。
知っている者も多いと思うが、銃弾にはジャイロ回転が掛かっている。普通なら少し動いただけで取れそうなぐらいだったが、そのジャイロ回転に無駄に強靭な肉が巻き込まれ、銃弾を離さないでいたのだった。

更に言うと、そのお陰というか何と言うか、血は一滴も零れていなかった。
服を汚したく無かったので、洋服とスカートを脱いでから少し引っ張ったら割と簡単に(かなり痛かったが)取れた。

因みに、下のシャツの方はともかく、制服型の服には多少汚れはあれど傷一つ無かった。わき腹の弾丸も、服が捲れた瞬間に当たったらしい。

と、いう訳で。

(新しい世界での最初の日に何で血を吸わなきゃならない様な怪我を負ってるのかなわたし……)

散々動き回ったせいで、この体の動かし方も大体分かってきたが、絶対割りに合ってない。
かーなーり鬱になりながら、さつきは先程まで夜の住宅街を徘徊していたのであった。
吸血衝動こそ無いが、ほっといても激痛が襲い続けるだけなので、そこら辺を歩いて素行の悪い男共の血をちょっくら頂戴しようと思っていたのだ。別に殺そうとは思っていない。気絶させて、死なない程度に血を抜き取ればいいと思っていたのだ。だが……

「治安良すぎでしょここ……」

今、さつきは服とスカートを目立たない物陰に置き、2つの銃弾を抜いた後、そのままの姿で住宅街を歩き回っている。寒いなど感じる訳も無い。恥ずかしいというのはあるには有るが、今の自分は幼児体系だし、たった1着の服は新しいものを調達出来るまで汚す訳にはいかない。
つまり、今の彼女は腕とわき腹から血を流しながらも、シャツと下着だけしか着ないまま、ふらふらと歩き回る無防備な9歳児なのだ。
だが、それなのにその町には自分に絡んでくる酔っ払いや、不良の類が全く見当たらない。

そうこうしている内に、住宅街の外れまで来てしまったのだった。
まあ、この世界の町並みが自分の元いた世界とほとんど同じだということは分かったため、完全に収穫無しというわけでも無かったが。

「はあ、どうしよっか……っ!」

と、困り果てていたその時、自分の頭上から何かが近づいてくる気配を感じ、その場所を飛び退く。

「……何? コレ……」

先ほどまで自分がいた場所に、身の丈3メートルはありそうな、二足歩行の真っ黒なモンスターがいた。

「……ゴリラ……じゃあ無いよね?」

まあ、ここは自分のいた世界とは違うのだ。住んでいる生き物も違うのかも知れない。
平行世界なのだから、流石に人間がいないということは無いだろうが。

取り敢えず、そのモンスターはさつきが知っている動物としてはゴリラが一番近かった。

「ガアアアァァァアァァ!」

「っ!」

そのモンスターがいきなりさつきに張り手をかまして来た。さつきは横に跳ねることで避けるが……

「ぐっ! 痛っ……!!」

銃で受けたわき腹の傷が、急な運動により引っ張られて更に肉が裂け、激痛を呼ぶ。
が、その痛みに悶絶してもいられない。自分が避けた後に、ものすごい音がした。
そちらを見てみると、モンスターの張り手がアスファルトの地面に半ば陥没していた。

(うっわ……1・2発なら受けてもまだ大丈夫だろうけど出来れば遠慮したいっていうかあんなの受けるのに力こめたら傷が~~~!)

そう思い、とにかく逃げることにする。
が、

「嘘っ! 早!」

背を向けて走り出して逃げようとしたところ、巨体に似合わぬ素早い動きで追いかけて来たモンスターに頭上を跳び越されて先回りされてしまう。
万全の状態ならば十分に逃げ切れるだろうが、今はとにかく傷が痛い。
そもそも、こちらも1ヶ月程前までは普通の女の子だったのだ。痛みを無視して動くことなんて出来る訳も無い。

と、またもやモンスターが腕を振りかぶった。

「まずっ」

このままでは逃げられないと判断し、取り敢えず倒すとまでは行かなくても何とか気絶させてから逃げることにしたが、あの攻撃を喰らう気は更々無い。

急いでそこから離れる。
と、またもの凄い音がしてアスファルトが陥没する。

モンスターは、攻撃した直後で動きが止まっている。
どこぞのなりたて魔法少女とは違い、周りの被害を考えてその隙に住宅街から離れる。
幸い、ここは住宅街の外れだ。反対側には公園があり、更にその先には木が乱立している山がある。

(取り敢えず、あそこなら暴れても大丈夫だよね。それに、あの大きな体にあの木は邪魔なはず!)

そうと決まれば即行動。さつきは痛む体を押して山の方へと駆けていった。
後ろからさっきのモンスターが追いかけてくる気配がするが、この距離なら痛みを何とか我慢出来そうだ。

さつきの思惑通り、山に入る直前までさつきは追いつかれなかった。
だが、山に着いた瞬間、気を緩めたのがいけなかった。

「ガアァアアアアァァアァァァ!!」

次の瞬間、衝撃と共にさつきの体が山の中まで飛んでいく。

「グッ! ガッ! アアッ!!」

一本の木にぶつかり、それでも勢いは止まらず、木の中心からずれていたためその木の幹を滑る様に更に奥まで吹っ飛ばされる。次の木にぶつかるが、その木には丁度ど真ん中にぶち当たったので、そこで動きが止まる。さつきの上に、衝撃で落ちてきた木の枝と葉っぱが積み重なる。

「う……くっ……」

痛い。もう、銃弾の怪我とかそんなこと関係無いぐらいに体中が痛い。

その時、さつきの耳に大きな足音が聞こえた。
……間違いない。あいつは今、目の前にいる。

―――――――――――――――プチッ

さつきの中で、何かがキレた。
体の痛み? そんなの関係ない。取り敢えず今は……目の前のデカブツを、殴る!

さつきは、その場でゆらりと立ち上がった。さつきが発するオーラに、モンスターは振り上げていた手を思わず止める。
そして、葉っぱや木の枝がパラパラと落ちた後のさつきの眼光に、モンスターは怯んで硬直する。
その隙に、さつきはモンスターの懐に潜り込み……

「……ふっ!」

けが人とは思えない動きで、モンスターのドテッ腹を思いっきり殴り飛ばした。
殴られたモンスターは先ほどのさつきの様に吹っ飛んでいったが、その威力は段違いだった。そのモンスターがぶつかった木は中心にぶつかろうがずれていようが、構わずへし折られる。
木を4本へし折った所で、その巨体はようやく止まった。

「ふう……ふう……はあ……」

さつきは、荒い息をしながら腕を突き出したままの格好で止まっていた。



そして、少し離れた場所でその光景を見ていた者が、二人。

「…………えっ……と……」

「暴走体同士が……喧嘩してる……?」

ようやく現場に着き、さつきが立ち上がる所から目撃していた、なのはとユーノであった。





その頃、さつきが落下した場所――月村邸では。

「ノエル? そっちの監視カメラ、何か写ってた?」

「駄目です。特に進展はありません」

侵入者に気づいた月村家の当主とメイドの1人が、監視カメラの確認をしていた。そして、

「ファリン、そっちはどうですか? 髪の毛や血痕はありました?」

「いいえ。監視カメラから採ったデータ通りの道を探してるんですが……中々見当たらなくて……」

「まあ、髪の毛なんて普通は見つからないし。血痕の方を重点的に探して」

「はいです」

もう1人のメイドは、現場で犯人を特定するための証拠を探していた。

「ふう……やっぱ暗視カメラの画質じゃ、こんなもんが限界よね」

「はい……せめてモノクロじゃ無くてカラーに出来れば……」

分かったことは、犯人は当主の妹、月村すずかと同じぐらいの背丈、髪はツーサイドアップにしていることから、女ではないかと思われるが、こちらの目を欺くための偽装かも知れない。
服は、高校生が着るような制服みたいなものという奇妙なもの。
そして……

「でもこれ、明らかに人間の動き……っていうかスピードじゃありませんよ。
 こっち側の人間でも、これだけの動きが出来る人は何人いるか……
 それに、あんなに深くまでどうやって潜り込んできたのかも不明ですし。
 こっち側の人間に間違いないとは思うんですが……」

「そうなのよね……一体何が目的で……
 やばい。多すぎて分からないわ……」

「忍様……」

メイドは目頭を押さえてうな垂れる。

「取り敢えず、犯人の情報が少なすぎます。このまま状況の進展が無い場合、深追いは避けておいたほうがいいかと。
 相手の出方を待つ形になりますが」

「そうね。それに一応、このことは恭也にも伝えておいたほうがいいわね」

「そうですね」

本人の預かり知らぬ所で、また別の事態も進行していた。







あとがき

やーっと更新&リリカル世界!
大変長らくお待たせいたしました。え? 待ってない? そんな事言わないで下さいよ奥さん(誰

えー、なのはきちんと見て知ってる人にはつまらないであろう部分がありますが、やっぱりこれも一つの小説として完成させたいので書きました。
最後のユーノの認識、色々と突っ込みたいところもあるかと思いますが、実際、9歳ぐらいの女の子体系の何かが3メートルの巨体を吹っ飛ばすところを見たらそうなってもおかしくないんじゃないかと。
重ねて言いますが、いろいろと突っ込みたいところもあるかと思いますが、そこら辺は次の話の冒頭で纏めて解決しますのであしからず。

僕の予想出来ない突っ込み方は大歓迎ですが^^;;
ではでは。



[12606] 第2話
Name: デモア◆45e06a21 ID:8a290937
Date: 2011/07/05 20:29
「うっ……」

なのは達の見ている前で、小さな人型の方が呻いて大きくふらついた。何とか踏ん張っているが、今にも倒れそうだ。
だが、暗闇でよく見えないその姿を凝視していたなのはは、ある事に気が付き声を上げた。

「……え!? あれって」

「グ……グゴ……」

しかし、その時先程吹っ飛ばされた方のドデカイ人型がうめき声を上げながら立ち上がるのを確認した。
そちらは、余程体が頑丈に出来ているのか、あれほどの力で殴り飛ばされたのにどっしりと立ち上がった。

そして、次の瞬間には小さい方へドシドシとどでかい足音を響かせながら、右腕を振りかぶって駆けていく。
やたら吹っ飛ばされていたためそれなりの時間がかかるだろうが、それでも今からこちらが駆けつけたところで間に合うようなタイミングじゃない。

「!! 大変だよユーノ君! あの娘が!」

それが分かっていながらも放っておける訳がないなのはは、急いで走り出す。
戦っているのはあくまで暴走体同士だと思っているため、それなりに冷静なユーノはなのはのその言い回しに違和感を覚えた。
なのはの肩の上で揺らされながら、怪訝な声で問う。

「あの娘?」

なのはは、そんなユーノの声に苛立ちを覚えるが、そんなことをしている場合じゃないと、更に叫ぶ。

「あの娘! 小さい方!! 私と同じぐらいの女の子!!」

「え!?」

「早く助けないと!!」

その言葉に、ユーノは未だふらふらしている小さい方を注意深く観察する。するとユーノの目にも確かに、9歳ぐらいのボロボロの女の子が写った。
暴走体かも知れないが、この分だとそのベースは間違いなく現地住人、しかもまだ幼い女の子だ。
その事実を確認した途端、ユーノの中に焦りが生まれる。大型の暴走体は、もう女の子のすぐ側まで来ている。

(どうしよう、今からじゃ何をしたって間に合わない! ああもう! こんな事ならなのはに飛行魔法とか攻撃魔法とか教えとけば良かった!!)

だがしかし、そんなことは土台無理といったものだ。何と言ってもなのはが魔法を使うのはこれが4回目。
先日、犬を取り込み、実態を伴った事で強力になったジュエルシードと戦いはしたがそんな本格的な戦闘等していないし、それからほとんど時間も経っていないのだ。
そんなこと、教える暇も無かった。

そんなことをしている間に、なのは達は女の子と5メートルぐらいの位置まで来ていたが、大型の暴走体の方はもう腕を振り下ろすだけの所まで来ていた。
それは短いようでそれでも絶対的な、どうにもならない差。

「グオオオォォォォ!!」

大型の暴走体は雄叫びを上げながら腕を振り下ろそうとする。女の子の方は未だふらついていて、相対する暴走体を見上げているが、とてもじゃないが避けれそうにない。
もう駄目だ。なのはもユーノも、そう思い、間に合わなかったと、諦めの気持ちと共に、足を止めた。



が。


「グ……ォ……」

今政にその豪腕を振り下ろそうとしていた大型の暴走体は、そのままの姿で固まっていた。いつまで経っても、その破壊の瞬間はやってこない。
なのは達はその光景を不思議そうに見つめていたが、その内、大型の暴走体が仰向けに倒れた。

ズドンと、空気を振るわせる音にビクリと体を震わせ、なのはは呆然とする。
どう見ても気絶しているようにしか見えない。

「え……と……?」

その声が引き金になり、同じく呆然としていたユーノが覚醒し、急いでなのはに言う。

「! 兎に角、チャンスだよなのは。今のうちに封印を!」

「あっ うん」

それを聞いたなのはも、ハッとして杖を倒れた暴走体に向け、呪文を唱える。

《sealling mode》

「リリカル マジカル!」

レイジングハートはなのはの意を汲み、封印形態になる。
なのはが呪文を唱えると、レイジングハートから光の帯が無数に飛び出し、ゴリラの様な姿をしていた暴走体に纏わりついた。気絶している暴走体の額から、ⅩⅢの文字が表れる。

「ジュエルシード、シリアル13、封印!」

《seal》

暴走体の体が光り、どんどん小さくなってゆく。
そして、その後には目を回しているサルの子供と、水色の宝石――ジュエルシードがあった。
ジュエルシードはレイジングハートに近づいていき、その中に格納される。


「なのは、あっちの娘も」

「うん」

ユーノの言葉に、なのははまだ封印形態のレイジングハートを少女の方に向ける。
見ると、その少女は酷い有様だった。着けているのは何故かシャツと下着だけ。その着衣も今はもうボロボロで、土だらけ木屑だらけ。そこら中に葉っぱも着いていて、暗くてよく見えないが体も傷だらけだろう。

その姿になのはは息を呑んだ。そして、通じないだろうと思いつつも、少女に向かって口を開いた。何かを言わなければやりきれなかった。

「ごめんね。こわかった よ n ……」

半ば泣きそうな声がなのはの口からこぼれたが、その言葉は、なのはが少女の目を見た瞬間に途切れ始め、最後には止まってしまった。
なのは自身も、レイジングハートを持っていた腕もおろしてどこか呆然とし始めた。
それは、ユーノも同じで、少女の瞳をみたまま固まってしまっていた。

《Master?》

レイジングハートがなのはに呼びかけるが、返事は無い。ただの屍のようだ。






さつきは、ふらふらとしながら目の前の少女へ歩を進めた。
さっきは本当に危なかったと、さつきの心臓はまだバクバクと鳴っていた。


先ほど、さつきは目の前のデカブツを殴り飛ばしたあと、いきなりふらついた体に困惑していた。
相手も全然吹っ飛ばなかったし、今までの体と同スペックならまだ大丈夫だと思っていたので、なんで? と思いながらもさつきは内心焦っていた。

今にして思ってみれば、この体は『今は』人間なのだ。寒い等とは慣れていたからそう感じなかっただけで、大した服も着ずにこんな夜中に歩いていたら体が冷えるのは当たり前。体が冷える=体力を奪われるというのは、酷く当然のことだった。
体から血も流れていたとなっては、尚更だ。

そして、その体力が枯渇しかけていた自分に、起き上がったゴリラ(?)が殺る気まんまんで近づいて来たとき、さつきはかなり焦っていた。体はふらふらして言うことを聞いてくれない。このままじゃマトモにあの馬鹿力を受けることになる。

軽いパニック状態に陥りながら、必死にこの状況の打開策を模索した。しかし、焦った頭でそんな直ぐに解決案が思いつくはずも無く、ようやく一つ思いついたのはもうゴリラ(?)は目の前、しかも初めてやることなので成功の保障は無いという最悪の状況だった。
しかし、もうやるしか無かった。

もうどうにでもなれと、半ばヤケになりながらさつきはそれを使用した。

それ―――吸血鬼固有の能力、使い方だけは宝石爺からレクチャーしてもらった、『魅了の魔眼』。
目と目を合わせることで、相手を思い通りに操ることの出来る魔眼である。
命じたのは、『動くな、止まれ』のみ。

見上げるようにして放ったそれは、何とか上手く行ったようだった。ゴリラ(?)は腕を振り上げた状態で止まっていた。
と、ゴリラ(?)も本当は先ほどのダメージが効いていたのか、その場で倒れてしまった。

「リリカル マジカル!」

そのことにさつきが安堵していると、いきなり右手の方からその言葉と共に桜色に光るリボンが放たれ、目の前のゴリラに纏わり着いたと思ったら、

「ジュエルシード、シリアル13、封印!」

何やらゴリラ(?)が光に包まれ、その光が収まった時にはそこには目を回したサルと水色の宝石だけが残っていた。
一体何? と、さつきはその宝石が飛んでいった、リボンが飛んできた方へ目を向けると、そこには白い服を身に纏い、杖をこちらに向けている可愛らしい少女が居たのだった。

「なのは、あっちの娘も」

「うん」

この世界の子かな? この世界って、あんな格好が普通の服装なの? こんな時間にどうしてこんな小さい子が? さっきのは一体何?
等々考えていたさつきだったが、その言葉に冷や汗を流した。
見間違いでなければ、最初の台詞はその子の肩に乗っているフェレットが発した様に見えた。ここは平行世界だ。人間の言葉を発する動物もいるかも知れない。それはまだいい。だが、その発した台詞がさつきには問題だった。

そのフェレットは、『あっちの娘『も』』と言った。そして、二人ともこっちを見ている。と言うことは、自分はさっきのと同類と思われていて、自分もさっきみたいなことをされる可能性がやたら高いとさつきは思った。

冗談じゃ無い。それがその時さつきが思った事だった。これ以上の厄介ごとは御免だった。そして、さつきは少女が何か言っているのも構わず必死になってその二人にも『魅了の魔眼』を使ったのだった。
そして、それが上手く行ったのでついでにその血も貰っておこうと思って今に至る。


さつきは目の前の少女を見た。ワンピースみたいな白が基調とされた服、ツインテールの栗色の髪、可愛い顔立ち、手には杖。
十人中十人が同じ感想を抱くであろうその姿は、まさしく『魔法少女』だった。

(これとかさっきのことって、もしかしてこの世界じゃ普通のことなのかな……)

そうだとしたら、とんでもない世界に来てしまったものだとさつきは嘆息した。
兎に角、後ですぐに調べようとさつきは思い、取り敢えず今はとその少女の首筋に噛み付いた。

(んくっ、んくっ、んくっ)

体の痛みが消えて行き、体力も回復して行くのが分かる。そこまで多く採っちゃうと貧血を起こしたりして危険なのでそろそろ止めなければと思うが、

(やばい、止まれない……)

やっとありつけた血に、さつきの体は離れてくれなかった。
さつきが内心で焦っていると、救いの手は別のところから来た。

《Master!!》

「えっ!?」

「きゃっ!」

さつきはいきなり聞こえたその声に驚いて体を離し、その前の少女――なのははその声で正気に戻り、さつきが離れた時の衝撃でバランスを崩してたたらを踏んだ。
声の主はレイジングハートで、相手がフラフラである、自分の主人が(何か様子がおかしいが)接近を許している、別に攻撃して来ている訳ではない等の要因があり今まで黙認していたのだが、いきなり首筋に噛み付かれた自分の主に危機感を覚え、先ほどよりも大きな声で叫んだのだった。

「っ、痛っ!」

そして、なのはは自分の首に痛みを感じ、そこに手を添えるとその手はそう多くは無いが血に濡れていた。

「……え?」

多くは無くとも首元から流れ出る血、という一介の少女とはほぼ無縁の現実感の無い光景に、なのはは間抜けとも見える声を上げた。

「なのは、見せて!」

同様に正気に戻っていたユーノはそれを見てなのはの傷口を確認する。

「何だこの傷は……でも、これなら」

ユーノはそう言うと、なのはの首筋の傷に治癒魔法をかけ始めた。ユーノが冷静に対応したお陰で、なのはがパニックになることは無かった。
なのはは痛みが引いていくのを感じながら、ふと気づいた。

「あ! あの娘は!?」

二人の前に、既に少女の姿は無かった。




さつきは、森の茂みに隠れながらドキドキしている胸を押さえて深呼吸していた。
あの後、これ以上少女の目の前にいると面倒なことになると考え、大急ぎで姿をくらましたのだ。

(何だったんだろあの声……ビックリしたー。
 でも、お陰で助かったかも。もう、しっかりしなきゃ。自制も出来ないなんて)

さつきは、そう思いながら体の調子を確認した。
『復元呪詛』――吸血鬼の持つ能力、擬似的な時間逆行による体の復元によって、特に酷かった腕と脇腹の傷を重点的に復元した。
まだかなりの量の擦り傷、切り傷が残っているが、全て軽く、この後また血を飲めば完治するだろう。体力の方も普通に動けるぐらいには回復した。
これなら問題ない。とさつきは判断した。

(よし、それじゃ。折角の情報源を無駄には出来ないよね)

と、さつきは茂みからさっきのなのはと言うらしい女の子を確認する。
なのはは森の隣の公園のベンチに座ろうとしていた。
何かしら有益な情報があるかも知れないと、さつきは気づかれない様に彼女の声が聞こえる位置まで移動する。

「はふぅ~~。 今日はビックリしっぱなしだよ……」

ある程度近づいた所で、ベンチに座りながら言うなのはの声が聞こえた。
この程度でいいだろうと、さつきはその場でなりを顰める。

「お疲れ様、なのは」

「うん。ありがと、ユーノ君。でも、本当に良いの? あの娘追わなくて」

どうやらフェレットの方はユーノと言うらしい。

(っていうか、本当にフェレットが喋ってるよ……
 何かもう、非常識に見えてもこの世界じゃ常識なんだよね……)

と、さつきは盛大な勘違いをしながらも自分にとって重要になりそうな話題を聞くために更に耳をそばだてる。

「うん。今は、ね。あの娘は不確定要素が多いからね。被害が出る前に何とかしなきゃいけないけど、その前にさっき何があったのかレイジングハートの記録データを見て、何かしらの対策を取っておいた方がいい。また同じようなことになるかも知れないし。体力の回復もしておいた方がいい」

「ふーん。って、え!? でもそれって今すぐ被害が出たら何にもできないよ! あの娘もあんな怪我してるのに! ユーノ君さっきほっといても何の問題も無いって言ったじゃない! 私はまだ頑張れるから早く追わないと」

そう言って立ち上がろうとするなのはを、ユーノが急いで止めた。

「待ってなのは! たぶんだけど、被害はそうそう出ないし、むしろ対応を間違える方が危険だから! あの娘にとっても!」

「……ユーノ君、私は本当に大丈夫だから」

だが、なのははそれを自分を気遣っての言葉と取ったようだ。

「いや、本当にそういうことじゃ無いから。たぶんだけど、あの娘には理性がある」

「?」

その言葉に、なのはは首を傾げる。取り合えず、はなしを聞く気にはなった様だ。大人しくベンチに座る。

(あの娘達、一体わたしを何だと……ええそうですよ。どうせわたしは人外ですよ化け物ですよ……)

どす黒いオーラを振り撒きながらも注意深く話を聞くさつき。

「あのねなのは、普通の暴走体なら、周りに被害を与えるだけの、破壊衝動の塊みたいなものの筈なんだ。
 でもあの娘は撤退という、本来暴走体が行うはずの無い行動を取っている」

「……つまり、どういうこと?」

「あの娘は、正しく願いを叶えたのかも知れない。
 ジュエルシードは本来持ち主の願いを叶える魔法の石。持ち主を求めて暴走したり、変な風に力が働いて回りに被害が出たりする危険なものだけど、決して正しく動作しない訳じゃない」

そのユーノの言葉を聞いたさつきは、今まで纏っていたどす黒いオーラを押さえ込んだ。同時に、自分の心臓が早鐘を打ったかの様に鳴り出すのを感じる。
さつきの体を急速に駆け回っていく感情の正体は……期待。

(その石なら……もしかして……)

「そっか。じゃああの娘は、ジュエルシードに願いを叶えてもらっただけの普通の女の子ってことだね」

なのははユーノの言葉を聞いて、ユーノの言わんとしていることを理解した。

「うん。でも、ここからが問題。あの娘、なのはと同じぐらいでまだ小さかったし……こんな事に巻き込まれてパニックを起こしてるかも知れない。
 なのはもあのパワーは見ただろう? パニックを起こしたあの娘があの力を振りかざしたらそれこそ危険だよ」

「うん……それに、あんな傷を負って……」

ユーノの言葉に、なのはは真剣な表情で頷いた。

(そんな事しません!)

叫びだしたい衝動に駆られながら、さつきは必死に堪えた。

「パニックに陥った子は、対応を間違えると怖いからね。そうで無くても、あの力は危険だ。早いとこ見つけて、ジュエルシードを回収しなきゃ」

「うん。……あれ? でも、あの娘はジュエルシードに何て願ったんだろう?」

あーもう早くここから離れようかな~等と考えながら、まだ有益な情報があるかも知れないとまだ粘るさつき。

「うーん……力が強くなりたい、とか?」

「女の子がそんなこと願うかなぁ」

「う~ん、願わないかもね……
 それも、レイジングハートの記録映像を見れば何かヒントがあるかも知れない。早いとこ見て追跡を開始しよう」

「うん。もう十分体力も回復したよ。じゃあ、レイジングハート、お願いね」

先ほどから何度か出てきた意味不明用語、レイジングハート、それは一体何なのかとさつきはそちらを凝視すると、

《All right. My master》

先ほどさつきを驚かせた声が、少女の持つ杖から発せられていた。
そして、その杖から先ほど自分が少女に近づいていった場面が立体映像で映し出される様に、さつきは心底おどろいた。

(何これ!? こっちの科学ってこんなにも進んでるの!!?)

そして、映像の中のさつきがなのはの首筋に噛み付いた。

「え!? これって……」

「………」

その光景に、なのはは驚愕し、ユーノは深く考え込む仕草をした。

「……私、血、吸われてる?」

「うん……多分」

なのはは些か呆然としながらその光景を見つめている。その手は無意識的に噛まれた部分へ持っていかれていた。

「え……でも……私、こんなの覚えてないよ」

「うん。僕もだよ」

《Master and you were the feeling made a blank surprise then.(マスター達はその時ずっと呆然とした感じでした)》

「何をされたか分かるかい?」

唯一その時のことを覚えているらしいレイジングハートに、ユーノは聞いた。
さつきは高校生の頭脳を駆使しながら必死に英語を解読する。
普通に理解している風ななのはに、さつきは戦慄した。

《Perhaps, I think that it is magic like the hint.(恐らく、暗示の様な魔法だと思われます)
 I seem that it is a trigger to match eyes.(目を合わせることがトリガーだと思います)》

なのはは黙って全てをユーノに任せている。さつきが見たところ、自分の専門分野じゃ無いからの様だ。

「暗示の魔法……聴いたことが無いな……幻影魔法の応用……?
 いや、そもそもこの世界に魔導師は存在しない筈。
 じゃあ、あれはジュエルシードを取り込んだことによって得たレアスキル……?
 レイジングハート、今度からはブロック出来るかい?」

このユーノの呟きに、さつきは肩をピクリと震わせた。
本人にとっては何気ない台詞だったかも知れないが、さつきにとっては有益な情報の塊だった。

(今の台詞……ってことは、後で色々と情報を纏めとかないと……もしかしたら、とんでもない勘違いをしてるかも知れない)

と、再びレイジングハートが話し始めたので思考を中断する。

《Yes. Magic manages to become it as follows in case of the one at that level.(はい。魔法の方は、あのレベルのものならば次からは何とかなります)》

「そうか。じゃあ、こんどからはブロック頼むよ、レイジングハート
 それと、あの血を吸う行為には一体何があるか分かるかい?」

《The act of sucking blood is uncertain.(吸血行為に関しては不明です)
 But, though it seems that there will be a wound of her body after blood is breathed in soon to some degree. (しかし、血を吸った後の彼女の体の傷がある程度治っている様に見えます。)》

「「え?」」

それにはなのはも反応した。レイジングハートは、血を吸う前のさつきの映像と吸った後のさつきの映像を映し出した。

「本当だ……よかった……」

自分の事の様に安心した様子を見せるなのは。その様子に、さつきの胸には罪悪感が渦巻いた。
そして、その映像を見て再度頭を悩ませるユーノ。

「うーん。これは一体……これもジュエルシードの影響? いやでも……」

と、そこにレイジングハートが言葉を続ける。

《In the addition, I might want to confirm another one.(それと、もう一つ確認したいことがあるのですが。)》

「ん? 何だい?」

《Though it is not thought that the Jewel Seed reacted from that girl.(あの少女からは、ジュエルシードの反応が無かったように思うのですが)》

「「……へ?」」

なのはとユーノ、二人の声が重なった。
と、次の瞬間には滝の様な汗を流し始めるユーノ。
そんなどこか思い当たる節があった様な状態のユーノに、なのはが声をかける。

「えっと……ユーノ君? それってつまり……」

「え、えーとね、これはその超展開の連続でジュエルシードの反応が無いことに気がつかなかったっていうかいや気がついてたけど気にする余裕が無かったっていうか何かしらの異変はジュエルシードによるものっていう固定観念が仇になったっていうk」

マシンガンの様に垂れ流される言い訳を、なのはが遮る。

「つ・ま・り! あの娘は暴走体でもなんでも無かったって事なんだよね!?」

「……はい。その通りですすいません」

がっくりと項垂れるユーノ。
その様子を見たさつきは、誤解が解かれたことで幾分も気分がスッキリし、レイジングハートに感謝していた。

(うん。取り合えずあのユーノってフェレットは今度ぶん殴っとこ)

語尾に☆が着いているのは目の錯覚だろう。

閑話休題




「でも、あの娘ってジュエルシードの暴走体じゃなんなら一体なんなんだろう?」

レイジングハートとユーノから驚愕の事実を知らされたなのはは、次の問題点を指摘する。
ちなみに、彼女はジュエルシードの発動の瞬間は感知出来ても、発動中のジュエルシードの反応はまだイマイチ判別出来ないのだ。
ユーノとは、至近距離で2つ同時に発動したため発動したのは1つと誤認したという結論に至っていたのだった。

「うーん。ここは管理外世界だから、この世界に魔導師は居ないはずだし。魔法の有る管理世界から来たにしては様子がおかしかったし……
 でもあのパワーはどう考えてもあんな子供が……っていうかただの人間が出せるものじゃ無いしそれに血を吸うって……
 ってうわっ! な、なのは!?」

と、その瞬間になのはは飛び上がり、いきなりオロオロし始める。その肩に乗っていたユーノは、その拍子に落ちそうになってしまう。

「ユ、ユーノ君! どうしよう! 私、今までと同じだよね!? 口の中とか、牙とかはえて無いよね!!?」

明らかに様子がおかしいなのはに、ユーノは戸惑いながらも兎に角落ち着かせようとする。

「お、落ち着いてなのは。一体何があったのさ。なのはは今までのなのはだよ」

《Master, settle down first, and explain.(マスター、まずは落ち着いて、わけを話してください)》

レイジングハートにまで諌められ、なのはは涙目涙声になりながらも説明する。

「あ、あのね、ユーノ君……んっ……この世界にはね、吸血鬼っていう日の光が苦手な……人の血を吸うモンスターがいてね……その吸血鬼に噛まれると……ぐすっ……その人も吸血鬼になっちゃうって……」

ユーノはその話に困惑し、レイジングハートは……

《Master, please settle down. Abnormality is not found in Master's body at all. It is a street up to now.(マスター、落ち着いてください。マスターの体に異常は全くありません。今まで通りです)》

「ほ、本当……?」

《Yes. I doesn't tell a lie to Master.(はい。マスターに嘘はつきません)》

「うん。ありがとう。レイジングハート」

まだ不安が拭えないようだが、何とか落ち着いたなのはに、ユーノが尋ねる。

「ねえなのは。その吸血鬼……って、本当に実在するの?」

「ううん。……架空の生き物の……筈、なんだけど……ジュエルシードの暴走体だって思ってたから、吸血鬼のことすっかり忘れてて、思いつかなかったけど……でも、この世界で血を吸う人型のって言えば吸血鬼しか……」

「なのは、考えすぎだよ。あの娘はそんなんじゃ無いって。現に今、なのはは吸血鬼になんてなってないだろ?」

「うん……ありがとう。ユーノ君」

なのはの様子を見て、ユーノはもう家に帰ることを進言した。なのはもその提案に直ぐに頷き、二人は帰路に着いたのだった。

(兎に角、吸血鬼っていうのについて色々と調べておかないと……)

そうユーノは決意した。





一方その頃、さつきは。

「願いを叶える魔法の石、ジュエルシード。わたしの世界じゃ不可能だったけど、もしかしてその石なら……」

(わたしの体を元に戻して、元の世界に帰れるかも知れない。そうすれば……)

さつきは、なのはが取り乱し始めたところでどうにもかくにも居ずらくなり、急いでそこから離れたのだった。彼女は今、自分の服を回収し、繁華街の裏路地に居る。
そして、そこで先ほど聞いた事を元に思考を重ねていく。

魔術を学んだ彼女ならわかる。そんな事はとうてい不可能であろうと。
だが、人というのは新たな可能性が浮かび上がれば、それに縋りつきたくなるものだ。たとえそれが、一度キッパリと諦めたと思っていたものでも、その誘惑を断ち切るなんてことはそうそう出来るものじゃない。

それに、

(あのフェレット……《この世界には》って言ってた。あの口ぶりだと、他の世界に行った事があるって風だったし。
 って言うことは、あのフェレット達は第二魔法と同等の事をできるということなのかな。
 もしそうだとしたら……もし、わたしの世界で魔法とされている事がこっちの世界では当たり前だとしたら、そこで魔法の石と呼ばれているあの宝石なら……本当に不可能じゃないかも知れない)

そうなのだ。先ほどユーノが言った言葉には、さつきが期待を持つに十分な語句がかなり含まれていたのだった。
そしてさつきは、一旦それに関する思考を中断し、情報の整理にかかる。

(暗示と判断したものも魔法って言ってたって事は、彼らにこっちの魔術と魔法の区別は無いんだよね。
 『この世界に魔導師は存在しない筈』、『ここは管理外世界だから、この世界に魔導師は居ないはず』ってあのフェレットは言ってた。ってことは、彼らはこの世界にとって異質な存在ということ。さっきここに来るまでに町並みとかを見た限りでは、ここはわたしの世界とそんなに変わらないみたいだったし。
 これからコンビ二の雑誌とか図書館とかで調べて裏づけとらないといけないけど、たぶんこの世界はわたしの世界とほとんど同じで、彼らは他の世界から来たってことで合ってると思う。
 今度何とかして接触しないと。
 あとは、この世界に魔術教会とか時計塔とかないか調べとかないとね。
 あ、あと、新しい服の調達もしなきゃ……やっぱり、最初は泥棒かなぁ……)

情報の整理と、今後の方針を纏めて、丁度裏路地に入ってきた学生たちを見据える。どうやら塾の帰りに近道をするだけらしい。本当に治安のいい街だ。
『魅了の魔眼』もまだ拙いけど何とか使えるようになったし、結構楽に残りの血は補えそうだなと思いながら、さつきはその人達に近づいていった。







あとがき

まず最初に謝っておきます。ごめんなさい。
またもややたらと遅くなってしまいました。
前回書いた、中間テストがあり、それで大失敗。7つ中5つが赤点という最悪の結果になってしまい、それの補修やら再試やらで忙しく(←現在進行中

今回の話もそこまで進展がある訳でもないのに、長々とお待たせしてしまい本当にすいませんでした。
冬休み中に1、2話追加できたらなと思います。何分再試が(ry


なに分作者の環境上、大急ぎで書かなければならなかったので誤字、脱字、矛盾点や読みにくい部分などが大量発生している駄文だと思いますが、今後時間を見つけて直して行きます。すいません。
そこら辺もばんばん指摘して下さい。では。



[12606] 第3話
Name: デモア◆45e06a21 ID:cba2534f
Date: 2013/02/16 20:33
「んっ……」

さつきは、繁華街からそこまで離れていないとある廃ビルの中で目を覚ました。

「んー……ん?」

伸びをして、さつきは今の状況に違和感を覚える。いや、それは違和感なんて生易しいものではなく……

「ひ、日の光!!」

恐怖心と共に、さつきは廃ビルの窓から入って来る日の光から出来るだけ離れようとした。
と、数秒の後、さつきは今の自分の状況を思い出した。

(そっか。わたしって今太陽の光大丈夫なんだったっけ)

実に1ヶ月ぶりにマトモに見る日の光に、さつきの胸に熱いものが駆け回った。

(で、昨日この世界へやってきて、いきなり銃弾浴びせられて、変なゴリラに襲われて、魔法少女+フェレットに絡まれそうになって……)

色々と思い出していく度に、その熱いものは段々と冷めていったが。

(うぅぅ。今考えても……っていうか、今考えると明らかに理不尽だ……。
 何で平行世界来て早々こんな目にばっか合ってるんだろう……)

まあそこら辺は置いておくとして、その後、彼女は自分の傷を治すのに必要な分の血を補給した後(その際は魅了の魔眼で意識を無くしてあるので覚えられてはいない)、そこら辺の専門店で服や下着、ついでに毛布を数着頂戴したのだった。
ガラスやドアを壊したら警報が鳴るんじゃないかって? 彼女を舐めてはいけない。デパート等ならいざ知らず、専門店なら壁を壊して進入したところで警報が鳴るようにはなってはいまい。そう、彼女は壁を壊して中に入ったのだ。しかも殴ると大きな音が出るので、『押して』壊したのだった。恐るべし馬鹿力。
今頃、報道陣は大騒ぎだろう。

その後、さつきは何故か割と現代まで残っている銭湯に初めて感謝しながら入り、自分はもう人間なんだということを意識して、馴れない魔眼を使ったことで疲れていたということもあり早々に寝たのだった。
さつきは今の自分の現状の把握を終えると、纏っていた毛布を傍らに置き、新しい服で恐る恐る日の光の当たる場所へ行った。

「わあ……」

触れる。触っても痛くない。人間だった頃には当たり前だったこと。吸血鬼になってからは諦めていたこと、それが今、目の前で現実になっている。

(あったかい……あったかいよ……橙子さん……)

知らず、さつきの目には涙が溢れていた。





十分日の光を堪能した後、さつきは町へ繰り出すことにした。早めに寝たとは言っても、それは今までのに比べて早めにだ。彼女が起きたときは、もう昼過ぎだった。

(この姿で出歩くと色々とまずいかなって思ってたけど、運が良かったかな)

何分、今の自分は9歳児なのだ。下手したら補導される。身元を調べられる。そうなると本当に厄介だ。
そう思っていたさつきだったが、どうやら今日は休日らしい。ちらほらと学生が町を歩いているのが見えた。

(ん。よし。じゃああそこから行こうか)

久しぶりの日の当たる、人気のある町並みに浮かれながら歩く彼女の姿は、周りから見たら酷く微笑ましい光景だったという。



さつきは、目に止まった本屋の中へ入り、様々なジャンルの本を読み漁った。

(やっぱり……童話やファンタジー以外では魔法なんて言葉出て来ないし、極め付けにはこの世界が舞台のファンタジーで子供が喋る動物を見て驚いてる……これはやっぱり、わたしの仮説が正しかったかな)

さつきはそれ以外にも地図、カレンダー、新聞も見て、今日が春先の、休日ではなく祝日であることを知った。

(うーん。こっちでは暇だし、何冊か本買いたいんだけど……お金が無いし、置く場所も……)

仕方なく、本を買うのをあきらめたさつきであった。


その後、さつきは今度は図書館へ行こうと早速覚えた地図を頼りに道を歩く。
が。

「ぐうううぅぅぅぅ……」

さつきのお腹から、その様な音が聞こえた。さつきは真っ赤になりながらお腹を押さえた。

「うぅ~、お腹減ったよ~」

ハッキリ言って彼女は、人間の体になってから全く食事を取っていない。血で何とかなるんじゃないかという人もいるかもしれないが、実は全くどうにもならない。
血を吸うことで得られるのは、体のカタチの維持兼復元呪詛に必要な遺伝子情報と生命力のみである。吸血鬼ならばこれで生きていけるのだ。
吸血鬼は肉体は既に死んでいるので、体のカタチが崩壊しなければ後はその体を動かすことが出来ればいい。その役割を果たすのが生命力というわけだ。
生命力は魔道における諸々のエネルギーとなり、吸血鬼としての能力的なものも殆どがこれを使うことになる。またこの生命力を魔術回路に通すことで魔力は得ることができる。
だがしかしさつきの体は今は人間。普通に人間の体を動かす為のエネルギー補給が必要なのだ。
まぁ、それはつまり彼女の体が吸血鬼に近づいていくにつれ血以外の方が不要になっていくということなのだが。

(……どうしよう……お金持ってないし……はぁ、また泥棒かぁ……)

いっその事どこかのATMでも夜中にこっそりぶっ壊した方がまだ犯す罪は少ないんじゃないかと、中々に物騒なことを考えながら、さつきは丁度目の前にあった喫茶店『翠屋』の中へと入って行った。



「いらっしゃい。あれ? 一人かい?」

さつきが中に入ると、人の良さそうな中年の男性が話しかけてきた。エプロンをしていることから、ここの従業員だろう。

「はい」

他に言うべきことが見当たらず、さつきはこれだけの返事をする。

「そうか。じゃあこっちにおいで」

そう言って従業員はさつきを案内する。彼女が通された席はカウンター席。

さつきが席に着き辺りを見回すと、その店は中々に繁盛していた。今が祝日の昼過ぎということもあるだろうが、それでも並みの喫茶店よりも席は埋まっている。
それと、何故かほとんどの席にシュークリームが置かれている。この店の名物なのだろうか。

「はい。これがメニューだから、注文が決まったら言ってくれ」

さつきが店を観察していると、彼女の目の前にメニューが差し出された。

「ありがとうございます」

さつきはメニューを受け取ると、直ぐに目を通した。
見るとケーキ等のスイーツ系を専門としているのか、そちら側のバリエティーが豊富だ。
女の子として、要チェックポイントになりそうだ。

取り合えず、さつきは先ほどの男性に(律儀に直ぐそばで待っていてくれた)決して軽いとは言えない量の食事と、やはり女の子としての誘惑に負けて、皆の食べているシュークリームを頼んだ。

「うーん。これだけ全部食べられるかい?」

男性が苦笑しながらさつきにそう訊いた。確かに、その量は成人男性なら兎も角、9歳の女の子が食べるには少々多すぎる量だろう。

「大丈夫です。それでお願いします」

だが、それを食べるのは見た目9歳体も9歳しかし吸血鬼のポテンシャルを持つ女の子。ついでにもうどうせタダ食いするんだからと開き直っているのも手伝っている。

(ただの女の子とは燃費が違うの! 別に大食らいな訳じゃないの!)

さつきは心の中で半泣きだった。

「わかりました。少々お待ちください」

それを聞いた男性はそういうと奥の方へ戻っていった。それを見たさつきは、ふぅ、と肩の力を抜く。

(あー、あんな無防備な善意振りまかれると罪悪感が……)

中々に肩身の狭い思いをしていた彼女であった。


程なくして、注文した料理が運ばれてきた。実に一ヶ月ぶりの人間の食事に、目をキラキラさせながら一口食べる。

(! あ、おいしい!)

その料理を口に入れた瞬間、さつきはその美味しさに驚いた。
成る程。これならこの店の繁盛も頷けるというものだ。

さつきが予想外の美味さの料理に舌鼓を打っていると、そのカウンターの向かいに20代半ばだと思われる従業員の女性が現れた。

「こんにちは。どう? おいしい?」

いきなり話しかけられてさつきは焦ったが、今の自分の状況を考えて無理もないかと思い、素直に答えた。

「はい。とても美味しいです」

それを聞いた女性はとてもうれしそうに微笑んで、両手を胸のまえでポンと合わせる。

「そう、良かった。ところであなた、ここら辺じゃ見かけない子よね? ご両親は?」

ほら来た。さつきはそう思った。
まあ、見た目9歳の子供が一人で喫茶店で昼ご飯を食べているのだから当然だろう。

さつきはどうしようかと悩むこと数秒、まあこの町に住み着くつもりだしと、この町に越してきたことにすることに決めた。

「つい先日この近くに越してきたんです。今日は引っ越して来た町の探索をしていました」

あながち間違ってはいない返答。
それを聞いた女性は妙に納得した顔をする。

「そうなの。しっかりしてるのね。
 あらごめんなさい。気にしないで食べてくれていいのよ」

これだけしっかりした子なら親も放っておいて大丈夫と判断したのだと思ったのだろうか。
女性はそう言うと、そのまま奥へ帰って行った。さつきが食事を再開しながらそちらへ目をやると、そこには先程さつきを案内してくれた男性が。
どうやら二人は相当に仲が良いらしい。傍目にもそれが分かるほどのピンク色空間が出来ている。
二人は少し話すと、同時にさつきの方を向き、さつきが自分たちの方を見ていると分かると二人してにっこりと微笑んだ。

(何というか……ああいう見るからにお人好しって人をこれから騙すと思うと……)

今日の夜にでも絶対にATMぶっ壊そうと心に誓ったさつきであった。

その後、そこのシュークリームのあまりの美味しさにまたもや驚嘆したさつきは、レジのところで先程の男性に魅了の魔眼を使い『自分はお金をもらった』と暗示を掛け(あろうことか『ご両親にどうぞ』とシュークリームを手土産に渡されそうになったものだからこれ以上の善意はたまらないと、慌てて『シュークリームはもう渡した』という暗示もプラスした)、その喫茶店を後にした。

「とても美味しかったんだけど……あれは反則でしょ……」

普段ならとても心地良いはずの善意だったのだが、今のさつきにはそれが罪悪感にクラスチェンジして押しつぶされそうになっていたため、喫茶店を出たところでホッとしていた。





あの後、さつきは再び図書館への道を歩き始めた――のだが。
何故か彼女は今、目の前の少女をストーk……尾行している。
下手に物陰に隠れて人の目を集めたりはせず、あくまで自然体で、しかし少女が振り向いたりしたら即座に姿を眩ませられる場所をキープしながら歩いている。
……何故そんなに手慣れているんだおまいは。

そして、そのさつきが尾行している少女であるが……

(間違いない……昨日の女の子だ。肩にフェレット乗せてるし。
 えーと、なのは……だっけ?)

そう。さつきが合う方法を模索していた少女達、なのはとユーノであった。ついさっき、彼女たちらしき人影を前方に確認したため急いで尾行に移ったのだ。
さつきとしては、夜の町を歩き回ったり昨日の様なことが起こっている場所を探したりして見つけるしかないかなと思っていたため、この状況は渡りに船だった。

(このまま隠れ家みたいなところまで特定できれば嬉しいんだけど……っ!)

と、その時なのはが立ち止まると、彼女の前方から来た二人の少女に向かって手を振った。

(仲間いたの!? 何でみんなそんな子供!?)

お互いに駆け寄る三人を見て、さつきは困惑したが直ぐさま会話を聞こうと彼女たちに一番近い物陰に入り込んだ。
どうやらお互いに挨拶を終えたところの様だ。

「ユーノもこんにちは」

「クゥー」

「ふふふ」

「なのはちゃん、どうしたの?」

「私は図書館に行くところ。そっちは?」

「今からあんたも誘って翠屋に行こうと思ってたのよ」

「あー、そっか。ごめんね」

「あ、謝るんじゃないわよ。あそこのシュークリームは、すずかと二人で美味しくいただきますから」

「うー、アリサちゃんが意地悪だー」

三人とも仲が良いのか、とても楽しそうに話合っていたが、ふと紫色の髪をした少女――恐らくすずかだろう――がなのはの方を向いて何かに気づいたような顔をすると、なのはに向かってこう言った。

「なのはちゃん、何かあったの?」

それを聞いたなのはは、大変分かりやすく頬を引きつらせる。見ると、アリサという少女も何か気が付いているような視線をなのはに向けている。

「にゃはは……何でもないよ。ちょっとした悩み事があったりはしたけど……もう解決したから」

そのなのはの言葉を聞いたアリサは、

「そっ。なら良いわ」

とすぐさまその話題を打ち切ってしまった。だが、すずかはまだ心配そうな顔をしていた。
一方、さつきは頭を悩ませていた。仲間なら何で昨日の事を隠すのか、と。

「うん。じゃあまたね。アリサちゃん、すずかちゃん」

「うん。ばいばい」

「ええ、また明日学校でね」

(へ!?ってちょっと!)

と、三人はもう分かれようとしていた。が、さつきは今の台詞に聞き逃せない部分を見つけた。

『また明日"学校"で』

(昨日聞いた話だと、彼女たちに暗示の魔術は無いはず。ということは、正文書偽造でもやって入学した?
 でも何のために? ジュエルシードっていつ異常を起こすかわからないものみたいだったのに、そんな余計な時間をとられることをわざわざ?
 ってことはあの子達現地住民? でもあのフェレットは明らかに別の世界から来たと思えることを言ってたし……あーもうどうなってるの……)

さつきがそちらに目を向けると、丁度なのはが二人に背を向けるところだった。
と、なのはの動きが急に止まり、何事かとさつきとアリサとすずかがなのはを見ると、なのはは急に振り返った。さつきは急いで身を隠した。

「ねえ……二人は、吸血鬼っていると思う?」

「!!」

そのなのはの言葉に異常に反応した少女がいが、さつきは身を隠していたので見えなかった。

(あー、やっぱりバレちゃってたか……)

さつきは、血を吸われた時の記憶は無いようにしていたから本当だったら謎の少女で済むはずだったのに……と、頭を抱えていた。

「はぁ? 吸血鬼? なのは、あんた一体どうしたのよ?」

そのアリサの呆れたような言葉に、なのはは難しい顔をして、

「あ……ううん。そうだよね。ごめん。やっぱ何でもないや」

そう言って踵を返して歩いて行った。



「全く、なのはったら何隠してるのかしら。私たちの仲で分からないわけないじゃない」

なのはが行ったのを見て、アリサがぼやいた。さつきはすぐになのはを追いかけるか迷ったが、こちらの話を聞くことにした。
先程の疑問が解けるかも知れないからである。

「うん……でもなのはちゃん、少し前から変なとこあったよね」

「それはそうだけど、今日のはまた違うでしょ。今までのは、別にあんな不安抱えてる感じしなかったじゃないの」

(あのやり取りでどこまで察してるのあの子達……)

さつきは戦慄したが、謎は解けた。

(成る程ね。少し前からってことは、あの子達三人は元々この世界の人間で、その"少し前"にあのフェレットがこっちにやってきてあのなのはって子を巻き込んだのね)

昨日なのはが魔法関係の話になったとたんにユーノに丸投げしたこととか、なのはがあの子達に昨日のことを相談しなかったこととか、
考えれば考えるほど辻褄が合う。
と言うより、何故今までそれに思い至らなかったのか。なのはが異世界人だという固定観念が仇になっていた。


(やっぱ友達って良いもんだよね……)

先程の友情劇を思い出してうんうんと頷いていたさつきは、その直後ハッとして冷や汗を流し始めた。

(って、まずっ! あの子異世界の子だと思ってたからそのままにしてたけどこの世界の子なら誰かに相談しちゃうかも!!)

そう。さつきはなのはをこの世界の子供じゃないと思っていたから、自分が吸血鬼だとバレそうになっても放置していた。
彼女が異世界の人間なら、この世界の人間にそんな話をホイホイする訳がないと思っていたのだ。

しかし、この世界の人間なら話は別だ。
元々さつきは、この世界に第二の人生を送るためにやって来たのだ。ゼルレッチや橙子も、そのとき支障のないように色々とやってくれた。さつきだって、その人生を出来る限り満喫するつもりだ。
ジュエルシードを集めて元の体に戻れれば、元の世界に帰ろうとはしているが、それだって望みは薄いとさつきは考えている。と、なると、今後さつきが得体の知れない化け物だという噂が広まるのは大変よろしくない。ジュエルシードを集めるよりも重要な、最優先事項である。
さっきだって、なのははもう少しでアリサとすずかに相談しそうだったのだ。もっと身近で、信頼出来る人間には話してしまうかも知れない。

(せっかく橙子さんがこの体を作って長い目で見ても怪しまれない様にしてくれたのに、なにこっち来てすぐ正体バレてるのよわたしは!)

どうにかしなければと、さつきは物陰から出て急いでなのはを追った。




なのはが図書館へ行くと言っていたのを思い出し、さつきは自分が歩くはずだった道を走った。
幸いなのははすぐに見つかる。

(でもどうしよう……暗示で記憶を奪うにしても暗示はあの杖がブロック出来るって言ってたし、あの杖もどうにかしないと堂々巡りだし……)

と、そこでさつきはあることに気が付いた。

(あれ? そう言えばあの杖は? そりゃあ、あんな目立つ杖をこんな真っ昼間から持ち歩く訳にはいかないだろうけど、それじゃ緊急事態の時に合わないんじゃあ……)

とそこまで考えてさつきは、さっきなのはが振り返った時に見えたその首に掛かっていた宝石を思い出した。確か、あの宝石は昨日彼女が持っていた杖に着いていたのに似ていた様な……

(いや……まさかね。転移させるとか何かでしょ。でも、一応念には念を入れておいた方がいいかな。
 で、肝心の杖対策だけど……確か、映像記録とか言ってたし、立体映像っぽい写し方してたし、音声も何か機械っぽかったし……うん。多分、大丈夫)

図書館はもう目の前。その中に入られると、人の目がありすぎて何をするにもやりにくくなるだろう。さつきはすぐさまプランを立て、行動に移した。






(なのは、大丈夫かなぁ……)

なのはの肩で揺られながら、ユーノはなのはの心配をしていた。
先程、なのはの友人にも悟られた。でも、まあ……

(朝よりはマシ……だよね)

何しろなのはは、今日の朝、いつまでたっても布団から――というよりは毛布から――出てこようとはしなかったのだ。
ユーノがいくら呼びかけても反応無し。なのはの父親である高町士郎が起こしに来るまで、ずっと毛布にくるまったままだった。

やっと毛布から出ると、なのはは志郎が部屋から出るのを待って、恐る恐る半泣きになりながらカーテンの隙間から差し込んでくる光に手を伸ばしたのだった。
どうやらなのはは、太陽の光に当たった瞬間に自分の体に異常が出るのではないか。吸血鬼になってしまったのではないかという不安をずっと抱えていたらしい。

まあ、結果は当然、何事も無かった。
そのときのなのはは、端からみてても分かるぐらいにあからさまにホッとしていた。

(それで疑惑はほとんど無くなったみたいだったけど……まだ心の奥底に恐怖心が残っているのか……)

と、その時なのはの後ろから駆け足の足音が聞こえてきたと思うと、その首に掛かっていたレイジングハートがストンと地面に落ちた。

「へ?」

とはなのはの言。
次の瞬間、なのはは何者かに抱えられて、ユーノはなのはに必死につかまって、進行方向と真横の方向に引っ張られた。

一体何が……とユーノは思い、なのはを抱えている人を見て……見てしまった。その幼い顔の、その紅い瞳を。






――なのは達が建物と建物の間の通路の前を通るタイミングで、なのはに駆け寄った。
  気が付かれる前に、宝石が着いているヒモを爪で切断する。そして、右側に回り込むと右手で宝石を掴み、左腕でなのはを抱えて通路に飛び込んだ。
  その間に、なのはとユーノがこちらを見たので、その瞬間に魅了の魔眼を使用し、放心状態にさせた。
  右手から《Master!》という声が聞こえるってうそ!? まさか本当にこれだったの!?――

「ふう、何とか上手くいったー。誰にも見られて無かったよね?」

吸血鬼の能力を惜しみなく発揮して超高速でカタをつけたのだ。さつきは物陰から顔を出して周りを見てみたが、誰もこちらに注意を払ってはいなかった。
その事にホッとすると、彼女は急いで行動を開始する。

(お願いだから出来てよね……)

「ユーノ、この杖から昨日のデータ丸一日分とこの5分ぐらい前からのデータをスリープ状態にしてから消去して。出来る?」

複雑な命令の為、口に出して送る命令のイメージを強める。これはもうほぼ賭けだった。昨日見た杖の機能が機械っぽかったので、何とか出来るのではないかと踏んだのだ。
さつきの願いが天に届いたのか、ユーノは何も言わずに作業を開始した。

(よ、よーし……なんとか……なった………んだよね?)

慣れない魔眼で高度なことをしてどっと疲れ、もう倒れ込みたくなるがそうも言っていられない。

「ゴメン。血、もらうね」

失った魔力を、なのはの血で補う。今度はちゃんと自制して、2口程で止めた。簡単な治療魔術で傷口を塞ぐ。

「じゃあ、あなたたちは昨日、そこの杖から見た私が血を吸った瞬間の映像及びその映像から推測したことを全て忘れて。今起こった事も忘れて。
 ユーノが作業を終えたら二人ともそのまま図書館へ向かうこと」

言うとさつきは急いでそこから離れた。





(本当はもっと色々訊きたいことあったのにー! あーもう疲れたよ。もう無理。しかもこれでもうあの子達に魅了の魔眼使えないし……)

なのは達がこれから行くという図書館へは向かわずに、そちらとは別方向へ歩く。
何分さつきの暗示はまだ拙いのだ。何かの拍子に解けてしまうかも知れない。
その場合暗示は、掛けられた後の違和感が少ない方がいい。レイジングハートの記録消去が丸一日なのは、機械だから一部分を消去した方が違和感が残らないだろうから。
なのは達の忘れさせた部分が少ないのも同じ理由である。そして、さつきの拙い暗示ではまた何か暗示を掛けようとした瞬間に前回の暗示が解ける可能性は高かった。
とにかく今現在さつきは、慣れないことの連発で魔力も気力もカラカラであった。

(まあ、今回は消耗してるのは魔力だけだし。それならゆっくり休めば何とかなるよね)

と、そこで丁度良いことにさつきの横には公園の芝生が。

(……時間も丁度いいし、少しお昼寝しよ)

そうと決まれば周りの目なんてなんのその。どうせ今の自分は9歳児だ。それに現に今芝生に座ってる人間もいるんだから寝転んでいる人間がいて何が悪いと、さつきは芝生の上に寝転がり、まだ春先の、真っ青な空を見上げた。

「んー、気持ちいー」






《ユーノ君、着いたよ》

図書館へ入るとき、なのはは自分のポケットに向かって"心の中で"呼びかけた。

《うん。ありがとうなのは》

すると、なのはの頭の中に直接ユーノの声が聞こえてくる。思念通話――念話と呼ばれるものだ。

なのはは図書館の奥の方へ行くと、図書館の中なので一時ポケットの仲に避難してもらっていたユーノを、周りから見えないように外に出す。

《それでユーノ君? 調べたい事って?》

そう。彼女はユーノの頼みで図書館まで来たのだった。

《うん。吸血鬼ってどんなんだろうって思ってね。……なのは? 何かあった?》

ユーノは別に何でもないように答え、その時なのはの雰囲気に違和感を感じた。

《え? 何かって?》

だが、当のなのはは何を言われているのか分からない。ただ、

(ん? 何かさっきも同じような事あったような……)

と、可愛らしく首をかしげるばかり。

《いや……何というか……朝あった不安がってた様子が無いもんだから》

と、その言葉になのはは確かに自分が朝極度に怯えていたのを思い出した。
そして、先程の既視感もついさっきそんな自分を心配してくれた友人たちの言葉だということも思い出す。
だが、

《うーん、確かに朝私何かに怯えてたけど……何だったっけ?》

《はぁ……》

その返答に、ユーノは拍子抜けする。

《うーん、おっかしいなー。何だったんだろう? まあ、忘れるような事ならそんなもんだったんだよね?》

《『よね?』って言われても……》

ユーノは困ったように苦笑するが、なのはがいつも通りなのでもう深く考えないことにした。

《うー、もういいの。所で、ユーノ君はどうして急に吸血鬼の事を?》

と、そこでなのはは話題を打ち切り、ユーノに逆に質問した。

《え? いや、そりゃぁ………何でだっけ?》

だが、ユーノから返ってきたのはそんな答え。

《ほえ?》

今度はなのはが拍子抜けする番だった。

《い、いや、ちょっと待って……あれ? 何だったかなぁ……レイジングハート、分かるかい?》

どうしても思い出せそうに無いユーノは、レイジングハートに助けを求めるが……

《…………………………》

返事はなかった。

《え? レイジングハート!? 遂に僕に愛想尽かしちゃった!? ちょっと、見捨てないでよレイジングハート!》

《にゃはは……》

と、そこで二人してなのはの首元に掛かっているレイジングハートを見るが、

《あれ?》

《へ?》

返事が無いはずである。レイジングハートはスリープ状態になっていた。










あとがき

まずは一言。

ど う し て こ う な っ た ! orz

「坊やだからさ……」

いや、違う。違うんだよ朱い人。そうさ。僕が前話でなのはの血を吸わせたのが悪いんだ……当初の予定通りレイハさんに迎撃させときゃ何にも問題なかったんだ……その場の勢いでそのこと忘れてやっちまったのがいけなかったんだ……お陰で完全日常ほのぼの回にするつもりがこんな無理矢理めちゃくちゃとんでも回になっちゃったんだ……

いや、本当にすいません。

作中に作者の独自解釈等多数見受けられましたが、もし公式と矛盾している部分があればご指摘お願いします。
あれ? 時計塔とか調べるんじゃないの? って人、大丈夫です。今現在全力で方法を模索中です(オイコラ

こんな駄目作者に嬉しいお知らせが。何と、

30000PV突破!

いや、ビックリしました。良いのか? こんなんが……;;



[12606] 第4話
Name: デモア◆45e06a21 ID:cba2534f
Date: 2014/10/31 00:02
「んー」

芝生の上で伸びをしているのは、もうすっかり疲れも取り除いたさつきである。
と、それまで幸せそうな表情で微睡んでいた彼女は、表情を真剣なものに変えて空を見上げる。

考えるのは、これからの日常生活について。

(昨日とか色々超展開すぎて気にも出来なかったけど……やっぱり色々不便だなぁ)

とりあえず、現在解決しなければならない問題点を挙げていくさつき。

(とにかく、まず一番にお金でしょ。今日みたいなのが続くと身が保ちそうに無いし……。ああもう、何でここはこんなに治安いいのよ!)

本当は喜ぶべきことなんだろうけど……と、さつきは溜息を吐く。この体じゃあアルバイトをするわけにもいかない。

(……まあ、それは今日ATMから略奪するからいいとして)

はあ、何かぶっ飛んだ性格になってきたなーと、苦笑しながらも次にすすむ。

(次、衣食住。
 服は……まあ、お金が手に入れば問題無し。
 食事は……外食ばかりじゃあお金なんてすぐに使い切っちゃうし……それに量も……)

と、考えた矢先にさつきのお腹が鳴った。

「うぅ……」

赤面するさつきだが、幸い誰にも聞かれなかった様だ。それを確認してさつきは安堵の溜息を吐く。
たとえ聞かれたとしても、誰も覚えたりなんかしないだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

(はぁ、やっぱり軽くコンクリ壊しちゃう様なスペックで、大の大人の食事じゃ少なかったか……
 でも、あれ以上はちょっと体裁が……)

うーん、とうなるさつき。だが、毎日三回食べるのだ。その度に足りない食事じゃあ絶対に身が保たないと、さつきは今度から周りの目など気にせずに食べることに決めた。

(はーぁ……まあ、量の方はもういいや。で、どっか作れる場所があればいいんだけど……私じゃ簡単なのしか作れないけど)

ああ、もうこんなんだったらもっとお母さんに料理教わっておけば良かった! と、さつきはちょっと後悔し、その後もう会えない母を思い出して少しブルーに突入した。
立ち直ったさつきは、思考を元の路線に戻す。

(うーん、作れる場所も、住がきちんとした家なら問題無いんだけどなぁ……
 どっかのアパートかマンション借りる……? いやいや、稼ぎ所が無いのにそんなことしたらすぐお金無くなっちゃうし、
 見た目小学生が一人で借りに行ったところで貸してくれるとこなんて有るわけないし……やっぱり、あの廃ビルを住処として機能させよう。
 幸いお風呂は銭湯があったし、『アレ』をきちんと制御出来るように練習しないといけないし……)

図らずも自身の身につけた究極の一、その下位に位置する異能は、教わらなくとも比較的簡単に習得できるだろうと聞いている。
だが同時に、制御に失敗すれば暴走して、周りに被害を及ぼすかも知れないとも言われた。

(……で、やっぱり食べ物どうしよう……)

これである。やはり最終的にはこうなる。
家具などは買って持ち込めばいいが、水、ガス、電気はどうにもならない。
考えていても良い案が浮かばないので、その件は解決策が出るまで外食にするということにした。

そして、さつきの思考はまた別の方へ行く。

(うーん、ここって"平行世界"なんだよね? 何かおかしいなぁ……)

"平行世界"、合わせ鏡のように連なる、無限に存在するそれぞれの世界。
だが、その世界同士は鏡のこちら側とむこう側の様にほとんど同じはずなのだ。

勿論、違いはある。例えば、今作でゼルレッチの使った宝石剣、あれは無限に連なる平行世界へ向かって穴をあける事で、その平行世界の"同じ場所"から魔力を持ってくることの出来る魔術礼装である。
だが、それが使われるのは大抵自分の周りの魔力が枯渇している時。と、言うことは、穴を開けた先の世界が全く同じ世界だった場合、当然そこにも魔力は無い。よって、あの礼装は全く使えない一品になるわけだ。しかし、それは起こっていない。何も、全部が全部同じという訳では無いのだ。
だが……

(うーん、魔術習って二日の私が言えることじゃ無いと思うけど……何か違いすぎないかな?
 昨日はそりゃ、ああ、ここ別世界だもんなぁ……みたいな感じで納得しちゃうことが多々あったけど、改めて"平行世界"ってのを考えてみると……色々とおかしな気が……
 結局、あのフェレットはこの世界の子じゃ無かった訳だけど、それ以外でも……)

さつきは、気が付いた部分を挙げていく。

まず、本屋で地図を見たところ、三咲町、観布子市が無かった。これだけならまだいいかも知れない。

次に、何やら人々の容姿がおかしい。さっき会ったなのはだって茶髪はまだいいにしても目が碧眼だ。その友達のすずかだって、紫色の髪をしていた。染めている訳ではなくて地毛なのは、感覚で分かる。他にも、前の世界でなら奇抜とまでは行かなくとも変わっていると称される様な色の髪や、外国人の様な色の目をした日本人(だと思うけど……)がちらほらと見かけられた。
これもまぁ、理由は分からないが、考えてもどうにもならないし、納得しよう。

そして、この地を管理する裏側の人間も居ないと見ていい。昨日起こった事、あれは控えめに見ても裏側の人間からすれば派手だろう。それなのにそっち関係の人間が出て来なかった。
これはちょっとおかしい。魔は魔によって制するというのが日本のしきたりだ。よって、(さつきもこの間まで全然知らなかったが)土地ごとにその土地を管理する管理者(セカンドオーナー)が居るはずだ。
隠れて出て来なかったというのは考えにくい。様子を見ていたのなら、自分が聞いた話を向こうも聞いた時点で出てくる筈だ。ジュエルシードなんて危なっかしいものがこの地にあると言うのなら、管理者が黙っている筈は無いし、神秘の秘匿も何もあったもんじゃ無い。
もう既に協力を取り付けていた? それこそまさかだ。それならあのフェレットとなのはは事に当たる時は人払いでも何でも結界を必ず張るように言われている筈だ。自分が思い出す限り、そんなものは張られていなかった。

(……まあ、どれもこれも憶測の域を出ないけどね。管理者も、只単に見逃しているだけかも知れないし。
 じゃあ、もうそろそろ図書館行きますか。あの子達まだ居るといいけどなぁ……拠点が分かればこれ以降すごく楽になるのに……
 あー、何でさっきはそんなことも忘れてこっち来ちゃったんだろう……気力が尽きてさっさと休みたかったにしても馬鹿じゃん……)

と、さつきは先程の追跡の当初の目的を忘れていた事を後悔し始めた。

(うぅ……まあ、過ぎたことはしょうがない! まだ図書館にいるかも知れないし、チャンスはまだまだあるだろうし! 何事も前向き前向き!!)

不安材料がどっと増えた気がしたさつきは、結構無理矢理テンションを挙げた。

兎にも角にも、まずは腹拵えだ。





で、さつきがファミレスでお腹いっぱいになるまで食事して、図書館に着いたとき、もう既になのは達は居なかった。これはまだいい。予想の範囲内だ。だが……

(嘘!? 何で魔術協会も聖堂教会も時計塔も無いの!?)

自分にとってはかなり嬉しいはずの情報に、さつきは大いに戸惑っていた。
元々、魔術教会等を調べるのは、その存在の確認というより、そこらで扱われている情報の入手経路確保が目的だった。
橙子から、そこら辺のやり方は教授してもらった。出だしはパソコンから。魔術に関わる者は皆文明の利器を忌避する傾向にあるが、それでも完全に使われない訳じゃ無い。まずは表層部分から探りを入れて……と思ったのだが、その陰も形も擦りもしなかった。

(ここって、"平行世界"……なんだよね?)

知識も基礎的なものしか持たないさつきでも分かる。ここが平行世界なら、魔術教会、聖堂協会、時計塔。これらが無いのはおかしい。いや、『無くてはならない』。

(うーん、どうなってるんだろう……私の知識って基礎的なのしか無いから、勝手に決めつけるのは魔術師の皆さんに失礼だよね。
 うん。何事にも例外はあるんだよ。

 とにかく、この調子だとこの世界には魔術師は存在しない、もしくは存在するけど絶対数が少ないみたい。これは凄く朗報かも)

いや、実際朗報だろう。もし万が一、さつきが吸血鬼だとバレても、前のように毎日毎日命を狙われることは無くなる。

こうして一つの不安の消えたさつきは、もう傾いている日を確認し、夕日を堪能しながら帰路に着いた。



…………今夜襲うATMの場所を確認しながら。









少し時間をさかのぼって、さつきが芝生の上で寝転んでいる頃。

《ねえ、ユーノ君》

なのはは手提げ鞄に数冊の本を持って、図書館から帰路に着いていた。

《なんだいなのは?》

あの後、結局何故吸血鬼について知ろうとしたのか思い出せなかったユーノであったが、何故かどうしても調べなければならない気がして、それ関連の本を数冊借りてもらったのだ。

《昨日の女の子の事なんだけど……》

なのはが道を歩きながら念話でユーノに話しかけた内容は、昨日会った不思議な少女について。

《うん》

昨日は色々と謎のまま保留にしてしまい、それから何故かまともに考えていなかった事柄。

《あの子の怪我、ちゃんと治ってたよね?》

やはり、根の優しいなのははその他諸々の事よりもその子の身が心配な様だ。

《うん。昨日見た限りだと、そこまで問題無いくらいになってたと思うから、大丈夫なんじゃないかな》

昨日自分で見ておきながらも、やはりそれでも心配だっだなのはだったが、そのユーノの言葉を聞いて少しだけ顔が晴れる。

《うん。そうだね。
 ……でも、あの子一体何者なんだろう?》

そして、次に出てくるのはやはりあの不可思議な少女そのものに対する疑問。
ユーノが少女の異常な部分を挙げていく。

《うん……。3メートルにもなるジュエルシードの暴走体を、あんなボロボロの状態で吹っ飛ばす程のパワー、
 目を合わせるだけで相手に掛けることの出来る暗示のような魔法、いや、魔方陣が出てなかったから魔法かどうかも怪しいね。
 そして"何故か"いつの間にか治ってた怪我。

 あの子自身もジュエルシードの暴走体だったのなら何とか説明は付けれたんだけど……》

《…………………………》

頭を悩ませるユーノに、どこか遠い目をするなのは。
そんななのはに気付いたユーノが、なのはに声を掛ける。

《なのは? どうかしたの?》

《え!? あ、ううん。あの子の事をちょっと思い出してたらね……》

と、またもやどこか遠いところを見るような目になるなのは。

《もしかして、心当たりでもあるのかい!?》

そのユーノの言葉に、なのはは目をつぶって首を振る。

《ううん。そうじゃなくて……あの子に暗示を掛けられる直前、あの子の目が見えたんだけど……その目が、ね》

子供故の勘の鋭さというのか何というか、なのははさつきの目の奥にある彼女の本質をほんの少しだけ垣間見ていた。

《?》

だが、それだけの言葉じゃ当然ユーノには伝わらない。疑問の感情を念話に乗せたユーノに、なのはは苦笑して返した。

《うーん、悲しい……じゃなくて……寂しい? でも何か違うような……

 うん、空っぽな感じ》

なのはは、自分の感じたままを言葉に乗せる。乗せると同時に、なのはの顔が暗くなっていく。
なのはが思い浮かべるのは、自分の瞳を見つめた、悲しそうな、寂しそうな、それでいて何も無いような空虚な、とても綺麗な深紅の瞳。

なのはの言葉の意味をよく理解出来なかったユーノだが、急にふさぎ込んでしまったなのはに慌てた。

《な、なのは!?》

そんなユーノになのはは笑顔を作って返す。

《にゃはは、ゴメンねユーノ君、変なこと言って。気にしないで。

 ――それでユーノ君、あの子の正体ってほんとに分からないの?》

本人に気にしないでと言われたらそれ以上掘り下げて聞く訳にもいかないユーノは、なのはの言葉に正直に答える。

《うん。ちょっとすぐには……判断材料が少なすぎるし……。
 僕と同じ様に別の世界から来た魔導師って線もあるけど、デバイスもバリアジャケットも無かったし、そもそもハッキリした魔法も使われなかったし、ちょっと線は薄い気がするなぁ……。

 それよりもなのはは? この近くで似たような子を見かけたこととか無いの?》

あの身なりならばなのはと同じぐらいの歳だろう。小学校にも通っているなのはの方がそこら辺の子達との接触の機会が多いからもしかしたらという希望もあり、ユーノは逆になのはに質問した。

《うーん、ちょっと心当たり無いかな。
 ……そもそも、あんな目をした子がいたならそう簡単に忘れないよ》

《そうか……うーん。

 ―――もしかしたら》

なのはの答えに残念そうに返したユーノだったが、次の瞬間何か思いついたようにハッとした。

《どうしたの?》

ユーノのその反応に期待した目を向けるなのは。

《うん……、いや、まず無いと思うんだけど……
 あの子がジュエルシード以外のロストロギアかそれに準ずるものを持っていたと仮定するなら一応無理矢理筋は通るんだけど……》

いや、さすがにそれは無いよなと、ユーノは首を振って自分の考えを霧散させる。
が、なのはは頭の上にはてなマークを浮かべてユーノに訪ねた。

《ロストロギア?》

《え? ああ、なのはには説明して無かったっけ。
 『遺失世界の遺産』……って言っても分からないか。えっと……

 次元空間の中には、いくつもの世界があるんだ。それぞれに生まれて育ってゆく世界、その中に、ごく稀に進化しすぎる世界があるんだ。
 技術や科学、進化しすぎたそれらは、自分たちの世界を滅ぼしてしまって……その後に取り残された、失われた世界の危険な技術の遺産。それらを総称して、『ロストロギア』と呼ぶんだ》

と、そこでユーノが言葉を句切りなのはの方を向くが……

《   ・   ・   ・   》

当のなのははいきなりスケールの大きくなった話についていけなくなっていた。

《あーっと、なのは?》

《にゃ!? だ、大丈夫だよユーノ君、何とか理解はしたから》

にゃははとなのはは笑いながらまくしたてる。
ユーノも、別に何となくで分かってもらえれば構わなかったのでそれ以上の追求はしなかった。

《で、でも……そんな危険なものをあの子が持ってるかも知れないって、大丈夫なの?》

《ハッキリ言って、全然大丈夫じゃ無い。でもねなのは、ロストロギアは世界どころか、次元空間さえも滅ぼす力を持つこともある確かに危険なものだけど、全部が全部そういうわけじゃ無いし、そもそも僕たちが集めてるジュエルシードだってロストロギアなんだよ?》

《え゛》

ユーノの言葉に、一瞬固まるなのは。自分がそこまで危険なものを集めているという自覚は無かったのだろう。

《それに、魔法の無い管理外世界にそうそう簡単にロストロギアがあるわけが無いし、この可能性はまず無いから安心していいよ》

《う……うん……》

まさか自分が集めているものが世界を滅ぼす力を持っているという、なんだかスケールの大きすぎる話になるとは思っていなかったなのはは、ぎこちなく頷いた。

結局、少女の正体については何にも進展がないまま、今後接触するまで保留ということになった。








そして夜、深夜を過ぎた頃、さつきは夜の街を徘徊していたのだが……

(うわー、警備厳重だなぁ……)

そこかしこに警官がいた。
考えてみれば、昨日の夜も恐らくは前代未聞のとんでもない方法で盗みを働いたのだ。その犯人がまだ捕まっていないとなれば、この厳重さは当然だろう。
こんな時間に女の子が歩いているのが見つかれば100%補導される。

だが今は夜、吸血鬼の時間。表通りは光に溢れてても、裏路地の光の入ってこない場所はさつきのフィールドだ。
警官が歩いてきても、警官に見つかる前にこっちが見つけてやり過ごし、挟まれた時はゲームでよくある壁ジャンプで逃げた。厳密には窓枠とか凹みに足を引っかけて蹴り、登ったのだが(別に純粋な壁ジャンプも出来ないことは無いのだが、壁に足を突き刺す時の音がとんでもないのでやらなかった)。
その後はビルやアパートの屋上を飛び移り、途切れたらまた裏路地へ降り立って、繁華街を抜けたら人通りの無い道を選択して走り、隣町の隣町のまた隣町の隣町まで走ってATMを探した。

昼間にATMの場所は確認していたのだが、あんな風になっているところをまたATMをぶっ壊したりしたら今後動きづらくなるので、出来るだけ遠くで犯行に及ぼうと思った訳だ。

「さて、と」

まわりに人目がない事を確認してから、さつきは見つけたATMの、二つ並んでいるうちの一つの裏側へまわった。昨日と同じ要領で、ただし今回は相手が金属製なので殴って穴を開ける。

ゴガンッととんでもない音がして、さつきの腕がATMのボックスごと本体を貫いた。
警報装置か何かが鳴ったりするだろうかと考えていたが、そんなことは無かった。が、

「っ~~~~~~~~~~」

さつきは自分の腕に電気が流れるあの何とも言えない感覚に見舞われ、腕を引っこ抜いてグッパグッパを繰り返した。

「ふうっ、ふうっ、ふうっ」

ようやくあの感覚が治まったさつきは、ふと自分の手に違和感を覚えた。

「…………へ?」

さつきの手、そこには青い蛍光色のペンキの様なものがベットリと……
嫌な予感と共に、さつきの背に冷たい汗が流れ始める。

「ま、まさか……」

さつきは、恐る恐る自らの空けた穴を覗く。
さて、皆さんは知っているだろうか? ATMには、それを無理矢理こじ開けられた時の防護策があることを。
それは袋に入った蛍光塗料であり、何者かがATMを無理矢理こじ開けようとしたらその袋が破け、中に入っている札を使い物にならなくするというものである。
ここまで言えば分かるだろう。さつきが覗いた穴の向こうには、さつきの手に付いた蛍光塗料と同じものがぶっかけられて使い物にならなくなったお札が……

「そんなぁ~」

どうすればいいと言うのか。取り敢えずさつきは、蛍光塗料の付いた右腕を思いっきり振った。
すると、右腕に付いた塗料が"殴られて"吹っ飛んでいった。

「うーん、どうしよう……これじゃあお金が手に入んないよ……」

OTLの形でガックリするさつき。兎に角塗料を何とかしなければ始まらない。だが、その時さつきの脳裏に閃くものがあった。

「!! ……危険かも知れないけど……でも……やるっきゃない!」

さつきはこれ以上無いほど真剣な表情で、もう一つのATMのボックスに両手を付け、瞳を閉じて集中した。

先程の"殴る"のは前々から無意識で出来ていたが、これからやることはそうはいかない。


――― 自身の魔術回路をONにする。

自らの体を魔力を精製する1つの機関と成し、

――― 対象を決め、

魔術を行使する。

――― ここに神秘を具現化させる。

体の中を魔力という異物が流れ、苦痛を呼ぶ。

――― 難しい筈はない。

間違っても暴走などしないように……

――― 不可能な事でもない。

手応えは、ある。

――― 元よりこの身は、

初めてマトモに意識して使う魔術。想像していたよりも苦痛は大きいが、止めることなど出来ない。

――― その神秘の行使に特化した魔術回路――!


「はあっ、はあっ、はあっ……、ふうー」

魔術の行使が終わり、さつきは座り込んで荒い息を整えた。額の汗を拭う。いつの間にかさつきは汗でベッタリだった。

(何だったんだろ? さっき頭の中に響いてきた台詞……)

あ、それは気にしないで。

「ふう、よしっ! 上手くいっててよ……!」

息を整え終わったさつきは、立ち上がると先程の様にATMをぶち抜いた。と、同時に

「っ~~~~~~~~~~」

またもやあの感覚に襲われるさつき。
急いで腕を引っこ抜き、グッパグッパを繰り返す。だが、その腕には……

「! や、やった……!!」

蛍光塗料は付いていなかった。

腕の感覚が戻った後、さつきは空けた穴を広げて、その中にあったお札を持ってきた鞄に詰め込んだ。廃ビルに捨ててあったものである。別に穴などは空いていなかったので、丁度いいと思い持ってきたのだった。

(ま、取り敢えずはこのお金でしばらく何とかするとして、あとはもう少し魔術の練習しなきゃね……これは早いとこ明日にでも工房作っちゃわないと。
 やる度にこれじゃあ絶対身が保たない……)

こうして、弓塚さつきは新しい生活のための資金を手に入れたのであった。















そして、次の日。

さつきは途方に暮れていた。何に対してかと言うと、

「ぐううぅぅぅううぅ……」

これである。ちなみに今は昼過ぎである。昨日は寝たのが3~4時になってしまったので、起きたのはまたしても昼少し前だった。

「お腹へった……」

さつきはすっかり忘れていた。お金があってもどうにもならない事を! 今日が平日で、日中に出歩く訳にはいかないと言うことを!!
何とも今の自分の姿を恨めしく思うさつきであった。

(ご飯食べに行けないし家具も買いに行けない、お腹が減って魔術の鍛錬どころじゃない……)

「ぐきゅうぅぅぅううぅぅうぅぅ」

またもや盛大に鳴ったお腹に溜息をつきながら、さつきは床に突っ伏して小学校の下校時刻を待った。



――――学校の下校時刻を告げる鐘の音が、さつきには天使の鐘の音に聞こえたという。





昨日も行ったファミレスで思う存分ご飯を食べたさつきは(その食べる量のせいでなにやら七不思議扱いを受け始めたらしい。さつきはひっそりと涙した)、午後に家具やに行った。だが、さつきはここでも見落としをしていた。

(……ベッドとかクローゼットとか、せめてソファーぐらいは買いたかった……)

そう、大物家具は運んでもらわないと駄目なのだ。そして今のさつきの住居は廃ビル。運んでもらう訳にはいかない。
別に今のさつきの腕力なら自分で運べなくも無いのだが、大物家具を担いで街を闊歩する小学生……無理があるにも程があるだろう。

よって、さつきが買えたのはヤケクソになって選びに選んだふかふかのクッションだけだった。さつきはその後も色々と買い物をした後、廃ビルに戻って魔術の練習をした。結果は……まあ、元から使えた魔術、それを使うことに慣れるのが当面の目的なので、別に目新しいことは無い。魔術発動までの時間が少しは短くはなったが、慣れるにはまだ時間がかかるだろう。



そして次の日、特に何事も無く夜になり、街を徘徊していると何らかの魔力が解放されたのを感じた。

「この感じ……そう言えばあの時も!」

疲れていて周りに気を向けていなかったため全く気にしていなかったが、先日さつきがジュエルシードの暴走体に襲われた一瞬前、確かにこれに似た感じがしたのを思い出した。

(ってことは、ジュエルシードが発動した!? 急いで行かないと! 場所は……あっち!?)

さつきは向かう。自分の夢が叶う可能性に向かって。



《!! ユーノ君!》

《うん、ジュエルシードだ》

《って、この方角ってまさか!》

白い魔導師も向かう。友達の落とし物を集めるために。

(あの子も……いるかな? いるわけないか。でも……
 また、会えるといいな。何でか分からないけど……お話、したいな)

そして、空虚な目をした少女に会いたいという、ほんの少しの期待を載せて。



二人の向かう先……それは、私立聖祥大附属小学校。










あとがき……の前に。

とりあえず、まず質問をば。
フェイトが住んでいたマンションについて、具体的なことを教えて頂けないでしょうか?
確か結界が張られていたなぁ……というのは覚えているのですが、それがどんな結界だったか、他に住人はいるのか、そもそもどうやって手に入れたのか等々を作者は知りません。どうかよろしくお願いします。



あとがき

ようやく書けました。そして自分にほのぼのの才能が無いことを改めて自覚して orz
元々ほのぼの書こうとしてたのに途中で断念して、それでもはちゃめちゃ展開が無いと通常の3倍の時間がかかるって何この設定……;;

これじゃあ尊敬する方々にいつまでたっても追いつけないなぁ……と。
ちなみに僕が特に尊敬しているのは、

今も何処かで小説を書かれていらっしゃるであろう、僕に小説の基礎を教えてくれた
ルウ様。

【まったいら!】
の管理人、平平様。

ここの掲示板に書かれている
【魔法少女リリカルなのはReds】
を書かれているやみなべ様。

某所で
【運命を貫く漆黒の螺旋】
を書かれているクラウンクラウン様。

遊戯王小説では、
【冥界の扉】
の管理人、まは~ど様

ですね。他にも大勢いますが。いやー、ついこないだまったいら! が更新されましたが、やっぱり格の違いを思い知らされますね。

さて今回、やっとさっちんが普通に(笑)日常生活送れる様になってきました。そして平行世界の部分で伏線フラグ立ちすぎな件について。
図書館って言ったらはやて遭遇フラグだろう! と言う方、申し訳ありません。この時点ではやてと遭遇して上手く使える自身がありませんでした。

それにしても……さっちんの"アレ"ここまでして隠す必要あるのか? と書いてて思いました。もうバレバレだし、でもここぞって時にカッコ付けて描写したんですよね^^; 困った作者です。


取り敢えず、次はようやっとバトル入れそうです。ほのぼのよりは幾分か得意なジャンル……一番得意なのは小細工弄してハチャメチャ展開に持ってくことだけどね^^;;

それと、第0話_cの、さっちんの能力の説明の所、元々考えていたのと説明微妙に違ったので修正しました。いや、もうかなり変わってます。細かいとこまで気にする人は読み直した方が良いです。すいません。

ではでは。今回はこれで。


p.s. このところ1話分が短いので次はもうちょい増やせる様にします。



[12606] 第5話
Name: デモア◆45e06a21 ID:8a290937
Date: 2013/05/03 01:22
夜中の学校、というとどこか不気味なイメージがあるが、今現在のここ……私立聖祥大附属小学校にそれは当てはまらない。
"不気味"というのは、まず"わからない"ことから始まる。何がいるか"分からない"、相手が何者か"分からない"、何が起こるのか……"解らない"。

その"ワカラナイ"が不安を助長させて……そこに"分かる"事柄が入ってきたとき、人は大きくなりすぎた不安を爆発させる。

真っ昼間にガシャドクロや、歩く人体模型がいきなり出てきたところで人はそこまで驚かない。いや、驚きはするが恐怖はそうそうしない。
シチュエーションが無ければ、そういう"理解不能"な者達もそこまで恐怖の対象にはならないのだ。

つまり、なにが言いたいのかと言うと、

「……あれだね」

なのは達が学校の校門に着いた時、既にジュエルシードの暴走体は破壊活動を行っていた。見つけない方が困難な位置で。

これでは何がいるか"わかる"、相手が何者か"解らない"までも"分かる"、何が起こるのか……もう起こっている。
シチュエーションも何もあったもんじゃ無い。もしここに誰か一般人が迷い込んでも、恐怖のあまりパニック……にはならないだろう。恐怖はするだろうが、したとしてもそれは"理解不能"なことに対してでは無く、その圧倒的"破壊力"に対してだ。

――――夜の学校、というある意味最高のシチュエーションが台無しだ。


まあ、前置きはこのくらいにしておこう。

「今回は、実態を伴わない、ただジュエルシードが暴走しただけのやつだね」

ユーノが運動場でクレーターを作っている相手を観察しながら言う。
その姿は、なのはが最初に戦った暴走体とほぼ同じものだった。

「じゃあ、ささっと封印しちゃって、これ以上被害を広げないようにしないと!」

なのははそう返し、暴走体に向かって走り出した。同時になのはの胸元の宝石――レイジングハートが輝くと共に、なのはのバリアジャケットが展開され、左手には杖を。
その間も、ジュエルシードの暴走体はやたらめったら暴れているだけで、まだそこまで酷い被害は出ていない。

なのはは自分の射程圏内に入ると、暴走体に向かってレイジングハートを構えた。暴走体はそこでようやくなのはに気が付いたようだが、もう遅い。

《sealing mode》

レイジングハートが封印形態を取る。

「リリカル マジカル!」

なのはが呪文を唱える。
すると、レイジングハートから無数のリボンが飛び出し、暴走体に纏わり付き始める。すると、暴走体の額にローマ数字が浮かび上がる。
既にそれなりに慣れてきた作業。まだ完全に拘束しきって無いが、そんなもの待っている必要も無い。その最後の一言を、なのはは紡ごうとして……

「ジュエルシード、シリアル20、封い」「ちょっと待ったーーー!」

次の瞬間、いきなり乱入してきた少女によって暴走体が校舎に向かって吹き飛ばされた。

「え、きゃっ」

暴走体にからみ付いていたリボンのいくつかは、まだレイジングハートに繋がっていたため、なのははレイジングハートに引っ張られるようにしてつんのめる。
リボンの長さを調節する暇も無く、暴走体はなのはの魔力で編まれたリボンを引きちぎりながら飛んでいく。

「ふう、どうにか間に合った」

つんのめった体制から立ち上がったなのはが、聞き慣れない声の方、先程まで暴走体がいたあたりへ目を向けると、

「……あなたは」

会えるかなとは思っていたが、まさか本当に会ってしまうとは。しかも今回の遭遇は、昨日とは違い明らかに向こうがこの件に関わっているということの証明でもある。
そこには、一昨日の夜出会った、栗色の長髪をツーサイドアップに纏めた謎の少女が居た。






さつきが学校に着いたとき、もう既になのは達はそこに居た。
なのはが一昨日やっていたのと同じようなことをやっているのを見て、これは不味いとさつきは一気に暴走体に近づいて殴り飛ばした。
さつきの思惑通り、暴走体はなのはの束縛を逃れて吹っ飛んでいった。

「君は何者だ!? どうして邪魔をした!!?」

何とか間に合った……と、一息ついたさつきの耳に、そういうユーノの叫びが聞こえて来たためそちらを見ると、なのはもこちらに杖を向けていた。
ビームとかでも打てるのだろうか? とちょっと警戒しつつも、あー、と困ったように頬を掻く。

(いや、どうしてって言われても……)

まあ、それの説明にはとある前提がなければならないため、まずはその裏づけを取る。

「えっと……今やろうとしてたのって、この前やっていた『封印』ってやつだよね?」

そのさつきの言葉に、なのはとユーノは一瞬戸惑いの表情を浮かべた。

《ユーノ君、この子……》

《うん。そこまで詳しくは知らないみたいだ。ここはちょっと任せといて》

なのはとユーノは念話で相談を終えると、再び表情を真剣なものに変えて目の前の少女を見る。

「その通りだ。あれは危険なものなんだ。きちんと封印しないといけない。それを分かっているの!?」

ダイレクトに聞かず、まずは外堀から探っていくユーノ。それに対しさつきは、自分の考えが合っていた事に心の中で胸を撫で下ろした。

(だって、封印って言ったらその力を封じるって事でしょ。封印解除の方法とか分かる訳無いし、だったら封印をやらせるわけにはいかないじゃない)

無論、そのような事を口に出すわけにもいかないさつきは、自分に必要な情報を得ようと質問を返す。

「うーん、有る程度危険っぽいのは分かるんだけど……ねぇ、その封印ってのをする以外にあれを何とかする手って無いの?」

それを聞いたユーノに怒りがこみ上げた。当然だろう。いきなり乱入してきた事情をそこまで知らない人物に、間接的ながら『封印をしないでほしい』などと言われたのだ。それも思いっきり軽く。
だが、それを抑えたユーノに対して、友達思い故に黙っていられなかった人物もいる訳で……

「そんなものは有りまs「あれはユーノ君の落し物なの! 何で関係ないあなたがいきなりそんな勝手なこと言うの!?」っ!?」

なのはは、気づけばユーノの事情も知らないくせに何も説明せずいきなり『封印をするな』と言い出した少女に向かって、彼の言葉を切る形で叫んでいた。
それに慌てたのが一人、

《ちょ、なのは!》

そして、その言葉からも情報を拾ったのが一人

(ジュエルシードはあのユーノってフェレットの落し物。
 まぁ、願いを叶える宝石なんてのがそうそうそこら辺に落ちている訳は無いし、そんなもんだとは思っていたけど……じゃあ、やっぱりあの子達と取り合いになるのか……。
 って事は私泥棒かぁ……今更だけど……)

ちょっと罪悪感がこみ上げてきたさつきであった。

(それに、封印以外に方法が無いってのは、本当なら困ったなぁ……どうしよっか?)




一方、なのははというとユーノに謝っていた。

《ごめん、ユーノ君》

《ううん、いいよ。でも、これからは っ! なのは!》

なのははその声に反応してその場を飛び退いた。すると先ほどまでなのはのいた場所に、放置していた暴走体の放った触手が突き刺さった。

《ありがとユーノ君!》

なのははユーノにお礼を言うと立ち直った暴走体に向かってレイジングハートを向け、次いで先ほどまで少女の居た方を見やる。
謎の少女の方にも暴走体の攻撃はいっていたが、少女は既に避けていた。それを見て安堵の息を吐いたなのはは、暴走体を再び封印しようと動く。

「リリカル マジカル!」


レイジングハートから再び無数のリボンが飛び出す。
それを見たさつきは、そうはさせないと自分の方へ飛んできた触手をつかんで、さながら釣り竿を振るうように思いっきり引っ張った。


「!!」

声こそ上げないが、自分の眼前で暴走体が驚愕の表情をしたのをなのはは見た。
次の瞬間、その暴走体が空に向かってすっ飛んで行った。

いや、空にでは無い。その軌道は垂直では無く、謎の少女の方へと向かって行っている。
それを目で追っていたなのはは、その少女が暴走体の触手を引っ張っているのを見て状況を悟り……

……次の瞬間、その少女の上に暴走体が落ちたのを見て唖然とした。





元々さつきは、暴走体を自分を挟んでなのはと逆方向へ持って行くつもりだった。
だが、暴走体がさつきの頭上一歩手前まで引きつけられた時、一つの誤算が生じた。
さつきに引っ張られていた触手が、ブチ切れたのだ。

体を半回転させていたさつきは自分が引っ張っていたものがいきなり軽くなったため、驚きと共に前につんのめった。
体制を立て直し、嫌な予感と共に振り返った彼女の眼前には……

「へ?」

自分を押しつぶそうとする暴走体の巨体が……





ズドン、という音を立てて地面に衝突した暴走体――その間に少女が挟まれる瞬間を目撃して唖然としたなのはであったが、その後直ぐに笑い事じゃない事態だということに思い至り、オロオロし出す、その瞬間。

――――暴走体が、爆ぜた。

「きゃっ」

《protection》

咄嗟にレイジングハートを目の前に構えるなのはに、その意に答えシールドを張るレイジングハート。
暴走体の欠片(?)は、それ一つで軽々とコンクリの塀を貫通する威力を持つ。そのことは彼女が魔法を手にした日に自分の目で確認している。

咄嗟に張ったシールドが功を成し、なのはの周りは飛来して来た欠片に破壊されながらも、なのはは無傷だった。
――いや、破壊されたのはなのはの周りだけでは無い。爆ぜた暴走体を中心として、そこかしこに穴が開いている。

そして、その中心部に……右の拳を突き上げた格好で、佇む人影があった。
次第に、上空に飛んでいった欠片が振ってくる中、変わらず佇む人影に思わず生唾を飲むなのはは……次の瞬間、その少女の様子がおかしいことに気付く。

(? なんていうか……固まってる?)

その少女は……自らの拳を突き上げたそのままの状態で、呆然としていた。

「え!? わ、わたし、殺しちゃった!!?」

数瞬後、その少女の焦った叫び声が聞こえ、なのはは思いっきり脱力した。





自分を押しつぶそうと迫ってくる暴走体に対し、思わず強烈なアッパーを放ってしまったさつきは、次の瞬間すごい威力で爆発した暴走体に呆然としていた。

鼻先を掠めていく暴走体の欠片に肝を冷やしながら、さつきはこの前見た暴走体は他の生物を依り代にしていたことを思い出していた。と、いうことは……

「え!? わ、わたし、殺しちゃった!!?」

良い感じにパニクってそういう結論に達し、あたふたし始めたさつき。

「落ち着いて。あれは何も取り込んで無い、ただの暴走体だから」

そんなさつきの耳に、呆れたような、力の抜けたようななのはの声が届いた。
その声に一瞬戸惑いながらも、そういえばジュエルシード単体で暴走する場合もあるんだっけ……と、朧気ながら先日の会話を思い出したさつきは、ふうと胸をなで下ろした。

と、さつきの目が自分の近くに落ちた欠片から触手が伸び、あたりに散った欠片を回収し始めたのを捕らえた。
それがけっこう気持ち悪かったので、さつきは引いた。距離を取る。位置的には、若干なのは達の居る方向へ、三角形を作る感じで。







(一体、何がしたいのこの子は……)

それが、なのはの思ったことだった。いきなり出てきて邪魔をしたかと思えばその実ジュエルシードの事をあんまり知らなくて、自分でドジしてあたふたして。
何がしたいのか、全く分からない。

取り敢えず、自身を修復している間に暴走体を封印したらどうなるかわかったもんじゃないので、今はそのままほっといている。

すると、少女が自分たちの方へと下がって来た。体は暴走体へと向いているけど、顔の半分はこっちに向いている。
が、夜ということもあって今まで見えづらかった相手の顔がよく見える距離に来た時、なのはは違和感を覚えた。

(あれ? あの子の目って、紅くなかったっけ?)

なのはの記憶にある少女の目は、宝石の様な綺麗な深紅。だが、いま目の前に居る少女の目は日本人に平均的な茶色だった。
種明かしすると、なのはがさつきの目を見たのは彼女が魔眼を発動させた時のみであり、深紅の瞳は魔眼の証なのだ。更に(反則的に)強力な魔眼は金色に染まるのだが、これはさつきには使えない。つーか使えるわけがない。

しかし、そんなこと知る訳のないなのはがその事に戸惑っていると、少女の方から声がかけられた。

「ねえ、あのジュエルシード封印するの、手伝ってあげようか? 終わった後、ちょっと貸してくれればの話だけど……」

その言葉に、思わなのはは叫び返していた。

「邪魔してる方がそれを言う!?」

一方、もうそこまで来ればユーノには少女の目的を推測することは簡単だった。

「そうか、君はジュエルシ-ドが使いたいのか」

それぞれのなのはとユーノの叫びに、さつきは苦笑して返した。

「やっぱそうなるよね……。全部終わった後に、ちょっとだけ使わしてくれればいいんだけど、駄目?」

苦笑しながらも、小首をかしげながら訪ねる少女に、ユーノが叫んだ。

「駄目に決まってるでしょう!」

その返事を聞いたさつきは、はぁー、と溜息を吐いて、

「じゃあ、あれはわたしが貰っていくね」

視線を一瞬暴走体に向け、言った。
そこにはもう既に、ほとんど修復の終わっている暴走体。

(とにかく、あれを工房へ持って行く! 適当に拘束して、全てはそれから!!)

なのはへの警戒を緩めずに、さつきは方針を決めた。

「させない!」

叫び、なのはは暴走体へと杖を向ける。
なのはが杖を向けた先が暴走体だったことで、さつきはなのはへの警戒を緩めた。

(この距離なら、わたしの方が早い! あいつを捕まえて、一気に離脱する!!)

緩めて、しまった。もう二度も同じような方法で邪魔をされて、対策も立てて無いはずが無いのに。なのはの肩には、もう一人正体不明の不思議生物が居たと言うのに。


「リリカル マジカル!」
「ストラグルバインド!」

なのはの声と同時に聞こえたその声に、さつきはしまったと、急いで体をなのは達の方へ向ける。だが、それも悪手だった。振り返るのでは無く、急いでその場から離れればよかったのだ。

直後、前後左右上下、さつきを取り囲む様に展開された緑色に輝く6つの魔法陣。その魔法陣から鎖が飛び出すのと同時、さつきは急いで目の前の魔法陣を"殴って"壊した。魔法陣というものは只の式であり、実はそんなことしなくても普通にすり抜けることが出来たのだが、そんなこと知らないさつきはそこでワンアクション遅れてしまう。
次の瞬間、前方以外の全ての方向から伸びてきた鎖にさつきは拘束されてしまった。

「くっ、これくらい……!」

だが、そんな鎖での拘束など、さつきの腕力を使えば直ぐに引きちぎることが出来た。力技で無理やり鎖の束縛から抜け出すさつき。
だが、なのはの放ったリボンはもう既に暴走体を拘束し始めている。今からじゃどっちに向かっても間に合わない。
その事を確認したさつきは、自分の足下にあった岩の破片を大きく振りかぶり、手加減してなのはに向かって投げつけた。同時に、叫ぶ。

「避けて!」

岩には、手加減はしつつも軽くコンクリを凹ませるぐらいの威力(砕くぐらいの威力というのは無理だ。岩とコンクリの強度差的な意味で)は持たせておいた。普通の少女なら慌てて避けるだろう。幸い自分の居る場所となのはの居る場所はある程度は離れているし、ちゃんと警告したため避け損ねることは無い筈だ。
その間に自分は暴走体を捕まえて、この場を離脱。それがさつきの思い描いた図式だった。


だが、ここでもさつきは一つ見落としをしていた。
既に先程、この場ではそれとほぼ同等の威力を持つ攻撃が全方位に向かって放たれていたのだ。それなのに、目の前の少女が無傷であるという、事実。少女の周りだけ穴が無いという、事実を。


《protection》

「え゛……」

さつきが放った岩は、なのはの前に突如現れた桜色の魔法陣よって阻まれてしまった。
そして、何事も無かったかの様に作業を進めるなのは。

「ジュエルシード、シリアル20、封印!」

「ちょっと待ってー!」

慌てて暴走体に駆け寄るさつき。その速度は明らかに人間のものでは無かったが、それでも間に合う筈も無く。
学校の中心から、桜色の光の柱が立ち昇り……

さつきの目の前で、暴走体は桜色の光に包まれて、元の青い宝石に戻っていった。







後に残ったのは、ズーンと擬音が聞こえてきそうなぐらいに落ち込んでいるさつき。地面に両手をついて、OTL の形でうなだれている。

「え、えーっと……」

既にジュエルシードを回収し、そんな状態の謎の少女にどう声をかければいいのかわからず戸惑うなのは。
一方ユーノは、先ほど目の前で起こった"あり得ないこと"に混乱し、思考の海で溺死しそうになっていて、それどころではなかった。

(魔法陣を殴るって、一体どうやったらそんなことが可能なんだ?)

やら、

(魔法陣を殴って壊す、そんなことやる意味ってあったのか?
 あの敏捷性があれば、あんなことしなければ避けれたと思うんだけど……)

やら、

(バインドを力任せに引きちぎるってどんな非常識……いや、そもそも人間に可能なのか?)

やら、マルチタスクと呼ばれる分割思考、その全てを総動員して悩みに悩んでいた。




「あ、あのー……」

結局、最初に口を開いたのはなのはだった。目の前で落ち込んでいる少女に声をかける。

「………」

「うぅ……」

かけたのだが、その声に反応した少女のジトーっとした視線に晒され、自分が悪いわけじゃ無いはずなのに縮こまってしまうなのは。

それを見たさつきは、はぁー、と大きなため息をつくと纏っていた空気を霧散させた。
彼女とて、悪者は自分の方だとわかっているのだ。とりあえず、このままここにいるのはよろしくないと考え、踵を返して立ち去ろうとした矢先、

「あ、あのっ!」

意を決したようななのはの声が、再びさつきに届いた。
一昨日のこととか昨日のこととか今日のこととか(あれ? こっち来てから毎日?)で少なからずなのはに対して罪悪感を抱いていたさつきは、その声に動きを止めて振り返り、言葉を返す。

「何?」

今更『何?』はないだろうとは思いながらも、そう言えばなのはも言葉を出しやすくなるだろうと思っての行動だった。

「あ……、えーっと……
 あなたはどうして、ジュエルシードを集めようとしてるの?」

さつきは内心、やっぱりそう来るよね……と思いながらも、さてどうしたものかと思案する。

一応断っておくと、さつきはなのは達になら、自分の身体能力はバレてもいいと思っている。冒頭の前置きを思い出して欲しい。さつきが困るのは、さつき自身が『理解不能な存在』として恐れられることだ。その場合、それを知った誰かが身近な誰かに相談し、噂が広まり、その噂が更に一人歩きして……ということも考えられる。
だが、その異常がまだ『理解可能』な範囲ならどうか。そうでなくとも、彼女達は魔法という非現実に触れている身である。

『吸血鬼』という、何が何だか分からない、詳しくは知らない、理解出来ない存在としてならまだしも、『ただの異常身体能力者』としてなら、なのはも恐怖や不安に駆られて周りに言いふらすことは無いだろうとさつきは踏んでいる。…………多分に希望的観測が含まれているが、こればかりはどうしようも無いのでしょうがない。


それはともかく。
まさか本当の事を言うわけにもいかないし、言ったとしても(記憶を思い出させればまた違うだろうが)信じられないだろう。


何か自分がジュエルシードを集める理由として妥当なものはないものか……と、さつきは表面には出さずに悩んで、ふと何かが引っかかった。

ジュエルシードを集める理由…………ジュエルシードを集める………集め……っ!!?

「ちょ、ちょっと!」

次の瞬間、思わずさつきは叫んでいた。

「ほ、ほえ!?」

いきなり豹変した少女に、なのはは狼狽する。
だが、今のさつきはとにかく必死で、そんなことにも気がつかなかった。続けて叫ぶように尋ねる。

「ジュエルシードって、何個か集めないと使えないの!?
 た、たとえば7個集めて特別な言葉言わないと願いを叶えてくれないとか!?」

………いや、案外冷静なのかも知れない。
元々さつきは、ジュエルシードが願いを叶える魔法の石と聴いて、1つ有れば事足りると思っていたのだ。
だが、複数必要となれば話はまた変わってくる。主に難易度やら罪悪感的な意味で。

「いや、それドラ○ンボール……
 別にそういうわk……ユーノ君?」

なのはが呆れた様に返そうとしたが、いつの間にか思考の海から自力で這い上がってきていたユーノがそれを止めた。
ここらかは任せてというユーノの意思表示に、なのはは頷く。

それを確認してから、ユーノは口を開いた。まずは落ち着いて話を聞いてもらう為に、先ほどの質問に答える。

「別にそういう訳じゃ無い。ジュエルシードは1つでも問題無く発動する。
 というより、暴走体自体がジュエルシードが勝手に発動して暴走したやつなんだからそこから分かるでしょ?
 複数個集めるみたいな言い方をしたのは、そっちの方が大規模な力を得られるからで、別に変な意味は無い」

だが、それでもやはり警戒は怠らず、口調は固い。
その言葉を聞いた少女は、ふぅ、と安堵のため息を吐いた。その少女に、今度はユーノが質問する。速攻で逃げられても困るので、相手が別に応えても害にはならない様なことから聞いていく。

「今度はこっちから質問させてもらいます。
 君はこの世界の人間なのか?」

だが、ユーノの思惑は思いっきり外れていた。その言葉に、さつきは内心かなりドキリとした。
だが、その言葉は『自分の同類か否か』を確認しているのと同意だと判断し、結局

「そうだよ」

嘘を付いた。

(この世界に次元世界の存在は認知されていない筈……それなのにこの子はさも何でもなさそうに答えた……嘘の可能性も高いな)

そう思案しながらも、ユーノは続けて質問する。さつきは既に、離脱するタイミングを逃していた。

「なら、どうやってジュエルシードのことを知ったんだ?
 この世界には魔法技術は無いはずだけど」

「えーっと……ごめんね。一昨日の夜、公園で貴方達が話してたこと後ろの茂みに隠れて聞いてたんだ」

「「え……」」

思わず声を上げてしまうなのはとユーノ。
しまった、油断してた……とユーノは頭を抱えた。だが、それなら色々納得出来る。
目の前の少女があの時話した内容しか知らないのであれば、ジュエルシードの事をそこまで詳しくは知らず、更にその危険性を理解していなくてもおかしくは無い。

更に、あの時の会話から自分が別世界の住人だということを推測するのも難しくは無いだろう。それなら、先ほどの少女の反応にも頷ける。

出来れば今すぐジュエルシードの危険性について話して聞かせたいユーノであったが、今のこの状況を崩して相手に逃げられては困ると思い、情報確保を優先した。
ジュエルシードの危険性については、できればその後、できなければ今度遭遇した時に話して聞かせようと決める。

「……君は一体何者? ジュエルシードを集める理由は?
 この世界に魔法技術は無い筈。それなのに、その異常な身体能力に、一昨日使ったあの力……」

流石に全ては話さないだろうが、それでも何か情報が漏れるかもしれないと思いした質問。だが、流石にそれは行き過ぎていた。

その絶対答える訳にはいかない質問をされたさつきは、この場を区切るのに丁度いいと思い、

「う~ん……、ひ み つ」

悩む素振りを見せた後、そう言って即座に体を回転させ、後ろを向く。そのまま跳び上がろうとして……

「ま、待って!!」

再び、神業的な反射神経で叫んだなのはの必死な声に思わず動きが止まった。
自分で自分に呆れるさつき。額に右手を当てて俯く。
だが、必死な9歳の女の子の声とはそれ程までの破壊力があるのだ。致し方あるまい。

だと言って、さつきは立ち去るのを止めるつもりは無い。なのはに対して半身になり、顔をそっちに向ける。
……因みに、またもやユーノが割り込んできたら思いっきり引っつかんで投げ飛ばしてやると息巻いていた。

その圧迫感が伝わったのか伝わらなかったのか、ユーノは何も言わなかった。

「私、なのは。高町なのは! あなたの名前を教えて!」

今度はすぐさま飛んできた台詞に、さつきは一瞬ポカンとして……思わず、顔が緩んだ。ふふっ、と笑みが漏れる。
どうせこの世界に戸籍は無いのだ。名前から調べたりなど出来ないだろう。
それに、別にそんな考えで訊いてきたのではないことは、なのはの様子から分かる。

妙に嬉しい気分になって、さつきは答えた。

「私はさつき。弓塚さつき。
 じゃあね、なのは。今度は私が貰うから」

言って、跳ぶ。結構近くまで来ていた校舎の窓に足を掛け、更にひとっ跳び。
屋上に降り立ったさつきは、そのまま夜の闇に溶け込んでいった。






後に残ったなのはとユーノ。
二人は、さつきが消えた屋上を見上げていた。

「行っちゃった……」

「うん……」

ユーノの呟きに、なのはが答える。と、なのはがいきなりバタンと仰向けに倒れた。
因みに、バリアジャケットのお陰で痛みは無い。そのバリアジャケットも、自然と解かれ、レイジングハートは宝石に戻る。

「きゅ~~~」

「え!? ちょ、なのは!!?」

なのはが倒れきる直前、器用になのはの肩から飛び降りたユーノが慌てる。
一方なのはは、思いっきり目を回していたが、それだけで、別に危険な状態じゃ無いようだった。そのことに安堵のため息を吐くユーノ。

(やっぱり、馴れない魔法を使うことは結構な負担なんだろうな……それに加えて今日はかなり連続で使ってたし……)

だが、流石にこのままにしておく訳にはいかない。何とかしてなのはを起こして、家に連れて帰らなくては。それに……

「どうしよう、これ……」

つぶやいたユーノの視線の先は、この学校のグラウンド。幸いなことに無駄に拾い運動場だったため、校舎や遊具は被害を受けてはいないが、そこにはかなりの数のクレーター。



結局、クレーターはユーノがシールドをチェーンバインドで引っ張ってならす事で大事にならない程度に何とかし、その後なのはを何とか起こして帰路に着いた。










あとがき

またしても亀。
はあ、補修・再試は終わったけどやっぱりこの土・日以外はマトモにパソコン使えない環境は正直キツかったり……

まあ、今年の3月からはそれは無くなるからまあいいですけど。


さあ、今回はさっちんがなのはと再接触。いやぁ、なのはともっとOHANASIさせたかったけどこの頃でなのはと直接対決は色々と問題があるし、協力関係じゃないからなのはの欲求不満解消させることが出来る様な話し合いの場は実現出来ませんでした。

まあ、最初の頃のフェイトよりはマシじゃあないかと。っていうかユーノの口調が……普段警護や子供口調なのが警戒しながら疑問口調になるとどうなるんだろう? ってのが以外過ぎるぐらい難しかった……。しかもまだ違和感あるっていう……。

そして書き終わった後にまさかの見落としていたクレーター問題…… orz
すまんユーノ、頑張れ。元はと言えば原作のお前があの時結界を張ってなかったのが悪い。

そして結局増えてない文章量……;;
くっ! 次こそは……!!

…………何だこの問題作;;;;;;;;;;

ユーノの口調、こうした方が良いだろっての、あったら言ってください。切実に。




なのはmovie 1st、unlimited blade warks、いよいよ公開されましたね。僕はまだ見てませんけど、近いうちに必ず両方とも見に行きます。
せめて Fate がアニメの様な体たらくをしていない事を願って……!! いやもう、UBWルートで駄目作品だったらどうなのよそれっていう……1時間47分という時間に不安を感じざるを得ない。
vs慢心王までの流れとか、その中身とか、10分ぐらいに凝縮されてるんじゃないかと思ってしまう。

だが、それでも imitation は神だと思った! あれって、1番が士郎、2番がアーチャー意識の曲ですよね。どう考えても。そしてやっぱり Phantom minds も流石奈々さんと言わざるを得ない。



[12606] 第6話
Name: デモア◆45e06a21 ID:cba2534f
Date: 2013/02/16 20:43
朝。とても良い天気である。太陽は既に昇り切っていて、小鳥達も賑やかに鳴いている。

「う~ん……」

そんな中、ベッドの中で可愛らしいうなり声をあげる少女、高町なのはと、その上に乗っかっているフェレットのユーノ。

「なのは、朝だよ、そろそろ起きなきゃ」

「ん~、今日は日曜だし、もう少しお寝坊させて~」

なのははユーノの呼びかけに、まだ半分眠ってる風に答える。
しかし、もういくらなんでも起きなければいけない時間だ。ユーノは根気良く呼びかけた。

「なのは! ねぇ、起きないのねぇなのは!
 なのは! お~いなのは! なのはってばぁ……」

と、漸くなのはは起きる気になったのか、ベッドに仰向けになり、掛け布団を腕でどける。すると、その上に乗っていたユーノは必然、そこから転げ落ち、更に上から掛け布団に押しつぶされた。

「うぅ~わぁ ぐぅ……」

それを知ってか知らずか、なのははそちらに反応を示さずに自分の胸元にかかるレイジングハートを掲げた。

《Confirmation》

すると、レイジングハートが今まで集めた分のジュエルシードを映し出す。
今現在回収し終わったのは、シリアル13、16、17、20、21の5つ。魔法と出会って一週間の成果とすれば、まずまずだろう。
だが、なのははそれらが消えた瞬間、疲れたようなため息を吐いた。

「なのは、今日は取り合えずゆっくり休んどいた方がいいよ。
 特に昨日は一段とハードだったんだから」

そのため息を聞き取ったユーノが、なのはに諭す。

「うーん、でも……」

だが、根が優しい、優しすぎるなのはは、そこに躊躇いを見せる。
だが、ここはユーノも引く訳にはいかない。何と言っても、これは自分が巻き込んだことなのだ。なのは結構無理をして頑張ってくれているのは分かっている。分かっているからこそ、ここは引けない。
それに、なのはが躊躇っている理由のもう一つ、気にしているあの娘のことだって、ハッキリ言って今は経過を待つしか無いのだ。

「今日はお休み。もう5つも集めて貰ったんだから。少しは休まないと持たないよ。
 あの娘の事だって、急いだところで何も変わらないよ?

 それに今日は約束があるんでしょう?」

「うぅん……そうだね」

ユーノにそこまで言われ、なのはは少し明るい声で返す。
優しく、友達思いとは言え、やはりまだ女の子。人の為に疲れた体を動かすのに、抵抗が無いというのは嘘になるだろう。自分の時間だって欲しいのだ。

「じゃあ……今日はちょっとだけ、ジュエルシード探し休憩ってことで」

「うん」

納得してくれたなのはに、何故かユーノの方がほっとしていた。






さて、その少し後、そことはまた違う場所、駅前に続く通りを弓塚さつきは歩いていた。その顔は期待に満ちている。

目的はとある喫茶店。正確には、その喫茶店にある極上のシュークリームである。

昨日のことは残念だったけどジュエルシードはまだあるっぽいし、うだうだしてても仕方無い! とばかりに、さつきは折角の休日を楽しむことにした(ちなみに、あまり早く出すぎて不審に思われるといけないので、廃ビルを掃除したり生活に必要なものをピックアップしたりして時間をつぶしていた)。

そして、その手始めに選んだのが以前罪悪感といたたまれなさでゆっくりと味わうことの出来なかった、それなのにそれでもとてつもなく美味しかったシュークリームであった。

と、そこで通りかかった公園で、子供達がサッカーをやっていた。
いやもう、これがかわいい。小学校低学年ぐらいの子達が、元気いっぱいにボールを追いかけて回しているのだ。色々と和む。
どうやら結構きちんとした試合らしく、選手達は皆ユニフォームを着ており、両チームにはマネージャーと監督らしき人達もいた。

(?)

さつきは片方の監督の一人の後ろ姿にどこかで見たことがあるような気がした。だがぱっと出て来なかったので、別にいいやと試合の方へ視線を戻す。
すると、丁度気になった監督の方のチームのゴールへ、ボールが飛んで行った。
これは入ると思われたその時、キーパーの男の子が横っ飛びで見事そのボールを掴んでいた。顔は土で汚れたが、かなりかっこいい。

「おー!」

さつきは思わず拍手した。やはりこういうものは見ていても楽しい。

いやはや、いい物が見れたと、前半戦が終わったところでさつきはその場から立ち去ろうとする。が、

「……は?」

あるものを見て、動きが止まった。

(いやいや、あなたたち何歳よ?)

さつきの視線の先、そこでは先程ゴールを守った少年がマネージャーの少女からタオルを受け取っていた。それだけならまだいい。
問題は、その二人が発する雰囲気だ。
女の子の、しかも三年間も片思いをくすぶらせ続けていたさつきは分かる。あの少女、男の子に気がある。しかもさつきの勘が正しいなら、その逆もしかり、だ。
更に言うとその二人、明らかにデキてる。

(な、何てうらやましい……って、あなたたちどー見ても小学生低~中学年でしょ。
 早い! 早すぎるって!! その歳ならまだお遊びレベルでしょ!? 何なのその雰囲気は!? ガチですよね!? どー見てもガチですよね!!?)

もう何だかとんでもなく悔しくなったさつきは、腕で目を隠しながらそこから足早で立ち去った。





「ん?」

友達との約束――自分の父親、高町志郎がコーチ兼オーナーをしているサッカーチーム、翠屋JFCの試合の応援――のため、月村すずか、アリサ・バングニスと共に公園に来ていた高町なのはは、
視界の隅を何やら気になる人影が通りかかった気がしてそちらに目を向けたが……

《どうしたの、なのは?》

もうそこには誰もいなかった。

《ううん。なんでもない》

そうユーノに返し、なのはは始まった後半戦に視線を戻した。




なのはが意識を試合に戻したのを確認し、ユーノも再び試合に視線を向ける。
だが、その頭の片隅では、常に例の少女の事を考えていた。

(ハッキリ言って、今の状態で彼女とぶつかり合うのは得策じゃ無いな……
 彼女の戦闘能力は凄まじい。あのパワー、スピード、直接なのはを潰しに来られてたら多分確実に負けてた。

 それをしなかったのは……やっぱり、油断してたのか……なのはが9歳の女の子だったから抵抗があったのか……
 後者の場合、そんなに悪い子じゃ無いだろうって事になるんだけど……

 そもそも、目的がハッキリしないことが一番の問題だ。ジュエルシードを手に入れることが目的だろうけど、それは最終的な目的の為の過程でしか無い。
 元々この世界には魔法が無いんだから、もしかしたらジュエルシードなんて使わなくても別の魔法を使えば叶う願いだってことを知らない可能性もある。
 何とかして目的を聞き出せれば、交渉を持ち込んだりも出来るんだけどなぁ……)

はあ、とユーノは心の中で溜息を吐き、更に頭の痛くなる事に思考を移した。

(それに、何だってレイジングハートから彼女と初めて会った日のデータが全て消去されてるんだ……しかも僕名義で)

そう。あの後、なのはがダウンしてしまった後、レイジングハートがダウンしてしまったマスターの代わりに、ユーノに質問して来たのだ。

《Who is she?(彼女は誰ですか?)》

と。
自分のマスター達は知っていて、自分が知らない彼女を疑問に思ったレイジングハートが自分から質問しなければ、その事実はいつまで立っても闇の中だっただろう。
幸い、暗示に対するプロテクトのデータは記録では無い所に保管されていたので無事だったが、この現象はどう考えても説明が付かない。
様々な要因に頭を悩ませながら、ユーノは平和な一時を楽しんでいた。





「う~、こうなったら自棄食いしてやる~」

翠屋に着いたさつきは、扉を押し開ける。カランコロンという音に誘われて、奥からこの間の従業員の女性が出てきた。

「あらいらっしゃい。今日もお一人?」

どうやら向こうもさつきのことを覚えていたらしい。

「はい。ここのシュークリームがとても美味しかったので、また来ちゃいました」

「まあ、嬉しい。さ、こっちへどうぞ」

さつきは案内されたカウンター席に着くと、差し出されたメニューを断った。

「今日はシュークリームを食べに来ただけですので、メニューは要りません」

さつきがそう言うと、女性は本当に嬉しそうに微笑んだ。

「まあ、うちのシュークリームを食べるためだけに来てくれたの? 嬉しいわね。
 ……あっ、それじゃあ、少し時間掛かってもいい? 出来たて食べたくない?」

その女性のまさかの提案に、さつきは驚く。

「えっ、もしかしてあのシュークリーム、貴女が作ってるんですか?」

「ふふ。そうよ」

これにはビックリ。てっきり一介の従業員かと思っていたのに、まさかそんな人だったとは。
それに、その提案は大歓迎だ。さつきには、時間など山ほどあるのだから。

「お願いします! いくらでも食べます!」






(……しまった。この展開は予想して無かった)

さつきはシュークリームにかぶりつきながら、はてさてどうしようかと悩んでいた。
ちなみにシュークリームはやはり絶品だった。シューの焼き加減、食感、香り、クリームの程よい甘さ、その味、一つ一つだけでも素晴らしいのに、それらが絶妙にマッチしている。
別に評論家でもないさつきからしてこの感想なのだ。やみつきになりそうだった。

まあ、それはそれとして。
気を緩めれば頬が緩み、口を滑らせそうになるのを押さえ、さつきは考える。
原因は、カウンターの向こう側で、両肘を付いた手の上に頬を乗せてこちらを眺めている女性。

どうやら今は他に客もおらず暇らしく、ちょっとした世間話でもしないかということらしい。
それに一も二もなく頷いた自分を、その直後呪った。これからされる会話を直ぐさま予想出来なかった自分が恨めしい。
前回自分はこっちに引っ越して来たと言った。なら、話は自然とどうして引っ越して来たのか、何処から来たのか、学校は何処か、両親はどんな人か等へ進んで行くだろう。
ハッキリ言って、さつきにはそんなに上手く嘘を付くスキルは、無い。

いざとなったらまた暗示でも使うか……と考えるさつきであったが、話は彼女の想像もしなかった方向へ進む。

と、女性が口を開く。

「そう言えば、まだお名前聞いてなかったわね。私は高町桃子、ここ、喫茶『翠屋』のパティシエールをやっているわ」

(? あれ?)

さつきは今の言葉に若干違和感を覚えたが、何だったのかは分からなかった。
さつきは昨日もこの"高町"という性を聞いていたのだが、既になのはの名前は知っていたためそこまで記憶に残っていなかったのだ。
若干釈然としないものを抱えたまま、さつきは返す。

「あ、はい。わたしは弓塚さつきって言います」

「さつきさん……良い名前ね。しっかりしてるけど、何歳?」

桃子のその問いに、さつきは少しドキリとするが、橙子の言葉を思い出して、いまの肉体年齢を言った。

「えっと、9歳です」

「まあ、うちの一番下の子と同じ」

(? あれ?)

さつきは今の言葉に若干違和感w……

(って、はぁぁ!!?)

「お子さんいるんですか!!?」

(しかも最低でも2人で下が9歳!!?)

さつきは目の前の女性をまじまじと見る。
若々しい。若々しすぎる。

(だめだ。20代半ばにしか見えない)

さつきが驚いてる最中、桃子はいたってニコやかに口を開いた。

「ええ、3人」

その言葉に、さつきは椅子からずり落ちた。

「あら、大丈夫?」

それに驚いた桃子が身を乗り出して来るが、さつきの驚きはそんなものじゃ無かった。

(そっかー公園のあれもこっちの世界じゃ普通のことなんだそうなんだ。
 この世界の人は多分10歳前半でもう子供作っちゃうんだ確かにもうその頃になると出来なくも無い筈だしそうだそうなんだそうに違いない)

「あ、あハハハハハハハ……」

何やらとてつもなく間違った知識を得そうになっていたさつきだった。







落ち着いたさつきは改めて話を聞き、別にそういうことじゃ無いことを知った。
ついでに目の前の女性が年齢の割に若々しすぎることも、3人中2人が養子であることも知った。

そのときのさつきは、もう驚く気力も無かったという。


「あれ? じゃあこの間仲良さそうにしてた男の人って……」

そこでさつきは以前この店に来たときの事を思い出す。確かあの時、明らかに桃色空間を作っていたこれまた若い相手がいたはずだが……

(ま、まさか不倫相手!?)

さつきがその可能性に行き着いたと同時に、桃子から答えが出された。

「え? ああ、士郎さんね。彼はここのマスターで、私の夫。
 今は公園で彼が監督しているサッカーチームの試合に行ってる筈よ」

(あ、そうなんだ。それならなっt……)

その答えにホッと安心したさつk

(って、ちょっと待った!)

「あ、あのー、桃子さん、彼の年齢、教えて貰っても?」

「? ええ、37だけど?」

またもやずり落ちそうになる体をようやく立て直し、駄菓子菓子、体に力など入らずそのまま机に突っ伏すさつき。

(い、色々とおかしいこの家族……)

桃子の「さつきさん? さつきさーん?」という声を遠くに聞きながら、さつきは脱力した体に力を込める気も起きなかった。





それから数分後、再起動したさつきと今度は本当にたわいもない世間話(主に引っ越して来た(と思われている)さつきに桃子がこの町のことを話していた)をした後、昼前になってきたので桃子が店の仕事をし始めないといけなくなったためお開きに。
さつきはもうとっくにシュークリームは食べ終えていたのでそのまま町に繰り出すことにした。

「じゃあ桃子さん、お勘定お願いします」

「はいはい」

その時桃子が提示した金額は明らかに安かったが、折角の厚意をフイにするのは失礼かと思いそのまま受け取った。




外に出たさつきは、さーて次は何処行こうかなー等と考えながら、ふと胸の奥にわき起こって来た寂しさに苦笑する。

(やっぱり、何だかんだ言って人とのふれあいっていいもんだよね……
 ……あーもう辛気くさい! こんな機会これからいくらでも有るんだからっ!)

そう考え、彼女は寂しさを胸の奥に押し戻した。そう、"押し戻した"。今まで通りに。
消えた訳では無い寂しさは、確実に蓄積されていく。彼女自身も知らぬ間に……

ゲーセンでも探そっかなー、等と考えながら、さつきは翠屋を後にした。




高町桃子は、忙しくなり始めるであろう(特にとある"予約"の為)今からに備えて準備しながら、先程会話していた少女――さつきのことを考えていた。

(さっきはさつきさんの雰囲気に流されて全然気にして無かったけど……
 彼女、大人び過ぎてるのよね……雰囲気とか……会話の内容とか……)

先程さつきが驚いた時の会話内容は、どれも"ある知識"が無いと驚けないところだろう。
いや、周りとの違いに驚くことは出来るだろうが、あの驚きようはそんなものじゃ無い。

(一体何処であんな知識付けて来たのかしら、9歳の女の子が。
 全く、最近の子供は早熟で困るわ……まさか、なのはもそうじゃ無いわよね?)

桃子の思考は、店に客が入ってきたことによって中断された。




そして、こちらはなのは組。
丁度今試合は終わり、結果は2-0で翠屋JFCの快勝だ。特に翠屋JFCの失点が0だったのには、キーパーの活躍がとても大きい。

「「「「「うおおおおぉぉぉぉおぉ!」」」」」

「「やったー!」」

周りから翠屋JFCのメンバーの声が聞こえる。相手チームは、がっくりと肩を落としたり苦笑したりしているが、そこにドロドロした暗いものは無い。
スポーツというものは、特にこの世代は、勝っても負けてもすっきり爽やかに終われるものだ。

相手チームとの挨拶も終わり、みんな監督の前に集まった。
監督である高町士郎が、みんなに聞こえるように声を張り上げる。

「おーし! みんな良く頑張ったー! 良い出来だったぞ、練習通りだ!」

「「「はい!」」」(←もっと多いけど割愛

メンバーの元気な声にニッコリ笑い、士郎は雰囲気を崩して更に叫ぶ。

「んじゃ、勝ったお祝いに、飯でも食うか!」

「「「いえーーーーー!!」」」(←更に多いけd(ry



そんなこんなで翠屋JFCメンバーを引き連れた士郎と、それに便乗させてもらったなのは達がやって来たのは当然のことながら喫茶『翠屋』。

そう、もう分かっている人も多いだろうがこの高町なのは、父親を喫茶『翠屋』のマスター、高町士郎と、母親を喫茶『翠屋』のパティシェール、高町桃子に持つ三人兄弟の末っ子なのである。

翠屋JFCのメンバーは中で食べ放題の食事で食事中、なのは達は軽食の後外のカフェテラスでおやつのケーキと紅茶を前にして座っている。
そしてその丸机の真ん中には……若干諦めた様な顔をしているユーノが。

「……きゅ……」

見ると、少しばかり顔が引きつっている。

「それにしても、改めて見ると何かこの子フェレットとはちょっと違わない?」

「うっ」「きゅっ」

アリサの言葉に、小さく呻くなのは&ユーノ。

「そう言えばそうかな? 動物病院の院長先生も、変わった子だねって言ってたし」

「にゅ~」「きゅ……」

続くすずかの言葉に、唸るなのは&ユーノ。

「あーえっと、まあちょっと変わったフェレットってことで……んほらユーノくん、お手っ!」

「きゅっ!」

そして、何とか誤魔化そうと焦って無理のあり過ぎる行動に出るなのは&ユーノ。つーかユーノ、何でそんなに気合い入れるんだ。

「ぅわーーぁ!」

「うわぁ、可愛い……」

そしてそれにまんまと釣られるアリサ&すずか。もう知らん。ユーノも既に完全にあきらめ顔。

「んんーん、賢い賢ーい」

そう言って頭を撫でるアリサ、それに便乗して撫で始めるすずか、それに引きつった笑みを浮かべながらされるがままになっているユーノ。

《ごめんねユーノくん》

某ちび○子(←伏せ字になってない)の様な口調で謝るなのは。

《だ、大丈夫……》

これまた引きつった声で返すユーノ。一種のカオス空間がそこにはあった。


カランコロン

『翠屋』の扉が開き、翠屋JFCのメンバーが店から出てきた。
メンバー達は翠屋の前で整列する。

「「「ごちそうさまでしたー! ありがとうございましたー!」」」(←もっとo(ry

その前に、店から出てきた士郎が立つ。

「みんな、今日はすっげーいい出来だったぞ! 来週からまたしっっかり練習頑張って、次の大会でも、この調子で勝とうな!」

「「「はい!」」」(←もっt(ry

「じゃ、みんな解散! 気をつけて帰るんだぞー」

「「「ありがとうございましたー!!」」」((ry

バラバラに散ってゆくチームメンバー達。周りから

「じゃーなー」「またなー」

等聞こえて来る中、一人だけ自分の鞄のポケットを漁っている男の子が居た。
先程の試合で大活躍だった、キーパーだった少年だ。

と、捜し物が見つかったのか、その少年は何かをポケットからつまみ出した。
それは……紛れもなく、ジュエルシードの一つ。

数秒間、その綺麗な輝きを見つめていた少年は、

「ふふっ」

笑って、それを自身のジャージのポケットに仕舞った。


(!?)

「あっ…………」

なのはは、今一瞬視界の端に映った光景に反応した。なのはの目の前を、キーパーだった男の子が歩いている。なのはは、その男の子を目で追いかける。
なのはは、少年が何かをポケットに入れる瞬間を見た気がした。それが青い輝きを放つ何かで、ジュエルシード程の大きさだった様な……気がした。

確信が持てず、どうしようか迷って動けないでいるなのは。

「お疲れ様~」

「お疲れ様」

その視線の先で、その男の子は後ろから追いかけてきた女の子と合流して歩いて行ってしまった。

(気のせい……だよね……)

そう結論付けるなのはだったが、やはり不安は拭えず、その表情は暗い。

「はー、面白かったー。
 はいなのは!」

と、いきなり自分の名前を呼ばれ、なのはは慌てた。

「へっ?」

と意識を自分を呼んだ張本人、アリサに向けると……

「きゅ、ぅ、ききゅぅう~~」

そこでは、弄られすぎて目を回したユーノが差し出されていた。

「さて、じゃあ、私たちは解散?」

言いながら、アリサは自分のバスケットを抱える。

「うん、そうだね~」

すずかも鞄を取り出した。

「そっか、今日はみんな午後から用があるんだよね」

「ぅふ、お姉ちゃんとお出かけ」

「パパとお買い物!」

なのはの言葉に、すずか、アリサの順に嬉しそうに答える。

「いいね、月曜日にお話聞かせてね」

そんな二人に、なのははユーノを肩に乗せながら羨ましそうに言った。

「おっ、みんなも解散か?」

「? あっ、お父さん!」

と、そんな中いきなり聞こえてきた声に一瞬戸惑うが、すぐにその声の主が判明し、なのはは嬉しそうに呼びかける。

「今日はお誘い頂いて、ありがとうございました」

「試合、かっこよかったです」

「あぁ。すずかちゃんもアリサちゃんも、ありがとなー応援してくれてー。
 帰るんなら、送ってこうか?」

アリサが礼儀よくお礼を言い、すずかが褒めた。
士郎がそれにお礼を言い、ふと提案するが、

「っぁ、いえ、迎えに来て貰いますので……」

「同じくですー」

こう言われては仕方がない。

「そっか。なのはは、どうするんだ?」

士郎は今度はなのはに向き直り、たずねる。

「んー、お家に帰って、のんびりするー」

「そおか。父さんも家に戻って、ひとっ風呂浴びて、お仕事再開だ。一緒に帰るか?」

士郎はなのはのその言葉に苦笑しながらも、一つ提案をした。

「うん!」

それに元気に応えるなのはであった。


「「じゃーねー!」」

「また明日ー!」

お互いに遠ざかる友人に手を振り、分かれるなのは達。
そんななのは達を微笑ましそうに眺めていた士郎が、ふと気付いた様になのはに訪ねた。

「なのは、また少し背伸びたか?」

「むっ、お父さん、こないだも同じ事聞いたよ。そんなに早く伸びないよー!」

だが、その言葉になのはは呆れてしまう。

「ふふっ、そーか。ははっ」

実に微笑ましい光景が、そこにはあった。





二人で仲良く歩く少年と少女、少年のポケットの中で、ジュエルシードが一瞬だけ、強く輝いた。




帰ってきたなのはは、自分の部屋に戻ると、即ベッドの上に倒れ込んだ。

「はふ」

と、そこでユーノが注意する。

「なのは、寝るなら着替えてからじゃなきゃ」

「んー」

ユーノのその言葉に反応し、ノロノロと起き上がるなのは。
そしてそのまま――――服を脱ぎだした。

「ひぁっ!」

それに慌てたのがユーノ。大急ぎで後ろを向く。その背筋はピンと伸びていた。
そんなユーノも気にもせず、なのはは下着姿になるとその上から近くにあった寝間着を着ていく。

「ユーノくんも一休みしといた方が良いよ~」

「ははぃぃ」

「なのはは晩ご飯までお休みなさ~い」

そう言うと、なのははそのまま倒れ込んだ。
少しして、もう問題無いと確信したユーノは振り向く。そして枕に顔を埋めるなのはを見て、心配そうな顔をした。

(僕がもっとしっかりしてれば……)

慣れない魔法、自発的では無く、突発的に用意されるそれを使わなければならない状況、それに加えて昨日のイレギュラー出現による魔法の連続使用……
いや、例え昨日、あの弓塚さつきと名乗る少女が現れなくても、恐らくなのははもういっぱいいっぱいだっただろう。

(僕が、もっと……)

ユーノは表情を真剣なものに変え、なのはの机の上に登った。その脇には、なのはに借りて貰った吸血鬼に関する本の数々……
何故かは分からないが、何故かユーノは吸血鬼(それ)に関する知識を得ることが今しなければならない事だと思った。

因みに、その本の題名だが、吸血鬼のお○ごと、ヴァンパ○ア・ガーディアン、ヴァ○パイア特捜隊、ドラゴンラージャ、ヴァンパイ○騎士、ロザ○オとヴァンパイア、ダンス イン ○ ヴァンパイアバンド、
FORTUNE ARTE○IAL、ゼロの○い魔外伝 タバサの冒険、とある魔○の禁書目録 2巻、ネ○ま!? 、○.gray_man、 etc...(*注.全て小説。この世界には有るんです!




高町邸でユーノが本の内容に頭を抱えている頃、翠屋JFCのキーパーの少年と、マネージャーの少女は未だに帰路の途中に居た。
マンション等が立ち並ぶビル街のど真ん中で二人で横断歩道の信号が赤から青に変わるのを待っている所だ。

自然と、少女の方から言葉が漏れる。

「今日の、凄かったね」

「いや、そんなこと無いよ。ほら、うちはディフェンスが良いからね」

「でも、格好良かったぁ」

そんなやり取りに、赤面する少年。それを少女は嬉しそうに見ている。
と、ふと少年が声を上げた。

「あ、そうだ」

「え?」

少年はジャージのポケットをゴソゴソと探り、目的の物を取り出した。

「はい、これ」

「わあ、綺麗……」

少年の開いた掌の上には、蒼色に光るとても綺麗な石。

「ただの石だとは思うんだけど、綺麗だったから」

「ぅわぁ……」

少女が嬉しそうな顔をするのを見て、満面の笑顔になる少年。
そして少女が、少年の掌の上に自分の手を置いた、その瞬間…………………………


「え!?」「ぅわあ!?」



…………………………蒼い宝石、ジュエルシードは発動した。


自分たちの持っていた石が急に強い光を放ったと思ったら、いきなり地響きがして、自分達の周りを黄色い光が包み込んで、
周りからは常識外れの巨大な木の根が生えて、周りを破壊しながら自分たちを持ち上げて、自分たちはお互いに抱き合って…………少年と少女が意識を保っていたのはここまでで、全てが終わった後には、その事すらも忘れていた。




強い魔力の発現――ジュエルシードの発動を感知して、なのはは目を覚ました。
起き上がると、ユーノに呼びかけられる。

「なのは!」

「気付いた!?」

言うまでもないだろう。なのはは急いで床に落ちていた服に着がえた。


自分の娘がドタドタと階段を駆け下りて来る音に、風呂に入っていた士郎は声を何とも無しに呼びかける。

「何だ-、なのはー、一緒に入るかー!?」

「ごめんお父さん、また今度ー、ちょっとお出かけして来まーす!」

「そっか、行ってらっしゃい」

少し残念そうに、士郎は呟いた。



なのははジュエルシードの発動を感じた近くのマンションに着くと、その屋上に登った。

「レイジングハート、お願い!」

《Stand by, Ready.》

なのはの体がバリアジャケットに包まれる。
準備の整ったなのはが眼下を覗くと……

「あぁっ!」

いや、覗くまでも無かった。そこには既に、明らかにジュエルシードの起こしたものであろう現象が目に見えていた。

「酷い……」

なのはの視界に映るのは、巨大な木々。そこら中にあるマンションやビルより尚巨大な、異常に大きな木々であった。
その木の幹が、根が、道を破壊し、車を吹き飛ばし、ビルを破壊しながら成長を遂げていた。
木の巨大さが幸いしたのか、木と木の間にはかなりの差があり、被害を免れた物件もそれなりに有るが、それでも酷い有様だ。

「多分、人間が発動させちゃったんだ。強い思いを持った者が、願いを持って発動させた時、ジュエルシードは、一番強い力を発揮するから」

「ぁっ!」

その時、なのはの脳裏に蘇る記憶。今日、翠屋の前で、男の子がジュエルシードらしき物をポケットに入れていた……

(やっぱり、あの時の子が持ってたんだ。私、気付いてた筈なのに……、こんな事になる前に、止められたかも知れないのに……」

途中から、心の中の声が口から出ていた。
別にそうじゃ無いかも知れない。やっぱりそれはなのはの勘違いで、それとは全く関係の無い、別のジュエルシードが発動しただけという可能性も、無いわけでは無い。

「なのは……」

だが、そんな事言える雰囲気では無かった。ユーノが口に出来たのは、ただただ、なのはの名前を呼ぶ事だけ。
先程、自分がしっかりしなければと思った所なのに、それから直ぐに失敗の連続、ユーノは自分の無力さに腹が立った。

沈黙が、辺りを包み込む。

が、突然レイジングハートが輝きだす。なのはの魔力光――桜色に。
それの意味する所を理解して、ユーノが声を上げる。

「なのは?」

「ユーノくん、こういう時は、どうしたら良いの?」

「え?」

ユーノが見上げた先には、何かを決意した顔の、なのは。

「あっ」

「ユーノくん!」

「ああ、うん。
 封印するには、接近しないとダメだ。まずは元となってる部分を見つけないと。
 ……でもこれだけ広がっちゃうと、どうやって探したらいいか……」

悩む様な声を上げるユーノに、なのははただ、確認する。

「元を見つければいいんだね?」

「え?」

ユーノの声を尻目に、なのははレイジングハートを前方に構える。
だが………

《……………》

「レイジングハート?」

いつもなら直ぐに応えてくれる筈のレイジングハートが、応えてくれない。

《Must not do it.(いけません。)》

「どうして!?」

予想外の返答に、なのはが叫ぶ。

《Even for free, the body of the master is a limit now.(ただでさえ、今のマスターの体は限界です。)
 If you use the Area search that the big burden in such a state, you will fall down on the way.(その様な状態で負担が大きな広域探索を使ったら、その途中でマスターが倒れてしまいます。)》

「……っ!」

レイジングハートの言葉に、ユーノは歯噛みする。なのはに既に、自分も使えない様な広域探索の魔法を使う資質が有るという事実にも驚きだが、ユーノは、レイジングハートの言葉が恐らくは真実であることを理解出来てしまった。
魔力は問題では無い。むしろ彼女の魔力は有り余っている。だが、今問題なのは魔法を扱う時に直接体に掛かる負担だ。こればかりはどうにもならない。
だが、それになのはが納得する筈も無く。

「大丈夫だよそれくらい! レイジングハート!」

《……………》

必死に呼びかけるが、レイジングハートは沈黙を保つ。

「ユーノくん!」

なのははユーノに助けを求めるが、

「なのは、元となったジュエルシードを地道に探していこう。今はそれしか……」

「っ! ユーノくん!!」

ユーノのその返答に、なのはは絶叫に近い声を上げた。
今の彼女の心の中は、(こうなったのは自分のせいだ、早く何とかしなければ)という脅迫観念じみたものに支配されている。
ユーノはそんななのはを痛ましそうに見つめ、自分の無力さを再び痛感していると……

「基点が分かればいいんだね!?」

救世主の声が聞こえてきた。





さつきは、翠屋を出た後そこら辺をうろうろしていた。省きすぎだと言うかも知れないが、本当にそんな感じなのだから仕方がない。
ゲーセンなんて突発的に探した所でそうそう簡単に見つかる訳も無く、しかも思ってみれば今の自分の体型(9歳児)でゲーセン等に居ると色々と問題があると思い直し、
かと言ってする事も何も無いのでぶらぶらと公園のベンチで寛いだり、通りがかった古本屋で立ち読みしたり、コンビニで良策っぽい週刊誌に目を付けたり、お腹が空いたらファミレスに入ったりしていた。

「ん-、何か、無駄に時間があるってのも問題だよねー」

ぼやきながら、まあ、追っ手を警戒しながら裏路地を這い回るよりいいけどと苦笑する。

(でもまあ、本当に暇だよ。前は、休日と言えば学校の宿題をやったり、家でごろごろしながら遠野君のことを考えてたり、遠野君に会えないかなー、何て思いながら街に出たりしていたけど……)

自分で考えながらブルーになっていった。ちなみに彼女、女友達と一緒に遊びに行ったり等はしていない。
彼女はクラスのアイドル的な存在だったが、それは彼女が志貴に良く見られたいと頑張っている内に自然とそうなっていっていただけで、そういう付き合いで獲得したものでは無いのだ。
いつも笑顔で明かったのも志貴に振り向いてもらうため、常に周りに気を配ってたのも志貴に好印象を持ってもらうため、根が良い娘なのも手伝って、彼女が自然にクラスのアイドルになっていくのに、そんなに時間はかからなかった。

(遠野くん……)

さつきの瞳は、既に遠い所を見ていた。ふと現実に帰り、はぁ、と溜息を吐く。
すると瞬間、高密度の魔力が解放されたのを感じた。

「っ!!」

(これは、ジュエルシード!)

吸血鬼化していくこの体を、元に戻せる可能性、あの日常、家族と過ごし、友達の輪に入り、何より先程まで思い描いていた志貴と、再び会う事の出来る可能性。その手がかりに、さつきは感知した方を急いで振り向いて、

「え……………」

瞬間、言葉を失った。
さつきの目に映るのは、巨大な木々。少し離れた場所にあるビルの、その上を越してもまだ成長を続ける、幾本もの巨大な木。地面も、気付かない方が可笑しい程に揺れている。

「これは、木を依り代に暴走した……?」

見た目でそう判断しそうになったが、さつきの"とある感覚"が、必死に違和感を訴えていた。
これは……

(世界が、異常を感じてる……? じゃあ、まさかこれって結界!?)

さつきは自身の持つ"とある物"のお陰で、世界の異常に異常なまでに敏感なのだ。そしてその感覚は、目の前の木が一種の結界だということを訴えていた。
そして、その感覚は正しい。あの木々は、『ずっと二人で一緒に居たい』という"二人分"の思いを元に発動した、"二人だけの世界"を護る結界なのである。

(ちょっと信じられないけど、これが結界なら、その一部を壊せば……)

驚くのも数瞬、さつきは人気の無い通りを選んで駆けだした。程なく、木の根元の一つにたどり着く。周りには、痛々しい破壊の跡。

(酷い……)

この分だと、死者が出ても可笑しく無いだろう。少なくとも、重傷者ゼロなんて事は無い筈だ。
さつきは、胸にわき上がる憤りを発散する為に拳を腰溜めに構え、思いっきり、手加減無しで目の前の根っこを突き上げた。

―――――瞬間、街が震えた。

「え、きゃっ!」

自分の拳の破壊力が巻き起こした惨事に、驚いて体勢を崩すさつき。
彼女の放った拳の威力は、木の根を伝い、地中に浸透し、繋がっている木を振るわせ、他の根にも伝達させ……結果的に、そこら一帯に局地的な地震を発生させたのだ。
何やら遠くから、ガラスの割れる様な音と、人の悲鳴が聞こえた様な気がする。

(……………)

さつきはあんまり気にしない(現実逃避する)事にして、自分の行動の成果を確認した。
だが……

「嘘……」

そこにあったのは、僅か罅が入っただけだったという事実。木の根っこ丸ごと吹っ飛ばすつもりだったのに、と目を丸くする。罅はそれこそ木の根の大半に及んでいるが、それでもこれは予想外だ。
だが、

「まあ、結界なら、これぐらいの罅が入れば後は自然に解けるよね」

そう、それが普通の結界なら、一カ所が壊れればそこから連鎖的に壊れて、結果結界全体が消滅する。
そう、それが"普通の結界"なら。

「っ嘘!?」

さつきの目の前で、それは一瞬にして修復されてしまった。
基点から魔力が流れ出たと思ったら、それは一瞬で木の根を通して到達、これまた一瞬で木の根は元通り。

「これは……基点をどうにかしないとダメっぽいね……」

さつきは頭を抱えた。まさかジュエルシードの力がこれほどまでとは。いや、むしろ"願いを叶える宝石"なのだからこれぐらいの事は出来て当然か。と、自らの見通しの甘さを呪った。

さつきの頭の中に、甘い声が響く。それは、『基点は分かっているのだから、そこに向かってジュエルシードを回収すればいい』というもの。
だが、それだとこの木々はそのままだろう。この木は結界の一種、なら、基点を破壊ないし封印すれば、この木々は消える。
だが、さつきにジュエルシードの封印は出来ない。破壊など、何が起こるか分からない。

『別に、この世界は自分の世界じゃ無い。全てが上手く行けば、この世界とはおさらばしちゃうんだから、別にどうという事は無い。困ってるのも元々赤の他人だし。
 それに、こっちでジュエルシードに色々やって、上手くいったりいかなかったりっていう結論が出てからなのはに渡せばそれでいいじゃん』

またもや甘い誘惑がさつきの頭の中に響く。それだと木々はしばらくそのまま、木の根などに邪魔されて救出作業等が困難を極める事になってしまうだろう。

だが、それは本当に甘い誘惑で……

(………)

さつきの頭の中に、向こうの世界で、橙子たちに会う前の三週間の記憶が蘇る。毎日裏路地を彷徨い、日に当たる事も出来ず、人々からは恐れられ、廃ビルや、裏路地の隅で寝た日々……

(みんな……)

家族や友人の顔がちらつく。あの暖かい空間に、もう一度自分も入りたい……

(遠野君……)

志貴の顔が浮かんでは消えてゆく。その顔は、本当に優しそうで、お人好しそうで……いや、実際にとても優しくて、お人好しで…………

(っ! ………………………………………)

数秒、沈黙が訪れる。さつきは俯いていて、周りからその表情は探れない。

やがて、俯いていた顔を上げると、思いっきり叫んだ。

「あーもう! もしかしたら最後のチャンスかも知れないのにー!!」

まあ、普通に考えて"願いを叶える魔法の石"なんてものがそう10個も20個もある訳が無いのだから、"普通に考えれば"これが最後のチャンスになっても可笑しくは無いだろう。
実際は、21個も有るのだが。

叫んださつきは、幾分かすっきりした顔で前を向いた。

「まあ、ここまで首突っ込んどいて後は帰ってゴロゴロしてるってのも後味悪いし、とことん付き合ってあげようじゃない」

その顔には、名残惜しさはあっても迷いは無かった。

兎に角、自分一人では何も出来ないのだ。となれば、まずやることは一つ。
さつきは、手近なビルの屋上までいつもの方法で飛び上がり、そこから更に思いっきり跳躍して辺りを見渡した。

「…………………………いた!」

探しものを見つけたさつきは、人々の視線が集中しているであろう木々の上を避けてビルとビルの間を飛び移り、探していた人物――高町なのはのいるビルの屋上へと向かう。
だが、ここに近づいて行くと共に、何やら揉めているようなのが見て取れた。

(こんな時に何やってるのよ)

思いながらも、足は止めない。
そこにたどり着く直前、なのは達の会話がさつきの耳に届いた。

「…………ん!」

「なのは、元となったジュエルシードを地道に探していこう。今はそれしか……」

「っ! ユーノくん!!」

そう言うことか。さつきは確信し、

「基点が分かればいいんだね!?」

言葉と共に、降り立った。




聞き覚えのある声に、なのはとユーノは後ろを振り返った。
そこには、

「貴女は……」

「さつき……ちゃん?」

昨日自分たちとジュエルシードを取り合った、弓塚さつきがいた。
その事実に、自然と警戒してしまう二人だったが。

「ああいや、今回のジュエルシードはあなたたちにあげる。
 わたしじゃこれはどうにも出来ないし、流石にこれをほっとく訳にはいかないし……ね」

その様子を見たさつきが、急いで弁明する。
自分の言った事に気まずそうに視線を逸らして頬を書くさつきに、なのはとユーノは首を傾げるが、取り敢えずの警戒は解く。思えば、向こうからわざわざ目の前に姿を現すメリットも無いのだ。

そして、先程の言葉……なのはは期待と共に、言葉を発した。

「もしかして、ジュエルシードの位置が分かるの!?」

「うん」

なのはのその言葉に、さつきは何ともなしに頷く。なのはは直ぐに食いついた。

「教えて! 何処にあるの!?」

必死ななのはに、若干後ずさりながら、さつきは違和感の中心――自分の向いている方角を指さす。
なのはは急いでそちらを見て、さつきの指の延長線上に自分の体を割り込ませ、その延長線沿いにレイジングハートを構えた。

「方向さえ分かれば……後は!」

「ここからじゃ無理だよ! 近くに行かなきゃ! それに……」

先走ろうとするなのはを、ユーノが諫める。更に言うとユーノは、さつきの言葉を信用出来ていなかった。

「出来るよ! 大丈夫!」

だが、そんなユーノなど露知らず、なのはは先を進めようとする。

「そうだよね……レイジングハート……」

だが、何とも無しに話しかけたレイジングハートに、

《It is impossible.(無理です。)》

即答で否定されてしまった。

「………………………………………」

まさか否定されるとは思っていなかったなのはは、そこで固まってしまう。

「……え? 何で!? ここからでも届かせられるでしょ!!?」

《The reason is the same some time ago.(先程と同じ理由です。)
 Please mind a little one's body.(もう少しご自分の体を省みて下さい。)》

「そうだよなのは。それに、どうしてこの世界の住人である筈のさつきさんが、ジュエルシードの位置なんて特定できたのかも分からないし」

レイジングハートに続き、ユーノにまで押さえられてしまった。なのはは、悔しそうに俯く。
そこでユーノは、さつきに視線を向けた。その視線の意味を理解したさつきは、何とも無しに答える。

「わたしって、こういうのに少しばかり敏感なの。だから分かっちゃうんだよね」

だが、それでもユーノは納得しない。

「『こういうこと』? 魔法技術の無いこの世界で「ユーノくん?」っ!」

反論しようとしたユーノの言葉を、さつきが遮った。

「先入観って、いけないと思うよ」

「!? ? !!?」

さつきの言葉に混乱するユーノに対し、さつきは心の中で(嫌な性格になったなー)と苦笑していた。
そして、黙ってしまったユーノに変わり、なのはに話しかける。

「ねえなのはちゃん、近づければ何とかなるの?」

「うん……」

それになのはは元気の無い声で返すが、

「じゃあ、私が連れてってあげる。」

「え!?」

さつきのその声に、なのはは再び顔を上げた。と、もう既にさつきは目の前に居て、それに驚くと同時に体を浮遊感が襲って……

「え? え!?」

次の瞬間、なのははさつきに抱えられて空中へダイブしていた。なのはがされているのは、所謂"お姫様抱っこ"というやつだ。
いきなり飛び降りられたなのは&ユーノはというと……

「ほ、ほえぇぇぇ~~!」「きゅ~~!」

お互いに叫んでいた。少しの浮遊感の後、さつきが降り立ったのは木の枝の一つ。そこからその上を猛スピードで駆けて行く。
わざわざそんなことをするのは、人の目があるからだろう。少なくともこれなら、下からは見えない。

だが、浮遊感が消えたことでなのは&ユーノが落ち着いたかと言えば……

「は、早い早い早すぎるーー!」「きゅ~~!」

なのははさつきに、ユーノはなのはに必死でしがみついていた。気分はさながらジェットコースターだ。
と、そこでさつきは思いついた。

「ね、ジュエルシードって全部でいくつあるの?」

「へ?」

突然の質問になのはは戸惑った声を上げるが、

「答えないんなら、この話は無かった事に……」

「21個! 21個です!!」

さつきの言葉に、必死になって答えてきた。
その、想像以上に大きな数字に驚くと同時に、なのはの様子にさつきは何とも申し訳無い気分にされるが、質問は続ける。

「それで、なのはちゃんたちは今まで何個集めたの?」

「5個!」

「ありがと。ほら、着いたよ」

「っ!」

なのははお姫様抱っこの状態から木の枝に降ろされると、ふらふらしながらもなんとか立っていた。というか、余計体力を使った気がするのは気のせいだろうか?
ユーノなんか思いっきり目を回している。先程の会話に彼が割り込んでこなかった訳である。

「これって……」

「この子達は……」

なのはとさつきが前を見ると、そこには繭の様な物に包まれた少年と少女。二人は抱き合って、気を失っている様だ。
なのははそれを見て、自分の想像が確信に変わり、
さつきはそれを見て、この結界の意味を理解した。

理解した……のだが。

(……違う)

さつきの中に、何かがわき起こって来た。

(こんなのは、違う)

それは、純然たる、憤り。

(この子達は、こんなのを望んでたんじゃ無い)

ずっと、自分のが実らなかったためであろうか。

(こんな、この子達の気持ちを弄ぶような……っ!)

さつきは今朝の事を思い出す。あの時のこの子達は、本当に幸せそうだった。そんな幸せに、こんな方法で茶々を入れたジュエルシードに対して、八つ当たりだと分かっていてもなお怒りがわき起こる。

「消して……」

「え?」

唐突にさつきの口からこぼれた言葉に、なのはが疑問の声を上げる。

「早く、消して。こんなの……」

「………」

決して大きな声じゃ無い。だがなのはは、その言葉に言い表せない感情(想い)を感じた。
そして、さつきの瞳を見たなのはは、そこに何を感じ取ったのか、無言でレイジングハートを構える。

《sealling mode》

レイジングハートが封印形態を取り、

「リリカル マジカル!」

なのはが呪文を唱える。

「ジュエルシード、シリアル10、封印!」

そして、辺りは光に包まれた。


木々が消えた直後の道の隅。そこに二人の人影があった。いや、性格には二人と一匹の。

「ありがとなのはちゃん、あれを何とかしてくれて。じゃあね」

「待って!」

早々に姿を眩まそうとするさつきを、なのはが呼び止めた。

「どうして、あなたはジュエルシードを欲しがるの? 今日の見たでしょ? これはこれだけ危険なんだよ。
 さつきちゃんの願いなら、もしかしたら、他の方法でも……」

「それは無理だよ」

背を向けたまま言うさつきに、なのはは尚も食い下がる。

「だからどうして!? 理由を教えてよ……」

「秘密って言ったでしょ。それにねなのはちゃん、今回はたまたま協力したけど、今度ジュエルシード見つけたらその時は必ずもらいに行くから。
 わたしはジュエルシードが欲しい。あなたもジュエルシードを集めてる。なら、わたし達は所謂敵同士ってやつ。話し合いの必要はないし、それだけでいいよ」

固い声で、まるで拒絶するかの様にそれだけ言うと、さつきはなのはの止める声も聞かずに姿を眩ました。




「色んな人に、迷惑かけちゃったね……」

「え?」

家への帰り道。なのはは凸凹になった道路を歩きながら、ポツリと呟いた。
あの後程なく目を覚ましたユーノは、なのはの呟きに反論する。

「何言ってんだ。なのはは、ちゃんとやってくれてるよ!」

暗い顔をしているなのはに、ユーノはなのはの肩から声を掛ける。直接声を届けられるため、ユーノは周りに人がいないことに感謝した。

「私、気付いてたんだ、あの子が持ってるの。でも、気のせいだって思っちゃった」

なのはの独白。なのはの足は止まり、その場に座り込んでしまう。

「なのは。……お願い、悲しい顔しないで。元々は僕が原因で……。
 なのははそれを手伝ってくれてるだけなんだから。」

こんな事しか言えない自分に、ユーノは今日何度目か知れない憤りを感じた。本当に、自分が無力で、無力で……

「なのは! なのはは、ちゃんとやってくれてる!」

今だって、こんな事しか言えない。

「今日の事だって、さつきちゃんが居なかったら、どうなっていたか……」

「………」

なのはの言葉に、何も返せなくなるユーノ。暫く、無言の時間が続いた。




―――――自分のせいで、誰かに迷惑がかかるのは、とても辛い。

     なのははそう思い、ユーノの手伝いを始めた。

     しかし、これからは。

     自分なりの精一杯じゃ無く、本物の全力で、

     ユーノの手伝いでは無く、自分の意志で、

     ジュエルシード集めをしよう。―――――――――――――――


なのははその日から、そう胸に誓った。

                         (もう絶対、こんな事にならない様に……)







―――――夕暮れの道、そこをお互いに肩を貸し合いながら歩いてゆく少年と少女を、とある少女が、後ろから静かに見守っていた。










あとがき

ようやっと更新出来ました! 第6話! なのはの見せ場とクライマックスを全部掻っ攫っていったさっちんに乾杯!(爆
いやー、アニメでジュエルシードが封印されたと同時に木々が消えるっての、
すっごい違和感あったので自分なりに納得出来る理由を付けてみたら、何か妙にマッチした流れに出来そうだったもんで採用したんですが……いやぁ、思いついて良かった。
はあ、はやくなのはに『さっちん』って呼ばせたい……

そしてやっと文章量増えた! 亀なのは相変わらずだけど!!(銃声
何といつもの2倍! 今までで一番多かった第0話_cよりも長いです!! やっぱり一話分丸々書くと長いですねー。

さて、一昨日から春休みに入ったうちの学校ですが、実は今まで僕寮生活で(土日しかパソコン触れなかったのそれが原因)、遂に寮から追い出されてしまったので、荷物の整理とかで忙しいんですよ。つー訳で、長々と待たせた末に申し訳ありませんが、次の話、3~4日で更新とかは無理っぽいです。
それに何かこの話よりも長くなりそうだし……だってフェイト出るし。もしかしたら1週間越すかも。いや、もしかしたら2話に分けるかも知れません。そーすれば大丈夫……いや、何だかんだ言って結構時間無かったりするからなぁ……

あ、そー言えば、the movie 1st、見に行きましたよー^^
いやあ、感動した!! アニメでは見れなかったプレシアの過去が有ったのが何よりも良い!! 泣いた!! バトルシーンも熱い!!! SLB格好いいよSLB

そしてなのは! 一つ突っ込みたい!!

……あの、非殺傷設定使ってますよね? 何か砲撃で手すりとかビルそのものとか吹っ飛んでるんですが……;;;



[12606] 第7話
Name: デモア◆45e06a21 ID:cba2534f
Date: 2013/05/03 01:22
夜の闇の中、金色の光がとあるビルの屋上に降り注いだ。
それを遠目に見た者は、ある者は雷かと思い、ある者は目の錯覚かといかぶしんだ。
やがて光が消えると、そこには代わりに少女がいた。少し離れた所には、オレンジ色という、普通では考えられない格好をした狼もいる。
少女の方も、ツインテールにした金髪、黒を基調とした、肩までしかない薄手の服、ズボンは無く、腰の辺りにスカート代わりとでも言うように巻かれている布の着いたベルト、
太ももまで届いている、これまた黒い靴下、それに黒い手袋と赤い裏地の黒いマントを着けているだけという、十分普通では考えられない格好だったが。

もうシリアスで続けるかギャグで行ってしまった方がいいのか迷う展開だが、今暫くシリアスをお楽しみ頂きたい。

少女の黒いマントが、夜の風にたなびく。そんな中、不意に少女が口を開いた。

「ロストロギアは、この付近にあるんだね?
 形態は蒼い宝石、一般呼称はジュエルシード……」

狼が少女を見つめる。端から見ればただそれだけ。だが、その狼と少女との間で、何らかのやり取りがあった様だ。

「そうだね。直ぐに手に入れるよ」

その少女の言葉に呼応するかの様に、狼が吠えた。





一方、こちらはお馴染みさっちんこと弓塚さつき。今夜もジュエルシードを探して夜の街を行く……のだが。

「うぅー、何で見つからないのー。
 21個も有るんでしょ21個も! 発動前のジュエルシードの一つや二つそこら辺に転がっててよ!!」

無茶を言うな。そしてたとえそこら辺に落ちてたとしても幸運ランク無表記のあんたじゃ絶対見逃す。

(これまでの経緯からいって、わたしの場合、ジュエルシードが発動しちゃってからじゃぁ目的達成するのはかなり難しいのに。
 逆に、まだ発動してないジュエルシードだったらすっごい簡単になるのになぁ……)

心の中でグチグチ言いながらも、至る所に注意を向け続ける。
だが、暗くなった街の中、女の子が一人であちこちキョロキョロしながら歩いているのは、どう見ても迷子である。よく通報されないものだ。

(んー、やっぱりさっき一瞬光が見えたとこ行ってみようかな。
 雷にしては空に雲は無いし、音も無かったし。ネオンライトの明かりとかだったとかだったらお笑いだけど、別にこのまま成果が無いんじゃ同じだし……)

と、さつきがそんな事を考えながら先程何やら光が見えた方向へ注意を向けると……

「え!?」

思わず叫んでしまった。丁度注意を向けていた時だったから気付いたであろう、違和感。元からあったのではなく、今、この瞬間に発動したからこそ気付けたそれは……

(世界の異常……結界が張られた!?)

だが何故、とさつきは思考する。

(ジュエルシードの反応は無かった。だからこれは、ジュエルシードと戦闘になって張ったものとか、ジュエルシード本体が張ったものじゃ無いみたいだけど……。
 じゃあ、やっぱりこの世界には魔術師が居て、その人が張った……? この間あれだけの事が起こったから、調査に来ちゃったのかなぁ?)

考えながらも、さつきの足はそちらへと向かっていた。
ジュエルシード絡みなら好都合だし、魔術師絡みでも、そっち方面へ接触出来るのならしといた方が良い。どちらにせよ、さつきには行かないという手は無かった。




「ここ……だね……」

さつきがたどり着いたのは、一つのマンションだった。中々に高級そうな、全面ガラス張りのマンションである。
結界は、そのマンション全体を包み込む様に張られていた。そのつもりで見ると、何やらマンション全体がうっすらと金色に光っている様に見えるが、真偽は定かではない。
さつきは、そのビルに手をつきながら考えた。

(マンション全体を結界で包み込んだ? まるでマンション自体が結界の境界線みたい……。
 もし魔術師の方だったらこのマンション自体が工房だってことになるんだろうけど……)

と、そこまで考えた時さつきの脳裏に何故か、マンションの壁を突き破って刀を構えた式が降ってくるヴィジョンが浮かんだ。

(……? 疲れてるのかな……?)

まあ、それはともかく。

(うー、ここが魔術師の工房なら、入って外敵と思われたら危険……なんだよね?
 『伽藍の堂』も橙子さんの工房らしいけど、そんな危険な感じしなかったけどなぁ……)

さつきは魔術師の工房、というものをよく知らない。
入ったらそりゃあもうとてつもなく危険、ということは知ってはいるが、
自身の工房もきちんとしたものでも無く、他人の工房の仕掛け等も見たわけでも聞いたわけでもないさつきは、いまいちその実感が沸かなかった。

(……まあ、何とかなるよね)

もし本当に魔術師の工房だったら軽率というのも生ぬるい思考で、さつきはマンションの中へ入っていった。




遠見市のとあるマンションの一室、そこでソファーに座って目を閉じる金髪の少女がいた。
長い金髪をツインテールにしたその少女は、服装は違えど間違いなく、先程ビルの屋上で佇んでいた少女である。
その姿は今度はきちんとした服装で、一見普通の少女と変わらない様に見えるが……やはりというか何と言うか、その姿は普通では無かった。
何と言っても、彼女の真下で、金色の魔法陣がこれでもかと言うように自己主張しているのである。

「フェイト、まだ初日なんだし、今日のところはそれぐらいにして寝ておいたらどうだい?」

ソファーの隣で寝そべっている狼が口を開いた。そこから零れるのは、紛れもなく人の言語。
話しかけられた少女――フェイトは、目を閉じたまま返事を返す。

「うん。でも、もう少しだけ」

その返事に、狼は溜息を吐いた。
このご主人様は、こう言いながらもいつまでたってもこの作業を続けるに決まっているのだ。

(全く、広域探索の魔法なんて、ただでさえ負担が大きいって言うのに……)

しかし、自分がいくら言っても無駄だと分かっている狼は、諦めて自らの前足の上に顎を乗せる。
ならばせめて、例え無意味でも、ずっとフェイトの側に居るつもりだった。

しかし、それにしても何もやることも無いので、人より敏感なその耳は、部屋の中が異常なくらい静かな事もあり、無意識的に周りの音を敏感に拾っていた。

と、その耳がこの部屋に近づいて来る足音を捕らえた。
別に珍しくも無い。ここはマンションなのだから、そんなことはしょっちゅうある。
その足音がこの扉の前で止まった。それもまだいい。向かいの部屋の住人かも知れないし、もしかしたら先程会った"管理人"という人間が何らかの用事で来たのかも知れない。

――だが。

(!!?)

その人物が呟いた言葉に、『結界』やら『魔術師』やらという単語が混じっているのは聞き逃せなかった。

《フェイト!》

急いで、己の主人に念話を送る。

《どうしたの、アルフ?》

返ってくるフェイトからの返答。わざわざ念話で呼びかけた意味を察したのか、返事も念話だった。
それに狼――アルフは、要点をかいつまんで早口で伝える。

《扉の前に、人が居る。多分魔導師だ》

《それだけで魔導師って決めつけることは……》

《喋ってる言葉の中に、『結界』とか『魔術師』とかいうのが混じってんのさ!》

「――っ!」

アルフの言葉に身を固くするフェイト。直ぐに展開している魔法を解除し、立ち上がる。

「バルディッシュ、セットアップ」

《Yes, sir. Get set》

小声で呟かれた言葉に、反応するのは彼女の填めているグローブ、その右手の甲に着いている金色のプレートだった。
同時に、彼女のバリアジャケット――冒頭の姿――も展開される。その右手には、彼女の身の丈ほどもある、戦斧の様な形状をした杖が握られていた。

《フェイト、どうするんだい?》

《相手の目的が分からない。踏み込んでくる前にここから離脱するのが一番かも》

早速臨戦態勢を取っている自分の使い魔に、フェイトは冷静に返す。
ジュエルシード関係なら黙っている訳にはいかないが、偶々この結界に気付いた魔導師かも知れないし、もしかしたら自分が転移してきた所を見られて野次馬で来ただけかも知れない。
交戦を仕掛けた場合、前者ならまだ良いが、後者ならそれで荒事になったらとんだ馬鹿だ。

《でもさ、ワタシ達がここに居る……ってかそもそもこの世界に居るって事を知ってる奴なんて、そうそう無いよ。
 言っとくけど、声はあの鬼婆のでも元々あり得ないけどリニスのでも無かった》

《だからこそ、ここで不用意に接触して、泥沼になるのは避けた方がいい。そこの窓を突き破って、離脱するよ》

尚も戦る気まんまんなアルフを宥めて、フェイトは体を窓の方へ向けた。飛び立つ為に、足に力を込める。

――だが。

《………フェイト》

《何、アルフ》

《今、扉の前のやつが"ジュエルシード"って言葉を口にしたんだけど》

「――っ!」

アルフのその言葉を聞くと同時、フェイトは体の向きを変え、離脱する為に溜めた力を扉へ向かう力へと変えた。床からそれほど離れてない空中を、駆ける。
既に手元にあるバルディッシュの先からは、まるで死神の鎌の様に彼女の魔力光である金色に光る刃が突きだしていた。

《アルフ! 封時結界を!》

《了解!》

マンションを覆う形でドーム型の結界が展開されると同時、フェイトは扉に向けてバルディッシュを振るう。振り終わったところで、非殺傷設定に切り替える。
崩れた扉の向こうにフェイトが見たのは、自分とさほど変わらないであろう背丈をした、茶髪をツーサイドアップに纏めた女の子。
その少女は、意表を突かれた様に硬直している。

「はあっ!」

取った、と思いながら、フェイトは容赦無く返す刃で少女に斬りかかった。




結界の中に入ったさつきは、早速迷っていた。
結界の内部に入るとハッキリ世界の異常を感知出来た。が。

(基点が……無い?)

いや、実際は基点が無い訳では無く、この結界自体が一個の基点の様なものなのだが。
何はともあれ、基点のある場所へ向かうつもりだったさつきは、そこからどうすればいいのか分からなくなってしまったのである。

(うーん、ここまで来てただ返るってのは嫌だし……あっ、そうだ)

と、さつきは見方を変えてみた。すると……

(あ、何か違和感あったけどもしかしてこれが魔力? 結界の中に入ったからだと思ってた……
 それなら、これを辿っていけば……)

そう、彼女が感じたのは、魔力。
さつきとて既にそちらの住人だが、それでもなにがしに内包されている魔力を感じることはできない。
年月を重ねていけばそのうち見れば分かる程度には確実に達するだろうが、まだ魔力というものに触れてさほど経っていないさつきには無理な話だ。
だがしかし、それがなにがしから"放出されている"魔力となると話は異なる。さつきも、そこまでくれば流石に自分とて何かしら感じ取れるのではないかと思ったのだ。
元々結界は基点から魔力を補給するため、この結界に向かう魔力の流れなどは分からないのだが、あちらが何かしら魔術的な行動を起こしてればと思ってのことだったのだが見事にビンゴした。

一度注意して魔力を感じてみると、確かに居た。大きな魔力をダダ漏れにしている存在が(広域探索をしているため)。
こんな状況でこのホテル内から魔力を放出している人物などもう確定だろう。

何はともあれ、行き先の決まったさつきは早速エレベーターを使ってマンションを登り、その部屋の前へと向かった。
ちなみにかなりの高台である。エレベーター見える景色もかなり良い。マンションの中も清潔そのもの。本当に良い物件だ。
魔力の感じられる部屋の前に着くと、さつきはさてどうしようかと考え始めた。

「うーん、この中にこの結界張った人が居るとは思うんだけど……こっからどうしよう?
 その人が魔術師で、ここがその工房なら、わたしがここに居る事はもうバレてる……よね。橙子さんも、部屋に着く前にわたし達の事に気付いてたって言ってたし」

ぶつぶつと呟きながら少し俯き、顎に手を添えて考え込む。

「……どうせバレてるんなら、もうそのままノックしちゃう? でも、そっからどう接すれば良いか……いきなり攻撃とかはされないだろうけど……
 ……そもそも、本当に魔術師なのかな? ジュエルシードも無かったし、結界の外と内でさほど変わった様子も無かったから魔術師だろうって結論付けたけど……
 それにしてはさっきのダダ漏れの魔力と言い……ってあれ?」

そこまで言って、さつきは先程程の魔力がもう感じられなくなっている事に気付いた。そのことに疑問を感じると同時、

「っ!?」

周りの色が、色の配色がおかしくなる。所々、モノクロのまだら模様が蠢いている。いや、どちらかというと色の有る方がまだらだ。
だが、それをさつきが認識する間もなく、事態は急転する。

さつきの目の前の扉が崩れ落ちる。それはまるで、何かで斜めに斬り崩された様で。

「え!?」

「はあっ!」

次の瞬間、そこから飛び出してきた少女に、さつきは逆袈裟に斬りかかられた。

「きゃっ!?」

だが、それを直前に察知したさつきは、急いで斬りかかられた方とは逆に……左手の方向に体を蹴る。
手を顔の前で交差させていたり、顔を背けたりはしているが、それでも硬直しなかったのは今まで何度も代行者の攻撃を臆さず殴り飛ばしていたからだろう。

だが、いきなりだった事もあり結構思いっきり跳躍したさつきは、直後バランスを崩す。
マンションの床に足が着いたと同時、さつきは強引に体を前に倒し、片膝を着き、片手を着いてスピードを殺した。同時に、前を睨む。

さつきの視線の先には、先程いきなり自分に斬りかかってきた少女がいた。距離にしておよそ9~10メートル。
薄手、というにも行き過ぎな格好で、マントを羽織り、手には死神の鎌の様な杖を持つ、漆黒の少女。
その少女は、驚きで目を見開いていた。バランスを崩している間に追撃が来なかったのは、どうやらまさか躱されるとは思ってなかったからのようだ。
さつきが構えているのを見て取った少女は、気を取り直して油断無くその手の杖を構えた。

その目を見て、さつきは体を強ばらせる。

(深紅の瞳――魔眼!?)

悟ると同時、さつきは飲まれない様に自分も吸血鬼の目を使用する。だが、本当はそんなことする必要は無かった。何故なら、それは"魔眼などでは無かった"のだから。
結果、少女の方がさつきの魔眼に飲まれ、身動きが取れなくなってしまう。
別にさつきが何かの命令を送った訳では無い。吸血鬼等の人外の魔眼は、魔術回路やそれに対する耐性を持たない人間など目を合わせただけでそれに飲まれてしまう程の威力を持つ。
威圧感に萎縮する様な感じなので、心の持ちようでどうにでもなるのだが。

その少女の様子に、さつきは違和感を覚えた。

(魔眼に当てられた? って事は、この子魔眼持ちでも無く魔術師でも無く……)

見ると、こっち側よりもなのは側と言った方が納得出来るような格好でもある。さつきがそこまで納得しかけた時、

「うおおおぉぉぉおおぉお!」

少女の頭上を飛び越えて、一匹のオレンジ色の狼がさつきに飛びかかってきた。

(……え?)

その奇怪な生物に、さつきは一瞬反応が遅れ、気を取り直した時には既に狼は目の前。

(くっ!)

だが、それでもまだ自分ののスピードなら躱せる。そう判断し、直ぐにバックステップで距離を取ろうとするさつきであったが……

「え!? 嘘っ!」

ここでまたバランスを崩してしまった。

さて、ここで物理のお勉強をしよう。物体と物体には、静止摩擦係数、動摩擦係数と言う物がある。
それらの値はそれぞれの物体によって異なり、上に位置する物の質量と併せて摩擦によって生まれるエネルギー量を計算出来る。
摩擦とは、物体Aが他の物体Bを擦った時に物体Aに返ってくるエネルギーであり、摩擦係数が少ないとその返ってくるエネルギー量も少ない。
まあ、理屈で説明するよりも、感覚で理解した方が早いだろう。要は、ゴムの上で鉄板をスライドさせるのと、氷の上で鉄板をスライドさせるの、どっちが手に力がかかるかという問題である。
そして、ここでもう一つ問題が存在する。まあ、簡単に言えば、この返ってくるエネルギー量、それぞれの物体同士毎に上限があるのだ。

そしてそして、これが一番の問題なのだが、さつきのスピードは、目の前の少女やなのはみたいに魔法の力で体を空中で動かすものではなく、"純然たる身体能力によるもの"だということだ。
つまり、さつきは足の裏(靴)で地面(床)を擦り、その返ってきたエネルギーで移動しているという事になる。
何もおかしな事では無い。体重移動やら何やらの問題もあるが、普通にみんなが歩く、走る、前方、後方に飛ぶ等の時に行っている事だ。
ただ、普通の人間なら、これで返ってくるエネルギーが"摩擦力の上限を超えることは無い"。

だが、今回さつきが期待した自分の体に返ってくるエネルギー量は、これを上回っていたのだ。木の上やアスファルト上ならともかく、今さつきがいるのは綺麗に掃除された高級マンションの廊下。
そして、返って来たエネルギーが期待していたエネルギー量よりも少なく、なおかつその分のエネルギーはさつきから見て前方に逃げるとすれば……当然、バランスを崩す。
まあ、少々大げさだが、氷の上でバックステップしようとした。みたいな物だと考えて欲しい。原理は同じだ。

先程少女から距離を取ったときに"9~10メートルしか"跳べなかったのも、その時にバランスを崩したのも、さつきはいきなりだったからだと思っていたがこれが原因である。
まあ、様は………

(ここの廊下ツルツル過ぎるーーー!)

こういう事である。
まあ、何度も言うが、"普通の力なら"何の問題も無いので、マンション側に責任は無い。

さて、バックステップしようとしてバランスを崩すとどうなるか。
当然、背中から床に倒れる。しかも、そうなったさつきの前には飛びかかってきたオレンジ狼。必然、避けられる筈も無く、さつきの両腕はその狼の前足で押さえられてしまう。

「くぅ……」

呻くさつき。実際、この程度なら力ずくで抜け出せる。だがさつきはそれをせず、思わず目をつぶってしまった瞬間に魔眼を隠した。
だが、それも次の瞬間にはまた唖然とした表情になる。

「あんた、フェイトに何をした!」

何と、狼が喋った。

(……えーっと、最近、喋る動物が流行ってるのかな?)

何かもう色々と疲れた様な気がするさつきだったが、気を取り直すと今の状況を整理し始めた。





「アルフ、そのまま押さえておいて」

さつきの目から解放され、動ける様になったフェイトがアルフに……いや、その下に組み伏せられている少女に近づきながら言った。

「フェイト、大丈夫なのかい!?」

そのフェイト声に、アルフは少し焦った様な声で返す。その目はずっと魔導師を睨み付けている。

「うん、大丈夫」

そうは言いつつもフェイトは先程の現象について頭を悩ませていた。

「嘘をお言い! アタシはあんたの使い魔だ。アタシのご主人様の事は、ラインを通じて少しだけだけど分かる! 何だったんだいさっきのは……」

そう、アレは一体何だったのか。フェイトもアルフも、それが気になっていた。

(目を合わせた瞬間、体が動かなくなった。まるで、強大な何かを前にしたみたいに、体が言うことを聞かなくなった……)

それは所謂気のせいというやつなのだが、そんな事を知らないフェイトやアルフは少女を警戒し続ける。

《取り敢えず、質問は私がするから、アルフは極力目を合わせない様にして》

《分かった》

やがてフェイトはアルフの隣に来ると、少女の眼前に刃を仕舞った己のデバイス――バルディッシュを突きつけた。

「何者だ」

「えーっと、ただの通りすがりの……」

そのふざけた答えに、アルフが唸り声を上げる。それを念話で宥めて、フェイトは質問を続ける。アルフは低く唸り続けていた。

「嘘を付くな。ジュエルシードの関係者だということは分かっている」

フェイトはバルディッシュの先に、魔力を集中させる。それはフェイトの魔力変換資質によって自然と視認出来るほどの電気となる。

「……答えたら、どうするの?」

「持っているジュエルシード、全て置いていってもらう」

「……残念ながら、わたしは1つもジュエルシードは持ってないよ」

その返答にフェイトは眉を潜めながらも、探査魔法を使い少女の体を調べる。成る程確かに、ジュエルシードは持って無かった。
だが、その結果にフェイトは更に眉を潜める。目の前の少女は、ジュエルシードどころかデバイスさえも持って無かった。

「……そう。なら、質問を変える。何故私達がここに居ると知っていた。私達の何を知っている。そして、もう一度聞く……何者だ」

これだけは聞き出さなくてはならない。何も知らないまま目の前の少女を野放しにしておくのは、危険すぎるとフェイトは判断した。
だが、少女はその質問に溜息を吐くと、

「…………あなたたちの事は何も知らないし、ここに居るのがあなたたちだと言うことも知らなかった……よっ!」

言い、アルフの腹の下にあった両足を曲げ、勢いよくアルフの腹を蹴り上げた。

「ギャンッ!」

「アルフっ!」

たかが少女の蹴りで、自分を挟んで少女の向こう側まで吹っ飛んでいったアルフに、敵の目の前だと言うのにフェイトの目はそちらに奪われてしまった。
フェイトが気付いた時には、少女は自分の懐の中。

「しまっ」

「それっ」

何とも戦闘中とも思えないかけ声と共に繰り出される少女の拳。それがフェイトの腹部に突き刺さる。
だが。

「くっ」

突き刺さっただけだった。それなりの衝撃に呻いてしまったフェイトだったが、ダメージらしいダメージは無い。

「えっ、嘘……」

そんな少女の台詞を尻目に、フェイトはバルディッシュを振るった。
鎌は出して居ない。この狭い空間では、そんなもの邪魔なだけだ。
だが、その一撃さえも少女は屈んで躱し、バックステップで距離を取った。

「もしかして、その服にも何らかの防御機能があったりするの……?」

顔を片手で覆って俯く少女。少女の言葉に疑問を抱きながらも、フェイトはバルディッシュを構える。
少女の方も、特に気負った風も無くフェイトの方を向いた。次の瞬間、フェイトは今度こそ確実に取ったと思った。何故なら……

「はあああぁぁぁあぁっ!」

少女の背後に、復活したアルフが飛びかかっていたからである。
それに直前に気付いた少女は背後を見るが、もう間に合わない。あの体勢から迎撃なんて、出来る筈も無い。

「それっ!」

だが、

「なっ!」「ギャンッ!」

目の前の少女は、それをやってのけた。やったことは簡単。体を回転させながら腕を振るっただけ。それでアルフの胸の部分を殴っただけ。
本来なら殆ど力の入らない体勢のそれは、アルフを吹っ飛ばし……ぶつかったマンションの壁を半壊させた。

「アルフーーーー!!」

フェイトの絶叫が響く。アルフは床に落ちてグッタリとしている。

「ふぇ、フェイ……ト……」

「アルフっ!」

何とかと言った感じで声を絞り出したアルフに、フェイトはホッとする。そして、少女を睨み付けた。
対して少女は、

「……で、こっちにはそういうの無い訳ね……ゴメンなさい。この子大丈夫?」

等と言っていた。
それで、フェイトの頭の中で何かが切れた。

「はあぁああぁぁあぁあっ!」

感情のままにバルディッシュで殴りかかるフェイト。
少女はそれを、左腕で受け止められる。

「きゃっ!」

だが、バルディッシュには電気をまとわせてある。少女はその電撃に悲鳴を上げた。
だが、直ぐに少女もフェイトを睨むと右手でアッパー気味に殴り掛かった。
それをシールドで防ぐフェイト。だが、少女の右手はそのシールドさえも突き破ってフェイトに迫る。
それに驚愕したフェイトは咄嗟にバルディッシュを盾にするも、それでもかなりの衝撃が体を襲い、かなりの距離を吹っ飛ばされる。バリアジャケット越しだったにもかかわらず、腕が痺れて上手く動かない。
先程の拳とは質が違った。

(何てパワー。この狭い空間であの力は驚異だ……)

それに、こんな狭い所では自分の持ち味を生かせない。
フェイトがその事を冷静に考え、どうしようかと逡巡していると、突然目の前の少女が身を翻して掛けだした。

「なっ」

それに驚き、また、何をするのかとも思う。何故なら、その先にあるのは何も無いガラス。その向こうは既にマンションの外、つまりは行き止まりだ。

「フォトンランサー、ファイア!」

デバイスも持たない人間が、何を出来る訳でも無い。そう思って困惑したフェイトだったが、何をするでも、このまま見ている手は無い。
そう思い、フェイトは自分の射撃魔法を打つ。打ち出されるは雷の刃。迎撃するは……少女の拳!?

「なぁっ!?」

何と、体を反転させた少女は、フェイトのフォトンランサーを全て"素手で殴った"のだ。殴られたランサーは、有らぬ方向へ飛んでいく。
あれがデバイスで叩き落としたのならまだ話は分かるが、素手で出来ることじゃ無い。
非常識な光景に言葉を失うフェイトだったが、次の瞬間彼女は真面目に硬直した。
何と、少女はガラスを(強化ガラス)突き破って外に――空中に身を投げ出したのだ。

「何をやってっ!」

数秒の硬直の後、フェイトは急いで後を追う。直ぐにマンションの外に出て下を見るとそこには落下していく人影が。
一体何階だと思っているのか。例え魔導師だとしても、デバイス無しにこんな所から飛び降りて、無事でいられる筈も無い。

「くっ!」

《Blitz Action》

間に合うか……フェイトは己の高速移動魔法を使用しながら、落下する少女を追いかけた。

結果は…………………………間に合わず。

「っ!」

フェイトの目の前で、少女は地面に叩き付けられた。バリアジャケットでも着ていればまだ話は別だろうが、彼女はそんなもの着ていなかった。
思わず背けた目を、恐る恐る戻して……

「え? ちょっ!!?」

再度、非常識な光景に目を疑った。何と、つぶれたと思った少女が元気に走っているでは無いか。しかも、自身のブリッツアクションとまでは行かずとも明らかに人外の速度で。

(え? え? ええっ!?)

ブリッツアクションを使えばまだ追いついただろうが、今のフェイトにはそんな余裕は無かった。
だが、困惑し、混乱し、もう何が何だか分からなくなってきたフェイトの目の前で、再度非常識な光景が展開される。

フェイトの視線の先で、少女が結界の境目にたどり着く。そしてその拳を振り上げると……

(!? !!? !!!? !!!!!!!!!?)

結界を殴った。そう、少女がやったのはそれだけ。その拳の威力で、結界全体が震えた。結界に罅が入った。結界が崩れ去った。

「あ、あり得ない……」

しばし呆然とするフェイトだったが、ふと気を取り直して周りを見回たしても、いつの間にか少女は消えていた。
それが、フェイトと"生きる理不尽"と呼ばれる吸血鬼とのファーストコンタクトであった。



その後、フェイト達はアルフがある程度回復し次第拠点を変えた。







あとがき

いや、全然長くなかったね。むしろ前に戻ってるね。痛いイタイごめんなさい。

いやぁ、旅行の予定とかスキー合宿とかすっかり忘れていたぜい。そしてスキー合宿でちょっとやらかしちゃって家で肩身が狭くてなかなかパソコン占領出来なくて……orz
同じ学校通ってるやついたらもうこれだけで僕の正体分かるんじゃなかろうか。いや、麻雀やってた4人組の誰かさんだけど。

いや、こっからさっちんパート書いてこうと思ったんですが、もう更新期間がヤヴァイので一区切り。
次回。さっちんがどの様な思考でここを乗り切ったのかから始まります。勿論、フェイトとなのは会います……多分。そしてすっかり忘れている人も多いだろう月村サイドも少しでます。
…………フェイトとなのは会うとこまで行けるかなぁ……;;;

ところで、摩擦のとこ、あれで会ってますよね? 何か自信無くなってきた件について。
あと、第6話ですが、遠野くん臭出し過ぎてたので修正入れました。いやぁ、読み返してみてあれはやりすぎ……てはないけど偏ってたなと。
さっちんって、ヤンデレ一歩手前ってイメージあるんですよね^^;;

p.s. 月姫7巻やっと出てきたと思ったらアッーーーがあって吹いた。
  そして魔箱で本家復活おめでとうなるものを見たのですが、もしかして月姫リメイク版もう出てたり……? さっちんルートは有るのだろうか?
  情報に疎いデモアでした。



[12606] 第8話
Name: デモア◆45e06a21 ID:cba2534f
Date: 2012/02/03 19:23
「し、死ぬかと思った」

とある裏路地で両手両膝を地面に付きながら、さつきは未だにバクバク言ってる心臓を落ち着かせようとしていた。
いくら吸血鬼の体でも、飛び降り自殺の真似事は心臓に悪かったらしい。
飛び降り自殺者の死亡原因は、実は地面との接触よりも落ちている間のショック死の方が多いと言うことを知っているだろうか。

「足まだ痛い……じんじんする……」

ううー、とさつきは壁にもたれながら足をさすった。実際、ここまで駆けて来る間もずっと痛みでマトモに走れなかった。

(それにしても、何者なんだろうあの子達……)

ふう、とビルとビルの間から星空を見上げながら、さつきは先程の少女とその使い魔(と確か言っていた)の事を思い出す。
もうほぼ確実に、魔術師側ではなくなのは側の人間だ。

(何か異常に警戒されてたし、あそこから対等な交渉に持ってける見込み薄かったしなぁ……。
 ジュエルシード持ってたとしても、どうせ全部封印してあるだろうし。魔眼で色々聞き出そうにも、あの狼中々目合わせてくれないんだもん)

さつきの魔眼は、相手を思い通りに操るのに目と目を合わせる必要がある。相手が複数人の場合、同時に目を見なければ片方を操ろうとする間にもう片方に攻撃されてしまう。
まあ、人間の心理的に同時に別々の人と目を合わせるというのは無理なので、相手が複数いたら基本的に魔眼の使い道は無い。
最初になのはに使った時は、ユーノがなのはの顔の隣に居たことと小動物だった事もあって(あと、さつき自信は気付いて居ないがあの時さつきの目は自信の意志に反して揺れていた。
その為二人ともと断続的に視線を合わせていたのだ)巻き添えで何とかなったのだった。
なので、今回も同時に巻き添えで何とか出来ないかなー、などと思っていたさつきであったが、当のアルフが目を合わせようとしなかったためその方法は使用出来なかったのだ。
フェイトの指示が見事功を奏していた。

ちなみに、アルフが沈んだ後だったら出来ない事も無かったのだが、また杖に邪魔される気がしたり、さつき自身は狼の手当の方法を知らなかったりしたので止めておいたのだった。
事が終わった後に魔眼から解放して手当させれば良かったかも知れないが、それじゃあ手遅れになるかも知れなかったし、色々と泥沼化しそうで面倒だった。

(あの感触じゃあ、右の肋骨全部折れてるよね……左の方も2~3本逝っちゃったかな? 肺とか傷ついて無きゃ良いけど。いや、ここまで来ると寧ろ命の心配……かなぁ……)

そんな惨状なら普通の生物じゃあまず助かっていないだろうと突っ込んで良いだろうか?
まあ、今更他人(?)の心配をしててもしょうがないと、さつきはその事を頭の片隅に追いやった。

(なのはちゃんの仲間……じゃあ無いよね? わたしの事知らなかったみたいだし。寧ろ取っ掛かりでも掴もうと躍起になってたし)

もしフェイトがなのはの仲間なら、さつきのことは少しは聞いている筈だ。そちらでも『正体不明』として扱われているだろうが、あの質問の仕方じゃあその線じゃないだろうとさつきは考えた。
何はともあれ、あの会話から察するに、向こうもジュエルシードを集めているのは間違い無いだろう。

(新しい第三勢力……か。あーもうますますジュエルシードゲットするの難しくなるじゃん!)

そう思うならあそこで潰しておくのが一番だったのだろうが、さつきはそれをするつもりは無かった。無論、これからも。さつきだって元は人の子だ。
だがまあ、それも切羽詰まってくると分からないのだが……。
今までさつきは、自分が生き続ける為になら人を殺して来た。それは自然の摂理だ。そして、このまま8年間何も対策を取らないまま過ごすという事は、人間として死ぬということと同義だ。
そしてそれは、再びあの暗く冷たい――寂しいセカイに落ちる事になると言うこと。

今でもさつきは、それを思い出す度に『あんな冷たい……寂しい思いをするのは、もう嫌だ……』と、肩を振るわせる時がある。
なまじ再び暖かさを取り戻してしまっただけ、救いの糸が見え始めただけ、その思いは強くなってしまっていた。

さつきもその事はあまり深く考えないようにしているためもあるが、本当に後が無くなった時、自分が何を優先するのか、彼女自身さえ分かっていない。

(それにあの子、杖や攻撃に電撃なんか纏わせて……擦っただけでも体が反応しなくなってくってシビア過ぎるって! 魔法少女のやる戦い方じゃ無いでしょ!!)

むちゃくちゃ言ってるが、実際シビアである。
最初さつきは、突きつけられた杖に電撃を纏わされた時はこの年で中々エグイと思ったし、攻撃を左腕で受け止めた時など感電して左腕の筋肉が思うように動かせなくなっていた。
それだけでは無く、電流は体を通って地面に返り、更に多くの筋肉の能力が低下する。
打ち出された攻撃を右手拳で殴った時も、電撃を殴ったところで電流は流れて来るので、しばらく右手がまた変な感覚に襲われていた。
しかも、電撃はその特性上直撃する必要は全くない。少し擦ればそれだけでもう直撃と大差無い効果が発揮される。シビア過ぎる。

(……まあ、わざわざ後ろ取ったのに叫んでから攻撃してくれたのは良かったけど。
 アルフの方はあのタイミングだったから別にいいとして、フェイトちゃんの方は……あれかな? やっぱ魔法少女って技名叫びながら使わなきゃいけないのかな?)

まあそこには起動パスワード的な意味があったりするのだが、魔導師でもないさつきがそんなこと知る筈も無い。
さつきからしてみれば、アルフは気配で分かっていたがフェイトの方は完全な不意打ちだったのであそこで叫んでくれたのは普通に有り難かった。

(それにしても、あのマンション大丈夫かなぁ? 他の人たちはどうにかしてたみたいだけど)

『どうにかしてたみたい』というのは、あれだけ騒いで誰も文句を言いに来たり、野次馬として現れなかったことからさつきが判断したことだ。
どういう方法なのかは分からないし知らないし、気にする余裕も無かったが。
その為、あの時さつきは心置きなくアルフを蹴り上げ、戦闘に持ち込む事が出来たのだ。

追記しておくと、人々は結界の外にいた。……いや、結界の中の方が"外"だろうか。あの結界は、空間と対象者を世界から切り離し、"もう一つの同じ空間"を作るものである。
よって、結界内のマンションで戦闘が行われていた間も、他の人々は何事も無く部屋で寛いでいたのだ。マンションの損壊も、元の世界には反映されていない。

(まあ、そんな事気にしててもしょうがないよね)

結局その思考に行き着いたさつきは、それからふぅ、と小さく溜息を着いて背中と頭を完全に壁に預ける。
静かな気持ちで切り取られた星空を見ながら、それでも周りに集中して、待つ。


――――どれぐらい待っただろうか? 夜なので時間感覚が狂ってくる。さつきが冷えてきた体を丸くしていると、それはやってきた。

(……っ! やっと結界張った)

そう、さつきが待っていたのは、フェイト達が新たな拠点に結界を張るその瞬間。
あれだけ警戒していたのだから、知られた拠点にずっといることは無いだろうと待っていたさつきは正解だった訳だ。
ずっと気を張っていれば何とか気付く事は出来る。気付けばもう後はずっと認識出来る。

(……それにしても、恐らくは周りから隠れるための結界だろうに、そのせいで拠点がばれるって皮肉だよね)

そんなことを考え苦笑しながら、さつきはすっかり冷えてしまった体を擦って廃ビルへの道を歩き始めた。





それは、4日前のお話。

――ずっと考えてた。きっと、私と同い年くらいで、一昨日は助けてくれた、何かに怯えた様な……助けを求めているような……深い栗色の目をした、あの子のこと。
  絶対に悪い子じゃ無い。あの時の、他人のために全力で怒ることの出来る子が、悪い子の訳が無い。
  ジュエルシードが欲しいのだって、何かそうしなくちゃいけない理由(わけ)がある筈だ。
  また合えば、今度はきっとあの子の言った通りぶつかり合うことになっちゃうけど。だけど――――

「なのは、なのは!」

「え?」

自分の名前を呼ぶ声に、ぼーっとしていたなのはは声を上げた。

「もう、なのは聞いてる?」

「う、うん。ごめんねユーノ君。ちょっとぼっとしちゃってたみたい」

一昨日ビル街で大騒ぎがあったため、昨日もこの日も学校は休み。
よって一昨日決意を新たにしたなのはは、張り切って魔法に更に磨きをかけようとユーノと共に魔法の練習をしていたのだが……

「なのは……」

ユーノとて、なのはが気を取られている原因は分かっている。あのさつきという少女の事だろう。これまでも度々同じようなやり取りがあった。
ユーノは後ろめたさを感じながら、それでも一つの言葉を告げる決意をする。
気まずそうな顔をしたユーノの口から、放たれる言葉。

「なのは、一つ言っておくよ」

「何? ユーノ君」

答えるなのはの顔は、"違和感のある"笑顔。無理しているのが丸わかりだ。

「なのはの決意は分かっているよ。でもねなのは、だからこそ言っておくね。
 このままジュエルシードを集め続けていると、そのうちまた、あのさつきって子とぶつかるよ」

その言葉に、なのはの笑顔が崩れ、肩を震わせる。それを見て、ユーノの顔が更に暗くなる。

「あの子は多分、優しい子だ。それは昨日の事だけで言ってるんじゃない。
 なのはは気付いてるか分からないけど、彼女と2回目に出会った時、彼女はこっちを傷つけない様に動いてた。
 あの子の力なら、先になのはや僕を無力化しちゃった方が格段にやりやすいはずなんだ。
 最後に彼女が焦って走った時、なのはは見てないけど僕見た。早すぎて辛うじて目で追えたぐらいだった。横から見てだよ。目の前でやられたら、反応出来ないかも知れない。
 最初からあのスピードで向かってきて、あの力で殴られたらそれで終わるんだ。
 ……なのに彼女はそれをしなかった。多分、自分の望みの為に他人を傷つける事をためらえる子なんだ」

ユーノの言葉に、なのはの肩から力が抜けて行く。だがそれを見たユーノは、でもね……と言葉を続けた。

「あの子がジュエルシードを欲しがってる事にかわりは無いんだ。今はまだ躊躇ってくれてるけど……なのはは残りのジュエルシードの数を教えちゃったよね?
 今の彼女は、どこまで行ったら後が無くなるのか分かってる。切羽詰まって来たら、今度こそあの子と直接ぶつからなきゃならなくなるかも知れない。
 そうでなくとも、彼女が封印の本当の意味を知ったら、僕達が持ってるジュエルシードを狙って来る可能性もある。その時は交戦は避けられない。
 なのはは……それでもいいの?」

無責任な言葉だとはユーノも思っている。自分から巻き込んでおいて何を言ってるんだと、自己嫌悪もしている。
しかし今なのはは、自分から、自分の意志でジュエルシードを集めようとしている。それならこれは、言っておかなければならない言葉だった。

それを聞いたなのはは俯き、何も言わない。
やがてなのはは、俯いたままポツポツと言葉をこぼし始めた。

「分からない……さつきちゃんの事、どうしたらいいのか、どうしたいのか……」

「なのは……」

「ごめんユーノ君。もうちょっと、時間ちょうだい……」





それは、昨日のお話。

「いい加減にしなさいよ!」

「あっ……」

昼下がりの教室で、目の前の少女にいきなり怒鳴りつけられたなのはは、はっとして顔を上げた。
いや、本当に"いきなり"だったのかは、なのはには分からない。何せ彼女はまた……

「こないだっから何話しても上の空でぼーっとして!」

「あ……、ごめんねアリサちゃん……」

思い当たる節のあり過ぎるなのはは、沈んだ声で謝るのみ。それにアリサはますます激高する。

「ごめんじゃ無い! 私達と話して、そんなに退屈なら、一人でいくらでもぼーっとしてなさいよ! いくよすずか」

「あ、アリサちゃん……」

二人の隣で何も言えずにいたすずかに、アリサは声をかけて教室を出て行く。声をかけられたすずかは、どうすればいいのか困ってしまった。

「なのはちゃん……」

「いいよすずかちゃん、今のは、なのはが悪かったから……」

困ったすずかはなのはに声をかけるも、そのなのはから"違和感のある"笑顔を向けられてしまう。

「そんなこと無いと思うけど……取り敢えずアリサちゃんは言い過ぎだよ。少し話してくるね」

そう言い、アリサを追って教室を出て行くすずか。その背中に、

「ごめんね……」

なのははポツリと呟いた。そして、もう一度、

「怒らせちゃったな……ごめんね、アリサちゃん……」

もう一人の親友にも、謝った。



「アリサちゃん、アリサちゃん!」

アリサの名前を呼びながら廊下を走るすずか。探し人は直ぐに見つかった。
階段の下にいた親友に、呼びかけながら近づく。

「アリサちゃん!」

「なによ」

だが、それに返ってくるのは不機嫌な声。

「なんで怒ってるのか何となく分かるけど……ダメだよ、あんまり怒っちゃ」

「だってムカツクわ! 悩んでるの見え見えじゃない! 迷ってるの、困ってるの見え見えじゃない!!
 なのに……何度訊いても私達には何も教えてくれない……

 悩んでも迷ってもいないって嘘じゃん!!」

アリサが言った言葉は、すずかの予想通りのもの。故に、自分もなのはやアリサに隠し事をしている身として、言う。

「どんなに仲良しの友達でも、言えない事はあるよ。なのはちゃんの秘密にしたい事だったら、私達は待っててあげる事しかできないんじゃないかな」

「だからそれがムカツクの! 少しは役に立ってあげたいのよ! この間だってそうよ!
 一人で悩んで、こっちが訊いてもはぐらかして……次の日にはもう元に戻ってたけど、あの時だって頼ってくれても……!

 ……どんな事だっていいんだから、何にも出来ないかも知れないけど、少なくとも一緒に悩んであげられるじゃない!」

反射的に返って来た言葉に、すずかの顔が晴れた。目の前の少女は、確かに怒っている。でも、何も変わってない……何も……

(アリサちゃんの言う"あの時"だって、不機嫌を必死に隠そうとしてるアリサちゃんを宥めるのに四苦八苦してたっけ)

「やっぱりアリサちゃんも、なのはちゃんのこと好きなんだよね」

「そんなの当たり前じゃないの!」

顔を赤くしながらもハッキリと肯定するアリサに、すずかは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。



「あの子がいたから、私は独りぼっちじゃ無くなったんだ……」

「うん……そうだね……。私もだよ」

だれも居ない学校の屋上で、アリサとすずかは誰にともなく呟いた。思い出されるのは、"あの時"の記憶。

「なのはちゃんがいたから、私達、友達になれたんだもんね……」

それまで何となくという感じで呟いていたすずかが、雰囲気を変えてアリサに話しかける。

「初めて会ったころはさ、私、今よりずっと気が弱くて、思った事全然言えなくて、誰に何を言われても、何にも反論出来なくって……」

そんなすずかに気付いているのかいないのか……いや、気付いているのだろう。この二人に限って、気付いていないなんてことはあり得ない。
アリサも、それに乗った。

「私は我ながら最低な子だったっけね。自信家で我が儘で強がりで……だからクラスメイトをからかってバカにしてた。心が弱かったからね……」

「私も弱かったから、ちゃんと言えなかった。それはすごく大切なものだから返して……って」

思い出されるのは、学校の帰り道、すずかのリボンを取ってからかってたアリサ。

「やめなよって言われても聞かなかった。他人の言うこと素直に聞いたら、何かに負けちゃう気がしてたから」

そしてそこにやってきて、アリサをはたいた一人の女の子。

「あの時なのはちゃん、何て言ったんだっけ」

訊いた言葉は、だけど疑問系じゃなかった。

「『痛い? でも大事な物を取られちゃった人の心は、もっともっと痛いんだよ』」

「……そうだったね」

「その後、なのはと大げんかしちゃて。それを止めたのが、事の発端のひどくおとなしい子」

「あの時は……だって、必死だったんだよ」

恥ずかしそうに言うすずかを見て、アリサはふっと笑うと、雰囲気を変えて言った。

「で? すずかはそんな昔話をきっかけに、私にいったいどうさせたい訳?」

「分かってるくせに」

だが、苦笑混じりに返された言葉に、それは崩されてしまう。敵わない――そう思いながら、アリサは言葉を紡ぐ。

「……私達に、心配させたくないだけだって事ぐらい、分かってるから。多分、私達じゃあの子の助けにならないって事も。
 待っててあげるしか、出来ないなら…………じゃあ、私はずっと怒りながら待ってる。 気持ちを分け合えない寂しさと、親友の力になれない自分に!」

「……いじっぱり」

返って来た言葉に、アリサは頬を膨らませた。

「ふーんだ」

それで話は終わりだと思ったアリサは、教室に帰ろうとするが……

「でもさ、アリサちゃん」

「何よ」

親友の言葉に、足を止めて振り返ると、そこには苦笑したすずかが。困った様にすずかが言う。

「明日、どうするつもり?」

「……え?」

「ほら、明日……」

すずかのその言葉に、アリサは《明日……》と考えて……

「あ……」

固まった。



学校からの帰り道、いつも通りに三人で帰ったなのは、アリサ、すずか。
まあ、アリサは始終機嫌が悪く、なのはは始終萎縮してて、すずかは始終苦笑していたが。

その別れ間際に思い出させられた約束に、なのはは溜息を吐いた。

「どうしたの、なのは」

今なのはがいる場所は、自宅の自室。
その椅子に座って溜息を吐いたなのはに、ユーノが声をかけた。

「ううん、ちょっと今日ね……」

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

「そっか……喧嘩しちゃったんだ……」

「ちがうよ、私がぼーっとしてたから、それをアリサちゃんに怒られたってだけの話だから」

気落ちした様なユーノに、なのはが優しく返す。

「親友なんだよね……?」

「うん。入学してすぐの頃からずっと……ね」

なのはが思い出すのは、とある日の学校の帰り道…………以下略。

「っにゃっ!?」

五月蠅い。それはもうやった。

「う゛ーーー」

「ど、どうしたの、なのは?」

急に様子の変わったなのはに、ユーノは戸惑う。

「う、ううん。何でもないよ。何かすごく理不尽な扱い受けた気がしただけだから」

「そ、そう?」

当然、何のことやら分からず首を傾げるユーノ。

「じゃあ、今日は習い事無いから、ジュエルシード探しに行こ、ユーノ君」

「え、あ、うん」

さ、と椅子から立ち上がりドアに向かうなのはの肩へ、ユーノは急いで登った。

(それにしても、明日かぁ……)

またしてもはぁ、と溜息をついたなのはに、ユーノは心配そうな視線を向けた。



その頃、夕方の翠屋で皿洗いの手伝いをしている一組の男女が居た。
女性の方は、月村家当主であり、月村すずかの姉でもある月村忍。男性の方はなのはの兄である高町恭也である。この二人、実は付き合ってる。
不意に、忍が口を開いた。

「ねえ恭也、なのはちゃんのことだけどさ、最近、何か悩みでもあるのかな? 私が見てても思うし、すずかが結構気にしてるの」

「そうだなぁ……最近は夕方や夜の外出も多いしな……」

恭也はそれに対し、何か考え込む風に言う。

「お節介かも知れないけど、ちょっとお話聞いてあげても良いかな……?」

「それは有り難いことだが、多分何も話さないと思うな」

忍の提案を、遠回しに諫める恭也。

「私じゃダメかな……」

その事に忍は若干落ち込んだ様子だが、

「ああ違う、そうじゃ無い。忍には話さないって事じゃ無くて、多分誰にも話さない。あれは昔から、自分一人の悩み事や迷いが有るときは、いつもそうだったから……」

恭也はそんな忍を見て、急いで補足する。

「そうなんだ……」

「ま、あんまり心配はいらないさ。きっと自分で答えにたどり着くから」

恭也だって、心配はしているのだろう。だが、それ以上に信頼しているようだ。

「……そっか」

それを感じた忍は、まだ心配げだったが、一応は納得した。

「それよりも、そっちの悩みは解決したのか?」

と、ふと恭也が切り出した。"そっちの悩み"……恭也が知ってると言うと、あれしか無い。

「ううん、進展無し。でも、あれからちょくちょくとおかしな事は起こっててね。極めつけは1週間前のアレだけど……
 資料がまとまって来たから、恭也明日、家に来るでしょう? その時に色々みて貰いたいの」

少しばかり困った風に(わざと)言った忍に、

「了解」

恭也は物怖じせず答えた。



その夜、なのははベッドの中で考えていた。もう一人の魔法少女がこの世界(地)に降り立ち、速攻でピンチになっているとも知らず。
久しぶりに思い出した、すずかとアリサと友達になる、キッカケになった日。そのお陰で、なのはの中のもやもやとした気持ちが方向性を見つけ出していた。

(アリサちゃんともすずかちゃんとも、初めて会った時は友達じゃ無かった。話を出来なかったから。わかり合えなかったから。
 アリサちゃんを怒らせちゃったのも、私が本当の気持ちを、思っていることを言えなかったから……

 さつきちゃんとは、少なくとも話は出来てる。わかり合えてないだけ。あの子が望みを、私に教えてくれないから。私があの子の望みを知らないから。
 目的がある同士だから、ぶつかり合うのは仕方無いのかも知れない。だけど……)

その時、新たな決意を胸に、なのはは眠りに就いた。

(取り敢えず、明日はアリサちゃんにきちんと謝ろう……)



そして、今日。

なのはは以前から約束していたお茶会に行くため、すずかの家へと向かっていた。
メンバーは当然、すずか、アリサ、なのはである。
なのはの兄である恭也も、恋人である月村忍と会うために同行している。

悩みは晴れずとも、迷いはある程度晴れたなのはは昨日よりも明るい雰囲気で月村邸へと向かった。



だが、少女の思いに反し彼女の悩みは晴れる事を知らず、待つのは新たな悲しい目をした少女との邂逅。
運命はよく歯車に例えられるが、それではこれは何なのか。
それは歯車の様に互いに互いを回さず、ふれあう度にお互い絡み合っていく。

そうそれは――――まるで糸。

たがいの糸は、これから互いに絡み合い始めることになる。いや、或いはもう既に…………







あとがき

結論、無理だった!(オマ
いやー、こういう回を入れるってのは予定事項だったのですが、真逆これ程長くなるとは……いや、短いですけどね。全体の量は。でもこれからフェイト遭遇回入れると……

ついでにこの回書いてる時になのはのさっちんへの依存の仕方に違和感あったので6話の別れのシーン書き直し。
すいません度々こういう事しちゃって……これからもたまにあると思いますが、なにとぞよろしく。

と、言うより、この話かなりの難産でした。何故って? 日付が大変なんだよ色々と! 原作内の祝日休日率どうなってるんだ!! この後行く温泉もなのはの怪我治ってからだろうから少なくとも1週間後だし!!!
いっその事ゴールデンウィーク突っ込ませようかと思ってアニメ見直して確認してみたら管理局出てくる日が4月26日だし!!
そしてアニメ見ながら書く作業がいつもと違って別のとこから引っ張り出して来なあかんかったし! 場面飛び飛びだし!(←探すのマジ疲れた

まあ、原作と変わって来たのでやっと一々原作見ながら書く作業が終わりそうで一安心中。キャラ全員が原作と違った過去を持った! よっしゃ好き勝手書けるゼイ!! ……その内再発するけど。
いや、あれやると通常の2倍は時間かかるんだよね。めんどくさいし、文章違和感残るし。
完全オリジナルだった第0話_b&cが一番輝いとった気がする。だったらやらなきゃいいじゃんって話ですが、それは無理なんですよね。僕のポリシー的に(知らんがな

最後の方とかもう自分で何書いてるのか分からなくなって来たし! 解読求む!!(待

そしてト書きの素晴らしさを改めて思い知った今回。いやー、ホント雰囲気出す時重宝しますねあれ。使い方下手な人使うとただの駄文になっちゃうけど。え? この作品自体が駄文だって? そんな事言わないで下さい奥さん(誰

えーっと、さっちんの封印に対する勘違いってのは、多分管理局出てくる時ぐらいに説明します。いやま、NANOHAwiki見れば分かるけどね。寧ろ今まで説明出来る場逃しまくってただけだし。

あ、さっちんの手段と目的が入れ替わってるのには気付いてるんで、そこら辺のご指摘はお構いなく。その内OHANASHIやります。

感想見て思ったのですが、吸血鬼=生きる理不尽って、型月SSでは結構使われませんっけ……? なんかさっちん自体が理不尽って感じになってますけど……いや、それでも間違いじゃありませんけど、僕の思い違いかなぁ……?

p.s.やみなべ様のリリカルなのはRed'sが更新停止しそうという事態にちょっとばかし orz。偶には小説書く楽しさを思い出して社会人の生活の息抜きに書いてもらいたいです。



[12606] 第9話
Name: デモア◆45e06a21 ID:cba2534f
Date: 2012/02/03 19:23
ピンポーン。

ガチャ。

大きすぎる中庭を通り抜け、屋敷に着いたなのは達がチャイムを押す。
一泊置いて、待機していたとしか思えないタイミングで扉が開いた。

「恭也様、なのはお嬢様、いらっしゃいませ」

「ああ、お招きに預かったよ」

「こんにちはー」

中から出て来て挨拶をしたのは、月村家メイド長のノエル。
薄紫色のショートヘアーカチューシャで纏め、白と紫を基調としたメイド服に身を包むなのは曰く『美人でかっこいい』人。

「どうぞ、こちらです」



その少し前、月村邸のとある一室。そこには既にすずかとアリサ、そしてすずかの姉の忍と、すずかの専属メイドのファリンがいた。
ファリンは薄紫色のロングヘアーと背が少し低い以外はノエルと同じ格好をしており、なのは曰く『明るくて優しいお姉さん』。

アリサ、すずか、忍は丸机を囲むように座っており、それぞれの前には紅茶が置かれていて、普通ならとても優雅な絵面になっているはずなのだが……


そわそわ……

「あ、アリサちゃん……」

「何よすずか」

そわそわ……

「そんなにそわそわしなくても、なのはちゃんもうすぐ来るから……」

「べ、別にそわそわなんてして無いわよ! それに何でそこでなのはが出てくるのよ!」

そわそわ……

「昨日の事で色々と気まずいのは分かるけど……、もうちょっと素直になればいいのに……」

「だーかーらー! 私はそわそわなんてしてません!」

……押して知るべし。
忍とファリンはその様子を見て始終苦笑している。

やがて……

ピンポーン。

ビクッ!

「あ、なのはちゃん来たみたい」

「い、一々言われなくても分かるわよそんなこと」

あからさまに体を震わせたことにあえて誰も突っ込まなかったと言うのに、わざわざ自分から地雷を踏みに行くアリサ。
余程テンパッているらしい。すずかの言うように、もう少し素直になれば余計な気苦労を背負うことも無かろうに……。

少しして、ノエルに連れられたなのは達が部屋に入ってきた。

「なのはちゃん」

そちらを見て声をかけるすずか。

「すずかちゃん」

ちなみにアリサは一瞬だけなのはに目を向けたが、目が合った瞬間にそっぽを向いてしまった。なのははそれに暗い顔をしたが、
アリサを横から見えるすずかには彼女がついついなのはの方をチラチラ見てしまっていることが丸わかりで、それにクスッと笑ってしまう。
それに気付いたアリサが顔を赤くして慌てながら怒るのはご愛敬。

「なのはちゃん、いらっしゃい」

そんな中なのはへ声をかけたのはファリン。なのはも「はい」と返事を返したが、ファリンはこれでは終わらなかった。

「すずかちゃんがここ最近ずっと心配してたけど、大丈夫?
 アリサちゃんなんてさっきまでずっとそわそわしてt」

「こらファリン!!」

と余計なことを喋り始めたファリンを、ノエルが叱咤する。そのままファリンのメイド服の襟を掴んで引きずって行った。
部屋を出る時に「後ほどお茶を運ばせますので、少々お待ち下さい」と言ってから消えたのは流石だろう。
ちなみに、恭也と忍はいつの間にか消えていた。今頃別の部屋で二人きりの時間を過ごしているのだろう。

なのはは「にゃはは……」と苦笑いながら、ノエルに引きずられて出て行くファリンを見ていたが、先程のファリンの言葉を思い出してアリサの方を向く。
と、その視線に気付いたアリサは慌てたようにまくし立てる。

「べ、別にそわそわしてなんかないわよ! 真に受けないでよねっ!」

その言葉を聞いたなのははまたもや苦笑するが、すぐにその顔を真剣なものへと変えた。
アリサとすずかはそれに気付き一度驚いたような顔をするが、すぐにそちらも真剣な表情になり、なのはの目を見つめ返す。

「アリサちゃん、すずかちゃんも、昨日……ううん。最近ずっとだったけど、ごめんなさい。
 本当は私、悩みがありました。迷いもありました。それは今も変わらないけど……
 ……でも、やっと迷いが晴れて来たの。
 何に悩んでるのかは、言えないけど……でももうすぐ必ず解決して、いつもの私に戻って来るから!
 だから……待ってて、くれないかな……」

それはお願い。全ては言えない、だけど隠しはしない、嘘は付かない。だから待っていて欲しいと……

「何よそれ。結局全部自分一人で背負い込んで、自分一人で解決しますってことじゃない」

「っ」

だが、返って来たのはアリサの辛辣な言葉。なのははそれに唇を噛む。
すずかはそんなアリサに何か言おうとしたが、アリサの目を見てその言葉を飲み込んだ。
アリサの言葉は止まらない。

「そこまで一人でやりたいなら勝手にしなさい。そのかわり、ちゃんと解決しなさいよ」

「……え?」

アリサの言葉にあっけにとられるなのは。すずかはアリサを優しい目で見つめた後、なのはに向き直り自分も言葉を贈る。

「なのはちゃん、話せないことは話さなくていいけど……それでも自分一人で背負いきれなくなったら……
 その時は、話せることだけでも、話してね。いつでも力になるから」

「すずかちゃん……アリサちゃん……」

なのはが感極まって二人の名前を呼ぶ。
それにアリサはそっぽを向き、すずかはニッコリと微笑んだ。それになのはが満面の笑みで頷き返そうとした時……

「はーい、お待たせしましたー! イチゴミルクティーとクリームチーズクッキーでーす!」

お約束というか何と言うか、そんな空気全てをぶち壊してファリンが入ってきた。

「………」

「………」

「………」

「…………はい?」

さすがのファリンも何か不穏な空気を感じ取るが、時既に遅し。

「ファリン……少し、頭冷やそうか……」

「え……、は、はいぃ!?」

何やらどす黒いオーラを纏ったすずかに連れられて行った彼女がどうなったのかは、誰も知らない。





さて、別の部屋でそんなことが起きている頃、恭也と忍は並んで椅子に座り、紅茶を飲んでいた。

「なのはちゃん……」

「ん?」

不意に、忍が切り出す。

「すずかもだけどアリサちゃんも、ずっと心配してたわよ? 本人は必死に隠そうとしてたけど……」

忍のその言葉に、恭也は「ああ、」と明るい顔で返した。

「昨日も言ったけど、大丈夫だよ。今日だって、何か吹っ切れたみたいだったしな」

「そう、なの?」

「ああ、あれならもう少し立てばいつも通りだろう」

「そう」

流石は兄、と言ったところだろうか。忍はその言葉に安心した様に返した。

「で、そっちの件はどうする? 今からもう始めるか?」

と、なのはの事で思い出したのだろう。恭也は昨日一緒に話に出たことについて聞きだす。

「そうね、今のうちに終わらせちゃいましょう。ノエル」

「はい」

と、忍が扉の横で待機していたノエルに呼びかける。彼女はすぐに返事をし、手に持っていた封筒を忍に渡した。
忍は封筒の中身を机の上に並べる。

「一々起こってることが大きくて、テレビとかでもニュースになってることが殆どだけど……
 これが、家に侵入される3日前に起きた事」

「これは……マキハラ動物病院。確かにニュースになってたな。病院及びその付近の道路が信じられないぐらい破壊されていたって」

「ええ。"人間なら"機材とかを使わなければ出来ないぐらいにね」

「……成る程。次は……」

「これが進入された日。繁華街の洋服店が泥棒に入られたの」

「ああ、これも知ってる。大ニュースになってたもんな。"店の壁を壊して"盗みを働くなんて」

「ええ、でも、これも不自然なのよ。これはニュースでは流れなかったけど、この店の壁の破片、大きいのよ」

その忍の言葉に、首を傾げる恭也。

「それの何が可笑しい……待て、まさか……」

途中で言葉を切り、資料の写真を見る恭也。その写真は、恭也の想像通りの光景を写していた。

「嘘だろ。破壊されてるのは、狭い路地側の壁。
 こんな所に持ち込める機械の大きさじゃあ、店の壁を砕いて崩していくしか無い筈……」

「ええ。それなのに、破片はそこまで小さくないどころか、粉塵も明らかに少ない量しか出て来なかった。
 しかも、その破片も……」

「殆どが店の中へ落ちている、か……これじゃあまるで……」

「ええ、まるで、"力任せにぶち壊した"みたいなのよ」

忍の言葉に、おいおいと恭也は苦笑する。

「そんな事出来る機械とか、こんな道に入らんぞ」

「分かってるわよ。そういう意味じゃ、次のも同類ね」

「これか?」

「ええ、これも同じ日に起きた事よ。
 これはあまり大きなニュースにならなかったけど、公園近くの森の木が何本か、力尽くでへし折られていたの」

恭也が写真を見る。それも明らかに不自然なものだった。

「こんな事するには、相応の機械が必要だろうが……周りの木が殆ど傷ついて無い。こっちにもそんな機械が入るスペースなんて無いぞ」

「そうね、これも"普通の人間には"無理。私達側の人間でも、それなりに骨が折れるでしょうね。
 洋服店の方は……まあ、それに特化した人なら何とか可能……かな?
 というより、こんな事するメリットって何?」

「……だな。盗みの方はともかくこっちは俺にも分からん。全くの謎だ」

恭也のその言葉に、「そうよね……」と溜息をつく忍。

「そう言えば、盗まれた物って何なんだ?」

恭也の問いに、「そこにリストが有るわ」と、資料の中程を指さす忍。

「何々。洋服(子供用)3着、スカート(子供用)2着、ズボン(子供・女性用)2着、シャツ(子供用)3着、
 下着(子供・女性用)4着、ショーツ3着、毛布4枚、シーツ3枚…………何だこりゃ? 犯人は女の子、だとでも言うのか?」

「さあ? そういう趣味の男が、普通に買うのが恥ずかしいから盗んだってこともあるかもよ?」

忍が冗談めかして言うが、要するによーわからんということらしい。
そして忍は新しい資料に手を伸ばす。

「で、これがその次の日。この街から結構離れた所で起きたんだけど、どーも手口的に無関係に思えないのよね」

「どれどれ…………おいおいなんだこりゃ」

その資料を手渡された恭也が呆れた様に言う。そこにはボックスの外から無残に破壊されたATMが2機写されていた。

「警察の方も唖然となったらしいわ。しかも解析の結果、どうも拳大の大きさの穴を空けて、そこから左右に開かれたみたいなのよ」

「……成る程。確かにこりゃ無関係とは思えんな」

「しかもこれ、色々と厄介なおまけ付き。ATMって中に蛍光塗料が仕込まれてるのは知ってるわよね?
 片一方にはそれがぶちまけられて使い物にならなくなったお札がそのまま取り残されていたんだけど、
 もう片方には蛍光塗料がかけられた形跡が何も無くて、中のお金が全部掻っ攫われてたの。
 というより、かけられた形跡どころか、"蛍光塗料があった形跡"すらも無いのよ。
 塗料の詰まっているはずのカプセルの中身が、全部カラッポ。カプセルの内側にも全く残ってないと来たわ。
 で、これも謎なんだけど、そこから数メートル離れた道路にその蛍光塗料と思われるのがベットリ。もう渇いてたけどね。」

そこまで説明された恭也は、もうお手上げとばかりに苦笑する。

「……おいおい、俺はシャーロック・ホームズじゃ無いぞ」

「彼でも解けるかしらね、この謎。でもまあ、これもまだ次のに比べれば可愛いものよ」

はあ、と溜息を吐きながら、忍は最後の資料を恭也に手渡した。

「……ああ、1週間前のあれか。酷い被害が出たもんな」

そう、それはビル街にいきなり現れた巨大樹の数々によって、街や道路があらかた破壊されたというもの。
木々が生長する時の衝撃で地震まで巻き起こり(と資料にはあるが、それは本当は一人の少女が巻き起こしたものである)、
幸い死者は出なかったが、重軽傷者は多数、破壊された道路のせいで救助は困難を極め、近隣の学校は数日休日になる等、海鳴市は大混乱に陥った。

「木々が現れた原因は不明、いきなり消滅した原因も不明、いきなり消滅したっていうから本当に木なのかも疑わしい、つまりは正体も不明」

そこまで言って忍は頭を抱えた。

「家に進入したやつの正体調べようと思っただけで、こんなに厄介なのばかり出てくるとは思わなかったわ。
 しかも、このうちどれが本当に関係していて、どれが無関係なのか、もしかしたら全部関係あるのかもしれないし、全部無関係かもしれないってのが嫌らしいのよね……」

「はは……もし全部が全部関係してたら、こりゃもう俺達だけじゃどうにもならないな……。
 特に最後のやつとか絶対シャレにならん気しかしないぞ。
 それで、肝心の侵入者の資料は?」

「ああ、それは映像記録があるから別室よ。ついて来てくれる?」

言い立ち上がる忍に続いて、恭也は(やれやれ、厄介な事にならなきゃいいが……)と思いながら立ち上がる。
それでも、どんなことがあっても目の前の女性やその家族、自分の周りの人間だけは、絶対に守り抜くと彼はその時改めて誓った。

……結局彼らの心労は杞憂に終わるのだが、そんなこと知る由もない彼らであった。





場所は変わって屋敷の裏側の庭。周りを森で囲まれたそのど真ん中に、なのは達は机を据えてお茶をしていた。
周りには大勢の猫が屯している。アリサ曰く『すずかの家は猫天国』。
しかしそれを言うならアリサの家だって犬天国だと言うのがなのはとすずかの共通の感想だった。

ちなみに、三人の雰囲気は昨日の下校時の様にギスギスしたものではなく、幾分か柔らかくなっていた。
まだ、いつもの様に全員で笑い合うという様にはなっていないが、それでも話に花を咲かせる事は出来た。
なのはとすずかが笑い合っている時に、たまにアリサもつられて笑ってしまい、それになのは達が気付くと顔を赤くしてそっぽを向くというのもお約束である。
雰囲気的には、アリサのツンがレベルアップしていると言ったところだろうか。……本人の前では絶対に言えないが。

ちなみにユーノはなのは達が部屋に入った時から空気を読んで鞄の中でじっとしている。
昨日喧嘩したと聞き、多少なりとも原因は自分にもあったりするので結構気にしていたのだ。

そんな彼だったが、外の会話を耳で拾い、これなら大丈夫そうだとほっと安心していた。
そしてやれやれ窮屈だったと思いながら、鞄を内側から空けて外に出る。

そして、そこから彼の悲劇が始まった。

まずユーノの目に入ったのは、自分を見つめる一組の目。
それに一瞬で固まるも、ユーノの頭は自分を見つめているのは子猫であるという結論を導き出す。
だがただの子猫と侮るなかれ。その身長は今のユーノよりも大きく、その目はランランと輝いている。
小動物となっているユーノの生存本能が、ニゲロニゲロと命令を送っていた。決してコワサレルナラコワシテシマエ的な電波は受け取っていない。念のため。

だが、彼の体は自信の意志で硬直から抜け出す前に、外的要因によって再度ビクリと震えた。
それによって硬直から抜け出したユーノはしかし、錆び付いたブリキ人形の様な動きでその外的要因――ただならぬ複数の気配――の方を向く。
そこには、目の前の子猫の様に目をランランと輝かせた子猫達が……(大人の猫達は大人しくしていたのは唯一の救いだろう)。

追いかけっこが、始まった。

「きゅーー!」

「「にゃー」」「にゃ」「にゃにゃー」「「にゃにゃにゃにゃ」」

「ユーノ君!?」

「あっ、ダメだよみんな!」

直ぐそれに気付いたなのは達であったが、暴走する子猫達相手にどうする事も出来ない。
しかもユーノも逃げる事に必死で自分の行き着く先など見ておらず、周りの森に入ってしまう。
そして何とも間の悪い事に、ここで一つの事態が巻き起こる。

「――ぁっ!」

ユーノが茂みの中に入っていったのを呆然と見ていたなのはは、"それ"に気付き、思わず声を上げた。

すずかは子猫達が走っていった方を心配そうに眺めていたため気付かなかったが、アリサはそれにいかぶしげに首を傾げる。
だがなのはにそんな事を気にしている余裕は無かった。何故なら……

(ジュエルシード! 大変、もう発動しそうになってる!)

なのはが感じたのは、ジュエルシード発動の予兆だったからだ。
しかもそのジュエルシードがあると思われる方角は、ユーノが逃げ込んだ先だ。それもかなり近い。恐らく月村邸の敷地内だろう。

そこまで予想したなのはは、慌ててユーノに念話を送る。

《ユーノ君!》

……送った……のだが……。

《きゅーーーーーーーー!!》

返ってくるのはテンパッたユーノの声だけ。これでは事態に気付いてさえいないのではないだろうか。
なのはは焦った。目の前の二人の親友を交互に見る。こんな所で、この間のような事になったら、目の前の二人まで傷ついてしまうかも知れない。
そんななのはの耳に、すずかとアリサの話し声が届く。

「ユーノ君、大丈夫かな?」

「そうね、ネズミよろしく咥えられて戻ってくる前に、助けに行った方がいいかもね」

「だめっ!」

気がついたら叫んでいた。「あっ」と思うがもう遅い。アリサもすずかも驚いた様になのはを見る。

「えーっと……、私が探して来るから、二人はここにいて。
 ユーノ君がここに戻ってくるといけないから」

急いで、思いついた理由を二人に言うなのは。だが、それはアリサの気に大いに障ってしまった。

「何よ、また一人で全部解決するからってこと?」

怒ったような口調でアリサが言う。それになのはが慌てた様に返そうとするが、アリサの次の言葉の方が早かった。

「いいわ、分かったわよ。さっさと一人で行ってきなさい」

そう言って一度は上げた腰を椅子に戻すアリサ。その腕は組まれていて、顔はそっぽを向いていて、不機嫌そのものだ。
だが、なのはの方も都合上ここで言い争っている場合では無かった。罪悪感を感じながらも、素直にその言葉に従う事にする。

「……うん、直ぐに戻ってくるから、待っててね!」

そう言い、なのはは急いでユーノが消えた方へと走って行った。

「――待ってる事しか求められない方の気持ちも、少しは考えなさいよね…………」

その背中にかけられたポツリとした呟きは、しかしなのはの耳までは届かなかった。



「きゅーーーーーーーーー!!!」

「「「「にゃー」」」」「「にゃにゃー」」

さて、こちらはジュエルシード付近の森の中。
ユーノはその中を目を回しながら逃げていた。追い手は勿論月村家誇る子猫軍団。

「きゅーーーーー!!」

っておい。ユーノの奴ジュエルシードの真横そのまま通り抜けやがったぞ。しかも気付いてる様子無いし。
と、ユーノの後ろを追いかけて来た猫の一匹がジュエルシードを蹴飛ばした。

「にゃ?」

いきなり自分の眉間の辺りに現れた石に、疑問の声を上げる黒い猫。次の瞬間、勢いよく発光する蒼い宝石。

「「「「「「にゃーーーーーー!?」」」」」

それに子猫達が驚いてちりぢりに散っていく。その頃になってようやく、ユーノはジュエルシードの存在に気付いた。

「これは、ジュエルシード!?」

足を止め、ジュエルシードの発光地点へと目を向ける。
いつの間にかいなくなっていた子猫軍団に心のどこかで安堵しながらも、何が起きても対処出来るように身構える。

やがて発光が収まると、そこにはジュエルシードが目の前で発動したため逃げ遅れた、しかし発動前と全く変わったところの無い黒い子猫がいた。

「?」

その事に拍子抜けしながらも、何が起こるか分からないのでユーノは再度気を引き締める。
すると目を閉じて丸まっていた子猫が恐る恐る目を空け、辺りをキョロキョロと見回す。
ユーノはその頃から何かやーな予感がしていた。やがて別に何も起きていない事を認識したのか、またもや目を止めるのは目の前にいる小動物(ユーノ)。

(や、やっぱり……)

その視線にユーノは冷や汗をだらだら流す。

「ちょ、ちょっと待っ」

瞬間、黒い風がユーノの頭上を駆け抜けた。

「……へ?」

固まるユーノ。彼の目の前に子猫はいない。
更なるいやーな予感と共に、彼は恐る恐る後ろを振り返る。
予想通りというか何と言うか、そこには子猫が困惑した様子でキョロキョロと辺りを見回していた。

――その足下に、何かを引きずった様な跡を残して。

(ま、まさか……僕を追っている途中でジュエルシードが発動したから、『僕を捕まえたい』って願いが正しく叶えられた……?)

まあ、普通に考えてそうだろう。ちなみに、ユーノががんじがらめになったりしてないのは、そこに『自分の力で』という意識があったためである。

「ユーノ君!」

その時、ユーノの後ろから彼を呼ぶ声をが響いた。なのはだ。

「なのは!」

振り向くユーノ。その声に反応して、黒猫が獲物を再発見したことには気付かない。

「ジュエルシードは!?」

ユーノに駆け寄りながら、なのはが訪ねる。

「それなら、あの子ネ」

言いながらユーノが振り向こうとした瞬間、またもやユーノの隣を黒い風が通り抜けた。身を強ばらせるユーノ。
それはなのはの横も通り抜け、砂埃を巻き上げて止まる。

「……へ?」

目を丸くするなのは。

「……あの子が持ってる。叶えられた願いは『僕を捕まえたい』。今のところ結果は見ての通り超スピード」

「にゃー?」

自分の力を制御できていないのか、またもや獲物を探してキョロキョロし始める子猫。

「って事は、ユーノ君が捕まればジュエルシードの効力も切れるの?」

「へ……って何言ってんのさなのは!! それにそんなことしてもジュエルシードの効果は無くならないよ!」

ユーノはなのはの言葉に慌てて返す。ユーノの必死な様子に、なのはは苦笑する。

「にゃはは、冗談だよ。それよりユーノ君、近くにすずかちゃんとアリサちゃんがいるんだけど」

「! そうか、ここだと人目がある。分かった。結界を張るね」

ユーノがすぐに準備に入ろうとするが、なのはは首を傾げた。

「結界?」

「僕となのはが最初に会った空間。空間内の指定した者と魔法に関わる者を隔離して、外部との時間進行をズラすのお!?」

語尾が変だが、変では無い。何故ならユーノが嫌な予感と共にその場を飛び退くと同時、彼の目の前を子猫が通過して行ったのだから。
段々狙いが良くなって来ているのは気のせいではあるまい。ちなみに、ユーノの説明の"者"とは"生物"ということで問題無かろう。
体勢を立て直したユーノは、直ぐに結界発動に取りかかる。

「くっ、封時結界、展開!」

言うと同時、ユーノの足元に薄緑色の魔法陣が展開され、そこからドーム状に広がる様に結界が展開された。
その結界は月村邸の敷地内の殆どを覆う大きさとなる。

現れたのはモノクロにカラーのマーブルが蠢く世界。
なのははその様に見とれていたが、ふと気付いた様にユーノに言った。

「ねえユーノ君、さつきちゃんってこの中に入って来れるのかな?」

「さあ? この結界を認識出来る人なら大抵は入って来れると思うけど……
 この前『こういうのに敏感』って言ってたから、もしかしたら入ってこれるかもね」

「そっか……」

なのはが少し気落ちした風に言う。『もしかしたら入ってこれるかもね』と言うことは、普通は入って来れないということだろう。

(お話したいこと……訊きたいこと、あったのにな……)

「うぉわあ!」

と、少し自分の世界に入っていたなのはを引き戻したのは、ユーノの叫び声だった。
慌ててなのはがそちらを向くと、そこにいたのは冷や汗ダラダラ流しながら仰向けになったユーノ。
どうやら本当に危ない所で猫の攻撃を避けたらしい。

「な、なのは! とにかく早いとこアレの封印お願いぃぃ!?」

起き上がり、なのはに話しかけたユーノは直ぐさまヘッドスライディングに移行した。
その頭上を通り抜ける黒い風。明らかに切り返しが早くなってる。
と、なのは達の見ている前で子猫は木の側面に着地して、そのままユーノに躍りかかった。

「ほえっ!?」

「うわぁあ!」

その猫のいきなりな曲芸じみた動きになのはは驚き、スライディングしていたユーノは咄嗟に動けない。
だがそこはユーノ。咄嗟に猫と自分の間にシールドを張る。
だが、ユーノがユーノなら子猫も猫だった。
子猫がシールドに激突すると思われた瞬間、子猫は驚くべき身のこなしでシールドに"着地"、そのままシールドを踏み台にして垂直に飛び上がった。

「へ」

「おお!」

それにユーノが呆気にとられ、なのはが感心する中、子猫は頭上の木の枝に"逆さに"着地すると同時、その枝を蹴って真下のユーノに垂直落下を仕掛けた。

「うわぁあぁ!」

慌ててユーノが避ける。直後、ユーノがいた所で巻き上がる粉塵。煙が晴れた時そこにいたのは、何かを捕まえた様な格好で見事に着地していた子猫であった。

「流石猫」

なのははもうそうとしか言いようが無かった。

「感心してる場合じゃ無いでしょなのは! 早く何とかしてえ!」

ユーノの叫び声が聞こえ、そうだったとようやくレイジングハートに手を伸ばすなのは。

「レイジングハート、お願い!」

《All right. Set up》

レイジングハートはそれに答え、なのははバリアジャケットに包まれる。
が、バリアジャケットをセットアップし終わったなのはが再びユーノのいる方へ目を向けると、そこにユーノは居なかった。

「あれ? ユーノ君?」

「きゅーーーーーーー!!」

「ユーノ君!?」

怪訝な声を上げたなのはに返って来たのは、ユーノの悲鳴。
あの数瞬でいつの間にか移動していたらしい。なのはは慌ててユーノの元へ向かう。

そこいたのは、やたらめったら走り回るユーノと、それを追い回す子猫。
ユーノはたまにシールドを張ったりもしているが、子猫はそれすらも足場にして絶え間ない突撃をユーノに繰り返す。
先程のように突撃と突撃の間に間が無い。子猫はもうあのスピードを物にしていた。
木の幹や枝を使い、様々な方面からユーノに襲いかかる子猫。しかも、確実に楽しんでいるのだからタチが悪い。
ユーノもたまに全方面を覆う結界型のシールドを張ろうとしているが、子猫のスピードがそれを許さなかった。

急いでユーノの元へ駆け寄ろうとするなのはだったが、そこでレイジングハートから声がかかる。

《Master》

「どうしたの、レイジングハート?」

《Someone was perceived to use area search.(誰かが広域探索の魔法を使用したのを感知しました。)
 In addition it comes at high speed toward here.(更にこちらへ高速で向かって来ます。)》

「へ?」

レイジングハートの言葉に一瞬さつきかと期待するなのはだったが、次の瞬間その期待は裏切られる。

「フォトンランサー 連撃、ファイア!」

「え?」

なのはが疑問の声を上げると同時、なのはからは木々で見えない上空からユーノ達のいるところへ向かって無数の雷撃の槍が降り注いだ。
巻き起こる粉塵。

「うわぁ!」

「にゃー!」

「ユーノ君!」

それに悲鳴を上げる猫とユーノ、そしてなのは。
なのはがユーノに駆け寄ると、粉塵の中からユーノの方がなのはに向かって駆けて来た。どうやら上手く躱したようだ。

「なのは」

「ユーノ君」

自分の肩に乗ったユーノに安心したように呼びかけたなのはは、先程は見えなかった上空を見やる。
そこにいたのは、木の枝に降り立つ金髪の少女。恐らくなのはと同じくらいの年齢。
漆黒の肌着に、漆黒のマントをはためかせ、手には戦斧を思わせる杖を持っている。

「っ!」

そしてその目を見た時、なのはは息を飲んだ。

(この子も……)

紅い瞳。なのははそれを純粋に綺麗だと思うと同時、それが何処か寂しげだと思えた。
さつきとはまた何かが違う、それでも同じように寂しさを称えた、その瞳。

だが、なのははすぐに気を取り直すと、杖を構えて問う。

「どこの子!? どうしてこんなことするの!」





その少し前、フェイトはジュエルシードの発動を感じてマンションを飛び出した。

元々高速移動が得意なフェイトである。目的地にたどり着くまで、さして時間はかからなかった。
だが、わざわざ空を飛んで目的地まで直行、しかも見られた場合の対処も全くしてないのはどうかとは思うが。

兎にも角にも、フェイトが目的地に着いた時、そこには結界が張られていた。

「これは……他の魔導師が居るのかな……?」

只単にジュエルシードが張っただけだと考えるのは虫が良すぎるだろう。
只でさえ、昨日の晩に正体不明の少女にジュエルシード絡みで襲撃(だとフェイトは思っている)されたばかりなのだ。
フェイトは昨日の事を思い出してギリ、と唇を噛んだ。

アルフはボロボロだった。
右の肋骨は全部粉砕骨折、左の方も2本折れていて、壁にぶつけた左肩も骨折、右の肺は潰れかけていた。
肋骨が粉砕骨折になっていたため、傷ついた肺に骨が刺さっていなかったのが唯一の救いだろう。
アルフが主人の魔力で命を繋ぐ使い魔でなければ普通は死んでいた。

だが、それでも当分満足に動けないような怪我だ。
先程もフェイトは、一緒について行くと殆ど動かせない体を無理矢理動かそうとするアルフを宥めて来たばかりだった。

(あの子は厄介だ……)

フェイトは別に自分が負けるとは思っていない。確かにあのパワーは凄いと思ったが、自分は高速で移動して躱してしまえばいいし、
なにより少しぐらい当たってもバリアジャケットで威力を弱められる。
最後の結界壊しも、まさか単純な腕力のみでやったわけでは無いだろう。あの時は動揺してしまったが、
自分の使い魔のアルフだってバリアブレイクという魔法を使えるしそれと似たようなものだろう(と、フェイトは思っている。知らぬが仏とはこのことだろう)。
彼女が本当に魔導師で、デバイスを持ってきたらというのもあるが、それでも自分の強さは自覚している。そんじょそこらの魔導師には絶対に負けない自信がある。

フェイトはその様に考えており、もし再度交戦する事になっても負けるつもりは無かった。
だが、それがジュエルシード集めの競争相手として現れた場合、その存在はとてつもなく厄介なものになる。

フェイトは彼女に負けるとは思っていない。だが、彼女の戦闘能力を過小評価してもいなかった。
単純な1対1の戦闘ではなくなった時、出来れば彼女とは鉢合わせしたくないとフェイトは思っている。

(私は絶対ジュエルシードを集めなきゃいけないんだ。母さんのために)

兎に角、今は早くジュエルシードの所に向かわなければ。
もし魔導師が彼女じゃない場合、彼女が来る前に終わらせられるかも知れないしと、フェイトは結界内に進入した。
だが、その中は別に派手な音や、目立つ物が有るわけでは無かった。フェイトはその事に困惑する。

(もしかして、もう終わってる!?)

その予感と共に、急いで広域探索の魔法を展開するフェイト。
彼女は発動中のジュエルシードの気配を感知し安堵するすると同時、そちらに向かって飛び出した。

フェイトがジュエルシードの反応があった場所を空から見ると、そこにいたのは黒い何かの突撃を必死になって躱している一匹のフェレット。
フェレットが時折バリアーを張っている所を見ると、恐らくは使い魔だろう。そして黒い方がジュエルシードの暴走体。

それを確認すると、フェイトはすぐに行動を開始した。
暴走体は早くて狙いを付けづらい。よって……

「フォトンランサー 連撃、ファイア!」

そこら辺一体に魔力弾をバラ打ちした。

巻き上がる砂塵。直後、フェイトから影になっていた所からバリアジャケットを着た一人の少女が現れる。
その少女が昨晩の少女でなかった事に心の中で安堵するフェイト。
すると、上手く避けたのかフェレットが砂塵の中から飛び出して少女の肩に乗った。
その様子から、恐らく少女があの使い魔のマスターの魔導師であろうことが伺える。状況から見て、ジュエルシードの探索者だろう。

フェイトは気を抜かずに近くの木の枝の上に降り立った。
見ると、少女の方もフェイトを見つめ返して来ている。
少女はフェイトと視線を合わせた途端少し後ずさったが、直ぐに杖を構えてフェイトに問うた。

「どこの子!? どうしてこんなことするの!」

だが、フェイトはその意味の無い問いを無視し、その手に持たれた杖に注目する。

「バルディッシュと同じ、インテリジェントデバイス」

インテリジェントデバイスは、かなり高価な物だ。
そんな物を持っているという事は、この少女もまた、それなりの使い手なのかも知れない。

「……バル、ディッシュ?」

目の前の少女の視線が、自分の手に持つバルディッシュに注がれるのを見ながら、
フェイトは兎に角早くジュエルシードの入手を完遂することに意識を切り替える。

「ロストロギア ジュエルシード。
 申し訳無いけど頂いて行きます」

《Scythe form》

バルディッシュから鎌の形をした刃が飛び出る。早口で言うが早いが、フェイトは少女に向かって突進し、その鎌を横凪に振るった。
まず邪魔をされる可能性のある者の排除、それが一番手っ取り早い方法だ。

「え!?」

少女はいきなりの攻撃に戸惑い、反応が遅れた。迎撃も防ぐことも出来そうにない。
だが、上手くいきそうでフェイトが安堵したその瞬間、少女とバルディッシュの間に薄緑色の魔力障壁が生まれた。

「きゃっ!」

「っ!」

少女はバルディッシュの魔力刃と魔力障壁がぶつかった衝撃に悲鳴を上げ、フェイトは歯噛みした。
使い魔の存在を忘れていた自分を恨みつつ、そのままバルディッシュを振り抜いて障壁を壊そうとする。だが……

(っ 堅い……)

その魔力障壁はやたらと堅かった。並の魔導師とは比べものにならない。
フェイトは仕方無く、一端距離をとる。

すると、少女はデバイスをフェイトに向けて来た。

「何で、いきなりこんな事……」

フェイトを睨みながら、少女が問う。だが、フェイトはそんな事には取り合わず、バルディッシュの先を少女に向ける。

《Device form》

バルディッシュが刃を仕舞い、その先に集まる雷撃を伴った魔力弾。

(防御されるなら……その上から、打ち抜く!)

「ああもう! 何でこの子もお話してくれないの!!」

《Shooting mode》

すると、目の前の少女も何事か叫びながらデバイスを変形させ、その先に魔力を集め出した。見たところ砲撃用の形態だろう。
だが、構うことは無い。チャージが終わり次第打つだけだ。防がれても目くらましにはなる。

《Thunder Smasher》

先にチャージを開始した分、フェイトの方が早かった。

《Divine Buster》

だが、すぐに少女の方もチャージが終了する。

「サンダー」

「ディバイーン」

「ニャー」

「「!?」」

「ぅわぁあ!」

お互いに攻撃を放とうとした時、いきなり聞こえてきた猫の声に出鼻をくじかれる二人。
いや、ただ猫の声が聞こえただけだったらフェイトは構わず砲撃を打っていただろう。
だが、少し状況が違った。襲われかけていたのだ。目の前の少女が。いや、その肩の上に乗ってるフェレットが。

襲いかかっているのはジュエルシードを持っていると思われる黒猫。フェイトも少女も、すっかり意識の外であった。
どうやら先程のフェイトの攻撃は子猫にも当たっていなかったらしい。音と衝撃で気絶でもしていたのか、丸くなって震えていたのか。
見たところジュエルシードに意識を乗っ取られている訳ではなさそうだが、
そのまま逃げたりしてないところを見ると何らかの精神的影響ぐらいはあるのかも知れない。

「ユーノ君!」

何はともあれ、子猫に飛びかかられたフェレットは、慌てて避けようとして少女の背中側に落ちてしまった。
少女は慌ててそれに振り返ろうとする。子猫はまだ少女の目の前。フェイトにとっては絶好の機会だ。
すぐさま打とうと思っていた砲撃を破棄、連射型の魔力弾に切り替える。

「ゴメン!」

《Photon Lancer Full Auto Fire》

フェイトが叫びながら魔法を打ち出す。最初に子猫とフェレットを襲った稲妻の槍が、無数に少女に向かって飛んで行った。

「え? きゃあ!!」

直前で少女が気付くも、遅い。為す術無く魔力弾の直撃を受け、子猫を巻き添えに吹っ飛ばされる少女。

そのまま木に激突しそうになった少女だったが、直前で薄緑色の魔法陣がクッションになってそれを避けた。
どうやら直前で使い魔が正気に戻ってやったらしい。少女の方は気を失っているだけのようだ。

「さっきの障壁と言い、いい使い魔を持っている」

呟き、フェイトは少し安堵しながら吹き飛ばされた子猫に近づく。
こちらも気を失っているようだが、少しの擦り傷だけで特に目立った外傷は無い。

《Sealing mode set up.》

バルディッシュが封印用の形態を取る。
その先から電流が走り、猫に取り込まれていたジュエルシードを分離させた。ジュエルシードの表面に、ナンバーが浮かぶ。

《Order?》

律儀に訊いてくるバルディッシュに、フェイトは最後の指示を出す。

《ロストロギア ジュエルシード、シリアル14、封印》

《Yes, sir》

バルディッシュの先から魔力が迸り、ジュエルシードを包み込み、封印は完了した。

《Capture》

封印が終わったジュエルシードをバルディッシュに格納したフェイトは、少しだけ自分が倒した少女に目を向けると、そのまま飛び去った。





ちなみに、さっちんは何をやっていたのかというと。

ジュエルシードの発動に気付き、尚かつ結界の発動まで感知したさつきはその発生源に急いで駆けつけていた。
時間的にはフェイトのもう少し後と言ったところだろうか。が、そこからが問題だった。

「こ、ここは…………」

冷や汗をダラダラ流しながら塀を見上げるさつき。思い出されるのは、最初にこの世界に来た瞬間の、半ば心的外傷(トラウマ)的な記憶。

(無理! むりムリ無理!! こんな銃撃ハウス今度入ったら絶対に死ぬって!!)

ガタガタガタガタ震えながら後ずさるさつき。しばらくして、ハッと思いついた様にリアクションをとる彼女。

(そうだ! 今ならなのはちゃんもフェイトちゃんもこっち来てるだろうし、今なら誰にも邪魔されずに他のジュエルシードゲット出来るじゃん!
 さっすが私! そうと決まれば早速探しに行かなきゃ!)

……要するに、逃げ出すことにしたのだった。







空が朱くなり始めた頃の月村邸。その一室の廊下で、アリサが壁に背を向けて床に座り込んでいた。
その腕は両膝を抱えて、顔をうずくまらせている。

「……私のせいだ…………」

「違うよ、アリサちゃんのせいじゃ無いよ!」

そうポツリと呟いたアリサの言葉を、彼女の目の前にいるすずかが否定した。

「だって……だって! 私が、すずかの言うみたいに意固地になったりしなければ、あの時、ちゃんと私も着いてくって言ってれば!
 なのはが、こんな怪我することも無かったかも知れないじゃない!!」

そう言い、涙を流しながら更に顔を埋めてしまうアリサ。
すずかはそんなアリサの言葉に首を振り、優しく話しかける。

「ううん、そんな事無いよ。誰もアリサちゃんを責めたりなんかしてないし、そんなこと言ったら私だってそうだよ。
 ほら、部屋に入って、なのはちゃんが起きるの待とう?」

そう、彼女達の横の扉の向こう、そこでなのはは寝ている。
なのはの帰りが遅くみんなが心配し始めた頃、丁度様子を見に来ていた恭也達の所にユーノが駆けつけ、
足を挫いて気絶していたなのはの所まで引っ張って行ったのだ。なのははそれ以外にも所々擦り傷を負っていたが、
それ以外に目立った怪我も無かったため恐らくユーノを追いかけてる内に転んでしまったのだろうとみんなは判断した。
そして今は彼女の意識が戻るのを待っている所だ。
だが、アリサはすずかの言葉に激しく首を振る。

「どの面下げて会えって言うのよ。私がやった事なんて、ただの八つ当たりじゃない!
 そのせいでなのはは怪我して、どうしろって言うのよ……」

「アリサちゃん……」

すずかには、アリサの言った『八つ当たり』の意味が分かった。
恐らく、昨日の会話だろう。
彼女は昨日、『じゃあ、私はずっと怒りながら待ってる。気持ちを分け合えない寂しさと、親友の力になれない自分に』と言っていた。
そう、彼女が怒っているのはなのはに対してじゃなく、『気持ちを分け合えない寂しさ』と、『親友の力になれない自分』の筈だったのだ。
そのことを考えれば、先程アリサがなのはに行ったことは確かに『八つ当たり』になるのかも知れない。
だが、流石にそれは行き過ぎだ。すずかがその事を指摘しようとした時、

「アリサちゃん、すずかちゃん、なのはが目を覚ましたぞ」

「っ!」

間が悪く、ガチャリと開いた扉の向こうから恭也が出て来てそう言った。
その言葉を聞いたアリサはビクリと体を震わせ、立ち上がって全く別の方向へ駆けだして行ってしまう。

「アリサちゃん!」

すずかが慌てて呼びかけるが、アリサは止まらなかった。



アリサはその後自宅で執事をしている鮫島を呼び出してその車に飛び乗り、そのまま家に帰ろうとした。
出来た人だった鮫島は流石にそのまま帰ることはせずに月村家と高町家の面々に挨拶をしに行ったため、
アリサは車の外からすずかや忍、恭也に呼びかけられる事になるのだが、彼女はそれでも車の隅で丸くなったまま出て来ようとしなかった。

結局、ガンとして聞く耳を持たないアリサを鮫島が見かねてその日はそのまま帰らせる事になったことと、
そうなった経緯をなのはが知ったのは、既にアリサが帰ってしまった後だった。










あとがき

よーやく書き上がった!
いや、当初は7話と8話とこれを1話ですませようと思ってたとかもうね。
途中でデュエル小説とか書いてるからこんな事になったんでしょうけど;;;
しかし向こうは感想が来ない。いや、叩かれないだけいいと前向きに考えるべきか……

ちなみに作者、無意味な伏線や気の長すぎる伏線を無闇に引きます。
第4話とかA’s終了後にしか意味を持たない伏線引いてるし。今回のだって……
ぶっちゃけて言っちゃうと、月村サイド、こっから当分出番無しです。イタイイタイ。本当にごめんなさい。
そしてアリサの事だっt(強制終了

それはまあ一重に僕の小説の書き方によるものなんですが、そんな事言ってもしゃーない(開き直るな
まあ、暖かい目で見守って下さい。

ちなみに今回さっちん出番ありませんでしたが、あそこにさっちん突っ込むと収集がつかなくなるので仕方無かったんです!
あの夜の事はこの為の伏線だったんだよ! いやマジで。

そして今回ユーノをもっと虐めたかったのに上手くいかんかった orz
くそう。自分の表現方法の下手さに絶望した。

絶望したと言ったら月姫8巻! やっぱりと言うか何と言うか琥珀の所削除られてた!!
くそう。こうして琥珀完全ギャグキャラ化計画は着々と進行して行くのか orz
しかし、こうして見ると型月作品って必ず一人は強姦されてる女の子出てくるんですよね。何と言うことだ。
そして真逆の完結じゃ無かった。次の巻はいつになるのだろうか。

そして漫画つながりで書くとコンプのFate立ち読みしてこっちにも呆れた。
あんなん原作設定知らない人見ても訳わからんだけな件について。
つーか順調にUBWルート行ってんな思ってたのに11巻の最後で嫌な予感がしてきて今回完全にセイバールート確定したって何それ。
しかもアーチャーの正体誰も気付いてないって聞いたんですけどどーゆーことだ。

ついでに口にすると、僕最近メルブラアクトカデンツァで(AA地元に無いんだ(泣 )さっちんの練習してるんですが、623のコマンドが入れれない!OTL
あれ使いこなせなきゃさっちん使えない子になるのに……今まではシエル先輩使ってたから何とかなったんですが(それでもシエルサマーやろうとしたら黒鍵投げたりとか色々酷いけど
何かコツとかあったら教えて下さい。真面目に。

まあ、それはそれとして、これを書いてる合間にサウンドステージ聞いて冷や汗流した件について。(話飛びすぎ
飛行魔法は初歩……だと……? え? あれ? だってStrikerSでは……と思ってNANOHAwiki見て納得。浮くだけなら比較的簡単ってなにそれ怖い。
kyokoさんの言っていた事がようやく理解出来ました。……しかしどうしよう。暇を見て修正するか。



[12606] 第10話
Name: デモア◆45e06a21 ID:0e4ab0b6
Date: 2012/08/10 02:35
「はぁ……」

新たに出てきた魔法少女と遭遇したその夜、なのはは一人自室でため息をついた。
だがそのため息の大半はその少女に対するものではなく……

(アリサちゃんとのわだかまりをいい方向へ改善できたと思ったんだけどなぁ……。
 みんなにも迷惑かけちゃったし……)

今日、自分がみんなに迷惑をかけたことについてと、彼女が自分のせいで傷つけてしまった少女の件についてだ。
なのはからしてみれば、自分の怪我にアリサは全くもって関係無いことを知っており、
しかも自分の意志で行動した結果傷ついたのだから言ってみれば自分が勝手に怪我したようなものだ。
続けてその原因が原因なだけにそれをアリサに説明のしようが無いと来た。

(……ぅうん、もういっその事アリサちゃん達には話しちゃおうかな……
 この間から迷惑ばっかかけちゃってるし、これ以上は申し訳なさすぎるよ……)

「はあぁ~……」

と、またもや盛大なため息を吐くなのはに、ユーノが心配そうに声をかける。

「なのは、大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫だよ。ちょっと落ち込んでただけだから」

「う゛っ……」

だが、アリサ達のことでもユーノが少なからず責任を感じていることまで頭が回っていないなのはは、彼に追撃をかけてしまう。
だがそれでもめげずにユーノはなのはに話しかける。

「あ、あの……そうじゃなくて、怪我の様子……とか……」

「え? ああ、うん、大丈夫だよ。ユーノ君が治療してくれたお陰で、もうそんなに痛くないよ」

二人の視線の先には、包帯が巻かれたなのはの左足。それを暗い顔で見つめていたユーノが、口を開いた。

「あの娘……」

「うん?」

「多分……ううん、ほぼ間違いなく、僕と同じ世界の住人だ」

「……うん」

何となく分かっていたなのはは、そのまま頷く。

「ごめんなのは……僕が…………僕達のことで、君に迷惑ばかりかけてる……」

申し訳なさそうにそう言ったユーノの目の前に、手が差し出された。

「?」

「そんな事ないよ」

いかぶしむユーノがなのはの言葉に顔を上げると、乗って、とばかりに目の前の手を動かされる。
大人しくそれに従うユーノ。
なのはは自分の手のひらに乗ったユーノを自分の顔の位置まで上げた。

「最初は私も、ユーノ君のお手伝いだったけど、
 今は自分の周りの人に迷惑をかけたくないから、自分の意志でジュエルシード集めをしてるの。
 元々の原因はユーノ君達のことかも知れないけど、私の行動は全部私の意志でやってるんだよ。
 だから、私とアリサちゃんとのことも、私が怪我したことも、ユーノ君のせいじゃないよ」

優しい声で、にこやかに告げるなのはに、ユーノは尚も暗い顔で問う。

「なのはは……怖くないの?」

「ううん、不思議と怖くはない……かな。
 さつきちゃんもそうだけど、あの娘の事も……悪い子には見えないんだ」

「……………」

なのはは遠いところを見るかのようにそう答えるが、ユーノの顔が晴れることは無かった。











次の日の朝、なのはの家にユーノとレイジングハートの姿は無かった。











なのはは町中を走り回っていた。
いつもならユーノの散歩(という名目のジュエルシード探し)に出かけている時間。だが今彼女の傍らにユーノはいない。

「ユーノ君!」

朝起きたらユーノが居なかった。それだけなら別に何でも無かったかも知れない。たまたま別の部屋に行っていた可能性もある。
だが、常に首に掛けてあった筈のレイジングハートまで消えていたとあっては、なのはも慌てざるを得なかった。

(どうして……)

思い出されるのは、昨日の夜の出来事。責任を感じて暗くなっていた彼の顔。
嫌な予感がなのはの体を駆け巡る。

(どうして…………)

彼女も分かっている。恐らくは”そういうこと”だろう。
だが、だからこそ……

(どうして、ユーノ君!)

彼女はただ、あてもなく走る。







~高町家~

「あれ? なのはは?」

「んー? おかしいな。いつもならもう戻ってきてる時間だが……
先週の件で学校が休みになったぶん今日授業があること忘れてるんじゃないだろうな。
 あいつこのままじゃ学校遅れるぞ。美由希、電話入れてやれ」

「はいはい。全くなのはったら」

♪トゥートゥートゥー トゥットゥトゥー トゥトゥトゥ トゥトゥ……

「あれ? この音……」

「なのはの部屋から……だな」

「………」

「………」

「「はぁ~」」







~私立聖祥大附属小学校~

「あ、アリサちゃん」

「…………なのはは?」

「まだ、来てないみたいだけど……」

「………………」

「あっ、違うよ。怪我はそんなに酷くなかったから、ちゃんと学校にも来れるはずだよ」

「……そう」

「昨日、なのはちゃんも心配してたよ?
 誰もアリサちゃんのせいだなんて思って無いし、
 その事をアリサちゃんが気に病んで逆になのはちゃんを心配させちゃったら本末転倒じゃない?」

「……うん、分かってる。今日、きちんと謝ってそれで終わりにする」

「……全く」





~私立風芽丘学園~

ヴー ヴー ヴー

「もしもし、なのははどうなった?
 ……まだ一度も帰って来て無い? 学校の方からも電話が来た? 今は父さんが捜しに出てる?
 …………わかった。こっちも一旦学校抜け出してなのはを捜すよ」

ピッ

「恭ちゃん、なのはまだ家に戻ってないの?」

「ああ、全く、飯も食わずにどこほっつき歩いてるんだか。
 俺は今から捜しに行くから、お前は……」

「私も行く」

「…………はあ、分かったよ」







~私立聖祥大附属小学校~

「アリサちゃん……」

「………」

「ほら、なのはちゃんきっと何か用事が出来たんだよ」

「……っ!」

「あ、アリサちゃん!」


「先生!」

「あら、どうしたの二人とも?」

「なのはが学校に来て無いんですけど、どうしてか知ってます!?」

「……朝家を出てったきり、帰って来て無いらしいわ。
 まあ、ご家族の方が捜してるらしいし、そのうち見つかるわよ」

「なのはちゃん……」

「っ!」

「アリサちゃん!?」

「あ、こら待ちなさい二人とも!」






そして街中を歩く、1匹のフェレットの姿。言わずと知れたユーノである。

「………………」

彼は無言で歩き回り、至る所に鋭く目を向ける。
それを繰り返しながら進んで行き、彼が行き着いたのは森の奥の方。なのはと一緒の時は来るようなことが無かった場所である。
それまでずっと歩き続けていた彼は適当な木の幹に背中を預け、座り込んで天を仰いだ。

(これ以上、なのはに迷惑をかける訳にはいかない。魔力の方もけっこう回復して来たし、これからはまた僕一人でやらなきゃ)

彼がそう思い高町家を出たのはこの日の早朝。まだ日が昇ったばかりの頃。レイジングハートを何とか説得して、一緒になのはの元を離れたのだった。
だが、彼がこういった思い切った行動に出た原因はこれだけでは無い。
というよりどっちかと言うとこっちの方が割合としては大きいのだが……

(この間も昨日も、僕は全然役に立てなかった。それだけならまだしも、昨日の僕なんて何をしていたんだ……
 ジュエルシード発動の予兆にも気づかず、なのはに全てを投げ出して、挙句戦闘では足手まといになってなのはに怪我させて……)

要するにユーノは、ジュエルシードの件そのものでなのはにかけてる迷惑より、自分の不甲斐なさからなのはにかけてる迷惑に責任を感じているのだ。
その為彼はレイジングハートを持ってなのはの元を離れ、後は自分だけで何とかしようと思ったのだった。
全てが終わった後にまたお礼をしに顔を出そうなどと考えているあたり、彼らしいといえば彼らしいのだが、
もう少し現実という物を見たほうがよくはないだろうか?

と、そんな彼が一息の休憩を終え、「ふう、」と息をついてそこを離れようとした瞬間だった。

彼のもたれていた木のウロから、蒼い光が溢れ出した――――







「! これって!」

ユーノを探し回って町を駆けていたなのはは、不意に訪れた感覚でジュエルシードの発動を感知した。
そして、と、言うことは。

(ユーノ君は、絶対そこにいる!)

今レイジングハートは手元に無いが、元より放っておくことなど出来ないのだ。なのはは躊躇わずに反応のあった場所へと向かった。







「! ジュエルシード……」

とあるマンションの一室で、ジュエルシードの発動を感知したフェイトはすぐさま立ち上がり、窓を開ける。

「フェイト」

と、その背中に声がかかった。部屋の隅で横になっている、彼女の使い魔であるアルフのものだ。

「駄目だよ、アルフ」

また一緒に行くと言い出すのだろうと思ったフェイトは釘を刺す。何せ今のアルフは上半身の殆どをギプスで固めてあるのだ。
まだ連れて行くわけにはいかなかった。

「うん……気をつけてね、フェイト」

と、意外にもアルフはアッサリと引き下がった。それに少々肩透かしを喰らいながらも、昨日のお説教が効いたのかなとふっと笑みを零すフェイト。

「うん、行ってくるよアルフ」

そう言い残し、フェイトは空へと飛び立った。
その表情は既に真剣なものへと変わっている。

(昨日の子も来るかな? 残りのジュエルシード、いくつかはあの子が持ってるのかも)

それならば、そちらも何とかして手に入れなければならない。
それに……

(もしかしたら、一昨日の子と昨日の子は協力関係なのかも知れない。
 だから昨日は一昨日の子は現れなかったし、ジュエルシードも持ち歩いていなかったとも考えられる。
 もしそうなら、私昨日あの子に勝っちゃったから今度は一緒に来るかも知れない。
 ただの考えすぎかも知れないけど、どっちみち一昨日の子も現れる可能性はあるんだから、気をつけておくことにこしたことは無い)

再度気を引き締め、彼女はジュエルシードの発動地点へと向かう。







とある本屋では。

「!! 来た!」

ジュエルシード発動の感覚に、さつきは立ち読みしていた月間誌を急いで棚に差し戻そうとして……

――グシャ

「………」

差し込み損ねられてすごい音と共に折れ曲がる雑誌。
硬直したさつきは、恐る恐る周りを見回す。と、

「……」

「…………」

「………………(汗」

――――ニコッ

店員さんの一人とバッチリ目が合ってしまい、数秒の沈黙の後とてもいい営業スマイルを貰ってしまった。

「――はぁ」

流石にそのまま素知らぬ顔で店を出る訳にもいかず、ため息をつきながら折ってしまった月間誌をレジに持っていくさつきであった。








なのはがジュエルシードの反応を感知した場所の近く――山の麓を上り始めた時、なのはは森の奥から自分の方へ人影が向かってくるのを見た。
ジュエルシードの暴走体かもしれない――そんな考えが頭をよぎって身構えるなのは。
やがてその姿が確認出来るまでに近づいたその人影の正体は、見慣れない薄緑色の服を着た金髪の少年だった。

(……?)

温厚そうな顔立ちに、優しそうな緑色の目。
人影が人間であった、それも危険な人ではなく、優しそうな同い年ぐらいの少年ということもあり、なのはは警戒を解く。
だが、つい先ほどここであったジュエルシードの反応やその服装、昨日新たな魔導師に合ったばかりということもあり、当然疑問も生まれる。

「あの……」

だが、なのはが口を開いた矢先、

「なのは? なのはじゃないか!?」

「ふぇ?」

少年の方から叫ばれてしまった。

「どうしてこんな所にいるん……ああそっか、さっきのジュエルシードの反応に気付いて来ちゃったんだ。
 全く、レイジングハートも持ってないのに危険じゃないか!」

「え……? あのー、そのー……」

訳が分からずシドロモドロになるなのは。その頭の中では見知らぬ筈の少年の正体に全速力で検索をかけていた。
そんななのはの様子に首を傾げる謎の少年。

「? ああそっか。この姿で合うのは久しぶりだから混乱しちゃったんだね。
 僕だよ、ユーノだよ」

少し悩んだ末になのはの混乱の原因に行き着いた少年がそう言うと、その体が見る見る小さくなり、やがて一匹のフェレット――見紛うこと無きユーノになった


その様子を驚いた様子で見つめるなのは。
数秒の沈黙の後、

「ほ、ほぇえ~~! ゆ、ユーノ君!!?」

森の中に響くなのはの叫び声。

「うん、だからそう言って……」

「ユーノ君って、人の姿にもなれたんだ!」

「……え?」

何やら会話が変だと思い始めたユーノは、そこで一つ確認をした。

「……なのは、僕たちが最初に会った時も、この姿だったよね?」

だが、なのははそれにブンブン首を振る。

「ううん、最初からフェレットだったよ?」

「え? えーっと…………」

何やらポクポクというBGMを鳴らしながら考え始めたユーノ。
やがてチーンという擬音と共にユーノの頭上に!マークが揚がった。

「あ! そ、そうだ、そう言えば最初もこの姿だった!」

「そうだよね? ……え? って事はユーノ君、もしかしてユーノ君って本当はフェレットじゃ無くて……」

「僕はれっきとした人間の男の子だよ!」

「え、えぇーーーーーー!!」

「ま、まさかなのはに人間に見られて無かったなんて……」

人間形態に戻ったユーノはガックリと肩を落とす。と、そんなユーノに驚愕から立ち直ったなのはが思い出したように詰め寄った。

「あ! そう言えばユーノ君、どうしていきなりいなくなっちゃったの!? レイジングハートは!? さっき発動したジュエルシードは!?」

「えーっと、それは……」

矢継ぎ早に繰り出されるなのはの問いに、どう答えようかと悩むユーノ。

「っ!! シールド!」

だが、次の瞬間ユーノがいきなりシールドを張る。自分まで包み込む全方位防御の結界型魔力障壁にどうしたのかと戸惑うなのは。半強制的に先ほどまでの会話は打ち切りになる。
そしてそのなのはの疑問は、次の瞬間、空からシールドに幾つもの魔力弾がぶつかったことで解かれた。

「え!?」

突然の事に驚きながらも、なのはは魔力弾の飛んで来た方向を見る。ユーノは既にそちらを睨んでいた。
そこにいたのは、なのは達が昨日出会った漆黒の魔法少女。
いきなりの事で驚いたなのはだったが、冷静に考えれば当たり前の展開だ。
なのはは急いでユーノの方を向く。

「ユーノ君、レイジングハート!」

だが、返ってきた答えはなのはの期待するものではなかった。

「ごめん、今手元には無いんだ」

それに慌てるなのは。

「ええ!? じゃあどうするの!」

だが、

「大丈夫」

そんななのはに、

「僕が一人で」

いつもとは違った雰囲気でユーノが言った。

「何とかするから」

「……え?」

「なのはは危ないからそこら辺に隠れてて」

漆黒の魔法少女の方へと歩を進めた彼へ、なのはは慌てて声をかける。

「そんな! 危ないよ!」

「大丈夫。僕に任せて」

自信に満ちた表情でそう言い、ユーノは空へと向かった。
レイジングハートを持たないなのはに、それを追う術は無い。

「あっ……」

なのはは心配そうに、ユーノを見上げていた。





不意打ちが防がれたことで様子見をしていたフェイトは、自分と同じ高さまで昇って来た相手に身構える。

(さっき探索魔法を使った時、彼からジュエルシード反応があった。と言うことは……)

その理由は、考えるまでも無いだろう。

「あなたの持っているジュエルシード、渡してもらいます」

《Scythe form》

静かな声で宣言すると同時、フェイトはユーノに向けて一気に距離を詰め、バルディッシュを振るう。
だが、振るわれた刃はしかしユーノに当たる事は無かった。

「シールド!」

――ギギッ

「――っ」

ユーノが手を差し出しながら叫ぶと同時に現れたシールドに、バルディッシュの刃は止められていた。
フェイトはそのまま力を込めるが、そのシールドはやたらと硬く、壊すことは出来ない。更に、

「バリアバースト!」

「っ!?」

ユーノが叫ぶと同時、彼の張っていたシールドが爆発した。
それに吹き飛ばされるフェイト。だがそれほどダメージは無い。彼女の戦闘スタイルは基本的に高速移動を使った翻弄と奇襲。
攻撃を完璧に防がれたため、即座に離脱しようと後方へ動き始めていたことが原因だった。
これがもし力押しで押し切るタイプだったらあの爆発をモロに受けていただろう。

「くっ!」

空中で体制を整えるフェイト。だがその隙に、

「イクスシューター!」

爆発で巻き起こった粉塵の向こうからユーノが複数の魔力弾を放った。その数7。
フェイトはユーノの叫び声にハッとし、急いで魔力弾を避ける。
そのままユーノに対して身構えるフェイト。だが次の瞬間、視界の端で何らかの光を察知したフェイトは急いで体を捻る。
次の瞬間、フェイトの体の前を通り抜ける魔力弾。

(誘導型!)

悟ったフェイトは歯噛みする。身を捻った瞬間、自分を取り囲むように時間差で迫り来る魔力弾を視界に納めたからだ。
囲まれているため高速移動魔法は役にたたないし、体制を立て直す暇も無い。よって、彼女が取れる選択肢は、

(全部かわす!)

これしか無かった。体を無理やり捻り、自身でも驚くべき身のこなしで次々と魔力弾を避けていくフェイト。
だが、それでも限界というものは存在し、最後の魔力弾は直撃コース。

「っ! シールド!」

シールドが間に合い、魔力弾の直撃を免れるフェイト。今の一連の動きはもう一度やろうと思っても無理だろう。
だが、彼女がかわしたのは誘導弾。これで終わるはずも無い。
フェイトもそれは分かっており、荒い息をしながらも急いで周囲を確認する。
すると、ユーノはかわされた魔力弾を今度はまたもや全方位から、今度は少し距離を置いた所から全部いっぺんに突っ込ませた。

だが、今度は何の工夫も無い一撃。

《Blitz Action》

フェイトは高速移動技で全ての魔力弾の射線上から外れ、そのままバルディッシュを大きく振りかぶった。フェイトの視線の
端で、魔力弾同士がぶつかり合って消滅する。
これを好機と見たフェイトが、その場でバルディッシュを振り下ろす。

《Arc Saver》

「はあっ!」

振り下ろされたバルディッシュの刃が、ブーメランのように飛び出してユーノに迫った。

一方ユーノは魔力弾を突っ込ませた瞬間から魔力弾の制御を放棄し、新たな魔法を使用するための呪文を唱えていた。

「妙なる風よ、光となれ」

フェイトの視線の先で、"特に何もせず魔力弾を制御していた"ユーノがアークセイバーを更に上昇する事で避ける。
だがそれを読んでいたフェイトがいる場所は、既にユーノの進行方向の先。

フェイトの目に目前の相手がハッとした表情をしたのが見えたが、もう遅い。フェイトは新たに作成したバルディッシュの刃を問答無用で振り切った。

振り、切った。確かに目の前の相手に当たったのに、"何の抵抗も無く"。

「咎人に、その鉄槌を下したまえ!」

ユーノの詠唱が終わる。彼の眼下には、攻撃を掠らされて体制が崩れているフェイトの姿。

「スーパーセル!」

「!」

目の前にいた相手の姿が霞のように消えていく様を目を見開いて見ていたフェイトは、
自身に向かってくる薄緑色の砲撃に直前で気付き慌ててシールドを張る。

(そんな、幻影魔法だなんて!)

心の中で叫ぶフェイト。実際幻影魔法はかなり難しい部類に入る魔法で、使い手なんてそうそう居ない。

「っ! くうっ! きゃあっ!」

フェイトが張ったシールドは何とか間に合ったものの、体制を立て直す暇も無かったため彼女はそのまま吹っ飛ばされてしまう。
吹き飛ばされたフェイトは地面に激突し、砲撃の余波で土煙が舞った。


「す、すごい……」

地上でその様子を見ていたなのはは思わず呟いた。
やがて自分の側に降り立ったユーノに、なのはは駆け寄る。

「ユーノ君! あの子大丈夫!?」

開口一番がそれだった。まあ、あの光景の後なら仕方ないだろう。
なのはらしいと、ユーノは苦笑しながらも頷く。

「うん、砲撃はちゃんと防御されてたからダメージはそれ程ないだろうし、地面に叩きつけちゃったけどバリアジャケットあるからそんなに心配しなくていいと思うよ」

「そ、そうなの?」

ユーノの言葉にまだ心配そうな顔を続けるなのは。まあ、人が上空から地面に叩きつけられるところを見たら当然だろう。
だが、ユーノがそう言うのであればと納得したのか、なのはは話題を変える。

「ユーノ君ってあんなに強かったんだ!
 途中でユーノ君が二人になったり、ビックリしちゃった!
 それに攻撃はからっきしで補助が得意って言ってたのに、攻撃も凄かったよ!」

なのはの口から出てきた心からの賞賛に、ユーノは苦笑。
だがそれは、謙遜していたことがバレたからとか、なのはに弱いと思われてたからという風ではなく、返答に困って浮かべるもの。

だがなのはがそれに疑問を持つより早く、

「サンダースマッシャー!!」

「!?」「っ!!」

叫び声と共に森の中から雷の砲撃が放たれた。
それに素早く反応してシールドを張るユーノ。そのシールドは多少押されながらも、危なげなく砲撃を受け切った。
次いで、砂塵を割って雷によってなぎ倒された木々の向こうから突っ込んで来たフェイトも、ユーノは冷静にシールドで対処する。

二度に続く不意打ちまでいなされたフェイトは、先程と同じ事にならない様に直ぐに引く。
彼女の額には冷や汗が浮かんでおり、呼吸は荒い。バリアジャケットもボロボロで、体には切り傷かすり傷がある。
引いて、彼女は緊張した面持ちでユーノにデバイスを向けながら、口を開く。

「デバイスも無しに高レベル魔法の同時連続使用……そしてジュエルシード反応……
 まさか、ジュエルシードを制御して使用しているのか!?」

「え!?」

そのフェイトの言葉に、目を見開くなのは。対してユーノは真剣な――硬い――表情で返す。

「別に、そんな大それたことしてないさ。
 ――それで、どうするんだい? このまま続ける?」

「――くっ」

ユーノの問いに、悔しげな声を上げるフェイト。
だが彼女は引こうとはしない。受身になってもジリ貧になることが分かっている彼女は、一気に仕掛けるために力を蓄えて……

「ここ!? やーっと着いた!」

それを爆発させる前にいきなり乱入してきた少女に、体を硬くした。
乱入してきた少女はもちろん弓塚さつき。
この間自分の使い魔をボロボロにした相手だという事にフェイトが気付かないはずも無い。
フェイトの胸中に今すぐに飛び掛ってアルフの仕返しをしたい衝動と怒りが沸き起こるが、必死に自分を制する。

「っ!」

葛藤も数瞬、流石に分が悪すぎると感じたフェイトは、そこから急いで離脱した。


「あっ!」

さつきが現れた、その次の瞬間にフェイトが離脱したことに思わず声を上げるなのは。思わず手を伸ばそうとする。
だが、もう追いつくことは出来ないのは明白。なのはは少し悲しげに目を伏せて、だが次の瞬間には決意を宿した表情でさつきを見やった。

一方のさつきはと言うと、

「あー、遅かった……」

どうやらもうジュエルシードの封印は終わっていると判断したらしく、地面に手を付いてうな垂れていた。

「さつきちゃん」

が、それでも真剣な声で自分の名前を呼ばれれば反応はする。
その声の真剣さを感じ取り、自分も雰囲気を真剣なものに変えて立ち上がるさつき。
その際、なのはの隣に立っていた少年に気付き怪訝な表情をするが、新しい協力者だろうと結論付けて何も言わなかった。

それを見たなのはは、今一度自分の心中を確認する。

(私はジュエルシードを集める。自分の意思でそう決めた。
 さつきちゃんはジュエルシードが欲しい。理由は言ってくれない。
 両方とも同じものが欲しいなら、ぶつかり合うことは仕方ないのかも知れない。話し合っても、何も変わらないのかも知れない。
 でも、だけど……知りたいんだ)

意味は無いかも知れない。何も変わらないかもしれない。それでもそこには、きっと意味があるから。変わるものもある筈だから。

(―――どうして、そんなに悲しい目をしているのか)

だから彼女は、目の前の少女の、更に深くに触れようと歩み寄る。

「さつきちゃんは、ジュエルシードが欲しいんだよね?」

今更な問い掛けに、しかしさつきは表面上はあくまで軽く、答える。

「うん、そうだよ」

「それって、さつきちゃんの願い事を叶えたいから……なんだよね?」

「他に使い道があるなら、教えて欲しいな」

なのはの更なる問いに答える声は、やはり軽い。だが、さつきの目は決して軽いものではない。

「じゃあ、「前から言ってるけど」っ!」

そしてこの後の言葉がある程度予想できたさつきは、ため息をつきながらそこでなのはの言葉を遮る。

「わたしの望みは言えないよ」

だが、それでなのはが止まるはずも無い。

「どうして!? 話し合いで解決できるかも知れないし、もしかしたら他の方法だって……
 私達だって、協力できるかも知れない!」

必死ななのはの言葉に、さつきは苦笑する。いや、それは傍から見れば明らかに自嘲だった。
その寂しげな笑みに一瞬息を呑むなのは。

「話しても、多分意味が無いから」

返す言葉は少ない。だが、さつきの胸中には様々な思いが渦巻いていた。

(意味が無いどころの話じゃない。不安要素が多すぎる。
 まず第一に信じられないだろうし……ううん、この子なら何の疑いも無く信じてくれるかも知れない。今まで会っただけでも、とんでもないお人好しだってこ

とは分かるし。
 でも……信じてくれたらくれたで、その時は確実に怖がらせちゃう。
 この町にも居づらくなるし、もしかしたらまた命を狙われるようになるかも知れないし、それに……
 …………流石に9歳の女の子からあからさまに怖がられるのは……ちょっと……)

心の中で反芻する声は軽いが、明らかにあえて軽くしている。
他人から、それもまだ年端もいかない少女から拒絶されると言うのは、精神的にかなり来る。さつきは、何よりもその瞬間が怖いのだ。
それに、話したところで他の解決策がポンと飛び出して来るとは思えない。出てきたら出てきたでとんでも無いが。

だが、そんなさつきの事情など知らないなのはは、尚も食い下がる。

「そういうことを簡単に決め付けないために、話し合いって必要なんだと思う!」

「………」

さつきは、無言。なのはは構わず続ける。

「私がジュエルシードを集めるのは、最初はユーノ君の手伝いだった。偶然出会って、お手伝いするようになったのも偶然で……
 でも今は、みんなに迷惑をかけたくないから、ジュエルシードで周りの人たちに危険が降りかかるのは嫌だから、自分の意思でジュエルシードを集めてる。
 これが私の理由」

「………」

未だにさつきは無言。だが、なのはは待つ。さつきが自分に答えてくれるその時を。
やがて、

「なのはちゃん……」

小さく自分の名前を呟いたさつきに、なのはの顔が一瞬期待で明るくなった。だが、さつきの口から出て来たのは、なのはの期待していたものとは別の言葉。

「なのはちゃんの言ってる事は、すごく正しいよ。他の人に聞いたら、絶対になのはちゃんの方が正しいって返ってくると思う。
 でもね、正しいだけじゃどうにもならないこともあるんだよ。
 こっちにだって、話せないのには話せないなりの理由があるの。傍から見た正論を振りかざしても、意味は無いよ」

さつきは笑みを浮かべながら言った。だが、やはりその笑みは……

「……んで……」

「?」

さつきの顔を見た瞬間、顔を俯かせて小さく何かを呟いたなのはに、さつきが疑問符を浮かべる。
やがてなのはは顔を上げ、悲痛な顔で一気に叫んだ。

「じゃあ、何でそんなに寂しそうに笑うの!!?」

「っ!」

なのはの言葉に、さつきは驚愕と共に一歩引く。その顔はどのような思いからか、強張っていた。
なのはの叫びはまだ続く。

「何で、いつもそんなに寂しそうなの!? どうして、そんな「やめて!!」っ! ………」

なのはの声を掻き消すように、放たれた、さつきの叫び声。

「やめて……お願い……聞きたく無い……」

自分の体を抱きしめる様に腕を回し、顔を俯かせるさつき。
彼女は怖かった。今なのはに言われたことを自覚するのが。自覚してしまえば、自分の中の何かが壊れてしまいそうで。

「………」

そんなさつきの様子に、さすがに押し黙るなのは。
と、その時、

――ピィィィィ、パシン!

「!!」「え!?」

ハッとして自分の周りを見るさつきと、驚きの声を上げるなのは。
いきなりさつきの周りをドーム状の薄緑色の光が覆ったのだ。お陰で、先ほどまでの空気は吹き飛び、曝け出されそうになっていたさつきの内面も、その内に引っ込んでしまう。
その障壁の見覚えのありすぎる魔力光に、なのはが声を上げた。

「ユーノ君!?」

「結界は、基本的に人を中に入れないようにするものだけど、少し応用して使えば、こういう風に相手を閉じ込めるのにも使えるんだよ」

ユーノのその言葉を聴いているのかいないのか、さつきは自分を閉じ込めている薄緑色に光る膜に手を当てる。
成る程確かに、さつきの手はそこで止まった。

「この間は力ずくでバインドを引きちぎられたけど、今回の結界はその程度の力じゃ壊せない。
 諦めて君の目的を話すんだ」

そう言ったユーノに、なのはが食ってかかる。

「ユーノ君! どうしてこんな事するの!?」

「なのは、交渉は決裂したんだ。このまま彼女の目的も知らないまま離しておくのは危険すぎる。
 こうでもして理由を聞き出さなきゃ」

「だからっていきなりこんな事……」

なのはもユーノの言い分は理解出来ている。だが、それでも納得は出来なかった。
と、その時さつきが口を開く。

「この光……『ユーノ君』……? って、もしかして君あのフェレット!?
 人間の姿にもなれたんだ!」

「………………」

ユーノは無言で崩れ落ちた。

「いや、これはしょうがない。うんしょうがないんだ。
 考えてみたら彼女と出会った場面では僕はいつもなのはのペットみたいな立ち位置だったし、
 正体が人間だと思わせるような言動もしてなかったんだから。
 でもなのは、いつも一緒に生活していた君まで僕のk………」

そのまま何やら遠い目をしてブツブツ呟き始めた。
出会い頭のなのはの認識違いの露見は、思ったより彼にダメージを与えていたようだ。
抑えていたそれが先程の一言で蘇ってしまったのだろう。

「ユ、ユーノ君?」

「……その子、何かあったの?」

何やら引きつった笑みに冷や汗を流しながらユーノに呼びかける元凶なのはと、何か悪いことをしてしまったのかと心配そうにしているトリガーさつき。


少し経って、復活したのか無言でスックと立ち上がったユーノは、先の出来事を完全スルーして言い放った。

「兎に角、これで君はもう逃げられない! 諦めて目的を白状するんだ! そしてついでに言っておくけど僕は元かられっきとした人間だ!」

「………」「………」

「見るな……そんな目で僕を見るなー!」

閑話休題(それはともかく)

「ふぅん、そっか。君人間だったんだ」

さつきが良い笑顔で、ユーノ達にも聞こえるぐらいの声で呟いた。

「ふふ、そうだったんだ。いやぁ、流石に小動物殴るのは抵抗があったからやめてたけど、
 人間なら1発ぐらい問題無いよね……?」

「………はい?」「?」

さつきのいきなりの言葉に戸惑うユーノ達。
その様子を見て、さつきは本当に良い笑顔で説明する。

「覚えてない? 君の不注意のせいで、わたしって出会い頭に魔法ぶっ放されるところだったんだよ?」

「あ゛ーーー……、」

それを聞いて納得してしまい、冷や汗を流すユーノ。
気まずそうに逸らした目が偶々なのはと合ったが、なのははそんなユーノに一言。

「ごめんユーノ君、フォローのしようが無いかも……」

「は、ははは……」

ユーノはもう乾いた笑いを上げるしか無かった。
でも、と気を取り直したユーノは宣言する。

「どっちにしろ君はそこから出られない。
 僕を殴ることも、こちらの質問を拒否することも出来ないよ」

だが、それに返されたのは不適な笑み。

「この程度で、わたしを抑えられると思ったの?」

「……え?」

まさか、あり得ないと思いながらも、さつきのその言葉に嫌な予感がしてならないユーノ。
その視線の先で、さつきが拳を振り上げた。

「ちょ、ちょっと待っ」

「せーのっ!」

ユーノの口から思わず出た制止の声を無視して振られたさつきの拳は、ユーノの張った結界にぶつかり、

――ドガンッ!!

「きゃっ!」「ぅわあ!」

とんでもない音を響かせて結界を、そして地面を震わせる……に留まった。
周りの揺らされた木々から、パラパラと青葉が落ちてくる。

「えっ硬っ!」

「……ふぅ」

その結果にさつきは驚き、ユーノは安堵の息を漏らす。
その内心は結構冷や汗ものだったが。

(確かに、今の威力じゃ普通の結界じゃ壊されてもしょうがないかも知れない。
 一体、どれだけの腕力をしてるんだ……)

しかし、戦慄するユーノを他所にさつきはまたもや腕を振り上げた。
それを見たユーノは(何度やっても……)と思うが、その目を見た瞬間先にも勝る嫌な予感が彼の体を駆け巡る。
さつきの目は本気《マジ》な目だった。

「はっ!」

――バガァアン!!

先程よりも本気の掛け声と、明らかに力の入れ方が違う拳。
それに呼応するかの様に再び響く先にも勝る大音量。だが、今度は地面はそこまで揺れはしなかった。
結界がその衝撃を完全に地面に伝える前に砕け散ったからだ。

「なぁ!?」

自分の張った結界の強度などいやと言うほど分かっているユーノは、驚きながらも現実味を感じられず同時に呆れる。
だがさつきはそんなこと知ったこっちゃ無い。ユーノの元まで一気に距離を詰めて、そのド頭に鉄拳制裁を下そうと拳を振り下ろす。

「! シールド!」

だが振り下ろされた拳はしかし、直前に気が付いたユーノが頭上に張ったシールドで止められた。
止められた、のだが。

「のわぁ!?」

そのまま振りぬかれたその拳のあまりの威力に、ユーノは膝を折ってしまう。足の裏があった部分はクッキリと陥没していた。
一応断っておくが、死ぬ程の威力ではない。彼にはバリアジャケットという便利なものがあるからだ。
だが体への衝撃ならバリアジャケットで緩和できるが、間接部分への負担はそうは行かない。結果、彼の膝は地面と接触してしまう。
そのもう避けようが無い死に体となった彼に向かって、再度さつきが拳を振り上げようとする。
が、その前にユーノが行動に出た。

「タウンバースト!」

至近距離で放たれる速射型の砲撃。威力は低く単発式だが、効果範囲が普通の魔力弾より広い。

「きゃっ!」

予想外にいきなり打たれた砲撃に、さつきは悲鳴を上げながらも急いで回避行動に出る。
斜め後ろに跳ぶことで砲撃を掠るに留めたさつきだったが、更に追撃が来た。

「イクスシューター!」

「うわわっ」

無数の魔力弾に迫って来られ、焦りながらもあるものはかわし、あるものは叩き落すも流石にたまらず距離を取るさつき。
そして、バックステップで地面に足が付いた瞬間、さつきの頭上に影が差す。

「?」

何事かとさつきが頭上を見上げると、

「……はい?」

そこには何本もの倒木が降ってくる様があった。



自分が転移させた、先の金髪少女との対戦中に倒された木々が見事にさつきの上に降り注いだのを見て、しかしまだユーノは警戒を解いていなかった。
何しろあの少女には今まででも予想外のことが多すぎるのだ。
どうなったか……とユーノが砂煙の向こう側へ視線を凝らしていると、

「待って!!」

彼のすぐ横からなのはの叫び声が上がった。当然それはユーノの耳にも届く。
続いて聞こえて来るのは何かが地面に倒れたような音。

(なのは!?)

何が起こったのか確認する為に慌ててそちらを振り返るユーノ。
そして声がした方を向いた彼の目に写ったものは、

「ぅぅ……」

自分に背を向けた状態で目をギュッと瞑り、両手を広げて仁王立ちしているなのはと、

「いったー」

その足下で横向きに倒れている、自分が木々の下敷きにした筈の弓塚さつきと名乗る少女だった。
ユーノの見ている先で、なのはが恐る恐ると言った風に目を開け、状況を理解してホッとした様子を見せる。
と、その弓塚さつきが肘に着いた土を払いながら立ち上がり、なのはに向かって叫んだ。

「ちょっとなのはちゃん! いきなり出て来たら危ないでしょ! もしかしたら止めれなかったかも知れないんだよ!?」

「だ、だってさつきちゃんがユーノ君を殴ろうとするから……」

なのははそれにビクつきながらも言い返す。

「ちょっと頭天に一発当てるだけだよ」

「ちょっとって威力に見えなかったんだけど!?」

だがそれにあっけらかんと言い返されてなのはは思わず突っ込んだ。
そのやり取りを見て、ユーノはある程度を理解した。
結局降らせた木々は弓塚さつきには当たらず、気づかない内に接近されていて、自分はその拳を喰らいそうになっていたのだろう。
そこになのはが割って入り、さつきは急いで拳を引いてその時にバランスを崩して倒れたと言ったところか。
ユーノはそう結論付け、そして落ち込んだ。唇を噛んで俯く。

(やっぱり、どうあってもユーノ・スクライアはなのはに迷惑を掛けてばっかり、か……)

と、そんな彼の耳になのはの声が届く。

「さつきちゃん、初めて会った時の事とか、さっきいきなり閉じ込めちゃったこととか謝るから、ユーノ君の事許してあげてくれないかな?
 ごめんなさい。お願いします!」

(なのは!?)

そのの台詞に驚き、急いでなのはの方を見るユーノ。彼の目に写ったのは、さつきに対して頭を下げるなのはの姿。

「な、――」

なのは、と言おうとしてユーノは言葉を途切れさせた。さつきが自分の方に視線を向けたのに気づいたからである。
交錯する視線。片方の瞳にはもう既に活力は無く、もう片方の瞳は何を思っているのか分からない。
それは時間にしては数瞬の事。その数瞬を経て、さつきははぁ~、とため息を吐いた。

「そんな風に言われたら、もう殴る訳にはいかないじゃない」

言って、さつきは踵を返す。それにぱっと顔を明るくして頭を上げるなのは。

(元々半分ノリと八つ当たりだったし……)

さつきが心の中でそんなことを思ってたりしたのは内緒である。
なのははそのまま立ち去ろうとするさつきにまだ何か言いたそうに声をかけようとするが、流石にあんな事があった後に先程の話題を再び持ち出すのも気が引け

たらしく、

「ぁ……ぅ……」

開きかけた口からきちんとした言葉が出ることは無かった。
さつきはそんなことには気づかず、そのまま
「あーあ、お金は無駄使いしちゃうし、ジュエルシードは手に入らなかったし、転ぶし服は汚れるし、良いこと無いなー」
とか何とかぼやきながら立ち去ってしまった。


やがてさつきの姿が見えなくなると、なのはとユーノの間に気まずい雰囲気が流れ出した。

「………」

「…………」

「………………」

「……………………」

気まずい。双方共に気まずすぎる。

「ゴメンなのは!」

やがて最初に言葉を発したのはユーノ。
なのははいきなり謝られたことに目をパチクリさせ、しかしすぐに表情を柔らかくして返す。

「ほんとだよ、ユーノ君いきなりいなくなっちゃうし、ジュエルシード一人で封印しちゃうし」

だが、ユーノはそれに気まずそうに視線を逸らす。

「うん……それもだけど、さっきも僕が勝手に彼女を拘束したせいで話しづらくしちゃったり、なのは自信を危険にさらしてまで助けてもらったり……」

ユーノの言葉に、だけどなのははキョトンとした顔になった。

「そんなこと?」

思わずといった風に零されたなのはの言葉に、ユーノは慌てる。

「そんな事って……なのははさっき何で僕なんかを助けてくれたの? さっきは本当に危険だったのに。なのはにはバリアジャケットも魔法も無かったのに」

「だって、ユーノ君は友達でしょ? 友達を助けてあげるのって当たり前じゃないの? 魔法が有っても無くても変わらないよ。
 さつきちゃんを閉じ込めたのだって、ユーノ君がそれが一番いいって思ってやった事なんでしょ?
 それは私は確かに納得できなかったし今も出来ないけど、でもそれでユーノ君を怒るのは何か違うと思うの」

ユーノはなのはの言葉に目を見開いて絶句。

「ユーノ君?」

なのはが怪訝に思ってユーノの名前を呼ぶと、彼は何か憑きものが落ちたような清々しい顔で「ふっ」と笑うと、なのはに真正面から向き直って彼女に聞く。

「なのは、僕って頼りないかい?」

なのははいきなりの事に戸惑い、首を傾げながらもそれに答える。

「ううん、ユーノ君今日初めて知ったけどすっごく強かったし、全然頼りなくなんか無いよ?」

「うん……、いや、じゃあさ、僕が本当に攻撃魔法の一つも使えなくて、補助魔法をあんなに上手く使うことも出来なくて、
 やれることと言ったら精々がなのはのサポートっていう駄目駄目なやつだったらどうだい?」

「? それでもユーノ君すごく物知りだし、なのはの魔法の先生だし頼りになるけどなぁ……」

「でも、一週間前の時だって僕は何にも出来なかったし、昨日だって普通は気づけた筈のジュエルシードの反応をみすみす見逃したり……」

「うーん、でも誰にでも得意不得意ってのはあるし、ユーノ君あの時疲れてたんでしょ? それに誰でも失敗ってあるものでしょ。そういう所を助け合う為に友達

とかがいるんだよ?」

「助け合う、か。でも、昨日まで……ううん、今日も僕はなのはの足手まといにしかなってない。なのはから一方的に助けてもらってばっかだ」

「そんなこと無い!」

なのはがいきなり叫んだことに、ユーノはビックリして少し後ずさる。

「ユーノ君足手まといなんかじゃ無いよ。なのはに魔法を教えてくれたり、なのはがどうしていいか分からない時に助けてくれたり、
 それにユーノ君がいなきゃ私が魔法と出会うことも無かったし、私が気づかずにだれかがジュエルシードの被害に遭ってたかも知れない。
 私もユーノ君に助けてもらってるんだよ」

「じゃあさなのは。今日の事は抜きにして、僕は邪魔でも、足手まといでも、迷惑でも……」

「無いよ。って言うより、友達に足手まといも迷惑も関係無いと思うけどなぁ……」

なのはの言葉に、ユーノは本当に満足そうにふっ、と笑う。そしていきなりどこにともなく話しかけた。

「だって。聞いてるんだろう、"ユーノ・スクライア"」







「?」

なのははユーノの言った言葉の意味が分からず首を傾げる。と、その時近くの茂みがガサゴソと動き、そこから一匹のフェレットが現れた。
いや、それはただのフェレットでは無く、明らかに……

「え? ユーノ君!?」

なのはの叫び声に一瞬困った顔をするも、すぐになのはの隣に立つユーノを睨むフェレットユーノ。

「どうして分かった?」

訊かれたユーノはそれに柔らかな笑みと共に答える。

「僕は君だよ。君が目が覚めて、近くで物音がして、見に行ったら僕となのはが近くにいて、僕がなのはに危害を加える様子が無かったとしたらどういう行動を

するか、よく分かる」

「………」

黙り込むフェレットユーノ。その時なのはがおずおずと切り出した。

「え、えーっと、ユーノ君と……ユーノ君? 何で? またさっきの魔法?」

それに答えようとしたのは後から出て来たフェレットユーノ。

「いや、なのは。そいつは……」

だが、それを遮るように発せられた声があった。

「僕は"本当の"ユーノじゃないんだよなのは。僕は"ジュエルシードそのもの"なんだよ」

「っ!」「? ………!!?」

それを言ったのはなのはの隣の――これからは偽ユーノと言おう――偽ユーノ。
彼の言葉にユーノは更に警戒を強め、なのはは少し困惑したあと驚愕で後ずさった。

「そんなに警戒しなくてもいいよ。僕は確かにジュエルシードの暴走体だけど、暴走の仕方が良かったんだ」

「………」「……どういうこと?」

ユーノは無言。なのはは純粋な疑問をぶつける。

「僕を発動させたのは、そこのユーノだよ。
 まあ、僕が……彼が何を望んだのかは言わないけど、
 彼の近くでジュエルシードが発動しそうになった時、ジュエルシードの事を知っていた彼はそれを"拒絶"したんだ。大慌てで、だから全力で。
 ジュエルシードはその願いも汲み取り、その結果、彼の願いを反映したもう一人の"ユーノ・スクライア"……僕が生まれた。そっちの僕はその時の衝撃で気絶

しちゃったけどね。
 あ、そっちの僕は本当に攻撃魔法は一つも使えなくて、さっきみたいに補助魔法を戦闘中に上手く利用する能力も無いから期待はしないでね」

「…………」「ほ、ほえぇ……」

ユーノは尚も無言。なのははあまりに予想外の急展開にしばし呆然としていた。

「…………」

ユーノはまだ無言。

「ユーノくん?」

流石に何かおかしいと思ったなのはがしゃがみ込んで彼の顔を覗くと、

「そうさ僕なんてどうせ役立たずさ今回だってジュエルシードに気付かなかったどころか発動させた張本人だし
 なのはに迷惑ばっかk」

「……………」

どうやら自分の分身の言葉にショックを受けていたらしい。

「……はあ、全く」

固まるなのはを尻目に、偽ユーノはユーノに近づくとその頭を裏拳の要領で叩いた。
パシン、と良い音がした。

「痛ぁ!?」

いきなりの衝撃に思わず声を上げるユーノ。頭を抑えて偽ユーノを睨むが、当の本人はそれを無視して話し始める。

「ユーノ・スクライア、君は僕なんだ。そんなに情けない姿ばかり晒さないでくれ。
 それに、君の悩みはもう解決されたと思うんだけど?」

偽ユーノのその言葉にうっ、っと呻くユーノ。

「……何で分かった?」

半眼になりながらのユーノの言葉に、偽ユーノは はあー、とため息を吐く。

「さっきから言ってるけど、君は僕で、僕は君なんだ。
 僕が生まれた瞬間から別々の個体になったけど、それまでの"ユーノ・スクライア"の考え、悩み、思い、記憶、その他諸々は全部君のもので、僕のものだ。
 当然、君も悩みと望みも僕の悩みと望みだった。わからない訳無いじゃないか」

「………」

ユーノは言い返せなくなりまたもや黙り込んでしまった。

彼の望み、それは『なのはの役に立ちたい』というもの。
彼の悩み、それは『自分はなのはの足手まといになっている』、『自分はなのはに迷惑に思われているのでは無いか』、『自分はなのはにとって邪魔なのではないか』というもの。
この日彼がなのはの元を離れたのだって、色々と自分に言い訳して納得させていたが、結局の所その行動の本質にはこの悩みによる不安があったのだ。
彼はジュエルシードが自分の望みに反応した瞬間、それを自覚した。
それがジュエルシードに望みを引き出された故なのか、目の前でジュエルシード発動の瞬間を見て、関連性から自分で自分の望みに気付いたのかは本人にも分か

らないが、とにかく自覚したのだ。
気絶する瞬間、彼が感じたのは自分の身勝手さに嫌悪する自分だった。

そして彼は思い出す。自分の悩みが洗い流された瞬間を。


―――嬉しかった。

   彼女の言葉一つ一つが嬉しかった。

   自分の偽者が質問する度にその内容に落ち込みそうになったが、それに何の迷いも無く、自分の心を軽くしてくれるような言葉を彼女は発してくれた。

   今はそんな場合じゃ無い、早くこの状況を何とかしなければならないと分かっていても、それでもあの時の自分の心はどうしようもなく震えていてそんな

事も気にできなくなっていた―――


と、そこまで考えてユーノは気付いた。

「お前、まさかあの質問全部分かってて……?」

ユーノのその質問に、偽ユーノはあからさまに

「こっちもドキドキしながら訊いた甲斐ががあったよ」

などと嘯いた。

「……………」

またもや半眼になって偽ユーノを睨むユーノ。だがその顔にはもう警戒の色は無かった。

「あ、あのー」

と、その時おいてけぼりを喰らっていたなのはが口を開いた。

「あ、ごめんなのは。取り敢えずレイジングハートは返しておくね」

「あ、うん」

そしてそれに即座に反応したユーノ。なのはの元へ駆け寄り、首から提げてたレイジングハートを咥えてなのはに差し出す。
なのははそれを受け取ると、レイジングハートに向かって言った。

「久しぶり……って言うのも変、かな?」

《After long time my master(お久しぶりですマスター)》

いつもと変わらない様子で返して来るレイジングハートに、なのははクスリと微笑みを浮かべる。
そしてユーノに向き直ると訊きたかったことを訊いた。

「とりあえず、あっちのユーノ君は本当はジュエルシードなんだよね? これからどうするの?」

「う、うーん……」

何とも返し辛い質問に、ユーノが困った顔で唸り声を上げる。
と、その様子を見た偽ユーノが自分から説明しだした。

「どうするも何も、本物の僕はもうなのはの元から離れるつもりは無いんだし……」

なのはがユーノに視線を向ける。ユーノはそれに頷き、しかし言い辛そうに言葉を紡ぐ。

「いや……、その……、なのはが邪魔じゃなければだけど……」

だが、それになのはは怒った風に返す。

「やっぱりそういう風に考えてたんだねユーノ君は。さっきも言ったけど、私達友達でしょう? どうしてそんな風に考えるかなぁ」

「ぅ……ご、ごめん……。じゃあ、これからも、よろしくお願いします」

なのはの言葉に勇気を貰ったユーノは、恐る恐るそう言った。

「うん、よろしくねユーノ君」

それに返すなのはは眩しいばかりの笑顔。そして二人して偽ユーノの方を向く。
偽ユーノは何か憮然とした顔をしていたが、先程の言葉の続きを続けた。

「じゃあ、僕が居る意味も無いし、ジュエルシードに戻るよ。
 このままじゃあ迷惑かけちゃうばかりだろうし、いつどんな事になるかも分からないし、お邪魔みたいだしね」

口調は軽い。だが、その台詞ははいそうですかと聞き流せるものでは無かった。特にこの二人にとっては。

「それって……」

なのはが何かを言おうとして、躊躇い、結局口を噤む。
一方のユーノは念話で偽ユーノに突っかかっていた。

《お前は、なのはに余計な重荷を背負わせるつもりか!?》

《僕はそんなつもりは無いけど》

あっさりと返して来た返事に、ユーノは更に憤慨する。

《惚けるな! ……悔しいけど、僕じゃあお前みたいに強力に発動したジュエルシードを満足に封印することは出来ない。
 君自身が自分を封印しようとしたら、封印の途中で必ず術が止まっちゃって酷く不安定なジュエルシードが残ってしまう。封印はなのはにやって貰うしか無い。
 でも君の元になってるジュエルシードを封印するって事は、君が消える――嫌な考え方をしたら、死ぬってことだ。
 彼女にそんな思いをさせる訳にはいかない》

憤慨し、悔しがり、苦悩し、必死に彼女を守ろうとする。そんなユーノに、偽ユーノは酷くアッサリと返す。

《僕だってそんなつもりは無い》

《……どういうことだ?》

まさかの偽ユーノの否定の言葉に、再び念話で尋ねたユーノ。だが、返ってきた答は念話ではなかった。

「じゃあねなのは、そっちの僕をよろしく頼むよ。
 ――見ての通り、頼りないやつだからね」

言葉と共に、彼の足元に魔法陣が現れる。しかしそれは暫く輝くと、そのまま消えてしまった。

「これは……まさか、封印の遅延魔法!?」

その様子を見ていたユーノが驚愕した様子で叫ぶ。
その声を背景に、なのははこれから偽ユーノが文字通り消えるつもりだというのを察した。

「ユーノ君……」

「こんな事を頼むのは本当に申し訳ないんだけど……君が、支えてやってくれないかな?」

結局、彼は最後まで"ユーノ・スクライア"だった。それだけのことだったのだ。
最初から最後までなのはの事を気にかけ、最後の最後で自分の欲が少しだけ零れてしまった、紛れも無い"ユーノ"だったのだ。

その言葉が終わると共に、彼の周りを薄緑色の風が覆った。
周囲の空気を巻き込み、球状に吹き荒れる薄緑色の風の中に、彼は飲み込まれる。

「ユーノ君!!」

その風が収まった後、そこにはただ、蒼色に輝く宝石が残っているだけだった。





「なのは!」

なのはが昼下がりの住宅地を歩いていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえて来た。
彼女はその肩に乗せたユーノと共にそちらを向く。
そこには、自分に向かって駆けてくる兄、恭也と姉、美由希の二人の姿が。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

近づいてきた二人に向かって、なのはは駆け寄り、顔を伏せながら誤る。

「ごめんなさい。えーっと、お散歩の途中で道に迷っちゃって……」

それを聞いた二人は揃って脱力の表情。

「全く、心配させるなよなのは。お父さんもずっと探しに出てくれてるんだぞ。
 学校からも連絡が来たらしいし、みんな心配してたんだからな」

恭也の言葉に、ますます顔を曇らせるなのは。

「うぅ……ごめんなさい」

と、次の瞬間その顔がキョトンとした物に変わった。

「え? 学校から?」

その言葉を聞いた美由希が呆れた様子で言う。

「やっぱり、忘れてたでしょなのは。
 この間のことで振り替えになって、今日は学校あるんだよ?」

「え……ああ!? そ、そうだった!
 ど、どうしよ……え? じゃあ、お兄ちゃんたち学校抜け出して……ご、ごめんなさい!!」

思いっきり頭を下げて誤るなのはに、二人は苦笑。
そのまま二人とも気にするなという様な事を言ってなのはを宥め始めた。
と、ようやくなのはが落ち着いて来たところで、もう一つ。

「なのは!」「なのはちゃん!」

「アリサちゃん!? すずかちゃん!!?」

自分に向かって駆けて来る二人の親友の姿に、驚愕の表情を見せるなのは。彼女達の様子からして、学校をサボってずっと探してくれていたのは間違い無い。
なのはは二人の下へ慌てて駆け寄って行った。
そんななのはの肩の上で、ユーノはこんな暖かな人たちに囲まれているなのはから、友達だと言って貰えた幸せを、改めて実感していた。







あとがき

何か色々ありましたが、何とか投稿できました。第10話。
何故か寮に残れることになってしまって、今年から高学年なんで寮にパソコン持込OKなんだけどまだネットに繋がらない状態……

しかも今回申し訳無いほどの亀更新。いや、この話かなりの難産でしたけどね。
お前らそっちいくなぁぁぁあああぁぁぁああ!! と叫びながら書いてました。
え? どーゆー意味か分からない? えーっとですね。それについては僕の小説の書き方が関係していまして、以下纏めていくと、
・キャラクター達全員の性格、重要な過去、行動原理をインプットする
・出したいことを場面場面で考える(絶対に詳しく決めちゃ駄目)
・クライマックス、又はオチは決めておく
・後はキャラクターに勝手に動いてもらう
・考えていた場面に進むように周りの物やモブキャラを操作する
って感じなんですねはい。
詳しく流れ決めちゃうと、絶対にそのとおりに動かないのでやっちゃ駄目なんです。
こっちはキャラクター達が勝手に動いてくれるのを外的要因をもって操作するだけ(台詞回しとかは自分で考えるけど)。
さて、皆さんはこの方法の完全な欠点に気づいたでしょうか?

キャラが暴走すると作者自身が大変な思いをすることになるんです!!
前回のアリサしかり、今回のユーノしかり……
前回とか、普通に原作みたいな感じで終わらせようと思ったら何かアリサがなのはの隣にいないもんでどーしたのかな? と思ったら一人で責任感じちゃってるもんでマジで焦った。今回だって、あれ? 何かユーノの様子がおかしいな? と思ってたら何かなのはの元から飛び出してくし。
彼を引き止める手段を延々考え続けて、出したのが偽ユーノ。ついでにアリサとも和解しちゃうキッカケにしちゃおう! と思って振り替えで学校を出校日に。
いやー、前々から想像してたシーンじゃないとやっぱり書くの大変ですね。
しっかしこの作者、最後のシーンの纏め方相変わらず下手だなー;;;

そしてさっちんの脇役臭は異常。さっちんの見せ場考えてた場面がほとんど管理局出てきてからだから困る。
当初の予定だったらもう1、2話前に管理局出て来る予定だったのに……

あと、言い逃れするつもりはありませんがこの投稿が遅くなったのにはも一つ訳がありまして、
実は作者、月姫の翡翠ルートと琥珀ルートをまだマトモにやってなかったんです。
この間あんな事を言った手前、やらなきゃ不味いだろうなぁ……と思ってやってたんですすいません。
そして泣いた。普通に泣いた。翡翠トゥルーエンドとか寮の中にもかかわらず「何で……何でなんだよ!」と叫びながら泣いてしまった。
うん、月姫原作の琥珀を知らないくせに琥珀いいよねとか言ってる人達全員消えてしまえとさえ思ってしまった。その感想が今尚続いているのはすごい。



[12606] 第11話
Name: デモア◆45e06a21 ID:2ff3a52c
Date: 2012/08/10 02:38
あの、ユーノがなのはの元に戻ってきて、なのはとアリサ達が出会った後、アリサがなのはに謝ったり、なのはが二人に謝ったり、お互いに恐縮し合ったり、
約1名が微笑ましそうに見守っていたり、色々と収集のつかなさそうになっていた3人を恭也と美由希が宥めに入ったり、と本当に色々な事があった。

その結果、なのは達の間の空気はいつの間にか喧嘩する前の物に戻っていた。
――――表面上は。

アリサもすずかも、勿論その他恭也達もなのはの悩みが未だに続いていることには気付いてはいる。
それどころか実はアリサ、すずか、その他高町家の面々(美由希除く)は、なのはの様子が迷ってる感じは無くなったくせに悩みの方が大きくなっている様に感じていてすらいた。
その時は心配げな様子を見せるだけで誰も触れなかったが、その勘は当たらずとも遠からずと言ったところだろうか。

そんな、なのはの周りで色々な変化が起こったそれが、昨日のこと。

「お?」

まだ朝の早い時間。朝の鍛錬の為自宅の道場へと足を運んだ恭也は、道場の扉を開けたところで疑問の声を上げた。

「どうしたの恭ちゃん? あら?」

その後ろに付いて来た美由希も、また同じような反応を示す。二人の視線の先には、

「にゃはは。おはよう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

末っ子であるなのはが、道場の片隅で正座をしていた。

「どうしたんだなのは? こんな朝早くに」

「うん……ちょっと、目が覚めちゃって」

恭也の問いに、まるで今考えたと言わんばかりの様子で答えるなのは。

「ふーん」

だが二人ともあえて突っ込みはしなかった。二人はそのまま道場の木刀掛けの所まで歩いて行く。
そんな二人になのはは確認をする。

「あの……」

「ん?」「なーになのは?」

「お兄ちゃんたちの練習、おじゃまじゃなかったら、見ててもいい?」

「まあ……」

「いいが……見ててそんなに面白いもんでもないぞ?」

返ってきたのは当然ながらも肯定。なのははそれに頷き、それきり黙り込む。

「………」「………」

恭也と美由希は二人して視線を交わすと肩を竦め、お互いに小木刀を2本ずつ持ち鍛錬に入った。


恭也が手本を見せ、美由希がその模倣をする。
これが剣道等の練習であれば――剣道の基本はその掛け声だ。実戦で直接約に立つ様に思える竹刀の振り方や足運び等は、実は二の次だ。
掛け声が満足に出なければ決して良い動きは出来ず、その練習も殆ど意味を成さない。下手に竹刀の振り方を知っていても声の出ない者よりも、声の出ている素人の方が強いことなどザラだ。
――また色々と騒がしかったりするのだが、彼らのやっている物はそういう類の物では無い。
掛け声は吐息であり、踏み込みは鋭く、静かに。
その為、そこは朝の日差しと吐息と木刀の風切り音が支配する、何ともピンと張り付いた静けさを醸し出す空間となっている。

そんな中なのはは、彼らの稽古を見、しかしその実自分の胸中との整理を付けていた。
今のこの道場の空気は、思考をよりクリアに、冷静に自分の内と語り合うのに最適なものだ。
学校や自室ではずっともやもやして要領を得なかった思考が、雑念を取り払われて自分の本当の気持ちを伝えてくれる。



――だが、結局それでも答えは出なかった。


「お兄ちゃん」

稽古が終わった後、道場を後にしようとする恭也をなのはは呼び止めた。一緒にいた美由希も振り返る。

「ん? 何だなのは?」

「あの……ね、少し、訊きたいことがあるんだけど……いい、かな?」

なのはの言葉に恭也と美由希は思わず一瞬目を合わせる。

「じゃあ、私は先に戻ってるから」

が、特に気にする風でも無く美由希はそのまま道場から出て行った。

「ん、で、どうしたなのは?」

取り敢えずとなのはの前に座る恭也。なのはもそれに続いて正座し、先程ずっと考え続けていた問いを口にする。

「うん……あの、ね。
 『正しい』って、どういうことなのかな……? って。
 どういうことが『正しいこと』で、一体どういうことが『間違ってること』なのかなって」

なのはの問いに、恭也は思わず俯いて口元に手をやった。
そのまま少しの間考え込む。

(……難しいな……いや、難しすぎる……
 これは、軽い気持ちで返答したらまずいな。まさかこんな質問をされるとは……)

しばらく間を置いて、恭也は慎重に言葉を選んで返した。

「そうだな……『正しい』ってのは、人それぞれで違うものだ。ある人には『正しいこと』でも、他の人にとっては『間違ってる』ということもある。
 そりゃあ、一般常識的な正しさってのはあるが、時にはそれでさえも人種や状況によって変わってくるからな」

恭也の言葉に、なのはは頷く。

「人は共通の『正しさ』を得るために、お互い話合ったりして衝突を避けるわけだが……
 それが結局噛み合わなくて、みんな争ったりするんだよな」

最後の方の思わず言ったと言うようなほとんどぼやきに近い言葉に、なのはは思わず顔を曇らせる。

「自分の"正しさ"が相手の"正しさ"とは限らない、だから自分の意見を無闇に相手に押し付けることはあんまり褒められたことじゃ無いんだが……」

それを目聡く見つけた恭也が、何ともなしを装って尋ねた。

「もしかして、誰かと言い争いでもしたのか?」

「え? う、ううん、そうじゃないんだけど……」

恭也の問いに、どこか慌てた様に返すなのは。その内心では大きなため息を付いていた。

(はあー、むしろ言い争いに持って行くのに困ってるんだよ……)

「ふーん、そうか」

なのはの返答を聞いた恭也は深く追求はせず、一旦身を引く。
するとまたなのはが口を開いた。

「あのね……、何が正しいかっていうのは、人によって違うんだよね?」

「ん、まあ、必ずしもそうとは限らないが……」

「じゃあ、お兄ちゃんから見てそれが"正しい"と思うかどうかを聞きたいことがあるんだけど……」

中々深い話になりそうだ。と思いながらも、恭也は頷く。

「ああ、何だ?」

「あのね、誰かが他の誰かに迷惑がかかるからって消えちゃうのは、"正しい"と思う?」

その質問に、思わず眉を跳ね上げる恭也。聞きようによってはかなり重い質問だ。

これは厳密に言えばなのはの第一の疑問では無い。
今の彼女の1番の疑問は、最初に訊いた『『正しい』とは何なのか』である。
これは彼女がその疑問に行き着く鍵となった疑問に過ぎない。

この疑問の大元は、勿論先日の偽ユーノの消滅である。
あの後、なのはは胸中に何かもやもやした物がある様な気持ちになっていた。
思い悩むのは、偽ユーノの境遇とその取った行動。

偽ユーノの自分が消える事への言い分は、要約すると『自分が居ると周りに迷惑がかかるから』と言うもの。
成る程確かに、それは周りから見たら"正しい"行動だろう。
だが、なのははそうは割り切れなかった。
彼は自分から望んで生まれて来た訳では無い。彼からすれば勝手に生み出されたのだ。
それなのに周りの都合で消えなければならなかった。
しかも、なのはは聡いが故に、偽ユーノが自分で自分自身を封印した理由が、自分に負担をかけない為であると気付いてしまっていた。
故に彼女は、自分の不甲斐なさのせいで彼に自殺を強いてしまったという風な胸中に陥っていたのだ。


自分で自分の存在を消す、怖くは無かったのだろうか――――怖くない訳が無い
苦しくは無かったのだろうか――――ジュエルシードを封印する時、暴走体はいつも苦しんでいる。多分彼も苦しかっただろう
理不尽だと、叫びたくは無かったのだろうか――――考えれば考える程に理不尽すぎる

――――――それなのに、私は見ていることしかしなかった


ユーノはまだ良かった。彼は初めから偽ユーノを"ジュエルシードの暴走体"として見ていたからだ。
だが、なのはは初めから彼と"一人の人間として"接していたのだ。それが、より彼女が彼に感情移入する後押しとなっていた。
唯一救いなのは、彼女のそれが後悔や苦悩まで行かず、感情移入で留まっていることだろう。

彼のあの行動は、本当に正しかったのだろうか。もっと他に、やりようがあったのでは無いか。
そう思った時、なのはの脳裏にとある少女の言葉が蘇った。

『でもね、正しいだけじゃどうにもならないこともあるんだよ。
 こっちにだって、話せないのには話せないなりの理由があるの。傍から見た正論を振りかざしても、意味は無いよ』

なのははその言葉にハッとした。言われた時は納得できなかったその言葉の意味が、少しだけ理解出来た気がした。
もしも、自分が偽ユーノを消し去りたく無い、生かしておいてあげたいと決意し、主張し、第三者から危険だから消せと言われた時、自分も
《傍から見た正論を振りかざしても、意味は無い》
という気持ちになるのではないだろうか。そう気付いた。

そこで出てきたのが、最初の『"正しい"とは一体どういうことなのか』という疑問であった。

「そうだな……状況にもよるが、それは、消えようとしているやつが、自分自身の事を思慮に入れず、
 ただ周りに迷惑をかけたくないという理由で消えようとしているということでいいか?」

直接質問に答える前に出てきた恭也からの疑問に、なのはは頷く。

「そいつが消えること意外に、周りに迷惑をかけなくする方法は無いと考えていいか?」

再度、尋ねられ、なのははそれにも頷く。

「ふん、そうだな……。そうか、それで最初の『何が正しいのか』という質問か。
 そうだな。迷惑の規模にもよるが、そいつが消える事で周りが迷惑しなくなるというのなら、たしかにそれは『周りから見て正しいこと』かも知れないな。
 ましてやそいつが自分から『消える』って言ってるのなら、もうそうするのが一番なのかも知れない」

恭也の言葉に、顔を暗くするなのは。
しかし、「だが、」と恭也は続けた。

「俺はそんなの納得しない。そいつが周りの事情に流される形で消えると言うのなら、それは俺からしたら『間違ってる』。
 もし俺の前にそんな事言うやつが出てきたら、ぶん殴ってでも止めてやる」

そう言った恭也の視線の先には、呆けたような表情をしたなのは。
彼女の瞳には、スッキリした表情で笑っている恭也が写っていた。

「周りの"正しさ"なんてどうでもいいと言っている訳じゃ無いが、相手の言い分を聞いて、それでも自分の中の"正しさ"が変わらないんだったら、
 自分が間違ってると思えないんだったら、それは変えなくていい。変えちゃいけない。少なくとも、俺はそう思うな」

中には相手の話を聞こうともしないで自分の主張を押し通そうとするやつもいるが、なのはがそんな子ではないことは分かっている。
恭也の言葉に、呆然とした表情から見る見る内に明るくなっていくなのはの表情《かお》。
暫くして、彼女は恭也に笑顔でお礼を言い、駆けるように道場から出て行った。

「ふぅ、まさか9歳の妹にこんな事言うとは思わなかったな」

一人になった道場で、恭也はそんな事をぼやいていた。
――自分の言葉となのはの思考が、微妙に変な方向にズレてしまっていたことにも気付かずに。





「お帰り恭ちゃん」

なのはとの会話に色々と思うところのあった恭也が、少し経って道場から帰ると、早速美由希にお出迎えされた。
そればかりか、父である士郎や母の桃子までこちらに注意を向けているのが気配で分かる。

「ああ、ただいま。なのはは?」

ある程度予想していた事態だったので、恭也は戸惑うことなく美由希にまず尋ねた。

「さっきユーノの散歩に行ったよ。 ね、で、どうだっだの?」

その質問に答えると同時、気になって仕方がなかったのだろう。早速美由希が切り出した。
だが、恭也はそれにため息を付くと、美由希達の期待とは別の言葉を放つ。

「何でも無かった」

「ふーん、そっか……って、納得するとでも思った? 何でもなかった訳無いでしょ恭ちゃん! あのなのはが、誰かに相談をしたんだよ!?
 これは進展? それともそれだけ問題が大きかったって事!? 私はあの子の姉なの、秘密を独り占めになんてさせないんだから!」

「ああ、だから、お前が期待してるようなことは何も無かったんだ」

詰め寄る美由希に何でもない風に言った恭也の言葉に、一瞬美由希が固まり、

「…………恭ちゃん、まさか、遂になのはにまで手を……」

居間の方でガタンという音が鳴ったのは気のせいでは無い。

「待て、一体どういう思考でそういう結論になった。って言うか『まで』って何だ!?」

「幻のなのはルートがまさかこんなところに!?」

「何の話だ!!?」

「だって、別に私そういう想像してた訳じゃないのに恭ちゃんいきなり弁明しだすから」

「そういう意味じゃない、断じて違う! そしていきなりそんな話になったってことはお前絶対そういう想像してただろ。
 そして何故『まで』なんて言葉が出てきたか後でゆっくり聞かせろ」

声を荒げない様にしながらも必死に否定する恭也。再度はぁ、とため息を付いて、きちんと説明しだす。

「俺は相談なんかされなかった。されたのは"質問"だけ、"質問"どまりだった」

「……というと……」

「俺たちは巻き込まない。最終的な答えは自分だけでちゃんと見つけるって、無意識のうちに行動で示されてたなあれは」

「そっか……」

肩を落とす美由希。居間の方からも、ホッとした様な、落胆した様な雰囲気が流れて来る。
何に対してホッとしたのかはあまり考えないようにしながら、恭也は肩を落とした美由希の頭にポン、と手を置いた。

「?」

「そう気を落とすな。なのはが歩み寄って……頼ってくれるようになるのを、じっくり待ってればいいさ」

「……うん、そうだね」

少し寂しげに笑いながら、美由希は頷いた。









そんなことがあってから数日後、ユーノ脱走事件からほぼ1週間後、高町家全員、アリサ、すずか&忍、それとノエルとファリンは休日を含めた連休を利用して温泉旅行へ行くことになった。
今はみんな二台に分かれて車で山の道を移動中だ。
実は大人組で前々から予定は立てていたのだが、なのは達の空気が気まずいものになっていたため言い出せなかったらしい。
その事を知ったなのはとアリサは揃って苦笑していた。

あれからのなのはとアリサ達との関係だが、前述した通り、彼女達はなのはの悩みがまだ未解決なのを知っている。
実際、この間アリサがあれから様子の変わってないなのはに

『まだ解決してないの?』

と訊いた時、

『うん……まだ、ちょっとね……』

という答えが返って来た。
仲直りした時の、悩みが大きくなったような感じは翌日学校で合った時には無くなっていた為あんまり気にしてはいなかったが、それでもなのはが悩んでいるのに変わりは無く、やはり気になるのだ。
とは言っても以前のように嘘をついてまで隠そうともせず、
更に先日のゴタゴタのこともあり、その事でなのはに対するアリサの態度がキツくなることは無くなっている。
だが、その代わりになのはの悩みを実感する度に本当に悔しそうな様子をする(本人は隠しているつもり)ので、逆になのはは以前にも増して罪悪感を感じており、どっちもどっちだったりする。





《なのは》

車に揺られている中、なのはの元へユーノから念話が入った。

《何? ユーノくん》

《この旅行ぐらいは、ジュエルシードの事も訓練の事も、あの娘達の事も忘れて、しっかり休むんだよ。
 特にここ数日は、新しいジュエルシードこそ見つからなかったけど、訓練続きだったんだから》

《うん、分かってる》

そこで成されたのは、数日前もした会話。ジュエルシードと関わってこの方、なのはは心も体も休まる時が殆ど無かった。
それを心配したユーノが、この時だけでもと特に釘を刺していたのだ。
なのはもそんなユーノの気遣いは純粋に嬉しく思っているのに加え、
まあ実はなのはの方も、折角先週から色々と決意したり意気込んでいたりしていたのに、ジュエルシードについても少女達についてもそれ以降ずっと音沙汰も無し、
当初は燃えていた心も今や硝える心、どうにも不完全燃焼を続けていたたのだ。

その為、どうせならもういっそこの旅行2日間の間は、年相応にお子様らしく全てを忘れて目一杯遊んでしまおうという心積もりであった。







さて、そんなこんなで昼前温泉にたどり着いた一行。
荷物を部屋に運び昼食を食べたら、即行で温泉に入ろうという話になった。
当然反対する者などおらず、早速温泉へと向かって皆旅の疲れを癒したりしようとしていたのだが、
約一名が結構大変なことになっていた。
ユーノである。

《ユーノ君、温泉入ったことある?》

《あ、う゛、その……公衆浴場なら入ったことあるけど……》

なのはの問いに、キョドりながらも何とか返答するユーノ。

《えへへへ~、温泉は良いよ~》

《ほ、ほ……、ほんと?》

なのはの言葉に、キョドりながらも何とか相槌を打つユーノ。

《な、なのは……ぼ、僕はやっぱり、》

《へ?》

《だぁああぁぁあ!》

念話で聞き返すと同時に振り返ったなのはに、大慌てで視線を逸らそうとするユーノ。
しかし悲しいかな男の性、叫び声を上げたまま視線はそのまま固定されてしまっていた。

もう誰でも分かるだろう。この淫zy……フェレット、今現在女湯の更衣室にいる。

先程まで自分が乗せられた衣服入れの壁の方を必死こいて向いていたのだが、やはり誘惑に負けてチラリと振り向いてしまった結果がさっきのやり取りである。

《やっぱり恭也さんや士郎さんと男湯の方へ……》

ユーノは言いながらもその場にフラフラと倒れこむ。

《えー、いいじゃない。一緒に入ろうよー》

《うー、あ゛ー、うぅ゛……》

なのはの無垢な言葉と声音に、ユーノは精魂尽き果てたのか満足しきったのか、痙攣して呻くことしか出来なかった。
なのはよ、ユーノが本当は人間だったと言うことを忘れてはいないか?




「うわーあ、ファンタスティック!」

「すごーい、広ーい!」

「すごいねー」

「本当ですー」

「うわぁー」

と、まあこんな風に他に誰もいないことを良いことに風呂場で上からアリサ、すずか、忍、ファリン、なのはの順ではしゃいでいる中、ユーノはなのはの胸に抱かれていた。

「きゅ……」

全員タオルを体に巻いていたのが唯一の救いか或いはその逆か……
まあ、彼の精神状態についての言及はこのくらいにしておこう。
……いや、彼にはまだ災難が待っていた。

「お姉ちゃん、背中流してあげるね」

「ありがとう、すずか」

と、まあこんな感じにすずかが忍に提案したり、

「じゃあ、私も」

「ありがと」

なのはもそれに乗って美由希に背中流しを持ちかけたりと姉妹コンビがその仲の良さを見せ付けていると、

「きゅ!?」

突然横から伸びてきた手によって、なのはの腕の中からユーノが攫われた。

「え?」「ん?」

「ふっふーん、じゃ、あんたは私が洗ってあげるね」

そう言ったのは攫ったユーノを胸元で抱きしめて仁王立ちしているアリサ。
その腕の中でユーノはもう色々とどうにかしようとキューキューともがいていた。

「うははは、心配無いわよ、私洗うの上手いんだからっ!」

まあ、確かにアリサの家は犬だらけで、動物の世話はお手の物だろうが、ユーノが暴れている原因とは根本的にかけ離れている。

「ふふっ」

そんな二人の様子を見て、いつの間にか移動していたなのはは美由希の背中を流しながら笑っていた。







所変わってここは旅館の中庭の川の畔。
山の中にポツンとあるのに加え、けっこう――いや、かなりいい旅館なのも手伝って、庭と呼べる場所はかなりの広さとクオリティを誇っていた。周囲には林まである。

「はぁ、良いわね、こういう休日は」

「ああ、そうだな」

そこに佇む一組の男女。なのはの両親の士郎と桃子である。

「お店も少しは、若い子達に任せておけるようになったし」

「子供達も……まあ、実に元気だし」

「それに……あなたも」

川の静かな流れを眺めながら、リラックスした様子で会話する二人。
その中で、ごくごく自然に紡がれた言葉。

「っ……」

だが、そこには一体どれだけの想いが込められていたのか。士郎が桃子へと振り返ると、そこにあったのは悪戯好きそうな微笑み。
その顔を見て、士郎はホッとする。

「ああ、そうだな」

「ふふっ」

士郎の言葉に、本当に嬉しそうに微笑む桃子。

「結構、時間かかったもんな……」

「うん……」

会話に、重たい空気が流れ始める。

「まあ……もう桃子や子供達に心配をかけることは無いさ。
 俺は、これからはずっと、翠屋の店長だからな」

「うん……ありがとう、あなた」

安心した様に言い、傍らの士郎に寄り添う桃子。そんな桃子の肩に手を回す士郎。
邪魔する者のいない川の畔で、お互いの温もりを確かめ合うように佇む。





なのは達がまだ温泉に入っている頃、男湯から先に上がっていた恭也は浴衣姿で部屋の日の当たる場所で椅子に座って寛いでいた。

「どうぞ」

そんな彼の前に置かれる、湯飲みが一つ。ノエルの注いだ緑茶だ。ちなみに彼女も浴衣姿。

「ありがとう」

お礼を言い、テーブルに置かれたそれを手に取る恭也。次いで、

「しかし、ノエルも今日は仕事じゃないんだし、のんびりしていいんだぞ」

と、どこか呆れた様に言う。

「はい、のんびりさせていただいてますよ」

満面の笑みで答えているが、それでも彼女は忍や恭也の身の回りの事をテキパキとやってしまうのだろうという予感を、恭也は感じた。





湯船から上がって、ドアの方へと向かう人影が2つ。なのはとすずかである。

「じゃあ、お姉ちゃん、忍さん、お先でーす」

「はーい」

「なのはちゃん達と一緒に、旅館の中とか探検してくるね」

「うん、また後でね」

元気に手を振るなのはと、どこかぼうっとした感じなすずかに、それぞれの妹に返事を返す姉達。
ちなみに全員頬をほんのりと染めていたり上気させていたりと、うん、まあ、特定の者達には本当にご馳走様ですな状況な訳で……

「さ、行くわよユーノ」

美由希に抱きかかえられていたユーノを掻っ攫って行ったのは、またしてもアリサ。右手で首根っこを掴み、左手をわきわきと動かしているのに意味はあるのだろうか。
ユーノ? とっくに昇天済みである。



なのは達は浴衣に着替え、一通り宿の中を見て回った所で娯楽室を見つけた。
そしてそこにはさも当然の様に温泉宿の定番である……

「おー! やっぱ折角温泉に来たんだからこれよねー」

「アリサちゃん、やる?」

「モッチろん!」

「じゃあ、わたし受付でラケットと球貰ってくるね」

「よっろしくー」「ありがとうすずかちゃん」

そう、卓球である。
その後、少女達による熱いバトルが繰り広げられた。……ほぼ一方的な。





と、まあこんな感じで各々のんびりとしている中、実は少し前から結構気が気じゃなかった者が1匹……いや、1人いた。
ユーノである。

(この近くにジュエルシード反応……すぐに発動しそうな様子は無いけど、危ないな。
 でも、発動してないんだったら今の内に僕が拾ってきてしてしまえばいい。
 今日はなのはには休んでいて貰いたいし、ここは……)

普段だったら……いや、1週間前だったら気付かなかったであろうその反応。実は彼も1週間前の出来事では色々と思う所があり、あれからかなり気合を入れていたのだ。
それだけなら良いのだが、常時ある程度の探査魔法の展開を行っておくという結構無茶なことをやらかしていたりする。
今回はそれが良い方向に傾いたが、彼自身気付いていないがその実彼の疲労はなのはを上回っていてもおかしく無い。

ユーノは期を見てなのはに念話を送る。

《なのは》

《何? ユーノ君》

なのはの視線の先では、アリサがすずかの強力な打球を何とか打ち返そうと頑張っている。
段々ムキになっていく様が微笑ましい。ちなみになのははいの一番にバテていた。

《僕はちょっとそこら辺を散歩して来るよ。外の方に小川とか林とかあったし》

《うん、分かった。お夕飯までには帰って来てね》

《うん、了解》

なのはの肩から降り、ドアの隙間からスルリと外へ出る。
そのまま廊下を抜けて、中庭に出る。
張っている探索魔法の精度を強め、集中する。

――しばらくした後、ユーノの頭上に影が差した。





フェイト・テスタロッサは焦っていた。
何にかと言うと、そのどれもがジュエルシード関係なのだが、実は3つ程ある。
1つ目、この世界に来てから1週間も経っているのにジュエルシードを2つしか見つけれて無いこと(しかも一つは確保出来なかった)。だが、これはまだいい。
2つ目、予想外に予想以上の強敵が現れたこと。これが大きい。なんて言っても、手加減無しの勝負で完全に負けたのだ。出来る限りジュエルシードの取り合いはしたくない。
そして、つい先程生まれた最後の焦り……まだ発動していないジュエルシードを見つけたので喜び勇んで取りに来たら、その強敵の仲間が現れたこと。

彼女達はまだジュエルシードに気付いてない様子だったが、いつ気付いて回収に来るか分からない。更に自分の存在に気付かれたら、この間の強敵まで増援に来かねない。
フェイト自身まだジュエルシードの詳しい正確な位置を割り出せてない状況で、これは彼女にとって精神的にも現実的にも相当キツい状況だった。

しかしだからと言って今彼女に出来ることは限られている。よってフェイトは今、その限られた事――一刻も早くジュエルシードの位置を特定する為に全力で探査魔法を走らせていた。
と、そんな時

―――バサッバササササササササ……

左程離れていない場所で、鳥が一斉に飛び立った。思わずそちらに注意を向けるフェイト。と、次の瞬間。

「!?」

一瞬だけ見えた、見慣れた光。
それは自分の使い魔の魔法、バリアブレイク使用時の光景と同じ物。次いで、そこから展開される辺りを取り囲む封時結界。

《アルフ!?》

急いで己の使い魔に念話を送るフェイト。返事はすぐに返ってきた。

《ごめんフェイト。仕留め損ねた》

さも当然のように帰ってきたその返答に、フェイトは激昂する。

《何をやってるの!? 部屋で大人しくしてなきゃ駄目でしょ!》

念話で厳しい口調で叫びながらも、すぐさまそちらへと駆けつけるべく文字通り飛んで行くフェイト。
アルフはまだ本調子では無い。と言うより、まだ体を休めていないといけない状態だ。
今回の目的地が温泉宿だと知り、どうせジュエルシードの正確な位置の割り出しには時間がかかるからとリハビリを兼ねて連れて来ていたのだ。
着いて直ぐ一緒に温泉へ入り、それからは部屋でゆっくりしているようにと告げておいた筈だった。

《だって、フェイトの言ってた白い魔導師の使い魔っぽいやつが探索魔法を使ってたもんだからさ》

《っ……そう、そっちも気付いたんだ。
 そこにいるのは使い魔だけ? 茶髪の女の子や、白い魔導師の女の子、金髪の男の子とかは居ない?》

先程光が見えた所に着いたフェイトは、アルフは何処にいるのかと視線を彷徨わせる。

《ああ、だから奇襲で仕留めちゃおうと思ったんだけ、どっ!》

次の瞬間、近くで巻き起こるシールドと何かがぶつかり合う光と衝撃。フェイトはすぐさまそちらへと向かう。
茂を抜けた先でフェイトが見たのは、突進を受け止められてバックステップでこちらへと距離を取る自分の

使い魔と、その突進を止めていたシールドを消したフェレットの姿。
間違いなく、白い魔導師の使い魔だ。

「ごめんよーフェイト」

「しょうがないからいいよ、アルフ。今はとりあえず……」

《Scythe form》

「はぁああぁぁぁああ!」

兎に角、応援を呼ばれる、又は来る前に倒す、可能ならば捕縛するしか無いと、フェイトはフェレットに突っ込んだ。







(くそっ! 甘かった!)

新たに現れた魔導師の攻撃をシールドで防ぎながら、ユーノは自分に向かって悪態をついていた。
発動前のジュエルシードだからと油断したのがいけなかった。自分以外に見つけた者がいる可能性を忘れていたのだ。

《ユーノ君! 何処!?》

《なのは! こっち!》

探索魔法を使用していた中、直前で気付いた使い魔の攻撃。
それをシールドで防ぎ、その後逃走しながらユーノはなのはに応援を呼んでいた。
流石に誰かと戦闘を行って勝利し、ジュエルシードも確保出来るなどと考えるほど彼は甘くは無かった。
いや、以前の彼ならもしかしたら出来る限りなのはに悟られずに事を終わらせようとしていたかも知れない。
しかし、先週の出来事のお陰で彼のそういう考えは無くなっていた。そんな事しても、なのはは喜ばない。

先週ユーノが得た物は、そう判断できるだけの理解と信頼だった。

《ごめん出来るだけ早く来て! あの金髪の娘も来た!》

焦りを含んだ声でユーノが言う。
実際先程までは使い魔の動きがどこかぎこちなかったこともあり結構余裕だったのだが(バリアブレイクとか言うシールド破壊用の魔法を使われた時はかなり焦ったが)、
今は明らかに格上の魔導師の攻撃を受けている。自分の防御はそう易々と抜かれるとは思わないが、それでもキツイものはキツイユーノであった。

「っ!」

一方、以前にも同じ攻撃を防がれたことのある少女はそこで一旦飛び退く。
おそらく力押しでは壊せないと分かっているのだろう。
と、それと同時になのはからユーノに念話が来た。

《ユーノ君、私の方へ向けてシールド張って! "すぐに一直線に行くから"!》

《へ? なのは?》

何か嫌ーな予感がして冷や汗を流すユーノ。
彼の目の前には突撃態勢を取ったままの相手の使い魔がいるのだが、どうにも体が上手く動かないのかその場で固まっていた。
だが、それでも目の前に攻撃態勢の敵がいるのに、ユーノの本能とも言うべき警報は別の方を警告していた。
あるいは、不調だったことは使い魔の彼女にとって幸運だったのかも知れない。

《ディバイーン》

《ちょ、ちょっと待ってなのは!》

念話でも聞こえてきたなのはの掛け声に、ユーノは本当に命の危険を感じてそちらへと慌ててシールドを張る。
その行動に相手の魔導師達がいかぶしげな顔をするが、そんなのに構ってる余裕は彼には無い。

《バスター!》

次の瞬間、桜色の魔力砲が"間の木々を薙ぎ倒して"ユーノの真横を通り抜けた。それどころかその先の木々まで薙ぎ倒しながらまだ突き進んでいる。
どう見ても殺傷設定です本当にありがとうございました。

「「「………………………………………」」」

唖然とする一同。もしフェイト入れ違いにアルフが突っ込んでいたら文字通り吹っ飛ばされていただろう。
その間に、破壊されて出来た道から白い魔導師が現れた。
当然、その正体は見紛うこと無きなのはである。

―――――魔砲少女リリカルなのは 出番の渇いた吸血鬼 始まります。

((ちょっと待っ!))

おや、空耳がシンクロして聞こえた気がする……

閑話休題

砂煙の中から現れたなのははレイジングハートを油断無く構えて目の前の金髪の魔導師を見据えるが、正直周りからは完全に浮いていた。彼女の行動が一番正しい筈なのに、何故だろうか。

「な、なのは! 危ないじゃないか!」

そんななのはに正気に戻ったユーノが叫ぶ。

「え? だって、これが一番早かったんだもん」

「当たったらどうするつもりだったのさ!?」

「ユーノ君だったらシールドで軽く防げるでしょ?」

「「「…………………………」」」

ユーノのことを過大評価しているのか、自分の砲撃の威力が分かっていないのか……
恐らくは後者だろう。

だが、そんな二人のやり取りを見て正気に戻ったのはフェイトとその使い魔。
この二人ならまだ何とかなると思ったのか、フェイトは今度はなのはに向かって一気に距離を詰め、その鎌を振り下ろした。

「はあっ!」

「きゃっ!」《protection》

なのはは咄嗟のことに悲鳴を上げながらも、レイジングハートのプロテクションが間に合いその攻撃を受け止める。
フェイトは鎌を押し込んでそのシールドを破壊しようとするものの、なのはの守りも硬い。
フェイトは今度もまた破壊は無理と判断し、一旦離れようと判断する。が、次の瞬間、

「っ!?」

――ヒュイン

直前で察知し急いで飛び退いた彼女の眼前を、桜色の魔力弾が通り過ぎて行った。
驚愕するフェイトの目に映るのは、目の前の白い魔導師の周囲を高速で旋回する、見るからに速度重視の4つの魔力弾。
これこそが、対さつき用になのはとユーノが編み出した戦法の一つ――プリベント シューター――である。



―――事の始まりは、偽ユーノの件があった次の日の朝。
いつもなら散歩と言う名のジュエルシード探しに出かけているなのは達だったが、今回は違った。
なのは達のいる場所は、高台にある空き地。この早い時間にこんな場所に来る人間なんてそういない。
つまりは、隠れて何かをするにはうってつけの場所ということだ。

「なのは、あの子と……さつきって娘と戦うって、本当かい?」

「……私、やっぱりあの子のこと……もう1人の娘もだけど、やっぱりさつきちゃんのことが気になるの」

なのははユーノの問いには答えず、1人語り出す。

「すごく強くて、今はぶつかり合っちゃってるけど、本当はすっごく優しくて……」

思い出す、ぶつかり合った時の記憶、拒絶された時の記憶、彼女の優しさを感じた時の記憶。

「そして、いつも明るいんだ」

しかし、その言葉を紡ぐなのはの顔は暗かった。

「だけど、それは嘘なんだ。自分に嘘をついてまで、明るく振舞ってる。
 昨日、ほんの一瞬だけ、あの娘の本音が見えたの。
 何かから怯えている様で……震えてて……寂しそうで……泣きそうだった」

――『やめて……お願い……聞きたく無い……』

「……………」

その場面を見ていないユーノは、何も言わずただ沈黙を貫く。

「きっと、嘘をついてないと壊れちゃうんだ。だから、自分を騙してる。
 でも、……ううん、だからこそ、私は知りたい。何でそんなに悲しそうなのか……寂しそうなのか……。
 きっと、ジュエルシードを集めてる理由も、その理由を言えない訳も、それに関係してるんだと思う」

所詮憶測と、ただの勘だと言ってしまえばそれまでだ。だが、あれ程強い思いを内に秘めている者がジュエルシードを欲する理由なんて、なのはにはそれしか考えられなかった。

「あの娘、ジュエルシードが欲しい理由を言えない理由があるって言ってた。
 言っても、何も変わらないと思うからとか、そういう訳じゃ無くて、ちゃんと理由があるって……
 多分あの娘、その理由を言っちゃうと自分にとって何か悪いことが起きちゃうって思ってるんだ。
 でも、」

と、そこでなのはの目に強い光が宿る。

「やっぱり私はその理由を知りたい。そんな事も知らないで、なにも分からないままでぶつかり合うのだけは嫌だ。
 言えないって事は、どういう形であれ、私が信用されて無いってこと。
 でも、今のお互い争ってる状況で、信頼や信用を勝ち取るのは難しい。……なら」

なのははユーノの目を真っ直ぐに見る。
ユーノのも視線を逸らさずに見つめ返す。

「戦って、勝って、対等な立場に見てもらう。あの娘に近づく為に今の私に出来ることは、それしか無いから。
 だからお願いユーノ君、私に教えて、魔法の上手な使い方!」



そうして、なのはの特訓が始まった。
……のだが。


「やっぱり、なのはの魔力量はすごいね。防御魔法は僕の方が上の筈なのに、魔力の量だけで僕の防御に追いついてきてる」

「えーっと、ユーノ君? 前にも言ったけど、それって私が力任せっていうことなのかな?」

「え? い、いや、そういう意味じゃなよ!」

「ふーん、でも、シールドばっかり練習しても戦えないんじゃぁ……」

「うん、そうなんだけど……さつきって娘のスピードと攻撃の威力を考えると、防御をしっかりしておかないと直ぐにやられることになると思うから」

「そっか……そうだよね。ジュエルシードから生まれたユーノ君の作った結界を殴っただけで壊しちゃうんだもんね」

「そうなんだy……ってえぇ!?
 な、なのは、それって本当?」

「うん、あっちのユーノ君もすっごい驚いてた」

「……この練習、止めようか」

「え!? 何で!?」

「普通に考えてよなのは! ジュエルシードの暴走体が作り上げた結界以上の強度のシールドを、僕達が作れる訳無いでしょ!?」

「あ……」

「……高速移動魔法でも覚えようか」

「うん……」

防御魔法の Lv. UP 、断念。


《flash move》

「ふうっ、ふうっ、ふうっ……」

「なのは……」

「何……ユーノ君?」

「体力無さすぎ」

「うぐっ」

「まあ、それを抜きにしても、やっぱりいきなり高速移動魔法の連続使用は難しいね。
 出来て単発で何度か、それになのはの体力の無さと反射神経とあの娘のスピードを考えると……」

「………」

「やっぱり効率が悪いと思うんだけど……」

「うぅ……ごめん、ユーノ君」

高速移動魔法の使用訓練、断念。


「でも、それじゃあどうしよう?」

「うーん、攻撃は最大の防御! って感じでシューター連続で打ち続ければ……
 だめかなぁ……昨日もあっちのユーノ君の魔力弾全部叩き落してたもんね……」

「!? 魔力弾を叩き落した!!? まさかとは思うけど素手で?」

「うん。そうだけど……」

「どこまで規格外なんだ……
 でも、わざわざ叩き落したってことは耐久力は普通と同じくらいと考えていいのか? それが救いか……」

「? あれ? じゃあさユーノ君、こんなのってどう?」

「? どんなのだい?」

「えーっとねぇ…………」

「それは……なんともなのはらしいと言うか……
 普通はそんなこと出来ないけど、なのはの制御能力があれば……うん、もしかしたら悪くないかも」

「よーし、じゃあ早速試してみよ!」



――と、まあこんな感じで生み出されたのがこれ、シューターを自分の周りに旋回させて攻撃と防御を一緒にやっちゃおう! という何ともなのはらしいと言えばなのはらしい戦法である。
……結局、空に飛んで空爆しちゃえば良いんじゃね? という事になのは達が気付くことは無かった。

今なのはの周りを回り続ける魔力弾の数は4つ。これが今の彼女の限界。
今現在なのはが展開することの出来るプリベント シューターは最大で8つである。
しかしこの魔法はあくまで防御専用。魔力弾を制御しながらも自身が自在に動けなければ意味が無い。
魔力弾の制御に意識を割きすぎて自分が動けなくなっては本末転倒なのだ。
故に、これがなのはがほぼ無意識下で、シューターを旋回という行動パターンの元動かすことの出来る限界量。
しかも、飛行魔法等の簡単な魔法を使用する時を除き別の魔法を使おうとすると一旦解除しなければならない等、他にも欠点のあるまだまだ未熟な防御だ。

「なのは! そっちの娘をお願い、僕はその間に、ジュエルシードを探して……」

「させると思ってんのかい!?」

なのはに呼びかけるユーノに、アルフが跳びかかった。
しかしそれはユーノのシールドに防がれる。それだけで無く、

「君1人なら倒せないまでも何とかなる!」

ユーノの足元に浮かぶ魔法陣。その中にいるアルフは今現在行われている魔法がどのような物かを察し、

「まずっ!」「アルフ!?」

フェイトも叫ぶが、もう遅かった。
次の瞬間、ユーノとアルフはその場から消えていた。

「強制転移魔法……アルフ……」

フェイトは未だ本調子でないアルフを心配し、しかしすぐに思考を切り替え目の前の魔導師に向き直る。

「ユーノ君……」

対するなのはもユーノの事を気にかけていたが、彼の気持ちを汲んで漆黒の少女と対峙する。



「あなたは、どうしてジュエルシードを集めようとしているの?」

問いかけるのは、なのは。しかし、この状況で昨日やられたもう1人が来ると詰むことが分かっており焦っているフェイトは、それに取り合おうともしない。

《photon lancer》

「フォトンランサー、ファイア!」

「あっ!」

《protection》

いきなりの魔力弾の攻撃に、シューターを展開していたことで半分安心してしまっていたなのはは反応出来ない。しかしレイジングハートが張ったプロテクションが間に合う。
魔力弾とシールドがぶつかり合い、光と衝撃でなのはが一瞬怯んだ。
そう、これがこの魔法のもう一つの欠点。元々対さつき用に考案したこの魔法、恐らく打撃攻撃しか無いであろう対彼女用の魔法だからこそ、射撃型の攻撃の対策が全くと言っていいほど無いのだ。
そして、欠点はまだある。

「はあっ!」

「!?」

怯んだ一瞬の間にいつの間にか背後に回られていた事に、悪寒を走らせるなのは。
急いで振り向くも、もう相手の鎌は振られる直前。シールドは間に合わない。
そして、これが最後の欠点。確かに、打撃系の攻撃を防ぐ為のプリベント シューターだが、長い獲物で攻撃されてはシューターは相手の体に当たらない。
シューターが獲物に当たってくれる事を祈るという、かなり博打な覚悟をしなければならなくなるのだ。
そしてなのはのこの魔法はまだ未熟な為、隙間と隙はいくらでもある。
しかも今回フェイトは絶妙なタイミングでシューターが抜ける場所を見抜いていた。これは当たる。

だが、一応なのは側にも対応策はあった。

《Release》

フェイトの攻撃が当たると思われた直前、レイジングハートが魔力弾の制御を一斉に放棄した。
元より自分の周囲を旋回させるというプログラムの元、碌に制御などしていなかったのだが、そのプログラムさえ放棄したのだ。
結果、シューターは今まで旋回していた速度のまま、遠心力によって一斉にバラけた。上手く行くかも分からない、文字通り最後の賭けだ。

だが、今回は運はなのはに見方した。運良く魔力弾の1つがフェイトに向かってすっ飛んで行ったのだ。

「っ!?」

《Flier fin Flash move》

バルディッシュを振るうと共に、急いで体を捻ってそれを回避するフェイト。その結果、なのはその鎌を紙一重で空に避ける事に成功する。

「話を、聞いてってばぁ!」

上昇しながら、叫ぶなのは。

「時間稼ぎのつもりなら、無駄だ!」

《Photon Lancer》

「連撃……ファイア!」

しかし、帰ってきたのは無数の雷の刃。

「っ!」

《Round Shield》

なのはは咄嗟に右手を出し、シールドを張る。なのはの軌道力では避けることなど不可能だ。
シールド越しの魔力弾の衝撃に耐えながら、なのはは尚も叫ぶ。

「そんなのじゃないよ! もしかしたら、話し合いでどうにかなるかも知れない!」

だが、次の瞬間にはフェイトはなのはの隣にいた。

「!?」《Protection》

振り下ろして来るバルディッシュに先程まで使用していたシールドは間に合わず、レイジングハートがオートでプロテクションを張る。
対象を弾き飛ばす性質を持つバリアに、しかしフェイトはバルディッシュを押さえつけてなのはを逃がさない。

「私は、ロストロギアの欠片を……ジュエルシード集めないといけない。
 そして、あなたも同じ目的なら、私達はジュエルシードを賭けて戦う敵同士ってことになる」

「だから、そういうことを簡単に決め付けないために、話し合いって必要なんだと思う!
 お兄ちゃんもそう言ってた!」

「話し合うだけじゃ……言葉だけじゃきっと何も変わらない。
 伝わらない!」

「っきゃあ!」

最後の叫びと共に力強く振り下ろされた戦斧に、遂になのはが吹き飛ばされる。

《Photon Lancer get set》

「ファイア!」

《Fire》

それに追い討ちをかけるように放たれたフェイトの魔力弾。
このままだと直撃、そしてそのまま勝負が着くだろう。
が、迫り来る魔力弾を見つめるなのはの目に光が宿った。
その原因は、直前に発せられた少女の悲しい言葉か、はたまたその瞳に宿る感情を見てしまったが故か……

――言い返したい。伝えたい。私の言葉を、あの娘に……!

その為には、ここで倒れる訳には行かない。そう思っても、やはり魔力弾は回避不能で……
――次の瞬間、光が弾けた。









川の畔を駆ける少女が、1人いた。

(なのは……)

長い金髪、

(なのは、どこ……)

まだ幼い、しかしいつもは強気な顔立ちには、今は不安げな様子が見て取れる。

(なのは……!)

そう、アリサ・バニングスである。
彼女は卓球の休憩中にいきなり様子がおかしくなり慌てて出て行ったなのはの後を追ってここまで来たのである。

彼女はすずかの家であった事件依頼、なのはの行動に敏感になっていた。
それがああも慌てた様子でいきなり出て行ったら、それは後もつけたくなるというものだ。それに、彼女がなのはに対して不安を覚える原因は、実はそれだけではない。



あの事件の夜、アリサは1人、晩御飯も食べずに部屋に閉じ篭っていた。
胸中に渦巻いているのは、自分に対する憤りと、ただ深い後悔の念。

――何故、あそこでなのはに着いて行かなかったのだろう。
――――何故、もっと素直になれなかったのだろう。


――――――何故、なのはに八つ当たりなんてしてしまったのだろう。

行き場の無い後悔の思考は、いずれ方向性を求めて、その解を欲するようになっていった。

――八つ当たり、そうだ八つ当たりだ。私は私自身に怒ってた筈だったんだ。
  だったら何で、どうしてなのはに怒ったの? 私は私だけに怒りを感じてればよかったのに。
  何で? どうして? その怒りや不安を、誰かにぶつけたかっ……不安……? ――

そこで、彼女の思考は道を見出す。一旦気付けば、後は簡単だった。

――そうだ。私は不安だったんだ。だからその不安を誰かにぶつけたかった。その時一番ぶつけ易かったのがなのはだった。
  何が不安だった? そんなの、私が怒ってた"本当の理由"だ。
  なのはが、時々とても遠い目をして、なんか、そのままどっか遠い所に行っちゃって、もう自分達の所に帰って来なくなってしまうような、そんな予感が時々あったから……。
  ははっ、何だ。最初っから、全部八つ当たりだったんだ。
  最初になのはに怒ったのも、私の不甲斐なさに怒ったのも、あの時なのはを突っぱねちゃったのも、全部その不安をごまかすための八つ当たりだったんだ――

なのはがどっか行っちゃいそうで、それが不安で、その結果が、なのは自身への八つ当たり……?
その結果が…………"あれ"?


――――馬鹿だ、私。大馬鹿だ…………!!



故に彼女は、なのはを追う。今度は見失わないように。彼女がどこかへ行ってしまわないように。

……しかしなのはの姿はどこにも無い。そんなに時間をおかずに出てきた筈なのに、一体どういうことだろうか。
彼女の不安が、どんどん大きくなり、積もってゆく。

(なのは……、なのは……! なのは……!!)

彼女はとうとう一つの橋のところまでたどり着いた。そしてここで一つの奇跡が起こる。
この場所、彼女から2歩も離れていない場所に、つい先程まで一つの蒼い宝石があったのだ。
その名称は、ジュエルシード。
今はユーノの張った結界の中に取り込まれている。

だが、強い思い《ねがい》は世界をも超えることがあると言う。だとすれば、親友を純粋に思う強い願いにとって、結界の内と外の差など、有って無いようなものではないのか。
結果、ジュエルシードは彼女の思い《ねがい》に反応し、辺りを光で包み込んだ――





なのはは自分へと迫り来る魔力弾を避けられぬと悟り、目を閉じた。
次の瞬間、真っ白に染まる視界。しかし、彼女の予想と異なり衝撃が無い。
しかも、何やら見知った感覚に包まれている感じがする。目を開けてみると、周りは真っ白な空間。明らかに先程までいた場所とは違う。そして……

(この感覚……ジュエルシード!?)

悟ると同時、なのはの中に何かが流れて来た。
それは、無理やり表現しようとするならば、彼女の親友――アリサの感情のような物。
それを受け止めて、なのははこの現象が何なのかを察し、そして――愕然とした。

――自分はいつの間に、親友をこんなにも苦しめていたのだろう。

そして、その空間は唐突に終わりを告げる。
どこか呆然としたような感じで降り立ったのは、川の畔。目の前には、彼女の親友、アリサ・バニングス。

周りの風景からして、まだ結界の中。恐らく、ジュエルシードはアリサを結界の内に、なのはを空間移動させることで二人を合わせたのだろう。

「なの……は……?」

「アリサちゃん……」

いきなりの事で戸惑っているのか、どこか呆然としたような感じで問いかけるアリサ。
だが、それもなのはが暗い顔で彼女の名前を呟くと、一気に正気に戻り詰め寄る。

「なのは、どこ行ってたのよ、探したのよ! それにどうしたのその格好! よく見ると何か汚れてるし、あんた一体何やってたのよ!?」

「あ、え、う、うーん……と……」

気まずさとどう説明すればいいか分からないのとで、言いよどむなのは。
アリサはあたふたとしているなのはを憮然とした表情で見つめてる。

《Thunder smashar》

しかし、そんな二人の空気を引き裂く無情な機械音が響いた。間違いようの無い、バルディッシュの声。

「え!?」

なのはの失敗は、空間転移なんて行った為にここがさっきまでの場所から離れた場所であると錯覚してしまったことだ。
実際は、この場所は先程の場所から五十数メートルしか離れていなかったのだ。慌てて振り返るも、もう砲撃は放たれていた。防御も回避も間に合わない。プロテクションじゃ防ぎ切れない。

「なのは!」

その時、なのはの前に絶妙なタイミングでユーノが転移して来た。
ユーノが魔力障壁を張り、金色の砲撃を受け切る。
だが、それが晴れた先には既に砲撃主の姿は無かった。

「え!?」

なのはが疑問の声を上げると同時に、彼女の隣に現れる漆黒の魔導師。振り下ろされようとする戦斧。

「させない!」

それに対して動いたのはまたしてもユーノ。なのは、アリサ、そして彼自身を囲むかのように足元に浮かび上がる一つの魔法陣。展開されるのは結界型の魔力障壁。
それが漆黒の戦斧を受け止めていた。


「くっ、相変わらず硬い……」

フェイトは悔しげに呟き、その結界から距離を取った。
あの結界を壊すのは彼女には相当骨が折れる。――そう、彼女には。

(あの子の後ろにいる金髪の子、あの子からジュエルシードの気配を感じる。
 見たところ民間人。暴走は今は収まってるみたいだから、相手の戦力に変わりはない。これまで相手をして分かった。あの子は魔力が大きいだけの素人。
 あの魔導師の子達を潰した後で、十分にジュエルシードの方も回収出来る)

と、なるとやることは一つ。時間稼ぎ。先程までならそんな考えは持たなかっただろうが、彼女はとある違和感に気付いていた。

(戦闘が始まってからそれなりに時間が経つのに、増援がやってこない。
 もしかしたら、私を倒したあの魔導師は彼女側の人間じゃあ無いのかも)

ただの憶測でしか無いし、正直に答えてもらえるとも思えないが、それでも訊く価値はある。
と、フェイトがそこまで考えた時相手側でなにやら一悶着があったらしいのが見てとれた。

「ゆ、ユーノ!? 今あんた喋んなかった!?
 それにこれ何よ! さっきの何よ!? もーどーなってんのよー!!」

「きゅーーーーー!!」

「ア、アリサちゃん落ち着いて……」

……ユーノがアリサにブン回されていた。

「ねえ、」

それら全てをスルーして、フェイトは白い魔導師に尋ねる。

「え? 何?」

それに反応したのはなのはのみ。ユーノはまだブン回されている。

「この間私を倒した金髪の魔導師……彼は来ないの?」

その言葉を聴いたなのはの顔に影が差す。

「うん……あの子は、もう、いなくなっちゃったから……」

「……そう」

思いっきり普通に答えられて、逆に目を見開くフェイト。
様子からしてブラフでは無さそうだと判断する。一体何があったのかは知らないが、彼女にとっては好都合だった。

これでフェイトの方針は決定した。視界の端で待っていたそれが来たのを確認し、白い魔導師へとバルディッシュを向けて話しかける。

「……賭けて。それぞれのジュエルシードを、一つずつ」

なのはがそれに言い返そうとした時、

「あ」

アリサが何やら声を上げた。
まだ障壁に守られていたこともあり、なのははそちらに思わず目を向ける。フェイトの目には最初から写っていた。
アリサの手の平から、何かがすっぽ抜けて空を跳んでいた。それは、見るからに美しい蒼い宝石。
地面に落ちたそれをアリサが手に取る。それで漸くユーノはアリサの拘束から逃れることの出来た。

「何これ? こんなのいつの間に……」

「ジュエルシード!」

叫んだのは誰だったろうか。
次の瞬間、茂みから飛び出すオレンジ色の髪をした1人の女性。その頭に犬耳があったりお尻からオレンジ色の尻尾が出ていたりと、その正体がアルフであると想像するのは難しく無い。

「バリアー ブレイクゥッ!」

叫びながら突き出された拳が障壁にぶつかると同時に、障壁にヒビが入る。数瞬後、障壁は砕け散った。

「きゃあっ!」

「なのは、彼女とジュエルシードを!」

「もう何何何なのよー!」

「アリサちゃん、こっち!」

慌てるなのは達。フェイトは白い魔導師とジュエルシードを持つ少女がアルフと使い魔から離れるのを見て、

《Arc Saver》

「はあっ!」

少女達の間を狙ってアークセイバーを打ち込んだ。

「「きゃあっ!」」

ブーメランの様に飛翔する刃は見事アリサとその手を引くなのはの間へと吸い込まれ、なのは達は手を離して切り離される。

「はっ!」

「っ!」

次いで、白い魔導師へと一気に距離を詰めたフェイトは彼女に向かってバルディッシュを横薙ぎに振るう。
なのははこれをしゃがむことで何とかかわす。そしてその瞬間を狙って一旦空へと逃げようとした。あわよくばフェイトとアリサを離れさせるつもりなのかも知れない。
しかし、

《Photon Lancer Fire》

「え!? 《Protection》きゃあっ!!」

"なのはの頭上から"、金色に光る複数の魔力弾が打ち出された。魔力弾の遠隔発生という高等技術である。
レイジングハートが咄嗟にプロテクションを張り、何とか受け止めるもののその防御も破られ、なのはは地に叩きつけられる。
フェイトとて容赦はしない。相手の動きが取れない今のうちに決着を着けようと、サイズフォームのバルディッシュを振りかぶり、

「っ!」

思わず目を閉じた白い魔導師に向かって、振り下ろした。



「……?」

しかし、なのははまたもやいつまで経っても来ない衝撃に目を開ける。と、そこには

「えっ!?」

首筋ギリギリで止まっている刃があった。

「ど、どうして……」

"アリサの"首筋ギリギリで。
アリサが、なのはとを庇うように彼女とフェイトの間に割って入っていた。

「何だか分からないけど、アンタ達はこれが欲しいんでしょ! こんなのあげるから、さっさと帰って!」

叫んで差し出された手の上にあるのは、紛れもなくジュエルシード。

「………」

だが、それでもフェイトは刃を引かない。
すると、

《Put out》

レイジングハートがジュエルシードを排出した。

「レイジングハート……」

なのははレイジングハートの名前を呼ぶが、止める気配は無い。
それを見たフェイトは、ようやくバルディッシュを引いた。

《Divice form》

2つのジュエルシードが、バルディッシュに吸い込まれる。

《Capture》

「行くよアルフ」

それを確認したフェイトがアルフに声をかける。
ユーノと膠着状態になっていた彼女はアッサリと彼を振り切り、フェイトの横に並んだ。

「さっすが私のご主人様」

二人はそのまま立ち去ろうとする。それを、

「待って!」

なのはが呼び止めた。

「名前……あなたの名前は!?」

「フェイト、フェイト・テスタロッサ」

「フェイト、ちゃん……」

なのはは答えられた名前を、確かめるように呟き、

「わ、わたs「それと、」っ」

今度は自分の名前を告げようとした所を、フェイトに割り込まれた。

「その子、早く連れて帰ってあげて」

「へ?」

なのはの疑問の声と共に、倒れこむアリサ。

「え? あ、アリサちゃん!?」

「きゅーーー」

緊張の糸が途切れたのか遂に頭がパンクしたのか、アリサは目を回していた。
なのはの慌てる声を背に、フェイトは今度こそそこから立ち去った。





数分後、

「うーん……」

「あ、アリサちゃん起きた?」

「え?」

アリサが目を覚ますと、そこには親友のなのはの顔。次いで、フラッシュバックする記憶。

「!! なのは、あんた大丈夫!? あいつは!? あの特大凶器持った……」

「? 何の話? それよりもアリサちゃん、いくらお昼ご飯食べて、温泉入って、その後運動したからって、

こんなところでお昼寝しちゃ風邪引いちゃうよ?」

いつものアリサなら、なのはの違和感に気付いたであろう。だが、今のアリサはとにかく気が動転していた。

「…………夢……?」

呆然と呟くアリサ。その視線が、今度はなのはの肩に乗るユーノに注がれる。
だが、そのフェレットは喋るどころか「きゅ?」とただ一鳴きするのみ。

(そっか、夢だったんだ……。そりゃそうよね。
 いくら何でもあんなことが現実に起こる訳無いもの。晴れの日に雷が鳴ったり私達ぐらいの女の子があんなもの振り回したり挙句の果てには小動物が喋ったり……。
 あー、改めて考えると突っ込みどころしか無いわ……)

「どうしたのアリサちゃん。もしかして、まだ眠ってる?」

「っっ! そんな訳無いでしょ! さっさと帰るわよなのは!」

なのはの言葉に顔を真っ赤にして叫ぶアリサ。そのままずかずかと歩き出す。
…………なのはの手をしっかりと握って。

「……アリサちゃん」

アリサに引かれながら、なのはは彼女に話しかける。

「何よ」

「私、いかないよ、どこにも」

「っ!?」

なのはの言葉に、アリサの足がピタリと止まる。

「友達だもん。どこにも行かないよ。私は最後はちゃんと、アリサちゃんと、すずかちゃんの所に帰ってくるから」

「…………」

「アリサちゃん?」

背を向けたまま無言のアリサに、なのはは心配そうに声をかける。と、

「なに言ってんのよ! そんなの当たり前でしょ!」

アリサはそれだけ言って、一度も振り返らずにまたズカズカと歩き出してしまった。
その手に引かれるなのはは、嬉しそうに笑っていた。



――――お話を聞きたい娘が、もう1人増えました。
    今のままじゃ、また何も聞けずに終わっちゃうかも知れないけど。
    それでも私は、あの娘達のことを知りたい。ずっとこのままは嫌だから。
    アリサちゃんを悲しませちゃってたけど、私はそのことからは逃げ出したくない。
    道を間違えないように、自分らしさを、見失わないように……










あとがき
ねんがんの とうこうを かんりょうしたぞ!

痛い痛い。石を投げないで。
いやぁ、まことに申し訳ない。何か月1投稿が定着してきてしまっているデモアです。
中間試験で始まる前も終わった後も色んな意味で死んでたからってこれは酷い。今度はもうちょい早くできるように頑張ります。……つーか第0話の時の話半分も考えてなかったのに1日で書き上げてた勢いはどうしたよ。
いや、うん。どうしてかは分かるんだよね。主に戦闘シーンで時間取ってたんだよね。
フェイトみたいに超スピード+実力差があると即行で簡単に決着が着いてしまって話し合いが全く出来ないという罠。偽ユーノ事件が無ければまだどうにかなったのに、まさかあれがこんなところで尾を引くとは思いませんでした……
しかも最後テンプレにも程がある件。そして原作のなのはの語りが大人すぎてマジで難しい件。

他にも前話で、書かなきゃ駄文になる! って思ってたところがあったのに忘れててマジで焦ったり。
いや、さっちんが取り乱したところですけどね。あーいうキャラの感情がいきなり変わる場面って1文入れてやらないとこっちが戸惑うって言うか……
もう直したけど。

そして今回もさっちんが空気どころか出番ナッシング(銃声
本当はこの話2話に分ける予定だったんですが、PV100000超えたので明言していた通り次の投稿で表へ出すので
次からさっちんが活躍しだすのでいくらなんでもそこまでは行きたかったので頑張って1話にしました。
何で今まで活躍が無かったのかって?
よろしい、説明してさしあげよう! あ、やめてお願い殴らないで僕に弁解させてお願いします。

えー、今作みたく介入させたキャラが精神年齢大人(ほぼ大人)な場合、積極的になのは達に絡ませると

「なにこいつ大人気ねぇ」

ってことになるんですよ。他作品の作者様は色んな工夫してそういうのを無くしてるんですが。
以下例を挙げると、

・介入キャラを複数用意する
・相手方にも介入キャラを用意する
・次元震のところで介入させて、組織である管理局が出て来る時期から始める
・即行でフェイトの味方になって、プレシアを表に出す

等などがありますね。他作者様がたはこれを分かってやってるのかそれとも本能的に察しているのか……
そしてこのどれもを行わなかった作者。完全に自業自得。

そしてこれ書いてて分かったもう一つのこと。何故A'sからの介入が多いのか。単純に人気だからだと思ってたんですが、これが思わぬ新事実発覚。
あっちの方が楽なんですよ。何たって場所と時間が指定されている絶対に起こさなきゃいけないイベントほとんど無いから。

しかしここ最近チラ裏に良作品が突然出没しますね。表よりもチェック回数多くなってる件について。

と、まあここまでグダグダ書いてきましたが、何かさっきも書いた気がしますがお知らせ一つ。
PV遂に100000超えたので、次の投稿と共にとらは板に移動します。こんな作品を読んでくださっている皆様方、本当にありがとうございます。



[12606] 第12話
Name: デモア◆45e06a21 ID:2ff3a52c
Date: 2013/05/01 04:48
某年4月26日 午後8時頃
とあるマンションの一室、オレンジ色の狼の背中を撫でながらその食事(ドッグフード)に付き合っている少女がいた。
フェイト・テスタロッサとその使い魔、アルフである。

「フェイトぉ~、ワタシはもう大丈夫だからさ、あんたもご飯食べなよ」

「さっき、少しだけどもう食べたよ」

非難の色を含めた自分の言葉に対して優しく返してくる少女に、アルフはため息を吐く。どうせ本当に少しだけしか食べてないに決まっている。

「ただでさえ探索魔法は体力を消耗するっていうのに、フェイトってばろくに食事も取らないし休まないし、フェイトだって軽くない傷を負ってるんだよ?」

背中を撫でる手を鼻先でどかし、アルフはフェイトを真正面から見つめて言い聞かせた。
アルフが言っているのは、暗い部屋の中、証明が当たってハッキリと晒されているフェイトの背中の無数の傷跡。
すり傷でも切り傷でもないそれは、何か細いもので何度も何度も叩かれたようなもの。ジュエルシードとの戦闘中に負ったものでは無く、それ以前に受け、未だ癒えない傷。
だが、フェイトはそんなアルフの労わりの言葉を聴いても、そこを動こうとせずまたアルフの背を撫で始める。

「今はアルフの方が重症でしょ?」

出てきたのは、相変わらずヒトのことを気遣う言葉。

「だから、ワタシはもう大丈夫だって。こんなやつのことなんかに構ってる時間があるんなら、フェイトは休んどきなよ」

「この間、私とまともに連携も取れなかったのに『大丈夫』?」

再度押す言葉に、返って来たのは意地悪な言及。

「うぐ……」

流石に一瞬黙るアルフ。
その隙に、フェイトは言葉を続ける。

「大丈夫だよ。私、強いから」

「そういう問題じゃ……」

アルフはまだ難色を示すが、フェイトはここで最後の札を切った。

「それに、次のジュエルシードの場所も大体の位置は特定できてるから。
 この後すぐに回収しに行くから、どっちみち意味なし。なら、私は1人でいるよりアルフと一緒にいる方がいいな」

「………」

卑怯だ。アルフは心の中でボヤく。そして、せめてもの精一杯の抵抗をするも……

「ねぇ、それってワタシも着いてって……」

「駄目。今のアルフの状態じゃあ邪魔になっちゃうだけだよ」

フェイトの無自覚な、悪気の一欠けらもない、ただ単にアルフを心配してるだけの筈の一撃に、粉々に粉砕された。

数分後、

「じゃあ、行って来るよ。母さんが待ってるんだ」

主人の後姿を、心配そうなオレンジ色の狼の瞳が見送った。










その少し後。

「はーあ、今日も見つからない……」

ビルの間の裏路地をうろつきながらため息を付く少女。最近めっきり出番の無かった弓塚さつきである。

その間彼女が一体何をしていたかと言うと、外を出歩く訳にはいかない平日の昼間は魔術の修行をしたり古本屋で買った本を読んだり、休日は町を散策しながらあわよくばジュエルシードを見つけれないかとキョロキョロしたり公園でのんびりと和んだり、
夜になるとジュエルシードを探しに出るのは平日でも休日でも変わらず行ったりしていた。
本来するべき勉強も一緒に遊ぶ友達もないとなるとやることは限られてくる。確かにさつきは3週間ずっと1人で裏路地生活をしていたこともあるがあの時は生き延びるために必死だったこともあり、孤独に打ち震えることはあってもその生活に疑問を抱く暇など無かった。
しかし今はこと生きることに関して言えば十分余裕がある為、自然、今の自分の生活に「わたし、これでいいの……?」と寂しさと共に疑問と焦りを感じていたりしていた。

そんな中ついこの間休日の昼間に、女の子らしく久々にデパートまで足を運んだりした所、カセットコンロという画期的なアイテムを発見し即座に購入。フライパンや鍋、料理の本も購入し、スーパーで大量の食材を調達、ここ最近は平日の暇な時間を料理の練習に費やす等、以前に比べれば少しは充実した時間を送ってはいたのだった。だが……

「もしかして、もう終わっちゃってたりしないよね……?」

彼女が最後にジュエルシードに関わってから早2週間弱。
自分の知らぬ間に残りの10個以上のジュエルシードが全て回収されてしまったのではないかと、普通に考えたらありえない不安に駆られてしまうのも無理は無い。

「あれ?」

と、そんなさつきが途方にくれて星空を見上げると、何やら少し離れたビルの屋上に人影らしきものを発見する。
目を凝らしてよく見てみると、黒いマントと金髪が夜風にたなびいており、その手に握る杖が月光を反射していた。

「あれって……フェイトちゃん?」

確信すると共に、さつきはそちらへと駆け出した。








「大体この辺りだと思うんだけど、大まかな位置しか分からない……」

夜の闇の中、ビルの立ち並ぶ街中の、何の変哲も無い1つのビルの屋上に、フェイトが漆黒のマントをなびかせながら佇んでいた。
やがて何やら決心した様な表情になると、彼女はバルディッシュを振り上げる。それと共に、彼女の足元に展開される魔法陣と、杖に集まる魔力。

「で、それをどうするつもり?」

「!?」

それを掲げた瞬間いきなり背後からかけられた声に、フェイトは反射的に振り返った。
そこにいたのは、ごく普通の服装でスカートをなびかせ、手を後ろ手に組み、茶髪の二房の髪を揺らしながら笑顔で佇む1人の少女。

「あなたは……っ!」

フェイトが見間違えるはずも無い。以前、アルフをボロボロにした張本人。そしてジュエルシードの探索者の1人。
以前の戦闘で、この少女が白い魔導師の仲間である可能性は低いとフェイトは判断していた。もし仲間なら、応援に駆けつけた筈だ。

「どうしてここに」

いきなり現れた"敵"に向かって、バルディッシュを構えるフェイト。

「お散歩してたらあなたを見かけたから。
 あなたこそ、さっきは何をやろうとしてたの?」

(散歩中にみかけた?)

ここはビルの屋上。どう考えても散歩中に見つけられる場所じゃないし、空を飛んでる間に見つかったとしても来るのが早すぎる。
フェイトは少女のふざけた答えに憮然としながらも、

「この辺り一面に魔力波を打ち込んで、ジュエルシードを強制発動させようとしていただけだ」

訊かれた質問に律儀に答えたってちょっと待て。

「……………」

さつきも格好はそのまま顔は驚きの表情をしている。フェイトは先日なのはの馬鹿正直さに驚いていたがこちらも大概だ。

「……えっと、それってこの辺りにジュエルシードがあるってこと?」

「? そうじゃなければ何故……あ」

ことここに至って漸く自分の失態に気付くフェイト。しかし明らかにもう遅い。

(……天然さん? 見たところまだ9歳ぐらいだししょうがない……のかなぁ?)

呆れながらも、さつきは思う。これはチャンスだ。

(発動前のジュエルシード、やっと見付けた。
 これを逃したら次のチャンスはいつになるか分からない。絶対に手に入れなきゃ)

その為には……

「じゃあ、悪いんだけど、少しの間、眠ってて貰える?」

「っ!?」

その言葉に身構えた瞬間、フェイトの視線の先からさつきが消えた。










《ユーノ君、ここら辺……なんだよね?》

《うん、ゴミゴミしてて詳しい場所の判別まではできないけど、この近くからジュエルシードの反応があった……と思う》

建物や街灯の明りで明るい街中を歩いているのは、肩にユーノを乗せたなのは。

《思うって、ユーノ君……》

《うぅ、ごめん。ハッキリとはまだ……でも、闇雲に探し回るよりはいいと思う》

どうもその反応というのもまだ確証が持てる程でも無く、あるかも知れない、程度らしい。

《そうだね》

しかし、それでも確かに有益な情報に変わりはない。なのはは相槌を打った。
と、

「あれ?」

その時、なのはの視界の端で、何かが目を引いた。
周囲にも同じようなことが起こった人がチラホラいたのか、何人かがそちらへと目を向ける。

《どうしたのなのは?》

「あ、また」

《!》

今度はユーノも気付いた。ビルの屋上で、何かが瞬間的に光った。しかも何やら雷が走ったようなエフェクトまであったような気がする。
極めつけに、何やらジジ……ジジジ……という音まで聞こえた。

なのはは空を見る。星空が美しい。うん、雷では無い。漏電にしては派手な気がする。
自然現象とは思えない。
原因には2つ程心当たりがあるが、片方は何にも感じなかったし、もう片方は理由が分からない。

《ユーノ君、ジュエルシードの反応、あった?》

《ううん、何にも感じなかったよ》

《って事は、あれ……》

《うん、多分……》

と、その時そこを凝視していたなのは達の瞳に紅いマントのような物が翻ったのが見えた。
それで確信する。

「フェイトちゃん!」

いきなり叫んだなのはに、道行く人が振り返るが構わない。なのはは急いでそちらへと走り出した。

《ユーノ君、結界お願い!》

《任せて!》

なのはの肩からユーノが飛び降り、その足元に魔法陣が浮かび上がる。
周りが結界で覆われたのを見ると、なのはは胸元のレイジングハートを掲げて、叫んだ。

「レイジングハート、セーット、アーップ!」










目の前から少女が消えた。そして自分の視線の端を何かが過ぎた気がした。

「ゴメンね」

それを認識した途端、フェイトは弾かれた様に動いた。急いでそちらと逆の方へと体を投げ出す。
次の瞬間、フェイトの頭の側を何かが通り過ぎて行った。そのままだったら頭の後ろに直撃していたであろうそれは、先程まで対峙していた少女の拳。その先には、初撃をかわされて驚いている少女。

(見失った!? 私が!!?)

フェイトは戦慄する。彼女の拳の威力は、アルフがその身をもって証明している。1撃でも貰ったらアウトだ。
それなのに、本来高速戦闘を主としているフェイトが見失うスピードを見せ付けられた。フェイトの背に冷たい汗が流れる。
スピードだけは勝っているつもりだったのに、とんだ致命的な誤算だ。更に殴る時に何故か相手が謝っていたのが余裕そうで腹立たしかった。
しかし、それでも彼女は今の一撃である事に気付く。

(今の拳、アルフを壊した時程の威力は無かった。躊躇ってる?)

それならそれで好都合。もしかしたら1撃くらいなら何とかなるかも知れないとフェイトは考えるが、どちらかと言うとそちらよりも拳のスピードが落ちている事の方が重要だろう。

そういうことを考えている間に、フェイトの視界から少女がまた消える。
今度は意表を突かれることも無く、視界の端にチラと動くものを確認した瞬間、そちらに全神経を集中、

《Blitts Action》

飛んできた拳に当たらない様に少女の背後に高速移動、そのまま手に持つ戦斧を振るった。



「え、嘘!」

さつきは自分の拳が再びかわされた事に驚きの声を上げ、背後に回ったフェイトを目で追い、

「きゃっ!」

間髪入れずに振るわれた戦斧に慌てて飛び退いた。空を切るバルディッシュ。
だが、フェイトはそこから更に攻撃の手を加える。

《Photon Lancer》

「だめぇっ!」

屋上に足が着いた途端、向かってくる複数の魔力弾に対してそれはどうかというような悲鳴を上げ大慌てで逃げるさつき。電撃を纏った攻撃の厄介さはもう既に味わっている為、叩いたりはしたくないのだろう。
更に、

《Scythe Slash》

相手に休ませる間も無くサイズフォームとなったバルディッシュでフェイトは切りかかる。
だが、さつきは既に十分体制は立て直しており、その鎌の一撃を飛び退いて避けると、即座にフェイトの脇に回って拳を振るった。フェイトは今度も反応しきれてない様に見える。
だがそれでも、

「くっ!」

「……嘘、何で?」

さつきの拳は咄嗟に盾にするかの様に出されたバルディッシュに受け止められていた。
しかしそれでもさつきの拳はバルディッシュの上からでもフェイトを吹き飛ばす。

フェイトは吹き飛ばされながらも、危なげ無く着地した。
だが防御されてダメージが殆ど無い事が分かっていたさつきは、拳を振り切った直後から次の行動を開始している。
腕を横に伸ばし、そのままフェイトに向かって視認も難しい速度で突っ込む。その動きは所謂ラリアットと呼ばれるもの。
しかし、

「――!」

「―――――うそ」

フェイトは着地と同時に身を屈め、その一撃を回避した。

(もう、なんて往生際の悪い!)

さつきは体を反転させ、そのままの勢いで背後にいるであろうフェイトを殴ろうとするが……

(……あれ?)

不意に感じた既視感(デジャヴ)。次いで蘇る記憶――翻るナイフ――。

「――!!」

悪寒が体を駆け巡り、腕を無理やり引き戻し体を思いっきり後ろに蹴る。

「なっ!?」

驚愕の声は、フェイトの物。彼女は体を屈めた後、そのままの体制で体ごと回転しながら背後にバルディッシュを振るっていた。
彼女の目には、相手がこちらへと振り返ろうとしているのが写っていた。このまま行けばお互いがぶつかり合うようにして直撃。故に、その攻撃は既に必中。
そう思っていたフェイトだったが、相手はどういう訳かいきなり動きを止め、後方へと移動した。
結果、空ぶるバルディッシュ。空を切る刃。しゃがんでいる状態で咄嗟にバランスをとれる筈も無く、体制を崩すフェイト。

(マズイ!)

へたり込むような格好になり、戦慄するも、もう遅い。
さつきはその様子をしっかりと見ていた。

(あ、危なかったー。でも、チャンス!)

自分の体を掠めた攻撃に冷や汗を流しながらも、屋上に着地すると同時に、地面を蹴る。一瞬でフェイトは目の前に。体の後ろから回す様に、さつきは拳を振り上げ、

「ゴメン!」

そのままの勢いで振り下ろし、回避不能な一撃を、

「っ!!」

――スカッ

「…………へっ?」

思わず目を瞑ったフェイトに直撃……させれなかった。
さつきからしてみれば、フェイトがいきなり消えた。

「うわぁ!?」

結果、さつきの体はスカした拳の勢いのまま前方に投げ出され、そのままゴロゴロと転がり、ビルの屋上から裏路地側に落っこちる。

「何でーーー!!?」

少女の叫び声が、夜の街に響いた。







思わず目を閉じたフェイトは、次の瞬間には軽く混乱していた。
まず、覚悟していた痛みや衝撃が無い。もうどう転がっても攻撃を喰らう筈だったのに、だ。
次に、いきなり回りに結界が張られた。
せめてこの二つが起こった時間に少しでも差があれば、まだこの二つの事象を順々に理解することが出来ただろう。しかし、それが同時に起こったせいで頭が軽くパンクしてしまったのだった。
とは言っても少し時間が経てば流石に落ち着き、冷静な思考が出来るようになる。
その結果先程まで戦っていた少女は結界の外に弾き出されたのだろうという結論に至った。
そして次に、その原因の結界が張られたのは何故か、と考え始めたところで、

「フェイトちゃん!」

答えが向こうからやって来た。







「フェイトちゃん!」

ビルの屋上まで飛んで登り、そこに金髪の少女の姿を発見したなのははとりあえず叫んでみた。

「…………」

「うぅ……」

次の瞬間には無言で睨まれてたじろいだ。
何も言わずにデバイスを構えるフェイトに、なのはもレイジングハートを構えながらも懸命に呼びかける。

「こないだは、自己紹介できなかったけど、
 私なのは。高町なのは。私立聖祥大附属小学校三年生」

いきなり出てきてのこの言葉に、フェイトは眉を顰める。

「それで?」

「え、それでって……」

「ジュエルシードを取り戻しにでも来たの?」

既にいつでも攻撃出来る体制のフェイト。なのはは慌てた。

「え!? そ、そうじゃない……訳でもないけど、その前n」「じゃあ、また賭けて。お互いの持つジュエルシードを一つずつ」

正に問答無用。

「ちょ、ちょっと待って!」

なのはが慌てて制止を呼びかけるが、フェイトは完全に無視してなのはに突っ込んだ。

《Scythe Slash》

「はあっ!」

「っ!」

《Flier Fin》

そのまま切りかかるフェイトに対し、なのはは飛行魔法でそこから逃げる。
そして即座に、

《Divine Shooter》

「シュート!」

打ち出される魔力弾。

《Defensor》

バルディッシュがの先に魔力が集まり、魔力の盾が生成される。なのはのシューターはそれに阻まれるが、

「っ!?」

その予想外の威力にフェイトは多少吹き飛ばされる。
しかし、それはただ単に後退させられただけ。フェイトはすぐさまなのはへと突っ込んだ。



フェイトが高速で翻弄し、その鎌をなのはに叩きつけ、魔力弾を撃つ。
対するなのははそれを何とか受け止め、必死に動き回って耐える。少しの間それが続いた。

《Blitz Action》

フェイトが高速移動魔法を使用、なのはの背後に回り込み、バルディッシュを振るう。

《Flash Move》

しかしなのはもそう何度も相手に翻弄されてばかりでは無い。即座に高速移動魔法を使用、逆にフェイトの背後を取った。
それと同時にまたもや魔力弾を打ち込む。

《Divine Shooter》

「シュート!」

フェイトは今度は防ごうとはせず、持ち前の機動力でそれをかわした。
しかし、

「!?」

かわした筈の魔力弾が弧を描いて戻ってきた。それの意味することはただ一つ。

(誘導型!)

しかも、

「シュート!」

なのはが追加で魔力弾を放った、その数2つ。
フェイトは更に上へと上昇することでその軌道上から逃れる。
しかしなのはの魔力弾振り切れない。フェイトは更に複雑な起動を描いて魔力弾を振り切ろうとした。
しかしその魔力弾は機敏に弧を描いて、ある物はあろうことかほぼ直角に曲がってフェイトを追った。

(まさか、あの威力でこの精度!!?)

フェイトが驚くのも無理は無い。何故なら先程フェイトがこれを受けた時、防御したから良かったもののその威力は1発で並みの魔導師ならノックダウンされてもおかしくは無いものだったからだ。
フェイトは今までの戦いを思い出す。全てにおいて上をいかれた金髪の少年、とてつもないパワーで押された茶髪の少女、そして、今の魔力弾。
ある程度場数を踏んで自分はそこそこだと思ってはいたのだが……

(もしかして……私、攻撃力低すぎる?)

全く持ってそんなことは無い。相手が全員が全員規格外すぎるだけである。
そもそもこのディバインシューターはなのはが対フェイト用に編み出した魔法で、その誘導性能はフェイトの機動力に対して自身の機動力でも対抗できるようにと特に力を入れた故のものだ。
攻撃力に関しては完全に馬鹿魔力によるものである。

しかし落ち込んでいても魔力弾は待ってくれない。振り切れないのならとフェイトは逆に魔力弾に突っ込み、

「はあっ!」

その機動性を惜しみなく発揮して三閃、その鎌の軌道は見事三つのシューターを捉え、破壊した。
ふう、と一息つくフェイト。一連の動きでお互いのとはそれなりに離れいる。と、その時、

「フェイトちゃん!」

なのはが再び、フェイトに呼びかけた。







さつきは急いで裏路地を走っていた。今現在彼女がいるのは結界の中。
あの後、地面に向かって落下した彼女はビルとビル間で壁キックして落下の勢いを殺し、何とか何事も無く着地、
持ち前の感覚で何が起こったのかを察し、どうしたものかと途方に暮れながらもとりあえずと感知できる結界の境目まで急行、
何やら空間のズレみたいなものがあるのが分かったので、試しにそこに体を滑り込ませるようにしたらそのまま結界の中に入れた為大急ぎで先程の場所に向かおうとして今に至る。

「って、あれは……」

裏路地から建物の屋上へと登ったさつきは、遠目に2人の少女の姿を確認した。

「なのはちゃんも来ちゃった……」

ガッカリするさつき。相手が増えたのもそうだが、前回の事でさつきは彼女に対して多少気まずいものがあった。
更に言うと、やはりと言うか何と言うか彼女達と直接戦うのは抵抗がある。
先程だってさつきはフェイト相手にずっと気が引けながら拳を振るっていた。

(だって、二人とも小学生低、中学年ぐらいの女の子なのんだよ!? 普通なら少し転んだくらいで涙目になっちゃったり、お母さんとかお父さんに甘えてたりする年頃なんだよ!? なんでそんな女の子を殴ろうとしなきゃいけないの……)

何でと言われてもそれは相手側からすれば何を勝手なな台詞だが、分かっていてもそう思わずにはいられないそこまで鬼畜になりきれないさつきであった。
とは言えスピードは緩めない。あっという間に縮む距離。どうやら二人は戦っているようで、これは好都合と再度裏路地に退避する。

(今の内にわたしはジュエルシードを探させてもらっちゃおう)

何もわざわざ二人の前に出る必要は無い。と言うよりこれが一番理想的な構図では無かろうか。
とは言えいきなりなのは達からそこまで離れる訳にはいかない。この近くで発動でもした場合、確実に出遅れる事になる。そうは言っても結局は行き当たりばったりで探すしか無いのだが。
とさつきがそこまで思案した時、

「フェイトちゃん!」

さつきの耳に、なのはの叫びが聞こえてきた。

「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ何も変わらないって言ってたけど、だけど、話さないと、言葉にしないと伝わらないこともきっとあるよ!
 ぶつかり合ったり、競い合ったりすることになるのは、それは仕方のないことかも知れないけど、
 だけど、何も分からないままぶつかり合うのは、私、嫌だ!」

次いで聞こえてきた言葉に、さつきは嘆息する。
彼女は自分にも、あのような真摯な姿勢でぶつかって来てくれていたのだろう。第三者の視点として見ることで嫌というほどそれが分かる。

「私がジュエルシードを集めるのは、それがユーノ君の探し物だから。
 ジュエルシードを見つけたのはユーノ君で、ユーノ君はそれを元通りに集め直さないといけないから。
 私は、そのお手伝いで……だけど!
 お手伝いをするようになったのは偶然だったけど、今は自分の意思で、ジュエルシードを集めてる。
 自分の暮らしている街や、自分の周りの人たちに危険が降りかかったら嫌だから。
 これが、私の理由!」

次いで放たれるのは、自身にも向けられた言葉。相手に向き合ってもらう為に、まずは自分から話す。
自分はこれには答えられなかった。彼女は、フェイトちゃんはどうだろうか。とさつきは足を進めながら、ジュエルシードを捜しながらも耳をそばだてる。

「私は……私は、母さんに頼まれたから。
 母さんが、ジュエルシードが必要だって。取ってきて欲しいって言うから、それで集めてる。それだけ」

確かに、これは言っても意味の無い理由だろう。そんな事を言ったところでジュエルシードを譲ってもらえる訳が無いし、別段何が変わるでも無い。
さつきもそう思い、なのはに同情の念を送った。彼女はただ純粋で、真っ直ぐなだけ。どう見ても彼女は間違ってなんかいない。
でも現実が、その理不尽さがそれを無意味なものへ、実現不可能なものへと変えてしまっている。

だが、

「違う、そうじゃない」

新たに聞こえてきたなのはの言葉は、

「そうじゃないよ」

落胆しても、力を失ってもいなかった。

「私が聞きたいのは、そういうのじゃないよ」










あとがき

よし、今度は1ヶ月経たずに更新できた。それでいいのかという突っ込みは無しの方向で(待
折角とらハ板デビューの話なのに短くて申し訳ありませんが、今日からちょっと学校の部活の大会で遠出するのと、題名の件でここで一区切り。分かる人には次の話の題名も分かるでしょう。

しかし前回更新してから今まで、何ともおもしろ迷惑なことが現在進行形で理想郷で勃発してますね。紅い人的な意味で。
見てる分には面白いですけど流石にもうどうにかして欲しいレベル。駄目だこいつ早く何とかしないとと何度言ったことか。

そしてそれ以上の悲劇がコンプによって、正確にはViVidによって作者に訪れました。
前回のところでアインハルトさんが覇王流、旋衝破によって魔力弾を受け止めて投げ返すという業を披露、この時点で何か嫌な予感がしてた。
今月号、拳でなのはさんの砲撃弾き返しましたよええ。もうやめてアインハルトさん、僕が悩みに悩んで考えたさっちんの概念付加設定の存在意義をそんな簡単にぶち壊さないで orz

はあ、そしてリアルの方ではレポートが8枚ぐらい溜まってる。ヤバイそろそろ消費しないとリアルで死ねる。

しっかし、この作者はホント変なところでどーしよーも無いミスをしてるから困る。
今回の話を書いてる途中で思い出したある事、第10話書いてるときになのはの戦う理由に「あれ? なのはってこんな高慢な理由で戦ってたかな?」と違和感を覚えてたのの答が。
急いで修正。遅すぎるわ。
心のどこかにそういう思いはあったのでしょうけどそれが最優先じゃない筈。てかそれが最優先だったらなのははどこか嫌なやつになってた。
どーしよーもない所で致命的なミスをする男、それがデモア。マジで笑えねぇ……
そして今回から始めた各話の題名付け、自分にネーミングセンス無いのを本当に自覚してもうやだ。でも今回のネタの為にこれからも続けます(オマ



[12606] 第13話
Name: デモア◆45e06a21 ID:95f9b2a6
Date: 2013/10/26 18:49
フェイト・テスタロッサは困惑していた。
その原因は、彼女の眼前に佇む1人の少女、その言動。

「フェイトちゃん!」

また、名前を呼ばれた。何故だろう、僅かにざわめく心を感づかれぬよう押し止める。先程、その声がこの少女のモノだと気付いた時にもしたように。

「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ何も変わらないって言ってたけど、だけど、話さないと、言葉にしないと伝わらないこともきっとあるよ!
 ぶつかり合ったり、競い合ったりすることになるのは、それは仕方のないことかも知れないけど、
 だけど、何も分からないままぶつかり合うのは、私、嫌だ!」

何故こんな気持ちになるのか、自分の心が分からない。

「私がジュエルシードを集めるのは、それがユーノ君の探し物だから。
 ジュエルシードを見つけたのはユーノ君で、ユーノ君はそれを元通りに集め直さないといけないから。
 私は、そのお手伝いで……だけど!
 お手伝いをするようになったのは偶然だったけど、今は自分の意思で、ジュエルシードを集めてる。
 自分の暮らしている街や、自分の周りの人たちに危険が降りかかったら嫌だから。
 これが、私の理由!」

不意に、思い至る。否、思い出した。
これほど自分のことを真っ直ぐ見られたのは、いつ以来だったろうか。
前回、そして前々回とあれ程のことをして、あれ程キッパリと拒絶したのに、何故まだそんなにも拒絶以外の意思を持って真っ直ぐぶつかってくるのか。
これほど真っ直ぐに向かい合ってくれた相手は、いつ以来だろう。
思い浮かぶのは、数年前に消えてしまった自分の教育係であるリニスと、遠い記憶の中にある母親のみ。
その想いに突き動かされるように、言葉が自然と零れていた。

「私は……私は、母さんに頼まれたから。
 母さんが、ジュエルシードが必要だって。取ってきて欲しいって言うから、それで集めてる。それだけ」

だけど、それに答えられるだけの理由は、自分にはない。
その事に何故か申し訳なさを感じる。少しだけ塞ぎ込む。
しかし、

「違う、そうじゃない」

少女の言葉は、まだ続いた。

「そうじゃないよ」

前を向くと、未だに強い目をして自分を真っ直ぐに見つめる少女。

「私が聞きたいのは、そういうのじゃないよ」

この胸のざわめきは、何だろうか。



「……どういう、こと?」

なのはの言葉に、しばし沈黙した後聞き返すフェイト。
なのははそれにしっかりと答える。

「フェイトちゃんがジュエルシードを集めてるのは、お母さんに頼まれたからだっていうけど、
 それはフェイトちゃんの目的じゃ無いよね!? 私は、フェイトちゃんの目的が聞きたい!」

それに対してフェイトは、何のことだか分からないという顔をする。

「だから、私は母s「違うよ!」っ!?」

再度同じことを言おうとしたフェイトの言葉を、なのはが遮る。

「フェイトちゃんは、他の人に頼まれても同じ事をするの!? 自分の身を危険に晒してまで、こんな事するの!?
 違うよね!? お母さんに頼まれたからだよね!? なら、そこにはある筈だよ! フェイトちゃん自身の想いが!!」

なのはの言葉に、フェイトの心が、瞳が、揺れた。

「私の……想い?」

「聞かせて! フェイトちゃん自身の想いを、フェイトちゃん自身の言葉で!」

「わ、私は……」

言いよどむフェイト。だがそれは躊躇ってのものでは無い。

(私の願いは……)

悩むフェイト。すぐに浮かんできたのは、大好きな母の顔。

――なんだ。簡単じゃないか。私は……

「私は……、
 母さんに喜んでもらいたい……。
 母さんに笑顔になって欲しい……」

なのはの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、その目に力を宿らせながら、

「私は、母さんの笑顔が見たい!」

フェイトはバルディッシュを構え、宣言した。

「だから私は……負けられない」

それを聞いたなのははの顔が、見る間に明るくなる。

「うん、」

その事にフェイトは困惑する。

「ありがとう」

何故そんなに嬉しそうなのか、何故礼を言われるのか、分からない。

「優しい、お母さんなんだね」

だが、なのはのその一言にフェイトはハッとする。そして、自分でも気付かずに、その顔は満面の笑みに彩られる。

「うん!」

勢いよく返すフェイト。なのはの反応には分からない事が多かったが、今のフェイトにはテンションが上がっておりそんな事は瑣末なことだった。

「行きます」

言葉と同時に、なのはに向かって突っ込むフェイト。

「うん!」

それをなのはは、自分の周りにシューターを展開して迎え撃った。







さつきは唖然としていた。

(えーっと、うん、よし落ち着こうわたし。
 なのはちゃんの自己紹介をよーく思い出すの。えーっと、あれは確か、
 『私立聖祥大附属小学校三年生』……つまり9~10歳。

 ……うん、おかしいよね!? 何なのあの子供っぽくない思考!
 表向きの理由よりもその原因の本人の大本の理由《欲望》の方が聞きたいって大人でもそうそうないよ!?)

さつきはふう、とため息を付く。

(でも、それならわたしも……)

ふと浮かんできた考えを、急いで振り払う。気持ちを切り替える。

(今は取り敢えず……)

その視線があるものを捉える。その視線の先には、暗がりのせいで吸血鬼としての目でないと見えないくらいの距離をどこかに向かって走るユーノいた。
さつきに気付いている様子は無い。

(先にジュエルシードを手に入れなきゃ!)

さつきはユーノを追いかけるように動き出した。










「シュート!」

《Blitz Action》

「はあっ!」

《Protection》

「えーい!」

《Scythe Slash》

「ファイア!」

《Flash Move》

結界に覆われた中、二人の少女がぶつかり合う以外に音は無く、その声はよく回りに届く。
そんな中、ユーノは1人結界の中を走り回っていた。

(多分……こっちの方……)

結界を張り、なのはが飛んで行った直後、ユーノはこの近くにジュエルシードがあるという憶測を確信に変えていた。
この場にフェイトがいたこともそうだし、何よりユーノ自身がハッキリとジュエルシードの存在を感知したからだ。

最初はなのはの援護に付いて先にフェイトを撃破してしまおうかとも考えたユーノだったが、今までの邂逅で彼女が一筋縄では行かないことは十分分かっているので、
それよりかはなのはがフェイトを引き付けてくれている間に自分がジュエルシードを見つけてしまおうと考えた。
そんなユーノだが、何も闇雲に走り回っている訳では無い。ある程度走ったら探索魔法を走らせ、そちらへと向かう。またある程度走ったら……を繰り返しながらジュエルシードを探していた。
そんな中、彼は一つの事に気付く。

(ジュエルシードの反応が、段々と強くなってきてる……)

走りながら思考するユーノ。足を止め、再度探索魔法を使用する。やはり先程よりもハッキリとした反応が返ってくる。
しかしそれは近くなったからとかとはどこか違った。そう、それはまるでジュエルシードの反応事態が大きくなっているかのような……

(まさか!)

ある仮説に行き着いたユーノはハッとした。と、その時、

「ディバイーン」

「サンダー」

「!? 不味い!」

少し離れたところから聞こえた二人の少女の砲撃の掛け声。

(僕の仮説が正しければ……)

焦るユーノ。

《待ってなのは!》

急いで念話を送る。

(これ以上は不味い!)

しかし、それは少しだけ遅かった。

「バスター!」

「スマッシャー!」

離れたところで二つの砲撃がぶつかり合う音と、その余波がユーノを叩く。
だがその余波は衝撃のだけでは無い。

(くっ! これだけの"魔力の余波"がジュエルシードに直撃したら……)

そして、ユーノの仮説は当たっていた。
そもそも、さつきに止められる前、最初にフェイトは何をするつもりだったのか。
それは、ジュエルシードがありそうな場所全域に魔力波を打ち込んでジュエルシードを強制発動させてしまおうという荒業。
そして先程までここら一帯には、最初にユーノの結界、次になのはとフェイトの魔法合戦、その二つの要因によって辺りに魔力素がばら撒かれていた。
それに感化されてジュエルシードが敏感になっていてもおかしくは無い。その結果が、先の反応の巨大化。

そして今、更にそこに襲い掛かる今さっきぶつかり合った砲撃で生じた魔力波。

ジュエルシードが発動してしまうには十分すぎた。

――ゴッ!

「え((な))!?」

しかしてその発動は、今まで彼らが立ち会ってきたジュエルシードの暴走と常軌を逸していた。
とある一点から巨大な光が天を貫いたかと思うと、次いで地面が……否、"世界が"揺れ出した。

「これは……不味い!《なのは! 兎に角早くジュエルシードの封印を!》」

焦りのあまり口と念話の両方で叫ぶユーノ。そんな彼の横を、風が駆け抜けた。

「え……あれは!?」



急なジュエルシード反応と共に、いきなり世界が揺れだした。
それをなのはが認識した途端、ユーノから念話が入る。

《なのは! 兎に角早くジュエルシードの封印を!》

《!! ユーノ君!? ……うん、任せて!》

現在の状況とユーノの焦りの声、なのははそれによりこの事態がとても不味いものだと確認した。
見ると、先程離れたところから砲撃を打ち合ったフェイトも、長距離封印の準備をしている。急いで作業に入る。
幸い、ジュエルシードがあると思われる光の柱の根元は、丁度大通りに位置する為狙いが付けやすい。現になのはもフェイトもその場からの狙い撃ちが可能であった。

《Sealing mode set up.》

「リリカル マジカル!」

呪文と共に、まずは捕獲用の桜色の砲撃が飛ぶ。ほぼ同時に、フェイトの方からも電撃を纏った砲撃が飛んだ。
それはやはりほぼ同時にジュエルシードと接触する。と、思われたが……砲撃がなのは達とジュエルシードの半ばまで進んだ時、ジュエルシード付近のビルの壁が爆発したかのように内側から砕け散った。

「「!?」」

いきなり吹き飛んだ壁、飛び散る破片。遠目からでもそれを目撃した少女達は驚くが、その直後粉塵を掻き分け飛び出してきたものに更に目を見開くことになる。

「さつきちゃん!!?」





ジュエルシードの発動。それに気付いたさつきは多少とは言わず気落ちする。
発動前のジュエルシードならば、その時点でさつきの目的は達成されるのだ。発動してしまってはまた厄介なことになる。
しかし、見ると今回の発動はいつもとは何かが違った。天高く立ち上る光の柱に、震えるセカイ。更に、あふれ出すおびただしいまでの魔力。

(これって、もしかして! 特に目的も無く、力だけが暴走してる!!?)

その思考に行き着く前に、体が動いていた。もしそうなら。もし、ただ力だけが暴走して垂れ流しになっているのなら、そこに方向性を与えれば――――!!
何事かを叫んでいたユーノの傍らを駆け抜け、向かう先は光の柱。ユーノがここまで導いてくれたお陰で、左程遠く無い。

(あの場所なら!)

考え、ある角を曲がる。しかしてその先にあったのは行く手を阻む壁、3方を建造物に囲まれた行き止まり。
しかしさつきが判断ミスをしたのかと言うと、実はそうでは無い。元々裏路地はさつきの領域《フィールド》その構造は殆ど把握している。
さつきはその壁に向かって突っ込みながらも腕を振りかぶり、

「邪魔っ!」

ぶつかる直前に、突き出した。それにより、ビルの壁は無残にも破壊される。更にその破片が地面へと落ちるより早く、さつきはその先へと駆け抜け、再度立ち塞がるビルの反対側の壁を、

「しないで!」

再度ぶち壊し、外へ出た。粉塵すら突き破り道へと躍り出たさつきの右手の方角には、彼女の狙い通り絶賛暴走中のジュエルシード。

その事に心の中でガッツポーズを取るさつきはしかし、自身の左前方から突き進む、それを封印しようとする二つの砲撃の姿を認めて大いに焦った。
このままでは確実にさつきは間に合わない。それを理解すると同時、さつきに示された道は一つしか無かった。

「間に合って!」

幸い二つの砲撃はほぼ同じ方角から放たれている。さつきはその砲撃とジュエルシードの間に、砲撃の頭を抑える形で無理やり体を割り込ませた。
次いで、二つの砲撃に向かってそれぞれの腕を振り上げた状態から思いっきり振り下ろす。二つ同時に殴る場合、これが一番力を込めやすかったからだ。
その結果、さつきの拳は見事砲撃を捉えた。ドガァンととてつもない音を立ててぶつかり合う拳と砲撃。
しかし、その結果はと言うと……

「ああああああぁあぁぁぁぁぁあぁあぁああ!!!」

もの凄い勢いで吹き飛ばされるさつきだった。
確かに、さつきの拳は砲撃を捕らえた。上から叩かれた砲撃は急激にその軌道を変え、地面に向かいもした。
しかし、上から叩いたが故に、さつきは踏ん張ることが出来なかった。さつきに叩き落された砲撃の威力は、少女1人の体重を吹き飛ばすには十分過ぎた。
更に、その威力でさつきの体が持ち上げられると同時に、軌道を変えられた砲撃がさつきの足元に着弾。二つの砲撃は大爆発を起こし、非殺傷とは言えその衝撃が更にさつきを襲ったのだ。

ジュエルシードすらも飛び越して吹き飛ばされ、地面に激突し、そのままアスファルトの上を冗談の様に跳ね、転がるさつき。
意識が飛びそうな衝撃の中、漸くその運動が終わる。

(う……いた……い……)

純粋な人間なら骨の一つや二つ折れていても、下手したら死んでいてもおかしくない状況だが、さつきはその体を全身の打ち身と切り傷擦り傷で済ませていた。
しかしそれでも痛い事には変わりない。朦朧としそうな意識、だがとある一つのことがそのさつきの意識を繋いでいた。

(ジュエルシード……は……)

さつきにはもはや先程めちゃくちゃに転がされたせいで周りが揺れているのかすらも分からない。しかしさつきが顔を上げると、そこには変わらず輝き続けるジュエルシードが。

「よかっ……た……」

気が抜けてしまいそうになるのを押さえ、何とか手足に力を入れて立ち上がろうとする。

……しかし、現実は彼女にとってあまりにも残酷だった。

「……え?」

力が、入らない。

「……え? 何で?」

もう驚く気力も無く、呆然と呟くことしか出来ないが、さつきの中に言い知れない程の焦燥が浮かぶ。

今の彼女の状態の原因は、勿論先程の砲撃にある。なのはの方はまだ良かった。ただ単に威力がバカでかいだけのものだったからだ。
問題はフェイトの方。彼女の砲撃は"雷を纏っていた"のだ。それ故に、その砲撃を殴ったさつきはその途端に感電、電流が全身の筋肉を走り抜け、持ち主の言うことを聞かせなくしていた。

「……動いて、よ……」

目の前に、ほんの10メートル程のところに、未だ魔力を放出し続けているジュエルシードがある。

「お願い……だから……」

碌に動けない体を、それでも何とか動かそうと必死にもがく。

「動いてよ!」

「さつきちゃん!」

そんな彼女の側に、白い魔導師が降り立った。なのはである。

「さつきちゃん! 大丈夫!?」

「来ないで!」

急いで駆け寄ろうとしたなのはを、さつきは拒絶する。思わず立ち止まるなのは。

「もう少し……もう少しなんだから……邪魔、しないでよ……っ!!」

立ち上がろうとして、だけど途中で倒れこむさつきの口だから吐き出されるのは、聞いてる方が苦しくなる程の、必死な、声。

「どうして……どうして、そこまで……」

思わずなのはがそう呟く。

「会いたい人が……いる……」

だが、それに返ってくる言葉があった。

「取り戻したい時間が……ある……」

それは、変わらずもがき続けるさつきの口から零れていた。

「帰りたい場所が……あるの……っ!」

ジュエルシードを睨みつけるその目からは、涙すら零れていた。
今までずっと聞けなかった事が聞けたと言うのに、喜ぶどころか、さつきのその様子になのはは思わず気負される。
しかし、

「あ……」

さつきの瞳が大きく見開かれ、伸ばした腕ごと、その体が硬直する。
何事かとなのはが思うと同時に、

「ゴメンね」

もう1人の魔法少女の声が、聞こえた。

「ジュエルシード、シリアル14、封印」

《Sealling》

急いでなのはが振り返るも、時既に遅し。

《Capture》

なのはが見たのは、フェイトが封印したジュエルシードを回収し、その場から離れる瞬間だった。
後に残されたのは、呆然と佇むなのはと、地に落ちた拳を握り締めるさつきだけだった。










「……で、逃がしちゃったの!?」

「うう……」

叫んだのはユーノ。その前でうな垂れているのはなのは。

「だって、さつきちゃんすごい勢いで吹き飛ばされて、血いっぱい出てて、ボロボロで、もう動けそうに無かったから……」

「救急車を呼びに公衆電話探しに行って、結界の中ではそれもままならないことに気付いて元の場所に戻ったら、もうそこに彼女はいなかった、と」

「うん……」

二人が話している場所は、高町家のなのはの部屋。時刻は夕飯が終わった頃。

「レイジングハートはどうしたの? 何か言わなかったの?」

とユーノが聞くも、

「レイジングハートは目を離すのはやめた方がいいって言ったから、それじゃあちょっと見ててねってさつきちゃんの首にかけておいたんだけど……」

《Escape after removes was room. (外して逃走余裕でした)》

返ってくるのはこんな返答。

「はぁ……」

思わずため息が出るユーノ。

「ごめん、ユーノ君。慌てててあの娘の回復能力のこと忘れてた……」

「いや、うん、何も出来ずに気絶していた僕が何か言えたもんじゃないけど……」

そうなのだ。何故こんな状況になるまでこの話がされなかったのかと言うと、それは一重にユーノがずっと眠っていたのが原因なのである。
何故そんな事になっていたのかと言うと、それはあの、さつきがユーノの横を駆け抜けた直後まで遡る。
駆け抜けるさつきに気付いたユーノは急いで彼女を止めようと、自分の限界を省みずにその焦りのまま無茶な量のバインドを発動、結果、言う事を聞かなくなる体、ブラックアウトする視界。
(あれ……? 何で……?)
と、お約束な思考の元、ユーノはなのはに発見されるまで気を失っていたのだ。それでも結界が解かれていなかったのは、ユーノの才能か、はたまた執念か……
勿論、原因は急な無茶な魔力行使だけでは無い。寧ろそれはただの引き金だ。大元の原因は、少しでもジュエルシードの回収に役立とうと普段から絶やさずしていた無茶各種である。

当然、そのことは彼も理解しており、それどころかなのはにまでバレてしまい、
『これから少しの間はゆっくり休むように』と、『今後無茶なことはしない』という"お約束"をさせられてしまった。

と、閑話休題。

先程までの立場が逆転したかのように申し訳なさそうに俯くユーノの前に、食べ物が差し出された。
ユーノが視線を上げると、「はい、晩御飯ユーノ君の分」とそれを差し出すなのは。
ありがとうと礼を言いそれを受け取ると、ユーノはまた別のことを切り出した。

「それでなのは、あの娘達から、聞きたいことは聞けたんだよね?」

途端に、なのはの顔が真剣なものになる。しかし、その表情はどことなく嬉しそうで……どことなく、深刻そうだった。

「うん……」

目を瞑り、それぞれの言葉を再度思い出すなのは。

――「私は……、
   母さんに喜んでもらいたい……。
   母さんに笑顔になって欲しい……。
   私は、母さんの笑顔が見たい!」――

――「会いたい人が……いる……
   取り戻したい時間が……ある……
   帰りたい場所が……あるの……っ!」――

その言葉は、レイジングハートの記録によって既にユーノにも伝わっている。

「やっぱり二人とも、何か悪いことにジュエルシードを使おうとしてた訳じゃ無かったよ。
 ただ二人とも、すごく純粋で、真っ直ぐな願い事があるだけだった」

なのはが嬉しそうなのはそれに確信が持てたからだろう。
そして、深刻そうなのは……

「彼女達……特にさつきって娘、すごく必死だったね」

ユーノの言葉に、なのはが頷く。あれ程必死になる願い。なら、そこにはどれ程の想いが込められているのか。

「なのはは……あれを聞いて、彼女達にジュエルシードを譲ってあげたくなったりした?」

深刻な表情でユーノが問う。勿論、そんな事は許される筈が無い。あれは時空管理局という、次元世界で警察の役割をしている組織に管理して貰わなければならないものだ。
しかし、あの言葉を聞いてなのはが彼女達に情を移してしまっていたら、今後の行動の多大な差し障りになるだろう。

しかし、ユーノのその問いになのははアッサリと首を振った。

「ううん、私にだって、ちゃんとジュエルシードを集める理由がある。
 あの娘達にジュエルシードを渡すつもりは無いよ」

なのはの言葉に、ユーノはしばし面食らう。

「じゃあ、あの娘達の話を聞いて、なのはは一体どうしたいの?」

それは、考えてみれば至極当然のユーノの問い。それになのはは暫し考え、返した。

「うーん、もっとあの娘達の事を知りたいかな。
 どんな娘なのかとか、あの願いにどんな想いが込められているのかとか、今までどんな事をしてきたのかとか」

「え、なのは」

それに思わず声を上げるユーノ。

「ん? 何、ユーノ君?」

「なのはー、今のうちにお風呂入っちゃいなさーい」

しかし、そこでなのはの母、桃子から声がかかった。

「あ、お母さん。はーい! 今行きまーす!」

なのははそれに返事をし、チラリとユーノの方を見る。ユーノはその意味をすぐに察した。

「あ、ううんいいよ何でも無いから。行っておいでよ」

「そう? うん、それじゃあユーノ君、一緒に入ろうか?」

「うん、じゃあってええ!? い、いいよなのは後で1人で入るなり恭也さんか士郎さんに一緒に入ってもらうなりするから!」

「だーめ。1人で勝手に無茶してた罰でーす」

「そ、そんな……」

ガックリと涙を流すユーノ。その首の皮を掴んで、自分の肩に乗せるなのは。最早ユーノに逃げ場は無かった。
その肩の上で揺られながら、なのはの嬉しそうな横顔を見て、ユーノは先程口に出しかけた言葉を心の中で思う。

(なのは、それじゃあ、"友達になりたい"って言ってるみたいじゃないか)

その想いに、なのは自身は気付いているのかいないのか。それはユーノにも分からなかった。






一方、ここはとある吸血鬼少女の工房となっているとある廃ビルの中。そこでクッションに顔を埋めて悶えている1人の少女がいた。勿論、弓塚さつきその人である。

「うー……」

さつきが顔を真っ赤にしている原因は、ジュエルシードを前にして言ってしまった言葉について。
意識が朦朧としていた中、焦りと共に叫んだ記憶があるが、後になって冷静になってくると恥かしいことこの上なかった。

「はあ、またジュエルシード取り逃がしちゃうし、何でこう上手くいかないのかなぁ……」

クッションを文字通りクッションにして倒れこみながら愚痴るさつき。ボロボロになった服はそこら辺に脱ぎ捨ててある。
もう着替える気力も無く、下着姿のまま完全にダラけていた。

「いっ~~~ッ」

と、さつきは倒れこんだ拍子に痛めた体の各所に衝撃が走ってそのまま体を強張らせて呻く。
ここに逃げ帰る間に偶々遭遇した人の血を吸ったりもしたのだが、体の傷がギリギリ治るくらいで止めたのでまだダメージがかなり残っている状態だった。
なのは達は勘違いしているようだが、別にさつきは回復してから逃げた訳では無い。ただ短に電流による体の痺れが無くなった為無理矢理離脱したのだった。
痺れというのは一度感覚が戻るとそこからの回復は早いのだ。

「はあ、なのはちゃんお人よしすぎるよ……」

あらかた痛みに耐えたさつきが呟くのは、自分を心配してくれた少女について。

『待ってて! すぐに救急車呼んでくるから!』

そう言って駆けて行った隙をついて逃げたことによる罪悪感もそうだが……

(……っ! よりにもよって、わたし……あの子を……)

その時の事を思い出し、床を叩くさつき。床に亀裂が走るが、気にしない。
実はその時、さつきは吸血衝動に呑まれそうになっていたのだ。
体中が訴える痛み、目の前の、自分を心配してくれている少女の血を吸えばそれから開放されるという現状が、さつきに衝動として襲い掛かっていた。
それに耐える為にキツく閉じていたさつきの瞳はその時、なのはには気付かれずとも紅い色をしていた。

床を殴って憤りをある程度発散させたさつきは、再度鬱モードへと突入する。
今度思い浮かべるのは、フェイトという少女について。

(あの子の願い、『お母さんを喜ばせたい』かぁ……)

そんな純粋な子供の願いを邪魔しようとしていると考えると、さつきは自然と鬱になってくる。
折角のジュエルシードを取り逃がしたこと、新たに知った真実、自分がやらかしたこと、様々な要因が重なり合って、今のさつきは心も体も疲弊し切っていた。

やがて、緩慢に身を持ち上げると、代えの服が置いてある場所まで行ってノロノロと着替えるさつき。

(取り合えず、もう少し、血を補給しないと……)

吸血鬼少女の憂鬱は、まだもう少し続きそうである。












あとがき

ふう、これで終わったかな? 期間設定されている絶対に起こさなきゃいけないイベント。
この時期に次元震起こさないとアースラたまたま近く通りかかっただけだから来てくれないんですよね;;

そしてなのはがフェイトの願いを知りました。よしアルフ。もう復帰していいぞ(ぇ
しかし、やっとアースラ到着。……の前にフェイトをプレシアの所に連れて行かなければ。はあ、鬱だ。今回あんな事書いちゃったせいで余計鬱だ。
しかも登場人物達の気持ちの表現が上手く行かない。読者の皆様に上手く感情移入してもらうためにはと色々工夫してはいるのですがそれでも上手くいって無い希ガス。
誰かそこら辺のアドバイスくれる人いないかなぁ……(ぉ

そして溜まる一方のレポート。マジでどうにかしてくれい。あと1週間たたずに夏休みだってのに……
夏休み入ったら即行で自動車学校入るのですが、小説書く時間あるかなぁ……。思えば僕ももう18か……

あ、あと、やっぱり題名やめる事にします。このネタできたらもう満足しちゃいました(オマ
次の話上げる時に全部消します。
というか自分のネーミングセンスの無さはホントに異常だと(ry

さて、アースラ来たらまた作風結構変わると思われます。具体的には第0話風に。燈子さんポジションの人がいると本当に書きやすい。
いや、リンディさんあそこまでああじゃないからそこまで変わらないでしょうけど。でも最終決戦までの間の話でのノリは結構変わると思います。

あ、あと、前書きの最後の方に注意書き追加したので見てない人は見てください。
それ見て「信じてたのに!」とか言われても僕は知らん(ぉ



[12606] 第14話
Name: デモア◆45e06a21 ID:2ff3a52c
Date: 2013/07/22 16:51
某マンションの一室にて。

「ただいまアルフ」

「おかえりフェイト。ジュエルシードは?」

「うん、ほら」

一匹の使い魔が、主の帰還を迎えていた。

「うわぁお、流石はフェイトォ」

「ありがとう、アルフ」

使い魔の賞賛をとてもいい笑顔で受け止め、そのままソファーに腰を下ろすフェイト。

「……ところでさ、」

「うん、何?」

「そろそろこれを何とかして貰えると嬉しいんだけど……」

「? 何のこと?」

アルフの言葉に、フェイトは"とてもいい"笑顔を浮かべながら振り返り、そこに己の使い魔の姿を確認する。

「ええっと……、ほら、今のワタシの姿を見て、何か思わないかい?」

「面白い格好をしているね」

……開け放った窓の所でバインドによって磔にされているアルフの姿を。

「……これフェイトがやったんだろう?」

「私は、誰かさんが自分の体を省みずに飛び出して来ないように、窓の所に設置型のバインドを置いておいただけだけど?」

フェイトは始終、"とてもいい"笑顔だった。



アルフの必死の懇願もあり、数分後……

「全く、あれぐらいのバインドも解除できない状態で飛び出そうとするなんて……」

「だってさ、そりゃ、はじめは大人しく待っとくつもりだったけどさ、
 明らかにフェイト以外の魔力で結界は張られるし、ジュエルシードの発動で何かすごいことになってたみたいだったし……」

「言い訳無用」

「うう……」

そこには、無事にバインドの束縛から降ろされ項垂れているアルフがいた。

「……ところでさフェイト」

「ん? 何?」

「何かあったのかい?」

「え?」

アルフの言葉に、今度こそ何のことか分からず首を傾げるフェイト。

「いや、気のせいならいいんだけどさ。何と言うか、出てく前と雰囲気みたいなのが変わったみたいな気がしたもんでさ」

「……………」

その言葉を聞いたフェイトはしばし沈黙する。やがてうん、と1人頷くと、

「アルフ」

「うん?」

「ジュエルシード探し、私、頑張るよ」

アルフの質問には答えず、ただ力強い言葉で宣言した。

「……ああ。そうだねフェイト」

それに応えるアルフの声は、何故か、どことなく暗かった――。





その翌日、早朝、某マンションの屋上にて、フェイトとアルフの二つの人影が佇んでいた。
フェイトの手には翠屋のロゴが入ったケーキ用の箱が握られている。誰かへのお土産のようだ。

「次元転移――次元座標、876C 4419 3312 D699 3583 A1460 779 F3125」

フェイトが呟くと共に、彼女達を囲うように金色の魔法陣が描かれる。

「開け、誘いの扉。時の庭園、テスタロッサの主の元へ――」

次の瞬間、フェイト達はその世界から姿を消していた。





時を同じくした頃、"世界の外側"、次元空間において一隻の船が帆を進めていた。
船、と言っても何も海を渡っている訳でも、そのような形状をしている訳でも無い。
SFによく出て来る様な大型宇宙戦闘艦のような物が、これまた宇宙空間の様な空間を漂っているのだ。
その船の銘は次元空間航行艦船『アースラ』。幾つもの次元世界を管理する、時空管理局の保有する船の一つだ。

「みんなどーお? 今回の旅は順調?」

その船の操縦室に、柔らかい女性の声が響いた。
たった今船室に入ってきた若々しいその女性は姿こそ人間と同じだが、
ポニーテールにして尚腰まで届く長い髪はハッキリと青緑色を示していたり、その額には三角形を4つ集めたような文様があったりと地球の人達とはどこかが違う印象を受ける。

「はい、現在、第三船速にて航行中です。
 目標次元には、今からおよそ160ヴェクセ後に到達の予定です」

「前回の小規模次元震以来、特に目立った動きは無いようですが……、
 確認された捜索者達が、再び激突する可能性は高いですね」

「ふぅ、そ、」

打てば鳴るかのようにハキハキと答えられる報告に相槌を打ちながら、その女性は部屋の高台にあるど真ん中の席へと腰を降ろす。
相当地位の高い人物なのだろう。と、いうよりもそんな席に座れる者と言えば……

「失礼します。リンディ艦長」

「ん、ありがとね、エイミィ」

艦長しかいない。
彼女は少女によって運ばれて来た紅茶を受け取ると、物憂げに呟く。

「そうねぇ……、
 小規模とは言え、次元震の発生は……ちょっと厄介だものね。
 危なくなったら、急いで現場に向かってもらわないと。ね、クロノ?」

「大丈夫。
 分かってますよ、艦長。僕は、そのために居るんですから」

艦長の言葉に、堂々とした態度で応える人影があった。







某廃ビルの屋上で、弓塚さつきは仰向けに寝転んでいた。
その瞳は澄み渡った青空を見ているようで、その実もっと遠いところへと向いていた。

(なのはちゃんに、フェイトちゃん、か……)

――自分の暮らしている街や、自分の周りの人たちに危険が降りかかったら嫌だから。
  これが、私の理由!――

――私は……、
  母さんに喜んでもらいたい……。
  母さんに笑顔になって欲しい……。
  私は、母さんの笑顔が見たい!――

「……はぁ」

思わずため息を吐いてしまうさつき。前からやりにくかったのに、これでは更にやりにくくなってしまう。
もうそろそろそれでも諦めきれない自分に嫌気すら差してきたところだ。

「空はこんなに青いのになぁ……」

さして意味も無い言葉を呟く。
そんなさつきの頭に、ふとある考えが浮かんだ。

(そうだ。もういっそのこと……
 でもそれは……それに、それでも……)

ぐるぐると回り続ける思考と共に、も一つため息。







~~同日、午後6時24分~~
海鳴には、海に面したところに公園がある。海の反対側は樹が乱立して林のようになっており素晴らしいまでの自然を堪能できるのだが、今その海鳴公園に人はいない。
そんな中、とある樹の根元に落ちていた蒼い宝石が、眩い光を放ちながら樹に吸い込まれて行った。


学校からの帰宅途中の少女が、振り返った。
「行こう、ユーノ君!」
その瞳には、強い意志があった。

日光の気持ちよさに屋上でそのまま眠ってしまっていた少女の双眸が、開いた。
「………」
数瞬何かに迷った後、何かを決意したような表情《かお》になった。

マンションの一室で、ボロボロになった体を横たえていた少女が、渋る使い魔を押し退けて立ち上がった。
「………」

動き出したのは、ほぼ同時だった。


先ず最初にたどり着いたのはなのは。通常の2倍程の大きさになり、なおかつモンスターのようになった樹木を確認すると、即座にユーノが結界を張る。
次いで現れたのはさつき。近くの建物の屋上から公園の街灯に降り立ち、そこから更に跳躍して公園に降り

「――へ?」

……立とうとした瞬間に丁度発動した結界に弾き出された。

「あれ? ユーノ君、今一瞬さつきちゃんがいたような気がしたんだけど……」

「へ? 気のせいじゃないの?」

その結界《せかい》の外側で、1人の少女が泣きながら来た道を戻ったという。


――ぐおおおおおぉぉぉおお

と、まあそんなことをしている間、ジュエルシードの暴走体が黙ってみているかと言うとそんな訳も無く……

「――っ!」「なのは!」

幹の部分にある、まるで口のような亀裂を広げながら暴走体がうなり声を上げると、地面の下から幾本もの木の根が飛び出し、なのは達の頭上を陣取る。

「ユーノ君逃げて!」

《Flire……》

次の展開が容易く想像できたなのははユーノに避難を促し、自分は空に逃げようと飛行魔法を発動させようとし、

――ぐおおぉぉぉおおおぉおおおぉお!!

両者が次のアクションを起こす前に、何かが暴走体に着弾した。……否。金色に光るそれらの魔力弾は、暴走体に着弾する寸前に現れたシールドによって阻まれてしまった。
だが、それによって木の根の動きが一瞬止まる。なのははその一瞬を見逃さなかった。

《Divine Shooter》

「シュート!」

同時に展開される3つの魔力弾、それが次々と木の根に着弾し、消えた分は即座に補充して更に別の根を粉砕する。
千切れた木の根が地に落ち、砂埃を上げながら地面を揺らした。

「フェイトちゃん!」

魔力弾が飛んできた方を向き、なのはが呼びかける。そこには彼女の予想通りに、隣にアルフを伴ったフェイトがいた。
だが、

(……え?)

その顔を見たなのはは困惑する。その瞳は以前の様に深い寂しさを写してはいない。それは昨日の呼びかけの時払拭されていた。
だが、その表情は昨日の様な輝きを宿してもいなかった。
その瞳と表情はただただ強い意志を表しており、それ故に、どこか危うさが感じられた。

そして、

――タッ

不意に響いた足音に暴走体以外の3人が振り向くと、そこにはまたもや1人の少女が降り立っていた。
故意なのか偶然なのか、三人の少女達はなのはを中心にして暴走体を囲うようにそこにいた。
だが、なのはは今度は『さつきちゃん』と呼びかけることはしなかった。でき、なかった。

(さつきちゃん……?)

雰囲気が、違った。

現れたさつき。それに一番反応したのは、他ならぬアルフだった。
だが、彼女が以前さつきにやられた仕返しに即座に動いたのかと言うとそうでは無い。
人間とは不便な生き物だ。知性と理性が発達したお陰で、生きる為に必要な本能が鈍ってしまった。更に言うと、その残った本能さえも理性で押さえ込んでしまう。
だが、アルフは違う。主の命令があればまた別だが、彼女は人では無いが故に、本能に従い生き残る為の最善手を取ることが出来る。
そしてアルフは、以前の交錯により彼女が自分よりも種として強いナニカであると本能の部分に刷り込まれていた。
自然界において、動物が自分より強い動物に出会った時どうするか。逃げる、隠れる、じっとする、少なくとも仲間の為に犠牲になる等の理由が無い限り自分から戦いをけしかけるなんてことはしない。
今のアルフの状態がそれだった。さつきが出てきた瞬間から、彼女を警戒はしても決して仕掛ける様子は無く、主であるフェイト諸共守るようなむしろ受身の態勢に入っている。

しかし、そんな彼女の主は新たに現れたさつきにも、そればかりかなのはさえ無視して暴走体にのみ目を向けていた。
再度、暴走体がその根を、今度はフェイト、なのは、さつきへの3方向へと伸ばした。
自身へと高速で迫るそれをなのはとさつきは後退することでかわし、フェイトはバルディッシュを振りかぶった。

《Arc saber》

「はあっ!」

放たれた刃は迫り来る根を切断し、そのまま暴走体の本体へと向かう。
が、

――ぐおおおぉぉおおぉおぉおお

「くっ」

それは再度シールドに防がれた。フェイトはそれに僅かに唸る。身構え、新たな魔法を発動するための準備を始めた。

「撃ち抜け轟雷 サンダースマッシャー!」


フェイトの放った砲撃が暴走体のシールドに阻まれるのを見たさつきは、一時的にそちらのことを意識から切り離した。
そして向く先には砲撃でフェイトと共同しようとしているなのは。
さつきは無言でそちらへと駆け、

「なのは!」

「へ?」《Protection》

レイジングハートがシールドを張ったが一撃でそれを粉砕、シールドを割られた衝撃で体勢の崩れたところでチャージ中だったレイジングハートを上から掴む。

「きゃああっ!」

なのはは抵抗する暇も無かった。
普通ならそのまま後ろに飛ばされるところを引き止められ、更にその勢いそのままに体が持ち上げられる感覚を覚える。更にはそのまま更に加速し上下も分からぬまま吹っ飛ばされた。
なのは自身一瞬のうちに何が起こったのか分からず恐怖感を覚えるが、何のことはない。
さつきが手に持ったレイジングハートを片手で無造作に振りかぶってそのまま投げつけたのだ。

《Flire fin》

なのはの体がまだ空中にある時分、レイジングハートが咄嗟に飛行魔法を展開することでなのはは辛うじて足から着地することに成功、
しかしいきなりジェットコースター以上の急加速と揺さぶりをかけられ足に力が入らずへたり込みそうになる。
そしてなのはさつきの姿を確認し、そこで初めて自分の身に起こったことを把握した。
震える足を叱咤し、レイジングハートをさつきへと向ける。

「いきなり何をするの!?」

叫ぶなのはに、さつきは余裕の表れなのか両手を後ろに組んで笑顔で、だがしかしその目は笑っていない。

「わたしね、気付いたんだ」

「……?」

「直接ジュエルシードを狙うより、なのはちゃん達を潰していった方が安全で確実でしょ?」

「――!!」

笑顔のまま言ったさつきの言葉に、なのはは戦慄と共に体を強張らせる。

(そんな……)

いつかはこうなるかも知れないと言うのは、分かっていた。
元々こちらから交戦を申し込むつもりだったし、実力で下に見られて侮られている現状を戦うことで対等な立場に見てもらおうともしていた。

だが、それでも。

こんなにも、違うものなのか。こちらから仕掛けるのと、相手から仕掛けられるのとでは。
そこにあるのは、『相手が相手の方から自分を潰しに来ている』というただ一つの絶対的な事実。

(……それでも!)

結局、やることは変わらない。無理やりそう割り切って視線を強くさつきを睨みつける。
さつきはそれに臆した風も無く、ただ右手を開いたままに体の前から顔の横へと構える。

「じゃあ、行くよ」

「――っ! プリベント シューター!」




そして、その様子を別のところから見ている者達がいた。

「現地では、既に探索者達による戦闘が開始されている模様です」

「中心となっているロストロギアのクラスはA+」

「動作不安定ですが、無差別攻撃の特性を見せています」

「次元干渉型の禁忌物品。回収を急がないといけないわね」

「艦長、実は、一つ不可解な点が」

「何かしら」

「はい。探索者の1人から、魔力を感じられません。
 正確に言えば、反応にブレがある、と言いますか……」

「どういうこと?」

「魔力反応がある時と、無い時とがあるんです。最初は機材が回りに漂っている魔力素に反応しているだけかとも思ったのですが……」

「……そう、妙ね。それに、映像を見る限りどちらにしても魔導師といった風でも無いし……」

少し考え込んだ後、そこら辺のことは後からでも十分だと判断し艦長は船員に命令を下す。

「――執務官、出られる?」




「ああああ!」

叫びながら吹き飛ばされるなのは。さつきの拳はシールドで防いでもその威力は計り知れず、数瞬の拮抗も虚しくシールドは破壊されてその衝撃がなのはを襲う。

地面を擦りながら吹き飛ばされるも、その運動が終わると共にシューターを発射し追撃を防ぐ。

「っ! こ……の……っ!」

向かって来た3つの魔力弾を全て叩き落し、さつきは立ち上がったなのはへと駆ける。なのはが次弾を作る前に間合いに入った。

「っ!」

間の前まで迫られたなのはは思わず杖を握り締め体を硬くする。が、

――ヒュン

「ああもう鬱陶しい!」

そこでさつきの動きが止まった。原因はなのはの周囲を不規則に飛び回る7つの魔力弾。以前よりも量が増えて法則性と隙が少なくなったプリベント シューターである。
足元へと飛んで来たそれにたたらを踏み、再度全身したところで頭に向かって飛んで来たものを屈んで避け、左から胴体目掛けて飛んで来たものを左手で叩き落す。
そして開いた右手で拳を放とうとするも、今度は斜め上と右と左下の三方向から魔力弾が飛んで来て慌てて距離を取る。
そしてそこに飛ばされる追撃のディバインシューター。偶に側面背後からも奇襲を仕掛けているところがいやらしい。
先程からこれの繰り返し。
状況から見ればさつきが攻めあぐねているかのようだが、何度も懐まで入り込まれて、あまつさえそれでも幾度かそれを破られているなのはの精神的披露も計り知れない。

更に空へ逃げようとなのはが意識を少しでもさつきから切り離すと、即座にさつきが詰め寄ってあまつさえレイジングハートを掴み取ろうとする為、
先程の恐怖心を引き出させられてそれの回避に回ってしまい空へ飛べない。

そして遂に、

「やった!」

「あっ!」

明らかな隙にさつきが入り込んだ。今までよりも一段と大きい隙をさつきは最大限に活用して拳を腰だめに構える。
だがそれまでにシューターを1つ弾いておりなのはの方も体勢は整っている。

《Raund seald》

「はあっ!」

なのはのシールドとさつきの拳がぶつかる。
先程から幾度か繰り返されたその光景。なのははシールドにありったけの魔力を注ぎ込んで踏ん張り、さつきはただ拳を振りぬく。
結果は今までと同じなのはの敗北。シールドは無残に破壊され、しかしさつきの拳はなのはまでは届かずになのははさつきの拳を受け止めた衝撃とシールドを破壊された衝撃によって弾き飛ばされる。

「あああっ!」

しかし今度はさつきの込めた力が今までのよりも大きかったのと、さつきが腰だめに拳を放ったのとでなのはは上空へと大きく飛ばされた。
吹き飛ばされながらもそれを認識したなのははそれを好機と取り、再びさつきの射程内に入る前にそのまま空へと逃げる。

《Flire fin》

「……ふうっ、ふうっ、ふうっ」

だが、先程まで空へ逃げれなかったのは何故か。それは空へと飛ぶ為の空間把握をする猶予をさつきが与えなかった為である。
ではそれは何故必要なのか。それをせずに空へ飛ぶとその瞬間自分の周りの状況が一時だが分からなくなるからである。
まあつまり何が言いたいのかと言うと、

「なのは!」

「えっ? ……きゃああっ!!」

茂みに潜んでいたユーノが叫ぶがもう遅い。なのははすぐそこまで迫っていた木の根に気付くことが出来なかった。
成す術無く木の根に体を拘束されるなのは。両手首を頭上で固定され、腰にも木の根が巻きつき足もそれぞれが拘束される。
見ると、フェイトとアルフ(人間形態)もそれぞれ十字架の様な格好と両手両足首を後ろ手に一括りにされ吊り下げられるような格好で(何故か尻尾も別に)拘束されていた。

「くぅっ!」

「くそっ、このっ、痛っ、何するっひゃあん! ってどこ触ってんだい!」

「うっ……ああ……」

「なのは! くそっ、どうすれば……!」

先日倒れたばかりの自分ではどうにもできない。それが分かっているからこそ、ユーノは無謀な突撃はせずに頭を悩ます。
だが解決策は見つからない。フェイト達も捕まっている以上そちらを頼りにも出来ない。
ユーノの中に焦りばかりが広がっていく中、そこを何かが駆け抜けて行った。

「え?」

さつきだ。

さつきはフェイトとの戦闘で出来たであろう、丸太の様に切断された本体である木の幹より太いであろう根を掴むと、それを抱えて暴走体へと駆ける。
迫る木の根をその身体能力でかわし、本体へ急接近する。
あと1歩で間合いに入ると言う所でさつきは急停車し、持っていた木の根を振り上げた。
そして、

「えーーーい!!」

まるでハンマーの様に、力いっぱい、振り下ろした。
それは振り切られる前に暴走体の張ったシールドに防がれる。
が、それでもさつきは力を緩めない。シールドは徐々にタワみ、遂に……

――パリィィィイン

「ったあ!」

割れた。さつきの振り下ろした丸太は勢いをそのままに、暴走体の手前の地面に叩き落される。
辺りに衝撃が走る。さつきの振り下ろしたハンマーの威力は衝撃波となり、吹き上げられた土砂と一緒に暴走体の本体へと降り注いだ。

――おおおおぉおおぉおぉぉお

土砂が木の本体を削り、衝撃波が吹き飛ばす。衝撃が収まった時、そこに暴走体の本体は無く、ただ蒼く輝く宝石が浮くだけだった。
宙に浮いていたなのは達を拘束していた木の枝も、重力に引かれて落下する。

――ドシンッ!×3

「「いったー」」

アルフとなのはの声が重なった。が、その時ジュエルシードが再び強く輝いた。

「マズイ、まだ終わってないよ!」

「いいや、終わりだ」

叫んだユーノの言葉に、どこからともなく返す声が響く。
次の瞬間、ジュエルシードのあった辺りから眩いばかりの光が溢れ出した。
さつきもジュエルシードを掴もうとしていた手を止め、思わず顔を背ける。

やがて光が収まると、そこには今までいなかった人物が、封印されたジュエルシードを手のひらに浮かべながら佇んでいた。

「なっ!?」

思わずさつきは声を上げる。いきなり現れた人物にジュエルシードを横取りされたのもそうだが、それとは別に、

「時空管理局執務間、クロノ・ハラオウンだ。
 ロストロギアの回収作業ご苦労だった、と言いたいところだが、さて、詳しい事情を聞かせてもらおうか?」

その人物が開いている右手を掲げると、そこから立体映像っぽく何かのカードのような物が映し出された。
そこにはその人物の顔写真まで付いていていかにもそれっぽい。のだが。

「時空管理局……!」

いや、まあ、何やらフェレットが慄いているが、さつきは到底そんな気にはなれない訳で。
先程から何を言いたいのかと言うと、まあ、実はその現れた人物、どこからどう見ても子供だったのだ。
長くも短くもない黒髪の、キリッとした顔でこちらを見る顔はまだ幼く、身長から見るになのは達と同年代くらいの。
前進を漆黒の、それでいて堅苦しい雰囲気のする防護服に身を包んでいるのもどう見ても子供が背伸びしているようにしか見えない。
とりあえず、

「ねえ、ユーノ君。時空管理局って、何?」

さつきは率直にユーノに聞いてみることにした。
クロノと名乗った子供が何やら気落ちした風な様子になっているが知ったこっちゃない。

「あ、ええっと、数ある次元世界を管理する法の番人。この世界にある警察……みたいなものかな」

それにユーノは律儀に分かりやすいように説明する。さつきはそれを聞いて更に微妙な表情になった。

「えーっと、つまりは公共機関な訳だよね?」

「うん、そう」

「つまりこの子は……えーっと、何というか……うん、まあ、そういうこと?」

「君はさっきから一体何を言ってるんだ!?」

いつまでたっても釈然としない態度を取っているさつきに対して、遂にクロノが怒鳴った。
さつきはそれを何か可哀想な目で見ると、

(うん、このままにしといてあげよう)

完全に無視してなのはの方に向き直った。
彼女の後ろの方で男の子が何か言っているが完全に無視である。

「じゃあなのはちゃん、続きやろうか」

何とか自力で木の拘束から抜け出していたなのはは、いきなりの展開にしばし置いてけぼりを喰らっていたがその言葉にピクリと反応する。

「どうして!? もうここにジュエルシードは無いんだよ!?」

「言ったでしょ、『先に潰しておいた方が』って。
 じゃあ、今ここで再起不能になるくらい潰しておけばいいんだよね?」

「――っ!!」

さつきの言葉になのはは思わず身構える。

「待て! ここでの戦闘行為は禁止する! おとなしく付いて来てもらおう!」

が、またもやクロノが割り込んできた。さつきもこれにはいい加減眉を顰める。
と、その時

「フェイト! フェイトォ!!」

アルフの叫び声が響いた。
そこにいる全員がそちらへと目を向けると、そこにはなのは同様木の拘束から逃れたアルフが、地面に倒れたまま動かないフェイトに絡み付いている枝を必死に剥ぎ取っているところだった。
フェイトの方はどこか異様にグッタリしており、息も荒い。

(……もしかして、落ちた時にどこか悪いとこ打ち付けちゃった?)

フェイトの様子を見てそのような事を思ったさつきだが、次の瞬間ハッと息を呑む。
木の枝からフェイトを救い出したアルフが彼女を抱きかかえると、フェイトの背中から何かが臭って来たのだ。
さつきだからこそ分かるそれは、紛れも無く血の臭い。それもちょっとした擦り傷とかそういうものでは無い。暴走体との戦闘中にやられたのだろうか?

さつきがそんなことを思っていると、アルフが急いでその場から離れようとした。
しかしそれを良しとしない人物が1人。

「待て! 君達も僕と一緒に来てもらう。彼女もそこで治療すればいい」

だがアルフはその言葉を無視して飛び立とうとする。クロノはそれに視線を険しくすると、いきなり手に持つ杖を構えた。その向く先はアルフの射線上。そして収束する光。
目の前にいた為クロノが何をしようとしているのか分かったさつきは、急いでその杖を跳ね上げる。
間一髪、放たれた魔力弾は見当違いな方向へと飛んで行った。
横目で背後を警戒していたアルフはそれに一瞬驚いたような表情をし、しかしその隙にそのまま全力で離脱した。

「何をするんだ君は!?」

自分のやろうとしたことを妨害されたクロノはさつきを警戒して距離を取り、杖を突きつける。
そんな彼にアルフ離脱を確認したさつきは静かに呟く。

「君ね、」

「?」

「格好付けたいのは分かるし、警察に憧れるのもまだ良いけどね。
 でもね、無闇に人に迷惑をかけたり、人を傷つけたりすることはいけないことなんだよ?
 折角の玩具で遊びたいのは分かるけど、人向けて撃っちゃいけませんって言われたりしなかったの……?」

声は静かに、子供のやったことだと怒気を押さえつけ、しかししっかりとその子供をしかる。今しかっておかなければいけないことだと思って。

「いや、何を勘違いしているのか知らないけど僕は本当に時空管理局の執務官で、」

が、クロノのこの言葉にさつきは一気に脱力する。もう諦める一歩手前だ。

「もうそんなに子供じゃないんだからやって言い事と悪いことの区別ぐらいつくよね?
 それに公共機関の名を騙るのは色々問題が出て来るんだよ。
 まだ知らなかったかも知れないけど、こっちには公文書偽造とか色々な罪があるの。
 そっちにもそういう法律が何かあるんじゃ無いかな?」

最後の方とかもうほとんど脅しになってる辺り、さつきが半ば投げやりになってることが伺える。
その視線の先には何をどう返せばいいのか分からず頭を抱えているクロノ。
と、そんな時

「あのー、さつきちゃん?」

なのはからさつきに声がかかった。

「ん、どうしたの?」

「ユーノ君が、その子多分本物だって……」

その言葉にユーノの正気を疑うさつき。

「え? だって公共機関だよ!? それ以前に職業だよ!?
 普通に考えてこんな子供がそんな事できる訳無いでしょう!!?」

「誰が子供だ! 僕はもう14だ!」

混乱の境地にいたクロノも取りあえずさつきのその言葉には反応する。身長からしてどうもそうは見えないのだが、それを差し引いても、

「どっちにしたって同じだよ! 就職活動は大人になってから!!」

「うん、私もそれ思ったんだけど、ユーノ君のいた世界では9歳からもう管理局に就職は出来るって……」

「……はい?」

あまりな情報に思わず呆けてしまうさつき。視線をユーノの方に向ける。するとユーノは大きく頷いた。

「うん。それにさっき彼が見せた証明証、流石にあれだけの玩具は僕の世界にも売ってた覚えは無いし……。
 見た感じ本物っぽかったし……」

さつきの背中に冷や汗が流れ始めた。

「えーっと、つまり……」

「だからさっきから言ってるだろう! 僕は頭の可哀想な子でも極度の厨二病でも無く、本物の時空管理局執務官だー!!」

暫くの間、微妙な空気がその場を支配した。










あとがき
ユーノがなのはVSさつき中に介入しなかったことについては次話で言及しますのでそこの突っ込みは無しでお願いします。

夏休み初日に妹とお風呂遭遇イベント(もち突撃役こっち)とか神は一体僕に何を期待してるんだ……(チョ


さて、車校の空き時間にチビチビ書いてますデモアです。
本当はネット使えない筈なのにどっかから謎電波飛んで来たのでそれに便乗して投稿します(待っ!?
お陰で休み前に溜めたレポート10枚以上とか全く手付けて無いぜイェーイ!(つ現実逃避

今回殆ど繋げの話でしたね。
話の流れがかなりテケトーになってしまた。
そして戦闘シーンがやっつけ。うん。ぶっちゃけ真正面からぶつかり合うなのはVSさつきをA's前に入れる必要があったからこうなった。
あとあの木の暴走体の倒し方最初見た時からあれしか無いだろう! と思ってたもんでそれを無理やりやったからこうなった。後悔はしてないが今めちゃくちゃ反省してる。
本当はリアル木で出来たハンマーがあれば尚良かった(待て論点はそこじゃ無い

さつきの行動に違和感覚えたかも知れませんが、それも次話で言及しますすいません。まあ、大体予想は付くでしょうけど。
プレシアの所、書く言っといて書きませんでしたすいません。この時点ではまだフェイトの背景の人物像ぼかしとく予定だったの忘れてました。まあ、原作知ってる人にとっては全く意味の無い小細工ですけどね f^^;
べっ、別にフェイト○○のシーンを書く勇気が無かった訳じゃ無いんだからね! 勘違いしないでよね!(誰
いや、まあ、実際書くのキツイはきついんですけどね。僕ってキャラに感情移入して次の行動予測する派だから。

あと、最初の方のフェイトの行動に違和感あるかも知れませんがそれはご愛嬌と言うことでお願いします^^;;
ああでもしないとアルフ絶対前回乱入して来たので;;;



感想でやたら突っ込まれたのでQ&A設けました。
うん、実際書いてる時もこっちも突っ込みどころ満載だなぁとか思ってましたしね。

Q&A
Q.さっちんどうやって結界の中に入ったの?
A.十三話へGO

Q.クロノって厨二病って言葉知ってたの!?
A.作者が怪電波を飛ばしました(待

Q.>>人に迷惑をかけたり、人を傷つけたりすることはいけないことなんだよ?
 つ鏡
A.飲食店ではしゃぎ回る子供に対してやの字の方が「兄ちゃん、ほかの人に迷惑かけるようなことしたらあかんやろ」っていさめるイメージ。
子供に対する言葉なので何もおかしくはないはず。



[12606] 第15話
Name: デモア◆45e06a21 ID:2ff3a52c
Date: 2012/08/10 02:41
「取りあえず、納得して貰えたところで君達にはこちらに来て貰いたいんだが」

微妙な空気が漂う中、落ち着いたクロノが佇まいを正して再度要求する。
それにより周りの空気が再度緊迫したものに戻った。
なのは達は別段断る理由も無いので大きな組織と接触するという緊張感からだが、問題はさつきの方。

(時空管理局……警察みたいな公的機関ってことは、当然やることは犯罪の取り締まりとかだろうし……
 えーっと、今の状況纏めると、

 ジュエルシードはユーノの落し物
    ↓
 それを狙うわたし泥棒
    ↓
 持ち主であるユーノが貸すの拒否してる
    ↓
 管理局が使用の許可を出す?
    ↓
 100パーNO

 うん、従う訳には……いかないよね。逃げたらその組織から追われることになるかも知れないけど、
 どうせなのはちゃん達から力ずくでジュエルシード取ろうとした時点でわたし犯罪者だし、このままついてっても捕まるのが関の山だし……)

それに、もし上手く行ったら元の世界に戻っちゃえば良いんだし。と、言うわけでこの瞬間にさつきの方針は決まった。
問題はその方法。さてどうしようかとさつきが意識を周囲に向けたところで、

「言っておくが、逃げるのは諦めた方がいい。
 こっちはこの道のプロだ。さっきは逃がしてしまったが、次は無いと思った方がいい」

さつきのその空気を察したのか、即座にクロノがその杖を突きつけて来た。
その言葉に、さつきは思った。確かに相手は素人からいきなり魔法使いになったであろうなのはと違い公共機関に仕えているプロだ。……あ、結構やばいかも。
追い討ちをかける様にクロノが言葉を続ける。

「君の戦いは先程見させて貰った。管理局を知らなかったことや、見たところから判断するに魔導師では無いみたいだが、それにしては凄まじい運動能力だった。
 しかし、それでも僕が君を逃がすなんてあり得ない。諦めるんだ」

その言葉を聞いた瞬間、さつきの取るべき行動は決まった。
『僕が君を逃がすなんてあり得ない』、それは暗に、目の前のこいつさえ何とかしてしまえばこの場はどうにかなるということである。
ならば、

「……逃げられないなら、やっつけてやる」

言葉と共に、さつきは構えた。
だが、クロノはそれにため息を吐く。

「言っただろう、こっちはプロだって」

「――? なっ!?」

さつきが動き出そうとした瞬間には、もう終わっていた。
距離を詰めようと動こうとした瞬間に、自分の四肢が動かないことに気付くさつき。見てみると、そこには青白い光の輪で拘束された手首と足首。
ご丁寧に一番力の入りにくくなる箇所を固定されていた。

「君が逃げようとしてる空気を見せた瞬間から今まで、僕が何もしてなかったと思ったか」

最後にそう言い、終わったと思ったのか背後を振り返り何かを始めようとするクロノ。
しかし、その時ユーノの叫び声が響いた。

「だめだ! その程度じゃ彼女は……!」

「? ――なっ!?」

クロノがその声に反応して首だけそちらに振り向くが、遅かった。
視界の端で何か青白い光が弾け、少女の腕がその頭上に振り上げられるのを確認したクロノは驚愕も一瞬、再度その動きを拘束しようと急いで振り返る。

しかし、その隙にさつきは力任せにバインドを引き千切った勢いのまま頭上に掲げた腕を振り下ろしていた。
真正面にいたクロノは、その開かれた指の先が何故か尖って見えたと言う。
次の瞬間、さつきの両足を拘束していたバインドは砕かれた。狙いが甘くその爪後は地面にも深々と残されていたが。
体を拘束するものが何もなくなったさつきは急いでその場から飛び退く。間一髪、彼女は収束する光の輪からすり抜けた。

「くっ」

クロノが悔しげに呻く。その頭の中では様々な思考が渦巻いていた。
バインドを力任せに破壊した? そんな馬鹿な。……いや、似たようなことをどこかで聞いたことがある。あれは確か……

「――縛られぬ拳《アンチェインナックル》」





「アンチェインナックル? それ何ですか艦長?」

その様子をモニター越しに見ていた少女はクロノがポツリと呟いた言葉の意味がわからず、その意味を隣に座る上司に訊いた。先程お茶を持って来ていた娘だ。

「アンチェインナックル、縛られぬ拳。
 管理局の陸で活躍しているとあるエースが使用していると言われるものね。
 いくらバインドで縛っても一度放たれればその威力と勢いをもってしてそれを振り解き、確実に相手を粉砕すると聞くわ」

「へぇ……」

関心したように声を上げる少女だが内心かなり驚愕していた。拳の威力でバインドを砕く? なにそのチート。

「……でも、あれは元の肉体のパワーは元より、身体技術の賜物だって聞くけど……。
 あんな力任せなのとは何か違う気がするわね」

「へぇ……」

と、再度関心したように声を上げる少女だったが、次の瞬間にはその言葉の意味を察してこう思った。ちょっと待て、と。





ある程度の距離を離して対峙するクロノとさつきの両名。なのは達は完全に蚊帳の外状態になっている。

(素人の筈のなのはちゃんであれだけの防御力を持っているんだから……、
 今度こそ、手加減なんてしてたらまずいかも……。
 全力で行くよ!)

さつきの方もなのは達のことを気にしている暇なんて無い。全神経を目の前の相手に集中している。

「……成る程、確かに只者じゃないようだ。それにそのスピードにも凄まじいものがある」

クロノが話し始めるが、さつきはそれを黙って聞いているつもりは無かった。また何か仕掛けられてはたまらない。
一気に距離を詰め、その拳を振るう。

「……だが、」

だが、その拳はクロノが即座に横に移動することによって避けられる。

「――っ!?」

「先程の戦闘の様子からして、君は空を飛べないみたいだ」

クロノはそのまま上空へ――安全地帯へと移動する。

「このままこの安全な場所から、一方的に攻撃させてもらうとしよう!」

「あ、そうか」

公園の隅でなのはがそんな事を呟いたとかなんとか。
閑話休題

《Sttinger snipe》

上空を位置取ったクロノが杖を振るうと、その先から先の膨らんだ鞭の様な物が伸び、さつきを襲った。

そこからは一方的な展開になった。
クロノの操る魔力の鞭を避け続けるさつき。だが、クロノが杖を軽く操作するだけで変幻自在に動くそれは、普段なら即仕留めれる筈の相手を仕留めれずにいた。
相手の動きが早すぎるのだ。

(……驚いたな。これじゃあ逃げに回られてたら本当に取り逃がしていたかも知れない。
 彼女が交戦を選んでくれて助かった)

クロノは今現在まだ到着していないアースラに先行してこちらに来ているようなものだ。
アースラが体勢を整えるまで其方からのシステム的サポートは望めない。クロノは内心胸を撫で下ろしていた。

だが、実はさつきは逃げ回りながらも期を窺っていた。それは一発逆転の期。
しかしクロノは自分でも言っていたがプロだ。さつきのその様子には既に気が付いている。それを見てクロノは心の中でニヤリと笑った。

(分かっているさ。先からの身体能力からして、恐らく君が本気で跳躍すれば僕の所まで余裕で届くんだろう?
 安全地帯で油断しているこちらを叩くつもりだろうけど)

しかし、それこそが罠。

(さっき目の前で実戦したのにな。"どこから来るのか分かっていれば"いくらでも対処できるんだ。
 もう既に僕の周りにはバインドを仕込んである。君が突っ込んで来た瞬間、それを受け流して反撃、動きが止まったところを拘束させてもらうよ。
 いくらなんでも空中なら、バインドを壊したところで即座に次の行動には移れない筈だ)

準備は万端。予想される展開をシュミレート。そして、

(――今!)

クロノは期を見て魔力の鞭をワザと大振りに操作する。さつきから見ればそこに出来たのは明らかな猶予期間《隙》。

「――っ!」

それを見たさつきが動きを急変。クロノに向き直りながら砂埃をあげて停止する。
さつきの体が停止した瞬間、クロノはその姿がいきなりサムズアップしたかのような錯覚を覚えた。

(っ!? 予想以上に早い!)

一瞬で縮まるであろう距離。だが当事者達にとってその過程はスローモーションの様になる。跳躍しながらも拳を振り上げるさつき。
次の瞬間には既にクロノの懐の中。

(……だが!)

しかしクロノの方も事前に用意していたシールドを展開。

(いくら早くとも来る場所さえ分かっていれば)

そのシールドとさつきの拳がぶつかり合う。

「対処は容易い――!」

その瞬間にクロノはシールドを引き、衝撃を吸収。その勢いをもって体を回転させ乗せた勢いのままその杖を振るう――!

とは、ならなかった。

(……は?)

クロノが認識できたのは、相手の拳の衝撃を吸収しようとした瞬間にもの凄い衝撃が自分の体を走り、次の瞬間再度衝撃が自分の体を全体的に叩いたことだけ。
クロノの意識は、そこで途切れた。


「……あれ?」

自身の行った事に対して付随した結果に、さつきは思わず疑問の声を上げた。
あっさりと吹き飛びすぎだ。素人の筈のなのはであれなのだからと思い思い切り殴った結果がこれだ。
当のクロノはさつきに殴りつけられた瞬間に防御していながらも物凄い勢いで吹き飛び海面に叩きつけられていた。
とてつもなく油断していたのだろうか? とさつきは愚考する。

「えーっと、大丈夫かな……?」

このまま立ち去るのもどうかと思ったさつきだが、次の瞬間近くに現れた魔法陣に顔色を変えた。
展開からしてクロノという少年のお仲間が来るのだろう。

「まずっ」

そうなるとマズイ。ひじょーにマズイ。そう考えたさつきはそこから一目散に逃げ出した。


ちなみに、なのはとユーノは何をどうすればいいのか分からず空気のままずっと固まっていたという。


数分後、救出されたクロノは意識を失ったままアースラへと運ばれ、なのはとユーノは別の局員に案内されアースラへと赴いた。







「ここまで来れば、もう大丈夫……だよね」

1人の少女が壁にもたれながらため息をついていた。
ここは裏路地の奥の奥、とある吸血鬼の居住空間になっている廃ビル。
あれからさつきは自身の工房へと特に何事も無く逃げ込むことに成功した。
あったとすれば道の途中で電線工事していたところからスパナが頭上へと落ちて来たのでそれを弾き飛ばしたぐらいだろうか。急いでいたのでそのまま通り過ぎてその後はどうなったかは知らないが。
しかしまだ追っ手が来ないとも限らないのでそこでしばらく様子を見ることにしている。

「それにしても、遂に公共機関まで出てきちゃったかぁ……これからどーしよー」

はあー、と一際大きなため息を吐くさつき。でも、とその表情が真剣な、しかし少しだけ優しげなものに変わる。

(でも、なのはちゃんは大きな組織が来てくれて安心してるだろうし、これであの子がこの事に関わることも無くなるだろうし、
 それだけは良かったかな)







「嫌です!」

「はい?」

なのはの叫びに、その対面に座る緑色の髪の女性は思わず疑問の声を上げた。
ここは時空管理局の船、アースラの一室。真面目に謎だが何故かバリバリの和室だ。ししおどしまである。
あの後アースラにまで案内されたなのはとユーノは、先ずこの部屋に通された。
その間、バリアジャケットを着たままでは窮屈だろうから脱いだらどうだと言われてなのはが私服に戻ったり、
その姿のままじゃ窮屈だろうから元の姿に戻ったらどうだと言われてユーノが人間の姿に戻ったり、
その様子を見たなのはが「あ、そっか」と呟いたりその呟きをしっかりと聞き取ったユーノが無言で崩れ落ちたりと色々あったが割合させてもらう。

今、ユーノが船の最高責任者に事情の説明を終え、後のことはこちらがやるからあなた達は元の生活に戻りなさいと言う話が出てきたところなのだが……

「なのはさん、それはこの一件から手を引きたく無いということですか?」

「はい!」

「はぁ……」

元気よく頷き返すなのはに、何と言っていいやら分からず戸惑う女性。

「なのは、大体分かる気がするけど、理由、聞いてもいいかい?」

そんな彼女に代わってユーノがなのはに質問をする。

「私、もっとあの娘達とお話したい! あの娘達の事知りたい! このまま終わるなんて嫌だ!!」

やっぱり、と苦笑するユーノ。

「あの娘達……と言うと、他の2組のジュエルシードの探索者達の事よね?
 あの子達の情報も追々出来る限り提供してもらうけど、そこまで固執するようなことがあったの?」

「いえ、そういう訳では無いのですが、何やらほっとけないみたいで……」

艦長の問いにユーノが苦笑しながらも答えるが、その顔はどこか誇らしげだった。
その顔を見たリンディが「そう……」と少々考える仕草をする。

「……ジュエルシードは、次元干渉型のエネルギー結晶体でした。
 ロストロギアは得てして使用法が不明なものですが、これは純粋に魔力的、物理的刺激を与えて発動させた場合次元震を引き起こすということが判明しました」

いきなり始まったジュエルシードの説明に、なのはは聞きなれない単語を見つけた。

「次元震……?」

「ああ、次元空間に発生する地震のような物よ。貴方達も、先日体験している筈よ」

そこで思い浮かぶのは、天に昇る光の柱と共に起きた爆発と振動。

「あれでも、ジュエルシード1つの何万分の1のエネルギーという推測が出たわ。
 複数集めて発動させてしまえば、最悪次元断層さえも引き起こしてしまう程のものよ」

「次元、断層。……聞いた事があります。旧暦の、462年。次元断層が起こった時のこと」

ユーノが眉を顰めながら言う。それを見ただけで、なのははその次元断層という物がどういうものなのか大体分かった気がした。

「ええ。隣接する次元世界が、いくつも崩壊に巻き込まれ、消滅してしまった……歴史に残る大悲劇。
 一度次元断層が発生してしまえば、あれの繰り返しは避けられない」

そこで彼女は表情を悲しそうなものから真剣なものへと変える。

「あなた達が関わろうとしているのは、それ程までに危険なものなのよ。
 しかるべき処理をして、しかるべき場所に保管しなければ、いくつもの世界を破滅に導きかねない程のもの。
 それを分かった上で言っているの?」

だが、なのははその視線を逸らさない。

「あの、私は、世界の危機とか、そういう大きなことはよく分かりません。実感が沸かないと言いますか……。
 でも、ジュエルシードがとても危険だということは分かります。なら、なおさら放っておけません!」

数刻、両者の視線が交差した。
だがやがて、突然艦長の視線が柔らかいものになる。

「……分かったわ。しかし、この一件に関わるのなら私達に協力という形をとってもらいます。
 それに協力してもらうにしても、保護者の方にも話を通して貰わなければなりませんし、
 取りあえず、今夜一晩じっくりと考えて、明日改めてこの話をしましょう」

「! はい!」

パアッと明るくなるなのはの顔。

と、その時なのは達の目の前の空中に何かのディスプレイが開いた。
そこには先程から幾度か登場している少女が写っている。

「リンディ提督、クロノ君が目を覚ましました。幸い気絶したのは全身を襲った衝撃による脳震盪による物だそうで、
 全身打撲といくらかの骨折以外は命に別状は無いそうです」

リンディ、と呼ばれたのはなのは達が先程から話している女性だ。どうやら提督らしい。

「あらそう。良かった……とはあまり言えないけど、報告ありがとうねエイミィ」

「いえいえ。それで艦長、クロノ君がその子達に確認したい事があるって言うんですけど」

「クロノが? いいわ繋げて」

画面が移動し、映し出されるのはベッドで横になっているクロノの顔。

「艦長、すいません。重要参考人を3人も取り逃がしてしまい、更にはこの体たらく……」

「いいのよクロノ。あなたは精一杯やってくれたわ。今はしっかり休んでちょうだい」

「はい……ありがとうございます。
 それで、取りあえず、大まかな事情と会話の後半部分は聞かせて貰いました。
 何やら彼女達が協力するなどという会話になっていた様な気がしましたが、それはこの際置いておきます。
 少し時間を貰っても?」

「ええ、良いわよ」

上司の許可を取ったクロノが(ウィンドウがだが)なのは達に向き直る。

「今から君達には、この事件に関わってからの様々な情報を提示してもらうことになると思うんだが、その前に一つ答えて貰いたいことがあってね」

その声音はさりげないものだが、その目はとても真剣なものだった。なのは達に思わず緊張が走る。

「何でしょう?」

クロノの言葉に応えたのはユーノ。

「僕が戦ったあの子の事だ」

次いで出てきた言葉になのはとユーノが思わず顔を見合わせた。

「僕がそちらに行く前、なのは、君と彼女は一体何をじゃれ合っていたんだ?」

「……へ?」

が、続く言葉の意味が分からずなのはは疑問の声を上げる。じゃれあっていた? どこをどう見たらそう見えたのか。
だがそれに構わずクロノは続ける。

「僕も最初は君達が戦っているのだと思っていた。ジュエルシードを巡って奪い合いをしているのだと。
 しかしだ」

そこでクロノの顔の横に新たなウィンドウが開かれた。そこに写るのはなのはとさつきが戦闘を行っていた時の映像。
今、なのはがさつきの拳をシールドで防ぎながらも吹き飛ばされた。しかしさつきの拳はなのはに届くスレスレで振り切られてなのはには届かない。

「あの拳を身に受けた僕は分かる。彼女の拳の威力はこんなもんじゃ無い。
 彼女が本気を出せば、シールドを割った勢いをそのままに拳を君に当てて戦闘不能にすることも不可能じゃ無かった筈だ。
 いや、それは無理でも当てることくらいは確実に出来るだろう」

「……え?」

思わず呆けるなのは。体の芯から、言い知れぬ感覚が広がって行く。つまり、それは。

「つまり、君達は手加減をして戦っていたという事だ。さあ、その目的を話してもらおうか。
 事と次第によれば……」

つまりは、全て演技。なのはとさつきが敵対関係にあると思わせるための演技であったのでは無いかとクロノは言っていた。
そのメリットは分からずとも、そのような細工をしているのなら暴かなければならない。
だが、事実はそれとは違う。それをなのはは知っている。では、その意味は。

「やっぱり、そういう事か……」

思わずと言った感じでユーノが呟いた。

「何?」

「ユーノ君、どういう事!?」

それにいかぶしげな声を上げるクロノに、詰め寄るなのは。
だがなのはの様子は誤解を解こうと焦っている類のものでは無い。恐らくは彼女も薄々は気付いているのだろう。

「なのは、よく思い出してみて。あの娘が最初になのはを投げ飛ばした時、なのはは何で"投げ飛ばされただけで"終わったんだい?」

「え? 何でって……」

ユーノの問いになのはは口ごもる。

「あの時、彼女はその場でなのは自身を殴って吹き飛ばすか、投げずに地面に叩きつける事も出来た筈だ。
 彼女が言う様になのはを排除する事が目的だったなら、そっちの方が効率が良い。
 それに、投げ飛ばし方も不自然だった。わざと速度に方向性と緩急を付けて、まるで恐怖心を煽るかの様な。」

そうだ。今思えば不自然な部分が多すぎた。

「戦闘に関してもそうだ。当てられる拳をその威力だけ見せ付けて、スレスレで体には当ててなかった。
 それに、彼が出てきた後、彼女が言った言葉。わざわざあんな相手を怖がらせるだけの事宣言して何になる?
 彼女に相手を脅して優越感に浸る趣味があるなら話は別だけど、彼女はそんな娘だったかい?」

そんなことは無い。まだ出会って日も浅いし会ったことなんて数回だが、それだけは分かる。

「更に言うといざなのはが暴走体に捕まってピンチになったら途端に助けてくれた」

思い上がりかも知れない。勘違いかも知れない。しかし、それでもユーノはさつきのあの素早い行動の半分はなのは達のピンチに焦ったが故のものだと思った。
そして、その言葉の意味も分からない程なのはは馬鹿では無い。寧ろ聡い。
なのはの心の震えは全身に広がり、体中が発熱しているかのような感覚に陥る。

「それって、じゃあ……」

なのはの口から、思わず途切れ途切れの言葉が零れる。

「うん、恐らくなのはの考えている通りだよ。
 あの娘の最初の行動に違和感があったから、もしかしてと思ってずっと様子を見てたけど間違いないと思う。
 あの娘の目的は、なのはを潰すことなんかじゃ無かった。なのはに恐怖心を与えて、ずっとこの一件から手を引く様に仕向けようとしていたんだ」

暫し目を見開いていたなのはだが、次第にその顔に湧き上がってきた喜びが表れ始めた。

「ユーノ君!」

やがて喜びに溢れた表情を真剣なものへと変え、

「私、やっぱりこのことから手を引くのは絶対に嫌だ!」

なのはは再度、はっきりとそう宣言した。

「うん、わかってるよ」

そんななのはに返すユーノも、どこか嬉しげだった。

「あー、お楽しみ中悪いんだが……」

「……嘘は、言ってないみたいね」

「「あ………」」

結論。自分達の世界に入る時は、時と場合を考えよう。まる。



「僕は情報の提供に残るから、なのはは先に帰って士郎さん達に話をしておいてよ」

とのユーノの言葉に従ってなのはが先行して高町邸へと帰って来たのがつい先程のこと。
もうとっくに夕飯の時間を過ぎていたので家族全員に怒られてしまった。
それでも皆してなのはの事を待っていてくれており、そこでは一家揃っての遅い夕食が始まった。
そこでなのははその場で話を切り出すことにした。

「あのですね皆さん……実は、お話したいことがあるのですが……」







「流石にもう大丈夫だよね……」

辺りがすっかり暗くなった頃、さつきは工房から外へ出た。
あれから彼女のまわりでは特に変わった動きも無く、どうやら完全に撒いたようだと一安心するさつき。
だがその間彼女が何もしていなかったのかと言うと、そうでは無い。
さつきは今後の対処法を考えに考えていた。その結果……

(管理局って言うんだから、それなりに大きな……ユーノ君の様子や説明だと、かなり大きな組織だと思うんだよね。
 管理局は元々の持ち主のユーノ君に付くだろうから、そんなのに対抗する為には……)

思い立ち、歩を進める先は一つのマンション。





「駄目だよ、ただでさえヤバイやつがいるってのに、
 それに加えて時空管理局まで出てきたんじゃ、もうどうにもならないよ!
 ……逃げようよ、二人でどっかにさあ」

ソファーの横で膝をついて己が主人に訴えているのは、人間の姿を取っているアルフ。
そしてそのソファーの上には、見るからに消耗しているフェイトの横たわる姿があった。
……明らかに、暴走体との戦闘だけが原因では無い。

「……それは、駄目だよ」

「何言ってるのさ! 相手は管理局だよ!?
 本気で捜査されれば、ここだっていつまでバレずにいられるか……」

「………」

否定出来ないのか、黙り込むフェイト。だが、それが決して諦めた訳では無いことはアルフには分かる。

「フェイトだって、今日だってワタシを引き止める力も残ってなかったのに無茶して飛び出してくし……
 あの鬼婆……あんたの母親だって、訳わかんないことばかり言うし、フェイトに酷いことばっかするし……」

「母さんのこと、悪く言わないで」

「言うよ! だって……」

叫ぼうとしたアルフを、フェイトが身を起こして制止する。

「フェイト、駄目だよ寝てなきゃ!」

フェイトのその行動に慌てるアルフ。だがフェイトはその言葉を聞かず、ポツポツと話し始める。

「私ねアルフ、別に私、母さんの為だけにやってる訳じゃないと思うんだ。
 ううん、私は、母さんが喜んでる姿を見たい。私が母さんに褒めて貰いたい。そんな思いで、自分の為に動いてるの。
 私、悪い子だから……」

「フェイ、ト……」

何と言えばいいのか分からず、絶句してしまうアルフ。

「母さんがあんな風なのも、ジュエルシードさえきちんと集めれば良いだけなんだよ。
 あと少し、あとほんの少しなんだ……」

「フェイト……」

呆然と主の言葉を聞いていたアルフだが、その表情を悲しそうに歪めると、真摯な瞳で主に己の思いを伝える。

「フェイト、約束して。あの人の言うなりじゃなくて、フェイトはフェイトの為に、自分の為だけに頑張るって。
 そしたら、私は必ずフェイトを守るから……」

「――うん」

少しの間、沈黙が訪れた。顔を俯かせて一言も発しないアルフに、ソファーに体を預けて目を閉じるフェイト。


…………だが、それはほんの一時の静寂だった。

「!!!」

次の瞬間、アルフの体がまるで電流を浴びたかの様に跳ね上がった。しかし何かのリアクションを起こすでも無く、そのまま固まる。

(この……匂い……!!)

耳の毛や尻尾は逆立ち、瞳孔は縦に開く。
歯を剥き出しにし、指からは爪が飛び出し、髪の毛さえも逆立っているかの様に見える。

「アルフ、どうしたの?」

なにやら尋常では無いアルフの様子にフェイトが疑問の声を上げるが、今のアルフにはそれに応えるだけの余裕も無かった。

(まさか、フェイトがこんな時に……!)

明らかな警戒態勢を取りながらも、必死になって息を潜めている。

「アルフ……?」

(頼む、頼むから……!)

――カツン、カツン……

アルフの耳は、一つの足音がこの部屋に近づいて来るのを敏感に感じ取っていた。

(このまま、このまま通り過ぎておくれ……!!)

――カツン、カツン……

だが、やがてフェイトにも聞き取れるようになったその音は丁度その部屋の前で止まり、

(頼むからさぁ……!!!)

――――コンコン

「フェイト逃げて!」

「アルフッ!?」

ドアがノックされる音と共にアルフの体が跳ね、両腕を振りかぶってドアへと突撃して行った。




「私、ここまで来て手を引きたくなんて無い。もっとあの娘達のこと知りたい」

そんななのはの言葉に対する高町家の面々の言葉は、以外に淡白なものだった。

「ああ、頑張って来い」

と言う恭也に、

「全く、少しは相談してくれればいいのに」

とボヤきながらも反対はしない美由希。

「後悔しないようにするんだぞ」

とエールを送る士郎に、

「………」

ただただ微笑み、頷く桃子。
確かに魔法の事やユーノの正体は話してないとは言え、話せる限りの全てのことを話したなのはは、
そのあまりにアッサリした反応に面食らってしまった。

「いいの? もしかしたら危険なことかも知れないのに……」

なのはのその言葉に、高町家の面々は顔を見合わせると皆一斉に笑みを浮かべる。
それは微笑みであったり、苦笑であったりと様々だが、誰一人悪意ある笑みを浮かべたりはしていない。

「あのななのは」

一家を代表して、士郎が話し始めた。

「ああ、確かに心配だ。大いに心配だ。もし、今なのはが少しでも迷っているようなら……
 もしなのはが昨日までのなのはだったら、俺達はどうあってもお前を止めただろう」

黙って話を聞こうとしていたなのはだったが、その言葉に思わず声を上げた。

「私が迷ってたの、気付いてたの……?」

だが、その言葉には全員が苦笑を浮かべる。
その意味するところに気付いて、なのはは顔を赤らめて若干俯いた。

「まあ、そういうことだ。
 でもまあ、どういう訳か昨日の夜からお前はいい顔になった。
 そして、ああも堂々と自分の意思を伝えられたんだ。どうせ自分がどうしたいのかも、もう気付いてるんだろう?」

士郎の言葉に、なのはは俯いていた顔を上げて頷いた。
アースラから高町家に戻る途中、家族を説得する必要があると考えた彼女はその事について考えていた。
自分が手を引きたくない理由。自分がどうしてそこまであの娘達に固執するのか。どうして放っておけないのか。
答えは案外すんなりと出てきた。

「うん……私、あの娘達と友達になりたい!」

その言葉に、高町家の一同は一斉に嬉しそうな顔になり、頷く。

「なら、もうお前を引き止める事は俺達には出来ない。
 もう一度言うぞ。頑張って行って来い。後悔の無いようにな」

「―――うん!」

その後各々がなのはに再度励ましの言葉を送り、高町家の夕食は日常に塗り潰されていった。


――――一家団欒を楽しむ高町家のリビングに置かれたテレビから、一つのニュースが流れていた。

「海鳴動物園から、一頭の―――が逃げ出しました。付近の住民の皆様は、もし発見しても決して近づかず、即座に近くの交番へと……」





あとがき

うん、何て言うか……本気で書いたら1話1、2日で書けるもんですねやっぱり。やっぱさっちん出てると作者のテンションが上がるから早いわ。
途中でフリーセルに浮気することも少なかったし(待

しかし前回の暴走体のやらかした事について皆がスルーすぎてワロタ。何かグダグダだった漫才の方が何故か大人気。どうしてこうなった……
そして暴走体の倒し方に対する米が一切無し。よし。お前ら全員にデジモンアドベンチャーを一話から全部見ることを要求する。
そして何よりさっちんの信用の無さに全俺が泣いた。ちゃんと伏線引いといたよね……?

さて、やっと本編入ってまいりました。ふう、長かった。
とか言っておきながら次の話繋げで更に次の話はほぼネタな訳ですが(待
逃げ出した○○○がやらかしてくれます。実は無印で一番書きたかったのこれだったり(ワラ
取りあえず本当の意味で現実逃避をそろそろやめないとマジでやばいので次の更新はいつになるか分かりませんが……多分2週間ぐらい無理だよなぁ……

そして夏になってとりあえず一言。月厨マジで自重してくれ。
別に型月蹂躙されてもいいじゃんそういう作品もあってもいいじゃん出て来た瞬間から粘着してボッコするのホントに止めてくれそういう作品も読みたいんだから。

……とかこんな作品書いてる作者が愚痴ってます。
でもまあ実際この作品も成長してく側の方が下な方が展開的に持って行きやすいからそうなってるだけな訳で。
他の人から御指摘頂いた通りバリアジャケットの強度的な問題と詳しく描写されてないさっちんの戦闘能力でなのは達と互角とかなのは達に手も足も出ないとかも簡単に出来ちゃう訳で。
……うん。何というか。すいませんでした。

何か疲れてるのかな……? ついカッとなったのかついつい長々と愚痴ってしまった。

あとお風呂イベントについてはこれ以上の公開はいたしませんwwwww^^



[12606] 第16話
Name: デモア◆45e06a21 ID:79c5cfea
Date: 2013/05/02 11:24
(うーん……)

とあるマンションの廊下を歩きながら、弓塚さつきはその腕を組み、眉根を寄せて悩んでいた。

(うーん………)

何と行っても、今向かっている部屋にいる人物は自分を敵視しているのだ。接触には細心の注意を……

(うん、よーし。何といってもやっぱりあの子女の子だし、明るく元気にフレンドリーにで行こーっと!)

注意の方向が斜め45°くらい違わないだろうか。
何はともあれさつきはホールの係員を魅了して聞き出した部屋の前に着くと、躊躇い無くそのドアをノックした。
何しろフェイトの容姿でホテルを取ればそりゃ目立つ。係員にも当然心当たりはあり、さほど苦労もせずに部屋は割り出せた。

そして右手でドアを開け放つと、空いた左手を高々と掲げる。
そして、

「フェイトちゃーんこんばうわぁ!?」

「! 何ぃっ!?」

次の瞬間にはその左手でいきなり自分に向かって来た腕を手首を掴んで止めていた。

さつきが扉を開けたら、そこには両腕を掲げて飛び掛ってくるアルフがいて。
アルフの振り下ろす右腕がさつきの掲げた左手と丁度いい感じにぶつかって。
さつきが反射的にそれを掴んでしまい、お互いにそれぞれ驚愕の声を上げるが事態はまだ収拾しておらず。

アルフは右腕と共に左腕も振るっており、今更止めることなどは出来ない。その左腕はさつきの胸元を掠めて空ぶる。
そしてアルフの体はその勢いによって、固定された右手首を支点に空中で振られ、結果――

――ガッ

























「ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

「あっ……おふっ……おっ……」

マンションの一室の玄関先で、二人はあまりの激痛に一様に口元を押さえて蹲った。

「アルフッ!」

一瞬の後、何が起こったのか見えていなかったフェイトがバルディッシュを構えて部屋から飛び出して来た。










「艦長、僕はまだ納得していないのですが」

次元空間航行艦船アースラの医務室、そこのベッドで横になりながら、クロノはその傍らに座るこの船の艦長、リンディへと声をかける。

「……ユーノさんと、なのはさんのことですか?」

「当たり前でしょう! これは民間人に介入してもらうレベルの話じゃありません。
 いくら向こうから申し出て来たからと言って、何故ああも簡単に許可を出したのですか」

どうやらクロノは、なのは達がこの件に関わることについて難色を示しているようだ。
リンディはそれに対し気まずそうな顔をすると、暫く悩んだ後クロノから視線を逸らしながら口を開いた。

「……そう、ね。
 実はあの申し出、こちらにとっても都合が良かったのよ」

「は!?
 ………まさかとは思いますが艦長、まさか最初から協力してもらう算段だったとは言いませんよね」

それに思わずと言った風に驚いた声を上げたクロノは、数瞬の沈黙の後早口でリンディを問い詰めた。
焦っているのか『まさか』を二度も使っている。だが、

「ええ、そうよ。そのとおり」

リンディはクロノのその問いに肯定で返した。

「艦長!?」

管理局の局員として聞き逃せない発言に、クロノは思わず声を上げる。
が、リンディはまるでそれが聞こえていないかの様に話を続けた。

「最初は、彼女達から自主的に協力を申し出て貰えるよう、誘導しようと思ってたのだけれど。
 流石に、なのはちゃんの方から手を引きたくないって言われた時には焦っちゃったわ。
 ついついジュエルシードの危険性についてまで念押ししてしまって」

後半部分は自嘲するように言われた台詞に、クロノはそれに気付くことなく喰らい付く。

「そうです! 母さ……艦長だって、ロストロギア《あれ》の危険性は知ってる筈でしょう!?
 なのに何故民間人を巻き込もうとするんです!?」

断っておくが、クロノはその相手が子供だという事は問題にしていない。
管理局には才能さえあれば9歳から就職が可能で、それなりに珍しくはあるものの彼らの常識ではその点は何ら問題にはならない。そこに人情的な感情が生まれるかどうかはまた別として、だ。
問題なのは、民間人を守るべき管理局員が、事件に民間人を巻き込もうとしたというその一点である。

リンディは溜め息を吐くと、クロノに向き直って真剣な表情を作った。

「クロノ、誇張でも過大評価でも無く、貴方はこの船における最高戦力だわ」

「……………」

何の関係があるのかと思うと同時、クロノは自分の今の現状のせいで気まずさを感じる。と、ほぼ同時にそこからリンディの言わんとしていることに気付き、黙り込んだ。

「しかし今貴方はこの有様、しかも貴方をこんな風にした相手はまだ野放し状態。
 そしてなのはさんの戦闘能力は、その魔力値だけで見ても凄まじいものがある。……恐らくはこの船に乗っている局員の中でも私と貴方に次ぐ戦力になるでしょうね」

「……つまり、今はなりふり構っていられない程に戦力が欲しい、と」

「……残念ながら、そういう事になるわね。
 ただでさえ、この事件の中心にはランクA+のロストロギアが絡んでいる……。
 いえ、だからこそ、そんな危険なことを民間人の、それもあんな子供に頼ることなんてあってはならないんだけれど……」

「……………」

色々と突っ込みどころや問題はあるが、自身の不手際も原因の一つに入っているせいで反論しにくくなってしまったクロノであった。










所変わって、こちら某マンションフェイト部屋。

「さ、さつき、元気出して、ね?」

「うん、ありがとうフェイトちゃん。………はぁ」

「………」

そこには、もう何か全てに疲れたとでもいうかのような空気を放つ茶髪の少女と、
それに対してどうすればいいのか分からずに困り果てる金髪の少女がいた。
言わずもがな沈んでいるのがさつきで戸惑っているのがフェイトである。

とはいえさつきもいくら沈んだ空気を撒き散らし落ち込んでいても、(本人からしてみれば)8歳も下の子供に励まされたりすれば、
流石に『なんでもないよ』という風な感じで返すのだが……
その直後にまた元に戻っているので全く意味が無かったりする。

そもそも何故こうなったのかと言うと、時間を少し遡る。
玄関先でゴタゴタなったのを何とかひとまずようやく終息させ、頑張って対話に持って行く事に本当に何とか成功したさつきは、
(そもそもこの時点で『今のって……ファースト……ううん! 今のは事故! そう只の事故! ノーカンノーカン!!』とか何とか挙動不振だったが←フェイト談)
そこで自分が此処へ来た理由を話した。

さつきが考えた管理局勢に対抗する手段、それはフェイトと協力するというもの。
管理局が現れてからも彼女達がジュエルシード集めを続けるかという懸念はあったが、もし続けるのだとしたら、
言っては悪いが彼女達の今までしてきた事も、これからすることも恐らくは犯罪だろう。
と言うことは彼女達も管理局と対立する関係になるということになる。

ならば協力者が増える事はフェイト達にとっても喜ばしいことなのではないかとさつきは考えた。
他にも、管理局と対立する者同士ということで協力を申し出てもそこまで不自然じゃ無いだろうとか、
恐らく向こうも切羽詰っているだろうから成功する確立は低くはないんじゃないかという思惑もあったりする。

そして、さつきが協力関係を提案した結果はと言うと……
本人が拍子抜けするぐらいアッサリと話は進んだ。

無論、フェイト側がさつきの事を疑わなかったのかと言うとそんな事は無い。
だがフェイト自身あまり人を疑うことに慣れておらず、さつきの言う協力関係を結びたい理由にも納得してしまったからには警戒心も薄れる。
更にはさつきが思っていた通り戦力の増加に加え実質敵が減るということは、フェイト自身かなり嬉しいことだったのだ。
アルフの方も、罠かも知れないと警戒はしたのだが、どの道敵でいる場合でもかなりヤバイ奴だという認識が強かった為、
それなら罠じゃないことに賭けて協力を結んだ方がいいんじゃないかと考えたのだ。開き直りとも言う。
……どの道このままの状態ではフェイトの身がとてつもなく危険だったこともあることだし。

と、さつきにとっては嬉しいことにここまでは驚くぐらい順調に進んだのだ。
事件は、本格的に協力を結ぶ前にお互いの懐疑心を解こうと行われた質問会で起きた。
その内容は要約すると以下の通り

Q.貴方は一体何者? by.フェイト
A.ちょっと特別なだけのこの世界の人間だよ by.さつき

Q.ジュエルシードを集める理由は? by.フェイト
A.……行きたいところがあるんだけど、普通の方法じゃ行けないの byさつき

Q.全部終わったら、ジュエルシード使わしてくれるんだよね? by.さつき
A,うん、お母さんに聞いてみないと分からないけど、貸すだけなら問題ないと思う。お母さん、優しいから by.フェイト

Q.どうしてここが分かったんだい? by.アルフ
A.私ね、体質的に結界に対して敏感なんだ。最初に貴方達に会った時も、結界の気配を感じてそこに向かったの by.さつき

Q.一体どんなことが出来るの? by.フェイト
A.それは……

(中略)

Q.今日からここに住まわせて貰っていい? その方が効率がいいし、わたし1人暮らしだから問題ないし by.さつき
A.うん、そうしなよ by.フェイト

Q.攻撃に一々電撃纏わせるの止めない? あれ結構酷いよ by.さつき
A.それはしょうがないんだ。魔力変換資質って言って、外部に放出した魔力が自然に電撃に変換されちゃうから by.フェイト

(中略)

Q.それだけ強ければ、もうジュエルシードの1つも手に入れていてもおかしくないと思うんだけどねぇ by.アルフ
A.しょうがないでしょ、こっちは封印されたらそれで終わりなんだから by.さつき

Q.……え? by.フェイト&アルフ
A.わたしは封印の解除の方法とか知らないの by.さつき

Q.……何のことだい? by.アルフ

「……え?」

ここまでは本当に順調だったのだ。玄関先のことがあったり、
途中でさつきの能力の多方向性や胡散臭さ等にフェイト達が疑惑の視線を投げかけたりしていたが、それでも順調は順調だったのだ。
だが何故だろう。この時さつきは嫌な予感が止まらなかった。

「……さつき、もしかして、封印の事勘違いしてない?」

「勘違いってったって……ん? ああ……、そういうことかい」

気付いたフェイトが言う。アルフもそれで何か理解したようで、さつきの中の嫌な予感が増大した。
だがそのまま流す訳にもいかず、意を決してその意味を尋ねる。

「えーっと、どゆこと?」

「あのね、封印っていうのは、対象の魔法動作を強制的に終了させる術式のことで、
 つまりジュエルシードの封印っていうのはジュエルシードを発動前の状態に戻しているだけで……」

ジーザス

で冒頭に至る。つまりさつきはもう2回も目的達成をわざわざ棒に振っていたということになる。そりゃ落ち込む。

「えーっと……、あ、そうださつき、テレビ、観る?」

と、どう対応すればいいのか悩んでいたフェイトが唐突に切り出した。

「……え? ……あ、うんありがとう。じゃあ観させてもらおうかな」

それに一瞬戸惑うさつきだったが、直ぐに真意を察して感謝しながらもそれに乗った。子供なりの気遣いというやつだろう。
もう既にお互いの間に警戒心なんて無いのはフェイト自身の人となりとさつきの性格のお陰か。

「じゃあ、チャンネルを……」

「ああ! フェイトはそこで座ってなよ、ワタシが取って来るからさ」

と、フェイトが立ち上がろうとするとそれを慌てて抑えるアルフ。
いっそ不自然なぐらいの慌てように、そういえばと、さつきはフェイトがその背中を何らかの形で怪我していたことを思い出した。
そんな状態で気を使わせてしまった事を悔やみながら、しかしさつきはふと気になってしまった。
アルフに向き直っている為僅かに自分の方を向いているフェイトの背中へと手を伸ばす。

「いッ…………っ!!」

「フェイト!?」

「あっ! ごめん……!」

さつきの指が軽く触れただけで、フェイトはその身をビクリと震わせ、硬くした。
その主人の様子に、未ださつきの事を信用し切ってないアルフは何事かと慌てて飛び出し、
さつきはその予想以上の反応に急いで謝罪する。

……しかし、フェイトのこの痛がり様は尋常ではない。
体を屈めて痛みに耐えているフェイトの様子に、さつきは思わずアルフを見る。
さつき達の様子から大体のことを理解して落ち着いたアルフは、その視線に気付いて気まずそうに顔を歪めると、その視線には応えず屈んでフェイトを労わり始めた。










「海鳴動物園から逃げ出した―――は今現在も捕まっておらず、主な目撃情報も未だありません」

夕食後の高町家のリビング、そこで興味深そうにテレビを見ている恭也と美由希がいた。

「お兄ちゃん、お姉ちゃんどうしたの?」

と、そこに桃子の洗い物の手伝いを終えたなのはが入って来た。

「あ、なのは。ううん、何か動物さんが1頭動物園から出てっちゃったみたいで」

「へー、大変そうだね」

美由希の答えを聞き、なのはも何となくテレビに目を向ける。

「なお、檻の鍵が壊れた原因は今現在調査中、近くに落ちていた電線工事用のスパナと鍵の破壊跡が一致したことから、事件の可能性も含めて警察は調査を進めています。
 また、このスパナですがこの日動物園沿いの電線の工事現場から紛失したものと同一のものであることが判明し、そちらも合わせて調……










ここは次元空間航行艦船アースラのモニタールーム。そこに数人の人影がいた。

周りの数人がパネル等を叩いて色々と作業している中、内2人は中央で佇みそれぞれモニターに目を向けていた。

「確かに、凄い子達ね」

「ええ、どちらもあろうことか魔力値だけでAAAクラスに相当します」

その二人――緑色の長髪をした女性と左腕をギプスでグルグル巻きにされている少年、リンディとクロノが言葉を交わす。
今日接触した少女達のデータを考察するという事で、クロノも痛む体を押して付いて来たのだった。

「平均値を見ると、彼女……なのはさんが127万」

「こっちの黒衣の魔導師は143万」

「最大発揮時は、更にその3倍以上……ね。もしかして嫉妬してる? クロノ」

リンディの言葉にクロノはジト目になる。

「艦長……。
 羨ましいと思わないと言えば嘘になりますが、魔法戦は魔力値の大きさだけではありません。
 重要なのは、状況に合わせた応用力と、的確に使用できる判断力です」

その言葉に、あらそう、と微笑むリンディ。

《……それに、いくら彼女達が凄いと言っても僕はまだあの事に納得は》

《はいはい、分かってるわ》

《………》

また蒸し返そうとするクロノだが、リンディにやんわりと受け流されてしまう。
と、そんな二人の中に入ってくる声があった。

「はいはーいお二人さーん、確かにそっちの子達も凄いけど、今回のメイン兼クロノ君が痛む体を押してまで見に来た本命はこちらさんでしょー?」

そういって目の前にあるボードを物凄い勢いでタッチしながら振り替えるのはエイミィ。
クロノよりも若干年上である彼女もまた、れっきとした正管理局員なのである。

「………」

「ええ、そうね」

「あり?」

そしてそのエイミィはクロノ達の予想外の反応に戸惑った。
いや、リンディはいい。問題はクロノだ。普段の彼ならここで『エイミィ!』とか叫んで必死に否定する筈なのだが、
今はしかめっ面で黙ったままだ。

(あちゃあ、これは相当……)

エイミィは心の中で合掌しながら、視線をその相手に、頭上のモニターに向ける。
そこには、今日(おそらくは)非魔導師でありながらクロノを負かした少女の映像。

「それでエイミィ、どれだけ分かった?」

「うーんと、この子の身体能力に関する予測数値は別の資料で纏めて見て貰った方が早いと思うから、それ以外を説明してくね」

前置きをして、エイミィは話し始める。

「とは言っても情報の大部分は見てのとおり圧倒的な身体能力。
 ……この数値を身体の能力って言っていいのかはちょっと疑問だけど今はそれは置いといて、あの子、何か常に魔力反応以外の大きなエネルギー反応出してたから、多分それで水増ししてるんだと思う」

と、そこでエイミィはそれで、と前置きして、

「これはユーノ・スクライアからの情報になるのですが。どうやら彼女、異常な再生能力を持っているらしくて」

「異常な……再生能力?」

「はい。
 聞くところによると、全身に大小の傷を負ってフラフラの状態から数秒で殆どの傷が治っていたとか、
 先程出した砲撃で吹き飛ばされた時等、普通の人間では死んでもおかしくはない傷だったのに次の日……今日ですね。もう既にあんなんだったらしいです」

「……なあ、まさかとは思うが彼女もジュエルシードの影響を受けているんじゃないか?」

あり得ないレベルの身体能力の水増しに加えて明らかに異常な再生能力。それはあり得ないと分かっている筈なのに、クロノからそんな言葉が漏れた。

「ううん、それは無いよ。だってあの子からはジュエルシード反応皆無だったもん。
 でも、似たようなことはユーノ君も考えたみたいで、何かしらの魔導具で肉体強化でもしているんじゃないかって。
 何しろ彼女の異常な所、大まかに区分すると全部自身の肉体そのものに対するのばっかだもん。
 でも仮にそうだとしても、一時的にしか魔力反応が無かったりする辺り、余程高度な隠蔽でもされているのか……」

そこでリンディが「はぁー、」と大きなため息を吐いた。

「……あんまり考えたくは無いしまだ憶測の域を出ないけれど、もしその仮説が正しければその魔導具の厄介さ加減は明らかにロストロギア級ね。
 使用者にバインドを力ずくで破壊できる程の腕力と、魔力に触れることの出来る能力と、死んでもおかしくない怪我からの再生を与え、更に自身に対する隠蔽性。
 これらが一まとめにされているとなると、なまじロストロギアの様に世界を危険に晒す心配が無い分明らかに争いが起こるわ」

ああ、とリンディの言葉を理解したクロノとエイミィは渋顔になる。
とは言えこれはまだ自分達が勝手に付けた仮説。

「ともかく今の段階で確証の無い憶測についてあれこれ言っても仕方ありません。
 今は彼女に対する対策を考えなければ」

「そーだよねー。何たってクロノ君は一回やられちゃってるんだから、次こそは負けられないよねー」

「エイミィ! いいんだよそういう事は言わなくて!」

先程までの空気は何処へやら。切り替えが早いのか何なのか。
それに、

(否定はしてないんだよねー。
 これはさつきって子、苦労しちゃうんじゃないかなー)

そんなことを思いながら、エイミィは目の前のボードを使って次々とパネルを操作していく。

「んじゃあ、こちらがこの子の身体能力の限界予測数値、
 外的要因によって強化されている可能性も……というかそれでしかあり得ない数値ですが、今のところそれらも合わせて全部身体能力として扱っています。
 んでこちらが今日の戦闘風景となりまーす。先程の説明と併せて存分にご考察くださーい」

そう言って見やすいようにパネルを並べて表示し終わると、エイミィは後ろを振り向いた。
と、そこには既に真剣な表情でパネルを睨むクロノ執務官。そんな様子を見て、彼女はリンディと目を合わせて共にクスリと笑い合った。










フェイトを半ば無理やりベッドまで運んだ後、さつきとアルフはリビングに戻って対面した。

とは言ってもさつきがソファーに腰掛けているのに対し、アルフは立ったまま硬い面持ちをしている。

その立ち位置の関係もあるが、さつきがいくらフェイトの傷のことを聞いても頑なにはぐらかしてくる(誤用にあらず)為さつきは今の状況に非常に気まずいものを感じていた。
更に言うと、アルフから無言のプレッシャーを感じる。まだ信用されてないからとかいうレベルじゃない。
フェイトちゃんの傷に触っちゃったのが拙かったんだろうなぁ……とさつきが遠い目をしながら思っていると、遂にアルフの方から口を開いた。

「で、あんたはまだ味方だと考えていいのかい?」

その台詞にさつきは慌てる。

「え、そ、それは勿論! さっきはつい出来心で触っちゃったけど、本当にフェイトちゃんに痛い思いをさせようなんてこれっぽっちも……」

が、さつきのその様子にアルフの緊張が若干緩んだ。

「あのさぁ……こっちが聞いてるのはそういうことじゃ無いんだよ。
 あんたからすりゃ、封印後のジュエルシードでも何の問題も無く目的が達成されることが判明して、不意打ちでこっちの持ってるジュエルシードを奪い取ればいいって状況になったんだ。
 そこら辺どうなんだい?」

アルフからすれば、これはギリギリの賭けだった。いや、賭けですら無かった。
当然相手はそれに気付いてると思ったし(何せそこまで頭の良くない自分でも気付いたのだ)、どうせ警戒しててもたとえ真正面から来られたとしても彼女を止められる自信は無い。
ならば形だけでも安心しておきたかったのだ。……もし安心出来ない答えが返って来れば、玉砕覚悟で突っ込むつもりで。

「え……? あ、うん、そう……なんだけど……」

だから、さつきの方からそういう言葉が出た時、アルフの緊張はピークに達した。
が、

「流石に、あんな小さな子と一度交わした約束を破るのは……ちょっと……。
 ましてや裏切ってからの不意打ちなんて……流石にそこまでやっちゃうと自分の事心底嫌いになっちゃうよ……」

続いて出てきたさつきのあまりの感情論に、いや、感情論だからこそ、アルフは自分の緊張が解かれて行くのを感じた。

「じゃあ……」

「うん、同盟は当初の予定通り。そっちの目的が達成するだけジュエルシードが集まるまで、わたしはフェイトちゃんの味方でいます!
 あ、でもそっちもきちんと約束は守ってね。最後にはきちんと貸してもらうんだから」

何とも先程までの緊張が馬鹿らしく思えて来るアルフ。
台詞だけなら何とでも言い繕えるだろうということは分かっているのにここまで警戒心を薄れさせられるのはさつきの能天気さに当てられたのだろうか?

「そうかい、悪かったね疑って。
 ワタシは今日はもう疲れたから寝るよ。あんたも早くお休み。
 寝る場所はどこでも好きに使いな。ただし、」

安心したアルフはさつきにクルリと背を向けるとフェイトの眠る部屋の前まで歩を進め、そこで顔だけ振り返り、

「ワタシ達の部屋に入ってきたら、ガブッっと行くよ」

そう、口元を歪めながら言い放った。










――オカシイ

視線の先では、自分の攻撃を彼女がことごとくかわして行く。

――何かが、オカシイ

それを見て、思う。突発的に思った事では無い。最初に、彼女がもう1人の魔導師と戦っている映像の時点で既にあった、違和感。

――何が、オカシイ?

だが、その違和感の正体が分からない。少女は必死な様子で次々と襲い来る魔力弾をかわして……

――いや、待てよ

一連の流れで、何かが引っかかった。悩むこと数瞬、その輪郭が見えてくる。

――まさか……

もしそうならあまりにも馬鹿らしい。馬鹿らしすぎる。
思いながらも同僚の少女に頼み、映像を彼女と白衣の魔導師との戦闘のものに切り替えて貰う。

――今度は"そのつもり"で観察してみよう。そうすれば……

彼女は自身に向かい来る魔力弾を、その悉くを弾き返す。そして、相手に急接近。
襲撃は失敗し、或いは失敗したように見せ掛け、再度離れ、そして襲い来る魔力弾を一つ残らず叩き潰す。

――やはり……そういうことか……

理屈は納得できる。あれ程なら確かにそうなってしまうかも知れない。しかし、だがしかし。

――………

感情が、納得出来なかった。

ある種の憤りを発散させる為、彼は無事な右手を掲げ、それを目の前のディスクに叩きつけようとしたところで……

「ふざけるぉぅわあ!?」

急激な体重移動に、ダメージの抜けていないところを無理をしていた膝が負け、よろけた先はタッチパネルの並ぶボードの上。
反射的に体とその間に腕を割り込ませるも、生憎そっち側の腕はギプスで固定されている左腕。
その結果は……

「痛っつーーーーー!!」

折れた左腕を襲った衝撃に身悶える少年という構図で収まった。

「ク、クロノ君……」

丁度ボードを操作していたが故にその前で座っていた少女の膝の上でだが。
若干顔を紅くしてエイミィが少年の名を呼ぶと、それで周りに意識を向け、状況を完全に把握したのか慌ててそこから飛び降りる。

「エ、エイミィすまない」

「ううん、大丈夫クロノ君? 一体いきなりどうしたの?」

「ああ、いやその……」

何ともないと手を振りながらも何事かと尋ねるエイミィに、口ごもるクロノ。
しかし事態はそれどころでは無かった。

「ク、クロノ……」

「艦長すみません。つい取り乱し……艦長?」

自分の名前を呼ぶ硬い声にクロノがそちらを向き謝ろうとすると、その先の人物は何やら視線を上に向けて固まっている。

「ク、クロノ君……」

次いで、エイミィの方からも同様に動揺した声が聞こえ、そちらへと目を向けるとそちらもまた同様に視線を上に向けて固まっている。

「?」

クロノもまた首を傾げながらもその視線を追い……

「……な!?」

恐らくギプスで平らに固定されていたが故に、先程倒れた瞬間にボード上のパネルを色々と広範囲でやってしまったのだろう。
そこにはERRORとも表示されずに、いい感じにバグった感バリバリの文字の羅列を表示している画面の数々が……
正気に戻ったエイミィが何かやっているのか、カタカタと忙しなくボードを叩く音が辺りに響く。

「クロノ君一体何やったの!? え? ちょ、何でここのデータが! こっちのプログラムも!
 嘘っ! ここに入るにはシークレットパスワードが……って完全にスリ抜けてる!? 何をどーやったらこーなるのっ!!?」

当のクロノから段々と色が抜け落ちていった。












色んな所で色んな事が起こったその日の、翌日朝早く。

さつきは昇ったばかりの朝日の中を滅茶苦茶焦って駆け抜けていた。
その原因は、朝起きて見たテレビでやってたニュースにある。

そのニュースとは、昨日の夕刻に動物園から1頭の動物が逃げ出したというもの。
その動物とは、白いベースに黒い模様が大人気、体は大きいが大人しいイメージがあり、笹を食べることで知られている……そうぶっちゃけパンダである。

だがさつきは別にパンダ見たさに朝の屋根の上を駆け回っている訳では無い。最初は興味だけで聞いていたニュースが、話が進められていくに比例してさつきの中に焦りが生まれて来たのである。
曰く、パンダの檻の鍵を壊したのはスパナである。
曰く、そのスパナはその動物園沿いの工事現場から紛失したものである。
曰く、その工事現場はさつきが昨日逃走中に通った道とバッチリキッカリ一致している。
……身に覚えがありすぎた。

ニュースを聞いたさつきから血の気が引いたのを見ていたフェイト達が、その理由を知った途端に協力の意思を見せてくれた時はさつきは神に感謝した。
今頃はフェイト達も分担してそこら辺を探し回ってくれている筈だ。
三人とも実質空からの探索が可能なので、この分だとそう時間もかからずに見つかるだろう。

……そんな時だった。ジュエルシードが発動したのは。







とある一軒家にある道場。そこの扉を器用に鼻で開けてのっそりと入って来る一匹の動物がいた。
その動物は"偶然"そこら辺を通りかかり、"偶然"そこに忍び込んだだけだった。
そしてその動物はまたもや"偶然"その道場の玄関口、その床下に隠れるように蒼い宝石が落ちているのを見つけた。
その動物は何ともなしにそれに手を伸ばす。
その宝石に動物が手を触れた途端、宝石から眩いばかりの光が放出された。

やがて光が収まると、宝石はどこかへと消え去っており、後には別段ぱっと見変わったようには見えない動物がいるだけであった。
ただし、その動物は先程までの"四足"とは違い"二足で"立っていた。


――開け放たれたままの扉から入ってきた朝日が、その動物の背中にある、白地に黒字で描かれたやたらと達筆な『七ッ夜』の文字を照らし出した。















あとがき

かゆ  うま



[12606] 第17話
Name: デモア◆45e06a21 ID:79c5cfea
Date: 2013/05/02 11:09
「さつき!」

さつきがジュエルシードの発動した方へ一直線に進んでいると、空からフェイトがアルフを伴って降りてきた。

「フェイトちゃん!」

「さつき、悪いけどあんたの言ってたパンダってやつの捜索は一旦止めるよ」

三人で並ぶように駆けながら、狼形態のアルフが早々に切り出した。今後戦闘になることを考えて魔力消費を抑えているのだろう。

「うん、分かってる。何よりもまずはジュエルシードだもんね」

「うん、それでさっきまでアルフと相談してたんだけど、今度は多分管理局も動くと思うんだ。それで……」







~同時刻 高町家~

「ユーノ君!」

「うん、ジュエルシードだ。
 管理局の方は向こうで感知してる筈だから、僕たちは先に現場に向かっておこう。
 そのうちに向こうから指示が来る筈だ」

「うん!」







~同時刻 アースラ~

「エ、エイミィ大丈夫かい……?」

徹夜で目の下に隈ができながらもパネルを弄ってるエイミィに、クロノは恐る恐る声をかけた。

「……………」

帰ってきたのは無言の圧力。周りの局員からもプレッシャーを感じる。
鋭い訳でも怖い訳でもない眼光に、何故かクロノは冷や汗が止まらなかった。

と、間が良いのか悪いのか、その時制御室の扉が開いて一人の女性が入ってきた。この船の艦長、リンディである。

「あら、アースラの切り札、(プログラム)クラッシャーのクロノ執務官ではありませんか」

……どうやら後者だったようだ。ちなみに括弧の中も何故か聞こえる素敵仕様である。
というより実の母親にまでこの言われようである。普通に泣ける。

「……艦長、わざとではなくとも様々なプログラムを壊してしまったことは認めます。
 ですができればそのような二つ名を付けるのは止めていただきたいのですが」

「まぁさすがに二つ名は冗談だとしても、艦内でかなり噂になってるわよ。
 あらゆる魔法プログラムを一瞬にして破壊する切り札(笑)だって」

「………」

やってしまったことがことなのでもう黙るしかないらしい。

「大体、貴方がアースラの重要なプログラムを相当数破壊してくれたお陰で、今のアースラは機能停止も同然、
 大半の主要な機能が使えないせいで今事件が起こってもマトモな対処なんてできない。
 こんな状態で噂にならないほうがおかしいわよ」

「……すいませんでした。しかし僕としてもあれは予想外で、
 そもそもあんなことであのような事態に陥るなんて想像もできないことで」

リンディが話す度に重くなっていく周りからの圧力。
クロノはそれに耐えられずにこういう場合に一番やってはいけないこと――即ち自己弁護に走ってしまった。

「クーローノーくーん?」

「…………っ!!!?」

クロノが気づいた時にはもう遅い。クロノはエイミィに首の後ろをガッチリと掴まれてしまった。

「艦長、全然反省の色がみられないこの切り札君を少しばかりお借りしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、少しばかりなんて遠慮しなくとも、好きなだけどうぞ」

「ありがとうございます」

「か、か…………」

クロノが何か言おうとしたが、途中で言葉を切った。切らざるを得なかった。そろそろ色んなところからのプレッシャーで圧死しそうだ。
無論その圧力は母親からも放たれている訳で、何を言っても無駄だと悟ったのだった。
…………まあ、この後彼が物理的に死ぬ可能性は全くもって低くないことは確かだろう。


要するに、彼らは全く地球での出来事を把握することができない状態にあったのだった。







アースラが色んな意味で魔窟と化していた頃。

空と屋根の上を駆けること数十秒、さつき達の視線の先に目的地が見えてきた。

「あの家の辺りだったよね?」

「ああ、確かにそうだった筈だよ!」

「よかった、まだ管理局は来てないみたい。それじゃアルフ、さつき、予定どおり行こう。
 ……さつき、お願いね」

「うん、まっかしといて!」

それぞれが言葉を交わしながら、その家の庭に降り立つ。フェイトとアルフは固まって庭の隅に、さつきはその庭のど真ん中に。
地に足が着くと同時、フェイトとアルフの足元に魔方陣が浮かんだ。
フェイトはバルディッシュを体の前で握り締めて、アルフは四肢を大きく開いて構える。

そして二人はまるで計ったかのように同じタイミングで叫んだ。

「「封時結界、展開!!」」

直後、二人分の魔力と制御能力で作られた結界がその一帯の空間を包み込んだ。しかも今回の結界には外部からの侵入を拒む機能まである。
さつきの様に世界と結界のスキマをスリ抜けられるような規格外でもない限り、結界を解析ないし破壊ないししない限り外から中には入れない。
そう、これがフェイト達の策。管理局とまともにぶつかり合ったら幾ら何でも勝てる訳が無い。
そう考えたフェイト達は、フェイトとアルフが二人がかりで何とかして管理局を足止めし、その間にさつきが暴走体を無力化、即座にフェイトが封印して一気に離脱という手を採ることにしたのだ。
一人では簡単に突破されてしまうであろう結界でも、二人がかりならば、更には使用する魔力は同じで息もピッタリな主と使い魔のタッグである。それなりに時間は稼げるだろうと踏んでいた。

結界の展開が完了すると同時に、さつきは肩の力を抜いた。なんと言ってもこれまで2度、結界には爪弾きにされて酷い目に合っているのだ。
思わず身構えてしまった体から力を抜く。結界主のフェイト達がさつきを中に取り込むように結界を張ったとはいえ、不安が残るのは仕方ないだろう。

一連の作業が終わったさつき達は、その視線をやたら目につくある一点に向けた。
なんと言っても木造の扉の向こう側に白い巨体があるのだ。嫌でも目につく。
こちらに背を向けているその巨体はヒトガタをしていて、胴体は白く、腕と足は真っ黒、頭の上の方にある耳も黒色で……

(って、もしかしなくてもあれって……)

「なあフェイト、あれってさつきが言ってた『パンダ』ってやつじゃないかい?」

「確かに外見的特徴は同じだね。さつき?」

さつきが微妙な心持になっていると、同じ結論に至ったアルフとフェイトから疑惑の視線が送られてきた。

「……うん、多分。っていうか絶対そうだよあれ……」

背中にあたる部分に黒い模様(?)でやたらと達筆に『七ッ夜』と書かれているが、その姿は恐らく間違いなくパンダであろう。

「よかったじゃないかさつき、一石二鳥ってこういう事をいうんだねぇ」

「って言うことは、やっぱり……?」

「うん、あれからジュエルシードの魔力を感じる。あれが今回の暴走体で間違いないよ」

その言葉に更に微妙な面持ちになるさつき。何故だろう、素直に喜べない。
と、そんな事をしている内にパンダがさつき達に気がついた。パンダはゆっくりと庭の方へ向き直る。
その目の周りは黒く縁取られており、もうパンダで間違い無い。更にその額にはいっそ違和感すら覚える程に綺麗で孤立した黒い★マークが……

「ダイモーン!?」

思わず叫んださつきを責めてはいけない。

「「?」」

無論、セーラー服を着て悪と戦う自分から美少女と言っちゃうお姫様のことなど知らないフェイトとアルフは首を傾げたが。

パンダは緩慢な動作で道場から庭へ出ると、一番手近な相手――さつきと向き合う。

『逃げるなら……いや、もう遅いか』

そしてそう嘯いた……って、

(……えぇ!?)

「フェ、フェイト、あいつ喋ったよ! まさかあいつ元はワタシと同じ他の魔導師の使い魔なんじゃ」

一気に警戒レベルを引き上げるアルフ。

「落ち着いてアルフ、何もおかしくなんか無いよ。
 この世界にはね、『オウム』って言う人の言葉を真似する動物がいるんだ。勿論真似するだけで意味なんて分かってないらしいんだけどね。
 たぶん、あの『パンダ』も『オウム』の一種なんだよ」

次の瞬間には驚くさつきを他所にフェイトがとんでもないことをのたまった。

「な、成る程、さっすがフェイト! よく勉強してるねぇ」

「そ、そんなこと無いよ……」

さつきが絶句しているのを良いことに好き放題言い始めるフェイト達。顔を赤くして恥ずかしがるフェイトには悪いが、そんな学説は古今東西世界中のどこを探してもありはしない。

そして当のさつきは……

(パンダが喋った!? しかも何で遠野君ヴォイス!!?)

とりあえずテンパッていた。パンダの発した声が何故かよりにもよって思い人と一致していたというのもポイントが高い。
これが普通の状況なら感動でも感激でもはたまた哀愁を感じたりもしたのだろうが、そのお相手はパンダである。
……どう反応しろと言うのだ。

とは言え相手は既に戦闘体制、そっちの都合など知ったこっちゃ無いとばかりに襲い掛かろうと動いた。
その動きにさつきは意識を引き戻され、そして、

「――えっ!?」

驚愕の声は、さつきの物。
何と言っても、パンダが向かって来るような動きをした次の瞬間に、その姿を見失ったのだから。
動きが早い、とかそういうのでは無い。さつきの動体視力は、一瞬で相手の背後に回れるフェイトのスピードすらも捉えることが出来るのだ。

と、言うことは。

(消えた!?)

ちゃうわ。

「ぅわあ!?」

自身の視界の下に白と黒の何かを確認したさつきは、急いで上半身をのけ逸らしながら後ろに下がった。
瞬間、胸元を掠めるパンダの腕。
実のところ、パンダはずっとさつきの視界の中にいた。こいつが行ったのは、身を地面を滑らせるようにして急接近する"真正面からのフェイント"。
行う動作は突っ込むという同じ動作でも、相手の意識の範囲外の行動を取ることで、相手の意識から自分の存在を隠すという技術である。

勿論、そう簡単にできることでは無いしどのみちそれなりのスピードが無くてはならない。
……間違ってもパンダがやっていい動きじゃ無かった。

(何このパンダすごく早い!?)

見失ったという錯覚を抜きにしても、そのパンダの動きはやたらと素早かった。
一撃目をかわしても、即座に次の一撃が飛んで来る。
裏拳気味に振られた右腕を回避されたと見るや、その勢いそのままに左腕を突き出して来る。更に踏み込んでいた足を思いっきり伸ばしながらというオプション付きだ。
上半身をのけぞらし、更には後ろに下がったばかりのさつきに、自身の腰辺りに放たれたその一撃を避ける術は無い。

……普通なら、だが。

「ひゃあ!?」

情けない叫び声を上げながらもさつきが取った行動は、自身の左足を軸にしての回避運動だった。
さつきの驚異的な筋力によって成し遂げられたその回避運動は、しかし当然のことながらその体のバランスを崩すことになる。
上半身から倒れこむさつき。だが忘れてはならない。彼女の腕力はコンクリの壁さえ軽く粉砕する。片腕で少女1人の体重を支えることすら造作も無い。
結果さつきは、普通なら倒れこんで死に体になるところを片腕で自分の体を支えてコントロールすることでパンダの魔の手から逃れた。
……だが、そんな不自然な動きが素早く行える訳も無く。

「わわっ!」

無事に足から着地することに成功したさつきは、そのまま急いで身を屈める。さつきの頭上を、パンダの回し蹴りが掠めた。
幾らなんでもこれはたまったもんじゃ無い。さつきは一旦仕切りなおす事を望み、パンダの足が頭上を通過すると同時に背後へと跳躍した。
……完全に相手の間合いに捕まっていたのに、一息でその空間から脱出できるというのは、本人は気付いていないが接近主体の者達にとっては完全にチートだ。

だが、この相手にそれは通用しなかったようだ。
地面に着地する直前、というより結構その前からさつきの視線は自身が着地する場所に向けられてしまっていた。
戦闘する者としてはあり得ないが、ついこの間まで一介の女子高生だったさつきにそんな事を言うのは野暮だろう。
しかし今回はそれが完全に裏目に出た。

着地し、さつきが離れた位置にいる筈のパンダの方へ視線を戻した時、さつきの視界のどこにもパンダの姿は無かった。

「……え?」

「さつき、上!」『隙だらけだ』

焦りを含んだフェイトの声と、同時に聞こえたパンダの台詞。
それらの意味を理解するよりも早くさつきの後頭部、首の辺りに強い衝撃が走った。

「ガっ……!」

前方に向かってたたらを踏むさつき。だがさつきの感覚がこのままではマズイと警報を鳴らし、その状態で何とか体を後ろに向ける。
そこには、スタッと足から綺麗に着地したパンダの姿が。どの様な動きをしたのか知らないが、先程自分は頭上から攻撃されたらしいとさつきは理解する。
しかし理解したところでどうにかなる訳でも無く。
着地したモーションで硬直すること無く動き出したパンダに、未だふらついているさつきが対処できる訳も無く。

「さつきっ!」

「マズイ!」

どこからかフェイトとアルフの焦った声が響いた。
次の瞬間、着地した姿勢から足を伸ばし腰を回し腕を突き出し、
流れるように体全てを使い威力を強められ放たれたパンダの右拳が、さつきの右肩口を強打した。

――バスッ

「っとっとっと」

さつきはその拳の威力にバランスを崩して後退する……だけ。

「……あれ?」

「………」

「………」

「………」

さつきが疑問の声を上げ、パンダ、フェイト、アルフが沈黙する。
数瞬後、アルフが声を上げた。

「威力低っ」

その言葉と共に、静止した時が再び動き出した。
まず、拳を繰り出した体勢のまま固まっていたパンダが姿勢を正し、右手を体の前に持って来てじっと見始めた。
さつきの視線も自然とそこに注がれ、更にフェイトが自分の推論を述べる。

「それに、あの音、何かクッションでもあったみたいな……」

その台詞がさつきの耳に入ると共に、彼女は納得する。
彼女の視線の先にあるパンダの手はまるでぬいぐるみのように丸っこく、更にそれを覆うように生えているモフモフ感抜群であろう……毛が。

何はともあれ、

「よ、よーし! さっきの動きにはビックリしちゃったけど、威力がこれぐらいなら何の問題も無いよ!」

そうなのだ。いくら動きが素早く時々付いて行けなくなっても、その攻撃で殆どダメージを食らわないならジリ貧で倒せるのだ。
折角とんでもない格闘技術があっても、相手にダメージを与える手段が無ければどうにもならない。その手の形状からして武器を持つことも出来ないだろう。言うなれば今回の相手は灯油の入ってないストーブと言ったところだろうか。

――いやでもまあ、

と、しばらく自分の拳を見ていたパンダがその腕を体の前に構えると、

――電気ストーブですが何か?

その先から普通では有り得ない、ナイフ程の大きさと鋭利さを持つ爪がそれぞれ3つずつ飛び出して来た。

「そういうオチいらないよー!!」

さつきは思わず叫んだ。全力で叫んだ。







「ユーノ君、まだなの!?」

結界の外側、人目につかない場所で、なのはが目を閉じて何事かをしているユーノに呼びかける。

「なのは、アースラの方で何かあったみたいだ。
 僕が連絡するまでジュエルシードの発動にすら気付いてなかったらしい。
 直ぐに増援を呼ぶけど、発動から時間が経ってることも考えて僕達で先に色々やってて欲しいって」

それを聞いたなのはの顔が輝いた。かなり我慢の限界だったらしい。管理局の不備に不満を抱くことすら意識の外のようだ。

「うん分かった。で、どうするの?」

「この結界には、外からの侵入を拒む機能がある。だからまずはこの結界を破壊しよう。
 それには――封時結界、展開!」

ユーノが叫ぶと共に彼の足元に魔方陣が現れ、既に張られている結界を囲うように新たな結界が張られた。

「よし、後はこの結界を破壊した後、ジュエルシードが既に封印されていたら彼女達の足止め、まだ戦闘中だったらその妨害と足止めをしてくれって」

「え? ジュエルシードはそのままにしちゃうの?」

「次元干渉さえ起こらなければ、ジュエルシードの対応は後からでも何とかなるからね。それより早い内に彼女達を捕まえちゃった方が今後楽になるって」

確かに今フェイト以下不確定要素を取り除くことができれば、これからの動きは確実にやりやすいものになるだろう。
なのはも子供心ながらそれに納得し、いつの間にかセットアップさせていたレイジングハートを勢いよく結界に向けて突き出した。

「よーっしそれじゃあ、まずは全力でふっ飛ばせばいいんだね?」

「うん、手加減無用でやっちゃって」

なんとも雄雄しい純白の魔法少女に、何ともなしに背中を押してしまうフェレット。彼らに突っ込みを入れる人間は、残念ながらこの場には居なかった。

「りょーかい! 行くよ、レイジングハート!」

《OK my mastar. Divine Baster》

「シュート!」

《Shoot》







(ちょ、ちょっとちょっとちょっとちょっと、これって本当にまずいって!)

いきなり手の先から凶悪なまでの爪を生やしたパンダを前に、さつきは冷や汗を押さえきれずにいた。
その理由は、今までの状況で既にパンダの手にあの爪が生えていればどうなっていたかを考えれば分かる。
一撃目は首が飛んでいた。上空からの奇襲ではどうなっていたかなど考えたくも無いし、最後の一撃も恐らくは右腕が使えなくなっていただろう。
あとどれも例外なく確実に痛い。

しかもさつきは未だにパンダの動きに付いていけてない。これは不味い。
フェイトもその事が分かっているらしく、少々焦った声で叫んだ。

「さつき、私も一緒に」

しかし、最後まで言い切る前に、その声は止まった。いや、止められた。
フェイトとアルフ、二人がかりで維持していた結界を襲った振動によって。

「っ! 遂に来た……!!」

悔しそうな顔でフェイトが呻く。しかも予想通りだが嬉しくないことに、手応えからして、フェイトかアルフ、どちらか一人が結界の維持から手を離せば数刻もせずに突破されてしまいそうな衝撃だ。

「さつき……!」

不安そうな顔でさつきをに視線を送るフェイト。それに対するさつきは何とか引きつった笑みを浮かべて言った。

「だ、だいじょうぶだいじょうぶ…………たぶん」

「そこは大丈夫って言ってよ!?」

こんなやり取りをしていても本人達は必死なのである。

(と、とにかく、向こうに先に動かれちゃったら反応できないんだから、こっちから突っ込んでゴリ押しで……!)

そう考えたさつきは、相手に動かれる前にととりあえず全力でパンダに間合いを詰めに動いた。目的地はパンダの右側。
一瞬でその距離を縮め、目が追いついていないパンダの側面を殴りつける。
元のパンダが怪我をしてしまうかとか考える余裕は無い。やらなければ殺られる。いやマジで。

「……!!」

だがその拳はパンダにクリーンヒットはしなかった。
完全に追いついていなかった筈のパンダが直前で反応し、その左腕でガードしたからだ。

「嘘っ! また!?」

驚きで拳が一瞬止まりそうになった。勢いのまま拳を振りぬくが、さつきは内心冷や汗ものだ。
今までとは違う、命の危険を感じるレベルの戦いの中だからこそ、こういう現象への恐怖心は大きくなる。

(完全に反応できてなかったよね? 最近こういうの多くないかな? もしかしてわたしの方に問題があるの!?)

そして吹き飛ばされたパンダはというと、ガードしたのが良かったのか空中で華麗に体を捻って見事な着地を決めていた。
……大事なことなので何度も言うが、間違ってもパンダがしていい動きじゃない。
しかも、さつきは普通なら余裕で腕が破壊されるぐらいの威力で殴ったのに、見た感じパンダの腕は普通に殴られた程度のダメージしか受けていないっぽい。かなり頑丈にできているようだ。

そして、さつきには攻撃をガードされたことで迷いが生まれてしまっていた。
今度突っ込んでもまた意味がないんじゃないかとか、今度は反撃されちゃうかもだとかいう考えが浮かんでしまったのだ。
その引け腰な姿勢は、相手に絶好のカウンターの機会を与えてしまう。

さつきが気づいた時には、パンダは目の前。腕はまたもや首に向かって振り抜かれる直前。

「ひゃっ!!?」

さつきは咄嗟に後ろに下がることもできず、その場にしゃがみ込むようにしてナイフを避けようとする。

『――蹴り穿つ』

次の瞬間、さつきの下がる頭に合わせるように放たれたパンダの蹴りが、さつきを吹き飛ばした。

「……っ! ……ぁ……!?」

下から突き上げるように放たれた蹴りに自分から飛び込んで行ったさつきは、自分が何をされたのか分からないまま宙を舞う。
そのまま何もできずに背中から地面に叩きつけられた。

「っあ……い……たい」

片手で顔を覆い、もう片方の腕は地面を押さえて背中の痛みに堪える。
実際、特殊な体のお陰でダメージはそれほどないのだが、顔面と背中を強打された痛みは女の子であるさつきの意識を拘束するには十分だった。
そしてそれは傍から見れば、深刻なダメージを負って身動きが取れないかのようにも見える。

「さつき!」

「ちょ……アンタ大丈夫かい!?」

それを見たフェイトとアルフが叫んだ。だが彼女達は、自分達が動けば管理局員がこの場に来てしまうという状況のせいで動けない。
フェイト達の胸に焦燥が広がってゆく。

だが結果的にそのさつきの状態はいい方向に転がった。
同じように勘違いしたのか、パンダがゆっくりとさつきへと歩を進めたからだ。

だがそれは体制も立てられないまま追撃を入れられることを防いだだけにすぎず、そもさつきが意識を周りに向けなおさないと意味が無い。
幸いにして、フェイト達の叫びはさつきに届いていた。彼女はその声で我に返り、心の中で悶えつづけながらも涙目で周囲に視線を向けた。
そして自分へと近づいてくるパンダを認識する。しかし……

(どうすればいいの? 正面から戦ったら負ける、先制しても見切られる、どうすれば……
 ごめんフェイトちゃん、アルフさん。あれだけ大きな口たたいておいて、こんなんで……)

一瞬にして、そのような思考が流てしまう。しかもそれが気の迷いではなく現実なのだからタチが悪い。
そのまま(遠野君だったら、こんな状況でも助けてくれたかなぁ……)なんて方向へと流れて行ったのはどうかと思うが。

「どうしたのさアンタ! ワタシはアンタにゃ手も足も出ずにやられてんだ! そんな奴に負けたら承知しないよ!」

さつきがパンダの姿を認めてから上記の思考へ至るまでほんの一瞬。次の瞬間に聞こえて来たアルフの声に、さつきは内心苦笑する。

(無茶言わないでよアルフさん……だってこの子、むちゃくちゃ強いし速いんだよ)

同時に、頭の片隅で『そんなこともあったなぁ……』と無意識のうちに記憶を引っ張りだし……

(――ん?)

ちょっと待て。
――――今、記憶片隅の中にこの状況を抜け出す方法が出て来なかったか?

(…………わ)

あまりのことにさつきの体が一瞬ピクリと震え、

「忘れてたーーーーー!!!」

そう叫びながら飛び起きた。
予想外の元気さといきなりの奇行に固まるフェイトとアルフ、そしてパンダ。
いやパンダは次の瞬間には動こうとしたのだが……

「止まってくれる?」

さつきのその言葉と共にその動きを止めてしまった。

(何で忘れてたんだろう……馬鹿だわたし)

パンダの視線は、さつきの目に固定されている。
対するさつきの目は、魔力を通され、紅色に輝いていた。――魅了の魔眼である。

(最近めっきり使ってなかったから、存在自体わすれてたよ……)

あははーと頭をポリポリ掻くさつき。そんなさつきの様子に、フェイト達も何となく事態を理解したらしい。

「えーっと、さつき、大丈夫なの?」

「うん、この通りげんきげんき!」

尋ねたフェイトは帰ってきた答えにホット胸を撫で下ろす。

「で、そいつはもう大丈夫なのかい!? 早くしないと局のやつらが来ちまうよ!!」

さつきが大丈夫だと分かった瞬間、アルフが叫んだ。確かにここは急がなければいけない場面だ。

「あ、まだちょっと待って!」

魅了は、相手の意識を麻痺させ、自分の意識を送り込むことで相手を動かす術だ。
強力なものや別の魔術と並列で仕様して別の効果を持たせる等しない限り、これは本体に十分な刺激を与えれば解けてしまう。

ここは急がなければならない場面だ。だからこそ、確実な手段を取るべきだ。
さつきはそう思い、とりあえず行動不能になるくらいまでボコっておこうと考えたのだ。

「それじゃ、」

さつきはパンダの目の前まで行き、

(……………ちょっと、待って)

そこでふと思った。

――現在の状況
――今、彼女の目の前にはパンダがいる。
――そのパンダの声は遠野志貴の声の声と瓜二つである。
――そのパンダは彼女の魅了にかかった状態で、彼女の思い通りに操れる。

これは。

(……もしかして、チャンス?)

――――つまりはそういうことだった。

(目を瞑っちゃえば外見は気にならないし、遠野くんの声を聞けることなんてこの先あるか分からないし、
 今なら遠野くんの声で『好きだ』とかいやいやそこまでいかなくても『ずっと君だけを見てた』とか『もう離さない』とか言わ……言ってくれるしうんこれ最後のチャンスかも知れないないもんね
 という訳でとりあえずまずは軽く『結っk)

「さつき!? まだなのかい!!?」

いい感じに暴走していたさつきの思考をアルフが引き戻した。

その声にハッとするさつき。
頭を数回振り、数瞬の間悶々としていたが、やがてうんと頷くと深呼吸して、

「じゃあまず『抱かs

―――ドッカーーン!

遂に結界が破られた。
結界を破った桜色と水色の魔力光は丁度さつきとパンダの間に直撃し、両者を反対方向へと吹っ飛ばした。

「きゃあっ!?」

『うっ!? くっ!』

「チィ、遂に破られちまったかい!」

「今更引けないよ、早くジュエルシードを確保しないと!!」

さつきは地面を滑るように吹き飛ばされ、
パンダは吹き飛んだ瞬間に魅了の呪縛が解けたのか体制を制御して足から着地し、
アルフは悔しげに呻り、
フェイトは焦りを含んだ声を発してパンダへと肉薄して行った。



その様子を見て動き出したのは上空に佇む2つの人影。


「フェイトちゃん!」

白い影――なのはがフェイトの方へと向かおうとしたのを見て、

「行かせるかい! あの娘の邪魔はさせないよ!?」

アルフがその間へ割って入った。


「痛ったぁ……」

さつきが手をついて起き上がると、

「それはすまなかったな。何分こちらからではそちらの位置関係は把握できなかったものだからね」

黒い影――左手をギプスで固定し、残った右腕で杖を構えるクロノ・ハラオウンがその前に降り立った。

「君達をここで拘束する。投降すれば、弁護の機会が君達にはある」















あとがき

いやはや、遅くなってすいませんでした;;
この間ちょっとやっちまって停寮とか体育祭とか色々あったとか弁明もできない程間を空けてしまって申し訳ありません。
あ、今は停寮解除されてるんでそこそこ時間ありんす。
今回の話は主に序盤のアースラ場面で手間取ってました。てかあれだけで他のシーンの合計の何倍も時間喰ってました。ぶっちゃけあれ無ければあと1ヶ月早かったです(それでも遅いという突っ込みは無しの方向で(オイ
いやね、オチが思い浮かばなかったんですよ。それも最後まで
結局オチも何もない普通に普通な感じになってしまった。諦めって肝心だね。。

さて、今回の主役(笑)のパンダ師匠、ジュエルシードの暴走体ということをお忘れなく;;
本人か本人でないかは置いといて(←)、理性なんてほとんど無く、会話が成立してる気がするのも気のせいです。あれは泣き声なんです。

えー、で、今回のなんちゃってジュエルシード事件、実は他にも色々と案はありました。
桃子が拾って翠屋アーネンエルベ化とか、麻雀やろうず! とか……もう一つあったんだけど忘れてしまった;;
もしかしたら書くかも。アーネンエルベはネタが思いつかなくて+設定的に無理がでてきて諦めた系ですが;;


さて、前述したアースラシーンに悩んでいた間ですが、その間に日本鬼子に嵌ってしまった。日本人すげぇ。マジでアニメ化してくれ。
他にもひびちかラジオはちゃっかり聞いてたり。クイズで志貴の能力は? ってので素で間違えたのには笑わせてもらった。

それではまた次回ー。ああ、明日は中間テストだ……



[12606] 第18話
Name: デモア◆45e06a21 ID:95f9b2a6
Date: 2013/05/02 11:02
(や……やっちゃったー!!?)

現状を把握し、そうなった原因がそれはもう確実に自分にあると理解したさつきは心の中で絶叫した。
もうフェイト達に申し訳ないとかそういういうレベルじゃない。
と、そんな感じにさつきが冷や汗を流していると、

「あ、あれ? さつきちゃん!?」

と可愛らしい声で驚きの声が上がった。
さつきはその声に一瞬「え?」と固まり、

「なのはちゃん!? 何でここにいるの!?」

その声の主――高町なのはへと叫んだ。

「それ言いたいのはなのはだよ! 何でさつきちゃんはフェイトちゃんが張った結界の中にさも当然のように入れちゃってるの!?
 なのは達は入るのすっごい苦労してたのに!」

ずるい! とばかりになのはに叫び返されたさつきだったが、彼女としてはそういう問題じゃない。
さつきとしては、なのははもうこの件から手を引いてるものだと思っていたのだから。
急いでその旨を聞こうとしたさつきだったが、その前にアルフに割り込まれてしまった。

「はんっ! アイツはワタシ達と手を結んだのさ!
 アイツの強さは分かってんだろう? 今の内に引き返したらどうだい!?」

(ちょっとアルフさん! 今はこれ以上ややこしくしないでー!)

思わず心の中で叫ぶ。このまま話しがズレていくのはどうしても避けたいさつきであった。

「成る程、君たちは僕たちと対こ」

「そんなことはどうでもいいから! 何でなのはちゃんがここにいるの!?」

言葉を遮られたクロノが憮然とした表情になるが、どういう訳かそのまま引く。
対して尋ねられたなのははキョトンとした表情をして、

「何でって、ジュエルシードが発動したみたいだったから……?」

(そういう意味じゃなーい!)

某冬木の虎のように『ガー!』と叫びたくなるのを堪え、更なる追求を行おうとしたさつきだったが、
その時先程は一旦引いたクロノがなのはとさつきの射線を遮るように立ち塞がった。

「なのは、今はとにかくその使い魔の相手をしてくれ。
 無理はしなくていいよ。足止めさえしてくれれば十分だ」

「うん、分かった!」

「このっ! 舐めるんじゃないよ!」

そしてそのままなのははクロノの指示通りにアルフと戦闘を始めてしまった。

「あっ……」

さつきは思わず一歩踏み出るが、またもやクロノがその前に立ち塞がった。

「君の相手は僕だ。出来れば黒衣の魔導師とジュエルシードの暴走体の戦いが終わる前にカタを付けたい。
 何か聞きたいことがあるなら手短に頼む」

さつきはその台詞にハッとし、一瞬すっかり忘れていたフェイト達の方を振り返る。
自分が圧倒されていた相手だ。どうなって……!?

「……あれ?」

普通に拮抗していた。
パンダの方も相変わらず元気に動き回っているが、フェイトの方にも目立った外傷は無い。

(よかった……
 って、あれ? 『何か聞きたいことがあるなら』……って!!)

そのフェイトの様子にホッとしたさつきは、クロノ先程が言った最後の一文を思い出して再度ハッとした。

(この子……分かってる……?)

さつきは予感を確信へと変える為、クロノと対峙した。

「じゃあ聞くけど……なんでなのはちゃんがここにいるの?」

問われるのは再三の問い。

「彼女がそれを望んだんだ」

(っ! やっぱり……!)

そしてその返答でさつきは確信する。この子(クロノ)は自分の言いたいことを全て分かっている。
だが、それならそれで……問題だ。

「何で!? きみたちは正式な組織なんでしょう!?
 それなのに本人が望んだだけで女の子をこんな危険な場所に連れてくるの!?」

「その危険の一つが何を……。
 まあ、それはともかく、君の言いたいことも分かる。
 だが、まあこちらもそれなりに人材不足でね。協力してくれるならそれに越したことは無かったんだ」

大問題だった。

「……っ 管理局っていうのは、そんな……」

「……もう一度言うが、君の言いたいことも分からないでもない。
 だが、彼女はその危険を理解した上でなおこの一件から手を引きたくないと言った」

睨み付けてくるさつきを逆に睨み返しながら、クロノは語った。

「自分の周りが危険に晒されるかもしれないのに、自分にそれを何とかできるかもしれない力があって見ているだけなのが嫌なんだろう。
 ……だが、それだけじゃない。彼女は、君たち……君と、あの黒衣の魔導師の二人のことがほっとけないと言ったんだ」

クロノの言葉に、さつきは心臓が跳ねるのを感じた。

「責任を押し付けるようで悪いが、大人しく投降するか、ジュエルシードのことは諦めるかしてくれると助かる。
 その方が、彼女が無茶をするのも減るかもしれない」

あくまで淡々と語るクロノ。
だが、その返答は分かりきっているのだろう。杖を下ろすことも、睨み付けるのもやめることはしない。
そしてそれはさつきも同じ。

「嫌だよ。わたしにだって、優先順位ってものがあるんだから!」

「そうだろうな。そうでなければ、彼女のことを気にかけながらも敵対しているなどという図式が成り立たない」

クロノの言葉の『気にかけながらも』という部分に、さつきが「うっ……」とたじろぐ。

「な、なななんでそんなこと……あ、さっきみたいなこと言っちゃってたら当然かぁ……」

と、それにクロノが呆れたような声で返した。

「いや、元々既になのは達自身で気づいていたんだが」

「――え!?」

「それで更に気合を入れたようだったな、うん」

「そ、そんなぁ……」

さつきはガックリと肩を落とした。


「……さて、」

と、そこでクロノが杖を構えなおす。

「図らずも本人の意思確認もできたことだし」

「………」

クロノの言葉に、さつきは無言で返す。しかしその内では、生命力をエネルギーとしそれを眼球に集中させ……

(悪いけど、今は大人しくしててね。
 フェイトちゃん達にこれ以上迷惑かけれないし、早く加勢しに行かないと!)

それに反応し眼が紅く染まる。そしてそのまま魔眼の効力が発動され、それを直視したクロノは……

「それでは、今度こそ君を拘束させてもらおうか」

(え? ちょ!?)

《Stinger Ray》

素早く後ろに下がると共に、その手に持った杖から無数の光弾を射出した。










「このっ! 倒れろォ!!」

《Photon Lanser》

フェイトが叫びながら電撃を纏った魔力弾を打ち出す相手は、例のジュエルシードの暴走体。
彼女達はその家の、かなり広い庭の端の方で細々と激戦を繰り広げていた。そうなった理由としては、暴走体が完全に接近戦主体というところが大きい。
中庭の広い部分はさつきとクロノにフルに使われる形になったのでそれはそれで丁度良かったかも知れない。

だがフェイトの撃った魔法は、暴走体に華麗に避けられてしまう。
さつきの様に持ち前のスピードで逃げるのでは無く、魔力弾の隙間を驚く程の身のこなしで縫うようにすり抜けていく。ズングリした体形からはとても予想できない動きだ。
先ほどからフェイトの攻撃は一向に当たっておらず、それはフェイトの焦りを加速させてゆく。

「くっ!」

フェイトはたまらずに、いくつかの魔力弾を同時発射して面制圧に出ようとする。
しかしその手も既に何度か使っていた。それなのにフェイトが暴走体を仕留め切れない理由は……

「――! また!」

いくつかの魔力弾を同時発射するための下準備、フォトンスフィアの設置のための溜めの間に、暴走体がフェイトの視界から消えてしまうのだ。
別に相手の動きが特別早い訳では無い。さつきや、下手すればブリッツアクションも使わないフェイトよりも遅いだろう。
だが相手の暴走体は、巧みな視線移動とフェイントで隙あらば自分を相手の視覚外に持っていってしまう。

もしフェイトが、ある程度周りを見渡せる程度に暴走体から距離を取り、その面制圧型の攻撃を行えばちゃんと攻撃は当たるだろう。
相手は今のところ近接攻撃しか行っていない。妨害を受ける可能性もほぼ皆無と言える。
勿論フェイトもそれは気づいている。しかし、彼女の心的状況がその選択を完全に拒否していた。
曰く、暴走体から離れたら、その隙に管理局側にジュエルシードを掻っ攫われるかも知れない。
曰く、暴走体から離れたら、暴走体が自分を諦めて他の人と交戦を始めてしまうかも知れない。
そういった不安が、フェイトを暴走体から付かず離れずの距離に縛り付けているのだ。

そして、理由はそれだけでは無い。

『隙だらけだ』

「っ! 痛っ!」

フェイトの視覚から逃れ、背後に滑り込むように周った暴走体の爪が、フェイトの首筋に直撃した。
フェイトが鋭い痛みを感じると共に、首の薄皮が切れ、少量の血が流れる。

そう、暴走体の攻撃は、"フェイトの魔力障壁を殆ど貫くに至ってない"のだ。
最初こそ刃物で切られたと思って冷や汗をかいたが、一度気付いてしまえば、
この"暴走体と接近戦をしていても殆どリスクが無い"という状況が、彼女に乱戦域からの一時離脱という手段を奪っていた。

《Haken form》

「はぁあっ!」

気合と共に、フェイトは高度を下げながら、鎌と化したバルディッシュを背後へと横薙ぎに振るう。
だが、それほど高い位置にいる訳でもないのに、暴走体は確かにフェイトの背後にいるにもかかわらず、それは空振りした。
フェイトの視界の下の方に、空振りしたバルディッシュの下で体を屈めて捻っている暴走体がいた。

(これは、さっきの!!?)

『跳ねろ』

それは、先ほどフェイトも傍から見た光景。その記憶の通り、フェイトの顎に暴走体の蹴りが入り、フェイトを浮かす。

「くっ……うっ……!」

ダメージは少なくとも衝撃は走る。脳を揺さぶられるには至らなかったが、覚悟していなければ舌を噛んでいたかも知れない。

《Blitz Action》

相手の蹴りを耐えると同時、フェイトは高速移動魔法を用いて暴走体の後ろに回りこむ。
その勢いのまま足を狙って薙ぎ払いをかけた。

「はあっ!」

『よっと』

だが、またもや暴走体はそれを跳躍することでかわす。
何度か暴走体に背後を取られているフェイトは、急いで体を前方へと投げ出した。
直後、先ほどまでフェイトのいた所へと着地する暴走体。

「くっ!」

全体的にこちらの方が早い筈なのに、まるで動きを読まれているかの様に避けられる。兎に角戦い方が巧すぎる。
中々進展しない状況に、フェイトの焦りは格段に加速していった。










「うわわわわっ! ちょ、ちょちょちょっとタンマーーー!!」

クロノの光弾をギリ避け、逃げ回りながらさつきは叫ぶ。

(な、何で効かないのってそういえばレイジングハートさんが対応策見つけてましたねそれって誰でも使えるようなものだったんですね何てことしてくれやがったんですかコンチクショー!)

「待ったなんて聞くか! 君のお陰で僕があれからどんな目にあったか!
 今度こそは君に勝ち、少しでも汚名を返上してやる! そうだ、負ける訳にはいかんのだぁ!」

「色々混じってるしキャラ変わりすぎだよ! そしてさっきまでの冷静な仕事人みたいな雰囲気はどこいったの!?」

(そりゃあ海に叩き付けちゃったのは悪かったと思ってるけどぉおおお!?)

あの後クロノの身に何があったかなどさつきは知らない。いや、仮に知っていたとしてもつまりこれは八つ当たりだと理解して泣くだけだが。

(こうなったら、待っててねフェイトちゃん! すぐにこの子倒して、そっちの援護に行くから!)

以前一度ほぼノーダメで倒しているという事実が、さつきの心に余裕を生んでいた。生んで、しまった。

さつきの進行方向から地面スレスレに1つの光弾が飛んで来る。
それを見たさつきはジャンプしてそれをかわそうとし――

「……え?」

跳んだところで、その魔力弾が停止した。動く様子すらない。

(――――)

予想外の事態にさつきの思考に一瞬だけ空白が出来、そして次の瞬間には、

「!? あ゛っ――!!」

身動きの取れないさつきの鳩尾に、その魔力弾が突き刺さっていた。

「……くそっ、浅いか」

悔しげに呟かれるクロノの声。吹き飛ばされるさつき。地面に激突し、腹をかかえて悶絶する。

(な、何……で? 今、気づいたら目の前まで攻撃が……!)

困惑するさつき。だが、クロノはそれを待っている程ヌルくはない。

(成る程、今のでもそれなりに十分なダメージは期待出来るみたいだな)

《Stinger Snipe》

思考すると同時に放つ追い討ちの魔力弾。
それは蹲るさつきに向かって一直線に飛んで行き……

「あああああああ!!」

直撃する寸前、さつきががむしゃらに振った腕に吹き飛ばされた。

(くそっ! 相変わらず何てパワーだ! 判断を間違えた)

気合でと言った風に立ち上がり、こちらに接近しようという様子が丸見えな構えをとるさつきに対して、

(……でも)

クロノはさつきが動き出す前に先手を打った。

《Stinger Ray》

さつきの居る方へ向かって、ロクに狙いも付けぬまま魔力弾をばら撒く。
動こうとしていたさつきは、慌ててそれを迎撃した。
その驚異的な動体視力とスペックで、その全てを叩き落していく。

――結果、そこに縫いとめられることになる。

(やっぱりだ)

弾切れを装って、弾幕を止める。と同時に頭上に魔力弾を遅延型で設定。
弾幕が切れた瞬間、クロノの視界からさつきが消える。瞬間、クロノは上空に待機させておいた魔力弾を自身の周囲に降らせる。

「きゃああ!?」

左側から聞こえた悲鳴に、クロノは距離をとりながらチャージ中の杖を向けた。当然そこにはさつきがいる。どうやら先ほどの攻撃は直撃はしなかったらしい。
明らかに危険な光を宿す杖を突きつけられ、迎撃しようと動きが止まるさつき。
そこに、上空から飛来してきた、それぞれ3方向からの魔力弾が直撃した。

「ああああっ!」

更に、その攻撃で怯み、崩れ落ちそうになったところを、

「ブレイズ――」

クロノが貯めていた魔力を解放した。

「――キャノン!」

「――っ!!?」





砲撃級の威力の魔力弾をモロに受け、さつきの体が吹き飛ばされる。
車に跳ねられたかの様に地面に激突したさつきの姿に、思わずと言った風にエイミィからクロノに通信が入った。

「うわぁ……クロノ君、さつきちゃん大丈夫?」

ちなみに、この場所の映像ユーノの手によって常時アースラへと送信中である。

「ああ、初撃の手応えでは、これぐらいならまだ大丈夫な筈だよ。
 頼むから、気を失っててくれよ……こっちも手加減は大変なんだ」

相手が魔導師なら、手加減なんて必要ない。バリアジャケットの上から高威力の魔力弾をいくらでも叩き込める。
だが、今回のように相手がバリアジャケットを纏っていなかった場合、魔力弾で傷つきはしなくても地面との激突等で重傷を負わせてしまう可能性がある。
その為クロノはそこら辺に配慮して戦わなければならない訳だが……

「くっ……うう……」

当のさつきは、苦しげな表情を見せ、ふらつきながらも軽々と立ち上がった。
体を動かすことの出来る最低限の力など、彼女の力からすれば微々たるものであるからこその現象だが、
それを見たクロノはゲンナリした顔をする。

(一応試してみるか……)

「バインド!」

クロノの叫びと共にさつきの四肢を拘束する光の輪。
だがしかし、それはクロノには嬉しくない予想通り、

「あああああ!!」

さつきが我武者羅に振った腕によって破壊されてしまった。
腕を振った勢いのままフラフラとふらつく体を支えながら、さつきが疑問の声を口にする。

「どうして……こんなに……簡単に……」

本当に困惑しているのが分かるさつきの声。
自分が何をされたのかはいくら何でも彼女にももう分かる。意識を別のところに逸らしてからの攻撃。所謂フェイントというものだ。
最初の攻撃も、さつきは似たようなものだと推測している。
だが、それを効率よく行う為にはまず相手の動きについて行かなくてはならない。
そしてさつきは、自分の動きにクロノは付いていけない自信があった。
なのに、どうして。

「君、今まで負けたことなんて無かったろ」

「………?」

「この世界のことを調べても、魔法の存在も、魔法生物の存在も確認されなかった。
 この世界には、君程の力を持った者を脅かす程の存在はいなかったんだ。
 ……だから、今まで力押しだけでやってこれた」

「………っ」

クロノの言わんとしていることが何となく理解できて、さつきは唇を噛む。

「君は強すぎたんだ。そのスピードで近づいて、一撃入れるだけで終わるんだから当然と言ったら当然だ。
 だから……圧倒的に、戦い方が下手で、弱い」

例えば最初の一撃。さつきは向かってくる弾が見えた瞬間にまだ彼我の距離は開いていたにもかかわらず跳んで避けようとした。
だからさつきの目線に合わせて弾道を修正する余裕ができた。
例えば弾幕の乱射。さつきの身体能力なら最初の数発やりすごした後は射線から逃れれば後はいくらでも動けた筈なのだ。
だがさつきはわざわざ足を止めて、無駄な弾まで落として迎撃していた。
例えばさつきが反撃に転じた時。一直線で、タイミングが掴みやすい。更に回り込む時は必ずと言って良いほど相手の左側だ。
事前に戦闘データからそれを見切っていた為、簡単に出鼻を挫けた。
例えば最後の一撃。何故正面から受け止めようとするのか。相手がわざわざ至近距離でチャージしているのだから、相手がそれを打つ前に殴り飛ばすかその場から離れるべきだったのだ。
結果が、あのザマだ。

「この話は、別に君に限ったことじゃあない。強い力を持った魔法生物は、得てしてそうなりがちな部分がある。
 だから極端な話、魔導師でもドラゴンに勝つことは不可能じゃ無いし、そういう基本スペックで劣っている対上級魔法生物用の戦闘訓練もしてきた」

そう、クロノはさつきの身体能力を見て、この事実に気付いた瞬間に、相手を普通の相手と思うのを止めた。

「まさか人間に、対魔法生物相手の立ち回りの応用を使う時がくるとは思わなかったが……
 分かっただろう? 今の君では僕には勝てない。これ以上は不毛だ。
 諦めて、大人しくアースラまで付いて来てくれないか」

(実際、こっちが一撃もらったらヤバイっていう状況は改善されてないし、ただでさえ手加減がキツすぎる……。
 何よりこんなのは趣味じゃないし、僕の戦い方にも合ってない。まだまだ余裕はあるが、魔力消費が激しすぎる。
 くそ、ボロボロの状態でもバインドを破壊してくるような力の持ち主とは、分かっていたけどとことん相性が悪いな)

実際のところ、クロノに余裕などあまりない。
弾幕でさつきを拘束したところなど、さつきが上手くやり過ごした場合は即行で空に逃げる気満々だったし、
カウンターが決まったのだって、元の戦闘データを元にデバイスにタイミングを入力しておいたお陰だ。さつきの動きは早すぎてタイミングなんて中々計れるもんじゃない。
相手が目の前にいるのにチャージなんて、足元に転移用の魔法をセットしておかなければ誰がやるものか。

倒すだけならば簡単なのにと内心の冷や汗を押し隠し、余裕の立場を演出する。
だが、今回の相手はそれを受け入れてくれる程諦めのいい相手ではなくて。





一発当てれば。その思いを気力に変えて、さつきは力を振り絞る。

「いやだ――よっ!」

答えると同時、急接近して拳を振りかぶる。

「――っ!」

目の前でクロノが息を呑むのが分かる。

(ヒントをどうもありがとう! 様は考えて戦えばいいんでしょ!?
 だったら……まずは!)

「頭!」

と、見せかけて

(胸元!)

相手の頭に向かっていた拳が、イメージ通りの綺麗な軌道を描いて胸元へと向かう。
その動きにさつきは手応えを感じ、

(やった! わたしだってやればこれくら……い?)

盛大にスカった。
クロノに体半歩動かれただけで華麗にかわされた。

(なっ!?)

「実戦でいきなり見よう見まねのフェイントをかますやつがあるか馬鹿!」

しかも盛大に怒られた。馬鹿扱いまでされた。が、さつきにその理由《わけ》が分かる訳も無く。
そのまま何かで盛大に吹き飛ばされるさつき。わき腹の痛みが彼女にダメージを伝える。

戦闘の素人であるさつきが知らないのも無理はないが、フェイントと言うのは、その動作の前と後で"全く違う"動きでなければならないのだ。
よく"流れるようなフェイント"という言葉を耳にするが、あれは直接的な意味では無い。
サッカー等のフェイントでも、体は流れているように見えるが、フェイントの対象であるボールは全く違う軌道を描いているものだ。
その為フェイントには、フェイントする側が一瞬でも静止する必要がある。
最初にクロノがやったフェイントは、魔力弾を静止させた後、相手の視線に沿って移動させる事によってそこら辺のフォローも兼ねている。
先ほどさつきがやった様に、流れで軌道を変えるのでは、それは結局相手の"予想範囲内"の動きになってしまい、相手の虚を突くことはできないのだ。

ついでに言うと、人の体なんて早々イメージ通りになんて動くものでもなく、
本人はちゃんと動いたつもりでも大抵は周りから見たらギクシャクしてたり見当違いの動きをしてたり、
更に体の動きに気を回しているせいで普段よりスピードも切れもなくなり、
つまりは相手からすれば何の脅威でもないただのカモになるのである。先ほどのさつきなどモロにこれであった。
こればかりは練習に練習を重ねて体に慣れさせるしか無い訳で、まぁ甘い考えでいきなりフェイントを実戦投入したさつきに対してクロノが怒ったこともやむなしである。草々










空を舞台にして戦っているのはなのはとアルフ。
なのははクロノの言葉通り、無理な攻めはせずにアルフを縛り付けておくことに専念している。
それでも隙があれば一撃必殺の砲撃魔法を撃ってくるのだから、アルフとしてはやりにくいことこの上ない。
更にアルフをやりにくくしてるのが、

「ああもう鬱陶しいねこれ!」

なのはの周囲を縦横無尽に飛び回ってる魔力弾、プリベント シューターである。

「対さつきちゃん用に考えた対抗策ですもん、そう簡単に突破されては困ります!」

言いながらも数個のディバインシューターを打ち出すなのは。

「そうかい! でもワタシはあの子と違って射撃魔法も使えるんだよ!」

それをかわしながらも、数発の直射型の射撃魔法で応戦するアルフ。
確かにアルフも射撃魔法は使えるがそこまで得意とは言えず、彼女の戦い方のメインはクロスレンジのインファイトだ。
現にアルフの魔力弾はなのはのシールドに軽々と防がれてしまっている。
その為、プリベントシューターはアルフに対しても十分に有効な手段となっている。
彼女達の間では、その後も膠着状態が続いていた。



と、ある時、なのはとアルフの視線の端で、さつきがクロノの反撃を受けて吹き飛ばされた。

「あっ!」

それになのはが肩を竦めて硬直する。

「はあぁあっ!」

アルフはその隙にと、拳を固めてなのはに突っ込んだ。

「あ きゃぁ!」

《Protection》

慌ててシールドを張るも、殆ど間に合わず衝撃で飛ばされるなのは。
直ぐに体勢を立て直す。
一方アルフはと言うと、

「いっつー……」

飛来するシューターへ横から、自分で突っ込んだとは言えやはりダメージは受けたらしく、新たにシューターを展開したなのはを恨めしげに睨んだ。
なのははそれに苦笑いしながらも、その視線はまださつきの方へとチラチラと流れている。
そして、アルフはその裏でフェイトに念話を送っていた。





《フェイト!》

体に無数の切り傷を付けながらも暴走体の隙を何とか探し出そうとしていたフェイトに、アルフからの念話が届いた。
フェイトはそれを離脱の催促だと予想し焦る。

《ま、待ってアルフ! もう少しで封印できるから!》

が、それに勝るとも劣らない焦った声が返って来た。

《そんなこと言ってる場合じゃないよ! ワタシはまだ何とかなるけど、さつきがヤバイよ!》

《え!?》

その言葉にフェイトは慌てて回をに意識を向ける。さつき達を見つけると、さつきは執務官の攻撃を受けたのかダウンしていた。

「さつき!」

《くそっ! あいつには一回勝ったって言ってたけど、やっぱり何か対策でもされちまったのかい……!!》

まずい、とフェイトの焦りが爆発寸前になる。さつきが倒れ、執務官がこちらに来ればジュエルシードを確保することは絶望的だ。

《フェイト、しょうがない。ここはさつきを回収して急いで"あれ"で逃げよう!》

「駄目!」

即答だった。声にまで出して大声で叫んだ。

《フェイト!?》

(ジュエルシードは、ジュエルシードだけは、絶対に!)

「はあああぁあぁぁああ!」

アルフの声を振り切るかのように叫びながら、フェイトは暴走体へと突貫する。
だが感情のままバルディッシュを大振りに振りかぶったフェイトは、その瞬間また暴走体を見失う。
しかしフェイトも、先ほどから既に何度もこの状況を体験している身である。

「後ろぉ!」

叫び、フェイトはバルディッシュを自らの背後へと振るう、その前動作として首を回して背後を見やる。
はたして、暴走体はそこにいた。触れそうなくらいの目と鼻の先に。

『勝負はハッスル――』

まずい、と思った時には遅かった。

『――無性にハッスル!』

「ガっ!」

フェイトの体を襲う、今までよりも格段に強い衝撃とダメージ。
すれ違いざまに、目にもとまらぬ速さで背中に2撃、入れられたことを認識する。

「かっ……ハっ……」

そしてその後に来る激痛。背中の傷が、今の攻撃で開いてしまっていた。
ふらつく体を何とか支えようとしながらも、フェイトはその場に崩れ落ちた。















あとがき

やったー冬休みだメリクリあけおめことよろ舞氏頑張って広告爆撃のせいで一時期理想郷云々かんぬんやったー春休みだ春休み終わったー
さて、長い間更新してなかったもんでこんだけ挨拶が溜まってしまっていた。馬鹿かと --;;
しかし流石に一つは略す訳にはいきませんので抜かしました。
地震、酷かったですね。
僕が心配していた方々はおおむね無事が確認されたのですが、その中にも大きな被害を受けてしまった方もおられますし、何より放射能の問題が現在進行形で……
亡くなられた方々へは、ご冥福をお祈りします。

作者は幸いにも愛知県在住で、何事もなかったかのように過ごさせてもらってます。


さて、では今回の話の後書きに。

い つ か ら こ の S S が さ っ ち ん 最 強 チ ー ト も の だ と 錯 覚 し て い た ?

いや、まぁチートなのは間違いないんですケドね。以前感想掲示板で書いた、「手加減しないとなのは達死ぬ」も嘘じゃないですし
ってか型月で強い部類に入る人達ってパワーの割りに防御点低くないですか? いや、そのパワーがチート級なだけですが;;
なのは組はそこら辺バランスいい感じだと思ってるのですが
ちなみに、後々荒れるとやなので今の内に明言しておきますが、作者はなのは達(A''s後ぐらい)VSサーヴァントは五分五分派です。
くれぐれも感想板での議論はしないでくださいお願いします。


しかし今回、見事に 中 身 が な い !

戦闘シーンとか無理や。専門外や。ただの解説厨のグダグダやんけ……
本当はこのパート終了まで終わらせる筈だったんですけど、そろそろ更新したかったのと生存報告と、
慣れない戦闘シーンの息抜きと、気がついたら1話のノルマ容量超えてたのとで一旦投降することに。
いや、マジでこんだけ待たせといてgdgd続けてすいません…… ホントに
あとクロノの台詞に違和感があるかも知れませんが、日本の警察でも立てこもり犯を自主させるために心にも無いこと言いますよね? あれと同じようなもんだと思って貰えればさほど違和感はないと思います。


あとブランクとスランプが酷い。
ずっと書いてなかったせいでキャライメージが崩れかかっててもう一回なのは見直したりこのSS最初から読み直したりしてたし。
それでも上手くキャラが動いてくれなかったのは戦闘シーンを操作しなきゃいけなかったからだけじゃ絶対ない。

と言う訳で、実は皆様にお願いが。1つ、なんちゃってジュエルシード事件のネタ提供をお願いしたいのです。
このパート終わったらアニメどおりの急展開で持ってく筈だったのですが、今のままやってもグダグダになってしまう気しかせず、そんなのはいやなので……
なので少しでも勘を取り戻したく、提供して頂いたネタの中から一つだけ、この話の後に入れようかと思い立ちました。
感想と一緒に書いて貰えると嬉しいです。後から付け足したい場合は、以前書いた感想を編集してください。
どのネタを選ぶかは、作者の独断と偏見によって決められます^^(ぉ
僕の書き方の性質上、今後の展開が崩れてしまうということにはなりにくいし、そうならないネタを選ぶつもりです。
ネタと言っても、断片的なものでいいです。というか断片的なのがいいです。
今回のだったら『パンダ師匠出して!』、以前のを参考にするなら『ユーノの悩みをジュエルシードが汲み取って、スーパーユーノ誕生』、前回の後書きで書いた、『桃子がジュエルシードを拾って翠屋がアーネンエルベに!』みたいな、こんな感じがいいです。僕も書きやすいです。
あ、出来れば戦闘メインにならない方がいいなぁ……とか(汗

……そもそも誰もネタを提供してくれないかもとか言うのは無しの方向で(待
まぁ、その時はその時で他に案はあったりするのでいいのですが;;


追記:気がついたらとんでもない人たちに挟まれてた。なにこれ怖い



[12606] 第19話
Name: デモア◆45e06a21 ID:95f9b2a6
Date: 2013/05/02 10:58
「はー、疲れた……」
  
  次元空間航行艦船アースラの一室、待合室の様なところで、ユーノはグッタリと椅子にもたれ掛かっていた。
  今回彼は戦い事態には殆ど参加しなかったものの、その実、物理的な脱出及び空間転移を妨害する結界の維持と、現場の映像全てをアースラへ届ける作業を延々と続けていたのだ。
  明らかに一人がやる仕事量では無かった。
  
  (まさかと思うけど、これからもっと忙しくなるとか……ありそうだなぁ)







「実戦でいきなり見よう見まねのフェイントをかますやつがあるか馬鹿!」

「あっ!」

クロノの怒声と共にさつきが再度吹き飛ばされる姿を見て、なのはの意識がまたもやそちらへと行った。

「戦闘中に……いい加減学習しなっ!!」

「ぁっ!?」

そしてその隙を見逃さなかったアルフが、再度なのはを殴りつけようとしたその時、
その背中に冷たいものが走った。

「――っ!!? フェイト!?」

急停止し、対峙するなのはに背を向けて振り返る。
眼下を見下ろしたアルフが見たものは、倒れ伏すフェイトと、その脇で直立する暴走体。

「コイツ……! フェイトから、離れろおおおおお!」

『! ――っ』

叫び、暴走体へ突撃して殴りかかるアルフ。
暴走体はそれに対して腕をクロスにしてガードしようとする。アルフはその中心に向かって拳を振り下ろし……

『シっ!』

「んなっ!?」

直撃の寸前に体の軸をズラしたのか、暴走体はアルフの拳の威力をそのままに回転して、逆にアルフの脇腹に回し蹴りを返した。

「がっ……くっ」

着地し、蹴られた脇腹を押さえるアルフ。
蹴りを入れた後バックステップで距離を取った暴走体に対してフェイトを守るような位置に陣取り、狼の姿になって相手を威嚇する。

「バスター!」

「!! しまっ! ……え?」

『っチ』

そして上空から放たれた桜色の砲撃が、暴走体が咄嗟に避けた場所に直撃した。

「……アンタ」

《なのは! 君は何をやっているんだ!》

《クロノ君! でもフェイトちゃんが!》

戦場全体に気を配ってたクロノは、その事態に思わずそちらへと意識を向ける。
が、

「クロノ! 前っ!」

「っ!?」

ユーノの警告に咄嗟に元の様に向き直るクロノ。
その先では、今正にダウン状態から立ち上がったさつきがいた。そして自分は今隙だらけ。

(マズイ――!)

瞬時にがなり立てる警報に従い、最速及び全力で前方にスフィアを展開する。
更に空への退避も試みる。
瞬間、真正面から愚直にクロノへと急接近するさつき。
真正面から新幹線でも突っ込んで来るかのような感覚に、クロノは展開したスフィアを放った。
恐怖心を煽る為に顔も狙ったが、それでもさつきは止まらない。
顔は腕でガードし、他の弾が体に当たっても構わずに突き進んで来る。

「!?」

浮かぶのは、そんな馬鹿な、という驚愕。手加減なんて全くする余裕の無かった魔力弾。体に穴があいたような衝撃と痛みがあった筈だ。
更に、

(何でそんなにスムーズに動ける!!?)

あれだけ吹き飛ばされ、怪我までしていたのだ。いくら動きが早いと言っても、それぞれの動作のどこかにぎこちなさやむらがある筈なのだ。
例えば、途中で不自然に減速したり重心がぶれたり。

(まさか、ユーノの言ってた異常なまでの回復能力って……そんな馬鹿な! まだ1ヴェクセも経ってないんだぞ!?)

一瞬で流れる驚愕と思考。だがクロノにはそれを吟味してる暇なんてない。
既にさつきは退避の間に合わなかったクロノの目の前。
顔をガードしていた腕を振り上げ、その間にクロノは動く方の手で盾を形成する。

「くっ!」

「――!」

焦りと共に張られたシールドに、気合一閃、さつきの拳が叩き付けられた。

「アル……フ……」

「! フェイト!」

地面に手をついて起き上がろうとするフェイトに、慌ててアルフが呼びかける。

「あいつの動きを……一瞬でいいから……止めて。
 そうそれば……わたしが……」

「何言ってんのさフェイト、そんな体で!」

フェイトの背中には、鋭い刃物で切られたような生々しい爪痕が2つ、
更にそれ以外の傷まで開いて痛々しく、決して少なくない血が流れ出ている。
早く手当てしないと危険だ。

(いっそのこと、管理局に降伏した方が……)

アルフの頭にそんな考えが浮かんだ時、あたりに声が響いた。

「なのは! 危ない!」

ユーノの声だ。

「え? ええ!?」

声に反応してなのはが振り返ると、自分に向かって物凄い勢いで飛来する黒い物体が目に入った。かわせない。
と、なのはとその物体の間に幾重にもシールドが張られ、それがクッションの様に動作し物体の勢いを殺した。
しかし完全に殺すことは叶わず、ドンという思い衝撃と共になのはがそれを受け止める。

「く……ぅああ……」

一緒になって押されながらも、空中で踏ん張って停止したなのはは自分が受け止めた物を見て驚愕する。

「クロノ君!?」

「くぅ……ぁ……」

なのはの腕の中で呻き声を上げるクロノ。その手に握られていた杖は真っ二つになって地に落ち、本人は意識があるのかさえ疑わしい。

それを見たアルフが今しかない、と、暴走体に背を向けて背後のフェイトを背中に回収し駆け出した。

「さつき! 今の内に早く!」

「! うん!」

狙いはそう遠くない屋敷の隅、アルフの声で意図を察したさつきもそれに続く。
そして最初にフェイト達が結界を張った位置に着くと、そこに用意しておいた魔法を起動させて……

「!? 転移……できない!? っ、この結界かい!」

焦るアルフ。
その背からフェイトが転がり落ちて、アルフの前足を掴んだ。

「駄目……だよ、アルフ。まだ、ジュエルシードが回収できて……ない」

「フェイト、今回は無理だ! 諦めよう!」

「駄目……母さんと……約束したんだから……
 ジュエルシード……持って、帰らないと……!!」

フェイトの言葉に、さつきが、ピクリと肩を震わせた。

「アルフ……お願い。あいつを……捕まえて!」

ボロボロになりながらも、何とか二本の足で立つフェイト。血の気の引いた、青ざめた顔でバルディッシュを構える。

(フェイト……)

アルフはもう何を言っても無駄だと察し、目を閉じ顔を伏せる。
その足元に魔方陣が現れ、顔を上げると胸の内を吐き出すかの様に雄叫びを上げた。

「ゥおおおおおぉぉぉぉぉン」

「! きゃあっ!?」

「なのは!」

『……へぇ』

それに呼応するように、周囲に落ちる雷。
なのは達まで巻き込むように一定範囲内に無差別に降る雷は、当たれば確かに動きを拘束されるだろう。
だが、これは自然の雷ではない。アルフが残りの魔力ありったけを注ぎ込んで生み出した雷は、消えることなく動く柱と化していた。
もう、新たな雷を生み出すだけの魔力が無いのだ。

そして、初撃を外してしまったからには、アルフは相手が雷の柱にぶつかってくれるのを祈るしか無い。
アルフには、縦横無尽に走る雷の柱を維持するだけで精一杯だ。

「――っ――!」

『よっ、ほっ』

グッタリとしているクロノを抱えているなのはは必死に避けているが、当の暴走体は無駄の無い動きでそれを避けている。
このままでは先にアルフがへばるのは時間の問題だった。

しかも、ある程度避けると慣れたのか、暴走体は柱の間を縫うようにしてアルフ達へと接近してきた。

「くっ……!」

ここまでか、とアルフが身構え、フェイトが堪らずに封印砲をブッパしようとした時、動いたのはさつきだった。
まるで蜘蛛のような動きで接近してくる暴走体に、真正面から立ち向かう。
それに反応した暴走体が、接敵にブレーキをかけ迎撃の構えを取る。
殴り、蹴り、掴み、投擲。何が来てもいなして反撃する気満々だった暴走体を襲ったのは……モーションも何もない愚直なまでの"体当たり"だった。

『なっ!?』

いくら迎撃態勢を取っていてもこれはいなせない。暴走体は突っ込んでくるさつきを受け止めることしか出来ず、そのまま……

雷の柱に一緒に突っ込まれさた。

『ぐああっ!?』「ああああああああああああ!!」

「さつき!?」

「さつきちゃん!!?」

「あの子、なんて無茶を!」

体を襲う衝撃に、さつき達は悲鳴を上げる。
アルフ、なのは、ユーノの叫びが響く中、しかしその瞬間には暴走体の動きは確実に止まっていた。

「バル、ディッシュ!」

《sir》

フェイトの向けたバルディッシュから電撃が走り、暴走体へと直撃する。
額の★マークから、蒼い光と共にⅦの文字が浮かび上がる。

「ジュエルシード シリアル7、封印!」

暴走体を中心に一瞬だけ強い光が弾け、それが収束すると、その中心地には丸くなって蹲っているパンダと、蒼い宝石、ジュエルシードが浮かんでいた。

封印されたジュエルシードはフェイトの向けたバルディッシュのコアへ吸い込まれ、格納される。

「かあ……さん……ジュエルシード、持って来た……よ……」

何事かを呟き、フェイトは力尽きたようにその場にドサリと倒れこんだ。

「フェイト!?」

人間形態になり、慌てて倒れたフェイトを抱きかかえるアルフ。
完全に意識を失っているだけだと分かり一応は安心するが、それでも危険な状態には変わり無かった。
アルフはフェイトを抱えて大急ぎで倒れ伏しているさつきへと駆け寄った。










  事件が一段落し、なのはとユーノの待っている部屋までの廊下を歩きながら、その艦長、リンディは頭を悩ませていた。
  ただでさえ軽くない怪我を負っていたクロノは更なる重症となって戻って来たし、それ以外の問題も山積みだ。

  (まぁ、取り合えずは目先の問題から片付けていくしか無いわね。
   さし当たっては、なのはさんへの対応と説得かしら。流石に、今回みたいなことがこの先もあると困るし……)







「……どうやら終わりね。エイミィ、大至急局員達の転送の準備を。
 今の彼女達なら彼らでも大丈夫でしょう。確保に向かわせなさい」

アースラのオペレーションルームで締めの一手を指示するリンディ。
さつきの回復力は確かに懸念すべきだが、魔法で作られたとは言え雷を直に浴びて生きている時点でおかしいのだ。
以前のデータだと、死ぬ程のダメージは即座には回復しなかったと判明している。
艦長からの指示が飛ぶと、エイミィは即座に行動に移した。パネルを叩くと共に、現場へと通信を繋ぐ。

「はい、了解しました。 聞こえてたクロノ君!? あとちょっとだから、それまで何とか頑張って!」

『ああ……言われなくても、それぐらいの時間は……稼いでみせるさ』

それに返事が返ってきた。応えたのは、なのはによって共に地面に降ろされたクロノ。
地面に膝を付き、先ほどまでは無事だった右腕を力なく垂らしながらも、その表情は今だ力強かった。










  ベッドに寝かせたフェイトの傍らでその怪我の手当てをしながら、アルフは手を、唇を、体中を震わせていた。
  何故、この娘がこんな目に合わなければいけないのか。何故、こんな危険なことをしなければならないのか。
  その背中にある二筋の傷から流れる血は簡単な魔法で止めたが、傷を負ってから治療に入るまでにかなり時間が経ってしまった為、細菌でも入ってしまったかも知れない。
  フェイト自身は今は静かに眠っているが、その顔色はまだ悪く、その顔を見ているとそのままフェイトがいなくなってしまうのではないかと嫌な想像までさせられる。
  
  アルフは視線を再びフェイトの肌蹴られている背中に向ける。
  その背中には、今回受けた二筋の切り傷の他に、切り傷よりも浅いが荒い、その為更に痛々しい無数の傷跡があった。
  
  (何で、何でアンタにこんな酷いことする奴の為にそんなに頑張るんだよ、フェイトぉ……!!)







「さつき、大丈夫かい!?」

アルフが、突っ伏すさつきの傍らに膝を付きながら問いかける。

「うん、何とか……大丈夫」

さつきの体は微動だにもしないが、それでも返事が返ってきたことにアルフは安堵する。

「何て無茶をするんだいアンタは! ……で、何とか出来ないかいこの状況」

「あはは……ちょっと、キビシイかな……
 体が痺れて、上手く動けないや……」

だが、返って来たのは力無い声。
"怪我"は無くても"ダメージ"はあるのが非殺傷設定だ。
例え痺れが取れても、さつきは体に蓄積されたダメージでそれほど力を振るえない状態にあった。
肉体のダメージの回復は傷を癒すのよりかは簡単だが、元々血を吸うのにいい感情の無かったさつきは、先ほどのクロノ戦で蓄えていた回復用のエネルギーを全て使い切ってしまっていた。

「そんな……早くしないとフェイトが!」

アルフの声が叫び声に近くなっていく。彼女の腕の中でフェイトは荒い息を繰り返しており、その体温まで冷たくなっているような錯覚まで感じていた。

(もう、管理局でも何でもいい! このままだとフェイトが危ないんだ!)

元々、どこかに逃げてしまおうかとも考えていたアルフである。
ここで管理局に捕まって保護してもらうというのも、彼女にとって別の意味でも魅力的であった。

「フェイトちゃん! さつきちゃ……!」

辺りに響くなのはの声。アルフが顔を上げると、着地したなのはが彼女達に駆け寄ろうとしてクロノに止められているのが目に入った。

(……ごめん、フェイト)

アルフは一度心の中で謝ると、なのはと何やら言い争っている、管理局の執務官の方を見やる。

「分か――」

「……ちょっと、時間を稼ぐこと、できる?」

だが、降伏宣言をしようとしたその時、さつきから提案らしきものが放たれた。

「……?」

「少しの間……時間を稼いでくれたら、この結界、壊せるから」

(………)

正直な所、アルフは今すぐにでも管理局の拠点に行ってフェイトを治療して貰いたい。更に言うとそのままかくまって貰いたい、護って貰いたい。
しかし、自分の主人をある意味で裏切ることをしたくないのも、また事実。先日立てたばかりの誓いを破ることをしたくないのもまた、事実。

「……信じて、いいんだね」

「……うん」

「……いいさ。どうせ今ワタシはあいつらに降伏しようかと思ってたんだ。
 失敗しても捕まるだけ、なら乗ってみるよ。
 でも、あんまり時間かかるようならワタシ達は降伏するからね。流石にフェイトがヤバイ。
 その時は、アンタだけでも何とかして逃げな」

「うん……ごめんなさい」

「謝るこた無いよ。アンタは精一杯やってくれたんだ」

「………」

さつきの目が泳いだ。










  医務室のベッドで横になっているクロノは、その天井を見ながら先程の戦闘について、更には弓塚さつきと名乗る少女について考えていた。
  
  確かに彼女は弱い。弱いが、それを補ってあまりある程に強い。
  幸いだったのは、やはり彼女が弱かったこと。
  最後の一撃、インパクトの瞬間が腕の伸びきった状態ではなく畳まれた状態からの押し込むような殴り方だった為、クロノは今もこうして生きている。
  
  しかし今回更に謎が増えた。その謎の解明の邪魔その他諸々の原因としては意気消沈せざるを得ない。
  折角意識を戦闘のことへと向けることで現実逃避していたというのに完全に逆効果だった。
  
  医務室の扉が開く。そこから現地の果物を皿に乗せたエイミィが入ってきた。
  
  (………さぁ、恨み辛み愚痴罵倒、何でも甘んじて受けようか)







さて、今現在クロノに求められているのは足止めだ。
今の内に相手を叩いて捕縛するという手も無いではなかったが、魔力に余裕はあっても深刻なダメージを喰らって体力が限界だ。
なのはだって、クロノを抱えたまま雷を避けるという体力的にも精神的にもキツイ仕事をした為肩で息をしている。
その為、彼らは無駄な魔法を使う訳にはいかず、相手の行動に合わせて動くことを余儀なくされた。

とまぁ理屈はこうでも、実際はなのはとクロノが言い争っている間にさつき達が動き始めてしまったのだが。

フラフラとしながら立ち上がったさつきが、クロノ達とは全く別の方向へ、一番近い塀へと向かった。

「逃がすか!」

なのはと口論しながらもいち早くそれに気付いたクロノが、魔力弾を形成。
しかしデバイスも無く、両手も動かせない状態で多少手間取る。

「させるかい!」

その間にアルフがさつきとクロノの間に割り込み、展開したシールドでその魔力弾を防ぐ。
だが、

「しまった、さつき!」

アルフが防いだのとはまた違う、誘導型の魔力弾が1つ、アルフの頭上を迂回してさつきへと向かっていた。
領土塀の上に飛び乗ったさつきはそれに目も向けていない。

(よし!)

心の中でクロノは目標の達成を確信する。塀のすぐ向こうはユーノが張った結界だ。
さつきの力でユーノの結界を破壊できるのかなど知らないし知りたくもないクロノだったが、流石に今の見るからに弱っているさつきにそれだけの力がるようには見えない。
例えあったとしてもさつきが結界を殴る、その瞬間に上空からの魔力弾が彼女を襲い、地面に叩きつけるだろう。
だが、

「なっ!!?」

クロノ達が見ている前で、塀から跳躍したさつきはそのままユーノの結界に突っ込み――――そのまますり抜けた。
クロノの魔力弾が、さつきのすり抜けた部分を虚しく叩く。

《ユーノ・スクライア、君!》

《手抜きなんてしてません! 第一、それならクロノ執務官の魔力弾も貫通する筈でしょう!?》

「………」

ユーノの返答に、クロノは絶句。しかし直ぐに気を取り直してエイミィへ通信を繋ぐ。

《エイミィ、何が起きた!? 幻覚魔法か何かか!?》

《分かんないよ! こっちに来てるの映像だけでデータなんて無いもん!
 でも幻影だとしたら、まださつきちゃんは結界の中にいるって事なんだから気を抜かないで!》

「―――!!」

焦ったようなエイミィの声に、他意は無かったのだろう。だがそれによりクロノが負ったダメージは甚大だった。

(くそっ!)

腕が動いたら自分を思いっきり殴りたい。そんな衝動に駆られながらも、クロノは残る2人だけでも逃がすまいと自身を睨み付ける使い魔と視線を交差させた。










  「………………」
  
  アースラの待合室で、なのははずっと黙りこくっていた。
  膝の上に握り締めた手を置き、俯いた顔は決して明るいものじゃない。
  
  (あの娘達が必死だって、自分達の願い事の為に必死なんだって、もうずっと前に分かってた。……分かってた、筈だった。
   どうして、何で、あんなに傷ついて、あんなに傷つけ合って、どうして、そこまで……)







なのはは何も出来ずにいた。
クロノと共に逃げようとするさつきを攻撃することも、そんなボロボロの状態で無茶しようとするクロノを止めることも、さつき達に呼びかけることさえも。

そこは今までなのはの知らない世界だった。居たことのない世界だった。
もう止めてと叫びたかった。そんなことは無意味だと分かってしまっていた。
さつき達は止まらなかった。だからクロノも止まる訳にはいかなくなった。

なのはは知性はとても9歳とは思えない程高く、そして理解力もある。だが、その理性は紛れもなく9歳の女の子なのだ。
今まで非殺傷設定によって回避されていた状況。お互いに血を流し、ボロボロと言うのも生ぬるい重い傷を負いながらもまだ争いを続けようとする状況。

当然、今までもそうなる可能性は十分にあったことはなのはも理解はしている。
実際、一度はさつきが死んでしまうんじゃないかと思った時もあった。

だが、それでもなお彼らは戦いを止めない。
自分の命なんてどうでもいいとでも思っているかのような錯覚にさえ陥る。
怖いのか、恐ろしいのか、悲しいのか。なのはだけそことは別の世界にいるかのように、彼女は動けない。
そうこうしている内に、さつきに無慈悲な魔力弾が迫った。
当たる。やけに冷静になのはもそれを確信し、そしてその予想は外れた。
その瞬間、なのはは確かに驚愕し、安堵し、周囲は色めき立った。

――今しかない。今を逃したら、自分はずっとこの世界から取り残される。

空気が乱れたその刹那、なのはは自分をこの世界に引き戻すことに成功する。

「もう止めて!」










「はぁー……」

フェイトの住むマンションの一室で、さつきは安堵と疲労、両方の混じったため息をついた。
ソファーにグッタリと体を預け、(もう駄目かと思った……)と脱力する。


さつきはあの――クロノに対して捨て身紛いの特攻をした時、とにかく必死だった。
捨て身紛いでは無い。あれはまさしく捨て身の特攻であった。
普通にやっても勝てない。頭を使っても相手の方が上手。でも負ける訳にはいかなかったのだ。
自分のせいで千載一遇のチャンスを逃した。油断のせいでフェイト達にまで危険が及んだ。
悔やむさつきに出来ることは、何も考えずにただ向かって行くことだけだったのだ。

だがそれは、実は一番有効な手だった。クロノの様にテクニックで相手を打倒するタイプは、パワーにある程度以上に差がある相手の場合ただただ愚直に来られるのが一番困るのだ。
そしてさつきの後悔は、今自分の使えるスキル全てを使おうという決心も生み出していた。
それはまだ練習中のもの。成功するか失敗するかも分からない。
そういうものを実戦に使用するということは他の部分の集中力をかなり殺がれるし、もし失敗してしまったらその時の動揺で大きな隙を晒してしまうことになるためその恐怖心からもまずやれない。
事実さつきも今まで全く使う気になどなれなかった。自分に向かって猛獣が突撃してきた時、手元に大体の使い方しか分からない武器があってもそれを使わず足で逃げることを選択するだろう。同じことだった。
だが失敗したらその時、やってみるだけやってみる。そういう気持ちで、さつきはクロノに突撃すると共に吸血鬼としての異能を使っていた。

それは"略奪"。読んで字のごとく、対象から様々なものを略奪する能力である。
それは熱であったり、魔力であったり……流石に実態を持つものを略奪する程の威力は無い。
さつきの使う略奪はまだ拙いものだが、彼女は魔力を略奪することに関しては秀でていた。
結果、クロノの打ち出した魔力弾はさつきの体に当たる前にその威力の大部分をそぎ取られていたのだった。


あれからのことは簡単だ。
結界から脱出したさつきは、適当な通行人を物陰へと引っ張り込み、その血を頂くことで肉体のダメージを回復し、外から結界を殴って破壊した。
管理局組が色めきたっている間にアルフは転移を完了させたのか、一応飛び上がって庭を確認したそこにフェイトとアルフの姿は無かった。


「さつき! 無事だったかい!?」

さつきがソファーに座り込んで休んでいると、アルフが叫びながらフェイトの寝室から出てきた。
その顔と目が真っ赤になってるのを見て、さつきの背に嫌なものが流れる。

「アルフさん、フェイトちゃんは……?」

「ああ、今は寝てるよ。多分、大丈夫だ」

アルフの言葉にホッと息を付くさつき。
そんなさつきに対して、今度はアルフが心配げな声をかけた

「アンタは大丈夫なのかい? ワタシの魔法を……その……」

「あ、ううん、大丈夫よ。色々と疲れちゃったけど、体の方は今は何ともないわ」

「……ほんっとーに、デタラメだねぇアンタ」

呆れたようなアルフの声に、さつきはあははと渇いた笑いを返した。
取り合えずは全員が一応無事に帰ってこれたことに、安堵の空気が流れ出す。
だが、その空気も長くは続かず、再び重くなっていった。
アルフは、まだフェイトが重症だという状況によって。
そしてさつきは、今回……いや、以前から感じていた様々な疑問が今回の事で無視できない程に大きくなったことによって。

―― 駄目……母さんと……約束したんだから……
―― ジュエルシード……持って、帰らないと……!!

フェイトの叫んだこの言葉。あんなボロボロになった状態で、なお自分の母親の為にジュエルシードを手に入れようとするその、良く言えば一途な想い。
あの状態で、女の子のあんな言葉を聞いて何も感じないなんてそんなのは人じゃない。気がついたらさつきは無我夢中で暴走体に襲い掛かっていた。

だが、あの時は深く心を打たれたが改めて考えると色々とおかしなことがある。
それは例えば、フェイトの両親は一体どうしたのかということだったり、
ジュエルシードはフェイトの母親が欲しがっていると言っていたが、ではジュエルシードを盗ってくるというのはフェイトの独断なのかその母親の指示なのかだったり、
フェイトの異常なまでのその母親への依存度だったり。


そして、さつきはアルフに何か聞きたげな目を向ける。
それに気付いたアルフは気まずげに目を逸らした。










フェイトは、夢を見ていた。
それは、遠い……とは言っても数年程前の、温かい、夢。











あとがき

やっと書けた……
いやー、今までは一度筆が乗ったらそっからはスラスラと書けて、詰まってた日抜いたら大体5日ぐらいで1話書ききれてたんですが、この話1日1KBのペースでした……
表にありますがこのSSはあくまで習作ですので、今回も色々と試してみたんですよね。

場面を過去のものにすることで描写を少なくするとか、それぞれの心情の書き方とか。
あと感想板でまたもや突っ込まれた「視点が変わりすぎ」。ありがとうございますどんどん言ってやって下さい突っ込まれなくなるともう大丈夫になったかな? とお調子者が勘違いするので --;;
一応中心人物が変わる時は行間を大目に取って判断できるようにしてるんですけどねぇ……と思ったら携帯から見たら意味が無かった罠
一応気をつけたのですが、今回の冒頭の方、僕の腕じゃあどうしても無理だったのでそれならと主要視点外して完全なる3人称にしてみました。上手くいってるかなぁ……

あと、今回の話の書き方、今までとかなり違いましたが良かったか悪かったかハッキリ言って貰えると助かります。


しかし、マジですいませんパンダ師匠の見せ場が本当に無くて……
いや、当初これこんなシリアスになる予定じゃ無かったんですよ!? それこそ本当に師匠とのバトコメやる手はずだったんですから!
しかしなのは達の存在がそれを妨害。何故なのはがアースラに入った後にジュエルシード発動とかいう手をもっと早くに思いつかなかったしこのダラズ

さて、このSSにおけるフェイトですが、原作よりも精神状態ヤバイです。
(なのは原作知らない人に対しての)ネタバレになるので具体的な理由は避けますが、具体的には13話での出来事の後にアレですから……
この話がこんだけシリアスになったのもそのせいで、普通にやったらフェイト達ジュエルシード回収失敗してたんですけど、その後のこと考えたら、「あ、ヤバイこれ確実にフェイト達内部分裂する」って事に気付いてしまいまして……;;;;
色々無茶して今回の流れに繋げました。粗が目立ちますがどうぞご勘弁を……

しかし、作者の不安なんですがこれフェイトの裏事情ってなのは知らない人がもし見たらどう感じるんでしょうか? 作者的にはまだイメージが定まらずに混乱していて欲しいのですが、上手く書けてる自身ががが


最後に、前回募集した事件ネタですが……すいません希望して貰ったの全部無理です。
理由を一つ一つ挙げていくと、

・「いぬさくや」出演
  作者は東方について殆ど詳しくなく、そんな状態で書いても逆に駄作しか生まれないのは確定的に明らかだった為。

・吸血鬼に愛しの兄を掻っ攫われた妹の魂の慟哭
  クソフイタwww しかしこれは今後の話の都合上設定的に無理と

・すずかちゃんを暴走体にとかどうでしょう?
  やりたかった……すっげぇやりたかった……何でそんなステキイベント今まで思いつかなかったし自分。
  しかし妄想が膨らみすぎてこれアニメでいう番外編の劇場版的な感じのボリュームになってしまったので断念…… OTL

という訳で無かった場合の案……
次の話を二話編成にするというウワナニヲスルイタイヤメテ
……うん、ごめんなさい。しかしその代わり中身とボリュームは増やしました。
今回の話でモヤモヤした部分を次の話で一気にスッキリさせる予定です。この書き方もそういう編成にする上で色々考えた結果だったりします。
何卒作者の腕が未熟なもので、上手くできるかはわかりませんが、精一杯やってみたいと思っています。


あと前回投降した時上にケティ、下にラリカがいたんだがどういうことだ。
あの(人気的な意味で)化け物共め……



[12606] 第20話
Name: デモア◆45e06a21 ID:95f9b2a6
Date: 2013/03/14 01:03
それなりに大きな家の、晴れ渡った空の光が差し込むリビングの床に座り、クレヨンで母親の似顔絵を書いている今より更に幼い自分。
そこに母さんが、手作りの焼き菓子を入れた籠を持って入ってきた。

「はーい、お待たせ」

「ママ!」

私は急いで母さんの前へ駆け寄る。しかしその目は誤魔化しきれない程母さんの持ってるボックスに釘付けで……

「ジャムいっぱい入ってる?」

「ふふ、もちろん」

「わーい、ママ大好き!」

飛び跳ねて喜ぶ自分を、母さんは温かい笑顔で見守っててくれていた。



「ママ、今日も、おしごと、おそくまで?」

「ごめんね」

私の我が侭に、母さんは本当にすまなそうな顔をして出かけて行った。

どうしても母さんと一緒に晩御飯を食べたかった私は、作ってくれてあった食事に手を付けずに待っていたのだが、途中から眠ってしまっていた。
母さんが帰って来た時に起きることが出来たのは幸いだろう。
その日、一緒のベッドに入りながら私は母さんに問いかけた。

「ママ、いつまでいそがしいの?」

「来週実験があってね、それが済んだら、少しお休みを貰えるわ」

「ホント?」

「うん、きっと」

「ピクニック、行ける?」

「うん、どこにでも行けるわよ」

「やくそく、だよ?」

「うん、約束」

この頃の私は、我が侭ばかり言って、母さんを困らせてばかりだった。
それでも母さんは、限りある時間の中で、私にたっぷりの愛情を注いでくれていた。



「おいしい?」

「うん!」

これは……ピクニックに行った時の記憶だ。まだお母さんの仕事がそこまで忙しくなかった頃の。
緑いっぱいの自然の中で、母さんの作ってくれたサンドイッチを食べて、母さんは野花で作ってくれた花輪を私の頭に乗せてくれたっけ……。
あの時の母さんの笑顔は、今でも私の瞳の奥に焼き付いている。



**********









マンションの一室を、疲れたような表情で歩く人影があった。さつきだ。

「はぁ、何か最近、電撃に慣れてきちゃったかも……」

ぶっちゃけ全然嬉しくない成長である。

結局、さつきはアルフに何も聞くことができなかった。
色々と気にはなる、気にはなるが、それを聞いてもメリットが無いどころか、もしかしたら下手をすると今の関係が崩れることになるかも知れない。それが怖かった。

さつきは疑問に向き合って始めて、自分がフェイトのことを何も知らないことに気付いた。
いや、ずっと気付いてはいた。知る必要が無かっただけで、自分の嫌なところを見るのが嫌で、目を背けていたのだ。
例えば、フェイトの願い事、ジュエルシードを欲しがってるお母さんを喜ばせたい。
もしこれがフェイトが独断でやっていることだとしたら、その母親は絶対に喜ばないだろう。
実の娘がこんな危険を犯し、あまつさえ犯罪行為に手を染めてまで自分のためにジュエルシードを集めていると知ったら、絶対に悲しむ。更にはその母親にまで迷惑がかかる。
母親に言われてやっているのだとしたらそれはそれで大問題だ。まぁ、さつきにとってはこちらの方が都合はいいのだが。

(結局のところ、自分本位なんだよね……)

ここでフェイトにそこら辺のことを確認して、もしこれがフェイト自身の暴走だとしたら全力でフェイトを説得せざるを得なくなる。そしてそれはとても困る。
結局さつきは、その疑問から今までもこれからも目を背け続けることしか出来ないのだ。
自分の薄情さに落ち込まざるを得ない。

(でも……)

それでも、気になってしまうことはある訳で。

(ああ見えてフェイトちゃん、まだ9歳なんだよね……。
 それならお母さんの為に必死になれるっていうのも、納得……ううん、やっぱり無理だ。
 あんなに傷ついて、それでもジュエルシードのことしか……お母さんの為に尽くすことしか目に入らないなんて)

さつきの胸に言葉では言い表せないようなもやもやしたものが溜まっていく。
気がつけばさつきはフェイトの寝室の前にいた。

(………………)

意を決してそっと扉を開け、中に入る。
広い、殆ど何も無い部屋の隅のベッド。その隣には狼の姿をしたアルフが疲れた体を休める為グッスリと眠っており、ベッドの上では彼女の主であるフェイトが横たわっていた。

アルフの足の下に本来フェイトの上にかかっているであろう筈のシーツが引っ張られていることからして、恐らくアルフはベッドの上に上半身を乗せていた状態から知らずの内に寝てしまったのだろう。
そして、シーツが肌蹴られていたことによりさつきの目に飛び込んできたフェイトの姿に、さつきは更に気が重くなる。
裸体に包帯が至るところに巻かれているフェイトの体。しかしそれは決して適当に巻かれている訳ではなく、きちんと傷を覆うように巻かれていた。
――つまりは、フェイトがそれだけ多くの怪我を負っているということ。

(………………………)

とにかく、このままではフェイトの体調が更に悪くなりかねない。さつきはアルフの足の下からシーツを引っ張り出すと、そっとフェイトにかけた。
そしてその時、先程は即座に体の方に目が行ってしまった為目に入って無かったフェイトの顔を間近に見て、さつきはある事に気づく。

(フェイトちゃん……)

―― 笑 っ て い た

嬉しそうに、本当に幸せそうに微笑んで眠るフェイトの顔が、そこにはあった。

「ん……」

「――!」

フェイトが少し声を上げ身動ぎし、さつきはそれに焦ってシーツから手を離す。
さつきのかけたシーツを、フェイトは胸元で握り締めた。

「……ママ」










アースラにおける一室、なのは達を任せてある部屋へとリンディは足を踏み入れた。

「こんにちは、ユーノさん、なのはさん」

「あ、はい。こんにちは」

「こんにちは、えっと……リンディ、艦長?」

きちんと挨拶が返ってきたことに「うん」と頷き、なのはの疑問系での呼びかけにクスリと笑うリンディ。

「仕事中じゃない時は、名前で呼んでくれていいのよ」

「はい、リンディさん」

それにしても、とリンディは少しだけ疑問を抱く。

(あんなことがあったのだから、もう少し暗くなってると思ったのだけれど)

重症を負いながらもまだ戦いに行こうとするクロノを止めようとしていたなのは。
さつきが離脱した後、まだ戦いを続けようとした両者を涙ながらに妨害したなのは。
あの様な様子では相当思いつめているのではと思っていたリンディだったが、
今彼女の目の前にいるなのはは顔を真っ直ぐに上げ、しっかりした目でリンディを見つめている。

(まぁ、気落ちしていないのなら、そちらの方がいいのだけれど)

「それで、あなたたちは私たちに協力する、ということでよいのですか?」

佇まいを正し、リンディは2人に問いかけた。

「はい、よろしくお願いします」

「お父さん達の許可も、取りましたし……」

返答は是。それは分かっていた答え。
そして、リンディはそれではいそうですかと言えない状況にあった。

「そうですか。しかし、こちらとしては今のままあなたがた……と言うより、なのはさん、あなたを迎え入れることは出来ないわ」

そのリンディの言葉に、2人の顔が曇る。2人共、なのはの取った行動が不味いものだったということは理解《わか》っているのだ。

「なのはさん、いくつか確認したいのだけれど」

「はい」

しかし、なのははしっかりと返事を返す。

「ジュエルシードが本当に危険なものだと。
 大げさでなく、いくつもの世界を破壊してしまうような代物であると……昨日説明しましたよね?」

「はい」

「なら……言い方は悪いですが、人一人犠牲にしてこの事件を終わらせることが出来るのなら、そちらの方がよいと言うことになるのは分かるわよね?」

「!?」「っそれは!」

流石に反論しかけるユーノとなのは。しかしリンディは手を上げてそれを押し留める。

「勿論、私たちは犠牲者なんて出さないように全力をもって事件に当たっているわ。
 でもね、その犠牲となるのが自分なら……あの子、クロノだって、それぐらいの覚悟は持って執務官をやってるの」

「………」

「なのはさん、傷ついた者が戦うことに抵抗があるのは分かるわ。
 これ以上自分は戦えないと思ったら、引いて貰っても構いません。
 でもね、傷つき、倒れそうになりながらもなお事件に挑もうとしたクロノを止めようとする行為、あれは駄目よ。
 身を挺して戦っているあの子達の気持ちを、裏切るようなことはして欲しく無いの」

ここまで言えば大丈夫だろうと、リンディは思った。
勿論、なのはの申し出を断るつもりなどリンディには無い。
少々脅しておいて、今回のようななのはの動きを抑制することが狙いだ。
なのはがこの場で完全には納得しなくても、こういう心情的な問題は必ず心のどこかに留まる。それだけの成果があれば十分だった。
なのは達という戦力には、それだけの価値がある。

「はい、大丈夫です」

だが、現実は、リンディの予想を遥かに超えていた。

「私、頑張ってあの娘たちより強くなりますから!」

「……はい?」

一見脈絡の無いなのはの言葉に、リンディは疑問の声を上げる。
それに気付いたのか気付いてないのか、なのはは言葉を続けた。

「リンディさん達が必死になって私達を守ろうとしてくれてることは分かってます。
 クロノ君があんなになってまで戦わなきゃいけなかったのは、さつきちゃん達がまだ諦めてなかったからですよね。
 さつきちゃん達が降伏してくれれば、もう戦う必要はありませんでしたよね」

なのはの問いかけとも言えない問いかけに、リンディはただ頷くだけで返す。

「私、考えたんです。あの娘達に止まってもらうにはどうしたらいいかなって。
 あの娘達の想いはおおきすぎて、簡単には諦めてくれません。言葉だけじゃ……こっちがどれだけ言葉を重ねても、それを全部受け止めた上で進み続けちゃいます。
 たとえどれだけ打ちのめされて、ボロボロになっても……あの娘達は、まだ体が動くなら……ううん、動けなくなっても中々諦めてくれません。それは、これまでのことで痛いぐらいに分かってます」

リンディも報告は受けている。あの娘達がどれほどジュエルシードを求めているのか。
片や自らの母親の為、片やどこぞの居場所を取り戻す為。
他人から見たらどうでもいいような、しかし本人達からしたらこの上ない程に強い意志を持たせる、その願い。
それを求める様子を真近で見ていた人の言葉には、やはりそれだけの重みがあった。
報告だけでは正直まさかそれほどまでと思っていたリンディも、先の戦闘の様子と合せて重く受け止めざるを得ない。

「でも、どれだけ怪我をしても立ち上がって来れるのは、結局のところ、その状態でもまだ何とか出来るかも知れないっていう希望があるからだと思うんです。
 実際、今回も、私のせいもありますけど、あの娘達にジュエルシード、持っていかれちゃいましたし……」

そして、その現実を前にして、この少女が至った結論とは。

「私、時間がかかるかも知れないけど、あの娘達と分かり合いたいんです。今のままじゃ、その第一歩も踏み出せない。
 だから私、今度あの娘達と会った時は、全力で戦って、勝ちます。
 時間は限りなく少ないかも知れないけど、頑張って強くなって、今日みたいなことがあった時、あの娘達が立ち上がって来る度に、そこで頑張って立ちふさがってみせます!」

怪我をすることもさせることも、時には大事になってしまうかも知れないなんてことは、当の前に覚悟は出来ていたのだ。
なのはがあの時耐えられなかったのは、もう明らかに戦えるような状態では無いのになお両者とも戦い続けようとしていたこと。

結局のところ、やることはクロノ達管理局員と同じ、戦って相手を止めるということだ。
だがしかし、その戦う理由を、こんな小さな娘が自分で見つけたことに、リンディは空恐ろしいものを感じる。

「そうすれば、クロノ君だってあんな風になりながらも戦わなくて済みますし、それに……」

しかし、ここでなのはの声が揺れだす。
まるで泣くのを我慢しているかの様な声で、なのはは最後に吐き出した。

「このままじゃあの娘達――いつか絶対壊れちゃう……!!」

「………」

――できれば、そうならないように祈りたいわね。
同じような危惧を抱いていたリンディは、用意してあった砂糖たっぷりの抹茶を啜って思考する。

――願わくば、こちらがそれを望む事態にならないように。










「はいクロノ君、果物むけたよ」

「あ、ああ、ありがとうエイミィ」

クロノは戸惑っていた。
何にって、それは病室に入って来てクロノに何の非難の言葉を言うでもなく、
怒った様子もなく普通にベッドの脇に座って普段通り世話を焼き始めたエイミィに対してである。

「………」

「………」

疑惑の視線を向けるクロノに、皿を差し出しながら首を傾げるエイミィ。

「……エイミィ、その、すまなかった」

「何でクロノ君が謝るのー?」

意を決して口を開いたクロノに、返ってきたのはおどけたような口調。
その様子がいつも通りすぎて、更にうろたえるクロノ。

「いやその……今回、何にも成果をあげる事が出来なくて……せめて――」

――せめて、迷惑かけた分頑張らなきゃと思ってたのに
と続けようとして、エイミィの人差し指がクロノの口を塞いだ。

「ひっどいなークロノ君。精一杯頑張って、なおかつ大怪我まで負ってる男の子に対して怒る程、エイミィさんは冷たくありませんよーだ」

「……今日の朝も大怪我はしてたんだが」

「何か言った?」

「い、いや何でもない」

それまで普段通りだったのが笑顔のまま一瞬だけ謎のプレッシャーを放ち、クロノは慌てて言い繕う。

「……それじゃあ、エイミィ、仕事は……いいのか?」

エイミィの切った果物には手を付けず、『仕事』の内容が内容だけにおっかなびっくりになって聞くクロノ。
エイミィはそれに何でもないことのように返した。

「うん、もう大丈夫だよ。本局からバックアップデータの受け取り完了したし」

「……は!?」

予想外の台詞に素っ頓狂な声を上げるクロノ。
それに呆れたように返すエイミィ。

「何驚いてるのクロノ君、アースラの機能のプログラムなんて重要なもの、バックアップが無いなんてありえないでしょうに」

考えてみれば確かにそうだ。だがエイミィは何ともない事のように言うがしかし、

「じゃあ、それなら……」

一体エイミィ達は何を徹夜までしてやっていたのか……とそこまで考えて、クロノの頭に一つの心当たりが浮かんだ。

――今回の事件での少女達の戦闘データだ。

まさか、と思ってエイミィの顔を見やるが、そこにはいつもの笑顔を向けてくる幼馴染がいるばかり。

「ほらクロノ君、あーん」

「って、何だこの手は!?」

思考に没頭しそうになったクロノの前に差し出されたのは、フォークに指された現地の果物、リンゴ。

「もーうクロノ君ったら、照れちゃって。
 怪我人なんだから大人しく言うこと聞く! ほら」

「う……」

尚もズイッと差し出されるリンゴに、こういう押しに弱いクロノは顔を赤らめながらもヤケクソ気味にリンゴを一口で口に入れる。
それをニヤニヤと見つめるエイミィから全力で顔を逸らしながら、クロノは口いっぱいに入ったリンゴを頑張って租借した。

「……ありがとう。色々と」

「へー? 何のことー?」

「いや、何でもない」

「…………そっかそっかもっと欲しいかー」

「へ? ってちょっと待っ」


ついでに。
この様子はどこからか監視されていたらしく、その後見舞いに来た男性局員の大多数がクロノに向かって謎のプレッシャーを放ち、その他少数には冷やかされ、
クロノは心身共にすり減らされる思いをすることになるのだが、それは別の話。










日時は翌日、フェイトのマンション。
もう既に日は高く登っているが、今だにフェイトはベッドの中でグッスリと眠っている。

「……じゃあ、今度からは管理局との接触は極力避けた方がいいってことかい」

「うん……今度またあのクロノって子と戦ったら、多分勝てないから。ごめんなさい」

腕っ節に自身があって協力を申し出たと言うのにこんなことを言い出す羽目になり、さつきはシュンとしている。

「いやいや、謝らなくていいさ。相手は局の執務官なんだし、強いのは当然だし。
 ……しっかし、アンタ見たところかなり痛めつけてたみたいだけど、あの様子じゃアイツ暫くマトモに動けないんじゃないのかい? それでも駄目かねぇ」

「………ごめん、やっぱり怖いよ。
 今回だって最初向こうは怪我してたのにあれだったし、冒険する気にはなれないわ」

この状況には、さつきがフェイト達の魔法というものを詳しくは知らないということもあっただろう。
どれだけ相手にダメージを与えればどれだけ有効なのかがさつきには分からない。
彼女からしてみれば、相手が意識を失う等しない限り魔法の威力は減らないみたいな嫌な想像までしてしまうのだ。特に今回の戦いの後だと。

「まー確かに危険っちゃ危険だしねぇ。
 元からこっちはアンタがいなけりゃ打つ手無しって感じだったし、無理は言えないけどさ」

アルフの言葉通り、さつきから告げられたのは自分じゃクロノに勝てないというただそれだけ。
それならどっちみち、さつきがこちら側にいると言うだけ当初よりかはプラスになっているのだ。

と、そこでさつきが何やら煮え切らないような顔で何事かを考えこむ。
それにアルフが首を傾げ、程なくしてさつきが口を開いた。

「……でさ、ちょっと一つ気になってたんだけど。もしかしてなのはちゃんって、結構強いの?」

「ん? あー、あの白い魔導師かい。
 んー、まーフェイトには及ばないけど、並の魔導師じゃ手も足も出ないくらいには強いと思うよ」

「!?」

流石に予想外だったらしい。こんな質問が飛び出るあたりもしかしてという思いがあったのは確かであろうが、それでもそこまでとは思っていなかったのだろう。
答えを聞いた時の衝撃でビクッとなり、アタフタオロオロしながらオズオズとアルフに確認する。

「え、えーっと、わたしずっとなのはちゃんってこの世界の娘で、魔法に関しては素人だと思ってたんだけど……違うの?」

「あー、いや、シロートって言っちゃえばシロートなんだけど、何ていうか、出力が馬鹿みたいに高いんだよねぇアイツ。
 それでパワーは高いし防御は硬いしでねぇ」

(あれ、何か親近感が……)

聞いていくうちにさつきの中の動揺が薄れていく。なのはが強い理由が、彼女にとってとてつもなく理解と実感がしやすいものであったからだ。

「それって、あのクロノって子よりも凄かったりするの……?」

「うーん、そりゃ実際に戦ったらあの執務官のが勝つんじゃないかと思うけど、パワーと硬さに関してはあっちのが上なんじゃないかい?」

それでか。何でプロである筈のクロノにあそこまでダメージが通るのかと思っていたら……
と納得すると共に妙な気まずさを覚えるさつき。

「あー、わたし今まで、なのはちゃんの硬さを素人の硬さだと思って本気でクロノ君に攻撃してたよ……」

「……何と言うか、流石にちょっと同情するよ」

実際にその拳を受けて比喩抜きで死ぬ目に合ったことのあるアルフが、しみじみと呟いた。










一方その頃、アースラではブリーフィングルームにおいて局員達に追加報告がなされていた。

「というわけで」

一番上座の席に座るリンディが言い渡す。とは言っても、その内容は簡単なものだ。

「先日から本艦が当たることとなった、ロストロギア、ジュエルシードの捜索と回収において、
 新しく臨時局員として協力者が増えることになりました。
 1人は、問題のロストロギアの発見者であり、結界魔導師でもあるこちら、」

「はい、ユーノ・スクライアです」

「それから、彼の協力者でもある、現地の魔導師さん」

「た、高町なのはです」

ユーノとなのはが、これ以上無い程に緊張しながらリンディに促されて自己紹介した。
自分達が協力するということだけでわざわざ人が集まるのだから、2人の緊張は半端ない。

「以上二名が、事態に当たってくれます」

「「よろしくお願いします」」

2人揃って頭を下げる様子を、リンディからみたらとても微笑ましいものだったという。
その日から、なのは達のアースラ生活が始まった。
余談だが、後になのはが学校を休む間、ノートとプリントを取る係にアリサが真っ先に立候補したとすずかからメールが来て、なのはが嬉しそうにしている様子が見られたらしい。










それから数日、なのは達アースラ組はジュエルシード探索をアースラの局員が、発見したらなのは達が赴いて封印というスタイルを取っていた。
更になのはは暇さえあればレイジングハートの補助を借りてイメージトレーニングをしたり、アースラの訓練室を借りてユーノと一緒に実戦訓練をする等、強くなろうと頑張る姿が多く見受けられたという。

勿論いざ出撃した時でも、なのは達の働きはすばらしいものだった。
ユーノがバインドやシールド、結界でサポートし、なのはが魔法を打ち込んで動きを鈍らせ、最終的にはユーノが捕まえてなのはが封印。見事なコンビだ。
またなのはの希望で、余裕がある時はなのは1人でサポート役もこなす実戦練習もして段々と戦い方を学んでいた。
「2人とも中々優秀だわ、このままうちに欲しいくらいかも」というのは、それを見ていたリンディの本気で本音の弁。










「フェイトちゃん、いいよ!」

「ジュエルシード、シリアル2、封印!」

一方こちらはフェイト組。さつきが暴走体の相手役、フェイトが封印役という分担だ。
こちらは管理局から見つからないように、極力隠れて、素早くジュエルシードを回収するようにしていた。
フェイト達は管理局に見つからないようにするため常にジャマー結界を張っているが、アルフが全力でサポートに周っているためフェイトの負担は殆ど無い。
これは勿論、先日の戦いで甚大なダメージを負ったフェイトの為だが、実際戦闘についてはさつき1人いれば事足りるし、ジャミング結界もアルフのサポートだけで十分なものになっている為、
いざという時に動けないのでは話にならないとフェイトはそれに存分に甘えさせて貰っていた。

「やったねフェイト!」

「うん……やっと、二つ目」

はしゃぐアルフに、嬉しそうにしながらも表情は暗いフェイト。それを見てアルフも耳と尻尾を垂れさせる。

元々、管理局とかち合いそうになったらその時はジュエルシードは諦めるという方針にフェイトは乗り気ではなかった。
というより延々喰い下がっていたのだが、さつき達はさつきがクロノに勝てそうにないということと、
フェイト自身の今現在の状態から何とか渋々納得させることに成功したのだ。
その何としてでもジュエルシードを1つでも多く持ち帰りたいという様子に、その時さつきは微妙な表情を浮かべたのだが、

――「……ママ」

(『ママ』、かぁ……
 うん、フェイトちゃんの為にも、頑張ってジュエルシード沢山集めなきゃね!)

結局、普通なら無視できない懸念は脇に避け、ただ一途な少女に協力するという理由を元に更に気合を入れなおした。

「それじゃさつき、さっさと帰っちまおう」

「うん!」

アルフの呼びかけに元気に返事をするさつき。
――事態が急激な動きを見せるまで、あと少し












「あー、やっぱり駄目だ。見つからない。
 フェイトちゃんてば、よっぽど高性能なジャマー結界を使ってるみたい」

目の前のモニターを睨みながら悲鳴を上げるのは、フェイト自身の捜索をしていたエイミィ。
その後ろにはリンディと両腕を固定されているクロノがいる。
ちなみにクロノだが、重症と言っても酷いのは肩から両腕にかけてあって、脚は全くの無事だし体もそこまで酷いダメージは受けていないので、本人が体が鈍ると言って結構艦内をうろついていた。

「使い魔の犬……多分こいつがサポートしてるんだ」

画面に表示されているアルフの写真を見ながら、クロノが苦々しい声を上げる。

「お陰で、もう2個もこっちが発見したジュエルシードを奪われちゃってる」

「しっかり探して捕捉してくれ。頼りにしてるんだから」

「はいはい」

イマイチ緊張感に欠けるやり取りだが、この2人にはこのくらいが丁度いいのである。
と、それまで沈黙していたリンディがおもむろに口を開いた。

「フェイト・"テスタロッサ"、ね」

「やはり気になりますか、艦長」

「ええ、まあね」

リンディの呟きを聞きとがめたクロノが、それに反応する。

「え、何々?」

何やら通じ合ってる風なクロノ達に、疑問の声を上げるエイミィ。
それにクロノが説明を始めた。

「『テスタロッサ』、かつての大魔導師と同じファミリーネームなんだよ」

「へー、そうなの?」

「ああ、プレシア・テスタロッサ。
 ミッドチルダの中央都市で、魔法実験の最中に次元干渉事故を起こして、追放されてしまった大魔導師。
 名前までは知らないが、娘も1人いた筈だ」

大魔導師、その称号を得られる人物は、数えられる程に少ない。
現に今話題に上っているプレシア・テスタロッサ等、戦闘になど関りのない研究者の身でありながら、いざ戦闘になれば一騎当千を地で行くだろうと予想されていた程だ。

「あれ? 確かフェイトちゃんの目的って……」

「本人の言葉を信じるなら、お母さんがジュエルシードを欲しがってるから、ということらしいけれど」

エイミィの声に答えたのは、今度はずっと思いつめたような顔をしているリンディ。
そんな様子に疑問を抱きながらも、エイミィは流れから思いついたことをとりあえず口にする。

「じゃあ、その人がそのお母さんなのかな?」

「いや、それは無い筈だ」

「?」

だが、それはクロノに即座に否定された。
ある意味適当に言っただけの言葉だが、それでもそこまで否定されるとは思って無かったエイミィは当然、疑問符を浮かべる。

「彼女の目的が母親の為、それが本当だというのなら……それがプレシアなのは有り得ない」

「……そうね」

だが、後ろで佇む2人が揃いも揃って思いつめたような表情をしてることに気付いた彼女は、そのままパネルを叩いてフェイトの捜索を再開した。










「うーん、駄目かぁ。やっぱり上手くいかない……」

さつきの工房、そこでさつきは難しい顔をして座り込んだ。
その前には、料理用に買ったカセットコンロと鍋。その中には熱せられた水。
そう、略奪の能力の修行である。結果は惨敗だったが。

(うう……、途中までは上手く行ってる感覚があるのに、何かが足りない……)

しかも偶には上手くいくものだから余計にタチが悪い。
何が駄目なのか一向に分からないのだ。恐らく先日のクロノとの戦いの時は、何かスイッチが入っていたのだろう。

「やっぱ地道に研究と特訓して、使えるようになるしかないかぁ」

(――"枯渇"なら、暴走の危険考えなきゃ結構簡単に使えるのに……)

はあ、とため息を吐いてから、よし! と気合を入れなおして立ち上がり、部屋をコンロ諸々を片付ける。
時刻は既にお昼時、外に待たせている人達がいるのだ。

「フェイトちゃん、アルフさん、お待たせ!」

片付けを終えたさつきは、廃ビルの外でジャマー結界と探索の魔法を使っていた2人に呼びかけた。

「ああ、用事ってのは終わったのかい。じゃあ早く行こうよ、お腹ペコペコだ」

「ふふっ、じゃあ約束通り、お昼行こっか。翠屋って言うんだけど、すっごく美味しいんだよ」










そんな風に日々が過ぎ去って行き、なのは達がアースラに移ってから早9日目のこと。

(私達が手に入れたジュエルシードは、8、9の二つ。
 そして、フェイトちゃん達が手に入れたのも、シリアル2と5の二つだから……)

なのはは、与えられた部屋のベッドの上に座り込んでレイジングハートの作った仮想空間でイメトレをしながら、
この9日で集めたジュエルシードを眺めながらマルチタスクによって考え事。

「あと六個か……」

それを見ていたユーノが、なのはと同じことを考えていたのか、残りのジュエルシードの数を呟いた。
だが、この6個が中々見つからないのだ。エイミィ達が言うには、もしかしたら海に落ちちゃってるかもとの事。
今はそちらの方まで捜索範囲を広げて探しているが、深い海の底に沈んでいるのだとしたらそう簡単には見つからないだろう。



で、結果はと言うと、

「うーん……はぁ……。
 今日も空振りだったね」

駄目だったらしい。今なのはとユーノはアースラの食室でお菓子と飲み物でくつろぎ中。

「うん……もしかしたら、結構長くかかるかもね。
 ……なのは、ごめんね」

「へ?」

いきなり謝られて、首を傾げるなのは。

「寂しくない?」

ユーノが何を気にしているかに気がついて、なのはは笑顔を浮かべる。

「別に、ちっともさみしくないよ。ユーノ君と一緒だし、一人ぼっちでも結構平気。
 ちっちゃい頃は、よく1人だったから」

だがその笑顔に、ふと影がよぎる。やっぱり寂しいんじゃないかと気にかけるユーノの前で、なのはの話が始まった。
それは、まだなのはが今よりもずっと幼かったころの話。

――うち、私がまだちっちゃいころにね、お父さんが仕事で大怪我しちゃって、暫くベッドから動けなかったことがあるの。

あれは大怪我なんてものでは無かった。
比喩の類ではなく、文字通りの『寝たきり』。生きるか死ぬかの瀬戸際。そんな状態で、その家族が普段通りでいられる訳も無かった。

――喫茶店も始めたばかりで、今ほど人気が無かったから、お母さんとお兄ちゃんは、いつもずっと忙しくて。
――お姉ちゃんは、ずっとお父さんの看病で。

そして、まだ小さかったなのはに出来ることは、何もなくて。
出来たのは、極力大人しくしていて、家族にそれ以上の迷惑がかからないようにすることだけ。

当時からある程度色々と察することができたなのはは、その経験から更に我慢することが出来るようになり、物分かりもよくなって。
なのはの家族は、なのはがずっと一人ぼっちでいることに気付きながらも、そのなのはの賢さに甘えてしまったのだろう。

――だから私、割と最近まで、家で1人でいること多かったの。
――だから、結構慣れてるの。

「そっか……」

ユーノには、それしか言うことが出来なかった。

それは、一人でいることに慣れているのか、それとも。
――――寂しさを我慢することに慣れてしまったのか。

何故なのはがあの少女達に執着するのか、その一遍を見た気がした。

「そういえば私、ユーノ君の家族のこと、あんまり知らないね」

「うん、僕は元々一人だったから」

「ん、そうなの?」

「両親はいなかったんだけど、部族のみんなに育ててもらったから。
 だから、スクライアの一族みんなが、僕の家族」

なのはのことを気にしてか、控えめに説明するユーノ。しかしそこには、隠し切れない誇らしげな様子がにじみ出ていた。

「そっか……」

「ん……」

2人一緒に、寂しげな笑みを浮かべる。それは、それまでの話の感傷に浸っているのか、それとも、

「ユーノ君、色々片付けたら、もっと沢山、色んなお話しようね」

「うん、色々片付いたらね」

お互いまだまだ知らないことだらけなことに気付いたのに、もうすぐ別れの日が来るであろうことを感じてか。


だがその時、それまでの空気を吹き飛ばすかの様に、大音量のアラームがアースラ内に鳴り響く。

――エマージェンシー! 操作区域の海上にて、大型の魔力反応を感知!

管制室にて、モニターを前にしてエイミィが叫んだ。

「な、何てことしてんのあの子達!?」















あとがき

さて今回、なのはの意識が 同じ舞台に立って話を聞いてもらう→圧倒できるだけの力を手に入れて食い止める にレベルアップしました。以上(ぉ

しかしここ最近の読み返してみて思った。さっちんにメルブラ臭入れすぎた…… --;;
作者ん中のキャライメージが崩れるのは致命的なんで、そういう系の感想あんまり気にしてないつもりだったけど、無意識の内に意識しちゃってたか…… 流石に戦闘中に『ダメェ!』とかねーよ;;;
まー原作のアルクからして既に二重人格並みだもんで、あんな感じで行こうかとか思ってたんですが、どっちみちなのは達と打ち解けた後だよなぁと考えていたのですが、何だかなぁ……
まぁ根本的な問題は無いのでそのままにしておきますが

てか何でさっちんとか琥珀さんって原作&歌月&ゲッチャとそれ以外での性格があんなに違うんですかやだー! 性格というかふいんき(何故か変換できない)かも知れませんが。
しかもさっちんメルブラがバージョンアップする度にアホの子になってってるじゃないですかヤダー!(泣
そして琥珀さんもそろそろ自重というものを(ry



そして今回の話、例によって原作見ながら書いたんですが、ちょっと待って欲しい。

>今日も空振りだったね → 今回の事件 → 終わった後、そこには燦々と降り注ぐ太陽の光の中で「友達に(ry」

どう見ても昼過ぎです本当にありがとうございました。あんたらの一日の仕事はいつ始まっていつ終わってるんですか --;
今まで事件が起こる時はその大体の時間書いてましたけど今回は全力ではぐらかしましたよええ。

あと、さっちんの魔術についてですが、これ以上は増やす予定はありません。作品内にも書きましたが、魔術舐めんな。
某少年的に考えてこれくらいは出来ない方がおかしいよなぁと考えて出したものですので、類似系統の効果で何か思いつかない限りは増えません。
結界抜けに関しては勘弁してくださいとしか言えませんが…… --;;


ところで、この作品のクロノ、優遇されすぎじゃね? と思い始めた今日この頃。他作品でのクロノの扱いと比べたら……(汗

さて、そろそろだな……さっちんスーパー空気タイム


p.s. 川上とも子さんが死去って……41歳……早すぎるだろ……
   かなりショックでした。せめてご冥福をお祈りします。。。



[12606] 第21話
Name: デモア◆45e06a21 ID:95f9b2a6
Date: 2012/02/14 04:31
『アルカス クルタス エイギアス
 煌きたる電神よ 今導きの元 降り来たれ
 バルエル ザルエル ブラウゼル』

海の上、巨大な魔方陣を浮かばせ呪文を詠唱している少女がいた。

『撃つは雷 響くは轟雷
 アルカス クルタス エイギアス』

詠唱が進むにつれ少女の周りに漂う巨大な魔力の塊。
それらを繋ぐ雷《いかずち》のアーチ。

「はあっ!」

詠唱が終わると共に無数の雷が、海へと降り注いだ。










『残りのジュエルシード6個は、多分全部海の底。
 それを取ってきます。
 万が一のことがあるかも知れないから、ジュエルシード、1つだけ置いておくね。
 もし私達が捕まったりしたら、それを使ってさつきは願いを叶えて』

さつきはその手に持つ紙に書かれた、至極簡単な内容を見て呆然とした。
先程のことである。マンションを覆っていた結界が急に消えたのを感じ、さつきが慌ててフェイトを探すとどの部屋ももぬけの殻。
代わりに見つけたのがこの紙切れと、一つのジュエルシードであった。

(え、えーっと、取りに行くってことは、大体の位置を掴んで、魔法か何かで潜って回収するってことだよね?)

つい一日前にフェイトと交わした会話が、さつきの脳裏によぎる。

――「ねぇ、さつき」

――「ん、何?」

――「さつきって空中戦、できる?」

――「え、えーっと、ある程度の高さならジャンプして攻撃できるし、周りに建物とかあればその壁足場に蹴ったりして一応戦えるよ」

――「……そう。うん、分かった」

さつきを置いて行ったのは今回何も出来ないだろうからというフェイト達の気遣いであろう。
しかしこの会話の内容からすると……

(だ、大丈夫……だよね?)

その時遠くの方で、雷の鳴る音が響いたような気がした。

(………………)

次いで、そちらの方からジュエルシードが発動する時の魔力の感覚が、普通では感知できるか怪しいくらいの距離なのにかなり明確に感じ取れた。

(って明らかに一戦やらかすつもりだフェイトちゃん!!
 しかも今の感覚だとジュエルシード6ついっぺんに!!?)

さつきでも分かる。幾らなんでも、それは無茶だ。

(何で相談してくれなかったの!?
 戦力にはならなくてもどっかから酸素ボンベ拝借してくるとかいっそのこと潜水艦の船長さん操っちゃうとか色々一緒に考えることできたのに!)

一緒に置かれていたジュエルシードを引っ掴んで、さつきは急いでマンションを飛び出した。










(海に電気の魔力流を叩きこんで強制発動させて、位置を特定する。
 ジュエルシードが海に沈んじまってる以上、そのプランは間違ってないけど、だけど)

空に駆け上がった六つの魔力の奔流、それをアルフは険しい表情で睨みつける。

(こんだけの魔力を打ち込んで、更に全てを封印して。
 こんなの、フェイトの魔力でも絶対に限界超えだ!)

「見つけた。残り、六つ。全部ある!」

アルフの推測を裏付けるかのように、フェイトの息には少しだが乱れが見えていた。

(だから、誰が来ようが、何が起きようが、ワタシが絶対護ってやる!)

一人静かに、固く決意するアルフ。
フェイトは魔力を迸らせるジュエルシードが見えた瞬間、その一つに早くも封印砲を打ち込んだ。
だが、それはジュエルシードの周りを覆うように現れた竜巻にかき消されてしまう。
しかもその隙に、フェイトの横合いから別の竜巻がまるで蛇のようにフェイトを襲った。
直前で気付き、間一髪で避ける。

「くぅっ!?」

「フェイト! 焦りすぎだ!」

「分かってる!」

また別の竜巻の突進を、アルフが間に入ってシールドで阻んだ。
だが、フェイトもアルフも竜巻にばかり気を取られすぎていた。

「ぅわあ!!?」

「フェイト!?」

突如現れた大波に、フェイトが飲み込まれる。
更に、助け出そうと動こうとしたアルフの動きが、その場で阻害された。

「!?」

見ると、フェイトが打ち込んだ雷を模した魔力の紐が、彼女の体を縛っていた。息を呑むアルフ。

「くそっ! こいつ!」

必死に振りほどこうとするも、それは中々外れてくれない。
アルフがそれと必死に戦っている間に、無事だったのか海の中からフェイトが飛び出して来た。しかし当然、その息は荒い。

「はあっ、はあっ、はあっ」

「フェイト!」

フェイトが自力で浮かび上がって来たことに安堵するアルフだが、肩で息をしているフェイトに向かって、新たに3本の竜巻が襲い掛かるのがその目に映った。

「フェイトーーー!!」










「何とも呆れた無茶をする娘だわ!」

「無謀ですね。間違いなく自滅します。
 あれは、個人が出せる魔力の限界を超えている」

なのはが急ぎ管制室に辿り着いた時、そこは騒然となっていた。

前面に映される巨大スクリーンでは、一人の少女が吹き荒れる雨風、巨大な波、果ては竜巻やただ単純な魔力の奔流に翻弄されている姿が映し出されていた。

「さつきさんは?」

「一応探していますが、まだ確認されていません! 恐らく現場が空中だからかと思われます!」

リンディと船員の間で情報のやり取りが行われる。

「あ、あの! 私、急ぎ現場に向かいます!」

その中に割り込むなのはの声。それに返したのはクロノだった。

「その必要は無いよ」

「え……?」

「放っておけば、彼女は自滅する。
 仮に自滅しなかったとしても、力を使い果たしたところで叩けばいい」

「でも……!」

クロノの言葉に思わず声を上げるなのは。だがなのはには理解出来てしまう。それが一番確実で安全な方法であると。
ジュエルシードは、常に一番確実な方法で回収しなければならない程の危険物であることも、
組織であるが故、上の者は下の者の安全を最大限に確保する努力をしなければならないことも。自分の父親の事故の影響で、なのはには痛い程理解できてしまう。
だが、

「……そうね。向かって貰おうかしら」

「艦長!?」

思わぬリンディの言葉に、クロノは驚愕し、なのははパッと顔を上げる。

「これだけのジュエルシード、長時間そのままにしておくのは危険だわ。私たちでも封印するのには苦労する筈。
 それに、さつきさんのこともある。彼女があれに手出しできないと考えるのは早計でしょう。
 なのはさんが手伝ったところで、あの様子では彼女はどの道満身創痍でしょう。そこに局員達を送り込めばいいですし、それに」

リンディはそこで言葉を切って、

「なのはさん、封印が完了したら、分かってますね?」

「……! はい!」

リンディの言葉に考えるも一瞬、ハッとしたような顔になり、勢いよく返事をするなのは。

「よろしい。では、出撃を許可します」

「?」

やり取りの意味が分からないクロノは首を傾げていた。



「なのは、僕も!」

「ユーノ君!」

転送ポートへと駆け出すなのはを、ユーノが追いかける。

「一緒に行くよ!」

「うん! エイミィさん、お願いします!」

「おっけいまっかせといてー! 座標指定完了。転送開始!」

丸いエレベーターの様な装置に入ったなのはとユーノが、虹色の光に包まれて海の上へと跳ばされた。








「「!!」」

海上で戦っていたアルフとフェイトは、転移の魔法が使われたことを感じて身を強ばらせた。
次の瞬間、光と共に開くゲート。そこから飛び出してくる二つの人影。
その片方がピンク色の光に包まれると、一瞬で純白のバリアジャケットを纏い滞空する。

「フェイトの邪魔を、するなあああ!!」

現れたなのはとユーノの2人へと、なお絡み付いてこようとしてくるジュエルシードの魔力を引き剥がし、アルフが突進した。
だがそれを、薄緑色の魔力の盾が阻む。

「僕たちは、ジュエルシードの封印を手伝いにきた! 後の話はそれからだ!」

「何ぃ!?」

シールドを挟んでにらみ合うアルフとユーノ。
その頭上を、なのはが通り過ぎていく。

「あ、この!」

だが、それを追おうとしたアルフの眼前に、またもやユーノが降り立った。
ただし、アルフから背を向ける形で。

「まずはジュエルシードを停止させないと、マズいことになる。
 だから今は、封印のサポートを!」

ユーノが胸元で印を組む。
その眼前に巨大な魔方陣が現れ、そこから普通では考えられないくらいの量と長さを持つ鎖型のバインドが伸び、フェイトを取り囲んでいた竜巻を縛り上げた。
同時に、なのはの道筋を確保する。

「フェイトちゃん!」

「っ……!」

ユーノのサポートで苦もなくフェイトの元に辿り着くなのは。フェイトは既に肩で息をしており、魔力切れからか手にしたバルディッシュからは魔力刃が消えていた。
近づいてきたなのはに対し思いっきり警戒してバルディッシュを構えるフェイトを無視し、なのはは話を進める。

「手伝って。ジュエルシードを止めよう」

《Divide Enagy》

なのはの持つレイジングハートがピンク色の光を発し、そこから零れ出た光がフェイトに向かって飛んで行く。
フェイトはその魔法を知っていた。

「これは……」

《Charging》

それは、自らの魔力を他者へと分け与える魔法。

《Charging complete》

「2人できっちり、半分こ。これで行ける? フェイトちゃん」

「………」

フェイトは黙ったまま、だけどはっきりと頷く。
しかしその時、ユーノが取り逃がした竜巻がなのは達へと向かった。
それに息を呑むなのは、フェイト、そしてユーノ。
だがその竜巻は、すんでのところでオレンジ色の鎖型バインドに絡め取られた。

「アルフさん!」

「アルフ……」

なのは達が振り返る先で、アルフの眼前に展開された魔方陣から一本、また一本とバインドが飛び出し、ユーノと共に竜巻を縛り上げていく。

「ユーノ君とアルフさんが止めてくれてる。だから今の内。
 一緒に合わせて、一気に封印!」

「………」

返事も聞かずになのはは上空へと駆け上がり、竜巻全てを視界に収める。

「レイジングハート」

《Sealing Mode Set Up.》

目にして改めてその無茶苦茶ぶりを実感する、擬似的な大自然の猛威。ユーノとアルフのバインドによって拘束されながらも、今にもそれを引きちぎりそうな勢いで暴れまわる竜巻。
陸上で発生していたら都市一つ壊滅していてもおかしくないそれ。普通ならとてもではないが封印など出来ないそれを眼前にして、しかしなのはは力強く言い放った。

「ディバインバスター フルパワー、行けるよね!」

《Of course.》

なのはの足元に現れる巨大な魔方陣。そしてチャージされる魔力。
その眼下では、フェイトの方も安全圏まで退避し、竜巻を眼前に金色に輝く魔方陣を展開していた。

「バルディッシュ」

《Yes sir. Sealing mord set up.》

フェイトの魔力が高まってゆく。その周囲に雷が漂い始める。
見るからに準備万端といったところだが、何故かフェイトはそこで止まる。

「!」

なのはは気付いた。フェイトが自分の方を確認したことに。そのまま自分に視線を向けていることに。
自然と、笑みが零れた。チャージは既に完了している。フェイトに向かって大きく頷く。
視線を前に戻すフェイト。号令をかけるのはなのはだ。

「せーの!」

「ディバイーン」「サンダー」

2人の少女の声が重なる。

「バスターー!!」「レイジィーー!!」

桜色の砲撃が、高密度の雷の嵐が、お互い混ざり合い、我先にと竜巻の密集地帯へと殺到し。
――それまで海の上を支配していた嵐ごと吹き飛ばすかの様な大爆発が巻き起こった。





「ジュエルシード、六個全ての封印を確認しました!」

「な、何て出鱈目な……」

「……でも凄いわ」

エイミィの報告に、クロノは驚愕を、リンディは若干の呆れと共に呟く。
しかし呆けてばかりもいられないので、リンディは気を入れなおした。

「クロノ、急いでジュエルシードの回収と彼女達の確保を」

「あ はい! エイミィ、転送頼む」

「はいはいー、座標はそのままにしてあるから、直ぐ行けるよー」

エイミィの声を背に、クロノは転送ポートまで足早に進む。クロノは今現在腕以外はほぼ完治している。魔法を使うのに腕はそれほど必要無いし、かなりぎこちないだけで一応腕も動かせた。
優秀なスタッフによって修復も完了している彼のデバイス、S2Uと併せて、今出ても十分働ける状態だ。
しかし、クロノが装置の中に入ろうとしたその瞬間、ブリッジにとある報告が響き渡った。

「弓塚さつき、現れました!」

「何!?」「映像と詳細を! クロノはそのまま待機!」

思わず振り返ったクロノの目の前に、さつきの姿がを映し出すモニターが出現した。

「場所は戦闘区域付近の沿岸、ジュエルシードを1つ所持しています!」

「ジュエルシードを!? 今更出てきて何をするつもりだ!?」

焦りの声を上げるクロノと、映像を見て何事かに気付き眉をひそめるリンディ。

「成る程、"再生"能力……ね。
 エイミィ、クロノの転送先を彼女のところへ」

「了解です! 少し待って下さい!」

「しかし艦長、黒衣の魔導師達の方は」

早口で諮問するクロノに、リンディは別のモニターでなのはが自分の期待通りに動いてくれていることを確認する。

「あちらは大丈夫、なのはさん達に任せます。あなたはさつきさんの確保を」

「座標指定終了しました!」

リンディの指示とエイミィの報告に、クロノは少しだけ逡巡する様子を見せるもそれは一瞬。

「はい、了解しました」

駆け足で転送ポートの中にクロノが入ると、エイミィは目の前のパネルを叩く。

「クロノ・ハラオウン執務官、転送し――」

だが、いざ転送を開始しようとした矢先、アースラのセンサーが何かを感知した。
鳴り響く、先に勝るとも劣らない大音量のアラーム。

「次元干渉!?」

それが示すものは次元レベルでの魔法の行使。その桁外れの行為にエイミィは信じられないという声を上げるも、急いでその情報を解析する。

「別次元から本艦、及び戦闘区域に向けて、高次魔力、来ます! あ、後6秒!!?」

「何!?」「転送を中止! 各員対ショック体勢!」

フェイトの背後にいる黒幕が動いた――皆がそれを直感で理解した。
いきなりの事態に、しかし艦を任された長の判断は迅速だった。
クルー達はその指示通りに行動し、次の瞬間、巨大な雷のエフェクトと共にアースラを強力な衝撃が襲った。





2人の全力の魔法を打ち込まれた海上は、少し前の荒れようが嘘の様に静まり返っていた。
やがて、そのある一点から薄い光の柱が登り、そこに6つの青い宝石が表れる。

「ジュエルシード――!」

飛び出すフェイトの前に、白い影が立ち塞がった。

「――っ」

「ジュエルシードは、渡さないよ。フェイトちゃん」

デバイスを構え、自分とジュエルシードの間を塞ぐ少女に、フェイトは即座に臨戦態勢を取った。

「アンタ、これはどういうことだい!」

「どうもこうも、封印までは協力する。でもその後は、これまで通りってことさ!」

食って掛かるアルフに、ユーノはバインドを乱射しながら距離を取る。
そのバインドをギリギリでかわし続けるアルフ。

それに比べて、当のフェイトとなのはは動かない。いや、動けない。
お互いに魔力はあまり余裕の無い状態で、しかもフェイトはなのは達が駆けつけるまでに消耗した体力と受けたダメージが多い。
結果、両者睨み合ったままといった事態になっていた。

と、そんな中やぶからぼうになのはが口を開いた。

「私ね、フェイトちゃんと友達になりたいんだ」

いきなりの言葉に、フェイトは思わずバルディッシュを振りながら叫ぶ。

「それがどうした!」

「うん、そうだよね。今のフェイトちゃんには、その程度の意味しかないよね」

なのはは分かっていた。そういう反応が返ってくることくらい。
フェイトはたしかに、相手の言葉を流したりはしない。きちんとその意味まで受け止める。
だが、それがどんなことであろうとも今のフェイトには『その程度のこと』でしかないのだ。
だがそれでも、なのはの目的は果たされる。

「いいよ、今はそれでも。私が、私の気持ちを知って欲しかっただけだから。
 フェイトちゃんは止まる気はないし、私はフェイトちゃんを止めたい。
 きっかけは、ジュエルシード。だから!」

なのははいきなり後退しながら周囲に無数の魔力弾を形成する。
自身に向かって発射されるそれをフェイトは得意の空中起動でさけ、反撃しようとした時、なのはは既に次の行動を起こしていた。
即ち……フェイトを無視してジュエルシードの確保へと動いていたのだ。

「!?」

フェイトは頭に血が上っていたから、なのはを倒してジュエルシードを確保するという選択肢以外が見えていなかった。
なのははジュエルシードさえ確保してしまえば、フェイトが引くに引けない状況になると分かっていた。

気付いたフェイトは、急いで魔力弾を形成、それを射出する。

《Photon Lancer》

なのはの進行上を的確に狙ったそれに、最後までジュエルシードを目指していたなのはは少しばかり速さが足りなかったことを悟り、直前で振り返ってシールドを張る。

「きゃあっ!」

不完全なシールドで受け止め切れなかったなのはは吹き飛ばされる。が、しかし

「4っつ、足りない……!!」

先程まで6つのジュエルシードがあった場所には、僅か2つのジュエルシードが残されるばかりだった。
すれ違いざま、レイジングハートが4つのジュエルシードの回収に成功したのだ。

体勢を立て直すなのは。これ以上はと突貫するフェイト。
――そんな中だった。第三者の介入が起こったのは。

「きゃああ!」

「か、母さん!?」

突如空から降り注ぐ特大の雷。狙いなどなく戦闘区域に無秩序にばら撒かれる巨大な魔力を秘めたそれは、紫色の魔力光に輝いていた。

「うああああぁぁああぁぁああああ!!」

「フェイトちゃん!? きゃあ!!」

そのうちの一本が、フェイトに直撃した。体を走る電撃に、悲鳴を上げる。
なのはが急いで駆け寄ろうとするが、空から雷が降ってきてそれを阻まれる。

フェイトを襲っていた雷が止み、気を失っているのかフェイトはそのまま落下する。
それに気を取られたところに、今度はなのはに向かって雷が落ちた。

「!」

「なのは!」

息を呑むなのは。間一髪、ユーノが間に割って入ってシールドを張る。この男、防御だけならまだまだなのはには負けない。

「くぅっ……」

しかしそんなユーノでも、押し寄せる雷に苦しげな声を上げる。
そして彼が相手をしていたアルフはと言うと、

「フェイトォ!!」

落下するフェイトに駆けつけ、しっかりと抱きとめていた。
更になのは達が固定されているうちに、空から帯電する薄紫色の柱が、辺り一帯のジュエルシードに反応してそれを包み込む。
その光景を見たアルフは足元に魔方陣を展開した。





その様子を見ていたリンディ達は焦った。このままではフェイト達には逃げられ、残りのジュエルシードも相手の手に渡ってしまう。だが、

「逃走するわ、補足を!」

「駄目です。先程の雷撃で、センサー機能停止!」

万事休すとは、このことだった。
何も出来ない内に、モニターの先では雷の嵐が収まり、そこにはなのはとユーノ以外、誰も何も無くなっていた。

「機能回復まで、あと25秒! 追いきれません!」

どう考えても、もう間に合わない。モニターの向こうでは、なのはとユーノ呆然と佇んでいた。

「機能回復まで、対魔力防御。次弾に備えて」

「はい!」

最低限の義務である指示を出し、リンディは深く椅子に座り込む。
あの光――転送魔法は、明らかに人を運ぶ類のものでは無かった。もし仮に人がそれに飲み込まれたりしたら、明らかに危険だろう。
リンディは疲れたように椅子に体重を預けると、深刻そうな様子で、ポツリと呟いた。

「さつきさん、大丈夫かしら……」

呟かれたのは、別のモニターで、ジュエルシードを持っていたが為に不運にも補足され、反応も出来ずに光の柱に飲み込まれた少女のことであった。










「お……く…よ、……き! さ・・・き! な…、さつき!」

傍らから聞こえる声と、体が揺さぶられる感覚に、さつきは意識を浮上させた。

「う……ん……」

「! さつき!」

さつきが声のする方に目を向けると、そこに人間の姿を取ったアルフの姿を確認する。
周りの景色を見ると、どうやら知らない、やけに大きい建物の中にいるようだということが分かった。装飾や壁に埋まった様な形の柱からして、古風なお城のようなものを連想させる。

(えーっと、どういう状況?)

さつきは何やらやけに重い体と頭で、何とか思い出そうとした。

(フェイトちゃん達を追って海岸まで行って、
 遠くでジュエルシードが暴走してるっぽいのが見えたけど凄い爆発でそれが吹き飛んで、
 立ち往生してたら空から光が降ってきて……
 あと……何かやたらとピカピカしたとこにいた気が……)

結論、全く分からない。
再度アルフを見てみると、何やら涙目になっている。

「さつき! 頼む、フェイトを助けておくれ!」

「え? ……!!?」

いきなりのことに戸惑うさつきだったが、次の瞬間聞こえてきた音に慌てて飛び上がった。

――バシッ! バンッ! ビシッ! バシィッ!

――ああっ! うぁあっ! っ! ああぁあー!

何かが鞭のようなもので叩かれる様な音と、苦痛に叫ぶフェイトの声。それがすぐ近くの扉の向こうから聞こえてくる。
アルフの様子、見覚えの無い場所と併せて、さつきの頭に『新しい敵』『誘拐』『拘束』『拷問』等の言葉が次々と浮かんでいく。

体を冷たいものが走り抜ける。慌てて立ち上がり、扉へと向かう。
どうやら体が重かったのは何らかのダメージを負っていたからのようで、既に体は軽い。
しかし、それと同時に、さつきは体に残されているエネルギー、それも復元呪詛の為に蓄えていたものが殆ど尽きていることに気がついた。
あの砲撃に吹き飛ばされて大事になりかけた時から、気落ちしながらも常にある程度の回復に必要な血は確保していた筈なのに、この状態。何があったのかとさつきの不安は増大する。
ふと思いついて持っていた筈のジュエルシードを確認する。……やはり、無い。

扉まで駆け寄るさつき。だが、彼女は仮にも中身は高校2年生。
そのまま考えなしに突入することに一瞬の躊躇を感じ扉に当てた手が止まる。
その時丁度、中からの音が止み、代わりに人の声が聞こえた。

「あれだけのジュエルシードがあれば、母さんの望みは叶えられたかも知れないのに!」

「ごめん……なさい……母さ……」

「少し頭を働かせれば、全部持ってくることも難しくはなかったのに! 何て使えない子なの、あなたは!!」

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その言葉の意味、それの示すところを理解すると同時に、呆然とするさつき。
再度響き渡る鞭の音と少女の苦痛の声。
思考のどこかが麻痺したような気持ちでさつきはそれを聞き、しかしその腕は勝手に目の前の扉を押し開け………

そこに、目にしたくない程悲惨な光景を目の当たりにした。

部屋の中央には、二つの人影があった。一つはフェイト。もう一つは知らない人物だ。
腰にまで届く髪は紫がかった黒髪で、黒のドレスのような衣装を着た、背の高い若々しい女性だ。それだけだったらどれほど良かったことか。
フェイトは両手首を天井から吊るされ、空中で固定されていた。その状態のままその女性に、自身が母親と名乗り、彼女が母親と呼んだ人物に鞭打たれていた。

――『私は、母さんの笑顔が見たい!』

扉が開いたことに気付き、振るう鞭を止めてさつきの方へと視線を向けるその女性。

(………………なんで)

――『優しい、お母さんなんだね』『うん!』

怒りと悲しみがごっちゃになった様な顔をしていたその女性の、冷たい目がさつきとその後ろのアルフへと向かう。

(…………なんで)

――『母さん、優しいから』

フェイトを拘束していた魔力のロープが消え、既に気を失っているのかフェイトの体がドサリと音を立てて床に落ちる。

(……なんで)

――『母さんと……約束したんだから……。ジュエルシード……持って、帰らないと……!!』

そんなフェイトには目もくれずに、女性はさつき達に向かって口を開いた。

(なんで)

――『……ママ』

「あら、そういえばジュエルシードと一緒におまけのお客さんが付いて来てたけど、生きてたのね。
 全く、主人もゴミなら使い魔も使えないのね。処分しとくように言っておいたでしょう」

(何で!?)

さつきは悟った。フェイトのジュエルシードから受けたと思っていた傷は、この女性によって受けていたものだと。
この女性と会い、同じような扱いを受けたのはこれが初めてではないと。つまり、この女性は本当にフェイトの母親なのだと。
さつきは信じたくなかった。幾らなんでも、これはあんまりだ。フェイトが報われないにも程がある。

さつきの後ろから、アルフが恐る恐る進み出た。床に崩れ落ちているフェイトを見て、息を呑む。
だがそれも数瞬、序所にその体は震え始め、髪は逆立ち、瞳孔は縦に開く。彼女も、もう限界だったのだ。

「プゥゥゥレェェェシィィィアアアアアアアアアアア!!」

叫び声を上げ、フェイトの母親――プレシアに突撃するアルフ。
だがプレシアはそんなアルフを冷めた目で見つめ、アルフの手はプレシアに届くことなく、その眼前に展開された魔力障壁に阻まれる。
アルフは逆に障壁のエネルギーに吹き飛ばされ、床を擦り、さつきの足元まで逆戻りさせられることになった。

そう、これが今までアルフがプレシアに手が出せなかった理由。相手がフェイトの母親だからとかそんな理由では無い。単純に、強すぎるのだ。プレシアが。
先程も次元跳躍攻撃なんて馬鹿げたことをした上でなおこの出力である。
だが、激昂したアルフはもうそんなことでは止まらない。再度立ち上がると、またもやプレシアに向かって突っ込んでいく。
その突進は再度障壁に阻まれるが、今度は弾き飛ばされないように喰らいつく。アルフの手が徐々に障壁に穴を開け始め、その穴を無理やりこじ開けようと踏ん張り続ける。

そしてその間さつきは何もしなかったのか。いや、そんなことは無い。
あまりの真実にしばし呆然としていたが、この現代日本、子供が親に虐待されている場面を目撃して最初に取る行動、それは。

「こっのお!」

まず何をしてでもその親と子供を引き離す、である。
さつきの拳が、アルフを阻む障壁とぶつかり合った。さつきの拳の威力に耐え切れなかったシールドは砕け散り、対するさつきも相手を反発するエネルギーを発する障壁に上半身をのけぞらされる。
その間に障害の消えたアルフがプレシアの胸元を掴みかかろうとするも、それより早くさつきがプレシアの体を抱きしめ持ち上げ、その場から引き剥がした。

しかしその後が続かない。兎にも角にもフェイトと引き剥がしたはいいが、その後どうすればいいのかなど警察官でもないさつきには分からなかったのだ。
その一瞬の思考の硬直が命取りだった。

プレシアは自分の脚の付け根辺りにしがみつくそのさつきの力に一瞬驚いた様子を見せるも、すぐにそれは不快そうなものへと変わる。
そしてプレシアのダラリと垂れ下がっていた手の平が向きを変え、さつきの胸元へと寄せられ、

「――ぁ」

さつきが悪寒を感じた時には、既に遅かった。
プレシアの魔力が瞬間的にその手の平に集められ、高密度の魔力弾と化してさつきの胸元へと撃ち出された。
いつかの再現のように、いやそれ以上の速度でさつきが吹き飛ばされる。壁に激突し、クレーターを作ることでさつきの体は止まった。

(――カ……はっ)

さつきは痛みのあまり声も出せない。むしろ痛すぎて気を失うことも出来ない。
服は弾の当たった胸元は弾けとび、その下の肉体もあまりの衝撃に傷つき、電流で焼かれ、肋骨も折れている。
明らかに、今までさつきが見ていた魔法とは"質"が違った。

(これ……フェイトちゃんの言ってた『非殺傷設定』っていうの、使って無……!)

床に倒れたさつきを他所に、プレシアは宙に浮かされていた体を緩やかに降下させ、地に足を付けた。
だが、その足は直ぐに再び床とさよならをすることとなる。

「アンタは母親で、あの子はアンタの娘だろう……!!」

吹き飛ばされたさつきと入れ替わりに、アルフがプレシアのところまで駆け寄ってその胸倉を掴み上げていた。

「あんなに頑張ってる娘に、あんなに一生懸命な娘に、何でこんな酷いことが出来るんだよ……!!!」

鬼の様な形相で、アルフが訴えかける。だが、その叫びに返される言葉はなく、アルフの腹にプレシアの手が添えられた。

「――っ!」

一瞬の戦慄。息を呑むアルフ。体に走る衝撃。
しかしその衝撃は真正面からのものでは無く、横から誰かに突き飛ばされたかのようなもので。

「ッさつき!?」

アルフの振り返った先で、自分が喰らう筈だった魔力弾を代わりにさつきが喰らい、吹き飛ばされていた。

「……驚いた、さっきは確実に仕留めたと思っていたのに。
 息があるどころか、咄嗟にあれほどの動きをしてみせるなんて、どうなってるのかしら、あなた」

コツ、コツと倒れ伏すさつきへと歩を進めながら呟くプレシア。
その傍らまで着くと、さつきの露出した肌を見てプレシアは眉を顰めた。

「これは……」

思わず、プレシアの口から零れる言葉。
しかしその時、さつきが最早回復は打ち切りで動けない体の内、唯一動かすことの出来る部位――口を大きく開けて叫んだ。

「アルフさん! フェイトちゃん連れて逃げて!」

「うおおおおおおおおおおおお!」

その言葉に即座に反応するアルフ。雄叫びを上げながら倒れ伏すフェイトに突進する。だが、

「させる訳がないでしょう」

「があっ!」

同じように反応したプレシアが振り向きざまに放った雷の一撃に、アルフは大きく弾き返されてしまう。更に最初にさつきたちが入ってきた扉を抜け、その先の壁にまで叩きつけられた。
しかも放たれたものが魔力弾ではなく"電撃"だったこともあり、アルフは感電して体が満足に動かせなくなる。

「この子は確かに使えないけど、もう少しだけ働いて貰う必要があるの」

言いつつ、プレシアは自分の杖を床に座り込むアルフに向け、狙いを定める。

「消えなさい」

放たれる砲撃。その言葉通り、使い魔一人消し飛ばすには十分な魔力を秘めているそれを前に、アルフの取れる行動はあまりにも限定されすぎていた。

(ゴメン、フェイト、さつき……
 必ず助けに来るから。少しだけ、待ってて……!)

直後、着弾する砲撃。アルフの居た場所で起こる大爆発。粉塵が収まったそこには、ただただ巨大な穴が広がるだけ。

「逃げた、わね」

さもどうでもよさそうに呟かれたプレシアの言葉に、その光景を見て青ざめていたさつきは安堵する。
大穴の向こうには、闇のようなものが蠢き、所々に光の走る理解し難い空間が延々と続いていた。どうやらこの建物は、その空間に浮遊するように存在しているようだということが伺い知れる。

だが、今となってはそんなことは何にもならない。
動けないさつきの眼前に、プレシアの杖が突きつけられる。

(あーあ、何でこんなことしちゃってるんだろうなぁわたし。一人で逃げちゃえばよかったのに)

しかしその隅でさつきは思う。フェイトはこの後どうなるのだろうかと。今まで散々目を逸らして来た事柄を目前に突きつけられた自分の、偽善じみた思考に自嘲する。

(夢見てた日々も、これで終わりかぁ……前に比べれば天国だった今の生活に、満足していればよかったのかなぁ……)

どこか達観したような気持ちになりながら、さつきの意識は雷撃に飲み込まれた。










アースラのブリッジで、帰還したなのはとユーノは歓迎されていた。

「お疲れさま、なのはさん、ユーノ君も。ベストな結果とは言えなかったけど、よくやってくれたわ」

「はい」

「ありがとうございます……」

恐縮そうに返すユーノ、そして気落ちした風に返すなのは。
リンディはそんななのはを見て肩を竦めると、なのはの肩に手を置き、膝を付いて目線を合わせる。

「さっきも言ったけど、貴方達は本当によくやってくれたの。
 大丈夫よ、まだ次があるわ。フェイトちゃんの後ろにいる人物にも、目星が着いてるし、チャンスはまだあるの。諦めるには早いわ」

リンディの言葉に、なのはの顔が引き締まってゆく。

「……はい!」

「うん、よろしい。
 ちょっと来て貰えるかしら。ブリーフィングルームで説明したいことがあるの」

勢いよく返事を返したなのはにリンディは微笑むと、2人を先導してブリッヂを後にした。
その後にはクロノとエイミィも着いてゆく。

なのはとユーノが首を傾げ合いながら着いていくと、ブリーフィングルームには既に何人もの乗組員が集まっていた。
その様子を見た瞬間、固まるなのは。やはりまだそういう空気には慣れないらしい。
しかもなのは達の席は何故かやたらと上座に用意されていた。彼女からしたらたまったもんじゃないと言ったところだろう。

「さて、みなさん揃いましたね」

一番奥の席に座ると同時、リンディが声を上げる。

「それでは会議を始めます。まず始めに、先程の事件についての報告を」

「はい、現地時間で……」

局員の一人が、先程の事での報告を行っていく。現場はどこか、何が起こったのか、その成果と被害諸々だ。
なのは達は現場にいたので知っている事の方が多いが、この艦には待機していて何も知らない局員も多い。特に今回はアースラが直接攻撃されたのだ。下の者への報告はきちんと行う必要がある。

だがそれでもなのはが知っていることばかりでもなく、例えばアースラが攻撃されたなどなのはは知らなかった。
しかし一番なのはの関心を掴んだ話はそれではなく、

(さつきちゃん……!!)

自分が友達になりたいと思うもう一人の少女。
彼女が現れたと聞いた時は驚いたがまだ予想の範囲内だったし、彼女がどうなったのか、また逃げてしまったのか、もしかしたらアースラにいるのか。それもこれから言われるだろうと耳をそばだてたのだ。
もし捕まってアースラにいるのなら合わせて貰えないだろうかとまで考えた。
だが、ジュエルシードの転送に巻き込まれる形でどこかへと転送されてしまったと聞いた時、なのはは気が気ではなかった。
流石に叫んだりはしなかったが、その顔には動揺がありありと現れ、瞳は揺らいだ。

《なのはさん》

《! リンディさん!?》

そんな中、いきなりなのはの頭の中に響いた声。なのはの様子に気付き念話を送ったリンディであった。

《大丈夫よ。ジュエルシードを持っていったのはフェイトさんの関係者でしょうし、さつきさんも、きっとフェイトさんと一緒にいるわ。
 例え違っても、私達が責任をもって彼女を探し出します》

《……はい》

なのはにとって、リンディのその言葉はとても心強いものだった。
ひとまずはなのはを落ち着かせたリンディは、話を今回の一番の議題へと移す。

「では、クロノ執務官。今回の事件の大元に、心当たりが?」

「はい。エイミィ、皆に例のデータを」

「はいはい」

話の主導権を振られたクロノが、エイミィに指示を出す。すぐさま全員の前にとある人物のデータが表示された。
それを見たリンディの顔が曇る。

「彼女の名前はプレシア・テスタロッサ。専門は次元航行エネルギーの開発。偉大な魔導師でありながら、違法研究と事故によって、放逐された人物です。
 例の次元跳躍攻撃の魔力波長が、念のため取り寄せてあった登録データにあるプレシアのそれと一致しました」

魔力波長の一致、それは暗に、先程の攻撃の主が紛れもなく彼女であったことを示している。そして、あのフェイトと同じ性。

「フェイトちゃん、あの時『母さん』って」

思わずなのはの口から言葉が零れる。
そして報告の内容は、プレシア自身の情報へと推移していく。そちらの説明は、クロノに代わりエイミィが引き受けた。

「プレシアは、ミッドチルダの民間エネルギー企業で、開発主任として勤務。でも、事故を起こして退職していますね。裁判記録が残ってます」

集まった皆が、データの中から裁判記録のものを開く。

「ミッドの歴史で、26年前は中央技術開発の第三局長でしたが、当時彼女個人が開発していた次元航行エネルギー駆動炉、ヒュードラ使用の際、違法な材料をもって実験を行い、失敗。
 結果的に、中規模次元震を起こしたことが元で、中央を追われて、地方へと異動になりました。
 ずいぶん揉めたみたいです。失敗は結果にすぎず、実験材料にも違法性は無かったと。
 偏狭に異動後も、数年間は技術開発に携わっていました。暫くのうち行方不明になって……それっきりですね」

だが、そのデータに何人かが顔を顰める。きな臭すぎた。いくら彼女が大魔導師の称号を得た人物だからと言って、記録に記されていたその実験は個人で出来る範囲を超えていたのだ。
更に、それは決して少ない量のデータでは無かったが、そこにはある重大な事柄が抜け落ちていることにも何人かは気付いた。

「家族と、行方不明になるまでの行動は?」

配られたデータに目を通したリンディがエイミィにそれを尋ねる。

「その辺のデータは、綺麗さっぱり抹消されちゃってます。
 今、本局に問い合わせて、調べて貰っていますので……」

「時間はどれくらい?」

「一両日中には、と」

『抹消された』とは、穏やかではない話だ。
リンディは暫く考え込むと、今後の方針を熟考した。

「ふむ……プレシア女史もフェイトちゃんも、あれだけの魔力を放出した直後では、早々動きは取れないでしょう。
 その間に、アースラのシールド強化もしないといけないし……」

リンディはちらりとなのは達の方へと目を向けると、まずはその2人についての対応を発表する。

「高町なのはさん、ユーノ・スクライア氏の両名には、明日いっぱい暇を出します」

「ユーノ君、暇を出すって?」

「明日は家に帰れってさ」

言葉の意味が分からなかったなのはがユーノに問いかけるが、帰って来たその意味になのはは戸惑った。

「え、でも……」

「特になのはさんは、あまり長く学校を休みっぱなしでも良くないでしょう。
 一時帰宅を許可します。ご家族と学校に、少し顔を見せておいた方がいいわ。ご家族には、私からも挨拶させていただきます」

「……はい」

確かに、今気を張っていてもしょうがない。納得したなのはは素直に返事を返した。
その後、リンディと局員の間でいくつかのやり取りが行われるも、特に意見も無く会議は終了する。
と、皆が部屋を出て行く中、エイミィが席を立つと同時に隣にいたクロノに問いかけた。彼女には一つ気になっていたことがあったのだ。

「そういえばさ。こないだクロノ君達、プレシアが犯人なのは有り得ないって言ってたよね? あれってどういうこと?」

しかし、それは軽々しく聞いていいものでは無かった。

「ああ。……プレシアは、さっきの報告にあった事故の際、たった一人の愛娘を亡くしている筈なんだ」

「……え、それって……」









プレシアの居住区となっている次元庭園、時の庭園。その一室で、プレシアは歓喜の声を上げた。

「素晴らしいわ! 素晴らしいわこの娘!」

彼女の前には、気を失って、拘束されたまま台の上に寝かされているさつき。
プレシアはそんな彼女を前に、顔を崩し、歓喜に打ち震えていた。
と、

「っ! ご、ごほっ、コホッ、ごふっ」

突然体を折り、プレシアが苦しみ始める。咳が止まり、口に宛がっていた手を退けると、そこには決して少なくない量の、赤い血が。

「もう……時間が無い……。
 そう、それだけが気がかりだった……でも"これ"なら……!」

鋭い瞳に光を宿し、プレシアは横たわるさつきを睨めつける。
先程の発作が嘘のように立ち上がると、両手を天に掲げて彼女は喜色に震える声を上げた。

「辛い目に合わせてしまったけど、あなたは今も、世界中の誰よりも大切な、私の宝物……。
 ジュエルシードさえ揃えば、いくらでもお菓子を作ってあげられる。いくらでも一緒にいてあげられる。いくらでもピクニックに連れて行ってあげられるわ。
 さあ、今度こそ2人で幸せを掴みましょう。私の、私の可愛い娘……」















あとがき
うん……何ていうか、ホント雰囲気作るの下手ですよね僕。
読んでて、まだ物語の域に行ってないように感じます。物語を読んでるんじゃなくて、文章を読んでる気分。イマイチ引き込まれないんですよ……
某所でもちょっと書いたことあるんですが、今の状態は『自分の書いた世界を外から眺めて貰ってる』で、理想の状態は『書いた世界に入り込んで直に感じて貰う』なんですよね。
今だ研究中の身とは言え、重要な場面で(作者の感性では)そういう理想の状態にもっていけなかったのは何と言うか……悔しいです、純粋に。
今回の話とかリアフレにもヘルプを求めたくらいで……
しかしこの経験は必ず生かします。もっと上手に読者の皆さんをのめり込ませれるような文章を書けるように頑張ります

さて、それではまず一言。

いつからSSKT(さっちんスーパー空気タイム)が今回の話だと錯覚していた?

てか今回『娘』って字がやたら使いにくかったです。『こ』って読んで欲しい部分と『むすめ』って読んで欲しい部分に分かれすぎで --;;
個々人の判断で読み分けて貰えると助かります

さて、次の話ですが、ここからキリのいいところまで書き溜めしちゃうつもりでいます。
というのも、次から色々と話が絡み合っていく……というより、シーン入れる順番が難しいので、書き溜めして一気に投下しないと修正の嵐になってしまう予感しかしなくて。。。
てか前話~今話にかけてもう2シーン程入れなきゃいけないシーンを落としてる気がする……気がついたら修正入れてお知らせします。

という訳で、次の話はそれなりに後になってしまうかも知れません。ごめんなさい



[12606] 第22話
Name: デモア◆45e06a21 ID:95f9b2a6
Date: 2013/01/02 22:45
日差しが傾き始めた林の中、一匹の狼が一本の木の根元で体を横たえていた。アルフだ。
彼女は先の連戦における体力の消耗とダメージが尋常ではなく、今は体を休めざるを得ない状態であった。ある程度回復したら、何とかして管理局と渡りをつけるつもりでいる。
そして体を休めている間その思考を占拠するのは、手酷い扱いを受けていた自らの主人と、見捨てる形になってしまった、一時的とは言え仲間だったさつき。
そしてそれらの元凶であるプレシアのことである。

確かに、プレシアは昔からフェイトには冷たかったし、手酷い扱いもしていた。
ずっと一人で寂しがっていたフェイトをいつも放っていたし、言いつけられた研究の材料の調達から戻って来ても、言われた物はきちんと持って帰ったのにはたかれたりしたことだってある。
だが、それにしても今回のは異常だった。今までの暴力とは一線を画す、本格的にフェイトを痛めつけるもの。あそこまでのものは、このジュエルシードに関わるまでは無かったものだった。

(昔は優しかったって言うけど、悪いけどワタシは信じられない。
 ワタシにゃ、何でそこまであの女の言いなりになってるのか分からないよ、フェイト……)

今更だが、アルフは使い魔だ。使い魔というのは基本、瀕死又は死亡直後の動物をベースに作られる。これは別に健康体の動物でも可能なのだが、それはそれ、道徳上の問題というやつだ。
何せ使い魔となった動物は、使い魔となる前と決して同一とは言えない。使い魔となる前の記憶を引き継いだりもするが、それだけだ。つまり、悪く言うと使い魔の元となった動物は使い魔になる時にどうしても死んでしまうことになるのだ。

つまるところ、アルフはフェイトの使い魔である訳で、ということは当然、アルフは実質フェイトより幼いということになる訳で。
そしてアルフは、フェイトの使い魔となって覚醒してからこっち、優しいプレシアというものを見たことがないのである。

(とにかく、無事でいておくれ、フェイト……さつき……)










「フェイト、起きなさいフェイト」

「……はい、母さん」

自分を呼ぶ母の声に、フェイトは意識を覚醒させ横たわっていた冷たい床の上から起き上がった。

「あなたが手に入れてきたジュエルシード9つ、これじゃ足りないの。最低でもあと5つ、出来ればそれ以上。
 急いで手に入れてきて、母さんのために。いいわね、フェイト」

母親の要求に、フェイトは躊躇うことなく頷く。

「はい、母さん。
 あの母さん、さつきは……?」

そしてその後に、気になったことを訊いた。
フェイトは自分がこの部屋に連れられる間に、プレシアがアルフにさつきを処分しておけと言ったのは聞いていたが、
アルフがそんなことをする訳が無いのは分かるし、プレシアもあの時は怒った時の勢いで言ってしまっただけだと信じていた。
となると当然、無理な転移魔法で傷ついていたさつきをフェイトは心配する。

「ああ、あの娘は無事よ。もう帰ったわ。
 怖いからもう嫌だって逃げ出した、あなたの使い魔と一緒にね」

プレシアの言葉に、フェイトが抱いた感情は納得だった。
遂に愛想をつかされたか、と。

「……そっ、か。
 でも母さん、さつきは願い事があって……」

「その事なら既に叶ったと言っていたわ。
 もう厄介ごとはゴメンだから、二度と会わないようにってね」

「……そう、ですか」

母から告げられたその事に、フェイトはただ思う。良かった、と。

「必要なら、私がもっといい使い魔を用意するわ。忘れないで、あなたの本当の味方は母さんだけ。
 いいわね? フェイト」










ここは高町家のリビング。数人の人影が机を囲むソファーに座ってくつろいでいる。

「と、そんな感じの10日程だったんですよ」

「あら、そうなんですか」

とまぁどこぞの道端会議の如く談笑するのは奥様2人。
前者がリンディで後者が桃子である。そう、今なのははリンディを連れて家への帰宅を果たしており、只今リンディによる高町家の面々へのこの9日間の報告(と言う名のごまかし)兼挨拶の最中なのだ。
同席しているのはリンディ、なのは、ユーノ(フェレット)、桃子、美由希、恭也。
なのはは久しぶりの家庭で美由希と恭也に挟まれてとてもくつろいでいた。
信じられないことにあの会議から数時間しか経っていない。
高町家の方は丁度たまたま時間が空いていたのであるからいいとして、アースラ組はあれだけのことがあったにも関わらずこの迅速さ、ぶっちゃけ有り得ない。
リンディが他の様々な案件よりも一協力者であるなのはを少しでも早く自宅に一時帰宅させることを優先したというのか、はたまたアースラの船員がそれだけ優秀なのか……

《リンディさん……見事な誤魔化しと言うか……真っ赤な嘘と言うか》

《凄いね》

《本当のことは言えないんですから、ご家族にご心配をおかけしない為の気遣いと言って下さい》

そしてそんなリンディの口八丁ぶりに戦慄するなのはとユーノ。
と、そのまま談笑に入った奥様方を他所に、なのはへとかかる声。

「なのは、今日明日くらいは、お家にいられるんでしょ?」

「うん」

「アリサもすずかちゃんも心配してたぞ。もう連絡はしたか?」

「ん、さっき、メールを出しといた」

声をかけた二人、美由希と恭也はなのはの返事にそうか、と頷く。
だが、なのはの視界が別の方を向くと共に、2人は釈然としない表情でお互いに顔を見合わせた。










そしてアースラ。こちらは今後の行動の為に周辺の次元空間のサーチやら資料の洗い出しやら現場の手がかり探しやらで絶賛大忙し中である。
艦長不在中、艦の全権を預けられたクロノもてんてこまいだ。
そんな中突如、艦内にアラートが響きわたった。

「ああくそっ、この忙しい時に! どうした!」

昼間の件でごたごたしているのに続き、艦長不在のところに起こった事態に、クロノは苛立ちの声を上げる。
というかその艦長の帰りも少しばかり遅い気がしないでもない。

「海鳴市内に、魔力反応です!
 これは……フェイト・テスタロッサのものですね。該当地区の映像出します!」

船員の言葉と共にメインルームの前方にモニターが展開され、その場所の映像が映し出される。
そこには一匹のオレンジ色の狼が、足元に魔方陣を輝かせ微弱ながら魔力を放出していた。
それを見たクロノが怪訝そうな顔をする。

「何をしている? ……いや、これは、誘ってるのか?」

と、クロノの前に現れる新たなモニター。そこに映し出される人物。

『何か起こったようですね、クロノ執務官』

「艦長!」

リンディはどこかの家の裏手と思われる場所から通信をしているようだ。
その口元のある一点から全力で目を背けつつ、クロノはリンディと意見を交わし始めた。

『私は今から急ぎ艦に戻ります。状況は?』

「これを」

モニターの向こうでリンディがクロノ動揺困惑する。当然だ。
リンディ達の予想では、今のフェイト達にはもう余力は無い筈だった。そもそもつい先程あれほどまでにボロボロにされたばかりなのだ。
そして再び姿を現したこと。これもまた予想外のことだった。
もう地球には落ちているジュエルシードは無い。必然、フェイト達の求めるジュエルシードは全て管理局の手の内である。
リンディ達からすれば、フェイト達はこれでこのまま姿を眩ますだろうから、この後はその足跡を追うのとプレシア方面からの2つのルートで彼女達を追いかけるつもりだったのだ。

モニターの向こうからリンディが消え、転送ポートから光が溢れる。

「これは、罠かしら?」

「というより罠以外に無いでしょう。彼女達は間違いなく消耗していますが、こちらが準備を整える前に仕掛けようという魂胆でしょうね。
 まだ諦めてないということが分かったお陰で、その準備自体が減りましたが。
 目的は……人質でも取るつもりでしょうか?」

ポートから歩き近づいてくるリンディの問いかけに、クロノは前を向いたまま指で口元をすくうような仕草をしながら答えた。

「そんなところかしらね。でもだからと言ってこの期を逃すわけには……
 ちなみにクロノ、罠が張られていたとして、貴方なら彼女達を捕獲できるかしら?」

その仕草をなぞって手を動かしたリンディが、そこに付いていたクリームを掬い取る。
そして慌てず騒がず冷静にそのクリームを舐め取った。

「愚問ですね。
 ……と言いたいところですが、今の僕の状態では罠によるとしか」

「じゃあ、第一波は通常の局員数名を送り込んで……」

「! ちょっと待って下さい! あれは!」

クロノの返答を受けてリンディが対応を決めようとしたその時、モニターに新たに人影が現れた。
それにクロノが驚きの声を上げ、リンディは焦る。だってそれはどう見ても……

「なのはさん!?」

存在をアピールしているアルフの元へ文字通り飛んで駆けつけようとしている白いバリアジャケットを纏った少女の姿だった。
確かにリンディは、高町邸を後にする時なのはに釘を刺さすことはしなかった。
だってそうだろう。そのようなことをしなくとも、指示が無い限り普通は待機する。指示が無いことこそが指示だと推測して。
普段が優秀な部下ばかりなせいで、なのはがあまりにもしっかりとしているせいで忘れていた。彼女がまだ9歳の女の子なのだと。
そして甘く見ていた。彼女の、良く言えば馬鹿正直さ、悪く言えば猪突猛進さを。

「クロノ!」

「はい!」

言われるまでも無い。クロノはすぐさま身を翻して転送ポートへ駆け、既に準備に入っていたエイミィがクロノがポートに飛び込むタイミングでパネルの転送開始のボタンを押した。







「あれって……アルフさん?」

なのはが魔力の反応を感じて急ぎそこへ駆けつけると、上空から見下ろす形でアルフを発見した。そして歓喜する。
彼女はフェイトのこと、そして何よりさつきのことが気になって、心配でしかたがなかったのだ。

「アルフさん!」

躊躇うことなく降下し、アルフの目の前に躍り出た。アルフはそれに魔力の放出を止めて向き直る。

「……ああ、あんたかい。良かったよ。誰も来ないもんだから心配になってたとこさ」

「さつきちゃんは? さつきちゃんはどうなったんですか!?」

「………………」

一も二もなく放たれたなのはの問いに、アルフは何故か黙り込んでしまった。それになのはの不安が増大する。
だがその沈黙になのは焦れ始めたその時、

《Stinger Ray》

上空から響く機械の音声と共に、アルフを無数の魔力弾が襲った。

「え!?」

巻き上げられた粉塵がなのはからアルフの姿を隠す。驚いたなのはが魔力弾の飛んできた方を見上げると、そこには杖を突き出して厳しい表情で地上を睨みつけるクロノが。
なのはの見つめる先でクロノは杖を構えたまま降下する。
アルフが魔力弾をろくに避けも防ぎもせずにモロに喰らい、倒れ伏したのを確認したクロノはその結果に拍子抜けし、しかしだからこそ周囲の警戒を怠ずになのはの傍らまで着陸した。そしてなのはに詰め寄る。

「高町なのは! 君は何をしているんだ!?」

「クロノ君!? 酷いよ、いきなり攻撃するなんて!」

ほぼ同時にクロノのいきなりの所業になのはが非難の声を上げるが、一体誰のせいだと思ってるのか。

「どう見ても罠だろうこれは! 大体指示も無いのに勝手に動くんじゃない!」

当然、クロノは反論するがなのははそれにキョトンとした顔をする。

「え? だってなのは達、今お休み中だよ?」

「…………あー!」

数瞬、なのはの言いたいことを理解し、頭を抱えるクロノ。まさかそうくるとは思ってなかった。

そうこうしているうちに、ピクリとも動かないアルフを中心に青色の魔方陣が展開される。
クロノ達の予想とは裏腹に、そのまま何事も無くアルフはアースラへと転送されてしまった。
念話で確認しても、気絶したふりをして向こうで暴れているということも無ければこの周囲にフェイトが居る反応も無いらしい。
色々と腑に落ちないが、何も無いなら今はそれでいい。それよりも、とクロノは手先の問題であるなのはへと向き直る。

「とにかく、君は今日はもう帰るんだ。色々な調べは僕たちがやっておく。
 分かったことは明日にでもすぐに伝えよう。フェイト・テスタロッサについても、弓塚さつきについてもきちんと聞き出しておくから」

「わ、私も……」

クロノの言葉に食い下がろうとするなのはだが、

「帰 る ん だ 。
 君には近いうちにまた働いて貰うことになるだろうし、
 明日の朝一番で分かったことを報告すると約束するから」

結局、有無を言わさず強制的に帰らされてしまうこととになった。







そしてアースラ。
捕まったアルフが目を覚まして直ぐ、その取調べは開始された。行っているのはリンディとクロノ、そしてエイミィ。
これまたアースラ側の予想に反して、アルフは至って大人しいものだったためそこまでの流れはとてもスムーズなものだった。
ここまでくると流石にリンディ達も気付く。もしかして彼女は、最初からつかまるつもりであそこに現れたのではないか、と。
そしてそうとなれば、対応もまた変わってくる。

「アルフだったか。もしかして君は……」

「ああ、あんたらに、話があるんだ」

やはりか。とリンディとクロノは顔を見合わせる。
しかし解せない。これまでの彼女達の必死さは尋常では無かった。それらを全て無に帰すかのようなこの行動。
そして現れたのがアルフ一人だけというこの状況。何かがあったのは間違いないだろう。

「どうも事情が深そうだ。
 正直に話してくれれば、悪いようにはしない。君のことも、君の主、フェイト・テスタロッサのことも」

「話すよ、全部。
 だけど約束して欲しいんだ。フェイトを助けるって。あの子は何も悪くないんだよ!
 ……それと、さつきのことも」

「約束する。記録もそこのエイミィが採ってる。安心して話すといい」

クロノが視線で示す先で、エイミィがアルフに向かって頷く。その言葉を受けてアルフは話した。フェイトの裏事情を。
全てはフェイトの母親、プレシア・テスタロッサの指示だったのだということを。
フェイトはこれまでも、プレシアに言われて様々なところへ実験材料の調達に駆り出されていたということを。
そして、今までフェイトの受けていた扱いを。元々手酷かったものが、このジュエルシードに関わってから明らかに虐待の域に達していたということを。
そして、遂にそれに耐え切れなくなった自分と、それに巻き込んでしまったさつきのことを。

それまで黙って話を聞いていたクロノが、話が一区切り付いたと判断したところで大きく頷く。

「話は分かった。それが本当なら、彼女には十分情状酌量の余地がある。安心してくれていい。
 勿論、僕達も全力で彼女を助けると約束しよう」

アルフの緊張していた空気が緩むのが感じられた。

「さつきさんは、無事なのかしら?」

そしてアルフの話を聞いたリンディが、さつきの居場所に裏づけがとれたことへの安堵と、話を聞いたことによる不安と共に、アルフへと訊く。

「分からないよ……フェイトが無事なのは分かるんだ。でもさつきは……。
 プレシアの奴、最初は瀕死のさつきを見て処分しておけなんて言ったんだ! 正直、どんな扱いを受けてるか……」

「………」

が、アルフの返答に、リンディは思わず黙り込んでしまう。

「お願いだ、さつきのことも助けてやってくれよ!
 あの子、馬鹿みたいなお人よしだ! ワタシ達からジュエルシードブン取っちまえば良かったのに、約束だからでそれをしなくて、
 こっちの都合に巻き込んじまったのに、ワタシを逃がす為に自分から攻撃喰らって……」

自分の言いたいことを、リンディたちがさつきを助けようと思えるようなことを全部伝えようと、アルフは目を泳がせながら次々と言葉を放っていく。

「それに、あの子、多分まだ願い叶えてない!
 前言ったんだ、フェイトは、その、優しいから、前払いで先に願い事叶えたら? って。
 そしたらあの子、願い事叶えたらうちらのこと手助けすること出来なくなるからいいって。
 元々、万が一の時にさつきだけでも願いを叶えれるようにってジュエルシード置いてったってのに、でも、さっきプレシアのとこに連れて来られた時、それっぽいとこ何も無かった……!」

「言いたいことは分かった、だから落ち着け。出来る限り、力を惜しまず努力すると約束しよう」

話しているうち、しだいに言葉が滅茶苦茶になってきたアルフをクロノが宥めた。
それに一応は落ち着いたのか、アルフは静かになって項垂れる。
それを見計らって、リンディが更に質問する。

「アルフさんは、さつきさんの願い事は知らないのかしら?」

「ああ……、どっか行きたいとこがあるって聞いたけど、それだけで詳しいことは何も」

リンディ達は眉を潜めた。
それだけのことならば、別にジュエルシードを使うまでも無い筈だ。もし地球の技術では無理だとしても、一応ユーノがそこら辺の交渉はしたと言っていた。
暗喩的な言い方か、それともまだ別に条件があるのか。

「それで、フェイトさんのことなのだけれど……、
 申し訳ないのだけれど、今までのフェイトさんの発言の内容と、貴方から聞いたプレシア女史の振る舞いで、差異がありすぎると思うの。
 勿論、フェイトさんが自分のお母さんを愛するとてもいい子なのは分かるのだけれど、それでもちょっと気になってしまって。
 何か心当たりとかあるかしら?」

「……昔は、優しい母親だったらしいよ。
 流石のフェイトでも、今の母親が何かおかしいってのは気付いてた。でもあの子、その大元はずっと変わらずに優しい母さんのままだって信じてんだよ。
 だから、今回のジュエルシードのことだって、きちんと持って帰れば、またあの優しい母さんに戻ってくれる筈だって、あの娘。
 でもさ、ワタシが生まれた時は、もうプレシアはあんなんで、ワタシはプレシアが優しかったとこなんて一度も……」

「分かったわ。ごめんなさいね、無神経なこと訊いてしまって」

アルフからとりあえずは聞きたいことを全て聞いたリンディとクロノ、そしてエイミィは、アルフの扱いを手早く決め、早速ブリーフィングルームへと向かった。










「う……ん? ……ん!?」

意識を覚醒させて早々に、さつきは疑問の声を上げることになった。
何せ、見覚えの無い空間で、ハンモックのような形で宙吊りにささえられているのであるからして。体の下にも何らかの力場があるようで、辛くはない。
更に周囲には、よく分からない大小さまざまな機材が点在していた。

(……あ、そっか)

そして周囲を見渡して、どこぞの中世のお城のような作りに、電球ではない色々と謎な光で照らされているその部屋の雰囲気に、さつきは気を失う寸前のことを思い出す。
思い出して、焦りと恐怖心がその体を支配した。
軽いパニック状態に陥りながら、さつきはその身を縛る拘束から抜け出そうと思いきり体を捻る。
しかし……

(と、解けない!?)

彼女の力をもってしても拘束を破ることができなかった、のでは無い。
どのように力を入れても、さつきの体が上下するだけで魔力の糸が伸びきらないのだ。
更に言うと、さつきが気絶している間にいらぬところからもエネルギーを抽出して復元呪詛が発動したのか、体がやたらとだるい。

さつきが更なるパニック状態に陥りそうになったその時、部屋の扉が開いて、一人の女性がその部屋の中に入ってきた。

「起きたようね」

「あなたは……」

感情の揺れるその隙間に水をさされ、一時とは言え我に返るなるさつき。
そこに現れたのは、先程フェイトを虐待していた、暫定フェイトの母親。

「じゃあ、話して貰うわよ。あなたのレアスキルについて」

「………?」

突然そのようなことを言われても意図の読めないさつきは当然、疑問符を浮かべる。
その女性はそんなさつきを冷たい目で見下ろし、その手に持つ杖が縮小して何らかの柄のような形状になるとそれを反転させその先から魔力の刃が飛び出し――

――その刃をさつきの太ももに突き刺した。

「ーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

絶叫するさつき。女性が刃を抜き取ると、そこから流れ出た血液が床を汚す。

「あっ……ううっ……あああ! っ……!!」

さつきは必死に傷口を押さえようとするが、気を抜いた瞬間に手と足が引っ張られ、逆に手で傷口を擦る形になってしまっていた。
数秒の後さつきの取った行動は、足はピンと延ばして動かないようにし、手で手首を拘束しているリングから伸びる魔力の鎖を握り締めて叫び声を堪えること。
そんなさつきの様子を彼女を傷つけた本人は無感動に見下ろし、さつきが暴れるのを止めると同時にその傷口に顔を近づける。

さつきが涙の流れる顔で恐々としながらそれを伺っていると、その女性が口を開いた。

「これよ。少しずつだけれど、傷口が治っていっている」

それまで無感動だった女性の顔に、喜悦の色が浮かぶ。
普段の復元呪詛には遠く及ばない、さつき自身でも自覚できない程ではあるが、肉眼でギリギリ確認出来るという異常な速度でさつきの傷口は治っていっていた。
彼女はあえて治り始めているとは言わない。

「おかしいと思ったのは、私から受けた雷撃によって受けた傷が、見る間に治っていった時」――


~~~~~


「そう言えばクロノ、あなたは気付いたかしら、さつきさんのレアスキルについて」

ブリーフィングルームである程度の情報整理と今後の動きが纏まった後、リンディがクロノへと切り出した。

「彼女のレアスキル……ですか?」

「ええ、特にあの回復能力について」

言われて、クロノは思案する。あれは目立ちはしないが、目下さつきの能力の中で一番厄介な代物だ。
人1人を倒すのに、過剰過ぎる威力なんていらない。そもそもあの威力も、さつき自身が未熟なせいで宝の持ち腐れとなっている。
しかしあの馬鹿力は、彼女の回復能力と合わさることでとてつもなく厄介なものへと変貌する。
だが、『気付いたか』とまで言われるような新たな情報には心当たりが無い。
そんなクロノを見て、リンディはエイミィに指示を出した。

「エイミィ、今日さつきさんが現れた時の映像、出してくれる?」

「はい」

エイミィがパネルを操作し、クロノ達の前にそれぞれ小窓のモニターが出現する。
そこに映し出されるのは、今日の事件時、沿岸にさつきが現れた時のもの。

「どうかしら?」

「………」

リンディの言葉にしばらく画面とにらめっこするクロノだが、結局分からなかったらしく、悔しそうに顔を伏せる。
それを見てリンディは再度、エイミィへと視線を送る。

「じゃあ、もう一つ。エイミィ、9日前の事件の終盤のところの映像お願い」

「はいはいー」

対するエイミィは何らかのクイズ感覚なのか段々ノリノリになってきた。

「んーっと、ここ」

と、別窓で流れ始めた映像をリンディが途中でストップする。
それと連携して止まるクロノ達のモニター。それはさつきがアルフの雷の中に突っ込み、倒れた時のものを拡大したもの。

「さて、これで分かるかしら?」

「…………………………」

再度にらめっこを始めるクロノ、そして、

「あっ」

「な!?」

何かに感付いた声を発したのはエイミィだった。しかもかなりすぐに。
クロノはそれに焦りの声を上げて振り向く。
リンディはそんな様子にクスリと笑い、エイミィに続きを促す。

「はいエイミィ、どうぞ」

「火傷の痕がありません」

確かに、非殺傷設定は対象に一切傷を付けない正に魔法の技術だ。
だがそれにも限度はある。その魔法そのものではなく、副次的な効果にはその効果は及ばないのだ。
例えば先の戦いでクロノが注意していたように、相手を思いっきり吹き飛ばせば相手は地面等との激突で怪我をするし、魔力弾に弾かれた石なども普通に相手を傷つける。
クロノ達の世界では魔法以外の兵器の使用を法律で禁止しているのだが、魔法でそこら辺にある固形物を射出するという、わざわざその法律の隙間を縫うように作られた魔法もあるくらいだ。
そして雷によって発生する熱もまた、その例に漏れない。

だがそのエイミィの答えにクロノは首をかしげ、

「? だからそれは彼女のレアスキルで治し……あっ!?」

直ぐに気が付いた。

「そう、雷に打たれて出来た火傷なんてもの、例え治癒魔法で治したとしても必ず痕が残ってしまう筈なのよ。
 何せ治癒魔法は"傷"を"直す"のではなく、"治す"魔法でしかない。あれほどの火傷、治ったところで痕が消える筈も無いわ」

「ではこれは……」

「ええ、彼女の能力は、自分の傷を治すなんてものじゃなくて……
 具体的に何が起こっているのかは分からないけれど、もっと別の、それも、結構とんでもないもののような気がするのよね」

確かに結構とんでもなさそうな現象だがイマイチとんでもなさが分かりづらい上に今のところはだから何なんだという新情報に、クロノが反応に困った。
確かに口慰みに出た内容のような流れだったがだからと言ってせめて落としどころは欲しかった。
そんなクロノを他所に、リンディは「ユーノさんはこのことを知っていて『回復能力』と言っていたのかしら?」等と呟いていた。


~~~~~


「あなたの体、調べさせてもらったわ。色々とね」

自身がさつきの能力の異常性に気付くまでの経緯を説明したプレシアが、遂に本題へと入る。

「案の定、貴方のこの力は"傷を治す"なんてものではなかった。
 まるであらかじめ自身の形がある形で固定されていて、それを保とうとしているかのような、そう、言うなれば『復元能力』」

プレシアがさつきの顔を探るように睨めつける。

「でも、それでは説明が付かないこともあった。だってあなたの細胞、きちんと常に成長し続けていたのですもの。元の形が設定されているのならば、成長はそこで止まっている筈。
 それにあなたの細胞、老化以外の要因で少しずつ壊れていっているわよね? 本当に注意深く検査しなければ分からないくらいだったけれど。この能力の代償かしら?」

疑問を投げかけるように言葉を発するが、答えは期待してなかったのだろう。
数瞬言葉を切るが、痛みに耐えるさつきが何も言わないのを確認するとそのまま続ける。

「でもこれの全てに説明を付けることも出来た。
 ……あなたのレアスキル、まだ不完全なのではなくて? 完成させることができれば、今この体の状態を、完全に固定化することも出来るんじゃあないかしら?」

ここまで来れば、誰だって相手の目的が何なのか分かるだろう。
さつきの伺う先で、プレシアは凄みをきかせて言い放った。

「教えなさい。あなたがこの力について知っていること、その全てを!」










あとがき

某所でエタったと勘違いされていたようですが……
誰がエタるかこのやろーーー!(蹴

……うん、本当にごめんなさい。でも続きを待っててくれる人が少しでもいる限り僕は絶対にエタりません
エタるにしてもこ↑こ↓の前書きら変にその旨書きます

さて、散々待たせてしまっておいてこれだけというのはふざけんなだと思いますので、次の話は明日載せます。
そっから先は5日ごとに載せていきます。
なげーよと言われるか分かりませんが、そうしないとまたすぐ月一更新とかになってしまうのですいません。

しかし本当に書き溜めにしといてよかった。何度重要な部分書き直したことか……



[12606] 第23話
Name: デモア◆45e06a21 ID:95f9b2a6
Date: 2015/05/31 14:00
さつきは、用意された部屋で座り込んで退屈な時間を過ごしていた。手足の拘束は解かれているし、部屋から出ないようにとは言われているが一応動き回ることは出来る。
太ももの傷はまだジクジクと痛むが、もう傷口は塞がっているし何でもないレベルだった。
普通なら、自分はこれからどうなるのか、どうされるのか分からないことからの極度の緊張で気でも触れてもおかしくは無い状況であったが、幸いさつきにはある程度安心できるだけの事情があるのだ。
少なくとも、今すぐ自分がどうこうされるという訳では無いという保証があった。

というのも、話は先日さつきがフェイトの母親に問い詰められた時まで遡るのだが、
さつきは最初恐怖に震えながらも、能力については把握してるのは効果だけで自分でもあまり良く分かってはいないと伝えたのだ。
気が付いたらこういう体になっていたと。
これでフェイトの母親が何かしら――例えば再度ナイフを振りかぶったりした場合にはさつきは色々とペラペラ喋った自信があったが、何故か彼女はさつきに疑わしげな視線を向けただけであっさりと引き下がったのだ。
さつきが怪訝そうな表情をすると、彼女はさつきにこう説明した。

曰く、貴重なサンプルを失う訳にはいかないと。

どうやら世界には"使用者の心が折れると使えなくなる能力"というものがそれなりにザラにあるらしく、さつきの能力がこれに分類される可能性を危惧したらしい。
他にもここに拘束するのはあと数日中だけだとか、貴重なサンプルなのだから殺すなんてもってのほかだし、変に体をいじくることもしないというのもわざわざ説明してくれた。
どう考えても、さつきが精神的にまいってしまうのを防ぐための処置であった。

だがそのお陰で、さつきの心はそりゃもう不安と不安と不安で一杯だったが、何とか安定を保っていたのだ。
更に言うと、目的の完了まで大人しく、協力的にしていれば全てが終わった後でこちらの願いを叶えるのに協力してくれるのもやぶさかではないと言う。
これは信用していいかどうか微妙なところであったが、それでも期待するなという方が無理な話だ。逃げることやフェイトについて聞くこと等を躊躇ってしまうくらいには意識してしまっていた。

さて、流石のさつきでも自分がこんな状態の時に(既に自分のことについては諦めてしまっているならまだしも)他人の心配が優先出来る程聖人ではないが、
それでも自分の今後ばかり考えていても気が滅入るというか本格的にまいってしまうので、さつきの思考は自然と色々な方面に向く。

それはフェイトの心配であったり、何故フェイトがあんな母親にあそこまで尽くしているのかという疑問であったり、
あの時無事逃げ延びたらしいアルフに希望を見出していたり、フェイトの母親のジュエルシードを求める目的の推察だったりしたのだが、この時さつきの意識が向いたのは周囲の風景であった。

別にコードやら電極やらが取り付けられている訳では無いが、その部屋に置かれている数個の機械はどう考えてもさつきの体を検査している。
まぁそれは置いておくとして、建物の作りは最初に目を覚ました時に感じた通り、よく物語で描かれるような中世のお城とかお屋敷とかみたいな感じ。
基本的に石造りで、所々がSFチックでやけに機械的。
この建造物は、世界同士を島とした場合の海、星とした場合の宇宙のような空間を浮遊しているらしい。さつきが逃げ出せない最大の理由もそこにある。
そして窓から外を眺めてみると、その空間の景色は、紫と言っていいのか黒と言えばいいのか……
闇色というものがあるとすればこのような感じだろうという色をした空間が、まるで海中の水のようにうねっていて、更にその中にオーロラのようなものまで溶け込んでいた。

(――んー、やっぱりなーんか、違和感があるような……)

何かが釈然としない。こうやって周囲を見渡す度に、そんなどこかもどかしい気持ちがさつきの胸中に沸き起こるのだ。
建物の作りになのかその他の何かになのか、何に対してか分からない違和感を抱えながら、さつきはフェイトの母親が再び部屋に入ってくるまで頭を悩ませていた。










次の日の朝、以前なのはがユーノの散歩と銘打って訓練をしていた時間。
なのはの元へアースラから――正確にはクロノから連絡が入っていた。

「――君の話と現場の状況、そして、彼女の使い魔、アルフの証言と現状を見るに……この話に、嘘や矛盾は無いみたいだ」

アルフの話によって分かったことを、ありのままに伝えたクロノ。
ただ一点、さつきについては、無事であることが確認されたことと、今現在はプレシアの拠点にいる可能性が高いというところで止めた以外は。

「どうなるのかな……?」

「プレシア・テスタロッサを捕縛する。アースラを攻撃した事実だけでも、逮捕の理由には、お釣りが来るからね。
 だから、僕達は艦長の命があり次第、任務を、プレシアの逮捕に変更することになる。
 君はどうする? 高町なのは」

「それ、訊くの?」

クロノの問いに、なのはが半眼になる。それにクロノは呆れたような、諦めたような笑みを浮かべる。

「分かった。フェイトのことは君に任せよう。アルフもそれに同意してくれている」

準備のいいことである。どうやらクロノの方でもただの確認だったらしい。

なのはの顔に活気が満ちた。こうなると、なのはは強い。
思い悩む時はとことん思い悩むし他人の心配もとことんするが、
なのはのようなタイプは、一度進むべき道が照らし出されれば、そして更にそのやるべきこととやりたいことが一致すれば、とても強くなることができるのだ。

「うん、ありがとう。
 クロノ君、フェイトちゃんまだ、ジュエルシード諦めてはいないんだよね?」

「ああ、アルフの話からして、プレシアがまたフェイトにジュエルシードを集めさせようとする可能性は高い」

まあ、クロノ達もそこら辺は理解しているので、さつきに関する情報をある程度で止めたり、
今朝早くに本局から届いたある情報――フェイトについての疑問が、全て氷解するとある情報を伝えなかったりしているのだが。

「だったら、一応、考えてることがあるんだけど……」

「ん? 何だ?」

「考え方は昨日と一緒だよ。だから――」










そして学校において。

「なのはちゃん! よかったー元気で!」

「うん、ありがとうすずかちゃん」

太陽は輝き、温かい日差しの降り注ぐ青空の下、すずかとなのはは両手をつかみ合って再会を喜んでいた。

「ほんと、元気そうで良かったわ」

「ごめんねアリサちゃん」

「ちょっと、なんですずかには『ありがとう』で私には『ごめん』なのよ!」

そしてアリサの返しに2人は思わず笑い合う。
再会早々、なのは、すずか、アリサの友人三人組は早速花を咲かせていた。

「……で、まだ終わってないんでしょうね」

「え?」

すずかと一緒に笑っていたなのはだったが、腕を組み、若干不機嫌そうに放たれたアリサの言葉に思わず聞き返す。
普通ここは、『もう終わったの?』と聞く場面ではないだろうかと。

「えじゃない。あれだけ心配させといてこれだけ待たせといて、そんな中途半端で全部終わったなんてふざけたこと言ったら、はったおすわよ」

なのはがすずかに目を向けると、困ったような笑顔で黙って頷かれた。どうやら2人にはすっかりお見通しらしいと、なのはも困ったような笑みを浮かべる。

「うん、また明日から、向こうに行かなくちゃいけないんだ」

「そっか……、大変だね」

「うん、でも……、
 上手くいけば、明日で終わりそうなんだ。明日で、絶対、全部終わらせるから」

心配そうな声を上げるすずかに一度首肯し、なのはは自分の状況を少しだけ、少しだけの決意と共に2人に話した。
そしてそのなのはの言葉に、ではなく、また別のところに、彼女の親友であるアリサとすずかは満足げに頷く。

「……そっ、なら今日は、思いっきり遊ばなきゃね!
 という訳で放課後は私の家に集合! 新しいゲーム、とっておいてあるんだから」

「「おー!」」

それまでの空気全てを吹き飛ばすかのように宣言されたアリサの言葉に、なのはとすずかは右手を突き上げて歓声を上げた。







『ティロ・フィナーレ!』

『私って、ほんと馬鹿……』

「んな!? これってゲージMAX技を解放回避出来るの!?」

「その技にだけ対応してるみたい。
 でもこのキャラ、解放させちゃったらもうただの的だよ……」

『もう誰も頼らない』

『もう何も怖くない』

「アリサちゃん、相手が解放したからってそれに合わせて解放するのは……」

「う、五月蝿い! EXガードの度に10フレ時止めモードとか、一撃必殺に賭けるしかないでしょーが!
 大体何ですずかはEXガードがそんなにポンポン決まるのよってあー!?」

『もう絶望する必要なんて、ない!!』

「うわーなのはちゃん、凄い。一番発動させるの難しいって技なのに」

「……なのは、あんたこれ本当に初見プレイでしょうね?」

『ロードローラーだ!』

『こんなの絶対おかしいよ』

そんなこんなで、彼女達は今アリサの家で普通に格闘ゲームをやっていた。実はこの娘達、かなりのゲーマー揃いである。
テレビや机、ソファーの周りは綺麗に片付けられているが、少し離れたところにはRPGからスポーツゲームまで、多種多様な種類、機種のゲームが用意されていた。
既に幾つかは満喫済みである。

「じゃあ、次はこれにしましょうか」

言ってアリサが示したのは、オーソドックスなアクションゲーム。
数分後、開始早々扉に偽装した敵に自分から突っ込んで死亡したなのはの愕然とした声と、その様子を隣で見ていた2人の笑い声が、部屋の中に響いた。







「っはー、中々燃えたわー!」

「やっぱりなのはちゃんがいた方が楽しいよ」

「えへへ、ありがとう」

時は既に夕暮れ、あらかた遊びつくしたなのは達は、丸机をジュースとお菓子で囲んで運動(?)後の休息に入っていた。

「でも、なのはちゃん本当に元気そうでよかったよ。
 お姉ちゃんの話だと、また何か心配事があるみたいだって話だったから」

「え? ……あ、うん、ちょっとね」

そんな中、不意にすずかからなのはへそんな言葉がかけられる。
それに一瞬呆けたなのはだったが、原因とルート、その両方に心当たりを見つけて素直に白状した。
そしてそれに、なのはの顔をチラチラと見ながら、何気ない風を装って乗っかってくるアリサ。

「何よ、その心配事ってのも、解決してないの?」

「うん、まだちょっと。
 でも、その為にやらなくちゃいけないことは、もう分かってるの。あとは、なのはにそれがちゃんと出来るかってだけだから」

「……それが、明日?」

「うん」

アリサの問いに、なのははその瞳に決意を宿して答える。絶対に、やり遂げてみせると。

「……出来るよ、なのはちゃんなら」

「ねえ、やっぱ私たち……ううんごめん。なのはなら心配してないわ。あんたなら絶対出来るって!」

なら、アリサたちに出来ることは、やっぱりただただ信じてあげることだけで。

「――ありがとう」

なのはにとって、それはとても、これ以上ない程に強力な贈り物だった。

「あっ、そうだ!
 もし全部上手に行ったら、新しいお友達を2人……ううん、3人紹介することになるかも」

「ほんとう? じゃあ、歓迎会の準備しておかなくっちゃ」

「何よ。なのはったら、何してるのかと思えば私達ほったらかしてそんなことしてたんだ」

「ア、アリサちゃん……」

「ま、期待して待ってるわ」

「――ふふっ」

「はははっ」

全部が終わってその後も、"みんな"でこの楽しい、温かい空間を共有したい。それこそが、なのはの戦う理由なのだから。












朝日の眩しい、まだ回りが静かな時間。

「風は空に」

友からの激励を受け取った少女はその後も、続けて日常に身を委ねていった。

「星は天に」

普段と同じようでいて、しかしそれでもはっきりと分かる家族の温かい心遣いを受け、見送られて再び身を投じたこちら側の、今日は決戦の日。

「輝く光はこの腕に」

そして今、彼女――なのはは朗々と声を響かせる。

「不屈の心はこの胸に!」

それは、彼女が始めてレイジングハートを手にした時に唱えた始動キー。

「レイジングハート、セットアップ!」

今彼女がいる場所は、海鳴市近辺の海上に展開された巨大な結界の中。
その中にある、先日までは無かった数々の巨大な建造物のオブジェクトのうちの1つ。

「ここならいいよね……出てきて、フェイトちゃん」

半壊したドーム状の、中央に水溜め場が据えられた建物の中で、バリアジャケットに包まれ、杖を手にしたなのはは独り言のように虚空に声を発した。
普通なら返ってくることのないその声に、声では無く、背後に何者かが降り立った音が返答する。

なのはの見つめる水溜め場に、背後に佇むフェイトの姿が映し出された。







まずは目論見通り現れたフェイト、それに最初にリアクションしたのはアルフだった。
彼女に向かって、アースラから通信越しにアルフの声が響く。

『フェイト、もうやめようよ! これ以上、あの女のいいなりになってたら!』

だがフェイトは、それに無言で首を振るだけ。
だが、それは予想通りの反応。

「諦められる訳なんて無いし、捨てちゃえる訳なんて、もっとないよね」

そんなフェイトの姿を見て、なのははポツリと呟く。
その声が届いたのか、フェイトの眉がピクリと動いた。

「フェイトちゃん、私の意思、私の気持ちは、こないだ伝えたよ」

なのははもう何度したかもしれない、自分の道標を、もう一度思い浮かべえる。

過去の自分。お父さんが入院して、家族全員が忙しくなって、ずっと一人でいた自分。
寂しくなかったなんていうのは嘘だ。ずっと寂しかった。
だから一人ぼっちが寂しいのは、少しだけど分かるつもりだ。

一人ぼっちで寂しい時に、一番して欲しかったことは、
大丈夫? って聞いてもらうことでも、優しくしてもらうことでもなくて。
おんなじ気持ちを分け合えること。
寂しい気持ちも、
悲しい気持ちも半分こにできること。

同情して欲しいんじゃない。気遣って欲しい訳でも、特別扱いして欲しい訳でもない。
同情や気遣いは、それは相手に自分との壁を作る行為だ。自分とは違うから、同情できる、気遣える。
特別扱いは、お前は周りとは違うのだというメッセージだ。周りと違うことへの優越感なんて、自分とのおんなじが居ないことへの寂しさには簡単に塗りつぶされてしまう。
そんなモノは、いらない。
ただ、一緒にいて欲しかった。おんなじでいたかった。
おんなじ世界で、半分こにしてくれる相手がいただけでどれだけ救われただろう。

だから私は、この子と友達になりたいんだ。
私、この娘と分け合いたいんだ。

なのはの周囲を、見せ付けるかのように12個のジュエルシードが取り囲む。フェイトも、それに呼応するかのように9個のジュエルシードを提示する。

「賭けよう、私達の持ってる、全てのジュエルシードを。」

――きっかけは、ジュエルシード。
なのはとフェイト、彼女達の接点は、色々あるようでいてその実、ジュエルシードという魔法のアイテムのみ。
それが無ければ、今すぐにでもただの他人になりさがってしまう、そんな関係。
でも、それでいい。少なくとも、きっかけだけは用意されているのだから。

「私達の全ては、まだ始まってもいない。
 だから、ホントの自分をはじめるために、始めよう、最初で最後の本気の勝負!」

なのはが振り向き、お互いに杖を突きつけ合う。
お互いのデバイスのコアが一際同時に輝き、展開していたジュエルシードを取り込むと同時に、戦闘が開始された。







「戦闘開始、かなー」

「ああ。
 戦闘空間の固定は、大丈夫かい」

アースラのメインルームでは、幾人かの人間が戦場を見守っていた。その中で、今言葉を交わしているのはクロノとエイミィ。

「うん、上空まで延ばした二重結界に戦闘訓練用のレイヤー建造物。
 誰にも見つからないし、どんだけ壊しても大丈夫」

「うん」

クロノは満足げに頷くクロノを見て、今度はエイミィがクロノに呼びかける。

「しかし、ちょっと珍しいね。クロノ君がこういうギャンブルを許可するなんて」

「なのはが勝つにこしたことはないけど、勝敗は、どう転んでも関係ないしね」

(それでも一時的とは言え相手の手にロストロギアが渡っちゃうかも知れないリスクがある時点で、十分ギャンブルでしょうにまったく)

思わず心の中に湧き出た突っ込みを、エイミィは苦笑いと共に胸の内に押し込めた。そして話の流れをクロノに合わせる。

「なのはちゃんが戦闘で時間を稼いでくれてるうちに、フェイトちゃんの帰還先追跡の準備っと」

「頼りにしてるんだ。逃がさないでくれよ」

「了解ー! ……でも」

この2人の関係なりのクロノからの激励に、元気に返事を返すエイミィ。
しかし次の瞬間には彼女は先程までの空気はどこへやら、多少の影を落とす真剣な表情。

「なのはちゃんに伝えなくていいの? プレシア・テスタロッサの家族と、あの事故のこと」

尋ねたのは、昨日本局から届いた例の情報により判明した様々な案件について。

「何のために弓塚さつきのことも黙っていたと思ってるんだよ。
 勝ってくれるにこしたことはないんだ。今は、なのはを迷わせたくない」

その為に、アルフやユーノにもフェイトにさつきのことを質問しないようにと釘を指しておいたりもしたのだ。
クロノはエイミィに、こちらも影を落としながら返答する。

「何だよ、フェイトに何かあったのかい!?」

しかしその会話はアルフにとっては当然聞き逃せないものだった。
それまで離れたところで心配げにモニターを見つめていた彼女が、話に喰らい付いく。ちなみにユーノは現場の1つの建造物の屋上にいる。

「いや、ただ……
 分かったんだよ。プレシアが、君の言うようにフェイトに辛く当たる理由が」

「何だと!?」

掴みかかろうとでもしたのか、アルフは鬼のような形相になってクロノへと駆け寄ろうとして、次の瞬間には周囲にいた局員に取り押さえられていた。

「くそっ、離しなよ!
 何だってんだいあの鬼婆の態度は! 聞かせなよ! もしくだらないことだったら……!!」

何故あの自分の主人はあのような酷い目に合わなければならないのか、その真実を知ることが出来ると知り、アルフは必死にクロノに喰らい付く。
だがクロノはそれを拒否する。

「確証がある訳じゃないんだ。
 それに、今はまだ君たちには話すべきことじゃないと思っている。
 話すとしたら、この事件が終わった後に、フェイトと一緒にだ」

「何だよそれ……!
 …………クソッ」

勿論納得のいかないアルフだったが、数瞬クロノとにらみ合った後にそう吐き捨てて顔を落とした。

その騒動を隣で聞いていたエイミィは、モニターの向こうで舞う少女に向かって思わず願う。

(なのはちゃん、フェイトちゃんを、お願い……)

奇しくもそれは、それに至った経緯と込めた想いは違えど、その時のクロノとアルフ、そしてリンディの思いと重なっていた。

海上の戦闘は、一方的なものになりつつあった。










「なん、で」

得意の高速機動で海上を飛びながら、フェイトの口から零れる言葉。そこには、隠し切れない動揺と焦りが含まれていた。

(始めて会った時は、魔力が強いだけの素人だったのに!
 何でこんなに!)

フェイトがビルの壁を縫うように飛ぶと、窓ガラスがその衝撃で砕け散る。
そして無事だったビル本体を、ピンク色の魔力弾が粉砕していった。

(威力が高いのは前から、防御が硬いのも前から、スピードだってそこまで変わってない!
 動きからぎこちなさが減ったのと、判断スピードが上がったのは分かるけど、でも、それだけで!?)

――何故自分はこんなにも押されているのか。

追撃の魔力弾から逃れきったフェイトは、すぐさまなのはの頭上を取る位置へと移動する。

「フォトンランサー、ファイア!」

《Photon Lancer》

その身の焦りを振り払うかのように、真下へと放つ4つの魔力弾。
更にその後を追うように自身も急降下する。
対してその視線の先にいる少女は、周囲に5つの魔力弾を作成し一声。

「シューート!」

繰り出されるのはいつもの誘導型の魔力弾。しかしそれは今回はまるで直射型のように打ち出され、うち4つはそれぞれの魔力弾同士で直撃、相殺した。

「くっ!」

そして残る一つ、自身へと飛来したそれをフェイトは体を捻り、コースから外れることでかわす。
攻撃の期を逃し、一旦仕切りなおそうと飛ぶフェイトの視界の片隅で、先程の魔力弾との直撃地点で光の輪が収束していた。

(あれをあのまま防御していたら――)

「たーーーーーーーーー!」

そして、魔力弾をかわしたフェイトを追撃するように、また計らずも思考の隙を突く形で、レイジングハートを下段に構えたなのはが突貫する。

「っ!? くっ!」

振り上げられるレイジングハート。防御するバルディッシュ。
フェイトは無理に受け止めることはせず、そのまま勢いにのって距離を取る。

(一発大技で決めてしまいたいところだけれど……)

上空へ退避したフェイトが見つめる先には、周囲に新たに数個の魔力弾を漂わせたなのはが。プリベントシューターの応用だ。
彼女は殆ど絶えず周囲に数個は魔力弾を展開させており、こちらが大技の準備に入ろうとするとすぐさまそれらを向かわせてくるのだ。

(何で、こんなに、手古摺るんだ!!)

自身の冷静さがどんどん失われていっていることに、フェイトが気付くことは、無かった。










――フェイトちゃん、私ね、最初フェイトちゃんのこと、悲しい目をした子だなって思ってた

振り下ろされた鎌形態のバルディッシュの魔力刃を、なのはがシールドで受け止める。

――だから、お母さんの笑顔が見たいから、って理由を聞いた時、フェイトちゃんの顔が活き活きと輝いていたとき、私嬉しかった
――フェイトちゃんにはちゃんと、居場所があるんだってこと、分かったから

頭上を越えて背後を取ろうとしたフェイトを、なのはは体を反転させると共に魔力弾を放つことで牽制する。

――でも、その次に会った時のフェイトちゃん、何かおかしかった。その時は何なのか分からなかったけど、アルフさんの話を聞いて、今戦ってて、やっと分かったよ
――フェイトちゃんの目、全然今を見れてないよ

自身の進行方向に放たれた魔力弾をフェイトは急激な機動変化で避け、魔力弾を乱射しながら後退する。
なのははそれを、あるものは避け、あるものはシールドで防いでいなしていく。

――今のフェイトちゃんは、お母さんの役に立ちたいから必死になってるんじゃないよ
――今のフェイトちゃんの必死さは……

バルディッシュの先端が変形し、先端の装甲が突き出される――まるで槍の――ように展開する。
フェイトはそれに体を一直線にするように構えると、なのはに向かって突撃した。

――そんなんじゃ……

「そんなんじゃ、駄目だよ、フェイトちゃん……」

突き出されたフェイトのバルディッシュを、なのははシールドで受け止める。
重い衝撃と共にフェイトの突進は止まり、なのははその衝撃をそのままにシールドを消して体を反転させる。

そして、押し返してくる筈の力が無いことによってつんのめったフェイトの体に向かって、レイジングハートを思いっきり振り下ろした。
だがフェイトもさるもの。咄嗟に回転することによって体の上下を入れ替えバルディッシュを引き戻し、胴体への一撃を受け止めて――あらかじめ仕掛けてあったバインドによって拘束された。

「なっ!」

更に、バルディッシュと交錯するレイジングハートの先端にチャージされていく、魔力の塊。

「もしフェイトちゃんがもっとちゃんと私を見てくれていたら、もっといい勝負、出来たかも知れないね」

悲しげにそう言い、わずか半歩、下がるなのは。フェイトの眼前に突きつけられる、杖の先端。

(私、負ける……?)

「ディバイーン」

回避どころか、防御すら許さない――零距離砲撃。

「バスター!!」

(嫌だ、私は、負けたくないーー!)

――――もっと、もっと力を!









あとがき

いやー、ゲームシーンで、《竜騎士闘伝・USB》や《葬志貴》を出したい誘惑は強烈でしたねぇ --;
あと個人的な趣味でボーダーブレイクも
あと中の人ネタでACのAI関係入れようと思ったけど無理だった

信じられるかい? これ書いてた時まだまどマギバリバリに現役だったんだぜ……

生きてたかとかもう諦めてた米の多さに本当に頭が上がりません。チラシの裏に一発ネタとか投降してたけどやっぱ気付かれなかったか……
エタるなら前書きんとこに報告書きますし、生きてるなら偶に生存報告しますので半年くらい報告が無ければ死んだと思ってください

ところでこの書き溜め期間中、2、3度某スレにお世話になったのですが、
今回の内容のとこでこんなやり取りが

Q.次元空間の描写が難しすぎてこまる……
A.まるでウルトラセブンのオープニングのようなって書けば一発

的確なんだけど……! 的確すぎるんだけど……っ!!ww
あのスレ住民の方々には色々と本当にお世話になりました m(_ _)m



[12606] 第24話
Name: デモア◆45e06a21 ID:95f9b2a6
Date: 2014/04/30 03:14
「いやー強いねーなのはちゃん。クロノ君も指導したかいがあるってもんじゃありませんかー?」

「バインドの使い方を少し教えてあげただけだよ。しかし、まあ、むちゃくちゃだな」

「ん?」

海上での戦闘を見て、エイミィとクロノは口慰みに言葉を交わしていた。

「いや、僕の場合は相手の動きを先読み又は誘導して、更に無駄な行動を取って隙をさらしたりしない為に相手の動きの出を確認してからバインドをかけるんだが……
 バインドをかける地点での相手の体制とかも予測しないといけないし、いくらなんでもこの短期間でそこまで出来る訳がないと言って最初は断ったんだ。
 それでもパターンだけでもありったけ教えて欲しいと言って聞かなかったから、手当たり次第に説明していったんだが……」

「……えー、もしかして」

「ああ、パターンに入りそうになった時点で、見境無しにバインドを連発しているな。しかも相手がどんな体勢でもいいように無駄に何重にも」

「うわぁ……」

流石に非戦闘員のエイミィでも、その燃費の圧倒的悪さは分かったらしい。完全に疲れたように話すクロノと、呆れ10割の感嘆の声。

「でもまぁ、それにしても……フェイトちゃんの動き、私でも分かるくらいに酷いんだけど」

「ああ、彼女、完全に目の前が見えてないな。
 彼女の基本戦術は高速起動を活用したヒットアンドアウェイだが、それ"だけ"だと何の脅威でも無い。
 ヒットアンドアウェイは揺さぶりの戦術なのに、今の彼女はただ力任せに突っ込んで撤退のワンパターンになってしまっている。
 あれではそのうち……」

クロノが話しているうちに、画面のフェイトは杖の形状を槍のように変形させ、なのはに突っ込んで……

「あっ」

「つかまったか」

「今の動きって……クロノ君がさつきちゃんにやろうとして吹っ飛ばされた……」

「ぐっ、エイミィ!」

「でもこれで終わりかなぁ……うわぁ、容赦ないねなのはちゃん」

クロノの叫びを無視して話を進めるエイミィ。
拘束されたフェイトの眼前で魔力をチャージし、零距離で突きつけるなのはに冷や汗を流す。

「ああ、流石にこれは……何だと!?」

「えっ!?」

そして、桜色の魔力の奔流がフェイトを飲み込む、その瞬間に溢れた蒼色の光と莫大な魔力反応に、クロノとエイミィだけでなくブリッジにいた誰もが驚きと焦りの声を上げた。










なのはは、咄嗟に反応が出来なかった。
あまりに予想外すぎて、最早慣れ親しんでしまったような感覚に判断が追いつかなかったというのもあったし、
大技を撃った直後の、どうしても襲ってきてしまう気の緩みのせいで思考が周らなかったというのもある。確実に直撃させたのだからなおさらだ。
だから、

「フォトンランサー、ファランクスシフト」

「――え?」

なのはは、膨大な密度の魔力同士が激突したことで周囲に散らばった魔力素によって発生したベールの向こうから聞こえて来た声に、そこから飛び出して来た青色の魔力弾に、呆けた声を上げることしか出来なかった。

「っきゃあ!?」

《Master!》

顔面に飛んでくる物体に対して咄嗟にまぶたを閉じるように、直撃の寸前、反射的になのはが発した防御の意思に反応してシールドが張られる。
シールドは魔力弾の刃先を掴み取るような形で発生し、構成も不完全なそれは数瞬耐えることも出来ずに砕かれ、魔力弾がなのはを襲った。
しかも魔力弾は1つではない。無数の、終わりの見えないくらいの魔力弾の連激が次々と飛んでくる。

なのはは体を丸めて襲ってくる衝撃を必死で耐え、破壊される側からシールドを死に物狂いで作成し続け、レイジングハートは魔力をバリアジャケットへと回す。
なのはの体が魔力素の粉塵で覆い隠される。

「なのは!」

永遠に続くのではと思える程の衝撃からなのはを救ったのは、駆けつけたユーノだった。
彼はなのはを襲う弾幕へと一瞬ひるみながらも突っ込み、なのはの前に立って全力でシールドを張る。

「ユーノ君!?」

ユーノはシールドを襲う衝撃に歯を食いしばって耐え、一瞬の隙を突いてなのはを抱えてその弾幕から飛び出した。

「なのは、一対一だからなんて言ってる場合じゃないよ!
 何が起こったか分かってるよね!?」

「う、うん……」

ためらいがちに頷くなのは。まだ信じられない部分もあるのだろう。
更に今彼女は傍目から見ても満身創痍だった。息切れは激しく、バリアジャケットもボロボロで覇気も無い。魔力だって先程までの無茶な戦い方と今の必死の防御で底をつきかけているだろう。
ユーノの顔に冷や汗が流れる。
しだいに粉塵が晴れ、その先にはフェイトが佇んでいた。
だが、その姿は先程までとは異なる。金色に輝いていた髪は水色に変色し、リボンやマントの裏地も青になっている。
バルディッシュの形状も変化し、通常状態では角ばった斧のような形だったのが丸みを帯びた刃物のように、先程の槍形態の時に突き出していた部分は鋭く尖っている。更にその反対側へはまるで羽のように突起物が突き出していた。

更に、そのフェイトの顔は、先程までのフェイトなら絶対に浮かべないであろう表情――喜悦を宿した笑みを浮かべていた。

(まさか、ジュエルシードを発動させるなんて……!)



ジュエルシードは、使用者の願いを叶えようとする宝石だ。
それが使用者の望んだものにならないことは多々あるが、それは別にジュエルシードが願いを歪んで叶えたとかそういう訳では無い。
ジュエルシードは人間では無いのだ。人間のように相手の内面を察して不足部分を補間するなんてことなど出来はしない。

例えば、この事件の最初に出てきた猿や犬、彼らは強くなりたいと望んだ。だから肉体を強化され、更に大きな力をふるえるように凶暴化された。ジュエルシードには、何故力が欲しかったのかが分からないからだ。
例えば、巨大な結界を作ってしまった男の子と女の子。彼らが望んだこと、この2人でいる時間がずっと続けばいいと思った。
だから2人を外界から遮断し、彼らを護る鉄壁の結界を張った。ジュエルシードには、あの2人が一緒にいたいと願った理由が理解できなかったからだ。
例えば、ユーノの時。ジュエルシードは彼を彼の理想の人物にしようとした。ジュエルシードには、変化した後のことは考えられないからだ。
例えば、アリサの時。彼女はあの時なのはを探しており、また自分の抱いている気持ちをなのはが理解してくれることを望んだ。
だからジュエルシードは彼女をなのはの元へと送り届け、更になのはにはアリサの感情を流し込んだ。
これは結局結果オーライとなったが、それでもこれはアリサの望んだ形では無かっただろう。下手したらなのはとアリサの精神が常にリンクするような事態になってしまっていたかも知れない。

結局、ジュエルシードは機械と同じなのだ。こちらの言うことはきちんと聞いてくれるが、条件をきっちりと指定しなければ後は向こうが勝手に決めるしか無い。
そして心なんて持ち合わせていないジュエルシードには、本人が本当に望む形を推察することなどできはしない。
だが、逆に言えば、明確に望んだ部分だけは、ジュエルシードはしっかりと叶えてくれるのだ。



「すまない、遅くなった!」

「フェイト……!」

なのは達の傍らに魔方陣が現れ、そこからクロノとアルフが飛び出してくる。流石にこれは見過ごせない事態になったと判断したのだ。
アルフも連れてきた理由は、まぁ説明せずとも分かるだろう。置いていくと何をしでかすか分からなかったためである。
クロノ達がなのは達の横に並ぶと同時、フェイトが口を開いた。

「いいよ、認めよう。君は強い! 今から君は僕のライバルだ!」

「「「「   ・   ・   ・   」」」」

「だがどうしたんだそのザマは!?
 仮にもこの僕のライバルともあろうものがあれぐらいの攻撃、ものともしないぐらいでないと困るのだがな!」

「「「「………………………」」」」

「ん? どうかしたのか?」

固まっていた4人が、バッと円陣を組む。

「フェ、フェイトちゃん性格変わってない!?」

「ほ、ほら他の暴走体も凶暴になったりしてたし、それと同じじゃないかと……。
 ほら、僕の時も妙に自信家になってたし」

「で、でもあれって……」

「ああ……」

((((なんと言うか……すごく……))))

「こらー! 人のこと無視して何コソコソやってんだよおまえらー!」

いつまで経っても自分に反応を示さない4人に焦れたのか、遂にフェイトが怒り出した。
体全体を使って自分、怒ってますアピールをしている。

「大体何だよお前ら! 一対一の尋常な勝負に横から槍入れるとは!
 おいライバル! お前そんな手段で勝って満足か!? 僕はいやだね!」

完全に言葉の使い方を間違えている。

「いいか!? ライバル同士ってのはな! 常に一対一で周りの奴もそれを分かってて、
 えーとえーと、うおおおおお! で ばばあああああん! で どっかあああああん! で まそっぷ! な関係なんだよ!」

最早意味不明である。しかも段々ボロが出てきてる気がする。
どう反応すればいいのか困った4人はもう丸投げすることにした。

《とにかく、彼女は僕達で何とかしよう。なのは、君は下がってるんだ》

《だ、だけど……!》

《クロノの言う通りだよなのは。もう魔力だって殆どないだろう?
 今は回復に専念して、いざって時に大きなの頼むよ》

《主人の過ちを止めるのも使い魔の勤めってねぇ! 今はワタシ達に任せときな》

《う、うん……》

流石になのはも、自分の状態が分からないほど馬鹿では無い。
ならばと、ユーノの言う通りせめて1撃だけでも全力でいけるようにと、安全圏まで退避を始める。

「あ、おい逃げるな卑怯者! 逃げるならせめてジュエルシードを置いていけ!」

当然、フェイトは自分に背を向けて逃走を開始したなのはを追おうとした。
コース上付近にいたアルフがそれに辛うじて組み付き、ユーノがシールドで妨げる。

「くっ、早い……!」

「今の君の相手は僕達だ! なのはを倒し、ジュエルシードを手に入れたければまず僕達を倒すんだな!」

「魔王第二形態までの繋ぎイベントってとこか! そこまで言うならお望み通りにまずお前らから倒してやるよ雑魚敵!」

アルフを振り切り、一旦距離を取るフェイト。
相手のノリに若干合わせたクロノの言葉に、上手いこと乗せられるフェイトだった。





《ああは言ったがアルフ、君、傷は大丈夫なのか?》

《ああ、何の問題もないね! あっという間に完治したし、力も湧き上がってくるよ!》

海上を縦横無尽に飛び回り、フェイトから放たれる洒落にならない量と威力の魔力弾や飛ばしてくる魔力刃をかわしながら、クロノ達は念話で言葉を交わす。

《何でリンクを切らないんだあいつは……。そうか、なら君はクロスレンジを頼む》

《いいけど……アンタの方が上手く食い止めれないかい?》

アルフの疑問に、クロノは自分の両腕を動かしながら答えた。

《申し訳ないが近接戦はNGでな》

割と切実な問題だった。

《しかたないよ》

《最近だらしないねぇ》

まだぎこちない腕をアピールしながらの告白に、ユーノは納得しエイミィはわざわざアースラから茶々を入れてきた。
クロノはそれを必死に無視する。

《そういうことなら分かったよ。任せときな》

《ああ、僕はミドル―ロングレンジで援護するから、ユーノは補助を頼む》

《了解》

それぞれの役割を決めたクロノ達は、早速行動を開始する。
まずはアルフが、今まで回避に専念していたのを一転、弾幕の隙間を縫うようにフェイトに向かっていった。

「墜ちろカトンボ!」

フェイトからの弾幕は途切れない。まだまだその背には、数えるのも馬鹿らしい程の魔力弾が、まるでその背に生える長大な翼のように待機している。

(全く、この魔法だって本当は、長ったらしい詠唱が必要だってのに!
 まぁライトニングバインドが無いのは温情だけどさ)

自身に向かってきたアルフに、フェイトはやっと来たかといったような笑みを浮かべて迎え撃つ。

(でもまぁ、フェイトの性格がここまで変わってくれたことは良かったかもねぇ。
 これなら……)

アルフは拳を振り上げ、

(変に手加減しちまうこともないってねぇ!)

フェイトが展開したシールドに叩き付けた。

「さっさと目を覚ましなよ、フェイト!」

シールド越しのアルフの叫びに、フェイト笑みを深めて応える。

「確かに、さっきまでの僕だったら母さんの側にいる資格なんて無かったかも知れない。でも……ふっ」

シールドはそのままに、いや、そのままと錯覚する程の速度で、フェイトが移動した。
鎌の形をしたバルディッシュを振りかぶり、現れるのはアルフの真後ろ。

「今の僕なら!」

「っ!!?」

アルフが息を呑み、フェイトがバルディッシュを振り下ろすその瞬間、フェイトへと水色に輝く1つの魔力弾が飛来した。
フェイトはそこから離脱することでその魔力弾をかわす。

「くそっ――うぁっ!?」

そしてそのかわした先で、別の2つの魔力弾の直撃を受けることになる。
その隙を拘束しようと跳んできた鎖型のバインドを、フェイトは更に飛翔することでかわした。

「いったいなーこのー!」

怒ったフェイトがクロノに弾幕を集中させるも、その隙にアルフが接近して拳を振り上げ、フェイトはそれをバルディッシュで受けることを余儀なくされる。
急増にしては、中々のコンビネーションを見せていた。





(思い切りのいい前衛担当は、本当にサポートし易いから助かるな)

急増故に不安も多々あった役割分担だったが、見事フェイトを翻弄し、かなりいい戦いをすることに成功している。
前線でアルフが足止めし、自分がフェイトのスピードを殺し、ユーノが臨機応変に援護する。クロノの思い描いた通りの展開だった。だが。

(アルフから聞いて確認も取ったが、フェイトはあの魔力量にしては防御が弱い筈。
 だが今のフェイトは既に何発か攻撃を直撃させているのにさほど堪えた様子も無い……)

最初のなのはの砲撃はジュエルシード解放の衝撃で相殺されたから勘定には入らないにしても、それなりの防御力を有していると思った方がいいだろう。
ジュエルシードの魔力なんてものを使えば、単純にバリアジャケットを作るだけでかなりの防御力になる筈だ。
スティンガースナイプなら多少マトモなダメージを狙えるだろうが、それでは手数が減ってフェイトを抑えることができなくなってしまう。
火力が足りない……それが目下の課題だった。
そこでクロノはふと思い出したかのようにユーノへと話を振る。

《そういえばユーノ、さっきあんなことを言っていたが、なのはにはまだ何かがあるのか?》

《うん。1発が限界だろうけど、当てれば確実に倒せるくらいの砲撃が、1つ》

と、あっさりと課題をクリアすることの出来る答えが返ってきた。
あれだけの戦闘をした後で、どこにそんな魔力が残っているのかとか、その砲撃とやらの威力は一体どれだけ凄いのかとか、クロノは呆れざるを得ない。

《……そうか。なのは!》

《は、はい!?》

いきなりクロノから回線を繋がれたなのはは驚いた風な声を上げる。

《ユーノから、切り札が1つあると聞いた。それは今、そこからでも撃てるのか?》

《あ、うん。今の状態なら、チャージの時間があればいつでも撃てるよ》

その返答は最上級のもの。クロノは頷くと、アルフへと呼びかける。

《よし。アルフ、聞いてたか!?》

《ああ、了解だ!》

説明は不要。アルフは前衛である自分の役割を理解し、より一層フェイトへと張り付いていった。








「ははっ、はははっ!」

水色の魔力弾に体を打ち据えられ、邪魔されて離脱することの叶わないアルフの攻撃圏内においてその攻撃を捌き、反撃しながら、フェイトは思わず笑い声を上げていた。
別に無様な自分を笑った訳でも、どっかがプッツンいってしまった訳でもない。
戦いを楽しむ気持ちが無い訳ではないが、それとも違う。
押されている。確かに明らかに間違いなく押されている。が、それでもフェイトは負ける気が全くしなかった。

近接線を仕掛けてくるアルフとは明らかに力の差があったし、巧みに飛来する魔力弾は確かに痛く、強い衝撃と共に動きを妨害されるがこちらを倒すにはまだまだ程遠い。

間違いなく押されているのに、圧倒的に余裕がある。そんな不可思議な状況に陥る程の、圧倒的な絶対的な力の差。
このまま続けば相手の方がジリ貧になるのは明白。
これが笑わずにいられようか。

アルフの手がバルディッシュの柄を掴む。そのまま引っ張るようにフェイトとの距離を詰め、もう片方の手で握りこぶしを作り叩き込もうとする。
だがフェイトはその拳を体を捻って避け、更にバルディッシュを掴んでいた手の片方を引き絞り、

「フォトン――」

「っ!」

体を引き戻すと共にアルフの腹部へと向けて突き出した。

「――バレットぉあいったぁ!?」

だがその手の平は直前、クロノの放った魔力弾によって打ち落とされる。
お陰でフェイトの手の平から放たれた高密度の魔力の衝撃波はアルフを襲うことなく宙に消えた。
お互いに相手を押し返すようにして距離を取る。

「何てことしてくれるんだよ今すっごく綺麗に華麗に決まってたのに!
 お前はロマンってのが分かってない!」

クロノはフェイトの抗議には耳を貸さず、しかしどこか雑な動作で新たな魔力弾をフェイトに向かわせていた。

「フェイト! あんた、自分の為に頑張るって約束したじゃないか!
 なのに何でそんな自分を犠牲にするようなことばかり……!」

フェイトの放つ魔力弾を回避しながら、アルフが呼びかける。

「何を言っているんだアルフ、これもそれも、問題なく僕の目的への第一歩だ!」

クロノの仕向けた魔力弾をかいくぐりアルフへと接近しながら、フェイトが振りかぶったバルディッシュを振り下ろす。
それをシールドで受け止めるアルフ。

「フェイトの、目的……?」

「そう、確かにこの前までは、母さんの為に働くことこそ僕の生きる意味だった。母さんに認めて貰いたくて生きていた。
 いくら母さんに怒られても、母さんの為に仕事をしている、いつかは認めて貰えるってそれだけで満足していた」

が、そのシールドはフェイトが力いっぱいバルディッシュを振り切ったことで砕けた。

「気付かせてくれたのは、あのライバルだ。
 僕は母さんの笑顔が見たかったから、あの頃へ帰りたいから頑張っていたんだ!」

追撃しようとするフェイトとアルフの間を、薄緑色に輝く無数の鎖が遮断する。
更に退路の1方向を経たれたフェイトに向かって、クロノの魔力弾が飛んだ。
だがフェイトはそれを潜り抜け、あるものは被弾しながらもものともせずに距離を取り、その背に展開されるのは再びファランクスシフトの翼。

「母さんの為に働いてれば、いつかあの頃へ帰れるなんて考えじゃ駄目だ。
 母さんの笑顔を見るためには、どんな困難な仕事でも、どんな絶望的な状況でも言われたことを完璧に成し遂げれなきゃ駄目だ。
 母さんの期待に応えられなかったら叱られてお仕置きを受けて、それで終わりじゃ駄目だったんだ!」

悲壮感などまるで無い、むしろ嬉しげな、弾んだ口調でフェイトは言葉を続ける。
だがそれを聞いている者達の思いはむしろその逆で。

――違う!
フェイトの猛攻で口を開く余裕のないアルフは心の中で叫んだ。彼女は知っている。フェイトは今まで、どんな言いつけでも絶対に成功させてきた。
どれだけ傷つき、倒れそうになっても必死で成功させてきたのを知っている。絶対に失敗しないようにと、フェイトは前からずっと頑張っていたじゃないか。
言われた通りに出来なかったのなんて今回のジュエルシードの事が初めてだし、それだって数は少なかったがちゃんと言われたものを持って帰った。

第一、そこまでしなければ娘に笑いかけることのない母親など、それは既に母親ではない。

「今までの僕は力不足すぎた。そうさ、過去の僕は、母さんの笑顔を望むことの出来る、その位置にすらいないことにも気付かなかった。
 でも、今の僕なら。この強くて凄くてカッコイイ僕なら!」

(こなくそおおおおおおおおおお!!)

悲しくて、辛くて、悔しくて、憤ってて、何がなんだか分からなくて。そんなごちゃまぜになった気持ちを乗せ、アルフはフェイトへと接近する。
再度ファランクスの雨を抜けて突撃して来た彼女を、フェイトはその動きを魔力弾で阻害されながらも不適な笑みで迎え撃った。

「だから、僕はあのライバルには本当に感謝してる。お陰で僕は、本当の意味で母さんの役に立てるだけの力を手に入れた!」

そしてその声は、後方で待機していた少女にも届いていて。

――そんな……そんなつもりじゃ
フェイトの話を聞く限り、フェイトがそのように思ってしまったことについて、なのはには何の関係もないだろう。
――そんなつもりで言ったんじゃ
しかし彼女自身も言っている通り、その思考への引き金を引いてしまったのは間違いなくなのはで、
――でも結局、きっかけは自分の言葉で
そして、何でそんなことになってしまったのかというと、
――自分の興味本位で、自分がフェイトちゃんの事を知りたいと願って

「……私の、せい?」

フェイトの謳い上げた内容を聞いて、なのはは呆然と呟く。
そして自分の口から零れ落ちた言葉にハッし、俯くも数瞬、数度首を振り、再び睨むは海上の少女の戦い。

突撃するアルフに対し、フェイトは片手を頭上に掲げ、そこに魔力を溜める。
更にアルフからは見えない、彼女の頭上後方に魔力弾の遠隔生成。あからさまな前方の脅威と、不意を付く後方の脅威の2段構え。
そのまま突っ込んだアルフにタイミングを合わせて、フェイトは掲げた手を突き出した。
当たればそれまで、避けても後ろからの魔力弾が彼女を襲う、その状況で、アルフはその突き出された手を体を捻って避け――
――そのままフェイトへと突っ込み、その体を抱きしめた。

フェイトが驚いた顔をするのがなのはにも分かった。あんなことをしてはアルフ自身もクロノも何一つまともに攻撃出来ない。だがしかし、それは逆に一瞬とは言えフェイトもアルフを攻撃できない訳で。
そしてアルフ達には、それだけで十分だった。

《なのは、今だ!》

クロノの声と共に、水色の光と薄緑色の鎖がアルフごとフェイトを何十にも縛り付ける。
アルフの意思を、無駄にするつもりなど彼らには無かった。
アルフもクロノもユーノも、そしてなのはも、先程のフェイトの発言によってある意味で吹っ切れてしまっていた。

《アンタ、全力で撃つんだよ! 手加減とか躊躇とかしたら後で絶対ガブッといくからねぇ!!》

心の中の感情をそのままさらけ出したかのようなアルフの叫びに、なのはは目を瞑って一つ頷く。

「な、何だこれ!?」

バインドに縛られたフェイトがもがく。直ぐに抜け出してやると力を込めた彼女だったが、ユーノの鎖に縛られた部分の色が元の状態に戻っていた。
それにユーノ不適な笑みを浮かべる。

「ストラグルバインド、縛った相手の魔法効果を強制解除するバインドだよ。
 少しだけど一応効果はあったみたいだね」

もがくフェイトをロックオンし、なのはは足元に大型の魔方陣を展開する。

「……ごめんね、フェイトちゃん」

自分へと向けられた言葉に、何とかバインドから逃れようともがいていたフェイトはそちらへと意識を向け、そこに魔方陣を展開し杖を構えるなのはを確認した。
が、彼女の余裕は崩れない。

「おいおい、いくら君だからって、君はさっきまでの戦いでもう魔力も限界だろう?
 大体、今の僕はそこらの砲撃じゃ落とせない! 何たって僕は今正に最強なんだから!
 ……って、」

そして、周囲の変化に気付いた。
戦場が、戦場全体が、まるで星屑のようなキラキラした輝きに包まれていた。
桜色、黄色、薄緑、水色、オレンジ、そして青色の輝きが、一瞬だけ光った後全てが桜色へとその輝きを変えてある一点へと集ってゆく。

《Starlight Breaker!》

「使い切れずに、ばらまいちゃった魔力を、もう一度自分のところに集める……」

集う先はなのはの眼前。星屑の正体は、自分のものだけでは無い、この戦場にいる全員の、これまでに放った魔法の残滓、魔力素。
なのはは戦場から退避していたためフェイトとはかなりの距離がある。にも関わらず圧倒される程、その魔力の塊、輝きは、これでもかとでも言うほどに巨大で、壮麗で。

「集束、砲撃……
 って! ちょ、ちょっとちょっとタンマ! それタンマ! ちょっとそれsYレになってないから待った!」

その光景に思わず見とれていたフェイトは、それの内包する桁違いの魔力量とその矛先を向けられるであろう標的にハッとし、慌てる。
あんなもの、冗談じゃないにも程がある。

「私が絶対、お母さんへの道を作るから!
 フェイトちゃんとお母さんを、本当の意味で繋げてあげるから!」

――だから、今は。

「いや言ってる意味分かんないぞ! アルフも正気かお前!?」

「ああ、フェイトとなら本望さ!」

「確実に正気失ってるよこれー!? くそー!」

こうなればとフェイトは電撃を自身に纏わせる形で放出するが、それでもアルフはうめき声を上げるだけでどの拘束も緩まない。

「こうなったらバルディッシュ、ジュエルシードもう一個!」

「レイジングハートと考えた、知恵と戦術、最後の切り札」

《……………》

「どうしたんだよバルディッシュ!? バルディッシュ!?」

「受けてみて、これが私の、全力全開!」

沈黙を保ったまま何の反応も返さないバルディッシュ。既に射出体勢に入っている砲撃。
いよいよ後が無くなり、焦りと恐怖でフェイトの体が小刻みに震え始めたのを抱きついているアルフはダイレクトに感じ取った。

「僕が負けたら……。嫌なんだよ……」

「スターライト――」

「嫌なんだよ! もうこれ以上、母さんの悲しい顔を見るのは! 嫌なんだよおおおおおおおおお!!」

既に放たれようとしている砲撃を恐怖を宿した目で睨み、フェイトの絶叫と共に彼女の眼前に全力で魔力を込めた幾つものシールドが展開される。

「――ブレイカー!」

そして放たれる、なのはの砲撃。ディバインバスターなど可愛く見える魔力の濁流が、フェイトとアルフを飲み込んで空へと昇って行く。

「く、くぅぅ! 嘘だーーー!」

先の事件でのジュエルシードで発生した竜巻などそれ1つで全て消し飛ばしてなお余裕でお釣りがくる程のその威力に、フェイトの張ったシールドは数秒で砕け散った。











プレシアには目的達成までにあまり時間をかけていられない理由があった。
それが、彼女の体を蝕む病。現代の魔法医療でも治すことの叶わない、彼女自身のリミット。
だが、それを打ち破ることができるかも知れない存在が現れた。自身のリミットを無くすことのできる手がかりだ。
今ある設備では十二分に解析することは叶わなかったが、充実した設備で、十分な時間があればあの能力もおそらくは完全に解析することが出来るだろうとプレシアは踏んでいる。
しかし、プレシアの目的は彼女の能力の解析ではない。確かに、彼女の能力を自分のものに出来ればまた別の手段を講じることも出来るし、今の作戦を押し通すよりもそちらの方が確実だろう。

だが、それは順調に彼女の能力を得ることが出来た場合の話だ。
既に管理局にプレシアの存在は知られており、研究中に補足されるとも限らない。
研究が終了するまでに自身のリミットが来ないとも限らない。
そもそも、無事解析できたとしてそれを手にすることが出来るとも限らない。

更に、プレシアの元々の目的、それを完遂する為にも時間は足らなかった。
病に関しては、完全にあちら側の技術頼みだったのだ。
しかもそこは既に崩壊してしまった場所。そこから技術を復元し、元々の目的と病の治療、どちらか片一方だけでも間に合わせるのにも不安はあった。
だが、そこに既にサンプルがあるとなれば話は違ってくる。
ゼロの状態からと、サンプルのある状態、どれだけズブの素人でもこの劇的な違いは理解できるだろう。
それにかの地の技術が加われば、ほぼ確実に解析は間に合い、その能力を手に入れることも出来る。希望的観測でも何でもなく、ただ純然たる事実として、プレシアはそう判断していた。
さつきからあまり情報を聞き出せなかったことをよしとしたのも、大部分はこれがあったためだ。

確かに、プレシアには一度引いて管理局の目を逃れ、別の手を企てるという手もあった。そういう手を選べる材料が、迷い込んだ。
だが、

八方ふさがりだった自分の下へと舞い込んだ、かの地の情報。
その地へ向かうために最適な、ロストロギアの発見。
そして此度舞い降りた、自身のリミットをどうにかすることの出来る手がかり。
この流れ、この勢いを捨てるなど愚の骨頂にすら感じてしまったのだ。

余談だが、プレシアは全てが上手く行った暁には本当にさつきに協力してあげるつもりでいた。
彼女はどんな願いであれかの地の技術があれば簡単に叶うものと疑っていなかったし、目的が達成されたのであればそれくらいお安い御用だ。願掛けの意味合いもあっただろう。
元来、彼女は優しい女性なのだ。

だが今、彼女はそんな優しさなど欠片も見えない顔で、目の前で展開される映像を眺めていた。
落胆、侮蔑、憎悪、そんな感情を乗せた目で、海上で砲撃に飲み込まれたフェイトが墜ちて行く様を睨んでいた。
更に、砲撃によって封印されたジュエルシードが砲撃主の魔導師のデバイスへ格納されるのを見て、その視線に敵意さえもプラスされる。

「――もういいわ、フェイト。
 あなたは、もういい」

プレシアの足元に、光り輝く魔方陣が展開された。










「何て馬鹿魔力だ……」

『フェイトちゃんとアルフ、生きてるかなぁ……』

例え非殺傷設定であっても2人を心配せざるを得ないレベルの規格外の砲撃に、それを見ていたクロノとエイミィは思わず呟く。
やがて砲撃が収まると、そこには力なく海へと落下していくフェイトとアルフが。
なのはの方へと向かうジュエルシードは置いておいて、クロノはユーノにも合図して彼女達を拾う。

「よし、2人とも生きてるな」

「あのさクロノ……」

2人を回収したクロノとユーノが軽口を叩きながらなのはの方へと視線を向けると、そこには精魂尽き果てたようにへたりこんでいるなのはがいた。
2人はそこへ向かいながら言葉を交わす。

「しかし、まさか集束砲撃とはね。
 オーバーSランクの技術、しかもただでさえ体にかかる負担が大きいのにあれだけの量の魔力を束ねるなんて、彼女も無茶をする。ああなるのも当然だ」

「本当に、すごい才能だよね。ついこの間まで魔法の存在を知らなかったなんて嘘みたいだ」

なのはの待つビルの屋上に2人が降り立つと、なのはが慌てるように立ち上がって2人に――正確にはフェイトに駆け寄ろうとする。

「フェイトちゃ……」

「ストップだ」

それを、クロノが止めた。いや、止めるまでもなくなのははふらついて倒れそうになる。
降り立つと同時にアルフを降ろしたユーノがそれに駆け寄り、受け止めた。

「あっ……」

「とっとと」

それを見たクロノが呆れ顔になる。

「言わんこっちゃない。あれだけの魔法を使ったんだから当たり前だ。2人とも大丈夫だから安心しな。
 それにこう言っては何だが、あんなもの喰らったら、2人とも暫くは目を覚まさないぞ」

クロノの言葉になのははほっとしたような空気になり、しかし少し影のある顔で視線を下げてしまう。
数瞬の沈黙。
とそこで、会話が途切れたのを見計らったのかフェイトと共にクロノに抱えられていたバルディッシュが動いた。

《Put out》

バルディッシュから吐き出される、残りのジュエルシード8つ。
なのはが勝利した証である。
しかし、タイミングが最悪であった。いや、バルディッシュには何の非もない。
バルディッシュが声を発すると同時に、別の声が皆の頭の中に鳴り響いたのである。
アースラからの通信によるエイミィの、《みんな、来るよ!》の声が。

バルディッシュからジュエルシードが排出されるのとほぼ同時に天から降り注いだ、紫色の雷。
クロノは場の空気的なもので、ジュエルシードを初めからなのはに受け取らせる気だった為に確保への手が遅れた。
なのはは素早く動ける状態ではなかったし、ユーノはなのはとアルフを抱えて退避するだけで精一杯だった。
結果、降り注ぐ雷から退避する直前で咄嗟にクロノが確保することの出来たジュエルシードは、1つだけで。
残りの7つは、雷に飲まれ天へと――否、次元空間へと昇っていく。

《エイミィ!》

だが、それの齎すものは悪い知らせばかりでは無くて。

《ビンゴ! 尻尾掴んだ!》

《よし!》

この事件を終わらせる為の、今度は管理局員達の最後の戦いが始まった。

―――「武装局員、転送ポートから出動! 任務は、プレシア・テスタロッサの身柄確保と、弓塚さつきの救出です!」







「やっぱり、次元魔法はもう体が持たないわ……
 それに、今のでこの場所もつかまれた」

荒い息を吐きながら、プレシアは屈めていた身を起こした。その足元には、真っ赤な鮮血が飛び散っていた。

「あの娘との約束を……守らなくちゃ……」

ふらつく身体を動かし、プレシアは客人を迎える準備に向かった。
望まれない客人を迎える、準備に。







なのは達がアースラのメインルームに戻った時、モニターでは玉座の間で椅子に座ったプレシアがアースラの局員に取り囲まれるところだった。

『プレシア・テスタロッサ、時空管理法違反、及び管理局艦船への攻撃容疑で、貴女を逮捕します』

『武装を解除して、こちらへ』

「リンディさん、フェイトちゃんとアルフさん、どうしたらいいでしょうか」

「あらなのはさん、お疲れ様。
 後は私達が何とかしますから、部屋でゆっくり休んでいてくださいね。かなり疲労している筈よ。
 フェイトさんとアルフさんには、早急に部屋を用意しておくわ」

「はい……。あ……、」

とそこで、モニターに映されている人物になのはの目が留まる。

「この人が……フェイトちゃんのお母さん」

「―――。」

――ピクリ、と、フェイトの手が動いた。
局員に囲まれながらも平然とした様子でいるその女性に、なのはの胸に表現しづらい感覚が渦巻く。

『おい、何かあるぞ!』

プレシアを包囲していた者たちとは別に、周囲を捜索していた局員の声が響く。
皆の視線は自然、その様子を映し出すモニターへと向かった。
最初に見えたのは、円柱系の水槽だった。
水槽の中には、何らかの液体が満たされていた。

『っ!? こ、これは……』

「へっ!?」

局員となのはの驚きの声が重なる。その中には、一人の少女の裸体が浮かんでいた。
なのはの良く知る、フェイト・テスタロッサと寸分違わぬ容姿をした、少女だった。










あとがき
ホモじゃねぇっつってんだろ! いい加減にしろ!

えー、スターライトブレイカーの描写が原作と違いますが……こっちの方がかっこいいじゃん!(←
つー自分勝手な考えでやらせていただきました。うん、正直すまんかった。

てか雷刃の言葉遣いが何か違う……アホの子のイメージが強いけどボロ出さなきゃただの厨二的言葉遣いの筈なんだよなぁ
なんかコレジャナイ……やっぱまだ未熟だなぁ



[12606] 第25話
Name: デモア◆45e06a21 ID:95f9b2a6
Date: 2015/04/07 05:15
あるところに、1人の女の子がお母さんと一緒に暮らしていました。
女の子はお母さんが大好きでした。お母さんもその娘をとてもとても愛していました。

しかしお母さんは女手一つで家計を保たなければなりません。自然と、お母さんの仕事は忙しく、そして娘との時間は少なくなってしまいます。

「ママ、今日も、おしごと、おそくまで?」

「ごめんね」

――ずっと、寂しい思いばかりさせてきた……

寂しそうに自分を見つめる娘に謝りながら、お母さんはやけに重たい扉を閉めました。
しかし、お母さんには一つの考えがありました。

――それでも、この開発が終われば、親子2人で長い休暇を過ごせる

――あの子が学校にあがる前に、2人でゆっくり過ごせるように

お母さんの仕事仲間は優秀です。全ては順調のように思われていました。
しかし、予想外の出来事が起こったのです。

「テスタロッサ君、例の駆動炉実験、10日後に行うことになったよ」

「待ってください! 実験は来月の予定で!」

「決定だ」

「新型なんですよ、暴走事故が起きる可能性もあるの――」

「本社から増員を行う」

「――っ」

「これは決定事項だよ、テスタロッサ主任」

何と、お母さんの上司が土壇場になって無茶を言い始めたのでした。

「ああ、安全処置はこっちがやります」

「実験が出来なきゃ、本社の信用問題になるんですから」

そして、頼みの綱の本社の社員は、こちらを見下して全く言うことを聞いてくれません。
あげくの果てにはろくにかっても知らないのに力任せに押し退けて仕事を奪っていく始末です。

「ふぅ……ぁ……」

「ん……ママ?」

そんな仕事場に疲れて帰宅したお母さんを出迎えたのは、手を付けられていない、すっかり冷めてしまっている2つのご飯と、ソファーで寝ていた娘の姿でした。

お母さんは娘と一緒にご飯を食べ、お風呂に入り、ベッドで一緒に寝ました。
女の子はお母さんに問いかけます。

「ママ、いつまでいそがしいの?」

「来週実験があってね、それが済んだら、少しお休みを貰えるわ」

「ホント?」

「うん、きっと」

「ピクニック、行ける?」

「うん、どこにでも行けるわよ」

「やくそく、だよ?」

「うん、約束」

少女は、自分の左手をお母さんの頬に添えました。
お母さんも、その温もりを確かめるかのようにそこに手を重ねました。

そして駆動炉実験当日、この日が、運命の日となったのです。
まるでそうなるのが当たり前だったかのように、暴走事故が起こってしまいました。

事故の影響は、遠くでお母さんの帰りを待っていた女の子の元まで届きました。
事故の後に家の中で発見された女の子は、もう二度とお母さんに話しかけることも、笑いかけることもできなくなってしまっていました。

お母さんはとても悲しみました。とてもとても悲しみました。
お母さんは事故の責任を全て取らされ、その世界から追放されてしまいました。

お母さんは、女の子を取り戻すために禁じられた研究に手を伸ばしました。
雛形だけ作られて、封印されてしまった研究です。

そしてお母さんは長い時間と必死の努力で、遂にその研究を完成させることに成功したのです。

ベッドの上から身を起こした女の子に、お母さんは泣きつきました。

「ほら、これがあなたのお部屋」

「わぁ……!」

女の子は、事故の影響でずっと寝たきりになっていたという説明をうけました。

「暫く体を休めて、元気になったら、ピクニックでも遊園地でも、どこにでも連れてってあげる」

「んぅ……でもおしごとへいきなの?」

「平気よ。もう平気なの」

女の子は、いつもそうしていたように自分の利き手をお母さんの頬に添えました。
お母さんも、幸せそうに、いつも通りに自分の手を右頬に添えました。

「――っ!?」

「ママ?」

そちら側の頬に、女の子の手はありませんでした。

「なんでもない、なんでもないわ。大丈夫よ、アリシア」

綻びは、この時点で既に実感できるレベルで存在していました。

「違う! 違う! やっぱり違う!!
 記憶転写は上手くいってる! あの子にも、アリシアとしての記憶が間違いなくある!
 なのに違う! 利き腕も、魔力資質も、人格さえ!
 どうして……どうしてぇ……!!」

お母さんは必死になって調べました。しかし調べれば調べる程、いいえ、調べるまでもなく目覚めた少女は望んでた女の子とは別人でした。

「この子は、アリシアじゃない。ただの失敗作」

それを確信したお母さんは、その子のことを愛することなど出来ませんでした。
いえ、むしろ……それは憎しみにまでなってしまっていました。自分の愛する娘の姿を騙るだけの贋物など、許せる筈がなかったのです。

「アリシアの体は、まだ綺麗なまま残っている。ただ命が抜け落ちてるだけ。
 アリシアの命を取り戻すための方法、それを探さないといけない」

お母さんは考えます。

「ここからは禁忌の道。その為には、外に出して働かせるための道具がいる」

女の子を取り戻す方法を、何度でも。

「はっ、あははっ! そうだ、そうだわ!
 あの子を、あのニセモノを育て上げて使えばいい……!」

お母さんは、既に狂気に捕らわれ始めていました。

「にゃー?」

お母さんの足元に、ペットの猫がいました。名前をリニスと言います。
まだ暖かな暮らしをしていた頃から飼っていた、女の子も可愛がっていた猫です。

「教育係も、私が創ればいい」

お母さんは、その猫を使い魔にしてしました。

「おはようございます、マスター」

「ええ」

「ええっと、私は生まれたての子猫だったりしたのでしょうか……?
 自分に関する記憶が、サッパリ存在しないのですが……」

「どうでもいいことよ。
 使い魔リニス、あなたの仕事は、私の娘の世話と教育。
 魔導師として、一流に育てなさい」

女の子が待っている部屋へと、使い魔のお姉さんは挨拶に行きました。
部屋へ入って来た見知らぬ人物に、女の子は少しばかり驚きます。

「……ぁっ」

「お嬢様、お名前は?」

「――フェイトです。フェイトテスタロッサ」

何も知らない使い魔のお姉さんは、それに何の疑問も抱きませんでした。
女の子は、自分の名前に関する記憶を書き換えられてしまっていました。










『私のアリシアに、近寄らないで!』

いつの間にそこに居たのか。
立ちすくむ局員達の背後にいきなり現れたプレシアが、彼らを魔法で吹き飛ばした。

彼女がここに居ると言うことは、彼女を取り囲んでいた面々は既に倒れていると言うことで。
騒ぎを聞きつけ駆けつけた、他の場所を調べていた局員達はそれを把握し、一斉にプレシアへと魔力弾を放つ。

だがその魔力弾は、まるで眠る少女を守るかのように立つ彼女に届く前に掻き消えた。

『うるさいわ……』

「危ない! 防いで!」

リンディが警告を発するが、時既に遅く。
次元魔法さえも可能にプレシアの、莫大な魔力の奔流が雷を纏って局員達を飲み込んだ。

「いけない、局員達の送還を!」

「りょ、了解です!
 座標固定、0120 503!」

「固定! 転送オペレーションスタンバイ!」

エイミィ達が慌てて局員達の回収作業を進めるが、プレシアは本当に邪魔な虫を払っただけのような様子でもうそちらにはまるで関心を払わない。

『もう駄目ね、時間が無いわ……。
 たった6個のロストロギアでは、アルハザードに辿り着けるかどうかは、分からないけど。
 でも、もういいわ。終わりにする。
 この娘を亡くしてからの暗鬱な時間も、この娘の身代わりの人形を、娘扱いするのも。
 聞いていて、貴女のことよ、フェイト』

「アリ、……シア?」

「!? フェイトちゃん、何時から!?」

聞こえることのないと思っていた声が聞こえて、なのはが驚きの声を上げる。
そこには、自分の足で立ち上がり、呆然とモニターを見上げているフェイトが。

『折角アリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。
 役立たずでちっとも使えない、私のお人形』

構わず続くプレシアの言葉に、観念したようにエイミィが口を開く。
そこから出てくるのは、今朝方本局より寄せられたプレシアに関する情報。今目の前で起きていることの、全ての真実への最後のピース。

「最初の事故の時にね、プレシアは実の娘――アリシア・テスタロッサを亡くしてるの。
 彼女が最後に行っていた研究は、使い魔とは異なる、使い魔を超えた、人造生命の生成。そして、死者蘇生の秘術。
 フェイトって名前は、当時彼女の研究に付けられた開発コードなの」

それの意味するところを否応なく察し、なのは達、その情報を知らなかった者が息を呑む。

『よく調べたわね。そうよその通り。だけど駄目ね、ちっとも上手くいかなかった。
 作り物の命は所詮作り物、失ったものの代わりにはならない』

そして、続くプレシアの言葉がそれを裏付ける。

『アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ。
 アリシアは時々わがままも言ったけど、私の言うことをとてもよく聞いてくれた』

フェイトの身体は作り物、それだけならばまだ良かったかも知れない。

『フェイト、やっぱりあなたは、アリシアのニセモノよ。
 折角あげたアリシアの記憶も、あなたじゃ駄目だった』

しかしプレシアから飛び出すのは、フェイトの心《想い》すらも否定する言葉ばかりで。

『アリシアを蘇らせるまでの間に、私が慰めに使うだけのお人形。
 だからあなたはもう要らないの、どこへなりとも消えなさい!』

「お願い! もうやめて!」

母さんのために、プレシアのためにと頑張る姿をずっと見てきたのだ。プレシアのこの言葉に、フェイトがどれだけ傷つくだろうと思うと、なのはは思わず声を上げていた。
しかし、その叫びもプレシアには届かずに。

『良いことを教えてあげるわ、フェイト。
 あなたを作り出してからずっとね、私はあなたが、大嫌いだったのよ!』

「! フェイト!?」

眠っていたアルフが飛び起きた。彼女は慌てた様子で辺りを見回し、フェイトを探す。
途中からずっと俯いていたフェイトが、ついに腕に顔を埋もれさせ座り込んでいた。

「フェイトちゃん!」

「! プレシア――あんた一体、フェイトに何をした!」

なのはが慌ててフェイトに駆け寄り、その様子とプレシアに気付いたアルフが叫ぶ。
なのはの気配を感じたフェイトの、涙声が傍らに佇むなのはに向かった。

「ごめんね……折角君が気付かせて……くれたのに……私じゃ……最初から……」

「フェイトちゃん……」

何を言えばいいのか、それすらも分からず、なのははフェイトの体に手を回すことしか出来ず。
だが、事態はそんな2人を待ってくれている筈もなくて。

数々のモニター、時の庭園内を観測しているそれが、素人目にも分かる程急激に変動しだした。

「た、大変大変! ちょっと見てください!
 屋敷内に魔力反応、多数!」

「何だ、何が起こってる!?」

「庭園敷地内に魔力反応、いずれも、Aクラス!」

「総数60……、80……、まだ増えています!」

「プレシア・テスタロッサ、一体何をするつもり!?」

明らかな異常事態に、アースラ内は騒然となる。

『私達の旅を……邪魔されたくないのよ』

プレシアから返って来たのは、答えになっていない答え。

『私達は旅立つの。忘れられた都、アルハザードへ!』

「まさか!?」

声を上げたのはクロノ。しかし彼以外にも、幾人かがプレシアの言葉にハッとする。

『この力で旅立って、取り戻すのよ、全てを!』

そして、プレシアの周囲に現れ、光り始めるジュエルシード。その数6。
それと共に、モニターの向こうの時の庭園も、アースラも微弱に震え始める。

「次元震です! ジュエルシード6つ、発動確認。まもなく中規模次元震に移行します!」

「振動防御、ディストーションシールドを!
 転送可能距離を維持したまま、影響の薄い区域に移動を!」

「難次係数拡大! このままいくと、いずれは次元断層まで発展します!」

慌ただしさを増すアースラを他所に、プレシアは少女――アリシアの入った水槽へと手を伸ばす。
すると水槽が浮き上がり、滞空し始めた。
これから何処かへと移動しようとする意図の見えるその行動に、なのはがハッとする。

「あ、待って! さつきちゃん……さつきちゃんは無事なの!?」

『さつき……? ああ、あの娘ね。
 勿論無事よ、ほら』

なのはの問いかけの意味を理解したプレシアが、手に持った杖を振る。するとそこから魔力の鞭が飛び出し、彼女の隣の壁を崩した。

『え、えーっと……』

はたして、そこにさつきはいた。
その壁の向こう側にある部屋に入れられていたらしく、微妙な面持ちでそこにつっ立っていた。
特に拘束されている様子も、酷い扱いを受けていたという印象も受けない。
その様子を見て、なのははホッとする。

「さつきちゃん!」

『えっと、久しぶり? なのはちゃん』

だが、嬉しげな様子を見せるなのはに対して、さつきはどうも歯切れが悪い。

その理由は、さつきの立場になって考えてみれば割とすぐ分かる。
隣の部屋にいたと言うことは、先程までの騒ぎも全て聞こえていたという訳で。
というか他に何もない分むしろ興味津々で聞いていたりした訳で。
そんな中にいきなり引っ張り込まれて、どうしろというのか色々と。

だが今のさつきの状況からして、この反応はある意味でおかしかった。普通ならする筈の反応をしていない、このそんな状態にはある条件が伴っていなくてはならなくて。
そのさつきの様子から、そのことに気付いた面々が怪訝な表情をする。
――今のさつきからは、早くここから助け出して欲しいといった感情が見えないのだ。

『どうせだから今ここで聞いておきましょうか、あなたはどうするのかを』

そして続くプレシアの言葉が、その違和感に気付いた者達の不安を、予感を確信に変えることで増大させた。
つまりプレシアは、さつきにとっては少なくとも明確な敵ではないということで、

『さっきの話は聞いていたわよね? 私の目的は、アリシアを蘇らせるためにジュエルシードを使って伝説の地、アルハザードへ行くこと。
 そこへ行けばあらゆることが可能よ。勿論、貴女の願いを叶えることも出来るでしょう。
 一方、管理局の方へ行ったら……どうでしょうねぇ?』

マズイ、と、アースラに居る誰もが思った。さつきの違和感に気づいていなかった者も、この言葉で状況を理解する。
敵対関係でないだけでありまだ別に協力関係ではないようなのが救いだが、だからこそ焦る。しかもこの訊き方はマズイ。

「さつきさん、駄目よ!」

さほど意味は無いと理解してはいても、リンディが呼びかける。
今はまだ、彼女は迷ってくれている。瞳は泳いでいるし、そわそわとした雰囲気がモニターからこちらまで伝わってくる。
だが、逆を言えば、彼女は迷ってしまっている。

『分かってると思うけど、もう時間は無いわよ』

そしてプレシアから放たれる、追撃の言葉。彼女の目の前でジュエルシードが燦々と輝き、しかも空間自体が振動までしているのだ。
いくら魔法に詳しくない彼女でもその言葉が真実であると分かるだろう。
事実その言葉が決定打になったのか、それを聞くと共にさつきの泳いでいた瞳は止まり、そわそわしていた様子も薄まる。

「さつきちゃん!」

なのはも必死に呼びかけている。だがさつきが"そちら"を選ぶことは、当然のことだったのかも知れない。

『……ごめん、なのはちゃん』

「――っ! さつきちゃん!」

後ろめたそうに、そう、さつきが告げた。
なのはの悲痛な叫び声が上がる。プレシアの勝ち誇った笑い声が上がる。
そんな中、クロノがハッとある事に気付いた様子を見せ、急いでモニターの向こうのさつきに呼びかけた。

「待て弓塚さつき、君は、今プレシアが行っていることの影響で君やなのはたちの世界が確実に消滅するとい――」

『うるさいわ』

うことを理解しているのか、とクロノが言い終わる前に、プレシアによって通信が切断されてしまった。
後に残ったのは、物言わなくなった真っ黒なモニターだけ。だが通信が切れるその直前、さつきの目が見開かれるのを、皆確かに見た。

「くそっ! 馬鹿なことを!」

「クロノ君!?」

「僕が止めてくる。ゲート開いて!」

そうメインルームから駆け出していくクロノ。

「あっ……」

それを見たなのはが声を上げ、身を上げかける。
しかしフェイトから身を離すその感覚に、思わず動きを止めてしまった。

(えっと、えっと……)

「――行って」

迷うなのはに声をかけたのは、膝を抱えて座り込んでいるフェイトだった。

「フェイトちゃん?」

「私は大丈夫だから……いいよ、行って」

なのはの問いかけに、フェイトは再度繰り返す。その声音は、この状況においてやけに冷静に感じられて、妙な力強さを持っていて。

「……うん」

それでも一瞬逡巡するも、なのはは1つ頷きクロノの後を追いかけた。
なのはが立ち去った後、同じようにフェイトに手を回していたアルフが、そのままな状態のフェイトに声をかける。

「フェイト?」

「ごめんねアルフ、ずっとつき合わせちゃって」

フェイトの言葉に、アルフはそんな事ないという風に首を振る。

「そんなことないよ! フェイトは何も悪くない!」

事情も詳しく分かってない状態でも何とかフェイトを励まそうとするアルフに、フェイトは顔を更に埋もれさせて告げた。

「もうちょっとだけ……ごめんね」

涙の混じったその声は、ちょっとだけ、力強かった。







「あ、あのー、プレシア……さん?」

あの後、プレシアに付いて行って流されるままに庭園の最下層まで足を運んださつき。
そこが終点だと察した彼女は、これ以上先延ばしには出来ないと観念し意を決してプレシアに話しかける。

「あの、なのはちゃん達の世界が消滅するって話……」

「ええそうね、私達がアルハザードへ跳ぶ時の影響で、この近くの世界が数個消滅するかもしれないわね」

(聞いてないよー!?)

予想外にあっさりと暴露されたその事実に、さつきは心の中で絶叫を上げた。
先程までさつきが持っていた反プレシア寄りの感情は、最初プレシアの目論見通りに植えつけられた恐怖心を抜きにすれば、
フェイトに対して行っていたことへの反感とフェイト、なのは、アルフへの負い目だけだったのだ。
むしろプレシアに共感してすらいた。さつきの願いの本質も、同じようなものなのだから。
それと自分が人間に戻れるかも知れない最後のチャンスを天秤にかければ、そりゃこちら側を取るだろう。

しかしそこになのは達の世界の消滅なんてものが投げ込まれたら……流石に揺れざるを得ない。

さつきの内に様々な思いが交錯する。

本当なら、迷うこと無くなのは達の味方をしなくてはならないのだろう。
しかし、しかしだ。さつきが人間に戻れるかも知れないチャンスなんてこの先ある訳ない。少し前までは余裕があった。しかしその余裕は一転、もう後がない状況になってしまった。
それにあの世界はさつきにとって、言ってしまえば赤の他人の世界だ。
だが、それでもあの世界で生まれた出会いや繋がりもある訳で。日常的に出会い、触れ合っていた人たちも居る。そうでなくても1つの世界とそこに住む人たちが丸々消えると言うのは看過できるものではない。
しかしそれでも、さつきは悩んでしまっていた。諦めきれないのだ。諦められる訳がないのだ。

なのは達の世界の消滅まで引き合いに出されてなお、さつきは二つの天秤の間で本気で悩んで揺れていた。

それに、もし仮にプレシアを止めるとしても手段的な問題でどうしようもない。
只今絶賛発動中のジュエルシードを引っ掴んでなのは達の下へ行くと言うのも考えたが、今更なのは達に会う勇気も無かった。

と、そこまで"自分への言い訳"を考えて、さつきは気付いた。(ん? ジュエルシード?)と。
そこで生まれ疑問を、急いでプレシアに問いかける。

「あ、あのプレシアさん! あなたの願いがその娘さんを生き返らせることなら、こんなことをしなくてもジュエルシードにそれを願えばいいんじゃないんですか!?」

だがそれは、さつきにとって最悪の情報が暴露される質問で。

「……そう、貴女は魔法の無い世界の住人だったわね。なら覚えておきなさい。
 どのような魔法を使っても、過去を遡ることも、死者を蘇らせることも不可能。それが、魔法の大原則」

「……え」

「でも、アルハザードなら。忘却の都、アルハザード、失われた秘術の眠る土地。
 あらゆる魔法がその究極の姿に辿り着き、その力をもってすれば、叶わぬものさえないと言われる世界。
 あそこになら、あそこに置き去りにされた技術の最先端なら、死者の蘇生にも届いているわ。確実に届いている筈よ」

―― 死者の蘇生が、そこまで進んだ世界での最先端?
―― それは、おかしい。だって、

そう、死者の蘇生や時間の逆行は、可能なのだ。さつきの元いた世界の魔法ならば。
さつきがゼルレッチに魔法の説明を受けた時一番理解しやすい例えとして聞かされ、その時しっかりと確認したのだから間違い無い。
そして、平行世界への移動もそれと同格の技術の筈。
さつきは焦る。胸の底に生まれた予感、それを必死に否定しようと。

「だって、でも、貴方達は、世界と世界を移動できる……この空間を……!?!」

そこまで言って、さつきはやっとずっと感じていた違和感の正体に気づいた。
この空間――闇の色がうねり、オーロラのゆらめくこの空間。
さつきはこんな空間知らない。そうだ、さつきは以前平行世界の移動をその身で経験しているのだ。
その時さつきがいたところは、何も知覚できず、認識できないせかい。断じてこのような場所ではない。

(違う……違う、この空間……
 わたし、こんな空間知らない……わたしがこの世界に来た時、こんなのじゃ無かった!!)

「アルハザードは次元の狭間のその更に先にある。残念ながら、真っ当な手段では辿り着けないのよ」

さつきの台詞を勘違いしたプレシアが答えるが、さつきの耳には届かない。
この空間はさつきが平行世界の移動をした時とは違う空間、という事は、彼らが魔法相当の技術を持っているという前提事態が勘違いだったことになる。

(でも、だって、それじゃあ……
 ジュエルシードじゃ、それどころか、プレシアさんの言ってるその世界でも……)

死者の蘇生さえも可能なさつきのいた世界でも、吸血鬼が人間に戻るのは不可能だったのだ。
ならば、この世界のどんな技術を使っても、少なくともジュエルシードでは、明らかに不可能。

「そん……な……」

足元が、ガラガラと崩れ去った気がした。呆然とする思考、身体を虚無感が包み込む。自分の体が小刻みに震えているのが分かったが、それに対して《何で震えてるんだろう》という無駄な思考が流れ始める。
実現の可能性が低いことは、さつきは分かっていた筈だった。
最初は、目の前に転がってきたほんの僅かな可能性に、試しに賭けてみただけの筈だった。
だが、ジュエルシードを追い求めているうちにその認識は薄れて行き、いつしかジュエルシードなら必ず成功する。ジュエルシードを使えば元に戻れるという確信へとなってしまっていた。
ここまで来るのに、してきたことは何だったのか。自分はさっき、何をした? 自分はさっき、何を考えていた?
―― だけど、まだだ。

「……でも、まだ、その……アルハザードなら……」

―― 希望が……あるのか?

(――――――)





「あの世界が無くなっても、別に世界は一つじゃないわ。
 巨額の富が欲しいのなら、別の世界で築けばいい。誰かを蘇らせたいのであれば、その人と共にその世界に住めばいい。
 あの世界にいる誰かがいなければ意味がないというのであれば、後から蘇らせれば問題ないわ」

傍目にも分かる程狼狽しだしたさつきへ、プレシアは振り返って言う。あの世界が無くなろうが何の問題もないと。
しかしさつきはそれに全くと言っていいほど反応を返さない。しかも何やら魂が抜けたようになってしまっている。

(これは、駄目かしらね……)

その反応を見て、プレシアは思う。
別に問題はない。問題ないからこそ、どっちを選ぶかなどと聞いたり、不利になり得る情報をあっさりと喋ったりしたのだから。
それにジュエルシードの数が少ないせいで時間がかかってるが、それでも時間が無いのは変わらない。だから、

「プレシアさん、ごめんなさ――」

まるで棒読みのような、精気の全く感じられない声でさつきがそう言った瞬間に、プレシアは雷を打ち込んだ。
体中から煙を上げ、崩れ落ちるさつきを一瞥し、更にバインドで縛り上げておく。

「代償無しで発動する力なんて存在しないわ。あなたのレアスキルも、今はもうエネルギー切れなのくらいは解析できてるのよ。
 全てが終わるまで、あなたはそこで寝てなさい」










「あの庭園の駆動炉も、ジュエルシードと同系のロストロギアです。
 それを暴走覚悟で発動させて、足りない出力を補っているんです」

庭園を解析していたエイミィからの報告が上がる。それを耳に入れながら、リンディは出撃の準備を進める三人に指示を出した。

「初めから、片道の予定なのね。
 クロノ、なのはさん、ユーノ君、私も現地に出ます。
 あなた達は、プレシア・テスタロッサの逮捕と弓塚さつきの確保を」

「「「了解!」」」

返事と共に、転送ポートが光り輝く。彼らが送られる先は、時の庭園正面入り口前の広場。
到着した3人が前を向くと、そこには無数の甲冑がいた。
2足で地に立つものから、空を飛ぶものまで、上は特大下は大まで、槍や盾、はたまた砲台を構え立ち塞がる無数の甲冑。
その光景に威圧されたユーノが思わず呟く。

「い、一杯いるね」

「まだ入り口だ。中にはもっといるよ」

そんなユーノに、クロノは言葉を返す。気を引き締めろと。

「クロノ君、この子達って」

「近くの相手を攻撃するだけの、ただの機械だよ」

「そっか、なら安心だ」

万一を考えてした質問への答えにそう返し、なのははレイジングハートを構える。
と、その前にクロノの手が差し出された。

「この程度の相手に、無駄弾は必要ないよ。
 特に今の僕達は、かなり消耗しているんだからね」

なのはを引き止め、クロノはS2Uを掲げる。

《Stinger Snipe》

なのは達へと突撃する機械の兵士達、それを迎え撃つように、クロノの魔力弾が発射された。
細い鞭のような形状のそれは、多くの兵士を巻き込み、防御の隙間を縫い壊し、打ちもらすことなく突き進む。

「は、はやっ!?」

以前さつきに使われた時には実感の出来なかった、その魔力弾の速さ、そして込められたエネルギーを無駄なく破壊へと繋げるその形状と運用、更にはそれを完璧に操る操作技術。
執務官、クロノ・ハラオウンの面目躍如であった。

「スナイプショット!」

更なるキーワードにおける再加速で、残った兵士達も一気に貫き通す。
魔力弾はそのまま扉を守るように立ち塞がっていた、斧を構えた重装甲な最後の1体へと向かう。
が、魔力弾はその装甲に弾かれてしまった。それを見たクロノはその兵士に接近する。

「ちょ、クロノ! 君今近接戦は!」

彼の腕のことを思い出したユーノの叫びを尻目に、その兵士の攻撃範囲に入るクロノ。彼に向かって巨大な斧が振り下ろされる。
と、クロノはそれを防ぐでもなくかわし、その兵士の頭上へと飛び上がった。そのままその機械兵の頭にS2Uを付き立て、

《Break Impulse》

炸裂する魔法。崩れ落ちる機械兵。
ものの数秒で機械の兵士達を全滅させたクロノは、背後のなのはとユーノへ振り返り彼らへ呼びかける。

「ボーっとしてないで、行くよ!」

「「う、うん!」」

あまりの手際の良さとすさまじさにしばし呆然としていたなのは達は、慌ててクロノの元へと駆け寄った。










あとがき

キャラの心情描写が下手過ぎて泣けてくる…… → あえて描写しないスタイル
うん、ホントにね、僕が心情描写するとどうしても陳腐なものになっちゃってね。何でなんだろうなぁ。
マジで心折れかけましたよ。



[12606] 第26話
Name: デモア◆45e06a21 ID:95f9b2a6
Date: 2014/05/30 09:29
クロノが外の兵士達を一掃し、いざ庭園へ乗り込もうとした時、彼らの傍に魔方陣が現れた。
魔力光は黄色。その色に3人はハッとして立ち止まる。
まさか、と3人ともが困惑する中、はたして、転移によってそこから現れたのはアルフとフェイトの2人だった。

「フェイトちゃん!?」

そこにいるのは、確かについ先程まで崩れ落ちていたフェイト。
しかし今彼女は、連れてこられた訳ではなく、自分の意思で来たと証明するかのように二つの足で立ち、前を向いている。

「諦められる訳なんて無いし、捨てちゃえる訳なんて、もっとない。
 君が言った言葉だったよね」

なのはの驚きの声に応えるように、そうフェイトが言った。
その言葉に身を固まらせるなのは達を見て、彼女は更に続ける。

「敵対しに来たんじゃない。ただ、どうしても母さんに伝えたいことがあるから」

ひとまずはホッとした様子を見せるなのは達に、歩み寄るフェイトとアルフ。
それを見ていたクロノにリンディから通信が入った。

《クロノ! 今フェイトさん達が転送魔法でそちらに……》

「ええ、来てます。どうしますか?」

《……まぁ、今は一刻を争いますし、敵対の様子がないようであればそちらの判断に任せます》

「了解です」

どうやらフェイト達は勝手にこちらに跳んできたらしい。
予想していたクロノは手早く返事を返し、リンディは自分も出る為の準備に戻るため、最低限だけ言葉を交わして通信を切った。

「自分の体が作り物だってことはショックだったし、この記憶も、貰い物の贋物かもしれない。
 それでも、君が気付かせてくれた思いだけは、私自身の想いだって思うから。
 あれだけハッキリ捨てられた後でも消えない、この想い。それを伝えたい」

もし自分の心までもプログラムされた、誰かに造られたものだとしたらフェイトは耐えられなかっただろう。
いや、フェイトでなくても耐えられまい。それは自己の崩壊だ。
自分というものが分からなくなる。自分の考えだと思っていたことが、誰かの想定通りに組まれたパターンから出力されたものだという現実。
自我の否定、仮にその事に絶望したとして、その今正に生み出されている感情も、自分本来のものではなく誰かの思惑通りの反応であるという恐怖。
普通なら発狂ものだ。
例外などさつきの知り合いであるとある人物くらいのものである。
だが、フェイトにはそうは思えない程強い、自分自身のもだと確信を持てる程に強い想いがあった。とある少女の言葉で気付き、心の中心に据えていた。
真実も、母の本音も知った。だから今度は、その真実を知った上での自分の本音を知って欲しい。それがフェイトの目的。
しかしそれを聞いたなのはの顔は曇る。

「フェイトちゃん……でも、それって」

「確かに、私はまだ、母さんに縋りついてる。
 でも、このまま終わりなんて嫌だから。このままじゃ、新しい自分なんて、始めれないから」

用は、けじめの問題。このまま、何も成さないまま全てが終わってしまっては、ずっと前になんて進めなくなってしまうから。
フェイトは新しい自分を始めようとしている、それを知って、なのはは安心したように微笑んだ。

「すまないが、今は時間がない。揉めている時間もだ。
 だから付いて来ることは構わないが、こちらの指示に従ってもらおう。
 さあ、行くよ!」

脇にそれた空気を、クロノが強引に纏め上げる。そのまま先導して扉を開け、庭園内に突入した。残る者達も再度空気を引き締め、それに続く。
その先の所々に巨大な穴の開いている道を、みんなで駆け足で抜けていく。

「その穴、黒い空間がある場所は気をつけて!」

「へっ?」

「虚数空間、あらゆる魔法が一切発動しなくなる空間なんだ」

「飛行魔法もデリートされる。もしも落ちたら、重力の底まで落下する。
 二度と上がってこれないよ」

「き、気をつける」

知識の乏しいなのはに、クロノ達が忠告する。
やがて辿り着いた巨大な扉を開けると、そこの大広間にはまたもや大量の甲冑の兵士達が待ち受けていた。

「ここからふた手に分かれる。
 君たち2人はプレシアとさつきのところに行くと聞かないだろうから僕に付いてきて貰おう。
 ユーノとアルフは最上階にある駆動炉の封印を!」

クロノは奥に見える階段を指し示して指示を出す。

「今道を作るから、そしたら!」

「うん」「分かった」

「ユーノ君、ごめん、気をつけてね」

「アルフも」

皆が互いに短く言葉を交わし、クロノがS2Uを構える。魔力がチャージされる。

《Blaze Cannon》

そして放たれる、砲撃魔法。なのはのディバインバスターをも僅かにだが上回る威力を持つそれは、階段までの兵士達を一気になぎ払った。
ユーノとアルフはその隙を突いて飛んでゆく。
2人が無事階段の向こうへと見えなくなったところで、さて、と再度クロノがS2Uを構えなおした。

「よし、僕らはこっちだ。言っておくけど、頼りにさせて貰うよ。
 さっきの戦闘での消耗があるし、僕は君たちみたいにとんでもない量の魔力を持ってる訳じゃないからね。
 魔力の回復はできたかい?」

散々なのは達を巻き込むことに反対していたクロノが頼ると言葉にして言ったのだ。心の中ではこれからのことに結構冷や汗をかいているのかも知れない。
先程の手際からいって個々、少数なら簡単にねじ伏せそうなものだが、それ程までに消耗が大きいのか。
いや、フェイトのジュエルシード暴走体などという規格外相手に3人がかりとは言えしっかりと魔力を温存していた方が凄いのかも知れない。

「ちょっと厳しいけど……援護くらいなら」

クロノの問いに、なのはは険しい、しかしやる気に満ちた表情で返した。
クロノがそれによし、と返そうとすると、予想していなかった答えがフェイトから返ってきた。

「あ、私、魔力なら……一回ジュエルシードを取り込んだから」

「へ?」

フェイトは思わず声を上げたなのはに微笑みかける。彼女の口から出た言葉は、ついこないだまでなら考えられないようなものだった。

「1人じゃ厳しくても、3人なら」

「うん……、うん、うん!」

呆然と、理解して、力強く。表情をころころ変えながら、胸がいっぱいになりながらなのはは最後に弾けるような笑顔を咲かす。

《Divide Energy》

まるでいつかの再現のように、フェイトからなのはへ、そしてクロノへと魔力が渡される。
それだけの行為に、それ以上の意味があった。なのはだけでなくクロノさえも、気力という名の見えない力が満たされるのを感じた。
クロノ達は自分の魔力が回復するのを感じ、その表情に自信を漲らせる。

「よし、これなら!」

クロノの言葉になのはも頷いた。
そしてクロノに続いて残る2人も前へ出て、甲冑の兵士達相手にデバイスを構える。

「2人とも、行くよ!」










庭園の、否、次元空間の揺れは段々と増大していた。このまま時間が経てば、いずれ次元断層が起こる。それこそが彼女の旅の始まりの合図。
ただ、娘と2人でその時を迎えたいという彼女の願いは叶いそうになかった。

「……来たのね」

プレシアの元へ、次元震以外での振動が伝わる。震源は遠くない。
そのことに眉を潜めた矢先、今度は次元震が段々と収まりだした。

「――!?」

流石にこれには眉を潜めるだけに止めるわけにはいかず、慌てて周囲を見回すプレシア。
ジュエルシードも確認するが、今だしっかりと発動している。

『プレシア・テスタロッサ』

そんな彼女の元へ若い女性の声が届いた。それは、念話を遮断している彼女へ届かせる為魔法によって庭園内全体に響かせた声。

『終わりですよ。次元震は私が抑えています。
 駆動炉もじき封印、貴女の元には執務官が向かっています。
 忘れられし都アルハザード、そしてそこに眠る秘術は、存在するかどうかすら曖昧な、ただの伝説です』

「違うわ。アルハザードへの道は次元の狭間にある。
 時間と空間が砕かれる時、その狭間に滑落してゆく輝き――道は、確かにそこにある」

『随分と分の悪い賭けだわ』

聞く耳を持たないプレシアに、リンディは切り捨てるように言う。

『貴女はそこに行って、一体何をするの?
 失った時間と、犯した過ちを取り戻すの?』

「そうよ、私は取り戻す。私とアリシアの、過去と未来を。
 取り戻すの。こんな筈じゃなかった、世界の全てを!」

「世界は、いつだって……こんな筈じゃないことばっかりだよ!
 ずっと昔から、いつだって誰だって、そうなんだ!」

プレシアの言葉に返したのは、新しい第三者の声だった。
プレシアが声の聞こえて来たエレベーターの方へと目を向けると、天井の穴から見えない床に乗って降りてくる3人の男女の姿。うち一人は彼女のよく知る顔で。

「こんな筈じゃない現実から、逃げるか、それとも立ち向かうかは個人の自由だ!
 だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間まで巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない!」

エレベーターで降下しながら、クロノがプレシアを糾弾する。いや、訴えかける。
やがてエレベーターが地に着くと、なのはが倒れ伏す人影に気付いて叫び声を上げた。

「さつきちゃん!」

なのはのその声に振り向いたクロノ達も、その影がさつきであると気づく。
フェイトは息を呑み、なのはは急いでさつきに駆け寄る。そしてクロノは状況の把握に努めた。

(ここに近づいてからこっち、ここから争っているような音はしていなかった。
 彼女のレアスキルならもう回復しててもおかしくない筈だが……)

今のさつきは、見るからにボロボロだ。

(なのはも、魔力はまだしも体の方が限界に近い)

考え、クロノはさつきの傍らまで駆け寄ったなのはに指示を出す。

「よし、君は彼女をアースラまで連れて帰ってくれ」

「う、うん! フェイトちゃん、私、上手く言えないけど、頑張って!」

なのははそれだけ言うと、さつきの方へと向き直った。





なのはの言葉を受け取ったフェイトは、それに目を瞑って一つ頷くと、プレシアへと歩を進める。
と、それを冷たい目で睨みつけていたプレシアが、いきなり咳き込んで血を吐き出した。

「母さん!」

「何をしに来たの」

「っ!」

思わず駆け寄ろうとしたフェイトを、プレシアがその言葉と眼光で止める。

「消えなさい。もうあなたに用は無いわ」

『……そう、貴女がさつきさんを巻き込んだ理由は"それ"ですか』

プレシアの容態を悟ったリンディが、疑問に思っていたことの答えに気付いた。
今さらさつきを味方に付けて、何のメリットがあるのかと考えていたのだ。

「ええそうよ、貴女方も気付いているのではなくて?
 あの娘のレアスキルである身体状態のセーブ。それをトレースすることが出来れば」

『……身体状態の、セーブ。まさかそんなレアスキルが……。
 ――しかしプレシア、それを今の貴女に適応したところで、病が治る訳では……』

「何を言っているのかしら? 死ぬことがなくなればそれでいいのよ」

『……永遠に病に苦しむ体になってまで、ですか』

真剣な声でリンディが問うが、プレシアは動じない。それがどうしたと言わんばかりに不適に笑みを浮かべてみせる。
そのやり取りを聞き、そんな彼女を見て、プレシアの想いを再確認したフェイトは意を決してプレシアへと語りかけた。

「あなたに言いたいことがあって来ました」

笑みを一瞬で引っ込め、一転、プレシアは不快げな顔でフェイトを睨みつける。

「私は――私は、アリシア・テスタロッサじゃありません。
 あなたが作った、ただの人形なのかも知れません」

フェイトは止まらない。

「だけど、私は――フェイト・テスタロッサは、あなたに生み出してもらって、育ててもらった、あなたの娘です」

その言葉を受けてプレシアは、本当に可笑しそうに笑った。

「はっ……ふふふふふふふ、ははははっ、はははははははははっ!
 ――だから何? 今更あなたを娘と思えというの?」

「……あなたが、それを望むなら」

フェイトは伝える、自分の思いを。

「それを望むなら、私は、世界中の誰からも、どんな出来事からも、あなたを守る。
 私が、あなたの娘だからじゃない」

現実《しんじつ》を突きつけられても消えなかった、自分の中の本当《しんじつ》を。

「――あなたが、私の母さんだから」

それが、フェイトの想い。

それを聞いたプレシアは、しばし確かに呆然とした様子を見せた。

「……――ふっ、くだらないわ」

がしかしそれも数瞬、我に返ったプレシアの口から告げられたのは、そんな一言で。
話はこれで終わりだとでも言うように、彼女は杖を掲げた。







―― どうして、こんな風になっちゃったんだろうなぁ……

身を包むのは倦怠感。ぼうとした意識の中で、さつきは思った。

―― 覚悟なんて、何もできてなかった。その結果、だよね……

『覚悟は、出来てます』体を人間のものにするか橙子に訊かれたとき、さつきが言った言葉だ。
さつきはあの時、手術をするか否かといった感じの問いかけだと思い、軽い気持ちで返事をしてしまった。
今なら分かる。あの問いかけは、そんなものではなかったのだ。橙子は、例えもう一度吸血鬼になる運命だとしても一時の幸福を手に入れたいかと訊いていたのだ。

―― そんな事にも気付かないで、浮かれて、恐れて、しがみついて……

もう全てを投げ出してしまおう、そう思考が働いた時、さつきは声を聞いた。

「さつきちゃん、さつきちゃん!」

自分の名前を呼ぶその声に、さつきは埋没していた意識を覚醒させゆっくりと目を開けた。
霞む目で見えたのは、こちらを覗き見るなのはの顔だった。

「あ、なのはちゃん……」

「さつきちゃん、大丈夫!?」

体を起こそうとしてさつきは、何故なのはが自分の体に手を伸ばしながらも一切触れようとしていないのかを知ることになった。

「あっ……ぁあーッ!」

鈍痛が激痛となって襲い掛かってくる。
下方にある部位が痛い。上に持って行きたい。それだと上方にあった部位が痛くなる。
動いても痛みは増さない。動かなくても痛い。自分の心臓の音が痛い。

―― この痛みを和らげるには……

さつきの視線が再びなのはへと向く。その目は獲物を見る目だったろう。
どうせ過去に2度も血を吸っている相手じゃないかと、さつきの暗い部分が囁く。
しかしそこにいるのは、今まで幾度となく自分に呼びかけてくれた少女で、今まで幾度となくその気持ちを踏みにじってきた少女で、
……そして、今さっき最悪の裏切りをした少女で。

「さつきちゃん、大丈夫!?」

「くぅっ……ぅあっ!」

「急いでアースラに……手当てして貰わないと! ど、どうやって……!」

「何……で、わたし、君の世界を……」

「そんな事言ってる場合じゃ! それに、知らなかったんでしょ?
 さつきちゃんがそんな酷いことしようとする筈ないしね」

「………」

さつきは泣きそうになった。
だってさつきは、迷ったのだ。なのは達の世界が消えてしまうと聞いても。
望みが殆どないということが判明しなかったら、どっちを選んだか分かったもんじゃなかったのだ。
今だって、まだアルハザードに賭けてみたいと少なからず思っているというのに。
今だって、今直ぐに彼女の血を彼女が干からびるまで飲み干したいとすら思っているというのに。
それなのに、この少女は……。

もう、無理だった。これ以上は耐えられなかった。
この綺麗な目で見つめられるのが耐えられなかった。もう楽になりたかった。

だから、その選択をした。もう何もかもがどうでもよかった。
いや、一つだけどうでもよくないことがあったか。

―― 止めなきゃ

さつきの目が紅く染まる。

「いいよ、"思い出して"」

彼女を気遣っていたなのははその目を直視し、そしてその指示通りに……
思い出した。あの夜――さつきと彼女が始めて出会った時の記憶を、全て。







――"思い出して"

その言葉と共に、なのはの頭の中に忘れていた情景が蘇った。
別にその時の映像がいきなり頭の中を流れたり、衝撃や頭痛と共に思い出した訳でもない。
何故今まで忘れていたのか分からないくらい、さつきの顔から自然とあっさりと連想して思いおこされた。

さつきと出会って、逃げられて、帰るまでの間に抜けていた情報。
レイジングハートによって映し出された、自分の首筋に噛み付く目の前の少女の映像を。

そして、そこから更に連想して思い出す。
目の前の少女の正体を。毛布にくるまって震えた夜を。
自分の体が未知のものに変貌してしまうのではないかという、あの恐怖を。

「―――!!」

我に返ったのは、さつきから離れるかのように一歩下がってしまった後だった。

「――ぁ」

はっとするが、もう遅い。その一歩は、屈めていた身を起こしてまでの一歩は、恐怖と共に動いてしまった一歩は、致命的だった。
なのはは、恐怖とは別の理由で恐る恐る再度さつきを見やる。

「そう……わたしは吸血鬼。
 人の血を……命を、奪わないと生きていけない化け物」

痛みに耐えながら、わざわざそんなことを言うさつきの顔は、もう伏せられてて。

なのはは気付いていた。自分の反応が、さつきをどれだけ傷つけたのかを。
一人ぼっちの寂しさを知るなのはだから、気付けてしまった。

「っ……くうっ……」

さつきが立ち上がる。プレシアを見つけると、ゆるゆるとそちらへと歩を進める。
なのはは、さつきに手を伸ばすことも出来ない。

―― 多分あの娘、その理由を言っちゃうと自分にとって何か悪いことが起きちゃうって思ってるんだ。

言える訳ないじゃないか、こんな事。その結果なんて、目に見えている。

―― 言えないって事は、どういう形であれ、私が信用されて無いってこと。

信用されてなくて当たり前だ。
現に今、自分はよりにもよって、さつきの恐れていた、最悪の反応をしてしまったに違いなかったのだから。

「じゃあね、なのはちゃん」

さつきから言葉をかけられたことで硬直から解けたなのはは、無理をしているのが明白な彼女を、無意識のうちに追おうとして……
見て、しまった。なのはから隠すように背けた、その顔を。なのはの体を後悔の冷たい衝撃が襲い、彼女はさつきを追うことも引き止めることもできなくなってしまった。










庭園内で足元に巨大な魔方陣を展開させ、背中からは光の羽を出現させて佇むリンディが、現地から送られてきた映像を見ていた。

「エイミィ、至急"吸血鬼"というものについての情報を地球から調べ上げて」

《結構大変だと思いますよ》

リンディの指示に声を返したのは、エイミィではなく魔力炉へと急いでいるユーノだった。
彼も映像こそ見ておらずとも状況は把握していた。さつきの台詞から得た情報により、彼にかかっていた拙い魅了も解けている。

「あら、何故かしら」

『な、なにこれー』

ユーノからの返事を待つよりも早く上がったのは、エイミィのうんざりしたような声。
どうやら早々に調べを開始したらしいことが分かるが、何故そのような声を上げるのか。
同じ道を歩んだことのあるユーノが説明する。

《情報が見つからない訳じゃないんです。むしろ多すぎるんですよ。
 どうやら"吸血鬼"っていうのはなのはの世界ではかなりポピュラーな架空の生物らしくって、設定が何通りもあるんです》

「架空の……?」

《ええ、一般的には架空の生物ということになってます。
 なのはも実在するとは思ってなかったようでした》

モニターの向こうで、後ろから追ってくる甲冑の兵士達から逃げながら、ユーノが何らかの魔法を発動させた。

《僕もなのはも、彼女に記憶操作か何かをされていたようです。
 それでも完全なものじゃなかったのか、僕は吸血鬼というものに興味を持って色々と調べてました》

リンディのもとに、ユーノの調べた内容のまとめたデータが送られてくる。

《人の血を吸うというものから、別に吸わなくても問題ないというものまで。
 太陽の光が苦手、というものから、触れたら即灰になる、怪我や火傷をする、別に問題ないというものまで。
 水が苦手、ニンニクが苦手、人の血が苦手、十字架、銀が苦手というものから、何の問題もないというものまで。
 霧になれる、蝙蝠になれるというものから、姿かたちが変わることはないというものまで。
 血を吸われた人間は傀儡になるというものから、血を吸って殺した死体を傀儡にする、蝙蝠を傀儡にしているというものまで。
 倒されたら灰になるというものから、霧になる、エレキギターになる、蝙蝠になる、土になる、幻魔の扉に吸い込まれる、果ては跡形もなく消えるというものまで、有名すぎて情報が溢れかえっているんです》

「これは……なんとまぁ……」

それを見たリンディも思わず声を上げる。そこには、今ユーノが上げたもの以外でも食い違うどころではない内容の情報がいくつも羅列されていた。
しかもその内容が色々とおかしい。

とそこで、現地でプレシアが杖を掲げた。とは言ってももう彼女は詰みの状況の筈、その認識が甘かった。
何をするつもりかと見れば、リンディの周囲に無数の巨大な魔方陣が輝き始めた。
慌ててももう遅い。魔方陣から現れたのは、例によって大量の甲冑の兵士達。

「まだこんなに……!」

《すいません、僕達の方はあらかた潰していたのですが、ユーノ達の方が》

《しょうがないだろ! 数が多いんだ!》

主戦力である3人が全員プレシアの方へ言ってしまったため、ユーノとアルフは甲冑の兵士達から基本的に逃げの手を打たざるを得なかったのだ。更に言うと彼らはそのせいで今だ魔力炉まで辿り着けていない。
ユーノのバインドであれば数機ぐらいは足止め出来るし、アルフのパワーも相手を粉砕するには十分だったが、何分数が多すぎた。
これはマズイと、リンディは歯噛みする。

「これは少々……厳しいわね」

『位置を特定するのに時間がかかったけれど、これでもう貴女は妨害できない』

次元震の抑圧、そのような大それた魔法が片手間で行使出来る筈も無く。
プレシアの言葉と共に襲い掛かって来た兵士達に、リンディは魔方陣と羽を消して対処することを強いられてしまった。










それは、ある日の話。
そこには、ベッドに横になっているプレシアと、その横に付き添っているリニスがいました。
しかし、その2人の間に流れている空気は穏やかなものではありません。

「見たのね」

「貴女が行ってきた研究と、今、捜し求めている技術についても」

プレシアの、ただの確認である問いに、リニスは答えます。
しかし、事態はそれだけでは済まされませんでした。

「プレシア、どんなに願っても、死者は還りません。失った時間も同じです。
 アリシアの事故は悲しいですが、今の貴女には、フェイトが……」

「――!」

プレシアも、小言を言われるだろう事は分かっていました。
しかし、彼女にとって聞き逃せないことをリニスは言いました。プレシアはリニスに掴みかかります。

「っ!?」

「あなたに一体何が分かるの! 私とアリシアの、何が分かるって言うの!」

「何も分かりませんよ! 忘れさせたのは貴女じゃないですか!
 だけど、山猫生まれの使い魔にだって、分かることがあります!」

2人は、遂に言い合いを始めてしまいました。

「今ならまだ、引き返せます」

「――! うぅあ!」

激昂したプレシアが、遂に手を出してしまいました。
リニスは魔力弾で吹き飛ばされて、壁に叩きつけられます。
プレシアは肩で息をして、顔を両手で覆いました。

「いつも仕事ばっかりで、アリシアには少しも優しくしてあげられなかった……。
 仕事が終わったら、約束の日になったら、私の時間も優しさも、全部アリシアにあげようと思ってた! なのに!!」

プレシアの慟哭が、ずっと心の中に溜め込んでいたものが、寝室に響きました。

「あんな失敗作に注ぐための愛情なんて、ある訳がないわ! ある訳がないじゃない!」


――――――


(そうよ、何を今更確認する必要があるの……)

振動する庭園の中で、プレシアは思う。

(私の娘は、アリシア一人なのよ!)

優しすぎたお母さんは、もう戻れない。










「くそっ!」

再び振動を始めた次元空間に、クロノはS2Uを構えて飛び出した。このままでは次元断層が起こってしまう。
リンディの方は心配ない。仮にも一艦の艦長だ。あんな玩具に遅れは取らない。

「無駄よ」

クロノが魔力弾を撃つ前に、プレシアが動いた。
放たれる電撃、さつきと同じくスペック任せ力任せの攻撃だが、それとは幾分か勝手が違った。

「くうっ!」

何せ、武装隊の面々を一瞬で倒した"上空から"の"面"での攻撃だ。避けるなんて出来る筈もなく、クロノはシールドを張って防御する他ない。
苦し紛れに撃った魔力弾も、ことごとく彼女に届く前にかき消されてしまう。明らかにジュエルシードのバックアップを受けていた。
同じくその攻撃に巻き込まれたフェイトもプレシアに必死に呼びかけるが、彼女は耳も貸さない。
プレシアの狂ったような笑い声が庭園内に響く。
クロノ達の焦りが加速する中、事態は更に急変した。

「――渇いて」

次元震の進行が、止まった。

「!?」

異常に気付いたプレシアが慌ててジュエルシードを確認する。
ジュエルシードは確かに発動していた。だが、

(何で、放出されている魔力がこんなに微弱――違う、放出される瞬間はちゃんと莫大――
 霧散して――違う。私のところまで魔力が来ない――一体何が!?)

その理解不能な様子に様々な思考が頭の中を流れるも、結局分からないまま。
その為プレシアの考えは早々に『何が起こっているのか』ではなく『誰が起こしているのか』へと移る。
周囲の人物を確認する。執務官はこちらの攻撃を防いでいるだけで何も出来ていない、フェイトも論外、そして次に目を向けたところに……
居た。いつの間に覚醒したのか、さつきと呼ばれていた少女が立ち上がってこちらを向いていた。
"自分の理解の外にある現象"、そしてこの状況から、プレシアは直感的に理解する。
その顔は伏せられているが、彼女が何かをやっていることは明白だった。

「あなた……!」






◆◆◆◆◆



――ああ、そっか。これだったんだ……

体中の魔術回路に生命力が駆け巡り、魔術の発動する感覚を得ながら、さつきは悟る。
さつきはその身に宿る異能を発現させる時、何故だかムラがあった。
上手く発動することもあれば、うんともすんとも言わないことも。
魅了の魔眼や復元呪詛等、吸血鬼としての固有の能力は特に問題なく使えた。
ただ、彼女が宿した1つの異能、彼女の心象に大きく関わっているある異能だけは、どうにも持て余していた。

――そっか、これが、わたしの……

そして今、時の庭園にてプレシアの周囲に対してその異能を使用している彼女には、"枯渇"を使うことのできる条件が整っていた。
ただ、それだけのことだった。



◆◆◆◆◆






「あなた……!」

――何をしているの
とは、言わなかった。プレシアはすぐさまさつきに雷を撃ちこんだ。

既にボロボロなさつきの体、そこに容赦なく電撃が襲い掛かる。

「うああああああああああ!」

「くっ! 止めろぉ!」

2つの要因で密度が薄くなった雷撃の中、クロノがプレシアへと魔力弾を放った。
ジュエルシードからのサポートが望めないプレシアは全ての攻撃を中断、シールドを作成しようとする。

「「なっ!?」」

驚きの声は、クロノとプレシア2人のもの。
クロノの魔力弾がプレシアに接近した途端、その密度が急激に薄まった。
プレシアが盾のベースとなる魔方陣に魔力を流し込んだ途端、その魔力が消滅した。後に残ったのは、希薄で虫食いのようなシールド。
その2つが接触すると、魔力弾は紙風船のように割れ、シールドはあっけなく壊れた。

プレシアが再びさつきを睨む。
そこには、電撃に撃たれ倒れ伏しそうになりながらも、必死に両手で体を支えているさつきがいた。
最早疑うべくもない。彼女が何かをやっているのだ。

「ーーー!」

唸るような叫び声を上げ、プレシアがさつきに雷を放つ。

「させるか!」

その間にクロノが割り込み、シールドを張ってさつきを守った。
そんな状況に気付いているのかいないのか、意識が朦朧としているのか、当のさつきはその攻撃にも守られたことにも何の反応も示さない。

「プレシア……さん」

そんな中、彼女はただ平坦に言葉を発した。

「わたしも、アルハザードに、行きたい……です」

その言葉に、その場の皆が息を飲んだ。
しかし誰かが行動を起こすその前に、次の言葉をさつきが叫んでいた。

「こんな、人の命を奪わなきゃ生きていけないような体になんてなりたくなかった!
 たとえあの世界を犠牲にすることになっても、それでも可能性に賭けたかった!
 それでもわたしは……人間に戻りたかった!」

感情的になっているのか、心の中を手当たり次第に放ったような、そんな叫び。その内容に、なのはとクロノの肩が、それぞれ別の理由で震える。

「なら、何故今邪魔をするの! よりにもよって、今!」

「分からないよ! そんなの分かんない! でも……だって……っ!
 うあああああああああ!!」

さつきの慟哭に、しかし返す術を持つ者はいなかった。

その時、未だに続いていた次元震が再び完全に沈黙した。
そして再び響き渡る声。

《こちらは終わりましたよ、プレシア・テスタロッサ。
 これで本当に終わりです、降伏を》

甲冑の兵士達を相手していたリンディがそれらを片付け、再びディストーションシールドを張ったのだ。
悟ったプレシアは雷撃を止める。

クロノもシールドを解き、プレシアへとデバイスを突きつけた。
次元震はリンディが抑え、プレシア本人はクロノが押さえ、不確定要素のさつきは不安定で何をすることもできない。これで完全にチェックメイト。
今度こそこれでこの事件は終了……したかに思えた。

「――!」

プレシアが、手に持った杖の石突を床に叩きつける。
と同時に、庭園が再び振動しだした。しかしその振動はこれまでのと違い、同時に時の庭園すらも崩壊し始める。

『マズい、彼女、駆動炉のロストロギアを無理矢理……!』

エイミィから慌てたような通信が入った。
その崩壊の速度はすさまじく、庭園の上層部はすぐさま崩れ落ち、プレシア達のいる最下層の床さえもひび割れ、崩落していった。その下には、どこまでも虚数空間の広がる時限空間が。
プレシアとフェイト、クロノ達や、さつきとクロノ達の間にもひび割れが発生し、引き離される。
リンディの居た場所も崩落し、ディストーションシールドの展開も不可能となる。再び起こる次元震。更に早まる崩落。

『艦長! 早く戻って下さい! この規模の崩壊なら、次元断層は起こりませんから!
 クロノ君達も脱出して! 完全に崩壊するまで、もう時間ないよ!』

「了解した!」

言われるまでもない。今でさえ崩れる床や上から降り注いでくる瓦礫から逃げるのを強要されているのだ。
ただ、クロノが辺りを見渡すと、そこには逃げる気などさらさら無い女性が1人、崩壊を気にも留めずにその女性と向き合ってる少女が一人、
辛うじて意識はあるようだが、状況が把握できてるか定かでは無く更にまともに動けそうにない少女が一人に、その少女を助けようとしているがイマイチ踏ん切りが付けられずにオロオロしている少女が一人。

(ああくそ、世話の焼ける!)

「私は向かう、アルハザードへ。そして全てを取り戻す!
 過去も、未来も、たった一つの幸福も!」

プレシアが叫ぶと、遂にその足元に亀裂が入る。息を呑むフェイト。
プレシアは躊躇うことなく自ら後ろへと足を進め、アリシアの水槽と共に虚数空間へ飛び込んだ。

「母さん!」

「馬鹿、よせ!」

急いで後を追おうとするフェイトを、クロノが慌てて羽交い絞めにして止める。

「一緒に行きましょう、アリシア……。
 今度はもう、離れないように……」

フェイトが呆然と見つめる中、プレシアとアリシアは虚数空間へと消えて行った。

上から降って来る瓦礫が、段々と大きなものになっていく。

その時、瓦礫と一緒に降りてきた二つの人影があった。最上階の魔力炉へ向かっていた、ユーノとアルフの2人だ。

「みんなゴメン! 僕達が間に合わなかったばっかりに……!」

ユーノはなのはを見つけると、その傍らへ降り立つ。
次いでアルフは急いでフェイトの元へ向かおうとするも、その視線にあるものを捕らえた。

「――!」

周囲が崩落していく中、倒れたまま動かないさつきだ。このままでは彼女も虚数空間の底へ真っ逆さまだ。
再度フェイトへと視線を向け、執務官の少年がしっかりと付いていることを確認する。
アルフは一瞬だけ迷うも、一つ頷いてさつきの方へ向かった。

「ユーノ君、私……私……!」

「なのは、大丈夫だ。あの娘の方にはアルフが行ったよ。
 今は早くこの場所を脱出しよう」

なのはがさつきへと視線を向けると、そこには確かにさつきの下に降り立つアルフが。
フェイトの方もクロノが既に転送の準備に入っていた。

『お願い皆、脱出、急いで!』

エイミィの叫びと共に、なのはの腕をユーノが強く引っ張る。なのははなおも躊躇っていたが、顔を伏せると1つ頷き、ユーノと共に転送の魔方陣に入った。



そして後に残った、倒れ伏すさつきとその傍らに佇むアルフ。もう崩落までいくばくもない。
アルフは思う、このままさつきをアースラに連れて行ったら、彼女は捕まってしまうだろうと。
願いを叶える宝石、それに踊らされて、最後には自分達のことにまで巻き込んで、結局望みを果たすことのできなかった少女。
自分を逃がす為に身代わりとなり、彼女が居なければ自分もフェイトもどうなっていたか分からない。
だが彼女は自分達に協力し、管理局の執務官にも牙を向いたのだ。捕まらないなんてことはあり得ない。
さつきの首が動き、アルフを見上げる。

「アルフ……さん……?」

「すまなかったね。アンタへの借りは大きすぎて、こんなもんで返せるとは思ってないけど……」

アルフがそう呟くと、転送の魔方陣が、さつきを中心にして展開された。










そうして、完全に崩壊した時の庭園は、次元震の発信源たる7つのジュエルシードと共に虚数空間へとその姿を消していった。










あとがき

キャラの心情描写が下手すぎて泣けてくる(泣 → あえて描写しないスタイルTake2

橙子さんの生き返りの方法って、自分と同じ体格と人格と思考回路と記憶を持たせただけの人形つまりは別人を新しく起動してるだけなんですよねー
うちのSSではさっちんは式に身体の方を殺してもらったお陰で魂の分離に成功したっつー裏設定があるのですが、起動した橙子人形、よー正気保ってるよなぁそりゃアルバも狼狽するわ。正気じゃないね。……あれ?

火傷ってホント痛いです。鉄板に手押し付けちゃったことあるので分かります。
マジで心臓の動きと一緒にものすごい鈍痛が襲い掛かってくるんです。心臓より下に手持ってけません。
もう手全体を冷やし続けて冷やし続けて、それでも常にあーとかうーとか言ってないと耐えれませんでした。てかそれでも早く麻酔でも何でもいいからなんとかしてくれー! って、全然耐えてませんでしたね --;

あと、さっちんの魔術のことですが、枯渇庭園を無詠唱で使ってるのを考えたらこうなってました。
原作設定>メルブラ描写なので、そこ無視して普通の魔術にもちゃんと詠唱付けようかとか考えてたんですが、1つは作者にそこら辺の才能が無いので断念
もう一つは枯渇庭園、さっちんルートで使われるという話ですので、どう考えてもそっちでも詠唱とかしてる訳ないよなぁと
魔術師の魔術ではなく、吸血鬼としての能力という解釈に気付くのが遅すぎました


……うん、読者の皆様の言いたいことは分かる。だがちょっと待って欲しい。
やっぱり無印はなのはとフェイトの物語だと思うわけですよ僕は。
さっちんがやたらと空気だったり、延々と原作に沿って話進めてるだけでつまんねーよって思ってた方も居ると思いますが、それへの答えがこれです。実はまださっちんルート入ってなかった。

てかこの展開予期できてた読者の方結構多いんじゃなかろうか。途中からあからさまにさっちんイベント避けてたし、月村家とかほったらかしのまんまだったし。

では次話で無印編終了ですね。
……新編からのサブタイを未だに悩んでいるのですが
このSSのタイトルだってかなり適当だったし、いいの考えようにもネーミングセンスがががが……もう募集とかしたいレベル



[12606] 最終話
Name: デモア◆45e06a21 ID:95f9b2a6
Date: 2021/10/29 11:51
『庭園崩壊終了、全て虚数空間に吸収されました』

『次元震停止します、断層発生はありません』

『第三前速で離脱、巡航航路に戻ります』

「さて、では申し開きを聞こうかしら?」

アースラへ無事全員帰還しある程度落ち着いた後、リンディの放った言葉がそれだった。
ちなみにその向かいにいるのはバツの悪そうな顔をしたアルフである。

「いや、だってさ、アイツ結局ジュエルシード使って無い訳だし、
 さっきのことはこっちが巻き込んじゃったみたいなもんだし、プレシアに騙されてたわけだし、
 最後の方は協力してくれてたみたいだったし……」

リンディの方をチラチラと伺いながら歯切れの悪い言葉を重ねるアルフだったが、リンディは無言のまま。
それに耐えられなくなったアルフが遂にあー! と叫んで開き直った。

「フェイトを救ってくれたあんたらには確かにすごく感謝してるけど、
 わざわざあの娘を捕まらせるために連れて来るなんて、アタシにゃ出来なかったんだよ!」

「だからって弓塚さつきを海鳴のどっかに飛ばしてきたって、正気かお前!?」

たまらず突っ込みを入れるクロノ。リンディはふぅ、とため息を一つ。

「分かったわ、いいでしょう。
 とりあえずアルフさんとフェイトさんはこの事件の重要参考人ですから、誰か護送室へ案内して」

「って艦長!?」

まさかのお咎めなしにクロノが思わず声を上げる。
アルフも虚をつかれたような顔をしたが、フェイトが局員についていくのを見て慌ててそれについて行った。
一方で連れて行かれるフェイトに思わず手を伸ばしかけたなのはだったが、こちらはこちらでフェイトに視線でたしなめられていた。

「あの、それで、さつきちゃんのことはどういった扱いになるのでしょうか」

2人の姿が見えなくなったところで、なのはがそう切り出す。
しかしリンディはなのはのその言葉に眉を潜めた。

「……『どういった扱い』? なのはさん、彼女……いえ、あれは人間ではないのよ」

「「っ!?」」

その、付き合いが短いと言ってもおおよそリンディらしからぬあんまりな内容の発言になのはとユーノは驚愕する。
クロノも思わずと言った風で身を乗り出した。

「母さ……艦長! それは「クロノ」っ」

クロノの抗議の声を遮り、リンディは事務的な口調で話を続ける。

「今回の事件。ジュエルシード事件は首謀者プレシア・テスタロッサの死亡確認によって終結。死体の回収は出来ず。
 尚、事件中に現地動物1体が巻き込まれ、事件終結地、時の庭園においてそれを一時的に保護。即日無事、現地へ送り届けた。
 ――上へ報告する今回の事件の大まかな概要は、こんなものでいいと思うのだけれど、どうかしら? 疑問点はある?」

それまで感情の読めない表情と口調だったのが、リンディは最後の部分を言う時だけいつもの柔和なそれに戻っていた。

「……え? そ、それって、え?」

「艦長……」

その言葉の意味を理解し、結果混乱するなのはと、疲れたような呆れたような声を上げて額に手を当て天を仰ぎ見るクロノ。

「さて、事件も一先ずは終結したことですし、色々と準備をしなければね」

そう言うとリンディは部屋を出ておもむろにどこかへ行こうとする。
なのははその背に慌てて頭を下げた。

「あ、あの! ありがとうございます!」

リンディが部屋を出ていくと、皆の間に弛緩した空気が流れだす。
長かった事件も、これで一段落だ。

「あ、それで、フェイトちゃんは?」

なのはとしては、傍にいてあげたり話をしたりしたいのだろう。
それを読み取ったクロノが、しかし申し訳なさそうに言葉を返す。

「彼女はこの事件の重要参考人だからね、申し訳ないが、暫く隔離になるよ」

「そんな」

「今回の事件は、一歩間違えれば次元断層さえ引き起こしかねなかった、重大な事件なんだ。
 時空管理局としては、関係者の処遇には慎重にならざるを得ない。それは分かるね」

思わず声を上げたなのはだが、クロノにやんわりと窘められてしまう。
周りの事情を気にすることには慣れているなのはだ。勿論、そこら辺の事情は察せてしまう。

「……うん」

気落ちした風ななのはに、エイミィが補足する。

「とりあえず、ずっとこのままってことは無いから、もうちょっと待って」

「はい……。
 でも、フェイトちゃんこれからどうなるの?」

それに頷き、だがなのはが更に気になったのはフェイトの今後。
悪いことをして捕まった彼女が、これからどういった扱いになるのか。

「事情があったとは言え、彼女が次元干渉犯罪の一旦を担っていたのは、紛れも無い事実だ。
 重罪だからね、数百年以上の幽閉が普通なんだが」

あまりに重い処遇に、なのはは今度こそ思わず叫んでしまう。

「そんな!」

「なんだが!」

「っ!?」

が、身を乗り出した彼女をクロノが強い口調で押し止めた。
そして続く言葉は、幾分かやわらかいもので。

「状況が特殊だし、彼女が自らの意思で次元犯罪に加担していなかったこともハッキリしている。
 あとは偉い人たちにその事実をどう理解させるかなんだけど、その辺にはちょっと自信がある。心配しなくていいよ」

「クロノ君……」

「何も知らされず、ただ母親の願いを叶えるために一生懸命なだけだった子を罪に問うほど、時空管理局は冷徹な集団じゃないから」

普段の無愛想なものとはかけ離れた、優しげな言葉。
そこでなのははふと気付く。

「クロノ君って、もしかしてすごく優しい?」

「なっ!?
 し、執務官として当然の発言だ、私情は別に入ってない!」

キョドってしまったのが運の尽き、その隣にいるエイミィがそんな隙を逃す筈もなく、クロノはその後またもや散々弄られることとなるのだった。







その日の夕食の時の話。
リンディ、エイミィ、クロノでテーブルを囲っているところ、何かを考えていたようだったクロノがリンディに切り出した。

「艦長」

「ん? 何かしらクロノ執務官?」

「いえ、先程の話なのですが、あのような報告、記録映像を見られたら一発なのではと。
 記録映像はフェイトの裁判にも使われます。
 映像を弄るにしても限度がありますし、どうしても違和感が……」

心配げなクロノの指摘に、だがリンディは軽い調子で返す。

「んー、そうね、多分大丈夫じゃないかしら」

「何故です?」

その様子から何らかの確信があると察したクロノが尋ねた。
しかしリンディはここに来て真剣な表情になる。

「……そうね、言っておいた方がいいわよね。
 実はねクロノ、今回の事件、ジュエルシードがこの世界に落ちた時点で、ユーノ君は管理局に既にその旨を報告していたのよ」

ここからどう話の流れが繋がるのかは分からなくても、分かることがクロノにはあった。

「……ちょっと待って下さい。それはおかしい」

「ええ、私もそう思ったわ。でもたしかに届出は出されている。
 それで本局の方に問い合わせてみたら、何て返って来たと思う?」

「――書類の受け渡しに不備があったとか……」

「それならまだ良かったわ。報告はきちんと上に行っていたの。
 それで、どうして調査に乗り出さなかったのかって尋ねたら、『それよりも優先する事柄が多数存在した為……』とかいう返事が返って来たのよ」

あまりの事にクロノは思わず叫んだ。

「ちょっと待てくれ、そんな馬鹿な! 現場の近くには、遊行艦であるアースラが、僕達がいた筈でしょう!」

「ええ、結局のところ、上はろくに調べもせずに、大したことないと割り切ってこの件を丸投げしていたのよ。
 ユーノ君が率先して動いてくれていなければ、どうなってた事やら……」

クロノは言葉を失って頭を抱える。
しかし、これで何故リンディがこれ程までに楽観視しているのかが分かった。

「という訳で、上がこんなことしでかしたんですもの。多少映像に不備があってもそこまで深く調べられることは無いと思うわ」

確かに、不明なところを無闇につっついてそこら辺の話が矢面に上がってしまうことは向こうも避けたいだろう。
とそこでリンディは「それに、」とエイミィにウィンクを1つ。
バトンを受け取ったエイミィはニヤリと笑って顔を上げたクロノに言い放った。

「幸い、どっかの誰かさんが映像記録に不備があっても仕方ない事件を引き起こしてくれたしねー」

クロノはグゥの音も出なかった。

「あ、でも、本当によかったんですか? さつきちゃんを見逃しちゃって。
 確かにもう次元犯罪は起こさない……というより、起こしようはありませんけど」

と、事のついでにとエイミィも疑問に思ってたことを口にした。
クロノもそこは気になっていたのか、縮こまっていた体を戻してリンディに視線を送る。

「あのねエイミィ、私は別に、同情とか自己満足だけで彼女を見逃すことにした訳じゃないのよ」

「? 何か問題でも?」

「勿論、彼女を哀れに思う気持ちが無いと言えば嘘になるけど……」

言いながら、リンディはパネルを呼び出して操作する。
するとモニターが現れてとある映像が映し出された。

『そう……わたしは吸血鬼。
 人の血を……命を、奪わないと生きていけない化け物』

『こんな、人の命を奪わなきゃ生きていけないような体になんてなりたくなかった!
 たとえあの世界を犠牲にすることになっても、それでも可能性に賭けたかった!
 それでもわたしは……人間に戻りたかった!』

「さて、この台詞から吸血鬼って、どんな生き物だと推測できるかしら?」

リンディがジェスチャーでクロノに話を振る。クロノは多少眉を潜めながら答えた。

「……人の血を吸わなければ生きていけず、通常は命を奪うことになる。
 それと、元は人間だった、でしょうか?」

「一応あれから一般的に認識されてる吸血鬼の特徴についても調べたんだけどねー。
 ある程度共通するのだけでも人の血を吸って、不老不死で、太陽とニンニクが苦手で、って、やっぱりかなり曖昧なんだよね。
 しかもさつきちゃん太陽の下普通に歩いてたし。これも信憑性薄いなー」

苦々しげに言ったクロノの言葉を、エイミィが頭の後ろに両手を置いて天を仰ぎながら補足する。
2人の言葉に、リンディはうん、と頷くと話を続けた。

「それでも、今まで見てきた彼女の特徴と、この台詞、そしてなのはさん達の世界の認識を纏めてみると大まかなことは分かるわ。
 その中で重要なのは死ににくい体であることと、人ではとても太刀打ちできない存在であること、
 そして、先程エイミィが上げてくれた2点ね」

そこでリンディは再びクロノを指し示す。

「さてクロノ、もう一つ聞くわね。
 とある世界の、驚愕の真実が発見されました。
 何とその世界には人喰いの化け物がいて、人々はその存在を知らされないままに一方的に捕食される立場にあるようです。
 あなたならどういう感情を抱く?」

「……その世界の人たちを助けてあげなければと……思います」

話の流れが掴めたクロノが、更に苦々しげに答えた。

「そうね。
 私達はさつきさんという存在を知っているわ。前情報が何も無かったから、彼女を人間として見ていたから、吸血鬼とは私達と同じような感情を持つ存在だと知ってる。
 でも、この情報から彼女に触れた人達は? 吸血鬼を"人喰いの化け物"としか見れないでしょうね」

「なるほどー。
 確かにもしその情報が一般に流出したら、『第97管理外世界の人たちを救え!』
 みたいなデモや活動団体が出て来てもおかしくはありませんね」

「一般に流出しなくても、管理局内でも何かしら動こうとする人は少なくないでしょうね。
 正義感に溢れてる人、多いから」

「仮にそうなってしまったら、地球に住む吸血鬼達は根こそぎ排除されてしまうことになる……。
 母さんはそれを回避しようと」

と、クロノが自分の中に出た結論を言おうとするが、

「えっとね、少し違うわ」

「?」

どうやら違ったらしい。これにはエイミィも首を傾げる。
そんな2人に、リンディは更に解説を続ける。

「おかしいとは思わない? 吸血鬼は人の血を吸って命を奪う。更に何らかの方法で人間は吸血鬼になってしまう。
 それなのに、何故地球では"吸血鬼は架空の存在としか認識されていない"のかしら」

「えっと、それは……。
 吸血鬼の人たちが自分たちの存在を隠してる……とか? 吸血鬼としての掟~みたいな感じで。
 あーでも、人間から吸血鬼になっちゃうのかー。少し無理があるかな」

「可能性としてなくはないけれど、それだけってことはまず無い筈ね。
 自分たちの存在を隠すということは、そこには理由が必要だから。
 それにエイミィも見た通り、吸血鬼の力は普通の人間では歯が立たない程凄まじい。
 全部が全部とは限らないけど、元は人間らしいですし、彼らの思考が私達とそう変わらないのなら後先考えずにその力を振りかざすような者も勿論いるでしょう。
 そんな者が1人でも出たら、ただ"吸血鬼"というだけの纏まりではもう隠し切ることは不可能な筈よ」

ということは、とクロノはリンディの言いたいことを今度こそ完璧に理解した。

「つまり……吸血鬼達と対立し、その存在の証拠を消している別の勢力が存在すると?」

「最低でも1つは……ね。もしかしたらなのはさん達の世界には、吸血鬼以外にも、架空の存在となっているけれど本当は実在している生物がいるのかも知れない。
 一部の吸血鬼達がそういう組織を作り上げてる可能性もあるわね。
 そしてそれなのに表の世界では平和そのもの、それらの存在の影も形も見当たらないとなれば……それらの勢力は上手く拮抗しているということになるわ。
 そしてそんな中に時空管理局なんていう新しい勢力が横から入り込んだら……どうなると思う?」

「……正直想像したくもないな」

拮抗ではなく、吸血鬼達が一方的に抑えられているという可能性もないこともないが、それはさつきの在り様が否定している。
ただ吸血鬼を駆逐するだけなら、地球の人々に隠れてでも十分に可能だったろう。
だがそんな情勢がある中に時空管理局が割り込んだりしたら、いたずらに地球を混乱させるだけだ。下手すれば第97管理外世界は破滅の一途を辿ってしまう。
そう考えたリンディは、さつきの――吸血鬼の存在を隠すことにしたのだ。

少し沈黙が降りたところで、食堂の扉が開いた。
そこから入って来たのは食事のプレートを手にしたなのはとユーノの2人組み。
クロノが近づいて来た2人に声をかける。

「ああ、帰る準備は済んだのかい?」

「うん」

「お家の方にも、明日帰ると私の方から連絡を入れておいたわ」

「ありがとうございます」

リンディの言葉に礼を言い、なのはとユーノは彼らの隣に並ぶように座る。
と、なのはがリンディ達に尋ねる。

「あの、それで、リンディさん達はいつまでこっちにいるんですか?」

「んー、次元震とか起きちゃってるから、事件解決しました帰る準備できましたんじゃさようならーっていう訳にはいかないから、
 数日はこっちにいるけど……あっ、フェイトちゃん」

エイミィがその質問に答えて、意図に気付いた。
そうなのだ。フェイトは今隔離中。先程、ずっとこのままって事はないと言っていたがその前にリンディ達が帰ってしまう可能性があった。
エイミィが考えてみると、なるほど確かに微妙なところだ。

「……まぁ、そこら辺は何とかなるようにしてみましょう。
 私達が帰っても、一応連絡はつけられるから、その方法も教えておくわね」

「あっ、ありがとうございます。お願いします」

リンディの言葉になのはが頭を下げる。

「結局、何だったんだろうね、今回の事件」

浮かない顔をしながら、エイミィがぼやいた。クロノがそれに聞き返す。

「何が?」

「女の子を取り戻したかったお母さんに、お母さんの愛情を欲した女の子に、人間に戻りたかった女の子。
 私が言うのもなんだけどさ、皆すごく頑張って、それで誰も何も手に入れれなくて。
 なんていうか、さ」

それの邪魔をする自分たちの行動に疑問を覚えたとか、そういう話ではない。
ただ、やるせなかった。

「……ロストロギアの関わる事件は、いつもこうだろ。
 強い力は、人の欲望を引き付ける。汚い欲望も、そうじゃない欲望も。
 皆、こんな筈じゃなかった現実に抗ってただけなんだ。僕も、分かるんだ」

「――うん、何かごめんね」

暗くなってしまった雰囲気にエイミィが謝罪し、クロノも幾分か表情を和らげてなのはの方を見る。

「いいさ。それに、何も悪いことばかりじゃない」

「?」

なのははその視線に首を傾げる。
が、クロノはそれには応えずなのはの箸が全く動いていないことを指摘した。

「ああ、すまない、気にせず食べてくれ」

クロノの言葉に、ま、いっかと食事を開始するなのは達。
そして次になのは達に話しかけたのはリンディだった。

「あと、さつきさんのことなのだけれど……
 あ、食べながら聞いてくれていいのよ」

話の内容に思わず再度スプーンを止めようとしたなのはを、リンディが止める。

「なのはさんが今後さつきさんに関して何をするにしても、
 ああ言った手前、私達は時空管理局としては手助けをすることは出来ないわ。
 ごめんなさいね」

「いえ、いいんです。
 あの娘とのことは、私の問題ですから」

まぁ確かに、さつきは本来なら非魔法関係者で、それとなのはとの間柄なんてものはリンディ達には何の関係もないと言えばない。
だがそれでは納得できない者もそこにはいた。

「……なのは、それなら僕もこっちに残るよ。
 うちの部族は遺跡を探して流浪してる人ばっかりだから、急いで帰る必要もないし。
 勿論、なのはが良ければだけど」

「本当!? でも、いいの?」

ユーノの言葉に、なのはは彼と別れなくていいとなり嬉しそうな反応をするが、直ぐに不安そうな顔になり伺いを立ててくる。
相手の事を気にしすぎるなのはらしい反応ではある。

「うん、元々僕が巻き込んじゃったんだし、最後まで責任は取るよ」

そんななのはに、ユーノは再度宣言する。
嬉しそうにするなのはだったが、そこでリンディが声を上げた。

「あら、でも困ったわね。
 ユーノ君がいれば、フェイトさんの裁判も随分と簡単になるのだけれど」

そんな事を言われては、なのはの取る反応は1つしかなく。

「ユーノ君……」

「うぅ…………。
 分かりました。そちらに行きます……」

そんな縋るような目でそんな風に言われたら、ユーノも折れる以外ない訳で。
しぶしぶとリンディ達に付いて行くことを決めたユーノであった。
だがリンディも、彼らのことを考えていない訳ではなかったようだ。

「そうだ、フェイトさんの裁判が一段落したら、久しぶりに長期の休暇を取って皆で地球へ遊びに来ましょうか。
 時空管理局としてではなく、個人として。勿論ユーノ君も一緒に。出来ることならフェイトさんも」

その意味を理解し、パッと表情を明るくするなのはとユーノ。
すると腕組みをしたクロノが視線を彷徨わせながら一言。

「まぁ……いいんじゃないでしょうか」

まぁそんな分かりやすい反応をして彼女が反応しない筈もなく、

「嬉しいなら、素直にそう言えばいいのになー。
 クロノ君てば、照れ屋さん!」

「照れてないー!」

「久しぶりの家族旅行ね。張り切っちゃおうかしら」

「母さん!」

「え、家族って……お母さん!?」

最後に色々と騒がしくなった、なのはのアースラでの最終日の夕食だった。










その夜、アースラの寝室でなのははベッドに座って外を眺めていた。

事件は終結したが、気になるあの娘達のことはまだ殆ど終わってなくて。
フェイトに関しては今は何もすることが出来ずにもどかしく、さつきに至っては進展はしても好転は全くしている気がしない。

「はぁ、これじゃアリサちゃんにはったおされちゃうなぁ」

つい昨日友達を3人紹介するかもと言っておいてこれである。
いやなのはとてあれは自分の願望が流れ出したものだと分かってはいるが、それにしてもだ。
しかもよくよく考えたら事件が終わったらユーノとは別れなければならないしフェイトは連れて行かれてしまうのだからどっちにしろ無理ではないか。

「ねぇユーノ君」

「なんだい?」

「リンディさんの話だと、ビデオレターとかも送れるっぽいんだけど、お別れしちゃってる間いいかな?
 アリサちゃん達にも紹介したいし。ユーノ君のこと」

なのはの提案に、ユーノは少し悩む。
ビデオレター……女の子ならいいのかも知れないが、男の子としては中々に気恥ずかしいものがある。相手が女の子だというならなおさら。
まぁ、それでも返事は決まっているのだが。

「うーん、ビデオレターか……。
 ちょっと恥ずかしいけど、うん、いいよ」

「ありがとう! 絶対送るから待っててね!」

「……でもさ、なのは」

「?」

「僕よりもそのことを伝えたい子が、他にいるんじゃない?」

「――うん、ありがとうユーノ君」







それから、数日の時が過ぎて。
その間に、事件解決に貢献したなのは達が表彰されたり色々したのだが、それは置いておく。
早朝、なのはがまだ毛布に包まっていると、彼女の携帯電話が鳴り出した。

「ん……」

もぞもぞと動き、携帯を止めるなのは。だが少しして、再び携帯が鳴り出す。
少し苦労して携帯を開くと、そこには『着信中 時空管理局』の文字が。

「ふああっ!?」

眠気など一瞬で吹き飛んだ。なのはは飛び起きて急いで通話ボタンを押す。

「はい、なのはです!」

『ああ、クロノだ。フェイトの処遇が決まったから連絡を入れさせてもらったよ』

「へ、本当!?」

『ああ、さっき正式に決まった。
 フェイトの身柄はこれから本局に移動、それから、事情聴取と裁判が行われる』

「うん」

『フェイトは多分……いや、ほぼ確実に無罪になるよ。大丈夫』

『クロノ君あれからずーっと証拠集めしててくれたからね』

『エイミィ、そういう余計なことは言わなくていい!』

「ありがとうクロノ君!」

『っ! ん、んん! 聴取と裁判、その他諸々は結構時間がかかるんだ。
 で、その前に少しだけど面会の許可が出た。
 君の事だ、どうせ直ぐに会いたいと言うんだろ。日時は今日これからでいいか?』

「うん、うんうん! 直ぐ行く!」

『そうか。フェイトの方も君に会いたいと言っている。
 場所は以前君を送り届けたところでいいな』

「うん!」

いきなりの朗報に、なのはは急いで服を着替える。

「なのはどうした? こんな朝早くに」

いきなり騒がしくなった二階と、ドタドタと階段を駆け下りる音にリビングから士郎の声がかかった。

「用事が出来たのー! ちょっと出かけてくる!」

「あらそう、いってらっしゃい」

「いってきまーす!」

返ってきた桃子の声に返事をし、恭也と美由希が稽古をしている庭を抜ける。

「お、何だなのは早いな」

「一緒に稽古でもする?」

「ごめんまた今度! 少し出かけてくるね!」

「そっか、いってらっしゃい」

稽古の手を止めて声をかけてきた2人にも返事を済ませ、なのはは目的地へと駆け出した。
約束の場所は、海にかかる橋の上。










なのはとフェイト、橋の上で2人並んで立っている2人の視線は、だが両者とも海へ向かっていた。
軽く緊張した空気が流れる中、最初に切り出したのはなのはだった。

「あはは、何だか一杯話したいことあったのに……、
 変だね、フェイトちゃんの顔見たら……忘れちゃった」

なのはが切り出すと、釣られるようにフェイトの口からも言葉が出てくる。

「私は……訊きたいことがあって」

「へ?」

「君が言ってくれた言葉、友達になりたいって。
 あの時ははねのけちゃったけど、あれまだ……」

「うん、うん! 勿論だよ!」

躊躇いがちに出て来た言葉に、歓喜の声を上げるなのは。
フェイトの方も少しばかり肩の力が抜けるが、その視線は今だ海を向いたままで。

「私、今、目的が無いんだ。胸の奥にポッカリと穴が開いてるみたいだ」

「フェイトちゃん……?」

「伝えたいことは確かに伝えた。結局それは無駄だった……ううん、無駄じゃなかったかも知れないけど、そんなのもう誰にも分からない。
 今まで母さんの為に生きてきて、今それが無くなって、私自信から湧き出た望みも叶えて。
 私自身の想い……新しいそれを見つけることが、本当の自分を始めるということなら。
 私はこれから、それを頑張ろうと思う」

フェイトがなのはに向き直る。だが、その力強い言葉とは裏腹にフェイトの瞳は不安で揺れていた。

「私にできるなら、私でいいならって。
 私も、君と友達になりたい。ううん、なって欲しい。私でいいなら。
 ……だけど私、どうしていいか分からない。
 だから教えて欲しいんだ、どうしたら友達になれるのか」

フェイトは縮こまり、視線も再び海の方を向いてしまう。その弱々しい様子と、精一杯前に進もうと頑張りながらも不安で一杯な言葉になのははかけるべき言葉を迷い……

「………。

 簡単だよ、友達になるの、すごく簡単」

出て来た言葉は、なのは自身も驚く程明るくて、柔らかかった。

「ぇ、」

「名前を呼んで。
 初めはそれだけでいいの。君とか貴女とか、そういうのじゃなくて、ちゃんと相手の目をみて、ハッキリ相手の名前を呼ぶの。
 ――私、高町なのは。なのはだよ」

再び告げられた名前、勇気を振り絞り、フェイトはそれを口にする。

「……なのは?」

「うん、そう!」

「……なのは」

「うん!」

「なのは」

「うん!」

戸惑いと躊躇いから予行演習のような呼びかけを経て、遂にフェイトはしっかりとなのはの名前を呼んだ。
確かに一歩、大きく踏み出したフェイトをなのはは涙を浮かべ、その手を両手で包み込んで祝福する。

「ありがとう、なのは」

「うん……!」

「君の手はあたたかいね、なのは。ありがとう、君のお陰で、新しい自分を始められそうだ」

「フェイトちゃん!」

耐え切れず、フェイトにしがみつくかのように抱きつくなのは。
なぜなら彼女達には、これからすぐに別れの時が来てしまうのだから。

「ありがとう、なのは。私は今から少し長い旅に出るけど、きっとまた会える。
 そうしたら、また君の名前を呼んでもいい?」

「うん、うん……!」

「会いたくなったら、きっと名前を呼ぶ」

「――!」

なのははハッとしてフェイトの顔を見つめる。何かを言おうとするが、言葉が見つからない。

「だから、なのはも私を呼んで。
 なのはに困ったことがあったら、今度はきっと、私がなのはを助けるから」

その代わり、フェイトの言葉にただただ頷いて、なのははその胸に顔を埋めた。

少しだけ時間が経ち、なのはが落ち着くとお互い身を離して照れ笑いをする。
そしてフェイトは、もう一つの用件を切り出した。

「もう一つ、頼みたいことがあったんだ」

「?」

「さつきのこと」

「!」

ここで出てくるとは思っていなかった話題に、なのははいきなりなことにドキリとする。

「なのはが気にかけてるって聞いたから。
 あの子、いい子だよ。でも、ずっと独りだった」

なのはの驚きに答えるようにフェイトが続ける。その顔に少しばかりの影を落として、伝える。

「私達は一時期協力関係で仲間だった。名前も呼び合ったけど、多分友達にはなれてなかったと思う。
 彼女が他の誰かと一緒にいるところを、私は見たことがない」

さつきはフェイトと真っ直ぐ向き合うことはしなかったし、フェイトもさつきとはただ効率面で協力をしていただけの認識だった。
さつきの方からフェイトに呼びかけ、触れ合うことはあってもそれは表面的なもので、決してお互いの内側に入ることはなかった。
でも、それでも察せることはある。

「あの子とも、友達になってあげて欲しいんだ。
 あの子、望んで一人になってるわけじゃないみたいだったから」

フェイトの言葉に、なのはは僅かに沈黙する。
何かまずいことを言ってしまったかと不安顔になるフェイトに、なのはは言った。

「……フェイトちゃんもだよ」

「……ぇ?」

「私だけじゃなくて、フェイトちゃんも一緒に友達になるの。
 名前は呼び合ったんでしょ? なら、後は簡単だよ」

「……うん」

なれるかな、と湧き出た不安は押しつぶして、フェイトは頷いた。
フェイトの首肯を受け取ったなのはも、自分の気持ちを伝える。

「私もあの娘と友達になる。
 だから約束だよ? またこの世界に」

「うん、絶対戻ってくる。君の名前を呼びに。
 そして、あの娘と友達になるために」

「うん!」



こうして、なのはとフェイト、始めての『お話』は終わりを告げた。



フェイトを救ってくれてありがとうと、涙を流しながら礼を言うアルフ。
協力感謝すると、いつも通り無愛想を装って、だけど最後にしっかりまたなと言ったクロノ。
今まで本当にありがとうと、礼と共にレイジングハートをなのはに託し、また今度と再会を誓ったユーノ。
その他リンディやエイミィと言った、アースラの人たちとの別れ。

そしてフェイトとは、お互いの髪のリボンを別れと再会の約束の印に交換して。

なのはは、日常へとその身を戻して行った。
だけど今までとは明らかに違う、その日常。1つの出会いを終え、だけどもう1人気になる娘はいて。





受け取ったのは不屈の心、手にしたのは魔法の力。
出会いと別れ、ほんとうのはじまり。
出会いと別れ、おわりにはしない。
2人の少女との、出会いと別れ、始まりと、始まりへ続く物語の、これは終わり。










あとがき

今日のNG:
フェイト「なのはの手の平って……小さくって……すべすべで……暖かくて…………やわらかあああああい!」



[12606] Garden 第1話
Name: デモア◆45e06a21 ID:95f9b2a6
Date: 2014/05/30 09:31
「ふあー、おはようレイジングハート」

《Good morning, master》

「着替え終わったら、いつものお願いね」

《OK》

レイジングハートと短く言葉を交わし、なのはは私服に着替えて居間へ降りる。そこでは母である桃子が朝食の準備をしており、父の士郎が新聞を読んでいた。

「おはよー」

「ああ、おはようなのは」

「おはようなのは。行ってらっしゃい」

「はーい行ってきまーす」

朝の挨拶を済ませると、なのははその足で家から出て行く。ユーノとの散歩で朝の散歩が日課になってしまった……ということにしてある。
なのはは玄関を出ると、道場の方から聞こえる恭也と美由希の稽古の音を背に目的地へと向かった。

そんなこんなで家を出たなのはが向かった先はいつもの高台。過去にユーノと一緒に魔法の練習をしていた場所である。

あの事件が一応の終結を見た日から、もう2週間程になる。
なのはは最初、さつきを探すのにサーチャーを用いていた。海鳴市の中を探しつくすと、次は近隣の市町をいくつも数日かけて隈なく探した。
しかしさつきが見つかることはなかった。その手掛かりとなりそうなものや、魔法の力等に関係しそうなものも、何も。

様々な結界やサポート魔法が使え、更に魔法について色々とアドバイスしてくれるユーノがいればまだ違った結果になったのかも知れないが、今のなのはにはここが限界だった。なのは自身もそれは気付いていた。
だがなのはは諦めたわけではなかった。いつになるかは分からないが、ユーノとは再開を約束しているのだ。リンディやクロノといった心強い助っ人達と共に。
そして、一緒にさつきと友達になろうと約束したフェイトとも。

1人では無理でも、彼らがいれば必ずさつきを見つけられるとなのはは考えていた。ならば、今自分にできることは自身の戦闘能力を上げること。
勿論さつきと再び会い見えることが出来た時、話し合いで全てが解決できるのならばそれにこしたことはないのだが、戦闘に発展する、もしくは持ち込んでまで彼女を引き止めることになる可能性はかなり高いだろう。その時の為の準備である。

つまるところ魔法の特訓だ。特になのはが力を入れたのは、バインドと誘導弾の練習だった。

フェイトとの戦いにおいて見せたあの動き、実は元々はさつきに対抗するためのものなのだ。
一度戦闘を始めたら、攻撃を当てることのできるヴィジョン、耐え凌ぐことのできるヴィジョン、そのどちらもが見えなかったさつきという強敵。
しかしなのはの砲撃魔法の威力は絶大である。耐久力自体はさほど高くないさつきなら喰らえばひとたまりもない筈だ。
問題は、そのさつきの動きが早すぎて優々と砲撃を撃ってる暇も無ければ当てることもできないということであった。

参考になったのは、そんなさつきを、見事に翻弄して撃退寸前まで追い込んだクロノの戦い方であった。
正直言って、なのはは牽制やバインド等を舐めていた。当てなきゃ意味がないのは同じなのだから、最初から高威力の方を当てていけばいいじゃんという思考だったのだ。
ユーノのようなチェーンバインド等が使えるのなら兎も角、なのはの様な普通のバインドで狙って縛れるスキルがあるのならそもそもそこを狙って砲撃を撃とうよという考え方だ。
だから、なのははどのみちさつきの動きに何とか付いて行くことができないと駄目だと思っていた。
しかしクロノはなのはのその認識を覆した。さつきの動きに付いていけなくても、誘導弾によって相手の動きを自分でコントロールする。理屈では分かっているつもりでいても、実際目にするとその強さはとんでもなかった。

勿論、なのはは直ぐにクロノのような動きが出来るようになるなどと思ってはいない。
しかしその真似事だけでも、今までのやり方よりは格段に有効な筈である。
何しろさつきが戦闘の素人だという事はクロノにお墨付きを貰っている。誘導弾とバインドを積極的に使っていけば、砲撃に繋ぐチャンスに繋げることが出来る可能性は格段に高まる筈であった。

「じゃあ今日もよろしくね、レイジングハート」

《OK, my master. Ready to count.》

レイジングハートの返答と共に、なのははそこら辺に落ちていた空き缶を空へとほおる。

《Start.》

当然ながら空き缶の形は不安定だ。無造作に弾くと変な風に力が作用し、どこぞへとすっ飛んで行ってしまう。
空中で無造作に回転しながら落下するそれを、なのはの手から放たれた魔力弾が地へ落ちる前に再度打ち上げた。

その日のなのはは気分が高揚していた。
実は今日はアリサとすずかにフェイト達を紹介する日なのである。先日フェイトの方から先日ビデオレターが送られて来たので、その『非魔法関係者用』の方を持参しての訪問だ。
ちなみにフェイトの方であるが、流石にまだ裁判等は行われてはいないもののその準備等は順調で、扱いの方に関してもリンディ提督監督の下という名目でかなり自由にさせてもらえているらしい。

空き缶を一度もミスることなく正確無比に打ち上げながらそちらに思いを馳せていたなのはは、そこでいずれはさつきもと思い、その途端高揚していた気分が低迷してしまった。
まず思い出すのは、あの事件があの事件が終結した日の夜のこと。




~~~


『じゃあなのはちゃん、これからもさつきちゃんと関わっていくつもりなんだね?
 ……うん、じゃあ後でモニタールームまで来て』

夕食の後エイミィにそう告げられたなのはは、頃合を見計らって言われた部屋に赴いた。
扉を開けて中に入ると、そこには呼び出した本人であるエイミィが数々のモニターの前にある椅子に陣取り、
その後ろにクロノとリンディ、ユーノといつものメンバーが勢ぞろいである。

「あ、あの、何が始まるんです?」

「いやいや、なのはちゃんこれからもさつきちゃんを追っかけ回すつもりなら、分かってる情報だけでも整理しといた方がいいでしょ?」

「私達も、もう彼女を追うことは無いとは言え気になるものは気になってしまってね」

「ああ、特に時の庭園で彼女が起こしたと思われる現象、僕はあれがどうしても気になる。
 君ももしかしたら今後も交戦するかも知れないんだ。色々分かってた方がいいだろう」

なのはは成る程と納得するも、さつきの情報をまとめるということで身を硬くする。
それはつまりなのはにとっては、つい先程まで知らなかったさつきの真実、それと向き合うということ。
ずっとそれを聞き出そうと頑張って、戦ってまで聞き出そうとして、でもやっと知ることができたそれは、予想を遥か外に行くもので、予想より遥かに重いもので。

しかしなのはは放っておけないのだ、さつきのことを。
あんなことがあった後でも……いや、あんなことがあったからこそ、ますますその気持ちは強くなっていた。
ならばこれはいずれ通らなければならない道と、なのはは部屋の奥へ進み皆の輪に入る。

というか事件が終わった直後で色々と忙しい筈なのにこんな事してていいのだろうかこの人達は。

「あっ、でもそれならフェイトちゃんも」

「ごめんなさいね、それは無理なのよ。
 これは時空管理局としての仕事とはまた別だから、隔離中のあの娘達を出す訳にはいかないの。
 とりあえず、さつきさんについて知っていることは聞いてきたわ」

「そう……ですか」

フェイトと話が出来るチャンスかと期待したなのはだったが、リンディの言葉に気落ちする。
ちなみに、リンディはさつきを逃がしたアルフならば情報を提供することを渋るかも知れないと思っていたのだが、
そこはそこ、彼女はリンディ達にもさつきを逃がしたことについてちゃんと負い目を感じていたらしく、情報くらいならと素直に答えてくれていた。

「さて、では始めましょうか。
 じゃあまずはなのはさん、地球において、『吸血鬼』とはどういうものということになってるのか教えてくれないかしら。
 こちらでも一応データは集めたのだけれど、やっぱり直接現地の人の話が欲しくて」

「あ、はい。えーっと、私もそんなに詳しい訳じゃないんですけど……。
 人の血を吸って、不死身で、お日様の下に出られなくて、ニンニクや十字架が苦手で、噛まれた人は吸血鬼になっちゃう……でしょうか」

リンディの要求に応えるべく、なのははとりあえず『吸血鬼』と聞いて連想することをあげていった。

「んー、やっぱ信憑性があるのはそこら辺か……
 でもさつきちゃん、普通に太陽の下に出てたよね?」

なのははエイミィの言葉にうん、と頷くと、もう一つ疑問点を進言する。

「あ、あの、それと私、さつきちゃんに一回噛まれてるんですけど……」

「何だって!?」

「……それで、何事もなかったの?」

「はい。ね、ユーノ君?」

「うん。レイジングハートも検査してくれたから間違いないと思います」

「うーん、だとしたら余計にアテにならないね、なのはちゃんの世界の一般常識」

「あ、でも、血を吸われて死んじゃわないと吸血鬼にならないって話もありますし、
 太陽の下でも大丈夫ってのも、珍しいですけど無い訳では……」

「あ、やっぱそこら辺は曖昧なんだ」

早々に疑われだした自分の世界の認識に、慌ててリカバーに入るなのは。
何故か慌ててしまうのだこういうのは。特にこの中で唯一の地球の常識持ちとしては。

「そうね、じゃあ今までのさつきさんの記録から判明することを纏めましょうか。
 そこで不明な点が出てきたら、なのはさんの知識を参考に」

「はい」

リンディの方針に、なのはは了解の意を示す。

「んーっとじゃあまずは……」

エイミィがパネルを操作し、モニターに映像が映し出される。
そこには、傷ついた状態のさつきと、その次に現れた時のさつきが。

「やっぱこれだよねー」

「なのはさんの言っていた『不死身』にあたる特徴かしら?」

「しかし、本当に不死身な生物なんて有り得ません。
 そうでなければ、今頃地球は吸血鬼で溢れている」

「え、えっと、一応その『不死身』っていうのも結構曖昧でして……
 不老不死だったり、弱点を突かれない限りはどんな状態からも回復できるだったり……」

「なのは、その弱点って?」

「さっき言ってた太陽とか……ごめん、他にもあったんだけど覚えてないや。
 でも吸血鬼って言ったら、そういう弱点以外は基本的に無敵ってイメージかも」

「うーん、一応僕達が調べた中にも吸血鬼の倒し方は沢山あったけど……
 あれだけ沢山弱点とかが出てきたのはそういう理由からか……」

ちなみに、そのデータは例によって『あまりに大量すぎて信憑性が無い』ので脇に避けている状態である。

「プレシア女史は、この能力を『身体状態のセーブ』って言ってたわよね」

「つまり、身体の状態が常に固定されているって言うんですか?
 そして何らかの要因で変化しても時間が経てばその状態に戻る?
 有り得ない」

リンディの言葉に、クロノが意見を言う。

「確かに有り得ないわ。でも、他でもないあのプレシア女史の解析結果よ。
 流石に、彼女程の魔導師がさつきさんの言うことをそのまま真に受けたということもないでしょうし。
 しかも、そう考えるとあの火傷のことも説明が付く」

と、そこでリンディはなのはの方をチラリと見てふっと真剣だった顔を和らげた。

「まぁ、なのはさんは別に彼女と殺し合いをする訳ではないのですし、
 今まで通り『とても強力な回復能力』を持っているということでいいでしょう」

「ですね」

クロノの相槌に並んで、なのはとユーノも頷く。別にクロノ達は原理まで調べたがる学者ではないのだ。
そもそも魔法ならともかく、レアスキルの原理など考えるだけ無駄なのだ。原理が分かってしまったらそれはもうレアスキルではない。
だから大切なのはどうやって起こしているかではなく、何を起こしているのか、何が可能なのか、その法則と結果なのである。
全員一致でこの件はもういいということで、エイミィが再びパネルを操作する。

「んじゃー次ねー。
 えっと、このパワー!」

「それは彼女が人間で無かったのなら納得だ。
 僕自身、彼女は強すぎる魔法生物と同じだと思っていたし」

「だねー。んじゃあ次は……」

と、そこでユーノが割って入った。

「あ、次は彼女の使う暗示についてでお願いします」

「ん? ああ、なのはちゃん達が受けてた記憶操作ってやつ?」

「はい、僕達はそれでなのはが彼女に血を吸われたことと、
 彼女が吸血鬼ではないかという推測を忘れていました」

ユーノの言葉を聞いて、クロノがあることを思い出す。

「君が僕に渡してくれたプログラム、あれも確かそれ対策だったな」

「うん、同系統のものだと思う。
 なのはが血を吸われた時にも喰らっていたんですけど、どうも意識を飛ばされてたみたいで」

「気を失わされていたと?」

「あ、いえ、少し違います。倒れたりはしてなかったようですし、呆然自失と言った方が正しいかと。
 レイジングハートが対策プログラムを作ったんですけど、結果から逆算してのものだったので大元の原理についてはどうにも。
 ただ思い返してみると、彼女と目を合わせることがトリガーだったかなと」

ユーノの返答から、リンディはそういえば、と引き継いだ。

「フェイトさんも言っていたわね、さつきさんと目を合わせたら、一度だけ体の自由がきかなくなったことがあったと。
 なのはさん? 吸血鬼について、似たような伝承は?」

「え、えっと……ちょっと思いつかないです……。
 というよりそういうのは怖い話ではお決まりで……」

なのはの言葉に皆が首を傾げる。
それになのはがどう説明したものかとえーっとえーっとと悩んでいると、エイミィが色々と調べ始めた。

「うわー、ホントだ。一杯出てくるよ。
 目を合わせたら魂を抜き取られる、身体を乗っ取られる、金縛りに合う、記憶を奪われる、石にされる、好きだと気付く、リンゴが落ちてくる、死んじゃうその他諸々……。
 あー、でもやっぱり殆どが精神干渉って思われるのだね」

「お化けと目を合わせると~ みたいなの、もうお決まりなんです」

「……まぁ、原理はともかく、対処法と効果が分かればいいでしょう。
 うーん、そうね……目を合わせることで発動する、精神干渉系の魔法――いえ、レアスキルと考えるのが妥当かしら」

「いや、そんなの魔法でもレアスキルでもなくもっと別ものでしょう。そんな能力、根本から違うとしか思えない。
 しかし、目から作用する精神干渉とは催眠術みたいだな」

「催眠術とは言い得て妙ね。なのはさん達が受けてた記憶操作も、ちょっとした切欠で思い出せるものだったようですし。そこまで強いものではないのでしょう。
 これの対処はもうできてるのよね?」

「はい、レイジングハートを持ってさえいればブロックしてくれる筈です」

応じるようにレイジングハートの表面が光った。
それを受けて皆から促されたエイミィが、場面を次のものへと移す。

「んじゃあ次だね。んーっと、この結界を通り抜けたやつ」

「一応確認しておくが、ユーノ」

「うん、魔力干渉、物理干渉完全シャットアウトの隔離結界だよ」

「考察しようにも、この場面映像記録しか残されてないんだよねー」

「お化けが壁を抜けられるっていうのはよく聞くけど、吸血鬼ってそんなこと出来たっけ……?」

皆がうーんと考え込む。
と、ユーノの脳裏に思い起こされるものがあった。

「あっ」

「何だ?」

「これで思い出したんですけど、そういえば彼女、気になる事を言っていたことが。
 確か、ジュエルシードが一種の結界を張った時、『こういうのに敏感』だって。
 それでジュエルシードの位置を特定したりもしていました」

「……『結界』に関係する能力? 駄目ね、情報が少なすぎる……というより、分散しすぎてるわ」

その後様々な意見が飛び交うこともなく、結局のところ『彼女は結界に対して何かしらのアドバンテージを持っている』というだけの結論でこの件は終了してしまった。

「さてさてじゃあ次だね」

言って、エイミィが映し出したのは時の庭園での事件終結直前の映像。
ジュエルシードから感じられる魔力が急に弱まり、クロノやプレシアの魔法が不具合を起こした場面。

「あの時クロノ君には通信で伝えてたんだけど、実はこの時さつきちゃんからエネルギー反応があったんだよねー。
 だからこれ、さつきちゃんの仕業だと考えて間違いないと思うよ」

「現象としては、AMFに似てますね」

「AMF……アンチマギリングフィールドだったか。
 だけどそれはAAAランクの結界魔法の筈じゃ」

「一応僕も簡単なのなら作れるけど、でもこれは違うよ。ほら」

ユーノの指差す先では、さつきとクロノに向けて雷を放つプレシアの姿が。

「AMFは魔力結合を強制的に解除させる魔法だから、その場合あの雷の威力も弱まるんだ。
 それにそれじゃ、ジュエルシードの放出する魔力が弱まった理由が分からない」

「そうなんだよねー。
 あの時起こってた現象なんだけど、まるで魔力素そのものが消滅してるみたいなんだよ」

エイミィがモニターを見ながら解説する。
そのモニターには素人目にも分かり易いように魔力素の濃度がサーモグラフィーのように表示されていた。

「……魔力素を別のところに飛ばしていた?」

「やっぱそうなのかなー。
 でも忽然と反応が消えちゃうんだよね。何かひっかかるなー」

こちらもまた議論が交わされたが、あーでもないこーでもない、という言葉が飛び交った結果『彼女はなんらかの方法で魔力素を消すことが出来る』という全く進展のない結論に落ち着いた。
まぁ何が起こっていたのかが知れた分、クロノとしては無駄ではなかったようだが。


そして議題は遂に本題へと移る。
ここまでは前座。今後のこととはあまり関係ないが、各々が生じた疑問をスッキリさせておこうというだけのもの。
ここからは彼女の能力以外――彼女がジュエルシードを望んだ理由へと移る。

『会いたい人が……いる……
 取り戻したい時間が……ある……
 帰りたい場所が……あるの……っ!』

『こんな、人の命を奪わなきゃ生きていけないような体になんてなりたくなかった!
 たとえあの世界を犠牲にすることになっても、それでも可能性に賭けたかった!
 それでもわたしは……人間に戻りたかった!』

「『人間に戻りたかった』、か……」

「フェイトさん達は、『行きたいところがある』って聞いていたらしいわ。
 ……疑問が、全て解けたわね」

空気が一気に暗くなった気がした。皆の顔に影が落ちる。

「帰りたい場所……会いたい人……。
 家族か、友人か、好きな人か、その全てか。吸血鬼という名の人外になってしまったことで、居場所を失ってしまったのね」

リンディの言葉に、なのはがピクリと身体を震わせた。

「……私、それなのに、あの時……」

両手で胸元を掴んで、視線を下に落とし、なのはの口から言葉が漏れる。

「あの時、あの夜の事を思い出して……もしかしたら吸血鬼になっちゃうんじゃないかって不安だったのを思い出して……。
 それで、さつきちゃんのことも、少しだけ怖いと思っちゃって、それで……」

「君が気に病むことは無いよ。誰かが悪いとすれば、それは最初に君に牙を突き立てた彼女だ。
 君が感じた恐怖心は正しい」

なのはの独白に、クロノがそう返した。
だがなのはは、その言葉にも納得のいかない表情。
それを見て、クロノは思う。

(そもそも、君がそこまで優しくなければ、彼女も傷つくことはなかったろうに)

聞くところによるとさつきは、なのはに噛み付いたことがあるという。
いくら精神干渉を使っていたとは言え、拒絶されたくない者にはそもそもそんなことはしないだろう。
ならば、その時のなのはには拒絶されたところで何の問題も無かったということ。
なのはが彼女にぶつかっていくうちに、さつきの心情に変化が生じたのだ。そういう意味では、確かになのはが悪いと言えるのかも知れない。
だがそんな彼女だからこそ、クロノ達だって応援したいのだ。

「リンディさん、何とかしてあげることって出来ないんですか?」

「彼女の身体を、精密に検査してみなければ分からないけれど……。
 ここまで人と違う性質を持っているとなれば……残念ながら難しいでしょうね」

縋るような目でなのはがリンディに聞くも、その返答は芳しくない。
リンディとて、何とかしてあげたいと思わないわけがない。
だがだからと言ってジュエルシードを使わせてあげる訳になどいかないし、真っ当な手段でどうにか出来るかと言われればほぼ不可能だろうと予想できてしまっていた。

と、そこでエイミィがふと声を上げる。

「でも、何で今までずっと秘密にしてきたのに、わざわざあの場面でバラしちゃったんだろう?」

「贖罪のつもりだろうね。無意味で自己満足に過ぎないと分かっていても、やらずにはいられないのが人間だから」

エイミィの疑問の声に答えたのはクロノ。どんどん空気が重くなっていく。
そんな空気を気にしながらも、なのはの方をチラリと伺って、クロノは更なる爆弾を投下した。

「しかし艦長、彼女、この……」

言いながら、問題の場面を再度再生する。それは、さつきの言ったとある一言。

『こんな、人の命を奪わなきゃ生きていけないような体になんてなりたくなかった!』

「こんなことを言うという事は既にもう……」

「……そうね、その可能性は高いわね」

あえて言葉を濁したクロノの言わんとしていることを察して、リンディもその考えを認めた。

「違和感は感じていたんだ。彼女が僕に放った拳、あの威力はもしバリアジャケットを付けていなければそのまま体を貫通している程のものだ。
 普通なら、人相手にそれだけのものを向けるのなんて簡単にできることじゃないというのに」

「でも、仮にそうだとしてそれはなのはさんの世界の問題だし、それで彼女とどう接するのかは、なのはさんが決めることよ」

クロノが、今度はしっかりとなのはの方を見る。
なのはの顔色は悪い。クロノ達の言いたいことも、理解してはいるのだろう。

「仮にも自分の世界を犠牲にしてまで元に戻りたいと言っているんだ。彼女の心の闇は、相当に深いぞ。
 君はどうする、高町なのは」

クロノは言う、彼女のことはそのままにしておいた方がいいのではないかと。
今までとは違う、ここまで情報を纏めた上での、なのはへの最終確認。

「わ、私は……」

クロノの言葉に、なのはは思う。
状況は、もう一人のユーノがジュエルシードによって生み出された時に似ていた。
どこが似ているのかと思う者もいるだろう。だがなのはの中で、あの時の状況と重なったのだ。

「私は……」

存在そのものが危険なブラックボックスだった偽ユーノ。他人を犠牲にしなければ生きていけないさつき。
偽ユーノは自分からその存在を消した。
なのははあの時後悔した。あれしか解決策はなかったのかと。もっと他に、出来ることがあったのではないかと。何故自分は見ているだけで何もしなかったのかと。
一体何が正しいのだろうと、全てが終わった後、もう遅いと理解していながらも悩んだ。

そしてさつきは――

――『じゃあね、なのはちゃん』

さつきも、消える。自殺するなどという訳ではないだろうが、あの時のあの言葉は、どのような形であれもう二度となのはの前に現れないつもりで放たれたものであることは間違いないだろう。

成る程確かに、人を犠牲にしなければ生きていけないさつきの味方をしたい、助けたいと思ってしまうことは、一般的に見て正しくはないのだろう。
だが、それでもなのはは……



「私は、もう、後悔したくない」


~~~




と、まぁこんな風に決意を新たに固めた、そこまでは良かった。色々と問題はあるが、それの解決に向けても頑張っていくつもりだった。
いつかさつきと分かり合えて、一緒に笑える日が来ればいいと思った。

《――ninety-eight,――ninety-nine,――one-hundred,――hundred-one,……》

レイジングハートのカウントが100を超える。なのははそこで缶を1つ追加した。
シューターも1つ増やし、流石に厳しいので予備のシューターを1つ待機させておく。

問題は、昨日の帰り道、アリサとすずかにビデオレターの事を伝えた時に起こった。





~~~


「新しい友達を2人、紹介したいんだ」

「わぁ」

なのはのその言葉にすずかは嬉しそうに相槌を打ったが、アリサの反応は若干異なった。

「――2人?」

聞き返された言葉に、なのははすまなさそうに頷く。

「うん……ごめんね。3人って言ってたけど、失敗しちゃった」

「……それってつまり、諦めたってこと?」

非難するようなキツイ言い方ではなく、まるで相手を気遣う時のようにアリサ尋ねた。
そんなアリサの対応に、なのはが一瞬だけ嬉しそうな気配を見せたのに気づいたのは、残念ながらすずかだけ。

「ううん、諦めてないよ、まだ。
 でも今は、何もできなくて。もう少し時間がかかりそう」

「そうなの?」

「じゃあ、あんたあの『ただいま』って……」

あれは一時的に、ということだったのかと、そんな誤魔化しの言葉ならば気づいた筈だという自信があってもどうしても湧き上がってきてしまう不安を言葉にする。

「ううん、それは本当。残ってるのは、こっちのことだけだから。
 だからもう、どこにも行ったりしないよ」

内容はわからずとも、意味は伝わった。
そしてそれは、アリサ達の不安を吹き飛ばして高揚に変えると共に、彼女達にある期待を抱かせるに十分だった。

「じゃあ、今度こそ私たちも何か手伝えるのかしら?」

アリサとしても、期待度は高くとも一応振ってみただけの感覚の言葉だったろう。
だがその言葉に、なのはは一瞬満面の笑みになって、そのまま固まった。







その日、なのはは帰宅してすぐ浮かない顔で自分の部屋のベッドに寝転んだ。
考えるのは、先程の帰路でのこと。アリサからの何か手伝えるかという提案。
その気持ち自体はとても嬉しかったが、なのはは当然のようにそれとなくはぐらかしてそれを断ろうとし、事実断った。
しかし何故当然断るという流れになるのか。アリサの言葉で気付いたが、さつき関係のことは魔法とは何の関係も無い。
2人の唯一の繋がり、接点として魔法が絡んでくるが、それはあまり関係ないし、更に言うと事件の解決してしまった今ならアリサ達に魔法のことを知られても問題ないまであった。
アリサやすずかに吸血鬼の存在を知られてしまう? むしろ知らせておくべきなのではないのだろうか。
ショックもあるかも知れないが、自分達の世界にそういう存在が住んでいるということは知らないよりも知っていた方が安全な気がした。

ならば何故か。巻き込んでしまった場合、危険だからだ。危ないからだ。
何があぶないのか。それは当然……

(さつきちゃん……)

なのはは、さつきを自然と危険と関連付けていた自分に気付いた時、背中を冷たいモノが走り抜ける感覚がした。
確かになのはは、さつきと交戦することも視野に入れて日々訓練を重ねてはいる。
だがそれは、さつきの方もなのはが"力"を持っていることを知っているからだ。
彼女は、何の"力"も持たない女の子相手にその力を振るうだろうか?

(そんな筈、ない)

だって、さつきも最初はなのはに直接力を振るうのを避けていたのだ。

―― こんな、人の命を奪わなきゃ生きていけないような体になんてなりたくなかった!

(ない……)

だって、さつきはなのはが危険なことから手を引くようにと動いてくれたこともあった。

―― しかし艦長、彼女、この……
―― こんなことを言うという事は既にもう……

(ない、よね……)

でも、さつきが"そういう"生物であることは彼女自身が認めた覆しようも無い事実で。
例えそうだとしても何か道はある筈だと、最初から諦めるのは嫌だと、居なくならなくていいと伝えたいと。
だが、それにアリサ達を巻き込むとなると……。

(さつきちゃん……)

それに不安を覚えること自体、さつきの事を信用していないということと同義ではないのか。
そんなことで、本当に彼女を受けいれることが出来るのか。

(わたし、さつきちゃんのこと、何も知らないよ……)

心優しい娘だということは知ってる。これは間違いない。
しかしそれ以上は知らない。かつてのなのはは、それ以上を知りたくて頑張っていた。
しかし……

(知ろうとして、いいのかな……)

その結果、さつきを傷つけた。
さつきのその秘密を暴くことが、さつきにとって嫌なことだと知って、それがなのはを信用できないからだと理解して、
その上で追い求め、結局最悪の形でさつきを傷つけた。
さつきだけじゃない、フェイトだってそうだ。あの娘のことを知りたいと思い、遠慮なくぶつかって行って、そのせいで歪めてしまった。
ジュエルシードを取り込んだフェイトの暴走体の姿が、その中身だった。

だからなのはは、知ろうとすることを、他人の内に踏み込もうとすることを怖いと。そう、感じてしまった。


~~~




《hundred-sixteen,――hundred-eightteen,――two-hundred》

「シュート!」

カウント200と同時に、なのはは2つの缶を同時にゴミ箱へと打ち込もうとする。
しかしそれは上手くいかず、空き缶は両方ともあらぬ方へと飛んで行ってしまった。

慌てて予備のシューターを向かわせ、片方はそのまま反転させてリカバーを狙うも二兎を追う者なんとやら、丁度缶のど真ん中を狙う形となってしまいすっ飛ぶ威力を加速させただけだった。
なのははため息を吐いて飛んで行ってしまった缶を回収しに行く。

《Don't worry. Masters skill absolutely great》

「ありがとうレイジングハート」

もう一度、小さくため息。










あとがき
※この話から3話まで、投下して時間が経ってから中身の順番入れ替えたりと改定しております。読み直してくださって違和感感じた人はすいません。
 おかしなところなどありましたら教えていただけると助かります。

久々のQ&Aコーナー
違和感持つ人いるかなー? と思っていたところで案の定質問が来てしまったので、こちらでも返答をしていきます。

Q.
クロノが
>仮にも自分の世界を犠牲にしてまで元に戻りたいと言っているんだ。
と言っていましたが、『自分(さつき)の世界』を犠牲にしたら、さつきの言う『会いたい人』も死んでしまうので矛盾が生じますが。クロノ達のその辺の考えは如何に?


A.
この時、クロノ達から見たさつきの情報と行動からは、以下のイメージが得られると思います。

1、戻りたい筈の場所を壊してまで元に戻りたい程、自分の居場所を奪った『自分が吸血鬼であるという事実そのもの』を嫌悪するようになってしまっている
2、そもそものその戻りたかった場所はもう既になくなってしまっている。それでもさつきから居場所を奪ったのはさつきが吸血鬼であるという事実で、つまり自分が吸血鬼である事実というもの事態が仇のようなもの。だから人間に戻りたい。
3、元に戻ったところで今更戻ることなど叶わない。既に拒絶されてしまっている。ならいっそのこと……!

いずれのパターンであっても、さつきの心には深い傷が残っているであろうことと、自分の身体が吸血鬼であることへの嫌悪感を抱いていることが想像できます。
それを経ての、クロノの『彼女の心の闇は、相当に深いぞ』発言でした。
文中で十分に表現できず、申し訳ないです。





もうテンプレなんて言わせない。

これでもうさっちん空気じゃなくなりますよー!
さあ本編の始まりです。大変長らくお待たせしました!

しかし、感想版で次はA'sかという声が多いですが……だったらサブタイ悩んだりしませんよー!
大体無印はなのはとフェイトの物語とか言っといてさっちんメインの話がA'sな訳ないでしょがー。


しかし、非殺傷設定の解釈変えちゃったせいでさっちんの殴る時に概念付加設定がただの邪魔設定になってしまってる……。
もう無かったことにして修正しようと思ったのですが、第0話の修正が無理ゲーすぎて泣けた。

あの設定固有の描写はもう書きませんので、皆様の中で無かったことにしていただけると嬉しいです。



[12606] Garden 第2話
Name: デモア◆45e06a21 ID:65d0f123
Date: 2013/02/20 12:58
「ただいま、アリサちゃん、すずかちゃん」

そう言って、あの子は私たちのとこに帰ってきてくれた。
その言葉には嘘も偽りも見あたらなくて、やっと約束通り本当に帰ってきてくれたんだと喜んだ。

それからは以前のような日常が戻ってきた……とはいかなかった。
長い間あの子がかかわってきた何かは、やっぱりあの子に少なからず何かを残してきたようだ。
あの子は確かに帰ってきてくれた。
いつの間にかどっかに行っちゃいそうな、そんな感じはなくなったし、上の空になって私達のことが目に入ってないなんてこともなくなった。
でも、偶に遠い目をすることがあるのだ。それが穏やかなものな時もある。だが、それが何やら悲しげな、何かを後悔しているかのような時がある。
あの子がそんな思いをしているのを感じる度、悲しいような、わけもなく不安なようなそんな気持ちが胸をざわめかせる。何も知らないから、なおさら。もどかしい。
その不安が間違っていないとすれば、それはきっと、例のことで上手くいかなかったことがあったのだろうということになる。

その予感は、なのはが帰ってきてから二週間程経った頃に告げられたなのはからの言葉によって確信に変わる。
新しい友達を2人紹介したいというその言葉。
私とすずかに向かって放たれたその言葉は、私たちが密かに楽しみにしていたものであり、それとは少しだけ、内容が違った。

元々3人紹介できるかもと言っていたなのは。1人減った人数。
そのことについて言及したら、まだ諦めていないという。そこで今度こそ手伝えるかと息巻いたが、その反応は……







「ねぇすずか、私、また焦ったのかな」

「そんなこと無いと思うよ? 少なくともなのはちゃんの反応からいって、そういう感じじゃないと思う」

アリサとすずかは、おそろいで行ってるヴァイオリンの教室でその日の下校時のことについて話していた。

「そうなのよねぇ……なーんか妙に様子変だったし、本人も戸惑ってる感じで」

「うん、最近明るかったのにね、どうしちゃったんだろう」

そこでアリサは少し考えこむも、少し躊躇うと意を決してすずかに問いかけた。

「……ねぇすずか、あんたも私たちに隠し事あるわよね?」

「えっ! ぁっ……、うん……」

アリサのいきなりの言葉にすずかは一瞬だけ声を上げるも、即座に納得したのか観念したのか尻すぼみになって応える。

「ああいいのよ。ずっと前から気づいてたから。
 でさ、そういう視点から見て、どんな時にあんな風になるか分かるかしら?」

「……アリサちゃんは、何か隠し事とか、無いの?」

「うーん、ちょっと分からないのよね。
 聞かれないことをわざわざ言うことはないけど、わざわざ隠し事をするってことも、趣味じゃないっていうか……」

「そっか、羨ましいな……」

アリサの返答におもわず零れたすずかの小さな呟きは、しかししっかりとアリサの耳に届いていた。

「………」

何も言えず、聞かなかったふりをして沈黙を保ったアリサに、すずかはこたえを返す。

「うんとね、自分に自信が無くなった時とか……あんな感じになるかも」

「……なのはらしくもない」

「うん……」

アリサの憮然とした顔に、少し笑みを零しながらすずかも同意した。

「本当のことは分からないけど、もし本当に、何かに悩んでるとかじゃなくて、自分自身が信じられなくなってるとかなら私たちにも手伝えることはあるよ。
 そういうことって乗り越えることはなのはちゃん本人にしか出来ないけど、だからこそ今度は支えてあげることができると思う」

「そうね、今私たちがここでとやかく言っててもしょうがない、か。
 いいわ、分かった。なのはが私達を関わらせれないって言うなら、それ以外で出来ることをしてやろうじゃない。
 ――あとすずか、あんたの隠し事のことだけど」

来たか、とすずかは体を硬くさせ、恐怖心を抱きながらも諦めたように頷く。

「……うん」

「いつか話せる時が来るといいわね」

だがアリサから放たれたのは、そんなそっけない、しかし温かい言葉だった。

「――うん」







人は誰しも他人には言えない隠し事があるものだ。しかしすずかのそれは一般的なそれとはかなり毛色が違った。
暴露してしまうと、それはすずか本人の話ではなく、月村家という"家"の問題であった。
月村家は、夜の一族と呼ばれる家系なのだ。俗っぽく言うと吸血鬼の家柄なのである。
とは言ってもそれはさつきの世界の吸血鬼――死徒とはかなり異なる。
あくまで人間の延長線上であり、普通の人間より身体能力や治癒能力が高かったり、寿命が長かったり、頭が良かったり、あと容姿が美しかったりするぐらいだ。
ただその代わりに体が生成する栄養価のバランスが悪く、人の血を飲まなければ体調管理ができないのである。

それだけと言えばそれだけなのだが、それでもそれは普通とは十分すぎる程の違いだった。
人間は自分達とは違う者を排斥する。同じ人間でさえ、国が違えばそれだけで人は差別し遠ざける。生活に浸透してきて色々と慣れられた現代でさえも完全に無いとは言えないのが現状である。
なら、これだけ人と異なるところがあり、あまつさえ血を飲むという夜の一族のことが明るみに出たらどうなるか。

だから夜の一族は皆、そのことを隠し通して生きてきた。
本当に気を許した相手にのみその秘密を打ち明け、それでも秘密を知った者に対しては制約を設け、外へと漏れないように。

これは裏を返せば、この秘密を打ち明けられない相手は本当には信用していないということになってしまう。
すずかはずっとそれが心苦しかったのだ。なのは達にこのことを打ち明けたかった。そんなことは無いと、自分と彼女達は親友だと。
だが怖いのだ。どうしても恐怖心が現れてしまう。このことを打ち明けた結果が、拒絶かも知れないと思うと。

(……いつか、話せる時が)

すずかはアリサの言葉を心の中で反芻する。
やっぱり、バレてた。隠し事をしていたことも、それを打ち明けたいとずっと悩んでいたことも。

(来ると、いいな……)

その勇気が、湧くときが。









月村家の大きすぎる中庭を通り抜け、屋敷の玄関に辿り着いたなのはと恭也はチャイムを押す。

ピンポーン。

ガチャ。

一泊置いて、待機していたとしか思えないタイミングで扉が開いた。

「恭也様、なのはお嬢様、いらっしゃいませ」

「ああ、お邪魔するよ」

「こんにちはー」

中から出て来て挨拶をしたのは、月村家メイド長のノエル。ほとんど巻き戻しのようないつも通りのやり取りだ。
恭也の方はなのはにあやかって忍に会いに来たのだった。お熱いことである。

「いらっしゃいなのはちゃん」

「お先にお邪魔してるわよ」

なのはがすずかの待つ部屋に赴くと、アリサは既に来訪していた。それぞれがなのはに呼びかける。
そしてそこには、見知らぬ少女も一人。

「こん……はぇ?」

無意識的に挨拶を返そうとしたなのはは、その予期せぬ3人目に思わず声を上げてしまう。

「はじめまして、八神はやて言います」

独特の、どこか大阪弁っぽい感じのイントネーションで椅子に座ったまま頭を下げるその少女は、自らを八神はやてと名乗った。
肩のところで切りそろえた茶髪の、額のところをヘアピンで止めている、すずか程ではないがどちらかと言えば大人しそうな印象を受ける娘だ。年の頃も皆と同じくらいだろう。
彼女が座る椅子の隣には車椅子が見受けられる。彼女のものだろうか。

「あっ、こちらこそはじめまして。高町なのはで……す?」

「うん知ってる。すずかちゃんからよー話聞いとるよ」

自分の友達の名前が出たことで、なのはの視線がすずかの方へ流れる。
その視線を受けて、すずかが説明を開始した。

「ふふっ、なのはちゃんが新しい友達を紹介してくれるって言うから、私もと思って。
 サプライズゲスト」

「あんたが色々とゴタゴタしてた時に知り合ったのよ」

補足とばかりに、アリサが紅茶の入ったカップを傾けながら片目だけを開けてなのはを見やる。
しかしそうと分かれば速いこと。
元々すずかとアリサ対象のイベントだったせいで彼女達しか居ないものと思いこんでいたために素っ頓狂な反応をしてしまったが、このなのはのこと、直ぐに砕けた空気で話しはじめた。

「そうだったんだ。よろしくね、はやてちゃん」

「こちらこそよろしくなー、なのはちゃん」

その後はひとしきり、例えばはやてはすずかと同じで本が好きで、その関係で仲良くなったとか、
すずかから話を聞いていたなのは達にもいつか会いたいと思っていた等の談笑を交えて、話題はなのはの持ってきた荷物に移る。

「それでなのは、それが?」

「うん、フェイトちゃんとユーノ君からのビデオレター」

「ふふっ、ユーノ君、かぁ」

「あんたもかわいそうなことしたわねぇ」

「ははっ、にゃはは……」

すずかとアリサからの反応に、なのはは引きつった笑いを浮かべる。
ただ一人事情の飲み込めていないはやてが首を傾げた。

「ん? どゆこと?」

「あのね、ついこないだまでなのはちゃんが迷子のフェレットを預かってたんだけど、その子のことをユーノ君って呼んでたの」

「そのフェレットが偶々そのユーノって言葉に反応したからそうしたらしいんだけど、何とその名前、元の飼い主の名前だったらしくて」

「にゃはは……本当の飼い主さん達まだ名前付けてなかったから、ユーノ君も自分の名前がユーノだって認識しちゃって」

「あー、色々と紛らわしいけど把握したわ」

すずか、アリサ、なのはの順に説明していって、はやてが理解したといった風に首を振る。
これが、なのはが周りの人間に説明したユーノの名前の不思議の真相である。偽名とか使おうにもこれからずっと付き合っていくんだし、いつボロが出るか知れなかった。
フェレットの方を呼び間違えるならまだしも人間の方を呼び間違えるのはいくら何でも不自然だろう。
偽名をなのはからすればニックネームにするという手も無い訳ではなかったが、その場限りの関係で終わらす気がないのならちゃんと本名を紹介したいというのがなのは達の心情だった。
ならば多少無理があっても理由をこじつけちゃおうという流れになったのだ。

アリサが身を乗り出して言う。

「それ見たら返信用のビデオレター撮るから、ちゃんと内容考えときなさいよー」

「アリサちゃん、幾らなんでもそれは無茶だよ、一人一人別々に取る訳じゃないんだからさ、内容は皆で相談して決めなきゃ」

気持ちの先走ってる感のあるアリサに、思わずすずかが諌めるが、余計なお世話だったらしい。

「それくらい分かってるわよ! すずかと私とはやては自己紹介考えとかないといけないでしょ!」

「え、それわたし聞いてへんよ。というかええん? そんな新参のわたしまで」

若干慌てたように言うはやてに、アリサが呆れた風に返す。

「何言ってんのよ、そんなの良いに決まってるじゃない。
 それに新参とか言ったって、向こうからすれば私達もはやても同じ初対面よ、ね、なのは?」

勝手に返事を返した後に確認を取っているが、これは信頼の証である。分かっているのだ、なのはの返事なんて。

「うん、はやてちゃんも一緒に入りなよ。フェイトちゃん達もきっと喜ぶよ」

「私も、参加してくれないと呼ばせてもらった意味がないかなぁ」

「皆、ありがとな。あー、それならそれでもっとおめかしして来ればよかったわ」

じゃあ早速、となのは達は大型テレビの設置されている部屋へと移動を開始する。
いち早く席を立ったすずかがはやての隣に行き、席から降りるのを手伝っていた。

「ありがとうすずかちゃん」

矢張り隣に置いてあった車椅子ははやてのものだったようで、すずかの助力でそれに座ったはやてはなのは達に照れくさそうに笑った。

「どうも生まれつきっぽくてな、あんよが動かんのよ」

なんと言っていいのか分からないなのは達に、はやては慌てて両手を突き出してぶんぶんする。

「ああ、あかんあかん、そんな顔してもらいたくて話した訳やないで」

同情されるのは何かが違う、その気持ちは知っているなのはは即座に笑顔に戻りはやてに近づいていく。

「じゃあ私後ろから押すね」

「あ、駄目だよなのはちゃん。これは私の仕事」

と、なのはが後ろに来る前にすずかが出発してしまった。
その様子にはやてが照れ笑いする。

「ははっ、何か照れ臭いなぁ」

「でもやっぱり色々と不便でしょ。困ったことあったら遠慮なく言いなさいよね」

「ありがとう。でも確かに不便やけど、悪いことばかりやないで。
 何を隠そうすずかちゃんと仲良くなれたのもこれのお陰やしな」

すずかの先導に続いて歩くなのはとアリサに、はやてが話し始める。
なのは達は ん? と雰囲気で続きを要求した。

「あのな、こないだ何やら物凄く大きな木みたいなのが現れる事件あったやん?」

なのはがギクッと反応する。

「あれで図書館の方にも被害が出てな、建物が壊れたりはしなかったものの耐久力が著しく落ちたらしくて。
 改装ついでに蔵書の整理で廃棄本の無料配布するゆーもんでこれは行かなかん思て出向いたったんよ」

「私も同じ。前から図書館でよく見かける娘で同じ年くらいだったからずっと気になってて。
 で、図書館行ったらはやてちゃんが机の上に並べられてる本に手が届かなくて困ってて」

「そこで颯爽と現れて話しかけてくれたのが、すずかちゃんやったいう訳や。
 わたしの方もずっと前から気になっとったんよ。何やら本の趣味もかぶっとるようやったし。
 お陰様で狙っとった本が半分こになってしもたわ」

そう言って笑い合うはやてとすずか。2人はすっかり仲良しになっていることが良くわかる。そんな話をしているうちに目的の部屋へたどり着いていた。







3人がいつもテレビゲームをする時に座るソファーに、今日は4人で座る。4人から机を挟んで鎮座している大型テレビには既にDVDが挿入してあり、再生の時を待っていた。
フェイト達をアリサ達に紹介するこの日を楽しみにしていたなのはは早くもうずうずしており、アリサ達も新しい友達の登場に期待を隠せないでいた。……しかしなのはは忘れていた。重大な事実を、1つ。

なのはがDVDを再生すると、テレビに2つの椅子に座った金髪長髪の少女と、それより少し薄い金髪をした男の子が映し出された。
先日既に自分用のを見たなのはだったが、矢張りその姿に懐かしさと嬉しさを感じ、顔が自然とほころぶ。

『え、えーっと、こんにちは。フェイト・テスタロッサです』

そして自分の友人の反応を確かめるようになのはの視線が両側へと向けられる。
すずかはなのはの期待通りの、とてもキラキラした顔で新しい友達を見ていた。

『僕はユーノ・スクライアって言います。うちのフェレットがご迷惑をおかけしたようで、ありがとうございました』

次にアリサの方を見て、なのはの顔が怪訝なものに変わる。
アリサはどこか遠い所を見るかのような、それでいて少し難しいような、そんな表情でテレビに映っている映像を見ていた。
そしてアリサの目の焦点がふと合うと、その表情が一瞬固まり、そして――

――ゴトッ

部屋に、そんな音が響いた。
普段ならまた月村家のドジっ子メイド、ファリンがどこかに足をぶつけでもしたのかとでも思うところだが、
その音は比較的近くからでこの部屋に彼女は居ないし、更にその音と共に目の前の机が揺れたとなればその原因は明らかである。

自然とその部屋に居た全員の視線が音源に向けられた。
アリサ自身も我に帰り、必死に何かあった? みたいな顔をしたがそれはドツボである。
本人も気付いてるとしか思えない粗相、それを誤魔化す時点で何かあったのは明白である。意識の外の出来事であるならば普通に謝ってそれで終わりだ。

『…………………………』

ビデオから流れてくる音声も、今はアリサの耳まで届いてなかった。それほどまでにアリサは慌てて……いや、急いで思考をめぐらせていた。
アリサはフェイトという少女の外見にどこか見覚えがあった。
どこかで似たような顔を見た気がするとかそのようなものではなく、かと言って直ぐにパッと出てくる程日常的でもなく、しかし確かに強烈に記憶に残っている姿だった。
だから自然とどこで見たのかと思考を巡らし、そして、思い出した。

――温泉宿。

一瞬のうちに、アリサの脳内で様々な思考が流れる。
いきなり周囲の風景が変わって、なのはが空を飛んで、金髪の少女が光り輝く大鎌をふりかざしながらまるで魔法のような攻撃をしてきた夢。なのはの命を刈り取ろうとした少女の前に立ちふさがった自分。
あれは夢だった筈では。いやしかし、それにしても似すぎではないか。あのような夢を見たというのは中々に恥ずかしいものであったし、それ以降に印象に強く残る嬉しいことがあったのでよく覚えていた。
なのはの方のゴタゴタが片付いて、そして紹介された"友達"。その"事情"の大詰めの時に言われた、これが終わったら、友達を紹介出来るかもという言葉。
そういえばあの時、夢の中のフェレットである方のユーノはしゃべっていた。そしてそのフェレットと同じ名前のなのはの友達の少年。
それらから思わず連想してしまうとある考え。
いやまさか、あり得ない、冷静になって考えてみなさい、そもそもあれは夢だった筈。いやでも、本当に夢だったのか。

なのはは何故隠し事をしていた? 私達に心配をかけさせたくないからだ。
いやしかし、だからと言ってまさかなのはの"事情"というものはあんな命の危険すらもあるようなことをずっとやっていたというのか――!

めまぐるしい思考の中、アリサは無意識のうちになのはの顔を凝視してしまっていた。
もしここでなのはがずっとキョトンとしていたり、アリサに呼びかけたりしていたならば、アリサは我に帰って頭の中の思考をまさか何を馬鹿なことをと一笑に付して打ち消しただろう。
だがアリサは見てしまった。怪訝な顔でアリサを見ていたなのはが、数瞬の後に、しまったという表情に変化したのを。


―――――。

――あ、駄目だ。
――今ここに居ると、また怒ってしまう。


自分で分かる程、アリサは自分がやけに冷静になっていくのを感じた。そして自分が爆発寸前だとも。
普段のアリサなら、即座に遠慮なくなのはに真偽を確かめただろう。掴みかかって怒鳴り散らして問いただすとかにはならず、恐らく今と同じような状態のまま静かになのはに確認の問いを投げかけたはずだ。
だが今ははやてがいた。何だかんだ言ってアリサもこれがはやてとの初対面なのだ。
初めて会ったその日に夢の内容がどうとか魔法みたいなのがどうとかフェレットが人間がどうとか、そういう話をし出すおかしな娘だなんて誰だって思われたくない。
こういう変なところにまで思考が周るほど変に冷静だったアリサは、いっそ爆発してしまえばどれだけ楽だっただろうと考えながら静かに立ち上がった。

「ごめん、ビデオレター作るの、今回は私いいわ。
 私抜きで撮って」

「え、でも」

「ごめん、……どんな顔をすればいいのか、分かんないから」

皆から顔を背けながら、すずかの言葉にもそれだけを言ってアリサはそそくさと部屋横切り扉を開いた。
顔を背ける瞬間、なのはが罪悪感に満ちた顔で手を伸ばそうとしていたのが見えて、アリサの感情は弾けそうになっていた。

「何で、あんたが謝ろうとしてんのよ……」







「ごめんね、はやてちゃん」

「ううんええよ。すずかちゃんが謝るようなことやないし」

アリサのあの雰囲気に後を追うのもはばかられた少女達は結局3人だけでビデオレターを見たが、流石にアリサ抜きで返事を作るわけにもいかず、そちらはまたの機会にということになった。

「でもええんか? アリサちゃん、よーわからんけどあれが普段の様子じゃないってのは分かるで。
 部屋出てく時に何や言っとった気ぃするけど、よー聞こえへんかったし」

「うん、でも家を出るまでファリンが付いて行ったらしいし、執事の鮫島さんとも合流して普通に挨拶して帰って行ったって話だから」

「執事!? はー、流石すずかちゃんのお友達やわ、住む世界が違うなー」

そこで2人はなのはの方を見る。なのははアリサが出て行ってからこっち、ずっと泣きそうな顔で沈んでいた。心当たりがあるのは明白だった。
確かにアリサが怒り出す理由はすずかにもある程度の心当たりはあるが、しかしアリサがあそこまで取り乱すとなると、ちょっとすずかには予想が付かない。
なのはは携帯を開いて固まっていた。開かれたメール欄には『ごめんね』の文字。後は送信するだけのそれを送り出せないでいる。
結局そのまま携帯を閉じてしまったなのはは、すずか達の方を向いて笑顔を作った。

「何かごめんね、こんな空気にしちゃって。でもアリサちゃんは何も悪くないから、ほんと、なのはのせいなの。ごめんなさい」

「そんな、気にしてないよ。何か私に手伝えること、ある?」

「何やったら、わたしも協力するで。ビデオレター、早く撮りたいしなぁ」

すずか達の気遣いに、だがなのはは首を横に振って答える。

「ううん、ごめんね。でも、なのはが何とかするよ。
 多分、私じゃないと意味ないから」

それでもすずか達は、なのはの沈んだままの顔に不安を消すことはできなかった。







そうしてなのはが帰って、すずかがはやてを家まで送り届ける。

「本当にごめんね、折角来てくれたのに、嫌な思いさせちゃって」

「もう、何度も謝ると価値が下がるで。わたしは皆と話せて楽しかったし、新しい友達候補も紹介してもらえた。それだけでもいっぱいいっぱいや。
 ずっと一人やったからな、十分すぎるぐらい、楽しかったし、嬉しかったで」

その言葉にすずかは寂しげな笑顔を作った。この家にははやて以外の人間は居ない。ペットも居ない。
足が不自由で、病院通いの少女が一人で暮らしているだけだ。

「またいつでも遊ぼう。今度は皆でゲームやろうよ、いつもはそうやって遊んでるんだ」

「ええなぁ! でもその前に、きちんとビデオレター撮らんとな」

「うん、アリサちゃん、本当は凄く優しい娘だから。またそのうち集まれると思う」

そうしてその日はすずかとはやては分かれた。







しかしすずかの予想に反して、ビデオレターを撮れる日は中々来なかった。
アリサの態度がキツイとかではない、むしろアリサは普段と同じようにふるまっている。
あの事があった次の日には二人に対して謝っていたし、普段と同じように笑い、なのはにもすずかにも接している。
しかしそれ故、なのはは話を切り出すことが出来ずにいた。とっかかりも掴めなければ、一体どこから話せばいいのか、弁明すればいいのか、謝ればいいのかも分からない。
更に言うと、アリサは態度こそ普段通りに戻っていたが、ビデオレターの話を切り出すと自分抜きで作っての一点張りなのだ。
すずかが理由を聞いても頑なに話さないし、結局そのまま日時だけが過ぎてしまい一先ずなのはだけでプライベートな返事のを1つ作って送ってしまうことになってしまった。

アリサにしても、どうすればいいのか分からないというのが現状だった。
後になって改めて、夢の中の話がどうとかなのはは命がけの戦いをしていたのかとか、そんなこと切り出せるわけもなかった。
大体自分だって突拍子もない考えだと自覚している。だがそれでも強く頭の中に残ってしまっているのだ。
それに例え切り出したとして、それで何になるのか。もしそれが真実だとして、なのはのその"事情"はもう既に終わっているのだ。今更問い詰めたところで無駄になのはを困らせるだけである。
自分達に打ち明けられなかったのだって、そんな命がけのことを打ち明けて無駄に心配させてしまうのを嫌ったからだ。
もし本当にそんなことをやっていたのなら、自分達に出来る事なんて本当に何もなかった、ただの足手まといだったということを、アリサは理解していた。

(どんだけ無力なのよ、私は!)

一人、学校の廊下の壁を拳で横殴りに叩く。叩いた部分に痛みが走り、ジンジンする。

(痛い……)

ああ、自分はこんなにも無力なのだと、そう確認してしまったかのようでアリサの中の憤りが増大する。
ビデオレターになど、出れる訳なかった。
もしその考えの通りだとしたら、あの少女はあの時自分も攻撃した少女で、なのはを傷つけようと武器を振っていた。紆余曲折あってなのはと友達になったとしても、その内容を知らなければ心を許せるわけがない。
ユーノはなのはの仲間だった。アリサがどれだけ渇望しても立てなかった、なのはの隣に、ずっと立っていた。
どんな風に接せばいいのか、言葉をかければいいのかなど、分かるはずもなかった。

そしてアリサが何よりも辛いことが、これが自分の勝手な妄想で、自分はそれに振り回されているだけであるという可能性が一番高いということを分かっていることだった。
誰が現実であのようなことが起こっていたなどと本気で考えるものか。だがしかし、頭から離れないのだ。あの時なのはが見せた、やらかしてしまったとでもいうような表情《かお》が。
まさか隠し事をする気持ちをこんなに早く知ることになろうとは。

(もう、どうすればいいのよ……)



そして事態は、別の方向からの動きを見せることになる。










あとがき

夜の一族の設定は、こんな感じで行きます。さすがにとらハの設定そのままは厳しすぎましたご理解ください。

あ、A's観に行きましたー。いやー無印書いてた頃は「これA's編に劇場版ネタ入れるの間に合っちゃうんじゃねHAHHAHHA!」って冗談で笑ってましたわHAHHAHHA……ははは……



[12606] Garden 第3話
Name: デモア◆45e06a21 ID:65d0f123
Date: 2021/09/20 12:07
「正義の吸血鬼、弓塚さつき、参上!
 ……うん、吸血鬼って名乗っちゃあ駄目だよね」

日は6月3日、こちらとある廃ビルの一室。そこには何やら叫んでキメポーズをとっているさつきの姿があった。

さつきはあの事件の後、近くにアルフが居て、自分が光に包まれたところまでは朧げながらも覚えている。
気がついたら地球に戻ってきていたことから、アルフが逃がしてくれたのだろうという結論も出ていた。
こちらの世界に来てから始めて、数人の行方不明者を出してしまった彼女は、しかしそれまでと同じように過ごしていた。

どうせすぐ管理局の人間に捕まるのだからと思っていた。見つかったら、素直に付いて行くつもりだった。
数日が経った。何事も起こらなかった。管理局は一体何をしているのかと呆れた。
1週間が経った。何事も起こらなかった。逆に不安になってきた。
2週間が経った。何事も起こらなかった。もしやほったらかしにされたのではないかと疑惑を抱いた。
3週間が経った。何事も起こらない。疑惑は確信に変わった。
自分が魔導師じゃないから、この世界の人間であったから、事件が解決しちゃえばそれでよかったから、推論は色々と出て来たが、真相はさつきには分からない。

しかしそうなってくると、今度は悩み事が出て来た。自分はこれからどうするのか、だ。
捕まることはなくなったのであれば、矢張り当初の目的通り、時間の許す限り人として過ごしたい。
あの事件直後こそ無気力に襲われていたが、時間の流れというものは偉大だ。

特に住居を変える必要性は思い浮かばなかった。特定の1個人とバッタリ出会うことなんて、生活パターンが被っていなければ早々ないことだ。
そもそもあの子の住居がこの近くであることさえ定かではない。
実際さつきがこの世界に来てからジュエルシード絡み以外でなのはやフェイトと会ったことなんて、遠出した1度だけだ。十分確立された今の生活を捨てる理由にはならなかった。
まずバッタリ出くわすなんてことはないだろう。……あちらがさつきを探したりしない限りは。

(……うん、ありえないよね)

少しだけ、もしかしてと思ってしまったが、さつきは直ぐにその考えを打ち消す。何を期待しているのかと。
もし仮にバッタリ出会ってしまったとしても、その時はお互いに見なかったことにしてそのまま別れ、記憶から消す。向こうも当然そうするだろう。それで万事OK。何も問題はない。

さつきが今後の身の振り方を考えていると、そこでふと思いついたことがあった。
謎の正義の人物として暗躍してこの町の平和を守っちゃおうというものである。
折角自分の望みを切り捨ててこの世界側を取ったのだ。目に付く範囲でも悪行が起こるのは許せない。
自分のことを棚に上げた、自分勝手なエゴだとしても嫌なものは嫌なのだ。
本人は気付いていないが、自分のやらかしたことの罪の意識を和らげようという意図もあるのかも知れない。

別に学校の勉強も無いし働くこともできないし遊ぶ友達もいないから暇なんだろとか言わない。断じて違う。

「うーん、やっぱり名前言っちゃうのも駄目かなぁ。
 表ではあくまで普通に暮らすんだし、名前言っちゃったら正体不明じゃなくなっちゃうもんね。
 でもやっぱり正義の味方って言ったら名乗りは外せないし……」

……結局のところ、暇なのであった。盛大に。





そんなこんなで時間は過ぎ去り夜になると、さつきは気合を入れて廃ビルを出発した。
とは言っても事件なんて早々起こるはずもなく、月明かりの中、夜の街のさつきのあてもない徘徊が続く。
むしろここ最近起こった事件は全てが彼女によるものだったりすることは考えてはいけない。

「はあ、静かだなー。んー、いい夜。
 お月様も明るいし」

死徒だからなのか、やはり夜というものは落ち着くらしい。
まぁ結局のところ、日常の習慣に夜のお散歩が追加されて、ふと何事かが目に止まったら人助けをしようみたいな方針なのだ。あの名乗りだって別に本気でやろうなどとは思っていない。
久々のあてもない夜の散歩に、さつきは心底リラックスしていた。
と、そんな時彼女の目があるものを捉える。

「……あれ?」

さつきの目を引いたのは、4つの色だった。月明かりに浮かぶ、ピンク、金、白、赤の4色。
直ぐにそれは人の髪だと判明した。急いでいるのか、4つの人影が駆け足でさつきの目指す先に横たわる道を横切っていく。
何故発見した瞬間に判明しなかったのかと言うと、その人物達の人としての輪郭を見逃していたためだ。
原因は、その4人を包む衣服だ。とてもじゃないがそのまま外に出るような格好ではない、いかにも動きやすさ重視の薄手、最低限のもので、闇に紛れる黒尽くめ。
月明かりに浮かんだと言っても、たかが髪の色だ。服のこともあいまって夜目の利くさつきでなければ簡単に見逃していただろうその出で立ちは、しかし一旦気付いてしまえば怪しいことこの上ない。
更に、彼らの先頭に陣取る者の腕には、寝ているのか気を失っているのか、グッタリとした様子のパジャマ姿の子供が抱かれていた。
どう考えるまでもなく、どっからどう見てもその正体は……

「ひ、人攫いだー!?」







走る4人組の進行先へと回り込んで路面に降り立ち、さつきは彼らに指を突きつけこう言い放った。

「そこの人達待ちなさーい!」

突如自分達の前方に現れたさつきにその4人組は立ち止まる。

そこでさつきは、より詳細に4人の姿を確認することができた。
メンバーは女性が2人に男性が1人、そして少女が1人。
先頭に立つ男性は筋骨隆々の大男で、くせっけのある白髪をしていた。恐らくはこの中で一番の年長者。
その後ろに立つ女性は20代前半くらいで、ピンクのロングヘアーをポニーテールにしている。
その後ろに立つ、少女を抱えている女性も年の頃は同じくらいだろう。金髪のショートヘアーに整った顔立ち。2人とも女性では背の高い方。
そして殿を務めているのはなのは達とそう変わらないだろう年頃の少女。2房の三つ編みを垂らし、そのまだ幼い顔に吊り上がった荒々しい目をしていた。

どう見ても誘拐犯な時点で怪しい集団だということは分かってはいたのだが、それでも何なのだろうかこの不自然さ抜群な組み合わせは。
4人のうち3人が女性で更にうち一人が少女、荒事に向いてそうなのが1人だけ。
どっかの犯罪集団みたいな訳ではなく、お金に困ってやむに止まれぬ事情でとか言われれば直ぐに納得できそうな編成であった。
とは言っても、さつきのやることに変わりはないのであるが。

「その子、置いてって貰うよ」

さつきは言い放った。
普通なら、見た目小学生にこのようなことを言われたら失笑ものだろう。単純な数の差以前に、相手には大人が3人も居るのだ。本来なら1人でも無理ゲーである。
普通、相手はそのままさつきを無力化してどうこうするか、スルーして先を急ぐかのどちらかを選択するだろう。
だからさつきはその言葉を発すると共に身構える。相手が何かしらしてくる行動に対処するために。

向かってくるならよし、そのまま返り討ちにして女の子を救出するだけ。
逃げるでもよし、追いかけて無力化するだけである。その後は……ちょっとばかり食事になって貰ってもいいだろう。

早くも取らぬ狸の皮算用を始めたさつきを他所に、しかし相手の反応はさつきの予想していたものとは違っていた。
さつきの言葉に警戒心を強め、2番目に居た女性が前に出て女の子を隠すように陣取り、先頭に居た男が身構える。
そに対応それは向かってくるものではなく、受けるためのもの。相手の集団は、たかが9歳児の見た目のさつきに最大限の警戒を払っていた。

さつきはその事に疑問を覚えるが、まぁ些細なことかと切り捨てる。人攫いなんてやってる最中で緊張しているのだろうと。
何よりこの状況相手のあの反応からのこのシチュエーション、更には、

「貴様、何者だ」

このようなことまで聞かれたらこれはもうテンションも上がるというものである。

(――後でちょっと魅了にかけてちょこっとだけ忘れてもらえばいいよね!)

さつきはそう判断を下し、そして、

「正義の吸血鬼、ここに参上!」

言った。ポーズも取って。どや顔で。どうせ忘れてもらうんだからと羞恥心なんて捨てて思いっきりキメた。

勿論さつきがそのドヤァ……をしている時間は相手からすればモロに隙しかない状態である。彼らは多少の間の後にこれ幸いと行動を開始する。
無論、さつきの身体能力ならば多少先手を取られたところで何の問題も無い、筈だった。だからまぁこのような余裕しゃくしゃくな行動を取っているのであるからして。
それが通常に位置する出来事であるのなら、何も問題はなかった。

飛んだ。4人組のうちの紅髪の少女を除く3人が。

跳んだではない。文字通り飛んだ。言い換えるのならば、飛翔した。

「へ、ええっ!?」

スルーされた悲しさなんて吹っ飛んで、さつきは思わず驚愕の声を上げる。そんなさつきを他所に飛び上がった3人はそのまま1つの方向を目指し始めた。
その目指す先はさつきではなく、明らかに離脱を目的とした方向で。
無論、うち1人が抱えていた少女もそのままにである。

「ちょ、ちょっと待っ」

色々な意味で慌てたさつきは思わず静止の声を上げようとする。だが、その続きはおもむろに動いたこの場に残った最後の一人に止められた。
4人の中で一番の年下、今のさつきとそう変わらないであろう外見をした少女。どうやら彼女がこの場に残ったのは彼女だけ空を飛べなかったという理由ではないらしい。

その少女が、地を舐めるように飛行しながら猛然とさつきに突撃してきた。
状況からして、彼女はさつきの足止め又は撃退役として残ったようだ。その迫力にさつきは思わずたじろぐ。

実を言うとさつきも、今起こった現象に心当たりはあった。
と言うより過去にあったそれがらみの出来事が強烈すぎて、驚愕している中でも真っ先にそれを連想した。そうだ、あの少女達も、丁度今の彼らのように飛んでいた。
そして、少女が手を振ると紅い光が一瞬だけその手の内に出現し、それが弾けると共にそこには少女の身長程もあるハンマーが握られた。

まさか、と思っていたさつきもそれで確信する。

(この人たち、なのはちゃんやフェイトちゃんと同じ……!)

「はあっ!」

さつきの顔面に向かって、少女のハンマーが唸りを上げて迫った。明らかな身の危険に、さつきは思わず硬直させていた体を慌てて動かして後方へと逃げる。
さつきがハンマーを避けた瞬間、避けられるとは思ってなかったのか少女の眉がピクリと動く。
ハンマー自体は幾分か余裕をもって回避できたが、硬直が解けるのが後数瞬遅れていたらどうなっていたか。その重量級の物体が空気を引き裂く音にさつきは肝を冷やした。
後ろに下がったさつきは、少女から追撃が来る前に両手を前に突き出して叫ぶ。

「ま、待って!」

予想外の事態にさつきは慌てた。
彼らはこの世界とは違う世界から来ていた筈だし、この世界には彼らの言う魔法は無いということも幾度と無く聞いていた。
だから万が一にももう関わることなんて無い筈だったのだ。
地球の常識の範囲内でなら、さつきは相手が何人いようが至極簡単に事を終わらせられるだけの力を持っている。だから誘拐事件だと思われた事態に真正面から突っ込んで行ったのだ。
それが何故また魔導師などという人物達と対峙しているのか。

まだ相手がなのは達と同じ魔導師という存在だと確定した訳ではないのだがほぼ間違いないだろう。それに仮にそうだとした場合、それで先程の彼らの反応の理由も理解出来てしまう。
彼らがなのは達と同じなら、戦力に外見年齢は全くアテにならないのだ。なのはやフェイトの例からさつきが勝手に思っているだけだが、恐らく間違ってはいないだろう。

(と、とにかく、今は逃げ……!)

あの女の子にはかわいそうだが、これはもう自分の手には負えないというかもうそっち関係と関わるのはごめんだとさつきの思考が逃走の方へ向いた――
一瞬だけ少女から意識が離れた瞬間、狙ったのか偶然か、再度少女がさつきへ突撃してきた。
反応が遅れたさつきはまたもや少女に懐まで潜り込まれる。少女はさつきへ接近しながらも体を1回転させ、下段から振り上げる形でさつきの頭部目掛けてハンマーを振るった。
しかし今度はさつきはテンパることはしなかった。懐に潜り込まれたことには焦ったが、目測でこれなら避けれると感じて早急に体をバックステップで後方に逃がしていた。

そして少女のハンマーは、さつきの想定した通りの曲線を描き……吸い込まれるように宙に浮かぶさつきの頭部に向かってきた。

(え、伸びっ!?)

曲線を描く物体と言うのは、目測での起動予測を計り違え易いという性質がある。
FSP等をやったことのある人物なら、慣れないうちは誘導弾を避けたつもりが逆に当たりに行っていたなどということが多々あった筈だ。
ビーチバレー等で、カーブをかけられたボールの着地点を計り間違えて落としてしまったという人もいる筈だ。
しかも今回の場合、更に距離感を勘違いし易い斜め下からの曲線移動、
更にはハンマーの軌道に加え、少女自身の突進力による前後移動、折りたたまれた腕を伸ばす動きでの伸びを加えれば、
ハンマーの初動から無意識的にその軌道を予測してしまったさつきからすれば、いきなり伸び縮みしたと錯覚する程かなり自由な位置調整が可能なのである。

「ひゃっ!」

虚を突かれたからこそ、さつきの体は素直に反応してくれた。
腕が反射的に迫り来るハンマーへと突き出される。
ハンマーが頭に激突する直前、さつきの突き出した手に重い衝撃が走った。自分が何をしているのかも分からないまま一も二も無くそれを掴む。
はたして、さつきが掴んだのは少女の握るハンマーの柄の根元だった。

己の武器を掴まれたことに少女は僅か驚きを見せる。しかしハンマーの勢いは止めずにそれを掴むさつきごと振り回して地に向かって叩き付けた。

「うおらっ!」

さつきは声を上げることも出来ず、必死になって我武者羅に足を下方と感じられる方へと向け続けていた。
そのままアスファルトに叩きつけられ、重い音と衝撃と共に僅かにクレーターが出来る。
さつきは何とか足から激突することに成功していた。だがさつきは、その振るわれた暴力の威力と腕から伝わる感触に戦慄する。
なのは達の扱う魔法には、その他の事象はそのままに相手を傷つけることのみを避けることの出来るという摩訶不思議な設定が存在していた。
彼女等はそれにより、相手が重傷を負ってしまう可能性をある程度無視してその力を制圧に向けることが出来ていた。
だからさつきも、今回もと期待していた。目の前の少女がなのは達と同じなら、と。
いの一番に考え付いた可能性、彼女らがこないだの事件の関係で動いていた管理局員であるならば当然その設定を使っている筈であるとも。
相手が傷つかないこと以外は何も変わらないと言っても、そのこっちが傷つかないというその現象だけでその攻撃を受けた時の感触は微妙に変わる。
そしてさつきはついこないだまで、非殺傷設定の魔法攻撃と不本意ながら文字通り触れ合ってきた過去があった。
だから、少女のハンマーを掴んでいたさつきは泣きそうになりながら悟った。

(これ、非殺傷設定じゃないー!?)

その事実とこの威力、そして先程から狙われている部位からして、今さつきを地面に押さえつけているこの少女は本気でさつきを亡き者にしようとしているということはほぼ確定的だ。
これで管理局の関係者だという可能性はほぼ失われたと見ていい。しかもここまで本気だと、逃げたところで何処まで追ってくるか分かったものではないではないか。

それを悟った時、さつきの頭がかっと熱くなった。髪が逆立つような感覚がした。
何故このような目に合わなければならないのか。
そりゃ前回のことは自業自得かも知れない。でも今回は少し良いことをしてみようと思っただけじゃないか。
それが何でこんな本気の殺意を向けられなきゃならないのか。
人を助けて周ってる女の子の噂が広まれば、正体がバレてしまった時にももしかしたら受け入れてくれる人も居るかも知れないとか、そんな苦笑いしてしまいそうな希望すらも抱かせてくれないのか。

「なっ!?」

さつきをハンマーで押さえつける紅い少女が驚きの声を上げる。
相手を押さえつけ、身動きを封じたところで追撃を入れようとしたところを、イキナリ自分の方が持ち上げられたのだ。
片腕で掴んだハンマー毎、さつきは少女を振り回した。大きく振りかぶり、真横にある塀に向かってフルスイングで叩きつけようとする。
だが少女が塀に叩きつけられる直前、さつきの手から手応えが消えた。さつきの掴んでいたハンマーが、紅い光と共に突如消え――否、小さくなって少女の手に収まったのだ。
少女は振り回された勢いのまますっ飛び、空を飛ぶことの出来る彼女は結果何事も無くさつきから離脱することに成功する。
そしてバランスを崩したさつきは、振り回した腕から塀にぶつかっていった。

物凄い音と共に塀がガラガラと崩れ落ちる。さつきの力が尋常ではないことを察した少女は、その眼光を更に険しくして再度手の内にハンマーを出現させた。
一方のさつきも逃げることなく少女を睨みつけていた。彼女の中から逃げる、という選択肢が消えたわけではない。
ただ、浮かんだ瞬間に突っぱねた。気がすまなかった。どうにかして目の前の少女を無力化してしまいたかった。

喰らえば痛いじゃすまない威力の攻撃を向けられる、その恐怖心もその気持ちを後押ししていた。背を向けて逃げることが怖かった。安心が欲しかった。
俗に顔真っ赤、あったまってる、顔面トランザム等と言われる状態だ。

来ないならばこちらから、むしろもう一瞬さえ主導権を握らせないというような意識に支配されながらさつきが地を蹴ろうとすると、その出鼻をくじくように予想外の――いや、予想してしかるべきことが起こった。
周囲の家がガヤガヤと騒がしくなったのだ。
深夜も過ぎた時間にこのような騒々しいどころではない音を立てていれば当然で、ちらほらと人が外に出てきそうな気配もする。

こんなところを見られては一巻の終わりだ。しかし目の前の少女を野放しにしてしまうのは今のさつきには途轍もなく恐しいことだ。
どうすればいいのかと、さつきは浮き足立ってしまう。

一方、少女の行動は迅速だった。

さつきが気づいた時には、少女はさつきの懐の中にいた。さつきの鳩尾に向かって少女のハンマーが唸る。

「っ!!?」

その身に宿る危機感に体を突き動かされるように、さつきは動いた。
さつきは左の脇の下に激痛が走るのを感じた。思わず右手を伸ばして左腕を握る。

「はあっ、はあっ、はあっ!」

一瞬の後、両者の間は再び開いていた。少女は上空に、さつきは右手に胴体から外れた左腕を持って。
荒い息を付くさつきは、ぼぅとした目で自分の右手にある物を見、そして何も無い左肩を見、そこで漸く何が起こったかを理解したように紅い少女を睨みつけた。
対する少女も、まさかかわされるとは思っていなかったのか一瞬だけ目を見開くと険しい顔をしていた。そしてこちらを睨みつけてくつさつきの、その"目"を見て、更に危機感の度合いを上げる。

だがさつきが少女を睨み付けていたのも一瞬のこと、さつきはその腕の痛みのお陰か即座に正気に戻り、その場からの離脱を選択した。
それを見た少女も周りの家から人の気配が出て来たことを感知し、1つ舌打ちをして一先ず身を隠す判断をした。

次の瞬間には、民家から出て来た複数の人々によってその場の惨状が目撃され、騒ぎへと発展していくことになった。
少し後、さつきが魔力探索にひっかからないことに紅髪の少女はもう1つ舌打ちすることになる。






◆◆◆◆◆



ある所に、昨夜さつきと出くわした4人が集まっていた。

「ヴィータ、一応確認するが、例の奴は始末したのだな?」

桃髪の女性が、紅髪の少女に聞く。

「ああ、片腕吹っ飛ばしたからな。その後走って行ったし、あの怪我ならそこら辺でのたれ死んでる筈だ。
 それよりも、主の言ってた吸血鬼って奴の話」

「吸血鬼自体に心当たりが無いようだったものな。
 いや、吸血鬼という生物についてはご存知だったが、実在されない架空の存在と思っておられるとは。
 しかしそうなると昨晩の奴は……」

「奴が騙りをしていたと」

「分からん。ヴィータ」

「あいつが人間だったかと言われると、分からない。
 だけどあの身体能力がただの人間じゃ無かったのは確かだ。ぜってぇ避けれねぇと思っていた攻撃もすばしっこさだけで回避しやがった。
 それと、あいつの腕吹き飛ばした時一瞬だけ本性現したけどあの時の目、ありゃあ相手を人として見てないよ。
 獲物を狙う獣みてぇな感じだった。多分相手を殺すのに何の抵抗もねぇ」

「成る程、ヴィータが言うなら間違いは無いだろう。ならば奴が吸血鬼という生物だというのは信憑性は高いと見ていいかも知れん。
 主からの話によると、吸血鬼というのは人を襲って血を吸う怪物のことらしいからな」

「ちっ、んな奴らが居るなんて面倒な世界だな。
 普通に戦えば負けはありえねーが、厄介だぜ、普通の奴と見分け付かねぇぞ」

「うむ、その怪物について、詳しい内容は」

男の質問に、桃髪の女性は首を振って答えた。

「主はあまり争いを好まれそうにないからな。この世界に来たばかりでそのような事を詳しく聞かれては不信がられるだろう。
 無用な心配をかけるわけにはいかん」

「でも、そうなるとやっぱりもっと情報が欲しいわね。
 私達この世界に来たばかりだから、情報収集に有効な手段がどのレベルなのか計りかねるけど」

「ならば、どの文明レベルでも安定して有効な方法を使えばいい」



◆◆◆◆◆






更に日は跨ぎ、これは海鳴町に道路破壊事件が騒がれた翌日の5日のこと。
昼を過ぎた頃、居間でくつろいでいた月村忍は何やら慌てたような足音を耳にした。

「忍様!」

「どうしたのノエル?」

自分のとこの優秀なメイドが足早に居間に入ってきたのを見て、調査をお願いしていた住宅地の道路等が破壊されしかもその周辺が血塗れだったという一昨日の深夜の事件について何か分かったのだろうか、
それにしても走ったり息を切らしたりはしていないにしても普段から冷静沈着で有能な彼女がここまで慌てるなんて珍しい、ここは頭首たるものまずは余裕のある対応を、
と忍はカップの紅茶を口に含みながら応えて……

「街中で、一般人の方々に対して『吸血鬼とは何か』と訊いて周っている者がおります!」

「ぶーーー!」

盛大に吹きだした。










あとがき
※1話からこの話まで、投下して時間が経ってから中身の順番入れ替えたりと改定しております。読み直してくださって違和感感じた人はすいません。
※改定終わりましたので、話の中でおかしなところがありましたら教えていただけると嬉しいです。


前回の後書きでも言いましたが、この作品の夜の一族はなのは世界用に大きく調整しております。原作とらハの夜の一族とはかなり違う設定となっておりますのでご了承ください。

えー、以前からちょくちょく言っておりますが、この作品の主人公は今のところなのはです。
一応なのはとさっちんのダブル主人公ですが、どっちかと言えば主人公はなのはです。
しかしこれでちょっと勘違いして欲しくなくて付け加えさせて頂きます。

それでも、やっぱり、この物語の主人公はさっちんです。


今回は続きを待っていただいていた方々には本当に申し訳ないです。いくらさっちん早く出したかったからと言って無理しすぎでした。
あげくそのせいで調整がややこしくなってこの話難航しまくるとかもうね。
次話は出来る限り早く上げたいです。丁度冬休み入りますので。今まだ壊れたキーボードで書いているのですが、新しいノーパソ買える目処も付いたので。
それでは。



予想通りの質問が来たので恒例のQ&Aコーナー
但し一応ネタバレみたいなことは控えたいので(つってもなのは知ってる人には何の意味もないんだけどそこら辺はゴメンなさい)、今回はなのは知らない人用となのは知ってる人用の2つの回答用意しました。

Q.聞き込み調査とか、目立つ行動をするのは疾しい事をしている身としては可笑しな行動じゃね?

なのは知らない人用A.
そうですね。いくらたかが1つの街の中で何人かの人間に聞いているだけでも、その近辺で誘拐までしているのにこの大胆な行動。
一体どこにそこまでしなければならない理由があるのか、そもそも彼らは何故まだこのような所にいるのか、彼らの会話の中に出て来た主とは!?
さっちんが一方的にやられた程の強さを持つ彼らの目的は一体……
色々推察しながら今後の展開を楽しんでいってくださいー

なのは知ってる人用A.
ヒント的なのを4つだけ。恐らくこれで何故彼らがこんな行動を取ることが出来たのか、何故早急にこんなことをしたのかは分かる筈。
・この世界は管理外世界である。そのくらいは彼らももう分かってます
・彼らの主はどんな者か
・今現在の彼らの状態。精神面的な意味で
・彼らからしたら、もし吸血鬼というものが実在するのであれば彼らの周りには何人もの吸血鬼が隠れ住んでいるか分かったものじゃないから



[12606] Garden 第4話
Name: デモア◆45e06a21 ID:697ce29c
Date: 2013/10/15 02:22
もう夏に入ろうかという時期のそれなりに高い気温の中、なのは達は放課中の学校の教室で、いつもの3人で集まっていた。そんな中、一つの噂話が話に上がった。

「そう言えばすずか達は聞いた? あの事件のこと」

そう切り出したのはアリサ。それになのは達は軽く首を傾げる。

「事件?」

なのははそう聞き返すが、しかしすずかには何か思い当たる出来事があったようで、首を傾げた後もしかして、と言葉を続けた。

「あ、私知ってるかも。今日朝お姉ちゃんやノエルさんが少し慌しそうに何か調べてたよ」

「あ、それならなのはも。今日お兄ちゃん朝家に居なくて、何か調べに出てるって」

すずかの言葉になのはの方も思い出すことがあり、もしかして関係があるのかと口に出す。

「忍さんや恭也さんが調べてるのがそれかは分からないけれど、昨日の夜にまた変な事件があったらしいのよ」

そうして、アリサはその事件とやらの噂を語った。

「聞いた話になるんだけど、住宅街の道路や壁が酷く破壊されていたらしいわ。
 車の交通事故にしては痕が大きすぎるし、大きな血の痕もあるらしくて何かの事故があったんじゃないかって言われてるらしいの。
 でもね、道路を破壊した何かってのは見つからないし、事件の痕からしてかなり大きな怪我してる筈なのにその怪我人もどこにも見当たらないんだって」

「なんか……怖い……」

アリサとしては、ただの妙な、ちょっとばかりホラーチックな噂話程度のつもりだったのだろう。
恐らくその期待通りにすずかが両手を胸の前で握り締めて身を竦ませるのを見て、ふふんと満足げに鼻を鳴らしている。
だがしかし、一方のなのははその話を聞いて何かが引っかかった。難しい顔して少しばかり考え込む。
そして数瞬後、体に衝撃が走るような感覚と共にある予感に思い至った。
普通の世界で不可思議と言われる出来事、なら、"隠されている世界"について何かしら関わりがあるかも知れない。もしかしたら、さつきの関わる世界の情報に抵触できるかも知れない。
期待に思わず胸の内が震える。

話の流れに合わせて、興味を引かれたかのようになのはは切り出した。

「アリサちゃん、それってどこで起きた事件か知ってる?」










その日の放課後、なのは達三人組は噂の事件現場へと足を運んでいた。
その場所は帰宅路から外れてるどころか結構な遠出になるのだが、歩いていけない距離ではない。
質問の意を問い返されたなのはが見に行くつもりであるということを臭わせた結果、なら折角だから皆で行ってみようという話になったのだ。

「あ、あそこみたいね」

いつものように談笑しながら暫く歩き、漸く目的の場所が見えてきたようだ。人だかりとまではなっていないものの、ちらほらと人が集まっている。
事件当初からこれだけ経った今になってもまだ警察の捜査が続いているのだろうか、何やら立ち入り禁止のようなロープ的なものも見えた。
それを見たなのははアリサ達の意識がそちらに向いたのを見計らって、さりげなく両手を後ろ手に組むと、右手の人差し指と中指をピンと立てる。
操るのは魔力。自身のリンカーコアを通して手繰り寄せた魔力を、その指先で形にする。
生み出されたピンク色の光を放つサーチャーを、なのはは手早く上空へと退避させた。

「ん? どうしたのなのは?」

急に黙り、気持ち少し後ろへと下がってしまったなのはにアリサが問いかける。

「何でもないよ」

なのははそう返し、手は後ろに組んだまま上体を気持ち前かがみにして足早に歩いて歩調を合わせた。
と、そのに時なのははあるものに気付く。

(ん、何だろこれ)

目線が下に寄ったため目に止まった、その道のアスファルト上に点在する、黒いシミ。そこら辺にある汚れと同じように見えるが、同じようなものが結構大量に、規則性もなく付いているとなると少し目に止まる。
とは言ってもたかが道路のシミ、その時はただ目に付いただけで終わった。
そんなうちに彼女達はロープの前まで辿り着く。
流石に道路を完全に封鎖することはもうやってないらしく、何らかの痕があるような部分が立ち入り禁止にされているようだ。

「うわ、予想以上に凄いわねこれ。何したらこんなことになるのよ」

ロープで囲まれている中には、無残に破壊されたアスファルトと塀が見える。塀は一部が完全に崩れ去っており、アスファルトに至ってはクレーターのようなものまで出来ていた。
一部ブルーシートがかけられている場所があるが何だろうか。

「何か、爆発でもしたのかな……? でも、壊れてるとこ、2つある……」

破壊痕はモロに露出しており、それを隠すつもりで置いてある訳ではなさそうだ。

「見て思い出したけど、塀や道路が破壊されてて原因も不明って、似たようなこと前もあったわよね。ほら、動物病院の」

なのははサーチャーをアリサ達と周囲の人々の視界から隠すように移動させると、ブルーシートの隙間から中に潜り込ませた。

「あの時の方が被害の規模も範囲も大きかったと思うけど、こっちの方が大きな話になってるのは、こっちはそれに加えて……そう言えば――」

(?)

サーチャーからの視覚情報を受信しながら、なのはは疑問を持つ。別段変わったところはありそうになかった。
破壊痕はシートの中にまで続いていたが、それはシートの外側にも大きく露見している。しかし目立つものと言えばそれだけだ。
アスファルトには先程見たような黒いシミが、今まであったものよりもかなり大きく見られるのでもしかしたらと思わなくもないが、しかしたかがアスファルトのシミ――

「――血の痕っての見えないわね。あのシートの下かしら」

(!!?)

アリサの言葉に、なのははその可能性に行き着き、まさかと驚愕した。シミとして見ていたから何の感慨も浮かばなかったが、これが血の痕だとしたら……大きすぎる。
ここだけではない。今まで自分達が通って来ていた道にもそれはあったのだ。血生臭いことに関しての知識など殆ど無いなのはだが、それでも明らかに致死量なのは察することができる。

「アリサちゃん、多分あそこら辺にある黒いシミだと思う。血って赤いイメージあるけど、渇くと黒くなるから」

すずかのその言葉に、数瞬後その意を理解しさしものアリサも顔を青くする。シートの下に隠されたもの以外でも、それは十分に多い量だった。

「え、嘘、それじゃ、これ」

アリサはシートの下から伸びる黒いシミの痕を目で追い、自分が今まで歩いていた道にも目を向けた。
なのはも自身の推論が裏づけされたことで更なる恐怖を覚える。腹の底に冷たいものが広がっていくかのような感覚。

この時、3人の脳裏によぎったのは怪我人は未だに行方不明という情報。
アリサとすずかはそれに、そんな馬鹿なという思いや生理的な恐怖心、はたまた誘拐でもされたのかという推論等が生まれる。
だがなのはの内に生まれたのはそれだけではなかった。原因不明の破壊痕、消えた怪我人。思わずその現場に目が釘付けになる。
思い出す、日常から見れば異常であるこの破壊痕、しかしそれを一人で成し得る人物が居なかったか?
思い出す、明らかに致死量の出血、しかし彼女もあの時、自分達の砲撃に直撃して死んじゃうんじゃないかという怪我を負っていた。
思い出すまでもない。

「――さつき、ちゃん?」

思わず零れた彼女の名前。口に出して、更にその確信を深める。
以前サーチャーで調べ回った時は影も形も無かった筈、未熟だったのか探し方が悪かったのか、何時の間にか戻ってきていたのか。
彼女ではないにしても、彼女達――吸血鬼関係の事件であるには違いない、そうである筈だとなのはは確信した。



いきなり呟かれた誰かの名前に、アリサとすずかがなのはの方に視線を向けて首を傾げる。気付いたなのはは笑ってそれに何でもないと返した。

しかし、それで流すことが出来ない者がそこに居た。アリサだ。
実は動物病院のことを持ち出した当たりで、彼女もとある可能性に行き当たり内心穏やかではなかったのだ。

動物病院の事件、それはなのは達がフェレットのユーノと出合った日の夜、そのユーノを預けていた病院で起こったものだ。
今回は怪我人が居るらしいことを除けば、かなり類似している今回の事件。
なのはには今だ『諦めてない』誰かがいて、そして、こんな凄惨な事件現場を見てなのはから呟かれた、誰かの名前。

アリサの中で、例の推論が渦を巻く。――でもそれは、"そっち"の方は、もう終わったのではなかったのか。
あの時の、なのはの"しまった"とでもいうような顔が思い浮かぶ。――まさか、本当に?
もしそうなら、なのはは自分に『気付かれた』と思っているだろう。――これは、賭けだ。

確かめなければならないと思った。機会は今しかないと思った。
確かめて、どっちに転んでも何になる訳でもないだろう。どっちに転んだところで自分に出来ることなんて何もないだろう。
それでも、そんな理屈などではなくどうしようもなく確かめたかった。

その時アリサが振り絞った勇気は、いかほどのものであっただろうか。出所の分からない恐怖を押し込め、それを気取られないよう気を奮い立たせ、彼女はなのはに尋ねた。

「なのは、もしかしてあんたまだあんな危険なことしてるの?」

その答えがイエスでもノーでも、『あんな危険なこと』の存在を認めるような返答が来ればあれは現実だったということになる。逆にこの質問の意図をなのはが理解できなければ……。
問われたなのはは驚いた顔をする。
しかしそれも僅かな間、真面目なアリサの顔を見て、なのはも表情を引き締めて向き直った。

……その時点で、答えは決まったようなものだった。
諦めにも似た感情が、アリサの中に生まれる。――なら、あれは、あの夢は。

「……うん」

返って来たのは、その返答と首肯。――夢では、なかった。
自分の言っている『あんな危険なこと』をなのはが何か別のことと勘違いしているかも知れないとか、そんな無様な悪あがきはする気も起きなかった。

「………」

待っても、それ以上の言葉は出てこなくって。

「……そう」

アリサも、そう返すことしか出来なかった。





なのはとしても、あれが精一杯の返答だった。
謝るのは、何かが違うと思った。別にそこまで危険なわけじゃないよと、弁明するのも駄目な気がした。
ならば1から説明するのは、あまりに大回り過ぎて今このタイミングでは言い訳しているように感じられた。しかし要点だけ説明して誤解なく理解してもらえるほど常識的な話でもない。
取れた選択肢は、この時のなのはなりの誠意の表し方は、尋ねられた事柄に対しての返答を嘘偽りないように正直かつ簡潔に返すこと以外になかった。

全てを話すには、一旦仕切りなおした上での何かしらの切欠が必要だった。

(フェイトちゃんが来たら、一緒に……)

その考えが逃げであると、その時のなのはは気づいていなかった。







「あっ」

不意にすずかの声が上がる。なのはとアリサの間の会話が止まった後の空気を察して、何か話題を変えるものはないかと周囲を見回していた時、それが来たのだ。
すずかにとっては見慣れた、1台の車。なのは達のはるか後方で停車したそれから、2人の人影が降りてきた。
その人影がこちらに近づいてくる間に、向こうもこちらに気付く。

「お姉ちゃん」

「え、――あ、お兄ちゃんも」

その人影とは、忍と恭也の2人組であった。すずかの声に反応して視線を向けたなのはも、その姿を確認する。

「なのはじゃないか。それに、すずかちゃんとアリサちゃんまで」

「こんにちは2人共。もう、こんなところで何やってるのよ」

「こんにちは」「ご無沙汰してます」

「わ、私達は、噂になってた事件現場を見に、その……野次馬で」

呆れたような声を上げる忍に、すずかが説明する。言葉を選んだせいで若干弁明臭くなってしまっていた。

「お兄ちゃん達も学校からの帰り?」

「いや、俺らは一回忍の家に行って、そっから送ってきてもらったんだ」

と、そこでなのは達を見回していた恭也はアリサに視線を止めて、ん、と声を上げた。

「どうしたんだいアリサちゃん、難しい顔して」

普段ならば、恭也はその程度のことで一々踏み込んだりはしない。
しかし恭也も、詳しくは知らないまでもビデオレターの件でアリサ達に何かあったことは聞き及んでいた。それ故の反応だった。
だがそれに返されたアリサの反応は、素っ気無いものだった。

「いえ、何でもないです。あの、では私はこれで失礼します」

「えっ」「!」

アリサのいきなりの言葉に、すずかが声を上げる。なのはも慌てたようにアリサの方へ振り向き、しかしそこで止まってしまった。
彼女達のそんな様子を見て、恭也達はまた何か複雑なことになっているみたいだと把握する。

「いいのかい? 俺が言うのもおかしいけど、一緒に送ってって貰えば……」

「いえいいです、ちょっと一人で考えたいこともあるので。では。
 じゃあなのはもすずかも、また明日ね」

続く恭也の提案も断ると、アリサはまるですずかとなのはの動揺を見なかったかのように話を続け、別れの言葉を投げかけて本当にそのまま来た道を歩いて戻ってしまった。

「あっアリサちゃん! ――お姉ちゃん、私も一人で帰るね。
 なのはちゃん、また明日!」

すずかが呼び止めるように声をかけるもアリサは手を振り返すだけで止まらない。
すずかは少しの間なのはを見つめるも、なのははそれに気付いておきながらすずかを見つめ返したりアリサの背中に視線を向けたり下を向いたりと特にリアクションを起こす様子は無い。
それを確認したすずかはそれだけ言ってアリサの後を追って行った。別になのはに呆れたとか怒ったとか、そういう訳ではなく、ただ単純に今はアリサの方が心配なのだ。
それを分かっているなのはは、しかし力なくすずかに手を振って別れの言葉を返した。

「うん、また明日。アリサちゃんにも、また明日って言っておいて」

既に駆け出していたすずかは一旦止まって振り返り、笑顔でそれに頷いた。任せといてとで言いたげで、なのはにはそれがとてつもなく頼もしく思えた。










道を戻りながら、アリサは携帯を取り出した。もし手が空いていれば鮫島に家まで送ってもらおうという心づもりである。
ならば何故恭也の誘いを蹴ったのか、それは先程も言った通り一人で考えを纏めたかったというのもあるが、それより何より……

――あ、私知ってるかも。今日朝お姉ちゃんやノエルさんが少し慌しそうに何か調べてたよ

――あ、それならなのはも。今日お兄ちゃん朝家に居なくて、何か調べに出てるって

今回の事件に、探し人の影を見たらしきなのは。そしてその事件の現場に一緒に現れた、何らかの調べ物をしていた2人。
もしかしたら、あそこに自分が居ると邪魔かも知れない。アリサは目頭に熱いものがこみ上げて来るのを感じた。
悔しかった、自分の無力さが。自分が無力なばっかりに、なのはには気を使われ、自分は自分に憤り、勝手に空回りしている。
何か、何か自分にも胸を張って役に立てると言えることがあればと思わずにはいられなかった。

(……。違う、そうじゃない……)

そうだ、今考えなきゃいけないことは、そんな自分勝手なことじゃなくて。

(私があの時会ったのは、フェイトって娘で間違いない筈。そうじゃないとあの時のなのはの反応も説明が付かない。
 なのはは『ただいま』『もう、どこにも行ったりしない』って、そう言った。それになのははもうフェイトって娘と友達。でも、なら……)

一つ一つ、確認していくように考えを纏めるアリサの耳に、背後からの足音が届いた。

「アリサちゃん」

すずかの声だ。

「どうしたのよすずか」

掛けられた声に、アリサは振り向く。すずかはその瞳が潤んでいたことに僅かに不意を突かれたようだが、そのままアリサの隣を歩き始めた。

「一緒に送ってもらえばよかったのに」

「いいの。今はアリサちゃんと一緒に帰りたいから」

まるで拗ねたように言うアリサの言葉に、すずかは笑顔で返す。それにアリサはため息をついたが、傍目には嬉しげなのは本人は気付いていない。

「ちょっと待ってね。今鮫島に連絡取るから」

言って、アリサは鮫島に電話を入れた。どうやら向こうの都合とは上手いこと噛み合ったようで(本当はどうかしらないが)、帰路の途中で拾ってくれるようだ。
アリサが携帯を仕舞っても、少しの間2人は無言で歩いていた。
口火を切ったのは、すずかだった。

「原因は、『あんな危険なこと』?」

「……うん」

この質問は、こんな返答が聞きたくてした訳ではないだろう。
その証拠に、すずかはアリサが返答を返してもそれ以上の言葉を返してこなかった。
彼女は、とっかかりを作ってくれたのだ。

(多分、今なのはが直面してる問題は、私が巻き込まれたのとはまた別なんだ。
 よく分からないけど、どっか別のとこに行っちゃったりしないような。
 それでも危ないことには変わりない、そうじゃなきゃ話してくれる筈だし、それに……)

今回の現場には、人の血が流れている。

「……止める、べきなのかな」

「……そんなに、危ないの?」

あの状況、あのタイミングでアリサが切り出した時点で、すずかにもあの現場が何か関係しているのだろうと察することは難しくない。

アリサはそれに、暫し黙る。直接の返答など出来るわけもなく、沈黙を肯定として話を続ける。

「大変なことなんだろうなってことは、分かってたつもりだった。
 でも、それでもまさかあんな……もし……」

もし、あの血痕の主がなのはだったら。あり得ない話ではないのだろう。

不安と、恐怖と、憤りと。そんな感情が入り混じって顔を歪めているアリサを見て、すずかは思案する。
恐らく、アリサはなのはの行っていることをかなり正確に掴んでいるのだろう。
その上でこのような言葉ばかり出てくるということは、本当にアリサには手の出しようがないのだろう。だから、自分の無力を嘆いている。
こないだ話したように、実際には関われなくともなのはを支えてあげる方向で行こうとか、そういう話ではないのだ。
見守るべきか、止めなきゃいけないのではないのか。そのレベルの葛藤になってしまった。

「……なのはちゃん、優しいから」

「………」

「だから、色んなことがほっとけないし、悩みも一人で抱えちゃうんだよね」

「……そんなこと、分かってる」

そこまで危険なことなら、問答無用で止めるように言えばいいのだ。
それで悩むということは、まぁ、これはすずかにも分かる。

「止めたとしても、止まってくれるとは思えないんだ」

「だって、なのはだし」

「頑固だもんねぇなのはちゃん」

なのはがいかに真剣にこの件に向かい合っているのかは知っている。
他の人間を危険に晒すならいざ知らず、自身が危険に身を置くことについて悩んだりしていないのが目に見えるようだ。
恐怖心を抱く姿が思い浮かばない、という訳ではない。ただ、彼女ならその恐怖心さえ乗り越えて自分の信じる結果のために突き進むような気がしてしまう。

「全く、人の気も知らないで。こっちの気持ちも少しは考えなさいっての」

「あの様子からしてある程度は察してると思うけどなぁ……」

「余計悪いわよ!」

二人して目を合わせてクスリと笑い、しかしまたアリサは難しい顔になって会話は途切れてしまった。
軽々しく『こうしたらどうだろう』などと言える話ではないのだ。
そんなアリサの視線の外で、柔らかい笑顔を浮かべていたすずかの表情が真剣なものに変わる。

本当は、内心穏やかではないのはすずかもなのだ。
勿論すずかも、あそこにあの2人で来るとなると事件について調べているのではないかということは当然察する。
いやむしろ、アリサよりもなのはよりも、一番それを確信したのはすずかだ。前者2人は疑惑だったが、すずかは完全に確信していた。
何と言ってもすずかは夜の一族の一員である。そして忍の彼氏である恭也が、その秘密を共有し契約を結んだ人物だと知っている。
その2人共が朝方調べものをしていて、2人揃って事件現場に来たのだ。何かあるのは確実だし、あの尋常ならざる事件の傷跡。
もしかしたら……と、勘ぐるなという方が無理であった。そしてもしそれが当たっていてしまったら、そしてもしそれに本当になのはが関わっているのだとしたら。

すずかの胸中に冷たいものが走り、こみ上げる感情に体が震える。
この恐怖は、なのはが危険に身を晒していることが確定することへの恐怖か、それとも……。
すずかは頭を振って"それ"を追い払う。

(これは、私も……ううん、私が。
 もしなのはちゃんが、本当に私達の関係のことで危険なことに巻き込まれてるとしたら……)

自分の都合なんかで、手をこまねいていることなんてできなかった。
しかしそれでも、やっぱり、体の小さな震えは止まらなかった。アリサもすずかの様子には気付いているだろうが、直前の会話の内容が内容だっただけに助かった。
やはり怖いのだ。自分が今まで目を背け続けていたことに目を向けるのは。
しかもそれに自分の大切な友達が関わっているかも知れないということは、つまりすずかの秘密がバレてしまう可能性も高いだろう。それを確認するのが。
すずかは小さな手をギュッと握る。
それでも、踏み込まないわけにはいかなかった。

2人並んでそのまま歩いていると、アリサが唐突に口を開いた。

「……ありがと」

「え?」

「ちょっと、楽になった」

確かに何も進展はしていない。解決策の1つも見つかっていない。
しかし何も進展はしていなくとも、心の内で溜め込んで渦巻いて悶々としている中で、口に出して放出できるというだけでアリサにとって救いになっていた。

彼女達の前方から、見慣れた車が現れたのが見えた。










事件現場で分かれたアリサとすずかが行ってしまうと、恭也はなのはに尋ねた。

「いいのか?」

「うん……」

なのはは沈んではいるもののはっきりとした声で答えた。
ショックではあったが、納得はしているのだ。
アリサは一人で考えたいことがあると言った。いきなりあんなことを暴露されれば、そりゃ気持ちを整理する必要もあるだろう。アリサがなのはに怒っている様子ではなかったのが救いだった。
アリサの動揺の原因であるなのはが付いて行くのはよろしくないということは、なのはも判断できた。

なのはは気持ちを切り替える。アリサのことよりも大切という訳では断じてないが、今どうにもならない事に気を向けているよりは優先すべきことが目の前にあった。
アリサの推察と同じことを、なのはも気付いていた。つまり、この2人はこの事件について何か調べているのではないかということである。

「お兄ちゃん達は、何をしに来たの?」

「ん、いや、ちょっとな。噂の事件現場が少し気になって」

返ってきたのは当たり障りのない応え。しかしこれで本当にこの現場が目的の遭遇だと確認できた。
と同時に疑問も沸き起こる。もし本当に彼らが事件を調査しているのなら、そもそも何故彼らはこの事件について探りを入れているのか。
なのはは自分の周りに『普通でない』ものの影があったかと思考を巡らす。

なのはの家は武術を営んでいる。なのはは詳しくは知らないが御神流という剣術で、しかし道場を開いて周囲に教えている訳ではなく、その鍛錬を行っているのはその家の者だけ。
運動神経の切れていたなのは以外の恭也と美由希が今は伝承者で、その動きは素人目のなのはから見たから人間離れしているように見えるのかも知れなくとも普通の人間相手にそんな動きが必要なのかというレベルで結構凄い。
今までなのはは『そういうもの』として大して気にしていなかった。しかしもしあれに"使いどころ"があるのならという見方をした時、あの動きは"非常識"にも思えてくる。

そしてもう1つ、そこから連動して思い起こされるのは、彼女の父、高町士郎のこと。
御神流を修めているのは当然士郎もで、そして彼は昔"お仕事"で大怪我を負っている。
忘れるわけもない、なのはが長らく一人ぼっちになってしまう切欠になったあの事件。高町家が喫茶店を開いたばかりの時分、もう一つの仕事で起こった事件。お仕事の内容はなのはは教えて貰えなかったが、ここまで考えるとどれか一つは非常識なことに片足ぐらいは突っ込んでいてもおかしくない気がする。

どちらにしても、確かめる価値はあると思った。

「ねぇお兄ちゃん、『吸血鬼』って知ってる?」

『そっち側』が関わっていると確信した事件。もし覚えがあるのであれば、このタイミングで何も知らない筈の自分が唐突にこの単語を出せば反応せざるを得ないだろう。
逆に当たり障りのない返答だったり問い詰められたりしなければ白となる。そう思ってのカマかけだ。

効果は覿面だった。

なのはの言葉に二人は驚いた顔をし、思わずと言った風に顔を見合わせる。
なのはもそれには驚きを隠せなかった。まさかこんな身近なところにそんな世界への手がかりがあったなんて。

しばし視線を交し合った2人は、お互いに真剣な表情になってなのはに向き直った。
そして忍が進み出ると、屈みこんで目線をなのはに合わし、両肩を掴んでなのはの顔を覗き込む。

「すずかから聞いたの?」

なのはは怖いくらい真面目な顔で目を合わせられながらの詰問に慄き、暫し何を言われたのか分からなかった。

「えっ……、すずか、ちゃん?」

復唱し、内容を理解するも今度は意図が理解できない。何故そこで彼女の名前が出てくるのか。もしかして彼女も何か知っている一人なのか。
そんな彼女の様子に、忍の肩から緊張が抜けていく。ほっとなのはから視線を外すと肩にかけていた手を離し、恭也のところへと戻って二人で内緒話を始めた。

そんな彼らの様子に思うところが無い訳ではないが、そのうちにとなのはも自分の心を落ち着かせる。
そして心の中でガッツポーズを取った。やっと、前進したと。そしてさつきのことを思い浮かべて……

(――あっ)

フラッシュバックするのは、最後の光景――座り込む少女と、俯かれる顔。
思い出すのは、先日の出来事――気付かされた、自分の心の弱さ。

少しの間話し合っていた恭也と忍が再度なのはの方へ視線を向けたため、なのはも意識をこちらに引き戻す。
すると今度は恭也がなのはに尋ねてきた。

「誰かに何か言われたのか? その、『吸血鬼』について」

どうやらなのはの質問への返答は後回しにされたか無視されたか忘れ去られたかしたらしい。

「え、えっと……うん……」

「どんな奴だったか教えてくれないか」

なのははどう答えるべきかと悩んだ。
恭也達がどの程度まで知っているのかなのはは知らない。
もし余計なことを言って関わるはずのなかったことに巻き込んでしまったら、それは自分のせいだという思いがなのはを躊躇わせた。
しかしこんな答えられなければおかしいような質問に黙っているわけにはいかない。

「茶髪の、ロングヘアーの女の子。私と同じくらいの年の……」

「それって、髪を頭の上の両側でツインテールにしてたりしなかった?」

「え、う、うん……」

その答えに、恭也と美由希が驚愕に再度顔を見合わせる。もっと細部も聞き出そうとして続けた言葉に、まさか肯定されるとは思っていなかったのだ。
なのはもその2人の反応と表情、間に流れた空気からしてその少女についても何かしらの心当たりがあると察して、心臓がドキリと飛び跳ねた。










なのはは自室のベッドにパジャマ姿で腰掛けていた。顔は俯いてその目は閉じられており、しかし寝ているのではなく真剣な顔で何かに集中している。
日は既に落ちており、外はもう暗い時間帯だ。

「んっ、」

と、なのはが僅かに呻きをあげて閉じていた目を開いた。と共に、夜の街に散っていた数個のサーチャーが消える。
数瞬、そのまま俯いたままだった彼女は、盛大なため息と共にコテンとベッドに横になった。

「はぁぁ~」

あの後、なのはは恭也と忍からの少しばかりの質問に答え、なのはの質問はその少女に聞かれたことをふと思い出して言ってみただけだという位置に落ち着いた。
恭也達の知っていることについて、なのははあれ以上は訊かなかった。今の自分がさつきに近づいても、半端な気持ちのまま接してしまうと思い知らされたばかりなのだ。
そこら辺の覚悟も決められないまま、これ以上踏み込んではいけないと思った。踏み出すのは、それからでも遅くはないだろう。手がかりがここにあるのならば、それは逃げることはしないのだから。
とは言え、そこら辺の気持ちを整理するにはまず今まで以上に『吸血鬼』についての知識を得なければならない筈なのだが、あの時のなのはには何故か、それすらも訊くことはできなかった。

そのくせ今の自分は一体何をやっているのかとなのはは自分に呆れる。何を自分は未練がましいことをやっているのだろう。
それに今回は見つからなかったものの、もし今の捜索で彼女が見つかっていれば自分はおそらく堪えきれずに飛んでいっていただろうということもなのはは予想できた。

だが彼女はやはり気になってしまったのだ。さつきの姿が。吸血鬼の関係で起こったと思われる事件、その凄惨たる現場を見て、本当に彼女が無事なのかとも。
さつきが今だ無事であっても、あのような事態になるようなことが起こっているのなら、これから先もさつきが無事である保障がないという怖れもある。
しかしそれならば、このようなことをしているのではなくさっさと恭也達に吸血鬼について尋ねるべきなのだ。
そもそも本当にあの事件に関わっている吸血鬼が弓塚さつきなのかも分かっていないのだし、それ以前にこんな不確実で時間もかかる方法なんかよりももっと確実だ。

「何をやってるんだろうなぁ、私」

なのはは手元にあった枕を手繰り寄せてきゅっと抱きしめる。
確かに、どうやって彼らを余計なことに巻き込むことのないようにしながらも吸血鬼について尋ねるかという問題もあるにはある。
だがしかし、そういう話ではなくそもそもなのは自身が彼らにその事について尋ねようという気持ちを、何故だか持てないのだった。

街中で吸血鬼について訊いて周る人物達が現れる、前日のことであった。










あとがき

さっちんって何だっけ(←
まさか本当にフラグだったとはこの作者にも(ry
おかしい、こんな筈じゃ……

本当はもっとささっと上げたかったのですがここら辺で少しでもミスるとその後は収拾つかずにバッドエンド一直線になってしまうので慎重にならざるを得ないんですごめんなさい。

なのはがヘタレモード入りましたはい。完全に大ダメージ受けちゃえばその不屈の精神で復活したのでしょうが迷いレベルでウジウジしてるのでこりゃ何かきっかけが無けりゃ無理ですね。



[12606] Garden 第5話
Name: デモア◆45e06a21 ID:697ce29c
Date: 2014/07/30 15:23
一方なのは達が事件のことを知ったその日のさつきはというと。

路地裏の某廃ビルで、毛布に包まっていたさつきは目を開け、しかしそのまま気だるげに寝返りを打った。
もう太陽は既に高く昇り、遅い起床となったさつきはやけに疲れた体に寝起きの頭で昨夜の出来事を思い出す。
復元呪詛の発動には体の設計図たる遺伝子情報が不可欠だが、使われるのはそれとは別の普通のエネルギーなのだ。
遺伝子情報は設計図にしか過ぎない。怪我の大きさなど関係ないのである。
これが死徒の体であればそのエネルギーは遺伝子情報と同じく吸血によって得られる生命力が使われるのだが、今は人間の体のため生命力を持ってかれると体力の方も辛くなる。

さつきはこれのお陰で食事等でも死徒としての能力用のエネルギーを補給できていたため、少し前までならエネルギーよりも先に遺伝子情報の方が尽きていたのだが、
今のさつきはついこないだ割と結構な量を吸血してしまったので遺伝子情報の方にはまだ余裕があった。
にもかかわらず極限状態になったらエネルギー補給のため吸血衝動が起こってしまうのだから困ったものだ。

少々脱線したがつまるところ今のさつきの状態は……

(ご飯食べて、ゆっくり休んで、適度に体を動かさないと死にそう……。
 血も流しすぎちゃったからそれもあいまってダルイし……)

こんな感じで割とグロッキーという訳である。
ノソノソと体を動かしてご飯の準備に動き出そうとしながら、さつきは自身の左腕へと目を向けた。
体の状態は既に万全だ。これだけの時間が経過しており体を動かすだけのエネルギーが残っているということは、それは体は完全に復元し終わっているということに他ならない。
本当に復元呪詛というものは便利だ。今回のような怪我でなくとも体の倦怠感と引き換えに細やかな痛みの原因まで治ってくれるのだから。
しかしこれがもし片腕を無くしていたりしたらさつきは本当に干からびていたかも知れない。いやそれは流石に体の方がセーブをかけるか。

あの後、現場から逃げながらも早急に腕を傷口に押し付けてくっつけたのは正解だったと、さつきは何だかとっても眠いんだ状態の体を無理矢理立ち上がらせ動かしながら安堵した。
これ以上辛い状態なんて御免被る。

とてもじゃないが料理などする気も起きる筈がなく、さつきはそのまま食べられる食材を適当に口に運びながらグデーとする。
怪我の状態だけなら以前砲撃に吹っ飛ばされたりプレシアにドテッ腹を撃ち抜かれた時の方が重傷だったが、あの時はまだ割と早急にエネルギー補給が行われていたためここまで辛くはなかった。

(少ししたら翠屋に行こうかなぁ……ああでもあそこまで行くのも面倒臭いや……)

すっかりお気に入り&割と常連となった喫茶店に思いを馳せながら、しかし体を動かす労力を思い睥睨して諦めた。
どれもこれもあの人攫い集団のせいだ! とさつきは憤るも、それも無駄に疲れるので早急にやめにする。
それにもう"あっち"と関わるのは御免だ。自分はこれから許される限り普通の人生を送っていくのである。

しかしとは言ってもやはりそちらのことは考えてしまう。
まずさつきが一番気になるのは、結局彼らは何だったのかということだ。
魔導師という存在であることはほぼ間違いないだろう。だが何故この世界にそんなのがまだ居るのか。
あの時は色々焦っていたためよくよく考えもせずに否定したが、やはり一番ありそうなのは時空管理局の人間だろうか。
あの事件はさつきの考えていたより大事で、その事後処理に今の今まで追われていて、だからさつきも今はまだ放置されていて、
その過程で子供の誘拐紛いのことも必要で、目撃者を殺すことも厭わない程に秘匿しなければならない……

(うん、無理がある)

仮に彼らが管理局の人間だとして、昨日遭遇した事態にそれっぽい理由を付けていくが、考えている最中にも突っ込みどころには困らなかった。
まずあの事件が終わって(終わったと思う)から早3週間だ。3週間かけて終わらない後片付けとか一体どんなものだ。
それにさつきは、言っては何だがあの事件において結構な重要人物だった筈であると自分でも自覚している。
あの事件に関わっていた管理局員ならば、さつきと相対した時点で恐らく何らかのそれっぽいリアクションをするだろう。
子供の誘拐紛いのことはまあいい。事件や魔法を目撃してしまった人の記憶をどうのこうのとか、ジュエルシードの影響を受けてしまった子の身体検査とか想像できることは割と色々ある。
しかしそこまでして隠したいことならばわざわざ夜の街を駆け回る必要など無い筈だ。彼らには転送装置があった筈なのだから。

結論、彼らは管理局の人間ではまず無い。とさつきが締めくくろうとしたところで、1つの考えが彼女の脳裏を過ぎった。

(ま、まさか、時空管理局のダークサイド……!)

お話の物語の中で良くある、司法組織等の巨大組織ではお決まりの闇の部分。
裏で違法だったり非人道的だったりな研究をしていたり、それの実験体に異世界の子供が丁度良かったり、表に気付かれる訳にはいかないから装置も使えず真相を知った者に対しては口封じも厭わない……!

などとさつきはノリのままにその想像を膨らませてみたものの、ふと「あれ?」となった。

(とか冗談で考えてみたけど、ちょっと現実的にしてみると割と無いこともないかも……)

例えば、下っ端の局員や傭兵(居るかどうかは知らないが)みたいなのが、撤退する世界からその前にと人攫いを慣行し、別世界で売り捌くとか……。

(……止そう)

さつきの心情的にはあの攫われてしまった子供を仮にも見捨てているようなものなのだ。
そういう方向への思考は心に暗い影を落とすだけだった。さつきは急いでそれらの思考を打ち止め切り捨てた。

とは言え即座に全くの別事へと思いを馳せる訳にもいかない。
自分の日常の近辺において危険人物達が現れたのだから、それについて思考を巡らすことは身の安全の為にも避けては通れない道だった。
しかし……

(うーん……)

しばし思考を巡らし、さつきは結論づけた。

(うんまぁ、向こうが口封じに私を探してるっていうのも多分無いだろうしもう遭遇しちゃうことは無いと思うけど、暫くは夜に出歩くの止めといた方がいいかなぁ。)

さつきの考えでは、一度完全に取り逃がしてしまっているのなら、そいつを口封じするよりもさっさと逃げてしまうだろうと思ったのだ。そもそもあの傷ならまず死んだと思われているだろうし。
それに無差別な人攫いなんてことを短期間のうちに同じような地区で行うことはあまり考えられない。
ただ矢張り不安というものは感じてしまうもので、さつきは今後の夜間の外出を控えることを決めた。

それにしても、新しいことを始めようとした当日にあの仕打ちからのこの決断とはと、食事を続けながら遠い目をするさつき。

(何というか、ツイてないなぁ……)

とりあえず、少し休んだら外出して体を動かそうとさつきは決めた。そうしないと気分も重くなるばかりだ。

結局その日は翠屋にも寄り、桃子とのおしゃべりにも興じたことで精神的な回復も見込めた。










日は翌日に進み、場所は月村邸。
月村忍は頭を悩ませていた。頭痛が痛いとはこういうことだろう。
なのはの元に現れた吸血鬼について尋ねる少女、それはなのはがすずかの友達だから探りを入れられたのだろうという結論に達したのだが、どうやらそうではなかったらしい。

なのはから吸血鬼という単語が出た時、忍は本当に驚いた。
遂にすずかが話すことが出来たのかという期待と、なのははそれをわざわざ自分の居る前で、恭也にバラそうとネタにするなどあり得ないと分かってはいても、確かめざるを得なかった。
そもそも恭也は夜の一族についてかなりのことを知っているのであの場においては問題なかったのだが、もしなのはがすずかが夜の一族であることを人にバラしたり話のネタにして笑うような娘であったなら、いくら恭也の妹でも許すつもりはなかった。
すずかがそれについて本気で悩んでいるのを知っているため、当然だ。

結局忍のその心配は案の定空振りだったわけで、恭也からも気持ちは分かるが訊き方がストレート過ぎだと窘められてしまった。
確かに少し冷静でなかったにしても、あそこですずかの名前を出してしまったのは明らかに失敗だったと忍も反省している。

まぁその事は今は置いておこう。忍の頭痛の原因はそれじゃない。
ノエルが、吸血鬼について尋ねて周る人物を目撃した。大声を上げるとか拡声器を使うとかビラをばら撒くとか、そんな風ではなく見た限り無差別に1人1人聞いて周っていたそうだ。
見つけられたのは運が良かったのだろう。町の中で特定の1人を、周囲に目立つ行動を取ってるでもなくその行動を見咎められたというのはちょっとした奇跡ではなかろうか。
まぁこの一件で夜の一族のことが明るみになるなんてことも、そもそも吸血鬼についての噂話が横行するというレベルの事態もまず無いだろう。
尋ねられた者達が噂話として広めるかも知れないが、そんな変人に絡まれたなどというあまり気分のいいとは言えない出来事を率先して言いふらすような者はそこまで居ないだろう。
せいぜいが友人同士のぼやき合いで持ち出して笑い話に使われる程度だ。噂話となるにしてもそれは変人の方でありまかり間違っても吸血鬼の方ではない。

(……違う、問題はそこじゃなくて)

忍はその話の頭の痛くなる部分にいやいやながら思考を向けた。
それは、その人物がなのはの言った人物とは似ても似つかないということだった。
合っているのは性別とロングヘアーだったということくらいだろうか。髪の色も年齢も、背丈さえもかなり異なっているらしい。
先程特定の1人をと言ったが、これが奇跡でも何でもない可能性があった。というかほぼ確定していた。

(1人じゃ、ないのね……)

ノエルが嘘を付くはずがないし、記憶違いなどもっとあり得ない。一方なのはの方の証言も、その証言通りの人物に心当たりがあるためこっちも正しいのだろう。
となると最低でも2人。いや恐らくはもっと、無差別に『吸血鬼』について尋ねまわってる者がいる。
そうでなければ自分の周りの人間がそう連続で遭遇するものか。相手が特定の場所に根を張っていて皆が日常的にそこを通るのならまだしもだ。

(一体、何がしたいのよ……)

そして結局、これが分からない。
自分達のことを探りたいにしても向こうは夜の一族の家系である月村家の場所を特定している筈である。
関係者かどうかを判断するためなら、『吸血鬼』ではなく『夜の一族』と言うだろう。
更に言うと、どうやら向こうは『吸血鬼』とはどういう生物なのか、根本的なところを尋ねているらしい。
そんなもの分かる訳がないだろう。そもそもが架空の生物とされてるし、様々な伝承や作品が飛び交い過ぎてて人類皆共通しているイメージといえば血を飲んで夜行性で日の光が苦手程度のものだ。
知らない方がおかしい常識的な知識なのに人によって持つイメージが違うという、そんなレベルで曖昧で常識的なことを尋ねて周っているのだ。

例え夜の一族の関係者が捕まったとしても「何だこいつ」で終わるし、一般人でもそうだろうから夜の一族の存在を世に暴露しようとしている訳でもない。そもそも尋ねているのは向こう側だ。

ならもう本当にただの変人なんじゃないかというと、そうも言ってられないのである。
何しろその片方は以前月村家に進入したと思われる少女である。ただの変人として切って捨てるなどできなかった。
更にもう1つあるのだが、ノエルの遭遇した方を彼女が隠し撮りしようとしたところ、その気配に気が付いたのか勢いよく振り向いて身構えたというのだ。
それだけではなく後ろを尾行していたところまんまと逃げられた上に尾行し返されたらしい。こちらも意地でも撒いてきたとやり切った顔で報告されたがそういう問題じゃない。
明らかに只者ではない。

(遂に流血沙汰にまでなってしまっている。私達の関係なら何とかしなくちゃいけないのに……)

何をしたいのか本当に分からない。
先が見えないならまだしもまるで先が迷路になっているのが見えてしまっているような状況に、忍は疲れた頭を休めるために背もたれに全体重を預けた。

彼女の懸念は、実はもう1つあるのだ。
それは昨日、忍が現場から帰宅した後のことであった。
すずかが、忍に事件の情報をねだったのだ。
あの事件に何かあると勘ぐられたことは、まぁ驚くようなことではない。
しかし、今まで夜の一族の関係に近づこうとしなかったあの娘に一体何があったというのか。
すずかが自分の体のことについてとても悩み、夜の一族という概念そのものに良くない感情を持ってきたことは知っている。
なのは達に打ち明けることで乗り越えたという訳でもない。
すずかも茶髪でツインテールの女の子に何か言われたのかと聞けば、すずかはそんな子自体に心当たりが無いという。

結局「すずかはまだ関わらなくていいこと」とやんわりと押し止めたが、
一体、この事件はすずかに夜の一族と向き合わせるだけの何があるというのか。


思い悩む忍の元へ、ノエルがやってきた。

「忍様、恭也様が参られました」

早急に呼び出した彼が駆けつけてくれたと聞いて、忍の心がほぐれる。
顔も緊張も若干柔らかくなり、立ち上がって自ら出迎えに行く。
これから話し合うことは、『吸血鬼』について尋ねまわっている者達への対応と、現状把握、そしてすずかへの対応。
特に謎の人物達に対する行動は、恭也に相談せずに動くことはできない。もう一度探し出して何らかのアクションを起こすにしても周辺を探るにしても、まず彼と相談してからだ。
いざという時、一番に頼ることになってしまうのは彼の力なのだから。










その頃、すずかは八神宅でお世話になっていた。
2人でソファーに並んではやてに愚痴を聞いてもらっている最中である。

「そんな感じで、結局何にも教えて貰えなくて……」

「はー、何や大変やなぁ」

2人の間には1匹の犬が寝そべっている。青い毛並みに白い毛先の雄の大型犬だ。その体躯ははやてやすずかよりも大きい。名前はザフィーラというそうだ。
犬を飼うことになったということは、すずかは事前に聞いていた。というより報告されたのはつい昨日の出来事だ。
すずかはそれを喜んだ。家の中でずっと一人ぼっちだったはやてだが、一緒に住んでくれる動物ができれば寂しさも和らぐだろうから。
実際に会ってみて、この大きさならその効果も大きくまた安心感も強いとすずかは感じた。はやてにとってとても良いことだと思った。

ザフィーラの背を撫でてその温もりを感じながら、すずかは昨日の出来事をはやてに話していた。
とは言っても流石に微に入り細を穿って説明などしていない。昨日の覚悟と決意による心の疲れと、何も教えて貰えなかった鬱憤を少しばかり吐き出させてもらっただけである。
はやての方もそれは分かっているので、何の詳しい事情も分かっていない自分の無駄なアドバイスとかはしない。

「でもなぁ、それなら完全に和解するにはまだ時間かかりそうやってことなん?」

「わ、和解って、そんな険悪な関係じゃないよ……。
 でも、それは分からないかな。私がこうやって手を出そうとしている間に、なのはちゃん達の間だけで解決しちゃうかも知れないし。
 実を言うとね、一体何がどうなってるのか、私は全然分かってないんだ。でも……」

その時見せたすずかの顔に、はやては嘆息したくなるのを抑える。
先程から何度か、すずかの話の中で言葉が途中で途切れてこんな表情を見せる時がある。それは悲しんでいるような、何かを覚悟しているような、そんな顔。

(罪な娘らやねぇ、なのはちゃんも、アリサちゃんも)

はやては思わず苦笑い。

「あー、それにしてもこんな時にみんな何処行っとるんやろ。折角すずかちゃんが来てくれはったのに」

「みんなって、一緒に住むことになったっていう親戚の人のこと?」

犬を飼うということ意外にも、すずかはもう1つ一緒に報告を受けていた。
それが、遠い親戚の人が訪ねてきてくれて無期限で一緒に住んでくれることになったということ。ザフィーラもその親戚が連れてきたのか、記念に買ってもらったかのどっちかなのだろう。
一気に家族が増えたことによる興奮と喜びは電話越しにも伝わってきて、あの時はすずかもつられて嬉しくなった。
それを思い出してすずかの顔にも自然と笑顔が零れる。ザフィーラの背中を撫でていた手が頭の方に伸び、その額をくしゃくしゃと撫で回した。
ザフィーラの目が気持ちよさげに細められるが、すずかは「あれ?」といった感じに少しキョトンとする。

「うん。3人とも今丁度どっか行ってしもーてん」

「親戚っていうと、グレアムおじさんの?」

グレアムおじさんというのは、はやてのこれまた遠い親戚であり現保護者である。
仕事の都合で海外に居るが、彼がはやての親が残した遺産の管理等を一手に引き受けてくれている。お陰ではやてはそっち関係のことは何も気にすることなく暮らせている。

「ううん、そっちとは別口や。ああでも、保障するけど絶対におかしな人達やあらへんで?」

「おかしな……? うん」

どうやらはやての言いたい事はすずかに伝わっていないようだった。
そもそもがまだ9歳、こんな境遇の為そういう方面へも知識のあるはやてはまだしもすずかには"そういう"人達が居るという発想事態が無いのだろう。
はやては自分の余計な失態を悟り笑って誤魔化した。

「とにかく、次来た時は全員しっかりと紹介させてもらうでな」

「うん、楽しみにしてるね。私達と同じくらいの女の子も居るんでしょ?」

「せやで! 皆で遊ぶのが今から楽しみやわ」

はやての言葉に笑顔で同意し、すずかはザフィーラの頭を撫でていた手を今度は顎下に持って行った。
ザフィーラは若干顎を持ち上げ、目を細める。その様子にすずかはふふっと笑い、手を背中の方へ戻した。

「賢い子だね、この子」

「せやろせやろ! でも、何で?」

ペットを褒められてご満悦のはやてだが、どこからその感想が出てきたのかを問いかける。

「だってこの子、私が頭撫でたり喉撫でたりした時ね、
 あまり喜んでないのに、嫌がる様子どころか気持ちよさそうにしてくれてたんだよ」

「へー、そんなこと分かるんか」

「うん、触ってる感じとか仕草とかで何となくね。はやてちゃんもその内分かるようになるよ。
 ごめんねーザフィーラちゃん、アリサちゃんならもっと上手にやれると思うんだけど」

「プッ……!!」

何が可笑しかったのか、いきなりはやてが吹き出した。
もう爆笑といった様子で顔を背けて必死に笑いを堪えながらソファーをバンバン叩いている。すずかは何かおかしなことを言ったかと目を丸くしていた。

「――ゲホッ、ケホッ……ふぅ、」

「えっと……? 何かおかしなこと言ったかな?」

「ああ、ううんすまんなぁそういうんじゃないんよ。ただちょっとな」

はやてが落ち着いたところを見計らってすずかが訪ねると、はやてはそう言って謝ったが顔はそれから暫くも笑ったまんまだった。

「でもそっか。アリサちゃん家ってワンちゃんいっぱい居るんだっけ」

「うん、だから今度集まる時はアリサちゃんの家にしようか。ザフィーラちゃんも連れて行けば、多分向こうでお友達も出来るだろうし」

「そやな、そう……あー、」

と、はやてはそこで数瞬詰まり視線をザフィーラの方へと暫し向ける。
何か躊躇うような理由があるのかとすずかが様子を伺っていると、はやては数瞬のうちにうんと頷いた。

「うん、そうさせてもらうわ。アリサちゃんがよければやけど」

「うん、大丈夫なの?」

「え、ああ。少しだけ不安なことがあったんやけどな、ちょっと考えてみたら何でもなかったわ。
 でもそっちもええんか? 今アリサちゃんとなのはちゃんって……」

と、そこではやては一つの懸念を示す。
ついさっきまでそこら辺関係のゴタゴタの話を聞いていたばかりなのだから。
しかしそう返されたすずかは悩む様子もなくうんと返した。

「だからそういう喧嘩してるとかじゃないの。
 お互いにお互いが大好きで、仲良しだから。だからちょっとすれ違っちゃってるだけで、2人ともお互いにそれも分かってるのに。
 だから仲良しのまんまだよ。そのことが関係してくるとどうすればいいのか分からなくて、ちょっとギクシャクしちゃうだけで」

そして、その『どうすればいいか』は、相手のためを想ってのことであるのだ。

「………」

「――どうしたの?」

少し驚いたような顔で沈黙してしまったはやてに、すずかが不思議そうに訪ねる。
そんな無自覚なすずかの様子に、はやては柔らかな笑みを浮かべた。

「……ううん。ええなぁ、と思ってな」






◆◆◆◆◆



6月5日の夜、某所。例の四人組がまた集っていた。

「どうやら厄介なことになったな」

「ああ、情報の隠蔽が完璧な訳じゃねぇ。逆に情報を氾濫させて本物がどれか分からなくしてやがるぜこれは。
 しかもそれだけじゃねぇ。吸血鬼って奴は人を襲う、それで襲われた方が殺されるにしても殺されてねぇにしても、ここまで架空の存在だと思われてるってことは」

「何か別の勢力があるわね。シグナム、今日つけられたっていうけど」

金髪の女性が、ピンクの髪の女性に確認する。

「ああ、私の尾行を撒いたのを見るとかなりの腕の者だ。矢張りシャマルのサポートを待つべきだった。
 だが恐らくはそちらの別勢力の方だろう。大方吸血鬼に関して調べている我々を警戒したと見ていい。
 吸血鬼は夜にしか活動できないようだからな」

「いくら偽情報をばら撒こうが、ミスリードするには限度がある。
 その情報だけは、真実とみていいだろうな」

「しかしこれは仮定だが、恐らく吸血鬼という奴らは絶対数が少ない。
 この世界は、そういう"空気"が薄い」

「ああ、それは私も感じた。あんな奴と日常的に会う可能性のある世界なら、いくら情報が隠蔽されてるにしてもこの空気は綺麗過ぎる。
 少なくとも最初私達が危惧してたくらい大量に居るという訳じゃなさそうだな。下手するとこないだの奴一匹始末すりゃもう当分は会うこともねぇかも知れねぇ」

「この世界の情報を集めてみたけれど、やっぱり彼女の死体は見つかってないそうよ。
 吸血鬼が噂通りの存在なら、腕を落としただけでは死なないでしょうね」

「吸血鬼の数が多そうなら、夜分だけ主の周囲を固めていれば良かったが、ここまで少なそうとなるとこちらから1匹でも狩っておきたいな。
 十分に有効な可能性がある以上、こちらから打って出た方がいいと思うが」

「俺は賛成だ。露見している脅威を放っておく理由も無い」

「私も賛成だ。次は確実に仕留める」

「後々吸血鬼と戦うことになった時、その手の内を知っておいた方がいいわ。
 即座に倒すことを優先するよりも、出来るだけ情報を引き出して倒しましょう」

「よし、ではこれから夜間は特に主の守りを固め、残りの者で奴を探すぞ。
 存在すると見られるもう一つの勢力だが……」

「それに関してはあちらからのアプローチを待つしか無いだろう。シグナムの顔は見られているが、こちらには何の情報もない。
 主に直接危害を加えようとしてくれば、俺が必ず盾となる」

「そうだな。主に危害を加えないのであれば捨て置けばいい。
 主に害成すモノである可能性があれば切り捨てる、それだけだ」



◆◆◆◆◆










あとがき

書き溜めておいたのさ!\デデーン/

あ、次話はまだ書けてません。
食事による生命力の回復、これ公式でもやってます。ZEROでウェイバー君がやってました。



[12606] Garden 第6話
Name: デモア◆45e06a21 ID:a690d3e4
Date: 2014/06/02 01:07
あれから少しばかり時は流れて、ある週末の日。
相も変わらず路地裏の廃ビルを拠点としているさつきは、お昼時を遅めに外してある店を目的地に街中を歩いていた。
やがてその店の前までたどり着き、扉を押し開けるとカランコロンという軽快な音と共にさつきは店内へ迎え入れられた。

「いらっしゃい、ああさつきちゃんか。桃子も今ならもう手もあいてきてる頃だと思うよ」

「お疲れ様です士郎さん」

「はは、ありがとう。まぁ喫茶店だからね、お昼時は疲れなくちゃ困っちゃうよ」

既にすいている店内で接客用にカウンターで待機していた士郎と言葉を交わして、さつきは店の奥へと入っていく。
そして適当な席に座ってメニューを広げると、一緒に付いてきていた士郎へと料理を注文した。
相変わらず子供が食べる量ではなかったが、幾度となくとまではいかずとももう何度目かとなるくらいにはさつきはこの店のお世話になっていたので今更突っ込まれることもない。
注文を取り終えた士郎はレモンを浸しておいた冷水をさつきの前に置くと奥へと引っ込んで行った。







「それでね、その時の士郎さんったらもう格好よくって」

「へー!」

そしてそれから少し経つと、そこにはさつきの対面の席に桃子が座って二人して桃子の惚気話に花を咲かせる姿があった。
あれから少しして料理を持って奥から出てきた桃子は、さつきと2言3言話しながら数度往復して料理を運び終わると毎度のようにこうしてさつきとのおしゃべりに興じるのだった。
さつきが混んでる時間を外して来ているのはその為で、特に士郎との恋愛話に喰いつきがいいさつきに桃子も喜んでさつきの話し相手になっていた。
勿論のことさつきとしてもこの時間は楽しいもので、週末に気が向いたら素直に足を向けていた。外見年齢のために好きな日に来るという訳にはいかないのがネックだ。

当然のことながらさつきのような(外見)年齢のような女の子が1人で喫茶店に入るなど珍しく、またやはり気にかかってしまう光景であるのでさつきが来る度に桃子が話しかけていたのが始まりだった。
今ではこのように和気藹々とおしゃべりに興じる仲である。
勿論当の士郎も店内にいる為2人の会話を耳にする機会は割と多く、その度にちょっと困ったような満更でもなさそうな表情を浮かべているのだがそれは別の話。

ちなみに、こう言うとさつきはもう何十回とこの店に通っているように錯覚してしまうかも知れないが、週末しか寄れないこともあって未だに6,7回目である。
そもそも彼女がこの店に出会ってからまだ4ヶ月も経っていない。なんとさつきがこの世界にたどり着いてからまだそれだけの時間しか過ぎていないのだ。最初の1ヶ月が濃いに濃すぎた。

話に一区切りが付いたところで、桃子がさつきににこやかに尋ねる。

「さつきちゃんには、好きな男の子っているの?」

「はいそれはもう!」

士郎との恋愛話への喰いつきがやたらといいことから桃子もある程度察していたが、さつきはそれに思いっきり喰いついた。

「そうなの、どんな子?」

「遠野くんって言うんですけど、とってもやさしくてかっこいいんです!」

それはとても微笑ましいもので、桃子もそれに興味をつのらせる。
さつきの語る言葉に桃子は適度に相槌を入れ、それに乗せられてさつきは嬉々として遠野くんを語っていった。
その様子からも、桃子はさつきの気持ちが本物だと十分察せられる。

「かっこいいって言うのは、別に顔がとかいうわけじゃなくてですね。ああでも別に遠野くんの顔がかっこよくないとかそういう意味ではないんですよ。
 確かにかっこいいって雰囲気じゃありませんけど、普通の人達よりは絶対にかっこいいです!
 遠野くんの本当にかっこいいところはやっぱり中身ですよ中身!
 本当にやさしいし、一緒にいるととても安心できるし。性格っていうか、気質って言えばいいのかな? ふんわりしてるっていうか、ほんわかしてるっていうか、一緒にいるとこっちまで優しい気持ちになれて。
 少し危なげな雰囲気もあるけどそれもいいかなーなんて。

 あの時だってわたしのお願い……も……。
 わたしの自分勝手な、無茶苦茶お願いも……約束、だから……、って」

――いけない。

途中までテンションうなぎ上りで語っていっていたさつきだったが、話をしているうちにふとあの時のことが脳裏をよぎってしまった。
真夜中の路地裏、現実から目を逸らして、手にした力に溺れ、縋って、志貴に依存しようとして理不尽な暴力を振るったあの別れの日。
それなのに彼は、一緒にいってやると言ってくれた。助けてくれると、言ってくれた。結局振られてしまったわけだけれども、あの時の彼本来の優しさからの言葉は、本当に温かかった。
少しでも脳裏を掠めてしまったら後はそれに引きずられるしかない。
思考の隅に追いやることなどできる筈もなく、気持ちは罪悪感や自己嫌悪、自分への怒りや悲しさで沈み、上昇していたテンションは急降下してしまう。
しかしそんな中でも、彼の温かさを思い出したことでさつきは胸の奥が熱くなるのを感じた。

「? ……さつきちゃん?」

急にテンションが下がり、落ち込んで途切れ途切れになってしまった言葉も止めて視線をテーブルの上に落としてしまったさつきに、桃子はどうしたのかと声をかける。
しかし確かに耳に届いている筈のその言葉にも、僅か視線の動き程の反応しか見せずに塞ぎ込んでしまったさつきに桃子はどうしたものかと悩んだ。

こんな様子を見せてしまっては桃子を困らせるだけだと、いけないと心の中では分かってはいてもさつきは沈んだ気持ちを咄嗟に誤魔化すことができなかった。
案の定もう既に誤魔化し不可能な程の空気を作ってしまった。
さつきは少しばかり躊躇うも、どうすればいいかと悩んでいる様子の桃子へ自分の方から少しだけ壁を取り払うことにする。
それは、今回さつきが沈んでしまった理由とはまた別の事柄ではあったけども。

「桃子さんは、お話とかでよくある『許されない恋』ってどう思います?」

だが、その言葉はやはりさつきが志貴のことを思い出したからこそ出てきたものだった。
いや、とさつきは思い直す。何も別なんてことはないじゃないか、彼にあんな仕打ちをしておいてまだ彼に好かれたい、優しくして欲しいと望む資格なんてないのだから、と。

また表情が抜け落ちてしまったように顔を曇らせたさつきを見てどう思ったのか、桃子は真剣な表情で言葉を返す。

「その遠野君との間に、何か特別な事情があるの?」

しまった。とさつきは思った。
こんな話では少し詳しい話になった時にややこしい誤魔化し方しかできないじゃないかということに気付いたのだ。
というかたかだが子供の言葉に対してここまで真面目にストレートな返しをされるとは心の底では思っていなかったのかも知れない。
とにかくどうにか無難に誤魔化そうと、さつきは慌てて言葉を選ぶ。

「いや、いえ、あの……、私が、ちょっと、周りと違うので……」

何やら相談事のグレードが一気に下がった気がした。
だがこれならこれでいいのかも知れないとさつきは思う。これなら、こういう感受性の豊かな年代の子供によくあるような悩みだと思われるだろう。

そしてそれは、ある意味で今さつきが最も救いを求めていた事柄でもあった。
さつきはこちらの世界に渡ってからでも、時たま自分が"違う"と感じることがある。むしろ、ヒトと同じ生活が可能になった分だけより顕著かも知れない。
例えば、日常の何でもない穏やかな生活をしている人々を見た時。
例えば、街中でちょっと煩わしいと思う言動をしている人物と出会った時。
例えば、先日誘拐現場に遭遇して腕一本を持っていかれた時。
例えば……あの事件の最終局面であの娘が来てくれた時。

もう、さつきには無理なのだ。人間を対等な存在として見るのは。

さつきの恐れる吸血鬼の心の正体は、価値観の変質だ。
吸血鬼化に際して、人格や性格が変わったりすることはない。アニメや漫画などでよくあるみたいに、悪い人格が自分を乗っ取ってしまうなんて訳でも勿論ない。
吸血鬼としての思考は、紛れも無く自分自身の思考だ。変わるのは、自身が変わってしまったが故の周囲への認識である。
自分は人間なんて簡単に殺してしまえる力を持っているというただの事実が、そして何より自分にとって人間は捕食対象であるというどうしようもない現実が、さつきに人間を同等の存在だと認識させてくれない。
もう、どうあってもさつきには人間という種族を対等の存在として認識することができないのだ。

――友達用の人間と殺し用の人間は別
さつき自身が志貴に対して言った言葉である。これは今も何ら変わってはいない。
ただ、自分の楽しみを目的とした殺人はもう行わないというだけだ。現に食事のためならば、さつきは躊躇うことはない。
こちらの世界に来てから吸血によって人を殺さないように配慮しているのも、せめて人間でいられるうちは下手なことはよしておこうという配慮からであって決して殺人を禁忌と決めたからではない。

さつきが人間の相手を対等に見るには、関わりを持って、相手を人間という括りではなく個人として認識しなければならないのである。
……そして、その個人として認識した相手であろうとも時にそんなことはどうでもよくなってしまうことだってある。
さつきは、それを実感する度、寂しさと共に薄ら寒い気持ちになるのだ。……その時に感じるのが悲しさではなく寂しさなのも、その一端である。

実のところ、この時のさつきは最初から自分の周囲への"在り方"に対して、そういう軽い視点からの何かしらの優しい言葉が欲しかったのだろう。
最初に出てきた『許されない恋』についても、見方を変えればそう捉えられる。
人と人との関わりの中で、心と心の繋がりの中で上位に位置する『恋愛』という要素についての言葉ならば、自然とそういう言葉になるだろうから。

さつきの言葉に少しだけ沈黙した後、桃子はいつも通りのやわらかい声で口を開いた。

「ねぇさつきちゃん」

「はい」

「遠野君は、そんなさつきちゃんを嫌だって言ったの?」

「――!!」

さつきにとっては、完全に不意打ちだった。
志貴との関係の話から、自分の周囲との違いへと話が移り変わった気でいたさつきは、桃子の言葉に酷く狼狽してしまう。

「あの……いえ……でも……それは……」

真っ白になったさつきの頭の中に思い浮かぶのは、あの時、路地裏で、壁を背にして座り込む志貴と、それと向かい合うように立ち尽くす自分。

―― 約束だもんな……キミと一緒に、いってやる

そして、拒絶するどころか、自分と同じに……吸血鬼にしてしまおうという行為さえも一時とはいえ受け入れてくれた志貴の言葉。

「少なくとも、自分と相手の子が付き合っていいのか悪いのかなんてことに、周りは関係ないんじゃないかな。
 相手の子がそのことを嫌がっていないのならなおさら、ね」

歯切れの悪いさつきの言葉に、しかし否定の色を汲み取った桃子はそこに言葉を重ねた。

「それにね、その『周りと違う』っていうのは、それってつまりそれが『さつきちゃん』ってことなのよ。
 さつきちゃん自身がそれが嫌で、変えたいって思うのならこれから変えていけばいいと思う。
 でもね、その変えるっていうことが『自分に嘘を付く』っていうことなら、それは絶対にやっちゃ駄目よ。誰も幸せにならないわ。さつきちゃん自身も、さつきちゃんがこれから深く関わっていく人達も、ね。
 ――言ってる意味が分からないのならそれでいいわ。それなら大丈夫っていうことだから」

自分の言葉がしっかりと届いていることを確認しながらも、さつきが黙ったままなため桃子は別方向から話を続ける。

「後ね、例えそのことを相手の子に嫌われてても、まずはそれ以外の部分で好きになってもらえばいいのよ。そこからよ。
 人間なんだもの。好きなところもあれば、嫌いなところもある。私と士郎さんの間でもね。でも、その好きなところも嫌いなところも全部まとめての"その人"を愛しているの」

視線を外したまま合わせようとしないさつきに、桃子は万感の思いを込めて最後の言葉を紡ぎ始めた。

「そんな理想的な関係なんて、早々巡り合えるはずがない、なれるはずがないっていう人も沢山居ると思うけど、でも」

桃子はそこで視線をさつきから外して、店内にいる伴侶へと向ける。士郎がそれに気付き顔を向けると、桃子はそれに笑顔を返した。

「私は、巡り合えたから」

何の話かは分からずとも、桃子の言葉に気恥ずかしそうに、だけど幸せそうに士郎は笑みを浮かべる。

「その関係を目標にしちゃえば、自分と周りの違いなんて些細なことだと思えない?」

桃子の問いかけに、遂にさつきは顔を上げた。その顔には満面の笑顔が浮かんでいる。

「はい。わたしも桃子さんみたいな素敵な未来を掴むため頑張ります!」

言って、さつきは一泊置いてすっと椅子から立ち上がると、桃子に向かって軽く会釈した。

「今日もお話に付き合って下さってありがとうございました」

「いえいえ、いいのよ。私も楽しかったし。また来てくれると嬉しいわ」

「勿論です。じゃあ今日はこれで」

言って、さつきはレジまで歩を進めると士郎に会計を済ませてもらい、1、2言言葉を交わして翠屋を後にした。
桃子はさつきが翠屋を出て行くのをしっかりと見送る。
桃子は自分が間違った事を言ったつもりは無かったし、さつきの悩みを軽々しく考えて発言したつもりもなかった。勿論、言った言葉は全部本心だ。
そうは見えなかったが、何か体に不自由を抱えている可能性も考えて変われるように努力云々の言葉も持ち出すこともしなかった。しかし……。
桃子は、ずっと笑顔だった表情を悲しげなものへと変え、一人呟いた。

「……私、どこで失敗しちゃったのかしら」















さつきは心を落ち着かせるように、進む先など意識の外に道を歩く。
さつきの胸中を占めるのは、今だ収まらない苛立ちと、自己嫌悪。その自己嫌悪で荒れた感情によって苛立ちも収まらず、苛立ちが落ち着いてくると今度は自己嫌悪が強くなるというループ。

苛立ちの原因は、先ほどの桃子とのやり取り。
自分が"ここ"に居ていいという安心をくれる、優しい言葉を期待していたところを、予想外の切り口で攻められ心を揺さぶられてからの、桃子の"無責任"な言葉。

勿論、それはさつきの八つ当たりに過ぎない。さつきが勝手に期待して、勝手に自滅した結果だ。
元々さつきの方から切り出した会話であり、それなのに頑なに言葉を濁しているさつきにそれでも桃子は真摯に応えてくれていただけ。
さつきはそもそもがそういう"無責任"な言葉を期待していたのだ。予想外に深く踏み込まれて、予想外に真剣に応えてくれて、それで勝手に怒っているのが今のさつきなのだ。
故の、自己嫌悪。

自分の感じている苛立ちも、悪いのは全部自分でその感情もただの八つ当たりだと分かっていても、それでもさつきはその気持ちが湧き上がることを止められなかった。
だから、絶対にそれを表には出さない。今でも十分みっともないが、八つ当たりだと分かっていてそれを表に出す程にみっともないことはないことをさつきは知っているから。
そんな癇癪は、あの夜だけで十分だ。

ドロドロと渦巻くさつきの頭の中に、記憶の中から桃子の幸せそうな笑顔が思い浮かぶ。
まるで理想のような恋愛像を掲げて、そして巡り合えたからと微笑む桃子。そしてそれを聞いてそちらも笑顔になる士郎。
ああ、あの光景はなんて――



――― 欲しい

――― 羨ましい

――― ずるい

――― 妬ましい

「――っ」

さつきは押し込める、その感情を。
押し込めなければ、自分がどんな行動を取ってしまうか分からないから。

知らず、歩幅は大きく、早足になっていたさつきは、無理矢理にでも思考を別に向ける。

(……ああ、そういえば、もういい加減いいかなぁ)

そして気付いた。あの人攫い共と遭遇した日から、既に1ヶ月もの時間がとうに過ぎ去っていることに。
だからさつきは、夜のパトロールを再会、再挑戦することに決める。
この街の平和を守るという名目の元に、自分の存在意義を作る、自分が社会に存在してていい何かを行う、自分の行動と存在を自分で肯定する。
そうしないと、もう、耐えられそうになかった。















そしてその夜、さつきは予定通り夜の街へと繰り出す。あの月明かりの明るかった日から1ヶ月と少し。今日もほぼ満月のいい夜だった。
『自分は今良い事をしているんだ』という心情の元、ビルが立ち並び人口の明かりが照らし出す場所から少し外れた、人通りの少ない場所を選んで進んだ。
何か起こっていないかと周囲に注意を払いながらその場を歩く。

そして――さつきの周囲の景色が一変した。

「!!?」

思わずさつきは足を止める。
ビル群から抜けたとか、景色が変わる境目を通り過ぎたとかいう意味ではない。風景は同じだ。場所も確かに、さつきが数瞬前まで立っていた場所と同じ場所だ。
ならば何が違うのか。……色だ。そして雰囲気だ。
周囲の景色から色彩というものが薄くなっていた。そして空はまるで薄暗い膜のようなもので覆われており、まるで墨を垂らした水のようにその膜の表面はうごめいている。
更に、僅かにだがあった人の気配が、完全に消失していた。

さつきはこの現象を知っている。何より、さつきの持つ"ある感覚"が、これの正体をさつきに伝えている。

(結界……!)

それも、魔導師側の、である。
いきなり貼られた結界、それに取り込まれた自分、一体何が起こっているのかは後回しにして、このままではまたあの魔導師関係のことに巻き込まれると察してさつきは焦る。
何かから逃げるように慌てて近くの脇道へと入り壁に張り付く。例え見える場所からは丸見えであっても、少しでも自分の身を隠したかった。それほどまでにさつきは慌てていた。
ここでまたあちらの世界に巻き込まれたら、また一段と普通の人間の世界から離れてしまうような気がして、怖かった。

しかし、そんなさつきの願いは次の瞬間に容易く打ち砕かれた。

「おい、そこに居んのは分かってんだ。出て来いよ、吸血鬼」

聞こえたのは、険のかかった少女の声。それが先ほどまでさつきの居た通りから聞こえてきた。
さつきは逃げたかった。けれど逃げれなかった。
結界が張られてから即座のこのタイミング、更にこの台詞、もうこの結界の目的すらも自分にあると言われたようなものである。
少なくとも、どういう事情で巻き込まれているのか把握しなければ恐ろしいことこの上ない。

壁を背にしたまま恐る恐るさつきが声の方を覗き込むと、そこには派手な紅いゴスロリ衣装を纏った少女が居た。
橙色の髪を二房の三つ編みで垂らし、幼い顔に釣り目がちなその顔はさつきの知っているものであった。

(あ、あの時の人攫いの女の子!?)

1ヶ月前、さつきの腕を引き千切った張本人である。何でまだこんなところに居るのか。そして何故自分にわざわざ用があるような様子なのか。
あの日のことはさつきは誰にもしゃべってないし、そもそも既にもう一月以上も経っているのだ。今更自分を探し出して一体何をしようというのかとさつきは押し寄せてくる嫌な予感に混乱し、焦る。

するとこちらを伺うだけで一向に出てこないさつきに業を煮やしたのか、少女の顔がしかめられると、その右手にあの身の丈程もあるハンマーが紅い光と共に出現した。
以前より余裕のある状態で再度観察してもその光景はなのはやフェイトがデバイスを取り出した時の光景に酷似しており、この結界と相まって彼女はもう魔導師で間違いない。
そして少女は何時の間に持っていたのか、左手にある手の平大の大きさの金属製に見えるボールを頭上へと放り投げると、それをハンマーで打ちつけた。

ボールはハンマーで打ちつけられると同時に紅い光弾へと変化し、そのままさつきの覗き込んでいる通りを一直線に突っ切った。
それがただの威嚇なら、いやそれでもさつきに効果は十分だっただろう。さつきは弾が打ち出されると共に首をすくめ、身を縮めていた。
そして思わずその光弾を目で追ってしまったさつきはギョッとする。

何とハンマーによって打ち出された筈の光弾が180度旋回するという有り得ない軌道をしてさつきに向かって突進してきた。
さつきが慌てて通りへと身を投げ出すと、先ほどまで彼女の居た場所の壁に光弾が激突する。
さつきが振り返ると、無残に粉砕され崩れ去ったコンクリの壁があった。それを成した張本人は、ハンマー軽々と振り回して肩に担ぐと口を開く。

「やっと姿を現したな、吸血鬼。やっぱ死んじゃいなかったか」

この言葉を、今やっと物陰から姿を現したなという意味で捉えられたらどれだけ幸せだっただろうかとさつきは思う。
言葉のニュアンスから、『あの夜から今まで』のことを言っていることは明白である。

(ということは何、あの夜からずっとわたしのこと捜してたの!?)

馬鹿じゃないのか、と叫びたいさつきであった。逃げ出したんだし、その後かかわろうともしてなかったのだからほっといてくれというのがさつきの内心だ。
しかしこうなったらさつきは是が非でも理由を聞き出さなければならなくなった。そうでなければ今後一生怯えて過ごすはめになる。
幸いにも相手は今は一人。そしてさつきには落ち着いて1体1で対峙すれば反則的な効果をもたらす手段があった。そう、魅了の魔眼だ。
魅了の魔眼はなのはには対策されてしまったし、管理局の人間にもなのは経由で対策されてしまっていたが、今の今までさつきを探し回ってこの世界に居るなんてことはもう十中八九管理局とは別だろう。
だからさつきは魔眼を使用する。瞳が紅く変色し、さつきはしっかりと目が合う瞬間を狙う。

「おい吸血鬼」

と、紅い少女が今度は明確な対話の意図を持ってさつきに言葉を飛ばした。

「……何かな」

「オメーら、人の血吸って殺すんだってな。本当か?」

さつきのことを睨みつけながら続けて放たれた言葉はしかし、さつきにとって、特に今のさつきにとっては地雷だった。

「っーーーー!!」

さつきの内に怒りが湧き起こる。時間が経って一度は鎮まった苛立ちが、一気に再点火された。さつきはその激情のままに、睨みつけてくる少女を睨み返しながら叫んだ。

「ああ!! そう! だ! よ!!」

叫びと共に、苛立ちと共に魅了の力を叩きつける。睨みあっているという状況のため、万が一にも外れることは無い筈だった。

「そうか」

だけど、さつきはしっかりと少女の瞳を睨み返しながら魅了を発動したのにしかし、少女からはそんな言葉が返ってきて。

「なら死ね」

その言葉と共に、飛行の魔法を使用したのか彼我の距離を一息で詰めるようにさつきへと飛び掛かった少女の鉄槌が、さつきへと迫った。
咄嗟に飛びのいたさつきの居た地点にハンマーが振り下ろされ、アスファルトを粉砕しその破片を撒き散らせながら、戦闘開始の荒々しいゴングが鳴り響いた。










少女のハンマーがさつきへと迫る。だがさつきは"避けたのに当てにこられた"という過去の経験から来る恐怖心でそれをギリギリで回避するという選択肢が取れない。
そのためさつきはその場から大きく離れるという選択肢を選んだ。避けるのではなく、逃げ出すというレベルで距離を取る。

その間に、さつきは思考する。もう既に命の危険に晒されている極限状態のためかさつきの思考はスピーディに働いた。
内容はこの状況をどう切り抜けるか。
逃走は却下。ここで逃げても今後も延々と追われ続ける可能性が高い。
ならば目の前の少女を無力化するしかなかった。魅了の魔眼が効かなかったことからその後のことに不安はあるがそんなこと言っている場合ではない。

しかしその結論に至ったさつきは更なる焦りを覚える。少女の仲間の存在だ。
この少女には少なくとも後3人の仲間が居る筈である。長引いてそいつらに合流されると完全に詰む。

「どーした、逃げねーのか?」

少女からかなりの距離を開けて、しかし立ち止まったさつきに対し少女が問う。
さつきはそれにしばし沈黙し、応えた。

「……これ、出れるの?」

「はっ、出す訳もねーし、逃がす訳もねーだろ!」

その言葉と共に少女が再び宙へと舞い上がる。
上空からの急降下攻撃。そんなものにさつきが対応できる訳もなく、しかし時間をかけることに焦りを感じているさつきはまたもや逃げ出すという判断を取れず、結果さつきの足はその場に縫い止められてしまう。
降下中に少女の体が回転する。ハンマーに思う存分遠心力を乗せ、丁度1回転すると同時にその頭の部分がさつきに直撃するように振るわれる。
さつきは知る由も無いがこれは神業と言っても何ら遜色ない超超高等技術だ。
自身が高速で移動している状態で、得物に遠心力を乗せる形で体を一回転させてなお自身の体と得物の衝突点を思い描いた通りの位置へ持っていくなどはっきり言って有り得ない。
相手の体の上に得物の軌道を置くだけなどという単純な話ではないのだ。自身の思い描いた通りの体勢、位置でなければ真に力を込めることなどできはしない。
何より少女はハンマーを持って回転するだけでなく同時にそれを振り回している。しっかりとインパクトの瞬間を合わせている証拠だ。
高速移動中に単純に得物を振るって目標点にインパクトの瞬間を合わせるというだけで有り得ない程の腕が必要だというのに、それを回転しながらなど正気の沙汰ではない。
明らかに戦いのレベルがさつきとはかけ離れていた。

とは言えさつきに目の前で行われていることが奇跡レベルの神業だということなど分かる筈もなく、彼女が認識するのはとにかく凄い威力の攻撃が降ってくるということだけ。
故にさつきは振り下ろされる攻撃に対してその腕を伸ばした。両の手の平を頭上へと差し出し何とか受け止めようとする。
だが再度言うが上空からの攻撃なんぞさつきに対応出来るわけがない。差し出した腕も我武者羅で、少女の攻撃がしっかりと片方の手の平とぶつかったのは完全に偶然の産物だった。
ハンマーの頭がさつきの手の平と激突し、さつきは体全体に響き渡るような衝撃を受ける。一瞬そのまま押し込まれそうになるも、曲がりそうな腕とのけぞり後ろに倒れそうになる体を耐え、それを弾き返した。
一番威力の乗っているハンマーの頭の部分を手の平で受け止められ更には押し返され、そんな馬鹿な、と少女が動揺を露わにする。
さつきの目に移るのはハンマーを押し返されて体勢の整っていない少女。さつきはこれを好機と捉え急いで攻撃を加えようとする。
だがさつきもハンマーを押し返したばかりで体勢は崩れており、攻撃の為に腕をふるえたのはそれを直してから。
そしてさつきが体勢を立て直せたということは、それは当然相手の少女にとっては十分過ぎる猶予期間だった。
必殺の威力を持つさつきの拳を少女は受け止めるでも受け流すでもなくなんてこともないように避けると、少女の居るそこは自然とさつきの懐の中。

「――ッ!」

背筋を凍らせたさつきは強靭な脚力で足を無理矢理動かし、転がるようにその場から離脱する。地面に倒れた体を急いで起こし、またもや逃げるように距離を取る。
再び十分な距離を稼いださつきは顔をしかめて片腕を抑えた。その腕は本来関節の無い筈のところから有り得ない方向へと曲がっていた。
さつきが転げるように少女から身を離す間に、少女はその手に持つハンマーを2撃、振るっていた。その1撃がさつきの腕に当たり、その骨を粉砕していた。
さつきはうずくまって腕を抱えて泣き出したいのを堪える。幸いにも骨折は復元呪詛によって比較的速やかに修復された。

さつきの腕が治っていく様を見た少女は顔をしかめる。
そしてさつきにも今の一瞬で分かったことがある。目の前の少女は自分じゃまともにやりあって勝てる相手では絶対にないということだ。
だがさつきには逃げるという選択肢は潰されていた。なら何とかしてこの少女を倒す以外に道はない。それも時間をかけずに。
――それに、個人的に一発ぶん殴らないと気が済みそうになかった。

さつきは少女へと突っ込む。そして殴る。当然少女はそれをいなし、更には反撃を加える。さつきはまたもや転がるようにそこから距離を取り、立ち上がるとすぐさま再度特攻する。
ヒットアンドアウェイなんてあったものじゃない。ただ1発殴りに行っては逃走の繰り返しというゴリ押しにも程がある無様な戦いだ。
むしろそんな戦い方をしている癖にさつきはジリジリと押されていた。さつきの攻撃は一向に少女に当たらず、少女の攻撃は度々さつきの肌を掠めてはさつきに激痛を与える。
少女はさつきの攻撃をいなし、反撃しながらも歩を進め、さつきはその都度全体的に後退していっていた。

だがさつきの執拗な攻撃に嫌気が差したのか、少女は再度上空へ飛翔する。
さつきはさせないと、ビルへ向かって跳躍しその壁を再度蹴ることにより上昇中の少女へ突撃し、

「馬鹿かテメー」

体をさつきの軌道上から外して難なくさつきの攻撃圏外へと出た少女に、上から背中にハンマーを振り下ろされて叩き落された。
さつきの叩きつけられたアスファルトに亀裂が入る。潰れたカエルのように地面に激突したさつきは背中を豪打された衝撃で呼吸困難に陥っていた。

「カ……ッ、カハッ、ゴホッ」

しかしそれが無ければ意識が飛んでいただろう。さつきは何とか酸素を補給し、体中の痛みに悶えようとするが体は動かず僅かに身じろぎするだけ。あと僅かな間はこのままだろう。
だが、今はその僅かな間が致命的だった。倒れ付すさつきの眼前に少女が降りてくる。まともに動けないさつきを特に何の感情も見せずに見下ろしている。
まずい、まずいとさつきは恐怖に駆られる。
このままでは殺され……いや、死ぬまでどれほど痛めつけられるか分からない!

だが、さつきの体は背中と全身を打ち据えられた痛みと衝撃で動いてくれない。
嫌だ、何で自分はこんな目に合っている。つい先ほどまでは平和な世界で平穏に暮らしていたじゃないか。
焦りが恐怖心を増大させ、恐怖心が焦りを増大させる。更には理不尽に対する怒りでさつきの内心はもうぐちゃぐちゃだった。

するとさつきの頭上に位置する場所に緑色に光る大きな輪が現れる。輪郭の部分が目の前の少女達の使う魔法独特の輝きを放っており、それで囲まれた部分が何やら緑色の空間がうごめくような状態になっていた。
何が来るのか、何をされるのかとさつきは身構える。

――パシャ

「ひっ」

そして、光の輪から何かが飛び出しさつきに降ってきた。冷たい衝撃にさつきは声を上げる。

(……え?)

そして、あっけに取られた。
さつきの上半身に向かって、光の輪の中から水のようなものが降ってきてさつきを濡らしたのだ。
いや、それはまさしく……

(これ……水?)

さつきはしばし自分に降りかけられた液体の正体を見極めようとするが、さつきが確信を抱くよりも早く次のものが降ってきていた。

(痛っ)

鈍い衝撃に、さつきは自分の左手を見る。
左手の甲から腕にかけて肌が露出している部分に、何やら金属製の十字架を模したアクセサリーとチェーンとが落ちてきていた。

(……)

そして、またもしばしの時間が流れると……今度はさつきの眼前に何かが落ちてきた。
まるまると大きな、立派なニンニクが、まるまる1つ。

「ッ! ふざけてるの!!?」

流石に限界だった。ことここに至って、さつきは自分が何をされていたのか理解した。
流水、十字架、銀、ニンニク。一般的に吸血鬼が苦手とされているものたちだ。さつきは体を震わせて目の前の少女を睨む。

「別にふざけてねーよ。なあ、おい」

だが少女はそんなさつきの様子も意に介さず、更にさつきに言葉を投げかけた。

「オメーみてぇなのと普通の人間、見分ける方法教えろよ」

さつきの中で、何かが切れた。水をぶっかけられたことで一時的に引っ込んでいた感情が再び湧き上がってくる。

「わたしが! 知るわけないでしょう!!」

叫び、既に回復していた体を跳ね上げてさつきは少女に殴りかかった。少女に向かって滅茶苦茶に腕を振り回す。一発でも当たれば惨殺死体の出来上がりだ。
だがその腕は少女にかすりもしない。少女は数度さつきの腕をかわすと、一つ舌打ちして無造作にハンマーを振るった。
そのハンマーはさつきの振るった腕に横から直撃し、その骨を粉砕する。

「ッ、ァッ!」

その激痛に、続く2撃目が来る前に、さつきは後方へと退避した。
負傷した腕をもう片方の腕で押さえて、なおも少女を睨みつける。すると少女が口を開いた。

「おら、もう逃げる場所なんてねぇぞ」

少女の言葉に、思わず周囲を見回してしまうさつき。すると、さつきの後方はもう結界の端がすぐそこだった。さつきはそれで少女の言うことを理解する。
元々さつきを閉じ込めるために貼られたものだったため、それ程大きなものではなかったのだろう。
そして、さつきの中を埋め尽くしていたドロドロとした感情の捌け口と定めていた少女から意識を逸らしたことで、さつきの心にそれ以外の感情が入り込む余地が生まれてしまった。

さつきの背後にそびえるその結界の壁は、さつきの意思を全て押さえ込もうとする壁を連想させて。
現状を認識したさつきに訪れたのは、空虚と虚無感。
何でこんなことになっているのか。あの平穏で普通な世界に自分が入り込む余地を、居場所を作ろうとしただけじゃないか。あそこに自分の居場所なんて無いとでも言うことなのか。
そういう思いが、さつきの胸の内から沸き起こる。ふと、寒いと、さつきは感じた。

「めんどくせぇなぁ。アイゼン! カートリッジロード!」

《ja!》

少女の声が響き、それに応えるかのようにその手のハンマーから始めて音声が発せられる。
と同時にハンマーの頭の根元にあるシリンダー状のギミックが作動し、まるで銃のポンプアクションのようにそれがスライドすると、ガシャコン! という音と共にそれが閉じられる。
それが二度。再びギミックがスライドすると、開いた部分から空薬莢のようなものが飛び出した。
再度そのギミックが閉じられると、少女の持つハンマーの頭の部分が二回り程巨大化し、更に少女の眼前の地面に三角形をした紅く光る魔方陣が展開される。

「ザッファレンハンマー!」

少女が叫ぶと共にその魔方陣をハンマーで叩きつける。
するとその振動がさつきの方にまで広がり……少女の前方からさつきの周辺へ向けてのアスファルトが砂利へと変貌した。

「――!!」

目を見開いたさつきが急いでそこから移動しようとする。
しかしさつきの脚力を砂利が受け止められる筈がない。さつきの足の裏にあった砂利は舞い上がり、返ってくる力の無かったさつきはその場で倒れこんでしまう。
さつきは立ち上がろうとするが、

「お前みたいにすばしっこい奴は、こういう風に足場を崩してやりゃそれで終わるんだよ。
 霧になるとか蝙蝠になるとかねぇのか化け物。ねぇんならこれで死ね」

立ち上がり、顔を上げた時には既に少女は宙を飛んでさつきの眼前にまで迫っていた。
少女が手に持つハンマーの先には先ほどまでは無かった火を噴く噴出口、そしてその対面には鋭く尖る突起物。
ロケットのように噴出口からの推進力で加速したハンマーはさつきの胸元の中心に直撃。
その威力を余すことなく一点に伝えられたさつきの肉体は僅かにゆれただけで、ハンマーの突起物に抉られたその胸元には風穴が開いていた。










対峙していた吸血鬼の胸元に風穴を開けた紅い少女は、吸血鬼からハンマー型のデバイスを引き抜く。
すると吸血鬼の体は仰向けに倒れた。どれだけ再生能力が強くても、胸元に大穴を開けられて生きている生物なんていやしない。

《あららヴィータ、殺しちゃったの?》

少女――ヴィータの頭の中に念話で女性の声が届く。
少女の仲間であり、この結界を貼った本人であり、先ほど吸血鬼の上空に発生した緑の輪の使用者であり、始めうちから吸血鬼の周辺をその魔法によって監視していたシャマルだ。あの夜のうちの金髪の女性である。
ヴィータはデバイスを待機状態に戻すと、用の無くなった吸血鬼の亡骸に背を向けて砂利を踏みしめて歩き出す。

《ああ、すまねぇシャマル。あまり情報得られなかった》

《まぁどの道あれ以上はね、しょうがないわ》

《チッ、これからどうやって見わ――》

――ジャリッ

その時、ヴィータの耳に自分の足音以外の砂利の音が届いた。発生源は自身の後方。まさかとは思いつつもヴィータは素早く振り返る。
その時ヴィータが見たのは信じられない光景だった。
先ほど確かに胸元に大穴を開けた少女が、その胸元から下をその血でぬらしている吸血鬼が、ふらつきながらも立ち上がっていた。
有り得ない。胸の真ん中に風穴が開いているということはそれすなわち脊髄さえもぶっ飛ばしているということだ。本来なら下半身は反応すらしない筈である。
しかもそれが、死ぬ間際の最後の力を振り絞って、ならまだよかった。いやよくないがまだいい。だが人の死に際に数多く関わってきたヴィータには分かる。これはそんなものではない。
間違いない。この吸血鬼は……

「どういうことだおい……。
 こいつ死んでねぇじゃねぇかよ……!」

まだ生きている。
だがまだ万全ではないようだ。吸血鬼は呻き声を発している。

「う、あ……」

《え、何!?》

《どうしたシャマル!》

焦ったようなシャマルの声がヴィータに届く。その時には既にヴィータは吸血鬼へと突貫していた。手元に先ほどから使用していたハンマー型のデバイス――グラーフアイゼンを出現させる。

《クラールヴィントのセンサーが、いきなり反応しなくなって!》

「うあああああああああああああああああ」

そしてヴィータが吸血鬼に向かってグラーフアイゼンを振り下ろす直前、吸血鬼が叫ぶと共に地面を強打した。
飛び上がる砂利、巻き起こる粉塵。

「うおっ、ゴホッ、っゴホッ!」

ヴィータはそれをモロに被ってしまう。だがおかしい。

(舞い上がりすぎじゃねーか!? くそっ、しかたねぇ!)

砂利が、特に粉塵の方がやけに舞い上がり、対空していた。仕方なくヴィータは粉塵の中から抜け出す。

《シャマル! あいつは!》

そして即座にシャマルへと吸血鬼の位置の確認。
ヴィータも先ほどのシャマルの叫びは聞こえていたし、理解も出来ている。シャマルはサポートのエキスパートだ。
そんなシャマルの監視が何もなしに効かなくなるなど有り得ないし、あってはならないことだが、今はそれを言及している時ではない。
シャマルなら即座に立て直して既に監視を再開しているという信頼と言う名の確信があったが故に、ヴィータは彼女に尋ねる。
だがシャマルの答えはヴィータの予想していたものとは全く違っていた。

《……消えたわ》

《……おいどういうことだそりゃ》

ヴィータの台詞はシャマルを責めるものではない。シャマルのことは全面的に信頼を置いている。これは故にこその純粋なる困惑。

《分からない。既にこの結界内は全部捜索してみたけれど、どこにも彼女の反応は無いわ》

《……あれか、霧になったとか灰になったとかいうやつか》

《………》

シャマルからの返答はない。元より返答を求める方が間違っていると分かっているためヴィータも何も言及はしない。
その時、2人の会話に新たな人物が入ってきた。不測の事態が起こった時のために結界内の吸血鬼を目視できる場所で待機していたシグナムという女性だ。
ピンク色の髪をポニーテールで纏める彼女ら4人のリーダー格である。
彼女が現状の暫定的な打開策を打ち出した。

《私とヴィータで結界内の建造物を全て破壊するぞ。それで朝日が昇るまで待つ。
 例え霧になって隠れていたとしても太陽の光は弱点の筈だ》

《おう》










粉塵に紛れて結界の中から脱出したさつきは、ふらふらとしながらも人の多い場所へ向かって路地裏を進んでいた。胸の傷は直り切っておらず、このまま放っておいても直るかどうかは怪しい。とにかく血が足りなかった。
本人の意識は既に朦朧としている。今の自分がどんな格好なのかも気にも留めず、とにかく人通りの多いところを目指して進んでいた。
すると、狭い路地裏の先に一つの人影が現れた。人影はさつきを見つけると始めは戸惑っているようだったが、さつきの尋常ならざる様子を見て警戒を強めたのか何やら細長い二振りのものを取り出す。
一方のさつきは、人影を見た時から一つのことしか頭に無かった。

曰く―――獲物だ、と。

さつきは人影へと疾走する。既にフラフラとはいえ吸血鬼の身体能力は人間にとって対処できる筈のない程十分過ぎる脅威だ。
さつきは人影へと飛びかかり、そして――全身に響くような強い衝撃をどこから受けたのかも分からないままに受け、本格的に意識を暗転させた。

(えっ……)

強い衝撃を受けて一瞬だけ思考能力が戻り、意識が飛ぶまでの一瞬、さつきはそうあっけに取られるだけだった。何をされたのか全く認識できていなかった。
人影は意識を失ったさつきの近くにひざまずいて彼女の様子を確かめると、さつきを抱え上げて慌てたように走り去っていった。















翌日、既に昇っている朝日の中、シグナム、ヴィータ、シャマルは一軒の民家の前に居た。
3人を代表してシグナムが扉を開け、彼女を先頭に中に入る。

「主、只今戻りました」

「ほーい」

シグナムの声に反応してその家の台所と思しき場所から出てきたのは、一匹の大型犬と、車椅子に座る一人の少女。
少女の年の頃は9歳程。茶髪を肩のところで切りそろえ額にはヘアピンをし、大人しそうな印象を受ける。どこか大阪弁っぽいイントネーションを持つその少女は――八神はやて。
そしてその隣に佇むザフィーラが白い光を放つと、そこには大型犬は居なくなり変わりに白髪で筋骨隆々の大男が立っていた。
はやてはその光景に何ら驚くようなことはなく、シグナム達に微笑みかけながら言う。

「みんな、おかえりな」




















あとがき

今日のNG:
ヴィータ「フタエノキワミアーッ!」


あの人攫いのボスがまさかのすずかの友達である筈の八神はやて!? 一体どういうことなのか! 彼女達の目的は!?


いやー、やーっと更新できました。長々とお待たせしてしまい申し訳ありません。
一体何が起こったのかと言いますと、実はこの話2部の中間辺らへんまではさつきの命を狙うヴォルケンズVS生き延びたいさつきの仁義無き逃走劇をいくつかやる予定だったのですが、
その部分に入っていくにあたって一つの問題が浮上しまして。

地味様「知らなかったのか? クラールヴィントのセンサーからは逃げられない」

一度見つかったらさっちん詰んだ \(^O^)/
お陰さまで二部の終盤直前までのプロット全練り直し。新案が形になったと思ったら手首骨折。その後も桃子の会話が上手く進まずそこで時間喰ったりといやー、ホント長々とすいませんでした。

これから少しの間は主にヴォルケンズパートになりますのでSSKTです。ご了承ください。



[12606] Garden 第7話
Name: デモア◆45e06a21 ID:64bf4932
Date: 2014/10/21 18:36
『闇の書』、と呼ばれる魔導書がある。
さつき達の方の魔術とは違う、どちらかと言えばなのは達側の魔法の魔導書だ。
その書は又の名を旅する魔導書と呼ばれ、様々な世界の魔法をその身に記録することを目的とし、主が死ぬと次の主を求めて世界を超えて転移するという魔導書である。
その書は長い年月をかけ主を渡る毎に改変を加えられていった。
そして闇の書は今、長い長い旅路を得て、今はある少女の手の元に―――





◆◆◆◆◆







既に日は落ちて暗くなっている部屋を、八神はやては車椅子を漕いで進んでいた。
ここは彼女の自宅のリビングであり、一人であるが故か億劫なのか電気も付けずに部屋を横切ると、はやてはこちらも暗いままの廊下を進んだ。
彼女はそのまま寝室までたどり着くと、ため息を盛大に吐き出してベッドの上に身を落とす。

「はあーーー」

日は6月3日。その日は八神はやての誕生日の前日だった。後数時間もすれば彼女は9歳を迎えることになる。
しかし、家族も同居人も居ない彼女は家で祝ってくれる者など誰もいない。
はやての事情を知っている病院の担当の女先生からは、明日はどこかに食べに行こうかという誘いの電話が留守電に残されていたがはやては丁重に断るつもりでいた。
はやては枕に顔を埋めて腕で抱え込む。

「ぅーー」

実は、はやてには今年はかなり大きな期待があったのだ。
はやてはこの脚のせいで学校に通うことが出来ない。両親が居ればまだ話は違ったかも知れなかったが、一人暮らしの子供にそれは無理な話であった。
故にはやての義務教育は、今までもこれからもずっと通信教育によって行われている。
そしてこの年頃の子供が学校に行かないということはそれは、他者と繋がる機会がほぼ皆無であることを意味する。
無論、外出をしない訳ではないし図書館などははやてのお気に入りの場所だが、こんな小さな子供にそれで人との繋がりを作れるわけがない。
必然、友人が出来るはずもなく、そして家族も居ない。はやての誕生日を祝ってくれるような身近な存在は、誰も居なかった。
両親を亡くしてから数年、祝われることのなくなってしまった誕生日だったが、今年は例年とは違う要素があった。

奇跡的な――ずっと一人ぼっちの時を過ごしてきたはやてからすればそれは本当に奇跡的な、偶然の触れ合いから遂に出来た友達、月村すずか。
そして、半月程前にそのすずかから紹介される形で出会った、話にだけは聞いていた新しい少女達、アリサ・バニングスと高町なのは。

彼女達ならば、はやてが自分の誕生日と事情を打ち明ければ誕生日会の一つも開いてくれただろう。
だがすずか達が今年のはやての誕生日を祝ってくれることはない。なぜなら、彼女達ははやての誕生日を知らないのだから。

「ううー、わたしの莫迦莫迦莫迦ー」

もし脚を動かすことが出来ていたらバタバタさせて悔しがっていただろうか。
はやては怒ったような拗ねたような声で叫ぶ。こうして声に出していないと泣いてしまいそうだった。

切り出そうかと思ったことは、当然何度もあった。
しかしようやく、本当にようやくできた友達だ。
自分の誕生日の直前にそんなことを自分から切り出して、図々しい子とか思われたくなかった。
何度か会って、彼女達ならそんなこと気にもせずに笑顔で祝ってくれるだろうと思えたし、信頼していないわけでもないが、それでも怖かった。

それに、贅沢な話になってしまうが祝ってくれるとしたら、そこに同情や哀れみの感情を入れられるのは嫌だったのもある。
祝って欲しかったのを知られるのは別にいい。ただ、おめでとうという言葉だけは単純な気持ちで言って欲しかったのだ。

だからはやては待っていた。何かの拍子に自然に自分の誕生日を伝えることができる話題が出るのを。
しかし都合よくそんなのが話にのぼることもなく、日にちだけが過ぎてゆき、焦りと共に自分から切り出そうかと迷うも、結局そんな勇気も出ずに遂にこの日を迎えてしまった。

当日になって結局こんなに悔しがるのなら何で勇気を出して一歩踏み出すことをしなかったのだと、はやては自分に憤った。

「んーーー」

暫くベッドの上でうつぶせで唸りじっとしていたはやてだったが、しばらくして静かになると、はぁ、と全身から力を抜いて仰向けに寝転がった。
後暫く起きていれば時計の針は0時を回る。もうこのまま寝てしまおうかとも考えたがそうすると何か負けた気がして腹が立ったはやては手近にある本を読むことに決めた。
別に誕生日になるのを待つわけではない。逃げるように寝るのが癪なだけで本を読んでいて眠くなったらそのまま寝よう。
気が付いていたら誕生日を迎えていたという可能性が一番高いが、それが一番お似合いで都合もいいかも知れない。そう考えたはやては枕元に置いてあった本に手を伸ばす。
足が動かないというのはやはり不便なもので、こういう時に一々車椅子に乗って本を仕舞うのも一手間なため常に数冊は枕元に本が鎮座しているようになっていた。
枕元のスタンドライトに光を灯して、はやては本の世界に入っていった。







本を読み始めてどれくらい経ったころだろうか。ふとはやては、外界からの刺激によって本の世界から引き戻された。
はやてを連れ戻した犯人は何らかの光だ。暗い部屋の中、視界の端で紫色の光を感じたはやてはまず一応の心当たりである時間を確認する。
視線をそのまま上げてこちらも枕元に置かれている時計を確認すると、時刻は丁度0時。ある種の納得を覚えつつも首をかしげる。
いくら誕生日だからと言ってこの時間に反応するようなギミックやライトを仕掛けた覚えははやてには無かった。
次いではやては首を紫色の光の発生源の方へと向ける。そして目を見張った。

「な、何……!?」

はたして、光の発生源は勉強机の上からであった。正確には、机の本棚にたてかけてあった本のうちの一冊が自ら発光していた。
それはなんという怪現象か。当然、本というものは基本的に発光するものではない。
はやては思わずそれを凝視し、何が起こっているのか見極めようとする。それは特徴的な本だったため、すぐにそれがどの本なのか分かった。
それははやてが物心ついた時から持っていた本だった。とはいえそれ自体は別に珍しいことでもない。元々この家にあった本などいくらでもある。
ただその本は他の本とは一線を画していた。それは、赤茶色の表紙をし並以上に分厚いハードカバーのその本は太い鎖で十字に巻かれていたのだ。
不思議なことにその鎖を解くための錠も鍵もどこにも見当たらないため、はやてには開くことができなかった本だ。

はやてが目を見開く先で、鎖で巻かれた本が宙に浮く。光は強さを増し、なんと部屋が揺れだした。地震だろうか。だがタイミングとしてはあまりにも、だ。
立て続けに起こるポルターガイスト染みた現象に、はやてから引き攣った声が漏れる。

更に本は一人でに開き、まるで強風に吹かれているかのように、本のページが勢いよく捲れていく。勿論、別段窓を開けているわけでもないはやての部屋に風など吹いていない。

≪Ich hebe das Siegel auf(封印を解除します)≫

捲られていくページと共に、本から機械音のような音声が発せられる。
そしてそのページが最後まで達すると、本の表紙がはやてに向かって両側から勢いよく閉じる。

≪Anfang(起動)≫

謎の本より発せられる、再びの機械音。
それと共にはやては自分の胸元に何ともいえない違和感を感じる。自分の部屋で、そして自分の体に何が起こっているのか、恐怖と不安と共に彼女は視線を下げて――

はやては思わず小さな悲鳴をあげた。
はやての胸元が、小さく、しかし強く光を発していた。勿論寝巻きの下はそのまま素肌で、そのように光るようなものは何も持っていない。
何よりその光は、はやての体内から発せられているように感じられた。その小さな光は更にはやての胸元から抜け出してはやてと本の間に対空する。
本当は、思いっきり悲鳴を上げて泣き喚いてしまいたかった。もう頭の中を真っ白にして叫んでしまいたかった。
しかしそうするともうまともな思考が出来なくなってしまう。本格的なパニックに陥って何も見えなくなってしまうというのは、この状況ではやてにとって何よりも恐ろしいことだった。
だからはやては必死に耐えた。ことここに至っても、まだ叫びだすのを耐えていた。

次の瞬間、はやてから漏れ出た光が一際強い閃光を発した。
いきなり光が弾けたようなその閃光に、はやては思わず目を覆う。
幸いにして強い光はすぐに収まった気配を感じ、はやては何が起こっているのかと恐々と本が浮いていたところに視線を戻す。
いつの間にか部屋の揺れも収まっており、はやての目の前には変わらない様子で宙に浮いている本が一冊。特に変わった様子は見られなかった。

僅かな安堵と共に視線をふと外し……今度はあまりの驚愕と恐怖に悲鳴も出なかった。

なんとはやての眼前、ベッドの横に、突如として四つの人影が表れていたのだ。とても簡素な、体の動きを全く阻害しないであろう程に簡素な漆黒の布地を纏った四人組だ。
先ほどまでは確かに誰も居なかったし、そもそもこの家にははやて一人しか居ない。人が入ってきた物音らしきものもなかったはずだ。
見知らぬ人物が、それも集団でいきなり家の中に、それも自分の寝室に乗り込んでくるというだけでもかなりの恐怖だというのに、それが先程までの状況に続けて突如湧き出たように現れたとなれば尚更だ。
これが五体満足な人間だったとしたら暴れ、襲い掛かり、自衛のために動こうとすることで恐怖を誤魔化すこともできたがはやては脚が動かない。つまり……身動きがとれないも同然。
はやての喉から、悲鳴になり損なった息を呑む音が漏れ出た。
そして――

「闇の書の起動を確認しました」

「我ら、闇の書の収集を行い、主を守る守護騎士にてございます」

「夜天の主の下に集いし雲」

「ヴォルケンリッター。――何なりと命令を」



「……ん」


≪ねえ、ちょっとちょっと≫

≪ヴィータちゃん、しっ≫

≪黙っていろ、主の前での無礼は許されん≫

≪無礼ってかさ、こいつ……気絶してるように見えるんだけど≫

≪!??≫

≪嘘!?≫










はやてが次に目を覚ましたのは、日が昇って明るい病室だった。
目が覚めて自分の部屋じゃなかったことには驚いたが、はやてはそこが通い慣れているいつもの病院であることに気付く。
記憶は朧げだが、こんな体だ、何かがあったのだろうとはやてはすぐに察した。何しろ彼女の脚はただ不自由なだけではない。
何らかの病らしく、脚の麻痺は今尚進行を続け、範囲を拡大し続けているのだ。更には原因も不明ときている。

「はやてちゃん、良かったわ何ともなくて」

と、はやては聞こえてきた聞き覚えのある声の方を向く。はやての担当をしている石田先生だ。
このタイミングでこんなところにいるということは起きるのを待っていてくれたのだろうか。

「えっと……、すんません」

思わず謝ってしまったはやての返事に石田先生がうふふ、と笑顔になると、はやてもそれに合わせてえへへ、と返した。
そして、石田先生は「で、」と前置きして真剣な表情になる。

「誰なの、あの人たちは?」

目が覚めて早々に真剣な顔で何事かを尋ねてくる石田先生に、はやては何のことかとその視線の先を追い――

「ん……? あっ!」

扉の付近で男性職員に囲まれているかの四人組の姿を見て、全て思い出した。





何とか乗り切ったと、はやては疲労と安堵でため息をついた。
ところ変わって今はやて達ははやての家に戻ってきている。はやて"達"というのは、例の4人組も一緒にという意味でだ。
石田先生の質問に、はやてが答えられる訳もなかった。はやて自身何がどうなって何が起こってこんな事態になっているのか今だに全く分かっていないのだから。

これが4人組が、まだ常識的な者達であればここまで気疲れはしなかっただろう。
何がいけなかったのか? 例えば石田先生曰く、

―― どういう人たちなの? 春先とはいえまだ寒いのに、はやてちゃんに上着もかけずに運び込んできて、
   変な恰好してるし、言ってることは訳わかんないし、どうも怪しいわ。

―― あー……、えっと……、その……何と言いましょうか……えっ、ぁぁ、……

そりゃ怪しむ。何か言いかけただけでも褒めて欲しいものだとはやては思った。
特に彼らの格好、これが致命的だろう。
先程も記述したが、彼らが纏っているのはただのシャツだ。それも漆黒無地の。
半袖を通り越してタートルネックだ。春先とはいえまだ寒いのに当時の時刻で深夜で。
最早タイツと言って差し支えないほどにボディラインがハッキリ浮き出る超薄手だ。大人の女性二人はそのたわわな胸が完全に強調されているし、男性の方も鍛え抜かれたのであろう胸板が浮き出ている。春先とはいえまだ寒いのに当時の時刻で深夜で。
下は女性は短いスカートだ。とても短いスカートだ。男性は……ここだけは幸いにも(?)くるぶしまであるズボンだった。ただし両者ともシャツと同じであろう素材で、当然のごとく漆黒無地の。
彼らの身につけているもの、以上。
それ以外には靴下と髪留め以外その1枚づつしか付けていなかった。
正直言ってありえない。もしはやてが運ばれているところを誰かに見られていたら人攫いと間違われること請け合いだ。
しかも一番小さい子の顔や腕の一部や服が何やら赤っぽい……見ようによっては血に見えなくもない色で汚れているし。

それ以上に異常なのが、男性の頭だった。いや頭がおかしい可能性は今現在かなり高いが、そうではなく頭の上にあるものだった。
暗がりの中では寝癖かヘアースタイルか何かにしか見えなかったが、明るいところで見ると誤魔化しようもなくとても立派な犬耳がその頭上から突き出していた。
何なのだこの人達は。

そんな彼らが何故はやてと一緒に彼女の家に戻ってきたのかというと、庇ったのだ。はやてが彼らを。
何故そんなことをしたのか。寝室での異常で異様な事態ならともかく、あの場は石田先生を始めその他男性医師が何人も居る明るい場所で、安心できる場所だったということ。
彼らはどうやら自分を病院まで運んでくれたようで、自分に危害が加えられた様子も無かったこと。
これらの要素で一先ずの安心と冷静さを取り戻したはやては、事態を大きく、騒ぎにすることに対する恐怖心とそもそも何をどう言えばいいのか分からないという状況から戸惑っていた。
その時、聞こえてきたのだ。はやての頭の中に直接、『声』が。

―― ≪御命令を頂ければ御力になれますが、いかがいたしましょう≫

―― へ……? ふぇ……!?

―― ≪思念通話です。心で、ご命令を念じていただければ≫

相変わらず頭の中に直接響いてくる『声』だったが、自然とはやてにはそれが4人組の中のピンク色の髪をした女性のものだと分かる。
はやてはその時思わず「こ・・」と口に出しそうになったのをこらえ、そして決断したのだ。

とにかくこの場だけも何とか誤魔化して乗り切ろう、と。

その後のことは言うだけなら簡単だ。
はやてはその『声』に言われた通りに心で念じることで『話を合わせてくれ』とお願いをし、石田先生には彼らは自分の親戚だと説明したのだ。

―― 遠くの祖国から、あたしの誕生日をお祝いに来てくれたんですよ。
   そんで、ビックリさせようと仮装までしてくれてたのに、わたしがそれにビックリしすぎてもうたというか、その……そんな感じで。

信じてもらえるなどと全く思っていない言い方であった。更に悲惨だったのがその後で、進退窮まったはやてが4人組みに同意を求めたところ、大人の女性2人が反応してくれたのだが、

―― そうなんですよ。

―― その通りです。

棒読みだった。無表情だった。
はやては最早引きつった愛想笑いでその場を流すしかなかった。何の騒ぎにもならずに家に戻ってこれたのが奇跡のようだ。

「で、や」

はやては車椅子の上で一冊の本を膝の上に置き、彼らと対面した。
病院からわざわざ石田先生が送ってくれた車の中でも、石田先生がはやてを抱っこして家に入る間も、まるで護衛でもするかのようにはやての四方を固めていたその四人は今現在綺麗に整列してはやての前で片膝をついて頭を垂れている。
帰る時に物凄く不安そうだった石田先生の顔が印象に新しい。
一先ず全員の自己紹介までは終わっていた。

まずはピンク色の長髪をポニーテールで腰よりも下まで伸ばしている女性。名前はシグナム。病室ではやてに心の中で語りかけてきた本人であり、4人の中でリーダー的存在らしい。
外見年齢は大体20歳といったところ、そしてスタイルがハンパなくいい。決して細身という意味でなくスラッとした体型で、胸がとてもでかい。
まだ子供なため仕方ないが胸のないはやてからすれば後述するシャマルと合わせておお、と感心するものがあった。
平均的ではあるが細身の顔に、キリッとした目が特徴的だ。

続いてシャマル。こちらは金髪を首のところで切ってある女性で、こちらも外見年齢は大体20歳ほどだろう。
4人の中では比較的おっとりとした感じをしているが、それでも引き締まった空気を身に纏っている。
そしてこちらもスタイルが物凄くいい。シグナムよりも若干背が低く、またあそこまでスラッとはしていないが平均的な体つきに、同じくらいの大きさの胸を持っている。

次はヴィータ。4人の中であからさまに子供な外見なのがこの娘だ。下手するとはやてよりも幼いのではなかろうか。
腰まで届く紅い髪は長くて太い三つ編みのツインテールにしており、体型は特に特筆することもない幼児体型。
だがその顔にはシグナム以上に鋭い瞳を貼り付けている、とても気の強そうな娘だ。

最後にザフィーラ。唯一の男性で、長くはない白髪の中から犬耳が生えている。
他4人は女性ということもあってか色白だったが、彼は褐色の肌をしており、筋骨隆々でかつ背がとっても高い。
病院でも他の男性の職員よりも頭半分は抜けていた。

四人を見回して、はやては口を開く。

「この子が闇の書ゆう名前なんは分かったけど、わたしはそれ以外なんも分かっとらん。
 できれば1から説明してくれへんやろか」

はやての膝の上にある本は、昨晩いきなり発光した後数々の怪現象を引き起こした原因と見られる例の本だった。
僅かな沈黙の後、頭を上げたのはシャマルだった。

「では、私が」

そう前置きをし、シャマルはまずはやてに、この世界に魔法は無いということと異世界の存在を知らないことを確認して、はやてはそれを肯定する。
そうして、シャマルは昨晩起こったことについてと、自分達の存在について話を始めた。
その話によってはやてが分かったことは、以下の通り。

魔法というものは実在する。
この世界以外にも世界は沢山あり、魔法が当たり前の世界もいくつもある。
闇の書はそういった世界の産物であり、所謂魔導書というものにあたる。
闇の書は魔導書の中でも特殊なもので、その機能は魔法の蒐集。今は白紙だが、他人の魔力を奪うことでその者の魔法を集め、記憶することでページが埋まってゆく。
闇の書は魔導書の中でもかなり強力なもので、666のページが埋まると過去蒐集した魔法も全て使用可能となり、何でも願いが叶うと言われるほどに強力な力を得ることができる。
何故そんなものをはやてが持っていたのかというと、それは闇の書のもう一つの特性である"前の主が死ぬと新たな主を求めて、資質のある者のところへ世界を超えてランダムに転移する"というもののためである。
つまりはやては闇の書に新たな主として選ばれたというのだ。
そしてこの4人は闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターと言うらしく、闇の書の一部と言っていい存在で闇の書の主の剣となり盾となり手足となって働く者達だという。
昨日の出来事は、はやての中で眠っていた魔導師としての資質か闇の書の方かのどちらかが覚醒したことによって起こったのだろうということだ。

「覚醒の時と眠っている間に、闇の書の『声』を聞きませんでしたか?」

そう尋ねるシャマルに、はやては戸棚をごそごそとまさぐりながら返事した。

「うーん、わたし魔法使いとちゃうから漠然とやったけど……あ、あった」

そう言ってはやては何かを取り出すと、それを手に今だ膝を付く四人のところへ戻る。

「分かったことが一つある。闇の書の主として、守護騎士みんなの衣食住、きっちり面倒見なあかんゆうことや。
 幸い住むとこあるし、料理は得意や。みんなのお洋服買うてくるから、サイズ測らせてや」

手に持った巻尺を両手に伸ばして、どこか嬉しそうにはやては言った。







全員のサイズを計り終え、はやてがさぁ買いに行くぞとなったところでまたしても問題が起こった。
なんと、ナチュラルに守護騎士の四人まで付いていこうとしたのだ。

「せやからあかんって、そんなかっこで外歩かせられへんよ」

はやての言葉に四人は顔を見合わせる。何故あかんなのか分かっていない。

「しかしお一人では危険です。
 主は『吸血鬼』と称される輩をご存知ですか」

「いや、吸血鬼って……もう朝も結構過ぎとるしお外明るいし。
 というよりそっちの世界にはそんなもんもおるんか」

「! ご存知でしたか」

「んー、多分シグナムの言うとるのとは別物やけどな。
 一応この世界にも吸血鬼はあるよ。人の血い吸って殺してまうようって。
 でもわたしらの世界ではお話ん中の存在やなぁ。それにこっちのは日の光の下にも出られんしな」

はやては心配はいらないということをアピールするために言葉を選ぶ。

「皆大げさに心配しすぎやって。
 皆が今までどんなことをしていたのかは大体想像できるけど、この世界はそんな危険なことあらへんよ?」

先程のシャマルからの説明から、闇の書の機能の一つである魔力の蒐集、これは相手から"奪い取る"というニュアンスが含まれていた。
更に言うと、剣となり盾となり、主人を守るという戦闘能力も有するらしい4人もの従者。明らかに主人の身の回りの世話をするなどというのが目的の存在ではないだろう。
剣と魔法と忠義の騎士のバトルファンタジー、細部は違うかも知れないが、それは本の大好きな少女であるはやてにとって慣れ親しんだものであった。
だからはやても、彼女達が自分を心配する理由を分かるつもりでいた。

「ですが、万一ということもあります。主を守るのが我々守護騎士のつとめですので」

しかしそれとこれとは話が別である。真顔で食い下がるシグナムにはやては頭をかかえる。

だがシグナム達の方にもそれ以上に譲れない理由があった。鍵となるのは先程シグナムが口にした『吸血鬼』である。
実は、シグナム達は既に戦っているのだ。その吸血鬼と。正確にはヴィータが、だが。彼女の体に付いている赤い塗料は紛れもなく血であった。それもその吸血鬼の返り血だ。
昨晩、守護騎士達が気絶したはやてを病院へ運ぶ途中に『吸血鬼』を名乗る者に襲撃されているのである。
ちなみに守護騎士達は知る由もないがその吸血鬼の名前は弓塚さつきという。
そう、なんとあの時さつきの遭遇したヴォルケンリッターが行っていたことは人攫いではなかったのだった。

暫くの沈黙の後、ザフィーラが口を開いた。

「主よ、ではこの姿ならいかがか」

その声にはやてがザフィーラに目を向けると、彼の体が白く光を発する。
はやてが驚く間もなく、ザフィーラの姿は見る間に変わってゆき、そこに現れたのは青と白の見事な毛並を持つ一頭の大型犬だった。

「うわぁ! すごいやん!」

その姿にはやては大喜びだ。ザフィーラに近くに寄らせて頭を撫でたり大きな首周りを抱きしめて頬ずりしたりフサフサの毛並を堪能したりと嫌がる様子のないザフィーラに割とやりたい放題だった。
暫くそうしてザフィーラで遊んでいたはやてだったが一旦満足してザフィーラから離れるとうーんとうなり声を一つ。

「そのかっこなら付いて来てええけど、でもお店には入れへんで? お店の外で待っててもらわんと」

「それは困ります」

どうやら犬になっても喋ることが出来るらしい。
とはいえそう言われてもはやても困る。どうしたものかと四人を見回して……

「そや! ヴィータならわたしの服貸してあげれば一緒に行けるで!」

「……えっ」

その言葉に、どこか普段以上にむすっとした顔をしていたヴィータは目を丸くした。

「ああ、その前にその汚れ落とさんとあかんね。刺青やお化粧とちゃうよね?
 んじゃあお風呂で洗ってあげるから一緒においで」

「……えっ、えっ!?」

更に丸くした。









結局、ザフィーラは付いて来れなかった。タクシーを呼んだのである。
誰か1人でも付いていければ満足だったらしく、3人は納得して家に残っている。

「ありがとうございますー」

「はいはい、脚降ろすよー」

運転手のおじさんにお礼を言いながら、はやては車椅子に座らせてもらった。

「買い物の方は大丈夫かい?」

「はい、この子もおるんでー」

そうして後ろに付いている取っ手を握って車椅子の向きをデパートの入口への経路へさりげなく向けなおしながら聞いてきてくれる気のいいおじさんに、はやてはヴィータへと視線を向けながら返す。

「そうかい。帰りもタクシー使うんだろう? 待っていようか?」

「ええんですか!? おんなの買い物は長いですよー。
 実際長くなる思いますし」

「はっは、タクシーの運転手なんて仕事は暇な時間が多くてねぇ、折角のお客様はきっちり確保しておかないと」

「ほんならお願いしますー。ありがとうございます」

そう言って、行くよヴィータ、とはやては車椅子を漕ぎだした。はい、と返事をしてその横にヴィータが付いた。
タクシーの中では運転手のおじさんが居たため特に話もなかったが、今なら気兼ねなく色々と話を切り出すことができる。

「ごめんなヴィータ。その服嫌やったか?」

はやては気付いていた。タクシーの中でヴィータが服の裾をつまんだり視線を落としたり腕を少し上げてみたりとソワソワしていたことに。
だからはやては心配したのだが。

「えっ!? いえ! そんな嫌だなんなんて!!」

「そなん? それならええんやけど」

なんか噛んでた。
とはいえその様子から本当に嫌がっている訳ではないみたいなのではやてはそのまま車椅子を進める。

「……あの」

「ん? なーにヴィータ」

「その椅子、後ろから押せるようになってるみたいですけど」

「うん、なっとるよ。
 あっ、押してみたい? でもちょっと取っ手が高いとこにあるからちと難しいんやないかな」

「見くびらないでください。

 ……押せって命令はしないんですか」

「そんななー、確かにわたしは皆の主や。なんやそういうことらしいしな。
 でもせやかといってあれやれこれやれ命令なんてせえへんよ」

「………」

黙ってしまったヴィータに、はやては失礼なことだったかなとふと心配になる。
話によると彼女等は闇の書の主に仕えるための存在だ。つまり自分が言ったことは彼女達そのものの否定となってしまったのではないかと。
でもやっぱりそういうのは嫌だ。だって折角の……

「楽しそうですね」

デパートの中に入り、エレベーターまでの通路を通る最中に、ヴィータが言った。

「あ、分かる?」

ヴィータに振り向いての笑顔でのはやての問いかけに、ヴィータははやての顔をちらりと見て、また前を向いて、

「はい」

頷いた。
それにはやてはさてどう言おうかと口元に人差し指をやって視線を上にやり、少しして、少し勇気を出して、決めた。

「わたしな、独りなんよ」

はやての声に、ヴィータの目が再びはやてを向く。

「家族がだーれもおらんでな、あのお家にはわたし以外住んどらん。
 だからな、わたし嬉しいんよ。こんな素敵な誕生日プレゼント貰えて。皆、ずっとわたしと一緒に居てくれるんやろ? ……家族みたいに」

これを言うのはちょっと怖かった。もしここで、自分達はそういうのとは違う、みたいなことを言われたらはやては少なからず落ち込む自信があった。
だがそれよりも、嬉しさと期待の方がはるかに上回っていた。

「せやからな、ヴィータも、もっと砕けた話し方してくれてええんやで?」

「………」

またもや沈黙してしまったヴィータに、はやてに失敗してしまったかなと不安がよぎる。
少しするとヴィータが車椅子の後ろに回って取っ手に手をかけた。すわ自分達はあくまであなたの道具だとでもいう意思表示かとはやては気落ちしかけるが、

「進む方向言ってってくれ。その……、はやて」

「!! うん! ありがとな!」







―― ヴィータ、これなんかどうや?

―― い、いえ、はやてのお好きな……好きなように選んでくれ

―― 駄ー目ーやー。わたしが着るもんやなくてヴィータの着る服なんやからヴィータが気に入らんと
   ほらほら、こっちもかわいい思うんやけど、どっちがええ?

―― え、えーっと、どっちも

―― どっちがええ?

―― ……その2つなら、こっちで

―― よし! ほらヴィータも自分で気に入った服選んで持って来ぃーや

―― え、いや、それで十分

―― そんなんわたしが許さへんでー。女の子なんやからお洋服も気ぃ使わんと

―― それじゃあ、選んでくる










あとがき

実はこういうことだったんです! 今明かされる驚愕の真実!

分かってる。こんだけの内容とかふざけんなってのは分かってる。
という訳で明日か明後日にもう1話出します。

服選ぶシーンとか僕の描写力が足らんくて無理だったもんでこういう切り方せんとあかんかったから仕方なかったんよ!



[12606] Garden 第8話
Name: デモア◆45e06a21 ID:64bf4932
Date: 2014/10/24 02:26
当然のことながら、服を四人分何着も買ったりするとその量はかなりのものとなる。
本人の服は本人の好みに合ったものを選ばなければというはやての方針から、今回は本人達が同伴していなかった為ヴィータの服以外は数着ずつしか揃えていない。
しかしそれでも八神家のリビングは結構な散らかりようになってしまっていた。
ヴィータ以外の3人は買い物前のヴィータと同じように戸惑った様子で自分に与えられた服から着るものを選んでいる。

「皆着替え終わったらお昼食べて、そしたらまた出かけるよー。
 色々と日常品揃えなあかんし、お洋服もきちんと皆の好みのやつ選ばなあかんし、食材も今ある分じゃ足りひんしな」

楽しそうな自らの主の言葉に守護騎士達は「はい」としっかりした声で応えるも、ぎこちない動きはやはり戸惑いを隠せてはいなかった。
はやてはそんな彼らを見渡すと車椅子を器用に動かして向きを変え、一人台所へと向かった。

「……あっ」

守護騎士の中で一人、同伴していた為色々と服を選ぶことのできた(選ばされた)ヴィータは、店の方で着替えさせてもらってきたため手持ち無沙汰をしていたのだが、
はやてが台所の方へ出て行くのを見て数秒経った後、慌てたようにその後を追いかけた。







「いただきます」

「……いただきます」

「「「いただきます」」」

テーブルの上に並べられた料理を前にはやてが合掌をすると、シグナムがそれに習って合掌をし、残りの守護騎士も皆シグナムに続く。
はやてはニコニコしながらご飯を食べ始める。シグナム達も主から出された食事を食べないなど論外なため各々手を伸ばしていく。ちなみに普段の八神宅の食事よりも随分と豪華だ。
というより一人暮らしなんて料理に凝る必要もないため普段の方が見た目等を気にしていないというのもあるが、それにしても割と豪華だった。
ちなみに車椅子だからといってはやてに料理ができないなどということはない。
無駄に凝ることはないというだけで普段から料理自体はしているため、むしろ上手い。時間は暇なほどにあるのだ。車椅子を回りにぶつけないように器用に動き回って座りながらでも包丁やコンロを危なげなく使って料理を作っていた。

守護騎士達はその料理に舌鼓を打つ。
彼らは闇の書の一部だ。もっと穿って言えば、闇の書の機能の一つである。"主に忠実な手駒を産み出す"という、闇の書の機能の産物なのだ。
更に言うと闇の書自体がかなりの高性能な魔導書なのと彼らの存在理由ゆえに、大抵の場合は闇の書が埋まる前ならばまず主より彼らの方が強かったりする。
そのため、今までの闇の書の主の彼らに対する接し方といえば、常に高圧的で圧迫するようなものであったり道具としか扱わないものだったりといったものばかりであった。

ゆえに、こうやっておいしい食事を主より賜るということは、今までに殆ど無かったことだ。それも主と一緒の食卓でなどなおさらだ。
本来彼らは主と闇の書の魔力さえあれば存在でき食事の必要はないということもあるのだが。
勿論、そのことはしっかりとはやてにも伝えてある。
だからだろうか。食事を進め、一口料理を食べるにつれ胸の底に穏やかな心を感じる気がするのは。

食事は始終静かに終わった。主の食事中に今日出会ったばかりの従者側から話しかけるわけにもいかない。
唯一ヴィータだけは何か言いたそうな様子でそれなりの頻度ではやてへと視線を向け、そしてシグナムへと視線を飛ばしを繰り返していたが将であるシグナムが静かにしているため何も話せなかった。

やがてそれぞれの目の前に置かれた料理が無くなり、一息つくとはやてがまた合掌をする。

「ごちそうさまでした」

「「「「ごちそうさまでした」」」」

今度は4人とも即座に続いた。そしてはやてがふぅ、と一息つくのを見計らってシグナムが話を切り出す。
それは彼女が、というよりも彼女らがとても気になっている事柄について尋ねるためだ。

「よろしいですか、主よ」

「ん、なーに」

「我々は主の命あればいついかなる時でも即座に魔力の蒐集へと取り掛かります。勿論、今すぐにでも。
 さすれば貴女は大いなる力を得ることができるのです。貴女は我々にご命令なされないのですか」

勿論、動けるとき、動きやすいときを待って即座に魔力蒐集に取り掛からなかった主も過去には幾人も居た。
しかし今の主は、そもそもとして魔力蒐集自体が眼中にないように見える。それも守護騎士達の戸惑いの要因の一つだった。

「うーんでも、その魔力蒐集ゆうの痛いんやろ?」

「それは、確かに被蒐集者にはかなりの苦痛を伴いますが」

「うん……」

そのことは、はやては闇の書の機能の説明の時に既に聞いていた。
はやては少しの間沈黙する。

「ごめんな」

そしてシグナムに、いや、視線で軽く守護騎士全員を見回して謝罪した。
守護騎士とは、闇の書を完成させるサポートが存在理由の大半だということをはやては各々の説明から察していた。
だから自分がここで「闇の書の完成や力などに興味はない」などという"本当のこと"を言ってしまうと、それは彼らの存在理由を否定してしまうことに、彼らを傷つけてしまうことになるのではないかと思ったのだ。
何より、漸く一人じゃなくなったというのに嫌われたり見限られたりするかも知れないというのが不安だった。

だからはやてはシグナムの言葉をはっきりと否定することができず、しかし嘘をつくこともできずに、守護騎士達に謝罪の言葉を投げることしかできなかった。

はやてのいきなりの謝罪に守護騎士達は虚を突かれるが、その意図を察するとシグナムは無表情のまま言葉を続けた。

「いえ、主が謝罪なさる必要はありません。我々は貴女の意思に従うのみです。
 失礼ですが、争いはお嫌いですか」

「せやなぁ、皆には悪いかもしれへんけど正直嫌いや」

はやての返答にシグナムは頷く。そしてそのまま沈黙が降りた。どうやらシグナムからの話はそれで終わりらしい。
そのことを察すると、今度ははやての方から話を切り出す。それは、デパートでヴィータに向けたのと同じ要求。

「あんな、ヴィータにはもう言ったんやけど、皆出来ればそんな堅っ苦しい言葉遣いやめてほしいんよ」

はやての言葉に、シグナムはふむ、と頷き、一瞬目を閉じ、そしてはやての目を真っ直ぐに見つめた。

「了解しました、主はやて」

「わかりました、主はやて」

「私も、善処します」

シグナムに続き、シャマル、ザフィーラともしっかりはっきりと返事を返した。
呼び方が多少変更されただけで相変わらず堅っ苦しい受け答えのその様子に、ヴィータは一人顔を僅かに赤らめて気まずげにしていた。










その日は、はやてがすずか、アリサ、なのはの3人にアリサ宅にお呼ばれした日だった。

「すずかちゃん待たせたらあかんでなー、しっかり準備しとくんよ?」

「分かってるー、はやて」

はやての声にヴィータが返事する。

「はやてー、わたしだけじゃなくてザフィーラには言わないの」

「だってザフィーラは特に準備するもんもないしなぁ」

「うー、何か納得いかねー」

そしてヴィータとザフィーラも一緒にお呼ばれしていた。とは言えザフィーラは犬として、だが。

「でもザフィーラはほんとにええの? 向こうにはお犬さんようけおる言う話やし、その、やっぱずっとそういう扱いになると思うよ?」

「かまいません。折角ご友人が私に考慮して用意していただいた場。私も寛がせていただきます」

ちなみに仮にドッグフードが出されても問題なく食べれることは確認済みである。

「そうだぜー。はやてはそんなこと気にせず存分に楽しんでればいいんだって! な、ザフィーラちゃん?」

「こらヴィータ」

今回のことが決まった契機となった日の友人との会話。その日の夕食時に、はやてが皆に話した内容をヴィータが蒸し返して茶化す。
はやてがそれを注意すると、ヴィータはう、となった。

「は、はやてだって笑ってたじゃん」

「う、それは……」

ちなみに、当時は笑うどころではなく大爆笑だったのははやてとザフィーラの中だけの秘密である。
ザフィーラはそんな二人の下を離れて犬の姿になると部屋の隅で腹をつけて座り込んだ。その時の彼の胸中を知る者は誰もいない。彼がこれからその呼ばれ方ばかりされるであろう空間に赴く気持ちもまた、誰も知らない。

「はやてちゃーん、ちょっといいですかー?」

「あ、シャマル。うん、今いくよー」

シャマルから呼ばれたはやてはこれ幸いと離脱する。
はやてが部屋から出て行ったところで、入れ違いにシグナムが2人へと近づいてきた。

その瞬間、3人の空気が張り詰めたものに変わった。ヴィータの表情が一変、真剣なものになり、ザフィーラも寝そべった状態から立ち上がる。

「ヴィータ、ザフィーラ。主の護衛、頼んだぞ」

「ああ、分かってる」

「必ず」

彼女達がこの世界に呼び出されて既に一ヶ月。
この世界には吸血鬼という名の人に対する外敵が存在する。今のところ人との見分け方の分からないその存在を知っている守護騎士達は常に誰かがはやての近くに護衛についていた。
この世界に吸血鬼が居るということは調査を進めた結果確信に至っている。
吸血鬼に対して調査をしていた時分にシグナムが腕利きにつけられたということもあるし、
過去奴らが残した痕跡が何かないかと調べたところ、つい先月(今からだと2ヶ月前)に首筋に怪我を負った何人もの人間が貧血・意識不明の重体で夜中に病院に運ばれたという事件があった。
間違いなく奴らの仕業だ。はやてがその中の一人になっていた可能性も、決してゼロではないのだろう。

奴らは太陽の光の下では活動できないというが、それは昼間は安全という意味ではない。建物の中、日の光の当たらない場所は変わらず危険な可能性がある。
せめて普通の人間と吸血鬼の見分け方が分かればまだ楽になるのだが、残念ながら彼らが直接接触した吸血鬼は彼らが覚醒した夜の少女一人だけ。その時は特に精力的には情報収集に力を入れていなかった為奴らの特徴は殆ど分かっていない。
あれから早4週間。彼らは今だに一人の吸血鬼とも遭遇していない。
しかしあの晩遭遇した吸血鬼の死亡を確認していないのと、話に聞く吸血鬼の不死性から一人は潜んでいるはずだと彼らはアタリをつけていた。

吸血鬼達がそれぞれどのような考えをもって動いていようが、仮にどちらかに善があり悪があったとしても彼らには関係ない。
彼らにとっては主の周囲を飛び回る蚊を潰すだけだ。動物園から逃げ出した猛獣を排除するだけだ。そこにそのような無駄な考えなど持つはずもなかった。
だから見つけ次第殺す。別に非情になっているなどという訳でもなく、そもそもとしてその行為に何の感慨も持ち合わせていないのだ。
仮に吸血鬼が話の分かる存在で、話し合いで解決できそうだとしてもその選択肢も無い。
まだ吸血鬼が力があるだけの存在ならその方法もあっただろう。見つけ次第いちいち殺すなんてキリがないということもある。
だが彼らにとって人は食料で、血を吸っては殺してしまうらしい。これが致命的だった。
そのような存在を主の周辺に野放しにしておく訳もなければ、意味も通りもある訳がなかった。せめて人と見分けさえ付けば襲ってきた時だけ即座に対応するという手も取れたのだが。

「今日は昼の探索は私達の役割だ。任せておけと言えないのが心苦しいが、早くに探し出さなければな」

「ああ、頼んだぜ。はやての安全は、はやての笑顔はわたし達が絶対に守るんだ。
 気がついたらはやてが襲われて死んでたなんて絶対あっちゃならねぇ」

ヴィータははやての消えていった廊下を、力強く見つめていた。










やがて八神宅にすずかが車で来訪し、すずかとシグナム、シャマル、ヴィータの顔合わせの挨拶も終わった。
すずかは既に車に乗り込み、はやてもすずかのメイドであるファリンに抱えられて車に入るところだ。
ちなみに車は物語の中で見るような長い形状に、片側と背後の壁に沿って椅子が備え付けられている何処のお嬢様の車だというようなものだった。はやてとザフィーラに配慮して選択してきたらしい。

「ヴィータ、主のご友人に、失礼のないようにな」

「ああ、分かってる。ってか何でシグナムまでわたしにだけ」

「ふっ、……さて、な」

シグナムの返答にヴィータは不満そうだったが、はやてとその友人であるすずかをいきなり待たせるわけにはいかない。
ヴィータははやてを座らせたファリンが車から出てくるのを見ると、ザフィーラを連れて急いで車に乗り込んだ。
扉が閉まり、ファリンが再度玄関先に佇むシグナムとシャマルに会釈して運転席に乗り込み、やがて車が発進する。

それを見送ったシグナムとシャマルは、一旦家の中に戻ろうと踵を返そうとして、

「さて……おや」

ふと目に留まった。それは、はやてがつい先ほどまで座っていた車椅子。シグナムとシャマルは思わず目を見合わせる。

「すいませーん!」

少し進んだところで止まった車から、ファリンが飛び降りると走って引き返してきた。

――あ、転んだ。








「まったく、ファリンったら」

「ううぅ、すいません……」

車の中、すずかは恥ずかしさで赤くした顔を片手で額を押さえて俯いていた。運転席のファリンが謝る。

「ま、まぁわたしらも気付かんかったし、な?」

「むしろはやてちゃん達がすぐに気付いてくれなかったらアリサちゃんの家に着くまで忘れてたと思うよ……」

「すみません~」

ファリンは涙声である。これがアニメだったら波線の目から滝のように涙が流れ落ちる演出がされていただろう。
すずかはそんなファリンに軽くため息をつくと、顔を上げて椅子に深く座る。

「それにしても、シグナムさんもシャマルさんも、綺麗な人だったね」

すずかも彼女らの容姿は既にはやてからの写真で知ってはいたのだが、やはり直接会うとまた違うものだった。

「せやろ? 折角元はいいのに、ちゃんとお洒落させるまでは苦労したわ」

「え、でも全然お化粧しているようには見えなかったよ」

すずかの純粋な疑問に、はやては「はははは、」と笑う。

「お洒落言うても服に気を使うとか、リップを塗るとかそういうレベルやな。
 あ、ヴィータの髪はわたしが編んであげとるんよー」

「へぇー」

笑顔で言うはやてにヴィータは「ちょっ!」と一瞬慌てるが、こっちをニコニコと見るすずかに視線を泳がせると、

「う、うん……」

顔を赤らめて頷いた。三つ編みのおさげが揺れる。

「ふふっ」

すずかとはやては微笑ましげに笑い合った。













「いらっしゃいすずか。久しぶりねはやて、前の時はごめんなさいね」

「お先してまーす」

アリサの家に着き4人(3人と一匹)が通された部屋では、既にアリサとなのはがくつろいでいた。二人はすずか達を確認するとソファーから立ち上がる。
部屋にはその他にも幾頭の大型犬やその子供が寝そべったり歩いたりして寛いでいる。数頭は既にザフィーラの方に寄ってきた。

「久しぶりやねぇアリサちゃん、なのはちゃん。今日はありがとな。それとアリサちゃんはわたし気にしてへんから。
 ほんでこっちがわたしの新しい家族の、ヴィータとザフィーラや」

「どうも」

はやての紹介にヴィータが軽く会釈する。

「よろしくヴィータちゃん、私は高町なのはだよ」

「アリサ・バニングスよ。今日はうちへようこそ。これからよろしくね」

「どもっす」

4人の前まで近寄ってきての2人の自己紹介に、ヴィータの返した返事は素っ気無いものだったがなのはは笑顔で、アリサは満足げに頷く。
と、早速アリサはヴィータの隣に視線を移してかがみこんだ。

「Oh、アメイジーング!
 ねぇザフィーラ! 話には聞いてたけどあんたほんとに凄い立派な犬じゃない!」

そう言ってアリサはすぐさまザフィーラの頭や体を撫で始める。初対面の大型犬に対して随分と思い切った行動である。
しかしその手の動きは外面のテンションの高さとは反対に丁寧で、撫でられているザフィーラも不思議と嫌な気のしないものであった。
時折ザフィーラの不快に感じるところもあったが、すぐにそれを察知したのか次の瞬間にはもうその撫で方はやめていた。
その手並みにはやてがほぉーと感心している。

「んー、すごくフサフサ! いい体つきしてるし、綺麗な毛並みだし、うちに欲しいくらいね!」

「ふっふーん、わたしがしっかりブラッシングしとるでな!」

「いい仕事よはやて! 何か分からないことがあればいつでも聞いてね。あ、すずかから私の携帯の番号貰ってる? 貰ってないなら交換しましょ。
 あと私の行きつけの獣医さんの番号も紹介しとくわ」

「ほんま!? ありがとう!」

アリサは最後にザフィーラの頭を一撫でしてから離れる。

「初めて来たところだから緊張してるのかなー?
 大丈夫だよー。ここの子達ものんびりした子ばかりだからねー」

離れ際にそんなことをザフィーラに言って、アリサはポケットから携帯を取り出した。
なのはも加わってはやてと連絡先を交換し始める。
その様子を尻目に、ヴィータは思わずザフィーラに念話を飛ばした。

《……おいザフィーラ》

《……流石、主のご友人だ》

《……ああ》

戦慄する二人をよそに、はやて達の方はすずかも加わりなにやら騒がしくなっていた。
どうやら電話帳のプロフィールからはやての誕生日がほんの少し前だったことが判明し、水臭いなどといった話になったらしい。アリサが放ったその言葉になのはとすずかも同意している。
はやての目尻が嬉し涙で僅かに滲む。自分は一体何を悩んでいたのだろう。
自分の誕生日が少し前に過ぎていることに気付いて、それを話題に上げてくれたこと。言わなかった自分に水臭いなどと言ってくれたこと。それが嬉しかった。
すずかが自分の携帯を開いて首をかしげているが、さもありなん、はやてがプロフィールに誕生日を入力したのは自分の誕生日をどう伝えようか悩んでいた時なので、すずかと交換した時よりも後なのだ。

それにしても、とザフィーラは今度は真剣な色を滲ませてヴィータに念話を飛ばす。

《ヴィータ》

《ああ、居たな。現地の魔導師。
 出会っちまったかと言うべきか、今までよく遭遇しなかったと言うべきか。時々でかい魔力反応があったから、いるだろうなとは思っていたが》

ザフィーラの言いたいことはヴィータにも分かっていたようで、すぐに応えが返ってきた。

《デバイスは……見えるとこには無ぇが、どうだろうな。
 シャマルが来てれば分かったんだが》

二人の視線の先には、高町なのはと名乗った少女。彼女からは魔力があふれていた。リンカーコアを持っていることは間違いないだろう。
とは言えこれはさして珍しいことでもない。管理外世界とは言えリンカーコア持ちの、魔導師の資質を持つ者など探せば幾人かは見つかる。
見知らぬ管理外世界で力尽きた魔導師が、一縷の希望を託して周囲に念話を飛ばすくらいには割といるものだ。かくいう彼女らの主であるはやてもそれである。
問題は、彼女がデバイスを持っているかどうか、であった。

割といるものとは言っても、やはり珍しいものは珍しいのである。管理外世界でも管理局との接点が無いわけではなく、そして管理外世界で魔法の資質を持つ者というのは数が少ないが故に魔法との関わりを持ちやすい。
別に管理局がわざわざ資質を持つ者を探したりする訳ではないが、ふとした拍子に管理外世界で魔法関係の事柄が起こると、かなりの確率でその資質を持った者が魔法や異世界、管理局のことを知ってしまうのだ。
一番大きな原因は、リンカーコアを持っていると結界内に取り残されてしまうことだろうか。そうなると当然、管理局側もその者を補足する。こうして管理外世界にも管理局と接点を持つ者が生まれてしまう。
そして守護騎士達は、吸血鬼の痕跡が何かないかと調べていたところ、何と間の悪いことにここ数ヶ月前にどうも魔法絡み臭い事件がこの近辺で起こっていたらしいことを掴んでいた。

もしデバイスを持っていれば、それは管理局と接点がある証拠となる。それは管理世界と関わっていないと持つはずのない物だ。
その接点がどれだけ深いか浅いかは人による。浅ければその人物は魔法を知る者として管理局側に知られているくらいだが、深ければ管理世界の住人と友好関係を持つこともあり得る。

さて、では何故それが問題となるのかというと、それでは闇の書の機能を少し思い返してみよう。
闇の書は、他人の魔導師の魔力を奪うことで完成されていく魔道書である。
魔力を奪うにはどうするか。至極単純、襲うのである。更に完成した暁には叶わない願いなど何もないとまで言われる程に強力な魔道書となる。
管理局に追われない訳がなかった。既に闇の書は管理局では指名手配犯のようなものなのだ。

今までなら別に何の問題も無かった。闇の書の完成を進めるにはどの道魔力を蒐集するために魔導師を襲い、戦う日々なのだ。
その戦う相手が管理局の魔導師になっただけであり、守護騎士達はそれらを悉く蹴散らしてきた。それほどまでに彼女達を創った闇の書は強力な魔道書なのだ。
しかし今は事情が異なる。ものすごく異なる。何しろ彼らの主であるはやては闇の書の完成も、争いも望んでいない。
もしはやてを巻き込んだ争いなどが起きようものならはやての笑顔に罅を入れることになる。
しかも闇の書はもうそれだけで管理局のお尋ね者だ。
もしここに闇の書があると知られれば、闇の書の主をランダムに選ぶ特性は管理局の方にも知れていることなのではやてにまで危害が及ぶことはないだろう。だが、闇の書自体はそうはいかない。
仮にはやてや守護騎士達が大人しく管理局に従ったとしても、闇の書、ひいてはその"機能"の一部である守護騎士もはやてと引き離されることになるのは間違いなかった。
闇の書の守護騎士として、それも看過できるものではない。

そして更に悪いことに、守護騎士の外見は闇の書が代を重ねても変わることがない。つまり、守護騎士全員の外見は既に管理局に割れているのだ。

《まぁ、まだ管理局と繋がりがあるって決まったわけじゃねぇし、今日か明日にでもシャマルに確認してもらおう。
 どっちにしろ、私達が魔法関係だってことを絶対にバレないようにするってことは変わらねぇ。あいつの周囲で結界が使えなくなっただけだ》

《そうだな》

そうしていると、はやてがヴィータにこっちおいでーと声をかけ、他の娘達と共にソファに向かって進んでいった。
余談だが、その時ザフィーラは既に好奇心旺盛な子犬に周囲を囲まれて動けなくなっていた。







暫くお茶とお菓子食べながらおしゃべりで盛り上がった後、さてでは遊ぼうかという話になった彼女達はゲームのある部屋へと移動することになった。
部屋を出て行くアリサ達に、アリサの家の犬達は思い思いに寛いでいて後を追いかける様子はない。ザフィーラは彼女らの後に続いたが、それを咎める者は誰もいなかった。
ザフィーラもお茶の間もはやての近くで寛いでいたが、数頭の犬とは既に仲良くなったようだった。

「それで、すずかちゃんからはいつもはゲームやっとるって聞いたんやけど、どんなゲームするん?」

はやての疑問に、アリサは待ってましたとばかりに答えた。

「それはねぇもうねぇ! 今までは一人足りなくてできなかったけどずっとやりたかったゲームがあるのよ!」

「そうだねアリサちゃん! やっとあのゲームができるね!」

アリサの言葉になのはも思い当たることがあったのか、嬉しそうにアリサの後に続く。
やがて部屋にたどり着くと、アリサはごそごそとあるゲームを取り出してそのパッケージを掲げた。
それはパーティゲームの王様、それはパーティゲームの王道、パーティゲームと言ったらこれしかないという程のザ・パーティゲーム。
大○闘スマッシュブラザ○ズだった。

『PKファイア! PKファイア! PKファイア!』

「ちょお!? その守るやつどうやるん!」

『ファル○ーンパーンチ!』

「はやてちゃん! RボタンRボタン!」

『テッテレテッテテテテテテッテレテッテテテテテ』

「行くぜうおらー! ハンマーくらいやがれなのはー!」

『ていっ! やぁ! うわぁぁぁ』

「うにゃああああ! 何ではやてちゃんじゃなくてこっち来るのー!?」

「甘いわねヴィータ!」

「うわ!? ハンマー持ってんなら矢くらい打ち落とせよお前!」

「あ、はやてちゃん爆弾は拾ったら投げないと」

「え、な、何ボタン!?」

「え、えっとね、えっと、あっ」

『うわあああ』










「はー、今日は楽しかったわぁ」

「そうですか、それは良かったです」

八神家での夕食の後、はやての言葉にシグナムが薄い微笑みを返す。
シグナム以外の皆は各々が各々の用事でそこにはおらず、今リビングに居るのははやてと彼女だけだ。

「うん、ヴィータもいつの間にかなのはちゃんやアリサちゃんとも打ち解けとったし」

はやて達はあれからもいくつかのゲームで遊んでいった。アクションゲーム、シューティングゲーム、スポーツゲーム、格闘ゲーム、テーブルゲーム。
流石に一日じゃ遊びきれないので候補の中からはやてやヴィータが選んで遊ばせて貰ったのだ。
一番最初にパーティゲームを持ってきたのは彼女達が早く馴染みやすいようにとの配慮もあったのだろう。事実次のゲームに進む頃には二人とも遠慮はなくなっていた。

「うん、本当に、楽しかったわぁ」

はやてからすれば、初めて複数人の友達とワイワイ遊んだ日だ。その内容が一日中ゲーム三昧というものであっても、少し前までは自分には縁はないものと諦めていた時間だった。

「シグナム、少し外出たい気分や。抱っこしてぇな」

「! はい」

珍しい、とシグナムは思った。彼女達ははやての従者だというのに、はやてから何かを指示されたことはほぼなかった。あったとしてもそれは"お願い"という形でだ。
これもお願いという形ではあるが、このように甘えるような態度は今まで取られたことはなかった。
今までならば、傍らにある車椅子に自分で座って、車椅子を押してくれないかと頼まれることが精精だった。

シグナムは若干慌てて立ち上がると、はやての座る椅子の前で中腰になり頭を下げる。
はやてが目の前に来たシグナムの首に両手で抱きつくと、シグナムははやての体をすく上げるように椅子から持ち上げた。

「ほんならベランダにごー、や」

「はい」

はやてを抱えたシグナムがベランダに出ると、そこには満点の星空が広がっていた。

「うわー、綺麗やなー。と、言いたいところやけど、ちょおお目目使いすぎてもぉてしょぼしょぼするわ。
 ふー、気持ちのええ夜風や」

シグナムにしなだれかかりながら、はやては心底リラックスした様子で言う。

「主はやて、もしかしてお疲れなのでは?」

「ふふっ、正直言うとな、結構疲れとる。でもだからやろか、こうしてもらってるとえらい気持ちええわぁ」

「そうですか。余程楽しい時を過ごせたようで、何よりです」

「うん、こんな風に遊べる日が来るなんてな、少し前まで思いもせんかったわ」

はやての言葉に、シグナムは自分の抱えるはやての脚を見た。
脚がこんなでなければ、はやては学校に通えたはずだ。友達だってできただろう。今日のような時間だって、なんでもないような時間だった筈なのだ。
シグナムは少しの間悩んだが、やがて意を決してはやてに話しかけた。

「主はやて、本当によいのですか?」

「なにが?」

「闇の書のことです。貴女の命あらば、我々はすぐにでも闇の書のページを蒐集し、貴女は大いなる力を得ることができます。
 この脚も、治るはずですよ」

はやてが主として覚醒し、シグナム達守護騎士が現れてからまだたったの3週間。されどその3週間は、ただただ、何事もなく穏やかな日々だった。
主と共に、図書館まで散歩をして、一緒に買い物をして、家では犬となったザフィーラと主が戯れる。主と一緒にいる間は、そんなゆっくりと過ぎ去っていくような時間だった。
闇の書の蒐集を始めてしまえば、そのような時間は無くなってしまうだろう。それは今までの主が辿った道と同じ、闘争の日々だ。
無論、守護騎士の名にかけて主に危害は加えさせやしない。しかし、今までの何事もなく穏やかな日々との離別は、免れえないだろう。

問いかけは、彼女達が覚醒したその日にしたのと同じもの。しかしその胸中にある思いは、その時とは違って。

「……あかんて。
 闇の書のページを集めるには、いろんな人にご迷惑をおかけせなあかんのやろ。そんなんはあかん。
 自分の身勝手で、人に迷惑かけるのはよくない」

はやての咎めるような視線と共に、今度ははっきりとした拒絶の言葉が返って来た。
シグナムはそのことと、その内容に、思わず目を見張る。

するとはやては、今度はどこかすまなそうな顔をするのだ。

「やっぱシグナムは、闇の書を完成させたいん?」

「……主はやての脚のことを考えると、完成させたいという気持ちは強いです。
 ですが、貴女の意思を無視してまでそのようなことは思えず、また意味もありません」

シグナムははやての言葉を否定する。これはシグナムの本心だった。
だがはやてはうかない顔を浮かべたままだ。

「わたし、知っとるよ。みんながうちに来てくれてからずっと、なんや忙しそうにしてること。
 わたしが、闇の書の主としてしっかりしてへんから、なんや皆に不自由させとるんとちゃうん?」

その言葉に、シグナムの胸がざわついた。

主、はやてと一緒にいる間は、彼女達にとってゆっくりと過ぎ去っていくような時間を過ごしていた。
しかし一緒にいない間。彼女の守護を他の者に任せ、吸血鬼に対する手がかりを探し飛び回っている時間は、その限りではない。
聞き込みは最初の数日で切り上げた。この世界のおおよその仕組みは理解できたからだ。
最初ははやての守護をザフィーラ一人に任せ他は昼夜を問わず飛び回っていたが、それも吸血鬼が太陽の下では動けないということに確信を持つと共に無くなった。
今は一人か二人が吸血鬼が動いた痕跡がないかと調べに出る程度だ。こちらも現地の魔導師がどこかに居るようだということ以外収穫はなかったが。

日が沈むと、はやての守護をザフィーラともう一人に任せ他2人は吸血鬼を捜索しに外に出る。
ザフィーラの呼び名は『盾の守護獣』、主を守るのには最適な役だった。もう一人は、はやてと一緒にお風呂に入ったり世話をしたりする役回りだ。今日はシグナムがこれにあたった。
今は7月。一年の中で最も日の入りが遅いところで、夕食を食べ終わる頃に丁度日が沈む。皆で手分けして夕食の片付けをし終わったら、その日の担当の2人が吸血鬼を探しに出る。
そしてはやてが寝静まると、ザフィーラ以外のもう1人も捜索に移るのだ。

そうしてはやての身の回りにいる組も、やっていることは寛いでいるだけではない。
はやてが図書館に行ったり買い物に行ったり、散歩したりする時は当然のことながら皆付いて行く。
例えばそうして図書館に行った時などは、誰かが吸血鬼に関する文献を調べたりするなど常にそのことを気にかけて動いていた。

また、はやてと一緒にいる時間というのは、それはつまり彼女の護衛を任されている時という意味である。
家にはシャマルの結界が張ってあり、侵入者が居れば感知できる他、昼間は安全ということもあってもその意識がある限り、常にある程度気を張っているのは変わりない。
はやてはそれを敏感に感じ取っていたのだろうか。

「い、いえ。そのようなことは決して。
 むしろ私達は、過去のいつよりも静かで、そして穏やかな時を過ごしてます。
 やるべきことが無いとは言いませんが、そこに主や闇の書は関係ありません」

「ほんま?」

「はい、新しい世界に訪れた時は、毎回このようなものです。
 我々は、この世界にとっては新参者ですから。生まれて1月の赤ん坊です。
 世界が違うと、常識も違います。その差を埋めるために色々と行動しているのですよ。主には、それが忙しくしているように見えたのでしょう」

常識が違う。
そのフレーズに思い当たる節がこれでもかというほど盛大にあったはやてはあっさりと納得し、そうかーと言って笑顔を見せた。

このとき、何故はやてに嘘をついてしまったのか、シグナムには分からなかった。
確かに、いたずらに主を不安にさせることもないと、吸血鬼のことを黙っていることを決めたのはシグナムだ。
しかしそれは絶対服従の存在である主に対して嘘をついてまでのことでもなかったはずだった。
だがシグナムの胸中に生まれたのは罪悪感や自己嫌悪ではなく、安堵だった。
シグナムがそのことに困惑していると、はやてが「さっきのことやけど」と言う。

「わたしは、今のままでも十分幸せや。父さん母さんはもう、お星様やけど、生活には困っとらん。
 勿論、少し前までは色々と不便やったし、それに寂しかったりもしたよ?
 でも今はもう、皆がいる、すずかちゃん達もいる。家族も、友達もできた。十分、幸せや」

「……そうですか」

シグナムは、気付いているのだろうか。少し前までは無表情しか作らなかった顔が、今は微笑みの形をとっていることを。
シグナムの態度が柔らかくなっているのを見て、その時、はやても一つの決意をした。シグナムの目をしっかりと見つめて、話しかける。

「なぁシグナム」

「はい」

「シグナムは、皆のリーダーやから、約束してな?」

「はい?」

普段から穏やかなはやての、いつになく真剣な表情でしっかり目を合わせての発言にシグナムは思わず困惑してしまう。
しかしそれだけ重要な話なのだと、すぐさま意識を切り替える。

「現マスター八神はやては、闇の書にはなーんも望みない。わたしがマスターでいる間は、闇の書のことは忘れてて。
 皆のお仕事は、うちで一緒に仲良く暮らすこと。それだけや」

はやての口から出た、マスターとしての初めての命令ことば
普段は使わない口調で、すらすらと出てきた文句。恐らくはずっと前から心の中で考えていたに違いない。
それは、小さな願いだった。それでも、とても大きな、願いだった。

「約束できる?」

その願いを跳ね除ける道理など、ある訳がなかった。シグナムは深く頷く。もしはやてを抱えていなければ、片膝を付いて頭も垂れて宣言していただろう。

「誓います。騎士の剣に賭けて」





シグナムの胸に抱かれながら、はやてはシグナムの肩に頭を乗せて目を瞑る。夜風と、シグナムの体温とやわらかさが心地いい。

「ふあー、シグナムぬくぬくや」

「………」

どう反応したらいいのか分からず、シグナムは戸惑う。だが先程の会話で安心し切った彼女の主にとってそんなことは知ったこっちゃなかった。

「シグナム、わたしはおねむや。おやすみするから、後のことよろしゅうな」

「……は、主はやて?」

シグナムが呆気に取られる間に、はやての体がもぞもぞと動き、仰向けだった体がシグナムに完全にもたれかかる形になる。
シグナムは耳元で聞こえるはやての呼吸が段々と落ち着いていき、やがて規則正しい呼吸音になるのを感じた。

「―――」

シグナムが顔を動かすと、そこには半分だけの幸せそうな主の寝顔。
シグナムは自然と、今朝ヴィータの言っていた言葉を思い出した。

―― はやての安全は、はやての笑顔はわたし達が絶対に守るんだ。

(……ああ、そうだな)

シグナムははやての体をしっかりと抱え直すと、ゆったりとした足取りで家の中へと戻って行く。
彼女達の、家の中へと。















あとがき

はやてはかわいい。
最後のシーンは原作のあのシーンよりも時系列的には早いです多分。


前回の話、すずか達がはやての誕生日のことを知って誕生日パーティーをする案もあったにはあったんですね。
でもそうなるとすずかのこと、どう考えてもはやてを一人のあの家に帰すわけなく、はやてすずか亭にお泊りの流れになるんですね。
で闇の書ワープからの覚醒で覚醒場所すずかの家ですね。
はやて助け呼べますしすずかも居るし精神的余裕あるので多分気絶しないし気絶してもすぐそこで治療受けれますね。
さっちんと遭遇できないんですよ…… --;

はやての月村家でのお泊りシーンとか凄く書きたかった……


あ、シグナムのあの宣言、何の嘘もありませんよ。
吸血鬼に闇の書は関係ありませんし、むしろ仲良く平穏に暮らすためにやってるんですから。


P.S. スマブラ初心者のうちのPKファイア連発とピカチュ! 連発は様式美だと思う



[12606] Garden 第9話
Name: デモア◆45e06a21 ID:64bf4932
Date: 2014/06/07 17:56
『―――それじゃ、またね、フェイトちゃん』

そう締めくくられて再生を終えたDVDを、フェイトは自身に割り当てられた部屋に設置されたテレビから取り出した。
嬉しさで綻ぶその顔は地球にいた頃よりも血色が良くなっており、健康的な生活をおくれているのが見て取れる。
フェイトがDVDをケースに仕舞っていると、部屋のドアがノックされた。

《フェイト、僕》

《ユーノ。いいよ、入って》

念話で確認をとった後、ユーノが扉を開いて部屋に入る。
実はここ、時空管理局本局に来た当初はお互いにこのようなやり取りはしてなかった。
合図も無しに部屋に入って「やぁ」といった感じだったのだ。
ユーノはなのはの家にいた頃の癖が抜けておらず、またフェイトも全く気にしていなかったためなのだが、それを見たアルフとクロノに苦言を言われたのだった。

ちなみにこの時空管理局本局というものは、さながら宇宙空間に漂う宇宙ステーションのような外観で、とある次元空間にそのままの状態で存在している建物だ。

ユーノはフェイトの手に持っている物を見て何をしていたのかを察する。

「早速見てたんだ」

「うん、ユーノも見終わったとこ?」

「ううん、僕はまだ」

ユーノは適当に置かれた椅子に、フェイトはベッドに腰掛けた。

「そうなんだ」

「うん、どうだった?」

「アリサと、すずかのこととか、家族とのこととか。あと、応援してるって、早く会えるといいねって」

満足そうに頷くユーノは、なんともなしに部屋の壁にあるカレンダーへと目線を向けながらぐちる。

「クロノ達も、本当に頑張って動いてくれてるけど。
 でもどうにも裁判ってのは時間がかかるものだからね」

「仕方ないよ、あれだけのことをしたんだから。
 クロノ達には本当に感謝してる。本来の仕事を外れてまで、私のために」

「うん。でも、やっぱり執務官って凄いみたいだ。
 クロノ執務官が味方してくれてるってだけで、随分とスムーズに話が進んでいるのが分かるよ。直接事件を解決した人ってのも大きいんだろうけど。
 それに、もう一人、味方をしてくれる提督さんも現れたしね」

ユーノの言うその人物に、フェイトも心当たりがあった。リンディ提督に案内されて会いに来てくれたこともある。

「ギル・グレアムさん?」

「うん」

「昔お母さんにお世話になったからって、あんなことになってしまって申し訳ないって。
 それで、本当の娘じゃない私にここまでしてくれて。
 本当に、私は優しい人達に恵まれてる」

フェイトの言葉にユーノは頷きで同意すると、わずかな沈黙を小休止にして次いであることを確認する。

「それで、あの子については」

フェイトは首をふって答えた。

「さつきについては、何も」

「そう……多分、まだ進展がないんだよ。
 なのは、弱音を吐くのが苦手だから」

「そうなんだ。
 ……私は、なのはのこと何もしらないから」

フェイトの言葉に、ユーノははっとする。

フェイトとなのはは両者共に認める友人だ。
しかし彼らが直接触れ合った時間は1ヶ月の間に幾度かのみ、更にその殆どがジュエルシードを巡る戦いの中でだった。
相手のことを知っているという点なら、まだ一緒に過ごしたこともあるさつきの方が勝っているだろう。

若干の影を落として自嘲気味に吐き出されたそれに、ユーノは思わず難しい顔を作った。
しかし頭の回転のいい彼のこと、すぐに表情を和らげてフェイトに語りかける。

「なるほど、フェイトは僕がなのはのことをとてもよく知ってると感じているわけだ」

それにフェイトはキョトンとした。

「違うの?」

「だったら、フェイトの悩みは大したことないよ。
 早く裁判を終わらせちゃって、一ヶ月もすればそれで解決さ。
 何しろ僕の、なのはと出会ってから一緒にいた期間はまだそれだけしかないんだから」

「えっ、そうなの。
 なら、あの頃って使い魔になりたてだったんだ」

ずっと続いていた誤解が露見した瞬間だった。















それから暫くして、なのはの元へフェイトからの返事のビデオレターが届いた。
なのははリビングで見終わったそれを自分の部屋の棚に仕舞う。
あの温泉宿の時のことをアリサが覚えていて、それで少し厄介なことになっているなんてことを流石に黙っているわけにはいかないので、フェイト達にもそれはしっかりと伝えてあった。
そのためなのはが事態の解決を伝えるまではフェイト達からはなのはにしかビデオレターは来ない。
それを伝えた時は随分と心配されたし、そのことを忘れていたことをとても謝られたが完全にお互い様だった。

今回のビデオレターの内容は、前回なのはが伝えた諸々への返事。
それと、どうやら裁判の方は思っていた以上にスムーズに進んでおり、仮釈放も予想より早くなるかも知れないらしい。
はやてのことに対してノータッチだったのは少し悲しかったが、まあそんなものだろう。

さつきのことに関しては、なのははなんの報告もしていない。
まだこれといった進展がないというのも確かな理由ではあるのだが、なのははフェイト達へその話題を出すのに何故か後ろめたさのようなものを感じるのだ。
フェイト達からのビデオレターの中でさつきの話が出てこなかったことにほっとする自分も、本人は無自覚だがなのはの中に確かにいた。

「………」

なのはは体の芯に何かジリジリとした焦りのようなものがあるのを感じていた。
このままではいけない、と漠然と思いながらも、ならどうすればいいのか、何をすればいいのかが浮かんでこない。
手がかりは、とても身近に、ある。でも何かがなのはを一歩踏み出させてくれない。
折角掴んだ手がかりなのだから、慎重に、誤魔化されたりしないようにと、そうやって自分を誤魔化して、その日もなのはの胸の内は燻り続けるばかりだ。



そうしているうちに訪れた、ある日の晩のこと。
家族揃っての食事の最中に、それは起こった。

「ねぇなのは、あなたと同い年の子で、弓塚さつきって子知ってる?」

「うぅえ!?」

桃子からの問いかけに、なのはの体が座ったまま跳び上がった。
珍妙な叫び声をあげながらの予想外の反応に、桃子のみならず全員が目を丸くする。
なのはの頭の中を一瞬にして様々な思考が駆け巡り、咄嗟に出てきた言葉が、

「あ、会いに来てくれたの!?」

「あら、知ってる子だったの」

「さつきちゃんがどうかしたのかい?」

その反応に驚いて、思わずなのはに向けられた桃子と士郎の言葉に、なのはは焦りながらも齟齬や違和感を感じ取った。
なのははひとまず気持ちを落ち着けるように努め、そして問い返す。

「えーっと、さつきちゃんがどうかしたの?」

直前に士郎の発した問いをそのまま返す形になってしまったが、今のなのははそこまで思考が回ってたらいない。
桃子と士郎は困惑しながらも顔を見合わせると、ひとまず話を先に進める。

「さつきちゃんね、休日の日によくうちのお店に来てくれる子なんだけれど」

とはいえなのはの様子からさつきと自分達の関係が気になっているのは察することができるのでまずはそこから入っていくと、なのはは目を大きく見開いた。

「ええっ!? 私お店で会ったことないよ!」

「ああ、それはさつきちゃん、来る時間いつも遅いから」

なのはの疑問に士郎が答える。
当然のごとくなのはは翠屋をそれなりの頻度で訪れるが、なのはが翠屋に顔を出すのは大抵昼頃。
対してさつきが訪れるのは桃子の仕事が落ち着く頃を見計らっての昼を大きく外した時間帯だ。
このことから、今まで二人が翠屋で出会うことはなかった。

「え、それって、前から来てたの?」

「そうだね、始めて来てくれたのは3ヶ月くらい前のことかな。
 それからは時々来てくれてるね」

「そ、それって2ヶ月前から1ヶ月前くらいの間にも来てたの!?」

「ん、ああ来てたよ」

「……そうなんだ」

焦った様子から急に勢いを落とし、気落ちした様子のなのはに2人は不安になるが、落ち着きを見せたなのはは話の腰を折ってしまったことを謝罪し、桃子に話の続きを促した。

「ごめんなさいお母さん、それで、さつきちゃんがどうしたの?」

本当なら、桃子はなのはがさつきを知っていたら、彼女の抱える悩みごとか何かについて心当たりがないかと聞くつもりだった。住んでる地域が近く、また同い年であれば知っている可能性は十分ある筈である。
昼間のことを気にかけ、また来てくれた時に何か力になれないかという考えからだった。
だがしかし、なのはがさつきのことを知っているようなのはよかったのだが、まさかのなのはの方が取り乱すという予想外の事態。
桃子はなのはの様子を見て、なのはが話したい範囲で話せるように自分の要求をソフトに伝えることにする。

「ええっと、だから、よく来てくれる娘だから、もしなのはの知ってる娘だったらどんな娘なのか教えてもらおうかなーって思ったんだけど」

桃子の言葉に、なのはの顔が歪んだ。













食事が終わり、暫く経ったころ。高町家の廊下を歩いていた恭也が眉を潜めて立ち止まった。

「……ん、」

そこはなのはの部屋の前。閉じられた扉の向こうから、なのはの気配が感じられない。
リビングでも見かけなかったし風呂にも入っていないはずなので本来なら部屋にいる筈である。

恭也はなのはの部屋に向き直り、コンコンと扉をノックした。

「なのは?」

数瞬待っても返事は無かった。

「なのは、開けるぞ」

カチャリ、と恭也が扉を開くと案の定、そこにはもぬけの空のなのはの部屋。
恭也が思い浮かべるのは、先ほどのリビングでの出来事。念のため先ほどは居ない筈と判断した場所も含め家の敷地内の気配を探るが、やはりというかなのはの気配はなかった。

なのはが夜中に家を抜け出すのはこれが初めてではない。
別に常習犯というわけではないのだが、つい4ヶ月程前もなのはが夜中に家を抜け出したことが何度かあった。
あの頃のなのははあのリンディさんという人がらみのことで何かをやっていたらしいが、それはもう終わったはずだ。となると、原因はやはり先ほど話題に上がっていた弓塚さつきという少女のことだろう。

あの頃は恭也達も家で帰りを待っていたり、見守ったりしていた。暫くして、それなりに危険なことに首を突っ込んでいるとなのはから告白された時も、なのはの強い意志を見て背中を押した。
だが今はまずいのだ。元々前からあった夜の一族がらみの案件だったのだが、それがここ2ヶ月で随分と血なまぐさいことになっている。
2ヶ月前は首筋に傷を負った街中での大量の貧血患者の発生、そして1ヶ月前は血だまりのできた破壊痕。
類似した貧血被害は前からあったのかも知れないが、たかが貧血ならと病院へ行かず休んで治してしまう日本人の気質もある上に、数ある病院患者の中からそんないるかもしれないだけの人物の情報を得るなど実質不可能なのでそれは調べようのないことだ。
しかし逆に言えば、事件性を疑われるレベルでの被害はそれまでは無かったということなわけで、更に後者にいたっては論ずるまでもない。
しかも、そのどれもが夜中に起こっている。

「あら、なのはまたどっか行っちゃったんだ」

ひょっこりと現れた美由希が、恭也の後ろから部屋を覗いてぼやいた。
恭也はそれに振り返ることもなく言葉を返す。

「ああ、だが今は時期がまずい。実は今かなり物騒なことになっててな」

「……」

物騒って、何がどう物騒なのか。続く言葉を待つ美由希だったが、恭也からそれ以上の情報は出てこなかった。
美由希からの反応がないことから恭也がそちらへ顔を向けると、続きは? と目で催促している美由希とバッチリ目が合う。
美由希が何を求めているかを察した恭也は口を開こうとして……そのまま気まずげな表情で固まってしまった。
しばらくそのままにらめっこになった後、美由希は呆れたような顔で溜息を吐く。

「あー、うん、分かった。詳しくは聞かないから、なのはを探せばいいのね」

不満げな様子ながらも引いてくれた美由希に、恭也はなんとも情けない気持ちになりガックリと肩を落とす。

「すまない、助かる。美由希は翠屋の方を探してくれ。俺は街の方へ行く」

「はいはい、了解ー」

主に事件が起こっている方面の捜索を引き受けて、なのはの行動の原因であると思われる会話に出てきた翠屋の方面を美由奇に任せると、次の瞬間には恭也の姿はその場から消えていた。












翠屋の前で、なのはは立ち尽くしていた。
今ここに来たところで会えるわけがないと分かっているのに、こんなこと何の意味もないと理解しているのに、それでも気持ちを抑えられなかった。

「…………」

あてもなく、翠屋の看板を見上げる。
さつきは、ずっとこの近くにいた。
なのになのはの魔法では、それを見つけることはできなかった。
探索の魔法に関しては、力不足を感じざるを得ない。
でも、と、翠屋の前でネックレスの先端のレイジングハートを手の中に握りしめ、なのはは目を閉じる。
集中し、生み出すのは複数のサーチャー。使用するのはそれを使った探索の魔法。
結局、逸る心を押し込めるには、これしかないのだった。

周囲へサーチャーを飛ばしながら、なのはの頭に桃子の言葉が蘇る。

――「どんな娘なのか教えてもらおうかなーって」

(やさしい娘で、自分の望みを捨てても、フェイトちゃんを助けてくれて、それで……)

なのはの脳裏に、さつきの姿が浮かび上がってくる。
栗色の髪を2つ垂らした、明るい笑顔を浮かべた同い年くらいの女の子。
その影が、口を開いた。

『わたしは、人の命を奪わなければ生きていけない化け物』

(―――っ)

寂しそうな眼で、明るい笑顔は空虚で、そしてこんな体になんてなりたくなかったと叫んだ少女。
さつきは、一体どんな娘なのか。

(そんなの、私の方が――っ!?)

瞬間、なのはの胸の奥から言い知れぬ悪寒がせりあがってきて、彼女は思考を放棄した。
なのはの自覚のない、否、自覚しないようにしているその悪寒の正体は、恐怖心という。

そして思考を打ち切り、魔法の使用にのみ意識を向けたなのはの耳を、聞き慣れた声が叩いた。

「なのは」

と同時に、肩に手が置かれる。

「!?」

驚き、振り返った先には、若干呆れたような、ふてくされたような空気を醸し出す美由希の姿。
なのはは思わず魔法を止めた。

「お姉ちゃん」

「何してるのよこんなとこで。ほら、帰るわよ。
 なんか悩み事あるんならよければお姉ちゃんが聞いてあげるから」

「え、あ、うん……」

そのまま怒るでも叱るでも理由を尋ねるでもなくただ帰宅を促して肩を押す美由希に、なのはは呆気にとられる。
いやそもそも、何で彼女がこんなところにいるのか。ゆるゆると歩を進め始めたなのはは、恐る恐る美由希に尋ねた。

「あの、お姉ちゃん。もしかして、私を探して……?」

「もしかしなくてもそうに決まってるじゃない。まぁ、お兄ちゃんにお願いされてね。最近物騒だから探すの手伝ってくれって。
 ひどいよね、理由全然説明してくれないんだよ。全く、私ももう一人前だってのに」

携帯を取り出してボタンを押しながらそれに答える美由希は、何かに対して思いっきりふてくされていた。予想とはかなり違った反応を返されたなのはは戸惑いながらもとりあえず謝っておく。

「えっと、ごめんなさい……」

「いいのよ、なのはが夜に出てくのはこれが初めてじゃないし。あ、もしもし」

確かに以前、ユーノを助けに行った時に家を抜け出した時はバレていたが、この言い方と今日の対応の速さからいってまさか、

(もしかして、今まで抜け出した時全部バレてたの!?)

なのはが衝撃を受けている一方、美由希は電話先の相手と通話を始めた。どうやら相手は恭也のようだ。

「うん、こっちにいたよ。え? ……え?
 ……あーもーそーですか。分かりましたごゆっくり!」

そして何故か更に機嫌が悪くなって通話を切った。
その後おもむろに隣を歩くなのはの手を握る。

「さぁなのは、あんなのほっといてお家帰ろうか」

「え、う、うん」

なのはは素直に頷いた。











携帯を畳んだ恭也は、走りながらそれをポケットに仕舞った。
恭也の走る先には、これまたどこかへと向かって駆ける一人の女性。その女性は夜とはいえちらほらと存在する人という障害物を全く意に介さずにすいすいと避けて進んでいく。
美由希からのなのは発見の報告とほぼ同時に見つけたその人物、目を引いたのは、彼女が走っていたからではない。
彼女の纏う空気が、常に自身から一定の範囲の気配を掴み警戒しているのを知らせてくれた。彼女の走り方から、相当な使い手であると否応なく感づかされた。
そして、一度意識すればその女性の纏う空気が、戦いに赴くモノのそれであるが故のものであると理解した。
これでその女性の背丈髪の色長さが、ファリンから聞いていた「吸血鬼について聞き込みをしていた人物」と合致すれば、もう追わない理由などありはしなかった。

とは言え相手はあのファリンの追跡にも気付いた人物である可能性が高い。だが、故に恭也は不適な笑みを浮かべた。
俺を舐めるなよと、誰に言うでもなく心の中で言葉を紡ぎ、恭也はその女性の追跡を続ける。決して気配を相手に気取られないように。
それは彼の、『永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術の師範代』としての腕を最大限に発揮してのものだった。

やがて女性は大通りから外れて路地へ入る。ビルに隠れて女性の姿が見えなくなった。
路地は短い間隔で横道があったりする。見失う危険性が高まるため、恭也は脚を早めてその曲がり角まで急ぐ。
気配とは、主に不自然な音や呼吸や臭い、大気の動きや体温などのことだ。他にも色々あるが、目に頼らないものでさえもこれだけある。
故に恭也はそれらがビルの壁の向こう側まで届かないように、その通りに入る直前で一旦減速し、単なる歩行者のように歩きながらさも自然な様子でその路地をうかがった。

そして、思わずピタリと立ち止まり、方向を変えて路地へと入っていく。

(くそっ)

口に出して毒づくようなヘマはしない。
何が起こったのかといえば、言葉にすれば単純なこと。女性が入っていった筈の路地に、誰の姿も存在しなかったのである。
既に他の脇道に入ってしまったのか、それとも、

(あれで感づかれていたのなら……一体どこまで……)

脇道に入られただけなら、すぐにでもそれを確認すれば見つけることは出来るだろう。しかし、走りもしない。
いきなり走り出すとその恭也の行動を見た周囲の人間がざわめき、それが気配となることもあるが故に路地に入るまでは自然な動作でいなければならない。
そして一旦路地に入ってしまえば、大通りならまだしも人気のない路地では僅かな物音も命取りである。

実際には、恭也の追っていた女性――シグナムは恭也の尾行に気付いてはいなかった。
彼女はシャマルの張った結界の中に入ったにすぎず、時空間軸のずれた場所へ入ったため恭也からは消えたように見たのだ。

だがそのようなことが恭也に分かるはずもなく、先ほど追跡していた時より一層気配を消し、周囲を警戒しながら路地を進む。
ある程度進んで何のアクションもないのを見ると徐々に捜索するスピードを上げ、ついには殆ど音もなく走り路地を探し回ったが女性の姿はおろか誰かのいる気配すら掴めなかった。
やがて一旦大通りへ出て周囲を見渡し、人通りの少ない路地を抜けて反対側の大通りも見渡し、路地に戻ってもなんの成果もなく、既に最初に路地に入ってから暫くの時間が経過してしまっているのを見て、恭也は肩を落とした。

「撒かれた、か」

折角の手がかり、それもかなり重大であろうものを逃したことに落胆を禁じ得ない。
さて家に帰ろう、そう言えばなにやら美由希の機嫌が悪かったような気がするなと思いを馳せ――


――と、その時、ずっと人気のなかった筈の路地のどこからか、音が聞こえた。

「!!」

ただの音ではない、明らかに人の気配の音だった。

恭也は急いでその音の聞こえた地点へ急行する。最早必要以上に気配を消すこともしない。
先ほどまで何の気配もしなかった路地から、これほど離れた場所まで聞こえるほどの音が聞こえるということは、それだけのことが起こっているということなのだから。

やがて目的地付近へ近づくと、「ここら辺か」と恭也はあたりを見回して……いた。
それは、小さな人影だった。大通りにある灯りの殆ど届いていない路地、ゆっくりと恭也の方へと歩いてくるその人影の姿が、段々と判明する。
まるで子供のような……否、それは実際に子供だった。恭也の妹であるなのはと同じくらいの、女の子だった。

「――!?」

その姿に、恭也は思わず息を呑んだ。
正に満身創痍といった様子で、その動きには力がない。目は虚ろで、しかし何かから逃げるかのように歩を進めている。
着ている服もズタボロで、本人も服にも汚れが酷い。頭から先まで砂利まみれでゴワゴワのカピカピ、服にも染み付いているようで、泥水に突っ込んだ後乾くまで放っておいたらこんな感じになるだろうかと言ったレベルだ。

この現代日本で、一体どうすればそのような姿になれるのか、恭也には予想もつかなかった。イジメだとか暴行だとかそんなレベルでは断じてなかった。
そして一番の問題は、服の胸元に大きく穴が開いており、その周囲から下に向かって何かが垂れたかのように赤黒く変色しており、下に履いているスカートの前にも同様の痕があって、そしてその胸元の穴の向こうも赤黒い色で覆われていることだ。
見た目だけなら既に致命傷、むしろ今動けていることが不思議なくらいだ。

恭也は思わず駆け寄ろうとする。早く抱えてあげて、それから病院へつれて行かねばと。
しかし駆け出したところで、恭也の脚は止まってしまった。
焦点の合っていなかった少女の目が、恭也を捕らえていた。紅い紅い、綺麗な目だった。
恭也の脚を止めたのは、少女からあふれ出る威圧感だった。少女の目が恭也の姿を捉えた途端に、恭也の体を悪寒が突き抜けた。
それは殺気、いや、これはもっと原始的な――!!

「っ!」

恭也は両手にそれぞれ、計二振りの刀を握り締める。どこに持っていたのか、どこからともなく取り出したそれらはどちらも小太刀。
木刀や模造刀の類ではなく、マジもんの刀である。

次の瞬間、少女が駆けた。
そのスピードは先ほどまでの力のない動きからは想像もつかないほど。
手を槍のように突き出して、一般人なら反応する間もなく懐まで入られていたかも知れない程の速さで恭也へと突撃する。
その手に込められた威力は、少女自身のスピードを見てもとてもじゃないが当たれば痛いですまされそうにない。
少女が恭也に届く直前、恭也も、動いた。前へ。瞬間、峰打ち、二閃。

少女がどさりと倒れる。体を突き動かしていた危機感は霧散し、恭也はハッとして気を失ったらしい少女へと駆け寄った。
うつぶせに倒れた少女の背中を見て、再度目を見開く。
少女の胸元にあった穴の丁度反対側の位置も、同じように服が破け周囲が血で濡れていた。
胸に大きな傷を負っていると思ったが、これではどう見ても胸元を貫通して穴が出来ているようにしか見えない。

恭也は真っ青になりながらもその砂利まみれの体を抱き上げ、そして眉を潜めた。
抱き上げるために少女の体に触れたところ、どうも胸元に空洞があるようには感じられなかったのだ。
それにしても胸元と背中両方に怪我を負っているだけかも知れないが、それでもこれだけの血の量、相当な怪我になっている筈だ。
それなのに恭也の腕に返ってきた感触は、しっかりした肉のそれ。
抱き上げた少女の胸元に開いた服の穴に手を入れると、その先にあるのはパリパリに乾いた血液と、その下にあるしっかりした肌と肉の感触。
恭也は困惑する。
この少女が怪我をしている訳ではないとすれば、それでは一体この血は誰の血なのか。
どう見ても少女が怪我をしたようにしか見えないこの服の汚れ方はなんなのか。

ここにたどり着くまでの経緯、少女のこの姿、先ほどの尋常ではない様子から、当然のことながら恭也はこれがただ事ではないと考える。
ただ事ではないどころか、恐らくは日常に隠れた裏の世界の出来事、それも今自分達が調べていることに関係している可能性がとても高いと。
胸の傷の心配はなくなったにしろ、見るからに酷いこの少女の姿、自分が気絶させたとはいえ、それにしても力の抜けている身体。
行く先は、一つしかなかった。恭也は少女を抱え、大通りへ出るわけにもいかないため裏通りを進みつつ携帯を手に取り、電話をかける。

「ああ、ノエル、恭也だ。夜分遅くにすまない」















あとがき

やっと出てきたよさっちん! やっとさっちんメインで話進めれるよ!
なのはのサーチャーが役立たずな理由は、あんだけ探索魔法ぶっ放しておいてヴォルケンズから何も補足されてないってことから察してください。



[12606] Garden 第10話
Name: デモア◆45e06a21 ID:64bf4932
Date: 2015/04/03 01:46
恭也とノエルが月村亭へ着くと、玄関ホールで忍が待っていた。
兎に角急を要する事態だったため、ノエルには例の件がらみということで早急に飛び出してきてもらい詳しい事情は車の中での説明だった。
保護した少女がこうなった原因がまだどこにあるか、いるかも分からない状況だったのだから仕方のないことだ。
それ故忍はまだ詳しい事情を何も知らない。
そんな中ノエルが抱える少女を見て、忍は息を呑む。勿論、その少女の惨状にだ。
明るい光の下では、少女の状態はよく見えた。体中、それこそ長い髪からつま先まで汚れまみれ。胸元には大きな傷、そして青白い顔に動かない体躯。

「……そんな、こんな小さな子まで……」

かなりのショックを受けた様子で、震えた声を出す忍に、恭也はとりあえず忍が抱いているだろう誤解を解く。

「安心しろ忍、この子は生きてる」

「!!」

思わずはっとノエルの顔を見た忍に、ノエルは1つ頷きを返した。忍の中に安堵が広がる。

「それでは私はこの子を綺麗にしてきます」

「ああ、頼んだ」

忍に対して頷いた後、すぐさまそう言って奥へと向かうノエルと、当然のようにそれを送り出す恭也に、忍は思わず恭也にまくしたてた。

「え、あの子、まだ無事ならそれよりもまず治療をしないといけないんじゃあ」

慌てたように言われる当然といえる疑問に、恭也は困ったように返す。

「ああ、それがあの子な、車の中である程度調べたんだが、大した怪我はしてないみたいなんだ」

「……え、
 あの格好で?」

数瞬、恭也の言葉を理解すると共に忍が感じたのは、まるで肩透かしを喰らったかのような安堵と、大きな戸惑い。
あの汚れ方や服の破れ方からして、とてもじゃないが信じられそうにないその言葉。
恭也も当然それは理解できるため、これまた困ったような顔で頷く。

「ああ、胸と腹に大きな痣があるだろうけど、それは俺がやったやつだし」

「……え?」

「いや、気絶させる時に峰打ちでな、胸を打って肺の中の空気を吐き出させた後、腹を打って呼吸困難に」

「あんな小さな子に何やってるのよ恭也ぁ!?」

恋人のまさかの言葉に忍は目を剥いて驚愕の叫びを上げた。
しかも峰打ちということは刀でぶっ叩いたということである。
勿論それ相応の理由があるのだろうとは察せられるがそれにしてもだ。

「いや、だってやらなければ俺が危ない状況だったんだよ」

実を言うと、恭也の強さはかなりのものだ。そこら辺の不良数人とか引き合いに出すのもかわいそうな、それこそ銃で武装したプロ相手にも立ち向かえる程の腕を持っている。
というか正直人間やめてる。
そんな恭也の強さを忍はよく知ってるため、あんな女の子をそんな方法で気絶させなければいけなくなる状況なんて本当に想像できない。

「……とりあえず、詳しい話を聞かせて頂戴」

事の重大さから嘘を言っているわけもないため、忍は頭を痛ませながらひとまず恭也を休める場所へと誘った。















さて、どんな厄介で摩訶不思議な状況に巻き込まれたのかと身構えていた忍だったが、女の子を気絶させた問題の行動の原因は、ただ単純にあの女の子が襲ってきたからだという。
それこそまさかだろう。恭也の実力云々を抜いても、推定小学生の女の子に襲われたからって無理矢理気絶させる大人がどこにいるという話だ。
しかし恭也の話だとそうしなければ自分の身が危なかったらしい。体が危険を訴えたからだけでなく、少女の動きそのものや攻撃の威力も人間離れしていたと。
ことそういう事に関して忍は全面的に恭也を信用できるので、本当にあの少女がそれだけの脅威だったということになる。

まぁそれは分かった。一体どういうことなのか、とりあえず仮説はいくつかたてられるが、色々な話し合いの前に、忍はとにかく言いたいことができた。

「それにしても、こう、もうちょっとやりようはなかったの? ほら、首筋を叩いてとか」

「あれで気を失うのはアニメや漫画だからだよ。あれで脳を揺らせば確かに出来るかも知れないけれど、そんなに強く叩いたら下手したら首の骨を折ってしまうかも知れないし、そうでなくても脊髄を傷付けてしまったら大惨事だぞ。
 確実性からもそれをやるんだったら後頭部や側頭部、顎を殴った方がまだいいし、安全だ」

しかもあの状況では刀で、になる。確かにそれだったら、まだ恭也の取った方法の方がいいのかも知れない。
後頭部を刀で殴るとかそれこそ殺す気かだし、女の子の顔を傷物にする危険性のある他の方法も却下だ。頭が歪んでしまったり顎が割れてしまったりしたらどうするつもりだ。
しかしそれにしても、やってることがえぐすぎるだろう。

「……大した怪我はさせてないのよね?」

「内臓破裂とかはしないように加減したけど、もしかしたら肋骨を骨折してるかも……まず間違いなくヒビは入ってるなぁ」

忍は頭を抱えた。ほんとうに、あんな小さな女の子になんてことをしてくれているのか。
だがそれはもう言っても詮無きことだ。忍は首を回して窓のカーテンの隙間から見える外へと目を向ける。
深夜をとうに過ぎているそれは当然既に真っ暗だ。

「それで、どこの子かは分かってるの?」

「いや、そういうのが分かりそうな物は何も持ってなかった」

恭也の答えに、忍は遠い目になる。あのくらいの歳の子なら別におかしくも何ともないのだが、出切ればそこは何かしら持っていて欲しかった。
忍は再び恭也へと視線を向けて、その目を見て、確認する。

「携帯も?」

「ああ」

忍は今度こそ両手で頭を抱えた。

「こんな時間に女の子を預かって、しかもあんな状態なのに、親御さんへの連絡方法も分からないのは……」

もうほんと、勘弁してくれと言いたいだろう。心配しているであろう親御さんのことを考えるとどうしても罪悪感を感じてしまう。
非常識な事態に巻き込まれたか、当事者かである女の子である。色々と事情を探らせてもらうし暴いたり隠したりもするだろうが、それはそれ、これはこれ。
この状況で子供の無事と所在を親御さんに連絡するのは、それ以前の問題として人として当然のことだ。

「だけど財布自体は持っててな、これがそれなんだが……」

恭也の言葉に忍が目を向けると、子供が持つには少し大人っぽい気がするがなんの変哲もない財布を恭也が開けていた。
そして札束入れの部分を開けて忍に見せる。

「諭吉が6枚入ってる」

思わず2度見した。1万円札以外にも千円札や小銭も入っているっぽいが、それは関係ない。
恭也や忍なら財布の中に見慣れたくらいの金額だが子供が持つには少々額が大きすぎやしないか。財布自体も、子供が持つには少し大人っぽい――若者の女性が持つようなものだ。
これらと先ほどの少女の格好を考えて最初に連想するものは、

「……盗んだ?」

「さあ、なぁ」

恭也は首を傾げて返すと、財布を閉じ直す。そしてそれを机の上に置いた。

「そもそも、あの子が何者なのかという話になるんだが」

「恭也ですら危ないと思わせるような何かを持っていたのよね?」

「何かというか、単純な身体能力だな。動きも早かったし、こっちに突き出して来た手は多分普通に人を殺せる」

それを聞いて、忍はふと不安になった。

「……ねぇ、今更だけどノエル大丈夫かしら」

「大丈夫だろう。女の子は手負いだし、意識が戻った直後っていうのはそんなに動けるものじゃない。
 このことも話してあるから警戒してれば彼女ならなんでもないさ」

恭也がそう判断したのなら大丈夫だろうと、忍は頷く。
それで、恭也は改めてまず最初に当たりをつけておくべき問題を投げかけた。

「それで、なんであんな小さな子がそんな力を持っているのかという話だけど。
 心当たりとかないか?」

色々と謎の多いこの状況だが、順番的にはまずこれになる。
恭也の追っていたあのピンクの長髪の女性、その女性らの先日の行動や、彼女の消えた路地。そこに現れた異様な姿の少女。
まず少女の正体を突き止めることから逆算していくべき場面だ。

「流石に夜の一族とはいえ、あんな歳の子じゃ恭也にやらなければやられると思わせるなんて無理だろうし……。
 後は、ノエルみたいに自動人形とか」

言って、恭也を見やるが忍はこれは無いだろうと思っていた。案の定恭也が首を振る。

「いや、あの子は違ったよ」

「そうよねぇ」

そうなのだ。女の子が自動人形だったなら、体を調べた時に恭也が気付いている筈なのである。

「じゃあ、後考えられるとすれば誰かに操られていたか、何かしらでドーピングされていたかかしら」

その言葉を聞いた恭也が渋い顔をする。

「その可能性は割と高いかな。襲い掛かって来た時も、意識朦朧でふらふらに見えた状態からいきなりだったし。
 ただあそこには他の奴の気配なんて感じなかったんだけどなぁ……」

とはいえあの女性が消え失せた場所である。何者かが潜んでいても不思議はないだろう。
しかし決定的な確証はない。ここまで不透明だとこのまま憶測で話を進めるのは危険なため、そこから考えられる様々な推測は各々の頭の中に留める。

ところで、今忍達がいるところは忍の自室などではなくごく普通の客間である。なお月村邸という豪邸においての普通なのであしからず。
何故そこを選んだかというと、ちゃんと理由がある。女の子を綺麗にしたノエルが、その子を連れて来るからだ。
そのまま待つこと数分、やがてメイド服を着たノエルが女の子を抱えてやってきた。

どうやらまだ目を覚ましていないらしい少女は旅館でよくあるような浴衣に身を包み、しかし何故か前は襟を重ねられているだけで帯は締められていない。
二人の髪は僅かに湿り気を帯びており、肩を覆うくらいに伸ばされた少女のそれは彼女の頭を支えるノエルの腕から零れている。
砂利まみれのゴワゴワだったその髪は綺麗に洗われ、元の綺麗なこげ茶色を艶やかに見せ付けていた。
暖かいお湯に浸かったからか、真っ青だった顔色には僅かに赤みが差しておりそのことに恭也達は安堵する。
しかし未だに顔色が悪いことは変わらないので気をつけなければならないだろう。

ノエルは二人に会釈をしてから「こちらへ」と言い、客間のマットが敷かれている場所へと歩を進めた。
恭也と忍も目を見合わせるとそれに付いてゆく。
足裏を包み込むようなフサフサのマットの中ほどまで進むと、ノエルはどこからともなく枕を取り出して少女を寝かせた。
と、少女を寝かせるためにノエルが身を屈めたところで、忍が何かに気付いた。

「ちょっとノエル、その首筋のところ、どうしたの?」

それは、不自然な痕だった。ノエルの首筋にある赤いそれは一見人の歯型のように見えるが、そんな場所にそんなものが付いているのはおかしい。
しかも一度注目してみると、その歯型は傷痕だった。だが人の歯にしては傷痕が深くて鋭い。

「噛まれました。この子に」

端的なノエルの返答に、忍はその意味を理解するのに一瞬かかり、そして目を細めた。
噛まれた。普通なら蚊などの虫を想像するがそうではない。ノエルは確かにこの少女に噛まれたと言った。

「つまり、その子は」

「やはり夜の一族、でしょうか」

忍の言葉に被せるように、ノエルが言う。忍はそれにまず間違いないでしょうと頷いた。
まぁ、予想できたことではある。むしろそうでなければ余計に頭を悩ませることになっただろう。
と、忍はふと気付いた。噛まれたーー噛んできた、ということは。

「って、起きてるのこの子?」

「うたた寝状態、と言えばよいのでしょうか。
 時折覚醒した様子を見せはするのですが、またすぐにうとうとと眠ってしまいます。余程疲れているのでしょう」

体を洗われても起きないというのであればそれはそれで心配だったが、それならばまぁ安心である。
疲労している寝起きに周囲の環境が心地よいものであれば、頭がしっかり回る前に再度意識が落ちてしまうというのはままある。湯船や人肌のぬくもりというのはえてして心地よいものだ。
この年頃の子なら尚更だろう。ただでさえとっくに寝入っているであろう時間帯だ。
首筋に噛んできた時も殆ど無意識だった様子で、数回吸っていたようだったが血が出なかったからかすぐに気絶するように眠ってしまったのだという。

一方、恭也は血が出ないという部分に微妙な面持ちになっていた。
自動人形。機械の体でありながら人と変わらぬ見た目と感情を持つ、夜の一族の失われた技術を詰め込まれた明らかなオーパーツ。
それにあたるノエルやその妹のファリンに血が通っていないのはまぁ理屈としては分かる。
だがしかし、なら緊張したり興奮したりするとしっかりと上気したり、人肌の温もりがあったりするのを知っている恭也としてはそこら辺どういうことなのと思わざるを得ない。
恐るべし夜の一族の失われた技術というべきか。

「それと恭也様、恭也様はこの子の胸とお腹を打ち据えたと聞きましたが」

と、そんな風に悶々としていた恭也へ、ノエルから声がかかった。
何かまずいことでもあったかと思いつつも、恭也は頷く。

「これを」

そう言って、ノエルは女の子に着せていた浴衣を開けっぴろげにはだけた。当然、女の子の裸の胸と腹部が蛍光灯の下に晒されることになる。
帯を締めていなかったのはそのためだったのかと頭の片隅で納得する一方、忍は怪訝な顔に、そして恭也は驚愕を表にする。
年端もいかぬ少女特有の、柔らかさを感じさせる綺麗な肌には、青痣の1つも存在していなかった。
胸元の、丁度服が破れていたところが少し赤黒くなっているが、それだけだ。丸いそれは少なくとも刀で打たれたような痕ではない。

「そんな馬鹿な。子供の柔らかい骨じゃまず骨折するくらいの力だった筈だぞ」

忍が凄く何か言いたげな表情かおになった。が、恭也はそれには気付かないままに女の子の胸元に手を伸ばす。
が、いくら見ても腹にも胸にもそんな感じの痣はないし、記憶を頼りに肋骨の上の殴打した部分を押してみても骨に違和感も感じなかった。

「どういうことだ……?」

実行した張本人だけに、その異様さは実感しやすいのだろう。下手なホラーよりも現実味のある異常に、自分の記憶すらも疑い始める。
と、まぁそこまでされると流石にと言うべきか、女の子が目を覚ました。まだ意識がはっきりしていないようだが、小さく唸って、身じろぎをして上体を起こそうとしているように見える。

「あ、恭也様、腕をこちらに」

「あ? ああ」

恭也は返事をするが、実際はその前にノエルが恭也の腕を掴んでいた。
女の子の胸を触っていた恭也の右腕を左手で掴み、それをぐいと持ち上げる。
次いでノエルは腕をその位置で掴んだままに女の子の背中とマットの間に右腕を差し込み、その背中を持ち上げると、
腕を曲げて背中を支えたまま手の平で女の子の頭を支えて腕全体を使って女の子の上体をゆっさゆっさと優しく揺らした。

「はいどうぞ血液ですよー」

女の子の顔の前には、丁度ノエルが掴んだままの恭也の右腕。

「ノエルお前な……」

呆れたように恭也が声を上げる。
確かに、血色の悪い顔、疲労困憊している体、夜の一族。それに加えて寝ぼけて首筋に噛み付いたとなれば女の子が何を望んでいるかなど明白というものだろう。
別に恭也としても血を飲ませてあげることに否はない。どうせ慣れてるし。
しかしだからといってこの扱いはどうかと思うんだ。

そんな恭也の内心も知らず、目を覚ました女の子は目の前に差し出された誰のとも知れない腕を見てーー
ーー戸惑うことも一片も躊躇することもなくガブリと行った。

「痛ってーー!」

恭也の腕が邪魔で女の子から見えない今のうちにと、ノエルは恐るべき素早さで女の子の浴衣を直して帯を締めていた。










口内に広がる新鮮で甘美な血の香りに、さつきの意識は一気に覚醒していった。
口の中には誰かの腕。目の前にはその腕の持ち主の男の人。

―― チュー

とりあえずさつきは構わず吸い続けた。
あーまたやっちゃったかー程度の感慨である。どうせ後から魅了で少し記憶を失って貰えばいいのだ。
と、意識を周りに向けるとそこは何処とも知れぬ明るい部屋の中。部屋には今さつきが噛み付いている男の人以外にも女の人が二人。
しかも何やら身体がサッパリしてる。
ん? と思い男の腕を咥えたまま腰を曲げて体を覗き込むと、自分が着ているのは身に覚えのない寝巻き用の浴衣。
そして覚醒からここまで時間が経てば気を失う前に何があったのか――紅い魔導師の少女に襲われて、命からがら逃げ出したところまで――も思い出す訳で。

―― チュー、ピタッ

そんな擬音がピッタリな感じで、さつきは血を吸っていたのを止めた。
目線を上に向けると、(恐らくは痛みで)引きつった笑みを浮かべている男性と目が合う。普通ならここで暴れ防止と麻酔兼用で魅了をかけるところだがここまでの情報を整理するとつまり……。

「ご、ごごごめんなさい!」

さつきはカパッと牙を突き立てていた腕から口を離して慌てて頭を下げた。
いくら種族的に下に見てしまうと言っても命の恩人でしかもよくしてくれた人に対して、そんなの関係ないと思うわけがない。
しかも今さつきがしていたことと言えば恩を仇で返す行為だ。

「いったたたたたたた。忍、お前って上手かったんだな」

対してさつきに血を吸われていた方は右腕の肘の辺りを掴んでそんな風にぼやいていた。
近くにいた、メイド姿の女性にガーゼと包帯で手早く止血されている。残る一人の女性は何故か誇らしげだった。

「えっと……」

そんな様子にさつきは困惑した。なんというか、何で3人とも全然動じていないのというか、どこか手馴れているのというか。

「あー、ごめんなさいね。うちの恭也が」

そんな風にポカンとするさつきにそう言って、一人離れていた女性が歩み寄る。
近くまで来ると屈んでさつきと目線を合わせてくれた。

「まずはお名前、教えてくれないかしら」

「あ、はい。弓塚さつきって言います。こちらこそごめんなさい助けて頂いた人にえっと……その……噛み付いちゃって」

流石に血を吸っちゃってなどと言える訳がないのだが、苦しいのはさつきも自覚している。

「丁寧にありがとう。私は月村忍って言うの。
 恭也のことなら気にしないで。彼なら大丈夫だから。ね、」

忍はそう言って男性――恭也の方を向き、

「恭也?」

何故か怪訝そうな声でその名前を呼んだ。
さつきもそれに釣られて視線の先を辿る。

「い、いやっ、いや、後で、いや、何でもない。いやうん、俺は大丈夫だから気にしないでくれ」

そこでは、恭也と呼ばれた男性が何やら視線を忍とさつきとの間で彷徨わせてそう言っていた。
最後の『いやうん、』以降はしっかりとさつきの目を見て言っていたためそこは明らかにさつきへと向けられた言葉なのだろう。
その様子は確かにどこかおかしかったが、そうではなく、さつきはやはり何かがおかしいと思う。
噛み付かれて血を吸われておきながら普通そんな風に流せる訳がないだろう。

そんな風に怪訝に思うさつきに、こちらはこちらで何かを納得したのか忍が向き直った。

「えっと、じゃあさつきちゃん。まずは――」「あの、忍様その前に」

と、その忍の言葉をメイド姿の女性が遮った。
忍はそちらへ目を向ける。

「なに、ノエル」

「この少女ですが、この」

ノエルと呼ばれたメイドはスッとさつきの背後へと歩を進めた。
当然さつきはそれを目で追うが、座ったままのため途中で視界から外れ、そのまま目の前にいる忍へと視線を戻す。

「失礼します、さつきお嬢様」

と、背後からそんな声が聞こえ、さつきは自分の髪が持ち上げられるのを感じた。
さつきの背後では、ノエルがさつきの髪を二房掴んで頭の上で固定していた。丁度いつものさつきの髪型のように。
そんなノエルの様子に残された二人は怪訝な顔をするも、一瞬後、二人して声を上げた。

「……あっ」「……あっ!」










いつまでもマットの上では何だろということで、一先ず皆席に着くことにした。とはいえメイドであるノエルは一人、忍達の後ろで立って待機状態である。
さつきは勧められるままにソファーに座りながらも、先程声を上げられた理由を考えていた。
あの流れからして以前どこかで会ったことがあるのだろうが、一体どこで会ったのだろう。その後二人してこそこそと2言3言話していたのも気になる。

「それじゃあさつきちゃん、まずはお家への連絡先を教えて貰えないかしら。
 実はもうこんな時間なのよ。お家の方々、絶対心配してると思うの」

そんな事を考えていたら、いきなり困る質問が飛んできた。
差し出された時計を見ると、なるほどもう2時を軽く回るような時間だった。
しかしどうしたものか。相手が3人もいれば魅了も使えない。食事にならば問題ないが、記憶を誤魔化すとなると絶対無理だ。
さつきがどう答えようかと悩んでいると、それを見た忍が続けて言う。

「もう知っていると思うけれど、私もあなたと同じで夜の一族よ。
 だからそこら辺のことは気にしないでいいわ」

さつきは目を丸くした。それはもう、飛び上がらんばかりに驚いた。
と同時に、色々と納得する。先程から感じていた違和感が、物凄い勢いで消化されていった。
いきなり噛み付いて血を啜っていたというのにあの反応だったのも、そもそも腕をこちらに差し出すような格好だったのも、もしかすると。
そしてその驚きが風のように過ぎ去ると、次いでさつきの胸中に湧き上がってきたのは歓喜だった。
やっと、やっと同族に出会えた。自分以外、周りは皆人間。それの、どれだけ孤独だったことか。
自分以外の全員が、種として、意識として自分と違う。そんな『自分の居場所のない世界』、それがどれだけ寂しかったか。
なまじその中で日常を暮らすことを許されてしまった分、その想いは以前よりも強くて。
そんな中での、昨日の桃子相手での自滅と、先程の悪意の暴力で。
だから、さつきの胸を締めたのは、溢れんばかりの興奮と喜びだった。

夜の一族なんて仰々しい呼び方をしているけども、もしかして位の高い人だったりするのだろうか。
部屋の中を見るだけで凄いお屋敷だと分かる家だし、従者も遣えているしと、さつきは一人で納得していく。

古来、吸血鬼の呼び名など無数にあり、世の中には吸血鬼を夜の王ノスフェラトゥやら不死者の王ノーライフキングなんて呼ぶ者もいるのだ。
夜の一族なんて正に吸血鬼のことを刺していますな名称、さつきのこの勘違いは致し方のないものだった。どちらかと言えばこれはむしろ『あなたと同じ』なんて言った忍が悪い。

「あ、あの、では改めまして! わたし、新米の死徒で弓塚さつきです。
 親からは独立していて、今は一人で活動しています」

興奮気味に、さつきが述べていく。
ちなみに、死徒の間では親とはその者を死徒化させた者のことを刺す。

「使途……」

「悪趣味だな」

さつきの言葉に忍と恭也が眉を顰めた。
本人達は声を潜めて呟いたつもりだったが、さつきの耳にはしっかりと届く。

「あの、やっぱりわたしも夜の一族って言った方がよかったですか」

わざわざそんな風に名乗っているということは、威厳とか好みとか以外にも、『死徒』という名称に何か思うところがあったのではないかとさつきは思った。
しかしその申し出に忍は首を振る。

「いいえいいのよ。さつきちゃんの好きな風に話して」

そう言ってにっこりと微笑む忍。

「それで、一人で活動しているって言ってたけど、それじゃお家はどうしてるの? 一緒に住んでいる人は?」

「繁華街の裏の方の廃ビルに住んでます。死者も居なくて、わたし一人です」

流石に忍の笑顔も凍りついた。
忍が恭也に目を向けると、それを見た恭也も一つ頷く。

「さつきちゃん、ちょっとそこまで案内してもらっていいかな?」

「え、わたしの家まで、ですか?」

「そう、そこまで」

さつきは少し悩む。今外に出て、しかも他人を連れて大丈夫だろうか。
その様子に矢張り流石に嘘があったのかと思う忍達だったが、さつきは然程間を置かずに顔を上げた。
問題ないという結論に達したのだ。

「あの、実はわたし、今狙われてるんです」

「……なんだって?」

「どういう風にわたしが保護されたのかイマイチ憶えてないんですけど、その前にわたし襲われてて」

忍達の顔が、厳しい、しかしどこか納得したようなものになる。

「それって、その家で待ち伏せされてるだろうってことなのかな?」

「いえ、そこまでは。わたしの住んでるところも掴めていないようでしたし」

「……襲われた理由に、心当たりってあるかな?」

「わたしが吸血鬼だからです」

「………」

そしてそれが、更に苦虫を噛み潰したようなものになった。










さつきが以前、月村邸に進入した少女だと気付いた忍達だったが、ひとまずその追求は後回しだった。
さつきの正体を把握していくうちにそこら辺も明るくなっていくだろうし、こういうことはやはり大元の部分から解き明かしていくに限る。
恭也の方にも何かあるようだが、そちらも忍と同じ考えのようだ。
そもそもがもう既に2時を回るような時間である。小学生の低学年くらいに見えるさつきにはかなり辛い時間だろう。
話をするにしてもそこまでしっかりしたものは望めないだろうと考え、ひとまずは手早く保護者の連絡先を聞き出してコンタクトを取ろうという話になった。
向こうもさつきのことを心配しているだろし、なんならそれ以上の話もそちらから聞き出せばいいのだ。

そうして忍はさつきに家への連絡先を尋ねるも、さつきの表情は芳しくなかった。
そこで忍は夜の一族の名前を持ち出す。一族として話をしましょうと言うーーそうすれば、子供なら自分の手に負えないと感じて大人に助けを求めるだろうと思ったのだ。
だが忍の予想に反して、さつきはそれに驚いた様子を見せた。
月村を名乗ったことからさつきの方もこちらの事に気付いているだろうと思っていた忍達だったが、どうやら気付いていなかったらしい。
以前忍び込んだ家なのにそれはどうなのよと思わざるを得ないが、さつきは途端に饒舌になったので忍達にとっては結果オーライだった。

そこで飛び出してきた数々の言葉、『使徒』『親からは独立している』『活動』。
忍は思わず眉を顰めた。悪趣味だという恭也に同意せざるを得なかった。
『使徒』――何らかの高位の者の遣い。自分達夜の一族は他の人間達とは違う、選ばれた存在だとでも言うつもりか。
そして『新米』『活動』。つまりこんな年端もいかない女の子にそんなことを吹き込み、更に一人で何かしらやらせている組織か団体かが存在する。これが悪趣味でなくて何だと言うのだ。
しかしその時は踏み込むべきはそこじゃなくて。

「それで、一人で活動しているって言ってたけど、それじゃお家はどうしてるの? 一緒に住んでいる人は?」

「繁華街の裏の方の廃ビルに住んでます。"使者"も居なくて、わたし一人です」

これには忍も流石に絶句した。
住んでいる? 何処に? 廃ビルに?
誰と? 何人で? 一人で? お仲間の同居人も居らず?
これは早々に真偽を確かめねばならない。
忍が恭也に目を向けると、恭也も同意見のようで彼はさつきに家へ連れて行ってくれと頼んだ。

そうして出てきたのは、外に出る前に伝えなければならない情報。
目の前の少女があんな状態で発見されたわけ。
何者かに集団で襲われて、そこから逃げ出してきた。
そしてその襲われた理由は――吸血鬼だから。
苦い思いを抱かざるを得ない。

「……成る程、じゃあさつきちゃんは外には出せないか。
 なら場所だけ教えてもらって――」

「あ、いえ、わたしは構いません。忍さん達が、付いてきてくださるなら」

そうして恭也が出した案に、さつきは否を唱えた。

「ふーむ」

予想外のことに恭也は思わず唸る。

さつきとしては、高位の死徒ならその力は凄まじいものになるだろうと、ゼルレッチを思い出しながらの考えであった。
それが1人でも付いてきてくれるというのなら、きっとあの魔導師達とも十分渡り合って、何とかしてくれる筈だと。
これはさつきがこの事を話しても問題ないと判断した理由の一つでもあるのだが、その理由は別にもう一つある。

「忍さんも、夜の一族――吸血鬼なら」

「私も狙われる可能性がある、ね」

そう、忍達は既に部外者ではない可能性が高い。これが一番の理由だった。

さつきの申し出に、恭也は唸り、忍は悩む。
悩むのは当然、先程襲われたばかりだという少女を連れ出してしまっていいのかというもの。
忍達から見ると、本人は大人が付いてきてくれるのならば安心だと思っているように見えるが、彼らからすればそんな無責任に信頼されても困る。
なら場所だけ聞いてさつきは置いて確認しに行けばいいじゃないかという話なのだが、それを悩んでしまう訳があった。

実のところ、さつきを襲ったという人物達と接触できた方が忍達にとっては都合がいいのだ。
というのも、これが本当なら早々に話をつけなければならないのである。
可能ならば今夜中に相見えて、詳しい事情と情報の確認が出来るのが望ましい。
さつきの居るところの団体でのゴタゴタならまだいいが、このままではすずかも自由に外を歩かせられない。

恭也一人では、その人物達と遭遇することはまず無いだろう。
何しろこちらにはそちらの情報は何一つないのだから。
このタイミングでは、向こうがさつきに気付いて接触してくる以外に話し合いの場を設ける方法はない。
それが、恭也と忍の悩む理由だった。

さつきの自称住居を確認しに行く前に、今から色々と情報を聞き出して纏めるような暇もない以上、仕方がなかった。今日のところは色々と手早く終わらせなければならないのだ。
具体的には興奮か何かかでまだ意識が冴えてしまっているさつきが寝落ちしてしまわないうちに。
実際はまだ十分さつきの活動時間内でも、忍達からのさつきはそうとしか見えないのである。そもそもが『深夜に意識を取り戻したばかりの子供』なのだから。

「あの、それと……」

と、悩む忍に、ソファーから立ち上がって近づいてきたさつきが前かがみになって口元に手を当ててささやいてきた。
内緒話をしたいというその様子に、忍は首をかしげつつも耳を近づける。

「わたしの着てた服、どうなってますか?」

さつきの問いかけに、忍は視線でノエルを呼び、そして彼女に同様の質問をする。

「さつきお嬢様の服は一応まとめて保管してありますが、損傷や汚れがとても酷かったため、恐らくもう使用できないかと。
 後ほどご確認いただいて、よろしければこちらで処分しようと思っておりました」

2人に合わせて、顔を寄せ合って小声でそう報告するノエル。
さつきはそれに、やっぱりそうですよねー。と遠い目をした。

「あの、それでわたし今、下着、穿いてないんですけど」

さつきのカミングアウトに、忍は軽く驚いた。
そういえば確かに、先程ノエルがさつきの浴衣をはだけた時――。

「お嬢様の控えはありますが、流石に、未使用の物とはいえお嬢様の下着を無断で貸し与える訳にもいかず」

「下着、取りに行きたいです」

それは確かに一大事だった。



そして――

「よし、じゃあ行ってくる」

「お願いね」

再度外へ出る準備を始める恭也。そしてそれを待つさつき。
勿論、恭也は何があってもさつきを守る決意をしている。

「あれ、忍さんじゃなくて……恭也さんですか?」

そして、支度を始める恭也とそれを見送る構えの忍を見て、アテの外れたさつきは疑問を呈した。

「そうだけど」

「でも恭也さんって、人間、ですよね?
 わたし、夜の一族の中でも少しばかり強い方だと思っていたんですけど、襲われた時手も足も出なかったんですけど」

血を飲んだ時に、恭也が死徒でもその他人外でもなく、人間であるということはさつきには分かっている。
だから不安になったのだ。高位の死徒である忍なら如何様にでもなっても、恭也では、と。

そんなさつきの様子に、恭也はふむ、と一つ考える。
確かに、基本的に人間よりは夜の一族の方が身体能力は高い。それも結構圧倒的にだ。だからさつきのその疑問も理解できた。
と同時に、彼はさつきの『夜の一族の中でも少しばかり強い方』という言葉にも注目した。
あの時の動きが本来の彼女の動きなのか、ついでに軽く確かめようと思ったのだ。
恭也はそこにあったテーブルを指差す。

「……ねぇ、さつきちゃんって、素手でこのテーブル壊せる?」

「そこら辺の壁くらいなら、軽く壊せます」

得意げに胸を張って言うさつきに、子供ゆえの大言壮語なのか本当なのか逆に分からなくなった。
だから、恭也はそこら辺全てを考えるのをやめて、こう返した。

「大丈夫、俺はそんな君を気絶させることが出来るくらいには強いから」

えっ、と、さつきはその恭也の言葉に『気絶させ……』と記憶を遡って、

「……ああっ!」

「……思い出した?」

両手で胸や腹をペタペタ触りだしたさつきに、恭也は当時の事を思い出したのだと判断して尋ねる。
さつきはそれに慌てて返した。

「あ、あの、わたし、あの時は喉が渇いててごめんなさ……いや、そうじゃなくて、いやごめんなさいなんだけど、え、ええー」

色々とテンパった頭の片隅で、高位の死徒の人達の周りにいる人間ってこんな人ばかりなのかと、さつきは思った。















あとがき
流石KYOUYA、エロゲ主人公は格が違った。

遅くなって申し訳ないっす! いやね! ラストクロニクルが面白すぎてね(
い、いや、最近はランキングにも名前載ってないし……(
ユーノにロジカニアバインドを使わせたい今日この頃。

しかし最近はSS界隈の勢いが落ちててちょっと寂しい。
あときのこ、月姫リメイクまだですか。

次話は夜に投下予定



[12606] Garden 第11話
Name: デモア◆45e06a21 ID:64bf4932
Date: 2015/06/28 22:41
遠くに繁華街の光の見える、路地裏の奥。そこのとある廃ビルの中に、1組の男女がいた。

「本当だったのか……」

「?」

とはいえ、別に逢引の現場という訳ではない。さつきと、彼女に拠点へと案内された恭也である。
ぼそりと呟かれた恭也の声に、それを聞き取れなかったさつきが目を向けるが、なんでもないと返された。

恭也は改めて廃ビルの中へ目を向ける。電気が通ってないため真っ暗だし夜中相応に寒いが、思っていたほど酷い物件でないことは分かった。
なるほど確かに、むしろこれはいいかも知れない。
廃ビルとはいえ、日本製の建物である。壁に穴が開いていたりはしないし、ガラスだって余程のことがなければ数十年以上たっても割れはしない。
肌寒いことは確かだが、隙間風などが吹きさらしとかいう訳ではないのだ。
鍵は壊れて(壊して)いたが、それ以外の作りはまともだ。
住み着いた当初は知らないが、埃っぽさも感じないため掃除もしっかりしてあるのだろう。
部屋の広さも快適だ。そりゃ1階のロビーを丸々部屋として使えば、月村邸の1室ぐらいの広さはある。
だが、それでも、

(人が、それもこんな女の子が一人で住むところじゃ、ないよなぁ)

「すみませーん。誰かいませんかー!」

一応、呼びかけてみる。隣のさつきがビックリして振り返ったのを感じて、恭也は謝罪した。

「ごめん、一応ね、確かめておきたかったんだ」

しかしそれでも、何の物音も誰の気配もしなかった。こんな時間に偶々留守という訳でもないのなら、本当にさつき一人のようだ。
ある程度目が慣れてくると、次第に生活の色が見えてくる。
例えば、片隅に積まれているシーツや毛布だったり、何か入っているビニール袋だったり、何か視界を横切ったと思ったら、空中にロープが1本通してあったりした。
他にも、大型家具は見えないものの何かがいくつか床に置かれていたりする。流石に何なのかは暗すぎて判別がつかないが、散乱している様子でもないため何らかの家具なのだろう。

と、何やら傍らのさつきの様子がおかしいことに恭也は気付いた。そわそわしていて落ち着かない。

「さつきちゃん、どうかしたのかい?」

恭也の言葉に、さつきはバッと振り向く。

「ちょっと、片付けて来ますので、待っていて下さい!」

そう言って、脱兎の如く奥へと駆け出して行くさつき。すぐに上の階から音が聞こえてきた。
床には家具があるというのに、さつきはそれを物ともせずに駆けていた。慣れているのか、夜の一族だから夜目が利くのか。
ついでに、謀らずもあの襲われた時の身体能力が彼女本来のものであると、むしろ弱っていた状態だったと確認できてしまった恭也であった。
それにしても、言わなければ上にも居住スペースがあると知らなかったのに。
しかし、

「そうか……ここ、一応女の子の部屋なのか……」

しかも生活感丸出しである。あの様子を見るにここに入るまで思い至っていなかったようだが、相当恥ずかしかったのだろう。
想定していなかったとは言え流石にデリカシーが無さ過ぎたかと、恭也は反省した。洗濯ロープに洗濯物がかかっていなかったのが救いか。

恭也は物を踏まないようにゆっくりと奥へと進む。
途中、足元にあった物体を確認すると、カセットコンロだった。それを見て、ここには電気も、そしてガスも、恐らくは水も通っていないことを実感する。

(………)

恭也は近くにあったクッションに腰掛けると、携帯を取り出して忍へと繋いだ。










「あの、ありがとうございます」

結局、行きも帰りもあの魔導師の襲撃を受けることなく、2人とも至極無事に戻ってきた月村邸で、さつきは忍に頭を下げてお礼を言っていた。
それはこれまで面倒を見てくれたことに対してもだし、そして忍からの有難い提案に対してもだった。

「いいのよ、一日泊まるくらい。部屋には困ってないし。
 もう用意はさせてあるから、今日はゆっくり休んで。色々なお話は明日聞かせてもらうわ」

「はい……」

途中までは満面の笑みだったのが、最後でさつきの視線が泳いだ。というのも、

(多分前お屋敷の中に入っちゃったこととかも聞かれるんだろうなー)

ということに思い至ったからである。
さつきは先程拠点に戻るために月村邸を出た時に、そこがこの世界に来て始めて落ちた場所だということに気付いた。
と同時に、ツーサイドアップにしたさつきを見た時の忍と恭也の不可解な反応にも納得した。
あれだけ銃弾が飛んできたのだからそりゃ監視カメラの一つもあるだろう。

そうこうして、さつきはノエルに連れられてとある寝室に通された。
客人一人には明らかに大きな部屋に入り、わぁベッドだー、とさつきは早速ベッドに倒れこむ。
浴衣にベッドとは妙な組み合わせになってしまったが文句を言ってはバチが当たるというものだろう。
フェイトと共に過ごしていた時以来の、2ヶ月ぶりのベッドはとてもふかふかだった。












翌日、恭也は朝早いうちに月村邸を後にした。
昨夜は遅かったため、さつきが起きるのは遅くなるだろうという考えと、さつきから色々と聞く前に確認しておきたいことがあったからだ。

家に戻った恭也は、とりあえず道場へ顔を出す。木造の道場の中からは微かに人の動く音が聞こえた。
道場に入ると、恭也の予想通り美由希が一人で稽古していた。
道場の扉が開く音に、美由希も動きを止めて扉の方を見やる。

「おはよう美由紀、ただいま」

と、一度は「む、」と不機嫌そうな顔をした美由希は何やらニヤリと笑みを浮かべた。

「おかえりー恭ちゃん。確かにごゆっくりとは言ったけど、朝帰りとはお熱いことですねー」

「いやそれが、あれから色々あってすぐ寝てしまってな。そういうことはやってないんだ。
 時間も遅かったし」

恭也が何処に泊まっていたのかは知っているので、昨日の仕返しに少しばかりからかってやろうとした美由希だったが返って来た言葉に肩透かしを喰らう。

「あれま。じゃあお疲れなんだ」

「いや、それでも凄く快眠できたからな。疲れはしっかり取れてるよ。
 一緒に寝るだけで、安心できるというか心が落ち着くというか。やっぱりいいものだな」

そしてそこにまさかの惚気話による反撃である。
すまし顔でそのようなことをのたまう恭也に、美由希は呆れて天井を見上げた。ため息一つ。

「あーあ、私にもそういう人いたらなー。昨日とかまさに慰めてもらったのに」

「ん、なにかあったのか?」

その上この言い草。これには美由希もジト目になるというものである。
それでも分かってないっぽい恭也に、美由希はため息もう一つ。
恭也は首をかしげながらも、美由希が答えるつもりがないと見て本題を切り出した。

「それで、なのはってもう散歩に出ちゃったか?」

「ん、なのは? まだだよ。もうそろそろ出るんじゃないかな」

「そうか、じゃあすまん。俺今日は朝の稽古パスするから」

美由希はそれにふーんと訳知り顔をすると、ひらひらと手を振った。

「はいはいりょうかーい」

「ああ、じゃあまた後で」

そう言って恭也は道場から出て行く。その閉めた扉を見て、美由希は一言。

「……もうっ」










朝、なのははいつもより少し遅い時間に1階へと降りていった。昨日の夜は色々と考えてしまい寝るのが遅くなってしまったのだ。
幸い、昨日は土曜日で今日が日曜日なので学校は休みである。日課は問題なくこなせる。
そしてなのはがその日課こと朝の散歩(という名目の魔法の訓練)へ行く前にと洗面台で顔を洗いうがいをしていると、恭也がひょっこりと顔を出した。

「なのは、朝の散歩、今日だけ俺も付き合っていいか?」

「えっ、お兄ちゃん? ……うん、いいけど、お兄ちゃんの訓練にはならないと思うよ?」

断るのも変な話なので、なのははそれを了承する。コースを少し変えて、今日の魔法の特訓はお休みだろう。
しかし別にランニング等をする訳でもないので、恭也がわざわざする理由もない筈である。

「いや、いいんだ」

しかしそれでも付いてくるという恭也に、なのははふと悟って視線を泳がせた。
昨日の行動について聞かれると思ったのだ。恭也もなのはの様子からそれを察してフォローを入れようとする。

「あー、いや、昨日のことは関係な……くはないのか、そうか」

そして言葉に迷い、盛大に自爆していた。

「うん、なのはに聞きたいことがあるのは確かなんだけど、なのはが昨日翠屋の方まで行ったこととは関係ないから」

なのははコクリと首を傾げる。

「ま、後でな。外で待ってるぞ」

恭也はそう言ってなのはに背を向けると、スッと片手を上げて立ち去った。







近くの山の舗装された道を、なのはと恭也は歩いていた。いつもなのはが特訓をしている山だ。

「いつもこんなとこ歩いてたのか」

「うん、気持ちいいでしょ」

森の臭いが鼻腔をくすぐり、昇ったばかりの朝日が心地よい。
日の光に喜んだ木の葉の緑が目を楽しませる。

「ああ、いいとこだな」

「えへへ」

恭也が笑いかけながら同意すると、なのはも嬉しそうにはにかむ。
そうやって暫く散歩を楽しんでいると、恭也がさて、と切り出した。

「それでなんだがなのは、少し聞きたいことがあってな」

「うん」

「母さんと同じようなこと聞いて悪いんだが……弓塚さつきって子のことが気になってな」

なのはは少し怪訝そうな顔をするが、ある程度予想はしていたのかうんと頷く。
なのはは昨日、桃子の『さつきちゃんって、どんな娘なの』という問いかけに対して、『よく知らない』という意の言葉を返すだけで終わってしまった。
だが恭也にはただそれだけの関係だとは思えなかった。そもそもそれなら、あの時のなのはの反応や、家を抜け出して翠屋まで行ってしまった理由が説明つかない。
まず何らかの形で関わりあいになっているのだろう。以前なのはが言っていた、なのはに吸血鬼のことを尋ねた人物が弓塚さつきだったというのも気になる。

一方のなのはの方は、こちらは落ち着いたものだった。さつきのことで焦燥に駆られていたなのはは也を潜めている。
というのも、昨晩冷静になって考えて、思い至ったのだ。翠屋で待っていれば、そのうち会えるのだからと。
なら、それでいいじゃいか、と。


―― それで、さつきとの関係に周囲を巻き込むことに悩むことも、さつきの事情に不必要に踏み込むことも、なくなるのだから。


続けて恭也が口を開く。

「その子って、なのはとはどういう関係なんだ?」

言った本人も問いかけが直球すぎるかとは思ったが、他に言いようが無かった。

「別に昨日のことを怒ってる訳じゃないんだ。
 でもこれでもなのはのお兄ちゃんなんだから、少しくらい興味を持っちゃってもいいだろ?」

そして茶化すように言い添える。
なのははそれに「そっか。」といった様子。一つ頷いて、返事を返した。

「関係っていうほど関わりがある訳じゃないの。少し前に、お互いに同じものを探して知り合って」

「吸血鬼について尋ねられたのも、その時に?」

なのはは一瞬、ぎくりとすると共に何のことを言っているのかと困惑する。
が、ふと先日のことを思い出した。

(そっか、そういうことになってるんだった)

なのはは「うん」と、また一つ頷く。
本当は、あの時なのはは容姿を説明しただけでそれとさつきを結びつけるようなことは何一つ言っていないのだが、2人共そんな事には気付いていなかった。

「一体どんな状況でそんな話題になったんだよ」

恭也が笑いながら問いかける。その視線は周囲に向いており、一見景色を楽しみながらの他愛ない問いかけのように見えるが、なのははそこにしっかりした意図があると思った。
そもそも、恭也は吸血鬼について何かしらを知っているのだ。
そこから、なのはは自分がそれについてどこまで知っているのかが気になったのだろうと考えたのだ。

それならば納得できる。が、それはなのはにとってよろしくないことだった。
必要以上にそのことに恭也を巻き込みたく無いのもあるが、それ以上に、その話題になると必然的になのは自身が――

「なのは?」

なのはは、恭也の視線が黙りこくった自分に向けられたのを感じて、首を左右に振った。
「ふん?」という困惑した唸り声が恭也から漏れるも、恭也はそれ以上続けて詰問はしなかった。
なのははそれにホッとし、そして、その話題から逃げるように話を先に進めた。

「でも、その時に私、さつきちゃんに酷いことしちゃって」

―――
―――――

「だから私、あの子を一人ぼっちなんかにさせたくないの」

(ん? 何か今、脈絡が……)

違和感を感じた恭也はなのはに振り返り、気付いた。
なのはの目に、いつか見た強い光がない。それどころか、どこか弱弱しいものを感じる。

「……だから、会いたいのか、その子に」

「うん」

「そうか……」










なのはとの散歩から帰って、朝食の前に恭也は士郎と桃子を捕まえた。
そして現状を説明すると、二人とも戸惑っていたもののさつきについて知っていることを教えてくれた。

この二人は夜の一族について知っているため、それを隠す必要はない。むしろ士郎の方は恭也以上にエキスパートだ。
夜の一族は普通の人間とは異なるため、厄介事やしがらみが多い。それに関わることが、士郎のかつての仕事だった。
その仕事で過去、なのはが物心ついた頃に半死半生の大怪我をして引退したという経歴を持つ。

そこで恭也が大まかに把握したことは、さつきは今年の四月の頭くらいにこちらに引っ越してきたらしいこと、友達とその連れを連れて来た1度を除いて毎回一人で来店すること。
桃子とは毎回お話をするくらいの仲で、その話の内容は大部分が桃子と士郎の思い出(のろけ)話らしいこと。
そしてさつきはその恋愛話が大好きらしく、桃子も当然ながら夜の一族や士郎の昔の仕事に関わることは話したことはなく、何か目的があって桃子達と親しくなったようには思えないとのこと。
それと、桃子がさつきから受けた悩みの相談のこと。

(うーん、思っていた以上にきな臭いことが無いな……)

過去月村家の敷地内に侵入したことと、なのはに吸血鬼について何かしら尋ねたことだけでも十分きな臭かったが、前から知っていたそれら以外には懸念するような事柄は増えなかった。
精々が、さつきが自分と周囲との違いについて複雑な悩みを抱いているということを知れた程度である。
さつきが夜の一族であると知った桃子も、その時のさつきの態度にある程度得心がいった様子だった。

そうして恭也はある程度心の重みを解消し、月村の屋敷へ戻ったところである。

「お帰りなさいませ、恭也様」

恭也がインターホンを押し少し待つと、いつも通りにノエルが出迎えてくれた。
が、恭也はその顔に何やら困ったような色を見る。

「どうしたんだノエル?」

「それが、少々ややこしい事態になっておりまして。
 早速で申し訳ありませんが、忍様のお部屋までご同行願えますか?」

「ああ、構わないが……ややこしい事態?」

「はい、実はさつきお嬢様が既にお目覚めになられておりまして、それで忍様が先にお話をお伺いになっているのですが……それで、少し」

恭也は首を傾げながらもノエルに連れられて忍の部屋まで赴く。
そしてノエルが扉をノックし、中からの返事を待って扉を開けると、

「……どうしたんだ二人とも」

忍とさつきが二人とも頭を抱えて対面していた。















その日のお昼時、なのはは久しぶりに翠屋で店の手伝いをしていた。
目的は勿論、休日に偶に来るというさつきである。さつきが来るのはお昼時を大きく外した時間だというので、なのははそれまで翠屋でウェイトレスをすることにしたのだ。

なのはが翠屋のお手伝いでウェイトレスをするのは別に珍しいことではない。以前はそれなりにやっていたことなのでなのはも慣れたものである。
なのはのお目当ての人物であるさつきが月村家にいるということは桃子も士郎も知っているのだが、今はまだそれは伝えない方がいいということになっていた。
何しろさつきの置かれている状況が未だ不明に過ぎるのだ。何者かに狙われていると言うし、何も分からないうちになのはに伝えるのは憚られた。

なのはの目的の人物が来ないことを知っておきながらなのはに手伝いをさせることは桃子も士郎も心苦しかったが、
どうせ手伝いを断ったり、今日はさつきちゃんは来ないと思うなどと言いくるめたりした所で黙って翠屋で待ってるに決まっているのだなのはは。
それなら体を動かしていて貰った方がまだいいというものであった。
後日必ず埋め合わせはしようと2人は決めていた。

カランコロンと翠屋の入り口から音が鳴り、新たな客が来訪したことを告げた。
なのはがそちらに駆け寄る。

「いらっしゃーい。あっ!」

入って来たのは車椅子に乗った少女とその他数人の集団。
はたして、その集団の先頭はなのはの知る人物であった。

「こんにちはなのはちゃん、おうちのお仕事?」

店内を見回してこちらに向かってくるなのはの姿を認めると共に、その来訪者、八神はやては笑みを浮かべる。
その隣ではヴィータ開いた扉を支えていた。

「いらっしゃいはやてちゃん、来てくれたんだ! 私はお手伝い中。
 ヴィータちゃんもいらっしゃい」

「おう! 来てやったぞなのは!」

はやてにはここ、喫茶『翠屋』はなのはの家が開いてる店だということで、以前アリサの家で皆で遊んだ時に紹介されていたのである。
どうやらそれを覚えていてくれたらしい。

こらヴィータとはやてがヴィータを怒るのを尻目に、なのはは残る二人へと目を向ける。
はやての車椅子の持ち手を握るピンク色の髪をした女性と、その隣に佇む金髪の女性だ。
それに気付いたはやてがそれぞれの紹介をした。

「なのはちゃんは始めてやね。
 こっちがシグナムで、こっちがシャマル。うちの家族や」

「シグナムです。よろしく」

「シャマルでーす」

シグナムは軽く会釈をして、シャマルはにこやかにそれに答える。
なのはもそれに満面の笑みで返した。

「こちらこそ、ようこそ喫茶『翠屋』へ!」

「ほな、いつまでも入り口でたむろしとる訳にもいかへんし、なのはちゃん、席案内してーな」

「あ、そうだねごめん。えっとじゃあ……」

「あ、外のテラスで頼むわ。そっちならザフィーラおってもオーケーなんやろ?」

ん? となのはは少し移動して、未だ開かれているドアから身を乗り出して外を覗くと、そこには青色の大型犬、ザフィーラが行儀よくお座りで鎮座していた。

「ザフィーラちゃんも来てくれたんだ。いらっしゃい。
 うん、じゃあ4名様と1匹様ご案内しまーす」







はやて達が席に付き、注文を決めるまでの間になのはが一旦奥へ引っ込むと、そこに桃子が話しかける。

「お友達?」

どうやら先程のやり取りをバッチリ見ていたらしい。

「うん、はやてちゃんとそのご家族さん。
 前に是非来てねって言ってたのを覚えててくれたみたい」

「あらそう、あの子が。
 丁度いいから、あの子達の注文を取ったらなのはもお昼にしたら?」

「うん、そうする」

そうこうしているうちに八神家の卓から呼び鈴が鳴った。
なのはが伝票と人数分のおしぼりを持って向かうと、ヴィータが他の従業員が持ってきた水を飲んで何やら言っている。

「はやて、この水、なんか変な匂いする」

「変な匂いて……これはレモン浸してあるんやな」

「香り付けですか。――ほう、これは確かに風味があっていいですね」

なのははヴィータの言い草に苦笑して、その後ろからおしぼりを置いていった。

「ヴィータちゃんは、普通のお水の方が良かったかな?」

なのはの声に、ヴィータは驚いたように振り返った。

「あ、なのは、今のはその、匂い付いてるとは思わなかったから変なって言っちゃっただけで、私もいい匂いだと思うぞ!」

「ヴィータ、とりあえず香り言おか」

はやては片手で頭を抱えて俯いていた。
なのははそれに朗らかに笑う。

「それではご注文をどうぞ」







それぞれが注文し終わったところで、はやてがなのはに問いかけた。

「なのはちゃんはお仕事いつまでなん?」

「今から休憩でお昼食べるとこ。それが終わったらお昼過ぎの適当な時間まで、かな?」

「そうなんや。それなら一緒に食べへん? なぁ皆」

「ええ、私は構いません」

シグナムが同意すると、他の皆も口々に了承の旨を口にする。

「いいの! ありがとう」







「しっかし偉いねーなのはちゃんは。その年でもーお家のお手伝いでお仕事しとるやなんて」

なのはが食事を運び終わって、ついでに自分の分も持ってきて席に付いての食事が始まると、はやてがそう言った。

「にゃはは、今日は偶々だよ。いつもやってる訳じゃないし、むしろ最近は全然だったし」

「そうなん? ならわたし達は運が良かったんやね」

はやてはそこで八神家の面々に目を向ける。

「なんでも今までずっと苦労してたことがやっと片付いたいう話で、ようやく皆家でゆっくりできるようになったらしいんよ。
 だから今日はそれのお祝いゆーことで来させてもろたんや」

「そうなんだ、ありがとう。
 シグナムさん達がはやてちゃんのお家に来たのって、一月くらい前でしたっけ。
 大変だったんですね」

「ああ、中々こちらの風土に馴染めなくてな。しかしとてもいいところだ、こちらは」

シグナムの言葉に、なのははなるほどと納得する。見るからに異国の風貌の3人である。日本語が達者とは言え、それゆえの苦労もあったのだろう。

「おいなのは! はやての料理もギガウマだけど、お前ん家の料理も同じくらいウメーな!」

「こらヴィータこの子はもう……」

そんな中上げられた、それまで料理をかっ込んでいたヴィータの、本人からすれば最大の賛辞のつもりの言葉にはやては再び頭を抱えた。その口元は、嬉しそうに曲がっていたが。







さて、そんなこんなで食事も進んで、皆でデザートも食べ終わり、そろそろ帰ろうかという流れになった。

「ヴィータちゃん、シューアイス気に入ってくれたの?」

「えっ、いや、これはその……うん」

そんな中、会計のために店の中に戻った際にショーウィンドウの方を眺めてキョロキョロしだしたヴィータに、なのはが尋ねる。
翠屋ではシューアイスは、出す直前にシューの中にアイスを入れるため、他のケーキ類とは違いショーケースに実物は置かれていないのだ。
ヴィータが先程デザートに選んだのが正にそれで、そこから翠屋の店員であるなのはがそこまで推察するのは何ら難しいことではなかった。
図星をさされたヴィータは一瞬慌てるも、結局頷いた。
それを見たはやてが笑みを浮かべる。

「なのはちゃん、お持ち帰りでシューアイス5つ頼むわ」

「! はやて、ありがとう!」

ヴィータの顔が途端にパアッと明るくなった。

「シューアイスは出せるまで少し待って貰わないといけませんが、大丈夫ですか?」

「ええよー」

「ありがとうございます。じゃあちょっと待っててね」

なのははオーダーを伝えるために厨房がある方へと向かって行く。
はやて達はそれが来るまでそこら辺の待合席に座って待っていようというとなったが、ヴィータはなのはの後姿を目で追っていた。
実を言うと、ヴィータは……というかヴォルケンリッターの面々はなのはのことをある程度警戒していた。
というのも、ヴィータ達がなのはと出合った日のうちに、シャマルによってなのはのデバイス所持が確認されたからである。
なのはが管理世界との繋がりを持っていることが確定してしまった。
なのは自身が守護騎士のことを知らないようなので今のところは安心だが、もし自分達の存在が管理局に補足されるとしたらまずなのはからということになればその人柄に関係なく警戒せざるを得ない。

とはいえ、だ。
なのはははやての友人であるし、こないだ一緒に遊んだ時もはやては楽しそうだったし、今日だってさっきまで楽しそうに一緒にご飯を食べていたし、
そして何より今シューアイスを買ってもらえたのはなのはのお陰も少なからずある。
ヴィータは組んでた腕を解いてよし、と一つ頷くと、はやてに告げた。

「はやて、ちょっと行ってくる」

「ん? ――ん、行っておいで」

はやてはヴィータの笑みを浮かべた、しかしどことなく気合の入った顔を見て、こちらも何か思い当たることがあったのか頷いた。








「なのは」

厨房とを隔てるテーブルの前で待っていたなのはは、後ろからかけられた声に振り向いた。

「ん、どうしたのヴィータちゃん」

なのはに声をかけたヴィータはその隣までよってテーブルに寄りかかる。
そして「全くしゃーねーなー」とでも言うかのような笑みを浮かべて、一言。

「お前、何か困ってることあんなら話せよ」

「えっ……、ここのお手伝いで?」

突然の言葉になのはは面食らう。

「いや、そうじゃなくてよ……」

察しの悪いなのはに、調子を外されたヴィータは肩を落とした。

「お前、さっきからなんか、やけに周りのこと気にしてたからさ」

ヴィータの言葉に、思い当たる節があったなのははドキリとする。
と同時に、まさか周りからそんな気付かれる程だとは思っていなかったため、盛大に気まずさを覚えた。
だがヴィータのこの言葉は、彼女からしたらなのはのことを考えたかなりソフトな言い方だった。
先程の食事中、幾度か周囲に視線を向けていたなのはから、ヴィータは何かに怯えている様子すら感じられたのだ。

そして、ヴィータのこの「悩みがあるなら言ってみろ」という言葉は、なのはにはとてもありがたいものに感じられた。
なのはは、過去一人ぼっちだった経験から、他人に迷惑をかけてしまうことを本能レベルで嫌うようになってしまった。
だからこそ、近しい人には何も相談できないのだ。
相談すれば、周りは親身になって協力してくれる、してくれてしまうことが目に見えているから、だから相談できない。
相談したら、自分のわがままで、周囲を振り回すことになってしまう。なのはには、それが怖い。

しかし、ヴィータなら。なのはが何かに困っているように見えたからと、気軽に声をかけてくれた少女なら。
友達とは言え、それも日は浅く、そして繋がりもまだそれほど強くない。
相談しても、でも巻き込んでしまうような心配のないくらいの他人。
相談を気軽に聞いて、気軽に相談のままで終わらせてくれるくらいの間柄。
人は誰しも、心の悩みを誰かに吐き出したいものである。人は、一人で全て抱えられるほど強くない。
それはなのはも例外ではないのだ。

ヴィータの行動が、一度全てを放棄して心の奥底に仕舞った、なのはの封印の壁に罅を入れた。

「実は、ちょっとね。ずっと考えてたことがあるんだ」

「おう」

「周りと違って、周りよりも強い力を持ってて、それで……その子は周りの人達を危なくするかも知れない。
 そんな子って、やっぱり皆とは一緒にいられないのかな……って」

言葉を選ぶように、どこか躊躇いがちに出てきたなのはの言葉。
だがヴィータはそれに、盛大に呆れ果てていた。

(こいつまさか、自分がこの世界にない『魔法』って力を持ってるってだけで、そこまで悩んでんのか?)

ヴィータの感じられる、なのはから漏れ出る魔力。
そこから察するに、なのはの持つ魔力はかなりのものだということが分かる。
恐らく、砲撃魔法でも撃てばそこらのビルを瓦解させることも可能だろう。

確かに、そんな力をこんな小さな女の子が持てば、萎縮してしまうのも分からないでもないなと、ヴィータは少し考えを改めた。
自分達等はそんな力と4桁レベルの年月を共にして既に体の一部にしてしまっているから、そんな風に考える気持ちを忘れてしまっていたのだと。
しかし、そんな見た目以上に豊富な人生経験を持つヴィータとはいえカウンセラーの真似事などできはしない。
これがちょっと力仕事やほんの少し手荒なことでカタがつくようなことなら手伝ってやろうと考えていたヴィータだったが、これじゃあ本当に話を聞くことしかできなそうだなと思った。

「ま、あんまり気にしないでいーんじゃねーの。少なくとも一緒にいられないってこたーねーだろ。
 危ないかも知れないってだけで逃げてく奴もいるかも知れねーけどさ、そうじゃない奴もいんだろ」

とりあえず、ヴィータに言えるのはこれくらいであった。ずっと悩んでいたのなら、他人のこれだけの言葉でその悩みが晴れるなんてことはないだろう。

「うん、そうだよね。ありがとう気にかけてくれて」

だが、そんなでもなのはにとっては他人に吐き出せただけでも良かったらしい。
最初よりも明るい調子で、ヴィータに笑顔を向けた。
そんなところで、奥から持ち帰り用の箱を持った桃子が現れた。

「なのは、はい、シューアイス5個」

「ありがとうお母さん」

なのはがお礼を言ってそれを受け取る。そこで桃子はヴィータへも目を向けた。

「はやてちゃんのご家族の子よね? 今日は来てくれてありがとう、なのはの母の桃子です」

「あ、どうも。八神ヴィータです」

「ここのお菓子ね、殆どお母さんが作ってるんだよ」

素っ気なく会釈を返すヴィータだったが、なのはの言葉に途端に目を輝かせた。

「ほんとですか! あの、わたしこのお菓子ほんとおいしくて、だから……おいしかったです!」

「はい、ありがとう。
 それなら今度また食べに来てね。サービスしてあげちゃうから」

興奮したヴィータの言葉に、桃子も嬉しそうに返す。

「はい! ありがとうございます!」

そうしてなのはの隣を歩きながら意気揚々とはやて達の下へと帰る道すがら、ヴィータは何かもやっとした感覚を覚える。
何だろうと考えると、ふと思い出した。つい昨晩の出来事だったからだろうか。
それは自分達が、吸血鬼の少女を殺したこと。

(ああ、そっか)

なのはの悩みに呆れておいて、自分達はつい昨日吸血鬼を、はやてにとって危険たり得るかも知れないから殺したんだよなと。
その時はまだ、その程度の感慨だった。















あとがき
流石KYOUYA、エロゲ主z(ry
まぁ、あんな誤解、しっかりすり合わせればそりゃばれるわなと。
しかし半日時間を稼げれば問題ないのであった。

書いててはやてとヴィータが癒しすぎる。
ヴィータの好物のアイスと、翠屋の定番のシュークリームでシューアイス! っての、割と安直な考えでそこらでありそうなのに今んとこ見たことなかったり。
なんでだろ。



[12606] Garden 第12話
Name: デモア◆45e06a21 ID:64bf4932
Date: 2016/03/15 20:10
眠りから目を覚ましたさつきは、いつもとは違う、自分を包みこむ柔らかくて暖かな感触に頬を緩めた。

「んー」

満足げなうめきと共にベッドの中で体を丸める。
寝間着の浴衣特有の、布団の中で動いたら簡単にズレる現象で浴衣がはだけ、脱げていくが布団に包まっているさつきには関係ない。元々個室だし。
むしろあらわになった肩や背中が直接シーツに触ってそこはかとなく気持ちよかった。

さつきは、忍が今日話を聞くと言っていたのを思い出すが彼女も吸血鬼である。ならばそれは夜になるだろうと考える。
と同時に、自分の体が特別製で、今のうちは昼でも動けるということを伝えておくのを忘れていたことにも思い至った。
まぁ、それは左程問題にはならないだろう。どうせ相手方にとって就寝時間でのことなのだから。
ということはだ。つまりはさつきはこのままずっと布団の中でぬくぬくぐだぐだしていても何の問題もないということである。

……であるのだが、他ならぬさつきがそうは問屋が卸さなかった。

―― ぐぅ~

「……お腹すいたよぉー」

何度も言うようだが、今のさつきの体は人間のもの、血では腹は膨れない。
昨日あれだけボロボロにやられて、体の一部も丸々欠損した状態から回復して、そっから恭也の血を少しばかり飲んだだけで何も食べていないのだ。
エネルギー切れであった。

さつきはその温もりを惜しみながらももぞもぞと布団から這い出ると、昨日廃ビルから持ってきた着替えにいそいそと袖を通し始めた。
さて、とさつきは悩む。起きたら呼び鈴でノエルを呼ぶように言われていたのだが、向こうは自分がこんなに早く起きるとは思ってないだろうしなー、と。
もしかしたらノエルも今は寝てるかも知れない。
とはいえ、誰かを呼ばなければご飯にありつけないのだ。
廃ビルに戻ればそこら辺はあるにしても、一日泊めてもらった立場で何も言わずに外に出る訳にもいかず、かといって無断で食料を漁るなどもってのほかである。
さつきは空腹を訴えるお腹に観念して呼び鈴のボタンに手を伸ばした。





結論から言って、さつきの心配は杞憂だったらしい。さつきが呼び鈴を押してから、時計の秒針が一周するよりも早く部屋の扉がノックされた。
早すぎるだろうとさつきは驚く。慌てたような足音も聞こえなかった。
こちらの返事を待ってから開けられた扉の向こうのノエルは寝間着姿でもなく、しっかりと仕事着であるメイド服を着こんでいた。
そして、おはようございますと堂々とした礼をするその姿に、さつきは根拠もなく「流石」と思わされた。










さつきはノエルに連れられて食堂へと向かう。朝日が昇って明るくなった屋敷の中は、やはりというべきかとても立派なものだった。
窓の位置はちゃんと通路まで日光が直接差し込まないように工夫されているようだ。
その道すがら、さつきは「今自分は少し特殊な方法で日光の下に出ても大丈夫になっている」ということをノエルに伝えたのだが、その反応はといえば、

「……? はい」

と何やら芳しくないものだった。しかもその後少しして何やら優しい目でさつきのことを見始めたため、さつきとしては冗談として扱われた気しかしなかった。
少し不満だったが、まあいい。一応伝えたことは伝えたのだし、後で忍の方にもしっかりとした説明をすればよいのだ。

「ひぁっ!?」

と、ある通路とT字で交差する部分を通り過ぎようとした時、その向こうからそんな悲鳴が聞こえてきた。
ん? と、さつきとそれに先行していたノエルは足を止める。
さつきがそちらを向くと、なのは達と同じくらいの背丈の子供が胸元を抱きながら怯えたようにしていた。
更にさつきと目が合うと一歩後ずさるが、道の影からノエルが出てくると少し安心したような、しかし困惑したような、そんな様子を見せる。
その様子でさつきは察した。
そりゃ朝起きて、自分の家の中を見知らぬ子供が歩いていたら怖いだろう。

が、ノエルはその少女の様子に眉を潜めていた。

「おはようございます、お嬢さ――「すずかちゃんごめんなさーい。言い忘れてたこと……が……」

会釈するノエルの言葉を遮る形で、少女の更に向こうの曲がり角から、さつきの知らないメイドの女性が姿を現す。
そしてその場の状況を見て一瞬で固まった。まるでやらかしてしまったと言いたげな……いや、実際にやらかしてしまったのだろう。

「ファリン、全く貴女という子は……」

ノエルの表情は澄ましていたが、こめかみの部分が引きつっていた。コワイ。
そんな彼女らの様子を見て、少女の方も何やらを察したらしい。新しく出てきたメイド、ファリンに一度だけ批判するように視線を向けて、ノエルに尋ねた。

「えっと、お客さん?」

「はい、こちら弓塚さつき様といわれまして、諸事情あり昨晩からこちらでお泊りに」

「あ、えっと、弓塚さつきです。お邪魔してます」

「月村すずかです。さつきちゃんって言うんだ。ごめんね、ちょっと驚いちゃって」

すずかの謝罪に、さつきは首を横に振って応えた。
さつきの存在を知らされていなかったすずかが驚くのは当然だ。

「ファリン、後でお話があります。今はまず、お嬢様の部屋の片付けを済ませてきなさい」

「はいぃ~」

ノエルの言葉に、ファリンはすたこらと出てきた道を引き返していった。
そんな様子にノエルは息を吐き、さつきに対して一礼する。

「うちの者がお見苦しいところをお見せしました」

そんなノエルに、さつきはいえいえと手を振るばかり。

「では、こちらでございます」

そう言って、再び先に進むノエルにさつきが続き、更にその後ろをすずかが歩を進めた。

「ここが食堂となります」

左程進まないうちに食堂に着いたさつきは、ノエルに促されるままにそこに入ろうとする。
と、さつき達の後ろを歩んでいたすずかがそこを素通りしたため、さつきはつい視界の端でその姿を追う。
別に行き先が同じという訳でもなかったのだから、それもそうかと思いつつもそのまますずかの姿を目で追っていると、彼女は隣の部屋へと入っていっていた。










さて、そのすずかが入った先、そこもまた食堂であった。

「おはようお姉ちゃん」

「おはようすずか」

すずかは椅子に座りながら、先に座っていた忍に挨拶をする。テーブルの上には既に料理が並べられていた。
すずかが部屋に入って少しすると、再び扉が開いてノエルが部屋に入ってきた。
しかしノエルはテーブルの方までは来ずに扉の前で立ち止まる。

「忍様、さつきお嬢様がお目覚めになられました。
 朝食をご所望でしたので隣の食堂にお通ししました」

「そう、ありがとう。ならこっちはいいわ」

ノエルの言葉に忍がそう返すと、ノエルは一礼して部屋から出て行った。メイドがもてなすのは客人が優先である。
こちらにもすぐにファリンが来るだろうが、このことを考慮してかあらかじめ並べておいても冷めてしまうことのないよう、今朝の主食はパンだった。
本来なら客人は家主である忍直々に食事の席に誘うべきなのだが、さつきにそれは硬苦しいだけだろう。それに忍には朝一ですずかに言っておきたいことがいくつかあったのだ。

「「いただきます」」

まぁそれは置いておいて、まずは腹ごしらえである。







食事が終わって一息ついたところで、忍は切り出した。

「ねぇすずか、貴女今日どこか出かける予定ってある?」

「え? 特に決めてあることはないけど……」

忍からの問いかけに、すずかはなんだろうかと思いつつも答える。

「そう、じゃあ悪いんだけれど、今日一日は家に居てくれないかな?」

「いいけど、今日何か用事あったっけ」

すずかの疑問に、忍は申し訳なさそうに答えた。

「それがね、今、私達の一族の関係でちょっとごたごたしてるの、すずかも気付いてるわよね?」

すずかの心臓が跳ねる。

「……うん」

「それで、そっちの過激派がなんか嫌な動きしてるみたいで、まだ詳しいことははっきりしてないんだけど、すずかも狙われる可能性がある……って」

あまり詳しく分かっていない話を、忍は多少誤魔化してというか軽く脚色して話した。

「………」

思わずすずかは押し黙る。嬉しくないことに、実はその類の話はこれが始めてではないのであった。
過去、すずかの誘拐未遂というのは実は実際に起こっているのだ。
すずか自身に接触する前に忍や恭也達の尽力で叩き潰されたが、そのこと自体はすずかも知っていた。だからその話に何の疑問も持たない。

だが、しかし。

「ねぇお姉ちゃん。それなら、今何が起こっているのか、私にもちゃんと教えて。
 もう私も部外者じゃないのなら、狙われる可能性があるのなら、私、ちゃんとしたことを知りたい」

だからこそ、こんな決意に満ちた言葉が返ってきた。
そのことに忍は目を丸くして驚く。何か言おうとして口を開くが、何も言えずにそのまま閉ざしてしまう。

今までは、すずかはこんな強い娘じゃない筈だった。
夜の一族のことなんて、自分とは関係ないと。何で巻き込まれなくちゃいけないのと。何で自分は普通じゃないのと。
すずかはそうして、夜の一族から自分を遠ざけてきた。

そのことを誰も責めることなんてできない。9歳の女の子にとってそれは、とても重いものだから。
それを受け入れなければならない責任も、すずかにはない。少なくとも今はまだ。

だから忍もそれをよしとしてきたし、すずかが一族の関係に極力巻き込まれなたりしなくていいようにとしてきた。
それがこんなにもはっきりと向き合う意思を見せるなんて、忍は予想もしていなかった。
確かに先日、ここ最近の夜の一族関係の事件に興味を持っている様子を見せていたが、まさかここまでの意思があるとは思っていなかったのだ。

それ自体はとても喜ばしいことである。すずかが夜の一族のことで悩んでいるのは、忍にとっても心苦しいものだった。
それが目に見えて前進しているのだ。少なくとも前進しようとしている。嬉しくないわけがない。

だから忍としても、是非すずかの問いに答えてあげたかった。その気持ちに応えてあげたかった。
だが、

「ごめんねすずか。今はまだ、私達でも殆ど何も分かってないのよ。殆ど憶測ばかりで」

何と間の悪いことにその肝心の答えを忍自身が全く持っていない有様だった。
忍は申し訳なさそうに言うが、勿論すずかがそれで納得する訳がない。

「………」

しかしすずかはそれで押し黙ってしまう。
忍の言に不満を抱いていない訳では勿論ない。だが今まで自分が散々夜の一族のことから逃げてきたことから強く言うことができなかったのである。
今までの事を考えればこういう対応をされるのも仕方ないと考えてしまうのだ。

二人の間に訪れた気まずい沈黙を、二人は紅茶を飲んで流すと共にしゃべって乾いた口内を潤す。
カップを置くと、忍が続けて口を開いた。

「それとね、実は今一人お客さんが来ているの。さっきノエルが言ってたさつきちゃんって子なんだけど」

「うん、さっきそこで会ったよ」

「………えっ」

忍から意表をつかれたような声が上がった。
そして続けて渋顏を作る。

「そっか、そうよね。しまったわ」

どうやら自分たちが会ってしまうのは不味かったらしいと、それを察したすずかは更に機嫌を悪くした。
このタイミングでそんな風に言われるということは、つまりはさつきは夜の一族の関係者であるということ以外考えられないだろう。

「それでね、そのさつきちゃんのことなんだけれど。もうなのはちゃん達に写メとか送っちゃてたりする?」

「ううん、まだ軽く挨拶しただけ」

すずかのそのこたえに忍は安心したようにほっとした。

「そう、よかったわ。
 実はあの子、秘密のお客さんでね。うちにいるって他の人に知られちゃ駄目なのよ。
 だからすずかも、少しの間他の人にさつきちゃんのことを言わないで欲しいの」

勿論、これはなのはにさつきがここにいると知られることのないようにとの方便だった。
さつきがなのはの探し人であるという話は既に恭也から伝えられており、相談した上で決められた方針だった。
忍としても、こんな物騒な事態になのはを巻き込むつもりなど勿論ない。
そしてすずかも、その頼み自体には何の疑問も持たない。だから少しむすっとしながらもそれに頷く。

「……うん、分かった」















朝食を終えたさつきだが、当てられた部屋に戻ってさてこれからどうしようかと考えていた。
部屋に戻るまでノエルが付いてきていたが、別にここに拘束されている訳でも何かしら指示されている訳でもない。
屋敷の外に出たい時は声をかけてくれとノエルに言われてはいるが、それは当たり前だろう。そしてそれ以外の行動は自由が許されている。
しかし、それでは忍が起きてくるであろう夜まではどうすごしたものかというのが彼女の悩みだった。
館内での過ごし方に関して自分に何の指示も説明もなかったのも、向こうはこちらも夜まで寝ていると思っているからだろうとさつきは考えている。

とそんな時、さつきのいる部屋の扉がいきなりそっと開いた。さつきが驚いて視線を向けると、そこからひょっこりと中を覗き込む先ほどの少女の姿が。
その少女、すずかは部屋を覗き込んでさつきの姿を認めるとほっとしたように顔を緩める。

「やっぱりこの部屋だったんだ。今時間空いてるかな?」

「えっ、うん、丁度暇してたところだったけど」

「よかった。ねぇ、入っていい?」

ノックもなしに扉を開けておいて今更な質問だったが、さつきがそれに頷くとすずかは素早く部屋に体を滑り込ませて扉を閉めた。
そんなどこかこそこそとしているような様子にさつきは内心首をかしげるも、小さな子のすることである。どんな理由があっても不思議ではなかった。

「えっと……すずかちゃん、だったよね?」

「うん、月村すずかです」

そう言って、再度自分の名前を言って挨拶をするすずか。礼儀正しい娘だった。
この時間から活動しているということは死徒ではないのだろうか。
しかし、先程は流してしまったが今気付くと月村といえば忍と同じ苗字である。つまり彼女の家族として扱われているということだ。
さつきの中に細々とした疑問が浮かんだが、まあ人様の家庭の事情にいきなり踏み込むほど礼儀知らずではない。

「実は、今日一日は家にいてくれって言われちゃって、それで私も暇なの。
 だからどうしようかなって思ってたんだけど、さつきちゃんのことを思い出して。
 だから、一緒にゲームして遊べないかなって」

そして続けてすずかから言われた言葉は、さつきにとっては願ったり適ったりのものだった。
ただ一つ心配な点としては、見たところ小学生くらいの女の子が中身高校生の自分とまともにゲームができるのかというところだったが。
まぁ、ゲームの種類にもよるがその場合は小さな子と遊ぶような、要するにそのまんまの感覚でいけばいいだろう。
しかしそれでも死徒の館にいる少女である。普通でない可能性の方が高いだろうし、それに誰かと一緒に遊ぶなど本当に久しぶりのことである。
単純に凄く楽しみだった。

嬉しそうに了承したさつきに、すずかも嬉しそうに笑いかける。

「よかった。うちには沢山テレビゲームがあるから、好きなゲームで遊べるよ。
 いつも遊ぶときに使ってる部屋があるの。こっちだよ」







一方その頃、月村忍は悩んでいた。

「うーん、どうしようかしら」

何に悩んでいるかと言えば、さつきからどうやってこれ以上の話を聞きだすかだ。
というのも、昨日は時間がおしていた関係で結構ズケズケと聞いてしまったが、さつきは見たところまだすずかと同年代程度である。
彼女が発見された時は怪我は無くても血まみれ汚れまみれのボロボロだったのだ。相応の体験をした筈である。襲われたとの証言もあった。
そして自分たちが知りたいのはその襲われた内容やそれに関連する諸々なのである。
そんな相応の恐怖を覚えた筈の体験について、あんな小さな子にどのように切り出して尋ねるべきか。
勿論尋ねないという選択肢は無いため仕方のないことなのだが、今は恭也もいないことだしと忍はさつきへ諸々のことを尋ねにいくことに二の足を踏んでいた。

「忍様」

そんな忍に声をかけたのは、さつきの様子を見ているように頼んであったノエルだった。

「どうしたのノエル」

「はい、先ほどすずかお嬢様がさつき様に一緒に遊ばないかとお誘いになられまして。
 今、いつもの部屋でゲームをし始めたところです」

「えっ」

しまった。それが忍が思ったことだった。
確かにすずかにはさつきと接触してはいけない等のことは言ってなかったし、さつきにも今日話を聞くとは言っていたが具体的な時間は何も言ってない。
あのくらいの子なら同年代の子に遊びに誘われたらそれは付いていくだろう。

(……まあ、いっか)

だが少し考えると、忍はそう結論を出した。
どっちみち二の足を踏んでいたのだ。
恭也が帰ってくるまでにはまだ時間があるだろうし、さつきが楽しく遊んでくれれば後に話を切り出すのも気が楽になるというものである。
打算的な考え方もすればすずかと親しくなってくれれば色々と話しやすくもなるだろう。

しかし、と忍は今度はすずかについて思いを馳せた。
まさか、状況的にあからさまに夜の一族の関係者なさつきに自分から近付いていくとは思わなかったなーと。









そのすずかだが、ものすごく普通にゲームを楽しんでいた。

「やった!」

「ま、また負けた……」

そしてコントローラーを握って喜んでいるすずかの隣では、さつきが真っ白になってうなだれていた。
ガッツポーズをしていたすずかはそんなさつきの様子に気付いて慌ててフォローする。

「そ、そんなに落ち込むことないよさつきちゃん。私の方がこのゲームに慣れてるってだけだし」

「ううう……」

確かに、さつきがこれまで連敗してきたのはそのせいというのが露骨にあるだろう。
特にアクション系のゲームなんかになると反射神経よりも操作技術の方が重要になってくる。上手くコマンドが打ち込めない以前に、ボタンを間違えて思う通りに動かせないとか茶飯事だ。
だがしかし、それがあるにしてもこんな小さな子に負けるというのはショックだった。
例え相手の方が慣れているゲームだとしても、反射神経と思考速度、判断の速さで普通勝てるだろうという意識があったのだ。
普通じゃないかも知れないと思ってはいても、見た目が当てにならないと知ってはいても、相手は本来の姿での半分の身長ぐらいしかない少女なのである。

とはいえそんなことを口にする訳にはいかないさつきはうめくしかない。
というか当然のことながら年上の自分がこんな態度で空気を悪くする訳にはいかないのである。
さつきは気を取り直し、コントローラーを握りなおし、再びすずかに宣戦布告する。

―― 少しして、またもやすずかの喜びの声とさつきのうめき声が聞こえることになった。



まぁ、さつきの考えは間違っていない。相手がすずかぐらいの子なら、大抵は大人の方が勝つ。
なら何がいけなかったのかというと、すずかが所謂ガチゲーマーであったことだった。

そも、何故相手が小さい子ならゲームに勝ちやすいかというと、それはゲームへののめりこみ方にある。
小さい子は、ゲームを触ってて楽しければその時点で満足してしまいがちなのだ。
だから時には操作技術も乏しいまま、ということもままあるし、そのゲームに慣れていなくても大人の思考速度と経験で十分喰らいつけるのが大抵である。

しかしガチゲーマーとなるとそうではない。やりこみ、考え、自分を高めることも楽しむことに含める。
そうなると年齢なんてほぼ関係ない。思考速度や判断はゲームへの慣れにより最適化され、同じように訓練をした者でないと太刀打ちできなくなる。
そこに操作技術まで加わればもうさつきに勝てる道理などなかったのだ。

勿論、そこら辺はさつき以上にすずかが分かっていた。
そんな状態で何故勝って喜びの声を上げるかというと、実はこの二人これが中々いい勝負をしていたのである。
さつきにとっては小さな子に負けたというだけで落ち込んでいたので関係なかったのだが。

すずかがあまり自分が慣れていないゲームを選んだということもあるが、さつきの反応速度と判断の早さがすずかの予想以上であったため一応対戦の形にはなっていたのだ。
まぁ、反射神経は死徒のもので判断の早さは大人のものである。
例えさつきの操作が上手くいかなくても、変な動きをしてしまっても、目では見えていて体の反射も追いついているのにキャラが技硬直でどうしようもない隙を晒していても。
それでもすずかも中々ヒヤッとする場面の多い対戦となっていた。

本来なら1、2回やって無理そうならすぐ他のゲームに交換しようと思っていたすずかだったが、そのまま熱くなって何戦もしてしまったという訳であった。

とはいえ何連戦かして何連勝、何連敗かすればお互いに実力が分かるというもの。流石にこのままではさつきに負けないと確信したすずかは今度は協力型のゲームをしようとお目当てのものを探し始めた。


そして暫く後――

「さつきちゃん、そこ、その下のところお願い!」

「えっ、あっここね、うん分かったわ!」

すずかの真剣な声が飛び、さつきの焦ったような声もして――

「やったぁ!」

「あ、あぶなかった……ありがとうすずかちゃん」

二人の喜びの声が上がった。
一息ついた二人はファリンが持ってきたお菓子を食べてジュースを飲む。
いつの間にやらノエルも同じ部屋の片隅で佇んでいる。さつきの気分はお嬢様だ。本当のお嬢様は隣の少女なのだろうが。

そんな折、すずかがふとさつきに尋ねた。

「そういえば……ところでさつきちゃんは、いつまでうちに居るの?」

「え? えっと、忍さんに色々と話を聞かせて欲しいって言われてるから、少なくともそれまではかな」

意図せぬタイミングで自分の気にかかっていることに繋がる情報が出てきて、すずかは軽く狼狽する。

「そっかぁ」

すずかは宙を見つめてそう気の抜けた声を出すと、何か難しい顔をする。しかしすぐに真剣な表情をしてさつきへと向き直った。
そして、問いかける。

「さつきちゃんは、今何が起こっているのか、知ってるの?」

「……えっと? 何がって……何が?」

勿論、すずかはさつきのことを夜の一族の、ひいては近頃のごたごたの関係者であると確信している。
昨晩は居なかったのに今朝起きると家に泊まっていたという非常識さに加えて、今朝の忍との会話の流れからしてまず間違いない。
だがしかし、関係者であることとそれを知っているかは別物だし、何よりまずいきなりこんなこと尋ねられても尋ねられた側からしたら何に対して言われているのか分かる訳がなかった。
自分の中で変な確信があったために何の脈絡もない質問をしてしまったことに気付いたすずかは、慌てて改めて何を尋ねるべきなのかを考え始めた。

「あっ……うーん……と……」

最近、私たち夜の一族の回りで、間違いなく何かが起こっている。
お姉ちゃんは、私に何も教えてくれない。でも私は、何が起こっているのか知りたい。

「だから、お姉ちゃんが話を聞かせて欲しいってさつきちゃんに言ってるなら、さつきちゃんは何か知ってるんじゃないかなって……」

要約するとそうなる事情を、すずかはさつきへと語った。

すずかのそれらの話を聞いたさつきは、なるほどなぁと納得顔。腕を組んで、考えこむ。
しかしさつきの知っている情報で、彼女達にも関係のある事柄と言ったら例の集団に吸血鬼として命を狙われていること以外に思いつかなかった。

「うーん、でもそれならわたしがすずかちゃんに教えてあげられることってないかも」

「えっ、そうなの」

「うん、口止めされてるとかそういうのじゃなくてね。すずかちゃんが知ってるのって、今夜の一族が何者かに狙われているってことなんだよね?
 忍さんがわたしから聞きたがってるのって、その人達の特徴だから……」

それは事件解決に必要な情報であって、すずかの欲するような"何が起こっているのか"の情報とは違うのである。

「そっかぁ……ごめんね、こんな話しちゃって」

「ううん、わたしも大したこと教えられなくてごめん」

さつきは謝りながらも、気落ちするのを禁じえなかった。
すずかの期待に応えられなかったから、ではなく、結局この少女が遊びに誘ってくれたのは、それらを聞き出したかったからなのだと悟って。
世界からの孤独感、それから開放された安堵と歓喜、そんな中で大人げなくかなり楽しんでいたさつきにとって、その真実は心に重くのしかかった。

「ううん、そんなことないよ、ありがとう。
 じゃあ次はどのゲームやろうか」

「うん……うん?」

「え?」

「………」

あれ、この少女、すずかにとっては今の質問が目的なのであってそれが終わったのだからこれでもう終わりではないのと、さつきは面食らった。

「あ、もしかしてお姉ちゃんとの約束の時間がそろそろなの?」

「え、ううん、そうじゃないけど」

「ああそっか。次はどんなゲームをしたいかなって。さつきちゃんが選んでくれていいよ」

どうやらすずかはさつきがさっきの言葉を聞き損ねたのだと判断してくれたらしい。
事ここに至って、さつきは自分の勘違いに気付いた。
自分に尋ねたいことがあったのは間違いないだろう。だがしかし、それだけではなかったのだと。

さつきは先程浮かんだ自分の考えが恥ずかしく感じられた。
だが何のことはない。ただすずか自身がそんな打算だけで人に近づける程器用ではなかっただけなのである。

すずかがさつきを遊びに誘ったのは、さつきと仲良くなりたいと思ったから。
その動機にさつきに聞きたいことがあるというものだっただけで、仲良くなりたいと思ったことに嘘はないのであった。

ちなみに、すずかは自分が何かを意識してこそこそした動きをしていたことに全くの無自覚だった。
別に、目立たないようにこっそりとドアを開けたりした記憶がないという訳ではない。普段の自分なら普通にドアをノックして外から呼びかけるなりしていたということに気付いていないだけである。

忍から何も話を聞けなかったすずかは、なら関係者で間違いないはずの少女のことを思い出し、そして何か話を聞けないかなと考えた。
しかし事が事だけに碌に話もしていない、出会ったばかりの自分に話してくれるか不明だったし、もし話してくれなかったとしてそのことを忍に知られたら何かしらの対策をされてしまうかも知れない。
そんな警戒心から取らせた行動だった。

だがさつきは今のやり取りで一つ違和感を覚えることとなる。
会話の流れからして、お姉ちゃんというのは忍のことだろう。だが彼女は死徒である。
その彼女との約束の時間が何故こんなまだ昼にも遠い時間だと思ったのか。

そんなさつきの違和感は、それから更にすずかとゲームをしていって、色々と雑談をするうちに増えて、大きくなっていくことになった。









弓塚さつきは焦っていた。それはもう焦っていた。
どのくらい焦っていたのかというと、今日会ったばかりのすずかに

「何か、忘れてたことあったりした?」

と訊かれるくらい挙動不審になっていた。幸いにもすずかの方からそう訊いてきてくれたためそれにあやかって一緒に遊ぶのを切り上げることはできた。
しかしその後ノエルへ忍に会えるかどうかを尋ねると、あっさりと確認を取ってくるという旨を返されその焦りは加速した。

一方ノエルからその要求を伝えられた忍はそれに戸惑う。もしやすずかとの間で何かあったのかと思うも、ノエルによればそれは仲良く遊んでいたらしい。
まさか自分と話をする約束を忘れていて、それを唐突に思い出したから焦っているのかと思うが、本当のところは分からない。
しかし彼女自身話を聞く切欠に悩んでいたこともありそれを快く受け入れた。

忍からの了承の意を伝えられたさつきはうめき声でも聞こえそうなくらいに顔が歪む。心臓が痛い。
これでまだ、忍が寝ているところを起こされた感じであれば……という希望は、ノエルに連れられてたどり着いた忍の待つ部屋のドアを開けると共に砕け散った。
しかしまだ、死徒ならそれ程睡眠を取らなくても大丈夫という希望がある。何なら四六時中起きててもエネルギー効率的に非効率極まりないが別にそこまで驚きではない。
そんな現実逃避をしながら、さつきは開口一番忍に言う。

「忍さん、確認したいことがあるんです、幾つか。……幾つも」

さつきと忍の両名は小さな机を挟んで座る。
そうして幾つかの問答の後、両者共に頭を抱えることとなった。



すずかとの会話でさつきの抱いた違和感、それは端的に言えば「あれ? もしかして夜の一族ってわたしの思ってる死徒とは別物?」である。その通りである。
さつきのそんな予感は忍に幾つかの問いかけをし、そしてそれに何を当たり前のことをというように怪訝な様子で返されたことで確信へ至った。
痛いのを我慢してちょっと前腕の一部を切り裂いたら大いに慌てられたし、魔眼を使ったらしっかり魅了がかかったしもう間違いなかった。勿論魅了は一瞬で解いた。
というか今朝普通に人間の食事を出された時点で何かがおかしいと思うべきだったのである。ずっと人間の食事を取り続けていたので全く違和感を覚えていなかったさつきだった。
そうしてさつきは自身の今まで考えていた吸血鬼、"死徒"について忍に告白した。隠すなんて考えもしなかった。というかこの認識の齟齬を隠して諸々の現状を乗り切るなんて無理ゲーである。

いきなりそんなことを告白された忍は、当然のことながら懐疑的である。物語等に出てくるようなまんまな吸血鬼が世界に存在するなど今まで聞いたこともない。
一般人ならまだしも、アンダーなことにもそれなりに巻き込まれることも足を突っ込むことも多い夜の一族に属する一家の当主が、である。
さつきの語った内容は、忍からすればまぁ普通に考えてただの子供の勘違いである。
しかしさつきの語った内容を裏づける状況証拠がありすぎるのだ。
あれだけ汚れに塗れて穴の開いた服を着ていたのに体には傷一つなかったこととか、今までの事件の大体が夜に発生していたりとか、恭也の証言となるが胸にある筈の傷痕がなかったりとか、恭也の言っていた身体能力だとか。
全部さつきの言った内容通りならば説明がついてしまう。おまけに腕を切り裂いて肉が見える状態からそれが直る様を見せられてしまった。勿論夜の一族にそんな芸当はできない。
大きな血管を傷つけなければ肉が見える傷でも血が勢いよく噴き出したりしないとかこんな方法で知りたくなかった。

だがしかしだ。やはり胡散臭い。とんでもなく胡散臭い。
「今の自分の体は特別で、他の死徒達とは違って日の光も大丈夫だし流水も大丈夫」なんてさつきの説明がそれに拍車をかけている。

『夜の一族の秘密組織による人体実験の末に生み出された、治癒能力と身体能力を大きく強化された少女』なんて非現実的な話の方がまだ現実的であった。
そんな体の自分を、大衆の想像するような吸血鬼のイメージと重ね合わせて考えてしまったと考えた方が納得がいく。
そんなあり得ないと思えるような妄想も、さつきの語った内容やノエル達といった自動人形という実例と比べればあり得る気がするのだから頭が痛い。
だがどちらにせよ超弩級の爆弾であった。



そんな中、部屋の扉がノックされる。
少し前にチャイムの音がして、ノエルが対応に部屋から出ていっていたので彼女が帰ってきたのだろう。

「忍様、恭也様がお戻りになられたのでお連れしました」

案の定、扉の外から聞こえてきたのはノエルの声。更に恭也も戻ってきたらしい。
忍が返事をして、扉が開かれる。
部屋に入ってきた恭也は、頭を抱えている2人の先客を見て、困惑しながら問いかけた。

「……どうしたんだ二人とも」















あとがき

私は帰ってきたああああああああ!
いやほんと、待たせてしまって申し訳ないです。信じられるか? 12話、10月の時点で「よし今月中に投稿できる!」とか言ってたんだぜ……。


とある要素に気付かず、危うく詰みルートに入りそうになっていた(というか入っていた)ことに気付いた時はいやー焦った焦った。
待たせた割に全然話進んでなくてすいません。
この話中に行き着くつもりだった展開まで、分量で3話分以上になることに気付き、ここで一旦投下することにしました。
後2話は僕がラストクロニクルに嵌っていたり変なことでモチベが落ちてしまったり会社勤めの準備でてんてこ舞いになったりしない限りはある程度早めに投稿できると思います。元々そこまで書く予定だったんだし。
しかしその後は、申し訳ないです第二部完結まで書き溜めさせてください。書き溜めないと絶対途中で変なことになる……。
でもこれ下手すると1年以上間開くかも……
まぁ社会人になってどんな生活になるか全然分かってませんし、そんな状態の先のこと言ってても鬼が笑いますけども。



[12606] Garden 第13話
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/09/20 12:11
恭也の問いかけに、即座に返答を返せた者はいなかった。どう説明しろというのかこの状況。
だがさつきが青い顔をしたまま黙っているのを見て、とりあえず忍が分かる範囲で解説しようと動いた。

「さつきちゃんが言うには、私達とさつきちゃんとの間に認識の違いがあったらしくて」

そう前置きして、自分がさつきから聞いた内容を話す忍。
始めは困惑している様子だった恭也も、忍の話が進むにつれ疑惑をすっ飛ばしてなんとも微妙な表情を見せた。
その様子は、語られた内容に複雑に思う心があった様であり、つまりその内容自体はすんなりと受け入れているようであった。

それには今度は忍が困惑した様子を見せる。

「あっさりと受け入れるのね?」

「いや、俺としては今までの不可解だったこと全部に説明が付くから凄く納得できたんだが……」

まぁ、納得することと無条件で全部丸ごと信じることはまた別だ。
そんな言葉を隠して、今度は恭也が忍に視線を向ける。忍はどこまで信じているんだ? と眼が訊いていた。

「さっき、さつきちゃんが自分で自分の腕を斬ったの。それでその傷が治る様を見たわ……」

「ああ、何か血の臭いがすると思ったら」

忍はまたもや頭を抱えたくなった。違うそうじゃない。
と、そこで恭也は再びさつきに視線を戻す。先ほどからとても静かな彼女は真っ青で、顔は上げていても視線は下を向いていてとてもではないが尋常な様子には見えない。

さつきがこの事実にショックを受けているのは分かるのだが、どういった思いでショックを受けているのか分からないためフォローのしようがない。
しかしそのままにしておく訳にもいかないだろう。

「さつきちゃん、大丈夫かい? 顔色が悪いけれど」

「え、そんなに悪いですか? ごめんなさい心配かけちゃって」

意外にも、はっきりとした反応がすぐに返ってきた。
声音では強がっている風には感じられない。しかしその顔色は依然として悪いままである。

「いや、それはいいんだけれど……それじゃあ、いくつか質問いいかい?」

「はい」

「昨日襲われたのは、さつきちゃんが吸血鬼だからって話だったよね? それってどっちの吸血鬼かな?」

「あっ……えっと、向こうは死徒とか夜の一族とか知らない感じだったので……」

「それじゃあ、まだ俺達も当事者のままか……」

と、そこで恭也は(ん?)と疑問を覚えた。
夜の一族のことを知らない、それはいい。だが今の言葉は死徒のことも知らないと言っているように聞こえた。
それが言葉の綾というものでなければ、その襲撃者というのはそのどちらの関係者でもないということになる。

さつきが言うには、彼女が襲われたのは彼女が吸血鬼であるからだという。
そしてその襲撃者が夜の一族の関係者でも、さつきの言うところの吸血鬼である死徒の関係者でもない、となるとである。
さつきが狙われることになったのは、彼女自身が吸血鬼であるとバレる、その者達が吸血鬼の存在を知る出来事が何かしらあったということになる。

(その場合、完全にとばっちりじゃないか……)

事実完全にとばっちりである。しかし残念ながらこの時点で確信を持ってその真実を知る者はさつきただ一人であった。

「よし分かった。それじゃあもうこのまま話に入っちゃおう。
 とは言っても、そんなに難しいことじゃないよ。さつきちゃんの仲間で、さつきちゃんより立場が上の人に合わせてくれないかな」

「えと……居ませんよ?」

悩むでもなく、あっさりと返されたその返答に恭也達は困惑した。
あの廃ビルにさつき以外誰もいないのは知っているので、その前にいたところの誰でもいいのだが――と恭也が補足する前に、さつきの言葉が続いた。

「わたしが殺された時も、親を見ることはありませんでしたし……。
 その後に1度だけ別の死徒の人と会ったことあるんですけれど、連絡先とか知りませんし」

「えっと、その、親っていうのはお父さんとかお母さんとか――」

「あ、いえ、違います。わたし達死徒の中で、自分を殺して吸血鬼にした相手のことです」

目の前の少女の口からあっさりと当たり前のように放たれる、異常な言葉。
そんな異様な光景が、逆に少女の言葉にうすら寒いリアリティを与えていた。

恭也と忍は一度自分達の中にあったさつきに関する推論をリセットし、もう一度昨日さつきの語った言葉について考え直してみる。
さつきの言葉が真実かどうかはともかくとして、両方ともさつきが真実と認識している言葉ならそこには一貫性がある筈だ。

まず自分達が何故さつきのことをどこかのグループに所属していると思ったのか。
流石に台詞をそのままは2人とも覚えていなかったが、『新米の"使途"』『親からは独立している』『一人で活動』このあたりの言葉が原因だ。
この"使途"というのはつまりは"死徒"の勘違いだ。そして親は吸血鬼にされた相手、活動は……そのままの意味である。

つまるところ……さつきは今本当に一人、天涯孤独ということになる。

「死徒っていうのは、そんなに居ないものなのかい? ……いや、居たら俺達も存在を知っているか」

「はい、教会の人達も頑張っているみたいですし……実際に会ったことのあるのは、わたし以外に1人だけですね」

「教会? って……ああ、よくあるエクソシストってやつ?」

「あっ、そんな感じです」

「じゃあ、今回の襲撃者っていうのも――」

「いえ、今回のはそれとは違うんです……」

恭也は難しい顔をして唸った。ここで肯定してくれれば、先ほどのさつきの発言と矛盾が見つかりこれは嘘か妄想かだと判断できたのだが。
恭也は一度忍へ目を向け、そして時計を見て時間を確認した。丁度昼前といったところである。

「うん、さつきちゃん、こっちも突然の話で少し混乱してるから、一度色々整理させて欲しいな。
 後の話はお昼の後でいいかな?」

恭也の言葉に、さつきは言葉少なに了承して退室した。
そんな様子に若干の不安を覚えるが、そちらのことはノエルに任せておく。
恭也は何も言わずにここまで話を任せてくれていた忍に礼を言い、そして尋ねた。

「さて、忍はどこまで信じてる?」








昼食は朝食と違い皆が合流して大所帯となった。忍、恭也、すずか、さつきの4人に食事は取らないがメイドの2人である。
忍はそんな昼食の時の様子を思い出す。どうやら自分の知らない間に仲良くなっていたというのは本当のようで、すずかは親しげにさつきに接する様子を見せていた。
いいことだと思う反面、さつきに関して不安要素が多い現状色々と心配でもある。
また、どうもさつきの方がすずかに対してどこかよそよそしく見えたのも気になった。

昼食が始まる前も、そしてそれが終わってからも、恭也と忍は様々なことを話し合った。さつきの話から見えてくる、これまでの事件の裏側やどのように話を進めていくか等である。

そんな中、さつき自身のことについて「何らかの人体実験で、身体能力や治癒能力を高められたのではないか」といった忍の推論は、さつきの語った内容が本人の勘違いであればまぁそんな感じだよなぁなんて恭也の同意を得られてしまっていた。
また、『さつきちゃんの言葉が全部真実だった場合の話』で、「俺ってさつきちゃんに血を吸わせちゃったけど吸血鬼になってたりしないよな?」という恭也の言葉に忍が下手な冗談だと眉をしかめるなんて一幕もあったりした。

忍としては、さつきの語った内容をいまいち信じれていないのだ。当たり前ではあるのだが。
だがその一方で、実は恭也はさつきの言葉を凡そ信じていた。
自分の行った殴打の痕が無かった事や、今まで忍の時は感じていなかった吸血の時の痛み等、その他今まで夜の一族と、普通の人間として長い間付き合ってきたから抱いた細々とした違和感。
それら全てが、さつきの語った内容通りだとしたら納得できてしまう。
そして一番大きなものが、やはり彼女を保護した時の惨状。
彼女が夜の一族だったのなら……否、彼女が尋常な生物であったのなら、例え驚異的な治癒能力を持っていたとしてもどうしても無理矢理な解釈が必要になってしまうあの姿。
しかし、彼女が彼女自身の言うようなファンタジーな存在だとしたら……そこまで頭の中を整理して、それも結局無理矢理な解釈の一つじゃないかと恭也は苦笑する。

さて、と忍と恭也は目の前のその少女に向き直る。昼食が終わり、それから更に時間も経って忍と恭也の話し合いも整理がついた今、彼らは再びさつきと対面していた。

「じゃあさつきちゃん、まずちょっと聞かせてもらいたいんだけど、さつきちゃんって昨日俺の血を吸ったよね?
 俺って吸血鬼になったりするのかい?」

「あっ、いえ、血を吸った相手を吸血鬼にするためには、自分の血を送りこまなければいけませんから。それはないです」

懸念材料が1つ消えたことで、恭也は安心する。

「そっか、それじゃあまず襲って来る奴らがどんな奴なのか、それから襲われることになった経緯を教えてくれないかな」

「それなんですけど、忍さん達って『魔導師』って知っていますか」

恭也の質問に、さつきもまた質問で返した。
忍達が色々と相談をしていたのなら、さつきの方にもこれから聞かれるであろうことを整理する時間があったのである。
さつきの方の準備は万全であった。むしろ、確信を持って双方の現状を把握している分さつきの方が方針がしっかり定まっていた。

「いや、知らないかな。忍は?」

「すずかがやってるゲームで、そういう職業を聞いたことはあるけど……。あの物語、何回最後があるのかしら」

それは言ってはいけない。
恭也達の言葉を聞いたさつきは頷く。そして告げた。

「そうですか。なら、これ以上この件で忍さんや恭也さんにご迷惑はかけられません。
 元々、お二人には関係のないはずのことだったんですし、吸血鬼として夜の一族の方々狙われるということも、多分ないと思いますし」

さつきの言葉に、恭也達は眉をしかめる。
色々と考え、質疑応答に臨んでいた事態に対して、お前達はもう部外者だから関わるなと言われたようなものだ。
それに何より小さな子供にそのようなことを勝手に判断されるというのはえてして愉快なものではない。

「それってつまり、これ以上は関わらないで欲しいっていうことかい」

「だって、本当は関係ないことだったのに、巻き込んだ感じになっちゃいましたし……。
 本当に危ないんですよ?」

恭也達からすれば、だったら尚更な言葉であった。
彼らにとってのさつきは、まだ小さな女の子なのである。いや、これがもし相手がしっかりした大人であってもただで手を引いたり出来ない人種が彼らなのであった。

「どうして関係ないって、そう思ったのかな」

なるべく威圧している感じにならないように、恭也は言葉を重ねていく。

「わたしが狙われるようになった理由が、わたしが自分で吸血鬼だと名乗ったからなんです。
 そして昨日、彼女は吸血鬼の見つけ方が分かっていないといった様子を見せていましたから」

「それでも、結局のところ夜の一族は世間一般でいうところの吸血鬼の一族なんだ。それが知られてしまったら月村家も狙われることになると思うけど」

「でもそれって、今までと何も変わりませんよね」

どういう……と聞こうとして、恭也は思い留まった。確かにそうだ。
月村の一族が夜の一族であることを隠しているのは、一般人にそれがバレてしまった場合身の破滅となりかねないからだ。
そして今のところそれは起こっていない。つまり今まで通りの対応を続けることができれば、月村家が狙われることはない筈だと、さつきは言っているのだ。
だがそれにしたって穴はある。
隠す相手が吸血鬼を御伽噺の存在だと信じている一般人と、実在すると知っている者達であるという違い。
そしてその者達が、精力的に吸血鬼を探しているようだという状況などである。

「……………」

さてどうするか。恭也は考え込んだ。
事情を聞き出す方法は、あるにはある。
そういった穴以外にも、こじつけでも何でもいい。子供相手に延々と反論を投げ続ければ、子供側は折れるしかなくなるのだ。
だがこれは心情的に行動に移しづらいということ以外にも大きな欠点がある。子供は、そういう大人の行動の意図に対してとても敏感だ。
一度それをやってしまうと、子供からの評価は「自分とまともに話をする気がない人」で固定されてしまう。今後の話に大きな影響を及ぼすことになるだろう。
……実は、今はそれよりも優先度の高い話もあるのだ。

一方、そんな風に悩む忍達と対峙するさつきはといえば、実はそこまで話を隠す気はなかった。
結局のところ、夜の一族に今回の件は関係ないのである。
そんな完全なとばっちりで巻き込んでしまうのを申し訳なく思っただけで、それでも知りたいというのであればそのまま正直に話せばいいというのがさつきの結論であった。
これまでお世話になった説明責任というものもある。
今までの流れはただ、この件に貴方達は何の関係もないし積極的に解決しなきゃいけない問題でもない筈なんですよーということを忍と恭也に伝えただけであった。







……で、あったのだが。
実際にここまで話を進めてみると、さつきは気付いた。ここまでの流れ、客観的に見て何やら自分が話の内容を隠したがっているように見えてもおかしくないことに。
そしてそんな流れの後にいざ詳しい事情を話すことになった時、「実は魔導師とは異世界から来た魔法使いで~」などと言い出したらごまかそうとしているようにしか聞こえないのが明白であることに。
もしさつきの意図がしっかりと伝わっていて真実を隠したがっていると思われていなくても、いざ内容を話したらその突拍子のなさから(つまりあの前振りって)と変に邪推されてしまうのが当然の流れなのではないのかと。
相手が死徒であると思っていたから、元々そういう超常の存在を知る者達と思っていたから、その部分に目を向けることを忘れていた。
いつの間にか、さつきはもう後には引けない状態になっていた。誰だ準備万端とか言ったやつ。

「……わかった。さつきちゃんの考えではそのことに俺たちが関わることも巻き込まれることもない筈だと思っていることは分かった」

そんな風にさつきが冷や汗を流していると、恭也の方は考えが纏まったらしい。
恭也のその返答に、さつきはひとまず自分が最低限伝えたいことだけはしっかり受け止めてもらえたようだとほっとする。
しかし続く恭也の言葉にさつきは更に胃が痛くなった。

「でもさつきちゃんは、俺達のことを全て知っているわけではないはずだ。俺達にはさつきちゃんに訊きたいことが、まだたくさんある。
 それを全部聞いてから、もう一度判断してくれないかな。もしかしたら俺達にも伝えておかなきゃと思うことが出てくるかも知れない」

(ごめんなさい、多分無理です!)










さつきを狙う人物達については後回しということになったところで、さてまずは、と恭也が切り出す。

「4月の半ばの夜のことなんだけど、この家に誰かが入り込んだんだ」

「はいわたしです」

絶対に来ると思っていたさつきの返答は早かった。
間髪入れずに認めたさつきに忍達が目をパチクリさせている間に、さつきは弁明を始めた。

「ごめんなさい、意図的じゃなかったんです。
 教会の人たちに追われている時にある人たちに助けていただいて、その時に転移魔術で逃がしてもらったんです。
 ただ、何か手違いでもあったのか、その時に出てきたのがこのお屋敷の上空だったんです」

さつきの言葉を聞いた恭也達がものすごく困ったように顔を歪めた。「転移魔術……」というどこか疲れたような呟きも聞こえる。
さつきはその反応で思った。死徒の件でまさかと思っていたが、もしや魔術もか。

「えっと……こっちも家の敷地内にいきなり入り込まれちゃってる訳だから、その時のことはしっかりと確認しておきたいんだ。
 だから、その証拠とか……さつきちゃんをここまで送ってくれたって人達のいるところを教えてもらえないかな?」

さつきは恭也の前半の言葉に大きく頷き、後半の言葉に横に首を振った。
証明になるようなものなんてないし、伽藍の堂の場所も分からない。

さつきもこの世界の橙子や伽藍の堂の面々に会いに行きたいのは山々なのだが、観布子市が地図になかったのだから仕方ない。
平行世界にしてはちょっと違う部分が多くないだろうか。しかし地名ぐらいならちょっとした住民アンケートの有無とか結果とかで変わることも珍しくないしこんなものなのだろうか。
あの頃のさつきは、自分がいる場所がおおよそ何という地名の近くであるのかは把握していてもわざわざ毎回地図でその場所を調べるなんてことはしていない。
だから地名で探して出てこなかったらお手上げなのである。大体の地域から景色で探そうにも当時は寝こけていたり必死に逃げていたりでそんなのまともに覚えている訳がなかった。

だからさつきはあらかじめ用意していた嘘でその場を切り抜ける。

「一つの場所を拠点にしている人たちではないので、今どこにいるかは分かりません。
 わたしが出会えたのも完全に偶然でしたし」

「……その人たちっていうのも、吸血鬼――死徒なの?」

その疑問は、忍から発せられた。
さつきはそれに首を横に振って、そういえばゼルレッチが死徒であったことを思い出した。

「あ、えっと……死徒の人も1人いましたけど、そういう集団ではない筈です。
 あの人達は…………………………何者なんだろう」

一体伽藍の堂とはどういった集まりだったのか、さつきは説明しようとしてもの凄く困った。そういえばそこら辺のこと詳しいことは何も知らない。それを知る術も最早ない。
暫く悩んだ末に頭を抱えたさつきが発した言葉に、恭也達はしかし、落胆と危機感を煽られながらも安堵を覚えていた。
危機感は、得体の知れない相手がこの家を狙ってさつきを送り込んできた可能性に対して。
安堵は、さつきが本当にその人物らの詳しいことを知らない様子から、彼女が計画的にここに送り込まれた訳ではない可能性が高まったことに対して。

「多分、魔術師としてとても腕のいい人なんだとは思います。
 わたしの体を太陽の下に出ても大丈夫にしてくれたのも、その人ですし」

そんな彼らの危機感を、続く言葉で無意識のうちに煽ったさつきであった。







月村家への進入の件は、何か目的があってのことではなかったということを恭也が再び確認し、忍直々に許しを得てお流れとなった。
とにかく謝らなければならないと思っていた内容が終わり、ほっしたさつきの前に、今度は数多くの資料が差し出される。
とはいえ書かれている文字はそんなに多くない。大体何が起こったのか分かりやすい見出しと写真でできている。
突然出てきたそれらに疑問を抱くよりも先に、さつきは嫌な予感を覚えた。
それらをぱっと見ただけで、その中のいくつかにさつきはもの凄く身に覚えがあったりしたのだ。

「君がこの家に侵入した日前後から起こった、奇妙な事件をまとめたものだ。
 夜の一族に関係しているものだと思って調べていたんだけど、心当たりのあるものはないかな」

そう言われるや、さつきは資料を手に取り3つに分けだした。
1つは完全に知らないもの、1つはジュエルシード事件のもの、そしてもう1つが……

「これが、わたしが犯人のものです」

服屋の壁壊し強盗事件、ATM破壊事件、(巨木出現の時の地震はジュエルシードのせいであるから別にしておいて)、
集団昏倒事件、そして一月前の道路と民家の塀が破壊されていた事件の4つである。

さつきが体を小さくして差し出したその内容に恭也は目を細めた。その隣に忍が寄ったので、恭也は渡されたのがどれかを見せる。
忍はそれがどの事件なのか把握すると目を見開いて資料とさつきに交互に視線を彷徨わせ、そして恭也の目を見つめる。
恭也は頷くと、ひとまずは前の2つを手に取った。

「この2つは……うちに入った日と、その次の日か。なるほど」

さつきがここに飛ばされたのは事故だというのは先ほど聞いたばかりである。何のために、というのは彼らにも容易に想像がついた。

「1つ聞くけど、これ、どうやったの?」

「えっと、押したり、叩いたりして」

さつきが交えたジェスチャーを加味すると、素手でやったと言いたいらしかった。
素手で押したり叩いたりして起こせるような破壊痕ではないのだが、押して壊したとなると忍達が感じていた洋服店の破片の違和感も説明が付いてしまうのが彼女達にとっては頭が痛い。

「……そうか。
 ……泥棒、だね」

さつきは小さくしていた体を更に縮こまらせた。

「……はい、泥棒です」

「………」

「………」

恭也は手に持っていた資料を机の上に置くと、残る2つのうち1つを手に取った。

「それで、こっちだけど」

「えっ、……はい」

恭也がそれ以上何も言わずに次へ移ったことにさつきは疑問の声を上げて、そして恭也が指し示す記事を確認する。
集団昏倒事件、中身は詳しく見てないが、ジュエルシードによる事件で時の庭園からさつきが戻って来た時のことだと分かる。
あの時のさつきは受けたダメージを癒すために見境がなかった。誰でもいいから血が飲みたいという気持ちだったのと、結構な数の人を襲ったのは覚えている。

次の日落ち着いてから少し調べてみたら、案の定多数の行方不明者がどうのとニュースになっていた。
やっちゃった……と、さつきは"橙子への"気まずさから、ニュースになっていることが判明した時点で詳しく調べることを避けていたためどんな風に広まっているのかは知らないのだが……。

その内容が纏めてあるであろう資料を眺めて、恭也が神妙な顔をする。
何か大事な話が始まると予感させるその態度に、さつきは思わず緊張を覚える。
恭也がさつきの眼を見つめ、少し言い辛そうに、躊躇いがちに、しかし最後にははっきりと尋ねた。

「さつきちゃんは……人を、殺したことがあるかい?」

「―――」

ああ、と、さつきは納得した。
さつきの緊張が、解けていく。ほっとして、ではなく、それ以上の感情の動きによって押し流されてしまった。
それはそうだろう、彼らにとって、それはとても大切なことだろう。
人を殺したことがあるか、人を殺すということをどう思っている存在であるのか。
それによって、対応は全然変わってくるだろう。
彼ら――人間にとって、それはとても大切なことだろう。
そしてさつきは、この瞬間までそのことに思い至っていなかった。

納得して、さつきはふふ、と笑う。
もう、それについての回答は既に暗に告げているというのに。吸血鬼がどういう存在なのか、既に説明してあるというのに。
これは、優しい、ということなのかな。わたしの口からしっかりと明言されないと認められないみたい。
さつきは笑って、告げた。

「だって、そういう化け物いきものですよ、わたし」

「でもこの時、さつきちゃん誰も殺してないよね」





「え」

「え?」

そう言えば、その手の資料はあの時の事件の筈なのだから、そこに人死にが書かれているのならわざわざそんなこと尋ねる必要はないのでは……。

「……ここに書かれている人達以外に、被害者がいるのか?」

「ちょっと、読ませてください」

呆気にとられたさつきは、再び厳しい顔つきとなって発せられた恭也の問いに思わず資料へ手を差し出す。
恭也から資料を手渡されたさつきはそれに目を通す。
資料の内容は、さつきが事を起こしたその翌日の明け方前に路上で昏倒している集団が発見されたというもの。
全員が外傷を負っていて、少なくない流血もあったらしいが確かに死者が出たという記述は見当たらなかった。
さつきに心当たりがあるかどうかを訊くのを目的に纏めてあるのであろうそれに細かい情報はなく、あっさりと纏められてはいるが、それでも人死にに関することを省略してあることはないだろう。

(なんで……)

資料を受け取って、困惑したまま黙ってしまったさつきを見て、恭也がノエルに尋ねる。

「ノエル、この資料の詳しいのって」

「はい、こちらです」

すぐさま出てきた3人分の資料を、それぞれに手渡した。
さつきはそちらにも目を通し、恭也達もその内容を確かめる。
そうして、恭也達は納得の声を上げた。

「ああ、死人が出なかったのは発見が早かったからか……。
 命に別状があった人はいなかったけど、発見が遅くなっていたらどうなっていたか分からない、と」

被害者は20人弱。集団で倒れていたとは言っても場所はまばらで、何人かが傷を負って倒れているのが見つかると共に周辺の捜索が行われてそれだけの人数が見つかった。
では行方不明云々は何だったのかというと、所持品から身元が分からなかった数名が翌日一時的に行方不明者として扱われていたという話だった。
そもそも今のさつきに死者を作る気はなく、また成り立ての頃のように血を吸うのが下手という訳でもないため食事後に残るのは普通に死体である。
死体を隠す判断力なんてあの時持ち合わせていなかったのだから、行方不明者が出たというだけの時点で何かがおかしいと思うべきだったのだ。
そして死体や血だまりなんかがこの他に見つかっていないということは、被害者はこの資料にあるだけで全員である。

(ちがう……)

しかし、さつきの困惑は晴れない。
忍と恭也は、被害者の傷の具合から、実際に死んでいてもおかしくなかったそれらから、さつきが自らが殺人を犯したと勘違いをしたのだとそう判断したようだ。
自身に向けられる厳しい視線とその言葉から、さつきはそれを察した。察して、否定した。

絶対に、何人も殺していると思っていた。

吸血衝動で我を忘れている間のことは、覚えていない訳ではない。
あれは寝ぼけている時や酔っぱらっている時、パニックになっている時と似ている。
細かいことまで覚えていないというよりは、当時の時点で目や感触といった体が伝えてくる情報の大部分を脳が処理していない状態の、あれだ。
いや、今は人間の体を動かしているのだから本当に脳が処理を放棄していたのかも知れないが。
正直そういう人間の脳や吸血鬼となってからの魂がどうとかいう話は専門的すぎてさつきはそこまで詳しくは分からない。知りたければ橙子にでも聴くしかないだろう。

要するに当時のさつきは早く血を飲んで体を癒せれば他のことはどうでもいい精神状態だったと言えばイメージしやすいか。
あの時のさつきは気絶寸前だったので、意識の朦朧具合と合わさって本当に何も見えていなかった。
別に特殊能力みたいなもので精神を操られている訳ではないのだ。内から湧き上がる衝動を抑えきれずに我を忘れるのであって、その間の記憶が飛ぶなんてことはない。その時に目に入っていないだけで。
だから当時の記憶があるかと言われれば、さつきにはあると言えるだろう。

実際に血を飲んでいた覚えはあるし、飲んだ血をとてもおいしく感じたのは覚えている。
人を探すために移動した記憶はある。
そして、血を飲むこと以外どうでもよかった覚えはある。

だから、絶対に殺したと思っていた。
それこそ昨日の夜恭也に行おうとしていたように、その腕で貫いて、切り裂いて、引きちぎって、断面から溢れる血で喉を潤して……。
そういう行為に及んでいたものだと思っていた。

それが、爽快感も何のない、一人一人に噛みついて地道に血を吸うという、まどろっこしい方法を取っていたなんて思っていなかった。
故に、さつきは困惑する。

(何で……)

―― さつきちゃん

(遠野くんのお陰かな)

……ふと浮かんだ少女の顔は、おそらく関係ない。



ともあれ、殺していなかったのならばそれはそれでよいのだ。別に問題がある訳でもない。
切り裂いてバラバラにしていると思っていたから困惑しただけで、その疑問も解消された。
実際に血を吸われた人間が出血多量で死ななかったのに関してならば、納得できる心当りがさつきにはある。

ただ単に、人間のものであるさつきの胃に、それ以上の血が入らなかっただけだ。

それでもこの被害者の数からして、吸血鬼の特性によって、飲んだ血はすぐにとはいかずとも吸収されたのだろう。
だが一度胃が一杯になって吸血を止めて、足元に倒れているのからもう一度飲むかというと、あの時の自分なら手近にいる生きのいい方を選んだろうなぁとさつきは察していた。

その結果が20人弱という被害者の多さだ。
これ以上の被害者はいないだろうと判断した要素の一つに、単純に判明しているだけで十分すぎる数であるというのもあった。

だから、今さつきにとって問題となるのは、こちらに険しい視線を向ける忍と恭也である。
さつきはひとまず、ここに書かれている以上の被害者がいるのかという問いににこやかに応えた。

「多分だけど、これで全員だと思います。うん、全員無事だったんだ」

「……そうか。でもさつきちゃん、君がこれからもこういうことをすることがあるというのなら、俺達は君を放っておく訳にはいかなくなるよ」

恭也は遠まわしな言葉選びなんてせず、初っ端から真っ正直にさつきに対して言葉を投げつけた。
その調子に、さつきもにこやかな笑みを引っ込める。しかし、その口元には意識して弧を描かせて。

「わたしが今後一切人を襲わないなんて約束、できません。
 それに、多分一つ勘違いしていると思うので訂正しますけど、わたしが人を殺したことがあるという事実に違いはありませんよ」

「――っ」

恭也が苦々しい顔をする。例え"今回の被害者"に死者が居なかったとしても、"過去の被害者"に既に死者がいると、さつきの言葉の意味を察して。
さつきが今更ここを誤魔化すことに意味はない。
何より、さつきは既に恭也に向かって普通の人間だったら死んでいる攻撃をしたことがあるのだ。

そんな事実があったのに、それでもそれを否定しようとした彼らは、やはり甘いというか、優しいというか。

「……何で、人を襲うんだ」

「血が必要だからです」

「さつきちゃんは、さっき俺達と同じ食事をとっていたよね。
 それじゃ駄目なのか?」

そしてその上で、さつきを排除、最低限でも拘束するよりも先に、さつきが人を襲わなくてもいいようにという方向で考えを進めてくれている。
さつきは恭也の言葉、そして忍の反応からそれを感じ取った。どことなく、嬉しかった。
意地悪も入っていた言葉選びは控えて、まずは恭也達をひとまず安心させてあげよう、そんな風に思えるくらいには。

「んー、そこら辺の事情、ちょっと詳しく説明しますね」

そもそも、今のさつきに本来なら吸血は必要ない筈なのだから。
……なんでこんなにも吸血行為に及ぶ羽目になっているのだろう。

さつきは説明する。
今の自分は普通の死徒とは違うということを、再び。
普通の死徒が血を求める理由は、体を動かすエネルギー補給の他に、常に朽ち崩れる肉体をヒトの形に保つのに必要であるためであること。
凄腕の魔術師の手で、今の自分の体は人間のものに極めて近くなっていること。
――つまり、今は肉体の崩壊は殆ど起きていないということ。

「……と、いうことは。さつきちゃんは今、体を動かすエネルギーさえ確保できれば人を襲う必要はない?」

新しい情報を、それも突飛なものを混乱せずに整理するためには、ひとまずその情報を全部信用してしまうのが手っ取り早い。
そうして把握した内容を整理して出てきた結論を、恭也は口にした。さつきはそれに頷く。

「はい。そして、今は人間の体ですので栄養の確保は普通の食事でできます」

「……じゃあ今の君は、人を襲う必要は全くないと……。
 でも、君がその……死徒じゃない体を手に入れたのは、この家に現れる前なんだよね?
 なら……この人達を襲ったのには、理由なんて……」

恭也が言いかけた言葉を、さつきは首を横に振って遮った。

「体を再生させている力と、体をヒトの形に保っている力って、大元は同じなんですよね。
 この日の夜、わたしはとある理由で大怪我を負っていたんです」

「とある……大怪我……」

忍達がいやがおうにも連想するのは、さつきを保護した時のその惨状。

「……昨日、さつきちゃんと会った時、着ている物はボロボロだったのに体は大丈夫だったのって、やっぱり?」

恭也の問いに、さつきは首肯する。
そして、今の話題の中心である事件の記事を指し示した。

「この時にちょっと勢い余って吸いすぎちゃって、その時に蓄えていた力である程度は直っていたみたいですけど。
 なので安心して下さい。昨晩は、恭也さん以外に襲った人はいない筈です。
 恭也さんが血を吸わせてくれたのは本当に助かりました」

「ああ、それはいいんだけれど。
 さつきちゃんの体や服の状態って、胸元を何かが貫通していたように見えたんだけど……。
 本当にそんなことがあって、その状態から治ったのか?」

恭也の次の問いには、さつきの顔がげっとばかりに歪んだ。
思わず片手が胸元に行って昨晩服が破けていたあたりをさすっている。
次いで背中にも手を回して首も後ろに向けていた。流石に、吸血鬼だからとか言ってどこぞのホラーばりに首が人としておかしいくらい回るなんてことはなかった。

「……貫通……してたんですか、あれ」

「……心当たりがあるのか、それ」

「刺付きのハンマーみたいなもので、ぶん殴られました」

恭也は椅子にもたれかかって天井を仰いだ。



少しの間そうしていた恭也だったが、次々に出てくるとんでも情報に痛くなってきた頭を冷やすのを終えると気を取り直して再びさつきと対面した。
そしてその間に整理した内容を恭也はさつきに確認する。

「少し脱線しちゃったけど、俺達がはっきりさせたいのは、さつきちゃんが人を襲うというその理由だ。
 それ如何によっては、もしかしたらさつきちゃんよりもさつきちゃんを襲っているって人達の方の味方をしなくちゃならなくなるかもしれない」

再度、忠告とも脅しとも取れる言葉をさつきに向ける恭也。
先程よりも直接的な言葉を使ったのに、さつきの様子に動揺の色は全く表れない。
顔色は悪いが、それは前からだ。
実際に顔を突き合わせている人に直接こんな言葉を投げかけられているのに、まぁそうだよねと言わんばかりである。

「……それで、さつきちゃんは、怪我をしたら人の血を吸うことでそれを治したいだけって考えていいんだよね?」

これにさつきはあっさりと頷いた。事実その通りであるから。

「はい。普通の怪我なら、人の体のうちは普通の人と同じように治りますので、それじゃ治りそうにない怪我をした時ですね」

「怪我をする度じゃなくていいのか。
 それならこの月村家で、十分な量の輸血パックを用意できると思う。
 それで何とかできないかな?」

「………へっ」

一瞬、その言葉の意図が分からず、さつきは呆けた。

だって、

「わたし、もう人を襲ったことも、殺したこともあるんですよ?」

「それを、襲うことも、殺すこともしなくてよくなる方法があるかも知れないなら、そうしたいからな」

だから、

「どうして、そこまでしてくれるんですか?」

「この問題をどうにかしなければ、俺達はさつきちゃんがもう人を襲えないように何かしらしなければならなくなる。
 出来ればそんなことはしたくない。それに比べればこれくらいは、な?」

恭也が忍に目配せをすると、忍もそれに頷いた。

でも、そんなことしたくないって、だって、

「だから、わたしはもう人を――

「それで、この方法で何とかならないかな」

さつきの言葉に被せるように、恭也が言った。

月村家には、いざという時のために廃棄する輸血パックを譲って貰えるルートがある。
医業界で万年不足状態の輸血パックだが、それは輸血パックの寿命が短いからだ。
忍曰く「できれば飲みたくない」らしいが、それを使えば血液の確保は可能なのである。

本来、死徒が輸血パックで生きていけるかと言えば生きていけない。精々が気休めや変わり者の嗜好品程度である。
輸血パックでは十分な生命力を補充できない。力も湧き上がらないだろう。得られるのは遺伝子情報だけ。
しかし、奇しくも今のさつきにとってはそれで十分であった。

「…………8年」

困惑する心を落ち着かせて、出た結論を、さつきは口にした。
当然、いきなりそんな期間を意味する単語を放たれても忍達には伝わらない。
怪訝そうにする二人に、さつきは一つ息を吸い、そして大きく吐きだしてから改めて告げる。

「その方法がとれるのは、後8年だけです。
 それが、わたしが人間として生きていられる期限でもあります」

数瞬の後、その言葉の後半が意味するところを理解した2人の顔が強張った。
さつきはその反応を確認して頷く。

「今のわたしは、体を人間に近付けてもらっているだけですから。
 いつかは元に戻っちゃいます。それが、予定だと8年後ですね。
 死徒に戻ったら、太陽の光を浴びることはできませんし、流水を通ることもできません。
 輸血パックだけで凌ぐことも、できなくなります」

そこで、さつきはこの話の原因となった資料を掲げた。

「そして、この時にわたしが血を吸った人達が死ななかったのは、今のわたしが殆ど人間だからです。
 8年後からは、わたしが狙った人はもれなく死んじゃいますよ」

まるで挑発でもしているかのような言葉が、さつきから溢れてくる。
否、それは実際に挑発しているのだった。さつき自身も自覚のないままに。

あるいは、もし恭也達が普通の人間であったなら、さつきがこんなに感情的になることはなかっただろう。
死徒じゃなくても、吸血鬼。それだけで、たったそれだけでもう何も考えずに全てを信頼してその身を委ねてしまいたくなってしまう。
そんな感情を、さつきの冷静な部分が止めている。この人達は死徒ではなく、人間の味方だと。
その苦しみが、さつきにこんな言動をとらせていた。

さぁこの真実を知った上で、この人達はどんな結論を出すのかとさつきが身構えていると、

「そうか。じゃあ、その8年間が終わる前に根本的な解決策を見つけないとな」

さつきは今度こそ本気で絶句した。
焦ったように、その発言をした恭也ではなく忍の方にも目をやると、そちらも何やら決心した顔で深く頷いていた。










あとがき

実は月姫リメイクまだ触れてない。
重要なことは前書きページで書かせていただいたのでここではこれだけで!



[12606] Garden 第14話
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/09/26 00:06
太陽が沈み、夜の帳が落ちている寒空の下、さつきは椅子の上で膝を抱えて空に浮かぶ月を見上げていた。

(………やっぱり、夜と月は落ち着くなぁ)

何故さつきがそんなことをしているのかと問われれば、無性にそうしたくてたまらなかったからというのが回答になるだろう。
さつきにはもう何がなんだか分からなかった。
並行世界の死徒と出会えたと思ったら、それは勘違いで。
絶望して、自分の正体を伝えたら、それでも受け入れられて。

話が終わって、ある程度落ち着けるような環境になって、今のさつきは自分の心が荒れていることを自覚できるくらいにはなった。
さつきが荒れているのを察してか、この日の話し合いの大部分は月村家がさつきをサポートするにあたっての必要な情報の整理に留まった。
とはいえそれでも話し合いは難航したのだが。

さつきも月村家から血を譲ってもらうという分には納得してしまったため、それに必要な分の話し合いはする必要があった。
更に、単純に忍達側の欲しい情報が増えた。
さつきに血を分けることになったことで必要になる情報として、どの程度の怪我で血が必要になるのか、どの程度の量が必要になるのかといった部分から忍達は知らないのだ。
加えて、怪我をしたら血が必要になるのだから襲われる頻度やら吸血鬼を狙う勢力やらにまで話は広がる。
当然、話を進めていくにあたって忍達にとっての新情報も増えていく。
それだけでも十分話が逸れてしまうのに、さつきがそれを忍達にとって詳細を知らない情報と気付かないまま話を進めてしまっていたり、
お互いに常識だと思い込んでいる部分に相違があって話がすれ違ってしまっていたりするともう大変なことになる。なった。

やり取りの中、本当にこの二人は自分の危険性が分かっているのかとさつきは何度憤ったか分からない。
そしてその考えは、今日の話し合いの中で告げられたある内容にも大きく関わってくる。
端的に言うと、さつきのことを月村の屋敷にしばらく匿うのはどうかという提案だった。

さつきは元々、これからもずっと月村の家に住まわせてもらう気はなかった。
これ以上無関係である月村家を巻き込むつもりはなかったし、死徒でもないのだから守ってもらうつもりもなかった。
それに、すずかという存在のこともあった。
一時的ならまだしも、同い年の他人がいきなりひとつ屋根の下に住み着くことになるというのは精神的負担が大きい筈だ。
その懸念については忍達も同意見ではあった。
すずかは優しい娘だから、恐らく不満等言わずにさつきを受け入れてくれるだろうとは忍達は思っている。
しかし、優しい娘だから精神的負担を抱えないという訳では決してない。
むしろ、自分の精神的負担を隠して、我慢できてしまう娘が、優しい娘と周囲に認識されるのだ。

しかし、そんな事情も呑み込んだ上で、そんな提案を忍はしてきた。
最終的な決定は保留にしてあるが、その流れで、さつきは未だに月村の屋敷にいる。
そう、さつきが今居る場所は月村邸の広い庭の一角であり、座っている椅子はそこにポツリと置かれた丸机に並べられたものの1つだった。


何故さつきが寒空の下にぽつりと座っているのかということに再度言及するのであれば。
用は、さつきは自身の荒れた心を落ち着けることに必死なのだ。
彼らは人間で、自分は死徒。
さつきが月夜を求めた一番の理由は、それに包まれることによって落ち着く自分を認識して、改めて自分が死徒であるのだと――人間とは違うのだと実感したかったのだった。
自分にそう言い聞かせたかったのだろう。

事実として月夜に安心感や力強さを感じることができるため、さつきの心持ちはかなり落ち着いてきている。

(………)

落ち着いてきてはいる……のだが、さつきは今だに憮然とした表情をしていた。
その様は何か不満があるかのようで、さつきは原因であるその手の中にあるものを握り締めた。
そう、さつきに不満があるとすれば、今の自分が毛布に包まっている状態だということだろうか。冷えるからと渡された物である。
昼間の話し合いを経ても変わらない気遣いを受けたこともそうだが、さつきにとってはとても不服なことに、人間の体である現状で寒空の下は普通に寒いためこの毛布は実際はかなり有難かったりする。
それがまた今のさつきには腹立たしいのだ。

さつきは悩む。これから自分はどうするべきなんだろうと。

今回の話し合いでさつきにとって大失敗だったのは、渡された事件の資料を自身が起こしたものであるものとそうでないものに分けただけでなく、残った分を真相を知っているものと知らないものにも分けてしまっていたことだった。
そしてその真相の大半はジュエルシードが原因のもの。明らかに何かしらの意図があって分けられた2つの資料、それにも話の内容が飛び火するのは当然のことだった。
幸いにも今日は、それらの事件の話は後日聞かせてという流れになったが、さつきはどうしようと頭を悩ませていた。

当時はこんなことになるなんて思っておらず特に考えもなく分けてしまったが、前述した通りジュエルシードについて話し始めると一気に話がややこしい方向に広がってしまう。
今回のことには一ミリも関係の無いことであることを知っているさつきとしては出来る限り避けたいところだった。
更に、今回の話し合いの後に告げられた情報が、事態を更にややこしくしていた。
恭也――高町恭也が、なのは――高町なのはの兄であるという情報が。

完全に不意打ちだった。

恭也から、「高町なのはって名前に聞き覚えはあるかな?」と訊かれた時は、少しの間本当に何を言われているのか分からなかった。
やがてなのはという名前が自分の知る少女の名前と一致して、あからさまな反応をしてしまったさつきを目の前の人物がその兄であるという更なる衝撃の真実が襲ったのだった。

しかも、恭也が魔導師の存在を知らないことを再度確認したため、なのはが魔法関係を秘密にしているパターンであると推察できてしまった。
恭也から尋ねられたのは、なのはと一体どんな関係なのかということと、さつきの方からなのはに会う意志があるのかということ。
会うつもりかどうかというのはきっぱりと首を横に振ったが、困ったのはなのはとの関係だ。
魔法関係を内緒にされているのに一体どんな経緯でなのはと自分との繋がりを知ったのか疑問には思ったさつきだったが、当時のさつきはそんなこと二の次である。

そりゃ自分の知らないところで妹がこんな物騒な生物と関わりがあったら追及する。そんなことはさつきにも分かる。
だがさつきはなのはに対して少なからず負い目を感じているのだ。
なのはが魔法関係を内緒にしている以上、そこに触れると今以上にややこしいことになるのは分かりきっていたのもあるが、それ以上になのはの隠している(かなり重大な)ことを勝手に暴露とかできなかった。

だが流石に無理矢理血を吸ったりとか殴りかかったりした関係ですとかも言える訳もない。というかそれこそモロに恭也が心配しているような内容だろう。
それに自分の負い目を再認識するような発言は極力したくないのは人の性。
しかし当然これに関しては恭也も引く訳がなく。
そのまま問い詰められて、結局……

「はぁーーーーー」

「さつき様、やはり冷えますでしょうか」

思わず深くため息をついたさつきに、その素振りを見咎めたノエルがそう声をかけた。
今の状況でさつきを一人きりで室外に居させて欲しいなどと許可される訳もないのである。
さつきの座っている椅子の後ろには彼女に付き合う形でノエルが控えていた。

さつきはその問いかけに憮然とした表情をする。

「そういうノエルさんは毛布も持っていないじゃないですか。
 こんな夜中に外に連れ出されて、そんな状態で何をするでもなくぼーっとさせられて、腹立たしくないんですか」

我ながら酷い返しだとさつきは思った。
問いかけには返さない、自分の行動で迷惑をかけていること分かってますよというアピール、加えて挑発。役満である。
だがそんなさつきの発言にもノエルは嫌な顔一つしないどころかピクリとも表情を変えずに涼しい顔のまま返答した。

「私は人間ではありませんので」

さつきの機嫌が更に悪くなった。

「わたしから言わせてもらうと、夜の一族だって普通に人間の範疇ですよ」

「あ、いえそうではなく」

なんだ。

「私、自動人形ですので。睡眠時間の調整も可能ですから、好きなだけさつき様にお付き合いできます」

「………は、い?」










忍と恭也はさつきから得た情報をまとめていた。
結論から言って、さつきの必要な血液の量は話の通りならば月村家のルートで何とかなりそうであった。

そもそもが血が必要な程の怪我というものが人間基準で自然治癒が見込めない程のものらしい。
普通に生活している分には、不幸な事故がない限り中々そんなことにはならないだろう。
当たり前の話なのだが、今を健常に生活できている人間はほぼほぼ全員がそういう事態に陥らなかった者達なのだから。

その”普通に生活している分”というのがネックだったが、

『血を飲めば傷が治るからと言って、怪我をするのも構わない行動ばかりとったりしないよね?』

との恭也の言にも、

『してません。直ると言っても、痛いものは痛いんですよ』

という返答が帰ってきた。なる程道理である。傷が治れば問題ないのならば誰だって注射も親知らずの抜歯も躊躇わない。
そして自然治癒が見込めない怪我なんてのはどこをやらかしても普通に激痛である。そんな痛みを受けるのも厭わない行動など早々取らないだろう。
先程目の前で自分の腕を切りつけるのを見た忍が疑わしげな視線を向けていたが、さつきはそれに心外だと唇を尖らせていた。
実際、切り傷1本なら刺激さえ与えなければ少しくらい深くてもそんなに痛くはないことを恭也は知っていた。
だが、それとは別に、恭也達には気になることがあった。

―― この少し前から、さつきの表情の変化が大げさになっていた。

それは、さつきの本来浮かべてしまいそうになっている表情を覆い隠そうという意図が丸見えで。
そもそも、さつきの態度がとてもよそよそしくなった、なんてことには恭也達もすぐに気付いた。
というか、なんとも分かりやすい。
顕著になったタイミングは、さつきが自分を”人を殺す化け物”だと宣言した前後から。

「……さつきちゃん、かなり動揺してたわね」

「ああ、何にそんなにショックを受けているのか、なんて推測はいくつか勝手な想像はできるけど。
 まぁ、今はそれにあからさまな態度を取ったりしないのが一番だろう。
 そこを解き明かしたところで、得られるのは俺達の自己満足くらいしかないしな」

別に、恭也達はさつきの語ったことを信じていない訳ではない。
さつきが他人を犠牲にしたことがあるという言についても、忍は兎も角、恭也は十分にあり得ることと認識していた。
何しろ、昨晩路地裏でさつきに出会ったのが恭也ではなく一般人であったのなら、その者は死んでいただろうと確信しているからだ。

それでも、だ。

恭也は吸血衝動を知らない。しかし、そんなことを知らなくても察することはできる。

死にそうな程の怪我を負って、痛くて、苦しくて。
そしてそれを何とかできる手段があって、でもそれが他の大勢を傷つける手段であった時。
それをしてしまうことは、責めるべきなんだろう。咎めるべきなんだろう。"人間社会の在り方"としては、その方が正しい。
しかし、それをしてしまうことを理解もできてしまう。理解できない者なんていやしないだろう。

それに、あれが正常な判断ができるような状態じゃないなんてことは説明されなくても分かる。

無論、”だからこそ”危険なのだということも理解した上で、それでも、だ。

「あんなに辛そうな顔で笑われちゃあなぁ……」

恭也も忍も、昨晩自分達相手に朗らかに接してきたさつきを知っている。
さつきの正体を知ったところで、それまでに感じた人柄を忘れてしまう訳ではない。

「とにかく、どっと疲れたわ……」

忍がぼやく。
話の内容が内容な上に、そんなやり取りを交わす相手が小さな女の子であることに対する精神的疲労はとても大きかった。

一つ安心できることと言えば、さつきの語っていた「教会」についてだろうか。
さつきはこの町でその者たち会ったことはないというし、忍も恭也も聞いたこともない組織だった上、
さつき自身こちらからの接触の仕方も知らないような者たちということで、あくまでではあるがひとまずは気にしなくてよさそうだった。

今回さつきを襲った者についての追加の情報は得られなかったが、これについてはどの道さつきの言だけで全てを判断する訳にはいかないのだ。
今日さつきから詳細に語られたとて、明日以降も調査に飛び回ることに違いはないためそこまで問題ではなかった。

一方で、悩みの種が想定外に大きくなったのは恭也である。
なのはとの関係をさつきに尋ねた結果、関わりがあることは確認できたもののそれ以上のことは聞き出せなかった。
その上、恭也達が調べた不可解な事件のうち、いくつもの事件になのはが関わっているらしい。

さつき曰く、『なのはちゃんが黙っていることを、わたしから話せない』ということだが。
自分となのはの関係についても、海鳴で起こった事件についても、自分の話せる内容は全部なのはも知っているからと、なのはから聞き出してくれと突っぱねられてしまった。
何とかしてさつきから聞き出すにしても、なのはから聞き出すにしても、兄としてなんとも頭の痛い展開になってしまっていた。

……なんとなく、ではあるが。
恭也はある程度、なのはとさつきの関わりが見えてきていた。
それらの事件が起こっていた時期と、なのはが色々と慌ただしくしていた時期。
何が「正しい」なのか分からないとなのはが言っていた、あの日。
友達になりたい子がいるとなのはが力強く宣言していた、あの日。
ユーノ・スクライアとフェイト・テスタロッサがその子達なのかと思っていたが、その中に弓塚さつきもいたのだとしたら。
そうなれば、リンディ・ハラオウンさんもこのことに関わっていることになる。

確かにあの頃のなのはは頻繁に夜遅くに出歩いていたり、やっていることはそれなりの危険があると告白もされてはいた。
しかし、友達になりたい子達のために、こんな奇怪な超常現象もかくやな事態におもいっきり関わっているとまではちょっと想像できていなかった恭也であった。









そうして時は過ぎ、その翌日のこと。
私立聖祥大附属小学校の教室で、今日も今日とてすずかとアリサとなのはは一同に会していた。
その日のなのはだが、二人の前でどうにも釈然としないという様子を見せていた。

「なのは、どうしたの?」

「……お兄ちゃんの様子が、どうにもおかしいの」

アリサの問いに、なのはが困り顔でそう返す。

「昨日の夜にすずかちゃんの家から帰ってきてから、なのはに対してなーんか……うーん」

なのははそう言いつつすずかに視線を向ける。どうやら恭也との間に言葉にしづらい違和感を感じる何かがあったらしい。

「すずかの家から? 忍さんと何かあったの?」

「それだとなのはに対して何か変なのは納得できないの」

そうしてアリサの視線も、何か心当たりはないかとすずかに向けられる。

「……うーん、お姉ちゃんと恭也さんの間には、特に気まずくなるような出来事や雰囲気はなかったけど……」

「それなら、まぁいいかなぁ。別に困ってる訳じゃないし」

すずかの返答に、なのはは肩をすくめながらもそう返した。
別に不満があるとかいう訳でもなく、本当に釈然としないだけらしい。

そんな一幕もありながら会話を続けていると、ふとすずかが提案した。

「今日だけど、私の家で遊ばない?」










放課後になって、月村邸の一室。
壁のほとんどがガラス張りで、日当たりのよいその部屋は、いつも屋敷の住人達がお茶を楽しむ時に使っている場所だ。
学校帰りのすずかはそこの机でお茶をしており、ファリンがその傍に仕えていた。

と、そんな折、月村の家のインターホンが押された音が鳴り響いた。
忍はまだ学校だし、ノエルはノエルで街中に出て諸々を調査していて屋敷には居ない。
そのため自分が出るために部屋を後にしようとしたファリンは、すずかの声に引き留められた。

「あっ、ファリンごめん。言い忘れちゃってた。
 今日アリサちゃんとなのはちゃん、うちで遊ぶ約束してるから、今来たんだと思う」

「ええっ!?」

突然の情報にファリンは焦る。

「では、すぐにお通ししますー」

すずかにそう告げ、ファリンは急いで屋敷の門へと向かう。
月村のメイドとして、予めアポイントメントのあったお客様を待たせる訳にはいかない。
その道中、ファリンは自身の取るべき行動を急いで纏める。
何しろ今のお屋敷にはさつきがいる。
さつき自身がなのはと会うことを拒否しているのもあるが、それがなくとも、彼女をなのはと会わせるのは騒動が落ち着くまで待った方がよいということになっていた。

すずかはさつきのことを「秘密のお客さん」としか聞いていないため、そこまで気にしていなかったのだろう。
例えなのは達が彼女と会ってしまっても、彼女達が初対面の赤の他人であれば「秘密のお客さんだから詳しくは紹介できない」とでも説明してしまえばそれで十分秘密のお客さんである。

(なのはちゃん達を案内したら、さつきちゃんを探して部屋から出ないようお願いしないと)

さつきは割り当てられた部屋にいる筈である。このことについては確実ではないが、幸いにも月村の家は広大だ。
人と人とが出会うのにも結構離れている時点で人影には気付けるため、なのは達を案内する最中に出会ってしまいそうになっても如何様にでも誤魔化せる。

ファリンが屋敷の門を開けて外に出ると、門の横に黒塗りの高級車が停まっており、その前にアリサの執事の鮫島が立っていた。
2人は軽く挨拶を交わすと、鮫島が車の扉を開け、そこからアリサとなのはが降りてくる。

「いらっしゃい、アリサちゃん、なのはちゃん」

「お邪魔しまーす」

「お邪魔します」

アリサ達が降りると、鮫島はファリンと手早くやり取りを交わし、一礼して去ってゆく。
なのは達はファリンに連れられて、月村の家の扉を潜り、玄関を通り、すずかの待つ部屋へと案内されていった。
道中何事もなく、一同はすずかの待つ部屋までたどり着く。
ファリンは扉をノックし、それを両手で押し開けながらすずかに報告した。

「すずかちゃーん、なのはちゃんとアリサちゃん、お連れしましたー」

「ファリン、ありがとう。
 いらっしゃいアリサちゃん、なのはちゃん」

「えっ?」

「えっ!?」

返ってきたすずかの言葉の後に、困惑と驚愕の声が2つ届いた。
一つは、すずかの待つ部屋の中から。もう一つは、なのは達を案内してきたファリンから。

「……え」

そして、なのはの口からも同じ音が漏れた。
なのは達の前に開いた扉の先、そこに、すずか以外にもう一人の少女が戸惑いながらこちらを見ていた。

「……さつき、ちゃん?」











あとがき

メルブラ新作やりたい
ただ自分格ゲー適正0なんよなぁ……横入力のコマンド入れようとしてぴょんぴょん飛びよる



[12606] Garden 第15話
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/09/27 12:06
ファリンがなのは達を連れてくるタイミングに合わせてさつきを部屋に呼んだ少女、すずかは、ファリンとなのはの反応を見て疑惑を確信に変えた。

(やっぱり……)

――『――さつき、ちゃん?』

あの破壊された道路を見に行った時、なのはがふとこぼした名前。すずかも、それを忘れてはいなかった。
確証があった訳ではない。
しかし、これまで自分の周囲で起こっていることに対して感じていた予感。
そしてそんな中現れた、近頃の事件に関わっているらしき弓塚”さつき”という女の子。

数ヵ月前からなのはが探していた、ユーノ、フェイトと共に紹介できなかった3人目こそが、この女の子なのではないかとすずかは思い至った。
そして仮にそうだとした場合、忍は何らかの理由があって、さつきをなのはから隠しているのかも知れないということも。
その理由まではすずかには分からない。今自分たちの周りで何が起こっているのかもさっぱり分かっていない。
なんだったら、なのはがどんな困難に合っているのかも、恐らくはアリサの方が知っているのだろう。
だから、すずかは自分のやろうとしていることがどういう意味を持つのか、実のところ何も分かっていなかったのだ。

それでもすずかは、自身の抱いた予感から、今回の行動に出た。
だってすずかは、なのはの友達だから。
アリサが、このことで深く悩んでいることを知っているから。
それが少しでも解決に向かうかも知れないのであれば、すずかは忍やさつきよりも、なのはのために動くことを選んだ。

その結果は、ビンゴだった。
さつきを見て口をパクパクさせているなのはに、明らかに慌てているファリンを見れば、すずかは自分の予感が殆ど当たっていたのだと確信できた。
何でさつきのことをなのはに知らせてあげていなかったのか、その理由は知らない。
もしかしたら、自分はとんでもないことをしてしまったのかも知れない。

でも、なのはが、とある女の子をずっと探していたことは知っている。

恐らく、これでなのはは、夜の一族や月村家について多かれ少なかれ知ることになるのだろう。
その最中で、自分の正体についても知られてしまう可能性はとても高いのだろう。
それに思い至っていて、それでもすずかは、この選択をした。







ファリンが扉を開けた途端に流れた異様な雰囲気と、なのはから呟かれた名前に、アリサはある程度の事態を察する。
アリサがすずかへ視線を向けると、見事なすまし顔。

(全くこの子は……)

思わずこぼれそうになった笑いを堪えて、アリサはすずかに望まれているであろう問いを投げた。

「来たわよすずか。それでそっちの子は、どちら様?」

「お姉ちゃん達のお客さんなんだけど……なのはちゃん、知り合いだったの?」

いけしゃあしゃあと……と、アリサの呆れた視線がすずかへ飛ぶ。
アリサには、すずかがその返事として顔の裏でペロリと舌を出したのがハッキリと見えた。

「あ、う、うん」

アリサ達のそんなやり取りには気付かずに、すずかの問いかけになのはが何とか返答を返す。

「なのはちゃん、久しぶり。
 すずかちゃんごめん。それじゃわたしは席を外すね」

そしてさつきは、そんななのはに一声かけると、そそくさとその部屋から出て行こうとする。
アリサ達にはその動きは、できる限りなのはに近づくことのないようなルートを選んでいるように見えた。

「待って!」

そして部屋を出ようとするさつきに、それまでの様子が嘘のような思い切りの良さでなのはが駆け寄り、その片腕を両手でつかんだ。
さつきが信じられないとでも言うような顔でなのはを見る。

そのまま、両者の動きが止まった。
さつきのよそよそしい様子から、掴まれたなのはの手を振り払うような行動もアリサ達は想像していたが、そんな様子は一切ない。
おとなしく、なのはに腕を掴まれている。

すずかとアリサは一度顔を見合わせる。
どうやらこの二人の間柄、相当にこじれているらしい。
すずかはアリサに手招きして、なのはとさつきにも呼び掛けた。

「2人とも、とりあえずお茶にしない?」










だが、すずかとアリサの予想を裏切って、その日は何事もなく終わった。
最初にさつきがなのはに何事かを謝り、それになのはが慌てて謝り返して。
さつきがしばらくすずかの家に居ることを知ると、それ以降踏み込んだような話題はされず。
それどころかさつきとすずかの関係についてや、さつきが何故月村家にいるのかという質問すら出てこない。
知り合いと、友達の家でばったり会っただけとでもいうようなやり取りで終わる。
そのまま4人でお茶とお菓子を楽しみ、さつきも誘って4人でゲームをし、何事もなく、別れた。







なのはとさつきの遭遇について学校にいる間に知らせを受けていた忍は、その、何事もなく普通に遊んで別れたとの報告に困惑した。
どういうことなのか、一体2人の間には何があるのかということの説明をさつきに求めても、「なのはちゃんから話されるまで話せない」と頑として話してくれない。

すずかが意図的に2人を会わせたことは状況的に察せたが、これについては強く怒ることはできなかった。
そもそもとして、さつきの扱いについて誤魔化して伝えていたのは忍側なのだ。
なのはとさつきを会わせないようにということを意図的に伝えていないのに、それについて責めるのはいささかお門違いだろう。


一方の恭也は、高町家に戻りなのはの部屋へ向かっていた。

「なのは、入っていいか」

「お兄ちゃん」

なのはのから了承を得た恭也は部屋に入ると、勉強机に座っているなのはに向かって床に座り、頭を下げた。

「すまなかったな、なのは。
 なのはの探していたさつきちゃんが、忍の家にいることは知っていたんだが」

「ううん、いいの。
 昨日の朝のは、そういうことだったんだね」

恭也は下げていた頭を上げると、バツが悪そうに、ああ、と頬をかいた。
なのはの様子はとても落ち着いているように見えた。
探し人にやっと会えて大喜びしているようでも、恭也達に対してむくれている訳でもなかった。

「実は今な、さつきちゃんの周りで、ちょっと危ないことが起こっているんだ。
 それが解決するまで、さつきちゃんが忍の家にいることはあまり人に知られたくなかったし、今会うとなのはもそれに巻き込まれる危険があったから。
 黙っていた理由は、こんなところだ。すまなかった」

「……危ない、こと?」

「ああ。誤魔化さずに言えば、今は忍のところでさつきちゃんを匿っているところなんだ」

「…………うん」

恭也の予想とは違い、なのはは詳しいことを尋ねたりはせず、相槌を返すだけ。
違和感を覚える恭也だが、さつきちゃん本人から何か聞いているのかも知れないなと考えた。

「……あー、それでなんだが、なのは」

と、恭也は意を決してなのはに問いかける。
なのはがさつきと出会った今となっては、質問の仕方に気を遣う必要もなくなった。

「うん」

「なのはが秘密にしてることをバラすことになるからって、さつきちゃんが話してくれない事情がちょこちょこあるんだ。
 それで……『魔導師』って何のことか知ってるか?」

「――うぇえ」

てっきりさつきとの関係とかを問い詰められると思っていたなのはの口から変な声が飛び出した。

だが恭也は別に、なのはの隠していることを全部暴きたい訳じゃない。なのはがしっかりした子だということは十分知っている。
数ヵ月前だって、隠し事があることは察した上で、決意に漲っていたなのはの背中を押したのだ。
恭也が確認したいのは、今現在起こっている何事かに、人死にが出てもおかしくないようなそれに、なのはが既に巻き込まれたりしていないかということ。

「なのはの秘密を全部話してくれなくてもいい。
 ただ、さつきちゃんはその『魔導師』が原因で話してくれないみたいで。
 今回さつきちゃんが巻き込まれたことに、『魔導師』っていうのは関係しているのかだけでも判断したいんだが」

「あ、それは無いと思う」

恭也の言葉に、なのははあっさりと答えた。
あまりにそのことを確信しているような様子に、恭也の肩の荷が少し降りる。

「さつきちゃんが巻き込まれていることが”吸血鬼”に関係することなのは分かっているんだけど、それでも関係なさそうか?」

「うん。魔導師に関係のあることは、リンディさん達が帰った時に全部終わっているから」

一応確認した内容についても、問題なさそうな回答が返ってきた。
なのはからしたら、吸血鬼関係であるならむしろ完全に魔法と無関係なのが確定である。
あまりにあっさりと話が進んだ恭也は、それならばと、持っていた鞄から数枚の紙を取り出す。
それは、さつきから内容を聞き出せなかった事件たち。

「じゃあ、ここにある出来事について、なのはの知ってる内容があったら教えて欲しいんだけど、いいかな」

言って、恭也はなのはに向けてその資料を差し出した。
なのはが受け取って確認すると、そこにはここ最近の不可解な出来事がいくつも並べられていた。
それを見てなのはは納得した。恐らくさつきもこれらについて尋ねられて、答えに窮したのだろうと。
そこにあるのは、全部が全部ジュエルシードが引き起こした騒動だった。

(さつきちゃん……)

言っても信じられないだろうということもあるかも知れないが、その内容は、別にさつきからしたらバラしても問題ないことの筈だ。
それを、なのはのことを考えて秘密にしてくれていた。
なのはは胸の奥が、すっと軽くなった気がした。

「うん、全部知ってる。
 リンディさん達が頑張って解決した事件なの。なのはもそのお手伝いをしていたから。
 さつきちゃんと出会ったのもその最中で、だからさつきちゃんも黙っててくれたんだと思う」

一方、どれが今回の事件に関わりのある内容なのかを確認しようと思っていた恭也は、その予想外の回答に驚愕する。

「全部!? なのは、本当に全部か?」

恭也の様子に、なのははもう一度資料を確認した。
アースラが地球に到着する前になのはとユーノで解決したものもあるが、
高町家ではなのははリンディのお手伝いで何らかのお仕事に関わっていることになっているためこの言い方で問題ない筈だ。

やはり、なのはに心当たりの無いものは1つも無かった。

「うん。全部、リンディさん達が解決したよ」

「全部、終わった事件なんだな?」

「うん」

「…………そうかぁ」

恭也は今度こそ、安心して脱力した。
自分達の集めた情報のいくつかに、なのはが関わっている可能性があると判明した時は割と気が気ではなかった恭也だったが。
この様子だと、本当にもう問題ないことのようだった。
更に、詳細の全く分からなかったいくつもの出来事が今回の事件や月村家と無関係であるということも判明した。
それはとても大きな収穫であった。

「よし、ありがとうななのは。
 これで色々と、かなり楽になったよ」

恭也はなのはから返すように差し出された資料を受け取り、それをしまいながら言葉を続ける。

「さつきちゃんのことは、しばらくは忍の家で問題なく会えると思う。
 ただ、くれぐれも他の人には秘密にしておいてくれないか」

「うん。会いに行ってもいいの?」

「ああ、さつきちゃん自身が忍の家から出なければ大丈夫だろう」

「うん、ありがとう」

なのはは確かに、嬉しそうに笑っていた。











その翌日、学校が終わった後に恭也と忍は月村邸に集合していた。
さつきとの話し合いを詰めるためである。
2人の間では学校にいる間にいくらでも話せたため、後はさつきと話を合わせるだけであった。

忍達が予定の部屋に行くと、既にさつきは紅茶とお茶菓子を前に待っていた。

「お待たせさつきちゃん」

「あ、いえ……」

二人がさつきの対面に座ると、ノエルが二人分の紅茶も手際よく用意する。
そしてさぁ話し合いの続きだという雰囲気になったところで、さつきが声を上げた。

「でも、私が話せる内容ってもうそんなに無いですよ……?」

恭也がなのはの兄であることを知った今となっては猶更であった。
これ以上の話となると確実に魔法のことが絡んでくるため、なのはのためにも言うつもりは全くなかった。
しかし、そんなさつきの思惑も恭也の言葉で覆される。

「ああ、実はあれからなのはにも話を聞いたんだ。
 それで、こっちの確認したかったことは大体解決した」

目をぱちくりとするさつき。
あ、言ったんだ。と。それなら話は大分変わってくる。

「だから、まぁ、いくつか質問するから、それにだけ答えてくれればいい。
 もちろん、答えたくないことなら答えなくていいから」

もしなのはが魔法に関することも全部打ち明けていた場合、なんならさつきは襲撃者に関する情報もあらいざらい説明してもよくなったのであるが。
とはいえさつきにはなのはがどこまで打ち明けたのか分からないし、もしかしたら誤魔化して説明しているのかも知れない。
ここら辺は確かめようもないし本当に判断に困るところである。
とりあえず魔法関係のことは濁しておけばいいだろうと判断して、さつきは頷いた。

「とりあえず、襲って来た人がどんな人だったのかは教えてもらえないかな」

さつきとしても、自分達を狙ってくるかも知れない人物達の容姿を知っておきたいというのはとても理解できる。
それを知っているか知っていないかで、心構えや対応に天と地程の差ができるだろう。

「わたしが知ってるのは4人だけです。
 男性が1人と、女性が3人で、男性は白髪で背が高いです。
 女性の方はピンク色の髪の人と、金髪の人と、オレンジの髪をした子で、オレンジの子はわたしよりも背が低いです」

ひとまずさつきに伝えられるのはこのくらいであった。
流石に1ヵ月以上前に遠目に確認した人物の容姿を詳細に覚えてはいないし、絵心だってある訳じゃない。
少しばかり詳しく伝えられそうなのはつい先日会ったばかりのハンマーを持った幼女だけである。

しかし恭也達としても、彼らから見たら小学生相手に詳細で分かりやすい容姿の説明まで期待してはいなかった。
いざ何事かがあった時に、『さつきちゃんの言っていた奴らはこいつらか』と判断できるような情報が欲しかった訳だ。
そう考えれば、いくらでも染めれるとはいえそれだけ特徴的な髪色をしているというのは十分な情報だった。

というより、ピンク色の髪の女性というと、ズバリ恭也やノエルの遭遇したあの女性だろう。
それだけ分かれば十分である。

「体型とかって覚えてるかしら? 太型とか瘦せ型とか」

「太っている人はいなかったと思います。それ以上はちょっと……」

一方さつきは、続く忍からの質問に答えながら少し安心していた。
このくらいの情報でよいのであればいくらでも答えられる。
こちらから能動的に探すには明らかに足りない情報だが、何事かが起こった時にはそうだと判断できるくらいの内容だろう。

「うん、じゃあ……これ以上は大丈夫、よね? 恭也」

「ああ。それでさつきちゃん、さつきちゃんはこれからどうする?」

さつきは拍子抜けする。本当にこれだけで質問が終わるとは思ってなかった。
ともあれこの話はさつきにとってもしっかり決めておかなければならないことだ。
さつきは姿勢を正した。

「わたしが、ここに閉じこもらせてもらうか、出て行くかってことですよね」

忍が頷く。もう3日も泊めてもらっている身として、さつきは割と頭が上がらなくなっている。
さつきの本音を言うと、外に出ればいつ見つかるか分からない現状、屋敷内に匿ってくれるという話は単純に物凄く有難いことだった。
しかし心情的な部分だと、これ以上世話になることは避けたかった。

さつき視点から見て、月村家は本当に関係ないこととか。
人間に守ってもらうなんてことの情けなさとか。
すずかに悪いとか。
そういうのも勿論あるけれど。

これ以上、忍達にほだされないうちに、この二人からは距離を取りたい。

だって。

人間と自分との間で”何か”があった時、忍達が味方につくのは人間側なのだから。

(この2人が、死徒になってくれるのなら……)

そんな考えが過ってしまったのを、必死に頭の隅に追いやる。
また、志貴の時と、同じことを繰り返しそうになる。
心を開きそうになると、その考えが浮かんでしまう。

(……やっぱりわたしは)

口を噤むさつきに、忍達が声をかける。

「私たちの迷惑とかは、考えなくていいわ。
 勿論、家の中に閉じ込めるみたいなことになっちゃうからそれは申し訳ないし、それが嫌だっていうのも分かるけど」

「でも、また襲われて血が必要になったってなるのもあれだし、狙われてるっていう子をまた一人にするのは俺も心配だ。
 だから、忍の家にいてくれると俺も嬉しい」

忍と恭也の言葉に、さつきの思考が引き上げられた。
さつきは問題となりそうな要素を探す。
だが実際、さつきが一切外に出なければそれ以上は巻き込んでしまうことも無いだろう。

問題があるとすれば、それがいつまでになるのかということ。
さつきは忍達があの魔導師達と話を付けることができるとは思っていない。
それどころか、関わり合いになることもまずできないだろうと考えている。
住む世界が違う。持っている技術も違う。向こうから接触してくるなら話は別だが、あちらは恐らく夜の一族のことなんて知らない。

となると、さつきが隠れている限り延々とこの事態は解決しない見立てである訳で。

だが結局、それはさつき側の問題でしかなくて。
さつきが申し訳なく思うということ以外に、この提案自体を断る理由が出てこない。

「なのはは会いに来たがっていたから、そういう意味でもここに居てくれるのは嬉しいんだけど」

悩むさつきに対して、恭也が更に告げる。
確かに、さつきが外にいてはいつ危ない目に合うか分からない現状、なのはの安全を考えるとそうなるだろう。
だがさつきは、それ以前にその言葉そのものが聞き逃せなかった。

「……それ、なのはちゃんが?
 ――なのはちゃんの方から、そう言ってたんですか」

「ん、ああ。なのははさつきちゃんにまた会いたいって言っていた」

「……なんで……」



その後、さつきは月村の家で世話になることを決めた。










あとがき

遂にメルブラ来ますね。
月姫リメイクやれてないので、知らないキャラとか色々いるんだよなぁ。



[12606] Garden 第16話
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/10/01 12:14
教室で、すずかとアリサは机で向き合って暗い顔をしていた。

「やっぱり何かがおかしい」

言い出したのはアリサ。すずかもそれに頷く。
アリサがさつきという少女と初めて知り合って早2週間は経った。
何があったのかといえば、何も無かった。

あれからなのはとさつきが会わなかった、という話ではない。
何度かすずかの家で遊ぼうという話になって集まっているし、そうなればさつきも誘って一緒に遊んだ。
ただ、それだけだ。
なのはが探していた子があのさつきであることは、疑いようのないこと。
だというのに、あの2人の間で、何事かの進展があった様子が一切見られない。

「なのはちゃん本人の様子に、おかしいところはあまり感じないんだけど……」

「だからおかしいんでしょ」

「うん……」

以前、悩みを抱えているのがバレバレななのはにアリサが怒りをぶつけたことがあった。
しかし今回はそういう様子も感じられない。
いや、二人とも違和感は感じている。ただ、何に違和感を感じているのかが分からない。

「でも、なのはちゃんらしくないとは思うよ」

「それなのよ」

2人とも、なのはに対して”らしくない”と感じている。
それなのに、なのはの普段の態度に悩んでいるような様子が見られない。

「私も、なのはちゃんにさつきちゃんについて訊かれたりするだろうなぁと思ってたんだけど、何も訊いてこないし」

「さつきから直接聞いた訳じゃないわよね。
 そんなタイミングなかったし」

何といっても、アリサもすずかもいつ事体が動き出すのかと気にかけていたのだ。
なのはとさつきは2人きりで内緒で話をするだろう、したいだろうと見守っていたというのに、そのようなタイミングは1度としてなかった。
さつきはすずかの家から出ないらしいので、自分達の知らないところで会っている訳ではない。

ただ、実際にはなのはが2人とも知らないさつきとの連絡方法を知っていて、すずかの家で遊んでいる間以外で連絡を取り合った可能性はないこともない。

「やっぱりなのはちゃん、私達の知らない間にさつきちゃんとちゃんとお話できたんじゃ……」

「だったら私達はこんなにモヤモヤしないわよ。
 そんな様子が一切見られないって、すずかも感じてるんでしょ?」

「うん」

しかし、それはないと2人は思っている。
だって、なのはとさつきの距離感が、すずかの家で最初に遭遇した時から一切変わっていない。
近づいた様子も、よそよそしくなった様子も、どちらもだ。
すずかに至っては、自身の秘密について色々と覚悟していたというのにそのような展開が一切なくて拍子抜けどころか混乱しているまである。

またアリサだって、さつきには確かめたいことがいくらでもある。
でもそれは、なのはの問題が解決してからだと思って、待っているのだ。
それなのに、もう自分が踏み込んでも大丈夫と思えるタイミングが、全然来ない。

「さつきについては、すずかは何か事情とか知ってるの?」

「知ってることはあるけど、ごめんね。
 ちょっと、私だけの問題じゃなくなるから、それは言えないの。
 ただ、それを知っていてもなのはちゃん達の間に何があるのかまでは分からなくて」

アリサは腕を組んでうーんと唸る。

「うーん、あの子からも、なーんか壁を感じるのよね」

「ア、アリサちゃん……」

ともすれば悪口ともとられないことを口にするアリサをすずかが嗜めるが、それを否定はしなかった。

「楽しそうにはしてくれてるんだけどね。
 あの子私達と遊んでるときじゃなくてもいつもあんな感じなの?」

「うん、そうだね……。
 さつきちゃんから、私に会いに来てくれたことは、無いかな。
 気を遣ってくれてるのかなとは、思うんだけど……」

「……これはあの子の方も、結構重症そうね」








時空管理局の本局で、フェイトとユーノはなのはから送られてきたビデオレターを一緒に見ていた。
そこに記されていた内容は、とても嬉しいもの。
弓塚さつきと出会うことに成功したという知らせ。
その知らせにフェイトとユーノも喜びをにじませるが、どうにも戸惑いも感じていた。

「なのは、よかったね」

「うん。さつきが海鳴市から離れてなくてよかった。
 会おうと思えば会えるらしいし、僕らに報告してくれたっていうことは、多分本当にもう大丈夫なんだろうね」

「うん……そう、なんだよね?」

歯切れの悪いフェイトの返し。しかしユーノもそれに理解の色を見せる。

「話もできてるらしいし、もう大丈夫とも言っていたけど。
 うん、僕もちょっと引っかかってる」

とは言いつつも、ユーノ達はそのままビデオレターで語られたなのはの近況について雑談を始める。
学校でのこと、家でのこと、すずかとアリサと変わらず遊んでいること、そして、その中にさつきも加わることがあること。

なのはに何かしらの緊急事態が起こっているようであれば気が気ではなかったであろうが、そのような様子でもなかった。
ならば、気にはなっても落ち着いて先の未来を楽しみにできる理由が、フェイト達にはあった。

「思っていたよりも凄いスピードで裁判が進んで、終わりの目途がついてきてるし。
 まだ先といえば先だけど、なのはに会いに行ける日もそこまでは遠くない筈だ。
 クロノに聞いたんけど、どれだけ頑張っても12月まではかかる見立てだったらしいよ」

今が8月の頭であることを考えると、成程凄いスピードである。
ユーノ達には詳しいことは分からないが、クロノが言うにはグレアム提督はやっぱり凄い方、らしい。
ビデオレター越しに感じた引っかかりも、直接会えば解決するか、原因が分かるだろう。

「フェイトの裁判に終わりの目途がついてきたって、なのはにも報告しないとね」

と、フェイトはそこで、ビデオを持ってきてくれたグレアム提督の使い魔である猫耳お姉さんの言葉を思い出した。

「あ、返事だけど、いつも手紙を配送してくれてる人達が少し忙しくなっちゃったみたいで。
 少しの間待ってて欲しいって」

「? いつもの人達じゃないとダメなんだっけ?」

「私の場合は……ほら、検閲とかあるから」

「あー……」

有罪になってもいないのにと思わなくもないユーノだったが、下手しなくともいくつもの世界を消滅させかけた事態の実働役である。
日常生活をかなり自由に過ごさせて貰えている手前、その程度はあってもおかしくないかという思いもあった。

ともあれ、今急いで返事の内容を決める必要もなくなった訳である。
時間に余裕が出来たとなると、どういう方向性で返事をするかちゃんと考えたくなる訳で。
そこで不安になってくるのが、やはりお互いに感じていたなのはからのビデオレターで感じた違和感になる。
2人はなんともなしに再びその話題を始める。

「何が引っかかっているのか、自分でもちょっとよく分かっていないんだけど」

「――言ってなかった」

「なにを?」

「なのは、さつきと――」

その一幕の間にフェイトから告げられた言葉に、ユーノがハッとした。











その日、翠屋でケーキとジュースを楽しんでいたなのはは、かけられた声に振り向いた。

「なのはちゃんやん」

「ほえ?」

なのはが振り向いた先には、車椅子に座るはやてと、その車椅子を押すヴィータの姿があった。

「はやてちゃん、ヴィータちゃん」

「よ、なのは」

「こないだぶり」

「うん、こないだぶり」

こないだとは、アリサの家で一緒に遊んだ時のことだ。
すずかの家で遊ぶ時は折角だからとさつきを誘うようになり、アリサの家で遊ぶ時は突発的でなければはやても誘うようになった。
はやてがアリサの家に行く時にはヴィータとザフィーラも一緒になるため、その時はいつも以上の大人数になる。

「翠屋でお茶させてもらお思って来たんやけど、ご一緒させてもろてええかな?」

「勿論いいよ」

なのはははやての提案に了承を返しつつ、椅子から降りてはやてに一番近い椅子に近づくと、その椅子を横に詰めてずらした。

「んっ、と」

「あ、ありがとう」

「サンキューなのは」

礼を言いつつ、ヴィータが開いたスペースにはやての車椅子を入れる。

「はやて! メニューもらってくる」

「ん、ありがとう」

そうこうして2人の選んだメニューが運ばれてくると、出てくる会話は自然と前回遊んだ日のこと。

「こないだのゲームも面白かったよね」

「特にあの中ボス戦は盛り上がったなぁ」

「うん! 続編出たらあのギミックもう一度採用してほしいなぁ」

「続編なぁ……」

と、ここで思案顔になったはやてに、なのはが「どうしたの?」と尋ねる。

「いやな、ゲーム自体は凄い面白かったんやけど、ストーリーにはちょっと物申させてほしくてな」

「ストーリーが?
 はやてちゃんが何かにダメ出しするのって初めて見たかも」

「そやろか? ……そうかもな。
 これでも文学美少女の端くれやで! そういうのにはうるさいんや」

「はやてはどこが気に入らなかったの?」

ヴィータからの返しに、はやては誰も突っ込んでくれないことに悲しさを覚えつつうーんと言葉を選んで答える。

「魔王だから悪いー! とか、強い力を持ってるから危険だー! とかだけでストーリー進まれるとなぁ。
 もうちょい魔王さん側の事情とか深掘りしてほしかったわ」

はやての言葉に、ヴィータは何か思うところがあるのか少し考えこむと、ああ! とピンときたといった様子を見せる。
思い浮かべるのは、時空管理局の奴ら。
時代や相手にもよるが、新しい主の元で発見された途端に攻撃されたことは1度や2度じゃなかった。

当時は別になんとも思っていなかったし、なんなら餌が向こうから来てくれて楽ができたと思った時もあったが、今思うと確かに忌々しいことこの上ない。
したり顔でうんうんと頷くと、ヴィータは目の前のケーキの攻略に取り掛かった。

「相手の事情を知らないまま戦うのって、悲しいもんね」

(お、なのはちゃんいけるクチか?)

やたらと気持ちの籠っている様子のなのはの返しに、はやては乗り気になる。

「なのはちゃんもわかる?
 そういう、力とか立場とかでその人の気持ちが何の意味もなくなってまうのなぁ。
 ほんま悲しいことやと思うし。下手したら他人事やなくなるかもしれへんしなぁ」

頬杖をつき、咥えたストローをピコピコしながらはやてが言う。

「他人事じゃ……?」

首を傾げるなのはに、はやては咥えていたストローをぽとりとコップに落とすと可笑しそうに笑った。

「わからんよー。
 長いこと生きとったら、もしかしたらものっすごい魔法の力に目覚めて魔王さんみたいなことできるようになるかも知れへんよー」

「あ、あはは……」

この中で唯一、ここにいる3人共が魔導師であることを知っているヴィータは、チラリとなのはに視線を向ける。
案の定、苦笑いしながらどう答えたものか困っていた。

「そういやなのは、お前なんか困ってたこと何とかなったのか?」

《はやて》

「えっ、ごめん、また気が散っちゃってた?」

《どしたんヴィータ》

「いんや、今日はその様子が無くなってたからな」

《こいつも魔導師だよ》

「なんやて!?」

思わず叫んでしまったはやてに、なのはが驚いた顔を向ける。
そんなはやてに対して、ヴィータが食い気味にフォローを入れた。

「はやて、もう解決してるみたいだから、大丈夫っぽいよ」

「あっ……、そうか。ごめんななのはちゃん、大声上げてもうて」

《確か皆って、他の魔導師の人達にバレるとまずいんよな?》

「ううん、大丈夫」

《うん、なのはは何も気づいてないけど、魔導師だって知られるとまずいと思う》

「ヴィータちゃんも、ありがとうね。
 うん、”もう全部丸く収まったから、大丈夫”」

《先に言うてーな……》

「ん、ならいいんだ」

《ごめんはやて》

ヴィータの謝罪に、はやてはふうと車椅子に体重を預けて飛び跳ねた心臓を落ち着かせた。
あまりの衝撃についぼやいてしまったが、はやては別に隠し事されたとかは思っていない。
魔法と一切の関係の無い、家族としての生活を望んだのは自分なのだ。
特に必要もなく魔法関係の事柄をいちいち取り上げて自分に報告するのは、その意思に反するとなるのは分かる。
実際それを知らされてどうなるという訳でもなかったのだし。

(むしろ今、変に話を広げてまう前に伝えてくれたのはグッジョブなんやな)

伝えるべきだと思ったならちゃんと伝えてくれるのだ。はやてからしたら、特に魔法関係なんてそれが分かっていれば十分だった。
実際、はやては数か月前に海鳴で魔法関係の事件が起こっていたらしいことも守護騎士達から伝えられてはいない。
これについても、はやてが「そういえば前不思議なことがあってなー」とでも話題に挙げれば、「どうやら以前、魔法の世界が関係している事件が起こっていたようですよ」とあっさりと告げられることだろう。

(はー、なのはちゃんがなぁ。
 魔法や異世界って案外身近なものやったんやー)

ほえーとなのはに視線を向けていたはやては、なのはからどうしたの? とでもいうような視線を返されて曖昧に笑った。








その日の夜、はやてが寝静まった後、守護騎士達4人は一同に会していた。
集会の理由は、ヴィータから伝えられた、はやてとなのはが翠屋で行ったやり取り。
重要なのは、そこから感じられる、はやての思想。

正直なところ、今回のなのはとのやり取りは改めて会談を行うきっかけにすぎない。
それが無くとも、はやてと一緒に暮らしてきて、その優しい心は十分に知っていた。
その思想も、何をしたらはやては悲しむのか、察することができるようになる程に伝わっていた。
だから、

「今後私達がはやての脅威になり得る者たちを見つけた時の行動も、考え直すべきだな」

守護騎士達は分かっていた。
外敵を問答無用で殺しにかかる行動が、はやてを悲しませるものであることを。

仮にあの吸血鬼が人を襲うことは無いと宣言したとしても、自分達はあの吸血鬼を殺していた。
それは、仮に自分達が人を襲うことは無いと宣言したところで、管理局に発見されれば拘束され、主から引き離されるであろうことと同じこと。

自分達が時空管理局に感じる憤りは、そっくりそのまま自分達に帰ってくる。

分かっている。
自分達が吸血鬼を積極的に排除することと、自分達が管理局に見つかった時に、自分達や主が敵対されてきたことは同じことであると。
吸血鬼が人を襲う生き物というのであれば、自分達も人を襲うための存在なのだと。
もうとても長いこと戦いに身を置いている身なのだから、そのような理屈は当然のこととして分かっている。

客観的に見てどういうことかは重要なのではない。自分達は、はやての味方であるだけなのだから。
だから、例えそのことを持ち出して他者から糾弾されたとして、いちいち心を乱されることなどありはしない。

ただ、主の口から、自分達の吸血鬼に対する行いを認識していない状況でそれを嘆くような話が行われた。
どことなく、はやてに叱られたみたいな気がして、守護騎士達は気持ちがざわついた。

想定するべきは、主に新しい吸血鬼を発見した時のことと、時空管理局に発見された時のこと。

守護騎士達の行動は少しでも、主の思想に寄り添わなければならない。
何かがあって、はやてが全てを知った時。その心に落ちる影が、ほんの僅かにでも少なくなるように。
否、たとえ主が知る可能性が絶対に無いとしても、主の隣で胸を張って生きてゆけるように。

いや、本当は、そんな小難しい理屈なんて抜きにしても。
主――はやて――の未来を血で汚したくないなんていう、これまでの守護騎士達では考えもしなかった感情が、それぞれの胸に確かに芽生え始めていたから。

はやてに降りかかる危険を排除すること自体は辞める訳にはいかない。
今後管理局の人間に見つかってしまった時、戦わない訳にはいかない。
しかし、少しでも。今からでも。

「なぁ、なんか……あったよな? 闇の書の機能の中に……その、相手を殺す訳じゃなくて……なんかするやつ」

「……なんかとはなんだ」

「それがどうにも思い出せねー。最後に使われたの何年前だろ……?
 なんかあった筈なんだよ。相手を殺さないでどうにかしたい時に誰かが使ってたの……」

「む……しかし、主はやてとの誓いがある。闇の書は持ち出す訳にはいかんぞ」

「そうよねぇ。確かにわたしもなにか、覚えがあるのだけど」















あとがき

メルブラ、初心者でもエリアルコンボできるようになってて楽しかった
ワクチン2回目接種行ってきます



[12606] Garden 第17話
Name: デモア◆45e06a21 ID:08b7d091
Date: 2021/10/06 11:20
「明日すずかの家で遊ぶ話だけど、さつきはどうするの?」

「さつきちゃん、誘ったらまた来てくれると思うけど……」

「あの子、やっぱり私達にものすごく遠慮してないかしら?
 誘えば絶対に乗ってくれるし、でもさつきの方からこれやりたいって言うことはないし。
 なのは、何か心当たりある?」

「うん……そうかも」

「……じゃあ、明日もさつきちゃんも誘おうよ。ね、なのはちゃん」

「うん、さつきちゃんの都合が悪くなければ、誘いたいな」

「……さつきの都合って、さつきがすずかの家に呼ばれている理由よね?
 なのは、あんた何か知ってるの?」

「ごめんね、わたし、さつきちゃんのことあまり知らなくて……」

「いい加減にしなさいよ!」

ある日、我慢が出来なくなったアリサがなのはに机越しに詰め寄った。
いつか見たようなその光景は、しかし今回はなのはに思い当たる節が無いらしく、驚いた様子で戸惑っている。
なのはのその様子を見たアリサは、怒った様子から一転、悲しげな顔になり身を引いた。

「アリサちゃん……?」

「さつきのことよ。
 なのは、あんた本当に分からないの」

「あ……、ごめん、アリサちゃん。
 さつきちゃんとのこと、何も説明してなかったよね」

なのはの返答に、恐らく分かっていない気配を感じつつも、アリサはひとまず話を聞く体制を取る。
なのはの煮え切らない姿勢に何かしらの事情があるのならば、それを教えてもらえるのかも知れないと考えて。

「さつきちゃんとはね、フェイトちゃんより前に知り合ったんだ。
 それで――」

なのはから語られる、さつきとの関係性。
それらは当たり障りの無い内容だったが、それ自体については口頭で人を紹介する時には仕方のないこと。

「フェイトちゃんとのことでも、よく一緒に関わっていたの」

その語りの最中、なのはが挟んだその情報。
アリサからしたら、やはり、といったところだ。
なのははアリサがフェイトのことを感付いていることを知っている。
だからこれは、さつきもその関係者であるというなのはからのメッセージだ。
でもそれまでに語られた内容の中には、なのはの態度の理由になるものは無くて。

「さつきちゃん自身の事情は、あまりよく知らないんだけど。
 頑張り屋さんで、優しい娘なのは知っていたから。また会いたいと思ってたの」

なのはの語りがそこまで進んだところで、遂にアリサが口を挟んだ。

「知らないなら、何で知ろうとしてないのよ。
 ずっと探してた子なんでしょ」

アリサとすずかは、なのはに抱いていた違和感に既に感づいていた。
なのははどこかよそよそしいのだ。さつきに対して。
別に、なのはとてなんでもかんでも人の事情に突っ込むような子ではないのは分かっている。
それでも、なのはなら「ほっとけない」と積極的に関わったり、踏み込んだりするだろうなという部分で、なのはが何のリアクションも起こさないのだ。
さつきの方もすずかの家族から何か訳ありな扱いをされている上に、なのは達3人に対しても一線を引いている節がある。
そのため、なのはなら踏み込みそうだと感じる状況というものは会う度に起こり、それでも動く様子の無いなのはに違和感は増すばかりであった。

「えっと、……それは、別に……あれ、もう……」

視線をうろうろさせながら、しどろもどろになるなのはを見て、アリサは泣きそうな気持になる。
これは、言えない事情を誤魔化そうとしているのではなく、自分自身につく嘘を探していると察してしまったから。

「もういいわ」

一言告げると、アリサは教室から出て行った。

暗い顔で残されたなのはに、すずかが近づく。
すずかはなのはのことを責めている様子ではなかったが、なのはが何かを言う前に、なのはに語り掛けた。

「なのはちゃん、5月にした私たちの会話、覚えてる?
 なのはちゃんがずっと忙しそうにしてて、1日だけ戻ってきてくれた時のことだよ」

それは、なのはに何かを訴えかけているようであった。

「アリサちゃん、なのはちゃんがちゃんと終わらせるの、ずっと待ってたんだよ」

なのはがその言葉の意味を理解する前に、すずかは伝えることは伝えたとばかりに一歩引いた。

「それじゃ、アリサちゃんと少し話してくるね」







「アリサちゃん!」

「すずか」

すずかがアリサを探すと、すぐに見つかった。廊下の隅でだが、腕を組んで仁王立ちである。
自分を待っていたようなその様子に、すずかはほっとする。

「……また、怒ってる?」

「怒ってるわよ。なのはがあそこまで重症だったのに、今まで動いてなかった自分に」

アリサは腕を組むと、すずかに向き直った。

「すずか、今日、さつきに会いに行ってもいいかしら」

「…………」

「……すずか?」

アリサの問いかけに対し、沈黙するすずか。
しかし押し黙った様子でもなく、言葉を探している様子でもない。
そんなすずかにアリサが改めてその名を呼ぶと、すずかは覚悟を固めたように口を開いた。

「うん、……大丈夫だと思う。
 でも……、その前に。

 私の秘密……聞いてほしいの。アリサちゃん」






すずかが秘密を打ち明けるのは、放課後の、屋上に近い廊下でとなった。
確かにここなら人通りも少ないが、それでも完全に安全という訳でもないだろう。

「大事な話なら、すずかの家でもいいわよ」

それを心配したアリサがそう提案するが、「ううん、」と、すずかは静かに首を振る。

「じゃあ、学校から帰る道すがらはどう?」

知り合いの誰に聞かれるか分かったものじゃない校内よりはまだマシだろうと思っての提案だったが、すずかは再び首を振った。

「学校を出たら、ファリンが一緒になっちゃうから」

ファリンが一緒だと駄目な理由はアリサには分からなかったが、確かに校門を出たらファリンと一緒になるのは避けられないだろうというのは分かった。
丁度アリサが初めてさつきと会った頃から、すずかの警備が手堅くなっていた。
どうせまたすずかを狙う奴らの情報でも入ったのだろうとアリサは考えている。

「なら、私の家ならどうかしら。
 さつきに会いに行くのは明日でいいから」

「ううん、ありがとう。
 でも、ここでいいの」

「そう」

何か理由がありそうなすずかの様子に、アリサは他の場所を勧めることを切り上げた。

「私、普通の人間じゃないんだ」

唐突に、すずかが切り出す。

「夜の一族って、知ってる?」

「聞いたことないわ。すずかがそうなの?」

「私が、というよりも、月村家が、なんだけど。
 分かりやすい言い方をするとね、月村家って、吸血鬼の家系なんだ」

いきなり飛び出してきた吸血鬼というファンタジー要素に、アリサは一瞬虚を突かれる。
しかし、それは本当に一瞬だった。アリサには、既にそういうファンタジーを受け入れる下地が出来ていたから。

「私がみんなより運動が得意なのも、そのお陰。
 ほら、吸血鬼って、凄い力を持つって言われてるでしょ? それなの。
 他には……ほら」

すずかが口を指で広げる。
確かにすずかの八重歯が特徴的なことはアリサも薄々感じてはいたが、そんなまじまじと口内を観察させてもらったことなどはない。
改めてしっかり見させてもらうと、なるほど確かに牙のようにも見えた。

そうしていると、アリサはすずかが自分の反応を不安げに伺っていることに気づく。

「……あっ」

アリサは察した。
月村の家が駄目だった理由も、ファリンが一緒だと駄目だった理由も。
すずかは、自分に逃げ場を残してくれていたのだ。
そして、アリサの家でも駄目な理由は。
自分が、遠慮なくすずかを拒絶できるように。家から追い出すという意味が付与されて、その行動を起こし辛くなってしまわないように。

自分がそこまで信用ならないのかと、怒ることは簡単なのかもしれないけれども。
アリサには、それはできなかった。
だって、分かってしまったから。
すずかにとって、どんなに仲良しの友達でも、そんな風に考えてしまう程の秘密だったのだと。

「……まったく」

アリサは徐に制服の首元を緩めると、ぐいと首を傾けてその反対に制服の襟を引っ張った。

「ほら、いいわよ吸っても」

首筋を露わにしながらのアリサの言に、すずかは一瞬目を見開くと、次にはオロオロと慌てだした。

どうしよう、からかってると思われちゃったのかな。とか。
どうしよう、吸わないと信じてもらえないかな。とか。
そういう思いが丸見えなその様子に、流石にアリサの眉間に皺が寄った。

最初っから、アリサはすずかの告白を疑ったりなどしていない。
どれほどの勇気を出して明かしてくれたのかなんて、痛いほど伝わっているのだから。
むしろ、今まで自分が疎外感を感じたことのある時の原因が分かり、すっきりしたくらいだ。

更に、どうやらすずかは自分に牙を向けることはしたくないらしいことを、アリサはすずかが自分に開いた口を向けようとするのを何度も躊躇っている様子から察した。
言葉にしてない部分まで勝手に察するのはあんたの専売特許でしょうにと、心の中でぼやきながら、アリサは露わにしていた首元を正す。

「すずか、私が言いたいのはね。
 今ここですずかが私の血を吸いだしたとしても、すずかが私の友達だってことは何も変わらないっていうこと。
 ……いつものすずかなら、わざわざ言葉にしなくても察してくれてたわよ、これくらい」

「……ぁ」

自分の言葉が正しく伝わっていて、その上で受け止めてくれたのだという実感が、すずかの胸の内にストンと落ちていって。
両の目から涙を流すすずかに、アリサは近寄ってその頭を抱いた。

「よし、すずか。
 今日は私のうちでお茶にするわよ」












アリサの家で2人が色々なことを話し合った、その翌日。
予定通り、アリサ達はすずかの家で集まった。
すずか、アリサ、なのはと、誘ったら予想通り了承したさつきを含めた4人で。

しかし4人で遊ぶ前にと、アリサがさつきを呼び出す。2人で話がしたいと、なのはとすずかの前で。

「うん? いいわ」

二つ返事で頷いたさつきを先導して、部屋から出て行く前、アリサはちらりとなのはに視線を向けた。
なのはは困惑したようにアリサ達を見ていたが、それだけ。
アリサはすっと視線を戻すと、そのまま廊下に出る。
後に続いたさつきは扉を閉めると、アリサに問いかけた。

「どこのお部屋に行けばいいのかな?」

「ここでいいわよ」

アリサはそう返すと、広い廊下の対面に向けて歩を進め、壁の隣で振り向いた。
それもそうかと、さつきも廊下を横切りアリサと対面する。まさに学校の廊下で駄弁っているような構図であった。
何か話がある度に椅子とテーブルとお茶とお菓子がデフォになってきていたさつきからしたら何とも懐かしい感じだ。

「私ね、さつきのこと何も知らないのよね」

アリサが口火を切る。

「もう何度か遊んでるけど、お互いに全然踏み込んだ話してこなかったじゃない?
 忍さん達の秘密のお客さんって話だから、あまり事情は聞かないようにしてたっていうのはあるけどね」

「うんまあ……そうね?」

怪訝な様子ながらも、同意するさつき。
アリサの言わんとすることは分かるが、改まって2人きりでする話かといったところ。

「でも私、さつきにどうしても確認したいことがあるの」

それまで比較的穏やかな雰囲気を纏っていたアリサの様子が、真剣なものになる。
険しいという程ではないが、その歳に似合わない程にしっかりした空気を出すアリサに、さつきも真剣に話を聞く姿勢を取る。

「私は、夜の一族のことについて知ってるわ」

「…………」

「そして、フェイトとユーノのことも知ってるし、なのはが戦ってる姿を見たこともある」

「…………」

「だから教えてほしいの。
 さつきが、なのはの仲間だったのか、違ったのか」

アリサからの問いかけに、さつきは動揺から早くなった心臓の鼓動を抑えるために、一度大きく息を吐く。
それは、彼女達に関わっていればいつか話題に上がるかもと想定していた内容だった。
さつきは息を吐いて、アリサの目を真っすぐに見つめ返して、応えた。

「敵、だったわ。
 なのはちゃんとは、何度も戦った」

「そう、ならあなたが私達と壁を作ってるのは、その気まずさからかしら」

てっきり責められるものだと思っていたさつきは困惑する。
自分の返答がまるで予想できていたといわんばかりに流されたことと、追加で問いかけられた内容に。

「壁を、作ってた……って感じた?」

「あなた、私達と遊んでても、楽しんでないとは言わないけど、心から楽しんでるように感じられないのよ。
 私達と”一緒に遊んでいる”んじゃなくて、私達と”遊んであげている”なんじゃないかと感じることもあるくらいに」

「………」

否定できないとばかりに、押し黙るさつき。
アリサはさつきから何も反論が出てこないと見ると、話を先に進める。

「そうね、まずここから確認させてもらうわ。
 あなたとなのはがもう争っていないということは、そのことについてはちゃんと解決してるのよね」

「解決……とは、ちょっと違うかなぁ。
 争っていた理由が、自然消滅しちゃったっていうのが正しいかもね」

「……じゃあ、何、あなたとなのはは戦う理由が無くなったから戦わなくなっただけで、それで再会したのが、あの時?」

さつきは頷いた。
アリサは覚えている。
なのはとさつきがここ月村邸で再会した日、お互いに何事かについて謝り合った以外、過去の出来事について一切の言及が無かったことを。
そんな展開からどっちも歩み寄らないのであれば、そりゃあ周囲から分かるレベルの壁にもなる。

「思っていた以上にあなたとなのはって……。
 変に時間が経っちゃってるから、それも厄介ね。
 こうなってくると、もっと詳しく事情を聞かせてもらうわよ。
 ねえ、まずあなたがなのはと争っていた理由からちゃんと……何?」

話を続けようとするアリサに、さつきが待ったをかけた。
なぜなら、さつきは不思議に思っていたから。
アリサの話の持っていき方から、彼女は色々な事情をすっとばして、自分となのはの間を取り持とうとしているかのようだったから。

「ねえ、アリサちゃんは、わたしがなのはちゃんと敵として戦っていたことについては、いいの?」

ピキッと、アリサの額に特大の青筋が浮かんだかのようだった。
それまで抑えていたというのに、よりにもよって張本人からそれを指摘されたアリサは、目を据わらせて叫ぶ。

「勿論よくないわよ!
 なのはがあんな危険な戦いをしていたことも!
 明らかにそういうのの戦いの痕があんな惨状なのも!
 あなただけじゃないわ! フェイトって子もよ!
 でもそんなことよりもね、今のなのはが見てられないのよ!」

アリサはビシッとさつきを指さす。

「好きな物は何なのよ。嫌いな物は何なのよ。
 得意科目は何なの。嫌いな科目は何なの。
 兄弟はいるの。姉妹はいるの。
 どこで育ったの。どこに住んでいるの。
 誕生日はいつなの。そもそもあなた幾つなの。
 なのはは何一つ知らなかった」

それは、さつきが伝えていないから。なのはが訊ねなかったから。
そしてそれを言うなら、さつきもなのはのプロフィールなんて、数度目かの邂逅の時にされた自己紹介以上のものを知らない。

「あの子があなたとなりたかった関係は、こんなのじゃない筈なのよ。
 でもなのはは、これでいいんだって、今の関係でいいんだって、自分を誤魔化してる」

なのはが諦めてしまっていたのであれば、まだよかった。
どんなことにも、個人ではどうにもならないことはあるし、誰かの力を借りてもどうしようもないことだってある。
なのはがそれを受け入れざるを得なかったのであれば、アリサはすずかと一緒になのはを慰めていたりしたのだろう。

しかし、なのははまだ諦めていなかった。
フェイト達とのことが終わった後でも、なのははさつきを探していたし、立ち去ろうとしたさつきを掴んで引き留めたのをアリサもすずかも目の前で見ている。
だから、このままにはしておけなかった。

「だから心当たりがあるなら教えなさいよ。
 あの子との間で何があったのよ。
 なのはは諦めれてないのに、あの子自身があなたを信用できていない理由は何なのよ!」

「っ!」

「あなた自身も、どこか苦しそ――」

アリサの両肩に置かれた手が、その言葉を遮った。
さつきの、ではない。アリサとさつきの間に割り込むように、なのはがいた。

「待って……アリサちゃん、待って……」

「なのは、聞いてたの」

アリサのその声には、動揺も、興奮も殆ど感じられなかった。
なのはがいきなり割り込んできたことに対して、あまりにも落ち着いたリアクションに、なのはの方が戸惑ってしまう。

「あ……揉めてるような雰囲気がして、それで……」

「聞かなかったふりは、しなかったのね」

「え……」

アリサはなのはの両腕を掴んで優しく除けると、再びさつきと対面した。

「さつき、ごめんなさい。
 きつい言い方しちゃったわ」

「……ううん、そんなこと無いと思う。
 ……今日は、わたしは遠慮しておくわね。誘ってくれてありがとう」

さつきはアリサ、なのは、そして開けられた扉の近くでこちらを伺っているすずかに告げる。

「あ……、うん、またね」

なのははさつきを引き留めることはせず、

「……悪いわね」

まだ話は終わっていない、くらいの返しは想定していたさつきだったが、アリサからもそのようなことは言われず。
さつきはその場から立ち去った。












あとがき

おのれワクチン副作用



[12606] Garden 第18話
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/10/08 12:06
アリサ達は元いた部屋に戻って、それぞれソファーに座る。
なのはの隣にすずかが、そして対面にアリサが。
すずかがファリンに外しているようお願いしたため、この部屋には本当にその3人と猫達しかいない。

なのははさつきに詰め寄ったアリサを責めるような様子でもなく、むしろ申し訳なさそうに暗い顔をしている。

「ねえ、なのは。
 今回ばかりは、余計なお節介させてもらうわよ」

「アリサちゃん……」

「なのは、なのはは何を怖がってるの?」

「……怖がって……」

申し訳なさそうにしながらも、言われたことの意味が分からないとでもいうような反応をするなのは。
アリサがすずかに視線を向けると、すずかはそれに応える。

「そんなに前から聞いてた訳じゃないよ。
 多分、なのはちゃんがさつきちゃんを信用できていない、くらいのところしか」

アリサはそれに「そう、」と返すと、なのはの目を真っ直ぐ見つめた。

「なのは、さつきが好きな物は何?」

「……分かんない」

「さつきに、兄弟や姉妹はいるの?」

「……知らないの」

「さつきって、どこの子なの? この近くか、遠くかくらいは知ってる?」

「…………」

なのはは遂に黙り込んでしまう。
横に振られた首が、なのはの返答だった。
しかしなのはの回答がこうなることはアリサもすずかも分かっていたことだ。
何故なら、なのはがこれらを知らないことを2人とも今日までのやり取りで知っていたのだから。
そして今日、アリサは遂に、その先へ踏み込む。

「ねえ、なのは。これは私の勝手な想像だから、違っていたのなら謝るわね」

一泊置いて、アリサは指摘した。

「”友達”に、なりたいんじゃなかったの?」

なのはは聡い子だ。
なのはが今までそれに気づかなかったのは、なのは自身が自分を騙していたから。
アリサの言葉の意味するところを考え、逸らしていた目を、無理矢理向けされられた時。
その事にしっかり気付けてしまうくらいには、なのはは聡かった。

自分とさつきが知り合い以上の何者にもなれていない事実に。
そして自分がそれで満足していた、安心しきっていた事実に、なのはは心の底が急に冷え込むのを感じた。

「違わないのね。
 機会はいくらでもあった筈よ。なのに、そこまで踏み込めない理由……何なの」

そんななのはに、アリサは畳みかける。

「なのは、秘密にしたいことがあることは分かってる。
 でもね、なのはの抱えてるそれは、秘密を秘密にしたままだと話せないこと?」

弱弱しく首を振るなのは。
自分の心を縛っているのは何なのか、なのははもう気付いていた。

「私、さつきちゃんを傷つけたの……」

ぽつりぽつりと、なのはは語り始める。

「さつきちゃんも、フェイトちゃんも、私も、とある物を探してたの。
 私はそれを集めなきゃいけない理由があって、さつきちゃんもフェイトちゃんもそれが欲しい理由があって。
 それで私達、何度も争った」

なのははアリサから目を逸らしてはいなかったが、その目はどこか別のものを見ているようで。

「私は最初、さつきちゃんの理由も、フェイトちゃんの理由も知らなかったから。
 争わなきゃいけない理由も知らないまま戦うことは、絶対に嫌だと思ったから。
 だから、2人の事情を知りたくて……。
 訊いたよ、何度も」

なのはの手が、ぎゅっとスカートを握った。

「でも、失敗しちゃった……。
 私が知りたいっていうだけの、私のわがままだったのに。
 そのせいで、フェイトちゃんは苦しんで、さつきちゃんには、取り返しのつかないことしちゃった……!」

なのはの頭に、蒼い姿のフェイトの笑みが浮かぶ。
なのはの、さつきから遠ざかるように動いてしまった脚から、感覚が無くなっていく。
なのはの耳に、声が聞こえる。

――『帰りたい場所……会いたい人……。
   家族か、友人か、好きな人か、その全てか。吸血鬼という名の人外になってしまったことで、居場所を失ってしまったのね』

だから、もう間違えたくなかった。

「それで、すずかの家で運よくまた会えたから、全部なあなあにして、居心地のいい距離感で済ませてたわけ?」

容赦のないアリサの言葉に、しかしもうなのはは動揺を見せなかった。
もう間違えない、そのためには、もう踏み込む訳にはいかない。だからこれでいい筈なのだと、なのはとアリサの視線がぶつかり、

しかしアリサはそれで言葉を止めることはなかった。

「自分の問題だから、放っておいて欲しい、なんて言葉は聞けないわよ。
 今のままじゃ、さつきだって可哀想じゃない」

「でも私、それでさつきちゃんを傷つけて!」

「なら、今のなのははさつきを傷つけてないっていうの」

「…………ぇ」

なのはの目が、見開かれた。
今度こそ、なのはは、誤魔化しでも何でもなく、指摘された意味が分かっていなかった。

「はっきり言うわよなのは。
 今の説明だけだとやっぱりなんっにも分からない。
 なのはとさつきの間に具体的に何があったのか、どうすれば力になってあげられるのかは分からない」

そんななのはに、アリサは言葉を重ねていく。

「それでも、なのはがさつきの事情に踏み込んで、それでさつきの心を傷つけちゃったことくらいは分かったわ。
 その上で言うけどね、この家でさつきに会ってから、なのはがあの子に取っていた態度、もう一度よく考えなさいよ」

強い言葉は、責めるためではなく、訴えかけるために。

「あの日、さつきとこの家で会った時のこと、覚えてる?
 なのは、立ち去ろうとしたさつきの腕を掴んで引き留めたわよね。あの時はビックリしたわ。
 ……それであの子、その腕を振りほどいたりしたかしら」

「それは、さつきちゃん、優しいから……」

「理由はどうあれ、あの子はあの時、踏み込んできたなのはを受け止めたのよ。
 でもなのはは、その後、ずっとさつきに腫れ物に触るみたいに接してるの」

「っ!?」

そんなつもりじゃ、なんて、なのはは口にできなかった。
口にする前に、自分の行動が、そんな風に接していたことと何も違わないと分かったから。

「それって、とても悲しいことじゃないの」

バッと音がする程の勢いで、なのはの視線が、遂にアリサから外れた。
しかしそれはアリサから視線を逸らすためではなくて、さつきを探すため。
だが当然、部屋の中になのは達3人しか居ないそんな状態で、さつきが見つかる筈もない。

「私……さつきちゃんの眼が、とても寂しそうで……」

寂しい時にして欲しいこと。
おんなじを気持ちを、分け合うことができること。
大丈夫? って聞いてもらうことでも、優しくしてもらうことでもない。
まして、壁を作っておきながら、ただ近づくだけ近づいて、自己満足されるだけなんて。

「それなのに……また、失敗しちゃってた。
 ……もう、後悔したくないって、思ってたのにな……」

失敗することを恐れて、目を逸らしてしまっていた。
そんな想いも、何でさつきを放っておけないって思ったのかも。
なのはがさつきから後ずさってしまった脚は、そこから動いていなかった。

「私、さつきちゃんと分け合いたいって思ってたんだ」

だから、今からでも、踏み出そう。

「私たちの全ては、まだ始まってもいない。
 まずは、ちゃんと知らなきゃ、何も分からない」

知ることは、怖い。
さつきの事情が、なのはの手に負えないことだったり。
さつきが人を襲うということが、本当にどうしようもないことだったり。
そんな事実が出てくるかも知れなくて、それを背負うことになるかも知れないのは、怖い。

でも、だからといって、何も知らないまま逃げ続けるのは、違う。
何も知らないままに諦めるのなんて、もっと違う。

立ち上がったなのはは、やれやれと言った顔をしている親友達と向き直る。
「ありがとう」と伝えて、なのはは胸元から赤い宝石を取り出した。
アリサ達がそれに注目すると、突如として、なのはの両手に一つの杖が現れる。
横に構えるように握られているそれは、頭に当たるであろう部分に既視感のある赤い宝石が据えられていた。

「アリサちゃん、すずかちゃん、実はなのは、魔法が使えるようになったの」

《Hello》

突然のことに目を丸くするアリサとすずかに、なのはが告白し、レイジングハートが挨拶する。

「まず、さつきちゃんとちゃんとお話ししてくる。
 それから2人にも、ちゃんと全部話すね」





――魔法の杖を仕舞ったなのはが去った後、すずかは座る場所をアリサの隣に移動した。

「すずか、やっぱあなた凄いわ……」

「アリサちゃん、頑張ったね。それと、ありがとう」

すずかはアリサを労い、そして感謝する。
自分がなのはとさつきを合わせることに勇気を振り絞っていたことを知って、そのためにも頑張ってくれてたと気付いていたから。
なのはが居なくなった今、緊張の糸が切れて、顔を歪めて涙を流す程に頑張っていたことを知っているから。

「よかった……! 本当に、よかったぁ……!」

人が泣く時は、感情が爆発した時。
それは、悲しい時とは限らない。











なのは達と別れたさつきは、その足で忍の元へ向かった。
小学生と高校生という違いはあれど、なのは達はいつも一度自分の家に帰ってから集まるために忍も既に帰宅している時間だった。

さつきがここかな? と思う部屋をノックすると、中から忍の返事が返ってくる。
扉を開けて部屋の中に入ると、ノエルには何事か仕事でも頼んでいるのか、忍は都合よく一人で寛いでいた。

挨拶も程々にして、さつきは本題に入った。
紅く染まった両目で、忍を見つめながら。

「忍さん、今日で、この家から離れようと思います」

この2ヵ月間、さつきは忍に散々お世話になっている。
だから、ちゃんと別れは告げようと思ってここに来ていた。

理由はといえば、それはやはり先程の出来事になる。
別に腹を立てたから出て行ってやるとか、そんな訳ではない。
月村の家での生活に不満があったかといえば、むしろ満足していた。
自分が満足してしまっていることに対して、心の奥がざわめくくらいには。

暖かい寝床に、おいしい食事。
すずか達の遊び相手になることで、月村邸で厄介になることへの自分への言い訳もできていた。
なのはもあれからこちらの事情に踏み込んでくることはなかったし、寂しさを誤魔化すこともできたそれは、居心地がよくて。

でも、それでなのはの友達に気まずい思いをさせていたり、なのはを苦しめているのであれば、これ以上居座ることはできない。
元々、早めに離れないといけないと考えていたのだ。
むしろ今まで長居し過ぎてしまったくらいだったが、潮時だった。

「さつきちゃん、確かにこの2ヵ月近く何も起こらなかったけど、さつきちゃんを襲った人たちが見つかった訳じゃないのよ」

遂に耐えられなくなったかーとか考えていそうな様子で、忍がさつきを宥めに入る。

「いえ、全部解決したんです。
 私を心配する必要はなくなりましたし、忍さんやすずかちゃんが狙われることもありません」

「……そう、よね。そうね」

だがしかし、忍は返ってきたさつきの説得に納得して手を引いた。
そう、確かに、全部解決したのであった。確かにそうだった。
そうなると、忍がさつきを無理矢理引き留める理由は無くなる。

「はい。何かあったら、また頼らせていただきます。
 今まで本当にお世話になりました。
 恭也さんにもよろしく伝えておいてください」

「ええ、元気でね」

ペコリと頭を下げて告げられた感謝を受け入れ、忍は去って行くさつきに手を振った。
なのはがさつきの居場所を尋ねに忍に会いに来たのは、この後のことだった。












さつきの居城としている廃ビルで、さつきは最早懐かしいといった気持ちを抱きながらクッションに座っていた。
2ヵ月間留守にしている間に多少埃っぽくなってしまったそれらは、明日にでもコインランドリーに持っていくことをさつきは決める。
外は既に日が沈み、空には月が浮かんでいる。
なんともなしに寛いでいたさつきは、ふと、ビルの外に魔力が降り立つのを感じた。

まさか、と思いつつも、そのパターンも考えなかった訳ではない。
さつきはビルの1階に降り、あちらが入ってくる前にとこちらから扉を開けた。
開けた先には、なのはが立っていた。

「……来たんだ、なのはちゃん」

「お話にきたの、さつきちゃん」





場所を移して、海辺近くの公園で、なのは達は向かい合う。
なのはの用事に大体の見当が付いたさつきが、場所を移そうと提案した結果だった。
自分の住処の中やその付近では、あまりしたい話ではなかった。ここなら、話を終わらせた後にそのまま別れられる。

「なのはちゃんはさ、優しい子なんだよね」

訪ねてきたのはなのはだったが、先に仕掛けたのはさつきだった。

「なのはちゃんがわたしのことを気にする必要はないよ。
 ジュエルシードのことも、もう終わったんでしょ?
 わたしのことは全部忘れて、元の生活に戻った方がいいよ」

さつきは自分が月村の家から居なくなれば、他の子は兎も角なのはは関係を絶つだろうと考えていた。
何も告げずに去るなんていう、明確な拒絶があったのだから理由としては十分だろう。
他の子達に関しても、なのはが引き留めてくれるだろうと。
しかし今、なのははさつきに会いに来てしまっている。それもその日のうちに。
なら、今度はもっとハッキリと拒絶する。それで今度こそ全部終わると、さつきは考えていた。

「なのはちゃんの身近な人に関わっちゃったのは、ごめんね。
 知らないところでわたしと出会ってるかも知れないの、怖いよね。
 これからは、殆ど関わらないようにするし、あの子達を襲うようなこともしないって約束するわ」

「さつきちゃん」

なのはが、さつきの名を呼ぶ。
さつきの台詞が途切れたところに、なのはが被せるように告げた。

「私、そんなお話がしたくて来た訳じゃないよ」

「分かったわ。
 まずはなのはちゃんのお話を聞くね」

返す言葉も、そっけなく。

「私、さつきちゃんのことを教えてほしいの。
 もっとさつきちゃんのことを知りたいの」

しかし、なのはのまさかな言葉に、さつきの目が鋭くなった。

「……どうしたの、なのはちゃん。
 すずかちゃんの家に居た時は、そんな事言ってなかったのに。
 その気遣いは、嬉しかったんだけどな」

「それじゃ駄目だって、思ったから。
 さつきちゃんのことを知らないと、何も始まらないから」

「何も始める必要なんてないでしょう。
 わたしに関わっても、碌なことないよ。お互いに」

「私はそうは思わないよ。今更何を言ってるんだって思うかも知れない。
 でも……私たちと一緒にいた時でもさつきちゃん……どこか寂しそうだったの」

さつきの雰囲気が、明確に変わった。
なのはの見つめる先で、茶色だったさつきの瞳が紅色に輝く。
なのはは、さつきから発せられる威圧感を感じつつもその瞳から目を逸らさなかった。

「なのはちゃんは、知ってるよね?
 わたしが、吸血鬼だってこと。人の命を奪う化け物だってこと」

一歩、さつきがなのはに詰め寄るように歩を進める。

「ねぇ知ってるなのはちゃん? 人を殺すっていう罪悪感よりも、命を奪うっていう優越感のほうが――何倍も気持ちいいんだよ」

さつきが、わらう。
両手をゆったりと上げて、嗤う。
その動作は無抵抗を意味するものではなく、さつきの身体能力を知る者に対してはただただ恐怖心を煽るもの。

「なのはちゃんも覚えがあるんじゃないのかな? 卵を割る時とか、胡桃を割る時とか、飴玉を噛み砕く時とかでもいいよ。
 どことなくスッキリしたり、気持ちよかったりしない? わたしはね、その気持ちを人に対しても感じることができるの。
 感じちゃうんだよ」

二歩、さつきが更に歩を進める。

「普通の人はね、そういう気持ちよさよりも罪悪感の方を強く感じるんだと思う。
 でもわたしは、吸血鬼っていう化け物だから。だから人の命を奪うことに殆ど罪悪感なんて――感じない。
 だから残るのは、優越感から来る気持ちよさだけ」

一歩ずつでも、さつきを前にその一歩の意味はあまりにも大きい。
既にさつきがその身体能力をもって踏み込んで手を振れば、なのはをすぐさま引き裂ける距離。
しかしそれでも、

「……また、そうやって遠ざけようとする」

なのはは、一歩も引かなかった。

「わたし、さつきちゃんのこと全然知らないかもだけど。
 でも、さつきちゃんがそんな子じゃないのは知ってるよ」

そんななのはに、さつきが鼻白む。

「ジュエルシードの時もそうだった。
 私を脅して、遠ざけて。
 さつきちゃん、優しい子だもん」

「勝手なこと言って……!」

遂に、さつきが明確に怒りを露わにした。

「なんなら、今からそこら辺行って通りかかった人を殺してみせようか?
 それなら分かるでしょ。わたしが、どんな存在なのか」

心から本気で、さつきは言った。
まるでこちらのことを見透かしているとでもいうような態度のなのはに、しかしそれなら、この言葉が本気であると気付いてくれるはずと。

「……本気、なんだよね。
 でも、それならなんで私を殺さないの?」

「―――」

さつきは、なのはの言葉の意味が分からなかった。
呆けるさつきに、なのはが続けて言う。

「関わってほしくないなら、私を殺しちゃうのが一番早いよ。
 私がさつきちゃんの気に障ったなら、その瞬間に殺しちゃえばいいよね?
 今この時も、今まで、ジュエルシードを巡って戦っていた時も」

今度は、なのはの方から一歩、さつきに距離を詰める。
もう、手を伸ばせば届く程の距離。

「それ……、は……」

「殺せないんだね。見ず知らずの人は簡単に殺せても、私は殺せないんだ。
 ねぇさつきちゃん、私、人間だよ。さつきちゃんが罪悪感もなしに殺せるって言った、ただの人間だよ?
 ……それでも殺せないのは、なんで?」

すぐさま答えを返せないさつきに、なのはは安心したように微笑んだ。

「さつきちゃんは、まだ、人の心を持ってるよ」

なのはのその言葉を振り払うように、さつきが叫ぶ。

「話をする人間と食用の人間は別なの! わたしにとっては、その程度の認識でしかないの!」

「でも、そう思っちゃう自分が嫌なんだよね」

しかしそんな叫びも、なのはは受け止める。
否定するのではなく、受け止めた上での言葉が、さつきに返ってくる。

「だってさつきちゃん、あの時……泣いてたもん。
 涙は流してなくても、泣いてたもん」

なのはが更に距離を詰めた。
もう、踏み込まなくても、当たる距離。

「そんなさつきちゃんだから、私は今、怖くないよ」

「――っ!」

さつきが、上げていた手を更に振り上げる。
なのはは怯むことなくそれを目で追って、そしてその目を見開いた。
さつきの横合いから、なのはの見覚えのある少女が宙を飛んで突撃してきていた。

その少女、ヴィータはしかし、なのはの知らない姿をしていた。
その身に纏う御伽噺の騎士のような赤いドレスはバリアジャケットで、そしてその手にはまるでハンマーのような形状のデバイスが握られている。
そしてそのデバイスは既に振りかぶられており、明らかにさつきを狙っていた。

さつきはなのはしか見ておらず気付いていない。
なのはは一歩踏み込む。さつきはなのはのその動きに驚き、振り下ろす腕が当たってしまわないよう体を捻ってバランスを崩す。
なのははさつきとヴィータとの間に割り込む形になり、さつきに向かって振り下ろされたヴィータのデバイスを、なのはが突き出した両手から生成されたシールドが受け止めた。












あとがき

月姫リメイクにさっちんルートあるってマジ!?



[12606] Garden 第19話
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/10/13 12:14
それは、何日かに一度ヴィータが行っている見回りの時だった。
新しい吸血鬼が現れていないか、はやてが寝た後にヴィータは近辺を一人見回っていた。
見回りとはいえ形跡がないか探すだけだし、魔導師である彼女にとって寝る前の運動程度の手間でしかなかった。
いつもは何事もなく終わっていたその行為だったが、その日は違った。

そいつを見つけた時、ヴィータは自分の目を疑った。
だが見違える筈もない。自分達が始末した筈の吸血鬼。そいつが五体満足でそこにいた。

確かに、死体を確認した訳ではなかった。
しかし、脱出不可能なシャマルの結界の中で奴の姿は消滅したのだ。
吸血鬼は死ぬと灰になるとか霧になるとか、消滅するとかいう話が多かったため、そういうものなのかと判断した。
何より、常識的に考えて、胸元に大穴を開けられ背骨を吹っ飛ばされた生物が生きている訳がないのである。
胸元に杭を打てば倒せるとかいう話もあったではないか。

しかし現実に、奴はそこにいる。
しかもそいつの眼前に、ヴィータも知る少女、高町なのはが対峙していた。
2人の様子は明らかに穏やかなものではない。
吸血鬼はいつでもなのはを襲えるように構えていて、興奮した様子も見せている。
一方なのははそんな吸血鬼を相手に引くことなく力強く見つめていた。
まだ小さな子供が大した度胸だが、相手が悪い。

逡巡は、あった。これが高町なのはでなければヴィータは即座に助けに行けた。
しかし、魔導師という存在を知るであろう彼女に、自分がその魔導師であることがバレることには相応のリスクがある。
安全を考えれば、高町なのはを見殺しにした後で吸血鬼に対処するのが一番だ。

だけど、ヴィータははやての穏やかな平穏を守ると決めていた。
はやての平穏を守るのであれば、はやての友達を、吸血鬼に殺させる訳にはいかない。
逡巡したのは、一瞬だった。
ヴィータは飛び出すと、騎士服を纏い、その手に出現させたグラーフアイゼンを握った。
吸血鬼は、遂にその手を振り上げようとしていた。だが、間に合う。

本来なら問答無用でぶっ潰したかったが、なのはに自分達のことを黙っていてもらわなければならない都合上、いらぬ不信感をなのはに植え付ける訳にはいかない。
だから適当に吹っ飛ばし、追い詰め、奴が本性を現すところをなのはに見せた上で処理する。
そんな考えの元相応に加減して繰り出したヴィータのグラーフアイゼンによる一撃は、ヴィータに気づいたなのはが、吸血鬼との間に割り込んで張った防御魔法に阻まれた。

「っ! お前」

ヴィータは驚く。
なのはのその行動と、その魔法の硬さに。
目の前の人間がいきなり攻撃されそうになって、それを庇おうとするのは分かる。
しかし、自身の得物は相当に威圧感のある見た目をしている筈。
唸りを上げるそれの前に自ら割り込んで受け止めるなんて、こんな少女の持つような度胸ではなかった。
そしてなのはの防御魔法は、木っ端魔導師の盾くらいなら粉砕できるヴィータの攻撃をしっかりと受け止めていた。

なのはの張る桜色のシールドを抑えるアイゼンはそのままに、ヴィータは前方に宙返りする形でなのはの頭上を越える。
その越える瞬間、ヴィータは右手をアイゼンから離し、目の前にあるなのはの首筋に伸ばした。
そのまま引っ掴んでその場から離させようとしたその手は、空を切った。

「んな!?」

今度は声までヴィータの口から飛び出した。
なのはが、咄嗟に体を屈めてヴィータの手を避けていた。
まさかなのはがそこまで動けるとは思っておらず、掴めると確信していたヴィータはそのままの勢いのまま2人から離れてしまう。
空中で急いで急停止したヴィータはなのはに叫ぶ。

「なのは! 離れろ! そいつは……」

何だ、何と言えばなのはの信用を得られる。
こちらが襲撃した理由はそこの女だと理解できるだけのことは口にしたが、下手なことを続ければただの虚言と判断されてしまう危険がある。
数舜逡巡し、危険な魔法生物あたりが妥当かとヴィータが判断したところで、先になのはが声を上げた。

「待ってヴィータちゃん! 待って!」

「なのは! そいつは危険な!」

「知ってる!」

「……なっ」

自身の言葉に被せるように放たれたなのはの言葉に、ヴィータが呆気に取られる。

「お前まさか」

「ヴィータちゃん」

なのはがヴィータに近づくように歩を進めた。
そうなると自然、なのはが再びさつきとヴィータの間に立つようになる。

「周りと違って、周りよりも強い力を持ってて、危ないのかも知れない子でも。
 皆と一緒にいられない訳じゃない……だよね」

「……そういうことかよ……っ」













対峙する彼女達を、遠目に見つめる人影があった。
その人影が、奥歯を噛み締める。
浮かべる表情は、怒りと、焦り。

目の前で、自分達の今までの働きが水の泡になりかけている。
そのことに対する、激情。

――高町なのはがサーチャーを飛ばす度に気づかれぬようその制御を奪い。
――極力闇の書と守護騎士の所在が割れたりしないように手を打っていた。

いつの間にか魔法に何の関係のないところから高町なのはが八神はやてと、よりにもよって守護騎士までとも接点を持つなんて想定外が起こってからも、自分達は慎重に動いていた。

――高町なのはからの手紙から八神家の情報を違和感の出ないように消去していたのもこの人物だ。

本来の目的のための行動、表の顔としての行動、それらと並行して何とか守護騎士達の存在を隠そうとしていた苦労は何だったのか。
しかも、何故よりにもよって、今日この時なのか。
このタイミングでなければ、まだ打つ手はあったというのに。















空中からなのは達と対峙し、アイゼンを突きつけながら、ヴィータは仲間達に念話を送る。

≪シャマル! 闇の書を持って今すぐあたしのところに来てくれ!
 例の吸血鬼の奴が生きてた! それと、高町なのはにバレた≫

≪っ! ……そうか、行けるかシャマル≫

≪シグナム、あたしの判断ミスだ。ごめん≫

≪すぐに向かうわ≫

ヴィータから告げられた衝撃の情報に、守護騎士達は慌しく動き出す。
まず考えなければならないと判断されたのは、生きている筈のない吸血鬼が生きていること。
あの状態から生き残ったとなれば、それはもう首を落とそうが頭を潰そうが細切れにしようが、生き返る可能性が全く否定できなくなったということ。
それは、主との誓いにも関わってくるある決断を迫られることを意味していた。

≪あれで死んでいないとなると……闇の書を使う他ない、か。
 主はやて、お許しください≫

シグナムが目を閉じ、心の中ではやてに謝罪する。
そして、もう一つの問題へと目を向けた。

≪高町なのははどうするつもりだ≫

≪……一先ずは、闇の書に≫

一瞬悩み、帰ってきたヴィータからの返答に、シグナムは皆の将として決断する。

≪……それしかないか。主の友人に、手荒な真似はできん≫

ヴィータの方針が決まる。兎に角、シャマルが到着するまで吸血鬼だけは逃がさない。
幸い、なのはの傍にいる吸血鬼は逃げようとする様子は見せていなかった。

「ヴィータちゃん! さつきちゃんは、ヴィータちゃんが思うような悪い子じゃないよ!」

ヴィータに向かって、なのはが叫ぶ。
さつき、という名前をヴィータは覚えていなかったが、吸血鬼に一度名乗られていることは覚えていた。
なのはが目の前の吸血鬼を庇っていると判断して、ヴィータはなのはの訴えに応じる。

「そいつが人を襲うってことは、そいつ自身が認めたことだぞ」

「さつきちゃんは、理由なく人を襲うような子じゃないよ!
 だったら、さつきちゃんが人を襲わなくていいようにするから!」

明らかにさつきに危害を加えようとしているヴィータに、なのはが更に訴える。
自分はさつきの味方になると。

「血を飲まないといけないなら、私が飲ませてあげる!
 足りないなら、周りの人にも頼んでみる!
 他に理由があるなら、私達で解決してみせる!」

さつきからの戸惑いの視線が、なのはに向けられる。

「その曖昧さ加減……オマエ、そいつが人を襲う理由何にも知らないんじゃないか!?」

「ならヴィータちゃんは知ってこんなことしてるの!?」

「あたしらが問題視してんのは、理由じゃなくてそいつが人間を襲うっていう事実だ!
 お前ですら、そのこと自体は否定してない! それが答えだろうが!」

睨みつけてくるヴィータを、真正面から受け止めるなのは。
2人の応酬がいったん収まったところに、さつきがなのはに問いかける。

「なのはちゃん、あの子知り合いなの!?」

「ヴィータちゃん! 魔導師なのはは知らなかったけど、お友達!」

なのはの言葉が聞こえたヴィータの顔に、眉が寄せられた上で青筋が浮かんだ。
この状況でお友達、という説明が飛び出すあたりにご立腹だった。
問いかけたさつきはといえば、苦々しい表情。
今の状況はさつきからしたら命の危険を感じる状況だが、だからといってなのはを置いて一人だけ逃げることはできなかった。

このような状況になのはを巻き込んでしまったのは自分が原因だという自覚。
今ヴィータが襲い掛かってこないのは、なのはが話し合いに持ち込んでくれているからだろうという現状。
仮に自分が今逃げだしたら、この状況はその時点で崩れ、ヴィータは即座に襲い掛かってくるだろうという推測。
もしかしたら、話し合いで解決するのではないかという期待。
なのはとヴィータが友達と言える程の仲ということで、なのはを連れて一緒に逃げるという選択肢も消えてなくなった。

様々な思惑が入り混じり、逃げるという選択肢を取れないさつき。
シャマルの到着を待つヴィータ。
そしてこの中で唯一、積極的に状況を動かそうとしたなのはが、再度ヴィータに話し合いを持ち掛けようとしたその時。

突如として、さつきとなのはがバインドに捕らえられた。
しかし、その光景を見たヴィータは即座に警戒を露わにする。

(シャマルじゃねぇ!)

驚き、慌てるさつき達と臨戦態勢を取るヴィータの元に、暗闇から人影が現れる。
その人物は白を基調としたスーツのようなバリアジャケットを纏い、顔を仮面で隠していた。
さつきも、なのはも、そしてヴィータも、このような人物に見覚えはない。

「何度も何度も……こちらの方針を振り回してくれる」

仮面の下から、若い男の声が響く。

「何者だ」

目つきを鋭く睨みつけるヴィータに、仮面の男は首を向ける。

「時空管理局の者がこの近くに来ている。
 この世界に住んでいるとバレるのは困るだろう」

問いに答えず、しかし聞き逃す訳にはいかないその内容に、ヴィータが一瞬動揺する。
仮面の男はヴィータから視線を外すと、バインドで捕らえたさつきへと向き直った。

「手を貸す。
 手早く済ませろ」

「っ! さつきちゃん! 逃げて!」

なのはの叫びに、さつきは自身を縛るバインドを破壊する。

「なにっ!?」

仮面の男の声が響く。
状況が変わり、さつきは逃走を選択する。
話し合いなど続きそうにない展開になったこと、なのはが庇いきれないと判断したこと。
相手のうち片方はなのはと親しいようだから、彼女が酷い目に合うことはないだろうと思えたこと。
なのはを連れて逃げては、逆に彼女の立場を悪くするだけだろうとも考え、さつきはバインドを引きちぎった直後に一人、一目散に駆け出した。

なのはもバリアジャケットを展開し、レイジングハートを起動させ、バインドを解除しようと働きかけるが手間取る。
なのはは捨て置き、仮面の男がさつきを再び捕らえようとするが、その魔法はさつきを捕らえ損ね、

「させるかぁ!」

離れた場所で、ヴィータの叫び声と、硬い物で何かを殴ったような音が響いた。
さつきが、ヴィータによって振り下ろされたデバイスを、その柄を掴むことで受け止めていた。
それとほぼ同じタイミングで、辺り一帯が結界で包まれる。シャマルによるものと、ヴィータは理解できた。

さつきは掴んだデバイスごとヴィータを地面に叩きつけようと力を込める。
さつきのその動きを見たヴィータが、させるかと叫んだ。

「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」

《Ja》

ガシャンと、ヴィータのデバイスに搭載されている機構が可動する。

《Gigant Form》

次の瞬間、ハンマーの槌が、巨大化した。
2倍や3倍などではない。そこら辺の一軒家をも上回る程に巨大化した鉄槌が、その重量のまま地面に沈み込んだ。
あわれさつきはその下敷き……とは、なっていない。
ハンマーの柄を掴んでいたさつきは、槌が巨大化したことにより柄ごと持ち上げられ、空中でぶら下がっている状態になってしまっていた。

「ぅあ!? うわぁ!?」

「シャマル! 今だ!」

ヴィータが叫んだ、その瞬間。
さつきの前に、緑色に光る環が現れた。
さつきは以前、同じ物を見たことがある。何処からか色々なものが転送されてきた、何らかのゲート。
さつきの予感通りに、今回もゲートの向こう側から何かが現れる。
それは、女性のものと思わしき手と、それによって開かれた一冊の書物。

その書物は、頁をさつきの方に向けて開かれていて、そして、闇色の光を纏っていた。
手の主が起動するのは、守護者達も長らく忘れていた、敵対者を無力化するのに最適な機能。
不死身に近いとされる吸血鬼に対して、対処する手段としてこの上なく適役だと思われるも、闇の書を使用することになることから一度は却下された手段。

《Absorption(吸収)》

その本から何かが聞こえた瞬間、さつきの意識が引っ張られる。
体に力が入らず、ハンマーの柄を掴んでいた手が離れる。
さつきの体が落下し地面に激突する前に、さつきの意識は闇に沈んだ。





その光景を、バインドに縛られたまま、なのはは見ていた。

「さつきちゃん!?」

さつきが力なく落下すると思われた瞬間、さつきの体から光が立ち上り、そして、さつき自体が光の粒子となり、弾けた。
その光は、さつきの目の前に現れた書物に吸収されたように見えた。

なのはの傍らには、仮面の男が佇みなのはを縛るバインドを維持している。
なのはとレイジングハートがいくら解除を試みても、そのバインドを破ることはできないでいた。

なのは達の元に、アイゼンを元に戻したヴィータが戻ってくる。

「なのはをどうするつもりだ」

仮面の男を睨みつけながら、ヴィータが訪ねる。

「こいつを別の次元世界へと連れ去る。道中で管理局に発見されるようにな。
 奴らの目をこの世界から逸らしてやろう」

「っ!」

その返答に、息を呑むなのは。
何とかしようともがくなのはに、仮面の男が踏み出し、

「くっ!?」

咄嗟に、振り下ろされた鉄槌を避けた。
仮面の男がヴィータに振り返ると、返す刀で追撃の構えを取るヴィータの姿。
ヴィータのその追撃は、仮面の男には当たらなかった。
一瞬、鎖型のバインドがグラーフアイゼンに絡みつき、アイゼンの動きが鈍ったその瞬間に、仮面の男は風の魔法に乗って距離を取る。
即席のバインドを即座に破壊したヴィータの一撃は、空を切った。

「闇の書の守護騎士ともあろうものが! 情に絆されたか!」

仮面の男がヴィータを詰る。

「闇の書の事も、あたしらの事も知ってる……なら、猶更放っておけるか!」

仮面の男の言葉、管理局が近くにいるという言葉が本当なら、確かにそれはまずい。
しかし、ヴィータ達にとって、目の前の男の存在もそれ以上に放っておけない存在だった。
少なくとも、このままなのはを連れてどことも分からぬところへ行かせるなんてもってのほか。

ヴィータはグラーフアイゼンを構えると、仮面の男へと向かって飛び出した。

ヴィータと仮面の男の実力は拮抗しているようで、攻めるヴィータを仮面の男は必死にいなしている。
結果、なのはにかかっているバインドの構成が甘くなる。

今のうちにとなのははバインドを破壊する。
そして、何が起こっているのか分からなくとも、一先ず両者を制圧してお話を聞かないとと飛び出そうとした彼女の足元に、緑色に光る三角形の魔法陣が出現した。
そこから飛び出した鎖が、再びなのはを捕らえる。
魔法陣を見て、なのはは感じる。それが、自分や仮面の男が使っている魔法と、どこか違うものだと。

鎖で捕らえられたなのはの前に、もう一つ、同じ魔力光を発する三角の魔法陣が展開される。
それは、転送魔法。
魔法陣から現れたのは、なのはも知る人物だった。

「シャマルさん……?」

なのはの困惑の声に、シャマルは応えない。
シャマルの手には一冊の書物があった。なのはの見間違えではなければ、さつきを吸収した本と同じもの。
シャマルがその本を開く。開かれた本から、闇色の光が漏れ出てくる。
その頁を身動きが取れないなのはの方に向けながら、シャマルは一歩一歩、なのはに近づいてゆく。

(シャマルさん……? なんで……)

バインドに縛られながらも抵抗するように魔力弾を生成するなのはだが、足元のシャマルの魔法陣が一際強く輝くと、魔力弾は制御が不能になり、方々に飛んで行ってしまう。
闇の光を放つ書が、なのはの眼前に突き付けられようとして、

(ユーノ君……フェイトちゃん……!)

その瞬間、稲妻が、奔った。
張られている結界に、外から雷がぶつかる。

「!? まさかもう!?」

その光景に、ヴィータの攻撃をやり過ごしていた仮面の男が声を上げる。

「間に合わなかったか。相変わらず優秀な……!」

男は、苦々しげに吐き捨てた。
結界に穴が開き、雷と共に何者かが侵入してくる。
それは、咄嗟に距離を取ったシャマルの居た場所に激突し、なのはの足元の魔法陣を破壊した。
なのはを縛っていたバインドが、砕ける。

なのはの前には、黒いマントを羽織った少女が居た。
なのはの耳に、声が、聞こえる。

「なのは!」

「フェイト……ちゃん……?」

そして、離れた場所で、新手に気を取られたヴィータがハッと気付くと、彼女が今の今まで交戦していた仮面の男の姿は、影も形もなくなっていた。

「くっ、逃げられた……!?」

悔し気に歯を噛みしめるが、事態はそれどころではない。
もし仮面の男の発言が真実だとしたら、ヴィータ達にとって状況は最悪だ。
ヴィータは即座にシャマルの元へ向かう。

目の前の薄緑色の魔導師と、向かってくる橙色の魔導師を警戒しながら、フェイトがなのはに問う。

「なのは、状況は」

「さつきちゃんが、あの本の中に吸い込まれて!」

「さつきが……?」

シャマルとフェイトの間に割り込むように、ヴィータが降り立つ。

「あの人がシャマルさんで、あっちの子がヴィータちゃん」

「……? うん」

それで分かる筈だと思ったなのはがフェイトに告げるが、その返答はやや困惑したものだった。
しかしそれは置いておいて、今度はフェイトがなのはに状況を伝える。

「中の様子が全く分からなかったから、まず私が偵察に来た。
 暫く粘ればクロノ達も来てくれる筈」

そう言うフェイトはしかし、苦しい表情。

「こっちからの通信も通じない……アルフにすら。これ程の通信妨害を」

今、付近の次元空間にはアースラが来ているが、今回はこのような状況を想定しての航行ではなかった。
地球で不自然な結界が発見され、なのはとも連絡がつかないという状況が明らかになり、急ぎ行動を開始したのだ。
今のアースラには船員旅行としてついてきた者達しか局員がいない。
その中で部隊を再編成し、出撃準備を整える間に、即座に動けるフェイトが飛び込んだのが現状。

フェイトからの通信が届かない以上、リンディは部隊の送り方を考える必要が出てくる。
早急に増援を送らなければならないのか、無策で突撃してはいけない状況なのか。
その判断材料を送るのがフェイトの役割で、そのフェイトから通信が来ないとなれば、リンディは慌てて追加の部隊を送るなんてことはできない。

フェイトが通信を行えない程の状況が発生している、なんてこと以外状況が分からないところに戦力の逐次投入なんて愚策もいいところだし、
フェイトを信じて、何とか通信を繋げてくれることを待つという判断も必要になってくる。

ある程度粘れば十全な体制を整えた増援が来てくれることは確実だが、逆に言えばすぐさま助けが来ることはまず無いのだ。

「時空管理局の人間か」

なのはを庇うように構えるフェイトに、ヴィータが問う。

「時空管理局民間協力者、執務官補佐サポート、フェイト・テスタロッサ。
 なのはの、友達だ」

随分と迂遠な肩書が飛び出してきた。補佐とサポートも被っていないか。

「……嘱託魔導師の資格が取れるまでの間、実働経験を積めるようにってリンディさんがエイミィの下に無理矢理席を作ってくれた」

思わず困惑を表に出してしまったなのはの様子を察して、フェイトが付け足した。
とはいえヴィータ達からしたら、目の前の魔導師がどれだけ複雑な立場だろうと、重要なのは時空管理局の関係者であることが確定したことのみ。

≪シグナム、ごめん。時空管理局の奴らと鉢合わせちまった≫

≪高町なのはは我々と主はやての繋がりを知っている……その場を切り抜けたところで……か≫

守護騎士達の念話で、シグナムの険しい声が響く。

≪なら、こいつの言ってた増援が来る前に、闇の書に取り込んで撤退するしかねぇ!≫

そして、自分達の知る高町なのはなら、その後しっかりと事情を説明すれば、はやてや自分達のために黙っていてくれるかも知れない。

開戦の合図なんてものはなく。
ヴィータが手を掲げると、その指の間それぞれに鉄球が出現し、腕を振るうとそれらは空中に配置され。
なのはとフェイトに向かって、グラーフアイゼンの一振りで鉄球が打ち出された。









さつきが闇の書に閉じ込められたその時、誰にも知られず、暗い暗い闇の中、とある意思が、歓喜の声を上げた。

――『見つけた』















あとがき
次話だけ更新タイミング変えます。
20話 木曜日
21話 金曜日
で、連続更新します。



[12606] Garden 第20話
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/10/29 13:09
弓塚さつきは、窓から入る日の光を感じながら心地よいまどろみの中にいた。

「おーい、弓塚ー」

「んー……?」

聞こえてきた自分の名を呼ぶ声に、意識を浮上させる。
突っ伏していた机から顔を上げたさつきは、まだぼやけている視界で自身に声をかけた人物を確認した。

「おはよう、乾くん」

「おいおい学校の優等生たるさっちんが放課後まで居眠りとか、先公が泣くぜ」

「あはは……」

にやけ顔の有彦に、さつきは苦笑する。
今日はどうにも眠気が抑えられなかったのだった。

「弓塚もお前には言われたくないと思うぞ有彦」

と、隣から聞こえてきた声に、さつきはびくりと、肩を震わせる。

「……遠野くん」

「帰ろうか、弓塚」





”いつものように”、夕暮れの道を二人で歩く。
他愛のない会話に花を咲かせて、2人で笑い合う。

「それにしても、今日はぐっすりだったな弓塚」

「あはは、恥ずかしいなぁもう。
 ちょっと、悪い夢を見ちゃってたかな」

「そっ……か。
 俺も夢見が悪い時結構あるからなぁ、何とかなるなら何とかして欲しいよな」

「へー意外――では全然ないね。遠野くん、いつも貧血で倒れてるし」

「……遠慮なくなってきたよな弓塚」

「そうかもね!」

そうこうしているうちに、2人の帰宅路が分かれる場所にやってくる。

「じゃあ、またね、遠野くん」

「ああ、また明日」

手を振って別れ、家に帰る。
ああ、本当に。

「ただいまー」

幸せな日常だ。










武器のように振られるデバイスを、なのはが防御魔法で受け止める。

「ヴィータちゃん! 何で!?」

なのはには、戦う理由がある。
さつきを助けるため、ヴィータ達とお話をするため。
でも、ヴィータ達の方から積極的に攻撃を仕掛けられる理由は、なのはには分からなかった。

「グラーフアイゼン、カートリッジロード!」

なのはの疑問には答えず、ヴィータはデバイスの機構を発動させる。
それは、なのはやフェイトが知らない技術。
デバイスの一部がスライドし、薬莢のようなものが押し込まれると共に、膨大な魔力のプレッシャーが発せられる。

ヴィータの持つ鉄槌の形状が変化する。
シールドに打ち付けている側には突起が飛び出し、その反対側には、噴射口のノズルのような機構が出現する。
噴射口から炎が噴き出し、その推進力により突起が押し込まれると、数舜の拮抗も許されずなのはのシールドは破壊された。

「っ!」

ヴィータがもう一歩踏み込めば、その鉄槌をなのはの体に叩きこむこともできただろう。
しかしヴィータはそれをせず、なのははシールドを破壊された衝撃で地面に向かって吹き飛ばされるに留まる。

「アークセイバー!」

ヴィータにフェイトの飛ばした魔力刃が迫る。弧を描くように迫る刃を、ヴィータは惑わされずにシールドを合わせ、

「――!」

その刃が、盾に噛みつくことに気付いた。
数瞬だが片手を封じられた隙を、反対側に回り込んだフェイトが突く。

「フォトンランサー」《Multishot》

更に、地上からは、なのはが。

「ディバイーン」《Buster》

片や魔力弾の連打、片や砲撃魔法。
それが避けられないタイミングで同時にヴィータに迫り、

「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」

《Panzer Hindernis》

爆発が、起こった。
タイミングは完璧だった。どうなったかと、フェイトが魔素の煙幕によって見えない向こう側を確認しようと身構えていると、

《Pferde》

その向こうから響く、ヴィータのデバイスによる魔法の起動ワード。
そして、煙を突っ切って、ヴィータが突撃してくる。
その体に、ダメージは見られない。何かしらの防御魔法の発動に成功していたらしい。

フェイトは迫りくるヴィータから逃げようとする。しかし、

(速い……!?)

ヴィータの軌道が、伸びる。喰らい付く。
鉄槌に搭載された噴射口から噴き出す炎と、ヴィータが自身に使用した機動力強化の魔法で、ヴィータは距離を取ろうとしたフェイトの懐まで潜り込む。
振り下ろされる鉄槌を、フェイトはバルディッシュを盾に防御するしかなかった。
アイゼンの突起が、バルディッシュの柄を直撃する。
持ちこたえることなどできず、バルディッシュが半ばで粉砕されるのを目の当たりし、フェイトは戦慄する。

(あからさまな程の近接特化のパワー型。なのに!
 それ以外の能力も、訓練に付き合ってくれた管理局の人達を上回ってる!?)

ヴィータの追撃が、フェイトを襲う。
バランスを崩したフェイトに、グラーフアイゼンの柄が迫る。
フェイトは右手に残ったバルディッシュのヘッドを咄嗟に突き出す。
2つのデバイスが激突し、本来打撃の用途としても扱える設計であるバルディッシュのヘッドに、罅が入った。

「っ!?」

フェイトが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
ヴィータが追撃を入れるルートを妨害するように、桜色の魔力弾が割り込んだ。
その数6。動きを見たところ、それぞれの魔力弾は完璧に制御されている。
ヴィータは一瞬だけ感心したような視線をなのはに向け、身を翻し、それらの魔力弾の間を搔い潜り、なのはに肉薄する。

「っ!」

なのはの眼前にデバイスを突き付けたところで、ヴィータは止まった。

「これ以上手荒なことはしたくない。
 黙ってあたし達に付いて来てくれないか」

問答無用だったヴィータからの、突然の勧告。
なのはは困惑しつつも、それに応じる。

「……フェイトちゃんは?」

「あっちは、もう終わってる」

「……! フェイトちゃん!」

なのはの見る先、倒れこむフェイトに、さつきを取り込んだ本を突き付けるシャマルがいた。



地面に叩きつけられたフェイトは、その衝撃でふらつく体を起こそうとして、体を襲う違和感に再び膝を付いた。

並行感覚を失う程の、強烈な不快感。
内臓を直接圧迫されているかのようなその感覚。

(体内に、直接的な干渉……!?
 こんな、戦場の只中で!?)

崩れ落ちそうになるフェイトの眼前に、頁を開かれた本が付きつけられる。
フェイトの意識が、闇に落ちていく。

その直前、

「フェイトォ!」

「あいつら……!!? あれは、闇の書!」

アースラからの増援が、結界内に突入し。

《Absorption》

しかしそれは僅かに遅く。
フェイトが、光の粒子となり、闇の書に吸収された。

「ブレイズキャノン!」

なのはにデバイスを突き付けているヴィータに、武装局員を引き連れたクロノが速射で砲撃魔法を放つ。
増援の出現に動揺したヴィータはそれを避け、その隙になのはの隣にユーノとアルフが降り立った。

「お前ら! ヴォルケンリッター!」

鬼気迫る様子で、クロノが叫ぶ。
彼はヴィータ達について何かしらを知っている様子で、突き付けたデバイスを下ろさない。

「ユーノ君! アルフさん! クロノ君!」

「助けに来たよ、なのは」

「久しぶりだねなのは。アタシとパスが繋がってるから、フェイトはまだ無事だよ!」

心強い増援と、アルフの言葉に、ほっとしたような様子を浮かべるなのは。
なのはのことは武装局員達に任せ、クロノがヴィータ達へと告げる。

「ヴォルケンリッター! 主に伝えろ!
 こちらは時空管理局次元航行艦「アースラ」所属、クロノ・ハラオウン執務官!
 武器を捨て、投降すれば、話し合いの用意がこちらにはあると!」

「ちくしょう! ちくしょおおおおおおおおお!」

間に合わなかった。
その現実に、ヴィータが叫び声を上げる。
しかも、現れたのは明らかに自分達のことを知っている手合い。
このままでは、自分達だけではなく、はやての平穏も壊れてしまう。

≪ヴィータちゃん、私の張った結界の外に、もう1枚結界が張られているわ!
 これをどうにかしないと!≫

≪……そのレベルのもんを張れる結界魔導師か、設備かが出張って来ている訳か≫

並の結界であれば、何も言わずともシャマルが解除できるし、なんならヴィータも力業で破壊できる。
なのにシャマルがこのような報告をするということは、その結界が並ではないということ。
そして仮に結界を突破できたとして、なのはからはやてのことが管理局に伝わる以上、事態が最悪なことは何も変わらない。

≪なあ、シグナム≫

≪ああ≫

≪今の時点で投降すれば、はやては見逃してもらえるかな。
 闇の書も丁度ここにあるしさ≫

≪…………≫

≪ははっ、ごめんシグナム。馬鹿言った。
 管理局の奴らなんて信用できる訳がねぇ≫

弱気になった心を奮い立たせ、ヴィータは覚悟を決める。

≪来るんじゃねぇぞ、シグナム、ザフィーラ。
 あたしらだけで乗り切れなかった時は、はやてを頼む≫

シグナムとザフィーラが増援として駆け付ければ、この状況を乗り切れる可能性はぐっと高くなる。
だけど、時空管理局にはやてのことが伝わることが避けられない以上、仮にそれでこの場を乗り切れたとしてもはやてを連れて身を隠さなければならない展開は変えられない。
相手の底も見えていない状態で、全滅のリスクを負っての得られるメリットが少なすぎる。
守護者が全員居なくなれば、はやてがどれ程悲しむか。その後、はやてがどんな目に合うことになるか。
自分とシャマルを救うためだけに、その選択をさせる訳にはいかなかった。

ヴィータは手のひらに収まらない程の大きさの鉄球を取り出すと、眼前に構える。

「こいつら全員ぶっ倒して、絶対、帰ってやる!」

それを打ち出すことが、開戦の合図になった。










フェイトが目を覚ますと、そこは心地よいベッドの中だった。
まだ覚め切らない意識で視線を動かすと、その大きなベッドに、もう一人眠っていることに気付く。

「……ぇ」

見覚えのあるその金髪、その小さな後ろ姿に、フェイトの心臓が跳ねる。
意識が一気に覚醒し、周囲を見渡す。
日の光が差し、明るくなった寝室。見覚えのある景色。

「ここは……」

次元空間を旅する前の、時の庭園のフェイトの――アリシアの寝室。

――コン コン

扉からノックの音が鳴り、フェイトはビクリと肩を震わせる。

「フェイト、アリシア、アルフ、朝ですよ」

扉の向こうから聞こえてきたのは、信じられない言葉。

「まさか……」

「んん……おはよ、フェイト」

もう一人の少女が、起きる。
その姿は、フェイトと瓜二つで。そして、フェイトよりも少し幼くて。左手で、寝ぼけ眼を擦っていた。

「―――」

「みんな、ちゃんと起きてますか?」

扉を開けて、猫耳の女性が入ってくる。
その人物も、フェイトは知っている。自身の教育係だった、プレシアの使い魔。

「はーい」

アリシアの気だるげな声がする。

「ふぁあ、眠いぃ」

狼状態のアルフが、大きな口を開けて、自分のベッドから這い出してくる。

「二人とも、また夜更かししてたんでしょ」

「ちょっとだけだよ」

「ねー」

「早寝早起きのフェイトを見習ってほしいですね。
 アリシアはお姉さんなんですから」

フェイトが、恐る恐る、女性に話しかける。

「あの……リニス……?」

「? はい、なんですか。フェイト」

視線を巡らせて、隣の少女を見る。

「アリシア?」

「ん?」

更に視線をずらすと、アルフもいる。

「んー?」

呆然と自分達を見回すフェイトの様子を見て、リニスは呆れたように肩を竦めた。

「ふーむ、前言を撤回します。
 今朝はフェイトも寝ぼけ屋さんのようです」

リニスの言葉に、アリシアとアルフもおかしそうに笑う。
そんな、穏やかな光景。

「さあ、着替えて。
 プレシアはもう食堂ですよ」

「――!!」

そして、リニスの口から零れた名前に、フェイトは身を固くした。

「――母さん」





フェイトのプレシアとの対面は、ベッドの中からだった。

「フェイト、具合が悪いそうだけど、大丈夫?」

「はい、母さん。
 ちょっとだるいだけ」

昔の記憶でしか知らない、穏やかな顔のプレシア。
それでもフェイトはどうしても、怯える心と固くなる体を抑えられなかった。

リニスに言われて着替えようとした時、フェイトは自身の体の不調に気付いた。
酷くだるく、体の内側が重い。
熱は無かったが、フェイトは再びベッドに寝かせられていた。

「今朝は夢見が悪かったみたいですよ。
 体調のせいかも知れませんね」

「そう。ほら、ゆっくり休みなさい、フェイト。
 あなたは私の、大事な娘の一人なんですから」

「……!」

向けられる笑顔と、優しい言葉に、フェイトはやっと実感できた。
優しかった頃のプレシアが、目の前に居ること。
そして自分のことを、娘と、言ってくれている。

(違う……これは、夢だ……)

フェイトは、溢れる涙を抑えきれなかった。

(母さんは、私に、こんな風に笑いかけてくれたことは、一度もなかった)

プレシアとリニスの戸惑う声が聞こえても、フェイトの涙は止まらない。

(アリシアも、リニスも、今はもう居ない)

扉の影から、アリシアとアルフが心配そうに覗いているのが見える。

(でも、これは)

悪い夢はもう覚めたのよと、プレシアがフェイトの頭を撫でる。

(私がずっと、欲しかった時間だ)

せめて泣き顔を見られないようにと、毛布で顔を隠すことも、フェイトにはできなかった。

(何度も、何度も、夢に見た時間だ)

毛布を被ると、目の前の光景が、消えてしまいそうな気がしたから。










前線で戦うヴィータのサポートをしながら、武装局員数名を相手取っていたシャマルは、自身の持つ闇の書の異常に気付いた。

「闇の書……? っ! 待って闇の書! それは!」

≪どうしたシャマル!≫

シャマルの尋常ではない慌てように、クロノ、アルフ、ユーノといった能力の高そうな者達を相手取っていたヴィータが呼びかける。

「闇の書が、勝手に頁の蒐集を! 多分、さっき取り込んだ子から!」

「なっ、それは駄目だ!」

返ってきた回答に、ヴィータも動揺を露わにする。
それは、はやてとの誓いを、はやての願いを、汚してしまう行為。

「分かってるけど……! 止められない!」

そのやり取りを耳にして、ヴィータと対峙するクロノが、眉をひそめた。










フェイトの寝ているベッドに両肘と頭を乗せて、アリシアが膝立ちの足をパタパタさせている。
プレシア達の姿は既になく、今この寝室はフェイトとアリシアの2人っきりだ。

「リニスは夜更かしすると健康によくありませんよーっていつも言ってたけど、アテにならないねーフェイト。
 私達じゃなくてフェイトが調子崩しちゃうんだもん」

リニスから「フェイトにあまり無理させてはいけませんよ」と忠告されていたアリシアだが、お構いなしにフェイトに話しかけている。

「うん、ごめんね。心配かけて」

アリシアはにんまり笑うと、寝かせていた頭を起こした。

「今はぐっすり眠って、幸せな夢を見て、元気になったら皆でピクニックに行こ。
 母さん、サンドイッチ作ってくれるって」

フェイトはそんなアリシアから視線を外し、天井を見上げた。

「ねえ、アリシア。
 これは、夢、なんだよね」

「…………」

アリシアも、フェイトにより近づくように体を反転させ、ベッドを背もたれにするように座り込む。
フェイトが、続ける。

「私とあなたは、同じ世界には……居ない。
 あなたが生きてたら、私は……生まれ……なかった」

「そう、だね」

「母さんも、私には、あんなに優しくは……」

「優しい人だったんだよ。優しいから、壊れたんだ。
 死んじゃった私を、生き返らせるために」

「……うん」

「ねえ、フェイト。夢でもいいじゃない。
 ここに居よ。ずっと一緒に」

明るい声で、優しい声で、……悲しそうな声で、アリシアが言う。
アリシアがもう一度体を反転させると、アリシアの顔がフェイトの真横に現れる。
フェイトは顔を傾け、アリシアと視線を交わす。

「私、ここでなら、生きていられる。フェイトのお姉さんでいられる。
 母さんと、アルフと、リニスと、皆と一緒に居られるんだよ。
 フェイトが欲しかった幸せ、皆あげるよ」

恐らくはここが、最後の分岐点だった。
フェイトは不調を訴える体を起こし、しかし、アリシアの目を見ることはできなかった。

「ごめんね、アリシア。
 だけど、私は行かなくちゃ」

「……うん」

俯くフェイトの目の前に、小さな手のひらに乗せられた、傷ついたバルディッシュのコアが差し出される。
フェイトが息を呑み、ばっと手の主へと振り返る。
そこには、涙を浮かべながらも、柔らかく微笑むアリシアがいた。

言葉に詰まりながらも、フェイトは差し出されたバルディッシュの上に、自分の手を重ねた。

「ありがとう、ごめんね、アリシア」

「いいよ。私は、フェイトのお姉さんだもん。
 応えなきゃなんでしょ? フェイトを、助けてくれた子達に」

アリシアが立ち上がる。
繋がった手に引かれるように、フェイトもベッドから抜け出し、立ち上がる。

「現実でも、こんな風にお姉さん、したかったなぁ」

手を繋ぎながら、フェイト達は寝室の真ん中まで歩を進めた。
そこで立ち止まると、繋いだ手の中から光が溢れ、フェイトがバリアジャケットを身に纏う。
アリシアが、フェイトを抱きしめた。

「フェイト、帰るなら、一つ、伝えたいことがあるの」

抱きしめたフェイトをゆっくりと離し、一歩、二歩、後ろに下がるアリシア。
フェイトの目を見つめて、アリシアはあることを告げる。

「フェイトの世界の母さん、生きてるかも知れない」

フェイトが目を見開く。

「私を生み出しているこの世界の知識が、そう言ってるの。
 少なくともあの時の、時の庭園では、母さんは死んでいないって」

「母さんが……」

今度はアリシアが目を伏せる番だった。

「ごめんね、こんな事知らせても、フェイトを苦しめるだけだって、分かっているんだけど」

「アリシア……ううん、姉さん。ありがとう。
 不甲斐ない妹だけど、任せて」

顔を上げたアリシアは、再びフェイトと視線を交わす。
フェイトの顔を見てアリシアは、嬉しそうに笑った。

「ありがとう、フェイト」










倒れ伏す武装局員達の中で荒い息を吐いていたシャマルは、自身の持つ闇の書から溢れ出す黄色の魔力光に気付いた。
シャマルの背筋が凍る。

「! これは……まずっ!」

気を取られたシャマルは、飛び出してきた緑色と橙色のバインドを避けられなかった。

「なのは! 今だ!」

ユーノがなのはに呼びかける。
シャマルの周囲で倒れていた武装局員達が、転送魔法で後方へ退避させられる。

「スティンガーブレイド!」《Execution Shift》

クロノの展開した巨大な魔法陣から生成される魔力刃の雨が、シャマルに迫った。
シャマルを守るため、ヴィータが割り込み、その魔法を防御魔法で防ぐ。
威力よりも手数と持続を重視しているようで、魔法の規模の大きさにしてはヴィータは問題なくそれを防ぐことができた。
しかし、その雨が止む様子はない。

あからさまな次の一手への布石に、相手の狙いを看破しようとしたヴィータ達は、それより先に、悪寒で身を震わせた。
振り向く先は、交戦区域の、更に後方。戦闘区域として認識していなかった程の位置。
管理局からの増援が現れてからこっち、局員達によって避難させられたと思っていた高町なのは。
彼女が、デバイスを頭上に掲げ、シャマルに狙いを定めていた。

「二人とも、お話聞かせてもらうし、お話、聞いてもらうから!」

戦場中から、色とりどりの魔力素が、桜色にその色を変え、なのはの元へ集う。
なのはの頭上には、既に巨大な魔力の塊が生成されていた。その密度が、更に大きくなっていく。
ヴィータ達を、絶望が襲う。

「おい、なんだよそれ……」

「収束砲撃……いけない! ヴィータちゃん逃げて!」

「スターライトォ……」

「アイゼン、カートリッジロード!」

ヴィータが更に強力な防御魔法を展開し、

「ブレイカー!」

「うあああああああああああああああ」「きゃああああああああああああああああああ」

全てが、桜色に飲まれた。










その日も、さつきの学校生活は充実していた。
家族におはようを言って、行ってきますを言って、登校して。
先生とは程よくコミュニケーションを取って、友達と会話を弾ませて。
そして……。

「遠野くんっ!」

「ああ、弓塚。おはよう」

遠野志貴を見つけたさつきは、女友達との会話を切り上げて、志貴の元に向かってゆく。
さつきは志貴に物欲が殆ど無いことも引っ越しをしてからそれ程日が経っていないことも知っているため、話題は自分の方から提供していく。
さつきが友達との会話から集めた話題で志貴と話していると、ふとある集団がにわかに盛り上がっていることに気付いた。

さつきと志貴が2人揃ってそちらを見ると、その、先ほどまでさつきが混ざっていた集団がさつきに向かって頑張れーとでも言いたげなジェスチャーを繰り返していた。
さつきが顔を赤くして俯き、志貴が若干引いていると、不意に志貴の肩に腕がかけられる。
その男、乾有彦は志貴の首をガッチリホールドし、体重をかけたり緩めたりしながら話しかけた。

「だから言っただろ遠野、さっちんは学園のアイドルで、人気も人望もあんだよ」

「それは分かってるって。ただ、弓塚とは本当に気楽に話せるからさ、俺としてはそっちの印象のが強くて」

「まっ、それが弓塚の人望の成せる技かもな。弓塚もまんざらでもねーみてーだぜ」

有彦の言うように、弓塚の頬は志貴の言葉に緩み切っていた。

「えへへへへへへ……。
 あっ、乾くん、最近よく学校来てるよね、珍しいな」

さつきはその頬を取り繕うように有彦にも話題を振るも、有彦はとてもいい笑顔でそれに返す。

「おっ、気付いた? いやー最近急接近してお似合いになってきてる男女がいましてね?
 そいつらの進展が気になってしょーがないのよ」

「えっ、その男女ってもしかして……へへ」

「おまっ、適当な事言いやがって。
 お前がそんなことで真面目に学校に来るタマかよ。
 弓塚、気にしないでいいぞ。どうせ今のうちに講義に出といた方が楽な理由がなんかあるだけだ」

「ふふっ、わたしは別に、その理由でも嬉しいよ?」

「そうか? まぁ、弓塚がいいならいいけど」

そんな、学校での一幕もあり。
そして学校が終わると、さつきと志貴の2人きりの時間が始まる。

「最近、遠野くん調子良さそうだよね」

「そうかな。俺としては、あまり自覚はないんだけど」

「だって、毎日遠野くんと一緒に帰れてるもん。
 貧血で倒れちゃった日は、心配だし寂しいしなんだよ」

「ああ、なるほど。
 そういう弓塚は、最近特に楽しそうだよな」

「うん、楽しいよ。
 わたしね、この楽しい時間が、わたしの望む限りずっと続くような気がしてるんだ」

「そっか。
 うん、根拠なんて何もないけど、それはきっといい事だ」

「ねえ、遠野くん、わたし」

その、幸福な現実ユメが、

「――ぇっ」

黄色と桜色の光に、呑み込まれて、消えた。



[12606] Garden 第21話
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/10/15 12:04
力なく倒れ伏すシャマルとヴィータ。
シャマルの手から離れた本から、光が溢れ、その傍らに2人の人影が現れる。
その姿をハッキリと認めたなのはは、喜びの声を上げた。

「フェイトちゃん! さつきちゃん!」

「なのは!」

なのはの呼びかけに、フェイトも応える。
フェイトはなのはの元へ飛んで駆け寄ろうとして、胸の奥を襲う苦しみに倒れこみそうになった。
魔力を引き出そうとすると、その苦しみが強くなる。
夢の中では、だるい程度で済んでいたのだということを、フェイトは理解した。

「……ぁ」

たたらを踏んだフェイトの耳に、微かな声が聞こえる。
ハッと、振り向く。

「ぁぁ……」

何の意味も宿していない、ただ肺の中から出る空気が喉を震わせただけの、微かな声。
フェイトの傍らで両膝をついて座り込み、胸元を掻き抱いて俯くさつきから零れた、音。

「さつき……」

フェイトは知っている。
あの本の中の世界が、どのような夢を見させてくれるのか。
その甘美な夢から唐突に覚まされたら、自分だって平静を保てないだろう。

さつきに対してかける言葉が見つからず、その場で皆がこちらに駆け付けてくれるのを待つフェイト。
その目に、不可思議な光景が映った。
さつきの周囲が、不自然に歪んだように見えた。

「……?」

体の不調から、目が霞んだのかとフェイトが思ったのも一瞬。

「!?」

空間が、歪み、広がった。

「っ!?」

「!?」

一瞬で広がった空間の歪みは、さつきとフェイトだけでなく、傍らで倒れるシャマルとヴィータも、
駆け付けようとしていたクロノ達も、後方に居た武装局員達も、その場にいた全員を飲み込んだ。

思わず目をつぶらなかった者達は、その光景を目にする。

世界が、塗りつぶされる瞬間を。

「え……」

「何、が……」

フェイトが困惑の声を上げ、ユーノが周囲を見回す。
いつの間にか、歪みに巻き込まれた人物達はさつきを除いてある程度の一つ処に集められていた。
しかし、彼らの驚愕は、その現象よりも驚くべき事象によってもたらされたもの。

世界が、様変わりしていた。
景色が、ではない。まるで別の場所に移動させられたかのように、何もかもが違っていた。

そこは、美しい庭園だった。

緑に溢れ、花は咲き乱れ、空は蒼く、離れた場所にある立派な噴水からは綺麗な水が溢れている。
その噴水を挟んだ反対側に、膝を付き俯くさつきの姿が遠目に見えた。

そんな庭園の美しさが、ただの見せかけだとその場にいる全員が気付くのに、時間はかからなかった。
だって、こんなに豊かな、緑と花に溢れた、素晴らしい景色なのに。


なんて、空虚。


「嘘……」

なのはが、呆然と零す。


それは、世界を侵食する異能。
本来は世界の端末である精霊にのみ許された、世界を異なる法則で書き換える超常の業。
なのは達の使う、世界をその世界のままに切り分ける結界とは違う。
異なる法則――術者自身の持つ幻想、すなわち心象風景で、世界を上書きする結界。

名を、固有結界。

死徒が扱うことは、特に力を得たごく一部の者にしかできない筈のそれが、さつきの持つ力の大本だった。

なのは達にそんな知識は無くとも、自分達の居る空間が、さつきの作り出した世界だということは伝わっていた。
だって、否応にも伝えてくるから。
大気が、大地が、空が、世界が、彼女の心の空虚さを。

「これ……さつきちゃん……?」

「っ、エイミィ、何が起こった! エイミィ!
 くっ、通信が……いや、通信の魔力が……?」

なのはは察する。
目の前に広がる美しい庭園は、さつきがいつも浮かべていた笑顔で、さつきがいつも振舞っていた明るさであると。
そんな、瑞々しく生命力に溢れた景色で作られたベールが、剥がれる。

空が赤く染まる。

緑が黒く崩壊する。

水が蒸発する。

大地がひび割れる。

空気が――渇く。

そして、一同の中で一際魔力の収集を得意としているなのはは、一番に気付いていた。
庭園が崩壊する前――そう、美しい庭園が展開された瞬間から――先程までの激闘で空間に満ちていた魔力素が、消えていた。

そして今、魔法の残り香である魔力素のみならず、大気に残存していた魔力ですらも、全く感じられなくなる。


それは、新たな法則。
質量ある物は引力を持つべし。
時は過去から未来へ進むべし。
それらと同じように、さつきの心象風景によって定められたこの世界の法則。
それは――

――ありとあらゆるもの、渇くべし満たされることなんて、許さない


渇いた大気で、眼が渇く。唇が割れる。喉が渇く。呼吸すると、咳込みそうになる。
更に、なのは達は異変に気付く。
怖気がするように、じわじわと、確実に、自分達の中から何かが抜け落ちていく感覚。
それが魔力であると、皆が即座に気付いた。

ただでさえ魔力を集める器官であるリンカーコアに不調を感じていたフェイトは、倒れこみそうになって片膝をついてしまう。

「! フェイトちゃん!」

「大丈夫、ちょっとくらっとしただけ……」

次いで、なのはのスターライトブレイカーによって昏倒していたヴィータとシャマルの様子にも異変が起こる。
彼女らの体から、それぞれの魔力光が弱弱しく立ち上り、その体が透けていく。

「ヴィータちゃん!? シャマルさん!」

「なのは待て! 大丈夫だ」

取り乱しかけたなのはを、クロノが制す。
ヴィータ達の姿はどんどん薄くなるも、彼女達の体内でひときわ光を放っていたコアのような物が彼女達の体を離れ、彼女達の傍らに落ちていた本に吸い込まれた。
透けていた彼女達の体も、それぞれの魔力光となって後を追うように本の中に吸い込まれる。

「! 闇の書……」

クロノがその本を確保するため駆け出してゆく。
そしてヴィータ達のその様子を目にしたフェイトは、はっとしてアルフに目を向けた。
フェイトの想像通り、苦々し気な表情のアルフから、オレンジ色の魔力光が漏れだしていた。

「アルフ、小さくなって!」

「あっ、ああ、フェイト」

アルフはフェイトの言葉に従い、体を子犬程の大きさにまで変化させる。
フェレットになっていたユーノと同じだ。この状態なら魔力消費が少なくて済むし、体を構成する魔力も大幅に少なくできる。

しかし、魔力によって生かされている使い魔にとって、この状況は危機的だった。
よりにもよって使い魔を構成している魔力までもと、フェイトは焦る。

否、危機感は、多かれ少なかれその場にいる全員が抱いていた。
この世界では、何かが消えていく。
それは、変わり果てた景色と、今なお奪われ続けている魔力から殆どの人間が察せていた。

何故、魔力だけなのか。
自覚できていないだけで、他の物も奪われているのか。
枯れ果てた景色からそのような考えに至るのは当然のことで、この世界に長居することに危機感を覚えるのは自然なことだった。

実際には、彼ら自身から失われているのは真に魔力だけである。
知的生命体は、さつきの世界の魔術体系ではその体そのものが上位の結界となる。
それこそ、世界と個を区切る程の。
世界を侵食することは不可能でも、自分の体内に限定してなら固有結界を展開することを可能とする魔術師だって存在する程に。
だから展開された固有結界も、取り込んだ者の肉体に直接干渉することは難しい。

だが。

元より無と定められている魔力なら、別だ。

世界は、無から有を生み出すことを許さない。
そのため、魔力弾は維持しなければ即座に魔力素に分解されるし、さつきの世界の魔術で魔力によって物体を作った場合、それは数刻もせず世界によって壊される。
アルフ等の使い魔が存在しているだけで魔力を消費するのも、そのためだ。
そしてその逆もしかりであるため、さつきの固有結界も、有に属する水分等を他者の体内から枯渇させる程の影響力はない。
しかし、世界にとって、魔力とは元より”無”であった。

「これが、さつきちゃんの世界……」

なのはが口にする。それに異を唱える者は居ない。
彼女が見つめる先は、彼方でうずくまるさつき。
この立ち位置は、彼女が自身以外の全員を拒絶したが故のものであるように、なのはには思えた。

「この本の中には、幸せな世界があった」

なのはに声をかける者がいた。
なのはが振り返ると、フェイトがクロノに肩を貸してもらってなのはの元まで歩いてきていた。
クロノの手には、例の本が抱えられている。

「フェイトちゃん、大丈夫なの!?」

なのはの言葉に、フェイトは頷きで返す。
そして、伝えるべきことを続ける。

「この本の中では、母さんがいて、アリシアがいて、小さい頃のお世話係もいて、アルフもいた。
 皆で、笑い合って、……幸せに暮らしてた」

「……!」

「私は、アリシアに助けられて、自分の意思で出てきたけど……。
 多分、さつきは……」

なのはの目に、決意が宿る。

こんな寂しい世界が、さつきの心であるのなら。
やらなければならないことは、恐らく1つだった。

「さつきちゃん!」

飛び出そうとしたなのはの腕を、フェイトの手が掴む。

「……待って、なのは」

「フェイトちゃん……」

「私も、行く」










俯くさつきの目は開かれていても、何も映してはいなかった。
自分の体から力が使われていく感覚はしても、気にも留めない。
もう、どうでもよかった。自分も、周りも。

分かってた。
あれが夢だってことくらい、分かってた。

夢でも、よかったのに。
こんな現実になんて、戻れなくてもよかったのに。

自分の居場所なんて、どうせこの現実にはないのだから。


吸血鬼になったばかりの頃、廃ビルの片隅で過ごした寒い夜、体が震えていたのは寒さのせいだけじゃなくて。


自分はどうなってしまったのか、これからどうなるのか、どうすればいいのか……。
そんな真実なんて知りたくなくて、目を、逸らし続けて。

現実から目を背けて、空想の中に逃げて。
その空想が、現実になってくれたのに。


また、ひとり。

遠野くんへの想いを感じることが、唯一寂しさを紛らわす確かな手段だったのに。
もうそれも、虚しさしか感じない。







なのは達は、飛ぶ。
フェイトはなのはに手を引かれて、なのはのサポートを受けて飛ぶ。
自分達の中に残ったなけなしの魔力で、バリアジャケットを分解して生成した魔力で、飛ぶ。
魔力が尽きてしまう前に、間に合うように。

思い返せば、なのはは、フェイトは、さつきが涙を流す姿を見たことがなかった。
激昂した時も、嬉しそうにした時も、……時の庭園でも。

気に留めていなかったそれも、その理由に気付いてしまえば、見過ごすことなんてできない。
ただ、空虚だっただけ。
涙を流す程の感情が、心を満たすことが、なかった。
そんな悲しいこと、許せなかった。

飛ぶための魔力が足りなくなり、走る。
さつきの姿は目前。
なのはもフェイトもバリアジャケットはもう身に纏っていない。
せめて魔力を身体強化に回そうとするが、その程度の魔力は使用する前に消滅する。

渇いた大地が、空気が、二人の足音を響かせる。


最初にあの娘の眼を見た時、そこに宿る寂しさを、確かに感じていた筈なのに。
触れ合っていくうちに、薄れてしまっていた。お話できるようになっただけで、安心してしまっていた。
あの綺麗な庭園みたいな、笑顔の裏に、気付けなかった。

"分け合うこと"が、したかったことなのに……。
分け合うのは、寂しいを分けて欲しいってだけじゃないの。
嬉しいを、受け取って欲しいから。

どうか怖がらないで。

悲しいに惑わないで。

わたしは、さつきちゃんと、

「「友達に、なりたいんだ!」」





なのはとフェイト、二人の手が、胸元を搔き抱くさつきの手を取る。

枯渇した庭園は消えてゆき、世界は元の姿を取り戻していった。



[12606] Garden 第22話
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/10/21 02:35
「ごめんなさいね、暫くの間、フェイトさんからお手紙を送るのが難しい状態になってしまっていて。
 そうこうしているうちに、フェイトさんの裁判がひと段落して、地球に来れるようになったものだから。
 それで、どうせだからサプライズで地球まで向かっちゃおうって、私が提案したのよ」

「あはは……そうだったんですか」

アースラの休憩スペースで、リンディが片頬に手を当ててなのはに謝罪していた。
いきなり魔法世界の面々が駆け付けてくれた謎が判明したなのはは、引きつった笑いを浮かべる。

「フェイトちゃんと、さつきちゃんは」

心配げななのはに、リンディは安心させるように微笑む。

「二人とも、ぐっすり寝ているわ。どちらも目立った外傷は無いそうよ。
 フェイトさんは……詳しいことはしっかり検査してみないと分からないけれども、恐らくはリンカーコアが異常に縮小しているわ。
 でも、それもしばらく安静にしていれば大丈夫」

「そうですか……よかったです」

その返答になのははほっと一安心するが、表情は優れない。
当然だろう、彼女は、一から十まで何一つ把握できていないのだから。

「あの、一体、何が起こっているんですか。
 ヴィータちゃんや、シャマルさんは一体……」

「彼女達は闇の書の守護者だよ」

返答は、新たに部屋に入ってきた人物からもたらされた。
その声になのはが振り返ると、クロノがバリアジャケットも脱がないままにこちらに歩いてきていた。
クロノはなのはとリンディが座るテーブルの横に立つ。

「クロノ君」

「なのは、彼女達は人間じゃないんだ」

挨拶も何もなく、申告な顔のクロノから唐突に告げられた内容に、なのはは目を白黒させる。
そんななのはに、クロノは構わず続けた。

「そして、使い魔でもない。
 彼女達は、闇の書とその主を守るためにのみ存在する、魔法技術で生成された疑似人格」

なのはが聡くて、そして魔法理論やプログラムにも強いことを知っているから、混乱していながらもその内容は伝わるだろうと判断して。

「主の命を受けて行動する、ただそれだけのためのプログラムに過ぎない……はずなんだ」

クロノの考え通り、なのははその言葉の意味をある程度理解できたようで、信じられないとばかりに息を呑んだ。
考えを整理しようと視線をさ迷わせるなのはだったが、クロノはそれにも構わず、更に話を先に進める。

「だから、彼女達が消えたのは、あるべき所に戻ったに過ぎない。
 プログラムが実行されれば再び現れるだろう」

ヴィータ達は死んでしまった訳でも消滅した訳でもない、そのことを理解してなのはは、また一つ安心する。
だが、当然ながらこれだけでなのはの疑問が解消される訳ではない。

「闇の書……」

「ああ。先の戦闘で、彼女達が持っていた本のことだ。今は厳重に封印してあるよ。
 なのは、あれはロストロギア……それも、これまで幾多の世界を滅ぼしてきた制御不能の危険な魔導書だ。
 正直、その危険性は悪意を持って使用されたジュエルシードを上回る」

そして告げられたその情報が意味するあまりの深刻さに、なのはは再度息を呑む。
そして、何故クロノ達がこうもピリピリしているのかも理解した。
更に、クロノが伝えようとしてくれている話の重要性も。

「守護者たちは本来、純粋なプログラムにすぎないはずだ。
 確かに、意志疎通のための対話能力や人格を持たされているのは間違いない。
 でも主の命に逆らうことなど決してないし、主の命令や望みなしに行動するということは、過去のデータからは考えられない。
 ……考えられなかった」

険しい声で言うクロノは、傍目でも苦悩していることが分かる程だった。
黙ってクロノの言葉に首肯するリンディもまた、険しい表情をしている。

「でも、ヴィータちゃん達は」

そこでなのはは声を上げた。
話の内容の重大さを理解しているから。告げられた内容と、自分の見てきたことの違いを伝えようと。
先程のことだけではない。なのはがヴィータと触れ合ってきた日々から、そんな風には思えないと。
しかしクロノはなのはの発言にストップをかける。

「ああ、分かっている。僕たちが駆け付ける前の経緯もレイジングハートから受け取った。
 あのヴィータという守護者は、彼女自身の判断で、なのはを助けようと、自身の正体を晒したように見えた」

クロノはなのはの目を真っ直ぐに見つめて言う。
自分のこの態度は、決してなのはのことを軽んじている訳ではないのだと。
ただ、クロノには急がなければならない理由があるのだった。

「なのは、色々なことが急にあって、混乱していると思う。君から質問したいことも沢山あるだろう。
 そんな中でこのようなことを聞くのは本当に申し訳ないが、一刻を争うんだ。協力して欲しい。
 なのは、君は、守護者達の主に、心当たりはあるか」

クロノから告げられた話の内容。
闇の書の情報、守護者という存在、それらを飲み込んだなのはの頭に、一人の少女の姿が浮かぶ。

「はやてちゃん……?」










八神はやての家の上空で、シグナムとザフィーラが佇んでいた。
険しい顔の二人は、無言で宙を睨む。
唐突に、家の玄関から人の気配を感じた2人は、ハッとして顔を見合わせた。
急いで玄関の前へ降り立ち整列すると、物音がしていた玄関の扉が開く。

開いた扉の奥から、パジャマ姿のはやてが車椅子を漕いで現れた。

「主はやて」

「シグナム、何が起きてるん?」

開口一番、はやてはシグナムに詰問する。
はやてからは気丈な姿を見せようという意思を感じるが、その顔には隠し切れていない不安が現れている。

「闇の書が無い。
 ヴィータとシャマルが、感じられへん。
 なぁシグナム、一体、何が起きてるん」

誤魔化すことは許さないと、強い口調ではやてが問う。
シグナムはそれに、視線を逸らすことなく答えた。

「主はやて、申し訳ありません。
 我々が、時空管理局に捕捉されました」

息を呑むはやて。
その意味するところを、彼女は理解していた。

「っ! ……それで、ヴィータとシャマルは」

「管理局の魔導師と交戦し……敗北したようです」

「――そんな……」

敗北した二人の存在を、主である自分が感じることができない。
最悪が頭を過る。
はやてから血の気が引くが、もう一つ、彼女には絶対に尋ねなければならないことがあった。
気を強く持ち、更に強い口調で、それを問う。

「……それで、2人は何するつもりやったん」

「…………管理局の人間と、交渉を行うつもりでいました」

「なんて」

「我々が大人しく捕縛される変わりに、主はやてには干渉しないようにと。
 受け入れられない場合は、悉くを撃退します」

「………」

遂にはやてが俯き、黙ってしまう。
痛々しい主の姿にシグナムは胸を痛めるも、発言を撤回するつもりはなかった。
主とのやり取りをシグナムに任せているザフィーラも、はやてから視線を逸らさず、同じ意思であるということを示す。

「……あかんよ」

ややあって、はやてが口を開いた。
顔を上げ、シグナムの目を見つめ返す。

「管理局さんとの交渉は、わたしがする」

「!? いけません、主はやて!」

慌て、シグナムは反対する。
しかし、はやての意思は変わらない。

「主はわたしや。言うこと聞きぃ」

「――はっ」

言葉に詰まりながらも、シグナムは首を垂れる。
はやては自棄になっている訳ではない。しっかりした意思の元、そのようなことを言っている。
説得も無意味だ。

それまで強い口調だったはやてが、柔らかく微笑む。

「言うたやろ、わたし。
 闇の書の主として、守護騎士みんな、きっちり面倒見るって」

はやてが、空を見上げる。遠くの空に、幾人かの人影が見えた。

「ごめんなぁ、我儘な主で。
 ……いざという時は、お願いな」

震える声に、シグナムが意思を言葉に乗せて、応える。

「はい。御身を必ず御守りします」

近づいてくる人影に、緊張からか、はやては胸の奥に痛みを覚えた。
目が覚めた原因だった息苦しさが、どんどん強くなっていく。
血の気が引いていく。

流石におかしいと、そう気付く前に、はやては自身を襲う苦しみに胸元を抑えて蹲った。
平衡感覚がおかしくなり、悶え、車椅子から落ちそうになる。
主の異常に気付いたシグナムが、くず折れるはやてを慌てて受け止めた。

「「主はやて!」」「はやてちゃん!」

意識が落ちる前に、大切な家族と、自分の知る女の子の声が、はやての耳に届いた。










時は流れ、日が昇る。
海鳴大学病院へ運び込まれたはやては、体調は何とか安定し、現在は個室で眠かされている。
その日の朝早く、駆け付けてくれた石田先生にシグナムが呼び出された。
アースラからも様子をモニターされる中話を聞くシグナムは、信じられないとばかりに告げられた言葉を繰り返す。

「命の……危険……?」

「ええ……」

しかし、その言葉が覆ることはない。

「はやてちゃんの脚は、原因不明の神経性麻痺だとお伝えしましたが……。
 この半年で、麻痺が少しずつ上に進み始めていたんです。近頃は、それが特に顕著で……心配していたのですが。

 このままでは、内臓機能の麻痺に発展する危険性があるんです。今回の発作も、もしかしたら……」

話を聞いたシグナムから、まさか、と、血の気が引いてゆく。
浮かんだ予感が、考えを重ねる毎に、確信に変わっていく。

守護騎士達は、闇の書と主との繋がりから。
アースラ組は、病院の診断結果と艦の設備からのスキャン結果から、はやての状況を把握した。
そしてその結果は、両者共に一致していた。

はやての脚は、病気ではなかった。
闇の書の呪い。はやてが生まれた時から共にあった闇の書は、はやての体と密接に繋がっていた。
抑圧された強大な魔力は、リンカーコアが未成熟なはやての体を蝕み、健全な肉体機能どころか生命活動すら疎外していた。
そして、はやてが第一の覚醒を迎えたことで、それは加速した。
それは、守護騎士4人の活動を維持するため、ごく僅かとはいえ、はやての魔力を使用していることも、恐らくは無関係ではなかった。

そして、昨夜。
異常ともいえる状況に置かれ、普段通りの動作に不調をきたした闇の書が、主の体を急激に蝕んだ。
そのことが、今回のはやての発作の原因だった。



アースラの中、闇の書の守護者にあてがわれた一室で、シグナムは力の限り壁に拳をぶつける。
部屋の前に見張りはいるだろうが、今この部屋の中に限っては、シグナムとザフィーラしか居ない。

「何故、気付かなかった……!」

震える声を抑えられない程に抱く怒りは、自分へのもの。
もっと早くに、気付けた筈だった。
何か、何か少しでもそのことに気を配っていれば、気付いていた筈だった。

自分達が、主の命を奪っていることに。

「シグナム、我々に、できることは」

ザフィーラの言葉に、シグナムは意識を落ち着かせようと努める。
目を閉じ、考えを巡らせ、しかし、浮かぶ考えに、明るいものはない。

「……あまりにも少ない。
 闇の書が主の体を蝕むのは、主はやてが闇の書の真の担い手となれていないから。
 闇の書の頁を埋め、完成させることで、主が真の覚醒を得れば」

「主の病は消える……少なくとも、進みは止まる」

「ああ……だが、この現状では……」

そのタイミングで、唐突に部屋の扉が開く。
その先に居たのはこの艦の執務官、クロノ・ハラオウン。

「止した方がいい」

彼は開口一番そう言い、部屋に入ってきた。
シグナムはクロノに向き直る。

「主の安全はそちらに握られていて、残る守護騎士は半数、デバイスも封印されている。
 このような状況で反逆するほど、こちらも馬鹿では」

「ああ、そうじゃない」

シグナムの言葉を、クロノは首を振って止める。

「闇の書が完成すると、君たちの主は死ぬ」

続いたクロノの言葉に、シグナムとザフィーラは眉をしかめた。
あまりにも唐突なその言葉に、何を言い出すのかと。
そんな守護騎士達に、クロノは続ける。

「今までもずっとそうだった。
 闇の書は一種の時限爆弾だ。
 完成した闇の書はその強大な力を純粋な破壊にしか使えない。そして制御もできない。
 最後は主をも巻き込んで自滅する」

あまりにも聞く価値の無い内容。
シグナムとザフィーラからしたらそうでしかなかった。

「そのような世迷言、こちらが信じるとでも」

苛立ちを滲ませながらシグナムが詰め寄る。
ここまで、時空管理局の対応は誠実だった。
はやてを病院に連れて行くことも許されたし、石田先生との面談も許された。
自分達も酷い扱いを受けている訳ではないし、この後もはやてが目を覚ますまで病室で看病する許可も得ている。
正直、信じられないくらいの待遇だ。

しかし、そのような嘘で自分達を騙そうとしてくるのであれば、時空管理局に対して失望せざるを得ない。

「僕の父は」

そんな感情を見せるシグナムに、クロノは睨みつけるようにその目を見返した。

「11年前、闇の書の暴走に巻き込まれて死亡している」

シグナムが、目を見張る。

「このことに関して、嘘はつかない。
 父さんの生き様に、泥を塗ることはしない」

その顔立ちと、力強い視線に、シグナムは覚えがあった。ザフィーラも、何かに気付いたように、表情を動かす。
はやての前の主に仕えていた時に戦った、ひときわ強者であった青年。記憶に残るその面影を確かに、目の前の少年に見た。

「……元より、こちらの取れる手などもう1つしかない」

クロノから視線を逸らし、俯き、シグナムは言う。

「闇の書を破壊してくれ」

「……それもできない」

その要望に対してのクロノからの返答に、シグナムの苛立ちが更に募る。

「既に闇の書はお前達の手中だろう。
 そのまま封印するよりも、転生機能を封じて破壊した方が確実ではないか」

「……それで、闇の書の呪いから主を救うことができると、信じているのか。
 君たちは」

そんなシグナム達に対し、クロノはどこか哀れみを滲ませ、言う。

「ついて来てくれ。管理局の持つ、闇の書に関する記録を見せよう」










シグナムとザフィーラは、鬼気迫る表情でその情報を見ていた。
それは、先程クロノから告げられた言葉が正しいことを裏付ける内容のもの。
それに加えて、更に残酷な事実も記されていて。
シグナム達の顔は青く、信じられないと、信じたくないと、どこかに綻びがないかと、それらの記録を追う。

しかし、時間をかければかける程に、それらの記録の信憑性は増していくばかり。
自分達を謀るために用意したにしては、あまりにも精確なそれらの情報。
そして何より、今の今まで疑問にも思わなかった、”何故か闇の書が完成した後の記憶がない”自分達の記憶と、それらの情報に、矛盾がない。

「私達は、闇の書の一部だぞ……!」

藁にも縋るように、ザフィーラから呻き声のような声が漏れる。
闇の書の知識に関して、自分達こそが正しいものを持っている筈だと。

「闇の書の一部だからこそ、じゃないのか」

その悪足掻きも、背後からのクロノの声にバッサリと切り捨てられる。
自分達も薄々感付いていた事実を、突き付けられる形で。

「聞くが、このような記憶を持ったままで、次の主の下でも同じように闇の書の完成を目指すのか。君たちは」

シグナムもザフィーラも拳を握り、テーブルに項垂れ、肩を震わせる。

「君たちの主を救う方法は、力の限り探そう。
 こんな状態の闇の書を確保できたのは初めてのことだ。
 管理局としても、闇の書を再び転生させる訳にはいかないから」

彼らの目の前のモニターには、闇の書に関する基本的な情報が未だ映し出されている。
クロノは視線を上げ、もう何度見たか分からないそれらを眺める。
シグナム達を打ちのめしたそれらの情報。

闇の書。

魔力を収集することで頁を埋め、666の頁を埋めることで完成するロストロギア。

本体が破壊されるか所有者が死ぬかすると、白紙に戻って別の世界で再生。

次元世界を渡り歩き、守護者に守られ、魔力を食らって永遠を生きる。

破壊しても何度でも再生する、停止させることのできない危険な魔道書。

ここまでは、立場の違いによる表現のずれはあれどシグナム達の知識と相違ない。
問題なのは、その続き。

完成した闇の書はその力を純粋な破壊にしか使ず、主にさえも制御できなくなる。

そして、

闇の書本体が破壊された時、別の世界に転生するその前に、その時の主は闇の書に喰らい尽くされ死亡する。
闇の書の転生を防ぐ方法は、未だ発見されていない。

「主……はやて……っ!!」

震えるシグナムの声が、力なく響いた。















あとがき
ちょっと昼に更新できなさそうなのでこの時間!



[12606] Garden 第23話
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/10/22 21:49
ギル・グレアム提督という人物がいる。
彼は時空管理局顧問官であり、クロノの恩師。
フェイトの裁判に尽力してくれた人物であり、フェイトの保護観察官。
そして……八神はやての現在の保護者。

父母を亡くし天涯孤独となった八神はやてを引き取り、遺産の管理等を一手に引き受け、
必要とあらばあらゆる支援を行いはやての生活を支えていた、グレアムおじさんその人だ。

彼は、はやてが闇の書を所持していることを知っていた。
知ったからこそ、彼女を引き取ったと言ってもいい。

ギル・グレアムは、11年前の闇の書事件の担当者だった。
当時の彼にはクライド・ハラオウンという名の部下がいた。
クロノ・ハラオウンの父、そしてリンディ・ハラオウンの夫である。
彼らは艦長としてそれぞれ艦を率いて事件に当たった。

そして、確保した闇の書を厳重に封印の末、クライドの艦で護送していたところ、闇の書が艦の機能を乗っ取り暴走したのだ。
闇の書の暴走はそれだけでも次元世界の危機だ。
それに加え、艦の主砲・アルカンシェルは百キロ単位の地区を巻き添えにする反応消滅砲である。
艦の機能で次元跳躍攻撃として使用されては、その被害は計り知れないことになる。

クライドは艦の乗組員を避難させた後、一人コントロールルームで闇の書の妨害をしていた。
ギル・グレアムは、通信の切れたクライドの艦に向かって、自身の艦に搭載されているアルカンシェルを打ち込み、その全てを消滅させるしかなかった。

その後、グレアムは闇の書を完全に封印する方法を探し出すことに腐心した。
そして、遂に見つけ出したのだ。

闇の書がその頁を埋め、暴走を開始するその瞬間。
その瞬間に、”主ごと”凍結封印を行えば、闇の書の転生機能は働かない。
闇の書の転生を防いだ上で、封印することができると。

八神はやてを、闇の書の最後の犠牲者にする。
せめて永遠の眠りにつくまでは、幸せな時間を過ごして欲しいと、できる限りの支援をして。
何も知らないまま、自分のことを慕う少女に心を痛めながらも。
その決意が揺らぐことは、なかった。

そんな彼女が住まう世界で、ロストロギア事件が発生したと聞いた時、彼は肝を冷やした。
管理局は当初、そもそもロストロギア事件だという認識すらなかったため、グレアムに情報が届くのも大いに遅れていた。
全く想定していなかった事態だったため、手回しすることもできなかった。

事態を解決した提督が旧知の仲だったというのもあり、詳しく話を聞くと、保護した少女の裁判が終わり次第地球に戻り、何者かを探すという。
はやてが覚醒する前ならまず問題はないが、覚醒してしまってからだと問題だ。

守護騎士とその主が在籍している世界で、管理局員が何者かの捜索をするなどということは極力防ぎたい事態だった。
万が一の可能性も十分あり得る上に、確実に守護騎士達を不必要に刺激することになる。
八神はやてがいつ魔導師として覚醒するか分からない以上、できるだけ早く件の少女の裁判を終わらせようと力になった。

その一月後、はやてが魔導師として覚醒した。

せめて、守護騎士達が蒐集活動を始める前にと、更に頑張った。
予め把握していた弓塚さつきの居場所を捜索が広がる前にそれとなく伝えれば、特に問題はなくなる筈だった。

いつの間にか高町なのはと守護騎士が顔見知りになっていた。

フェイトの裁判終了祝いとして高町なのはも含めてミッドチルダ旅行をプレゼントすることで何とかしようと計画した。

弓塚さつきが守護騎士に殺されてしまった。

リンディ達の弓塚さつきの捜索に終止符を打てなくなった。
計画が崩壊した。

弓塚さつきが生きていた。

計画が復活した。

よりにもよって、裁判を終えたフェイト達が地球に到達するその日に、守護騎士が守護騎士としての姿をなのはの前に表した。

現場の使い魔の機転も、無駄に終わった。

そして、闇の書がアースラに捕獲された今。
彼らは、強攻策に出る必要に駆られていた。










はやてが目を覚ますと、そこは自分の家ではなく、しかしどこか見慣れた場所だった。

「ここは……?」

「海鳴大学病院です、主はやて」

気だるい体に、霞がかった思考で出た疑問の声に、返事があった。

「シグナム……」

その声の主であるシグナムの姿を見て、はやては思い出す。

「!? 皆は!? 管理局は!?」

慌てるはやてだが、その声も、その動きも弱弱しく。
そんな主を落ち着くように押しとどめ、シグナムは空中に視線を向けた。
その先では、管理局がアースラでこちらの様子を見ている筈だった。



はやてが目を覚ましたと連絡を受けた看護師が、病室から退出して少しした頃。
はやての病室に来客が訪れる。

緑色の髪をした、長髪の見知らぬ若い女性。
はやての緊張と不安の合わさった視線を受けて、その女性は柔らかな物腰で話始めた。

「八神はやてさん、こんにちは。
 私はリンディ・ハラオウンと言います。
 今地球に来ている時空管理局員の中では、最高責任者にあたる人間よ」

「管理局の……」

慌てて体を起こそうとしたはやてを、リンディが止める。

「無理しちゃ駄目よ。寝たままで、ね?」

そう言われてもと困るはやてに、シグナムがベッドの背を軽く立たせた。
はやてがそれに背を預けると、リンディはベッドの脇の丸椅子に座る。

まずはやてにとって一番気がかりであろう部分から、リンディは話し始めた。

「ヴィータさんとシャマルさんは、闇の書の中に還ったわ」

「そんな……」

ただでさえ悪いはやての顔が、更に青くなる。
はやては慌てて口を挟んだ。まだ残っている者達だけでも、どうにかして護ろうと。

「この子達は、この世界では何もしてないんです!
 ただ、皆で暮らしてただけなんです!」

「ヴィータさんとシャマルさんのことは、こちらにとっても想定外のことだったの。
 シグナムさんとザフィーラさんについても、今すぐにどうこうしようという意図はありません」

そう言いつつリンディが手のひらを返すと、空中にモニターが現れた。
そこに映るザフィーラは、清潔感のある部屋でこちらを心配そうに見つめていた。

「ザフィーラ」

≪主はやて、我らは大丈夫です≫

名前を呼ぶはやてに、ザフィーラからの思念通話が届く。
はやてがシグナムに視線を向けると、シグナムも頷く。

はやての張りつめていた緊張が、少しだけ緩んだ。

「ただ、闇の書については、私達も見逃す訳にはいかないの」

しかし、続くリンディの言葉にはやてを再び不安が襲う。
そんなはやてを落ち着かせるように、リンディが告げた。

「八神はやてさん、今は体を休めてください。
 近日中に、然るべき場を必ず用意します。
 時空管理局の提督として、今代の闇の書の主であるあなたとの話し合いに応じましょう」

リンディの言葉に、シグナムが続く。

「主はやて、既に、彼女とは幾度か言葉を交わしております。信用してよいと、私は感じました。
 私も、主が体を休めている間に、取り返しのつかないことにはさせません」

その言葉に、はやては不安は消えずとも、一先ずは落ち着く。
「わかりました」とはやてが返したところで、リンディが次の話題を切り出した。

「はやてさん、もしよろしければ、私達の艦の医療施設に移っていただけないかしら。
 あなたの病気について、魔法技術の観点からも力になれるわ」

「……監視しやすいし、いうことですか」

不信感いっぱいのはやての返しにも、リンディの表情は揺らがない。

「心が休まらないというのであれば、拒否していただいても構いません。
 ただ……申し訳ないのだけれど、この病室も、艦の方でモニターさせてもらっていたわ。
 監視という観点では、そう違いというものは無いわね」

むしろ監視していることを暗に認めていた。
リンディははやてに対し、真摯に嘘偽りない対応をする心づもりだった。
彼女の体の真実については、今の状態の彼女に話せるような内容ではないが。
はやての体が回復してから、用意した場で、それらの情報も伝えることになるだろう。

はやてはシグナムに視線を向け、再びシグナムが頷く。

「……分かりました。お世話になります」










はやてを病院からアースラに受け入れるための手続きを終わらせた後、リンディはフェレット状態のユーノを伴って高町家に訪れた。
なのはの家族へ挨拶をするためだ。
訪問の予定はなのはを通して伝えてある。

なのはは昨夜、朝日が昇る前に家に帰されたため、結局詳しい話を何も聞けていない。
倒れてしまったはやてのことも含めて色々と気を揉んでいる筈なので、そちらについてもリンディのやるべきことだった。

リンディがチャイムを鳴らすと、その機械から返事が来るよりも早く、念話が飛んできた。

≪リンディさん≫

≪なのはさん、お待たせしてごめんなさいね。
 一先ず、はやてさんは大丈夫よ。詳しい話は後ほど、アースラでしましょう≫

チャイムの向こうから桃子の声が響く。

「はーい」

「失礼します、高町さん。
 リンディ・ハラオウンです」

チャイム越しにリンディが桃子との会話を始めると、なのはとの念話をユーノが引き継ぐ。

≪なのは、僕も来てるよ≫

≪ユーノ君!≫

≪僕も把握している程度のことなら、少しだけどリンディさん達の話の間に伝えられるから≫

≪うん、ありがとう。
 昨日も、助けに来てくれて≫

≪ううん、いいんだ。間に合ってよかった≫

そうして始まった高町家での歓談。
士郎、桃子、恭也、リンディで話をしている間に、なのは、美由希、ユーノは別の部屋で遊んでいるという形になった。

美由希が久しぶりに会うユーノに夢中になって、
ユーノがもみくちゃにされながらもなのはに念話で現状を説明していった。

≪フェイトとさつきだけど、二人ともまだ眠っているよ。
 危険な状態ではないんだけど、二人とも、消耗が相当激しいって。
 あと、フェイトにはリンカーコアの縮小が見られていて、暫くは安静だってさ≫

そんなユーノの報告に、なのはは予め聞いていたリンディの見立てが合っていたことに安心しつつ、それでもやっぱり2人を心配したり。
ロストロギア闇の書とその守護者について、少しだけ詳しい話を教えてもらったり。

≪666の頁を、魔力を奪って、集める……≫

≪うん、そして守護者は、そのサポートプログラム≫

≪でも、ヴィータちゃんとシャマルさん、あの時……≫

―― 闇の書が、勝手に頁の蒐集を!

―― なっ、それは駄目だ!

≪……残りの守護者は、今はアースラに居るから。
 彼らからも、話を聞ける筈だよ、なのは≫

≪うん……≫

そうして、ユーノにメロメロな美由希がユーノに頬ずりをしたり抱きしめたりグルグルしたりとやりたい放題な間に、なのははアリサとすずかにメールを送る。
 
『さつきちゃんとはちゃんと会えたよ。
 今度こそ本当に大丈夫。
 ちゃんとお話しできると思う。

 それと、フェイトちゃんとユーノ君がこっちに来たの。
 今、フェイトちゃんが体調を崩しちゃってお休みしているんだけど。
 元気になったら、二人も会ってあげてほしいな』


やがて大人組の話も終わり、リンディとなのは(とユーノ)を見送りに全員が玄関へと集まった。
なのはは体調の優れないフェイトの傍にいてあげたいという理由で、リンディのところに泊まらせてもらうと皆に伝えてある。

「それでは、リンディさん、なのはのこと、“くれぐれも”よろしくお願いします」

「はい、必ず」

「……?」

やけにかしこまった様子の士郎とリンディのやり取りに、なのはが首をかしげる一幕もあり、

「なのは、頑張ってこい」

「いってらっしゃい、なのは。フェイトちゃんとユーノ君によろしくね」

「うん!」

恭也と桃子の見送りの言葉に、なのはが元気に返して、

「ユーノぉ~。また来てねぇ~」

「きゅー……」

美由希の名残惜し気な声に、ユーノが困ったように鳴いて。

「じゃあ、行ってきます!」

なのはは高町家を後にして、再びアースラへと向かった。










アースラに着いたなのはは、人の姿に戻ったユーノと共にリンディとテーブルを囲っていた。

「改めて、色々と説明が遅れてしまって、ごめんなさいね」

「いえ……大変なことが起こっているんだって、分かってますから」

「ありがとう……。特に闇の書となると、ちょっとね。
 それではなのはさん、昨晩話せなかったことと、新しく分かったこと、なのはさんにも伝えさせてもらうわね」

リンディが伝えるのは、管理局の把握している闇の書のデータと、八神はやての現在の状況。
はやてと守護者達と顔見知りであったなのはには、知る権利があるとリンディは判断して、それらを伝えた。

はやての命が今現在も危険にさらされていると、そう聞かされて、当然ながらなのはは動揺する。

「そんな、はやてちゃんが……」

「幸いにも、はやてちゃん本人と守護者に積極的に闇の書を完成させる意思がないから、今すぐにってことは無いけれど。
 でも、闇の書の呪いからはやてさんを救う方法は、まだ見つかっていないの」

「……そう、なんですか……」

「ごめんなさい、なのはさん。
 はやてさんを救う方法は、今全力で探してもらっているわ」

リンディの言葉に、なのはは頷く。
今ははやてもこの艦にいるということから、後で会いに行こうと考えて。

「あとは、なのはさんから尋ねたいことはあるかしら」

一先ず伝えなければならないことは伝えたようで、リンディはなのはにそう振った。
振られたなのはは、疑問に思っていたことを口にする。

「あ、ヴィータちゃん達の使う魔法、ちょっと変だったと思うんですけれど、あれは……?」

「ああ、あれは古代ベルカ式の魔法ね」

「古代、ベルカ式?」

オウム返しにしたなのはに、今度はユーノが説明を加える。

「僕たちが使っているのが、ミッドチルダ式って言われている魔法体系。
 ベルカ式は、遥か昔ミッドチルダ式と勢力を二分していた魔法体系なんだけど、今は廃れちゃっているね」

続きを、リンディが引き継いだ。

「アームドデバイスと呼ばれるデバイスそのものを武器とする、対人特化の魔法体系。
 その中でも優れた使い手は騎士と呼ばれるわ。
 だから闇の書の守護者達には、ヴォルケンリッター……守護騎士って呼び名があるの。

 遠距離や広域攻撃をある程度度外視している分、取り回しの良さと近接戦闘における強力さは先の戦闘の通りよ。
 どうしても物理攻撃になってしまうから、非殺傷設定が使えないのよね」

そして、ユーノが捕捉を入れる。

「その最大の特徴は、カートリッジシステム。圧縮魔力を込めた「カートリッジ」をデバイスの中で炸裂させるんだ。
 それによって瞬間的に圧倒的な魔力と破壊力を生み出す。
 デバイスであり武装でもあるアームドデバイスだからこそ組み込めるようなシステムで、
 もしミッドチルダ方式のデバイスに組み込んだら、余程繊細な魔力操作で制御しないとデバイスが内側から破壊されかねない危険なものだよ」

それらをへーと感心した様子で聞いていたなのは。あのガシャコンはそういうことだったのかと納得顔。
なのはは次いで、もう一つ気になっていたことを尋ねた。

「それと……あの、さつきちゃんの創った空間は……」

あの、胸が締め付けられるような、哀しい世界。
さつき本人から聞く前に、何か聞けるだろうかと尋ねた結果は、ある意味予想通りだった。

「……ごめんなさい、まだ何も分かっていないわ」

「そうですか……」

そうして、話があらかた終わった頃、リンディの眼前にモニターが現れる。
モニターにはエイミィが映っており、リンディに用事があるようだった。

『すみません艦長、今よろしいでしょうか』

「ええ、いいわよエイミィ」

『フェイトちゃんのデバイスの修理パーツ、届きました。
 それと、それらを運んできて下さったのがグレアム提督で。お話がしたいと』

「あら、来てくださったのね。
 ええ、お通しして」

エイミィの映るモニターが消える。
リンディは「じゃあ自分達はそろそろお邪魔しようか」といった雰囲気を出しているユーノ達を制止した。

「なのはさんも、一度会っておくといいかもね」

「へ?」

「グレアム提督、今回のフェイトの裁判で凄く協力してくれた人なんだ。
 それで、今はフェイトの保護観察官でもある。
 クロノからは、歴戦の勇士だって聞いてる」

「へぇー」

そういうことならと、なのは達がその場で待つことしばし、立派な口ひげを蓄えた壮年の男性が2人の使い魔を連れてその場に現れた。
素体が猫であろう女性の使い魔2人を、ユーノが≪リーゼロッテさんと、リーゼアリアさん≫となのはに念話で紹介する。
リンディはその男性、ギル・グレアムを席を立って出迎えた。

「駆け付けてくださり、ありがとうございます」

「フェイト君の保護観察官だからね、私は」

重みのある、優しい声音の男性だった。

「それにこの地球は、私の故郷だ」

「そうでしたね……」

「そして、闇の書ともなれば、飛んで来ない訳にもいかん」

「はい……」

「……すまない」

「いえ。……因果なものですね」

「ああ……。本当にな」

神妙な顔で話す2人。
2人の邪魔をしないようにと大人しくしていたなのはとユーノに、グレアムが顔を向ける。

「それで、そちらの彼は……ユーノ・スクライア君だったね」

「お久しぶりです、グレアム提督」

「ああ、久しぶりだね。
 それで、そちらのお嬢さんは……?」

「初めまして。高町なのはです」

「ああ、君が。話には聞いているよ。よろしく」

グレアムが手を差し出し、慌ててなのはが握り返す。
力強い、がっしりした手だった。










とある一幕。

「あっ……、」

「高町なのは、この度はすまなかった」

「シグナムさん……いえ。事情は、教えてもらいました。
 護りたかったんですよね、はやてちゃんのこと」

「………」

「えっと……それと、ザフィーラちゃ……ザフィーラさ……」

「……できれば、ちゃんはよしてもらえると助かる」

「あ、はい」















あとがき

なんかいきなり寒くなったんだけど秋お前どこ行った……?



[12606] Garden 第24話
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/10/26 12:37
次元空間に昼夜は無いが、時間的には人によっては寝静まるくらいの時間帯になった頃。
アースラの一室で、陰鬱とする気持ちを抑えて体を休めていたシグナムとザフィーラは、唐突に立ち上がり扉の方を注視した。

油断なく見つめる二人の先で、外側から扉が開く。
開かれた扉の先には、仮面を付けた白い服の男が2人、立っていた。
男達の様相は、鏡映しのように瓜二つ。
その人物達の姿は、ヴィータの前に現れた者と全く違いはない。

その者達の足元には、シグナム達の見張りをしていたこの艦の武装局員が2人、倒れ伏していた。
争いの音は無かった。

更に彼らの片方の人物が手にしている物に、シグナム達は警戒と困惑の度合いを上げる。
その手には、管理局員が厳重に封印、保管している筈の闇の書とシグナムのデバイスであるレヴァンティンが握られていた。

一人は廊下の見張りも兼ねているのか、扉付近に佇んだまま、闇の書とレヴァンティンを持つ方の人物が前に出てくる。

「剣の騎士、盾の守護獣」

身構えるシグナム達の前に立ったその人物は、手に持つそれらを二人に向かって突き出した。

「受け取れ。主を連れて、脱出しろ」

しかしシグナム達は手を伸ばさない。
動かない守護者に、仮面の男は更に言葉を続ける。

「闇の書の主を匿う場所は、我々に用意がある」

目の前の男を睨みつけながら、ようやくシグナムが口を開く。

「貴様ら、何を考えている。何者だ」

「ふん、お前達にそのようなことを気にしている余裕があるのか?」

対する仮面の男は、シグナムの問いを嘲るように切り捨てる。
だがシグナムは、そんな仮面の男に嘲笑で返した。

「生憎だな。今の我々には、その行動の先に見える未来が無い」

「……くっ、守護騎士ともあろうものが、腑抜けたか!」

苛ついたような声が仮面の男から飛び出す。
両者の間の緊張感が高まり出したその時、唐突に仮面の男の持つ闇の書が光を放った。

《Reparatur Wolkenritter》

「何だ?」

仮面の男が困惑の声を上げる。
周囲に2つの、ベルカ式の魔法陣が展開される。
赤色の魔法陣と、緑色の魔法陣。それぞれの魔法陣から、ヴィータとシャマルの姿が現れた。

周囲が困惑している間に、ヴィータはレヴァンティンを、シャマルは闇の書を、仮面の男から取り上げる。
2人がそのままシグナムとザフィーラに対面するように移動すると、ヴィータはシグナムにレヴァンティンを突き出した。
ヴィータが口を開く。

「シグナムとザフィーラが何に絶望してるのか、こっちも大体分かってる。
 その上で言う。はやてを助けるぞ」

シグナムは困惑と、そして期待と共にレヴァンティンをヴィータから受け取る。

「助ける方法が……?」

「あるわ」

ザフィーラの問いかけには、シャマルが答えた。
シャマルは闇の書を開くと、それを両手で支えてシグナム達に差し出す。

「情報を送るから、二人とも、闇の書の頁に手を置いて」

露わになった両の頁のそれぞれに、シグナムとザフィーラが手のひらを乗せる。
闇の書が淡い光を放ち、シグナム達も、同様に自身の魔力光を淡く纏う。

仮面の男たちは想定外の事態に困惑しながらも、自分達の思惑に近い展開に進みそうな空気を感じ取り、その様子を見守っていた。



――唐突に。

仮面の男達が、床から飛び出した無数の白い魔力刃に貫かれた。

「くっ!!?」

魔力刃自体にダメージは無い。
しかし、貫かれた部分が、空間毎縫い留められたように動けなくなる。

「あ゛あ゛っ!?」

「アリア!」

シグナム達の近くまで寄っていた仮面の人物が、背後から聞こえてきた仲間の苦悶の声に首だけで振り返る。
いつの間にか移動していたシグナムの手によって、扉近くに陣取っていた仮面の人物が魔力の蒐集を受けていた。

変身魔法によって化けていた仮面を被った男の姿が崩れ、猫耳と尻尾を携える女性の姿が露わになる。
そこにいたのは、ギル・グレアムの使い魔の片割れだった。

後回しにされた方の仮面の人物――リーゼロッテは歯噛みする。
何がどうしてそうなったのか分からずとも、最悪の展開になったことは分かった。
しかし拘束を解くことは叶わず、最早成すすべもなく。
リーゼアリアからの蒐集を終え、シグナムからシャマルに渡された闇の書によって、次は自分が餌食になるのを待つばかりであった。

闇の書をシャマルに渡した後、シグナムは開けられたままの扉から廊下の様子を伺う。
今シャマルに魔力を蒐集されている使い魔達がどれ程上手くやったのかは知らないが、いい加減限界だったのだろう。
艦内の異常に気付いた者、それに加えこの部屋での不穏な物音に気付いた者が集まってくる気配がした。

その者達が部屋の前に集う瞬間に、シグナムから合図を受けたザフィーラが動く。

「ぬおおおお! 『鋼の軛』!」

「なぁっ!?」

廊下のいたるところに展開される白色の魔法陣。
そこから飛び出した魔力の刃が、駆け付けた数名の局員を縫い留める。
手狭な空間は彼の独壇場だった。

シグナムは駆け付けた人物の一人に目を向ける。
彼女の視線の先には、物音を聞いて飛び出してきた、パジャマ姿の高町なのはの姿。
彼女にだけは、ザフィーラの刃は当たっていない。

シグナムは徐になのはに近づく。

「シグナムさん……?」

「騎士の風上にも置けぬ行動、罵ってくれて構わない」

「えっ……きゃあ!」

シグナムがなのはの腕を掴み、引き上げる。
唐突な乱暴に反応が出来なかったなのはを、シグナムがシャマルに突き出す。
突き出された先で、既にシャマルは闇の書を広げて待機していた。

《Absorption》

なのはの意識が、闇に落ちた。










なのはが目を開けると、そこは一面闇の空間だった。
不思議と、真っ暗で何も見えないという感じはしない。ただただ、闇が、どこまでも続いているような空間。

なのはは不思議に思う。
自分が、フェイトやさつきと同じように闇の書に吸収されたのは分かっていた。
しかし、聞いていた話とは周囲の様子がまるで違う。服装も、パジャマ姿のまま変わっている訳ではない。

なのはの前には、一人の若い女性の姿をした者が立っていた。
なのはの知る人物ではない。
輝くような白髪を腰より下まで伸ばし、釣り目の中の赤い瞳は、優しくなのはを見つめている。

「あなたは……?」

なのはがその女性に問う。

「私は、この魔導書の管理人格」

儚げな声で、女性が答える。
なのははその意味するところを、正確に捉えることができた。

「つまり……、闇の書、さん?」

「……そうだ」

若干言い淀む気配がありつつも、なのはの認識を女性は肯定する。
その肯定を聞いたなのはは勢い込んだ。

「あの、闇の書さんなら! お願いがあります!」

「……無理だ」

「えっ」

しかし、なのはがその内容を言う前に、管理人格はそれを否定した。
なのはの望みが何なのか、分かっていると言外に示し、管理人格はその続きを口にする。

「この魔導書に発生している致命的なバグは、既に私の制御できるものではなくなってしまっている。
 今までも、わたしは、わたし自身が主を喰い殺していくのを見ていることしかできなかった」

「……っ」

管理人格の釈明に、なのはは息を呑む。
その内にあるのは、酷な願いをしようとしてしまったことへの申し訳なさと、事態の悪さを再認識したことによる失望。
しかし管理人格の言には続きがあった。

「だが、希望は見つかった。
 今代の主は、救える可能性がある」

「……そのために、シグナムさん達は?」

なのはの言葉に、管理人格は頷きで返した。

「そのために、あなたには人質になってもらっている。すまない」

「……!」

「しかし、あなたをここに呼んだ目的はそれではない」

息を呑むなのはに、管理人格は続ける。

「高町なのは、あなたには感謝している」

身に覚えのない唐突な言葉に、なのはは困惑する。

「主の友人になってくれて、ありがとう」

「……はい」

しかし続く言葉に込められた万感の想いを感じて、なのははそれに、頷きを返した。

「主は、ずっと、一人だった。騎士達が目覚める前から、わたしはあの子を見ていた。
 月村すずかと出会って、アリサ・バニングスとあなたに受け入れられて、主がどれ程救われたかを知っている」

管理人格の独白を、なのはは黙って聞く。
なのはには、目の前の女性がどのような気持ちではやてを見守っていたのかなんて、到底推し量ることはできなかったけれど。
自分がどれ程感謝しているのかを伝えたいという管理人格の気持ちは、伝わっていた。

「だから、礼をしたいと思った」

「お礼?」

なのはが首をかしげる。
目の前の存在からのお礼というものに、全く見当が付かなかった故に。

すると、周囲の空間が、淡く光り始める。
周辺が霞みがかり、何らかの景色が現れ始める。
次いで、管理人格の姿が、淡く透けていく。

なのはが慌てて何か行動を起こす前に、変化は終わった。
管理人格の姿は既に無い。
周囲の景色は、見知らぬ町に変わっていた。

一軒家が並ぶ、マンションやアパートがひしめいている訳ではない程度の、落ち着いた住宅街。
その道の真ん中に、なのはがポツンと、パジャマ姿のまま立っている状況だった。

「ここ……」

『弓塚さつきの記憶だ』

「……!」

思わず呟いたなのはの言葉に、虚空から管理人格の声が答える。

『私は、吸収した者にユメを見せることができる。
 その者の望む、優しいユメを。
 その者の、記憶を元にして』

それを聞いて、なのはは状況を理解した。

理解したとて、どうするべきなのかの判断が咄嗟にできる訳もない。
急いで身を隠すべきなのか、勝手に人の記憶を覗くなんてできないと、管理人格に訴えるべきなのか。
混乱する思考のまま、なのはは慌てて周囲を見渡して……自身の隣を横切る、その人物が目に留まった。

歳の頃はなのはの兄姉と同じくらいだろうか。茶色の髪を頭の後ろで二房に結ぶ、小顔にクリッとした目をした整った顔立ちの女性だった。
その女性は、真昼間にパジャマ姿で突っ立っているなのはの姿がまるで見えていないかのようになのはの横を通り過ぎた。

「綺麗な人」

普段から見目麗しい人物達に囲われて過ごしているなのはからついそのような感想が零れたのは、
なのはが普段触れ合っている人達を美しいと表現するならば、この女性は可愛らしいと表現する方がしっくりと来るその雰囲気からか。

『あれが、人間だった頃の弓塚さつきだ』

「……ええー!!?」

虚空から聞こえてきた解説に、なのはが驚愕の叫びを上げた。





なのははその世界では、他の者に認識されることはなかった。
人やモノに触れられることはなくすり抜け、空を飛ぶこともできた。
さつきの記憶であるため、さつきの周辺からは離れられなかったし、さつきから見えていない壁の向こうは真っ暗だったりした。
そんな空間で、なのははさつきの過去を目にする。

始めは、ただの女子高生だった。
とある男の子に振り向いて欲しくて努力していたら、いつの間にかクラスの人気者になっていた、そんな日常を生きる普通の女の子。
それが終わったのは、好奇心に負けて夜の街に繰り出した日のこと。
気になる男の子に関係する噂の正体を、もしかしたら確かめられるかも程度で起こしたその行動の結果は、突然襲ってきた人としての死だった。

なのはは、それを見ていた。

夜の街で目を覚まして、自分に何が起こったのかも分からないままに、体を襲う苦痛に悶える様も。
何も分からぬまま、吸血鬼としての衝動に負けて、人を惨殺してしまう様も。

あまりにも残酷な光景は、何が起こっているかは分かる程度に、管理人格が手を加えてはいたが。
なのはは、その光景から、目を逸らさなかった。
もう逃げないって、そう決めたから。

血を飲まないと体が痛くて、血を飲んでも体が受け付けないこともあって、人を殺す度に感覚が麻痺していって。
変わってしまった自分が怖くて、変わっていく心が怖くて、そんな現実を認めるのが怖くて、独りぼっちが寂しくて。
あの男の子なら分かってくれるかも知れないと、そんな希望を抱いて。

自分と同じになって欲しくて、その男の子を殺そうとして。

ころせなくて。

そして、生まれ育った場所から、逃げるように離れた。

吸血鬼を狩る人々から逃げ続け、魔に関わる人達と巡り合い。
タイムリミット付きではあっても人間の肉体という新しい入れ物を手に入れ、世界を移動させてもらって。
そして、海鳴へやって来た。

その記憶を、なのははさつきの傍らで、見続けた。



なのはの様子を見守っていた闇の書の管理人格が、ふと、目を閉じる。

「……外も終わった。
 これだけの頁が集まれば、わたしも外で活動できる」

その体から、白く淡い魔力光が立ち上る。










アースラの中、八神はやてに割り当てられた病室に、守護騎士達は入っていく。
その姿は皆ボロボロで、纏う騎士服も穴が開いていたり千切れていたりと傷みが凄まじい。
明らかに激闘があったであろうその出で立ちだが、今現在アースラの中は随分と静かだ。
物音はしないこともない。ろくに動かない体で、それでも何とかしようともがいている局員が、まだどこかに居るようだった。

病室のベッドの上、先程までアースラ内で戦闘音や振動などが発生していたにも関わらず静かに眠っている八神はやての前に、守護騎士達は整列する。
シグナムが一歩、前に出た。

「申し訳ありません、我らが主。我らは、あなたとの誓いを果たせませんでした。
 此度のことも、あなたは知れば止めていたでしょう。
 我らの不義理を、お許しください」

シグナムが、伝わることのない謝罪を口にする。
物言わぬはやてを見つめながら、ヴィータが手を、ぎゅっと握った。

「これが上手くいったらさ、あたしたちもう、はやてに会えないんだよな」

ヴィータの口から、言うまいと思っていた筈の心の内が零れる。
ザフィーラが、隣に立つヴィータにちらりと視線を移し、再びはやてに向き直った。

「かの人形師が、どれ程の御仁かは計り知れぬが……。
 主は死んだと闇の書が判断する可能性は、高いだろうな」

ザフィーラの言葉に、ヴィータは頷くことも返事を返すこともなかった。
ただ、背筋を伸ばして、しっかりとはやてに向き直る。

シャマルが、闇の書を携えて、前に出た。
彼女が掲げた闇の書が、ひとりでに浮かび、はやての胸の上で浮遊する。

《Einklang》

闇の書が輝き、はやてが光に包まれる。
光の中で、はやての体格が変わっていく。
脚も背丈も、髪も伸び、漆黒の騎士服を身に纏う。
姿の変わったはやてが目を開くと、その瞳は赤く染まっていた。
動かなかった筈の脚で医療施設の床に降り立ったその姿は、なのはが闇の書の中で邂逅した闇の書の管理人格のものだった。

「ユニゾンに問題はない。騎士達よ、よくやってくれた」

管理人格の声が、その口から発せられる。今はやての体を動かしているのは、闇の書の管理人格だ。
守護騎士達は頷きを返すと、無言で左右に別れて道を空けた。
管理人格がそこを通り先を進むと、守護騎士達もその後に続く。



一同が向かった先は、アースラのコントロールルームだった。
その部屋は、先程までの激闘で至るところが破損していた。

床には局員達が倒れ伏し、中には意識がある者もいるものの、その者達もリンカーコアを限界まで搾り取られ、身じろぎしかできないでいる。

コントロールルーム内を一望できる高台に、闇の書の管理人格は歩を進める。

「この艦の動力、借りるぞ」

管理人格が手を掲げると、ルーム内のモニターに一斉に光が灯り、機器が稼働する。
アースラが、揺れだした。

守護騎士達が入ってきた扉の向こうから、誰かが倒れるような物音が響いた。
守護騎士達が扉に向き直り、管理人格を護るように囲う。
扉の向こうで尻もちをついていたのは、弓塚さつきだった。
彼女は部屋の中の惨状を見て、目を丸くしている。

「これ……何が……」

揺れや物音によって見知らぬ場所で目を覚ましたさつきは、自分が眠っていた施設を包む異様な雰囲気に押されて、その部屋から外に出て出歩いていた。
力の入らない体を引きずって徘徊していた中、突然発生したひときわ大きな揺れによって倒れこんだ彼女は、コントロールルーム内の様子を目にする。
その部屋の惨状と、繰り広げられる異様な光景に、そして明らかに異常な揺れを発し続けている艦内に、さつきは呆然と声を上げていた。

そんなさつきを見て、闇の書の管理人格は一歩前に進み出る。

「わたしは、この魔導書の管理人格。
 わたしはお前の記憶を知っている」

管理人格の言葉に、さつきは困惑を露わにした。
ただ、その手に持っている本が、自分にあの夢を見せた本だということは気付いた。

「弓塚さつき、我らの目的は、お前にとっても悪いことではない筈だ」

あからさまにこの惨状を起こした首謀者の言わんとすることを、理解できないさつき。
そんなさつきに、管理人格は自分達の目的を語る。

「我らはこれより、次元を越える。
 弓塚さつき、お前が元居た世界へと」

「……無理だよ。
 あなたたちの技術じゃ、多分」

さつきは管理人格の言葉に目を見開いたが、その表情はすぐに疲れたような笑いに変わった。
目の前の存在が、自分の記憶を持っていることは本当のようであると理解して、なのにそんなことも分かっていないのかと、諭すように。
しかし管理人格はそれに気分を悪くすることもなく、静かに首を振った。

「弓塚さつき、お前は思い違いをしている。
 確かにわたしにとってかの世界の魔法体系は未知であったが、お前の記憶からでも分かることがある。
 我らがこれより飛ぶのは、厳密にはお前が元居た世界ではない」

管理人格の言いたいことが分からないさつきが、眉を顰める。
そして続く言葉に、さつきの思考は停止した。

「今代の主の住む地球とは、別の次元の地球……。
 そしてお前が元居た地球と、真に平行に在る次元世界」

さつきはぱちくりと目を見開き、頻繁に瞬きをし、必死に頭を働かせようとする。
目の前の女性が言っている内容は、つまり、自分の故郷の平行世界が、また別の場所にあると言っているかのようで。

「珍しいことではない。
 世界や地域、種類が違えど、動物の構造が皆、似通っているように。
 数多ある次元世界の中にも、地球と呼称される世界は無数に存在する」

続く言葉に、さつきはその解釈が間違っていないことを悟った。
悟って、ぽかんと口を開ける。
考えもしなかった可能性だった。
つまりは、平行世界移動と、次元世界移動。
X軸方面の移動と、Y軸方面の移動のように、原理の異なる2つの世界移動を行っていたのだという指摘。

確かにこの世界は、平行世界というには元の世界との差異がありすぎるとは思っていた。
その答えが、これだった。

相手の言いたいことを理解したさつきは、早鐘を打つ心臓を感じながら、しかしと、浮かんだ疑問を口にする。

「無数にあるなら、どうやって、どれが私の元居た世界の、平行世界だと……」

相手の目的は理解した。この惨状も、この揺れも、世界を移動するために行ったことだということも一旦呑み込んだ。
しかし、どうやって行き先を見つけるつもりなのかが、分からなかった。
さつきの疑問に、管理人格は遠くへと、アースラの壁の先、次元空間の先へと目を向けた。

「わたしの力は、願いの宝石程融通は利かないが。
 それでも、道が、既に作られているのならば」

「既に……?」

揺れが、更に大きくなる。
揺れているのは、アースラ全体。
そう、管理人格が転送させようとしているのは、自分と守護者達だけではない。アースラそのもの。
アースラごと、次元を飛ぶつもりだった。

アースラ艦内での、設備を用いない転送は封じられているから、なら艦ごと転移させるなどというとんでもない理屈だけではない。
数ヵ月前に作られたその”道”を、無理矢理こじ開けて進むことになるから。
生身での次元跳躍は自殺行為でも、この艦があれば突き抜けられる公算は高い。

未だ理解できていないさつきに、あるいはこの会話を聞くことしかできないでいる管理局の人間に、分からなければ分からないままでいいと、管理人格は言葉を続ける。

「かの大魔導師の願いは、アルハザードへ旅立つことではない。

 死者を蘇らせる術を持つ世界へ、降り立つことだ」

まさか、と、倒れ伏す管理局の人間の声が聞こえた。
この艦の長の声だった。

「願いの宝石は、機能として人の心を敏感に受け取る。
 記憶や知識も、その要素の1つに違いはない」

さつきが、何かに気付いたように、息を呑んだ。
そして、蒐集した魔力とアースラの動力を用いての次元跳躍の魔法が、遂に発動する。

「ようやく、主を救える可能性を、見つけた……」

転移の光が、管理人格の声も呑み込んだ。















あとがき

※それで解決できるかは完全に別として、さっちんは式の魔眼については殆ど何も知りません。
次話で最終話になります。

闇の書の管理人格としか名前を表記する術がないことの厄介さよ。



[12606] Garden 最終話
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/11/02 21:52
その日、日本の領土の海上に突如として国籍不明の巨大な船が現れた。
否、船などではなく建造物ではないのか、なんて意見も出るくらいに、それは異様な意匠をしていた。
クワガタの頭のような、丸い体から二本の角が伸びているようなデザイン。
メタリックに輝く全身は、UFO的な、SF的な存在を思い起こさせる。
当然ながら、そんな船の作成記録はどこの国にもない。

そしてその船は、現れてから半日もしないうちに海上から姿を消した。
船を囲うように巨大な光が立ち上り、それが収まった時、船の姿はどこにもなかった。

船の存在に神秘の臭いを感じ取った者達の気転により、その存在は一般人にはあまり広がらず、その映像を知る者も映画撮影のワンシーン程度の認識に落ち着く。
しかしその存在は、識る者にとっては周知のものとなった。





いずことも知れぬ世界の海上に転移したアースラは、動けるようになった乗組員から大至急システムの復旧のために動き、艦の動力が回復し次第付近の次元空間へ跳躍した。
今アースラは、負傷者の手当て、機器の破損の修復、現状の把握におおわらわである。
とはいえ、乗組員のほぼ全員が安静にしていなければならない状態であるため、後ろ2つの進行は遅々としたもの。
見事なまでの機能停止に追い込まれていた。

闇の書や守護者達は、アースラの乗組員が意識を取り戻した時には既に姿を消していた。
転移先が海の上というある意味で都合のいい位置だったのも、もしかしたら闇の書の管理人格を名乗る女性が制御した結果なのかも知れない。



そんな状況だから、何がどうなってこのような状況になったのか、乗組員全てに周知されるのはまだ先のことであった。
しかしそれでも、グレアム提督とその使い魔達が何かしら関わっているらしいこと、現在監視の元軟禁状態であることはなのはの耳にも届いていた。

なのはは、この世界にたどり着いた時には闇の書から解放されていた。
床に倒れて眠っていたところを、転移の衝撃での気絶から真っ先に目覚めたさつきに見つかって起こされた。
闇の書に取り込まれている間にしっかり魔力の蒐集を受けていたようで、体を動かす分には問題ないが少しの間魔法を使うのは厳禁だった。

さつきも今、アースラにいる。
というか今アースラに居る中でなのはとさつきは貴重な比較的元気である人員のため、2人して負傷した乗員の手当てを手伝っている。
さつきからしたらいきなり身に覚えのない場所に連れ込まれているわ衝撃的な出来事は発生するわに次いでのこの状況であったが、文字通りすぎる乗り掛かった舟であった。
とりあえず管理局の人達であることは分かったため、なのはに間を取り持ってもらって乗り切った。

なのはからの仲介もあり、リンディやクロノなど、アースラの一部の人間には件の世界がさつきの故郷の次元世界である可能性がある程度の情報は伝わっている。
自身の知らぬ間に次元世界移動をしていたなのはも、その時それを知った。
一先ず負傷者の救助とアースラのシステム復旧が急がれたためそのことについてはそれ以上のやり取りは行われなかったが、明日にでも詳しく話を聞かれることだろう。



激動の一日の終わり、なのはとさつきは1つのテーブルに横並びに座っていた。
2人の前には飲み物の入ったコップが置かれており、その部屋の壁は透明な材質で作られていてアースラが浮遊している次元空間を眺められるようになっている。

「ごめんね、さつきちゃん。
 こんなことに巻き込んじゃって」

「どっちがどっちに巻き込まれたんだろうね、この場合」

なのはからの謝罪に、さつきが肩をすくめて苦笑する。
その態度に、なのはに対して隔意がある様子は見られない。

さつき自身、自分がなのはを突き放す気にならない理由は分かっていなかった。
騒いだところでどうにもならない、ここでなのはと喧嘩別れしたとして、行けるところもない。
そんな状況になって観念したとかいうことなのかなとか、考えてみたりする。

さつきはまるでSFの世界に迷い込んだような艦内を見回した。

「アルフがいるっていうことは、フェイトちゃんも、この船に?」

「あっ、うん。
 フェイトちゃん、昨日もさつきちゃんを助けるために戦ってくれたんだよ」

「……うん、覚えてるよ。
 なのはちゃんとフェイトちゃんが、駆け寄って来てくれたことも、朧気には。
 ただ、フェイトちゃんがどういう事情であの場にいたのかまでは、知らなくて」

なのはははっとする。
さつきと再会してからこっち、そのことすらも、さつきと共有していなかったことに気付いて。
さつきは、ジュエルシード事件の結末について大部分を知らないままだった。

「そっか……。
 フェイトちゃんね、今、リンディさんの下でお世話になってるんだって。
 アースラの中で戦闘が起こってた時、何もできなかったこと、ちょっと気にしてた。
 ……そこら辺のことも、ちゃんと話すね。あの事件がどうなったのかも」

「うーん……、フェイトちゃんの扱いがどうなっているのかだけ分かれば、それでいいかな」

「……さつきちゃんが私達のことをちゃん付けで呼ぶの、小さな子だからだったんだね」

えっ、と、なのはの唐突なつぶやきに、さつきは首をかしげる。
なのはは椅子を回して、さつきに体ごと向き直った。

「でも今は、あの時のお話の続き、したいんだ」

「……わたしのことを、もっと知りたいって話?」

返ってきたさつきの言葉に、なのはは申し訳なさそうな顔をする。

「さつきちゃんに、まずは謝らないといけないことがあるの」

「……?」

「私もね、闇の書の中に閉じ込められたんだ」

「らしいね、大丈夫だった?」

なのはは頷きで返す。

「その時に、闇の書さんがね、さつきちゃんの過去を見せてくれたの。
 記憶の中に入ったみたいに。
 ……だから私、さつきちゃんのこと、色々知っちゃったの。ごめんね」

2人の間に、沈黙が降りる。
なのはは、罪悪感から。
そしてさつきは、予想だにしていなかった展開に。
だって、そんなのを見たというのなら、今なのはがこのような態度で自分に接してくれている現状が分からない。

「それは……なにを、どこまで?」

しばしの沈黙を挟んで、さつきはまずそれを尋ねた。

「さつきちゃんが学校に行っていた頃から、死徒になって、ゼルレッチさんの魔法で私の世界に来るまで。
 ……見たよ。さつきちゃんが人を、襲ってしまったところも」

なのはの知らない筈の単語まで出てきて、その発言が本当のことだと悟るさつき。
しかし、さつきは困惑する。
申し訳なさそうな顔をしているなのはの目には、さつきを批判するような色も、哀れみの色も見えなかったから。

「それ、は……酷い光景を見せちゃって、ごめんなさい?」

なのはは黙って首を横に振った。
それ以上の返答のないなのはに、さつきは続ける話題に窮する。

「大したストーリーじゃなかったでしょ?
 フェイトちゃんみたいにずっと辛い思いをしてきた訳でも、特別な存在だったせいで苦しんでた訳でもなくて。
 ただ単に変な事件に巻き込まれて、死徒になっちゃって、そのせいで命を狙われたから逃げてきたってだけなんだから」

明るい口調で、あっけらかんとさつきが語る。

恐らく本人は気付かないままに、早口で語られたそれを聞いて、なのはは思う。
ああ、本当に、最初に口頭で聞かなくて良かった。
言葉だけだと、こんなに簡単に説明が付いてしまう。嘘も過小表現もしていない、でも違う。

「……なのは、ちゃん?」

なのはは椅子から立ち上がると、そっと、ゆっくりとさつきを包み込むように抱きついた。

何てこともないことのように感じてしまう。あれだけの内容も、出来事だけを言葉にするとこんなにも簡単になってしまう。
報告書で、人は実感出来ない。感動できない。歴史の教科書で、歴史上の人物の所業に感情移入する人物など、まずいない。
語りで人が感動することもあるが、あれは語り手がそういう語り方をしているからだ。登場人物に感情移入しやすいように、色々と工夫して語っているからだ。
もしさつきが、自分の体験したことを一つ一つ丁寧に語ったとしても、なのははそれを実感として捉えることなど出来なかっただろう。
可愛そうだと思うかも知れない。苦しかったんじゃないかと推察するかも知れない。しかしそこ止まりだ。ああ、そういうことがあったんだという『情報』でしか、なのははそれを認識できなかっただろう。

だがなのはは、本当の意味で知ったのだ。さつきの過去と、さつきの心を。

変わってしまった自分が怖くて、変わっていく心が怖くて、そんな現実を認めるのが怖くて、ひとりぼっちが寂しくて。

自分と"おんなじ"がいない。それが、どれだけ寂しかったか。過去、その寂しさから志貴を自分側に引きずり込もうとしたさつきだったが、その寂しさが消えた訳では断じてない。
さつきは、真の意味で一人ぼっちだった。自分以外の周りの者達が皆、意識的に自分とは対等に思えない生物。それが孤独でない訳がなかった。

さつきに肩を貸す形で、なのははさつきの背中と頭に手を回す。

「ずっと、辛かったんだよね」

肌越しに、さつきの困惑がなのはに伝わる。
しかしさつきは、なのはを振り払うことはしなかった。

さつきの心が生み出したあの世界は、さつき自身が何かを得ることなんて何も考えていなかった。
奪うのではなく、ただ枯渇させる。それが果たされても、自身が満たされることなんてないのに。

ただただ、失くして欲しい。自分と同じところまで堕ちて欲しい。それが弓塚さつきの心象の本質。
……そうなったとして、そこに自分の居場所が生まれることなんて、無いと分かっているのに。

自分自身が満たされることを、心の底で諦めきってしまっているなんて。なのははそんなの許せなかった。

おんなじにはなれないけれど、それでも居場所はちゃんとあるんだってことを、伝えたかった。

「私が失くすことで、同じになってあげることはできないけれど。
 私は、さつきちゃんと分け合うことで、おんなじを共有したいって、思ってた」

体を固くしながらなのはに抱きしめられていたさつきの体が、微かに震える。
それを感じ取ったなのはは、抱きしめる腕に更に力を込めた。

そして再び、今度はしっかりと、その言葉をさつきに届ける。

「嬉しいも、悲しいも、分け合って。
 私は、さつきちゃんと、友達になりたいんだ」

「……知ってるんでしょ? なのはちゃん。
 わたし、そのうち完全な死徒に戻っちゃうんだよ」

「それまでに、何か方法を探そう。
 皆協力してくれる。お兄ちゃんや忍さん、アリサちゃんやすずかちゃん、ユーノ君もフェイトちゃんも、リンディさんやクロノ君だってきっと。

 ……それにね、さつきちゃん。
 さつきちゃんが、さつきちゃんじゃなくなるわけじゃないんでしょ?
 吸血鬼とか死徒とか、人間とか、そういうのじゃなくて。
 なのはは、弓塚さつきっていう女の子と友達になりたいんだって、そう思ったんだよ」

さつきの手がなのはの背中に伸びる。が、その腕はなのはに触ることなく逆戻りすると、さつき自身を抱きしめるように回された。
自身の体を力いっぱい抱きしめ、体を震わせるさつきを、なのはは優しく抱きしめる。

なのはの肩の上で、さつきは、静かに涙を流していた。





その後のことになる。
なのはとさつきは共にフェイトの治療室に赴き、再び互いに再会を喜んだ。
状況が素直に喜べるものではなかったことに切なさを抱きながらも、確かな絆を確認したなのはとフェイト。
そんな2人を離れて見ていたさつきに、2人は手を差し出す。

その手を、さつきは受け入れることができた。
もしかしたら、今までも見失っていただけかも知れないけれど。
見ないようにしていただけなのかも知れないけれど。
自分が居ていい場所は、確かにそこにあるのだと。










日が変わって、その翌日の朝。
リンディから呼び出されたなのはは指定された部屋へ向かった。
その途中、アルフを連れたフェイトやユーノとも出会い、同じ要件だと察して一緒に目的地を目指す。

目的の部屋の前では、さつきを案内して連れてきたクロノとエイミィとも合流する。
エイミィの場を和ませるトークの犠牲ネタになっていたクロノは、なのは達の姿を見てホッと息をついていた。
声のかかった人間は以上のようで、その顔ぶれはエイミィを除けばさつきとのある程度の面識のある面子だ。

一行が部屋の中に入ると、そこは思いっきり和室だった。
SFチックな外壁の中に、畳やら襖やら鹿威しまで設置してあるやたらと気合の入った和室が展開されていた。
目をぱちくりさせて固まったさつきを他所に、他の面々はもう慣れたと言わんばかりに何事もなく部屋に上がっていく。
部屋には艦の長であるリンディが一人正座して待っており、他の面々は思い思いの場所に腰を下ろしたり壁にもたれかかったりしていた。
再起動したさつきが慌てて一行の中に入ると、リンディが前置きもそこそこに話を始める。

話の内容は、管理局員ではないなのはとさつきへの状況説明と、情報提供の協力のお願いだった。

今現在アースラの居る次元空間について、座標が分かっていないこと。
本局とも連絡が付かず、復旧の目途もたっていないこと。
これは恐らく通信の届く範囲外にアースラが居るためで、結局のところこの次元空間がどこなのか分からないことにはにっちもさっちもいかないこと。

そして、乗組員の現状。
闇の書が見つかったということで、休暇を急ぎ返上して乗組員たちの招集は終わっていたため、人数不足の心配はない。
しかし、その殆どが現在魔法を満足に使えない状況で、数日間の間は闇の書に関する何かしらが起こっても対応が難しいこと。

そしてさつきには、闇の書についての説明が。
さつきを襲っていた者達の、この艦を転移させた者達についての説明が行われて。

それらが終わるとリンディは、なのはとさつきに頭を下げた。

このような状況に巻き込んでしまったこと、守れなかったことを謝罪して。
次いで、さつきに情報提供を求めた。

リンディは言う。
闇の書をこのままにしておくわけにはいかないと。
彼ら彼女らの目的ははっきりしていないが、放っておくわけにはいかないと。
そして闇の書の守護者達の目的の鍵は、さつきの記憶にあると思われると。

リンディは闇の書の管理人格が転送魔法を発動させようとしていた時の、さつきとの会話の時に意識を保っていた者達の一人だった。
理解の及ばない内容もあったが、その会話から推論立てると、彼らはさつきの記憶から何らかの情報を得て件の次元世界に跳んだと見て間違いない。

実はさつきが別の次元世界からの漂流者だったということも、この時点で知らなかった者達にも周知された。
そして、自分達が飛ばされた先、闇の書の守護者達の目的地が、さつきの故郷の世界であるらしいことも。
プレシア・テスタロッサが、生存してその世界に漂流している可能性があることも。

とにもかくにも、さつきから1つや2つでも心当たりとなる情報が欲しい状況であることを、皆が把握する。
心当たり以外にも、あの世界そのものの情報もだ。何と言っても、この弓塚さつきの元居た世界なのだから。

事の重大さを理解したさつきも、リンディの要求に頷く。
その上で彼女は、彼女達は、情報提供だけの協力で留まることをよしとしなかった。

「なのは、フェイト。
 わたし、あの世界に、護りたい人達がいるかも知れないの」

さつきは、自らの故郷の危機と、新しい友達のために。

「母さんが、居るかも知れない……。
 力を、貸して欲しい。なのは、さつき」

フェイトは、姉との約束と、今度こそ手を届かせるために。

「はやてちゃんのことも、ヴィータちゃんのことも。
 シグナムさん、シャマルさん、ザフィーラさん、それに闇の書さんだって、放っておけない。助けたい。
 私も、協力させてください」

なのはは、取り戻した不屈の心と共に。
闇の書を取り巻く騒動へ、飛び込む決意を固める。



それぞれの関係は、まだまだ始まったばかり。
それでも、始めることはできたから。
だから、きっと大丈夫。

知らないままに折れかけていた不屈の心は、今はすっかり立ち上がって。
でも今度は、助けたい子達が現れて。
これは、彼女達が魔法の世界の残酷な運命に立ち向かうまでのプロローグ。
でも今は、もう一つの始まりの物語の、ひとつの終わり。



[12606] あとがき
Name: デモア◆45e06a21 ID:f43eb358
Date: 2021/10/29 12:50
ここまで『魔法少女リリカルなのは 心の渇いた吸血鬼』を読んでくださった皆様、ありがとうございました。
作品1ページ目の前書きでも書かせていただいていた内容と被ってしまいますが、こちらでも改めてご説明させていただきますと、本作品はこれにて完結とさせていただきます。
以前、4章までは絶対に書くと言っていた手前、誠に申し訳ありません。
ただ、2章の話の展開は完結させるためにこのような形にした訳ではなく、当初の予定通りのものであることは断言させていただきます。

長い更新停止期間を経て戻って来た際、それでも見たことのある名前の方々がコメントを残してくださったり、読みに来てくださったりしていただけたこと本当に嬉しかったです。
この後の展開が気になると思ってくださっていた方々、申し訳ありません。
仮に3章以降を書くことがあるとすれば、それはジョークの類でも何でもなく、もう自分が定年退職した後くらいしか機会が無いと思っています。
数十年は先ですね。
その前に書き始めても、どう考えても章の完結前にエターしてしまうため、この度はここで完結という形を取らせていただきます。


この後ですが、1章と2章の間で起こった設定変更に伴う修正は入れていくつもりでいます。
なので最終更新日が変更されることはあるかも知れません。
感想にて、今後の予定していた展開の大まかな流れだけでも公開を希望してくださっている声を頂きました。本当にありがたいことです。
ただ、こちらについても公開しないことにしました。
設定資料集とかではなく展開となると、やはり、それは作品のネタバレだけを乗せているサイトを見てしまったのと大差ない状態だと思うのです。
気になるという気持ちは理解できますし、その原因が自分の力量不足なのは大変申し訳ないとも思います。
ですが、やはりそれは本当に楽しいと感じられるものではないと思うのです。
曲がりなりにもこの作品をここまで書いた者として、その手段は取りたくないと思ってしまいました。

重ね重ね、ここまでこの作品を読んで下さり、ありがとうございました。


一つ、作品内で説明しきれなかった設定というか、3章で分かる予定だったけど書けなかった謎があると思うためそれだけ説明させていただきます。

さっちんの結界抜けに関してです。
あれ結局、型月世界となのは世界の結界の根本的な原理の違いから起こったことと言いますか。
型月世界で逃走を許さない系の結界を張られた場合、なのは達は問題なくその結界から出られる予定でした。
なのは達の転送魔法は次元跳躍の技術と隣り合わせで、型月世界は次元空間の概念なんて認識していないためそちらへのプロテクトが無いという理屈です。

なのは世界の結界に関しては、元々の機能として条件に満たさないものを結界の外にはじくことができて、まぁ要するに結界の外に出す機能が結界そのものに組み込まれちゃってるんですよね。
更に言うとあの結界って「1つの世界がフィルターで区切られているだけ」の状態で、これ型月の魔術師からしたら少し空間系に通じていればその間を行き来することって可能なんじゃないかと考えました。
でさっちんは固有結界持ちなのでそこら辺を感覚でやっちゃって。
そしてそういう系の技術に関するプロテクトもこっちの結界には無かったという理屈でした。


また感想欄にて、追記しなければなというような情報が指摘された場合、このページに更新していくかも知れません。
それでは。


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